天聖經(増補版)/第五篇 真の家庭

目次

第四章 真の子女の教育と家庭天国

第四節 子女教育の主要内容


1 父母は、息子、娘にどのような教育をしなければならないのでしょうか。知識教育をするのではありません。愛の教育をしなければなりません。父母が、互いに一つになる教育をしなければならないというのです。天が好む父母であり、また母が好む父であり、父が好む母であり、二人とも嬉むと同時に、息子、娘が好む父母であり、父母が好む息子、娘だということを教えなければならないというのです。

2 神様を中心として見ても、アダムとエバを中心として見ても、四位基台です。このように見ても、あのように見ても、すべて、四位基台だというのです。ですから、神様の愛を中心として神様のみ前に愛の教育を受けなければなりません。その起源とはどこでしょうか。人間から始まるのではありません。神様が父母なので、アダムとエバは神様から愛の教育を受けなければなりません。そのアダムとエバの価値基準の設定は、どこから行われるのでしょうか。神様の愛の教育からです。それでは、愛の教育を受けるのは、いつの時まででしょうか。父が知るあらゆる価値の基準を推し量ることができる時まで、言い換えれば、成熟する時までは、父母の愛を受けて育たなければなりません。

  

愛·本性·祝福教育


3 皆さんが父母になったのは、神様の代身としてです。ですから、愛の道理を教えなければならず、愛の家庭や国の理想を教える師にならなければならず、その主人になる資格をもつ者を養育しなければなりません。

今まで学校が教育をしてきましたが、それは教育ではありません。技術教育です。本性の教育は家庭でしなければなりません。それでこそ、本然の血統を相続することができるのです。千年、万年、血統を通して父母に似た子孫を残さなければならない厳粛な使命があります。運命ではありません。これは宿命的な責任です。父母を分けることはできません。兄弟を替えることはできません。このような原則を知ることによって、家庭の伝統を天の前に立て、真の父母の実、真の師の実を結ばなければなりません。愛を中心として血統を清めるということです。その次には、真の主人の位置、千年、万年同じ血統の主人の位置を残さなければならないのです。

4 祝福を受けた食口は、神様の主権、神様の民、神様の領土について観念的ではなく、実体的に常に考えなければなりません。これに責任を負った立場で活動する時です。ですから、一歩踏み出すときも、この目標を達成するために踏み出さなければなりません。

子女たちを教育するときにも、どのようにすればみ旨に対する使命を果たす人として教育できるのかを考えなければなりません。乳飲み子に乳を飲ませるときにも、このように考えながら飲ませなければなりません。このように生きれば、私たちは個人ですが、全体の生命、願い、価値を身代わりしていることになります。ここにおいて、天地の前に立てられる価値が決定されるのです。

5 子女教育をよくしなければならないのはもちろんであり、祝福を早く受けさせなければなりません。皆さんの家庭の三代が祝福を受ければ、縫い合わせることができます。皆さんが死ぬ前に、三代が祝福を受けなければなりません。そうして越えていかなければならないのです。イスラエル民族も、アダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭、この三家庭を中心としてすべて連結されたのと同じように、皆さんも三代の基準を連結しなければなりません。

そのようにするためには、どのようにしなければならないのでしょうか。皆さん自身もそのような条件に該当する息子、娘と親戚を中心として、氏族をつくらなければなりません。そうしてこそ、その氏族を中心として譲歩することもでき、譲歩されることもあるというのです。

6 皆さんは、皆さんの妻を、「この娘は、神様の三大愛を受けるときに、世界にまたとない娘として愛を受けた人であり、世界にまたとない妻として愛を受ける人であり、今後世界の誰よりも母として愛を受ける人だ」と思わなければなりません。ですから、皆さんは、子女たちから「私の父母は世界で一番だ。神様以外には、私たちの父母よりも偉大な人はいない」と誇られる教育をしなければなりません。それが統一家庭の教育法です。神様が「そうだ」と言うことができ、皆さんの子孫が「そうだ」と言うことができれば、それが公認されるのです。先生の子女たちも、「神様の次には、私たちの父だ」と言います。皆さんも、そのような思想を子女たちに教育しなければなりません。

7 父母は、兄弟同士が愛し合うことを教えてあげ、父と母を愛することを教えてあげると同時に、「私は、あなたたちを愛するのと同じように、国をこのように愛しているので、あなたたちも、国をこのように愛さなければならない」と教育しなければなりません。そのように教えてあげれば、分かるというのです。ほかの教育は必要ありません。「私たちの家も、父も、私もそのように生きるので、国の家々がすべてそのように生きるのだな。私たちの家のように世界的、国家的な基盤を形成することが、その国のための愛国なのだな」ということが分かるようになっているのです。

8 皆さんは、教育をするのに、国より世界のために生きる人になりなさい、と教えなければなりません。先生は、国の忠臣にならずに、世界のために聖人の道理を果たしなさい、と教えます。聖人の道理だけでなく、聖人の道理は国を治める法があるので、天の国に入って王子の道理を果たしなさい、と教えます。王子の道理、天の国の王子になることのできる道理を教えてあげるのです。

9 子女を前にして走っていきながら、「私が死んでも、お前はこのリレーのバトンを握って走らなければならない。私が苦労して骨を折るのは世界を生かすためだ。それでこそ、そのような世界が来るのだ。それが神様の願いであり、真の父母様の願いであり、お前の父の願いであり、お前の母の願いであり、お前の願いに違いないので、万世に永遠不変、天下の人たちが称賛できる願いであるに違いないので、この道を行かなければならない」という教育ができる真の父母にならなければなりません。死んでいきながらでも、このことを残して逝かなければならないのです。

10 皆さんは、息子、娘をつかみ、「私の愛する息子、娘たちよ!あなたたちは、父母に負債を負ってはならない。父母に負債を負わないだけでなく、あなたたちの兄弟にも負債を負わず、あなたたちの隣人にも負債を負ってはならない」と教えることができる教訓の材料を自らもたなければなりません。「私は、一生を通して、負債を負わないように千辛万苦の努力をして、このように手が曲がってしまい、手が荒れて馬革のようになってしまった」と教育しなければなりません。「この手は、周囲のために生きて、他のために生きてこのようになった」と教えなければならないのです。

11 本当の師は、学問を教える師よりも、愛を教えてくれる立場に立った師です。父母は愛を中心として、血統が連結された一体圏内にいることはもちろんですが、子女に対する教育も愛を中心としてしなければなりません。ですから、「兄弟間ではこうでなければならず、夫婦関係はこうでなければならず、一家を率いるにおいてはこうでなければならない」ということを教育しなければなりません。したがって、あらゆる面において、「家和万事成」と言うことができるように、愛をもって教育し、「愛の主人になりなさい」と教えなければなりません。これが父母の役目なのです。

  

父母が模範を見せなければならない


12 兄弟は、父母が互いに愛し合うのを見習わなければなりません。母の代わりとしての娘であり、父の代わりとしての息子なので、父と母が愛し合う愛の伝統を見習いなさいというのです。しかし今まで、サタン世界にはそのような父母がいなかったので、真の父母を中心として孝行する道理を見習いなさいと教育しなければなりません。

統一教会において、先生の家庭と皆さんの家庭、先生と皆さん個人を見るとき、皆さんの息子、娘も、先生に対する皆さんの心を学ぶでしょう。子女は、父母の心情を学ぶのです。子女たちが、「私たちの父母は、どれほど困難なことがあってもそれを実行する。時間を超越している。また、環境を超越している。疲れを超越している」と言うことのできる父母にならなければなりません。

また、子女たちが父母の命令であればいかなる環境であっても動くことができる伝統を、家庭に立てなければなりません。そうして子女たちが、「この道は、父母が歩んだ道なので行かなければならない。すべての条件から見るとき、実行できることではないか!」と言うことができなければなりません。また、夫婦が父母のために生きるのを、その子女たちをして見習わせなければなりません。そして、子孫たちを教育できる基準を立てなければならないのです。

13 天の教育をしなければなりません。教育するのに、まず皆さんが模範とならなければなりません。先に孝子とならなければならないのです。皆さん自身がまず天の法度に従って孝子となり、孝女となってこそ、そこから天の伝統的な孝が成立します。皆さんはその立場において、天の国のために、み旨の前に忠臣となる道理を、皆さんの息子、娘に教えなければなりません。

大韓民国ならば大韓民国のために、息子、娘が泣く時は、あなたたちは国のない民だと、あなたたちが暮らしているこの大韓民国は、あなたたちの本当の国ではないと、再び迎えるべき国があることを、手を握って涙を浮かべながら教えることができる父母にならなければなりません。懐に抱いた赤ん坊の息の音を感じるがごとくに、天の憂いを共に感じながら涙を流すことができる立場で教育しなければなりません。そうしてこそ、教育の幅が広がるのです。

14 皆さんがもっているものは、父のものだと考えなければなりません。息子、娘は父に捧げなければなりません。イエス様の代わりに天のために忠誠を尽くす息子、娘をつくることができなければならないのです。

父母になれば、どんなことをしてでも、息子、娘が統一教会の正道を行くようにしなければなりません。そうでなければなりません。そして、自分自身も正道を行かなければなりません。自分が先に行ってから、子女に教えなければならないのです。

子女を教育するためには、自分が先にそのようにして、そのあとに子女を教育するべきであって、自分はせずに教育しようとするのは、天道に外れるのです。先生が皆さんに話すすべてのことは、先生が先に実践して勝利の基盤を築いたあとに教えるのです。

15 個人の運勢は家庭の運勢に従わなければならず、家庭の運勢は社会の運勢に従わなければならず、社会の運勢は国家の運勢に、国家の運勢は世界の運勢に、世界の運勢は天運に、天運は神様に従わなければなりません。自分の生活が世界と天運と神様の運勢と接触する心情を中心として、そのような関係をもって今日の生活圏内で生きるとき、その人の生活は、世界を代表した生活圏になります。その人は、天下の誰も止めることはできません。

妻が見て恥ずかしく思う夫にならないでください。妻は神様の特使です。息子、娘は天の特使です。「私」を監視し、「私」を教育して正しこに行くようにするための一番の側近としての特使だというのです。子女の前に恥ずかしい父親になってはいけません。その天の特使たちを食べさせるのに、盗んだものをもってきて食べさせるなということです。詐欺を働いて天に仕えることはできません。先祖に仕えることはできないのです。

16 子女を呼んで教育するときは、「私の願いがこうなので、あなたはこのように行かなければならない」と言わなければなりません。夫が死ぬ時は妻に、妻が死ぬ時は夫に、父母が死ぬ時は子女に、このような遺言をしなければなりません。「私が良心的に見るとき恥ずかしくなく、愛する息子に宇宙で最も良い贈り物を与えたいので、私が歩んだこの道を継承してほしい」と言うことが最高の遺言です。それが遺産の中の遺産です。「そうすれば世界があなたのものになり、神様と宇宙があなたの所有になる」と言うのです。

17 息子、娘たちに、「夫婦とはこのように暮らすものだ」という模範を見せなければなりません。「父母は、あのように仲良く暮らすのだなあ。私も早く結婚してあのように暮らしてみたい」と言わせなければなりません。すべて学んで実践するように、父母が教育するのです。父母にかかっているのです。

18 教育の本堂が家庭です。先生がお母様と結婚する時に約束したことは、子女たちの前で涙を見せる父母になってはならないということでした。子女に何の罪がありますか。いくら腹が立って悔しくても、朝になって子女が父母に挨拶しにくる音を聞けば、いくら涙を流しながら泣いていても、きのうと同じ姿勢をとらなければなりません。ですから、母親は、子女をさっと抱いて自分にキスさせ、父親にキスさせることができなければならないのです。

19 夫婦が一つにならないところには、自由もありません。平和もありません。ですから、皆さんが平和を思い描くなら、心と体が絶対に一つにならなければなりません。これが先生の教育の第一条です。今まで聖賢たちは、世の中がみな悪く、自分たちが優秀だと思いましたが、違います。第一条が誤っています。父母、夫婦同士が一つにならなければ、天下が唾を吐くのです。夫婦同士が一つになり、一代と三代が一つになれば、天下が訪ねてくるのです。

20 孝子にならなければならず、忠臣にならなければなりません。今まで孝子になれず、忠臣になれませんでした。聖人になれませんでした。世界国家を愛する気持ちで、兄弟たちのために祈らなければなりません。それでこそ、父母様に従って、聖子の地位をもって神様のみ前に現れることができます。それが公式です。

皆さんが家庭で先生に侍る姿を、子女たちが教育を受けられるように、みな見せてあげなければなりません。「この方は歴史的な受難の道を経てきたので、私たちがこのように侍ることよって、先生の代を継承したすべての祝福が私たちの家庭にやって来る」と言うのです。

21 皆さんに息子、娘がいれば、その息子、娘に父と母が言い争っている姿を見せてはいけません。絶対にそれを見せてはいけません。約束するのです。先生の家庭も同じです。子女たちが今まで、「私たちの父母は絶対にけんかをしない。私たちの父母は、この世で一番良い父母だ」と言うのです。いかなる国の王よりも、誰よりも希望峰の主人公だと言えるように教育しなければなりません。息子がいれば、「私は父のようになる」と言い、娘がいれば、「私は母のようになる。母のような女性になる」と言えるようにならなければなりません。それが教育なのです。

22 息子、娘たちが、「父母がけんかするのを一生の聞、見たことがない」と言わなければなりません。暮らしてみれば、ありとあらゆることがあります。そうかといって、それにかみついて、しつこく追及してけんかをし、後ろ指を指してはいけません。「いくら父親が残念に思っても、怒った顔で息子と向き合ってはいけない」というのが先生の哲学です。

ですから、「私」の子女たちは、いつも平和で、いつも仲むつまじい父母だと思います。母の中で一番であり、父の中で一番だと思うのです。

父母は第二の神様です。「神様を所有したいか、父と母を所有したいか」と問いたとき、「父と母を所有したい」と言うことを神様も喜びます。それが貴いことです。教育の中で最も貴いことなのです。

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