尊敬する前・現職の首班、世界各国から来られた貴賓と大韓民国の内外の指導者の皆様。きょう、公私共に多忙でいらっしゃるにもかかわらず、この式典に御出席され、このように満場の盛況を呈してくださったことに対して、心から感謝申し上げます。
1. 神様は私たちの父母
私が一九五四年五月一日、ソウル市北鶴洞(プッカクトン)のみすぼらしい「三つの門の家」で、幾人にもならない弟子たちと共に、「世界基督教統一神霊協会」という看板を掲げて天のみ前に深刻な祈りを捧げたことが、きのうのことのようです。
しかし、今日、世界百九十一カ国に宣教部を置き、日進月歩の飛躍的な発展を繰り返す「世界平和統一家庭連合」に成長したという事実を前にして、これを「天の奇跡ではない」と言う人がどこにいるでしょうか。
私がかつて、十六歳(数え)の胸を躍らす青年期に天の召命を受け、悲壮な覚悟で出発したのが、この天の道でした。この道は、実に言い表せない苦痛と受難の道でもありました。
蕩減の峠を越えるたびに、血と汗と涙を流す犠牲の道でした。立てた息子の悲惨な姿を見守られ、胸を痛める神様の心情を慰労してさしあげるために、血の涙を心の中だけに抑えて生きてきた孤独な男の道でした。
それでも、過ぎし八十有余年を、天から受けた真理を教えることに捧げて生きてきたのが私の人生です。その内容を総整理するという意味で、「神様の祖国と平和王国は解放と釈放圏の上で」という題目でお話ししようと思います。
2. 私たちがはっきりと知らなければならない神様と霊界
貴賓の皆様。私が生涯をかけて教えてきた内容の中で、最も重要だと強調してきたことがあります。それは、神様と霊界についてはっきりと知らなければならないということです。言い換えれば、漠然と頭だけで知り、数学の公式を覚えるようにして理解する神様ではなく、私たちの心臓に、そして骨髄の中にまで神様の存在を刻みなさいというのです。
神様が私たちとどのような関係をもっている方であり、どのような属性をもっておられる方なのかということです。そして、神様が太初に願われた理想世界とはどのような世界であり、いつそのような世界が成し遂げられるのかということです。霊界についても同じです。人間の選択権外に厳然として存在する死後の世界を正確に知っていてこそ、現世において私たちの人生の中で徹底的に準備することができるのです。
皆様、胸に手をおいて静かに一度考えてみてください。皆様が、本当に神様がいらっしゃることを知り、その神様に常に侍って暮らせば、世の中のすべての諸問題の中で、解決できない問題がどこにあるでしょうか。
きょう私は、皆様に単刀直入に宣布します。神様は、明らかに存在され、私たち全員の人生の中で生きて役事される私たちの父母でいらっしゃるのです。その方は、無形の存在であられます。大きいとすれば無限大に大きい方であり、小さいとすれば無限に小さな存在であられます。人間なら誰でも心をもっていますが、その心がどこに位置しているのかを、自信をもってはっきりと語ってくれる人がいるでしょうか。
世の中には、エネルギーが明らかに存在し、私たちの生を営為させていますが、そのエネルギーを私たちが見ることができないのと同じように、神様も絶対的に存在され、永遠、不変、唯一の属性をもっておられる方ですが、私たちの肉身の一部である人間の目では見ることができないのです。神様は、エネルギーの本体なので、霊界に行っても見ることができません。
それで、神様は全知全能で遍在される方だと言うのです。無形の存在なので、存在世界を思いどおりに出入りしても、全く支障がありません。
神様が皆様の体を通過していっても、皆様は何も感じることができないというのです。うとうと居眠りしている皆様の頭を、踏んでいっても分かりません。ですから、どれほど便利でしょうか。もし神様が、皆様の一挙手一投足に対して、一つ一つ顕現して指摘し干渉されるとすれば、どのようにして生きていくのでしょうか。皆様の目で神様を直接見ながら生きていきなさいと言えば、生きていけると思いますか。恐らく神経が衰弱して、一日も生きていくことができないでしょう。
皆様が今この場に座っていながら、ものすごい量の空気が体の中を出入りしても、それを見ることができないのに、ましてや無形の存在であられる神様が皆様を通過して役事されるのを、どうして見ることができるでしょうか。皆様は、「神様を見せてくれれば信じる」という愚かな主張をするのではなく、神様が私たちの目に見えないことをむしろ有り難く思うべきです。
世界の指導者の皆様。皆様は愛をもっていますか。生命をもっていますか。血統と良心ももっていますか。そうだとすれば、愛を見たことがありますか。生命、血統、良心を見たと言うことができますか。それらが明らかに存在することははっきりと知っていますが、これらを触ることも、見ることもできないという事実を認めざるを得ません。心で感じて初めて知ることができるのです。同じ論理で、神様がいるかいないかと言うとき、あるいは、神様を見たのか見なかったのかと尋ねるとき、いないということも、見なかったということも言うことができないでしょう。
心の中に神様が入ってきていらっしゃれば、心が感じます。全知全能の神様が共にいらっしゃれば、何千年前に死んだ聖人たちを呼んでくることもでき、厚い壁の向こう側に誰が座っているのかもはっきりと見ることができます。永遠であられる神様が心の中に入ってくれば、そのようなことが可能なのです。永遠を時間で捉えることはできません。永遠の中に時間があるからです。
3. 堕落によって失ってしまった神様
そして、私たちがいるこの宇宙は、神秘に包まれています。その大きさが数百億光年にもなる大宇宙です。地球の周囲を一秒間に七周半も回る光が、一年間で進む距離が一光年なのですから、この大宇宙を創造して主管する主人とはどのような方かを考えてみてください。
大きければどれほど大きく、重ければどれほど重いでしょうか。知恵の大王であられる神様は、御自身を無形で存在するようにされ、あっという間に全宇宙を運行なさることもでき、小さな針の穴でも思いどおりに運行なさることができるのです。
最高の宝物である神様をどこにお迎えするのかを自問するとき、私たちの心しかないという結論が自動的に出てくるはずです。私たちの心より安全で、安らかにお迎えできる所はないというのです。神様の対象の位置に立ち、球形運動をしながら永続できるのが心なので、人間は永生できるのです。
人類が堕落せずに本性の善の父母を通して生まれていれば、「神様がいるかいないか」という論争は必要なかったはずです。赤ん坊がおなかの中でお乳を飲む方法を学んで出てくるのではないのと同じように、人間の先祖の堕落がなかったならば、人間は誰でも自動的に神様を父として侍って暮らすようになっていたのです。
人間の先祖としてつくられたアダムとエバを、神様御自身の実体として立てるために、神様の男性性稟はアダムの心の中に、そして女性性稟はエバの心の中に定着して永生するようになっていたのです。だからといって神様が二つに分かれるのではなく、アダムとエバの心の中に臨在しながら、二性性相の中和的存在として、愛を中心とする統一的存在として永存なさるのです。
しかし、堕落によって人類は、すべてのものを失ってしまいました。忘却の世界へ落ちて、神様がいるかいないかさえも分からない青盲の人になったのです。人類史上、これより悲惨な事件がどこにあるでしょうか。
もし神様に似た人間の先祖アダムとエバが堕落せずに成長し、完成して人類の父母の位置を確保していたならば、人類は、彼らの姿を通して生きていらっしゃる神様の実在をいつでも認知できたはずです。そして、「神様はいる」、「神様はいない」という論争は考えることもできなかったはずです。神様は、人類の真の父母として、永遠に私たちと苦楽を共にされたことでしょう。神様は、私たちの生の中心であり、根になっていたはずです。
私たちが生活の中で、五官を通して直接神様を感じ、神様の実在を知るようになって、初めて本当に神様を知っているということになるのです。言い換えれば、神様の実在を体恤しなければならないということです。
このように、神様の実在を私たちの生活の中で直接体恤して生きるようになれば、私たちは、自動的に神様のみ旨とは何かをその一瞬一瞬で感じ、自ら進んですべてのことに臨むようになり、罪を犯そうとしても犯せない完成した人間の姿になるはずです。そのようになっていれば、無形でいらっしゃる神様は、人間の実体をもって主人的人格と形体を備え、有形世界である地上界の万物万象はもちろん、霊界までも主管されるようになっているのです。このように、神様をはっきりと知ることは、人間の生涯において最も優先的で重要なことなのです。
4. 神様が願われた世界
皆様。人間の生涯について一度考えてみてください。私たちは全員、母親の腹中で最初の生を送ります。腹中を胎児の状態で過ごす十カ月間は、羊水に囲まれたままで過ごす水中生活です。話すことができず、思いどおりに動くことができないからといって、腹中の生活を「生活ではない」と言うことができますか。厳然と天が下さった生命をもって、次の地上界の生活を準備する段階としての生を営むのです。
鼻で息をしないからといって生命力がないのではありません。腹中の胎児としての人間は、次の段階の生活である地上界での生活は想像もできないはずです。母親の腹中を抜け出した世界は、夢にも見ることができないでしょう。へその緒を通して母体からすべての栄養素を供給されて暮らす生活以外には、何も想像できないはずです。
しかし、人間は、時になれば誰でも母親の腹中での生活を清算して、地上界での生活を始めるようになっているのです。自分が願おうと願うまいと宇宙の法則がそのように運行しています。想像もできず、夢にも見ることができなかった広大無辺の新しい世界が広がり、水中生活の一生涯が終わって地上生活の一生涯が展開するのです。腹中生活の十カ月が地上生活の百年に変化して発展するのです。そして人間は、色とりどりの変化無双な生涯を生きていきながら、最終段階である霊界、すなわち死後の世界のために準備する生活を送るようになります。腹中生活の期間中では、地上界の生涯は想像もできなかったように、肉身をもって暮らす人間としては想像もできない永遠無窮な別の世界が私たちを待っています。
5. 霊界生活をあらかじめ準備しなければならない
限定された地上界においての百年の生涯が、時間と空間を超越した永遠の世界へと変貌するのです。腹中ではへその緒を通して母体から栄養を供給されて生き、地上生活の期間は、宇宙の水と空気、そして光の三大基本要素と栄養素を中心として生を営むのですが、一旦霊界に入っていけば、物質的栄養素はそれ以上必要とせずに愛を呼吸しながら永生します。
このように人間は、誰彼を問わず、水中生活十カ月、地上生活百年、そして霊界においての永生、このように三段階の生涯を生きるようになっているのです。これは、私たちが選択したことではなく、天が私たちに下さった祝福であり恩賜です。これより大きな祝福と恩賜がどこにあるでしょうか。
したがって、霊界をよく知らなければならないというのは、霊界の実在だけを漠然と信じて生きなさいという意味ではなく、好きでも嫌いでも、永遠に生きなければならない霊界での生涯のために、私たちが地上界でどのような準備をしなければならないかを知って、徹底的に準備をしなさいということです。
腹中で問題が起きた子女は、生まれても、生涯を不自由な身で生きなければならないように、私たちが短い地上界での生涯の中で、天のみ旨を正しく知らずに罪を犯し、悪を行えば、結局因果応報の宇宙法則により、霊界に行ってその代価を払うようになるのです。言い換えれば、霊界に入っていった霊人体が、言い表せない苦痛と蕩減を払わなければならないという意味です。
一度肉身を脱げばもう遅いのです。肉身は、死ねば一握りの土に戻ってしまいますが、私たちの生命、私たちの心、私たちの心情、そして私たちの希望までも埋められてしまうのでしょうか。絶対にそうではありません。私たちの百年の一生は、神様が設置しておいた「霊人体」というスーパーコンピューターに、間違いなく記録され、撮影されて、自動的に評価されるのです。
それで、誰でも地上界で生を営む間、立ち止まって揺れ動く心と傾く心情を鼓舞し、「あなたはどこに向かうのか」と数えきれないほど自問自答してみるのです。このような諸問題を解決するために、生涯を苦悩して闘っていかれた方たちが、聖人や賢人であり、宗教指導者です。
しかし、その誰一人として明快な解答を提示できずに旅立ちました。彼らの教えが足跡として残り、宗教も生じ、経典も出版され、多くの衆生たちの道案内になっているのも事実ですが、いまだに人類は、一つの心も治めることができずに苦しんでいるというのもまた事実です。
6. 真の愛の真理を明らかにしたレバレンド・ムーン
私は、これまで世界を巡回しながら、数百回以上公開講演を通して天の真理を宣布し、教育してきました。世界のどこに行っても、どのような聴衆の前に立っても、私が必ず彼らに問い掛ける質問があります。それは、「皆様の中で、心と体が闘わない人がいれば、手を挙げてみてください!」という挑戦状のような質問です。しかし、どこの誰も手を挙げる人はいませんでした。
これは何を意味するのでしょうか。いまだに人類は、私たちの先祖であるアダムとエバから伝授された堕落性の奴隷になっており、その束縛から抜け出すことができずにいるという意味です。生涯を断食と禁欲、そして途方もない犠牲の苦難の道を貫いて旅立った聖人、賢人たちの告白がそれを証しています。肉身の欲望を完全に根絶できずに旅立たざるを得なかった彼らの告白は、いまだに地上界で同じ道を踏襲している弟子たちと信徒たちに向かって哀切に訴えているのです。
聖人、賢人の隊列に入る自分たちが、ついぞ悟ることができなかった真の愛の真理を、レバレンド・ムーンが初めて天からもって降りてきたので、その方の教えを絶対的に信じて実践しなければならないと異口同音に叫び宣布しています。
地上界でレバレンド・ムーンに会い、その方を救世主として、メシヤとして、再臨主として、真の父母様として侍って生きることができなかったことを嘆くメッセージが、数限りなく殺到しています。彼らの霊界決議文が世界の随所に響き渡っています。
今から遠からず、すべての宗教人は、彼らの宗主から直接啓示と導きを受けて、レバレンド・ムーンを真の父母として侍って暮らすための民族大移動が行われるはずです。レバレンド・ムーンから心と体を統一する真の愛の真理を学び、愛する父母と子女たちと共に、永遠の幸福を謳歌できる霊界においての生涯を準備するために、真の家庭の道を学ぼうと雲霞のように押し寄せてくるはずです。
神様はいないと主張して、物本主義の祭物として消えていった世界的共産主義者たち、言論人として一つの世代を思いどおりに動かした世界的な知識人たち、そして絶対者の剣を振り回して数え切れないほど無数の生命を犠牲にさせた独裁者や帝王たちまでも、霊界のメッセージと決議文を通して、今レバレンド・ムーンに懺悔の涙で赦しを求めています。
皆様の中で、いまだに霊界の実相をはっきりと信じることができない方たちは、このようにはっきりと伝えてくれる霊界のメッセージまでも半信半疑かもしれません。そのような人たちには、「信じられなければ、今すぐにでも死んでみなさい!」と忠告します。
地を打って痛哭しても二度と戻ってくることができなこであり、百年、千年身もだえしても、地上界で犯した罪は一人ではどうすることもできないので、皆様の先祖も、機会さえあれば、皆様の生涯を協助して自分たちの罪を蕩減しようと涙で皆様の生涯を見守っています。数千、数万の先祖の瞳が、皆様の一挙手一投足を、時には悲しんで泣きながら、時には喜んで注視しているという事実を、このようにはっきりと教えてあげているのに、霊界の実相を信じることができない人がどこにいるというのですか。
7. 神様との一心、一体、一念の境地
貴賓の皆様。このように、神様を明確に知り、生活の中で侍って暮らし、霊界の実在はもちろん、実相までも信じて知れば、私たちの生涯は、高速道路を走る自動車のように簡単で、何の心配もなくなるはずです。運転手が高速道路の法規を守ってハンドルを握り、居眠りさえしなければ、無事に目的地に到達できるように、私たちは、天が下さった良心の指向に従って、一生懸命に生きさえすればよいのです。
ここで私たちの心と体も一つになるのであり、ここで人間完成の花が咲いて実が実るのです。深い山中に入っていったからといって個性完成ができるのではなく、図書館に整然と並んでいる聖書や哲学書を習得したからといって心と体の統一が成就できるのではありません。
神様は、知恵の大王でいらっしゃいます。人間が完成に達する道を遠い所には置きませんでした。私たちと最も近い所、最も秘密で安全な所、正に皆様の良心の中にその道を準備しておいてくださったのです。
皆様。良心は皆様の主人です。皆様の師です。皆様の父母の代わりです。良心は、皆様のすべてのことに対して誰よりも先に知っています。皆様の考えまでも、隅から隅まで知っているのが皆様の良心です。師より、父母より、神様よりも先に知っています。このような良心が、皆様のために一生の間どれほど多くの忠告をしてくれるでしょうか。
昼も夜も、悪いことを考えただけで、「こいつ!」と叱りながら、疲れもせずに皆様を引っ張っていき、川を越え、峠を越えようとどれほど苦労したでしょうか。良心は、いつも真の主人の姿で皆様を保護して助けようとしたのに、いつも裏切った皆様だったのではないでしょうか。天から譲り受けた一つしかない貴い師であるにもかかわらず、この師を徹底して冷遇した皆様の体をどうするつもりですか。
皆様の本然的愛を引き継がせてくれた父母の代わりに送ってくれた良心を、無慈悲に蹂躙した肉身ばかりにしがみつき、その肉身の欲望に捕らわれて無為に歳月を過ごして一生の幕を降ろしますか。それでレバレンド・ムーンも、「宇宙主管を願う前に自己主管の完成!」という標語を立てて修養の道を開拓したのです。そして、心と体の葛藤を解決できる唯一の道は、「真の愛の道」であることを探し出しました。
心が体のために犠牲を繰り返しながら神様の代わりの立場に立ち、「ために生きる真の愛」を実践するときに、初めて心と体の統一が成就されるのです。
このように、良心が指向する道に従えば、宇宙が皆様の心の中に抱かれてきます。その場では心と対話するようになります。何かをしようと思っただけで、すぐに良心がその答えを見せます。神様が皆様の心の中に臨在された証を見るようになるのです。
このような位置に進んでいった人は、神様と一心、一体、一念の境地に入っていき、一元、一和の世界を成就して生きるようになるのです。その世界が、正に神様が太初にアダムとエバを創造して願われた理想世界であり、地上天国です。
8. 神様と人類の解放、釈放のための一生涯
尊敬する貴賓の皆様。私がこのような途方もない天の秘密を探し出し、人類救済の道を歩み始めて以来、既に八十有余年です。歴史上、空前絶後の苦難と逆境をかき分けてきたかわいそうな男の姿でした。遍在される神様の実在性を証明し、教えてきた道でした。
青盲の人になって一寸先も見ることができなくなった人類の歴史は、哲学者や神学者でさえも、天の真理に対して明確にすることができないまま、神様の胸に恨を植えつけてきたのです。
神様に、ために生きる心、かわいそうに思う心、すなわち真の愛がなければ、復帰摂理歴史は当初から出発することもできなかったはずです。私は、このような神様の内情的心情の世界を知ってから、どれほど多くの日を涙と痛哭で夜を明かしたか分かりません。
御自身の子女として創造し、永遠の真の愛の対象の位置に立てようとした人間の先祖が堕落の道に落ちたのち、数千、数万年の蕩減復帰路程を摂理してこられた神様の恨に満ちた姿を、誰が想像できたでしょうか。哀れで無念な神様であり、爆発するような憤りと恨に満ちていたのが神様の路程でした。
栄光のお父様であり、大王として来られた神様が、その王座と父母の位置を怨讐サタンに奪われました。厳然と生きて役事していらっしゃるのに、「死んだ」と嘲弄され冷遇されても、忍苦の道を歩んでくださり、人間が自ら悟るその日だけを待ち望まれた神様であられます。
ために生きる真の愛を土台として、永遠を前提として創造の摂理をされた神様であられるので、子女が堕落の奈落に落ちるのを目撃しながらも、宇宙を爆発させて最初からやり直すことはできない神様であられたことを、皆様は知らなければなりません。
全知全能の権限で全世界とサタンまでも一度に審判し、粉砕してしまうことができる神様であられ、そのような能力をもっておられる方であられるのに、今まで神様は、孤独単身であらゆる侮辱と讒訴を甘受されながら、自ら進んで監獄生活をしてこられた私たちのお父様でいらっしゃいます。
9. 全人類を教育してきた犠牲的路程
皆様。このような天のお父様の前で、一日でも真の同情と懺悔の涙を流してみたことがありますか。悪魔の血統を受けてサタンの走狗になっている人類を前にして、舌をかんで耐えてくださり、解放と釈放の一日だけを待ち望んでいらっしゃる神様のみ前で、見えないふりをして目を閉じることができますか。
したがってレバレンド・ムーンの生涯は、歴史上誰よりも深刻な命の歴史でした。サタンを罪ある者として審判できる審判主としての個人完成の道を歩まなければならなかったのであり、愛する子女を四人も幼い年齢で霊界に送らなければならず、残った子女さえも荒野に放り投げたまま歩まなければならない、宿命的蕩減復帰の路程でした。
私は、神様を解放、釈放させてさしあげ、その土台の上に人類を解放、釈放させてあげるための救世主であり、真の父母の天命を受けて皆様の前に立ったのです。お金、権勢、名誉や富貴を必要としてきた人ではありません。
雪の降る極寒期に、雪と雨に打たれて三度の食事に飢えながらも、八十年以上の生涯を、朝夕、昼夜を忘れてひたすら一本道、天の道を走ってきた男の生涯でした。肉が裂け、血を吐く拷問室でも、「救ってください」という祈祷をしたのではなく、むしろ、子女の悲惨さを見て嗚咽される神様の心情を、慰労してさしあげるために血の涙を流し、孝子、忠臣、聖人、聖子の道を歩んできた私の人生でした。
父母と故郷山河を捨てたまま、「ために生きる真の愛」で人類救援をすることで貫いた生涯であり、天命に従って命を懸けて天の道を歩まなければならなかった男としての一本道であり、決して妥協を知らず、少しも卑怯なことをせずに生きてきた私の生涯は、この世的な目で見れば、限りなく哀れでもの悲しい一生に見えるかもしれません。
しかし、世の中のいかなる拷問も刑罰も、私に天の道を挫折させることはできませんでした。今まで六回にわたる監獄生活も、子女を探し求める真の父母の道を妨げることはできませんでした。
冷たい監房に座って、軒先から落ちる雨の滴を眺めながら、「あの水滴が、いつしか岩に穴を開けるように、私の目から落ちるこの熱い涙が、必ず恨で凍りついた神様の心を溶かして解放、釈放するその日が来る!」と決意して誓って生きた男の生涯でした。怨讐を実子以上に愛する生涯で六十億の人類を教え導いてきた犠牲的路程でした。
そのような次元で、私は、一九七〇年代初めにいち早くアメリカに入っていき、「私は火を消す消防士として、そして病気を治す医者としてここに来たのである!」と宣言しました。それから三十年以上の月日が流れた今日、人類は、今新しい時代を迎えているという事実を知らなければなりません。ついに天運が地球星に臨んでいます。人類救援のために八十年以上の間、私が流した血と汗と涙の蕩減復帰路程が、今その結実を結び始めたのです。
10. 神様が直接主管される真の愛の炎
二十一世紀の冒頭である二〇〇一年には、「神様王権即位式」を奉呈することによって、ついに神様の解放と釈放の日を迎えるようにしてさしあげたのです。神様の直接主管の時代が開かれ始めたのです。その基台の上に、今年(二〇〇四年)の三月二十二日には、アメリカの首都ワシントンDCの国会上院ビルにおいて、「世界平和王戴冠式」が挙行されました。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの世界的な指導者たちとアメリカの国会議員が集まり、満場一致でレバレンド・ムーンを「世界平和王」に推戴する登極式を行ったのです。これをどうして人間業と言うことができるでしょうか。
あの有名なフランスの予言者ノストラダムスが予言し、東洋一の予言書「格菴遺録(キョガムユロク)」にはっきりと記録されているように、レバレンド・ムーンは、天命を受け、宿命的責任を完遂した人類の真の父母であり、平和の王として顕現したのです。そのため、世界随所から、レバレンド・ムーンに従ってこの地上に平和王国を創建する隊列に参加しようとする各界各層の指導者が、波のように押し寄せています。
そして、世界で唯一、民主と共産の対決によって罪のない民族と国土が分断された韓半島はもちろんのこと、今日世界平和を脅かす最も深刻な流血の紛争地になってしまった中東地域でも、今はレバレンド・ムーンの助けがなければ平和は期待できないと告白してきているのです。
11. 全地球星を覆っている真の愛運動
今年、二〇〇四年の四月十日を期して、私は、「天使世界の釈放」、「カイン・アベルの釈放」、さらには「天宙天地天地人父母釈放の日」を宣布しました。そしてきょう、五月一日を期して、「神様の祖国と平和王国は解放と釈放圏の上で」を宣布することによって、神様が全体、全般、全権、全能の権限を実体的に行使できる様々な段階の霊的条件を立てました。
神様の解放、釈放とともに、今はこの地上に、名実共に自由と平和と統一と幸福の世界が広がっています。このような意味で、私が設立した「世界基督数統一神霊協会」の創立五十周年を迎えたきょうは特別な日です。
この席に参加した皆様全員には、天運が共にあります。短い時間ですが、きょうレバレンド・ムーンが教えたとおり、第一に、神様の実在を皮膚で感じて生きること、第二に、霊界の実相をはっきりと知り、地上界での生涯を永遠の霊界での生涯のために徹底的に準備して生きること、第三に、良心を師と思い、神様のように、父母のように侍って暮らせば、皆様は既に天国人になっているということです。
真の愛の炎は、今二十一世紀の春風に乗って地球星全体に燎原の火のように広まっています。怨讐の国の人たちとの交叉祝福結婚が、若者たちの間に新しい信仰として定着していっています。水、空気、光は、隙間さえあれば無条件に入り込んでいくように、今真の愛運動は、全地球星を覆っています。神様の愛、神様の生命、神様の血統を伝授され、この地上に平和の王国を定着させる若い知性ある人たちが眠りから覚めています。
高名でいらっしゃる世界指導者の皆様。皆様も「神の国と神の義」を探し立てなければならない天一国主人の隊列に加わり、与えれば与えるほど大きくなる真理を自ら実践する、真の愛の革命軍となることをお願いします。ありがとうございました。
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