第三節 理想的な子女と兄弟関係
1 子女とは何でしょうか。神様がどれほど人間を愛したかを教育することができ、それを教えてくれ、体恤させるためのものが子女です。その子女を通して、神様がアダムとエバを造っておいて、どれほど喜んだかを知るようになります。皆さんが子女を愛するのは、神様が人類始祖を造っておいて喜んだのを体験するのです。神様と同じ立場で、子女を愛することのできる人にならなければならないので、息子、娘を生まなければならないのです。
子女の意味と必要性
2 自分の息子と娘を、王子と王女のように育てなければなりません。そして、王と王妃のように、自分の父と母によく侍らなければなりません。天の国の家庭法がそのようになっています。そこに争いはあり得ず、命令一下で一瀉千里(いっしゃせんり)です。その家庭全体の背景の根本思想は、「ために存在する」というものです。そうでなければ、平和が訪れることができません。
3 本来、アダムとエバは王子と王女でした。神様の恨は、王子と王女がどのように生きなければならないのかを教えてあげられなかったことです。そのように教育できなかった恨を解かなければなりません。アダムとエバは王子と王女です。本来、男性は王子であり、女性は王女だったというのです。
ですから、天国に入ることができる人は、王子と王女の心情を経た人でなければなりません。そうでなければ天国に入れないようになっています。アダムとエバは、神様の息子、娘として、神様から王子と王女としての教育を受けられませんでした。それから、兄弟の教育を受けられませんでした。兄弟の教育を受けていたならば、万民兄弟の縁を中心として、満天下が一つになり得たでしょう。このように、本来、人間は、天の王宮で王子権、皇族権の心情を体恤して暮らした人々なので、天国に行くというのです。
4 子女は、未来の王権を伝授されます。皆さんは、大きな国の王として送るために、王位継承者を育てているという心をもたなければなりません。ですから、生んで教育し、育てて出世させることを願います。生まれた時に、真の父母になり、真の師になって、真の主人の立場に立てようとするのが、人類のすべての父母と国家が望む願いです。子女は未来の王なのです。
5 息子、娘は第三の神様です。第一の神様は自分の祖父母であり、第二の神様は父母であり、第三の神様は息子、娘です。ですから、息子、娘を神様のように愛しなさい、というのです。世の中の父母たちもそうです。兄弟たちが父母を愛することよりも、兄弟同士が争わずにより愛し合うことを願います。父母の愛にプラスして、兄弟同士がもっと愛し合わなければなりません。自分の父母を標準として、それ以上にもっと素晴らしく生きよう、と考えなければなりません。
本来、私たちの先祖が生きていた以上に、幸せに生きようと考えなければなりません。それが標準です。そのように生きる人は、間違いなく天国に行くのです。エデンの園には、これを教育する方法がありませんでした。しかし、私たちには、これを教育できる原典があります。天の国の皇族にならなければ、本然の天の国に入ることができません。それを教育できる本然の教材のような生活環境圏の舞台が、私たちの家庭なのです。
6 息子、娘を生んで大切にするのは、世界を愛することを学ぶためです。息子、娘は世界と連結され、未来と連結されます。息子、娘がいなければ、未来と連結できません。未来世界と連結できる教育の材料として、息子、娘を与えたのです。その次には、先祖たちや祖父母は、霊界に対する教育のためにです。霊界に対する教育を受けるためのものなのです。
7 先生は、どこかに行ってくれば、子女たちにキスをしてあげます。それが私の生活の習慣になりました。また、子女たちは、父に挨拶するときにも、父とキスをします。どこかに行くときも、父に話してから行き、良いことがあれば父のところに来て話します。そのような思想を育てなければなりません。そうすれば、神様が喜んで御覧になるのです。
神様のために、世界のために育ててあげなければなりません。自分の息子、娘もその道を行かなければなりません。子女を生むのは神様のためです。子女を育てるのは世界のためなのです。
8 聖書を見ると、愛を中心とした話が多いのです。父母が子女をたくさん愛すれば愛するほど、父母と子女は不幸になりません。このような法度があるので、愛のために苦労すれば、その愛を占領するようになります。ですから、神様のために苦労することは、神様の愛を吸収することなのです。
9 子女の多い人を見れば、苦労が多いと言うかもしれませんが、その一面では子女のいない人が感じることのできない幸福を感じるというのです。子女を育ててみた人は、それが分かるでしょう。子女を育ててみた人と子女を育ててみることができなかった人を見てみるとき、子女を育ててみた人は、自分の子女たちにいくら複雑な事情があっても、人生に満足を感じますが、子女がいない人は、そのようなことを感じることができないというのです。
子女たちによって人生の満足を感じるのです。置かれている環境が複雑だといって、不幸なのではありません。そこにはあすの希望が接ぎ木されています。他人がもつことのできない息子、娘が多ければ多いほど、各分野で四方性を備えて、新しい希望をもつことができるので、自らの困難な環境も克服できるというのです。
10 子女が多いことは福です。子女が多いことがなぜ福であり、子女を抱える人がなぜ福が多いのでしょうか。この心情圏を中心として大きくなるので、それだけ天の国の同位権の基準に近い、高い位置に上がるのです。それだけの系列が生じるのです。神様のあらゆる福を受けることのできる相続権をもつので、神様が福を与えることができます。「あなたは福を受けなさい」と言えば、福を受けるのです。そのような権限があるというのです。
11 夫婦に子女がいなければ、一代でみな終わります。上下、前後、左右の相対的理想関係がないので、そこで終わるのです。ですから、霊界に行くようになれば、息子、娘を生むことができなかった人は苦しいのです。神様が中心軸にいるのですが、反対の立場で永遠に暗闇を見つめて生きるのです。ですから、子女をたくさん生んで育てた人々は罪を犯せません。また、誰かを憎めません。十二人の息子、娘を育てれば、人間が生存する標準である十二種類の型の人を連れて暮らすことになるので、彼らが動くすべての目的が理解できるのです。
12 自分に一番近い相対を中心として、それだけで満足せずに、なぜ子女を残そうとするのでしょうか。子女を残すのでも、子女が少ないほど良いのでしょうか、多いほど良いのでしょうか。人の欲は自分が善の位置に立ったか、高貴な位置に立ったか、自らが価値的存在だと考えれば考えるほど、その価値的存在を中心として子孫をたくさん残したいと思うのです。それが人の本性です。
理想的な兄弟姉妹関係
13 家庭には父母がいて、その膝下には多くの子女たちが育っています。その多くの子女たちには、各自の個性があります。様々な個性をもつ兄弟たちが自分を主張できるのは、父母の愛と根が同じだからです。そのような主張は、いくら幼い弟と妹の主張だとしても、兄弟たちが無視できません。なぜ無視できないのでしょうか。父母の愛を中心とするからです。大きくても小さくても、父母が共にある立場では、いくら弟と妹の立場にあっても、その弟と妹は父母の愛と一つになった立場にいるので、彼が主張することを認めなければなりません。また、それが歓迎されるように動くのが、家庭生活なのです。
14 兄がいて姉がいるならば、兄の意志と姉の意志が違うこともあり得ます。しかし父母の意志はそうではいけません。兄の意志も父母の意志と連結されなければならず、姉の意志も父母の意志と連紹されなければなりません。そうして、その意志を論じるようになるとき、権威があるのです。兄としての権威があり、父母が認めることのできる基盤に立って主張するときは、父母の代わりの兄としての権限をもつのです。そのような立場で主張をしなければなりません。姉は姉としての権威があるのです。いくら弟や妹であっても、父母の愛と一つになって主張するところには、父母と同位圏、同参圏に立つことができます。同じ立場に同参できる権限があるというのです。
15 神様を中心として一つになるとき、千態万象に回るようになります。ですから、兄弟間で愛し合うのも、父母が子女を愛するのを見習って、兄は弟や妹を愛さなければなりません。そのように愛し合って一元化された家庭は、家庭愛が花咲くのです。これがまた、社会愛になります。これがさらには民族を愛する民族愛になります。このように愛すれば、世界愛になるのです。
16 皆さんが父母の愛を受けるのは何のためですか。夫婦である父母が互いに寄り添い、互いに愛し合うその動機が皆さんによってできているからです。ですから、その動機を中心として兄弟同士が互いに愛し合うその愛は変わりません。それを中心として隣人を自分の体のように考えて生活するとき、正しい社会環境が広がるのです。家庭を中心として見れば、その家庭が蘇生であり、社会が長成であり、国家が完成なのです。
17 父母の愛を中心として兄の立場に立った人は、自分を犠牲にしていきながら父母の代わりに弟や妹を愛するのが愛の秩序であり、伝統です。兄という立場は、兄弟の中で一番苦労しなければならない責任がある立場です。父母のために、兄弟のためにです。それが兄だというのです。父母は子女を代表して、子女たちよりもっと苦労するのです。子女のために愛を中心としてそうするのです。その場は涙が交差しても離れたいと思いません。涙を流しながらもついていく道がそこにあるのです。
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