真の父母経

第五篇 第一章

協会登録と内的基盤拡大

この章の目次

第五篇 摂理基盤の拡大と年頭標語

一九六〇年四月十一日(陰暦三月十六日)の真の父母様の聖婚式は、新しい摂理歴史が出発する基点である。この日から、第一次七年路程が始まり、対外基盤拡大のための多様な活動が本格的に展開された。そして、全国に教会が建ち、食口が増加して地方組織も強化された。毎年、冬・夏季啓蒙伝道活動が展開され、大学原理運動、超教派運動、勝共運動などを通し、宗教界と社会に対して活動を展開していった。

真の父母様は、「啓蒙運動を始め、行く道を知らずに苦しむ韓民族の前に、生命の鉄の杖を持って進み出て叫びなさい」と食口たちを督励された。食口たちの血と涙の努力により、国民は統一教会を改めて認識するようになり、協会が政府に登録され、安定した活動基盤が整った。

一九六三年、協会は創立十年目にして、摂理史的に第三イスラエルとして祝福を受け、社会団体として政府に正式登録された。ユダヤ教の立場を復帰する土台を整え、ローマ帝国に相当するアメリカでの登録に続き、韓国でも登録を行うことにより、神様の摂理が一段階、前進する契機となったのである。

真の父母様は、一九五七年に『原理解説』を出版されていたのに続き、一九六六年、『原理講論』を発刊された。『原理講論』が出版されることにより、社会に向けた原理の伝達に、より拍車を掛けることができるようになり、原理公聴会、原理大講演会、特別復興会などを通して、「統一原理」でなければ、この国と、この民族の行く道はないことを示したのである。そして、大学では、「全国大学原理研究会」の活動を展開して、共産主義思想の浸透を防ぎ、教授と学生にこの国とこの民族のために行くべき道を提示した。

真の父母様は、一九六〇年から三次の七年路程を設定され、内外の基盤の拡大に拍車を掛けられた。特に、第一次七年路程は、真の父母様が韓国の解放直後、復帰できなかった個人、家庭、氏族の復帰を通して統一氏族を編成し、民族復帰の基盤を造成することに力を注いだ期間であった。この期間に、真の父母様は、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を制定、宣布されたのち、「神の日」を探して立てられた。また、毎年初めに年頭標語を発表され、その年の摂理的目標を定めて、新たな年を出発された。

そして、真の父母様は、「第一次七年路程と第二次七年路程の勝利基盤の上に、世界舞台に進み出ることができるようになった」と語られた。

第一節 協会の法人登録と聖殿の建設

協会の法人登録

一九六〇年十月十四日に協会機構が初めて確定したのち、教会の発展に伴い、組織にも多くの変化があった。一九六三年五月三十一日、創立十年目にして、協会が社会団体として政府に正式登録され、十月四日、維持財団の法人認可も獲得した。これにより、真の父母様は、民族復帰のために、内外に対してより一層の拍車を掛けることができたのである。

1 私たちは、一九六〇年まで激しい迫害を受けました。それ以降ももちろん迫害を受けましたが、私たちは、次第に成長してきたのです。復帰摂理は、カインとアベルにおける闘いです。私たちが協会を政府に登録しようとしたとき、文教部(日本の「文部科学省」に当たる韓国の中央行政機関「教育部」の旧名称)で登録業務を扱っていたのですが、その時、文教部長官が私たちの申請を拒否しました。私たちは、それと闘わなければなりませんでした。

一週間後にそれが覆されたのです。その一週間は、七十年、七百年、または七千年に該当します。その当時、それが覆されなかったとすれば、私たちは、どんな宗教的な運動もできなかったでしょう。それは覆されるようになっていたのです。ついに、一九六三年五月三十一日、協会が政府に、正式登録されました。

2 統一教会は、第三イスラエルとして祝福され、忠孝の道を相続できるユダヤ教の立場に復帰されました。ですから、協会の政泌録証が出たのです。ローマ帝国と同じ(立場の)アメリカにも登録され、ユダヤの国と同じ(立場の)韓国にも登録されました。

このように、宗教を中心として世界的な舞台を築いておいたので、今からは誰も私たちを追放できず、抑え込もうとしても抑え込むことができないのです。ユダヤ教は、イスラエル民族の思想的な分野を担当し、新しい天地に向かっていく方向を教えてあげるべき使命がありました。これからその方向を教えてあげる責任を、統一教会が果たさなければなりません。

3 私たちの教会が政府に登録されたのは喜ぶべきことでしたが、お父様は喜びませんでした。なぜなら、また別の闘いが残っていたからです。神様がお喜びになる時、共に喜ぼうと思うのです。あと四年が過ぎれば、第一次七年路程が終わり、お父様の二十一年路程も終わります。

この民族は、次第に混乱に陥っていきます。私たちは、この時に備えなければなりません。贖罪の祭壇は、統一教会しかありません。四年が過ぎたあとには、この民族を代表して動員され、世界のために犠牲となり、奉仕しなければならないのです。そうして、涙と血によって世界を復帰しなければなりません。韓国が問題ではないのです。世界と天宙を神様にお返しするために祈らなければなりません。

4 お父様は、他の人々が知らないことを知ったので、かわいそうな人になりました。ですから、第一次七年路程の三年の期間は、足を伸ばしては眠れなかったのです。老若男女が頭を下げて「指導してほしい」と言い、民族と国家が従ってくるようにしなければなりません。統一教会が政府に登録されることによって、どんな権勢も、行く道を遮れない立場に立つようになりました。神様は、再び来られる主が死ぬことがないようにしようと、民主主義を立てられました。(しかし、)協会が登録されたといって安心することはできません。

5 今日、統一教会は、どのような立場に置かれているのかというのです。どのような時代的な過程に置かれているのでしょうか。第一次七年路程の三年の期間は、どのような期間なのでしょうか。イエス様は、三年の公生涯路程の末に、十字架を背負いました。そのため、民族を中心として勝利の足場を築く期間が崩れたのです。そうして、神様のみ旨が延長されたのですが、いつまでも延長されるのではありません。日本統治下の四十年と三年のアメリカ軍政期間は、原理的に、イスラエル民族のエジプト苦役四百三十年の期間に該当します。

それでは、三年のうちの最初の年は、どのような年だったのでしょうか。最初の年は、立つ場がないので、肉界と霊界が一つになって立場を整える年でした。統一教会としては、生死を決定する年でした。お父様が一九六〇年に聖婚することによって、初めて個人が定着するようになりました。一つの基点を立てたのです。それは、どのような基点でしょうか。モーセが紅海を渡る前の三日期間に立てたのと同じ基点です。復帰歴史のすべてのものが、この三年の期間にすべて入っています。この期間を終えることにより、造成された四位基台を中心として、協会登録をしたのち、一九六三年の陰暦四月十三日に、宣布式を行うようになったのです。

世界本部の敷地購入および地方教会の建設

世界宣教本部建設のため、一九七一年四月十四日、ソウルの汝矣島(ヨイド)において一万四千坪以上の敷地を購入した。食口たちも、一坪ずつ購入することを通して精誠の条件を立てたのである。真の父母様は、世界巡回を終えて帰国されるたびに、ここに寄って祈られた。そして、全国の教会聖殿建設のために資金を支援され、一九七四年六月十日、忠南(チュンナム)教区の新灘津(シンダンヂン)教会を皮切りに、一九七六年まで、全国で百八十八棟のAタイプ聖殿が建てられた。

6 父母様が地方に行って、みすぼらしい教会の門をくぐるとき、教会がこのように悲惨なことを誇りに思います。「この悲惨な姿が、今の時代には悲惨なものとして流れていくかもしれないが、歴史的な時代が訪れるようになれば、この悲惨さは、旗を高々と掲げて万国、万民の前に誇りとなるだろう」と考えるのです。

他の人の世話をして眠りに就く人には平和の解放が訪れ、勝利の栄光の称賛の声が準備されているというのです。ですから、統一教会は次第に上がっていくのです。それゆえ、私はどこに行っても恥ずかしいことがなく、どのような人に会っても堂々としています。

7 本部と言っても、青坡洞の本部が世界本部ではありません。私は外国の食口たちに、「この青坡洞の本部は、これこれこのような歴史を中心とした何かをもっている所なので、みすぼらしいけれども、ここを忘れてはいけない」と言いました。しかし、ここが世界本部にはなり得ません。

世界本部というものは、一番だという意識を与えなければなりません。また、世界本部は新しい所に造らなければなりません。そのような意味で、汝矣島に土地を買うことになったのです。世界本部の土地を買おうとすれば、新たに出発できる所に買わなければなりません。そのような所に世界本部を造らなければならないというのです。世界のために世界本部がなければなりません。

8 今や、統一教会も時が来たので、本部を造らなければなりません。ですから、韓国に四カ所の土地を設定しておいたのです。四位基台を復帰できる経済的基盤を築かなければならないので、このことをしています。国家や世界に対して、今後、私たちが必要とする基地を用意するため、これに着手しているのです。

9 世界本部は、世界を指導しなければならない殿堂です。世界本部を建てようとすれば、二万一千坪は買わなければならないのですが、今は買おうとしても買えなくなりました。ですから、仕方なく一万四千坪の土地だけでも買わなければならないと考えています。

その土地は、韓国の食口たちが買わなければなりません。父母様は、精誠の限りを尽くして国を越えに越え、このようなことをしているのですが、み旨を知った人として、ここに加担できなくなるとすれば、千秋万代に恨が残るでしょう。

10 韓国を見れば、今や私たちが立ち上がるべき時になりました。また、汝矣島にも世界本部を立派に建てなければなりません。今後、汝矣島は、ソウルの中心街になるでしょう。それを見れば、神様が保護され、私が予想したことがすべてぴたりと当たりました。そして、世界本部の前に広場ができるのです。

11 これから、全国に教会を建てなければなりません。ですから、土地の準備をしなければなりません。皆さんが協力し、本部も協力して、何としてでも教会を建てなければならない時が来ました。一九七五年には千人の国際機動隊が日本を訪れ、韓国まで来ます。そうすれば、千人全員がソウルに一度にとどまることはできないので、八大都市を歴訪させなければならないでしょう。ですから、教会を造らなければならないというのです。皆さんが互いに協力して一つになり、教会を建てなければ、その教会は長くもたないのです。

皆さんが精誠を尽くし、血と汗を流しながら建てなければなりません。それを建てる時に大変であれば大変であるほど、その教会を見つめるたびに信仰を維持できる、一つの表象的な殿堂になるのです。

12 私は、A型教会建設運動をしようと思います。その費用の半分は、皆さんが用意しなければなりません。その半分を用意した所から造ってあげます。材料を持っていって組み立てさえすればよいのです。「どこどこに準備できました」と言えば、本部でその場所が適しているか否かを鑑定するのです。

建物を避難場所のような所に建てておくと、建物が死にます。趣や前後、左右のすべての環境が、建物を造ることによって合うか、合わないかを鑑定するのです。そのように鑑定して不合格になれば、他の所に建てなければなりません。もし合格した敷地があれば、次は基礎を造るチームが行くのです。そのチームが先に行って、基礎だけを築きます。

その次に、そこに骨組み、骨格を建てればよいのです。トラックに材料を載せていって柱と門を建てるのです。そのように骨格を建てておけば、瓦を載せればよいのです。雨が漏れないようにしておき、その次に左官作業をする人が行って壁を塗り、床張りをする人が床を張ります。そのように責任を分担させ、移動しながら一気に教会を建てるのです。

13 一九七五年の「希望の日」晩餐会の集会以降、キリスト教が私たちに反対するとしても、一般国民は支持し得る段階に入りました。迫害を受ける時は困難でしたが、歓迎を受けられる時になったので、皆さんも故郷の山河を訪ねていき、皆さんの氏族を訪ねて天の国の族譜を作る時に加入させなければなりません。皆さんの一族を族譜に編入させなければ、皆さんは先祖から讒訴を受け、今後、子孫から讒訴を受けるでしょう。

父母様は、本部教会を建てる土地を買っておき、地方教会を造っておきました。そして、清平で、世界の若者たちを教育できる修練所と大学の敷地を買うようになりました。

第二節 「成和青年会」

「成和」の意味と「成和青年会」

一九五四年十二月三十一日、協会に初めて「成和基督学生会」が出帆した。「成和」という名称は、真のお父様が直接、命名してくださったものであり、以後、多くの団体にその名称が活用された。み言によれば、「成和」は、完成と和動、すなわち互いに和して完成していくという意味である。「成和基督学生会」は、一九五五年三月二十七日、「成和青年会」に名を変え、一九六〇年まで協会活動の中心となった。この日、機関誌「成和」創刊号が発刊された。

1 皆さんは、「成和青年会」というこの字の意味を知らなければなりません。「成和」という言葉は、何かの刺激によって受動的な立場で和合しなさいということではありません。能動的に和合しなさいということです。

このような意味を中心として出発した皆さんなのに、朝は喜んでいても、夕方には泣いて騒ぎ、また夜になれば自分のしたいようにすべてしています。それではいけません。神様のみ旨を知る人たちであれば、朝に泣き、夕方や夜には喜ばなければなりません。それにもかかわらず、皆さんは、初めは喜んでいても、あとになって「ああだこうだ」と言って多くの条件を付けるのです。

ですから、成和学生の卒業生たちに苦労をさせるのです。皆さんを最前線に送り出して、倒れさせ、死の淵に追い込んでこそ、民族を救えるとすれば、そのようなことをさせなければなりません。

2 「成和(ソンファ)」という言葉は、どのような意味があるのでしょうか。化学の「化(ファ)」は本質まで変わりますが、成和の「和(ファ)」は違います。絶対的な相対性と神様の本質としての「成和」だというのです。皆さんは、正にこの「成和」としてみ旨を果たしていくのです。

皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、自分を中心とした天的な心情を強固にしなければなりません。そうして、完全な種として結実して、殻を脱がなければなりません。それでこそ、真の穀物になるのです。それなのに、「先生の姿は立派だが、弟子たちの姿はそうではない」と言われてはいけません。

3 成和の「和」は、個性がそのまま生きているのです。「個性真理体」という言葉があります。ここに千人いれば、この千人はみなそれぞれ違います。個性をもっているのです。その個性を中心として一つになるのが「成和」です。「化合」は、個性が変わって一つになることですが、「成和」は、個性をもったまま一つになることを言います。

「成和」は、すべての個性が合わさって成し遂げたという意味なのです。そのように成し遂げることを「統一」と言います。各自の個性が連結されて完成すれば、完全に一つになるというのです。統一が成し遂げられるのです。

4 「成和青年会」の「成和」という字を調べてみると、「成」は完成を意味し、「和」は和動を意味します。「互いに和して完成していく」という意味になるのです。そのためには、第一に、皆さんがみ言の過程を通過しなければなりません。第二に、皆さんは、神様が相談できるほどの人格をもつ存在にならなければなりません。一つ一つ相談しなくても、心情的に通じなければならないのです。そして、何よりも、和動の中心にならなければなりません。前後、上下、左右に和合できる人格体にならなければならないのです。そうして、祝福の実体になることが標準です。

イエス様も、青年時代にみ旨の一線で働きました。三十歳前後の青年時代は、人生で最も重要な時期に該当します。お父様の若さに皆さんの若い情熱をプラスして働かなければなりません。再創造の偉業に加担して、栄光の条件を備えることができるのは、この一時しかありません。

私たちは徹頭徹尾、世の中の人たちに対して、「私はあなたたちと同じではない」という心情を備えなければなりません。「あなたたちは成し遂げることができないのか。私はできる!」、このような精神を常にもっていなければなりません。いかなる困難の中でも、「私はあなたたちと同じではない。歴史的にも、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければなりません。あらゆる困難なことに対して、「私」が動かなければならないという決心がなければなりません。

5 皆さんの中に、生命が躍動している青年男女はいるでしょうか。そのような人がいるとすれば、教会の牧師、長老の前に天倫を立証し、彼らの人格を批評して、天的な価値の前に審判できる資格を備えなければなりません。神様の心情に外れたことは、天上のいかなる存在も、地上のいかなる存在も受け入れないという覚悟をもたなければなりません。

皆さんは、統一教会に入ってきたのであれば、既成宗教の観念を超越しなければなりません。懐疑的な信仰観念を踏み越えて立たなければなりません。

今までの信仰観念の立場は、神様が臨在できる安息所になることができず、イエス様の実体に侍ることができる安息所になれないので、それを情け容赦なく踏み越えることができる勇断さをもたなければなりません。

6 若い人々は、その若い時期が長く続かないことを知らなければなりません。どのみちみ旨を知った人として、天のみ前に献身しようと進み出たのですから、貴い青春時代を何の未練もなく天のみ前に完全に捧げようというのです。そうすれば、それがどれほど貴いか、考えなければなりません。

時々、青春時代をみ旨と共に無意味に過ごしたと後悔する人々を目にします。そのような人々は、み旨がどのようなものであり、若い時代にみ旨と共に過ごしたことがどれほど価値のあることかを忘却した立場で不平を言い、嘆息するのです。

この若い時代には、必ず峠があります。各自には、必ず最高の絶頂期と言える青春時代があるのですが、その一時を誰と共に過ごすかが問題です。自分の一身や一家の幸福のために過ごすことより、国と世界のために、歴史とともに永遠に残り得る問題を中心として生きることが貴いというのです。

青年に対する時代的要求と使命

協会創立以降、中心となったのは青年と学生であった。意気衝天の勢いをもつ青年と学生は、教会の力であり、花だった。そして、草創期の食口たちは、大部分が社会的に地位のある人々であり、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。そのため、「統一教会は知識人だけが行く教会だ」といううわさも広まった。青年たちは、草創期の教会の柱として、民族と世界を復帰する先兵の役割を果たし、真のお父様も青年たちを野外に連れ出しては、克己訓練をさせ、自然と親しむ機会をもたせるなど、彼らを指導者として育成するために尽力された。

7 一般の大学生たちは、学校を卒業すれば社会に出ます。それから、家庭を築くようになります。それは、皆さんももちろんであり、お父様も同じです。形は似ています。学校を卒業したあと、大韓民国の国民の一員として国に貢献できる道を探し求めていくのです。

ですから、社会なら社会のある道徳圏内で生活をするようになります。男性は男性として、女性は女性として、家庭を築いて暮らすようになるでしょう。このように、向かっていく方向はみな同じです。しかし、社会に出た人は、その歩みが社会でとどまり、家庭に入った人は家庭でとどまるでしょう。その家庭と社会を越えて、国家と世界に向かゐる、自律的で自主的な信念で一日一日の生活を開拓していくことができず、その日その日を、生き甲斐をもって送り得る能動的な実体になれなければ、いつも悲観と失望の中で生きていくようになるのです。今、若者たちの中には、そのような人も多いでしょう。

しかし、私たちは、彼らとは行く方向は同じですが、立場が違います。家庭ができれば、私たちはその家庭の家長になりますが、一つの家庭の家長だけで終わるのではなく、自分を中心とした個人的な家庭の環境を打破し、氏族に連結され得る家庭の道をつくらなければなりません。そうして、民族を統合できる核心的な家庭の形態を備え、世界の家庭へと向かっていかなければなりません。このように、私たちは一般の青年たちと立場や考える範囲が違います。

私たちは、このような使命を果たすべき個体なので、このような面で影響力を発揮できる主体的な個体として能動的に実践するためには、外的に実力を備えなければなりません。そうして、力の母体にならなければならないのです。力がなければ、このすべてのことを達成し得ません。

8 青少年がもつべき誇りとは、どのようなものでなければならず、神様が訪ねてこられる青少年とはどのような人でしょうか。これが問題です。

それは、不信の先祖であるアダムとエバが汚した路程に従っていく青少年ではありません。疑ったり、不平不満を言ったりする若者たちではありません。「絶対犠牲、絶対信仰、絶対服従、絶対順応するのみである」と言える純粋な青少年でなければいけません。復帰時代の限界点が近づくこの時に生まれた成和の中高生、統一教会の青少年の皆さんが立っている立場は、流れていった歴史時代とは違います。皆さんは、霊界と肉界の統一的な基盤を備え、肉的(実体的)なアベルの基盤を備えて、新しい世界に登場しなければなりません。

「統一思想」を携え、この境界線を越えて、新しい旗手として旗を持って進み出るべき群れは、年を取った壮年や老人ではなく、血潮がたぎる若者たちです。そのような輝かしい青少年の群れを、この地球上のどこか一カ所からでも発見できるその日が来てこそ、神拝の六千年の恨が解けるのであり、アダムの怨恨の基盤になっている罪悪の根を抜いて覆すことができるのです。これを発見できず、これと出会えなくなる時は、天宙が暗黒のまま延長されます。ですから、神様が呼び求めている世代は、青少年世代なのです。

9 皆さんは、先祖たちの歩んでいった路程を経なければなりません。私たちは今、荒野に出たイスラエル民族と同様です。モーセとイスラエル民族は、荒野で追われて苦難に遭い、イエス様は民族とユダヤ教から排斥され、家庭から不信されましたが、皆さんも、そのような悲しく悔しい立場を経なければなりません。だからといって、落胆しないでください。

皆さんがこのような悔しい立場で果たすべきことがあるとすれば、それは歴史的に苦難を受けられた父の心情を体恤し、先祖たちの苦痛は自分の苦痛だと思って、千年、万年、そのみ旨のために変わらずに団結し、サタンに対する敵愾心を抱いていかなければならないということです。そのようにできる青年男女を、天は求めているのです。このように、天的なみ旨に徹する本物の青年たちを、天は探し求めてこられました。

民族に代わって私たちにこのような使命を任せたとすれば、私たちは父の怨恨の心情を感じ、父の悲しみを自分の身に抱いて、怨讐に向かって進撃できる精兵にならなければなりません。そのために皆さんは、皆さんの生活と理念を統一させなければなりません。天の悲しみと、イエス様の悲しみと、先祖たちの悲しみと、子孫たちの悲しみを解怨するために、進まなければならないのです。

10 青年男女の皆さんは、自分自身が着飾る前に、この三千万の民族が着飾るようにしようという心、自分自身を考える前に、この地上の万民を考える心が湧き出なければなりません。さらには、一株の草までもつかんで泣いてあげられる心が、自分も知らぬ間に心中で爆発しなければなりません。このような心情をもつことができなければ、完全な神様の息子、娘になれないのです。そのような人間は、神様の涙の実であり、神様の苦痛の実であり、また神様の血の祭壇の上に上がる供え物なのです。

それでは、この民族の行く道を開拓する人は誰でしょうか。本当にこの民族のために地をたたき、胸を打ちながら痛哭する人が現れなければなりません。この世界を救う人は、青年男女たちなのです。

11 五千年の歴史を経てきながら、私たちの民族は様々な苦労の道を歩んできました。悲しみがあっても、どこかに行って訴えることができず、憤りや悔しさがあっても訴えることができない中で、この民族は歩んできました。

それでは、民族をつかんで、皆さんはどのようにすべきでしょうか。孤児のようなこの民族ですが、私たち同士で手を握って痛哭することができなければなりません。そうしてこそ、この民族が生きることができるというのです。兄弟に過ちがあろうとなかろうと、天が許した同じ血と骨肉をもって生まれた兄弟なので、自分個人の事情を越え、父母の歴史的な血統と心情に結合するために泣くことができる、雅量のある人たちが現れなければなりません。そのような青年たちが求められているのです。

そのような青年たちの血潮がたぎる情熱が、一身の出世と欲望のためのものであれば、それは一個人の限界圏内で終結するでしょう。

12 人間の本来の理念は、無限大の(限界)線を何度も越えて神様をつかみ、喜ぶことを願うのです。したがって、人間本来の理念のために、情熱を注がなければなりません。

この民族が経てきた歴史路程に神様の摂理があったとすれば、その摂理の終局に、神様はどのような群れを求められるでしょうか。それは、神様のみ旨を成し遂げるために泣くことができる群れでしょう。一つのみ旨に思い悩んで泣き、一つの心情に思い悩んで泣き、一つの行動に思い悩んで泣きながら、先に供え物になろうという群れです。神様は、そのような群れを求められるのです。

13 私たちが良心的な基準を探し求めていくところには、悪が対立していて、サタンが反駁できる余地があります。ですから、私たちは、私たちの心と天の心が一体となるその基点の上で人情と天情が一体になり、私たちの理念と天的な理念が一体となるその基点の上で私たちの生命と天の生命が一つになり、私たちの愛と天的な愛が一つに絡み合うその基点の上で、天と絆を結ばなければなりません。

天と私たちの心が一つになり、生命が一つになり、理念が一つになり、愛が一つになった絆を、何によって断つことができるでしょうか。堕落した人間同士が結んだ情の絆も切ることができず、泣き叫んで大騒ぎするのに、天情に絡めて一つになったその絆を誰が断ち得るでしょうか。いくら罪悪の力が強く、地の権勢が強いとしても、この心の根本で結ばれた情的な流れの一つの基準を曲げることができるものは、何もないというのです。

そのような基準を見つけ出す時まで、歴史は苦しみ、人類は塗炭の苦しみの中でうめくのですが、これを防ぐ勇者は地上にいないのでしょうか。このような責任を担い、このような使命の路程を開拓するために、自分の体を一つの爆弾として、一つの原子爆弾として、サタンの都城を崩してしまおうという、火のついた爆発的な心情をもった勇者がいることを、私は期待します。このような勇猛さを備えた天の精兵たちが、大勢現れることを天は願っています。

14 最後に残る一つの理念の場に向かって動いていくようにするのは心情です。心情が最終的に「私」のすべてを決定してくれるのです。この心情一つだけをつかみ、注意深く探し求める人が、聞かせてくださるみ言を聞くことができ、見せてくださる幻想を見ることができ、生活におけるあらゆる実情を分析することができます。

自分に与えられた責任を感じつつ、気をもむ心情と不安な心を抑えながら、新しい理念を探し求めて動く青年男女たちがいて、彼らの泣き叫ぶ声が聞こえる、そのような心情の動きがあるなら、皆さんは、彼らの心情を通して、歴史的なすべてのことと、長い間感じてきたすべてのことを一度に感じられるでしょう。その心情を感じ、自己を覚醒して、「天が求めていた理念の主体がこれだったのか。世界が求めていた真の姿と、天地の前に立てて誇り得る姿がこれだったのか」と、我知らず叫ぶ瞬間をもつ人だけが、歴史の主人であり、摂理の主人であり、天倫の主人なのです。

今日、皆さんは、関係と絆の世界において責任を果たし、実績を残さなければならない人生行路を歩んでいます。そのようになれば、自分を誇ることができ、「本然の人間に代わる勝者の姿が私だった」という覚醒が訪れるでしょう。そのような瞬間に、この世界と宇宙は皆さんのものになり、神様も皆さんの神様になるでしょう。

15 私たちによって、天と地と人類の幸福の基点がこの地上に現れなければなりません。このことに誰かが責任をもたなければなりません。涙が前を遮って歩くことができず、身もだえしながらこれに責任をもとうと、ひれ伏して訴える人がいれば、その人の膝に頭を埋めて痛悔しなければなりません。凄惨で絶望的な境遇にありながらも、自分の一身を顧みず、その立場で感謝する心をもって、天のために、み旨のために血と汗を流しながら進んでいく群れがいるなら、決死的に彼らに従っていくことができなければなりません。このような信者、このような良心的な人士がこの民族の中から、特にこの民族の青年男女たちの中から現れなければ、この民族は滅びます。

「私が、神様の永遠不変の理念的な足場です。この姿は、たとえぼろを着て、おなかをすかせ、備えたものがないとしても、心情においては、私でなければあなたの手をつかんであげる人がなく、私でなければあなたの服をきれいに整えてあげる人がなく、私でなければあなたの履物を直してあげる人がいません。あなたのいかなる一部分も、私でなければなりません」と言える群れが集まれば、闘わなくても、このサタンの天下を征服できるのです。重要なのは、私たち自身です。

第三節 「成和学生会」と「全国大学原理研究会」

「成和学生会」と成和同窓会

統一教会の初期の活動は、成和出身者たちが主導した。一九五五年十月二十三日、中等部と高等部の「成和学生会」がそれぞれ結成され、それ以後、教会活動の中枢的役割を担った。「成和学生会」を修了した正会員と、仮修了した準会員で構成された全国成和同窓会の創立総会が、成和七期までの卒業生が参加する中で、一九六三年十一月八日から十五日まで開催され、以後、毎年総会が聞かれた。

1 「成和」という名前を、なぜ若者たちに付けてあげたのでしょうか。血が沸き立つ若者、純潔の血が沸き上がり、神様の感情に同化され得る血をもった若い青少年たちが必要だというのです。それで、若者たちに「成和」という名前を付けてあげました。成和の意味は、「成し遂げて和合する」ということです。一つの目的を成し遂げて和合するのです。和合したので、二つではなく一つです。麹と同じです。

家庭には、祖父、祖母、あるいは父、母がいますが、ほほえましい姿の子女たちもいなければなりません。それでこそ、その家に笑顔の花が咲くのです。そのような意味で、成和の若者たちがもつ責任は大きいのです。これから成和学生の皆さんは、神様を解放してさしあげる旗手になるという信念をもたなければなりません。神様が六千年間、闘ってこられた信念以上の信念をもった人がいるとすれば、み旨を成就できなくても、神様はその人に仕事を任せるのです。

2 「成和」の「成」は、創造理想の完成を意味します。すなわち、宇宙全体の完成を意味するのです。本来、完成(期)の基準を立てる時期は、人間始祖が堕落した年齢である十六歳の時からです。ですから、二十歳前後の成和を中心として、すべてのことが成就されるのを願われる神様です。未来完成の位置を占有できるのは、青少年の時期です。

お父様は、青少年期に願いの標準と生涯の目標を立てて決心しました。皆さんは、神様の正しい系統を引き継いだ者として、直行しなければなりません。

3 堕落した子孫たちは、嘆息圏内で生きています。皆さんは、このような嘆息圏内で善の基台をつくろうという信念をもって闘争していかなければなりません。より大きな善を創造しようとすれば、信念をもって誤った環境を踏み越え、闘争しなければなりません。このように能動的に行動するとき、悪の環境も善の環境に吸収されるでしょう。第二の創造が始まるというのです。

どんな環境にぶつかっても、どんな波が打ちつけてきても、これを克服していこうという信念をもった人が多ければ、この国は滅びません。お父様もこのような信念をもって闘っています。

再創造をしようとすれば、相対的な位置ではなく、主体的な位置に立つ存在にならなければなりません。再創造の価値をもつことができないので、「成和学生会」が発展できないのです。行く途中で倒れれば、結局、滅びます。皆さんは、再創造の目標を立てて行進していかなければなりません。自分自身から再創造しなければなりません。「善を創造する私」、「善を代弁する私」として再創造しなければなりません。

「私」は善を立てることもでき、善を壊すこともできる存在です。二股に分かれた道に立った母体です。より良いものを願う欲望を満たそうとすれば、神様のみ前に対象の位置に立たなければなりません。私たちは、地上で善を擁護し、悪を憎む人たちになろうというのです。

4 統一教会は、今まで歩んできましたが、まだ世界舞台に向かっていくべき道が残っています。ですから、父母様は世界に向かっていくのです。行く時は、誰にも屈せず、負けません。また、何かの問題を解決するための勇猛さも誰にも負けず、闘いにおいても、誰にも負けませんでした。このような心をもって進まなければ、世界的な勝利を期待することはできません。今、いくら民族的な勝利をしたとしても、世界的な勝利の道は遠いというのです。

今まで皆さんがどんな立場で若い時期を送ったのかを考えなければなりません。神様のみ旨と統一の理念圏内で生きていますが、いつでも父母様が目指し、神様が目指す勝利の世界に行くために、自らの立場を批判できなければなりません。そして、その批判によって自ら悲しみを感じる小心者にならず、それを基に発展できる大きな器にならなければなりません。したがって、皆さんはこれから天上世界が許す天の王子になり、王女になり、栄光の天国を完成するために、若い時期によく準備しなければなりません。

5 私たちは、サタンの鉄条網から抜け出せる時まで、神様のみ旨に従って進まなければなりません。神様は、本当に「私」の父であり、私は神様の息子、娘であることを知って、忘れることができずに残っている神様の恨を解いてさしあげるべき責任があります。

私たちは、神様の恨を解くことによって、神様を解放してさしあげなければなりません。そして、自由な神様として万国を統治するとき、少しでも妨げになる障害物があるとすれば、「私」が責任をもってすべて取り除き、自由と平和の天国として万国を主管する堂々たる絶対者としてお迎えしようと思わなければなりません。

そのような信念をもった成和学生、若者がいるとすれば、その人は本当に偉大な若者です。このような若者たちによって、今後、世界は新しい方向に進むようになるでしょう。皆さんが実際にこのような若者になったとすれば、いくらみすぼらしい姿をしていても、それは見苦しい姿ではありません。そこには無限の希望が宿っているのであり、その姿は神様の希望と幸福の基盤になるのです。

6 若者たちは、「価値あるものがない」と言って落胆するのではなく、「より価値のあるものを創造しよう」という信念をもって生活していかなければなりません。そのような生活をしていくとき、第二の希望を抱くようになり、また、その希望に向かって発展していけるのです。腐っていく木の枝のような若者たちを再創造し、環境を整理していこうという信念をもたなければなりません。

成和学生たちの中には、反対する環境を克服してきた人もいるでしょう。様々な環境を経てここまで流れてきたと思いますが、これからは、ひたすら神様の創造理念をもって、より良く、より価値のある環境を創造していこうというのです。

7 神様のみ旨に責任をもち、この時代を収拾しようとする責任者がいるとすれば、その人は、受動的な人ではなくリーダーです。統一教会も今まで、考える時代から、準備する時代と実践する時代を経てきて、ある程度までは基準が立っているので、統一教会や統一教会の食口たちは、受動的な立場ではなく、主動的な立場に立っています。

しかし、いくらそうだとしても、個人的な勝利の基盤を築かなければ、個人的なリーダーの立場に立つことはできず、ひいては家庭、氏族、民族、国家、世界的なリーダーの立場にも立つことができません。そのため、成和卒業生の皆さんは、み旨から見て今がどのような時代かを知り、そこに合わせて、まず個人的な勝利の基盤を築かなければなりません。今は氏族と民族が一気に連結され、氏族的な勝利の基盤の上で、民族を収拾しなければならない時代です。

8 成和学生の卒業証を受け取ってから離れた人たちがいるのですが、その人たちは、モーセがイスラエル民族を率いてカナンに行く途中、荒野で不平不満を言い、「行けない」と言って反対してモーセを追い出そうとした群れと同じです。

皆さんは、自分が考える内的な世界において、心を中心として闘い、勝利の基盤を築かなければなりません。そして、その場で誓って、たゆまず準備し、善なる自分にならなければなりません。そうして、最後の実践舞台である世界舞台において立派に闘い、勝利することによって、最高の栄光の場に参加できなければなりません。

9 歴史の主人は、不平を言い、腹を立てる人々の中にはいません。不平を言い、腹を立ててばかりいる人は、神様も嫌い、友達も嫌い、父母や兄も嫌います。不平を言う人を好む人はいません。かえって、不平の思いを変化させて感謝し、あすの希望にあふれ、望みに燃えて、国と世界のために「私」が生まれたという思いをもたなければなりません。

自分がもっているものを分け与えたいという思い、自分が着ているものを与えたいという思い、自分が食べているものを分け与えたいという思い、自分はいくら粟飯を食べ、粗末なお粥を食べても、他の人にもっと与えたいという思いがなければなりません。

このような心をもって、他の人のために与えることができない立場で悲しみを感じながら祈り、それを考える人がいるとすれば、その人はその国の主人です。それゆえ、勉強するのも自分のためにするのではなく、生まれたのも自分だけのために生まれたのではないというのです。世界のために、歴史のために生まれたのです。

10 私たちは、狭い心を広げなければなりません。広げて、さらに広げなければなりません。神様を解放し、イエス様と聖霊を解放し、霊界にいるあらゆる千々万の聖徒を解放して、南北統一を私たちの手で成就しなければならないのです。

左右に分かれて混乱したこの世界の方向を定め、統一の地上天国に変革しなければならない使命が、青少年の皆さんの双肩に掛かっています。そのような私として寝床に入り、そのような私として朝起きるとき、背負わされた重責が自分を押さえつけているのが分かるので、敗者や愚か者になって倒れるのではなく、これを貫いて上がっていき、輝く価値を「私」によってプラスさせ、神様と子孫に渡してみせるという決意に徹しなければなりません。これが、この時代における統一教会の青少年たちの使命です。

11 若者は、どんな環境でも勝利しようとします。敗者になることは、絶対に嫌います。皆さんは若者として、天の側に立ち、大韓民国を発展させなければなりません。ですから、社会の各分野で歴史的な業績を残さなければならず、それらの分野を新しく変えなければなりません。皆さんは、そのようにすべき立場にあります。皆さんは全員、青年たちです。

今、世の中の大部分の青年たち、特に大学生たちは、自分自身を中心として、自分の国でどのように出世をするか、または自分の幸福な人生をどのように築くかという問題をめぐって苦心しています。しかし、統一教会の若者たちは、そうであってはいけません。

自分自身だけの幸福を考えるより、さらに次元の高い倫理観に立脚し、民族のために、世界のために考えなければなりません。そのように次元が高く、広い視野の幸福観をもたなければならず、その幸福観を実践できなければなりません。皆さんは、このような中心的な使命意識をもたなければならないのです。

韓国の「全国大学原理研究会」

真の父母様は、一九六六年一月九日、第二回大学生および青年特別修練会において、「今後、大学に大きく関心をもって、行くべき道を探し出せずにさまよっている大学生たちを目覚めさせ、糾合する努力をしなさい」と語られた。そのみ言が動機となり、修練会に集まった若者が志を一つにして、大学の原理運動の旗手になることを誓い、一月十日、韓国の「全国大学原理研究会」が創立された。「全国大学原理研究会」は各大学にサークルとして登録され、「統一原理」を伝え、勝共活動を行う先頭に立った。

12 民主と共産の二つの陣営を統一するのが、私たちの使命です。それをするためには、全国の二千四百の面(ミョン)に、少なくとも一人ずつは配置しなければなりません。三位基台を造成して配置しようとすれば、七千人以上はいなければなりません。その人々は、大学出身者以上でなければならないのです。梨花女子大学と延世(ヨンセ)大学を中心として行おうとしたことが崩れて、方向が変わりました。それで、中高生を中心に行うようになったのです。

第一次七年路程の三年路程の期間は、この民族に、統一信徒たちと(行動を)共にしなければならないことを見せてあげるべき期間でした。

韓国は、現在の状態では共産主義の浸透を防ぐ道がありません。彼らは、中流層以下に浸透します。ですから、私たちは、地方にいる人々に原理を伝え、生活指導と啓蒙運動を続けてきました。各面の三位基台は、理念指導と生活指導と啓蒙運動に責任をもたなければなりません。

大学生たちを一年ずつ地方に送って、中等教育に責任をもたせるようにすれば、彼らは農村の事情も体得し、愛国心ももつようになるでしょう。民族のために祭物となる真の思想を大学に残しておかなければなりません。そのためには、審判者の責任を果たせる若者を立てなければなりません。これが、「全国大学原理研究会」の創立目的です。

13 国家の興亡は、その国の若者たちにかかっています。あすの自分を創造すべき人々を立てるために、全国大学生修練会を行うのです。植物の芽が育つためには、適切な環境がそろわなければならず、環境に適応できなければなりません。歴史的な向上線に立った先祖がいたとすれば、その人は幸福な人です。「私以降の未来をどうするのか」と考えながら、「私」と子孫が一貫した目的をもって進むことができるとすれば、その道は幸福な道だと言えます。歴史の中では、正しい方向に向かうほど発展します。

今日、この地上に数多くの人間が暮らしていますが、彼らの目的は一つです。それは、多くの植物が日の光に向かうのと同じです。神様は、中心の芽を立て、横的な環境を形成する歴史を綴ってきました。今も神様は、その芽になり得る個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を訪ねてきます。

韓国は、このような芽の立場に立たなければならず、そのためには試練を経なければなりません。芽は、すべての枝が受ける試練を一時に受けますが、前進して克服しなければなりません。このように、私たちも世界的な試練を克服しなければならないのです。

14 統一信徒は、泉にならなければなりません。泉の水は湧き上がります。滝とは反対です。山の獣も泉の水を求めてきます。泉がない山は、名山になることができません。

特に大学生の皆さんは、腐敗した大韓民国を清くする泉にならなければなりません。泉の水は、湧き上がって、(汚れを清めながら)清さそれ自体を汚さない所に流れていこうとするでしょう。泉の水が人間の生命と関わりをもつためには、その純粋性を失ってはいけないのですが、純粋な泉の水とは、岩を貫いて出てきた水です。ですから、誰もがそのような水を飲もうとするのです。皆さん全員が泉になることを願います。

15 大学原理研究会の核心的な会員が、どれくらいになるかが問題です。そのような基準で、大学を中心に社会活動を展開するために学舎を造り、運営することにしました。学舎を各大学に一つずつ造らなければなりません。このようにすれば、相当な効果が出るようになっています。

ですから、原理研究会を中心とした学舎と、成和学生たちとの関係を強化しなければなりません。そして、三年生、四年生になればみな、原理講義ができる責任者にならなければなりません。このようになれば、この人たちを各大学の各学科に配置して、私たちの思想を指導できるようにしなければならないのです。このように組織を強化しておけば、短期間で急速に発展すると思います。

また、大学出身者たちを全国に配置しようと考えています。大学生たちは、社会や教会で主導的な役割を果たさなければなりません。教会で主人の役割を果たし、自分の責任を果たさなければならないというのです。皆さんは教会の雰囲気を知り、若い人々が教会にとって希望の標準となり得る雰囲気を形成しなければなりません。

16 今後、大学原理研究会を核心的な活動体制にしようと思います。ですから、彼らの中で決意が徹底している人々を地域要員として配置し、活動させようと思うのです。このように活動を強化しでおけば、これから短期間のうちに私たちの教会が発展し、原理研究会も大きく発展するだろうと思います。今後、そのような面で推し進めていこうと考えているので、皆さんは全般的な内容を知って、新しい分野で決意しなければなりません。

そして、原理研究会を世界的に組織し、国際大会をたくさん開催しなければなりません。韓国だけでなく、日本やアメリカなど、多くの国で開催しなければなりません。今後、原理研究会の重要なメンバーたちを各国の核心要員として活動させるために、超国家的な要員として養成しようと思います。

17 お父様に対して気に掛けつつ、今まで甲論乙駁ながらいろいろと批判していた人々が、「科学の統一に関する国際会議」に参加し、私たちのことを宣伝する状況にまでなりました。大学で理論的な人、哲学を研究するとか、宗教や思想を研究する人が何人かだけ私たちのことを宣伝するようになれば、自然科学や社会科学を研究する人々は、そのまま付いてくるようになります。

ですから、その教授たちが私たちの教会に対してある程度関心をもつようになれば、大学原理研究会の活動を何としてでも急進的に展開して、彼らをここに連結させることを考えています。原理研究会の機動隊をつくって出動(伝道)させたのも、彼らを連結させるためでした。

そのため、アメリカの各州の代表たちと各都市の責任者たちは、今まで「科学の統一に関する国際会議」を通して連結されているすべての教授たちを自分の祖父や父、叔父のように思い、積極的につき合いなさいというのです。そうして、その人々を中心として一般の学生たちを推薦してもらい、外的な原理研究会の形態をつくることもできるのです。

18 大学原理研究会の正会員は、大学に旋風を起こさなければなりません。勉強をすべき青春の男女たちのその元気旺盛な熱気をすべて発散させて、天理原則の価値ある愛の深い谷間を掘り下げていかなければなりません。そうして、世界に伸びていける道を築かなければならないのです。

天のみ意は、共産勢力と教会の没落、青少年の淪落を心配しています。淪落の道に陥る青年男女をつかみ、信仰が破綻していくキリスト教をつかまなければなりません。そして、キリスト教思想が壊れ崩れる、そこに乗じて入ってくる共産勢力の侵入を防がなければなりません。

19 大学において活動する大学原理研究会に対して、大きな期待をもっています。教会復興活動や勝共活動を、原理研究会に結びつけなければなりません。原理研究会が、超教派運動よりも、YMCAやYWCAのような団体とどのように連合し、大学で活動するかというのです。また、復興会活動を通して大学生たちが伝道されれば、私たちがその人々とどのように連帯関係を結ぶかという問題を中心として、原理研究会の活動に集中しようと思います。

今後、原理研究会の活動は、大学内の活動だけで終わってはいけません。大学生であれば、中学、高等学校を卒業したので、必ず母校があります。そして、現在自分が在籍している学校があります。学校には自分個人だけがいるのではなく、学校の同僚たちと友人がいて、自分の専攻学科を中心としては同期たちがいます。このような同窓や友人、同期たちと私的に接することができる活動体制を強化していかなければなりません。

20 大韓民国の政府当局が、私たちの活動に対して「勝共」という名称を認定したのは、ヤコブがヤボク川のほとりで天使と競って勝つことによって、イスラエルという名前を得たのと似たような事例です。このような点から見て、み旨を成就できる勝利の立て札は、既に立てられたと考えます。今や縦的な勝利の基準はできたので、これを基盤として横的にも勝利すべき組織が必要です。キリスト教だけではできません。世界を統一の理念で復帰しなければならないのです。このためには、学問的で思想的な土台を中心に行わなければなりません。このような一連の活動を具体的に調べてみれば、思想を中心に学界と関連づけて展開しているのが勝共運動であり、教会を中心に展開しているのが対外伝道活動であり、学生を中心に展開しているのが大学原理研究会の運動です。

21 大学内で、共産思想をもった赤色分子たちが浸透する路線を、勝共活動をして事前に封鎖しようというのです。このような点で、大学原理研究会のすべき仕事が、どれほど重要なことかを知らなければなりません。

「統一原理」の最後の勝敗は、世界的な学界によって決定されます。それゆえ、「統一原理」を世界に提示するためには、まず国内の各大学の宗教学科や哲学科の権威ある教授たちに「統一原理」を紹介しなければなりません。そうして、この教授たちが「統一原理」を世界の学界に提示し、世界化できるようにしなければなりません。そのようになる前に、私たちは、対内的、対外的に基盤を築いておこうというのです。

22 共産党は、労働者と農民、あるいは労働組合を中心として活動しています。また、大学を中心として、教授と学生たちを操っています。これが今まで、共産党が世界を侵食してきた一つの方便です。

大学で教授と学生を団結させて、労働者と農民を扇動し、大衆デモを中心として混乱を起こしてくるのですが、それを防ぐために、大学原理研究会は必ず教授たちを収拾しなければなりません。そのような意味で、随分前から「世界平和教授アカデミー」を立てて活動してきたのです。この「世界平和教授アカデミー」と原理研究会が一つになって進まなければなりません。

23 日本とアメリカの大学原理研究会は、共産勢力と第一線で闘っています。韓国では、地下活動をする共産主義者たちと闘うことはできますが、彼らが誰か分かりません。文書を通して活動できる環境条件だけそろっているのであって、直接、白昼に生死を懸けた対決をする立場には出ていくことができていないというのです。しかし、日本では白昼に出ていって、生死を懸けて対決する闘いにおいて、私たちが勝利の立て札を立てました。

そして、アメリカでは、一九七九年から原理研究会がこのことを展開し、一九八〇年の末には、既にアメリカ全域で大学を席巻していた共産主義一色のすべての風潮を食い止めました。日本で勝利したのと同じ結果をもたらしたというのです。数百人の共産党系列の学生たちがデモを行う所に、原理研究会の会員五人が行って収拾した事例もあります。ですから、アメリカの大学の共産勢力は、「原理研究会の学生たちに会ってはいけない」と言っているのです。日本で行ったのと同じ結果が、アメリカの原理研究会でも起きているというのです。

24 日本では、YMCAやYWCAのようなキリスト教団体の活動は微弱です。私たちがそれに代わる組織をつくり、教育していきながら活動をしようとしたので、時間がかかりました。学校の当局も反対し、教師たちも反対する中でこのことをしているというのは、どれほど胸の詰まることかというのです。共産党の言葉にすべて乗せられたのです。それがどれほど悲惨だったかを、私の目で見て、報道でも見ました。皆さんは、そのようなあきれ返る事情が多かったことを知らないでしょう。

お父様は日本のために闘いました。日本の中心大学から闘っていったのです。政治的な面で影響圏をつくり、社会分野で共産党の基地を討伐しなければなりません。ですから、日本共産党がお父様をどれほど恐れているか分かりません。「統一教会が存在せず、原理研究会さえ存在しなければ、日本は間違いなく共産化され、赤化されるはずなのに、統一教会のせいで大変なことになった」と言っています。そのような準備をしてきました。

25 アメリカの若者たちの心に火をつけなければなりません。大学原理研究会の活動を中心として大学を正常化させ、家庭を訪ねていって、家庭教会を中心として伝道しなさいと命令したのです。アメリカの家庭の若者も、私たちのような若者にしなければならず、大学では私たちの青年のような青年にしなければなりません。そうして、アメリカが反対せず、お父様を支持する環境になっていけば、その次は共産勢力をつかむのです。

お父様が今まで韓国で勝共活動をしたその伝統を日本に伝授し、アメリカに伝授し、ソ連にまで伝授しなければなりません。大学では原理研究会がどんな活動をしなければならず、現在の家庭教会活動はアメリカでどんな伝統を残さなければならないかを知らなければなりません。そうして、私たちは、共産主義の問題と青少年の淪落問題を解決しなければなりません。皆さんが原理と徹底した家庭的基盤を中心として、彼らを教育しなければならないのです。

26 皆さんは、天意に従う若者たちにならなければなりません。そこには異議がありません。お父様が歩んだのと同じように、黙って自分の行くべき道を決意しながら、進まなければなりません。皆さんを通してそのような雰囲気が大学に拡大し、一つの風潮になるとすれば、大韓民国の大学において新しい希望の灯台となるでしょう。

日本の大学原理研究会は、韓国の大学原理研究会よりも先を行っています。今や、アメリカの大学原理研究会が動いています。ドイツのベルリンに原理研究会の若い青年たちを集め、ベルリンの壁の問題を提起させるでしょう。数多くの若者たちを集めて、ベルリンの壁を私の手で崩そうというのです。皆さんにそのようにする勇気がないとすれば、大韓民国を守護する若者にもなれず、世界を守護する統一家の原理研究会会員にもなることはできません。私たちは、その目標に向かって、強く雄々しく前進しなければなりません。

27 私たちが大学の学生たちと教授たちを動かせなくなれば、大韓民国は生きる道がありません。西ヨーロッパの国々もすべてそのようになっています。

ベルリンで共産勢力が反対し、市民たちが反対する中、大学原理研究会の世界大会を行うのです。第一次、第二次、第三次の大会を終わらせ、今回、ベルリンの壁を撃破するでしょう。大学生を中心に問題を起こし、共産勢力を追い出す運動をするのです。それは、ただ座っていてできることではありません。それは考えられません。誰かが血と汗を流さなければならないのです。銃弾を浴び、血を流しながらも、しなければならないのです。そのようにしなければ、南北を統一することはできません。

28 大学で左翼系列の人々を連れてきて、教育しなければなりません。現在、世界的に見れば、共産主義体制はなくなりましたが、民主主義体制も瓦解状態に入ってきています。かえって、共産主義という反対勢力がここに反作用を起こし得る動機となり、自体内において自覚をもたせる活性剤の役割を果たしました。共産主義が崩れることによって、民主世界が思いどおりにできるという考えは、誤った考えです。かえって、共産主義がなくなったあとに、民主世界の崩壊状態はより一層進むでしょう。

左翼系列も混乱状態に入っており、民主世界も混乱状態に入っているので、それこそ、両面の教育をすべき時が来ます。それでは、教授たちにそのようなことを教育するだけの実力があるかといえば、そうではありません。学校でも、それに対する対策を立てて防げる内容がないというのです。そのような防御的な教育を私たちが提案しなければなりません。ですから、大学原理研究会を中心とした大学活動を衰退させてはいけない時だと見るのです。

第四節 『原理解説』と『原理講論』の発刊

『原理解説』と『原理講論』

『原理解説』の執筆作業は、『原理原本』を基礎として、劉孝元協会長により一九五五年五月から進められた。一九五七年に入ってから真のお父様の監修を受けた原稿が、毎月「成和」に掲載され、最終校正作業を経て、八月十五日、『原理解説』という名で発刊された。この日、真のお父様が直接署名された二百十二冊が、地方伝道地に発送された。一九六六年五月一日には、『原理解説』をより体系化し、講義しやすくした『原理講論』が発刊された。

1 解放後、七年目に私がすべき召命的責任を果たすため、教本、教材である『原理原本』を作りました。『原理解説』を発表したのが一九五七年であり、『原理講論』は一九六六年に出ました。一九五七年と一九六六年には九年の差がありますが、九年間に、お父様は原理のすべてを準備して進み出たのです。

2 『原理原本』を中心として『原理解説』を出版しました。何ももたずに教育することはできないので、本が必要だったのです。小学校さえ卒業すれば、誰でも本をもって教育できるので、伝道の一線に出ていきました。十五歳以前に伝道に出た人もいます。エバは十六歳の時に堕落しました。ですから、純真な心情が燃える時に伝道を始めたのです。そのような歴史は、統一教会しかありません。中学生の時から伝道に出たのです。

3 統一教会の責任者たちが伝道に出ていく時は、二人ずつ送り出しながら、旅費も持たせず、手ぶらで出発させたこともありました。そのまま行って、起草しておいた『原理原本』を中心として伝道をしたのです。その時は、『原理原本』を書き写しなさいと配ってあげたのですが、それを書き写した人たちがいます。

金元弼は、私の書いた『原理原本』を直接書き写して、自分で勉強し、「ああ、神様はこうだ」とおおよそ分かっていました。そのような立場で『原理解説』が出たので、本格的な教育を行いました。一週間あれば十分です。これは、読むことさえできれば教育てきます。『原理解説』の骨子だけを選んで覚え、教育するのです。

4 お父様に会うこともなく、従った最初の人が劉孝元協会長でした。彼は『原理原本』を読んで、お父様に従っていこうと決心したのです。彼は手紙を書きました。劉協会長は、お父様よりも六歳年上でした。洗礼ヨハネはイエス様よりも六カ月年上でした。ですから、劉協会長は洗礼ヨハネの立場です。彼は、洗礼ヨハネの立場で原理を解説しなければなりませんでした。劉協会長が原理の本を書く時、彼に、「このように、またはあのように書きなさい」と指示したのです。

5 お父様は、釜山避難時代の一九五一年に、『原理原本』を書き始めました。詩のように書いたのです。それは、誰もが理解できるわけではありません。私が説明をしてあげて、初めて分かるようになっています。『原理原本』を誰にでも分かるように解説しておいたのが『原理解説』です。

6 『原理講論』を書くとき、すべて文章を鑑定し、間違っていれば直させました。ですから、『原理講論』は、お父様と霊的に連結されているのです。電球は、発電所と送電所、配電所を経た電気がソケットを通して連結されることによって、光を発するようになります。見境なく引っ張ってきても駄目です。

ですから、これから歴史が過ぎれば過ぎるほど、お父様のほかに、誰でも本が書けるというわけにはいかなくなるのです。私の語ったことが、いつでも問題になります。私がどのように語ったのかが問題になるのであって、他の人が語ったことは問題にならないというのです。他の人たちが語ったことは霊的に連結されません。

7 『原理解説』の次に出てきたのが『原理講論』です。『原理解説』を通して学んだ人が『原理講論』まで教えるので、その水準は大学以上です。国が歩み得るあらゆることが『原理講論』の中に入っています。『原理講論』に、政治問題、経済問題、社会問題、歴史問題に関する内容がすべて出てきます。『原理講論』に精通しさえすれば、世界のどんな国の大学教授にもなることができ、大学教授をも教育して余りある実力者になるというのです。

『統一原理』と『原理講論』

『原理講論』は、真の父母様が明らかにされた「統一原理」を体系化し、講義しやすいように整理したものであり、創造と堕落、復帰など、神様の摂理史全般を解き明かした根本真理を収めている。真の父母様は、一九六〇年代の初めから、変化、発展する時代相に合うよう、「統一原理」の叙述方法と内容の伝達において、より平易で論理化された体系が必要であることを感じ、劉孝元協会長に執筆を指示された。劉協会長は、「統一原理」を宣布された真のお父様の代筆使命者として、『原理講論』の原稿の一つの行、一つの単語の中に、真の父母様の心情と真理を、より完全に込めるため、徹頭徹尾、渾身の力を注いだ。

8 「統一原理」としてこれまで発表した内容の中で、新たに(検討を)試みるものが部分的にあります。しかし、最初から最後まで、啓示の基本的な内容は少しも変更されません。例えば、「創造原理」、「堕落論」、「メシヤの降臨とその再臨の目的」などで見られる中心思想は、決して変わらないでしょう。「統一原理」は、それに対して協議をして変えたり、人々が好まないからといって変わったりするものではありません。そのようなことは決してあり得ないというのです。

9 「統一原理」は、一つの哲学でもなく、学説でもなく、言葉それ自体のように「神様の原理」です。これは神様の不変の真理です。一度その真理が明らかになれば、その原理どおりに生きなければならず、その原理のもとで行動しなければなりません。少なくとも、その原理の成就のための基台が造成されなければならないというのです。そうすれば、サタンが侵犯できません。

ある一人の人が真理と完全に一体になったときには、サタンが彼を神様から引き離して連れていくことができません。例えば、神様とアダム、エバが真理を中心として完全に一つになっていたとすれば、サタンが侵犯する余地はなかったでしょう。

真理は実体化されなければなりません。真理は、生きている人間の中で存続し、完成されなければならないのです。そのようにならなければ、真理はサタンに奪われ、誤って利用され得るのです。ですから、私は、あらゆる条件が造成され、真理がある線まで実体的に具現される時までは、新しい真理を公表しません。

10 「統一原理」は、私の生涯の記録でもあります。それは、私自身の生活経験です。この「統一原理」は私の中にあり、私は「統一原理」の中にいます。多くの人々は、私がただ真理の発表者であり、その伝達者にすぎないと言いますが、私は真理のとおりに生きており、それを具現しました。

したがって、人々が私と私の行動を理解する唯一の方法は、「統一原理」に通じることのみです。「統一原理」を知って研究することによってのみ、私を理解することができます。原理を研究すればするほど、私をさらによく理解できるというのです。

11 お父様が発表すべきことは非常に多くありますが、もう少ししてから発表しようと思います。『原理講論』がすべてではありません。皆さんは、お父様がどこでどんなみ言を語ったかを、まず知って行動しなければならないのですが、そのようにできずにいます。『原理講論』には、お父様について明らかにされていません。『原理講論』にはイエス様までのことが入っています。イエス様を中心として語ったのです。それなのに、『原理講論』だけを重要視すれば十分であるかのように思っています。

お父様がどのようなみ言を語ったのか、心で従い、苦しみを共にして同調しながら、そして、その生活に感激し、あすの歴史創造の旗手として責任を果たせる統一教会の信徒たちにならなければなりません。このような心情が欠如すれば、発展しないのです。

12 お父様は、数多くの学者たちが研究したものをすべて否定するわけではありません。調べてみて、事実ではないことだけを否定するのです。霊界に入り、隅々まで探してみて、(「統一原理」が)事実だということが分かったので、悪口を言われながら、その内容をもって世界と向き合ってきました。

ですから、統一教会のみ言は、「そうだろう」ではなく、「そうだ」です。真理が、「そうだろう」という話がどこにあるでしょうか。物理や化学の公式では「そうだろう」という言葉はありませんが、真理も同じです。実証的で科学的、論理的な結果が出なければなりません。「統一原理」は、「そうだろう」ではなく、「そうだ」です。

私たちが語る心情というものも、漠然としたものではなく、具体的です。私たちが語る人格も、漠然としたものではなく、具体的な人格です。み言も、漠然としたみ言ではなく、具体的なみ言です。この具体的な心情と人格とみ言は、普遍的な妥当性をもってこの現実世界に符合し、この現実世界において永遠の位置を決定して、現実世界のすべてのものを統合し得る内容でなければなりません。

第五節 『聖歌』の発刊

聖歌の起源と意味

聖歌には、真の父母様の苦難と勝利の歴史が余すことなく含まれている。特に、真の父母様は、瞑想と深い祈りを通して多くの聖歌を作られ、神様に賛美と栄光をお返しして、食口たちが歌うことができるようにされた。真のお父様は、一九四六年八月十一日、平壌の大同保安署で苦難に遭われ、約百日後の十一月二十一日、瀕死の状態で釈放され、一九四七年の初め、食口たちを集めて集会をされながら、「勝利者の新歌」を作られた。これが最初の聖歌であった。そして、一九五〇年十月十四日、興南監獄から出て自由の身になられ、二十数日後の十一月初め、平壌で「聖励の新歌」と「栄光の賜物」を作詞された。「聖励の新歌」(の韓国語の歌詞)には、「新」という接頭語が十三回も出てくるほど、新たな出発の決意に満ちあふれており、「栄光の賜物」には、新しい世界と新しい歴史の建設に対する感激と希望が躍動している。真のお父様は、一九五一年、釜山避難時代にポムネッコルの土塀のまで「悩める心に」を、一九五三年、水晶洞(スヂョンドン)の三番目の家で「復帰の園」、「聖苑のめぐみ」を、一九五九年二月十七日、第一回全国伝道師修練会の参加者のために「朝日に輝く」を、一九六一年、全国四十日伝道に派遣された食口を激励するために「統一勇士の歌」を作詞された。特に、「悩める心に」には、釜山避難時代にサタンの勢力から挑戦を受け、追われる生活の姿と、罪人の立場を抜け出して救いの道に向かう聖徒たちの心情が、とても切実に表現されている。「復帰の園」にも、釜山の水晶洞教会時代、あらゆる困難の中でもあとに引くことができなかった真のお父様の、復帰路程に対する覚悟と決意が深く込められている。そして、「聖苑のめぐみ」には、神様に対して常に喜びの心をもって賛美し、栄光をお返ししながら、大きな恵みに報いようという覚悟が込められている。聖歌には、食口たちが作詞した歌と、外部の歌だが、食口たちが好んで歌ってきたものがある。食口たちが作ったものとしては、「我は行く」、「苦難と生命」、「東の勇士」、「わが身の十字架」、「誓い」、「宴のとき」、「栄光の日」、「成和勇士の歌」、「我は供物」、「輝く御国」、「復帰の心情」、「成和青年歌」、「日曜学校こどもの歌」、「成し遂げよう」、「光は東より」、「すべて捧げて」、「一つに集え」、「われら統一勇士」、「新エデンの歌」、「主は来たる」、「農園の歌」、「主はわがすべて」がある。そして、外部の人士たちが作った歌として聖歌に編入されたものは、「園の歌」、「召されし身」、「わが仔羊」、「嘆きを吹きとばせ」、「主の道」、「捜し出された羊」、「心には願えど」、「園の春」がある。一九五六年十月四日、真のお父様と食口たちが作詞した曲を集め、『聖歌』の初版が発行された。

1 統一教会の聖歌の中で、「統一勇士の歌」の内容は、第一が心情です。一番は、「心情の因縁で世界は生き」で始まります。真理の因縁で世界が生きるのではありません。人が生きていくのは、生命の源泉である愛によってです。神様の愛によって、生きていくのです。真理は道しるべです。実体と関係を結ぶための橋と同じであり、心情を伝達するための中間形態です。「心情の因縁で世界は生き」というときの心情は、神様の心情です。

この心情は、神様が今に至るまで堕落したこの世界に対して抱いている、蕩減復帰すべき恨の心情ではなく、解怨しようとする心情です。神様の恨を解いてさしあげようとすれば、まず神様の恨とは何かを知らなければなりません。神様の恨は、御自身が真実に愛し得る個人を探し出せなかったことであり、家庭を探し出せなかったことであり、氏族、民族、国家、世界、天宙を探し出せなかったことです。

2 神様の第一の願いとは何でしょうか。神様が探し出そうとされた個体が恨の条件に引っ掛かっているので、「私によって生じたすべての恨の条件を、私が解きますので、受け取ってください」と言ゐる個体としての解怨が成就されなければなりません。そうして、家庭が解怨成就され、氏族、民族、国家、世界が解怨成就されることが、神様の願いです。

しかし、一つに結んでくださった神様の心情に通じなければ、絶対に一つになれません。人間の権力ではできません。神様の心情から見るとき、世界は一つです。「一つに結ばる本然(もと)の縁」が、本来の私たちの関係です。堕落したこの世界の関係は、私たちの関係ではありません。一つに結んでくださったこの心情が、本来の関係なのです。

その次に、「永遠に授受するわれらの故郷」です。本然の縁によって一つに結ばれることにより、永遠に与え合うようになります。本然の心情を中心として永遠に与え合う、そこにおいて初めて、私たちの本郷が広がるのです。その次に、初めて「幸福」という言葉が出てきます。

3 復帰の心情をもって進む民族は、韓民族です。全世界に光を照らしてあげるので、全世界がその光の中で兄弟になり、願われた善の父母に永遠に侍るのです。そうして、必ずや一つの世界を成し遂げるようになります。「統一勇士の歌」の一番は、心情です。心情の因縁によって、永遠に与え合う私たちの本郷は、すべての人間が暮らす所です。本郷が良いというのは、父母と家族がみないるからです。ここで重要なのは心情です。すべての幸福の道を築いておいた所が、私たちの本郷、幸福の基地です。

二番は、人格です。無限の(愛の)人格によって光を放つ人でなければならないのですが、堕落した人間は、これを失ってしまいました。人格によって光を放つのは、無限だというのです。無限の(愛の)人格によって光を放ち、造られた万物の栄光の灯台にならなければなりません。そうして、生命が湧き立つ本然の姿にならなければなりません。これが、人間の価値の主体になるのです。ですから、それ自体が永遠に、万世に希望の価値として花を咲かせるのです。永遠の万世に希望の価値をもった存在として、全宇宙に花を咲かせる人になるのです。

三番は、真理の世界です。「秩序の基に真実を立て」の「秩序」とは、真理の世界を意味します。真理による秩序の基の上に、「真実」を立てなければなりません。それは、人類が必要とする「真実」を立てるためです。「真実」とは、永遠を約束するものです。永遠を約束する不変の価値、高く立てられる真理の標柱です。このような標柱をもった人は、変わらない価値をもった人です。揚々たる善なる日を美しく飾るのです。永遠に伸びていく善なる一日一日を美しく飾るというのです。

四番は、「東方(あずま)に明ける輝く文化、全ての民は同胞(はらから)と、願いし善き父母永遠(とわ)に侍り、誓いて成さん一つの世界」です。このように見るとき、心情によって人格をつくりあげるのですが、人格をつくりあげようとすれば真理がなければならないということです。その次に、一つの世界に栄光が臨むようになるのです。皆さんはそのような栄光を得るために、これから進まなければなりません。

4 「勝利者の新歌」は、私が作ったものです。この歌の四番に、「創りし主のみ旨」が出てきます。このみ旨を出発しながらつくった昔の歴史が、きょう、花を咲かせた現場、新しい天国の名前を代表する天一国の広場を前に、最初の年、最初の朝の集まりでこの歌詞を聞きながら、本当に感慨深かったのです。その夢は、偽物の夢ではなく(神様の夢であり)、神様の代わりに(私が)夢見たものだったので、間違いなく成し遂げられるというのです。

5 「栄光の賜物」というときは、栄光の言葉よりも、苦労した話が先に出てきます。苦労が、すべてのものを支える土台になっていることを知っているからです。地上世界と天上世界が一つになるようにしようとしたので、「迎えん」という言葉を繰り返しました。そのように生きた人は、涙なくして向き合うことができません。

監獄から出てきて作ったのです。東方に寂しく来て、西方に行けば、福が来ると思ったのですが、反対を受けました。願いに願ったあらゆることをすべてしてみました。すべて、徒労だというのです。私一人で行かなければなりません。アメリカと国連までも救う道を行かなければならないと思い、今、ここに入ってきて、忙しくそのことを清算するのです。

6 興南監獄から出てきて、平壌で食口たちを収拾するとき、私が精誠を尽くしながら作った歌が、「栄光の賜物」です。その歌を聞けば、その時の状況がどのようなもので、お父様の立場がどのようなものであるかが、よく描かれています。

そのような過程を経てみてこそ、その歌が自分の歌になるのです。そのように生きなければなりません。他人の歌ではありません。「私」の歌であると同時に、私の家庭の歌であり、私の家庭の歌以上に私の一族の歌であり、私の国の歌であり、私の世界の歌だというのです。

そのような過程を経てこそ、永遠のあの国(霊界)に行き、父母様に侍って一緒に喜び、幸福を享受できる解放された王子、王女になることができます。皆さんは、そのような過程を経なければなりません。

7 「園の歌」を歌いながら酔いしれ、涙を流し、「壁も私の友達だ」と言いながら暮らした頃が懐かしいときが多くあります。この「園の歌」とは、夫と妻の夫婦で暮らすその園、そのような環境のことです。そのように生きなければなりません。お互いが主になり、主の相対になって、すべてが喜び得る花が咲いたので、香りが漂わなければならず、蝶と蜂が和動しなければなりません。千種類のものが和合し、和動しなければならないというのです。町内に住みながら、関心を残せる夫婦になれなければ、その町内で負債を負うのです。

8 統一教会員は、「園の歌」の歌声が聞こえれば、いくら遠くにいても、みな喜びます。その歌声がする所に行ってみたくなるのです。そこに行って一緒に歌えば、良かったり悪かったりという喜怒哀楽が同伴するようになります。言葉というのは有り難いものであり、言葉の中でもさらに有り難いものが、歌です。

真の父母様の愛唱曲

真の父母様は、各種の集会で自ら歌を歌われたり、食口たちを呼んで歌を歌わせたりしながら、雰囲気を盛り上げられた。「サランヘ」、「オンマヤ、ヌナヤ」は、名節行事や和動会で御夫妻が一緒に歌われ、食口たちと合唱した歌である。真の父母様は、本郷を失ってしまった人類の救いを思われ、故郷を慕う歌詞が記された歌(「カゴパ」、「故郷無情」、「郷愁」)と、寒はに打ち勝って春に芽生える新芽のように、新しい生命と希望が躍動する春の歌(「春の乙女」、「四月の歌」など)も好んで歌われた。真のお父様は、麗水(ヨス)の清海(チョンヘ)ガーデンで海洋摂理を主管されながら、「舟歌」を日本の食口たちと熱唱され、日本の歌である「故郷」や「赤とんぼ」も食口たちと共に合唱された。孤独なみ旨の道を象徴する独島(トクト:竹島)に関する歌詞が記された「ホルロアリラン」と、変わることのない衷情を歌った「千年岩」も好まれた。聖和(ソンファ)の直前には、お孫様を膝や机の上に座らせて、「翁草」を一緒に歌って楽しまれた。「大韓八景」や「祖国賛歌」などを歌い、神様の国が早く訪れることを念願された。

9 「ホルロアリラン」は、独島(竹島)に関する歌ですが、「トクト」は、「独」の字に「道」と考えることができます。台風に遭い、小さな顔(島)がどのように一晩を過ごしたかというのです。白頭山(ペクトゥサン)の澄んだ水と、雪嶽山(ソラクサン)の澄んだ水が東海(トンヘ:日本海)に(流れ)、東の方を訪ねていきます。日が昇る所を訪ねていくのです。その次に、船に乗っていくのですが、独島を訪ねていき、錨を下ろして、朝日を浴びるというのです。統一教会員たちは、この歌をみな知らなければなりません。

独島は、寂しい島ではありません。島は、エバを意味するのです。エバが道を修める「独道」です。女性たちが子女たちを抱き、この独島の歌を教えてあげなければなりません。これは、涙なくしては歌うことができません。内容が深いというのです。

10 「千年岩」の歌は、お父様にダンベリー生活を回想させる歌です。お父様は、監獄に行くからといって寂しいのではなく、離れているからといって寂しいのではありません。太陽の光は、夜も昼も、どこでも遮られることなく、明るい光の王権をいつでも維持できるというのです。ダンベリーを思いながら、この歌を歌わなければなりません。

二番は、夕方になり、夜が更けるようになることを意味します。夜更けになれば、私が息をして暮らしている所を明るくするのです。暗闇の世界に行っても、み旨の道を証しなければならず、監獄にも天国の光を照らさなければならないというのです。そのような意味で、お父様は「獄中の聖者」という言葉を残しました。

その次に、最後の部分は、世の中に羨むものはないということです。今やすべて知り、すべて体験し、すべて探し出しました。そして、「歳月が行き来する町角」では、角度を合わせなければ落ちるというのです。そのようなことを考えなければなりません。

自分勝手にしていては、脱落してしまうのです。自分が行くべき道をまっすぐ訪ねていって、天が願う理想天国を創建し、主人になりなさいということです。

11 「カゴパ」は、アリラン峠を越えて、故郷を愛し、国を愛する道を訪ねていこうという歌です。アリランの十二峠を越えていくのです。それが、統一教会が行く道と合います。復帰路程に一致するというのです。歌詞の内容が、故郷を慕いながら、本郷の地を求め、祖国光復のために行くべき復帰路程と同じなので、この歌を歌うのです。

その歌詞が問題ではなく、その歌の内容をどのように消化するかが問題です。夜には昼を慕いますが、黎明が過ぎれば、昼が訪れてきます。迫害を受けるのは、怨讐世界のあらゆるものを相続させるための神様の経綸です。ですから、迫害は悪いものではありません。

迫害を、自ら進んで探し求めていく人には、峠の向こうに平地があり、さらに大きな山を越えれば、さらに大きな平地が生じるのです。そこに湧き水が流れ、続いて小さな川ができて、さらに大きな川となって、国を東西に貫いて包容できる波として流れていくその周辺には、無限の平原、広野が生じるというのです。故郷を離れたのちに帰ってくる切実なその心情が、復帰の心情を求めていく統一教会の事情と一致するのです。

12 「広野の男」という歌があります。男であれば、すべてのことを放り投げて、荒涼とした広野を走るのもよいのです。一度、そのように生きてみる必要があります。妻が伝道の一線に出ているときに、夫がずだ袋で食べ物を背負い、お金をもってその妻を訪ねていく気分は素晴らしいものです。道端の大きな木の下で、哀れな姿で出会い、過去の自分の過ちを悔いる心をもって、「お前、どれほど苦労しただろうか。座ろう。お前は寂しい立場で困難を克服しながら、私を背後から支えるために苦労してくれた」という場において、千年の愛の絆が結ばれるのです。

13 「輝く大韓」に出てくる「ディンドンデンドン」というのは、詩的で音楽的です。統一教会を「ディンドンデンドン教会」と言ってもよいのです。どこに行っても、高い所、低い所に拍子を合わせられる、良い内容の言葉です。

統一教会は、本当におもしろい教会です。年を取った人、若い人など、様々な人々が集まって話をすれば、通じることができ、理解することができます。塀が高くないので、和合することができるのです。友達になり、親しく縁を結べる良い所であることを、私は感じます。誰かに初めて会っても、距離が遠くなく、塀で塞がれていないことを感じられるのは、幸せな環境です。

皆さんが信仰生活をするとき、そのような面を備えて、一生の間、生きるその影響圏というのは、どのようなものでしょうか。どこに行っても影響を及ぼして生きることができ、記憶に残る指導者たちが多く生まれるでしょう。このような願いを抱いて、私もこのことを続けているのです。

14 「大韓地理歌」の内容が良いのですが、そこに愛国思想が入っています。統一教会を信じる世界の人々は、この歌詞の内容に従い、韓国に関する知識基盤を中心として、思想と伝統を受け継がなければなりません。その次に、白衣(びゃくい)民族、倍達(ペダル)民族の弘益(ホンイク)理想をもって、神様のみ旨に従える民にならなければなりません。そのような思想的骨子がすべて入っているので、著者が誰か、私が調べてみたところ、牧師である私の従祖父がこの文を書いて、私の父に教えてくれたというのです。

15 統一は、私たちの精誠によって、私たちの力によって、私たちの努力によって成就しなければならないという思いをもって、「統一の歌」を力強く、一度歌ってみましょう。私たちが行くべき道は、韓国と北朝鮮を復帰することです。しかし、共産主義は世界的な体制を整えて、がむしゃらに根を張っています。ですから、共産主義を屈服させ、三千里半島から追放する時まで、私たちは茨の道を行かなければなりません。この国を早く復興させなければなりません。

私たちの家庭が内外に団結し、南北を統一して、自主的な国家を形成しなければならないのです。私たちは、世界的な怨讐サタンと対決しています。ですから、内的な復興をしなければなりません。外的な復興は、内的な復興の上で自然に存在するようになります。神様を愛し、真の父母を愛し、氏族を愛し、家庭を愛すれば、復興するのです。

第六節 清平聖地の開発と修練所の建設

清平聖地の選定

真の父母様は、一九六〇年代から人種と文化、宗教、国境などを超越して、世界の人々が共に集まって暮らす天一国共同体モデルを立てるため、京畿道(キョンギド)加平郡(カビョングン)にある清平湖一帯を中心に、多くの精誠を注がれた。特に、釣りとテント生活を通して精誠を尽くされながら清平一帯の土地を購入し、摂理の基盤とされた。真の父母様は、一九七二年七月十日、清平修練所の前の蔚業山(ウロプサン)の頂上から、この一帯二十一カ所の名前を新たに命名された。裏山である天聖山(チョンソンサン)は本来、長楽山(チャンナクサン)と言い、屏風の形をしている。真の父母様は、山頂から少し下った所にある平地を本殿聖地と定められた。今日の天正宮博物館が建てられた所である。周辺の山野は、修練所を中心に牡丹の花の形をしており、復帰されたエデンの園を象徴している。

1 お父様は、韓国全土の山河をすべて回ってみました。一九六〇年代に皆さんを全国各地に配置して、全国の名山をすべて踏査してみたのです。統一教会の錨をどこに下ろすか、この基盤をどこに築くかを念頭に置いて、踏査しました。良い場所は、必ず湖を挟んでいなければなりません。しかし、東海岸はソウルからあまりにも遠いのです。西海岸は都市が集中していて、干満差が非常に激しく、海水が引けば干潟になり、また泥水なので良くありません。ソウルから(車で)三十分くらいの場所を探し求めたところ、雪岳面(ソラクミョン)の松山里(ソンサルリ)を選ぶことになりました。その地域は本当に素晴らしいのです。私が清平地域で最も良い場所に定着したのです。

2 お父様がここ清平に来てみると、良い場所でした。ですから、ここに定着して祈り始めました。私が一生の間、精誠を捧げて祈る道をつくり始めたのです。どんなグループでも、最高のグループは、精誠の基盤の上に立てられています。このようにして、独りで蔚業山の頂上に登って祈ったのが、ついきのうのことのようです。私は、一握りの基盤しかない人ですが、決心したことで、今までできなかったことはありませんでした。一度やると言ったことは、必ず成し遂げてみせるのです。

3 お金は、国家的、世界的で、天的な内容を中心として使わなければなりません。そのように考えるので、父母様は清平に土地を買っているのです。そこに土地を買うのは、世界のためです。世界のために働ける基盤を築いておくために、清平に土地を買うというのです。今や民族時代を過ぎ、漸進的な世界時代の前に立ったので、この時代のための国際的な教育機関を造らなければなりません。ですから、堂々としているのです。そのためには、いくらお金を使っても良心の呵責を受けません。

4 清平の地は、世界の祖国の地、全人類の心情的故郷の地にならなければなりません。天地が仰ぎ得る勝利的創造理想を完成させ、天地が連結されて神様の心情を解怨成就できる地になるだけでなく、世界の故郷の地になり得る神聖な土地になることを祈ってきたのですが、これが本格的に出発できる時点に達しました。ですから、この周辺の八百万坪の土地を買ったのです。

山とこの周辺の土地は、私たちの未来の故郷のための地です。すべての信仰者の故郷になり得る基地になっています。今、世界百八十五カ国に私たちの基地がありますが、父母様の願いは、ここをその百八十五カ国のあらゆる歴史的伝統を展示できる歴史的な基地にすることです。それだけでなく、この基地で各国の文化を背景にした伝統を新たなものにすることができ、天との関係をどのように結ぶかを教える修練所、教育場所を用意するのです。そのようにするために準備した土地として祈っていたことが、そのまま歴史的な事実として連結され得るようになりました。このような世界版図を統一教会がもったことは、驚くべき勝利の結果であると考えているのです。

5 お父様は、よく清平に行きます。待っている人がいるから行くのではありません。誰もいないのです。私が昔、この道を築きながら苦労したその場所が慕わしく、山野が慕わしく、聞こえてきた風の音と鳥の声が慕わしくて行くのです。その流れいく自然の摂理を通して、天の感動的な世界に接触したその気分が慕わしくて行くのです。その慕わしさは、死ぬまで誰も抜き取っていくことはできません。

困難な立場で、おなかをすかせた立場で耐え、瞑想をしながら天と共に絆を結んだ、その時間が慕わしいというのです。吹いてくる風の流れを感じるとき、それが過去の認識を現実の生活圏内において促してくれるからです。過去に感じたそれが刺激的な動機になったとすれば、現実では生活的な動機として顕現し得る立場になるので、それを好むのです。

6 父母様は、清平の地形が良いことを知り、土地を買い始めました。清平湖を中心として、私たちの修練所を造る場所を準備したのです。今、修練所があるその場所は、本来、家を建てられる敷地が全くありませんでした。そこには墓が一つと、桑の木が十五本くらいしかありませんでした。清平全体の山野を回りながら見てみると、そこが中央地帯でした。ですから、仕方なくそこにテントを張り、土地を買い始め、修練所を建てたのです。

今まで土地をたくさん買ったのは、今後、ここを国際修練所、世界の若者たちが来て修練を受けられる世界本部のような所にしようという計画があったからです。ここにあるそれぞれの谷間を、アメリカ村、イギリス村、ドィツ村などに定めるのです。そのようにしておけば、世界の人々がここを誇り仰ぎ見る、一つの観光地にもなるだろうと考えます。

7 清平は、すべてのものが完全に定着して、新しい出発ができる所です。その名称もそうです。清平の「清」は清いことを意味し、「平」は平らなことを意味します。すなわち、清平は清く平らなことを意味するのです。ですから、すべての整地作業ができているので、設計して柱さえ立てればよいのです。いつでも出発できるというのです。

8 清平修練所の前を右に渡っていけば、平らな土地に私たちの別荘があります。その別荘は「天留荘(チョニュヂャン)」というのですが、その裏に行って見れば、本当に絶妙な所です。この地域全体が牡丹の花のようになっているのです。

平壌に牡丹峰(モランボン)があるでしょう。その牡丹峰はなぜ有名なのでしょうか。牡丹の花を見ると、花びらにぐるりと囲まれたその真ん中に、黄色(の雄しべと雌しべ)が調和をつくり出すようにして存在しています。それは、種を産む所だからです。平壌の牡丹峰は、そのような地形なので有名なのです。

それと同じように、この地域は、天聖山(チョンソンサン)を中心としてそのようになっています。この山を越えると、全く風情がなく、登って見てみれば、好き勝手になっています。しかし、天聖山を屏風として、前に連結されているすべての山野が、牡丹の花びらのようになっているのです。

9 清平修練所の前庭から眺めると、川の水が流れているのを感じることができません。川の水がどこから流れてきて、どこに行くのか分からないのです。川の水が入ってくる道も分からず、出ていく道も分からず、湖のように思えるほどです。そして、この修練所から見下ろせば、それこそ絶景です。ここは、湖畔と山野が調和した美しい場所として、世界に誇る価値があります。このような景色の良い所に来て修練をしてこそ、修練生たちが山を眺めても、庭を眺めても、高尚な考えをもつようになるのです。夕暮れの山頂、一番高い峰に沈んでいく太陽や、明け方、高い峰に昇る太陽、その中を飛んでいる鳥、その中で慟く人々の風景など、このようなすべてが調和するようになるとき、思わず見とれて夢想圏内に入っていきます。空想したり、夢を描いたりもするというのです。これによって、若い人々の気迫が大きく上昇します。

ですから、未来において一度、この水に乗って大西洋を渡り、あの山を越えてヒマラヤ山脈とインドを通過するなど、このようにいくらでも連想できるあらゆる材料になるのです。人々が景色の良い所を好むのは、新しいアイデア、新しい夢を描けるからです。飛んでいく鶴が一幅の絵のように調和したり、青い湖に小舟が一艘浮かんでいたりしても、詩を詠むようになります。また、うれしくなれば思わず立ち上がり、拍子を合わせて踊りも踊るのです。そのようにできる環境的条件を備えた所が清平修練所です。

10 清平修練所一帯を見れば、本当に形が整っています。この修練所の裏山全体を「天勝台(チョンスンデ)」と名づけました。そして、裏山は本来、「長楽山(チャンナクサン)」というのですが、私が「天聖山」と名づけました。「天聖山」をはじめ、三つの峰があるのですが、その真ん中の峰は「聖」の字を書いて「天聖山」、右側の峰は「成」の字を書いて「天成山(チョンソンサン)」、左側の峰は「城」の字を書いて「天城山(チョンソンサン)」としました。

三つの「チョンソン山」は、それぞれ「神聖」を表し、「完成」を表し、「保護」を表すのです。この三つの「ソン山」を定めるとき、一里以内にこの山よりも高い山があってはいけないと考えました。さらに高い山がある山脈が、その山並みを伸ばして長楽山を経ていくようになっていてはいけないというのです。それで、お父様が登ってみると、長楽山が高々と直線になっていたというのです。それこそ、本当に形が整っていて、屏風のようになっていました。

そして、ここの水は、一日に何百回と、いつでも変化します。これは造化を意味します。造化というのは、希望を意味し、無限を意味し、全体の繁栄を意味するのです。そのような点から見るとき、この清平修練所の位置は、非常に明堂(ミョンダン=風水説でとても良いとされる敷地)だというのです。

11 清平修練所の前にある湖を「天心湖(チョンシムホ)」と名づけました。そして、前の山は「仙人峰(ソニンボン)」と名づけ、それから「天成山」の右にある山を「天善山(チョンソンサン)」と名づけました。修練所のすぐ前にある山の名前を、お父様が頂上に登っていって「仙人峰」と命名したのです。

そして、ここの修練所の右に、「天聖山」に向かってずっと伸びて上がっている所を「天引台(チョニンデ)」と名づけました。今後、私たちの修練所の本館を造る場所です。そこは精誠の度数が満ちていて、外国から訪ねてくる特別な人々以外は絶対に入れません。聖域地帯をつくって王宮のようにするのです。あの山の下には、一万五千坪ほどの平地を造れる所があります。そこから道を造ろうとしているので、神様が導かれるという意味で、「天引台」と名づけたのです。このように、すべてその名前を解き明かせば、理想の園が現れるようになっています。

12 世界の人々のために尽くすことができる場所がなければなりません。そこが清平です。この清平の地に国際修練場を造るのです。今後、そこには何を造るのでしょうか。私たちの宣教部がある各国のブロック、つまり日本であれば日本ブロック、アメリカであればアメリカブロックを造ります。膨大な地域を買い、アメリカブロックであればアメリカ人たちに任せるのです。アメリカ人たちが来て修練を受けられるように、アメリカ人たちの趣向に合う村を造ります。各国の文化を総合できる環境都市、総合村落を造るのです。

そして、その中央に私たちの修練所を造るというのです。そうして、外国で苦労した人々は、必ずこの本部に来て修練を受けさせ、本部に来て修練を受けて帰ることを光栄だと思えるようにしようというのです。そのようにするためには、景色が良くなければなりません。そして、外国の人々が韓国に来て巡回するとき、印象に残る所にしなければなりません。

清平修練所の建設

真の父母様は、一九七一年七月十二日、ソウルの青坡洞(チョンパドン)と京畿道(キョンギド)九里市(クリシ)の水澤洞(ステクトン)に続く、摂理史の完成的聖地として、京畿道加平郡雪岳面松山里山七五の一番地に、清平修練所を建てられた。この修練所は、建坪九十三坪、講堂七十坪で、二百人以上が寝泊まりできる木造スレートぷきの建物だった。真の父母様は、梅雨期の悪天候の中でも毎日現場を訪れ、一つ一つ監督された。修練所の最初の集会は、十二日から五日間、二十八人のキリスト教牧師が参加する中で開かれた全国牧師夏季修養会だった。

13 清平に修練所を造るとき、二カ月ほどかかるところを、八日で完成させました。七月一日に「土台を築きなさい」と言って、二日から建築を始めました。ですから、一週間ですべて造ったのです。清平に造った修練所は九十三坪です。修練所の講堂だけでいえば約七十坪になるので、二百人以上は寝ることができます。

そのような建物の建築を、一週間でやり遂げたのです。きょうまで入れれば、満十日になります。きょうは一九七一年七月十一日ですが、本来はきのうまでに終えようとしました。ですから、きょうを越えてはいけないというのです。このように、八日間ですべて終わらせ、その次には色を塗るのです。ペンキを塗って、約三、四日間で飾り付けをします。しかし、その飾り付けは、大げさにするようにはなっていません。なぜなら、今は避難する最中にお嫁に行くのと同じだからです。美しく装うことなくお嫁に行っても、新郎に会って幸せに暮らせばよいのです。

14 清平で修練所を造るのに、天気さえ悪くなければ計画どおりに進行したでしょう。ところが、梅雨になったので問題です。きょうか、あすくらいに作業が終わると思っているのですが、終わらなくても、あすはキリスト教の牧師たちが集結することになっています。きのうは、雨が激しく降り注いでいるのに、材料を購入してきて仕事をしなければなりませんでした。

そうかといって、電話があるわけでもないので、直接出掛けて材料を購入しなければなりませんでした。仕方なく、お父様が土砂降りの雨を浴びながら船に乗って出てきました。雨がどれほど激しく降っているのか、船に乗って出てくる姿が、あたかも逃げ出す人のようでした。後ろから機関銃で撃ってくるので、それを避けるために逃げ出してくる、そのような立場と同じでした。そのようなことが、本当にたくさんあったのです。

15 天幕を張っておき、キリスト教の牧師たちを迎えて修練をするのは、私たちの教会で初めてのことです。天気は雨が降ってじめじめしているのに、テントから出たり入ったりしなければならないので、本当に悲惨だというのです。このような立場で全般的な計画を立て、「一九七一年七月八日までに修練所を建てなさい」と言ったのです。

このような状況で、働く人々を何としてでも集めなければなりませんでした。ですから、今回、約三十人を地方に人事異動するとともに、地区長のもとにあった部長クラスのポストがなくなったので、その人々に対して、すぐに上かってきなさいと伝えました。清平で特別修練会をしながら、彼らに地面を掘るように言ったのです。

16 清平で働く人々は、今まで数十日間、地面を掘りました。そのようにしながらも、普通四時間から五時間しか眠ることができません。ですから、死にそうだというのです。きのうは、私が「負傷者は立ちなさい」と言うと、二十六人中、八人が立ちました。三分の一が負傷者でした。それで状態を見たのですが、ひどい負傷ではありませんでした。その場は、蕩減する場です。私は今回、地区を新しい編制に改編しましたが、地区で実務の責任をもっていた人々を計画的に呼んできたのです。

17 私は大工ではありませんが、何十年と家を造ってきた人がする仕事も、私がコーチをしてこそ、きちんと仕上がるのです。そのようなことを見れば、専門家というのがほかにいるのではありません。深刻な立場でその標準の価値を中心として観察するようになれば、それが合うのか合わないのかすぐに分かるのです。オンドルを敷くのも、お父様が「オンドルはこのように敷かなければならない」とコーチするのです。

ある時は、井戸を掘る人々が来て、井戸をどこに掘るべきかと尋ねたのです。大工たちが仕事を誤って私に厳しく言われ、再び取り外して作業をするのを見て、自分たちも間違ったら(厳しく)言われそうなので、私の所にやって来て尋ねるのです。ですから、「井戸は、固い土地と柔らかい土地の境目があれば、その境目が直線に伸びて折れる所を掘れば、水が出てくる」と答えると、「いつ井戸を掘る方法をみな学んだのですか」と言うのです。私が何を学んだというのでしょうか。道理がそのようになっているというのです。

今まで統一教会を指導する責任者として、すべての問題を解決してきたことが、今やすべて公式化されています。さっと見て、このようにしなければならない、ということがすぐに分かるのです。今はこうだが、結果はこのようになるだろう、ということが分かるのです。見るときは、一カ所だけを見るのではなく、全体を見ます。家の敷地をならすときも、全体を見てならすのです。すべてがそうです。

18 清平修練所の屋根にスレートを載せるのですが、スレートを持ってくるように三日前から契約していました。ところが、その時、連絡を取る人がどこかに行ったので、工事の最終日にもスレートが到着しませんでした。大変なことになったというのです。全国牧師夏季修養会に参加するためにキリスト教の牧師たちが来るのに、その日に終わっていなければ、あらゆるものがすべて崩れるのです。

ですから、お父様が追い回しながら、「お金を出さなければスレートを渡すことはできない」と言うところを頼み込み、さらに小型の発動機船を借りて夜十一時半にようやく修練所に積んできました。それをすべて降ろすと、午前二時半頃になりました。ですから、発動機船は帰らなければならないのですが、既に夜が更け、通行禁止の時間になっていたので、その主人がここで一晩泊まることになったのです。

ところが、その人が寝て朝起きてみると、夜の間にスレートはもちろん、屋根の棟まで載っていたのです。その人は、その時、雨が降っていたので、「臨時であのように載せておいたのだろう」と考えたのですが、どうしたことか、載せられたスレートの上には、働いている人が一人も見えないのです。夜中の数時間の間に、完全にスレートを載せて屋根を覆ったのです。ですから、この家には、「お化け屋敷」という別名が付きました。

これをよく見てみれば、色を塗っておいたのでよく似合います。また、立って眺めてみると、平たいものがひれ伏して修行する形になっています。ですから、お父様は今後、この地域が世界的に有名になると考えるのです。

天宙清平修錬苑起工式と奉献式

真の父母様ば、一九九七年三月十日、旧・清平修練所一帯に、全世界の食口たちを教育する国際的規模の天宙清平修錬苑(天城旺臨宮殿)を建てる起工式を挙行され、一九九九年十一月七日、完工とともに奉献式を行われた。

19 一九九七年三月十日、きょうは清平聖地で天地が記憶し得る場を整え、統一家の新しい訓練道場、あるいは精誠を捧げる聖殿、ひいては天と地が連結され得る一つの心情的世界を出発する起源地、一つの宮殿と言える建物を造るために、起工式を行う日です。この事実は、歴史的であり、天の摂理史に何よりも重要なこととして記録されるでしょう。

この清平聖地は、私には忘れられない所です。現在、造られたこの修練所を中心として、今から三十年前に誰も知らない統一教会という小さな教団をつくり、ここが摂理史において世界万民が仰ぎ見ることのできる超宗教的で超理想的な基地になるだけでなく、故郷の地になることを考えて発表しました。その三十年前を思えば、感慨深いのです。

20 清平の地は、霊と肉を中心として、天地と協力した立場で個人が出生できる基地、家庭が出生できる心情的基地、あるいは国家が出生できる心情的基地、さらには世界と天地が出生できる心情的基地だけでなく、地上天国と天上天国を建設できる心情の基地になり得る地です。

統一教会が試練を克服できる立場に立つとすれば、飛躍的に発展することができます。世界の若者たちが集まって教育を受け、祝福家庭が修練を受けて世界に前進していけることが、この清平の地で成し遂げられるという事実は、大韓民国のすべての地に代わって誇ることもでき、民族と国家が誇るだけでなく、アジアと世界の全人類が誇り得ることなのです。

21 きょうは、清平聖地に神様の殿堂を起工する祝賀の日になりますので、この基地が天と地を連結し得る板門店(パンムンヂョム)になれるよう許諾してください。分裂した南北を統一し、天の統一的金門店(キムムンヂョム)になり得る表示として、霊界と肉界において善悪を分別することができ、正義の基準を立て得る一つの出発基地を建設する起工式になりますので、天地全体が祝賀の日として迎え、神様を中心として地上の真の父母と一つになり、心情的土台を準備し、永遠の歴史時代と後続時代を越えられるようにしてくださり、心情的統一圏を連結させ得る、歴史を代表した伝統の橋梁となれるように祝福してください。万民を兄弟愛で束ね、万国を一つの兄弟国として束ねて、天地が一つの兄弟国家として、神様と真の父母が統治する、新しい地上と天上の王権時代に進入できる祝福の門を大きく開いてくださることをお願い申し上げます。

霊界に行ったすべての先祖たちが、地上に連結されたその子孫たちと一体化し、平和の世界に向かう統一的理想が日進月歩するよう許諾してくださり、あなたの願いである長子権復帰を通過し、父母権復帰を通過して、王権復帰時代に全世界を一つの国として抱き得る神様の全体・全般・全能時代に進入できるように祝福してください。ここに集まった各国の食口たちが精誠を捧げ、起工式を祝うこの場を喜んで御覧くださり、万国と連結され得る祝福の拠点となるよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。

22 一九九九年十一月七日、天城旺臨宮殿の奉献式に先立ち、天が注視する中、天上世界の祝福家庭と地上世界の祝福家庭が一体となって神様に侍り、勝利の主権顕現を霊肉で誓ゐる、勝利の宮殿の名をもつ拠点を奉献するこの日を迎え、この聖別式を行うようになったことを心から感謝申し上げます。

天がこの日を記憶し、天の所有権として決定して、千年、万年、子孫万代が仰ぎ見る基地となり、愛の伝統的霊肉一体心情圏の出発基地としてください。ここが天下に思慕の宮殿となり、愛の宮殿となり、血統的関係を尊重できる崇拝の宮殿になるよう許諾してください。

それによって、常に天地父母が中心になり、万世の愛の統治権によって、愛で連結された世界化運動において、聖別拡大のための記念的な一つの起源の地となるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます。

23 韓民族はもちろんのこと、世界に広がっている数多くの国々が一つの血族として単一民族圏を編成し、神様を中心とした自主的な愛の主権世界を建設するために歩んできたすべてが、国家を越えて世界化時代に先頭の位置に立って模範を示すべき出発の出現基地として、この宮殿を建設いたしました。これを(天の)お父様が直接主管され、霊界全体が一体化し、祝福を受けた先祖たちと地上の祝福を受けた子孫たちが一つになって、統一天下、平等、平和の世界に前進できる解放地上天国、解放天上天国の時代を迎えるようにしてください。

このすべてのみ旨を引き継いで、万民の胸に生命の絆を通し、愛の血統的な結束を誓う修練宮殿として、お父様のみ前にこの時間、奉献いたしますので、天上世界にいるすべての霊たちと、すべての存在たちが注目する場において、地上の全世界の人類を代表し、万物を代表し、焦点を合わせた勝利の一つの基地として、あなたの天の国の王子、王女の権限を備えられる勝利的な人間の解放者たちを養育てきる殿堂として、受け取ってくださることを切にお願い申し上げます。

天正宮博物館入宮および奉献

真の父母様は、神様王権即位式を挙行されたのち、二〇〇一年七月八日に本殿聖地である天正宮博物館の起工式を行われた。そして、五年後となる二〇〇六年六月十三日、天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮・戴冠式を挙行された。真の父母様のみ言によれば、本殿聖地とは、神様が住める皇宮であり、本然の家である。そして、天正宮博物館は、「二人が正しく造った宮」であり、神様が主権をもって、万事を主管できる主人の中の主人、王の中の王となられ、億兆蒼生が永遠に共存、共生できる天国理想圏の本宮である。

24 清平に、天の国の王宮を造るのです。国連に加入した国家全体が一つになって、地上に造らなければなりません。ロシアのような国も、王宮を立派に造りました。フランスのルーブル博物館のようなものが問題ではないほど、その何倍以上、価値あるものとして精誠を尽くし、永遠の宮殿を造らなければなりません。それが、神様のみ前に相続を受けた私たちが果たすべき義務だというのです。

25 天正宮博物館は、神様の故郷であり、神様の祖国であり、人類の故郷です。「天正」は、二人が争いを解消してしまったことを意味します。ひっくり返すのです。「宮」の字は、ウ冠(宀)の下に法を意味する「呂」の字が合わさったものです。天の正しい法が、宮を調整するという意味があります。ですから、天正宮博物館には、勝手に来ることはできません。四位基台の祝福を経て、三代が解放の立場を備えなければ、入ってこられないようになっているのです。

26 真の父母様の家庭が、旧約時代、新約時代、成約時代の三時代圏を代表した三代が一つになって四十カ国の巡回集会を完結することにより、天正宮博物館に入宮するようになりました。天正宮博物館に人宮するためには、あらゆる条件から自由になることができるように蕩減しなければなりません。ですから、摂理史と一致するプログラムが進行しているのです。

天正宮博物館の「天」の字は、二人を意味します。「正」は、「止」の上に「一」の字をかぶせておいたものです。正してくれるのです。「正」の宇がそうです。すべてのものを蕩減して、停止しなければなりません。天の統一的な横的基盤、真の父母の基盤を中心として停止し、入っていくべき所が天正宮博物館だというのです。そうして、今、新たに出発するのです。

27 天一国の名を中心として、王権即位式、王権奉献式を終えました。そして、この場は、その王権を代表した天宙父母と天地父母と天地人父母が合徳し、善の王の中の王として、戴冠式を終える場でございます。

あなたのみ前に申し上げます。あなたの勝利の基盤を築くため、これまで主管した全体、関わりをもったすべての所有権、すべてのものをみな分け与え、今や、(天の)お父様のみ前に何の荷ももたないまま、忽然とこの場に立ちました。その代わり、エデンにおいて失ってしまったアダムの血統を取り戻す主人となられ、カインがアベルを殺すことによって繰り広げられた混乱の世界の中で主人となられて、カイン・アベルがなく、争いがない国を取り戻すための、あなたの天一国理想心情統一圏、統一的家庭形態の世界的版図を、お父様のみ前に整えてさしあげるのでございます。

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