真の父母経

第四篇 第一章

祝福結婚の主要儀式

この章の目次

第四篇 祝福結婚による人類救援

真の父母様の中心使命は、堕落して原罪をもつようになった人類を救済することである。その中心に、原罪を清算して堕落した血統を正す祝福結婚摂理がある。

祝福結婚は、サタン中心の悪なる血統を、神様を中心とした善なる血統に転換させる儀式である。堕落以降、乱れていたサタン中心の愛を清算し、神様を中心とした愛の秩序を立てることに大きな意味がある。祝福結婚摂理は、真の父母様の特権によって、神様を中心とした人類一家族理想を実現する出発点であり、過程であり、結果となるのである。

一九六〇年四月十六日の三家庭の祝福結婚式を皮切りに、三十六家庭から七十二双、百二十四双、四百三十双までの祝福が民族・国家的な祝福の型であるとすれば、七百七十七双から千八百双、二千七十五双、六千双を経ながら、国際祝福結婚式のかたちを整えるようになる。

六千五百双の祝福は、日韓交叉祝福結婚式として行われ、三万双以降は、世界的に祝福が大きく拡大された。

三十六万双の祝福とともに、霊人祝福の道が開かれ、真の父母様の愛を通した善なる血統圏時代が開かれるようになり、一九九七年十一月二十九日、四千万双国際祝福結婚式を霊人祝福式とともに挙行することにより、霊界解放と天宙的な祝福圏を立てられた。

真の父母様は、祝福結婚式とともに、青少年問題と家庭崩壊の問題を根本的に解決するため、純潔運動と真の家庭運動を大々的に展開された。これは、青少年を中心に、純潔の伝統と愛の秩序を正しく立て、超宗教、超国家、超人種の領域に拡大してこそ、創造理想世界を実現する土台ができるためである。祝福結婚が拡大され、大衆化していくとき、神様のみ旨実現が具体化されるのである。

真の父母様は、祝福家庭が自分の家庭よりも、氏族と民族、国家、世界を先に考えて、ために生きなければならないと語られ、相対者を神様の代身者と考えながら、隣人に手本を見せることはもちろん、氏族と国家、世界、天宙を復帰するため、先頭に立たなければならないと語られた。

特に、祝福家庭の三位基台を編成してくださり、祝福家庭は三位基台の家で共に暮らしながら、兄弟の愛を体験し、全人類が国境と人種、宗教などを超越し、互いに愛し合いながら生きていく共同体生活の伝統を立てなければならないことを強調された。

第一節 祝福結婚の意味

血統転換と愛の秩序の確立

真の父母様は、一九六〇年から祝福結婚を通し、人間救済の新たな章を開かれた。祝福結婚は、サタンの血統を神様の血統に転換し、神様を中心とした愛の秩序を回復することに大きな意味がある。特に、祝福結婚は、国家と人種、宗教などの障壁を崩し、全人類が交叉結婚をすることにより、神様のもとの一つの世界を実現することに大きく寄与している。

1 本来、エデンの園において、アダムとエバが完成の位置に進んだときに祝福があるはずでしたが、堕落することにより、神様を中心とした祝福は成し遂げられませんでした。ですから、神様は、四千年の歴史を経ながら選民イスラエルを探し求め、メシヤを送って、イエス様の時代に祝福を実現しようとされたのです。しかし、祝福が成就されないことにより、第三次のアダムの再臨時代になってすべての国家的・世界的勝利基盤が築かれ、新たに祝福が始まりました。歴史的事件です。創世以降、神様の愛と神様の生命と神様の血統を一つに束ねることはなかったのです。

2 人類の先祖であるアダムとエバは、自分たちを中心とした誤った愛によって堕落しました。自分たちを中心とする愛によって、天使長を介入させ、堕落したのです。そうして、神様を追放し、本然のアダムとエバを追放した結果になったのです。このように、神様が許していない愛の縁を導き入れることにより、人間には原罪というのが生じました。ですから、人間にとって、この原罪を脱ぐことが重要な問題です。

人間は偽りの父母によって生まれたので、真の父母の愛の縁を再現させなければ、原罪を脱ぐことができません。原罪は、偽りの父母の愛によって植えられたので、この愛を否定するためには、真の父母を中心とした愛の土台がなければならないのです。

3 アダムとエバが神様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従できる基準を失ってしまい、偽りの結婚をすることにより、血統と所有権をひっくり返し、一族を滅ぼしました。ですから、血統を復帰しなければなりません。真の父母の純潔な血統を、永遠に自分の子孫に残すことができなければなりません。アダムとエバは、純潔な血統をつくり上げることができずに結婚しましたが、私たちは、祝福結婚を通して絶対血統、絶対所有権、絶対心情圏を復帰しなければなりません。

4 父母様は、霊界と神様をはっきりと知り、神の国と血統がどれほど重要かを知っています。その血統を復帰するのが祝福です。偽りの父母の誤った結婚によって滅亡せざるを得ない人類を、真の父母の名をもって神様と連結させた血統圏をつくることによって、本然の神の国へと戻っていくようにしようというのです。ですから、祝福家庭は途方もないものです。天国に入っていくチケットをあげたのです。

5 アダムとエバが完成する場合、神様が結婚させてあげることにより、神様はアダムとエバの体の中に入って一つになるのです。真の愛によって一つになることにより、神様の形状が完成し、相対が完成し、家庭が完成するようになります。見えない天のお父様の愛と、見える天のお父様の愛が一つになってこそ出発するのです。結婚を通して初愛を結ぶ、その場で連結されます。愛を中心として天地が一つになり、男性と女性が一つになり、神様の生命と人間の生命が一つになり、神様の血統と人間の血統が一つになるのです。

アダムとエバは見える神様の体なので、神様が赤ん坊から兄弟、夫婦、父母の位置へと進んでいくのと同じことを、人間世界に譲り渡してあげるようになります。ですから、神様がアダムの家庭を通してしようとされたことが、私たちの家庭で起こるのです。それゆえ、見えない神様の愛と生命と血統と良心が、見える神様の愛と生命と血統と良心と一つにならなければなりません。結婚を通して、そのように一つになるのです。

6 祝福は本来、父母が息子、娘に自分たちの愛を伝授し、愛の夫婦、子女、家庭、国家、世界のすべてのものを伝授してあげることです。堕落していないアダムとエバが祝福を受けるというのは、神様が縦的な父母になって、天宙のすべての所有権をそのまま伝授してあげることを意味します。それが祝福結婚式です。

祝福を受けた家庭が、世俗的な観念をもって男性と女性が結婚するものだと考えてはいけません。祝福がどれほど恐ろしいかを知らなければなりません。「真の父母」という思想は、創世前からありました。神様が人間を創造する前から、「創造の中心は真の父母の完成である」という概念があったというのです。その真の父母を成立させるために、この天地万物も生まれたのです。

7 真の愛を中心としては、すべてのものが一つにならなければなりません。一人では、一つになりません。一つになるためには、水平にならなければなりません。思春期になれば、男性は女性、女性は男性を求めて、水平に並んでくるのです。そうして、中央に来て出会うようになります。その中央に、愛の伝統の垂直線に沿って神様が降りてくるのです。

ですから、結婚式をするとき、愛の主人は神様です。愛の根となる神様が、アダムとエバが結婚するところに臨むのです。アダムとエバに、無形の神様が臨在するようになります。天地が一つになるのです。天の父母と地の父母が、愛を中心として一つになるのが結婚式です。

男性と女性が一体になる、そこに神様が入るようになります。内的な性相と形状である神様が、外的な性相と形状であるアダムとエバに入っていき、愛によって二つの世界が一つになるのです。

8 統一教会は、愛の秩序を正しく立てて、統一しようというのです。統一の中で、一番難しいこととは何でしょうか。力をもって、外的なことはある程度収拾できますが、内的な人格が基盤になった愛の世界までは収拾できません。愛は、力に左右されることはなく、お金に左右されることはなく、知識に左右されることはありません。真のものによって動くのです。ですから、男性や女性は真の愛を求めていきます。男性と女性は、真の愛を見つめて動かなければなりません。

9 エデンの園で、アダムとエバ、天使長が、神様の言葉を聞かずに家庭を出発しました。そのような子孫である最近の若者たちは、誰の言葉も聞かないというのです。そのような時が来ました。フリーセックスの根源は、エデンの園における堕落です。そのように蒔かれたものが、世界において実を結ぶのです。未婚の男女がそのように堕落しました。人間の価値が、動物よりも劣るようになったのです。肉的な満足を得るために、動物と同じような愛を交わすのです。(サタンは)人間が神様のみ前に帰ろうとしても帰れないよう、めちゃくちゃにしておいたのです。

しかし、神様は生きていらっしゃいます。このような人間を哀れに思い、この地にメシヤを送られました。そうして、この地でメシヤを通して人格の標本を提示し、愛の秩序を立て、家庭の秩序を立て、国家と世界と神様の秩序を立てて、一つの世界をつくり上げるのです。誰も手が付けられないことに統一教会が手を付け、再創造をしてきています。これが成し遂げられる日には、世界が一つになり、悪なるサタン世界を天の国へと転換させられるのです。

10 統一教会が世界的な祝福をしてあげるのは、家庭時代が訪れる時に中心的な使命を果たせるようにするためです。祝福式は、百何十カ国でも一度にしてあげられます。彼らはみな兄弟です。みな兄弟として見るのです。他の国の人だとは考えません。みな祝福してあげて、世界の代表家庭を配置していかなければならないというのです。

そのように、すべての家庭が真の父母様に付いてくれば、真の父母を中心として父子関係が結ばれ、四位基台を完成した相対的家庭基盤をもったのと同じことになるので、真の父母が勝利したすべてのものを伝授されるようになります。ですから、それを再び伝授してあげるために、氏族(的)メシヤとして家庭に戻っていくのです。

11 民族と国家、文化と伝統を超越して、一つの新しい家庭文化を創建したのが、統一教会の祝福結婚式です。天の国の圏内にすべての国が入ります。「神様のもとの一つの世界」です。堕落とは、心と体が分かれたことです。心と体が分かれ、夫婦が分かれ、父母と息子、娘が分かれたのが堕落です。家庭的堕落が起こったのです。アダム家庭が堕落したというのです。アダム家庭で失ってしまったので、私たちは完成した家庭を探し求めなければなりません。

12 天運は、世界が一つの垣根となり、人類が一つの地球家族になることを求めています。科学技術の驚くべき発達は、情報、通信、交通の革命により、人類全体を一本のひもで束ねつつあります。ですから、超国家的な協力を必要としており、一つしかない地球を保存するためにも、国際的に共同歩調を取ることが求められるようになりました。しかし、何によって人間の利己的で自己本位的な考えを変えさせ、自国の利益中心の国家競争を根本的に解決するのでしょうか。

各自が、自分自身の始原であり、根である神様に対する根本的な自覚と、天理に従うところからその答えを探し出さなければなりません。神様の真の愛、すなわち、与えてもまた与えたいと思い、与えても記憶しない、そして、対象を自分よりもさらに愛する真の愛を中心としてのみ、答えが出てくるのです。全人類は、唯一なる真の父母のもと、同じ兄弟であるという自覚をもつとき、答えが出てきます。神様と真の父母のもと、人類が一つの大家族を築き、互いにために生きて和合するとき、すべての問題が解けます。

私は生涯を通して、真の愛の道理を教育し、実践してきました。ために生き、与えながら、世界的な基盤を築いてきました。世界の各国でために生きながら、利他的な実践生活をする若者たちを養成してきました。それだけでなく、超国家・超人種・超宗教的な真の愛の理想家庭を築く、国際祝福結婚の行事を主導してきました。これは、人類文化歴史を変える行事です。真の愛によって国境を崩し、人種の壁を貫いて憎悪と闘争を克服して、互いにために生きる理想家庭が誕生することにより、新しい文化世界が形成されつつあります。

13 交叉結婚は、韓国と日本から始めました。日本と韓国は、怨讐関係でした。交叉結婚のような血統を混ぜることは死んでもできないことを、韓国人は歴史的によく知っています。国家を超越し、大陸を超越して交叉結婚をすることにより、血統水平圏をつくることができます。それは誰も変えられないので、超国家的になるのです。そのようになれば、国家間で国境撤廃運動が起こるようになります。民族の統合によって国境撤廃をすることにより、新しい文化交流時代が来るのです。そのように交流することによって、統一を成し遂げます。それは、真の父母と天を中心とした文化を中心として、決着をつけるためのものです。

真の結婚の意味

真の父母様は、祝福結婚を通して、真の愛を中心に真の夫婦と真の父母、真の子女、真の兄弟の伝統を立てなければならないと語られた。特に、真の愛には、相続権と同位権、同参(一緒に参加すること)権があるため、祝福結婚をすることにより、神様と真の父母様の真の愛の伝統を受け継ぎ、これを社会と国家、世界に拡大させていくとき、初めて天国理想が実現され得ることを強調された。

14 創造原則から見れば、自分が相対を創造するのではありません。相対は神様が創造したのです。父母が生んでくれるのが原則です。その天理原則、再創造の法度に従って、父母、神様が相対を探し出してくれるのが天理の公約です。真の父母様は、このような原則によって、天倫の公約を中心として秩序を立てる基準を知っているので、この基準に従い、神様の保護のもと、真の父母という名によって、皆さんの結婚を執り持てるのです。これが統一教会の結婚観です。

15 結婚は、自分のためにするのではありません。天地の道理に合わせ、上下を備えるために愛するのです。前後を備えるためにするのです。男性のためにするのではなく、女性のためにするのではありません。天理の法度を合わせるためにするのです。

上下、前後を完全に縮小させ、一つにまとめ、愛でトゥルマギ(外出するときに一番外側に着る外套のような服)を作るのです。そのようになれば、それは愛で一つになった宇宙の核心体になります。ですから、宇宙の中心である神様の愛を中心として、その愛の主体と「私」が相対的関係を結び、太陽系に属しているすべての惑星が軌道を回るのと同じように、永遠に軌道を回りながら進むのです。夫婦は、一つの宇宙の人格を完成するときに、神様のみ前で主体と対象をつくりあげる細胞のような存在として残るのです。

16 男性と女性は、愛のゆえに生まれました。ですから、「私」が完成するために結婚をするのです。私が完成者になるためには、相対を迎えなければなりません。結婚をするのは、私だけでは半分にしかならないからです。世界の半分にしかならないのです。月で言えば、半月にしかなりません。完全な月になろうとするので、男性には女性が必要であり、女性には男性が必要なのです。ここにおいて、相対に「私のために生きよ」と言えぱ逃げていきますが、ために生きようとするときには、付いてくるようになるのです。

17 女性は、男性がいなければ愛の主人になれません。男性がいなければ、女性は愛の関係を結ぶことができません。女性の愛を完成させるのは男性です。男性が愛を完成させるのですが、それを男性のものとしてはいけません。その愛の実は、女性に返してあげなければなりません。また、女性は、男性の愛を完成させる主人です。

女性が女性ゆえに生まれたとすれば、女性は百年もたたないうちにいなくなります。女性が生まれたのは男性のためであり、男性が生まれたのは女性のためです。女性と男性は、神様の愛ゆえに生まれました。神様の愛の相対です。神様を愛の主人にするのは、神様お一人ではできません。祝福を受けた夫婦が神様を愛の主人にしてあげるのです。アダムとエバが結婚するその時間に、神様はすべての愛の主人になります。ですから、愛ゆえにアダムとエバが生まれたというのです。

18 多くの宗教で、「独身生活をしなさい」と言いますが、統一教会では祝福結婚をするのです。祝福結婚は、宗教の歴史にはありません。祝福結婚は、自分勝手にするものではありません。神様の命と父母の承諾を受けなければなりません。これが伝統です。結婚は、神様と父母から連結されてこそ、成し遂げられるのです。自分勝手に結婚してはいけません。結婚式の場は、最高の貴いものを父母から相続する厳粛な場です。その最高の貴いものを相続する前に、その最高の貴い主人が、神様からその福をつないであげなければなりません。

ですから、結婚は、世界人類を代表した立場で、神様がつないでくれる位置に上がってしなければならないのです。種は、いくら多くても、最初の種と内容や価値が同じでなければなりません。数千、数万になっても、アダムとエバがもっていた本然的価値と同じでなければならないのです。それが変われば、種が変わつてしまうのです。

19 結婚は、愛で一つになるための本然的基準に合わせるためにするものです。原因と結果が一つになっているので、これを誰かが壊すことは永遠にできません。縦的に神様がいらっしゃり、横的に男性と女性がいます。東にいる男性は、西にいる女性を訪ねていきます。また、女性は男性を訪ねていきます。そのように、横的に訪ねてくるのです。神様は、人間を愛によって造りました。彼らがすっかり成長して、相対(関係)になるときには、男性の目は女性、女性の目は男性に向かいます。

アダムとエバが成熟した場合、女性が一歩進めば、男性も一緒に一歩入ってこなければなりません。同じように合わせなければならないのです。そうして、中央で神様の愛に出会わなければなりません。結婚した初日に、愛を通して球形をつくるのです。そして、神様は愛の核になり、アダムとエバは愛の副体(客体)になります。これを移して植えることによって、核心的な愛の種を受け継いだのが心であり、副体的な種を受け継いだのが体です。そのように心と体が一つになったのが、完成したアダムとエバなのです。

20 結婚は、神様を占領するためのものです。神様を占領すれば、真の愛には相続権があるので、神様も「私」のものになります。妻のものは夫のものであり、夫のものは妻のものです。愛を中心として、私のものになるのです。愛には相続権があります。また、同位権(があって)、同じ位置に行くことができます。その次に、同参権があって、どこに行くにも付いていくことができます。

ですから、愛によって一つになるときには、神様が私のものになります。神様に所属したすべてのものが、私のものになるのです。これにより、人間の欲望の最高基準である、天地を造った神様を私のものにすることもでき、天地のすべてのものを私のものにすることもできるので、私は王子のような位置、王女のような位置に立つのです。そのような王子、王女の位置に立って、天の国の王権を受け継ぐためにするのが結婚です。

21 祝福結婚は、神様と世界のためのものです。世界を愛し、世界を代表した立場に最も近い人を愛するのです。女性は父と夫、兄、弟に代わる立場として男性を愛さなければならず、男性は母と妻、姉、妹に代わる立場として女性を愛さなければなりません。この四つの立場に代わり、世界を愛する心で最も近い位置において愛し、尊敬しながら、互いにその刺激を感じるように結んであげた関係が夫婦です。世界的な愛を与え合える、最も基本単位的な基盤が夫婦です。

ですから、結婚すれば、妻を母と姉、妹の代わりに愛さなければなりません。また、夫を父と兄、弟の代わりに、それ以上の愛の心をもって愛さなければなりません。これが、理想相対を中心とした家庭の夫婦愛です。公式がそのようになっています。

22 結婚するのは、世界を愛する訓練をするためです。また、万民を愛する資格をもつためです。今まで、これが家庭で終わり、「あなた」と「私」の間で終わってしまったので、ばらばらに分かれ、砂粒のようになったというのです。これがサタン世界です。しかし、私たちは、あなたと私の関係を結ぶだけで終わるのではなく、世界と天地と共に関係を結んでいくのです。ここから天国ができ、新しい血族が始まります。

第二節 祝福結婚の相対決定とその条件

祝福結婚のための基準と条件

真の父母様は、「千年、万年、努力を重ね、天上世界と地上世界の万民が仰ぎ見る中で祝福結婚式に参加しなければならない」と語られた。そして、祝福に先立ち、原理修練と伝道、断食精誠などの基本的条件を立てなければならないことを強調されたのである。また、祝福結婚式には、必ず両親から承諾を受けて臨まなければならないと語られた。

1 祝福を目の前にしている皆さんは、過去から現在に至るまで、自分の生活を批判してみなければなりません。皆さんの中には、祝福に対して自分なりに考える人が多くいます。「教会でいつも行われるのが祝福だ。私自身もこのような条件が成立していて、教会に入ってきて何年過ぎたから、そこに該当する資格をもつ者になっただろう」と思うかもしれませんが、そのように考えてはいけません。

この日は、神様が六千年間、願ってこられた一日です。ですから、この一日を迎えることにより、失ってしまった息子を探し出し、失ってしまった娘を探し出すようになるのです。彼らを通して、神様の愛を連結できる一致点が整い、ここから神様のみ旨を展開できる横的な基盤が用意されるのです。このように、神様の心のうちに一致し得る心をもち、祝福の一日を迎えるために準備する息子、娘がどれほどいるかというのです。

2 神様は、サタンがアダムとエバを侵犯することにより、栄光の一日を迎えられませんでした。ですから、神様は、サタンに侵犯されたアダムとエバを凌駕し、祝福を受けられる夫婦をもたなければなりません。サタンが神様の息子、娘を訪ねていって再び奪う立場に立てば、神様は威信を立てることができません。

ですから、皆さんは、自分の事情をもって祝福を受けようとしてはいけません。祝福は、神様が認定せざるを得ない位置から出発しなければなりません。これが、堕落した人間として取るべき態度です。そうであるにもかかわらず、そのようにできないときには、敗者として残るのです。皆さんがこの場において一度誤るようになれば、皆さんの子孫が引っ掛かり、また、先祖まで引っ掛かるのです。

3 統一教会に入ってくれば、恋愛できないようになっています。堕落とは、神様を抜きにして、人間が自分たち同士で愛し合ったことです。自分たちだけで愛し合ったのです。今日の世界は自由な社会なので、「結婚は自分たち同士でしなければならない」と言いますが、そうではありません。エデンの園でアダムとエバが堕落しなかったならば、神様の立ち会いのもとで結婚式をしたはずです。主礼は神様が務めるのです。

アダムとエバが幼い頃は、兄妹のように分別なく過ごしましたが、成長してみると、自分たちが相対的関係にあることが分かり、思春期圏内に入るようになります。女性を見ても、時が満ち、男性を見ても、時が満ちているというのです。男性は顔に髭が生えるのを見れば分かり、女性も外形を見れば分かるようになっています。

時になれば、自然に神様が夫婦の契りを結ばせてくださるのです。夫婦の契りを結ぶのは、神様の立ち会いのもとで行われるのです。愛の主人は、アダムでもなく、エバでもありません。愛の主人は自分ではありません。神様なのです。

4 愛は一つです。その愛と向かい合える夫も一人であり、妻も一人です。皆さんは、結婚する前に恋愛をし、不倫な愛の関係を結んだことがあれば、悔い改めなければなりません。そのような考えが残っている限り、皆さんは神様の愛の圏内に入れません。本来、神様の愛を先に体験しなければなりません。

皆さんの記憶の中に、昔、愛していた人がいれば、その人の名前まで忘れてしまわなければなりません。「その名前を知っているような気はするのだが、忘れてしまって思い出せない」というほど、その愛がどんな愛であっても、すべて忘れてしまわなければなりません。夢の中でも、そのようにならなければなりません。そのようにならなければ、祝福結婚ができないのです。

ですから、昔、愛したそれ以上の心をもって神様を愛することができ、教会を愛することができ、真の父母に対してそのような思いが湧き出る境地に入らなければなりません。まず、神様を愛し、真の父母を愛するのが原則です。世の中の愛の観念が残っていてはいけません。

5 皆さんは、これから清算することがたくさんあります。統一教会に入ってきて、「私は誰々と結婚する」という考えはもてません。そのような人は、いまだにサタンの愛の綱をぶら下げているのです。きれいに清算しなければなりません。純粋に育ったアダムとエバのように、一人の男性、一人の女性として、神様を父母と思い、その真の父母の愛を受けなければなりません。そのような立場に立つようになれば、霊界と肉界の統一が起こるのです。それは原理的です。原理がそのようになっています。

6 祝福結婚の相対決定は、天がして、父母がするのです。すなわち、アダムの父である神様がするのです。そのような点で、韓国の伝統的な婚礼式は、天法に近い結婚方法です。(韓国ではもともと)父母の承諾がなければ、絶対に結婚できませんでした。これは絶対的です。

ですから、自分の好きな人がいれば、直ちに父母に報告しなさいというのです。その人が好きだという言葉が口から出る前に、まず父母の公認を受けなさいというのです。二人がつき合ってもよいと認めてくれれば、それは大丈夫でした。報告して恋愛をするのは、罪になりませんでした。しかし、報告をしないでするのは、認められなかったというのです。

7 一番幸福なのは、純潔な女性と男性が、神様の喜ぶ場で、天上のみ旨に従って礼式(結婚式)を挙げることです。そのような人は、天地の幸運児です。天下の人生行路と万事において、成功した人です。

そのようにできなければ、断腸の思いで、天地がひっくり返る切実な悔い改めをしなければなりません。そうして、清い心と体をもって、「父よ、私は恥ずかしい身です。どうすればよいでしょうか」と言うとき、父は、「そうか、私はお前の気持ちをすべて知っている。赦そう。そのようなつらい峠を越えてきたことが、父の喜びである」と言われるというのです。

ですから、そのようなことをすべて知り、赦すという天の同情の力が、自分自身にとどまるようになった上で、祝福の場に参加しなければなりません。

8 理想的なものは、きょうあるのではなく、あすにあります。ですから、私たちが「理想的な相対だ」と言えるものとは何でしょうか。二人が良いからといって、理想的な相対になるのではありません。未来の子孫のことを思うところに、理想的な相対がいるのです。結局は、反対です。

「天のために最も理想的な相対だ」と言える人とは、どのような人でしょうか。一番の極と極、最も嫌いな人同士が出会って一番好きになれば、ここから最も良いものが出てくるというのです。み旨のために生き、神様のために生きて多くの苦労をすれば、福を受けるのと同じです。世の中の結婚観とは反対です。そのような立場においても、「私は反対のものを感謝して受ける」と言い、「私はどのような女性、どのような男性に対しても、神様と共に理想的に愛し、暮らす」と言えば、神様は正反対の人とも結婚させてくれるのです。父母様が、そのような立場で祝福をしてあげた人もいます。彼らが一つになって暮らしさえすれば、傑作の息子、娘が出てくるというのです。

一つの時代が良かったなら、もう一つの時代は悪いのです。理想的な相対は、天上にいるのではなく、地獄のどん底にいると考えなければなりません。そこから新郎、新婦を求めなければなりません。

9 祝福は、金氏なら金氏、朴氏なら朴氏個人として、福を受ける立場に立っためのものではありません。ある一人の人が、祝福の場に臨むためには、何を先に備えるべきでしょうか。ここには必ず、まず備えなければならないものがあります。祝福は、個人のためにしてあげるのではなく、その個人を通して氏族、民族、国家、世界に代わる新しい家庭をつくるようにするためにしてあげるのです。その家庭は、自分の個体、金氏なら金氏だけのための家庭ではありません。その金氏だけの家庭ではなく、民族と国家に代わり、さらには世界に代わり得る家庭です。このような家庭を築かなければ、祝福が成立しません。

なぜなら、人類の先祖、アダムとエバは、個体としては二人ですが、歴史的な始発点に立っているため、その二人だけで終わるのではありません。その二人を通して、新しい家庭と新しい氏族、民族、国家が必ずや顕現するでしょう。このような世界的な基盤が決定する場が、正に祝福の場なのです。

10 統一教会の祝福を受けるためには、先に、様々な条件を具備しなければなりません。まず、万物を復帰したという条件を立てなければなりません。次に、サタンから自分自身を取り戻したという条件を立てなければならず、さらに、三人の信仰の子女がいなければなりません。最低限、三人の子女がいなければならないのです。なぜなら、堕落したからです。そして、堕落した人間を復帰するためには、創造原理による再創造過程を経なければなりません。七年間で、このようなすべての内容を備えられなければ、祝福の場に出ていくことはできません。

堕落したので、神側に再創造しなければならないのです。再創造しようとするなら、神様に代わる立場に立たなければなりません。そして、人間を再び造ろうとするなら、神側に属した物質がなければなりません。その物質を通して、自らを再び造る過程を経ることができます。ですから、必ず三年以上、万物を主管する訓練をしなければならないのです。世界から、自分を再創造する物質を集めなければならないというのです。自分の体を犠牲にしながら、そのような基盤を築くのです。

その基盤の上で、三年半の間、サタンと闘って勝たなければなりません。サタンがいくら迫害しても、落ちていかず、神様のみ前に永遠に立てる自分自身を探して立てると同時に、この期間に三人の息子、娘、すなわち信仰の三子女を探し出さなければなりません。霊界の協助を受け、霊界と縁を結ぶべき立場なので、信仰の三人の息子、娘をこの期間に探し出さなければならないのです。この条件を備えなければ、堕落していない本然の完成した夫婦になることはできず、完成した本然の夫婦にならなければ、天国に入ることはできません。

11 皆さんの中で、断食をしてみた人は分かると思いますが、断食はそれほど簡単なことではありません。しかし、統一教会では、正式な教会員になろうとすれば、一週間の断食祈祷をしなければなりません。普通の人たちは、一週間ないし八日間、御飯を抜けば、大概は死ぬと考えています。

私たちがこのようなことをするのは、何のためでしょうか。生命を懸けた一つの目的を中心としているという事実を確認し、自信をもつためです。これは、神様ゆえにするのであり、人類ゆえにするのです。また、サタンゆえに断食をします。サタンに対する防御線だという確固たる信念の中で、私たちは断食をするのです。また、私たち個人にとっては、このような絶食をすることにより、生活の恐怖心をいつでも除去できるというのです。私たちは、このような自信をもつために、断食をします。

一つの目的と一つの世界的なみ旨のために、「一週間、断食するとしても、私は前進する」という信念をもつことは、偉大な伝統になるでしょう。

真の父母様の祝福結婚における相対決定基準

真の父母様は、一九六〇年四月十六日の三家庭の祝福結婚式以降、個人と家庭はもちろん、子孫まで見通しながらカップルを結んでくださり、祝福結婚式を執り行われた。また、国籍や人種、宗教などを超越してカップルを結んだり、写真を通して相対を決めてくださったりした。

12 お父様は、数多くの人々に、霊界を通して相対を決めてあげますが、手が先にすべて分かって動くのです。手が探し求めていきます。謎です。それがどうして分かるのかというのです。普通に歩いていても、足が止まります。視線が向く所があります。どんな装置が仕掛けてあるのか、そのような何かがあるのです。山に入って精神修養をすれば、サタンと神様と個人の欲望の三角地帯が、どのようにして定着するのか分かります。精神を統一して無我の境地に至れば、手足がそちらのほうに行くのです。そのような何かがあったので、ここまで生き残ってきたのです。

13 お父様は、人を見分けることができるので、結婚相手を結んであげるのです。お父様は、八歳の頃には、近所では結婚させてあげる代表者でした。写真を持ってきて見せると、さっと見て、合わない場合は影が差します。ずれが生じるのです。すぐに分かります。写真を見て、放り投げれば、(結婚する相手としては)良くありません。ですから、近所で有名になりました。二枚の写真を持ってきて、「どうか」と言ったときに、写真をそのまま置いた場合は結婚しても良く、投げてしまった場合は良くないということです。良くないのに結婚すれば、(結果が)良くありません。今もそれは同じです。

世界に数多くの祝福家庭がいますが、数百、数千人が一カ所に集まる所で、相手を結んであげました。そこに来た人の中には、自分の理想相対を霊的に見た人たちがいます。霊界から、その相対がどの国の誰だということを教えてくれるのです。数多くの人々がそのように霊的に教えられているのですが、お父様はどのようにしてそれと一致させるのかというのです。

14 私は、たくさんの人たちを結婚させてあげました。人の一生に責任をもつのは深刻な問題です。お父様は人を見ると、どのような素質があり、どのような人かが分かります。未亡人になる運命なのか、男やもめになる運命なのかまで分かるというのです。このようなことをする時、お父様は地上にいるのですが、非常作戦を行います。アンテナを高くします。お父様の心を空中に浮かせておくのです。そのようにしてカップルを組み合わせておけば、間違いありません。

それでも、言うことを聞かないので、十三人もの女性を候補として選んであげた人もいます。お父様も本当に我慢強いのです。自分で「(この人では)嫌だ」と言っておいて、なぜ私に選ばせるのでしょうか。私が合わせてあげるほうが、自分たちよりも良いからです。私が果たすべき責任は果たしました。私は、この世に来て、祝福をしてあげるために精誠を尽くし、立てるべき条件を立てたのです。

15 お父様は、数多くの人を指導してきたので、人を見ると、すぐに分かります。あのような男性の顔と、このような女性の顔を合わせれば、どのようなタイプの子女が生まれるかが分かるのです。ですから、ある男性の相対を選びながら見回すと、その男性に合う女性の顔が浮かび上がってきます。そのように、お父様の手が分かるのです。写真で合わせる場合も、手が動ぎます。目で見なくても、歩いていけば立ち止まって手が写真に触れるのです。そのようにして決められたものを自分勝手に引き裂いてしまえば、大変なことになります。

16 お父様が約婚してあげる時は、数千人ずつ集まってするようになります。「五人ずつ希望する人を書きなさい」と言えば、一〇パーセントにもならない男性と女性にすべて集中します。一対百を超える人もいます。ですから、お父様の言うことを信じなければなりません。

不思議なことは、自分の相手が誰だということについて、すべて夢のお告げを受けるということです。そのように夢のお告げで受けたことを生命視して、首を長くして待っているのに、お父様が間違えばどうなるでしょうか。統一教会が教えてあげたことがうそになります。それをどのように合わせるのでしょうか。大韓民国の国民の中に、それを合わせられる人はいません。私の手が分かります。歩く足が分かるのです。そのようにしてあげれば、霊界から教えられたことと間違いなく合うのです。

17 男性が熱ければ、女性は冷たくなければならず、女性が熱ければ、男性は冷たくなければなりません。そのように相対を結んであげなければなりません。お父様はちらっと見れば、熱い存在か冷たい存在か、すぐに分かります。和合できるように結んであげるのです。それは、誰でもできるわけではありません。ある僧侶は、「自分は一生の間に一組を結ぶことも大変なのに、文総裁は数億組を結ぶとは、どのような才能があって、そのようにするのだろうか」と言ったそうです。その数億組の人を見る目があるので、そのようにしてあげるのです。

私が結婚させてあげた人々は、全員良いのです。ありとあらゆる人たちがいるというのです。上がる運勢と下がる運勢の中間で、互いに合わせて暮らさなければなりません。お父様がそのように結んであげたので、統一教会の祝福家庭の子女は、父や母よりもみ旨のために忠誠を尽くせば、父や母よりもうまくいくようになっているのです。じっくり様子を見ると、み旨のために精誠を尽くしたかどうかが分かります。父と母の二人を見て、その息子、娘を見れば分かるのです。

18 人を見ると、下がっていく運勢にある人がいて、上がっていく運勢にある人がいます。結婚を誤ると死んだり滅んだりするという話は本当です。男性と女性が二人とも上がっていく運勢であれば、吹き飛んでしまいます。逆に、下がっていく運勢同士で合わされば、短命になります。その子女も長生きできません。それを調整しなければなりません。

お父様は、カップルを結んであげる時、高くなる基準をもつ人は低くなる基準をもつ人と結んであげます。そうしてこそバランスが取れるのであって、二人とも高くなる場合は吹き飛んでしまいます。ですから、結婚、愛の道が恐ろしいのです。

運命をどのように調整するかによって、一生の問題が潰れたり、楕円形になったり、水平になってなくなったり、丸くなったりもします。丸くなってこそ長続きするのです。

19 統一教会の食口たちが祈れば、「あなたの理想相対はこのような人だ」と見せてくれます。北極圏に住んでいた白人でも、遠い所にいる鳥国の人を見せながら、「あなたの理想相対はこのような人だ。真っ黒い顔が理想相対だ」と言うのです。祈れば、いつでもそのように見せてくれます。

約婚をする場では、黒人が幾人もいないので、あり得ないことなのに、そのような人がどこにいるのかというのです。ところが、向こうの隅に座っている黒人を探し出して結んであげるのです。

その白人は、白人たちの中に座り、「黒人はいないな。私の相対だといって霊界から教えてくれたことはうそだ」と思った瞬間、その人をお父様が探し出して、結んであげます。お父様は、どのようにして霊界から教えられたとおりに合わせるのかというのです。五色人種(すべての人種)の中から、間違いなくそのように合わせてあげるのです。

20 お父様が結婚相手を結んであげるのですが、数千人が座っている端のほうにいても、相対がすぐに分かります。他の人々はぼんやりと見え、相対になる人だけが見えるのです。ですから、自分が啓示を通して十年前に見た人と、間違いなく結んであげるのです。お父様の手が向かいます。足が進むのです。

そのようにして結んであげたものを、自分勝手に評価し、統一教会の祝福結婚を非難する人は赦されません。お父様がすべて蕩減してやってあげるのに、非難する人は救いを受けられません。神様のみ前に祝福を受けたことを畏れ多く思い、もう一歩さらに上がっていくために、恥ずかしさを感じなければなりません。皆さんの先祖たちの中には、逆賊がいないでしょうか、殺人鬼がいないでしょうか。祝福を受けた皆さんが、その血族の結実として、明るく輝く太陽の光のように、永遠に輝く存在になれるだろうかというのです。

21 平和の世界を成し遂げることにおいては、怨讐同士が結婚して一つになる、それ以上の直短距離はありません。日本人と韓国人が交叉結婚をすれば、半分は変わるのです。それを二度もすれば完全に変わります。ですから、怨讐同士がいかにして早く祝福結婚をするかというのです。それを歓迎して結婚するようになれば、平和の世界は必ず旱く訪れるのです。超民族的な結婚をさせることにおいては、お父様かチャンピオンです。記録をもっています。

また、カップルを組んであげるのも、でたらめではありません。皆さんがいくらカップルを合わせようとしても、お父様が見る基準を凌駕することはできません。初めて会った時は気持ちがそれほど良くなかったとしても、暮らしてみれば良いのです。一生に一度だけの結婚であり、最も大切な結婚という問題に責任をもとうとするのですから、どれほど慎重でしょうか。遊びではありません。子孫を見るのです。子孫をどのように変えていくかというのです。

22 お父様には怨讐がいません。「怨讐は滅びよ」とは考えません。もし怨讐がいるとすれば、天国をつくることはできません。自分が喜べる基盤をつくろうとすれば、怨讐がいてはいけないのです。ですから、お父様は聖人と殺人鬼を(一緒に)祝福してあげました。これだけでなく、聖人の子女と殺人鬼の子女を祝福してあげるのです。そのような時代に越えていくので、韓国と日本の人たちは交叉結婚をするのです。今まで怨讐の間柄だった韓国人と日本人が一〇〇パーセント交叉結婚をするのです。そうすれば、一つになるようになっています。

23 お父様は、皆さんの結婚相手を、何を信じて結んであげるのでしょうか。自分の目から見て良いという人よりも、将来、良い息子、娘を生める相手を選んで結んであげるのです。

ですから、息子、娘のために結婚しなさいというのです。もし皆さんが互いに良いと思う人と結んであげて、息子、娘を生んだのに、世の中の男性も女性も、誰も見向きもしない息子、娘であれば、どうするのでしょうか。それより不幸なことはありません。それは一生、不幸になるのです。自分自身の体が不自由であったり、自分に何かの欠点があったりすることよりも、さらに大きな不幸を感じます。

ですから、私たちの結婚は、子孫のためにするのです。それゆえ、結婚する当事者たちの見た目はともかく、彼らがもった良い点だけに似た息子、娘を生むことができる人同士、いかにしてカップルを結んであげるかが問題です。

24 皆さんが自分の相対を探し求めようとしても、お父様から見れば、貧相な姿の人を選んでいるのです。自分たちが好きな人ばかり探し求めれば、子女はみな貧相になるでしょう。良い二世を生んで偉大な人物に育てなければ、その国は繁栄しません。それを考えて、お父様は真剣な立場で皆さんの相対を結んであげました。

そのように結んであげる際に、写真で決めたというのは偉大なことです。皆さんの両親も、「それは本当か」と言うはずです。結婚するとなれば、見合いなどもしなければならないのに、見合いはしません。そのようにして決定された自分の相手の写真を見て、踊っているというのです。写真も見ずに喜んだ人もいたでしょう。そのように相手を結んであげたその基準は、世界の基準を越えています。サタン世界は、このようなことができません。それができる人はお父様しかいないのです。

25 お父様が夫婦にしてあげたのに、それを「嫌だ」と言う人は、絶対にうまくいきません。絶対的に従っていく人は福を受けます。最初はうまく合いません。私たちがボルトとナットを合わせてはめるとき、最初は対ではない物のように、うまく合いません。結婚してすぐに合うことはないのです。お互いが合わせなければなりません。合わさることを願いながら、合わせようとすべきであって、「嫌だ」と言っていては永遠に合わせられません。女性たちが、化粧品容器のふたを閉める時もそうです。すぐにはカチッとかみ合いません。夫婦同士も同じなのです。三年間、合わせる訓練をしなければなりません。三代にわたって見習うようにしなさいというのです。祖父と祖母がどのようにするかを見て、父と母がどのようにするかを見て、三代を通して合わせなければならないのです。

26 結婚は、一生の重大な問題です。愛する相対が自分よりも優れていることを願うのが人間の望みであり、神様の望みです。それを知っているので、父母の立場から、これをうまくしてあげなければなりません。結んであげるときも、上がって、下がって、水平になって、統一されて一つになれる近い距離にいる人を結んであげなければなりません。黒人か白人か、という人種が問題ではありません。皮膚の色が問題ではありません。そのような意味で、お父様がしてあげる祝福結婚式が伝統として立ちました。

過ごしてみれば、自分たち(で選ぶ)よりも良いというのです。息子、娘を見ても、父母より優れているのです。そのような伝統が立ちました。ですから、数万双が、写真を見ただけで結婚するのです。

27 三万双の祝福結婚の時、写真で約婚をしました。これは驚くべきことです。サタン世界にはありません。結婚するに当たって、絶対的な零点の位置、絶対信仰をもった立場に立ったというのです。エバは、堕落することによって絶対愛をもてませんでしたが、彼らは、国境を越えて、サタン世界にはない愛の道を求めていきました。父母様を絶対的に愛し、神様を絶対的に愛する立場に立ったのです。

28 「お父様が結んでくれる結婚相手が理想的である」という評判が立ちました。三年は暮らしてみなさい。三年間暮らしてみて、評価しなさいというのです。子女を一人、二人、生んでみなさい。そうすれば、お父様がうまくやってくれたか、うまくやってくれなかったかが分かります。その時になって、「ああ、お父様でなかったら、このような息子は生まれなかったでしょう。お父様、ありがとうございます」と言うでしょう。皆さんが結婚するのは、自分のためではなく、子孫のためです。先祖と子孫のために結婚するという事実を知らなければなりません。

第三節 祝福結婚関連の主要儀式

約婚式、聖酒式、蕩減棒行事

祝福結婚式は、堕落の過程を象徴的に再現して、蕩減する儀式である。そのため、約婚式と聖酒式、祝福式、蕩減棒行事などの儀式を通し、神様の子女として生まれ変わる過程を経るのである。特に、約婚式は、アダムとエバが堕落する前の約婚段階の状態に復帰するための儀式であり、聖酒式は、原罪を清算し、サタンの血統を神様の血統に転換する儀式である。祝福式は、真の父母様の勝利圏を相続し、祝福家庭として責任完遂を誓約する儀式である。蕩減棒行事は、過去に下部を誤って用いて堕落したことを蕩減する儀式であり、新郎と新婦が互いに臀部を棒で三回ずつたたくのである。

1 「統一原理」において、信仰基台と実体基台を中心として成し遂げようとすることとは何でしょうか。堕落する前の約婚段階の立場に復帰しようというのです。堕落する直前が約婚段階なので、堕落していないアダムとエバの位置に復帰しなければならないということです。堕落する前の約婚段階に復帰しようとすれば、どのようにすべきでしょうか。アダムとエバが偽りの愛によって堕落して偽りの父母となり、この偽りの父母を中心として、三人の息子であるカインとアベルとセツ、そして、彼らの妻まで含めた八人家族が堕落した立場に立ったので、この八人家族の形態を復帰するための内外の内容が、正に信仰基台と実体基台です。これを復帰したあとに、天の父母に侍って越えていかなければなりません。天の父母が、正にメシヤです。

ですから、実体基台を通過したあとには、必ずメシヤのための基台が造成されなければなりません。堕落した人間の前にこのメシヤがいなければ、本然の位置に復帰できません。堕落したアダムとエバの子孫である人間は、誰彼を問わず、メシヤを迎えなければ原罪を脱ぐことはできません。そのメシヤが、真の父母です。

真の父母が必要なのは、真の父母の愛によって再び接ぎ木の役事(働き)をしなければならないからです。ですから、メシヤである真の父母が現れなければ、堕落した人間が原罪を脱ぎ、罪のない解放された位置から、完成段階の祝福を受けられる位置に進めないのです。それゆえ、約婚式は、アダムとエバが約婚段階で堕落したことを復帰する式です。

2 皆さんは、堕落によって汚された血統を清算し、創造本然の善なる血統に復帰しなければなりません。六千年歴史をすべて清算し、蕩減復帰する式をしなければ、祝福の場まで行けません。約婚式は、アダムとエバが堕落する前の約婚段階の状態に復帰しなければならないので行うのです。

3 聖酒式は、堕落によって血統的に汚されたサタンの血を抜いてしまう式です。言い換えると、原罪を抜いてしまう式なのです。原罪がある人は、祝福の場に出ていけません。サタンの血統的内容を自分の体の内にそのままもっている立場なので、神様を中心とした祝福の場に出ていこうとしても、出ていくすべがありません。ですから、必ず原罪を清算しなければなりません。

この原罪は、偽りの父母の愛によってつながっているので、これを清算しようとすれば、真の父母の愛を中心として、蕩減条件を立てて歩んでいかなければなりません。そうしなければ、原罪を脱ぐすべがありません。この原罪を脱がなければ、完成した立場での神様の愛を中心とした祝福はあり得ないのです。

4 私たちが復帰されるためには、再び腹中に入っていかなければならないのですが、実際にそうすることはできません。ですから、愛を中心として一体になり、復帰された条件を立てるのです。そのようにして復帰されたアダムに戻っていき、一体となって血統を受け継がなければなりません。

エバは、堕落する時、サタンを中心として霊的な堕落をしました。その次に、アダムと一つになって肉的に堕落しました。ですから、それを復帰するために、完全に復帰されたアダムを迎えて、霊的に一つになる式が聖酒式です。愛の関係を復帰する式です。そのような条件を立てなければなりません。そのように霊的に一つになり、神様のもとに帰った女性となって、実体として男性を復帰するのが、祝福結婚式です。

5 聖酒には、二十一種類に及ぶ様々な貴いものが入っています。血統転換をするためには、そうでなければなりません。そこには、堕落世界の血統が連結された条件と、復帰された世界の血統が連結された条件が入っています。これらを連結して行わなければ、サタン世界を復帰できません。そのように連結したその基盤の上で、祝福を受けて生んだ息子、娘たちは、堕落世界を乗り越えられます。血統的に、それを克服できるというのです。しかし、それは簡単なことではありません。

聖酒式は、血統を転換する式です。真の愛は、個人の心情から神様に直通するのです。そのような血統転換式をしなければ、堕落していないアダムとエバの位置に帰れません。約婚時代のアダム・エバ圏に入って成熟したという条件をもって、結婚式を行うのです。結婚をしても、蘇生、長成、完成の完成基準ではありません。ですから、七年間、修養しながら、夫婦が共に完全な方向を求めていかなければなりません。そして、自分の息子、娘が、自分たち夫婦を「神様よりも偉大だ」と言えるように、教育しなければなりません。そのような父母になって一家族を引き連れていかなければ、その家庭は祝福家庭であると言えません。

6 祝福式後に蕩減棒で打たれるのは、下部を誤って使って堕落したからです。三時代の血統を汚した怨恨の峠を越えるための条件物です。この痛みが取れる時には、息子、娘が解放された立場で、天のみ前に両手を挙げて万歳を叫ぶことができるのです。その時は、天地万物と天の国全体が呼応しなければなりません。

聖別期間と三日式(三日行事)

祝福結婚後、四十日聖別期間を経たのち、夫婦生活に入るようになる。四十日聖別期間は、ヤコブから再臨主の時までの四千年と、真のお父様が歩まれた四十年の四十数を越える蕩減期間である。この期間は、全体のみ旨と天の国を慕いながら、精誠を捧げなければならない。そして、三日式(三日行事)を通してい蘇生、長成、完成の三時代を復帰したという条件を立てたのちに夫婦生活をしなければならない。聖酒を通して内的に、聖巾で体を拭くことによって外的に清めたあと、三日式を通して実体を復帰するのである。二日間は新婦が上になって愛することにより、母の立場で新郎を生んであげ、三日目には新郎が上になって愛することにより、本来の息子の位置を回復し、主管性を復帰するようになる。これにより、神様の永遠なる夫婦であり家庭として、蕩減復帰されるのである。

7 祝福結婚後の四十日間の聖別期間は、四十年期間に該当します。お父様の四十年期間に当たるのです。この四十数を越えなければなりません。復帰路程において、ヤコブから四千年後に再臨主を迎えました。その四千年数を越えなければならないのです。ですから、そのような四十数を越えなければなりません。原理がそのようになっています。

蕩減は、愛によってしなければなりません。神様の愛を受け継ぐために四十の峠を越えて、初めて愛を結ぶのです。これは、四千年の歴史を蕩減することです。アダムからイエス様までの四千年間は、愛を探し出すための歴史です。また、ヤコブを立てて再臨主まで四千年延長してきたのも、愛を探し出すためなのです。理想的夫婦を探し出すためなのです。目的はそれしかありません。

ですから、四十日は、それを蕩減的な条件として立てる期間です。この期間は、全体のみ旨を考え、天の国を慕わしく思わなければならないのであって、自分の妻や夫を考えてはいけません。夫婦が共同的な立場で、神の国とそのみ旨のために精誠を捧げなければなりません。四十日間は夫婦関係をするのではありません。その四十日間が終わってから夫婦生活に入るのです。

8 統一教会には、三日式があります。その過程を経なければなりません。それは、すべての病の根源をみな暴き、解毒して治療できる注射針です。

結婚して四十日の期間を経たあと、最初に夫婦が愛の関係を結ぶとき、女性が天の側(上)に上がるのです。二回まではそのようにします。蘇生、長成、二度まで、サタン側が天を押さえつけました。ですから、それをひっくり返しておかなければなりません。三度目に、初めてひっくり返すのです。天地血統転覆式だというのです。

9 女性がエバの立場であれば、男性は天使長の立場です。ですから、結婚相手がいません。女性の前に相対がいないので、女性が再び生んであげなければなりません。その実体を生んであげるためにするのが、三日式です。四十日を中心に、歴史を代表して再び生んであげるのです。このようにして、三代を経て生まれます。

旧約時代、新約時代を経て、成約時代の位置に来て、初めて夫が生まれたので、三日目は夫が妻の上に上がるのです。妻が二回、上に上がり、三回目は地に定着することができるため、夫が上に上がるのです。父母様のみ言に絶対服従し、妻を母として、侍ることのできる過程を中心として、旧約時代、新約時代を経て、成約時代に夫の位置に上がってきたという条件的な式が、三日式です。

10 神側の息子と夫がいないので、女性を通して再び生んであげなければなりません。堕落によって、エバがアダムを生むのと同じです。ですから、実体的復帰式は、三日間、行います。それが蘇生、長成、完成の三段階です。このような立場で、三日間の儀式の中で蘇生、長成は、女性が上になって復帰し、生んであげるのです。

その次に、復帰されて男性が上に行くようになります。初めて男性が上になり、生活圏を築くことができるというのです。そのようにしてから、三年間、男性は自分の妻に従わなければなりません。

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