原理講論

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目次
  1. 総序
  2. 創造原理
  3. 堕落論
  4. 人類歴史の終末論
  5. メシヤの降臨とその再臨の目的
  6. 復活論
  7. 予定論
  8. キリスト論
  9. 緒論
  10. 復帰基台摂理時代
  11. モーセとイエスを中心とする復帰摂理
  12. 摂理歴史の各時代とその年数の形成
  13. 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代
  14. メシヤ再降臨準備時代
  15. 再臨論

総序

総   序

 人間は、何人といえども、不幸を退けて幸福を追い求め、それを得ようともがいている。個人のささいな出来事から、歴史を左右する重大な問題に至るまで、すべては結局のところ、等しく、幸福になろうとする生の表現にほかならないのである。
それでは、幸福はいかにしたら得られるのであろうか。人間はだれでも、自己の欲望が満たされるとき、幸福を感ずるのである。しかし欲望などといえば、ややもすると我々はその本意を取り違えがちである。というのは、その欲望が概して善よりは悪の方に傾きやすい生活環境の中に、我々は生きているからである。しかしながら、我々をして不義を実らせるような欲望は、決して人間の本心からわき出いづるものではない。人間の本心は、このような欲望が自分自身を不幸に陥れるものであるということをよく知っているので、悪に向かおうとする欲望を退け、善を指向しこうする欲望に従って、本心の喜ぶ 幸福を得ようと必死の努力を傾けているのである。これこそ正に、死の暗闇くらやみを押しのけて、命の光を探し求めながら、つらく、険しい人の道を彷徨ほうこうする偽らざる人生の姿なのである。いったい、不義なる欲望のままに行動して、本心から喜べるような幸福を味わい得る人間がいるであろうか。このような欲望を満たすたびごとに、人間はだれしも良心の呵責を受け、苦悶するようになるのである。その子供に悪いことを教える父母がいるであろうか。その子弟を不義に導く教師がいるであろうか。だれしも悪を憎み、善を立てようとするのは、万人共通の本心の発露はつろなのである。
とりわけ、このような本心の指向する欲望に従って、善を行おうと身もだえする努力の生活こそ、ほかならぬ修道者たちの生活である。しかしながら、有史以来、ひたすらにその本心のみに従って生きることのできた人間は一人もいなかった。それゆえ、聖書には「義人はいない、ひとりもいない。悟りのある人はいない、神を求める人はいない」(ロマ三・10、11)と記しるされているのである。また人間のこのような悲惨な姿に直面したパウロは「わたしは、内なる人としては神の律法りっぽうを喜んでいるが、わたしの肢体したいには別の律法があって、わたしの心の法則に対して戦いをいどみ、そして、肢体に存在する罪の法則の中に、わたしをとりこにしているのを見る。わたしは、なんというみじめな人間なのだろう」(ロマ七・22〜24)と慨嘆がいたんしたのであった。ここにおいて、我々は、善の欲望を成就しようとする本心の指向性しこうせいと、これに反する悪の欲望を達成させようとする邪心の指向性とが、同一の個体の中でそれぞれ相反あいはんする目的を指向して、互いに熾烈しれつな闘争を展開するという、人間の矛盾性を発見するのである。存在するものが、いかなるものであっても、それ自体の内部に矛盾性をもつようになれば、破壊されざるを得ない。したがって、このような矛盾性むじゅんせいをもつようになった人間は、正に破滅状態に陥っているということができる。ところで、このような人間の矛盾性は、人間が地上に初めて生せいを享うけたときからあったものとは、到底考えられない。なぜかといえば、いかなる存在でも、矛盾性を内包ないほうしたままでは、生成せいせいすることさえも不可能だからである。もし人間が、地上に生を享ける以前から、既にこのような矛盾性を内包せざるを得ないような、運命的な存在であったとすれば、生まれるというそのこと自体不可能であったといえよう。したがって、人間がもっているこのような矛盾性は、後天的こうてんてきに生じたものだと見なければなるまい。人間のこのような破滅状態のことを、キリスト教では、堕落と呼ぶのである。
このような観点から見るとき、我々は、人間は堕落したのだという結論に到達する。と同時に、だれしもこの結論に対しては反駁はんばくする余地がないということをもまた知るのである。人間は、このように堕落して自己破滅に瀕ひんしているということを知っているがゆえに、邪心からくる悪の欲望を取り除き、本心から生じてくる善の欲望に従って、一つの目的を指向することによって、それ自体の矛盾性を除去しようと、必死の努力をしているのである。しかし、悲しいかな、我々は、その究極において、善と悪とがそもそもいかなるものなのかという問題を解くことができずにいるのである。例えば、有神論ゆうしんろんと無神論とについて考えるとき、二つのうちいずれか一つを善と見なせば、他の一つは悪ということになるのであるが、我々はいまだどちらが正しいかということに対する絶対的な定説をもっていないのである。いわんや、人間は、善の欲望を生ぜしめる本心というものがそもそもいかなるものなのか、また、この本心に反して悪の欲望を起こさしめる邪心というものがいったいどこから生じてくるものなのか、さらにまた、人間にこのような矛盾性をもたしめ、破滅を招来せしめるその根本原因はいったい何なのかなどという問題に対しては、全く無知なのである。それゆえ、我々が悪の欲望を抑え、善の欲望に従い、本心が指向する善の生活をなすためには、この無知を完全に克服して、善悪を判別できるようにならなければならないのである。
人間の堕落を知的な面から見れば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味するのである。しかるに、人間は、心と体との内外両面からなっているので、知的な面においても、内外両面の知をもっているわけである。したがって、無知にも、内的な無知と外的な無知との二種類がある。内的な無知とは、宗教的にいえば、霊的無知をいうのであって、人間はどこから来たのか、生せいの目的とは何か、死後はいったいどうなるのか、更に進んで、来世らいせや神などというものは果たして存在するのか、また既に述べたように、善とか悪とかいうものはいったい何なのかなどという問題に対する無知をいうのである。また、もう一つの外的な無知とは、人間の肉身をはじめとする自然界に対する無知をいうのであり、すべての物質世界の根本は何であるか、また、それらのすべての現象は各々どのような法則によって生ずるのか、という問題などに対する無知をいうのである。人間は有史以来今日に至るまで、休むことなく、無知から知へと、無知を克服しようとして真理を探し求めてきた。その際、内的無知を克服して内的知に至る道を見いだすべく内的真理を探求してきたのがすなわち宗教であり、外的無知を克服して外的知への道を見いだすべく外的真理を探求してきたのが科学なのである。このような角度から理解すれば、宗教と科学とは、人生の両面の無知を克服して両面の知に至る道を見いだすべく両面の真理をそれぞれ探求する手段であったということを知ることができるのである。それゆえに、人間がこのような無知から完全に解放されて、本心の欲望が指向しこうする善の方向へのみ進み、永遠の幸福を獲得するためには、宗教と科学とが統一された一つの課題として解決され、内外両面の真理が相通ずるようにならなければならないのである。
実際の人生の行路において、人間が歩んできた過程を二つに大別してみると、その一つは、物質による結果の世界において、人生の根本問題を解決しようとする道である。このような道を至上のものと考えて歩んできた人々は、極度に発達した科学の前に屈伏し、科学の万能と物質的な幸福とを誇りとしている。しかし人間は、果たして、このような肉身を中心とした外的な条件のみで、完全なる幸福を得ることができるであろうか。科学の発達が極めて安楽な社会環境を築き、しかもその中において、人間が、極度の富貴ふうきと栄華とを楽しむことができるとしても、これだけで、果たして人間のその内的な精神的欲求までも、完全に満たし得るであろうか。肉身の快楽にふける俗人ぞくじんの喜びと、清貧せいひんを楽しむ道人どうじんの喜びとは、全く比べものにならない。王宮おうきゅうの栄耀えいよう栄華をかなぐり捨てて、心の住み家を探し求め、所定めぬ求道ぐどうの行脚あんぎゃを楽しむのは、釈迦しゃか一人に限ったことではない。心があって初めて完全な人間となり得るように、喜びにおいても、心の喜びがあって初めて、肉身の喜びも完全なものとなるのである。今ここに肉身の快楽を求めて、科学の帆を揚げ、物質世界を航海する一人の船頭せんどうがいるとしよう。彼が理想とするその岸に到達したとする。しかし、同時にそこが彼の肉身を埋めねばならない墓場であるということを彼は知るに至るであろう。それでは、科学が真に行くべきところはどこであろうか。今までの科学の研究対象は、内的な原因の世界ではなく、外的な結果の世界であった。本質の世界ではなくして、現象の世界であった。しかし、今日に至っては、科学の対象は、外的な結果的な現象の世界から内的な原因的な本質の世界へと、その次元を高めなければならない段階に入ってきているのである。ゆえに、その原因的な心霊しんれい世界に対する論理、すなわち内的な真理なくしては、結果的な実体世界に対する科学、すなわち外的な真理も、その究極的な目的を達成することはできないという結論を得るに至ったのである。今や、科学の帆を揚げて外的な真理の航海を終えた船頭が、今また一つ宗教の帆を掲げて、内的な真理の航路こうろへとその舳先へさきを変えるとき、ここに初めて本心が指向する理想郷りそうきょうへと航海を進めていくことができるのである。
人間が歩んできたいま一つの過程は、結果的な現象世界を超越して、原因的な本質世界において、人生の根本問題を解決しようとする道であった。この道を歩んできたこれまでの哲学や宗教が多大の貢献こうけんをなしたことは事実である。しかしながらその反面、それらが我々にあまりにも多くの精神的な重荷を負わせてきたということも、また否定することのできない事実であろう。歴史上に現れたすべての哲人、聖賢たちは、人生の行くべき道を見いだすべく、それぞれその時代において、先駆せんく的な開拓の道に立たされたのであるが、彼らが成し遂げた業績はすべて、今日の我々にとってはかえって重荷となってしまっているのである。このことについて我々はもう一度冷静になって考えてみる必要があるのではなかろうか。哲人の中のだれが我々の苦悶くもんを最終的に解決してくれたであろうか。聖賢の中のだれが人生と宇宙の根本問題を解決し、我々の歩むべき道を明確に示してくれたであろうか。彼らが提示した主義や思想は、むしろ我々が解決して歩まなければならない種々様々の懐疑と、数多くの課題とを提起したにすぎなかったのである。そうして、あらゆる宗教は、暗中模索あんちゅうもさくしていたそれぞれの時代の数多くの心霊しんれいの行く手を照らしだしていた蘇生そせいの光を、時の流れとともにいつしか失ってしまい、今やそのかすかな残光のみが、彼らの残骸ざんがいを見苦しく照らしているにすぎないのである。
すべての人類の救済を標榜ひょうぼうして、二〇〇〇年の歴史の渦巻の中で成長し、今や世界的な版図はんとをもつようになったキリスト教の歴史を取りあげてみよう。ローマ帝国のあの残虐無道ざんぎゃくむどうの迫害の中にあっても、むしろますます力強く命の光を燃え立たせ、ローマ人たちをして、十字架につけられたイエスの死の前にひざまずかせた、あのキリストの精神は、その後どうなったのであろうか。悲しいかな、中世封建社会は、キリスト教を生きながらにして埋葬してしまったのである。この墓場の中から、新しい命を絶叫ぜっきょうする宗教改革ののろしは空高く輝きはじめたのであったが、しかし、その光も激動する暗黒の波を支えきることはできなかった。初代教会エクレシアの愛が消え、資本主義の財欲の嵐が、全ヨーロッパのキリスト教社会を吹き荒らし、飢餓に苦しむ数多くの庶民たちが貧民窟ひんみんくつから泣き叫ぶとき、彼らに対する救いの喊声かんせいは、天からではなく地から聞こえてきたのであった。これがすなわち共産主義である。神の愛を叫びつつ出発したキリスト教が、その叫び声のみを残して初代教会エクレシアの残骸と化してしまったとき、このように無慈悲むじひな世界に神のいるはずがあろうかと、反旗はんきを翻ひるがえす者たちが現れたとしても無理からぬことである。このようにして現れたのが唯物思想であった。かくしてキリスト教社会は唯物思想の温床おんしょうとなったのである。共産主義はこの温床から良い肥料を吸収しながら、すくすくと成長していった。彼らの実践を凌駕りょうがする力をもたず、彼らの理論を克服できる真理を提示し得なかったキリスト教は、共産主義が自己の懐ふところから芽生え、育ち、その版図を世界的に広めていく有様ありさまを眼前がんぜんに眺ながめながらも、手を束つかねたまま、何らの対策も講こうずることができなかったのである。これは甚はなはだ寒心かんしんに堪たえないことであった。のみならず、すべての人類はみな同じ父母から生まれた子孫であるという教理に従って、それを教え、かつ信じているキリスト教国家の国民たちが、皮膚ひふの色が違うというただそれだけの理由をもって、その兄弟たちと生活を同じくすることができないという現実は、キリストのみ言ことばに対する実践力が失われ、灰色に塗られた墓場のごとく形式化してしまった現下のキリスト教の実情を、そのまま浮き彫りにする代表的な例だということができよう。
しかし、このような社会的な悲劇は、人間の努力いかんによって、あるいは終わらせることができるかもしれない。けれども、人間の努力をもってしては、いかんともなし得ない社会悪が一つある。それは、淫乱いんらんの弊害へいがいである。キリスト教の教理では、これはすべての罪の中でも最も大きな罪として取り扱われているのであるが、しかし、今日のキリスト教社会が、現代人が陥っていくこの淪落りんらくへの道を防ぐことができずにいるということは、何よりもまた嘆かわしい実情といわなければなるまい。今日のキリスト教が、そのような世代の激流の中で、混乱し、分裂し、背倫はいりんの渦の中に巻きこまれていこうとする数多くの命に対して、手を束つかねたまま何らの対策をも立てることができないというこの現実は、いったい何を意味するのであろうか。それは、従来のキリスト教が、現代の人類に対する救いの摂理において、いかに無能な立場に立っているかという事実を如実にょじつに証明するものと見なければならないのである。
それでは、内的な真理を探し求めてきた宗教人たちが、その本来の使命を全うすることができなくなった原因は、いったいどこにあるのだろうか。本質世界と現象世界との関係は、例えていうならば、心と体との関係に等しく、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、そして、主体的なものと対象的なものとの関係をもっているのである。心と体とが完全に一つになってこそ完全なる人格をつくることができるように、本質と現象との二つの世界も、それらが完全に合致して初めて、理想世界をつくることができるのである。それゆえ、心と体との関係と同じく、本質世界を離れた現象世界はあり得ず、現象世界を離れた本質世界もあり得ないのである。したがって、現実を離れた来世らいせはあり得ないがゆえに、真の肉身の幸福なくしては、その心霊しんれい的な喜びもあり得ないのである。しかしながら、今日までの宗教は来世らいせを探し求めるために、現実を必死になって否定し、心霊的な喜びのために、肉身の幸福を蔑視べっししてきたのである。しかしながら、いかに否定しようとしても否定できない現実と、離れようとしても離れることができず影のように付きまとう肉身的な幸福への欲望が、執拗に修道者たちを苦悩くのうの谷底へと引きずっていくのである。ここにおいて、我々は、宗教人たちの修道の生活の中にも、このような矛盾性むじゅんせいのあることを発見するのである。このような矛盾性を内包ないほうした修道生活の破滅、これがとりもなおさず今日の宗教人たちの生態なのである。このように、自家撞着じかどうちゃくを打開できないところに、現代の宗教が無能化してしまった主要な原因があると思われるのである。
さて、宗教が、このような運命の道をたどるようになったのには、更にもう一つの重要な原因があるのである。それは、科学の発達に伴い、人間の知性が最高度に啓発された結果、現代人はすべての事物に対して科学的な認識を必要とするようになったにもかかわらず、旧態依然たる宗教の教理には、科学的な解明が全面的に欠如けつじょしているという事実である。すなわち、既に述べたように、内的な真理と外的な真理とが、いまだに一致点に到達できていないというところに、その原因があるのである。宗教の究極的な目的は、まず心をもって信じ、それを実践することによって初めて達成されるのである。ところで、信ずるということは、知ることなしにはあり得ないことである。我々が聖書を研究するのも、結局は真理を知ることによって信仰を立てるためであり、イエスが様々の奇跡を行われたというのも、彼がメシヤであることを知らせて、信じさせるためであった。ここにおいて、知るということは、すなわち、認識するということを意味するのであるが、人間は、あくまでも論理的であると同時に、実証的なもの、すなわち科学的なものでなければ、真に認識するということはできないので、結局、宗教も科学的なものでない限り、よく知ってそれから信ずるということが不可能となり、宗教の目的を達成することはできないという結論に到達するのである。このように、内的真理にも論証的な解明が必要となり、宗教は長い歴史の期間を通じて、それ自体が科学的に解明できる時代を追求してきたのである。
このように、宗教と科学とは、人生の両面の無知を打開するための使命を、各々分担して出発したがゆえに、その過程においては、それらが互いに衝突して、妥協し難い様相を呈ていしたのであるが、人間がこの両面の無知を完全に克服して、本心の要求する善の目的を完全に成就するためには、いつかは、科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる、新しい真理が現れなければならないのである。
新しい真理が現れなければならないという主張は、宗教人たち、特にキリスト教信徒たちにとっては、理解し難いことのように思われるかもしれない。なぜなら、彼らは、彼らのもっている聖書が、それ自体で完全無欠なものだと考えているからである。もちろん、真理は唯一であり、永遠不変にして、絶対的なものである。しかし、聖書は真理それ自体ではなく、真理を教示してくれる一つの教科書として、時代の流れとともに、漸次ぜんじ高められてきた心霊しんれいと知能の程度に応じて、各時代の人々に与えられたものであるために、その真理を教示する範囲とか、それを表現する程度や方法においては、時代によって変わらざるを得ないのである。したがって、我々はこのような性格をもっている教科書そのものを、不動のものとして絶対視してはならないのである(前編第三章第五節参照)。既に述べたように、人間がその本心の指向性しこうせいによって神を求め、善の目的を成就するために必要な一つの手段として生まれてきたのが宗教であるとするならば、あらゆる宗教の目的は、同一のものでなければならない。しかし、それぞれの宗教の使命分野は、民族により、あるいは時代によってそれぞれ異なるものであり、それに伴って、上述のごとき理由から、その教典きょうてんも各々異なるものとなってしまったので、各種各様の宗教が生まれるようになったのである。すなわち、教典というものは、真理の光を照らしだすともしびのようなものであり、周囲を照らすというその使命は同一であっても、それ以上に明るいともしびが現れたときには、それを機として、古いともしびの使命は終わるのである。既に論じたように、今日のいかなる宗教も、現世げんせの人々を、死の影の谷間より命の光のもとへと導き返すだけの能力をもっていないということになれば、今や新たな光を発する新しい真理が現れなければならないといえるのである。このような新しい真理のみ言ことばがやがて与えられるということは、聖書の中にも数多く記録されている(前編第三章第五節参照)。
それでは、その新しい真理は、いかなる使命を果たさなければならないのであろうか。この真理はまず、既に論じたように、宗教が探し求めてきた内的真理と科学が探し求めてきた外的真理とを、統一された一つの課題として解決し、それによってすべての人々が、内外両面の無知を完全に克服し、内外両面の知に至ることができるようなものでなければならない。また、堕落人間をして、邪心が指向する悪への道を遮さえぎり、本心の追求する善の目的を成就せしめることによって、善悪両面への指向性をもっている人間の矛盾性と、前述のような、宗教人たちが当面している修道の生活の矛盾性むじゅんせいとを、克服できるようなものでなければならない。堕落人間にとって、「知ること」は命の光であり、また蘇生そせいのための力でもある。そして、無知は死の影であり、また破滅の要素ともなるのである。無知からはいかなる情緒をも生じ得ない。また、無知と無情緒からはいかなる意志も生ずることはできないのである。人間において、知情意がその役割を果たすことができなくなれば、そこから人間らしい、人間の生活が開かれるはずはない。人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。しかし、神の実在性に対しては、聖書をいかに詳しく読んでみても、明確に知る由がない。ましてや神の心情についてはなおさらである。それゆえ、この新しい真理は、神の実在性に関することはいうまでもなく、神の創造の心情をはじめとして、神が御自身に対して反逆する堕落人間を見捨てることができず、悠久ゆうきゅうなる歴史の期間を通して彼らを救おうとして心を尽くしてこられた悲しい心情をも、我々に教えることのできるものでなければならない。
善と悪との二筋道ふたすじみちを指向する人間たちの相克そうこくをはらんだ生活によって形成されてきた人類歴史は、ほとんど闘争に明け、闘争に暮れてきた。その闘いは、財物を奪いあい、土地を奪いあい、人間を奪いあうなどの外的な闘争であった。しかし今日に至っては、このような外的な闘いは、漸次ぜんじ、終わりつつあるのである。そして、民族を差別せず、一つの所に集まり、一つの国家をつくり、今日においてはむしろ戦勝国家が植民地を解放し、彼らに列強れっきょうと同等な権限を賦与ふよして、国連加盟国とすることによって、みな等しく、世界国家の実現を企図きとしているのである。のみならず、不倶戴天ふぐたいてんの国際関係さえもが、一つの経済問題を中心として緩和され、更に一つの共同市場体制を形成していくという実情にある。特に今日の文化面においては、各民族の伝統的な異質性を克服して、東西両洋の距離を越えて、何らの障害もなしにお互いが交流しあっているという実情である。しかし、我々の前には、避けることのできない最後の闘いがまだ一つ残っている。それは、とりもなおさず、民主主義と共産主義との内的な理念の闘いである。彼らはお互いに恐怖すべき武器を準備して、外的な闘いを挑んではいるが、実際のところはこの内的な理念の闘いに勝利するために、心ならずもこれらの外的な武器を用いているにすぎないのである。それでは、この最終的な理念の闘いにおいて、どちらに勝利がもたらされるかといえば、神の実在を信ずるすべての人は、だれしもそれは民主主義だと答えるであろう。しかし、既に論じたように、今日の民主主義は、共産主義を屈伏せしめ得る何らの理論も実践力ももちあわせてはいないのである。ゆえに、神の救いの摂理が完全になされるためには、この新しい真理は今まで民主主義世界において主唱しゅしょうされてきた唯心論ゆいしんろんを新しい次元にまで昇華しょうかさせ、唯物論を吸収することによって、全人類を新しい世界に導き得るものでなければならない。同時にまた、この真理は、有史以来のすべての主義や思想はもちろんのこと、あらゆる宗教までも、一つの道へと、完全に統一し得る真理でなければならないのである。
人間が宗教を信じようとしないのは、神の実在と来世らいせの実相とを知らないからである。いかに霊的な事実を否定する人であろうと、それらのことが科学的に証明されるならば、信じまいとしても信じざるを得ないのが人間の本性ほんせいである。また、現実世界に人生の究極の目的をおく人々は、だれしも、最後にはむなしさを味わわずにはいられない。これまた人間の天性てんせいの発露はつろであり、何人なんびとといえども避けることのできない感情である。それゆえ、新しい真理によって、神を知るようになり、霊的な事実に直面して、人生の根本目的を現実世界におくべきでなく、永遠の世界におかなければならないということを悟るとき、だれしもがこの一つの道を通じて、一つの目的地に歩み、そこで一つの兄弟姉妹として、相あいまみえるようになるのである。
それでは、全人類が、一つの真理により、一つの兄弟姉妹として、一つの目的地において、相まみえるようになるとすれば、そこにおいて築かれる世界とは、どのような世界なのであろうか。この世界こそ、悠久ゆうきゅうなる歴史を通じて、人生の両面の無知から脱却しようと身もだえしてきた人類が、その暗黒から逃れでて、新しい真理の光の中で相まみえ、一つの大家族を形成していく世界なのである。ところで、真理の目的は善を成就するところにあり、そしてまた、善の本体ほんたいはすなわち神であられるがゆえに、この真理によって到達する世界は、あくまでも神を父母として侍り、人々がお互いに兄弟愛に固く結ばれて生きる、そのような世界でなければならないのである。自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責かしゃくからくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができないようになるのが人間だれしもがもつ共通の感情である。それゆえ、人間がその心の深みからわき出いづる真心からの兄弟愛に包まれるときには、到底その隣人に苦痛を与えるような行動はとれないのである。まして、時間と空間とを超越して自分の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを見ておられる神御自身が父母となられ、互いに愛することを切望されているということを実感するはずのその社会の人間は、そのような行動をとることはできない。したがって、この新しい真理が、人類の罪悪史を清算した新しい時代において建設するはずの新世界は、罪を犯そうとしても犯すことのできない世界となるのである。今まで神を信ずる信徒たちが罪を犯すことがあったのは、実は、神に対する彼らの信仰が極めて観念的であり、実感を伴うものではなかったからである。神が存在するということを実感でとらえ、罪を犯せば人間は否応なしに地獄に引かれていかなければならないという天法てんぽうを十分に知るなら、そういうところで、だれがあえて罪を犯すことができようか。罪のない世界がすなわち天国であるというならば、堕落した人間が長い歴史の期間をかけて探し求めてきたそのような世界こそ、この天国でなければならないのである。そうして、この天国は、地上に現実世界として建設されるので、地上天国と呼ばれるのである。
ここにおいて、我々は、神の救いの摂理の究極的な目的が、地上天国を建設するところにあるという結論を得た。先に、人間が堕落しているという事実と、この堕落が、人間創造以後に起こったことでなければならないという事実を明らかにしたが、今、我々が神の実在を認識した立場から見ると、人間始祖が堕落する以前、創造本然ほんぜんの世界において、神が建設されようとした世界が、いかなるものであったかということに対する答えは、自明だといわなければならない。そのことに関しては、前編第三章において論ずるはずであるが、その世界こそ神の創造目的が成就されるところの地上天国なのである。しかし人間は、堕落することによってこの世界をつくることができず、罪悪世界をつくり、無知に陥ってしまったために、堕落した人間は、長い歴史の期間をかけて、内外両面の真理を探し求め、無知を打開しつつ、善を指向しこうし、絶えず神の創造本然の世界である地上天国を渇望してきたのである。我々は、ここにおいて、人類の歴史は、神の創造目的を完成した世界に復帰していく摂理歴史であるという事実を知った。したがって、その新しい真理は、堕落人間が、その創造本然の人間へと帰っていくことができるように、神が人間をはじめとして、この被造世界を創造されたその目的はいったい何であったかということを教え、復帰過程の途上にある堕落人間の究極的な目的が、いったい何であるかということを知らしめるものでなければならない。また、人間は果たして聖書に書かれているように、文字どおり、善悪を知る木の果を取って食べることによって堕落したのであろうか、それとも、もしそうでないとすれば、堕落の原因はいったいどこにあったのであろうか。完全無欠であるはずの神が、いったいどうして堕落の可能性のある人間を創造され、全知全能の神が、彼らが堕落するということを知っていながら、どうしてそれを食い止めることができなかったのか。また神はなぜその創造の権能によって、一時に罪悪人間を救うことができないのであろうか等々、実に、長い歴史の期間を通じて思索する人々の心を悩ませてきたあらゆる問題が、完全に解かれなければならないのである。
我々が、被造世界に秘蔵されている科学性を調べていくと、それらを創造された神こそ科学の根本でなければならないと推測されるのである。ところで、人類歴史が、神の創造目的を完成した世界に復帰していく摂理歴史であるということが事実であるならば、かくのごとくあらゆる法則の主人であられる神が、このように長い復帰摂理の期間を、何らの計画もなしに無秩序にこの歴史を摂理なさるはずがない。それゆえ、人類の罪悪歴史がいかに出発し、いかなる公式的な摂理過程を経、また、いかなるかたちで終結し、いかなる世界に入るかを知るということは、我々にとって重要な問題とならざるを得ないのである。それゆえ、この新しい真理は、これらの根本問題を、一つ残らず明白に解いてくれるものでなければならない。これらの問題が明確に解明されれば、我々は歴史を計画し導いてこられた何らかの主体、すなわち、神がいまし給たもうということを、どうしても否定することはできなくなるのである。そうして、この歴史上に現されたあらゆる史実が、とりもなおさず、堕落人間を救おうとしてこられた神の心情の反映であったということを悟るようになるに相違ない。
またこの新しい真理は、今日の文化圏を形成する世界的な使命を帯びているキリスト教の数多くの難解な問題を、明白に解いてくれるものでなければならない。知識人たちは、ただ単純に、イエスが神の子であり、人類の救い主であられるという程度の知識だけでは、到底満足することができないので、この問題に対するより深い意味を体得するために、今日まで、神学界において、多くの論争が展開されてきたのである。それゆえ、この新しい真理は、神とイエスと人間との間の創造原理的な関係を明らかにしてくれるものでなければならない。のみならず、今まで難解な問題と見なされてきた三位一体さんみいったいの問題に対しても、根本的な解明がなくてはならない。そうして、神が人類を救うに当たって、何故なにゆえそのひとり子を十字架につけ、血を流さねばならなかったのかという問題も、当然解かれなければならないのである。更に加えて、イエスの十字架の代贖だいしょくによって、明らかに救いを受けたと信じている人々であっても、有史以来、一人として、救い主の贖罪しょくざいを必要とせずに天国へ行けるような罪のない子女を生むことができなかったという事実は、彼らが重生じゅうせいした以後においても、それ以前と同じく、原罪が、その子孫にそのまま遺伝されているという、有力な証拠とならざるを得ないのではなかろうか。このような実証的な事実を見るとき、十字架の代贖の限界は果たしてどのくらいまでなのかということが、大きな問題とならざるを得ない。事実、イエス以後二〇〇〇年にわたるキリスト教の歴史の期間を通じて、イエスの十字架の血によって完全に赦罪しゃざいすることができたと自負してきた信徒たちの数は、数え尽くせないほど多かった。しかし実際には、罪のない個人も、罪のない家庭も、罪のない社会も、一度たりとも存在したことはなかったのである。のみならず、先に論じたように、年月がたつに従って、キリストの精神は次第に衰微状態に陥っていくということが事実であるなら、今まで我々が信じてきた十字架の代贖と、完全なる贖罪との間に、結果として現れた事実の面で不一致があるというこの矛盾を、いったい何によって、またいかに合理的に説明することができようか等々、我々を窮地きゅうちに追いこむ難問題が、数多く横たわっているのである。それゆえに、我々が切に待ち焦がれている新しい真理は、これらの問題に対しても明確に解答を与え得るものでなければならないのである。
また、この真理は、イエスがなぜ再臨しなければならないのか、この再臨は、いつ、どこで、いかになされるのか、またそのときに、堕落人間の復活はどのようにしてなされるのか、天変地異てんぺんちいが起こり、天と地とが火によって消滅すると記録されている聖書のみ言は、いったい何を意味するのか等々、象徴と比喩ひゆ によって記録されている数多くの難問題を、かつてイエス御自身が直接話されたように、例えをもってではなく、だれしもが共通に理解できるように、「あからさまに」解いてくれるものでなければならない(ヨハネ一六・25)。このような真理であってこそ初めて比喩と象徴によって記しるされている聖句を、各人各様に解釈することによって起こる教派分裂の必然性を止揚しようし、それらを統一することができるのである。
このように、人間を命の道へと導いていくこの最終的な真理は、いかなる教典や文献による総合的研究の結果からも、またいかなる人間の頭脳からも、編みだされるものではない。それゆえ、聖書に「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」(黙一〇・11)と記されているように、この真理は、あくまでも神の啓示けいじをもって、我々の前に現れなければならないのである。しかるに神は、既にこの地上に、このような人生と宇宙の根本問題を解決されるために、一人のお方を遣わし給たもうたのである。そのお方こそ、すなわち、文鮮明ムンソンミョン先生である。先生は、幾十星霜いくじゅうせいそうを、有史以来だれ一人として想像にも及ばなかった蒼茫そうぼうたる無形世界をさまよい歩きつつ、神のみが記憶し給う血と汗と涙にまみれた苦難の道を歩まれた。人間として歩まなければならない最大の試練の道を、すべて歩まなければ、人類を救い得る最終的な真理を探しだすことはできないという原理を知っておられたので、先生は単身、霊界と肉界の両界にわたる億万のサタンと闘い、勝利されたのである。そうして、イエスをはじめ、楽園の多くの聖賢たちと自由に接触し、ひそかに神と霊交なさることによって、天倫の秘密を明らかにされたのである。
ここに発表するみ言ことばはその真理の一部分であり、今までその弟子たちが、あるいは聞き、あるいは見た範囲のものを収録したにすぎない。時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである。
暗い道をさまよい歩いてきた数多くの生命が、世界の至る所でこの真理の光を浴び、蘇生そせいしていく姿を見るたびごとに、感激の涙を禁ずることができない。いちはやくこの光が、全世界に満ちあふれんことを祈ってやまないものである。

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創造原理

第一章 創 造 原 理





 人間は長い歴史の期間にわたって、人生と宇宙に関する根本問題を解決するために苦悶くもんしてきた。けれども、今日に至るまで、この問題に対して納得のいく解答を我々に与えてくれた人はまだ一人もいない。それは本来、人間や宇宙がいかに創造されたかという究極の原理を知らなかったからである。さらに、我々にはもっと根本的な先決問題が残っている。それは、結果的な存在に関することではなく、原因的な存在に関する問題である。ゆえに、人生と宇宙に関する問題は、結局それを創造し給たもうた神が、いかなるお方かということを知らない限り解くことができないのである。創造原理はこのような根本的な問題を、広範囲にわたって扱っている。


第一節 神の二性性相にせいせいそうと被造世界




(一)神の二性性相


 無形にいます神の神性しんせいを、我々はいかにして知ることができるだろうか。それは、被造世界を観察することによって、知ることができる。そこで、パウロは、「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性しんせいとは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない」(ロマ一・20)と記録している。あたかもすべての作品は、その作者の見えない性稟せいひんの実体的展開であるように、被造世界の森羅万象しんらばんしょうは、それを創造し給たもうた神の見えない神性しんせいの、その実体対象として展開されたものなのである。それゆえ、作品を見てその作者の性稟せいひんを知ることができるように、この被造万物を見ることによって神の神性しんせいを知ることができるのである。
 今我々は、神の神性しんせい
を知るために、被造世界に普遍的に潜んでいる共通の事実を探ってみることにしよう。存在しているものは、いかなるものであっても、それ自体の内においてばかりでなく、他の存在との間にも、陽性と陰性の二性性相の相対的関係を結ぶことによって、初めて存在するようになるのである。これについて実例を挙げてみれば、今日、すべての物質の究極的構成要素といわれている素粒子は、みな、陽性、陰性、または陽性と陰性の中和による中性を帯びている。これらが二性性相の相対的関係を結ぶことによって、原子を形成するのである。
 
さらに、原子も、陽性または陰性を帯びるようになるが、これらの二性性相が相対的関係を結ぶことによって、物質の分子を形成するのである。このように形成された物質は、また、互いに二性性相の相対的関係によって植物または動物に吸収されて、それらの栄養となるのである。
 さらに、すべての植物は各々雄おしべと雌めしべとによって存続するし、また、すべての動物は各々雄おすと雌めすとによって繁殖、生存するのである。人間についての例を見ても、神は男性のアダムを創造されてのち、「人がひとりでいるのは良くない」(創二・18)と言われ、その対象として女性のエバを創造なさったあと、初めて「はなはだ良(善)かった」(創一・31)と言われたのである。さらに、あたかも、電離した陽イオンや陰イオンが、各々陽子と電子との結合によって形成されているように、雄おしべや雌めしべ、あるいは雄や雌もまた、各々それ自体の内部で、陽性と陰性の二性性相の相対的関係を結ぶことによって、初めて存在することができるのである。したがって、人間においても、男性には女性性相が、女性には男性性相が各々潜在しているのである。そればかりでなく、森羅万象しんらばんしょうの存在様相が、表裏ひょうり、内外、前後、左右、高低、強弱、抑揚よくよう、長短、広狭こうきょう、東西、南北などのように、すべて相対的であるのも、あらゆる被造物が二性性相の相対的関係によって、互いに存在できるように創造されているからである。
 
以上の記述によって、我々はすべての存在が、陽性と陰性との二性性相による相対的関係によって存在を保ち得ているという事実を明らかにした。さらに、我々はすべての存在を形成しているもっと根本的な、いま一つの二性性相にせいせいそうの相対的関係を知らなければならない。存在するものはすべて、その外形と内性ないせいとを備えている。そして、その見えるところの外形は、見ることのできない内性ないせいが、そのごとくに現れたものである。したがって、内性ないせいは目に見ることはできないが、必ずある種のかたちをもっているから、それに似て、外形も目に見える何らかのかたちとして現れているのである。そこで、前者を性相といい、後者を形状と名づける。ところで、性相と形状とは、同一なる存在の相対的な両面のかたちを言い表しており、形状は第二の性相であるともいえるので、これらを総合して、二性性相と称するのである。
 
これに対する例として、人間について調べてみることにしよう。人間は体という外形と心という内性ないせいとからできている。そして、見える体は見えないその心に似ているのである。すなわち、心があるかたちをもっているので、その心に似ている体も、あるかたちをもつようになるのである。観相や手相など、外貌がいぼうから、見えないその心や運命を判断することができるという根拠もここにある。それゆえ、心を性相といい、体を形状と称するのである。ここで、心と体とは、同一なる人間の相対的両面のかたちをいうのであって、体は第二の心であるということもできるので、これらを総合して二性性相であるという。これによって、あらゆる存在が性相と形状による二性性相の相対的関係によって存在しているという事実を、我々は知るようになった。
 
それでは、性相と形状とは、お互いにいかなる関係をもっているのであろうか。無形の内的な性相が原因となって、それが主体的な立場にあるので、その形状は有形の外的な結果となり、その対象の立場に立つようになる。したがってこの両者はお互いに、内的なものと外的なもの、原因的なものと結果的なもの、主体的なものと対象的なもの、縦的なものと横的なものとの相対的関係をもつようになるのである。これに対する例として、再び人間を取りあげてみることにしよう。心と体は、各々性相と形状に該当がいとうするもので、体は心に似ているというだけではなく、心の命ずるがままに動じ静ずる。それによって、人間はその目的を指向しこうしつつ生活を維持するのである。したがって、心と体とは、内外、原因と結果、主体と対象、縦と横などの相対的関係をもっているということができるのである。
 このように、いかなる被造物にも、その次元こそ互いに異なるが、いずれも無形の性相、すなわち、人間における心のように、無形の内的な性相があって、それが原因または主体となり、人間における体のようなその形状的部分を動かし、それによってその個性体を、ある目的をもつ被造物として存在せしめるようになるのである。それゆえ、動物にも、人間の心のようなものがあり、これがある目的を指向しこうする主体的な原因となっているので、その肉体は、その個体の目的のために生存を営むようになるのである。植物にもやはりこのような性相せいそう 的な部分があって、それが、人間における心のような作用をするので、その個体は有機的な機能を維持するようになるのである。そればかりでなく、人間が互いに結合するようになるのはそれらの中に各々結合しようとする心があるからであるのと同様、陽イオンと陰イオンとが結合してある物質を形成するのも、この二つのイオンの中に、各々その分子形成の目的を指向しこうするある性相的な部分があるからである。陽子を中心として電子が回転して原子を形成するのも、これまた、これらのものの中に、各々その原子形成の目的を指向しこうする性相的な部分があるからである。
 また、今日の科学によると、原子を構成している素粒子は、すべてエネルギーから成り立っているという。それゆえ、そのエネルギーが素粒子を形成するためには、必ずそのエネルギー自体の中にも、素粒子形成の目的を指向しこうする性相せいそう的な部分がなければならないということになる。更に一歩進んで、このように性相と形状とを備えているそのエネルギーを存在せしめることによって、あらゆる存在界の究極的な原因となるところのある存在を我々は追求せざるを得なくなるのである。この存在は、まさしく、あらゆる存在の第一原因として、これらすべてのものの主体となる性相と形状とを備えていなければならない。存在界のこのような第一原因を我々は神と呼び、この主体的な性相と形状のことを、神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうというのである。我々は、今、パウロが論証したように、あらゆる被造物に共通に見られる事実を追求することによって、神は本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうの二性性相にせいせいそう の中和的主体として、すべての存在界の第一原因であられることが理解できるようになった。
 既に述べたように、存在するものはいかなるものでも、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在するという事実が明らかにされた。それゆえに、森羅万象しんらばんしょうの第一原因としていまし給たもう神も、また、陽性と陰性の二性性相の相対的関係によって存在せざるを得ないということは、当然の結論だといわなければならない。創世記一章27節に「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と記録されているみ言ことばを見ても、神は陽性と陰性の二性性相の中和的主体としてもいまし給たもうということが、明らかに分かるのである。
 それでは、性相と形状の二性性相と、陽性と陰性の二性性相とは、互いにいかなる関係をもっているのだろうか。本来、神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうは、各々本陽性ほんようせいと本陰性ほんいんせいの相対的関係をもって現象化するので、神の本陽性ほんようせいと本陰性ほんいんせいは、各々本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうの属性である。それゆえ、陽性と陰性とは、各々性相と形状との関係と同一なる関係をもっている。したがって、陽性と陰性とは、内外、原因と結果、主体と対象、または縦たてと横よことの相対的関係をもっている。神が男性であるアダムの肋骨あばらぼねを取って、その対象としての女性であるエバを創造されたと記録してある理由もここにあるのである(創二・22)。我々はここにおいて、神における陽性と陰性とを、各々男性と女性と称するのである。
 神を中心として完成された被造世界は、ちょうど、心を中心として完成した人間の一個体のように、神の創造目的のままに、動じ静ずる、一つの完全な有機体である。したがって、この有機体も性相と形状とを備えなければならないわけで、その性相的な存在が神であり、その形状的存在が被造世界なのである。神が、被造世界の中心である人間を、神の形状である(創一・27)と言われた理由もここにある。したがって、被造世界が創造される前には、神は性相的な男性格主体としてのみおられたので、形状的な女性格対象として、被造世界を創造せざるを得なかったのである。コリントⅠ・一一章7節に、「男は、神のかたちであり栄光である」と記録されている聖句は、正にこのような原理を立証しているのである。このように、神は性相的な男性格主体であられるので、我々は神を父と呼んで、その格位を表示するのである。上述した内容を要約すれば、神は本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうの二性性相の中和的主体であると同時に、本性相ほんせいそう的男性と本形状ほんけいじょう的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給たもうという事実を知ることができる。

(二)神と被造世界との関係


 以上の論述によって、被造物はすべて、無形の主体としていまし給たもう神の二性性相に似た実体に分立された、神の実体対象であることが分かった。このような実体対象を、我々は個性真理体と称する。人間は神の形象的な実体対象であるので、形象的個性真理体といい、人間以外の被造物は、象徴的な実体対象であるために、それらを象徴的個性真理体という。
 
個性真理体は、このように神の二性性相にせいせいそうに似た実体として分立されたものであるがゆえに、それらは、神の本性相ほんせいそう的男性に似た陽性の実体と、その本形状ほんけいじょう的女性に似た陰性の実体とに分立される。さらに、このように分立された個性真理体は、すべて神の実体対象ともなるので、それらは各自、神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうに似て、それ自体の内に性相と形状の二性性相を備えるようになり、それにつれて、陽性と陰性の二性性相を、共に備えるようになる。
 ここにおいて、二性性相を中心として見た神と被造世界との関係を要約すれば、被造世界は、無形の主体としていまし給たもう神の二性性相が、創造原理によって、象徴的または形象的な実体として分立された、個性真理体から構成されている神の実体対象である。すなわち、万物は神の二性性相が象徴的な実体として分立された実体対象であり、人間はそれが形象的な実体として分立された実体対象である。それゆえ、神と被造世界とは、性相と形状との関係と同じく、内外、原因と結果、主体と対象、縦たてと横よこなど、二性性相の相対的な関係をもっているのである。
 
今、我々は創造原理に立脚して、東洋哲学の中心である易学えきがくの根本について調べてみることにしよう。易学えきがくでは、宇宙の根本は太極たいきょく(無極)であり、その太極から陰陽が、陰陽から木火土金水もっかどごんすいの五行ごぎょうが、五行ごぎょうから万物が生成せいせいされたと主張している。そして、陰陽を道と称し(一陰一陽之謂道いちいんいちようこれみちという)、その道は、すなわちみ言ことば(道也者言也みちはことばなり)であるといった。この内容を総合すれば、太極から陰陽、すなわちみ言ことばが、このみ言ことばから万物が生成せいせいされたという意味となる。したがって、太極は、すべての存在の第一原因として、陰陽の統一的核心であり、その中和的主体であることを意味するのである。
 
このようにして、ヨハネ福音書一章1節から3節に記録されているように、み言ことばはすなわち神であり、このみ言ことばから万物が創造されたというその内容と、これとを対照してみれば、陰陽の中和的な主体であるその太極は、二性性相の中和的主体である神を表示したものであるということを、知ることができるのである。
 
創造原理を見ても、み言ことばが二性性相から成り立っているがゆえに、そのみ言ことばから創造された被造物も二性性相からなるものでなければならない。したがって、陰陽が、すなわち「み言ことば」であるという易学えきがくの主張は妥当である。
 しかしながら、易学えきがくは単に陰陽を中心として存在界を観察することによって、それらが、すべて性相と形状とを備えているという事実を知らなかったので、太極が陰陽の中和的主体であることだけを明らかにするにとどまり、それが本来、本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうとによる二性性相の中和的主体であることを、明白にすることはできなかった。したがって、その太極が人格的な神であるという事実に関しては知ることができなかったのである。
 
ここにおいて、今我々は、易学えきがくによる東洋哲学の根本も、結局、創造原理によってのみ解明せられるという事実が分かった。そうして、近来、漢かん医学が漸次ぜんじその権威を増していくようになったのも、それが陰陽を中心とする創造原理的根拠に立脚しているからだということを知ることができるのである。

第二節 万有原力と授受作用および四位よんい基台




(一) 万 有 原 力

 神はあらゆる存在の創造主そうぞうしゅとして、時間と空間を超越して、永遠に自存じそんする絶対者である。したがって、神がこのような存在としておられるための根本的な力も、永遠に自存じそんする絶対的なものであり、同時にこれはまた、被造物が存在するためのすべての力を発生せしめる力の根本でもある。このようなすべての力の根本にある力を、我々は万有原力と呼ぶ。

(二) 授 受 作 用


 あらゆる存在をつくっている主体と対象とが、万有原力により、相対基準を造成して、良く授け良く受ければ、ここにおいて、その存在のためのすべての力、すなわち、生存と繁殖と作用などのための力を発生するのである。このような過程を通して、力を発生せしめる作用のことを授受作用という。ゆえに、万有原力と授受作用の力とは、各々原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、主体的なものと対象的なものという、相対的な関係をもっている。したがって、万有原力は縦的じゅうてきな力であり、授受作用の力は横的おうてきな力であるともいえるのである。
 
我々は、ここにおいて、万有原力と授受作用を中心として、神と被造物に関することを、更に具体的に調べてみることにしよう。神はそれ自体の内に永存する二性性相にせいせいそうをもっておられるので、これらが万有原力により相対基準を造成して、永遠の授受作用をするようになるのである。この授受作用の力により、その二性性相は永遠の相対基台を造成し、神の永遠なる存在基台をつくることによって、神は永存し、また、被造世界を創造なさるためのすべての力を発揮するようになるのである。
 また、被造物においても、それ自体をつくっている二性性相が、万有原力により相対基準を造成して、授受作用をするようになる。また、この授受作用の力により、その二性は相対基台を造成し、その個性体の存在基台をつくって初めて、その個性体は神の対象として立つことができるし、また、自らが存在するためのすべての力をも発揮できるようになるのである。これに対する例を挙げれば、陽子と電子の授受作用によって原子が存在できるし、またその融合作用などを起こすことができるのである。また、陽陰二つのイオンの授受作用によって、分子が存在するようになり、化学作用を起こすこともできる。また、陽電気と陰電気との授受作用によって、電気が発生し、すべての電気作用が起こるようになるのである。
 植物においては、導管どうかん
と師管しかんの授受作用によって、植物体の機能を維持し、有機的な生長をするようになる。そして、雄おしべと雌めしべの授受作用によって繁殖するのである。
 動物も雄おす
と雌めすの授受作用によって、その生体を維持し、また繁殖する。そして動植物間においても、酸素と炭酸ガスの交換、蜜蜂みつばちと花の授受作用などによってそれらは共存している。
 天体を見ても、太陽と惑星との授受作用によって、太陽系が存在すると同時に、宇宙形成のための運行うんこう
をなしている。また、地球と月も、授受作用によって一定の軌道を維持しながら、公転と自転の運行を継続しているのである。
 人間の肉体は、動静脈どうじょうみゃく
、呼吸作用、交感こうかん神経と副交感神経などの授受作用によって、その生せいを維持しており、その個性体は体と心の授受作用によって存在しながら、その目的のために活動している。
 さらに、家庭においては夫と妻が、社会においては人間と人間が、国家においては政府と国民が、もっと広く世界においては国家と国家が、お互いに授受作用をしながら共存している。
 
古今東西を問わず、いくら悪い人間であっても、正しいことのために生きようとするその良心の力だけは、はっきりとその内部で作用している。このような力は、だれも遮さえぎることができないものであって、自分でも知らない間に強力な作用をなすものであるから、悪を行うときには、直ちに良心の呵責を受けるようになるのである。もしも、堕落人間にこのような良心の作用がないとすれば、神の復帰摂理は不可能である。では、このような良心作用の力はいかにして生じるのであろうか。あらゆる力が授受作用によってのみ生じることができるのだとすれば、良心もやはり独自的にその作用の力を起こすことはできない。すなわち、良心もまた、ある主体に対する対象として立ち、その主体と相対基準を造成して授受作用をするからこそ、その力が発揮されるのである。我々は、この良心の主体を神と呼ぶのである。
 
堕落というのは、人間と神との授受の関係が切れることによって一体となれず、サタンと授受の関係を結び、それと一体となったことを意味する。イエスは神と完全な授受の関係を結んで一体となられた、ただ一人のひとり子として来られたお方である。したがって、堕落した人間が、イエスと完全なる授受の関係を結んで一体となれば、創造本性ほんせいを復帰して、神と授受作用をすることによって、神と一体となることができるのである。それゆえに、イエスは堕落人間の仲保となられると同時に、道であり、真理であり、また命でもあるのである。したがって、イエスは命をささげ、愛と犠牲によって、すべてのものを与えるために来られたお方であるから、だれでも彼に信仰をささげる者は滅びることのない永遠の命を得るのである(ヨハネ三・16)。キリスト教は、愛と犠牲により、イエスを中心として、人間同士がお互いに横的な授受の回路を回復させることによって、神との縦的な授受の回路を復帰させようとする愛の宗教である。それゆえに、イエスの教訓と行跡とは、みなこの目的のためのものであったのである。例を挙げれば、イエスは、「人をさばくな。自分がさばかれないためである。あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ」るであろう(マタイ七・1、2)と言われた。また、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ」(マタイ七・12)と語られ、「だから人の前でわたしを受けいれる者を、わたしもまた、天にいますわたしの父の前で受けいれるであろう」(マタイ一〇・32)とも言われた。また、イエスは、「預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう」(マタイ一〇・41)と言われ、「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者のひとりに冷たい水一杯でも飲ませてくれる者は、よく言っておくが、決してその報いからもれることはない」(マタイ一〇・42)とも言われたのである。

(三) 正分合作用による三対象目的を完成した四位よんい基台

(1) 正 分 合 作 用


 万有原力によって、神自体内の二性性相にせいせいそうが相対基準を造成して授受作用をするようになれば、その授受作用の力は繁殖作用を起こし、神を中心として二性性相の実体対象に分立される。このように分立された主体と対象が、再び万有原力により、相対基準を造成して授受作用をすれば、これらは再び、合性ごうせい一体化して、神のまた一つの対象となる。このように、神を正として、それより分立して、再び合性ごうせい一体化する作用を正分合作用と称する。

(2) 三 対 象 目 的


 正分合作用により、正を中心として二性の実体対象に分立された主体と対象と、そしてその合性体ごうせいたいが、各自主体の立場をとるときには、各々残りのものを対象として立たせて、三対象基準を造成する。そうして、それらがお互いに授受作用をするようになれば、ここで、その主体を中心として、各々三対象目的を完成するようになる。

(3) 四 位 基 台


 このように、正分合作用により、正を中心として、二性の実体対象に立たされた主体と対象と、またその合性体が各々三対象目的を完成すれば、四位よんい基台を造成するようになる。
 四位よんい
基台は四数の根本であり、またそれは、三対象目的を完成した結果であるので、三数の根本でもある。四位よんい基台は正分合作用によって、神、夫婦、子女の三段階をもって完成されるのであるから、三段階原則の根本となるのである。四位よんい基台は、その各位を中心として、各々三対象となるので、これらを総合すれば十二対象となる。ゆえに、十二数の根本ともなるのである。また、四位よんい基台は、創造目的を完成した善の根本的な基台でもあるので、神が運行できるすべての存在と、またそれらが存在するための、すべての力の根本的な基台ともなる。したがって、四位よんい基台は、神の永遠なる創造目的となるのである。

(4) 四位よんい基台の存在様相


 正分合作用により三対象目的をつくって四位よんい基台を完成した存在は、いかなるものでも、円形、または球形運動をなして、立体として存在する。今、我々はその理由を調べてみることにしよう。正分合作用により神の二性性相が、各々その実体対象に分立された主体と対象において、その対象が主体に対応して相対基準を造成すれば、その対象は主体を中心としてお互いに授ける力(遠心力)と、受ける力(求心力)とを交換しあって授受作用をするようになる。このように、主体と対象とが授受作用をするようになれば、その対象は主体を中心として互いに回転して、円形運動をするようになるから合性ごうせい一体化する。また、これと同一なる原理によって、その主体は神の対象となり、神を中心として回転して神と合性ごうせい一体化し、また、その対象が、このような主体と合性ごうせい一体化 するようになるとき、初めてその合性体は、神の二性性相に似た実体対象となる。このように、その対象は、その主体と合性ごうせい一体化することによって、初めて神の対象となることができるのである。
 そうして、この実体対象における主体と対象も、これまた、各々二性性相にせいせいそう
からできているので、それらも同一の授受作用の原理によって、各自円形運動をしているのである。この実体対象は、このように、各自絶え間のない運動をしている主体と対象の授受作用によって、円形運動をするのであるから、その円形運動は、この運動を起こしているその主体と対象自体の特殊な運動様相により、場合によっては、同一の平面上の軌道でのみ起こることもあるが、一般的には、その主体を中心として、絶え間なくその円形運動の軌道の角度を異にしながら回転するので、この運動はやがて球形運動を起こすようになるのである。したがって、四位よんい基台を完成した存在は、みな円形、または球形運動をするようになるので、その存在様相は立体とならざるを得ない。
 
これに対する例として、太陽系を挙げてみることにしよう。太陽を主体とするすべての惑星は、太陽の対象となり、それと相対基準を造成して、太陽を中心として、それと対応して、遠心力と求心力による授受作用をするがゆえに、それらはみな、公転の円形運動をするようになる。このような円形運動をする太陽と惑星などは、合性ごうせい一体化して太陽系をつくるのである。しかるに、二性性相の複合体である地球が自転するだけでなく、太陽や、太陽を中心とした他の惑星なども、また二性性相の複合体であるので、絶え間なく自転している。したがって、このように自転している太陽と惑星などの授受作用による太陽系の円形運動は、常に同一の平面上の軌道においてのみ起こるのではなく、太陽を中心として、絶えずその軌道の角度を変えながら回転するので、太陽系は球形運動をするようになり、立体として存在するのである。このように、すべての天体は円形、または球形運動によって立体として存在する。このような無数の天体が互いに授受作用をすることによって、合性ごうせい一体化されてつくられる宇宙も、やはり同じ原理により球形運動をすることによって、立体として存在するのである。
 原子を形成している電子が、陽子と相対基準を造成して、陽子を中心として授受作用をするようになれば、それらは円形運動を起こすことにより合性ごうせい一体化し、原子を形成するようになる。このように、陽子と電子も各々二性性相からなっていて、各自絶え間なく運動をしているので、このような陽子と電子の授受作用による円形運動も、やはり同一の平面上の軌道においてのみ起こるのではなく、陽子を中心として絶え間なくその角度を変えながら回転するので、この運動はやがて、球形運動に変わる。原子もまたこのように球形運動をすることによって立体として存在するようになる。電気によって、陽陰二極に現れる磁力線も、同じ原理により、球形運動をするのである。
 また、このような例を人間において考えてみることにしよう。体は心の対象として、心と相対基準をつくって授受作用をするようになれば、体は心を中心として円形運動をすることによって合性ごうせい一体化する。そうして、心が神の対象となり、神を中心として回転して、神と合性ごうせい一体化し、体がこのような心と合性ごうせい一体化するようになれば、その個体は初めて、神の二性性相に似た実体対象となり、創造目的を完成した人間となるのである。しかるに、体と心も各々二性性相からできていて、それ自体も各自絶え間のない運動をしているので、このような体と心の授受作用によって起こる円形運動は、神を中心として、絶えずその角度を変えながら回転するようになり、球形運動に変わる。それゆえに、創造目的を完成した人間は、神を中心として、常に球形運動の生活をする立体的な存在であるので、結局、無形世界までも主管しゅかんするようになるのである(本章第六節参照)。
 このように、主体と対象が授受作用をする平面的な回路による円形運動が、再び立体的な回路によって球形運動に変わることによって、創造の造化ぞうかの妙味が展開されるのである。すなわち、その回路の距離、様相、状態、方向、角度、また、それらが各々授受する力の速度などの差異によって、千態万象せんたいばんしょうの造化の美が展開されるようになるのである。
 
すべての存在は、性相せいそうと形状を備えているので、それらの球形運動にも、性相的なものと形状的なものとの二つがある。したがって、その運動の中心にも、性相的な中心と形状的な中心とがある。そうして、前者と後者は、性相と形状の関係と、同じ関係をもっている。それでは、この球形運動の究極的な中心はいったい何であろうか。神の二性性相にせいせいそうの象徴的実体対象として創造された被造物の中心は、人間であり、神の形象的実体対象として創造された人間の中心は神なので、結局、被造世界の球形運動の究極的な中心は神であられる。我々は、これに関することを、もっと具体的に調べてみることにしよう。
 神のすべての実体対象に備えられている主体と対象において、その対象の中心がその主体にあるので、主体と対象の合性体ごうせいたいの中心も、やはりその主体にある。しかるに、その主体の究極的な中心は神であるので、その合性体の究極的な中心もまた神である。それゆえに、神の三対象が相対基準を造成して、それらの三つの中心が神を中心として一つになり、授受作用をすることによって、三対象目的を完成するとき、初めて、四位よんい基台が完成できるのである。したがって、四位よんい基台の究極的な中心は神である。このように、四位よんい基台を完成した各個の被造物を個性真理体という。しかるに、上述したように、この個性真理体は、形象的個性真理体(人間)と、象徴的個性真理体(人間以外の被造物)とに大別たいべつされる。被造世界は無数の個性真理体によって構成されているが、その低級なものから高級なものに至るまで、段階的に秩序整然として連結されている。その中で人間は、最高級の個性真理体として存在している。そうして個性真理体はすべて球形運動をしており、低級な個性真理体は、より高級な個性真理体の対象となるので、この対象の球形運動の中心は、いま一つ高級位にあってその主体となっている個性真理体なのである。このように、数多くの象徴的個性真理体の中心は、低級なものから、より高級なものへと、だんだん上位に連結され、その最終的な中心は、形象的個性真理体である人間となるのである。
 
このことについてもう少し詳しく考えてみることにしよう。今日の科学は、物質の最低単位を素粒子と見なしているが、素粒子はエネルギーからなっている。ここにおいて、物質世界を構成している各段階の個性真理体の存在目的を、次元的に観察してみると、エネルギーは素粒子の形成のために、素粒子は原子の構成のために、原子は分子の構成のために、分子は物質の形成のために、すべての物質は宇宙森羅万象しんらばんしょうの個体を構成するために、各々存在していることを知ることができる。それゆえに、エネルギーの運動の目的は素粒子に、素粒子の目的は原子に、原子の目的は分子に、分子の目的は物質に、すべての物質の目的は宇宙形成にあるのである。それでは、宇宙は何のためにあるのであり、その中心は何であるのだろうか。それは、まさしく人間である。ゆえに、神は人間を創造されたのち、被造世界を主管しゅかんせよ(創一・28)と言われた。もしも、被造世界に人間が存在しないならば、その被造世界は、まるで、見物者のいない博物館のようなものとなってしまう。つまり、博物館のすべての陳列品は、それらを鑑賞し、愛し、喜んでくれる人間がいて初めて、歴史的な遺物として存在し得るところの因縁的な関係が、それらの間で結ばれ、各々その存在の価値を表すことができるのである。もしも、そこに、その中心となる人間が存在しないとすれば、それらはいったいいかなる存在意義をもつであろうか。人間を中心とする被造世界の場合も、これと少しも変わるところはない。すなわち、人間が存在して、被造物を形成しているすべての物質の根本とその性格を明らかにし、分類することによって初めて、それらはお互いに、合目的的な関係を結ぶことができるのである。さらにまた、人間が存在することによって初めて、動植物や水陸万象や宇宙を形成しているすべての星座などの正体しょうたいが区別でき、それらが人間を中心として、合目的的な関係をもつことができるのである。それから物質は人間の肉体に吸収されて、その生理的な機能を維持させる要素となり、森羅万象しんらばんしょうは人間の安楽な生活環境をつくるための材料となるのである。これらはみな、人間の被造世界に対する形状的な中心としての関係であるが、これ以外にも、また、性相せいそう的な中心としての関係がある。前者を肉的な関係であるというならば、後者は精神的、または霊的な関係である。物質から形成された人間の生理的機能が、心の知情意に完全に共鳴するのは、物質もやはり、知情意に共鳴できる要素をもっているという事実を立証するものにほかならない。このような要素が、物質の性相を形成しているために、森羅万象しんらばんしょうは、各々その程度の差こそあれ、すべてが知情意の感応体かんのうたいとなっている。我々が自然界の美に陶酔とうすいして、それらと渾然こんぜん一体の神秘境しんぴきょうを体験できるのは、人間が被造物のこのような性相の中心ともなるからである。人間は、このように、被造世界の中心として創造されたために、神と人間が合性ごうせい一体化した位置が、まさしく天宙の中心となる位置なのである。
 
我々はまた、他の面において、人間が天宙てんちゅうの中心となるということについて論じてみることにしよう。詳細なことは第六節で述べるけれども、無形と有形の二つの世界を総称して天宙というが、人間はこの天宙を総合した実体相である。しかるに、既に述べたように、天宙を形成しているすべての被造物は、主体と対象とに分けられることが分かるのである。
 ここにおいて、我々は、人間始祖として創造されたアダムがもし完成したならば、彼は被造物のすべての存在が備えている主体的なものを総合した実体相となり、エバが完成したならば、彼女は被造物すべての存在が備えている対象的なるものを総合した実体相となるという結論を、直ちに得ることができる。神は被造世界を主管しゅかんするように人間を創造されたので、アダムとエバが共に成長して、アダムは被造物のすべての主体の主管主として完成し、またエバはすべての対象の主管主しゅかんしゅとして完成され、彼らが夫婦となって一体となったならば、それがまさしく、主体と対象とに構成されている被造世界の全体を主管する中心体となるべきであったのである。
 また、人間は天宙の和動わどう
の中心として創造されたので、すべての被造物の二性性相の実体的な中心体であるところのアダムとエバが、完成されて夫婦になってから、彼らがお互いに和動して一体となったときに、初めて二性性相として創造された全天宙と和動することができるのである。このように、アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置が、正に愛の主体であられる神と、美の対象である人間とが一体化して、創造目的を完成した善の中心となる位置なのである。ここにおいて、初めて父母なる神は、子女として完成された人間に臨在されて、永遠に安息されるようになるのである。このときこの中心は、神の永遠なる愛の対象であるために、これによって、神は永遠に刺激的な喜びを感ずるようになる。また、ここにおいて初めて、神のみ言ことばが実体として完成するので、これが正に真理の中心となり、すべての人間をして創造目的を指向しこうするように導いてくれる本心の中心ともなるのである。それゆえに、被造世界は、このように人間が完成されて、神を中心として夫婦となることによってつくられる四位よんい基台を中心に、合目的的な球形運動をするようになる。しかるに、被造世界は人間の堕落によってこの中心を失ったので、万物も実に切なる思いで、神の子たち、すなわち創造本性を復帰した人間たちが出現して、その中心となってくれる日を待ち望んでいるのである(ロマ八・19〜22)。

(四) 神 の 遍 在 性へんざいせい


 上述のように、正分合せいぶんごう作用によって三対象目的を完成した四位よんい基台は、神を中心として球形運動を起こし、神と一体となるので、それは、神が運行できるすべての存在の、また、その存在のためのすべての力の根本的な基台となるということを我々は知った。ところで、創造目的を完成した世界においては、神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうの実体となっているすべての個性体は、みな、このように球形運動を起こし、神が運行できる根本的な基台を造成するようになっている。このようにして、神は一切の被造物の中に遍在されるようになるのである。

(五) 生 理 体 の 繁 殖


 生理体が存続するためには、繁殖しなければならないし、その繁殖は授受作用による正分合作用によってなされる。これに対する例を挙げれば、植物は花の種子から花の雄おしべと雌めしべができ、その雄おしべと雌めしべの授受作用によって、再び多くの種子を結んで繁殖する。動物においてはその雄おすと雌めすが成長して、お互いに授受作用をして子を産むことによって繁殖する。また、動植物のすべての細胞分裂も授受作用によって起こるようになる。
 ある目的を立てて、心が望むとおりに体が実践して、体と心とが授受作用をするようになれば、同志ができ、同志たちがお互いに良く授け、良く受ければ、もっと多くの同志を繁殖する。このような面から見れば、被造世界は、無形の神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうが、その創造目的を中心として、授受作用をすることによって、それが実体的に展開されて繁殖したものであると見ることができる。

(六) すべての存在が二性性相にせいせいそうになっている理由


 いかなるものでも、存在するためには、必ずある力を必要とするようになるが、その力は授受作用によってのみ起こる。けれども、いかなるものも単独で授受することはできないので、それが存在するための力を起こすには、必ず授受作用ができる主体と対象との二性性相として存在しなければならない。
 また直線上の運動においてはいつかは終わりがこなければならないので、このような直線運動をしている存在は永遠性をもつことができない。それゆえに、いかなるものでも、永遠性をもつためには回転しなければならないし、回転するためには主体と対象が授受作用をしなければならない。それゆえに、神も永遠性をもつために、二性性相としていまし給たも
うのであるし、神の永遠なる対象である被造物も永遠性をもつためには、神に似た二性性相として存在しなければならない。そして、時間と周期的な輪廻りんねとによって、永遠性を維持しているのである。


第三節 創造目的



(一) 被造世界を創造された目的


 被造物の創造が終わるごとに、神はそれを見て良しとされた、と記録されている創世記のみ言ことばを見れば(創一・4〜31)、神は自ら創造された被造物が、善の対象となることを願われたことが分かる。このように被造物が善の対象になることを願われたのは、神がそれを見て喜ばれるためである。それでは、被造物がいかにすれば、神に一番喜ばれるのであろうか。神は万物世界を創造されたのち、最後に御自分の性相せいそうと形状のとおりに、喜怒哀楽の感性をもつ人間を創造され、それを見て楽しもうとされた。そこで、神はアダムとエバを創造なさったのち、生育せいいくせよ、繁殖せよ、万物世界を主管しゅかんせよ(創一・28)と言われたのである。この三大祝福のみ言ことばに従って、人間が神の国、すなわち天国をつくって喜ぶとき、神もそれを御覧になって、一層喜ばれるということはいうまでもない。
 それでは、神の三大祝福は、いかにして完成されるのだろうか。それは、創造の根本基台である四位よんい
基台が成就された基盤の上でのみ成就されるのである。それゆえに、神が被造世界を創造なさった目的は、人間をはじめ、すべての被造物が、神を中心として四位よんい基台を完成し、三大祝福のみ言ことばを成就して、天国をつくることにより、善の目的が完成されたのを見て、喜び、楽しまれるところにあったのである。
 それゆえに、人間を中心とする被造世界が存在する目的は、神を喜ばせることであった。また、すべての存在は二重目的をもつ連体れんたい
である。既に述べたように、すべての存在の中心には、性相的なものと、形状的なものとの二つがあるので、その中心が指向しこうする目的にも、性相的なものと形状的なものとの二つがあって、それらの関係は性相と形状との関係と同じである。そして、性相的な目的は全体のためにあり、形状的な目的はそれ自体のためにあるもので、前者と後者は、原因的なものと結果的なもの、内的なものと外的なもの、主体的なものと対象的なものという関係をもっている。それゆえに、全体的な目的を離れて、個体的な目的があるはずはなく、個体的な目的を保障しない全体的な目的もあるはずがない。したがって、森羅万象しんらばんしょうの被造物は、このような二重目的によって連帯しあっている一つの広大な有機体なのである。

(二) 神の喜びのための善の対象


 神の創造目的に関する問題を詳細に知るためには、我々がどんな状態にいるときに、喜びが生ずるかという問題を先に知らなければならない。喜びは独自的に生ずるものではない。無形のものであろうと、実体であろうと、自己の性相と形状のとおりに展開された対象があって、それからくる刺激によって自体の性相と形状とを相対的に感ずるとき、ここに初めて喜びが生ずるのである。一つの例を挙げれば、作家の喜びは、彼がもっている構想自体が対象となるか、あるいはその構想が、絵画かいがとか彫刻などの作品として実体化して対象となったとき、その対象からくる刺激によって、自己の性相せいそうと形状とを相対的に感じて初めて生ずるようになる。ここで、構想自体が対象として立つときには、それからくる刺激は実体的なものではないために、それによる喜びも実体的なものとなることはできない。人間のこのような性稟せいひんは、みな神に似たものである。ゆえに、神もその実体対象からくる刺激によって、それ(神)自体の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうを相対的に感ずるとき、初めて喜びに満たされるということを知ることができる。
 四位よんい
基台の基盤の上で、三大祝福による天国が実現すれば、これがすなわち、神が喜びを感ずる世界であるということを、既に我々は説明してきた。そこで、これがいかにして神の喜びのための善の対象となるかを調べてみることにしよう。
 神の第一祝福は個性を完成することにある。人間が個性を完成しようとすれば、神の二性性相にせいせいそうの対象として分立された心と体とが、授受作用によって、合性ごうせい一体化して、それ自体において、神を中心として個体的な四位よんい基台をつくらなければならない。神を中心として心と体とが創造本然ほんぜんの四位よんい基台を完成した人間は、神の宮みやとなって(コリント三・16)、神と一体となるので(ヨハネ一四・20)、神性しんせいをもつようになり、神の心情を体恤たいじゅつすることによって神のみ旨を知り、そのみ旨に従って生活をするようになる。このように個性を完成した人間は、神を中心としたその心の実体対象となり、したがって、神の実体対象となる。ここで、その心と神は、このような実体対象からくる刺激によって、それ自体の性相と形状とを相対的に感ずることができるので、喜びに満ちることができるのである。そうであるから、個性を完成した人間は、神の喜怒哀楽を直ちにそれ自体のものとして感ずるようになり、神が悲しむ犯罪行為をすることができなくなるので、絶対に堕落することがない。
 
つぎに、神の第二祝福を成就するためには、神の二性性相が各々個性を完成した実体対象として分立されたアダムとエバが夫婦となり、合性ごうせい一体化して子女を生み殖やし、神を中心として家庭的な四位よんい基台をつくらなければならないのである。このように、神を中心として四位よんい基台をつくった家庭や社会は、個性を完成した人間一人の容貌ようぼうに似るようになるので、これは、神を中心とした人間の実体対象であり、したがって、また神の実体対象ともなるのである。それゆえに、人間や神は、このような家庭や社会から、それ自体の性相と形状とを相対的に感ずるようになり、喜びに満ちることができる。したがって、人間が神の第二祝福を完成すれば、それもまた神の喜びのための善の対象となるのである。
 
そのつぎに、人間が神の第三祝福を完成すれば、それがどうして神の喜びのための善の対象となるかを調べてみることにしよう。この問題を解明するためには、まず性相と形状とから見た人間と万物世界との関係を知らなければならない。
 神は人間を創造する前に、未来において創造される人間の性相と形状とを形象的に展開して、万物世界を創造された。それゆえに、人間は万物世界を総合した実体相となるのである。人間を小宇宙しょううちゅう
という理由は、すなわちここにある。
 神は下等動物から、次第に機能の複雑な高等動物を創造されて、最後に、最高級の機能をもった存在として人間を創造された。ゆえに、人間にはすべての動物の構造と要素と素性そせい
とが、ことごとく備えられているのである。人間がいかなる動物の声でも出すことができるのは、いかなる動物の発声器の性能をも備えているということを立証するものである。また、人間はいかなる被造物の形や線の美もみな備えているので、画家は人間の裸体をモデルとして画法を研磨けんまするのである。
 人間と植物とを比べてみても、その構造と機能には差異があるが、しかしすべてが細胞からできている点においては同一である。それから、人間には植物の構造と要素とその素性そせいとが、ことごとく備えられている。すなわち、植物の葉はその容貌ようぼうや機能から見て、人間の肺に該当がいとうする。葉が大気中から炭酸ガスを吸収するように、肺も酸素を吸収する。植物の幹と枝は人間の心臓に該当がいとうするもので、栄養素を全体に供給する。そして植物の根は人間の胃腸に該当がいとうするもので、栄養素を摂取する。さらにまた、植物の導管と師管しかんの形態と機能とは、人間の動脈どうみゃくと静脈じょうみゃくに該当がいとうするのである。
 また、人間は水と土と空気で創造されたので、鉱物質の要素をももっている。地球も人体構造の表示体になっている。地球には植物に覆おおわれた地殻ちかくがあり、地層の中には地下泉があって、その下に岩層に覆われた熔岩層があるが、これは、ちょうど、産毛うぶげで覆われた皮膚があって、筋肉の中には血管があり、その下には骨格と、骨格に覆われた骨髄がある人間の構造とよく似ている。
 神の第三祝福は、万物世界に対する人間の主管性しゅかんせいの完成を意味する。人間が祝福を成就するためには、神の形象的実体対象である人間と、その象徴的実体対象である万物世界とが、愛と美を授け受けして合性ごうせい一体化することにより、神を中心とする主管的な四位よんい基台が完成されなければならない(本章第五節(二)(3)参照)。
 既に論じたように、万物世界はどこまでも、人間の性相と形状とを実体として展開したその対象である。それゆえに、神を中心とする人間は、その実体対象である万物世界からくる刺激によって、自体の性相と形状とを相対的に感ずることができるために、喜ぶことができるのである。そして、神はこのように、人間と万物世界とが合性ごうせい一体化することによって、神の第三対象である被造世界によって、神自体の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうに対する刺激的な感性を相対的に感じて、喜びに浸ることができる。人間がこのような神の第三祝福を完成すれば、それも神の喜びのための、また一つの善の対象となるのである。このように神の創造目的が完成されたならば、罪の影さえも見えない理想世界が地上に実現されたはずであって、このような世界を称して、我々は地上天国という。のちに詳細に説明するが、元来、人間は地上天国で生活して、肉体を脱ぐと同時に、霊界で自動的に天上天国の生活をするように創造されているのである。
 
既に説明したすべての事実を総合してみると、天国は神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうのとおりに、個性を完成した人間一人の容貌ようぼうに似た世界であるということを、我々は知ることができる。人間において、その心の命令が中枢ちゅうすう神経を通じて、その四肢五体ししごたいに伝達されることにより、その人体が一つの目的を指向しこうして動じ静ずるように、天国においては、神の命令が人類の真の父母を通して、すべての子女たちに伝達されることにより、みな一つの目的に向かって動じ静ずるようになるのである。


第四節 創 造 本 然 の 価 値




(一) 創造本然ほんぜんの価値の決定とその価値の基準


 創造本然ほんぜんの価値はいかにして決定されるのだろうか。ある対象がもっている価値は、その対象が存在する目的と、それに対する人間主体の欲求との相対的関係によって決定されるというのが、我々の今まで考えてきた一般的な価値観であった。しかし、ある個性体の創造本然ほんぜんの価値は、それ自体の内に絶対的なものとして内在するものでなく、その個性体が、神の創造理想を中心として、ある対象として存在する目的と、それに対する人間主体の創造本然ほんぜんの価値追求欲が相対的関係を結ぶことによって決定される。したがって、ある対象が創造本然ほんぜんの価値をもつためには、それが人間主体との授受作用により合性ごうせい一体化して、神の第三対象になり、創造本然ほんぜんの四位よんい基台をつくらなければならない。では、創造本然ほんぜんの価値の基準はどこにあるのだろうか。創造本然ほんぜんの価値は、ある対象と人間主体とが、神を中心として、創造本然ほんぜんの四位よんい基台を完成するときに決定されるが、この四位よんい基台の中心が絶対者であられる神であるから、この価値の基準も絶対者なる神である。それゆえに、絶対者であられる神を基準として、これに対して相対的に決定されるある対象の創造本然ほんぜんの価値もまた絶対的でないはずがない。
 
例を挙げれば、花の美はいかにして決定されるのだろうか。それは、神がその花を創造された目的と、その花の美を求める、人間の美に対する創造本然ほんぜんの追求欲が合致するとき、言い換えれば、神の創造理想に立脚した人間の美に対する追求欲が、その花からくる情的な刺激によって満たされ、人間が完全な喜びを感ずるとき、その創造本然ほんぜんの美が決定される。このように、創造目的を中心として、その花から感ずる喜びが完全であるとき、その花の美は絶対的である。ここに、その美の追求欲というのは、人間自身がその性相せいそうと形状とを、その対象を通じて相対的に感じようとする欲望をいうのである。また、その花の創造目的と、その花に対する人間の価値追求欲とが合致する瞬間、その対象と主体は渾然一体の状態をなすようになる。それゆえに、ある存在が創造本然ほんぜんの価値をもつためには、神を中心として、それとそれに対する人間主体とが渾然一体の状態となって、神の第三対象となり、四位よんい基台をつくらなければならない。そうすれば、絶対的な価値の基準である神に対して相対的に決定された万物の創造本然ほんぜんの価値も絶対的なものとなるのである。今まで、ある対象の価値が絶対的なものとならず、相対的であったのは、その対象と、それに対する堕落人間との間になされる授受の関係が、神の創造理想を中心としたものでなく、サタン的な目的と欲望を中心としたものであったからである。

(二) 創造本然ほんぜんの知情意と創造本然ほんぜんの真美善


 人間の心は、その作用において、知情意の三機能を発揮する。そうして人間の肉身は、その心の命令に感応かんのうして行動する。これを見ると、その肉身は心、すなわち知情意の感応体かんのうたいとして、その行動は真美善の価値を追求するものとして表れるのである。神はどこまでも、人間の心の主体であるので、知情意の主体でもある。したがって、人間は創造本然ほんぜんの価値実現欲によって、心で神の本然ほんぜんの知情意に感応かんのうし、体でこれを行動することによって、初めてその行動は、創造本然ほんぜんの真美善の価値を表すようになるのである。

(三) 愛と美、善と悪、義と不義

(1) 愛 と 美


 神から分立された二性の実体が、相対基準を造成して授受作用をすることにより四位よんい基台をつくろうとするとき、それらが神の第三対象として合性ごうせい一体化するために、主体が対象に授ける情的な力を愛といい、対象が主体に与える情的な力を美という。ゆえに、愛の力は動的であり、美の刺激は静的である。
 
神と人間について例をとれば、神は愛の主体であり、人間は美の対象である。男女については、男子は愛の主体であり、女子は美の対象である。被造世界においては、人間は愛の主体となり、万物世界は美の対象となるのである。しかし、主体と対象とが合性ごうせい一体化すれば、美にも愛が、愛にも美が内包ないほうされるようになる。なぜかといえば、主体と対象とが互いに回転して一体となれば、主体も対象の立場に、対象も主体の立場に立つことができるからである。対人関係において、目上の人の愛に対して目下の人がささげる美を忠といい、父母の愛に対して子女がささげる美を孝といい、また夫の愛に対して妻がささげる美を烈という。愛と美の目的は、神から実体として分立された両性が、愛と美を授受することによって合性ごうせい一体化して、神の第三対象となることによって、四位よんい基台を造成して創造目的を達成するところにある。
 つぎに、神の愛とは何であるかを調べてみることにしよう。神を中心としてその二性性相にせいせいそう
の実体対象として完成されたアダムとエバが一体となり、子女を生み殖やして、父母の愛(第一対象の愛)、夫婦の愛(第二対象の愛)、子女の愛(第三対象の愛)など、創造本然ほんぜんの三対象の愛を体恤たいじゅつすることによってのみ、三対象目的を完成し、四位よんい基台を完成した存在として、人間創造の目的を完成するようになる。このような四位よんい基台の三対象の愛において、その主体的な愛が、まさしく神の愛なのである。それゆえ、神の愛は三対象の愛として現れ、四位よんい基台造成のための根本的な力となるのである。したがって、四位よんい基台は神の愛を完全に受けて、これを体恤たいじゅつできる完全な美の対象であり、また、完全な喜びの対象であるから、創造目的を完成した善の根本的な基台なのである。

(2) 善 と 悪


 主体と対象が愛と美を良く授け、良く受けて合性ごうせい一体化して神の第三対象となり、四位よんい基台を造成して、神の創造目的を成就する行為とか、その行為の結果を善といい、サタンを中心として四位よんい基台を造成して、神の創造目的に反する目的のための行為をなすこと、または、その行為の結果を悪というのである。
 
例を挙げれば、神を中心として心と体が、主体と対象の立場において、愛と美を良く授け良く受けて合性ごうせい一体化し、個人的な四位よんい基台を造成して、創造目的を完成した個性体となり、神の第一祝福を完成するようになるとき、その個性体、または、そのような個性体をつくるための行為を善という。そして、神を中心としてアダムとエバが、主体と対象の立場において、愛と美を良く授け良く受けて夫婦となり、子女を生み殖やして家庭的な四位よんい基台を造成して、創造目的を完成した家庭をつくり、神の第二祝福を完成するようになるとき、その家庭、または、そのような家庭をつくるための行為を善という。また、個性を完成した人間が、ある事物を第二の自我として、その対象の立場に立たしめ、それと合性ごうせい一体化して神の第三対象をつくり、主管的な四位よんい基台を造成して神の第三祝福を完成するようになるとき、その事物とか、または、その事物をつくるための行為を善という。サタンを中心として四位よんい基台を造成することによって上記のような神の三大祝福に反対の目的を成し遂げる行為、または、その行為の結果を悪というのである。

(3) 義 と 不 義


 善の目的を成就していく過程において、その善の目的に役立つ生活的要素を義といい、悪(サタン)の目的を成就していく過程において、その悪の目的に役立つ生活的要素を不義という。それゆえに、善の目的を成就するためには、必然的に、義の生活を必要とするようになるので、義が善の目的を追求する理由は、すなわちここにある。


第五節 被造世界の創造過程とその成長期間 




(一) 被造世界の創造過程


 創世記一章を見れば、天地創造は、地は形なく、むなしく、やみが淵ふちのおもてにあり、というところで、光を創造されることから出発して、その次には、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられ、その次に、陸と海とを分け、続いて、植物をはじめ、魚類、鳥類、ほ乳類、人類などを創造されるのに、六日という期間を要したと記録されている。これによって、我々は被造世界の創造が終わるまで、六日という時間的な過程があったということを知るのである。ここにおいて、我々は、聖書に記録された創造の過程が、今日、科学者たちの研究による宇宙の生成せいせい過程とほぼ一致するという事実を知ることができる。科学者たちの文献によると、宇宙は初めはガス状態として、無水時代の混沌こんとんと空虚くうきょの中で天体がつくられ、降雨による有水ゆうすい時代になって、水でできたおおぞらが形成され、その次に、火山の噴出によって水の中に陸地が現れて、海と陸地が生成せいせいされ、次には、下等の植物と動物から始まって、順次に魚類、鳥類、ほ乳類、人類が生成せいせいされたといい、地球の年齢を数十億年と推算している。今から数千年前に記録されたこの聖書の天地創造過程が、今日の科学者たちの研究したものとほぼ一致しているという事実を見るとき、我々は、この記録が神の啓示けいじであることは間違いないということを再確認することができる。
 ここにおいて、宇宙は時間性を離れて突然に生成せいせいされたものではなく、それが生成せいせいされるまでには、相当な時間を要したという事実を我々は知った。したがって、天地創造を完了するまでの六日というのは、実際は、日の出と日没の回数によって計算される六日ではなく、創造過程の六段階の期間を表示したものであることが分かる。

(二) 被造物の成長期間


 被造世界の創造が終わるまで、六日、すなわち六段階の期間を要したという事実は、正に被造世界を構成している各個性体が完成されるに際しても、ある程度の期間が必要であったことを意味する。また、創世記一章にある天地創造に関する記録を見ても、その日その日の創造が終わるたびごとに、その序数日数を明らかにしているが、この日数表示によっても、我々被造物の完成にはある期間が必要であったことを知ることができるのである。すなわち、神は初めの日の創造が終わると、「夕となり、また朝となった。第一日である(創一・5)」と言われた。夕から夜が過ぎて、次の日の朝になれば、第二日であるにもかかわらず、第一日であると言われたのは、被造物が夜という成長期間を経て、朝になって完成したのち、初めて創造目的を完成した被造物として、創造理想を実現するための出発をするようになるからである。
 このように、被造世界で起こるすべての現象は、必ずある程度の時間が経過したのち、初めてその結果が現れるようになる。これは被造物が創造されるとき、一定の成長期間を経て完成できるように創造されたからである。

(1) 成長期間の秩序的三段階


 被造世界は神の本性相ほんせいそうと本形状ほんけいじょうとが数理的な原則によって、実体的に展開されたものである。ここにおいて我々は、神は数理性をもっておられるということを推測できる。またさらに、神は絶対者でありながら、相対的な二性性相にせいせいそうの中和的存在であられるので、三数的な存在である。したがって、唯一なる神に似た被造物(創一・27)はその存在様相やその運動、さらにまたその成長期間がみな三数過程を通じて現れるようになる。
 
したがって、神の創造目的である四位よんい基台は、神、アダムとエバ、そして子女の繁殖という三段階の過程を通じて、初めて完成するようになる。四位よんい基台を造成して円形運動をするには、必ず正分合せいぶんごうの三段階の作用を経て、三対象目的をつくり、三点を通過しなければならない。ゆえに、一つの物体が定着するには、最少限三点で支持されなければならない。またこのように、すべての被造物が完成するに当たっても、その成長期間は、蘇生そせい期、長成ちょうせい期、完成期の秩序的三段階を通じてのみ完成するようになる。では、自然界で三数として現れている例を挙げてみることにしよう。自然界は動物と植物と鉱物からなり、物質は気体と液体と固体の三相を表している。植物は根と幹と葉の三部分からなり、動物は頭部と胴部と四肢ししの三部分からなっている。
 我々はまた、聖書に見られる三数の例を挙げてみることにしよう。人間は成長期間の三段階を完成できずに堕落し、創造目的を完成できなかったので、この目的を再び完成するに当たっても、この三段階を通過しなければならない。それゆえ、復帰摂理は三数を求める摂理をされた。したがって、聖書には、三数を中心とした摂理の記録が多い。父、子、聖霊せいれいの三位い、楽園の三層、ルーシエル、ガブリエル、ミカエルの三天使、箱舟の三層、ノアの洪水のときの三次にわたる鳩はと、アブラハムの三種の供え物、イサクの献祭けんさいの三日間、モーセの三日間の闇と災い、出エジプト路程のための三日間のサタン分立期間、カナン復帰のための三次にわたる四十年期間、ヨルダンを渡る前のヨシュアを中心とするサタン分立の三日期間、イエスの三十年私生涯と三年の公生涯、三人の東方博士はかせ、彼らの三つの貢みつぎ物もの、三弟子、三大試練、ゲッセマネでの三度の祈り、ペテロのイエスに対する三度の否認、イエスの死の前の三時間の闇と三日目の復活など、その例は数多くある。
 それでは、人間始祖はいつ堕落したのだろうか。彼らは成長期間、すなわち未完成期において堕落したのである。人間がもし、完成したのちに堕落したとすれば、我々は、神の全能性を信ずることができない。仮に、人間が善の完成体になってから堕落したとすれば、善自体も不完全なものとなるのである。したがって、善の主体であられる神も、やはり不完全な方であるという結論に到達せざるを得なくなる。
 創世記二章17節を見れば、神はアダムとエバに、善悪を知る木の果を取って食べるときには、きっと死ぬであろう、と警告されたみ言ことばがある。彼らは、神の警告を聞かないで死ぬこともできるし、あるいはその警告を受け入れて、死なずに済むこともできたことから推察してみるとき、彼らがいまだ未完成期にあったことは確かである。万物世界が六日という期間を経て完成できるように創造されたので、被造物の一つである人間も、やはり、そのような原理を離れて創造される理由はないのである。
 そうであるならば、人間は成長期間のどの段階で堕落したのだろうか。それは長成ちょうせい期の完成級で堕落したのであった。これは、人間始祖の堕落の前後の諸般の事情と、復帰摂理歴史の経緯が実証するもので、本書の前編と後編を研究することによって、そのことが明確に分かるようになるであろう。

(2) 間接主管しゅかん圏


 被造物が成長期にある場合には、原理自体の主管性しゅかんせい、または自律性によって成長するようになっている。したがって、神は原理の主管者しゅかんしゃとしていまし給たまい、被造物が原理によって成長する結果だけを見るという、間接的な主管をされるので、この期間を神の間接主管圏、または原理結果主管圏と称するのである。
 万物は原理自体の主管性しゅかんせい
、または自律性により、成長期間(間接主管圏)を経過することによって完成する。けれども、人間は原理自体の主管性しゅかんせいや自律性だけでなく、それ自身の責任分担を全うしながら、この期間を経過して完成するように創造された。すなわち、「それを取って食べると、きっと死ぬであろう」(創二・17)と言われた神のみ言ことばを見れば、人間始祖が神のこのみ言ことばを信じて、取って食べずに完成するか、あるいはそのみ言ことばを信ぜずに、取って食べて堕落するかは、神の側に責任があるのではなく、人間自身の責任にかかっていたのである。したがって、人間が完成するか否かは、神の創造の能力にだけかかっていたのではなく、人間自身の責任遂行すいこういかんによっても決定されるようになっていたのである。それゆえに、人間は神の創造主そうぞうしゅとしての責任分担に対して、人間自身の責任分担を全うしながら、この成長期間(間接主管圏)をみな経過して、完成するように創造されていたのである。したがって、その責任分担については神が干渉してはならないのである。
 このように、人間がそれ自身の責任分担を完遂かんすいして初めて完成されるように創造されたのは、人間が神も干渉できない責任分担を完遂かんすいすることによって、神の創造性までも似るようにし、また、神の創造の偉業に加担させることによって、ちょうど創造主そうぞうしゅである神が人間を主管しゅかんなさるそのごとくに、人間も創造主そうぞうしゅの立場で万物を主管することができる主人の権限をもつようにするためであった(創一・28)。人間が万物と違う点は、正にここにあるのである。
 このように、人間が、自身の責任分担を完遂かんすいし、神の創造性を受け継ぐことによって、天使をはじめ、万物に対する主管性しゅかんせいをもつようになったとき、初めて完成するようになさるために、神は間接主管圏をおいて、人間を創造されたのである。それゆえに、堕落して、このような主管性しゅかんせいをもつことができなくなった人間たちにおいても、復帰原理によって、人間の責任分担を完遂かんすいして、サタンをはじめ、万物に対する主管性しゅかんせいを復帰するための、間接主管圏をすべて通過しなくては、創造目的を完成することができないのである。神の救いの摂理が非常に長い期間を通じて延長してきたのは、復帰摂理を担当した中心人物たちが、神も干渉できないそれ自身の責任分担を遂行すいこうするに当たって、常に失敗を繰り返してきたからである。
 
キリストの十字架による救いの恩賜おんしがいくら大きくても、人間自身がその責任分担である信仰を立てなければ、彼らを探し求めてきた救いの摂理は無為むいに帰せざるを得なくなる。したがって、イエスの十字架による復活の恵沢けいたくを与えてくださったのは、神の責任分担であって、それを信じるか、それとも信じないかは、あくまでも、人間自身の責任分担なのである(ヨハネ三・16、エペソ二・8、ロマ五・1)。

(3) 直接主管しゅかん圏


 直接主管圏とは何であり、またこれを創造された目的は、どこにあるのだろうか。神を中心として、ある主体と対象とが合性ごうせい一体化して四位よんい基台をつくり、神と心情において一体となり、主体の意のままに愛と美を完全に授受して、善の目的を完成することを直接主管という。したがって、直接主管圏とは直に完成圏を意味する。このように、直接主管は、あくまでも創造目的を成就するためであるので、これがなくてはならないのである。では、人間に対する神の直接主管とは、具体的にどのようなことをいうのだろうか。神を中心として、アダムとエバが完成して合性ごうせい一体化し、家庭的な四位よんい基台を造成することによって、神と心情において一体となり、神を中心としたアダムの意のままに、お互いに愛と美を完全に授受する善の生活をするようになるとき、これを神の直接主管という。このような人間は、神の心情を体恤たいじゅつし、神のみ旨が完全に分かって、実践するようになるので、あたかも、頭脳が、命令ならざる命令で四肢五体ししごたいを動かすように、人間も、神の、命令ならざる命令により、神のみ旨のとおりに動いて、創造目的を成し遂げていくようになるのである。
 つぎに我々は、万物世界に対する人間の直接主管とはいかなるものであるかを調べてみることにしよう。神を中心として完成した人間が、万物世界を対象に立てて合性ごうせい一体化することによって、四位よんい基台をつくり、神の心情を中心として一体となった人間の意のままに、人間と万物世界とが、愛と美を完全に授受して、善の目的を成し遂げることを万物に対する人間の直接主管というのである。


第六節 人間を中心とする無形実体世界と有形実体世界




(一) 無形実体世界と有形実体世界


 被造世界は、神の二性性相にせいせいそうに似た人間を標本として創造されたので、あらゆる存在は、心と体からなる人間の基本形に似ないものは一つもない(本章第一節(二)参照)。したがって、被造世界には、人間の体のような有形実体世界ばかりでなく、その主体たる人間の心のような無形実体世界もまたあるのである。これを無形実体世界というのは、我々の生理的な五官では、それを感覚することができず、霊的五官だけでしか感覚することができないからである。霊的体験によれば、この無形世界は、霊的な五官により、有形世界と全く同じく感覚できる実在世界なので、この有形、無形の二つの実体世界を総合したものを、我々は天宙てんちゅうと呼ぶ。
 
心との関係がなくては、体の行動があり得ないように、神との関係がなくては創造本然ほんぜんの人間の行動もあり得ない。したがって、無形世界との関係がなくては、有形世界が創造本然ほんぜんの価値を表すことはできないのである。ゆえに、心を知らずには、その人格が分からないように、神を知らなくては、人生の根本意義を知ることはできない。また、無形世界がいかなるものであるかを知らなくては、有形世界がいかなるものであるかを完全に知ることはできないのである。それゆえに、無形世界は主体の世界であり、有形世界は対象の世界であって、後者は前者の影のようなものである(ヘブル八・5)。有形世界で生活した人間が肉身を脱げば、その霊人体は直ちに、無形世界に行って永住するようになる。

(二) 被造世界における人間の位置


 第一に、神は人間を被造世界の主管者しゅかんしゃとして創造された(創一・28)。ところで被造世界は、神に対する内的な感性を備えていない。その結果、神はこの世界を直接主管なさらずに、この世界に対する感性を備えた人間を創造され、彼をして被造世界を直接主管するようになされたのである。したがって、人間を創造されるに当たって、有形世界を感じ、それを主管するようになさるために、それと同じ要素である水と土と空気で肉身を創造された。無形世界を感じ、それを主管するようになさるために、それと同じ霊的要素で、霊人体を創造された。変貌山へんぼうさん上でのイエスの前に、既に一六〇〇余年前に亡くなったモーセと、九〇〇余年前に亡くなったエリヤが顕現したとあるが(マタイ一七・3)、これらはみな、彼らの霊人体であった。このように、有形世界を主管できる肉身と、無形世界を主管できる霊人体とから構成された人間は、有形世界と無形世界をみな主管することができるのである。
 
第二に、神は人間を被造世界の媒介体として、また和動わどうの中心体として創造された。人間の肉身と霊人体が授受作用により合性ごうせい一体化して、神の実体対象となるとき、有形、無形の二つの世界もまた、その人間を中心として授受作用を起こし合性ごうせい一体化して、神の対象世界となる。そうすることによって、人間は二つの世界の媒介体となり、あるいは和動の中心体となる。人間は、ちょうど二つの音叉を共鳴させるときの空気のようなものである。人間はこのように、無形世界(霊界)と通ずるように創造されたので、あたかも、ラジオやテレビのように、霊界の事実をそのまま反映するようになっている。
 第三に、神は人間を、天宙てんちゅうを総合した実体相として創造された。神はのちに創造なさる人間の性相と形状の実体的な展開として、先に被造世界を創造されたのである。したがって、霊人体の性相せいそうと形状の実体的な展開として、無形世界を創造されたので、霊人体は無形世界を総合した実体相である。また肉身の性相と形状の実体的な展開として有形世界を創造されたので、肉身は有形世界を総合した実体相となるのである。ゆえに、人間は天宙を総合した実体相となるので、しばしば人間を小宇宙しょううちゅうという理由は、ここにあるのである。
 
ところが、人間が堕落し、被造世界が自己を主管しゅかんしてくれる主人を失ったので、ロマ書八章19節に、被造物は神の子たち(復帰された創造本然ほんぜんの人間)の出現を待ち望んでいると述べられている。それだけでなく、和動の中心体である人間が堕落して、有形、無形二つの世界の授受作用が切れたので、それらが一体となることができずに分離されたから、ロマ書八章22節には、被造物が嘆息している事実を明らかにしている。
 イエスは霊人体と肉身をもつ完全なアダムとして降臨された方である。したがって、彼は天宙を総合した実体相であったのである。それゆえに、万物をキリストの足もとに従わせたと言われた(コリントⅠ・一五・27
)。イエスは堕落人間が彼を信じ、彼と一体となって、彼と共に完成した人間とならしめるために降臨されたので、救い主であられるのである。

(三) 肉身と霊人体との相対的関係

(1) 肉身の構成とその機能


 肉身は肉心(主体)と肉体(対象)の二性性相からなっている。肉心とは肉体をして生存と繁殖と保護などのための生理的な機能を維持できるように導いてくれる作用部分をいうのである。動物における本能性は、正にそれらの肉心に該当するものである。肉身が円満に成長するためには、陽性の栄養素である無形の空気と光を吸収して、陰性の栄養素である有形の物質を万物から摂取して、これらが血液を中心として完全な授受作用をしなければならない。
 
肉身の善行と悪行に従って、霊人体も善化あるいは悪化する。これは、肉身から霊人体にある要素を与えるからである。このように、肉身から霊人体に与えられる要素を、我々は生力要素という。我々は平素の生活において、肉身が善の行動をしたときには、心がうれしく、悪の行動をしたときには、心が不愉快さを経験するが、これは、その肉身の行動の善悪に従って、それに適応してできる生力要素が、そのまま霊人体へと回っていく証拠である。

(2) 霊人体の構成とその機能


 霊人体は人間の肉身の主体として創造されたもので、霊感だけで感得され、神と直接通ずることができ、天使や無形世界を主管しゅかんできる無形実体としての実存体である。霊人体はその肉身と同一の様相であり、肉身を脱いだのちには無形世界(霊界)に行って永遠に生存する。人間が永存することを念願するのは、それ自体の内に、このような永存性をもつ霊人体があるからである。
 
この霊人体は生心せいしん(主体)と霊体(対象)の二性性相にせいせいそうからなっている。そして生心というのは、神が臨在される霊人体の中心部分をいうのである。霊人体は神からくる生素(陽性)と肉身からくる生力要素(陰性)の二つの要素が授受作用をする中で成長する。また霊人体は肉身から生力せいりょく要素を受ける反面、逆に肉身に与える要素もあり、我々はこれを、生霊せいれい要素という。人間が神霊しんれいに接することによって、無限の喜びと新しい力を得て、持病じびょうが治っていくなど、その肉身に多くの変化を起こすようになるが、これは、その肉身が霊人体から生霊要素を受けるからである。霊人体は肉身を土台にしてのみ成長する。それゆえに、霊人体と肉身との関係は、ちょうど実と木との関係と同じである。生心の要求のままに肉心が呼応し、生心が指向しこうする目的に従って、肉身が動くようになれば、肉身は霊人体から生霊要素を受けて善化され、それに従って、肉身は良い生力要素を霊人体に与えることができて、霊人体は善のための正常的な成長をするようになるのである。
 生心の要求するものが何であるかを教えてくれるのが真理である。
それゆえに、人間が真理で生心が要求するものを悟り、そのとおりに実践することによって、人間の責任分担を完遂かんすいすれば、初めて生霊要素と生力要素とがお互いに善の目的のための授受作用をするようになる。ところで、生霊要素と生力要素とは各々性相せいそう的なものと形状的なものとの関係をもっている。ゆえに、悪人においても、その本心が善を指向しこうしているのは、その生霊要素が常に作用しているからである。けれども、人間が善なる生活をしない限り、その要素も肉身の善化のための役割をすることができないので、生力要素との間に正しい授受作用をすることもできなくなるのである。このように、霊人体はどこまでも、地上の肉身生活においてのみ完成できるのである。霊人体は肉身を土台として、生心を中心として、創造原理による秩序的三期間を通じて成長し、完成するようになっているが、蘇生そせい期の霊人体を霊形体れいけいたいといい、長成ちょうせい期の霊人体を生命体、完成期の霊人体を生霊体せいれいたいという。
 神を中心として、霊人体と肉身が完全な授受作用をして合性ごうせい
一体化することにより、四位よんい基台を完成すれば、その霊人体は生霊体せいれいたいになるが、このような霊人体は無形世界のすべての事実をそのまま感ずることができる。このように、霊人体に感じられるすべての霊的な事実は、そのまま肉身に共鳴され、生理的現象として現れるので、人間はすべての霊的な事実を肉身の五官で感じて分かるようになる。生霊体せいれいたいを完成した人間が地上天国を実現して生活したのち、肉身を脱いで霊人として行って生活する所が、すなわち天上天国である。それゆえに、地上天国が先に実現したのち、初めて天上天国も実現できるのである。
 
霊人体のすべての感性も肉身生活の中で、肉身との相対的な関係によって育成されるので、人間は地上で完成され、神の愛を完全に体恤たいじゅつして初めて、肉身を脱いだのちのその霊人体も神の愛を完全に体恤たいじゅつすることができるようになるのである。このように、霊人体のすべての素性そせいは肉身のある間に形成されるので、堕落人間においては、霊人体の悪化は肉身生活の犯罪行為に由来するもので、同じく、その霊人体の善化も、肉身生活の贖罪によってのみなされる。罪悪人間を救うために、イエスが肉身をもって地上に降臨された理由はここにあるのである。それゆえに、我々は地上で善なる生活をしなければならない。したがって、救いの摂理の第一次的な目的が地上で実現されなければならないので、イエスは天国の門の鍵を地上のペテロに授けて(マタイ一六・19)、地上でつなぐことは天でもみなつながれ、地上で解くことは、天でもみな解かれるであろうと言われたのである(マタイ一八・18)。
 
天国でも地獄でも、霊人体がそこに行くのは、神が定めるのではなく、霊人体自身が決定するのである。人間は元来、完成すれば、神の愛を完全に呼吸できるように創造されたので、犯罪行為によってもたらされた過ちのために、この愛を完全に呼吸することができなくなった霊人体は、完全な愛の主体である神の前に立つことが、かえって苦痛となるのである。それゆえに、このような霊人体は、神の愛とは遠い距離にある地獄を自ら選択するようになる。また、霊人体は肉身を土台にしてのみ成長できるように創造されたので、霊人体の繁殖はどこまでも肉身生活による肉身の繁殖に伴ってなされる。

(3) 生心せいしんと肉心にくしんとの関係から見た人間の心


 生心と肉心との関係は、性相せいそうと形状との関係と同じく、それらが神を中心として授受作用をして合性ごうせい一体化すれば、霊人体と肉身を合性ごうせい一体化させて、創造目的を指向しこうさせる一つの作用体をつくる。これが正に人間の心である。人間は堕落し、神を知ることができなくなるに従って、善の絶対的な基準も分からなくなったが、上述のように、創造された本性ほんせいにより、人間の心は、常に自分が善であると考えるものを指向しこうする。このような心を良心という。しかし、堕落人間は善の絶対的な基準を知らず、良心の絶対的な基準をも立てることができないので、善の基準を異にするに従って、良心の基準も異なるものとなり、良心を主張する人たちの間にも、しばしば闘争が起こるようになる。善を指向しこうする心の性相的な部分を本心といい、その形状的な部分を良心という。
 それゆえに、人間がその無知によって、創造本然ほんぜん
のものと基準を異にする善を立てるようになるときにも、良心はその善を指向しこうするが、本心はこれに反発して、良心をその本心が指向しこうする方へと引き戻す作用をする。サタンの拘束を受けている生心と肉心が授受作用をして合性ごうせい一体化すれば、人間をして悪を指向しこうさせるまた一つの作用体をつくるが、これを我々は邪心という。人間の本心や良心は、この邪心に反発し、人間をしてサタンを分立させ、神と相対することによって、悪を退け善を指向しこうするようにさせるのである。

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堕落論

第二章 堕  落  論





 人間はだれでも悪を退け、善に従おうとする本心の指向性しこうせいをもっている。しかし、すべての人間は自分も知らずにあ る悪の力に駆かられ、本心が願うところの善を捨てて、願わざる悪を行うようになるのである。このような悪の勢力の中で、人類の罪悪史は綿々と続いてきた。キリスト教ではこの悪の勢力の主体をサタンと呼ぶのである。そして、人間がこのサタンの勢力を清算できないのは、サタンが何であり、またそれがどうしてサタンとなったかという、その正体しょうたいを知らないからである。それゆえに、人間がこの悪を根こそぎ取り除き、人類の罪悪史を清算して、善の歴史を成就するためには、まず、サタンがサタンとなったその動機と経路、およびその結果を明らかに知らなければならない。つまり、このような問題を解明するために、我々は堕落論を知らなければならないのである。


第一節 罪  の  根




 今まで人間の中に深く根を下ろし、休むことなく人間を罪悪の道に追いこんできた罪の根がいったい何であるか、この問題を知る者は一人もいなかった。ただキリスト教信徒のみが、聖書を根拠として、人間始祖アダムとエバが善悪を知る木の果を取って食べ、それが罪の根となったということを漠然と信じてきたのである。しかし、善悪を知る木の果が、文字どおり木の果実であると信ずる信徒たちと、聖書の多くの部分がそうであるように、これもまた、あるものに対する象徴、あるいは比喩ひゆに違いないと信ずる信徒たちとが、互いにその意見を異にし、それぞれに様々な解釈をしているだけで、今もってなお、これに対する完全な解明がなされていないというのが実情である。

(一)生命いのちの木と善悪を知る木


 多くのキリスト教信徒たちは今日に至るまで、アダムとエバが取って食べて堕落したという善悪を知る木の果が、文字どおり何かの木の果実であると信じてきた。しかし、そうであるなら、人間の父母としていまし給たまう神が、何故なにゆえその子女たちが取って食べて堕落する可能性のある果実を、このように「食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好まし」くおつくりになり(創三・6)、彼らがたやすく取って食べられる所に置かれたのであろうか。
かつてイエスは、「口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」(マタイ一五・11)と言われた。まして、食物がいかにして人間を堕落させることができるであろうか。人間の原罪は、あくまで人間の祖先から遺伝されてきたものであって、食物が原罪を遺伝するその要因とはなり得ないのである。
 
なぜなら遺伝は、ただその血統を通じてのみなされるからである。ゆえに、ある一人の人間が、何か物を食べたなどということによって、その結果が子孫代々にまで遺伝されるはずはない。ある信徒たちは、神がそのみ言ことばに対して人間が従順であるかどうかを試すために善悪を知る木の果を創造し、それを食べてはならぬと命令されたのであると信じている。しかし、全き愛の方であられる神が、人間に死を伴うような方法でもって、かくも無慈悲な試みをされたとは到底考えることができない。アダムとエバは、彼らが善悪の果を取って食べる日には、必ず死ぬであろうと言われたみ言ことばのように、それを食べるときには死ぬということを知っていたはずである。それにもかかわらず彼らはこれを取って食べたのである。飢えてもいなかったアダムとエバが食物などのために、死を覚悟してまで、かくも厳重げんじゅうな神のみ言ことばを犯したとは到底考えられないのである。それゆえに、善悪を知る木の果は何かの物質ではなく、生死にかかわることさえも問題視しないほどの強力な刺激を与えることのできる、他の何物かであるに相違ない。さて、善悪を知る木の果が物質でないとすれば、それは他の何物かを比喩ひゆしたものであると見なければならない。聖書の多くの主要な部分が、象徴とか比喩ひゆでもって記録されていることは事実である。もしそうだとすれば、なぜ善悪の果だけを無理に文字どおりに信じなければならないのであろうか。今日のキリスト教信徒たちは、当然のことながら聖書の文字のみにとらわれた過去の固陋ころうにして慣習的な信仰態度を捨てなければならない。では善悪を知る木の果を比喩ひゆであると見るならば、それは果たして何を意味するのであろうか。我々はこれを解明する方法として、創世記二章9節の善悪を知る木と共にエデンの園にあったという生命いのちの木が何であるかをまず調べてみることにしよう。この生命いのちの木が何であるかが明らかになれば、これと共にあったという善悪を知る木が何であるかということも、明確に知られるようになるからである。

(1) 生 命 の 木


 聖書のみ言ことばによれば、堕落人間の願いは生命いのちの木の前に行き、生命いのちの木を完成するところにあるという。すなわち、箴言一三章12節を見れば、旧約聖書において、イスラエル民族も生命いのちの木をその願望の対象として眺ながめていたし、黙示録二二章14節の記録を見ると、イエス以後、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちの願望もまた、ひたすらに生命いのちの木に至ろうとするところにあるということが分かるのである。このように、堕落人間の究極的な願望が、生命いのちの木であるということを見れば、堕落前のアダムの願望も、生命いのちの木であったに相違ないのである。なぜかといえば、復帰過程にいる堕落人間は、元来堕落前のアダムが完成できなかったその願いを、再び成就しなければならないからである。
 
創世記三章24節を見れば、アダムが罪を犯したために、神は炎の剣つるぎをもって生命いのちの木の道をふさいでしまわれたと記しるされている。この事実を見ても、堕落前のアダムの願望が、生命いのちの木であったということを知ることができる。しかし、アダムは堕落することによって、彼の願望であったこの生命いのちの木に至ることができず、エデンの園から追放されたので、この生命いのちの木は、その後すべての堕落人間の望みとして残されてきたのである。
 
では、完成するそのときを仰ぎ見ながら成長していた未完成のアダムの願いであった生命いのちの木とは、いったい何であったろうか。それは、彼が堕落せずに成長して、神の創造理想を完成した男性になるということでなければならない。したがって、我々はここにおいて、生命いのちの木とは、すなわち、創造理想を完成した男性である、ということを知ることができる。創造理想を完成した男性とは、すなわち、完成したアダムを意味するがゆえに、生命いのちの木とは、すなわち、完成したアダムを比喩ひゆした言葉であるということを知ることができるのである。
 
もしアダムが堕落しないで、創造理想を完成した男性となり、生命いのちの木を完成したならば、彼の子孫たちもみな、生命いのちの木として完成し、地上天国を成就したはずであった。しかし、アダムが堕落したために、神は生命いのちの木に行くその道を、回る炎の剣つるぎをもってふさいでしまわれたのである(創三・24)。ゆえに生命いのちの木は創造理想を復帰しようとする堕落人間の願いとして、残されなければならなくなったのである。しかも、原罪をもつ堕落人間は、彼ら自らの力をもってしては、創造理想を完成した生命いのちの木になることはできない。それゆえ、堕落人間が生命いのちの木となるためには、ロマ書一一章17節に記録されているみ言ことばのように、創造理想を完成した一人の男性が、この地上に生命いのちの木として来られ、すべての人をして彼に接つがしめ、一つになるようにしなければならない。このような生命いのちの木として来たり給たもうたお方が、すなわちイエスであったのである。それゆえに、箴言一三章12節に記しるされている旧約時代の聖徒たちが期待していた生命いのちの木とは、まさしくこの初臨のイエスであったということを、我々は知ることができるのである。
 しかしながら、創世記三章24節に明示されているように、神が回る炎の剣つるぎをもって、生命いのちの木の前に行くアダムの道をふさいでしまわれたので、これが取り除かれない以上、人間は、生命いのちの木の前に出ていくことができないのである。したがって、使徒行伝二章3節に記録されているように、五旬節ごじゅんせつの日に、聖徒たちの前をふさいでいた舌のごとき炎、すなわち火の剣が分かれて現れたのち、初めて聖霊せいれいが降臨し、全人類が生命いのちの木であられるイエスの前に行き、彼に接つがれるようになったのである。しかしながら、キリスト教信徒たちは、生命いのちの木なるイエスに、霊的にのみ接つがれるようになったので、いかにイエスを熱心に信ずる父母であるとしても、また再び贖罪しょくざいを受けなければならない罪悪の子女を生まなければならなくなったのである。このような事実から見るとき、いかに信仰の篤あつい信徒といえども、アダムから遺伝されてきた原罪を、今もなお取り除くことができないままに、これをまた、そのまま子孫へと遺伝しているという事実を、我々は知っているのである(前編第四章第一節)。そのために、イエスは地上に生命いのちの木として再臨され、すべての人類を、再び接ぐことによって、原罪まで贖罪しょくざいしてくださる摂理をなさらなければならない。黙示録二二章14節のみ言ことばのごとく、新約聖徒たちが再び、生命いのちの木を待望するようになったその理由は、実にここにあったのである。したがって、この黙示録二二章14節に記録されている生命いのちの木は、まさしく再臨のイエスを比喩ひゆした聖句であるということが分かる。
 我々は、ここにおいて、神の救いの摂理の目的は、エデンの園で失われた生命いのちの木(創二・9)を、黙示録二二章14節の生命いのちの木として復帰なさろうとするところにあった、と見ることができるのである。アダムが堕落して、創世記二章9節の初めの生命いのちの木を完成できなかったので、この堕落した人間を救うために、イエスは黙示録二二章14節の、後のちの生命いのちの木として再臨されなければならない。イエスを後のちのアダムという理由は実にここにあるのである(コリントⅠ・一五・45)。

(2) 善悪を知る木


 神はアダムだけを創造したのではなく、その配偶者としてエバを創造された。したがって、エデンの園の中に創造理想を完成した男性を比喩ひゆする木があったとすれば、同様に女性を比喩ひゆするもう一つの木が、当然存在してしかるべきではなかろうか。これが生命いのちの木と共に生えていたと記録されている(創二・9)善悪を知る木であったのである。したがって、善悪を知る木というその木は、創造理想を完成した女性を象徴するものである。ゆえに、それは完成したエバを例えていった言葉であるということを知ることができるのである。
 
聖書に、イエスを「ぶどうの木(ヨハネ一五・5)」、あるいは「オリブの木(ロマ一一・17)」に例えられているように、神は人間堕落の秘密を暗示なさるときにおいても、完成したアダムとエバとを、二つの木をもって比喩ひゆされたのである。

(二)蛇へびの正体しょうたい


 エバを誘惑して、罪を犯させたものは蛇へびであったと聖書に記録されている(創三・4、5)。では、この蛇へびいっいったい何を意味しているのであろうか。我々は創世記三章に記録されているその内容から、この蛇へびの正体しょうたいを探ってみることにしよう。
 聖書に記録されている蛇へびは、人間と会話を交わすことができたと記しるされている。そして、霊的な人間を堕落させたという事実を見れば、これもまた、霊的な存在でなくてはならないはずである。しかも、この蛇へびが人間に善悪の果を食べさせまい、と計らわれた神の意図を知っていたという事実から見れば、それはなお一層霊的存在でなければならないということになるのである。
 また、黙示録一二章9節
を見ると、「巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、(天より)地に投げ落され」たと記録されているのであるが、この古い蛇へびが、すなわち、エデンの園においてエバを誘惑したその蛇へびであるということはいうまでもない。しかも、この蛇へびが天より落とされたと記しるされているのを見ると、天にいたその古い蛇へびとは、霊的存在物でなくて何であろうか。また、この蛇へびを悪魔でありサタンであると呼んでいるが、このサタンは人間の堕落以後今日に至るまで、常に人間の心を悪の方向に引きずってきたものであるがゆえに、まさしくこれは霊的存在でなくてはならないのである。このように、サタンが霊的存在であるということが事実であるならば、サタンとして表示されているこの蛇へびが、霊的存在であるということはいうまでもないことである。聖書に表れているこのような事実から推測して、エバを誘惑した蛇へびは動物ではなく、ある霊的存在であったということを、我々は知ることができるのである。
 それでは、このように蛇へびという比喩ひゆで呼ばれる霊的存在が、果たして創世以前から存在していたのであろうか、さもなければ、これも被造物の中の一つであるのかということが問題となるのである。もし、この蛇へびが創世以前から神と対立する目的をもって存在していたとすれば、被造世界において展開されている善悪の闘争も不可避なものとして永続するほかはない。したがって、神の復帰摂理は、結局無為むいに帰してしまわざるを得ないであろうし、あらゆる存在が神お一人によって創造されたという一元論いちげんろんも崩壊してしまうのである。ゆえに、蛇へびとして比喩ひゆされているこの霊的存在は、元来善を目的として創造されたある存在が、堕落してサタンとなったものであると見なさなければならないのである。
 
では、神から創造された霊的存在であって、人間と会話することもでき、神の目的を知ることもでき、また、その所在は天にあり、そして、それがもし堕落して悪の存在に転落した場合には、時間と空間を超越して人間の心霊を支配し得る能力をもつ、そのような条件を備えた存在とは、いったい何なのであろうか。こう考えてみると天使以外にこのような条件を具備した存在はないので、まずこの蛇へびは、天使を比喩ひゆしたものであると見ることができるのである。そこで、ペテロⅡ・二章4節を見ると、神は罪を犯したみ使いたちを許し給たまわず、地獄に投げ入れられたと記録されているのである。このみ言ことばは、天使こそが人間を誘惑して罪を犯させたその蛇へびの正体しょうたいであるという事実を、決定的に立証しているのである。
 蛇へびはその舌先が二つに分かれている。したがって、それは一つの舌をもって二つの言葉を話し、一つの心をもって二つの生活をする者の表象ひょうしょうとなるのである。また、蛇へびは自分の食物に体を巻きつけて食べるが、これは自己の利益のために他を誘惑する者の表象ひょうしょうとなっている。それゆえに、聖書は人間を誘惑した天使を蛇へびに例えたのであった。

(三)天使の堕落と人間の堕落


 既に、我々は人間を誘惑して堕落させた蛇へびが、天使であったということ、また、この天使が罪を犯し堕落することによってサタンとなったという事実を知った。ではつぎに、天使と人間がいかなる罪を犯したかということについて調べてみることにしよう。

(1) 天 使 の 犯 罪


 ユダ書6節から7節に「主しゅは、自分たちの地位を守ろうとはせず、そのおるべき所を捨て去った御使みつかいたちを、大いなる日のさばきのために、永久にしばりつけたまま、暗やみの中に閉じ込めておかれた。ソドム、ゴモラも、まわりの町々も、同様であって、同じように淫行いんこうにふけり、不自然な肉欲に走ったので、永遠の火の刑罰を受け、人々の見せしめにされている」と記録されているのを見ると、我々は天使が姦淫かんいんによって堕落したという事実を知ることができるのである。
 
しかしながら、姦淫かんいんというものは、一人では行うことができない。したがって、エデンの園で行われた天使の姦淫かんいんにおいて、その対象となった存在が、何であったかということについて知っておく必要がある。これを知るために、我々はまず、人間がいかなる罪を犯したかということについて調べてみることにしよう。

(2) 人 間 の 犯 罪


 創世記二章25節を見れば、罪を犯す前、アダムとエバは、裸でいても恥ずかしく思わなかった。しかし、彼らが堕落したのちには、裸でいることを恥ずかしく思い、無花果いちじくの葉をもって下部を覆おおったのである(創三・7)。もし、善悪の果というある果実があって、彼らがそれを取って食べて罪を犯したのだとすれば、恐らく彼らは手か口を隠したはずである。なぜかといえば、人間は恥ずかしい所を隠すのがその本性ほんせいだからである。しかるに彼らは、手や口を隠したのではなく、下部を隠したのである。したがって、この事実は彼らの下部が科とがとなったために、それを恥ずかしく思ったということを表しているのである。ここから、我々は彼らが下部で罪を犯したという事実を推測することができるのである。
 
ヨブ記三一章33節には、「わたしがもし(アダムのごとく)人々の前にわたしのとがをおおい、わたしの悪事を胸の中に隠したことがあるなら」と記録されている。そうしてアダムは、堕落したのち、その下部を隠したのであった。この事実はとりもなおさず、アダムが覆おおったその下部が科とがとなったということを物語っている。それでは、アダムの下部がなぜ科とがとなったのであろうか。それは、いうまでもなく、アダムがその下部で罪を犯したからである。
 人間が堕落する以前の世界において、死ぬということを明確に知っていながら、しかも、それを乗り越えることのできる行動とは、いったい何であったのだろうか。それは、愛以外の何ものでもない。「生めよ、ふえよ(創一・28)」と言われた神の創造目的は、愛によってのみ完成することができるのである。したがって、神の創造目的を中心として見るとき、愛は最も貴い、そして最も聖なるものであったのである。しかし、それにもかかわらず、人間は歴史的に愛の行動を、何か卑いやしいもののように見なしてきたというのも、それが、堕落の原因となっているからである。ここにおいて我々は、人間もまた、淫乱によって堕落したという事実を知ることができる。

(3) 天使と人間との淫行いんこう


 我々は、既に述べたように、人間が天使の誘惑に陥って堕落したという事実、人間も天使もみな淫行いんこうによって堕落したという事実、その上にまた、被造世界においては、霊的存在であって、お互いにある情的関係を結ぶことのできる存在とは、人間と天使以外にはないという事実などを結びつけてみるとき、人間と天使との間に淫行いんこう関係が成り立ったであろうということは、容易にうなずくことができるのである。ヨハネ福音書八章44節には「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている」と記録されている。そして、黙示録もくしろく一二章9節には、悪魔はすなわち、サタンであり、サタンはすなわち、人間を誘惑した古い蛇へびであると明示しているのである。このような聖句に基づいてみるとき、人間は悪魔の子孫であり、したがって、サタンの子孫であるがゆえに、結局蛇へびの子孫であるということになるのである。では、人間はいかなる経過を経て、堕落した天使、すなわちサタンの子孫となったのであろうか。これは、人間の祖先が天使と淫行いんこうを犯すことによって、すべての人間がサタンの血統より生まれるようになったからである。このように、堕落した人間は神の血統ではなくサタンの血統をもって生まれたのでロマ書八章23節には「御霊みたまの最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分(実子でなく養子として)を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる」と記録されているのである。また、マタイ福音書三章7節には、洗礼せんれいヨハネがユダヤ人たちを見て、「まむしの子」、すなわちサタンの子孫であると叱責しっせきし、また、マタイ福音書二三章33節においてイエスがユダヤ人たちを見て、「へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか」と叱責しっせきされたという記録がある。このような聖書の記録に基づいてみると、我々は、天使と人間との間に淫行いんこう関係が結ばれ、それが堕落の原因になったという事実を知ることができるのである。

(四)善悪の果


 我々は既に、善悪を知る木が、完成したエバを比喩ひゆしたものであるという事実を明らかにした。では、善悪の果とは何をいうのであろうか。すなわち、それはエバの愛を意味するのである。果木かぼくが、果実によって繁殖するように、エバは、神を中心とするその愛をもって善の子女を繁殖しなければならなかったにもかかわらず、実際には、サタンを中心とする不倫な愛をもって悪の子女を生み殖やしたのである。エバはこのように、その愛をもって善の実を実らせることも、また悪の実を実らせることもできる成長期間を通過して、完成するように創造されていたのであった。それゆえに、その愛を善悪の果といい、また、その人間を善悪を知る木といったのである。
 それでは、善悪の果を取って食べたということは、いったい何を意味するのであろうか。
我々が何かを食べるということは、それをもって自分の血肉とするという意味である。エバは神を中心とする善なる愛をもって、善なる実を取って食べ、善なる血と肉を受け、善なる血統を繁殖しなければならなかったのである。それにもかかわらず、彼女はサタンを中心とする悪なる愛をもって悪なる実を食べ、悪なる血と肉を受けて悪なる血統を繁殖し、罪悪の社会をつくったのである。したがって、エバが善悪の果を取って食べたということは、彼女がサタン(天使)を中心とした愛によって、互いに血縁関係を結んだということを意味するのである。
 
創世記三章14節を見れば、神は堕落した天使を呪のろい給い、「おまえは腹で、這はいあるき、一生、ちりを食べるであろう」と言われた。足で歩くことができず腹で這うということは、天使が創造本然ほんぜんの活動をすることができず、悲惨な状態になるということを意味するのであり、ちりを食うということは、天より追いだされることによって(イザヤ一四・12、黙一二・9)、神からの命の要素を受けることができず、罪悪の世界に陥って、悪の要素を受けながら生きていくということを意味するのである。

(五)罪の根


 我々は聖書によって明らかにされたことにより、罪の根は人間始祖が果実を取って食べたことにあったのではなく、蛇へびに表示された天使と不倫なる血縁関係を結んだところにあったということを知るようになった。したがって、彼らは神の善の血統を繁殖することができず、サタンの悪の血統を繁殖するようになったのである。
 
さらにまた、我々は次のような事実から、人間の罪の根が淫乱にあったということを、より一層明確に知ることができるのである。罪の根が血縁関係によってつくられたので、この原罪は、子々孫々に遺伝されてきた。そして、罪を取り除こうとする宗教は、みな姦淫かんいんを最大の罪として定め、これを防ぐために、禁欲生活を強調してきたのであるが、これも罪の根が淫乱にあるということを意味するものである。また、イスラエル民族が神の選民となるため、贖罪しょくざいの条件として割礼かつれいを行ったというのも、罪の根が淫乱によって悪の血を受けたところにあったために、堕落人間の体からその悪の血を抜きとることを条件として、聖別するためであった。数多くの英雄烈士、数多くの国家が滅亡した主要な原因が、この淫乱にあったということも、淫行いんこうという罪の根が、絶えず人間の心の中から、我知らず発動してきたためである。我々は宗教によって人倫道徳を立て、また諸般の教育を徹底的に実施して、犯罪を生みだす経済社会制度を改善することにより、他のすべての罪悪は、この社会から一掃することができるかもしれない。しかし、文明の発達と、安逸あんいつな生活環境に従い、増大しつつある淫乱による犯罪だけは、だれによっても、またいかなるものによっても、防ぐことができないというのが現在の実情である。したがって、人間社会から、この犯罪を根こそぎ取り除くことができない限り、決して理想世界を期待することはできないのである。ゆえに、再臨なさるメシヤは、この問題を根本的に解決し得るお方でなければならない。このように、これらの事実は、罪の根があくまでも淫行いんこうにあるということを如実に物語っているのである。


第二節 堕落の動機と経路




 我々は既に、第一節において、蛇へびはまさしくエバを堕落させた天使を比喩ひゆしたものであるということを明らかにした。このように、人間の堕落した動機は天使にあったから、その堕落の動機と経路を知るためには、まず、天使とは何かということを知らなければならない。

(一)天使の創造とその使命および人間との関係

 すべての存在は神によって創造された。したがって当然天使もまた、神が創造し給たもうた被造物であることはいうまでもない。神は天使世界を他のどの被造物よりも先に創造された。創世記一章26節に書かれている天地創造の記録を見ると、神は「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り」と、自らを複数をもって語っておられるのであるが、これは今日まで多くの神学者たちが解釈してきたような三位神の立場から、そのように言われたのではなく、人間よりも先に創造されていた天使たちを考慮において、それらを含めた立場から言われたみ言ことばであったことを知らなければならない。
 神は被造世界の創造と、その経綸けいりんのために、先に天使を使いとして創造された(ヘブル一・14)。天使はアブラハムに神の重大な祝福のみ言ことばを伝えたのであり(創一八・10)、キリストの受胎じゅたいに関する消息しょうそくを伝えたり(マタイ一・20、ルカ一・31)、獄中で鎖くさりにつながれていたペテロを解いて、城外に導いたのである(使徒一二・7〜10)。このほかにも、神のみ旨のために天使が活動している例は、聖書の中に、無数に探しだすことができる。それゆえに、黙示録もくしろく二二章9節では、天使が自分自身を「僕しもべ」と言い、またヘブル書一章14節においては、天使を「仕える霊」と記録しているのである。そしてまた、天使は神に頌栄をささげる存在として創造されていたという証拠も、聖書の中に数多く見いだすことができる(黙五・11、黙七・11)。
 つぎに、我々は天使と人間との創造原理的関係を探ってみることにしよう。神は、人間を子女として創造され、被造世界に対する主管権しゅかんけん
を賦与ふよされた(創一・28)。ゆえに、人間は天使さえも主管しゅかんするようにつくられているのである。コリントⅠ・六章3節を見れば、人間は天使さえも審判できる権限があると書かれている。そして、霊的に通ずるあらゆる人たちは、数多くの天使たちが、楽園にいる聖徒たちを擁護しているのを見るのであるが、これもまた、天使の人間に対する主従関係を説明する一つの良い例であるといえよう。

(二)霊的堕落と肉的堕落

 神は霊的部分と肉的部分をもって、人間を創造されたがゆえに、堕落においても霊肉両面の堕落が成立した。天使とエバとの血縁関係による堕落が霊的堕落であり、エバとアダムとの血縁関係による堕落が肉的堕落である。
 
では、天使と人間との間に、いかにして性的関係が成立するのであろうか。人間と霊的存在との間における感性は、いかなる点においても、実体的な存在の間における感性と、少しも異なるところがない。したがって、人間と天使との性的堕落は事実上可能なのである。
 
なお我々は、次のような事実を通しても、前に述べた内容をより確実に理解することができる。すなわち、人間社会において、地上人間たちが、霊人たちとしばしば結婚生活をする例があるということ、そして、天使がヤコブと角力すもうをして、そのもものつがいを外したという例と共に(創三二・25)、また、天使がアブラハムの家庭に現れて肉を食べたという事実(創一八・8)、また、ロトの家に訪ねてきた二人の天使が、彼の準備した「種いれぬパン」を食べただけでなく、その町の民たちが、天使たちを見て色情を起こし、ロトの家を取り囲んで、「今夜おまえの所に来た人々はどこにいるか。それをここに出しなさい。われわれは彼らを知るであろう」(創一九・1〜5)と叫んだ事実などは、みなこれに属する例である。

(1) 霊 的 堕 落

 神は天使世界を創造されてから(創一・26)、ルーシェル(明けの明星という意、イザヤ一四・12)に天使長の位を与えられた。それゆえに、あたかもアブラハムがイスラエルの祝福の基もといとなったように、ルーシェルは天使世界の愛の基となり、神の愛を独占するかのような位置にいたのであった。しかし、神がその子女として人間を創造されたのちは、僕しもべとして創造されたルーシェルよりも、彼らをより一層愛されたのである。事実上、ルーシェルは、人間が創造される以前においても、以後においても、少しも変わりのない愛を神から受けていたのであるが、神が自分よりもアダムとエバをより一層愛されるのを見たとき、愛に対する一種の減少感を感ずるようになったのである。これは、ちょうど、朝から働いた労働者が、自分が働いただけに相当する労賃を全部受けとったにもかかわらず、遅く来て少し働いた労働者も自分と同じ労賃を受けとるのを見て、自分が受けた労賃に対する減少感を感じたという聖書の例え話(マタイ二〇・1〜15)と同じ立場であったということができる。このような立場で愛の減少感を感ずるようになったルーシェルは、自分が天使世界において占めていた愛の位置と同一の位置を、人間世界に対してもそのまま保ちたいというところから、エバを誘惑するようになったのである。これがすなわち、霊的堕落の動機であった。
 
被造世界は、そもそも、神の愛の主管しゅかんを受けるように創造されている。したがって、愛は被造物の命の根本であり、幸福と理想の要素となるのである。それゆえに、この愛をより多く受ける存在であればあるほど、より一層美しく見えるのである。ゆえに神の僕しもべとして創造された天使が、神の子女として創造されたエバに対したとき、彼女が美しく見えたというのも当然のことであった。ましてやエバがルーシェルの誘惑に引かれてくる気配が見えたとき、ルーシェルはエバから一層強い愛の刺激を受けるようになったのである。こうなるともう矢も盾もたまらず、ルーシェルは死を覚悟してまで、より深くエバを誘惑するようになった。このようにして、愛に対する過分の欲望によって自己の位置を離れたルーシェルと、神のように目が開けることを望み、時ならぬ時に、時のものを願ったエバとが(創三・5、6)、互いに相対基準をつくり、授受作用をするようになったため、それによって非原理的な愛の力は、彼らをして不倫なる霊的性関係を結ぶに至らしめてしまったのである。
 
愛によって一体となれば、互いにその対象から先方の要素を受けるように創造された原理によって(創三・7)、エバはルーシェルと愛によって一体となったとき、ルーシェルの要素をそのまま受け継いだのであった。すなわち、第一に、エバはルーシェルから、創造目的に背そむいたということに対する良心の呵責かしゃくからくる恐怖心を受けたのであり、第二には、自分が本来対すべき創造本然ほんぜんの夫婦としての相対者は天使ではなく、アダムだったという事実を感得することのできる新しい知恵を、ルーシェルから受けるようになったのである。当時、エバはまだ未完成期にいたのであった。したがって、そのときの彼女自体は、既に完成期にあった天使長に比べて、知恵が成熟していなかったために、彼女は天使長からその知恵を受けるようになったのである。

(2) 肉 的 堕 落

 アダムとエバは、共に完成して、神を中心とする永遠の夫婦となるべきであった。ところが、エバが未完成期において、天使長と不倫なる血縁関係を結んだのち、再びアダムと夫婦の関係を結んだためにアダムもまた未完成期に堕落してしまったのである。このように、時ならぬ時にサタンを中心としてアダムとエバとの間に結ばれた夫婦関係は、そのまま肉的堕落となってしまったのである。
 既に述べたように、エバは天使との霊的な堕落によって受けた良心の呵責かしゃくからくる恐怖心と、自分の原理的な相対者が天使長ではなくアダムであるということを悟る、新しい知恵とを受けるようになったのである。ここにおいて、エバは、今からでも自分の原理的な相対者であるアダムと一体となることにより、再び神の前に立ち、堕落によって生じてきた恐怖心から逃れたいと願うその思いから、アダムを誘惑するようになった。これが、肉的堕落の動機となったのである。
 
このとき、不倫なる貞操関係によって天使長と一体となったエバは、アダムに対して、天使長の立場に立つようになった。したがって、神が愛するアダムは、エバの目には非常に美しく見えたのである。また、今やエバは、アダムを通してしか神の前に出ることのできない立場にあったから、エバにとってアダムは、再び神の前に戻る望みを託し得る唯一の希望の対象であった。
 だからこそエバは自分を誘惑した天使長と同じ立場で、アダムを誘惑したのである。
アダムがルーシェルと同じ立場に立っていたエバと相対基準を造成し、授受作用をすることによって生じた非原理的な愛の力は、アダムをして、創造本然ほんぜんの位置より離脱せしめ、ついに彼らは肉的に不倫なる性関係を結ぶに至ったのである。
 
アダムは、エバと一体となることによって、エバがルーシェルから受けたすべての要素を、そのまま受け継ぐようになったのである。そのようにして、この要素はその子孫に綿々と遺伝されるようになった。エバが堕落したとしても、もしアダムが、罪を犯したエバを相手にしないで完成したなら、完成した主体が、そのまま残っているがゆえに、その対象であるエバに対する復帰摂理は、ごく容易であったはずである。しかし、アダムまで堕落してしまったので、サタンの血統を継承した人類が、今日まで生み殖えてきたのである。


第三節 愛の力と原理の力および信仰のための戒いましめ




(一)愛の力と原理の力から見た堕落

 人間は原理をもって創造され、原理軌道によって生存するように創造された。それゆえに、原理の力それ自体が、人間を原理軌道より脱線させ、堕落せしめることはあり得ないのである。これはあたかも、レールや機関車に故障がない限り、汽車が自ら軌道を脱線するということがあり得ないのと同様である。しかし、汽車も自らの走る力よりも強い、ある外力がいりょくが、それと異なる方向から働いてきた場合には、脱線するほかはない。これと同じように、人間も、それ自身を成長させる原理の力よりも強い、ある力がそれと異なる目的をもってぶつかってくれば、堕落する以外にはないのである。この原理の力よりも強い力が、すなわち、愛の力なのである。それゆえに、未完成期における人間は、その非原理的な愛の力のために堕落する可能性があったのである。
 
それでは、神はなぜこのように原理の力よりも愛の力を強くして、未完成期における人間が、目的の違った愛の力にぶつかるとき、それによって堕落することもあり得るように創造されたのであろうか。
 創造原理によれば、神の愛とは三対象の愛によって、三対象目的を完成した、四位よんい基台の主体的な愛をいう。したがって、神の愛がなければ、人間創造の目的である四位よんい基台が成就されないために、愛は人間の幸福と命の源泉なのである。神は原理によって創造された人間を、愛によって主管しなければならないので、その愛が愛らしく存在するためには、愛の力は、あくまでも、原理の力以上に強いものでなければならない。もし、愛の力が原理の力よりも弱いものであるとすれば、神は原理で創造された人間を、愛をもって主管できず、したがって、人間は神の愛よりも原理をより一層追求するようになるであろう。イエスが弟子たちを真理によって立たしめ、愛をもって救おうとされた理由は、正にここにあったのである。

(二)信仰のための戒いましめを下さった目的

 神が、アダムとエバに「食うべからず」という信仰のための戒いましめを下さった目的は、どこにあったのだろうか。それは、愛の力が原理の力よりも強いため、まだ未完成期において神の直接的な愛の主管を受けることができずにいたアダムとエバが、もし天使長の相対的立場に立つようになれば、目的を異にする、その非原理的な愛の力によって堕落する可能性があったからである。天使長の非原理的な愛の力がいかに強くとも、アダムとエバが神の戒いましめに従い、天使を相手にせず、神とのみ相対基準を造成して授受作用をしていたならば、その非原理的な愛の力は作用することができず、彼らは決して堕落するはずがなかった。しかし、彼らが神の戒いましめを守らず、天使長と相対基準を造成して、それと授受作用をしたために、その不倫な愛の力が、彼らを脱線させてしまったのである。未完成期にいた人間に、このような戒いましめを与えられたのは、単純に、彼らが堕落しないようにするためだけではなかった。更にいま一つ、人間が、自分自身の責任分担として、そのみ言ことばを信じ、自らの力で完成することによって神の創造性に似るようになり、併あわせて万物に対する主管性しゅかんせいをも得るようにさせたいからでもあったのである(前編第一章第五節(二)(2))。
 そして、この戒いましめを天使長に与え給たまわず、人間に与えられたというのは、神の子女としての立場から、天使までも主管しなければならない人間の創造原理的な資格と威信とを、立てさせようとされたからであった。

(三)信仰のための戒いましめが必要な期間

 それでは、神が人間始祖に、「食うべからず」と言われた信仰のための戒いましめは、いつまでも必要であったのだろうか。愛を中心として見るとき、神の第二祝福完成は、アダムとエバが、神の愛を中心として夫婦となり、その子女が生み殖えることによって(創一・28)、神の愛による直接的な主管を受けることをいうのである。それゆえに、人間が完成すれば、「食う」のは原理的なものとして、当然許されるように創造されていたのであった。
 
愛の力は原理の力よりも強いので、アダムとエバが完成し、神を中心として夫婦となることにより、その絶対的な愛の力によって、神の直接的な主管を受けるようになれば、いかなるものも、またいかなる力もこの絶対的な夫婦の愛を断ちきることができないから、彼らは決して堕落するはずはなかった。まして、人間よりも低級な天使長の愛の力ぐらいでは、到底神を中心とした、彼ら夫婦の愛を断ちきることはできなかったはずである。それゆえに「食うべからず」と言われた神の戒いましめは、アダムとエバが未完成期にある場合に限ってのみ、必要であったのである。


第四節 人間堕落の結果




 アダムとエバが、霊肉共に堕落することによって、人間と天使をはじめ、被造世界にいかなる結果を招来したのであろうか。我々はここで、この重要な問題を取り扱ってみることにしよう。

(一)サタンと堕落人間


 堕落した天使長ルーシェルを、サタンと呼ぶということについては既に述べた。ルーシェルと人間始祖が血縁関係を結び、一体となったので、サタンを中心とする四位よんい基台がつくられると同時に、人間はサタンの子女となってしまったのである。ヨハネ福音書八章44節を見ると、イエスは、ユダヤ人たちを「悪魔から出てきた者」と言い、またマタイ福音書一二章34節、同じくマタイ福音書二三章33節においては、彼らを「へびよ、まむしの子らよ」と言われたのである(マタイ三・7)。さらにロマ書八章23節では「御霊みたまの最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること」を待つと記しるされているのであるが、これは、人間始祖の堕落によって、その子孫が、一人残らず、神の血統を受け継ぐことができず、サタンの血統を受け継いでしまったからである。アダムとエバが完成し、神を中心とする四位よんい基台をつくったならば、そのとき、神の主権の世界は成就されるはずであった。しかし、彼らが未完成期において堕落し、サタンを中心とする四位よんい基台をつくったので、この世界はサタン主権の世界となってしまったのである。それゆえ、ヨハネ福音書一二章31節には、サタンを「この世の君」と言い、またコリントⅡ・四章4節においては、サタンを「この世の神」と言ったのである。このようにして、サタンは、被造世界の主管主しゅかんしゅとして創造された人間を逆に主管するようになったので、彼は被造世界全体をも主管するようになったのである。ゆえに、ロマ書八章19節には、「被造物は、実に、切なる思いで神の子たちの出現を待ち望んでいる」と記録されている。これは、万物が完成した人間の主管を受けることができず、サタンの主管を受けているため、そのサタンを追い払って、自分たちを主管してくれる創造本然ほんぜんの人間が現れることを願っているという意味なのである。

(二)人間世界に対するサタンの活動


 サタンは、ヨブを神の前に訴えるように(ヨブ一・9)、絶えずあらゆる人間を神の前に訴え、地獄に引いていこうとしているのである。しかし、サタンもその対象を取り立てて、相対基準を造成し、授受作用をしない限り、サタン的な活動をすることはできない。サタンの対象は、霊界にいる悪霊人たちである。そして、この悪霊人たちの対象は、地上にいる悪人たちの霊人体であり、地上にいる悪人たちの霊人体の活動対象は彼らの肉身である。したがって、サタンの勢力は悪霊人たちを通して地上人間の肉身の活動として現れる。それゆえ、ルカ福音書二二章3節には「イスカリオテと呼ばれていたユダに、サタンがはいった」と記録されており、またマタイ福音書一六章23節を見れば、イエスはペテロを指してサタンと言われた。さらにまた、このような悪霊人体を「悪魔の使者」と記録しているところもある(マタイ二五・41)。
 地上天国を復帰するということは(前編第三章第二節参照
)、全人類がサタンとの相対基準を完全に断ちきり、神との相対基準を復帰して、授受作用をすることにより、サタンが全く活動することのできない、そのような世界をつくることをいうのである。終末に至って、サタンを底なき所に閉じ込めると言われたみ言ことばは、とりもなおさず、サタンの相対者がいなくなることによって、サタンが活動できなくなるということを意味する。人間がサタンとの相対基準を断ち、更に一歩進んでコリントⅠ・六章3節のみ言ことばのごとく、それらを審判するためには、サタンがサタンとなった罪状とその正体しょうたいとを知り、神の前にサタンを訴えるようにならなければならないのである。ところが、神は天使と人間とを創造されるとき、彼らに自由を与えられたので、これを復帰するときにも、神は彼らに強制することはできない。それゆえに人間は、あくまでも自分の自由意志による責任分担としてみ言ことばを探しだし、サタンを自然屈伏させてこそ、創造本然ほんぜんの人間に復帰することができるのである。神はこのような原則によって摂理されるので、復帰摂理歴史は、このように長い年月にわたって、延長に延長を重ねてきたのである。

(三)目的性から見た善と悪


 善と悪に対する定義は、既に、創造原理の中の「創造本然ほんぜんの価値」において論じ尽くした。今、ここにおいて、我々は、その目的性から見た善悪の意味を調べてみることにしよう。アダムとエバが、彼らに賦与ふよされた愛をもって、神を中心として四位よんい基台を造成したなら、彼らは善の世界をつくることができたはずである。しかし、彼らはこの目的に反する愛をもって、サタンを中心とする四位よんい基台を造成したので、悪の世界をつくってしまったのである。それゆえに、善と悪とは、同一の意味をもつものが、相反あいはんした目的を指向しこうして現れたその結果を指していう言葉なのである。したがって、我々が、しばしば悪であると考えてきた人間の性稟せいひんも、それが神のみ意こころを目的として現れるときには善になるという例を、いくらでも発見することができる。今、それに対する例を挙げてみることにしよう。我々が、往々にして罪であると考えるところの欲望なるものは、元来、神より賦与ふよされた創造本性ほんせいである。なぜなら、創造目的は喜びにあるのであり、喜びは欲望を満たすときに感ずるものだからである。したがって、もし人間に欲望がないとすれば、そこには同時に喜びもあり得ないということになるのである。そうして欲望がないとすれば、神の愛を受けようとする欲望も、生きようとする欲望も、善を行おうとする欲望も、発展しようとする欲望もないということであるから、神の創造目的も、復帰摂理も、達成することができず、人間社会の維持とその発展もあり得ないのである。
 このように、本来の欲望は創造本性ほんせいであるがゆえに、この性稟せいひんが神のみ意こころを目的として結果を結ぶならば、善となるのである。しかし、これと反対に、サタンの目的を中心としてその結果を結べば悪となるのである。この悪の世界も、イエスを中心とし、その目的の方向だけを変えるならば、善なるものとして復帰され、地上天国が建設されるということは(前編第三章第二節(二)参照)、このような原理を見て明らかにされるのである。したがって、復帰摂理は、サタンの目的を指向しこうしているこの堕落世界を、神の創造目的を成就する地上天国へと、その方向性を変えていく摂理であるとも、見ることができるのである。
 復帰摂理の性格がそうであるから、この摂理の過程において取り扱われる善の基準は、絶対的なものではなく、あくまでも相対的なものである。
なぜかといえば、ある特定の時代の上に立って考えてみると、その時代の主権者の理念の指向しこうする目的に順応すれば善となり、その目的に反対すれば悪となるのであるが、いったん、その時代と主権者が変わり、その理念が変わるようになれば、同時にその目的も変わるので、したがって、善と悪の基準も変わるようになるのである。そればかりではなく、宗教や思想においても、その枠内にある人々にとっては、その教理とその思想が指向しこうする目的に順応することが善であり、それに反対することは悪となる。しかし、いったんその教理や思想が変わるか、あるいは他の宗教に改宗かいしゅうするか、または他の思想に転向するようになれば、それに従って、目的も異なってくるので、善悪の基準もおのずから変わるようになるのである。人間社会において、常に闘争と革命が起こるその主な原因は、このように、人間の指向しこうする目的が異なるに従って、善悪の基準が、常に異なってくるところにあるといえよう。このように復帰過程における善は、相対的なものとならざるを得ないのである。しかし、地上でサタンの主権を追い払い、時代と場所とを超越して永存し給たもう絶対者たる神御自身が主権者となり、その神からくるところの理念が立てられるときには、その理念は絶対的なものであるために、それが指向しこうする目的もまた絶対的であり、善の基準も絶対的なものとして立てられるのである。これがすなわち、再臨主さいりんしゅによってもたらされるべき天宙てんちゅう的な理念なのである。事実上、人類歴史は数多くの闘争と革命を重ねながら、本心が指向しこうするこの絶対的な善を探し求めて流れてきたのである。したがって、堕落した人間社会における闘争と革命とは、この絶対的な目的を追求し、絶対的な善の世界を成就するまで継続せざるを得ないのである。

(四)善神ぜんしんの業わざと悪神あくしんの業わざ


 善神ぜんしんというのは、神と、神の側にいる善霊人たちと、天使たちを総称する言葉であり、悪神あくしんというのは、サタンと、サタンの側にいる悪霊人たちを総称する言葉である。善と悪とがそうであるように、善神ぜんしんの業わざと悪神あくしんの業わざも、同一のかたちをもって出発し、ただその目的のみを異にするものなのである。
 善神ぜんしん
の業わざは、時間がたつにつれてその個体の平和感と正義感を増進せしめ、その肉身の健康をも向上させる。しかし、悪神あくしんの業わざは、時間がたつにつれて不安と恐怖と利己心を増進せしめ、また健康をも害するようになる。それゆえに、このような霊的な業は、原理が分からない人にとっては、それを見分けることが非常に困難であるが、時間が経過するに従って、その結果を見て、その内容を知ることができるのである。しかし、堕落人間は、神もサタンも、共に対応することのできる中間位置にあるので、善神ぜんしんが活動する環境においても、悪神あくしんの業わざを兼ねて行うときがある。また悪神あくしんの業わざも、ある期間を経過すれば、善神ぜんしんの業わざを兼ねて行うときがときたまあるから、原理を知らない立場においては、これを見分けることは難しい。今日において多くの聖職者たちが、これに対する無知から、善神ぜんしんの働きまでも悪神あくしんのそれと見なし、神のみ旨に反する立場に立つようになるということは、実に寒心かんしんに堪たえないことといわなければならない。霊的な現象が次第に多くなる今日において、善神ぜんしんと悪神あくしんとの業わざの違いを十分に理解し、これを分立することができない限り、霊人たちを指導することはできないのである。

(五)罪


 罪とは、サタンと相対基準を造成して授受作用をなすことができる条件を成立させることによって、天法てんぽうに違反するようになることをいう。その罪を分類してみれば、第一に原罪というものがあるが、これは人間始祖が犯した霊的堕落と肉的堕落による血統的な罪をいい、この原罪は、すべての罪の根となるのである。
 第二に、遺伝的罪がある。これは、父母の犯した罪が数代にまで及ぶという十戒じっかいのみ言ことばのように、血統的な因縁をもって、その子孫が受け継いだ祖先の罪をいう。
 
第三には、連帯罪というものがある。これは、自身が犯した罪でもなく、また遺伝的な罪でもないが、連帯的に責任を負わなければならない罪をいう。例えば、祭司長さいしちょうと律法学者がイエスを十字架につけた罪により、ユダヤ人全体がその責任を負って神の罰を受けなければならなかったし、全人類もまた、共同的な責任を負って、イエスが再臨なさるそのときまで、苦難の道を歩まねばならなかったが、それはこの罪のゆえである。
 
第四に、自犯罪というものがあるが、これは、自身が直接犯した罪である。ここにおいて、我々が前に述べたところの原罪を、罪の根というならば、遺伝的罪は罪の幹、連帯罪は罪の枝、自犯罪は罪の葉に該当がいとうするのである。しかし、すべての罪は、その根に該当がいとうする原罪から生ずる。それゆえに、原罪を清算しない限りは、他の罪を根本的に清算することはできない。しかしながら、隠されているこの罪の根はいかなる人間も知ることができないもので、ただ人間の根として、また、真まことの父母として降臨されるイエスのみがこれを知り、清算することができるのである。

(六)堕落性本性だらくせいほんせい


 天使が神に反逆して、エバと血縁関係を結んだとき、偶発的に生じたすべての性稟せいひんを、エバはそのまま継承したのであり、こうして天使長の立場におかれるようになったエバと、再び血縁関係を結んだアダムも、またこの性稟せいひんを受け継ぐようになった。そして、この性稟せいひんが、堕落人間のすべての堕落性を誘発する根本的な性稟せいひんとなってしまったのである。これを堕落性本性だらくせいほんせいという。
 
このような堕落性本性だらくせいほんせいが生ずるようになった根本的動機は、天使長がアダムに対する嫉妬心しっとしんを抱いたところにあった。それでは、善の目的のために創造された天使長から、いかにしてそのような愛に対する嫉妬心しっとしんが生ずるようになったのであろうか。元来、天使長にも、創造本性ほんせいとして、欲望と知能とが賦与ふよされていたはずであった。このようにして、天使長は知能をもっていたので、人間に対する神の愛が、自分に注がれるそれよりも大きいということを比較し、識別することができたのであり、またその上に欲望をもっていたから、神からそれ以上に大きい愛を受けたいという思いがあったということは当然なことである。そして、こういう思いは、自動的に嫉妬心しっとしんを生ぜしめたのである。したがって、このような嫉妬心しっとしんは、創造本性ほんせいから誘発されるところの、不可避的な副産物であり、それはちょうど、光によって生ずる、物体の影のようなものであるといえよう。しかし、人間が完成すれば、このような付随的な欲望によっては決して堕落することはできなくなるのである。なぜなら、このような欲望を満たすときに覚える一時的な満足感よりも、その欲望を満たすことによって生ずる自己破滅に対する苦痛の方が、もっと大きいということを実感するようになるので、このような行いをすることができないのである。
 そして、創造目的を完成した世界は、あたかも一人の人間のように、互いに有機的な関係をもつ組織社会であるから、個体の破滅は、直ちに全体的な破滅を招来するようになる。したがって、全体は個体の破滅を放任することができない。このように、創造目的を完成した世界においての創造本性ほんせいから生ずる付随的な欲望は、人間の発展をもたらす要素とはなっても、決して堕落の要因とはなり得ないのである。
 堕落性本性だらくせいほんせいを大別たいべつすれば、次の四つに分類することができる。その第一は、神と同じ立場に立てないということである。天使長が堕落するようになった動機は、神が愛するアダムを、神と同じ立場で愛することができず、彼をねたんでエバの愛を蹂躙じゅうりんしたところにあった。君主の愛する臣下しんかに対して、その同僚が、君主と同じ立場において愛することができず、ねたみ嫌う性稟せいひんは、とりもなおさず、このような堕落性本性だらくせいほんせいから生ずるのである。
 第二には、自己の位置を離れるということである。ルーシェルは、神の愛をより多く受けるために、天使世界においてもっていたと同じ愛の位置を、人間社会においても保とうとして、その不義なる欲望によって、自己の位置を離れ、堕落したのであった。不義な感情をもって、自己の分限と位置を離れるというような行動は、みなこの堕落性本性だらくせいほんせいの発露はつろである。
 第三は、主管性しゅかんせいを転倒するということである。人間の主管を受けるべき天使が、逆にエバを主管し、またアダムの主管を受けるべきエバが、逆にアダムを主管するようになったところから、堕落の結果が生じたのである。このように自己の位置を離れて、主管性しゅかんせいを転倒するところから、人間社会の秩序が乱れるのであるが、これは、すべてこのような堕落性本性だらくせいほんせいから生ずるのである。
 第四は、犯罪行為を繁殖することである。もし、エバが堕落したのち、自分の罪をアダムに繁殖させなかったならば、アダムは堕落しなかったであろうし、エバだけの復帰ならば、これは容易であったはずである。しかし、エバはこれとは反対に、自分の罪をアダムにも繁殖させ、アダムをも堕落させてしまった。悪人たちがその仲間を繁殖させようとする思いも、このような堕落性本性だらくせいほんせいから生ずる思いなのである。

第五節 自由と堕落




(一)自由の原理的意義


 自由に対する原理的な性格を論ずるとき、第一に、我々は、原理を離れた自由はない、という事実を知らなければならない。そして、自由とは、自由意志とこれに従う自由行動とを一括して表現した言葉なのである。前者と後者とは、性相と形状との関係にあり、これが一体となって初めて完全な自由が成立する。それゆえに、自由意志のない自由行動なるものはあり得ず、自由行動の伴わない自由意志というものも、完全なものとはなり得ないのである。自由行動は、自由意志によって現れるものであり、自由意志はあくまでも心の発露はつろである。しかし、創造本然ほんぜんの人間においては、神のみ言ことば、すなわち、原理を離れてはその心が働くことができないので、原理を離れた自由意志、あるいは、それに基づく自由行動はあり得ない。したがって、創造本然ほんぜんの人間には、原理を離れた自由なるものはあり得ないのである。
 
第二に、責任のない自由はあり得ない。原理によって創造された人間は、それ自身の自由意志をもって、その責任分担を完遂かんすいすることによってのみ完成する(前編第一章第五節(二)(2))。したがって、創造目的を追求していく人間は、常に自由意志をもって自分の責任を全うしようとするので、責任のない自由はあり得ないのである。
 
第三に、実績のない自由はない。人間が、自由をもって、自身の責任分担を完遂かんすいしようとする目的は、創造目的を完成して、神を喜ばせ得るような実績を上げようとするところにある。したがって、自由は常に実績を追求するがゆえに、実績のない自由はあり得ないのである。

(二)自由と人間の堕落


 前項で詳述したように、自由は原理を離れてはあり得ない。したがって、自由は自らの創造原理的な責任を負うようになるし、また、神を喜ばせ得るような実績を追求するために、自由意志による自由行動は、善の結果のみをもたらすようになる。それゆえに人間は決して自由によって堕落することはできないのである。コリントⅡ・三章17節に「主しゅの霊のあるところには、自由がある」と言われた。我々は、このような自由を、本心の自由というのである。
 アダムとエバは、神から善悪の果を取って食べてはならないという戒いましめを受けた以上、彼らは、神の干渉なくして、もっぱら本心の自由によって、その命令を守るべきであった。したがって、エバが原理を脱線しようとしたとき、原理的な責任と実績を追求するその本心の自由は、彼女に不安と恐怖心を生ぜしめ、原理を脱線しないように作用したのである。また、堕落したのちにおいても、この本心の自由は、神の前に帰るように作用したのであった。したがって、人間は、このような作用をする本心の自由によって、堕落することはあり得ない。人間の堕落は、どこまでも、その本心の自由が指向しこうする力よりも強い非原理的な愛の力によって、その自由が拘束されたところに起因するのである。すなわち人間は、堕落によって自由を失うこととなったのである。しかし、堕落した人間にも、この自由を追求する本性ほんせいだけは、そのまま残っているので、神はこの自由を復帰する摂理を行うことができるのである。歴史が流れるに従い、人間が己の命を犠牲にしてまでも、自由を求めようとする心情が高まるというのは、人間がサタンによって失った、この自由を再び奪い返していく証拠なのである。ゆえに、人間が自由を求める目的は、自由意志による自由行動をもって、原理的な責任と実績をはっきりと立て、創造目的を完成しようとするところにあるのである。

(三)自由と堕落と復帰


 天使は、人間に仕えるために創造された。したがって、人間が天使に対するのは、どこまでも人間の自由に属する問題なのである。しかし、天使から誘惑された当時のエバは、いまだ知的、あるいは心情的に、未完成期にいた。したがって、エバが天使の誘惑により、知的に迷わされ、心情的に混沌こんとんとなって誘惑されたとき、彼女は責任と実績を追求する本心の自由によって生ずる不安を覚えたのであるが、より大きい天使との愛の力によって、堕落線を越えてしまったのである。エバがいかに天使と自由に対したといっても、取って食うべからずと言われた神の戒いましめのみを信じて、天使の誘惑の言葉に相対しなかったとすれば、天使との非原理的な愛の力は発動し得ず、彼女は決して堕落するはずがなかった。それゆえに、自由が、エバをして、天使を相手とし、堕落線まで引っ張っていったことは事実であるが、堕落線を越えさせたものはどこまでも自由ではなくして、非原理的な愛の力であったのである。人間は、天使に対しても、自由をもって対するように創造されていたので、エバがルーシェルに対するようになり、それと相対基準を造成して、授受作用をするようになったとき、そこに生じた非原理的な愛の力によって、彼らは堕落したのである。それゆえ、これとは反対に、堕落人間も自由をもって神に対して相対的な立場に立つことができるのであるから、真理のみ言ことばに従って、神と相対基準を造成し、授受作用をするようになれば、その原理的な愛の力によって、創造本性ほんせいを復帰することができるのである。既に述べたように、人間が本性的に自由を叫ぶようになるのは、このようにして、創造本性ほんせいを復帰しようとする、本心の自由の指向性しこうせいがあるためである。
 
人間は、堕落によって無知に陥り、神を知ることができないようになったので、その心情も分からなくなってしまった。それゆえに、人間の意志はこの無知によって、神が喜ばれる方向を取ることができなくなってしまったのである。しかし、堕落人間においては、復帰摂理の時代的恩恵により、神霊しんれい(内的な知)と真理(外的な知)とが明らかになるにつれて、創造目的を指向しこうする本心の自由を求める心情が、復帰されてくるようになり、それによって、神に対する心情も漸次ぜんじ復帰され、そのみ旨に従って生きようとする意志も高まるのである。
 また、彼らはこのように、自由を復帰しようとする意志が高潮するに従って、これを実現することのできる社会環境を要求せざるを得なくなるのである。しかし、その時代の環境が、自由を求めるその時代の人間たちの欲望を満足させることができないときは、必然的に社会革命が起こるようになるのである。十八世紀に起こったフランス革命は、その代表的な例であるが、このような革命は、結局、創造本然ほんぜんの自由が完全に復帰されるときまでは、継続せざるを得ないのである。

第六節 神が人間始祖の堕落行為を干渉し給わなかった理由




 神は全知全能であられるので人間始祖の堕落行為を知られなかったはずがない。また彼らが堕落行為を行わないように、それを防ぐ能力がなかったわけでもない。それでは、神はなぜ、彼らの堕落行為を知っておられながら、それを干渉し防ぎ給わなかったのであろうか。これは、今日まで人類歴史を通じて、解くことのできなかった重大な問題の中の一つである。我々は、神が人間の堕落行為を干渉なさらなかった理由として、次の三つの条件を挙げることができる。

(一)創造原理の絶対性と完全無欠性のために


 創造原理によれば、神は人間が神の創造性に似ることによって、あたかも神御自身が人間を主管しゅかんされるように人間は万物世界を主管するように創造されたのである。そこで、人間が神の創造性に似るためには、人間自身がその責任分担を遂行すいこうしながら成長し、完成しなければならない。このような成長期間を、我々は間接主管圏、あるいは、原理結果主管圏というのである。それゆえに、人間がこの圏内にいるときには、彼ら自身の責任分担を完遂かんすいさせるため、神は彼らを直接的に主管してはならないのである。そして、神は人間が完成したのちにおいて、初めて彼らを直接主管しゅかんされるようになっているのである。もし、神がこのような成長期間に、彼らの行為を干渉し、彼らを直接主管されるとすれば、神は彼らが完成したのちに初めて直接主管するというその創造原理を、自ら無視する立場に立たれることになるのである。このように原理が無視されるようになれば、同時に、原理の絶対性と完全無欠性は喪失されてしまう。神は絶対者であり、完全無欠なる創造主そうぞうしゅであられるがゆえに、神が定められた創造原理も、また絶対的であり、完全無欠でなければならない。それゆえに、神は創造原理の絶対性と完全無欠性のために、未完成期にいた彼らの堕落行為に対して干渉されなかったのである。

(二)神のみ創造主であらせられるために


 神は自ら創造された原理的な存在とその行動のみを干渉されるために、犯罪行為や地獄のような、御自分が創造されなかった非原理的な存在や行動には干渉し給たまわないのである。神がもしある存在や行動に対して干渉し給たもうならば、干渉を受けるその存在や行動は、既に、創造の価値が賦与ふよされ、原理的なものとして認定されたもののような結果をもたらすのである。
 
このような論理に立脚してみるとき、もし神が、人間始祖の堕落行為に対して干渉されるとすれば、その堕落行為にも創造の価値が賦与ふよされることになり、原理的なものとして認定せざるを得なくなるのである。もしそうなれば、神は犯罪行為をも原理的なものとして認定されるという、もう一つの新しい原理を立てる結果をもたらすのである。このような結果をもたらすことは、どこまでもサタンが存在するためであり、そうなれば、サタンもまた、一つの新しい原理を創造したということになり、創造主の立場に立つことになる。したがって、独り神のみ創造主であらせられるためには、彼らの堕落行為に干渉することができなかったのである。

(三)人間を万物の主管位しゅかんいに立たせるために


 神は人間を創造されてのち、「万物を主管せよ(創一・28)」と言われた。人間が神のみ言ことばのとおりに万物を主管しようとすれば、万物と同等な立場においてはそれをなすことはできない。ゆえに、人間はそれを主管し得るある資格をもたなければならないのである。
 
神が創造主であられるがゆえに、人間を主管し得る資格をもっておられるように、人間も万物を主管することのできる資格をもつためには、神の創造性をもたなければならないのである。したがって、神は人間に創造性を賦与ふよし、万物を主管し得る資格を得るために成長期間を設け、この期間が満ちるときまで、人間がそれ自身の責任分担を遂行すいこうすることによって完成するように創造されたのである。それゆえに、人間はこのような原理過程を通過し、完成することによってのみ、万物を主管し得る資格を得て、初めて万物を治めるようになるのである。
 そうであるにもかかわらず、もし、未完成期にいる人間を神が直接主管し、干渉されるとすれば、これは人間の責任分担を無視する結果となり、神の創造性をもつこともできなくなるために、万物を主管する資格も失うということになるのである。したがって、このような人間をして万物を主管せしめることは、不可能であるばかりでなく、未完成な人間を完成した人間と同一に取り扱うという矛盾を招来することにもなるのである。そしてまた、この人間に、その創造性を与えることによって、万物を主管せしめるように設けられた創造原理を、自ら無視するという結果となってしまうのである。それゆえに、原理によって被造世界を創造され、その原則に従って摂理を行い給たもう神は、人間を万物の主管位しゅかんいに立たしめるために、いまだ間接主管圏内にいた未完成な人間の堕落行為を、干渉することができなかったのである。

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人類歴史の終末論

 第三章 人類歴史の終末論





 我々は、人類歴史がいかにして始まり、また、これがどこへ向かって流れているかということを、これまで知らずに生きてきた。したがって人類歴史の終末に関する問題を知らずにいるのである。多くのキリスト教信者たちは、ただ聖書に記録されていることを文字どおりに受けとって、歴史の終末においては天と地がみな火に焼かれて消滅し(ペテロⅡ・三・12)、日と月が光を失い、星が天から落ち(マタイ二四・29)、天使長のラッパの音とともに死人たちがよみがえり、生き残った人たちはみな雲に包まれて引きあげられ、空中においてイエスを迎えるだろう(テサロニケⅠ・四・16、17)と信じている。しかし、事実、聖書の文字どおりになるのであろうか、それとも聖書の多くの重要な部分がそうであるように、このみ言も何かの比喩として言われているのであろうか。この問題を解明するということは、キリスト教信者たちにとって、最も重要な問題の中の一つを解明することといわなければならない。ところで、この問題を解明するためには、まず、神が被造世界を創造なさった目的と堕落の意義、そして救いの摂理の目的など、これらの根本問題を解明しなければならないのである。


第一節 神の創造目的完成と人間の堕落

(一)神の創造目的の完成


 既に創造原理において詳細に論述したように、神が人間を創造された目的は人間を見て喜ばれるためであった。したがって、人間が存在する目的はあくまでも神を喜ばせるところにある。では、人間がどのようにすれば神を喜ばすことができ、その創造本然の存在価値を完全に現すことができるのであろうか。人間以外の被造物は自然そのままで神の喜びの対象となるように創造された。しかし人間は創造原理において明らかにされたように、自由意志と、それに基づく行動を通じて、神に喜びを返すべき実体対象として創造されたので、人間は神の目的を知って自ら努力し、その意志のとおり生活しなければ、神の喜びの対象となることはできないのである。それゆえに、人間はどこまでも神の心情を体恤してその目的を知り、その意志に従って生活できるように創造されたのであった。人間がこのような位置に立つようになることを個性完成というのである。たとえ部分的であったとはいえ、堕落前のアダムとエバが、そして預言者たちが、神と一問一答できたということは、人間に、このように創造された素質があったからである。
 個性を完成した人間と神との関係は、体と心との関係をもって例えられる。体は心が住む一つの家であって、心の命令どおりに行動する。このように、個性を完成した人間の心には、神が住むようになるので、結局、このような人間は神の宮となり、神のみ旨どおりに生活するようになるのである。したがって、体と心とが一体となるように、個性を完成した人間は、神と一体となるのである。それゆえ、コリントⅠ・三章16節に、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか」と記されているのであり、また、ヨハネ福音書一四章20節には、「その日には、わたしはわたしの父におり、あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう」と言われたのである。このように、個性を完成して神の宮となることによって、聖霊が、その内に宿るようになり、神と一体となった人間は神性を帯びるようになるため、罪を犯そうとしても、犯すことができず、したがって堕落することができないのである。個性を完成した人間は、すなわち、神の創造目的を成就した善の完成体であるが、この善の完成体が堕落したとすれば、善それ自体が破壊される可能性を内包しているという、不合理な結果になるのである。そればかりでなく、全能なる神の創造なさった人間が、完成した立場において堕落したとするならば、神の全能性までも、否定せざるを得なくなるのである。永遠なる主体としていまし給う、絶対者たる神の喜びの対象も、永遠性と絶対性をもたなければならないのであるから、個性を完成した人間は、絶対に堕落することができないのである。
 このように、個性完成して、罪を犯すことができなくなったアダムとエバが、神の祝福なさったみ言どおり(創一・28)、善の子女を繁殖して、罪のない家庭と社会とをつくったならば、これがすなわち、一つの父母を中心とした大家族をもって建設されるところの天国であったはずである。天国はちょうど、個性を完成した一人の人間のような世界である。人間において、その頭脳の縦的な命令により、四肢五体が互いに横的な関係をもって活動するように、その社会も神からの縦的な命令によって、互いに横的な紐帯を結んで生活するようになっているのである。このような社会においては、ある一人の人間が苦痛を受けるとき、それを見つめて共に悲しむ神の心情を、社会全体がそのまま体恤するようになるから、隣人を害するような行為はできなくなるのである。
 さらに、いかに罪のない人間たちが生活する社会であるとしても、人間が冒険家たちと同じような、未開な生活をそのまま送らざるを得ないとすれば、これは、神が望み給い、また、人間がこいねがう天国だとは到底いうことができないのである。したがって、
神が万物を主管せよと言われたみ言のとおりに(創一・28)、個性を完成した人間たちは、科学を発達させて自然界を征服することによって、最高に安楽な社会環境をこの地上につくらなければならない。このような創造理想の実現された所が、すなわち地上天国なのである。このように人間が完成して地上天国の生活を終えたのちに、肉身を脱ぎ捨てて霊界に行けば、そこに天上天国がつくられるのである。ゆえに、神の創造目的はどこまでも、まず、この地上において天国を建設なさるところにあるといわなければならない。

(二)人間の堕落


 創造原理で詳述したように、人間は成長期間において、未完成の立場にあるとき堕落したのであった。人間に、なぜ成長期間が必要であったか、また、人間始祖が未完成期に堕落したと考えざるを得ない根拠はどこにあるのか、という問題なども、既に創造原理において明らかにされている。人間は堕落することによって神の宮となることができず、サタンが住む家となり、サタンと一体化したために、神性を帯びることができず堕落性を帯びるようになった。このように、堕落性をもった人間たちが悪の子女を繁殖して、悪の家庭と悪の社会、そして悪の世界をつくったのであるが、これがすなわち、堕落人間たちが今まで住んできた地上地獄だったのである。地獄の人間たちは、神との縦的な関係が切れてしまったので、人間と人間との横的なつながりもつくることができず、したがって、隣人の苦痛を自分のものとして体恤することができないのために、ついには、隣人を害するような行為をほしいままに行うようになってしまったのである。人間は地上地獄に住んでいるので、肉身を脱ぎ捨てたのちにも、そのまま天上地獄に行くようになる。このようにして、人間は地上、天上共に神主権の世界をつくることができず、サタン主権の世界をつくるようになったのである。サタンを「この世の君(ヨハネ一二・31)」、あるいは「この世の神(コリントⅡ・四・4)」と呼ぶ理由は実にここにあるのである。


第二節 救いの摂理


(一)救いの摂理はすなわち復帰摂理である


 この罪悪の世界が、人間の悲しむ世界であることはいうまでもないが、神もまた悲しんでおられる世界であるということを、我々は知らなければならない(創六・6)。では、神はこの悲しみの世界をそのまま放任なさるのであろうか。喜びを得るために創造なさった善の世界が、人間の堕落によって、悲しみに満ちた罪悪世界となり、これが永続するほかはないというのであれば、神は、創造に失敗した無能な神となってしまうのである。それゆえに、神は必ずこの罪悪の世界を、救わなければならないのである。
 
それでは、神は、この世界を、どの程度にまで救わなければならないのであろうか。いうまでもなく、その救いは完全な救いでなければならないので、神はどこまでもこの罪悪の世界から、サタンの悪の勢力を完全に追放し(使徒二六・18)、それによって、まず、人間始祖の堕落以前の立場にまで復帰なさり、そのの上に善の創造目的を完成して、神が直接主管されるところまで(使徒三・21)、救いの摂理をなしていかなければならないのである。病気にかかった人間を救うということは、病気になる以前の状態に復帰するということを意味するし、水に溺れた人を救うということは、すなわち、水に溺れる以前の立場にまで復帰するという意味なのである。罪に陥った者を救うということは、その者を罪のない創造本然の立場にまで復帰させるという意味でなくて何であろうか。それゆえに、神の救いの摂理は、すなわち復帰摂理となるのである(使徒一・6、マタイ一七・11)。
 
堕落は、もちろん人間自身の過ちによってもたらされた結果である。しかし、どこまでも神が人間を創造されたのであり、それによって、人間の堕落という結果も起こり得たのであるから、神はこの結果に対して、創造主としての責任を負わなければならない。したがって、神はこの誤った結果を、創造本然のものへと復帰するように摂理なさらなければならないのである。神は永存なさる主体であるから、その永遠なる喜びの対象として創造された人間の命もまた、永遠性をもたなければならない。人間には、このように、永遠性をもって創造された創造原理的な基準があるので、たとえ堕落した人間であるとしても、これを全く消滅させてしまい、創造原理を無為に帰してしまうわけにはいかないのである。それゆえに、神は堕落人間を救済し、その創造本然の立場にまで復帰なさらなければならないのである。
 
元来、神は人間を創造されて、三大祝福を与えてくださることを約束なさったので(創一・28)、イザヤ書四六章11節に「わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う」と言われたように、サタンのために失ったこの祝福を復帰する摂理をなさることによって、その約束のみ旨を成し遂げてこられたのである。マタイ福音書五章48節にイエスが、「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」と弟子たちに言われたことも、とりもなおさず、創造本然の人間に復帰せよという意味であった。なぜなら、創造本然の人間は、神と一体となることによって神性を帯びるようになるから、創造目的を中心として見るときには、神のように完全になるので、こう言われたのである。

(二)復帰摂理の目的


  それでは、復帰摂理の目的は何であろうか。それは本来神の創造目的であった、善の対象である天国をつくることにほほかならない。元来、神は人間を地上に創造なさり、彼らを中心として、まず地上天国を建設しようとされたのである。しかし、人間始祖の堕落によって、その目的を達成することができなかったので、復帰摂理の第一次的な目的も、また、地上天国を復帰することでなければならないのである。復帰摂理の目的を完成するために来られたイエスは「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように(マタイ六・10)」と祈れと言われたり、「悔い改めよ、天国は近づいた(マタイ四・17)」と言われたが、これらのみ言は、みな、復帰摂理の目的が、地上天国を復帰するところにあったということを立証するのである。

(三)人類歴史はすなわち復帰摂理歴史である


 我々は既に、神の救いの摂理はすなわち復帰摂理であるということを明らかにした。このことからして、人類歴史は、堕落した人間を救い、彼らをして創造本然の善の世界に復帰させるためになされた摂理歴史であるといわなければならない。それでは、果たして人類歴史がすなわち復帰摂理の歴史であるかどうかということを、我々はここで、各方面から考察してみることにしよう。
 第一に、文化圏発展史の立場から考察してみることにする。
古今東西を問わず、いかなる悪人であっても、悪を捨てて善に従おうとする本心だけは、だれでも共通にもっている。だから、何が善であり、いかにすればその善をなすことができるかということは、知能に属することであり、時代と場所と人がそれぞれ異なることによって、それらは互いに衝突し、闘争の歴史をつくってきたのであるが、善を求めようとする人間の根本目的だけは、すべて同じであった。では何故、人間の本心は、いかなるものによっても取り押さえることのできない力をもち、時間と空間を超越して、善を指向しているのであろうか。それは、善の主体であられる神が、神の善の目的を成就するための善の実体対象として、人間を創造なさったからで、たとえ堕落人間がサタンの業により、善の生活ができないようになってしまったとしても、善を追求するその本心だけは、そのまま残っているからである。したがって、このような人間たちによってつくられてきた歴史の進みいくところは、結局善の世界でなければならない。
 人間の本心がいかに善を指向して努力するとしても、既に悪主権の上におかれているこの世界においては、その善の実相を見ることができなくなってしまっているので、人間は時空を超越した世界に、その善の主体を探し求めなければならなくなった。このような必然的な要求によって誕生したのが、すなわち宗教なのである。このように、堕落によって神を失ってしまった人間は、宗教をつくり、絶えず善を探し求めて、神に近づこうとしてきたので、たとえ宗教を奉じてきた個人、民族、あるいは国家は滅亡したとしても、宗教それ自体は今日に至るまで、絶えることなく継続してそのまま残ってきたのである。それでは、このような歴史的な事実を、国家興亡史を中心として、検討してみることにしよう。
 
まず、中国の歴史を見ると、春秋戦国の各時代を経て、秦統一時代が到来し、そして前漢、新、後漢、三国、西晋、東晋、南北朝の各時代を経て、隋唐統一時代がきた。さらに、五代、北宋、南宋、元、明、清の時代を経て、今日の中華民国に至るまで、複雑多様な国家の興亡と、政権の交代を重ねてきたのであるが、今日に至るまで、儒、仏、仙の極東宗教だけは、厳然として残っているのである。つぎにインドの歴史をひもといてみても、マウリア、アンドラ、クシャナ、グプタ、ヴァルダーナ、サーマン、カズニ、ムガール帝国を経て、今日のインドに至るまで、国家の変遷は極まりなく繰り返してきたわけであるが、ヒンズー教だけは衰えずにそのまま残っているのである。また、中東地域の歴史を見れば、サラセン帝国、東西カリフ、セルジュク・トルコ、オスマン・トルコなど、国家の主権は幾度か変わってきたのであるが、彼らが信奉するイスラム教だけは、連綿としてその命脈が断ちきられることなく継承されてきたのである。つづいて、ヨーロッパ史の主流において、その実証を求めてみることにしよう。ヨーロッパの主導権はギリシャ、ローマ、フランク、スペイン、ポルトガルを経て、一時フランスとオランダを経由し、英国に移動し、それが、米国とソ連に分かれ今日に至っているのである。ところが、その中においても、キリスト教だけはそのまま興隆してきたのであり、唯物史観の上にたてられた専制政体下のソ連においてさえ、キリスト教は、今なお滅びずに残っている。このような見地から、すべての国家興亡の足跡を深く顧みるとき、宗教を迫害した国は滅び、宗教を保護し育成した国は興隆し、また、その国の主権は、より以上に宗教を崇拝する国へと移されていったという歴史的な事実を、我々は数多く発見することができるのである。したがって、宗教を迫害している共産主義世界の破滅の日が必ずくるであろうということは、宗教史が実証的にこれを裏付けているのである。
 
歴史上には数多くの宗教が生滅した。その中で影響力の大きい宗教は、必ず文化圏を形成してきたのであるが、文献に現れている文化圏だけでも、二十一ないし二十六を数えている。しかし、歴史の流れに従って、次第に劣等なものはより優秀なものに吸収されるか、あるいは融合されてきた。そして近世に至っては、前に列挙したように、数多くの国家興亡の波の中で、結局、極東文化圏、印度教文化圏、回教文化圏、キリスト教文化圏の四大文化圏だけが残されてきたのであり、これらはまた、キリスト教を中心とした一つの世界的な文化圏を形成していく趨勢を見せているのである。ゆえに、キリスト教が、善を指向してきたすべての宗教の目的を、同時に達成しなければならない最終的な使命をもっているという事実を、我々はこのような歴史的な帰趨を見ても、理解できるのである。このように、文化圏の発展史が数多くの宗教の興亡、あるいは融合によって、結局、一つの宗教を中心とする世界的な文化圏を形成していくという事実は、人類歴史が、一つの統一世界へと復帰されつつあることを証拠立てるものである。
 第二に、宗教と科学の動向から見ても、我々は、人類歴史が復帰摂理の歴史であるということを知ることができる。
堕落人間の両面の無知を克服するために生じた宗教と科学が、今日に至っては、統一された一つの課題として、解決されなければならないときがきたということは、既に総序において論じた。このように有史以来、互いに関連することなく独自的に発達してきた宗教と科学が、今日に至って、各々その行くべきところに到達し、一つのところで、互いに相合わなければならないようになったという事実は、人類歴史が今まで、創造本然の世界を復帰する摂理路程を歩いてきたということを、我々に物語っているのである。もし人間が堕落しなかったとすれば、人間の知能は、霊的な面において最高度に向上したであろうから、肉的な面においても最高度に発達し、科学はそのとき、ごく短期間の内に驚くほど向上したはずであった。したがって、今日のような科学社会は、既に人間始祖当時において成就されるはずであったのである。しかし、人間は堕落によって無知に陥り、そのような社会をつくることができなかったから、悠久なる歴史の期間を経て、科学をもってその無知を打開しながら、創造本然の理想的科学社会を復帰してきたのである。
 しかし、今日の科学社会は極めて高度に発達し、外的には理想社会へと転換することのできる、その前段階にまで復帰されてきている。
 
第三に、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は復帰摂理歴史であるという事実を知ることができる。財産を奪い、土地を略奪し、人間を奪いあう闘争は、人間社会の発達とともに展開され、今日に至るまで悠久なる歴史の期間を通じて、一日も絶えることなく続いてきたのである。すなわち、この闘いは家庭、氏族、民族、国家、世界を中心とする闘いとして、その範囲を広め、今日に至っては、民主と共産の二つの世界が最後の闘争を挑むというところにまで至っている。今や、人類歴史の終末を告げるこの最後の段階において、天倫はついに、財物や土地、あるいは人間を奪いとれば幸福を増進させることができるだろうと考えてきた歴史的な段階を越えて、民主主義という名を掲げて、この世に到来してきたのである。第一次世界大戦が終わったのちは、敗戦国家が植民地を奪われたが、第二次大戦後においては、戦勝国家が次々に植民地を解放する現象が現れてきた。一方、今日の強大国家は、それらの一つの都市よりも小さい弱小国家を国連に加入させ、それらの国を経済的に援助するだけでなく、自分たちと同等な権利と義務とを与え、すべて兄弟国家として育成しつつあるのである。それではこの最後の闘いというのはどのようなものであろうか。それは理念の闘いである。しかし、今日の世界を脅かしている唯物史観を完全に覆すことができる真理が現れない限り、民主主義陣営と共産主義陣営の二つの世界の闘いは、永遠に絶えることがないであろう。それゆえに、宗教と科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる真理が現れるとき、初めて、宗教を否定して科学偏重の発達を遂げてきた共産主義思想は覆され、二つの世界は一つの理念のもとに、完全に統一されるのである。このように、闘争歴史の帰趨から見ても、人類歴史は、創造本然の世界を復帰する摂理歴史であるということを否定することはできないのである。
 第四に、我々は聖書を中心として、より詳しく、この問題について調べてみることにしよう。人類歴史の目的は、生命の木(創二・9)
を中心とするエデンの園を復帰するところにある(前編第二章第一節(一))。ところで、エデンの園とは、アダムとエバが創造された、あの局限地域をいうのではなく、地球全体を意味するのである。もしエデンの園を、人間始祖の創造された、ある限定された地域だけを指していうのだとすれば、地に満ちるほど生めよ殖えよと言われた神の祝福のみ言(創一・28)によって、繁殖するであろう数多くの人類が、いったいどうしたらその狭い所にみな住むことができるのであろうか。
 
人間始祖が堕落したために、神が「生命の木」を中心としてたてようとしたエデンの園は、サタンの手に渡されてしまったのである(創三・24)。ゆえに、アルパで始められた人類罪悪歴史が、オメガで終わるときの堕落人間の願望は、罪悪をもって色染められた着物を清く洗い、復帰されたエデンの園に帰っていき、失った「生命の木」を、再び探し求めていくところにあるのだと黙示録二二章13節以下には記録されている。では、聖書のいうこれらの内容は、何を意味するのであろうか。
 既に、堕落論において明らかにされているが、「生命の木」とは完成したアダム、すなわち、人類の真の父を意味しているのである。父母が堕落して、その子孫もまた原罪をもつ子女たちとなったので、この罪悪の子女たちが、創造本然の人間にまで復帰するためには、イエスのみ言どおり、すべての人間が重生しなければならないのである(重生論参照)。したがって、歴史は、人類を再び生んでくださる真の父であられるイエスを探し求めてきたのであるから、歴史の終末期において、信徒たちが願望し、探し求めていくものとして記録されているヨハネ黙示録の「生命の木」とは、とりもなおさずイエスのことをいうのである。我々は、このような聖書の記録を見ても、歴史の目的は、「生命の木」として来られるイエスを中心とした、創造本然のエデンの園を復帰するところにあるということを理解することができる。黙示録二一章1節から7節にも、歴史の終末においては、新しい天と新しい地とが現れるであろうと記録されているが、これはまさしくサタンの主管下にあった、先の天と地が、神を中心とするイエスの主管下の、新しい天と新しい地に復帰されるということを意味するのである。ロマ書八章19節から22節には、サタン主管下にうめき嘆いている万物も、終末に至って火に焼かれてなくなるのではなく、創造本然の立場に復帰されることにより、新たにされるために(黙二一・5)、自己を主管してくれる、創造本然の神の子たちが新たに復帰されて出現することを待ち望んでいると記録されている。我々は、このように各方面から考察してみるとき、人類歴史は、創造本然の世界に復帰する摂理歴史であるということを、明らかに知ることができるのである。


第三節 終  末

(一)終末の意義


 神が、人間始祖に与えられた三大祝福は、人間始祖の犯罪によって、神を中心としては成就されず、サタンを中心として非原理的に成就されたのだということを、我々は既に述べた。ところが、悪によって始められた人類歴史は、事実上、神の復帰摂理歴史であるがゆえに、サタン主権の罪悪世界はメシヤの降臨を転換点として、神を中心として三大祝福が成就される善主権の世界に変えられるようになるのである。
 このように、サタン主権の罪悪世界が、神主権の創造理想世界に転換される時代を終末(末世)という。したがって終末とは、地上地獄が地上天国に変わるときをいうのである。
それゆえにこのときは、今までキリスト教信徒たちが信じてきたように、天変地異が起こる恐怖の時代ではなく、創世以後、悠久なる歴史路程を通して、人類が唯一の希望としてこいねがってきた喜びの日が実現されるときなのである。詳しくは、後編第一章に譲ることにするが、神は人間の堕落以来、罪悪世界を清算して創造本然の善の世界を復帰するための摂理を、幾度もしてこられたのであった。しかしそのたびごとに人間はその責任分担を完遂し得ず、その目的が成就されなかったので、結果的には、終末が幾度もあったかのように記されている事実を、我々は聖書を通して知ることができるのである。

(1) ノアの時も終末であった


 創世記六章13節の記録を見れば、ノアのときも終末であったから、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう」と言われたのである。それではどうしてノアのときが終末であったのか。神は、人間始祖が堕落したために始まったサタンを中心とする堕落世界を、一六〇〇年の罪悪史を一期として、洪水審判をもって滅ぼし、神のみを信奉するノア家庭を立てることにより、その信仰の基台の上に、神主権の理想世界を、復帰なさろうとしたのであった。したがって、ノアのときは終末であったのである(後編第三章第二節参照)。しかし、ノアの次男ハムの堕落行為によって、彼が人間の責任分担を完遂できなかったために、この目的は達せられなかったのである(創九・22)。

(2) イエスの時も終末であった


 復帰摂理の目的を完遂なさろうとする、そのみ旨に対する神の予定は、絶対的であるがゆえに変えることができないから(前編第六章)、ノアを中心とする復帰の摂理は成就されなかったのであるが、神は再び他の預言者を遣わして、信仰の基台を築いて、その基台の上にイエスを送ることにより、サタンを中心とする罪悪の世界を滅ぼして、神を中心とする理想世界を復帰なさろうとしたのであった。したがって、イエスのときも終末であったのである。それゆえにイエスは自ら審判主として来られたと言われたのであり(ヨハネ五・22)、そのときもまた、「万軍の主は言われる、見よ、炉のように燃える日が来る。その時すべて高ぶる者と、悪を行う者とは、わらのようになる。その来る日は、彼らを焼き尽して、根も枝も残さない(マラキ四・1)」と預言されていたのであった。イエスはこのように、創造理想世界を復帰なさろうとして来られたのであるが、ユダヤ人たちが彼を信ぜず、人間の責任分担を完遂し得なかったので、この目的も達せられず、再臨のときまで再び延長されたのである。

(3) イエスの再臨のときも終末である


 ユダヤ民族の不信に出会ったイエスは、十字架につけられて亡くなられることにより、霊的救いのみを成就されるようになったのである。したがってイエスは、再臨して初めて、霊肉合わせて、救いの摂理の目的を完遂され(前編第四章第一節(四))、地上天国を復帰するようになるので、イエスの再臨のときもまた終末である。ゆえにイエスは、「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起こるであろう(ルカ一七・26)」と言われたのであり、また御自身が再臨なさるときも、終末となり、天変地異が起こるであろうと預言されたのであった(マタイ二四・29)。

(二)終末の徴候に関する聖句


 既に上述したように、多くのキリスト教信徒たちは、聖書に記録されている文字どおりに、終末には天変地異が起こり、人間社会においても、現代人としては想像することもできない異変が起こるであろうと信じている。しかし、人類歴史が、神の創造本然の世界を復帰していく摂理歴史であるということを理解するならば、聖書に記録されている終末の徴候が、そのまま実際に、文字どおりに現れるのではないということを知ることができるのである。それでは、終末に関するすべての記録は、各々何を象徴したのであろうかということに関して、調べてみることにしよう。

(1) 天と地を滅ぼして(ペテロⅡ・三・12、創六・13)新しい天と新しい地をつくられる(黙二一・1、ペテロⅡ・三・13、イザヤ六六・22)

 創世記六章13節を見れば、ノアのときも終末であったので、地を滅ぼすと言われたのであるが、実際においては滅ぼされなかった。伝道の書一章4節に「世は去り、世はきたる。しかし地は永遠に変らない」と言われたみ言、あるいは、詩篇七八篇69節に、「神はその聖所を高い天のように建て、とこしえに基を定められた地のように建てられた」と言われたみ言を見ても、地は永遠なるものであるということを知ることができる。主体なる神が永遠であられるから、その対象もまた、永遠なるものでなければならない。したがって、神の対象として創造された地も、永遠なるものでなくてはならない。全知全能であられる神が、サタンによって破滅し、なくなるような世界を創造されて、喜ばれるはずはないのである。それでは、そのみ言は何を比喩されたものであろうか。一つの国を滅ぼすということは、その主権を滅ぼすということを意味するのであり、また、新しい国を建設するということは(黙二一・1)、新しい主権の国を建てるということを意味するのである。したがって、天と地とを滅ぼすということは、それを主管しているサタンの主権を滅ぼすことを意味するのであり、また、新しい天と新しい地をたてるということは、イエスを中心とする神主権下の新しい天地を復帰するということを意味するのである。

(2) 天と地を火をもって審判される(ペテロⅡ・三・12)


 ペテロⅡ・三章12節を見ると、終末には「天は燃えくずれ、天体は焼けうせてしまう」と記録されている。また、マラキ書四章1節以下を見れば、イエスのときにも、御自身が審判主として来られ(ヨハネ五・22、同九・39)、火をもって審判なさると預言されている。さらに、ルカ福音書一二章49節には、イエスは火を地上に投じるために来られたとある。しかし実際はイエスが火をもって審判なさったという何の痕跡も、我々は発見することができないのである。とすれば、このみ言は何かを比喩されたのであると見なければならない。ヤコブ書三章6節に「舌は火である」と言われたみ言からすれば、火の審判は、すなわち舌の審判であり、舌の審判は、すなわちみ言の審判を意味するものであるから、火の審判とは、とりもなおさずみ言の審判であるということを知ることができるのである。
 
では我々は、ここにおいて、み言をもって審判されるという聖句の例を取りあげてみることにしよう。
 ヨハネ福音書一二章48節
には、イエスを捨てて、そのみ言を受け入れない人を裁くものがあるが、イエスが語られたそのみ言が、終わりの日にその人を裁くであろう、と記録されており、さらにテサロニケⅡ・二章8節には、そのときになると、不法の者が現れるが、この者を主イエスは、口の息をもって殺すであろうと記録しているのである。そしてまた、イザヤ書一一章4節においては、その口のむちをもって国を撃ち、その唇の息をもって悪しき者を殺すと言われており、ヨハネ福音書五章24節を見れば、イエスは自分の言葉を聞いて、神を信ずる者は裁かれることがなく、死から命に移ると言われている。このように火の審判は、すなわち、み言の審判を意味するのである。
 それでは、み言をもって審判される理由は、いったいどこにあるのであろうか。ヨハネ福音書一章3節
に、人間はみ言によって創造されたと記録されている。したがって神の創造理想は人間始祖がみ言の実体として、み言の目的を完遂しなければならなかったのであるが、彼らは神のみ言を守らないで堕落し、その目的を達することができなかったのである。それゆえに、神は再びみ言によって、堕落人間を再創造なさることにより、み言の目的を達成しようとされたのであるが、これがすなわち、真理(聖書)による復帰摂理なのである。ヨハネ福音書一章14節には、「言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た。それは父のひとり子としての栄光であって、めぐみとまこととに満ちていた」と記録されている。このようにイエスは、また、み言の完成者として再臨なさり、自ら、み言審判の基準となられることによって、すべての人類が、どの程度にみ言の目的を達成しているかを審判なさるのである。このように、復帰摂理の目的が、み言の目的を達成するところにあるので、その目的のための審判も、み言をその基準として立てて行われなければならないのである。ルカ福音書一二章49節に、「わたしは、火を地上に投じるためにきたのだ。火がすでに燃えていたならと、わたしはどんなに願っていることか」と書かれているのであるが、これは、イエスがみ言の実体として来られ(ヨハネ一・14)、命のみ言を既に宣布なさったにもかかわらず、ユダヤ人たちがこれを受け入れないのを御覧になって、嘆きのあまり言われたみ言であった。

(3) 墓から死体がよみがえる(マタイ二七・52、テサロニケⅠ・四・16)


 マタイ福音書二七章52節以下を見ると、イエスが亡くなられるとき、「墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた」と記録されているのであるが、これは、腐敗してしまった彼らの肉身が、再び生き返ったということを意味するものではないのである(前編第五章第二節(三))。もし、霊界にとどまっていた旧約時代の信徒たちが、聖書の文字どおりに墓からよみがえり、都にいた多くの人々に見えたとすれば、彼らにはイエスがメシヤであるということが分かったわけであるから、必ずユダヤ人たちに、イエスがメシヤであるということを証明したはずである。もしそう行動したならば、イエスはそのとき既に十字架で亡くなられていたとしても、彼らの証言を聞いて、イエスを信じない人は、一人もいなかったであろう。また、そのように旧約時代の聖人たちが、再び肉身をつけて墓から起きあがったとすれば、その後の彼らの行跡に関する記事が、必ず聖書に残っていなければならないはずである。しかし、聖書には彼らに関する何らの記事も、このほかの箇所には記載されていない。では、墓からよみがえったものは、いったい何であったのであろうか。それはあたかもモーセとエリヤの霊人体が、変貌山上においてイエスの前に現れたように(マタイ一七・3)、旧約時代の霊人たちが、再臨復活のために地上に再臨したのを霊的に見て(前編第五章第二節(三))記録した言葉だったのである。では墓は何を意味するのであろうか。イエスによって開かれた楽園から見れば、旧約時代の聖徒たちがとどまっていた霊形体級の霊人の世界は、より暗い世界であるために、そこを称して墓と言ったのである。旧約時代の霊人たちは、すべてこの霊界にいたのであるが、そのとき再臨復活して、地上信徒たちの前に現れたのであった。

(4) 地上人間たちが引きあげられ空中で主に会う(テサロニケⅠ・四・17)


 ここに記録されている空中とは、空間的な天を意味するのではない。大抵聖書において、地は堕落した悪主権の世界を意味し、天は罪のない善主権の世界を意味する。これは、あまねくいまし給う神である限り、地のいずこにも遍在すべきであるにもかかわらず、「天にいますわれらの父よ」(マタイ六・9)と言われ、また、イエスは地において誕生されたにもかかわらず、「天から下ってきた者、すなわち人の子……」(ヨハネ三・13)と言われたことを見ても、そのことが分かるのである。それゆえに、空中で主に会うということは、イエスが再臨されてサタンの主権を倒し、地上天国を復帰されることによってたてられる、その善主権の世界において、主と会うようになるということを意味するのである。

(5) 日と月が光を失い星が空から落ちる(マタイ二四・29)


 創世記三七章9節以下を見れば、ヤコブの十二人の子供たちのうち、十一番目の息子であるヨセフが夢を見たとあり、その内容について「ヨセフはまた一つの夢を見て、それを兄弟たちに語って言った、『わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星とがわたしを拝みました』。彼はこれを父と兄弟たちに語ったので、父は彼をとがめて言った、『あなたが見たその夢はどういうのか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟たちとが行って地に伏し、あなたを拝むのか』」と記録されている。ところがヨセフが成長して、エジプトの総理大臣になったとき、まさしくこの夢のとおり、その父母と兄弟たちが彼を拝んだのである。
 この聖書のみ言を見れば、日と月は父母を象徴したのであり、星は子女たちを象徴したものだということを知ることができる。
キリスト論で述べるように、イエスと聖霊はアダムとエバの代わりに、人類を重生させてくださる真の父母として来られたのである。それゆえに、日と月はイエスと聖霊を象徴しているのであり、星は子女に該当するキリスト教徒たちを象徴しているのである。
 
聖書の中で、イエスを真の光に例えたのは(ヨハネ一・9)、その肉体がみ言によってつくられたお方として来られ(ヨハネ一・14)、真理の光を発したからであった。ゆえに、ここでいっている日の光とは、イエスの言われたみ言の光をいうのであり、月の光とは、真理のみ霊として来られた聖霊(ヨハネ一六・13)の光をいうのである。したがって、日と月が光を失うというのは、イエスと聖霊による新約のみ言が、光を失うようになるということを意味するのである。では何故、新約のみ言が、光を失うようになるのであろうか。それはちょうど、イエスと聖霊が来られて、旧約のみ言を成就するための新約のみ言を下さることにより、旧約のみ言が光を失うようになったと同様に、イエスが再臨されて、新約のみ言を成就し、新しい天と新しい地とをたてられるので(黙二一・1)そのときの新しいみ言によって(本章第五節(一)参照)初臨のときに下さった新約のみ言はその光を失うようになるのである。ここにおいて、み言がその光を失うというのは、新しい時代がくることによって、そのみ言の使命期間が過ぎさるということを意味する。
 また、星が落ちるというのは、終末において、多くのキリスト教徒たちがつまずき落ちるようになる、ということを意味するのである。
メシヤの降臨を熱望してきたユダヤ教の指導者たちが、メシヤとして来られたイエスを知らず、彼に反対して落ちてしまったように、イエスの再臨を熱望しているキリスト教徒たちも、十分注意しないと、その日にはつまずき落ちてしまうであろうということを預言されたのである(後編第六章第二節参照)。ルカ一八・8節に、「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」と言われたみ言、あるいは、マタイ福音書七章23節に、イエスが再臨されるとき、信仰の篤い信徒たちに向かって「不法を働く者ども」と責められ、さらに、「行ってしまえ」と、排斥されるようなことを言われたのも、とりもなおさず、終末において、信徒たちがつまずき落ちるということを予知され、そのように警告されたのである。


第四節 終末 と 現 世



 イエスが、将来訪れるであろうペテロの死に関して話しておられるとき、そのみ言を聞いていたペテロが、ヨハネはどうなるのでしょうか、と質問した。これに対してイエスは、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたにはなんの係わりがあるか」(ヨハネ二一・22)と答えられた。それゆえに、このみ言を聞いた使徒たちは、みなヨハネが生きているうちに、イエスが再臨されるだろうと信じていたのである。そればかりでなく、マタイ福音書一〇章23節を見れば、イエスはその弟子たちに、「あなたがたがイスラエルの町々を回り終らないうちに、人の子は来るであろう」と言われており、また、マタイ福音書一六章28節には、「人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」と、言われたのである。
 このようなみ言によって、イエスの弟子たちもそうであったが、その後、今日に至るまでの多くの信徒たちは、各々が、自分の当代に、イエスが来られるということを信じていたので、彼らは、常に終末であるという切迫感から逃れることができなかったのである。これは、終末に対する根本的な意義を知らなかったからであった。
我々は今ここにおいて、神が復帰摂理の目的として立て、それを成就しようとしてこられた三大祝福が復帰されていく現象を見て、現代がすなわち終末であるということを、立証することができるのである。それゆえにイエスは、「いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(マタイ二四・32)と、言われたのである。

(一)第一祝福復帰の現象


 既に創造原理において論じたように、神がアダムとエバに約束された第一祝福は、彼らが個性を完成することを意味するのである。堕落人間をして、個性完成した創造本然の人間へと復帰してこられた神の摂理が、その最終段階に至っているということは、次のような各種の現象を見ても知ることができる。
 
第一に、堕落人間の心霊が復帰されていくのを見て、それを知ることができる。人間が完成すれば、完全に神と心情的に一体化し、互いに相通ずるように創造されたということは、既に述べたとおりである。それゆえに、アダムとエバも、不完全な状態ではあったが、神と一問一答した段階から堕落し、その子孫たちは、神を知らないところにまで落ちてしまったのである。このように、堕落してしまった人間が、復帰摂理の時代的な恩恵を受けるようになるに従って、漸次その心霊が復帰されるので、終末に至っては、使徒行伝二章17節に「終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう」と言われたみ言のように、多くの信徒たちが、神と霊通するようになるのである。そこで、現世に至り、霊通する信徒たちが雨後の竹の子のように現れるのを見れば、現世は終末であるがゆえに、人間が個性を完成し神の第一祝福を復帰することのできる、そのような時代に入っているということを知ることができる。
 
第二に、堕落人間が、本心の自由を復帰していくという歴史的な帰趨が、これまた、それを示しているのである。人間は堕落によってサタンの主管下におかれ、本心の自由が拘束されるようになったので、神の前に出ていくことのできる自由を失ってしまった。ところが現世に至っては、肉体の命を捨ててまでも、本心の自由を求めようとする心情が高められてくるが、これは、終末になって個性を完成することにより、堕落人間が、サタンに奪われた神の第一祝福を復帰し、神の前に自由に出ていくことのできる時代に入っているからなのである。
 
第三に、堕落人間の、創造本然の価値性が復帰されていく現象を見て、そうであるということを、より確かに知ることができる。つまり人間の創造本然の価値は、横的に見るときすべて同等であるがゆえに、その価値は、大して貴重なもののようには感じられないのであるが、天を中心として縦的に見るとき、各個性は、最も尊い天宙的な価値を、それぞれもっているのである(前編第七章第一節)。
 実に人間は、堕落することによって、このような価値をみな失ってしまったのである。ところが現代に至り、民主主義思想が高潮して、人々は奴隷解放、黒人解放、弱小民族解放などを主張しながら、人権擁護と男女平等、そして万民平等を叫ぶことによって創造本然の個性の価値を、最高度に追求するようになったのであるが、これはとりもなおさず終末となり、堕落人間が失った神の第一祝福を復帰できる時代に入っているということを実証するものである。
 
第四に、堕落人間の本性の愛が復帰されていくという事実が、個性を完成していく終末のときの到来を更に証明してくれる。神の創造理想を完成した世界は、完成した一人の人間の姿の世界であって、その世界の人間は、みな神と縦的に一体となっているがゆえに、人間相互間においても横的に一体とならなければならないのである。したがって、この世界はもっぱら、神の愛をもって縦横に結ばれ、一つの体のようにならざるを得ないのである。しかし、人間は堕落によって神との縦的な愛の関係を断たれてしまったので、人間同士の横的な愛も切断され、人類歴史は闘争のもつれによって流れてきた。しかし、現代に至っては博愛主義思想が高潮してくるに従い、人間が漸次、その本性愛を探し求めてきているのを見ても、現代は神の第一祝福を復帰することにより、神の愛を中心として個性を完成することができる終末に入っている、という事実を知ることができるのである。

(二)第二祝福復帰の現象


 神の第二祝福は、アダムとエバが真の父母として完成し、善の子女を繁殖することにより、善主権の家庭と、社会と、世界を成就するようになるということを意味する。しかし、アダムとエバは堕落して悪の父母となったので、全人類は悪の子女となり、悪主権に拘束された世界をつくってしまったのである。しかし神は一方に宗教を立てて摂理することにより、内的なサタン分立による心霊復帰の摂理をされ、また、他方においては、闘争と戦争による外的なサタン分立をすることにより、内外両面における主権復帰の摂理をしてこられたのである。このように人類歴史は、内外両面のサタン分立による復帰摂理を通じて、将来の真の親であられるイエスに仕えることのできる子女を探し求めて、神の第二祝福を復帰してきたから、それは宗教を中心とする文化圏の発展史と国家興亡史とに現れた内外両面における神の主権復帰の現象を見ることによって、現世がすなわち終末であるということを知ることができるのである。
 我々はまず、文化圏発展史がどういうふうに流れてきて、現代を終末へと導いているのかを明らかにしよう。
文化圏発展史に関する問題は、既に幾度か論じてきたが、神は堕落人間に聖賢たちを遣わされ、善を指向する人間の本心に従って、宗教を立たしめ、その宗教を中心とする文化圏を起こしてこられたのである。それゆえに、歴史上には数多くの文化圏が形成されたのであるが、時代が流れるに従って、これらは互いに融合、あるいは吸収され、現代に至っては、キリスト教を中心とする一つの世界的な文化圏をつくっていく趨勢を見せているのである。このような歴史的な趨勢は、キリスト教の中心であるイエスを中心として、すべての民族が、同じ兄弟の立場に立つようになるということによって、神の第二祝福が復帰されつつあるという事実を示しているのである。
 キリスト教が他の宗教と異なるところは、全人類の真の父母を立てて、その父母によってすべての人間が重生し、善の子女となることによって、神の創造本然の大家族の世界を復帰するところに、その目的があるという点である。これはとりもなおさず、キリスト教が、復帰摂理の目的を完成する中心的な宗教であるということを意味するのである。このように、現世に至っては、世界がキリスト教を中心として一つの文化圏を形成し、人類の真の父母であられるイエスと聖霊(前編第七章参照)を中心として、すべての人間が善の子女の立場に立つことにより、神の第二祝福復帰の現象を見せている。このような事実を見ても我々は現代が終末であるということを否定することができないのである。
 
つぎに我々は、国家興亡史がどのように主権復帰の目的に向かって流れてきて、現代を終末へと導いているかについて調べてみることにしよう。闘争や戦争を、単純にある利害関係や理念の衝突から起こる結果であると見るのは、神の根本摂理を知らないところからくる軽薄な考え方である。人類歴史は人間始祖の堕落により、サタンを中心とする悪主権をもって出発し、罪悪の世界を形成してきたのである。しかし、神の創造目的が残っている限り、その歴史の目的も、あくまでサタンを分立して神の善主権を復帰するところになければならない。もし、悪主権の世界に戦争や分裂がないとすれば、その世界はそのまま永続するはずであり、したがって、善主権は永遠に復帰できないのである。それゆえに、神は堕落人間に聖賢たちを遣わされ、善を立て、宗教を起こすことによって、より善なる主権をして、より悪なる主権を滅ぼさせながら、漸次、天の側の主権を復帰なさる摂理をしてこられたのである。したがって、復帰摂理の目的を成就するためには、闘争と戦争という過程を経なければならない。この問題に関しては、後編においてより詳しく論ずる予定であるが、人類歴史は蕩減復帰の摂理路程を歩いていくので、ある局限された時間圏内においてだけこれを見れば、悪が勝利を勝ち得たときもないことはなかった。しかしそれは結局敗北し、より善なる版図内に吸収されていったのである。それゆえに、戦争による国家の興亡盛衰は、善主権を復帰するための摂理路程から起こる、不可避的な結果であったといわなければならない。ゆえに神は、イスラエル民族を立てカナンの七族を滅ぼされたのであり、また、サウルは神の命令に従わず、アマレク族とそれに属する家畜を全滅させなかったために、厳罰を受けたのである(サムエル上一五・18〜23)。神はこのように、直接異民族を滅ぼすようイスラエルに命令されたのみならず、その選民であった北朝イスラエルが、悪の方向に傾いてしまったときには、惜しみなく彼らをアッシリヤに手渡し、滅亡させてしまわれたのである(列王下一七・23)。神がこのようにされたのは、ひたすら悪主権を滅ぼして、善主権を復帰なさろうとしたからであったということを、我々は知らなければならない。ゆえに、同じ天の側における個人的な闘争は、善主権自体を破壊する結果となるがゆえに悪となるのであるが、善主権が悪主権を滅ぼすことは、神の復帰歴史の目的を達成するためであるという理由から、これは善となるのである。こうして、サタン分立のための闘争歴史は、次第に土地と財物とを奪って、天の側の主権へと復帰するに至ったのであり、人間においても個人より家庭、社会、そして国家へと、天の側の基台を広め、今日に至っては、これを世界的に復帰するようになったのである。このように、サタン分立のための摂理が氏族主義時代から出発し、封建主義時代と君主主義時代を経て、民主主義時代に入って今日に至っているが、今やこの人間世界は、天の側の主権を立てようとする民主主義世界と、サタンの側の主権を立てようとする共産主義世界との、二つの世界に分立されている。
 
このように、サタンを中心とする悪主権によって出発した人類歴史は、一方において、宗教と哲学と倫理によって、善を指向する人間の創造本性が喚起されるに従い、漸次、悪主権から善主権のための勢力が分立され、ついに、世界的に対立する二つの主権を形成するに至ったのである。しかるに、目的が相反するこの二つの主権は、決して共存することができない。したがって、人類歴史の終末に至れば、これらは必ず一点において交差し、理念を中心として内的に衝突し、それが原因となって軍事力を中心とする外的な戦争が行われ、結局サタン主権は永遠に滅び、天の側の主権のみが永遠なる神の単一主権として復帰されるのである。しかるに現代は、善主権を指向する天の側の世界と、サタンを中心とする悪主権の世界とが対立して、互いに交差しているときであるから、ここから考えてもまた、終末であるといわなければならない。
 
このように、悪主権から善主権を分立してきた人類歴史は、ちょうど、荒れ狂う濁流が時間を経るに従って、泥は水底に沈み、水は上の方に澄んで、ついには泥と水とが完全に分離されるように、時代が進むにつれて、悪主権は次第に衰亡の道をたどって下降線を描き、善主権は興隆の道をたどって上昇線を描くようになるので、歴史の終末に至っては、この二つの主権はある期間交差したのち、結局、前者は永遠に滅亡してしまい、後者は神の主権として永遠に残るようになるのである。
 このように、善悪二つの主権の歴史路程が交差するときを終末という。そしてさらにこのときは、アダムとエバが堕落した長成期完成級の時期を、蕩減復帰するときであるから、あたかもエデンの園の人間始祖が、どこに中心をおくべきかを知らずに、混沌の中に陥っていったように、いかなる人間も思想の混乱を起こして、彷徨するようになるのである。
 
復帰摂理路程において、このように終末を迎えて、善悪二つの主権が交差していたときは、幾度かあった。既に述べたように、ノアのときやイエスのときも終末であった。ゆえに、この二つの主権が互いに交差していたのである。しかしそのたびごとに、人間はその責任分担を完遂できず、悪主権を全滅することができなかったので、神は主権分立の摂理を再びなし給わなければならなかった。したがってイエスの再臨期に、いま一度、二つの主権の交差があるのである。復帰摂理路程は、このように、周期的に相似的な螺旋状を反復しながら、円形過程を通りつつ創造目的を指向してきたから、歴史上においては必然的に、同時性の時代が形成されてきたわけである(後編第三章第一節参照)。

(三)第三祝福復帰の現象


 神の第三祝福はアダムとエバが完成して、被造世界に対する主管性をもつようになることを意味する。そして、被造世界に対する人間の主管性には、内外両面の主管性がある。人間は堕落によってこの両面の主管性を失ったのであるが、現代に至って、これが復帰されつつあるのを見て、現代が終末であるということを知ることができるのである。
 
内的主管性というのは、心情的主管性を意味する。すなわち人間が個性を完成すれば、神と心情的に一体化し、神の心情をそのまま体恤することができるのである。このように、人間が完成することにより、被造世界に対する神の心情と同一の心情をもって、被造世界に対して愛を与え美を受けるようになるとき、人間は被造世界に対する心情的な主管者となるのである。けれども人間は、堕落して神の心情を体恤できなくなってしまったので、神の心情をもって、被造世界に対することもできなくなったのである。しかし、宗教、哲学、倫理などによる神の復帰摂理によって、神に対する堕落人間の心霊は、漸次開発されて明るくなり、現代に至っては、被造世界に対する心情的な主管者の資格を復帰しつつあるのである。
 つぎに、外的主管性とは、科学による主管性を意味する。
もし人間が完成して、被造世界に対する神の創造の心情と同一の心情をもって、被造世界を内的に主管できたならば、人間の霊感は高度に発達することができたはずであるから、科学の発達も、極めて短時日に最高度のものにまで達し得たはずであったのである。このようになって初めて、人間は被造物に対する外的な主管をなし得るのである。したがって、人間は早くから天体をはじめとして、自然界全体を完全に主管できるばかりでなく、科学の発達に基づく経済発展によって、極めて安楽な生活環境をもつくることができたはずである。しかし、人間は堕落によって心霊が暗くなり、被造物に対する内的な主管性を失って、動物のように、霊感の鈍い未開人に零落してしまったので、被造物に対する外的な主管性までも失うようになったのである。しかし、人間は神の復帰摂理によって、心霊が明るくなるに従い、被造物に対する内的な主管性が復帰されてきたので、それに伴い、被造物に対する外的な主管性も、漸次復帰されてきて、現代ともなると科学の発達も最高度に達し得たのである。そして、科学の発達に伴う経済発展によって、現代人は極度に安楽な生活環境をつくるようになった。このように、堕落人間が被造世界に対する主管性を復帰するに従い、神の第三祝福が復帰されていく現象を見るとき、我々は、現代が終末であることを否定することができないのである。
 
今まで幾度か言及したように、文化圏の発展においても、一つの宗教を中心として一つの世界的な文化圏を形成しているのであり、国家形態においても、一つの世界的な主権機構を指向して、国際連盟から国際連合へと、そして今日に至っては、世界政府を模索するというところにまでこぎつけてきているのである。そればかりでなく、経済的発展を見ても、世界は一つの共同市場をつくっていくという趨勢におかれており、また、極度に発達した交通機関と通信機関は、時間と空間を短縮させて、人間が地球を一つの庭園のように歩き、また、行き来できるようにさせているのであり、東西の異民族同士が、一つの家庭のように接触することができるようになってきたのである。人類は四海同胞の兄弟愛を叫んでいる。しかし、家庭は父母がいて初めて成り立つのであり、また、そこにおいてのみ、真の兄弟愛は生まれてくるのである。したがって、今や人類の親であるイエスだけが再臨すれば、全人類は一つの庭園において、一つの大家族をつくり、一家団欒して生活し得るようになっているのである。このような事実を見ても、現代は終末であるに相違ないのである。
 こうして流れてきた歴史が人類に与えるべき一つの最後の賜物がある。それは、何らの目的なくして一つの庭園に集まり、ざわめいている旅人たちを、同じ父母を中心とする一つの家族として結びあわせることができる天宙的な理念であるといわなければならない。


第五節 終末と新しいみ言と我々の姿勢

(一)終末と新しい真理


 堕落人間は宗教により霊と真理をもって(ヨハネ四・23)その心霊と知能とをよみがえらせ、その内的な無知を打開していくのである。さらに、真理においても、内的な無知を打開する宗教による内的真理と、外的な無知を打開する科学による外的真理との二つの面がある。したがって知能においても、内的真理によって開発される内的知能と、外的真理によって開発される外的知能との二つの面がある。それゆえに、内的知能は内的真理を探りだして宗教を起こし、外的知能は外的真理を探りだして科学を究明していくのである。神霊は無形世界に関する事実が、霊的五官によって霊人体に霊的に認識されてのち、これが再び肉的五官に共鳴して、生理的に認識されるのであり、一方真理は、有形世界から、直接、人間の生理的な感覚器官を通して認識されるのである。したがって認識も、霊肉両面の過程を経てなされる。人間は霊人体と肉身が一つになって初めて、完全な人間になるように創造されているので、霊的過程による神霊と肉的過程による真理とが完全に調和され、心霊と知能とが共に開発されることによって、この二つの過程を経てきた両面の認識が完全に一致する。またこのとき、初めて人間は、神と全被造世界に関する完全な認識をもつようになるのである。このように神は、堕落によって無知に陥った人間を、神霊と真理とにより、心霊と知能とを共に開発せしめることによって、創造本然の人間に復帰していく摂理をされるのである。
 
人間は神のこのような復帰摂理の時代的な恩恵を受け、その心霊と知能の程度が、歴史の流れに従って漸次高まっていくのであるから、それを開発するための神霊と真理もまた、その程度を高めていかなければならない。それゆえに、神霊と真理とは唯一であり、また永遠不変のものであるけれども、無知の状態から、次第に復帰されていく人間に、それを教えるための範囲、あるいは、それを表現する程度や方法は、時代に従って異ならざるを得ないのである。例を挙げれば、人間がいまだ蒙昧にして、真理を直接受け入れることができなかった旧約前の時代においては、真理の代わりに、供え物をささげるように摂理されたのであり、そして人間の心霊と知能の程度が高まるに従って、モーセの時代には律法を、イエスの時代には福音を下さったのである。その際、イエスは、そのみ言を真理と言わないで、彼自身がすなわち、道であり、真理であり、命であると言われたのであった(ヨハネ一四・6)。その訳は、イエスのみ言はどこまでも真理それ自身を表現する一つの方法であるにすぎず、そのみ言を受ける対象によって、その範囲と程度と方法とを異にせざるを得なかったからである。このような意味からして、聖書の文字は真理を表現する一つの方法であって、真理それ自体ではないということを、我々は知っていなければならない。このような見地に立脚して聖書を見るとき、新約聖書は今から二〇〇〇年前、心霊と知能の程度が非常に低かった当時の人間たちに真理を教えるために下さった、一つの過渡的な教科書であったということを、我々は知ることができるのである。それゆえに、その当時の人間たちを開発するためにふさわしい、限定された範囲内においての比喩、または象徴的な表現方法そのままをもって、現代の科学的な文明人たちの真理への欲求を、完全に満足させるということは不可能なことだといわなければならない。
 したがって、今日の知性人たちに真理を理解させるためには、より高次の内容と、科学的な表現方法によらなければならないのである。これを我々は新しい真理という。そしてこの新しい真理は、既に総序において論じたように、人間の内外両面の無知を打開するために、宗教と科学とを一つの統一された課題として、完全に解決し得るものでなければならない。
 
それでは新しい真理が出現しなければならない理由を、また他の方面から考察してみることにしよう。
 前にも述べたように、聖書はそれ自体が真理なのではなく、真理を教えるための教科書である。けれどもこの教科書は、その真理の重要な部分が、ほとんど象徴と比喩によって表現されている。したがって、それを解釈する方法においても、人により各々差異があるので、その差異によって多くの教派が派生してくるのである。ゆえに、教派分裂の第一原因は人間にあるのではなく、聖書自体にあるので、その分裂と闘争は継続して拡大されるほかはない。したがって、新しい真理が出現して、象徴と比喩で表現されている聖書の根本内容を、だれもが公認し得るように解明しない限り、教派分裂とその闘争の道を防ぐことはできないのであり、したがって、キリスト教の統一による復帰摂理の目的を成し遂げることはできないのである。それゆえに、イエスは「わたしはこれらのことを比喩で話したが、もはや比喩では話さないで、あからさまに、父のことをあなたがたに話してきかせる時が来るであろう」(ヨハネ一六・25)と言われることによって、終末に至れば再び新しい真理のみ言を下さることを約束されたのである。
 イエスは「わたしが地上のことを語っているのに、あなたがたが信じないならば、天上のことを語った場合、どうしてそれを信じるだろうか」(ヨハネ三・12
)と話されたみ言のとおり、ユダヤ人たちの不信によって、語ろうとするみ言も語り得ず、十字架に亡くなられたのであった。そればかりでなく、イエスは弟子たちにまでも、「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」(ヨハネ一六・12)と、心の中にあるみ言を、みな話すことのできない悲しい心情を表明されたのである。
 
しかしイエスが語り得ず、心の中に抱いたまま亡くなられたそのみ言は、永遠に秘密として残されるのではなく、「真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう」(ヨハネ一六・13)と続いて言われたように、そのみ言は必ず聖霊により、新しい真理として教えてくださるようになっているのである。
 そして「わたしはまた、御座にいますかたの右の手に、巻物があるのを見た。その内側にも外側にも字が書いてあって、七つの封印で封じてあった」(黙五・1
)と記録されているその巻物に、イエスが我々に与えようとされたそのみ言が、封印されているのである。続いて聖書に記録されているみ言を見れば、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見るにふさわしい者が一人もいなかったので、ヨハネが激しく泣いていると「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」(黙五・3〜5)と言われているのである。ここにおいて、ダビデの若枝として誕生した獅子と記されているのは、とりもなおさず、キリストを意味するのである。このようにキリストが人類の前で、長らく七つの印をもって封じ、秘密として残されていたそのみ言の封印を開き、信徒たちに新しい真理のみ言として与えてくださるときが到来しなければならないので「あなたは、もう一度、多くの民族、国民、国語、王たちについて、預言せねばならない」(黙一〇・11)と言われたのであった。それゆえにまた「神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。その時には、わたしの男女の僕たちにもわたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう」(使徒二・17、18)とも言われたのである。このようにどの方面から見ても、終末においては必ず、新しい真理が出現しなければならないのである。

(二)終末に際して我々がとるべき態度


 復帰摂理歴史の流れを見ると、古いものが終わろうとするとき、新しいものが始まるということを、我々は発見することができる。したがって、古いものの終わる点が、すなわち新しいものの始まる点ともなるのである。それゆえに、古い歴史の終末期が、すなわち新しい歴史の創始期ということになるのである。そして、このような時期は同じ点から出発して、各々その目的を異にし、世界的な実を結ぶようになった善と悪との二つの主権が、互いに交差する時期となるのである。ゆえにこの時代に処した人間たちは、内的には理念と思想の欠乏によって、不安と恐怖と混沌の中に落ちこむようになり、外的には武器による軋轢と闘争の中で戦慄するようになる。したがって、終末においては国と国とが敵対し、民族と民族とが相争い、家族たちが互いに闘いあうであろう(マタイ二四・4〜9)と聖書に記録されているとおり、あらゆる悲惨な現象が実際に現れるに違いない。
 
終末において、このような惨状が起こるのは、悪主権を清算して善主権を立てようとすれば、どうしても起こらざるを得ない必然的な現象であるからで、神はこのような惨状の中で、新しい時代をつくるために、善主権の中心を必ず立てられるのである。ノア、アブラハム、モーセ、そしてイエスのような人々は、みなそのような新しい時代の中心として立てられた人々であった。それゆえに、このような歴史的な転換期において、神が願うところの新しい歴史の賛同者となるためには、神が立てられた新しい歴史の中心がどこにあるかということを、探しださなければならないのである。
 
このような新しい時代の摂理は、古い時代を完全に清算した基台の上で始まるのではなく、古い時代の終末期の環境の中で芽生えて成長するのであるから、その時代に対しては、あくまでも対立的なものとして現れる。したがって、この摂理は古い時代の因習に陥っている人々には、なかなか納得ができないのである。新しい時代の摂理を担当してきた聖賢たちが、みなその時代の犠牲者となってしまった理由は、まさしくここにあったのである。その実例として、いまだ旧約時代の終末期であったときに、新約時代の新しい摂理の中心として来られたイエスは、旧約律法主義者たちにとっては、理解することのできない異端者の姿をもって現れたので、ついにユダヤ人たちの排斥を受けて殺害されてしまったのである。イエスが、「新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである」(ルカ五・38)と言われた理由もまたここにあったのである。
 
今や、イエスが再び新約時代の終末期において、新しい天と新しい地のために、新しい摂理の中心として来られ、新しい時代の建設のために(黙二一・1〜7)新しい真理を下さるであろう。それゆえに、イエスが初臨のときに、ユダヤ人たちからベルゼブル(悪霊のかしら)の乗り移った人間として、排斥されたように(マタイ一二・24)、再臨のときにおいても、必ずや再びキリスト教信徒たちの排斥を受けるに相違ないのである。ゆえに、イエスは将来再臨なされば、自分が多くの苦難を受け、その時代の人々から見捨てられるであろうと預言されたのである(ルカ一七・25)。したがって、歴史の転換期において、古い時代の環境にそのまま執着し、平安を維持しようとする人々は、古い時代と共に審判を受けてしまうのである。
 
堕落した人間は神霊に対する感性が非常に鈍いために、大抵は真理面に重きをおいて復帰摂理路程を歩んでいくようになる。したがって、このような人間たちは、古い時代の真理観に執着しているがゆえに、復帰摂理が新しい摂理の時代へと転換していても、彼らはこの新しい時代の摂理にたやすく感応してついてくることが難しいのである。旧約聖書に執着していたユダヤ人たちが、イエスに従って新約時代の摂理に応じることができなかったという史実は、これを立証してくれる良い例だといわなければならない。しかし、祈りをもって神霊的なものを感得し得る信徒たちは、新しい時代の摂理を、心霊的に知ることができるので、古い時代の真理面においては、相克的な立場に立ちながらも、神霊によって新しい時代の摂理に応じることができるのである。それゆえに、イエスに従った弟子たちの中には、旧約聖書に執着していた人物は一人もおらず、もっぱら心に感応してくる神霊に従った人々だけであった。祈りを多くささげる人、あるいは良心的な人たちが、終末において甚だしい精神的な焦燥感を免れることができない理由は、彼らが、漠然たるものであるにせよ、神霊を感得して、心では新しい時代の摂理に従おうとしているにもかかわらず、体をこの方面に導いてくれる新しい真理に接することができないからである。それゆえに、神霊的にこのような状態に処している信徒たちが、彼らを新しい時代の摂理へと導くことができる新しい真理を聞くようになれば、神霊と真理が、同時に彼らの心霊と知能を開発させて、新しい時代に対する神の摂理的な要求を完全に認識することができるので、彼らは言葉に尽くせない喜びをもってそれに応じることができるのである。したがって、終末に処している現代人は、何よりもまず、謙遜な心をもって行う祈りを通じて、神霊的なものを感得し得るよう努力しなければならないのである。つぎには、因習的な観念にとらわれず、我々は我々の体を神霊に呼応させることによって、新しい時代の摂理へと導いてくれる新しい真理を探し求めなければならない。そして探しだしたその真理が、果たして自分の体の内で神霊と一つになり、真の天的な喜びを、心霊の深いところから感ずるようにしてくれるかどうかを確認しなければならないのである。このようにすることによってのみ、終末の信徒たちは、真の救いの道をたどっていくことができるのである。

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メシヤの降臨とその再臨の目的

 第四章 メシヤの降臨とその再臨の目的





 メシヤという言葉は、ヘブライ語で油を注がれた人を意味するが、特に王を意味する言葉である。イスラエル選民は彼らの預言者たちの預言によって、将来イスラエルを救う救世主を、王として降臨させるという神のみ言を信じていた。これがすなわち、イスラエルのメシヤ思想である。このようなメシヤとして来られた方が、まさしくイエス・キリストであるが、このキリストという言葉は、メシヤと同じ意味のギリシャ語であって、普通、救世主という訳語が当てられている。
 メシヤは神の救いの摂理の目的を完成するために、降臨なさらなければならない。
このように、人間に対して救いが必要となったのは、人間が堕落したからである。ゆえに、救いに関する問題を解決するためには、まず堕落に関する問題を知らなければならない。堕落はすなわち、神の創造目的を完成できなかったことを意味するがゆえに、堕落に関する問題を論ずる前に、我々は創造目的に関する問題を解決しなければならない。
 神の創造目的は、まず地上に天国が建設されることによって成し遂げられるようになっていた。ところが、人間の堕落によって、地上天国は実現されずに、地上地獄がつくられたのである。その後、神はこれを復帰せしめる摂理を繰り返されてきたのである。したがって、人類歴史は復帰摂理の歴史である。ゆえに、この歴史の目的は、まず地上に天国を復帰することである。我々は、このような問題を、既に前編第三章第一節と第二節で詳細に論じてきた。


第一節 十字架による救いの摂理



(一)メシヤとして降臨されたイエスの目的


 イエスがメシヤとして降臨された目的は、堕落人間を完全に救おうとするところにあるので、結局、復帰摂理の目的を成就なさるためであった。ゆえに、イエスは天国を完成しなければならず、したがって、地上天国を先に実現なさるはずだったのである。これは、イエスが弟子たちに「あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(マタイ五・48)と言われたみ言を見ても悟ることができる。創造原理によれば、創造目的を完成した人間は、神と一体となり神性をもつようになるので、罪を犯すことができない。したがって、そのような人間は、創造目的から見れば、天の父の完全なように完全な人間である。それゆえに、イエスが弟子たちに言われたこのみ言は、すなわち創造目的を完成した人間に復帰され、天国人になれという意味のみ言だったのである。このように、イエスは堕落人間を天国人に復帰させ、地上天国をつくるために来られたので、「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」祈りなさいと言われ(マタイ六・10)、また、「悔い改めよ、天国は近づいた」(マタイ四・17)と叫ばれたのである。それで、彼の道を備えるために来た洗礼ヨハネもまた、「天国は近づいた」(マタイ三・2)と叫んだのであった。
 
それでは、創造目的を完成した人間に復帰され、イエスが言われたとおり、天の父が完全であられるように完全になった人間とは、いかなる人間なのだろうか。このような人間は、神と一体となり、その心情を体恤することによって、神性をもつようになり、神と一体不可分の生活をするようになるのである。また、この人間は、原罪がないので、再び贖罪する必要がなく、したがって、救い主が不必要であり、堕落人間に要求される悔い改めの祈祷や、信仰の生活も、また必要ではないのである。そればかりでなく、原罪のないこれらの人間は、原罪のない善の子孫を生み殖やすようになり、したがって、その子孫も贖罪のための救い主は必要がないのである。

(二)十字架の贖罪により救いの摂理は完成されただろうか


 イエス・キリストの十字架の贖罪により、果たして、復帰摂理の目的が完成され、すべての信徒たちが創造本性を復帰し、地上天国を成就できるようになったであろうか。人類歴史以来、いかに誠実な信仰の篤い信徒であっても、神の心情を体恤して、神性をもつようになり、神と一体化し、神と不可分の生活をした人は一人もいない。したがって、贖罪が必要でなく、祈祷や信仰生活をしなくてもよいような信徒は一人もいないのである。事実、パウロのような立派な信仰者であっても、涙に満ちた祈祷と信仰生活をしなければならなかった(ロマ七・18~25)。そればかりでなく、いくら信仰の篤い父母であっても、救い主の贖罪を受けずには、天国へ行ける原罪のない子女を生むことはできないということから推察してみても、我々は、その父母が依然として、その子女に原罪を遺伝させているという事実を知ることができるのである。
 
それでは、キリスト教信徒たちの、このような信仰生活の実相は、我々に何を教示しているのであろうか。それは、十字架による贖罪が、我々の原罪を完全に清算することができず、したがって、人間の創造本性を完全に復帰することができないという事実を、端的に物語っているのである。イエスは、このような十字架の贖罪では、メシヤとして降臨された目的を完全に成就することができないことを知っておられたので、再臨なさることを約束されたのである。イエスは地上天国を復帰せしめるみ旨に対する神の予定が、絶対的であって、変更できないことを知っておられたから、彼は再臨して、そのみ旨を完成させようとなさったのである。それでは、十字架の犠牲は全く無為に帰したのであろうか。決してそうではない(ヨハネ三・16)。もしそうであったとしたら、今日のキリスト教の歴史はあり得なかったのである。我々の信仰生活の体験から見ても、十字架の贖罪の恩賜がいかに大きいかということは否定できない。そうであるから、十字架が贖罪の役割を果たしていることも事実であるが、それが、我々の原罪までも完全に脱がせてくれて、その結果、罪を犯そうとしても犯すことのできない創造本然の人間にまで復帰せしめて、地上天国を成し遂げるまでにはいかなかった、ということもまた事実である。そこで、十字架による贖罪の限界は、どの程度であるかが問題とならざるを得ない。この問題が解決できない限り、現代の知性人たちの信仰を教導することは不可能である。けれども、この問題を解決するためには、まず、イエス・キリストの十字架の死に対する問題が明確に分からなければならない。

(三)イエスの十字架の死


 我々はまず、聖書に表された使徒たちの言行を中心として、イエスの十字架の死が必然的なことであったかどうかということについて調べてみることにしよう。使徒たちがイエスの死に対して、共通に感ずるはっきりとした一つの情念がある。それは、彼らがイエスの死を恨めしく思い、悲憤慷慨したということである。彼らは、イエスを十字架につけたユダヤ人たちの無知と不信とに憤慨して、その悪逆無道な行為を呪った(使徒七・51~53)。そればかりでなく、今日に至るまでのすべてのキリスト教信徒たちも、また当時の使徒たちと同じ心情をもちつづけてきたのである。もしも、イエスの死が神の予定からきた必然的な結果であったならば、使徒たちが、彼の死を悲しむということは避けられない人情であるとはいえ、神の予定どおりに運ばれたその摂理の結果に対して、それほどまでに憤慨したり、恨んだりすることはないはずである。これを見てもイエスは穏当でない死を遂げられたことが推測できるのである。
 
そのつぎに、我々は神の摂理から見て、イエスの十字架の死が、果たして神の予定から起こった必然的な結果であったかどうかについて調べてみることにしよう。神は、アブラハムの子孫からイスラエル選民を召し、彼らを保護育成され、ときには彼らを苦難と試練を通して導かれた。また、多くの預言者たちを彼らに遣わして慰めながら、将来、メシヤを送ることを固く約束されたのである。それから、彼らをして幕屋と神殿を建てさせることによって、メシヤを迎える準備をさせ、東方の博士、羊飼い、シメオン、アンナ、洗礼ヨハネを遣わして、メシヤの誕生と彼の顕現を広く証された。特に、洗礼ヨハネに対しては、彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ一・13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ一・63~66)。そればかりでなく、荒野における彼の修道生活は、全ユダヤ人をして、彼こそがメシヤではあるまいかと思わせるほど、驚くべきものであった(ルカ三・15)。神がこのように偉大な洗礼ヨハネまでも遣わして、イエスをメシヤとして証明させたのは、いうまでもなく、ユダヤ人をしてイエスを信じさせるためであった。このように、神のみ旨があくまでも、イスラエルをしてイエスをメシヤとして信ずるようにするためであったので、神のみ旨のとおりに生きるべきイスラエル人は彼をメシヤとして信じなければならなかった。もし、彼らが、神のみ旨のとおりに、イエスをメシヤとして信じたならば、悠久なる歴史の期間を通じて待った、そのメシヤを、だれが十字架につけて殺したであろうか。イスラエル人がイエスを十字架につけたのは、どこまでも彼らが神のみ旨に反し、イエスをメシヤとして信ずることができなかったからである。したがって、我々は、イエスが十字架上で殺されるために来られたのではないということを知らなければならない。
 
また、我々は、イエス自身の言行から見て、彼の十字架の死が、果たしてメシヤとして来られたその全目的を果たされるための道であったか、ということについて調べてみることにしよう。
 
神のすべての摂理がそうであったように、イエスも、ユダヤ人に対して、自分をメシヤとして信ずることができるように語り、行動されたという事実を、我々は聖書を通して、はっきりと知ることができる。イエスは、弟子たちがいかにすれば神のみ業を行うことができるかと聞いたとき、「神がつかわされた者を信じることが、神のわざである」(ヨハネ六・29)と彼は答えられた。また、イエスは、ユダヤ人たちの背信行為を痛ましく思い、訴えるところなく、都を見渡して泣きながら、神が二〇〇〇年間も苦労して愛し導いてこられた全イスラエル選民はもとより、この城までも、一つの石も他の石の上に残さず滅ぼされてしまうと嘆かれて、「それは、おまえが神のおとずれの時を知らないでいたからである」(ルカ一九・41~44)と、明白にその無知を指摘されたのである。それだけではなく、イエスは、「ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人たちを石で打ち殺す者よ。ちょうど、めんどりが翼の下にそのひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった」(マタイ二三・37)と言いながら、彼らの頑固と不信を嘆かれたのであった。イエスは、自分のために証している聖書を見ながらも信じない、彼らの無知を責めながら、「あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。しかも、あなたがたは、命を得るためにわたしのもとにこようともしない」(ヨハネ五・39、40)と悲しまれた。また、彼は「わたしは父の名によって来たのに、あなたがたはわたしを受けいれない」と嘆きながら、「もし、あなたがたがモーセを信じたならば、わたしをも信じたであろう。モーセは、わたしについて書いたのである」(ヨハネ五・43、46)とも言われた。
 
イエスは、彼らを信じさせるために、いかに多くの奇跡を見せられたことであろう。ところが、彼らはその驚くべき業を見ながらも、悪霊のかしらベルゼブルによるのだと、イエスを非難したのではなかったか(マタイ一二・24)。このような悲惨な情景を見られたイエスは、「たといわたしを信じなくても、わたしのわざを信じるがよい。そうすれば、父がわたしにおり、また、わたしが父におることを知って悟るであろう」(ヨハネ一〇・38)とも言われた。そればかりでなく、ときには、彼らに災いあれと憤激されたこともあった(マタイ二三・13~36)。イスラエルをして彼を信ぜしめるのが神のみ旨であったから、イエス自身も、このように彼らに自分を信じることができるように語られ、行動されたのである。もし、ユダヤ人たちが神のみ旨に従い、そして、イエスの願いのとおり、彼をメシヤとして信じたならば、だれが彼を死の十字架に追いこんだであろうか。
 我々は、既に論述したすべての事実から見て、イエスの十字架の死は、彼がメシヤとして来られた全目的を完成するための予定から起こった必然的なことではなく、ユダヤ人たちの無知と不信の結果に起因したものであることを知ることができる。それゆえに、コリント人への手紙第一 2章8節の「この世の支配者たちのうちで、 この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」といった聖句は、まさしくこの事実を十分に証言しているといえる。もし、イエスの十字架の路程が、神が本来予定された路程であったならば、彼は当然行くべき道を歩んでいることになり、何のために、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と、三回も祈祷されたであろうか(マタイ二六・39)。これは、人間が堕落して以後四〇〇〇年間も、神が成し遂げようとして苦労された地上天国が、ユダヤ人の不信によって成就されずに、イエスが再臨されるまで、苦難の歴史がそのまま延長されるということをよく知っておられたからである。
 ヨハネ福音書三章14節
を見れば、イエスは、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」と言われた。イスラエル民族がエジプトからカナンに入るときに、火の蛇が出て、彼らをかみ殺すようになったので、神は銅の蛇をさおの先に付けさせて、それを仰ぎ見る者は救われるようになさった。それと同様に、ユダヤ民族が、イエスを信じないことから、万民が地獄へ行かなければならなくなったので、将来、イエスが銅の蛇のように十字架につけられたのち、それを仰ぎ見て信じる者だけが、救いを受けることができるようになるということを予見されて、イエスは悲しい心情をもって、そのように言われたのである。
 
イエスが預言されたように(ルカ一九・44)、彼が亡くなられたのち、イスラエル選民が衰亡したのを見ても、イエスはユダヤ人たちの不信によって死の十字架につけられたことが分かる。イザヤ書九章6節以下に、「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、『霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君』ととなえられる。そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもってこれを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである」と記録されている。これは、イエスがダビデ王の位をもってきて、永遠に滅びない王国を建てることを預言したみ言である。それゆえに、イエスが懐胎されるときも、天使がマリヤに現れて、「見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう、その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」(ルカ一・31~33)というみ言を伝えたのである。
 
これによって、神がアブラハムからイスラエル選民を召し、二〇〇〇年間も苦難の中で導いてこられたのは、イエスをメシヤとして降臨させて、永遠に存続する王国を打ち建てるためであったことが了解できるのである。イエスがメシヤとして来られてから、ユダヤ人たちに迫害され十字架で亡くなられたのち、彼らは選民の資格を失い支離滅裂となって、今日に至るまで民族的な虐待を受けてきたのである。それは、彼らが信奉すべきメシヤをかえって殺害して、救いの摂理の目的を失敗させたその犯罪に対する罰であった。そればかりでなく、イエス以後数多くの信徒たちが経験してきた十字架の苦難も、イエスを殺害した連帯的犯罪に対する刑罰であったのである。

(四)十字架の贖罪による救いの限界とイエス再臨の目的


 もし、イエスが十字架で死ななかったならば、どんなふうになったであろうか。イエスは霊肉両面の救いの摂理を完遂されたであろう。そして、預言者イザヤの預言(イザヤ九・6、7)と、マリヤに現れた天使の啓示(ルカ一・31~33)のとおり、また、イエスが親しく、天国は近づいたと言われたみ言(マタイ四・17)のように、彼は永遠に滅びない地上天国を建設されたはずであった。
 
神は人間を創造されるとき、土で肉身を創造され、そこに命の息を吹き入れて生霊となるようにされた(創二・7)。このように、霊と肉から創造された人間であるので、堕落もまた霊肉共に起きてきた。したがって、救いも霊的救いと、肉的救いとを共に完成しなければならないのである。イエスがメシヤとして降臨された目的は、この救いの摂理を完遂なさるためであったので、彼は霊的救いと肉的救いとを共に完成しなければならなかったのである。イエスを信じることは、イエスと一体となることを意味するので、イエスは自らをぶどうの木に、信徒たちをその枝に例えられ(ヨハネ一五・5)、また「あなたがたはわたしにおり、また、わたしがあなたがたにおることが、わかるであろう」(ヨハネ一四・20)とも言われた。このように言われた理由は、堕落人間を霊肉共に救うために、彼が人間として来られたので、彼を信じて霊肉共に彼と一体となったならば、堕落人間も霊肉共に救いを受けたに違いないからである。ところが、ユダヤ人たちがイエスを信じないで、彼を十字架につけたので、彼の肉身はサタンの侵入を受け、ついに殺害されたのである。そのため肉身にサタンの侵入を受けたイエスを信じて、彼と一体となった信徒の肉身も、同じようにサタンの侵入を受けるようになったのである。
 こういうわけで、いくら篤信者であっても、イエスの十字架の贖罪では、肉的救いを完成することができなくなったのである。
したがって、アダム以来の血統的原罪は清算することができず、いくら誠実によく信じる信徒であっても、彼に原罪がそのまま残るようになり、また、原罪のある子女を生むようになるのである。我々が信仰生活において、肉身の苦行をしなければならないのは、原罪が残っているところから、絶え間なく肉身を通じて入ってくるサタン侵入の条件を防ぐためであり、「絶えず祈りなさい」(テサロニケ一五・17)と言われたのも、このように、十字架の贖罪によっても根絶できなかった、原罪によるサタン侵入の条件を防ぐためなのである。
 
上述のように、イエスは、彼の肉身がサタンの侵入を受けたので、肉的救いの摂理の目的は達成されなかったのである。しかし、彼は十字架の血の贖罪で、復活の勝利的な基台を造成することによって、霊的救いの基台を完成された。それゆえ、イエス復活以後、今日に至るまでのすべての信徒たちは、霊的救いの摂理の恵沢だけを受けることができるのである。このように、十字架の贖罪による救いは霊的な救いだけで、篤信者といっても、原罪は肉的に依然として残っており、それが引き続きその子孫たちに遺伝してきたのである。このために、信徒たちはその信仰が深くなればなるほど、罪に対して熾烈な闘いをするようになる。このようにイエスは十字架で清算できなかった原罪を贖って、肉的救いを完成し、霊肉ともの救いの摂理の目的を完遂なさるために、地上に再臨されなければならなくなったのである。
 
上記のように、十字架の贖いを受けた信徒たちも、原罪と闘わなければならないので、使徒の中で信仰の中心であったパウロも、肉的に入ってくる罪悪の道を防ぐことができない自身を嘆いたあげく、「わたしは、内なる person としては神の律法を喜んでいるが、わたしの肢体には別の律法があって……わたしをとりこにしているのを見る」(ロマ七・22、23)と言った。これは、霊的救いの完成に対する喜びと同時に、肉的救いの未完成に対する悲嘆を表明したものといえる。また、ヨハネ第一の手紙一章8節から10節に「もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くことであって、真理はわたしたちのうちにない……もし、罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とするのであって」と言ったヨハネの告白のとおり、イエスの十字架の救いを受けている我々も、依然として原罪のために罪人であることを免れることはできないのである。

(五)十字架に対する預言の両面


 イエスの十字架の死が、メシヤとして来られた全目的を完成するための予定からきた必然的な事実でないならば、イザヤ書五三章に、彼が十字架の苦難を受けることが預言されている理由はどこにあるのだろうか。今まで、我々は、イエスが苦難を受ける預言のみ言だけが聖書にあると思っていた。しかし、原理が分かって聖書を再読すれば、旧約時代に、既に預言者イザヤによって預言されたイザヤ書九章、一一章、六〇章などのみ言どおり、神がマリヤに天使を遣わして、将来懐胎されるイエスが生きておられる間にユダヤ人の王となり、世々限りなく滅びることのない王国を地上に建設されることを預言された事実が分かるようになる(ルカ一・31~33)。それでは、なぜこのように、イエスに対する預言が両面をもってなされているかということについて、調べてみることにしよう。
 
神は人間を創造されるときに、人間自身が責任分担を果たすことによってのみ完成できるように創造された(前編第一章第五節(二)(2))。ところが実際においては、人間始祖は彼らの責任分担を完遂できずに堕落してしまった。このように、人間は神のみ旨のとおりに、自分の責任分担を完遂することもできるが、反対に、神のみ旨に反して、その責任分担を果たさないことも起こり得たのである。
 このような例を聖書で挙げてみれば、善悪の果を取って食べないのが人間の責任分担であった。アダムは神のみ言により、それを取って食べないで完成することもできるが、その反面、結果に表れた事実のように、取って食べて死ぬようなことも起こり得る事実だったのである。
また、神は旧約時代の救いの摂理のための人間の責任分担の条件として、十戒を下さった。人間はそれを守って救いを受けることもできるが、またそれを守らずに滅びることもあり得ることだったのである。エジプトからカナンの福地に向かって出発したイスラエル民族が、モーセの命令に服従することは、彼ら自身が立てるべき責任分担であったので、彼らがモーセの命令に従順に従ってカナンの福地に入ることもできるが、また、従わずに入れないということもあり得たのである。事実、神はモーセが、イスラエル民族を導いてカナンの福地に入ることを予定されて(出エ三・8)、彼にこれを命令されたが、不信によって、彼らはみな荒野で倒れ、その子孫たちだけが目的地を求めていくことができたのである。
 このように、人間には、人間自身が遂行すべき責任分担があって、神のみ旨どおりにそれを成し遂げることもできるし、逆に、そのみ旨に反して、成し遂げられないこともあり得る。このように、人間は人間自身の責任分担の遂行いかんによっては、そのいずれの結果をももたらすようになるのである。したがって、神はみ旨成就に対する預言を両面性をもってなさざるを得なかったのである。
 
メシヤを遣わすことは、神の責任分担であるが、来られるメシヤを信ずるか否かは、人間の責任分担に属する。それゆえに、遣わしてくださるメシヤを、ユダヤ民族が神のみ旨のとおりに信じることもできるが、神のみ旨に反して信じないということも起こり得ることだったのである。したがって、人間の責任分担の遂行いかんによって生ずる両面の結果に備えて、神はイエスのみ旨成就に対する預言を二とおりにせざるを得なかったのである。そうであるから、イザヤ書五三章の記録のように、ユダヤ民族が信じない場合に対する預言もなさったのであるが、また、イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の記録のように、彼らがイエスをメシヤとして侍って、栄光の中にみ旨を成就するという預言もされたのである。しかし、ユダヤ人の不信により、イエスは十字架に亡くなられたので、イザヤ書五三章の預言だけがなされ、イザヤ書九章、一一章、六〇章とルカ福音書一章31節以下の預言は、みな再臨されてから成し遂げられるみ言として残されてしまったのである。

(六)十字架の死が必然的なもののように記録されている聖句


 福音書を見れば、イエスの十字架の苦難が必然的であるかのように記録されているところが多い。その代表的なものを挙げてみれば、イエスが十字架で苦難を受けることを預言されたとき、これを止めるペテロを見て、「サタンよ、引きさがれ」(マタイ一六・23)と責められたことから見て、彼の十字架の死は必然的であったかのように感じられる。そうでなければ、イエスはどうして、ペテロをそれほど責められたのだろうか。これは、実のところ、イエスはそのとき既に、ユダヤ人たちの不信により、結局、霊肉ともの救いの摂理は完成することができない状態になっていたので、霊的救いだけでも達成なさるために、その蕩減条件として、やむを得ず十字架の道を行くことに決定されたときだったからなのである(ルカ九・31)。そんなときに、ペテロがこの道を遮るのは、結局、十字架による霊的救いの摂理の道さえも妨害することになるので、このように責められたのである。
 また、イエスが十字架上で「すべてが終った」(ヨハネ一九・30
)と、最後のみ言を残されたのは、十字架上で救いの摂理の全目的が完成されたという意味ではない。ユダヤ人たちの不信は、もはや、取り返すことができないものであると悟られたので、その後、肉的救いは再臨後の摂理として残し、せめて霊的救いの摂理の基台だけでも造成なさるために、十字架の路程を行かれたのである。それゆえに、「すべてが終った」と言われたみ言は、ユダヤ人たちの不信により、第二次的な救いの摂理の目的として立てられた十字架による霊的救いの摂理の基台が、すべて終わったということを意味するのである。
 
我々が正しい信仰をもつためには、第一に祈祷により、神霊によって、神と直接霊交すべきであり、その次には、聖書を正しく読むことによって、真理を悟らなければならない。イエスが神霊と真理で礼拝せよ(ヨハネ四・24)と言われた理由はここにある。
 イエス以後今日に至るまで、あらゆる信徒たちは、イエスは十字架の死の道を行かれるために、この世に降臨されたとばかり考えていた。しかし、これは、イエスがメシヤとして来られた根本目的を知らず、霊的救いがイエスの帯びてこられた使命の全部であるかのように誤解していたからである。
生きてみ旨を完成するために降臨されたのにもかかわらず、ユダヤ人の不信によって、願わざる十字架の道を行かれたイエスの悲痛な心情を晴らし、彼のみ旨に協力する新婦が、もし地上に現れなければ、イエスはいったいだれと共にそのみ旨を完成しようとして再臨されるであろうか。「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」(ルカ一八・8)と言われたイエスのみ言は、まさしくこのような人間の無知を予想されて慨嘆されたみ言であった。ここで我々は、聖書を中心として、イエスはあくまでも死ぬために降臨されたのではなかったという事実を明らかにしたが、霊交によって、イエスに直接聞いてみれば、一層明白にこの事実を知ることができる。もしも、自分が霊通できないならば、他人の証を通じてでも、正しい信仰をもって初めて、終末において、メシヤを迎えることができる新婦の資格を備えることができるのである。


第二節 エリヤの再臨と洗礼ヨハネ



 エリヤが再臨するということは、既に、マラキ預言者が預言したことであって(マラキ四・5)、洗礼ヨハネが、正に再臨したエリヤであるということは、イエスの証言であったのである(マタイ一一・14、マタイ一七・13)。ところが、洗礼ヨハネがエリヤの再臨者であったということは、一般ユダヤ人はもちろん、洗礼ヨハネ自身も知らなかったので(ヨハネ一・21)、このときから、イエスに対する洗礼ヨハネの疑惑(マタイ一一・3)と、これに伴うユダヤ人たちの不信は日増しに深くなって、ついにはイエスが十字架の道を行かなければならなくなったのである。

(一)エリヤの再臨を中心とするユダヤ人たちの心的動向


 統一王国時代において、ソロモンの堕落により、彼の神殿理想はサタンの侵入を受けるようになった。そして、成就できなかった神殿理想を再び探し立てて、実体神殿としてのメシヤを迎えさせるために、神は四大預言者と十二小預言者を遣わし、サタン分立の摂理をされた。また、神は特別預言者エリヤを遣わし、カルメル山でバアル預言者たちと対決させて、バアル神を滅ぼされたのも、このような理想実現のみ言を遮るサタンを滅亡させるためであった。しかし、エリヤは彼の天的な使命を完遂できずに昇天したので(列王下二・11)、メシヤを迎えるためにサタンを分立していく路程で、再びサタンが横行するようになったのである。ゆえに、イエスの実体神殿理想が成し遂げられるためには、前もって、エリヤが地上で完遂できなかった、サタン分立の使命を継承完遂せしめる摂理がなくてはならない。このような摂理的な必然性によって、預言者マラキは、エリヤが再臨することを預言したのであった(マラキ四・5)。
 預言者たちの預言を信じていたユダヤ人たちの唯一の願いは、もちろんメシヤの降臨であった。けれども、それ以上にユダヤ人たちが渇望してきたのは、エリヤの再臨であったのである。なぜならば、上述したように、神はマラキ預言者を通じて、メシヤの降臨に先立ち、彼の道を直くするために、預言者エリヤを遣わされると、はっきり約束されたからである(マラキ四・5)。ところが、エリヤは既に、イエスが誕生される九〇〇余年前に昇天した預言者であって(列王下二・11)、彼は確かに霊界におり、イエスの弟子たちに現れた事実があった(ルカ九・30)。そこで、ユダヤ民族は天にとどまっているエリヤが再び来るときには、必ず前に昇天したそのままの様子で天から降りてくるだろうと信じていた。あたかも、今日のキリスト教信徒たちが、イエスが雲に乗って再臨されるものと考えて、天を仰ぎ見ているように、当時のユダヤ人たちも、天を仰ぎ見ながらエリヤが再臨することを待ち望んだのであった。
 しかし、預言者マラキの預言にあった、エリヤの再臨の消息もないのに、イエスが突然メシヤを自称して現れたため、エルサレムに一大混乱が起こったのは当然であった。
それゆえに、マタイ福音書一七章10節を見れば、弟子たちが行く先ごとに、もし、イエスがメシヤならば、それより先立って来ると約束されている(マラキ四・5)エリヤは、どこに来ているかという攻撃を受けるようになった。弟子たちはその答えに困って、直接イエスに質問した結果(マタイ一七・10)、まさしく、洗礼ヨハネこそ彼らが待ち望んでいたエリヤであるとイエスは答えられたのである(マタイ一一・14、マタイ一七・13)。弟子たちはイエスをメシヤとして信奉していたので、洗礼ヨハネが確かにエリヤであると言われたイエスの証言を、そのまま信じることができたが、イエスがだれであるかも知らない他のユダヤ人たちは、いったいどうしてイエスのこのような証言を、そのまま受け入れられるだろうか。イエス自身も、ユダヤ人たちが、自分の証言を喜んで受け入れないだろうということを知っておられたので、「もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである」(マタイ一一・14)と言われたのである。しかしユダヤ人たちをして、洗礼ヨハネがエリヤであると言ったイエスの証言を一層信じられなくしたものは、ヨハネ福音書一章21節の記録に見るように、やはり、洗礼ヨハネ自身が既に、自分はエリヤでないとはっきり否認したことであった。

(二)ユダヤ民族の行く道


 イエスは、洗礼ヨハネを指して、彼こそまさしく、ユダヤ人たちが待ち望んでいたエリヤであると言われたのであるが(マタイ一一・14)、これと反対に、当人である洗礼ヨハネ自身は、既にこの事実を否認してしまった。ではいったいユダヤ民族は、だれの言葉を信じ、従っていくべきなのであろうか。それはいうまでもなく、当時のユダヤ人たちの目に、イエスと洗礼ヨハネの二人のうち、だれがより信じられる人物として映ったかによって、左右される問題であると見なければならない。
 
それでは先に、当時のユダヤ民族の立場から見て、イエスの姿がどんなふうに映ったかを調べてみることにしよう。イエスは貧しい大工の家庭で成長した一人の無学な青年であった。このような青年が名もない布教者として立ちあがり、自ら安息日の主であると称しながら、ユダヤ人たちが命のごとく考える安息日を破った(マタイ一二・1~8)。それだから、イエスはユダヤ人の救いの基準である律法を廃する人として知られるようになったのである(マタイ五・17)。したがって、イエスはユダヤ人の指導者たちから信じられなくなり、やむを得ず、漁夫を呼んで弟子とし、取税人と遊女と罪人たちの友達となって、共に食べたり、飲んだりしたのである(マタイ一一・19)。そうしながらイエスは、ユダヤ人の指導者たちよりも、取税人と遊女の方が先に天国に入る(マタイ二一・31)と主張された。
 一人の女がイエスの足を涙でぬらし、自分の髪でぬぐい、その足に接吻して、高価な香油を塗ったことがあった(ルカ七・37、38)。このような行動は、今日の社会においても許容し難いことであるが、まして、淫行の女は石で打ち殺してもよいというほど、ユダヤ人の厳格な倫理社会において、どうしてそれを許容できるであろうか。しかも、イエスはこれを受け入れたばかりでなく、その女の態度を非難する弟子たちをとがめ、かえってその女を称賛された(ルカ七・44~50、マタイ二六・7~13)のである。
 また、イエスは自分を神と同等な立場に立てて(ヨハネ一四・9)、自分によらないでは天国に入ることができないと主張し(ヨハネ一四・6)、自分を彼らの父母や兄弟、妻子よりも、もっと愛さなければならないと強調された(マタイ一〇・37、ルカ一四・26)。イエスの姿は、このようなものであったので、ユダヤ人の指導者たちは、彼を悪霊のかしらベルゼブルに接した者と非難し、嘲笑した(マタイ一二・24)。イエスに対するこのような前後の事情を総合してみるとき、当時のユダヤ人たちの目に映ったイエスは、決して信じられる存在ではなかったのである。
 つぎに、我々は当時のユダヤ民族の立場から見た洗礼ヨハネの姿は、どんなものであったかについて調べてみることにしよう。洗礼ヨハネは、当時の名門の出である祭司ザカリヤの子として生まれた(ルカ一・13
)。彼の父親が聖所で香を焚いていたとき、その妻が男の子を懐胎するだろうという天使の言葉を信じなかったために唖となったが、ヨハネが出生するや否や口がきけるようになった。この奇跡によって、ユダヤの山野の隅々に至るまで世人を非常に驚かせた(ルカ一・8~66)。そればかりでなく、荒野でいなごと野蜜を食しながら修道した素晴らしい信仰生活を見て、一般ユダヤ人たちはもちろん、祭司長までも、彼がメシヤではないかと問うほどに(ルカ三・15、ヨハネ一・20)素晴らしい人物に見えたのである。
 
既に明らかにしたように、その当時の事情から見て、ユダヤ人たちの立場から、イエスの姿と洗礼ヨハネの姿とを比較してみるとき、果たして彼らはだれの言葉がより信じられたであろうか。それは洗礼ヨハネの言葉であったということはいうまでもない事実である。したがって、ユダヤ人たちが、洗礼ヨハネのことをエリヤであると言ったイエスの証言よりも、自分はエリヤではないと否認した洗礼ヨハネの言葉の方を、一層信じたのは当然であった。ユダヤ人たちが洗礼ヨハネの言葉を信じるようになったとき、イエスの証言はメシヤを自称するための一種の偽証となってしまったので、イエスは自然、妄言者として追いつめられざるを得なかったのである。
 
このように、イエスが妄言者として追いつめられるようになったとき、既に述べたようなイエスの姿はみな、ユダヤ人たちには疑わしいものばかりであったから、イエスに対する彼らの不信の度は、だんだんと深まるばかりであった。ユダヤ人たちがイエスを信じないで、洗礼ヨハネの言葉を信じるようになれば、エリヤはまだ来ていないと考えるよりほかはなく、したがって、メシヤが降臨されたということは、想像さえすることができなかったのである。
 このような観点から見るとき、ユダヤ人たちは、マラキの預言を信じる立場に立てば、まだエリヤは来ていないのであるから、メシヤとして自称するイエスを見捨てるよりほかはなく、これと反対に、イエスを信じる立場に立てば、エリヤが来たのちにメシヤが来ると預言した聖書を捨てる以外にはないという二者択一の立場であった。そこで、到底神の預言を捨てることができなかったユダヤ人たちは、やむを得ず、イエスを信じない道を選ぶ以外に仕方がなかったのである。

(三)洗礼ヨハネの不信


 既に詳述したように、当時の祭司長や、全ユダヤ人たちが、洗礼ヨハネを崇敬するその心は、ついに彼をメシヤであると信じさせるまでに至った(ルカ三・15、ヨハネ一・20)。したがって、もし洗礼ヨハネが、イエスが証言されたとおり、自分が正にそのエリヤであると宣布したならば、メシヤを迎えるためにまずエリヤを待ち望んでいた全ユダヤ人たちは、当然、その洗礼ヨハネの証言を信じるようになり、みな、イエスの前に出たに相違ない。しかし、最後まで自分はエリヤではないと主張した洗礼ヨハネの、神の摂理に対する無知は、ユダヤ人たちがイエスの前に出る道をふさいでしまう主要な原因となったのである。
 
かつて洗礼ヨハネは、自分は水で洗礼を授けるが、自分のあとから来る人(イエス)は、火と聖霊とによって洗礼を授ける方であり、自分は彼の靴を脱がせてあげる値打ちもないと証言した(マタイ三・11)。そればかりでなく、ヨハネ福音書一章33節から34節を見れば「わたしはこの人を知らなかった。しかし、水でバプテスマを授けるようにと、わたしをおつかわしになったそのかた(神)が、わたしに言われた、『ある人の上に、御霊が下ってとどまるのを見たら、その人(キリスト)こそは、御霊によってバプテスマを授けるかたである』。わたしはそれを見たので、このかたこそ神の子であると、あかしをしたのである」と言った洗礼ヨハネの告白が記録されている。このように、神は、イエスがメシヤであるということを、洗礼ヨハネに直接教示された。洗礼ヨハネ自身も、またそのように証した。また、ヨハネ福音書一章23節を見れば、自分は彼の道をまっすぐにするための使命をもってきたと証した。それだけではなく、ヨハネ福音書三章28節には、自分はキリストに先立って遣わされた者であることを言明した記録がある。それだから、洗礼ヨハネは、当然自分がエリヤであるという事実を、自らの知恵で悟らなければならなかった。たとえ、洗礼ヨハネがその事実をまだ自覚できなかったとしても、既に、天からイエスがメシヤであるという証を受けて知っていた上に(ヨハネ一・33、34)、イエスが親しく自分をエリヤであると証言なさったのであるから、そのみ言に従い、私こそ、まさしくエリヤであると、遅ればせながらでも宣布するのが、当然の道理であった。しかし、彼は神のみ旨に対して無知であったので(マタイ一一・19)、イエスの証言を否認したばかりでなく(ヨハネ一・21)、そののちにも、摂理の方向と道を異にして歩んだのである。このような洗礼ヨハネを見ているイエスの心情や、またこのような困難な立場におかれたイエスを見ておられる神の心情は、いかばかり悲しかったであろうか。
 事実、洗礼ヨハネがイエスに洗礼を授け、彼を証したことによって、彼の証人としての使命はみな終わったのであった。では、その後における彼の使命は何であったのだろうか。彼の父親ザカリヤは聖霊によって感動させられ、まだ胎内にいた洗礼ヨハネに対して「生きている限り、きよく正しく、みまえに恐れなく仕えさせてくださるのである」(ルカ一・75)と、彼の使命を明白に預言したのであった。それゆえに、洗礼ヨハネはイエスを証したのちには、彼の前に一人の弟子の立場で彼に従い、仕えなければならなかったのである。けれども、彼はその後、イエスと離れて、別に洗礼を授けていたので、ルカ福音書三章15節を見れば、ユダヤ人たちはかえって洗礼ヨハネをメシヤと混同したのである。また、ヨハネ福音書一章20節を見れば、祭司長までも、このように混同したことが分かるのである。そのことだけでなく、イエスに従う者と、洗礼ヨハネの弟子とが、お互いに自分の先生の方が洗礼を多く授けると、潔礼を中心として争ったこともあった(ヨハネ三・25)。ヨハネ福音書三章30節で、洗礼ヨハネが、「彼は必ず栄え、わたしは衰える」と言っているのを見ても、彼はイエスと興亡盛衰の運命を共にしなかったということを、我々ははっきりと知ることができる。洗礼ヨハネがイエスと運命を全く共にする立場に立ったならば、何故に、イエスが栄えるときに彼は衰えるであろうか。事実上、イエスの福音は、だれよりも先に洗礼ヨハネ自身が伝えるべきであった。しかし、彼の無知によりこの使命を完遂することができず、ついには、イエスのためにささげるべき彼の命までも、あまり価値もないことのために犠牲にしてしまったのである。
 
洗礼ヨハネは、その中心が天の方にあったときには、イエスをメシヤと知って証した。けれども、彼から霊的な摂理が切れて、人間洗礼ヨハネに立ち戻るや、彼の無知は、一層イエスに対する不信を引き起こすようになったのである。自分がエリヤである事実を自覚できなかった洗礼ヨハネは、特に、獄中に入ってから、他のユダヤ人たちと同じ立場で、イエスを見るようになった。したがって、イエスのすべての言行は人間洗礼ヨハネの目には、一様に理解できないものとして映るばかりであった。そればかりでなく、彼もやはり、エリヤが来る前に現れたイエスをメシヤとして信ずることができなかったので、結局、自分の弟子たちをイエスの方に送って、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」(マタイ一一・3)と質問して、その疑いを解決してみようとしたのである。しかし、このような洗礼ヨハネの質問を受けたイエスは、マタイ福音書一一章3節から19節に記録されているように、悲憤やるかたない思いで、警告の意味を強く込めた内容で答えられた。洗礼ヨハネはイエスに仕えるために胎内から選ばれ(ルカ一・75)、彼の道をまっすぐにするために、荒野で苦難の修道生活をしたのであった。さらにまたイエスが公生涯路程を出発されるときに、天はだれよりも先に、イエスがだれであるかを彼に教え、また、それを証言させてくださった。このような天の恩賜をそのまま受け入れなかった洗礼ヨハネから、そのような質問を受けたので、イエスは改めて、自分がまさしくメシヤであるとは答えられなかったのである。彼は、「行って、あなたがたが見聞きしていることをヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている」(マタイ一一・4、5)と、婉曲な返事をなさった。もちろん、洗礼ヨハネがイエスのこのような奇跡を知らないはずがなかった。それにもかかわらず、イエスがこのように言われたのは、自身が行われたことを、洗礼ヨハネに再び想起させることによって、自分がだれであるかを知らせるためであった。
 貧しい人々が福音を聞かされている(マタイ一一・5)と言われたみ言には、洗礼ヨハネとユダヤ人たちの不信に対するイエスの悲愴な心情が潜んでいることを知らなければならない。選民として呼ばれたユダヤ民族、その中でも、特に洗礼ヨハネは、天の愛をあふれるほど受けた恵まれた者であった。しかし、彼らはみなイエスに逆らったので、イエスは仕方なく、ガリラヤの海辺からサマリヤの地を遍歴しながら、貧しい者のうちで福音を受ける者を求められたのであった。無学不識な漁夫と取税人と遊女たちは、みなこのような貧しい者たちであった。事実、イエスが探し求めようとした弟子たちは、そのような者たちではなかったのである。地上天国を建設するために来られたイエスであるから、彼には、ただ従ってくるだけの千人よりも、先に立って千人を指導できる一人の指導者の方がより必要だったのである。ゆえに、イエスは天があらかじめ備えた能力ある群れを探すために、一番先に神殿に入り、祭司長と律法学者たちに福音を伝えたのではなかったか。
 
しかし、イエスが親しく言われたように、あらかじめ備えられた宴席に招待を受けた客たちは一人も応じなかったので、やむを得ず町の通りに出て、彷徨する乞食どもを呼び集めなければならなかったのである。このように、招かれざる客をしか迎えに出られぬイエスの悲しい心情から、ついに、「わたしにつまずかない者は、さいわいである」(マタイ一一・6)という審判のみ言が吐かれたのである。洗礼ヨハネは当時のユダヤ人たちが、あるいはメシヤ、あるいはエリヤ、あるいは預言者であると考えるくらいに立派な人であった(ルカ三・15、ヨハネ一・20、21)。ところが、いくら立派な人であっても、自分(イエス)につまずいた者には何の幸いがあるだろうか、という間接的な表現を通して、洗礼ヨハネの運命を審判されたのである。それでは、洗礼ヨハネはいかなるつまずきをしたのであろうか。それは、既に上述したように、彼は一生涯従い、仕えるべき使命があったのを果たすことができなかったということである。
 質問に来た洗礼ヨハネの弟子たちが去ったのち、イエスは使命的な面から見て、洗礼ヨハネは本来最も偉大な預言者として来たにもかかわらず、今、任されたその使命を果たさない立場にいるのを指摘されて、「あなたがたによく言っておく。女の産んだ者の中で、バプテスマのヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい」(マタイ一一・11)と言われた。天国にいるあらゆる人たちは、地上の女から生まれ、地上生活を通過していった人たちである。女の人が生んだ者の中で一番大いなる人であるならば、天国でも一番大いなる者になるべきであるのに、歴史上一番大いなる者として地上に生まれた洗礼ヨハネが、どうして天国では最も小さい者よりも劣るのであろうか。昔の多くの預言者たちは、将来来られるメシヤを、時間的に遠い距離において、間接的にこれを証したのであった。しかし、洗礼ヨハネは、メシヤを直接的に証言する使命を帯びて来たのであった。それゆえに、メシヤを証言することが預言者の使命であるならば、証する立場から見て、メシヤを直接に証した洗礼ヨハネは、間接的に証言をしたいかなる預言者よりも偉大であったのである。ところが、メシヤに仕えるという点から見るとき、彼は一番小さい者であらざるを得なかった。なぜならば、天国ではいかに小さな者であっても、早くからイエスをメシヤと知って仕えているのに、だれよりもメシヤに近く仕えるべき位置に召された洗礼ヨハネが(ルカ一・75)、かえって、イエスと別個の道を歩いたからである。それで、彼は天国のごく小さい者よりも、イエスを信奉しない立場におかれるようになったのである。また、その次の節には、「バプテスマのヨハネの時から今に至るまで、天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている」と記録されている。メシヤに仕えるために胎内より選ばれ、荒野でそれほど難しい修道生活をしてきた洗礼ヨハネが、イエスによく仕えたならば、彼は必然的に、イエスの一番弟子になるはずであった。しかし、その使命を果たさなかったので、イエスの一番弟子の位置はペテロに奪われてしまった。ここに、「洗礼ヨハネの時から今に至るまで」と、時間的な限界をおいたのを見れば、その次に記録されているみ言は、一般の人に対して言われたのでなく、洗礼ヨハネに対して言われたみ言であることが分かる。イエスは結論的に、「知恵の正しいことは、その働きが証明する」と言われた。洗礼ヨハネに知恵があって、知恵のある行動をとったならば、イエスのひざもとを離れることもなかったし、したがって、彼の行跡は永遠に義なるものとして残るべきであったが、不幸にも彼は無知であったので、彼自身はもちろんのこと、ユダヤ人たちがイエスの前に出る道さえも、みな遮ってしまったのである。我々は、これによって、イエスが十字架の死を遂げるようになった大きな要因が、洗礼ヨハネにあったことが分かるのである。また、使徒パウロがコリント人への手紙第一二章8節に、「この世の支配者たちのうちで、 この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」と言い、洗礼ヨハネをはじめ、すべてのユダヤ人たちが知恵がなくて、イエスを十字架につけてしまったと、嘆いた事実のあることも分かる。

(四)洗礼ヨハネがエリヤになった理由


 我々は上述した事実(本章第二節(一))により、エリヤが地上で、全部果たせなかった使命を継承完成するために、洗礼ヨハネが来たことを知った。彼は、ルカ福音書一章17節に記録されているとおり、エリヤの心霊と能力をもって、主のみ前に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に義人の思いをもたせて、整えられた民を主に備えるために生まれた人物であった。それゆえに、彼は使命的な立場から見て、エリヤの再臨者となるのである。これに対する詳細なことは、復活論で明らかにするが、エリヤは地上にいる洗礼ヨハネに再臨して、彼が使命を全うするように協助して、自分が地上の肉身生活で果たせなかった使命を、洗礼ヨハネの肉身を通して、彼によって完成させようとしたのであった。したがって、洗礼ヨハネはエリヤの肉身の身代わりとなる立場にあったので、使命を中心として見れば、彼はエリヤと同一の人物になるのである。

(五)聖書に対する我々の態度


 我々は、既に、聖書のみ言によって、イエスに対する洗礼ヨハネの無知と不信は、ユダヤ人たちの不信を招来し、ユダヤ人たちの不信は、ついにイエスを十字架につけるようになってしまったという事実を知った。
 しかし、イエス以後今日に至るまで、このような天的な秘密を明らかにした人は一人もいなかった。これは、洗礼ヨハネを無条件に偉大な預言者であると断定した立場からのみ聖書を見てきたからである。我々は、因習的な信仰観念と旧態を脱けでられないかたくなな信仰態度を、断固として捨てなければならないことを、この洗礼ヨハネの問題を通じて教えられる。使命を果たして行った洗礼ヨハネを、使命を果たさなかったと信じることも不当であるが、事実上、使命を果たさなかった洗礼ヨハネを、よくも知らずに、全部果たしたと信じることも正しい信仰ではない。我々は神霊面においても、真理面においても、常に正しい信仰をもつために努力しなければならない。我々は、今まで、聖書のみ言により、洗礼ヨハネの真相を明らかにしたが、だれでも霊通して、霊界にいる洗礼ヨハネの姿を直接見ることができる信徒たちには、ここに記録されたみ言がみな真実であるということを、もっとよくのみこむことができるであろう。

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復活論

 第五章 復  活  論



 聖書の預言を、文字どおりそのまま受け入れるとすれば、イエスが再臨されるときには、既に土の中に葬られて、元素化されてしまったすべての信徒たちの肉身が、再び元どおりの姿によみがえって、出てくるものと見なければならない(テサロニケ一・四・16、マタイ二七・52)。これは、神が下さったみ言であるから、我々の信仰的な立場においては、そのまま受け入れなければならない。しかし、これは現代人の理性では到底納得できない事実である。そのため結局我々の信仰生活に大きな混乱をきたすようになる。したがって、この問題の真の内容を解明するということは、極めて重要なことであるといわなければならない。


第一節 復   活



 復活というのは、再び活きるという意味である。再び活きるというのは、死んだからである。そこで、我々が復活の意義を知るためには、まず、死と生に対する聖書的な概念をはっきり知らなければならないのである。

(一)死と生に対する聖書的概念


 ルカ福音書九章60節の記録を見れば、父親の葬式のために自分の家へ帰ろうとする弟子に、イエスは死人を葬ることは、死人に任せておくがよいと言われた。我々はこのイエスのみ言の中で、死と生に対して互いにその意義を異にする二つの概念があるということを知ることができる。第一は、葬られなければならない、その弟子の父親のように、肉身の寿命が切れた「死」に対する生死の概念である。このような死に対する生は、その肉身が生理的な機能を維持している状態を意味する。第二は、その死んだ父親の葬式をするために、集まって活動している人たちを指摘していう「死」に対する生死の概念である。それではどうしてイエスは、現在その肉身を動かしている人たちを指摘して、死んだ人と言われたのだろうか。それは彼らがイエスに逆らって、神の愛から離れた位置、すなわちサタンの主管圏内にとどまっていたからである。ゆえに、この死は肉身の寿命が切れる死を意味するのではなく、神の愛の懐を離れて、サタンの主管圏内に落ちこんだことを意味する死のことなのである。したがって、このような「死」に対する「生」の意義は、神の愛の主管圏内において、神のみ言のとおりに活動している状態をいうのである。それゆえに、いくらその肉身が活動しているといっても、それが神の主管圏を離れて、サタンの主管圏内にとどまっているならば、彼は創造本然の価値基準から見て、死んだ人であるといわなければならない。これは、黙示録三章1節に記録されているように、不信仰的なサルデスにある教会の信徒たちに、「あなたは、生きているというのは名だけで、実は死んでいる」と言われたのを見ても分かる。その反面、既に、肉身の寿命が切れた人間であっても、その霊人体が、霊界において、神の愛の主管圏内にいるならば、彼はあくまでも、生きている人である。イエスが、「わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」(ヨハネ一一・25)と言われたのは、イエスを信じて、神の主管圏内で生きる者は、寿命が切れて、その肉身が土の中に葬られたとしても、その霊人体は依然として神の主管圏内にいるので、彼は生きている者であるという意味である。イエスは、また続けて、「また、生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない。あなたはこれを信じるか」と言われた。このみ言は、イエスを信じる者は、地上で永遠に死なずに生きるという意味ではなく、肉身のある間にイエスを信じる者は、現在生きているのはいうまでもなく、後日死んで肉身を脱ぎ地上を離れるとしても、彼の霊人体は、永遠に神の愛の懐で、依然として生きつづけるはずであるから、したがって、永遠に死なないという意味で言われたのである。ゆえに、上記の聖句にあるイエスのみ言は、人間の肉身の寿命が切れることを意味する死は、我々の永遠なる命には何らの影響をも及ぼさない、という意味で言われたみ言である。
 また、「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」と言われた、ルカ福音書一七章33節のみ言も、肉身を保存するために神のみ旨に背く者は、いくらその肉身が活動していても、彼は死んだ者であり、また、これと反対に神のみ旨のために肉身を犠牲にする者は、仮にその肉身は土の中に葬られて腐ってしまったとしても、その霊人体は神の愛に抱かれて永存できるのであるから、彼はすなわち、生きている者であるという意味である。

(二)堕落による死


 我々は上述のごとく、互いにその意義を異にする二つの死があるということを知った。では、そのうちのいずれが、人間始祖の堕落によってもたらされた死なのだろうか。
 神は本来、人間が堕落しなくても、老衰すればその肉身は土に帰るように創造されたのである。
だから、アダムが九三〇歳で死んで、その肉身は土に帰ったけれども、これはどこまでも堕落に起因する死ではなかった。なぜなら、創造原理によれば、肉身は霊人体の衣ともいえる部分で、衣服が汚れれば脱ぎ捨てるように、肉身も老衰すればそれを脱いで、その霊人体だけが無形世界に行って、永遠に生きるように創造されたからである。物質からなる生物体の中で永遠性をもつものは一つもない。それゆえに、人間もこの創造原理を免れ得ないので、人間の肉身といえども、永存することはできないのである。もしも人間が地上で肉身のまま永存するとすれば、霊人体の行くべき所である無形世界は、最初から創造される必要もなかったはずである。本来、無形世界は堕落した人間の霊人体が行ってとどまるために、人間が堕落した以後に創造されたものではなく、既に、人間が創造される前に、創造目的を完成した人間たちが、地上で生活したのち、肉身を脱いだ霊人体が行って、永遠に生きる所として創造されているということを知らなければならない。
 堕落人間が、肉的な命に強い未練をもつようになったのは、人間が元来、肉身を脱いだあとには、地上よりも一層美しく、かつ永遠なる無形世界に行って、永遠に生きるように創造されているという事実が、堕落によって分からなくなったからである。地上における肉身生活と、無形世界における霊人生活との関係は、青虫と蝶の生活に比較することができる。もし、土の中にある青虫に意識があるとすれば、ちょうど人間が肉身生活に対して愛着を感じているように、それもやはり土の中の生活に愛着を感じて、青虫として永存することを欲するであろう。ところがこれは、青虫がいったん殻を脱いで蝶となり、香りの良い花や甘い蜜を自由に味わうことができる、また一つの新しい世界があることを知らなかったからであろう。地上人と霊人の関係は、正にこの青虫と蝶との関係に似ている。もしも人間が堕落しなかったならば、地上人たちは、同じ地上人同士との関係のように、霊人たちとも自由に会うことができるので、肉身を脱ぐことが、決して永遠の別れではないことがよく分かるのである。そればかりでなく、人間が地上で完成して生活したのち、老衰して肉身を脱いで行く霊人の世界が、いかに美しく幸福な世界であるかということをはっきり知れば、かえって、肉身を脱いでその世界に行かれる日を慕い、待ち望むことであろう。
 このように、上述した二つの死の中で、肉身の寿命が切れるという意味での死が、堕落による死ではないということが分かれば、サタンの主管圏内に落ちるという意味での死が、まさしく堕落による死であるという結論になる。我々はこの問題を、聖書を中心として、もっと詳しく検討してみることにしよう。
 堕落による死とは、すなわち、人間始祖が善悪の果を取って食べることによって招来した、正にその死を意味するのである。ところで、その死は、いかなる死であったのだろうか。創世記二章17節(文語訳)を見れば、神がアダムとエバを創造されたのち、彼らに善悪の果について「汝之を食ふ日には必ず死べければなり」と言われた。それゆえに、神が言われたとおりに、彼らは取って食べたその「日」を期して、必ず死んだと見なければならない。しかしながら、その死んだアダムとエバは今日の我々と同じく、依然として地上で肉身生活を続けながら、子孫を生み殖やして、ついには、今日の堕落した人類社会を形成するまでになったのである。このような事実から見て、堕落によって招来したその死は、肉身の寿命が切れて死ぬことを意味するのではなく、神の善の主管圏から、サタンの主管圏に落ちるという意味での死をいうのであることを、我々は明確に知ることができる。我々は聖書でこれに関する例を挙げてみることにしよう。ヨハネⅠ三章14節に、「愛さない者は、死のうちにとどまっている」と言われた。ここでいう愛とは、もちろん神の愛を意味するのである。神の愛の中で、隣人を愛することを知らない者は、いくら地上で生活をしているといっても、彼はあくまでも死んだ者であるという意味である。これと同じ意味で、ロマ書六章23節には、「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである」と言われ、また、ロマ書八章6節には、「肉の思いは死であるが、霊の思いは、いのちと平安とである」と記録されているのである。

(三)復活の意義


 我々はこれまで、人間の寿命が切れて、その肉身の土に帰ることが、堕落からきた死であるとばかり考えていた。したがって、このような死から再び生きることが、聖書の意味する復活であると解釈してきたので、既に他界した信徒たちの復活は、すなわち土に分解されてしまったその肉身が、再び原状どおりによみがえることによって成就されるものと信じていた。しかし、創造原理によれば、このような死は、人間始祖の堕落によって招来されたものではなく、本来、人間は老衰すれば、その肉身は自然に土に帰るように創造されているので、いったん土に分解されてしまった肉身が、再び原状どおり復活することは不可能であるばかりでなく、霊界に行って永遠に生きるようになった霊人体が、再び肉身をとる必要もないのである。ゆえに、復活は人間が堕落によってもたらされた死、すなわちサタンの主管圏内に落ちた立場から、復帰摂理によって神の直接主管圏内に復帰されていく、その過程的な現象を意味するのである。したがって、罪を悔い改めて、昨日の自分よりきょうの自分が少しでも善に変わるとすれば、我々はそれだけ復活したことになる。
 
聖書で、復活に関する例を挙げてみれば、ヨハネ福音書五章24節に「わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、またさばかれることがなく、死から命に移っているのである」と記録されている。これは、イエスを信じることによって、サタンの懐から離れ、神の愛の懐に移ることが、すなわち復活であるということを意味するみ言である。また、コリント・一・一五章22節には、「アダムにあってすべての人が死んでいるのと同じように、キリストにあってすべての人が生かされるのである」と記録されているが、これは、アダムによってサタンの血統を受け継ぐようになったのが死亡であり、この死亡からキリストによって天の血統に移されることが、復活であるということを意味するみ言である。

(四)復活は人間にいかなる変化を起こすか


 善悪の果を取って食べる日には、きっと死ぬであろう(創二・17)と言われた神のみ言どおりに、善悪の果を取って食べて堕落したアダムとエバが、死んだのは事実であった。しかし、彼らには、外形的には何らの異変も起こらなかったのである。変わったことがあるとすれば、不安と恐怖によって、瞬間的に彼らの顔色が変わる程度であっただろう。ゆえに、堕落した人間が善悪の果を取って食べた以前の人間に復活するとしても、その外形上には何らの変化も起こらない。聖霊により重生した人間は、重生する以前と比べて、確かに復活した人間には違いない。しかし今、彼と強盗とを比較すれば、一人は天の人間として、ある程度まで復活した立場におり、また一人は、地獄に行くべき人間として、死んだ立場にいるが、彼らの外形には何らの差異も認められないのである。既に例証したように、イエスのみ言に従って、神を信じる者は、死から命へと移されて、復活させられたのは事実である。しかし、彼がイエスを信じる前の死の状態にいるときも、イエスを信じて命に移されることによって復活したのちにも、彼の肉身上には、何らの変化も起こらないのである。
 イエスは創造目的を完成した人間として来られたことは事実である(キリスト論参照)が、外形から見たイエスは堕落人間と比べて何の差異もなかった。もし、彼に変わったところがあるとすれば、当時の側近者たちが、彼を信じ従わないはずがなかったのである。人間は復活により、サタンの主管圏から抜けだして、神と心情一体となれば、神性をもつようになる。このように、堕落人間が復活によって、神の主管を受けるようになれば、必然的に、その心霊に変化を起こすようになるのである。このような心霊の変化によって、人間の肉身もサタンの住まいから神の宮へと、事実上聖化されていくのである。このような意味において、肉身も復活されると見ることができる。これはちょうど悪いことをするために使用されてきた建物が、神の聖殿として使用されるようになれば、その建物の外形には何らの変化もないが、それは、既に聖なる建物に変化しているというのと同じ理論である。


第二節 復 活 摂 理



(一)復活摂理はいかになされるか


 復活は、堕落人間が創造本然の姿に復帰する過程的な現象を意味するので、復活摂理は、すなわち、復帰摂理を意味する。復帰摂理はすなわち、再創造摂理なので、復活摂理はまた再創造摂理でもある。したがって、復活摂理も、創造原理によって、次のように摂理されるのである。第一に、復活摂理の歴史において、その使命的な責任をもった人物たちが、たとえ彼ら自身の責任分担を完遂できなかったとしても、彼らは天のみ旨のために忠誠を尽くしたので、それだけ堕落人間が、神と心情的な因縁を結ぶことができる基盤を広めてきたのである。したがって、後世の人間たちは、歴史の流れに従い、それ以前の預言者や義人が築きあげた心情的な基台によって、復帰摂理の時代的な恵沢をもっと受けるようになるのである。したがって、復活摂理は、このような時代的な恵沢の上に立ってなされるのである。第二に、創造原理によれば、神の責任分担として創造された人間は、それ自身の責任分担として神から与えられたみ言を信じ実践するとき、初めて完成されるように創造されたのである。それゆえに、復活摂理をなさるに当たっても、神の責任分担としての摂理のためのみ言がなければならないし、また、堕落人間がそれ自身の責任分担として、み言を信じ、実践して初めてそのみ旨が成し遂げられるようになっている。第三には、創造原理に照らしてみると、人間の霊人体は、肉身を基盤にしてのみ成長し完成するように創造されている。したがって、復帰摂理による霊人体の復活も、これまた地上の肉身生活を通じて、初めて成就されるようになっている。第四に、人間は創造原理に従い、成長期間の秩序的な三段階を経て完成するように創造された。それゆえに、堕落人間に対する復活摂理も、その摂理期間の秩序的な三段階を経て完成されるようになっている。

(二)地上人に対する復活摂理

(1) 復活基台摂理

神は、アダムの家庭から復活摂理を始められたのである。しかし、そのみ旨に仕える人物たちが、責任分担を完遂できなかったためその摂理は延長されてきたが、二〇〇〇年後に、信仰の祖アブラハムを立てて、初めてその摂理が始まった。したがって、アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、結果的には次の時代に入って、復活摂理ができるその基台を造成した時代となった。ゆえに、この時代を復活基台摂理時代と称するのである。

(2) 蘇生復活摂理

復活摂理が始まったアブラハムのときからイエスまでの二〇〇〇年期間に、蘇生復活摂理がなされてきた。したがって、この時代を蘇生復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、神の蘇生復活摂理による時代的な恵沢を受けることができたのである。蘇生復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった旧約のみ言を人間が信じて実践することによって、その責任分担を成し遂げ、義を立てるように摂理されてきたのである。ゆえに、この時代を行義時代ともいう。この時代における人間は、律法を遵守することによって、その霊人体が肉身を土台に蘇生復活して、霊形体を完成したのである。地上で霊形体を完成した人間は、肉身を脱げば、その霊人体は霊形体級の霊界に行って生きるようになるのである。

(3) 長成復活摂理

イエスの十字架の死によって、復活摂理は完成されずに、再臨期まで延長されてきた。このように延長された二〇〇〇年期間は、霊的救いによって、長成復活摂理をしてきた時代であるので、この時代を長成復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、神の長成復活摂理による時代的な恵沢を受けられるのである。そして長成復活摂理は、神がこの時代の摂理のために下さった新約のみ言を、人間が信じることによって、その責任分担を完成し、義を立てるように摂理された。ゆえに、この時代を信義時代ともいう。
 
この時代における人間は、福音を信ずることにより、その霊人体が肉身を土台として長成復活して、生命体を完成するのである。このように地上で生命体級の霊人体を完成した人間は、肉身を脱いだのちに、生命体級の霊界である楽園に行って生きるようになる。

(4) 完成復活摂理

再臨されるイエスによって、霊肉共に復活して復活摂理を完成する時代を完成復活摂理時代と称する。この時代におけるすべての地上人は、完成復活摂理による時代的な恵沢を受けることができる。再臨主は、旧約と新約のみ言を完成するための、新しいみ言をもってこられる方である(前編第三章第五節(一))。ゆえに、完成復活摂理は、新旧約を完成するために下さる新しいみ言(これは、成約のみ言であるというのが妥当であろう)を、人間たちが信じ、直接、主に侍ってその責任分担を完遂し、義を立てるように摂理なさるのである。それゆえに、この時代を侍義時代ともいう。この時代における人間は再臨主を信じ侍って、霊肉共に完全に復活され、その霊人体は生霊体級を完成するようになる。このように地上で生霊体を完成した人間が生活する所を地上天国という。そして、地上天国で生活して完成した人間が肉身を脱げば、生霊体の霊人として、生霊体級の霊界である天上天国に行って生きるようになるのである。

(5) 天国と楽園

今までのキリスト教信徒たちは、原理を知らなかったので、楽園と天国とを混同してきた。イエスがメシヤとして地上に降臨された目的が完成されたならば、そのとき、既に地上天国は完成されたはずである。この地上天国で生活して完成した人間たちが、肉身を脱いで生霊体を完成した霊人体として霊界に行ったならば、天上天国もそのときに完成されたはずである。けれども、イエスの十字架の死によって、地上天国が実現できなかったので、地上で生霊体を完成した人間は一人も現れなかった。したがって、今日まで生霊体の霊人たちが生活できるように創造された天上天国に入った霊人は一人もいない。ゆえに、天上天国はまだ空いている。これはすなわち、その住民となるべき人間を中心として見れば、まだ天上天国が完成されなかったことにもなる。それでは、どうしてイエスは、自分を信じれば天国に入ると言われたのだろうか。それは、イエスが地上に来られた本来の目的が、あくまでも、天国を完成することにあったからである。しかし、イエスはユダヤ人の不信によって、地上天国を実現することができずに、十字架で亡くなられたのである。当時のすべての人間が、最後までだれも信じてくれなかった中で、自分を信じてくれた、たった一人の十字架の同伴者であった強盗に、イエスは共に楽園に入ることを許されたのである(ルカ二三・43)。結局、イエスはメシヤとしての使命を成し遂げようとする希望をもつことのできた過程においては、天国に入ることを強調されたが、このみ旨を成就できずに行かれる十字架の死に臨んでは、楽園に入らなければならない事実を表明されたのである。楽園はこのように地上でイエスを信じて、生命体級の霊人体を完成し、肉身を脱いで行った霊人たちが、天国の門が開かれるまでとどまっている霊界をいうのである。

(6) 終末に起こる霊的現象

長成期完成級で堕落した人間が、復帰摂理により、蘇生旧約時代を経て、長成新約時代の完成級まで復帰されて、人間始祖が堕落する前の立場に戻る時代を終末という。この時代は、アダムとエバが堕落する直前、神と一問一答したそのときを、世界的に復帰する時代であるので、地上には霊通する人が多く現れるようになる。終末には、神の霊をすべての人に注ぐと約束されたことは(使徒二・17)、正に、このような原理的な根拠によって、初めてその理由が解明できるのである。
 終末には、「あなたは主である」という啓示を受ける人たちが多く現れる。しばしば、このような人たちは、自分が再臨主であると考えて、正しい道を探していくことのできない場合が多いが、その理由はどこにあるのだろうか。本来、神は人間を創造されて、彼に被造世界を主管する主になれと祝福された(創一・28)。ところが、人間は堕落によって、このような神の祝福を成し遂げることができなかったのである。しかし、堕落人間が復帰摂理によって、長成期の完成級まで霊的に復帰されて、アダムとエバが堕落する直前の立場と同一の心霊基準に達すれば、神が彼らに被造世界の主になれと祝福なさった、その立場を復帰したという意味から、「あなたは主である」という啓示を下さるのである。
 
終末に入って、このように、「主」という啓示を受ける程度に、信仰が篤実な聖徒たちは、イエスの当時に、主の道をまっすぐにするための使命をもってきた洗礼ヨハネと、同一の立場に立つようになる(ヨハネ一・23)。したがって、彼らにも各自が受けもった使命分野において、再臨されるイエスの道を直くすべき使命が与えられているのである。このような意味において、彼らは各自の使命分野における再臨主のための時代的代理使命者として選ばれた聖徒たちなので、彼らにも、「主」という啓示を授けてくださるのである。
 霊通者が、「あなたは主である」という啓示を受けたとき、このような原理的な事情を知らずに、自分が再臨主だと思って行動すれば、彼は必ず、偽キリストの立場に立つようになる。終末に、偽キリストが多く現れると預言された理由もここにある。霊通者はみな、各自通じている霊界の階位と啓示の内容がお互いに異なるために(コリント一・一五・41
)、相互間の衝突と混乱に陥る のが普通である。霊通者は、事実上、みな同一の霊界を探し求めていくけれども、これに対する各自の環境、位置、特性、知能、心霊程度などが相異なるために各自に現れる霊界も、各々異なる様相のものとして認識されて、相互に衝突を起こすようになるのである。
 
復帰摂理のみ旨に侍っている人たちは、各々摂理の部分的な使命を担当して、神と縦的な関係だけを結んでいるので、他の霊通者との横的な関係が分からなくなるのである。したがって、各自が侍っている天のみ旨が、各々異なるもののように考えられ、互いに衝突を起こすようになる。なお、神は各自をして復帰摂理の目的を達成させるに当たって、彼らが各自最善を尽くすように激励なさるため、「あなたが一番である」という啓示を下さるので、横的な衝突を免れなくなる。また、彼が担当した部分的な使命分野においては、事実上、彼が一番であるために、このような啓示を下さることもある。
 また、篤実な信仰者たちが、アダムとエバの堕落直前の心霊基準まで成長して霊通すれば、アダムとエバが克服できずに堕落したのと同じ試練によって、堕落しやすい立場に陥るようになる。したがって、原理を知らない限り、このような立場を克服することは、非常に難しいことなのである。
今日に至るまで、多くの修道者たちが、この試練の峠を克服できずに、長い間修道した功績を一朝一夕に台無しにしたことは、実に惜しんでもあまりあることである。
 では、霊通者のこのような混乱を、いかにすれば防ぐことができるだろうか。神は、復帰摂理の目的を早く完遂されるために、その摂理の過程において、部分的な使命を数多くの人たちに分担させ、その各個体と縦的にだけ対応してこられたので、上述のように、すべての霊通者たちは、相互間に横的な衝突を免れ難くなっている。しかし結局、歴史の終末期に至れば、彼らは各自の使命がみな復帰摂理の同一の目的のために、神から分担させられていたことを共に悟って、お互いに横的な関係を結び、一つに結合して、復帰摂理の全体的な目的を完成させる新しい真理のみ言を賜るようになる。そのときすべての霊通者は、自分のものだけが神のみ旨であるとの主張を捨て、より高次元的で、全体的な真理のみ言の前に出て、自分自身の摂理的な使命と位置を正しく悟ることにより、そこで初めて、横的な衝突から起こった過去のすべての混乱を克服することができるし、またそれと同時に、各自が歩いてきた信仰路程に対する有終の美を結ぶこともできるのである。

(7) 最初の復活

「最初の復活」というのは、神の復帰摂理の歴史が始まって以来、再臨摂理によって、初めて人間が原罪を脱いで、創造本然の自我を復帰し、創造目的を完成させる復活をいうのである。
 したがって、すべてのキリスト教信徒たちの唯一の望みは、最初の復活に参与することにある。では、どんな人たちがここに参与できるのだろうか。再臨主が降臨されたとき、最初に信じ侍って、復帰摂理路程の全体的な、また世界的な蕩減条件を立てる聖業に協助して、すべての人間に先立って原罪を脱ぎ、生霊体級の霊人体を完成し、創造目的を完成した人たちがここに参与できるようになるのである。
 
また、聖書に表示された十四万四千人とは何を意味するのであろうか。その事実について調べてみることにしよう。イエスが再臨されて、復帰摂理を完遂なさるためには、復帰摂理路程において、天のみ旨を信奉してきながらも、自分の責任分担を果たせなかったために、サタンの侵入を受けたすべての聖賢たちの立場を蕩減復帰できる代理者たちを、再臨主がその一代において横的に探し立て、サタン世界に対する勝利の基台を立てなければならない。このような目的で、再臨主が降臨されて立てられる信徒の全体数が、正に黙示録一四章1節から4節までと、黙示録七章4節に記録されている十四万四千の群れなのである。
 
神の復帰摂理路程において、家庭復帰の使命者であったヤコブは、十二の子息を中心として出発し、民族復帰のために出発したモーセは、十二部族を率いたが、この各部族が再び十二部族型に増えれば、一四四数になる。世界復帰の使命者として来られたイエスは、霊肉共に、この一四四数を蕩減復帰するために十二弟子を立てられたが、十字架につけられたので、霊的にのみこれを蕩減復帰してこられたのである。ゆえに、サタンに奪われたノアからヤコブまでの縦的な十二代を、横的に蕩減復帰するため、ヤコブが十二子息を立てたように、再臨主は初臨以後、霊的にのみ一四四部族型を立ててきた縦的な摂理路程を、霊肉共に横的に、一時に蕩減復帰されるため、一四四数に該当する一定の必要数の信徒たちを探し立てなければならないのである。

(三)霊人に対する復活摂理

(1) 霊人たちが再臨復活する理由とその方法

創造原理によれば、人間の霊人体は神から受ける生素と、肉身から供給される生力要素との授受作用によってのみ成長するように創造された。それゆえに、霊人体は肉身を離れては成長することも、また復活することもできない。したがって、地上の肉身生活において、完成されずに他界した霊人たちが復活するためには、地上に再臨して自分たちが地上の肉身生活で完成されなかったその使命部分を、肉身生活をしている地上の聖徒たちに協助することによって、地上人たちの肉身を自分の肉身の身代わりに活用し、それを通して成し遂げるのである。ユダ書14節に、終わりの日に、主は無数の聖徒たちを率いて来られると言われた理由はここにある。
 では、霊人たちはどんな方法で地上人に対して、み旨を完成するように協助するのだろうか。地上の聖徒たちが祈祷や、その他の霊的な活動をするうちに、霊人たちの相対になれば、その霊人たちは再臨して、その地上人たちの霊人体と相対基準を造成していろいろの業をするようになる。そして、その霊人たちは地上人たちに火を受けさせたり、病気を治させるなど、いろいろの能力を現させるのである。それだけでなく、入神状態に入って、霊界の事実を見せたり、聞かせたり、あるいは、啓示と黙示によって預言をさせ、その心霊に感銘を与えるなど、いろいろの方面にわたる聖霊の代理をすることによって、地上人がみ旨を成し遂げていくよう協助するのである。

(2) キリスト教を信じて他界した霊人たちの再臨復活

① 長成再臨復活

 地上で律法を遵守し、神を熱心に信奉して行った旧約時代の霊形体級の霊人は、メシヤ降臨後に全部地上に再臨して、地上の聖徒たちをしてみ旨を成就せしめ、生命体級の霊人体として完成されるように協助した。このように、再臨協助したその霊人たちも、彼らの協助を受けた地上の聖徒たちと同じような恵沢を受け、共に生命体を完成して楽園に入るようになる。我々はこれを長成再臨復活と称する。
 
これに関する実例を聖書の中で挙げてみることにしよう。マタイ福音書一七章3節に、エリヤが霊人体としてイエスとその弟子の前に現れた記録があるのを見れば、エリヤがそのまま霊界にいるということは確実である。しかるに、マタイ福音書一七章12節を見れば、イエスは地上で生活している洗礼ヨハネを指して、エリヤであると言われた。イエスがこのように言われた理由は、エリヤが洗礼ヨハネに再臨して、彼をして、自分が地上で完成されなかった使命まで代理に完成するように協助して、再臨復活の目的達成をさせようとしていたので、使命的に見れば、洗礼ヨハネの肉身は、正に、エリヤの肉身の身代わりともなるからである。
 マタイ福音書二七章52節を見れば、イエスが十字架で亡くなられるとき、墓が開け、眠っていた多くの聖徒たちの死体が生き返ったと記録されている。これは、土の中で既に腐ってなくなってしまった彼らの肉身が、再び原状どおりに肉身をとって生き返ったことをいうのではない。それは、どこまでも霊形体級の霊人体として、霊界にとどまっていた旧約時代の霊人たちが、イエスの十字架の贖罪の恵沢圏内における地上の聖徒たちを、生命体として完成できるように協助することによって、彼らの能力を受け、自分たちも共に生命体を完成するために、霊的に再臨したのを見て記録したにすぎない。もしも、聖書の文字どおりに、旧約時代の霊人たちが墓の中から肉身をとって、再び生き返ったとすれば、彼らは必ず、イエスがメシヤである事実を証したはずである。墓の中から生き返った信徒たちが証すイエスを、メシヤとして信じないユダヤ人がどこにいるだろうか。このような聖徒たちに関する行跡は、必ず聖書の記録に残ったであろうし、また今も地上に住んでいるはずである。しかし、彼らが墓の中から生き返ったという事実以外には、何の記録も残っていない。これから推してみても、墓の中からよみがえったと記録されているその聖徒たちは、霊眼が開けた信徒たちだけが、しばらくの間だけ見ることのできた、霊人たちの現象であったことが分かるのである。イエスの十字架の贖罪によって行くことのできる楽園に比較すれば、旧約時代の霊人たちがとどまっていた所は、より暗くつらい世界であるので、これを墓と言ったのである。

② 完成再臨復活

 新約時代に、地上でイエスを信じて楽園に行った生命体級の霊人たちは、メシヤが再臨されたのち、全部地上に再臨するようになる。その霊人たちは、地上の聖徒たちをして、再臨されたイエスを信奉して生霊体級の霊人体を完成するように協助することによって、彼らも同様な恵沢を受けて、生霊体を完成するようになるのである。そして、この地上の聖徒たちが肉身を脱いで天国に入るときには、その霊人たちも彼らと共に天国に入るようになるのである。このような復活摂理を完成再臨復活摂理と称する。このような摂理において見るとき、霊人たちが地上人たちを協助することはいうまでもなく、結果的に見て、地上人たちも霊人たちの復活摂理のために協助するのだということも、我々はまた理解することができる。
 ヘブル書一一章39節
以下に「さて、これらの人々(旧約時代の聖賢たち)はみな、信仰によってあかしされたが、約束(天国に入る許可)のものは受けなかった。神はわたしたち(地上人)のために、さらに良いもの(天国)をあらかじめ備えて下さっているので、わたしたち(地上人)をほかにしては彼ら(霊人たち)が全うされることはない」と記録されているみ言は、結局、既に説明した事実を実証したものといえる。すなわち、この節は、霊界にいるすべての霊人たちは、地上人の協助を受けずには完成できない、という原理を証したものである。マタイ福音書一八章18節に記録されている「あなたがた(地上の聖徒)が地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」と言われたみ言も、結局、地上の聖徒たちが解いてやらなければ、霊人たちにつながれたものが解かれないという事実を証したのである。このように霊人たちは地上の聖徒たちに再臨して、協助してこそ復活できるようになっている。ゆえに、マタイ福音書一六章19節で見るように、天国の門の鍵を、地上の聖徒たちの代表ペテロに授けて、彼をして天国の門を地上で開くようにされたのである。

(3) 楽園以外の霊人たちの再臨復活

まずキリスト教以外の他宗教を信じていた霊人たちは、いかにして再臨復活するか調べてみることにしよう。人間がある目的を共同に成し遂げるためには、必ずお互いに相対基準を造成しなければならないように、地上の人間と霊人たちも、共同に復帰摂理のある目的を成就するためには、お互いに、相対基準を造成しなければならない。それゆえに、復活のために再臨する霊人たちは、自分たちが地上で生存したとき信奉していたのと同じ宗教を信じている地上人の中で、その対象になれる信徒を選んで再臨するのである。そして、復帰摂理の目的が成就されるように彼らに協助して、彼らと同様の恵沢を受けるようになるのである。
 第二に、地上で宗教生活をしなかったが、良心的に生きた善良な霊人たちは、いかにして再臨復活するかということについて調べてみることにしよう。
原罪を脱げなかった堕落人間の中には、絶対的な善人はあり得ない。それゆえに、ここで善霊というのは、悪の性質よりも善の性質を少しでも多くもっている霊人たちをいうのである。このような善なる霊人たちは、地上の善人たちに再臨して、彼らをして神の復帰摂理の目的を成就せしめるように協助することによって、ついに彼らと同一の恵沢を受けるようになるのである。
 第三に、悪霊人たちはいかにして再臨復活するのだろうか。
マタイ福音書二五章41節に「悪魔とその使たち」という言葉がある。この使いは、正に悪魔の教唆を受けて動く悪霊人体をいうのである。世にいわゆる幽霊という正体不明の霊的存在は、正に、このような悪霊人体をいうのである。ところで、このような悪霊たちも、やはり、再臨して時代的恵沢を受けるようになるのである。しかし、悪霊人たちの業が、みな再臨復活の恵沢を受けられるような結果をもたらすのではない。その業が、結果的に神の罰として、地上人の罪を清算させるような蕩減条件として立てられたときに、初めてその悪霊人たちは、再臨復活の恵沢を受けるようになるのである。それでは、悪霊の業がどんな具合に天を代理して、審判の行使を代理した結果をもたらすのだろうか。
 ここに実例を一つ挙げてみることにしよう。復帰摂理の時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏に移行される一人の地上人がいるとしよう。しかし、この人に自分自身、あるいはその祖先が犯したある罪が残っているならば、それに該当するある蕩減条件を立ててその罪を清算しなければ、種族的な恵沢圏に移ることができなくなっている。このとき、天は悪霊人をして、その罪に対する罰として、この地上人に苦痛を与える業をなさしめる。このようなとき、地上人がその悪霊人の与える苦痛を甘受すれば、これを蕩減条件として、彼は家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏に入ることができるのである。このとき、彼に苦痛を与えた悪霊人も、それに該当する恵沢を受けるようになる。
このようにして、復帰摂理は、時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏へ、なお一歩進んで民族的なものから、ついには世界的なものへと、だんだんその恵沢の範囲を広めていくのである。こうして、新しい時代的な恵沢圏に移るごとに、その摂理を担当した人物は、必ずそれ自身とか、あるいはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てて、それを清算しなければならないのである。また、このような悪霊の業によって、地上人の蕩減条件を立てさせるとき、そこには次のような二つの方法がある。
 第一に、悪霊人をして、直接その地上人に接して悪の業をさせて、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。第二には、その悪霊人がある地上人に直接働くのと同じ程度の犯罪を行おうとする、他の地上の悪人に、その悪霊人を再臨させ、この悪人が実体として、その地上人に悪の業をさせることによって、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。
 
このようなとき、その地上人が、この悪霊の業を当然のこととして喜んで受け入れれば、彼は自分かあるいはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てることができるのであるから、その罪を清算し、新しい時代の恵沢圏内に移ることができるのである。このようになれば、悪霊人の業は、天の代わりに地上人の罪に対する審判の行使をした結果になるのである。それゆえに、その業によって、この悪霊人も、その地上人と同様な恵沢を受け、新しい時代の恵沢圏に入ることができるのである。

(四)再臨復活から見た輪廻説


 神の復帰摂理は、その全体的な目的を完成なさるために、各個体を召され、その各個体に適合した使命を分担させてこられた。そして、人間がこの使命を継続的に彼と同一の型の個体へと伝承しながら、悠久なる歴史の期間を通じて、その分担された使命分野を漸次完遂するように導かれたのである。
 復帰摂理は個人から出発して、家庭と民族を経て、世界を越え、天宙まで復帰していくのである。それゆえに、個人に任せられた使命は、たとえ部分的なものであっても、その型は個人型から始まって、家庭と民族と世界の各型へと、その範囲を広めてきたのである。聖書でその例を挙げれば、アブラハムは個人型または家庭型であり、モーセは民族型であり、イエスは世界型であった。
 ところで、
地上で自分の使命を完成できずに去った霊人たちは、各々自分たちが地上で受けもったのと同じ使命をもった同型の地上人に再臨して、そのみ旨が成就するように協助するのである。このときに、その協助を受ける地上人は、自分自身の使命を果たすと同時に、自分を協助する霊人の使命までも代理に成し遂げるのである。ゆえに、この使命を中心として見れば、その地上人の肉身は、彼を協助する霊人の肉身ともなるのである。このようになれば、その地上人は彼を協助している霊人の再臨者となるので、その地上人はしばしば彼を協助する霊人の名前で呼ばれるのである。このようなわけで、地上人はしばしば、霊人が輪廻転生した実体のように現れるようになるのである。聖書でこれに関する例を挙げてみれば、洗礼ヨハネはエリヤの協助を受けて、彼の目的を立てていったので、彼はエリヤが地上にいるとき完成できなかった使命まで、みな完遂してやらなければならなかった。したがって、洗礼ヨハネの肉身は、エリヤの肉身の代理でもあったので、イエスは、洗礼ヨハネをエリヤであると言われた(本章第二節(三)(2))。
 終末において、世界型の分担使命を受けもった地上人たちは、各々過去に彼と同型の使命をもって、地上を経て行ったすべての霊人の責任分担を、みな継承して完遂すべき立場にいるのである。したがって、すべての霊人は地上人たちに再臨し、彼に協助することによって、彼らが地上にいるとき、完成できなかった使命を完遂させるのである。それゆえに、霊人たちの協助を受ける地上人は、彼に協助するすべての霊人たちの再臨者であり、したがって、その地上人はすべての霊人たちがよみがえったかのように見られるのである。終わりの日に、自分が再臨のイエス、弥勒仏、釈迦、孔子、あるいはオリーブの木、あるいは生命の木などと自称する人たちが多く現れる理由はここにある。仏教で輪廻転生を主張するようになったのは、このような再臨復活の原理を知らないで、ただ、その現れる結果だけを見て判断したために生まれてきたのである。


第三節 再臨復活による宗教統一



(一)再臨復活によるキリスト教統一


 既に、本章第二節(三)(2)で詳述したように、楽園にとどまっている生命体級の霊人たちは、再臨されたイエスを信じ侍ることによって、生霊体級の霊人体を完成することのできる地上の信徒たちに再臨するのである。それから、彼らをして復帰摂理のみ旨を成し遂げるように協助して、彼らと同じ恵沢を受け、天国に入るようになる。したがって、イエスの再臨期には、楽園にいるすべての霊人たちが共に地上の信徒たちに再臨して、彼らに協助する摂理をしなければならなくなるのである。
 
各個体の信仰態度と、彼がもっている天稟、また、み旨のために立てられた祖先の功績などにより、その時機は各々異なるが、前節で既に説明したような立場から、地上の信徒たちは、楽園にいる霊人たちの協助によって、再臨主の前に出て、み旨のために献身せざるを得なくなるのである。ゆえに、キリスト教は自然に統一されるようになる。

(二)再臨復活による他のすべての宗教の統一


 既に、終末論で論じたように、今まで同一の目的を指向してきたすべての宗教が、一つのキリスト教文化圏へ次第に吸収されつつある歴史的事実を、我々は否定することができない。それゆえに、キリスト教はキリスト教だけのための宗教ではなく、過去歴史上に現れたすべての宗教の目的までも、共に成就しなければならない最終的な使命をもって現れた宗教である。それゆえに、キリスト教の中心として来られる再臨主は、結局、仏教で再臨すると信じられている弥勒仏にもなるし、儒教で顕現するといって待ち望んでいる真人にもなる。そして彼はまた、それ以外のすべての宗教で、各々彼らの前に顕現するだろうと信じられている、その中心存在ともなるのである。
 このように、
キリスト教で待ち望んでいる再臨のイエスは、他のすべての宗教で再臨すると信じられているその中心人物でもあるので、他の宗教を信じて他界した霊人たちも、彼がもっている霊的な位置に従って、それに適応する時機は各々異なるが、再臨復活の恵沢を受けるために、楽園にいる霊人たちと同じく再臨しなければならない。そして、各自が地上にいたとき信じていた宗教と同じ宗教をもつ地上の信徒たちを、再臨されたイエスの前に導いて、彼を信じ侍らせることによって、み旨を完成するように、協助せざるを得なくなるのである。したがって、すべての宗教は結局、キリスト教を中心として統一されるようになるのである。

(三)再臨復活による非宗教人の統一


 いかなる宗教も信じないで、ただ、良心的に生活して他界した霊人たちも、再臨復活の恵沢を受けるために、各々彼らに許されている時機に、みな地上に再臨するのである。そして、彼らも良心的な地上人をして、再臨主を信じ侍って、そのみ旨を完成するように協助するようになるのである。マタイ福音書二章2節以下の記録によれば、イエスの誕生のとき、占星術者(東方博士)たちが、イエスを訪ねてきて敬拝して贈り物をささげたとあるが、これはこのような例に属するものといえる。
 神の復帰摂理の究極の目的は、全人類を救うところにある。ゆえに、神は各々の罪を蕩減するのに必要な期間だけを経過すれば、地獄までも完全に撤廃なさろうとするのである。もし、神の善の目的が完成された被造世界に、地獄が永遠にそのまま残っているとすれば、結果的に、神の創造理想や復帰摂理はいうまでもなく、神までも不完全な方になってしまうという、矛盾をきたすようになる。
 堕落人間においても、その一人の子女でも不幸になれば、決して幸福になることができないのが、父母の心情である。まして、天の父母なる神が幸福になり給うことができようか。ペテロ二・三・9を見れば、「ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである」と記録されている。したがって、神の願うみ旨のとおり、成就されるべき理想世界に、地獄が永遠なるものとして残ることはできない。そしてマタイ福音書八章29節を見れば、イエスの当時、直接サタンがイエスを神の子であると証したように、終末の日においても、ときが至れば、悪霊人たちまでも、各々同級の地上の悪人たちに再臨して、彼らがみ旨のためになるように協助することによって、結局、悠久なる時間を経過しながら、次第に創造目的を完成する方向へ統一されていくのである。

▲ 目次へ

予定論

第六章 予 定 論



 古今を通じて、予定説に対する神学的論争は、信徒たちの信仰生活の実践において、少なからぬ混乱を引き起こしてきたことは事実である。それでは、どうしてこのような結果をもたらしたのかということを、我々は知らなければならない。
 聖書には、人生の栄枯盛衰や、幸不幸はもちろん、堕落人間の救いの在り方から、国家の興亡盛衰に至るまで、すべてが神の予定によってなされると解釈できる聖句が多くある。
この例を挙げれば、ロマ書八章29節以下に、「神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである」とある。また、ロマ書九章15節以下には「『わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ』。ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」と言われ、ロマ書九章21節には、「陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか」と言われた。それのみならず、ロマ書九章11節以下に、神は胎中にいるときから、ヤコブを愛し、エサウを憎んで、長子であるエサウは次子であるヤコブに仕えるであろうと言われた。
 
このように、完全に予定説を立てることのできる聖書的な根拠が多くある。しかし、我々は、このような予定説を否定する他の聖書的な根拠も多くあるということを忘れてはならない。例を挙げれば、創世記二章17節に、人間始祖の堕落を防ぐために、「取って食べてはならない」と警告されたのを見れば、人間の堕落は、どこまでも、神の予定からもたらされたものではなく、人間自身が、神の命令に従わなかった結果であるということは明らかである。また、創世記六章6節には、人間始祖が堕落してしまったので、神は人間をつくったことを悔いて嘆息なさったという記録があるが、もしも、人間が神の予定によって堕落したとすれば、神御自身の予定どおりに堕落した人間を前にして、嘆かれるはずはないのである。また、ヨハネ福音書三章16節に、イエスを信ずれば、だれでも救いを受けると言われたが、このみ言は、すなわち、滅ぼされるように予定された人は一人もいないということを意味するのである。
 だれでもよく知っている聖句、マタイ福音書七章7節に、「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」と言われたみ言を見れば、すべてのことが神の予定のみによってなされるのではなく、人間の努力によっても左右されるということが分かるのである。もしすべてのみ旨の成就が、神の予定によってのみなされるのであれば、何のために人間の努力を強調する必要があるであろうか。ヤコブ書五章14節に、病んでいる者は祈ってもらうがよいというみ言があるのを見れば、病むことも、また、治ることも、やはり、みな神の予定のみによってなされるのではないということが分かる。もし、すべてのことが、神の予定の中で、避けることのできない運命として決定されるのだとすれば、人間は苦労して祈祷する必要もないであろう。
 従来の予定説をそのまま認めれば、祈祷とか、伝道とか、慈善行為など人間のすべての努力は、神の復帰摂理にとって何らの助けにもならないし、全く無意味なことといわなければなるまい。なぜならば、絶対者たる神が予定されたことであれば、それもやはり、絶対的であるがゆえに、人間の努力によっては、変更できないからである。
 このように、予定説をめぐって賛否両論があり、そしてそのどちらも、自説の正しさを裏付ける聖書の文字的な根拠が十分にあるのである。それならば、このような問題が、原理によっていかに解決できるのだろうか。予定論に対する問題を、我々は次のように分けて考えてみることにしよう。


第一節 み旨に対する予定



 神のみ旨に対する予定を論ずるために、我々は、「み旨」とは何であるかということについて、先に調べてみよう。神は人間の堕落によって、創造目的を完成することができなかった。したがって、堕落した人間たちに対して摂理される神のみ旨は、あくまでも、この創造目的を復帰することにある。言い換えれば、この「み旨」は、復帰摂理の目的の完成をいうのである。
 
つぎに、我々は神がこのようなみ旨を予定されて、これを成就なさるということを知らなければならない。神は人間を創造されて、創造目的を完成するみ旨を立てられたが、人間の堕落により、そのみ旨を達成できなかったので、神はそのみ旨を完遂なさるために、それを再び予定して、復帰摂理をされるのである。
 その際、神はどこまでも、このみ旨を善として予定して達成されなければならないのであって、悪として予定して成就し給うことはできない。なぜならば、神は善の主体であるので、創造目的も善であり、したがって、復帰摂理の目的も善で、その目的を成就する「み旨」もまた善でなければならないからである。ゆえに、神は創造目的を成し遂げるのにそれに対して反対になるとか、障害となるものを予定なさることはできない。そういうわけで、人間の堕落とか、堕落人間に対する審判とか、あるいは、宇宙の滅亡などを予定なさることは全くできないのである。もしも、このような悪の結果さえも、神の予定から生ずる必然的なものであるとすれば、神は善の主体であるということはできない。また、神御自身が予定したとおりになった悪の結果に対して、後悔してはならないのである。神は堕落した人間を見て嘆息された(創六・6)。また、不信仰に陥ったサウル王を見て、サウルを王として選んだことを後悔された(サムエル上一五・11)。これは、それらがみな予定によってなった結果ではないことを明らかに示している。悪の結果は、みな人間自身がサタンの対象になって、その責任分担を果たさなかったことによって起こるのである。
 
では、神が創造目的を復帰されるみ旨を予定されるに当たって、どの程度にまで予定されて摂理なさるのだろうか。神は唯一であり、永遠であり、不変であり、絶対者であられるので、神の創造目的もやはりそのようにならざるを得ない。したがって、創造目的を再び完成させようとする復帰摂理のみ旨も唯一であり、不変であり、また絶対的でなければならない。それゆえ、このみ旨に対する予定も、また絶対的なのである(イザヤ四六・11)。このように、み旨を絶対的なものとして予定されたのであるから、もしこのみ旨のために立てた人物がそれを完成できなかったときには、神はその代理として、他の人物を立ててでも、最後まで、このみ旨を摂理していかなければならないのである。
 その例を挙げれば、アダムを中心として創造目的を完成させようとしたみ旨は達成できなかったが、このみ旨に対する予定は絶対的なので、神はイエスを後のアダムとして降臨させて、彼を中心としてみ旨を復帰させようとされた。そればかりでなく、ユダヤ人の不信によって、このみ旨がまた完成できなかったので(前編第四章第一節(二))
、イエスは再臨されてまでも、このみ旨を必ず完遂することを約束なさったのである(マタイ一六・27)。また、神はアダムの家庭で、カインとアベルを中心とした摂理において「メシヤのための家庭的な基台」を立てさせようとされた。しかし、カインがアベルを殺害することによって、このみ旨は成し遂げられなかった。ゆえに、その代理にノアの家庭を立てて摂理されたのである。更に進んでノアの家庭が、またこのみ旨を完成できなかったとき、神はその身代わりにアブラハムを立ててでも、どうしてもそのみ旨を完成なさらなければならなかった。神はまた、アベルによって成就できなかったみ旨を、その身代わりとしてセツを立てて成し遂げようとされたのであり(創四・25)、また、モーセによって成し遂げられなかったみ旨を、その身代わりにヨシュアを立てて、成就させようとされた(ヨシュア一・5)。そして、イスカリオテのユダの反逆によって完成できなかったみ旨は、その身代わりとしてのマッテヤを選んで成し遂げようとされたのであった(使徒一・26)。


第二節 み旨成就に対する予定



 創造原理によって、既に明らかにしたように、神の創造目的は、人間がその責任分担を完遂することによってのみ完成できるようになっている。したがって、この目的を再び成就させようとする復帰摂理のみ旨は、絶対的なものなので、人間は関与できないが、そのみ旨의成就に当たっては、あくまでも、人間の責任分担が加担されなければならない。それゆえに、アダムとエバを中心とする神の創造目的は、事実上、善悪の果を取って食べないで、彼らに任された責任分担を、彼ら自身が完遂することによってのみ、完成されるようになっていた(創二・17)。したがって、復帰摂理の目的を完成されるに当たっても、その使命を担当した中心人物が、その責任分担を遂行することによってのみ、そのみ旨は成就されるのである。イエスも、救いの摂理の目的を完遂されるためには、ユダヤ人たちが彼を絶対に信じ従わなければならなかったが、彼らの不信仰によって、責任分担を全うできなかったので、このみ旨成就はやむを得ず、再臨のときまで延長されなければならなかったのである。
 それでは、神はみ旨成就に対して、どの程度に予定されたのだろうか。既に論じたように、復帰摂理の目的を完成させようとされるみ旨は絶対적であるが、み旨成就は、どこまでも相対的であるので、神がなさる九五パーセントの責任分担に、その中心人物が担当すべき五パーセントの責任分担が加担されて、初めて、完成されるように予定されるのである。ここで、人間の責任分担五パーセントというのは、神の責任分担に比べて、ごく小さいものであるということを表示したものである。しかし、これが人間自身においては、一〇〇パーセントに該当するということを知らなければならない。これに対する例を挙げれば、アダムとエバを中心としたみ旨成就は、彼らが善悪を知る果を取って食べずに、責任分担を果たすことによって、成し遂げられるように予定されたのであった。ノアを中心とした復帰摂理も、ノアが箱舟をつくることに忠誠を尽くし、その責任分担を果たすことによってのみ、そのみ旨が完遂されるように予定されたのであった。また、イエスの救いの摂理も、堕落人間が彼をメシヤとして信奉し、責任分担を果たすことによって、初めて、そのみ旨が完成されるように予定されたのであった(ヨハネ三・16)。しかし、人間たちがこれらの小さな責任分担をも全うできなかったがゆえに神の復帰摂理は延長されたのである。
 また、ヤコブ書五章15節には、「信仰による祈は、病んでいる人を救」うと記録されており、マルコ福音書五章34節には「あなたの信仰があなたを救った」と言われたみ言がある。マタイ福音書七章8節には、「すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえる」と言われた。このような聖句はみな、人間自身の責任分担遂行によってのみ、み旨が完成されるように予定されているという事実を証したのである。そうして、これらすべての立場において人間が担当した責任分担は、神がその責任分担として担当された苦労と恩賜に比べていかに微小なものかを知ることができる。また摂理における中心人物たちが、彼らの責任分担を全うしなかったがゆえに、復帰摂理を延長させてきたという事実を知るとき、この軽微な責任分担が、人間自身においては、いかに大きく、難しいことであったかが推察できるのである。


第三節 人間に対する予定



 アダムとエバが、善悪を知る果を取って食べるなと言われた神のみ言を守り、自分たちの責任分担を果たしたならば、善の人間始祖となることができたのであった。したがって、神はアダムとエバが人間始祖となることを、絶対的なものとして予定なさることはできないのである。ゆえに、堕落した人間も、それ自身の責任分担を果たして、初めて神が予定された人物となることができるのであるから、神は彼らがいかなる人物になるかということを、絶対的なものとして予定なさることはできないのである。
 では、神は人間をどの程度にまで予定なさるのだろうか。ある人物を中心とした神の「み旨成就」においては、人間自身があくまでもその責任分担を果たさなければならないという、必須的な要件がついている。つまり、神がある人物を、ある使命者として予定されるに当たっても、その予定のための九五パーセントの神の責任分担に対して、五パーセントの人間の責任分担の遂行を合わせて、その人物を中心とした「み旨」が一〇〇パーセント完成する、というかたちで、初めてその中心人物となれるように予定されるのである。それゆえ、その人物が自分の責任分担を全うしなければ、神が予定されたとおりの人物となることはできないのである。
 
例を挙げれば、神はモーセを召命なさるとき、彼が自分の責任分担を果たした場合にのみ、選民をカナンの福地まで導くことができる指導者となるように予定された(出エ三・10)。けれども、彼がカデシのメリバで磐石を二度打ったことによって神のみ意に逆らい、自分の責任を果たせなかったとき、その予定は達成されずに、目的地に向かっていく途中で死んでしまった(民数二〇・7~12、二〇・24、二七・14)。また、神がイスカリオテのユダを選ばれるときも、彼が忠誠を尽くすことによって、自身の責任分担を果たして、初めて、イエスの弟子になれるように予定されたのである。しかし、彼が自身の責任を全うできなかったとき、その予定は崩れ、彼はかえって、反逆者となってしまったのである。また、神がユダヤ人たちを立てられるときも、彼らがイエスを信奉して、任された責任分担を果たした場合にのみ、栄光の選民となれるように予定された。しかしながら、彼らがイエスを十字架につけたので、この予定は覆され、その民族は衰退してしまったのである。
 つぎに、神の予定において、復帰摂理の中心人物となり得る条件はいかなるものであるかということについて調べてみることにしよう。神の救いの摂理の目的は、堕落した被造世界を、創造本然の世界へと完全に復帰することにある。ゆえに、その時機の差はあっても、堕落人間はだれでもみな、救いを受けるように予定されているのである(ペテロⅡ三・9)。ところが、神の創造がそうであるように、神の再創造摂理である救いの摂理も、一時に成し遂げるわけにはいかない。一つから始まって、次第に、全体的に広められていくのである。神の摂理が、すべてこのようになっているので、救いの摂理のための予定においても、まず、その中心人物を予定して召命されるのである。
 それでは、このように、召命を受けた中心人物は、いかなる条件を備えるべきであろうか。彼はまず、復帰摂理を担当した選民の一人として生まれなければならない。同じ選民の中でも、善なる功績が多い祖先の子孫でなければならない。同じ程度に善の功績が多い祖先の子孫であっても、その個体がみ旨を成就するのに必要な天稟を先天的にもつべきであり、また、同じく天稟をもった人間であっても、このための後天的な条件がみな具備されていなければならない。さらに、後天的な条件までが同じく具備された人物の中でも、より天が必要とする時機と場所に適合する個体を先に選ばれるのである。


第四節 予定説の根拠となる聖句の解明



 我々は、神の予定に関するいろいろの問題について解明した。しかし、次に解くべき問題は、本章の序言において挙げた聖句のように、すべてが、神の絶対的な予定だけでなされるように記録されている聖句を、いかに解明すべきかということなのである。まず、ロマ書八章29節から30節に記録されているように、「神はあらかじめ知っておられる者たちを……あらかじめ定め……あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さる」というみ言を解明してみよう。神は全知であられるから、いかなる人間が復帰摂理の中心人物になり得る条件(本章第三節)を備えているかを御存じである。そこで神は復帰摂理の目的を成し遂げるために、このように、あらかじめ知っておられる人物を予定して、召命なさるのである。しかし、召命なさる神の責任分担だけでは、彼が義とされて、栄光に浴するところにまで至ることはできない。彼は召命された立場で自分の責任を完遂するとき、初めて義とされることができる。義とされたのちに、初めて神が下さる栄華に浴することができる。それゆえ、神が下さる栄華も人間が責任分担を果たすことによってのみ、受けることができるように予定されるのである。ただ、聖句には人間の責任分担に対するみ言が省略されているために、それらが、ただ、神の絶対的な予定だけでなされるように見えるのである。
 
つぎに、ロマ書九章15節から16節には「『わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ』。ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである」との記録がある。既に解明したように、復帰摂理の目的を完成するためにどんな人物が一番適合するかということは、神だけがあらかじめ知っていて召命なさるのである。このような人物を選んで、哀れみ、あるいは慈しむのは、神の特権であり、人間の意志や努力によってできるのではない。したがって、この聖句は、どこまでも、神の権能と恩寵とを強調するために下さったみ言なのである。
 また、ロマ書九章21節
には、「陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか」と言われた。神が人間に対して、その創造性に似るようにし、被造世界の主人として立て、一番愛するための条件として、人間の責任分担を立てられたことは既に述べた。ところが、人間はこの条件を自ら犯して堕落してしまった。それから堕落人間は、あたかも屑のように捨てられた存在となったのである。したがって、たとえ神がこのような人間をいかに取り扱おうとも、決して不平を言ってはならないというみ意を教示するために下さった聖句である。
 ロマ書九章10節から13節には、神が胎中のときからヤコブは愛し、エサウは憎んで、更に長子エサウは、次子ヤコブに仕えるであろうと言われた。エサウとヤコブは腹中にあって、いまだ善とも悪とも、いかなる行動の結果も現すことができなかったにもかかわらず、神はエサウを憎み、ヤコブを愛したという理由はどこにあるのだろうか。これは復帰摂理路程のプログラムを合わせるためであった。このことに関して詳しくは、後編第一章の「アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理」において説明するが、エサウとヤコブを双生児として立たせたのは、彼らを各々、カインとアベルの立場に分立させて、アベルの立場にいるヤコブが、カインの立場にいるエサウを屈伏させることによって、アダムの家庭で、カインがアベルを殺害して達成できなかった長子の嗣業復帰のみ旨を蕩減復帰させるためであった。したがって、エサウはカインの立場にあるので、神の憎しみを受ける立場におり、反対にヤコブはアベルの立場におり、神の愛を受けられる立場であったから、このように言われたのである。
 しかし、神が彼らを実際に憎むか愛するかは、あくまでも彼ら自身の責任分担遂行のいかんによって左右される問題だったのである。事実、エサウはヤコブに素直に屈伏したので、憎しみを受ける立場から、ヤコブと同じく愛の祝福を受ける立場へ移ったのである。逆に、いかに愛を受けられる立場に立たせられたヤコブであっても、もし、彼が自分の責任分担を完遂できなかったならば、彼は神の愛を受けることができないのである。
 このように、復帰摂理の目的を完成するに当たって、神の責任分担と人間の責任分担との間には、果たしてどのような関係があるかを知らずに、すべての「み旨成就」を、神の単独行使として見てきたところに誤りが生じてくるのであり、カルヴィンのように、頑固な予定説を主張する人が出てくるのである。そしてまた、それが今日に至るまで、長い期間にわたって、そのまま認められてきてしまったのである。

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キリスト論

第七章 キ リ ス ト 論



 救いを望んでいる堕落人間においては解決すべき問題が多い。その中でも重要なものは、神を中心とするイエスと聖霊との関係、イエスと聖霊と堕落人間との関係、重生と三位一体など、キリスト論に関する諸問題である。しかし、今日に至るまで、だれもこの問題に関する明確な解答を得ることができなかった。このような問題が未解決であるということによって、これまでキリスト教の教理と信仰生活に、少なからず混乱を引き起こしてきたのである。ところで、この問題を解決するためには、創造本然の人間の価値が、いかなるものであるかを知らなければならないので、この問題について先に論じたのち、上記の諸問題を扱うことにしよう。


第一節 創造目的を完成した人間の価値



 創造目的を完成した人間、すなわち、完成したアダムの価値を、我々は次のような観点から論じてみよう。
 第一に、神と完成した人間との二性性相的な関係から述べてみることにしよう。
創造原理によれば、人間は神の二性性相に似て心と体とに創造されている。そして、神と完成した人間との間にも、二性性相的な関係があるので、この関係は、人間の心と体との関係に例えることができる。無形の心に似るように、その実体対象として創造されたのが体であるように、無形の神に似るように、その実体対象として創造されたのが人間である。そこで、完成した人間において、心と体とが神を中心として一つになればお互いに分離することができないように、神と完成した人間とが四位基台をつくって一体となれば、人間は神の心情を完全に体恤できる生活をするようになるので、この関係は断ちきろうとしても断ちきることができないのである。このように、創造目的を完成した人間は、神が常に宿ることができる宮となり(コリント・一・三・16)、神性をもつようになる(前編第一章第三節(二))。このようになれば、イエスが言われたとおり、人間は天の父が完全であられるように、完全な人間となるのである(マタイ五・48)。ゆえに、創造目的を完成した人間は、どこまでも、神のような価値をもつようになる。
 第二に、人間創造の目的を中心として、その価値を論じてみることにしよう。
神が人間を創造された目的は、人間を通して、喜びを得るためであった。ところで、人間はだれでも、他の人がもっていない特性を各々もっているので、その数がいくら多く増えたとしても、個性が全く同じ人は一人もいない。したがって、神に内在しているある個性体の主体的な二性性相に対する刺激的な喜びを、相対的に起こすことができる実体対象は、その二性性相の実体として展開されたその一個性体しかないのである(前編第一章第三節(二))。ゆえに、創造目的を完成した人間はだれでもこの宇宙間において、唯一無二の存在である。釈迦が「天上天下唯我独尊」と言われたのは、このような原理から見て妥当である。
 
第三に、人間と被造世界との関係から見たその価値について調べてみることにしよう。我々は、創造原理によって人間と被造世界との関係を知ることにより、完成した人間の価値がいかなるものであるかを知ることができる。人間は霊人体では無形世界を、肉身では有形世界を、各々主管するように創造されている。それゆえに、創造目的を完成した人間は、全被造世界の主管者となるのである(創一・28)。このように、人間には肉身と霊人体とがあって、有形、無形二つの世界を主管できるようになっているので、この二つの世界は、人間を媒介体として、お互いに授受作用をすることにより、初めて、神の実体対象としての世界をつくるのである。
 
我々は、創造原理によって、人間の二性性相を実体で展開したのが被造世界である、という事実を知っている。したがって、人間の霊人体は無形世界を総合した実体相であり、その肉身は有形世界を総合した実体相である。ゆえに、創造目的を完成した人間は、天宙を総合した実体相となるのである。人間を小宇宙であるという理由はここにある。マタイ福音書一六章26節に、イエスが、「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」と言われたのも、上記で述べたように、人間は天宙的な価値をもっているからである。
 
例えば、ここに一つの完全な機械があるとしよう。そして、この機械のすべての付属品が、この世界にただ一つずつしかなくて、それ以上求めることも、つくることもできないとすれば、その一つ一つの付属品は、いくらつまらない微々たるものであっても、全体に匹敵する価値をもっていることになる。これと同様に完成した人間の個体は、唯一無二の存在なので、彼がいくら微々たる存在であっても、実に、全天宙的な価値と同等であると見ることができるのである。


第二節 創造目的を完成した人間とイエス



(一)生命の木復帰から見た完成したアダムとイエス


 人類歴史は、エデンの園で失った生命の木を(創三・24)、歴史の終末の世界で復帰して(黙二二・14)、地上天国をつくろうとする復帰摂理の歴史である。我々は、エデンの園の生命の木と(創二・9)、終末の世界で復帰される生命の木とが(黙二二・14)、いかなる関係をもっているかを知ることによって、完成したアダムとイエスとの関係を知ることができるのである。
 
堕落論で、既に詳しく述べたが、アダムが創造理想を完成した男性になったとしたならば、彼は正に、創世記二章9節の生命の木になり、彼の子孫もみな生命の木になったはずである。しかし、アダムが堕落して、このみ旨が完成されなかったので(創三・24)、堕落人間の希望は、この生命の木に復帰されることにかけられた(箴一三・12、黙二二・14)。しかし、堕落した人間は、彼自身の力では、到底、生命の木に復帰することができないので、ここに必ず、創造理想を完成した一人の男性が、生命の木として来られて、万民が彼に接ぎ木されなければならなくなっている。
このような男性として来られる方が、すなわち黙示録二二章14節
に、生命の木として表象されているイエスなのである。ゆえに、エデンの園の生命の木として象徴されている、完成されたアダムと、黙示録二二章14節に、生命の木として例えられているイエスとは、いずれも創造理想を完成した男性であるということからして、その点から見れば互いに何ら異なることがないということを、我々は知ることができる。したがって、創造本然の価値においても、その間に、何らの差異もあるはずがないのである。

(二)創造目的の完成から見た人間とイエス


 我々は、既に本章第一節で、完成した人間の価値がどんなものであるかを説明した。そこで、我々は、ここにおいて、完成した人間とイエスとは、いかなる差異があるかという点を考察してみることにしよう。これまで述べたことによって分かるように、完成した人間は、創造目的から見れば、神が完全であられるように完全になって(マタイ五・48)、神のような神性をもつはずの価値的な存在である。神が永遠なるお方であるので、その実体対象として創造された人間も、やはり、完成すれば、永遠なるものとして存在せざるを得ない。その上、完成した人間は、唯一無二の存在であり、全被造世界の主人であるがゆえに、彼なしには、天宙の存在価値も、完全になることはできないのである。したがって、人間は、天宙的な価値の存在である。イエスは、正に、このような価値をもっておられる方である。しかし、イエスがもっておられる価値がいくら大きいといっても、既に列挙したように、創造理想を完成した男性がもっている価値以上のものをもつことはできない。このようにイエスは、あくまでも創造目的を完成した人間として来られた方であることを、我々は否定できないのである。原理は、これまで多くの信徒たちが信じてきたように、イエスを神であると信じる信仰に対しては異議がない。なぜなら、完成した人間が神と一体であるということは事実だからである。また原理が、イエスに対して、彼は創造目的を完成した一人の人間であると主張したとしても、彼の価値を決して少しも下げるものではない。ただ、創造原理は、完成された創造本然の人間の価値を、イエスの価値と同等の立場に引きあげるだけである。我々は、既に、イエスはどこまでも、創造目的を完成した一人の人間であることを論じた。 そこで、これを立証できる聖書的根拠を探してみることにしよう。テモテ・一・二章5節に、「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである」と記録されてあり、また、ロマ書五章19節には、「ひとりの人(アダム)の不従順によって、多くの人が罪人とされたと同じように、ひとり(イエス)の従順によって、多くの人が義人とされるのである」と記録されている。また、コリント・一・一五章21節には、「死がひとりの人(アダム)によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人(イエス)によってこなければならない」と表明されている。 使徒行伝一七章31節には、「神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている」と言い、ルカ福音書一七章26節には、「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう」と言われた。このように聖書は、どこまでも、イエスが人間であることを明らかに示している。特にイエスは人類を新たに生み直してくださる真の父母として来られる方であるから、その点から見ても、人間として降臨なさらなければならないのである。

(三)イエスは神御自身であられるのだろうか


 ピリポがイエスに、神を見せてくださいと言ったとき、イエスはピリポに、「わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか」(ヨハネ一四・9、10)と答えられた。また、聖書の他のところには、「世は彼(イエス)によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた」(ヨハネ一・10)と言われたみ言があり、「アブラハムの生れる前からわたし(イエス)は、いるのである」(ヨハネ八・58)と記録されている。このような聖句を根拠として、今までの多くの信仰者たちは、イエスを創造主、神であると信じてきた。
 
前に論証したように、イエスは創造目的を完成した人間として、神と一体であられるので、彼の神性から見て彼を神ともいえる。しかし、彼はあくまでも神御自身となることはできないのである。神とイエスとの関係は、心と体との関係に例えて考えられる。体は心に似た実体対象として、心と一体をなしているので、第二の心といえるが、体は心それ自体ではない。これと同じく、 イエスも神と一体をなしているので、第二の神とはいえるが、神御自身になることはできない。そういうわけで、ヨハネ福音書一四章9節から10節のみ言どおり、彼を見たのは、すなわち、神を見たことになるのも事実であるが、このみ言は、イエスが正に、神そのものであるという意味で言われたのではない。
 ヨハネ福音書一章14節には、イエスはみ言が肉身となった方であると記されている。これは、イエスがみ言の実体として完成された方、すなわち道成人身者であることを意味するのである。ところが、ヨハネ福音書一章3節を見れば、万物世界はみ言によって創造されたと記録されており、ヨハネ福音書一章10節には、この世界がイエスによって創造されたと記録されているので、結局、イエスを創造主であると見るようになった。
 
しかし、創造原理によれば、被造世界は個性を完成した人間の性相と形状を実体に展開したものであるがゆえに、創造目的を完成した人間は、被造世界を総合した実体相であり、また、その和動の中心でもある。ゆえに、このような意味から、この世は完成した人間によって創造されたともいえるのである。また、神は人間がそれ自体の責任分担を全うし完成すれば、その人間に神の創造性を与え、彼をして万物世界に対する創造主の立場に立たせようとなさるのである。このような角度から見るとき、ヨハネ福音書一章10節の記録は、あくまでも、イエスは、創造目的を完成した人間であるという事実を明らかにしただけで、彼が、すなわち、創造主御自身であるということを意味するものではないという事実を、我々は知ることができるのである。
 イエスは血統的に見れば、アブラハムの子孫であるが、彼は全人類を重生させる人間祖先として来られたので、復帰摂理の立場から見れば、アブラハムの祖先になる。ゆえに、ヨハネ福音書八章58節
に、イエスはアブラハムが生まれる前から私はいたと言われた。
したがって、このみ言も、イエスが神御自身であるという意味から言われたのではないということを悟らなければならない。イエスは、地上においても、原罪がないという点を除けば、我々と少しも異なるところのない人間であられるし、また、復活後、霊界においても、弟子たちと異なるところのない霊人体としておられるのである。ただ、弟子たちは生命体級の霊人で、受けた光を反射するだけの存在であるのに比べて、イエスは、生霊体級の霊人として、燦爛たる光を発する発光体であるという点が違うだけである。
 また、イエスは、復活後にも霊界で、地上におられたときと同様、神に祈祷しておられる(ロマ八・34
)。もし、イエスが神御自身であられるならば、その御自身に対して、どうして祈祷することができるであろうか。この問題については、イエスも、神を父と呼び、自ら神でないことを明らかにしておられる(マルコ一五・34、ヨハネ一七・1)。もしも、イエスが神御自身であるならば、どうして、神がサタンの試練を受け、また、サタンから追われて十字架につけられるなどということがあり得るだろうか。また、イエスが十字架上で、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マルコ一五・34)と言われたみ言を見ても、イエスが、神御自身でないことは明らかである。


第三節 堕落人間とイエス



 堕落した人間は、創造目的を完成した人間としての価値を備えていないので、自分より低級に創造された天使を仰ぎ見る程度の卑しい立場に落ちてしまった。しかし、イエスは創造目的を完成した人間としての価値をみな備えておられるので、天使をはじめ、すべての被造世界を主管する資格をもっておられたのである(コリント前書一五章27節)。また、堕落人間には原罪があるので、 サタンの侵入できる条件がそのまま残っている。しかし、イエスには原罪がないので、サタンが侵入できる何らの条件もないのである。また、堕落人間は、神のみ旨とその心情を知ることができない。たとえ知ったとしても、それはごく部分的なものにすぎない。しかしイエスは、神のみ旨を完全に知っておられるとともに、その心情をも完全に体恤した立場において生活しておられるのである。
 人間は堕落した状態にとどまっている限り、何らの価値もない存在であるが、真の父母としてのイエスによって重生され、原罪を脱いで善の子女になれば、イエスのように創造目的を完成した人間に復帰されるのである。それはちょうど、我々人間社会の父子の間において、父と子としての順位があるだけで、その本然の価値には少しの差異もないのと同じである。ゆえに、キリストは教会のかしらとなり(エペソ一・22)、我々は彼の体となり、また肢体となる(コリント前書一二章27節)。したがって、イエスは本神殿であり、我々は彼の分神殿となるのである。そして、イエスはぶどうの木であり、我々は彼の枝である(ヨハネ一五・5)。また、野のオリーブである我々は、もとのオリーブなるイエスに接がれることによって、オリーブとなることができるのである(ロマ一一・17)。ゆえに、イエスは私たちを友達と呼ばれ(ヨハネ一五・14)、また、彼(イエス)が現れるとき、私たちも彼に似るものとなることを知っている(ヨハネ第一三章2節)という聖句もある。そして、聖書は、復活するのは「最初はキリスト、次に、主の来臨に際してキリストに属する者たち」であることをも明らかにしている(コリント前書一五章23節)のである。


第四節 重生論と三位一体論



 三位一体論は、今日に至るまで、神学界で一番解決し難い問題の中の一つとして論じられてきた。そして、だれもがよく分かっているようで、実際には、その根本的な意味を知らないままに過ぎてきた問題の中の一つが、すなわち本項で扱う重生論である。

(一)重生論


(1) 重生の使命から見たイエスと聖霊

イエスは、自分を訪ねてきたユダヤ人の官吏ニコデモに、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできないと言われた(ヨハネ三・3)。重生とは二度生まれるという意味である。では、人間はなぜ新たに生まれなければならないのであろうか。我々はここで、堕落人間が重生しなければならない理由について調べてみることにしよう。
 アダムとエバが創造理想を完成して、人類の真の父母となったならば、彼らから生まれた子女たちは原罪がない善の子女となり、地上天国をつくったであろう。しかし、彼らは堕落して人類の悪の父母となったので、悪の子女を生み殖やして、地上地獄をつくることになったのである。したがって、イエスが、ニコデモに言われたみ言どおり、堕落した人間は原罪がない子女として新たに生まれ直さなければ、神の国を見ることができないのである。
 
我々を生んでくださるのは、父母でなければならない。それでは、堕落した我々を原罪がない子女として生んで、神の国に入らせてくださる善の父母は、いったいどなたなのであろうか。原罪のある悪の父母が、原罪のない善の子女を生むことはできない。したがって、この善の父母が、堕落人間たちの中にいるはずはない。それゆえに、善の父母は、天から降臨されなければならないのであるが、そのために来られた方こそがイエスであった。彼は堕落した子女を、原罪のない善の子女として新しく生み直し、地上天国をつくるその目的のために真の父として来られた方であった。ゆえに、ペテロ第一1章3節に、「イエス・キリストを死人の中からよみがえらせ、それにより、わたしたちを新たに生れさせて生ける望みをいだかせ」というみ言がある。イエスは、アダムによって成し遂げられなかった真の父としての使命を全うするために来られたので、聖書では、彼を後のアダムといい(コリント前書一五章45節)、永遠の父といったのである(イザヤ九・6)。 また、神は、預言者エリヤを再び送り、彼の力で堕落した人間の心を、父母として降臨されるイエスの方へ向けさせることによって、彼らをその子女となさしめると言われた(マラキ四・6)。そして、イエスが再臨されるときも、父の栄光のうちに来られる(マタイ一六・27)と言われたのである。
 
ところで、父は一人でどうして子女を生むことができるだろうか。堕落した子女を、善の子女として、新たに生み直してくださるためには、真の父と共に、真の母がいなければならない。罪悪の子女たちを新たに生んでくださるために、真の母として来られた方が、まさしく聖霊である。ゆえに、イエスはニコデモに、聖霊によって新たに生まれなければ、神の国に入ることができない(ヨハネ三・5)と言われたのである。
 このように、聖霊は真の母として、また後のエバとして来られた方であるので、聖霊を女性神であると啓示を受ける人が多い。すなわち聖霊は女性神であられるので、聖霊を受けなくては、イエスの前に新婦として立つことができない。また、聖霊は慰労と感動の働きをなさるのであり(コリント後書一章3節
)、エバが犯した罪を蕩減復帰されるので、 罪の悔い改めの業をしなければならないのである。さらに、イエスは男性であられるので、天(陽)において、また、聖霊は女性であられるので、地(陰)において、業(役事)をなさるのである。

(2) ロゴスの二性性相から見たイエスと聖霊

ロゴスという言葉はギリシャ語で、み言、あるいは理法という意味をもっている。ヨハネ福音書一章1節以下を見ると、ロゴスは神の対象で、神と授受をなすような関係の位置をとっているという意味のことが書かれている。ところで、ロゴスの主体である神が、二性性相としておられるので、その対象であるロゴスも、やはり二性性相とならざるを得ない。もし、ロゴスが二性性相になっていないならば、ロゴスで創造された被造物(ヨハネ一・3)も、二性性相になっているはずがない。このようなロゴスの二性性相が、神の形象的な実体対象として分立されたのが、アダムとエバであった(前編第一章第一節(一))。
 アダムが創造理想を完成した男性、すなわち生命の木となり、エバが創造理想を完成した女性、すなわち善悪を知る木となって、人類の真の父母となったならば、そのときに、神の三大祝福が完成され、地上天国は成就されたはずであった。しかし、彼らが堕落したので、反対に、地上地獄になってしまった。それゆえ、 堕落した人間を再び生み直してくださるために、イエスは、後のアダム(コリント前書一五章45節)として、生命の木の使命をもって (黙二二・14)、人類の真の父として来られたのである。このように考えてくると、ここに後のエバとして、善悪を知る木の使命をもった人類の真の母が(黙二二・17)、当然いなければならないということになる。これがすなわち、堕落した人間を、再び生んでくださる真の母として来られる聖霊なのである。

(3) イエスと聖霊による霊的重生

父母の愛がなくては、新たな命が生まれることはできない。それゆえ、我々がコリント前書一二章3節に記録されているみ言のように、聖霊の感動によって、 イエスを救い主として信じるようになれば、霊的な真の父であるイエスと、霊的な真の母である聖霊との授受作用によって生ずる霊的な真の父母の愛を受けるようになる。そうすればここで、彼を信じる信徒たちは、その愛によって新たな命が注入され、新しい霊的自我に重生されるのである。これを霊的重生という。ところが、人間は霊肉共に堕落したので、なお、肉的重生を受けることによって、原罪を清算しなければならないのである。イエスは、人間の肉的重生による肉的救いのため、必然的に、再臨されるようになるのである。

(二)三位一体論


 創造原理によれば、正分合作用により、三対象目的を達成した四位基台の基盤なくしては、神の創造目的は完成されないことになっている。したがって、その目的を達成するためには、イエスと聖霊も、神の二性性相から実体的に分立された対象として立って、お互いに授受作用をして合性一体化することにより、神を中心とする四位基台をつくらなければならない。このとき、イエスと聖霊は、神を中心として一体となるのであるが、これがすなわち三位一体なのである。
 
元来、神がアダムとエバを創造された目的は、彼らを人類の真の父母に立て、合性一体化させて、神を中心とした四位基台をつくり、三位一体をなさしめるところにあった。もし、彼らが堕落しないで完成し、神を中心として、真の父母としての三位一体をつくり、善の子女を生み殖やしたならば、彼らの子孫も、やはり、神を中心とする善の夫婦となって、各々三位一体をなしたはずである。したがって、神の三大祝福完成による地上天国は、そのとき、既に完成されたはずであった。しかし、アダムとエバが堕落して、サタンを中心として四位基台を造成したので、サタンを中心とする三位一体となってしまった。ゆえに彼らの子孫もやはり、サタンを中心として三位一体を形成して、堕落した人間社会をつくってしまったのである。
 それゆえ、神はイエスと聖霊を、後のアダムと後のエバとして立て、人類の真の父母として立たしめることにより、堕落人間を重生させて、彼らもまた、神を中心とする三位一体をなすようにしなければならないのである。しかし、イエスと聖霊とは、神を中心とする霊的な三位一体をつくることによって、霊的真の父母の使命を果たしただけで終わった。したがって、イエスと聖霊は霊的重生の使命だけをなさっているので、信徒たちも、やはり、霊的な三位一体としてのみ復帰され、いまだ、霊的子女の立場にとどまっているのである。ゆえに、イエスは自ら神を中心とする実体的な三位一体をつくり、霊肉共に真の父母となることによって、堕落人間を霊肉共に重生させ、彼らによって原罪を清算させて、神を中心とする実体的な三位一体をつくらせるために再臨されるのである。このようにして、堕落人間が神を中心として創造本然の四位基台を造成すれば、そのとき初めて、神の三大祝福を完成した地上天国が復帰されるのである。

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緒論

緒    論

 復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。前編で既に論証したように、人間は長成期の完成級において堕落し、サタンの主管下におかれるようになってしまった。したがって、このような人間を復帰するためには、まず、サタンを分立する摂理をなさらなくてはならないのである。しかし、既にキリスト論において詳しく論じたように、堕落人間がサタンを分立して、堕落以前の本然の人間として復帰するには、原罪を取り除かなければならない。ところで、この原罪は、人間が、その真の父母として来られるメシヤによって重生されるのでなければ、取り除くことはできないのである。それゆえに、堕落した人間はサタン分立の路程を通して、アダムとエバが成長した基準、すなわち、長成期の完成級まで復帰した型を備えた基台の上でメシヤを迎え、重生することによって、アダムとエバの堕落以前の立場を復帰したのち、メシヤに従って更に成長し、そこで初めて創造目的を完成することができるのである。このように復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の摂理であるから、どこまでも原理によって摂理されなければならない。それゆえに、これを復帰原理というのである。我々はここにおいて、復帰摂理がどのようにして成就されるかということについて調べてみることにしよう。

(一)蕩減復帰原理


(1) 蕩 減 復 帰

蕩減復帰原理に関する問題を論ずる前に、我々はまず、人間がその堕落によって、神とサタンとの間において、どのような立場におかれるようになったかということを知らなければならない。元来、人間始祖が堕落しないで完成し、神と心情において一体となることができたならば、彼らは神のみに対して生活する立場におかれるはずであった。しかし、彼らは堕落してサタンと血縁関係を結んだので、一方ではまた、サタンとも対応しなければならない立場におかれるようになったのである。したがって堕落直後、まだ原罪だけがあり、他の善行も悪行も行わなかったアダムとエバは、神とも、またサタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。それゆえ、アダムとエバの子孫たちもまた、そのような中間位置におかれるようになったのである。したがって、堕落社会において、イエスを信じなかった人でも、良心的な生活をした人は、このような中間位置にいるわけであるから、サタンは彼を地獄に連れていくことはできない。しかし、いくら良心的な生活をした人でも、その人がイエスを信じない限りは、神もまた、彼を楽園に連れていくことはできないのである。それゆえにこのような霊人は、霊界に行っても、楽園でも地獄でもない中間霊界にとどまるようになるのである。
 それでは、このような中間位置にいる堕落人間を、神はどのようにしたらサタンから分立させることができるであろうか。サタンは元来、血統的な因縁をもって堕落した人間に対応しているのであるから、あくまでも人間自身が、神の前に出ることのできる一つの条件を立てない限り、無条件に彼を天の側に復帰させることはできないのである。一方においてサタンも、これまた人間の創造主が神であることを熟知しているので、堕落人間自身に再びサタンが侵入できる一つの条件が成立しない限りは、かかる人間を無条件に奪っていくことはできないのである。それゆえ、堕落人間は彼自身が善なる条件を立てたときには天の側に、悪なる条件を立てたときにはサタンの側に分立される。
 
アダムの家庭はこのような中間位置にいたので、神は彼らに供え物をささげるように命じられたのである。その理由は、神が彼らをして、供え物をそのみ意にかなうようにささげさせることによって、復帰摂理をなし得る立場に彼らを立たせようという目的があったからである。しかし、カインがアベルを殺害することによって、かえってサタンが彼らに侵入し得る条件が成立したのであった。神が堕落人間たちにイエスを送られたのも、彼らにイエスを信じさせて、天の側に立つようにさせるためであった。ところが、そのみ旨とは反対に、彼らがイエスを信じなかったので、当然そのままサタンの側にとどまらざるを得なかったのである。イエスが救い主であられると同時に、審判主でもあられる理由は実はここにある。
 それでは、「蕩減復帰」というのはどういう意味なのであろうか。どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失ったとき、それらを本来の位置と状態にまで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの条件を立てなければならない。このような条件を立てることを「蕩減」というのである。例を挙げれば、失った名誉、地位、健康などを原状どおりに回復させるためには、必ずそこに、その必要を埋める努力とか財力などの条件を立てなければならない。また、互いに愛しあっていた二人の人間が、何かのはずみで憎みあうようになったとすれば、このような状態から再び、互いに愛しあっていた元の状態に復帰するためには、彼らは必ず、お互いに謝罪しあうなどのある条件を立てなければならないのである。このように、堕落によって創造本然の位置と状態から離れるようになってしまった人間が、再びその本然の位置と状態を復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足るある条件を立てなければならない。堕落人間がこのような条件を立てて、創造本然の位置と状態へと再び戻っていくことを「蕩減復帰」といい、蕩減復帰のために立てる条件のことを「蕩減条件」というのである。そして、このように蕩減条件を立て、創造本然の人間に復帰していく摂理のことを「蕩減復帰摂理」というのである。
 それでは、蕩減条件はどの程度に立てなければならないのだろうか。この問いに対して、我々は次のような三つの種類のものを取りあげることができる。その第一は、同一のものをもって蕩減条件を立てることである。これは、失った本然の位置と状態と同一なる価値の条件を立てることによって、原状へと復帰することをいうのである。例えば、報償とか還償と呼ばれるものが、これに属する。
出エジプト記二一章23節から25節に、「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足……をもって償わなければならない」とあるみ言は、とりもなおさずこのような蕩減条件を立てることを意味するのである。
 
第二は、より小さいものをもって蕩減条件を立てる場合である。これは本然の位置と状態から失われたものよりも、もっと小さい価値の蕩減条件を立てることによって、原状へと復帰することを意味するのである。例を挙げれば、ある債務者が多額の負債を負っているとき、その債権者の好意によって、その中の一部の少額だけを返済することをもって、負債の全額を清算したと見なすことがある。このような場合が、すなわちこれに該当するのである。この原則によって、我々は十字架の代贖を「信ずる」というごく小さな蕩減条件を立てることにより、イエスと同一の死を経て再び生きたという条件を立てたと見なされて、救いの大いなる恩恵を受けるようになるのである。また、我々は数滴の水を頭の上から注がれ、洗礼を受けたという蕩減条件を立てることにより、イエスと聖霊によって重生したという立場を復帰することができるのである。このほかにも、聖餐式において一切れのパンと、一杯のぶどう酒をとるだけで、我々はイエスの聖体を食べたという、より大きな価値の恩恵を受けるのである。このような例は、みなこれに該当するということができる。
 第三には、より大きなものをもって蕩減条件を立てる場合である。これは、小さい価値をもって蕩減条件を立てるのに失敗したとき、それよりも大きな価値の蕩減条件を再び立てて、原状へと復帰する場合をいう。例えば、アブラハムは鳩と羊と雌牛とをささげる献祭において失敗をしたため、彼の蕩減条件は加重され、一人息子のイサクを供え物として、ささげるようになった。また、モーセのときには、イスラエル民族が四十日の偵察期間を、天のみ意にかなうように立てることができなかったために、その蕩減条件が加重され、彼らは一日を一年として計算した四十年間を、荒野において流浪しなければならなかったのである(民数一四・34)。
 
それではどうして、蕩減条件を再び立てるときには、より大きい条件を立てなければならないのであろうか。それは、ある摂理的中心人物が蕩減条件を再び立てるときには、彼が立てなければならない元々の蕩減条件と共に、彼以前の人物たちの失敗による蕩減条件までも付け加えて立てなければならないためである。
 
つぎに、我々が知らなければならないことは、蕩減条件をどのような方法で立てるかという問題である。どのようなものであっても、本来の位置と状態から離れた立場から原状へと復帰するためには、それらから離れるようになった経路と反対の経路をたどることによって蕩減条件を立てなければならない。例えば、イスラエルの選民たちは、イエスを憎んで、彼を十字架につけたために罰を受けるようになったが、彼らがそのような立場から再び救いを受けて、選民の立場を復帰するためには、以前とは反対にイエスを愛し、彼のために自ら十字架を負うてついていくというところまで進まなければならないのである(ルカ一四・27)。キリスト教が殉教の宗教となった原因は実はここにある。人間が神のみ旨に反して堕落することによって神を悲しませたのであるから、これを蕩減復帰するためには、これと反対に、我々が神のみ旨に従って実践することにより、創造本然の人間として復帰し、神を慰労してあげなければならないのである。初めのアダムが神に背くことによって、その子孫たちはサタンの側に属するようになってしまった。したがって、後のアダムとして来られるイエスが、人類をサタンの側より神の側へと復帰するためには、神から見捨てられる立場にあっても、なお自ら進んで神に侍り奉らなければならなかったのである。神が十字架にかけられたイエスを見捨てられたのは、このような理由に基づくものであった(マタイ二七・46)。このような角度から見れば、国家の刑法も、罪を犯した人間たちに罰を与え、その国家の安寧と秩序ととを原状どおりに維持するための蕩減条件を立てる、一つの方法であるということができるのである。
 それでは、このような蕩減条件はだれが立てなければならないのであろうか。既に、創造原理において明らかにしたように、人間はあくまでも自分の責任分担を全うすることによって完成し、天使までも主管しなければならなかったのである。しかし、人間始祖がその責任分担を全うすることができなかったために、逆にサタンの主管を受けなければならない立場に陥ってしまった。それゆえに、人間がサタンの主管を脱して、逆にサタンを主管し得る立場に復帰するためには、人間の責任分担としてそれに必要な蕩減条件を、あくまでも人間自身が立てなければならないのである。

(2) メシヤのための基台

メシヤは人類の真の父母として来られなければならない。彼が人類の真の父母として来られなければならない理由は、堕落した父母から生まれた人類を重生させ、その原罪を贖ってくださらなければならないからである(前編第七章第四節(一)(1))。したがって、堕落人間が創造本然の人間に復帰するためには、「メシヤのための基台」を完成した基台の上でメシヤを迎え、原罪を取り除かなければならない。
 
それでは、堕落人間が「メシヤのための基台」を造成するためには、いかなる蕩減条件を立てなければならないのであろうか。これを知るためには、元来アダムが、どのような経路によって創造目的を成就し得なくなったのであるかということを、まず知らなければならない。なぜなら蕩減条件は、本然の位置と状態を失うようになった経路と反対の経路をたどって立てなければならないからである。
 
アダムが創造目的を完成するためには、二つの条件を立てなければならなかった。その第一条件は「信仰基台」を造成することであったが、ここにおいては、もちろんアダムが「信仰基台」を造成する人物にならなければならなかったのである。その「信仰基台」を造成するための条件として、彼は善悪の果を食べてはならないと言われた神のみ言を守るべきであり、さらに、この信仰条件を立てて、その責任分担を完遂するところの成長期間を経なければならなかった。そうして、この成長期間は数によって決定づけられていくものであるがゆえに、結局この期間は、数を完成する期間であるということもできるのである。
 一方、アダムが創造目的を完成するために立てなければならなかった第二の条件は、彼が「実体基台」を造成することであった。アダムが神のみ言を信じ、それに従順に従って、その成長期間を完全に全うすることにより「信仰基台」を立てることができたならば、彼はその基台の上で神と一体となり、「実体基台」を造成することによって、創造本性を完成した、み言の「完成実体」となり得たはずであった(ヨハネ一・14)。アダムがこのような「完成実体」となったとき、初めて彼は、神の第一祝福であった個性完成者となることができたはずである。もし、アダムが堕落しなかったならば、彼は前述したとおりの経路によって創造目的を完成したはずであったから、堕落人間もまた「メシヤのための基台」を造成するためには、それと同じ経路をたどって、次に述べるような「信仰基台」を立て、その基台の上で、「実体基台」をつくらなければならないのである。
  

① 信仰基台

アダムは神のみ言を信じないで堕落してしまったので、「信仰基台」をつくることができなかった。したがって、彼はみ言の「完成実体」となることができなかったので、創造目的を達成することができなかったのである。それゆえに、堕落人間が創造目的を成就し得る基準を復帰するためには、まず初めに、人間始祖が立てることのできなかった、その「信仰基台」を蕩減復帰しなければならない。そしてその「信仰基台」を復帰するためには、次のような三種類の蕩減条件を立てなければならないのである。
 第一には、そのための「中心人物」がいなければならない。
アダムが「信仰基台」を立てる人物となることができずに堕落してしまったので、それ以後今日に至るまで、神は「信仰基台」を復帰し得る中心人物を探し求めてこられたのである。堕落したアダムの家庭において、カインとアベルをして供え物をささげるようにされたのも、このような中心人物を探し求めるためであったし、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、そして列王たちと洗礼ヨハネなどを召命されたのも、実は彼らをこのような中心人物として立てるためであった。
 
その第二は、そのための「条件物」を立てなければならないということである。アダムは「信仰基台」をつくるための条件として下さった神のみ言を信じなかったために、それを失ってしまった。このように、堕落した人間は、「信仰基台」を復帰するための神のみ言を、直接には受けられない位置にまで落ちてしまったので、そのみ言の代わりとなる条件物が必要となったのである。そして、堕落した人間は、万物よりも劣る立場におかれるようになったので(エレミヤ一七・9)、旧約以前の時代においては、供え物、あるいは、その供え物を代表する箱舟などの万物を条件物として立て、「信仰基台」をつくるようになったのである。それゆえに「信仰基台」は、人間の不信によってサタンの侵入を受けた万物を復帰する基台ともなるのである。そして、旧約時代においては律法のみ言、あるいはそれを代表する契約の箱、神殿、中心人物などが、この基台を造成するための条件物であった。また、新約時代においては福音のみ言、さらには、そのみ言の実体たるイエスが、「信仰基台」造成のための条件物であったのである。人間が堕落したのちにおけるこのような条件物は、人間の側から見れば、それは「信仰基台」を復帰するためのものであるが、神の側から見るときには、それはどこまでも所有を決定するためのものであったのである。
 
その第三は、そのために「数理的な蕩減期間」を、立てなければならないということである。それでは、この摂理的な数による蕩減期間がなぜ存在しなければならないのであるか、また、どのような摂理的な数の蕩減期間を立てなければならないかという問題は、便宜上、後編の第三章第二節(四)において詳しく取り扱うことにした。
  

② 実体基台

堕落人間が創造目的を完成するためには、「信仰基台」を復帰した基台の上で、過去に人間始祖が成就し得なかった「完成実体」を成就しなければならない。しかし、堕落人間は、どこまでもメシヤを通して原罪を取り除かなければ「完成実体」となることはできない。ところで堕落人間は、上述した「信仰基台」を蕩減復帰した基台の上で、「実体基台」を立てることによって成就される「メシヤのための基台」があって、初めてその上でメシヤを迎えることができるのである。堕落人間は、このようにしてメシヤを迎えて原罪を取り除き、人間始祖の堕落以前の立場に復帰したのちに、神の心情を中心としてメシヤと一体となり、人間始祖が堕落したため歩み得ず取り残された成長期間を、全部全うして初めて「完成実体」となることができるのである。一方、「実体基台」を立てる場合においても、堕落人間が立てなければならないある蕩減条件が必要である。それがすなわち、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」である。人間始祖は堕落して原罪をもつようになるに従って、創造本性を完成することができず、堕落性本性をもつようになった。ゆえに、堕落人間がメシヤを迎えて、原罪を取り除き、創造本性を復帰するための「実体基台」を立てるためには、まずその「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てなければならないのである。この条件をどのようにして立てるかということに関しては、後編第一章第一節(二)において論ずることにする。

(二)復帰摂理路程


(1) 復帰摂理路程の時代的段階

ここでは、アダム以後今日に至るまでの全歴史路程における、時代的段階について概観してみることにしよう。堕落人間をして、「メシヤのための基台」を立てるようにし、その基台の上でメシヤを迎えさせることにより、創造目的を完成しようとした神の摂理は、既にアダムの家庭から始められたのであった。しかし、カインがアベルを殺害することによって、その摂理の目的は挫折してしまい、その後十代を経て、その摂理の目的は、再びノアの家庭に譲り移されたのである。四十日の洪水をもって悪の世代を審判なさったのは、ノアの家庭を中心として「メシヤのための家庭的基台」を立てさせ、その基台の上にメシヤを送ることによって、復帰摂理を完遂させるためであった。しかし、ノアの次子ハムの堕落行為によって、ノアの家庭と箱舟を立てるために聖別した十代と四十日をサタンに奪われてしまった。しかし、これらを再び天の側に蕩減復帰する期間、すなわち四〇〇年を経たのち、摂理の目的は再びアブラハムに譲り移されたのである。それゆえに、もしアブラハムが「メシヤのための家庭的基台」を、み旨にかなうように立て得たならば、その基台を中心として「メシヤのための民族的基台」を造成して、その基台の上でメシヤを迎えるはずであった。しかるに、アブラハムが象徴献祭に失敗することにより、その目的は再び挫折してしまったのである。それゆえに、メシヤを迎えるための信仰の父を探し求めてきたアダム家庭からの二〇〇〇年の期間は、いったんサタンに奪われるほかはなかった。しかし、アブラハムがノアの立場と異なるのは、たとえ象徴献祭には失敗したとしても、イサク、ヤコブの三代にわたって延長しながら、「メシヤのための家庭的基台」を立てることにより、この基台を中心として、エジプトにおいて神の選民を生み殖やし、後日「メシヤのための基台」を民族的に広めることができたという事実にあるのである。アブラハムを信仰の父という理由はここにある。それゆえに、結果的に見れば、アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年の期間は、信仰の父であるアブラハム一人を立てて、将来、復帰摂理を始めることができるその基台をつくる期間であったということができる。復帰摂理のみ業(役事)が、アブラハムから始められたという理由はここにあるのである。
 アブラハムの象徴献祭の失敗によって、アダムからアブラハムに至るまでの二〇〇〇年の期間をサタンに奪われてしまったので、この期間を再び天の側に蕩減復帰する期間がなければならないのであるが、この期間がすなわちアブラハムからイエスが来られるときまでの二〇〇〇年期間であった。
もし、アブラハムが象徴献祭に失敗しなかったならば、その子孫たちによって立てられるはずの「メシヤのための民族的基台」の上にメシヤが来られたはずであったので、そのときに復帰摂理は成就されることになっていたのである。これと同じく、もしユダヤ民族が、イエスを信じかつ侍り奉って、彼を神の前に民族的な生きた供え物として、み旨にかなうように立てていたならば、そのときにおいても彼らが立てた「メシヤのための民族的基台」の上に来られたメシヤを中心として、復帰摂理は完成されることになっていたのである。
 しかし、アブラハムが象徴献祭に失敗したのと同様、ユダヤ人たちもイエスを十字架につけることによって、その民族的な献祭に失敗したために、アブラハム以後イエスまでの二〇〇〇年の期間は、再びサタンに奪われる結果となってしまった。ゆえに、サタンに奪われたこの二〇〇〇年期間を、再び天の側に蕩減復帰する二〇〇〇年の期間が必要となったのであるが、この期間がすなわち、イエス以後今日に至るまでの二〇〇〇年の期間だったのである。そして、この期間においては、イエスの十字架による復帰摂理によって、キリスト教信徒たちは「再臨主のための世界的基台」を立てなければならなかったのである。

(2) 復帰摂理路程の時代区分

① み言による摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、
人間がまだ復帰摂理のための神のみ言を直接受け得るような蕩減条件を立てることができない時代であった。それゆえに、この時代は堕落人間が供え物による蕩減条件を立てることによってのみ、次の時代に、み言による摂理をなすことができる基台を造成し得る時代であったので、この時代を「み言の基台摂理時代」という。
 (ロ) また、アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が蘇生級まで成長する時代であったので、この時代を「蘇生旧約時代」という。
(ハ) そして、イエスから再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が長成級まで成長する時代であったので、この時代を「長成新約時代」という。
(ニ) また、イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復帰摂理の完成のために下さる成約のみ言によって、人間の心霊と知能の程度が完成級まで成長する時代であるので、この時代を「完成成約時代」という。

② 復活摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、人間が献祭によって、将来、復活摂理をなし得る旧約時代のための基台をつくる時代であったので、この時代を「復活基台摂理時代」という。
(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、復活摂理の時代的恩恵と旧約のみ言によって、人間が霊形体級まで復活する時代であったので、この時代を「蘇生復活摂理時代」という。
(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、復活摂理の時代的恩恵と新約のみ言によって、人間が生命体級まで復活する時代であったので、この時代を「長成復活摂理時代」という。
(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、復活摂理の時代的恩恵と成約のみ言によって、人間が生霊体級まで完全復活する時代であるので、この時代を「完成復活摂理時代」という。

③ 信仰の期間を蕩減復帰する摂理から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、サタンに奪われたこの期間を、アブラハム一人を立てることによって、天のものとして蕩減復帰し得る、旧約時代のための基台をつくった時代であったので、この時代を「蕩減復帰基台摂理時代」という。
(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンに奪われたアダムからの二〇〇〇年期間を、イスラエル民族を中心として、再び天のものとして蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理時代」という。
(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、イエスが十字架で亡くなられることによって、サタンに奪われるようになった旧約時代の二〇〇〇年期間を、キリスト教信徒たちを中心として、天のものとして再蕩減復帰する時代であったので、この時代を「蕩減復帰摂理延長時代」という。
(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、サタンに奪われた復帰摂理の全路程を、天のものとして完全に蕩減復帰する時代であるので、この時代を「蕩減復帰摂理完成時代」という。

④ メシヤのための基台の範囲から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、献祭によってアブラハムの家庭一つを立てることにより、「メシヤのための家庭的基台」を造成した時代であったので、この時代を「メシヤのための家庭的基台摂理時代」という。
(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、旧約のみ言によってイスラエル民族を立てることにより、「メシヤのための民族的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための民族的基台摂理時代」という。
(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、新約のみ言によって、キリスト教信徒たちを世界的に探し求めて立てることにより、「メシヤのための世界的基台」を造成する時代であったので、この時代を「メシヤのための世界的基台摂理時代」という。
(ニ) イエス再臨以後の復帰摂理完成時代は、成約のみ言によって、天宙的な摂理をすることにより、「メシヤのための天宙的基台」を完成しなければならない時代であるので、この時代を「メシヤのための天宙的基台摂理完成時代」という。

⑤ 責任分担から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、次の旧約時代に、神の責任分担による摂理をなさるための基台を造成した時代であったので、この時代を「責任分担基台摂理時代」という。
(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、神が人間を創造された原理的な責任を負われて、自らサタンを屈伏する第一次の責任を担われ、預言者たちに対して蘇生的な復帰摂理を行われた時代であったので、この時代を「神の責任分担摂理時代」という。
(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、堕落の張本人であるアダムとエバの使命を、代わりに完成しなければならなかったイエスと聖霊とが、サタンを屈伏する第二次の責任を担われて、堕落人間に対し長成的な復帰摂理を行われる時代であるので、この時代を「イエスと聖霊の責任分担摂理時代」という。
(ニ) イエスの再臨以後の復帰摂理完成時代は、人間が本来、天使までも主管するようになっている創造原理に立脚して、地上と天上にいる聖徒たちが、堕落した天使であるサタンを屈伏する第三次の責任を担って復帰摂理を完成しなければならない時代であるので、この時代を「聖徒の責任分担摂理時代」という。

⑥ 摂理的同時性から見た時代区分

(イ) アダムからアブラハムまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、象徴的に立ててきた時代であったので、この時代を「象徴的同時性の時代」という。
(ロ) アブラハムからイエスまでの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、形象的に立ててきた時代であったので、この時代を「形象的同時性の時代」という。
(ハ) イエスからその再臨期までの二〇〇〇年期間は、「メシヤのための基台」を復帰する蕩減条件を、実体的に立ててきた時代であるので、この時代を「実体的同時性の時代」という。

(三)復帰摂理歴史と「私」


 「私」という個性体はどこまでも復帰摂理歴史の所産である。したがって、「私」はこの歴史が要求する目的を成就しなければならない「私」なのである。それゆえに「私」は歴史の目的の中に立たなければならないし、また、そのようになるためには、復帰摂理歴史が長い期間を通じて、縦的に要求してきた蕩減条件を、「私」自身を中心として、横的に立てなければならない。そうすることによって、初めて「私」は復帰摂理歴史が望む結実体として立つことができるのである。したがって、我々は今までの歴史路程において、復帰摂理の目的のために立てられた預言者や義人たちが達成することのできなかった時代的使命を、今この「私」を中心として、一代において横的に蕩減復帰しなければならないのである。そうでなければ、復帰摂理の目的を完成した個体として立つことはできない。我々がこのような歴史的勝利者となるためには、預言者、義人たちに対してこられた神の心情と、彼らを召命された神の根本的な目的、そして彼らに負わされた摂理的使命が、果たしてどのようなものであったかということを詳細に知らなければならないのである。しかし、堕落人間においては、自分一人でこのような立場に立ち得る人間は一人もいない。それゆえに、我々は、復帰摂理の完成者として来られる再臨主を通して、それらのことに関するすべてを知り、また彼を信じ、彼に侍り奉り、彼と一つになることによって、彼と共に、復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を横的に立て得た立場に立たなければならないのである。
 
このように、復帰摂理の目的を達成するために地上に来た先人たちが歩んだ道を、今日の我々は再び反復して歩まなければならないのである。そればかりでなく、我々は彼らがだれも歩み得ず、取り残した道までも、全部歩まなければならないのである。それゆえに、堕落人間は、復帰摂理の内容を知らなければ、決して命の道を歩むことはできない。我々が復帰原理を詳細に知らなければならない理由は、実はここにあるのである。

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復帰基台摂理時代

第一章 復帰基台摂理時代



第一節 アダムの家庭を中心とする復帰摂理

 堕落はたとえ人間自身の過ちから起きたものであるとしても、神がその堕落人間を救わなければならない理由については、既に前編第三章第二節(一)で論じた。ゆえに、「メシヤのための基台」を立てて、堕落人間を復帰なさろうとする摂理は、既にアダムの家庭から始まっていたのである。
 既に緒論で論じたように、アダムはサタンと血縁関係を結んだので、神とも対応でき、また、サタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。したがって、このような中間位置におかれた堕落人間を天の側に分立して、「メシヤのための基台」を造成するためには、堕落人間自身が何らかの蕩減条件を立てなければならない。
 ゆえに、アダムの家庭が「信仰基台」と「実体基台」とを復帰する蕩減条件を立てて、それによって「メシヤのための基台」をつくり、その上でメシヤを迎えるのでなければ、復帰摂理は成就できないのである。


(一)信仰基台


第一に、「信仰基台」を復帰するためには、それを蕩減復帰するための何らかの条件物がなければならない。もともと、アダムは「信仰基台」を立てるための条件として下さった神のみ言を、その不信仰のために失ってしまったのである。それゆえ、もはやみ言を神から直接受けることができない立場にまで(価値を失い)堕落してしまったアダムであったので、その「信仰基台」を復帰するためには、彼が信仰によって、そのみ言の代わりとなる何らかの条件物を、神のみ意にかなうように立てなければならなかったのである。アダムの家庭で立てなければならない、そのみ言の代わりの条件物とは、すなわち供え物であった。
 第二に、「信仰基台」を復帰するためには、その基台を復帰できる中心人物がいなければならない。
アダムの家庭における「信仰基台」を復帰すべき中心人物は、もちろんアダム自身であった。ゆえに、アダムが、当然供え物をささげるべきであり、彼がこの供え物を神のみ意にかなうようにささげるか否かによって、「信仰基台」の造成の可否が決定されるべきであったのである。
 しかし、聖書の記録を見ると、アダムが供え物をささげたとは書かれておらず、カインとアベルのときから供え物をささげたとなっている。その理由はどこにあったのであろうか。創造原理によれば、人間は本来、一人の主人にのみ対応するように創造された。それゆえ、二人の主人に対応する立場に立っている存在を相手にして、創造原理的な摂理を行うことはできない。もし神が、アダムとその供え物に対応しようとすれば、サタンもまた、アダムと血縁関係があるのを条件として、アダムと対応しようとするのはいうまでもないことである。そうなると結局アダムは、神とサタンという二人の主人に対応するという非原理的な立場に立つようになる。神はこのような非原理的な摂理をなさることはできないので、善悪二つの性品の母体となったアダムを、善性品的な存在と悪性品的な存在との二つに分立する摂理をなさらなければならなかったのである。このような目的のために、神はアダムの二人の子を、各々善悪二つの表示体として分立されたのち、彼らに、神かサタンかのどちらか一方だけが各々対応することのできる、すなわち、一人の主人とのみ相対する、原理的な立場に立ててから、各自供え物をささげるように仕向けられたのである。
 
それでは、カインとアベルは、どちらも同じアダムの子であるが、そのうちだれを善の表示体として神と対応し得る立場に立て、また、だれを悪の表示体としてサタンと対応し得る立場に立てるべきであったのだろうか。第一に、カインとアベルは、共にエバの堕落の実であった。したがって、堕落の母体であるエバの堕落の経路によって、そのいずれかを決定しなければならなかったのである。ところでエバの堕落は、二つの不倫な愛の行動によって成立した。すなわち、最初は天使長との愛による霊的堕落であり、二番目はアダムとの愛による肉的堕落であった。もちろんこれらは、どちらも同じ堕落行為には違いない。しかし、この二つの中でいずれがより原理的であり、より許し得る行為であるかといえば、最初の愛による堕落行為よりも二番目の愛による堕落行為であると見なければならない。なぜなら、最初の堕落行為は、神と同じように目が開けるようになりたいと願う、すなわち、時ならぬ時に時のことを望む過分な欲望が動機となり(創三・5)、非原理的な相対である天使長と関係を結んだことから生じたものであるのに対して、二番目の堕落行為は、最初の行為が不倫なものであったことを悟って、再び神の側に戻りたいと願う心情が動機となって、ただ、まだ神が許諾し得ない、時ならぬ時に、原理的な相対であるアダムと関係を結んだことから起こったものだからである(前編第二章第二節(二))。
 ところで、カインとアベルは、どちらもエバの不倫の愛の実である。したがって、エバを中心として結んだ二つの型の不倫な愛の行為を条件として、それぞれの立場を二個体に分けもたすべくカインとアベルを、各々異なる二つの表示的立場に立てるよりほかに摂理のしようがなかったのである。すなわち、カインは愛の初めの実であるので、その最初のつまずきであった天使長との愛による堕落行為を表徴する悪の表示体として、サタンと相対する立場に立てられたのであり、アベルは愛の二番目の実であるがゆえに、その二番目の過ちであったアダムとの愛による堕落行為を表徴する善の表示体として、神と対応することができる立場に立てられたのである。
 
第二に、神が創造された原理の世界を、サタンが先に占有したので、神に先立って、サタンが先に非原理的な立場からその原理型の世界をつくっていくようになった。そうして、元来、神は長子を立てて、長子にその嗣 業 を継承させようとなさった原理的な基準があるので、サタンも、二番目のものよりも、最初のものに対する未練が一層大きかった。また事実サタンは、そのとき、既に被造世界を占有する立場にあったので、未練の一層大きかった長子カインを先に取ろうとした。したがって、神はサタンが未練をもって対応するカインよりも、アベルと対応することを選び給うたのである。
 これに対する実例を聖書の中から探してみることにしよう。神はカインに向かって、「正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています」(創四・7
)と言われた。これから見て、カインはサタンと相対する立場に立たされたという事実を知ることができる。イスラエル民族がエジプトを去るとき、エジプトの民のみならず、家畜に至るまで、初子をことごとく撃った(出エ一二・29)。これは、それらがみなカインの立場として、サタンの対象であったからである。また、イスラエル民族がカナンの地に復帰したとき、次子アベルの立場であったレビびとの子孫のみが契約の箱を担いでいった(申命三一・25)。創世記二五章23節を見れば、神はまだ生まれる以前の母の腹の中にいる胎児のときから長子エサウを憎み、次子ヤコブを愛したという記録がある。これは、長子、次子という名分だけで、彼らは、既に各々カインとアベルの立場にあったからである。ヤコブが彼の孫エフライムとマナセを同時に祝福するときに、次子エフライムを優先的に祝福するために手を交差して祝福したのも(創四八・14)、これまたエフライムがアベルの立場にあったからである。このような原理によって、神とサタンを各々一人の主人として対応できる位置にアベルとカインを立てておいて、供え物をささげるようにされた(創四・3~5)のである。
 そうして、神はアベルの供え物は受けられ、カインの供え物は受けられなかったが、その理由はどこにあったのだろうか。
アベルは神が取ることのできる相対的な立場で、信仰によって神のみ意にかなうように供え物をささげたから(ヘブル一一・4)、神はそれを受けられた(創四・4)。このようにして、アダムの家庭が立てるべき「信仰基台」がつくられるようになったのである。これは、たとえ堕落人間であっても、神が取ることのできる何らかの条件さえ成立すれば、神はそれを受け入れられるということを教示なさるためでもあった。そして、神がカインの供え物を受けられなかったのは、カインが憎いからではなかったのである。ただ、カインはサタンが取ることのできる相対的な立場に立てられていたので、神がその供え物を取ることができるような何らかの条件をカイン自身が立てない限りは、神はそれを取ることができなかったからである。神はこれによって、サタンと相対する立場にいる人間が、神の側に復帰するには、必ずその人自身が何らかの蕩減条件を立てなければならないことを教示されたのである。それではカインは、どのような蕩減条件を立てなければならなかったのであろうか。それは正に、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」であったが、これに関しては、次項で詳しく解明することにしよう。


(二)実体基台


アダムの家庭において「実体基台」がつくられるためには、カインが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることにより、神がその献祭を喜んで受け得るような条件を立てるべきだったのである。では、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」は、どのようにして立てるべきであったろうか。人間始祖は、天使長によって堕落し、それから堕落性を継承するようになったので、堕落人間がその堕落性を脱ぐためには、蕩減復帰原理により、次に記録されているように、その堕落性本性をもつようになった経路と反対の経路をたどることによって、蕩減条件を立てなければならなかったのである。
 天使長が、神の愛をより多く受けていたアダムを愛することができなかったことによって堕落したので、「神と同じ立場をとれない堕落性」が生じた。それゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを愛して、神の立場にあるのと同じ立場をとるべきであったのである。
 第二に、天使長が、神にもっと近かったアダムを仲保に立て、彼を通じて神の愛を受けようとはせず、かえってアダムの位置を奪おうとして堕落してしまったので、「自己の位置を離れる堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを仲保として、彼を通じて神の愛を受ける立場をとることにより、自分の位置を守るべきであったのである。
 
第三に、天使長は自分を主管すべくつくられた人間、すなわちエバとアダムを逆に主管して堕落したので、「主管性を転倒する堕落性」が生じた。したがって、人間がこの堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルに従順に屈伏して、彼の主管を受ける立場に立つことによって、主管性を正しく立てるべきであったのである。
 
最後に、善悪の果を取って食べるなという善のみ言を、神はアダムに伝え、アダムはこれをエバに伝え、エバは天使長に伝えて、善を繁殖すべきであった。しかるにこれとは反対に、天使長は取って食べてもよいという不義の言葉をエバに伝え、エバはそれをアダムに伝えて堕落したので、「罪を繁殖する堕落性」が生じた。ゆえに、この堕落性を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインが、自分よりも神の前に近く立っているアベルの相対となる立場をとり、アベルから善のみ言を伝え受けて、善を繁殖する立場に立つべきであったのである。
 
我々は、ここにおいて、カインとアベルの献祭に相通ずるいくつかの実例を挙げてみよう。我々の個体の場合を考えてみると、善を指向する心(ロマ七・22)はアベルの立場であり、罪の律法に仕える体(ロマ七・25)はカインの立場である。したがって、体は心の命令に従順に屈伏しなければ、私たちの個体は善化されない。しかし、実際には体が心の命令に反逆して、ちょうどカインがアベルを殺したような立場を反復するので、我々の個体は悪化されるのである。したがって、修道の生活は、ちょうどアベルにカインが順応しなければならないのと同様に、天のみ旨を指向する心の命令に体を順応させる生活であるともいえる。また人間は堕落して、万物よりも劣った(エレミヤ一七・9)立場にまで落ちたので、万物をアベルの立場に立てて、それを通してのみ神の前に出ることができたのであるが、これがすなわち献祭である。人間が常に立派な指導者や親友を探し求めようとするのは、結果的に見るならば、より天の側に近いアベル型の存在を求めて彼と一体化し、天の側に近く立とうとする天心から起こる行為である。また、謙遜と柔和が、キリスト教信仰の綱領となっているのは、日常生活の中で、自分も知らずにアベル型の人物に会って、彼を通じて天の前に立つことができる位置を確保するためである。個人から家庭、社会、民族、国家、世界に至るまで、そこには必ず、カインとアベルの二つの型の存在がある。それゆえに、このようなすべてのものを、創造本然の立場に復帰するためには、必ずカイン型の存在がアベル型の存在に従順に屈伏しなければならないのである。イエスは、全人類がその前に従順に屈伏しなければならないアベル的な存在として、この世に来られたお方である。したがって、彼によらなくては、天国に入る者がないのである(ヨハネ一四・6)。
 
もし、アダムの家庭で、カインがアベルに従順に屈伏することによって「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てたならば、彼らは既につくられた「信仰基台」の上に「実体基台」を立て、この二つの基台によってつくられる「メシヤのための家庭的基台」の上でメシヤを迎え、創造本然の四位基台を復帰したはずであった。しかるに、カインがアベルを殺害することによって、天使長が人間を堕落せしめた堕落性本性を反復するようになり、アダムの家庭が立てるべきであった「実体基台」は立てられなかった。したがって、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成し遂げられなかったのである。


(三)アダムの家庭におけるメシヤのための基台とその喪失


「メシヤのための基台」は、「信仰基台」を蕩減復帰した基台の上で、「実体基台」を立てることによってつくられる。そして、献祭という観点から見れば、「信仰基台」は、「象徴献祭」を神のみ意にかなうようにささげることによって復帰され、「実体基台」は「実体献祭」を神のみ意にかなうようにささげることによってつくられるとも見ることができる。それでは、「象徴献祭」および「実体献祭」の意義とその目的は果たして何であるかということについて調べてみることにしよう。
 
神の創造目的である三大祝福は、まずアダムとエバが各々個性を完成して夫婦とならなければならないということであり、つぎに、子女を殖やして家庭をつくり、更に進んで彼らが万物を主管することによって成就されるようになっていた。しかし、堕落によってその三大祝福は達成されなかったので、これを復帰するためには、それと反対の経路に従って、まず、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てることができる「象徴献祭」をささげて、「信仰基台」を立てなければならない。つぎには、子女を復帰して、その上に、父母を復帰するための蕩減条件を、同時に立てることができる「実体献祭」をささげて、「実体基台」をつくって、「メシヤのための基台」を造成しなければならない。ゆえに、我々は「象徴献祭」の意義とその目的を二つに分けて考えることができる。既に、堕落論で述べたように、サタンが堕落人間を主管することによって、彼は人間が主管すべき万物世界までも主管するようになったのである。聖書に、万物が嘆息すると記録されている原因はここにある(ロマ八・22)。それゆえに、万物をもって「象徴献祭」をささげる第一の目的は、神の象徴的実体対象である万物を復帰するための蕩減条件を立てるところにある。
 
そして人間は、堕落によって、万物よりも偽り多い、低い存在にまで落ちたので(エレミヤ一七・9)、このような人間が、神の前に出るためには、創造原理的な秩序に従って、自分よりも神の方に一層近い存在である万物を通じなければならない。したがって、「象徴献祭」をささげる第二の目的は、実体人間を神の方に復帰するための、象徴的な蕩減条件を立てようとするところにある。
 
つぎに「実体献祭」は、あくまでも内的な献祭であるので、万物と人間の創造の順序がそうであったように、外的な「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげた基台の上でのみ成就されるようになっている。ゆえに、「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげて、万物を復帰するための蕩減条件と、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを同時に立てたのちに、この基台の上で、再び、人間を実体的に復帰するための蕩減条件として、「実体献祭」をささげなければならないのである。「実体献祭」は、実体人間を復帰するために、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることを意味する。そして、カイン的な存在がアベル的な存在を実体として献祭し、子女を復帰するための蕩減条件を立てるようになれば、それがとりもなおさず、次に解明されているように、父母を復帰するための蕩減条件ともなるので、「実体献祭」はみ意にかなう献祭となるのである。
 
アダムの家庭が「メシヤのための基台」をつくるためには、アダム自身がまず「象徴献祭」をして、「信仰基台」を立てなければならなかった。それにもかかわらず、既に述べたように、アダムが献祭をなし得なかった理由は、アダムが献祭をすれば、その供え物には、神とサタンという二人の主人が対応するようになり、非原理的立場に立つようになるからである。なお、そのほかにも、ここには心情的な面におけるいま一つの理由があった。堕落したアダムは、事実上、神の心情に対して千秋万代にわたって消えることのない深い悲しみを刻みこんだ罪悪の張本人であった。それゆえに、彼は、神が直接に対応して復帰摂理をされる心情的な対象となることができなかったのである。
 
したがって、神はアダムの代わりに、彼の次子アベルを立てて、「象徴献祭」をささげるようにされた。このようにして、まず、万物を復帰するための蕩減条件と、さらに人間を復帰するための象徴的な蕩減条件とを、同時に立てたその基台の上で、カインとアベルが「実体献祭」として子女を復帰するための蕩減条件を立てたならば、父母の立場にあるアダムはその「実体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」は、そのときつくられたはずであった。
 ところで「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることによって、「実体献祭」をするためには、その献祭の中心人物が決定されなければならない。ゆえに、アベルの「象徴献祭」には、アダムの代わりに「信仰基台」を立てるためと、アベルを「実体献祭」の中心人物に決定するためという、二つの目的があったことを知らなければならない。
 「堕落性を脱ぐための蕩減条件」はカインが代表して立てなければならないのであるが、これが、いかなるわけで、アダムの家庭全体が立てたのと同じ結果になるかということを我々は知らなければならない。
それは、ちょうど人間始祖が神のみ言に従えば神のみ旨が成就されたはずであり、またユダヤ人たちがイエスを信じたならばイエスの目的が達成されたはずであるのと同様、カインがアベルに従順に屈伏して「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることによって、カインとアベルが、共に子女として「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を成し遂げた立場に立ち得たはずであった。また、カインとアベルは、善悪の母体であるアダムを分立した存在であったので、彼らが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立ててサタンを分立したならば、その父母であるアダムはサタンを分立した立場に立つことができるので、その子女たちよりも先に「実体基台」の上に立つようになり、「メシヤのための基台」をつくったはずなのである。このように、父母を復帰するための蕩減条件は、「象徴献祭」と「実体献祭」とによって立てることができるのである。
 
そうして、アベルがみ意にかなう献祭をささげることによって、アダムを中心とする「信仰基台」を蕩減復帰する条件と、「実体献祭」をささげる中心人物としてのアベルの立場が立てられたのであった。しかし、カインがアベルを殺したので、彼らは天使長がエバを堕落させたのと同じ立場に再び立つようになった。そのため「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられなくなり、「実体献祭」に失敗したので、「実体基台」をつくることができず、したがって、「メシヤのための基台」も造成することができなかったので、アダムの家庭を中心とする復帰摂理の完成は失敗に帰したのであった。


(四)アダムの家庭が見せてくれた教訓


アダムの家庭を中心とする復帰摂理の失敗は、結果的に見て、まず第一に、み旨成就に対する神の予定と人間の責任分担に対して、神がどのような態度をとられるかを見せてくれた。元来、み旨成就に対する神の予定は、必ず、神の責任分担と人間の責任分担とが合わさり一つになって初めて完成できるようになっている。それゆえに、カインがアベルを通して献祭するということは、彼らの責任分担に当たるものであって、神は彼らに、どのように献祭すべきかという点に関しては教示なさることができなかったのである。
 
第二に、カインがアベルを殺したが、その後、神はアベルの身代わりとしてセツを立て、新たな摂理をなさることによって、み旨に対する神の予定は絶対的であり、人間に対するその予定は相対的であることを見せてくださった。神はその責任分担に対して、アベルが自分自身の責任分担を完遂して、初めて彼が「実体献祭」の中心人物となるように予定されたのである。ゆえに、アベルがその責任分担を完遂できない立場に立ちいたったとき、神は、彼の身代わりとしてセツを立てて、絶対的なものとして予定されているみ旨を、引き続き摂理していかれたのである。
 第三には、カインとアベルの献祭で、堕落人間は常にアベル的な存在を求め、彼に従順に屈伏することによって、初めて天が要求するみ旨を、自分も知らないうちに成し遂げていくということを見せてくださった。
 
また、アダムの家庭を中心として完成させようとした摂理と同一の摂理が、人間の不信によって、その後も引き続き反復されてきた。したがってこの路程は、今日の私たち自身も歩まねばならない蕩減路程として、そのまま残されている。それゆえ、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は、今日の我々にとっても、典型的な生きた教訓となるのである。


第二節 ノアの家庭を中心とする復帰摂理

 カインがアベルを殺害したため、アダムの家庭を中心とする復帰摂理は成就されなかった。しかし、創造目的を完成させようとする神のみ旨は変更することができず、したがって絶対的なものとして予定し摂理なさるので、神はアベルが天に対して忠誠を尽くした、その心情の基台の上に、その身代わりとしてセツを立てられたのである(創四・25)。そうして、その子孫からノアの家庭を選んでアダムの家庭の身代わりとして立て、新たな復帰摂理をなさったのである。
 
創世記六章13節に、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう」と言われたとおり、洪水審判をされたのを見ると、そのときも終末であったことが明らかに分かる。なぜなら、洪水審判後にノアの家庭を基盤としてメシヤを遣わし、創造目的を完成させようとなさったからである。ゆえに、ノアの家庭も、まず「信仰基台」を復帰する蕩減条件を立て、その基台の上に、「実体基台」を復帰する蕩減条件を立てることによって、アダムの家庭が復帰できなかった「メシヤのための基台」を蕩減復帰しなければならなかったのである。


(一)信仰基台

(1) 信仰基台を復帰する中心人物

 ノアの家庭を中心とする復帰摂理において、「信仰基台」を復帰すべき中心人物はノアであった。ゆえに、神はアダムによって成し遂げようとして、成し遂げることのできなかったみ旨を、身代わりとして成就せしめるために、アダムから一六〇〇年を経て、十代目にノアを召命されたのであった。それゆえに、神は既にアダムに祝福された(創一・28)のと同じく、ノアに対しても、「生めよ、ふえよ」と祝福されたのである(創九・7)。このような意味において、ノアは第二の人間始祖となるのである。
 ノアは、世が神の前に乱れて、暴虐が地に満ちたとき呼ばれ(創六・11
)、一二〇年間あらゆる罵倒と嘲笑を受けながらも、神の命令だけには絶対に服従して、平地ならばともかく、山の頂上に箱舟をつくったのである。それゆえに、神はこれを条件として、ノアの家庭を中心とする洪水審判を敢行なさることができたのである。このような意味において、ノアは第一の信仰の祖である。我々はアブラハムを信仰の祖と思っているが、元来は、ノアがその栄を担うべきであったのである。けれども、次に記録されているように、彼の子ハムの犯罪により、ノアの信仰の祖としての使命は、アブラハムに移されたのであった。
 アダムは「信仰基台」を復帰すべき中心人物であったにもかかわらず、既に説明したような理由によって、自分では直接献祭することができなかった。しかし、ノアは、既にアベルが「象徴献祭」を神のみ意にかなうようにささげて、天に対し忠誠を尽くした、その心情の基台の上で呼ばれたのであるし、また、彼は血統的に見ても、アベルの身代わりとして選ばれたセツ(創四・25)の子孫であり、そればかりでなく、ノア自身も、神の目から見て義人であったので(創六・9)、彼は自ら箱舟をつくることによって、直接、神に「象徴献祭」をささげることができたのである。

(2) 信仰基台を復帰するための条件物

 ノアが「信仰基台」を復帰するための条件物は、箱舟であった。それでは、その箱舟の意義はどのようなものであったのだろうか。ノアがアダムの身代わりとして、第二の人間始祖の立場に立つためには、アダムの堕落によってサタンの側に奪われた天宙を、蕩減復帰するための条件を立てなければならない。したがって、新天宙を象徴する何らかの条件物を供え物として、神の前にみ意にかなうようにささげなければならなかったのである。このような条件物として立てられたのが、すなわち箱舟であった。
 
箱舟は三層に分けてつくられたが、その理由は、三段階の成長過程を通して創造された天宙を象徴するためであった。また、箱舟に入ったノアの家族が八人であったのは、ノアがアダムの身代わりの立場であったので、既にサタンの側に奪われたアダムの家族の八人家族を蕩減復帰するためであった。箱舟は天宙を象徴するので、その中に主人として入ったノアは神を象徴し、彼の家族は全人類を象徴し、その中に入っている動物は、万物世界全体を象徴したのであった。
 
このように、箱舟が完成されたのちに、神は四十日間の洪水審判をなさったが、この審判の目的は何であったのだろうか。創造原理によれば、人間は一人の主人に対応するように創造されたので、淫乱に陥って、既にサタンと対応している人類を、神がもう一人の主人の立場で対応して、非原理的な摂理をなさることはできなかった。ゆえに、神だけが対応して摂理することのできる対象を立てるために、サタンの相対となっている全人類を滅ぼす洪水審判の摂理をなさったのである。それでは、審判期間を四十日と定められた理由は、どこにあったのだろうか。後編第三章第二節で論述するように、十数は帰一数である。ゆえに、神がアダム以後十代目にノアを選び立てた目的は、アダムを中心として完成できなかったみ旨を、ノアを中心に蕩減復帰して、神の方へ再び帰一させるための、十数復帰の蕩減期間を立てようとなさったところにあったのである。ゆえに、神は四位基台の目的を完成するために、四数を復帰する蕩減期間として、各代を立てる摂理を、ノアに至るまで十代にわたって続けてこられたのである。したがって、アダムからノアまでの期間は、四十数を復帰するための蕩減期間であった。しかし、当時の人間たちの淫乱によって、この四十数蕩減期間がサタンの侵入を受けたので、神はノアの箱舟を中心として、四位基台を完成する摂理を再びなさるため、サタンの侵入を受けたこの四十数を復帰する蕩減期間として、四十日審判期間を立てて、「信仰基台」を復帰しようとされたのである。
 
このようにして、四十数は、その後の蕩減復帰摂理路程において、「信仰基台」を復帰するためのサタン分立数として必要になった。その例を挙げれば、ノア審判四十日をはじめとして、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、イスラエル民族のエジプト苦役四〇〇年、モーセの二度にわたる断食祈祷四十日、カナン偵察期間四十日、イスラエル民族の荒野流浪四十年、サウル王、ダビデ王、ソロモン王の在位期間各々四十年、エリヤ断食四十日、ニネベ滅亡に関するヨナの預言四十日、イエスの断食祈祷四十日と復活期間四十日などは、みなサタンを分立する蕩減期間であったのである。
 
また、聖書を見れば、その審判が終わろうとするとき、ノアが箱舟からからすと鳩とを放ったという記録があるが、これを通して、神が将来どのような摂理をなさることを予示されたかを調べてみることにしよう。なぜなら、アモス書三章7節を見ると、「主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と言われているからである。箱舟を神のみ意にかなうように立てることによって、天宙を復帰するための蕩減条件を立てる審判四十日期間は、天地創造の理想が実現されるまでの混沌期間(創一・2)に該当する期間であった。したがって、 四十日が終わるときに、箱舟を中心として見せてくださった行事は、神が天地創造を完了されたあとの全歴史路程を象徴的に表示されたものなのである。
 
それでは、からすを箱舟から放って、水が乾ききるまで飛びまわらせたのは(創八・6、7)、いったい何を予示しようとされたものであろうか。これはあたかも、人間の創造直後に、天使長がエバの愛を犯そうとし、また、カインとアベルが献祭するときにも、サタンが彼らに侵入する機会を待ち伏せていたのと同様に(創四・7)、洪水審判が終わろうとするときにも、サタンが、ノアの家庭に何か侵入する条件がないかとねらっていたということを、からすがどこかとどまる所はないかと、水の上を迷って飛びまわる様子でもって表示されたのである。
 つぎに、ノアが鳩を箱舟の外に三度放ったというのは、何を予示されたのだろうか。
聖書には、水が引いたかどうかを見ようとして、鳩を放ったと記録されている。しかし、単に、それだけのことが目的であったならば、鳩を出さずに、窓から直接外を見ても分かるはずである。たとえ窓が全部閉ざされていたとしても、鳩を外に出したその穴からでも、十分外を見ることができたはずなのである。ゆえに、鳩を放った目的は、水が減るのを見ることよりも、もっと重要なところにあったのではないかと推察される。そこで今、我々はここに隠されている神の摂理の意義は、いったい何であるかということを知らねばならない。神がノアを通して、洪水審判をなさることを宣布されて七日後に(創七・10)洪水が始まり、四十日審判期間が過ぎたのち、最初の鳩が放たれた。ところが、この鳩は水の上をあちらこちら飛びまわっていたが、足の裏をとどめる所が見つからなかったので、再び箱舟に帰ってきた。そこで、ノアはこれを捕らえ、箱舟の中の彼のもとに引き入れたと記録されている(創八・9)。この最初の鳩は、初めのアダムを象徴しているのである。したがって、このみ言は創世前から神のうちにあったその創造理想が、アダムという完成実体となって実現されることを願って、彼を地上に創造されたが、しかし、彼が堕落したので、彼を中心としては、地上にその創造理想を実現できなくなり、神はやむを得ず、そのみ旨成就を後日に回して、その理想をいったん、地上から取り戻されたということを意味するものである。
 
そのつぎに、七日を経て、ノアは再び鳩を放った。けれども、そのときにも、やはり水が乾ききっていなかったので、地上にとどまることはできなかったが、しかし、その次にはとどまることができるという表示として、オリーブの若葉を口にくわえて、再び箱舟に帰ってきたのである(創八・10、11)。二番目に放ったこの鳩は、創造理想の「完成実体」として再び来られる、第二のアダムであるイエスを象徴したのである。したがって、このみ言は、イエスが復帰摂理を完成なさるためにこの地上に来られるが、もし、ユダヤ人たちが不信仰に陥るならば、彼は地上にとどまることができなくなり、そのみ旨を完全に完遂することができないために、やむを得ず、彼は再臨することを約束して十字架につけられ、再び神の前に戻るようになることを予示されたのである。もちろんこの予示は両面の意味を含んでいる。もしそのとき、地上の水が乾ききっていて、鳩が地にとどまり、食物を求めることができたならば、鳩は決して箱舟には戻らなかったはずである。しかし、水が引かなかったために箱舟に再び戻ったように、将来、ユダヤ民族がイエスをよく信じ、よく従えば、彼は決して途中で死ぬことなく、地上天国を実現するであろうが、万一彼らが不信仰に陥れば、イエスはやむなく十字架にかかって死なれ、再臨せざるを得なくなることを、あらかじめ見せてくださったのである。
 
その後、更に七日待って、ノアは、三番目の鳩を放った。しかるに、このときは、既に水が乾いていたので、再び鳩は箱舟に帰ってこなかったと記録されている(創八・12)。この三番目の鳩は、第三のアダムとして来られる再臨主を象徴するのである。したがって、このみ言は、イエスが再臨なさるときには、必ず、神の創造理想を地上に実現できるようになり、決してその理想が地上から取り除かれることはないということを見せてくださったのである。第三の鳩が戻らなかったとき、ノアは初めて箱舟から地に下りて、新天地を迎えた。これは、第三のアダムによって、創造理想が地上で完成するとき、初めて、黙示録二一章1節以下のみ言どおり、新しいエルサレムが天から下り、神の幕屋が、人と共にあるようになることを予示されたのである。
 
この鳩を三度放った実例から、予定論で明らかにしたように、神の復帰摂理は、その摂理の対象である人間がそれ自身の責任分担を完遂しないならば、必ず、延長されるということを見せてくださったのである。また、アダムの不信仰により、自分自身の責任を果たさなかったので、イエスが後のアダムとして降臨されなければならないということ、もし、ユダヤ人たちが不信仰に陥って、彼らの責任を果たさないならば、やむを得ずイエスは十字架で死なれて、第三のアダムとして再臨されなければならないことを予示なさったのである。そして、ここに記録されている七日という期間は、天地を創造なさるときに七日で象徴される期間があったように、それを再び立てるときにおいても、摂理的なある期間が過ぎたのちでなければ、メシヤの降臨はないということを見せてくださったのである。
 
このように、ノアの家庭は、審判四十日で「信仰基台」を復帰するための条件物である箱舟を、神のみ意にかなうようにささげ、この基台を蕩減復帰することができたのである。


(二)実体基台


ノアは、箱舟を神のみ旨にかなう供え物としてささげ、「象徴献祭」に成功することによって「信仰基台」を蕩減復帰した。これによってノアは万物を復帰するための蕩減条件を立てると同時に、人間を復帰するための象徴的な蕩減条件をも立てたのである。この基台の上で、ノアの子セムとハムとが、各々カインとアベルの立場から、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、「実体献祭」に成功すれば、「実体基台」が成就されるようになっていた。
 
ノアが「象徴献祭」に成功したのち、この家庭の「実体献祭」がみ意にかなうようにささげられるためには、まず、「実体献祭」の中心となるべき次子ハムが、アダムの家庭の「実体献祭」の中心であった次子アベルの立場を、復帰しなければならなかった。アダムのときには、アベル自身が、アダムの代わりに「象徴献祭」をささげたので、アベルがその献祭に成功することによって、「信仰基台」を蕩減復帰すると同時に、「実体献祭」の中心となることも、また、決定されたのである。しかし、ノアのときにはハムではなく、ノア自身が「象徴献祭」をささげたので、ハムが「象徴献祭」に成功したアベルの立場に立つためには、「象徴献祭」に成功したノアと、心情的に一体不可分の立場に立たなければならなかったのである。それでは、我々はここで、神がハムをしてノアと心情的に一体となる立場に立たせるために、いかなる摂理をなさったかを調べてみることにしよう。
 創世記九章20節から26節までの記録を見れば、ハムは自分の父親ノアが天幕の中で裸になって寝ているのを発見し、それを恥ずかしく思ったばかりでなく、善くないことと考え、彼の兄弟セムとヤペテとが恥ずかしい気持ちに陥るように扇動した。このとき、彼らもハムの扇動に雷同して、その父親の裸体を恥ずかしく思い、後ろ向きに歩み寄って、父の裸を着物で覆い、顔を背けて父の裸を見なかった。ところが、これが罪となり、ノアはハムを呪って、その兄弟の僕となるであろうと言ったのである。
 
それでは、神はどうしてこのような摂理をされ、また、裸を恥ずかしく思ったのがなぜ罪となったのであろうか。その内容を知るために、我々はまず、どのようなことをすれば罪になるかという問題から調べてみることにしよう。(罪とは神から離れて、サタンと相対基準を結ぶ条件を成立させることをいうが)サタンも、ある対象を立ててそれと相対基準を造成し、授受の関係を結ばなければ、その存在、および活動の力を発揮することができない。ゆえに、いかなる存在でも、サタンが侵入できる条件が成立し、サタンの相対となって、サタンが活動できるようになったときに、そこで罪が成立するのである。
 
次に知らなければならないことは、神はどうしてノアを裸にしてハムを試練なさったのかということである。箱舟は天宙を象徴するものであるから、審判四十日で箱舟を神のみ旨の中で立てた直後に生じたすべての事実は、天宙創造以後に生ずるすべての事実を象徴したものであるということは、既に論述したとおりである。それゆえに、四十日審判が終わった直後のノアの立場は、天地創造後のアダムの立場と同様なのである。
 創造された
アダムとエバが、お互いにどれほど親しくまた近い間柄であったか、また、どれほど神に対しても、その前で隠し立て一つしない、水入らずの関係であったかということは創世記二章25節に、彼らはお互いに裸であっても、恥ずかしいとは思わなかったと記録されている事実から推察してみても、十分に理解できるのである。しかし、彼らは堕落したのち、自ら下部を恥ずかしく思って木の葉で腰を覆い、また、神に見られるのを恐れて、木の間に身を隠した(創三・7、8)。それゆえに、彼らが下部を恥ずかしく思ったという行為は、下部で罪を犯し、サタンと血縁関係を結んだという情念の表示であり、下部を覆って隠れたという行動は、サタンと血縁関係を結んでしまったので、神の前にあからさまに出ることを恐れた犯罪意識の表現であったのである。
 四十日審判によりサタンを分立した立場にあったノアは、天地創造直後のアダムの立場に立たねばならなかった。ここで神はノアが裸でいても、その家族たちがそれを見て恥ずかしがらず、また隠れようともしない姿を眺めることによって、かつて彼らが罪を犯す前に、どこを覆い隠すでもなく、ありのままに裸体を現していた、汚れのない人間の姿を御覧になって、喜びを満喫されたその心情を蕩減復帰しようとされたのである。神はこのようなみ意を完成なさるため、ノアを裸で寝ているように仕組まれたのである。したがって、ハムも、神と同じ立場から、神と同じ心情をもって、何ら恥ずかしがることなくノアと対したならば、ノアと一体不可分のこの摂理の中で、罪を犯す前、恥ずかしさを知らなかったアダムの家庭の立場に復帰する蕩減条件を立てることができたはずなのである。
 
しかし、ノアの子らはこれと反対に、その父親の裸を恥ずかしく思ってこれを着物で覆ったので、彼らは、堕落後のアダムの家庭と同様に、サタンと血縁関係を結んだ恥ずかしい体となり、神の前に出ることができないという事実を、自証する立場に立つようになったのである。ゆえに、既にからすによって見せてくださっていたように、ノアの家庭に侵入できる何かの条件がないかとねらっていたサタンは、自分の血縁的な子孫であることを自証してでたノアの子らを対象として、その家庭に再び侵入するようになった。
 このように、ハムがその父親の裸体を恥ずかしがった行動によって、サタンが侵入できる条件が成立したので、その行動は犯罪となったのである。このような事情から、ハムは「実体献祭」をするためのアベルの立場を蕩減復帰できず、したがって、「実体基台」をつくることができなかったので、ノアを中心とする復帰摂理も無為に帰したのである。
 
では、裸を恥ずかしがることがだれにとっても罪になるのであろうか。そうではない。ノアは、アダムの身代わりとなって、アダムにサタンが侵入したすべての条件を除去すべき使命を担っていたのである。それゆえに、ノアの家庭は、裸を恥ずかしがらず、また、それを隠そうともしないという感性と行動とを見せることによって、サタンと血縁関係を結ぶ前の、アダムの家庭の立場を復帰するための蕩減条件を立てなければならなかった。したがって、裸を恥ずかしがらず、また、それを隠そうともしないというかたちでの蕩減条件は、アダムの家庭の代わりに立てられたノアの家庭だけが立てるべき条件だったのである。


(三)ノアの家庭が見せてくれた教訓


ノアが一二〇年間もかかって山の頂上に箱舟をつくったということは、だれでも容易に理解できるものではなかった。しかしながら、そのために激しい非難と嘲笑を浴びても、正にそのことによって、ノアの家庭が救いを受けたという事実は、ハムもよく分かっていたのである。このような過去の事実から推察して、ハムはたとえノアが裸になって寝ているのを自分では善くないことだと思ったとしても、(かつての箱舟の建造の場合のように、ここには何か深い訳があるのだということを賢明に悟って、分からずとも)あくまでそれを善いこととして見なければならなかったのである。しかしハムは、自己を中心として(自己の基準で)天の側に立っているノアを批判し、またそのことを行動に表したので、神がアダムから一六〇〇年も待って、四十日洪水審判を行使して立てられたノアの家庭を中心とする摂理は、結局成し遂げられなかったのである。これは、我々が神への道を歩むに当たっては、どこまでも謙虚と従順と忍耐の心がなければならないということを見せてくださっているのである。
また、ノアの家庭を中心とした摂理は、み旨成就に対する神の予定の在り方と、人間の責任分担の遂行いかんで神がどのような態度をとられるか、ということを私たちに見せてくださったのである。ノアの家庭は、神が一六〇〇年間もかかって求めてこられたのであり、また、ノアが箱舟をつくるまで一二〇年も導いてこられたのであり、それだけでなく四十日の洪水により、全人類を犠牲にしてまで立てた家庭であることを、我々はよく知っている。しかし、ハムの小さな過ちによってサタンが侵入するようになると、神は復帰摂理の対象であったその家庭全部を惜しみなく捨てられ、その結果、ノアの家庭を中心とする摂理は、失敗に帰してしまったのである。
また、ノアの家庭を中心とする摂理は、人間に対する神の予定がどのようなものであるかを我々に見せてくださった。神はノアを信仰の祖に立てようと、長い期間を通じて苦労して探し求めてこられたにもかかわらず、その家庭が、いったん、責任分担を全うできなくなったときには、それを惜しみなく捨て、その代わりとしてアブラハムを選ばれたという事実を、我々は忘れてはならないのである。


第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理

 ハムの堕落行為によってノアの家庭を中心とする復帰摂理は完成されなかったのであるが、神は、御自身の創造目的を完成なさろうとするみ旨を絶対的なものとして予定し、かつ摂理なさるので、ノアが天に対して忠誠を尽くしたその心情の基台の上で、神はアブラハムを召命なさり、その家庭を中心とする復帰摂理を、再び行われるようになった。
 ゆえに、アブラハムは、ノアの家庭において完成できなかったメシヤのための基台を復帰して、その基台の上でメシヤを迎えなければならなかった。したがって、アブラハムも、まず「信仰基台」を蕩減復帰し、その基台の上で、「実体基台」を蕩減復帰しなければならなかったのである。


(一)信仰基台

(1) 信仰基台を復帰する中心人物

 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理において、「信仰基台」を復帰すべき中心人物は、正にアブラハムであった。ゆえに、アブラハムは、神がノアを中心として成し遂げようとされた「み旨」を受け継いで、完成するための中心人物として立てられたのであった。したがって、アブラハムはかつてノアの路程のために立てられたが、ハムの犯罪によってサタンに奪われてしまったすべての条件を、蕩減復帰した立場に立たなければ、ノアを中心とした「み旨」を継承することができなかったのである。
 
ノアが最初にサタンに奪われた条件は、アダムからノアまでの十代と、審判四十日期間であった。ゆえに、アブラハムは十代と共に、その十代が各々審判四十数を蕩減復帰したという立場に立たなければならない。しかし、一代を四十日期間で蕩減復帰することは不可能なので、後日、モーセ路程において、偵察四十日の失敗を、荒野流浪四十年期間でもって蕩減復帰したように(民数一四・34)、ここにおいても、その各々の代が、審判四十日の失敗を四十年期間でもって蕩減復帰するというかたちで通算年数を立てられたのである。それゆえに、神はノアから十代にわたる四〇〇年蕩減期間を経過したのち、初めてノアの身代わりとして、アブラハムを立てられたのである。このように、アダムからノアに至る一六〇〇年間に十代を復帰した時代から、四〇〇年間に十代を復帰する時代に移ったので、ノア以後、人間の寿命は、急に短くなったのである。
 
ノアがサタンに奪われた第二の条件は、信仰の祖の立場と、アベルの身代わりであったハムの立場であった。ゆえに、アブラハムは信仰の祖とハムの立場を蕩減復帰しなければ、ノアの立場に立つことができなかったのである。したがって、アブラハムがノアの代わりに信仰の祖の立場に立つためには、ノアが信仰と忠誠を尽くして、箱舟をつくったのと同様に、アブラハムも、信仰と忠誠を尽くして、「象徴献祭」をささげなければならなかった。また、神が一番愛するアベルの身代わりであったハム(彼らはみな次子として「実体献祭」の中心であった)を、サタンに奪われたので、蕩減復帰の原則によって、神もその代わりに、サタンが一番愛する立場にいる存在を奪ってこなければならなかった。ゆえに、神は偶像商であるテラから、その長子アブラハムを連れだしたのである(ヨシュア二四・2、3)。
 
アブラハムは、ノアの身代わりであり、したがって、アダムの身代わりであるので、復帰したアダム型の人物であった。したがって、神はアダムとノアに祝福なさったように、アブラハムにも、子女を殖やして大いなる民族をつくり、祝福の基となれと、祝福なさったのである(創一二・2)。アブラハムは、このような祝福を受けたのちに、神の命令に服従して、ハランの住みなれた父親の家を離れ、妻サライと、甥ロト、そしてハランでもっていたすべての財産と人を連れて、カナンの地に行ったのである(創一二・4、5)。神は、このようなアブラハムの路程によって、将来、ヤコブとモーセがサタンの世界であるハランとエジプトから、各々、妻子と財物を取り、困難な環境を押しのけて、カナンの地へ復帰する際に必須のものとなる典型的な路程を指し示してくださったのである。そしてこの路程は、将来、イエスが来られて、サタン世界のすべての人間と万物世界とを、神の世界に復帰するに当たっての、典型的な路程を予示されたことにもなるのである(後編第二章(二)参照)。

(2) 信仰基台を復帰するための条件物

① アブラハムの象徴献祭

 神は、アブラハムに鳩と羊と雌牛とを供え物としてささげるように命ぜられたが、これらは、とりもなおさず、アブラハムが「信仰基台」を復帰するための条件物であったのである(創一五・9)。あたかもノアが「象徴献祭」として、箱舟をつくってささげようとしたとき、その献祭のための信仰を立てたように、アブラハムも、この「象徴献祭」をするためには、そのための信仰を立てなければならなかった。聖書には、ノアがいかなる方法でその信仰を立てたかということについては明示されていない。しかし、創世記六章9節に、ノアはその時代における義人(正しく全き人)であったと記録されているところからして、彼が箱舟をつくる命令を受けるにふさわしい義人となるまでには、必ず何らかの信仰を立てていたに相違ない。事実、復帰摂理は、このように、「信仰に始まり信仰に至らせる」道を必ず通るのである(ロマ一・17)。それでは、アブラハムは、「象徴献祭」をするために、いかなる信仰を立てたのかを調べてみることにしよう。
 アブラハムは、第二人間始祖たるノアの立場を復帰しなければならなかった。したがって、またアダムの立場にも立たなければならないので、彼は「象徴献祭」をする前に、アダムの家庭の立場を復帰する象徴的蕩減条件を、初めに立てなければならなかった。
創世記一二章10節以下の聖句によれば、アブラハムは飢饉によってエジプトに下ったことがあった。そこで、エジプト王パロが、アブラハムの妻サライを取って、彼の妻にしようとしたとき、アブラハムは、彼女と夫婦であると言えば、自分が殺される憂いがあったので、あらかじめ計って、自分の妻サライを妹であると言った。このように、アブラハムは彼の妻サライと兄妹の立場から、彼女をパロの妻として奪われたが、神がパロを罰したので、再びその妻を取り戻すと同時に、連れていった彼の甥ロトと多くの財物を携えて、エジプトを出てきた。アブラハムは自分でも知らずに、アダムの家庭の立場を蕩減復帰する象徴的な条件を立てるために、このような摂理路程を歩まなければならなかったのである。
 
アダムとエバが未完成期において、まだ兄妹のような立場にいたとき、天使長がエバを奪ったので、その子女たちと万物世界のすべてが、サタンの主管下に属するようになった。したがって、アブラハムがこれを蕩減復帰するための条件を立てるためには、既に明らかにしたように、兄妹のような立場から、妻サライを、いったんサタンの実体であるパロに奪わせたのち、彼の妻の立場から、再び彼女を取り返すと同時に、全人類を象徴するロトと、万物世界を象徴する財物を取り返さなければならなかったのである(創一四・16)。このようなアブラハムの路程は、後日イエスが来て歩まなければならない典型路程となるのである。アブラハムは、このような蕩減条件を立てたのちに、初めて、鳩と羊と雌牛でもって「象徴献祭」をささげることができたのである。
 
それでは、アブラハムの「象徴献祭」は、何を意味するものであろうか。アブラハムが信仰の祖となるためには、元来、神が信仰の祖として立てようとされたノアと、その家庭の立場を蕩減復帰しなければならなかったのである。したがって、彼はアダムとその家庭の立場にも立たなければならなかったので、アダムの家庭で、カインとアベルの献祭を中心として復帰しようとしたすべてのことを、蕩減復帰できる象徴的な条件物をささげなければならなかった。また、彼はノアの家庭が箱舟を中心として復帰しようとしたすべてのことを、蕩減復帰できる象徴的な条件物を、供え物として神にささげなければならなかった。このような象徴的な条件物としてささげたのが、すなわちアブラハムの象徴献祭であった。
 それでは、アブラハムが象徴献祭としてささげた鳩と羊と雌牛とは、果たして何を象徴したのだろうか。この三つの象徴的な供え物は、三段階の成長過程を通じて完成する天宙を象徴するのである。すなわち、まずそのうち、鳩は蘇生を象徴したものである。イエスは旧約摂理完成者、言い換えれば蘇生摂理完成者として来られた。すなわち、イエスは鳩で表示される蘇生摂理完成者として来られたので、それに対する表徴として、ヨルダン河で、ヨハネから洗礼を受けるとき、神のみ霊が鳩のように、その上に下ってきたのである(マタイ三・16)。また、イエスは、アブラハムの供え物の失敗を復帰なさるために来られたので、まず、サタンが侵入したその鳩を復帰した立場に立たなければならなかった。ゆえに、神は鳩をもって、彼が蘇生旧約摂理完成者として降臨されたことを表示してくださったのである。
 つぎに、羊は長成を象徴するのである。イエスは、アブラハムの供え物の失敗を、復帰するために来られた方として、鳩で表示されたすべてのものを復帰した旧約摂理の基台の上で、羊で表示されたすべてのものを復帰すべき長成新約摂理の出発者でもあったのである。ゆえに、イエスが洗礼ヨハネによって、鳩で表示された蘇生摂理の完成者という証を受けられたのち、ある日、洗礼ヨハネは、イエスが歩いてこられるのを見て、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」(ヨハネ一・29)と言って、イエスが長成使命出発者であられることを、証したのである。
 
つぎに、雌牛は完成を象徴するものである。士師記一四章18節を見れば、サムソンがなぞの問題を出したとき、ペリシテびとたちは、サムソンの妻を誘ってサムソンをだまさせ、その内容を探りだすことによって、その問題を解いたことがあるが、そのとき、サムソンは、「わたしの若い雌牛で耕さなかったなら、わたしのなぞは解けなかった」と言った。このように、サムソンは、妻を雌牛に比喩したのである。イエスは、全人類の新郎として来られたので、彼が再臨なさるまでの信徒たちは、来られる新郎の前に新婦とならなければならない。しかし、新婦なる信徒たちが再臨される新郎イエスと小羊の宴を終えたのちには、新婦ではなく妻となり、夫であるイエスと共に、天国生活をするようになるのである。それゆえに、イエス再臨以後の完成成約時代は、妻の時代、すなわち、雌牛の時代であることを知らなければならない。ゆえに、雌牛は、とりもなおさず、完成を象徴するのである。多くの霊通者たちが、現代は牛の時代であると、啓示を受ける理由は、正にここにあるのである。
 それでは、三つの供え物はまた、何を蕩減復帰するものなのであろうか。アブラハムはその「象徴献祭」で、既にアダムとノアの両家庭を中心とする摂理において、彼らが「象徴献祭」で蕩減復帰しようとして失敗し、サタンに奪われてしまったすべてのものを再び蕩減復帰すると同時に、彼らが「実体献祭」で蕩減復帰しようとして失敗し、サタンに奪われてしまったすべてのものをも再び蕩減復帰できるような、象徴的蕩減条件を立てなければならなかったのである。したがって、アブラハムの「象徴献祭」は、アダムからノア、アブラハムの三代にわたって、縦的に積み重ねられてきた摂理の象徴的蕩減条件を、この三つの供え物で、一時に横的に復帰しようとしたのであった。
 
また、蘇生、長成、完成の三段階を象徴する鳩と羊と雌牛とを、一つの祭壇に載せて献祭したのは、ちょうどアダムの一代で、三段階の成長期間を完成しようとしたのと同様に、アダムの立場であるアブラハムを中心として蘇生のアダム、長成のノア、完成のアブラハムというように、み旨から見て三代にわたって蕩減復帰しようとした縦的な摂理を、一時に、横的に完成するためであった。したがって、この献祭は、サタンが侵入した三数に表示されるすべての条件を、一時に、蕩減復帰して、全復帰摂理を一度に完成させようというみ意を象徴的に表示されたのである。
 今、我々はアブラハムがこの「象徴献祭」をどのような仕方でささげたかを知らなければならない。
 創世記一五章10節から13節
までに記録されているみ言を見れば、アブラハムは、他の供え物はみな二つに裂いて祭壇の左右に置いたけれども、鳩だけは、裂かずにそのまま置いたので、荒い鳥がその死体の上に降り、アブラハムは、これを追い払ったと記されている。神はその日、日の入るころ、アブラハムに現れて、「あなたはよく心にとめておきなさい。あなたの子孫は他の国に旅びととなって、その人々に仕え、その人々は彼らを四百年の間、悩ますでしょう」(創一五・13)と言われた。アブラハムは裂くべき鳩を裂かなかったので、その上に荒い鳥が降り、それによって、イスラエル民族はエジプトに入り、四〇〇年間苦役するようになったのである。
 それでは、鳩を裂かなかったことが、どうして罪になったのだろうか。
この問題は今日に至るまで、未解決の問題として残されてきた。これは、原理を通して初めて明確に解決されるのである。それでは、供え物を裂かなければならない理由はどこにあるのかということを先に調べてみることにしよう。救いの摂理の目的は、善と悪とを分立させ、悪を滅ぼし、善を立てて、善主権を復帰しようとするところにある。ゆえに、アダムという一人の存在を、カインとアベルに分立したのちに、献祭させなければならなかったことや、また、ノアのとき、洪水で悪を滅ぼして善を立てた目的は、みな善主権を復帰せんとするところにあったのである。したがって、神は、アブラハムをして供え物を裂いてささげるようにし、アダムやノアが完成できなかった善悪分立の象徴的摂理をしようとされたのである。
 
それゆえに、供え物を裂くということは、第一に、アダムの家庭において、善悪の母体であるアダムを善と悪の二つの表示体に分立するために、アベルとカインに分立させたのと同じ立場を復帰するためであった。第二には、ノアが洪水四十日で善と悪に分立させた立場を復帰するためであり、第三には、サタンの主管下にある被造世界から、善主権の世界を分立させる象徴的な条件を立てるためであった。さらに第四には、サタンとの血縁関係を通して入ってきた、死亡の血を流して、聖別する条件を立てるためであった。
 
もしそうであるとすれば、裂かなかったことが、どうして罪になるのだろうか。裂かないということは、第一に、カインとアベルに分立しない立場であるから、神のみが対応できるアベル的な対象がなく、したがって、それは、神のみ意にかなう献祭とはならないので、結局、カイン、アベルの献祭の失敗を、蕩減復帰できなかったという立場になる。第二に、それはノアを中心とする復帰摂理における洪水審判で、善と悪に分立されなかった状態そのままなので、結局、神が対応して摂理することのできる善の対象がなくなり、洪水審判で失敗したのと同じ立場に戻った結果となるのである。第三に、それはサタン主管下にある被造世界から、神が対応できる善主権の世界を分立させるための象徴的な条件を立てられなかったという結果をもたらした。第四に、それは死亡の血を流して聖別する立場に立てなかったので、神が対応して摂理することのできる、聖なる供え物になれなかったのである。このように、アブラハムが鳩を裂かずにささげたことは、サタンのものをそのままささげた結果となり、結局、それはサタンの所有物であることを、再び、確認してやったと同様の結果をもたらしてしまったのである。
 
このように、蘇生を象徴する供え物である鳩がサタンの所有物として残るようになったので、蘇生の基台の上に立てられるべき長成と完成を象徴する羊と雌牛にも、やはりサタンが侵入したのである。したがって、この象徴献祭は、みなサタンにささげたという、結果に戻ってしまったので、鳩を裂かないことが罪となったのである。
 また、象徴的供え物に荒い鳥が降りたということは(創一五・11
)、何を意味するかを調べてみよう。人間始祖が堕落したのち、神が摂理されるみ旨の前には、必ずサタンがついてくるのである。すなわち、創世記四章7節を見れば、カインとアベルが献祭をするときにも、サタンが門口に待ち伏せていた。そればかりでなく、ノアのときにも、審判直後に、サタンがノアの家庭に侵入する機会をねらっていたということを、からすによって表示してくださった(創八・7)。このようにアブラハムが象徴献祭をするときにも、その供え物に侵入する機会だけをねらっていたサタンは、彼が鳩を裂かないのを見て、すぐその供え物に侵入した。聖書はこの事実を、荒い鳥が供え物の上に降りたということでもって象徴的に表しているのである。
 
このような象徴献祭の失敗は、どんな結果をもたらしたのだろうか。アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって、その象徴献祭で蕩減復帰しようとしたすべてのものは失敗してしまった。その結果、アブラハムの子孫が、異邦のエジプトで、四〇〇年間苦役するようになったが、その理由はどこにあったかを調べてみることにしよう。
 
神はノアのときに、ハムの過ちによって、サタンに奪われた十代と審判四十数を、同時に蕩減復帰なさるために、四〇〇年というサタン分立期間を立てて、この分立基台の上にアブラハムを召命して、「象徴献祭」をするようにされたのである。しかしこのアブラハムの過ちにより、その供え物をまたサタンにささげたことになったので、「象徴献祭」をもって、アブラハムを信仰の祖に立てるための蕩減期間であったノア以後の四〇〇年期間も、やはり、サタンに奪われることになったのである。ゆえに、アブラハムが、「象徴献祭」に失敗する前の立場であり、したがって、ノアが箱舟をつくるために神の召命を受けた立場を、民族的に蕩減復帰するためには、この四〇〇年というサタン分立期間を、再び立てなければならなかったのである。ゆえに、イスラエル民族がエジプトで苦役する四〇〇年期間は、ノアやアブラハムが信仰の祖として出発しようとしたその立場を、民族的に蕩減復帰して、モーセをその基台の上に立たせるための期間であった。したがって、この苦役の期間は、アブラハムの献祭の失敗による罰を受ける期間であると同時に、神が新たな摂理をなさるために、サタン分立の基盤をつくる期間でもあったのである。
 
神がアブラハムをして、一つの祭壇に三つの供え物を同時にささげる「象徴献祭」に成功せしめることにより、蘇生、長成、完成で表示されるすべての摂理を、同時に成し遂げようとされたことは、既に述べたところである。しかし、アブラハムがこれに失敗したので、彼を中心とする摂理は、更にイサクからヤコブまで、三代にわたって延長されたのである。ゆえに、アブラハムの「象徴献祭」の失敗は、ノアの箱舟を中心とした「象徴献祭」と、カイン、アベルを中心とした「象徴献祭」の失敗を反復したことになってしまったのである。

② アブラハムのイサク献祭

 アブラハムが「象徴献祭」に失敗したのち、再び神はアブラハムにイサクを燔祭としてささげよと命令された(創二二・2)。それによって、「象徴献祭」の失敗を蕩減復帰する新たな摂理をされたのである。予定論によれば、神はある摂理のために予定された人物が、彼の責任分担を果たさなかったときには、その張本人を再び立てて、摂理なさることはできない。そればかりでなく、アブラハムが「象徴献祭」に失敗したので、その献祭で立てるべきすべての目的は達成できなくなっているのに、どうして神は、アブラハムを再び立て、イサク献祭によって、彼の「象徴献祭」の失敗を蕩減復帰する摂理をなさることができたのだろうか。
 第一に、「メシヤのための基台」を復帰なさろうとする神の摂理は、アダムの家庭を中心とした摂理が第一次であり、ノアの家庭を中心とした摂理が第二次で、アブラハムの家庭を中心とした摂理が第三次であった。しかるに、三数は完成数(後編第三章第二節
(四))なので、「メシヤのための基台」を復帰なさろうとする摂理が、第三次まで延長されたアブラハムのときには、この摂理を完成すべき原理的な条件があったのである。それゆえに、アブラハムは、その子イサクを実体献祭としてささげることにより、前よりもっと大きな価値のもので蕩減条件を立てるということをもって、「象徴献祭」の失敗のために象徴的に失ったすべてのものを、再び探し立てることができたのである。
 第二には、既に詳述したように、献祭をささげるアブラハムの立場は、すなわちアダムの立場であった。しかるに、サタンは、アダムとその子カインに侵入して、二代にわたって彼らを奪っていったので、蕩減復帰原則により、天の側でも、アブラハムとその子の二代にわたって、取り返してくる摂理をすることができたのである。
 第三に、
アダムは、直接に献祭はできなかったけれども、摂理的に見て、ノアは、アダムと同じ立場におりながら、蘇生「象徴献祭」に成功したアベルの心情の基台の上にあったため、箱舟をもって、直接「象徴献祭」をすることができた。このように、アブラハムは、蘇生「象徴献祭」に成功したアベルの基台と、長成「象徴献祭」に成功したノアの基台の上で召されたことから、完成「象徴献祭」をすることができたのである。それゆえ、アブラハムは「象徴献祭」に失敗したけれども、神はアベルやノアが、「象徴献祭」に成功した歴史的な心情の基台を条件として彼を再び立てて、もう一度献祭をせしめることができたのである。
 
アブラハムは、イサクを供え物としてささげるときにも、「象徴献祭」をささげたときと同じように、まず、アダムの家庭を復帰する象徴的な蕩減条件を立てて、イサク献祭のための信仰を立てなければならなかった。ゆえに、再びアブラハムは自分の妻サラと兄妹の立場に立って、サラをゲラルの王アビメレクに奪われ、いったん、彼の妻になった立場から、再び取り戻すという摂理が行われた。アブラハムは、このときも、サラと共に人類を象徴する男女の奴隷と、万物世界を象徴する財物を取り戻して出てきたのである(創二〇・1~16)。
 
それでは、アブラハムは、イサク献祭をいかにささげたのだろうか。アブラハムはその絶対的な信仰で、神のみ言に従い、祝福の子として受けたイサクを燔祭としてささげるため殺そうとしたとき、神は彼を殺すなと命令されて「あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」(創二二・12)と言われた。アブラハムの信仰は絶対的であった。神の命令に従い、彼は独り子イサクを燔祭として捧げるために殺そうとした。まさにその時、神が介入され、アブラハムにその子を殺すなと言われた。
 神のみ旨に対するアブラハムの心情や、その絶対的な信仰と従順と忠誠からなる行動は、既に、彼をしてイサクを殺した立場に立たしめたので、イサクからサタンを分離させることができた。したがって、サタンが分離されたイサクは、既に天の側に立つようになったので、神は彼を殺すなと言われたのである。「今知った」と言われた「今」という神のみ言には、アブラハムの象徴献祭の過ちに対する叱責と、イサク献祭の成功に対する神の喜びとが、共に強調されていることを、我々は知らなければならない。
 
このように、アブラハムがイサク献祭に成功することによって、アブラハムを中心とする復帰摂理は、イサクを通じて成し遂げていくようになっていたのであった。
 
アブラハムはこのようにイサクを再び神の側に分立させるための新たな摂理路程を出発するために、モリヤ山上で彼を燔祭としてささげるまで、三日期間を費やした。ゆえに、この三日期間は、その後も引き続いて新しい摂理路程を出発するとき、サタン分立に必要な期間となったのである。ヤコブもハランからその家族を率いて、家庭的カナン復帰路程を出発するとき、サタン分立の三日期間があった(創三一・20~22)。モーセも、エジプトからイスラエル民族を率いて民族的カナン復帰路程を出発するとき、サタン分立の三日期間を過ぎたのちに、紅海に向かって出発した(出エ八・27~29)。イエスも霊的な世界的カナン復帰路程を出発されるとき、サタン分立の墓中の三日期間があった。また、ヨシュアを中心とするイスラエル民族がカナン復帰するときも、本陣に先立って彼らを導く契約の箱が、サタン分立の三日路程を進んだのである(ヨシュア三・1~6)。

③ み旨から見たイサクの位置と彼の象徴献祭

 アブラハムは、いったん、その「象徴献祭」に失敗したけれども、彼を中心として、「メシヤのための基台」をつくることができる原理的な条件があったことに関しては、既に詳述した。しかし、予定論で明らかにしたように、自分の責任分担を果たせずに失敗した張本人であるアブラハムを中心としては、再び同じ摂理を繰り返すことはできなくなっている。したがって、神は「象徴献祭」で失敗したアブラハムを、失敗しなかった立場に立て、また、延長されなかった立場に立てなければならなかった。神はこのような目的のため、アブラハムに、イサクを燔祭としてささげよと命令されたのである(創二二・2)。
 
神はアブラハムに「あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」と言われ、また、神は彼を外に連れだして、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい……あなたの子孫はあのようになるでしょう」(創一五・4、5)と言われて、イサクを通して選民を召命なさることを約束されたのである。
 ゆえに、アブラハムが神の命令に従って、その約束の子イサクを殺そうとした忠誠は、「象徴献祭」の失敗によってサタンの侵入を受けた自分自身を殺そうとしたのと同様な立場をつくったのである。したがって、神がイサクを死んだ立場からよみがえらせたということは、アブラハム自身も、イサクと同じく、死んだ立場から侵入したサタンを分立すると同時に、再びよみがえったということを意味するのである。ゆえに、アブラハムはイサク献祭で成功することにより、「象徴献祭」の失敗で侵入したサタンを分立し、み旨を中心としてイサクと一体不可分の立場に立つようになった。
 
このように、死んだ立場から共によみがえったイサクとアブラハムは、お互いに個体は違うが、み旨を中心として見れば一体であるので、アブラハムを中心とする摂理が延長されても、イサクがその摂理において成功すれば、この成功は、すなわち、イサクと一体であるアブラハムの成功ともなり得るのである。したがって、アブラハムが「象徴献祭」に失敗して、その摂理はアブラハムからイサクまで延長したけれども、み旨を中心として見れば、アブラハムは失敗せず、また、その摂理も延長されなかったのと同じことになったのである。
 
イサク献祭のときのイサクの年齢は、明らかではない。しかし彼が燔祭の薪を背負って行ったばかりでなく(創二二・6)、燔祭の小羊がないのを心配げに、それがどこにあるかと、彼の父親に尋ねてみているところから(創二二・7)推測すると、彼は既にみ旨が理解できる年齢になっていたことは明らかである。そこで、我々はアブラハムが燔祭をささげるとき、イサク自身も、それを協助したのであろうということが推測できるのである。
 
このように、み旨に対して物事の道理が分別できる程度の年齢になっていたイサクが、もしも、燔祭のために自分を殺そうとする父親に反抗したならば、神はそのイサク献祭を受けたはずがないのである。ゆえに、アブラハムの忠誠と、それに劣らないイサクの忠誠とが合致して、イサク献祭に成功し、サタンを分立することができたと見なければならない。したがって、献祭を中心として、イサクとアブラハムとが共に死んだ立場からよみがえることによって、第一に、アブラハムは、「象徴献祭」の失敗によって侵入したサタンを分立し、失敗以前の立場に蕩減復帰して、その立場から自分の摂理的な使命をイサクに継がせることができ、つぎにイサクにおいては、彼がみ旨の前に従順に屈伏することにより、アブラハムからの使命を受け継ぎ、「象徴献祭」をささげるための信仰を立てることができたのである。
 このように、アブラハムの使命がイサクの方に移されたのち、
「アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた」(創二二・13)と記録されているとおり、アブラハムは、イサクの代わりに神が準備された雄羊を燔祭としてささげた。これは、そのままイサクを中心として、「信仰基台」を復帰するためにささげられた「象徴献祭」となったのである。イサクが燔祭の薪を背負って行った事実から見て、アブラハムが雄羊を燔祭としてささげるときにも、イサクが彼を協助したであろうことは推測するに難くない。したがって、アブラハムが雄 羊を「象徴献祭」にささげたといっても、み旨から見れば彼と一体となって、彼の使命を継承したイサク自身が、献祭をした結果となるのである。このように、イサクは、アブラハムの使命を受け継いで、彼の身代わりの立場で、「象徴献祭」に成功して、「信仰基台」を蕩減復帰したのである。


(二)実体基台


このように、イサクは、アブラハムの代わりに、「信仰基台」を復帰する中心人物として、雄羊をもって「象徴献祭」をみ意にかなうようにささげて、「信仰基台」を立てることができた。ゆえに、イサクを中心として、「メシヤのための基台」を立てるには、更に、彼の子エサウとヤコブとを、カインとアベルの立場に分立して、「実体献祭」をささげ、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、「実体基台」を完成しなければならなかった。
 
アブラハムが「象徴献祭」に失敗しなかったならば、イサクと彼の腹違いの兄イシマエルが、各々、アベルとカインの立場に立って、カインとアベルが成就できなかった「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるべきであった。しかしアブラハムがその献祭に失敗したので、神は彼の立場にイサクを身代わりに立たせ、イシマエルとイサクの立場には、各々、エサウとヤコブを代わりに立たせて、彼らをして、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるように、摂理されたのである。ゆえに、イサクを中心としたエサウとヤコブは、アダムを中心としたカインとアベルの立場であると同時に、ノアを中心としたセムとハムの立場でもあったのである。
 長子エサウと次子ヤコブは、各々サタンが侵入したアブラハムの最初の「象徴献祭」と、サタンを分立した二番目のイサク献祭の象徴であり、また、彼らは、各々カインとアベルの立場から、「実体献祭」をしなければならない悪と善の表示体でもあった。エサウとヤコブが、胎内で争ったというのは(創二五・22~23)、彼らが、各々悪と善の表示体に分立されたカインとアベルと同様、相対立する立場に立ったからである。また、神が、胎内にいるときからヤコブを愛し、エサウを憎んだというのは(ロマ九・11~13)、彼らが各々アベルとカインの立場で、既に上述したような献祭失敗を蕩減復帰しなければならない、善悪の表示的な存在であったからである。
 エサウとヤコブが「実体献祭」で、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるためには、それに先立って、ヤコブがアベルの立場を蕩減復帰する条件を立てなければならなかった。そこで、ヤコブは次のようにして、「実体献祭」の中心人物であったアベルの立場を復帰するための蕩減条件を立てて、「実体献祭」をささげたのちに、アブラハムの「象徴献祭」の失敗による四〇〇年間の蕩減路程を歩むために、エジプトに入ったのである。
 
第一に、ヤコブは長子の嗣業を個人的に復帰する争いで、勝利の条件を立てなければならなかった。サタンは、神が創造された被造世界を、長子の立場から占有しているので、神は、次子の立場から、その長子の嗣業を取り返してくる摂理をなさるのである。神が長子を憎んで次子を愛した理由はここにある(マラキ一・2、3)。しかるに、長子の嗣業を復帰しなければならない使命をもって胎内から選ばれたヤコブは、次子の立場から、知恵を用いて、パンとレンズ豆のあつものを与えて、エサウから長子の嗣業を奪ったのであるが(創二五・34)、ヤコブは長子の嗣業を重んじてそれを復帰しようとしたので、神はイサクに彼を祝福させた(創二七・27)。これに反してエサウは、それをパンとレンズ豆のあつもので売ってしまう程度に軽んじたので、彼を祝福なさらなかったのである。
 
第二に、ヤコブはサタン世界であるハランに行って、二十一年間苦労しながら、家庭と財物とを中心に、長子の嗣業を復帰する争いで勝利してカナンに帰ってきたのである。
 第三に、ヤコブは、ハランから神が約束されたカナンの地へ帰ってくるとき、ヤボクの河で、天使との組み打ちに勝利して、実体で天使に対する主管性を復帰したのである。ヤコブはこのようにして、ついに、アベルの立場を蕩減復帰し、「実体献祭」のための中心人物となったのである。
 
これでエサウとヤコブは、神がアベルの献祭を受けられるときの、カインとアベルの立場を確立したので、彼らが「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるには、エサウはヤコブを愛し、彼を仲保として立て、彼の主管を受ける立場で従順に屈伏し、祝福を受けたヤコブから善を受け継いで、善を繁殖する立場に立たなければならなかった。しかるに、事実においても、エサウは、ヤコブがハランで二十一年間の苦役を終えて、天の側の妻子と財物とを得てカナンへ帰ってきたとき、彼を愛し、歓迎したので(創三三・4)、彼らは「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てることができたのである。このように、彼らは、アダムの家庭のカインとアベル、ノアの家庭のセムとハムが、「実体献祭」に失敗したのを蕩減復帰することができたのである。このようにエサウとヤコブが「実体献祭」に成功した結果、既に、アダムの家庭から「実体基台」を蕩減復帰するために続いてきた縦的な歴史路程を、アブラハムを中心とする復帰摂理路程の中で、イサクの家庭で初めて、これを横的に蕩減復帰するようになったのである。
 
神はエサウを胎内より憎んだとロマ書九章11節から13節までに記録されているが、このように彼はヤコブに従順に屈伏して、自分の責任分担を果たしたところから、復帰したカインの立場に立つようになり、ついに、神の愛を受けるようになった。したがって、神が彼を憎んだと記録されているのは、ただ、彼が復帰摂理の蕩減条件を立てていく過程において、サタンの側であるカインの立場であったために、憎しみを受けるべきその立場にあったということをこう表現されたものにすぎない。


(三)メシヤのための基台


アダムの家庭から立てようとした「メシヤのための基台」は、復帰摂理の中心人物たちが彼らの責任分担を全うできなかったので、三時代にわたって延長され、アブラハムにまで至ったのである。しかしながら、み旨を完成しなければならないアブラハムが、また「象徴献祭」に失敗したので、このみ旨は、更にイサクにまで延長された。ゆえに、イサクの家庭を中心として、「信仰基台」と「実体基台」がつくられて、初めて「メシヤのための基台」が造成されたのである。したがって、メシヤは当然、このときに降臨なさらなければならない。
 
ところで、我々はここで、「メシヤのための基台」というものの性格を中心として見たとき、メシヤを迎えるためのこの基台の社会的背景はどのようなものでなければならないかということを、知らなければならない。堕落人間が「メシヤのための基台」を立てるのは、既にサタンを中心としてつくられた世界を、メシヤのための王国に復帰できる基台をつくるためである。しかるに、アダムの家庭や、ノアの家庭を中心とした復帰摂理においては、その家庭に侵入できる他の家庭がなかったので、「メシヤのための家庭的な基台」さえできれば、その基台の上にメシヤは降臨されるようになっていた。しかしアブラハムの時代には、既に、堕落人間たちがサタンを中心とする民族を形成してアブラハムの家庭と対決していたので、そのとき「メシヤのための家庭的な基台」がつくられたとしても、その基台の上にすぐにメシヤが降臨なさるわけにはいかない。すなわち、この基台が、サタン世界と対決できる民族的な版図の上に立てられたのち、初めてメシヤを迎えることができるのである。したがって、アブラハムが「象徴献祭」に失敗せず、「実体献祭」に成功して、「メシヤのための家庭的な基台」がつくられたとしても、その基台を中心としてその子孫がカナンの地で繁殖して、「メシヤのための民族的な基台」を造成するところまで行かないと、メシヤを迎えることはできなかったのである。
 しかし、彼が「象徴献祭」に失敗したので、これに対する罰として、「メシヤのための家庭的な基台」を造成したイサクの子孫たちは、故郷を離れて異邦の国に入り、四〇〇年間を苦役しながら民族的な基台を立てて、再びカナンに帰ってきたのちに初めて、「メシヤのための民族的な基台」がつくられるようになっていたのである。
 それでは、アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって、その子孫に担われた蕩減路程は、だれから始まるようになったのだろうか。それは、イサクではなく、ヤコブから始まったのである。なぜなら既に詳論したように、すべての蕩減路程を歩むべき中心人物は、「実体献祭」の中心であるアベル型の人物であるからである。
したがって、アダムの家庭ではアベル、ノアの家庭ではハム、アブラハムの家庭ではイサク、そしてイサクの家庭ではヤコブが、各々その家庭の蕩減路程を歩むべき中心人物であった。特に、ヤコブは「メシヤのための基台」の上に立ったアベル型の人物であったので、のちにメシヤが歩むべきサタン分立の典型路程を、先に見本として歩まなければならなかったのである(後編第二章第一節)。ゆえにヤコブの家庭は、イサクの家庭を中心として立てられた「メシヤのための基台」の上で、アブラハムが犯した罪を担当して、四〇〇年の蕩減路程を歩んだのである。ヤコブの家庭は、アブラハムを中心とする復帰摂理の目的を完成しなければならないので、イサクの家庭と同じ立場でこの蕩減路程を出発するようになった。すなわち、イサクの家庭において、アベルの立場であるヤコブが、すべての蕩減路程を歩んだように、ヤコブの家庭においても、ヤコブの天の側の妻ラケルが生んだ子ヨセフが、先に、エジプトへ入り、その蕩減路程を歩んで、アベルの立場を確立しなければならなかったのである。ゆえに、ヨセフは彼の兄たちによって、エジプトに売られ、三十歳でエジプトの総理大臣になったのち、彼が幼いとき、天から夢で予示されたとおりになった(創三七・5~11)。というのは、まずヤコブのサタン側の妻レアが生んだ腹違いの兄たちが、彼のところに行って屈伏することにより、子女が先に入って、エジプト路程を歩み、つぎに、彼の父母が同じく、この路程の方に導かれた。このようにして、ヤコブの家庭は、将来、メシヤを迎えるための民族的蕩減路程を出発したのである。
 以上のように、イサクを中心とする摂理は、また、ヤコブを中心とする摂理路程へと延長されていった。しかし、ちょうど、アブラハムとイサクが、その個体は、各々異なるが、み旨を中心として見るときには、一体であったように、ヤコブはイサクの家庭を中心として、「メシヤのための基台」を立てるべき「実体基台」の中心人物として、アブラハムの犯した罪を担当して、将来、「メシヤのための民族的な基台」を立てて、イサクの目的を、民族的に成就すべき蕩減路程を出発したので、アブラハムとイサクとヤコブとは、お互いに、その個体は異なるが、み旨を中心にして見れば、みな一体であったのである。したがって、ヤコブの成功は、すなわち、イサクの成功であり、イサクの成功は、すなわち、アブラハムの成功になるのである。ゆえに、アブラハムを中心とした復帰摂理は、イサクとヤコブに延長されたけれども、み旨を中心として見れば、延長されずに、アブラハム一代で完成されたのと等しい結果となるのである。「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」(出エ三・6)と言われたみ言は、正に、このような摂理路程に立脚してみるとき、彼らは三代でありながらも、み旨から見れば、一つの目的を共同して完成した祖先たちであるので、一代と等しいともいえるのである。事実、神は、ヤコブの家庭をしてサタン世界であるエジプトに入らしめて、四〇〇年間の苦役の道を歩ませながら、既に、アブラハムに祝福なさったみ言のように、選民として立てて、再び、カナンの地へ帰ってくるようになさったのち、「メシヤのための民族的な基台」をつくらせて、この基台の上に、メシヤを送って、復帰摂理を完遂しようとされたのである。
 ゆえに、イサクの家庭を中心として立てられた「メシヤのための基台」は、結果的に見れば、「メシヤのための民族的な基台」をつくるための、蕩減路程の出発基台となったのである。したがって、アダムからアブラハムに至る二〇〇〇年期間は、結果的に見れば、次の時代に「メシヤのための民族的な基台」を立てるための出発基台を造成する期間となったのである。
 
アブラハムの「象徴献祭」の失敗による蕩減路程を担当したヤコブは、天のみ旨のため、知恵をもってエサウから長子の嗣業を奪うというかたちで個人的な争いに成功した。また、サタン世界であるハランに入って、彼の母の兄ラバンから長子の嗣業を家庭的に奪う二十一年間の争いに勝利した。そして、彼がハランからカナンへ帰る途中で、天使との組み打ちにも勝利して、人間始祖が堕落して以後、堕落人間として、初めて、天使に対する主管性を復帰できる蕩減条件を立てて、イスラエルという名前を受け、選民形成の基盤をつくったのである。
 ヤコブは、このような路程をたどって、カナンへ帰ってきたのち、初めて、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てたので、サタンを屈伏させる典型路程において成功したのである。
この典型路程に従って、モーセも、イエスも歩まれ、イスラエル民族も、また行かなければならなかった。ゆえに、イスラエル民族史は、サタンを民族的に屈伏させてきた典型路程の史料となるのである。イスラエル民族史が、復帰摂理歴史の中心史料となる理由もここにあった。


(四)アブラハムを中心とする復帰摂理が我々に見せてくれた教訓


アブラハムを中心とする復帰摂理は、第一に、み旨成就に対する神の予定がどんなものであるかを、我々に見せてくれた。復帰摂理は、神の力によってのみ成就されるのでなく、人間の責任分担と一つになって初めて完成される。したがって、神は、アブラハムを呼んで、復帰摂理の目的を完成なさろうとされたが、彼が自分の責任分担を果たさなかったので、そのみ旨は、成就されなかったのである。
 第二には、人間に対する神の予定が、どのようなものであるかということを見せてくださった。神は、アブラハムを信仰の祖として予定なさったが、アブラハムが自分自身の責任分担を全うしなかったために、彼の使命は、イサクを経て、ヤコブヘ移されたのである。
 第三に、復帰摂理は、人間が自身の責任分担を果たさなかったとき、そのみ旨は、必然的に延長されると同時に、それを復帰するには、より大きなものでもって、蕩減条件を立てなければならないということを見せてくださったのである。それゆえに、アブラハムにおいては、動物を供え物として完成されるはずのみ旨が、彼の過ちにより、愛児イサクを供え物にささげて、初めて完成されるようになったのである。
 第四に、供え物を裂くことにより、我々も、各自を供え物として、善と悪に分立しなければならないということを見せてくださった。信仰生活は、自身を供え物の立場に立てておいて、善と悪に分立させ、神が喜ばれるいけにえの供え物としてささげる生活である。ゆえに、我々が常に、神のみ旨を中心として、自身を善と悪に分立させないときには、そこにサタンの侵入できる条件が成立するのである。

▲ 目次へ

モーセとイエスを中心とする復帰摂理

 第二章 モーセとイエスを中心とする復帰摂理





 アモス書三章7節に、「主なる神は、そのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と記録されているみ言のように、聖書には、神の救いの摂理に関する数多くの秘密が隠されているのである。しかし、人間は神の摂理に対する原理を知らなかったので、聖書を見ても、その隠れた意味を悟ることができなかった。聖書においては、一人の預言者の生涯に関する記録を取ってみても、その内実は、単純にその人の歴史というだけにとどまるものではなく、その預言者の生涯を通して、堕落人間が歩まなければならない道を表示してくださっているのである。ここでは特に、神が、ヤコブとモーセを立てて復帰摂理路程を歩ませ、それをもって、将来、イエスが来られて、人類救済のために歩まねばならない摂理を、どのようなかたちで表示してくださったかということについて調べてみることにする。


第一節 サタン屈伏の典型的路程

 イサクの家庭を中心とする復帰摂理において、「実体基台」を立てる中心人物であったヤコブが、アベルの立場を確立して、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てるために、サタンを屈伏してきた全路程は、ヤコブによるその象徴路程を、形象的に歩まなければならないモーセ路程と、それを実体的に歩まなければならないイエス路程とを、あらかじめ示した典型路程であった。そして、この路程は、イスラエル民族と全人類が、摂理の目的を成就するために、サタンを屈伏させながら歩まなければならない、表示路程でもあるのである。

(一)イエスの典型路程としてヤコブ路程とモーセ路程とを立てられた理由

復帰摂理の目的は、究極的には人間自身がその責任分担として、サタンを自然屈伏させ、それを主管し得るようになることによって成就されるのである。イエスが、人間祖先として、メシヤの使命を負うて来られたのも、サタン屈伏の最終的路程を開拓し、すべての信徒たちをその路程に従わせることによって、サタンを自然屈伏させるためである。
 ところが、神にも屈伏しなかったサタンが、人間祖先として来られるイエスと、その信徒たちに屈伏する理由はさらにないのである。それゆえに、神は人間を創造された原理的な責任を負われ、ヤコブを立てることによって、彼を通して、サタンを屈伏させる象徴路程を、表示路程として見せてくださったのである。
 神は、このように、ヤコブを立てられ、サタンを屈伏させる表示路程を見せてくださったので、モーセはこの路程を見本として、その形象路程を歩むことにより、サタンを屈伏させることができたのである。そしてまた、イエスは、ヤコブ路程を歩いたモーセ路程を見本として、その実体路程を歩むことにより、サタンを屈伏させることができたのであり、今日の信徒たちもまた、その路程に従って歩み、サタンを屈伏させることによって、それを主管するようになるのである。
モーセが、自分のような預言者一人を、神が立てられるであろうと言ったのは(使徒三・22)、モーセと同じ立場で、モーセ路程を見本として、世界的カナン復帰の摂理路程を歩まなければならないイエスを表示した言葉である。そして、ヨハネ福音書五章19節に、「子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができない。父のなさることであればすべて、子もそのとおりにするのである」と記録されているのは、とりもなおさず、イエスは、神が、既にモーセを立てて見せてくださった表示路程を、そのまま歩まれているということを言われたのである。ゆえにモーセは、次に来られるイエスの模擬者となるのである(使徒三・22)。

(二)ヤコブ路程を見本として歩いたモーセ路程とイエス路程

ヤコブ路程は、とりもなおさず、サタンを屈伏してきた路程である。そして、サタンを屈伏させる路程は、サタンが侵入したその経路を、逆にたどっていかなければならない。そこで今ここに、我々は、ヤコブ路程を見本として歩まれた、モーセ路程とイエス路程について調べてみることにしよう。
① 人間は、元来、取って食べてはならないと言われた神のみ言を、命を懸けて守るべきであった。しかし天使長からの試練に勝つことができないで、堕落してしまったのである。それゆえに、ヤコブがハランから妻子と財物を取り、カナンに戻って、「メシヤのための基台」を復帰し、家庭的カナン復帰完成者となるためには、サタンと命を懸けて闘う試練に勝利しなければならなかったのである。ヤコブが、ヤボク河で天使と命を懸けて闘い、勝利することによって、イスラエルという名を受けたのも(創三二・25~28)、このような試練を越えるためのものであった。神は天使をサタンの立場に立てられ、ヤコブを試練されたのである。しかし、これはあくまでも、ヤコブを不幸に陥れようとしたものではなく、彼が、天使に対する主管性を復帰する試練を越えるようにして、アベルの立場を確立させ、彼を家庭復帰完成者として立てられるためであった。天使がこのような試練の主体的な役割を果たすことによって、天使世界もまた、復帰されていくのである。モーセも、イスラエルの民族を導いてカナンに入り、民族的カナン復帰完成者となるためには、神が彼を殺そうとする試練に、命を懸けて勝利しなければならなかったのであった(出エ四・24)。もし、人間が、このような試練を神から受けないで、サタンから受けて、その試練に負けたときには、サタンに引かれていくようになるのである。それゆえに、神の方から試練をするということは、どこまでも、神が人間を愛しているからであるということを、我々は知らなければならない。イエスも、人類を地上天国に導くことによって、世界的カナン復帰完成者となるためには、荒野四十日の試練において、命を懸けてサタンと闘い、それに勝利しなければならなかったのである(マタイ四・1~11)。
② 人間の肉と霊にサタンが侵入して堕落性が生じたのであるから、ヤコブはこれを脱ぐための条件を立てなければならなかった。それゆえに、ヤコブは、肉と霊とを象徴する、パンとレンズ豆のあつものを与えて、エサウから長子の嗣業(家督権)を奪うことによって、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、アベルの立場を復帰しなければならなかったのである(創二五・34)。この路程と対応するために、モーセ路程においても、イスラエル民族に、肉と霊とを象徴する、マナとうずらとを与えてくださり、神に対する感謝の念と、選民意識とを強くさせることによって、彼らをモーセに従わせ、「堕落性を脱ぐための民族的蕩減条件」を立たせようとされたのであった(出エ一六・13、14)。
 イエスが、「……あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった……人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない」(ヨハネ六・48~53
)と言われたのは、イエスも、この路程を見本として歩まれたということを意味するのである。これは、すべての堕落人間たちが、洗礼ヨハネの立場におられる(本章第三節(二)(1))イエスを信じ仕えることにより、霊肉共に彼と一体となり、「堕落性を脱ぐための世界的蕩減条件」を立て、彼をメシヤとして侍るところまで行かなければ、創造本性を復帰することができないということを意味するのである。
③ 人間は堕落により、その死体までもサタンの侵入を受けたのであった。ところがヤコブは、祝福を受けて、聖別された体であったから、彼の死体も、サタンと闘って分立したという条件を立てるため、その死体に、四十日間、防腐剤を塗ったのである(創五〇・3)。したがって、この路程を見本として歩いたモーセも、その死体をもってサタンと闘ったのであり(ユダ9)、またイエスも、その死体をめぐって問題が起きたのであった(マタイ二八・12、13)。
④ 人間始祖は、堕落により、その成長期間において、サタンの侵入を受けてしまった。それゆえ、これを蕩減復帰するために、次のようなその期間を表示する数を立てるための摂理をなさるのである(後編第三章第二節(四))。すなわち、ヤコブがハランからカナンに復帰するときに、サタン分立の三日期間があり(創三一・22)、モーセが民族を導いて、エジプトからカナンに復帰するときにも、やはりこのような三日期間があり(出エ五・3)、また、ヨシュアも、この三日期間を経たのち、初めてヨルダン河を渡ったのである(ヨシュア三・2)。そして、イエスの霊的世界カナン復帰路程においても、サタン分立の墓中三日期間があったのである(ルカ一八・33)。
 サタンに奪われたノアからヤコブまでの十二代の縦的な蕩減条件を、ヤコブ一代において横的に蕩減復帰するために、ヤコブに十二子息がいた(創三五・22
)。ゆえに、モーセのときにも、十二部族があったのであり(出エ二四・4)、イエス路程においても、十二弟子がいたのである(マタイ一〇・1)。また、七日の創造期間に侵入したサタンを分立する蕩減条件を立てるため、ヤコブのときには、七十人家族が(創四六・27)、モーセのときには、七十人長老が(出エ二四・1)、そして、イエスのときには、七十人門徒が、各々その路程の中心的な役割を果たしたのであった(ルカ一〇・1)。
⑤ 杖は、不義を打ち、真実なる道へと導き、人の身代わりとして身を支えるものの表示物で、将来来られるメシヤを象徴したのである(本章第二節(二)(2)・)。したがって、ヤコブが、このような意義をもっている杖をついて、ヨルダン河を渡り、カナンの地に入ったということは(創三二・10)、将来、堕落人間が、メシヤを捧持して不義を打ち、彼の導きを受け、彼を頼ることによって、罪悪世界を越え、創造理想世界に入るということを、見せてくださったのである。それゆえに、モーセも杖を手にして、イスラエル民族を導いて、紅海を渡ったのであり(出エ一四・16)、イエスも彼自身を表示する鉄の杖によって、この苦海の世界を渡り、神の創造理想世界へと全人類を導いていかなければならなかったのである(黙二・27、黙一二・5)。
⑥ エバの犯罪が罪の根をつくり、その息子カインがアベルを殺すことによって、その実を結ぶようになった。このように、母と子によってサタンが侵入し、罪の実を結んだのであるから、蕩減復帰の原則によって、母と子が、サタンを分立しなければならないのである。したがって、ヤコブが祝福を受けて、サタンを分立し得たのも、その母親の積極的な協助があったればこそである(創二七・43)。モーセもまた、その母親の協助がなかったならば、彼が死地から脱して、神の目的のために仕えることはできなかったはずである(出エ二・2)。そして、イエスのときにも、また、彼を殺そうとしたヘロデ王を避け、彼を連れてエジプトに避難するという、その母親の協助があったのである(マタイ二・13)。
⑦ 復帰摂理の目的を達成する中心人物は、サタンの世界から神の世界へと復帰する路程を歩まなければならない。それゆえに、ヤコブはサタンの世界であるハランからカナンへ復帰する路程を歩いたのであり(創三一~三三)、モーセは、サタン世界であるエジプトから、祝福の地カナンに復帰する路程を歩いた(出エ三・8)。そしてまたイエスも、この路程を歩まれるために、生まれてすぐエジプトに避難したのち、再び国に戻るという過程を経なければならなかったのである(マタイ二・13)。
⑧ 復帰摂理の最終の目的は、サタンを完全に滅ぼしてしまうところにある。ゆえに、ヤコブは、偶像を樫の木の下に埋めたのであり(創三五・4)、モーセも、金の子牛の偶像をこなごなに砕いて、それを水の上にまき、イスラエル民族に飲ませたのであった(出エ三二・20)。またイエスは、そのみ言の権能をもって、サタンを屈伏させ、この罪悪世界を壊滅させなければならなかったのである(前編第三章第三節(二)(2)参照)。


第二節 モーセを中心とする復帰摂理

(一)モーセを中心とする復帰摂理の概観

モーセを中心とする復帰摂理は、アブラハムを中心とする復帰摂理において既に立てられた「メシヤのための基台」の上で達成されなければならないのであるが、「信仰基台」と「実体基台」とを蕩減復帰して、「メシヤのための基台」をつくらなければならないという原則は、彼においても、何ら異なるところはなかったのである。なぜなら、その摂理を担当する中心人物が代わったならば、その人物自身もそれと同じ責任分担を改めて完遂しなければ、復帰摂理のみ旨を継承することができないからであり、またその摂理の範囲が、家庭的な範囲から民族的な範囲へと拡大されたためであった。しかし、モーセを中心とする復帰摂理においては、次に述べるように、その基台をつくるための蕩減条件の内容が、以前のそれと比べて異なるところが多いのである。

(1) 信 仰 基 台

① 信仰基台を復帰する中心人物

アブラハムの象徴献祭の失敗によって生じた、その子孫たちのエジプト苦役四〇〇年期間が終わってのち、イスラエル民族がカナンの福地に復帰する路程において、「信仰基台」を復帰する中心人物は、モーセであった。ここで、我々はモーセがこの「信仰基台」を、どのようにして立てたかということを知る前に、復帰摂理から見たモーセの位置について詳しく調べ、モーセ以前の摂理路程において、「信仰基台」を復帰しようとした他の人物たち、すなわち、アダム、ノア、アブラハムなどと比べて、モーセの異なる点が何であったかということについて、調べてみることにしよう。
 その第一はモーセが神の代理となり、神として立てられたということである。それゆえに、出エジプト記四章16
節を見れば、神はモーセにイスラエルの預言者アロンの前で、「あなたは彼のために、神に代るであろう」と言われ、また、同じ出エジプト記七章1節では、「見よ、わたしはあなたをパロに対して神のごときものとする」と言われているのである。
 
第二に、モーセは、将来来られるイエスの模擬者であった。既に論じたとおり、神はモーセをアロンとパロの前で、神の代理として立てられたのである。ところが肉身をつけた神は、イエス一人に限られるため、神がモーセを神の代理として立てられたというみ言は、とりもなおさず、モーセを出エジプト路程において、イエスの模擬者として立てられたということを意味するものとしか考えようはないのである。このようにモーセは、イエスの模擬者として、将来イエスが歩まれる路程を、そのとおり、先に歩むことによって、あたかも、洗礼ヨハネが、イエスの道を直くしなければならなかったように (ヨハネ一・23)、彼もイエスが将来歩まれる道を、前もって開拓したのであった。それでは、モーセがこの路程をいかに歩んだかということに関して、調べてみることにしよう。
 モーセは、「メシヤのための基台」をつくったヤコブの子孫であって、復帰摂理時代の摂理歴史を担当した中心人物であったばかりでなく、将来イエスが来られたとき歩まなければならない、ヤコブの典型路程を、形象的に歩いたのである。そしてまた、モーセは、ヤコブ家庭がエジプトに入る路程で、ヨセフがつくった基台の上に立っていたのである。ところが、ヨセフもまた、一人のイエスの模擬者であった。
ヨセフはヤコブの天の側の妻として立てられたラケルが生んだ子であり、またヤコブのサタン側の妻として立てられたレアが生んだ息子たちの末の弟であった。それゆえに、ヨセフはアベルの立場にいたのであるが、しかし、カインの立場にいたその兄たちが、彼を殺そうとしたのである。ところが、辛うじて死を免れ商人に売られたことから、先にエジプトに入るようになったのであった。そして、彼が三十歳になりエジプトの総理大臣になったのち、彼が幼いときに天から夢の中で啓示してくださった教示のとおり(創三七・5~11)、その兄たちと父母とがエジプトを訪ねてきて彼に屈伏した摂理路程の基台の上で、イスラエルのサタン分立のためのエジプト苦役路程が始まった。ヨセフのこのような路程は、将来イエスが来られて、苦難の道を通じて、三十歳で王の王としてサタン世界に君臨されたのち、全人類はいうまでもなく、その祖先たちまでも屈伏させ、サタンの世界から分立して天の側に復帰するということを、見せてくださったのである。このようなヨセフの全生涯は、とりもなおさず、イエスの模擬者としての道を行く歩みであった。
 また、モーセの生い立ちと死も、まさしくイエスのその表示路程であったのである。モーセは、生まれたときは、パロ王の手によって殺されるよりほかはない立場にあったのであるが、その母親が彼を隠して育てあげたのち、パロの宮中に入り、敵の懐の中で、怨讐を越えて安全に成長したのであった。これと同じく、イエスも、生まれるや否や、ヘロデ王の手により、殺されるほかはない立場に陥ってしまったので、その母親が彼を連れてエジプトに逃れ、隠れて育てあげたのちに、再びヘロデ王の統治圏内に戻り、敵の懐の中で安全に成長されたのである。そしてまた、モーセが死んだのち、その死体の行方を知る人がいなかったということも(申命三四・6)、イエスの死体もそのようになるということに対する一つの模型であった。
 
そればかりでなく、モーセの民族的カナン復帰路程は、まさしくそのまま、次に詳しく記録されているように、将来イエスが来られて歩まれる世界的カナン復帰路程の典型であったのである。このように、モーセがイエスの模擬者であったという事実は、申命記一八章18節から19節に、神がモーセのような預言者一人(イエス)を立てると預言され、だれでも彼の言葉に聞き従わない者は罰するであろうと言われたそのみ言を見ても、十分に理解することができる。そしてまた、ヨハネ福音書五章19節を見れば、イエスは、父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができないと言われた。このみ言もまた、神がモーセをして、将来イエスが行われることを、前もって見せてくださったということを意味するのである。

② 信仰基台を復帰するための条件物

モーセは、既に論じたように、モーセ以前の摂理路程において、「信仰基台」を復帰してきた他の中心人物たちとは、別の立場に立っていた。それゆえに、モーセは、アベルとか、ノアとか、あるいはアブラハムのように、象徴献祭をしなくても、神のみ言を中心として、「四十日サタン分立基台」だけを立てれば、「信仰基台」を蕩減復帰することができたのである。その理由を挙げれば、まず第一に、モーセは、アベル、ノア、イサクなどが、三次にわたる象徴献祭を成功させることにより、象徴献祭による摂理を完了した基台の上に立っていたからである。
 第二には、人間始祖が堕落して、「信仰基台」を立てるための神のみ言を失ったので、堕落人間は、神のみ言を直接に受けることができなくなった。そのため、み言の代わりの条件として立てられたのが、その供え物なのである。ところがモーセのときに至ると、供え物を条件物として立てて「信仰基台」を復帰した、復帰基台摂理時代は過ぎさり、再び神のみ言に直接に対し得る、復帰摂理時代となったため、「信仰基台」のための「象徴献祭」は、必要ではなくなるのである。
 第三に、アダムの家庭を中心とした摂理が、長い歴史の期間をかけて延長されるに従い、サタンが侵入して延長されたその摂理的な期間を、蕩減復帰する条件を立てなければならなかった。
ところが、ノアが箱舟をもって「信仰基台」を立てるためには、「四十日サタン分立基台」が必要であった。そして、アブラハムも、四〇〇年期間を蕩減復帰する「四十日サタン分立基台」の上に立ったのち、初めて、「信仰基台」を立てるための「象徴献祭」をささげるようになったのである。また、イスラエル民族が、エジプトにおいて、四〇〇年間苦役するようになったのも、「四十日サタン分立基台」を蕩減復帰することにより、アブラハムの供え物の失敗によってサタンの侵入を受けたその「信仰基台」を蕩減復帰するためであった。このように復帰摂理時代においては、「四十日サタン分立基台」の上で、供え物の代わりに神のみ言を中心として立つことができさえすれば、それをもって「信仰基台」を復帰するようになっていたのである。

(2) 実 体 基 台

復帰基台摂理時代においては「家庭的な実体基台」を立てる摂理をなさった。しかし、復帰摂理時代になると、その次元が上がって、「民族的な実体基台」を立てる摂理をなさるようになるのである。ところで、「民族的な信仰基台」を復帰するに当たって、モーセは神の身代わりとなるので(出エ四・16、七・1)、イエスと同じ立場に立つことになる。それゆえモーセは、イスラエル民族に対しては、父母の立場に立っていたのである。また一方、モーセは、イエスに先立ってその道を開拓すべき使命を担った預言者でもあったので、その子女の立場にも立っていたのであった。したがって彼は、「民族的な実体基台」を立てるべき中心人物として、アベルの立場にもまた立たなければならなかったのである。
 
アベルは、アダムの代わりに、父母の立場で献祭したので、その献祭に成功することにより、彼はアダムが立てなければならなかった「信仰基台」とともに、「実体献祭」のためのアベル自身の立場をも確立することができたのであった。これと同一の原理により、そのときのモーセも、父母でもあり、また子女でもあるという二つの立場に立っていたために、彼もまた、父母の立場で「信仰基台」を蕩減復帰するようになれば、同時に彼は、子女の立場で「実体献祭」をするためのアベルの位置を確立することができたのである。
 
このようにして、モーセがアベルの位置を確立したのち、イスラエル民族がカインの立場で、モーセを通じて「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てるならば、そこに「実体基台」はつくられるのであった。

(3) メシヤのための基台

モーセが「民族的な信仰基台」を蕩減復帰して、モーセを中心とするイスラエル民族が、「民族的な実体基台」を蕩減復帰すれば、それがすなわち、「メシヤのための民族的基台」となるのである。そして、イスラエル民族が、その基台の上に、将来来られるメシヤによって重生され、原罪を脱いで、神と心情的に一体となることにより創造本性を復帰すれば、「完成実体」となるようになっていたのである。

(二)モーセを中心とする民族的カナン復帰路程

モーセがサタンの世界であるエジプトから、イスラエルの選民を奇跡をもって導きだし、紅海を渡り、荒野を巡って、神が約束された土地であるカナンに向かう路程は、将来、イエスがこの罪悪世界において、第二イスラエルであるキリスト教信徒を奇跡をもって導き、この罪悪世界の苦海を渡り、命の水が乾いた砂漠を巡って、神が約束された創造本然のエデンに復帰するその路程を、先に見せてくださったことにもなるのである。また、モーセを中心とする民族的カナン復帰路程が、イスラエル民族の不信によって、三次にわたって延長されたように、イエスを中心とする世界的カナン復帰路程も、ユダヤ人たちの不信によって、三次にわたって延長されたのであった。煩雑を避けるために、ここでは、モーセ路程とイエス路程とを細密に対照した説明は省くことにする。しかしこれは、本節と次の節とを対照してみることによって明らかにされるのである。

(1) 第一次民族的カナン復帰路程

① 信 仰 基 台

イスラエル民族が、四〇〇年間をエジプトで苦役することにより、アブラハムの象徴献祭の失敗によって招来された、民族的な蕩減期間は終わったのである。ここにおいて、モーセがイスラエル民族を導いて、「信仰基台」を復帰する人物となるためには、民族的な蕩減期間である四〇〇年を、再び個人的に蕩減することにより、「四十日サタン分立の基台」を立てなければならなかった。モーセは、この目的とともに、堕落前のアダムの「信仰基台」のために立てなければならなかった四十数を蕩減復帰するために(後編第三章第二節(四))、サタン世界の中心であるパロの宮中に入り、四十年を送らなければならなかったのである。
 
ゆえに、モーセは、他人が知らないうちにその乳母として立てられた母親から、選民意識に燃える教育を受けながら、パロ宮中生活を送ったのち、選民の血統に対する志操と忠節とを変えず、パロ宮中で、つかの間の罪悪の享楽にふけるよりは、むしろ、神の民と共に、苦難を受けることを喜びとして、宮中から脱出してしまったのであった(ヘブル一一・24~27)。このようにモーセは、パロ宮中生活の四十年をもって「四十日サタン分立基台」を立て、信仰基台を蕩減復帰したのである。

② 実 体 基 台

モーセは、「信仰基台」を立てることによって、同時に、既に述べたような「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」をつくるのに必要な、アベルの位置をも確立していたのである。ゆえに、カインの立場にいたイスラエル民族が、彼らの父母の立場であると同時に、子女としてのアベルの立場にもいたモーセに、信仰を通じて従順に屈伏し、彼から神のみ旨を継承することによって、善を繁殖することができたならば、そのときに「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立て、「民族的な実体基台」を蕩減復帰するようになっていたのである。イスラエル民族が、このようにモーセに従ってエジプトを出発し、カナンの福地に入る期間は、すなわち、彼らがこの「実体基台」を立てるための期間となるのである。
 神は、モーセがエジプト人を打ち殺すことをもって「出発のための摂理」をされた。
モーセは、自分の同胞が、エジプト人によって虐待されるのを目撃し、火のように燃えあがる同胞愛を抑えることができず、そのエジプト人を打ち殺してしまったのである(出エ二・12)。事実これは、神が御自分の民の惨状を御覧になり(出エ三・7)、憤懣やるかたない御心情を表示されたものでもあった。それゆえに、このようなモーセを中心として、イスラエル民族が一つになるかならないかということは、彼らがモーセに従って砂漠を横断するカナンの復帰路程を、成功裏に出発できるか否かを決定する重大な問題であったのである。
 
神の選ばれたモーセが、このようにエジプト人を打ち殺したということは、第一に、天使長が人間始祖を堕落させ、また、カインがアベルを殺すことによって、サタンが長子の立場で人類歴史をつくってきたため、天の側から長子の立場にいるサタンの側を打って、蕩減復帰する条件を立てなければ、カナン復帰路程を出発することができなかったからであった。そしてつぎには、モーセがパロの宮中に対する未練を断ち、再びそこに戻ることができない立場に立たせるためであり、また、一方においては、これをもってイスラエル民族に彼の愛国心を見せ、彼を信ずるようにするためでもあったのである。第二次民族的カナン復帰路程において、神がエジプトの長子と、その家畜の初子を全部打たれた理由も、正にここにあったのである。
 モーセの、このような行動を目撃していたイスラエル民族が、神と同じ心情をもって、モーセの愛国心に感動し、彼を心から尊敬し、心から信じたならば、彼らはモーセを中心として、神の導きにより、紅海を渡ったりシナイの荒野を巡るようなことをせずに、すぐペリシテの方へ行く近道を通ってカナンの土地に入り、「実体基台」をつくるはずであった。そして、この路程は、ヤコブのハラン二十一年路程を蕩減する二十一日路程となるはずであったのである。出エジプト記一三章17節には、「パロが民を去らせた時、ペリシテびとの国の道は近かったが、神は彼らをそれに導かれなかった。民が戦いを見れば悔いてエジプトに帰るであろうと、神は思われたからである」と記録されている。このみ言によって、神は、第一次民族的カナン復帰路程においては、ペリシテ地方の近道を通らせるつもりであったが、イスラエル民族がモーセを信じなかったために、この路程は出発することもできなかったのであり、第二次民族的カナン復帰路程のときには、第一次のときと同じく、彼らが再び不信に陥りカナン復帰の途中でエジプトに戻ることを憂慮されて、紅海を渡り、荒野を迂回していくように導かれたということを、我々は知ることができるのである。

③ 第一次民族的カナン復帰路程の失敗

もしカインの立場にいたイスラエル民族が、アベルの立場にいたモーセに従順に屈伏し、カナンの土地に入ることができたならば、彼らは「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てて「実体基台」をつくり得たはずであった。
 ところが彼らは、モーセがエジプト人を打ち殺すのを見て、むしろ、彼を誤解し、そのことを口に出して非難したため、パロはこのことを聞いてモーセを亡き者にしようとしたのである(出エ二・15)。そこでモーセは、やむなくパロの目を避けて、イスラエル民族を離れ、ミデヤンの荒野に逃げるようになったので、その「実体基台」をつくることができず、したがって、モーセを中心とするイスラエル民族のカナン復帰路程は、二次から三次まで延長されるようになったのである。

(2) 第二次民族的カナン復帰路程

① 信 仰 基 台

イスラエル民族の不信により、第一次民族的カナン復帰路程は失敗に終わり、モーセが彼の「信仰基台」のために立てたパロ宮中の四十年期間は、サタンの侵入を受ける結果となってしまった。それゆえに、モーセが第二次民族的カナン復帰路程を出発するためには、サタンの侵入によって失った、パロ宮中の四十年期間を蕩減復帰する期間を再び立て、「信仰基台」を復帰しなければならなかったのである。モーセがパロを避けてミデヤンの荒野に入り、再び、四十年期間を送るようになった目的は、とりもなおさず、ここにあったのである。この四十年期間には、イスラエル民族も、モーセを信じなかった罪によって、一層悲惨な生活をしたのであった。
 
モーセは、ミデヤン荒野における四十年をもって「四十日サタン分立基台」を新たに立てたため、第二次の民族的カナン復帰のための「信仰基台」を復帰することができたのである。それゆえに、神はモーセの前に現れて「エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。わたしは彼らの苦しみを知っている。わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと……のおる所に至らせようとしている。いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」(出エ三・7~10)と言われたのであった。

② 実 体 基 台

モーセは、ミデヤン荒野の四十年をもって、「四十日サタン分立基台」を再び造成し、「信仰基台」を復帰すると同時に、再び「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てるに当たってのアベルの位置をも確立したのである。したがって、第一次民族的カナン復帰路程の場合と同じく、カインの立場にいたイスラエル民族が、アベルの立場にいたモーセを絶対的に信じ、かつ、彼に従ったならば、神のみ言のとおりに、彼らは乳と蜜の流れるカナンの地に入ることができたわけであるから、ここで、「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立て、「実体基台」を造成できるようになっていたのであった。
 第一次民族的カナン復帰路程を出発しようとしたとき、モーセがエジプト人を打ち殺したのと同じ目的でもって、第二次民族的カナン復帰路程を出発するに当たって、神はモーセに、三大奇跡と十災禍を起こす権能を与えられ、エジプト人を打つことによって「出発のための摂理」をされたのである。モーセがサタンの側を打たなければならない理由は、既に明らかにしたように、第一に、サタンが侵入した長子の立場を蕩減復帰し、第二に、イスラエル民族をしてエジプトに対する未練を断つようにさせ、第三に、モーセがどこまでも、神が送られた人であるということをイスラエル民族に知らしめるためであった(出エ四・1~9)。さらに、モーセがエジプト人を打つことができたもう一つの理由があったのであるが、それはイスラエル民族が、神が言われたように、アブラハムの象徴献祭の失敗によるエジプト苦役四〇〇年の蕩減期間を全部満たしたにもかかわらず、その上になお、三十年間を苦役されることにより(出エ一二・41)、彼らの嘆きが神にまで達し、神の哀れみを呼び起こし得たという事実である(出エ二・24、25)。
 
それでは、三大奇跡は、復帰摂理路程において、何を予示したのであろうか。第一の奇跡は、神が命令して見せてくださったとおり(出エ四・3~5)、モーセの命令によって、アロンがその手に持っていた杖をパロの前に投げつけたとき、それが蛇となったというものである。これを見たパロは、自分の魔術師を召し寄せてその杖を投げさせたところ、これもまた、蛇となったのである。ところが、アロンの杖の蛇は彼らの杖の蛇をのみ尽くしてしまった(出エ七・10~12)。それでは、この奇跡は、いったい何を予示したのであろうか。これは、とりもなおさず、イエスが救い主として来られ、サタンの世界を滅ぼすということを、象徴的に見せてくださったのである。神の代わりに、神として立てられたモーセ(出エ七・1)の前で、奇跡を起こしたその杖は、将来、神の前でこのような奇跡を起こすであろう、権能的な面から見た、イエスを象徴したのであった。それと同時にまた、杖は身代わりの支え人、身代わりの保護者として、不義を打ち、真実なる道案内人の使命をするものであるがゆえに、これは将来、イエスが全人類の前で、このような使命を担って来られるということを見せてくださったものであり、その使命の面からイエスを象徴したものであったのである。
 そして、イエスを象徴する杖が蛇になったということは、イエスもまた、蛇の役割をしなければならないということを、見せてくださったのである。
イエスが「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」(ヨハネ三・14)と、御自分を蛇に例えられた理由は、実にここにあった。またイエスは、その弟子たちに、蛇のように賢くあれ(マタイ一〇・16)と言われた。これは元来、人間始祖が悪い蛇に誘惑されて堕落したのであるから、これを蕩減復帰するために、イエスは善なる知恵の蛇として来られ、悪なる人間たちを誘って善に導かなければならないし、弟子たちも善なる蛇として来られたイエスの知恵を習い、悪人たちを善導しなければならないという意味で、そのように言われたのである。また、モーセの蛇が魔術師の蛇をのみ尽くしたということは、イエスが天の蛇として来られ、サタンの蛇をのみ滅ぼしてしまわれるということを象徴的に見せてくださったのであった。
 
第二の奇跡は、神の命令によって、モーセが最初に手を懐に入れたときには、その手がらい病にかかっていた。しかし、神の命令によって、再びその手を懐に入れたときには、らい病にかかっていたその手が完全に快復して元の肉のようになっていたのである(出エ四・6、7)。この奇跡は、将来イエスが後のアダムとして来られ、後のエバの神性である聖霊(前編第七章第四節(一))を送られることによって、贖罪の摂理をされるということを、象徴的に見せてくださったのであった。最初に手を懐に入れて、不治のらい病にかかったということは、最初に天使長がエバを懐に抱くことによって、人間が救われ難い立場に堕落してしまったということを意味したのである。そして、その手を再び懐に入れたとき、病気が完全に治ってしまったということは、人類の父性の神であられるイエスが来られて、人類の母性の神であられる聖霊(前編第七章第四節(一))を復帰し、めんどりがそのひなを翼の下に集めるように(マタイ二三・37)、全人類を、再びその懐に抱くことによって重生せしめ、完全復帰するということを表示されたのであった。
 第三の奇跡は、川の水を陸地に注いで血となるようにしたことである(出エ四・9
)。これは、無機物(水)に等しい命のない存在が、有機物(血)に等しい命のある存在として復帰されるということを、象徴的に見せてくださったのであった。水は堕落して命を失った世間一般の人間を意味するのであるから(黙一七・15)、この奇跡は将来イエスと聖霊とが来られて、命を失った堕落人間を、命のある子女として復帰されるということを、見せてくださったのである。以上のような三つの権能を行われたのは、イスラエル民族の前に、将来イエスと聖霊とが、人類の真の父母として来られ、全人類を子女として復帰し、サタンに奪われた創造本然の四位基台を復帰することができる、象徴的な蕩減条件を立て得るようにされるためであった。
 つぎにモーセが、神に自分の言葉を代理に語れる人を要求したとき、神はその兄アロン(出エ四・14
)と、アロンの姉である女預言者ミリアム(出エ一五・20)とを彼に与えられた。これは、将来み言の実体となられるイエス(ヨハネ一・14)と聖霊とが来られて、堕落によってみ言を失った人間を、み言の実体として復帰されるということを、形象的に見せてくださったのであった。それゆえに、アロンとミリアムとがカナンの復帰路程を通じて、神の立場にあったモーセに仕え、彼の身代わりとなって指導の使命を担ったということは、将来イエスと聖霊とが、世界的カナン復帰路程を通して、神のみ旨に従い、身代わりの贖罪使命をされるということを、形象的に見せてくださったのである。
 モーセが神の命令を受けパロの前に行く途中で、主が現れてモーセを殺そうとされた。そのときモーセは、彼の妻チッポラがその男の子に割礼を施して許しを請うたおかげで、死を免れることができたのである(出エ四・24~26)。このように、モーセは割礼をもってその試練に勝利したため、彼の家族が生き得たのであり、したがって、イスラエル民族がエジプトから出られるようになったのであるが、これもまた、将来イエスが来られたときに、イスラエルの民族が割礼の過程を経なくては、神の救いの摂理が成就されないということを、前もって見せてくださったのである。
 
それでは、割礼がいかなる意味をもっているかということについて、調べてみることにしよう。人間始祖は、サタンと血縁関係を結ぶことによって、いわば、陽部を通じて死亡の血を受けたのであった。ゆえに、堕落した人間が、神の子女として復帰されるためには、その蕩減条件として、陽部の皮を切って血を流すことにより、その死亡の血を流してしまったということを示す表示的条件として、割礼を行うようになったのである。それゆえに、この割礼の根本意義は、第一には、死亡の血を流してしまうという表示であり、第二には、男子の主管性を復帰するという表示であり、また第三には、本然の子女の立場を復帰するという約束の表示でもあるのである。ところで、割礼の種類としては、心の割礼(申命一〇・16)と、肉身割礼(創一七・10)、万物割礼(レビ一九・23)などの三種類がある。
 つぎに神は、モーセを通じて十災禍の奇跡を行われることにより、イスラエル民族をエジプトから救いだされたのであるが(出エ七・10~一二・36)、これも将来イエスが来られて、奇跡をもって神の選民を救われるということを、見せてくださったのであった。ヤコブがハランにおいて、二十一年間の苦役をするとき、ラバンは当然ヤコブに与えなければならない報酬を与えないで、十回も彼を欺いた(創三一・7)。それゆえに、ヤコブの路程を歩むモーセの路程においても、パロがイスラエル民族を、限度を越えて苦役させたばかりでなく、十回も彼らを解放すると言いながら、そのつど彼らを欺いたので、その蕩減として十回の災禍を下し、パロを打つことができたのである。それでは、これらの災禍はいったい、何を予示しようとされたものであるかということについて、調べてみることにしよう。
 エジプトの側には三日間の暗黒があり、イスラエルの側には三日間の光明があったというのは、これは将来イエスが来られたら、サタンの側は暗闇となり、神の側は光明となって、サタンの側と神の側とが分岐されるということを、表示してくださったのである。つぎに神は、エジプトの長子と家畜の初子をことごとく撃ってしまわれたのであるが、イスラエルの民族は、羊の血をもってこれを免れることができた。これは、サタン側の長子はカインの立場であるためにこれを打ち、アベルの立場である次子をして、長子の立場を復帰するようにさせるためであった。この災禍もまた、将来イエスが来られたならば、最初に長子の立場を復帰することにより、摂理路程を先に出発したサタンの側は滅び、次子の立場である神の側はイエスの血の代贖によって救われるということを、前もって見せてくださったのである。モーセはまた、エジプトから多くの財物を取って出発したのであるが(出エ一二・35、36)、これも、将来にあるはずのイエスの万物復帰を、前もって表示されたのであった。神は災禍の奇跡を行われるごとに、パロの心をかたくなにされたが(出エ一〇・27)、その理由は、第一に、パロとイスラエル民族に神の能力をはっきりと見せ、神はまさしく、イスラエルの神であられるということを悟らしめるためであった(出エ一二・1)。そして第二には、パロをして、あらん限りの力を尽くして、イスラエル民族を捕らえようと努めさせ、しかも結局は、やむなくそれを断念せざるを得ないことを体験させ、自己の無力を悟らしめ、また、イスラエル民族がエジプトを離れたのちにも、彼らに対する未練をもたしめないようにされるためであった。そして、第三には、イスラエル民族をして、パロに対する敵愾心を抱くようにさせ、エジプトに対する未練を断つようにさせるためであった。
 第一次の民族的カナン復帰路程においては、モーセがエジプト人を打ち殺すことをもってその出発のための摂理をされたのであった。しかし、彼らがかえってモーセを信じなかったために、この路程は出発することさえもできず、失敗に終わってしまったのである。ところが、
第二次路程におけるイスラエル民族は、その「出発のための摂理」として見せてくださった三大奇跡と十災禍に接し、モーセはまさしく、神が遣わされた真実なるイスラエルの指導者である、ということを信ずるようになったのであった。そして、イスラエル民族は、「民族的な信仰基台」の上でアベルの立場を確立したモーセを信じ、彼に従う立場に立つようになったので、彼らはついに、第二次民族的カナン復帰路程を出発することができたのである。
 
ところが、イスラエル民族がこのように一時的にモーセに従い、従順に屈伏したとしても、それだけで直ちに「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられたということにはならない。なぜかといえば、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てる摂理路程にはサタンが侵入し、長い摂理の期間をサタンに奪われていたために、モーセに対してカインの立場に立っていたイスラエル民族は、このような期間を民族的に蕩減復帰するため、この荒野路程の全期間を通じ、従順と屈伏をもってモーセを信じ、彼に従わなければ、「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てることができなかったからである。したがって、イスラエル民族がモーセに従い、荒野路程を経てカナンに入ってしまうまでは、「民族的な実体基台」を立てることができなかったのであった。
 
このように神は、第二次のカナン復帰路程においては、その第一次のときよりももっと大きな恩賜をもって「出発のための摂理」をされたのである。しかし、これはあくまでも彼らの不信のためであったから、第二次路程においてイスラエル民族が立てるべき蕩減条件は、更に一層加重されたのであった。すなわち、第一次路程においては、彼らがモーセを信じ、彼に従ったならば、ペリシテの近道に導かれ、ヤコブのハラン路程期間数である二十一日間をもって、カナンの福地に入り得たはずであったのである。ところが、第二次路程においては、出エジプト記一三章17節に明示されているように、もし、彼らがペリシテ地方の近道に導かれたならば、戦争を見て恐れを抱き、第一次路程のときと同じく、再び不信に陥ってエジプトに戻るかもしれない、と心配されたので、神は彼らをこの近道に導かれないで、紅海を渡り、荒野を迂回し、二十一カ月かかってカナンに入る路程を選ばれたのであった。
 このようにして、モーセを中心とするイスラエル民族は、二十一カ月の荒野路程を出発するようになったのである。
それでは、既に前もって述べたとおり、この路程がいかにして、将来来られるイエスを中心とする、世界的カナン復帰路程の表示路程になったか、ということについて調べてみることにしよう。
 
モーセに屈伏したパロがイスラエル民族に、自分の国の内でなら犠牲をささげてもよいと承諾したとき、モーセは、「そうすることはできません。わたしたちはエジプトびとの忌むものを犠牲として、わたしたちの神、主にささげるからです。もし、エジプトびとの目の前で、彼らの忌むものを犠牲にささげるならば、彼らはわたしたちを石で打たないでしょうか。わたしたちは三日の道のりほど、荒野にはいって、わたしたちの神、主に犠牲をささげ、主がわたしたちに命じられるようにしなければなりません」(出エ八・26、27)という言葉をもってパロを欺き、自由許諾の三日間を得て、イスラエル民族を導きだしてきたのであった。この三日間は、すなわち、アブラハムがイサク献祭に当たってサタン分立のために要した期間であったから、そののちこれは、摂理路程を出発するたびごとに、サタン分立のために必要な蕩減期間となったのである。したがって、ヤコブがカナン復帰路程を出発しようとしたときにも、ラバンを欺いてハランを離れ、サタンを分立した三日期間があった(創三一・19~22)。これと同じく、モーセにも、彼がカナン復帰路程を出発するためには、パロを欺いて自由行動をとり、サタンを分立せしめる三日期間がなければならなかったのである。そして、これは後日、イエスの場合にも、サタン分立のための復活三日期間があったのち、初めて、霊的復帰路程の出発をされるようになるということを、表示してくださってもいるのである。このようにして、イスラエルの壮丁(成年に達した男子)六十万人が、ラメセスを出発したのは、正月十五日であった(出エ一二・6~37、民数三三・3)。
 イスラエル民族が、三日期間を神のみ意にかなうように立て、スコテに到達したのちにおいても、神は尽きない恩賜をもって、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって彼らを導かれたのである(出エ一三・21
)。モーセの路程で、イスラエル民族を導いた昼(陽)の雲の柱は、将来イスラエル民族を、世界的カナン復帰路程に導かれるイエスを表示したのであり、夜(陰)の火の柱は、女性神として彼らを導くはずである聖霊を象徴したのであった。
 
モーセは神の命令により、杖をもって紅海の波を分け、それを陸地のようになさしめて渡ったのであるが、彼らのあとを追撃してきたエジプトの馬と戦車と騎兵とは、みな水葬に付されてしまったのである(出エ一四・21~28)。既に説明したように、パロの前に立っていたモーセは、神を象徴したのであり(出エ七・1)、モーセが手に持っていた杖は、神の権能を現すイエスを象徴したのであった。それゆえに、この奇跡は将来イエスが来られるとき、サタンはイエスに従って、世界的カナン復帰路程を歩む信仰者たちのあとを追撃することになるが、杖の使命者として来られるイエスが、鉄の杖をもって(黙二・27、詩二・9)、彼らの前に横たわるこの荒海の俗世界を打つとき、この苦海も平坦な道に分けられるはずであるから、聖徒たちの道は開かれ、追撃するサタンは滅ぼされてしまうということを見せてくださったのである。前編の終末論において既に述べたように、鉄の杖は神のみ言を意味する。そして、黙示録一七章15節には、この罪悪世界を水に例えているのである。我々がこの俗世界を苦海と呼ぶのも、このような通念から生じてきたものと見ることができる。
 イスラエルの民族は、紅海を渡り、エジプトを出発してから二カ月目の十五日に、シンの荒野に到着した(出エ一六・1)。このときから神は、彼らが人の住む土地にやって来るまでマナとうずらとを与えられたのであるが(出エ一六・35)、これは将来、イエスが世界的カナン復帰路程において、人間の命の要素であるイエスの肉(マナ)と血(うずら)とが、すべての人間に与えられるということを見せてくださったのである。それゆえに、ヨハネ福音書六章48節以下を見ると、イエスは、「……あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死んでしまった……人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない」と言われたのであった。
 イスラエル民族がシンの荒野を出発して、レピデムに宿営したとき、神はモーセに命ぜられて、ホレブ山の磐石(岩)を打たせ、水を出して彼らに飲ませられた(出エ一七・6)。ところで、(コリントⅠ・一〇章4節)に「岩はキリストにほかならない」と言われているのであるから、この行事は将来メシヤが来られ、「永遠の命に至る水」(ヨハネ四・14)によって、すべての人を生かすということを見せてくださったのである。つぎに、モーセがシナイ山で受けた二つの石板も、イエスと聖霊とを象徴するのであるが、磐石は石板の根であるから、これはまた神をも象徴しているのである。モーセが磐石を打って水を出し、イスラエル民族に飲ませて彼らを生かした基台があるので、この基台の上でモーセが石板を受けるようになったのであり、したがって契約の箱と幕屋をつくることができたのであった。
 ヨシュアがレピデムでアマレクと戦ったとき、モーセが手を挙げているとイスラエルが勝ち、手を下げると敗れた。それゆえに、アロンとホルは、石を取ってモーセの足もとに置き、彼をその上に座らせて、彼の手が下がらないように左右から支えることにしたので、その前で戦っていたヨシュアは、アマレク王とその民を打って勝利したのであった(出エ一七・10~13)。これも将来、イエスが来られるときに起こることを、前もって見せてくださったのであり、ヨシュアはイエスを信ずる信仰者を、アマレクはサタンの世界を、そしてアロンとホルはイエスと聖霊を、各々象徴したものである。そして、アロンとホルがモーセの手を支えて立っていたその前で、ヨシュアがアマレクを打って滅ぼしたということは、神を中心とするイエスと聖霊の三位神を信ずる信仰者たちは、その前に現れるあらゆるサタンを滅ぼすことができるということを予示してくださったのであった。

③ 幕屋を中心とする復帰摂理

我々は先に、石板と幕屋と契約の箱とを受けるようになったそのいきさつを、知らなければならない。イスラエル民族は、アマレクと戦って勝利したのち、三カ月目の初めに、シナイの荒野に到着した(出エ一九・1)。ここでモーセは、長老七十人を率いて、シナイ山に登って神を見た(出エ二四・9、10)。神は特別に、モーセをシナイ山の頂に呼ばれ、石の板に記録した十戒を受けるために、四十日四十夜を断食せよと命じられた(出エ二四・18)。モーセは、シナイ山で断食する間に、神から契約の箱と幕屋についての指示を受けた(出エ二五~三一)。そして四十日間の断食が終わったとき、モーセは十戒を記録した二つの石板を神から受けたのである(出エ三一・18)。
 モーセが石板を持ってシナイ山から下り、イスラエルの民の前に出てきたとき、彼らはアロンをして金の子牛をつくらせ、それが、イスラエル民族をエジプトから導きだした神であると言って拝んでいたのであった(出エ三二・4
)。これを見たモーセは大いに怒って、手に持っていた二つの石板を山の下に投げつけ、壊してしまったのである(出エ三二・19)。しかし、神は再びモーセに現れて、先のものと同じ石の板をつくってきたなら、そこにまた十戒のみ言を刻んでくださることを約束されたのであった(出エ三四・1)。このみ言を聞いたモーセが、再び四十日四十夜を断食したとき、神は彼の石板に再び十戒を記録してくださった(出エ三四・28)。モーセがこの石板をもって、再びイスラエル民族の前に現れたとき、初めて彼らはモーセを信じ、彼に仕えるようになって、契約の箱をつくり、幕屋を建設したのである(出エ三五~四〇)。
(イ) 石板、幕屋、契約の箱などの意義とその目的
 石板は何を意味するものであろうか。モーセがみ言を記録した二つの石板を受けたということは、堕落によって、供え物を通してのみ神と対応できた復帰基台摂理時代が既に過ぎさり、堕落人間がみ言を復帰して、それをもって神と対応することができる復帰摂理時代に入ったということを、意味するのである。そして、既に後編の緒論において明らかにしたように、み言によって創造されたアダムとエバは、完成したならば、み言の「完成実体」となるはずであった。しかし、彼らは堕落することによって、み言を失った存在となってしまったのである。ここにおいて、モーセが「四十日サタン分立期間」をもって、み言を記録した二つの石板を手にしたということは、サタンの世界から、失ったアダムとエバとを、象徴的なみ言の実体として復帰したということを意味するのである。したがって、み言を記録した二つの石板は、復帰したアダムとエバとの象徴体であって、将来、み言の実体として来られるイエスと聖霊とを象徴したのであった。聖書にイエスを白い石で象徴し(黙二・17)、また、岩はすなわちキリストである(コリントⅠ・一〇・4)と言われた理由はここにあるのである。このように、二つの石板はイエスと聖霊とを象徴するために、結局これらはまた、天と地とを象徴することにもなるのである。
 つぎに、幕屋にはどういう意義があるのであろうか。イエスはエルサレムの神殿を自分の体に例えられた(ヨハネ二・21)。そしてまた、イエスを信じる信徒たちのことをも、神の宮であると言われたのである(コリントⅠ・三・16)。それゆえに、神殿はイエスの形象的な表示体であるといわなければならない。モーセを中心とするイスラエル民族が、第一次カナン復帰に成功したならば、彼らはカナンの地に入ってすぐ神殿を建設し、メシヤを迎えることができる準備をするはずであった。ところが、彼らの不信により、第一次路程は出発することもできなかったのであり、第二次路程では、紅海を渡り荒野において流浪するようになったため、神殿を建設することができず、その代わりに、幕屋を建てたのである。それゆえに、幕屋はイエスの象徴的な表示体なのである。それゆえ、神がモーセに幕屋を建てるように命ずるとき、「彼らにわたしのために聖所を造らせなさい。わたしが彼らのうちに住むためである」(出エ二五・8)と言われたのである。
 幕屋は至聖所と聖所との二つの部分からなっているのであるが、至聖所は、大祭司だけが年に一度入って献祭をする所である。そして、そこには契約の箱が安置されていて、神が親しく臨在される所であるために、これはイエスの霊人体を象徴したのであり、聖所は普通の献祭のときに入る所であって、これはイエスの肉身を象徴したのであった。したがって、至聖所は無形実体世界を、聖所は有形実体世界を象徴することになるのである。イエスが十字架につけられたとき、聖所と至聖所との間に掛けられていた幕が、上から下まで真っ二つに裂かれたということは(マタイ二七・51)、イエスの十字架による霊的救いの摂理の完成によって、霊人体と肉身とが、そして、天と地とが、互いに交通し得る道が開かれたということを意味するのであった。
 それでは契約の箱とはいったい何であろうか。契約の箱とは、至聖所に安置する律法の櫃であって、その中にはイエスと聖霊、すなわち天と地とを象徴する二つの石板が入っていた。そしてまた、そこには荒野路程におけるイスラエル民族の命の糧であり、また、イエスの体を象徴するマナが、神の栄光を表象する金の壺に入れられて安置されていたのであり、また、イスラエルに神の能力を見せてくださった、芽を出したアロンの杖が入っていたのである(ヘブル九・4)。このような点から見るとき、契約の箱は、大きくは天宙の、そして、小さくは幕屋の縮小体であると見なすことができる。
 
そして、契約の箱の上には贖罪所がつくられていたのであるが、神が言われるには、金をもって二つのケルビムをこしらえ、贖罪所の左右に向かいあわせに置けば、二つのケルビムの間から主なる神が親しく現れて、イスラエルの人々に、命じようとするもろもろのみ言を語るであろうと言われたのである(出エ二五・16~22)。これは将来、二つの石板に表示されているイエスと聖霊とが来られて摂理されることにより、贖罪が成立すれば、その贖罪所に神が現れると同時に、エデンの園において、アダムが生命の木の前に出ていく道をふさいでしまったケルビム(創三・24)が左右に分かれて、だれでも生命の木であられるイエスの前に行って、神のみ言を受けることができるようになるということを表示してくださったのであった。
 
それでは、神が石板と幕屋と契約の箱とを下し給うた目的は、いったいどこにあるのだろうか。イスラエル民族は、アブラハムの「象徴献祭」の失敗によって招来した四〇〇年蕩減期間を終えてのち、三大奇跡と十災禍をもってエジプトの民を打ち、追撃してくるエジプトの数多くの兵士と戦車とを水葬に付して紅海を渡り、荒野への道を踏みだしたのであった。神のみ旨を中心として見てもそのとおりであるが、このように仇をつくって離れたエジプトであったために、再びそこに戻ることができない立場にいたイスラエル民族にとって、カナン復帰は必然的に成就しなければならない路程であったのである。それゆえに、神は「出発のための摂理」を、そのような奇跡と災禍をもって行われたのであり、また、イスラエル民族をして紅海を渡らせ、再び、戻ることができないような環境へと追いつめられたのであった。
 しかし、イスラエル民族はみな不信に流れてしまった。そしてついには、モーセまでが不信の行動をとるかもしれないという立場に陥ってしまったのである。ここにおいて神は、たとえ人間は変わっても変わることのできないある信仰の対象を立てなければならなかったのである。すなわち、いかなるときにおいても、たった一人でもこれを絶対に信奉する人がいるならば、そのような人たちによって、その信仰の対象を、あたかもバトンのように継承しながら、摂理の目的をあくまでも成就していこうとされたのである。
 それでは、このような信仰の対象は何をもって立てなければならなかったのであろうか。石板が入っている契約の箱を安置することによって、メシヤを象徴した幕屋が、すなわち、これであったのである。それゆえに、イスラエル民族が幕屋をつくったということは、既にメシヤが象徴的に降臨されたということを意味するのであった。
 したがって、モーセを中心とするイスラエル民族が、この幕屋をメシヤのように対し忠誠をもって信奉し、カナンの福地に復帰するならば、「民族的な実体基台」は、そのときに立てられるのであった。そして、もしイスラエルがみな不信に陥るとしても、モーセ一人だけでも残ってその幕屋を守るならば、その民族は再び蕩減条件を立てて、幕屋を信奉するモーセを中心として、その基台の上に復帰することができるのである。その上、もし更にモーセまでが不信に陥ったとしても、その民族の中のある一人がモーセを代理して最後まで幕屋を守るならば、また、彼を中心として、不信に陥った残りの全民族を復帰する摂理を再びなさることができたのであった。
 第一次民族的カナン復帰路程において、もしイスラエル民族が不信に陥らなかったならば、モーセの家庭は幕屋の代理であり、モーセは石板と契約の箱の代理であり、また、モーセの家法は、天法を代理するはずであったから、彼らには、石板とか契約の箱とか幕屋とかが必要ではなく、そのままカナンに入って、神殿を建てるはずであったのである。ゆえに、石板と幕屋と契約の箱は、イスラエル民族が不信に陥ったので、彼らを救うための一つの方便として下さったものなのであった。
幕屋はイエスと聖霊の象徴的な表示体であるから、神殿を建てるときまで必要だったのであり、神殿はイエスと聖霊の形象的な表示体であるから、実体の神殿であられるメシヤが降臨されるときまで必要だったのである。
(ロ) 幕屋のための基台
 メシヤを迎えるためには「メシヤのための基台」がつくられなければならないのと同様に、象徴的なメシヤである幕屋を迎えるためにも、「幕屋のための基台」がつくられなければならない。したがって、この基台を立てるためには、幕屋のための「信仰基台」と、幕屋のための「実体基台」とを立てなければならない、ということはいうまでもない。それでは、モーセを中心とするイスラエル民族は、いかにしてこの二つの基台を立てることができたであろうか。
 モーセが、幕屋のための神のみ言を信奉し、断食の祈りをもって「四十日サタン分立期間」をみ意にかなうように立てれば、幕屋のための「信仰基台」がつくられるようになっていたのである。また、イスラエル民族が、幕屋のための「信仰基台」の上で、幕屋理想を立てていくモーセに、信仰をもって従順に屈伏すれば、幕屋のための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられ、したがって、幕屋のための「実体基台」もつくられるようになっていたのであった。ここにおいて、幕屋というのは、その中に入っている石板と契約の箱とを含めていうのである。
(a) 第一次 幕屋のための基台
 人間は、六日目に創造されたみ言の実体である(ヨハネ一・3)。したがって、このように創造されたあとで堕落した人間を復帰するために、再創造のみ言を下さる摂理をされるためには、サタンの侵入を受けた創造期間の六数を聖別しなければならないのである。そこで、神は六日間、主の栄光の雲をもってシナイ山を覆い聖別されたのち、七日目に、その雲の中に現れてモーセを呼ばれたのであった(出エ二四・16)。モーセは、このときから四十日四十夜の間断食したのである(出エ二四・18)。それは、既に前のところで詳しく論じたように、イスラエル民族が紅海を渡ったのち、再び不信に陥るのを見られた神が、モーセをして「四十日サタン分立期間」を立てるようにせられ、それによって、象徴的なメシヤである幕屋のための「信仰基台」を立たしめるためであった。
 
イスラエル民族のカナン復帰路程における「堕落性を脱ぐための蕩減条件」は、彼らが一時的にモーセを信じ、彼に従うことによってつくられるのではなく、彼らがカナンに入り神殿を建ててメシヤを迎えるときまで、継続してそのような立場に立ちつづけることによってのみ、それが成立するということは、既に論じたとおりである。これと同じく、幕屋を建てるために、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、幕屋のための「実体基台」をつくるときにおいても、イスラエル民族は、モーセが「四十日サタン分立期間」を経て幕屋を建てるときまで、彼を信じ、彼に仕え、彼に従わなければならなかったのであった。ところが彼らは、モーセが断食の祈りをあげていた期間に、みな不信に陥ってしまい、アロンに金の子牛をつくらせ、それがイスラエルの民をエジプトから導きだした神であると言って拝んでいたのである(出エ三二・4)。その結果、イスラエル民族は、幕屋のために立てなければならなかった「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てられず、したがって幕屋のための「実体基台」もつくることができなかったのである。
 
神は、奇跡をもってイスラエル民族を導いてくださった。しかし、人間自身がみ言の基台を失ってしまったのであるから、人間自身の責任分担において、それを立てなければならないこの期間に限っては、神も彼らの行動を干渉し給うことができなかったのである。ところで、偶像をつくって踊り狂っているイスラエルの民を見るや否や、烈火のごとく憤ったモーセは、手に持っていた石板を山の下に投げつけて、壊してしまった(出エ三二・19)。そのためこれは、モーセが「四十日サタン分立期間」をもって立てたところの幕屋のための「信仰基台」に、サタンが侵入するという結果をもたらしてしまったのである。二つの石板は、既に前のところで明らかにしたように、後のアダムと後のエバとして復帰されるイエスと聖霊とを象徴している。モーセが、イエスと聖霊とを象徴する二つの石板を、イスラエルの不信仰によって壊してしまったということは、次にイエスが来られるときにも、もしユダヤ民族が不信仰に陥れば、イエスが十字架で亡くなられ、イエスと聖霊が神から受けた本来の使命を完遂することができないということを象徴的に見せてくださったのであった。
 モーセを中心として行われたイスラエル民族のこのような不信仰は、モーセが「四十日サタン分立期間」を立てたのち、その民をしてモーセに従わせ、「幕屋のための基台」をつくろうとされた神の摂理を挫折させてしまったのである。したがって、「幕屋のための基台」をつくろうとされた摂理は、打ち続くイスラエルの不信仰により、二次から更に三次にまで延長されてきたのであった。
(b) 第二次 幕屋のための基台
 モーセを中心とするイスラエル民族は、二つの石板を中心とする神の摂理に対して不信に陥ってしまった。しかし彼らは、既にレピデムにおいて石板の根である磐石の水を飲んだ基台の上に立っていたために(出エ一七・6)、モーセが石板を壊してしまったあとでも、神は再びモーセの前に現れ、石板二つを以前のものと同じようにつくってくるならば、最初の石板に刻んで下し給うたのと同じみ言を、再び書いてくださるということを約束されたのである(出エ三四・1)。しかし、ここで「四十日サタン分立基台」を再び立てて、幕屋のための「信仰基台」を復帰しなければ、石板を中心とする幕屋を復帰することは不可能であるため、モーセは、再び、四十日四十夜の間断食したのちに、十戒のみ言を記録した第二次の石板と幕屋理想を復帰するようになったのであった(出エ三四・28)。
 
一度壊してしまった石板を、四十日四十夜の断食の祈りをもって復帰したということは、十字架で亡くなられたイエスも、彼を信ずる信徒たちが「四十日サタン分立基台」をもって、彼を迎えることができる蕩減条件を立て得るならば、その基台の上に再臨なさり、救いの摂理を再び行うことができるということを見せてくださったのである。
 
モーセが、第二次として石板を中心とする幕屋理想を復帰していた「四十日サタン分立基台」においては、イスラエル民族は、モーセに従順に屈伏しただけでなく、モーセの指示によって、神のみ言のとおりに幕屋を建てたのであるが、そのときは、第二年の正月一日であった(出エ四〇・17)。このようにして、イスラエルの選民たちは「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、幕屋のための「実体基台」をつくることによって、「幕屋のための基台」を造成した基台の上に、幕屋を建設するようになったのである。しかし、既に述べたように、彼らが幕屋を建設することだけでは、第二次民族的カナン復帰路程における「実体基台」はつくり得ないのである。彼らはカナンに入って神殿を建て、メシヤを迎えるときまで忠節を変えることなく、この幕屋を自分たちの命よりもなお貴重に思い、それを信奉しなければならなかったのである。
 第二年の二月二十日に、イスラエル民族は雲の柱の導きによって、幕屋を中心として、シナイの荒野を出発した(民数一〇・11、12
)。ところが、彼らは再び不信仰に陥り、モーセを恨んだので、エホバは怒りを発せられ、火をもって彼らの宿営の端を焼かれたのである(民数一一・1)。イスラエルの民はそれでもなお悔い改めず、泣き叫びながら、マナのほかには、きゅうりもすいかもないとモーセに恨み言を言いつつ、エジプトの地を慕ったのであった(民数一一・4~6)。したがって、イスラエル民族が立てていかなければならなかった「幕屋のための基台」は、再びサタンの侵入を受ける結果となってしまったので、この基台を復帰しようとした摂理は、またも、第三次の延長を余儀なくされたのであった。
(c) 第三次 幕屋のための基台
 イスラエル民族が、再び不信に陥ったので、彼らを中心とする第二次の「幕屋のための基台」は、また、サタンの侵入を受けるようになってしまったのである。しかし、モーセの変わらない信仰と忠誠とによって、その幕屋は、依然としてモーセを中心とする幕屋のための「信仰基台」の上に立っていたのであり、また、イスラエル民族は、既にレピデムで幕屋の中心である石板の根、すなわち、磐石の水を飲んだ(出エ一七・6)基台の上に立っていたのであった。それゆえに、このような基台の上でイスラエル民族が再び、「四十日サタン分立基台」を立てて、幕屋を中心とするモーセに従順に屈伏したならば、彼らいま一度、第三次の「幕屋のための基台」を蕩減復帰できるようになっていたのである。このための条件として下さったのが、四十日の偵察期間であった。
 
神はイスラエル民族の各部族から族長一人ずつを集めて、十二名をカナンの地に送り(民数一三・2)、四十日間にわたって偵察をさせられた(民数一三・25)。しかし、偵察から戻ってきた十二名のうち、ヨシュアとカレブとを除いては全部が不信仰な報告をしたのである。すなわち、その地に住む民は強く、その町々は堅固であるばかりでなく(民数一三・28)、その地はそこに住む者を滅ぼす地であり、またその所で見た民はみな背が高い人々であり、わたしたちには自分がいなごのように思われた(民数一三・32、33)と言いふらし、イスラエルはその城とその民とを攻撃することができないと報告したのである。この報告を聞いたイスラエル民族は、モーセに向かってつぶやき、泣き叫びながら、新たに一人のかしらを立てて、エジプトに帰ろうと騒ぎだした。
 しかし、ヨシュアとカレブとは、カナンの地の民たちは、彼らを守る者が既に取り除かれているので、イスラエルの食いものにすぎない。その反面、我々には、エホバが保護者としてついておられるのだから、恐れることなく彼らを攻撃することによって、神に背かないようにしなければならないと叫んだのである(民数一四・9)。しかし、イスラエルの民はかえって、石をもってヨシュアとカレブとを撃ち殺そうとしたのであった(民数一四・10)。このときにエホバが現れて、「この民はいつまでわたしを侮るのか。わたしがもろもろのしるしを彼らのうちに行ったのに、彼らはいつまでわたしを信じないのか」(民数一四・11)と言われながら、「あなたがたの子供は、わたしが導いて、はいるであろう。彼らはあなたがたが、いやしめた地を知るようになるであろう。しかしあなたがたは死体となってこの荒野に倒れるであろう。あなたがたの子たちは、あなたがたの死体が荒野に朽ち果てるまで四十年のあいだ、荒野で羊飼となり、あなたがたの不信の罪を負うであろう。あなたがたは、かの地を探った四十日の日数にしたがい、その一日を一年として、四十年のあいだ、自分の罪を負い、わたしがあなたがたを遠ざかったことを知るであろう」(民数一四・31~34)と言われたのである。このように、第三次の「幕屋のための基台」も復帰することができなくなったので、第二次の二十一カ月の荒野路程は、第三次の四十年荒野路程に延長されてしまった。

④ 第二次民族的カナン復帰路程の失敗

イスラエル民族の不信により、「幕屋のための基台」が、三次にわたってサタンの侵入を受けるようになったので、第二次民族的カナン復帰路程における「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」は、立てることができなくなってしまった。したがって、第二次に立てようとした「実体基台」を造成することができなくなり、第二次民族的カナン復帰路程は、再び失敗に終わってしまい、第三次民族的カナン復帰路程に延長されたのである。

(3) 第三次民族的カナン復帰路程

① 信 仰 基 台

イスラエル民族の不信仰により、第二次民族的カナン復帰路程が失敗に終わったので、モーセがこの路程の「信仰基台」を復帰するために立てたミデヤン荒野の四十年期間は、再び、サタンの侵入を受ける結果となってしまった。それゆえに、イスラエル民族が偵察四十日期間を、信仰と従順をもって立てることができなかったので、日を年に換算して、荒野を経てカデシバルネアに戻るまでの四十年期間は、モーセにおいては、第二次路程の「信仰基台」に侵入したサタンを分立して、第三次路程の「信仰基台」を蕩減復帰するための期間となった。したがって、この荒野の四十年間を、ひたすら信仰と忠誠をもって、幕屋を信奉しながら流浪したあと、カデシバルネアに再び戻ってきたモーセは、第三次民族的カナン復帰路程のための「信仰基台」を立てることができたのであり、それによってこの路程の、民族的な「実体献祭」のためのアベルの立場も確立するようになったのである。

② 実 体 基 台

イスラエル民族が、偵察四十日路程を、信仰と従順とをもって立てることができず、不信と反逆をもって失敗したために、「幕屋のための基台」は、依然としてサタンの侵入を受けたものとなっていたから、第二次路程のための「実体基台」は造成されなかったのである。しかし、幕屋を忠誠をもって信奉した、モーセの幕屋のための「信仰基台」は、そのまま残っていたので、この基台の上でイスラエル民族が、荒野流浪の四十年期間を、変わらぬ信仰をもって幕屋を信奉しているモーセに、従順に屈伏することにより、偵察四十日に侵入したサタンを分立する基台を立てるならば、そのときに、幕屋のための「実体基台」が造成されると同時に、「幕屋のための基台」もつくられるようになるのである。そしてこの基台の上にイスラエル民族が、信仰と従順とをもって、幕屋を中心としてモーセに仕え、カナンに入るならば、そのときに、第三次民族的カナン復帰路程における「実体基台」がつくられるようになっていたのであった。
 
したがって、荒野の四十年流浪期間は、モーセにおいては、第三次路程における「信仰基台」を立てるための期間であったのであり、またイスラエル民族においては、「幕屋のための基台」を立てたのち、第二次路程で彼らがモーセに仕えて幕屋を建設した立場に戻ることによって、第三次路程の「出発のための摂理」をつくるための期間であったのである。
(イ) モーセを中心とする実体基台

 石板と幕屋と契約の箱は、イスラエル民族が荒野で不信に陥ったために受けるようになったということについては、既に論じたはずである。すなわちイスラエル民族が、彼らの第二次民族的カナン復帰路程において、神がその「出発のための摂理」として行われた三大奇跡を、信じない立場に立っていたので、それを蕩減復帰なさるために、神は彼らに四十日の試練期間を経させたのち、石板と幕屋と契約の箱という三大恩賜を下し給うたのであった。そしてまた、ヤコブがハランでカナンに復帰しようとしたとき、ラバンがヤコブを十回も欺いたのを(創三一・7)、蕩減復帰するために、十災禍を下されたのであるが、イスラエルがまたもこれを信じない立場に立ってしまったので、それを再び蕩減復帰するため、十戒のみ言を下さったのである。ゆえに、イスラエル民族が石板と幕屋と契約の箱とを信奉することにより、三大恩賜と十戒を守るならば、彼らは第二次路程において、三大奇跡と十災禍をもってエジプトを出発したときのその立場に戻るようになるのであった。したがって、イスラエル民族が、信仰と従順とをもってモーセに従い、荒野四十年の蕩減期間を終えてカデシバルネアに戻ったのち、モーセと共に「幕屋のための基台」の上で石板と幕屋と契約の箱を信奉したならば、彼らは、第二次路程で三大奇跡と十災禍をもってエジプトを打つことにより、「出発のための摂理」の目的を完遂した立場に、再び立つようになっていたのであった。ところで、石板は契約の箱の縮小体であり、契約の箱は幕屋の縮小体であるので、結局、石板は幕屋の縮小体ともなるのである。それゆえに、契約の箱と幕屋は、石板、あるいは、その根である磐石(岩)をもって表示することができるのである。したがって、第三次民族的カナン復帰路程は、磐石を中心とした「出発のための摂理」により、カデシバルネアを出発することによって始まる。そして、イスラエル民族が、信仰と忠誠をもって幕屋を信奉し、モーセに従ってカナンに入れば、そのとき第三次民族的カナン復帰路程における「堕落性を脱ぐための蕩減条件」が立てられ、モーセを中心とする「実体基台」がつくられるようになっていたのであった。
 それでは、神は磐石を中心とする「出発のための摂理」をいかに完遂しようとされたのであろうか。荒野の四十年期間をみ意にかなうように立てることができず、再び不信に陥っていくイスラエルの民族を(民数二〇・4、5
)救うために、神はモーセをしてイスラエルの会衆の前で、杖をもって岩(磐石)を打ち、水を出させて、それを彼らに飲ませられたのであった(民数二〇・8)。もしモーセが、杖で磐石を一度だけ打ち、水を出して飲ませることにより、イスラエル民族が神の権能に対して認識を新たにし、彼を中心として一つになったならば、彼らはモーセと共に「幕屋のための基台」の上に立ち、磐石を中心とする「出発のための摂理」を成就したはずであったのである。そして、そのときから、モーセを信じて彼に仕え、彼に従ってカナンの地に入ったならば、彼らは「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立てることになるから、第三次路程のモーセを中心とする「実体基台」を、そのときつくることができたはずであった。ところがモーセは、水がないといって不平を言い、つぶやいている民を見たとき、憤激のあまり、燃えあがる血気を抑えることができず、杖をもって磐石を二度打ったので、神は「あなたがたはわたしを信じないで、イスラエルの人々の前にわたしの聖なることを現さなかったから、この会衆をわたしが彼らに与えた地に導き入れることができないであろう」(民数二〇・12)と言われたのである。モーセはこのように一度打つべきであった磐石を二度打ったので、磐石を中心とする「出発のための摂理」は、成就することができなくなり、結局は、約束されたカナンの福地を目の前に眺めながら、そこに入ることができなかったのである(民数二〇・24、民数二七・12~14)。
 
我々はここで、磐石(岩)を一度だけ打たなければならなかった理由と、また、二度打ったのがなぜ罪となったのであるか、ということについて調べてみることにしよう。黙示録2章17節では、イエスを白い石で象徴しており、また、コリントⅠ・10章4節を見れば、岩(磐石)はすなわちキリストであると記してあるのを発見できる。ところで、堕落論で明らかにしたように、キリストは生命の木として来られた方であるから(黙二二・14)、磐石は、すなわち生命の木ともなるのである。また、創世記2章9節の生命の木は、エデンの園において、将来、完成するはずのアダムを象徴したのであって、この生命の木もまた、磐石を意味するものでなければならないから、磐石は完成したアダムを象徴することにもなるのである。
 
ところで、サタンはエデンの園で、将来磐石となるはずであったアダムを打って堕落させた。そこでアダムは、生命の木となることができなかったので(創三・24)、彼はまた、神から流れている命の水を永遠にその子孫たちに飲ませ得る磐石(岩)ともなれなかったのである。それゆえに、 モーセが杖をもって打つ以前の、水を出し得なかった磐石は、堕落したアダムを象徴するものであった。サタンは、将来、命の水を出し得る磐石となるべく成長してきたアダムを、一度打って堕落させることにより、彼を「水を出せない磐石」としてのアダムに変えてしまったので、神はこの水を出せないアダムの表示体である磐石を一度打って水を出すようにし、それによって、「水を出し得る磐石」として、このアダムを蕩減復帰することができる条件を立てようとされたのである。ゆえに、モーセが一度打って命の水を出すようになった磐石は、とりもなおさず生命の木として来られて、堕落した人間に命の水を下さるはずのイエスを象徴したのであった。それゆえに、イエスは「わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」(ヨハネ四・14)と言われたのである。したがって、モーセが磐石を一度打つということは、堕落した第一アダムを、完成した第二アダム、すなわち、イエスに蕩減復帰することができる条件として許されたのであった。ところが、モーセが天の側から一度打って水を出すようになっている磐石を、もう一度打ったという行動は、将来復帰した石として来られ、万民に命の水を飲ませてくださるはずのイエスを打つことができるという表示的な行動となったのである。このように、イスラエル民族の不信と、それを目撃したモーセが血気をもって石を二度打った行動は、将来イエスが来られるときにも、イスラエル民族が不信に陥るならば、磐石(岩)の実体となられるイエスの前に、サタンが直接、出現し得るという条件を、成立させたことになるので、それが罪となったのである。
 
モーセが、石板を一度壊したことは復帰することができた。しかし、磐石を二度打つという失敗は復帰することができなかった。それではその理由はいったいどこにあったのであろうか。復帰摂理から見て、石板と磐石とは、外的なものと内的なものとの関係をもっている。十戒が記録されている石板は、モーセの律法の中心であるので、結局、旧約聖書の中心となるのである。旧約時代のイスラエル民族は、この石板理想を信ずることによって、その時代の救いの圏内に入ることができた。このような意味から、石板は将来来られるイエスに対する、外的な表示体であったということを知ることができるのである。
 ところが、コリントⅠ・10章4節に、磐石(岩)はすなわち、キリストであると言われたみ言のとおり、磐石はイエスを象徴すると同時に、石板の根となるので、それは、石板の実体であられるイエスの根、すなわち、神をも象徴するのである。それゆえに、石板を外的なものであるとすれば、磐石は内的なものとなる。また、石板を体に例えるならば、磐石は心に該当するのであり、石板を聖所であるとするならば、磐石は至聖所となるのである。そしてまた、石板を地に例えるならば、磐石は天に該当する。ゆえに、磐石は石板よりももっと大きな価値をもっているイエスに対する内的な表示体なのである。
 このように、石板はイエスに対する外的な表示体であったので、それはまた神を象徴するモーセの前で(出エ四・16、同七・1)、イエスの外的な表示体として立てられていたアロンを象徴したのであった。ところが、イスラエル民族がアロンに金の子牛をつくらせたので(出エ三二・4)、アロンの信仰が壊れるや、石板もまた、壊れてしまったのである。ところがアロンがレピデムで、磐石の水を飲んだ基台の上で(出エ一七・6)悔い改めることにより蘇生することができたので、アロンを象徴する石板も、磐石の水の内的な基台の上で、再び、蕩減条件を立てることにより、復帰することができたのである。しかし、石板の根である磐石は、キリストとその根である神を象徴するものであるから、これを打った行動は挽回することができなかったのである。それでは、モーセが磐石を二度打ったことは、いかなる結果をもたらしたのであろうか。モーセが磐石を二度打ったことは、不信に陥っていくイスラエルに対する血気を抑えることができなかった結果であるので(詩一〇六・32、33)、この行動は結局、サタンの立場で行ったこととなるのである。したがって、磐石をもって成就しようとされた「出発のための摂理」は、再び、サタンの侵入を受けた結果となってしまったのである。
 このように、モーセが磐石を二度打った外的な行動は、サタンの行動になってしまったが、内的な情状においては、その磐石から水を出して、イスラエルの民に飲ませ、彼らを生かしたのであった。それゆえに、エジプトから出てきた外的なイスラエル民族は、ヨシュアとカレブを除いては、みな、神が予定されたカナンの地に復帰することができず、モーセも一二〇歳を一期として望みの地を目前に眺めながら死んでいったのである(申命三四・4、5)。しかし、ヨシュアがモーセの代わりに(民数二七・18~20)、磐石の水を飲み、幕屋を信奉する荒野路程の中で出生した内的なイスラエルを導いてカナンの地に入ったのであった(民数三二・11、12)。
 
モーセが、磐石を二度打った行動が、サタンの侵入を受ける結果をもたらしたとすれば、その磐石からは水が出るということはあり得ないはずであったのである。それでは、どのようなわけで、そこから水が出るようになったのであろうか。第二次民族的カナン復帰路程において、モーセは既にレピデムで神の命令に従い、磐石を打って水を出し、イスラエル民族に飲ませることによって、磐石の水の基台をつくったのであった(出エ一七・6)。そして、この基台の上で立てられた石板と幕屋と契約の箱は、他のすべてのイスラエル民族が不信に陥ったときにも、四十日の断食の祈りをもって立てた、幕屋のための「信仰基台」の上で、それを固く守ってきたモーセ一人の信仰によって、第三次民族的カナン復帰路程にまで継承されてきた。その後、このモーセまでが、不信の立場に陥ってしまったのであるが、神に対する彼の心情は変わらなかったし、また、ヨシュアが、彼の偵察四十日をもって立てた「幕屋のための基台」の上で、不変の信仰をもって、石板と幕屋と契約の箱を信奉していたので、レピデムで立てられた磐石の水の基台も、ヨシュアを中心としてそのまま残っていたのである。
 このように、モーセの外的な不信の行動によって、第二次の磐石が外的にはサタンの侵入を受けるようになったのであるが、彼の内的なる不変の心情と、ヨシュアの信仰と忠誠とによって、それが、内的には、水を出して飲み得るという条件となったのであった。
 
ところで、モーセが磐石を二度打ったことは、結果として、サタンの立場で打ったことになるので、その石は、サタンが所有するようになったのである。したがって、その石の実体として来られたイエスは、その世界的カナン復帰路程で、ユダヤ人たちが不信に陥ってしまったとき、既に、彼らが荒野で失ったこの磐石を、自ら取り戻そうとして荒野に出られたので、サタンから石をパンに変えよという試練を真っ先に受けられたのであった。
 
モーセがイスラエルの不信により、外的には血気にはやり、磐石を二度打ったので、彼の肉身はサタンの侵入を受け、荒野で死んだのであるが、内的には、彼の不変の心情によって磐石の水を出して飲ませたので、霊的にはカナンに入ることができたのである。これは、将来、磐石の実体であられるイエスが来られるときにも、ユダヤ民族が不信に陥るようになれば、イエスもその肉身がサタンの侵入を受けて、十字架につけられるので、霊肉併せての世界的カナン復帰は完遂することができず、復活されることによって、霊的にのみそれを完遂されるということを見せてくださったのであった。
 
モーセが、磐石を二度打ったのち、神は不信に陥っていくイスラエルに、火の蛇を送られ、彼らをかんで死ぬようにせられた(民数二一・6)。しかし、イスラエルが悔い改めるようになったとき、神は、モーセに青銅の蛇をつくらせ、それをさおの上に掛けるように計らわれ、その青銅の蛇を仰いで見る人だけは救われるようにされたのであった(民数二一・9)。この火の蛇は、エバを堕落させた昔の蛇、すなわち、サタンを象徴したのであり(黙一二・9)、さおの上に掛けた青銅の蛇は、将来天の蛇として来られるイエスを象徴したのであった(ヨハネ三・14)。これは神がイスラエル民族が不信に陥ったときには、彼らをサタンに手渡されたのであったが、彼らが悔い改めて信仰を取り戻したときには、再び、青銅の蛇をもって生かしてくださったのと同じく、後日、イエスのときにおいても、ユダヤ人たちが不信に陥れば、神は彼らをサタンに手渡さなければならないということと、そのときにイエスは人類を生かすために、やむを得ず、天の蛇として十字架にかけられなければならないということと、さらにまた、不信を悔い改めて彼の十字架による救いを信ずる者は、だれでも救ってくださるということを見せてくださったのであった。それゆえに、イエスは「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」(ヨハネ三・14)と言われたのである。このことは事実上、イエスを中心とする第三次世界的カナン復帰路程を、十字架による霊的路程として出発するようにさせた遠因となったのである。
 イスラエルの不信によって、モーセが磐石を二度打ったとき、神は、モーセがカナンの地に入ることはできないだろうと預言された(民数二〇・12)。これに対してモーセは、神にカナンの地に入ることができるようにと哀願の祈りを切実にあげたのであるが(申命三・25)、彼はついに、カナンの地を目の前に見おろしながら息絶えたのであった。このようにして彼が死んだのち、その死体は葬られたが、今日までその墓を知る人は一人もいない(申命三四・6)。これは将来来られるイエスも、もしユダヤ人たちが不信に陥れば十字架にかけられなくてはならないこと、またそのとき、できることなら死の杯を免れて、世界的カナン復帰を成就させてくださるようにとの哀願の祈祷をなさるであろうが、結局はその目的を達成することができず、亡くなられるであろうということ、さらにまた、彼の死体も葬られたのちには、その行方を知る人が一人もいないであろうということなどを、あらかじめ表示してくださったのであった。
(ロ) ヨシュアを中心とする実体基台

 モーセが磐石を二度打つことによって、イスラエル民族が磐石を中心とする「出発のための摂理」をもってカナンに復帰しようとした目的は完遂されなかった。しかし、モーセが磐石を二度打つことによって(民数二〇・1~13)、サタンが外的には侵入したが、レピデムにおける磐石の水の基台によって、内的にはそのまま磐石の水を出し、イスラエル民族に飲ませることができたという事実から、先に明らかにしたように、次のような、神の摂理に対応する、いま一つの路程を見せてくださったのである。すなわち、イスラエル民族の中で、サタン世界であるエジプトにおいて出生し、荒野路程で不信に陥った、外的なイスラエルに属する人たちは、偵察四十日を信仰をもって立てたヨシュアとカレブを除いては、全部が荒野で倒れてしまい、磐石の水を飲み、幕屋を信奉する、荒野生活中に出生した内的なイスラエルだけが、モーセの代理であるヨシュアを中心として、カナンに入ったという事実である(民数三二・11、12)。そして、神はモーセに、彼はカナンの地に入ることができないと言われ、「神の霊のやどっているヌンの子ヨシュアを選び、あなたの手をその上におき、彼を祭司エレアザルと全会衆の前に立たせて、彼らの前で職に任じなさい。そして彼にあなたの権威を分け与え、イスラエルの人々の全会衆を彼に従わせなさい」(民数二七・18~20)と語られた。
 ヨシュアは、偵察四十日期間に不信に陥ってしまった全イスラエル民族の中で、モーセが立てた幕屋のための「信仰基台」の上に雄々しく立ち、変わらざる信仰と忠節をもって、「幕屋のための基台」を造成し、最後までそれを信奉した、たった二人のうちの一人であった。このように、たとえモーセは不信に陥っても、石板と幕屋と契約の箱とは、依然としてヨシュアが立てた「幕屋のための基台」の上におかれていたのである。それゆえに
神は、ヨシュアをモーセの代理として立てられ、その内的イスラエルの民を彼に服従させ、彼と共に、「幕屋のための基台」の上に立たせることによって、磐石の水を中心とする「出発のための摂理」を成就され、この摂理に基づいて彼らがカナンの地に入ることにより、そこで、「堕落性を脱ぐための民族的な蕩減条件」を立て、第三次路程のヨシュアを中心とする「実体基台」をつくらせようとされたのであった。
 
そして神は、「彼(ヨシュア)はこの民に先立って(カナンに)渡って行き、彼らにおまえ(モーセ)の見る地を継がせるであろう」(申命三・28)と言われたのである。そしてまた、神は、ヨシュアにも、「わたしは、モーセと共にいたように、あなたと共におるであろう。わたしはあなたを見放すことも、見捨てることもしない。強く、また雄々しくあれ。あなたはこの民に、わたしが彼らに与えると、その先祖たちに誓った地を獲させなければならない」(ヨシュア一・5、6)と言われた。モーセがミデヤンの荒野生活四十年を神のみ意にかなうように立てたとき、神が彼の前に現れて、イスラエル民族を、乳と蜜の流れるカナンの地へ導くようにと命ぜられたように(出エ三・8~10)、神は荒野で流浪する四十年を、ひたすら信仰と忠誠とをもって過ごしてきたヨシュアを、モーセ的代理として召され、「わたしのしもべモーセは死んだ。それゆえ、今あなたと、このすべての民とは、共に立って、このヨルダンを渡り、わたしがイスラエルの人々に与える地に行きなさい」(ヨシュア一・2)と命令されたのである。
 
神からこの命令を受けたヨシュアが、民のつかさたちを呼んで、神から受けたこのようなみ旨を伝えたとき(ヨシュア一・10)、彼らはヨシュアに、「あなたがわれわれに命じられたことをみな行います。あなたがつかわされる所へは、どこへでも行きます……だれであっても、あなたの命令にそむき、あなたの命じられる言葉に聞き従わないものがあれば、生かしてはおきません。ただ、強く、また雄々しくあってください」(ヨシュア一・16~18)と答えながら、彼らは死を誓ってヨシュアに従うことを決意したのであった。このように、モーセの使命を代理してでたヨシュアは、初臨のときの使命を継承して完成するために再臨なさるイエスを象徴したのである。したがって、モーセ路程を蕩減復帰するヨシュアの路程は、イエスの霊的復帰の路程を蕩減復帰しなければならない、彼の再臨路程に対する表示的路程となるのである。
 モーセが第二次路程でカナンの地に偵察として送った十二人がいた(民数一三・1、2)。彼らの中でひたすら忠誠をもって、その使命を完遂した二人の心情の基台の上に、ヨシュアは再び二人の偵察(斥候)をエリコ城に送った(ヨシュア二・1)。その際、エリコ城の偵察を終えて戻ってきた二人の偵察者は、「ほんとうに主はこの国をことごとくわれわれの手にお与えになりました。この国の住民はみなわれわれの前に震えおののいています」(ヨシュア二・24)と、信仰をもって報告したのである。このとき、荒野で出生したイスラエルの子孫たちは、みなその偵察者の言葉を信じたので、これをもって、過去に四十日偵察を、み意にかなうように立て得なかった先祖たちの罪を、蕩減することができたのであった。
 
このように、内的イスラエルが「幕屋のための基台」の上に立ったヨシュアに従うことに対して死をもって誓ったので、彼らはヨシュアと共に、その基台の上に立つことができたのである。こうして、彼らは、磐石の水を中心とする「出発のための摂理」をもって、第二次路程において、三大奇跡と十災禍で、「出発のための摂理」をなした、モーセを中心とする彼らの先祖たちと同じ立場を復帰したのであった。したがって、モーセを中心とするイスラエルが、紅海を渡る前に三日路程を立てたのと同じく、ヨシュアを中心としたイスラエルもまた、ヨルダン河を渡る前に、三日路程を立てたのである(ヨシュア三・2)。また、第二次路程で三日路程を経たイスラエルを、雲の柱と火の柱とが紅海まで導いたのと同じく、ヨシュアを中心とするイスラエルも、彼らが三日路程を経たのちに、雲の柱と火の柱とで表象されたイエスと聖霊の象徴的な実体である契約の箱が、彼らをヨルダン河まで導いたのであった(ヨシュア三・3、同三・8)。
 
そして、モーセを導いていた杖によって紅海が分けられたように、ヨシュアを導いていた契約の箱がヨルダン河の水際に浸ると同時に、岸一面にあふれていたヨルダンの流れが分かれて(ヨシュア三・16)、ついてきたイスラエルの民は、陸地のように河を渡ったのである(ヨシュア三・17)。杖は、将来来られるイエスに対する一つの表示体であったし、二つの石板とマナ、そして、芽を出したアロンの杖の入っている契約の箱は、イエスと聖霊の象徴的な実体であった。それゆえに、契約の箱の前でヨルダン河の水が分かれて、イスラエルの民がたやすくカナンの地に復帰することができたということは、将来来られるイエスと聖霊の前で、水で表示されているこの罪悪世界(黙一七・15)が、善と悪とに分立されて審判を受けたのち、すべての聖徒が、世界的カナン復帰を完成するようになるということを見せてくださったのである。
 
このとき神はヨシュアに命じられて、「民のうちから、部族ごとにひとりずつ、合わせて十二人を選び、彼らに命じて言いなさい、『ヨルダンの中で祭司たちが足を踏みとどめたその所から、石十二を取り、それを携えて渡り、今夜あなたがたが宿る場所にすえなさい』」(ヨシュア四・2、3)と言われた。そしてイスラエルの民は、正月十日に、ヨルダン河から上がってきて、エリコの東の境にあるギルガルに宿営して、ヨルダン河から取ってきた十二の石をそこに立てたのであった(ヨシュア四・20)。それでは、このことはまた、何を予示しているのであろうか。既に論じたように、石は将来来られるイエスを象徴する。したがって、十二の部族(支派)を代表した十二人が、契約の箱によって水が分かれたヨルダン河から、十二の石を取ったということは、将来十二部族の代表(型)として召命されるはずのイエスの十二人の弟子たちが、イエスのみ言によって、この罪悪世界が善と悪とに分かれるとき、そこでイエスを信奉しなければならないということを、見せてくださったのである。
 
彼らが十二の石を取って、カナンの地の落ち着いた宿営地に、ひとところに集めて置いたとき、ヨシュアは「このようにされたのは、地のすべての民に、主の手に力のあることを知らせ、あなたがたの神、主をつねに恐れさせるためである」(ヨシュア四・24)と言った。これは、将来石として来られるイエスに仕える十二人の弟子たちが、一つの心で一つの目的に向かい、一つの所で一致団結してこそ、世界的カナン復帰を完成して、神の全能性を永遠にたたえることができるということを、予示してくださったのであった。
 
ヤコブがどこへ行っても石の塚をつくったように、ヤコブの十二子息の子孫である十二部族(支派)の代表者たちも、十二の石を一カ所に集めて、神をたたえる祈祷の祭壇をつくり、将来神殿を建築するということを見せてくださったのであるが、これはとりもなおさず、イエスの十二弟子たちが力を合わせて、イエスを神殿として信奉しなければならないということを表示してくださったのである。後日、イエスの弟子たちが一つにならなかったとき、イエスは、「この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」(ヨハネ二・19)と言われた。果たして、十二弟子たちは一つになることができず、イスカリオテのユダがイエスを裏切ったので、神殿であられるイエスは、十字架によって壊されてしまい、三日後に復活されて、ばらばらに四散してしまった弟子たちを再び呼び集められてから、初めてその弟子たちは、復活したイエスに仕えて、霊的な神殿として信奉するようになったのであるし、また再臨されたのちには、実体の神殿として侍ることができるようになったのであった。
 イスラエル民族がエジプトをたって、カナンの地に向かい、第二次路程を出発するとき、その年の正月十四日の過越の祭を守ってから進軍したと同じく(出エ一二・17、18)、ギルガルに宿営したヨシュアを中心とするイスラエルの民も、その年の正月十四日の過越の祭を守ってのち、固く閉ざされていたエリコの城壁に向かって進軍したのであった。かくて、土から産する穀物を食べはじめたとき、四十年間続けて頂いていたマナも、やんでしまったので、そのときからは人間が汗を流してつくった食糧をもって、生活しなければならなくなったし、また、サタンの都城の最後の関門を通りぬけるときにおいても、人間として果たすべきその責任を、全うしなければならなかったのである。イスラエル民族は、神の命令により、四万の兵士が先頭に立ち、そのあとにつき従って七人の祭司長たちが、七つのラッパを吹きながら行進し、またそのあとには、レビ部族の祭司長たちが担いだ契約の箱(ヨシュア三・3)が従い、最後の線にはイスラエルの全軍が続いて進軍したのであった(ヨシュア六・8、9)。
 神が命じられたとおり、イスラエル民族は、このような行軍をもって一日に一度ずつ六日間、城を回ったのであるが、その城には何らの変動も起こらなかった。彼らは忍耐と服従とをもって、サタンの侵入を受けた六日間の創造期間を蕩減復帰しなければならなかったのである。彼らがこのような服従をもって六日間を立てたのち、七日目に七つのラッパを吹く七人の祭司たちが、城を七度回りながら七度目にラッパを吹いたとき、ヨシュアがイスラエルの民に向かって、「呼ばわりなさい。主はこの町をあなたがたに賜わった」と号令すると、民はみなこれに応じて、一斉に大声をあげて呼ばわったので、その城が、たちまちにして崩れてしまったのであった(ヨシュア六
)。このような路程は、将来、イエスの権能とその聖徒たちとによって、天と地との間をふさいでいたサタンの障壁が崩れてしまうことを見せてくださったのである。それゆえに、この城壁は、再び築きあげてはならなかったので、ヨシュアは「このエリコの町を再建する人は、主の前にのろわれるであろう。その礎をすえる人は長子を失い、その門を建てる人は末の子を失うであろう」(ヨシュア六・26)と言ったのであった。
 このように、破竹の勢いをもって敵を攻撃したヨシュアは、ベテホロンの戦いにおける十九王と、メロムの激戦における十二王を合わせて、三十一王を滅ぼしたのであるが(ヨシュア一二・9~24)、これも、イエスが王の王として来られ、他国の王たちをみな屈伏させて、その民を救い、地上天国を建設されるということを前もって見せてくださったのである。

③ メシヤのための基台

イスラエル民族は偵察四十日のサタン分立期間を立てることができず、第二次民族的カナン復帰路程に失敗し、この期間を再蕩減するために第三次民族的カナン復帰路程を出発して、荒野において四十年を流浪し、再びカデシバルネアに戻った。このときのモーセは、第三次路程のための「信仰基台」をつくったのであり、イスラエル民族は「幕屋のための基台」の上に立つことができたのである。  ところが、その後のイスラエルの不信と、それによって磐石を二度打ったことにより、この二つの基台はみなサタンの侵入を受けるようになったのである。そして、モーセを中心としてエジプトを出発した外的イスラエルは、一人残らず荒野で滅ぼされてしまったのであるが、ヨシュアとカレブだけは、モーセが立てた第二次路程の「信仰基台」と、幕屋のための「信仰基台」の上で、偵察四十日のサタン分立期間を信仰と忠誠をもって立てたので、「幕屋のための基台」が造成されたのである。このように、モーセを中心とした外的イスラエルは、全部荒野で倒れてしまったが、幕屋を信奉する荒野生活中に出生した内的イスラエルは、モーセの身代わりであるヨシュアを中心として忠誠を尽くし、契約の箱を信奉してヨルダン河を渡り、エリコの町を打ち破って、カナンに入ったのであった。このようにして、第三次の民族的カナン復帰路程の「実体基台」がつくられ、その結果としてこの路程の「メシヤのための基台」が造成されることによって、アブラハムのときに立てられた「メシヤのための家庭的な基台」は、彼の供え物の失敗による四〇〇年エジプト苦役の蕩減路程を経たのち、初めて「メシヤのための民族的な基台」が造成されるようになったのである。これは、単にカナンに入って征服するだけでは足りなかった。ところが、既に後編第一章第三節(三)を通じて詳しく論じたように、そのとき既に、堕落人間たちが、サタンを中心として、エジプト王国などの強大な王国を建設し、天の側の復帰摂理と対決していたので、ヨシュアを中心として「メシヤのための民族的な基台」が立てられたといっても、その基台の上でサタンと対決することのできる天の側の王国が建設されるときまでは、メシヤは降臨なさることができなかったのである。ところで、カナンに入った内的イスラエルも、また不信に陥り、この摂理は、再び延長を重ねてイエスのときにまで至ったのである。

(三)モーセ路程が見せてくれた教訓

モーセ以後今日に至るまで、悠久なる歴史路程を通じて神のみ旨を信奉してきた数多くの信徒たちが、モーセに関する聖書の記録を読んできた。しかし、それはただ、モーセ自身の歴史に関する記録であるとだけ考えてきたのであり、神が彼を通して、復帰摂理に関するある秘密を教えてくださろうとしたのだということを知る人は一人もいなかったのである。イエスもヨハネ福音書五章19節で、子は父のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができないという程度にしか言われず、モーセ路程の根本意義を明らかにされないまま、亡くなられたのであった(ヨハネ一六・12)。
 ところが、我々はここにおいて、モーセがいかにして復帰路程のための、公式的な、あるいは、典型的な路程を歩いたかということを明らかにしたのである。これが将来、イエスの歩まれる道を、そのとおりに予示されたものだということについては、本章の第三節を対照することによって、なお詳しく理解することができるであろう。我々はここにおいて、モーセを中心とした摂理一つだけを見ても、神がおられて、一つの絶対的な目的を指向し、人類歴史を導いてこられたということを、否定することはできなくなるのである。
 つぎに、モーセ路程は、人間がその責任分担を遂行することができるか否かによって、その人間を中心とする神の予定が成就されるか、されないかが決定されるということを、見せてくださったのである。
神の予定も、その予定のために立てられた人物自身が、その責任分担を完遂できないと、その人物を中心としてはそれが達成されないのである。神は、モーセがイスラエル民族を導いて、乳と蜜の流れるカナンの地に入ることを予定され、彼にこれを命令されたのであった。ところが、彼らが責任を全うすることができなかったので、エジプトを出発したイスラエル民族の中で、ヨシュアとカレブだけがカナンに入り、残りの人々はみな荒野で倒れてしまったのである。
 
そして、神は人間の責任分担に対しては一切干渉されず、その結果だけを見て主管なさるということを見せてくださった。神はかくも驚異的な奇跡をもって、イスラエルの民を導いてくださったのであるが、モーセが石板を受ける間、彼らが金の子牛の偶像をつくった行動と、モーセが磐石を二度打った行動に対しては、何らの干渉もされなかったのであり、ただ、その結果だけを御覧になって、主管されたのであるが、これはどこまでも、彼ら自身が、独自的に歩まなければならない責任分担であったからである。
 また、み旨に対する神の予定の絶対性を見せてくださった。神が目的を予定されて、それを成就なさろうとすることは絶対的であるから、モーセがその責任を全うすることができなかったときには、彼の代理としてヨシュアを立ててまでも、一度予定された目的は、必ず成就されたのである。このように、神が立てられたアベル的な人物が、その使命を全うすることができないときには、カインの立場で忠誠を尽くした人が、彼を代理してアベルの使命を継承し完成するようになるのである。イエスが「天国は激しく襲われている。そして激しく襲う者たちがそれを奪い取っている」(マタイ一一・12)と言われたみ言は、とりもなおさず、このような事実について言われたものなのである。
 
つぎには、大きな使命を担う人物であればあるほど、彼を試みる試練もまた、それに比例して大きいということを見せてくださった。人間始祖が、神を信じないで遠ざかったがゆえに堕落したのであったから、「信仰基台」を復帰する人物は、神が見捨てられるという試練に勝たなければならなかったのである。それゆえにモーセは、神が彼を殺そうとされた試練に打ち勝ったのちに(出エ四・24)、イスラエルの指導者として立つことができたのである。
 
そもそもサタンは、堕落を条件として人間に対応するようになったのであるから、神も、何らの条件なくして人間に恩賜を賜ることはできない。なぜなら、そうしないと、サタンが訴えるからである。ゆえに神が人間に恩賜を賜ろうとするときには、その恩賜と前後して、サタンの訴えを防ぐための試練が必ず行われるのである。モーセ路程でその例を挙げてみると、モーセにはパロ宮中四十年の試練があったのちに、第一次の出エジプトの恩賜が許されたのであり、またミデヤン荒野四十年の試練を経たのちに、神は第二次の出エジプトの恩賜を賜ったのであった(出エ四・2~9)。また神は、モーセを殺そうとする試練があったのちに(出エ四・24)三大奇跡と十災禍の奇跡を下さったのであり(出エ七・10~)、三日路程の試練があったのちに(出エ一〇・22)雲の柱と火の柱の恩賜を賜ったのである(出エ一三・21)。そしてまた、紅海の試練を経てから(出エ一四・21、22)、マナとうずらの恩賜(出エ一六・13)があったのであり、アマレクとの戦いによる試練(出エ一七・10)があったのちに、石板と幕屋と契約の箱の恩賜(出エ三一・18)があったのである。それから、四十年間荒野で流浪した試練(民数一四・33)があってから磐石の水の恩賜(民数二〇・8)があったのであり、火の蛇の試練を経たのちに(民数二一・6)、青銅の蛇の恩賜(民数二一・9)があったのである。モーセ路程は以上のようにいろいろな教訓を我々に残してくれたのである。


第三節 イエスを中心とする復帰摂理

 天使を主管すべきであったアダム(コリントⅠ・六・3)が、堕落することによって逆にサタンの主管を受け、地獄をつくったのであるから、これを蕩減復帰するために、後のアダムとして来られるイエスは、あくまでも自分自身でサタンを屈伏させて、天国を復帰しなければならないのである。しかし、既に第一節において詳しく述べたように、神の前にも屈伏しなかったサタンが、イエスと信徒たちに従順に屈伏するはずはないのであるから、神は人間を創造された原理的な責任を負われ、ヤコブとモーセを立てられて、将来イエスがサタンを屈伏することができる表示路程を見せてくださったのであった。
 ヤコブはサタンを屈伏させる象徴的路程を歩んだのであり、モーセはサタンを屈伏させる形象的路程を、そして、イエスはその実体的路程を歩まなければならなかったのである。それゆえに、イエスは、モーセがサタンを屈伏していった民族的カナン復帰路程を見本として、サタンを屈伏させることによって、世界的カナン復帰路程を完遂しなければならなかったのである。
 
申命記一八章18節に神はモーセに対して「わたしは彼らの同胞のうちから、おまえのようなひとりの預言者を彼らのために起して、わたしの言葉をその口に授けよう。彼はわたしが命じることを、ことごとく彼らに告げるであろう」と言われたみ言の中で、モーセのような一人の預言者と言われたのは、とりもなおさず、モーセのような路程を歩まなければならないイエスについて話されたのである。そしてヨハネ福音書五章19節を見れば、イエスは、神のなさることを見てする以外に、自分からは何事もすることができないと記録されているのであるが、これは、イエスが、神がモーセを立てられて見せてくださった表示路程を、そのまま歩まれるということを言われたのであった。詳細なことは、既にモーセを中心とする復帰摂理において論じたのであるが、モーセを中心とする三次の民族的カナン復帰路程と、イエスを中心とする三次の世界的カナン復帰路程の全体的な輪郭を比較対照しながら、イエスを中心とする復帰路程を論じてみることにしよう。

(一)第一次世界的カナン復帰路程

(1) 信 仰 基 台

第一次世界的カナン復帰路程において、「信仰基台」を復帰しなければならなかった中心人物は、洗礼ヨハネであった。それでは、洗礼ヨハネはいかなる立場から、その使命を完遂しなければならなかったのであろうか。モーセを中心とする民族的カナン復帰路程において、モーセが石板を壊したことと、また磐石(岩)を二度打ったことは、将来イエスが来られるとき、彼を中心とするユダヤ民族が不信に陥るならば、石板と磐石の実体であられるイエスの体を打ち得るという条件を、サタンに許す表示的な行動になったということについては、既にモーセ路程で論及したところである。
 それゆえに、イエスがこの条件を避けるには、彼の降臨のための基台をつくっていく選民たちが、将来来られるメシヤの形象体である神殿を中心として、一つにならなければならなかったのである。ところが、イスラエル民族は、常に不信仰の道を歩むようになり、将来来られようとするイエスの前に、サタンが侵入し得る条件を成立させてきたので、このような条件を防いで新しい摂理をするために、預言者エリヤが来て、バアルの預言者とアシラの預言者とを合わせて、八五〇名を滅ぼすなど(列王上一八・19
)、サタン分立の役割をして昇天したのであった(列王下二・11)。しかし、エリヤの全体的な使命は、全部が全部は成就できなかったので、この使命を完遂するために、彼は再臨しなければならなかったのである(マラキ四・5)。このように、エリヤが果たし得なかったサタン分立の使命を担ってこれを完遂し、メシヤの道を直くするために(ヨハネ一・23)、エリヤとして来た預言者が、洗礼ヨハネであった(マタイ一一・14、マタイ一七・13)。
 
イスラエル民族がエジプトで四〇〇年間、だれ一人導いてくれる預言者もなく、苦役を続けてきたその途上で、彼らを民族的にカナンの地へ引率し、メシヤを迎えさせる人物として、神はモーセを送られるようになった。これと同じように、ユダヤ人たちも、マラキ預言者以後メシヤ降臨準備時代の四〇〇年の間、だれ一人導いてくれる預言者もなく、ペルシャ、ギリシャ、シリヤ、ローマなどの異邦人たちによって苦役を強いられる生活を送る途上において、ついに世界的カナン復帰のために来られるメシヤの前に、彼らを導くことができる人物として、洗礼ヨハネを送られたのであった。
 
エジプト苦役四〇〇年間の「サタン分立基台」の上に立っていたモーセが、パロ宮中で忠孝の道を学んだように、メシヤ降臨準備時代の四〇〇年間の「サタン分立基台」の上に立っていた洗礼ヨハネは、荒野でいなごと野蜜とを食べながら、メシヤを迎えるために、天に対する忠孝の道を立てたのであった。それゆえに、祭司たちをはじめとして(ヨハネ一・19)、ユダヤ人たちはみな、洗礼ヨハネがメシヤではないかとまで思うようになったのである(ルカ三・15)。洗礼ヨハネは、このようにして「四十日サタン分立基台」を立てたので、第一次世界的カナン復帰のための「信仰基台」をつくることができたのであった。

(2) 実 体 基 台

洗礼ヨハネは、モーセと同じ立場に立てられていたので、ユダヤ民族に対して、父母と子女という二つの立場に立っていたのであった。ところで、彼は父母の立場から、第一次世界的カナン復帰のための「信仰基台」を蕩減復帰したので、同時に彼は、子女の立場から、「堕落性を脱ぐための世界的な蕩減条件」を立てるに当たっての、アベルの立場をも確立することができたのであった(本章第二節(一)(2))。したがって、洗礼ヨハネは、モーセがパロ宮中において四十年間の蕩減期間を送ったのち、第一次民族的カナン復帰のための「信仰基台」を立てたその立場を、世界的な規模で打ち立て、その土台の上に立つようになったのである。
 モーセのとき神は、イスラエル民族に、モーセがエジプト人を打ち殺すのを見せ、彼を信ぜしめることによって「出発のための摂理」をなさろうとした。そのときには、イスラエル民族が、サタン国家であるエジプトを出発し、カナンの地に入らなければならなかったのであるが、洗礼ヨハネを中心とするユダヤ民族の場合には(サタン国家である)ローマ帝国を離れて他の地方に移動してはならず、その政権下にいながら彼らを屈伏させその帝国を神の国として復帰しなければならなかった。そこで神は、洗礼ヨハネを中心とする数々の奇跡を見せてくださることにより、ユダヤ人たちが彼を信ずるように仕向けることによって、「出発のための摂理」を成就しようとなさったのである。
 
それゆえに、洗礼ヨハネの懐胎に関する天使の驚くべき予告と、また、その父親がこれを信じなかったとき、唖になってしまった奇跡、そして、彼が生まれたときに見せてくださった奇跡などによって「近所の人々はみな恐れをいだき、またユダヤの山里の至るところに、これらの事がことごとく語り伝えられたので、聞く者たちは皆それを心に留めて、『この子は、いったい、どんな者になるだろう』と語り合った。主のみ手が彼と共にあった」(ルカ一・65、66)といわれた聖書のみ言のように、イスラエル民族は、洗礼ヨハネが生まれたときから、彼を神がお送りになった預言者であると認めていたのである。そればかりでなく、荒野でいなごと野蜜とをもって命をつなぎながら、祈りの生活をした彼の輝かしい修道の生活により、祭司たちと(ヨハネ一・19)一般のユダヤ人たちが(ルカ三・15)、彼をメシヤだと誤認するぐらいに彼の信望は高かったのである。
 
モーセが、パロ宮中四十年の蕩減期間を終えて、エジプト人を殺害したとき、イスラエル民族が彼の愛国心に感動し、彼を信じ彼に従ったならば、彼らは紅海を渡り、荒野を迂回しなくてもよかったし、また石板とか、幕屋とか、契約の箱なども必要なく、ペリシテの近道を通って、まっすぐにカナンの地に入れたはずであった。このように、イエス当時のユダヤ人たちも、神の奇跡をもって信仰の対象者として立ててくださった洗礼ヨハネを信じ、彼に従ったならば、彼らは「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、「実体基台」を復帰することにより、「メシヤのための基台」を復帰することができたのであった。

(3) 第一次世界的カナン復帰路程の失敗

ユダヤ人たちは、洗礼ヨハネが立てた「信仰基台」の上に、彼をメシヤのように信じ、彼に従う立場にいたので(ヨハネ一・19、ルカ三・15)、彼らは旧約時代を清算して、世界的カナン復帰の新しい路程を出発することができたのである。ところが、既に前編の第四章第二節において詳しく論じたように、洗礼ヨハネは自らイエスをメシヤとして証したのにもかかわらず、彼を疑うようになり(マタイ一一・3)、また、自分がエリヤとして来たのにもかかわらず、それを知らずに否認して(ヨハネ一・21)、ユダヤ人たちがイエスの前に出ていく道をふさいだばかりでなく、彼らがイエスに逆らうような立場にまで押しやったのである。これによって洗礼ヨハネは、「実体基台」を立てるに当たってのアベルの位置を離れたのために、ユダヤ人たちは、「堕落性を脱ぐための世界的な蕩減条件」を立てることができなかったのである。このようにして、ユダヤ人たちが「実体基台」を立てることができなくなった結果、「メシヤのための基台」を造成することができなくなったために、第一次世界的カナン復帰路程は失敗に終わることとなり、これもモーセのときと同じく、二次から三次まで延長されたのである。

(二)第二次世界的カナン復帰路程

(1) 信 仰 基 台

① イエスが洗礼ヨハネの使命を代理する

洗礼ヨハネは、完成したアダムとして来られたイエスに対しては、復帰されたアダム型の人物であった。ゆえに洗礼ヨハネは、そのときまでの摂理歴史上において、「信仰基台」と「実体基台」とを復帰するために来たすべての中心人物たちが完遂できなかった使命を、完全に成就して、「メシヤのための基台」をつくらなければならなかったのである。そして、この基台の上で彼を信じ、彼に従うユダヤ民族を導いて、全体的な摂理の基台と共に、イエスに引き渡したのち、信仰と忠誠をもって彼に従い彼に侍るべきであった。
 
洗礼ヨハネは、自分でも知らずに行ったことではあったが、ヨルダン河でイエスにバプテスマを行ったということは(マタイ三・16)、自分が神のみ旨のために今まで築きあげてきたすべてのものを、イエスの前に引き渡すという一種の儀式だったのである。
 
ところがその後、洗礼ヨハネは次第にイエスを疑うようになり、イエスに逆らうようになったため、洗礼ヨハネをメシヤのように信じて従ってきた(ルカ三・15)ユダヤ人たちは、自然にイエスを信じないという立場に陥らざるを得なかったのであった(前編第四章第二節)。したがって、洗礼ヨハネが第一次世界的カナン復帰路程のために立てた「信仰基台」はサタンの侵入を受けてしまった。それゆえ、やむを得ず、イエス自身が洗礼ヨハネの使命を代理して、「信仰基台」を蕩減復帰することにより、第二次世界的カナン復帰路程を出発するほかはなかったのである。イエスが荒野で四十日間断食をされながら、サタンを分立されたのは、とりもなおさず、洗礼ヨハネの代理の立場で、「信仰基台」を蕩減復帰されるためであった。
 
イエスは神のひとり子であり、栄光の主として来られたのであるから、原則的にいえば、苦難の道を歩まれなくてもよいはずなのである(コリントⅠ・二・8)。ところが、そのイエスの道を直くするための使命を担って生まれてきた洗礼ヨハネ(ヨハネ一・23、ルカ一・76)が、その使命を完遂できなかったために、洗礼ヨハネが受けるべきであったはずの苦難を、イエス自身が代わって受けなければならなかったのであった。このようにイエスは、メシヤであられるにもかかわらず、洗礼ヨハネの代理に復帰摂理路程を出発されたという事情のために、ペテロに向かい、自分がメシヤであるという事実をユダヤ人たちに証してはならぬと言われたのである(マタイ一六・20)。

② イエスの荒野四十日の断食祈祷と三大試練

我々はまず、イエスの四十日断食祈祷と三大試練に対する、その遠因と近因について知っておく必要がある。民族的カナン復帰路程において、磐石(岩)の前に立っていたモーセが不信に陥り、それを二度打ったために、イエスを象徴するその磐石(岩)(コリントⅠ・一〇・4)は、サタンの侵入を受けてしまったのであった。それは、後日、メシヤとして来られ、モーセ路程を見本として歩まなければならないイエスの路程においても、イエスの道を直くするために来るはずの洗礼ヨハネが不信に陥るようになれば、磐石であられるイエスの前にサタンが侵入し得るということの、表示的な行動となってしまったのである。したがって、この行動はメシヤより先に来るはずの洗礼ヨハネを中心とする「信仰基台」にも、サタンが侵入し得るということの、表示的な行動ともなったのであった。それゆえに、磐石を二度打ったモーセの行動は、とりもなおさず、洗礼ヨハネが不信に陥るようになったとき、その「信仰基台」を復帰するために、イエス御自身が洗礼ヨハネの代理の立場で荒野に出ていかれ、四十日断食と三大試練を受けなければならなくなった遠因となったのである。
 事実においても、洗礼ヨハネが不信に陥ったために(前編第四章第二節(三))
、彼が立てた「信仰基台」にサタンが侵入したのであるが、これが近因となって、イエスは自ら洗礼ヨハネの立場で、「四十日サタン分立基台」を立てることによって「信仰基台」を蕩減復帰するために、荒野における四十日断食と三大試練を受けなければならなかったのである。
 それでは、サタンが三大試練をするようになった目的は、どこにあったのだろうか。マタイ福音書四章1~10
節を見ると、サタンはイエスに石を示しながら、それをパンに変えてみよと言ったとあり、また、彼を宮の頂上に立たせてそこから飛びおりてみよと言い、さらに最後には、彼を非常に高い山に連れていき、もしひれ伏して自分を拝むならば、この世のすべてのものをあげようと言うなど、三つの問題をもってイエスを試練したのであった。その目的はどこにあったのであろうか。
 初めに神は人間を創造し給い、その個性の完成、子女の繁殖、および被造世界に対する主管など、三つの祝福をされた(創一・28)。それゆえに、人間がこれを完成することが、すなわち、神の創造目的なのである。ところが、サタンが人間を堕落させて、この三つの祝福を成就することができなかったために、神の創造目的は達成されなかったのである。それに対してイエスは神が約束されたこの三つの祝福を復帰することによって、神の創造目的を成就するために来られたのであるから、サタンは祝福復帰への道をふさぐため、その三つの試練をもって、創造目的が達成できないように妨げようとしたのであった。
 それでは、イエスはこの三大試練をいかに受け、またいかに勝利されたのであろうか。
我々はここにおいて、まずサタンが、いかにしてイエスを試練する主体として立ち得るようになったか、ということについて知らなければならない。モーセを中心とする民族的カナン復帰路程において、イスラエルの不信とモーセの失敗により、サタンがイエスと聖霊とを象徴する二つの石板と磐石とを取るようになったため、サタンは、モーセを中心とするイスラエルに対して主体的な立場に立つようになったという事実を、我々は既に明らかにしたはずである。ところが、世界的カナン復帰路程に至り、サタンを分立してメシヤの行くべき道を直くする使命者として来た洗礼ヨハネ(ヨハネ一・23)が、その責任を完遂できなくなり、モーセのときと同じく、イスラエル民族が再び不信仰と不従順に陥るようになったために、神が既にモーセ路程で予示されたように、サタンは、イエスを試練する主体的な立場に立つようになったのであった。それではここで、その試練のいきさつを、更に詳しく追ってみることにしよう。
 イエスが荒野で四十日の断食を終えられたとき、サタンがその前に現れて、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」(マタイ四・3)と試練してきた。ここにはいかなる事情があるのだろうか。まずモーセが荒野で「四十日サタン分立基台」の上におかれていた石板を壊し、磐石を二度打ったという行動、および、洗礼ヨハネの不信の結果、その石をサタンが所有するようになったので、これを再び取り戻すため、イエスは荒野に出ていかれ、四十日間断食してサタンを分立しなければならなかった。サタンは、イエスがこのように石を取り戻すために、荒野に出てこられたということをよく知っていたのである。したがって、その昔、民族的なカナン復帰のための荒野路程において、イスラエルの祖先たちが飢餓に打ち勝つことができず、不信に陥り、石をサタンがもつようになったのと同じく、今、世界的カナン復帰のための荒野路程におかれているイエスも、彼らと同様、飢餓の中にいるのであるから、次第に不信に陥って、その石を取り戻そうとする代わりに、それをパンに変えて飢えをしのぐようになれば、その石はサタンが永遠に所有しつづけることができるという意味だったのである。
 この試練に対するイエスの答えは、「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイ四・4
)というみ言であった。元来、人間は、二種類の栄養素によって生きるように創造された。すなわち、自然界より摂取する栄養素によって肉身を生かし、神の口から出るみ言によって霊人体を生かすようになっているのである。ところが堕落人間は、神のみ言を直接受けられなくなってしまったために、ヨハネ福音書一章14節に記録されているように、神のみ言が肉身となって地上に来られたイエスのみ言によって、その霊人体が生きていくようになっているのである。ゆえに、ヨハネ福音書六章48節を見ると、イエスは「わたしは命のパンである」と言われ、それに続いて、「よくよく言っておく。人の子の肉を食べず、また、その血を飲まなければ、あなたがたの内に命はない」(ヨハネ六・53)とも言われたのであった。それゆえに、人間がパンを食べてその肉身が生きているとしても、それだけで完全に生きているとはいえない。その上に、神の口から出るみ言が肉身と化して、あらゆる人間の命の糧となるために来られたキリストによって生きない限りは、完全な人間となることはできないのである。
 
ところで、モーセが石板の根である磐石を二度打ったことによって、その石は、サタンの所有となったのである。このようにサタンのものとなったその石は、まさしく、モーセが失ったその磐石(岩)であり、また、その石板でもあったために、その石は結局、サタンの試練を受けているイエス自身を象徴するものであった。これは、黙示録二章17節に、石をキリストとして象徴し、また(コリントⅠ一〇・4)に「岩はキリストにほかならない」と記録されているのを見ても、明らかに理解することができるのである。それゆえに、サタンの最初の試練に応じたイエスの答えは、要するに、私が今いくらひどい飢えの中におかれているとしても、肉身を生かすパンが問題ではなく、イエス自身がサタンから試練を受けている立場を勝利して、すべての人類の霊人体を生かすことができる、神のみ言の糧とならなければならないという意味であった。したがって、この試練は、イエスが洗礼ヨハネの立場でもって試練を受けて勝利することにより、個性を完成したメシヤの立場を取り戻す試練であった。このような原理的立場からみ旨に対しておられたイエスの言行に、サタンは敗北したのであった。そして、イエスがこの最初の試練に勝利して、個性を復帰することができる条件を立てられることによって、神の第一祝福の復帰の基台をつくられたのである。
 つぎにサタンは、イエスを宮の頂上に立たせて、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい」(マタイ四・6
)と言った。ところでヨハネ福音書二章19~21節を見ると、イエスは、御自身を神殿と言われたのであり、また、コリントⅠ・三章16節には、信徒たちを神の宮と、そしてまた、コリントⅠ・一二章27節では、信徒たちをキリストの肢体であると言っているのである。それらを見ると、イエスは本神殿であり、信徒たちはその分神殿であるという事実を、我々は知ることができる。このように、イエスは神殿の主人公として来られたのであるから、サタンもその位置を認めなければならなかったので、イエスを宮の頂上に立たせたのであった。そして、そこから飛びおりるようにと言ったのは、主人公の位置から下りて堕落人間の立場に戻るならば、自分がイエスの代わりに神殿主管者の位置を占領するという意味だったのである。
 これに対してイエスは、「主なるあなたの神を試みてはならない」(マタイ四・7
)と答えられた。元来、天使は、創造本然の人間の主管を受けるように創造されたために、堕落した天使は、当然イエスの主管を受けなければならないのである。それにもかかわらず、天使が、イエスの代わりに神殿主管者の立場に立とうとすることは、非原理的な行動であるということはいうまでもない。それゆえに、このような非原理的な行動をもって、原理的な摂理をなさる神の体であられるイエスを試練することによって、神を試練する立場に立つなどということはあり得べからざることなのである。そればかりでなく、イエスは、既に、第一次の試練に勝利し、個性を復帰した実体神殿として、神殿の主人公の立場を確立されたのであったから、サタンの試練を受けるべき何らの条件もないので、今はイエス自身を試練しないで退けという意味であった。このようにして、第二の試練に勝利することによって、本神殿であり、新郎であり、また人類の真の親として来られたイエスは、すべての信徒たちを、分神殿と新婦、そして子女の立場に、復帰することができる条件を立てて、神の第二祝福の復帰の基台を造成されたのであった。
 つぎにサタンは、イエスを非常に高い山に連れていき、世のすべての国々とその栄華とを見せながら「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」(マタイ四・9
)と試練した。元を探れば、アダムは堕落することによって、万物世界に対する主人公としての資格を失い、サタンの主管を受けるようになったからこそ、サタンがアダムの代わりに、万物世界の主管者として立つようになったのである(ロマ八・20)。ところが、完成したアダムの位置で来られたイエスは、コリントⅠ・一五章27節に、万物をキリストの足もとに従わせたと記録されているみ言のように、被造世界の主管者であったのである。したがって、サタンもこのような原理を知っていたために、イエスを山の上に連れていき、万物の主人公の立場に立たせてから、初めにアダムがサタンに屈伏したように、第二のアダムであるイエスも、サタンに屈伏せよという試練であった。
 これに対してイエスは、「主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ」(マタイ四・10
)と答えられた。天使は、もとより仕える霊(ヘブル一・14)であって、自己を創造された神を崇拝し、神に仕えるようになっていたのである。したがって、堕落した天使であるサタンも、彼を拝し彼に仕えるのが原理であるために、サタンは当然、創造主、神の体として現れたイエスにも屈伏して、彼を拝し彼に仕えるのが原理であるとイエスは答えられたのであった。しかもイエスは、既に二度の試練に勝利し、神の第一、第二の祝福を復帰し得る基台を造成しておられたので、その基台の上に神の第三祝福を復帰して、万物世界を主管するのが当然であったから、既に勝利の基台の上に立っている万物世界に対しては、それ以上試練を受けるべき余地がないという意味をもって原理的に答えられたのである。このように、イエスは第三の試練にも勝利され、被造世界に対する主管性を復帰し得る条件を立てることによって、神の第三祝福に対する復帰の基台を造成されたのであった。

③ 四十日断食と三大試練とをもってサタンを分立した結果

創造原理によれば、人間は正分合の三段階の過程を経て、四位基台をつくって初めて、神の創造目的を成就するようになっているのである。ところが、人間はその四位基台をつくっていく過程において、サタンの侵入を受け、創造目的を成就することができなかったために、神は、今までの復帰摂理路程を、これまた、三段階まで延長しながら、「四十日サタン分立基台」をつくることによって、失ったすべてのものを蕩減復帰しようとされたのである。ところで、イエスはメシヤであられると同時に、洗礼ヨハネの立場で三段階の試練に勝利され、「四十日サタン分立基台」を立てられたので、これによってイエスは、神の復帰摂理の歴史路程を通して、三段階に摂理を延長しながら、「四十日サタン分立基台」によって奪い返そうとした、次のようなすべての条件を、一時に蕩減復帰することができたのであった。すなわち、第一に、イエスは洗礼ヨハネの立場で、第二次世界的カナン復帰のための「信仰基台」を蕩減復帰されたので、そのときまでの摂理路程において、「信仰基台」をつくるために立てようとされた、すべてのものを蕩減復帰することができたのである。すなわち、カインとアベルの献祭、ノアの箱舟、アブラハムの献祭、モーセの幕屋、ソロモンの神殿などを蕩減復帰されたのであった。それだけでなく、イエスは、アダム以後四〇〇〇年間の縦的な歴史路程を通じて「信仰基台」を復帰するに当たって、その中心人物たちの失敗によって失うに至ったすべての「四十日サタン分立基台」を、横的に一時に蕩減復帰することができたのである。すなわち、ノアの審判四十日、モーセの三次の四十年期間と二次の四十日断食、偵察四十日、イスラエルの荒野路程四十年、そして、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、エジプト苦役四〇〇年などをすべて蕩減復帰されたのであった。
 
第二にイエスは、洗礼ヨハネの立場からメシヤの立場に立つための「信仰基台」を造成したので、神の三大祝福を成就して、四位基台を蕩減復帰することができる条件を立てられたのである。したがって、イエスは献祭に成功した実体であられると同時に、また、石板、幕屋、契約の箱、磐石、神殿の実体としても、立つことができるようになったのであった。

(2) 実 体 基 台

イエスは、人類の真の親として来られ、洗礼ヨハネの立場で「四十日サタン分立基台」を蕩減復帰されたので、父母の立場に立って「信仰基台」を復帰すると同時に、子女の立場でもって「堕落性を脱ぐための世界的蕩減条件」を立てるに当たってのアベルの位置をも確立されたのであった。したがって、イエスはモーセがミデヤンの荒野で四十年間の蕩減期間を送ることによって、第二次民族的カナン復帰のための「信仰基台」を造成した立場を、世界的に蕩減復帰した立場に立つようになったのである。
 モーセを中心とする第二次民族的カナン復帰路程においては、三大奇跡と十災禍とによってその「出発のための摂理」をされた。ところがその後、第三次民族的カナン復帰路程においては、イスラエル民族の不信によってその摂理は無為に帰してしまったので、エジプトにおける三大奇跡と十災禍とを蕩減復帰するために、「幕屋のための基台」の上で、石板と幕屋と契約の箱の三大恩賜と十戒を立てることにより、「出発のための摂理」をされたということは、既に、モーセ路程で明らかにしたはずである。ところでイエスは、石板と幕屋と契約の箱との三大恩賜と十戒の実体であられるから、第二次世界的カナン復帰路程においては、イエス自身がみ言と奇跡とをもってその「出発のための摂理」をされたのであった。したがって、カインの立場におかれていたユダヤ民族が、この「出発のための摂理」によって洗礼ヨハネの使命を担い、アベルの立場に立っていたイエスを信じ、彼に仕え、彼に従ったならば、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて「実体基台」を復帰するようになるので「メシヤのための基台」を造成することができるようになっていたのである。もしこのようになったならば、イエスは、この基台の上で、洗礼ヨハネの立場からメシヤとしての立場に上がるようになり、すべての人類は、彼に接がれて(ロマ一一・17)、重生し、原罪を脱いで神と心情的に一体となることによって、創造本性を復帰し、地上天国をつくることができたはずであったのである。

(3) 第二次世界的カナン復帰路程の失敗

洗礼ヨハネの不信によって、 第一次世界的カナン復帰摂理が失敗に終わったとき、イエスは、洗礼ヨハネの使命を代理して、自ら荒野四十日の苦難を受けられて、第二次世界的カナン復帰のための「信仰基台」を蕩減復帰されたのである。ところで、既に述べたように、三大試練においてイエスに敗北したサタンは、一時イエスを離れたのであった(ルカ四・13)。サタンが一時イエスを離れたというのは、永遠に離れてしまったということを意味するのではなく、逆に、再びイエスの前に現れることができるということを暗示しているのである。果たして、サタンは、不信に陥った祭司たちと律法学者たちを中心とするユダヤ民族、特に、イエスを売った弟子、イスカリオテのユダを通して、再びイエスの前に現れて、対立したのであった。
 このようにユダヤ民族の不信によって、第二次世界的カナン復帰路程のための「実体基台」はつくり得なくなり、それに伴ってこの摂理のための「メシヤのための基台」もまた造成することができなくなったために、第二次世界的カナン復帰路程は、これまた失敗に終わってしまったのである。

(三)第三次世界的カナン復帰路程

(1) イエスを中心とする霊的カナン復帰路程

第三次世界的カナン復帰路程に関する問題を論ずるに当たって、まず知っておかなければならないことは、これが第三次民族的カナン復帰路程とどのように異なっているかということである。既に、前もって詳しく論及したように、第三次民族的カナン復帰路程におけるイスラエル民族の信仰の対象は、メシヤの象徴体である幕屋であった。それゆえに、イスラエル民族がみな不信に陥ったときにも、この幕屋だけは、モーセが断食四十日期間をもって立てた「幕屋のための信仰基台」の上に立っていたのであり、モーセまでが不信に陥ってしまったときも、それは、モーセが立てた「信仰基台」をもとに、ヨシュアがモーセの使命を代理して偵察四十日のサタン分立期間を通じて造成した「幕屋のための基台」の上に立って、終始一貫してみ旨を信奉してきたヨシュアを中心として、そのまま立ちつづけてきたのである。ところが、世界的カナン復帰路程におけるユダヤ民族の信仰の対象は、幕屋の実体として来られたイエスであったので、その弟子たちまでが不信に陥ってしまうと、もうその信仰を挽回する余地はなく、イエスが、「モーセが荒野でへびを上げたように、人の子もまた上げられなければならない」(ヨハネ三・14)と言われたみ言のとおり、その肉身は十字架につけられ、死の道を歩まなければならなくなったのである。このように、ユダヤ民族は、霊肉を併せた信仰の対象を失った結果、第三次世界的カナン復帰路程は、第三次民族的カナン復帰路程と同じく、直接、実体の路程としては出発することができず、したがって、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが復活されたイエスを、再び信仰の対象として立てることをもって、まず、霊的路程として出発するようになったのである。イエスが「この神殿(イエス)をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」(ヨハネ二・19)と言われた理由は、ここにあったのである。そうして二〇〇〇年間信仰を続けているうちに、あたかもヨシュアがモーセの使命を継承して、第三次民族的カナン復帰を完成したように、イエスは、再臨されることによって、初臨のときの使命を継承され、第三次世界的カナン復帰路程を、霊肉併せて完成されるようになるのである。我々は、このような復帰摂理路程を見ても、イエスが、初臨のときと同じく、肉体をもって再臨されなければ、初臨のときに成就なさろうとされた復帰摂理の目的を受け継いで、完遂することができないということが分かってくるのである。

① 霊的な信仰基台

ユダヤ民族がイエスに逆らうことにより、第二次世界的カナン復帰路程は失敗に終わったので、イエスが洗礼ヨハネの立場で四十日の断食をもって立てられた「信仰基台」は、サタンに引き渡さなければならなくなってしまったのである。それゆえに、イエスが十字架によってその肉身をサタンに引き渡したのち、霊的洗礼ヨハネの使命者としての立場から、四十日復活期間をもってサタン分立の霊的基台を立てることにより、第三次世界的カナン復帰の霊的路程のための、霊的な「信仰基台」を復帰されたのである。イエスが十字架で亡くなられたのち、四十日の復活期間を立てられるようになった理由はここにあったということを知る人は、今日に至るまで一人もいなかったのである。それではイエスは、霊的な「信仰基台」を、どのようにして立てられたのであろうか。
 イエスがメシヤとして現れるときまで、神はユダヤの選民たちと共におられた。しかし彼らが、メシヤとして現れたイエスに逆らいはじめた瞬間から、神は彼ら選民たちを、サタンに引き渡さざるを得なくなったのである。それゆえ、神はイスラエルの民から排斥されたひとり子イエスと共に、選民を捨て、それから顔を背けざるを得なかったのである。しかし、神がメシヤを送られたその目的は、選民をはじめとして全人類を救おうというところにあったので、神は、イエスをサタンに引き渡してでも、全人類を救おうとされたのである。また、サタンは、自分の側に立つようになった選民をはじめとする全人類を、たとえ、みな神に引き渡すようになったとしても、メシヤであるイエスだけは殺そうとしたのである。その理由は、神の四〇〇〇年復帰摂理の第一目的が、メシヤ一人を立てようとするところにあったので、サタンはそのメシヤを殺すことによって、神の全摂理の目的を破綻に導くことができると考えたからである。こうなると、神は、イエスに反対してサタンの側に行ってしまった、ユダヤ民族をはじめとする全人類を救うためには、その蕩減条件としてイエスをサタンに引き渡さざるを得なかったのである。
 サタンは、自己の最大の実権を行使して、イエスを十字架で殺害することによって、彼が四〇〇〇年の歴史路程を通じて、その目的としてきたところのものを、達成したことになったのである。
このように、イエスをサタンに引き渡された神は、その代償として、イスラエルをはじめとする全人類を救うことができる条件を立て得るようになられた。それでは神は、どのようなやり方で罪悪人間たちを救うことができたのであろうか。サタンが、既にその最大の実権を行使してイエスを殺害したので、蕩減復帰の原則により、神にも最大の実権を行使し得る条件が成立したのである。ところで、サタンの最大の実権行使は、人間を殺すことにあるのであるが、これに対して神の最大実権行使は、あくまでも死んだ人間を、再び生かすところにある。そこで、サタンがその最大の実権行使をもって、イエスを殺害したことに対する蕩減条件として、神もまた、その最大の実権を行使されて、死んだイエスを復活させ、すべての人類を復活したイエスに接がせ(ロマ一一・24)、彼らを重生させることによって救いを受けられるようにされたのである。
 
しかし、我々が聖書を通してよく知っているように、復活されたイエスは、十字架にかけられる以前、その弟子たちと共に生活しておられたイエスと全く同じイエスではなかったのである。彼は、既に、時間と空間とを超越したところにおられたので、肉眼をもっては見ることのできない方であった。彼は、弟子たちが戸を締めきっていた部屋の中に、突然現れたかと思うと(ヨハネ二〇・19)、エマオという村へ行く二人の弟子の前に突然現れて、長い間同行された。しかし彼らは、近づいてこられたイエスと一緒に歩きながらも、彼がだれであるかを知らなかったのであり(ルカ二四・15、16)、このように現れたイエスはまた、忽然としてどこかに去ってしまわれたのである。イエスは、すべての人類を救われるために、その肉身を供え物として十字架に引き渡されたのち、このように復活四十日のサタン分立期間をもって、霊的な「信仰基台」を立てられることにより、万民の罪を贖罪し得る道を開拓されたのである。

② 霊的な実体基台

イエスは、霊的な洗礼ヨハネ使命者の立場から、霊的な復活「四十日サタン分立基台」を造成なさることにより、霊的な真の父母の立場でもって霊的な「信仰基台」を復帰すると同時に、また、霊的な子女の立場でもって「堕落性を脱ぐための世界的な蕩減条件」を立てるための、霊的なアベルの位置をも確立されたのである。そのようにして、イエスは、モーセがイスラエル民族を導いて荒野流浪の四十年蕩減期間を送ることにより、第三次民族的カナン復帰のための「信仰基台」を造成したように、第三次世界的カナン復帰のための、霊的な「信仰基台」を造成することができたのである。
 モーセのときには、「幕屋のための基台」を立てることによって「出発のための摂理」をされた。しかし、復活されたイエスは、ガリラヤに四散していた弟子たちを呼び集められて、自身が石板と幕屋と契約の箱との霊的な実体となられ、弟子たちに一切の奇跡の権威を授けられることによって(マタイ二八・16~18)、「出発のための摂理」をされたのである。
 ここにおいて、カインの立場に立っていた信徒たちは、この「出発のための摂理」により、霊的な洗礼ヨハネ使命者として、霊的なアベルの立場におられる、復活されたイエスを信じ、彼に仕え、彼に従って、「堕落性を脱ぐための霊的な蕩減条件」を立てることにより、「霊的な実体基台」を復帰することができたのである。

③ メシヤのための霊的な基台

イエスが十字架で亡くなられたのち、取り残された十一人の弟子たちはみな力を失って、四方に散らばってしまっていた。ところが、イエスは復活されるとまた、彼らを再びひとところに集められ、霊的カナン復帰の新しい摂理を始められたのである。弟子たちは、イスカリオテのユダの代わりにマッテヤを選んで、十二弟子の数を整え、復活されたイエスを命を懸けて信奉することにより、「霊的な実体基台」を造成し、それによって「メシヤのための霊的な基台」を復帰した。そこでイエスは、この基台の上で、霊的な洗礼ヨハネ使命者の立場から、霊的なメシヤの立場を確立し、聖霊を復帰することによって、霊的な真の父母となり、重生の摂理をされるようになったのである。すなわち、使徒行伝二章1節から4節にかけて記録されているように、五旬節に聖霊が降臨されてのち、復活されたイエスは霊的な真の父として、霊的な真の母であられる聖霊と一つになって摂理されることにより、信徒たちを霊的に接がしめて、霊的に重生せしめる摂理をされて、霊的救いの摂理だけを成就するようになられたのである(前編第四章第一節(四))。したがって、イエスが復活した圏内では、サタンの霊的讒訴条件が清算されているので、それは霊的面におけるサタンの不可侵圏となっているのである。
 堕落人間は、キリストを信ずることによって、彼と一体となるとしても、キリスト自身がそうであったと同様に、その肉身はサタンの侵入した立場におかれているので、肉的救いは依然として全うされずに、そのまま残るようになったのである。しかしながら、我々が復活したイエスを信ずれば、彼と共に霊的にはサタンの不可侵圏内に入るようになるから、サタンの霊的讒訴条件を免れ、霊的救いのみが成就されるようになるのである。

④ 霊的カナン復帰

キリスト教信徒たちは「メシヤのための霊的基台」の上で霊的メシヤとして立たせられたイエスを信じ侍ることによって、霊的カナン復帰だけを完成するようになった。それゆえに、霊的カナン復帰の恵沢圏内にいる信徒たちの肉身は、ちょうど十字架によってサタンの侵入を受けたイエスの肉身と同じ立場に立つようになるので、(肉身の面から見れば)イエスが来られる前の状態と異なるところがなく、サタンの侵入を受けることにより、原罪は依然として元のままに残っているので(ロマ七・25)、信徒たちもまた、キリスト再臨のための、サタン再分立の路程を歩まなければならなくなったのである(前編第四章第一節(四))。
 モーセを中心として摂理された、民族的カナン復帰路程における幕屋理想は、今や復活されたイエスの霊的実体神殿を中心として、世界的に形成されるようになった。その至聖所と聖所とは、それらが象徴しているところのイエスと聖霊、あるいは、イエスの霊人体と肉身が霊的実体というかたちでその理想を成就したのであり、贖罪所の理想は、イエスと聖霊との働き(役事)によって成就され、そこに神が現れて語られるようになったのである。それゆえに、神のみ言が語られるその贖罪所においては人間始祖が堕落したのち、その前をふさいでいたケルビムを左右に分かち、契約の箱の中に入っている生命の木であられるイエスを迎えて、神が下さるマナを食べ、芽を出したアロンの杖でもってそのしるしを見せてくださった神の権威を現すようになるのである(ヘブル九・4、5)。このようにイエスの十字架とその再臨は、モーセの路程を通じてみても、決して、それが既に決まった摂理ではなかったということが分かるのである。

(2) 再臨主を中心とする実体的カナン復帰路程

第三次世界的カナン復帰路程が、第三次民族的カナン復帰路程と同じく、実体路程をもって出発することができず、霊的路程として出発するようになった理由については、既に前節で述べたとおりである。「メシヤのための霊的な基台」の上で、霊的メシヤとしておられるイエスを信じ、彼に従うことをもって出発した第三次世界的カナン復帰の霊的摂理は、二〇〇〇年の悠久なる歴史路程を経て、今日、世界的にその霊的版図を広めるようになった。
 それゆえ、あたかもモーセの霊的カナン復帰路程を、ヨシュアが代わって実体路程として歩み、民族的カナン復帰を完遂したのと同じく、イエスは、今までの霊的カナン復帰路程を、再臨されてから実体路程として歩まれ、世界的カナン復帰を完遂されることによって、地上天国をつくらなければならないのである。このように再臨主は、初臨のときに実体をもって成就されようとした地上天国を、そのごとくにつくらなければならないので、あくまでも実体の人間として、地上に生まれなければならないのである(後編第六章第二節(二)参照)。
 しかし、再臨主は、初臨のときの復帰摂理路程を蕩減復帰しなければならないので、あたかも彼の初臨のとき、ユダヤ民族の不信によって、霊的復帰路程の苦難の路程を歩まれたように、再臨のときにおいても、もし第二イスラエルであるキリスト教信徒たちが不信に陥るならば、その霊的な苦難の路程を、再び実体をもって蕩減復帰されなければならないのである。イエスが「しかし、彼(イエス)はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」(ルカ一七・25)と言われた理由は、とりもなおさず、ここにあるのである。
 それゆえに、イエスは初臨のときに、彼のために召命された第一イスラエル選民を捨てられ、キリスト教信徒たちを第二イスラエルとして立て、新しい霊的な摂理路程を歩むほかはなかったのと同様に、再臨のときにも、キリスト教信徒たちが不信に陥るならば、彼らを捨てて新しく第三イスラエルを立て、実体的な摂理路程を成就していくほかはない。さらにまた、イエスは再臨のときも初臨のときと同じく、彼の道を直くするために洗礼ヨハネの使命(ヨハネ一・23)を担ってくるはずの先駆者たちが、その使命を全うし得ないときには、再臨主御自身が、再び洗礼ヨハネの立場で、第三次世界的カナン復帰摂理のための「信仰基台」を実体的に造成しなければならないので、苦難の道を歩まれなければならないようになるのである。
 
しかし、再臨主はいくら険しい苦難の道を歩まれるといっても、初臨のときのように、復帰摂理の目的を完遂できないで、亡くなられるということはない。その理由は、神が人類の真の父母を立てることによって(前編第七章第四節(一)(1))、創造目的を完遂なさろうとする摂理は、アダムからイエスを経て再臨主に至るまで三度を数え、この三度目である再臨のときには、必ず、その摂理が成就されるようになっているからであり、その上、後編第四章第七節に論述されているように、イエス以後二〇〇〇年間の霊的な復帰摂理によって、彼が働き得る社会を造成するために、民主主義時代をつくっておかれたからである。イエスは、初臨のときには、ユダヤ教の反逆者であると見なされて亡くなられたのであったが、彼が再臨なさる民主主義社会においては、たとえ、彼が異端者として追われることがあるとしても、それによって死の立場にまで追いこまれるようなことはないのである。
 
それゆえに、再臨主がいくら険しい苦難の道を歩まれるといっても、彼が立てられる実体的な「信仰基台」の上で、彼を絶対的に信じ、彼に従い、彼に侍る信徒たちが集まって、第三次世界的カナン復帰の実体路程のための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立て、「実体基台」を造成することによって「メシヤのための実体的な基台」をつくるようになることは確かである。
 
第三次民族的カナン復帰路程において、モーセのときには、磐石を中心とする「出発のための摂理」をするようになっていたのであるが、ヨシュアのときには、磐石よりももっと内的なそのわき水を中心とする「出発のための摂理」をされたのであった。これと同じく、イエスも初臨のときには奇跡をもって「出発のための摂理」をされたが、再臨のときには、それが内的なものとなった、み言を中心として「出発のための摂理」をされるのである。なぜなら、既に前編第三章第三節(二)において論及したように、み言をもって創造された人間が(ヨハネ一・3)、堕落によってみ言の目的を成就することができなかったのであるから、神はこの目的を再び完遂なさるためには、「み言」の外的な条件を立てて復帰摂理をなさり、摂理歴史の終末に至って、「み言」の実体であられるイエスを再び送られて、「み言」を中心とする救いの摂理をなさらなければならないからである。
 神の創造目的を、心情の因縁を中心として見るならば、神は、霊的な父母として、人間を実体の子女として創造されたのである。そして、最初に神の二性性相の形象的な実体対象として創造されたアダムとエバは、神の第一の実体対象として、人類の父母となるのである。それゆえに、彼らが夫婦となって子女を生み殖やし、父母の愛と夫婦の愛、そして子女の愛を表し、父母の心情と夫婦の心情、そして子女の心情によって結ばれる家庭をつくるようになっていたのであるが、これがすなわち三対象目的をなした四位基台であったのである(前編第一章第二節(三)参照)。
 このように、神は天の血統を継承した直系の子女によって、地上天国をつくろうと計画されたのであった。しかし、既に堕落論において詳しく述べたように、人間始祖が天使長と血縁関係を結ぶことによって、すべての人類はサタンの血統を継承して、みな悪魔の子女となってしまったのである(マタイ三・7、マタイ二三・33、ヨハネ八・44)。それゆえ、人間始祖は神と血縁関係を断ちきられた立場に陥ってしまったのであるが、これがすなわち堕落である(前編第二章参照)。
 それゆえに、神の復帰摂理の目的は、このように神との血統関係が断たれてしまった堕落人間を復帰して、神の直系の血統的子女を立てようとするところにあるのである。我々は、このような神の復帰摂理の秘密を聖書から探してみることにしよう。
 
先に論じたように、堕落して殺戮行為をほしいままにしたアダム家庭は、神との関係を断たれてしまったのである。しかし、ノアのときに至って、その二番目の息子であり、アベルの立場におかれていたハムの、その失敗によって、神と直接的な関係を結ぶところにまでは行かれなかったが、それでもノアが忠誠を尽くした基台があったので、僕の僕(創九・25)としての立場に立つことができ、神と間接的な関係を結ぶことができたのである。これがすなわち、旧約前の時代における神と人間との関係であった。
 信仰の父であるアブラハムのときに至り、彼は、「メシヤのための家庭的な基台」をつくって、神の選民を立てたので、彼らは初めて神の僕の立場に復帰することができた(レビ二五・55
)。これがすなわち、旧約時代における神と人間との関係であった。イエスが来られてのち、洗礼ヨハネの立場でもって立てられた、その「信仰基台」の上に立っていた弟子たちは、初めて、旧約時代の僕の立場から、養子の立場にまで復帰されたのである。彼らが神の直系の血統的子女となるためには、イエスに絶対的に服従して「実体基台」をつくることにより、「メシヤのための基台」を造成し、その基台の上に立っているイエスに、霊肉併せて接がれることによって(ロマ一一・17)、彼と一体とならなければならなかったのである。
 
イエスは、原罪のない、神の血統を受けた直系のひとり子として来られ、堕落したすべての人類を彼に接がせて一体となることにより、彼らが原罪を脱いで神の直系の血統的子女として復帰することができるように摂理しようとしてこられたのである。イエスと聖霊とが、人類の真の父母として、このように堕落人間を接がせ、原罪を脱がしめることにより、神との創造本然の血統的因縁を結ばしめる摂理を、重生というのである(前編第七章第四節参照)。それゆえに、イエスは、野生のオリーブである堕落人間を接がせるために、善いオリーブとして来られた方であるということを、我々は知らなければならない。
 しかし、弟子たちまでが不信に陥ったために、イエスは、洗礼ヨハネの立場から、一段上がってメシヤの立場に立つことができないままに、十字架で亡くなられたのである。それゆえ、復活したイエスが、霊的洗礼ヨハネの立場から、復活四十日のサタン分立期間をもって霊的な「信仰基台」を立てられたのち、悔い改めて戻ってきた弟子たちの信仰と忠節とによって、霊的な「実体基台」が立てられた結果、そこで初めて「メシヤのための霊的な基台」が造成されたのである。そしてついにこの霊的な基台の上に霊的メシヤとして立たれるようになったイエスに、霊的に接がれることによって、初めて信徒たちは、霊的な子女としてのみ立つようになったのであるが、これがすなわち、イエス以後今日に至るまでの霊的復帰摂理による神と堕落人間との関係であった。それゆえに、イエス以後の霊的復帰摂理は、あたかも神が霊界を先に創造されたように、そのようなかたちの霊的世界を、先に復帰していかれるのであるから、我々堕落人間はまだ、霊的にのみしか、神の対象として立つことができないのである。したがって、いくら信仰の篤いキリスト教信徒でも肉的に継承されてきた原罪を清算することができないままでいるので、サタンの血統を離脱できなかったという点においては、旧約時代の信徒たちと何ら異なるところがないのである(前編第四章第一節(四))。このように、キリスト教信徒たちは、神と血統を異にする子女であるので、神の前では養子とならざるを得ないのである。かつてパウロが、聖霊の最初の実をもっている私たち自身も、嘆いて養子とせられんことを待ち望んでいると言った理由も、実はここにあったのである(ロマ八・23)。
 
それゆえに、イエスは、すべての人類を、神の血統を受けた直系の子女として復帰するために、再臨されなくてはならないのである。したがって、彼は初臨のときと同じように、肉身をもって地上に誕生され、初臨のときの路程を再び歩まれることによって、それを蕩減復帰されなければならない。それゆえに、先に既に論じたように、再臨のイエスは、み言を中心とする「出発のための摂理」によって、「メシヤのための基台」を実体的に造成し、その基台の上で、すべての人類を霊肉併せて接がせることにより、彼らが原罪を脱いで、神の血統を受けた直系の子女として復帰できるようにしなければならないのである。
 
それゆえに、イエスは初臨のときに「メシヤのための家庭的な基台」の中心人物であったヤコブの立場を蕩減復帰なさるために、三人の弟子を中心として十二弟子を立てられることによって、家庭的な基台を立てられたのであり、また、七十人の門徒を立てられることによって、その基台を氏族的な基台にまで広めようとされたように、彼は、再臨される場合においても、その「メシヤのための基台」を、実体的に家庭的なものから出発して、順次、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的なものとして復帰され、その基台の上に、天国を成就するところまで行かなければならないのである。
 
神は、将来、イエスが誕生されて、天国建設の目的をいちはやく成就させるために、第一イスラエル選民を立てることによってその土台を準備されたのであったが、彼らがそれに逆らったので、キリスト教信徒たちを第二イスラエルとして立てられたように、もしも、再臨イエスの天国建設の理想のために第二イスラエルとして立たせられたキリスト教信徒たちが、またもや彼に背くならば、神はやむを得ず、その第二イスラエル選民をも捨てて新しく、第三イスラエル選民を選ばれるほか、致し方はないのである。それゆえに、終末に処しているキリスト教信徒たちは、イエスの初臨当時のユダヤ民族と同じく、最も幸福な環境の中におりながらも、また一方においては、最も不幸な立場に陥るかもしれない運命の岐路に立たされているとも考えられるのである。

(四)イエスの路程が見せてくれた教訓

 第一に、ここにおいても、み旨に対する神の予定が、どのようなものであるかということを見せてくださった。神はいつでもそのみ旨を絶対的なものとして予定され、それを成就していくために、洗礼ヨハネがその使命を完遂し得なかったとき、メシヤとして来られたイエス御自身が、その使命を代理されてまでも、その目的を達成しようとされたのであったし、またユダヤ人たちの不信によって地上天国が立てられないようになったとき、イエスは再臨されてまでも、そのみ旨を絶対的に成就しようとなさるのである。
 つぎに、選ばれたある個人、あるいは、ある民族を中心とするみ旨成就に対する神の予定は絶対的なものでなく、相対的なものであるということを見せてくださった。
すなわち神は復帰摂理の目的を達成されるために、ある人物、または、ある民族を立てられたとしても、彼らが自己の責任分担を完遂することができないときには、必ず新しい使命者を立てられて、その使命を継承させたのであった。すなわち、イエスは彼の第一の弟子として洗礼ヨハネを選ばれたのであるが、彼がその責任を完遂し得なかったために、その代わりとしてペテロを選ばれた。また、イスカリオテのユダを十二弟子の一人として選んだのであるが、彼が責任を全うし得なかったとき、彼の代わりにマッテヤを選ばれたのである(使徒一・26)。また、復帰摂理の目的を達成なさるためにユダヤ民族を選ばれたのであったが、彼らがその責任を全うすることができないようになったとき、その使命を、異邦人たちに移されたのであった(使徒一三・46、マタイ二一・33~43)。このようにいくらみ旨成就のために選ばれた存在であっても、彼を中心とするみ旨の成就は、決して絶対的なものとして予定なさることはできないのである。
 つぎに神は、人間の責任分担に対しては干渉されず、その結果だけを見て主管されるということを見せてくださった。洗礼ヨハネやイスカリオテのユダが不信に陥ったとき、神はそれを知らなかったはずはなく、またそれを止め得ないはずもなかったのであるが、彼らの信仰に対しては一切干渉されず、その結果だけを見て主管されたのである。
 
つぎに、大きい使命を担った人物であればあるほど、彼に対する試練もまたそれに比例して大きいということをも見せてくださった。アダムが不信に陥り、神を捨てたために、後のアダムとして来られたイエスが、その復帰摂理の目的を成就されるためには、アダムの代わりに神から捨てられた立場をもって信仰を立て、その堕落前の立場を蕩減復帰しなければならなかったのである。それゆえにイエスは、荒野において、サタンの試練までも受けなければならなかったのであり、また、十字架上で神から見捨てられるということまで体験されなければならなかったのである(マタイ二七・46)。

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摂理歴史の各時代とその年数の形成

第三章 摂理歴史の各時代とその年数の形成





第一節 摂理的同時性の時代



 同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、たとえその程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、その後の時代において反復されている、という事実が、多く発見されるのである。歴史家たちは、このような歴史的現象を見て、歴史の路程は、ある同型の螺旋上を回転しているといっているが、その原因がどこにあるかは全然知らないのである。このように、ある時代がその前の時代の歴史路程とほとんど同じ様相をもって反復されるとき、そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。このような同時性の時代を、摂理的同時性の時代と呼ぶ理由については、のちに、もっと詳しく説明するが、この現象は本来、神の蕩減復帰摂理に起因して生ずるものなのである。
 
それでは、摂理的同時性の時代は、どうして生ずるのだろうか。我々は、復帰摂理の目的を成し遂げていく過程においてなされたすべての事実が、歴史を形成してきたということをよく知っている。けれども、復帰摂理の目的を達成するために、「メシヤのための基台」を復帰する摂理路程を担当していたある中心人物が、自分の責任分担を果たさなかったときには、その人物を中心とした摂理の一時代は終わってしまうのである。しかし、そのみ旨に対する神の予定は絶対的であるので(前編第六章)、神は他の人物をその代わりに立たせ、「メシヤのための基台」を蕩減復帰するための新しい時代を、再び摂理なさるのである。したがって、この新しい時代は、その前の時代の歴史路程を蕩減復帰する時代となるので、再び、同じ路程の歴史を反復するようになり、摂理的な同時性の時代が形成されるのである。
 しかるに、復帰摂理を担当した人物たちは、その前の時代の縦的な蕩減条件を、横的に一時に蕩減復帰しなければならないので、復帰摂理が延長され、縦的な蕩減条件が付加されるにつれて、横的に立てられるべき蕩減条件も、次第に加重されるのである。したがって、同時性の時代も、漸次、その内容と範囲を異にするようになる。同時性の時代の形態が、完全な相似形をつくることができない理由は、ここにあるのである。
 
また、成長期間の三段階を、その型に分類してみれば、蘇生は象徴型、長成は形象型、完成は実体型として分けられるので、復帰摂理路程において、このような型を同時性として反復してきた時代も、これまた、このような型の歴史を再現させてきたのである。すなわち、復帰摂理歴史の全期間を、型を中心として同時性の観点から分けてみれば、復帰基台摂理時代は象徴的同時性の時代であり、復帰摂理時代は形象的同時性の時代であり、復帰摂理延長時代は実体的同時性の時代である。
 
また、我々は、同時性の時代を形成する原因が何であるかを知らなければならない。このように、同時性の時代が反復される理由は、「メシヤのための基台」を復帰しようとする摂理が、反復されるからである。したがって、同時性の時代を形成する原因は、第一に、「信仰基台」を復帰するための三つの条件、すなわち、中心人物と、条件物と、数理的な期間などである。第二は、「実体基台」を復帰するための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」である。
 このような要因でつくられる摂理的同時性の時代には、次のような二つの性格がある。第一には、「信仰基台」を復帰するための数理的蕩減期間である代数とか、あるいは、年数を要因とする摂理的同時性が形成されるのである。
復帰摂理歴史は、その摂理を担当した中心人物たちが責任分担を完遂できなかったために、そのみ旨が延長されるにつれて、失われた「信仰基台」をあくまでも反復して蕩減復帰してこられた摂理歴史であったのである。ここにおいて、必然的に数理的な信仰の期間を蕩減復帰する摂理もまた反復されるので、結局、摂理的同時性の時代は、ある年数とかあるいは代数の反復というかたちで、同じ型が重ねて形成されてきたのである。本章の目的は、すなわち、このことに関する問題を取り扱うことにある。
 第二には、「信仰基台」を復帰する中心人物と、その条件物、そして「実体基台」を復帰するための「堕落性を脱ぐための蕩減条件」などの摂理的な史実を要因として、同時性が形成されるのである。復帰摂理の目的は、結局、「メシヤのための基台」を復帰するところにあるので、その摂理が延長されるにつれて、この基台を復帰なさろうとする摂理も反復される。そこで、「メシヤのための基台」は、まず、「象徴献祭」で「信仰基台」を復帰し、次に「実体献祭」で、「実体基台」を復帰して、初めてそれが立てられるのである。
 したがって、復帰摂理の歴史は、「象徴献祭」と「実体献祭」とを復帰させようとする摂理を反復してきたので、摂理的同時性の時代は、結局、この二つの献祭を復帰させようとして運ばれた摂理的な史実を中心として形成されてきたのである。これに関する問題は、次の章で詳しく論ずることにしよう。


第二節 復帰基台摂理時代の代数とその年数の形成

(一)復帰摂理はなぜ延長されまたいかに延長されるか

我々は、既に、「メシヤのための基台」をつくり、メシヤを迎えて、復帰摂理の目的を完成させようとする摂理が、アダムからノア、アブラハム、モーセに至り、イエスの時代まで延長されたこと、また、ユダヤ人たちの不信仰により、イエスもこの目的を完全に達成されずに亡くなられたので、復帰摂理は、更に、彼の再臨期まで延長されてきたという事実を論述した。それでは、復帰摂理はなぜ延長されるのだろうか。これは予定論によってのみ解決される問題である。予定論によれば、神のみ旨は、絶対的なものとして予定され、摂理なさるので、一度立てられたみ旨は必ず成就されるのである。しかし、ある人物を中心とするみ旨成就の可否は、どこまでも相対的であって、それは神の責任分担とその人物の責任分担とが一体となって初めて成就されるのである。したがって、そのみ旨成就の使命を担当した人物が、責任分担を全部果たさないために、そのみ旨が達成されないときには、時代を変えて他の人物をその代わりに立てても、必ず、そのみ旨を成就する摂理をなさるのである。このようにして復帰摂理は延長されていくのである。
 また、我々は、復帰摂理がどのようにして延長されるかを知らなければならない。創造原理によれば、神は三数的存在であられるので、神に似たすべての被造物は、その存在様相や、運動や、またその成長過程など、すべてが三数過程を通じて現れる。
ゆえに、四位基台を造成し、円形運動をして創造目的を成し遂げるに当たっても、正分合の三段階の作用により、三対象目的を達成して三点を通過しなければならないのである。ところが創造目的を復帰していく摂理は、み言による再創造の摂理であるので、この復帰摂理が延長されるときにも、創造原理により、三段階までは延長され得るのである。
 
アダムの家庭で、カインとアベルの「実体献祭」が失敗したので、このみ旨は、ノアを経てアブラハムまで三次にわたって延長され、アブラハムが「象徴献祭」に失敗するや、そのみ旨は、イサクを経てヤコブまで延長された。また、モーセやイエスを中心としたカナン復帰路程も、各々三次まで延長されたのである。そればかりでなく、神殿建築の理想は、サウル王の過ちにより、ダビデ王、ソロモン王にまで延長され、また、最初のアダムによって達成されなかった神の創造理想は、後のアダムとして来られたイエスを経て、彼の再臨期まで、三次にわたって延長されていくのである。「三度目の正直」という諺があるが、これは、このような原理を現実生活の中で探しだしたものといえる。

(二)縦的な蕩減条件と横的な蕩減復帰

復帰摂理のみ旨を担当した中心人物は、自分が立たせられるまでの摂理路程において、自分と同じ使命を担当した人物たちが、立てようとしたすべての蕩減条件を、自分を中心として、一時に蕩減復帰しなければ、彼らの使命を継承し、完遂することができないのである。したがって、このような人物が、また、その使命を完遂できなかったときには、彼が立てようとした蕩減条件は、その次に彼の代理使命者として来る人物が立てなければならない蕩減条件として、その人物に引き渡されるのである。このように、復帰摂理路程において、その摂理を担当した人物たちがその責任を果たせなかったことから、歴史的に加重されてきた条件を、縦的な蕩減条件といい、このようなすべての条件を、ある特定の使命者を中心として一時に蕩減復帰することを、横的な蕩減復帰というのである。
 
例を挙げれば、アブラハムがその使命を完遂するためには、アダムの家庭と、ノアの家庭が立てようとしたすべての縦的な蕩減条件を、一時に横的に蕩減復帰しなければならなかった。ゆえに、アブラハムが、三つの供え物を一つの祭壇に置いて、一時に献祭したのは、アダムからノア、アブラハムと三段階にわたって延長されてきた縦的な蕩減条件を、アブラハムの献祭を中心として、一時に、横的に蕩減復帰するためであったのである。したがって、その三つの供え物は、既に、アダムとノアが立て損なったいろいろの条件と、またアブラハムが中心となって立てようとしたすべての条件を象徴するのである。
 そうして、ヤコブは、ノアから彼自身に至るまでの十二代の縦的な蕩減条件を、一時に、横的に蕩減復帰する条件を立てなければならなかったので、十二人の子供を立て、十二部族に殖やしていったのである。同じく、イエスもやはり、四〇〇〇年摂理歴史路程において、復帰摂理を担当してきた数多くの預言者たちが残しておいた縦的蕩減条件を、彼自身を中心として、一時に、横的に蕩減復帰なさらなければならなかったのである。
 例を挙げれば、イエスが、十二弟子と七十人門徒を立てられたということは、十二子息と七十人家族を中心として摂理されたヤコブの路程と、十二部族と七十長老を中心として摂理されたモーセの路程などの、縦的な蕩減条件を、イエスを中心として、一時に横的に蕩減復帰なさるためであったのである。また、イエスが四十日断食祈祷をされたのは、復帰摂理路程において、何回も繰り返された「信仰基台」を立てるのに必要とされる「四十日サタン分立」のすべての縦的な蕩減条件を、イエスを中心として、一時に、横的に蕩減復帰なさるためであったのである。このような意味から見るとき、復帰摂理を担当した人物は、単に一個人としてだけではなく、彼に先立って、同一の使命を負ってきたすべての預言者、烈士たちの再現体であり、また、彼らの歴史的な結実体であるということを知ることができるのである。

(三)縦からなる横的な蕩減復帰

縦からなる横的な蕩減復帰が何であるかを調べてみることにしよう。既に、アブラハムを中心とする復帰摂理のところで詳述したが、アブラハムのときは、「メシヤのための家庭的な基台」を復帰するための摂理において、第三次に該当するときであった。したがって、そのときは、必ずそのみ旨を成し遂げなければならない原理的な条件のもとにあったので、アブラハムは、アダムの家庭とノアの家庭の過ちによって加重されてきたすべての縦的な蕩減条件を、一時に、横的に蕩減復帰しなければならなかったのである。しかし、アブラハムは、「象徴献祭」で失敗したので、その使命をその次の代に延長しなければならなくなっていた。そこで、神は、既に失敗したアブラハムを、失敗しなかったと同じ立場に立たせ、また、それによって縦的に延長される復帰摂理も、延長されないで、横的に蕩減復帰されたと同じ立場に立たせなければならなかったのである。神はこのような摂理をなさるために、既に、アブラハムを中心とした復帰摂理のところで詳述したように、アブラハムとイサクとヤコブが、各々その個体は互いに違うが、み旨を中心として見れば、完全な一体として、蕩減条件を立てるように摂理されたのである。このように、アブラハムとイサク、ヤコブは、み旨から見れば、完全に一体となったので、ヤコブの成功は、すなわち、イサクの成功であり、また、アブラハムの成功でもあったのである。それゆえに、アブラハムを中心としたみ旨は、縦的に、イサクとヤコブに延長されたけれども、結局み旨を中心として見れば、それは延長されないで、アブラハムを中心として横的に蕩減復帰されたのと同じ結果になったのである。
 
ゆえにアブラハム、イサク、ヤコブは、み旨を中心とした側面においては、アブラハム一人のように見なければならない。したがって、そのみ旨は、アブラハム一代において成就されたと同じ立場であったのである。出エジプト記三章6節に、神が「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」と言われたのは、このような観点から、彼ら三代は一体であるという事実を立証されたといえるのである。
 このように、アブラハムが、彼の「象徴献祭」の失敗により、彼自身を中心として横的な蕩減条件を立てられなくなったとき、縦的に、イサクとヤコブの三代に延長しながら立てた、縦的な蕩減条件を、結局、アブラハムを中心として、一代で横的に蕩減復帰したのと同じ立場に立たせたので、これを、縦からなる横的な蕩減復帰というのである。

(四)信仰基台を復帰するための数理的な蕩減期間

我々は既に、後編緒論で、信仰を立てる中心人物が、「信仰基台」を復帰するには、彼のための数理的な蕩減期間を復帰しなければならないということを論述したが、今、この理由を調べてみることにしよう。神は数理的にも存在し給う方である。ゆえに、人間を中心とする被造世界は、無形の主体であられる神の二性性相の数理的な展開による実体対象である。被造物の平面的な原理を探求する科学の発達が、数理的な研究によってのみ可能であることも、ここに、その原因がある。このように創造された人間始祖は、数理的な成長期間を経たのちに、「信仰基台」を立てて、数理的な完成実体となるように創造されたのである。このような被造世界が、サタンの主管圏に落ちたので、これを復帰するためには、それを象徴するある条件物を立てて、サタンの侵入を受けた数を復帰する数理的な蕩減期間を立てることにより、「信仰基台」を蕩減復帰しなければならない。
 
それでは、元来堕落前の人間始祖は、いかなる数による「信仰基台」を立て、いかなる数理的な完成実体となるべきであったのだろうか。創造原理によれば、あらゆる存在物を通じて、四位基台を造成しないで存在できるものは一つもない。したがって、未完成期にあったアダムとエバも、四位基台造成により存在したのである。この四位基台は、その各位で各々成長期間の三段階を経て、合計十二数の数理的な成長期間を完成し、十二対象目的をつくるようになるのである。したがって、アダムが、「信仰基台」を立てるべきであった成長期間は、すなわち、十二数完成期間である。それゆえに、第一には、未完成期にあった人間始祖は、十二数による「信仰基台」を立てて、十二対象目的を完成することによって、十二数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らが堕落することによってこれがサタンの侵入を受けたから、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、十二数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、十二数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができないのである。例を挙げれば、ノアが箱舟をつくる期間一二〇年、モーセを中心とするカナン復帰摂理期間一二〇年、アブラハムが召命されたのち、ヤコブがエサウから、長子の嗣業を復帰できる蕩減条件を立てるまでの一二〇年、また、この期間を蕩減復帰するための、旧約時代における統一王国時代一二〇年と、新約時代におけるキリスト王国時代一二〇年などは、みな、この十二数を復帰するための蕩減期間であったのである。
 また、堕落前の未完成期のアダムとエバは、成長期間の三段階を経て、第四段階である神の直接主管圏内に入って、初めて四位基台を完成するようになっていた。したがって、彼らが「信仰基台」を立てる成長期間は、四数完成期間にもなる。それゆえに、第二には、未完成期にあった人間始祖は、四数による「信仰基台」を立てて、四位基台を完成し、四数完成実体にならなければならなかったのである。しかし、彼らが堕落によって、サタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、四数を復帰する蕩減期間を立ててから、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、四数完成実体の復帰のための「実体基台」をつくることができなくなっている。
 
既に、後編第一章第二節(一)(2)で詳しく述べたように、ノアの箱舟を中心とする審判四十日をはじめ、モーセの断食四十日、カナンの偵察期間四十日、イエスの断食四十日、復活四十日などは、みな、この「信仰基台」を復帰するための四数復帰の蕩減期間であったのである。
 そしてまた、成長期間は、二十一数完成期間にもなる。ゆえに、第三には、未完成期にあった人間始祖は、二十一数による「信仰基台」を立て、創造目的を完成し、二十一数完成実体とならなければならないのである。しかし、彼らが堕落することにより、これまた、サタンの侵入を受けたから、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、二十一数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ、二十一数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができなくなっている。
 では、どうして成長期間が二十一数完成期間になるのかを調べてみることにしよう。二十一数の意義を知るには、まず、三数と四数と七数に対する原理的な意義を知らなければならない。二性性相の中和的主体であられる神は三数的存在である。そして、被造物の完成はすなわち、神と一体となり四位基台を造成することを意味するので、
人間の個体が完成されるためには、神を中心として心と体とが三位一体となり、四位基台を造成しなければならない。夫婦として完成されるためには、神を中心として、男性と女性が三位一体となり、四位基台を造成しなければならない。また、被造世界が完成されるためには、神を中心として、人間と万物世界が三位一体となり、四位基台をつくらなければならないのである。被造物はこのように、神を中心として一体となり、四位基台を造成するためには、成長期の三期間を経て、三対象目的を完成しなければならない。このような理由で、三数を天の数、または、完成数と称する。
 以上のように、ある主体と対象とが、神を中心として合性一体化し、三位一体をつくるとき、その個性体は四位基台をつくり、東西南北の四方性を備えた被造物としての位置を決定するようになる。このような意味から、四数を地の数と称するのである。
 このように、被造物が三段階の成長過程を経て四位基台をつくり、時間性と空間性をもつ存在として完成されれば、天の数と地の数とを合わせた七数完成の実体になる。天地創造の全期間が、七日になっている原因もここにあったのである。そして、創造の全期間を、一つの期間として見るときには、七数完成期間となるので、いかなるものでも、完成される一つの期間を七数完成期間として見ることができる。それゆえに、成長期間を形成する三つの期間を、各々、蘇生段階が完成される一つの期間、長成段階が完成される一つの期間、完成段階が完成される一つの期間として見れば、これらの期間もやはり、各々七数完成期間になるので、全成長期間は、合わせて二十一数の完成期間であるということが分かるのである。
 
「信仰基台」のための中心人物たちが立てた、二十一数蕩減期間の例を挙げれば、ノアの洪水期間に、神が三段階の摂理を予示なさるために、ノアをして三回にわたって鳩を外に放たしめたが、その期間を、各々、七日間にされたので、み旨から見たその全期間は、二十一日となったのである(創七・4、創八・10、創八・12)。また、ヤコブが家庭的カナン復帰路程を立てるために、ハランへ行ってから、再び、カナンに帰ってくる摂理の期間を立てるときにも、これまた、七年ずつ三次にわたって、二十一年を要したのである。なお、ヤコブのこの二十一年を蕩減復帰する期間として、旧約時代には、イスラエル民族のバビロン捕虜および帰還の期間二一〇年があり、新約時代には、法王捕虜および帰還の期間二一〇年があったのである。
 
成長期間は、これまた、四十数完成期間でもある。ゆえに、第四には、堕落前の未完成期にあった人間始祖は、四十数による「信仰基台」を立てて、創造目的を完成することにより、四十数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落により、これにサタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これを蕩減復帰する中心人物は、四十数を復帰する蕩減期間を立てて、「信仰基台」を蕩減復帰しなければ四十数完成実体の復帰のための「実体基台」を造成することができなくなっている。
 それでは、いかにして成長期間が四十数完成期間となるかを調べてみることにしよう。これを知るためには、まず、十数に対する意義を知らなければならない。成長期間三段階の各期間が、再び、各々三段階に区分されれば、九段階になる。九数の原理的根拠はここにある。ところが、神の無形の二性性相の数理的展開により、その実体対象に分立された被造物は、成長期間の九段階を経て、第十段階である神の直接主管圏に入り、神と一体となるとき、初めて創造目的を完成するようになる。それゆえに、我々は、十数を帰一数と称する。
神が、アダム以後十代目にノアを選ばれたのは、アダムを中心として成し遂げようとされたみ旨を、ノアを中心として復帰させ、神の側へ再帰一させるための十数復帰の蕩減期間を立てさせるためであったのである。
 しかるに、アダムとエバを中心とする四位基台は、その各位が、各々成長期間の十段階を経て、合計四十数の数理的な成長期間を完成することによって、四十数完成実体基台となるのである。ゆえに成長期間は四十数完成期間ともなるのである。
 
復帰摂理の歴史路程において、この基台を復帰するために立てられた四十数蕩減期間の例を挙げれば、ノアのとき、箱舟がアララテの山にとどまったのち、鳩を放つまでの四十日期間、モーセのパロ宮中四十年、ミデヤン荒野四十年、民族的カナン復帰の荒野四十年などがそれである。
 
このように、我々は、蕩減復帰摂理路程における四十数は、二つの性格をもっていることが分かるようになる。一つは、堕落人間が四数を蕩減復帰するとき、これに帰一数である十数が、乗ぜられてできた四十数であり、また一つは、既に述べたように、堕落前のアダムが立てるべきであった成長期間の四十数を、蕩減復帰するためのものである。ゆえに、民族的カナン復帰の荒野四十年は、モーセのパロ宮中四十年と、ミデヤン荒野四十年を蕩減復帰する期間であると同時に、偵察四十日を、したがって、モーセの断食四十日を蕩減復帰する期間でもある。ゆえに、この四十年期間は、既に論じたように、互いに性格を異にする二つの四十数を、同時に蕩減復帰するものなのである。これは、復帰摂理路程において、「信仰基台」を立てる中心人物が、縦的な蕩減条件を、みな同時に横的に蕩減復帰するときに起こる現象である。そして、この四十数を蕩減復帰する摂理が延長されるときには、それが十段階原則による蕩減期間を通過しなければならないので、四十数は十倍数による倍加原則に従って、四〇〇数、または、四〇〇〇数に延長されるのである。この原則に相当する例を挙げれば、ノアからアブラハムまでの四〇〇年、エジプト苦役四〇〇年、アダムからイエスまでの四〇〇〇年などがそれである。
 我々は、上述のことから、復帰摂理の中心人物が「信仰基台」を復帰するためには、いかなる数理的な蕩減期間を立てなければならないかを総合してみることにしよう。元来、人間始祖が堕落しないで、十二数、四数、二十一数、四十数などによる「信仰基台」を立てて、創造目的を完成し、このような数の完成実体にならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落によりこれらすべてのものが、サタンの侵入を受けたので、復帰摂理歴史路程において、これらを蕩減復帰する中心人物は、十二数、四数、二十一数、四十数などを復帰する数理的な蕩減期間を立てなければ、「信仰基台」を復帰して、このような数の完成実体復帰のために必要な「実体基台」は造成することができなくなっているのである。

(五)代数を中心とする同時性の時代

神はアダムより十代、一六〇〇年目にノアを選ばれ、「信仰基台」を復帰するための中心人物を立たせられた。我々は、ここで、一六〇〇年と十代は、いかなる数を復帰する蕩減期間としての意義をもつかを調べてみることにしよう。
 我々は前の項で、十数は帰一数であることと、成長期間はこの十数完成期間でもあるということを述べた。ゆえに、人間始祖はこの十数完成期間を、自分自身の責任分担遂行によって通過し、十数完成実体とならなければならなかったのである。しかし、彼らの堕落によりこれらのすべてのものは、サタンの侵入を受けたので、これらを蕩減復帰するための中心人物を探し立てて、神の側に再帰一させる十数完成実体の復帰摂理をなさるためには、その中心人物をして、十数を復帰する蕩減期間を立てさせなければならない。神はこのような十数復帰の蕩減期間を立たせるために、アダムから十代目にノアを召命なさり、復帰摂理の中心人物に立たせられたのである。
 我々はまた、人間始祖が四十数完成の成長期間をみな通過しない限り、四十数完成実体になれないということも既に論述した。ところが、堕落人間は蕩減復帰のための四位基台をつくり、アダムが堕落せずに立てるべきであった四十数を復帰する蕩減期間を立てなければ、四十数完成実体の復帰のための中心人物とはなれないのである。したがって、四位基台の各位が四十数を復帰する蕩減期間を立てなければならないので、それらを合わせると一六〇数を復帰する蕩減期間とならざるを得ない。そして、これを帰一数として、それを十代にわたって立てなければならないので、これらを合わせて一六〇〇数を復帰する蕩減期間とならざるを得ないのである。神がアダムから十代と一六〇〇年目にノアを選ばれたのは、堕落人間が正にこのような一六〇〇数を復帰する蕩減期間を立てなければならなかったからである。
 神は、ノアの家庭を中心とする復帰摂理に失敗されたのち、十代と四〇〇年目に、更にアブラハムを選ばれ、復帰摂理の中心人物に立たせられたのである。したがって、ノアからアブラハムまでの時代は、アダムからノアまでの時代を、代数を中心として蕩減復帰する同時性の時代であった。
 
この時代がどうして四〇〇年になったかということについては、既に、後編第一章第三節(一)(1)で論述した。神が、ノアをして四十日審判期間を立てるようにされたのは、十代と一六〇〇年による数理的な蕩減復帰の全目的を成就なさるためであったのである。ところが、ハムの過ちによりこの四十日審判期間が、再びサタンの侵入を受けたので、神は復帰摂理を担当した中心人物をして、また、これを復帰する蕩減期間を立てるようになさらなければならなかったのである。しかし、神はアダム以後各代ごとに、一六〇数を復帰するための蕩減期間を立てる摂理をされて、これをノアのときまで十代の間続けてこられたように、それと同時性の時代であるノアからアブラハムに至るまでの十代も、各代ごとに審判四十数を復帰する蕩減期間として、立てていかなければならなかったのである。
 
しかるに、一代の蕩減期間を四十日として立てることはできないので、イスラエル民族が、偵察四十日の失敗を荒野流浪四十年期間でもって蕩減復帰したように(民数一四・34)、蕩減法則により、審判四十日の失敗を、四十年期間として蕩減なさるため、神は四十年を一代の蕩減期間として立てるようにされたのである。このように、一代を四十年蕩減期間として立たせる摂理が、十代にわたるようになったので、その全蕩減期間は四〇〇年を要するものとならざるを得なかったのである。

(六)縦からなる横的蕩減復帰摂理時代

上記で既に明らかにしたように、復帰摂理を担当した中心人物は、縦的な蕩減条件をみな横的に蕩減復帰しなければならないので、摂理歴史が延長されるにつれて、復帰摂理を担当する後代の人物が立てるべき横的な蕩減条件は、次第に加重されるのである。ところが、アダム家庭を中心とする復帰摂理においては、これは復帰摂理を最初に始めたときであったので、縦的な蕩減条件はいまだなかったのである。したがって、アダムの家庭を中心とした復帰摂理においては、カインとアベルが、「象徴献祭」をささげることと、カインがアベルに従順に屈伏して、「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、「実体献祭」をささげることによって、簡単に「メシヤのための基台」を造成することができたのである。したがって、「信仰基台」を復帰するための数理的蕩減期間も、彼らが象徴と実体の二つの献祭をささげる期間でもって、蕩減復帰することができたのである。ゆえに、アダム以後の信仰を立てる中心人物たちが、「信仰基台」を復帰するために、既に論述したような、十二、四、二十一、四十などの各数を復帰する数理的な蕩減期間を立てなければならなくなったのは、アダムの家庭の献祭失敗により、復帰摂理の期間が延長されるに従って、その数理的な蕩減期間が縦的な蕩減条件として残されたからである。したがって、ノアはその蕩減条件を横的に蕩減復帰すべき立場であったので、彼は、「信仰基台」を復帰するための数理的な蕩減期間として、箱舟をつくる期間一二〇年、洪水審判期間四十日、鳩を三次にわたって放つために立てられた七日ずつの三次にわたる、合わせて二十一日期間(創七・4、創八・10、創八・12)、箱舟がアララテの山にとどまったのち、鳩を放つまでの四十日期間などを立てなければならなかったのである(創八・6)。
 
ハムの失敗により、ノアが立てたこれらの数理的な蕩減期間は、再びサタンの侵入を受けるようになって、それらは、更に縦的な蕩減条件として残るようになった。ゆえに、アブラハムはその期間を再び「象徴献祭」で、一時に、横的に蕩減復帰しなければならなくなったのである。しかし、アブラハムも、やはり「象徴献祭」で失敗したので、それらの期間を蕩減復帰することができなかった。それゆえに、これらの期間を更に、縦からなる横的蕩減期間として復帰するため、み旨成就を、イサクとヤコブへと延長させながら、十二、四、二十一、四十の各数に該当する蕩減期間を、再び、探し立てなければならなかったのである。
 
アブラハムを中心とする復帰摂理において、彼がハランから出発したのち、ヤコブがパンとレンズ豆のあつもので、エサウから長子の嗣業を得るまでの一二〇年、そのときからヤコブがイサクから長子の嗣業を受け継ぐ祝福を受けて、ハランへ行く途中、神の祝福を受けるまで(創二八・10~14)の四十年、また、そのときからハランにおける苦役を終えて、妻子と財物を得てカナンへ帰ってくるまでの二十一年(創三一・41)、ヤコブがカナンに帰ったのち、売られていったヨセフを訪ねて、エジプトへ入るまでの四十年などは、みな「信仰基台」を復帰するための縦からなる横的蕩減期間である。このようにして、縦からなる横的蕩減復帰期間の年数が決定されていったのである。


第三節 復帰摂理時代を形成する各時代とその年数

 復帰摂理時代は、象徴的同時性の時代である復帰基台摂理時代を、形象的な同時性で蕩減復帰する時代である。今、この時代を形成した各時代と、その年数がどのようなかたちで成り立ったかを調べてみることにしよう。

(一)エジプト苦役時代四〇〇年

ノアは審判四十日の「サタン分立基台」の上で、「信仰基台」をつくったのであるが、ハムの失敗により、それが失われたので、神は再びアブラハムを、彼と同じ立場に立たせるため、四〇〇年を蕩減復帰した基台の上に、彼をして「象徴献祭」をささげるように命ぜられたのである。しかし、アブラハムの献祭失敗により、その基台は、更にサタンの侵入を受けたのである。ここに及んで、神は、サタンに奪われたその四〇〇年の基台を再び立てるため、イスラエル民族をして、サタンを再分立するエジプト苦役期間四〇〇年間を歩ましめ給うたのである(創一五・13)。この時代を、エジプト苦役時代と称する(後編第一章第三節)。この時代は、象徴的な同時性の時代のうち、アダムからノアまでの一六〇〇年を、形象的な同時性として蕩減復帰する時代であった。

(二)士師時代四〇〇年

列王紀上六章1節に、「イスラエルの人々がエジプトの地を出て後四百八十年、ソロモンがイスラエルの王となって第四年のジフの月すなわち二月に、ソロモンは主のために宮を建てることを始めた」と言われたみ言がある。これは、サウル王の在位四十年と、ダビデ王の在位四十年を経たのち、ソロモン王在位四年を経たときが、ちょうど、イスラエルの子孫がエジプトの地を出てから四八〇年目に当たるということであり、したがって、イスラエル民族が、エジプトからカナンの地に帰ってきたのち、サウル王が即位するまでは、約四〇〇年の期間であったことが分かるのである。この期間を士師時代と称する。
 
モーセを中心としたイスラエル民族は、ノアから四〇〇年の「サタン分立基台」の上に立たされたアブラハムの立場を、民族的に復帰するため、エジプト苦役四〇〇年の「サタン分立基台」の上に立たなければならなかったのである。しかし、モーセの代理であるヨシュアを中心として、カナンの地に帰ってきたのち、またもやイスラエルの不信により、この基台は、再び、サタンの侵入を受けたのである。その結果、イスラエル民族には、サタンに奪われたこのエジプト苦役の四〇〇年の基台を、再び蕩減復帰するための、サタン再分立期間がなければならなかったのである。このような期間として再び立たせられたのが、イスラエル民族が、エジプトからカナンの地に帰ってきたそのあとからサウル王が即位するまでの、士師時代四〇〇年である。
 そして、この時代は、象徴的な同時性の時代のうち、ノアからアブラハムまでの四〇〇年を形象的な同時性として蕩減復帰する時代であった。

(三)統一王国時代一二〇年

復帰基台摂理時代を蕩減復帰するために、復帰摂理時代が来るようになったので、この摂理路程を出発したアブラハムはアダムの立場であり、モーセはノアの立場で、サウル王はアブラハムの立場であったのである。なぜなら、アブラハムは、復帰基台摂理時代の終結者であると同時に、復帰摂理時代の出発者であったからである。ゆえに、アブラハムは「メシヤのための家庭的な基台」を立てたのち、その基台の上で、「メシヤのための民族的な基台」を立てなければならなかった。そして、アブラハムのときは、神が「メシヤのための家庭的な基台」を成し遂げるに当たって、その三回目に当たっていたので、そのときには、それを必ず達成しなければならなかったように、「メシヤのための民族的な基台」を成し遂げようとされた摂理も、これまたサウル王のときが、その三回目に当たっていたので、そのときには必ずそれを成し遂げなければならなかったのである。
 ところで、アブラハムは、ノアのときに立てられた「信仰基台」を復帰するための数理的な蕩減期間である一二〇年、四十日、二十一日、四十日などを、「象徴献祭」を中心として横的に蕩減復帰させようとしたが、失敗して、この目的は完成されなかった。ここで、アブラハムは、これらを縦からなる横的な蕩減期間として復帰するため、一二〇年、四十年、二十一年、四十年を立てたのである。これと同様に、アブラハムの立場を民族的に蕩減復帰したサウル王も、やはり、アブラハムと同様に、モーセのときの「信仰基台」を復帰するための数理的な蕩減期間である一二〇年(モーセの四十年ずつの三次の生涯)、四十日(断食期間)、二十一日(第一次民族的カナン復帰期間)、四十年(民族的カナン復帰の荒野期間)などを、神殿を建てることによって、それを中心として横的に蕩減復帰させようとした。しかし、サウル王もやはりまた、不信に陥ったので(サムエル上一五・11
~23)、この摂理は成し遂げられずに、アブラハムのときと同じく、これらを縦からなる横的蕩減復帰期間として復帰するため、統一王国時代一二〇年、南北王朝分立時代四〇〇年、イスラエル民族の捕虜および帰還時代二一〇年、メシヤ降臨準備時代四〇〇年を立てて、初めてメシヤを迎えるようになったのである。
 
それゆえに、統一王国時代は、モーセが民族的カナン復帰のため、三次にわたって「信仰基台」を立てた一二〇年を蕩減復帰する期間であった。これを、もう少し具体的に調べてみることにしよう。モーセを中心としたイスラエル民族が、エジプト苦役四〇〇年の「サタン分立基台」の上に立ったのちに、モーセは、パロ宮中における四十年間に「信仰基台」を立てて、イスラエル選民を導いてカナンに入り、神殿を建てようとした。しかし、イスラエルの不信により、この路程は、モーセのミデヤン荒野四十年、荒野流浪期間四十年に延長されたのである。これと同様に、イスラエル民族が、士師時代四〇〇年で、エジプト苦役の四〇〇年を蕩減復帰した基台の上に立ったのち、サウル王がユダヤ民族の最初の王として即位し、彼の在位四十年で、モーセのパロ宮中四十年を蕩減復帰することにより、「信仰基台」を立てて、神殿を建設しなければならなかったのである。しかし、サウル王の不信によって(サムエル上一五・11~23)、モーセのときと同様に、神殿建設の目的は、ダビデ王四十年、ソロモン王四十年に延長され、統一王国時代一二〇年をつくるようになったのである。
 
そして、この時代は、象徴的同時性の時代のうち、アブラハムがハランの地を出たのち、ヤコブがエサウから長子の嗣業を奪うまでの一二〇年を、形象的な同時性として蕩減復帰する時代であった。したがって、あたかも、アブラハムの目的が、イサクを経てヤコブのときに成し遂げられたように、サウル王の神殿理想も、ダビデ王を経てソロモン王のときに、初めて成就されたのである。

(四)南北王朝分立時代四〇〇年

サウル王は、その四十年の在位期間に、神殿建設の理想を成し遂げることによって、み言(石板)の復帰のための、モーセの断食四十日期間を横的に蕩減復帰させようとしたのであった。しかし、彼の不信のゆえに、この期間を再び、縦からなる横的蕩減期間として、復帰しなければならなかったのであるが、これがすなわち、統一王国時代が、北朝イスラエルと南朝ユダに分立されたのち、ユダヤ民族がバビロンへ捕虜として捕らわれていくまでの、四〇〇年の南北王朝分立時代であったのである。
 
この時代は、象徴的同時性の時代のうち、ヤコブがエサウからパンとレンズ豆のあつもので、長子の嗣業を奪う条件を立てたのち、再びイサクの祝福と、神の祝福を受けて(創二八・13)、ハランの地に入るまでの四十年間を、形象的な同時性として蕩減復帰する時代であった。

(五)ユダヤ民族捕虜および帰還時代二一〇年

北朝イスラエルが、彼らの不信により、アッシリヤへ捕虜として捕らわれたのち、南朝ユダもまた不信に陥ったので、バビロニアの王ネブカデネザルによって捕虜として捕らえられた。このときから彼らは、バビロンで七十年間捕虜になっていたが、バビロニアがペルシャによって滅ぼされたのち、ペルシャ王クロスの詔書によって解放された。ユダヤ民族はその後、長い期間にわたってエルサレムへ帰還したが、ネヘミヤが残りのユダヤ人を導いて帰国し城壁を再建したのち、彼らは預言者マラキを中心として彼の預言によって(マラキ四・5)、メシヤを迎えるための準備期に入った。このときが、彼らがバビロンに捕らえられてから二一〇年目に当たり、解放されはじめてから約一四〇年になるときであった。この時代を総合して、ユダヤ民族の捕虜および帰還時代というのである。
 
サウル王は神殿理想を成就することによって、モーセが、第一次にイスラエル民族を導いて、カナン復帰しようとした二十一日期間を横的に蕩減復帰させようとした。しかるに、サウル王は、彼の不信によって失敗したので、再びこの期間を、縦からなる横的蕩減期間として復帰するため立てたのが、ユダヤ民族捕虜および帰還時代の二一〇年であったのである。
 そして、この時代は、象徴的同時性の時代のうち、ヤコブがイサクから長子の嗣業に対する祝福を受けたのち、彼を殺そうとしたエサウを避けてハランの地に行って、サタンの側の人物であるラバンの要求により、レアを妻にめとるための七年間と、ラケルを妻にめとるための七年間、また、財物を得て、カナンに帰ってくるまでの七年間を合わせた二十一年間(創三一・41
)を、形象的な同時性として、蕩減復帰する時代であったのである。

(六)メシヤ降臨準備時代四〇〇年

ユダヤ民族が、バビロンで解放され、カナンの地に帰郷したのち、神殿と城壁を再建して、預言者マラキの預言により、メシヤを迎えるべき民族として立ってから、イエスが誕生なさるまでの四〇〇年期間を、メシヤ降臨準備時代というのである。
 
サウル王は、彼の神殿理想を完成して、モーセを中心としたイスラエル民族が、第三次カナン復帰路程で費やした荒野四十年期間を、横的に蕩減復帰させようとしたのである。しかし、サウル王の不信によって、これが失敗したので、再び、この期間を縦からなる横的な蕩減期間として復帰するため立てたのが、メシヤ降臨準備時代の四〇〇年期間であった。
 この時代は、象徴的同時性の時代のうち、ヤコブがハランの地からカナンへ復帰したのち、売られていったヨセフを訪ねて、エジプトへ入るまでの四十年間を、形象的な同時性として、蕩減復帰する時代であったのである。


第四節 復帰摂理延長時代を形成する各時代とその年数

 復帰摂理延長時代は、形象的同時性の時代である復帰摂理時代を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代である。ゆえに、この時代においては、復帰摂理時代を形成する各時代と、その年数を、そのまま蕩減復帰するようになるのである。

(一)ローマ帝国迫害時代四〇〇年

イエスは、信仰の祖であるアブラハムの目的を完成なさるために来られた方である。ゆえに、アブラハムが「象徴献祭」に失敗したことが原因となって成就できなかった「信仰基台」を、民族的に蕩減復帰するため、イスラエル民族にエジプト苦役四〇〇年のサタン分立期間があったように、ユダヤ民族が、イエスを生きた供え物としてささげる献祭において、失敗したために成し遂げられなかった「信仰基台」を蕩減復帰するために、キリスト教信徒たちにも、エジプト苦役時代のような時代がくるようになったのである。この時代がすなわち、ローマ帝国迫害時代の四〇〇年であったのである。ローマ帝国の過酷な迫害が終わって、コンスタンチヌス大帝がキリスト教を公認したのが西暦三一三年であり、テオドシウス一世がキリスト教を国教として定めたのが西暦三九二年であった。それゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、イスラエル民族のエジプト苦役時代の四〇〇年を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代に相当するのである。

(二)教区長制キリスト教会時代四〇〇年

形象的同時性の時代である復帰摂理時代のうち、士師を中心としてイスラエル民族を導いてきた士師時代の四〇〇年があったので、実体的同時性の時代である復帰摂理延長時代においても、この士師時代四〇〇年を蕩減復帰する時代がなければならない。これが、すなわち、キリスト教がローマ帝国の国教として公認されたのち、西暦八〇〇年チャールズ大帝が即位するまでの、士師に該当する教区長によって導かれた、教区長制キリスト教会時代四〇〇年期間なのである。ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、士師時代四〇〇年を実体的な同時性として蕩減復帰する時代に相当する。

(三)キリスト王国時代一二〇年

復帰摂理時代において、イスラエル民族が、サウル王を中心として、初めて国王を立てたのち、ダビデ王を経てソロモン王に至るまで一二〇年間の統一王国時代があった。したがって、この時代を蕩減復帰するために、西暦八〇〇年チャールズ大帝が即位したのち、後日、彼の王統が絶えて、選挙王制となり、九一九年ヘンリー一世がドイツ王位につくまで一二〇年間にわたるキリスト王国時代がくるようになったのである。ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、統一王国時代の一二〇年を実体的な同時性として、蕩減復帰する時代に相当する。

(四)東西王朝分立時代四〇〇年

復帰摂理時代における統一王国時代に、神殿が摂理のうちで建てられなかったので、この王国が南朝と北朝に分裂され、四〇〇年間の南北王朝分立時代がくるようになった。ゆえに、復帰摂理延長時代においても、この時代を蕩減復帰する時代がなければならない。これが、すなわち、キリスト王国時代が過ぎたのち、西暦一三〇九年に、法王庁が南仏アヴィニョンへ移されるまでの、東西王朝分立時代四〇〇年であったのである。キリスト王国が分裂した当初は、東・西フランクとイタリアの三王朝に分立されていたが、イタリアは、東フランクを継承した神聖ローマ帝国の支配のもとにあったので、事実上、東西に両分されたと同様であった。ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、南北王朝分立時代の四〇〇年を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代に当たるのである。

(五)法王捕虜および帰還時代二一〇年

南北王朝分立時代において、北朝イスラエルは、偶像崇拝によりアッシリヤに滅ぼされ、南朝ユダも不信仰により神殿理想を再建できなかったので、彼らはサタン世界であるバビロンに捕虜として捕らえられるようになり、帰還して、再び神殿理想を立てるまで二一〇年かかったのである。したがって、この時代を蕩減復帰するために、東西王朝分立時代において、不信仰によりみ旨に反した法王クレメンス五世が、西暦一三〇九年に、ローマから南仏アヴィニョンへ法王庁を移したのち、法王が捕虜と同様な生活をするようになり、その後、再びローマへ帰ったのち、一五一七年宗教改革が起こるまで、約二一〇年間にわたる法王捕虜および帰還時代が生ずるようになった。ゆえに、この時代は形象的同時性の時代のうち、ユダヤ民族捕虜および帰還時代の二一〇年を実体的な同時性として蕩減復帰する時代に相当するのである。

(六)メシヤ再降臨準備時代四〇〇年

バビロンの捕虜から解放されて、エルサレムに帰還したユダヤ民族が、預言者マラキを中心として政教の刷新を起こし、彼の預言により(マラキ四・5)、メシヤを迎えるための準€備を始めてから、メシヤ降臨準備時代四〇〇年を過ぎたのちイエスを迎えた。それゆえに、この時代を蕩減復帰するため、復帰摂理延長時代においても、南仏アヴィニョンに幽閉された法王がローマに帰還したのち、西暦一五一七年、ルターを中心とする宗教改革が起こったときから、四〇〇年を過ぎて、初めて、再臨主を迎えることができるのである。ゆえに、この時代が、すなわち、メシヤ再降臨準備時代なのである。したがって、この時代は形象的同時性の時代のうち、メシヤ降臨準備時代四〇〇年を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代に当たる。

▲ 目次へ

摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代

第四章 摂理的同時性から見た復帰摂理時代と復帰摂理延長時代





 既に論じたように、復帰摂理の目的は、「メシヤのための基台」を復帰しようとするところにあるので、その摂理が延長されるに従って、その基台を復帰しようとする摂理も反復されていくのである。ところが「メシヤのための基台」を造成するためには、第一に、復帰摂理を担当したある中心人物が、ある期間内に、ある条件物を通じて、神のみ旨にかなう象徴献祭をすることによって、「信仰基台」を立てなければならないし、次には「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、神のみ旨にかなう「実体献祭」をすることにより「実体基台」をつくらなければならない。それゆえに、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理を反復してきたすべての復帰摂理の路程は、結局、「象徴献祭」と「実体献祭」を蕩減復帰しようとした摂理の反復にほかならなかったのである。したがって、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理路程の反復によって形成されてきたところの摂理的同時性の時代は、結局、先に言及した二つの献祭を蕩減復帰しようとして生じた一連の摂理的な史実を通じて、その同時性が形成されてきたのである。我々はこのような原則のもとで、各摂理時代の性格を調べてみることにしよう。
 ところで、その時代的性格を把握するためには、その摂理を担当した中心民族と、その中心史料とに対する理解が必要である。ゆえに、我々はまず、復帰摂理をなしてきた中心民族と、その史料とを、詳しく調べてみなければならないのである。人類歴史は、数多くの民族史を連結するというかたちで発展してきた。ところで、神は、その中で、ある民族を特別に選ばれて、「メシヤのための基台」を造成する典型的な復帰摂理路程を歩ましめることによって、その民族が天倫の中心となり、人類歴史を指導し得るように導いてこられたのである。このような使命のために選ばれた民族を選民という。
 
神の選民は、もともと、「メシヤのための家庭的な基台」を立てたアブラハムの子孫によってつくられたのである。それゆえに、アブラハムから始まったところの復帰摂理時代の摂理をなしてきた中心民族は、イスラエルの選民であった。したがって、イスラエル民族史は、この時代における復帰摂理時代の史料となるのである。
 
しかし、イスラエル民族は、イエスを十字架にかけて殺害してしまったので、その後は、選民としての資格を喪失したのである。それゆえに、このことを予知されたイエスは、ぶどう園の比喩でそれを暗示され、その結論として「神の国はあなたがたから取り上げられて、御国にふさわしい実を結ぶような異邦人に与えられるであろう」(マタイ二一・43)と語られたのである。そしてまた、パウロも、アブラハムの血統的な子孫であるからといって、彼らがイスラエルになるのではなく、神の約束のみ旨を信奉する民だけがイスラエルになると言ったのであった(ロマ九・6〜8)。事実上、イエスから始まった復帰摂理延長時代の摂理をなしてきた中心民族は、イスラエル民族ではなく、彼らがなし得なかった復帰摂理を継承したキリスト教信徒たちであったのである。したがって、キリスト教史が、この時代の復帰摂理歴史の中心史料となるのである。このような意味において、旧約時代のアブラハムの血統的な子孫を第一イスラエルというならば、新約時代のキリスト教信徒たちは、第二イスラエルとなるのである。
 
旧約と新約の聖書を対照してみれば、旧約聖書の律法書(創世記から申命記までの五巻)、歴史書(ヨシュア記からエステル記までの十二巻)、詩文書(ヨブ記から雅歌までの五巻)、預言書(イザヤ書からマラキ書までの十七巻)は、各々新約聖書の福音書、使徒行伝、使徒書簡、ヨハネ黙示録に該当する。しかし、旧約聖書の歴史書には、第一イスラエルの二〇〇〇年の歴史が全部記録されているが、新約聖書の使徒行伝には、イエス当時の第二イスラエル(キリスト教信徒)の歴史だけしか記録されていない。それゆえに、新約聖書の使徒行伝が、旧約聖書の歴史書に該当する内容となるためには、イエス以後二〇〇〇年のキリスト教史が、そこに添加されなければならないのである。したがって、キリスト教史は、イエス以後の復帰摂理歴史をつくる史料となるのである。
 上記の第一、第二、両イスラエルの歴史を中心として、同時性をもって展開せられた復帰摂理時代と、復帰摂理延長時代の内容をなしている各時代の性格を対照してみることによって、事実上、人類歴史は、生きて働いておられる神のみ手による、一貫した公式的な摂理によってつくられてきたということを、一層明白に理解することができるであろう。


第一節 エジプト苦役時代とローマ帝国迫害時代



 ノアからアブラハムまでの四〇〇年のサタン分立期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンの侵入を受けたので、この四〇〇年期間を再び蕩減復帰する役割を担ったエジプト苦役時代には、ヤコブとその十二子息を中心とした七十人家族がエジプトに入ってきて、それ以来、その子孫たちは四〇〇年間、エジプト人たちによって悲惨な虐待を受けたのであった。この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するローマ帝国迫害時代においても、イスラエルの選民たちが、イエスを生きた供え物としてささげる献祭に失敗し、彼を十字架に引き渡すことによって、サタンの侵入を受けるようになったので、メシヤ降臨準備時代四〇〇年のサタン分立期間を蕩減復帰するために、イエスを中心とする十二弟子と七十人の門徒、そうして、キリスト教信徒たちが、ローマ帝国において、四〇〇年の間、惨めな迫害を受けなければならなかったのである。
 
エジプト苦役時代においては、第一のイスラエル選民たちは、割礼を施し(出エ四・25)、犠牲をささげ(出エ五・3)、安息日を守りながら(出エ一六・23)、アブラハムの献祭の失敗によって侵入したサタンを分立する生活をしたのである。それゆえに、ローマ帝国迫害時代にも、第二イスラエル選民たちは、聖餐式と洗礼を施し、信徒自身をいけにえの供え物としてささげ、安息日を守ることにより、イエスを十字架に引き渡すことによって侵入したサタンを分立する生活をしなければならなかったのである。
 
エジプト苦役時代における四〇〇年間の苦役が終わったのち、モーセは、三大奇跡と十災禍の権威をもって、パロを屈伏させ、第一イスラエルの選民を率いてエジプトを出発し、カナンの地に向かったのであった。同様に、ローマ帝国迫害時代においても、第二イスラエルの選民たちに対する四世紀間の迫害が終わったのち、イエスは、心霊的な奇跡と権威とをもって、数多くの信徒たちを呼び起こされ、また、コンスタンチヌス大帝を感化させて、三一三年には、キリスト教を公認せしめ、つづいて、三九二年、テオドシウス一世のときに至っては、かくも甚だしく迫害してきたキリスト教を、国教として制定せしめられたのである。このようにして、キリスト教信徒たちは、サタンの世界から、霊的にカナンに復帰するようになったのであった。ところで、律法による外的な蕩減条件をもって摂理してこられた旧約時代においては、モーセが、外的な奇跡と権威でパロを屈伏させたのであるが、新約時代は、み言による内的な蕩減条件をもって摂理される時代であるので、心霊的な感化をもって摂理されたのである。
 エジプト苦役時代が終わったのち、モーセは、シナイ山で十戒とみ言を受けることによって、旧約聖書の中心を立て、また、石板と幕屋と契約の箱を受けることによって、第一イスラエル選民たちが、メシヤを迎えるための神のみ旨を立てていくようになったのである。これと同じく、第二イスラエル選民たちは、ローマ帝国迫害時代が終わったのちに、旧約時代の十戒と幕屋理想とを霊的に成就するためのみ言をもって、使徒たちの記録を集め、新約聖書を決定し、そのみ言を中心とする教会をつくって、再臨主を迎えるための基台を広めていくようになったのである。イエス以後においては、イエスと聖霊とが、直接、信徒たちを導かれたので、それ以前の摂理時代のように、ある一人の人間を神に代わらせ、全体的な摂理の中心人物として立てられたのではなかった。


第二節 士師時代と教区長制キリスト教会時代



 モーセの使命を継承したヨシュアが、イスラエルの選民を導いてカナンの地に入ったのち、オテニエル士師をはじめとした、十二士師のあとに引き続いて、サムソン、エリ、サムエルに至るまで、合わせて十五士師が、イスラエルを指導した四〇〇年間を、士師時代というのである。彼ら士師たちは、次の時代において分担された預言者と祭司長と国王の使命を、すべて兼任していたのであった。それゆえに、ユダヤ教の封建社会は、このときから始まったのである。このような士師時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する時代である新約時代の教区長制のキリスト教会時代においても、教区長たちは、キリスト教信徒を指導するという面において、士師のそれに該当する職分を帯びていたのである。
 
イエス以前の時代では、第一イスラエルを中心として、霊肉合わせて「メシヤのための基台」を造成してきたので、政治と経済と宗教とが、一人の指導者のもとに統率されていたのである。しかし、イエス以後の路程においては、既に造成された「メシヤのための霊的基台」の上で、霊的な「王の王」であられるイエスを中心として、霊的な王国を建設するようになったので、新約時代における第二イスラエルからなるキリスト教界は、復活されたイエスを王として信奉する、一つの国土のない霊的な王国であった。
 
教区長は、このような霊的な王国建設において、士師と同じ使命をもっていたので、ときには、預言者にもならなければならず、あるときには、祭司長の役割を、そして、またあるときには、教区を統治する国王のような使命をも果たさなければならなかったのである。このようなわけで、キリスト教の封建社会は、このときから始まったのであった。
 
士師時代においては、サタンの世界であるエジプトから出発したイスラエル民族が、みな荒野で倒れてしまい、そこで生まれた彼らの子孫たちだけが、エジプト以来たった二人の生き残りであるヨシュアとカレブの導きに従い、カナンの地に入ってのち、各部族に分配された新しい土地で、士師を中心として新しい選民を形成し、イスラエル封建社会の土台を築きあげたのである。これと同じく、教区長制キリスト教会時代においても、キリスト教は、サタンの世界であるローマ帝国から解放されてのち、四世紀に、蒙古族の一派であるフン族の西侵により西ヨーロッパに移動してきたゲルマン民族に、福音を伝えることによって、西ヨーロッパの新しい土地で、ゲルマン民族を新しい選民として立て、キリスト教封建社会の土台を形成したのであった。
 
エジプトを出発したイスラエル民族のカナン復帰路程において「実体基台」をつくるために、幕屋を、メシヤの象徴体であると同時に、アベルを代理する条件物として立てたという事実は、既に、モーセを中心とした復帰摂理で詳しく論じたはずである。ゆえに、士師時代におけるイスラエル民族は、士師たちの指導に従って、幕屋から下されるみ旨のみを信奉しなければならなかったのであるが、彼らはカナンの七族を滅ぼさないで、そのままにしておいたので、彼らから悪習を習い、偶像を崇拝するようになってしまい、その結果、彼らの信仰に、大きな混乱を引き起こしたのである。これと同じく、教区長制キリスト教会時代においても、キリスト教信徒たちは、教区長の指導に従い、メシヤの形象体であると同時に、アベルを代理する条件物である、教会のみ旨のみを信奉しなければならなかったのであるが、彼らはゲルマン民族から異教の影響を受けたために、彼らの信仰に、大きな混乱を引き起こすようになったのである。


第三節 統一王国時代とキリスト王国時代



 統一王国時代に入るに従って、士師が第一イスラエルを指導した時代は過ぎさり、神の命令を直接受ける預言者と、幕屋と神殿を信奉する祭司長と、そして、国民を統治する国王が鼎立して、復帰摂理の目的を中心とする、各自の指導的な使命を遂行しなければならなくなった。それゆえに、この時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰するキリスト王国時代においても、教区長が第二イスラエルを指導してきた時代は過ぎさり、預言者に該当する修道院と、祭司長に該当する法王と、そして国民を統治する国王とが、復帰摂理の目的を中心として、第二イスラエルを指導していかなければならなくなったのである。当時のキリスト教は、エルサレム、アンテオケ、アレクサンドリヤ、コンスタンチノープル、ローマなどの五大教区に分立していた。その中で、最も優位におかれていたローマ教区長は、他の教区を統轄する位置におかれていたので、特に彼を法王と呼ぶようになったのである。
 イスラエル民族が、エジプトから解放されてのちのモーセの幕屋理想は、統一王国に至って初めて、国王を中心とする神殿理想として現れ、王国をつくったのであるが、これは、将来イエスが、実体神殿として来られて王の王となられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であった(イザヤ九・6)。それと同じく、キリスト王国時代においても、キリスト教信徒たちが、ローマ帝国から解放されたとき、聖アウグスチヌスによって、そのキリスト教理想として著述されたところの「神国論」が、このときに至って、チャールズ大帝によるキリスト王国(チャールズ大帝のときからのフランク王国)として現れたのであるが、これは、将来イエスが王の王として再臨せられ、王国を建設するということに対応する形象的路程であったのである。それゆえに、この時代には、国王と法王とが神のみ旨を中心として完全に一つになり、キリスト教理想を実現することにより、イエス以後、「メシヤのための霊的基台」の上で、法王を中心としてつくってきた国土のない霊的王国と、国王を中心とした実体的な王国とが、キリスト教理想を中心として一つとならなければならなかったのである。もし、当時、そのようになったならば、宗教と政治と経済とは相一致して、「再臨されるメシヤのための基台」をつくり得たはずであった。
 統一王国時代において、「信仰基台」を復帰する中心人物は、預言者を通じて示される神のみ言を実現していく役割をもった国王であった。預言者や、祭司長は、神のみ言を代理する者であるから、その時代におけるアベルの立場に立つようになる。しかし、復帰摂理路程において、彼は、あくまでも霊界を代理して、天使長の立場から実体の世界を復帰していかなければならないので、国王が立ち得る霊的な基台を準備し、王を祝福して立たせたのちには、彼の前でカインの立場に立たなければならないのである。したがって、国王は、預言者を通じて下されるみ言によって国家を統治しなければならないのであり、また、預言者は、一人の国民の立場で国王に従わなければならないのである。それゆえに、この時代において、「信仰基台」を復帰する中心人物は、国王であった。事実、アブラハムから八〇〇年が経過したときに、預言者サムエルは、神の命を受けてサウルに油を注いで祝福することにより、彼を第一イスラエル選民の最初の王として立てたのである(サムエル上八・19〜22、同一〇・1〜24)。サウル王が、士師四〇〇年の基台の上で、彼の在位四十年を、神のみ旨にかなうように立てられたならば、彼は、エジプト苦役四〇〇年とモーセのパロ宮中四十年とを、共に蕩減復帰した立場に立つことができ、したがって彼は、「四十日サタン分立基台」の上で、「信仰基台」を立てることができたはずであった。すなわち、サウル王が、この基台の上で、メシヤの形象体である神殿を建設し、それを信奉したならば、彼は、モーセが第一次民族的カナン復帰に失敗しないで成功し、神殿を建設してそれを信奉したのと同様の立場に立つことができたのである。そして、イスラエルの選民たちが、サウル王を中心とするその「信仰基台」の上で、神殿を信奉していくこの国王を絶対的に信じ従ったならば、彼らは「実体基台」を造成して「メシヤのための基台」をつくり得たはずであった。ところが、サウル王は、預言者サムエルを通して与えられた、神の命令に逆らったので(サムエル上一五・1〜23)、神殿を建設することができなかったのである。このように、神殿を建設することができなかったサウル王は、すなわち、第一次民族的カナン復帰に失敗したモーセのような立場におかれたのであった。そして、サウル王を中心とする復帰摂理も、モーセのときと同じように、ダビデ王の四十年を経て、ソロモン王の四十年に至り、初めてその「信仰基台」が造成されて神殿を建設することができたのである。
 
あたかも、アブラハムの目的が、イサクを経て、ヤコブのときに成就されたように、アブラハムの立場にあったサウル王の神殿建設の目的は、ダビデ王を経て、ソロモン王のときに成就されたのである。しかし、その後、ソロモン王は淫乱に溺れて、実体献祭のためのアベルの立場を離れたので、「実体基台」はつくることができなかったのである。したがって、統一王国時代に成就されるべきであった「メシヤのための基台」は造成されなかった。
 
キリスト王国時代においては、統一王国時代のすべてのものを、実体的な同時性をもって蕩減復帰しなければならなかったので、この時代の「信仰基台」を蕩減復帰する中心人物は、修道院と法王とのキリスト教理念を実現しなければならない国王であった。したがって、法王は、統一王国時代における預言者の目的を信奉する祭司長の立場におかれていたので、彼は、国王がキリスト教理想を実現していくことのできる霊的な基台を準備し、彼を祝福して、王として立てたのちには、一人の国民の立場から、彼は従わなければならなかったし、また、国王は、法王の理想を奉じて、国民を統治しなければならなかったのである。事実上、このような摂理の目的のために、法王レオ三世は、紀元八〇〇年に、チャールズ大帝を祝福して、金の王冠をかぶらせることにより、彼を第二イスラエル選民の最初の王として立てたのであった。
 チャールズ大帝は、士師時代四〇〇年を実体的な同時性をもって蕩減復帰した、教区長制キリスト教会時代四〇〇年の基台の上に立っていたので、サウル王のように、「四十日サタン分立基台」の上に立つようになったのであった。したがって、チャールズ大帝が、この基台の上で、キリストのみ言を信奉し、キリスト教理想を実現していったならば、この時代の「信仰基台」は造成されるようになっていたのである。事実、チャールズ大帝は、法王から祝福を受け、王位に上ることによって、この基台をつくったのであった。
それゆえに、当時の第二イスラエルが、このような立場にいた国王を、絶対的に信じ、彼に従ったならば、そのときに「実体基台」は立てられたはずであり、したがって「再臨されるメシヤのための基台」も、成就されるはずであったのである。
 もし、このようになったならば、「メシヤのための霊的基台」の上で、法王を中心として立てられた霊的な王国と、国王を中心とした実体的な王国とが一つとなり、その基台の上にイエスが再び来られて、メシヤ王国をつくることができたはずである。ところが、
国王が神のみ旨を信奉し得ず、「実体献祭」をするための位置を離れてしまったので、実体基台は造成されず、したがって、「再臨されるメシヤのための基台」もつくられなかったのである。


第四節 南北王朝分立時代と東西王朝分立時代



 サウルによって始まった統一王国時代は、ダビデ王を経て、ソロモン王に至り、その際、彼が王妃たちの信じていた異邦人の神々に香を焚き犠牲をささげた結果(列王上一一・5〜9)、この三代をもって、カインの立場であった十部族を中心とする北朝イスラエルと、アベルの立場であった二部族を中心とする南朝ユダに、分立されてしまった。そして、南北王朝分立時代がくるようになったのである。これと同じように、チャールズ大帝によって始まったキリスト王国も、三代目に至って、孫たち三人の間に紛争が起こり、そのためこの立場は東、西両フランクとイタリアに三分されたのである。しかし、イタリアは東フランクの支配を受けたので、実際においては、東、西フランク王国に両分されたのと同様であった。また、東フランクは、オットー一世によって大いに興隆し、神聖ローマ帝国と呼ばれるようになり、彼はローマ皇帝の名をもって西ヨーロッパを統治し、政教二権を確保しようとしたのであった。このようにして、東フランクは、西フランクに対してアベルの立場に立つようになったのである。
 
ソロモン朝の亡命客であったヤラベアムを中心とした北朝イスラエルは、二六〇年の間に十九王が代わった。彼らは互いに殺害しあい、王室が九度も変革され、列王の中には、善良な王が一人もいなかったのである。したがって、神は南朝ユダから遣わされた預言者エリヤを通して、カルメル山の祭壇に火をおこさせることによって、バアルとアシラの預言者八五〇名を滅ぼされ(列王上一八・19〜40)、そのほかにも、エリシャ、ヨナ、ホセア、アモスのような預言者たちを遣わされて、命懸けの伝道をするように摂理されたのであった。しかし、北朝イスラエルは依然として邪神を崇拝しつづけて、悔い改めることがなかったので、神は、彼らをアッシリヤに引き渡して滅亡させることにより、永遠に選民としての資格を失うように摂理されたのである(列王下一七・17〜23)。
 また、ソロモンの息子であるレハベアムを中心とした南朝ユダは、ダビデよりゼデキアに至るまで、正統一系を通しつづけ、三九四年間にわたる二十人の王の中には、善良な王が多かったのであるが、ヨシヤ王以後は、悪い王たちが続出し、北朝の影響を受けて偶像崇拝にふけるようになったので、これらもまた、バビロニアの捕虜となってしまったのである。
 
このように、南北王朝分立時代において、イスラエル民族が、神殿理想に相反する立場に立つたびに、神は、継続して、四大預言者と十二小預言者を遣わされて、彼らを励まし、内的な刷新運動を起こされたのである。しかし、彼らは、預言者たちの勧告に耳を傾けず、悔い改めなかったので、神は、彼らをエジプト、カルデヤ、シリヤ、アッシリヤ、バビロニアなどの異邦人たちに引き渡して、外的な粛清の摂理をされたのであった。
 この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する東西王朝分立時代においても、同じく、法王庁が腐敗して、トマス・アクィナス、聖フランシスなど、修道院の人物たちが彼らに勧告して、内的な刷新運動を起こしたのである。しかし、彼らもまた悔い改めず、堕落と腐敗に陥ったため、神は彼らを異邦人たちに引き渡して、外的な粛清の摂理をなさったのであり、これがすなわち、十字軍戦争であった。
エルサレムの聖地が、カリフ帝国に属していたときには、キリスト教の巡礼者たちが、手厚い待遇を受けたのであるが、カリフ帝国が滅んでのち、セルジュク・トルコがエルサレムを占領したあとには、彼らは巡礼者たちを虐待したので、これに憤慨した歴代の法王たちは、この聖地を回復するために、十字軍戦争を起こしたのである。一〇九六年に起こった十字軍は、その後約二〇〇年間にわたって、七回の遠征を行ったのであるが、彼らは敗戦を繰り返すだけで終わってしまった。
 
南北王朝分立時代において、北朝イスラエル王国と南朝ユダ王国の国民たちが、みな、異邦人の捕虜となって連れていかれたので、イスラエルの君主社会は、崩壊してしまった。これと同じく、東西王朝分立時代においても、十字軍が異教徒に敗れ、法王権が、その権威と信望とを完全に失墜するにつれて、国民精神は、その中心を失ってしまったのである。それだけでなく、封建社会を維持していた領主と騎士たちが、多く戦死してしまったので、彼らは政治的な基盤を失ってしまい、また、度重なる敗戦により、莫大な戦費が消耗されたので、彼らは甚だしい経済的困窮に陥ってしまったのである。ここにおいてキリスト教君主社会は、ついに崩壊しはじめたのである。


第五節 ユダヤ民族捕虜および帰還時代と
            法王捕虜および帰還時代

 ユダヤ民族は不信仰に陥って、一向に悔い改めなかったので、神殿理想を復帰することができず、その結果、神は再びこの目的を成就されるために、ちょうど、アブラハムの献祭失敗を蕩減復帰するために、イスラエルをして、サタン世界であるエジプトに入らせ、そこで苦役をするようにされたと同様に、ユダヤ民族も、サタン世界であるバビロンに捕虜として連れていかれ、苦役をするように摂理されたのである。
 
これと同じく、既に論じたように、神がキリスト王国時代を立てられたのは、法王と国王を中心として、「再臨のメシヤのための基台」を造成され、その基台の上で、メシヤとして再臨なさる王の王に、その国と王位を引き渡すことによって、メシヤ王国を建設するためであった(イザヤ九・6、ルカ一・33)。しかるに、国王と、「実体基台」の中心人物として立てるための霊的な基台を造成しなければならなかった法王たちが、あくまで悔い改めなかったので、彼らは「再臨のメシヤのための基台」をつくることができなかったのである。ここにおいて、神は、この基台を復帰するための新しい摂理をされるために、法王が捕虜となって苦役を受けるようにされたのであった。
 前に、エホヤキム王をはじめダニエルその他の王族、そして、政府の大臣たち、官吏と工匠など、数多くのユダヤ人たちが、バビロニア王ネブカデネザルによって、捕虜として捕らわれていった七十年の期間があり(エレミヤ三九・1
〜10、列王下二四、二五)、ペルシャが、バビロニアを滅ぼし、クロス王が詔書を発布して彼らを解放したのち、三次にわたって故郷に帰還し、預言者マラキを中心として、メシヤのために準備する民族として立てられるときまでの一四〇年の期間があったのである。この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する、法王捕虜および帰還時代においても、やはりこのような路程を歩まなければならなかったのである。
 法王と僧侶たちは、彼らの不道徳のゆえに、国民の信望を失うようになったので、法王の権威は地に落ちてしまった。また、十字軍戦争以後、封建制度が崩壊して近代国家が成立してからは、王権が伸張していき、法王と国王との衝突が激化していったのである。そして、法王ボニファキウス八世は、フランス王フィリップ四世と衝突して、一時、彼によって禁固されるというところにまで至った。その後、一代を経て、一三〇五年に法王として選出されたクレメンス五世は、一三〇九年に、法王庁をローマから南フランスのアヴィニョンに移し、そこにおいて七十年間、歴代の法王たちはフランス王の拘束を受けながら、捕虜のような生活をするようになったのである。その後、法王グレゴリー十一世は一三七七年に至ってローマに帰還した。
 
彼が死んだのち、枢機卿たちは、イタリアのバリの監督ウルバヌス六世を、法王として選出したのであった。しかし、フランス人が多数であった枢機卿たちは、間もなくウルバヌスを排斥して、別に、クレメンス七世を法王に選出し、南フランスのアヴィニョンに、また一つの法王庁を立てるようになった。この分離は次の世代に入り、改革会議において解決されるときまで継続されたのである。すなわち、一四〇九年に枢機卿たちは、イタリアのピサにおいて会議を開き、分離されてきた二人の法王をみな廃位させ、アレクサンドリア五世を正当な法王として任命したのである。しかし廃位された二人の法王がこれに服さなかったので、一時は、三人の法王が鼎立するようになった。その後、再び監督と大監督のほかに、神学者、王侯、使節など、多くの参席者をもって、コンスタンツ大会を開催、三人の法王を一斉に廃位させ、再び、マルチヌス五世を法王に選出したのである。
 このようにして、法王選出の権限を枢機卿たちから奪い、ローマ教会の至上権を主張してきたこの会議にその権限が移されてしまったのである(一四一八年)。この会議は、その後、スイスのバーゼルにおいて、ローマ教会の機構を立憲君主体にする目的をもって開催された。ところが、法王は、会衆がこのように会議を牛耳るのを 快く思わず、この会議に参席しなかったばかりでなく、それを流会させようとまでたくらんだのである。これに対し法王党以外の議員たちは開会を強行したのであるが、結局一四四九年に至って、自ら解散してしまった。このようにして、ローマ教会内に立憲君主体を樹立しようとした計画は、水泡に帰してしまい、その結果一三〇九年以来、失った法王専制の機能を回復したのである。十四世紀の諸会議の指導者たちは、平信徒たちを代表として立て、この会議に最高の権限を与えることによって、腐敗した法王と僧侶たちを除去しようとした。ところが、法王権は彼らを幽閉してしまったので、前回と同じ立場に立ち戻ってしまったばかりでなく、ウィクリフとフスのような改革精神を抱いていた指導者を、極刑に処するようにまでなったので、このときからプロテスタントの 宗教改革運動が芽を吹きだしはじめたのである。このように法王が一三〇九年から七十年間、南フランスのアヴィニョンに幽閉されたのち、三人の法王に分立される路程を経て、再び、ローマ教会を中心とする法王専制に復帰し、その後一五一七年にルターを中心として宗教改革が起こるときまでの約二一〇年間は、ユダヤ民族がバビロンに七十年間捕虜として連行されたのち、三次にわたってエルサレムに帰還し、その後マラキを中心として政教の刷新を起こすようになったときまでの二一〇年間を実体的な同時性をもって蕩減復帰する期間であったのである。


第六節 メシヤ降臨準備時代とメシヤ再降臨準備時代



 イスラエル民族は、バビロンの捕虜の立場から、エルサレムに戻ってのち、メシヤ降臨準備時代の四〇〇年を経て、イエスを迎えたのであった。ゆえに、これを蕩減復帰するためには、キリスト教信徒たちも、法王がアヴィニョン捕虜生活からローマに帰還してのち、メシヤ再降臨準備時代の四〇〇年を経て、初めて再臨なさるイエスを迎え得るようになっているのである。
 
四十日サタン分立期間をもって「信仰基台」を復帰するための摂理が、継続的なサタンの侵入によって延長を重ねてきた、アダム以後四〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するために、メシヤ降臨準備時代があったのである。
 それゆえに、この時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するためには、アダムから始まる六〇〇〇年の復帰摂理歴史の縦的な全蕩減条件を、この歴史の最終的な一時代において、横的に蕩減復帰するためのメシヤ再降臨準備時代がなければならない。
 
バビロンの捕虜生活から帰還してきたイスラエル民族は、ネブカデネザル王によって破壊された神殿を新築し、また、マラキ預言者の指導によって、邪神を崇拝してきた過去の罪を悔い改めながら、律法を研究し、信仰の刷新運動を起こすことによって「信仰基台」を復帰してきたのである。これと同じく、法王がローマに帰還したのちの中世におけるキリスト教信徒たちは、ルターなどを中心として、宗教の改革運動を起こし、中世暗黒時代の暗雲を貫いて、新しい福音の光に従い、信仰の新しい道を開拓することによって、「信仰基台」を復帰してきたのであった。
 
ヤコブがハランからカナンに帰還し、エジプトに入るまでの約四十年の準備期間を、形象的な同時性をもって蕩減復帰する時代が、メシヤ降臨準備時代であった。そして、この時代を再び実体的な同時性をもって蕩減復帰する時代が、メシヤ再降臨準備時代となるのである。したがって、この時代のすべてのキリスト教信徒たちは、あたかも、エジプトでヨセフに会うときまでのヤコブの家庭、または、イエスを迎えるときまでのイスラエル民族のように、あらゆる波乱と苦難の道を歩まなければならないのである。復帰摂理時代は、律法と祭典などの外的な条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であったので、メシヤ降臨準備時代における第一イスラエルは、ペルシャ、ギリシャ、エジプト、シリヤ、ローマなどの異邦の属国とされて、外的な苦難の道を歩まなければならなかった。しかし、復帰摂理延長時代はイエスのみ言を中心として、祈りと信仰の内的条件をもって、神に対する信仰を立ててきた時代であるがゆえに、メシヤ再降臨準備時代における第二イスラエルは、内的な受難の道を歩まなければならないのである。すなわち、この時代においては、文芸復興の主導理念である人文主義と、これに続いて起こる啓蒙思想、そして、宗教改革によって叫ばれるようになった、信仰の自由などによる影響のために、宗教と思想に一大混乱をきたすようになり、キリスト教信徒たちは、言語に絶するほどの内的な試練を受けるようになるのである。
 このように、イエス降臨のための四〇〇年の準備時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するために、彼の再臨のための四〇〇年の準備期間があったのであるが、我々は、ここで、メシヤを迎えるための準備期間であるこの二つの時代において、その時代的な背景と環境とが、各々どのようなかたちで造成されてきたかということについて、調べてみることにしよう。
 初臨のときには、神がその選民のために、メシヤが降臨される四三〇年前に、預言者マラキを遣わされて、メシヤが降臨されることを預言なさるとともに、一方においては、ユダヤ教を刷新して、メシヤを迎え得る選民としての準備をするようにされたのであった。また、異邦人たちに対しては、これとほとんど同時代に、インドの釈迦牟尼(前五六五〜四八五)によって印度教を発展せしめ、仏道の新しい土台を開拓するように道を運ばれたし、ギリシャでは、ソクラテス(前四七〇〜三九九)の手でギリシャ文化時代を開拓せしめ、また、東洋においては、孔子(前五五二〜四七九)によって儒教をもって人倫道徳を立てるようにされるなど、各々、その地方とその民族に適応する文化と宗教を立てられ、将来来られるメシヤを迎えるために必要な、心霊的準備をするように摂理されたのである。それゆえに、イエスはこのように準備された基台の上に来られ、キリスト教を中心としてユダヤ教(Hebraism)を整理し、ギリシャ文化(Hellenism)、および、仏教(Buddhism)と儒教(Confucianism)などの宗教を包摂することによって、その宗教と文化の全域を、一つのキリスト教文化圏内に統合しようとされたのである。
 
イエスの初臨を前にして、メシヤ降臨に対する準備をするために摂理されたその環境造成の時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰するためにきた時代が、文芸復興時代であった。それゆえに、文芸復興時代は、メシヤ再降臨のためのその時代的な背景と環境とを造成するための時代であったのである。したがって、今日において、我々が見ているような、政治、経済、文化、科学など、あらゆる面における飛躍的な発展は、みなこの文芸復興時代から急激に始まって、再臨されるイエスを迎えることができる今日の時代的な背景と環境とを、成熟させてきたのである。すなわち、イエスのときには、ローマ帝国の勃興により、地中海を中心として形成された広大な政治的版図と、四方八方に発達した交通の便、そして、ギリシャ語を中心として形成された広範なる文化的版図などによって、キリストを中心とするイスラエル、イスラエルを中心とするローマ、ローマを中心とする世界へと、メシヤ思想が急速に拡張し得る平面的な基台が、既に造成されていたのであった。これと同じく、彼の再臨のときに当たる今日においても、列強の興隆により、自由を基盤とした民主主義の政治的版図が全世界的に広められているのであり、交通および通信の飛躍的な発達によって、東西の距離は極度に短縮され、また、言語と文化とが世界的に交流しあい、メシヤ再降臨のための思潮が、自由にかつ迅速に、全人類の胸底に流れこむことができるように、既に、その平面的版図が完全に造成されているのである。したがって、メシヤが再臨されれば、彼の真理と思想を急速度に伝播して、短時日の内に世界化することによって、これがそのまま適切な平面的基台になるであろうということはいうまでもない。


第七節 復帰摂理から見た歴史発展

 創造原理で、既に論じたように、地上天国は、完成した人間一人の姿と同じ世界である。したがって、堕落した世界は、堕落した人間一人の姿に似ているということができる。ゆえに、我々は堕落した人間一人の生活を調べてみることによって、人類罪悪史の全体的な動向を、のぞき見ることができるといわなければならない。
 
堕落した人間には、善を指向する本心と、この本心の命令に逆らって悪を指向する邪心とがあって、この二つの心が常に闘っているということを、我々は否定することができない。したがってまた、本心の命令に従う善行と邪心の命令に従う悪行とが、我々の一つの体の内にあって、互いに衝突しあっているという事実をも、我々は否定することができない。このように、それ自身の内部で闘争を行っている各個体が、横的に連結して生活を営んでいるのが社会なので、そこでもまた、闘争が起こらざるを得ないようになっているのである。さらに、このように闘争によってもつれあっている社会生活が、時間の流れとともに、縦的に変転してきたのが、人類の歴史なので、この歴史は、必然的に闘争と戦争とをもって連係されるものとならざるを得ないのである。
 
しかし、人間は、本心と邪心との執拗なる闘いの中で、悪を退け、善に従おうとして不断に努力をしている。したがって、その行動も、次第に悪行を捨て、善を行うという方向を取るようになるのである。堕落した人間にも、このように善を指向する本心の作用があるので、人間は、神の復帰摂理に対応して、善の目的を成就していくようになっている。
 
したがって、このような人間たちによってつくられてきた歴史は、善悪が交錯する渦の中にありながら、大局的には、悪を退け、善を指向してきたというのが事実なのである。それゆえに、歴史が指向する終局的な世界は、すなわち善の目的が成就された天国でなければならないのである。ゆえに、闘争や戦争は、善の目的を達成するために善と悪とを分立してきた一つの過程的な現象でもあるという事実を、我々は知らなければならない。そうであるから、闘いの結果が、一時的には悪の勝利に帰したとしても、結局は、その悪の結果によって、歴史は、より大きい善の目的を成就していく摂理路程に取って代わられるようになるのである。このような見地からして、我々は人類歴史が、神の復帰摂理によって、絶えず善と悪との分立を繰り返しながら善を指向して発展してきたという事実を知ることができるのである。
 
ところが、人間がサタンと血縁関係を結んだことにより、サタンは、堕落した人間を中心として、将来、神がつくろうとなさるものと同じ型の世界を、先立ってつくってきたので、結果的に、人類歴史は、原理型の非原理世界を形成してきたのであった。したがって、人類歴史の終末においては、神が地上天国を復帰される前に、サタンを中心とする、それと同じ型の非原理世界が、先につくられるようになっているのである。これが、すなわち、共産主義世界なのである。サタンは、このように、神が成就されようとなさる目的を、常に先立って、非原理的に成就してきているので、復帰摂理路程においては、真なるものが現れる前に、必ず偽なるものが先に、真なるものと同じ姿をもって現れるようになるのである。キリストに先立って、偽キリストが現れるということを預言された聖書のみ言は、このような原理によってのみ理解することができるのである。

(一)復帰摂理時代における歴史発展

堕落した人間たちによって、最初につくられた社会は原始共同社会であった。この社会は、サタンを中心としてお互いに足らないものを補いあう社会のことで、これは元来、神が完成した人間を中心としてつくろうとなさった共生共栄共義主義社会を、サタンが先立って非原理的につくったものであった。もし、この社会に、闘争も分裂もなかったならば、この社会は、そのまま永続するはずであるから、神の復帰摂理は成就されるはずがないのである。
 しかし、前に説明したように、堕落人間は、その個体において、二つの心が互いに相争い、また、この心の争いが行動として現れて、個体と個体とが互いに闘いあうようになるので、原始共同社会を、そのまま平和的に維持することはできない。のみならず、この社会が、互いに、経済的な利害関係を異にする社会へと発展するにつれて、この闘いがより大きく展開されてきたということは、いうまでもないことである。このように、神の復帰摂理に対応しようとする人間の本心の作用によって、サタンを中心として造成された原始共同社会には、最初から闘いによる分裂が生じていたのであった。
 
サタンを中心とする人類罪悪史の発展過程を見れば、原始共同社会において、分裂した人間を中心として氏族社会が形成されたのであり、また、それが更に成長して、封建社会をつくったのち、その版図と主権を更に一層大きく拡張して、君主社会をつくってきたのであった。これは、将来、神がこの罪悪世界から善なる個体を呼び給い、彼らを中心として善なる氏族社会を立て、更に、善なる封建社会をつくったのち、善なる王国を建設することによって、メシヤを迎えるための善なる版図と主権を樹立しようとされたので、サタンがこれを先に知ってそのような型の路程を歩んできたのである。
 事実上、神はこのような罪悪世界から、善を中心とするアブラハムを呼びだされて、彼を通じて、神のみ旨を信奉し得る子女を繁殖することによって、イスラエルの氏族社会を立てられたのであった。その後、アブラハムの子孫たちは、エジプトに入って、氏族から部族へと発展してきたのであり、彼らがカナンに戻ってきたのちには、士師時代をつくったのであるが、この士師時代を中心として形成された社会が、すなわち、イスラエルの封建社会であったのである。では、この社会を、どうして封建社会というのであろうか。封建社会の特性は、奉仕と服従とを前提とする主従関係による政治制度と、封土を中心とする封鎖的な自給自足の経済体制にあるのである。士師時代は、とりもなおさず、このような性格の社会であった。すなわち、カナンの地に戻ってきたイスラエル民族の各部族には、土地が分配され、その部族たちは、大領主と同じ位置におかれていた士師を中心として封建社会を形成したのであった。それゆえに、この時代をイスラエル封建社会というのである。
 封建社会における一般民衆は、その社会の性格上、その領主の思想と指導とに絶対的に服従したのであった。したがって、その領主が神のみ旨のもとに立っている限り、その民は彼に従って、自然に天の側に立つようになるのである。また、彼らはこのような主従関係による封鎖的な政治と経済とを基調とする社会制度のもとにおかれていたので、それによってサタンの侵入を受けない環境の中で生活することができたのである。このように、氏族社会が封建社会に発展するようになったのは、サタンの所有を天の側に奪い返すことによって、天の側の主権に属するより大きい版図を形成し、サタンの侵入を防ぐためであったのである。このような神の摂理があったので、またしてもそれを知っていたサタンは、これに備えて、一歩先んじてサタン側の封建社会をつくることによって、サタンの主権を維持しようとしたのであった。
 一方において、この封建社会はまた、より大きい主権と版図の君主社会をつくるための基台を造成するためにも、到来するようになったのである。すなわち、イスラエルの封建社会をもって、サタン側の侵入を防ぐことができる小単位の天の側の主権と、民と、経済的な版図とを形成したのち、再びこれらを統合して、より大きい主権と、民と、経済的な版図とを拡張し強化するために、イスラエルの君主社会がつくられたのであったが、これが、すなわち、サウル王をもって始まった統一王国時代であった。
 既に、前にも言及したように、イエスはどこまでも王の王として来られた方であった(黙一一・15
)。それゆえに、神がイスラエル民族の君主社会を形成されたのは、将来メシヤが来られて、王の王として君臨することができるその基台を造成なさるためであったのである。
 
神がこのような摂理のもとで、イスラエルの君主社会をつくろうとされたので、サタンの方では、また、これに先んじて、サタンを中心とする君主社会を形成することにより、神の摂理を妨げてきたのである。それゆえに、統一王国時代がくる前に、既にサタンの世界においては、エジプト王国が、紀元前数十世紀に第一王朝を立てたのち、三十王朝も継承されたのであり、古バビロニア王国は、紀元前十八世紀のハムラビ王のときに、既に全メソポタミヤを統一していたし、さらにヒッタイト王国は、紀元前十四世紀に、シリヤを中心として、東方の最強国となったのである。そして、サタン側の世界においても、これまた、神の復帰摂理に対応する人間本心の作用によって、より善なる王国と、より悪なる王国とが互いに闘いながら、王国を単位とする分立をなしてきたのであった。したがって、当時のソロモン王が、もし最後まで神のみ旨を信奉したならば、彼は、エジプト、メソポタミヤ、クレタ(あるいはミノア)などの三大文明を吸収した文化的な社会環境において、彼の卓越した政治能力を発揮して、東方の諸国を統一したであろうし、進んでは、メシヤ理想を実現し得る世界的な版図を形成したはずであった。ところが、ソロモン王の堕落によって、神は、この君主社会を崩壊させてしまうような摂理をなさらねばならなくなったのである。
 
このように、統一王国時代の王たちが「メシヤのための基台」を立てて、神の主権を復帰し得る基台を準備することができなかったので、結局、神はこの王国を、南北二つの王国に分立してしまわれたのであった。そして、神のみ旨に逆らった北朝は、異邦アッシリヤ(エジプト、古バビロニア、ヒッタイトなどの王国が衰えるに従って、このアッシリヤ王国が強大となり、紀元前八世紀にはエジプトを含めたオリエントの中心部を征服して、最初の世界帝国を建設した)に渡して、滅亡するようにされたのであり、神のみ旨を信奉した南朝ユダも、間もなく神のみ旨に逆らうようになったので、新バビロニア(アッシリヤ帝国が滅亡したのち、カルデヤ人によってバビロンを首都とする新バビロニア王国、あるいはカルデヤ王国が創立された)に渡して滅亡するように道を運ばれたのである。
 
神はユダヤ王国を滅ぼされたのち、メシヤが降臨されるときまで、ユダヤ民族を多くの異邦に属するようになさることによって、この民族の王位を空位にしておかれたのであった。特に、ユダヤ民族を、民主主義の礎であるギリシャ文明圏内の属国となるように道を運ばれて、将来、メシヤが降臨されたとき、もしユダヤ民族が彼を歓迎するならば、民意によっていつでもメシヤが王位を継ぐことができるように、民主主義型の社会をつくっておかれたのであった。ところが、ユダヤ人たちの民意はイエスに王位を継がせるという方向を取らず、かえって、彼を十字架で殺害してしまったので、これをもってアブラハムの血統的な子孫を中心として成就されようとした二〇〇〇年の復帰摂理の目的は、霊的にしか達成されないようになったのである。

(二)復帰摂理延長時代における歴史発展

(1) 復帰摂理と西洋史

キリスト教を迫害したローマ帝国は、四世紀末に至って、ついに、亡くなられたイエスの前に屈伏し、キリスト教を国教として定めたのであった。しかしながら、もし初めからユダヤ民族がイエスをメシヤとして信じ、彼に仕えて彼と一つになっていたならば、ローマ帝国を中心として地中海を基盤として成立していた古代の統一世界は、当然生きておられるイエスによって感化され、彼を王として信奉し、エルサレムを中心とする王国を建設し得たはずであった。しかし、ユダヤ民族は、不信仰に陥って滅亡してしまい、メシヤ王国のための土台となるべきであったローマ帝国も、次第に衰えはじめ、西暦四七六年には、西ローマがゲルマンの傭兵隊長であるオドアケルによって滅ぼされてしまったのである。このようにして、神の復帰摂理は、恨みの地ユダヤより、西ローマの版図であった西欧に移されていったのである。したがって、イエス以後におけるキリスト教による霊的復帰摂理は、西欧を土台として成就されてきたので、この時代の復帰摂理歴史は、西欧においてのみ、典型路程に従って発展するようになったのである。唯物史観で論じているところの歴史発展の過程も、西欧の歴史にのみ適応されるようになっているのであるが、そのような理由も実はここにあったのである。このようにして、西欧を中心とするキリスト教史は、復帰摂理延長時代を形成する中心的史料となったのである。

(2) 宗教史と経済史と政治史との相互関係

神は人間をして、有形、無形の両世界を主管することができるようにするため、肉身と霊人体との二つの部分をもって人間を創造されたということについては、既に、創造原理のところで論じたはずである。ゆえに、人間がもし堕落しなかったならば、その霊人体は、肉身と共に成長し完成することによって、霊肉両面の知性が、同時に地上の肉身生活の中で、完全な調和をなし得たはずであった。ところが、人間は、堕落することにより、霊肉両面の無知に陥るようになったのである。ここにおいて、人間の霊的無知は宗教によって、また、その肉的無知は科学によって啓発されてきたのであるが、このことに関しては、既に前編の第三章第五節(一)において論じたところである。
 ところで、霊的無知は、宗教をもって堕落人間の中に潜在している本心を呼び起こすことにより、彼らが見ることのできない原因的な世界を探し求めるにつれて、漸次啓発されてきたのである。しかし、宗教は、だれしもがみな痛切にその必要性を感ずるというものではないので、霊的な面の啓発は、ある特殊な人間においては飛躍的なものであっても、一般的には、非常に緩慢なものであるといわなければならない。これは、宗教が世界的に普遍化されている今日においても、霊的な面では、古代人と大差のない人間が多いという事実をもってみても、推察し得ることである。ところが、これとは反対に、肉的な無知は、だれでも認識し得る結果の世界、すなわち、自然界(肉界)に関することを科学的に探究することによって啓発されてきたのであった。しかも、科学は、現実を打開するものであるために、だれにも必要不可欠なものである。それゆえに、肉的無知に対する啓発は、急進的であり、かつ、普遍的である。このように、探求していく対象が、宗教においては目に見えない原因の世界であるので、超現実的なものであるのに反し、科学においては目に見える結果の世界、すなわち、物質世界であり、これは現実的なものであるがゆえに、今まで、宗教と科学は、理論的に妥協することのできないものとして、衝突を免れ得なかった。そればかりでなく、被造世界の主権を握っているサタンが、現実生活を通して、人間に侵入してくる関係上、今までの宗教の道は、現実を見捨てなくては行かれない道であると見なされてきたので、現実を追求する科学と、互いに調和をなすことができなかったのは当然なことといえる。次の章の第一節で詳しく論ずるが、神は元来、人間の外的な肉身を先に創造され、その次に、内的な霊人体を創造されたので(創二・7)、再創造の原則によって、復帰摂理も、外的なものから内的なものへと復帰していく過程を踏むようになるのである。このような摂理的な原則から見ても、科学と宗教とは互いに調和することのできない発展過程を事実上歩んできたのである。
 このような不調和は、宗教と経済との関係においても同じである。それは、経済もまた科学と同じく現実世界に属するものであり、その上、科学の発達と密接な関係をもって発展するものだからである。このような関係により、神の内的な摂理による宗教史と、その外的な摂理による経済史とは、その発展においても、互いに、方向と進度を異にせざるを得なかったのである。ゆえに、かかる神の復帰摂理の典型路程を歩んできた西欧における歴史発展を、摂理的な面から把握するためには、キリスト教史と経済史とを各々別に分けて考察しなければならないのである。
 
ところで、宗教と科学とが、上述のような関係におかれているのと同様、宗教と経済もまた、堕落人間の内外両面の生活を、各々分担して復帰しなければならない使命を担っているので、これらが全く何らの関係もなしに発展するということはあり得ないことだといわなければならない。ゆえに、宗教と科学とは、したがって、宗教と経済とは、その発展過程において、互いに対立しあう側面をもちながらも、我々の社会生活と関係を結んで、それぞれが、各々キリスト教史と経済史とを、形成してきたのであった。では、それらは、我々の社会生活と、いかにして結びつくことができたのであろうか。それは、とりもなおさず、政治によって結ばれたのである。キリスト教化された西欧においてはなおさらである。西欧における政治は、急進的な科学の発達に伴う経済発展と、復帰摂理の明確な方向をとらえることができずに、迷いの中にあったキリスト教の動きとを、社会生活の中で調和させていくという方向に向かって進まざるを得なかったので、その政治史は、宗教と経済とを調和させていくいま一つの新しい方向に向かうようになったのである。したがって、復帰摂理のための歴史の発展を正確に把握するためには、政治史に対してもこれまた、別途に考察することが必要となってくるのである。これに対する実例として十七世紀末葉における西欧の歴史について、その発展過程を考察してみることにしよう。
 まず、宗教史の面から調べてみると、この時代において、既に、キリスト教民主主義社会が形成されていたのである。
すなわち一五一七年の宗教改革により、法王が独裁していた霊的な王国が倒れることによって、中世人たちは、法王に隷属されていた信仰生活から解放され、だれもが聖書を中心として、自由に信仰生活をすることができるようになった。しかし、政治史の面から見るならば、この時代には、専制君主社会が台頭していたのであり、経済史の面においては、いまだ荘園制度による封建社会が、厳存していたのである。このように、同時代における同社会が、宗教面においては民主主義社会となり、政治面では君主主義社会、そして、経済面においては封建主義社会となっているのであるから、復帰摂理の立場からこの時代の性格を把握するためには、その発展過程を、各々別途に考察しなければならないのである。
 
そのためには、復帰摂理時代(旧約時代)における歴史発展が、どうしてそのような過程を歩まなければならなかったのであるかを我々は知らなければならない。古代社会においては、科学の発達がほとんど停頓状態におかれていたので、経済発展もまたそうであった。いまだ生活様式が分化される以前の旧約時代のイスラエル民族は、指導者の命令により、厳格な律法に追従する主従関係の社会制度のもとで単純な生活をしていたので、彼らの宗教生活は、すなわち彼らの社会生活となっていたのである。したがって、その当時には、宗教と政治と経済とが分立して発展することはなかったのであった。

(3) 氏 族 社 会

それでは我々は、ここにおいて、復帰摂理延長時代(新約時代)において、宗教と政治と経済などの各部面から見た歴史発展が、どのようなものであったかということについて、調べてみることにしよう。サタンを中心とする原始共同社会は、神の復帰摂理に対応する人間の本心の作用によって分裂に導かれ、その中で、神のみ旨に従う人間が分立されることによって、天の側の氏族社会が形成されたということは、既に明らかにした。これと同じく、イエスを殺害したユダヤ民族は、既に、サタン側の系列に転落してしまったので、神はこの社会をそのままに放置しては復帰摂理をなさることができなかったのである。したがって、神はこの社会を分裂させ、その中から、篤実なキリスト教信徒だけを呼びだされて、彼らを中心としてキリスト教氏族社会を立てられたのである。
 
旧約時代においてヤコブの十二子息を中心とした七十人家族が、イスラエルの氏族社会を形成して、摂理路程を出発したように、新約時代においてはイエスを中心とした十二弟子と七十人門徒が、キリスト教氏族社会を形成して、摂理路程を出発したのである。キリスト教氏族社会は、原始キリスト教社会であったから、そのときには、いまだ政治や経済においても、取り立てていかなる制度をも必要としなかったのである。したがって、この時代においては、まだ宗教と政治と経済とが未分化で、それぞれに分立した発展をなすには至っていなかったのである。
 
キリスト教氏族社会は、地中海を基盤とした古代統一世界の中で、ローマ帝国の厳しい迫害を受けながら繁栄し、キリスト教部族社会を形成するに至ったのであった。そして、四世紀後半から始まった民族大移動により、西ローマ帝国は、ついに四七六年に滅亡してしまい、その版図内に移動してきたゲルマン民族にキリスト教が浸透することによって、彼らを中心とした広範なキリスト教社会がつくられたのである。

(4) 封 建 社 会

歴史の発展過程において、氏族社会の次にくるものは、封建社会である。このような原則によって、西ローマ帝国の滅亡と前後して王権が衰退してしまい、国家が無秩序な状態に陥ったとき、封建社会が形成されはじめたのである。このときから西ヨーロッパのキリスト教社会は、宗教と政治と経済とが分化され、各々が相異なる発展をしていくようになったのである。封建社会は、大中小の領主と騎士たちとの間に、服従と奉仕とを前提として結ばれた主従関係による政治制度と、荘園制度による封鎖的な自給自足の経済制度をもって、形成されたのであった。国土は、多くの領主たちによって分割されたし、国王は、事実上、領主の中の一人であったから、国王の権力も、地方分権的であったのである。領主たちは、上部から、恩貸地としての土地の分配を受けて、彼らの独立領地をつくり、その内で裁判権まで行使したのである。したがって、この領地は、ほとんど国家の権力から離れた私領と異なるところがなかったのである。このようにしてつくられた私領的なものを、荘園という。
 自作農の下層の人々が、主権者たちの保護を受けるために、自己の所有地をいったん、領主または寺院に寄贈し、その上でその土地を、再び、恩貸地として貸与してもらうかたちでつくられた荘園もあった。このようにして、荘園は全国に広がっていったのである。最下級に属する騎士は、一つの荘園を分けてもらい、領主の私兵として仕えたのであったが、国王や領主はこのような荘園を数百から数千も所有していたのであった。
 宗教面においても、それは、キリスト教を中心として、既に論じた封建社会と同一の方向に向かって発展するようになったのであるが、これを、キリスト教封建社会というのである。すなわち、教区長、大主教、主教は、大中小の領主に該当する地位をもっており、国王が領主の中の一人であったように、法王もまた、教区長の中の一人であった。そこにも、絶対的な主従関係による宗教的な政治制度があり、主教たちは信徒から寄贈された封土をもつようになって、彼らは、封建的な階級層の中で有力な地位をもつ領主ともなっていたのである。
 つぎに、経済面からこの時代を考察してみるならば、この時代は、古代奴隷制度から荘園制度へと移った時代であった。したがって、平民は、このときから土地を所有するようになったのである。そして、この時代の土地制度による身分は、おおよそ、地主、自作農、農奴(半自由身分)、奴隷(不自由身分)などの四階級に分かれていたのである。このように、神は、ゲルマン民族を、新しい選民として教化され、封建社会を樹立されることにより、衰亡した西欧の土台の上に、宗教と政治と経済の三面にわたる、小単位の天の側の版図を強化し、将来、天の側の王国を建設するための基台を、準備することができたのである。

(5) 君主社会と帝国主義社会

歴史の発展過程において、封建社会の次にくるのは君主社会である。それでは、このときの西欧における君主社会は、政治面から見ると、どのような形成の過程をとったのであろうか。
 西欧に移動したゲルマン民族が立てた国々は、みな、その存立期間が短かったのであるが、フランク王国だけは長い間存続していた。フランクは西ゲルマンに属する一部族であり、それがメロヴィング王朝を建てたのち、キリスト教と結合してローマ文明を吸収し、西欧にゲルマン的なローマ風の世界をつくったのであった。この王朝が没落したのち、チャールズ・マルテルは、西侵してきたアラビア人を追い払って勢力を伸ばし、その子ピピンはカロリング王朝を建てた。ピピンの息子であるチャールズ大帝は早くから聖アウグスチヌスの「神国論」を崇拝していたが、王位につくや否や、彼は、アウグスチヌスの「神国論」を国家理念とする君主国家を建てようとしたのであった。そして、チャールズ大帝は、中部ヨーロッパを統一し、民族の大移動によって混乱に陥っていた西ヨーロッパを安定させて、強力なフランク王国を確立したのである。
 
つぎに、宗教面において、キリスト教封建社会のあとに続いて現れたキリスト教君主社会は、「メシヤのための霊的基台」の上で法王を中心としてたてられた国土のない霊的な王国社会であった。そして、法王レオ三世が、紀元八〇〇年にチャールズ大帝を祝福して、彼に皇帝の冠を授与し、天的な嗣業を相続させることによって、法王を中心としてつくられた霊的な王国と、政治的に形成されたフランク王国とが一つになり、キリスト王国をつくったのである。
 キリスト王国時代は、旧約時代の統一王国時代と同時性の時代である。このように、封建時代のあとに続いて王国時代がきたということは、封建社会を統合することにより、より大きい天の側の主権と、その民と、版図とを形成するためであったのである。したがって、既に論じたように、天使長の立場から実体世界を復帰するための基台を準備してきた法王は、国王を祝福したのちは、カインの立場で彼に従い、また、国王は、法王の理念に従って、メシヤ理想を実現するための政治を施し、キリスト王国を完全に神のみ旨にかなうように立て得たならば、この時代が、すなわち、メシヤを迎えることができる終末となるはずであった。このようにして、そのときまで互いに妥協することができず、衝突しあってきた宗教と科学とを、一つの課題として完全に解決することができる真理が現れたならば、そのときに、宗教と政治と経済とが、一つの理念を中心として、完全に一致した方向に向かって発展することにより、その基台の上で「再臨されるメシヤのための基台」がつくられるはずだったのである。それゆえに、キリスト王国時代がくることにより、封建時代は、そのときに、完全に終わってしまわなければならなかったのである。ところが、法王や国王たちが、みな、神のみ旨に反するようになったので、チャールズ大帝の本来の理想を実現することができなくなり、そのため頑強な封建制度の基礎は揺るがず、その後においても、長い間にわたって存続したのであった。したがって、宗教と政治と経済とは依然として互いに分立されたままとなり、その結果、法王を中心とする霊的な王国と、国王を中心とする実体的な王国も、依然として分立されたまま、対立して調和し得ない立場をとるようになったのである。
 
このようにしてチャールズ大帝は、円熟した封建制度の上に王国を建設しはしたものの、その障壁を崩すことができなかったので、事実上、彼は、一人の大領主の立場に立っていたにすぎなかったのである。キリスト王国が、このように、再臨されるメシヤを迎えることができる王国をつくることができなかったので、封建制度は次第に強化され、政治面における封建階級社会は、専制君主社会が興るときまで全盛を極めたのである。十七世紀の中葉にかけて、封建階級が没落するにつれて、地方に分割された領主たちの権力は、国王を中心として、中央に集中するようになった。そして、王権神授説を政治理念として君臨した国王は、絶対的な権限をもつようになってしまった。このように、国王が、封建階級社会の領主の立場を離れて、政治面における君主社会を事実上形成したのは、十七世紀の中葉から一七八九年にフランス革命が起こるときまでであったと見なすことができるのである。
 
つぎに、宗教史の立場から見たキリスト教君主社会の帰趨は、どのようなものであったのだろうか。この時代の法王たちは、神のみ旨のもとに立つことができず、世俗化されてしまったので、彼らは、心霊的な面から衰退の道を歩むようになったのである。その上に、なお、十字軍戦争に敗れることにより、法王の威信は地に落ちてしまい、また法王が、南フランスのアヴィニョンに幽閉されることによって、彼らは、有名無実の立場に落ちてしまったのである。そして、法王を中心とする霊的な王国であったキリスト教君主社会は、一五一七年の宗教改革が起こるときまで存続したのである。
 この時代の経済面における発展過程を見れば、封建的経済制度は、封建的な政治制度が没落して、中央集権化した専制君主社会になっても、依然として存続され、フランス革命のときまで残されるようになってしまったのである。
そして、農業経済の面ではいうまでもなく、資本主義化されてきた他の経済面においても、封建制度の領域を越えることができなかった。すなわち、自営農民たちは封建領主の支配に対抗するために、国王の権力に依頼したのであったが、彼らも封建制度の領域を越えることができなかったし、また、マニファクチャーの経営者たちは、封建的な分裂が不利であるということを知って、中央集権の国王と結託したのであったが、結局、彼らもまた、封建化された商業資本家となってしまったのである。
 歴史の発展過程において、封建社会のあとに続いてくるのが君主社会であるとするならば、経済面における封建社会のあとに続いてくるものはいったい何であろうか。それは、とりもなおさず、資本主義社会と、そのあとにくる帝国主義社会なのである。国家に対する独裁が、君主主義の特色であるように、金融資本に対する独占が資本主義、特に、帝国主義の特色であるからである。資本主義は、十七世紀の中葉、専制君主社会が始まったときから芽を吹きだし、イギリスの産業革命期からは、次第に円熟期に入るようになったのである。このように、資本主義社会がくるようになったのは、封建的な経済制度によって確保された小単位の経済基台を、より大きな基台として確保するためであった。そして、一歩進んで世界的な経済基台を復帰するために、資本主義は、帝国主義の段階に移行するようになったのである。ここにおいて、再び、記憶しなければならないことは、神の復帰摂理の典型路程は、西欧を中心として形成されたという点である。したがって、ここで論ずる帝国主義も、西ヨーロッパを中心として展開されたものを指していうのである。
 西欧で膨脹した帝国主義思想は、西欧の各々のキリスト教国家をして、第一次世界大戦を前後して、地球の全域にわたって植民地を獲得するようになさしめた。このようにして、世界は急進的にキリスト教文化圏の内に入ってくるようになったのである。

(6) 民主主義と社会主義

君主主義のあとにきたものは民主主義時代であった。ところで、君主主義時代がくるようになった理由は、既に明らかにしたように、将来、メシヤを王として迎えることができる王国を建設するためであったのである。しかるに、この時代が、そのような使命を完遂することができなかったので、神は、この社会を打ち壊し、メシヤ王国を再建するための新しい摂理をされるために、民主主義を立てられたのである。
 
民主主義とは、主権を人民におくことにより、人民がその民意に従って、人民のための政治をする主義をいう。したがって、民主主義は、メシヤ王国を建設なさろうとする神のみ旨から離脱した君主主義の独裁を除去し、メシヤを王として迎えるために、復帰摂理の目的を達成することができる新しい政治制度を立てようとするところに、その目的があるのである。人間は、歴史が流れるに従って、復帰摂理の時代的な恵沢を受け、その心霊が次第に明るくなるので、この摂理に対応する人間の本心は、我知らず宗教を探し求めるようになるし、また、宗教を探し求めるその本心は、結局、神が最終的な宗教として立てて摂理されるところの、キリスト教を探すようになるのである。
 今日の世界が、一つのキリスト教文化圏を形成しつつある原因は、実にここにあるといわなければならない。それゆえに、歴史が終末に近づけば近づくほど、民意は、次第にキリスト教的に流れるほかはないのであり、このような民意に従う民主政体も、これまた、キリスト教的に変移せざるを得ないようになるのである。このようにして、キリスト教精神をもって円熟した民主政体の社会にメシヤが再臨されれば、その民意によって、神の主権を地上に立て、地上天国を復帰することができるようになるのである。したがって、民主主義は、結局サタンの独裁をなくして、再臨されるイエスを中心とする神の主権を、民意によって復帰なさろうとする、最終的な摂理から生まれた主義であるということを、我々は知らなければならない。このような理由によって、十八世紀の末葉に至って、専制君主主義に対抗して起こった民主主義は、イギリス、アメリカおよびフランスで民主主義革命を起こし、君主社会を崩壊せしめて、民主主義社会の基礎を確立したのであった。我々は、既に歴史発展の観点から民主主義を考察したのであるが、ヘブライズムとヘレニズムとの摂理的な流れから見た民主主義に関しては、次の章で論ずることにする。
 つぎに、宗教の面における歴史発展過程においても、一五一七年の宗教改革により、法王を中心とする国土のない霊的な王国が倒れたのち、キリスト教民主主義が到来したのであった。キリスト教民主主義は、宗教改革を起こすことによって、法王が独裁してきた霊的な王国を倒してしまったのである。元来、法王を中心としたこの王国は、既に説明したように、法王が国王と一つになり、再臨なさるメシヤを迎えることができる王国をつくらなければならなかった。ところが、法王がこの使命を完遂できなかったので、あたかも、専制君主社会の独裁的な主権を倒すために、民主主義が生じてきたように、神のみ旨から離脱した法王の独裁的な主権を倒すために、キリスト教民主主義が生まれてきたのである。したがって、宗教改革以後においては、法王や僧侶を通じないで、各自が聖書を中心として、自由に神を探し求めていくことができる、キリスト教民主主義時代がくるようになったのである。このように、宗教の面においても、信徒たちがどこにも隷属させられることなく、自由意志によって信仰の道を尋ねていくことができる時代に入ってきたのである。このようにして、キリスト教民主主義は、将来メシヤがいかなる形態をもって再臨されても、彼と自由に接することができるキリスト教的な社会環境を形成し得るようになったのである。
 また、経済史の発展過程においても、その発展の法則によって帝国主義を倒し、民主主義的な経済社会をつくるために、社会主義が生ずるようになるのである。そして、第一次世界大戦は、帝国主義国家群の植民地獲得のための戦争であるとも見ることができるのであるが、第二次世界大戦が終わるころからは、帝国主義の植民政策を打開するための国家的民主主義が台頭して、列強国家群は、植民政策を放棄し、弱小国家群を解放せざるを得なくなったのである。したがって、資本主義経済時代は、帝国主義の崩壊を転機として、社会主義的な経済時代に転移するようになったのである。
 
共産主義社会を指向するサタン側の世界において、かく社会主義を唱えるのは当然の主張であるといわざるを得ないのである。なぜなら、その方向と内容とは全然異なるものであるとしても、社会主義的な経済体制に向かって歩んでいこうとする天の側の路程を、サタン側から先んじてつくっていこうとするものだからである。神の創造理想から見るならば、人間に与えられた創造本然の価値においては、彼らの間にいかなる差異もあるはずがない。したがって、神は、あたかも我々人間の父母がその子供たちに対するように、だれにも均等な環境と平等な生活条件とを与えようとされるのである。したがって、生産と分配と消費とは、あたかも、人体における胃腸と心臓と肺臓のように、有機的な関係を保たなければならないから、生産過剰による販路の競争や、不公平な分配によって、全体的な生活目的に支障をきたすような蓄積や消費があってはならない。必要に基づく十分な生産と、過不足のない公平な分配、そして、全体的な目的のための合理的な消費をしなければならないのであり、そのためにちょうど人体における肝臓のように、機能全体の円滑な活動のために、適宜な貯蓄をしなければならないのである。
 人間は、このような理想をもって創造されたので、その理想を復帰し得る摂理歴史の終末期に至り、民主主義的な自由を獲得し、人間の本性を探し求めていくならば、結局、だれもがこのような社会主義的な生活体制を要求せざるを得ないようになるのである。したがって、民意がこのようなものを要求するようになれば、民意による政治も、そのような方向に向かって進まざるを得ないようになるので、最後には、神を中心とする社会主義社会が現れなければならない。古代のキリスト教社会においても、我々は社会主義的な思想を発見することができるし、十六世紀におけるイギリスのトーマス・モーアのユートピア思想も、このような社会主義的なものであった。また、イギリスの産業革命期に起こったオーエンの人道主義に立脚した思想、そして、十九世紀に入るや、イギリスのキングスリーのキリスト教思想によるカトリック社会主義やプロテスタント社会主義などが生まれてくるようになったのは、みな、創造理想を指向する人間本性の自然的な発露からもたらされたものであると見なさざるを得ないのである。

(7) 共生共栄共義主義と共産主義

神の復帰摂理の時代的な恵沢は、サタンの侵入によって発揮することができなかった人間の創造本性を啓発していく。人間は、このような本性の欲求によって、我知らず神の創造理想の世界を憧憬し、それを探し求めていくようになるのである。したがって、天の側の社会主義社会を指向する人間の本心は、結局、共生共栄共義主義を主唱し、神の創造目的を完成した理想世界をつくるところにまで行かなければならないのであるが、この世界が、すなわち、再臨されるイエスを中心とする地上天国なのである。
 サタンは、神の摂理を先立って成就していくので、サタンの側からは、先に、唯物史観に立脚した、いわゆる科学的社会主義を叫びながら共産主義世界へと進んでいく。
彼らは、このような歴史発展観に立脚して、人類歴史は、原始共産社会から再び共産主義社会へ戻ると主張するのであるが、その原因については、全く知らずにいる。神は、人間を創造されてのち、彼らに地上天国の実現を約束されたので、人間と血縁関係を先に結んだサタンが、堕落人間を中心として、原理型の非原理世界を先立ってつくっていくことを許さざるを得ない。そして、神が復帰なさろうとするところの地上天国を、サタンが先んじて成就した原理型の非原理世界が、すなわち、共産世界なのである。
 
あたかも君主主義の政治的な独裁を防いで、その主権を、人民のものとして取り戻すところから、民主主義が生じたように、国家の財産が、ある特定の個人階級に独占される帝国主義的な経済体制を打破して、人民が、それを均等に享有するようになる経済体制を樹立するために、社会主義を経て、天の側からは、共生共栄共義主義を指向し、サタンの側からはそれに先立って共産主義を指向するのである。したがって、社会主義は、あくまでも真実なる民主主義的な経済社会をつくるために、生じたものであると見なければならない。
 我々は、既に、西欧を中心としてつくられた復帰摂理歴史が、宗教史と政治史と経済史の三面に分立され、各各が、公式的な路程を通じて発展してきたということを明らかにした。それでは、これらはいったいどのようにすれば、お互いが同一の歴史路程に導かれて融合される摂理歴史をもって終結し、再臨理想の基台を準備することができるであろうか。既に、上において我々は、人間の霊肉両面の無知を打開するための宗教と科学とが、一つの課題として解決されなかったために、歴史の動向が三分されて発展してきたということを説明した。したがって、このように、三つの部面に分かれて発展してきた歴史が、一つの理想を実現する焦点に向かって帰結されるためには、宗教と科学とを、完全に統一された一つの課題として解決し得る新しい真理が現れなければならないのである。そうして、このような真理に立脚した宗教によって、全人類が神の心情に帰一することにより、一つの理念を中心とした経済の基台の上で、創造理想を実現する政治社会がつくられるはずであるが、これがすなわち、共生共栄共義主義に立脚した、メシヤ王国なのである。

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メシヤ再降臨準備時代

第五章 メシヤ再降臨準備時代





 メシヤ再降臨準備時代とは、西暦一五一七年の宗教改革が始まったときから、一九一八年第一次世界大戦が終わるまでの四〇〇年間をいう。この時代の性格に関する大綱は、同時性から見たメシヤ降臨準備時代との対照において既に論述したが、ここで、もう少し詳細に調べてみることにしよう。復帰摂理から見て、更に、この期間は宗教改革期、宗教および思想の闘争期、政治と経済および思想の成熟期などの三期間に区分される。


第一節 宗教改革期(一五一七〜一六四八)



 西暦一五一七年、ドイツでルターが宗教改革の旗を揚げたときから、一六四八年、ウェストファリア条約によって新旧両教徒間の闘争が終わるまでの一三〇年の期間を、宗教改革期と称する。この期間の性格は、中世封建社会の所産である文芸復興と、宗教改革とによって形作られる。神が中世社会を通して成し遂げようとされた摂理の目的を成就できなくなったとき、これを新しい摂理歴史の方向へ転換させて、「再臨のメシヤのための基台」を造成していくに当たって中枢的な使命を果たしたのが、正に文芸復興(Renaissance)と宗教改革(Reformation)であった。したがって、これらに関することを知らなければ、この時代に関する性格を知ることができない。文芸復興と宗教改革が中世封建社会の所産であるとするならば、この社会が中世の人間の本性に、いかなる影響を与えてこれらのものを生みだすようになったのであろうか。
 
中世は、封建制度とローマ・カトリックの世俗的な堕落からくる社会環境によって、人間の本性が抑圧され、自由な発展を期待することができない時代であった。元来、信仰は、各自が神を探し求めていく道であるので、それは個人と神との間に直接に結ばれる縦的な関係によってなされるのである。それにもかかわらず、法王と僧侶の干渉と形式的な宗教儀式とその規範は、当時の人間の信仰生活の自由を拘束し、その厳格な封建階級制度は、人間の自由な信仰活動を束縛したのであった。そればかりでなく、僧侶の僧官売買と人民に対する搾取によって、彼らの生活は一層奢侈と享楽に流れた。したがって、法王権は一般社会の権力機関と何ら変わりない非信仰的な立場に立つようになり、彼らは国民の信仰生活を指導することができなくなったのである。このように、中世封建時代の社会環境は、人間の創造本性を復帰する道を遮っていた。ゆえに、このような環境の中に束縛されていた中世の人たちは、本性的にその環境を打ち破って、創造本性を復帰しようとする方向へ向かって動かざるを得なかったのである。このようにして、人間の本性は明らかに内外両面の性向をもって現れたのであるが、その創造原理的根拠はどこにあるかを調べてみることにしよう。
 創造原理によれば、人間は神の二性性相に対する形象的な実体対象としてつくられたのであるから、神の本性相と本形状に似ている。また、その性相と形状は、内的なものと外的なものとの関係をもっている。人間は、このような内的な性相と外的な形状との授受作用によって生存するように創造されたので、このように創造された人間の本性も、内外両面の欲望を追求するようになる。それゆえに、神がこのような人間に対して復帰摂理をなさるときも、人間本性の両面の追求に対応する摂理をせざるを得ないのである。ところで、神は元来、人間の外的な肉身を先に創造され、その次に内的な霊人体を創造されたので(創二・7)、再創造のための復帰摂理も、外的なものから、内的なものへと復帰していく摂理をされるのである。既に、後編第一章で論述したように、堕落人間は、外的な「象徴献祭」をささげた基台の上においてのみ内的な「実体献祭」をささげることができ、ここで成功することによってのみ、更に内的な「メシヤのための基台」をつくり得るのであるが、その理由はここにあるのである。したがって、堕落人間を復帰されるに当たっても、旧約前時代には献祭により「僕の僕」としての立場(創九・25)を、旧約時代には律法により僕の立場(レビ二五・55)を、そして新約時代には信仰によって養子の立場(ロマ八・23)を、成約時代には心情によって真の子女の立場を復帰する、という順序で摂理を運ばれたのである(後編第二章第三節(三)(2))。また科学によって先に外的な社会環境を復帰しながら、続いて宗教を立てて内的な人間の心霊を復帰する摂理をなさる理由もここにある。天使と人間とが創造された順序を見ても、外的な天使長が先で、内的な人間があとであった。したがって、天使と堕落人間を復帰するに当たっても、先に外的な天使世界を立てて摂理なさることによって、人間の肉身を中心とした外的な実体世界を復帰なさり、その後続いて、霊人体を中心とした内的な無形世界を復帰するという順序で摂理をなさるのである。
 
「信仰基台」を復帰する、内的な使命を果たすべきであった法王たちの淪落によって、侵入したサタンを分立して、創造本性を復帰しようとした中世の人々は、その本性の内外両面の追求によって、中世的指導精神をカインとアベルの二つの型の思想の復古運動として分立させたのであった。その第一は、カイン型思想であるヘレニズムの復古運動であり、第二は、アベル型思想であるヘブライズムの復古運動である。ヘレニズムの復古運動は、人本主義の発現である文芸復興を引き起こし、ヘブライズムの復古運動は、神本主義の復活のための宗教改革を引き起こしたのである。では、ヘレニズムとヘブライズムの流れが、どのようにして歴史的に交流され、この時代に至ったのかということを先に調べてみることにしよう。
 紀元前二〇〇〇年代に、エーゲ海のクレタ島を中心としてミノア文明が形成された。この文明はギリシャへ流入し、紀元前十一世紀に至っては、人本主義のヘレニズム(Hellenism)を指導精神とする、カイン型のギリシャ文明圏を形成したのである。これとほぼ同時代に、神本主義のヘブライズム(Hebraism)を指導精神とする、アベル型のヘブライ文明圏を形成したのであるが、このときが、すなわち統一王国時代であった。当時のイスラエルの王が「信仰基台」を立て、人民と共に神殿を奉ずることによってつくられる「実体基台」の上で「メシヤのための基台」を造成し、メシヤを迎えたならば、そのときにヘブライ文明圏はギリシャ文明圏を吸収して、一つの世界的な文明圏を形成したはずであった。しかし、彼らが神のみ意のとおりにその責任分担を遂行しなかったので、このみ旨は成就されなかったのである。それゆえに、彼らはバビロンに捕虜として捕らえられていったが、帰還したのち、紀元前三三三年ギリシャに属国とされたときから、紀元前六三年ギリシャ文明圏にあったローマの属国となり、イエスが降臨なさるまでの期間は、ヘブライズムがヘレニズムの支配を受ける立場にあった時代である。
 前章で既に論述したように、ユダヤ人がイエスを信奉して、彼を中心として一つになったとすれば、当時のローマ帝国は、イエスを中心とするメシヤ王国を実現したはずであった。もし、そのようになったならば、そのときにヘブライズムはヘレニズムを吸収して、一つの世界的なヘブライ文明圏が形成されたはずであった。しかし、ユダヤ人がイエスに反逆してこの目的が成就されなかったので、ヘブライズムはそのままヘレニズムの支配下にとどまっていたのである。しかし、西暦三一三年に至り、コンスタンチヌス大帝がミラノ勅令を下してキリスト教を公認してからは、次第にヘレニズムを克服しはじめ、西暦七〇〇年代に至っては、ギリシャ正教文明圏と西欧文明圏を形成するようになったのである。
 中世社会において、「信仰基台」を復帰すべき中心人物であった法王と国王たちが、もし堕落しなかったとすれば、そのときに「再臨のメシヤのための基台」がつくられ、ヘブライズムはヘレニズムを完全に吸収融合して、世界は一つの文明圏を形成したはずであった。しかし、既に論じたように、彼らの淪落によってヘブライズムを中心とする中世的指導精神がサタンの侵入を受けたので、神はサタン分立の摂理をなさらなければならなかったのである。ゆえに神は、あたかもアダムに侵入したサタンを分立なさるために、アダムをカインとアベルに分立されたように、このときにもその指導精神を二つの思想に再分立する摂理をされたのである。それがすなわち、カイン型のヘレニズムの復古運動と、アベル型のヘブライズムの復古運動であった。そしてこれらはついに、各々文芸復興と宗教改革として現れたのである。
しかるにこの時代は、人本主義を主導理念とする文芸復興が起こるに従って、ヘレニズムがヘブライズムを支配する立場に立つようになったのである。そして、この時代は、メシヤ降臨準備時代において、ユダヤ民族がギリシャの属領となることにより、ヘレニズムがヘブライズムを支配した時代を、実体的な同時性として蕩減復帰する時代となるのである。あたかもカインがアベルに屈伏して、初めてアダムに侵入したサタンを分立させ、メシヤを迎えるための「実体基台」が造成できるように、カイン型であるヘレニズムがアベル型であるヘブライズムに完全に屈伏することによって、初めて中世的指導精神に侵入したサタンを分立させ、再臨主を迎えるための「実体基台」が世界的に造成されるのである。

(一)文芸復興


 中世社会の人々の本性から生ずる外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こし、この運動によって文芸復興が勃興してきたことについては既に論述した。それでは、その本性の外的な追求は何であり、また、どのようにして人間がそれを追求するようになったかを調べてみることにしよう。
 創造原理によれば、人間は、神も干渉できない人間自身の責任分担を、自由意志によって完遂することにより初めて完成されるように創造されたので、人間は本性的に自由を追求するようになる。また、人間は、自由意志によって自分の責任分担を完遂し、神と一体となって個性を完成することにより、人格の絶対的な自主性をもつように創造された。ゆえに、人間は、本性的にその人格の自主性を追求するようになっている。そして、個性を完成した人間は、神から何か特別の啓示を受けなくても、理知と理性によって神のみ旨を悟り、生活するように創造されているので、人間は本性的に理知と理性を追求するようになる。人間はまた、自然界を主管するように創造されたので、科学により、その中に潜んでいる原理を探求して、現実生活の環境を自ら開拓しなければならない。したがって、人間は本性的に自然と現実と科学とを追求するようになるのである。
 
しかるに、中世社会の人々は、その封建制度による社会環境によって彼らの本性が抑圧されていたために、その本性の外的な欲望によって、上に見たような事柄を更に強く追求するようになったのである。また上述のように、中世の人々は十字軍戦争以来、東方から流入してきたヘレニズムの古典を研究するようになったが、ギリシャの古代精神が、すなわち、人間の自由、人格の自主性、理知と理性の尊厳性と、自然を崇拝し、現実に重きをおいて科学を探求することなど、人間の本性の外的な追求によるものであったので、これらがそのまま中世の人々の本性的な欲望に合致して、ヘレニズムの復興運動は激しく勃興し、ついには人本主義が台頭するようになったのである。「ルネッサンス」とは、フランス語で、「再生」または「復興」という意味である。このルネッサンスは、十四世紀ごろから、ヘレニズムに関する古典研究の本場であるイタリアにおいて胎動しはじめた。この人本主義運動は、初めは中世の人々をギリシャの古代に帰らせ、その精神を模倣させようとする運動から始まったが、それが進むにつれて、この運動は古典文化を再生し、中世的社会生活に対しての改革運動に変わり、また、これは単に文化の方面だけにとどまったのではなく、政治、経済、宗教など、社会全般にわたる革新運動へと拡大され、事実上、近代社会を形成する外的な原動力となったのである。このように、人間本性の外的な欲望を追求する時代的な思潮であった人本主義(あるいは人文主義)が、封建社会全般に対する外的な革新運動として展開された現象をルネッサンス(文芸復興)と呼ぶのである。

(二)宗教改革


 中世社会における法王を中心とする復帰摂理は、法王と僧侶の世俗的な堕落によって成就することができなかった。そして上述のように、中世の人々が人本主義を唱えるにつれて、人々は人間の自由を束縛する形式的な宗教儀式と規範とに反抗し、人間の自主性を蹂躙する封建階級制度と法王権に対抗するようになったのである。さらにまた、彼らは人間の理性と理知を無視して、何事でも法王に隷属させなければ解決できないと考える固陋な信仰生活に反発し、自然と現実と科学を無視する遁世的、他界的、禁欲的な信仰態度を排撃するようになった。こうしてついに、中世のキリスト教信徒は法王政治に反抗するようになったのである。
 このようにして、
中世社会の人々がその本性の外的な欲望を追求するにつれて、その反面、抑圧されていた本性の内的な欲望をも追求するようになり、ついには、使徒たちを中心として神のみ旨のみに従った熱烈な初代キリスト教精神への復古を唱えるようになった。これがすなわち、中世におけるヘブライズムの復古運動である。そうして、十四世紀に、英国のオックスフォード大学の神学教授ウィクリフ(Wycliffe 1324〜1384)は聖書を英訳して、信仰の基準を法王や僧侶におくべきでなく、聖書自体におくべきであると主張すると同時に、教会の制度や儀式や規範は聖書に何らの根拠をおくものでもないことを証言して、僧侶の淪落と、その民衆に対する搾取および権力の濫用を痛撃した。
 
このように宗教改革運動は、十字軍戦争によって法王の権威が落ちたのち、十四世紀から既に英国で胎動しはじめ、十五世紀にはイタリアでもこの運動が起こったのであるが、それらはみな失敗に終わり、その中心人物たちは処刑されてしまったのである。その後一五一七年、法王レオ十世が、聖ペテロ寺院の建築基金を募集するために、死後に救いを受ける贖罪の札であると宣伝して免罪符を売るようになると、この弊害に対する反対運動が導火線となって、結局ドイツにおいてウィッテンベルク大学の神学教授であったマルティン・ルター(Martin Luther 1483〜1546)を中心として宗教改革運動が爆発したのであった。この革命運動ののろしは次第に拡大され、フランスではカルヴィン(Calvin 1509〜1564)、スイスではツウィングリ(Zwingli 1484〜1531)を中心として活発に伸展し、イギリス、オランダなどの諸国へと拡大されていったのである。
 
このように、新教運動を中心として起こった国際間の戦いは百余年間も継続してきたが、ドイツを中心として起こった三十年戦争が一六四八年ウェストファリア条約によってついに終結し、ここにおいて新旧両教徒間の戦いに一段落がついたのである。その結果、北欧はゲルマン民族を中心として新教が勝利を得、南欧はラテン民族を中心とする旧教の版図として残るようになったのである。
 この三十年戦争は、ドイツを中心とするプロテスタントとカトリック教徒間に起こった戦いであった。しかし、この戦争は単なる宗教戦争にとどまったのではなく、ドイツ帝国の存廃を決する政治的な内乱でもあった。したがって、この戦争を終結させたウェストファリア講和会議は、新旧両教派に同等の権限を与える宗教会議であると同時に、ドイツ、フランス、スペイン、スウェーデン諸国間の領土問題を解決する政治的な国際会議でもあったのである。


第二節 宗教および思想の闘争期(一六四八〜一七八九)



 この期間は、西暦一六四八年ウェストファリア条約によって新教運動が成功して以後、一七八九年フランス革命が起こるまでの一四〇年期間をいう。文芸復興と宗教改革によって人間本性の内外両面の欲望を追求する道を開拓するようになった近世の人々は、信教と思想の自由から起こる神学および教理の分裂と、哲学の戦いを免れることができなくなっていた。
 
ところで、今まで後編で述べてきたように、復帰摂理は、長い歴史の期間を通じて、個人から世界に至るまでカインとアベルの二つの型の分立摂理によって成し遂げられてきた。したがって、歴史の終末においても、この堕落世界は、カイン型の共産主義世界と、アベル型の民主主義世界に分立されるのである。そして、ちょうど、カインがアベルに従順に屈伏して初めて「実体基台」が成し遂げられるように、このときにもカイン型の世界がアベル型の世界に屈伏して初めて、再臨主を迎えるための世界的な「実体基台」が成就されて、一つの世界を復帰するようになるのである。このように、カインとアベルの二つの型の世界が成り立つには、そのための二つの型の人生観が確立されなければならないが、この二つの型の人生観は、実にこの期間に確立されたのであった。

(一)カイン型の人生観


 人間本性の外的な追求は、ヘレニズムの復古運動を起こして人本主義を生みだした。そして、この人本主義を基盤にして起こった反中世的な文芸復興運動は、神への帰依と宗教的な献身を軽んじ、すべてのことを自然と人間本位のものに代置させたのである。すなわち、神に偏りすぎて自然や人間の肉身を軽視し、それらを罪悪視するまでに至った中世的な人生観から、理性と経験による合理的な批判と実証的な分析を通じて人間と自然を認識することにより、彼らの価値を高める人生観を確立したのである。このような人生観は、自然科学の発達からくる刺激により、人生に対する認識と思惟の方法論において二つの形式をたどるようになった。そしてこれらが近世哲学の二大潮流をつくったのであるが、その一つは演繹法による理性論であり、もう一つは帰納法による経験論である。
 
フランスのデカルト(Descartes 1596〜1650)を祖とする理性論は、すべての真理は人間が生まれながらにもっている理性によってのみ探求されると主張した。彼らは歴史性や伝統を打破して演繹法を根拠とし、「我思う、ゆえに我あり」という命題を立てて、これから演繹することによって初めて外界を肯定しようとしたのである。したがって、彼らは神や世界や自分までも否定する立場に立とうとしたのである。これに対して、イギリスのベーコン(Francis Bacon 1561〜1626)を祖とする経験論は、すべての真理は経験によってのみ探求されると主張した。人間の心はちょうど白紙のようなもので、新しい真理を体得するには、すべての先入観を捨てて実験と観察によって認識しなければならないとしたのである。このように、神から離れて理性を重要視する合理主義思想と、経験に基盤をおく人間中心の現実主義思想は、共に神秘と空想を排撃して、人間生活を合理化しながら現実化し、自然と人間とを神から分離させたのである。
 このような文芸復興は、人文主義から流れてきた二つの思潮に乗って、人間がその内的な性相に従って神の国を復帰しようとするその道を遮り、外的な性向のみに従ってサタンの側に偏る道を開く人生観を生みだした。これが正にカイン型の人生観であった。このカイン型の人生観は、十八世紀に至っては、歴史と伝統を打破して人生のすべてを理性的または現実的にのみ判断し、不合理なもの、非現実的なものを徹底的に排撃し、神を否定する合理的な現実にのみ重きをおくようになったのである。これがすなわち啓蒙思想であった。このような経験論と理性論を主流として発展した啓蒙思想がフランス革命の原動力となったのである。
 
このようなカイン型の人生観の影響を受けて、イギリスではハーバート(Herbert 1583〜1648)を祖とする超越神教(Deism=理神論)が起こった。トマス・アクィナス(Thomas Aquinas 1224〜1274)以来、天啓と理性の調和に基礎をおいて発展した神学に対し、超越神教は単純に、理性を基礎とした神学を立てようとしたのである。彼らの神観は、単純に、神を、人間と宇宙を創造したという一つの意義にのみ局限させようとし、人間において神の啓示や奇跡は必要ないと主張した。
 十九世紀の初め、ドイツのヘーゲル(Hegel 1770〜1831)は十八世紀以後に起こった観念論哲学を大成した。しかし、このヘーゲル哲学も、啓蒙思想を土台としてフランスで起こった無神論と唯物論の影響を受けて、彼に反対するヘーゲル左派の派生をもたらした。このヘーゲル左派は、ヘーゲルの論理を翻し、今日の共産世界をつくった弁証法的唯物論の哲学を体系化したのである。ヘーゲル左派であるシュトラウス(D.F.Strauss 1808〜1874)は『イエス伝』を著述して、聖書に現れた奇跡は後世の捏造であるとして否定し、フォイエルバッハ(Feuerbach 1804〜1872)は彼の『キリスト教の本質』の中で、社会的または経済的与件が宗教発生の原因になると説明した。このような学説が唯物論の基礎を形成したのである。
 マルクス(Marx 1818〜1883)とエンゲルス(Engels 1820〜1895)は、シュトラウスやフォイエルバッハの影響を受けたが、それよりもフランスの社会主義思想から大きな影響を受けて弁証法的唯物論を提唱し、文芸復興以後に芽生えはじめて、啓蒙思潮として発展してきた無神論と唯物論とを集大成するに至った。
その後、カイン型の人生観は一層成熟して、今日の共産主義世界をつくるようになったのである。

(二)アベル型の人生観


 我々は、中世社会から近代社会への歴史の流れを見るとき、それが神や宗教から人間を分離、あるいは独立させる過程であるとのみ考えがちである。これは、どこまでも中世社会人の本性の外的な追求によって起こったカイン型の人生観にのみ立脚して見たからである。しかし、中世の人々の本性的な追求は、このような外的なものにばかりとどまったのではなく、より深く内的なものをも追求するようになったのである。彼らの本性の内的な追求が、ヘブライズムの復古運動を発生せしめることによって宗教改革運動を起こし、この運動によって哲学と宗教は創造本性を指向する立体的な人生観を樹立したのであった。これを我々は、アベル型の人生観という。したがって、カイン型の人生観は、中世の人々を神と信仰から分離、あるいは独立させる方向へ傾かせたが、このアベル型人生観は、彼らをして一層高次的に神の側へ指向するように導いてくれたのである。
 
ドイツのカント(Kant 1724〜1804)は、お互いに対立してきた経験論と理性論を吸収して新たに批判哲学を打ち立て、内外両面を追求する人間本性の欲望を哲学的に分析して、哲学的な面でアベル型の人生観を開拓した。すなわち、我々の多様な感覚は対象の触発によって生ずるが、これだけでは認識の内容を与えるだけで、認識自体は成立し得ない。この認識が成立するためには、多様な内容(これは後天的であり経験的なものである)を一定の関係によって統一する形式がなければならない。その形式がまさしく自分の主観である。ゆえに、思惟する能力、すなわち自己の悟性の自発的な作用により、自己の主観的な形式(これは先天的であり超経験的である)をもって、対象からくる多様な感覚を統合、統一するところに認識が成立するとした。このようにカントは、対象により主観を形成するという従来の模写説を翻して、主観が対象を構成するという学説を提唱したのである。こうしたカントの学説を受け、彼の第一後継者であるフィヒテ(Fichte 1762〜1814)をはじめ、シェリング(Schelling 1775〜1854)、ヘーゲルなどが輩出したが、特にヘーゲルはその弁証法で哲学の新しい面を開拓した。彼らのこのような観念論は、哲学的な面におけるアベル型の人生観を形成したのである。
 宗教界においては、当時の思潮であった合理主義の影響下の宗教界の傾向に反対して、宗教的情熱と内的生命を重要視し、教理と形式よりも神秘的体験に重きをおく、新しい運動が起こるようになった。その代表的なものは第一に敬虔主義(Pietism)で、これはドイツのシュペーネル(Spener 1635〜1705)を中心として起こったが、正統的信仰に従おうとする保守的な傾向が強く、神秘的な体験に重きをおいたのであった。また、この敬虔派の運動がイギリスに波及し、英国民の生活の中に染みこんでいた宗教心と融和して、ウェスレイ(J. Wesley 1703〜1791)兄弟を中心とするメソジスト派(Methodists)を起こすようになったのである。この教派は、沈滞状態に陥っていた当時の英国教会に大きな復興の気運を起こしたのであった。
 また英国には、神秘主義者フォックス(Fox 1624〜1691)を祖とするクェーカー派(Quakers)が生じた。フォックスは、キリストは信徒の霊魂を照らす内的な光である、と主張して、聖霊を受けてキリストと神秘的に結合し、内的光明を体験しなければ聖書の真意を知ることができないと主張した。この教派は、アメリカ大陸でも多くの迫害を受けながら布教を行ったのである。つぎに、スウェーデンボルグ(Swedenborg 1688〜1772)は著名な科学者でありながら霊眼が開け天界の多くの秘密を発表した。彼の発表は、長い間神学界で無視されてきたが、最近に至って霊界に通ずる人が増加するにつれて、次第にその価値が再認識されるようになってきた。このように、アベル型の人生観は成熟して、今日の民主主義世界をつくるようになったのである。


第三節 政治、経済および思想の成熟期(一七八九〜一九一八)



 前の時期において、宗教および思想の闘争はカイン、アベル二つの型の人生観を樹立してきたが、この時期に至ると、この二つの人生観はそれぞれの方向に従って成熟するようになった。そして、それらの思想の成熟につれて、カイン、アベルの二つの世界が形成されていったのである。社会の構造もこの二つの人生観に立脚した社会形態へと整理されて、政治、経済、思想も理想社会へと転換され得る前段階にまで進展した。フランス革命とイギリスの産業革命以後、第一次世界大戦が終わるころまでがこのような摂理期間であったのである。

(一)民主主義


 歴史発展の観点から見た民主主義に関しては既に前章で論述した。しかし、それはどこまでも民主主義が出てくるまでの外的な経緯であった。我々はこのような歴史の発展の中で、いかなる思想の流れに乗って今日の民主主義が出てくるようになったのか、その内的な経緯を調べてみることにしよう。
 
既に後編第四章第七節(二)で論じたように、キリスト王国時代において、法王を中心とした霊的な王国と、国王を中心とした実体の王国とが一つとなり、メシヤ王国のための君主社会をつくって「メシヤのための基台」をつくったならば、そのときに封建時代は終わったはずであった。しかし、この摂理が成し遂げられなかったので、この時代は延長され、政治史と宗教史と経済史とが互いに分立された路程に従って発展するようになったのである。中世封建時代において地方の諸侯たちに分散されていた政治権力は、十字軍戦争以後衰えはじめ、文芸復興と宗教改革を経て、啓蒙期に至っては一層衰微したのであった。十七世紀中葉に至ると、諸侯たちは民族を単位とする統一国家を立てて国王のもとに集中し、中央集権による絶対主義国家(専制主義国家)を形成するようになったのである。この時代は、王権神授説などの影響で、国王に絶対的な権限が賦与されていた専制君主時代であった。この時代が到来するようになった原因を社会的な面から見るならば、それは、第一に、市民階級が国王と結合して、封建階級と対抗するためであり、第二には、経済的な活動において、貿易経済が支配的なものとなったために、封建制度から抜けだした強力な国家の背景を必要とし、また、国民の全体的な福利のために、強力な国家の保護と監督による、重商主義経済政策が要望されるところにあったのである。また、復帰摂理から歴史発展を考えてみると、封建時代以後には、天の側の君主社会が成就されなければならなかったのであるが、この時代には法王と国王とが一つになれなかったので、この社会は完成されず、法王を中心とする社会は(次になさんとする神の側の摂理を)サタンが先に成し遂げていくという型どおりの路程に従って、サタン側の専制君主社会へと転化されたのである。
 
カイン型の人生観を中心とする共産世界と、アベル型の人生観を中心とする民主世界を成し遂げていく復帰摂理の立場から、専制君主社会の帰趨を考察してみることにしよう。中世封建時代は、ヘブライズムとも、ヘレニズムとも、同様に相いれぬ社会であったので、この二つの思想は共同でそれを打ち破り、カイン、アベル二つの型の人生観に立脚した二つの型の社会を樹立したのであった。そのように、専制君主社会も、やはり、宗教改革以後のキリスト教民主主義による信教の自由を束縛したので、それはアベル型人生観の目的達成に反する社会であるとともに、またこの社会は、その中に依然として残っていた封建制度が、無神論者と唯物論者たちが指導する市民階級の発展を遮るものであったので、カイン型人生観の目的達成に反する社会でもあった。ゆえにこの二つの型の人生観は共に、この社会を打破する方向に進み、ついには、カイン、アベル二つの型の民主主義に立脚した共産と民主の二つの型の社会を形成したのである。

(1) カイン型の民主主義

カイン型の民主主義は、フランス革命によって形成された。したがって、この問題を論ずるためには、まずフランス革命について論じなければならない。当時フランスは、カイン型の人生観の影響によって、無神論と唯物論の道へと流れこんだ啓蒙思想が、怒濤のように押し寄せた時代であった。したがって、このような啓蒙思想に染まっていた市民階級は、絶対主義に対する矛盾を自覚するようになり、それに従って、絶対主義社会内にまだ深く根を下ろしている旧制度の残骸を、打破しようとする意識が潮のように高まっていたのである。
 そこで市民たちが、一七八九年、啓蒙思想の横溢により絶対主義社会の封建的支配階級を打破すると同時に、第三階級(市民)の自由平等と解放のために、民主主義を唱えながら起こった革命が、すなわち、フランス革命であった。この革命により、「人権宣言」が公表されることによって、フランスの民主主義は樹立されたのである。しかし、フランス革命による民主主義は、あくまでもカイン型の人生観を立てるために、唯物思想に流れこんだ啓蒙思想が、絶対主義社会を打破しながら出現したものであるから、これをカイン型の民主主義というのである。
ゆえに、啓蒙思想の主要人物たちもそうであったが、フランス革命の思想家ディドロ(Diderot 1713〜1784)や、ダランベール(D、Alembert 1717〜1783)なども無神論、または唯物論系の学者たちであった。この革命のいきさつを見ても分かるように、フランスの民主主義は、個性の自由と平等よりも、全体主義へと転化される傾向性を内包していたのである。このようにカイン型の人生観は啓蒙思想を立ててフランス革命を起こし、カイン型の民主主義を形成した。これが神の側に復帰しようとする人間本性の内的な追求の道を完全に遮り、外的にばかりますます発展し、ドイツでのマルクス主義とロシアでのレーニン主義として体系化されることにより、ついには共産主義世界を形成するに至ったのである。

(2) アベル型の民主主義

イギリスやアメリカで実現された民主主義は、フランス大革命によって実現された民主主義とはその発端から異なっている。後者はカイン型人生観の所産である無神論および唯物論の主唱者たちが、絶対主義社会を打破することによって実現したカイン型の民主主義である。これに対して前者は、アベル型人生観の結実体である熱狂的なキリスト教信徒たちが信教の自由を求めるために絶対主義と戦い、勝利して実現したアベル型の民主主義であったのである。
 
それでは、イギリスやアメリカでは、どのようにしてアベル型の民主主義を樹立したかということを調べてみることにしよう。イギリスでは、チャールズ一世が専制主義と国教を強化することによって、多くの清教徒たちが圧迫を受け、信仰の自由を求めて、ヨーロッパ内の他国、または、新大陸へ移動したのであった。かつてスコットランドでは、宗教的な圧迫を受けた一部の清教徒が国民盟約を決議して国王に反抗した(一六四〇年)。そののちイングランドでは、議会の核心であった清教徒が、クロムウェル(Cromwell 1599〜1658)を中心として清教徒革命を起こしたのである(一六四二年)。そればかりでなく、ジェームズ二世の専制と国教強化が激しくなるに従って、オランダの総督であった彼の婿オレンジ公ウイリアム(William III 1650〜1702)は、一六八八年に軍隊を率い、信仰の自由と民権の擁護のためイギリスに上陸し、無血で王位に上ったのであった。ウイリアムが王位につくや否や、彼は仮議会に上申された「権利の宣言」を承認し、議会の独立的な権利を認定し、のち、この宣言は「権利の章典」として公布され、英国憲法の基本となったのである。この革命は無血で成功したのでこれを名誉革命という。このように、イギリスにおけるこの革命は、外的に見ればもちろん市民階級が貴族、僧侶など大地主階級から政治的な自由と解放を獲得しようとするところにその原因があったけれども、それよりももっと主要な原因は、そのような革命を通じて内的な信仰の自由と解放を求めようとするところにあったのである。
 また、イギリスの専制主義王制のもとで弾圧を受けていた清教徒たちが、信仰の自由を得るためにアメリカの新大陸へ行き、一七七六年に独立国家を設立してアメリカの民主主義を樹立したのであった。このように、英米で樹立された民主主義は、アベル型の人生観を中心として、信仰の自由を求めるために、絶対主義社会を改革しようとする革命によって樹立されたので、これをアベル型の民主主義という。このようにしてアベル型の民主主義は今日の民主主義世界を形成するようになったのである。

(二)三権分立の原理的意義


 三権分立思想は、絶対主義の政治体制によって、国家の権力が特定の個人や機関に集中するのを分散させるために、啓蒙思想派の重鎮であったモンテスキュー(Montesquieu 1689〜1755)によって提唱されたが、これはフランス革命のとき「人権宣言」の宣布によって実現された。しかし元来、この三権分立は、天の側で成し遂げようとした理想社会の構造であって、復帰摂理の全路程がそうであるように、これもまたサタン側で、先に非原理的な原理型として成し遂げたのである。それでは、我々はここで、理想社会の構造がどのようなものであるかを調べてみることにしよう。
 創造原理で明らかにしたように、被造世界は完成した人間一人の構造を基本として創造された。そればかりでなく、完成した人間によって実現される理想社会も、やはり完成した人間一人の構造と機能に似ているようになっているのである。人体のすべての器官が頭脳の命令によって起動するように、理想社会のすべての機関も神からの命令によってのみ営為されなければならない。また、頭脳からくるすべての命令が、脊髄を中心として末梢神経を通じて四肢五体に伝達されるように、神からの命令は、脊髄に該当するキリストと、キリストを中心とする末梢神経に該当する聖徒たちを通じて、社会全体に漏れなく及ばなければならない。そして人体における、脊髄を中心とする末梢神経は、一つの国家の政党に該当するので、理想社会における、政党に該当する役割は、キリストを中心とする聖徒たちが果たすようになっているのである。
 
肺臓と心臓と胃腸が、末梢神経を通じて伝達される頭脳の命令に従って、お互いに衝突することなく円満な授受の作用を維持しているように、この三臓器に該当する理想社会の立法、司法、行政の三機関も、政党に該当するキリストを中心とする信徒たちを通じて伝達される神の命令によって、お互いに原理的な授受の関係を結ばなければならない。人間の四肢が頭脳の命令に従い、人間の生活目的のために活動しているように、四肢に該当する経済機構は、神の命令に従い、理想社会の目的を達成するために実践する方向へと動かなければならない。また、人体において、肝臓が全身のために栄養を貯蔵するように、理想社会においても、常に全体的目的達成のために必要な貯蓄をしなければならないのである。
 
しかしまた、人間の四肢五体が、頭脳と縦的な関係をもち、肢体の間で自動的に横的な関係を結びながら、不可分の有機体をつくっているように、理想社会においても、あらゆる社会の人々が神と縦的な関係を結ぶことによって横的な関係をも結ぶようになるので、喜怒哀楽を共にする一つの有機体をつくるようになるのである。それゆえに、この社会においては、他人を害することが、すなわち自分を害する結果をもたらすことになるので、罪を犯すことができないのである。
 我々はまた、復帰摂理がこの社会構造をどのようなかたちで復帰してきたかということを調べてみよう。西欧における歴史発展の過程を見れば、立法、司法、行政の三権と政党の機能を国王一人が全部担当してきた時代があった。しかし、これが変遷して国王が三権を掌握し、法王を中心とする教会が政党のような使命を担当する時代に変わったのである。この時代の政治制度は、再びフランス革命により、立法、司法、行政の三権に分立され、政党が明白な政治的使命をもつようになり、民主主義立憲政治体制を樹立して、理想社会の制度の形態だけは備えるようになったのである。
 
このように、長い歴史の期間を通じて政治体制が変遷してきたのは、堕落した人間社会が、復帰摂理によって、完成した人間一人の構造と機能に似た理想社会へと復帰されていくからである。このようにして今日の民主主義政体は、三権に分立され、また政党が組織されることによって、ついに人間一人の構造に相似するようになったが、それはあくまでも、復帰されていない堕落人間と同じように、創造本然の機能がまだ発揮されずにいるのである。すなわち、政党は神のみ旨を知っていないのであるから、それは頭脳の命令を伝達することができなくなった脊髄と、それを中心とする末梢神経と同様のものであるといえるのである。すなわち、憲法が神のみ言から成り立っていないので、立法、司法、行政の三機関は、あたかも神経系統が切れて、頭脳からくる命令に感応できなくなった三臓器のように、それらは相互間の調和と秩序を失って、常に対立し、衝突するほかはないのである。
 ゆえに、再臨理想の目的は、イエスが降臨することにより、堕落人間一人の構造に似ている現在の政治体制に完全な中枢神経を結んでやることによって、神のみ旨を中心とした本然の機能を完全に発揮させようとするところにあるのである。

(三)産業革命の意義


 神の創造理想は、単に罪のない社会をつくることだけで成し遂げられるのではない。人間は、万物を主管せよと言われた神の祝福のみ言どおり(創一・28)、被造世界に秘められている原理を探求し、科学を発達させて、幸福な社会環境をつくっていかなければならないのである。既に前編で論じたように、堕落人間の霊肉両面の無知に対する克服は、宗教と科学が各々担当して理想社会を復帰してきたので、歴史の終末には、霊的な無知を完全に除去できるみ言が出なければならないとともに、肉的な無知を完全に除去できる科学が発達して、理想社会を成し遂げ得る前段階の科学社会を建設しなければならないのである。このような神の摂理から見ても英国の産業革命は、どこまでも理想社会の生活環境を復帰するための摂理から起こったものだ、ということを知ることができる。
 
理想社会の経済機構も、完成された人体の構造と同様でなければならないのであるから、前にも述べたとおり、生産と分配と消費は、人体における胃腸と心臓と肺臓のように、有機的な授受の関係をもたなければならない。したがって、生産過剰による破壊的な販路競争とか、偏った分配によって全体的な生活目的を害する蓄積や消費をしてはならないのである。ゆえに、必要かつ十分な生産と、公平にしてしかも過不足のない分配と、全体的な目的のための合理的な消費をしなければならない。
 ところで、産業革命による大量生産は、イギリスをして商品市場と原料供給地としての広大な植民地を急速度に開拓せしめた。そして、
産業革命は理想社会のための外的な環境復帰ばかりでなく、福音伝播のための広範囲な版図をつくって内的な復帰摂理の使命をも果たしたのである。

(四)列国の強化と植民地の分割


 文芸復興以後、カイン、アベルの二つの型に分かれて成熟してきた人生観は、各々二つの型の政治革命を起こし、二つの型の民主主義を樹立した。この二つの型の民主主義は、みなイギリスの産業革命の影響を受けながら急速度に強化され、民主と共産二つの系列の世界を形成していくようになった。
 
すなわち、産業革命に引き続き、飛躍的な科学の発達につれて起こった工業の発達は、生産過剰の経済社会を招来した。そして、過剰な生産品の販路と工業原料の獲得のための新地域の開拓を必要とするようになり、ついに世界列強は、植民地争奪戦を続けながら、急速度に強化されていったのである。このように、カイン、アベル二つの型の人生観の流れと、科学の発展に従って、経済発展は政治的にこの世界を、民主と共産の二つの世界に分立させたのである。

(五)文芸復興に伴う宗教、政治および産業革命


 カイン型であるヘレニズムの反中世的復古運動は、人本主義(Humanism)を生み、文芸復興(Renaissance)を引き起こした。これが、更にサタンの側に発展して、第二の文芸復興思潮といえる啓蒙思想を起こすようになった。この啓蒙思想が一層サタンの側に成熟して、第三の文芸復興思潮といえる唯物史観を生み、共産主義思想を成熟させたのである。
 このように、サタンの側で天の摂理を先に成し遂げていくに従って、宗教、政治、産業各方面においても三次の革命が引き続き生ずるようになった。すなわち、第一次文芸復興に続いて、ルターを中心とする第一次宗教改革があった。第二次文芸復興に続いて、宗教界では、ウェスレイ、フォックス、スウェーデンボルグなどを中心とした新しい霊的運動が、激しい迫害の中で起こったが、これが第二次宗教改革運動であった。ゆえに、第三次文芸復興に続いて、第三次宗教改革運動が起こるということは、歴史発展過程から見て、必至の事実であるといえる。
事実、今日のキリスト教の現実は、その改革を切実に要求しているのである。
 また、政治的な面においても三段階の変革過程があったことを看破することができる。すなわち、第一次文芸復興と第一次宗教改革の影響により、中世封建社会は崩壊に導かれた。第二次文芸復興と第二次宗教改革の影響により、続いて専制君主社会が崩壊に導かれたのである。そして第三次文芸復興による政治革命によって、共産主義社会が成立するに至った。今後は、将来、第三次宗教改革により、天の側の民主世界が理念的にサタンの側の共産世界を屈伏させて、この二つの世界が、必然的に神を中心とする一つの地上天国に統一されなければならないのである。
 一方我々は、宗教と政治の変革に従うところの経済改革も、三段階の過程を経て発展してきたという事実を知ることができる。すなわち、蒸気による工業発達によって第一次産業革命がイギリスにおいて起こり、つづいて、電気とガソリンによる第二次産業革命が先進諸国で起こった。今後は、原子力による第三次産業革命が起こり、これによって理想世界の幸福な社会環境が世界的に建設されるであろう。このメシヤ再降臨準備時代における三次の文芸復興に伴う宗教、政治および産業など三分野にわたる三次の革命は、三段階の発展法則による理想社会実現への必然的過程なのである。


第四節 世 界 大 戦



(一)蕩減復帰摂理から見た世界大戦の原因


 戦争は、いつでも政治、経済、思想などが原因となって起こるようになる。しかし、このようなことはあくまでも外的な原因にすぎないのであって、そこには必ず内的な原因があるということを知らなければならない。これはあたかも人間の行動に内外両面の原因があるのと同様である。すなわち、人間の行動は、当面の現実に対応しようとする外的な自由意志によって決定されるのはもちろんであるが、復帰摂理の目的を指向し、神のみ旨に順応しようとする内的な自由意志によって決定されるものもあるのである。ゆえに、人間の自由意志によって起こる、行動と行動との世界的な衝突が、すなわち世界大戦であるので、ここにも内外両面の原因があるということを知らなければならない。したがって、世界大戦を、政治、経済、思想などその外的な原因を中心として見ただけでは、これに対する摂理的な意義を把握することができないのである。
 それでは、蕩減復帰摂理から見た世界大戦の内的な原因は何なのだろうか。第一に、主権を奪われまいとするサタンの最後の発悪によって、世界大戦が起こるようになるのである。既に上述したように、人間始祖が堕落することによって、元来神が成し遂げようとしてきた原理世界を、サタンが先立って原理型の非原理世界を成し遂げてきたのであり、神はそのあとをついていかれながら、サタン主管下のこの非原理世界を奪い、善の版図を広めることによって、次第に原理世界を復帰する摂理をしてこられたのである。したがって、復帰摂理の路程においては、常に、真なるものが来る前に、偽ものが先に現れるようになる。キリストが来られる前に偽キリストが来るであろうと言われたのは、その代表的な例であるといえる。
 ところで、サタンを中心とする悪主権の歴史は、再臨主が現れることによってその終末を告げ、神を中心とする善主権の歴史に変わるのであるから、そのときにサタンは最後の発悪をするようになる。モーセを中心とする民族的カナン復帰路程において、エジプトを出発しようとするイスラエル選民に対し、サタンはパロに最後の発悪をさせたので、天の側では三大奇跡により彼を打って出発したのである。このように、歴史の終末期においても世界的カナン復帰路程を出発しようとする天の側に対して、サタンが最後の発悪をするので、これを三次にわたって打つのが三次の世界大戦として現れるのである。
 第二に、神の三大祝福を成就した型の世界を、サタンが先に非原理的につくってきたので、これを復帰する世界的な蕩減条件を立てるために世界大戦が起こるのである。神は人間を創造されて、個性を完成すること、子女を繁殖すること、そして、被造世界を主管することなどの三大祝福を人間に与えた(創一・28)。したがって、人間はこの祝福を成就して地上天国を実現しなければならなかったのである。神は人間を創造なさり、このような祝福をされたので、その人間が堕落したからといって、この祝福を破棄することはできない。それゆえに、堕落した人間がサタンを中心として、その祝福された型の非原理世界を先につくっていくのを神は許さないわけにはいかないのである。したがって、人類歴史の終末には、サタンを中心とする個性の完成、サタンを中心とする子女の繁殖、サタンを中心とする被造世界の主管など、三大祝福完成型の非原理世界をつくるようになる。ゆえに神の三大祝福を復帰する世界的な蕩減条件を立てるためには、サタンを中心とするこのような三大祝福完成型の非原理世界を、蘇生、長成、完成の三段階にわたって打つ三次の世界大戦が起こらざるを得ないのである。
 
第三に、イエスの三大試練を世界的に越えるために世界大戦が起こるようになる。イエスの路程は、すなわち信徒たちが歩まなければならない路程であるので、信徒たちはイエスが荒野で受けた三大試練を、個人的に、家庭的に、国家的に、世界的に乗り越えなければならない。このようにして、全人類がイエスのこの三大試練を三次にわたって世界的に越えていくのが、すなわちこの三次にわたる世界大戦なのである。
 
第四に、主権復帰のための世界的な蕩減条件を立てるために、世界大戦が起こるようになる。人間が堕落しないで、成長期間の三段階を経て完成されたならば、神の主権の世界が成就されたはずである。ゆえに、この堕落世界をカイン、アベルの二つの型の世界に分立したのち、アベル型の天の世界がカイン型のサタンの世界を打って、カインがアベルを殺した条件を世界的に蕩減復帰し、神の主権を立てる最後の戦争を遂行しなければならないが、これも三段階を経過しなければならないので、三次の世界大戦が起こるようになるのである。ゆえに、世界大戦は縦的な摂理路程において、主権復帰のためにあったすべての戦いの目的を、横的に蕩減復帰すべき最終的な戦争なのである。

(二)第一次世界大戦


(1) 第一次世界大戦に対する摂理的概要

カイン、アベル二つの型の人生観によって起こったカイン、アベル二つの型の民主主義革命によって、専制君主政体は崩壊した。これに続いて起こった産業革命は、封建主義社会を資本主義社会へと導き、ついには帝国主義社会を迎えるようになったのであった。ゆえに、第一次世界大戦は、政治的な面から見れば、アベル型の民主主義により復帰摂理の目的を指向する民主主義政体と、カイン型の民主主義により復帰摂理の目的に反する全体主義政体との戦争であった。また、経済的な面から見れば、これは、天の側の帝国主義とサタン側の帝国主義との戦争であった。したがって、この大戦は一面、欧米諸国中の先進資本主義国家と後進資本主義国家とが、植民地争奪のために展開した戦争でもあったのである。また、第一次世界大戦を思想的な面から見れば、当時のキリスト教を迫害した回教国家であるトルコ、および、これを支持したドイツやオーストリアなどカイン型の国家群と、主にキリスト教を信奉した米、英、仏などアベル型の国家群との間に展開された戦争であったのである。結論的にいうと、第一次大戦は、アベル型の人生観の目的を実現すべき民主主義が、蘇生的な勝利の基盤を造成する戦争であったのである。

(2) 天の側とサタンの側との区別は何によって決定されるか

天(神)の側とサタンの側との区別は神の復帰摂理の方向を基準として決定される。神の復帰摂理の方向と同じ方向を取るか、あるいは間接的でもこの方向に同調する立場をとるときこれを天の側といい、これと反対になる立場をサタンの側という。ゆえに、天の側であるとかサタンの側であるというのは、我々の常識や良心による判断と必ずしも一致するものとはいえないのである。モーセがエジプト人を殺したという事実は、神の摂理を知らない人はだれでも悪だと言うであろう。しかし、復帰摂理の立場で見ればそれは善であった。そればかりでなく、イスラエル民族が何の理由もなくカナンの地へ侵入して数多くの異邦人を全滅させたという事実も、神の摂理を知らない立場から見れば悪であるといわざるを得ない。しかし、これもやはり、復帰摂理の立場から見れば善であったのである。カナン民族の中に、イスラエル民族よりもっと良心的な人がいたとしても、当時の彼らはみな一律にサタンの側であり、イスラエルは一律に天の側であったからである。
 なお一歩進んで、この例を宗教面において挙げてみよう。すべての宗教はその目的が等しく善にあるので、それはみな天の側である。しかし、ある宗教が、使命的に見て一層天の側に近い宗教の行く道を妨害するときには、その宗教はサタンの側に属するようになる。また、各宗教は各々時代的な使命をもっているので、ある宗教がその使命期を過ぎたのちまでも、次の時代の新しい使命を担当して現れた宗教の行く道に障害となる立場に立つとき、その宗教はサタン側になるのである。例えばイエスが現れる前には、ユダヤ教やその民族はみな天の側であった。しかし彼らが、ユダヤ教の目的を達成するために新しい使命をもってこられたイエスを迫害するようになったときには、彼らがいくら過去に神をよく信奉してきたとしても、イエスを迫害したその日からサタン側とならざるを得なかったのである。
 近世以後においては、アベル型の人生観の系統はみな天の側であり、カイン型の人生観の系統はみなサタンの側である。このような意味において唯物論者はカイン型の人生観の結実であるので、人間的に見るといくら良心的で他人のために献身していても、彼らはサタンの側である。したがって、共産世界はサタン側の世界となるのである。これに反して、信仰の自由が許されている民主世界は、アベル型の人生観として存立する世界であるから天の側である。
 
前編で既に論じたように、キリスト教はすべての宗教の目的を達成するための最終的な使命をもって、中心宗教に立てられているので、復帰摂理の立場から見れば、この摂理の目的を指向するキリスト教の行く道を妨害するものは、何でもサタン側になるのである。したがって、キリスト教を迫害するとか、または、その発展を直接、あるいは間接的に妨害する国家は、みなサタン側になる。ゆえに、第一次世界大戦において、米、英、仏、露など、連合国側の主動国家はキリスト教国家であるばかりでなく、回教国であるトルコ内で迫害を受けていたキリスト教徒を解放させようとした国家であるので、みな天の側になり、ドイツやオーストリアなど同盟国側の主動国家は、キリスト教を迫害する回教国家であったトルコを支持したので、それらの国家はみなトルコと共にサタン側となったのである。

(3) 復帰摂理から見た第一次世界大戦の原因

復帰摂理から見て、第一次世界大戦が起こるようになった内的な原因の第一は、神の三大祝福を復帰する蘇生的な蕩減条件を世界的に立てようとするところにあった。既に明らかにしたように、サタンは、神がアダムを中心として成し遂げようとした世界と類似した型の世界を先につくってきたので、歴史の終末に至っては、一時は必ずサタン側のアダム型の人物を中心として、三大祝福の蘇生級完成型の非原理世界が現れるようになる。したがって、天の側ではこの世界を打って、神を中心としてその祝福を完成した原理世界を復帰する蘇生的な蕩減条件を、世界的に探して立てなければならない。このような目的のため、第一次世界大戦が起こるようになったのである。
 ゆえに、第一次世界大戦を挑発したドイツのカイゼル(ウイリアム二世)は、サタン側のアダムの蘇生級個性完成型の人物として、汎ゲルマン主義を主唱して子女繁殖の型をつくり、世界制覇の政策を立てて万物主管の型を成し遂げ、サタンを中心とする三大祝福の蘇生級完成型の非原理世界を達成したのである。したがって、天の側がこのようなサタン側を打って勝利して、神を中心とする三大祝福を完成した世界を復帰する蘇生的な蕩減条件を世界的に立てるために、第一次世界大戦は起こらざるを得なかったのである。
 
第二に、イエスに対するサタンの第一次試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために、第一次世界大戦がなければならない。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第一次大戦に勝利し神の第一祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならなかった。なぜならば、イエスが荒野で第一次試練に勝利して、石で表示されたイエス自身を取り戻して個性復帰の基台を造成したように、天の側では第一次世界大戦に勝利することによって、サタン側の世界とその中心を滅ぼし、その反面、天の側の世界を立てて、その中心たる再臨主の誕生を迎え、個性復帰のための基台をつくらなければならなかったからである。
 
第三に、主権復帰の蘇生的な基台を造成するために第一次世界大戦がなければならない。我々は既に後編第四章第七節(二)(6)において、専制主義社会を打破して神の主権を復帰するための最終的な政体として、民主主義政体が出てくるようになったと論じたが、結果として現れた事実が物語っているように、第一次大戦で天の側の国家が勝利し、政治版図を拡大させて、世界をキリスト教化した。また、天の側の、広範囲で確固とした政治および経済の基台を造成して、民主主義の蘇生的な基台を確立すると同時に、天の側の主権復帰の蘇生的な基台をつくらなければならなかったのである。

(4) 復帰摂理から見た第一次世界大戦の結果

第一次世界大戦で天の側が勝利することにより、神の三大祝福を世界的に復帰するための蘇生的な蕩減条件を立てるようになった。イエスに対するサタンの試練を世界的に越える立場から見れば、神の第一祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立て、ここで民主主義が蘇生的な勝利を得るようになり、天の側の主権復帰の蘇生的な基台を造成したのである。また、サタン側の世界と、その世界の王として君臨したカイゼルが敗北した反面に、天の側の世界の蘇生的な勝利の基台が立てられ、天の側の世界の王として来られる再臨主の誕生される基台が造成されたのである。またこれに続いて、サタン側の再臨主の象徴型であるスターリンを中心とする共産世界がつくられるようになった。なぜならば再臨主は、共生共栄共義主義の地上天国理想をもって降臨される方であるので、サタン側では天の側のこのような摂理をそれに先んじて達成するために、サタン側の再臨主型の人物を中心として地上天国型の世界を成し遂げようとしたからであった。ゆえに、第一次世界大戦においては、天の側の勝利によってメシヤ再降臨の基台が造成され、そのときから再臨摂理の蘇生期が始まったのである。

(三)第二次世界大戦


(1) 第二次世界大戦に対する摂理的概要

既に中世以後の歴史において見てきたように、民主主義の根本精神は、アベル型の人生観の目的を実現しようとするところにある。民主主義は人間本性の内外両面の性向に従い、必然的に創造理想の世界を追求するようになる。ゆえに、第二次世界大戦は、第一次大戦によって得た蘇生的な勝利の基台の上に立つ民主主義が、人間本性の指向する道をふさぐ全体主義と戦って、長成的な勝利の基盤を造成する戦争であったのである。

(2) 全体主義とは何か

一九三〇年代において、経済恐慌が世界的に押し寄せてきたとき、特にこの逆境を克服し難い、孤立した環境に立たせられた独、日、伊などの国家は、その難局を打開する道を全体主義の中に求めようとしたのである。それでは、全体主義とは何であろうか。全体主義とは、近代国家の民主主義政治思想の根本である人間の個性に対する尊重と、言論、出版、集会、結社の自由、そして国家に対する基本的な人権および議会制度などを否定し、民族国家の「全体」だけを究極の実在として見ることにより、個人や団体は民族国家全体の存立と発展のためにのみ存在しなければならないと主張する政治理念である。ゆえに、この制度のもとにおける自由は、個人が主張し享受できる権利ではなく、全体の前にささげなければならない一つの義務であり、また犠牲として定義されるのである。全体主義の指導原理は、すべての権威を多数におくのではなく、ただ一人の支配者におき、そしてその支配者の意志をもって国家民族の理念とするのである。この指導理念による全体主義政治体制の実例を挙げれば、イタリアにおけるムッソリーニ、ドイツにおけるヒットラー、日本における軍閥による独裁政体が各々それに該当するといえる。

(3) 第二次世界大戦における天の側国家とサタン側国家

第二次世界大戦は、民主主義によって結託した米、英、仏の天の側国家と、全体主義によって結託した独、日、伊のサタン側国家との対戦であった。それでは、どうして前者は天の側であり後者はサタン側なのであろうか。前者はアベル型の人生観を中心として、復帰摂理の最終段階の政治理念として立てられた民主主義を根本理念とする国家であるから天の側である。後者はその政治理念がカイン型の人生観を中心としており、反民主主義的な全体主義国家であるゆえにサタン側である。また、前者はキリスト教を支持する国であり、後者は反キリスト教的な立場に立った国家であるので、各々天の側とサタン側とに区別されたのである。
 
その内容をもう少し明らかにしてみよう。当時代において枢軸国の中心であったドイツは、人間の基本的な自由を剥奪し、その思想統制は宗教分野にまで及んだのである。すなわち、ヒットラーはローマ法王とは別途に協約を結び、厳重なゲルマンの原始的宗教思想を導入して民族的宗教を創設したのち、全国の主教のもとにすべての新教を統轄しようとしたので、新教はもちろん、旧教までもこれに強力な反対運動をしたのである。そればかりでなく、ヒットラーは六〇〇万のユダヤ人を虐殺した。また大戦当時の日本の軍閥は、韓国の各教会に神道の神棚を強制的に設置させ、キリスト教信徒たちを強制的に引っ張りだして日本の神社に参拝させ、これに応じない信徒たちを投獄、殺傷した。特に日本の束縛を避け、自由を求めて満州に移民した韓国のキリスト教信徒たちを至る所で集団虐殺したのである。このように大戦末期に至りながら、彼らが強行した韓国キリスト教の抹殺政策は実に極悪なものであった。さらに、イタリアはサタン側に立ったドイツと一つになって枢軸国家となり、ムッソリーニは国民思想を統合するために、故意に旧教を国教とすることによって、神の復帰摂理に逆行する道を歩いた。これらのことを根拠として、当時の独、日、伊は共にサタン側の国家であると規定されるのである。

(4) 天の側とサタン側が各々三大国に対立した理由

詳細は次の項で論述するが、第二次世界大戦は、イエスを中心として成し遂げようとしながらできなかった神の三大祝福を復帰する長成的な蕩減条件を、世界的に探し立てるために起こったのである。ところが、元来神の三大祝福が完成されなかったのは、アダム、エバ、天使長の三存在が堕落してしまったからであった。ゆえに、三大祝福の復帰にも、それらを蕩減復帰するための三存在の関与が必要であったので、後のアダムとして来られたイエスと、エバの神性をもって来られた聖霊(前編第七章第四節(一))と天使の三存在が一つになって初めて霊的救いの摂理を成し遂げ、神の三大祝福を霊的に復帰することができたのである。したがって、イエスを中心とする三大祝福を復帰するための、長成的な蕩減条件を、世界的に立てるべき第二次世界大戦も、アダム、エバ、天使を象徴する天の側の国家が中心となり、同一の型を備えたサタン側の国家と戦って勝利し、それを蕩減復帰する条件を立てなければならない。ゆえに、これを知っているサタンは、この摂理に先立って、サタン側のアダム、エバ、天使型の国家を先に団結させ、天の側のそのような型の国々に向かって攻勢をかけさせたのである。
 アメリカは男性国家として天の側のアダムを、イギリスは女性国家として天の側のエバを、フランスは中間的な国家として天の側の天使長を各々象徴し、ドイツは男性国家としてサタン側のアダムを、日本は女性国家としてサタン側のエバを、イタリアは中間的な国家としてサタン側の天使長を各々象徴したのである。
第一次世界大戦においての米、英、仏と、ドイツ、オーストリア、トルコも、やはり各々このような類型に編成された、蘇生的な象徴型としての天の側とサタン側の国々であったのである。
 
それでは、第二次大戦において、サタン側の国家であるソ連はなぜ天の側に加担するようになったのだろうか。法王を中心とする西欧の中世社会が復帰摂理の目的を達成できない立場に立ったとき、神はこれをカインとアベルの二つの型の人生観の世界に分立して、共産と民主の二つの世界を成し遂げていく摂理をなさらなければならなくなっていた。ところが、封建社会や専制君主社会や帝国主義社会は、みなこのような摂理を成し遂げようとする天の側の行く道を妨げると同時に、サタン側が行く究極の道をも遮ることになるので、天の側とサタン側とが手を組んでそれらの社会を打破するようになったのである。復帰摂理は時代の流れに従って発展する。したがって、神の復帰摂理を先に達成していく非原理世界も、時代の流れに従ってサタンの目的を指向し発展せざるを得なくなる。ゆえに、サタン世界においても、古びた社会は進歩的な社会をつくるのに障害となるので、それを清算する戦いをするようになるのである。
 このような歴史的な趨勢からして、第二次世界大戦における全体主義は、天の側においてそうであるように、サタン側が行く道においてもまた、やはり障害となったのである。しかるに神は、サタン側が共産主義世界をつくることを、蕩減復帰摂理上、一時的にではあっても許容されなければならなかったので、ソ連が天の側国家と協力して全体主義国家を打倒することにより、共産世界が速やかにそれなりの結実をするようにされたのである。しかし第二次世界大戦が終わるや否や、民主と共産の二つの世界は、水と油のように、はっきり分かれるようになったのであった。

(5) 復帰摂理から見た第二次世界大戦の原因

復帰摂理から見て、第二次世界大戦が起こるようになった内的な原因の第一は、神の三大祝福を復帰する長成的な蕩減条件を世界的に立てようとするところにあった。神はアダムが堕落したことにより、第二次に、後のアダムであるイエスを遣わし、彼を中心として神の三大祝福を完成した世界を復帰なさろうとしたのである。しかしイエスはユダヤ人の不信により十字架で亡くなられたので、これはただ霊的にのみ成就されるにとどまった。またサタンは、イエスが成し遂げようとされた世界と類似した型の世界を先につくっていこうとするので、歴史の終末に至っては、必ずサタン側のイエス型の人物を中心として、三大祝福の長成級完成型の非原理世界がつくられるのである。したがって、この世界を打って、神を中心としてその祝福を完成した原理世界へ復帰する、長成的な蕩減条件を世界的に立てなければならない。このような目的のために第二次世界大戦が起こるようになったのである。
 このサタン側のイエス型の人物がすなわちヒットラーであった。ゆえにヒットラーは、その思想とか、独身生活とか、彼の悲惨な死とか、また行方不明になった彼の死体などすべての面において、み旨とは方向が反対であるというだけで、その他の点においては、イエスと類似する面を多くもっていたのである。したがって、第二次世界大戦を挑発したドイツのヒットラーは、サタン側のアダムの長成級個性完成型の人物として、汎ゲルマン主義を強化することによって子女繁殖の型を成し遂げ、世界制覇の政策を樹立して万物主管の型を実現し、サタンを中心とする三大祝福の長成級完成型の非原理世界をつくったのである。ここにおいて天の側は、第二次世界大戦に勝利することによって、三大祝福を完成した世界を復帰する長成的な蕩減条件を世界的に立てなければならなかったのである。
 
第二に、イエスに対するサタンの第二の試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために第二次世界大戦がくるようになる。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第二次大戦で勝利して、神の第二祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならなかった。なぜならば、イエスが荒野で第二の試練に勝利して子女復帰の基台を造成されたように、天の側の世界が第二次大戦に勝利することによって、民主主義の長成的な基台を造成し、天の側の人間たちが天の世界的な基盤をつくらなければならなかったからである。
 
第三に、主権復帰の長成的な基台を造成するために第二次世界大戦が起こるようになったのである。第一次大戦において天の側が勝利することにより、民主主義世界は蘇生的な基盤をもつようになったが、それと呼応してカイン型の世界をつくってきたサタン側でも、第一次大戦が終わるや否や、帝国主義を克服して共産主義世界の蘇生的な基盤を達成した。ゆえに、第二次大戦では、その結果として現れた事実が物語っているように、民主と共産の二つの世界を完全に分離させ、各々その長成的な基盤をつくるようにしなければならなかった。民主主義世界がその長成的な基盤をつくるようになるに従って、天の側の主権復帰はその長成的な基台を造成するようになるのである。

(6) 復帰摂理から見た第二次世界大戦の結果

第二次世界大戦が天の側の勝利に終わったので、神の三大祝福を世界的に復帰するための長成的な蕩減条件を立てることができた。イエスに対するサタンの試練を世界的に越える立場から見れば、神の第二祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立て、また民主主義世界が長成的な基盤をつくって、主権復帰の長成的な基台を造成するようになったのである。
 
また、蕩減復帰の原理から見て、サタン側のイエス型の人物であるヒットラーとその国が滅び、サタン側の再臨主型の人物であるスターリンを中心とする共産世界が世界的な基盤をもって現れるようになったのは、復活されたイエスを中心として霊的な王国を建設していった時代は過ぎ、再臨されるイエスを中心として、新しい天と新しい地(黙二一・1〜7)を建設するときになったことを見せてくれたのである。
 このように、第二次大戦が終わったあとからは再臨摂理の長成期に入るので、多くの信徒たちがイエス再臨に関する啓示を受け、神霊の業(役事)が世界的に起こるようになるのである。
これに従って、あらゆる既成宗教は一層混乱し分裂して世俗的に流れ、宗教的生命を失うようになる。これは、最終的な新しい真理により、すべての宗教を一つに統一するための終局的な摂理によって生ずる一つの終末的な現象なのである。

(四)第三次世界大戦


(1) 第三次世界大戦は必然的に起こるのであろうか

神は、元来、人間始祖を創造されて、彼に世界を主管せよと祝福されたので(創一・28)、サタンが堕落した人間を中心として先にこの祝福を完成した型の非原理世界をつくっていくのを許さなければならなかった。その反面、神は復帰摂理によってそのあとについていきながら、それを天の側へ奪ってくる摂理をしてこられたことは、我々がよく知っている事実である。ゆえに、人類歴史の終末には、サタン側も天の側もみな世界を主管するところまで行かなければならないので、民主と共産の二つの世界が両立するようになる。そして、この二つの世界の最終的な分立と統合のために世界大戦が起こるようになるのである。このように、第一次、第二次の大戦は、世界を民主と共産の二つの世界に分立するための戦いであり、このつぎには、この分立された二つの世界を統一するための戦いがなければならないが、これがすなわち第三次世界大戦なのである。第三次世界大戦は必ずなければならないが、その戦いには二つの道がある。
 
第一は、武器でサタン側を屈伏させて統一する道である。しかし、統一されたのちにきたるべき理想世界は、全人類が共に喜ぶ世界でなければならないので、この世界は、敵を武器で外的に屈伏させるだけでは決して実現できない。ゆえに、彼らを再び内的にも屈伏させて衷心から喜べるようにしなければならない。そのためには、人間の本性的な欲求を満足させる完全無欠な理念がなくてはならないのである。またこの戦いの第二の道は、武器による外的な戦いをしないで全面的に理念による内的な戦いで、直ちにサタン世界を屈伏させて統一する道である。人間は理性的な存在であるから、結局理性で屈伏し、理性によって一つになるのでなければ、完全な一つの世界となることはできないのである。この二つの戦いの中で、いずれの道によって一つの理想世界が成し遂げられるかは人間の責任分担の遂行いかんによって決定される問題である。それでは、この道に必要な新しい世界の理念はどこから現れるのだろうか。
 
人類を一つの理想世界へと導くことのできる理念が、カイン型の人生観で立てられた共産主義世界から出てくるはずは絶対にない。なぜなら、カイン型の人生観は人間本性の内的な性向の伸長を遮っているからである。ゆえに、この理念は必ずアベル型の人生観で立てられた民主主義世界から出てこなければならないが、しかし、我々がこれまでに知っている民主主義世界のいかなる既存理念も、共産主義の理念を屈伏させることができないということは、既に歴史的に証明されている事実である。したがって、この理念は必ず民主主義世界から、新しく登場してこなければならないのである。新しい理念が出てくるためには新しい真理が出なければならないが、この新しい真理がすなわちアベル型の人生観の根本であり、したがって、民主主義の根本となることはもちろんである。今まで、時代の流れに従って、より新しい真理を探求してきた歴史発展過程がそうであったように、このような新しい真理が出てくると、多くの人間が、今まで真理であると信じてきた古いものと互いに衝突するようになるので、今日の民主主義世界そのものも、再びカイン、アベルの二つの立場に分立されてお互いに争うようになるであろう。しかし、この新しい真理が民主主義世界で勝利の基盤をもつようになり、更に進んでは共産主義の理念を屈伏させることによって、ついに一つの真理による一つの世界が成し遂げられるのである。
 神がこの新しい真理を下さって、全人類を一つの理念に統合させようとなさる摂理をサタンが先に知り、自分を中心として人類を統合させようと、偽りのものを真であるかのように説いたサタン側の真理がすなわち弁証法的唯物論である。弁証法的唯物論は理論的な根拠を立てて霊的な存在を抹殺しようとする。このような唯物論の立場から神は存在しないということを証拠立てようとしたが、結果的にはサタン自身も存在しないという論理を自らも被らざるを得ず、自繩自縛となり自滅の境地に自ら落ちこんでしまったのである。
なお、サタンは歴史の終末をよく知っているので自分が滅亡することもよく知っている。したがって、結局はサタン自身も尊ばれないときが必ずくることを想定していながら、自分の犠牲を覚悟して神を否定したのがすなわち弁証法的唯物論なのである。ゆえに、民主主義世界でその理論を屈伏させる真理を出さない限り、天の側はいつまでもサタンの理論的な攻勢を免れる道がないのである。ここに、天の側で新しい完成的な真理を宣布しなければならない復帰摂理史的な根拠があるのである。

(2) 第三次世界大戦に対する摂理的概要

第三次大戦は、復帰摂理が始められてからこのかた最終的に、民主世界によって共産世界を屈伏させ、理想世界を復帰させようとする戦争である。復帰摂理の観点から見れば、第一次大戦までは、天の側の世界では、植民地を世界的に確保して復帰摂理のための政治と経済の版図を拡大することにより、民主主義の蘇生的な基台を立て、第二次大戦では、民主主義の長成的な基台を世界的に樹立して民主主義の版図を強固にした。第三次大戦によっては、新しい真理により完全なアベル型の人生観を立てて民主世界の完成的な基台を造成しなければならず、この基台の上で全人類を一つの世界へと導いていかなければならないのである。ゆえに第三次世界大戦は、復帰摂理の歴史の路程で、三段階まで延長しながら天のみ旨を立てようとしつつも、サタンに奪われてきたすべてのものを、歴史の終末期に至って、天の側で横的に蕩減復帰する最終的な戦争なのである。

(3) 復帰摂理から見た第三次世界大戦の原因

上述のように、第三次大戦が武力によって終結されるべきか、あるいは理念の戦いで終わるべきかということは、ただ、神の摂理に仕える人間自身の責任分担の遂行いかんによって決定される問題であるが、とにかくどのような道であるにもせよ、世界的な戦いが必ずもう一度なければならないということだけは確かである。
 それでは、復帰摂理から見て、第三次世界大戦が起こるようになる内的な原因は何だろうか。第一に、神の三大祝福を復帰する完成的な蕩減条件を世界的に立てるためである。
ユダヤ人たちの不信仰によって、イエスを中心とする復帰摂理は結局霊的に成し遂げられただけであったので、イエスは再び地上に再臨して神の三大祝福を完成した世界を霊肉共に復帰なさらなければならない。ゆえに、サタンはまた、イエスが再臨されて達成すべき世界と類似した型の非原理世界を先につくっていくようになる。したがって、歴史の終末には、必ずサタン側の再臨主型の人物を中心として三大祝福を復帰した型の非原理世界がつくられるようになるのである。ゆえに、天の側では、サタンを中心とする世界を打って、神を中心として三大祝福を完成した世界を復帰する完成的な蕩減条件を世界的に立てなければならない。このような目的のために、第三次世界大戦が起こらなければならなくなるのである。
 そのサタン側の再臨主型の人物が正にスターリンであった。したがって、スターリンはサタン側の個性完成型の人物として民主世界に対抗し、農漁民、労働者の大同団結を主唱して子女繁殖の型を成し遂げ、世界赤化の政策を樹立して万物主管の型を実現し、三大祝福を完成した型の共産世界をつくったのである。
ゆえに、共産主義世界は、将来きたるべき神を中心とする共生共栄共義主義世界を、サタンが先に成し遂げた、非原理世界であるということを我々は知らなければならないのである。
 第二に、イエスに対するサタンの第三次試練を、天の側の地上人をして世界的に越えさせるために第三次大戦がくるようになる。ゆえに、イエスが受けた試練を中心として見れば、天の側では第三次大戦で勝利することによって、神の第三祝福を世界的に復帰できる蕩減条件を立てなければならない。なぜなら、イエスが荒野で第三次試練に勝利して万物に対する主管性復帰の基台を造成したように、天の側が第三次大戦で勝利することによって、被造世界全体に対する人間の主管性を復帰しなければならないからである。
 
第三に、主権復帰の完成的な基台を造成するために第三次大戦が起こらなければならない。それは、天の側で第三次大戦に勝利して共産主義世界を壊滅させ、すべての主権を神の前に取り戻して天宙主義の理想世界を実現しなければならないからである。

(4) 復帰摂理から見た第三次世界大戦の結果

かつて神は、アダム家庭でカインとアベルを立てて復帰摂理を完成なさろうとした。しかし、カインがアベルを殺すことによって人類罪悪歴史が始まったので、これを蕩減復帰なさるための善悪の分立摂理は、個人的なものから始まり、家庭、氏族、社会、民族、国家的なものを経て、世界的なものへとその範囲を広めてこられたのである。神は、復帰摂理の最終的摂理である三次の大戦に勝利することによって、三段階まで延長を繰り返してきた摂理路程の全体を蕩減復帰なさろうとするのである。最初に人間始祖は、サタンの誘惑の言葉に引きずられていったことにより、神に対する心情を失うようになった。このようにして人間は、内的な霊的堕落と外的な肉的堕落によりサタンの血統を受け継いだのである。ゆえに復帰摂理は、堕落人間が神の命のみ言により、神に対する心情を復帰して霊肉共に救いを受け、神の血統を再び受け継いで完成されるのである(後編第二章第三節(三)(2)参照)。
 三次にわたる世界大戦における天の側の勝利は、このような復帰摂理のすべての基台を完全に蕩減復帰して、人間が堕落してからのちの悠久なる歴史の期間を通じて、神が完成させようとされてきた創造本然の理想世界を実現していくようになるのである。

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再臨論

第六章 再  臨  論





 イエスは、再臨するということを明確に言われた(マタイ一六・27)。しかし、その日とそのときは、天使もイエスもだれも知らないと言われた(マタイ二四・36)。それゆえ、今までイエスがいつ、どのようにして、どこに来られるかということに関しては、それについて知ろうとすることそれ自体が無謀なことのように考えられてきた。
 しかしながら、イエスが繰り返し、「ただ父だけが知っておられる」と言われた事実や、アモス書三章7節
において、「まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事をもなされない」と言われたみ言などを総合して考えると、その日、そのときを知っておられる神は、イエスの再臨に関するあらゆる秘密を、必ず、ある預言者に知らせてから摂理されるであろうということを、知ることができる。
 
それゆえ、イエスは、一方では、「もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう」(黙三・3)と言われながら、その反面においては、テサロニケⅠ・五章4節にあるごとく、光の中にいる人には、盗人のように不意に襲うことはないであろうとも言われているのである。イエスの初臨の際に起こったことを見ても、イエスは、暗闇の中にいた祭司長たちや律法学者たちに対しては、事実、盗人のように来られたが、光の中にいた洗礼ヨハネの家庭には、イエスの誕生に関することが前もって知らされたし、また、彼が誕生したときには、東方の博士たち(マタイ二・1、2)、シメオン、アンナ、羊飼いたちには、その事実を知らせてくださったのである。そしてまた、ルカ福音書二一章34節から36節にかけて、その再臨の日が、不意にわなのようにあなた方を捕らえるであろうから、絶えず祈りをもってその惑わしを避け、主の前に立つことができるようにしなさいと言われていることを見ても、光の中にいる信徒たちには、その再臨の日のために準備することができるように、あらかじめそのことを知らせてくださることは明らかである。
 復帰摂理路程に現れた例から見ても、神はノアの審判のときや、ソドムとゴモラを滅ぼされるとき、あるいは、メシヤの降臨のときにおいても、常にその事実を預言者たちにあらかじめ知らせてから摂理されたのであった。
したがって、神は、イエスの再臨に関しても、終末のときには神の霊をすべての人に注ぐと約束されたように(使徒二・17)、光の中にいるすべての信徒たちを通じて、耳と目とをもっている人たちには、必ず見ることができ、聞くことができるように、啓示してくださることは明らかである。


第一節 イエスはいつ再臨されるか



 イエスが再臨されるときのことを、我々は終末という。ところで、現代がすなわち終末であるということに関しては、既に前編の人類歴史の終末論において明らかにした。したがって、我々は、現代がとりもなおさず、イエスの再臨なさるときであるということを知ることができるのである。ところで、復帰摂理歴史から見れば、イエスは、蕩減復帰摂理時代(旧約時代)の二〇〇〇年を経たのちに降臨されたのである。それゆえ、蕩減復帰の原則から見れば、前時代を実体的な同時性をもって蕩減復帰する再蕩減復帰摂理時代(新約時代)の二〇〇〇年が終わるころに、イエスが再臨されるであろうということを、我々は知ることができるのである。
 
さらに、第一次世界大戦に関する項目のところで詳しく説明したように、第一次大戦でドイツが敗戦することにより、サタン側のアダム型の人物であるカイゼルが滅び、サタン側の再臨主型の人物であるスターリンが共産主義世界をつくったということは、イエスが再臨されて共生共栄共義主義を蕩減復帰されるということを、前もって見せてくださったのである。したがって、我々は、第一次世界大戦が終了したあとから再臨期が始まったと見なければならないのである。


第二節 イエスはいかに再臨されるか



(一)聖書を見る観点


 神は、時ならぬ時に、時のことを暗示して、いかなる時代のいかなる環境にある人でも、自由にその知能と心霊の程度に応じて、神の摂理に対応する時代的な要求を悟るようにさせるため、すべての天倫に関する重要な問題を、象徴と比喩とをもって教示してこられたのである(ヨハネ一六・25)。それゆえ、聖書は、各々その程度の差はあるが、それを解釈する者に、みな相異なる観点を立てさせるような結果をもたらすのである。教派が分裂していくその主要な原因は、実にここにある。ゆえに、聖書を解釈するに当たっては、その観点をどこにおくかということが、最も重要な問題であるといわなければならない。
 
洗礼ヨハネに関する問題が、その一つの良い例となるのであるが、我々は、イエス以後二〇〇〇年間も、洗礼ヨハネがその責任を完遂したという先入観をもって聖書を読んできたので、聖書もそのように見えたのであった。ところが、それと反対の立場から聖書を再び詳しく調べてみることによって、洗礼ヨハネは、その責任を完遂できなかったという事実が明らかにされたのである(前編第四章第二節(三))。このように、我々は今日に至るまで、聖書の文字のみにとらわれ、イエスが雲に乗って来られると断定する立場から聖書を読んできたので、聖書もそのように見えたのである。しかし、イエスが雲に乗って来られるということは、現代人の知性をもってしては、到底理解できない事実であるから、我々は、聖書の文字が物語っている、その真の意味を把握するために、従来とは異なる角度で、もう一度、聖書を詳しく調べてみる必要があるのである。
 
我々は、聖書の洗礼ヨハネに関する部分から、また一つの新しい観点を発見した。預言者マラキは、メシヤ降臨に先立って、既に昇天したエリヤがまず来るであろうと預言したのであった(マラキ四・5)。したがって、イエス当時のユダヤ人たちは、昇天したエリヤその人が再臨するものと思っていたから、当然エリヤは天より降りてくるであろうと信じ、その日を切望していたのである。ところが、意外にもザカリヤの息子として生まれてきた(ルカ一・13)洗礼ヨハネを指して、イエスは、彼こそがエリヤであると、明らかに言われたのである(マタイ一一・14)。我々はここにおいて、エリヤの再臨が、当時のユダヤ人たちが信じていたように、彼が天から降りてくることによってなされたのではなく、地上で洗礼ヨハネとして生まれてくることによってなされたという事実を、イエスの証言によって知ることができるのである。これと同様に、今日に至るまで、数多くの信徒たちは、イエスが雲に乗って再び来られるであろうと信じてきたのであるが、その昔、エリヤの再臨の実際が、我々に見せてくれたように、再臨のときも初臨のときと同様、彼が地上で肉体をもって誕生されるかもしれないということを、否定し得る何らの根拠もないのである。それでは、今我々はここにおいて、イエスが地上に肉身をもっての誕生というかたちで再臨される可能性があるという観点から、これに関する聖書の多くの記録を、もう一度詳しく調べてみることにしよう。
 イエスの初臨のときにも、多くの学者たちは、メシヤがユダヤのベツレヘムで、ダビデの子孫として生まれるということを知っていたのである(マタイ二・5、6)。しかし一方、ダニエル書に「わたしはまた夜の 幻 のうちに見ていると、見よ、人の子のような者が、天の雲に乗ってきて」(ダニエル七・13)と記録されているみ言により、メシヤが雲に乗って降臨されるかもしれないと信ずる信徒たちもいたであろうということは、推測するに難くないのである。それゆえに、イエスが十字架で亡くなられたのちにおいても、ユダヤ人たちの中には、地上で肉身をもって生まれたイエスがメシヤになり得るはずはないと言って、反キリスト教運動を起こした者たちもいたのであった。それゆえに、使徒ヨハネは彼らを警告するために、「イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白しないで人を惑わす者が、多く世にはいってきたからである。そういう者は、惑わす者であり、反キリストである」(ヨハネⅡ・7)と言って、肉身誕生をもって現れたイエスを否認する者たちを、反キリストと規定したのである。ダニエル書七章13節のみ言は、イエスの再臨のときに起こることを預言したものであると主張する学者たちもいる。しかし、「すべての預言者と律法とが預言したのは、ヨハネの時までである」(マタイ一一・13)というみ言、あるいは、「キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである」(ロマ一〇・4)と記録されているみ言を見ても分かるように、旧約時代には、メシヤの降臨をもって復帰摂理の全目的を完成しようとする摂理をしてこられたので、イエス御自身が、自ら再臨されることを言われるその前までは、一度来られたメシヤがまた再臨されるであろうなどとは、だれも想像することができなかったはずである。したがって、イエス当時のユダヤ人たちには、ダニエル書七章13節27のみ言がメシヤの再臨に関する預言であるなどとは、だれも考えも及ばなかったことなのである。それゆえに、当時のユダヤ人たちは、この預言のみ言をイエスの初臨のときに現れる現象として、認識していたのであった。このようにイエスの初臨のときにも、聖書的根拠によって、メシヤは雲に乗って来られるであろうと、信じていた信徒たちは少なくなかったのである。しかしイエスは、実際には地上に肉身をもって誕生されたのであるから、再臨なさるときにもまた、そのようになるかもしれないという立場から、我々はもう一度、聖書を詳しく調べてみなければならないのである。

(二)イエスの再臨は地上誕生をもってなされる


 ルカ福音書一七章24節から25節を見ると、イエスは将来、彼が再臨されるときに起こる事柄を予想されながら、「人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」と言われたのであった。もしイエスが、聖書の文字どおりに雲に乗って、天使長のラッパの音と共に、神の栄光の中に再臨されるとするならば(マタイ二四・30、31)、いかに罪悪が満ちあふれている時代であろうとも、このような姿をもって来られるイエスを信奉しない人がいるであろうか。それゆえに、イエスがもし雲に乗って来られるとするならば、苦しみを受けられるとか、この時代の人々から捨てられるとかいうようなことは、絶対にあり得ないことといわなければならない。
 
それではイエスは、なぜ、再臨されるとき、そのように不幸になると言われたのであろうか。イエス当時のユダヤ人たちは、預言者マラキが預言したように(マラキ四・5)、メシヤに先んじてエリヤが天から再臨し、メシヤの降臨に関して教示してくれることを待ち望んでいたのである。ところがユダヤ人たちは、まだエリヤが来たという知らせさえも聞かない先に、イエスが微々たる存在のまま、盗人のように突如メシヤを名乗って現れたために、彼らはイエスを軽んじ、冷遇したのであった(前編第四章第二節(二))。イエスは、このような御自身を顧みられるとき、再臨なさるときにもまた、初臨のときと同様、天だけを仰ぎ見ながらメシヤを待ち焦がれるであろうところのキリスト教信徒たちの前に、地上から誕生された身をもって、盗人のように現れるなら(黙三・3)、再び彼らに異端者として追われ、苦しみを受けることが予想されたので、そのようにこの時代の人々から捨てられなければならないと言われたのであった。したがって、この聖句はイエスが肉身をもって再臨されることによってのみ、摂理の目的が成就されるのであり、そうせずに、雲に乗って来られるのでは、決してその目的は成就されないことを示したものだということを、我々は知らなければならない。
 
さらに、ルカ福音書一八章8節を見ると、イエスが、「あなたがたに言っておくが、神はすみやかにさばいてくださるであろう。しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見られるであろうか」と言われたみ言がある。終末に近づけば近づくほど、篤い信仰を立てようと努力する信徒たちが次第に増えてきつつあり、しかも、雲に乗って、天使のラッパの音と共に、神の栄光のうちに主が現れるというのに、そのときなぜ信仰する人はおろか信仰という言葉さえも見ることができないほどに、信徒たちが不信に陥るはずがあろうか。このみ言もまた同じく、イエスが雲に乗って再臨されるとするならば、決してそのようになるはずがないことなのである。我々が今、イエス当時のあらゆる事情を回想してみると、ユダヤ人たちは、将来エリヤが天から降りてきたのちに、メシヤがベツレヘムに、ユダヤ人の王として誕生されるであろうと信じてきたのである(マタイ二・6)。ところがまだエリヤさえも現れていないというのに、不意に、ナザレで大工の息子として成長してきた一人の青年が、メシヤを名乗って出てきたのであるから、彼らユダヤ人の中からは、死を覚悟してまでも彼に従おうとするような、篤実な信仰を見ることができなかったのである。イエスはこのような事情を悲しまれながら、将来再臨されるときにおいても、すべての信徒たちが、イエスが雲に乗って再臨されるものと信じ、天だけを眺めるであろうから、御自分が再び地上に肉身をもって現れるなら、彼らも必ずこのユダヤ人たちと同じく、信仰という言葉さえも見られないほどに不信仰に陥るであろうということを予想されて、そのように嘆かれたのであった。それゆえに、この聖句について見ても、イエスが地上で誕生されない限り、決してそこに書かれたとおりのことは起こり得るはずがないといえるのである。
 
また、この聖句を、終末における信徒たちの受ける艱難が、あまりにも大きいために、彼らがみな不信に陥ってそのようになるのであると解釈する学者たちもいる。しかし、過去の復帰過程において、艱難が信徒たちの信仰の妨げとなったことはなかった。まして、信徒たちが信仰の最後の関門に突入する終末において、そのようなことがあり得るであろうか。艱難や苦痛が激しくなればなるほど、天からの救いの手をより強く熱望し、神を探し求めるようになるのが、万人共通の信仰生活の実態だということを我々は知らなければならない。
 そこで再び我々は、イエスが、マタイ福音書七章22節から23節にかけて、「その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』」と言われたみ言のあるのを見いだす。イエスの名によって奇跡を行うほど信仰の篤い信徒であるならば、栄光のうちに雲に乗って来られるイエスを、だれよりも固く信じ、忠実に従わないはずがあろうか。にもかかわらず、なぜそのような彼らが、その日イエスによって、かくまで厳しい排斥を受けるようになると言われたのであろうか。もし、そのような信仰の篤い信徒たちさえも、イエスによって見捨てられるとするならば、終末において救いを受け得る信徒は、一人もいないということになる。したがって、このみ言もまた、もしイエスが雲に乗って来られるとすれば、決して、そのようなことが生ずる道理はないのである。
 
イエス当時においても、奇跡を行うほど信仰の篤い信徒たちが、相当にいたはずである。しかし、メシヤに先立ってエリヤが天から降りてくると信じていた彼らは、洗礼ヨハネこそ、ほかでもない、彼らが切に待望していたエリヤであったということを知らなかったのであり(ヨハネ一・21)、したがって、来たり給うたメシヤまでも排斥してしまったので、イエスもまた涙をのんで彼らを見捨てなければならなくなったのである。これと同様に、彼が再臨されるときにも、地上から誕生されるならば、イエスが雲に乗って来られるものと信じている信徒たちは、必ず彼を排斥するに相違ないので、いかに信仰の篤い信徒たちであろうと、彼らは不法を行う者として、イエスから見捨てられざるを得ないであろうというのがこのみ言の真意なのである。
 
ルカ福音書一七章20節以下に記録されている終末観も、もし、イエスが雲に乗って再臨されるとすれば、このとおりのことが起こるということはあり得ない。したがって、イエスが地上から誕生されるという前提に立って初めて、この聖句は完全に解かれるのである。では我々はここで、これらの聖句を一つ一つ取りあげて、その内容を更に詳しく調べてみることにしよう。
 「神の国は、見られるかたちで来るものではない」(ルカ一七・20)。もしイエスが、雲に乗って来られるとするならば、神の国はだれもがみな見ることができるようなかたちでくるはずである。ところが初臨のときにも、イエスが誕生されることによって、既に神の国はきていたにもかかわらず、エリヤが空中から再臨するのだと信じ、それのみを待望していたユダヤ人たちは、イエスを信ずることができず、それほどまでに待ち望んできた神の国を見ることができなかったのである。このように再臨のときにも、イエスが地上に誕生されることにより、そのときから神の国がくるわけであるが、雲に乗って再臨するとばかり信じている信徒たちは、地上に再臨された主を信ずることができず、待望の神の国を見ることができないようになるので、そのように言われたのである。
 「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ一七・21
)。イエスの初臨のときにも、まず初めに彼をメシヤと信じ、彼に従い、彼に侍った人たちにとっては、既にその心のうちに天国がつくられていたのであった。そのように再臨されるときにも、彼は地上で誕生されるのであるから、彼を先に知って、彼に侍る信徒たちを中心として見るならば、天国は先に彼らの心のうちにつくられるのであり、このような個人が漸次集まって、社会をつくり、国家を形成するようになれば、その天国は次第に見ることができる世界として現れるはずなのである。したがって、イエスが雲に乗って来られて、一瞬にして、見ることのできる天国をつくられるのではないということを、我々は知らなければならない。
 「人の子の日を一日でも見たいと願っても見ることができない時が来るであろう」(ルカ一七・22
)。もし、イエスが天使長のラッパの音と共に、雲に乗って再臨されるとするならば、だれもがみな一度に彼を見ることになるので、その人の子の日を見ることができないはずはないのである。それでは、イエスはどうして人の子の日を見ることができないと言われたのであろうか。初臨のときも、イエスが地上で誕生されると同時に、人の子の日は既にそのときにきていたのであったが、不信仰に陥ったユダヤ人たちは、この日を見ることができなかった。これと同様に、再臨のときにおいても、イエスが地上に誕生される日をもって、人の子の日はくるのであるが、イエスが雲に乗って来られると信ずる信徒たちは、イエスを見ても、彼をメシヤとして信ずることができないので、人の子の日が既にきているにもかかわらず、彼らはそれをそのような日として見ることができないようになるということなのである。
 「人々はあなたがたに、『見よ、あそこに』『見よ、ここに』と言うだろう。しかし、そちらへ行くな、彼らのあとを追うな」(ルカ一七・23
)。既に復活論で論じたごとく、終末においては、心霊がある基準に達した信徒たちは「汝は主なり」という啓示を受けるようになるのであるが、そのとき、彼らがこのような啓示を受けるようになる原理を知らなければ、自らを再臨主と自称するようになり、来たり給う主の前に、偽キリストとなるのである。それゆえに、このような人々に惑わされることを心配されて、そのような警告のみ言を下さったのである。
 「いなずまが天の端からひかり出て天の端へとひらめき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう」(ルカ一七・24
)。イエスが誕生されたとき、ユダヤ人の王が生まれたという知らせが、サタン世界のヘロデ王のところにまで聞こえ、エルサレムの人々の間で騒動が起こったと記録されている(マタイ二・2、3)。ましてや、再臨のときにおいては、交通と通信機関が極度に発達しているはずであるから、再臨に関する知らせは、あたかも、稲妻のように、一瞬のうちに東西間を往来することであろう。
 
ルカ福音書一七章25節に関しては、既に論じたので、ここでは省くことにする。
 「ノアの時にあったように、人の子の時にも同様なことが起るであろう」(ルカ一七・26)。ノアは、洪水審判があるということを知って、人々に箱舟の中に入るようにと呼びかけたのであるが、彼らはそれに耳を傾けず、みな滅んでしまったのである。これと同様に、イエスも地上に再臨されて、真理の箱舟の中に入るようにと人々に呼びかけるであろう。しかし、主が雲に乗って再臨するであろうと信じ、天だけを眺め入っている信徒たちは、地上から聞こえてくるそのみ言には一向耳を傾けず、かえって彼を異端者であると排斥するようになり、ノアのときと同様、彼らはみな、摂理のみ旨を信ずることができない立場に陥ってしまうであろう。
 「自分の命を救おうとするものは、それを失い、それを失うものは、保つのである」(ルカ一七・33
)。雲に乗って、天使長のラッパの音と共に、栄光の中で再臨される主を信ずるのであれば、死を覚悟しなければならないようなことが生ずるはずはない。ところが、イエスは地上誕生をもって再臨されるので、雲に乗って再臨されるものと固く信じている信徒たちには、彼は異端者としてしか見えず、ゆえに、彼を信じ、彼に従うためには、死を覚悟しなければならないのである。しかし、そのような覚悟をしてまで彼を信じ、彼に従うならば、その結果はかえって生きるようになるけれども、これに反し、現実的な環境に迎合して、彼を異端として排斥して生きのびようと後ずさりをするようになれば、その結果はむしろ死に陥らざるを得ないのである。
 「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」(ルカ一七・37
)。イエスは弟子たちが彼の再臨される場所を問うたとき、このように答えられた。ところで我々は、アブラハムの祭壇に供えられた、裂かなかった鳩の死体の上に荒い鳥が降りてきたという事実を知っている(創一五・11)。これは、聖別されていないものがある所には、それを取るためにサタンが付きまとうということを表示するのである。それゆえに、イエスのこの最後の答えは、死体のある所に、その死体を取ろうとしてサタンが集まるように、命の根源であられる主は、命のある所に来られるということを意味するのである。結局このみ言は、主は信仰の篤い信徒たちの中に現れるということを意味するのである。既に、復活論で述べたように、イエスの再臨期には、多くの霊人たちの協助によって、篤実な信徒たちが一つの所に集まるようになるのであるが、ここが、いわば命のある所であり、主が顕現される所となるのである。イエスは初臨のときにも、神を最も熱心に信奉してきた選民の中で誕生されたのであり、選民の中でも彼を信じ、彼に従う弟子たちの中に、メシヤとして現れ給うたのであった。
 このように、イエスが再臨されるときには、彼は地上で誕生されるので、黙示録一二章5節に、「女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた」と記録されているのである。ここで言っている鉄の杖とは、罪悪世界を審判して、地上天国を復帰する神のみ言を意味する。人類歴史の終末論で詳しく述べたように、火の審判は舌の審判であり、すなわち、これはみ言の審判をいうのである(ヤコブ三・6)。それゆえに、イエスが語られたそのみ言が、彼らを裁くと言われたのであり(ヨハネ一二・48)、不信仰な人々が裁かれ、滅ぼされるべき日に火で焼かれる(ペテロⅡ・三・7)とも言われ、また主は、口の息をもって不法の者を殺すとも言われたのである(テサロニケⅡ・二・8)。ゆえに、世を裁かれるイエスの口のむち、舌と口の息、すなわち彼のみ言こそが、その鉄の杖なのである(イザヤ一一・4)。ゆえに黙示録二章27節に、「鉄のつえをもって、ちょうど土の器を砕くように、彼らを治めるであろう」と記録されているのである。ところがこの男の子は明らかに女の体から生まれたといわれているのであり、また彼は神のみもとに、そのみ座の所にまで引きあげられたと記録されているのである。それでは、女の体から神のみ座に座られるお方として誕生され、神のみ言をもって万国を治めるその男子とは、いったいだれであろうか。彼こそほかならぬ地上での王の王として誕生され、地上天国を成就される、再臨のイエスでなければならないのである。マタイ福音書の冒頭を見れば、イエスの先祖には四人の淫婦があったということを知ることができる。これは万民の救い主が、罪悪の血統を通じて、罪のない人間として来られてから、罪悪の血統を受け継いだ子孫たちを救われるということを見せてくださるために記録されたのである。
 今までは上述の聖句の中の「女」を、教会として解釈していた信徒たちが多かった。しかし、これはイエスが雲に乗って来られるという前提のもとで、この聖句を解釈したので、教会と解する以外に意味の取りようがなかったためにすぎない。その他、黙示録一二章17節に記録されている「女の残りの子ら」というのも、その次に記録されているように、イエスを信ずることによって、その証をもっている者たちであり、神の養子としての位置に(ロマ八・23)立っている信徒たちを意味するのである。
 イエスの再臨に関し、ある学者たちは、聖霊の降臨によって(使徒八・16)、イエスが各自の心の内に内在するようになることが(ヨハネ一四・20)、すなわち彼の再臨であると信じている。しかし、イエスは彼が十字架で亡くなられた直後、五旬節に聖霊が降臨されたときから(使徒二・4)今日に至るまで、だれでも彼を信ずる人の心の内に常に内在されるようになったのであり、もし、これをもって再臨であるとするならば、彼の再臨は既に二〇〇〇年前になされたのであると見なければならない。
 またある教派では、イエスが霊体をもって再臨されると信じている。しかしイエスはその昔、墓から三日後に復活された直後、生きておられたときと少しも変わらない姿をもって弟子たちを訪ねられたのであり(マタイ二八・9
)、そのときから今日に至るまで、心霊基準の高い信徒たちのもとには、いつでも自由に訪ねてこられて、あらゆる事柄を指示されたのであった。したがって、このような再臨は既に二〇〇〇年前になされたのであると見なければならないし、もし、そうであるとするなら、今日の我々が、彼の再臨の日を、歴史的な日として、かくも望みをかけ、待ち焦がれる必要はなかったのである。
 
イエスの弟子たちは、イエスの霊体とは随時会っていたにもかかわらず、その再臨の日を待望している事実から見ても、弟子たちが待っていたのは、霊体としての再臨ではなかったということを知ることができるのである。そればかりでなく、黙示録二二章20節に、イエスは、霊的にいつも会っておられた使徒ヨハネに向かって、「しかり、わたしはすぐに来る」と言われたのであり、また、このみ言を聞いたヨハネは、「主イエスよ、きたりませ」と答えたのであった。これによれば、イエス御自身も、霊体をもって地上に来られるのが再臨ではないということを既に言い表されたのであり、また使徒ヨハネも、イエスが霊体で現れることをもって彼の再臨であるとは見なしていなかったということを、我々は知ることができるのである。このように、イエスが霊体をもって再臨されるのでないとすれば、彼が初臨のときと同様、肉身をもって再臨される以外にはないということは極めて自明のことであろう。
 創造原理において詳しく述べたように、神は無形、有形の二つの世界を創造されたのち、その祝福のみ言のとおりに、二つの世界を主管させるために、人間を霊人体と肉身との二つの部分をもって創造されたのであった。しかしながら、アダムが堕落し、人間はこの二つの世界の主管者として立つことができなくなったので、主管者を失った被造物は嘆息しながら、自分たちを主管してくれる神の子たちが現れることを待ち望むようになったのである(ロマ八・19〜22)。 それゆえに、イエスは、完成されたアダムの位置において、 この二つの世界の完全な主管者として来られ(コリントⅠ・一五・27)、あらゆる信徒たちを御自分に接がせ(ロマ一一・17)、一体とならしめることによって、彼らをもみな被造世界の主管者として立たしめようとされたのである。しかるに、ユダヤ民族がイエスに逆らうようになったので、彼らと全人類とを神の前に復帰させるための代贖の条件として、イエスの体をサタンに引き渡され、その肉身はサタンの侵入を受けるようになったのである。したがって、肉的な救いは成就されず、後日再臨されて、それを成就すると約束されてから、この世を去られたのであった(前編第四章第一節(四))。それゆえに、今まで地上において霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管することによって、それらを一つに和動し得た人間は、一人もいなかったのである。したがって、このような基準の完成実体として再臨されるイエスは、霊体であってはならないのである。初臨のときと同様、霊肉共に完成した存在として来られ、全人類を霊肉併せて彼に接がせて、一つの肢体となるようにすることによって(ロマ一一・17)、彼らが霊肉共に完成し、無形、有形二つの世界を主管するようになさしめなくてはならないのである。
 
イエスは、地上天国を復帰されて、その復帰された全人類の真の親となられ、その国の王となるべきであった(イザヤ九・6、ルカ一・31〜33)。ところが、ユダヤ人たちの不信仰によって、その目的を成就することができなかったので、将来、再臨されて成就なさることを約束されてから、十字架で亡くなられたのである。したがって、彼が再臨されても、初臨のときと同様、地上天国をつくられ、そこで全人類の真の親となられ、また王とならなければならないのである。それゆえに、イエスは再臨されるときにも、初臨のときと同様、肉身をもって地上に誕生されなければならないのである。
 また、人間の贖罪は、彼が地上で肉身をつけている場合にのみ可能なのである(前編第一章第六節(三)(3))。それゆえに、イエスは、この目的を達成するため、肉身をもって降臨されなければならなかったのである。しかるに、イエスの十字架による救いは、あくまでも霊的な救いのみにとどまり、我々の肉身を通して遺伝されてきたすべての原罪は依然としてそのまま残っているので、イエスはこれらを贖罪し、人間の肉的救いまで完全に成就するために、再臨されなければならないのである。したがって、そのイエスの再臨も、霊体をもってなされるのでは、この目的を達成することができないので、初臨のときと同じく、肉身をもって来られなければならないのである。我々は既に、イエスの再臨は霊体の再臨ではなくして、初臨のときと同様、肉身の再臨であるということを、あらゆる角度から明らかにした。ところがもし、イエスが霊体をもって再臨されるとしても、時間と空間を超越して、霊眼によってしか見ることのできない霊体が、物質でできている雲に乗って来られるということは、どう考えても、不合理なことといわなければならない。しかも、彼の再臨が霊体でなされるのでなく、肉身をもってなされるということが事実であるとすれば、その肉身をもって空中のいずこにおられ、いかにして雲に乗って来られるのであろうか。これに対しては、全能なる神であるなら、どうしてそのような奇跡を行い得ないはずがあろうかと、反問される人がいるかもしれない。しかし、神は自ら立てられた法則を、自らが無視するという立場に立たれることはできないのである。したがって神は、我々と少しも異なるところのない肉身をとって再臨されなければならないイエスを、わざわざ地球でない、他のどこかの天体の空間の中におかれ、雲に乗って再臨されるようにするというような非原理的摂理をされる必要はさらになく、また、そのようなことをなさることもできないのである。今まで調べてきた、あらゆる論証に立脚してみるとき、イエスの再臨が、地上に肉身をもって誕生されることによってなされるということは、だれも疑う余地のないものといわなければならない。

(三)雲に乗って来られるという聖句は何を意味するのか


 イエスの再臨が、地上誕生をもってなされるとするならば、雲に乗って来られるというみ言は、いったい、何を意味するのかを知らなければならない。そして、これを知るためには、まず雲とは何を比喩したものであるかということを知らなければならないのである。黙示録一章7節に、「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。しかり、アァメン」と記録されているみ言を見れば、すべての人たちが、必ず再臨されるイエスを見るようになっているのである。ところが、ステパノが殉教するとき、神の右に立っておられるイエスを見たのは、霊眼が開いた聖徒たちだけであった(使徒七・55)。したがって、霊界におられるイエスが、霊体そのままをもって再臨されるとすれば、彼は霊眼が開けている人々にだけ見えるのであるから、決して、各人の目がみな、霊体をもって再臨されるイエスを見ることはできないのである。ゆえに、聖書に、すべての人の目がみな再臨される主を見ることができるといっているのは、彼が肉身をとって来られるからであるということを知らなければならない。また肉身をつけているイエスが、雲に乗って来られるということは不可能なことであるから、ここでいうところの雲は、明らかに何かを比喩しているに相違ないのである。ところが、同じ聖句の中で、彼を刺しとおした者たちも見るであろうと記録されている。イエスを刺しとおした者は、ローマの兵士であった。しかしローマの兵士は、再臨されるイエスを見ることはできないのである。なぜかといえば、既に死んでしまったローマの兵士が、地上で再臨されるイエスを見ることができるためには、復活しなければならないのであるが、黙示録二〇章5節の記録によれば、イエスが再臨されるとき復活し得る人は、最初の復活に参与する人々だけであり、その他の死んだ者たちは、千年王国時代を経たのちに初めて復活することができるといわれているからである。それゆえに、ここでいっている「刺しとおした者」というのは、どう考えても比喩として解釈する以外にはなく、イエスが雲に乗って来られると信じていたにもかかわらず、意外にも彼が地上で肉身誕生をもって再臨されるようになる結果、それを知らずに彼を迫害するようになる者たちのことを指摘したものと見なければならない。このように、「刺しとおした者」を比喩として解釈するほかはないとするならば、同じ句節の中にある「雲」という語句を、これまた比喩として解釈しても、何ら不合理なことはないはずである。
 
それでは、雲とは果たして何を比喩した言葉であろうか。雲は地上から汚れた水が蒸発(浄化)して、天に昇っていったものをいう。しかるに、黙示録一七章15節を見ると、水は堕落した人間を象徴している。したがって、このような意味のものとして解釈すれば、雲は、堕落した人間が重生し、その心が常に地にあるのでなく、天にある、いわば信仰の篤い信徒たちを意味するものであるということを知り得るのである。また雲は、聖書、あるいは古典において、群衆を表示する言葉としても使用されている(ヘブル一二・1)。そればかりでなく、今日の東洋や西洋の言語生活においても、やはりそのように使われているのを、我々はいくらでも見いだすことができるのである。またモーセ路程において、イスラエル民族を導いた昼(+)の雲の柱は、将来、同じ民族の指導者として来られるイエス(+)を表示したのであり、夜(−)の火の柱は、イエスの対象存在として、火の役割をもってイスラエル民族を導かれる聖霊(−)を表示したのであった。我々は、以上の説明により、イエスが雲に乗って来られるというのは、イエスが重生した信徒たちの群れの中で、第二イスラエルであるキリスト教信徒たちの指導者として現れるということを意味するものであることが分かる。既に詳しく考察したように、弟子たちがイエスに、どこに再臨されるかということについて質問したとき(ルカ一七・37)、イエスが、死体のある所にははげたかが集まるものであると答えられたそのみ言の真の内容も、その裏として信仰の篤い信徒たちが集まる所にイエスが来られるということを意味したのであって、要するに、雲に乗って来られるというみ言と同一の内容であることを、我々は知ることができる。
 雲を、以上のように比喩として解釈すると、イエスは初臨のときにも、天から雲に乗って来られた方であったと見ることができるのである。なんとなれば、コリントⅠ・一五章47節に、「第一の人(アダム)は地から出て土に属し、第二の人(イエス)は天から来る」とあるみ言や、また、ヨハネ福音書三章13節に、「天から下ってきた者、すなわち人の子のほかには、だれも天に上った者はない」とあるみ言のとおり、イエスは事実上、地上で誕生されたのであるが、その目的や、価値を中心として見るときには、彼は明らかに、天より降りてこられた方であったからである。ダニエル書七章13節に、初臨のときにも、イエスがやはり雲に乗って来られるといい表していた理由も、実はここにあったのである。

(四)イエスはなぜ雲に乗って再臨されると言われたのか


 イエスが、雲に乗って再臨されると言われたのには、二つの理由があった。第一には、偽キリストの惑わしを防ぐためであった。もしイエスが地上で肉身誕生によって再臨されるということを言われたとすれば、偽キリストの惑わしによる混乱を防ぐことができなかったであろう。イエスが卑賤な立場から立ってメシヤとして現れたのであるから、いかに卑賤な人であっても霊的にある基準に到達するようになれば、それぞれが再臨主であると自称するようになって世を惑わすからである。しかし、幸いにもあらゆる信徒たちがイエスが雲に乗って来られると信じ、天だけを仰いできたので、この混乱を免れることができたのである。ところが今はときが到来したので、イエスが再び地上で誕生されるということを、明らかに教えてやらなければならないのである。
 第二には、険しい信仰の路程を歩いている信徒たちを激励するためであった。イエスはこのほかにも、なるべく早く神の目的を達成しようとされて、信徒たちを激励されるために、前後のつじつまがよく合わないようなみ言を語られた例が少なくなかった。その実例を挙げてみると、マタイ福音書一〇章23節に、イエスは弟子たちに彼の再臨がすぐに成就されるということを信じさせるために、「よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町々を回り終らないうちに、人の子は来るであろう」と言われたみ言が記録されており、またヨハネ福音書二一章18節から22節までに記録されているみ言を見ると、イエスが、将来ペテロが殉教するであろうことを暗示されたとき、このみ言を聞いていたペテロが、「主よ、この人(ヨハネ)はどうなのですか」と問うた質問に対して、「たとい、わたしの来る時まで彼が生き残っていることを、わたしが望んだとしても、あなたには何の係わりがあるか」と答えられたのである。このみ言によって、ヨハネが世を去る前にイエスが再臨されるのではなかろうかと待ち望んだ弟子たちもいたのであった。またマタイ福音書一六章28節を見ると、イエスは、「よく聞いておくがよい、人の子が御国の力をもって来るのを見るまでは、死を味わわない者が、ここに立っている者の中にいる」と言われたので、弟子たちは、自分たちが生きている間に、再臨されるイエスに会うかもしれないと考えていたのであった。
 このようにイエスはすぐにでも再臨されるかのように話されたので、弟子たちはイエスの再臨を熱望する一念から、ローマ帝国の圧政とユダヤ教の迫害の中にあっても、かえって聖霊の満ちあふれる恩恵を受けて(使徒二・1
〜4)、初代教会を創設したのであった。イエスが雲に乗り、神の権威と栄光の中で、天からの天使のラッパの音と共に降臨され、稲妻のごとくにすべてのことを成就されると言われたのも、多くの苦難の中にある信徒たちを鼓舞し、激励するためだったのである。


第三節 イエスはどこに再臨されるか



 イエスが霊体をもって再臨されるのでなく、地上から肉身をもった人間として、誕生されるとするならば、彼は神が予定されたところの、そしてある選ばれた民族の内に誕生されるはずである。それでは予定されたその場所とはいったいどこなのであろうか。

(一)イエスはユダヤ民族の内に再臨されるか


 黙示録七章4節に、イエスが再臨されるとき、イスラエルの子孫のあらゆる部族の中から、一番先に救いの印を押される者が、十四万四千人であると記録されているみ言、また弟子たちがイスラエルの町々を回り終わらないうちに人の子が来るであろう(マタイ一〇・23)と言われたみ言、そしてまたイエスのみ言を聞いている人々の中で、人の子がその王権をもってこられるのを、生き残って見る者がいる(マタイ一六・28)と言われたみ言などを根拠として、イエスがユダヤ民族の内に再臨されるのだと信じている信徒たちが随分多い。しかしそれらはみな、神の根本摂理を知らないために、そのように考えるのである。
 マタイ福音書二一章33節
から43節によると、イエスはぶどう園の主人と農夫およびその息子と僕の例えをもって、自分を殺害する民族には再臨されないばかりでなく、その民族にゆだねた遺業までも奪いとって、彼の再臨のために実を結ぶ他の国と民族にそれを与えると、明らかに言われたのである。この比喩において、主人は神を、ぶどう園は神の遺業を、また農夫はこの遺業をゆだねられたイスラエルの選民を、そして僕は預言者を、主人の息子はイエスを、その実を結ぶ異邦人は、再臨されるイエスを迎えて神のみ旨を成就することができる他のある国の民を、各々意味するのである。それではイエスは、なぜイスラエルの子孫たちに再臨されると言われたのであろうか。この問題を解明するために、まず我々は、イスラエルとは何を意味するものかということについて調べてみることにしよう。
 イスラエルという名は、ヤコブが「実体献祭」のためのアベルの立場を確立するために、ヤボク河で天使と闘い、それに打ち勝つことによって、「勝利した」という意味をもって天から与えられた名であった(創三二・28
)。ヤコブはこのように、アベルの立場を確立したのち、「実体献祭」に成功することによって、「メシヤのための家庭的な基台」を造成したのである。したがって、この基台の上で、その目的を継承した子孫たちをイスラエル選民というのである。ここでイスラエル選民というのは、信仰をもって勝利した民族を意味するものであり、ヤコブの血統的な子孫であるからといって、彼らのすべてをいうのではない。それゆえに洗礼ヨハネは、ユダヤ人たちに、「自分たちの父にはアブラハムがあるなどと、心の中で思ってもみるな。おまえたちに言っておく、神はこれらの石ころからでも、アブラハムの子を起すことができるのだ」(マタイ三・9)と言ったのである。のみならずパウロは、「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである」(ロマ二・28、29)と言い、また「イスラエルから出た者が全部イスラエルなのではな」いと証言したのであった(ロマ九・6)。このみ言はつまり、神のみ旨のために生きもしないで、ただアブラハムの血統的な子孫であるという事実のみをもって、選民であるとうぬぼれているユダヤ人たちを、叱責したみ言であったのである。
 それゆえに、ヤコブの子孫たちがモーセを中心として、エジプト人と戦いながらその地を出発したときには、イスラエル選民であったが、彼らが荒野で神に反逆したときには、もう既にイスラエルではなかったのである。したがって、神は彼らをみな荒野で滅ぼしてしまわれ、モーセに従ったその子孫たちだけをイスラエル選民として立て、カナンに入るようにされたのであった。そしてまた、その後のユダヤ民族はすべてがカナンの地に入った者の子孫たちであったが、そのうち神に背いた十部族からなる北朝イスラエルは、もはやイスラエル選民ではなかったので、滅ぼしてしまわれ、神のみ旨に従った二部族からなる南朝ユダだけがイスラエル選民となって、イエスを迎えるようになったのである。しかし、そのユダヤ人たちも、イエスを十字架に引き渡したことによって、イスラエル選民の資格を完全に失ってしまった。そこでパウロは、彼らに対して先に挙げたようなみ言をもって、選民というものの意義を明らかにしたのである。
 それでは、イエスが十字架で亡くなられてからのちのイスラエル選民は、いったいだれなのであろうか。それは、とりもなおさず、アブラハムの信仰を受け継ぎ、その子孫が完遂できなかったみ旨を継承してきた、キリスト教信徒たちなのである。ゆえにロマ書一一章11節に「彼ら(ユダヤ人たち)の罪過によって、救が異邦人に及び、それによってイスラエルを奮起させるためである」と言って、神の復帰摂理の中心が、イスラエル民族から異邦人に移されてしまったことを明らかにしているのである(使徒一三・46)。したがって、「再臨されるメシヤのための基台」を造成しなければならないイスラエル選民とは、アブラハムの血統的な子孫をいうのではなく、あくまでもアブラハムの信仰を継承したキリスト教信徒たちをいうのだということが分かるのである。

(二)イエスは東の国に再臨される


 マタイ福音書二一章33節以下でイエスが比喩をもって言われたとおり、ユダヤ人たちはイエスを十字架に引き渡すことによって、ぶどう園の主人の息子を殺害した農夫の立場に陥ってしまったのであった。それではユダヤ人たちから奪った神の遺業を相続して実を結ぶ国はどの国なのであろうか。聖書はその国が「日の出づる方」すなわち東の方にあると教えているのである。
 
黙示録五章1節以下のみ言を見ると、神の右の手に、その内側にも外側にも文字が書かれてあり、七つの封印で封じられた巻物があるのであるが、しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見るにふさわしい者が、一人もいなかったので、ヨハネは激しく泣いたとある。そのときに小羊(イエス)が現れて、み座におられる方の右の手から巻物を受けとって(黙五・7)、その封印を一つずつ解きはじめられたのである(黙六・1)。
 黙示録六章12節
にイエスが第六の封印を解かれたことについて記録したのち、最後の封印を解かれる前の中間の挿話として、第七章が記録されたのであった。ところで、その七章2節から3節を見ると、日の出る方、すなわち東の方から天使が上ってきて、最後の審判において選ばれた者に印を押したが、その印を押された者の数が十四万四千だと言った。そして黙示録一四章1節には、その十四万四千人の群れと共に小羊、すなわちイエスがおられたと書かれている。我々はこれらの聖句から推測して、イエスは日の出る方、すなわち東方の国に誕生なさって、そこでまず選ばれた十四万四千の群れの額に、小羊と父の印を押されるということを(黙一四・1)知ることができる。したがって、神の遺業を受け継いで、イエスの再臨のための実を結ぶ国は(マタイ二一・43)東方にあるということが分かってくる。では、東方にある多くの国々の中で、どの国がこれに当たるのであろうか。

(三)東方のその国は、すなわち韓国である


 今まで説明したように、イエスは、アブラハムの血統的な子孫たちに再臨されるのではなく、彼らの遺業を相続して実を結ぶ国に再臨されることを我々は知り、また、実を結ぶ国は、東方の国の中の一つであることも知った。古くから、東方の国とは韓国、日本、中国の東洋三国をいう。ところがそのうちの日本は代々、天照大神を崇拝してきた国として、更に、全体主義国家として、再臨期に当たっており、また、以下に論述するようにその当時、韓国のキリスト教を過酷に迫害した国であった(後編第五章第四節(三)(3)参照)。そして中国は共産化した国であるため、この二つの国はいずれもサタン側の国家なのである。したがって端的にいって、イエスが再臨される東方のその国は、すなわち韓国以外にない。それではこれから、韓国が再臨されるイエスを迎え得る国となる理由を原理に立脚して多角的に論証してみることにする。メシヤが降臨される国は、次のような条件を備えなければならないのである。

(1) この国は蕩減復帰の民族的な基台を立てなければならない

韓国がメシヤを迎え得る国となるためには、原理的に見て、天宙的なカナン復帰のための「四十日サタン分立の民族的な基台」を立てなければならないのである。
 
それでは、韓国民族がこの基台を立てなければならない根拠は何であるのか。イエスが韓国に再臨されるならば、韓国民族は第三イスラエル選民となるのである。旧約時代に、神のみ旨を信奉し、エジプトから迫害を受けてきた、アブラハムの血統的な子孫が第一イスラエルであり、第一イスラエル選民から異端者として追われながら、復活したイエスを信奉して、第二次の復帰摂理を継承してきたキリスト教信徒たちが第二イスラエル選民であった。ところが、ルカ福音書一七章25節以下に、イエスが再臨されるときにもノアのときと同じく、まず多くの苦難を受けるであろうと預言されたとおり、再臨のイエスは、第二イスラエル選民であるすべてのキリスト教信徒たちからも異端者として見捨てられるほかはないということを、我々は、既に論じたことを通じて知っているのである。もしそのようになるとすれば、あたかも、神が、イエスを排斥したユダヤ人たちを捨てられたように、再臨のイエスを迫害するキリスト教信徒たちも捨てられるほかはないであろう(マタイ七・23)。そうすれば、再臨主を信奉して、神の第三次摂理を完遂しなければならないその民族は、第三イスラエル選民となるのである。
 
ところで、第一イスラエルは、民族的カナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるために、当時サタン世界であったエジプトで、四〇〇年間を苦役したのであった。これと同じく、第二イスラエルも、世界的カナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるために、当時、サタンの世界であったローマ帝国で、四〇〇年間迫害を受けながら闘い勝利したのである。したがって、韓国民族も、第三イスラエル選民となり、天宙的なカナン復帰路程を出発するための「四十日サタン分立基台」を立てるためには、サタン側のある国家で、四十数に該当する年数の苦役を受けなければならないのであり、これがすなわち、日本帝国に属国とされ、迫害を受けた四十年期間であったのである。
 
それでは韓国民族は、どのような経緯を経て、日本帝国のもとで四十年間の苦役を受けるようになったのであろうか。韓国に対する日本の帝国主義的侵略の手は、乙巳保護条約によって伸ばされた。すなわち一九〇五年に、日本の伊藤博文と当時の韓国学部大臣であった親日派李完用らによって、韓国の外交権一切を日本帝国の外務省に一任する条約が成立した。そうして、日本は韓国にその統監(のちの総督)をおき、必要な地域ごとに理事官をおいて、一切の内政に干渉することによって、日本は事実上韓国から政治、外交、経済などすべての主要部門の権利を剥奪したのであるが、これがすなわち乙巳保護条約であった。
 西暦一九一〇年、日本が強制的に韓国を合併した後には、韓国民族の自由を完全に剥奪し、数多くの愛国者を投獄、虐殺し、甚だしくは、皇宮に侵入して王妃を虐殺するなど、残虐無道な行為をほしいままにし、一九一九年三月一日韓国独立運動のときには、全国至る所で多数の良民を殺戮した。
 さらに、一九二三年に発生した日本の関東大震災のときには、根も葉もない謀略をもって東京に居住していた無辜の韓国人たちを数知れず虐殺したのであった。
 一方、数多くの韓国人たちは日本の圧政に耐えることができず、肥沃な故国の山河を日本人に明け渡し、自由を求めて荒漠たる満州の広野に移民し、臥薪嘗胆の試練を経て、祖国の解放に尽力したのであった。
日本軍は、このような韓国民族の多くの村落を探索しては、老人から幼児に至るまで全住民を一つの建物の中に監禁して放火し、皆殺しにした。日本はこのような圧政を帝国が滅亡する日まで続けたのであった。このように、三・一独立運動で、あるいは満州広野で倒れた民衆は主としてキリスト教信徒たちであったのであり、さらに帝国末期にはキリスト教信徒に神社参拝を強要し、これに応じない数多くの信徒を投獄、または虐殺した。それだけではなく、八・一五解放直前の日本帝国主義の韓国キリスト教弾圧政策は、実に極悪非道なものであった。しかし、日本の天皇が第二次大戦において敗戦を宣言することによって韓国民族は、ついにその軛から解放されたのである。
 このように韓国民族は、一九〇五年の乙巳保護条約以後一九四五年解放されるときまで四十年間、第一、第二イスラエル選民が、エジプトやローマ帝国で受けたそれに劣らない迫害を受けたのである。そして、この独立運動が主に国内外のキリスト教信徒たちを中心として起こったので、迫害を受けたのが主としてキリスト教信徒たちであったことはいうまでもない。

(2) この国は神の一線であると同時にサタンの一線でなければならない

神は、アダムに被造世界を主管するようにと祝福されたので、サタンが堕落したアダムとその子孫たちを先に立たせて、その祝福型の非原理世界を先につくっていくことを許さないわけにはいかなくなったのである。その結果、神はそのあとを追いながらこの世界を天の側に復帰してこられたので、歴史の終末に至れば、この世界は、必然的に民主と共産の二つの世界に分かれるようになるということは、前に述べたとおりである。ところで、イエスは、堕落世界を創造本然の世界に復帰されるために再臨されるのであるから、まず再臨されるはずの国を中心として、共産世界を天の側に復帰するための摂理をなさるということは確かである。それゆえ、イエスが再臨される韓国は神が最も愛される一線であると同時に、サタンが最も憎む一線ともなるので、民主と共産の二つの勢力がここで互いに衝突しあうようになるのであり、この衝突する一線がすなわち三十八度線である。すなわち、韓国の三十八度線はこのような復帰摂理によって形成されたものである。
 神とサタンの対峙線において、勝敗を決する条件としておかれるものが供え物である。ところで、韓国民族は天宙復帰のため、この一線におかれた民族的供え物であるがゆえに、あたかも、アブラハムが供え物を裂かなければならなかったように、この民族的な供え物も裂かなければならないので、これを三十八度線で裂き、「カイン」「アベル」の二つの型の民族に分けて立てたのである。
したがって、この三十八度線は民主と共産の一線であると同時に、神とサタンの一線ともなるのである。それゆえ、三十八度線で起きた六・二五動乱(韓国動乱)は国土分断に基づく単純な同族の抗争ではなく、民主と共産、二つの世界間の対決であり、さらには神とサタンとの対決であった。六・二五動乱に国連加盟の多くの国家が動員されたのは、この動乱が復帰摂理の目的のための世界性を帯びていたので、無意識のうちに、この摂理の目的に合わせて韓国解放の事業に加担するためであったのである。
 人間始祖が堕落するときに、天の側とサタンの側が一点において互いに分かれるようになったので、生と死、善と悪、愛と憎しみ、喜びと悲しみ、幸福と不幸なども、一点を中心として、長い歴史の期間において衝突しあってきたのであった。そうして、これらが、アベルとカインの二つの型の世界として、各々分離されることにより、民主と共産の二つの世界として結実したのであり、それらが再び韓国を中心として、世界的な規模で衝突するようになったのである。それゆえ、宗教と思想、政治と経済など、あらゆるものが、韓国において摩擦しあい、衝突して、大きな混乱を巻き起こしては、これが世界へと波及していくのである。なぜなら、先に霊界で起こったそのような現象が、復帰摂理の中心である韓国を中心として、実体的に展開され、それが世界的なものへと拡大していくようになるからである。しかし、イエスが「その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる」(マタイ二四・32)と言われたそのみ言のとおり、このような混乱が起こるというのは、新しい秩序の世界がくるということを目で見せてくれる、一つの前兆であるということを知らなければならない。
 弟子たちがイエスに、その再臨される場所について質問したとき、イエスは、「死体のある所には、またはげたかが集まるものである」と答えられたのであった(ルカ一七・37
)。神の一線であり、またサタンの一線である韓国で、永遠の命と死とが衝突するようになるので、はげたかで象徴されるサタンが死の群れを探し求めてこの土地に集まると同時に、命の群れを探し求めるイエスも、またこの土地に来られるようになるのである。

(3) この国は神の心情の対象とならなければならない

神の心情の対象となるためには、まず、血と汗と涙の道を歩まなければならない。サタンが人間を主管するようになってから、人間は神と対立するようになったので、神は子女を失った父母の心情をもって悲しまれながら悪逆無道の彼らを救おうとして、罪悪世界をさまよわれたのであった。そればかりでなく、神は、天に反逆する人間たちを救うために、愛する子女たちを宿敵サタンに犠牲として支払われたのであり、ついにはひとり子イエスまで十字架に引き渡さなければならないその悲しみを味わわれたのであった。それゆえに、神は、人間が堕落してから今日に至るまで、一日として悲しみの晴れるいとまもなく、そのため、神のみ旨を代表してサタン世界と戦う個人と家庭と民族とは、常に血と汗と涙の道を免れることがなかったのである。悲しまれる父母の心情の対象となって、忠孝の道を歩んでいく子女が、どうして安逸な立場でその道を歩むことができるであろうか。それゆえ、メシヤを迎え得る民族は、神の心情の対象として立つ孝子、孝女でなくてはならないので、当然血と汗と涙の路程を歩まなければならないのである。
 
第一イスラエルも苦難の道を歩み、第二イスラエルもそれと同じ路程を歩んだのであるから、第三イスラエルとなる韓国民族も、やはりまた、正にその悲惨な道を歩まざるを得ないのである。韓国民族が歩んできた悲惨な歴史路程は、このように神の選民として歩まなければならない当然の道であったので、実際には、その苦難の道が結果的に韓国民族をどれほど大きな幸福へ導くものとなったかもしれないのである。
 つぎに、神の心情の対象となる民族は、あくまでも善なる民族でなければならない。韓国民族は単一血統の民族として、四〇〇〇年間悠久なる歴史を続け、高句麗、新羅時代など強大な国勢を誇っていたときにも侵攻してきた外国勢力を押しだすにとどまり、一度も他の国を侵略したことはなかった。
サタンの第一の本性が侵略性であるということに照らしあわせてみれば、こうした面から見ても、韓国民族は天の側であることが明らかである。神の作戦は、いつも攻撃を受ける立場で勝利を獲得する。それゆえに、歴史路程において数多くの預言者や善人たちが犠牲にされ、またひとり子であられるイエスまでも十字架につけられたのであるが、結果的には、勝利は常に天の側に帰せられてきたのであった。第一次、第二次の世界大戦においても、攻撃を加えたのはサタン側であったが、勝利はすべて天の側に帰したのである。このように韓国民族は有史以来、幾多の民族から侵略を受けたのである。しかし、これはどこまでも韓国民族が天の側に立って最終的な勝利を獲得するためなのである。
 
韓国民族は先天的に宗教的天稟をもっている。そして、その宗教的な性向は常に現実を離れたところで現実以上のものを探し求めるものである。それゆえ、韓国民族は民度が非常に低かった古代から今日に至るまで敬天思想が強く、いたずらに自然を神格化することによって、そこから現実的な幸福を求めるたぐいの宗教は崇敬しなかった。そうして、韓国民族は古くから、忠、孝、烈を崇敬する民族性をもっているのである。この民族が「沈清伝」や「春香伝」を民族を挙げて好むのは、忠、孝、烈を崇敬する民族性の力強い底流からきた性向なのである。

(4) この国には預言者の証拠がなければならない

韓国民族に下された明白な預言者の証拠として、第一に、この民族は啓示によって、メシヤ思想をもっているという事実である。第一イスラエル選民は、預言者たちの証言によって(マラキ四・2〜5、イザヤ六〇・1〜22)、将来メシヤが王として来て王国を立て、自分たちを救ってくれるであろうと信じていたし、第二イスラエル選民たちもメシヤの再臨を待ち望みながら、険しい信仰の道を歩んできたのと同じく、第三イスラエル選民たる韓国民族も李朝五〇〇年以来、この地に義の王が現れて千年王国を建設し、世界万邦の朝貢を受けるようになるという預言を信じる中で、そのときを待ち望みつつ苦難の歴史路程を歩んできたのであるが、これがすなわち、 鄭鑑録信仰による韓国民族のメシヤ思想である。韓国に新しい王が現れるという預言であるので、執権者たちはこの思想を抑圧し、特に日本帝国時代の執権者たちは、この思想を抹殺しようとして、書籍を焼却するなどの弾圧を加えた。また、キリスト教が入ってきたのち、この思想は迷信として追いやられてきた。しかし、韓国民族の心霊の中に深く刻まれたこのメシヤ思想は、今日に至るまで連綿と受け継がれてきたのである。以上のことを知ってみれば、韓国民族が苦悶しつつ待ち望んできた義の王、正道令(神の正しいみ言をもってこられる方という意味)は、すなわち韓国に再臨されるイエスに対する韓国式の名称であった。神はいまだ韓国内にキリスト教が入ってくる前に、将来メシヤが韓国に再臨されることを「鄭鑑録」で教えてくださったのである。そして、今日に至ってこの本の多くの預言が聖書の預言と一致するという事実を、数多くの学者たちが確認するに至っている。
 第二に、この民族が信じている各宗教の開祖が、すべてこの国に再臨するという啓示をその信徒たちが受けているという事実である。既に、前編第三章において詳述したように、文化圏発展史から見ても、あらゆる宗教は一つのキリスト教に統一されていくという事実からして、終末におけるキリスト教は今まで数多くの宗教の目的を完成させる最終的な宗教でなければならない。したがって、キリスト教の中心として再臨されるイエスは、そのすべての宗教の開祖たちが地上で成就しようとした宗教の目的を一括して完成されるのであるから、この再臨主は使命の立場から見て、あらゆる開祖たちの再臨者ともなるのである(前編第五章第二節(四))。したがって、多くの宗教において、啓示によって韓国に再臨すると信じられているそれらの開祖は、別の人物ではなく、実は、将来来られる再臨主ただ一人を指しているのである。すなわち、将来イエスが再臨されることを、仏教では弥勒仏が、儒教では真人が、天道教では崔水雲が、そして、「鄭鑑録」では正道令が顕現すると、教団ごとに各々、異なった啓示を受けてきたのである。
 
第三に、イエスの韓国再臨に関する霊通人たちの神霊の働きが雨後の竹の子のように起こっているという事実である。使徒行伝二章17節に、終末においては神の霊をすべての人に注ぐと約束されたみ言があるが、このみ言どおりの現象が韓国民族の中で起きているのである。それゆえに、数多くの修道者たちが雑霊界から楽園級霊界に至るまでの様々の層の霊人たちと接触するなかで、それぞれ、主の韓国再臨に関する明確な啓示を受けているのである。しかし、霊的な無知によって、いまだにこのような事実に少しも耳を傾けようとせず、深い眠りに陥っている人々がいる。それがすなわち、現キリスト教界の指導者たちなのである。これは、あたかも、イエス当時において、東方の博士や羊飼いたちは、啓示によって、メシヤ降臨に関する消息を聞き知っていたにもかかわらず、むしろだれよりも先にこのことを知らなければならなかった祭司長たちや、律法学者たちが、霊的な無知によって、このことを全く知らなかったのと軌を一にするといわなければなるまい。
 イエスが「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました」(マタイ一一・25)と言われたのは、当時のユダヤ教界の指導者層の霊的な無知を嘆かれたと同時に、無知ではありながらも、幼な子のごとく純真な信徒たちに天のことを教示してくださった恩恵に対する感謝のみ言であった。そのときと同時性の時代に当たる今日の韓国教界においても、それと同じ事実が、より高次的なものとして反復されているのである。神は、幼な子のような平信徒たちを通じて、終末に関する天の摂理の新しい事実を、多く啓示によって知らせておられるのである。しかし、彼らがその内容を発表すれば、教職者たちによって異端と見なされ追放されるのでそのことに関しては、一切発表をせずに秘密にしているのが、今日の韓国キリスト教界の実情である。あたかもかつての祭司長や律法学者たちがそうであったように、今日の多くのキリスト教指導者たちは、聖書の文字を解く知識のみを誇り、多くの信者たちから仰がれることを好み、その職権の行使に満足するだけで、終末に対する神の摂理に関しては、全く知らないままでいるのである。このような痛ましい事実がまたとあろうか。

(5) この国であらゆる文明が結実されなければならない

既に述べたように(前編第三章第五節(一))、人間の霊肉両面にわたる無知を打開しようとして生じた宗教と科学、または、精神文明と物質文明が、一つの課題として解明されて初めて、人生の根本問題がみな解かれ、創造理想世界が建設されるようになるのである。ところで、イエスが再臨されてつくらなければならない新しい世界は、科学が最高度に発達した世界でなければならないから、復帰摂理の縦的な歴史路程において発達してきたあらゆる文明は、再臨されるイエスを中心とする社会で、横的に、一時に、その全部が復帰され、最高度の文明社会が建設されなければならない。したがって、有史以来、全世界にわたって発達してきた宗教と科学、すなわち、精神文明と物質文明とは、韓国を中心として、みな一つの真理によって吸収融合され、神が望まれる理想世界のものとして結実しなければならないのである。
 第一に、陸地で発達した文明も韓国で結実しなければならない。
したがって、エジプトで発祥した古代の大陸文明は、ギリシャ、ローマ、イベリヤなどの半島文明として移動し、その半島文明は再び英国の島嶼文明として移動するようになり、この島嶼文明は更に米国の大陸文明をつくったのち、日本の島嶼文明へと振り戻ったのであった。この文明の巡礼は、イエスが再臨される韓国で半島文明として終結されなければならない。
 
第二に、河川と海岸を中心とした文明も韓国が面する太平洋文明として結実しなければならない。ナイル河、チグリス河、ユーフラテス河などを中心として発達した河川文明は、ギリシャ、ローマ、スペイン、ポルトガルなどの地中海を中心とした文明として移動したのであり、この地中海文明は、再び、英国、米国を中心とした大西洋文明として移動したのであり、この文明は、アメリカ、日本、韓国をつなぐ太平洋文明として結実するようになるのである。
 
第三に、気候を中心とした文明も韓国で結実しなければならない。気候を中心にして見れば、あらゆる生物の活動と繁殖は、春から始まって、夏には繁茂し、秋には結実し、冬に至って蓄えるようになるのである。このような春、夏、秋、冬の変転は、年を中心としてのみあるのではなく、一日について見ても、朝は春、昼は夏、夕方は秋、夜は冬に、各々該当するのであり、人生一代の幼、青、壮、老もまた、そのような関係にあるのである。歴史の全期間もこのように進行するのであるが、それは、神がそのような季節的な造化の原則をもって被造世界を創造されたからである。
 神が、アダムとエバを創造された時代は、春の季節に相当するときであった。したがって、人類の文明は、エデンの温帯文明から始まって、夏の季節に該当する熱帯文明に移り変わり、そのつぎには、秋の季節に該当する涼帯文明として移り変わったのち、最後には冬の季節に該当する寒帯文明として移り変わらなければならなかったのである。ところが、人間は堕落することによって、野蛮人と化してしまったので、温帯文明をつくることができず、直ちに熱帯で原始人の生活をするようになったため、エジプト大陸を中心とした熱帯文明を先につくるようになったのであった。そうして、この文明は、大陸から半島、島嶼へと移されて、涼帯文明をつくったのであり、これが再びソ連に渡って寒帯文明をつくるようになったのである。そうして今や、新時代の夜明けとともに、再び新しいエデンの温帯文明が、大きく開かれなければならないのであり、これは、当然、すべての文明が結実しなければならない韓国において成就されなければならないのである。


第四節 同時性から見たイエス当時と今日



 イエスの初臨のときと彼の再臨のときとは、摂理的な同時性の時代である。それゆえに、今日のキリスト教を中心として起こっているすべての事情は、イエス当時のユダヤ教を中心として起こったあらゆる事情にごく似かよっている。
 このような実例を挙げてみるならば、第一は、今日のキリスト教はユダヤ教と同じく、教権と教会儀式にとらわれている一方、その内容が腐敗しているという点である。
イエス当時の祭司長と律法学者たちを中心とした指導者層は、形式的な律法主義の奴隷となり、その心霊生活が腐敗していたので、良心的な信徒であればあるほど、心霊の渇きを満たすために異端者として排斥されていたイエスに、蜂の群れのように従っていったのであった。このように、今日のキリスト教においても、教職者をはじめとする指導層が、その教権と教会儀式の奴隷となり、心霊的に日に日に暗がりの中に落ちこんでいくのである。ゆえに、篤実なキリスト教信徒たちは、このような環境を離れて、信仰の内的な光明を体恤しようとして、真なる道と新しい指導者を尋ねて、野山をさまよっているのが実態である。
 
つぎに、今日のキリスト教信徒たちも、イエスの初臨のときのユダヤ教徒と同じく、イエスが再臨されるならば、彼らが真っ先に主を迫害するようになる可能性があるということについては、前のところで既に詳しく論じたとおりである。イエスは預言者たちによってもたらされた旧約のみ言を成就されたのち、その基台の上で新しい時代をつくるための目的をもって来られた方であったので、彼は旧約のみ言のみを繰り返して論ずるだけにとどまらず、新しい時代のための新しいみ言を与えてくださったのであった。ところが、祭司長と律法学者たちは、イエスのみ言を旧約聖書の言葉が示す範囲内で批判したため、そこからもたらされるつまずきによって、ついにイエスを十字架に引き渡す結果にまで至ったのである。
 これと同様に、イエスが再臨される目的も、キリスト教信徒たちが築いてきた新約時代の霊的な救いの摂理の土台の上に、新しい天と新しい地を建設されようとするところにあるために(黙二一・1〜4)、将来彼が再臨されれば、既に二〇〇〇年前の昔に語り給うた新約のみ言を再び繰り返されるのではなく、新しい天と新しい地を建設するために必要な、新しいみ言を与えてくださるに相違ないのである。しかし、聖書の文字のみにとらわれている今日のキリスト教信徒たちは、初臨のときと同じく、再臨主の言行を、新約聖書の言葉が示す範囲内で批判するようになるので、結局、彼を異端者として排斥し、迫害するであろうということは明白な事実である。イエスが再臨されるとき、まず多くの苦しみを受けるであろうと言われた理由は、正にここにあるのである(ルカ一七・25)。
 また、イエスの再臨に関する啓示と、再臨されてから下さるみ言を受け入れる場合の様子に関しても、初臨のときと同じ現象が現れるようになるのである。すなわち、初臨のときに、神はメシヤが来られたという知らせを、祭司長や律法学者たちに与えられず、異邦の占星学者や純真な羊飼いたちに与えられたのであるが、これはあたかも、真の実子が無知であるために、やむを得ず、血統的なつながりをもたない義理の子に相談するというかたちとよく似ているといえよう。また、イエスの再臨に関する知らせも、因習的な信仰態度を固守している今日のキリスト教指導者たちよりは、むしろ平信徒たち、あるいは、彼らが異邦人として取り扱っている異教徒たち、そして、良心的に生きる未信者たちにまず啓示されるであろう。そして、初臨のときにイエスの福音を受け入れた人たちが、選民であったユダヤ教の指導者ではなく、賤民や異邦人であったように、イエスの再臨のときにも、選民であるキリスト教の指導者層よりも、むしろ平信徒、あるいは、非キリスト教徒たちが、まず彼のみ言を受け入れるようになるであろう。イエスが用意された婚宴に参席し得る人々が、前もって招待されていた客たちではなく、町の大通りで出会い、すぐに連れてこられる人々であるだろう、と嘆かれた理由は実にここにあったのである(マタイ二二・8〜10)。
 つぎに、再臨のときにおいても、初臨のときと同様、天国を望んで歩みだした道でありながら、かえって地獄に行くようになる、そのような信徒たちが大勢いることであろう。祭司長や律法学者たちは、神の選民を指導すべき使命を担っているのであるから、メシヤが来られたということをだれよりも先に知り、率先してその選民を、メシヤの前に導かねばならなかったはずである。イエスは、彼らがこの使命を完遂することを期待されたので、まず、神殿を訪ねて、だれよりも先に彼らに福音を伝えられたのであった。しかし、彼らが受け入れなかったので、やむなくガリラヤの海辺をさまよわれながら、漁夫をもって弟子とされたのであり、そしてまた、主に罪人や取税人、そして遊女らの卑しい人々と応接するようになったのであった。そしてついに、祭司長や律法学者たちが、イエスを殺害するまでにことが至ったのである。これによって彼らは、神に対する逆賊を処刑したものと信じ、余生を聖職のために奉仕し、経文を暗唱しながら、所得の十分の一を神にささげ、祭典を行って、天国の道へと進んでいったのである。しかし、結局彼らが肉体を脱いで行きついた所は、意外にも、地獄であったのである。不幸にも彼らが天国へ行くつもりで歩みだしたその道が、彼らを地獄へと陥れてしまったのである。
 このような現象が、終末においてもそのとおりに起こるということを知るにつけ、我々はだれしも、もう一度自分自身を深く反省せざるを得ないのである。今日の多くのキリスト教信徒たちは、各々、天国の道へと邁進している。しかし、一歩誤れば、その道は地獄へ通ずる道となってしまうのである。それゆえに、イエスは、終末において、主のみ名をもって悪鬼を追いだし、あらゆる奇跡を行うほど信仰の篤い聖徒たちに向かって「不法を働く者どもよ、行ってしまえ」(マタイ七・23)と責めるであろうと言われたのである。このような事実を知るようになると、今日のような歴史の転換期に生きている信徒たちほど危険な立場に立たされている者たちはいないといえるのである。彼らがもし、イエス当時のユダヤ人の指導者たちと同じくその信仰の方向を誤れば、今日までいかに篤実な信仰生活をしてきたとしても、それらはみな水泡に帰してしまわざるを得ないのである。それゆえに、ダニエルは「賢い者は悟るでしょう」(ダニエル一二・10)と語ったのである。


第五節 言語混乱の原因とその統一の必然性



 人間が堕落しないで完成し、神をかしらに頂き、みながその肢体となって一つの体のような大家族の世界をつくったならば、この地球上で互いに通じあわない言語が生ずるはずはなかった。人間が、言語が異なるために、お互いに通じることができないようになったのは、結局、堕落により、神との縦的な関係が断ちきられるとともに、人間相互間の横的な関係もまた断ちきられてしまい、その結果、長い間、互いにかけ離れた地理的環境の中で、各々が別れ別れとなって相異なる民族を形成したためであった。また、最初は同一の言語を使っていたノアの子孫たちが、にわかに言語が通じなくなり、混乱を起こしたという聖書の記録があるが、そのいきさつは次のようなものであった。
 神の前で罪を犯したノアの次子ハムの子孫であるカナン族が、サタンの目的を遂げようとしてバベルの塔を高く築きあげた。ところが、天の側にいたセムとヤペテの種族たちも、この工事に協助していたため、彼らをして、互いに意思を通ずることができないようにし、サタンの仕事に協力できないようにさせるために、神は彼らの言語を混乱させてしまわれたのである(創一一・7)。
 
一つの父母のもとにある同じ子孫として、同一の喜怒哀楽の感情をもっていながら、これを表現する言語が異なるために、互いに通じあうことができないということほど不幸なことはないであろう。それゆえに、再臨の主を父母として頂く、一つの大家族による理想世界がつくられるとするならば、当然言語は統一されなければならないのである。サタンの目的を高めようとしてつくられたバベルの塔によって、言語が混乱状態に陥ったのであるから、今度は、蕩減復帰の原則に従って、神のみ旨を高めるための天の塔を中心として、あらゆる民族の言語が、一つに統一されなければならないのである。それでは、その言語はどの国の言葉で統一されるのであろうか。その問いに対する答えはあまりにも明白である。子供は父母の言葉を覚えるものである。人類の父母となられたイエスが韓国に再臨されることが事実であるならば、その方は間違いなく韓国語を使われるであろうから、韓国語はすなわち、祖国語(信仰の母国語)となるであろう。したがって、あらゆる民族はこの祖国語を使用せざるを得なくなるであろう。このようにして、すべての人類は、一つの言語を用いる一つの民族となって、一つの世界をつくりあげるようになるのである。

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