天聖經(増補版)/第十篇 平和思想

目次

第三章 世界平和の実現方案

第三節 文化と世界平和


1 人間が堕落しなかったとすれば、理想的な春の園を迎えていたでしょう。その理想的な春の園で、神様が喜ぶことができる人々として成長したでしょう。そのように育った人類は、この地上に新しい文化世界を創造し、その中で、平和で幸福に暮らしていたのです。万物が春夏秋冬の季節に従って順行するのと同様に、人類歴史もやはり、春の季節、夏の季節、秋の季節、冬の季節のような過程を経ながら、永続する世界にならなければならないにもかかわらず、人類が堕落することによって、私たち人間の世の中においては、人間が喜ぶ蘇生の時、栄光の一日を迎えることのできる喜びの出発を見ることができなかったのです。

2 神様の人間を通しての目的が一つの創造世界なので、そのような世界を人間も追求しなければならず、神様も成し遂げなければならないというのは、双方的な立場から見るとき、当然の結論です。

今日、歴史を通して一つの文化世界、一つの主権世界、一つの平和世界、一つの統一世界を指向しなければならないというのは、人類あるいは個々人の生活的な面において必要要件なのです。

3 世界文化体育大典は、人類の精神文化を収拾して人間の幸福のための真の価値を求め、神様と人間と万物が調和した平和な新しい文化世界を指向する、歴史的な行事です。全世界の学者、宗教者、言論人、政治家、青年の代表たちが地球村家族の一員として一堂に会し、人類和合の知恵と経験と実践を結集する祝典なのです。

4 美しさを追求し、それを表現しようとするのは人間の本性です。神様の創造理想に似た人間の内面世界は、情、知、意の三機能を発揮し、人間の肉身はその心の命令に感応して行動します。その結果、人間はいつも愛と真理と美しさを追求しており、それぞれ宗教と科学と芸術が、その表現の手段です。結局、宇宙万象は、創造主である神様の内的性相が多様な実体として現れた外的形状なのです。

5 芸術をする心の極致は、神様が一つ一つ自ら造られた作品である各種の万物万象を通して、無限に喜ぼうとされる創造主、神様の心情世界に到達することです。与えても、また与えようとし、ために生きても、またために生きようとしながら、条件なしに投入しても忘れてしまおうとするのが、神様の心です。その心情世界の根本は、真の愛です。被造世界に対する神様の創造理想は、その心情から出発したものです。芸術の原点は、その心に似ることにあります。したがって、芸術世界には国境がありません。特定の理念や理想がその道具になってはいけません。調和と統一が基本原理です。分裂と葛藤は堕落性の実です。したがって、作品世界でも、東洋は西洋を理解し、西洋は東洋を受け入れて、四方性の世界性を帯びなければならないのです。

  

芸術とスポーツを通じた世界平和


6 芸術と体育は、平和時代をつくるにおいて、欠くことのできないものです。そこにおいて、私たちが先端基準の世界的立場をつかんだという事実は、驚くべきことです。サッカー大会、そして芸術文化世界においてロシアのボリショイ・バレエ団以上になる看板を、既にみなもっているというのです。今後、自由と平和世界、戦争がない世界に向かう時には、必ず体育と芸術が必要なのです。

7 芸術を中心として大衆を善導しようと思います。舞踊は女性善導の武器であり、体育は男性善導の武器でした。この二つの武器を世界の頂上に、いかにして引っ張り上げるかということが先生の夢でした。これは、瞬間に大衆を動かすことができる力があります。気迫がそこにあります。この気迫を統一教会の精神と結びつければ、サタン世界を神様が凌駕するようになります。今まで天が怨恨を抱き、サタン世界を凌駕するためにどれほど苦心しましたか。この壁を乗り越えることができなくて苦労しました。しかし、壁を乗り越える時代においては、これを再びくじくことはできないのです。

8 今や、体育と芸術世界が新しくならなければなりません。バレエは西洋の舞踊の中で最高の舞踊ですが、これが今までは地に埋もれていたのです。それを先生が新しく引き上げようとするのです。体育もそうです。このようなものは思想がなければいけません。バレエも体操と同じで立派な技術が必要です。技術が入っていますが、そこに高尚な精神が入っていなければなりません。そうすると、何か分からなくとも、その魅力的な力についていくのです。

しかし、今、あらゆる芸術分野は、それが死んでいるというのです。体育の分野も、徹底した精神がなければならないのです。

9 スポーツは、本来、丈夫な体と安全な社会を維持するために現れたものであり、今日、数十億の人々の生活を楽しく豊かにしながら、全世界の隅々にまで拡大しています。このような万民のスポーツを通して、万民の平和に寄与できる方法を様々な側面から模索しなければならないのです。

10 体育と芸術を一体化することが先生の計画です。歌と踊りが運動と一つにならなければなりません。ですから、体操式の運動ではなく、音楽と一つになった舞踊式の体操形態をつくるのです。ですから、空手のようなものも、芸術化しようと思っています。その運動を、今、私が推進しています。体育と芸術を一つにするための運動を推進しているのです。そこに神様の思想が入っていくのです。

11 世の中の人たちは、なぜ宗教指導者である文先生が、体育やサッカーに関心をもっているのかと言うでしょう。これは、今後、文化祝典、文化オリンピック大会の時、若い人々の気迫を向上させるのに絶対に必要です。その国が栄えるか衰えるかというのは、若い人々の気迫によって左右されます。いくら知識が豊富で、立派で顔形が整っているとしても、気迫がなければなりません。気迫が上昇する若い人々をもった国は栄えるのです。ですから、思想が重要なのです。

12 世界文化体育大典は、体育だけするのではありません。文化が入ります。学者ならば学者、宗教者ならば宗教者、女性ならば女性のあらゆる特技を誇ることのできる大会です。それがどれほど素晴らしいか、考えてみてください。あらゆる存在は、陰陽合同、互いに愛を中心として一つになります。調和するためのものなので、このような大会をしたとすれば、それがどれほど素晴らしいでしょうか。

13 宗教は文化の中心なので、「世界宗教議会」と「世界平和宗教連合」は、世界文化体育大典の中心に位置するようになります。宗教的理想とその知恵と価値は、世界の中の教育、学間、芸術、体育、言論、政治、経済に宿り、その基準にならなければなりません。世界文化体育大典は、人類の精神文化を収拾し、人間の幸福のための真の価値を取り戻し、神様と人間と万物が、調和した平和的な新しい文化世界を志向する、歴史的な行事になるでしょう。

14 スポーツマンたちが感じるその感情の世界は、国境を超越します。一和天馬(イルワチョンマ)サッカーチームがアジアの代表になったとすれば、アジア人の注目の的になります。南米に行って席巻したといえば、全世界のサッカー関係者たちの耳目がここに集中するのです。宗教性なしに一和サッカーチームを中心として、いつでも誰でも歓迎しようとし、相手をしようとします。サッカーといえば、南米が一番上手だというのは誰でも知っています。ですから、それ以上に上がれば、世界が一和サッカーチームについて回るというのです。九十分という短時間の間に、世界の数十億の人類が、一緒に拍手し、万歳を唱えることができるのはこの運動しかありません。

15 先生は、なぜサッカーチームをつくり、運動に関心をもつのでしょうか。運動は、和合と平和を増進するのに必要です。有名なサッカーチームが競技をすれば、全世界が見るようになります。ボクシングは個人競技ですが、サッカーは十一人でしなければなりません。そのサッカーチーム自体が、融合されなければなりません。一つにならなければなりません。和合されなければならないのです。争いや闘争なしに、平和と調和が広がるのです。

そして、競技場に出てくるサッカーチームに出会うことが、自分の生活よりもっと好きになります。そこで、統一がなされるのです。ですから、サッカーチーム自体が和合と統一です。一つです。これが私たちの家庭に必要であり、社会に必要であり、国家に必要であり、天地に必要なのです。平和が必要だというのです。平和にならなければ、統一されないのです。

16 先生は、一九六〇年代からリトル・エンジェルスを創立して、韓国の美しい芸術世界を全世界に宣揚してきました。これを土台として「愛天愛人愛国」を建学理念とする仙和芸術学校を創立しました。さらには、ユニバーサル・バレエ団を韓国に、そしてキーロフ・バレエ学校をアメリカの首都であるワシントンに創設し、ニューヨークにはニューヨーク・シティ・シンフォニー・オーケストラを創立したのです。

17 今日の芸術分野を見ると、真の愛を完全になくそうとする先頭に立っています。歌を歌ったり、運動をしたりする人も同じです。冬季オリンピック大会を見ても、若い人たちが堕落の行動を見せています。それを防ぐために、先生が芸術分野においてリトル・エンジェルスやユニバーサル・バレエ団をつくりました。正反対です。芸術分野において俳優学科をつくり、体育や武術の学科までつくっておいたのです。本然の愛を中心として、ひっくり返して掌握しなければなりません。

18 一九六〇年代に先生は、韓国の文化を他の国に紹介してみようという夢がありました。その時、私は韓国の子供舞踊団リトル・エンジェルスをつくりました。これまで、リトル・エンジェルスは、世界の六十以上の国家で公演をしました。そして、三百回以上のテレビ放送に出演しました。舞踊団は、子供たちで構成されています。なぜなら、私の感じるところでは、子供たちこそどこの誰よりも精神世界をよく表現するからです。いくら批判的な人であっても、子供たちの前ではいつものマスクを脱いでしまい、あらゆる人間が本質的に追求する純粋さと愛を感じるようになるのです。

  

言論を通じた世界平和


19 言論は、行政、司法、立法に続く第四の権力であるといわれるほど、社会に莫大な影響力と権力を行使しています。その強大な言論の権力は、善のために使われるべきであり、世界平和のために寄与する権力になるべきであると信じています。言論人たちも専門職業人である前に、その根本はみな神様の子女たちです。

皆さんは、神様が願われる道義世界、真の平和の世界に特別に召命された平和のチャンピオンたちです。このような言論人たちの自由な討論の場として、究極的な道義世界の具現を目標とした「世界言論人会議」があるのです。全世界と人類が神様の摂理の中で、究極の真の平和世界に向かって進むこの時に、言論は神様から召命を受け、平和世界具現という重要な使命があります。言論は、平和を熱望する他のあらゆる努力と連合して、地球村時代に人類大家族の理想を具現するのに強力な影響力を行使し、真の平和と道義世界実現の主役となって、勇敢に雄々しく前進しなければなりません。

20 言論機関は、社会的な面で道義に責任を負い、国家を発展させることのできる教育機関です。記者自身も人格ができていなければなりません。先生は、退廃思想に陥るアメリカの言論機関と闘う人です。今まで言論機関は、先生をどのように扱ってきましたか。むやみにたたかれました。それでも、一言も言い返しませんでした。実力は無言のうちに表れてくるのです。

言諭機関の歴史はこうでなければならず、その歴史を構成していく言論人はこうでなければならないという定義がありません。それで、先生が言論人大会を今までしてきたのです。言論人の責任を追及するために、今まで「世界言論人会議」をつくって、そのことをしてきたのです。責任的言論人になりなさいというのです。その信念に自分の命を懸けて責任を負わなければならないのです。

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