尊敬する議長、各教団から集まってこられた指導者および学者、そして紳士淑女の皆様。私はこの「世界宗教議会」の創始者として、代表の皆様を心から歓迎するとともに、私たちがきょう、この場を共にしたことが、簡単な出来事ではないことを想起していただこうと思います。
世界八十五カ国から、あらゆる宗教と文化、伝統と儀式、血統と環境の垣根を越えて、このように集って心の門を開けて和合し、人類の未来を心配すること自体が、一つの偉大な成就であり、また神様も、この歴史的な場を喜んで見つめられることでしょう。
1.永遠なる真の愛、理想、幸福、平和を願ってきた人間
きょう、この場に私たちが、たとえ人生の根本問題に対する解答や人間の苦悩の本質に対する理解、また人類の平和を模索して完成する方法などが互いに異なる、様々な宗教の伝統を背景として集まったとしても、私たちは神様を中心として各自の究極的関係を確立し、すべての問題を解決しようとする共通の期待をもっています。
洋の東西を問わず、人間はたとえ罪悪と不信と混沌の中に生きているとしても、永遠で真の愛と理想と幸福と平和を絶えず願い続けてきました。悪を指向する欲望の誘惑を退け、善を追求する欲望に従って本心が喜ぶ幸福を見つけようと、ありとあらゆる努力をし尽くしてきました。歴史を通した人類の経験では、このような目的を成就することは不可能だという結論が出てくるのですが、人間の本性は、これを簡単に放棄することはできません。民族と伝統に関係なく、人生が追求する究極の道は一つなのです。
この目標の成就が人間の力だけでできないとすれば、私たち人間を超えて永遠で真であられる絶対者を探し、そのお方に依存せざるを得ないはずです。私たちは、自らの人生が有限であることを知っている唯一の存在です。人間は、自分自身を超越し、自らの運命を開拓していくことができないので、これができると思う対象者、すなわち神様に依頼するようになっているのです。その神様が真の愛、真の理想、真の平和と幸福を願われるとすれば、そのお方を通してのみ、これが可能になると思うのです。神様を通して人類が追求してきた理想的要件を成就するためには、そのお方が提示する内容を私たちが知って、具体化しなければならない、という結論に至るようになります。
私は霊的体験を通して霊界に対する内容を知り、神様との深い交流をもちながらそのみ旨と愛と心情を確認しました。宗教は単に真理や倫理を教えるだけではなく、神様に絶対的に依存し、関係を結びたいと思う人間の本然の心情に連結されています。
人生において、真の宗教的直観は絶対的であり、無限なのです。私たちはこの直観によって、私たちそれぞれに対する神様の召命を聞くことができます。この境地は宗教の形式を超越し、何かの制度によって遮ることのない本然の交流です。ですから、これは宗教のもとにあるのではありません。このような関係においてのみ、人間は完成と幸福を所有します。この境地において、神人の関係は一つであるとともに、全体なのです。
そして、神様がこのように人生の背後で作用してきた超越的な力とその関係性は、もし人類が願いさえすれば全体に通じるものなので、人生が進むべき道は二つにはなり得ないのです。個人の道がそうであり、その理想的な個人が歩む家庭の道、国家、世界の道もまたそうなのです。すべての道は、絶対者、神様が理想とする愛と幸福と平和の世界を指向するのです。愛や理想、幸福や平和という言葉は、独りでは成立しない言葉なのです。これは、必ず相対的関係において成立する言葉なので、絶対者であられる神様だったとしても、その理想は独りでは成し遂げることができないのです。
2. 宗教の究極的目標は平和理想世界の建設
神様が一人だけで何かを愛して、一人で理想をもって何をするというのでしょうか。神様の創造の動機も、このような点から理解しなければなりません。神様の理想を成就させ、神様の愛を成就させる対象が人間です。人間を通してのみ、神様の愛と幸福と平和の理想的要件が成就されるので、本然の人間とはどれほど貴い存在でしょうか。神様と人間の関係は、たとえ格位は違うとしても、愛と幸福を中心として一体理想を形成する関係なので、本然の父母と子女の関係になります。神様が永遠で絶対的なように、その対象である人間も絶対的であり、永遠の内容をもった価値的存在になるのです。人間は神様の理想を実践する目的体です。神様の永遠で絶対的なみ旨は、人間と完全一体となったところで成就するので、人生の目的もまた、絶対的で永遠なのです。
神様は永遠、不変、絶対なので、その理想とした創造目的も、永遠、不変、絶対であり、一つの目的で統一された単一の理想世界を形成することでした。今日の罪悪と分裂と不信の世界は、人間が本然の道から離れて堕落したからです。このような人間を救援される神様の摂理は、宗教的基盤の上で人間をして原状回復をさせることです。ですから、救援摂理はメシヤによる復帰摂理なのです。
神様の創造目的が絶対的なように、復帰摂理の目的も必ず成就されるのです。したがって、メシヤの理想は、決して漠然としたものではなく、具体的な私たちの生活圏で必ず成就される神様のみ旨です。このような点で宗教の目的は、私たちの実生活で神様のみ旨を具体化するものです。神様が救援の全体的摂理のために、時代と民族と環境によって適切な宗教をおかれ、神様の基台を広げてきました。したがって、全宗教の究極的な目標は、神様のみ旨である平和理想世界を成し遂げることなのです。宗教は、教団内での救援や個人救援を考える前に、世界の救援という神様のみ旨を心配しなければなりません。今の時は、汎宗教的に神様の真意を再探求すべき時だと思います。
私が知っている神様は、宗派主義者ではありません。枝葉的な教理理論に縛られたお方ではありません。私たちは、教義の文字や儀式の条件に融通性なく縛られる、神学的葛藤から早く抜け出し、神様と生きた交流をもたなければなりません。信徒たちの信仰が蘇生し、各自の心霊が神様と交信する、純粋な宗教風土の造成が急がれていると思います。
神様と父母の心情、そして偉大な愛には、民族や皮膚の色の区分がありません。国家や文化の伝統や、東洋と西洋の壁もありません。神様はきょうも、万民を同じ子女として抱くために努力していらっしゃいます。私たちは教団間の対話と和合を通して、神様の創造目的であり人類の共通の希望である、単一平和理想世界を必ずや実現しなければなりません。
3. 汎宗教的浄化運動、実践奉仕運動
尊敬する宗教議会の代表の皆様。私たちが今日の現実を直視するならば、私たちは信じてばかりいるときではなく、行動すべきときであることを直感するのです。私たちの社会に澎湃している深刻な問題点、価値体系の混乱、道徳的退廃、麻薬とテロ、戦争と大量虐殺、人種問題、人権と富の均等問題、無神論に立脚した共産主義の問題など、数多くの弊害は何を物語っているのでしょうか。神様を離れた人類が、無神論に立脚した物本主義、世俗的な人本主義、享楽主義などに便乗してたどり着いた、世紀末的な現象なのです。このすべては、この世代の精神的・霊的枯渇と信仰心の衰退に根本原因があるという結論とともに、宗教者たちをむち打っているのです。
今日の世界に誰が責任を負うことができますか。軍事力や政治力ですか。でなければ、財力や技術力ですか。決してそのような力ではありません。神様はこの時代の預言者であり祭司格である宗教指導者たちに、この問題を解決しなさいと勧告していらっしゃいます。
すべての宗教者たちは、この世代の霊的基盤の欠乏に対して責任を痛感し、深く痛悔しなければなりません。長い宗教の歴史の中で、宗教者たちは生きていらっしゃる神様を正しく証することに不足だったのであり、愛の実践をおろそかにすることで無神論が蔓延し、また共産主義が世界に澎湃していることを、痛切に自ら叱責する宗教者になるべきだと思うのです。
今日、神様は私たちを呼んでいらっしゃいます。すべての宗教者は、深い自己反省の内的基台の上で、力強く立ち上がり、あらゆる不正が乱舞する現実に挑戦し、神様のみ旨を地上に実現するめに、創意的な努力を果たさなければなりません。生きていらっしゃる神様が願われる人間との関係は、経典や礼拝儀式の中だけでの関係ではありません。信義を抱いて二十四時間の生活の中でこれを実践する、自覚された心の中に住まわれながら、人間と共に生活されることを願われます。
私は、世界と人類の未来に対する長年の省察と祈祷を通して、今の世界を覆っている神様の情熱的な願いと強い聖霊の役事を感じてきました。これは、世界が必ず新しくならなければならず、宗教指導者が世界的に団結するだけでなく、懺悔と真の奉献の姿勢を整える汎宗教的浄化運動、実践奉仕運動が起こらなければならないと教示しています。世界は変わらなければなりません。新しい宗教改革の炎が燃え上がり、至る所で生活信仰、実践信仰の価値を高く、高く、とどろかせなければなりません。そして、無神論者たちの前に生きていらっしゃる神様を証明する、生きた信仰の炎がなければなりません。真の平和世界は、宗教を通した精神革命、愛と慈悲による大きな和合によってのみ実現されるのです。
4. 教団間の和合を通して平和世界実現を早めなければならない
尊敬する代表の皆様。私たちは神様の崇高な召命の前で、反目と誤解の無知が氾濫する世俗の泥沼を抜け出し、相互尊重および親善で、世界の教団が大きな協同体制を構築しなければなりません。そうして、行動する宗教者の意志と実践を地球星の隅々に見せなければなりません。
宗教は単に未来を待望することで終わるのではありません。神様の最初の創造目的の地が地上なら、私たちが地上に実現すべきそのお方のみ旨を忘れてはいけないのです。天国や極楽が神様の理想的な居所ならば、行くことだけが希望ではいけないのです。現実において理想の起源になる対象存在のために生き、愛し、与える実践と、その実績が必要条件になるのです。
宗教が現実的規範原理や所在を超越しているからといって、その現実的作用までも無視してはいけません。宗教は現実問題自体に至大な関心をもって、神様のみ旨の適用可否を深く調べなければなりません。また、政治、経済、社会、教育など、各分野の現実問題を解決すべき人々の心の中に、神様を中心とした新しい変化を起こすことによって、彼らが新しい人となって問題を解くようにさせなければなりません。
生きた心霊をもった宗教者たちが、宗教の真理をもって現実社会に飛び込むことを、神様は求めていらっしゃいます。真理をもった人、神様と根本的な交流をもった人は、どこでも生命の役事を起こし、影響を与えるようになっています。真の宗教は世の中についていくのではなく、神様のみ旨に立脚して世の中を諭し、万人を先導しなければならないので、反対と迫害と騒乱が起こるようになっています。教団間の和合と大同団結、そして実践信仰の新しい運動は、孤独な開拓者的な道を行くかもしれませんが、これは歴史的・世界的次元で考える多くの清新な人々の、大々的な呼応を受けることになるでしょう。
私はこれまで、神様が願う摂理の方向に従って世界を改革し、地上に神様の理想を実現することに尽力してきました。また、統一教会を最も優先的に動員して、宗教間の和合を通した世界平和の目標のために投入してきました。
皆様が属する各教団も、積極的にこの道に協力して、共に行くことを私は心から願います。これは、私がこの分野の努力を中断するからでもなく、統一教会の援助を惜しんでいるからではありません。全宗教の伝統の霊的資源と創造力を動員して、神様が願われる方向に総結集することによって、平和世界の実現を早めようとしているからです。
5. 神意の地上実現という「世界宗教議会」の成果
皆様が御存じのように、この「世界宗教議会」は歴史的な企画であり成果です。世の中でも国連機構などをつくって和平を模索していますが、教団間に争いがあっていいでしょうか。私は長い間、既存の教団や指導者が出てきて、宗教議会を積極的に推進してくれることを待ち望みました。しかし、誰かが必ず果たすべきこのことを待ちきれずに、私が始めました。
この集い自体が意味のあることですが、今後、回を重ねれば重ねるほど驚くべき成果を上げるようになることを期待します。
第一段階は、世界の宗教の伝統が互いに尊重されながら、相互に交流する関係の中で和合し、集約されることによって、少なくとも宗教間の葛藤と戦争を防止することに寄与し、第二の段階は、宗教会議の共同決議を通した宗教者の実践生活と汎教団間の協力体制よって世界に奉仕し、人の心霊を啓発することが促進されることによって、万人を神中心の価値観で生きるようにし、第三の段階は、実質的な教団代表たちが参加する議会にまで発展しなければならないと思います。
そうして、宗教議会で神意に立脚した高次元の価値観と生活規範が確立され、これが全宗教者と団体、国家に波及するようにしなければなりません。このような個人、団体、国家であってこそ、神様のみ旨の地上実現のための基盤となり、単位になるのです。すべての代表の方々は、今回の会議の期間中、全体会議あるいは分科会議で発表や討議、各宗教芸術の発表、瞑想と祈祷などのプログラムを通して、今日の世界を指導し、宗教界を改革して明るい未来を創出する霊的基盤を造成し、互いに和合することに大きく寄与してくださることを願います。
私たちは、今から和合した力で、「神意の地上実現」という世界史的宗教の使命を完遂するために、総進軍しなければなりません。最後に、この議会の準備委員会の代表の皆様の企画と準備のための労苦に感謝申し上げ、また実務要員たちの苦労をたたえます。神様の御加護と祝福が、この歴史的な大会と代表の皆様にあることを祈ります。
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