日本の重要性と勝共運動
真の父母様は、共産主義の拡大を防ぐため、世界的に勝共活動を展開された。特に、日本を中心とした勝共活動は大きな成果を収めた。
韓国と日本は、地政学的な関係を越え、復帰摂理を担当するアダム国家とエバ国家として、切っても切れない責任と使命をもっている。そのため、真の父母様は、日本を共産主義の脅威から保護するため、早くから多くの支援活動をされ、日本の青年学生たちも献身的に勝共活動を展開して、大きな勝利を収めたのである。
1 韓国と日本がみ旨の中で、どのように一つになるかが重要な問題です。韓国政府も日本の「国際勝共連合」に対して、とても大きな期待を寄せています。一九七〇年九月に開かれる第四回世界反共大会が、日本にどのような影響を及ぼすでしょうか。現在、韓国の情勢を見るとき、一九七二年までが重要な時点です。ですから、み旨を知る私たちとしては、そこに備えて、一九七〇年に、より確固たる基盤を築かなければなりません。そのような意味で、世界反共大会は重要な使命を負っています。
ですから、まずお父様を中心として内的に団結しなければならず、その次には、外的に韓国食口と日本食口が団結して一つにならなければなりません。私たちは同じ運命に置かれています。このような問題を解くためには、右の方に回す内的な力が左の方に回す外的な力より強くなければなりません。そのために、私たちは千倍、万倍、精誠を捧げなければなりません。私たちに反対する無数の数の力を凌駕しなければならないのですが、私たちの力だけでは不足なので、神様の協助を受けなければなりません。
2 お父様の関心の対象が韓国だけに限定される時代は過ぎました。世界のために準備すべき時が来たというのです。ですから、世界的な試練と迫害の十字架を背負おうと努力しています。そして、最近は、国際情勢や共産党の動きに対して、大きな関心をもっています。このような世界的な問題を解決するために、私たちは霊的に闘い、まず霊的に責任をもって進まなければなりません。
神様のみ旨に責任をもった人が行くべき公式的な方向は、ある絶対的な基準を中心として進まなければなりません。神様が目指す道がこのようになっているので、その基準を中心として行く道には、わずかな違いもあってはいけません。そこには、個人の私的な感情が介在してはいけないのです。
3 韓国の立場から見るとき、もし日本が容共国家になれば、韓国は生き残れません。ソ連、中国、日本など、世界の強国の間で生き残れないというのです。ですから、エバ国家の日本を立てようとするのです。
アダム国家の韓国が、日本で「国際勝共連合」を中心として救国活動を支援しています。お父様は、日本を救ってあげたという立場に立たなければなりません。日本が反共国家になれば、韓国も生き残ることができます。韓国を救ってくれるのです。エバ国家の使命は、このように大きいというのです。
4 統一教会員たちは、共産主義の唯物史観に対する批判を徹底的にしなければなりません。そうして、韓国と北朝鮮の総選挙が実施されるとき、「統一思想」を中心として北朝鮮を完全に圧倒し、勝利の結果をもたらす功を立てなければなりません。そのようになれば、世界を復帰できる基盤が準備されるのです。ですから、忙しいのです。そのため、国家的な問題点を提示して、それを解決していくのが、統一教会員が負っていくべき責任と使命です。
現在、日本とアジアで共産主義が非常に大きな問題の焦点になっています。共産主義革命はソ連から出てきましたが、共産主義の行動は、労働者と農民を中心として広がっています。非常に組織的に動いているのです。
これから日本を治めようとする政治家にとっては、共産主義者たちとどのように闘うかが問題になります。今、日本は、思想的な再武装をする時間をもたなければなりません。思想的に再武装をしなければならない時が来たというのです。
5 共産党に対して、先頭に立つ立場で責任を果たすことによって、日本のすべての指導者が私たちに憧れることができるようにしなければなりません。ですから、共産主義の批判と克服に関する本を早く出版して各学校に普及させ、講義をすることによって、韓国で行っているように共産主義に対する批判精神を植えなければなりません。それで、反共教育ばかりをするのではなく、学問的にきちんと批判するのです。私たちの数が多くなり、大衆が歓迎すればよいのです。
共産主義者たちは自分たちの理想を成就するために、手段と方法を選びません。暴力までも用いるのです。ですから、歓迎を受けることができません。しかし、私たちは違います。戦法が根本から違うのです。彼らは、信じていた人の九〇パーセント以上が不信状態に陥ります。しかし、私たちは、信じ始めれば、ますます信じるようになるのです。これが違います。
6 一九六八年四月に日本の「国際勝共連合」を発足させました。その時、日本の幹部たちを集めて、「私たちは、これから日本のこの自由天地で反共、勝共活動をしなければならない」と言ったところ、彼らの中で誰一人として歓迎しませんでした。「お父様は、日本にどれほど共産党の基盤があり、彼らがどれほど極悪で熾烈な闘争をしているのか御存じないので、あのように言われるのだ」と言いながら反対したのです。
それで私は、歴史的なすべての内容を中心として、「このような運命が訪れてくるにもかかわらず、あなたたちはこれをしないのか!」と言って説得しました。その前に、すべて勝共理論で武装させました。勝共講義ができるように思想武装をさせ、街頭に送り出したのです。共産主義者たちがうようよいる中で、先頭に立ちなさいというのです。
そして、朝鮮大学校に派遣しました。男性を派遣しては駄目だと思い、肝の据わった日本の女性を思想武装させて、「これから三年半の間、死ぬ覚悟をして朝鮮大学校の前で勝共講義をしなければならない!あなたたちが行く道には、死の交差路が間違いなくある!覚悟せよ!」と言いました。そこにはエピソードが多くあるのです。朝鮮大学校は、日本の外務省を通して私たちに圧力を掛けようとしました。しかし、私たちは、根気強く、命を懸けて闘争してきました。東京駅や全国の有名な街頭で、共産主義者たちと積極的な闘争を繰り広げたのです。
7 日本の「国際勝共連合」は、共産党と闘争をしています。「朝鮮大学校の前で講義をするから、命を奪えるものなら奪ってみよ」と言って、朝鮮総連の人々がいるにもかかわらず、入っていくというのです。彼らは、私たちの活動を妨害しようと、引っ張り回したりします。それを見て他の人々は笑うかもしれませんが、それが大きな問題になるのです。またあるときは、一気に押し寄せてきて、一人の上に乗って首を押さえたりもします。そのようにして一週間ほどたてば、私たちに同情する人が出てくるのです。
そのように同情する人が何人か現れさえすれば、彼らの内部に分裂が起きるようになります。彼らが黙って見てみると、言葉に間違ったところがなく、行動に間違ったところがなく、道義的な面で間違ったところがないというのです。ですから、そこにおいて自分たちの言葉と行動が違うことを悟る人は、必ず良心が目覚めるのです。
そのようになれば、彼ら自身が「共産党によって犠牲になった」という思いを抱くようになります。このように、彼ら自体が暴発するように導ける間接的な戦法がいくらでもあります。私たちは今このようなことをしているのです。
8 私たちは日本で勝共活動をしていますが、共産主義が五十年間で世界の半分近い国々に莫大な影響を及ぼしました。アメリカ社会にまで共産主義が影響を及ぼしています。このように、世界的な版図をもった共産主義に対して、勝共というタイトルを掲げて少数の群れが立ち上がったことを一面的に見れば、「愚かで世の中を知らない者たちの行動だ」と言うかもしれませんが、それは見誤っているというのです。日本では、一九六九年十月七日に全国勝共国民大会を東京の日比谷公園で行ったのですが、ここに五千人以上が参加し、拍手をしながら歓迎したといいます。
共産党は今まで、日本が自分たちの思いどおりに間違いなく赤化されると信じてきました。それで、昼も夜も活動しながら、赤化するために努力してきたというのです。
ところが、彼らの前に私たち少数の統一の群れが反旗を翻して立ち上がったという事実は、日本の共産党にとっても問題になり、日本政府にとっても問題になりました。全国民が新しい角度から自らを批判し、将来を再検討できる立場に立ったというのです。私たちの行動は微々たるものでしたが、これは日本に一つの波紋を起こす結果をもたらし、この波紋は、アジア全域に及ぶ事件となったのです。
9 一九七〇年九月十五日から、世界反共大会が日本で開かれましたが、日本の歴史始まって以来の国を挙げての行事でした。ですから、人々の関心がそこに集中せざるを得なかったのです。一言で言って、挙国的な事件に間違いないという話です。したがって、日本共産党も統一教会の動きに対して恐怖を感じざるを得ないのです。背後を考えざるを得ず、心配せざるを得ません。その心配の度数が自分たちの備えた環境よりもさらに強くなるときには、彼らは第二戦線を準備し、第三戦線を準備するというのです。
10 お父様は反共主義者ですが、反共だけでなく勝共を主張しています。韓国で「国際勝共連合」をつくり、七百万人に勝共教育を行ってきました。これは、すべてお父様が指示して行ってきたのです。その上、今、日本の「国際勝共連合」は、自由民主主義を主張する人々にとって唯一の希望になっています。日本の各界の指導者は、異口同音に「『国際勝共連合』こそ日本の希望である」と語って、私たちに助けを求めています。すべて、お父様がそのようにしたのです。
お父様は日本の「国際勝共連合」に対して、「共産主義者たちと公開討論会を開きなさい」と言いました。「ラジオやテレビなど、すべてのマスコミを通して、大衆の前で討論会をしなさい」と言ったのです。そうして、共産主義理論と私たちの理論のうち、どちらの理論が正しいか白黒をつけようと言いました。それに対して共産党は、私たちの要請を拒絶するのはもちろんのこと、全国に「『国際勝共連合』とは絶対に討論してはいけない」と指令を下しました。彼らは実質的に敗北を認めたのです。
日本における「国際勝共連合」運動の拡大
日本は、左翼の学生運動および朝鮮総連系の学生の活動により、共産主義の脅威にさらされていたため、これに対応する「国際勝共連合」の活動は摂理上、重要な意味をもっている。「国際勝共連合」の会員たちは、印刷物の配布や街頭キャンぺーンなどの活動を通して、共産主義者たちの偽装戦術に国民が惑わされないよう警告した。そして、日本共産党を対象に、マルクス主義理論について公開討論を行うことを粘り強く要求したが、彼らは応じなかった。
11 私たちは革命の隊列に参加しました。革命戦線というものは、千里の行軍や万里の行軍で終わるのではありません。その行軍は、生涯をかけて何代にもわたって続くものなのですが、今行軍している戦線よりも、今後迫ってくる戦線がさらに熾烈でしょう。その熾烈さに拍子を合わせ、固めた決意が倍加されなければならないのですが、それが減少するようになれば、敗北するのは当然です。自ら包囲されてしまうというのです。
私たちは今、このような局面で闘いを展開しているのです。今まで私たちが日本で勝共活動を行った内容が、日本共産党の機関紙「赤旗」に掲載され、全世界の共産国家にすべて伝わりました。この新聞は、ソ連はもちろん、中国にも送られます。このように見るとき、統一教会の活動は、民主世界より共産世界に多く知られているというのです。私たちは、新しい角度から共産党に条件を提示しなければなりません。共産党は、私たちの訴えに引っ掛かって、自ら釈明しなければならない時が来るでしょう。
12 ソ連帝国の共産主義理念を広げるための本部が、六大州の各国のどこにあるのかを私が探索しました。最高の言論機関と、第二次世界大戦前後の名のある政治家たちを中心として自ら調査団をつくり、数百万ドルの費用をかけてこれを暴露させた人がお父様です。
日本がアジアの基地になっているので、(共産主義者たちは)日本共産党の機関紙「赤旗」を中心として、会合を行いました。お父様の理論が共産主義を手も触れずに吹き飛ばしてしまったので、二十七ヵ国から「勝共理論」に対抗するために集まったのです。しかし、いくらやっても道がないというのです。
お父様は、かかしではありません。理論的に妥当な論理があるので、それを阻(はば)める理論体系はあり得ません。それを考えようとすれば、夢のまた夢です。そうなると、彼らは、ありとあらゆることをしました。国会においてまで問題になると、すぐに日本の東京大学やアメリカのカリフオルニア大学バークレー校で集会を行い、お父様を攻撃しました。しかし、公開された席上でも、お父様に戦略的に屈眼してしまったといのです。
13 日本共産党は、自分たちの新聞である「赤旗」を中心として、連続シリーズの形で統一教会と「国際勝共連合」を暴きたてるなど、様々な方法を通して攻勢をかけてきました。しかし、そのような攻撃では私たちの動きを押さえつけることはできませんでした。
反対があれば、その反対以上のことをすることによって、大衆は反対するほうに注目するのではなく、私たちの活動に注目するようになります。そのように推進することによって、「赤旗」が取材して発表するのは、「国際勝共連合」が恐ろしいからだという結論に達しているのです。
統一教会と「国際勝共連合」は、わずか十年か二十年以内に、日本全国に影響を及ぼすことができ、すべての分野で主導的な責任を担うことができると見るのが、日本の著名な人々の判断です。
14 日本共産党は、「今後、日本を赤化するに当たって、一番の癌のような存在が『国際勝共連合』と統一教会だ」と言います。ですから、日本で行うすべての勝共活動は、全世界の共産党に伝わるというのです。
「国際勝共連合」の理論体系を打破するために、一九七四年十二月に共産世界の十二ヵ国から最も理論的な学者を糾合し、「国際勝共連合」の反共理論を打破するための会合がもたれたことがあります。ところが、「統一教会の思想は、自分たちが理解できない深い宗教的背景に基づいているので、手を付けることができない」と言って後退したという報告を私は聞きました。
統一教会の思想は、自分たちには許容できない危険なものであり、恐ろしいものであるという判断を下さざるを得なかったのです。ですから、日本の共産党は、「統一教会員と会ってはいけない。勝共要員と会ってはならず、論争もしてはならず、闘ってもいけない。私たちが損をする。私たちがすべきことは、混乱させて退治することだ」と言っているのです
15 日本では勝共運動を中心として、昼には全食口が動員され、挙国的な活動を始めるでしょう。また、夜には全国的に復興会を開催します。全国巡回復興団によって、一ヵ月に一度ずつ復興会をしながら、食口たちの原理の実力を向上させ、信仰心を高揚させようとしています。また、「食口たちを至る所に配置し、講義しなさい」と言いました。
アジア反共大会を通して、日本にいる華僑と韓国の同胞を連結させます。日本に留学に来た数多くの学生たちを大会に参加させ、勝共連合の基盤をつくるのです。特に、留学生たちは、卒業後に本国に帰るので、日本で彼らを教育し、アジアに私たちの拠点を連結する計画を立てています。このような大会を、一次、二次、三次まで継続すれば、その基盤ができると考えています。韓国や日本の政府ができないことを私たちがしなければなりません。
16 私は、日本の「国際勝共連合」に対して、全国にいる警察と中学・高等学校の先生たちを連れてきて、教育しなさいと指示しました。中学・高等学校からすべて教育する計画です。韓国でもそのようにしています。中学・高等学校の三千人以上の校長を教育しました。
朝鮮総連の学校が二百校ほどになるのですが、民団の学校はわずか十校未満です。ですから、今後、日本の中学・高等学校を中心として、全面的に「国際勝共連合」が後援できる基盤を築かなければなりません。それによって、民団の人々に対する思想教育をしなければならないのです。その基盤のもとに大使館を連結させて、アジアで基盤を築かなければなりません。
今、朝鮮総連が朝鮮大学校で思想要員を育てている以上の基盤を、早急に築かなければならないのですが、私たちが学校を造ってそのようにするのでは追いつかないので、緊急作戦を行っているのです。
17 一九六五年に、お父様が日本に寄った時、日本で高い地位にいる、ある人物に会って話をしたことがあります。その時にお父様は、「あなたたちが今のように弱々しい態度を取っていたら、決して共産党に対抗できない」と強烈に主張しました。
既に共産党は、一九七〇年を期して、大学を中心に革命を起こそうと準備しています。彼らは、自分たちの組織基盤である労働組合を前面に出さず、現在、大学生たちを立てて事を起こしているのですが、これは、彼らが一九七〇年代を前にしてすべての計画を立て、大学を通してテストをしているのです。したがって、日本政府は、このような内外の問題によって、非常に切迫した立場に置かれています。
このような状況で、統一教会は、反共路線の先頭で、勝共を叫びながら現れました。私たちが勝共運動を宣布して立ち上がってから一年にしかなりませんが、これまで私たちの青年男女は一生懸命に活動してきました。それによって、官庁や自民党のすべての幹部は、反共戦線では大学原理研究会に頼らなければならないことを認めるようになったのです。
18 日本にある五十六の大学に、統一教会の大学原理研究会が登録されており、修士、博士たちがその背後で「統一理念」について研究するという出来事が起きています。また、左翼の学生たちと原理研究会に参加している学生たちが闘争していますが、この闘争で、ある大学の左翼系の学生たちがそっくりそのまま統一教会に入ってしまうという出来事が起きました。
共産党が、自分たちの活動を強化するため、要所要所に配置した地下団体の中の一つが、統一教会に丸ごと入ってしまったのです。これが問題になり、共産党員たちが統一教会に来て、内偵をしたり反旗を翻したりしながら騒ぎ立てました。そうして、東京大学と京都大学、東北大学など、あらゆる大学で問題になりました。原理研究会が大会をするたびに、騷ぎが起きたのです。
19 日本の東京大学の大学院生ら百二十人を、サンフランシスコに連れていって教育しました。今後、日本で共産化を防ぐことができる活動を、日本政府はできないのです。統一教会がそれを知ったので、その責任を果たさなければなりません。それで、お父様が自ら命令をして始めることになりました。
(それを聞いた人は)「もう遅いから無駄だ」と思ったのですが、「やってみなさい」と言ったのです。できなければ、命を懸けてするのです。共産主義者たちが入り込んできて反対するなど、ありとあらゆることが起きました。それで、東京大学の総長が日本の教会長と協議したのです。毎日のように会って協議するので、今や親しくなりました。大部分(の学生たち)が「行く」と言って自ら志願し、名前を書きました。ですから、東大の大学院生たちも、身を引こうにも引けなくなったというのです。
この大学院の学生たちは二十五歳以上ですが、四十歳もいます。それくらいになれば、社会で自分の意志と判断力をもって、堂々と知識人と自負できる立場です。ですから、結局、みな出発することになりました。
20 私は日本に寄って、国会議員たちに「韓国の国会議員、台湾の国会議員、日本の国会議員、この三国の国会議員たちが集まり、勝共セミナーをしなさい」と指示したのですが、それをそのままやって、成功裏に終わりました。国でもできないことを私たちがしています。そのような実績をもっているのです。
ですから、日本政府も勝共連合でなければならないと考え、韓国政府も勝共連合でなければならないと考え、台湾政府も勝共連合でなければならないと考えているので、今や、互いに私たちをつかもうとしているというのです。日本は私たちをつかんで韓国と台湾に影響を与え、韓国もまた私たちをつかんで台湾と日本に影響を与え、台湾も私たちをつかんで日本と韓国に影響を与えようとしています。
21 今や、韓国と日本とアメリカを中心に、自由世界をどのように連結するかが課題として残っています。言葉だけではいけません。どのように一つにまとめるかが問題です。これを一つにまとめるために、既に日本の「国際勝共連合」と韓国の「国際勝共連合」の姉妹結縁運動を行っています。
今回、私は日本の重要幹部の婦人たちを集めて訓示をしました。もちろん、幹部の男性責任者たちはみな知っていますが、女性たちも協助しなければならないというのです。「今や七百五十万になる『国際勝共連合』の会員の背後にいる婦人たちを結束させ、これから韓国の七百万家庭の婦人たちと連合する運動をしなければならない。何としてでも、日本の婦人たちを結束させなければならない。そのためには、家庭対家庭の結束を急がなければならない」と話しました。
このようにして、日本がいくら反対しても、私たちは神様の摂理の方向に従っていける確固たる体制を、日本と韓国につくらなければなりません。そのようにしなければ、アメリカを引き入れることができないのです。
22 今後のアジア政策で、一番の要となる国が日本です。今は経済戦争を始めている立場です。しかし、あくまでも日本を除いておいては、アジアを導くことはできません。今はアメリカが親中政策を取っていますが、その文化水準から見て多くの違いがあるので、これをアメリカの文化基準と連結するのは不可能です。ですから、いくら身もだえしても、アメリカは日本を中間媒介体にせざるを得ないと考えるのです。それゆえ、その前に早く、韓国は国家的基盤を世界的に連結しなければなりません。これが、韓国が生き残る道です。
韓国の七百万の勝共会員の家庭が連結されれば、アメリカの牧師家庭を中心として、団結して入ってくるキリスト教の影響圏を結束させる道が自動的に連結されます。これは、国家的次元よりも国民的次元、家庭的次元で基盤を固めていくのです。その家庭の上でこの基盤を拡大し、私たちの要員を、国を動かせる要員として立てるようになれば、韓国と日本とアメリカが、新しい世界摂理史的な使命を果たすことができる位置に進むと考えるのです。
朝鮮総連と民団、そして南北統一運動
韓国は、地政学的に中国および北朝鮮と日本の間に置かれている。それゆえ、真の父母様は、日本が共産化する場合、韓国の保安が危うくなると語られ、朝鮮総連系の在日同胞を対象に行う勝共教育を強化する一方で、彼らを南北統一運動の先頭に立たせられた。このために、一九七二年五月一日、「国際勝共連合」の在日韓国人会が結成された。真の父母様は、特に在日同胞から先に一つにしなければならないことを強調され、朝鮮総連系に属した同胞たちを招請して、一九七五年九月、秋夕墓参団母国訪問を斡旋された。彼らは光復後、初めて故国を訪問し、家族や知人たちと感激的な出会いを果たした。この行事は、その後も数回にわたって行われ、当時、北朝鮮の偽装広報に惑わされて、韓国について誤って認識していた朝鮮総連の同胞たちに、新たな視点をもたせることになった。
23 お父様は、一九六五年から、日本で民団を中心に「国際勝共連合」の組織をつくろうとしていました。しかし、七年という歳月を失い、一九七二年になって「国際勝共連合」の在日韓国人会を組織したのです。それ以前は、民団の行くべき道がありませんでした。(今では)「勝共思想」をもたなければならないというのが一般論になっています。
日本にある朝鮮総連と日本共産党、そして、中国共産党、この三つの共産党と対決できる強力な韓国系団体があるかと言えば、ないのです。日本に大使と公使、情報員何人かが行っているのですが、その人々を中心としては彼らと対決できません。とんでもないことです。好むと好まざるとにかかわらず、統一教会の基盤を利用しなければならない立場になってきたというのです。統一教会は、「国際勝共連合」を中心として、朝鮮総連に備えることができる思想的な基盤をもっているだけでなく、朝鮮総連と一つになった日本共産党に備えることができる基盤をもっているのです。
24 日本の「国際勝共連合」は、日本人の団体ではありません。その団体の人々は、三千里半島に住む韓国人たちより、もっと韓国人らしいのです。その人々は、お父様が命令さえ下せば、とんなことでもします。
朝鮮総連の朝鮮大学校認可取り消し運動を一九六八年から始めて、四年目です。ですから、朝鮮総連では大変なことになっているというのです。彼らは最初、私たちを軽く見ていました。吹けば飛んでいくと思ったのですが、見誤っていたのです。私たちは範囲を広げているので、もう少しすれば、朝鮮総連系(の人たち) をつかむことができます。三年だけ過ぎてみなさいというのです。私がその対策を講じてきました。
そして、民団に私が手を付けなければならないので、それに対する特別措置を取ってきました。ですから、政府では「統一教会が民団にまで手を付けている」と批判しています。ありとあらゆる侮辱を受けながらも、このことをしているのです。
25 北朝鮮は、一九七〇年代後半からは、「七・四南北共同声明」を中心として統一方案を模索するでしょう。休戦ラインで分断された思想体制圏内にいるので、訓練され、基盤ができている韓国内では、それが不可能です。それで、彼らは今、日本でその方案を模索するために総力を注いでいます。
朝鮮総連によって民団を吸収し、また、民団の韓国青年団体協議会を吸収して、自分たちの一括的な組織圏内に放り込めば、名実共に朝鮮総連を中心として統一が成し遂げられたと、全世界に宣伝できる良い舞台になるのです。もし、民団が朝鮮総連に吸収されるとすれば、日本政府も四方が共産圏なので、共産圏に対する進路を模索せざるを得ません。そのようになれば、韓国は直接的な影響を受けるようになります。
これを防ぐために、今、日本に人を派遣して、全国的なブームを巻き起こし、民団を収拾しているのです。朝鮮総連が民団を吸収してしまえば、高い地位にいる政府の要人たちが北朝鮮に協力することが決定的になり、日本の情勢は北朝鮮一辺倒に進まざるを得なくなります。このようになれば、アジアは共産圏内にすべて包囲され、脅かされるようになるでしょう。統一教会員はもちろん、あらゆる人が日本共産党によって滅びるのです。
情勢的に見て、韓国にこのような危急の時が迫ってくるので、お父様が一人、これを防ぐために千辛万苦、背後で苦労しているのです。これから民団を再構成して、私たちの体制内で教育し、「国際勝共連合」の民団支部を結成して、全国にその組織網を広げていこうと思います。
26 日本にある民団が、朝鮮総連によって崩れ始めました。民団だけでなく、韓国青年団体協議会もすべて崩れました。ですから、私が一九六五年から、その幹部たちに「間違いなく今後、民団がこのようになるが、それを防ぐためには日本に『国際勝共連合』をつくって、それと一つになり、ここに防御線を張らなければならない」と話したのですが、彼らは鼻先で笑うばかりでした。そのように言ってから七年もたたないうちに、民団がそのまま落ちていくようになったのです。大使館もお手上げで、民団もお手上げになると、その時になってようやく、彼らは「国際勝共連合」に「後援してください」と言ってきたのです。
ですから、「いいだろう!闘いは我々が引き受けよう!」と言いました。しかし、むやみに闘えばすべて逆賊の墓に埋められてしまうのです。立場をはっきりさせようというのです。それで、お父様は「民団の責任者たちは、それに対して歓迎しなさい。大使館の公認を受けなければならない」という意見を提示しました。このように、私たちは日本で冒険的な活動を開始し、このばらばらになった民団を糾合して、精神姿勢を正してあげているのです。
27 お父様は、駐日韓国大使館と民団を訪ねていき、韓国で活動していた反共講演に関する実績を提示しながら、日本でも同胞を中心として反共講演をしなければならないと強く求めました。すると、大使館側は、国家の代表という立場で高飛車な態度を取り、民団側は同胞を代表する立場なので、団長以下幹部たちが、韓国のいかなる長官も問題にならないという態度で、特に反応を示しませんでした。
しかし、天はそこに韓国の地区長を一人送りました。まず、日本の四十七都道府県にある婦人会の代議員たち四百五十人以上が集まった所で、地区長が講演することになりました。それで、二十分間講演したのですが、実に十二回の拍手喝采を受けました。その集会の進行責任者と民団の責任者たちも、「衝撃的な感銘を受けた」と言いました。それが、私たちが心置きなく活動できる良いきっかけになりました。そうして、毎日のように民団を訪ねていって反共講演会の開催について交渉したのです。
また、反共講演をするときに、自首したスパイや北に送られたのちに帰ってきた人々が北朝鮮の実情を暴露することも必要ですが、それは一時的な効果にすぎません。また、その人々が「金日成主席はこうで、北朝鮮の実情はこうである」と話すとしても、それは日本の実情から見て、信じることができない暖昧な言葉にすぎないのです。ですから、そのような旧態依然の反共態勢では駄目だと主張しました。そうして、理論的な面で共産主義を根本的に暴き、共産主義はこうで、またこのように悪いので、歴史的に、あるいは時代的に必ず滅びざるを得ないという内容を赤裸々に提示しながら講義しなければならないと、積極的に説明したのです。
28 お父様は、一九七四年から七五年まで、力を尽くして大韓民国に対して責任を果たしました。「終わりの日」に、敗者の悲しみの苦い杯を飲むことが分かったので、(そうならないよう)お父様は精誠の限りを尽くしたのです。日本との国交断絶の悲運が訪れかねない、その背後で、私が血のにじむ闘争をしてきたことを、国民は知らずにいます。
この朝鮮総連問題を中心として、共産主義を防がなければ、韓国が生きる道がないことを知ったので、朝鮮総連問題を中心として六百人の若い青年たちを糾合し、教育しました。それをきっかけに、祖国訪問墓参運動が起きたのです。
29 朝鮮総連と民団を一つにしなければ、エバ国家の日本は立つことができません。彼らすべてがお父様を大歓迎することによって、お父様と一つになるのです。そうして、アダム国家の韓国とエバ国家の日本が一つになります。民団と朝鮮総連が一つになることによって、韓国と北朝鮮が自動的に一つになり、それによって北朝鮮の偽りの父と韓国の真の父母が条件的に転換されるので、エバが自動的にこれを抱いていき、その伝統を韓半島に連結させれば、韓国と日本の統一圏が広がるのです。これが摂理観です。
30 エバ国家の日本が使命を果たすためには、外的にもカインとアベルを消化し、内的にもカインとアベルを消化しなければなりません。そのために、日本が四十年間、包容しなければならないカインとアベルが、朝鮮総連と民団です。朝鮮総連は、日本から見るとき頭の痛い存在です。この朝鮮総連と民団を、日本が一つにしなければなりません。深刻な問題です。お父様が日本で朝鮮総連と民団を一つにすれば、日本政府は苦しい立場に追い込まれることもあり得るのです。
ですから、彼らを一つにするのは、お父様がするのではなく、日本自体がしなければなりません。今までこのように復帰路程を歩んできたことを、神様しか知りませんでした。それは、霊的な基準だったからです。肉的な基準で、その秘密を知る人はお父様以外にいません。霊的には神様、肉的にはお父様、このように二人しかいないのです。ですから、日本はまず、朝鮮総連と民団を一つにしなければなりません。そのようにしなければ、日本はアジアに出ていけないのです。
31 エバ国家の日本にある民団と朝鮮総連は、カインとアベル、エサウとヤコブ、ゼラとペレヅのような立場です。エバの腹中で二つの群れが争うのです。それがなければ、エバ国家になれません。ところが、日本は争いを助長しています。それでは、日本はエバ国家の使命を奪われてしまいます。ですから、統一教会員たちが彼らを一つにする活動を行うのです。どのようにして一つにするのかといえば、柳寛順思想を中心として一つにするのです。一九九〇年以前から、お父様はそのことを始めました。
これを統一するためには、日本にいる統一教会と女性たちを一つに束ねなければなりません。それで、「女性連合」を中心として、外的に有力な関係者の夫人、国会議員夫人、教授夫人などを連結したのです。父母様と縁をもった人々が、すべてそこに入っています。上流層にいる女性たちです。彼らと統一教会はカイン・アベルです。このカイン・アベルの女性基盤を中心として、お母様が立たなければなりません。お母様も、カイン・アベルがいなければなりません。このためには、エバの腹中にいる立場の民団と朝鮮総連を一つにしなければならないのです。そうして、日本がこれらを一つにするようになれば、朝鮮総連の代表と民団の代表が日本にいるので、南北統一の機運が芽生えるのです。
32 タマルの腹中でゼラとペレヅの双子が争ったのと同じ状況が、日本でも起きなければなりません。それが、北朝鮮の朝鮮総連と韓国の民団です。それを日本が消化しなければならないのです。消化するのは、日本自体だけではできません。お父様と一つにならなければなりません。タマルの腹中にいるゼラとペレブのように、一つの民族を代表した二つの団体を一つにしなければならないのです。
韓半島が南北に分断されたのは、日本にも責任があります。ですから、根本に入っていって、影響を与えることができます。それで、お父様は左翼と右翼を統一し、新郎の立場に戻ってくるのです。戻ってきて、金日成主席までも向きを変えさせておかなければなりません。左翼と右翼は息子です。長子権復帰をしたあとは、父母権復帰をするために、金日成主席までもお父様が束ねたのです。ですから、韓半島で統一圏さえ広がれば、西洋文明とアジア文明、この左右が一つになるのです。
カウサとアウラの創設と千万会員の確保
一九八〇年十月、南北米大陸の統一と協力を通した世界平和実現のため、元国家首班を中心に「南北米統一連合(CAUSA)」が創設された。アメリカのカーター行政府の人権政策により、南米で左翼政党が政権を握るなど、共産主義の浸透が露骨になってくるや、真の父母様は、南米の指導者たちを対象に「統一思想」教育を実施され、これが大きな反響を呼び起こした。このような基盤の上で創設されたカウサは、南米大陸の赤化を防ぐ先頭に立った。これとともに、一九八三年に中南米の国家が参加する中南米統合機構(AULA)」も結成された。
1 統一教会では真の父母に侍っていますが、それは国家と世界を越えていません。ですから、真の父母を迎えたことを、国家と世界と霊界にまで拡大する運動をするのです。これが、今日の統一教会の運動です。時が近づいてきています。
国家が統一教会、国家が真の父母を迎え入れる環境が、今迫ってきているというのです。その国は、どのような国でしょうか。最も悲惨な国から始めます。共産世界と民主世界によって患難を受ける国から始めるのです。それが南米のエルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラのような国です。それで、南米で「カウサ(「南北米統一連合」:CAUSA)」活動を国家次元で展開しているのです。南米二十六ヵ国に組織をつくったのちに、北米においてまでカウサの活動を行っているのです。
2 カウサを中心として、南米のあらゆる分野の復興のために、これから大統領たちを動かし、国会を動かして導いていこうと思います。お父様は、国もなく、追われた人です。しかし、そのようにできる内容を備えているので、私が真ん中に立てば、南米を一つにできるのです。お父様が真ん中に立てば、南米の指導者たちを一つにできると考えるのです。
アメリカでお父様の脱税容疑に関して論争が起きると、この国々は各国の大使館を通して、「アメリカ式の調査ではなく、私たちの情報機関を通してレバレンド・ムーンを調査しよう」と言い、お父様に対してすべて調査しました。お父様がアメリカで、何の罪もなく迫害を受けているという事実を彼らが調査し、結論を下したのです。「アメリカは間違っている。カーター政府は、反共主義者であり天のみ旨が必要とする人を迫害した政権だった」と判定しました。そして、「その時、先頭に立って闘ったレバレンド・ムーンは、私たちの同志の中の同志だ」という結論を下しました。南米が共に歩むことのできる同志だというのです。
3 南米の地位の高い人々に対し、カウサを中心として教育を終えました。一国で五百人ずつすれば、その五百人の中に、閣僚と州責任者など、あらゆる要人が入ります。そこは、私たちの版図圏に入っています。それで、私はウルグアイのモンテビデオに多くの予算を投じて、大きなホテルを造っています。ウルグアイは南米のスイスのような所です。その国の海岸線が美しいことで有名なので、世界の大富豪たちが途方もないお金を出して、ここに土地を購入しようと互いに競争し合っています。
ですから、この土地を売ってしまうと国家の将来にとって貴重なものを奪われてしまうと考え、法的に規制しました。「誰が購入しても、二十五年以上所有することはできない。二十五年後には返還しなければならない」としたのです。私がそれを百年に延長させました。お父様がホテルを造れるように、新たに法を通過させて許可が出るようにしたのです。この国は、お父様と「統一思想」を引き入れれば、南米が生き、自分の国が復興すると考えているのです。
4 今までは、アメリカが教会と政治を分立する立場で来たので、私たちは教育を中心として歩んできました。これからは、この影響圏を拡大しなければなりません。底辺に影響圏を拡大して、カウサの会員を千万人以上に突破する運動をするのです。それを始めて、四千五百万人ないし五千万人をキリスト教圏から吸収しなければならないというのが、お父様の計画です。
そのようになれば、私たちが苦労しなくても、すべてのクリスチャンはもちろん、全宗教界を吸収することができます。そのように、新たにキリスト教が私たちと一つになることによって、ローマ教皇庁を中心として、南米やラテン文化を背景に、世界のキリスト教圏を完全に再復興させ得る道が開かれると考えるのです。
5 南北米で行っているカウサ運動は、勝共活動と同じです。アメリカは、連邦政府に上下院があり、また各州も、上下院の両院からなっています。ですから、中央政府が思いどおりに支配できません。各州に法があり、その州法によってすべての施策を展開していくようになっているのです。
ですから、政治界の大物たち、有名な人をすべてまとめておかなければなりません。そのような作戦を終えているので、今お父様は、アメリカの政界に相当な基盤をもっているのです。
6 アメリカで、千万人の勝共連合の会員を募集しているのですが、皆さんが祈ってあげなければなりません。アメリカでは「国際勝共連合」のことを「カウサ」と言います。カウサ会員一千万人募集運動が、一九八六年九月一日を期して始まりました。
アメリカ人たちは、ある団体にサインをして加入することに対して、自分の全生命と全財産が連結されていると考えるのです。その人々にとってサインをすることは、私たち東洋人とは違います。彼らはすべての責任を負うという気持ちで慣例的にサインをしてきたので、サインをして加入するというのは、普通のことではないのです。
ですから、これを始めるとき、アメリカの統一教会のすべての食口たちは、不可能だと考えました。今まで統一教会とお父様は、可能なことをしてきたのではありません。不可能なことを今までしてきたのです。生涯を通して行ってきたことは、その当時の人々の眼識を通して測定できる、ある限界内でしたことではありません。その眼識を越え、測定できない限界以上の範囲を通して摂理される神様のみ旨があったので、今まで統一教会を指導するお父様は、人々の想像できないことをしてきたというのです。
7 アメリカの一般人や中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)では、「サインをもらってカウサメンバー募集運動をしたが、それはすべて名前だけだろう。そのあと、どうするのか。それをして何をするのか」と言いながら、私たちを眺めています。しかし、私たちは何としてでも(一千万人の会員を)消化しなければなりません。
皆さんに「サインをもらいなさい」と言ったのは、消化するためです。(ですから)皆さんは、サインをもらう活動がすべて終わったからと言って、手を休めて何もしないでいてはいけません。私が一九八六年十一月二十四日、アメリカに到着したその日の夕方に、千万人の会員募集がすべて終わりました。日付も合いました。その時点に達したので、お父様がアメリカに戻ってきたのです。
これからどのように千万人を消化するかが問題です。彼らを何としてでも、私たちが消化しなければなりません、彼らを消化するために、お父様は既に全米にいるキリスト教の牧師三十万人以上を中心として連合運動を行い、その牧師たちを韓国に連れていくのです。
8 アメリカのキリスト教が、二百年間でヨーロッパの旧教文化圏のエキスを抜き取ってきたのと同じように、私たちも新しい地上天国理念をもって、全世界のキリスト教文化圏、統一されたその世界のエキスを抜き取り、新しい天国を造らなければなりません。それは、長くかかりません。あっという間です。南北米を中心とすれば一瞬なのです。
新教文化圏も捨てられず、旧教文化圏も捨てることができません。神様が理想とされる地上天国の実現が、旧教と新教を中心として一次、二次と失敗したので、この地を代表して成功しなければなりません。中世にカトリックを中心として成し遂げようとしたことを、成し遂げられませんでした。二つの世界です。ですから、真の父母の時代に旧教と新教を一つにして、地上に神の国を成し遂げられるモデル国家を立てなければなりません。
9 一九九二年八月にすべてを終え、真の父母を宣布することによって真の父母が設定され、地上に着陸時代が訪れたというのです。イスラエルの国とユダヤ教が失ってしまったものと、アメリカとキリスト教が責任を果たせなかったもの、そのすべてのことが蘇生し、定着できる時代に入っていくというのです。そうして、母と父が横的に立つのです。
イエス様の時は縦的に立ちました。縦的(なもの)には中心の一点しかありませんが、横的(なもの)には三六〇度(の広がり)があるのです。ですから、父母様はどの国にでも行けるのです。すべての国が歓迎します。
また、私は中南米を束ねて「中南米統合機構(AULA)」をつくりました。中南米のカトリック圏を一つにするのです。そして、北米の新教と南米のカトリック圏を一つにしようとしています。中心に立ってすべて消化するのです。そのような核心的な真理をもっています。そのように強力な武器をもっているのです。
アメリカの予備役将軍と国会議員教育
アメリカの指導者のためのカウサ教育は、予備役将軍と牧師、国会議員などを中心に実施された。共産主義の危険性を知らせ、アメリカ人の覚醒を促すこの教育は、カウサ一千万会員募集運動とともに展開された。その当時、アメリカの有識者と言論人に流行していた左寄りの進歩思潮は、背後にソ連がいる国際共産主義の世界赤化運動とかみ合い、自由世界全体を脅かしていた。真の父母様は、この問題を深刻に考えられ、全力を尽くして「勝共思想」運動を指導されたのである。そのような努力の結果として、共産勢力の拡大が阻止され、衰退するようになった。
10 共産主義に勝とうとすれば、まず思想戦で勝たなければなりません。思想戦で勝とうとすれば、大国と言われるアメリカで、それをすべて踏み越えて上がらなければなりません。
ですから、七千人のアメリカの州上院議員のうち、一九八六年の六月前までに、三千人の教育を終えるつもりです。アメリカの上下両院議員たちがカウサ教育を受けます。統一教会の思想を学ぶのです。「神主義」を学ぶのです。
また、アメリカの退役将軍、陸・海・空軍の四つ星将軍たちが、カウサ教育を受けています。一九八六年三月になれば、五十州で大勢の将軍たちが在郷軍人会の顧問になって、在郷軍人たちを教育できる体制ができます。
世界の共産党を一日も早く取り除くための最前線で、熾烈な闘争の旗手になっているというのです。皆さんが思想戦の先頭に立ち、敗者にならず、今まで勝者の旗手の立場を維持してきたというのは驚くべき事実です。
11 私は、アメリカで在郷軍人連合の運動をしています。それで、米軍の退役将軍たちを集めて教育するのです。在郷軍人会長団の人々を顧問団にして、地方別に五十州から陸・海・空軍の退役将軍たちを集め、「自分の故郷を中心に郷土防衛のための活動を強化しなさい」と言いました。年を取っているからといって、ただそのまま流れていくのではありません。「『私は年を取っていても、国のためにこのように生きて余生を送る』と言えば、それに誰が反対するだろうか。国を愛さなければならない」と言ったのです。
私はダンベリーの監獄にいながら、一九八五年、「国際郷土防衛連合」を創設しました。
その時から始めて、アメリカの退役将軍たちの教育がすべて終わる段階にあります。共産主義を防ぐためには、「勝共思想」でなければならないことが、既に決定的な段階に入ってきました。そのようになるので、行政府が影響を受けるようになり、その次には、政治家たちが影響を受けるようになるのです。
12 南米を救うために、アメリカの将軍たちによって構成された軍事顧問団を南米に配置するのです。共産党を防がなければならないので、この軍事顧問団を中心として、軍事情報とゲリラ戦に対して訓練させなければなりません。今日、自由主義世界の著名人たちは、お父様の影響圏内にあります。
それで、この計画を国際的に実現するため、「国際郷土防衛連合」を創設したのです。それがいつでしょうか。一九八五年六月七日、ダンベリーの監獄にいる時です。神様のみ旨、選民歴史観を終結させなければならない天命があることをお父様は知っているので、このことをするのです。
13 アメリカで、空軍、陸軍、海軍の傷痍軍人、将軍クラス以上の人は、既に私たちのカウサ教育を受けています。大将から、誰彼を問わず、有名な人はみな、カウサ教育を受けているのです。そこに、アメリカの在郷軍人全体の組織の長まで連結させる運動を促進している状況です。そして、「中南米統合機構 (AULA)」という機構を創設しました。
今まで、アメリカの権威ある将軍たちが中南米を指導してきましたが、中南米のことを考える将軍たちはいませんでした。これからは、中南米のために生きることができるアメリカの四つ星将軍出身者を、三十一ヵ国に派遣するつもりです。お父様が月給をあげてでも派遣するのです。
共産主義ゲリラを撲滅するために三十一ヵ国を連合し、ゲリラ訓練とともに情報責任者たちを教育して、超中南米的軍隊を編成しなければなりません。そのようにしなければ、中南米が生きることはできないと考えるのです。
既にアウラ組織が編成されてきたので、それさえできれば、経済問題はこの連合機構を通して自動的に解決されます。共産主義を南北米基準で防がなければ、世界を赤化の危機から救うことはできないと考えるからです。
そのようにしながら、ヨーロッパ連合機構とアジア連合機構を編成しなければなりません。共産党が存在する時が、世界的機構を編成できる絶好の機会だと考えるのです。
このようにお父様は、他の人々が夢にも思わないことを今までしてきました。
共産主義の終焉宣言
真のお父様は、ダンベリー刑務所に収監中、世界の碩学の前で「共産主義の終焉」を宣言するように指示された。ちょうどスイスのジュネーブで「ソ連共産帝国の滅亡」をテーマに、一九八五年八月十三日から五日間、第二回「世界平和教授アカデミー世界大会」が開かれることになっていた。当時、大会を前にして、大会の議長を任されたシカゴ大学の政治学者であるモートン・カプラン博士に向かって、真のお父様はこのような宣言をするように指示されたのである。カプラン博士は、政治学者として、遠回しに「滅亡するかもしれない(maybe)」という表現を使うのはどうかという見解を表明したが、真のお父様は譲歩せず、「共産主義の終焉」を宣言するよう強く求められた。この預言どおり、一九八九年十一月九日、東ドイツの東べルリン国境にある五十余りの検問所が順次、開放され、二十八年ぶりに冷戦の象徴であるベルリンの壁が崩された。また、一九九一年十二月には、一九二二年から存続してきた、巨大な共産国家であるソビエト連邦の解体が宣言されるに至った。これにより、共産主義体制の終焉が現実となったのである。
1 お父様が「世の中がこのようになる」と言ったことは、すべて当たりました。世界は公式に従って発展します。「世界はどのようになる」と言えば、間違いなくそのようになるのです。「共産主義は、始まってから七十三年を越えられない」と言いました。これを四十年前から宣布したのですが、七十三年目に共産主義がきれいに吹き飛んでしまったのです。
お父様が予言をして、そのようになったのでしょうか。天地の大道の法度がそのようになっているというのです。それが正しいので、そのようになるのです。私が話をするとおりに世界は回っていきます。
2 ソ連帝国の滅亡をお父様は宣布しました。お父様がダンべリー刑務所にいる時、ジュネーブで開かれた「世界平和教授アカデミー」の世界大会で宣布したのです。その時、有名な政治学者であるシカゴ大学のカプラン博士が議長だったのですが、彼をダンベリー刑務所に呼んで、「ソ連帝国の滅亡を宣布しなさい」と言いました。
ところが、彼はリベラルな立場で本を十七冊書いたのですが、「自分がこのようなことを言えば、それらの本がすべて無効になるので言うことができない」と言うのです。そのように言いながら、「ソ連帝国が滅亡するかもしれない」というように、「するかもしれない(maybe)」という言葉を入れようというのです。
しかし、お父様は「駄目だ!」と言いながら、「見ていなさい。五年以内に共産党がどのようになるか。行って話しなさい!」と言いました。宣布をしてこそ、共産主義世界が崩れるのです。結局、五年もたたずに崩れました。
世界の学者たちは、お父様のことを理解できないと言いましたが、宣布してこのようになったので、「このようになるとは思わなかった」と言っています。最近になってようやく、「偉大な師です。尊敬して余りあり、私たちが知り得ない極秘の事実を、実践するための基盤を現実に築いた驚くべき、かつ歴史的な方です」と言っているのです。
3 共産主義を崩すことの先頭に立った人がお父様です。共産世界が倒れるようになったのも、お父様の功労であることを、世界の人々が知っています。日本の功労でもなく、アメリカの功労でもありません。
思想的に闘うには、思想をもって倒さなければならないのです。そのようにするためには、中国やソ連のような所で地下運動をしなければなりません。統一教会は数十年前から、中国とソ連で地下運動をしてきました。
それは、ソ連のKGB(国家保安委員会)や、中国の情報当局も知りませんでした。倒れてから「文先生の地下組織がロシアにあったのか」と言っているのです。そのようなことをしてきました。そういった背後の活動を人知れず今までしてきたのですが、結局、そういった結果になったのです。世界の情勢に合わせて準備したというのです。
4 ソ連共産党まで、お父様が解放しようと思います。闘いではなく、愛の論理をもって解放するのです。それが「神主義」であり、お父様の思想です。
その思想をもっているので、天下に羨むものがありません。孤独が占領することはできず、死亡の波はその前に色あせるのです。共産世界が総団結してお父様(に対する)除去運動をしていますが、お父様は行くべき道を知っています。この混乱した世の中を収拾する代案がどこにあり、生きる道がどこにあるのかというのです。
この世界を代表した一人の男性と女性が、神様の愛に従ってその良心が夢中になり、体が酔いしれて引かれていくというとき、人類がその男性と女性に従っていけば、すべて解決されます。それが大きくなれば、国が生じるのです。
5 お父様がダンベリーの監獄に入っていた一九八四年までのアメリカでの十二年間は、完全に共産化される方向に向かっていた期間でした。その流れをお父様が変えたのです。
共産勢力がアメリカを完全に足の裏で踏みつける限界の時が、一九八四年です。サタンはその時、お父様を監獄に放り込めば、自分の思いどおりになると思っていました。しかし、そのようにはならないというのです。お父様は法廷闘争をしながら「ワシントン・タイムズ」をつくり、「ソ連は滅亡するしかない」ということを発表したのです。
モスクワ大会
真の父母様は、一九九〇年四月九日から十三日まで、ワシントン大会の直後に宣言されたモスクワ大会を開催された。モスクワ国際貿易センターで開催されたこの大会では、元職・現職国家首班四十数人をはじめ、六十ヵ国から来た言論人、政治家、学者など、六百人以上が参加する中、第十一回「世界言論人会議」と第三回「世界平和サミット」、第九回「中南米統合機構」会議などが行われた。
6 ソ連の国民に一番必要なものは神様です。無神論によって敗北者となったので、今からは神様のことを知らなければならないというのです。神様がそのように導き、お父様を立てて「通告せよ」と言われるその心情を知ったので、きのうは怨讐でしたが、自分の愛する父、母、兄弟に接する以上の心をもって、彼らに接したのです。
七十三年間別れていた親不孝者が、放蕩息子の身の上になって父母を訪ねてくるのと同じです。その放蕩息子と向き合った父母が、指輪と服を準備してはめてあげ、着せてあげたのと同じように、お父様がそのようなことをしたのです。
7 お父様はモスクワ大会を宣布したので、モスクワに行くための準備をしています。それで「科学の統一に関する国際会議」、「世界言論人会議」、「弱小民族協会」を設立し、その次に元首相協会を構成して、ソ連を訪問しようと思います。
訪問するときは、五十人以上の元国家首班および総理を連れて、お父様が団長として行くのですが、手を差し出せば、共産党の書記長が握手せざるを得ないのです。その時、私たちのヨーロッパ伝道機動隊員数千人を連れていって、モスクワ大会ができるのです。そのために準備をしています。
8 ゴルバチョフが改革・開放政策を標榜したのちに、ソ連のモスクワを大きく揺さぶる大会を行うのは、一九九〇年四月に行う「世界言論人会議」と「世界平和のための頂上会議」が初めてです。ソ連の外務省、KGB、ノーボスチ通信社などを中心として摇さぶるのです。
ゴルバチョフの重要な側近の一人が、お父様に話したことがあります。お父様は四十年間迫害を受けながら苦労したのですが、(その人が言うには、)自分がソ連に帰って『原理講論』を分かりやすく翻訳し、党を通して三千万冊だけ若い人々に分け与えれば、統一教会が四十年間で伝道した以上の若者たちが一瞬のうちに伝道されると思うということでした。
9 お父様はソ連に行って、ソ連を称賛したり、グラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(改革)に対して称賛したりしたのではありません。「神様を知らなければ、ソ連は滅亡する」と言ったのです。
神様が見つめていて、すべての霊人たちが今、「どのようになるか」と見つめている息詰まる局面なのに、そこに行ってソ連を称賛すればどうなるでしょうか。「私の話を聞きなさい!天に仕えなさい!」と言わなければなりません。そのようにしてこそ、霊界で「OK!」と言うのです。
10 モスクワ大会について、ノーボスチ通信社が「予想より十倍以上、成功した」と言っています。想像を覆したというのです。ソ連の歴史上にない、記録破りの大会でした。また、今回のことで、ソ連のKGBや政治局、ノーボスチ通信をはじめとする言論界などの各界の機関長たちが驚いたというのです。どのようにして、あのようなことをやってのけるのかというのです。共産党が一番だと思っていたのですが、覚醒したのです。
そのような意味で、お父様を本当に尊敬していたというのです。ノーボスチ通信社の貴賓として正式に招請され、プレゼントを贈呈されました。非常に感謝していたというのです。そのように、ソ連を一度揺さぶってきました。ですから、蕩減条件は余るほど立てたのです。
11 共産党を私の手で溶かしました。それは、世界がすべて公認するのです。民主世界も、今やお父様の手で救ってあげなければなりません。また、ソ連のゴルバチョフを救ってあげなければなりません。その冒険を顧みず、放蕩息子のような立場に立った人を、父母の心で救ってあげるのです。
金日成主席もそうです。一九八七年に、ゴルバチョフと金日成主席がお父様を亡き者にしようと暗殺計画を立てました。そのような、怨讐の中の怨讐です。その事件の調査もまだ終わっていないのに、白昼にモスクワに行き、北朝鮮に行ったのです。アメリカのCIAとFBIが驚いて、「どうか行かないでほしい」と言ったのです。しかし、宗教指導者としての責任があります。お父様が行って、その人々を救ってあげられるように舵を切っておかなければなりません。
12 一九九〇年四月九日から十三日まで行われたモスクワ大会を勝利したあと、私たちは全国的に真の父母歓迎大会を開催しました。モスクワ大会を勝利したなら勝利したで、その勝利が韓国の国民と何の関係があるのでしょうか。
モスクワ大会を勝利したのは、お父様個人のためではなく、統一教会のためでもありません。それは、韓国に勝利をもたらし、アジアに勝利をもたらし、世界に勝利をもたらしたのです。いくら大きな世界的勝利も、世界から始まって降りてくるのではなく、個人から始まって世界に上がっていくのです。今まで形成された歴史がいくら大きくても、その始まりは個人からです。
モスクワ大会を始めたお父様は、いったい何者なのでしょうか。摂理を経綸される神様のみ旨は、自由世界、民主世界を一つにすることです。神様のみ旨は、韓半島を一つにすることです。神様のみ旨は、分かれて争う宗教を一つにすることなのです。
ゴルバチョフとの会談とソ連に対する指導者教育
モスクワ大会の期間である四月十一日、クレムリン宮殿で開かれた真の父母様とゴルバチョフ大統領の歴史的会談を通し、韓国との修交、韓半島統一、ソ連内における宗教の自由拡大の問題などが議論された。真の父母様はこの場で、無神論的唯物論の未来は滅亡しかないため、唯物論を廃棄し、宗教を中心とした霊的価値観の復活を試みるよう勧告された。そして、真の父母様の提案により、鉄のカーテンによって閉ざされていたソ連と独立国家共同体の大学生および指導者クラスの人士を、アメリカなどの海外研修に送るプロジェクトが始まった。一九九〇年七月一日から八月十九日まで、四回にわたって三百八十人のソ連の大学生が、アメリカの統一神学大学院で開かれた国際指導者セミナーに参加した。そして、一九九一年一月から二月、ハンガリーの三ヵ所で七百人が参加する中、セミナーが行われ、一九九一年七月から八月には、大学原理研究会の主催により、バルト海沿岸の四ヵ所で二千人以上の学生が参加する中、二十四回にわたってセミナーが開催された。一九九二年一月二十六日から二月九日までは、ウクライナのクリミア半島の十八ヵ所で三千百六十人の学生のため、二十七回にわたるセミナーが開催された。一九九二年三月二十日から四月一日までは、高校教師と独立国家共同体の学生のための「統一原理」セミナーが開催された。このセミナーは、二十三ヵ所で四十回にわたって行われ、七千二百二十九人が参加することにより、それまでの修練生参加入数の最多記録を打ち破った。その年の夏には、八週間にわたって独立国家共同体の五つの地域の二十六ヵ所で開かれた百二十九回のセミナーに、一万八千四十二人が参加した。
13 ソ連が生きる道は、お父様が「やろう」と言うとおりにすることです。KGBは恐ろしい組織です。私たちは言論界を中心として活動をしてきたのですが、モスクワ大会は、KGBが背後で操り、身元保証はノーボスチ通信社が行いました。お父様が調べたところ、そのようになっていたのです。ですから、強大な勢力基盤になるのです。
その人々と私たちが共同で「世界言論人会議」を主催したという事実を、ソ連の人々は理解できません。これが三大不可思議の中の一つです。
三大不可思議とは何かといえば、第一は、お父様がオクチャブリスカヤというホテルに滞在したということです。そのホテルは、キユーバのカストロや北朝鮮の金日成主席のような人々が行って滞在する所です。そこにお父様が泊まっていたという事実が、不可思議なことです。
第二は、お父様がゴルバチョフに会ったということが不可思議です。お父様を捕まえて命を奪おうとひそひそ話し合っていた人たちが、なぜそのようにできるのかというのです。言い換えれば、ゴルバチョフがどうしてお父様に会うことになったのかということです。
第三は、ノーボスチ通信社と私たちが共同で言論人大会を主催したという事実です。これは、ソ連共産党の七十三年の歴史であり得ない事実なのです。
14 ソ連訪問の一週間の期間に、ソ連の内部が完全にお父様と連結されました。ゴルバチョフを中心として、核心要員、重要なメンバーたちが連結されたのです。ですから、ソ連に行っているアメリカ大使館、自由世界のすべての大使館が束になっても、お父様がしたことはできないというのです。そのような段階まで、すべて成し遂げておきました。
この次に、お父様がゴルバチョフに会って握手しながら、「私の言ったとおりにやらなければ、ソ連を救えない」と言えば、「そのとおりです」と言える段階にまで来たというのです。私の話を聞かざるを得ません。
なぜゴルバチョフがお父様に会えば喜び、幹部たちもお父様を好むのでしょうか。ソ連を生かしてあげるために来た人だからです。そのために借金を背負っている人がお父様です。借金をしても、その国を生かしてあげようとする人、借金をしてでも、ゴルバチョフを生かしてあげようとする人は、歴史時代にクレムリン宮殿を訪問した政治家や外交官の中にもいないでしょう。
借金をしながら行うのです。ですから、良心があるすべての人は戻ってくるのです。そこは怨讐の国です。私たちにどれほど反対したでしょうか。そこには、今も反対する人が大勢います。しかし、お父様はその国に、愛をもって、天国の理想をもって行ったのです。
15 お父様がソ連に行く時、共産主義系列の大統領を七人も連れて入りました。キューバの元大統領とイエメンの元大統領、私を紹介したコスタリカの元大統領などがそうです。「頭翼思想」を中心として左右を率いていくので、ゴルバチョフが無視できないのです。自分が一番頭を痛めている国が、その国々なのです。
このようなことを既にすべて収拾し、お父様を中心として集まっているので、その雰囲気をしっかりと利用するのは、自然の法則です。
事が実現するように追い立てていくのです。仕事が上手な人は、そのようにするのです。お金を持っているからといって、実力があるからといって、仕事が上手なわけではありません。環境に合わせて、それに乗じていくようにするのが、上手ということなのです。
16 モスクワに行って、お父様ははっきりと宣言しました。ソ連が生きる道は、ただ宗教的な道しかないというのです。お父様は、生涯を宗教指導者として過ごしてきました。共産主義世界の真ん中であるモスクワで、はっきりと宣言したのです。ですから、共産主義の指導者たちが驚きました。ゴルバチヨフもそれを聞いて同じように驚いたのです。
最後のバンケットでは、「ソ連は絶対に神様を知らなければならない。その新しい道を発見することが、ソ連が新たに復活する道である。再び帰らなければならない。そのようにしなければ道がない!取り除かれてしまう!」と、さらに強烈に話したのです。「神様を受け入れなければ終わりだ」と言いました。
「ソビエトの共産主義圏内にいるすべての人々は、共産主義を嫌っている。だから、皆さんは七十年前に戻らなければならない。原点に帰るべきである。ロシア帝国がどれほど繁栄していたことか!」と、このように宣言したのです。共産主義の中心に向かって対抗したのです。
17 お父様がソ連を訪問し、モスクワ大会を通して、共産主義を根本的にひっくり返しておきました。ゴルバチョフに会って、「マルクスとレーニンの銅像を撤去しなさい」と言ったのです。
「これを撤去しなければ、あなたが、これから世界的な歴史に記録を残す指導者だと言ったとしても、共産主義の名によって侵害されたすべての傷を埋める功を立てることはできない」と話しました。その功を立てられる条件になるので、彼は銅像を壊し、撤去してしまったのです。モスクワからマルクス、レーニン、スターリンの銅像を降ろさせた人が、正にお父様です。
18 お父様はソ連に行って一週間滞在し、帰ってくる時には涙を流しました。「モスクワよ、元気でいなさい。いずれまた来よう。あなたたちが待ち疲れる前に、私は来よう」と言ったのです。そうして、出発する時に歓声が聞こえました。ソ連から霊界に行った数多くの霊人たちの歓声が聞こえてきたというのです。「どうか、また来てください」と言う声でした。ですから、普通の人ではありません。それゆえ、統一教会には希望があるというのです。
今後、ソ連における統一教会の基盤と活動は、劇的に拡大されることを体験してきました。皆さんも、ソ連の衛星国家とソ連に対して関心をもたなければなりません。既に一九七〇年代から密使を送りました。アメリカ、イギリスなど、ヨーロッパの先進国の若者たちを教育して送ったのです。その人が、不意に消えてどこに行ったかと思っていたのですが、今見てみると、ソ連の宣教師になっており、その衛星国家の宣教師になっていたというのです。みな離れてしまったと思ったのに、そのようなことをしていたというのです。そのような歴史を経てきた師です。皆さんも、そのような道を行くべき責任の時代が来ました。
19 お父様は、ソ連のゴルバチョフと偶然に会ったのではありません。会わざるを得ないようにして、会ったのです。その夫人にまで会い、その指揮下にいる重要な人々にすべて会ってきました。十二年前からそれを計画しました。彼らは、ソ連の衛星国家を啓蒙した人がお父様であることを知っています。ソ連の共産主義が、お父様によって今そのようになったことを、すべて知っているのです。
一九八八年にゴルバチョフがアメリカに来た時、国会で演説することになっていたのを、誰がさせなかったのですか。お父様が背後で「ワシントン・タイムズ」を通してさせなかったのです。二年前にそのようにしたのですが、その人が、お父様を自分の奥の間まで親切に案内せざるを得ないことを理解したのです。
今やお父様が黙っていても、ソ連はお父様に付いてこざるを得ません。それで、ソ連政府の重要な幹部二百人をアメリカに連れてきて、教育することを計画してきました。有名な教授たち、経済学の博士たちを連れてきてプログラムを組み、教育することを約束してきたのです。
20 私は、モスクワで飛行機が離陸する十五分前に、ゴルバチョフが遣わした文部大臣に会いました。彼はお父様に、「あなたは共産主義を滅亡させるために先導的な立場で闘争歴史を残しましたが、宗教者であれば、滅ぶのを見て喜ぶ人ではないでしょう。共産主義が生きる道とは何でしょうか」と尋ねました。それで、「必ず、もう一度神様を崇拝しなさい」と答えました。
それを手伝うために、三千五百人から四千人近いソ連の青年指導者をアメリカに連れていき、数ヵ月間にわたって教育したのです。時がいつでもあるのではありません。
CIAは、お父様に対して、「共産主義者たちを連れてきて教育し、アメリカに広めようとしている」と騷ぎましたが、結局はお父様を信じました。ソ連を料理し、アメリカを先導して指導した実績基盤があったので、反対する名目がなかったのです。KGBの副委員長まで来て、教育を受けて帰りました。野党の党首も来ました。
そのような中、ゴルバチョフ政権の時に三日間のクーデターが起きたのですが、三千人の大学生のうちの有志が戦車の前に横たわり、動員されたクーデター軍を阻んだのです。のちに、ソ連の文部大臣がお父様に、感謝するという内容の手紙を送ってきました。そのような歴史を経てきたのです。その背後に、どれほど多くの苦しみがあったか分かりません。
21 一九九〇年十二月十三日に、ソ連とその衛星国家の党首たち五十八人が、アメリカを訪問しました。ソ連と衛星国家は互いに怨讐です。ところが、彼らが教育を受けてからは、互いに完全に一つになり、ムーン・パーティー・クラブ(Moon Party Club)、文党をつくって帰っていきました。
ヨーロッパの衛星国家をソ連と一つにし、共産圏を一つにできるのは、お父様の思想しかないというのです。このクラブをつくって、衛星国家が連合戦線を広げ、世界的にお父様の思想を中心として、国策、国家の施政方針を定めていけるように宣布するという覚悟をして、帰っていったのです。
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