天聖經(増補版)/第二篇 真の父母

目次

第一章 真の父母とは

第二節 真の父母の顕現


1 歴史は、男性と女性を接触させてきました。男性と女性は一つの基点でつながらなければなりません。その連結は、真の父母を中心としていなければならず、その真の父母は、歴史の起源として出発しなければなりません。言い換えれば、アダムとエバを中心として歴史が出発していれば、永遠の結果の世界まで伸びていくはずでしたが、これが失敗したので、歴史の起源を再びつくらなければなりません。

そのようにしようとすれば、広がってきた歴史を収拾しなければならないのですが、そのためには、真の父母を中心として、一人の男性と一人の女性を必ず結んでおかなければなりません。そのようにしなければ、新しい歴史時代に移ることができません。これが、統一教会が現実的にすべきことです。統一教会を指導している先生の責任は、真の父母を立てなければならないということです。これは、今まで、誰も考えることができなかった重要な使命です。

  

真の父母を復帰してきた歴史


2 アダムとエバが堕落する以前、神様の願いとは何だったのでしょうか。アダムとエバが、本然の真の父母を中心とする真の血族として、氏族、民族、国家、世界を形成することでした。そして、天国世界を成し遂げることが、本来神様の創造理想でしたが、人間が堕落することによって、父母が壊れていき、子女が壊れていき、結局、今日のような世界になってしまったのです。

この地球上で暮らしている人類が、一様に、真の父母の血統的関係を経ることができていない現世のこのような状態では、神様と関係を結ぶことができません。したがって、真の父母として来られる方が再臨主です。六千年歴史は、失ってしまった真の父母、すなわちアダムとエバの完成基準を復帰する歴史だったのです。

3 蕩減復帰原則により、父母が必ず出てこなければなりません。もしイエス様が未婚の新郎の立場で、娘の立場にいる花嫁を探し出していれば、どれほど良かったでしょうか。しかし、イエス様は、蕩減復帰路程で成し遂げるべき蘇生、長成、完成の段階を成し遂げることができなかった立場で来られたので、これをすべて越えて勝利の基盤を築かなければなりませんでした。

このように、内外で勝利の基盤を備えようとすれば、エバによって堕落した経路と反対の経路を経て、先に罪を清算しなければなりません。このためにイエス様は、新郎の部屋を準備しなければならず、花嫁を探さなければなりませんでした。そうであるにもかかわらず、これをすることができなかったので、イエス様は断食祈祷をしたのです。それが神様の恨になり、イエス様の恨になりました。人類を生かすのが願いであり、目的だったので、そのみ旨を果たすことができずに十字架で亡くなったイエス様は、再臨されなければなりません。イエス様が再臨されるとき、先に何をすべきでしょうか。弟子たちに出会うことではありません。花嫁を探さなければなりません。この花嫁が、今日、新郎が来るのを待ち望みながら準備してきたキリスト教です。

4 真の父母が現れるためには、真の息子、娘がいなければならず、真の息子、娘が現れるためには、真の僕がいなければなりません。神様の復帰歴史路程を見れば、僕の時代を経て、子女の時代を経て、父母の時代を迎えるように、神様は役事(働き)してこられたのです。また、僕の時代から、養子の時代、子女の時代を経て、父母の時代まで復帰してくる間、霊界にいる霊人たちも協助してきました。外的に、一国家の基準を超えて世界的な基盤が備えられなければ、真の父母はこの地に来ることができません。

5 神様は、ノアとアブラハムを経ていく二千年の摂理歴史期間があったのち、ヤコブをして初めてイスラエル民族を形成できる基盤を築くようにされ、その民族を通して国家を形成するようにされました。そのようにするためには、個人が僕の立場で神様に代わってサタンと対決して勝たなければならず、養子の立場で神様に代わってサタンと闘って勝たなければならず、直系の息子、娘の立場で神様に代わってサタン世界と闘って勝たなければなりません。そのようにしなければ、真の父母を迎えることができません。ですから、摂理歴史は、旧約時代から新約時代を経て、今日まで長い歴史を経てきているのです。このように、僕の立場を復帰し、養子の立場を復帰した基盤の上で、直系の息子、娘の立場を復帰して勝利の基盤を築いておいたのちに、真の父母を立てるのです。これが、神様がこの地上にメシヤを送られた目的です。

6 二千年前に来られたイエス様は、僕の立場で闘って勝利され、養子の立場で闘って勝利され、直系の息子の立場に進まなければなりませんでした。これがイエス様の立場でした。養子の立場と直系の息子の立場を経たのち、イスラエル民族を基盤として真の父母を立てることが、神様がイエス様を送られた目的でした。またそれは、イエス様がこの地上に来て、果たすべき使命でした。

ところが、イエス様が十字架にかかって亡くなることによって、全体的な基準で勝利の基盤を築くことができず、霊界を中心として真の父母を開拓してこられたのです。ところが、まだ、個人的な位置、家庭的な位置、民族と国家的な位置をつかめずにいます。ひたすら天のみ旨に対する個人と家庭と民族と国家を立てて、今まで巡り巡ってきたのです。

7 世界的な時代を迎えて、天は必ず、約束されたように新郎となる主を送ってくださいます。そして、新婦を選ばれ、真の勝利の基盤を築かれるのです。真の父母の位置は、本然の創造目的の位置なので、そのような位置を築くため、神様は今まで六千年間、闘ってこられたのです。ですから、六千年の復帰摂理歴史は、この真の父母を迎えるための歴史だと言っても過言ではありません。その真の父母は、六千年の摂理史全体に代わる方です。それで、その真の父母を探し出せなかったことが、人類全体の悲しみだったのであり、苦痛だったのであり、悲哀だったのです。

8 人類歴史は真の父母を復帰する歴史である、と言うことができます。真の父母を復帰しなければ、真の子女があり得ず、真の子女を立てなければ、真の家庭と真の氏族と真の民族、国家、世界、天宙はあり得ません。神様は、今までこの基準を立てるため、六千年という長い歳月を苦労してこられました。

今から二千年前に来られたイエス様は、この地上に初めて真の父母の栄光として来られた方でした。イエス様が真の父母として現れるためには、言い換えれば、真の父母は歴史的な結実体なので、イエス様が歴史的な結実体として立つためには、一面的な勝利をするだけではいけません。息子の使命を果たすだけでもいけないのです。父母の使命を果たさなければなりません。

9 イエス様はこの地上で、肉的には息子の立場を復帰する路程を経ていかなければならず、霊的には父母の立場を復帰する路程を経ていかなければなりませんでした。このように、両面的な立場で責任を果たして、神様と一つになる起点を立てなければなりませんでした。その起点は、個人的、家庭的、民族的、国家的イスラエルの基盤となるのです。このようになっていれば、霊的、肉的に真の父母の基準を立てることができたはずですが、イスラエル民族がイエス様を不信することによって、その基準を立てることができませんでした。

創造原理を見れば、真の父母は、霊的、肉的に神様の祝福を受けた人でなければなりません。ところが、イエス様はイスラエル民族の不信によって、真の父母になることができませんでした。イエス様は、霊界に行かれても、真の父母をお迎えできる基盤を築いてこられたのです。これはどういう意味でしょうか。この地に再び来られる主は、霊的な父母の立場を復帰しなければならず、肉的な父母の立場を復帰しなければならないという意味です。

10 イエス様は、地上ではなく霊界で摂理してこられたので、キリスト教を信じる人たちはすべて、霊的な父母と関係を結んできたのです。この地に再び来られる主は、イエス様が洗礼ヨハネからすべての祝福を相続しなければならなかったのと同じように、イエス様が霊界で築いておかれた霊的な個人、家庭、国家、世界的な基盤を、イエス様から相続しなければなりません。そのような立場を経なければ、真の父母をこの地に立てることはできません。

11 イエス様が新郎として父母の位置に進むには、花嫁がいなければなりません。その新郎新婦は、堕落していない人間の先祖として、人類の真の父母にならなければなりません。真の父の立場になる方がイエス様です。この地に人類の真の父として立とうとすれば、真の母がいなければなりません。イエス様は、息子の使命を完結しましたが、真の母となる花嫁を探すことができませんでした。それで、霊的な父母だけを残していったのです。イエス様は、新郎として天の代身となり、聖霊は、花嫁として地の代身となり、霊的父母の基準を立てたのです。

本来、夫婦は、実体をもって平面上に立たなければなりません。これが、イエス様が本来、成すべき目的でした。それが霊的にだけ成されたので、霊界と肉界が一つになることができなかったのです。そして、新郎であるイエス様は天に上がり、花嫁である聖霊は地に下って、霊界と肉界を一つにしようとしているのです。

12 アダムとエバが思春期を経て成熟し、人生の春の季節を迎えるようになれば、神様が結婚させてくださったはずです。そのとき、神様は、彼らの結婚式をしてあげなければなりませんでした。それをしてあげられなかったので、キリスト教を中心として、「小羊の婚宴」という言葉を立てたのです。

聖書のヨハネの黙示録の最後を見ると、「小羊の婚宴」という言葉が出てきます。小羊の婚宴とは何でしょうか。六千年前、神様が結婚させてあげるべきだったアダムとエバが、サタンを中心として結婚し、悪の先祖になりました。したがって、それを復帰するために、歴史的な終わりの日に、神様が新しい新郎新婦を立てて再び結婚式をしてあげる宴がなければなりません。その宴が小羊の婚宴です。この宴をすることで、失ってしまった真の父母が人類の前に誕生するようになるのです。

13 小羊の婚宴をする時が来たので、第二次世界大戦以降、世界は変わりつつあります。国連機構が出てきて、世界が変わりつつあります。第一次世界大戦後は、戦勝国家が敗戦国家を思いどおりに虐げ、思いどおりに支配しましたが、第二次世界大戦後はそうではありません。第二次世界大戦以後は、戦勝国家が敗戦国をすべて解放してあげました。父母が来る時になったからです。数多くの国連の国々は、すべて兄弟国家です。国の大小を問わず、みな兄弟です。したがって、国連を中心として、すべてが一対一の権威をもって同等に、一つの家庭の兄弟のような立場にならなければなりません。そこに平和の旗手として、真の父母が来なければなりません。

14 理想世界の真の基準は、真の父母です。したがって、真の父母の歴史が始まらなければなりません。真の父母が来て、世界の人をすべて一つの心情基準に一致させ、善と悪を教えてあげ、新しい父母の伝統を立てなければなりません。そのようにして、新しい血族を形成して、世界の新しい出発が起きなければなりません。したがって、来られる主は、新しい家庭を編成するために来られるのです。その来られる方が、キリスト教で言う再臨主です。

  

真の父母誕生の背景


15 再臨主が来るためには、国がなければなりません。ところが、先生が生まれる当時は、国がありませんでした。国がないのに再臨主が来なければならないので、韓国が独立運動をしたのです。この時、韓国全土で国を取り戻そうという運動が起こりました。それは、サタンに対処するためなのです。この時、先生が懐妊され、一九二〇年一月に生まれました。一九一九年三月一日に独立万歳運動が起きた、その基盤を通じて、条件的な国を基盤として、愛国的な血を流した人々を通して天の摂理を成就してきたのです。

16 エバが十六歳(数え)で堕落したので、柳寛順は、天国を創建するために、十六歳の娘として、怨讐サタンの国、女性の国に対抗したのです。日本は女性の国です。国の独立のためにこのようにしてきたのです。国を失ってしまったので、条件的な国家の基盤を立てなければなりませんでした。そのような条件的な基盤の上に、先生が生まれました。先生は、愛国者の家庭に生まれ、物心がついてから独立運動をした人です。

エバがアダムを蹂躙した歴史があったのですが、十六歳の少女がサタンの大王国に対して祭物になったのです。屈服しないその基盤の上にアダムが道を築くことができる門を開いたという事実は、驚くべきことです。女性たちは、柳寛順の思想を継承しなければなりません。柳寛順は、命を奪われながらも降伏しない驚くべき伝統思想をもっていたので、先生はそれを条件として生まれることができたのです。

17 イエス様は、本来は三十三歳から七年路程を歩みながら、神様が願う父母の基準を立て、そこから万物主管の基準を立てて四十歳ですべてを終結し、天のみ旨を成し遂げなければなりませんでした。これが、イエス様の使命でしたが、イエス様がこのみ旨を成し遂げることができず、十字架で亡くなることによって、このみ旨はそのまま残るようになりました。それで、再び来られる真の父母が、内外の闘いに責任をもたざるを得ないので、四十年準備期間、あるいは闘争期間を経ていくのです。外的には四十年準備期間でしたが、内的には闘争期間だったのです。こうして、霊的に勝利の基盤を築いて、初めて地上に霊肉を合わせた実体的な基盤を築く土台を備えたのです。

18 皆さん自身は、個人として正しい勝利の基盤を築くことができていないのですが、真の父母を通して、真の父母と一致した条件さえ立てれば、個人的勝利、家庭的勝利、氏族的勝利、民族的勝利、国家的勝利の碁盤を築くことができます。そのような期間が七年路程です。それで、真の父母を中心として国家的な勝利の基準を立てれば、その時から、初めて神様は万物を主管する最初の出発ができます。再び万物を主管して、天の家庭を立て、天地に揺るぎない一つの主権を立て、一つの民を立て、一つの領土を立てることができます。そのときから、神様が永遠無窮に安息なさることができ、そこから審判が起こるのです。

19 天に代わり、真の父母に代わって、み旨に責任をもって従ってきた統一教会は、試練を自ら招き、受けているのです。その過程で、サタン世界から分別された自らを立て、真の父母が勝利の一つの手本となり、サタン世界を審判できる真の子女の基準を立てておかなければなりません。そのように、氏族、民族、国家の基準を立てておかなければ、真の父母に対する本然のみ旨を地上に成就することができません。この期間に先生と共に闘っている皆さんは、真の父母の個人的な代身であり、家庭的な代身であり、民族的な代身であり、国家的な代身です。このような父母の代身として、今まで、韓国はもちろん、世界舞台で責任をもって闘わなければならなかったのが皆さんです。

20 先生は、世界のために、どれほどたくさん投入したか分かりません。どれほど血の涙を流し、どれほど汗を流し、どれほど嘆息したでしょうか。出世のためにそのようにしたのではありません。地上世界と天上世界、そして神様を解放するためです。そのような背後の歴史をもっています。それは観念だけではありません。実践の舞台において具体的な領域を形成するために、その理想基盤を築いてきたので、世界万国が粛然と頭を下げることができる段階にまで来たというのです。

  

真の父母になるための基準一


21 本然の愛を中心として理想を実現しようとした真の父母を中心とする真の息子と真の娘が、神様の愛を中心として初めて結合するとき、横的な男女の愛と縦的な神様の愛を接ぎ木できる一つの歴史的な爆発点、愛が爆発する泉が生じます。しかし、堕落によってこの泉を失ってしまいました。神様の縦的愛が夫婦の真の愛と垂直線で、中央線でぶつかるその位置が、アダムとエバを造って見つめられながら神様が願っていた、真の父母の位置です。真の父母の位置にいるのは、真の息子と真の娘、善男善女です。罪の意識を感じることがない、神様のすべての意識と同化できる位置に立った男性と女性が、お互いに東西の立場で一つになるこの位置を立てるのです。

22 真の父母の立場は、アダムとエバが神様を中心として完全に一つになり、サタンの讒訴圏を抜け出た立場です。サタンが讒訴できる内容を残さず、完成基準を越えた立場に上がってこそ、真の父母の起源が生じるのです。これが原理的見解から見た、真の父母の起源です。

23 神様が六千年間摂理されたのは、来られる「真の父母」の基盤を備えて、当代に勝利の基盤を築かせるためだったのですが、この地上にいる聖徒たちが霊的父母の命令に一致団結して従うことができず、その命令に歩調を合わせられず、今までイエス様の築いておかれた霊的な基盤を、再び来られる主に相続する碁準を立てられなかったのです。それで、再び来られる主、真の父母となられる方は、再び霊的な世界で、個人的試練から、家庭、氏族、民族、国家、世界的な試練を受けなければなりません。その試練に勝って、内的勝利の基準を立てなければ、地上に実体的な勝利の基準が立てられないので、内的な闘いをしてこざるを得ないのです。

24 新しい世界は、真の父母がこの地上に新しい基盤を築くことで始まります。その父母によって新しい子女、新しい氏族、新しい民族、新しい国家、新しい世界、新しい天宙が編成されなければなりません。これが、イエス様が再び来て摂理する願いであり目的です。そのようにしようとすれば、その日が一度に来てはいけません。僕の僕の道を収拾しなければならず、僕の道を収拾しなければならず、養子の道を収拾しなければならず、その次には、息子の道を収拾しなければなりません。しかし、六千年の歴史過程ですべてずれてしまったので、来られる主は、これに生涯をかけて、歴史的な六千年史を収拾したという勝利の基準を立てなければなりません。歴史を審判できる真の基準を立てなければ、この地上に真の父母として現れることはできません。

25 先生は今まで、誰にも負けないほど祈りを捧げました。涙を流すにおいても誰にも負けず、悔い改めも誰にも負けないほどしました。また熱意を込めることにおいても、誰にも負けないほどの熱意を込めました。それでは、なぜ今日のキリスト教徒たちが反対する道を先生は行くのでしょうか。この道が間違いないからです。いくら調べてみても、合わせてみても、間違いありません。歴史は、このような原則によって整備されるはずだということを、確信するからです。

26 歴史は、新しい父母から始まらなければなりません。この天地父母が出てこなければ、新しい歴史は始まることができません。サタンと闘って勝利し、「あなたは天地父母です」と公認を受けた真の父母が出てこなければなりません。その父母が出てこなければ、天地開闢は起きません。天地開闢が起きてこそ、そこから歴史が出発し始めるのです。神様と共に新しい心情を中心として育った息子、娘たちが、神様が創造当時にアダムとエバに対して願ったその心情をもって、神様のみ旨にかなう一体の生活をすることで、神様がアダムとエバに対して願ったことを、代わりに成し遂げてさしあげなければなりません。

27 真の父母は、すべての歴史を克服しなければなりません。そのような資格を備えなければならず、この堕落した世界を克服しなければなりません。真の父母は、未来のために道を築かなければなりません。今まで、そのようなことをしてきました。ですから、尊敬される十分な資格をもっています。皆さんは、その資格を認めなければなりません。皆さんの中で、何人かでもそれを認めなければならず、認めたからこそ、先生から祝福を受けたのです。そのような夫と妻は、互いに争うことができません。これが事実なら、争いが起こることがあるでしょうか。

28 真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。カイン世界は、長男の世界です。カイン世界は、堕落した長男の世界と同じなので、それが反対しても、天の愛を尽くしてあげたという条件を立てなければ、サタン世界が復帰できないのです。長子を先に愛さなければなりません。原則的に、サタンが長子の立場にあるので、サタンが、「神様、あなたがアベルを愛するためには、長子を先に愛したという条件を立てなければなりません。そのような愛を私に見せなければ、次子を愛することはできません」と言うのです。これが原理です。ですから、母であるエバが行くべき道は、カインとアベルを一つにして、アダムに帰ることです。母がいくら宇宙的な愛を願ったとしても、そのような愛で愛してあげることができない位置にいるのです。

29 メシヤという存在は、血統的に蕩減復帰した基盤の上に来なければなりません。言い換えれば、サタンの血統を受けて生まれた人類の前に、メシヤは血統的な面でサタン側から生まれたとしても、サタンが讒訴できない環境から生まれなければなりません。サタンが讒訴できる環境から生まれたならば、創造原則的な立場に合わないのです。本来、神様がアダムとエバを創造するとき、サタンが讒訴できる立場で創造したのではなく、天使長の助けを受ける立場で、天使長が頭を下げる立場で創造したように、メシヤであるイエス様も、この地上に生まれ、メシヤとして登場するためには、腹中時代から、サタンに讒訴されるような内容をもっていてはいけないのです。それが原理です。

30 真の父母が現れようとすれば、サタンの讒訴圏を超越しなければなりません。サタンが讒訴できる立場では、真の父母が出てくることができません。それでは、サタンはどのような存在でしょうか。霊的な存在です。霊的存在であるサタンを屈服させ得る立場に立った中心的な方でなければ、真の父母になれません。そのようにしようとすれば、今まで霊界に行っている、地上で生まれて死んでいった数千万の聖徒たちと数多くの先祖たちを中心として、数千億になる霊界の霊人たちは、真の父母を中心として一つにならなければなりません。一つになって、サタン圏に対して勝利したという歓喜と栄光の決定的な基盤をもたなければ、真の父母はこの地上に顕現することができないのです。

  

真の父母の顕現とその意義


31 歴史が望む中心、時代が望む中心、あるいは未来が願っている中心とは何でしょうか。それは、真の愛を中心とする真の家庭です。真の家庭は、歴史的な願いの結実体であり、時代的な願いの中心であり、未来的な願いの出発です。言い換えれば、歴史的な結実、すなわち歴史的な復活体であり、全世界においては世界的な中心であり、未来に対しては原則的な出発の基点です。真の人と、この真の人を中心とする家庭は、歴史的な願いが成就されて、初めて現れます。真の人として、真の家庭の目的をもって来る人が新郎です。その次には、新婦がこの新郎と一つになって、真の家庭が成就されるのです。

32 真の父母が出てくれば、真の家庭が成立し、真の人の目的も成就することができます。過去や、現在や、未来に永遠にたたえられるその名称が真の父母です。真の父母がこの地上に顕現したという事実、真の父母がこの地上にいらっしゃるという事実は、何よりも喜ばしい、福音の中の福音です。今日、邪悪な人間の前に、悪が主管することによって方向を備えられず、死亡圏を形成しているこの世界に、真の父母の名称が成立したのは、単に今日の韓国の領土を中心として成就したのではなく、神様の六千年の歴史的な苦労の功績の結実として現れたものです。また、多くの人間が行き場所を見つけられず、方向を見分けられないこの時代に、行き場所を見つけてあげ、行くべき方向を提示してあげられる、一つの中心的なモデルとして現れたのが、真の父母という名称です。

33 「真の父母」という名称が出てくることによって、神様の創造理想世界、エデンの園から出発すべきだった永遠の未来の天国が出発するという事実は、歴史的であり、時代的であり、未来的なことです。ですから、過去、現在、未来の全体の歴史をまとめて見てみるとき、この地上に顕現した真の父母という名称は、宇宙の中心を決定する中心点です。歴史は、ここから実を結び、ここから収拾され、ここから出発するのです。歴史がここで実を結ぶので、過去がここで復活し、世界がここで一つ世界に収拾され、一つの世界が起源となって、新しい天国が形成されるのです。ですから、真の父母が現れなければならないのです。

34 今まで歴史時代において、人類の希望がどこにあったかというとき、その希望は未来にありました。人類は、希望を未来のものとしてだけ考えてきました。人類は、どこに向かっていくかというとき、未来に形成される一つの世界に向かっていくというのです。未来に対して、一つの世界を模索したのです。したがって、偽りの人類の中で、真の父母を迎えることができる道があるなら、人類は喜ぶはずです。

人類の希望は、真の父母を迎えることです。真の父母は、人間の最高の希望なので、真の父母が顕現すれば、歴史的伝統は未来で形成されるのでなく、真の父母が顕現した現実圏内で形成されるのです。真の父母が現れれば、真の父母が現れた、そこが、歴史が完成する出発点であって、完成を願う出発点ではないというのです。願いが出発する場ではなく、所願成就が出発する場です。

35 神様が行くべき道は、この地上に錨を下ろす道です。そのようにしようとすれば、地上のすべてのものが本然の姿勢を備えなければなりませんが、その本然の姿勢を備えようとすれば、真の父母がいなければなりません。この真の父母が顕現するまで、人類は悲惨な歴史をもつようになります。しかし、真の父母が来て、この悲惨な歴史をすべて正し、一つの基礎を準備することにより、真の父母の歴史において立てるべき条件をすべて立てるようになれば、ここから正に、真の父母の歴史、真の子女の歴史へと連結されるのです。しかし、真の父母が歴史的な条件を越えなければ、真の父母の歴史は出発できず、真の父母の歴史が出発できなければ、真の子女の歴史も出発できず、同時に真の世界の歴史も出発することができません。なぜなら、真の父母の歴史、真の子女の歴史が正しくつながっていくようになれば、それが箕の国家の歴史となり、真の世界の歴史になるからです。

36 真の父母は、自分の先祖たちを解放したので、家庭的真の父母となり、氏族的真の父母、国家的真の父母、世界的真の父母、天宙的真の父母にならなければなりません。天宙的真の父母は、神様です。来られる主は、世界的真の父母であり、その次には国家的真の父母、氏族的真の父母、家庭的真の父母です。真の父母は、神様の直系の血統を受け、誰かが「ああせよ、こうせよ」と言わなくても、自動的に息子、娘を生んで天国に行ける神様の息子、娘です。アダムとエバと同じです。家庭的真の父母、氏族的真の父母、国家的真の父母、世界的真の父母、天宙的真の父母が連結される道をすべて築いたので、皆さんは家庭的真の父母の立場で、そこで暮らしさえすればよいのです。

37 真の父母は、歴史を超越しています。それは、今まで歴史は、真の父母を望んできたということです。今まで歴史は、未来を見つめてきました。それは、希望が来来にあるという意味です。しかし、統一教会の希望は、未来にあるのではなく過去にあります。ここでの過去は、世の中にない、歴史的過去を超越したものであり、現実を代表したものです。過去の結実であり、現在の中心であり、未来の出発基点です。全体を統合した中心です。ですから、歴史を超越しているというのです。

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