真の父母経

第六篇 第二章

真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演

この章の目次

第一節 真の父母様のアメリカ摂理出発

困難を経て実現したアメリカ路程

第三次世界巡回は、真の父母様がアメリカに滞在しながら世界宣教活動を主導するために推進されたが、序盤から難関にぶつかった。韓国出発から、日本を経由してカナダ、アメリカ到着に至るまで、多くの困難が伴ったが、紆余曲折の末にアメリカに到着され、アメリカを中心とした世界宣教の陣頭指揮を執られるようになったのである。

1 一九五九年に、世界的基盤を築くため、アメリカに宣教師を配置しました。宣教師たちが責任を果たしていれば、相当な影響を及ぼしたでしょう。私がアメリカに行って、三年路程を通して血を流す路程を経なくても、難なく勝利できる基盤を築いていたのです。急がれる天のみ旨と天的な使命を知っていましたが、アメリカにいる宣教師たちを中心としては、アメリカを手際よく処理できませんでした。彼らはアメリカを相手にすることができないというのです。それで、一九七一年にアメリカに行く時、神様と約束をして出発しました。韓国と日本を突破したので、アメリカを突破しなければならないと考えたのです。

2 私たちが最初、韓国から日本に出発しようとした時が、韓国政府が国家非常事態を宣言(一九七一年十二月六日月曜日)する正に前日でした。よくよく見れば、事態が切迫しているというのです。それで、出発しようとしたのですが、日曜日で手続きができないのです。外務部旅券課課長の決裁を受けておかなければならないのですが、受けていませんでした。日曜日だとしても出発しなければならないのに、認証書がないので出発できなかったのです。ところが、出国三十分前に旅券課の課長と会うことができました。それは天の役事です。

3 一九七一年に、私がアメリカに出発する時には食口たちに話しませんでしたが、神様の特別な命令があり、三年間で、アメリカに対する世界史的な使命を果たさなければならない責任を感じて、アメリカに向かいました。アメリカ国民に対して、どのように三年間で新しいキリスト教、新しい信仰の道へと向かうように方向を設定してあげるかということが、神様の求めるみ旨であると知ったので、単独でその巨大な国に行ったのです。

行く道がどれほど大変だったか、金浦(キムポ)空港を出発する時から問題が起こりました。その時、出発できなかったはずなのですが、特別な縁が結ばれて出発できました。そして、日本に寄ってみると、そこでも問題が起きました。アメリカに入ろうとすれば、ビザがなければならないのですが、ビザが出なかったのです。入らなければならない神様のみ旨があったので、どのような冒険をしてでも、アメリカに入らなければなりませんでした。

それが思いどおりに行かないので、カナダに入ってその道を開こうとしました。それで、カナダにいる統一教会の食口たちを前に立てました。私に対して、アメリカ国務省が何を理由に入国許可を出さないのかを、カナダにあるアメリカ大使館に行って調べたのです。

アメリカ国務省から来た報告は、「レバレンド・ムーンは一九六七年以降に、共産勢力と一つになって協助した前歴があるので、入国させることはできない」というものでした。誰かが、統一教会の文某という人は共産党と手を組んで協助したという報告をしたのです。それで、それに対して抗議しました。アメリカの上下両院議員たちに電話で連絡を取り、彼らを通してカナダにあるアメリカ大使館を四方から攻めたのです。

ですから、彼らは国務省に連絡したのですが、その時、かなり大きな問題になりました。韓国大使館まで問題になったのです。このようにして、自分たちの報告が事実でないのが明らかになることによって、仕方なく私にビザを出し、アメリカに入れるようになりました。

4 カナダで数日だけでも延長されたとすれば、入ることができません。それを見て、悪の勢力、見えないサタンの勢力が、神様のみ旨を成就しようとするその道に、あらゆる手段で反対していることを如実に感じました。そうして、カナダからワシントンDCに行こうとするのですが、希望する時間に飛ぶ飛行機がありませんでした。

当時、「リトル・エンジェルス芸術団」が、一九七一年十二月十八日にケネディセンターで公演するその時間までに、そこに行く約束をしていました。何としてでも、その時間に合わせて到着しなければならないのですが、飛行機がないので、仕方なく双発機に乗って非常に低く飛び、山合いを通りながら六時間もかかって到着しました。このようにしてアメリカに入ったのです。

アメリカを中心とした世界宣教摂理の背景

一九七一年十二月十八日は、真の父母様がアメリカに入城され、世界摂理の路程を本格的に出発された歴史的な日である。そして、一九七二年から七四年まで、アメリカで活動された三年間は、真の父母様が神様のみ旨を中心としてアメリカを立てるため、渾身の力を注がれた期間である。特に、天の側のアベル国家であるアメリカを中心に、世界宣教の堅固な基盤をつくられたのである。

5 氏族(的)メシヤ圏を立てようとすれば、国家的基準と世界的基準を探し求めなければなりません。神様の代わりにメシヤを派遣するためには、家庭的基準を越え、国家的基準を越えて、世界的基準まで行かなければなりません。神様は。一度選んだ人が失敗すれば、二度と再び用いることはありません。二度と使うことはないので、イスラエルの民も四十年間、二世を通して役事をしたのです。失敗した一世を再び立てることはできません。キリスト教がお父様と一つになれないことにより、四十年を中心として、蘇生旧約時代と長成新約時代をサタンにすべて奪われたので、基盤がありません。旧約イスラエル圏、新約キリスト教圏ができあがってこそ、成約完成圏が立てられます。蘇生と長成が立てられたあとに完成が立てられ、旧約と新約の上に成約が立てられるのです。ところが、それが完全にサタン世界に行ったので、再び取り戻してこなければならないのですが、それを一人ですることはできません。アメリカを奪ってくるためには、闘わなければなりません。なぜなら、父母様がアメリカを天の側のアベル国家に定めたからです。父母様がアメリカを選んだので、その期間にアメリカを解放してあげなければなりません。現代のローマであるアメリカを、大韓民国を中心として世界に連結させて、世界的版図を立てなければなりません。アメリカはイスラエルとローマの延長である世界版図なので、国家基準と家庭基盤を中心として、全国的な版図を私たちが拡大しなければなりません。

6 第二次七年路程の期間は、国家的基準です。第三次七年路程は世界的基準です。ですから、私は世界復帰路程を行くのです。したがって、世界を回りながら、韓国に寄れるなら寄るのであって、私が韓国に来て闘わなければならない時代は過ぎました。

その代わり、韓国で闘った以上に、世界の舞台でこの三年の期間に熾烈な闘いをしなければなりません。アメリカの朝野を動かさなければなりません。韓国で方向を提示したのと同じように、民主世界を主導するアメリカが今後の行くべき道を見失ってしまったので、私が三年間で基盤を築くのです。統一教会と父母様の家庭を中心とした二十一年路程がアメリカで終われば、統一教会の家庭を中心とした勝利の版図が世界的に現れるでしょう。家庭を中心として編成したので、家庭的世界圏を拡大できる時代に入るというのです。

7 一九七二年から残りの九年を越えれば、統一教会は世界的な宗教として登場するでしょう。これは、皆さんだけがするのではなく、父母様も一緒にするのです。全員が一緒にしなければなりません。

父母様は、今まで杭を打ち込み、縄を掛けておきました。そして、旗を掛けておきました。今年も、アメリカを中心として伝道をするために、ニューヨークに家を買い、今後、ワシントンDCにも家を買って、大々的に世界的な教育を行うことを計画しています。そのようにして、アメリカの上院議員たちや著名な人士たちと連結させるための活動をしているのであり、大学教授たちを中心にアジア協議会から世界協議会をつくるのです。今後、アメリカが共産勢力の活動舞台になることを防備するための準備をしていくのです。

8 復帰は、外的なことからしていかなければなりません。いくら心的な基準ができていても、外的な基準、体的な基準を収拾しなければ復帰ができません。旧教は外的な基準である体の部分であり、新教は反対を受ける立場である心的な基準です。新教のアメリカが、旧教のヨーロッパのすべてのものを、二百年間で受け継いだのです。完全に移して世界の新教と旧教を連合し、外的世界と内的世界を統合して起きたのが第二次世界大戦ですが、ここでキリスト教文化圏が勝利したのです。

歴史始まって以来初めて、内外を統一しました。神様を中心として内外を統一した時は一度しかありません。この時、統一基盤をもったのです。外的世界と内的世界を初めてキリスト教の名で統一した時は、第二次世界大戦終結直後しかなかったというのです。ですから、アメリカの願いは、「神様のもとの一つの国」でした。これは、イエス様が抱いた願いです。イエス様が願っていたのは、イスラエルの国を中心とした「神様のもとの一つの国」だったのですが、失敗したので、カインとアベルであるユダヤ教とイスラエル民族を一つにして、国を取り戻そうとしたのです。これを成し遂げることができなかったので、世界的舞台で国を探し求める立場に立つようになり、「神様のもとの一つの国」という言葉が出てきたのです。

9 私が国を背にし、韓国の食口たちのもとを離れてアメリカの地に一人現れる時のその悲壮な心情は、誰も分かりませんでした。しかし、「あなたのみ旨により、このアメリカ大陸を私の手中に渡してくださり、私の手に握らせてください。私は強く雄々しく歩みます。私の栄光のためではなく、民主世界のために、この国を父のみ前に復帰しなければなりませ」と祈ったのです。

ここに暴風雨が吹きつけ、受難の道が何重にも横たわっているとしても、これを回避するのではなく、直行するでしょう。既に、手錠をはめてFBI(連邦捜査局)とCIA(中央情報局)の鉄格子の中で眠ることを覚悟したのです。

10 私は、アメリカに行くやいなや、一九七二年からアメリカで有名な上院議員たち、私が必要だと思う人にすべて会ってみました。彼らを中心として、ホワイトハウスをどのように動かし、上下両院の議員たちにどのように影響を与えるかという問題について祈りながら、今まで信仰の道を開拓してきたのです。アメリカ全体を思想武装させなければなりません。なぜなら、巨大な全世界の共産勢力が、今日、アメリカを最高の敵とみなし、四方から矢を放つ立場にいるからです。アメリカがそれを防ぐためには、神様を中心として、国家的に確固たる精神武装ができていなければなりません。

共産党は神様を否定しますが、マルクス共産主義理論を中心とする経済体制の世界観を中心として現れる一つの宗教形態と同じです。その時代において、物質的に神様のような権威をもって現れるのが共産党です。彼らは、所願成就のためであれば悪魔サタンと同じように行動するので、彼らが行く道には許しがありません。自分にとって妨げになれば、切り捨ててしまうのです。この。ような共産勢力に備えるためには、天の側でも、すべての国家を代表するアメリカが確固たる精神武装をしなければならないというのです。ですから、彼らに会ってそのようなことを主張したのです。

11 お父様は、韓国で活動していたときも、アメリカで活動するときも同じです。特に変わることはありません。心が同じです。アメリカに来ていますが、大韓民国の一人として来ているのではありません。観点が違うというのです。「私がたとえ髪は黒く、肌の色は黄色人種で、アジア人の顔であっても、私の心だけは、天のために生き、世界のために生きる純粋なアメリカ人である」と考えるのです。

ですから、アメリカの中に属している私ではなく、アメリカのために生きる私だというのです。観点が違います。そのため、アメリカでのあらゆる受難を、甘んじて受けようというのです。アメリカでのすべての困難を、他人事ではなく、自分のこととして責任をもつのです。

12 私が一九七一年にアメリカの地に渡った時、「あなたたちアメリカを神様が祝福してくださったのは何のためか。それは、アメリカが民主世界を代表し、来られる主を迎える一つの世界を準備するためである。そのようなみ旨の中で神様が祝福したのだ。ところが、アメリカは滅ぶようになった」と強く主張しました。「もはや、アメリカのキリスト教は希望をもつことができない。私は韓国の地で生まれ、哀れに追いやられている立場だが、あなたたちには私が必要ではないのか。気に入ろうと気に入るまいと、私のするとおりにしなさい」と言いながら、孤独な身でアメリカ大陸に足を踏み入れたのです。

民族をあとにし、追われる立場の身ですが、このアメリカの民を自分の民よりもっと愛さなければならない運命にあることを私は知りました。私は、自分のために生まれたのではありません。夜も昼も自分のために生きようとはせず、自分のために死のうとはしませんでした。「神様と人類のために生きることができる場が私の前に来たのだから、歓喜で迎えなければならない」と考えたのです。

13 私はアメリカに行って、「イエス様が三年の公生涯路程の中で、ローマを動かし、世界平和の基地を形成しようとしてできなかったことを、アメリカで私が形成しよう。三年以内にアメリカで、私のことを知らない人が誰もいないように、幼子の中にもいないようにしよう。イエス様が民族の反逆者として死んだのと同じように、アメリカ国民が私に対して、殺してしまおう、と言うところまで行くだろう」という話をしました。それが一番早こなのです。ですから、すべて計画どおりにしたのです。

14 私たちには、韓民族を抱え、世界の共産圏を抱えて、神様を中心に談判祈祷しなければならない三年路程が残っています。このような切迫した問題があるので、私たちの活動基盤を世界的に拡大しなければなりません。ですから、一九七二年の秋には、十二カ国以上の国で(伝道)機動隊をつくるでしょう。そのようにして、彼らを直接管理するのです。国内に長くいることはできないでしょう。

私は、この大韓民国の息子として生まれ、大韓民国の誰にも負けないほど国を愛しました。愛国者たちにも恥ずかしくないほど忠誠を尽くしました。第二次七年路程が終われば、苦労した人々をすべて世界的な人物にするのです。アメリカに行って活動しながら、ヨーロッパ一帯の先進国家を指導できる巡回師を育てなければならず、監督要員たちを育てなければならない責任があるのです。

15 時が差し迫るように巡っていき、時間が切迫しているので、お父様が命令したことに対して必ず結果が付いてこなければなりません。それをしなければ、赦しよりも叱責を受けるようになるでしょう。皆さんは、世界史的な犠牲(を払い)、皆さんが想像できず、皆さんの先祖ができなかった歴史的な犠牲を払う覚悟をしなければなりません。そして、絶対服従しなければなりません。そのようにしながら、謙遜にすべてを受け入れなければならないのです。

今、皆さんは、ここベルベディアに来てお父様に会っていますが、お父様は、最前線で皆さんに会おうと思います。巡回に出なければならないというのです。今回、アメリカの上下両院の議員の中で有名な人、私が会いたかった人には、ほぼ全員会いました。次は、何人かの世界的な学者に会おうと思います。その次に、最前線にいる皆さんに会わなければならないというのです。皆さんは、寝ても覚めても、一切をお父様に合わせなければなりません。

16 アメリカが霊界を動かす基盤を築くために、アメリカの指導者たちに会っています。上院議員たちを中心としてアメリカを動かすためには、彼らの先祖を動員しなければなりません。彼らは国の各州の指導者ですから、言うならばカイン的存在です。

彼らが私の動きに関心をもつようにしてこそ、霊界が相対になり、私たちのみ旨を展開できる霊的基盤が造成されるというのです。アベルに屈服する人が一人でもいれば、そこから基盤が定まるようになります。それで今、トップの人々にすべて会っているのです。

17 イエス様を中心として見てみるとき、イスラエルの国の人が一つにならなければならず、その次には、ユダヤ教が一つになって、イエス様と一つにならなければなりません。ところが、国が反対し、教会も反対しました。ですから、今、アメリカの責任者たち、イスラエルの主権者のような人々が、み旨に対して反対しない基盤を築くことが最も急務なことです。

それで、アメリカの最高責任者に会い、次には教会の責任者に会うのです。国の最高責任者に会ったあとは、アメリカで最も有名な教会の責任者を呼んで会うでしょう。その時は、政府の権威ある人々の後援を受けて推進される計画を立てなければなりません。そのようにすれば、霊界が地上に協助できる基盤がつくられます。

言い換えれば、教会と国が一つになり、通じる道ができるので、霊界は地上と連携できるのです。カイン・アベルが連携するのと同じです。それが、お父様によって成し遂げられたため、結局、蘇生、長成、完成が平面的に形成されるというのです。そのようになれば、旧約時代、新約時代、成約時代の霊界全体が協助することができます。そのような基盤を築こうというのです。それを今、しなければなりません。お父様は、それを最も重要な問題と見ています。

18 一生を中心として見れば、お父様がアメリカで過ごした期間が一九七二年からなので、年数で二十七年です。お父様の一生において四十年復帰路程の半分以上をアメリカで過ごしたのです。自分の国を離れて、なぜアメリカに来て、このように重要な時を過ごしたのかというのです。

この時期が、お父様にとって最も重要な時です。基盤を築いて実を結ぶ時に、なぜアメリカに投入したのか、ということが歴史的な質問です。それは、キリスト教のためです。キリスト教は、イエス様が残した世界的な実績基盤です。イエス様が残した実績基盤であるこのキリスト教のために、アメリカに来たのです。

キリスト教は、旧教と新教に分かれています。これが一つにならなければなりません。聖霊の役事が母の役事であり、イエス様の役事が父の役事です。イエス様と聖霊が父母の立場でつくっておいたキリスト教なので、兄弟が一つにならなければならないのに、分かれているというのです。

19 今年、アメリカで大復興会をしようと思います。九月から来年四月まで、ですから、満七カ月にわたって行おうと思います。それを一九七四年まで行いながら、アメリカの重要な責任者たちと教会の重要な責任者たちが、父母様について関心をもてるようにし、彼らをすべて横的に連結させなければなりません。アメリカを動かす動機になるので、それをしなければならないというのです。

ですから、上院議員たちも、父母様と関係を結べば皆さんにつないであげます。地方につないであげるのです。そのようにすれば、自然に地方はカイン・アベル復帰の基盤になります。

アメリカ定着と「勝祝日」宣布

真のお母様は一九七三年二月二十六日、真のお父様は四月三十日、アメリカの永住権を取得することにより、アメリカを中心に世界宣教を展開できる基礎を整えられた。特に、「一九七二年から七四年までの三年期間は、イエス様の三年路程を世界的な舞台で連結させる期間である」と語られ、一九七三年七月一日、アメリカのベルベディア修練所において、韓国、日本、アメリカ、台湾、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、世界十カ国の代表が参加する中、第二次七年路程で世界的勝利の足場を築いたことを祝う記念日として、「勝祝日」を宣布された。

20 皆さんは、世界のために生きなければなりません。ですから、世界の途上、皆さんを前に立てて苦労させなければなりません。これがどれほど悲惨でしょうか。皆さんには分からない事情があるのです。お父様は原理を知ったので、死なずに生きてこのことをしているのです。

一九七二年から三年間、このようにすることによって、何を蕩減できるのでしょうか。イエス様は、公生涯の三年間で父母になることができず、子女をもてなかったことが恨になりました。それを収拾する基準が、この三年の期間に立てられるのです。皆さんは、イスラエルの国に代わり、民族に代わる家庭的基盤として登場できるので、父母様は世界的出発をすることができるというのです。そのような基盤のもとに、父母様はアメリカの地に入ったのです。

21 ドイツ人、日本人は、アメリカ人と怨讐関係です。ところが、日本人がアメリカに来て命を懸けて「アメリカを救おう」と言い、ドイツ人が来て命を懸けて「アメリカを救おう」と言うのです。主にドイツ人と日本人をアメリカに連れてきて、旋風を巻き起こしています。このようにしているので、反対派の人たちがその知らせを耳にするようになりました。

私は既に、すべて知っています。一年半以内に基盤を築くことができなければ、日本とドイツから来た統一教会の人々が追放されるというのです。私も追放されます。しかし、追放されるわけにはいきません。ですから、第一次、第二次の巡回講演が終わったあと、一九七三年四月三十日に永住権を取得しました。そのようにして一年半以内に完全に基盤を築き、アメリカ人を(リーダーとして)代わりに立てるようになったのです。そして、経済基盤をつくりながら、怨讐関係の日本とドイツの人々を教材として、アメリカの青年たちを教育しました。

22 一九七三年、父母様の永住権取得を中心として、それこそ霊的基盤、世界のキリスト教版図を復活させる基準を立てました。それは、霊界全体のすべての勝利的基準を立てたことになるのです。韓国から世界舞台にキリスト教文化圏を連結した基準の上で、勝利的な実体の実績基盤を連結しなければなりません。そのために、父母様が韓国で祝福家庭を動員して成し遂げたことを基盤として、一九七一年にアメリカに行き、七三年に定着するための準備をしたのです。そのようにしようとすれば、アメリカで勝利した基盤がなければなりません。勝利的基盤がなければならないのです。そのような霊的基盤を築き、一九七三年四月にアメリカの永住権を得て、七四年十二月二十四日に、韓国に帰ってきたのです。ですから、十八カ月の間に決定的な基盤を築きました。

23 アメリカを中心とした摂理を推進させるのは、キリスト教が統一教会に反対することにより、世界の霊的基盤であり、世界的キリスト教の中心であるアメリカまでも侵食されたからです。しかし、一九七〇年代の初めに統一教会がアメリカに行き、反対を受けずに歓迎されることによって、キリスト教を復活させることができました。大韓民国は国家的立場で反対しましたが、アメリカが世界的立場で歓迎したという条件を立てることにより、再び韓国に帰ってきて、国家的に失敗したことを連結させられるのです。そのようにしなければ、生きる道がありません。ですから、一九七二年にアメリカ全域にわたって巡回講演を行い、ヨーロッパにまで連結させる大会をしながら、外的世界の基盤を築いてきました。アメリカのキリスト教や、その国の誰一人としてできなかったことを、短期間のうちに席巻して果たさなければなりません。アメリカを中心とした全自由世界が、ここで旗印を高く掲げて歓迎すれば、世界的圏内で統一教会を中心に祝福を受けることができる場に再び進んでいきますが、反対すれば、被害が大きいというのです。それで、復興会を始めながら、一九七三年四月三十日に永住権を取得したのです。

24 お父様は、この地上に再臨主、新郎として来て、新婦となる母を迎え、アダムとエバが堕落した、その位置から出発しなければなりません。「統一原理」から見るとき、アダムとエバが長成期完成級で堕落し、その位置で愛の関係を通して子女を繁殖したので、お父様は間接主管圏を完成した基準、すなわち直接主管圏内から出発することができません。完成基準を残した長成期完成級から出発することによって、七年路程を前にしてサタン圏内に降りていき、家庭をもって激しい風霜を経なければならないのです。

父母様の家庭が祭物となる時代になるというのです。アメリカで、数多くの迫害を受けました。み旨を成し遂げることができずに亡くなったイエス様が生前に遭った立場を再現させ、それを民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければなりません。ですから、サタンを除去したという条件を立てなければ、天理の道を道理にかなった基準に連結させる道がないのです。そのため、父母様は摂理史的な運命を背負い、アメリカに向かわざるを得なかったのです。誰かと相談して行ったのではありません。神様とお父様以外には、誰も知りませんでした。

一九七一年、アメリカの地に降り立つ時、お父様は無名の一人の青年のような姿でした。しかし、三年でアメリカをひっくり返しておかなければならず、十二年以内に天の側に向かわせなければならないという使命を背負っていたのです。

私がアメリカでしたことは、何だったのでしょうか。人類歴史を代表して、誰よりもアベルを愛しました。実践路程で勝利的覇権を握らなければならなかったのです。神様のために、地のために祈ることにおいて、私以上に心情的な祈りをした人はいません。神様を痛哭させる一人の息子の姿で人類を抱き締め、解怨成就という怨恨の基盤をつかんで闘わなければなりませんでした。

25 一九七三年七月一日、アメリカで「勝祝日」という歴史的な記念日を制定しました。今まで様々な記念日を韓国で制定しましたが、世界で勝利を祝う日を制定したのは、今回が初めてです。統一教会の歴史に、新たな起源を備えた日です。「勝祝日」は、第二次七年路程における残り三年のうち、半分の峠を無事に越えたので、制定することができました。峠をすべて無事に越えたので勝利を祝うのです。

今からはいくらサタンが反対しても、反対するほど(逆に)崩れ落ちていきます。昔と違うというのです。遠くない将来、統一教会が全米で台風のような旋風を巻き起こすでしょう。アメリカのいかなる主権者でも抜き取ることのできない基盤を築いたのです。

26 父母様は、アメリカに来るやいなや手を付けて、一年以内にアメリカ教会自体の中に整備基盤を築きました。私たちが活動できる体制を備えた基盤を築いたので、一九七三年七月一日に勝利を祝う日、「勝祝日」を制定したのです。神様の心情を中心として、この世界に足場を築くことのできる勝利の焦点を成立させたというのです。

神様の心情世界に内的な勝利基準を立てるためには、必ず外的に勝利の結果が現れなければなりません。それで、一九七三年にアメリカ全土で活動を展開したのです。一九七三年と七四年に、四十カ都市で大講演会をすることによって、お父様がとても有名になりました。そのようにしながら、国家基準でアメリカの大統領と関係を結ぶところまで連結させておいたのです。

第二節 世界統一十字軍の活動

世界統一十字軍の編成

真の父母様は、一九七二年の第三次世界巡回の期間に、アメリカ(五十人)、イギリス(十五人)、ドイツ(オーストリアを含む、六十人)、日本(六百人)、韓国(三百六十人)の五カ国を対象に、世界統一十字軍(国際伝道機動隊)を結成された。世界統一十字軍は、神様のみ旨を伝える前衛部隊として、若い人々を中心に出発した。真の父母様は、一九七三年、新年の初めから修練会を開き、世界統一十字軍の組織編成および活動方針を立てられた。一月三十一日には、ヨーロッパ食口の世界統一十字軍の班編成を指揮して九十九人を十の班に分け、二月一日にアメリカの各地に配置されるなど、世界統一十字軍の活動に全力を投入されたのである。

1 統一教会は、世界的な教団の立場で犠牲にならなければなりません。全世界のキリスト教徒と全世界の人類に代わって、アベルの使命を果たさなければなりません。ですから、一九七二年一月八日にアメリカで、新しく世界統一十字軍という名称の世界的組織を結成したのです。この世界統一十字軍の本部は、韓国ではなくアメリカです。世界の十字軍だというのです。

十字軍というのは本来、中世時代に様々な国のキリスト教徒たちが、ムスリムと闘ってイスラエルを奪還するために出発した遠征軍です。同じように、私たちも新しいイスラエル圏を奪還する運動を始めようというのです。統一教会がこの公式的な原則に従って行動するとき、統一教会は滅びず、世界を制覇するようになるというのです。これは、神様のみ旨を中心とした結論です。

2 一九七二年から三年路程の期間は、世界最後の統一戦線を守護しなければならない時です。国家もこの三年路程を経なければならず、世界も三年路程を越えていかなければなりません。三年路程を越えていくべき世界的運勢圏内に来たので、この時に私たちは総結集しなければなりません。霊界が総動員して協助できる時なので、地上で世界的に総動員命令が下される時に備えて準備してきたのですが、それが国際伝道機動隊の編成です。

3 韓国でもお父様を恐れ、日本や中国の高位階層の人々も、お父様をとても恐ろしく思っています。このような基盤を、誰の協助も受けず、お父様一人、素手で築いてきたのです。誰かからの後援や援助もなく、相談する相手もいませんでした。その代わり、私が何かをしようと思えば、神様は喜ばれるのです。私が相対できる方は神様お一人しかいませんが、最も頼もしいお方です。

今後は、お父様が何かしようと言うことに対して、皆さんが同調するかしないかによって、世界的事件を起こせるか起こせないかという問題が左右されます。神様の願いを成就し、今までの人類の願いを成就して、歴史的な希望の国を開門できる人は私たちしかいないという信念をもって、これに反対するサタンの先鋒である共産世界を打破して勝利の基盤を築く勇士になろうと決意しなければなりません。「私たちが天国を開門しなければならない」という信念をもった勇士として団結し、総進軍しなければなりません。このような平和的十字軍を編成するために、第三次世界巡回を行っているのです。それで、その名を「世界統一十字軍」と名づけました。アメリカ十字軍、ドイツ十字軍、イギリス十字軍、この三カ国が一つになり、共産世界を防御できる時を早く準備しなければなりません。

4 お父様は、超民族的、超国家的な立場で世界的な十字軍を編成して(韓国に)帰ってきました。世界統一十字軍です。天が選び立てたイスラエルの国、天の国の聖殿を守り、天の国の聖殿を争奪するために数多くの民族を糾合し、イスラーム圏と戦った軍隊が十字軍です。

そのような戦いを、もしイエス様の時代に、イエス様を中心として行っていれば、失敗したでしょうか。その時は、地上の国が許されていない状態で戦ったために失敗しましたが、私たちの時代には、そうではないというのです。韓国が包囲されれば、お父様はアメリカに行って基盤を築き、アメリカの青年たちを動員して「韓国を奪還せよ」と命令するでしょう。そのようにして十字軍を編成し、北朝鮮以上に動員すれば、問題なく勝利するのです。

この国の解放のため、韓半島の怨恨のどん底である三十八度線を撤廃するためには、韓国にいる韓民族が団結しなければならないことはもちろんですが、それとともに、世界の民族が加わって、大韓民国を協助できる基盤を広げようというのがお父様の考えです。ですから、その遠征部隊が間もなく編成されてやって来ます。

歴史始まって以来、「世界統一十字軍」という名をもって、天の直接的な命令に従い、軍隊を編成して横的な自分の国と民族に対し、「天に帰りなさい」と言いながら闘いを展開した教会、あるいは宗教はありませんでした。大変な時に最前線に出ていった軍隊を、自分の生活よりもっと重要視する民族になれば、その国は滅びません。世の中が大変になっているにもかかわらず、「十字軍とか機動隊などと言うが、何が軍隊だ。やりたければやり、やめたければやめればよい」という無関心な人々は、滅びるようになっているのです。

5 一九七四年まで、霊的三年期間を中心としてキリスト教文化圏を連結させたとすれば、今からは肉的三年期間を中心として、肉的世界基盤を連結させなければなりません。ですから、一九七八年までのこの期間に、霊的、肉的に世界的な基盤を築かなければならないのです。そうして、第三次七年路程の期間に、霊肉を中心とした世界的な蕩減復帰の基盤を西欧社会に築かなければなりません。これがお父様の使命です。霊肉を中心とした世界的基盤を完結しなければならないというのです。

ですから、この三年間に、アメリカですべての基盤を築かなければなりません。肉的基盤までも、築かなければならないのです。これが、どれほど難しいことか分かりません。これが終われば、そのまま世界に押していくのですが、霊的には一九七五年から、世界に押していくのです。それが国際(伝道)機動隊です。それが、アメリカから世界に向かって一歩を踏み出す運動です。

世界統一十字軍の組織と活動

世界統一十字軍(国際伝道機動隊)は、世界復帰の使命を果たすため、超国家・超民族的に活動する天の国の平和軍である。世界統一十字軍は、アメリカの各州に派遣されて伝道活動を展開したことはもちろん、アメリカとヨーロッパ、日本、韓国などの地で開催された各種集会、特に「希望の日」晩餐会の成功のために、先頭に立って活動した。アメリカで開催された四十カ都市の大講演会を勝利した勢いに乗って、三百人の隊員が一九七五年一月十五日、日本に到着して活動したのちに、二十六カ国から六百七十三人が下関からフェリーに乗って釜山港に入り、韓国に入国した。ここには、日本の隊員三百人以上が加勢していた。三月二十七日、真のお父様は釜出港に直々に来られて、彼らを迎えられたのである。

6 韓国で一九七〇年から七三年までは、最高の峠を越えていく期間です。この期間さえ越えていけば、国際情勢が変遷し、国家的に北朝鮮が行動できる時が過ぎていくのです。北朝鮮が韓国を侵犯できる運勢は、行き違うようになります。サタンの世界的な時は、一九七七年と七八年です。ですから、今や、アメリカに力を注ぐべき時が来ました。世界的な防御線を張らなければならないというのです。

そのため、私はアメリカで八十五人を動員し、新しい復興団を組織して、バス二台で全国的に旋風を巻き起こす運動をしています。一九七三年にはバス十台を、七四年には五十台を用意して、(伝道)機動隊員二千人を動員しようと思います。このように、アメリカ全域に防御線を張らなければならない時期に来たというのです。

このようにして、アメリカの上下両院を通して共産勢力が入ってくるのを、私たちが防がなければなりません。これは、アメリカ自体も知らずにいるのです。私たちがしなければなりません。アメリカが私たちのみ旨を中心として、私たちと一致しさえすれば、世界の共産勢力を防ぎ止めるのは問題ありません。

7 一九七二年に、アメリカの若い青年たちを動員して(伝道)機動隊をつくりました。彼らは個人的に、この国で誰よりも犠牲になることを覚悟し、世界人類のために誰よりも犠牲になることを覚悟した立場で、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的に思想が欠乏したアメリカ国民に、新しい私たちの思想を注入しようと立ち上がったのです。今の計画では、一九七三年に四百人、七四年には二千人を何としてでも動員し、各州に少なくともバス一台を中心とした(伝道)機動隊をつくろうと思います。そのようにしなければ、一九七七年、七八年のアメリカの危機を防ぐことができないと考えるのです。

言い換えれば、アメリカのキリスト教を糾合しなければならないということです。一つにならなければなりません。アメリカ国民は、キリスト教思想を中心として新しい伝統を確立しなければなりません。ここに、今後アメリカが死ぬか生きるかという問題がかかっています。アメリカ一国が滅びることが問題ではありません。ここに世界の運命がかかっているのです。み旨を知り、天のために生きる気持ちがあるので、国家と国民を超越し、皆さんに対してこのようなことをしているというのです。

8 アメリカにいる食口を中心として、国際(伝道)機動隊が活動する基準を、ごく短期間のうちに平準化するでしょう。今から、五十州で一カ月に一人を立てることを標準として活動するので、相当飛躍的な発展をするでしょう。七百人を動員して、一年に十二人ずつ拡大するようになれば、八千四百人です。ですから、一番先にこの(伝道)機動隊を走らせなければなりません。そうして、十二人ずつ目標を立てて、活動させるのです。その基準を中心として、アメリカ全土にいる食口たちに「ここに付いてきなさい!」と言って、優秀な人を引き抜き、(伝道)機動隊を編成するのです。一九七四年の間に、これを完成します。そうして、訓練された責任者を育て、各州で七十人単位で(伝道)機動隊を編成し、そこで核心となり得る食口たちを育てておけば、その次からは、その州自体を中心として、都市で活動するのです。一つの州の四つか五つの都市で(伝道)機動隊をつくり、一カ月ずつそのようにして、繁殖させるのです。このような急進的な対策を取って基盤を築き、三万人を突破しさえすれば、アメリカ全体を動かすことは問題になりません。

9 今、国際(伝道)機動隊が動くのは、実際に無理なことです。アメリカで活動できる人員が不足している実情で、精鋭部隊である国際(伝道)機動隊三百六十人を引き抜くのは、アメリカにおける活動に莫大な被害を与えます。しかし、アメリカだけを中心とすることはできません。世界の様々な国でも、アメリカで動いているように、平均化活動をせざるを得ないのです。ですから、宣伝しておかなければなりません。アジアでは日本と台湾と韓国、その次に、ヨーロッパに入り、イギリスを中心としてイタリア、フランス、ドイツ、オランダの五カ国で活動することによって、アジアとヨーロッパ一帯にうわさが立つようにするでしょう。アメリカでうわさが立ったそのごとくに全世界にうわさを立て、宣伝しておかなければなりません。このようにすることにより、ヨーロッパにいるすべての食口たちも刺激を受けるようになり、自動的に、アメリカで動いていることを標準型として、世界の各宣教国が受け入れるようになるでしょう。また、その原則を中心として、これから組織的な体制を強化し、宣伝やすべての面において、その基準を中心として強力に訓練することができます。ですから、これは避けられない作戦なのです。

10 アジア人を通して、アメリカの人を積極的に後援したという伝統を立てなければなりません。これが父母様の今後の作戦です。そのようにしようとすれば、アジア人の中で誰を用いなければならないでしょうか。韓国人は、経済問題で苦しんでいます。また、国家的条件で外国に出ていこうとすれば、ビザやパスポートが問題になります。韓国政府は、経済的にドルが消耗するので、できるだけ外国に送り出さないようにしています。しかし、日本は招請状さえ来れば、三日以内に四年期間のパスポートが出てくるので、日本人が出ていかなければならないのです。

日本はエバ国家ですから、世界の人々のために母の使命を果たすべき責任があります。母が手を掛けてこそ、発展するというのです。ですから、アジア人を代表する日本を前に立てて伝統を立てようというのが父母様の計画です。

11 お父様は、イギリスに行っても(伝道)機動隊をつくりました。そして、イギリスにもセンター(教会施設)を買ってあげてきました。また、ドイツに行っても、ミニバス六台を買ってあげました。それから、八人乗りで移動トレーラー式のキャラバンを六台買ってあげました。それを並べれば、百メートルくらいになるでしょう。壮大です。ここまで支援してあげたのですから、彼らが動かずにいられるでしょうか。

今、イギリスとドイツに火がつきました。ドイツ人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言い、イギリス人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言うと、互いに負けまいとするのです。また、日本に行って、「あなたたちはドイツ、イギリス、アメリカの人たちに負けるか、負けないか」と聞くと、「負けない」と言うのです。

12 ドイツのエッセンにある協会本部に行ったところ、正門の大きなガラスドアに銃痕がありました。それで、なぜこのようになったのかと聞くと、二週間前に共産主義者たちがやったというのです。統一教会は世界的に憎まれています。共産主義者たちは、あらゆる威嚇と恐喝、脅迫を行い、裁判所を通してもろもろの謀略を立てて、統一教会をたたき潰そうとしています。

しかし、裁判所に引っ張られていきながらも、今まで闘ってきたのです。そして、私たちが行く一週間前に、最高裁判所の判事から、「これから、統一教会のいかなる活動も法的に保障してあげるから、どこででも活動してよろしい」という判決文が出ました。それまでは、共産主義者たちが数多くの中傷謀略を行いました。それでも聞く耳をもたないので、脅迫と恐喝を行い、のちには銃弾を正門に撃ち込んで、見境なく命を奪おうとしたのです。

このようなことを見る時、彼らはみ旨のために死生決断をして闘っているというのです。そのような深刻な立場に立っているので、私たちは生死を懸けて歩むというのです。ですから、その責任者は一日が忙しいのです。朝に出掛けて、八時間以上活動しなければ、帰ってくることができません。自分の責任分担をすべて完遂するまでは、絶対に帰ってくることができないのです。このように強烈に活動しています。

13 私たちには世界的な(伝道)機動隊があるので、これから優秀な成績を収めた人がいれば、彼らを連れて歩こうと思います。世界各国にいる(伝道)機動隊員を激励するために、世界巡回をさせようと思うのです。今、(伝道)機動隊がアメリカに編成され、イギリスに編成され、ドイツが三番目です。日本と韓国にも、(伝道)機動隊を編成するでしょう。そのようにして、お父様が世界を旅行するときは、(伝道)機動隊を激励するために優秀な人々を連れていくかもしれません。

今、韓国では大学を買収しようと計画しています。そのようにして、成績の良い人は韓国に留学させようと思います。皆さんは、世界の舞台を私たちの足場にして活動できる、本当に素晴らしい時代に生まれたことを知って、立派に闘わなければなりません。

14 (伝道)機動隊は、韓国にだけあるのではありません。日本にもあり、アメリカにもあり、ドイツにもあり、イギリスにもあります。少なくとも、今、五カ国の(伝道)機動隊が参加しています。そのように参加して闘う目的は、五カ国を天のみ前に復帰してさしあげるためです。このような闘いをしています。闘いにおいてどの国が一等になるかは、闘ってみなければ分かりません。

皆さんはそれでも「韓国が一等になるだろう」と思うかもしれませんが、うさぎが先に走っていっても、昼寝をすれば亀に負けてしまうというのです。最初にやって来たからといって、「他の人々が裕福に暮らしているから、自分も裕福に暮らそう。息子、娘と豊かに暮らそう」ときょろきょろよそ見していれば、うさぎの立場になるのです。

15 国際伝道機動隊は、天の国の平和軍団です。国のために、自分の目的のためではなく神様の目的のために、全国を回りながら、大韓民国の若者たちが今後行くべき道を示してあげるために編成された(伝道)機動隊だというのです。

世界の行くべき道を新たに示してあげなければならないので、この一カ所を中心として、国が違い、民族が違っても、超国家的で超民族的な立場で、このような活動をしなければなりません。世界の新たな運勢を受け入れられるように、道をすべて開いておかなければなりません。(伝道)機動隊の皆さんは、国家の運命を左右する選抜隊です。皆さんが、統一教会の古い教会員たちよりも先頭に立ったのです。

16 (伝道)機動隊は、一週間に一カ所ずつ巡回します。最初は、郡庁所在地を一括して巡回しなければなりません。統一教会の人々がいなくても、巡回しなければなりません。宿所がなければ、どのようにするのでしょうか。「私たちは国民運動を起こすために出発した隊員たちです」と、全市民に宣伝すればよいのです。村の人々に、「親善を図るために来た(伝道)機動隊です」と宣伝するのです。家がなければ、(伝道)機動隊長が「朝何時までに、どこどこに集合しなさい」と命令を下します。そのようにして、一人ずつ村の班長の所に行くように配置するのです。(伝道)機動隊員の皆さんが村に行けば、まず班長を訪ねていって、宣伝しなければなりません。「国民たちが互いに助け合う運動をするよう指導するために、この班に来ました。班の中の誰かの家に行って、一晩寝なければなりません」と言って、訪ねていった家の片隅で眠るのです。

皆さんが訪ねていったその家の正門を通るとき、庭の掃除がされていなければ、ほうきを持って掃除してあげます。そして、その家の床を拭いてあげ、トイレ掃除もしてあげるのです。絶対に世話になってはいけません。その家に入ったからには、そこにいる人々に考えさせる何かを残して出てきなさいというのです。眠って朝起きれば、どの家でも、起きてきたお客さんを冷遇できません。冷遇すれば、その家にとって良くないことが分かるのです。一晩寝たお客さんには、御飯を食べさせて送り出すのが韓国の家庭礼法になっています。御飯を恵んでもらって、ただ出てくるのではなく、食事代の価値を残して出てきなさいというのです。

第三節 アメリカ主要都市の巡回講演

旋風を巻き起こした巡回講演

真の父母様は、第三次世界巡回の期間中、アメリカ、イギリス、ドイツの主要都市で講演会を主宰された。一九七二年一月二十八日には、「ニューヨーク・タイムズ」と「デイリーニューズ」に、講演会を知らせる型破りの全面広告を掲載した。特に、「イエス・キリストと十字架の苦難、それは神様のみ旨だったのか、人間の失敗だったのか」をテーマとした小説の懸賞公募は、国内外のマスコミに大々的に紹介されるなど、関心が集まった。これを通して、真の父母様の活動が世の中から注目を浴び始めた。

第三次世界巡回が出発してから六十日目の一九七二年二月二日、歴史的な大講演会の開幕行事として、「神様大会」がニューヨーク・ウォール街の広場で開催された。そして、二月三日から三月十一日まで、アメリカのニューヨークをはじめ、フィラデルフィア、ボルティモア、ワシントンDC、ロサンゼルス、サンフランシスコ、バークレーなど、七大都市で講演が行われた。講演会の宣伝ポスターのテーマは、「きょう、神が語られる」であった。講演者については、「新たな精神的覚醒を呼び起こす、東方から来た新しいクリスチャン・リーダー、文鮮明先生」と大きく紹介されていた。統一教会は、短期間のうちにアメリカで旋風を巻き起こすことにより、若い人材と強い組織力など、強力な活動基盤をもった団体として浮上したのである。

1 一九七一年十二月にお父様がアメリカに行った時、アメリカの食口たちは、「お父様はアメリカの実情に疎いので、アメリカに来ても今まで自分たちがしてきたことを中心に、ただそのまま推進すべきだ」と言いました。アメリカで大復興会を開催するとか、大問題を起こす活動をするということは、夢にも考えられない時でした。また、アメリカに行っている宣教師たちも、アメリカの実情に合うように進めていかなければならないという意見でした。しかし、お父様は「あなたたちは私の指示に従わなければならない。私が決めたら、決めたとおりに動くべき立場にいるのだから、あれこれ言わずに私が提示するとおりの方向に動きなさい」と言いました。

ところが、このように指示したにもかかわらず、見ていると、彼らは自分たちの国の実情をよく知っているので、お父様の言葉を頭の中に入れず、活動することに躊躇しているのです。それで、私が自らニューヨークに行き、リンカーン・センターなどと契約して、一九七二年二月六日からアメリカ七大都市巡回講演会を始めました。それは冒険的なことです。そのようにしてから、イギリスを経て、ドイツを経て韓国に帰国し、一九七二年十一月に再びアメリカに渡って、二年目の一九七三年に大講演会を開催しました。そのようにしなければならない責任を担っていたので、七三年に二十一カ都市を選定し、大講演会を開催したのですが、これが七四年一月二十八日に、ようやく終わりました。

2 一九七二年から三年の期間を中心として、アメリカの七カ都市で三日間ずつ、原理的な三数を中心として二十一数に合わせて巡回講演を行い、その次に、イギリスとドイツまで合わせて、九カ都市の巡回講演を行いました。さらに、一九七三年にはアメリカの二十一カ都市で講演会を開催し、七四年までに四十カ都市を中心として、作戦を終えるのです。この期間に、何としてでもアメリカ国民に知らせなければなりません。悪いうわさが立つなら立ち、良いうわさが立つなら立てばよいというのです。それでも大丈夫です。イエス様がそうであり、お父様も今までそうでした。アメリカ国民に、どのようにして知らせるかが問題です。もしうわさを聞けば、神様が選んであらかじめ立てた人々が、霊的に連結されて集まってくるようになります。神様は、既に滅びるしかない国だとしても、七千以上の群れ、七数はいつでも残しておくのが原則なので、神様の新しい摂理を望み、新しい世界が展開されることを願う人々は、統一教会の動きに必ず方向を合わせなければならないというのです。

3 第二次七年路程が終わる三年前に、世界基盤を築かなければなりません。イエス様が三年路程を終えて世界に行かなければならないのと同じように、お父様はこのような過程を連結させるために、第二次七年路程の期間に世界路程を連結させる使命があるのです。ですから、一九七二年にアメリカから準備を始めて、第二次七年路程が終わる七四年の四月二十日までに、アメリカ全域に父母様を知らせなければなりません。

アメリカ全域に、父母様のことを知らない人がいてはいけません。この三年間は、何としてでも父母様を知らせなければならない時です。このように知らせようとあのように知らせようと、悪く思おうと良く思おうと、知らせなければなりません。ですから、「ニューヨーク・タイムズ」と「タイム」、「ニューズ・ウィーク」など、世界的な言論機関を通して問題を提起しているのです。

4 私たちは、一九七二年から七四年まで、アベル的な基準でアメリカ国民に何を与えるべきなのでしょうか。神様の内的な生命と外的な面の何かを与えなければなりません。内外で与えなければならないのです。ですから、この三年間では、お父様が自らみ言を与えようと思います。

お父様の一生で、大衆に対し、公式集会に現れるのはこの時が初めてです。メシヤが行くべき道は、国家基準から世界基準に行くものであって、それ以下では行くことができません。私たちは世界的時代に向かっているので、このようなことを始められるというのです。ですから、この三年間は貴い時です。これは、歴史始まって以来の、霊界と人類が注目する重大な事件です。この期間には、十カ国の人々が加わって活動をするのです。

5 お父様は、一九七二年二月六日、ニューヨークのリンカーン・センターの巡回講演から、ワシントンDC、ドイツのエッセンまで、原稿を持って講演をしたのではありません。どこかに行って即席で話をしても、聴衆をつかむことができる訓練をしなければなりません。「私が語ることについては問題ない」という信念をもって行わなければなりません。

そこにおいで、どのようにして感情を立体的に一体化させるかが最も重要な問題です。これは、お父様が長い間生きてきて経験した結果です。大衆に影響を与えることのできる感情に、自分がどのように浸るかが問題であって、語る内容だけが問題ではありません。そのような境地に入っていけば、いつの間にか、言葉は普段と同じように出てくるのです。作文もその場でするのです。千万の群衆を魅了してしまう雄弁家は、聴衆とその時の感情によって、すべての言葉の方向が変わり得るため、その環境をよく収拾しながら、そこに拍子を合わせて力を加えてあげることができなければなりません。

6 民主主義をもって、アメリカを生かし、指導することはできません。キリスト教思想をもってしても、アメリカを生かし、指導することはできません。共産世界も、その共産主義理論をもって世界を一つにすることはできません。そのような時は、既に過ぎ去りました。ですから、一九七二年に父母様がアメリカに来るやいなや、アメリカの教会に対して攻勢をかけたのです。アメリカの歴史上、初めてのことをやりました。

結局のところ、キリスト教に対して攻勢をかけたということです。それでも、彼らは反対できずに見つめているのです。かえって、神様のみ旨を思い、心配しながらキリスト教を見つめ、望みを抱いていた人々が、父母様に対して新たに関心をもって見つめる段階に入ってきました。

7 一九七二年から七八年までの七年間が、アメリカの危機です。このような期間に、アメリカで世界的な基盤を築いてこそ、七四年までの三年路程を中心として、初めて世界的な第三次七年路程を勝利の結果として完成し、神様のみ前に束ねてさしあげることができるのです。新しい時代を中心とするときは、いつも三年が必要ですが、この三年の期間が終わる時が一九七四年です。三年の期間を通して、新たな時代に進もうというのが摂理観です。

いつも、三年先駆けて準備しなければなりません。モーセが三年間準備したのと同じように、この三年に該当する期間を中心として、新しい時代に越えていかなければなりません。その時まで行けば、アメリカは私たちについてこなければならなくなります。ですから、私たちが主体的な使命を果たさなければならないというのです。

8 お父様は、僕の基盤と、養子の基盤と、息子の基盤と、父母の基盤を築いて上がってきました。私がアメリカにまで来て活動できるのは、国家的基準を中心として、その基準を完結したからです。その基準を今、アメリカを中心として世界的に連結させようとするのです。それが、皆さん、ヨーロッパの人々と合同で歩む一九七四年までの、この三年路程の期間です。

韓国を中心として見れば、第一次イスラエルとして、僕の国の失敗を復帰した基準を立てておき、世界的な基準で養子の使命を果たさなければならないキリスト教の使命を受け継ぎ、世界的代表の基準を立てたという条件を、霊的な基準で立てました。そのため、世界的なキリスト教国家であるアメリカに来てそれを延長させ、世界的にその基盤を拡大できるのです。

僕の基盤を失い、養子であるキリスト教の基盤を失ってしまったので、それを再びつくっておかなければなりません。ですから、結局、イエス様が霊的に再臨し、霊的な基準ではあっても国家を保護できる基盤を築いたので、国家的基準を中心として世界に発展できたのと同じ立場を連結させることによって、今日、世界伝道をすることができるのです。世界復帰運動ができるというのです。

一九七二年から七四年までの三年路程の期間に、皆さんに何を教えてあげようというのでしょうか。お父様が勝利した基盤です。僕の国家基準までに失敗したことを復帰した勝利基盤と、養子の世界的基盤まで失ったことを復帰した勝利基盤を、皆さんと世界の各民族に相続させてあげるための闘いが、この三年路程です。

養子にはなりましたが、養子より息子にならなければなりません。皆さんは、息子にならなければならないのです。イエス様が三年路程で民族と世界に向かっていこうとしたことに代わって、皆さん自身が世界的な基盤を迎えなければなりません。その期間がこの三年の期間です。それによって、皆さんが養子の時代から息子の権限を引き継げる時代に越えていくのです。結局、私たちの運動は、イエス様が語った新郎、新婦を探し出すための世界的運動と同じなのです。

アメリカの主要都市大講演会

アメリカの二十一カ都市講演会は、一九七三年九月七日、「ニューヨーク・タイムズ」に全面広告を掲載することをもって始まった。真の父母様も自ら著名人士にコンタクトを取りながら大会の準備を急がれ、全国五十州とワシントンDCに派遣された五十一の世界統一十字軍を中心に、大々的な活動を展開された。その基盤の上で、一九七三年十月一日から七四年一月二十九日までの四カ月間、「キリスト教の危機と新しい希望」をテーマに、アメリカの二十一カ都市で「希望の日」大講演会を主宰されたのである。講演内容は、「人間に対する神の希望」、「アメリカに対する神の希望」、「キリスト教の将来」などであった。真の父母様は、講演会の期間に、各界の有力者たちからの支持を引き出し、市長から幸運の鍵と感謝状、激励文、名誉市民証を授与された。また、三十二の大都市講演会は、一九七四年二月十六日から四月二十日まで、「キリスト教の新しい未来」をテーマに、先の二十一カ都市を除いた残りの地域で延長して開催された。

9 お父様は、一九七三年の末に二十一カ都市で大講演会をしようと思います。以前に行った七カ都市も加えるのです。ですから、十四カ都市だけ選べばよいのです。今後、ニューヨーク(にある修練所と同)水準の修練所を、ワシントンDC、セントルイス、デンバー、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ダラスに造らなければなりません。できれば、食口たちが集中する所に力を注がなければなりません。十月一日、ニューヨークから行うのです。来年は五十州で行います。そうすれば、もはやアメリカの人たちは、誰もお父様の話を聞いたことがないとは言えません。その次には、皆さんが進み出るのです。これをするためにも、皆さんが基盤を築かなければなりません。伝道しなければならないのです。一つの州で五十人以上にならなければなりません。基本の食口がいなければなりません。ですから、十月まで、一生懸命にやらなければならないのです。

10 アメリカにおいて、一九七三年十月、二十一の州の代表都市を通して攻勢をかけるでしょう。このようにして反対がなくなれば、五十州でそれを行い、その次には、皆さんが毎日のように公開講義を行うのです。このようにして、一九七八年までにアメリカ全域にこのブームを起こし、キリスト教指導者たちが「これからは統一教会を研究しなければならない。統一教会を探らなければならない」と言って、全体が一つの垣根の圏内で、世界に向かって動くことができるようにしておいてこそ、アメリカが復帰されます。今後、国家的な基準では、キリスト教の再復興と共産主義の脅威からの防衛、この二つの問題が、次第に切迫した問題として登場するだろうというのが、お父様の観点です。間違いなくそのようになるでしょう。ですから、それに対する準備さえしておけば、間違いなく、このアメリカがそのような立場に立つようになるので、私たちを前に立てざるを得ない時が来るだろうと考えるのです。ヤコブが天使に勝ったあとにエサウを訪ねていったのと同じように、皆さんはキリスト教会との闘いで勝ったあとに、共産主義と闘わなければなりません。言い換えれば、皆さんが教会基盤を築いたあとには、共産主義に勝てる理念によって武装し、全世界に進軍しなければならないというのです。ですから、「民主世界、キリスト教、共産世界の誰が反対しても、問題ない」という信念をもたなければなりません。「神側に私が立っているので、神様は私たちを祝福してくださる」という信念をもちなさいというのです。

11 アメリカには、韓国、日本、台湾、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、十カ国の人が集まっています。十カ国の人々が、民族と国家を超越し、神様のみ旨と超民族的な心情を中心として、新しい起源をつくることのできる、厳粛で驚くべき瞬間です。私たちはここで、一つの目的のために共に死ぬことができるという信念をもっています。今や三年路程は、一年半が残っています。この三年の期間に、アメリカが世界的な責任を果たせるようにするため、今、イギリス、あるいはアジアから、大学院生たちを連れてくるのです。一九七二年と七三年に、六十人近い上院議員と下院議員たちに会ったのも、これを準備するためです。お父様が、アメリカで七二年に七カ都市、七三年に二十一カ都市、七四年に五十カ都市を中心とした復興会を計画したのは、アメリカの人々に知らせるためでした。お父様の話を聞いたことがないという言葉が出てこないように、知らせるためだったのです。言い換えれば、新しいイスラエル、カナンの福地に向かう出動のためのものなので、この三年間にすべて知らせてあげなければならないというのです。イスラエル民族がカナンに復帰するとき、その民族がどこにいるとしても、一人残らず知らせてあげなければならなかったのと同じように、この三年間は、新しい世界的な第三次カナン復帰路程に向かって出発できるようにするための宣布をしなければならない期間です。ですから、モスクワに向かって進軍しようというのです。皆さんは、このような信念をもたなければなりません。共産世界は今、アメリカに向かって進軍してきているのですが、私たちは反対に、モスクワに進軍しなければならないのです。

12 一九七八年までには、アメリカにも共産党が脅威となる時代が来ます。これは、摂理上、避けられないことです。その時までに、統一教会の思想を中心とした基盤を、アメリカの中にしっかりと定め、すべての分野に影響を及ぼすことのできる活動体制を備えなければなりません。ですから、二十万人のアメリカの指導者たちに対し、三年以内に「統一原理」と「勝共理念」と「統一哲学(思想)」についての本を三冊ずつ、六十万部を無料で配布する計画を立てています。そして、一九七三年十月一日から三年間、アメリカで大講演会を始めなければなりません。二十一カ都市を中心として、大々的な講演を実施するでしょう。十月一日からカーネギー・ホールを借りて、講演を行う準備をしています。ですから、千人を動員しなければならないというのです。

13 一九七四年二月十六日からは、アメリカで再び巡回大講演会を出発しなければなりません。ですから、四十カ都市を定めて、韓国に帰ってきました。このようなことを始めるのは、一個人の欲望や、統一教会の復興のためではありません。神様が格別に愛するアメリカで、今後行くべき新しい信仰的な路線を提示しなければならないみ旨があったからです。それを今までやってきてみると、全国的な問題が起きたのです。アメリカ国民に、お父様のことが広く知らされたと思います。言論界が動員された問題や、想定外の問題が起こって全国的な問題となり、さらにウォーターゲート宣言は、実に歴史的な大きな旋風を巻き起こしました。国内だけでなく、外国にいる統一教会の食口たちが、お父様の指示に従って歩調をしっかり合わせてくれることにより、正にアメリカの言論界や社会的に地位の高い人々が、私たちの活動に対して過小評価したことについて、電話、あるいは紙面上で謝罪してきています。私たちが今まで活動してきたことが、彼らに相当の影響を与えたことを感じて帰ってきました。

14 一九七四年の「希望の日」巡回講演会の期間に、私たちに対して積極的に反対するその背後には、必ず共産勢力がいて操っているはずです。路傍伝道隊が活動する所には、共産主義者たちが来ていると思います。ニューヨーク集会の時から全国で反対し続けているのは、そのような動機からだと、摂理的に考えるのです。今、キリスト教を見れば、私たちに反対する人たちもいて、支持する人たちもいますが、彼らはいずれにしても、反対する人のほうに傾くと見ています。

共産勢力を蘇生級とすれば、キリスト教が長成級で中間なので、これはイエス様の時代のユダヤ教に相当するのです。ですから、キリスト教は、イエス様の時代に反対したユダヤ教と同じなので、必ず反対します。

原理的に見れば、蘇生圏と長成圏はサタンの支配下にあり、私たちは完成圏の基盤をもって世界的基盤を越えることができる時になりました。ですから、私たちが完全に民族を超越し、強力に一つにさえなれば、サタンは退くというのです。このような原則が原理観です。蘇生圏と長成圏はサタンが恩いどおりにできますが、完成圏に入れば、思いどおりにできないのです。

15 私はアメリカに来て、皆さんが信じられないことを、今までたくさん行ってきました。年数では三年ですが、一年八カ月にしかなりません。このように見れば、今後、私たちはどれほど影響を及ぼすことができるでしょうか。これは、既に韓国で証明され、日本で証明され、台湾でもそのような基準を認定する段階に入ってきました。一九七三年七月一日に「勝祝日」を定め、一年以内に「勝恨日」を決定しました。それらの日は、西欧文明世界において、天から記念することのできる一番目の日であり、二番目の日です。アメリカですべきことを韓国に行ってしたのは、韓国にも世界的運勢を結んであげなければならなかったからです。それは、皆さんが初めて聞くことであり、考えもできなかったことです。私たちが実践してこのような基盤を築き、「世界が私たちの舞台である」と自信をもって私たちの視野で見つめられるようになったのは、驚くべきことです。私は、アメリカに来て、今や成功しました。それは、私がしたのではありません。神様がしたのです。

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン「希望の日」フェスティバル

真の父母様は、一九七四年九月十七日から十二月二十三日まで、アメリカの八大都市で「希望の日」大講演会を主宰された。先立って行われた三十二カ都市と合わせて、アメリカの四十カ都市における大講演会の最後の日程であった。初日は晩餐会、二目目は講演会が開かれた。特に、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれた「希望の日」大講演会は、当時のアメリカの宗教集会としては新記録を樹立した大会であった。九月十七日、ウォルドルフ・アストリア・ホテルで開かれた前夜祭の晩餐会では、千七百人以上の著名な人士が参加し、六つのテレビ局をはじめとするマスコミの熱気を帯びた取材競争の中、アメリカの有名な霊能者であり、予言者であるジーン・ディクソン氏が真のお父様を証した。十八日の講演会では、指定席二万五千席のほかに、五千席の臨時座席を追加で設置したが、二万人以上が入場できないほど、大盛況を呈した。真のお父様は、「キリスト教の新しい未来」というテーマで熱弁を振るわれた。

16 今日の民主世界について見てみると、アメリカと韓国は、ローマ帝国とイスラエルの立場と同じです。イエス様の当時には、ローマ帝国とイスラエルが一つになってイエス様を打ちましたが、今の時は韓国人とアメリカ人が一つになって、お父様を打つようになります。打たれることによって、蕩減復帰されるのです。アメリカは民主主義の国なので、ローマ帝国とは違います。キリスト教を捕らえて滅ぼすことができる基盤ではなく、何を語ったとしても、命まで奪うことはできない民主主義の国です。

また、共産勢力が旗を掲げてやって来て、お父様に反対します。これは世界的事件です。お父様には、韓国のキリスト教はもちろん、アメリカのキリスト教も反対し、アメリカ人も反対し、共産勢力も反対するので、これは世界的なすべてのものが反対する条件になるのです。しかし、いくら反対しても、お父様を訪ねてくる人々の気勢にすべて押されて倒れてしまうのです。それが正に一九七四年九月十八日、マディソン・スクエア・ガーデン大会です。

これは、キリスト教に代わる民主世界と統一教会が真っ向からぶつかって、統一教会が越えていく時間です。このようにして、世界的峠を越えました。ユダヤ教がイエス様の命を奪い、ローマがイエス様の命を奪いましたが、そのような立場にいる統一教会とお父様の命は奪うことができないのです。追い出すことができません。ですから、勝利したというのです。これは、歴史的な起源が始まる瞬間です。

17 マディソン・スクエア・ガーデン大会は、摂理的な観点から見るとき、歴史的意義があります。アメリカにおける一九七二年から七四年までの三年期間は、イエス様当時の三年期間に該当するのです。ですから、この大会は、イエス様が亡くなることなく成功したとすれば、ローマ帝国に行って、大講演会をしようとしたその基準に相当するのです。ローマがイエス様を歓迎し、イエス様と一つになれたとすれば、そこから世界的に、天の国のみ旨が展開するようになっていたでしょう。ローマの支配を受けるイスラエルの国のような立場にいる国が、現在、アメリカの援助を受ける韓国です。同じです。そのようなアメリカの中心都市がニューヨークであり、ニューヨークの中心部の集合場所がこのマディソン・スクエア・ガーデンなので、ここに爆発的な火をつけなければならないというのは、摂理的な観点で歴史的な意義をもたざるを得ません。ローマはイスラエルと怨讐の立場にあり、今日、アメリカはキリスト教を中心として、ローマのような国ですが、昔のイエス様の時代とは違う環境です。すなわち、アメリカは、神様が二千年間苦労して、この一時のためにつくっておいた、歴史的基盤だというのです。

18 私たちは、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会に二万五千人(を動員し)、超満員にしようと思います。道端で一度会っただけでは、いくら精誠を尽くして出会ったとしても、流れていってしまいます。一度出会ったその人に再び会って同じ効果をあげようとすれば、もう一度同じくらい努力しなければなりません。家を訪ねていき、通り過ぎる道端の人に対して精誠を尽くすぐらい精誠を尽くせば、その人は逃げていかないのです。二回、三回訪ねていって精誠を尽くせば、その態度や純粋性、現在のアメリカが必要とする青年らしさを見て誰もが感動するので、若者がそのように切実に求めることを聞き入れざるを得ないというのです。自分の息子のようであり、娘のような人たちなので、そのようになるのです。

自分の息子、娘はヒッピーになり、家を出ていってぶらぶらしているのに、「この世の中で、あの人はあそこまで純粋でいられるのか。あのような人と私が親しくなることによって、私の息子、娘も良い方向に向かわせる一つの道ができるだろう」と考えるようになれば、同意するのです。必ず関心をもって、この若者の勧めに応じるようになっています。

19 私たちがマディソン・スクエア・ガーデンの競技場を借りて講演するということを、アメリカ社会が低く評価することはできません。その上、私たちは、一般の広告会社を通して、アメリカのニューヨークで三十万ドルにも及ぶお金を宣伝費として使っています。外部の会社を通して宣伝すれば、費用は五倍ないし七倍もかかるというのが、一般的な慣例になっています。ビリー・グラハム牧師のときでさえも、各教派が協助して行うのに、お父様は単独で三年以内にすべてやってのけました。そして、私たちはみな、若者たちです。今回、アメリカの青年六百人以上が断食祈祷をしましたが、この事実を志ある人々は相当高く評価しています。それから、組織力が強いことを認めています。また、お金をもっていることを認めるでしょう。このように、数百万ドルをかけて大会をするのを見るとき、アメリカのどんな財閥も無視できないのです。それにもかかわらず、「マディソン・スクエア・ガーデン大会は失敗するだろう。人が集まらないだろう」と思っています。私がそれを完全にひっくり返すでしょう。これをひっくり返すようになれば、私たちが今回活動した全体が、その人々の研究材料になるのです。世界的に有名な人が、たくさん問い合わせてくるでしょう。

20 アメリカは世界的な中心国家なので、ここで私が巡回講演を行っているのです。そうして、三年間で随分と上がってきました。最初、私が「リンカーン・センターで集会をする」と言ったときには、誰も鼻先で笑うことすらしませんでした。「お父様は、集会を一度して逃げ出すだろう」と言ったのです。その次に、カーネギー・ホールでするときにも、「半分、三分の一も埋められないだろう」と言いました。しかし、一カ所だけではありません。アメリカ全域で、講演を一九七三年から行いました。カーネギー・ホールから二十一カ都市、一九七四年には三十二カ都市を回り、アメリカ全土を席巻しました。このような活動は、膨大な資源がなければ不可能です。お父様の移民問題が生じると思って、瞬時にしなければならないと考えました。そのようにして、集会を成功裏に終えたのです。ヨーロッパの食口たちがアメリカに来て、三年間、お父様と一緒に活動をしたのですが、彼らが歩調を合わせることができなければ、アメリカに基盤を築くことは絶対にできませんでした。

21 第二次七年路程を終結して第三次七年路程に越えていき、韓国と日本とアメリカが世界的な事件に引っ掛かり、上がったり下がったりするこのような時に、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会を行いました。私たちがアメリカまで来る際には、霊的な国家的基準を中心に連結させてから来たのです。キリスト教が霊的世界の基盤なので、霊的な国家的基準を越えることによって来ることができましたが、肉的基台が成立していなかったので、これをどのように連結させるかが問題でした。これが一週間の期間内に連結される条件として提示されたということは、驚くべき事実です。

韓国とアメリカ、韓国と日本がいくら分かれていくとしても、この統一教会はアメリカと一つになることができるというのです。

摂理的に、キリスト教圏内に霊肉を中心とした国家的基準形態の条件を立て、霊肉を中心とした世界的な第三次七年路程を出発できる起源を確定できたのが、マディソン・スクエア・ガーデン大会でした。これを蘇生として、長成と完成の大会をすることにより、一九七六年、七七年、七八年までのこの三年の期間で、アメリカを貫いて世界を越えていける一つの起源をつくらなければなりません。この三年間で、霊肉を中心として世界的な基盤を築かなければならない分野が残っているというのです。

22 マディソン・スクエア・ガーデン大会を通して天の国を取り戻し、その場を通して万民を解放しようとする神様のみ旨が成就されることを知らなければなりません。そこがジャンプできる一つの基盤になり、歴史的事件になります。ここで、数多くの民族が同じ心をもち、同じ努力をして、同じ汗を流し、顔立ちや感情は違うかもしれませんが、皆が一つの体のように動けば、このニューヨークを見つめながら絶望するしかなかった神様が、ようやく皆さんを見て、希望をもつ良い機会になるというのです。

23 一九七二年にニューヨークのリンカーン・センターで講演を行い、七三年にはカーネギー・ホールで講演を行い、七四年にはマディソン・スクエア・ガーデンで講演を終えました。お父様は、三年の期間に、心の中で誰も分からない神様の作戦を定めました。ですから、アメリカに来る時は深刻だったのです。三年間で、必ずアメリカ人全体にこれを伝えなければならない責任があるというのです。そのようにしなければ、神様の摂理に支障があることが分かったので、この機会をどのようにしてつかむかと、今まで苦心してきました。

最初に問題になったのは、人がいないということでした。三年の期間でこのマディソン・スクエア・ガーデンを満席にして余りある人員を準備しなければならないのですが、それをどのようにするかを悩みながら、目標にしてきたのです。

24 アメリカを中心とした第二次七年路程までは、サタンが天を攻撃する時でしたが、第三次七年路程からは世界的基準を越えていく時代に入るので、アメリカに向かって攻勢をかけなければなりません。

昔はカインがアベルを攻撃しましたが、今はアベルがカインに攻勢をかけるのです。今まではサタンが攻撃しましたが、第二次七年路程で一九七一年までに蕩減条件を立てて越えてきたので、今やサタンが屈服しなければならない時に入りました。サタンが攻勢を受ける時に入ったというのです。ですから、世界的基準を中心として、アメリカで攻勢をかけ始めたのです。

一九七二年に、父母様が「アメリカで七カ都市講演会を行う」と言った時、誰も成功するとは夢にも思いませんでした。それは、アメリカの食口たちも、信じなかったのです。一九七二年に講演会をすることも、アメリカに来て初めて発表し、始めたのです。誰も知りませんでした。

その次からは、二十一カ都市を攻めました。その時は、「カーネギー・ホールを埋められるわけがない」と言われました。しかし、カーネギー・ホールをすべて埋めたので、アメリカ人たちが「素晴らしい」と考えるようになり、結局は、まともに見つめるようになったのです。その次には、三十二カ都市で引き続き講演会を行いました。

第四節 「希望の日」韓国大会と救国世界大会

韓国「希望の日」フェスティバル

「希望の日」韓国晩餐会が、一九七五年一月十六日、著名な人士七百人以上が参加する中、ソウルの朝鮮ホテルで開催された。真のお父様は、「ために生きよ」というテーマで講演され、この日の晩餐会で、指導者層の人士たちを集めた韓国の公式的な席上に初めて登場されたのである。そして、四月一日から五月十六日まで、韓国九大都市の「希望の日」大講演を主宰された。この大会は、アメリカでの勝利を韓国に連結させるためのものであり、真のお父様は「人類の新しい未来」というテーマで講演された。「希望の日」大講演は、世界統一十字軍が先頭に立って活動し、キリスト教の反対にもかかわらず、成功裏に行われたのである。

1 第二次七年路程完結まで三年を残し、お父様は一つの時代を先駆けていかなければならない使命があるので、アメリカに渡りました。キリスト教が築いた基盤は世界的基盤ですが、統一教会に反対することによって、完全に崩れざるを得なくなりました。この世界的基盤を再び収拾して統一教会に連結しなければならない天意(があり)、霊的にでも世界的に連結させなければならない天意があるので、お父様はアメリカに渡ったのです。

アメリカは民主世界を代表する国家であり、世界のキリスト教を代表する国家なので、お父様は民主世界の国家の代表であるアメリカに渡り、三年間、攻勢をかけました。キリスト教を中心として韓国では攻勢を受けましたが、世界的舞台では攻勢を仕掛けたというのです。天が優位に立ったという事実を展開してアメリカ全域を席巻する際、彼らは反対しましたが、私たちが行く道を妨げることはできず、私たちは勝利の旗を掲げ、一九七四年十二月二十九日を期して韓国に帰ってくることができました。

このような事実は、それこそ世界的な霊的運勢を一手に集めて握ったことを意味します。この国家と民族の前に、国家的基準を代わりに立てて帰ってきたというのです。そこから、この民族に霊肉を中心とした世界的事件を展開しなければなりません。

2 今は、天運が大韓民国に押し寄せてきて、私たちが責任を果たすことを願っています。天運が大韓民国に来たのですが、どこにも行くことができず、ぐるぐる回りながら、竜巻を起こしているのです。ですから、方向を提示することが、私たちの使命です。現在の時点は、このような時なのです。天運の方向を私たちが受け継いでいける道を提示すべき時になりました。統一教会で三百人の(伝道)機動隊が実際に活動するようになれば、数十万人が押し寄せてくるでしょう。このように、自ら願って共産党を打ち倒す先鋒隊だとすれば、これは世界的です。そのようになれば、日本も統一教会を立てて国家的に後援し、アメリカも後援するでしょう。全世界に、共産党を防ごうとする国があるとすれば、「統一教会、どうぞいらっしゃいませ!」と言うでしょう。統一教会は嫌いですが、共産党が憎いので、「どうぞ来てください」と言う時代になりました。百二十カ国に私たちの道を開いておいたのです。彼らは、韓国で開催される「希望の日」フェスティバルに対しても、関心をもって見守っています。

3 イエス様当時の三年路程では、ユダヤ教がイスラエルの国と合同で反駁する立場に立ちましたが、今日、アメリカを中心とした統一教会の作戦は、ユダヤ教の立場のようなキリスト教に向かって攻勢をかけていくのです。私は、韓国では攻勢を受けましたが、反対に、世界舞台で攻勢を仕掛けて勝つようになれば、韓国で被ったすべてのものを蕩減復帰することができます。ですから、三年路程を中心としてアメリカ全域を回りながら、攻勢をかける闘いを展開したのです。これが波紋を起こして、三年の期間で一大勝利を収め、すべてのキリスト教徒が認める環境を造成し、韓国に帰ってきました。韓国に帰ってきて、勝利的キリスト教文化圏を霊的に引き継いで、連結しておきました。このように連結するとともに、家庭を中心として、主体と対象の関係基盤を韓国に連結しなければなりません。今や、国際(伝道)機動隊が韓国に入ってきて一つになり、国を挙げた活動をしなければなりません。

4 世界的なキリスト教文化圏を吸収し、韓国を中心として、帰結させなければなりません。ですから、一九七四年、お父様が全世界のキリスト教の中心国家であるアメリカに行って、一つの州ももらすことなく、隅々まで巡回しました。すべて巡回しながら旋風を巻き起こし、大勝利の旗をもってくるのです。

私は、韓国では反対を受けましたが、アメリカに行って勝利しました。韓国は国家的基準ですが、アメリカは世界的基準です。国家は世界的基準に含まれます。ですから、国家を越え、世界的基準を築いたのです。今までは国家圏内で私が攻勢を受けましたが、今からは世界的基準で私が攻勢をかけるのです。反対です。蕩減するのです。勝利したので、天運を集めて韓国に来たのです。

5 お父様がアメリカで勝利した基盤を総合した一つの材料が、マディソン・スクエア・ガーデン大会です。これが一九七四年までの三年期間の実りです。

それを中心として、七五年一月十六日の「希望の日」韓国晩餐会の時、お父様自身が、初めて韓国の公の席上に現れました。そこには、社会的に地位の高い人々がたくさん来ました。民主世界文化圏の影響を受けた人々が韓国で主導的な役割を果たしていますが、彼らが外信を通して調べてみると、文先生という人は普通の人ではないというのです。そのような人々が晩餐会に参加しました。

そうして、一九七五年を中心とした一つの作戦が始まったのです。それを起点として、お父様が登場しました。聴衆の中で、反対していた人が顔を赤くし、事前に理解できなかったことを恥ずかしく感じながら、「そうでなければならない」と言わざるを得ない立場に立たせた日が、正に一月十六日です。

その次には、統一教会の祝福家庭を立てなければなりません。それが一九七五年二月八日の千八百双の祝福結婚式です。統一教会の祝福家庭が国際的に結ばれることによって、この民族の前に確固不動たる基盤が築かれたのです。千八百双の祝福結婚式を開催することによって、全世界を一度、揺さぶっておきました。

その次には、国民の前に影響を与えなければなりません。世界の統一教会員とこの国民のうち、どちらがより強いか見てみようというのです。誰が主体かというのです。それを示してあげたのが、「希望の日」フェスティバルと七百人近い国際(伝道)機動隊員たちの活動でした。ですから、天的運勢から見ても、統一教会は勝利するようになっていたのです。

6 誰がいくら反対しても、統一教会は勝利しなければなりません。それは、原理観がそうであり、神様の摂理のプログラムがそうだからです。今まで誰もできなかった歴史的な旋風を巻き起こすという所信を、お父様はもっています。私が打てば、キリスト教は反対しようとするのですが、いくらしてみたところで、付いてくることができないというのです。このような闘いが、予想したとおり釜山から起きました。大邱(テグ)でも反対しました。ソウルから、仁川、全州(チョンヂュ)、光州(クァンヂュ)、大田(テヂョン)でも同じでした。そして、汝矣島広場にまで来て、反対をしたのです。そのような闘いを汝矣島広場でもしましたが、勝利を収めました。国家と民族を動かせるようになったのです。私たちには内的な力があるというのです。イエス様の時代の氏族的基盤を、皆さんが各分野で築き上げ得る根が、全国にすべて張られるようになりました。まだ芽は出ていませんが、ここに接ぎ木すれば、一気に大きな木になることができると考えます。結局、汝矣島広場を中心として、国家を凌駕し得る基準を成し遂げたのです。これは、人間の力でしたのではありません。天運がそのような竜巻をこの韓半島で起こしたのだと考えるのです。

7 韓国は国家体制を備え、ある基準で共産世界を凌駕できる経済的基盤を立てましたが、思想的な面では凌駕できる何の対策もありません。このような精神的武装に、今日、キリスト教が責任をもつことはできないというのです。そのようなことが私には分かったので、統一教会が精神的武装をする責任を果たさなければならないという思いで、今まで世界舞台と連結させ、準備してきたのです。そのような事実が、外的、内的に現れた結果を見ることができるのが、「希望の日」フェスティバルの大会です。

救国世界大会

韓国の歴史上、類例を見いだせないほど大規模な勝共大会である救国世界大会が、一九七五年六月七日、六十カ国から来た千人以上の代表をはじめ、全国各地から百二十万人がソウルの汝矣島広場に詰めかける中で開催された。真のお父様は、「世界の中の韓国」というテーマで講演された。特に、世界各国の代表が、信仰の祖国であり、聖域である韓半島を保護するために国際義勇軍を編成し、有事の際には参戦することを宣言するなど、救国の喊声と熱気が天をつく大会となった。

8 国際(伝道)機動隊がアメリカから日本を経由して韓国を訪れたのですが、摂理的な流れがそのようになっているので、そのような作戦をするのです。復帰時代なので、お父様がアメリカに行って旋風を巻き起こしたそのすべてのものが、日本を経て韓国にまで入ってこなければなりません。そのように、世界的な第一次霊的世界イスラエル圏と第二次キリスト教イスラエル圏を、肉的な第三次世界的イスラエル圏に結びつけなければ、第三次国家的イスラエル圏が第三次世界的イスラエル圏に発展することはできません。これは、摂理上における必然的な帰結であり、歴史的な帰趨です。

9 韓国は、摂理史的な立場から見るとき、総合文明圏を形成して統一しなければならない使命が残っています。兄弟同士では一つになれません。父母が来てこそ、統一することができます。兄弟たちが争うのを、韓国が「統一思想」によって統一できるというのです。このようになることにより、神様を中心とした理想的な祖国が創建されます。そこから世界は、初めて平和の世界、一つの世界、統一の世界、勝利の世界に収拾されていくでしょう。そうして、地上に天国を形成すると同時に、神様と一致しなければなりません。天上天国の主体であられる神様を地上にお迎えし、統一された一つの天国を形成しなければなりません。これが、統一信徒たちが果たすべき使命です。そのような基盤のもとで、初めて父母と子女が一つになることにより、平和の天国生活が始まるでしょう。「希望の日」フェスティバルを勝利に導いたので、汝矣島での救国世界大会も勝利に導かなければなりません。ここで勝利した内容と材料をもって、日本とアメリカと自由世界に影響を及ぼさなければなりません。この大会は、霊界が総結集し、世界の人が総結集して、未来において私たちの子孫が希望の基盤として眺めながら、祝福を待ち望む大会にならなければなりません。ですから、神様の解怨成就、人類兄弟の解怨成就、今後の希望的な後代の解怨成就をすべて完結できる大会が、正に救国世界大会なのです。

10 一九七五年四月一日から全国九カ都市で「希望の日」フェスティバルをすることによって、統一教会と統一教会の人々が表に出たので、キリスト教ではそれを憎むのです。霊界から啓示を受けた人が、「今回、統一教会に負ければ、キリスト教は終わりだ」と言ったというのです。「ひたすらがむしゃらに闘って統一教会を滅ぼさなければならない」と言いながら、ありとあらゆることをしましたが、私たちは滅びませんでした。完全に圧倒してしまったのです。蘇生の釜山から長成の大邱、完成のソウル、そして、仁川を経て全州、光州、このように九つの都市に付いて回りながら反対しました。とにかく、彼らは、もはや思い残すことはないでしょう。

そして、六月七日、汝矣島広場の救国世界大会の時には、「雨よ、降れ」と祈り、「雨が降らないなら、その代わり、反対に太陽が燦々と照りつけるようにしてほしい」と祈ったというのです。このような闘いをして、結局、統一教会が表に出たというのです。そうして、個人として現れ、家庭として現れ、私たち全体として現れ、その次に民族として現れなければなりません。

11 統一教会自体で見れば、汝矣島広場の救国世界大会は一つの冒険です。大きな冒険です。その広場を満たすというのは冒険ですが、私たちがこのような大掛かりなことを行うのは、この時代の運勢に合わせることになるのです。神様の摂理から見るとき、この時がどのような時かが分かるので、この時代に合わせて、このような大会をしなければなりません。

今、韓国は全世界が注目する情勢に直面しています。韓国の動きは、韓国自体だけでなく、全世界に影響を及ぼすことができる段階に入ってきました。韓国が直面していること自体を見れば、民主世界が勝利へと進む道を模索するか、もしくは共産世界が勝利する道が形成されるかという、分かれ道に立っているのです。

ここで、誰が道案内をするかが問題になります。誰が先に、ここで天運に合わせられる旗手の使命を果たすのでしょうか。民主世界が勝利するためにも、ある動機となる個人なら個人、団体なら団体、国家なら国家が存在しなければなりません。

歴史は、個人を中心としたり、団体を中心としたり、あるいは国家を中心とするなどして、必ず新しい次元に転換されて発展していくのです。このような緊迫した実情において、もちろん大韓民国が天の運勢に合わせようとしなければなりません。しかし、大韓民国自体は、天がどのようにして、大韓民国を通して世界に行こうとしているのかが分かりません。

ですから、ひとえに、これを知っている、宗教を代表したある団体が責任をもたなければならないというのです。その宗教団体の中でも、統一教会がそのような旗手の使命を果たさなければなりません。このような責任を統一教会が果たそうといって進み出たのが、ソウルの汝矣島における救国世界大会です。

12 韓国政府打倒が、全世界の共産勢力の宣伝目標になっています。アジアで最後に残った西欧文明圏の基地が、まず韓国です。共産勢力は次に、日本解放を主張するでしょう。その次には、アメリカ解放を主張するでしょう。これが、公式的に展開されるのは間違いありません。ですから、内的に韓国の統一教会と、日本の統一教会と、アメリカの統一教会が完全に結束し、韓国と日本とアメリカを席巻して、主導的な旗印を掲げなければなりません。今や、そのような時が近づきました。韓民族は、塗炭の苦しみの中で死ぬか生きるかという時点にいます。そのため、今、私たちは国を挙げた「希望の日」フェスティバルを掲げて現れました。こうして、宗教的基準で統一教会にはかなわないという勝利的実績を見せてあげたのです。これが、国民運動として、国を挙げて同胞とソウル市民を糾合し、世界に宣布する救国世界大会です。

13 私は、今まで日本の国を動かすために努力し、アメリカの朝野で、新しい文明圏を形成できる雰囲気をつくるために努力してきました。韓国は、韓国自体だけでは、今後、生きていくことができません。三千四百万が団結して北朝鮮の共産党を打倒したとしても、その後ろに残った中共とソ連を克服できないのです。今日の共産主義は、神様に代わり、悪魔を中心とする宗教形態を背景として登場しました。神側の宗教を中心とした統一文化圏の世界国家を形成して、共産主義を屈服させなければ、世界に希望はありません。統一教会の信徒たちが、国家と国民を代表し、民主世界において神側の宗教を代表し、結束して進み出るべき時が、正に今です。韓国の統一教会員たちは、今回の救国世界大会によって、世界に精神的姿勢と誇りを植えてあげなければならないことを忘れてはいけません。正に今、この活動において、韓国の統一教会の食口たちを中心として、世界の統一教会の食口が結集しています。ここで一つとなり、歴史にない、神様のみ旨による一つの「統一思想」を中心とした勝利的旗印を、初めて表すべき場が汝矣島広場における大会です。ここで勝利すれば、世界文明圏において、神様が西欧大陸、ナイル川を中心として地中海、ローマ、イギリスを経て、アメリカ大陸で形成した文明圏を、太平洋文明圏に移すようになるのです。

14 汝矣島広場は歴史的な広場なので、今回の救国世界大会は、神様のみ前に歴史的公義の審判を受ける立場に立つのです。統一教会は、それこそ世界史的な神側に立った団体か、民族を生かすことのできる団体か、そうではない団体かというのです。

統一教会の家庭は、民族的家庭を代表して導くことのできる主体性をもったのか、統一教会の人々は、この民族と向き合って主体性を生かし得る個人個人になったのかを、救国世界大会で見せてあげなければなりません。そのような天からの公義の判定を受ける良い機会だというのです。

これだけではなく、世界人類の前に公義の判定を受けた権威を立て得る時であり、民族の前に今まで悲しく恨めしかった歴史的なすべてのものを清算し、新しい受難の代価として善意の功績による恵沢、恩徳を受けられる時だというのです。ですから、この瞬間こそが深刻なのです。

15 救国世界大会には、大勢の人々が集まるでしょう。そして、霊界から数千億が集まるというのです。皆さん一人で一万人にもなれるという決意(をもち)、六十カ国を代表する皆さんの国の国民全体が集まったというのです。皆さんの先祖と霊界が動員して、どれほど注目するでしょうか。

皆さんは、「私はフランス人だ」、「私はドイツ人だ」という感情を抜き取ってしまわなければなりません。超民族的な感情をもたなければなりません。神様の名のもとには、そのようなものがあり得ません。ですから、皆さんは、六十カ国を代表する代表者として参加したという誇りをもたなければならないのです。

16 一九七五年六月七日、国際(伝道)機動隊を中心として汝矣島で救国世界大会を行った時、キリスト教と統一教会の間に大きな争いが起きました。私たちの(伝道)機動隊は、全世界の若者が参加し、祖国光復のために入城して、反対するキリスト教、反対する主権、反対するその何ものかに対して闘ったのです。

その時は、蕩減復帰をする時です。主権的な基準の前に、今や家庭を取り戻したので、国とぶつからなければなりません。そうして、父母様を中心として、政府と一つにならなければなりません。政府と一つになり、すべてを動かさなければならないのです。国家版図を中心として、釜山、大邱、大田、ソウルの四大都市でキリスト教と統一教会が正面衝突をしました。それで、「今、国際的に後援を受ける中で復興会をしているのに、なぜ反対するのか」と言って、完全にキリスト教を降参させました。このようになって百二十万が集まったのです。

その時、韓国政府も驚きました。六十カ国以上の人々が来て、「私たちの信仰の母国を侵犯する時には、私たちが守護する」と宣布したのです。それで、実質的な面において、国と霊肉を中心として私が主導的な位置に立つのです。

17 皆さんが軍隊の訓練を受けるときには、「大韓民国のために」という観念をもって受けましたが、今からは違います。これから皆さんは、伝道して義勇軍をつくらなければなりません。支署長と面(ミョン)長、郡守(クンス)を動員して義勇軍を編成し、何としてでも彼らを教育しなければなりません。

今後、有事の際には、村に代わり、郡に代わって一つの義勇軍を編成して、何千、何万の人を指導できる自分にならなければならないという気概をもってください。お父様は、この緊急な時に、国際義勇軍をつくって有事の際に備える主導的な基盤が必要なので、指示を下したのです。

今後、統一教会を中心として、キリスト教徒たちとすべての宗教者たちまで糾合し、「義勇軍編成運動をしよう」と主張するのです。その際、郡守と警察署長まで招請し、「これは統一教会のためではない。実権は皆さんが握り、訓練だけ私がしてあげよう。幹部たちの精神武装まで私がしてあげよう」と言いなさいというのです。このようなことをしなければならない時が来ました。

18 イエス様が十字架で亡くなったのは、三年の公生涯路程の二年目の時からかみ合わなかったからです。そうして、イエス様は逆さまに落ちていきましたが、今は二年目の過程から、かみ合わずに反対に上がっていきます。一九七五年、七六年、七七年の三年の期間は、世界的な霊的勝利の基盤の上に、肉的勝利の基盤を連結させる時です。ソウルの汝矣島広場で救国世界大会を通して、国家基準を中心として霊肉勝利の条件を立てたので、それが可能なのです。そのような勝利の条件を立てたので、誰がいくら反対しても、私たちを追い出すことはできません。私たちをいくら打っても、彼らは勝利できないという原理的な絶対権限を私は知っているので、腹を決めて今闘っているのです。

19 大韓民国は、世界の運勢を迎えられる時が来たので、反対してはいけません。民族的な出動をする時が来たので、一九七五年に初めて世界の若者たちを韓国に連れてきて、韓国の若者と一緒になって、「希望の日」フェスティバルという、歴史にない、国を挙げた大行事を挙行することができました。ですから、「希望の日」フェスティバルには、我知らず、勢いに押されて数多くの人々が集まりました。どんな宗教の集会もかなわない歴史的な記録を破ったのが、一九七五年の「希望の日」フェスティバルでした。このような基盤を基にして、国家的な勝利の基盤に連結したのです。イエス様の時代に、霊肉を中心として国家と世界を連結できなかったので、一九七五年に霊肉を中心として、国家基準と世界基準を完結しなければなりません。

このような摂理観があるので、一九七二年から父母様が本格的にアメリカで活動したのです。韓国の統一教会が、霊的基準では国家より高い位置、主導的な立場に立ちました。キリスト教が反対しても、統一教会が問題の中心となり、すべての人々の関心を呼び起こせる宗教となって、霊的な国家的勝利基盤の上に、霊的世界基準のキリスト教を連結するためのものが、アメリカにおける三年間の作戦でした。そうして、一九七五年に勝利の霊的基盤を世界的に連結し、ようやく大韓民国に来て、霊肉を中心とした勝利の基準を決定する闘いをしたのが、汝矣島広場の救国世界大会です。

第五節 アメリカ建国二百周年の記念大会

ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会

真の父母様は、アメリカの建国二百周年記念行事を二度にわたって開催された。その一回目が、一九七六年六月一日、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会である。五万人が参加する中で開かれたこの大会は、悪天候と反対勢力の蠢動の中で行われたが、真のお父様は「アメリカは神の希望」というテーマのもと、「私は病に蝕まれていくアメリカに、医者として、消防士として来た」と訴えられた。この講演は、アメリカの誰も成し得ない歴史的宣言であった。完成路程である第三次七年路程の決戦を、世界の中心であるアメリカ、それもアメリカの中心的都市であるニューヨークで行うことにより、世界史的な善悪の分岐点において、総蕩減的な基準を立てられたのである。六月十四日付の「ニューズ・ウィーク」誌は、表紙に真のお父様の写真を掲載し、「一九七六年の人物」として報道した。

1 イエス様は、ユダヤ教を中心としてイスラエル民族を糾合するための三年の闘いで失敗し、十字架で亡くなりました。ですから、統一教会は、霊的キリスト教世界の中心国家であるアメリカに、霊肉を中心として勝利した韓国の国家的基準をもってきて、くっ付けるのです。霊的基準は世界型であり、肉的基準は国家型です。肉的基準において、国家型の基準を世界型の基準まで拡大しなければならないのが、イエス様の三年の公生涯に該当する世界的時代です。ですから、一九七六年は、イエス様の三年の公生涯路程において、二年目に該当する年です。イエス様が十字架で亡くなるようになった動機は、一年目ではなく、二年目に決定しました。一九七六年は、イエス様の公生涯の二年目、イエス様が十字架で亡くなるか否かが決定される、その期間に該当するのです。

第三次七年路程の三年路程において、二年目である一九七六年こそ、世界史的な決着をつける期間です。蘇生を経て長成数に該当します。長成数は中心数です。一、二、三の中心数です。上下、前後、左右において該当する中心数なので、復帰摂理は、常に二数を中心として決定打を加え、ここで勝利しなければならないのです。イエス様が国家的基準で勝利するか否かを決定する三年路程の二年目に十字架を負うことが決定し、その余波によって十字架を背負ったというのです。それと同じように、アメリカでお父様がこのような闘いをしているのですが、アメリカの朝野が大騒ぎです。アメリカはまた、二千年を蕩減する二百年の歴史に該当します。二百年の二数と二年目がぴったり合ったのです。今日、この二百年を二年目に蕩減し、霊的世界基盤だけを備えたところに、霊肉を中心とした世界基盤を結成できるか否かという、最後の戦線が私たちの前に残っているのですが、その戦線が、一九七六年のヤンキー・スタジアム大会です。この大会は、空前絶後の戦争なのです。

2 ヤンキー・スタジアム大会で、お父様が失敗するか成功するかという問題は、宇宙史的な意義があります。これは、神様とイエス・キリスト、また、キリスト教はもちろん、全世界の人類と統一教会、そして、統一教会の文先生の命を懸けた闘いです。このようなことをサタンは知っているので、アメリカの言論機関と私たちに反対する人々を通して、私たちを攻撃するのです。お父様が幼い頃から願い、待ち望んだその日が、ほかでもない一九七六年六月一日です。

その日が来るのは、この上なくうれしいことですが、勝利できなければ、この上なく悲惨になるのです。そのため、その日は、うれしい日であると同時に恐ろしい日です。ですから、私が壇上で勝利の旗を立てるか、敗者の旗を立てるかが問題です。もし敗者の旗を立てるようになれば、統一教会が行く道と人類の前に、悲惨なことが起きるでしょう。そのようになれば、神様のみ前に私は顔を上げることができなくなるのです。

また、皆さんはもちろん、神様と霊界のすべての霊人たち、そして、全世界の宗教が、共産世界の侵略の嵐に見舞われ、やがてこの世界は荒地になり、今までの宗教はすべて消えてしまうでしょう。共産党に踏みにじられるというのです。そのようになれば、一九八〇年にならないうちに、アメリカもすべてひっくり返ります。このようなことを知っているので、私たちはヤンキー・スタジアム大会を中心とした歴史的な責任を背負い、この戦線に立ったのです。

3 統一教会の時代圏にも、蘇生時代、長成時代、完成時代があります。蘇生時代は父母様を中心とした家庭時代であり、長成時代は大韓民国を中心とした時代であり、完成時代は世界を中心とした時代です。第三次七年路程は完成時代に該当する時なので、世界的中心であるアメリカで決戦を行うのです。それが、ヤンキー・スタジアムを中心とした一九七六年六月一日の闘いです。サタン世界の六数を蕩減し、七数に越えていく時だと考えるので、六月一日が良いとして、この日に決定したのです。

4 一九七四年までに第二次七年路程を終え、一九七五年から七七年までに第三次七年路程の三年路程が終わります。ですから、一九七六年が三年路程で中心となる年です。その年がアメリカ独立二百周年と完全に一致したのです。その決着をヤンキー・スタジアムでつけます。この場における勝利は、カインの失敗を蕩減復帰できるものであり、ノアの失敗、アブラハムの失敗、モーセの失敗、洗礼ヨハネの失敗、イエス様の失敗、今まで誤ったキリスト教のすべての失敗を、一つの世界的国家を代表してすべて結実させ、清算するのです。

ここで私たちが破格の勝利をもたらすようになれば、アメリカの宗教界と、アメリカの各界、各層で問題になるでしょう。そのようになれば、もはや父母様に対して反対するのではなく、研究しなければなりません。皆さんに対しても研究しなければなりません。宗教界でもどこでも、すべて頂上を見つめて登っていくというのです。

5 皆さんはきょう、一九七六年四月一日から六十日間、ヤンキー・スタジアム大会を支援するための全国特別復興伝道集会を行うのですが、どのようにしなければならないのでしょうか。六千年の歴史を代表して生きなければなりません。アダムとエバが堕落して落ちたことを、ここで復帰しなければなりません。ですから、縦的な六千年の歴史を、横的に六十日間で私たちが総蕩減しようというのです。

それゆえ、歴史時代におけるノアよりも、さらに一生懸命にしなければなりません。アブラハムやイサク、ヤコブよりも、さらに一生懸命にしなければなりません。そして、モーセ、洗礼ヨハネ、イエス様よりも、もっと一生懸命にしなければなりません。この期間には、父母様と韓国の食口よりも、さらに一生懸命にしなければならないというのです。そのようにすれば越えていきます。このままアメリカを放っておけば、滅びるようになっています。

この六十日間が、私たちがアメリカを生かせる期間です。滅びる民主世界を復活させ得る期間です。共産勢力の脅しを防ぐ堤防を造れる期間です。青少年たちの倫理的破綻を防ぎ得る期間になるのです。さらには、キリスト教が滅亡するのをここで防ぎ、新たに復活させることができる期間です。この期間さえ過ぎれば、神様が初めて摂理のみ旨を新しいヤコブ時代に転換させる、大宇宙史的な時代が訪れるのです。

6 今まで皆さんは、ヤンキー・スタジアム大会を支援する全国特別復興伝道集会のために六十日間活動してきましたが、五月三十日からの最後の三日間に行う作戦次第で、運命が決定します。ですから、今回の三日の期間に統一教会が運命を懸けざるを得ません。イエス様のときも、十字架の死の三日間ではなく勝利の三日間をもたなければなりませんでした。しかし、勝利の三日間をもてずに死の三日間をもつことによって、今日の霊的な世界のキリスト教が出発する歴史的転換点になったのです。

統一教会でも、世界史的なアメリカの三年路程で、ヤンキー・スタジアム大会を中心としたこの三日の期間こそ、世界の運命を決定する歴史的な期間です。ですから、皆さんと天がこの三日の期間を勝利することによって、反対していたニューヨークの境界線を越え、解放の旗を掲げて世界に出動できる起源が整うというのです。

7 ヤンキー・スタジアム大会が始まる前に、これ以上ないほどの風が吹き、雨が降りました。雨にぬれながらも、逃げることを知らず、バンドを動員してラッパを吹き、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の歌を歌う時、どれほど痛ましい思いだったでしょうか。口では歌っているのですが、目からは涙があふれ、雨と涙が混ざって流れたのです。そのような中で、「雨がやめばどれほど有り難いだろうか! 雨よ、早くやんでくれ!」と叫びたかったでしょう。そのように考えなければ、人ではありません。心が完全に統一されたというのです。

二十分間でそのように教育できる能力は、神様だけがもっているので、私は「ああ、私の愛する神様!」と言いながら、感謝の祈りを捧げました。アメリカの若者たちに神様の心情を(十分に)理解させてあげられなかったのに、今回の行事で理解させてあげることができたのです。ですから、有り難い雨でした。

「雨よ、やめ」という心情で統一され、世の中を愛することができるその場が、神様の心情圏の場だと考えるのです。数千人がこのような思いを学んだとすれば、偉大な贈り物をもらったというのです。皆さんがその時の思いをもって、一生の間、何かに取り組めば、成功せざるを得ないのであり、神様が協助せざるを得ないでしょう。ですから、神様が、ニューヨーク市民や反対する人々よりも、愛する統一教会にプレゼントを下さるために、そのような時間を与えたと考える時、感謝しなければならないというのです。そのような意味で、きょうは「大勝利の祝福」という言葉がふさわしいのです。

8 私は、ヤンキー・スタジアム大会の三日前に、「この三日間は、イエス様が十字架で亡くなり、地獄に行って伝道する三日間に該当する期間である」と言いました。ですから、「ああ、私が話したように、三日間、雨が降った」と思うのです。イエス様が十字架で亡くなることによって、霊と肉が分かれました。み旨の半分は成就され、もう半分は成就されていないため、そのような結果と同じことがこの大会に現れるだろうという予感がありました。そのため、統一教会が肉的復活を成し遂げるためには、外的な肉的基準を中心として、打たれなければならないのです。ですから、「ここで、何かがあるはずだ」と思いました。

イエス様が、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ二七・四六)と祈る時、天にすがったのと同じように、私たちも神様にすがり、帰っていける出来事が起こらなければならないというのです。大会の日、雨が降ってみな、ばらばらになるはずなのに、私たちは団結して父を呼び求めたため、父と一つになることのできる良い機会になったのです。

9 ヤンキー・スタジアム大会で、「神様は無情だ。なぜ雨がこの時間に降ったのか」と言うこともできるのですが、お父様は、「神様! これは何でしょうか」と言ったのではなく、「ありがとうございます」と祈りました。ある日本食口の父親が霊界に通ずるのですが、彼が見たところ、雨はすべて霊人体たちだというのです。イエス様が十字架で亡くなる時、神殿の幕が裂け、死んだ霊たちが復活して下りてきたのと同じことが起こったというのです。

ですから、ここから霊界が協助するようになり、ワシントンDCに向かうのです。霊界から地上を協助できなかった時代から、地上を協助する時代に入ることにより、イエス様が霊的にこの地上に再臨復活し、キリスト教の霊人たちに働き掛けて、今後、キリスト教の運勢を集めて統一教会に結合させる時が訪れるのです。

10 ヤンキー・スタジアム大会に、七百人近い皆さんの父母、兄弟が来て、さらには韓国の同胞たちが来ていました。これを聖書の歴史で見れば、カイン・アベルと全く同じ立場なのです。今まで彼らは、すべて自分なりの観点をもって、批判的で不平を言う立場から見つめてきたのですが、この時間だけは一つになったというのです。これは驚くべき事実です。

歴史はカインとアベルの闘いの歴史です。カインとアベルの闘いで分立され、一つになれなかったのですが、ここでカインとアベルが外的、内的に一つになりました。ここに世界史的な原因があるというのです。これを見るとき、父母様は韓国と一つになる立場を代表し、皆さんは皆さんの家庭と一つになる立場を代表しているので、これさえ一つになれば、ここから世界を動かせる起源が芽生えると考えるのです。ですから、世界的な新しい出発ができるというのです。

11 一九七六年から、統一教会をなくすために、共産主義者たちが捏造をしたり、わざと共産主義の専門家たちを投入したりして、内部分裂工作をしようとするでしょう。そのような人々がたくさん入ってくると私は予想しています。先日、「デイリーニューズ」の記者が来て、三日間、スパイ活動をしたのと同じように、いくらでもそのようにできるのです。ここは公開された所なので、制裁がありません。私の一生で、アメリカに来てこのように生命の脅威を感じながら闘うのは、最初であると同時に最後です。アメリカの地におけるヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会のような闘いが、神様の願いであり、イエス様の願いであり、人類の願いであり、また、過去に来ては去った先祖たち、現在の世界、未来の子孫たちの願いだからです。すべての願いの峠がここにあり、ここで判決を下さなければならないので、このことをせざるを得ません。「希望の峠を越えよう。望みの峠を越えよう」というその峠が、正にヤンキー・スタジアム大会です。マディソン・スクエア・ガーデン大会は蘇生であり、ヤンキー・スタジアム大会が長成で二番目なので、この時が一番難しいのです。三番目は問題なく越えていくと思います。

ワシントン大会

アメリカの建国二百周年を記念するワシントン大会が、一九七六年九月十八日、三十万人が詰めかける中で、成功裏に開催された。

この大会は、アメリカの国と宗教・言論界などが総攻勢をかける中で開催され、注目を集めた。この日、真のお父様は、「神のみ旨とアメリカ」というテーマのもと、「神様は、この国に新しい啓示を伝えるために、そして、特に退廃していくアメリカの青年を救い、未来の指導者となる若者を導くために、私を送られた」と宣布された。ワシントン大会は、短期間で三十万人を動員し、アメリカの宗教集会史上、最多動員数を記録した。

12 ワシントン大会を行うその時は、六千年歴史の交差点が生じる瞬間であり、世界を懸けて天地の蕩減が生じる瞬間です。息詰まる緊迫した時間が私たちの目の前に待っているというのです。それで、ワシントンDCを攻めるのです。これを世の中の人々は理解できません。お父様は命を懸けて行うのです。私のためではありません。神様が勝利するためにするのです。人類が反対したことを完全に蕩減復帰し、収拾して越えていくために、全世界が反対し、神様が協助しなくても、私は行くのです。お父様は、「私だけが残った」と思いながら、息詰まる時間に向かって越えていくというのです。かわいそうな人です。孤独な人です。神様が協助することもできません。

皆さんは、お父様の手によって仕方なく引かれていくのです。皆さんが行かなければ、皆さんの国と皆さんの先祖が滅び、皆さんの息子、娘が滅びます。ですから、イエス様が十字架で亡くなる時、「わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい」(ルカ二三・二八)と言ったのです。皆さんは、お父様のためではなく、皆さんの国のために、皆さんの子孫のために行くというのです。私のために行くのではありません。私のために行く必要は一つもありません。

私は皆さんの世話にはなりません。私がやらなければ、皆さんの国を滅ぼし、皆さんの先祖と子孫を滅ぼすだけでなく、世界を滅ぼし、神様を滅ぼすことを知っているのです。私が行かなければ、世界が滅び、神様が滅びるというのです。ですから、死んでも行かなければなりません。お父様が六十一歳になるまでに、世界的路程を蕩減する夢を実現できる最後の峠がワシントン大会です。これは、生きてゴルゴタを越える峠だというのです。

13 ワシントン大会を中心として、アメリカの国務省、法務省、すべてが反対しました。世界全体が反対し、お父様に対する追放運動が起こったのです。その期間に、私は世界に宣教師を送り、完全に相手になって取り組むことができ、全世界からの反対に立ち向かえるようにしました。全世界から総攻撃を受ける中で、ワシントン大会を中心としてつばぜり合いをしたのです。

ここから個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な蕩減条件を中心として、完全に清算して越えていきました。統一教会が現れて以来、全世界、サタンが統一教会を押し出そうとした最後の戦争でした。

14 ワシントン大会は、お父様や統一教会のためにするのではありません。統一教会にとっては損害が大きいのです。人的資源において犠牲になり、経済的に犠牲になり、すべての面において犠牲になっています。お父様は死を覚悟して行っています。

ヤンキー・スタジアム大会の時には、十二の団体が私の殺害を企てたという知らせを聞きました。ワシントン大会にはもっと来るでしょう。反対派たちも、ワシントン大会が最後の峠なので、私自身が総力を注ぐことを知っているのです。彼らも今、持てる力を尽くしてクラブをつくり、謀議をしています。「暴動を起こすなど、どのようなことをしてでも、これを失敗させなければならない」と言いながら、共産勢力まで謀議に加わっているのです。国務省など上部機関を通して、お父様が会場に来られないようにしようと、ありとあらゆることをしています。

15 一九七六年を中心として、統一教会は世界的に迫害を受けました。その中でも、三十七カ所に宣教師を送りました。最大の迫害期間に、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会を行いました。ワシントンDCの三十万人大会もそうです。ヤンキー・スタジアム大会が終わったあと、私たちはワシントン大会の許可を受けました。アメリカ政府は許可せざるを得なかったのです。四十日で歴史的な大会を行うというのです。ですから、アメリカ政府は非常に慌てふためきました。アメリカ政府としても、手がつけられなかったのです。後退せざるを得ませんでした。神様は、世界的に宗教の自由がある民主主義制度をつくりました。再臨時代のみ旨を保護するための方便としてつくった主義が、民主主義です。

16 ワシントン大会のために、私は原稿を四回も書きました。何度も祈り、精誠を尽くしても整理できませんでした。神様はなぜ、そのような作戦をされるのかというのです。その日はだんだんと追ってくるのに、語る内容が決まらなかったので、私の心は言い表せない境地に入りました。それで私は、一週間前までこの状態が続くだろうと思いました。天は、私のことを知らずに、そのようにするのではありません。私が語るその時間には、天が必ず働いてくださると考えました。そのようになればなるほど、必ずその言葉には不思議と引き寄せる力が生じ、不思議と愛の心情が溶け出し、不思議と人々が巻き込まれてくるだろうと考えたのです。それで、ワシントン大会をするその時間に、人々が霊的な雰囲気に巻き込まれ、我知らず歓声を上げたのではないかと私は思います。

17 一九七六年九月十八日、ワシントン大会の時、私は死刑宣告を受けた人が刑場に出ていくよりもっと深刻な心境でその場に出ました。その前は、朝を夕方と勘違いしたことが何度もあり、夕方を朝と思ったことが何度もありました。それは、私と神様だけが知っているのです。

それを、お父様にとって歴史上最高の精誠を尽くす一つの転換点と定め、万民のための祭祀の日として神様のみ前に設定していきました。神様はこのような時間を迎えようと待っていたため、その時間に出ていく私自身は、「祭司長の責任を負い、世界に代わり、数多くの宗教に代わり、神様の心情を地上に引き下ろさなければこの世界が滅びる」と考えたのです。その日、あそこまで大勢の人々が集まり、整然と事故なく大会を執り行えたのは、お父様がしたことではなく、神様がしてくださったことだというのです。

18 アメリカで、お父様が個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な蕩減条件を立てて上がっていったという話は、皆さん

には分からないでしょう。言葉では何となく分かるのですが、よくは分からないというのです。ですから、世界的な蕩減条件を皆さんに強調するのです。ワシントン大会には、そのような意義があります。

私の一代で最も深刻だった時が、ワシントン大会だと思います。その時の心境は、天地と全人類を前にして、刑場に出ていく人の心情でした。絞首台に上がる気分だったというのです。それほど霊界も深刻であり、地上も深刻でした。

19 一九七六年に行ったニューヨークのヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会は、世界的事件です。ですから、アメリカの人々がお父様を、良かれ悪かれ、すべて知るようになっています。私の責任は果たしました。それゆえ、西洋で生きて霊界に行った霊人たちや、アフリカで生きて霊界に行った霊人たちが、私を讒訴することはできません。そして、地上で生きている人類も、私を讒訴することはできないのです。

ですから、一九七六年は、お父様と統一教会の年だと結論づけることができます。「ニューズ・ウィーク」では、お父様を一九七六年に「今年の人物」として記事を出しました。その人々は、私のことが好きで記事を出したのではなく、それが事実なので出したのです。

お父様は、霊界にいるすべての霊人たちと、地上の人類に対して責任を果たしました。アメリカの国民に対して責任を果たし、悪い人ではなく良い人であると言えるよう、ワシントン大会を通してすべて成し遂げておいたのです。反対していた人も称賛せざるを得ず、「お父様は傑出した人だ」と言わざるを得ないように、結論を下しておきました。

20 ワシントン大会を中心として、私がアメリカに来てこれまでしてきた闘いが一段落したことを宣布します。私が一九七一年十二月十八日、ワシントンDCに着陸しながら考えたことは、「昔、イエス様はローマで闘うことができなかったが、私は民主世界を代表するアメリカの地で闘い、勝利に導くことができるか」ということでした。その時の思いが、今も鮮やかによみがえってきます。

これまで、アメリカの言論機関と全国民が統一教会と私に反対しましたが、その反対を突破し、今日、私たちがこのような大会まで執り行ったという事実は、神様が生きていらっしゃるという証拠を如実に見せてくれたものだと思います。

アメリカの三大大会勝利とモスクワ大会宣言

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会、ヤンキー・スタジアム大会、また、ワシントン大会の三度にわたる大規模集会は、蘇生、長成、完成の三段階の勝利を意味し、摂理史のすべての失敗を、世界的国家を代表して清算するという意義もある。真のお父様は、ワシントン大会の翌日の一九七六年九月十九日、共産世界の解放のために、次の大会はモスクワで開催することを公表された。モスクワのクレムリンを切り開いてこそ、神様と人類の解放が起きると語られ、真の愛を通して世界の隅々に自由の鐘を響かせようと力説されたのである。

21 今日、アメリカは世界の縮小版です。アメリカの運命は、世界の運命と神様の摂理を左右するでしょう。神様は、この国で展開しようとする明確な計画を立てていらっしゃいます。私はヤンキー・スタジアム大会で、「もし皆さんの家庭で病が発生すれば、外部から医者を連れてくる必要がないでしょうか。もし皆さんの家から火が出れば、外部から消防士を連れてくる必要がないでしょうか。神様は、私に医者と消防士の責任を任せてアメリカに送られたのです」と語りました。

一九七六年九月十八日のワシントン大会でも私は、「神様は、この国に新しい啓示を伝えるために私を送られました。そして、特にアメリカの未来の指導者となる若者たちを御自分のもとへ導くようにと、私を召されたのです」と宣言したのです。

22 一九七五年六月七日、六十カ国の代表たちが参加する中、韓国で百二十万の救国世界大会を開催しました。これは、国家と国民、実体を中心として、勝利の立て札を立てたことになります。今やアメリカで三年路程と連結すれば、霊肉の実体を中心として、アメリカが新しい一つの希望の国へと前進することができると考えるのです。これが摂理観です。ですから、アメリカのニューヨークにあるマディソン・スクエア・ガーデン、ヤンキー・スタジアム、ワシントンDCにおいて、三次にわたる国を挙げた大会を行うことにより、韓国で築いた勝利的結果を、アメリカの地で実体として成し遂げるのです。それにより、世界的な一つの中心型をつくり上げて、新しこを開くことができるのです。

23 ワシントン大会までは、激戦を繰り広げなければなりません。マディソン・スクエア・ガーデン大会によって、初めてアメリカ国民が驚き、「いやあ、レバレンド・ムーンはこのような人なのだなあ!」と言ったのです。大会の前日、私たちが開いたバンケットにCBS放送編集部の副責任者が来て、私に「レバレンド・ムーン、自信はあるのか」と尋ねるので、「自信がある」と答えました。「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」などが不可解な出来事として捉え、「その会場をどのようにして満たすのか」と言いながら、懐疑的な目で見ていたのが、ほんの数日前のことのようです。

彼らとしては、アメリカの言論機関で実施した今までのあらゆる調査を通して考えてみるとき、それは不可能だと思えるのですが、「自信がある」と言うので、不可解でありながら、それが非常に新鮮だというのです。

しかし、私が知っている天は、彼らがコンピューターで出した統計を凌駕できる能力があると確信していました。そうして、想像を絶する意外な破格の勝利を収め、その時から世論の注目の的になり始めたのです。「この団体は、強力な団体である。レバレンド・ムーンは問題の男である」と言いながら、世論が総攻撃し、集中砲火を始めました。一九七二年からの三年間で、お父様が世界的にうわさとなりました。アメリカの全国民が知らなければならず、自由世界の国民全体に三年間で知らせてあげなければならない責任があったのです。

24 最初は、アメリカの食口全体を糾合し、国際(伝道)機動隊を編成して全米を巡回しながら、マディソン・スクエア・ガーデン大会からヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会まで行うことを内密に話しても、誰もが「信じられない話だ」と思いました。

まず、統一教会員たちが信じることができませんでした。ですから、アメリカの一般大衆が信じてくれることを願っても、それはあり得ないことです。そのため、一般の言論機関や有識者たちは、「アメリカのことを知らない一人の男がアジアから現れても、何日かすればいなくなる」と度外視したのです。しかし、彼らが見つめるのは平面的な観点からであり、私が見つめるのは立体的な観点からです。横的に見つめる全体の力よりも、縦的に見つめる全体の力が常に強くなければならないという信念を、お父様だけがもってきたのです。

25 一九七五年から七七年までの三年の期間に、世界の統一教会は受難の道を歩んでいます。ですから、ヤンキー・スタジアム大会は、アメリカだけでするのではなく、全世界が一緒にするのです。この三年間の世界的な受難の道のうち、二年目の一九七六年に、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会で勝利し、その次に、ワシントン大会で勝利するようになれば、三年の峠を越えるのです。もしヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会に勝利し、一九八一年まで通過すれば、共産圏は私たちの門の中に入ってくるのです。そのようにさえすれば、七年間のうちにモスクワまで到達するだろうと、私は考えます。これが原理観です。万一、ここで誤れば、また二十年延長されます。共産勢力を押しのけることができなければ、多くのキリスト教徒が虐殺されるでしょう。血を流すようになるというのです。このような恐ろしい歴史的時代が待っているのです。これは、漠然とした話ではありません。歴史は、原理観的な立場で発展してくるのです。

26 統一教会で祝福を受けた家庭全体が動員され、民族を感化しなければなりません。このようにしていけば、必ずプラス的な立場で世界に前進できる舞台が現れるのです。間違いなくそうです。自由世界であれば自由世界を一つにしたあとに、プラス、すなわち主体となり、ソ連や共産世界に必ず影響を及ぼすようになるというのです。

そのような観点で、お父様はワシントン大会後、モスクワ大会を宣言したのです。ですから、今、モスクワ大会のために激しい勢いで準備をしています。皆さんが知らないソ連の衛星国家の地下で、この時間にもみ旨のために命を懸けた闘争が繰り広げられているというのです。

27 ワシントン大会後、モスクワ大会を宣言しました。そのため、共産主義追放運動を私が展開し、文化使節を通して共産世界のすべての文化活動にブレーキをかけるでしょう。今、その運動を始めています。共産主義者たちを追放するのです。ですから、皆さんは共産主義者たち以上にやらなければなりません。サタンは、力が弱いときに占領し、攻撃してくるのです。今まで私一人の開拓時代には、そのようなことを物ともせず、沈黙と無言で歩んできました。

第一回の三次にわたる七年路程が終わり、子女たちが第二回の三次にわたる七年路程を出発するときには、万全の準備をして、強い信念と強い体力を備え、その伝統を残さなければなりません。共産世界は、皆さんが引き受けて闘わなければなりません。私が父母の立場で闘うことはできません。また、銃剣を持って、力で闘うことはできません。愛をもって闘わなければならないのです。共産主義者たちは、民主世界を滅ぼして共産世界をつくろうとしますが、私たちは民主世界も救い、共産世界も救ってあげる体制をつくらなければなりません。

「天勝日」と「地勝日(天地勝利の日)」宣布

真の父母様は、一九七六年十月四日、アメリカ、ニューヨークのベルベディア修練所において、ワシントン大会の勝利記念集会をもたれ、この日を「天勝日」と宣布された。ワシントン大会を通して、霊肉を中心とした世界史的勝利基盤が整ったことを宣布されたのである。そして、真の父母様は、一九七七年二月二十一日、ニューヨークの世界宣教本部において、十一カ国七十四双の祝福結婚式を主宰された。続いて、二月二十三日、真の父母様の御聖誕日に新しい時代の宣布と「地勝目」を制定、宣布されたのである。

28 私は新しい時代、新しい真理を宣布するために、アメリカに来ました。人々が私を受け入れようと受け入れまいと、それを宣布することが、神様から与えられた義務です。それは、神様が私に現れ、「アメリカに行って真理を伝えなさい」と語られたからです。アメリカでの巡回講演を通して、私はこの宣布の任務を多少なりとも完遂しました。「希望の日」フェスティバルを行った期間に、五十州を歴訪しました。それは。一般的な概念の伝道集会だということだけではありませんでした。それは、神様の摂理であり、霊的な面でも、大きな意味があります。霊界についてどれほど洞察し、理解しているか分かりませんが、統一教会の運動では、その世界があまりにもはっきりとしています。統一教会の運動は、横的な運動だけでなく、神様との縦的な運動でもあります。統一教会が行うすべての活動は霊界に反映され、また、霊界の出来事は私たちを通して反映されるとともに、この二つの世界が共に働くのが、私たちの運動の特徴です。横的な見解からすれば、私たちの活動は、恐らく意味がないでしょう。時には、時間と財力と精力を浪費しているように見えるかもしれません。しかし、時として、私たちが地上で行うことが、霊界を助けることになります。また、聖霊が地球上に満ちあふれるようにするための条件を造成しているのです。

アメリカのキリスト教と宗教団体は、一般的に、世俗的な考え方に傾いており、世俗的な文化に汚染され、斜陽の一途をたどっています。しかし、統一教会は違います。私たちは、統一教会の運動の中で、いかなる精神的退歩も感じません。私たちは開拓者であり、私たちの意志は活火山のようです。私がワシントン大会以降に行った様々な演説の中で、「全霊界が協力する時が正に今である」と語ったことを、皆さんは聞いたでしょう。霊界は、私たちの運動に協力する準備ができています。

私はワシントン大会ののち、一九七六年十月四日を「天勝日」として宣布しました。これを契機に、新しい時代が幕を開け、霊界では宗教間の障壁が、事実上、崩壊しました。実際に、霊たちが地上世界を協助しています。このような現象は、様々な様相を呈しながら起こっているのです。

29 今まで霊界は、すべて塀で塞がっていました。仏教を信じていた人は仏教圏に入り、儒教を信じていた人は儒教圏に入り、キリスト教を信じていた人はキリスト教圏に入り、イスラームを信じていた人はイスラーム圏に入るのです。このように、宗教ごとの系列に分かれた霊界になっていました。そうして、世界的な一時、すなわちメシヤが来る時まで自分の宗教のために準備をするので、塀を積み上げてきたのです。

人間の堕落によって生じた神様の恨とイエス様の恨、お父様の今までの恨を、すべて霊界と肉界で解ける基準が立つまでは、その塀を崩すことができません。ワシントン大会で勝利することによって、そのような恨を解くことができるようになったのです。ですから、霊界が統一されます。霊界が今や一つの組織体になり、それに従って地上も相対的に一つになるのです。

30 一九七六年十月四日は、お父様にとって忘れることのできない解放の日でもあります。私が韓国で西大門刑務所に入ってから出てきた日でもあるというのです。そこから始めて、アメリカに来てワシントン大会まで勝利し、解放を記念する一日として、この意義ある日をもったこと、二つの解放を祝うこの日を迎えたことを、有り難く思います。まずは、神様のみ前に感謝し、それから、皆さんに感謝いたします。

それで、きょうという日は、ワシントン大会の勝利を祝うと同時に、膨大な内容と天的な意義をもっているので、この日を統一教会で歴史的に守るべき記念の日として定めました。天が勝利した「天勝日」という祝祭日として定めたのです。

31 ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会のとき、「私はアメリカが病気になったので、医者として来た。また、アメリカが火事になったので、消防士として来た」と言いました。ワシントン大会では、「退廃していくアメリカの青年たちを救い、あすの希望の若者として導くために来た」と堂々と宣布したのです。その言葉が、「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」によって宣伝されました。それでも「私はレバレンド・ムーンのことを知らなかった!」と言うとすれば、それは話にならないのです。私は自分の責任を果たしました。そのような意味で、この大会がどれほど歴史的な大会であり、一九七六年がどれほど歴史的な年であったか分かりません。歴史的な転換の年でした。

このようになって、霊界のすべての霊たちが、お父様歓迎ムード一色になりました。分かれていた霊人たちがお父様によって一つになり、歓迎するムードをつくったのです。ですから、一九七六年十月四日に「天勝日」を定めることができました。霊界には、今までは、仏教、キリスト教、儒教、イスラームの集団に分かれて多くの境界線があったのですが、それをすべて統一したのです。ですから、「天勝日」、神様が勝った日だと宣言したのです。

32 今までの神様の摂理運動の歴史において、重要な年が一九七六年です。ワシントン大会を中心として、神様が統一教会を保護し、支持して、大勝利を収めました。韓国の谷間からお父様が現れ、自由世界の中心国家であり、全世界が羨むアメリカで、ゴリアテの前のダビデのごとく、内的闘いを繰り広げたのです。皆さんも信じませんでした。しかし、事実です。このように闘うとき、天が介入し、歴史が介入し、人類が介入し、未来が介入して、「私たちが勝利した」と宣布できる日、それが「天勝日」なのです。

33 「天勝日」は、サタン世界で神様の血統を中心として、血縁関係において転換期をつくり出した世界的に代表となる日です。その次には、死亡の世界で死ぬしかなく、地獄に行くしかないこの人々に接ぎ木(の役事)をして、永遠の生命に転換させることのできる世界的な基準を立てた日です。また、死亡世界の塗炭の苦しみの中で呻吟していた人類が、神様の愛を中心として解放圏で喜ぶことができるその日を、全世界を懸けて選び出し、勝利の杭を打ち込んだ日です。

それでは、「天勝日」は、天の側を中心として、どの基準になったのでしょうか。サタン世界の個人が反対することは問題になりません。家庭的サタン反対圏、氏族的サタン反対圏、国家的サタン反対圏、世界的サタン反対圏が、真の父母の前では対抗することができず、背を向けて地獄に向かっていく時代に転換される時です。

34 私たちは、サタンの血縁世界から解放されました。サタンの生命圏から解放され、サタンの愛圏から解放され、サタンの文化背景を中心とした国家と民族、伝統から解放されたというのです。そのすべてのものがサタン側だったのですが、これから、新しい伝統を受け継いだ私たちには、個人もありますが、家庭もあり、氏族もあり、民族もあります。世界の五色人種を編成して、国家、民族解放時代に越えていっているのです。闘わなくても解放されるようになっています。「解放の世界に前進すべし!」、これを標準として誇る日が「天勝日」です。その伝統を中心として、「私たちは、一つのアダム文化圏、一つの真の父母、真の神様の文化圏を創造する勇士として生きるべし! アーヂュ!」という群れが、統一教会員です。

35 一九七七年からは、アメリカにおける私たちへの反対はすべて過ぎ去ります。三年間、国税庁から来て調査し、AP通信が大騒ぎし、国会でも大騒ぎでした。私たちは、既にそのような峠をすべて越えました。お父様とぶつかったのです。そのようにしなければ、条件が成立しません。もしワシントン大会を終わらせなければ、すべてが崩れてしまいます。上がれなくなるのです。(もし失敗すれば、)お父様が再臨することを遺言で残して死ななければなりません。キリスト教が数多くの犠牲的代価を払ったのと同じように、統一教会も数多くの代価を共産勢力に払うことになったでしょう。

しかし、ワシントン大会を終えることによって、一九七七年二月二十三日、お父様の誕生日を中心として、新しい時代に入っていくという「地勝日」(天地勝利の日)を発表するのです。今までは霊界と肉界との間がすべて塞がっていました。そのように塞がっていたものを、今や壊すのです。個人復帰、家庭復帰、氏族復帰をして破壊し、条件を立てて上がっていくのです。

もしワシントン大会がなかったならば、霊界と肉界との間が塞がってしまっていたので、霊界が肉界に降りてくる道がありません。人間の世界に来て、定着して働くことができず、少し協助しては、また行かなければならないのです。行ったり来たりしなければならないというのです。これが開かれることによって、数多くの善の霊たちが、自分の子孫の家庭、個人にまで訪ねていける領域ができました。

善の霊人たちが地上に降りてきて何をするのでしょうか。サタンと霊的に闘わなければならないので、霊的境界線ができ始めるのです。このような時代に入るので、世界が二つに分かれる現象が起きます。キリスト教も分かれ、共産主義も分かれ、家庭も分かれて、すべて分かれるのです。

一九七六年以前は、闘えば悪の側が勝ちました。悪の側が優勢だったのです。カイン側が勝っていたのです。霊界と肉界が塞がっていて、また、すべてがサタン圏内にあったからです。しかし、これからは道が開かれ、無制限に霊人たちが協助するので、闘えば闘うほどアベル側が勝利するというのです。

第六節 アメリカ議会招請講演とウォーターゲート宣言

アメリカ議会招請講演

真のお父様は、アメリカ議会の招請により、二度にわたって講演をされた。当時、真の父母様に対する関心が高まる中で、上下両院議員が招請したのである。一九七四年十月八日、真のお父様は、国会議事堂のダークセン上院ビルにて「神様の摂理の中にあるアメリカ」というテーマで講演された。この日は、上下両院議員百八十五人が参加し、み言を傾聴した。この講演は、九月十三日、上院外交分科委員長などが、上下両院議員十二人の連署による招請状を真のお父様に送付し、上下両院議員全体に公文を送ることによって実現した。二回目は、一九七五年十二月十八日、上下両院議員たちの招請を受け、アメリカ国会議事堂のコーカス・ルームで、二百人が参加する中、「アメリカを中心とした神様の計画」というテーマで講演された。

1 私は、アメリカ国会に行って講演する準備を今まで(渉外チームに)させてきました。これまで六カ月間訓練してきたのは、その目的のためです。それで、一九七四年十月八日に、私が国会に行って講演をすることになっています。ところで、アメリカ社会では、「レバレンド・ムーンは神秘の存在だ」と言っているのです。国会の上下両院議員たちも、一度も私の講演を聞かないまま、どこかに行ってお父様に関する話が出たとき、答えることもできずに口を閉じていれば恥をかいてしまう、そのような段階に入ったというのです。

今回、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会で、そのような雰囲気が相当に高まりました。上下両院議員が来ることができなければ、その補佐官でも必ず送ることにしたというのです。「どのような話をしたのか知らなければいけないので、送ることにした」という報告を聞きました。ですから、「レバレンド・ムーンに対して、上下両院議員の皆さんが協助してください」と言えば、間違いなくワシントン大会のために協助するだろうと思います。

2 ホワイトハウスから、国会の上下両院議員たちとアメリカ国民たちが統一教会の思想をもって武装すれば、どのようになるでしょうか。建国の中心に当たるキリスト教が没落するこの時に、キリスト教を再起させることができ、破綻しかけている家庭と倫理を再起させることができ、青少年を再起させることができ、すべてのものを復活させることのできる原動力になるでしょう。

個人的にそのような人になれば、世界的代表者になり、家庭的にそのようになれば、世界的代表家庭になり、アメリカ国民がそのようになれば、数多くの国家を代表する歴史上になかった国民になり、アメリカがそのようになれば、世界はその圏内で一つにならざるを得ないと考えるのです。

この国会にいらっしゃる上下両院議員の皆さんは、この思想がレバレンド・ムーンの思想であるとは、夢にも考えないでください。これはレバレンド・ムーンの思想ではありません。これが、神様のみ旨の中で人類に通告しなければならない、一つの深奥な真理であることを知り、これを国会に適用し、この国家、国民に対して国民思想として適用すれば、アメリカがそれこそ「神様のもとの一つの国家」という言葉のように、名実共に世界の主体的国家になることは間違いないと思います。

そうすれば、その国こそ、地上天国に違いありません。そこに、真の理想と真の愛と真の幸福と真の真理が存在できるのです。

3 何としてでも、韓民族の将来のためにアメリカの朝野に影響を及ぼし、私たちの基盤を拡大していかなければなりません。ですから、ニクソン大統領を支持した問題を経て上下両院の基盤をつくり、国連の舞台で活動し始めたのです。何としてでもアメリカ議会に足を踏み入れておこうと、彼らの前に行って講演までしました。それとともに、政治(家)だけではなく、政治的影響力をもった人々を通して国民との関係基盤を確保し、世論全体の基盤が必要だったので、そのような世論基盤を築き、今やアメリカで私は相当に有名になりました。

私が最初に彼らに会った時、「二年間でこのような旋風を巻き起こすが、あなたは信じるか」と言うと、「信じられない」と鼻で笑いました。アメリカで自分こそが実力者だと考え、二十年以上の功績を積んで、今や上院議員の立場にいる人々なので、「外国から来た青二才のレバレンド・ムーンという人物が、アメリカで二年間に何をどうするのか」と、鼻先でせせら笑ったのです。

しかし、今や彼らが信じるほどになりました。私が話すことは、うそではないと考えているというのです。この間、私がしたことは、大したことではありません。しかし、彼らに同情される統一教会の文某になっては絶対に発展できません。私が助けてあげなければならないのです。ですから、何はともあれ、助けになることをたくさんしたのです。

ウォーターゲート事件とアメリカの覚醒

一九七二年六月、ニクソン大統領再選のための秘密工作班が、ワシントンDCのウォーターゲートビルの民主党全国委員会の本部事務室に、盗聴装置を設置したことが発覚した。これにより、ニクソンは、大統領職を辞任する一九七四年八月まで、苦境に立たされた。真の父母様は、アメリカの精神と信仰、価値観が一大危機に直面したと判断され、一九七三年十一月三十日、「許せ、愛せ、団結せよ」という旨の「ウォーターゲート宣言」を、「ニューヨーク・タイムズ」と「ワシントン・ポスト」の全面広告で発表された。この事件によって、アメリカの経済的危機が招来し、世界的な指導力が喪失することを憂慮され、この隙を狙った国際共産主義が勢いを増すことがないように警告されたのである。そうして、真のお父様は、一九七四年二月一日、ホワイトハウスの大統領執務室で、ニクソン大統領と会談された。

4 一九七二年と七三年を中心として、アメリカの大統領が気勢をくじかれました。お父様は、ニクソン大統領に対するウォーターゲート宣言を行いました。そこで、お父様と一つになれば、生きる道があるというのです。ですから、お父様は上院議員と下院議員たちに対して、一人残らず、すべて手紙を書きました。これは偶然の事件ではありません。二年目にホワイトハウスと私たちが交差する点をもったという事実は、歴史的な事件です。ウォーターゲート事件を論じるときは、必ず歴史的に、お父様の名前が残るようになっています。これは、いくら否定しようとしても否定できません。

5 アメリカが、ウォーターゲート事件を中心として混乱した時、私は「神様に帰ろう」と叫びました。神様に帰るためには赦しを受けなければなりませんが、赦しを受けようとすれば、アメリカ国民も赦しなさいというのです。これが「ウォーターゲート宣言」です。赦しなさいというのです。他人の罪を赦せなければ、自分も赦しを受けられません。個人的に、教会的に、挙国的に、ニクソン一人を条件とし、「あなたたちもそのような姿の罪人なのだから、まず悔い改めて、ニクソンも赦しなさい」と言ったのです。

お父様がアメリカでニクソンの赦免問題を呼び起こしたのです。民主世界が没落するようになるのは、キリスト教が没落するからです。キリスト教が没落するのは、すべての国家の問題、すべての世界の問題を神様に談判して対処せず、自分の意向によって進めているからです。エデンの園で堕落する状況と同じなのです。

6 お父様自身が一人でアメリカの地に進み出た時は、一個人として現れました。天の命令を受け、三年という期間のうちに、二億四千万近い国民に、お父様の意思を伝えなければなりません。聞こうと聞くまいと、うわさを立てて知らせてあげなければなりません。それをどのようにするのでしょうか。基盤はなく、協力者もいない上に、反対までされる状況でした。そのような環境をどのようにして切り開いていくのでしょうか。直行しなければならず、心臓部を貫いていかなければならないというのです。ですから、行くやいなや有名な上院議員たちに会いました。下院議員たちにも会い、それから著名なアメリカの人士たちにもたくさん会いました。

その次は、ホワイトハウスをどのようにして切り開いていくかということでした。そこからしなければならないと考えたのです。そのような時、ウォーターゲート事件が起きました。ウォーターゲート事件を中心として、私が手を付けることになったのです。全国民が反対し、全国民が希望をなくして落胆する立場にいるので、ここでキリスト教思想を中心として、一つの方向を提示しなければならないと考えたのです。

7 私は長い間、数多くの宗教と宗教者たちを訪ねてみました。数多くの地方議員、有名な人士たちに、みな会ってみました。そして、その国の名士たちにもみな会ってみました。彼らの胸の内には、世界を救おうという考えは全くありませんでした。ウォーターゲート事件の時も、まかり間違って転べば、アメリカはどん底に落ちてしまうというのです。

数多くの宗教指導者、ビリー・グラハムのような世界的に有名な人々が、国の先頭に立って国民運動を起こし、それを防がなければならない立場であるにもかかわらず、彼らは、夢にもそのような考えをもつことができずにいたのです。ですから、東洋の一角で生まれた文という人が責任をもったのです。しかし、それは適当にやってできることではありません。命を懸けて神様に談判し、神様が願われることが何であるかを探ったのです。私は政治家ではありません。神様のみ言に従って行動する人です。国を守り、世界を守り、進むべき方向を誰かが言わなければならないようになっているのです。それを知ったので、冒険の道を覚悟しました。統一教会は、最後の決断を下したのです。

8 お父様は一九七二年、アメリカの七大都市で初めてみ言を宣布しました。その基盤の上で、一九七三年に二十一カ都市を掲げて、闘っていきました。この期間に、ウォーターゲート事件を中心として、六十日前にこれが提示され、二十一カ都市巡回路程を一月二十八日に締めくくりました。その後、ワシントンDCに来て、ニクソンにまで会うことになりました。

私が会おうと言って会ったのではなく、ニクソン大統領がその日にちを決め、自ら会うことを求めてきたのです。偶然に会ったのではありません。どこかの国の元首がニクソン大統領に会おうとすれば、一年半も前にあらかじめ、すべて約束しておかなければならないのに、私とこのように会ったのは歴史的な事件でしょう。一月三十日に国会に送る教書を発表するため、二週間、誰にも会わずにスケジュールをすべて空けておき、教書発表が終わって二月一日、あらゆる国家の代表者たち、いかなる大使たちも押しのけて、お父様に会ったのです。

会った時、お父様は、ニクソンと向き合って、「一緒に祈りましょう」と言いました。ニクソンも頭を垂れて祈りました。歴史的なその会見の直前に祈りを捧げたというのは、歴史的な事件です。劇的な会談をもちました。お父様が話をする中で、彼は、この国で誰よりも自分を愛し、自分のために心配している人がお父様であることを知って深く感謝しながら、本当に心を激しく揺さぶられ、喜んでいることを、如実に感じることができました。これを見れば、歴史的な事件に違いありません。ローマ皇帝がイエス様を招待して会うのと同じ立場だというのです。

9 アメリカ自体が、ウォーターゲート事件によって真っ逆さまに落ちていくのを、お父様によって止めることができるのです。お父様によって、キリスト教に新しい方向を提示し、アメリカを中心とした民主世界に新しい方向を提示して、彼らが志を立てるようになりました。私がニクソンに会ったので、このことが可能なのです。お父様は、神様のみ旨によってニクソンに会いました。ですから、彼に会って祈りを捧げたのです。それは偶然の出来事ではありません。人々は知りませんが、その摂理時代において、大きな峠を越えることが既に決定されていたのです。

10

私は、ニクソン個人を見て支持したのではありません。大統領職を支持したのです。これは、アメリカ国民が今後、知らなければならない問題です。国の主権者が新しい政策を立て、その国の運命を決めるときには、特権をもたなければなりません。そのような意味で支持したのです。

ニクソンがいたならば、ベトナムとカンボジアがあのようにはなりませんでした。私が予想したとおりになったのです。数十億ドルに達する武器を共産世界に丸ごと渡してしまう、国家的な恥になることをしたというのは、民主世界を指導する国家として惨敗だというのです。私がニクソンを支持したのは、ベトナム戦争をアメリカの勝利で終わらせるという目的があったからです。早く終わらせなければならないというのです。そうすれば、アジア防御圈が延長されると考えたのです。ですから、ニクソン・ドクトリンを修正しなければならないという結論に達しました。ニクソン・ドクトリンのとおりになれば、韓国の安全保障の問題は自動的に下火になっていくのです。アメリカとアメリカ大統領が一つになり、アジアと一つになる道を神様が願っていらっしゃるのに、アメリカと大統領を分立させ、これを破綻させようとしているというのです。

ですから、私は、「許せ、愛せ、団結せよ」と主張しました。そうすれば、そこでキリスト教がニクソンと一つになり、全国民と一つになるでしょう。私が主張したことが動機となってそのようになれば、お父様と一つになるのです。お父様がアメリカを救い、一つにした功労者として登場するというのです。そのようになれば、ニクソンは私に相談するようになります。そのようになっていたならば、このウォーターゲート事件は即刻、解決したでしょう。

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