真の父母経

第五篇 第二章

七年路程の設定と対外的基盤の拡大

この章の目次

第一節 民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程

第一次七年路程の出発

真の父母様は、一九六〇年の聖婚以降、一九六七年まで、民族復帰の基台を立てるために第一次七年路程を設定された。そして、この期間を前半の三年路程と後半の四年路程に分け、総力体制で活動を展開されたのである。

七年路程は、神様の摂理に従って、誰もが行かなければならなこである。真の父母様は、七年路程を通して、段階的に蕩減復帰摂理を導かれた。七年路程は、摂理の主役たちが資任を果たせば次の段階に発展していくが、そのようにできないときは、摂理が延長される。

したがって、第一次七年路程は、真の父母様と食口たちが緊張した日々を送りながら、摂理的責任を果たそうと努力した期間だった。特にこの期間は、後日、すべての食口が歩むべき典型路程と言えるほど、多くのことが推進され、摂理的な土台が据えられた。真の父母様の聖婚を起点として始まった七年路程は、一九六〇年の七月、全食口一斉伝道活動にょり本格化した。

1 人間は、長成期完成級で堕落したので、完成段階が残っています。その完成段階の期間が七年です。蘇生、長成、完成の三段階の七年ずつをすべて足せば二十一年、満では二十年になります。韓国の年齢で二十一歳、満で言えば二十歳の時は、人間が成熟期に入る時です。成熟期に入れば、愛の神様が自動的に結婚させてくれるようになっているのです。アダムとエバは、神様を中心として祝福を受け、人類の真の父母として公に約束されなければならなかったのですが、それができませんでした。許されていない圏内で堕落し、このような段階を残しておいたので、残ったこの七年の恨によって、六千年歴史に千年王国の千年を加えた七千年歴史の恨が残るようになったのです。一年が千年、七年が七千年に延長されてきたというのです。私たちは、これを七年で蕩減するのです。これが七年路程です。

2 堕落した子孫として生まれた人間であれば、誰もが七年路程を歩まなければ、絶対に天国に行けません。聖書には出ていませんが、本来、イエス様も二十七歳から三十三歳までの七年間を中心として、第一次七年路程を出発したのです。そして、三十四歳から四十歳までが第二次七年路程であり、もしイエス様が二十歳から出発していれば、三次七年路程になるのです。そのようにして、イエス様は、四十歳までに世界的な基盤を築かなければならなかったのですが、民族が従うことができずに亡くなったため、それが聖書に七年の大患難として残っているのです。

3 皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではありません。父母が歩んでいった十字架の橋があるとすれば、その橋をそのまま歩いていかなければなりません。飛んでいくことはできないのです。山の頂上に登るためには橋を通らなければならないというとき、その橋が危険であるとすれば、鉄筋で補完することはできますが、橋の上を通らなければならないというのはどうしようもありません。ですから、お父様が歩んだ七年路程は、永遠に残るのです。個人的七年路程と家庭的七年路程は、永遠に残るのです。人間は長成期完成級で堕落したため、そのままでは完成段階に上がっていくことができません。堕落線以上に上がって、初めて原罪を脱ぐことができます。長成期完成級で原罪を脱ぐのではありません。皆さんが祝福を受けようと進み出たのは、完成期完成級ではなく、長成期完成級の位置です。

4 七年路程は、神様の息子、娘を決定する期間です。これは、イエス様の解怨成就をしてあげることによって決定します。ですから、私たちが国のために精誠を尽くし、教会のために精誠を尽くし、民族のために精誠を尽くして、イエス様の恨を総括的に蕩減しなければなりません。父母様に従ってこの七年路程に参加できなかった人々は、誰彼を問わず、いつかはこのような七年路程を経なければなりません。これは公式です。七年路程は不可避なものです。今後、統一教会に入ってくる人は、七年路程を経なければなりません。七年路程は、誰をがみな、行かなければならないのです。

5 皆さんは、七年路程を絶対的に行かなければなりません。イエス様は、三年路程を行く途中で失敗しました。この三年路程を歩み、七年路程を越えたならば、四十代に越えていくのです。三年路程を歩むことによって、第一次七年路程が三十三歳までに終わらなければなりません。ところが、イエス様はそれを越えることができませんでした。すなわち、第一次七年路程を越えられなかったというのです。第一次七年路程を出発し、三年路程に引っ掛かったのです。したがって、家庭復帰ができませんでした。しかし、統一教会は、三年路程において家庭復帰をしました。今後は、世界的な復帰の役事(働き)をしなければなりません。

6 皆さんは、イエス様の恨と神様の恨を解怨してさしあげなければなりません。イエス様の恨が解怨されるまでは、神様の恨も解けません。ですから、まずイエス様の恨を解かなければならないのですが、そのためには、イエス様に三年の公生涯路程があったように、皆さんも三年間、公的な道を行かなければならないのです。三年間で百二十人を伝道できないでしょうか。精誠を尽くせばできるのです。そのようにしたのち、聖殿を建て、祭壇を築き、祭物を供えて祭司長にならなければなりません。このように勝利したという条件を立てたのちに、初めて天の息子、娘として祝福を受けることができるのです。ノア家庭からヤコブ家庭の形態を復帰していくのです。そのようになるとき、初めて皆さんは、イスラエルの支派のような個別的な一つの氏族の先祖になれます。これが、私たちの行くべき道です。

7 統一教会は、一九六〇年から始まった第一次七年路程のうち、三年路程を通過してきました。三数は子女を探すための分別数であり、四数は万物を探して立てる数です。私たちは、このような一次的な計画において成功しました。この三年間に勝利して、世界に進出する基盤を築いたのです。このような土台の上で、第二イスラエルを探し求めなければなりません。ですから、これから残りの四年は、民族復帰のために活動しなければならない期間です。力の限りを尽くして、国民と国土を復帰するために活動し、勝利しなければなりません。お父様が歩んできた四十年を、皆さんは四年間で歩むのです。今後、統一教会という看板を外すことも、皆さんの手に掛かっています。統一教会ではなく、統一韓国をつくり、その基盤の上に、統一世界を成し遂げなければなりません。皆さんが責任を果たせなければ、他の民族を動員してでもするでしょう。

8 イスラエル民族には、四十年の荒野路程以前に三日路程がありました。この三日路程を経たあとに、ようやくカナン復帰路程を出発できたのです。そして、イスラエル民族は、カナンに入っても再び四十数を探して立てなければなりませんでした。復帰摂理がこのような路程を経てきたので、今に至るまでお父様も、四十年路程を経たあとに三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければなりません。ですから、私たちは三年路程を歩み、また、四年路程を歩んでいるのです。このような過程を経て、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。真の父母が中心になって歩む三年路程を経て、万物を復帰する期間、すなわち四方性を備えるための四年路程を経なければなりません。これが七年路程です。この七年路程で、蕩減復帰を終結していかなければなりません。真の父母を探し出すまでの歴史路程を中心として見れば、三年路程、四年路程、四十年路程は短い路程ですが、これは歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念を総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。

9 第一次七年路程の三年は、歴史的な蕩減期間を縮めた最小限の年数であり、個人の蕩減期間です。ですから、統一教会の食口は誰でも、この三年期間を経なければなりません。心情一体だと語ったので、皆さんは全員、父母様の心情を知らなければなりません。今晩、父母様は何をされるのだろうか、目を開けたまま夜を明かされるのではないかと考えながら、父母様の立場に立って父母様に似るようにし、父母様の心情を感じてみなさいということで許したのが、この三年という特赦期間です。三年間、一年に四十日啓蒙伝道活動を二回ずつしても、全体的に見るとき、一年に満たない期間なのに、これさえしないとすれば、話になりません。本来、この期間は、断食しながら越えなければなりません。ぜひとも、この期間に皆さんが立つ位置を探し出し、信仰の目的を正しく探して立てることを願います。もし時を逃せば、そのような位置や目的も失ってしまい、父母様とも無関係になるのです。

10 お父様さえ信じていけば、皆さんは押し出されません。三年だけ克服してください。一九六〇年にお父様は、三年間、懲役生活をするつもりで、伝道の任地において僕暮らしをするようにと、皆さんを送り出しました。お父様も、青い囚人服を着て蕩減復帰し、勝利したという条件を立てました。お父様が追われてあちこちに逃れていたときがあったので、皆さんも今、追われる環境に置かれなければなりません。そうして、縦的に蕩減すべきことを蕩減できずに残してきた歴史的な恨を、皆さんが横的な道を歩むことによって、蕩減復帰しなければならないのです。

11 第一次七年路程は、僕の僕の立場から、直系の子女の立場までの段階を復帰する道です。それゆえ、七年路程の間に、カインを愛するために僕の立場に立たなければなりません。ですから、私たちは、出ていって伝道しなければなりません。原理を中心として心情的に愛してみようというのです。誰それの血統を中心とした息子、娘としてではなく、天情に通じ得る神様の心情的一致点を探し出して愛してみようというのです。また、生活的一致点と希望的一致点を探し出して愛してみようというのです。神様を中心とする、心情の一致、行動の一致、希望の一致をもって一度やってみようということです。神様の願いとは、世界を取り戻すことであり、神様の行動とは、世界を救う復帰摂理歴史を主張して歩んでいくことです。また、神様の心情とは、愛せない人をも愛することができるようにすることです。

12 私たちは、第一次七年路程において六千年の罪悪歴史を終結しようとされた神様のみ意があったことを知っています。また、二千年前のイエス様以降、キリスト教が血のにじむ殉教の祭壇を築きながら、残された摂理の因縁を終結するために苦労してきたという事実も知っています。イエス様と聖霊はもちろんのこと、み旨のためにこの地に来て、一時の恨を残したまま、サタン世界を心でのみ踏み締め、志を立てて誓いながら、犠牲の場、あるいは死の場に進んだ数多くの先知先烈(先駆けて道を悟った先人、義のために命を捧げた烈士)たちがいることも知っています。このように、歴史の要求は一つの時代と一つの基点に集中し、サタンと神様の決戦を提示してきました。それでは、この闘いを終結させる使命を果たすべき責任者とは誰でしょうか。この民族の中で、追われ、追い出されてきた統一の群れが、このような重大な責任を担っているという事実を、世の中の人々は知らずにいます。しかし、神様は御存じなので、今に至るまで私たちと共に険しこを開拓し、賛同してくださるのです。これは、私たちだけがもった特権であり、私たちだけがもてる誇りです。歴史過程においてこれを感じられる、やり甲斐のある期間が第一次七年路程です。

13 皆さんは、二十一年前にお父様が公式路程を出発した時点に置かれています。お父様はキリスト教から迫害を受け、国から追われ、多くの霊通人から反対を受けました。しかし、今はそのような時代ではありません。皆さんは、これから国と宗教と数多くの教派と霊通人たちが世界的に証し、歓迎できる時代圏内にいます。そのような点から見れば、皆さんはお父様より恵まれた立場に立っています。過去においては、活動をしても、まかり間違えばすべてひっくり返して蕩減しなければなりませんでしたが、もはや皆さんにとっては、そのような時代は過ぎ去りました。すべての条件が良くなったのです。それこそ、蕩減の時代は過ぎ去り、栄光の時代が私たちの前に近づいてくる良い時代だというのです。これが、子女の立場にいる皆さんに該当する期間です。父母が誤り、人類の前に苦難の基準が立てられました。しかし、お父様が父母の立場で責任を完結したので、子女の立場にいる皆さんは、すべての迫害と讒訴の基準を越え得る位置に出発できるのです。この期間が、正に第一次七年路程です。

民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程

第一次七年路程は、真の父母様が歩まれた路程であり、祝福家庭にとっては模範となる路程であった。一九四五年の光復(失った主権を取り戻すこと)以降、真のお父様は、個人的十四年路程を勝利され、聖婚以降の七年路程から、食口たちが真の父母様のあとに従い始めた。特に、真のお父様のみ言によれば、七年路程の前半三年間は、失ってしまった父母と子女を探し求める期間であり、後半の四年間は、物質的・環境的基盤の造成と同時に、民族的基盤を開拓するための期間だった。真の父母様の路程に同参する子女たちの立場での七年路程は、個人の目を完全に開かせ、立ち上がらせ、走らせて、個人が実績を立てながらみ旨の前に栄光の勝利者となることに主眼を願いた期間であった。

14 皆さんが七年路程の期間に果たすべき使命とは何でしょうか。個人的な勝利の主管圏を備えなければならず、家庭的な勝利の主管圏を備えなければならず、氏族的な勝利の主管圏を備えなければならず、民族的な勝利の主管圏を備えなければならず、国家的な勝利の主管圏を備えなければなりません。しかし、堕落の子孫である皆さんは、自分で七年路程の道を行くことはできません。ですから、神様は、真の父母を立て、霊界と肉界にその道をつくるようにして、皆さんを行かせるのです。

15 アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまいました。また、真の子女を失ってしまいました。その次に、万物を失ってしまいました。それから、神様を失ってしまいました。失ったこの四つを取り戻さなければなりません。アダムとエバが堕落することによって、長成期完成級から落ちて堕落した人類の先祖になり、堕落した息子、娘になりました。また、万物も堕落圏内において胸の痛む恨をもった万物になりました。人間がサタン主管圏内に入ったので、すべて失ってしまったというのです。統一教会でこのようなことを復帰した基準を立てた時期が、第一次七年路程である一九六〇年から一九六七年までの七年間です。この期間に、失ったものを復帰できる基準に上がったというのです。

16 皆さんを、なぜ一九六〇年から第一次七年路程に加担させたのでしょうか。その前から加担させずに、なぜ一九六〇年から加担させたのかを知らなければなりません。復帰歴史は、蘇生、長成、完成の三段階を経ていくようになっています。七数を中心として三段階を経なければならないので、二十一数期間が過ぎてこそ、その基盤が築き上げられるのです。ところで、蘇生期と長成期までは、堕落によってサタンの侵犯を受けた期間です。父母の立場にいる人が堕落したので、蘇生と長成の期間には、父母が果たすべき使命があります。父母が立てるべき試練と苦痛の基準に、子女たちは参加できません。子女たちは、完成段階に該当する七年の期間に、復帰の道を行かなければなりません。この期間は、サタンの侵犯を受けていない基準で、復帰の道を行ける期間です。この七年の期間に皆さんが苦労したことは、蕩減の内容になるのではなく、実績として残るのです。

17 聖婚式をしたのち、この地上に神様を中心とした真の父母が現れました。歴史始まって以来、悪の父母が生まれたことはありましたが、神様を中心とした善の父母の基準は、この地上に設定されませんでした。これが設定されれば、サタンは、歴史始まって以来、今まで人類を支配してきたすべてのものを奪われるのです。ですから、サタン勢力は、あらゆる力を尽くして本格的に反旗を翻し、迫害せざるを得なくなります。なぜ聖婚式をしてからも迫害を受けなければならないのでしょうか。それは、聖婚した基準が長成期完成級であり、まだ七年路程が残っているからです。この七年路程をどのように越えるかが問題です。この七年路程を越えてこそ、直接主管圏に到達します。原理結果主管圏を経て直接主管圏まで到達するには、責任分担というものがあります。アダムとエバは神様を中心として、絶対的に一つになれる愛の理想を備え、それが分かれようにも分かれられない位置にまで進んで、直接主管圏内で神様を中心とする愛を主とした家庭基盤を築かなければなりませんでした。そのようにしていたならば、その基盤から天地が合徳し、男女が合徳することにより、新しい愛の基盤、新しい生命の基盤、新しい血統の基盤を中心として、四方に平面的な拡大が展開していくのです。

18 統一教会の食口たちにとって、第一次七年路程は、お父様が民族の運命を決定できるアベル的な路程に同参(一緒に参加すること)する期間です。お父様が東に行けば東に付いていき、西に行けば西に付いていって、皆さんは葉になろうと枝になろうと、落ちてはならず、折れてはいけません。この七年路程は、枯れたとしても、折れない枝と、落ちない葉の立場に立てておくための期間です。ですから、この七年路程の期間に、できれば皆さん全体が動員されなければなりません。この期間には、世界的なサタン全体が集中して攻撃してきます。その時期が一九六〇年からです。その時は、大韓民国のすべての人が反対しました。お父様を捕まえて投獄しようと、行列をつくって警察署に投書しました。このように全体が反対する立場に立たなければ、蕩減にならないというのです。

19 第一次七年路程は、お父様の二十一年路程の終局を準備するためにありました。皆さんは個人で第一次七年路程に参加しましたが、世界史的な意義から見れば、これは歴史的な数多くの人間を代表して参加したのです。その期間に皆さんが捧げた精誠は、決して無駄にならないでしょう。これは千秋万代にわたって地上の絆として残り、天上に行けば数多くの善の霊たちが賛辞を捧げ得る基盤になるでしょう。このような期間は、地球上に再び訪れることはないのです。歴史の恨を解くために、三千里半島において統一の旗印を掲げてきた私たちは、今まで迫害と非難の矢を受けながら歩んできました。しかし、私たちは、歩みを止めませんでした。追われ、追い出されても、自身を内的に成長させると同時に、外的に整備することを怠りませんでした。そのようにすることによって、今や大韓の三千里半島のどこにおいても、統一教会が行く道を遮る人はいません。どんな銃剣でも遮ることができない基準を立てなければならないという決心が、天的な基準から見るとき、このような途方もない勝利をもたらしました。このような条件を立てたので、それを中心として、新しい歴史を創造することができたのです。

20 第一次七年路程の期間に父母様は、家庭的な基準を立て、氏族的な基準を立てながら、教会を通して民族的な蕩減条件を立ててきました。このような内的な基準は、イエス様の当時に成し遂げなければならないことでしたが、失敗したので、再蕩減したのです。ですから、この七年路程の期間にこれを合わせるために、尽力してきたのです。

21 第一次七年路程の三年路程を通過しながら、皆さんはかわいそうなこの民族に代わって何をすべきなのでしょうか。もう一度、倒れながらでも、走っていかなければなりません。善の世界を建設する役軍(担い手)として準備し、鍛錬する試練の途上において、サタン世界から讒訴を受けない伝統を立てなければなりません。鍛錬を受ける過程で立てた伝統を、新しい天国理念の世界でも永遠に残る伝統として残さなければなりません。そのようにしなければ、「人生において行くべき道をすべて行った」と言うことができず、人生において果たすべき責任を全うしたとみなすことができません。皆さんが天のみ前に忠誠を尽くすことを願い、天の真の孝子、孝女になることを願えば願うほど、苦痛が伴い、試練が伴っても、それに備えなければなりません。未来において全人類が「私」の価値をたたえ、万宇宙が感謝する立場に立ち、万宇宙の前に幸福の条件をつくってあげるためには、皆さんがしっかりと準備しなければならないのです。

22 私たちは、「天国を成し遂げた」と言って笑う声が、三千里半島と全地球上に高々と響き渡る、その日のために行進しなければなりません。このような立場にいる私たちなので、休む暇がありません。御飯を食べていても、涙を流しながら痛哭寸る統一信徒たちにならなければなりません。なぜ、そうでなければならないのでしょうか。神様が願った(地上)天国を築いてさしあげ、イエス様と聖霊がすべては成し遂げることができなかった恨と、満足に食べることもできずに祭物の過程を経ていった千々万の聖徒たちが、地上天国を完成することができなかった復帰の恨を解いてあげるためです。そのようにしてこそ、彼らが解怨成就されるのです。このような途方もない内容を知り、この途方もない使命を背負った私たちに、休む暇がどこにあるのかというのです。脚が折れるとしても、死ぬとしても、全力を尽くして行かなければならない復帰の道が残っています。ですから、父母様は皆さんに「三年路程を行きなさい」と命じました。その道を行くときには、誰もが死を覚悟しなければなりません。一片丹心で自分が立てた志を果たすためには、寝ずにおなかをすかせながら、冒険をしてでも行かなければなりません。このような事情を展開させたこの師にも、責任があります。ですから、父母様が願うのは、皆さんがそのような立場に立つとき、誰かに対して不平を言ってはいけない、ということです。皆さんはそのような立場で倒れ、犠牲になっても、嘆いてはいけないというのです。天国を建設するために足場を築く勇士に対して、どうして怨讐の矢が向かってこないでしょうか。どうして怨讐が自らを包囲することがないでしょうか。そのようなことがあり得るというのです。しかし、師のために、神様のために生きる思いは、自分自身のためのものではなく、この民族のためのものであり、世界のためのものです。ですから、その場は神聖な場です。たとえその道が遠くても、近道を探し求めて、喜んで行かなければならないのが、統一勇士たちの歩みです。

23 父母様は、イスラエル民族の立場である大韓民国とこの民族が、責任を果たせない立場に立つのではないかと心配しています。皆さんを前に立てて、栄光があれば、その栄光を先に皆さんに与えたいのです。それを知って、第一次七年路程の残りの四年期間を歩まなければなりません。今は皆が疲れてしまいかねない時なので、さらに奮闘しなければなりません。

アダムとエバが堕落して、カインとアベルという実を結んだので、これを、食口たちを中心として蕩減復帰しなければなりません。祝福家庭を中心として蕩減復帰しなければならないというのです。もし各地域において、他人が行こうと行くまいと忠誠を尽くして進む孝子、孝女の家庭があるとすれば、その家庭は、その目的に向かって、父母様に代わり、涙と血と汗で民族的な恨の峠を越えていきつつあるとみなすことができます。この民族のために、涙で福を願いながら、一日一日を感謝して暮らす人がいるとすれば、その人は父母様の相対になります。そのような人々によって天的な歴史が(峠を)越えていくようになります。ですから、第一次七年路程の後半の四年期間、皆さんは責任を果たし、民族的な勝利的主管者にならなければなりません。そうすれば、民族的な勝利の日を皆さんが迎えると同時に、神様が迎えるようになります。皆さんはこれを知って、「日久月深(イルクウォルシム)」(願いが時とともに強くなる様子)で祈らなければなりません。そのようなことが終わったあとは、世界的な勝利的主管者にならなければなりません。それによって、万民がそのような恵沢圏内にとどまるようになって神様をたたえる時、私たちは初めて解放されるのであり、「神の日」を完全な勝利の日として立てるようになるのです。

24 父母様は、一九六五年十二月三十一日と一九六六年一月一日の両日にかけて、韓国の七カ所に聖地を立てました。このような基準を立てて、国家的基準において個人復帰、家庭復帰、氏族復帰が始まったのです。私たちは、神様が取り得る個人的な勝利の基盤、家庭的な勝利の基盤、氏族的な勝利の基盤、民族的な勝利の基盤を備えなければなりません。ここにおいて氏族は、統一教会の祝福家庭を意味し、民族は、このような氏族によって形成された統一民族を意味します。今後、私たちは、統一民族を編成しなければなりません。ですから、私たちは、韓国でカイン・アベルが立てるべき天的な位置と中心を蕩減して立てなければならないのです。このような使命分野に向かって総進軍することが、第一次七年路程において果たすべき使命です。

25 第一次七年路程出発の最初の年の標語が、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」です。これは男性として、母を探し求めようということです。二年目の標語は、「父の代身者となろう」です。初めてお母様を探し出したので、復帰された天国に向かって、父なる神様の代わりに役事できるのです。これは、お父様の一生について語った言葉です。三年目の標語は、「見せてあげて誇り得る者となろう」です。見せてあげて誇れるのは息子、娘です。これは、皆さんの復帰路程を中心として語った言葉です。ですから、この標語は皆さんの標語と同じです。皆さんは、第一次七年路程を中心として、天のみ前に生涯最高の年にしなければなりません。失われた男性によって失われた女性を探し出す、最高の年にしなければなりません。そうして、神様の代身者になり、見せてあげて誇らなければならないのです。その次には、勝利的主管者にならなければなりません。四位基台を完全に復帰したので、勝利圏を主管しなければならないのです。一九六〇年にお父様が「今回の七年路程が過ぎれば、私が必要とし、私が動かせる完全な基盤ができるだろう」と話したとき、皆さんは夢のような話だと思いましたが、今見れば、その時に話したとおりになっています。

26 第一次七年路程を勝利しましたが、父母様は七年路程において血の涙をたくさん流しました。いくら難しいことがあるとしても、夜も昼も一つの目的を達成するために駆け回りました。「誰々が行かない」と言って恨むこともなく、「友達がいない」と言って恨むこともありません。神様が既に定めた摂理の結果を収めるべき使命があるので行くのです。そうして、この世界に広がっている善の結実を収めなければなりません。心情の鎌で刈ることによってこのような結実を収め、分かれた自らを統一し、分離した天情と人情を統一しなければなりません。私たちの体自体は、たとえ切れ味の良くない鎌の刃先だとしても、収穫するときに用いられる道具としての実体にならなければなりません。このような実体を通して、今日、滅びていく世界を正しく導き、神様の心情を中心として、新しい中心の世界に越えていかなければなりません。それが統一教会員たちの使命です。

27 私たちは、一九六〇年を中心として新しい勝利の基盤を準備することができました。すなわち、二千年前にイエス様が願った基準を、この地上で復帰できる摂理の基盤を準備したというのです。このような途方もない歴史的な基点が準備できたので、一九六〇年から新しい歴史時代に入るようになりました。第一次七年路程の七年間に、民主主義が世界を収拾できず、共産主義が世界を支配するようになれば、すべて滅びるようになります。ですから、皆さんは、滅びつつあるものを栄えさせ得るこの七年の期間を中心として、民族を復帰し、国家的な民族形態を形成しなければならず、ひいては世界が一つになれるようにしなければなりません。この七年の期間内に、すべて復帰しなければなりません。イエス様がこの地に来て願ったことは、イエス様自身を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を探し出し、その探し出された「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を中心として、サタンが讒訴できない絶対的な権限をつくり、神様のみ前に栄光をお返しできる「神の日」を探し出すことでした。これをイエス様が願ったので、私たちはこの目標を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を立てたのであり、第一次七年路程を越えるために、一九六八年一月一日を「神の日」として設定したのです。

第二節 国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路程

第二次七年路程と私たちの責任

真の父母様は、第一次七年路程は父母の路程であり、その後、一九七四年までの第二次七年路程は子女の路程でもあると語られた。特に、この期間の年頭標語である「全面的な進撃をしよう」、「勝利的統一戦線」、「統一基盤確保」、「統一戦線守護」にもよく表れているように、国家復帰の基台造成のために全力を傾けた期間である。第二次七年路程は、祝福家庭が氏族(的)メシヤの使命を果たし、先祖の位置を復帰しなければならない期間であった。この期間には、民族・国家復帰の基盤を築くために、まず氏族を復帰しなければならないと語られた。

1 一九六〇年から一九六七年までの第一次七年路程では、父母が縦的な基準を中心として勝利しました。ですから、第二次七年路程は皆さんの時代です。ここからは、皆さんが横的に闘わなければなりません。第二次七年路程は長成時代です。歴史はいつでも、二番目を中心として決戦を行いました。それと同じように、韓国がどうなるかという問題が、第二次七年路程にかかっています。第二次七年路程が終わる一九七四年までには、韓国が統一教会のみ旨に協助しなければなりません。そのようにせずにみ旨を遮り、この原則に符合しなくなるときには、神様が許さないでしょう。このような基盤を中心として、私たちは前進しなければなりません。第二次七年路程が終わる時には、国家基準を越えなければならず、第三次七年路程を越える時には、世界基準を越えなければなりません。第三次七年路程が終わるのは一九八一年です。その時までには、世界基準を越えなければなりません。これは、原理の軌道を蕩減復帰するに当たって、横的に過ぎ去った歴史を再現しなければならないからです。

2 第一次七年路程を通して、「神の日」、「父母の日」、『子女の日』、「万物の日」を成就することにより、イエス様が果たせなかった父母の役割を果たせる責任基準を立てておきました。その次には、真の父母として責任を果たした勝利の基盤に従って、子女たちもその国を探して立てられる時まで、これを内外で一つにしなければなりません。そのようにしてこそ、イエス様がこの地上で生きて成就すべきであった本来のみ旨を完結するというのです。真の父母が勝利した基盤に従って、子女たちがその基盤を再び国家基準を越えられるところまで築いていくのが第二次七年路程です。ですから、一九六八年から七年の期間は、国であれば国の全体分野まで、イエス様当時のユダヤ教が反対し、イスラエルの国が反対した基準を越える期間に該当します。

3 一九六八年からは、家庭的な十字架を背負っていく時です。六千年の歴史は、個人的に十字架を背負つてきました。しかし、家庭的に十字架を背負っていくべき期間が残っているというのです。今までその十字架を、誰も背負おうとしませんでした。イエス様も、民族と国家に代わる十字架を背負い、家庭を築いて、世界に向かって進まなければなりませんでした。しかし、民族と国家の十字架を背負って亡くなられたので、再蕩減しなければならないのです。それによって、個人的な十字架の道、家庭的な十字架の道が残るようになりました。このように、六千年の歴史が険しい峠の道を経てきたので、両面的な蕩減をしていかなければなりません。これをするために、お父様は一九六〇年まで、個人的な十字架の道を歩んできたのです。この十四年路程は、ヤコブが歩んだ十四年路程と同じ期間です。その期間を越えてこそ、家庭を築いて、その家庭の四位基台を中心として地上に定着し、伸びていけるのです。

4 一人の完成格の男性の前に、一人の完成格の女性として、お母様を連結させるための期間が第一次七年路程です。この第一次七年路程が、父母様の家庭基準を設定する期間だというのです。ですから、その時期に父母様が神様を中心として家庭を築いたのです。その時になって、ようやく四位基台の復帰形態として、地上に一つの家庭的な基点を構築しました。この父母様の家庭を中心として、祝福家庭が完全に団結しなければなりません。家庭を中心として、完全に一つにならなければならない期間が、第二次七年路程です。第二次七年路程は、父母様の家庭を中心として、祝福を受けた家庭が完全に一つになるべき期間だというのです。完全に一つになって、一つのアベル圏になり、民族基準を再び収拾しなければならないのです。

5 一九七四年までの第二次七年路程の期間には、大韓民国の復帰と天国基盤をつくらなければなりません。復帰は、霊と肉を中心として行わなければなりません。ですから、教会的にはみ言を中心として霊的に、世界的には思想を中心として肉的に動かなければなりません。そのため、民主世界がもち得ない勝共思想を、統一教会が掲げていくのです。これは、モーセが出エジプトをする時、彼らを導いてくれた火の柱と雲の柱に該当します。火の柱と雲の柱を中心として、外においては世界共産圏を屈服させ、内においては家庭の法度を立てるのです。これが世界舞台に連結されていくようになれば、地上天国が完成するのです。

6 男性や女性が復帰されたとすれば、一人の新婦と新郎を迎えなければなりません。そうして、真の父母の位置が決定されれば、この真の父母を中心とした真の氏族と真の民族を編成して、復帰していかなければなりません。このようにするためのものが第一次七年路程でした。このようにして、民族編成を終えたあと、国家的基準の蕩減条件を立てることによって、国家的な限界線を越えることができる時代圏内に入るのです。このような国家圏内から世界に越えていける運勢が私たちの前に近づき、韓国がアベルの立場に立つようになったので、カイン的なサタン世界と神側の霊界が、一つの国を形成するための統合運動をしなければなりません。世界人類が、このような責任を中心として協助できる新しい時代に入ります。ですから、今から統一教会員たちが行く道には、今まであった哀れで悲惨な歴史過程はないというのです。第二次七年路程において私たちは、世界的な復帰の限界点を越えなければなりません。神様のみ前で、皆さん自身を中心として、民族的な限界点を越えて責任を果たしなさいというのです。そして、祝福を受けた人々はみな、家庭的メシヤの責任を完遂しなければなりません。

7 皆さんが今まで歩んできた第一次七年路程は、イエス様を中心として解怨成就するための蕩減復帰の条件として消耗されましたが、これからは、皆さん自身を中心として蕩減復帰し、自らの願いを解怨成就するための時代に入ります。ですから、皆さん個々人は氏族メシヤになり、世界的な出発をしなければなりません。それゆえ、皆さんがこのような使命をもって世界に向かう道は、神様のみ旨を伝えながら反対を受ける道ではなく、歓迎を受けながら行ける道になりました。そのような時代圏内に移されたというのです。これが、真の父母を中心とした世界的な復帰の限界点であり、七年の期間を中心として、その基準を越えるようになったのです。

8 一九六八年から第二次七年路程が始まったので、その時から子女の路程が始まりました。子女は、父母が歩んだ路程を見本にして歩まなければなりません。失われた信仰の子女を復帰し、父母の祝福を受けなければならず、万物の祝福まで受けて使命を引き継ぎ、安息の年を迎えなければなりません。もし、これを一九六八年からこの七年間でできなければ、二十一年に延長されます。「神の日」は、真の父母様が神様の実体として現れる日なので、人間に屈服しなかったサタンが、神様の実体となった真の父母様に屈服する日だというのです。この「神の日」を立てることによって、天使がアダムに屈服し、カインがアベルに屈服したという条件が立てられました。第二次七年路程は、復帰された長子の立場で出発する期間です。過去には、次子の立場で長子の位置を奪わなければならなかったので迫害を受けましたが、今や長子の位置で福を分け与える立場になったので、私たちを憎むこともなく、迫害もしないでしょう。そのような時になりました。今や応じなければ、たたいてでも天の子女として復帰すべき使命が長子にあるというのです。第一次七年路程で父母様がメシヤの使命をもって役事したように、第二次七年路程では、皆さんが氏族復帰のためのメシヤの使命を果たさなければなりません。

9 天のみ前から追い出された群れ、天が立てなかった人々を探し出して、彼らを救ってあげるために行く路程が第二次七年路程です。また、イエス様が追い出されていない立場で探し出したのと同じ基準を立てるために、統一教会の息子、娘たちが出動して第二次七年路程を歩むのです。今は氏族を復帰する時です。父母様が皆さんに「全面的に進撃しなさい」と言いましたが、それは今の時が、イエス様が漁夫を訪ねて弟子にし、教会を築いて家庭的な基盤を立て、全面的に進撃しなければならなかった時と同じであり、地上でも準備が整い、霊界からも協助するようになっているので、完全な作戦を行うことができるからでした。父母様は、一九六〇年から一九六三年の間に祝福をしてあげることによって、家庭復帰の基準を立てました。したがって、食口たちも第二次七年路程が始まった一九六八年から三年間、すなわち一九七〇年までにこの基準を立てなければならないのです。

10 第二次七年路程では、民族のために忠誠を尽くしたそれ以上の忠誠で、自分の父母兄弟と親戚を復帰しなければなりません。すなわち、氏族全体を神様のみ前に復帰しなければならないというのです。今まで、皆さんの先祖たちは、神様の全体的な復帰摂理と何の関係もない先祖たちでした。しかし、皆さんが氏族を復帰することによって、真の氏族的な父母の使命を完遂するようになり、霊界の善の聖徒たちも、皆さんと共に再臨復活の恵沢を受けられる特権的な恩賜が広がります。そうして、善の先祖たちが地上に無数に再臨できるようになるのです。そのような時代が来るので、悪のサタン世界は次第に消え、統一の運勢が新しい世界に次第に越えてくるようになります。ですから、原理的に見るとき、私たちの活動いかんによって、一九七四年までに急進的な発展をするでしょう。

11 国家的な次元で勝利の基準を定めたあとに、第二次七年路程を中心としては、父母様の家庭ではなく、祝福家庭を立たせました。ですから、国のためにその家庭がどのように立つべきかを教えてあげなければならず、国のためにその家庭がどのように奉献して、どのように公的な道を行くべきかを、国民に教育しなければなりませんでした。そのため、祝福家庭全体が動員されました。第二次七年路程は家庭的な路程なので、全祝福家庭が動員されたのです。一九七〇年に入ってから三年間は、全祝福家庭の妻たちが、子女と夫を残して出動しました。お母様と同じ道を行かなければならなかったからです。夫と暮らし、息子、娘を抱えて暮らしていた家庭から離れる時は、夫が怨讐であり、息子、娘が怨讐でした。ですから、あらかじめ怨讐視したのです。このように、前もってすべて決定しておいたので、彼らが怨讐として現れたとしても、サタン側になりませんでした。サタンの条件に引っ掛からなかったというのです。それが愛でした。聖書にある「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一〇・三六)というみ言が、統一教会ですべて成就されたのです。これは、言葉だけではありません。歴史がそのようになっています。

12 一九七四年は、第二次七年路程の最後の年です。内的な第一次七年路程に外的な第二次七年路程を結びつけることを、今まで私たちがしてきているのです。それが一九七四年までです。結局は、統一教会の祝福家庭が第一線に進み出て、総力を挙げてサタンと対決する時期です。ですから、一九七〇年、七一年、七二年のこの三年間、統一教会のすべての祝福家庭の夫人たちは、子女たちと夫、家庭をあとにして出ていったのです。父母様がその基盤を引き継いで、世界的にようやく父母と子女が一つになれる霊的起源を整えたので、その基盤に乗り、アメリカという国を中心として作戦を行うことができたというのです。父母様がアメリカにまで来て、このようなことができるというのは、イエス様がイスラエルの国とユダヤ教と霊的に一つになり、ローマに入城して、死なずに伝道するのと同じなのです。

13 一九七四年までの二度の七年路程は、ヤコブの十四年路程に該当する期間です。ヤコブは十四年の期間を通して家庭を探し出し、天地に錨を下ろしました。それと同じように、統一家が第二次七年路程を経ることによって、家庭を中心として初めて、この地上に完全に錨を下ろすのです。統一教会の祝福を受けた家庭は、どんな家庭よりも幸せで、誰よりも徹底した愛国と愛族の群れであり、神様のみ旨を立てて世界を愛し、人類を愛する群れであることが公認される時が来ます。そのようになれば、祝福家庭が初めてイスラエルの権限をもって、地上に錨を下ろし、足場を固める時になるのです。第二次七年路程を成功裏に完成すれば、神様の祝福が大韓民国と統一教会に集中することは決定的でしょう。その時は、反対していたイスラエルの国や反対していたユダヤ教と同じように、反対していた大韓民国と反対していたキリスト教の前に、統一教会が対等な位置に立つのです。対等であるだけでなく、統一教会が優位に立つようになるので、その教会と国が付いてこなければ滅びる運勢圏を迎えるというのです。

14 第二次七年路程が終わる前の三年の期間は、世界的な七年路程に前進するための準備期間です。この第二次七年路程の終わる前の三年路程の期間は、世界的な七年路程を本格的に出発するための準備期間でした。これは、イエス様が生きていた当時、ユダヤの国を一つにし、ローマの国を一つにできる基盤を連結させるときの霊的基準に代わる立場です。それでは、イエス様の時と今の時は、どのような違いがあるのでしょうか。イエス様の時は国家的時代でしたが、今の時は世界的時代です。そのような違いがあります。ですから、この三年路程を中心として、民主世界を代表するアメリカに来てこのような基盤を築くことにより、勝利できることを見せてあげたという点において、歴史的意義があるというのです。

15 アベル世界、神側の世界が民主世界だとすれば、カイン世界、サタン側の世界が共産世界です。私たちがアメリカで勝利して、この第二次七年路程を越えていくようになれば、霊的基準において世界的なサタン世界は、後退しなければならない段階に入ります。共産世界は、世界的な実体基盤をもっている一方で、私たちは、いまだにその基盤をもつことができていません。そのため、共産世界が私たちに反対している立場で、皆さんが知らないうちに、父母様は共産世界と闘える基盤を立てるように急がせていることを知らなければなりません。アベルの立場であるこの民主世界は、共産世界と対立した立場で、霊と肉に分かれているのと同じなので、私たちが霊的な面において占領していくに従い、肉的な面においても、ここに関係をもって勝利し、占領できるようにしていかなければならないというのです。

第三次七年路程と私たちの責任

真の父母様は、一九七五年から一九八一年までの第三次七年路程を設定し、世界復帰の基盤を築く期間であると語られた。第一次七年路程は家庭的に、第二次七年路程は国家的に、第三次七年路程は世界的に摂理の基盤をつくるための祭物の期間であるため、み旨のためにみな、生きた祭物にならなければならないことを強調されたのである。

真の父母様は、第三次七年路程では、内的勝利基盤の上に、実体基準一体化運動を通して、一つの世界に進むと語られた。内的勝利は真の父母様によって成し遂げられ、外的勝利は子女の立場である食口たちが成し遂げなければならないということである。真の父母様が主管される内的基準を中心として、全身全霊をかけて実体基準一体化を果たすことを願われたのだった。特に、この期間を土台にいかなる犠牲があるとしても、民主世界を越え、共産圏を越えてこそ、天の勝利圏を立てることができると語られた。

16 一九六〇年にお母様を迎えたのは、旧約時代の完成とイエス様の時代の新婦圏を立てたことになります。このようにして、長成期完成級で堕落した基準を越え、世界的完成基準、世界的第三次七年路程を越えていかなければなりません。父母様の家庭を中心として、アダム家庭から蘇生と長成と完成の二十一年の期間、一九六〇年から一九八一年までの三次の七年路程が、地上で必要なのです。その二十一年路程が、アダムの時代、イエス様の時代、再臨主の時代まで、三次にわたって六千年歴史を越えていく条件です。すべて平面的に清算しなければなりません。

17 第一次七年路程は、父母として責任を負う時です。父母の家庭が完全に定着する期間です。第二次七年路程は、子女たちの家庭が完全に基盤を築く期間です。そして、第三次七年路程は、氏族と民族が定着する時だというのです。この大韓民国が定着するためには、世界が大韓民国のために協助できる垣根にならなければなりません。

18 お父様が地上にいる間に、いかに国家復帰と世界復帰をするかが、私たちの使命です。七年路程は三次にわたって行かなければならないのですが、第三次七年路程までに世界に現れなければなりません。ヤコブが霊的な天使を屈服させ、カイン側の兄エサウを屈服させたのと同じように、私たちは、世界的なサタンを屈服させて、共産世界を屈服させなければならないのです。ヤコブが自分の生命を懸け、死を覚悟して天使と夜を徹して闘い、勝ったのと同じように、私たちも死を覚悟して闘わなければなりません。ヤコブが打たれたのと同じように、統一教会も多くの犠牲を払わなければなりません。そのような覚悟をしなければ、世界を救うことはできないというのです。お父様の一代において、栄光で出発すべきみ旨の道でしたが、キリスト教が信じないことによって、二千年間、イスラエル民族が歩んできたものを、二十一年路程で蕩減してくる道が三次の七年路程です。

19 父母様がすべて責任をもって闘って勝った基盤の上に、皆さんが行かなければならない第三次七年路程が残っています。皆さんが七年間、アメリカを中心として思いどおりに活動できる基盤ができています。堕落した立場にいるこの地上の人間を復帰するに当たって、皆さんが世界を代表し、アメリカを天のみ旨の前に立て、世界的な一国を復帰したという条件を成立させることによって、皆さんは神の国の国民になり、神様の息子、娘になれるのです。このような特権を皆さんに与えようとして設定したのが、世界的な第三次七年路程です。皆さんは、天の国の建国の勇士にならなければなりません。この原理原則を中心として、世界は回っていくのです。

20 統一教会は、一九七五年から霊肉を中心とした世界舞台に前進できる時に入っていくようになります。共産世界にまで進撃できる門が開かれるのです。父母様は、世界基準を越える十分な条件を立てました。一九七五年から第三次七年路程に入ります。第三次七年路程の三年の期間に、統一教会員たちは、父母様がアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンで行ったように、問題を提示しなければなりません。この三年路程を、皆さんが実際に行かなければならないというのです。

21 一九八一年、第三次七年路程が終わるまでに、私たちは、中心と完全に一つになって、自分自身を犠牲にするとしても、感謝する心をもってこの道を突破しなければならない歴史的な課業を背負っています。アメリカという国、もしくはある特定の国が、あるいは世界が突破できないことを、私たちが突破しなければならないというのです。一九八一年までにそのような舞台を築くことができるか、これは深刻にして困難な道に違いありません。しかし、神様がいて、原理がそのようになっているので、これはできるようになっているのですが、皆さんがどれほど父母様と一つになっていくかという問題が、その成否を左右するというのです。皆さんは歩みながら倒れることができますが、父母様がそのようにすることはできません。

22 どんな犠牲があっても、第三次七年路程までには民主世界を越えて、共産圏を制圧できる基準を越えなければなりません。このような基準を越えなければ、天の勝利圏を立てることができません。勝利できないというのです。言い換えれば、共産圏の侵犯を受けるようになれば、条件的な侵犯だとしても、それはサタンが侵犯することになるので、私たちは、共産圏を完全に制圧できる基盤を築いて、越えていかなければなりません。このような点において、父母様がアメリカで第三次七年路程を中心として整備作業をしているのは、完全に勝利するためです。上院と下院を中心とした内的基盤を強固にするとともに、全国を反共体制で強化させて、どのようにして引っ張っていくのか、これは第三次七年路程において私たちが果たすべき使命です。

23 父母様は、第三次七年路程において、アメリカを中心とした活動体制を強化しなければならないと考えます。そのようにしなければ、韓国は行く道がありません。ですから、一九八一年までは、世界的基盤を築いていかなければなりません。一九八一年は、三次の七年路程の二十一年を締めくくる年なので、この時までに国を越えて、世界にまで発展できる基盤を築かなければなりません。世界的蕩減路程を経なければ、世界的宗教として登場することはできないのです。神様が統一教会の上で摂理してこられるとすれば、私たちは、必ずそのような条件的な公式路程を通して、行くべき責任を果たさなければなりません。この責任を果たすことに、あらゆる精誠を尽くして歩調を合わせなければ、その国の民、その世界の人類になることはできません。ですから今、この闘いをしているのです。

24 第三次七年路程において活動したと認定を受けることは、この上なく偉大なことです。この期間に氏族メシヤの立場で家庭教会を勝利して進み出るときには、それこそ皆さんは、万世に誇り得る先祖になります。もし第三次七年路程を勝利で終え、新しい国への入籍が行われれば、すべて父母様に付いていくというのです。国境を超越し、すべての氏族と民族を超越して、そのまま父母様に付いていける特権が与えられるのです。皆さんが第三次七年路程で勝利すれば、世界に現れることができます。いつでも先祖になれるのではありません。驚くべき時代が、皆さんの目前に近づいてきていることを知って、皆さんは第三次七年路程の期間に、精誠の限りを尽くして同参しなければなりません。

25 第三次七年路程の期間に、何としてでも世界舞台に向かわなければなりません。神様はもちろん、霊界にいるイエス様や数多くの霊人たちも、「今やここまで来たのだから、もう一歩だけ行こう。あと一歩で越えよう」と言うのです。このことについて私たちが霊界に対して祈るように、霊界でも地上に対して祈っているというのです。ですから、統一されるのです。今までは、私たちが霊界のために協助しましたが、今や霊界が私たちを協助するというのです。

26 お父様が一九七一年十二月十八日、アメリカの地に来て感じたその時の心情を、皆さんももっていかなければなりません。お父様がアメリカの地において足を踏み締めて誓ったのと同じように、皆さんもそのような覚悟をもって、第三次七年路程が終わるまで、影響を及ぼすことができる活動をしなければなりません。ですから、世界宣教に出ている若者たちにも、「責任を果たせなければ帰ってきてはいけない」と言いました。皆さんも、父母様が後援しなくても、自分が責任をもった州で必ず大きな影響を及ぼそうという信念をもちなさいというのです。皆さんは、アメリカのために、そして、統一教会と父母様、皆さん自身のためにこのことをするのです。決して後退してはいけません。

27 皆さんは、第三次七年路程を歩んでいますが、この路程は一九八一年までです。父母様は、皆さんよりも先駆けて歩みました。今は、お父様個人の責任ではなく、世界的な責任を担っています。皆さんが父母様を「父母様」と呼ぼうとするのなら、この七年路程を経てきてから呼ばなければなりません。その期間に何をするのでしょうか。神様が七千年歴史の中で、万物の復帰、人間の復帰、心情の復帰をしたので、私たちはこの七年路程において、経済の基盤を築かなければならず、人間の復帰をしなければならず、その次には、皆さんの愛を取り戻さなければなりません。

28 父母様が第三次七年路程を定めて行ったこととは何でしょうか。復帰の目的完成というその結果に向かって前進を誓い、家庭否定、国家否定、アジア否定、世界否定をしてでも、第二の推進力をもち得る愛の基点を残そうとしました。それが残るだろうかというのです。そうして、堂々と戻ってこられるかというのです。戻ってくるとすれば、どんな人として戻ってくるのでしょうか。権力をもつ権威者として戻ってくるのではなく、愛の勝利者として戻ってこようというのです。これこそ、お父様が結論づけた一つの基準でした。それが真の愛です。自分の子女を愛する以上に父母を愛し、父母を愛する以上に氏族を愛し、氏族を愛する以上に民族を愛し、民族を愛する以上に国家を愛し、国家を愛する以上に世界を愛しなさいというのです。

第三節 四十日啓蒙伝道と全国巡回復興会

四十日伝道の出発

真の父母様の聖婚以降、一九六〇年七月二十日から始まった夏季四十日啓蒙伝道活動は、全国に民族復帰の火種をつける契機となった。全国四百十三地域に六百五十九人が派遣された。ソウルでも家庭訪問と原理講義を継続し、パゴダ公園(現在のタプコル公園)など、主要な公園で伝道が実施された。食口たちが真の父母様と共に四十日間、麦だけの御飯を食べながら、あらゆる苦難と迫害に打ち勝ち、心情的に一体化した期間だった。

1 アダムからイエス様までの四千年歴史、アブラハムから今までの四千年歴史を蕩減するための蕩減期間として立てたのが、四十日伝道期間です。このような峠を越えていかなければならないのですが、行く道は一つしかありません。いくら広く、何千里にもなる道でも、最も早こは一つしかないというのです。蕩減の道も同じです。四千年路程があり、四十年路程がありますが、それは四十数を中心とした期間です。この峠を越えるためには、近道を築かなければなりません。この代表的な期間が、四十日伝道期間だというのです。

2 夏であれば夏、冬であれば冬を中心として活動した四十日伝道期間が、歴史的な期間になるでしょう。この期間に、皆さんは誰も越えられない峠を越えていかなければならず、誰も行けなこを行かなければなりません。そのようにしなければ、復帰の山頂を越えていくことはできません。これが問題です。この道は、必ずや行くべき道です。生きている時に行けなければ、死んでからでも行かなければならなこです。天の道を訪ねていく人々は、いつでも孤独な人々です。自分の周囲のすべての環境がいくら整然とそろっていたとしても、自分自身が越えていくべき峠において、それを克服できる装備をそろえていなかったり、その山頂より低い基準に立ったりすれば、その人は必ず敗北者の行路を歩むようになります。ですから、責任をもった人々はいつも深刻なのです。皆さんが統一教会の食口の一員として付いていくのは簡単かもしれませんが、責任をもった人々は全体を率いて導いていかなければならないので、いつも深く眠ることができません。その責任者がどのようにするかによって、勝敗の結果が左右されるのです。

3 統一教会は、一九六〇年から本格的に夏期四十日伝道活動を始めました。その理由は、私たちが今日のすべての環境に支配されてここで終わるのではなく、未来に拡張しなければならないからです。そのために、世界的で全体的な分野に関係を結ばなければならないというのです。活動するすべての存在も、現在、現れたその時代だけでなく、未来を象徴し、世界全体、制限された環境全体を象徴し、過去を象徴して、一つの代表的な表象として現れています。ですから、皆さんは過去を代表しているというのです。歴史時代を代表し、この世界を代表し、未来を代表して生きているというのです。そのような人生を生きる存在が貴いのです。

4 皆さんは、夏季四十日伝道期間に麦飯を食べなければなりません。皆さんは祭物にならなければなりません。祭物は、自我意識と所有観念があってはいけないのです。私たちは、僕の位置を経て、養子の位置を経たあと、息子、娘の位置に進まなければなりません。イエス様は祭物として亡くなられました。祭司長になろうとしたのですが、民たちの不信によって祭物として亡くなられたのです。再臨主は、祭司長の資格で来られます。そうして、子女の位置に進むのです。一九六〇年一月一日の朝、お父様は皆さんに、「三年間、服役する立場に立ちなさい」と言いました。「心では父母の心情をもち、体では僕の立場に立って、血と汗と涙で祭物になり、祭司長の位置に進んで贖罪の責任を負い、息子、娘の位置に進んで父の代身者となってサタンを審判しよう!」。これが私たちの標語であり、実践要綱です。皆さんは父の心をもった息子、娘として、血と汗と涙を流さなければなりません。血と汗と涙で道をぬらし、血と汗と涙で村と村を連結しなければなりません。

5 皆さんが真の父母の息子、娘になるためには、蕩減法を通し、父母の骨髄を通して出てきたという原理的な条件を立てなければなりません。そのようにしてこそ、息子、娘の位置に出てくることができるのです。このような条件を立てる期間が、一九六〇年を中心に、一九六一年と一九六二年の三年間にわたって行った四十日伝道期間でした。この期間には麦飯を食べました。なぜ麦飯を食べなければならなかったのでしょうか。この三年間が蕩減期間だったからです。この期間は、父母様の直系の子女を中心として四位基台を復帰して越えていく期間であり、皆さんは父母を中心としたカイン・アベルの関係を立てて、カイン・アベルを一致化させていく期間でした。

6 解放以後、民族の哀しい歴史に対して代表的な責任をもち、民族が望む基盤を願ってきた道があるとすれば、それは統一の道であり、そのような集まりがあるとすれば、統一教会しかありません。このように歩んできた統一教会なので、滅びることはできません。私たちが伝道に出掛けた時、老若男女を問わず、すべての人に追われました。嘲られる悲しみによって込み上げる涙が露のようにたまり、落ちていくやるせなさを抱いてきたのです。朝日を見つめながら、あすには輝く日の光を浴びる自分の姿を希望とし、きょうは悲しみの日、忍耐の日、きょう訪れる夜は十字架の時間として、これを克服することを数十年経ながら今まで生きてきたのです。このように追われてきた統一の群れが、何か分かりませんが、韓国で愛国、愛族の群れとして認められるようになりました。私たちが国のために闘い、努力していることが認められたというのです。ですから、今や宗教団体を語るとすれば、統一教会を抜きにすることはできないでしょう。排斥していた群れがひざまずいて、涙で歓迎する基盤を築いたのです。

真の父母様の地方巡回

真の父母様は、一九六〇年の夏季四十日伝道に合わせ、七月三十日から八月十九日までの二十一日間、ジープ型の単に乗って全国の伝道地域を巡回し、啓蒙隊員たちを激励された。開拓の第一線に立つ伝道師たちは、感激の涙で真の父母様の御一行をお迎えした。真の父母様は、夜が明けるのも気づかずに伝道師たちの活動報告を傾聴し、多くのみ言を語ってくださり、麦だけの御飯を召し上がるなど、食口たちと共に過ごしてくださった。このような真の父母様の地方巡回は、その後も続けられたのである。

7 お父様が皆さんを伝道に送り出し、巡回した一九六〇年がとても印象に残っています。最近は、巡回をしてみれば、大勢の人々が「お父様が来られる」と言って、通りに列をつくって挨拶します。しかし、それよりも、冷たい風の吹く所で寂しく立っていたみすぼらしいその時の姿、死亡世界に立つ見張り番のように、あるいは生命を懸けた天のみ旗のように、精誠を尽くし、頭を垂れて祈るその心に、神様が天地の縁を結んでくださるのです。このようなことを見れば、困難な立場にいるとき、神様と心情的な絆が結ばれることが分かります。エリヤも人々に追われ、追い出されて、「わたしだけ残りました」(列王紀上一九・一〇)と訴えた時、その心情の前に神様が同参してくださいました。このように、神様が共にいてくださったために、エリヤに勝利の決定権が新たに与えられたというのです。

8 お父様が二十一日間、地方を巡回した当時に考えたことは、「この道が、今は険しい山道だが、将来、大勢の人々が車で走るようになるとき、最高の道だと言える道を、統一教会の食口たちの手によってつくってほしい」ということでした。この道は、私一個人だけの道ではありません。連続的な道です。皆さんの中には、この道が一時的な道だと思って、自分なりに行く人がいるかもしれませんが、お父様はそうではありません。この道は、一時的な道ではありません。この道は、民族と人類と霊人たちと父が行くべき道です。個人と家庭と社会と国家の国民、そして、霊人たちと大主宰であられる神様がお出ましになるとき、その道を見て、「息子、娘が楽に行けそうだ!」と感じるようにしなければなりません。

9 お父様も、野宿をしながら地方を巡回しました。開拓伝道をする時には、全員がそのようにしました。ジープ型の車に乗って、夜も昼も二十四時間走るのです。寝る所もどこにもありませんでした。ですから、車の中で寝たのです。お父様は、そのような訓練ができています。所構わず眠ると露でぬれてしまうこともあるので、車で寝るのです。車に乗れば、そのまま休息です。目的地が三十分の距離でも、目さえ閉じれば、すぐ眠りに落ちるのです。

10 お父様は、地方教会を巡回するとき、統一教会員たちがあまりにも悲惨な立場で生活しているのを目にします。そのたびに、神様に「お父様、彼らと共にいてください。私がこのような環境を経てくるとき、あなたは私と共にいてくださり、私がお父様に代わってこのような立場に立ったとき、行く道が残っていると勧告されたではないですか。このような絆を彼らとも結んでください」と祈りました。皆さんの悲惨なその立場が、悲惨なだけで終わってはいけません。悲惨な立場でも、善を中心として勝利の凱歌を歌える姿で現れなければなりません。そのためには、悪の世界を根本的に審判できる神様の王子にならなければなりません。激しい風浪が打ちつける所に皆さんを追い立てなければならない、この師の立場をよく知らなければなりません。「私」が神様を愛し、神様が私を愛していらっしゃることを知るなら、世の中のいかなる貴い希望の場があるとしても、それを捨てて神様の心情をつかみ、訴え得る場に進まなければなりません。

11 私が地方を巡回するとき、涙で食口と向き合う時が多くあります。難しい環境でも耐えて歩むのを見れば、物悲しく思ったのです。悲惨であれば悲惨であるほど、その悲惨さの中で天と心情的に一体になります。父のために苦労しようと思い、食事を抜きながら父を呼ぶことができる場では、天の心が張り裂けるのです。み旨のために歩む中で、牢屋に閉じ込められ、むちで打たれて涙を流す拷問の場では、天の心情が爆発するのです。そのような場で父のみ前に孝子の名牌(名前や職名を記す木片)を打ち立てよう、忠臣の名牌を打ち立てようと決意しなければなりません。「歴史時代にそのような人はいなかったが、このような歴史的な心情の背後を知って天を慰労し、今までの歴史上の恨多き殉教の烈士たちを解怨成就してさしあげなければならない」と言いながら、「あなた方が行った道はこのようなものだが、私もこの道を行くことによって、あなた方を慰労し、あなた方の恨を解くという約束を、近い未来に必ずや成就してさしあげます」と誓うことができなければなりません。

12 お父様は、地方巡回をたくさんします。江原道(カンウォンド)の険しこを自動車で走りながら感じたことは、「道が少しだけ、一尺だけでも広ければ」、という残念な思いでした。それは、運転手と搭乗者が共通に感じたことでした。私たちは、個人や家庭がかろうじて通れる狭こを築いてはいけません。道を築くときに、さらに苦労して犠牲になったとしても、広く築かなければならないというのです。それでは、歴史的な運命の道を開拓する統一教会の食口たちは、どのような道を築かなければならないのでしょうか。私たちは、この民族と世界人類のために歩む開拓者です。皆さんには、目に見えないつるはしと熊手鍬を持たせています。子孫たちから、「これは、もう少しこのようにしてくれていればよかった」という評価を受けてはいけないのです。「私たちの先祖はどのようにしてこのような道を歩んだのだろうか」と振り返らせることができる道を築かなければなりません。皆さんは、そのような道を築かなければならない開拓者です。

13 お父様は、一九六〇年に二十一日巡回路程を歩んだことがあります。このような道を、今後、日本の食口たちに踏査させたいと思います。「この二十一日コースは、開拓伝道の当時にお父様が迫害を受けながら、ガタガタとジープ型の車に乗って通った山道だが、この道は聖地なので、あなたたちは靴を脱いで歩きなさい」と言えば、裸足で歩くのです。このようにしておけば、三千里半島の四方八方で待つ人々が道を埋め尽くすようになるでしょう。そのようになっていくようにしておいて、日本の次はアメリカ、というように、互いに競争させるのです。そうなれば、性急な人は、先に飛行機に乗ってやって来て待っていたりもするでしょう。そして、お父様が巡回したコースを裸足で歩かせる時が来るのです。皆さんは今、靴を脱がずにその道を歩いて通れることを有り難く思わなければなりません。今後、そのような時が来るというのです。エルサレムを歴訪するクリスチャンを見れば、道を歩くのも注意深く歩き、別天地の天国に入って暮らし始める気分で歩くのです。それを見れば、今後、この国、韓国が、どれほど素晴らしい国になるだろうかというのです。そして、今、イスラームの巡礼者たちが、マッカ(メッカ)のようなその砂漠地帯を相次いで歴訪しています。そのようなことを見れば、それよりさらに素晴らしい韓国になるでしょう。ですから、韓国を立派にしておかなければなりません。

伝道師修練会

第一回伝道師修練会が、一九五九年一月十日から二月二十日まで開催された。それ以降も、核心的活動要員の教育のために、伝道師修練会が数回にわたって行われた。勤めている人の場合は、夜間に行われた七十日修練を経て、同等の資格を得ることができた。特に、一九六一年十一月五日から十二月十四日まで行われた第九回全国伝道師修練会において、真の父母様は、一番の問題は神様とそのみ旨を知ることであり、そのためには歴史と時代と未来を知らなければならないことを強調され、永遠に残る人、み言、行動、理念、生活、心情の指導者になることを願われた。

14 私たちがみ言を学ぶ目的、人格を練磨する目的、心情を備える目的は、神様の心情を知ってサタンを打ち破り、サタン側にいる人を奪い返してくる人になるためです。そうしてこそ、サタンに対して勝利したという勝利の栄光を享受できるのです。悔しさを抱き、悲しみを抱き、恨を抱いて、間違いなく勝利しようという皆さんにして、怨讐を退治する時まで、総団結して闘い抜ける天の兵士にしようというのです。

15 自分が困難な環境に置かれているとしても、その環境を批判してはいけません。すべての環境と条件を消化する立場にならなければなりません。皆さんはそのようにしようと誓って進み出た身なので、不平を言ってはいけないというのです。自分自身だけを考えてはいけないことを知って、公的な立場を取って進まなければなりません。皆さんは、天地を身代わりし、全体のみ旨を身代わりした宇宙史的な立場です。ですから、責任をもつ立場で覚悟と誓約をしなければなりません。伝道師の修練を受けたあとは、指導者の立場に立って進まなければなりません。

16 修練生の皆さんは、この上なく悲しい立場にいる自分たちであることを発見しなければなりません。これを切実に感じなければなりません。そのような悲しい「私」であり、問題解決の焦点になる私だというのです。恨めしい歴史の子孫になったので、代わりに神様の恨に責任をもって解かなければなりません。裁きの場に行って、嘆かれる神様を慰労してさしあげながら、「この罪悪に染まった民族を裁かないでください」と言える心情がなければなりません。「私たちは、忠臣であり、孝子ですから、私たちを御覧になって、私たちと共にいる人たちを赦してください!」と言うことができてこそ、新しい時代に残る人になるのです。無念な神様を慰めてさしあげようとするので、無念な立場に立たなければならず、悲しい神様を慰めてさしあげようとするので、悲しい立場に立たなければなりません。「無限に嘆かれる神様をお迎えに行きましょう。無限に悲しまれる神様を慰めてさしあげに行きましょう。無限に悔しさをもたれる神様の恨を解いてさしあげに行きましょう」と言う息子、娘が現れてこそ、罪悪の歴史が終わるのです。サタンに対しては憤慨心をもっても、世界や人類のためには祈ってあげることができなければなりません。

17 神様は、第一線から息子、娘を訪ねてこられます。端から訪ねて上がってこられるのです。神様は、天民思想をもっている信仰者を必要とされます。皆さんは民族の底から歩まなければなりません。この世界をはっきりと見つめてください。世界情勢は、天の動きとともに回っていくので、皆さんは信念をもたなければなりません。お父様は、皆さんを最後の勝利者にするために、三年を期限としてこの道を開拓しているのであり、皆さんを修練させるのです。

18 私たちに悲しみがあるとしても、神様の悲しみを知る私たちは、それを嘆くのをやめましょう。民族の前に進み出て、「あなたたちのすべての悲しみを私たちに告げなさい」と言いながら、彼らの悲しみに責任をもち、死と犠牲と忍耐で防ぎ止めようと進み出る群れがいるとすれば、その群れは神様のみ旨を身代わりした生きる実体として、この地上の善と悪を審判できる主人になります。神様はどの民族、どの教派からそのような群れが現れるかと、六千年間、待ち望んでこられました。私たち以上に苦痛を受け、私たち以上に死の峠を越え、私たち以上に哀痛な曲折の心情を抱き、安息の基盤を探し出せないまま、苦しみながら訪ねてこられたのです。私たちは、このような父の姿を理解してさしあげなければなりません。父のこのような姿を知り、父が歴史路程において苦労されたのも「私」のゆえであり、この時代において摂理のみ旨のために苦労されるのも私のゆえであり、未来の希望のために苦労されるのも私のゆえなので、私のために苦労される父のみ前に孝子になるべき定めがあることを知らなければなりません。これに対して「万民に代わって責任をもとう」と言って立ち上がれる人たちだけが、新しい時代の役軍になるのであり、新しい時代の天の仕事を引き受けて処理できる人になるのです。

19 伝道師修練会を終えた皆さんは、韓国の各地に出発しなければなりません。国を思って憂える人は愛国者であり、神様を思って憂える人は神様の息子、娘です。国のために働く人は、国の将来のために心配する子女を生むのです。世界的に見るときにも、このような民族と国民をもった国は滅びませんでした。そのような人々だけが、古い歴史を正すことができます。皆さんは、神様の心情と願いと事情に一致する人にならなければなりません。自分の体と心の生活のことを心配しないでください。まず、訪ねていく村のことを心配してください。そこにも、神様の願いと事情と心情があります。皆さんの憂いは、罪悪の息子、娘たちを神様の息子、娘にするためのものでなければなりません。今日、個人、社会、民族、国家、世界を、神様が憂えていらっしゃることを忘れてはいけないのです。お父様は、四十年の生涯において、これを一時も忘れたことがありません。

全国巡回原理大講演会

一九六三年九月十六日から十月十三日までの四週間、秋季全国特別復興会が、三年の伝道期間を終結し、再出発の土台準備のため、千四百二十カ所で開催された。復興会は全国の八つの地区を四つずつ、南と北のチームに分けて進められた。九月十六日から二十二日までは、北の京畿(キョンギ)地区三百カ所と南の慶北(キョンブク)地区二百五十カ所で開かれるなど、十月十三日まで該当地区を中心として、復興会が集中的に実施された。真の父母様は、韓国が「統一原理」を中心に新たに生まれなければならないことを明らかにされ、韓国を、万邦にその名をとどろかせる世界摂理の中心国家にするため、倒れることがあっても三千万の民族を抱き、走らなければならないと督励された。特に、真の父母様の特別な関心の中で、大邱(テグ)原理大講演会が十二月五日から十一日までの七日間開かれるなど、数回にわたって集中的に開催された。

20 一九六三年九月から二十八日間、私たちは、南と北のチームに分かれ、全国的に特別復興会を開催したのですが、この国はいつ定着するのでしょうか。天が立てようとする理念が定着したあとにこそ、可能なのです。それまでは定着できません。天理がそのようになっています。神様が定着するまでは、この国も定着できません。神様のみ旨がこの民族の前にあるので、この民族の精神を指導している数多くの宗教が、神様のみ旨の前に定着できないとすれば、この民族も定着できないのです。

21 一九六四年四月、大邱で原理大講演会が成功裏に開催されました。神様が私たちと共にいらっしゃるので、勇気を出して闘わなければなりません。天地が変わっても、「私は不変だ」という信念をもたなければなりません。歴史と天と地にしみ渡ったアベルの恨を私の体で蕩減し、天の歴史を創造しようという信念に燃えなければなりません。神様の恨を解いてさしあげ、イエス様に代わってみ旨を成し遂げてさしあげようという信念に満ちていなければなりません。天と地はすべて神様のものであると同時に、私たちのものです。大勢が変わり、今や誰も私たちを迫害できなくなりました。山奥で飢えて苦しむ民の悲惨さは、正に過去の神様の立場と同じです。かわいそうな民を見るとき、手を握って痛哭しなければなりません。神様の子女になるべき彼らが、怨讐の前に抑えつけられているので、その悲惨さを見て、痛哭しなければならないというのです。皆さんは、飢えても落胆せず、彼らのために痛哭する忠臣にならなければなりません。神様と父母様の心情に代わって痛哭できる子女が、真の子女です。きょうの飢えと悲惨さは、未来の栄光と喜びになるでしょう。皆さんは、民族と国民を愛さなければなりません。父母様が生涯、天に対して抱いた不変の心を皆さんが手本とし、疲れることなく、青春(を謳歌できないこと)を嘆かずに、不変の心で血と汗と涙を流さなければなりません。

22 夏季四十日伝道期間に、できる限り全体が動員されなければなりません。時を逃さずに参加して、責任をもった立場で任された天の精兵の目的を達成してくれることを願います。父母様は、一九六四年に入ってから、三千里半島を歩き回りたいという思いが切実です。今が、そのような時なのです。ですから、去る四月に原理大講演会をして、地域長たちを再び配置しておきました。どのようにして一九六五年の一年間を闘い抜く準備をするかという問題のために、父母様はとても心配しています。今回も、二千人以上を動員するでしょう。この民族を生かそうというのです。

23 私たちは、民族と人類のために、天のみ前に忠孝の標本にならなければなりません。そのためには、歴史的な恨を解怨するために、私たちの生活が天を中心とした目的と観に一致しなければなりません。原理大講演会は、短い期間でしたが、勝利しました。カイン的な世界をアベルが屈服させるように、キリスト教を屈服させ、宇宙史的な勝利の神様にしてさしあげなければなりません。カインがアベルに屈服すれば、天使が本然の位置に復帰するようになり、創造本然のみ旨が成就されます。統一教会の信徒たちはキリスト教を屈服させ、み旨を成し遂げなければなりません。

24 神様が共にいる所は、最も困難な場です。私たちの若さを、神様のみ前に忠誠をもって捧げなければなりません。孝子になろうとすれば、若い時になりなさいというのです。お父様が神様をつかんで祈った心情で、皆さんも民族のために忠誠と孝行を尽くさなければなりません。これから入教する人は、困難な立場で忠誠を尽くした皆さんとは違います。お父様が青春の時、神様のみ前にすべてのものを捧げたので、皆さんも若い頃から神様のみ前にそのようにしなければなりません。お父様が今まで大邱でこのような原理大講演会ができなかったのは、時になっていなかったからです。今や大邱は、原理大講演会を通して霊的に一段落したので、皆さんは地方に帰ってキリスト教のために苦労することにより、彼らを自然屈伏させなければなりません。キリスト教は、霊肉共にカインです。数千年の土台を築いたキリスト教なので、皆さんはヤコブがエサウを自然屈伏させたその知恵で、屈服させなければなりません。

25 統一教会全体が一つになって、父母様の代わりに責任をもち、家庭を保護して、この民族と国家を統一の理念を中心として心情的に抱き、理念的にその位置を立てていかなければなりません。皆さんに天のみ前に責任を果たさせ、父母様が天と向き合ったその基準を、皆さんが動くことで延長させ、持続させようとするので、全体を動員することを皆さんに命令しました。ですから、一九六四年十月一日から実施する全国巡回原理大講演会の期間は、皆さんが責任を果たすことができ、天のみ前に今まで果たせなかった民族的な使命を、何らかの条件を立てて進められる一時だというのです。事実、私は、この三千里全土の数多くの教主たちと群衆の前で叫び、数多くの群衆を教育して三千里半島を動かし、三千万の民族の運命を解決したいという思いが強くありますが、一つの体ではそのようにできないので、皆さんがお父様の四十代の年齢を代表した者として、叫びながら天の使命を担えなかった恨を解かなければなりません。ですから、皆さんは今回の原理大講演会の六カ月の期間を中心として、蕩減的な条件を立てておき、至誠を尽くす生活をしなければならないのです。

26 一九六七年まで二十一年間、お父様が苦労したのは、ある一面では対社会活動ができる場を整えるために苦労したのだとみなすこともできます。その方法以外には道がありませんでした。そのように闘って収めた内容が公認されるとき、すなわち三千万の民族が認めるとき、その背後に非常に大きな内容があることを知るようになるでしょう。その時から、神様は実際に歴史を動かすようになるでしょう。ですから、お父様は統一教会員たちを苦労させているのです。このように導いてきた結果は、社会を中心として収められるでしょう。このことをしようとすれば、単純な社会人では駄目で、必ず核心要員が必要です。その補給路は、早くから神様が用意しておかれました。このような準備を通して、私たちは外的な基準を定め、内的な基準を備えなければなりません。今や、ある教会がいくら反対するとしても、彼らの思いどおりにはいかないでしょう。これからは続けて復興会を開き、彼らが統一教会を誤解していたと悟るようにしなければなりません。そうして、この社会に天的な絆を結ぶ環境を広げるのです。

第四節 祝福家庭の総動員活動

祝福家庭婦人三年総動員の意義

三十六家庭から七百七十七家庭までの祝福家庭の婦人が、一九七〇年十二月一日から三年間、総動員され、全国百二十カ所に十人ずつ、千二百人が配置された。真の父母様は、家庭を破綻させたのがエバだったため、女性を第一線に立てるのであり、妻が国のために苦労する際に、夫も息子、娘と共に愛国の伝統を立ててこそ、復帰された家庭として立つことができると強調された。また、特に祝福家庭の婦人に対しては、北朝鮮が再び南侵する危険性があるため、臨津江(イムヂンガン)が凍らないよう、任地で特別に祈りの精誠を捧げることを願われた。それ以降、千八百家庭と六千家庭、六千五百家庭、三万家庭など、すべての祝福家庭の婦人にも、このような伝統が継承された。

1 お父様が蕩減路程の道を出発する時は、家庭を犠牲にして出発しました。お父様が北朝鮮に向かって出発したのとは反対に、皆さんは女性の立場で、韓国のために家を離れなければなりませんでした。北朝鮮のサタン世界に向かっては男性が出発し、韓国のカインに向かっては相対的に女性が出発したのです。イエス様の願いは、三年の公生涯路程の中で、家庭的な土台を準備することでした。イエス様が後のアダムだとすれば、この後のアダムの前に、後のエバの基盤が形成されなければなりませんでした。そのようにして、後のエバが志をもって歴史的なイエス様に侍ってさしあげなければならなかったのですが、そのようにできませんでした。その三年の期間を蕩減する期間が、祝福家庭婦人たちの三年総動員伝道期間です。祝福家庭の婦人たちを三年間、動員した理由がここにあるのです。

2 一九七〇年十二月一日から、祝福家庭の婦人たちが動員される理由はどこにあるのでしょうか。イエス様は三年路程を歩みましたが、女性によってみ旨を成就できず、民族を失い、国家を失ってしまいました。ですから、祝福家庭の婦人たちは、イエス様の三年の公生涯路程の恨を解いてさしあげるために、三年路程を歩みながら、イエス様が失った民族と国家を取り戻し、世界まで取り戻してさしあげる基盤を準備しておかなければなりません。そのようにしてこそ、イエス様が願い、待ち望んできた新婦の基準を決定できる立場に立つのです。そのようになってこそ、自由奔放な位置で解放を謳歌することができ、天を中心とした平面的な基準の前に、新しい家庭を出発できるのです。これが原理的です。ですから、一九七二年までの三年間、開拓の道を行かなければなりません。今は、お父様が北朝鮮で監獄生活をしていた三年と同じ期間です。お父様は監獄生活をしましたが、皆さんは監獄生活ではありません。皆さんは自由な韓国の地で、お父様が北朝鮮の地で監獄生活をしていたのと同じ道を行くのです。この期間は、天が祝福できるキリスト教、(特に)キリスト教の女性たちがお父様に侍らなかったために、お父様が受難の路程を行かなければならなかったことを、すべて再び解いて越えていける重要な時期です。これを知って、み旨を中心として国のために、あらゆる忠誠を尽くさなければなりません。

3 世界を復帰するためには、家庭より氏族をもっと愛し、氏族より民族をもっと愛し、民族より世界をもっと愛さなければなりません。ですから、世界復帰のために急がなければなりません。それゆえ、七百七十七双の祝福が終われば、一九七二年までの三年間、女性たちを全員動員しなければなりません。なぜ動員するのでしょうか。今まで皆さんは、個人的蕩減時代を経てきました。皆さんが個人的蕩減時代を経てくるとき、父母様は家庭的蕩減時代を既に経てきました。家庭的蕩減時代を経たので、「神の日」、「万物の日」、「子女の日」、「父母の日」が現れたのです。しかし、皆さんはまだ、そのような基準を備えることができていないので動員するのです。

4 一九六〇年代までは、個人が勝利を誓う時でしたが、一九七〇年代に入ってからは、家庭が十字架を背負うべき時です。一九六〇年から一九六七年までは、すなわち「神の日」を制定する時までは、お父様自身が家庭の十字架を背負う時でした。家庭の諸般の要因を蕩減し、越えていかなければならなかったのです。そうして、三年が過ぎ、一九七〇年を迎え、第二次七年路程の三年を越えるときには、家庭的勝利の基盤を備えなければならないのですが、これを備えることができていないので、必然的に再び祝福家庭の皆さんが、十字架の道を行かなければならないというのです。それで、一九七〇年十二月一日から、七百七十七双の祝福を受けた家庭の婦人たちに、「総動員せよ」と通告するのです。これだけでなく、その人たちを中心として、祝福家庭全体を動員するのです。

5 復帰摂理のみ旨は、家庭を中心とした摂理の拠点として、家庭基盤をいつの時代も築いてくるのです。個人が中心ではなく家庭が中心です。個人は、家庭を求めて縦的な蕩減の過程を経ていくために必要なものです。ですから、私たちは、家庭を中心として、縦的な出発をしなければなりません。この縦的な出発を破壊したのが、女性であるエバだったので、女性を立たせるのは原理的に妥当な見解です。それで、「一九七〇年十二月一日から三年間、祝福家庭の婦人たちを総動員しなさい」と言ったのです。このようにして、息子、娘が母を訪ねていき、夫が妻を訪ねていってこそ、復帰されるのです。その妻が、国のために苦労するので、夫も国を愛するのであり、このような息子、娘と国を愛する思想を蕩減の過程で立ててこそ、復帰された家庭として新たに収拾され得るのです。

6 個人は、国のために生き、世界のために生きる道を模索していかなければなりません。その次には、家庭がその道を模索していかなければなりません。ですから、「祝福家庭から出発しなさい」と言ったのです。家庭が国を愛する道を行かなければなりません。夫だけが国を愛してはいけません。妻も子女たちも愛したという条件を立てていかなければなりません。これが、四位基台が備えるべき条件です。いつ家庭が神様を愛し、国を愛してみましたか。愛することができなかったので、四位基台的な愛の一つの起源を準備するために、統一教会は仕方なく、統一運勢の時代が目前に迫るこの時に、祝福家庭の婦人全体を動員しているのです。

7 皆さんたち祝福家庭の婦人が総動員され、地方に出ていけば、どのようなことが起きるでしょうか。夫と息子、娘を残して出ていくことによって、皆さんの家庭の四位基台は、母親を中心に分かれるのです。ですから、皆さんの息子、娘は母親を慕うようになります。また父親は、妻が地方に出掛けて活動することを中心として、息子、娘を教育するようになります。「今、あなたの母親は、国と天のみ旨のために出ていって闘っている」と言いながら、子女たちが改めて母親を尊重する方向に教育できるのです。それこそ、母親を中心として、母子一致の基準を決定できる良い機会です。それだけでなく、夫婦が互いに協助して完成できる良い機会でもあります。言い換えれば、家庭の四位基台が一時に協助し、目的を完成できる機会だというのです。そのような機会は、この期間しかありません。神様は六千年間、母子協助の基盤のために苦労してきましたが、ここでは、母子協助の完成はもちろんのこと、夫婦協助の完成までして、四位基台完成の協助基盤を決定することができるというのです。

8 一九七〇年十二月一日から、祝福家庭の婦人たちは総動員されなければなりません。男性たちが、「今回は、妻たちだけが動員されるので私とは関係ない」と考えるとすれば、妻とは何の関係もない人になります。

誰々の妻を動員し、誰々の母親を動員するというのは、家庭を代表して動員するということです。家庭を代表するだけでなく、教会を代表して動員するのです。ひいては、大韓民国が責任を果たせずにいるので、大韓民国を代表して動員するのです。大韓民国だけでなく、世界を代表して動員するのです。世界だけでなく、霊界の霊人たちと数多くの先祖たちを代表して動員するというのです。ですから、今回の動員にやり甲斐を感じなければなりません。

9 家庭を第一線に立たせるときは、夫よりも妻を立たせなければなりません。初めに堕落したのは、アダムではなくエバです。エバが天使長と非原理的に一つになることによって、神様と一つになれる道を壊してしまい、神様の子女になれる道も壊してしまい、アダムと永遠の理想的な夫婦になれる道も壊してしまいました。また、神の国と世界まで、完全に破綻させてしまいました。この張本人がエバです。エバがこのような結果をもたらしたので、今日、統一教会の祝福家庭の婦人たちが、サタン世界の家庭を復帰するために第一線に進み出るようになったのです。これは、エバが天使長と堕落する前の段階の立場を再現し、家庭を代表してその立場に立ったのと同じです。祝福家庭の婦人、千二百人を百二十カ所に派遣したのは、全体の数を代表して派遣したのです。派遣された所は大韓民国の地ですが、大韓民国という限定された地ではなく、世界全体の国家を象徴的に代表する地だというのです。

10 女性たちの開拓路程にも、蘇生、長成、完成の三段階の路程があります。それは、なぜでしょうか。神様は、今まで六千年間、復帰摂理をしてくるとき、男性を中心として三度行ってきました。それは、女性を解放するためのものでした。このように、縦的な面で男性たちが蕩減してきたので、女性たちは横的な面で先頭に立って蕩減しなければなりません。縦的な蕩減を横的にしなければならないというのです。このように、三次の路程を通して個人を復帰し、家庭を復帰し、氏族、民族、国家を復帰しなければならないのが神様の摂理です。ですから、国家復帰の路程までは、女性たちが三次の開拓路程を経ていかなければ、蕩減原則の路程が完結されません。

11 いくら困難な道があるとしても、いつでも一つになり、祝福家庭婦人の三年動員期間を越えていかなければなりません。一九七〇年代を目指していくこの時に、願った基盤が一九七〇年から一九七二年までの三年の期間にできれば、韓国は心配することがなくなります。今は、韓国に協助してくれる方も神様だけであり、信じる方も神様しかいません。北朝鮮は、武力で大韓民国を南侵できる万全の準備を整えており、さらには中国とソ連が背後で加担しています。このような共産圏を東北部において迎えているのが、大韓民国の実情です。ここにおいて、日本は今、中国と手を結んで進む立場にあります。これを見るとき、大韓民国の進む道は、前後が塞がっています。このように、周辺国家によって包囲された状況の中に大韓民国がいることを理解すれば、大韓民国の国民として安逸な生活を送ることはできないというのは、言うまでもないことです。

12 イエス様は、三年の公生涯路程を行きました。その三年の公生涯路程の目的とは何でしょうか。何を求めるためのものなのでしょうか。エバを探し求めるためのもの、すなわち家庭を探し求めるためのものです。家庭を探し出して氏族を求めるためのものであり、氏族を探し出して教会を求めるためのものであり、教会を探し出して国を求めるためのものです。これが、イエス様が三年の公生涯路程で願った最高の望みでした。その望みの限界点が(これから)、選別されるのではなく、選別された基盤の上に立てる時代圏内に入ってきたのですが、その時が一九七一年だというのです。ところが、ここで問題になるのは、祝福を受けた家庭が、真の父母様の家庭を中心として、完全に一つになっているかということです。サタンが讒訴する立場ではなく、完全に団結して、真の父母様の家庭と一つになっているかが問題です。完全に一つになって、国境線を越えなければなりません。サタンと闘って、最後の境界線を突破しなければならないのです。

祝福家庭の婦人たちの活動方針

祝福家庭の婦人は、くじ引きで任地を決定し、三十六家庭、七十二家庭などの先輩たちが班長になって活動を開始した。真の父母様は、『本来は一人で任地に向かわなければならないが、世の中の環境には危険があるため、十人で一つの班を編成し、配置することになった」と語られた。また、イエス様の十二弟子が分裂した立場を蕩減し、族長編成の基盤を代わりに完結するため、すべての婦人は自分の生活習慣を捨てて、一つにならなければならないことを強調された。韓国の国民が「統一教会員と一つにならなければ、韓国は生きることができない」と認めた勝利基盤の上で、真の父母様はアメリカを中心として、世界に進出されたのである。

13 愛する夫と子女を犠牲にし、み旨の道に従って国と世界のために行こうという家庭は、神様のみ前に残るのです。このように、夫をあとにし、子女をあとにして、か弱い女性が国のために生き、世界のために先頭に立って進んでいく歩みの前に、神様が共にいらっしゃることは間違いありません。父母様は、祝福家庭婦人の動員を断行しながら、内心で少しの呵責も受けませんでした。私自身が安楽な生活をしようというのではないからです。その人たちを立てて、父母様が利益を得ようというのでもありません。利益があるとすれば、私の利益ではなく、国の利益として、世界の利益として、歴史の利益として、人類の利益として、神様の喜びとして残そうというのです。それが私たちの願いであり、それが私たちの行くべき頂上の標準です。ですから、そのようにできる喜びが、統一教会内の喜びとしてだけでなく、民族と国と世界の喜びとして残り、仰ぎ見る対象、記憶の対象にならなければなりません。そのためには、このような道しかないので、父母様がこのようなことを断行するようになったというのです。

14 祝福家庭の婦人たちが動員され、第一線に出ていくときには、乳飲み子を連れていってはいけないと、特別命令を下しました。乳飲み子を預けておく父母がいなければ、遠い姻戚に預けて出掛けなさいというのです。

そのようにすれば、統一教会が悪く言われることを私は知っています。「結婚するやいなや、どうして三年間、家を留守にするのだ」と言いながら、父母や親戚たちが批判するようになっているというのです。乳飲み子をもった母親たちは、乳飲み子を実家の父母に預け、父母がいなければ、おじの家に預け、そうでなければ嫁ぎ先の家に連れていって預けて、任地に行きなさいというのです。そのようになれば、否が応でも引き受けてくれるのです。そのまま放っておいて見殺しにすることはできません。そのように、その乳飲み子を育ててあげることによって、彼らが恵沢を受けるようになります。家庭が滅びるしかないのですが、福を受けさせるためには、無理やりにでも連れていって預けなさいというのです。批判はすべて浴びてあげるというのです。そのようにすれば、批判しながらも乳飲み子に関心をもつようになります。批判しても幼い乳飲み子に情が湧き、自分たちが言い過ぎたと思うのです。その次には、親戚と一族が関心をもつようになり、国家が関心をもつようになります。また世界も、「女性がどのようにして世界を救うのか」と言って、関心をもつようになります。ひいては天宙、全被造万物と天使世界が関心をもつようになるのです。歴史始まって以来、初めてのことを統一教会で行うのです。

15 お父様が、一九七〇年十一月一日から水澤里(ステンニ)で行っている祝福家庭婦人動員修練会に行くと、ある人が来て、「子供たちをすべて家に置いて動員に応じなさいというのですが、どのようにすべきでしょうか」と尋ねました。それで、「どのようにしなければならないかは、あなたたちが分かるだろう」と答えました。どのようにすべきかは、皆さんがもっとよく知っているというのです。その道は、私が行く道ではありません。私が行くべき道は、既にすべて通過しました。私が行く道にも患難時代があり、波風がありましたが、すべて通り過ぎたというのです。今や皆さんが種になって、春の季節を迎えて植えられなければなりません。実になるためには、その環境をすべて整理しなければならないのです。葉が落ちて枝ばかりが残った木に付いている一つの実は、つまらないものではありません。つまらないものがくっついているのではないのです。純粋なものを植えなければなりません。家庭であれば家庭において、一番貴重なものを抜き取って植えなければなりません。家庭で一番貴重なのは、父親でもなく、息子、娘でもなく、母親です。ですから、母親たちを動員したのです。

16 一九七〇年に、全国にいる統一教会の祝福家庭の婦人たちを動員しました。祝福家庭の婦人たちに「この国が悲運の運命を迎え、非常事態が差し迫っているので、この民族が生きるためには、家庭と子女を犠牲にしてでも、国を守護できる道を行かなければならない」と主張し、三年間、子女たちを預けさせ、乞食の姿ですべて送り出したのです。そうして、批判する親戚の家に、「この子は私たちの息子ですが、私が三年間、行ってこなければならないので、少し面倒を見てください」と言うなど、ありとあらゆる悲劇的な背後を残して行脚の路程を出発し、闘ってきたのです。統一教会を悪く言う人々にも、「統一教会は悪いが、三千万が統一教会の人のようになれば、この国、この民族は滅びないだろう」と言える思想を植えてあげなければなりません。流れていく歴史と、行く当てもない天地において、歓迎を受けられない姿で排斥される立場に立ち、それが歴史的なその何かとして残ることを願いながら命令するお父様も、かわいそうな男なのです。

17 一九七〇年代は、外的に活動をするとしても、ごく少数の人に限って活動させるのではなく、食口全体を動員して活動させ、最後の限界線を越えておかなければなりません。ですから、一九七〇年十二月一日から三年間、祝福を受けた婦人たちが総動員されました。さらに、この期間は、今まで精誠を尽くして努力してきたすべてのものを投入し、最後の限界線を越えられるか(どうか)、その勝敗を決定する重要な期間だと見ています。ですから、婦人たちが十人一組に編成され、百二十カ所の伝道任地に出動することになります。各地区本部から地域本部、区域本部にまで出動し、一九七二年までには、私たちの教会の内的な精鋭食口を十二万人以上、確保しなければなりません。現在いる食口たちが一カ月に一人ずつ伝道するようになれば、今より倍以上の数を実質的に確保するだろうと考えています。

18 祝福家庭の婦人たちが動員されるのですが、幸いなことは。一人だけで行くのではないという点です。本来は一人で行かなければならなこですが、世の中があまりにも険悪なので、皆さんの同志である姉妹たちと一緒に行くのです。ですから、ここにおいては環境に侵犯される条件が完全になくなります。ひたすらみ旨だけのために協助できる互いの基台が形成されるというのです。もし、自分本位に過ごして互いに争いが起きたり、何かの問題が起きたりすれば、それは大きな問題になります。班員たちの間で問題が起きれば、全体の責任は、班長が負わなければなりません。一番先頭に立って働かなければならない人が班長です。班長としてまずすべきことは、十人の班員を一つにすることです。イエス様に従った十二弟子が分裂したその立場を、今日、皆さんが蕩減しなければなりません。男性たちができなかったことを、女性たちが代わりにするのです。ですから、み旨を中心として完全に一つにならなければなりません。ここにおいて十数は、十二数に該当します。本来は一班を十二人で編成しようとしました。これは、イエス様の弟子たちが分裂した環境を女性たちが身代わりして、一体となった環境を整え、天のみ前に一つになるためのものであり、一つになれずに分裂したイスラエルの族長編成の基盤に代わり得る基盤として完結するためのものです。このような二重的な使命が皆さんにあることを知って、まず一つにならなければなりません。

19 一九七〇年に祝福家庭の婦人たちが動員されて基盤を築くことによって、父母様が国家的基準に立つようになりました。三年が過ぎてみると、状況が変わったのです。「統一教会は正に愛国団体であり、統一教会員のようにならなければ、我が国が生きることはできない」という世論が全国化したのです。大韓民国の国民より、私たちがもっと犠牲になり、キリスト教より私たちがもっと犠牲になりました。より犠牲になる人が祝福を受け、伝統の道を占有するのです。安楽に過ごそうとする人々、自分だけが豊かに暮らそうという人々は、落伍します。その活動が終わる前の一九七二年以前に、既に統一教会は愛国の団体として、国や国民の間で、「統一教会のようにならなければならない」という意見が一般化され、広まり始めました。三年以内に国家的蕩減基準を立て、反対するキリスト教と闘ってキリスト教以上の国家基準を立てたので、その基盤を中心として、父母様は海外に、世界の舞台に進出するようになりました。そのようにして、アメリカを連結したのです。

第五節 家庭教会と統(トン)・班(バン)中心の活動

家庭教会と氏族メシヤ活動

真の父母様は、一九七八年三月十五日、アメリカの州責任者会議で、家庭教会活動を強調され、四月一日から三万人の食口確保を目標に、『原理講論』と原理講義のカセットとビデオテープを配るなど、本格的に活動することを強調された。そして、一九七八年九月二十五日に帰国され、「堕落した人間が復帰できる蕩減条件が三百六十家庭教会である」と語られ、全食口に十月一日から、家庭教会活動を行うことを指示された。

十八歳以上の食口は全員参加するが、祝福家庭は家庭ごとに、その他は個人ごとに、三百六十家庭(軒)を復帰するために活動することが原則であった。こののち、氏族メシヤとなり、真の父母様が世界的に成し遂げられた勝利基盤を受け継ぐことを願われたのである。また、一九七九年は「家庭教会を通じた天国完成」、一九八〇年は「家庭教会は天国基地」、一九八一年は「家庭教会は私の天国」など、年頭標語を通してこのことを強調された。

1 一九七八年十一月十二日、きょうを期して、皆さんにメシヤの資格がある者として家庭教会の区域に出ていきなさいと命令します。これからは、そこに出掛けるのです。家庭教会をつくるまでは、帰ってこられないことを知らなければなりません。死ぬまで帰ってくることができません。霊的にも帰ってくることができないのです。

2 父母様は、世界的に反対を受けながら、世界的基盤の上に蕩減条件を立て、第三次七年路程の三年路程において、二年目を越えていく一九七六年九月十八日にワシントン大会を勝利して基盤を築き、初めて故郷に錦を飾ることになります。そうして、故郷の韓国に戻ってきて、氏族メシヤになれるという贈り物を皆さんに渡してあげるのです。今から統一教会がすべきこととは何でしょうか。この氏族メシヤ圏の三百六十家庭を伝道して、彼らが歓迎できる基盤さえできれば、自分の故郷に帰っていくようになっているので、このような圏内で世界的に統一教会を歓迎すれば、どのようになるでしょうか。この三年の期間に、その基盤を築かなければなりません。イエス様は、三年の公生涯路程においても氏族メシヤになれませんでした。世界に走っていける道は、ここしかありません。人類全体がそのような価値ある位置、父母様の犠牲的功労を相続できる時代に入ったというのです。そのように相続を受けられる条件は、父子関係の絆をもっているからです。

3 統一教会がすべきことは、家庭教会です。復帰摂理の終着点は、家庭教会です。私たちが一九五四年の協会創立以降、二十五年目に家庭教会運動まで宣布できたことは、偉大な成功です。天地がすべて祝賀する成功になるのです。父母様が苦労したのも、これをつくるためであり、イエス様が亡くなったのも、これをつくるためであり、神様が六千年間摂理されたのも、これをつくるためでした。このようにしてこそ、天国が広がります。この時に、天国の門が開かれます。そのため、イエス様がペテロを通して天国の門の鍵を地上に残していったというのです。

4 家庭教会は、天宙を縮小したものであり、世界を縮小したものです。そこにはイギリスも入り、アメリカも入り、ソ連も入り、霊界も入っています。すべて入っているのです。また、旧約時代、新約時代、成約時代がすべて入り、無宗教の人、良心的な人、宗教者がすべて入り、その次にイスラーム、仏教、キリスト教など、すべての宗教が入っています。全天宙を代表した一つの表象であり、その縮小体が家庭教会です。誰がそのようにしておいたのでしょうか。自然になったのではありません。父母様が、サタン世界のエッセンスをすべて集約させておきました。そこでために生きることは、皆さんの家庭から氏族、民族、国家、世界、天宙においてまでために生きる条件になり、そこで犠牲になり奉仕することは、全世界のために一生の間、犠牲になり奉仕したことに代わり得る条件になるのです。皆さん夫婦が、この過程を経ていかなければなりません。

5 父母様を中心として、完全に一つになった立場で結束したという条件基盤を皆さんに伝授してあげたのが家庭教会です。家庭教会は蕩減条件ですが、この蕩減条件のことを皆さんは知りません。個人の責任分担においてサタンが侵犯することにより、家庭の責任分担に拡大されました。個人の責任分担で終わるはずのものが、堕落することによって家庭の責任分担に拡大され、氏族の責任分担、民族の責任分担、国家の責任分担、世界の責任分担、天宙の責任分担に拡大されました。地獄世界にまで拡大されてしまったというのです。このような責任分担圏が残っています。これを越えていく道がありませんでした。しかし、お父様が来て、今まで四十年の期間にこれをすべて越えていける条件を立てました。皆さんには、五パーセントの責任が残っています。この道を行かなければなりません。この道を完成するためには、家庭教会の三百六十家庭を中心として、一つにならなければなりません。讒訴を受けずに、どこの家でも歓迎される立場に立ちなさいというのです。そのようになれば、父母様が今まで築いておいたすべての歴史的勝利の蕩減条件を伝授してあげるのです。

6 家庭教会とは、世界的な勝利の全体版図を最小単位に縮小した、一つの祭壇です。三百六十家庭は、世界の三百六十の一門にもなるのです。三百六十は、縦的な時間を意味し、横的な空間を意味します。そして、三百六十は、世界を代表したカイン圏です。皆さんの前に、世界を代表する長子の立場のカイン世界が残っています。天国になるにはアベル、弟として、兄を屈服させなければなりません。ですから、長子復帰をしなければ、父母様を迎えることができません。アダムとエバが堕落することにより、カインが長子の立場で生まれたので、これを解消するためには、次子の立場で世界を代表した長子圏を屈服させなければなりません。一度に屈服させなければならないのです。皆さんは、お父様が世界的条件を中心として勝利した基盤の上にいるので、その心情を受け継がなければなりません。家庭教会は、歴史時代に、神様のみ前において、長子復帰の世界史的なすべてのものを一時に蕩減することができる祭壇です。

7 家庭教会の三百六十家庭は、世界的な蕩減条件を築いたものに連結して、世界を代表した一つの中心型として現れたものです。ここで勝利すれば、自分の氏族は世界的氏族圏に登場し、同じ価値の位置で蕩減するようになります。そうして、初めて彼らを一つにして蕩減し、父母の位置に登場するのですが、メシヤの資格を備えて、氏族メシヤ、すなわち自らは新郎の位置に立って新婦を迎えることにより、氏族的真の父母になるのです。

8 家庭教会は氏族基盤です。イエス様の当時、ヨセフ家庭とザカリヤ家庭が一つになれなかったので、それを蕩減復帰しなければなりません。それがすべて残っています。イエス様は家庭をもつことができませんでした。ですから、皆さんが家庭をもたなければならないのですが、そのためには氏族基盤をもたなければなりません。氏族基盤がなければ家庭をもてないのです。皆さんの家庭がその中心に立たなければなりません。氏族的な基盤があってこそ、家庭が救われます。皆さんが家庭をもとうとすれば、家庭教会をしなければなりません。家庭教会運動をすれば、イエス様ができなかったことを蕩減できるというのです。それは、洗礼ヨハネの家庭やヨセフ家庭と同じです。イエス様は、洗礼ヨハネとヨセフ家庭が一つにならず、家庭をもてなかったので十字架に打ち付けられました。私たちは、それを蕩減しなければなりません。家庭をもとうとすれば、そこからしなければならないのです。ですから、家庭教会がどれほど重要かを知らなければなりません。家庭教会さえ完成すれば、自動的に世界国家になります。一つの世界になっていくのです。

9 今は世界的な時です。父母様が、「百二十人を伝道しなさい」と言って祝福家庭の婦人たちを動員した年が一九七〇年でした。その時は国家的な時でしたが、今は世界的な時です。イエス様を中心とした国家的な時を蕩減復帰して解放されたので、迫害がない所で、世界的な基準を中心として氏族メシヤになるのです。氏族メシヤとは何でしょうか。皆さんが家庭教会をつくって使命をすべて果たせば、氏族メシヤになります。ですから、自分の信仰の息子、娘たちを連れてきて、教育しなければなりません。親族です。霊的な信仰の息子、娘たちを中心として一つになり、氏族的なメシヤ圏を復帰することによって、霊界の他の一族も後援するのです。そのようになれば、連合的な戦線ができ上がります。

10 三百六十家庭教会をなぜするのでしょうか。三十六は十二数の三倍です。十二数は天理の度数です。これは、霊界の十二の真珠門のことを意味します。三十六家庭の数と同じです。また、旧約時代、新約時代、成約時代の三段階の運勢を連結させることができます。それは、天道を解くために出てきたのです。三百六十日の一日というのは、永遠を代表する一日です。皆さんがそのような観点で一日一日、家庭教会を訪ねていくことは、歴史時代の数多くの日を、神様のみ前に勝利の日として立てるための活動なのです。三百六十家庭は、人類が天の国を建てられず、勝利の日を立てられなかったことを取り戻すためのものです。言い換えれば、三百六十家庭は、三百六十日を神様のみ前に立てるためのものであり、天の国を人類と共有するようにするためのものです。ですから、三百六十家庭が必要なのです。

11 アダムとエバが堕落することによって、神様を地球上から追放してしまいました。皆さんが三百六十家庭をもつことによって、その三百六十家庭に神様を顕現させることができるのです。その次に、アダムとエバが堕落することによって追放してしまった天使世界が、地球上に顕現できる基盤になります。また、堕落することによって万物を失ってしまいました。三百六十家庭は地球星と同じであり、失われた宇宙の象徴なので、万物がその中にすべてあるのです。その次に、世界人類を失ってしまいました。三百六十家庭は、世界の三百六十氏族のような全体を表象的に象徴した代表数なので、そこには万民を代表する数の人がいます。それすべて復活させなければなりません。復活させて、神様のみ前にお返しすることによって、皆さんは、過去の歴史において、堕落した私たちの先祖たちが失敗したすべてのことを復帰するのです。神様の顕現、天使世界の顕現とともに、万物の復帰、人間の復帰をして、この世界から地上天国化するのです。

12 なぜ家庭教会をしなければならないのでしょうか。長子復帰をしなければならないからです。長子を復帰してこそ、父母が復帰されるのです。

今、復帰歴史は、アベル、次子として長子復帰の路程に向かっていく途中です。世界的カイン、長子を屈服させて、復帰できる基盤が家庭教会です。ですから、カイン圏の長子復帰圏基盤とアベル圏の長子復帰圏基盤が一つになれば、氏族メシヤ圏の使命が終わり、氏族的真の父母の位置に登場するようになります。そうして、真の父母を中心とした氏族自体が、天国に入れるのです。皆さんの中で、一九八一年まで三年間、三百六十家庭圏で絶対服従した人は、努力しなくてもそのまま天国に入っていける恵沢を受けます。これは恵み多い事実です。今や、ようやく統一教会時代に入ってきて、長子カインが次子アベルを打った歴史から、アベルが長子の位置に立ち、カインを屈服させられる時を迎えるようになりました。これからは統一教会に反対すれば、即座に被害を受けるようになるのです。即座に裁かれます。そうして、これが世界的な版図に展開されるでしょう。

13 神様は、今までメシヤを送り、人類を救おうとしました。神様が人類をどれほど救いたかったでしょうか。父母様の時代になって家庭教会をつくったという事実は、天の勝利となり、摂理の終局であり、すべての歴史の終局であり、サタン世界の終局であり、天国の始発点になるというのです。ですから、皆さんは、父母様の伝統を受け継がなければなりません。

14 統一教会が主張してきたのは、伝統を受け継がなければならないということです。神様の復帰摂理における心情の伝統を受け継がなければなりません。その次には、父母様がこの伝統を立てるために歩んできた一生のあらゆる心情を、皆さんが引き継がなければなりません。これを引き継げる一つの基盤が家庭教会であり、その運動が家庭教会運動です。家庭教会をもたなければ、天の国に行く時、父母様に付いていくことができません。これから家庭教会が、全世界的に二十四万になれば、全人類に対して配置するのです。そのようになれば、教会は完全になくなります。韓国人は、これから家庭教会の配置を受けることができる恵沢圏内にいます。いまだに世界の至る所で家庭教会が配置されていないため、民族大移動をしなければなりません。家庭教会の配置を受けるために、全世界に大移動する時代に入るというのです。

15 これから皆さんは、家庭的に愛をもってサタン世界を攻撃するのです。家庭をもって、腐敗したサタン世界を攻撃するのです。すべて壊してしまわなければなりません。そのような時が来ました。ですから、皆さんに対して、「一気に家庭を動かすことができ、氏族を動かすことができ、民族を動かすことができる家庭教会運動をしなさい」と言ったのです。これさえ終わらせ、これさえできれば、世界を引っ張ってくることができます。「これさえ成し遂げれば、私が天国を築くことができる」と言える時が来たというのです。

16 お父様が今まで四十年間闘ってきたすべてのものを総合して、決算できる場が家庭教会です。家庭教会第一主義時代です。家庭教会は今後、何にならなければならないのでしょうか。皆さん自身の家庭教会が、氏族教会にならなければなりません。家庭教会ではなく、今や氏族教会に発展していかなければなりません。皆さんの金氏や朴氏という氏族教会さえ連合すれば、民族は自然に生じます。氏族復帰の基盤さえできれば、国家は自然に生じます。氏族教会、民族教会、国家教会、世界教会、天宙教会に連結されるのです。

家庭教会は愛の実践場

真の父母様は、「三百六十家庭(軒)とは、世界的蕩減基盤を連結した世界を代表する一つの中心型であり、ここにおいて勝利すれば、自分の氏族は世界的氏族圏に登場し、同じ価値の位置で蕩減するようになる」と語られた。そして、三百六十家庭の中に私を愛してくれる人がいないと考えるのではなく、私が愛してあげられなかったことを無念に思うことを強調された。愛してあげられなかったことを嘆かれる神様と同じ心で、三百六十家庭で、「遮るものはどこにもない」と言える勝利者になることを願われたのである。また、三百六十家庭は、すべての人を自分の兄弟や父母よりも愛するようにする修練場であり、どのような人でも愛することができるようになるとき、完全な主体になることを明言された。

17 皆さんの心で、愛の鐘の音を聞きなさいというのです。そのようになれば、「私の口は愛の言葉だけを語るようになっていて、そうでない言葉は語らないようになっている」と言うようになるでしょう。愛の言葉でないものは、耳が聞かないようにし、愛でないものは目が見ないようにするのを感じなければなりません。そのように生きれば、間違いなく皆さんは、遠からず神様の愛に酔うことができる境地に入るでしょう。霊界と直接通じ、家庭教会に関する難しい問題を、上手に、無意識のうちに、たやすくすべて解決できる主人公になります。三百六十家庭のどんな問題でもすべて解決できる、神様を身代わりする主人になるでしょう。私がそのような愛の場に入っていけば、話をしないようにしようとしても、言葉が出てきます。本当に不思議なことがたくさん起こります。ありとあらゆることが起こるのです。自分が恐ろしい人であることを感じるようになります。このように、愛において、すべてのことが決定されるのです。

18 女性として生まれ、お嫁に行くようになれば、本家を離れて自分の夫に付いていくのと同じように、統一教会を信じてからは、家庭教会の活動をしていかなければなりません。そのようにしてこそ、天国に入ることができます。お嫁に行くのと同じです。それを経なければ、天国に入れません。いくら父母様に付いていこうとしても、付いていけないのです。それができなくなれば、皆さんの息子、娘がしなければなりません。ですから、夫が妻のために生きる以上に、妻が夫のために生きる以上に、そして父母が子女のために生きる以上に、家庭教会をしなければなりません。そうして、家庭教会圏内の人々が「このように私たちを愛してくださり、私たちはこの愛を学ぶことができたので、あなたに愛をお返しします」と言うその内容が、家庭教会圏内にすべてカバーされるとき、そこは神様の領域であると言うことができます。地上の天国圏だと言えるのです。新しい文化、新しい運動によって一つになり、新しい復興を起こすことができるのです。

19 家庭教会は、皆さん夫婦から出発しなければなりません。夫は、愛を探し求める家庭教会の基盤であり、妻は、愛を探し求める家庭教会の基盤だというのです。愛を主管しなければなりません。ですから、夫は、妻を愛する以上に家庭教会を愛さなければなりません。妻より愛することができなければ、その愛は真の愛になり得ません。皆さんの息子、娘以上に愛することができなければならないのです。なぜ、そのようにしなければならないのでしょうか。悪の世界から本然の世界に入るために、その境界線を突破しなければならないからです。それは家庭や国よりもさらに大きいので、自分の妻や子女よりもさらに愛するという基準を立てなければならないというのです。そうでなければ、家庭教会をいくら動かしても効果がありません。それ以上でなければならないというのです。真の愛を携えていくようになれば、そこには神様が付いてきます。宇宙が付いてきます。誰も遮る人はいません。そこにおいては自然に環境が溶け出し、すべてが押し寄せてくるようになっています。そこにある木が慕わしく、そこにある道が慕わしく、そこにある家々が見たくて行かざるを得ないというのです。無意識のうちに訪ねていきます。知って、行かなければならないと思って行くのではなく、我知らず訪ねていくというのです。そのようにさせる運動が起こってこそ、真の愛が拡大されるのです。

20 家庭教会がなければ、故郷に進むことができず、故郷に進むことができなければ、祖国に進むことができず、祖国に進むことができなければ、天国に進むことができません。家庭教会をつくれば、故郷がつくられ、祖国がつくられ、世界がつくられ、天国がつくられます。どんな人よりも愛して、一つになるようにしなければなりません。霊界の人や、世界の人や、すべての存在を一つにしなければなりません。愛によって一つになるようにしておかなければならないのです。そのようになれば、家庭教会を中心として、小さな太陽、小さな星のようなものが昇るのです。一つ出てきて、二つ出てきて、真っ暗なこの世の中に、光り輝く天国が開門されるというのです。その時には、この地上に、太陽のような神様がお出ましになれるのです。

21 家庭教会に行く時、義務的に行かないでください。愛の心に満ちあふれて行かなければなりません。自分の息子、娘が監獄に入っていたり、自分の愛する人が監獄に入っていたりすれば、「私は監獄に訪ねていかなければならない」と考えて行くのではなく、我知らず監獄に向かうのです。そのような心情で行かなければなりません。そのような愛の心をもって、愛の鐘の音を聞きながら、「私は行く」と考えて行くのではなく、自分も知らないうちに、行かざるを得なくて行く所が家庭教会です。その家庭教会は、私を滅ぼすのではなく、私を天国の愛、神様の愛の相続者にするための所です。そのようにするために神様が私を導いていることに対して、感謝しなければなりません。

統・班中心の活動

真の父母様は、一九八八年一月一日から、南北統一と南北総選挙に備えて本格的に統班撃破運動を展開することを指示された。そして、社会組織の根幹である統と班の支部長教育を大々的に実施した。また、家庭教会活性化のためにも、統・班中心に活動展開することを強調された。家庭教会活動の基盤が統・班組織であるため、そこから四方に向かって、家庭全体を一元化して消化するための運動が統・班中心の活動であり、このような活動を通して全国民の信仰化が成し遂げられなければ、この国を生かすことはできないと語られたのである。

22 真の父母主義を中心として、世界に新しい春の風が吹き始めました。皆さんの心に新芽が出てきているのです。ですから、韓国の統班長を教育し始めました。花は、新しく出てきた柔らかい枝に咲きます。統支部長所属の班長を中心とした家庭は、新芽に該当します。その新芽から花が咲けば、韓国に希望があるでしょう。統支部長から班長を中心として芽が出てくれば、それを枝として育て、植えなければなりません。そうして、根を張り、新しく生まれるその家庭は大韓民国に代わり得る家庭になれるのです。その枝は、木を身代わりすることができます。その枝を中心として咲いた花は、同じ花になることができ、同じ実を収穫できるので、それは宇宙の宝物であり、人類の宝物としての価値をもちます。そのようになれば、「種をもらっていってはいけない」と言っても、間違いなくもらっていくでしょう。それを見通して、父母様が先頭に立ちました。今や統支部長の編成がすべて終わりました。しかし、残った班をどのように編成して定着させるかが問題です。ソウルで組織(編成)が終われば、全国組織があっという間にできます。今や皆さんは、花を咲かせることができる活動をしなければなりません。家庭に花が咲かなければなりません。皆さんの息子、娘が愛国思想を受け継いでこそ、根を下ろすことができます。そのようにしてこそ、新しい実として土着化し得る基盤を強固にできるのです。

23 家庭教会をするときに一番重要なのが、統支部長と班支部長です。その次には洞支部長です。洞支部長、統支部長、班支部長、この三人が三位一体にさえなれば、すべて終わります。そのためには、地上に定着させなければなりません。父母様が枝だとすれば、根を張らなければならないというのです。そのようにしてこそ、世界的に育ちます。歴史始まって以来、初めて韓国で天国の根を下ろすのです。ですから、班支部長を中心として班の定例会を行い、十家庭でも二十家庭でも消化運動をするのです。ここに栄養を与えて根が伸びるようにします。すべての枝の栄養、幹の栄養、葉の栄養が枝を伸ぱすようにしてこそ、木が大きくなるのです。

統一教会の組織全体は、根になり得るその班の支部長や班の定例会を中心として、その都市の全家庭に対し、真の父母に侍るカイン・アベル圏をつくらなければなりません。カインである班支部長を中心として皆さんがアベルになり、その次には班の定例会を中心として、イエス様の前における十二弟子と同じように、十家庭以上が団結しなければなりません。そのようになれば、この地にサタンの基盤が存在できません。これが目標です。その根が次第に深く張っていくようになるとき、私たちの枝、父母様の枝は、世界に伸びていくのです。

24 お父様が統支部長と班支部長を立てるまで、四十年かかりました。四十年間投入して努力し、ようやくそれを立てておきました。郡責任者もいくらでも立てることができ、洞責任者もいくらでも立てることができますが、統支部長と班支部長をどのように連結して生かすかが問題です。その人々を生かしておかなければなりません。一人は縦的代表であり、一人は横的代表なので、その二人が復活すれば、その都市がよみがえります。これが、私たちの基地です。そのようにしておけば、キリスト教が反対しても、統班支部長が守るようになるのです。統班支部長を中心として、キリスト教の要員たちを消化できる能力があれば、キリスト教の反対やあらゆる副作用はすべて解決されます。これが、統班撃破運動の焦点です。

25 統、班には大統領も入り、長官たちも入り、みな入っています。ですから、統一教会の細胞組織がすべきことは、統班撃破です。家庭でひっくり返して打ち込んだので、家庭で正さなければなりません。国でもありません。そのため、個人の信仰を徹底化して、家庭を中心として拡大できる主体になり、環境的条件を相対として一つになれば、より大きな分野の主体的立場に立ち、より大きな環境を収拾するのです。そのように、さらに大きく拡大し、国と世界まで連結されるのです。カイン・アベルの消化運動です。カインを消化できなければ、アベルになることができません。カインに勝利した上で、アベルになるのです。相対的立場ではありません。消化して吸収したあとに、アベル圏が成立するのです。そのようにしなければ永遠にアベル圏が成立しないので、救援摂理の完結が地上で成し遂げられません。体と心を中心とした家庭で定着しなければなりません。根を下ろさなければならないのです。ですから、統班撃破というものが、どれほど偉大か分かりません。

26 父母様は、流れていくことができません。万民の前に父母として来て、今やサタン世界を整備し、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界圏で、「頭翼思想」を中心として、左右を収拾しようと進み出ることができる最高の頂上まで上がってきました。ここに上がってくる時までの恨多き事情を誰が知っているでしょうか。しかし、私は流れていきませんでした。悪がはびこってきたこの歴史を貫いて上がってきて、このような基盤を築きました。これを蹂躙してはいけません。血の代価によって綴られたものに、世話になろうとしてはいけません。血の代価によって連結しなければなりません。それが恩賜に報いる道であり、父母様のみ前に立って、自分の姿を正しく表すことのできる道です。それが統班撃破(トンバンギョッパ)です。家庭に根を下ろさなければならないというのです。今まで、私たちが追求してきた目標、理想的な定着点とは何でしょうか。神様の愛を中心とした父と母、そして、息子、娘を中心とした新しい家庭が根を下ろさなければなりません。根が深くなれば深くなるほど、芽は出るものです。そこで悪魔の根を切ってしまい、芽を切ってしまわなければなりません。どこから切らなければならないのでしょうか。班から切らなければなりません。これをしなければ、南北統一は不可能です。

27 父母様を中心として、挙国的な活動をしなければなりません。ですから、全国的に皆さんが自分の故郷に帰り、影響を与えて根を下ろさなければならないのです。根を下ろすようになるとき、神様が収穫できる新しい実を結ぶ木になるでしょう。それでは、その種をどこに蒔かなければならないのでしょうか。畑に蒔くのではありません。自分の一族に蒔かなければなりません。父母と兄弟たちに蒔かなければならないのです。それが四位基台です。創造理想は四位基台の完成です。愛の理想の完成です。ですから、愛の理想の中心である家庭に植えなければなりません。父母を通して種が生じたのと同じように、そこに行って(実を)取り入れ、一周回ってこなければなりません。これが循環法度です。循環論理によって実を取り、父母の愛のもとに(その種を)植えなければなりません。このようにして、父母と兄弟が喜べる深い愛の根を下ろせば、生き残るのです。これが統班撃破の目的です。

28 韓国と北朝鮮を解放する近道が統班撃破です。北朝鮮に自分の父母、自分の従兄弟、あるいは親戚がいるとすれば、彼らに会う時、しがみついて泣くように、今や各家庭を訪ねていって、心情的に涙を流すことができなければなりません。このような心情的な絆ができ、神様と共に同伴し得る環境ができれば、「私」によってその家庭が、神様が訪ねたいと思う愛らしい家庭として誕生します。そのような喜びの歓声とともに、解放のその日が私の目の前に近づいてくることを知っているので、このようなことをするのです。ですから、皆さんは真の兄弟の関係を経て、神様が求めている愛の家庭が形成されるように、神様の心情的通告者としての使命を果たさなければなりません。

第六節 社会指導者に対する「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教育

「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教育の必要性

真の父母様は、一九七〇年代以降、キリスト教の牧師と大学教授、公務員など、社会の各界指導者を中心に「統一原理」と「統一思想」、「勝共思想」の教育を大々的に展開された。これは、統一運動について正しく知らせるという目的もあったが、南北統一に備え、世界平和の基盤を確保することに、より大きな意味があった。

1 私たちには、国家を中心として、一九七〇年代に新しい局面を打開しなければならない責任があります。この環境を克服しなければならないというのです。私たちが、一九七〇年に入ってから、キリスト教の牧師たちを招聘して原理公聴会を行い、教授たちを中心として原理セミナーを開くのは、これが一九七〇年代において、国家的な環境を私たちと連結させ、全面的な方向を打開するに当たって重要な契機になると考えたからです。ですから、父母様がこのような作戦をしているのです。これから、大学を中心に、このような作戦を強化していかなければなりません。そして、今後、日本に対する思想武装についても、私たちが責任をもたなければならない時がすぐに来ると予想しています。このような立場から、私たちの責任がどれほど貴いかを知らなければなりません。皆さんは、過去のような困難がなくなったと思って、安逸な環境を願ってはいけません。そのような思いをもてば、今後、より範囲が広く、大きな相対的与件を私たちが打開し、克服することが非常に難しいというのです。これから迫ってくる試練が大きければ大きいほど、過去に私たちが克服できなかったことまでも克服しようという信念を備えなければなりません。ここには、多くの犠牲と受難と逆境の路程が残っています。この環境を打開して克服したとすれば、その克服は大韓民国だけの克服ではなく、アジア的な克服になるでしょう。

2 共産党は、宗教を阿片だと言い、また、宗教をなくしてしまおうとします。神様までも否定しているのです。今まで、世の中の主義の中で、神様と敵対し、「神様はいない」と(体系的に)主張した主義はありませんでした。「神様はいないのではないか」と思いながらも、「いるだろう」と信じてきたのですが、「神様はいない」という主義が出てきたのを見れば、これが最後だというのです。私たちは、キリスト教世界と共産世界を制覇できる原理の内容を備えています。韓国では、新しい哲学思想を中心として教材を作り、教育論や論理学など諸般の理論を備えて、既に社会の指導者たちを中心に教育しています。キリスト教の牧師たちと教授たちに、新しい思想として「統一思想」を教育しているのです。今、韓国の学者たちは、韓国が世界を指導できる思想的な母国になり得ると考えています。このような立場から、白負心をもち、統一教会を背後で後援する教授たちがたくさん出てきています。「統一思想」でなければならないという学者たちが増えているというのです。また、キリスト教を見るとき、「統一教会でなければならない」という段階に入りました。学界と宗教界、この二つの分野において、内外に完全に思想武装をすれば、私たちにかなう者はいないというのです。

3 一九七一年に入り、父母様は、大学を私たちのみ旨とどのように結束させるかという問題、軍に対してこれから教育できる道をどのように開くかという問題、この国、この民族を代表する国会にどのように影響を及ぼすかという問題、この三大目標を中心として力を注いできました。皆さんが知っているように、大学は大学で教育しており、軍では将兵から最高の将軍たちまで教育しています。最近は国防大学でも私たちが講義できるようになりました。今後、これが持続的な道として決定されるだろうと考えています。これほどの位置まで上がってくるのに、神様は多くの苦労をしてこられました。このような基準が全体に連結されれば、これは政府であれば政府で、あるいは国会であれば国会で、関心をもたないようにしても、もたざるを得ません。ですから、政府は政府で、そのような基準に連結させなければなりませんが、私たちの宗教界を中心として見るとき、まずキリスト教と統一教会がどのように関係を結ぶかが、問題にならざるを得ないのです。

4 一九七二年を目の前にした今、世界情勢が複雑になっています。複雑になる分、私たちの時が近づいてくるのです。今、南北の離散家族を探す運動に北朝鮮も呼応しています。もちろん、彼らも赤十字社を通してするのですが、(北朝鮮は)政策的な基準を立てたあとに出てくるでしょう。そラすれば、結局は彼らに巻き込まれていきやすいのです。思想武装をしなければ、そのときになって追い込まれるというのです。今後、離散家族が南北に行ったり来たりすれば、どのようになるでしょうか。北朝鮮で共産主義の思想教育をするように、韓国でも強力な思想教育をしなければなりません。思想教育ができる団体がなければならないのですが、そのような団体は統一教会しかありません。思想教育をして、和合できるようにしなければなりません。

5 これから南北総選挙時代が必ず訪れるので、そのときに備えるために、私たちが千万以上の人員を確保しなければなりません。統一教会は、「国際勝共連合」とともに「勝共思想」を備えています。ですから、そこに加入することができるそれだけの人員を、どのように国家から後援を受けて準備するかが問題です。お父様は、常にこれを考えていたのですが、そのような時代が私たちの目前に迫ってきています。経済復興、経済開発五カ年計画を推進することももちろん必要ですが、今、足下に火がついているのは、この民族の思想武装をどのようにするかという問題です。このような観点から、統一教会もキリスト教と対話をしていますが、一つになれずにいます。いまだに根本的な立場において、一つになれていません。彼らをどのように誘導し、一つの方向を備えていきながら、この民族を引っ張っていくことのできる形態に展開するかが問題です。全体に責任をもったお父様は、このような問題を至急、解決しなければならないので、第一次、第二次と彼らの意向を打診して、国の悲運を心配する立場から共同戦線を立てて、彼らにどのようにして勝共精神を入れるかという問題を考えたのです。

6 サタン世界に勝つためには、「原理」を知らなければなりません。共産世界に勝つためには、「勝共理論」を知らなければなりません。闘っている共産世界と民主世界を一つにするためには、「統一思想」を知らなければなりません。ですから、皆さんは「原理」に合格し、「勝共理論」に合格し、「統一思想」に合格しなければならないのです。私たちに残っている仕事は、サタン世界を追放し、共産世界を撤廃して、民主世界と共産世界を一つにすることです。この三つです。そうすれば、すべて終わります。共産主義は、「神様はいない」と言います。個人完成をすることにおいても、この共産主義思想が残っている限り支障があり、家庭においても、共産主義思想が残っている限り大変なことが起こります。天国もそうです。神様がいないとすれば、すべて崩れてしまうのです。今や共産主義は、個人に影響を及ぼす圏内にあり、家庭に影響を及ぼす圏内にあり、世界に影響を及ぼす圏内にあるので、これを倒さなければなりません。ですから、「統一原理」と「勝共理論」と「統一思想」をもって、世界的に思想武装をしなければならないというのです。

7 韓国では、離散家族を探す運動が歴史上、初めて展開しています。家族を取り戻せば、一つの国を復帰することができるので、サタン側と神側が今、家族を取り戻すために闘っています。韓国にある板門店(パンムンヂョム)という所は、神様とサタンが対面して闘う、地上で唯一の場所です。今が、分岐点の頂上です。ですから、今年、キリスト教の牧師たちを招請して、原理修練をしました。もしこの期間に、父母様と私たちの教会が、「私たちを迫害するすべてのキリスト教徒と国家を滅ぼしてください」と神様に祈るとすれば、この摂理は成就されません。迫害は良いものです。共産主義者たちの迫害が、かえって私たちに良い結果をもたらしてくれました。私たちを悪から分立させ、一つになるようにしてくれたのです。しかし、結局、私たちは共産主義者たちまでも救わなければなりません。私たちは愛によって、アダムとエバを復帰しなければなりません。そして、天使長が言葉をもってエバを堕落させたので、私たちもみ言をもって、天使長を復帰しなければなりません。私たちは、自由世界の人々と共産主義者たちを、愛と真理によって救わなければなりません。ですから、皆さんは共産主義者との論争で負けてはいけません。私たちは、「原理」によって民主主義世界と闘い、「勝共理論」によって共産主義世界と闘っています。それゆえ、「原理」と「勝共理論」は、復帰の二つの柱なのです。

8 「統一思想」教育、「勝共理論」教育、その次には、「統一原理」教育を、統、班に入ってしなければなりません。「統一思想」教育は、教授たちを中心として国民連合が責任をもち、「勝共理論」教育は勝共連合が責任をもち、「統一原理」教育は、統一教会が責任をもって行えばよいのです。他の教育はできなくても、急いで「統一原理」教育をすることが、早く解放される道です。「統一原理」の勉強を急いでさせなければなりません。そうして、食口化運動をしなければなりません。そうすれば、自分たちが蕩減の道を行かなければならないことを知って、その道を行くことにより、カインを解放することになるのです。アベルの立場で、カインを復帰しなければならないというのです。ですから、皆さんは「国際勝共連合」の支部長であるとか、統一教会の教会長であるとかは関係なく、全国民を教育しなければならないのですが、教育すべき哨所(先鋒の施設)が統、班です。それをまずしなければなりません。統、班の人々を教育して、基地をつくりなさいというのです。

教役者・教授原理公聴会

一九七〇年十一月二十六日から二十八日まで、既成教会の牧師二十八人が参加する中、第一回牧会者原理公聴会が開かれたのを皮切りに、数十回にわたって牧師たちに「統一原理」を紹介した。一九七一年だけでも、合計十二回にわたって九百十五人が参加するなど盛況を呈し、彼らの大部分は、「統一原理」に多大な感銘を受けたと、感想文を通して明らかにした。これとともに、一九七一年一月十日から十一日まで、多くの大学教授が参加する中、第一回教授招請統一原理セミナーが開催されたことを契機として、その後も数十回にわたって公聴会を開催した。真の父母様は、このように、各界の指導者たちを対象に統一原理公聴会を開催することを指示された。

9 伝統的キリスト教は、お父様に対して今まで数十年間、反対してきています。しかし、一方通行で反対し続けていると、大変なことになるというのです。反対していた人々が、「統一教会はそうではない」と言いながら、歓迎するようにしなければなりません。そのようなことをしなければならないので、今に至るまで、反対するキリスト教徒たちを対象に、公聴会を行っているのです。ですから、地方教会でもかなりの問題になっています。「統一教会が牧師たちを連れていって伝道している」と、大騒ぎしているのです。

10 キリスト教の牧師たちを中心として統一原理公聴会をするのに、たくさんのお金がかかります。そのお金で地域本部を造るほうがよいのではないかと思うかもしれませんが、お父様は、そのように考えません。葉は落ちてしまうので、葉よりは枝と幹が問題だと考えるのです。大韓民国で最高の位置にいる人々が学者たちであり、キリスト教で最高の位置にいる人々が牧師たちですから、第一に、牧師たちに対して、お父様が果たすべき責任を全うするために精誠を尽くさなければなりません。彼らが私たちの「原理」を一度聞けば、問題にならざるを得ないのです。ですから、一度聞いて(今までのものとは)違うと思い、二度聞いて(さらに)違うと思うのです。ある人々は、「二十世紀の奇跡である」と言いますが、これは奇跡ではありません。原理原則の立場で、どれほど徹頭微尾、事を進めていくかが問題です。そのような立場に立たなければ、すべて流れていってしまうのです。ですから、精誠を尽くさなければなりません。精誠は、いい加減に尽くすのではなく、かわいそうな人を思って尽くさなければなりません。お父様は精誠を尽くすとき、ある人がぼろを着ているという思いが湧いてくれば、寒いときでも服を脱ぎ、その人のために祈ることが多くありました。そのような基準があるので、今日、これほどの基盤を築くことができたのです。

11 統一教会は、キリスト教から追われてきましたが、彼らから歓迎を受け始めました。これが一九七一年からです。統一原理公聴会を通し、牧師たちを千人以上連れてきて教育しました。そこには、「統一教会のために生命を捧げて闘います」という人々が多くいます。統一教会の原理をもって説教する牧師たちも多いというのです。そのような牧師たちが全国にたくさんいます。そのみ言をもって説教さえすれば、信者たちが(聖霊の)火を受けて喜びます。何回かしてみれば、これは間違いなく天のみ言であることが分かるというのです。

12 イエス様の時代に一つになれなかったユダヤ教とイスラエルの国を、今日、私たちが一つにしなければなりません。お父様が今の時代に有り難く思うのは、今日、統一教会とキリスト教の牧師たちが互いに往来するようになったという事実です。統一教会は、草創期にキリスト教から迫害を受けましたが、今やキリスト教の牧師たちが往来できる圏がつくられたというのです。これは、数千年の歴史を蕩減できる立場に立ったということです。もともと、牧師招請原理公聴会を三次までするだけでも、条件に引っ掛かりません。しかし、六月までに七次をすることになります。一九七一年は、七千年歴史を横的に蕩減する運勢に匹敵します。ですから、統一原理公聴会を、何としてでも一九七一年六月末までに、七次までは終わらせようと思います。この公聴会に参加した牧師の数が六百人を一人でも上回れば、条件に引っ掛かりません。しかし、七百人を超えてみようというのが計画です。このようにすれば、お父様の責任を果たすことになるのです。このことをするために、これまでどれほど苦労したか分かりません。皆さんが知らない中で、そのようなことをしてきました。統一教会員の数が問題ではありません。蕩減をどのようにしていくかが問題なのです。

13 完全なプラスと完全なマイナスが一つになるときには、宇宙が永遠に保護します。私たちがキリスト教と一つになるというのは、キリスト教を生かしてあげようということです。完全なプラスの位置に立って、完全なマイナスの位置にいる彼らを生かしてあげようというのです。マイナスの位置にいる彼らが私たちと一つにならなければ、(代わりに)国が巻き込まれてきます。越えていくことができるのです。真をもって行動する人は、真の結果と向き合うようになるのです。ですから、この全天地を動員して、法度的な立場で私たちを保護できる絶対安定圏が、私たちの行路にあることを忘れてはいけません。片方の足では統一ができません。合わせなければなりません。合わせようとすれば、これが対角線にならなければならないのです。ですから、統一しようとすれば、統一教会がキリスト教と一つになり、国と一つにならなければなりません。それが一番の近道です。キリスト教徒たちは、二週間だけ「統一原理」の教育を受ければ、皆さんより勝るというのです。そのようになり得る事実が、目の前にはっきりと見えるのです。ですから、いかなる困難があっても、このことを実践しなければなりません。

14 復帰路程において、アベルはカインを復帰してから現れます。誇って復帰するのではありません。自然な立場で復帰しなければなりません。キリスト教牧師統一原理公聴会にも、お父様は現れません。現れないのですが、彼らが私に反対したので、彼らが訪ねてきて、頭を下げなければなりません。大韓民国が復帰されるまでは、(原理公聴会に)現れないというのです。神様の威信があるのです。私が口下手だからではありません。理由があり、天の法則があるというのです。皆さんの使命は、カインを救ってあげることです。個人においては個人的アベルなので、個人的なカインを救ってあげなければならず、家庭的アベルであれば、家庭的カインを救ってあげなければならず、氏族的アベルになれば、氏族的カインを救ってあげなければならず、民族的なアベル統一教会であれば、民族的なカイン教団を救ってあげなければなりません。それでこそ、そこから初めて、国家と向き合うことのできる資格をもつ人になるのです。今、最も急を要することは、どのようにアベルになるかという問題です。そのようになれば、統一教会の願いは一度にすべて成し遂げられるのです。

15 一九七一年の正月から十二月初めまで、キリスト教牧師統一原理公聴会を開催し、今まで八百人以上の牧師たちが公聴会を経ていきました。また、大学を中心としては、教授招請統一原理公聴会を四回行いました。大学は、私たちでなければ、学生たちが新しく行くべき道を提示することはできません。文教部当局も、そのような見地から私たちを見ています。また、勝共路線を中心として見るときも、私たちでなければならないという立場が浮き彫りになっています。このような実情を見るとき、み旨を中心として絶頂まで来たと考えるのです。このような時が来たので、統一教会の食口たちは、全体を代表する個人として、その価値を表さなければなりません。ですから、そのような問題を前にして、私たちは全国的に新しい活動体制を整えて動き始めました。祝福家庭の婦人たちが今、全国に出ていって活動しているというのです。婦人たちが出ていって活動するとともに、この家庭と関係のある食口たちも、ここに歩調を合わせているのです。

16 大韓民国は、このまま行けば滅びます。思想が弱々しくて腐敗しているものを掃除し、清算できなければ滅びるのです。ですから、ここには私たちの思想が必要です。間違いなく必要だというのです。最初に、「統一教会でキリスト教牧師統一原理公聴会をする」と言った時は、「牧師たちが来ると思うか」と嘲笑しました。それは、天倫を知らずに口にする言葉です。今や、来るなら来て、やめるならやめなさいというのです。そこの代表となる三、四人の人さえ協助するようになれば、あとからすべてが支持するようになるのです。

17 統一教会が生きていける道は、どこにあるのでしょうか。統一教会自体では、絶対に駄目です。統一教会が生きていこうとすれば、必ずキリスト教を中心にした宗教界を動かさなければならず、その次には、大韓民国において政策を樹立する数多くの背後の人物たちを動かさなければなりません。そのような準備をするために、教授たちを教育するのです。前回の第三回統一原理公聴会にも五十数人が参加しましたが、相当な効果がありました。私たちが莫大な経費を使いながら、大学の有名な教授たちを中心として統一教会の「原理」を研究させ、各自の専門分野から見た「統一原理」に対する批判とともに、彼らの所感を添付したものを早く冊子にしようと思うのです。著名な教授たちが公認した冊子を見る人々は、反対することができないでしょう。ですから、それを一刻も早く作らなければなりません。今まで、三度にわたる教授たちの公聴会を通した実証的な証を通して見るとき、誰もが認めざるを得ないというのです。

18 「世界平和教授アカデミー」を通して、全世界的に原理研究教授会をつくります。今、韓国と日本でそれをしています。そうして、教授たちが「統一原理」を研究し、しきりに発表しています。私たちは今まで、「科学の統一に関する国際会議」をたくさん行い、多くの学者たちをまとめてきたのですが、そのような学者たちを中心に、どのようにすればその国の責任者たちが統一原理公聴会をすることができるようになるかを研究しなければなりません。反対するキリスト教の責任者たちと教授が対話しなければならないというのです。教授と対話するようになれば、牧師たちは完全に頭を下げます。その次には、今の既成宗教と一つになって、たくさんの人と接触させなければなりません。教会が一気にこちら側に来れば、人々が一遍にやって来るというのです。このように多角的な活動を展開して、何としてでも六百人ずつ行い、三万人を完全に確保して教育しなければなりません。私たちが国家的に動けば、若い人々が押し寄せるのです。

指導者に対する「勝共思想」教育と海外研修

真の父母様は、一九六八年一月十三日に「国際勝共連合」を創設され、韓国では各界各層の指導者たちを対象に、南北統一に備えて「勝共思想」および「統一思想」の教育を持続的に実施された。そして、「国際勝共連合」は、アメリカと日本で研修を行い、「勝共思想」と真の父母様の世界的活動を紹介することによって、韓国の社会指導者たちに多くの感動を与えた。

19 南北統一に備えて、組織編成をしておかなければなりません。平和大使たちを「勝共理論」と「統一思想」、「統一原理」で武装させることにより、世界を収拾していかなければなりません。何としてでも、百二十カ所に平和大使を配置しなければならないのです。平和大使たちを班里面(バンリミョン)、班統洞(バントンドン)に配置しなければなりません。地方や首都圏もみな同じです。そのようにすれば、全体がまとまった組織になります。そのような組織をつくって、毎日のように思想武装をしなければなりません。

20 お父様のことを愛国者だと認定する人々から、必ず教育しなければなりません。国会議員たちに「原理」と「勝共理論」、「統一思想」まで教育しなければなりません。お父様に勝つことのできる何かがないのなら、付いてきなさいというのです。韓国の政治の風潮では、何もうまくいきません。アメリカや日本も同じです。お父様は絶対価値を中心として、今まで平和運動を行ってきました。そのようにした人は私しかいません。世界がこれを大いに尊敬しています。尊敬することで終わってはなりません。尊敬した基盤を歴史の伝統にして、後世に残さなければならないのです。着地が必要です。

21 キリスト教徒たちが「統一原理」を聞いて、驚いています。アメリカ研修に参加した校長たちの中にも、キリスト教徒たちがたくさんいます。そこには異議があり得ません。良いといううわさをみな聞いたというのです。昔は、同じみ言を聞いても、悪いと考える目で見て、そのような耳で聞いて、そのような心をもって聞いたので、それがすべて、自分をたたき潰そうとし、食いものにしようとする言葉にばかり聞こえたというのです。今や、うわさがたくさん立ったので、一度聞かなければならないと思って、心の門を開いて聞いてみると、一〇〇パーセント響くのです。最近、国家を導いていける思想として教育するに値するものがないので、教育部(日本の文科省に当たる韓国の中央行政機関)から私たちの責任者の所に何日かごとに訪ねてきては、「教育してほしい」と言うのです。今や、互いにアメリカ研修に参加しようと言って列をつくっています。今回は、キリスト教の長老たちを連れていこうと思います。既に教育を受けた人は二万人近くなりますから、今や中流階層はほぼすべて通じます。知らない人がいないというのです。

22 今まで、「国際勝共連合」と統一教会を通して訓練を受け、教育された人々は本当にたくさんいます。皆さんが今まで関わりをもってきたその人々を、すべてまとめなければなりません。その次には、アメリカ研修に行った教授と小学校、中学校の校長、教頭、教師たちをすべてまとめるのです。ですから、今回、私たちの協会の組織を一元化しました。今まで原理研究会の学生たちは別途に活動しましたが、今やそのような時は過ぎ去りました。みな一つの家に入ってきて暮らすべき時が来たのです。怨讐たちはすべて倒れました。ですから、みな一つに束ねたのです。今に学生局ができるでしょう。学生局は、教授たちと中学、高校の校長たち、小学校の教師たちまで束ねて配置しておくのです。すべての家庭が、教育機関に関係しています。家庭には小学校や中学、高校、大学に通わない子女たちがいないので、このような教育機関で中心となって動けば、その家庭は相対的に、自然に動くようになっています。学生さえ復帰しておけば、学校の先生や家庭がすべて動くというのです。私たちは学生を動かすことができます。学生たちを連れてきて一週間だけ原理を教えてあげれば、すべて回っていくのです。

23 アメリカ研修に行ってきた人が、五万人を突破しなければなりません。今までアメリカ研修に行ってきた人が三万人を超えると考えます。五万人に研修を受けさせれば、一つの郡(地域)では二百人になります。アメリカ研修をさせたのは、今後、国家を動かすときに、中心となって動く人脈が必要だからです。彼らは教育を受けたあと、「これから私たちの国は、統一教会のこのみ旨を中心として収拾しなければ希望がない」と感じるというのです。また、国家基準だけでなく、世界に通じ、世界に発展し得る人脈と連結させる所は、統一教会の基盤以外にはないことが分かるというのです。彼らが、希望の方向を私たちに向けているのです。

24 父母様は、中学、高校の活動に力を注ごうと思います。アメリカ研修に行ってきた中学、高校の教師たちと校長、教頭たちの中で、三分の二ほどが私たちの体制圏内に入ってきました。今後、校長、教頭を中心として一つになれば、学生たちを教育することに問題はありません。これから、これを学制に引き上げるに当たって、一番早こは、大学教授よりも中学、高校の先生たちです。教職員を中心とした活動と学生の教育が、絶対に必要なのです。この時に定着しさえすればよいのです。大学では、もはや一段階落ちます。大学は学科別になっているので、卒業の同期だといっても、心情的な絆がうまく結べません。しかし、中高生たちを見れば、同じ科目圏内で、単一の責任を受け持った先生がすべて教えてくれるのです。ですから、それゆえ、一番重要なのは中学、高校のような教育機関に、どのように思想的な内容を植えておくかということです。これは必須的な条件です。このような強大な背後の勢力基盤を教育するのです。そして、校長が称賛し、学生たちが称賛するようになれば、父兄たちは自動的に付いてくるのです。彼らを教育することにより、食口化運動をしなければなりません。

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