平和経

第七篇 7

真の愛は誰もが願う

日付:二〇〇〇年二月十三日

場所:韓国、ソウル、リトル・エンジェルス芸術会館

行事:第四回「世界文化体育大典」祝賀会

尊敬する内外の貴賓の皆様。公私共にお忙しい中を、「世界文化体育大典」に参席してくださった皆様に、心から感謝を申し上げます。

1. 一人の神様のもとの一つの世界

理想家庭を通じた真の平和世界の具現のために、私が生涯をかけて追求してきた各種の平和運動は、神様のみ旨を地上に成就してさしあげるための一環として、推進されてきました。分裂と葛藤の一世紀が終わり、平和と統一を模索しながら出発した新千年の希望は、漠然と成就するわけではありません。

神様の創造理想を中心として全世界が、「一人の神様のもとの一つの世界」を指向するという具体的な青写真をもって、各界各分野で具体的な実践運動が世界化されなければならないのです。

私は、かつて十六歳(数え)の少年時代に天のみ旨に接して以来、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖人たちと自由に霊通しながら、生涯を通じてあらゆる試練に打ち勝ち、神様のみ旨を成就する一念で、全身全霊を投入してきました。その中で私は、神様のみ旨は、地上と天上に、自由と平和と解放の天国の建設にあることを知りました。本然の神様と人間の関係は、永遠の父母と子女の関係です。堕落とはその断絶を意味し、復帰とは父母と子女の関係を回復することをいいます。

私がこれまで設立した各種の平和団体と国際組織は、「一人の神様のもとの一つの世界」を構想してこられた神様のみ旨成就のためのものです。特に、皆様が参観された国際祝福行事は、堕落によって受け継いだ人種、宗派、国家間の葛藤を根本的に解決するための神様の戦略です。五色人種が一つに調和し、真の夫婦として出会うことにより、「一人の神様のもとの一つの世界」を追求する、聖なる理想が実現するのです。

きょう、私の八十歳の誕生日の祝賀行事と第四回「世界文化体育大典」の歴史的大会を終えながら、皆様と共に考えてみようと思う話の題目は「真の愛は誰もが願う」です。

2. 愛は必ず相手を求める

皆様。人間にとって最も重要で必要なものとは何でしょうか。それはお金や権力、あるいは知識ではありません。生命よりも貴く、空気よりも必要なものは、真の愛です。真の愛が、私たちにとってこれほどまでに貴く、重要なのは何のためでしょうか。

人間が生きていく上で、神様に会うことを願うように、神様も真の人間に会いたいとお思いになります。しかし、神様が人間の中でも男性と女性のどちらか一方に先に会いたいとおっしゃるならば、恐らくもう片方が不平を言うでしょう。

ですから神様は、愛を前に立てざるを得ないのです。愛さえ前に立てれば、男性と女性は一緒に会うことができ、一緒に触ることができ、一緒に分かち合うことができるからです。世の中で最も貴いものがあれば、男性と女性は互いに自分のものにしようと争うのですが、それが愛であるということが分かれば、二人は互いに一つになって、互いのために所有しようとするのです。

このように、愛は、誰もが好むということだけではなく、愛のみが人間の欲望をすべて均等に充足させることができるという原則があるので、神様の救援摂理も可能なのです。

愛とは本来、神様のものです。しかし、いくら神様のものだといっても、神様一人では所有できるものではありません。愛は必ず相対を要求するようになっているのです。男性一人、または女性一人だけでは愛は成立しません。ですから、男性の愛のために女性が、女性の愛のために男性がいるということになります。醜い男性も、醜い女性も、愛の対象が現れることを願うのです。それも、最も高い愛の対象であることを願います。

ですから、宇宙のすべての存在を見れば、みな主体と対象、プラスとマイナスのペアになっています。鉱物界、植物界、動物界、そして人間の世界もすべてペア・システムになっているのです。なぜならば、すべてがこのような相対関係を通じて真の愛を願うからです。

そして、この宇宙の中で絶対に一人では所有できないのが愛ですが、反面、相対が現れることによって、愛で連結されたすべてのものを所有するようになるのです。同じように、子女なしでは、子女を愛することのできる父母の愛は現れず、子女に対する父母の愛の主人にもなれないのです。

ですから神様も、真の愛で愛するために、その相対として宇宙と人間を創造されたのです。このように子女の愛や兄弟の愛、夫婦の愛、そして父母の愛のすべてが、主体と対象が一つになることによって現れるのです。主体と対象が一つになれば、これら二つは分けることができません。もし分けるとするならば、真の愛が破壊されるのです。本来、離婚という概念はあり得ないのです。

3. 真の愛の本質

男性が愛を感じるからといって、それは自分によるものではありません。女性から始まったものです。また女性が愛を感じるからといって、それもまた自分によるものではなく、相対である男性に由来するものです。すなわち、愛の主人は相対です。ですから、愛を貴く思う以上にその相対を貴く思い、相対の前に感謝して、ために尽くしてあげなければなりません。

これが、祝福を受けた夫婦が永遠に共に暮らすことのできる根本の道理です。このように夫婦が、互いにために生き、尊重し合い、真の愛によって完全に一つになるとき、これを通じて堕落したサタンの血統が根絶されるのです。

真の愛とは、横的な水平関係だけでなく、縦的な垂直関係においても成就されます。真の愛の横的関係が、縦的にだんだんとその次元を高めれば、結局、その頂点に到達するのですが、その場が「真の愛の王」である神様の位置なのです。その位置では、すべてのものが結合し、抱かれ、愛と化し、そして花咲くことができるからです。

ですから、宇宙の中にあるすべての存在は、愛によって和合することを願い、愛の中で生きることを願うという結論になります。愛のために生まれ、愛のために生き、愛のために死ぬということになります。

真の愛は人間のみならず、すべての万物も願います。ですから、万物の霊長である人間は、神様の造られた万物を抱いて愛してあげるべき責任があることを知らなければなりません。万物たちは、このような主人を探しています。このような基準に私たち自身を照らしてみながら、自分を恥ずかしく思わなければなりません。

宇宙いっぱいに満ちたすべての存在は、それぞれの位置で相対と共に存在していますが、結局さらに高い愛の次元に吸収され、上昇するようになるという原則に従うのです。すなわち、鉱物は植物に、植物は動物に、そして結局は人間にすべて吸収されることを願うのです。

ですから、すべての存在は、捕まって食べられたり、吸収されたりして、さらに高い愛の次元に上がり、最後は愛の根源であられる神様の最も近い愛を受ける位置にまで進んでいくようになるのです。このようにすべての存在が究極の目的地とするのは、正に真の愛の本質です。

ダーウィンの「弱肉強食」という言葉は、このような愛の論理によって再解釈されなければなりません。ですから、ありや微生物までも真の愛を願うだけではなく、自分を愛してくれる主人のところに行って死のうとするのです。このような原則から神様の愛の最も高い対象として造られた人間は、すべての万物を食べたり、所有したりできる立場にいるのです。

私たちは、すべてのものを食べ、所有したとしても、これらを造られた神様の真の愛の心をもって食べたり、所有しなければなりません。万物の中で長い形のもの、例えば、うなぎや、魚が好きなみみずのようなものは、大概、薬材として使われるのです。どの段階であれ、すべてが食物連鎖しています。そうでなければ、宇宙は存立することができないのです。

4. 男性と女性の愛の秩序が宇宙の根本

神様の理想は、アダムとエバを種として家庭をつくり、氏族をつくり、国をつくって、膨大な天の国の民をつくろうというものでした。天の国の民は、このような神様の真の愛の伝統に従って繁殖するのです。私の言葉とチャールズ・ダーウィンの理論は正反対ですが、平和の世界は、私の言葉のとおりに成し遂げられるのです。なぜならば、これが創造理想を実現する根本原理だからです。

進化論と創造論の論争が続いてきましたが、「創造」という言葉には、既に「創造主であられる神様がいらっしゃることを認める」という意味が前提にあるのです。神様が主体と対象の授受作用を通じて形づくられた被造世界には、方向性と目的観が前提となっていますが、唯物論に基づいた共産主義の理論には、このような方向性も目的観もありません。神様の創造には真の愛の目的がある反面、共産主義には闘争と破綻があるのみなので、結局すべて消え去ってしまうしかないのです。

すべての万物の中でも最も貴い存在が人間、すなわち男性と女性であり、その中でも最も重要な部分は、鼻や目、手、頭脳ではなく、愛の中心器官である生殖器です。この愛の器官によって、宇宙のすべてが再創造されるのです。

植物も動物も、この生殖器によって繁殖し、拡大していくのです。最も価値があり、一つとなった素晴らしい家庭も、それが一つとなった夫婦から現れるのです。一つとなった夫婦によって理想家庭が始まります。この愛の器官こそ、愛と生命の本宮であり、血統と歴史が連結する絶大な価値をもつ所なのです。

神様が宇宙を造られた根本原理は、雄と雌の概念を通すというものです。この雄と雌が絶対的な愛を願うならば、そのペアが二つであってはいけません。ただ一つ、絶対に一つでなければなりません。永遠に絶対男性と絶対女性でなければならないのです。それで神様は、アダムを二人造ったのではなく、エバを二人造ったのでもありませんでした。ただ一人ずつ造ったのです。

ところが、今日の世の中を見ると義理の父が十人もいるケースを見かけます。いかに偽りで汚れた世の中でしょうか。女性も男性も貞操を守り保護することは、宇宙を保護することと同じことなのです。それは男性と女性の愛の秩序が宇宙の根本だからです。

ですから、これを動物のように濫用してはいけません。愛の主人は神様なのです。その中でも真の愛の「真」は、二つを許すのではなく、ただ一つだけであり、絶対に一つなのです。

5. 真の愛と関係を結ぶには

「真の愛」とは、誰も語れるものではありません。唯一、神様のみが、本当の真の愛で愛することができ、真の愛の絶対主人になられるのです。ですから、神様の真の生命も、神様の真の血統も、神様の真の良心も、真の愛を必要としています。このように、神様の最も根本的な本質は真の愛なのです。

また、この真の愛と関係を結ぶには、神様と関係がなければなりません。自分の父母がけんかをせずに豊かに暮らしているからといって、真の愛で愛しているとは言えないのです。恋愛する若い未婚の男性と女性が、互いに命を懸けて愛し合っているからといって、それが真の愛であるというわけではありません。神様が介在していないので、真の愛ではないのです。真の愛は必ず神様を中心としなければならないのです。

神様の息子、娘になるには、神様の血統と生命と愛に関係しなければなりません。権力や知識やお金、軍事力だけをもってしては、真の愛の世界では歓迎されません。真の愛は誰もが願うものですが、愛とは、ために尽くすことによって可能であるという原則を知らなければなりません。相手のために奉仕し、犠牲になってあげなければならないのです。「私のために生きよ」という心で人に接すれば、みな逃げていってしまうのです。

このような利己的な個人主義は、サタンの戦略であり、目的であり、道具です。ですから、その結果は地獄にほかなりません。全体のために生きなければなりません。人のために、全体のために犠牲となって奉仕すれば、みなやって来て、私を愛してくれるのです。

6. 神様と共に永生する道

子女として造られた人間が、兄弟となり、夫婦となり、そして父母の位置に進む過程ごとに、神様はそのすべての真の愛の主人になるのです。すなわち、人間が育つ過程を見ながら、神様はそのすべての段階の愛の主人として定着されるのです。

したがって、神様をしてすべての愛の主人とならしめた人間こそは、神様よりも貴い存在であると見ることもできるのです。ちょうど自分の愛する人を、自分よりも何千万倍も価値があるものとして貴く思うようにです。

ですから、より貴いもののために、神様は投入しては忘れ、また投入してはお忘れになるのです。一〇〇パーセント投入されたのち、一〇〇パーセントお忘れになるので、続けてさらに投入できるのです。

自分の夫が立派になることを願う妻は、夫のために投入しては忘れ、また投入しては忘れることによって、夫を成功させることができます。投入して忘れることを続ければ、その愛の段階が高まって、究極的には、神様の位置に連結されるのです。そうして神様と共に父子の関係を結んで永生するのです。

誰もが天国に行きたいと思うのですが、「私のために生きよ!」という思いばかりをもっていては天国に行くことができません。真の愛は、神様がお造りになったすべての傑作を抱き、ために生きるところから始まり、全世界の人類と究極的には神様のために生きることによって、天国に至るようにするのです。

一生に三回以上は、生命を懸けて、ために生きようとしなければなりません。人類は、アダムとエバの堕落、イエス様の十字架、そして再臨主の家庭を追い出した迫害のすべての歳月を蕩減しなければなりません。

神様に出会うには、三度死の境地を通過しても、神様に自分のことを分かってもらうことを望むより、神様のためにもっと尽くそうとしなければならないのです。そのような人々が生きる世界がこの地上にあるならば、そこが正に天国です。この道を私が教えており、そのような世の中をつくっているのです。

7. 愛によって形成される存在はすべて球形

子女は父母の愛の実ですが、愛の実というのは、愛と生命と血統が合わさって形成されるものであることを知らなければなりません。子女たちは「自分のもの」を主張しますが、「自分のもの」の出発点は父母です。父母は根であり、幹です。父母がいなければ、すべて孤児です。父母につながっている愛の梯子を切ってしまったら、根と幹につながつて生きることはできないのです。

真の愛の起源となられる神様を父母として、私たち人間は、息子、娘の立場に立てられました。また父母は本来、子女のための愛の最高の主人です。父子の関係が縦的な垂直関係であるのに比べ、夫婦関係は横的な水平関係です。

ですから、父子関係と夫婦関係が互いに直角を形成し、ここに前後関係である兄弟関係が合わさることによって、すべての愛の関係が球形を形成するようになるのです。それで、愛によって形成されたすべての存在は球形なのです。宇宙全体が球形になっているのです。このように形成された球形の中心位置ですべての愛が統一され、定着するのですが、その場に神様がいらっしゃるのです。すなわち、神様とその息子、娘である人間の垂直関係を中心として、男性の愛と生命と血統が右に定着するならば、左には女性の愛と生命と血統が定着するのです。

ここに兄弟の愛が前後の方向に定着すれば、そのすべての愛を中心として宇宙全体がバランスを取るようになるのですが、これらが一番の核として出会うところに神様がいらっしゃるのです。これを平面的に横にして見れば、愛の根、生命の根、血統の根、そして良心の根に神様がいらっしゃるのです。

このように神様を中心とした家庭では、縦と横、そして前後の愛が一つになるのですが、このような家庭から氏族になり、民族、国家、世界、そして天宙に至るまで拡大していくのです。その根本的中心は、常にお一人の神様であられるのです。

8. 善悪の転換点で善人と悪人を共に祝福

アダムとエバが堕落していなければ、真の夫婦の愛のモデルが現れていたはずであり、彼らから愛の教育、すなわち愛することを学んでいたはずです。彼らが子女をもてば、誰がその子女を結婚させるのでしょうか。それは父母です。それでは、果たして今日、この社会で父母がどれほど子女たちの結婚に関与しているかを考えてみなければなりません。

統一教会には真の父母がいるので、世界の人々を父母の立場で祝福結婚させてあげています。ここでは、人種の差別を超えるだけでなく、誰でも分け隔てなく一緒に結婚させているのです。

真の父母は、悪の愛、悪の生命、悪の血統を、接ぎ木によって転換し、否定させることによって、アベルの命を奪ったカインを排除せずに、同じ立場で祝福してあげるのです。潮水を見るとき、出ていく水と入ってくる水が出会い、水平になった時のように、歴史的に救援摂理の蕩減復帰が終結する善悪の転換点において、善人と悪人を共に祝福してあげることによって、サタンが完全に追放されるのです。

そしてエデンの園で誤った結婚をしたことが堕落なので、今は真の父母が正しく結婚させることによって、これを再びひっくり返すのです。偽りの父母が犯したことを真の父母が清算することによって、地獄を撤廃し、数百数千億の霊界の先祖たちまでも祝福結婚させ、真の愛を中心とした本然の真の生命と真の血統を取り戻し、真の父子関係を復帰するのです。

こうして、神様の創造理想である八段階の真の愛のモデル的な主人を完成するようになります。すなわち、腹中時代、幼児時代、兄弟時代、思春期時代、約婚時代、夫婦時代、父母時代、真の祖父母時代、真の王と真の王妃の時代を経て、永遠に変わらない真の愛の伝統を立て、父子関係である真の愛のモデルが完成するようになるのです。

9. 新しい家庭革命と道徳革命を主導せよ

真の神様の真の愛と真の生命、そして真の血統は、絶対、唯一、不変、永遠なので、子孫万代の不変な真の愛を中心としたモデルとして相続されるのです。そして真の愛を中心としては、父子一体、夫婦一体、兄弟一体になるのです。

父を愛の主人にしてくれるのは息子であり、夫を愛の主人にしてくれるのは妻であり、兄を愛の主人にしてくれるのは弟です。反対に、子女に父母がいなければ、妻に夫がいなければ、兄に弟がいなければ、それぞれ愛の主人の立場を見いだすことができないのです。

真の愛の主人になるためには、相手を自分よりも高め、相手のために尽くさなければなりません。ですから、個人においては心身一体、家庭では夫婦一体、兄弟一体、そして国家一体を形成し、八段階の理想モデルである愛圏を完成するのです。

そうして父母と子女、夫婦、兄弟姉妹、そして国々がすべてこのような真の愛を中心に八段階モデルの主人になることを願うところが、私たちの理想家庭と国家です。ここから永遠の世界的平準化が始まるので、地上天国が出発するのであり、また天上天国も自動的に築かれるのです。

今、新たに始まった二〇〇〇年代には、世界の至る所で活動している私たち祝福家庭が、天地父母様と一つになり、真の愛を中心とした新しい家庭革命、世界的な道徳革命を主導することによって、すべての地上と天上に永遠の平和と統一と幸福の理想天国を創建することが神様の願いなのです。

皆様がこの神聖な聖業に同参し、神様の真の愛圏を受け継ぐ主人になってくださることを願います。皆様の御家庭に神様の祝福が共にあることをお祈りします。ありがとうございました。

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