天聖經(増補版)/第十四篇 真の父母様の祈祷

目次


第三章 真の愛


  

一、お父様の心情を宣布するようにしてください


お父様、多くの群れがあなたのみ旨とは何かを知りたいと思っております。多くの人々があなたの聖業とは何かを知りたいと思っております。多くの人々があなたの送られる一人の方を迎えることを待ち焦がれております。

きょう、この時間を祝福してください。天のすべての遺業を相続する者は、信仰の年輪を多く積んだ者でもなく、人のために奉仕したという実績を備えた者でもないことを知っております。信じるとしても、真の心情を通じた信仰をもたなければならず、人のために生きるとしても、心情を分かち合う実績を備えなければならないことを、私たちは知っております。あなたは、多くの群れの中で真の人を求めていらっしゃることを知り、多くの人々の中で真の人を立ててあなたの遺業を相続させようというみ旨があることを知っております。

きょう、取るに足らない私たちが、驚くべきお父様のみ旨の前に現れるようになるとき、まず私たち自身が足らないことをはっきりと悟り、天のみ前に畏れ多くも立つことのできない堕落した子孫であることを、骨肉から感じなければならないのでございます。どこを見ても、天のみ前に立てて誇るべき何ものももち得なかった私たちであることを知っております。先祖から伝わってきた血統も、あなたに背反した血統であり、先祖の血と骨と肉を受け継いだすべての預言者たちも、あなたが喜んで、永遠の愛の心情で抱き得ない罪悪の苦い根をもっていたために、今日の私たちも天のみ前に受け入れられるにふさわしくない者たちであることを、あまりにもよく知っております。あなたがこの上なく善に造られた者たちが、お父様が嫌わざるを得ない部分と要素をもったまま、この地上で生きるという、この悔しい事実を知るとき、私たちは痛嘆せざるを得ないのでございます。

今、私たちの血と肉、そして細胞の一つ一つに悪の性根と要素が潜在しているという、この身の毛のよだつ事実を、えり分け、踏みつけ、無慈悲に切ってしまわなければならないことを知っております。お父様の神聖な本性とつながることができず、本性の心情と本性の血統、そして本性の骨肉を受け継げなかった恨み多き子孫であることを、私たちは告白せざるを得ないのでございます。このような私たちの中で、あなたが永遠無窮に遺業として残す、そのエデンの園の中に立てて祝福できる息子、娘がどこにいるだろうかと思うのですが、この不足な者たちを赦し、受け入れる条件を立ててくださり、これを減らし、あれを減らしながら「罪がない」と言える立場に立ててくださろうとする、あなたの大きな恩賜の前に、身をかがめ、頭を下げ、涙し得る息子、娘たちとなるようお許しください。

天を知れば知るほど、お父様のみ前に心苦しい自らであることを悟らざるを得ず、行けば行くほど、頭を下げてお父様のみ前に自らの姿をさらけ出すのに恐ろしさを感じざるを得ませんが、これが天に従っていく道であることを知っております。きょう、ここに集まったあなたの息子、娘たちも、息子、娘と呼ぶにはふさわしくないことを知っておりますが、この者たちをお捨てにならないあなたのみ旨があることを知っておりますので、御覧ください。険しい立場で傷を負いながら生きてきた、この者たちのすべての傷を、お父様が覆ってください。いくら血と肉の縁が絶ち切れた子女でも、本然の心情を通しては「知らない」と言うことのできない立場にあるがゆえに、あなたはこの者たちを真の子女として心に留めようとしていらっしゃることを知っております。お父様、この日を祝福してくださり、心に留めてくださることを切にお願い申し上げます。

きょうこの日を、私たちが新しい歴史的な一日として立て、体と心、そして心情のすべてをお父様のみ前に捧げ、子女の栄光と子女の名分に接し得るよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。私たちがお父様のみ前にお捧げするものは、何も備えることができておりません。このように不足な者たちですので、この身に属した一切のものの中で、お父様のみ前に栄光となるものが何かあるでしょうか。しかし、私たちは、不足なことを悟りながら、不足な心情に天が憂慮する心を大切にとどめ、すべてのことをお父様と共に絆を結び、お父様と共に条件的な何かを立てようと思いますので、哀れんでください。

その心と心情の基盤は、億千万のお金とも取り替えられないことを、お父様はあまりにもよく御存じでいらっしゃいますので、数多くの民族を置いて、血のにじむ心情を胸に抱き、一日のみ旨と栄光のために耐えて、涙を流す民族を立ててこられたことを知っております。それが選ばれたイスラエル民族であり、歴史的な選民たちが歩んできた道であり、イエス様が逝かれてから今までの二千年間、選ばれた群れが殉教の血を綴りながら立ててきた痕跡であることを知っております。お父様、この時間、共にいてください。私たちは、あなたのみ前に何もお捧げするものがございませんが、物悲しい私たちの涙をまずお捧げし、残った戦いの場に向かって新しい覚悟をもって進み、血肉をお父様のみ前に惜しみなくお捧げする私たちにならなければならないことを、この時間に、もう一度悟るようにしてください。

お父様、この日は神聖な日でございます。全人類を祝福してください。数多くの人々は、この時間、どこに行かなければならないかを知らずに、さまよっております。死亡の闇が覆っているのに、それを悟れず、生死の主権を支配されるあなたがいらっしゃることも分からずにいるのでございます。彼らを目覚めさせ、あなたの懐にかき抱かれるようにしなければならない使命が私たちにあることを知っておりますので、高く、大きく、広く、深い心をもち、あなたの心情を万邦に宣布する息子、娘となるようにしてくださることを切にお願い申し上げます。そのような責任が私たちにあるにもかかわらず、その責任を果たせなかった私たち、この時間に恥ずかしく思う心を抑えることができず、お父様のみ前にぬかずいたのでございます。お父様の悲しい心情の前に涙を流し、その涙とともにお父様との心情の絆を謳歌し、賛美し、その事情と関係を結びながら、お父様をお父様と呼び、息子、娘を息子、娘と呼べるよう許諾してくださることを、お父様、切に、切にお願い申し上げます。

お父様、韓国の各地に広がっている新しい息子、娘たちに、より一層共にいらしてください。迫害の道を行く者のあとに従う者も、迫害の矢を受けなければならないことを知っておりますし、追われる場で孤独に涙を流す者の歩みに従う者たちも、そのような場にいることを知っております。あなたは今まで、そのような場にいるたびに慰労してくださり、倒れるたびに目をかけてくださり、孤独に思うたびに抱きかかえてくださいました。そのようにしながら希望の園を見せてくださった、生きたお父様であることを知っておりますので、きょうこの時間に、そのような場にいるあなたの息子、娘たちがいるならば、同じ恩賜で役事してくださり、抱きかかえてくださることを切にお願い申し上げます。

彼らが、この日この時間を心に留め、お父様のみ前に精誠を尽くしたものを、自ら受けてくださり、つかんでくださり、生命の絆を立ててください。切にお願い申し上げます。都合と事情がお父様の願われるみ旨どおりになっていないことを知っている私たちでございますので、かえって悲しい心を推し量れないのでございます。私たちに任された責任を果たせなかったことを赦してくださり、憂慮するその心を見て、すべてのものを覆ってくださることを切にお願い申し上げます。

お父様!哀れなこの民族をも祝福してくださり、天上にいる数多くの聖徒たちと、地に広がっている数多くの聖徒たち、そして残りの大勢の人間たちも祝福してください。命の権限が光明な輝きのように照らされ、天地が和動して謳歌できる喜びの一日が訪れることを知っておりますので、楽しみとしながらその日を望み、待ち焦がれておりますので、その日まで耐え、闘って、最後まで残れるあなたの息子、娘になるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

愛のお父様、許諾したこの時間、祭壇に立ちましたので、共にいてください。私が何かを語ることは願いませんが、み旨があってこの場に立ちましたので、共にいてください。人間的な言葉やすべてのものは除去してくださり、あなたが自ら顕現され、心を通して心で感じるようにしてください。身をかがめて天のみ前に涙を流し、自分の過去を悔いて命にぶつかり合い、復活の役事と縁を結ぶようにしてくださることを切にお願い申し上げます。

伝える者の心情と、伝えるようにされる天の心情がぶつかり、天のみ旨を知り、伝えるみ旨を知って永遠のお父様の恵みある園に勝利の旗を高く掲げ、お父様の栄光を謳歌しても恥ずかしくないあなたの息子、娘となるようにしてください。天民思想をもったあなたの息子、娘、恵みある恩賜の基盤の上で、永遠にあなたに侍って暮らせる息子、娘となるのに不足がないよう祝福してくださることを、愛するお父様、切にお願い申し上げます。すべてのことにお父様が自ら共にいてくださり、サタンが乗じる時間とならないよう許諾してくださることを願いながら、主のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九六〇・一一・二七)

  

二、統一の世界を成し遂げるよう、その道を急がせてください


お父様、厳かであられるお父様のみ前に、ぬかずき祈るたびに、喜ばれるお父様のお姿でないことを思えば思うほど、心苦しく、申し訳なさを抑えることができないのでございます。お父様!あまりに広いこの天地の中で、私たち韓国の民より劣った民族はありませんが、お父様はこの民族をお選びになり、数多くの人類の中で、私たちより愚かな人はいませんが、お父様は私たちを尋ねてこられました。

分別なく振る舞っている私たちを、百遍、千遍保護されながら、大事にしてくださったことを思ってみるときに、お父様はこの民族を愛していらっしゃること、私たちを無条件に愛してくださっていることを、再び感じるのでございます。無知で世間知らずの者たちを尋ねてくださって、成し難い天地の福の理念を私たちに賦与してくださり、人々が、夢にも思えない聖なる恩賜の土台の上に、無限に湧き出る心情をもって「お父様」と呼び得る一日を迎えるようにしてくださったことを感謝申し上げ、このすべてがお父様の愛のみ手であることを感じるのでございます。

お父様が今まで私たちをどのように育て、お父様の命令に従う旗手となるようになさったかを考えるとき、また、冷たい霜が吹き寄せるその悲しく過ぎ去った日にも耐えられながら、復帰の道を築くために行かれたあなたの道がどのようなものだったのかを考えるとき、千万遍不肖な行いをした過去を、もう一度、悔やまざるを得ないのでございます。今日まで、あなたが越えてこられた最後の勝利の基準まで、追われながらも進むことのできるこの群れを、この国、この民族の前に立ててください。自分自ら恥ずかしさを感じ、むち打つことのできるこの者たちとなるようにしてください。あなたが大いなるみ旨に徹してこられたという事実を、改めて悟るとき、私たちは千万遍お父様のみ前に、感謝に感謝を、賛美に賛美を、栄光のお父様のみ前にお返しする道しかないことを、自ら感じるよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。

今、私たちは、お父様のみ前に死ぬことを覚悟して進んでいかなければならないのでございます。今の時が貴いことを知らなければならないのでございます。私たちの体は、歴史のあらゆる汚れた古着をたくさんまとっており、私たちの心は、神様が宿ることのできない拙いものに捕らわれていることを、もう一度感じなければならないのでございます。幼子のようでなければ天国に入れないというみ言に従い、私たちは幼子にならなければならないのでございます。幼子が母親の懐を慕い、母親のお乳を慕うのと同様にお父様を慕い、お父様の懐を慕い、お父様の命の水を慕うことのできる本然の子女の位置を、私たちは求めなければならないのでございます。

私たちは国のない民でございました。国を失ってしまった亡命者でございました。失ってしまった国を探し求める、飢えた乞食でございました。お父様のみ旨が、新しい故郷、本郷の地を探し立てる真のものであることを知りましたので、私たちは失ってしまった本然の家庭と本郷の地を探して、サタンにあだを討たなければならないのでございます。それだけにとどまるのではなく、サタンが乗じることのない天的な福の機関である私たちの相続権を行使し、歴史的な怨讐であり、時代的な怨讐であり、未来的な怨讐であるサタンに対して、どのような困難とどのような苦痛があったとしても、私たちはあだを討ち、蕩減しなければならないことを知っておりますので、お父様、私たちに力を与えてください。あなたのために忠孝を尽くし得る力と能力を与えてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

死亡の中で生まれた子女を見て、嘆息しながら命を求めて身もだえするあなたの子女ですので、この者たちが散らばってしまうことがないようにしてくださり、この者たちがやろうとすることが無駄にならないことを許諾してくださり、あなたのみ前に恵みある結果として納め合わせることを許諾してくださるよう、お父様、切にお願い申し上げます。

お父様は、千万回私たちを呼んでいらっしゃり、この時間にも、私たちが行かなければならない歩みを急ぐように促していらっしゃることを知っております。行かなければならないその方向が千態万象ですので、冬の冷たい霜の山道と険しい荒波の海路も越えなければなりませんし、怨讐が妨害する険難な道も経ていかなければならないのでございます。人生において体験したことがなかった、曲折のある峠を行きなさいと、命令しなければならないお父様の心情を体恤し、千万回十字架を背負うことがあるとしても、そのように命令されることに感謝しながら、その道を喜んで行こうと身もだえする私たちとなるようにしてください。ゴルゴタの山頂で「お父様」と叫んだイエス様の代身者になるようにしてください。ゲッセマネの園で生死を懸けて談判祈祷を捧げた、その方の立場に立てるあなたの息子、娘となることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げます。

そして、ゴルゴタの山頂に勝利のみ旗を立て、世の中を取り戻し、お父様が願われる新しい世界に向かって出発させる責任を果たそうという真の子女たちとなるようにしてくださることを、愛のお父様、切にお願い申し上げます。きょうは神聖な日でございますので、この民を祝福してくださり、数多くの教団と宗教人たちも祝福してください。人が知らない中であなたが臨むことができる基盤を準備するために苦労している、あなたの真の子女たちを自ら保護してください。

終わりの日に、一つの目的のために一カ所に集め、あなたが願われた統一の国、統一の世界を成し遂げることができるよう、その道を急ぐように促してくださることを、切にお願い申し上げます。きょうここに集まった子女たちが、もう一度心を整えて新年を迎えることができるようにしてくださり、新年には七年路程とともに輝くことができるようにしてくださり、力強く努力して安息の世界で主人になろうと自ら身もだえし、お父様のみ前に駆けていけるあなたの息子、娘になれるようにしてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

お父様!世界万邦に広がり、この場のために祈祷している数多くの統一家の兄弟たちを心に留めてくださり、彼らが成し遂げようとする希望の国を一日も早く成し遂げ、希望する世界を復帰するようにしてください。お父様の歴史的なあだを討ち、時代的なあだを討ち、未来的なあだを討ち、全人類のあだを討ってお父様のみ前に勝利の凱歌をお捧げし、お父様をお迎えして平和に暮らすことができるようにしてください。お父様、その世界を成し遂げる彼らが弱ければ力を加えてくださり、彼らが疲れていれば強い足と強い膝を与えてくださり、敵陣に向かって走っていこうとする心がほとばしり、お父様に代わって走っていく、あなたの子女となるようにしてください。

残された日々が私たちを見つめており、私たちを呼んでいますので、行く道がいくらつらくとも、耐えていけるよう役事してくださり、その闘いで疲れることがないようにしてくださり、目的に向かってまっすぐに精進できるあなたの息子、娘となるようにしてくださることを切にお願い申し上げます。七年路程が傾いていこうとするこの時において、あなたがこの民族と世界の新しい歴史の創建に私たちを呼ばれることに、感謝申し上げます。あなたが許諾されたすべてのことを喜んで受け入れてくださり、この民族に新しい本然の基盤をつくることができるよう、祝福してくださることを切にお願い申し上げます。

愛するお父様、この時間に語った内容を通して、各自の心に新しい何かを決心するようにしてくださり、人生において帰結させなければならないものを帰結させようと、心で新たに決意して誓いながら、自ら生活を開拓していけるあなたの子女たちとしてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。この時間以降のすべてのことを、お父様が自ら担って主管してください。真の父母のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九六六・一二・一八)

  

三、新しい心と体で覚悟できるようにしてください


お父様、この時間だけには、お父様の心情に染まる私たちの心と体となることを許諾してください。本然のその心に染まる時間、お父様の心情に導かれていくことを感じられる、この時間となるようにしてください。お父様の喜ばれる姿に対して、走っていってお父様の首に抱きつきたい心情が、私たちの心と体に芽生えることを許諾してください。

ひそやかに憂える姿を現され、私たちの心を打ち明けるまでは動かれないお父様でいらっしゃることを知りました。今、私たちの心が汚されたとしても、お父様に向かう衷心だけはもっておりますので、お父様、この心情を通して私たちを訪ねてくださり、この心情を通して命令してください。私の不足さを悔い改め、過去の生活が不忠だったことを悟り、思わず涙を流し、「お父様は私のお父様だ」と叫べる切な心情が湧き上がるようにしてください。

天は、誰に対しても、保護するのを躊躇されないことを知り、天を求めてくる者の友になるのを躊躇されないことを知り、天に向かって叫び涙する者たちの友であり、永遠に共に生きる父として現れるのを喜ばれることを知っているのでございます。お父様、ひそやかに勧告されたお父様の声が慕わしく、やわらかく抱きかかえてくださった、その驚くべき愛の感触が慕わしいのでございます。そのような私たちの心を通してお父様と呼ぶことができる一瞬が慕わしく、手を挙げて私のお父様だと誇り、叫びたいと思うのでございます。

はるか遠くにいらっしゃるお父様だと思っておりましたが、私たちの心の中にいらっしゃり、そのお父様に出会った瞬間が喜びでございました。遠いと思ったときに近い心の中にいらっしゃり、心の中にいらっしゃると安心しているときに遠くから呼ばれるお父様であられるとすれば、今日の人間はここに拍子を合わせることができずにおります。私をお見捨てになったと思ったその場がお父様と近い場であり、私と御一緒ではないと思っていたその場が、お父様が私と共にいらっしゃったことを理解できなかった過去の私たち自身を、この時間に悔い改めるようにしてください。

愛する息子だと認めてくださり、愛する娘だと認めてくださる以上には、その息子、娘を苦労する立場に置きたくないというお父様の心を知らなかったのでございます。お父様の曲折の心情を知らない私たちは、苦労の道に差し出されたお父様を冷酷で無情なお父様だと思い、これまでお父様に対して、自ら嘆くことも多く、恨んだときも多くあったのでございます。お父様の私たちの間に立ち塞がった曲折の壁を理解することができず、恨むこともし、排斥することもし、否定することもし、不信する立場に立ったことを、お父様、お赦しください。

それは、私たちの先祖が堕落することによってゆがめられた罪状のためだったのであり、人類歴史上に恨の血痕を残して預言者や烈士たちが死んだがゆえであることを知っております。きょう、私たちの心の基準が高い位置にありますでしょうか。その心を燃やし尽くしてください。私の体と威信を立て、お父様に代わって現れることを期待しているでしょうか。お父様のみ前に面目のないこの体を打ち、凄惨な立場にいらっしゃるお父様であることを悟り、お父様に語りかけることのできる息子、娘たちとなるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

お父様、多くの言葉は必要ないことを知っております。み言を伝えたのに行うことができない群れを御覧になり、天が悲しまれるとき、語った者は自らうそを語った者になり、お父様の悲しみは日ごとに加重されたことを知っております。しかし、再び語らなければならない立場にいるこの悲しい事情を天は御存じですが、地上の人間は知らずにおります。このような事実を知りながらも、天はそのような人間をお捨てになることができず、憂慮されて再び勧告しなければならない天の立場であることを、もう一度理解しなければならない私たちを、お父様、受け入れてくださることを切にお願い申し上げます。

きょうも神聖な日だとして集まったのでございます。み言を期待して集まったのでしょうか、天の恩賜を期待して集まったのでしょうか。何かを願って集まったことを知っておりますので、今、真の自分を願うことのできる者たちになることを許諾してくださり、真の自分から下されるみ言と命令を聞き入れられる者たちとなるよう、導いてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

お父様、私がお父様のみ旨に従い、四十年の路程を歩んできながら、悲しいことがあっても落胆することを願わず、試練を受けるとき、敗北して後退することを願わなかったことを、お父様は御存じでいらっしゃると思うのでございます。お父様、今残った道においても、限りなく連続する苦難の歴史が残っていることを思うとき、きょうの不忠をお父様のみ前に頭を下げてお伝えせざるを得ないのでございます。願わくは、歴史の悲しみをこの一身にもつことを許諾してくださり、残された苦難のすべても、この一身を祭物として天が踏み越えていくことを許諾してください。

お父様が安息なさり、すべての嘆息を忘れ、喜びの一瞬を迎えてお互いに抱き合い、私の父であり、私の息子、娘だと呼べる、その瞬間が慕わしいのでございます。私たちがいかなる犠牲も覚悟しながら、地上においていかなる悲惨な姿で生きることがあっても、その忠節の一片丹心だけはこの地上に立てて、去っていける息子、娘となることを許諾してください。そのような道を行くことを覚悟している私たちですので、お父様、躊躇せずに追い立ててくださり、導いてくださることを切にお願い申し上げます。新しい心と体で覚悟し、誓うことのできるこの時間となることを、お父様、切にお願い申し上げます。

愛するお父様、許諾されたこの時間に、どんなみ言を語られるのでしょうか。お父様が示そうとされるすべてのことを伝えようと思いますので、お父様、その心情をそのまま伝えられるようにしてくださり、受ける者の心と和合して一つの実体的な心情になり、お父様の大いなる懐にかき抱かれ、お父様の栄光を謳歌できるこの時間となることを、切に、切にお願い申し上げながら、主のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九五九・三・二九)

  

四、愛の世界に入っていくことができるようにしてください


愛するお父様、流れていく歴史の中のあらゆる出来事は、あなたの摂理と関係なく起きることはないのでございます。悲しい歴史の中で、サタンを中心としていたものを克服するための過程において、個人の壁を崩し、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の壁を崩していかなければならない復帰の運命の道にあることを知らなかったのでございます。この壁を崩すためには、堕落した愛の種が蒔かれ、根を張ったこの世界で、理想的な愛の起源に通じる心情圏を取り戻さなければならないこと、そうしなければ復帰できないことを統一教会の教会員たちは知っております。

イエス様もこのような心情を中心として教えられたことは、「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一〇・三六)というものでございました。「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない」(マタイ一〇・三七、三八)と通告した言葉は、歴史的な宣言でございました。「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」(マタイ一九・一九)とありますので、真の天に侍る立場にいるとすれば、世界が隣人であり、世界を父母様以上に愛することが神様の願いであり、父母様の願いであることを私たちは知っております。

父母に侍る孝子の立場で父母に孝行する心以上の心で全体の兄弟たちを愛する、その子女を天が愛され、すべての相続者の代表として立てようとなさることを知っておりますので、今、この朝、ここに座った統一教会のすべての子女たちは、父母様を絶対的に愛することによってサタンの根を断ち切り、新しい根を下ろせる基盤の上で、人類を父母以上に愛する孝子、孝女の立場を身代わりしなければならないのでございます。そうすることによって、サタンの心情圏と連結されていた天上世界と地上世界のすべての壁を一度に崩し、勝利の覇権をもって天の国を相続するのに恥ずかしくない息子、娘になることをこの時間に宣言いたしましたので、彼らがそのような立場でお父様の祝福を受けるのに不足がないよう、自らの練磨を怠らないようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

父母様と世界を愛することができない者は、天国に入れないことをはっきりと知りましたので、このことを中心として、これと反対のサタン世界があっても、それを愛して消化できる立場をもたなければならないのでございます。そのようにしなければならないことを知りましたので、私がそのような者になるかならないかを試み、実践するときに、家庭教会を中心として一片丹心、忠孝の心情的な道理を備えることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げます。そのようにする者だけが最後の勝利者であり、最後の栄光に同参できる者であり、すべての愛を中心とする相続権をもつ者であり、祝福を受けることのできる立場に立った者であることをはっきりと知り、その道を行くときに、すべてのものを犠牲にして猛進できるよう祝福してください。

この日を立ててくださったことを感謝申し上げます。天上世界の先祖たちと地上世界の人間が塞がった壁を越え、霊界にいるすべての霊人たちが再臨復活の恵沢を受けて解怨成就し、段階によって地上の子孫たちと関係をもっている宗教的な基盤の上に直接的に臨み、実践することを公約し、誓うことができるよう、その世代的な恵沢を神様が強行され、実践できるよう命令し、愛の世界に一方通行で入っていけるよう祝福してくださることを切にお願い申し上げます。許諾された恩賜の時間を感謝申し上げながら、真の父母様のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九八六・二・一)

  

五、忠節を守る息子、娘となるようにしてください


お父様、天と地が一つの体のようになっていることを、私たちはみ言を通して知っております。天は主体であり、私たちは枝葉であることを考えるときに、ある一日、ある一瞬におきましても、天の愛と生命の津液(しんえき=人体中の液体)を受けなくては生きることのできない私たちであるにもかかわらず、今日、天の一つの枝と葉として生きるべき私たち自身が、永遠であられる神様からにじみ出る愛の津液を受けながら生きられなかったことをお許しください。

お父様、今終わりの時となり、審判の日を予告するこの時に、私たちが完全な根であられるイエス・キリストを中心として、お父様の愛に接ぎ木されることを許諾してください。永遠であられるお父様の愛と、イエス様と聖霊の愛を通して結ばれる愛の実を、私たち自身で刈り取ることを待ち焦がれるお父様であられることを知っておりますが、私たち自身がそこに到達するためには、あまりにも及ばず、不完全で、未熟ですので、お父様の収穫の刈り入れを妨げる者となるのではないかと不安に思うのでございます。

今、私たち自身をお父様にお任せしますので、お父様、私たちを育ててくださり、見守ってください。試練と患難の中で鍛錬してくださり、一つの成熟した結実として完結し得ることを許諾してくださり、永遠であられるお父様の愛のみ手を経て、永遠の天国を成す結実体となり、天の実を刈り入れる収権者となることを許諾してください。

お父様!このことを、きょうこの時間に初めて告げたのではなく、旧約時代と二千年前のイエス様の当時にも告げていたことを知っております。これを知っているとすれば、今日の私たち自身が結実し、天のみ前に刈り入れられる収穫物として、天が安息できる結実体にならなければならないのですが、自分自ら判断してみますときに、いまだ完全であることを感じられない者たちがいるのでございます。そうだとすれば、自らお父様のみ前に悔い改め、自分の未熟さを嘆き、イエス・キリストの悲しみを身代わりできる悔い改めの子女たちとなるよう許諾してくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

お父様、この日に私たちが集まりましたので、この者たちの心を完全に主管してくださり、完全にお父様が運行される中心として主管してください。そして、お父様のみ旨にふさわしくない、あらゆる悪の観念や主義、主張を一切容認なさらないでください。ここに集まった群れは、聖別に聖別を加え、サタンが役事していたものを終結させることによって、完全に聖別された子女たちとなるようにしてくださり、お父様だけが運行なさり、お父様だけが干渉なさるこの時間となるようにしてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。今、私たちを通してキリストの日の到来を急ぐよう、促していらっしゃることが分かるようにしてくださり、私たちを立ててキリストの愛を表そうとなさる時であることが分かるようにしてください。また、私たち自身を立てて、キリストの患難を抱きかかえて立ち上がるのを待ち焦がれていらっしゃることが分かるようにしてくださり、天に向かって走っていく私たちの歩みが、自分を中心としないようお導きくださり、自分を中心として祈る場にとどまることがないようにしてください。

すべての悪が侵犯し得る要素を退け、出で立つことができるようにしてください。お父様が運行なさり、願われるそのみ旨を成すために、どのような険しい闘いの道だとしても、倒れ落胆するしかなこだとしても、耐えていくことができるよう、お父様がつかんでいてくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。私たちは、この世の人ではないがゆえに、この世の栄光は受けられないことを知っております。イエス・キリストを通して告げられたように、二千年の歴史を経過してくる中で、真のお父様の愛と志操をもった天の民、天の息子、娘がいるというとき、彼らは、世紀や世代を問わず、地上で歓迎されないことを知っております。

お父様!今日、私たちがイエス様を身代わりして、イエス様が地上において成せなかったことを身代わりする祭壇が、この民族から迫害を受けるようになるとき、耐えられるようにしてくださり、天のために生きるようになるとき、この地上の人類から侮辱され、困難にぶつかり、悲しみを受けるようになるとしても、十分に克服して残れるようにしてください。六千年が経過した今日まで、イエス様が収穫の一日を待ち焦がれながら私たちを呼んでいらっしゃいますので、私たちを通して歴史的な悲しみと十字架の血涙の跡を刈り入れられ、私たちが勝利の盾となれるように導いてください。

希望の実体であるイエス様は、きょうも私たちがサタンを主管できる資格をもつ者となれるよう待ち望んでいらっしゃることを、忘れないようにしてください。そうして、お父様の喜ばしいみ旨を心に抱き、きょうも天を身代わりして闘わなければならず、生涯路程を捧げてお父様のみ業を行い、私一代において使命が終わらなければ、子孫たちを通してでも怨讐サタンを屈服させなければならないという決心を抱く息子、娘となることを許諾してくださるよう、お父様、切にお願い申し上げます。

新年を前にした私たちは、再び生死を懸けた闘いの道を行かなければならないことを、心の奥深くで覚悟しなければならないのでございます。いかなる怨讐たちが反対するとしても、屈することなく忠節を守れる息子、娘となることを、お父様、切にお願い申し上げます。そして、お父様を身代わりする息子、娘であることを、あらゆる万象の前に示すことができ、天地の身代わりとなり得るお父様の息子、娘となることを許諾してくださるよう、お父様、切にお願い申し上げます。

この日、許諾してくださったみ言を現してくださり、心と心がつながることを許諾してくださり、霊が霊を動かし、お父様の全能のみ手によって再び造られ得るこの時間となることを許諾してくださるよう切にお願い申し上げながら、主のみ名によってお祈りいたしました。アーヂュ。(一九五六・一二・三〇日)

  

六、愛の心情で駆けていくようにしてください


愛するお父様、み旨が願う道がこのように曲折の峠の多い険山、峻峰であることを全く知らなかったのでございます。ここに立っている息子は、黙々とこの道に向かい、生涯を懸けて目指しながら出発し、少年時代を過ぎ、壮年時代を経て複雑な環境の過程と、教会を抱えて身もだえする時代を、国と民族が迫害する渦中でふらつきながら歩いていくたびに、あなたが支えてくださったがゆえに、倒れて滅びることがありませんでした。そのように守ってくださった過去を振り返るとき、感謝申し上げます。

今は民主世界の先端の位置、すべての視線が注目する天のみ旨にかなう神様の息子の位置で、手本となる息子の姿を証するために、すべてのことを躊躇せずに進んでいくことに対して、お父様が守ってくださり、導いてくださることを感謝申し上げます。滅びると思っていましたが、滅びることなく生き残った道が何度もあった事実を考えるたびに、本当に堕落がどれほど恐ろしいかを知っておりましたので、「私一代において二度と堕落の恨多き道を行くまい」という鉄石のような信念で誓って余りある、統一教会の家庭の群れにならなればならないのでございます。

今、どこで病になったのかを知り、鉄石のような信念をもって誰よりも天を愛さなければならない責任が私たちにあることを知ったのでございます。すべての堕落性の根がどのようなものかを知ったのでございます。まず、自分を中心とする所有欲で出発し、うそを語り、不貞の道を行き、あらゆる天のものを奪う強奪の道を行き、その次に息子の時代に至っては、命を奪う道を行ったのでございます。

歴史時代のあらゆる独裁者たちがどのような人たちだったのかといいますと、うそを語った者であり、不倫の愛の道を思いのままに行った者であり、あらゆるものを自分勝手に強奪した者であり、あらゆる善の人たちの命を思いのままに奪った者たちだったことを思うとき、そのような歴史的な汚点の道を、私たちは行ってはならないのでございます。これを愛で消化させる天の伝統を、そっくりそのまま受け継ぎ、万世のいかなる歴史的な闘いよりも悲惨で熾烈な闘いを自分自らしたとしても、敗者とならずに勝者となり、天の愛の旗を高めようと身もだえする息子、娘になれるようお願い申し上げます。

そのような男性と女性が一つになり、天が願う愛の所有決定を下した場で、私たちの息子、娘は必ず天の息子、娘として生まなければならないという信念をもち、原理的な父母としてサタンが讒訴できない囲いを張り巡らせていくあなたの息子、娘となり、家庭となるよう祝福してください。今日のこの所有権決定の問題は、重大なことでございます。愛を中心とする所有権は家庭を基盤とし、その次に万物の所有権は新しい真の父母の家庭を中心として、本然の相続過程を経て、自分の所有権を決定しなければならない歴史的な恨が残っていることを知っております。

民族と国家を越えながら、このことをやり遂げられる時が近づくことによって、このような舞台の上に立つ厳粛な時間にとどまりましたので、すべての至誠と思いを尽くし、この祭壇の前に現れた歴史的な孤児のような境遇にあるとしても、天を抱きかかえて身もだえする息子、娘となり、この峠に傷を残して越えていくことがないよう、お父様、祝福してくださり、導いてくださることを切にお願い申し上げます。

今、心と体をすべてお捧げすることをお父様のみ前に決意いたしましたので、愛の心情と燃える心で天のために生きることに、我を忘れる道を駆けていくことに躊躇しない群れとなるようにしてください。振り返ってみれば、歴史の中には恨も多く、悲しいことも多くありましたが、あなたの愛のために歩む慰労の道があったことを感謝申し上げます。回顧する歴史を感謝で、現在の立場を感謝で、未来に現れる勝利の一日が目の前に近づいてくることを感謝で迎えるようにさせてください。感謝で始まり、感謝の過程を経て、感謝の終着点で、感謝の涙とともに互いに手を取り、自分の妻と息子、娘とすべてのものを天にお捧げして勝利する家庭として、お父様のみ前に入籍していける天の聖なる群れとなることを許諾してくださり、天の皇族となることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げます。

残された事情が多くありましても、ただ愛を中心とする勝利の一日を目的として、あらゆることを消化して走っていく、雄々しく勇猛な息子、娘となることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げます。たとえ滅びるような道を歩むことがありましても、愛の涙の跡を残す歩みをしようという群れになれば、彼らの行く道は滅びることがなく、歓迎される道だけがあることを知っておりますので、すべての家庭を代表する群れが一致団結し、一つとなって一体となり、この国を生かし、世界に向かって越えていく、愛を中心とする家庭の群れとなり、氏族と教会の群れとなり、祝福された選民の特権を受け継ぎ得る群れとなることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げます。

残されたその日の前に、恥ずかしくない夫と妻となり、父母となり、氏族と民族の責任者となることを許諾してくださるよう、切にお願い申し上げながら、真の父母様のみ名によってお祈り申し上げました。アーヂュ。(一九八二・一〇・二七)

  

七、父の愛と絆をたたえる子女となるようにしてください


お父様、気高く貴く聖なるお父様の摂理歴史は、長い人類歴史を手探りで来たのでございます。お父様、きょうも私たちを立ててくださり、世界的な責任を追及なさるあなたの立場がどれほど物悲しく哀れかを、私たちが感じることができるようにしてください。

あなたは、誰ともその関係を断ち切ることができないあなたであり、私たちと永遠に共に暮らしたいと思われる愛のあなたであることをよく知っております。あなたにかき抱かれて私たちが「お父様を愛しています」と言う言葉よりも、あなたが「お前を愛している」と言われるその一言が、私たちにはより必要だということを知ったのでございます。私たちが「お父様を愛しています」と千回、万回言うよりは、「私の息子だ」と信じてくださるその一言と、その一つの位置が必要だということを知りましたので、どうかそのように言ってくださる子女として立ててください。誰がこの道を妨げ、迫害したとしても、お父様が認めてくださる立場に立つようになるとき、私たちは哀れな人ではなく、孤独な人ではないことを知ったのでございます。お父様は、私たちが孤独な涙を流す前に、世界を通して私たちを慰労できる基盤を先に築いてこられたのでございます。私たちの悲しい立場に心を砕かれながら、世界的な慰労の基盤を広げてこられたことを思うとき、何をもってしてもお父様のみ前に恩をお返しする道がない私たち自身であることを、より一層感じるようにしてください。

お父様、世界に広がっているあなたの子女たちを慰労してください。通ってきたすべての所にあなたのみ旨が植えつけられることを期待し、精誠を尽くすあなたの子女にも、お父様の無限の祝福のみ手を加えてくださることを、切にお願い申し上げます。

はるか遠くのこの韓国の一角を慕いながら、今この時間にもこの師を案じつつ、お父様のみ前に涙で切に訴える群れが世界に広がっているという事実を思うときに、この本部がどれほど恐ろしく途方もない立場であるかを、私たちはよく知っております。見た目の姿は不足でみすぼらしいのですが、あなたの心情を支え、あなたを父と呼び、心から侍ろうとするその思いだけは切なのでございます。しかし、あなたの愛と絆をたたえることができ、お父様が立てて誇り得る息子、娘だとすれば、その姿とその事情とその境遇が問題にはならないことをよく知っております。

愛のお父様、韓国を慕う統一の群れに祝福をお与えください。彼らは韓国を自分の祖国だと心で仰ぎながら、この地のために血と汗と涙を流しております。この地のためには骨でも埋めたいと思う数多くの群れが統一の理念とともにあることを思うとき、彼らを一つにしてあなたが願われる一つの国を建て、一つの世界的な理念を成就しなければなりませんので、そのみ旨を成す時まで、私たちは耐えて、耐えて、また耐えながら行かなければならず、六千年のうんざりとするような歴史過程を黙々と耐えてこられたお父様に倣い、私たちは無言で耐えながら行かなければならないのでございます。

分かれていた数千年の間、私たちがお父様に対して心と体で慕いながら訴えたすべての事情が、今ではもうすべて過ぎていきました。再び出会いましたので、私たちがお父様の内情を抱き、お父様と話し合い、お父様の事情を代わりに背負って未来に向けて誓わなければならない立場に立ちましたので、どこかの誰かが私たちの師になるのではなく、ただお父様が私たちの師になってくださらなければならず、どこかの誰かがあなたのみ旨を任されるのではなく、私たちがお父様の命令に責任をもっていく者たちとなるようにしてくださることを、愛のお父様、切にお願い申し上げます。

長い歴史過程でのあなたの悲しい事情を、私たちは感じることができるのでございます。世界の数多くの国家を見るとき、あなたが取り戻すべき地とあなたが歩んでいかなければならない労苦の道が、まだたくさん残っていることを知っております。したがって、私たちは血と汗を流すことをためらうことなく、全世界に向かって休むことなく走らなければならない責任と使命を心と体で感じ、実践しなければならないのでございます。お父様、この民族はかわいそうな民族になるしかない状況でございました。しかし、世界の万邦に誇るべきお父様の摂理のみ旨が統一の群れの中にあるという事実を、誰よりも先に私たちが知るようになったことを、お父様のみ前に心から感謝申し上げます。

お父様、これまであなたがどれほど苦労してこられたかを、私たちが分かるようにしてください。心で精誠を尽くすあなたの子女がおりますでしょうか。彼らに千倍、万倍の福を施してください。お父様に対する慕わしさに満ちあふれ、お父様の心情を感じ、民族を抱き締めて身もだえする彼らの切なる願いが、決して無駄にならないようにしてください。そして、この民族がこのひと時を克服し、世界に向かって駆けていける解放の民族となるようにしてくださり、ひいては全世界に天国を創建し得る第三のイスラエル民族となるようにしてくださることを、切にお願い申し上げます。

ここに集まったあなたの子女たちを慰労してくださり、出会いの喜びとともに、お父様と新しい心情の絆が結ばれることを許諾してください。帰る道のりもあなたが保護してくださり、お父様、これから私たちに任されるすべてのことと出会うすべての時間に、あなたの聖なるみ手が共にあるようにしてくださることを切に、切にお願い申し上げ、真の父母様のみ名によって切にお祈りいたしました。アーヂュ。(一九六九・五・二)

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