真の父母経

第十二篇 第一章

「世界平和統一家庭連合」の創立

この章の目次

第十二篇 「世界平和統一家庭連合」の創立と女性時代の摂理

真の父母様は、「世界基督教統一神霊協会」を創立されてから四十年目となる一九九四年五月一日に、世界平和統一家庭連合時代を宣言され、すべての家庭が守るべき指針である「家庭盟誓」を制定し、宣布された。真の父母様は個人救援時代を過ぎ、家庭を通した天国実現の時になったと考えられ、「世界平和統一家庭連合」を発表されたのである。そして、一九九六年七月三十日には、アメリカのワシントンDCにおける「世界平和統一家庭連合」創立世界大会を通して、満天下にこれを宣布された。また、一九九七年十月十三日には、訓読会を制定され、訓読会を通してみ言の伝統を相続し、生活化することを願われた。

真の父母様は、一九四五年、公式路程を出発されて以降、蕩減復帰を通じた救援摂理を導いてこられた。しかし、一九八九年、愛援摂理時代と八定式を宣布されることにより、世界人類は蕩減の必要がない時代に進入したと語られた。これによって、長子権を復帰した八定式の基台の上で、「天父主義」時代が開かれた。このように、恨に満ちた歴史的蕩減路程を歩まれ、一九九一年七月一日、「神様祝福永遠宣布式(七・一節)」を挙行することで、全人類に永遠の祝福を宣布されたのである。さらに、新千年紀を前にして、一九九三年一月三日、新約時代の完成と成約時代の出発を宣布され、成約時代の出発とともに、還故郷を通した氏族(的)メシヤ活動を本格化し、祝福家庭が摂理の先頭に立って導いていく時代を迎えたことを明らかにされた。

また、真のお父様は、一九九〇年三月二十七日、アメリカで挙行された第三十一回「父母の日」の記念礼拝で、「女性全体解放圏」を宣布され、真のお母様を第二教主として発表された。

その上で真の父母様は、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会を開催し、「世界女性時代の到来」を宣布された。このときから、初めて全人類の前に公に登場された真のお母様は、韓国と日本、アメリカなど、世界の至る所を巡回しながら「世界平和女性連合」創設大会を主宰し、女性解放を宣言されたのである。また、一九九九年六月十四日、世界八十ヵ都市で真の家庭世界化前進大会を終えたのちに、真のお父様は、真のお母様に表彰牌を授与された。これは、真のお母様が真のお父様と共に、すべての摂理を共同で導き、復帰摂理を締めくくっていくに当たって大きく寄与し、勝利したことを公表されたものである。

第一節 「世界平和統一家庭連合」の創立とその背景

創立の背景と意義

真の父母様は、一九九四年五月一日、韓国の「世界基督教統一神霊協会」の創立四十周年を迎えて「家庭盟誓」を宣布され、続いて十月九日、「世界平和統一家庭連合」を結成すると発表された。一九九六年七月三十日には、アメリカのワシントン DCで「世界平和統一家庭連合」創立大会を開催された。そして、一九九七年四月十日から、「世界基督教統一神霊協会」を「世界平和統一家庭連合」へと名称変更することを指示された。創造本然の理想世界は、宗教を基盤とするのではなく、理想家庭を通して成し遂げられることを闡明(せんめい)されたのである。

1 「世界平和統一家庭連合」の創立は、アダム家庭で失敗した母と息子、娘を糾合し、祝福の位置に導くためのものです。祝福の家庭的時代を中心として、これから氏族的時代、親族時代に越えていくのです。「世界基督教統一神霊協会」の時代は、アダム家庭を復帰してくるための時代でした。そうして、アダム家庭を一元化して、宗親連合を求めていくのであり、宗親連合が連結されれば、国家連合を求めていくのであり、国家連合は世界連合を求めていくのです。そのような大転換期に入ったので、統一教会はなくなり、「世界平和統一家庭連合」に転換するのです。

2 今の時代は、統一教会が個人を収拾し、家庭、氏族、民族、国家を収拾する時です。一つの国を収拾すればよいのです。それが国連国です。私たちが国連機関を収拾すれば、すべて終わるのです。韓国の南北統一も重要であり、アダム・エバ国家が一つになることも重要ですが、そのような時代はすべて過ぎ去ります。

「真の父母と成約時代安着」という言葉を語るのは、世界のどこに行っても反対できない本然のアダム家庭が、世界的代表家庭として登場したからです。それによって、父母様の家庭を主体として横的に一つになる運動を起こすことができるからです。一時に地上で個人、家庭、氏族、民族、国家を編成することによって、堕落していない本然の天国が実現されるのです。

アダム家庭が失敗したことを、イエス様が国家的基準で成し遂げようとして失敗することによって、世界的に延長されました。ですから、再臨時代に真の父母様が来て、偽りの父母から拡大した世界を、真の父母の門を通るようにするのです。今まで蕩減条件を通してサタンを除去したので、この門を通して、反対に家庭を編成できる段階に入っていくのです。家庭さえ編成すれば、氏族、民族、国家、世界の編成は、一時に自動的に成し遂げられるようになります。そのような時だというのです。協会創立四十周年を越えたので、「世界平和統一家庭連合」を創立するのです。

3 「世界基督教統一神霊協会」がなくなったことを寂しいと思うのではなく、「世界平和統一家庭連合」ができたことをたたえなければなりません。今までは個人救援でしたが、これからは、家庭救援から親族救援と国家救援が成就するようになります。これは必然的な結果であると言わざるを得ません。私たちは、家庭教会時代である成約時代に入ってきました。旧約時代と新約時代は、家庭がありませんでした。ですから、家庭連合が必要なのです。高次元の宗教です。

家庭基盤が全世界人類に連結され、自動的に氏族的家庭教会、国家的家庭教会、世界的家庭教会へと大きくなりました。天国、理想家庭がここにあります。理想氏族、理想国家、理想世界、理想天宙、神様の創造理想が地上と天上で完成したのです。すべて終わりました。ついに神様まで解放されたのです。

4 小さなことから始めたとしても、天的に締めくくらなければなりません。そのようになれば、過ぎ去っていっても、損害になることはないのです。これまで「世界平和連合」と「世界平和宗教連合」、そして、「世界平和女性連合」を立てたのですが、これらの組織を編成して「世界平和統一家庭連合」に進むのです。そのようになれば、その家庭の息子、娘まで付いてきます。家庭をモデルとして、愛を中心として全体を着陸させるのです。そうして、創造理想的な定着地として、男性が定着でき、女性が定着できる定着地をつくらなければなりません。

子女たちが経ていくことのできる基盤を築いておくことによって、あらゆる闘争歴史の原理的な道を経ていきました。今まで、万民が渡るべき数多くの橋を前にして道を築いてくることによって、家庭が自然に顕現できる目的地に行って、帰着せざるを得なくなったのです。

5 「世界基督教統一神霊協会」から「基督教」を抜いてしまい、「世界平和統一家庭連合」をつくりました。旧約と新約を中心としてこそ、成約が成立します。イエス時代に完成できなかったことを、再臨主がこの地に来て、再び型をすべて整え、旧約時代と新約時代を中心にサタンが讒訴できない条件をつくっておき、その上で成約時代が出発しなければならないからです。キリスト教が反対する中で、それでも仕方なく、キリスト教を背負って歩んでこざるを得ませんでした。

6 アダムとエバが堕落する前は、その体も神様のものであり、愛も神様のものであり、所有も神様のものでした。心情圏も、今後、天を中心としてもつようになっています。したがって皆さんは、結婚する前に、血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰をしなければなりません。そのようにしたあとに、結婚するのが原則です。

それを今から四十年前に話したとすれば、「文総裁は洗いざらい、丸ごとのみ込もうとする」などのうわさが立つので、今まで保留にしていたのです。それで、家庭連合をつくることができませんでした。今では世界が信じることができ、何を話しても理解できるようになったので、家庭連合を通してこれをすべて譲り渡そうと思うのです。ですから、「世界平和統一家庭連合」をつくらなければならないということを知らなければなりません。

祝福家庭のすべての人は、家庭連合要員にならなければならないのです。「家庭盟誓」に引っ掛からないよう、もう一度姿勢を正さなければなりません。それは、父母様もできず、神様もできません。皆さん夫婦、それぞれの責任です。アダムとエバの家庭自体を収拾して復帰の勝利圏を形成し、天の国の血族圏に加入しなければなりません。これは、堕落した人間として復帰していくべき原理的な結論です。

7 家庭は根です。根がすべての原則にならなければなりません。家庭を平面的に見れば、サタン側の(天使長)家庭と天の側の天使長家庭があります。(このままなら)地獄に行く天使長家庭と天の側に戻ることができる天使長家庭の形態があるのですが、これがアダム家庭に伝授されなければなりません。ですから、これからは家庭連合に加入することが、堕落した人間としての希望です。また、真の血統を伝授される祝福の基盤をもつことが、堕落した人たちの最高の希望なのです。何代目にその位置に立つかということは、皆さんの公義の基盤を通して決定されるでしょう。

8 人類は、歴史時代を経てきながら平和時代を探し求めてきましたが、「統一」を知りませんでした。「平和」だけができてもいけません。中心がないのです。ですから、「平和統一」にならなければなりません。それで、「世界平和統一家庭連合」が出てきたのです。

その家庭は、世界を代表し、天地を代表します。平和という水平だけができても、中心をつかむことができないのです。中心というものは、九〇度に合わなければなりません。そのような全体の内容の複合的な結論が「世界平和統一家庭連合」です。

平和だけでは何の評価も出てきません。主体がなければなりません。ですから、愛する孝子の道、忠臣の道、聖人の道、聖子の道を行かなければならないのです。これを成し遂げなければ、父母が解放されず、国が解放されず、世界が解放されず、天地が解放されません。その上に水平が形成されてこそ、そこから解放が始まるのです。

9 今、争いをしているすべての国、先進国と発展途上国の間には、とても大きな国境線が存在します。東洋と西洋には、文化の違い、精神文明と物質文明という違いがあります。南北間には、貧富の差があります。この違いによって谷間ができました。谷間ができたので、こちらと向こうに分かれたというのです。谷間と言えば、この山であるとかあの山であるとか、必ず二つの山を中心として谷間ができます。ですから、その谷間をどのように水平線にするのかというのです。また、山は大概、国境線になっているのですが、これをどのように平地にするのかというのです。統一教会では、「世界平和統一家庭連合」を語っています。世界を一つにしようとすれば、まず平和が成し遂げられなければなりません。「平和」は、平たくなって和することを意味します。北方に暮らす人、南方に暮らす人、東方に暮らす人、西方に暮らす人はもちろん、先進国であれ発展途上国であれ、優れていようといまいと、老若男女を問わず、すべて水平にならなければなりません。水平から始まるのです。

そして、水平になるだけではいけません。平和世界になるだけではいけないというのです。必ず相対がいなければなりません。平和の世界と統一の世界にならなければならないのです。世界は、平和を願い、統一を願います。世界平和統一をして、行くべきところは「家庭連合」、すなわち、家庭に定着しなければならないというのです。

真の家庭運動と家庭連合の活動方針

「世界平和統一家庭連合」は、真の家庭を基盤として、人類の救いと世界平和を実現するために創設された。それゆえ、真の父母様は、創造本然の理想世界である地上天国と天上天国を実現するために、祝福結婚を通した真の家庭運動を、世界的に展開されたのである。さらには、宗教間の葛藤と紛争が世界平和の実現において最も大きな障害物になると考えられ、宗教間の和解と連合運動を継続的に展開された。

10 祝福を受ければ、「世界平和統一家庭連合」に加入しなければなりません。それが氏族メシヤの責任です。それで、「世界基督教統一神霊協会」はなくなり、「世界平和統一家庭連合」になるのです。それは、堕落する時に(本然の)家庭を失ってしまったからです。家庭がサタン側の地獄に回りました。今のこの時に、真の家庭を中心として直接主管圏に連結されます。真の父母を中心として完成するのです。ですから、祝福家庭と真の父母の家庭が一つになるのです。何によって統一されるのでしょうか。それが氏族メシヤです。

国家と連結されて、神様と真の父母と一つになることによって、間接主管圏から直接主管圏に連結されるのです。一つの路程です。そのようになることで統一が起きるのです。祝福を受ける前までは、堕落した世界の血統です。しかし、統一教会の名で祝福を受けるようになれば、「世界平和統一家庭連合」に移行するのです。間接主管圏と直接主管圏は異なります。心情的変化と生活的変化を起こして、地獄世界をすべて清算して越えていかなければなりません。

11 祝福結婚式は、三十六、七十二、百二十四、四百三十、七百七十七、千八百、六千、六千五百双に拡大し、三万双まで行いました。これによって、横的に全世界を祝福できる時が来たのです。それで、三万双を祝福したのちに三十六万双を祝福し、今は三百六十万双を越えて三億六千万双まで祝福するのです。これが、家庭を取り戻してくるための十二の真珠門、十二の峠です。今や、失った家庭を取り戻してくるための十二の峠を越えて、世界の家庭の平準化が成し遂げられ、堕落のない自由祝福圏の時代に入ってきました。

今は世界次元の時代です。世界家庭時代が開かれたというのです。家庭と家庭が、すべて平面的に同じ価値をもつのです。ここには境界線もなく、国境もなく、すべて水平です。ここには、(天のものではない)何かの習慣や、異なる文化や、異なる伝統はありません。サタンの反対がないのです。今までは、父母様が世界的な家庭を祝福してあげれば、すべてが反対しました。

家庭を収拾することは、政治、経済、文化、教育をもってしても不可能です。軍事力でも不可能です。それを解決できる人は、父母様しかいません。今や、いくら私たちに反対したくても、できないのです。ですから、誰でも超階級的に歓迎できる環境ができたので、歓迎するのです。「世界基督教統一神霊協会」は、サタンを除去する時まで必要です。今ではもうサタンがいなくなるので、「世界平和統一家庭連合」は、世界の青少年と家庭を再び糾合し、本然の世界に向きを変えておこうというのです。

12 父母様が立てておいた全体の組織は、真の家庭を中心として、家庭祝福をするための活動に、すべての力を注がなければなりません。私たちの総目標は、家庭祝福です。全体の方向性、全体の団体の一つの標準は、家庭連合拡張運動、挙国的な拡張運動です。

私たちがここで氏族的基盤さえ解決すれば、挙国的編成が自動的に成し遂げられるようになります。そうすれば、民族が生きることができる道が存在するのです。国が滅び、思想の伝統が崩れても、(本然の)家庭さえ生きれば問題ありません。今は、そのような時です。

13 最近は「地球村」という言葉を語ります。地球家庭時代に向かっていくのです。地球村ではなく地球家庭です。今日、「家庭連合」が出てきたことに対して、相対的な世界を形成しているのです。神様のみ旨を中心として「家庭連合」が出てきたので、世界の環境が相対的に形成されなければなりません。これが対等な時代に入ってきたので、始めさえすれば一時に世界化されるのです。夢のような話ではありません。この死亡の世界は、行く道がありません。しかし、統一教会は、中心がきちんと組まれているので、栄えていくのです。

それでは、栄えていく世界を受け継ぐことができる家庭的姿勢を備えるためには、どのようにしなければならないのでしょうか。神様の愛の対象圏を備えなければ、その世界と関係を結ぶことができません。ですから、これを追求するに当たって、一つ一つ分析して、至らないものは除去し、ここに家庭と国家的な内容を備えて、進んでいかなければなりません。これが家庭生活の信条です。

14 皆さんの家庭は、天地の王に侍る標準的な伝統を立てなければなりません。これは、家庭連合から始めなければなりません。言葉だけではないのです。ですから、入籍した家庭は、天地父母が苦労した創造理想をそのまま丸ごと受け継ぎ、自分の家庭に定着させなければなりません。ここから、千代、万代、国と天宙に連結される愛の泉が始まるのです。そのような意識をもって生きなければならないというのです。

原理のみ言と父母様の生涯のあらゆる記録を天理の根本と考え、そこに符合する生活をしなければなりません。自分の日常生活、家庭生活から、世界のどこに行っても、その本源的事情やその姿が乱れてはいけません。家庭の王になったので、家庭の王に侍り、氏族の王から国の王、世界の王、天地の王の位置に王権を解放することによって、その上に君臨してこそ、天地父母の王権が全体解放されるのです。個人・家庭・氏族・民族・国家・世界・天宙・神様時代の解放圏が広がるのです。それで、(韓国では)統一教会の看板を下ろしました。これからは「世界平和統一家庭連合」です。

15 もはや宗教圏時代ではありません。それで、「世界基督教統一神霊協会」を解消しました。これからは「世界平和統一家庭連合」の時代です。

宗教ではなく、神様の家庭を探し求めようというのです。これに対して否定する人はいません。

お父様は、一対一で整備して蕩減路程を行ったのです。何百倍、何千倍になる蕩減の道を開拓してきました。そうして、神様を解放することができました。愛の鎖を結びつけて、断ち切ることのできない連帯関係にしたのが「世界平和統一家庭連合」です。

16 宗教が定着する所は、神様の家庭です。エデンの園で失った家庭を取り戻すために、宗教が出発しました。それで、統一教会で、神様と連結させる真の愛、真の生命、真の血統を中心として、祝福式を行ってきたのです。そのあとからは、宗教圏を越えていくのです。ですから、「世界基督教統一神霊協会」はなくなり、「世界平和統一家庭連合」を中心として進むようになります。真の愛、真の生命、真の血統を中心として、家庭が定着するようになれば、宗教の責任は完結するのです。

17 「世界基督教統一神霊協会」の看板をなくし、「世界平和統一家庭連合」を創立しました。平和は、統一がなされなければなりません。それで、「世界平和統一家庭連合」です。神様の核心的な思想が定着するのです。そして、統一しようとすれば、和合しなければなりません。平和は、水平になって和合しなければならないというのです。

キリスト教の教派の和合ではなく教団の和合です。キリスト教は一つの群れではなく、互いに争い、そして、仏教と儒教が争っています。教団の和合、国家の和合の基準は、統一教会が安着を願っている家庭です。その世界の平和統一家庭だというのです。

国と国、教派や教団の争いに火を付けにいくのではなく、いくら苦労をしても、一つにしようとしています。教派と教派が一つになるようにするのです。そのように一つになれば、世界が一つになるというのです。

18 「世界平和統一家庭連合」が宗親連合と国家連合へと大きくなっていかなければなりません。家庭連合と宗親連合さえ終われば、その中には国もあり、世界もあります。ですから、宗親連合が重要です。

これから宗教も必要なくなります。神様に侍って暮らす家庭なので、宗教は必要ないというのです。ですから、神様の創造理想的な家庭が定着しなければなりません。

19 お父様は、谷間の道、険しい道、困難な道を崩し、神様を安らかにお迎えできる平地と高速道路を築いてきました。ですから、これから宗教がなくなるのです。真の家庭で終わります。真の家庭が生じ、真の父母がいて、真の夫婦がいて、真の子女がいればよいというのです。神様が訪ねてきて、「あなたたちと一緒にこの家で、永遠に暮らそう!」と約束してくださり、玉璽を押してくださることのできる家庭になれば、宗教は必要ありません。いかなる宗教も必要ないというのです。

20 霊界と肉界が今まで分かれていたので、これを埋めて、息子、娘から三代を中心として霊界と地上を動員し、祝福恵沢圏内に立ててあげるのです。それにより、霊界と肉界の一体圏をつくるのがイエス様の願いなので、それを代わりに実体として立ててあげる業をしているという事実を知らなければなりません。宗教は、家庭が安着することを最高の目標にしなければなりません。家庭が安着すれば、宗教という名前自体も外してしまわなければならないのです。それで、一九九七年四月八日に、「世界基督教統一神霊協会」の看板を外し、「世界平和統一家庭連合」の名称を四月十日から使用しなさいと言ったのです。家庭の定着です。

父母様が教えた内容で、心情的一体圏を中心として地上で安着する家庭は、天上に直接行くことができます。堕落のなかった世界、解放の世界、天国に入っていけるというのです。それは蕩減復帰の原則によってできるのであって、そのままではできません。その伝統的な縁、父母様が引き継いでくれた伝統思想を、自分の一族と子孫に残さなければならないというのです。

第二節 真の父母様のみ言と訓読会制定

真の父母様が残されたみ言

真の父母様は、生涯にわたって多くのみ言を残された。み言は、人類に残された貴い教えである。そのみ言には、神様の人間創造と救いの秘密をはじめとする偉大な原理が収められている。真の父母様は、一九九七年十月十三日に訓読会を制定され、み言を読んで生活化することを願われた。

1 お父様は歴史時代を経てきながら、たくさんの話をしました。個人についての事情、家庭についての事情、国についての事情、あるいは世界についての事情、天の国についての事情をすべて語りました。その語ったことがどこに行ってとどまっているかが問題です。神様の言葉は、必ず創造的な実体をつくっておかなければならないのですが、その語ったことの実体的対象がどこにあるのかが問題です。

それでは、語った人は、その言葉を自分の言葉として語ったのでしょうか、世界の言葉として語ったのでしょうか。その言葉は、自分のために語ったものではなく、世界のために語ったものです。その世界のための言葉が世界的な実体をもってこそ、世界のための言葉として、語った人も関係をもつことができます。それが成し遂げられなければ、関係をもつことができません。言葉は必ず主体的な根源となって、相対的実体と共に一つになってこそ、言葉の目的が成し遂げられるのです。ですから、語ったことが実体として成し遂げられなければなりません。

2 お父様のみ言は、一人で語ったものではありません。神様の代わりに語ったのです。ですから、教本と教材には個人の言葉は一つも入っていません。私が霊界と共鳴した立場で、天が語ったのです。その話を聞いて、私も悟るのです。私がみ言を語るとき、神様と霊界が協助し、天使世界が協助します。

3 解放後、最も多事多端だった政治、経済、文化の変化時代に、四十年間闘って、倒れることなく生きてきたあらゆる内容が、み言集に入っています。将来だけでなく、歴史時代のそのいかなる問題も、父母様が経てきたその道と比較すれば、何でもありません。

「ここには、百科事典のように、あらゆる勝利の方法が入っているので、この本を学べば、社会科学を学んだ王者になれる」と言うとき、学ぶでしょうか、学ばないでしょうか。科学技術から政治、経済、宗教、文化等々、語らなかったことがありません。今まで語ったことは、すべて意味があって語ったのです。このように見るとき、政治世界、経済世界、知識世界など、すべてのものが将来と通じなければならず、世界と通じなければならず、一つの理想世界と通じなければならず、権力構造もそこに通じるシステムを備えなければなりません。そのようにすることができなければ、いくらうまくやっても、滅びてしまうのです。水も、とどまっていれば腐るというのです。

4 真の父母を知らなければなりません。真の父母とは誰でしょうか。真の父母をみな知らないというのです。皆さんは真の父母を知らないので、み言集を読まなければなりません。そこには、途方もない内容があります。その内容を、どのようにしてすべて自分のものにできるのでしょうか。既にあらゆることを教えてあげました。み言集を読まなければなりません。皆さんの生命以上に、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙以上に必要だと考えなければならないのです。

ハーバード大学の図書館の本にもありません。いくら探し求めてみても、そこには統一教会で教えてくれる内容のようなものはありません。そのような価値はないということです。そのようなものは、消えなければなりません。

しかし、み言集が残っていれば、いつでもその内容を反復して読むことができます。ですから、一生懸命に学ばなければなりません。そうすれば、高い次元に連結されるのです。

5 お父様のみ言を見れば、五十年前に語ったみ言も、今語ったみ言も、同じです。それが驚くべきことなのです。青春時代から老年時代まで、波瀾万丈な受難の道を経てきましたが、その時の、そのみ言を成し遂げていくのです。お父様の言葉は流れていきません。永遠に問題になります。文人世界でも問題になり、芸術世界でも問題になります。

お父様は、多角的な面で素質をもった人です。文学的な面では、長編小説を毎日一編ずつ書くことができる能力をもっている人です。監獄に入っていって、そのようなことをしました。詩的感情が豊かなのです。

また、革命的な言葉を使うことができます。み言集を読んでみると、想像できない言葉がぽんと飛び出して連結されていきます。革命的です。理論的なだけではありません。いくつかの峠を飛び越えていって、連結させておいたのです。そのようなことをすべて知っている人です。

6 五十年前に語ったことも、今語ったことも、すべて同じです。同じ内容で話しました。神様は永遠です。ですから、何億万年が過ぎても、語ったその内容は同じです。同じ基準を中心として語ってこそ、歴史的な神様、過程的な神様の悲しみを解怨できる息子の相続権をもって、神様を解放できるのです。自分勝手に語った言葉ではありません。

私の思いどおりに語ったのではありません。み言を語るときは、絶対に私一人では語りませんでした。神様が先に語るまでは、口を開かなかったのです。ですから、このみ言が偉大なのです。このみ言を語れば、本心が湧き出てきます。

お父様自身が昔、話していたその境地に入っていくようになれば、その時の心情とその時に霊界から協助していた霊力が縮小されて入ってきます。その縮小されたものを全世界の家庭がそのような思いをもって霊界に送ることによって、縮小された心情が世界をカバーできる拡大心情圏、核心圏が連結されるのです。そこには、再創造の能力が介在した力があるという事実を知らなければなりません。訓読会を嫌だと思う人々は、その心霊状態が欠如しているのであり、病弊が生じて堕落し得る根源が不用なところに出てくるというのです。

御飯よりもおいしく、何よりもおいしくなければなりません。時間がないので、そこまでやりませんが、たとえ二十四時間、何年続けるとしても、「これを一気に、一さじの御飯のようにのみ込んでしまわなければならない」という思いをもって、訓読会に臨む姿勢を整えなければなりません。

7 お父様は、どこに行ってみ言を語ろうと、その環境に合ったみ言を語ります。ですから、あらかじめ説教の準備をしてみ言を語るのではありません。その場で、霊感によって語るのです。それが違うというのです。今までの記録を読んでみれば分かるはずです。み言は、すべて同じ内容のようですが、前後が違うのです。行く道が違います。ですから、ある面から考えてみれば、難しいと言えば難しいのです。

今後、み言を勉強しようと思えば、精誠を尽くしながら勉強してこそ、よく解けるのです。そのようにしても、ある題目に来ると解くことができず、ある題目では理解できないほど飛躍したり、ストップしたりします。皆さんがそのようなものを理解しようとすれば、祈らなければなりません。

8 私は、原稿を書いて語る人ではありません。原稿なしで上手に語る人です。神様がそのように訓練させました。どこに行っても新しい創造をするのです。創造できる原本が神様なので、神様と共に一つになって発表したのです。ある時は、語っていて間違うと、舌が回らなくなります。間違えば分かるのです。挙動が不自然になります。そのようにして発表したみ言です。誰もそれを占領できません。

ですから、聖日に説教をしても、五分前まで題目を決めさせてくれません。それは、どれほど苦しい境地か分かりません。死刑場に出ていくのと同じです。ですから、深刻なのです。何も準備せずに出ていき、口を開き始めると、天下のあらゆるものが夢中になるのです。そのような役事をした原本の記録がみ言です。

9 お父様自身は、いい加減にみ言を語りませんでした。聖日のような時に話をすれば、五分前まで題目が見つかりません。本を見て参考にしたり、歴史的な人物たちが語っていたことを題目にもってきてつけたりしてはいけないというのです。純粋に天のものとして残さなければなりません。

ですから、訓読のみ言は生きています。そこに一致さえすれば、復興するのです。夜であれ早朝であれ、時間と季節を克服し、時代と世紀を克服して、み言が生きているというのです。活火山と同じです。きっかけさえあれば、炎が噴出するのです。

10 皆さんがみ言を聞けば、そのみ言に同化しなければなりません。悲壮な話を聞けば、心で痛哭しなければなりません。春になれば、芽が再び出てくるのと同じです。み言には、そのような能力があります。普通の言葉とは異なります。お父様がそのような心情的圏内に、周波をつくっておきました。そこに入っていけば、その何かが存在します。普通の人の言葉とは違うというのです。心に響いてきます。心に響けば、私自身がそこに占領されます。

お父様自身も、自分が語ったみ言を訓読すれば、数十年が過ぎているのですが、その境地にすぐ入っていきます。真っ暗な夜中に朝の太陽の光を願うのと同様に、四十年前、明るい太陽の光を探し求めていたのですが、今や正午に至り、影もない世の中になったのです。明るい天下になったというのです。世界を必ず天の国に変えることのできる力を、み言はもっています。

そのような時代が世界に広がれば、世界にはサタンがいなくなります。暗い世界はなくなるのです。地上・天上世界が光明の世界となり、神様の光を中心として愛することができる、愛の天地が連結されるというのです。そのような再創造の造化の能力をもっているみ言を発表したことが偉大なのです。

11 統一教会を創立したのが三十五歳の時です。み言集が六百巻を超えますが、統一教会を立てたその時のみ言も、数十年を経た今のみ言も、すべて同じ内容であって、そのみ言が上下したり、変化したりしたものがありません。それが偉大なのです。神様を中心として宣布したそのみ言の内容が、変わる世の中の曲折の中で、正面から衝突しようとしたのであって、逃げ出したり回避したりはしなかったので、お父様が有名になったのです。

12 皆さんがみ言集を読まなければ、霊界に行っても、お父様に会いにくることができないでしょう。地上で私がしてきたこと、関心をもって見渡して調査してみた内容が、み言集にすべて入っています。それを読まなければ、私が歩んできた蕩減復帰路程を発見することは不可能です。

イエス様について深いみ言を語りました。それをキリスト教の牧師が読んだとすれば、口を開いてお父様を「異端だ」と言うことはできません。そのような内容が入っています。一九六〇年代にそのようなみ言をすべて語ったのですが、今でも反対しています。お父様に対して反対する罪を犯すことは、二千年の歴史の勝利圏を形成したあらゆることに対して妨害するような、恐ろしいことなのです。

絶対視すべき訓読会の伝統

訓読会は、絶対視すべき生活の伝統の中の一つである。真の父母様のみ言を読み、生活の中でそのまま実践する決意と動機づけの機会だからである。特に、真の父母様が提示された家庭教会は、訓読会が中心となるため、訓読会を通してみ言を絶対視し、生活化する伝統を立てなければならないことを強調された。

13 霊界も肉界も、すべての家庭が祝福を受けたその時になれば、万国は、真の父母様のみ言の訓読会を通して、一つの地上・天上天国になるでしょう。神様が最も好み、神様が最も立てたいと思うみ言が、真の父母様のみ言です。国をつくり、あらゆる人に教育したいみ言が、真の父母様のみ言だというのです。

そうだとすれば、誰が訓読会を一番喜んだでしょうか。神様が喜び、お父様が喜ぶ訓読会なので、神様が訓読会のチャンピオンの中のチャンピオンであり、長子王の中の長子王であり、家庭王の中の家庭王であり、国王の中の国王だというのです。

ですから、そのみ旨に従うお父様は、神様に続いて二番目として、地上世界で訓読会の長子権、父母権、王権まで神様に代わって備えるのです。また、あらゆる人たちは、お父様に代わって家庭の長子権、父母権、王権を継承することができ、平面的に対等で公平な地上天国が形成されることを願っているので、誰もが喜ぶというのです。

14 統一教会で訓読会を一番熱心にする方が神様です。次がお父様であり、その次がお母様です。お父様が語ったみ言なので、すべて知っているのに熱心にするのは、皆さんと和合するためです。完全な主体の前に対象をつくってあげ、父母様がしていたことを皆さんもできるようにしてあげるために、訓読会をするのです。

いつも神様と共に訓読会をするのです。ですから、皆さんの父母たちと共に訓読会をし、兄弟たちと共に訓読会をすることが、どれほどの福か分かりません。それが、神様に侍って暮らすことなのです。

15 お父様が、み言を中心として審判されています。神様が裁判長になり、検事の論告を通じた、その論告に相違があるのかないのかという立場で、私が審判を受けていると考えるのです。あのみ言を実践したのかという問題をめぐって、そのようにしているのです。そこに引っ掛かる内容かあれば悔い改めなければなりません。

今は、六千年を総決算して越えていかなければならない時です。ですから、霊界に関するみ言を今、訓読するのです。これを中心として、お父様がそのような位置を越えていこうとしている以上、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で一つになって越えていく時間にならなければならないので、再びこれを読んでいます。地上については私がすべて語りました。私が語ったことは、すべて行って語ったのです。実践して語ったので、その言葉がいつでも審判するのです。霊界に記録として残ります。

16 私は最近、み言を訓読しながら、感動するときがたくさんあります。誰かの話を聞くよりも感動するときが多くあります。私が語った内容をすべて知っているのに、涙を流すまいとしても涙が出てくるというのです。鼻を塞ぎ、涙をこらえようとすれば、目が泣き、目を塞げば心が泣き、心を塞げば全身が泣きます。口を塞げば心に血が流れ、心を塞げば四肢が感動するというのです。

その時は、私が泣きながら話をしましたが、今は笑顔で話をすることができます。そのような悲壮な峠を往来したのです。その幅がどれほど広いかと、感動したというのです。

17 私が語ったみ言を、私は知っています。どれほど深刻な歴史を経てきたか分かりません。血が沸き立つというのです。そのみ言は死んでいません。そのみ言を語った当時のことを思えば、今も痛哭するしかない神様です。そして、霊界にいるすべての指導者たちが涙を流す環境なのに、そのみ言の前に来て感動を受けない人がどこにいるかというのです。

18 統一教会の教会員たちは、訓読会の時間が慕わしくなければなりません。お父様自身がそうしています。訓読会の時間を慕わしく思っているというのです。すべて私が話したことであり、すべて知っていることなのですが、慕わしく思うのです。それは、千年、万年の生命の要素です。ですから、み言を抱き締めて夜を明かさなければなりません。一生の間、抱きかかえて読んだとしても味があり、そこに入り込んでそれを手離せないので、背負って歩かなければならないというのです。

19 霊界と肉界を統一したものがお父様のみ言です。訓読会のみ言です。これからは、霊界も肉界も、毎日のように訓読会のみ言を中心として、討論会をしなければなりません。訓読会は、毎日やらなければなりません。天地がそれを中心として、すべてがみ言の相対、み言の実体圏をどのように完成するのかが問題です。

それで、そのみ言に照らして、父親が誤れば息子が忠告しなければならず、妻が誤れば夫が忠告しなければなりません。上と下がありません。父母様の前に兄弟なので、兄弟圏で忠告できる時です。どの場においても、一人が出てきて、統一させるために訓読会をしなさいというのです。お父様が五十年前に語った話がそれです。毎日のように平準化教育です。み言を中心として、一生をそのように生きなければなりません。

その次に、自分が霊的体験をして、霊界を見て先祖たちに会って、霊界と交流できる環境をつくらなければなりません。ですから、み言を知らなければ通じません。み言をもって問い合わせてこそ、直接的に霊界や肉界が連結されるのであって、自分の考えが入れば通じないのです。

20 皆さんは、一生を生きていくとき、心情的にどのような家宝を残そうと思いますか。家宝を残さなければなりません。皆さんは、家宝を霊界に残さなければなりません。深刻です。秤に掛けているというのです。ですから、安心して生きることができる生涯ではありません。つらく、唖然とするようなことがあるのです。

お父様が霊界に行って、(地上に)いなくなれば、どうなるでしょうか。み言しかありません。皆さんは、私と出会うことによって、情緒的な面が激動して絡み合い、主体的な立場と相対的な立場がきちんとできていますが、み言は、そのようになっていません。み言を、実体として成し遂げておかなければならないのです。実体がありません。主人が死ねば、すべて分かれます。それで、このように訓読会を世界的にするのです。

なぜ訓読会を強調するのでしょうか。み言の本当の味を感じるようにするためです。お父様と向き合うときよりも、もっと感じなければなりません。私に会うのは一、二時間ですが、このみ言には永遠に会うことができます。その深さを感じてこそ、これから統一教会が天下を一瞬のうちに染めてしまうことができるのです。

21 お父様は、どれほど深刻に訓読会をしているか分かりません。何人もいない中で、み言を語ったこともありました。どれほどもどかしい思いで、何人かの人に対してそのようにみ言を語ったでしょうか。数千人ではなく、数十人を前にして雄大な話をしたのです。そのつらい心情が、どのようなものであったかを考えてみてください。訓読会をすれば、その心情の世界に通じるので、自然と涙が流れ、自然と喉が詰まるのです。訓読会には、そのような力があります。電気で言えば、蓄電されているというのです。誰の言葉でも、そのようになるのではありません。

お父様は死ぬか生きるかという生死の境で語りました。み言が出てくれば、そのみ言は世の中にないみ言であり、天のみ言なので、霊界はそのみ言を中心として、どこに行っても復活の役事を起こすようになります。どれほど深刻な事実かを知らなければなりません。流れていく言葉ではありません。後代の子孫たちに残さなければならない遺言なのです。

22 皆さんが地上で行っている訓読会は、絶対に必要です。ここに合わせて着地をしなければなりません。霊界は、既にそれを行っています。霊界は、一週間以内ですべてのものが定着できるというのです。ですから地上ですべきことがとれほど急がれているか分かりません。訓読会を通して、家庭が定着できる時代に入ってきました。それで、訓読会が重要だというのです。

これは、霊界にいる自分の先祖を解放し、今後の自分の子孫を解放するためのプログラムです。過去、現在、未来は一つだというのです。また、これから皆さんの父母が祖父母の立場に立てば、皆さんと皆さんの二世たちを中心として、三代になります。三代を中心として、地上に橋を架けて越えていくのです。

23 なぜ訓読会をするのですか。訓読会をするのは、み言を語っていたその時が、今よりもっと深刻だったからです。生死の境で、死ぬか生きるかという境地で語ったのです。どれほど深刻で、どれほど精誠を尽くして語った言葉か分かりません。今は、その心情的基準に到達できないのです。その時の心情を回想できる言葉として(み言を)聞くのです。その時に語っていた心情を回想するので、どこかの助詞が一言違っても分かります。そのように深刻です。

それでは、語ったとおりに成し遂げられたのでしょうか、成し遂げられなかったのでしょうか。私自身が成し遂げることができていなければ、成し遂げられなかった責任を負って、延長してでも死ぬ前にそれをやらなければならないと考え、その道を求めているのです。整備しなければなりません。み言だけを残して逝きたいとは思いません。み言以上の実体を残さなければならないのです。

24 訓読会は、涙なしにはできません。父母様のあらゆる心情世界を、皆さんの家庭に安着させるためにも、訓読会は絶対に必要です。これから、家庭的訓読会、教会的訓読会、社会的訓読会、国家的訓読会、世界的訓読会が広がらなければなりません。父母様が闘ってきた過程で霊界が協助しましたが、皆さんも条件さえ立てれば、霊界の協助を受けてサタンが讒訴できる環境を越えていけるので、訓読会は絶対に必要なのです。

25 訓読会は驚くべきものです。み言は生死の境の絶頂で語ったものです。天下に向かって炸裂する心情で語ったものなので、天の心情が湧き出て、霊界が協助するのはもちろん、(その内容が)すべて生きています。

時間圏を超越した永遠のものです。きのうと同時にきょう生きているみ言なので、お父様も、訓読会でみ言を聞けば、それはお父様の言葉ではないことを感じます。その境地に引き込まれていくのです。それが必要です。

26 朝に太陽が昇れば、無限に変化しても、常にその光であり、その世界であり、その力があるので、宇宙が太陽の光の恵沢を受けることに対して、永遠に有り難いと思うのです。それと同じように、訓読会を中心として、天が生きていて、永遠の世界の縁が時間と空間を超越して継続できる、感動的な縁を結ぶことができます。それをどこで結ぶかと言えば、生死の境で結ぶのです。

死なんとする人は生きるのです。死ぬことは「私」がすることであり、生かすことは神様がすることです。そのような深刻な立場に入ってみたことがない人は、流れていくのです通り過ぎてしまいます。根がなければなりません。

27 訓読会を重要視しなければなりません。御飯を食べることよりも重要視しなさいというのです。そして、訓読会に喜びや趣を感じなければなりません。「私は今、どこに向かっているのか、どのように生きているのか」と考えるとき、何点になるかというのです。すべて点数をつけなければなりません。自分自身のことは自分がよく知っているというのです。

その次には、百六十家庭、百八十家庭を祝福して、一つの氏族が入籍するようになるときには、皆さんの姿勢を重要視しなければなりません。

御飯を食べることよりもっとおいしく、今生きることよりも現実的でなければなりません。御飯を食べることは忘れても、訓読会をすることを忘れてはいけません。朝にもやり、昼にもやり、夜にもやらなければなりません。夜に御鈑を食べて時間があれば、またしなければなりません。一日に四回はしなければならないのです。朝起きてやり、昼食の時に御飯を食べてやり、夕食を食べてやり、寝る前にもう一回やりなさいというのです。

そのようにすれば、霊的な生命が成長します。やらなければ、真っ暗で雨の降る日のようであり、霧がかかったように重苦しいというのです。祈る時間よりも、訓読会の時間をより一層重要視しなければなりません。これは、自分を完成させる道です。父母様が完成させる時間だというのです。

28 どのように訓読会をしなければならないのでしょうか。世界的に先に訓読した人たちは、世界の訓読歴史創建時代において、代表的な一つの地域なら地域、国なら国の中心指標、中心支柱になるというのです。世界平和理想家庭教育本部に来て教育を受けた人は、全世界に広がって教育する責任があります。

皆さんは、生活の心配をしてはいけないというのです。たとえ家をすべて売り、土地をすべて売ってしまい避難民のように放浪したとしても、皆さんは、世界の主導的な訓読会の先祖の位置に定着するのです。このようにすることによって、世界化が可能です。祝福世界化が可能だというのです。そのような驚くべき未来があります。谷間ごとに統・班組織のような組織をつくり、それに責任をもった人たちが教育しなさいというのです。自分の部署が霊界の一つの部署のようになり、霊界と差がない一体的基準に合うように教育しなければなりません。

29 訓読会ができる人がいれば、誰でも来てしなさいというのです。み言を聞いて心に感動を受け、自分の行路を正すことができる教えがあるとすれば、訓読会をしなければなりません。できなければ後退するのです。口をいい加減に開いてはいけません。今や、せざるを得ないのです。

面から統、班まで動かせる運動を始めました。世界的です。世界の国々が、韓国を信仰の祖国と思っているのですが、その祖国の領土にいる本国の人たちが、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければなりません。それゆえ、この挙国的なことをするのです。

第三節 「家庭盟誓」の制定

「家庭盟誓」制定の意義

真の父母様は、一九九四年五月一日に、「世界基督教統一神霊協会」の名称を「世界平和統一家庭連合」に変更することを予告し、祝福家庭が守るべき指針である「家庭盟誓」を制定して宣布された、「家庭盟誓」は、当初、七節からなっていたが、一九九八年二月三日に八節が追加された。「今や個人時代ではなく家庭時代であるため、『家庭盟誓』は個人的な誓いとは異なる」とされ、家庭の使命と責任を具体的に明示されたのである。

1 「家庭盟誓」が出てきたという事実が、どれほど有り難いことか分かりません。誰の前に誓うのですか。創造主である神様、天の父母のみ前に誓うのです。また、嘆息の場で恨を抱いていた地上の父母を解怨成就し、縦的な神様と横的な真の父母様のみ前に誓うのです。その次に、万民のすべての家庭に向かって「手本にしなさい」と言って唱えるのが「家庭盟誓」です。体と心を一つにして唱えなければなりません。夫婦が一つになって「家庭盟誓」を唱えなければなりません。息子、娘が一つになって、唱えなければなりません。一つになっていなければ、悔い改めて祈らなければならないのです。

2 統一教会は、今まで国を取り戻すために活動してきたのではなく、家庭を取り戻すために活動してきました。家庭が万世界、万国の組織編成の単位です。その単位がなければ公式をつくることができません。ですから、家庭を中心としてきたのであって、「国家を取り戻しなさい」とは言いませんでした。

「統一原理」の中には闘うという概念がありません。八項目の「家庭盟誓」がありますが、闘うという概念がないのです。以前の「私の誓い」には闘う概念がありましたが、今の「家庭盟誓」には、闘いの概念がありません。

3 「家庭盟誓」は、個人的な誓いとは違います。私たちがする誓いは、「個人盟誓」ではなく「家庭盟誓」です。家庭が公式であり、根本です。ですから、家庭を代表して誓いをするのです。父も家庭全体を代表し、母も家庭全体を代表し、息子、娘も家庭全体を代表して誓うのです。

第一に、心と体が一つにならなければならず、第二に、夫婦が一つにならなければなりません。第三に、子女が一つにならなければなりません。エデンにおいて神様を失ってしまいました。アダムとエバを中心として、個人を失い、家庭を失い、子女を失ってしまいました。これを復帰しなければなりません。ですから、「家庭盟誓」は、心と体が一つになってこそ、唱えることができます。夫婦が一つになり、子女が一つになってこそ、唱えることができるのです。

4 「家庭盟誓」を唱えることができる人は、完成した家庭の位置に立たなければならないので、心と体が一つにならなければなりません。心と体が一つになっていない人は、「家庭盟誓」を唱えることができません。堕落のゆえに、心と体が分かれました。偽りの父母、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統なので、これをすべて清算しなければなりません。

真の愛、真の生命、真の血統を復帰しなければならないのです。その三つが心と体を完成することができます。誰もその三つを否定できません。何よりもまず、真の愛を中心として、心と体を一つにしなければなりません。これが、神様の願う個人に対する目標であり、復帰の目的、摂理の目的です。

5 今から家庭を中心として誓うのです。他のものは必要ありません。幸福も、自由も、平和も、天地のすべてが家庭から出発するのです。今、家庭を中心とした誓いが必要です。ですから、家庭を失ってはいけません。家庭さえ一つにすれば、世界が統一され、天国ができるのです。

6 「家庭盟誓」を愛し、それを中心として団結することが、私たちの家庭の光となり、永遠の歴史の保証を受けることができるのです。

「家庭盟誓」はなくなりません。堕落したことを回復するために、避けられないものです。家庭で堕落して血統が変わったので、根源に戻るのです。深刻なことです。父母様が「家庭盟誓」を作るとき、真の父母、神様の実体対象という立場で作りました。「家庭盟誓」は、真の父母が責任をもって作ったものです。それをなくすことはできません。

「家庭盟誓」は天国の絶対的規約

真の父母様は、生涯をかけて残された数多くのみ言の中から核心を抜き出し、「家庭盟誓」に収め、全人類に指針として残された。そして、「『家庭盟誓』は、天一国主人として、人間が創造本然の世界である地上天国と天上天国の創建、心情文化世界の完成、神様との一体理想の実現などを決意する絶対規約であり、家庭の絶対指針である」と語られた。

7 「世界基督教統一神霊協会」の創立四十年を越えるとともに、「世界平和統一家庭連合」に変更し、それを完成するための絶対的規約、憲法のような「家庭盟誓」を制定しました。「家庭盟誓」という言葉は、歴史にありません。天国に向かい、天国を完成する「家庭盟誓」です。これを見れば、蕩減復帰の内容を中心として、完全に解放される内容になっています。ですから、これを唱える人は、堕落世界の家庭圏内ではなく、完成した家庭圏内に入ります。真の愛を中心とした家庭圏が形成されるので、偽りの愛で分立された心身の統一が起きるのです。

8 創造原理を見ると、原理結果主管圏と直接主管圏があります。これが連結されて、絶対創造原理時代に入っていくようになるのです。神様は、原理に背いて堕落したアダムとエバを地獄に投げ込んでしまいました。統一教会員にも、そのような時が来るというのです。法的な時代です。「家庭盟誓」は、天地の憲法です。

皆さんは「家庭盟誓」の一ヵ所だけ完成しても、天国の民になることができます。そのような価値を知らないので、空念仏のように、ただ唱えているというのです。皆さんが「家庭盟誓」を唱えたなら、誓ったとおりに暮らさなければならないのですが、そのようになっていません。うわべだけです。人の姿をしているのですが、中身のない人になっているので、中身を満たさなければなりません。それゆえ、本然の理想的直接主管圏内に入ったので、「家庭盟誓」は、法を立てて整理するための表題です。

9 「家庭盟誓」は、お父様が成し遂げて作ったものです。お父様が成し遂げていったものです。そのように成し遂げられた清い「家庭盟誓」を、皆さんが生命を懸けて憲法のように守らなければなりません。そうすれば、間違いなく天国に行くようになります。お父様が行く所に行くのです。

10 「家庭盟誓」の内容を分析し、解剖してみれば、途方もない事実、個人的に推し量ることもできない事情が綴られています。

家庭の基盤という要素を種として植えるようになるとき、そのまま拡張されるのです。そのようになれば、宗教がなくなります。

「家庭盟誓」は皆さんが生命を懸けて守っていくべき秤です。毎日のように皆さんの生活を比較しなければなりません。皆さんの生活の秤竿(の基準)が上がっているか、下がっているか、比較しなさいというのです。み旨のために、より精誠を尽くせば上がるのです。

11 皆さんは、「家庭盟誓」がどれほど途方もないものかを知らなければなりません。「家庭盟誓」は、どれ一つとして取り除くものがないのです。八節で、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を強調しています。三大絶対条件の上に、性の完成が成就されなければなりません。真の父母時代になって、性の完成を発表できるのです。

人間が十六歳で堕落することによって、神様の創造本然の性がなくなりました。『平和神経』は、天の国の家庭と天の国を完成するための、憲法の草案です。ここに外れる憲法はあり得ません。「家庭盟誓」は『平和神経』の骨子です。天上世界や地上世界において完成した人々の「家庭盟誓」です。

12 皆さんが唱える「家庭盟誓」は、皆さんのための誓いの文章です。

皆さんは、先祖を代表し、現在の氏族を代表し、未来の子孫を代表するのです。皆さんが先祖の位置に立ったので、伝統を正しく立てなければ、皆さんの子孫たちの前でも堂々と立てません。「家庭盟誓」が中心です。神様の創造理想は、家庭です。「神様のもとの一つの家庭」です。あらゆることが、これを根として越えていかなければなりません。引っ掛かっては駄目だというのです。ですから、絶対「性」の上で「家庭盟誓」を唱えなければなりません。

総意に対する結論が「家庭盟誓」にかかっているので、「家庭盟誓」を唱えるときは、先祖と氏族、子孫と共に唱えるのです。絶対「性」の上で「家庭盟誓」を唱えなければならないというのです。

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