平和経

第七篇 14

鮮文ピースカップ創設の意義

日付:二〇〇二年六月十二日

場所:韓国、ソウル、リトル・エンジェルス芸術会館

行事:「鮮文ピースカップ」創設大会晩餐会

尊敬する内外の貴賓、ならびに紳士淑女の皆様。きょうのこの場で、皆様と貴い時間を共に過ごすことができ、心からうれしく思います。特に今回、韓国と日本において開かれている第十七回ワールドカップ大会に参席され、そのお忙しい中でも、本大会に参加してくださった指導者の皆様に、重ねて心からの感謝をお捧げいたします。

平和世界実現のために精誠を尽くした八十年以上の生涯

きょう六月十二日は、ワールドカップが開幕して十三日目です。サッカーの熱気が全地球村を熱くしています。連日、異変と波乱、歓喜と挫折が交差する葛藤のドラマが演出される中で、人種や理念、国境を超越し、感動と友情の祝典が繰り広げられています。

きょう、私たちがこの場に集まって深く考えてみることは、スポーツを通じた人類平和実現の道を模索しようということです。今まで私は、聖書の記録のように、「平和をつくり出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれる」(マタイ五・九)というみ言の実践と天意に従い、宗教と学術、言論、文化、芸術、スポーツなど、各分野において、八十年以上の生涯をただ一つの道、神様に侍り、神様のみ旨と理想である自由と幸福、そして平和の世界を実現するために、あらゆる精誠を尽くして生きてきました。

皆様もよくご存じのように、和平や平和という問題は、今まで長い歴史の期間を通して、全世界がすべての手段や方法を動員し、あらゆる努力を注いできましたが、ある一つの国家の政治力や経済力、軍事力だけでは、完全に解決できるものではありませんでした。

問題は、最も近い家庭から氏族、民族、国家、そして世界を越えて天宙までも含めて通用する根本的な真理、すなわち平和の思想がなければならないのです。

真の理想、真の愛、真の生命、真の血統、真の平和の世界は、神様の創造理想であると同時に、人間の希望です。それでは、理想であれ、幸福であれ、愛であれ、平和であれ、その起源は、どこにあるのでしょうか。それは、ただ一つ、相対のために奉仕し、犠牲になって、ために生きるところにあります。そこに根本真理があるのです。

宇宙の根本原則はために存在すること

宇宙は、神様のように互いに、ために生きて存在することを根本秩序として存在しています。神様は、知恵の王であられ、全能のお方です。ですから、すべての存在世界において、真の愛と真の幸福と真の平和を成し遂げるためには、その世界で主体と対象が互いに、ために生きては、またために生きる、そのように存在するようになっているのです。

すべての存在は、二重目的をもつ連体です。存在の中心には、より大きな全体のために生きようとする性相的な目的と、自体を保護し、自体を存続させようとする形状的な目的があります。

例えば、陽子と電子の作用によって原子が存在し、その原子である陽イオンと陰イオンが分子を形成し、その分子でできた栄養素が植物を育てます。その植物が繁殖して動物の餌になります。動物と植物の間においても、酸素と炭酸ガスを交換します。蜂と花は互いに共存します。天体を見ても、太陽と惑星が互いに授受作用をして、一定の距離を維持しながら公転と自転によって運行されています。

このように、すべての存在は、互いに、ために存在しているという宇宙の根本真理があることを、私はいち早く悟りました。この原則が適用される場、言い換えれば、父子の関係にこれが適用されるならば、真の父母がそこに存在するようになり、真の息子、娘がそこに存在するようになるのです。

ために存在するのが、宇宙の根本原則です。この原則の上に立ってこそ、すべての幸福と平和と理想と真の愛が完成するのです。

互いにために生きなければならないという公式的な原則を拡大し、国家と民族を超越して互いにために生きる世界を成し遂げるならば、その世界が正に私たち人間が願うユートピア的真の愛の世界であり、真の理想の世界、真の平和の世界、真の幸福の世界だということは間違いありません。「ために存在する」というこの原則を掲げていくならば、どこにも通じない所がないのです。

もし皆様が霊界に行くことになったとしても、ために生きる真の愛を実践したならば、神様は、天地の中心存在としていらっしゃるので、そのお方から千年、万年福を受けて暮らすようになり、それ以上の幸福はないことを知ることができます。

ために生き続ける存在は中心存在となり、中心存在となることによって、完全に統一的な環境や平和の世界をここで造成できるという事実を、私たちは知らなければなりません。いくら数多くの宗教があり、数多くの教典があったとしても、その核心の教えは、「ために存在せよ」というこの一言に帰着するのです。

真の宗教、愛の宗教、理想的な宗教、幸福の宗教、平和に導く宗教はどのような宗教でしょうか。個人のために生き、家庭のために生き、氏族のために生き、民族のために生き、国家のために生き、世界のために生き、天地のために生き、神様のために生きて、先に犠牲になろうという宗教が真の宗教であり、理想的宗教であり、万民を平和の場に導き、幸福の場に導く宗教であるという結論も、皆様は知ることができるでしょう。

相対的概念から生まれる平和

平和は、相対的な概念から生まれる言葉です。幸福もそうです。一人では幸福になることはできません。このように考えると、私が一つになろうとするところから幸福が生まれるのであり、平和や、私たちのあらゆる理想的な要件も、私が一つになろうとするところから関係が結ばれ、出発がなされるのです。

人の力だけでは、人間世界において平和の紐帯を結ぶことができません。なぜかというと堕落した人間は、それぞれ自分だけがうまくいくことを考えます。互いに利用しようと考えるのです。自分の利益を追求し、自分を中心として良いものを結びつけようとします。

ここに来られた皆様はそうではないですか。指導クラスの人士だとしても、自分を中心として主導権の争奪戦を行い、自分の利益のために闘って大騒ぎしています。今までのこの世の中では、これが私たちの生活の本質的な基礎になっているのです。自分だけのために生きる世の中では、闘いに終わりはなく、継続されるのです。

ここで、私たちの体の構造を見てみましょう。この目は、自分のために生きようとして生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。口は自分のために生じたのでしょうか。相対のために生じたのです。この耳は自分のために生じたのでしょうか。相対世界の音を聞くために生じたのです。

鼻は自分のために生じたのでしょうか。手は自分のために生じたのではありません。さらには、男性と女性の生殖器官自体も、自分のためではなく、夫のものは妻のために、妻のものは夫のために生じたのです。平和は、そこから、すなわち、ために生きようとするところから生まれるのです。母親の体は、母親だけのためのものではなく、夫と子女のために存在するようになっています。

一つの平和な世界、ために生きる世界をつくるために、私は妻と共に、全生涯を通して様々な方面に努力を注いでいます。その中でいくつか代表的な例を挙げるならば、人種と宗教、国境、言語の障壁を超越し、未来世界の基盤を固める超宗教、超国家、超NGO(非政府機構)、超与野党教育活動をしてきました。また「世界平和統一家庭連合」では、真の家庭運動と純潔運動を展開してきました。学術分野においては、アメリカのブリッジポート大学と韓国の鮮文大学を中心に平和思想の教育と実践運動に尽力しています。

さらに、言論分野においては、既にアメリカの「ワシントン・タイムズ」とUPI通信社をはじめとして、韓国と日本では「世界日報」、そして南米、北米のすべての国々をカバーする言論機関をつくり、やがて世界百八十五ヵ国に拡大され、世界が一つになって協力する上で、大きく寄与することになるでしょう。

スポーツと世界平和

きょうは、サッカー人たちの大会です。今、この韓国では、かつてないサッカーの熱気が高潮し、全世界の人々が一つの祝祭の雰囲気に巻き込まれています。しかし、究極的にスポーツの世界が行かなければならない正道は、オリンピックやワールドカップを通して、世界の人々を和合と平和の道へと案内することです。

時には、過熱した競技がお金や権力と結びつき、純粋なスポーツ精神が薄れつつあるのではないかと、非常に危惧されています。選手の報酬が法外な価格であることや、独占資本家たちの横暴のようなことがないか、よく見守っていかなければなりません。

私は、スポーツを通じた世界平和実現のために、韓国でいち早く一和プロサッカー・チームと鮮文大学サッカー・チームを結成し、韓国サッカーの発展に大きく寄与してきたのであり、ブラジルでもセネ・プロサッカー・チームとソロカバ・プロサッカー・チームを運営しています。私がこのようにサッカー・チームを運営するのは、単純なビジネスの次元を越えて、大学連盟の青少年たちにスポーツマンシップを教育し、スポーツを通して世界平和に寄与することが、その優先的な目的であると言うことができます。

御存じのように、サッカーは、もともとイギリスで始まりました。貴族の子弟ばかりが通うイギリスのイートン・スクールで、指導者としての資格を備えるには、知識だけではなく体力も必要とされる中、体力増進を目的に初めてサッカーが考案されたのですが、今では貴族だけの遊技にとどまらず、チームワークを重要視するその魅力ゆえに、すんなりと大衆スポーツとして定着し、飛躍的に発展するようになりました。

特にサッカー競技は、個人の技術がいくら優れていても、チーム全体が支えてくれなければ、勝利は難しくなります。ボールは、丸くてあちこちに転がりますが、同時に正直なのです。ボールは、選手が蹴る所にだけ飛んでいきます。

サッカーには、正直性とチームワークを重要視する合目的的共同体の原理が隠されているのです。サッカーは、既得権層の分配式の利害打算的な計算もなく、ゴールを決めるのに順番が決まっているわけでもありません。サッカーは、大国や小国、強い国や弱い国に関係なく、公平に競技をすることによって、すべてに喜びと幸福をもたらします。サッカーには、チームプレーから生まれる躍動的な共同体的ハーモニーがあるのです。

サッカーをはじめとして、すべてのスポーツと遊技文化は、人類歴史と共に長い間一緒に発展してきました。スポーツは本来、丈夫な体と安全な社会を維持するために創造されたのであり、今日、数十億の人々の生活を楽しませ豊かにしながら、全世界の隅々に拡散しています。このような万民のスポーツを通して、万民の平和に寄与できる方法を、様々な側面から模索しなければなりません。

公正な競争原則が支配するスポーツ

世界は、再び新千年紀のスタートを迎えました。情報と技術の画期的な発展を通して、「地球村は一家族」という概念が現実化しつつあります。しかし、一方では、道徳的危機を迎えるようになり、精神的価値の崩壊の脅威に直面していることも事実です。今日の享楽主義と青少年たちの自己中心的な価値観を克服するために、互いに健全なスポーツ精神特有の建設的な代案を提示しなければなりません。

スポーツは、公正な競争の法則が支配します。闘争と競争とは、その概念が異なり、次元が違います。闘争は、腕力や武力、または物理的な力で相手の存在を否定し、抹殺しようとする、残忍で殺伐とした動物たちの弱肉強食の法則です。

スポーツの競争は違います。競技では、ルールを定め、その規定に従って優劣を決め、相手を認める紳士の精神があります。スポーツ競技とは、多くの人が見守る中で、選手たちの正々堂々とした態度と公明正大な精神をもって、各自自分の技術と才能と力を競い合うのです。互いに約束した法と規則を守りながら、審判の公正な判定を受けるのです。

ゲームで最も重要なことは、フェアプレーです。順法と準則です。反則は、減点となり、退場となり、権限が剥奪され、選手は処罰を受けます。運動選手は、個人と国の勝利と栄光のために、すべての力とすべての精誠と勇気を尽くして全力投球します。

勝利した選手には、常緑樹の月桂冠を与え、栄光の金メダルを掛けてあげ、花束を与えながら、万雷の拍手喝采で祝い、国旗を掲揚し、国歌を歌ってあげるのです。そのような儀式は、感激の極致であり、栄光の絶頂であり、私たち全員の祝宴なのです。

またスポーツの世界には、競争で敗れた選手たちも、自分の残念な思いを抑えて、勝利者の労苦に心からの拍手を送る美徳があります。スポーツは、美しい友情の香りがあり、同志愛があります。選手は、スポーツマンシッブを守るときに美しいのであり、絶え間ない努力によって血と汗を流さなければならず、名技と神技の境地に到達しなければなりません。公正と秩序と礼節の徳を修錬しなければなりません。

スポーツは、現代社会に多大な貢献をしました。人間の心身を健康にし、競技の技術によって喜びと感動を与えました。特にスポーツは、宗教のドグマや政治的なイデオロギーを跳び越えることができ、誰もが一つになることができ、さらには、全世界の人々の心を一つに結ぶ和合と平和の饗宴です。

冷戦時代が終息はしましたが、世界は、依然として苦痛の束縛から逃れることができずにいます。アメリカにおける九・一一事件で示されるように、民族紛争と宗教的葛藤によって世界が争っており、地球の環境は、破壊の一途をたどっています。

未来に責任をもつべき青年は、世間に対して冷ややかになりつつあり、一部は、物質主義と享楽主義に心酔したり、そうでなければ、麻薬に溺れて非行に没頭したりすることもあります。

このような諸般の問題の解決法案は、先ほど申し上げたように、正しい真理、すなわち、互いに「ために生きよう」という理想的真理の基盤の上に、正しいスポーツ精神を接ぎ木させ、その精神を神様のように実践し、和合と平和と統一の世界を創建しなければならないのです。

「鮮文ピースカップ」は人類共同体の祝祭

ですから、私は、今回、平和世界の創建を願いながら、「鮮文ピースカップ(SUN-MOON PEACE CUP)」を創設したのです。「鮮文ピースカップ」は、太陽(sun)と月(moon)のカップ、天地父母のカップ、平和のカップです。純粋、純潔を象徴する光で永遠に輝かなければなりません。

「鮮文ピースカップ」は、神様を抜きにして、単に興行性のある競技ばかりをあおり、スターを誕生させるなど、そのような既存のカップとは区別されなければなりません。神様をはっきりと知り、霊界の実相について詳しく知り、平和の正道をわきまえて進んでいかなければならないのです。

「鮮文ピースカップ」は、神様が理想とされた創造本然の世界を成し遂げるための宗教と科学、政治と経済、女性、青年、体育など、各界各分野の努力を一ヵ所に集め、人類が一つの大家族となることを念願する祝祭の場となるでしょう。

特に、人種、国家、民族、宗教、理念の壁を越え、神様の真の愛を中心とする真の平和の理想に向かって出発する始発点になるという点において、実に重要であると主張できるのです。

「鮮文ピースカップ」は、人類の健全な精神世界はもちろん、霊性の啓発と共に人類共同体の内外的和合と調和を実現する祝祭の場であり、神様の創造理想を中心に、平和と自由と幸福の世界を開いていく一つの心、一つの家族、一つの心情の大同の場となるでしょう。

最後に、ここにお集まりになった皆様は、「鮮文ピースカップ」を発展させる上で主役となり、大きく寄与してくださることを約束した「ペレ財団」、そしてFIFA(国際サッカー連盟)と共に、すべての協助と指導を惜しまれないことを重ねてお願いいたします。

皆様と皆様の御家庭に神様の愛と祝福が満ちあふれることをお祈りいたします。ありがとうございました。

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