教育の意味
真の父母様は、生涯にわたって教育事業に多くの情熱を注がれた。特に、真の父母、真の師、真の主人の立場で無知に陥った人間を悟らせるため、昼夜なく努力された。真の愛を中心とした教育を強調し、自らこれを実践されたのである。
1 善は、一瞬にして実現されるものではありません。善なる人になろうとすれば、過去から受け継がなければなりません。ですから、教育が必要です。学校に行って学ばなければなりません。何を学ぶのでしょうか。歴史の過程で善の道をつくるために犠牲になった人々は、裕福に暮らして死んだのではありません。そのように犠牲になって死んだ人々の思想を受け継がなければならないのです。
2 教育や倫理というものは、善を標準にして進みます。善を標準にして行く道は、易しい道ではありません。苦痛の道です。「私」の体が願うすべてのものは、本質において相反する逆理的な路程です。その道を行かなければ、善の結果を探し出せないというのが、今日、私たちが社会生活で教えられる標準です。
3 今日、学校問題が、緊急な社会問題として、アメリカや日本など、全世界で台頭しています。師は、父母の代わりに、愛で教え子たちを教育しなければなりません。永遠の愛をもって教育しなければならないのです。教室で会う時の縁だけではありません。自分が教えてあげた教え子たちを、一生の間、忘れてはいけません。そのような愛の絆を結ぶために努力しなければならないのです。
自分のすべての知識を、愛とともに連結する師が真の師です。生活の方便として、月給をもらうために教えるのではなく、愛の思いを抑えることができずに教えてあげざるを得ない師、生活が困難になるとしても教えなければならないという師にならなければなりません。夜も昼も訪ねていって、自分のもてる知識を愛で伝授してあげ、また、それを受けたいと思う師弟関係にならなければなりません。そのようにする師が真の師であり、そのような教え子が真の教え子なのです。
4 真の愛を中心として、社会や国家に必要な要件は三つあります。一つは、父母が必要です。もう一つは、先生が必要です。教育が必要だというのです。その次には、主人が必要です。師は、愛を教えてあげなければなりません。神様のように再創造の主体格をもつことができる人を育てなければならないのです。知識は一代で終わりますが、愛は永遠なのです。師は、父母の心をもって、自分の後継者になることができ、自分の家門、自分の国を任せられる人を育てる、という心をもたなければなりません。
5 真の師は、父母に代わって教え子を愛さなければなりません。学費を出せない学生がいれば、師が支援しなければなりません。募金運動をしてでも、学費を出してあげる学校にならなければなりません。もし学校でできなければ、そのクラスの学生たちの父母と先生が心を合わせ、教育していこうと考えなければならないのです。自分の家庭第一主義は滅びます。天国に行けません。
6 父母は、子女を教育するとき、自分の息子、娘としてのみ愛してはいけません。世界の人々のための祭物的な息子、娘として愛する父母にならなければなりません。そして、子女を懐に抱き、お乳を飲ませるときは、この地球星の人類を代表する母親の立場で、人類を代表する幼子にお乳を与えるという思いで飲ませなければなりません。そして、他人の子女も、自分の子女だという心情で接する母親になってみてください。
そのような母親のお乳を飲んで育つ赤ん坊は、偉大な人になるでしょう。すぐにはならなくても、一代、二代を経ていく間に、必ずその子孫の中から世界を治めることができる人物が誕生するでしょう。これは公式です。
7 神様はアダムとエバ、子女を教育してみることができませんでした。子女の道理に関する教育ができなかったのです。兄弟愛はいかなるものかという教育ができませんでした。それが恨です。そして、夫婦はどのように生きなければならず、夫婦の天理はいかなるものかということ、神様の愛を中心として見つめる道理を教えてあげることができませんでした。また、神様の代わりに横的に立てる父母教育ができませんでした。
アダムとエバは、神様の息子、娘であり、兄妹でした。その兄妹が大きくなって、夫になり、妻になるのです。彼らが息子、娘を生めば、父母になるというのです。そのアダムとエバが(十分に)教育を受けられないことによって、神様の創造理想を中心とした家庭を完成できませんでした。ですから、その家庭が完成するように、真の愛によって再び子女を教育しなければなりません。兄弟教育、夫婦教育、父母教育を再びしなければなりません。
教育事業を行う理由
真の父母様が多くの教育機関を立てて教育事業に乗り出されたのは、個人よりも国家と世界のために生きる指導者を育てて神様の創造理想である心情文化世界を創建するには、何よりも教育が優先されるからである。そのため、それぞれの教育機関に共通して「愛天、愛人、愛国」の建学理念を掲げられ、人格と専門性を育むために、惜しむことなく多くの支援をされた。
8 この世界的環境をどのように収拾するかが問題です。ですから、教育が重要です。徹底した教育を行わなければなりません。祝福家庭の男性と女性が、原理原則を中心として完全に一つになり、一つになった父母が子女と一つになり、子女と一つになった一族が、七代を束ねて一つになり得る強力な教育体制を、どのようにつくるかが問題です。
教育体制と言えば、二つです。一つは内的な教育であり、一つは外的な教育です。内的な教育は、人格教育からすべての価値観の教育として、家庭から行わなければなりません。家庭を中心として、そのような教育ができる外的な学校を造らなければなりません。(ここに、)ブリッジポート大学や鮮文大学を造った理由があるのです。
世の中の学校全体が否定しても、それを支持できる教育体制をつくらなければなりません。一つの大学だけではできません。一元化された教育基準を中心として、いかなる大学よりも素晴らしい未来像がなければならないのです。社会のすべての疲弊したものを防ぎ、立ち上がって、夜も昼も、どこに行っても批判を受けず、支持を受けられる環境を、どのようにつくるかが問題です。
9 若い人々は、三ヵ国以上の言葉を話すことができなければならない時が来ました。ですから、忙しいというのです。皆さんの時代にできなければ、皆さんの息子、娘でも、そのような世界に同参(一緒に参加すること)させるべき父母の責任があります。私は、全体に責任をもった父母の立場で万民と向き合うのです。
ですから、世界的な大学を造らなければなりません。清平に超宗教神学大学院を建てる計画をしています。世界民族村を中心として文化の殿堂を造り、世界万民が訪ねてくるとき、自分たちの故郷の香りを感じ、本部に来て天の国の宮殿からすべての教育と訓練を受けて、世界に帰っていけるようにしなければなりません。
10 もし、父母が子女に対して、「私がお前を愛し、お前のために苦労しながら汗を流すのは、私のことを考えるのではなく、この国をもっと愛しなさいという思いからである」という愛国の志士の心情をもって教育すれば、そのような父母のもとで愛の教育を受けた子女は、父母が願う愛国の志士になるために努力するでしょう。その子女は、父母の愛を思い出すたびに、三千万民族(韓民族)のことを考えるでしょう。そして、民族のために生きる立場で勉強し、自分の民族が悲惨な状況に直面したときは、自分の父母以上にその悲惨さを感じるでしょう。
しかし、だからと言って、愛国者になるのではありません。そのような立場に立って築いた基盤がなければならないのです。そうであってこそ、それが千年、万年、国民が欽慕できる要因になるのです。そうでなければ、それはすべて過ぎ去ます。
学校において、何としてでも教え子たちに正しい思想を引き継がせようと苦心する師がいるとすれば、その人は大韓民国という国家の運命を心配しながら、教え子たちの手を握り、涙を流してこのように勧告するでしょう。「私に従うのではなく、国に従いなさい。私のために立派な行いをするより、国のために立派な行いをすることを願う」と言うのです。このような教えを受けた教え子たちは、その師が果たせなかった志を果たすでしょう。このように、師は自分の生涯を捧げて教え子たちのために精誠を尽くし、父母は自分の価値よりも国家と世界の価値を貴く思いながら子女のために精誠を尽せば、その師の教え子と、その父母の息子、娘は、国の中心人物になるでしょう。
11 神様が、教会という教育機関をつくっておいた目的とは何でしょうか。ここにすべての人種を集めて教育し、訓練しなさいということです。ここは訓練場所です。精神的な訓練場所、未来の国民と家庭のための訓練場所だというのです。教会が家庭の行くべき道、氏族の行くべき道、国の行くべき道を正しく教育しなければなりません。神様は教会を中心として、未来の家庭と氏族と国民をつくろうとするのです。
12 自分の国のためだけに生きる教育をしてはいけません。国境を越え、世界のあらゆる人を導いていくことのできる教育をしなければなりません。「世界は一つだ。勉強するのも世界のためにする」と言わなければなりません。いずれにせよ、世界は一つにならなければならないようになっています。ですから、結局は一つになるのです。
そのような点で、教育内容の中に宗教教育が必要です。それは、国境を越えることができます。その次に、思想的な教育が必要です。それは世界的です。国境を越えられるというのです。ですから、思想的な内容と宗教的な内容を兼ねた教育にならなければなりません。今後、どのような国家でも、世界のための教育理念に支えられた国家でなければ、世界人類の前に立つことはできません。
統一神学校と鮮文大学、清心神学大学院大学
真の父母様は、一九七二年四月三日、京畿道九里市水澤洞の中央修練所に統一神学校を開校され、大学設立の基礎を据えられた。そして、一九八五年十二月、政府から四年制の各種学校として成和神学校の設立認可を受け、一九八六年三月、神学科の学生四十人を募集して開校した。その後、一九八九年十月に、政府から成和大学への改編認可を受け、一九九四年三月一日、校名を鮮文大学に変更した。真の父母様は、建学理念を「愛天、愛人、愛国」と定められ、「天地開闢鮮文学堂」という揮毫で鮮文大学の設立精神を標榜された。特に、一九九八年十月十九日、純潔学科を新設されるなど、特化された教育を通して、摂理の主役と世界的指導者を養成することに、学校運営の焦点を合わせられた。二〇〇四年一月二十八日には、清心神学大学院大学の設立認可および奉献式において、「奉徳訓行萬福興盛萬歳」という揮毫を下さった。
1 韓国の主要な人士たちが日本を訪問しました。彼らが日本の原理研究会と統一教会の人たちに会ったのち、大変感動していました。この前、私たちが神学校を建てようとしたとき、その人々が反対したのです。ところが、今回彼らが日本に行って感動し、私たちの責任者たちに、「神学大学を早く造れるようにしてあげよう」と約束しました。その約束を取りつけてきたのです。これから、四年制の神学大学が設立されます。哲学科や社会事業科、農業科の系統もつくることができます。そして、物理や工科の大学などに拡大すれば、総合大学になるのです。総合大学を造らなければなりません。
2 これから、韓国では若い青年組織や、大学の学生たちを中心として活動しなければなりません。これが今まで、中枢的な組織の編成から抜け落ちていました。ですから、私たちは、二世を育てることにおいて莫大な損害を出しています。大学を建てて二世たちを養成しようとしているのですが、政府が今まで阻んできたのです。様々な言い訳をして反対してきましたが、今や、そのような時代は過ぎ去りました。韓国の学校の中で、一番の施設を造るのです。今後、この学校には誰でも入れるのではありません。世界で有名な碩学たちが来て教えるのです。
3 「成和神学校の学生たちを、夜十二時以前に寝かせてはいけない」と言いました。「二年生からは英語で講義しなさい」とも言いました。私が彼らに、「聞き取りなさい!聞き取れなければ、落第だ」と強調したのです。英語が分からなければなりません。最低限、三ヵ国語ができなければならないのです。私は今も英語の勉強をしています。外国語を勉強しているのです。勉強をしなければなりません。
4 鮮文大学は知性世界の殿堂ですが、世界的な知識人たちの立場から見るとき、後れていてはいけません。ですから、私は、徹底して教育しなければならない責任を感じました。そのような意味で、徹底的に教育しなければならないというのです。そのような基準を中心として、今後、大学を建てるに当たり膨大な資源を投資するつもりです。その資源を教会に投資すれば、どれほど発展するでしょうか。それを私はよく知っています。
いずれにせよ、教会というものは長い期間を通じて発展します。急速に発展するよりも、長期的な発展をするほうが、質的な面や内的な面で強固になると考えるのです。しかし、教育は、変遷する社会で、全体が統一された知識基準をどのように立てるかが問題です。そのように変遷する社会に後れを取らない基準を立てることが、今後、大学が発展できる原動力になると考えるのです。
5 私が一九五〇年代に、「世紀末的な時代になれば、一日生活圏内で世界が動く」と話したとき、誰も信じませんでした。「コンピューターシステムが構築され、電話も座ってどこにでもかけられ、遠く離れた所とも会議をすることのできる一日生活圏内で、世界が同化し得る時代が来る」と話しました。
統一教会がその水準に上がっていくのですが、天は、発展的な相対世界を連結してくれているというのです。ですから、鮮文大学が停止していてはいけません。二十一世紀を踏み越えて進み、二千年、三千年、五千年の歴史を立てていける基盤を築かなければなりません。そのような準備をしようとすれば、皆さんの考えや方向が一つにならなければなりません。
6 造船所に行ってみれば、小さな鉄のかけらでもすべて使い道があります。そのようなものをすべて細分してもってきて、合わせるようになっています。人の体のようなものを作るとすれば、手を別に作り、足を別に作り、目や鼻を別に作り、持ってきて組み立てるのです。それが大変です。溶接が一ミリメートル違っただけでも、全体を捨てなければなりません。これから、そのような世界になります。
鮮文大学もそうです。伝統を中心として計画を立てなければなりません。実務に責任をもった人々は、計画を引っ張っていく人にならなければなりません。そのようにしてこそ発展します。現在、責任をもっている所で(あらゆる面で)際立っていなければなりません。学生たちを教えることにおいて模範になり、生活的な面で模範になり、教授たちからも公認を受けられる基盤を確保しなければなりません。
盲目的であってはいけません。思想的な基準で、価値観の基調がなければならないのです。根があってこそ木が育ちます。思想武装をしなければ何もできません。中心の根は、まっすぐに下りていかなければならないのです。
7 「愛天、愛人、愛国」という鮮文大学の建学理念で標榜したように、私がこの大学を設立するようになった動機は、神様を愛する愛天理念でした。愛天で意味する神様は、特定の宗教や宗派の教理の中に閉じ込められている神様ではありません。生きた根源者でいらっしゃる神様は、真の愛の本体であられ、人類にとっては無形の真の父母であられ、天道とすべての教えの根源であられます。私は早くに、生きていらっしゃる神様を知ってから、一時もその神様の願いを忘れたことがありません。
神様の真の愛の理想である平和世界を実現するために、一生を献身的に歩んできた私は、未来を導いていくビジョンある人材の養成を、重要な宿願事業の一つとして感じてきました。今後、近づいてくる地球村時代、人類大家族社会を導いていく人材は、まず天と人類、国、世界、万象を愛する人でなければなりません。真の父母、真の師、真の主人の三主体の人格は、神様に似た愛の実践の中で形成されるからです。大学は、創意力の啓発を通した専門家を養成する教育機関です。しかし、普遍的真理の根源である神様とつながった人格教育を通して、三主体人格者である健全な指導者を養成する普遍教育は、何よりも優先されるのです。
8 鮮文大学では、天理に従う愛の実践と体恤の手本になる教授と指導者たちが、全体の学生に真の父母、真の師、真の主人の人格を教育しなければなりません。人類が念願する自由と平和、統一と幸福は、知識や力、あるいは物質の豊かさだけでは実現されません。人間の道徳性と霊性の啓発が前提にならなければならないのです。
新たに到来した二十一世紀は、摂理完成の世紀として、人間が不可避的に霊界と近く通じ合いながら生きなければなりません。鮮文大学は、私の行跡研究とともに、世界の碩学たちが押し寄せてきて、霊界について研究するセンターになるでしょう。また、本大学は、人間の知性と専門性の啓発だけでなく、心霊の啓発を通して人格を完成する大学、すなわち道徳的で霊的に完璧な指導者たちを育成する世界一の大学になるでしょう。
9 鮮文大学は、世界の碩学たちと世界を導く指導者たちが最も喜んで訪れる共同研究と討論の場になり、未来の理想実現に連結されることを確信しなければなりません。これから鮮文大学には、世界から天才的で最も優秀な若者たちが、雲霞のように押し寄せるでしょう。
この大学は、韓国人たちだけのための大学ではありません。世界の人々はもちろん、天上にいる霊人たちの願いまで包括する摂理史的な大学です。世界の志ある若者たちが、摂理の祖国である韓国を知り、世界平和のための真の愛のビジョンを共に分かち合う国際化教育の揺籃です。
ここで学ぶ学生たちは、世界市民、ひいては天一国国民としての素養を備え、善民となり、未来世界の指導者になることができる品格を備えなければならないでしょう。そして、教授と役職員の皆さんは、この大学を、専門的な知識と技術はもちろんのこと、知恵と道徳性、そして、霊性を研磨しながら、真の愛の人格を形成する学堂にしなければなりません。
10 鮮文大学は、神様と天意に従った設立者が願う、清く高尚な二世たちが学ぶように準備された所です。ですから、純潔教育の世界的な揺籃にして、国と世界が信じて任せられる訓育、および実践の場となり、明るい未来に連結されなければなりません。
真の愛の心で隣人のために何でも分かち合い、施すことができる奉仕の人格を研磨する、金の卵たちとして育てなければなりません。天宙が願う、超国家、超人種、超宗教的に開放された教育を通して、あらゆる人種の人たちが一つの兄弟の理想を学ぶ、和合の学舍にならなければなりません。世界を健やかに、美しく育むことのできる、多様な知識と技術の専門家の養成所として育つことを願います。鮮文大学が世界の若者たちに真の愛と平和の生きた知識を悟らせ、奉仕し、研究する教育機関として、日々発展することを願います。
11 今、世の中は、父母が子女を信じることができず、子女が父母を信じることができません。妻を信じることができず、夫を信じることができず、兄弟を信じることができず、祖父母を信じることができません。不信の風潮の世の中です。これは、悪魔が地上地獄を膨張させたものであることを知らなければなりません。
誰が家庭を救ってあげるのかというのです。救う人は、真の父母以外にはいません。真の父母の家庭編成理念は、天の国の秘密食庫に入っている教科書です。エイズは、私たちの手によって、大韓民国でブレーキをかけて追放しなければなりません。アメリカの風潮に付いていってはいけないというのです。
12 純潔大学を造らなければなりません。単科大学を造るつもりです。男性と女性の純潔大学にならなければなりません。純潔大学の出発とともに各学科をつくっておき、男性たちまで編入させるのです。これから、世界的な名門校になります。大臣や学者など、国の有名な人々はみな、純潔大学を卒業した女性を嫁に迎えようとし、男性を婿に迎えようとするでしょう。
13 絶対「性」を守れなくなれば脱落します。そのことゆえに人間が堕落し、神様が今まで苦労しているのです。神様の胸に大きな釘を打ち込んだのは何でしょうか。アダムの生殖器とエバの生殖器です。二人が誤ったために、天下がすべて崩れたのです。天下を造っておいたのですが、それゆえにすべて崩れたというのです。
それをよみがえらせなければならない責任があります。ですから、アダムとエバが堕落する時に神様が深刻だった以上に、皆さんは性の問題を中心として、(絶対「性」を)絶対視しなければなりません。そのため、鮮文大学に純潔学科をつくったのです。
14 二〇〇四年一月二十八日、午前十一時五分を中心として、清心神学大学院大学を奉献するこの記念の時間を迎えています。この日を期して、天がこの場所とこの環境とこの全体を引き受けて主人となられ、万世に誇り得る教育の殿堂となるようにお許しくださることを、お願い申し上げます。
韓国において、鮮文大学と同じように、ここの神学大学院を中心として、今後、超宗教超国家として、新しい神様の理想的世界において、天を知り、地を知り、人間を知り、天のみ前に主人がいらっしゃることを知って、その主人を万世の理想的創造主として、真の父母として、真の師として、侍ることのできる人材をこの殿堂で教育することを願いますので、お父様が引き受けてくださり、一切の奉献された事実を快くお受けください。ここに所属する一切の機関ごとに、そして、師と教え子が一つになって、「清心」というこの文字に恥じることがなく、燦々(さんさん)と朝の太陽の光を浴びるように、喜びの中ですべての思いが一つになり、天の本然の垂直的な中心を備えて、体と心が一体になった世界の主人と、横的な実体と一つになるようにしてください。
15 清心神学大学院大学は、超宗教の神学大学院です。有名な博士たちを連れてきて、自分が所属した教団の教理を紹介し、統一教会と比較させるのです。統一教会に所属した博士が批判したものや、自分たちが批判したものが同じようになるときには、超宗教全体の立場から、一つの道を探し出して教えてあげなければなりません。それは、天地が願う宿命的な課題です。
16 アメリカの統一神学大学院は、超宗教の神学大学院です。超宗教です。ここには仏教徒も入ることができ、儒教やイスラーム、キリスト教を信じる人もみな、入ることができます。ここを卒業した人は、超宗教的に、どこにでも行って、牧師や指導者として活動できるのです。そのような神学大学院になります。清平には、清心神学大学院大学を造りました。清心神学大学院大学はアベルであり、アメリカの統一神学大学院はカインなので、一つにならなければなりません。
統一神学大学院、ブリッジポート大学と世界大学連盟
真の父母様は、一九七四年四月三十日、アメリカ、ニューヨークのハドソン川の川辺、ベリータウンにある敷地七万坪(五十八エーカー)のカトリック神学校を引き継ぎ、一九七五年十月二十日にアメリカの統一神学大学院として開校された。そして、一九八六年十一月二十一日に認可を受け、神学科と神学教育科の修士号課程を新設し、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教などから教授たちを招聘して、超教派大学院として運営された。続いて、一九九二年四月十五日にブリッジポート大学を引き継がれた。アメリカのコネティカット州、ロングアイランド海峡沿いに位置するブリッジポート大学は、一九二七年に設立された由緒ある大学である。真の父母様は、世界の大学が国家や理念、宗教の壁を飛び越え、人類が追求する共同価値の実現に当たって先頭に立たなければならないと考えられ、一九九六年一月、ウルグアイのモンテビデオで世界大学連盟の結成を宣言された。そして、国際的な人材を養成し、国連を通して世界の指導者クラスの人脈ネットワークを構築するため、国連大学の設立を提唱された。また、「これからは、学校という空間より、誰もがそれぞれの場所で教育を受けられる映像通信教育時代に入るようになる」と語られた。
17 私がベリータウンに神学校を造ったのは、統一教会に神学が必要だからではなく、キリスト教のためです。ですから、ユダヤ教の教授、カトリックの教授、長老派教会の教授などを連れてきて優待するのです。それゆえ、不思議だというのです。統一教会の「原理」を教えず、干渉もしないで、自分たちの好きなように教えるようにしているというのです。
18 統一神学大学院がアメリカで有名になっています。アメリカの神学界で問題の神学校として注視しているのです。施設や学究的な実力では、どの大学院にも劣らない水準に上がりましたが、政府が政治的な背景を中心としてブレーキをかけています。しかし、アメリカの神学者たちが関与しているので、政府も仕方なく認可を出さざるを得ない段階に来ています。
19 ベリータウンの神学大学院に対し、一九八六年十一月二十一日に設立認可が下りました。統一神学大学院です。そのために十一年間闘いました。ニューヨーク州の教育委員会を相手に、行政訴訟を起こしたのです。学校設立の規定に従って、施設から教授と学生たちまで、すべてのものを備えたのに、なぜ認可してくれないのかというのです。アメリカでは、そのようなことはあり得ません。
訴訟を起こし、私たちが一審で勝ちました。向こうの控訴で二審に進んだのですが、二審でも勝ったというのです。三審まで進みました。ニューヨーク州の立場からすると、三審でも負ければ国の面子が立たないので、そこで棄却したのです。「ニューヨーク州の教育委員会と統一神学大学院が話し合って、良い方向に向けて解決しなさい」と言って棄却してしまったのです。それが棄却されてから四年目に認可が下りました。
20 お父様が神学校を建てたのは、アメリカを救うためです。企業体を発展させるために建てたのではありません。現在の神学校は、アメリカを救う能力がありません。今後は、私たちの神学校の出身者たちが、この国に影響を及ぼすでしょう。大学教育もそうです。現在教育しているものでは、アメリカの進路を変えることができません。再教育ができるのは、私たちしかいません。キリスト教自体が、神様のみ旨を知らないのです。それを知っている人は私たちしかいないので、私たちが新たに教育しなければなりません。
今までお父様がこの神学校の設立を急いだのは、アメリカを再教育するためです。キリスト教を新たなものにして、新しいアメリカ、新しい自由世界をつくるのです。
21 私は、ブリッジポート大学を引き継ぎました。アメリカで外国人として総合大学を引き継いだ人は、私しかいません。初めてです。これは記録です。ですから、四方からどれほど反対を受けたか分かりません。あらゆる大学で、「今、レバレンド・ムーンがアメリカの教育分野を占領するのは、未来のアメリカを滅ぼすためだ」と言って、ありとあらゆるうわさが立ちました。
「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」などの新聞も、あらを探して非難しました。私はアメリカに来て、悪いことは一つもしていません。夜も昼も、堂々としているというのです。堂々とした男として生きてきました。
22 お父様が生きていく生活の天理、鉄則があります。私は、天の福があれば、福のパイプをつなげてあげようとするので、お父様が苦労した所に祝福があるのです。ブリッジポート大学はコネティカット州にあります。私が入って苦労した刑務所がある州です。そこが祝福を受けたというのです。
ブリッジポート大学を私が引き継かなければその州は不渡りを出すようになっていました。私が困難な学校を引き継ぎ、今や誇らしい都市になりました。注目の対象になったというのです。その周辺の州の中で、注目の都市になりました。アメリカに対しても、私は「うまくいくように」と祈るのであって、「滅びよ」とは祈りませんでした。苦労した所です。私が手を放して去ったとしても、アメリカは滅びないというのです。
23 学問とは、国境を超越しなければならず、歴史まで超越しなければなりません。そのような観点から、全世界の学者たちが一堂に会して教育をするのですが、民族の限界線に支配される教育制度を私たちは克服しよう、越えていこうというのです。アメリカであればアメリカのための教育制度、イギリスであればイギリスのための教育制度ではなく、それを超越して、私たちが新たに構想する一つの世界、平和の世界を建設できる教育制度を整えなければなりません。
このような目標を立てておき、そこにふさわしい教育施設を備えなければ、完全な教育をすることができないので、そこにふさわしい大学を造ろうと考えています。それで、国際大学理事連盟をつくろうとしているのです。
24 今後は、誰でも統一教会の責任者になれるのではありません。責任者になろうとすれば、世界が共通に公認する試験過程を経なければなりません。「韓国の郡の責任者だ」と言えば、アメリカにも郡があるので、その責任者と釣り合う資格を与えるのです。そうすれば、どこに行っても、「あなたは何の責任者ですか」と聞かれるとき、「郡の責任者です」と言えば、どのレベルかが分かるようになります。言い換えれば、「小学校の教師だ」と言えば、どこに行ってもすべて通じるのと同じです。そのように制度化しなければなりません。
それで、私がアメリカに行って急いだのが、教育の制度化です。それは、人の数で制度化するのではなく、教育の基盤の上でしなければなりません。ベリータウンで急いだことがそれです。今や、本格的な教育の段階に入るのです。
25 世界的に有名な教授たちと各分科の専門家たちを集めて、新しい百科事典を編纂しなければなりません。今後、各分野で価値基準を中心とした新しい百科事典を編纂するつもりです。すべての分野で革命を起こすためには、まずその原書となる百科事典を編纂しなければならないというのです。それで、それに該当する全般的な問題を中心として日刊紙を発刊し、世界の若者たちを教育しようと考えています。
そのためには、連合的な教育機関が必要なので、大学を中心とした連盟を編成しなければなりません。一国の大学をもってしてはできません。大学を連結させて、世界に影響を及ぼすことができる方向性を提示するための準備をしなければならないというのです。
26 一九九六年一月、ウルグアイのビクトリア・プラザ・ホテルで、世界大学連盟の設立を宣言しました。大学連盟を中心として、世界の大学が共同価値の信念を認定する方向に進まなければならないというのです。
国家の権益が問題ではなく、自由が問題ではありません。学問の世界では、人種を超越し、伝統とすべての国境を超越して、実力のある人は、いかなる大学でも、文化的背景に妨げられず、自由に活動しながら心置きなく実力を発揮できなければなりません。ですから、どんな大学でも訪ねていって教えてあげることができ、影響を及ぼすことができる道を開こうとしているのです。
27 南北米大学連盟を中心として、アジアから南北米とヨーロッパ、アフリカまで連結します。そうして、専門分野を中心として世界的に推戴できる人は誰かを、毎年評価していくのです。そのようにすることによって、大学が社会を動かす基盤になります。精神的な面、倫理的な面、道徳的な面で基準を立てることができるのが教育です。その教育基盤の上で、神様を教えてあげればよいのです。
ここに言論機関が連結されるのです。そうして、内的、外的に歩調を合わせるようになるときには、世界が違う所に行こうとしても、行くことができません。学校を経た人々が社会に出て、教える人々が影響を及ぼし、また家庭が一つになれば、世界が一つの方向に進むのです。
28 これから、共産主義世界の理論家たちと民主主義世界の理論家たちと統一思想家たちを連合し、国際セミナーをたくさん開こうと考えています。そのためには、アメリカ政府と国連をここに加担させなければなりません。アメリカ政府が自ら、この混乱した時代に方向性を設定できるようにするのです。そのようにして、大学連盟を通し、その方向どおりに追求していくようになれば、一つの主流思想圏に統治される世界となる時代に越えていくと考えるのです。
29 私が計画するのは、大学連盟をつくり、国連大学を設立することです。そのためには、アメリカのアイビーリーグの大学総長たちが推薦しなければなりません。今、そのようなことをしています。私たちが教育するという意味で、五〇パーセントの学生たちを集め、アイビーリーグの大学から五〇パーセントを引き抜いて、国連大学を創設しなければなりません。国際的な人材を教育するために、アメリカから始めますが、教育は韓国でしようと思います。そのようなことを実現しようとすれば、膨大な計画を立てなければなりません。
30 国連には超国家的な理念がありますが、それを実践する人脈がありません。そこには、自国の利益のために働く人々ばかりがいるのであって、世界の利益のために働く人がいないというのです。それを私が編成するために、ブリッジポート大学とアイビーリーグの十大大学をまとめようと考えています。そうして、世界的な人材を創出し、国連を通して全世界の指導的人脈体制をつくる計画です。
31 今後は学校が必要なくなります。映像通信教育時代に入るのです。私がそれを始めています。世界的な学者たちを私がたくさん知っているので、各分野の学者たちを招請し、映像を作るための準備をしています。今、私たちの「ワシントン・テレビジョンセンター」を中心として行っているのです。今までは文字通信の社会でしたが、これからは映像通信の社会に変わるのです。
32 これからは、家を造り、そこに集まって暮らす必要がなくなります。今までは生活の利便性の問題、すなわち交通手段の利便性の問題、教育の利便性の問題、そのような問題のゆえに集まって暮らしました。ところが、これからはテレビやラジオを持って、どこの谷間に行っても暮らせるようになります。今後は学校がなくなります。すべて映像で教育するのです。既に、そのような時になりました。
国際的な管理体制のもとで、小学校課程を映像で教育するのです。ですから、六年ずつ勉強する必要がありません。頭の良い人は、二年以内に卒業することもできます。大学までも、映像を通して勉強し、国家が公認する試験にパスさえすれば、どこに行っても公認されるのです。
「圓母平愛財団」と「愛苑銀行」
真の父母様は、一九九四年三月二十五日、「愛苑銀行」(一九九六年に「自願奉仕(チャウォンポンサ)愛苑」に名称変更)を創設された。「愛苑銀行」は、恵まれない人々のための社会奉仕団体であり、無料給食所「愛苑の家」と南北統一奉仕団、国際救護奉仕団など、十八の奉仕団を設置している。また、真の父母様は、二〇一一年八月十六日、「圓母平愛財団」の設立を提唱され、二〇一三年二月二十日、京畿道加平郡の天正宮博物館において、真のお母様をお迎えして出帆式が行われた。「圓母平愛財団」は、世界が必要とする優秀な人材の養成支援、および真の父母様の平和思想とビジョンの宣揚、奉仕と分かち合いの実践などの事業を展開している。何より、平和の夢をもった国内外の人材に奨学金を支給し、良質の教育を受けさせることにより、今後、国際指導者として成長できるように支援することに大きな志をもって出帆した。
1 「圓母」とは、根本を意味します。「圓母」が平和の根本になり、真の愛の根本になります。真の愛の上に財団が設立されるので、太平聖代の上に支柱が立てられ、天地が永遠、無窮なものになることができるのです。そのような世界が真の父母から始まります。
2 「圓母平愛財団」の「圓母」は、「圓」の字と「母」の字です。人は誰でも、角をなくして丸くならなければなりません。様々な性格をもった家族を愛で抱き、和睦した家庭をつくる母のようにならなければならないのです。圓母は、母の中の母という意味です。どこかに引っ掛かるものがあれば、自らを伸ばしたり縮めたりしながら、あちこち転がして円形をつくり、本然の位置に帰るのです。そうしてこそ、天の父母様に似ることができます。
「平愛」は、真の愛で、低い所にいる恵まれない人たちの世話をすることによって、高低のない水平が形成され天宙が真の愛で満ちているという意味です。真の愛の種を蒔いてこそ、真の愛の平和の木が芽生え、育ちます。「圓母平愛財団」は、天の父母様を中心に平和の世界を成し遂げるというビジンをもって、一生懸命に走らなければなりません。優秀な人材を支援し、奉仕と分かち合いの文化をつくり、そして、社会貢献プログラムを運営して、心情文化世界を実現する先頭に立たなければなりません。
3 お父様は生前に、「『圓母平愛財団』はお母様に残す最高の贈り物である」と祝福してくださったことがあります。ですから、この財団はより特別なのです。私 (お母様)は、この財団を通して永遠なる天の父母様に侍り、真の愛で分かち合いを実践し、平和世界を実現していこうと思います。皆さんも、「圓母平愛財団」がもつ平和世界のビジョンと理想を胸の奥深くに刻み、同参して勝利者になることを願います。
4 皆さんは、歴史の主人にならなければなりません。そのためには、主人意識はもちろん、父母の心情をもたなければなりません。私(お母様)は今後、真の父母様の伝承事業の中で、その一部を担当するようになる「圓母平愛財団」をより大きく、広く育てていくつもりです。全世界の人類が等しく恵沢を受けることができる財団として育てていきます。
それは、私一人だけの力で可能でしょうか。皆さんが同参し、力を合わせていかなければなりません。そうして、この社会とこの国、私たちの周辺のあらゆる国家が必ずや必要とする未来の指導者たちを養成し、分かち合うことを実践しなければなりません。
5 お父様は今まで、国家を動かせる団体を三十以上つくりました。皆さんは、どの国でもこの三十以上の団体の支部をつくりなさいというのです。これらをすべて整理して引き継ぐのです。これらの団体の基金をつくり、毎月会費を出すようにするのです。今まで私がお金を出しましたがこれから大会に参加するときは、各自がお金を出して参加する体制をつくらなければなりません。基金をつくって、その銀行の利子で毎年いくらでも大会を行うことができ、息子、娘に奨学金を出して勉強させることもできます。そのようになれば、世界の有名な人たちが祝福家庭になるのです。それが世界を生かす道です。
6 最も価値のあるものは、目に見えず、永遠に存在します。ですから、愛は最も絶望的な状況の中でも、希望と勇気を呼び起こし、永遠に変わることなく人々の心の中に息づき、最後の瞬間にも、始まりを語ることができる力をもたらしてくれます。
道徳と価値観の崩壊、人間性の喪失と物質万能主義の病弊の中で呻吟している、私たちの社会のもどかしい実情は、自分自身だけでなく、人に配慮し、ために生きることができる真の愛によってのみ、治癒されるのです。真の愛は、与えても忘れ、また与えようとします。寒さに震える隣人に、心をこめて、一足の靴下をはかせてあげること、時には、見ず知らずの人のために自らを完全に犠牲にすることが真の愛です。人間の価値は、外的または物質的価値基準によるのではなく、その精神と人格にあることを信じる真の愛の心が、人に対する尊重と配慮を生むのです。
私たちには、不遇な家庭環境、物質的な貧困、または身体的障害を理由に疎外される隣人たちが大勢います。彼らに温かい父母の愛、兄弟の愛、子女の愛を分けてあげるために「自願奉仕愛苑」は誕生しました。自らに可能な限りの時間、努力、物質を、苦労している隣人のために投入し、施すことは、明らかに意味があり、やり甲斐のあることです。自願奉仕(ボランティア)とは、人のために自ら行う真の愛の実践です。さらに、自願奉仕は、人間個人の人生にのみ影響を与えるものではなく、一つの国の生活水準を表す指標にもなります。
隣人と共に生きている今日の地球村文化は、人間の尊厳性、愛への信念と社会共同体意識を切実に求めており、これは国境と宗教と思想を超越した絶対価値、すなわち変わらない真の愛を実践しなければならない、人間性回復の時代に入ったことを悟らせてくれます。
7 後天時代の主人は皆さんです。ですから、私が残したものを手本にして、実践しなければなりません。そのようにすれば、皆さんの子孫たちが、「私たちの御先祖様、ありがとうございます」と挨拶するようになるでしょう。そのように、皆さんの子孫が、皆さんに有り難く思いながら天に感謝できるようになれば、神様も天地を抱き、「私の世界になった」と語ることができるようになるのです。そうして、そこから永遠の安着と永生の生活が始まります。
皆さんは、子女教育に関心をもち、子女たちを正しく導いていかなければなりません。その次に、息子、娘、子孫たちを愛さなければなりません。父母は、子女にあらゆるものを与えて死ぬのです。ですから、私は、多くの基金を援助して「圓母平愛財団」をつくりました。愛しているがゆえにつくった財団です。愛は与えることなのです。
8 皆さんは復帰の過程にいるので、自分の息子、娘のためだけにお金を使ってはいけません。世界のために、世界の二世のために使いなさいというのです。それでこそ、世界的な運勢の版図が開かれるようになります。自分の息子、娘のために使おうとすれば、世界の運勢圏が完全にへし折られてしまうのです。父母様も、祝福家庭の息子、娘たちのために奨学基金をつくりました。それをつくって祝福家庭の二世たちの教育のために援助してあげるのです。
9 お父様がラスベガスで様々な事業に関心をもつのは、そこから入ってくる収入の半分を奨学金として使うためです。カイン世界の貧しい息子、娘たちが学校に行けない場合がたくさんあります。学校に行けないので、徐々に脱落するのです。ですから、国々を連合して奨学制度をつくるのです。アベル国連が第一にしなければならないことは、奨学会をつくることです。奨学会の基金は、どこから調達するのでしょうか。世界がアベル主管圏内に入ってくれば、思いどおりにすることができます。
10 私(お母様)は、「圓母平愛財団」の事業をさらに大きく発展させるつもりです。初めに、お父様の聖和基金の全額を「圓母平愛財団」に元金として入れました。全人類に等しく恵沢を与え、本来の天のみ旨と天地人真の父母のみ旨が何かを知らせるのです。無知には完成がないと言いました。まず、人々を教育しなければなりません。言葉だけでなく、行動で見せてあげなければなりません。ですから、愛苑銀行も創設し、愛で分かち合いと奉仕を実践しながら、恵まれない子供たちと隣人を助けてあげています。しかし、これだけで満足はせず、さらに多くの隣人に愛を施していくでしょう。
11 「圓母平愛財団」は、「多文化(国際)家庭」を支援しています。一九七〇年代の初めから国際祝福結婚式を始め、今や大勢のカップルが誕生しました。その元祖は真の父母様です。韓国と日本、ドイツとフランスなど、怨讐の国の人同士を祝福した家庭は、怨讐関係を心から和解させる架け橋の役割をするようになりました。また、東洋と西洋、人種間で交叉祝福を行い、「多文化」として花咲く平和世界の基盤をつくりました。
12 あらゆることは人にかかっています。ですから、優れた人材は、平和世界建設の大黒柱です。どの家庭や組織、あるいは国家でも、優れた人材がいてこそ発展します。優れた人材とはどのような人なのか、という基準が重要です。原理では、三大祝福を完成した人を指します。三大祝福は、生育し、繁殖し、万物を主管しなさいという天の祝福であり、私たちには、その三大祝福を完成した人が必要なのです。そのような人は、家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子であると言うことができます。
真の父母様は、天の祝福を完成する人を教育することに、一生の間、力を注がれました。「原理」を探し出すために、ページが檫り減るほど聖書を読み込み、天の悲しい心情を感じてどれほど泣かれたか分かりません。一日中そのようにされるときもあり、十時間以上汗を流してみ言を語られるときもあました。皆さんは、一時間か二時間、渾身の力を込めて誰かにみ言を語っただけでも、倒れるかもしれません。これから皆さんも、真の父母様が見せてくださった真の父母、真の師、真の主人の生涯路程を学び、従うことに力を注がなければなりません。「圓母平愛財団」は、真の父母様のこのような志を生かし、人材育成のために積極的に努力しなければならないのです。
13 皆さんは、勉強し、学校に通う目的を、良い大学に行き、お金をたくさん稼ぐ職場に入ることにおいてはいけません。神様が下さった三大祝福を完成し、愛天、愛人、愛国を実践する人になることが、最も大きな目的にならなければならないのです。その目的の上に知識と技能と実力を積んでこそ、大きな夢を成し遂げることができます。
「圓母平愛財団」は、皆さんが自分の夢と天の父母様の夢を一致させ、さらに優れた人材になれるように積極的に支援するでしょう。
鮮鶴平和賞
真の父母様は、二〇一三年二月二十日、鮮鶴平和賞を制定された。真の父母様の平和思想を宣揚するために制定された鮮鶴平和賞は、世界平和のために高貴な犠牲を払い、献身してきた人物たちに授与されるものである。二〇一四年八月十一日、ソウルのプレスセンターにおいて、公正かつ透明性をもって受賞者を選定するため、世界の著名人士たちが参加する中、「鮮鶴平和賞委員会」が出帆した。
14 二〇二〇年まで、私(お母様)が天のみ前に約束したことがあります。それが必ず成就するよう、多方面で環境創造をするつもりです。そのような遠大な夢を成し遂げるために、人類が三十億の時から拍車を掛けてきましたが、今は七十億を超えました。遠くない将来に、七十億の人類に、私たちのみ旨をすべて知らせてあげたいと思っています。ですから、「圓母平愛財団」を通して、多くの人材と、平和のために努力する各界、各層の人たちが、より大きな役割を果たせるよう力になってあげようというのです。
私たちがもう少し努力して動きながら、分かち合う生活で真の愛を実践すれば、私たちの未来は、より明るく幸福な世界になるでしょう。私たちは、私たちの子孫が苦労することなく、何の蕩減もない世界で幸福を享受して生きることを願っています。
15 「科学の統一に関する国際会議」に参席する人たちは、アメリカでも有名な人たちです。ノーベル賞の受賞者たちもたくさんいます。
このような人たちがお父様と一度会えば、なぜかまた会いたいと思い、自分が大会に行かないと体のコンディションが悪くなるというのです。大会に来れば気分が良いと言いながら、互いに喜んでいます。
過去数年間、私が彼らにお金を出してあげながら会議をコーチしてあげ、名誉と威信まで立ててあげたのです。ノーベル賞のような賞までつくろうと、第一回、第二回、第三回まで、二十万ドルずつ賞金を授与しました。
16 今、世の中では、黙って私を尊敬する人たちが大勢います。そのような環境をつくっておいたので、アメリカのために奉仕をしようというのです。それで、私が「アメリカ奉仕連合(united to Serve America)」をつくりました。頭文字を並べるとUSAになるこの組織をつくり、アメリカの二百五十の都市で復興会を終えました。そして、キリスト教徒たちの中で、人知れず功労を立てた人たちに、私たちが表彰するのです。これを「ダイヤモンド賞」と言います。
そのような賞をつくって連合運動をするのですが、これは超教派的です。国を生かそうというのです。滅びていく家庭と青少年たちを保護するための運動は、キリスト教文化圏がしなければなりません。この目的が良いというのです。ですから、今まで静かに生きてきながら、自分のすべてを犠牲にしてきたキリスト教の核心要員たちと組織要員たちを表彰するのです。
17 私たちは、平和のビジョンと思想を子孫万代にまで相続させ、伝承させなければなりません。このために平和賞を制定し、真の父母様の平和ビジョンと思想を宣揚していくつもりです。私(お母様)は、「圓母平愛財団」を中心に真の愛を実践し、世界平和のために犠牲になり、奉仕する個人や団体に授与する「鮮鶴平和賞」の制定を準備しています。この賞を通して、真の平和理想世界の実現のために献身する人たちを激励して支援し、この賞を人類歴史で最高の価値をもつ平和賞として定着させるのです。
18 「圓母平愛財団」は、世界的にノーベル平和賞を凌駕する「鮮鶴平和賞」を制定します。この賞を受ければ、天のみ旨と人類の平和のために大きく貢献した人、または団体として、世界の人たちが仰ぎ見る歴史的な立場に立つようになるでしょう。「圓母平愛財団」が推進している大いなる聖業に皆さんが多くの関心をもち、全員が協働者、同参者となって、歴史に末永く残ることを願います。
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