真の家庭運動の必要性
真の家庭運動は、人間の先祖の堕落によってつくられたこの世界を、神様を中心とした創造本然の世界に復帰するに当たって、最も根幹となる摂理的活動である。特に、神様を中心とした理想家庭を通し、地上・天上天国を実現しようと、人種と国家、宗教などを超越し、世界的規模の祝福結婚式を展開している。真の父母様は、青少年の純潔運動とともに、祝福結婚式を通した真の家庭運動を、大々的に展開された。
1 悪の実を植えた人類の先祖によって、悪の結実となったものが青少年の倫落と家庭破綻です。アダムとエバが堕落することにより、家庭が破綻しました。その結実が世界的に成し遂げられるので、それこそ、今は大患難時代です。国や世界がすべて患難なのですが、一番の根となる家庭が、患難を迎えたというのです。どこに行くべきかを知りません。おじいさんがおじいさんの役割を果たせず、父母が父母の役割を果たせず、夫婦が夫婦の役割を果たせず、子女が子女の役割を果たせない時代になりました。そこに個人主義思想が位置を占め、神様もなく、世界もなく、国もなく、社会もあり得なくなったのです。
2 世の中で、価値観の没落について語っていますが、その価値観は、金銭的な価値観でもなく、知識的な価値観でもなく、政治的な価値観でもありません。価値観の一番の中心になるものは、真の愛の価値観です。
真の父母が、真の愛の価値観を受け入れて立てなければならず、真の夫婦がその価値観を受け入れて立てなければならず、真の子女がその価値観を受け入れて立てなければなりません。その内容は変わりません。父母が成し遂げるべき価値観、夫婦が成し遂げるべき価値観、兄弟が成し遂げるべき価値観は絶対的であり、一つです。
この絶対的価値観を中心として、統一が成し遂げられるのです。父母、夫婦、兄弟を除いて、自己中心の個人主義だけをもってしては、統一天下、一つの世界を成し遂げることはできません。
3 今、「世界化時代が来た」と言っていますが、何を中心としてそのように言うのでしょうか。経済や学問、体育などを中心としてそのように言っていますが、(理想)家庭の世界化であることを知らずにいます。世界の問題は、経済問題でもなく、政治問題でもなく、家庭問題だというのです。特に、先進国家では家庭がすべて壊れていきました。フリーセックスが家庭をすべて壊してしまったのです。ですから、(理想)家庭の世界化運動を知らなければなりません。真の父母が教えてきた理想家庭とは何かを、知らなければならないというのです。
4 真の愛を中心として見れば、この世界は真空状態にあります。空気がありません。そこに空気が一気に入れば、爆発するのです。今、そのような爆風を起こしているのが祝福運動です。真空になった世界に、そのような爆風が来て、きれいに清算するのです。その主人が真の父母です。
真の父母の血統を中心とした子女、氏族、国家が生じることにより、悪の世界を救うのです。どのような妨害があっても、真の愛の力があるため、問題ありません。真の愛の力は、高圧電気のようなものなので、そこに触れさえすれば、一瞬にして燃えてしまうのです。
5 人類の繁栄と平和統一世界は、万人の願いであると同時に、神様の願いです。個人であれ、国家であれ、世界であれ、主体と対象が神様を中心としてために生きる真の愛を実践する中で、理想的な平和が成し遂げられるのです。しかし、愛は一人では現れません。相対的関係の中において現れるのです。父母の愛は、子女をもってから、その人を通して結実し、子女の愛は、父母がいるかゆえに、その人を通して結実します。神様の創造も、一人では触発されない真の愛の理想を、実体化するためのものです。ですから、真の愛を中心とした父子関係が成立したのです。
神様は、父母の中の真の父母であり、師の中の真の師であり、王の中の真の王です。神様は、いつでも真の愛を施す永遠の真の父母であり、真の師であり、真の主人です。人間は神様の子女として、まず神様のような真の父母、真の師、真の主人の道を行かなければなりません。これらすべては、互いにために生きる真の愛によって助け合い、相対の位置を定着させることにより、愛の理想を完成するようになります。天理の大道は、このように利他的にために生きる真の愛から、本当の自己成就を成し遂げられるようにするのです。
真の愛を中心として、上下の父母関係、左右の夫婦関係、前後の兄弟関係が調和する中で、理想的な家庭ができます。家庭が拡大し、国家、世界、天宙が完成するのも、同じ原理と公式です。教育、言論、芸術、救護の活動など、父母様がつくり上げた世界的な基盤なども、すべて同じ公式に従い、ために生きる真の愛を投入することによって、理想世界を成就しようというものです。真の父母、真の師、真の主人の人格を目標とした、ために生きる真の愛を教える教育は、まず初めに、家庭で行われるのが理想的です。
6 冷戦が終息した今、私たちは、社会の道徳と家庭の愛を脅かす多くの問題に直面しています。性道徳の退廃と麻薬の濫用が、既に若者たちを脅かしています。世界のすべての国々が、このような問題を抱えています。
単にこのような問題をなくそうとすることだけでも、「実に驚くべきことだ」と言われるほどですが、私たちの前にあるこのような問題は、そのような意図以上の何かを求めています。
世界は、このような問題の本質を把握し、「神主義」に立脚してこの問題を解決する若い指導者たちを必要としているのです。私たちは、このような問題が、精神の問題を無視したところに起因していることを悟らなければなりません。
7 本来、神様は、アダムとエバが理想的な父母として完成することを願われました。神様の愛らしい子女として、そして、彼ら自身が愛する子女の父母として、神様の理想的な家庭を築かなければなりませんでした。そのような家庭は、愛と平和の理想世界のための出発点になったでしょう。しかし、不幸にも、そのような家庭を築けなかったことにより、理想的な国家と世界を具現する夢も消えてしまったのです。
そうであるとすれば、どのように理想的な家庭を回復できるでしょうか。
世界平和は、単に精神的な構造の問題だけではありません。それは、一個人から始まり、家庭の愛によって育ち、地球家族において結実する生き方です。神様を中心とした強い真の家庭の確立を通して、若者たちを物質中心と暴力、そして性的堕落から回復させられるのです。
8 真の家庭運動が席巻すれば、終わりです。真の家庭運動しかありません。それは、真の父母だけが手を付けられる特権です。神様とサタンが人類を中心として闘っているのですが、これを解決できる人は真の父母しかいません。神様もできず、サタンもできません。真の父母は、神様を拘束している鉄鎖を断ち切り、サタンを除去しなければなりません。神様を解放しなければなりません。サタンが服従しなければならないというのです。今、世界は、政治、経済、文化など、あらゆる面で家庭問題と青少年問題を解決できずにいます。それは、真の父母だけができるのです。青少年問題、家庭問題、神様とサタンの闘争問題を偽りの父母が生み出したので、これを解決し、世界平和と地上天国を実現できる人は、真の父母以外にはいないというのです。
9 世界的に、一番解決するのが難しいのが青少年の問題と家庭破綻の問題ですが、これには誰も手を付けられません。各国の教育省や国防省も手を付けられず、政治や経済の力をもってしても手を付けられないというのです。一国だけでなく、全世界が同じ状況です。霊界も同じです。神様も同じです。これは、真の父母の特権です。
アダムとエバが十代のときに堕落して、カインがアベルを殺すという事件が起きました。最初の家庭で、あり得ないことが起こったというのです。これを是正しなければなりません。家庭を完全にひっくり返して、絶対愛、絶対に純粋な血統を植えなければなりません。青少年が堕落して、家庭が破綻したので、「終わりの日」になれば、植えたとおりに全世界が完全にめちゃくちゃになるのです。フリーセックス、同性愛、エイズのようなものが勢力を振るうことにより、すべて滅びるようになっています。
この世界の家庭問題、青少年問題を解決できる処方薬と、治せる方法を知っている専門家、医者が、真の父母だというのです。世界がすべて、そのように思っています。
純潔運動と真の家庭運動
純潔運動は、人間の先祖の堕落によって形成された性稟を清算し、真の愛の秩序を青少年期から指導していこうという運動である。真の父母様は、人類最大の懸案である青少年問題と家庭破綻問題は、純潔運動を通してのみ解決され得ると考えられ、中高生を対象に純潔運動を大々的に展開された。特に、アダムとエバが堕落する以前の、思春期の年齢層である中高生を中心に純潔教育を実施し、祝福をすることにより、サタンの血統を根絶し、神様の保護圏内で成長するようにしなければならないと語られた。
10 私たちが掲げているのが、純潔と絶対「性」です。純潔運動と真の家庭運動だというのです。その純潔運動と真の家庭運動は、真の愛が中心にならなければなりません。真の愛を中心とした純潔と真の家庭であって、真の愛がなければ、純潔もなく、真の家庭もありません。「純潔」と言えば、すぐに「真の愛」を考えるのです。
それから、真の家庭は、節操がなければなりません。春香(チュニャン)と李道令(イドリョン)のように、鉄石のごとき節操によって、絆を尊重しなければならないというのです。そのようにすることにより、真の家庭が実現できるのです。
11 大学に、純潔運動と真の家庭運動を定着させなければなりません。青少年問題をどのように防ぎ、真の家庭をどこで定着させるのでしょうか。中高等学校と大学を連結させるのです。そうすれば、すべて終わります。
現在、青少年たちが退廃的な思想に染まっています。小学校の十二歳から始まって、二十四歳まで、病に蝕まれています。それをどのように治すのでしょうか。
村や国の中枢的な人物たちが垣根となり、押してあげなければなりません。そうしてこそ、法的な措置を取れるのです。今、家庭を疲弊させている同性愛とフリーセックスから、法で制裁を加えなければなりません。そして、家庭が模範にならなければなりません。
キリスト教の伝統的思想を中心として、家庭が正しく立たなければならないのですが、そのようになっていません。そのようなものを、すべてつくり変えなければなりません。家庭もつくり変え、青少年もつくり変えなければなりません。つくり変えられる基準は、家庭ではありません。学校から行うのです。
小学校から中高等学校、大学を中心として、国のすべての重鎮たちが一つになり、家庭的伝統を立てるのです。家庭教育を徹底的に行い、家庭絶対主義を主張していかなければなりません。
12 二十一世紀は、真の家庭理想主義が伝統になります。父母様がすることは、それしかありません。真の家庭、真の父母、真の血統です。サタンの血統の根が村にまで入ってきます。ですから、純潔運動デモをしなければなりません。デモをしなければ、氏族メシヤ(の立場)をキリスト教徒たちに奪われてしまうというのです。今や純潔運動は、家庭を中心として行っていかなければなりません。国家が主導するのではありません。ですから、早くデモをしなさいというのです。純潔運動をしなければ、奪われてしまいます。先取権を握らなければならないのです。誰が先に特許を取るかということです。三人ずつ、デモを続けなさいというのです。真の父母、真の血統、真の家庭、真の愛です。
13 純潔を守ることにより、エイズを防止できます。これは絶対的です。これが、統一教会が最後に整理すべき課題です。青少年の解放とともに、新しい祝福の血統を連結するとき、地上天国が連結されるというのです。人間の先祖が青少年の時に蒔いたものが、今、実を結ぶ時になったので、これを清算しようとすれば、青少年を中心として、新しい伝統を立てなければなりません。そのようにしてこそ、地上・天上天国を連結させられます。ですから、私たちが中高等学校で純潔教育をしたのです。真の家庭教育、青少年の純潔運動を私たちがしました。国がすべきことを私たちがしたというのです。
14 父母様が、世界的に真の家庭運動を始めました。韓国で真の愛運動、純潔運動本部をつくり、千万近い中高生たちに思想武装をさせました。それをしながら、どれほど反対を受けたか分かりません。反対を受けても、主人が故郷と祖国を守らなければならないという思いで、このようなことをしたのです。今やすべてのことが、世界版図圏内に現れる、主体的な観をもてる時代になりました。
15 若い青年たちを、堕落しないように教育しなければなりません。ですから、純潔運動をするのです。純潔運動をしながら、模範的な青年男女たちは、村や地域の代表者として表彰しなければなりません。そのような学生たちは、学校で優待しなければなりません。純潔を守っていく学生たちは、教師や校長が進み出て、応援してあげなければならないのです。今後、父母様が結婚させてあげる人は、純潔な人です。世界各国から推薦を受けて、結婚させてあげるのです。
16 青少年たちが、異性に対して目が開ける前に、人間の先祖が堕落する時の誤った意識構造を克服できるようにしなければなりません。これを、自分の家庭と村、国からしなければなりません。ですから、国家的次元において、純潔運動を展開せざるを得ないというのです。皆さんに純潔運動をしなさいと指示しましたが、大学や中高等学校を問わず、私たちしかこれをする人がいません。それを自他が公認しています。純潔教育ができる資格をもった人は、私たちしかいないのです。ですから、世界史的な召命的責任が、私たちにあるというのです。
17 今、国家祝福時代を過ぎ、世界祝福時代に入ります。ですから、純潔キャンディーを食べさせるのです。腹中に赤ん坊がいるとき、母親が純潔キャンディーを食べるのが重生式です。赤ん坊が生まれて食べるのは復活式です。結婚する時に食べるのは永生式ですが、この時は、聖酒を飲まなければなりません。それは、誰もが飲まなければなりません。そのように便利にしたのです。今や、どのようなことをしても、サタンは反対しません。条件に引っ掛からないというのです。道を塞いで、行き来する人に聖酒を与えるとき、そこに順応すれば、天下は私たちの側に回ってくるのです。
18 成約時代の安息圏は、祝福の場です。成約時代は、世界的に約束が成し遂げられる時です。世界人類の家庭が祝福を受けられる恵沢圏内に入ってくるのです。これが、真の父母によって成し遂げられるというのです。ですから、サタンの血統がなくなります。条件的にそれをするために、中高等学校で純潔キャンディーを食べさせるのです。本来は、腹中からサタンの血統を清算しなければなりません。重生です。既に生まれた人は、腹中ではできないので、復活酒を飲ませます。
幼稚園から小学校、中・高等学校の生徒たちには、復活酒の代わりに純潔キャンディーを食べさせるのです。そこでサインを一つずつ、ステッカーの形で貼りつけてあげます。真の父母によって、そして、真の父母と共に純潔を守るという印をあげるのです。これを真の父母がくれたので、純潔な息子、娘になるために、純潔を守るというのです。純潔な愛によって、純潔な結婚をしなければなりません。それは、父母たちが願うことであり、学校教育の理念です。そのように生きるのが、理想的な人生です。
19 すべての青少年たちは、神様が再創造したアダムとエバと同じなので、ペアを組んであげるのです。彼らは絶対に純潔を守らなければなりません。ペアを組んだ二人が、互いに保護し合わなければならないというのです。アダムとエバは、時を待ち、神様から愛の祝福を受ける時まで純潔を守らなければなりません。父母様から祝福を受ける時まで、純潔を守るために共同で助け合わなければなりません。そうして父母に許しをもらい、承認を受けなければなりません。神様は父母の中の父母であり、師の中の師であり、主人の中の主人です。それゆえ、学校に行くようになれば、学校を代表した校長先生、それから、父母の代表が、子供たちを中心として祝福を受けさせるのです。子供たちは、結婚を思いどおりにできません。それが統一教会の法です。
20 サタンの血統を根絶するために、父母様がすべての準備をしておきました。堕落は、周辺に保護できるものがなかったので起きたのです。中高等学校で、純潔教育をすべて終えました。今、学生たちの純潔が破壊されています。インターネットを見れば、話になりません。これをどのように救うのでしょうか。
すべての家庭の父母が、神様の代わりの立場で、息子、娘を保護しなければなりません。結婚していない息子、娘は、堕落していないアダムとエバの立場と同じなので、絶対に見本となれる関係を結ばなければなりません。アダムとエバは、赤ん坊の時から結婚を見つめて進んでいきます。幼児時代、兄弟時代、約婚時代は、すべて結婚することが目的です。ですから、世の中では、息子、娘に「自分の相手を見つけなさい」と言うのですが、これからは真の父母が命令して、「相手を見つけなさい」と言うのです。エデンに帰ってきたというのです。
全世界がエデンの園に入ったので、復帰された家庭になりました。その復帰された家庭では、神様のみ前に、堕落していない本然の位置で、息子、娘に相対を結んであげなければならないというのです。アダムとエバは、成長しながら、自分の相対に出会うための準備をしました。
そうなるように約束をして立てたのに、待つべき成長期間の長成期完成級で堕落したのです。神様は、そこに法的措置を取ることができず、サタン世界内に落ちて堕落する危険性があるので、「取って食べてはならない」と警告していたのです。
21 幼稚園に通う子供たちは、堕落していない神様の息子、娘のような立場なので、幼稚園からしっかり教育しなければなりません。幼稚園から小学校、中高等学校の十六歳までに、いかなることがあっても父母の懐を離れないように、しっかり育てなければなりません。
十八歳さえ越えれば、結婚ができる年齢になります。これからは、できるだけ、中高等学校を卒業し、大学課程にいる人々を祝福してあげます。それが一番良いのです。父母の懐で育てた息子、娘たちを、世の中と接触させず、純潔な子女たちとして結んであげなければなりません。
祝福家庭の伝統と責任
真の父母様は、「祝福家庭は、真の父母様の伝統を受け継ぎ、父母と夫婦、子女が一つになることはもちろん、自分の家庭よりも氏族と民族、国家、世界を先に考え、ために生きなければならない」と語られた。特に、祝福家庭の定着時代は、母と子女の責任時代であるため、兄弟であるカイン・アベルの一体化、母と子女の一体化、そして、真の父母様の家庭との一体化を成し遂げなければならないことを強調された。
1 統一教会で祝福を受けたというのは、血統を転換したということです。マークを一つ付けたのですが、だからといって、それですべて合格ではありません。条件的なマークです。条件的な血統、条件的な生命、条件的な愛だというのです。この条件的な血統が絶えず生き生きとして広がっていけば、サタンはもっていけません。この生命が育てば、サタンがもっていけないというのです。真の愛が連結されているので、サタンと関係がないのです。その愛と生命と血統が育っていけば、サタンはもっていけません。
しかし、この条件的なものが死んでしまったときには、誰もがもっていきます。ですから、祝福を受けたことに対して、すべてを与えられても取り替えることはできないというほど貴く思い、育んでいかなければなりません。祝福がどれほど貴いかを知らなければならないのです。
2 父母、夫婦、そして、子女が一つになる所が家庭です。その三つがなければ、家庭は成立しません。そのような家庭から、氏族、民族、国家、世界、天宙、地上天国に発展するのです。絶対父母、絶対夫婦、絶対兄弟が一つになるセンターに神様が臨在します。それが家庭の基地です。軍隊の基地と同じです。そこから氏族、民族、国家、世界、天宙、そして、地上天国と天上天国に連結されるというのです。神様の理想が成し遂げられる所が家庭基地です。
真の父母がいなければ、真の家庭はあり得ません。真の父母がいなければ、真の子女も存在し得ないからです。理想的な夫婦であれば、息子、娘をもたなければなりません。それでこそ、理想家庭を成し遂げられます。理想家庭は、三代が連結されたそのような基盤の上でつくられるのです。そうでなければ、理想家庭は成し遂げられません。
3 神様の息子、娘が祝福を受けて完成することにより、神様の愛も完成されます。それにより、神様は、父母としての愛が完成した基盤の上で、永存できるようになるのです。そのように、愛は自分から見いだせるものではありません。男性の前に絶対真理体は女性です。絶対真理の本体であられる神様の愛は、男性の前に女性がいなければ、永遠に探し出せません。その愛を完成させることはできないのです。
皆さんも、結婚しなかったならば、愛を知ることはできないでしょう。そうすれば、父母のありがたみも分からず、息子、娘のありがたみも分からず、夫のありがたみも分からないのです。愛を中心として一体圏に連結させてくれる人が夫であり、夫を愛の一体圏に連結させてくれる人が妻だというのです。
4 祝福を受けた夫婦は、祝福を受けたその日から果たすべき責任があります。その責任とは、夫婦が一つになり、家庭を形成して生きるだけではなく、二人が一つになって、民族、あるいは国家を形成しなければならないということです。祝福を受けた人が十人であれば、十人の家庭が一つになって新しい世界観のもと、一つの氏族を編成しなければなりません。新しい国家を形成しようとすれば、まず、新しい氏族を編成しなければならないのです。その氏族は、分裂した氏族ではなく、一つに統一された氏族でなければなりません。
ですから、祝福を受けた十人の目的は、互いに同じでなければならないのです。これらの家庭は、サタン世界において探して立てた少数の家庭なので、いつでもサタン世界の攻勢を受ける立場にあります。そのため、いつでも一つになって団結し、その環境を圧倒して入り込んでくる外部の力を凌駕できるように結束しなければならないのです。その力を凌駕しようとするなら、自体内で完全な統一が成し遂げられなければなりません。
そのように一つになった姿になれば、いくら外的にサタンの侵犯を受けても、十分に打ち勝つことができます。このように結集した実体を備えた所から、サタン世界の侵犯を受けない新しい氏族が形成されるのです。そのような団結した氏族を通して民族が形成され、その団結した民族を通して新しい国家が形成されるのです。
5 皆さんが祝福を受けたのは、自分たち夫婦のためではありません。夫婦のために生きる前に、氏族のために生きてこそ、夫婦として安息できる立場が成立します。また、氏族は国家のために生きてこそ、氏族が安息できる立場が成立し、国家は世界のために生きてこそ、国家が安息できる立場が成立するのです。このような観点で、祝福は、皆さん個人のためのものではないというのです。皆さん各自が、祝福は全体を代表するものであるという信念をもっていかなければなりません。そのような立場から、互いが一つになって家庭を形成するようになるとき、初めてその家庭は、世界に向かえる家庭になるのです。
もし、そのような祝福家庭が一家庭しかないというときには、その一家庭がその責任を絶対的に負わなければなりません。そのような信念のもとで歩む家庭が多ければ多いほど、すなわち、そのように歩む過程で一家庭、一家庭が残るようになれば、復帰摂理は進展するのです。ですから、同じ道を行く家庭が多いとしても、互いに頼ってばかりいるのではなく、各自が自主性をもちなさいというのです。
そのような家庭が、国家のための家庭であり、世界のための家庭です。そのような自覚のもとで歩んでいく家庭であれば、その家庭で生まれた子孫たちも、国家のために生き、世界のために生きる人になるというのです。そのようになれば、その夫は歴史的な夫になり、その妻は歴史的な妻になるでしょう。また、その子孫は、神様の復帰摂理の途上において世界を復帰するために必要な氏族になるでしょう。そのような氏族的な絆を備えた夫婦になったとすれば、彼らは新しい時代において、(氏族の)先祖の位置に登極するでしょう。
6 祝福を受けた夫婦は、自分たちの思いどおりに生きることはできません。神様の公約のために、その国の公約のために生きなければなりません。自分の相対が優れているか劣っているかが問題ではなく、行くべき目的性が問題です。すなわち、自分たちが生きながら、子孫が行くべき正常な道をどのように築いておくかが問題です。皆さんを見ると、夫と妻が互いに「自分を愛しなさい」と言うのですが、そのような立場は間違っているというのです。そのような愛は認められません。
「自分を愛しなさい」と言う前に、まず「国家を愛し、世界を愛しなさい」と言わなければなりません。そのようにしてから、「自分を愛しなさい」と言うべきです。これが、祝福を受けた家庭として行くべき道です。これは、夫も妻もすべて同じです。「私を愛する代わりに、国を愛し、世界を愛し、天を愛しなさい」と言わなければならないのです。
7 祝福家庭は、自分の家庭より氏族をもっと愛さなければならず、民族をもっと愛さなければならず、さらには国と世界をもっと愛さなければなりません。そして、自分の親戚と祝福を受けた同僚たちを愛さなければなりません。このようにして、互いが連結された一つの家庭があるとすれば、その家庭は、いくら多くの家庭があるとしても、際立つのです。男性と女性が一つになって結合したその家庭からは、国家を愛する形、世界を愛する形、天を愛する形が表れるというのです。
このように、夫婦は一致しなければなりません。「私だけを愛してほしい」と言い、「あなたは私のものだ」など、今まで世の中の夫婦が習慣的に語ってきた言葉を、祝福家庭は語ってはいけません。ですから、妻たる人は、時間さえあればそのような夫にならないよう、精誠を尽くさなければなりません。また、夫たる人も、時間さえあればそのような妻にならないよう、精誠を尽くさなければならないのです。互いにしっかり力を合わせて助け合い、導いてあげなければなりません。その道を行くに当たって、傷心しないように、互いに勇気を与え合い、導き合う責任を一緒に背負っているのが夫婦であり、家庭だというのです。
8 私たち統一家は、現在の立場にとどまっているのではなく、発展しなければなりません。国家の運勢をもち、世界の運勢をもって生まれる子孫を残さなければなりません。結婚は、新しい民族、新しい国家を形成するために、そのようにできる人材を模索しようとしてするものです。今まで世の中の人々は、自分のために結婚すると考えました。しかし、統一教会では、民族のために、世界のために結婚するのです。私たちの家庭は、歴史路程に存在した数多くの家庭を救える救世主の家庭です。
その立場は、世の中のすべての人々のために蕩減復帰して、霊界にいる霊人たちと後代の子孫たちのために、代わりに道しるべとなり、行くべき道を開いてあげる立場だというのです。そのような救世主の立場に立つために、「私」は生きているのだと考えなければなりません。
9 今や、子女家庭の定着時代にならなければなりません。子女家庭の定着時代は、第一に、母の責任時代です。母がメシヤの責任を果たさなければなりません。
第二に、子女の責任時代ですが、カインとアベルが一体になるべき時代です。カインとアベル、兄弟が一つになり、完全に一体とならなければなりません。カインとアベルを分別するため、歴史時代に多くの犠牲を払ってきましたが、再び子女たちが争うことがあってはいけません。どの町に行ってもカインとアベルがいますが、町全体のために犠牲になり、譲歩する人がアベルになり、主人になります。このようなことを知っているため、争うことができないというのです。子女の責任時代は、カインとアベルが一つにならなければならない時代です。
第三に、母とカイン、アベルが一つにならなければなりません。母の責任時代、子女の責任時代が、家庭において定着する時代なので、母と子女が一つになって、夫と父を復帰しなければなりません。母と子女が一つにならなければ、父の復帰ができません。それが絶対的に一つになるためには、母が責任を果たさなければならず、カインとアベルが一つにならなければなりません。そして、それで終わるのではありません。
第四に、真の父母の家庭との一体時代に入ります。そうして、祝福全体化時代に至るのです。
祝福家庭の家庭生活
真の父母様は、「祝福家庭は、神様と真の父母様に代わって人類を愛さなければならない」と語られた。そして、祝福家庭が配偶者を神様の代身者と考えながら愛して、手本を見せなければならず、そのような生活習慣と心情が世界的に普遍化されるとき、天国が成し遂げられることを強調された。特に、真の父母様は、聖子の道理を受け継ぐことが祝福結婚の目標であるため、祝福家庭が孝子から聖子までの道を行くことを願われた。
10 神様が探し求める家庭の基準は、皆さん自身の家庭にだけ局限されたものではありません。神様が探して立てた家庭は、世界に行くことができます。国家を代表することができ、世界を代表することができ、天を代表することができる家庭をつくるために訪ねてきた歩みが、祝福の歩みなので、天の父母の家庭を通して祝福を受けなければなりません。
そして、祝福を受けたあとに、精誠を尽くす家庭として正常な道を行くとき、その息子、娘たちは、統一教会の大運をもって生まれるでしょう。その父と母がいくら愚かであったとしても、その子女たちは天の運勢をもって生まれるというのです。ですから、天の運勢をもって生まれる子孫をどのように残すのでしょうか。父母が精誠を尽くす基準によって、その内容が決定されるのです。すなわち国のため、世界と天のためにどれほど忠誠を尽くし、どれほどその心が切実で、至誠を尽くしたかによって、今後、生まれる子孫の運命が左右されるというのです。
自分の欲心をもって動いてみたところで、天はその人に同調しません。自分個人の欲望を充足させようとするときは、神様はその場に共にいらっしゃいません。世界と国家と民族のために生きる立場にいるとき、神様は必ず共にいらっしゃいます。ですから、より広く、高い愛を探して立てなければならないのが、祝福家庭の道です。
11 妻は、自分の夫を神様の代身者と考えなければなりません。また妻は、夫の娘にならなければなりません。夫として、神様の失われた娘を復帰しなければならないというのです。神様は、堕落によって母と妻と娘、三つを失ってしまいました。ですから、神様の娘を、夫の立場から復帰しなければなりません。そして、妻は、夫を父親以上に信じなければなりません。今までの体験を総合した価値以上の価値を発見した基準に立って、向き合わなければならないのです。そのような心情基準を復帰できなければ、サタンが破壊した理想相対の基準を回復することはできません。
それと反対に、男性は、自分が妻の息子であるという心情をもたなければなりません。自分の妻に対して、自分の母親のようであり、自分の娘のようであるという心情が沸き立たなければなりません。「私がいなければ一日も過ごすことができず、夜も昼も絶対的に必要な私たちである」という心情をもたなければならないのです。そのようにして、夫婦一体にならなければなりません。
12 自己を主張し、自己防御第一主義の態度を取るのが堕落した世界です。これからは保護主義時代です。方向が違います。夫は、「妻が幸せでないのは私の責任です」と言い、妻は「夫が幸せでないのは私の責任です」と言うのです。
その責任追及において、咲かなければならない花が愛の花です。その愛の花は、自己を主張するときには咲きません。互いに生命線まで越えてために生きようとするときに花が咲くのです。花が咲くことによって、その花の色と香りを訪ねてくるのが天使世界であり、神様なのです。
13 夫たる人は、妻の前に、神様よりさらに素晴らしい方だと記憶されなければなりません。妻から、「私は、神様を見ることはできなかったが、私の夫を通して神様に出会った。純粋な愛とは何か分からなかったが、夫を通して純粋な愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して、兄の愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して兄弟の愛が分かった。夫はすべての愛を教えてくれた張本人である」と言われる男性にならなければなりません。
また、そのような母の代表であり、新婦の代表であり、姉の代表の心情を誘発できる愛の絆を体恤しながら生きていく男性にならなければなりません。そのような教育を受け、「そのような教育でなければ窒息する」と言うほど、それが生活習慣となって、どの社会においても、年配の人に接すれば、「私のおじいさん、おばあさんであり、私のお父さん、お母さんであり、私のお兄さん、お姉さんである」と考えられる心情をもたなければなりません。
そのような心情が世界の至る所で普遍化し、そのような家庭における心情が普遍化する環境が広がる所であれば、そこは間違いなく天国です。
そのように生きる人は、どこに行っても反対を受けません。その人がどこに行こうと、神様はその人と共にいらっしゃるのです。ですから、その人はどこに行っても寂しくなく、どこに行っても滅びません。
14 皆さんは、どれほど神様のように人類を愛したでしょうか。年の幼い人を見れば自分の息子、娘のように考え、自分の弟、妹と似たような年齢の人を見れば、自分の弟、妹のように考えなければなりません。夫婦も同じです。自分が好む人として懐に抱きかかえてあげ、配慮してあげなければなりません。
夫婦が一つになって、神様の代わりの立場で再創造の心情圏を体恤させるものが、息子、娘の出産です。父母は、生まれた息子、娘を見つめながら、互いに抱くのです。これは宇宙的なものです。宇宙的な愛の相対だというのです。祝福を受けた夫婦が子女を生めば、その子女を通して神様と同じ心情を体恤します。赤ん坊を抱き、お乳を飲ませたりするのは、すべてそのためにすることです。
ですから、皆さんは神様の真の愛の相対だというのです。「私たち夫婦と同じように、あなたたちも真の父母の道に従っていこうとするなら、これこれこのような道を行きなさい」と言うのです。そのように子女が育ち、結婚をすれば、すべてが完成するのです。
15 統一教会に入ってくれば、記録カードにすべて記入するようになります。祝福家庭としてどのように生き、お父様が語ったみ言を何パーセント実行し、何時間活動したのか、その時間まで記録するのです。そうすれば、何をどれくらいしたかがそのカードにすべて表れます。このように、夫婦が今までどのような恵沢を受け、統一圏内で生きたかという判定基準が出てくるのです。そのまま通り過ぎることはありません。適当にやっては通じません。この地上でもそうですが、霊界に行っても同じです。
統一教会で祝福を受けた家庭であれば、霊界にすべて名簿があるので、名前だけ言えば、誰が何をしたのか分かるというのです。それが霊界と地上において違えば、大変です。うそは通じません。ですから、この地における生活が重要です。一日一日、負債を負った生活をするのではなく、負債を負わせる生活をしなさいというのです。負債を負ってはいけません。
16 結婚後、一歩踏み間違えれば、永遠の道からずれてしまいます。世の中で結婚するのと同じように考えれば、回復できない恨の条件が残ります。今、夜を明かしながら涙で父母様を呼び、昔のその日がどれほど慕わしく、その時間がどれほど幸福だったかを考えながら、取り返しのつかない(状況の)まっただ中に捕らわれている祝福家庭がいるでしょう。その道を再び継承できるとすれば、「どんなことでもする」と言うでしょう。女性として、世の中で踏みにじられる運命を経たとしても、「その道を回復できるなら行く」と言う人がいて、男性として、世の中から見て苦しこを経ていくとしても、「その道を回復できるならば、どんなことでもする」と言う人がいるのです。
しかし、既に外れてしまったのです。世の中の何よりも、祝福を受けた家庭をどうするかが、父母様にとって一番の問題です。彼らを再び赦すことができる道を模索したいというのが父母様の心ですが、父母様もどうしようもありません。それをしようとすれば、復帰原理を作り直さなければならないのです。また、このようなことをしておいて、恨になり得る条件を残したいと思いません。
17 祝福を受けた家庭は、どこに行くべきでしょうか。自分の家庭に行く人は、流れていきます。お父様も、結婚した目的は、家庭を救うためではありません。国のために生き、天宙復帰の使命を果たすために行くのです。目を開ければそのことのために誓い、涙を流すなら、そのことのために涙を流しながら行かなければなりません。これは、今後の歴史に、父母として残してあげるべきプレゼントです。このように行くのが、家庭を中心とした生活哲学です。このような伝統がなければなりません。
祝福を受けた家庭が、もしそのような道を行けない立場にいるならば、「千秋の恨を抱き、天を見るのも恥ずかしく、地を見るのも恥ずかしく、師を見るのも恥ずかしい」と言いながら、身の置き場を知らず、千年、万年、流れるとめどもない涙をもって贖罪の哀訴をし、神様の同情を願う立場に立つなら分かりませんが、そうでなければ、神様のみ前に行くことはできないのです。
18 皆さん、祝福を受けた家庭は、天地を中心として、聖子の道を行かなければなりません。世の中では聖人の道理を主張しますが、私たちはそれ以上の位置に立たなければなりません。ですから、聖子の道理を受け継ぐためのものが祝福です。私たちが、横的な面において孝子になり、忠臣になり、聖人になって、聖子が連結されるのです。それが、アダムか行く創造の理想です。「私が、孝子になり、忠臣になり、聖人になり、聖子の道理を果たします」と言わなければなりません。
今まで、天のみ前に孝子が存在せず、忠臣が存在せず、聖人が存在せず、聖子が存在しなかったので、その代表的な道を行こうという思想だけが、国を創建できる理想的基調になるのです。天のみ前に孝子であるがゆえに、天のみ前に国をもつことができ、天のみ前に忠臣であるがゆえに、天のみ前に世界をもつことができ、天のみ前に聖人であるがゆえに、天のみ前に天地をもつことができます。皆さんの家庭は、天地を売り払って買った以上の価値があるというのです。
三位基台を立てることになった背景
真のお父様は、祝福家庭に対して三位基台を編成してくださり、三位基台を兄弟以上に愛することを願われた。「共同体生活も、この三位基台を基盤にして始まる」と語られた。三位基台は、エデンの園におけるアダム家庭のカインとアベル、セツの夫婦が復帰された家庭をつくり、神様の創造理想を実現するモデル的基台を意味する。
1 私たちの教会では、男性三人、女性三人、このように三位基台をつくりました。なぜこのようにしたのかというと、主に侍るべき私たちは、アダム家庭のアダム夫婦とその三人の息子と三人の嫁の型に代わり得る、モデルを備えなければならないからです。ですから、この三人が一つにならなければ、また破壊される恐れがあるのです。
特に三人の男性が一つにならなければなりません。死のうと生きようと、霊的に一つになり、一つの体のようにならなければなりません。ですから、ある時間的な限界圏内の基台ではなく、時間性を超越した主体的な一つの型を備えなければなりません。そのようにしなければ、再び来られる主のみ前に立つ面目がないのです。
もし三位基台の三人が一つになって、み旨に代わり得る原則的な足場をつくるとすれば、言い換えれば、何が起こっても私たちは変わらないという覚悟をもった三位基台になっているとすれば、天はこのような基台の上でみ旨を成し遂げられるでしょう。このような内容を備えるために、皆さんを中心として三位基台を編成しました。
2 アダム家庭の三数を復帰する路程が、今日、私たちの教会の三位基台編成です。したがって、三位基台を中心として互いに一つになれなければ、天のみ前に立つことはできません。三位基台が一つになることによって、アダムの家庭で失ったものを復帰しようとされる神様の摂理を、成し遂げることができるのです。
ですから、二千年が過ぎたヤコブの時になって、十二人兄弟を探して立て、摂理されるのです。これと同様に、三数を基本として十二弟子を探し出して一つになったあとで、初めて皆さんは父母を迎えられるようになり、さらには一つの支派に代わり得る氏族圏内に入ることができます。これが、アダム家庭の時からヤコブ家庭の時まで、二千年の歴史を蕩減するための絶対的基準でした。ですから、モーセもこの道を通らなければならず、イエス様もこの道を通らなければならなかったのです。
3 真の父母を迎えるためには、真の夫婦になって、真の家庭をつくらなければなりません。そうしてこそ、その上に真の父母を迎えることができるのです。皆さんは、父母様を信じて従いますが、その気持ちと同じくらい、他の人が皆さんを信じて従う存在にならなければなりません。そのようにして、イエス様が探し求めた家庭の型を備えなければなりません。そのような時に、万民は兄弟になります。このようにするために三位基台を編成しました。
ですから、皆さんはこれから、何かをする時は一人でしてはいけません。伝道をするとしても、一人でしてはいけないのです。このような三位基台を造成し、自分たちが父母の立場に立った時でも、兄弟同士でさせてはならず、彼らと一つになってしなければなりません。父母と兄弟が一つになってこそ家庭が成立するのです。そして、これが一つの民族型を備えようとすれば、このような家庭が十二家庭いなければなりません。十数以上になってこそ、民族的な条件を代わりに引き受けることができるのです。
4 信仰の道は一人では行けません。信仰の同志が必要です。三人以上が一つにならなければなりません。ですから、三位基台が必要なのです。人間の性稟の主体であられる神様も、三つの基準を望んでいらっしゃいます。神様は、人間が過ちを犯したとしても、直接教えることはできません。縦的には教えることはできませんが、三人が一つになっていれば、一人が誤ったとしても、二人が誤らなければ、その人の過ちを数えてあげられるのです。
山での祈りも、三人以上が共にしてこそ恩恵が早く降りてきます。祈ったあとには、自分たち同士で互いに話し合わなければなりません。他の人と話し合えばサタンが侵犯します。三人が心から信頼し合える美しい姿を備えるようになれば、それを見て、周囲の人々が羨ましく思うようになり、そのようになれば、神様のみ旨は自然と繁殖するのです。神様が助けてあげなくても、三人が一つになれば、そこから新芽が生えるようになるのです。食口と接するときは、その人を傷つけないように注意し、信仰生活の助けにならない話をしてはいけません。
5 皆さんは、現在置かれている立場において、怨讐を選別しなければならず、それから、自分の置かれている立場が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。言い換えると、恩賜が共にある立場なのか、恩賜が離れた立場なのかを知らなければならないということです。
前進するにしても、神様が協助する舞台を備えて前進しなければなりません。一人で前進せずに、同志と共に前進しなさいというのです。そのためには、自分の環境が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。そのようにしなければ、自らの能力では持ちこたえることができません。同志が必要です。ですから、み言に三位基台の法度が出てくるのです。
したがって、三位基台を備えて合同で前進しなければなりません。神様は、一人で前進することを好みません。一人で前進すると、失敗する可能性が高いからです。合同作戦を行いながら前進しなさいというのです。
6 将来の理想世界は、家庭の三位基台を中心として成立しなければなりません。創造目的とは、四位基台を完成することです。人間が先に四位基台を完成しなければならないので、すべて家庭を形成するのです。人間は神様に似るのであり、人間を中心とした社会は、神様を中心とした人間に似るのです。
今に至るまでお父様は、世界各国に統一教会を立てて、そのようにしようとしています。世界がすべて、そのようにならなければならないことを知っていますが、それを公にできずにいます。しかし、このような原則を通して、世界がそのようになるというのです。理想世界は、全世界が一人の人間の姿を形成する世界です。そこでは、国家と民族を超越するのです。
7 神様が結んでくれた三位基台、この三位基台の価値を感じられてこそ、神様の理念を感じることができます。三位基台の価値を感じられてこそ、神様の生活を代わりに地上ですることができるのです。
三位基台を編成する目的は、行動統一と生活統一、その次に理念統一をするためです。そのために、私たちは三位基台の組織をつくるのです。生活統一と行動統一と理念統一です。理念のある行動は、組織的で原理原則的なのです。
祝福家庭の三位基台と氏族復帰
祝福家庭は、三位基台が一つの家で一緒に暮らしながら、兄弟の愛を体験しなければならない。そして、堕落していないアダム家庭の三人の息子によってつくられるはずだった三位基台をモデルとして、各氏族を復帰できる基台を立て、氏族メシヤの道を行かなければならない。真の父母様は、「祝福家庭は、家庭的三位基台を完成したのち、真の父母様の家庭を中心に四位基台を成し遂げるようになるとき、天国に入るようになる」と語られた。
8 祝福家庭は、三位基台を編成して暮らさなければなりません。その家庭に子女が生まれれば、四位基台が成立します。三位基台の家庭の中で、子女のいない家庭があれば、その家庭に自分の子女を養子として送ることができなければなりません。しかし、その家庭で子女が生まれるようになれば、自分の子女を返してもらうこともできるのです。
9 家庭は、全体に代わる最小単位です。家庭の過ちが全体の過ちにつながるので、個人の過ちは赦されても、家庭の過ちは赦されません。個体の喜びを全体の喜びにしようとする心情にあふれていなければなりません。個人的な事情と主観と希望を捨てて、全体の事情と主観と希望を立ててこそ、より大きなものに融合できるのです。
家庭は全体を生かすためのものです。ですから、家庭は送電所のようなものです。家庭を通じて全体と和合していけるようにしなければなりません。それゆえ、三位基台は一つの家で暮らさなければなりません。今は、家庭を再整備すべき時です。
10 統一教会は、「食口」という言葉を使います。三位基台を中心として見れば、すべて兄弟です。お父様は、この責任を担って今まで歩んできながら、僕の立場にいる人を深く愛し、兄弟を深く愛し、子女を深く愛しました。そのようにしながら、僕の時代を通過し、兄弟の時代を通過し、子女の時代へと上がってきたのです。皆さんは、父母に侍って生きることができなければなりません。
それでは、父母に侍って、どのように生きるのでしょうか。高潔に美しく生きなければなりません。これが今、お父様が心配していることです。これから皆さんの生活が変わらなければなりません。創造目的は、真の父母に侍り、孝の法度を天宙に立てて進んでいくことです。これが、天地創造の原則でした。
11 祝福家庭の三位基台は、完全に一つにならなければなりません。三位基台が経済問題で互いに助け合わなければならないのです。自分個人や自分の家庭の問題ばかりを心配するのではなく、三位基台の家庭が互いに同じ立場で助け合い、慰労しながら一つになって進みなさいというのです。そうして、三位基台の家庭が経済問題を超越して精神的に一つに結合し、一緒に食べて暮らせる基準ができたならば、そこから新しい歴史が始まります。怨讐が彼らに侵犯しようとしても、三位基台の三家庭が完全に一つに団結して歩んでいけば、退けることができるのです。したがって、三位基台を中心とした体制を強化しなければなりません。これが、家庭としての基準を立て、この時代の新しい起源を備えるところで重要な条件になります。
三位基台の家庭は、十二家庭のために生きなければなりません。十二家庭が神様のみ前に公的な立場に立ち、功を立てるために生きなければならないのです。そうして、三位基台の家庭が中心となって、東の方なら東の方、西の方なら西の方、南の方なら南の方、北の方なら北の方、そして、一年の四季と十二カ月を代表した絶対的で公式的な形態を備えなければなりません。「私」の家庭が動機となって、どのようにその基準にまで引き上げるのかが問題です。そうして、三家庭が互いに動機となって引き上げるようになれば、この三家庭を中心として三十六家庭まで広げていくことができます。これが統一教会の発展原理です。私たちは、家庭を中心としてこのような体制をつくらなければなりません。
12 三位基台を中心として団体活動をするには、皆さんは主体と対象の観念が透徹していなければなりません。言い換えれば、神様のみ前において、いつも主体と対象の関係を考えなければならないということです。自分が対象の立場なのか主体の立場なのかを、いつも考えなければなりません。そうして、対象は対象として絶対的な対象になり、主体は主体として絶対的な主体になりなさいというのです。もし、これが成立しなければ、団体運動はうまくいきません。
三つの家庭が三位基台になったのであれば、そこにおいて一つの家庭は必ず主体の立場に立ち、他の二つの家庭は対象の立場に立って、主体の立場に立つ家庭を中心として一体になり、天の家庭を糾合しなければなりません。主体と対象の関係が結ばれたなら、授受作用が成されなければなりません。授受作用が一〇〇パーセント成されてこそ、神様が臨在されるのです。そうでなければ、神様は臨在されません。
13 私たち自体内において、主体と対象の観念をもつことが重要です。主体と対象の関係は縦的な関係です。そして、公私の関係は横的な関係です。主体と対象の関係は、言い換えればカインとアベルの問題になります。それでは、どのような人が主体になるのでしょうか。心情的に熱い人が主体になるのです。三位基台の三人の中で、一人が死の境地に直面したり、一番困難であったりしたとき、その人に対して心情的に温かく接してあげる人が主体性をもつのです。理知的な人よりも情的な人、理論的な人よりも神霊的な人が主体になるのです。
ですから、これから皆さんが主体を決める時、三位基台の中で、み旨のためにより公的な基準を中心として多くの努力をし、多くの涙を流し、多くの血の汗を流した人を主体に選ばなければなりません。世の中では、賢く、たくさんの知識をもっていて、手際の良い人を投票で選びますが、天の法はそうではありません。情緒的な面で心情的にその幅が広く、度量が大きく、熱い人が主体になるのです。
すべての問題がここに帰結します。主体と対象の関係、公私の関係において、神様を介入させるのかサタンを介入させるのか、ということが問題です。
14 皆さんは、いまだに家庭的な真の父母の位置に入れない立場に置かれています。ですから、家庭的な真の父母の位置を探し求めていかなければならないのですが、その父母をそのまま探し出すことはできません。落ちて下がっていったので、再び探し求めて上がっていくためには、兄弟の橋を架けなければなりません。すべてを犠牲にしたとしても、真の父母を探し求め、自分自身が真の父母になるためには、歴史的な解怨の条件をもって蕩減したという基準を立てなければなりません。そうでなければ、天は皆さんを受け入れることができないのです。
皆さんは父母に侍るべき立場にいるので、父母に侍る兄弟の基盤を築かなければなりません。これが三位基台の意義です。三位基台の兄弟たちが、天の父母に侍る中心を備えて、三兄弟が一つになり、十二兄弟が一つになる時、初めて天の国の家庭として資格が与えられるのです。その家庭は、教団なら教団、民族なら民族、国家なら国家を代表する形態を備え、その上に父母を迎える基準を準備しなければなりません。そうしたのちに教団的な形態を備え、世界的な父母を迎える準備をしていかなければならないのです。
15 祝福家庭は、父母様の家庭を中心として四位基台を造成しなければなりません。このようにして形成された家庭が、本来アダムが形成すべきだった家庭の型です。これができなければ、氏族メシヤとして、イエス様のみ旨をもって出発することができません。神様を中心として四位基台を造成した家庭が四方性を備えると、十二家庭が形成されます。イエス様を中心として、三弟子が祝福を受けて四位基台を造成しなければなりません。そのようになれば八人家族になるのですが、これはアダム、またはノアの八人家族を身代わりするようになります。しかし、イエス様はこのみ旨を成し遂げることができませんでした。祝福を受けなければ、天の子女にはなれません。
父母様の家庭と皆さんの三位基台の家庭が、神様を中心として一つになれば、サタンのすべての讒訴条件を断ち切って、氏族メシヤの立場で世界に向かって進んでいくことができます。そのように四位基台を造成して、八人家族が一つにならなければなりません。
16 肉的世界はサタンの活動舞台、霊的世界は神様の活動舞台になって、常に行き違ってきました。これが復帰摂理時代に恨の要件として残っていることは間違いない事実ですが、これを行き違うようにさせてはいけません。神様を中心とした心情圏と、神様を中心として統制を受ける身体圏をつくらなければなりません。生活圏内でこれを発展させることによって、統一基盤が確立されるのです。
これが一致した男性と女性が一つになれば、一つの家庭的一致点になります。そして、その家庭的一致点をもつ家庭が三位基台を中心として、十二数なら十二数が一つにならなければなりません。そのようになることによって、氏族的な境地を越えて民族的な境地の立場になるとともに、一つの伝統的起源、統一的起源を形成するに当たって、新しい伝統がつくられるのです。
17 父母様を中心として三十六家庭が存在するように、金氏なら金氏の家門で、先に祝福を受けた家庭を中心として、金氏家門の三十六家庭型がなければなりません。三十六家庭を満たせなければ、十二家庭型の先祖にでもならなければならないのです。
それは、皆さんが、皆さんの息子、娘を中心として三位基台を造成してつくっていかなければなりません。そうして、皆さんが、皆さんの氏族の先祖になり、皆さんの家庭を中心とした新しい支派編成をしなければなりません。それが十二支派型です。十二支派の形態と同じように十二弟子がいなければならず、十二弟子が中心となって七十人門徒がいなければならず、さらに百二十人門徒のような形態を備えていかなければなりません。これが直系の氏族です。
18 皆さんを祝福するのは、父母様の特権です。父母様の特権を通じて祝福を受けるのです。この祝福は、予約的な祝福です。これを実現するためには、内的基準をきちんと仕上げなければなりません。それで、内外の家庭でその立場を代わりにするのです。すなわち、アベル家庭である父母様の家庭の前に、皆さんの家庭がカイン家庭の立場で立つ道しかありません。そうなれば、皆さんの家庭はその基準に達していませんが、父母様の家庭を中心としては、そのようになることができるのです。
そのためには、皆さんの家庭を中心として、父母様の家庭の代わりに息子の家庭の立場で、カインの家庭を探して立てなければなりません。
その家庭を立てるために、皆さんが氏族復帰をしなければならないのです。それで「氏族メシヤになりなさい」と言うのです。皆さんが氏族を復帰することによって、皆さんの家庭はカイン的家庭の先祖になり、さらに長孫(韓国では、長男の長子を指し、祭祀をつかさどる人を意味する)的な家庭になって、父母様の家庭はアベル家庭になるのです。家庭的三位基台を復帰して、父母様の家庭を中心に四位基台を造成しなければなりません。これは公式です。天国は、信仰の三子女を立て、自分の家庭と完全に一つにし、父母様の家庭に侍って行かなければなりません。それが天国に入る方法です。
19 統一教会で祝福を受けようとする未婚の男女たちは、誰彼を問わず、信仰の三子女を復帰して、家庭を築かなければなりません。家庭を復帰してからは何をするのでしょうか。家庭だけでは世界復帰はできません。ですから、支派を編成しなければなりません。氏族を復帰しようとすれば、皆さんが祝福を受けることによって、三人の息子が家庭を身代わりするのと同様の立場に立たなければなりません。ですから、皆さんが祝福を受けたあとに、家庭的な三位基台がつくられるのです。
父母様に関して言えば、皆さんが家庭を中心として父母様と四位基台を連結しなければなりません。皆さんの家庭の三位基台が一つになって、父母様の家庭と完全に一つにならなければなりません。そうでなければ、天国に入れないのです。これが成し遂げられることによって、個人の四位基台よりも、氏族的な三位基台がつくられます。家庭編成ができるのです。それによって支派編成が成し遂げられるというのです。
20 皆さんは、原則的な秩序を立てなければなりません。僕として合格し、養子として合格しなければなりません。そうして、心情的な関係を通して神様のみ前に忠誠を尽くした度数が極限に達するようになる時、三位基台の家庭基盤を中心として忠誠を尽くしたという時には、祝福家庭を天に代わる息子、娘と考え、夫婦の契りを結ばせてあげようというのです。これが復帰の道です。
その道を新しい伝統とし、私たちの文化の起源とし、私たちの生活の土台として、私たちの国と世界に永遠に残すようになるとき、天の国は建設されるのです。これが「統一思想」です。
そのようになれば、この伝統的思想を立てるに当たって、先祖になるのです。祝福を受けた家庭は、そのような先祖にならなければなりません。氏族に代わって氏族のメシヤにならなければなりません。これは誰もがしなければならないことです。このこと以外には、考えることも、行動もしてはいけません。それが、統一教会の信徒たちがすべきことです。ましてや、祝福を受けた家庭は言うまでもありません。
三位基台と共同体生活
真の父母様は、「私たちが統一されなければ世界を統一することはできない」と語られ、三位基台は三年間、一つの家族のように暮らしながら、一つの兄弟の心情を体恤し、互いに愛する訓練をしなければならないことを強調された。そして、「氏族を越え、国と世界が一つになり得る共同体生活の伝統を立てることによって、天国に直行できるようになる」と語られた。
21 皆さんは、三位基台を編成しなければなりません。三つの家庭が、必ず一つの家で暮らさなければなりません。今までは堕落した人間なので、すべて分かれていましたが、その分かれていたものが、復帰時代を通過するとともに、一つになっていくのです。ですから、自分を中心として、自分の家庭だけがうまくやろうとしていた時代は過ぎました。これからは、皆さんが自分の一家庭ではなく、三家庭を中心として共同生活をしなければならないのです。その三つが合わさって、少なくとも十二家庭が一つにならなければなりません。
そして、その家に、ある食口が訪ねていけば、自分の生活基準に従って、いつでも精誠を込めた姿で接しなければなりません。もしお父さんが来られて、「御飯が欲しい」と言われれば、いつでも即座に準備してあげられるようにならなければならないのです。そのような公的な概念をはっきりとさせなければなりません。
22 本来、三位基台は、三年以上共に暮らさなければなりません。三位基台は子女を取り替えて暮らしても、自分の子女と全く同じように感じられなければなりません。それを煩わしく思えば落第生です。三位基台のうち、一つの家庭の夫が死んでも、生活などの心配はしなくてよいというのです。そのような時は、残りの二つの家庭が共に責任をもたなければなりません。私たち(の現状)は、み旨からどれほど遠い距離にいるでしょうか。サタンが「カインをアベルと同じく愛しました」と公認し得る基準を立ててこそ、サタンは離れていくのです。
三位基台の家庭の子女たちを連れてきて育てるときは、自分の子女よりも、二倍、三倍の精誠を尽くして育てなければなりません。三位基台が一つにならないのに、どうして世界を統一できるでしょうか。三つの国が一つにならなければなりません。イエス様を愛した以上にこの世を愛さなければならないのです。三位基台は一つの兄弟です。この三人が一つになれば、父母様の代わりになることができます。三位基台を忘却して、自分の家庭本位に生活すれば、滅びるようになっているのです。名前だけ父母様の代わりになるのではなく、責任と心情において、父母様の代わりにならなければなりません。
23 皆さんは、平面的な基準において、縦的な三時代型を横的に蕩減する型です。それで、すべて三位基台にくくるのです。三位基台は、蘇生、長成、完成を経なければなりません。ですから、蘇生、長成、完成であって、一人で完成することはできません。三家庭が一つであって、一家庭で一つではありません。皆さん一人だけの家庭では立つことができません。ですから、お父様も三家庭を立てたのです。一人で立つことはできません。
また、そこにおいて良い物があれば、「私から!」と言ってはいけません。完成した位置に立っためには、二つの時代の恵沢圏を経なければなりません。完成しようとすれば、蘇生、長成を経なければならないのです。自分がいくら完成しているとしても、蘇生、長成を通過して、完成の位置に立っているのです。良い物があれば、彼らに三分の二以上を分けてあげなければなりません。お互いにそのようにしなければならないのです。ですから、これから共同生活をしなければなりません。その三位基台が共同生活をして、一から十まで完全に「間違いない。サタンも讒訴できない」と言うことができなければなりません。そうしたのちに、サタンが分立されていくのです。
24 皆さんが三位基台を造成するためには、何をしなければならないのでしょうか。一つの家で暮らさなかったので、一つの家で暮らしながら、皆さんが蕩減復帰をしなければなりません。ですから、これからアパートを建て、そこに日本人、韓国人、アメリカ人、ドイツ人が一緒に暮らすようにして、生活的に訓練しようと思います。それと同様に、韓国でも三位基台の家庭が一つの家で暮らしていかなければなりません。御飯を食べるにしても、粗末なお粥を食べるにしても、三家庭が共に食べて暮らさなければなりません。
絶対に後援を受けてはならないというのです。縦的に後援を受けるのではなく、横的に後援を受けなければなりません。自立しなければならないというのです。三兄弟が一つになり、六人が一つになれば、何でもできます。天地をすべてひっくり返すこともできるというのです。二人か、三人の人が祈れば天が共にあるといいますが、三位基台が一つになれば、できないことはないのです。これが統一教会の誇りです。今から、私が直接指示して、三十六家庭からすべて、一つの家で三家庭ずつ暮らせるようにしなければなりません。三兄弟が一緒に住んでから、世間に出ていかなければなりません。一つになるまでは、出ていけないのが原則です。ですから、この世の兄弟に優る復帰家庭を立てなければなりません。私たちが統一されなければ、世界を統一することはできないのです。
25 天国には家庭が入るようになっています。今後、四位基台、父母様を中心として三家庭が一つにならなければなりません。父母様が教えるすべての天理の規約を中心として一体化できるように、一つにならなければならないのです。
黒人、白人、黄色人が信仰の三位基台になった場合は、そこで三年間、一つになる訓練をしなければなりません。個別の生活はできないのです。そうして、その周辺の十二家庭、または三十六家庭で一つの地域になっていれば、その全体の公認を受けた家庭は、自由解放だというのです。
26 アダムとエバが一体化すれば、カインとアベルも一体化して出発するようになります。そのようになれば、東洋で韓国と日本を中心に、新しい理想的な出発が始まり、東洋と西洋の一体化が成就するようになります。そして、真の父母が還国、国に帰るのです。神様の環境のもとに帰っていくのです。神様の還国時代です。天の父母様、完成した父母様が初めて帰国時代、国に帰っていく時代になったというのです。思想的にも、心情的にも、すべてにおいて統一世界が可能です。ですから、生活共同体ができるようになります。
日本人と韓国人、ドイツ人とアメリカ人が、すべて一つの家庭でその訓練をしなければなりません。民族感情や、氏族、民族、あるいは文化の細部に至るまで、様々に絡み合った過去の讒訴的派閥であるサタンの権限を、完全に消化して一つになる環境をつくらなければなりません。そのために生活共同化時代へと入っていくのです。祝福家庭は二人だけではありません。八人にならなければなりません。四カ国の家庭が父母様のために訓練しなければなりません。八人の共同体と同じです。四人が各自ペアを組めば、八人になります。韓国人と日本人とアメリカ人とドイツ人が一つの家庭の中で、一緒に生まれた双子、四つ子のように生活共同体を形成しなければならないのです。今からそのような生活訓練をするつもりです。
ですから、日本人は日本人なりに、韓国人は韓国人なりに生活してはいけません。伝統の原理的方式によって生活環境を改造することで、未来の世界はそれに従い、皆さんの子孫も天国直行の完成圏に入っていくようになるのです。
27 韓国を中心として、四カ国から十二カ国まで連結しなければなりません。その十二カ国さえ連結するようになれば、十二支派が編成されるのです。ですから、これから大移動が起きます。
韓国人たちは外国に出ていき、また外国人たちは韓国に来るのです。それゆえ、韓国語を学ばなければなりません。いつでもそれができるわけではないので、皆さんが外国に出ていって、韓国語を教えてあげるために小学校を建てなければなりません。
これから祝福を受けた家庭は、小学校を建てなければなりません。各国の教会を中心として、皆さんが出ていって韓国語を教えてあげ、伝統的信仰基準を中心に祝福家庭を束ね、共同生活をしながら、今後、成長する子女たちを養育できる小学校を造っておかなければならないというのです。
28 世界を一つの大きな木と考えれば、自分の家庭は、その木における小さな枝の中の枝に該当します。自分の家庭は、樹齢が数千年にもなる大木の一本の枝です。自分が最も愛する基盤となる枝のために、またその芽のために互いに尽くそうという気持ちで授受する共同体を形成するようになれば、天運が保護するので、自動的に理想圏へと成長していきます。
自分の家庭は、自分一個人の家庭ではありません。また、男性と女性は、その家庭を代表すると同時に、世界的で天宙的な存在です。人間の体でいえば、一つの細胞は、数十兆にもなる全体の細胞を代表するのです。その数十兆にもなる細胞は、一つ一つ愛によって満たされます。すべてが愛に同参(一緒に参加すること)するのです。したがって、真の愛を中心として完全に統一された家庭は、天宙と連結されるのです。ですから、自分の家庭ばかり考える人は長続きしません。自分の国ばかり考える人も、長く続かないのです。
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