Autobiography

平和を愛する世界人として

第7章

CHAPTER 07

第七章 韓国の未来、世界の未来――理想郷に向かって

この章の目次
  1. 1. 人類史の新たなページを開く朝鮮半島
  2. 2. 苦難と涙の地から平和と愛の地へ
  3. 3. 二十一世紀の宗教が最終的に目指すもの
  4. 4. 文化事業として実践する創造のみ業
  5. 5. 海を治める者は世界を掌握する
  6. 6. 海洋時代がもたらす計り知れないチャンス
  7. 7. 一輪のタンポポが黄金よりも貴い
  8. 8. 貧困と飢餓を賢く解決する方法
  9. 9. パンよりもパンの作り方を教えよ
  10. 10. 青少年よ、志を立てれば人生が変わる!
  11. 11. グローバルリーダーは世界を懐に抱く人
  12. 12. すべてのものは天からの借り物
  13. 13. 幸福の源は「為に生きる」人生
  14. 14. 紛争のない世界を夢見て
SECTION 01

1. 人類史の新たなページを開く朝鮮半島

私は、故郷が慕わしく、夢の中でも故郷を訪ねていく人です。私の故郷は、ソウルを通り越して、あの遠い山と海のある北朝鮮の地、定州です。私の心は、いつどこにいても、愛と命があるその場所と結ばれています。私たちは皆、父母の血統を受け継いで生まれ、父母の愛を受けて育ったので、その愛がそのまま溶け込んでいる故郷を忘れることができません。それで、年を取れば取るほどより故郷が慕わしくなるのです。そこから出発したので、そこに帰らなければなりません。人は根本を離れることはできません。二〇〇四年、私はアメリカでの三十四年間の活動を終え、天運が共にある朝鮮半島に帰ってきました。

私たちは、朝が昼に変わる時間を知ることができません。また、夕方がいつ夜に越えていくのかも知ることができません。どの瞬間に過ぎていってしまうのか、天のなさることを人は分かりません。私たちの人生もそうです。成功と失敗の瞬間は、すべて私たちの知らないうちに過ぎていってしまいます。国も同じです。一つの国の吉凶がいつ訪れてくるのか知ることができません。このように人間は、天運がどのように動くのか知ることができないのです。天運とは、世界を動かす力であり、宇宙が回って行く原理です。私たちは知ることができなくても、世の中を創造された方が摂理する天運というものが明らかにあります。

宇宙は宇宙なりの秩序にきちんと合うように動きます。この世の中のあらゆる存在物は、存在する以前からある原則を持っています。赤ん坊がこの世に生まれれば、誰が教えなくても、目を開けて呼吸をします。無理やりそのようにさせるのではなく、おのずとそのようになるのです。「おのずとなること」が宇宙の秘密を解く重要な鍵です。

自然には、おのずとなるものがとてもたくさんあります。しかし、実際には「おのずと」という言葉は合いません。おのずとなるように見える自然現象の中にも、私たちが知ることができない宇宙の方向性があるのです。宇宙の運、天運とはそのようなものです。宇宙のことが前もって分からないだけで、宇宙が循環する過程で大きな運が到来する時期が明らかにあります。寒い冬が過ぎれば春が来て、春が去れば夏が来る宇宙の原理を知れば、私たちの国に到来する未来もあらかじめ見通すことができるのです。

知恵深い人は宇宙の法度に拍子を合わせます。歴史に末永く残る人たちは、すべて宇宙の法度に拍子を合わせた人たちです。アメリカにいた時、家の前のハドソン川でたくさん釣りをしました。私は幼い頃から魚を捕まえるのが得意でしたが、時として、一匹のオイカワも釣ることができずに落胆して帰ってくることがあります。私たちはよく分かりませんが、魚にも通る時と道があります。水があるからといって、いつでも魚が通っていくのではありません。それを知らずに、夜も昼も釣り竿を垂らして待ってみても、無駄骨です。天運も同じです。未来を見る目がなければ、天運が自分の目の前に来ていても、見ることができません。それで、天運を見ることのできる慧眼が必要なのです。

世界文明の方向は、絶えず西進しながら発達してきました。すなわち、エジプトの大陸文明とギリシャ・ローマの半島文明を経てイギリスの島嶼文明が発達し、再びアメリカの大陸文明に移っていきました。文明は継続して西進し、太平洋を渡って日本に行きました。しかし、人類文明の移動はここで止まりません。日本を大きく育てた力が、今や朝鮮半島に移ってきているのです。人類の文明が朝鮮半島で結実する準備をしています。

日本の島嶼文明が大陸と連結しようとすれば、必ず半島を経由しなければなりません。もちろん、アジアにはインドシナ半島もあり、マレー半島もありますが、それらの国々は、現代文明を受け継ぐだけの背景を持ち合わせていません。ひとえに朝鮮半島だけがその役割を果たすことができるのです。朝鮮半島は、地政学的にまさに絶妙な位置にあります。太平洋の海を挟んでアメリカと日本に対しているかと思えば、アジアとヨーロッパ大陸とも連なり、中国、ロシアと国境で向き合っています。そのため、昔から強大国の勢力争いの要地となり、多くの犠牲を払ってきました。

冷戦時代には共産主義と命がけの戦争を行い、今も朝鮮半島は依然として世界の強国の関心と利害関係が絡み合い、分断国となったまま、完全な平和を成し遂げることができずにいます。世界四大強国の利害関係が衝突する接点にある朝鮮半島は今、強大国の衝突を防ぎながら、世界の繁栄と平和のための協力を導き出す重大な役割を担当する時期になりました。

天運には必ず重大な責任が伴います。今や天運を迎えた朝鮮半島は、これらの国々が衝突せず、世界の繁栄と平和のために緊密に協力するよう、ベアリングのような役割をしなければなりません。ベアリングは、回転する機械の軸を一定の位置に固定しながら、同時に軸を自由に回転させる役割をします。これから朝鮮半島は、まさに強大国との関係を円滑に維持しながら、世界平和を発展させるベアリングになるべき時です。

その役割のために、私は以前から徹底した準備をしてきました。ゴルバチョフ大統領の改革政策を支持しながらソ連との関係改善を促進させ、都小平の中国改革開放政策を一九八〇年代後半から積極的に援助しました。延辺大学の工学部設立を後援することをはじめとして、中国の地に足を踏み入れた後、天安門事件によって中国に投資しようとしていた外国資本が続々と中国を離れていく時にも、私たちは中国に残り、広東省の恵州に数億ドルを投資して、中国の改革開放のために多くの努力をしました。

単に経済的な理由でしたことではありません。私は事業家ではなく宗教家です。宗教家は、行く末を見通し、未来に準備する人です。ロシアと中国、日本、そしてアメリカまで、朝鮮半島を通して互いに協力し、発展していかなければなりません。朝鮮半島が世界平和の軸にならなければならないのです。

ところが、いざロシアと中国との関係改善のために働いてみると、最も基本的なロシア語辞典と中国語辞典さえないという事実を知りました。お互いの言葉も分からないで何かを一緒にできるでしょうか。その時、行く末を見通した志のある教授たちが、中韓辞典と露韓辞典の発刊のために努力しているという知らせを聞きました。それは、高麗大学の民族文化研究所の洪一植教授が推進していた中韓大辞典プロジェクトと、ロシア語学科の教授たちが準備していた露韓辞典発刊事業でした。私はこの二つの辞典の編纂を支援しました。これらの辞典は、今も韓中交流と韓露関係において大切な役割を果たしています。

いくら高い山の頂上に置かれた石だとしても、 落ちるときは谷底に落ちていきます。西洋文明の最後がまさにそれです。科学の力を借りて目覚ましい発展を遂げましたが、精神的な没落によって、すでに谷底に向かって落ちていっています。その谷底がまさに数千年間精神文化を築き上げてきた東洋です。

その中でも、朝鮮半島は東洋と西洋の文明が出会う場所であり、大陸文明と海洋文明が出会う所です。歴史学者のシュペングラーは、一年に春夏秋冬があるように、文明もまた興亡盛衰を繰り返てきたと言いました。今は、これまで栄えてきた大西洋文明時代が過ぎていき、新しく環太平洋文明の時代が開く時です。環太平洋文化圏の中心はアジアです。韓国を中心とするアジアが新しい歴史の主人公になります。全世界人類の三分の二がアジアに暮らしています。世界のあらゆる宗教の起源もアジアです。アジアは、長い間、人類の精神的な根源でした。

西洋文明と東洋文明は、近い将来に朝鮮半島で一つになるでしょう。世の中は今も急速に変わっています。天運も、ますます早く私たちに向かって近づいています。世の中が完全にひっくり返る変化の時期に、朝鮮半島が世界を導く重大な役割をきちんと果たすためには、万全の準備をしなければなりません。偏見と利己心に染まった過去を捨て、澄んだ目と新しい心で、訪れてくる時代を迎えなければなりません。

SECTION 02

2. 苦難と涙の地から平和と愛の地へ

韓民族がこれまでに経験してきた悲惨な歴史には、深い意味があります。韓国が世界平和の前進基地になる運命なので、そのように多くの苦難を経験したのです。朝鮮半島が世界の中心になれるのは、長い間苦難と逆境に耐えてきたからです。私たちは数多くの苦難を経験しましたが、誰も敵として憎まない民族です。私たちを苦しめた隣人はいろいろいましたが、不倶戴天の敵にはなりませんでした。

韓民族の心の中には、敵までも愛する心があります。敵を愛して受け入れようとすれば、絶えず自分を治めなければなりません。自分の心がすっかり膿を出し切った後にこそ、敵を愛し得る心の余裕が生じるのですが、韓民族はまさにそのような心を持ちました。

迫害を受ける人は神様と一番近いのです。涙を流す心を持つことが大切です。普段は涙を流したことがなかった人も、国を失えば涙を流して泣きます。神様にすがって働実します。苦痛に満ちてつらいことですが、涙を流して泣くことのできる心は福となります。涙に濡れた心に神様が来られるからです。韓民族の心の中に涙が多かったので、朝鮮半島が天運を受ける地になることができたのです。

韓民族は先祖を崇拝します。いくら食べる物に困っても、先祖の墓を売ってまで食べる物を求めることをしないのが韓民族です。韓民族は、昔から天を仰ぐ敬天思想を守って生きてきたのであり、三度の食事よりも精神世界をさらに重要に思う文化民族です。仏教と儒教を受け入れて織徽たる宗教文化を花咲かせたのであり、キリスト教を受け入れていくらもたたないうちに、全世界を代表するキリスト教の伝統を立てました。ところが、それよりもっと凄いことは、そのような宗教が互いに衝突することなく、互いに融和して平和に共存しているという事実です。何が韓民族をこのように独特な民族にしたのでしょうか。

韓民族は・もともと宗教的な心を持つ「宗子 (本家の長男 ) として、いつでも神様のみ言を受け入れる心の準備ができています。また、韓民族は、神様の御旨をしっかり実行できる英明さを持っています。その優秀さをよく表しているのが韓国の言葉とハングルです。これは天が下さった宝です。

韓国の言葉には、人の心情を表現できるさまざまな形容詞と副詞が非常に豊富です。この世のいかなる国の言葉も、人の複雑な心を韓国の言葉ほど繊細に表現できません。言葉はすなわち人です。言葉が繊細だということは、その人の心が繊細だということです。

韓国人が使うハングルもまた、どれほど素晴らしいでしょうか。私は「訓民正音」という言葉が本当に好きです。「民を教える正しい音」という、このように美しい意味を持つ文字を使う国は韓国だけです。デジタル時代となり、ハングルの優秀性がより大きく表れています。子音と母音の単純な組み合わせだけで、人間がこの世で出すあらゆる音をすべて記すことができるのですから、本当に驚くべきことです。

私は、すでに三十年前から外国の食口たちに、これから訪れる未来に備えて韓国語を学びなさいと言ってきました。ところが、最近になり、いわゆる韓流ブームに乗って韓国語を学ぼうとする人たちが随分と増えました。日本やモンゴル、ベトナム、アフリカまで、世界のどこでも韓国語ができる人たちがとても増えました。これは決して偶然ではありません。

言葉には魂があります。日本統治時代に日本があれほど韓国の言葉をなくそうとしたのは、韓民族の魂をなくすためでした。今、世界的に韓国の言葉を使う人が増えているのは、韓民族の魂が大きく広がっていくことを意味します。韓民族の文化的影響力がそのくらい高まったのです。

韓民族は、絶対に人の世話にはならないという独特な性格を持っています。私はアメリカで、韓国人の頑固な性格をあらためて感じることができました。アメリカはいろいろな社会保障制度が整えられている国ですが、韓国人はそのようなものに全く頼ろうとしていませんでした。国がくれる支援金に期待せず、何が何でも自分の手で稼いで子供を育て、両親の世話をしようとしました。そのくらい韓民族は自主性が強いのです。全世界に宣教師を送り出してみれば、そうした気質がそのまま表れます。見知らぬ国に派遣されても、特別不安を覚えることもありません。宣教師だけでなく、商社の社員もそうです。世界のどこでも、使命を受ければ、あらゆることを振り切っていきます。二の足を踏み、躊躇することがありません。

韓民族は誰よりも勤勉です。一箇所に留まらずに四方を歩き回ります。世界のどこでも韓国人のいない所がないほど進取の気性に富んでいます。また、一つのものに縛られず、多方面にわたって能力を発揮します。一つのことに行き詰まれば、そこで挫折することなく、勇気をもって他の分野に飛び込んでいく適応力も優れています。

村で大きな宴会が開かれれば、人々がわあっと押し寄せてきて、争って良い席を取ろうと大騒ぎになります。そのようなとき、黙って末席に行って座る人がいれば、その人はまさに時代の主役となる人です。自分の口に入るものを先に取る人はすべて落第です。ご飯を一匙食べるときも、人のことを先に考えなければなりません。私たちが朝鮮半島に訪れてくる天運を迎えようとすれば、私よりもっと大切な人がいることを心の奥深くに刻まなければなりません。

韓民族は、今まで自分たちが愛するものをすべて奪われました。日本統治時代には大切な国を奪われ、続いて国土が真っ二つになり、愛する父母、兄弟たちと別れなければなりませんでした。そのため、朝鮮半島は涙の地になりました。しかし、今は韓民族が世界に向かって泣いてあげなければならない時です。これからは、自分たちのために泣いていた時よりも、もっと真摯に、切実に世界のために涙を流さなければなりません。それが天運を迎えた朝鮮半島で私たちがすべきことです。私たちがそのようにするとき、朝鮮半島の天運が世界に広がっていき、韓民族が先頭に立って世界平和時代が開かれるのです。

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3. 二十一世紀の宗教が最終的に目指すもの

二十世紀は激動の世紀でした。過去二千年間に起きたことよりも、もっと多くのことが百年の間に起きました。二十世紀は、二度の世界大戦を経験し、共産主義が勢いよく広がった後に消えていった世紀です。また、神を捨てて物質に埋没した世紀でした。そうだとすれば、二十一世紀はどうでしょうか。科学が発達し、もうこれ以上宗教は必要なくなったと言う人たちもいますが、人間の精神世界がなくならない限り、宗教の役割は決して終わらないでしょう。

宗教の目的は何でしょうか。それは神様の理想世界を成し遂げることです。より多くの人を宗教の世界に伝道しようと努力する理由は、より多くの人を神様の民にするためです。すべての人が神様の民になれば、世の中はもはや戦争と混乱のない平和世界になります。究極的に宗教が行く道は平和です。

神様は愛と平和の世界を願ってこの世をつくられました。自分の宗教だけが唯一の救いであると言い張って混乱を引き起こすのは、神様が願われることではありません。神様は、この世界のすべての人が平和と和解、共生のために一生懸命に働くことを願われます。教会に行くがゆえに家の中に混乱が起きるとすれば、私は躊躇なく家庭を先に守りなさいと言います。なぜかというと、宗教は神様の完全な世界に入っていくための手段であって、それ自体が目標ではないからです。

人類は、分かれた意見を一つにまとめ、衝突する文明の一致点を探し出すでしょう。今後、人類を導いていく思想は、これまでのすべての宗教とすべての思想を皆一つに合わせたものでなければなりません。過去のように、一つの国が先頭に立って人類を引っ張っていった時代はすでに終わりました。民族主義の時代も終わりました。

今のように、宗教と人種を前面に立て、同じ群れどうしで固まる時代が続くとすれば、人類は戦争を繰り返すほかありません。慣習と伝統を超えなければ、平和の時代は決して訪れることはありません。今まで人間を操ってきたどの主義も、思想も、宗教も、来るべき未来の平和と統一を成し遂げることはできないのです。ですから、未来には、仏教も超え、キリスト教も超え、イスラームも超える、新しい理念と思想が出てこなければなりません。私が数十年間、宗派も超え、宗教も超えなければならないと、喉が張り裂けるほど主張してきたのも、まさにこのような理由のためです。

地球上には二百を超える国・地域があり、その国ごとにすべて国境を持っています。国と国の間には、お互いを区分する国境があるのです。国境によって分けられた国々は、永続することができません。国境を克服できるのは宗教だけです。ところが、人々にとって希望となるべき宗教が、数多くの宗派に分かれ、自分たちどうしの争いに躍起になっています。自分の宗教、自分の教派第一主義に陥り、世の中が変わり、新しい時代が開かれることを知らずにいるのです。

数千年間、築いてきた宗教の壁を崩すことは簡単ではありません。しかし、平和世界に行くためには、必ず宗教の壁を崩さなければなりません。教団と教派はつまらない争いを止め、お互いの意見を調整していきながら、一つの世界に向かって進んでいく方法を模索しなければなりません。世界平和実現のための宗教の役割を果たすために、具体的な実践の道へと踏み出さなければなりません。幸福な未来は、物質的な繁栄だけでは成し遂げられません。宗教間の理解、精神的な融和を通して、思想と文化、人種の間の葛藤を克服することが急がれています。

私は、全世界の多様な宗教者に対して、三つのお願いをします。一つ目は、他の宗教の伝統を尊重し、宗教間の紛争や衝突を防ぐよう努力すること、二つ目は、すべての宗教共同体は互いに協力し合い、世界に奉仕すること、三つ目は、世界平和のための使命を完遂するために、あらゆる宗教指導者が参画する組織を発展させることです。

右の目は左の目のために存在し、左の目は右の目のために存在しています。また、二つの目は、人間全体のために存在しています。私たちの体の手足がすべてそうです。自分のために存在するものは一つもありません。宗教も、自分の宗教のために存在するのではなく、愛と平和のために存在します。世界平和が成し遂げられれば、もはや宗教は必要ありません。宗教にとっての最終的な目標は、愛と平和に満ちた世の中を現実世界に成就することです。それが神様の御旨です。

人の心を平和に対する渇望でいっぱいに満たすことは易しいことではありません。そのためには、繰り返し教えて、また教えなければなりません。それで私は、教育事業に心血を注ぐのです。私たちの教会が基盤を確立する前に「仙和芸術学校」を設立し、「清心国際中高等学校」「鮮文大学」など、さまざまな学校を建てました。また、韓国だけでなく、アメリカの「ブリッジポート大学」をはじめとして、世界各地でたくさんの学校を建てたり、運営したりしてきました。私の教育理念は、仙和芸術学校を建てたときと同じく、天を愛し、人を愛し、国のために働く人材を育てることです。

学校は、真理を教える聖所のような所です。学校で教えるべき最も重要な真理は何でしょうか。一つ目は、神様を知って、その存在を現実の世界に顕現させることです。二つ目は、人間存在の根源を知り、自分の責任を果たし、世界の運命に責任を持つことです。そして、三つ目は、人類の存在目的を悟り、理想的な世界を建設することです。このようなことは、長い間真心を込めて教えて、初めて分かるようになります。

今日の教育は、競争して勝った者が幸福を独占する、勝者独占社会をつくっていくことに焦点が合わせられています。それは正しい教育ではありません。教育は、人類が共に豊かに暮らす平和の世界をつくるための手段でなければなりません。今まで私たちを支配してきた教育の理念と方法を、人類共通の目標のためのものに変えなければなりません。アメリカがアメリカだけのための教育を行い、イギリスがイギリスの利益だけのための教育を行えば、人類の未来は真っ暗闇です。

教育者は、自分一人が裕福に暮らす方法ではなく、私たちの時代のあらゆる社会的な諸問題を解決することのできる知恵を教えなければなりません。各宗教に属する宗教学者の役割はもっと重要です。宗教学者が教えるべきことは、自分の宗教の複雑な理論や優越性ではなく、人類を愛し、平和世界を成し遂げる知恵です。彼らが先頭に立ち、人類は兄弟姉妹であり、世界は一つの家庭だという平和の原理を子孫に教えていかなければ、決して人類の幸福な未来を期待することはできません。

知恵の中の知恵は、神様の心情と理想を知ることです。ですから、科学技術が天に届くかのような二十一世紀にも、宗教の役割は依然として重要です。したがって、全世界の宗教は、人類の行くべき目的地を正確に知り、今すぐに大小の利益争いを止めなければなりません。体面を優先させた名分争いもやってはいけません。お互いに知恵を集め、力を合わせて理想世界の建設に勤しまなければならないのです。葛藤と憎悪に染められた過去の日々はもう忘れ、平和をもたらさなければなりません。世界平和のための努力はいくらやっても終わりがありません。人類を理想世界に導いていく宗教者は、自分が平和の使徒であることを、一瞬たりとも忘れてはいけません。

SECTION 04

4. 文化事業として実践する創造のみ業

私は、一九八八年のソウル・オリンピックが世界的な冷戦構造を決定的に変える平和の祭典になると予感し、世界各国に広がっている食口たちをソウルに呼び集めました。そして、自分の国の選手団を案内し、応援する責任を持ち、韓国の記念品をプレゼントし、食事ももてなすようにしました。予測どおり、ソウル・オリンピックには中国もソ連も参加し、共産陣営と自由陣営がすべて融和する平和の祝祭となりました。開会式の当日、私は蚕室のメーンスタジアムの一般観覧席に座り、平和と融和の宴を喜んで見ていました。

オリンピックが終わった直後、私はその熱気を受け継いで、「一和天馬」プロサッカーチームを創設しました。一和天馬チームは、優勝も数回し、サッカーチームとしての名声を築いてきました。その数年後には、今度はブラジルサッカーの本拠地ブラジルで「セネ」と「ソロカバ」というプロサッカーチームを創設し、今に至るまで運営しています。さまざまなスポーツの中で、特別にサッカーチームを作ったのは、私がサッカーが好きだからです。私は、幼い頃から運動をするのが好きで、ボクシングもやり、韓国の伝統武術もしましたが、年を取ってからも喜んで見るスポーツは断然サッカーです。学生時代には、学校の運動場をあちこち駆け回ってボールを蹴っていましたが、今は見るのを楽しみます。ソウルでワールドカップが開かれたときは、三台のテレビを並べておいて、中継する全部の競技を見ました。特に韓国が出るゲームは、一ゲームも見逃しませんでした。

サッカーは人生の縮図です。私がいくら上手にボールを運んでも、自分よりも速くて上手な相手チームの選手が、瞬間的に自分のボールを奪っていけば、結局は何にもなりません。また、ボールをうまく運んでシュートを打っても、ゴールポストに当たって跳ね返ればそれで終わりです。ボールを運んでいくのは自分のすることですが、ボールをゴールに入れるのは、自分一人の力ではできません。朴智星選手のように、絶妙のタイミングでアシストしてくれるチームメイトもいなければならず、粘り強く相手チームをディフェンスする李榮杓のような選手もいなければなりません。

しかし、最も重要な人は、フィールドの外でチーム全体を見ている監督です。直接走ってボールをゴールすることはしませんが、監督の力は、選手全体を合わせたものよりもっと重要です。監督は、ちょうど神様が私たちの知り得ない世界をご覧になって私たちにサインを送るように、選手たちが見ることのできないものを見ます。監督のサインによく従いさえすれば、ゲームは百発百中勝ちます。しかし、監督がいくらサインを送っても、愚かな選手が気づかずに自分勝手にボールを回せば、ゲームに負けるしかありません。

サッカーは勝敗を競う競技ですが、国家間の平和と協力の増進にも大きな力を及ぼします。全世界のスポーツの祭典であるオリンピックよりも、ワールドカップの中継放送を見る人が二倍も多いというのですから、人類がどれほどサッカーが好きかを知ることができます。転がっていく一つのボールをめぐって、国と人種、宗教、文化を超えた融和の場をつくる力がサッカーにはあります。サッカーと人類の平和は、よく調和する一組のパートナーです。

ブラジルのスポーツ大臣まで務めたサッカーの王様ペレが、ソウルの漢南洞にある私の家を訪ねてきたことがあります。人々はペレを世界最高のサッカー選手として記憶していますが、私が出会った彼は、素晴らしい平和運動家でした。彼がサッカーを通して成し遂げようとしたことが、まさに世界平和だったからです。私と会ったペレは、にっこり笑ってこのように言いました。

「以前にアフリカのガボンでサッカーの試合をしたことがあるのですが、当時、そこは戦争中だったのです。爆弾が落ちてくる中でどうやってゲームをしたと思いますか?ありがたいことに、ゲームをしている間は休戦したのです。私はその時、サッカーが単にボールを追いかけ回すだけのスポーツではないという事実をはっきりと悟りました。サッカーは、世界平和をつくりあげていく人類共通の素晴らしい手段です。それ以降、私はサッカーを通して世界平和運動をしなければならないと誓ったのです」

ペレ氏があまりにも素晴らしく見えたので、私は彼の手をぎゅっと握りました。競争の激しい世の中を生きていれば、ストレスが多いのです。ストレスは生活を緊張させ、心の平安を奪い、ストレスが積み重なれば、一人一人の神経が逆立ち、公然と争いを起こしやすくなります。そのような緊張状態を健全に解放してくれるものこそ、スポーツや芸術活動のような趣味生活です。スポーツと芸術は、人間の抑えつけられた欲求を解放する方法であるにとどまらず、人類を一つに結ぶ道具です。私がサッカーチームを運営し、バレエ団を率いる理由は、そのような活動がまさに平和をもたらす手段となるからです。ペレ氏は、すでにそのような私の心を知っていました。

志を同じくした私たちは、その場で国際的な規模の新しいサッカー大会である「ピースカップ」を創設しました。そして、二〇〇三年から二年ごとに「ピースカップ大会」を開き、世界の有名なサッカーチームを韓国に呼んで試合を行いました。しかし、二〇〇九年に開かれる第四回大会からは、開催地を世界のさまざまな国に変える計画です。まず、二〇〇九年は、サッカーの本場と言われるスペインのアンダルシア地方で開かれる予定です。スペイン最高のクラブチームであるレアル・マドリードとセビージャFC、フランスのリヨンに加え、イギリスの名門クラブチームが参加し、世界最高のサッカー競技を繰り広げるでしょう。「ピースカップ」を運営して生じる収益金は、経済事情の厳しい国の青少年サッカープログラムを援助する経費として使います。特に、身体的障害を持つ子供たちが、サッカーを通して夢を失うことなく生きていけるよう、多くの努力をしています。(第四回ピースカップ大会は、二〇〇九年七月二十四日から八月三日にかけて、スペインのアンダルシア州各地と首都マドリードで行われた)

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と共に、アフリカのりベリアで青少年サッカー大会を開いたりもしました。リベリアは、十五年以上続いた部族間の紛争によって、人々の暮らしがとても苦しい所です。たびたび起こる紛争によって人口が急減したために国連の特別保護を受けているその国の子供と青少年が、一緒に集まってサッカーをしながら平和を謳歌しました。ボールを蹴りながら楽しんでいる問に、部族間で互いに融和する精神を自然と身に付けるのです。

私たちが精魂込めて準備していることがもう一つあります。他でもなく、イスラエルとパレスチナの居住地域の真ん中に立派なサッカー場を造ることです。二つの国の子供たちを相手に、ヨーロッパの有名なコーチを呼んでサッカーアカデミーも開く計画です。このような活動を通して、大人たちは互いに銃口を向け合っていたとしても、子供たちはサッカー場に集まってボールを蹴るようにしようと思うのです。

多くの人が非現実的だと首を横に振りますが、私たちは必ずやり遂げます。今もイスラエルの長官はサッカー場をイスラエルの地域に造らなければならないと言い、パレスチナの長官は自分たちの地域に造らなければならないと言い張っていますが、私は必ず二つの地をつなぐ所に造ります。私は周囲の圧迫に押されて夢をあきらめる人ではなく、頑固一徹の意志で夢を成し遂げる人です。

誰もが不可能だと言っていたことの中の一つがバレエ団を作ることでした。最近は、韓国でもバレエを好む人たちが増え、バレエのスターまで出てきましたが、私がバレエ団を作った当時は、本当にバレエの不毛の地にほかなりませんでした。

バレエを見るたびに、私は、天の国の芸術とはまさにあのようなものだと思うのです。バレリーナがつま先でまっすぐに立って頭を天に突き上げれば、その姿勢だけでも完壁に神様を畏敬する姿です。それほど一途に神様を畏敬していると見えるものは他にありません。バレエは、神様が人間に下さった美しい体を活かして、その方に愛を表現する最高の芸術です。

一九八四年に創設された「ユニバーサル・バレエ団」は、「白鳥の湖」と「くるみ割り人形」をはじめ、「ドン・キホーテ」「ジゼル」、そしてオリジナル創作バレエの「沈清」「春香伝」を公演し、今では国際的なレベルに成長しました。世界の有名な舞台から招待を受けているユニバーサル・バレエ団のバレリーナたちは、躍動的な西洋バレエに韓国人特有の静的な美しさを加え、洋の東西がよく調和した公演を見せてくれることで評価を受けています。ユニバーサル・バレエ団は、アメリカのワシントンにバレエ学校も所有しています。また私は、「ニューヨークシティ・シンフォニー・オーケストラ」と国際合唱団の「ニューホープ・シンガーズ」も作りました。

芸術は神様の創造の偉業に似ています。芸術家が自らの作品のために渾身の力を注ぐように、神様も自ら創造された人間とこの世界のためにすべての心を注がれたのです。「神は『光あれ』と言われた。すると光があった」(創世記一章三節)という聖書のみ言は、一言で光が自然とつくられたような印象を与えますが、絶対にそうではありません。神様が光をつくり、地をつくることにすべての力を注がれたように、舞台の上に立ったバレリーナの踊りも、死力を尽くしたのちに誕生した創造の結実です。

サッカーも同じです。九十分間、サッカー選手は死力を尽くします。どこから飛んでくるか分からないボールに向かって走っていき、ゴールに向かって思い切り蹴飛ばす、そこに生涯のあらゆるものをかけ、神様がこの世界を創造する時のようなエネルギーを注ぎます。自分が持っているものを百パーセント完全に注ぎ込むこと、一瞬のために自分を丸ごと捧げることは、何よりも偉大なことです。

SECTION 05

5. 海を治める者は世界を掌握する

海を掌握する国が世界の主役になるということは、歴史が証明しています。十六世紀のイギリスを考えてみてください。イギリスの女王エリザベス一世は、王位に上がるやいなや、海洋政策を強化しました。資本と技術をすべて動員し、頑丈な船を造り、勇猛な人たちを船に乗せて海に送り出しました。彼らは、海の果てに何があるのか分からないまま、命がけで海に出ていきました。

イギリスは、もともと海に強い民族ではなかったのです。かえってノルウェーやスウェーデンのバイキングに侵略されていた民族でした。しかし、海を失えばすべてを失うという事実を悟り、海洋圏を強化したエリザベス一世の血のにじむような努力によって、イギリスはバイキングとスペインを凌駕する海洋帝国になりました。そのような努力の末に、大西洋の小さな島国イギリスは、五大洋六大州に無数の植民地を治める「日の沈まない国」になることができたのです。(五大洋六大州は韓国でよく使われる表現で、全世界を意味する)

イギリスを中心とする西洋文明は、科学技術を発達させました。羅針盤を持って世界のさまざまな所を訪ねて回り、旗を立てて植民地にしました。知識と技術が発達すればするほど、世の中のすべてを自分のものにしていったのです。

しかし、韓国をはじめとする東洋はそうではありません。精神を重要視する東洋世界は、物質のために精神を捨てることはしません。物質と精神が衝突すれば、むしろ物質を捨てる所が東洋です。そのため、これまで東洋は、西洋に比べると生活が豊かではありませんでした。しかし、いつまでも精神が物質によって支配されるということはありません。

西洋の物質文明が堕落の道を歩むとともに、東洋にチャンスが巡ってきています。エジプトを経てギリシャ・ローマで発達した文明が、イギリスとアメリカを経て朝鮮半島を囲む太平洋地域に移ってきているのです。今まさに太平洋文明圏の時代が開かれています。新しい文明時代の主役は、韓国をはじめとするアジアです。韓国と日本が、このように短い期間に世界的な強国として急成長したのは、アジアの時代が来ていることを立証するものであり、決して偶然ではなく、歴史的な必然です。

しかし、韓国が世界の主役として浮上するのを、アメリカやロシアが黙って見ているはずがありません。韓国をめぐって、アメリカと日本、ロシア、中国の間に大きな争いが起きるかもしれません。韓民族は、それに備えて二つのことを準備しなければなりません。

まず、日本とアメリカを結び、ロシアと中国をつなげる巨大なベルトを作って自らを守らなければなりません。何によってその国々を結ぶことができるのでしょうか。一つになる思想であり、一つになる心です。地球村の人類が、人種と国家と宗教を超えて一つだという思想こそが・国家間の戦争を防ぎ、平和世界を成し遂げる道を開くことができるのです。韓民族は、戦争の危険から自らを守るためにも、一つになる平和思想を世の中に植え付けなければなりません。

もう一つ、韓民族が準備しなければならないものは、海洋時代を生きていく力を備えることです。太平洋は海です。海を治める力がなければ、太平洋文明圏の主役になることはできません。いくら天運が到来したとしても、自分がまるで準備ができていなければ、チャンスをつかむことはできないのです。韓国が中心となった海洋時代が開かれるという事実を知ったのなら、当然、海洋時代の主役になる準備をしなければなりません。

海には魚だけがいるのではありません。海のもっと大きな宝は、エネルギー源に他なりません。石油の埋蔵量が減少するとともに、エネルギー源をめぐる危機感が日に日に高まっています。石油が底をつけば、人間の文明世界はそのまま暗黒になってしまいます。トウモロコシを利用した代替エネルギーを開発すると言いますが、それは、人類が食べて生きていく食糧も不足している状況では、決して可能なことではありません。本当の代替エネルギーは海にあります。海の中に埋められた水素エネルギーに人類の未来があります。

地球の三分の二が海です。言い換えれば、人類を食べさせていく資源の三分の二が海に埋まっているということです。ですから、海をきちんと治めることができなければ、未来を開いていくことができません。すでに先進国は、海底から石油と天然ガスを掘り出し、深層水を吸い上げて高い値段で売っています。海の中から資源を探し出すことは、今始まったばかりです。しかし、全人類が海を拠り所として生きていく日が、遠からず訪れてくるでしょう。

海洋時代はひとりでに開かれるのではありません。何よりも自分が先に海に出ていかなければなりません。船に乗って海に出ていき、波と闘わなければなりません。そのような勇気がなければ、決して海洋時代に備えることはできません。海を占領する国が、世界をリードすることができるのです。海を占領した国の文化と言語が世界の言語と文化となる世の中がすぐにやってきます。したがって、海を創造主の御旨に合うように管理し、海の資源を正しく運用しなければなりません。

海は世界を結束させる求心点となるでしょう。海を治める人になろうとすれば、そこで自由に生きていくことのできる訓練をしなければなりません。私は、魚を釣る訓練をさせるとき、大きな船一隻に小さな船十隻を従わせて一緒に送り出します。湾口を出発するときは大きな船に付いていきますが、広い海に着いた瞬間、小さな船に乗ってきた人たちは自分自身で責任を持たなければなりません。風がどこからどこに吹くのか、海の底の状況はどうなのか、魚はどの道を行くのかを、自ら学習して解決しなければならないのです。

SECTION 06

6. 海洋時代がもたらす計り知れないチャンス

私は「アラスカ精神」という言葉を好んで使います。早朝に起きて海に出ていき、その日に釣るべき責任量を釣ることができなければ、その量を満たすところまで魚を釣ってから帰ってくるのが「アラスカ精神」です。そのように粘り強く忍耐することを学んでこそ、船乗りになることができます。

魚を釣ることは遊びではありません。海の中にいくら魚がたくさんいるとしても、ひとりでに釣れることはありません。専門的な知識と多くの経験が必要です。網を編むこともでき、錨綱を結ぶこともできなければなりません。そのように厳しい訓練を受けた人は、魚釣りだけが上手になるのではなく、世界のどこに行っても、新しい環境を克服し、他の人を導くリーダーとして成長します。魚釣りの訓練とはそのようなリーダーを育てることなのです。

海で覇権を握ろうとすれば、世界を巡航するに相応しい船と潜水艦も必要です。韓国はすでに世界最高の造船国です。海洋大国になれる実力を十分に備えているので、これからは海に直接出ていく人が増えていかなければなりません。韓民族は海上王と呼ばれた張保皐(七九〇~八四六年頃。統一新羅時代に新羅、唐、日本にまたがる海上勢力を築いた人物。韓国ドラマ『海神』の主人公として描かれている)の後裔です。船に乗って海に出て、波に打ち勝った伝統が韓民族にはあるので、できないことがありません。

人々は波を恐れます。波は風に乗って波打ちますが、風が吹いて波が立ってこそ、海の中に酸素が供給されるのです。風が吹かずに波のない静かな海が続けば、海は死んでしまいます。波が大切だということを知れば、もはや波は恐ろしくないのです。強風が吹いて波が荒々しくても、それが海の中の魚を生かす道だということを知れば、かえってそれを海の魅力として受け入れるようになります。

海の下に三十メートルだけ潜っていけば波は存在しません。潜水艦に乗って海の下に潜っていけば、エアコンが必要ないほど涼しいのです。適度な温度の静かな海の中では、あらゆる魚が群れをなし、踊るようにして泳ぎ回っています。まるでリトルエンジェルスのように色とりどりの美しい服を着て、ひらひらとヒレを揺らします。そのように静かで平和な世界がすぐに訪れるでしょう。

海洋時代が訪れてくるということは、韓国に世界を変えるチャンスが来るということです。あらゆる生命体を養育し、包み込んでくれる海は、女性を象徴します。反対に陸地は男性を象徴します。海に浮かぶ島国は女性を表しますが、大陸の端にある半島国家は男性を表します。半島国家の国民は、海と大陸のあらゆる敵の侵入に備えて生きてきたため、人一倍勇猛で強靭な民族性を持っています。ギリシャやイタリアのような半島国家で人類の文明が発生したのは偶然ではありません。大陸に伸びていき、広い海洋を克服していく進取の気性と強靭な探検精神があったために、華々しい文化を花咲かせることができたのです。

黒潮について考えてみましょう。海流は偏西風と貿易風によって引き起こされますが、潮流は太陽と月、特に月の引力によって上下運動として起こされます。黒潮は北赤道海流の一部で、一万四五〇〇キロメートルになる世界最長の海流であり、北太平洋の西岸境界線として北方を流れ、黒潮続流は西太平洋に暖流を戻します。太平洋を巡る海流の力は、巨大だという表現では不足です。黒潮が巡っていく力によって海全体が動くので、もし黒潮がなければ、海の水が循環せず、すべて死んでしまいます。いくら大きくて悠々とした川でも、結局は海に流れていくのと同じように、いくら大きくて勇壮な海も、黒潮の力強い水の流れに従って動くのです。私たち民族は、世界を導く黒潮にならなければなりません。世界の生命力を一箇所に結集させる力の源泉にならなければならないのです。

私は、太平洋文明圏の中心となる所を求めて、何度も韓国の南海岸一帯を回ってみました。そして、麗水と順天を選択しました。鏡のように静かで澄んだ麗水の近海で、李舜臣将軍が日本を大きく退け、また亡くなりました。そのような歴史的な海をもつ麗水は、嶺南と湖南が出会う所であり、智異山のふもとに接し、朝鮮戦争後には、左翼と右翼が正面から争った民族の痛みが染み付いた地でもあります。葦原で有名な順天湾は世界的に有名なリアス式の美しい海岸です。澄んだ水が打ち寄せる海に出ていくと、あらゆる魚を釣ることができ、静かな湾ではアワビとワカメが育ちます。また、広々とした砂浜は、ハイガイをはじめとする各種の貝と、テナガダコがたくさんいる所です。船に乗って海に出てみても、山に登って見渡してみても、来るべき海洋時代を準備するための拠点として、どこにも不足な点のない美しい地です。

私は今、麗水を中心に南海岸を開発中です。その準備のために、巨文島をはじめ、いろいろな島々を回り、何カ月もそこで暮らしました。その村で数十年間農業をし、漁業をして生きてきた人たちを師として、古びた旅館で寝泊りしながら詳しく調査しました。話を聞いて調査するだけでなく、目と足で一つ一つ見て回り、調べてみました。それで、「どの海にどのような魚が生息しているのか、どの海にどんな網を投げるべきか、どこに何の木が育ち、どの家に中風にかかった老人が独りで暮らしているのか」をすべて分かるようになりました。

南海岸に関する調査がすべて終わった日、その時まで私に協力してくれた村の里長 (里は韓国の行政単位。道、郡、面の下に里がある。面が日本でいう町村ぐらいの大きさ) を飛行機に乗せ、アラスカに行きました。自分が知っているす。へてのことを私に教えてくれたので、私も自分が知っていることを彼に教えてあげたいと思ったのです。私は彼と一緒に釣りをして、アラスカにどんな魚が生息していて、どのように釣るのかを教えてあげました。いくら小さい知識でも、そのようにお互いに分かち合ってこそ、私の心が平安なのです。

私が麗水開発を始めるやいなや、麗水市は二〇一二年の海洋国際博覧会の開催地になりました。国際博覧会(EXPO) は、オリンピック、ワールドカップと並ぶ世界三大祝祭です。国際博覧会が開かれる三カ月間に、全世界から百五十四ヵ国の会員国や国際機構が各種の展示会を開きます。そのようになれば、世界の耳目が麗水に集中するのはもちろん、先進技術と文化が一度に麗水に集まってきます。夏の日に、雲が激しい勢いで押し寄せてくる場面を見たことがあるでしょうか。一度風に乗り始めた雲は、あっという間に山を越え、海を越えます。もたもたすることがありません。そのように、雲の群れが押し寄せてくるように、世界が麗水に向かって、朝鮮半島に向かって集まってくるようになります。

私は、南海岸にある島という島をすべて橋で連結し、世界各国の船に乗る人たちに食事と宿泊所を提供するコンドミニアムを建てる計画です。飲み食いして遊ぶためのコンドミニアムではありません。アメリカ人、ドイツ人、日本人、ブラジル人、アフリカ人等々が、たとえ互いに他の船に乗って魚釣りをしたとしても、寝食は一つの家でするようにして、人類が一家族であると分かるようにしたいのです。

海洋時代は宇宙時代でもあります。遠からず航空科学技術が絶対的に必要な時代が訪れます。その時になって宇宙産業を準備するのでは遅いのです。私は今、金浦に航空産業団地を造成し、世界的に有名なシコルスキーのヘリコプターを私たちの手で造る準備をしています。今後、太極マークをつけたヘリコプターが全世界の海と空を飛び回る日が必ず来るでしょう。

SECTION 07

7. 一輪のタンポポが黄金よりも貴い

現代社会の三大難問は、公害と環境保全、そして食糧です。三つのうちでどれか一つでもないがしろにすれば、人類は滅亡してしまいます。地球は、すでに壊滅的な状態に陥りつつあります。物質に対する際限のない貧欲が、自然を壊す深刻な公害を引き起こし、水と空気を汚染させ、人類を保護してくれるオゾン層まで破壊しました。このままいけば、人類は自分がつくった物質文明の罠にかかって自滅してしまうでしょう。

私はブラジルのパンタナール地域を持続・保全するための活動を二十年近くやってきました。パンタナールは、ブラジルとボリビア、パラグァイにまたがる世界最大の湿地帯としてユネスコの世界自然遺産にも登録されました。私は、パンタナールの生物を神様がつくられた原型どおりに保全し、保護することを、世界的な環境運動としで育んでいます。

海と陸地、動物と植物が一つに重なり合って生息しているパンタナールは、本当に絶妙な所です。「美しい」「素晴らしい」という単純な言葉では決してその価値を表現することができません。空からパンタナールを見下ろして撮った写真集は、その美しさのために世界で最も多く販売された写真集の中の一つです。パンタナールは、ノドジロオマキザルとホエザル、コンゴウインコ、ジャガー、アナコンダ、カイマンのような珍しい動物が生息する人類の宝の庫です。

パンタナールを中心にアマゾン川流域の生物は、創造当時の原型をそっくりそのまま保って暮らしています。パンタナールは万物創造の原点です。人間は、神様がつくられたものをたくさん破壊しました。人間の貧欲さによって種が絶滅した動物や植物があまりにもたくさんあるのです。しかし、パンタナールには、今も神様がつくられた創造物の原型がそのまま残っています。私はパンタナールに鳥の博物館や昆虫の博物館を建て、絶滅した種と創造の原型を復元する仕事をしています。

パンタナールは、たくさんの動植物の生息地であるだけでなく、地球に酸素を供給する役割もしています。パンタナールは世界で最も多い量の酸素を作り出す「地球の肺」であり、「自然のスポンジ」、そして「温室ガス貯蔵庫」です。しかし、このようなパンタナールがブラジルの急激な産業化によって、年を追うごとに壊されていっています。地球の主要な酸素供給源であるアマゾン地帯が破壊されれば、人類の未来は暗黒にほかなりません。

また、日本の本州ほどの面積のパンタナールの湖には、数百種類の魚が生息しています。その中には、重さが二十キログラムを超える黄金に輝く「ドラド」という魚もいます。釣り竿にドラドがかかれば、自分の体が川に引き込まれそうになります。全力で釣り竿を持ち上げると、黄金色の鱗を光らせながら空中に飛び上がってきます。そうやって何度か引き上げても、余力を残していて、体をばたつかせています。魚ではなく、熊や虎のように力が強いのです。

パンタナールの湖はいつもきれいです。水の中に何かを放り投げても、あっという間にきれいになります。いくら汚れたものでも、いつの間にかきれいにしてしまうのは、いろいろな魚が生息しているからです。魚はそれぞれ食べる物が違います。そのような魚がごった返して暮らしながら、水を汚すものまですべて食べて片付けてしまうのです。餌を食べること自体が、水をきれいにする清掃作業でもあるのです。それがまさに私たち人間とは違う点です。魚が生きている目的は自分のために生きているのではありません。周辺をきれいにしながら、より暮らしやすい環境をつくってお互いのために生きています。

パンタナールの湖のホテイアオイの表面を見ると、虫が真っ黒にへばり付いています。虫だけがいればホテイアオイは生きていけませんが、それを食べる魚がいるので、虫も生き、ホテイアオイも生き、魚も生きるのです。それがまさに自然です。すべて自分のために生きるのではなく、お互いのために生きています。自然がこのように偉大だということを教えてくれています。

いくらパンタナールに魚がたくさんいても、ひっきりなしに捕まえていれば魚は減ってしまいます。魚を保護しようとすれば養殖をしなければなりません。パンタナールの魚が貴重であればあるほど、よりたくさんの養殖場を造って魚を育てなければなりません。魚だけでなく、昆虫も育て、鳥も育て、動物も育てなければならないのです。昆虫を育てることは、世の中にもっと多くの鳥が生きていけるようにすることです。パンタナールは、こうしたすべてのものを育てることのできる場所なので、貴重性が増すのです。

パンタナールには魚ばかりがたくさんいるのではありません。川辺にはパイナップルとバナナの木、マンゴーの木が立ち並んでいます。水のない畑に稲を植えれば、三毛作をして余りあるほど稲がよく育ちます。それほど土地が良いので、大豆やトウモロコシのようなものは、種さえ蒔いておけば、人の手を借りて育てなくても、どんどん実ります。広々とした草原には、ダチョウが大またで歩き回っています。ダチョウは、人が背中に乗っても大丈夫なくらい力があります。

ある時、船に乗ってパラグアイ川に沿って下っていき、川辺の民家に立ち寄ったことがありました。そこに暮らす農民が、私たちが空腹だと気づいて、すぐに畑からサツマイモを掘ってきてくれたのですが、その大きさがスイカくらいあったのです。その上、一度掘り出してそのまま蔓を放っておけば、何年でもまたサツマイモが実るそうです。植えなくても、毎年サツマイモが実るというのですから、食べる物が不足している国に広めたいと強く思いました。

湿地を開発しようとする人たちは、いろいろな経済的利益を主張しますが、実際にパンタナールは、湿地それ自体でも十分に経済的な価値が高いのです。パンタナールには黒い松の木(ケブラッチョ)が原始林を形成しているのですが、とても頑丈で細胞組織が緻密なので、木に杭を打っても、百年以上生きるそうです。この木は「黒檀」と呼ばれる高級木材なのですが、腐りにくく、鉄よりも寿命が長いそうです。そのように貴重な松の木が一抱えほどの太さに育ち、森を形成している景観を想像してみてください。私はパンタナールの四百ヘクタールの土地に木を植えました。私たちが植えた木々によってパンタナールがより一層美しくなり、そこで作られた豊富な酸素が私たちの人生を潤沢にするのです。

自然を破壊するのは人間の利己心です。今、安心して息をすることもできないほど地球の環境が破壊されたのは、人より少しでも大きく、早く成功しようとする人間の貧欲さのためです。しかし、もうこれ以上、地球が破壊されるのを放っておくことはできません。自然を救うことに対して、宗教者がまず立ち上がらなければなりません。自然は神様の創造物であり、人類のために下さった贈り物です。自然の貴重さを悟らせ、創造当時の豊かで自由な状態に戻すことを後回しにすることはできないのです。

パンタナールが自然の宝庫だという事実が広まるとともに、パンタナールをめぐる争いが始まっています。保護して育てなければならない所が、貧欲さに満ちた人間相互の争いの場へと変わる兆候を見せているのです。私は十年前から世界各国の指導者をパンタナールに呼び、「自然を保護し地球を守る法」に関して討論を行っています。世界の環境専門家と学者も集め、パンタナールに関心と愛を寄せてくれるようお願いしました。パンタナールがこれ以上、人間の無慈悲な欲心のために破壊されないように、番人となって守っているのです。

環境問題が深刻になると、環境保護運動を行う団体が増えました。しかし、最も良い環境保護運動は愛を伝播する精神運動です。人間は、自分が愛する人のものであれば、何でも好んで大切にします。ところが、神様がつくられた自然を大切にして愛することができません。神様は人間のために自然を下さったのです。自然を利用して食べる物を得て、生活を潤沢にするのは、その方のみ意です。自然は自分だけが使って捨てる使い捨ての物ではありません。自然は子々孫々に至るまで、私たちの子孫が継続して食べる物を得て、体を支えて生きていくべき土台です。

自然を大切にして保護する近道は、自然を愛する心を持つことです。道を歩いていて一株の草を見ても、涙を流すことができなければなりません。一本の木を抱きかかえて泣くことができなければなりません。一つの岩、一瞬の風にも、神様の息遣いが隠れていることを知らなければならないのです。自然を大切にして愛することは、神様を愛することと同じです。神様がつくられたすべての存在を愛の対象として感じなければなりません。博物館にある一つの作品がいくら立派だとしても、生きている神様の作品には及びません。道端に咲く一輪のタンポポが新羅の金の冠より貴いのです。

SECTION 08

8. 貧困と飢餓を賢く解決する方法

空腹でなければ神様は分かりません。空腹の時間が神様の最も近くに行くことができる機会です。空腹の時、私の前を通り過ぎる人がいれば、もしかしたらあの人が私の母ではないか、私の姉ではないかという思いがするものです。誰でも私を助けてくれる人を待つのです。そのようなとき、善なる同情の心を持たなければなりません。

空腹はアフリカのような開発途上の国々だけの問題ではありません。アメリカに行った時、私が最初にしたことは、貧しい人たちに食糧を分配するトラックを用意することでした。世界で最も暮らしが豊かな国であるアメリカにも飢えて死んでいく人がいるほどですから、貧困な国の事情は形容しがたいほど残酷です。

全世界を巡回して感じる最も差し迫った危険は食糧問題です。食糧問題こそ一時も先延ばしできない問題です。今も私たちが生きている世界では、一日だけで四万人が飢えて死んでいっているのです。自分のことではない、自分の子供のことではないと知らないふりをしていてはいけません。

単純に食べ物を分け与えるだけでは飢えを解決することはできません。より根本的な視角から接近しなければなりません。私は二つの根本的で具体的な方案を考えています。一つは、安い費用で食べ物を十分に供給することであり、もう一つは、貧困に打ち勝つ技術力を供与することです。

食糧問題は、今後人類に非常に深刻な危機をもたらすでしょう。なぜならば、限りある陸地で生産されるものだけでは地球上の人類をすべて食べさせることはできないからです。ですから、海にその解決策を見いださなければなりません。海は未来の食糧問題を解決できる鍵です。私が数十年前から絶えず海を開拓してきた理由もここにあります。食糧問題を解決しなければ、理想的な平和世界を建設することはできません。

アラスカでは、十五インチ以下のスケソウダラをすべて肥料にしてしまいます。素晴らしい食物ですが、それを食べることを知らないので、そのまま肥料にしてしまうのです。わずか二十年から三十年前には、西洋の人たちは、私たちが牛の尾をくれと言えばただでくれました。彼らは、韓民族が好んで食べる肉の骨や内臓を食べることを知らなかったのです。魚もそうです。世界で捕獲する魚の二〇パーセント以上がそのまま捨てられます。私はそのようなことを見るたびに、アフリカで飢え死にする人たちが思い浮かび、胸が痛みます。魚は牛肉と比較にならないほど高たんぱく質です。そのようなものをかまぼこやソーセージにしてアフリカに持っていけば、どれほどよいでしょうか。

思いがそこまで至ると、私は本格的に魚を貯蔵して加工する仕事を始めました。魚をいくらたくさん捕まえても、後処理を上手にできなければすべて無駄になります。いくら良い魚でも、新鮮な状態で八カ月以上はもちません。冷凍倉庫にきちんと凍らせておいても、氷の間に空気が入って肉から水気が抜けていきます。それで魚に水をかけて再び凍らせますが、既に元の味を出すのは難しいので、事実上捨てた物と同じです。私たちは、このように捨てられる魚を集めて粉にすることに成功しました。ドイツやフランスのような先進国でもできなかったことを私たちはやり遂げたのです。

私たちはそれを魚の粉、「フィッシュ・パウダーfish powder)」と呼びます。魚を粉にすれば、蒸し暑いアフリカでも簡単に保管し、運搬することができます。フィッシュ・パウダーは、九八パーセントがたんぱく質の塊である高たんぱくの中の高たんぱくで、飢えて死ぬ人類を生かすことができます。フィッシュ・パウダーでパンも作ることができます。生きてぴんぴんしている魚が十分もしないうちに粉になって出てきます。このように新鮮なフィッシュ・パウダーは、ルワンダとクロアチア、アルバニァ、アフガニスタン、スーダン、ソマリァなどに供給され、飢餓に直面する人々の空腹を満たしているのです。フィッシュ・パウダーを求める人たちが増えてきたので、これからはもっと多くの場所に魚の加工工場を建てるつもりです。

海の中には無尽蔵の食糧がありますが、人類を食糧問題から救う最も優れた鍵は「養殖」です。都市の高層ビルのように、これからは魚を養殖するビルができるでしょう。パイプを利用すれば、高いビルや山の上でも養殖をすることができます。養殖で全世界の人をすべて食べさせて余りある食糧を生産できるのです。

海は神様が下さった福の塊です。私は海に出ていけば、顔が真っ黒に焼けるほど魚釣りに熱中し、チョウザメも釣り、マカジキも釣りました。私が直接魚を釣る理由は、魚の釣り方を知らない人たちにその方法を教えるためです。魚を釣ることができなかった南米の人たちを連れて、川に沿って船に乗り、数カ月回りながら釣り方を教えてあげました。私が直接絡まった網を巻き上げ、三、四時間かけて、ほどく方法を見せながら教えました。

安い費用で食べ物を十分に供給するためには、人類の最後の宝庫である海と、いまだに原始林のまま放置されている大森林を開発しなければなりません。ところが、それが言うほど簡単ではありません。体を動かすのが難しいほど蒸し暑く、じめじめした所に直接入っていき、身を投じて献身する苦労があって、初めて可能なのです。熱帯地方の大森林を開発するのは、人類を愛する情熱と献身なくしてはやり遂げることができません。

ブラジルのマットグロッソ・ド・スール州のジャルジンは、生活するにはとても不便な所です。天候は暑く、名前も知らない虫たちが容赦なく食いついてきます。私はそのような所で、鳥や蛇を友達にして暮らしました。靴を履くこともできませんでした。裸足でジャルジンの赤い土を踏んで歩く私の姿は農民そのものです。また、川で魚を釣り上げる私は漁師そのものです。「お、あの人は本当に農民だ!本当に漁師だ!」という声を聞いてこそ、原始林を開発することができます。きれいで安楽な寝床で八時間ずつ眠り、三食を食べ、涼しい木陰で横になって休みながらできることではありません。

パラグアイを開発した時のことです。フエルテ・オリンポに小さな家を探して、食口たち何人かで一緒に暮らしました。トイレが一つだけなので、朝はみんなで順番を決めなければなりません。そこでも私は、早朝の三時になれば必ず起きて、運動して釣りに出ました。そのため、一緒に過ごしていた食口が随分と苦労しました。早朝、ろくに目が開かないまま釣りの餌を作ることは日常茶飯事でした。その上、船に乗ろうとすれば、人の牧場をいくつか通らなければなりませんでした。真っ暗な所で牧場の閉まった門を開けようとするので、すぐに開けることができず、それを見て私が雷のような大声を出しました。

「何をもたもたしているのだ!」

自分で聞いてもびっくりするほど恐ろしい声を上げるのですから、食口たちは本当に大変だったでしょう。しかし、私は一分一秒を惜しむ人です。いい加減に過ごす時間は少しもありません。平和世界が成し遂げられる時まで、やらなければならないことが、レジからレシートが出てくるように目にありありと浮かぶので、とても気が急いていたのです。暗闇がまだ残っている早朝の川で釣りをしようとすれば、蚊が押し寄せてきます。蚊の針がどれほど強いのか、ジーンズの上からでも刺して容赦なく食いつきます。夜が明ける前なので、釣りの浮きが見えないときは、目印になるように釣り竿に白いビニール袋を結んで投げなければならないほどでしたが、私は気が急いていて、日が昇るまで待てませんでした。

ジャルジンは今も懐かしい所です。目を閉じれば、ジャルジンのかっかとする熱気が私の顔にくっついてくるように思い、ジャルジンのすべてのものが懐かしいのです。体が少し大変なのは何でもありません。体の経験する苦痛はすぐに消えます。重要なのは心の幸福です。ジャルジンは私を幸福にしてくれました。

SECTION 09

9. パンよりもパンの作り方を教えよ

人類の飢餓問題を解決しようとすれば、種を蒔く心がなければなりません。種は土の中に蒔きます。目に見えない土の中で発芽して芽を出すまで、忍耐して待たなければなりません。飢餓問題も同じです。食べる物がなくて死んでいく人に一握りのパンをあげるよりも、当面は苦労して日の目を見なくても、小麦を植えて収穫しパンを作る技術を教えなければならないのです。そうしてこそ、より根本的で持続的に飢餓を解決することができます。私たちは今からでも、飢餓で苦しむ地域の風土と土、人々の気質を共に研究しなければなりません。

アフリカにはキャッサバという木があります(ブラジルではマンジョカと呼ばれる)。コンゴの人たちは、牛を売る前に栄養が豊富なキャッサバの木の葉を食べさせて牛の肉を太らせます。人々もキャッサバの葉を印でつき、油を入れてこねたあと、焼いて食べます。ですから、キャッサバの木をたくさん植えて、毒抜きをした後、木全体を粉にして、パンや餅を作るときに入れるのがよいと思います。また、サツマイモに似た形の「キクイモ」は、土に植えれば非常に早く育ち、ほかの救荒作物よりも収穫量が三倍も多いのです。キクイモをたくさん植えるのも、飢餓問題を解決するのに役立つでしょう。

ジャルジンでは、大きなミミズを利用して農作業をするので、土地がよく肥えています。そのミミズは、サンパウロ州のカンピーナスにだけ生息しているのですが、生体習性を研究して他の所でも育てれば、農業に役立ちます。マットグロッソ地域には、韓国人が進出して蚕を研究しています。蚕を育てれば、高価な絹も得ることができ、栄養剤を作って売り、食べ物を買うこともできます。

人類の飢餓問題を一度に解決できる画期的な方法はありません。国ごとに人々の食生活と習慣が異なり、また育つ動植物が異なるからです。大切なことは隣人に対する関心です。自分がおなかいっぱいご飯を食べるとき、誰かおなかを空かせている人がいないか見渡すことのできる心を持つことが肝要です。人類が飢餓問題を解決しなければ、この世界に本当の平和はありません。すぐ横にいる人が空腹で死んでいくのに、それをそのままにして平和を語るのはあり得ないことです。

食糧を直接援助することと同じくらい大切なことは、食糧を自給できる技術を普及することです。技術力を普及するためには、後れた地域に学校を建てて、文字の読み書きができない人をなくすと同時に、技術学校を建ててそこで食べて生きていけるだけの実力を育てなければなりません。アフリカと南米大陸を征服した西洋人は、彼らに技術を教えませんでした。彼らの土地で資源を掘っていき、彼らを労働者としてのみ扱いました。彼らに農業のやり方も、工業のやり方も教えませんでした。それは正しくないことです。私たちは以前からコンゴ(旧ザイール)、ガイアナ、パラグアイ、ブラジルなどに学校を建てて、農業と工業技術を教えています。

空腹な人たちのもう一つの問題点は、体が病気になっても、貧しさのために治療を受けられないことです。地球の反対側にある先進国では、人々が薬漬けで病気になりますが、空腹な彼らは、私たちにとってごくありふれた下痢薬や風邪薬がないために死んでいくのです。それで、飢餓撲滅運動をしながら、一方では医療支援も同時にしなければなりません。無料診療所を開設して、慢性疾患で苦しむ彼らの面倒を見てあげなければなりません。

私は、人類が共に平和に暮らしていくモデルとして、ブラジルのジャルジン地域に「ニューホープ農場」を造りました。広々とした土地を耕して農地にし、高原地帯には牛を育てる牧場を造りました。ニューホープ農場はブラジルにありますが、ブラジル人だけのものではありません。空腹な人たちは、誰でもニューホープ農場に来て働き、食べることができます。全世界のあらゆる人種からなる二千人以上の人たちが来て、いつでも食べて休むことができる所です。小学校から大学までの教育機関も一緒に設立し、農業も教え、牛を育てる方法も教えます。木を植えて育てるやり方、魚を釣って加工し販売することまで教えます。農業だけするのではなく、川の周辺のたくさんの湖を利用して養殖場も造り、釣り場も造りました。

パラグアイの国土の六〇パーセントを占めるチャコ地方は、長い間捨てられた地でした。海の底が隆起して陸地になったチャコ地方は、今でも土に多くの塩分が含まれています。私は七十歳を過ぎてからパラグアイに入っていきました。長い間捨てられた地で生きてきた彼らの生活は、言葉では表現できないほど疲弊していました。彼らを見つめる私の心がどれほど痛んだか、とても言い表すことができませんでした。私は心から彼らを助けたいと思ったのですが、彼らは、顔の色が違い、言葉が違う私を受け入れようとはしませんでした。しかし、私はその程度で放棄しませんでした。

三カ月間、パラグアイ川に沿って歩き回り、そこの人たちと一緒に食べ、一緒に眠りました。皆が不可能だと言っていたことに、七十歳を超えた私が飛び込んだのです。彼らは誰も釣りをすることができませんでした。私が魚を釣り上げるのを見た彼らは、不思議に思ってそばに集まってきました。私は彼らに釣りの方法を教えてあげ、彼らは自分たちの言葉を教えてくれました。そのようにして、三カ月間一緒に船に乗りながら、私たちは互いに親しくなりました。

彼らが心を開くと、私は世界が一つにならなければならない理由を繰り返し語りました。最初、彼らは反応があまりありませんでした。しかし、チャコ地方の人たちは、年とともに少しずつ変わっていきました。そのようにして十年が過ぎると、熱い心で「グローバル・ピース・フェスティバル」を開くくらいに変わったのです。

パラグアイ川は海のように深くて広い川です。私は、パラグアイ川に船を出して魚を釣りました。やることがなく飢えていたチャコ地方の人たちは、魚を釣って、生計を維持できるようになるでしょう。魚をたくさん釣ると、そのまま腐って捨てるほどになっていたので、川辺に冷凍倉庫を建てました。フィッシュ・パウダーを作る工場も造れます。船に乗るのが怖い人たちは、冷凍工場で魚を貯蔵し、販売する仕事をしています。彼らは、これ以上飢えによって絶望したり、つらい思いをしたりすることがなくなるでしょう。

しかし、食べる問題だけが解決したからといって、すぐに平和が訪れてくるのではありません。飢えが解決した後には、平和と愛に関する教育が必要です。私はジャルジンやチャコのような地域に学校を建てています。最初、住民は子供たちを学校に送らずに牛の世話をさせていました。「牛と友達になって遊ぶのもよいが、学校教育を受けなければ発展できない」と粘り強く説得した結果、今では学生がたくさん増えました。牧場がうまくできるようになれば、簡単な技術を利用して物を作る軽工業の工場を造ってあげられるし、学生たちは工場で働こうと、一生懸命に学校に通うようになるでしょう。

全世界の飢えて死んでいく人たちは私たち全員の責任です。ですから、私たちが出ていって彼らを救わなければなりません。明確な責任感を持って、彼らを食べさせ、助けなければなりません。裕福な人は少し低い所に下りていき、貧しい人は少し上げてあげ、すべての人が等しく豊かに暮らす世界をつくらなければならないのです。

SECTION 10

10. 青少年よ、志を立てれば人生が変わる!

私たちが見慣れない人に会えば、「あなたは誰ですか」と尋ねるように、神様も私たちに尋ねられます。そして、神様は、「私は青年です」という答えを一番喜ばれます。なぜなら、人生で最も大切で、最も美しい時が青年時代だからです。青年時代は未来のための安息の土台にならなければならず、新しい時代を開く礎石にならなければなりません。

ところが、最近の青年からは、情熱を見いだすことがだんだんと難しくなっています。人生の目的を見つけ出すことができないまま、無駄にあちこちきょろきょろと見回すかわいそうな青年が増えています。歴史上、偉大な指導者は、皆幼い頃から人生の目的が明確でした。彼らは、幼い頃に胸に抱いた目的を生涯大切に持ち続け、それを成し遂げようと、熾烈な人生を生きました。寝て、起きて、活動するすべての人生の営為が、未来の舞台を準備するためのものだったのです。今、果たしてどれだけの人がそのような人生を生きているでしょうか。

私たちは全員、偉大な人間として創造されました。何の意味もなく皆さんがこの世界に出てきたのではありません。神様は、自分のすべての愛を注いで私たちをつくりあげられたのです。ですから、私たちはどれほど偉大な存在でしょうか。神様がいらつしゃるので、私たちは何でもすることができるのです。

神様を愛することにより、私の人生は完全に変わりました。自分よりも人類をもっと愛し、私と私の家族の問題より人類の苦痛を先に考える人になったのです。また、神様がつくられたすべてのものを愛そうと努力しました。山にある木も愛し、水にいる魚も愛する心で見ました。世の中のすべてのものから神様のみ手を感じようと、触覚を鋭敏にしました。

そのように、心を神様の愛に合わせて変える一方、使命を果たそうと、私が備えるべき強健な体をつくるために努力しました。いつ、いかなる時に神様が私を呼ばれても、即座に走っていく準備をしたのです。サッカー、ボクシング、韓国の伝統武芸と、私が指導して作った円和道で体力を養いました。円和道は、まるで舞踊をするように体を柔らかく動かす円形運動で、直線よりも回転のときにより大きなパワーを出せるという原理を活用したものです。

今も私は、筋肉と骨の節々を伸ばすストレッチを行い、私が直接開発した呼吸法で一日をスタートします。世界を巡回して講演するために、それさえする時間がなければ、トイレにいる時間を利用してでも必ず運動をします。若い時は、一日に三十分やれば十分だったのですが、年を取ってからは、一日一時間に運動量を増やしました。

二〇〇八年、私が乗っていたヘリコプターが不時着するという事故を経験しました。ヘリコプターが黒い雲に包まれたかと思うと、あっという間に山の斜面に強く打ち付けられてしまいました。ヘリコプターがひっくり返り、体が安全ベルトに縛られたまま逆さまにぶらさがりました。私は反射的に両側の肘掛けをしっかり握りました。もし私が、日頃運動を怠っていたら、逆さまにぶら下がった瞬間、腰が折れてしまっていたでしょう。体は健全な精神が宿る器です。体を鍛錬することを怠ってはいけません。

勉強が好きで学校に行く学生は多くないでしょう。親が行きなさいと言うから行くのであって、勉強がしたくて学校に行くのではありません。最初は皆そうです。しかし、訳も分からずに学校に通っていると、勉強の味が分かるようになります。その時からは、勉強も自分からするようになり、自分の行く道も自分で求めていきます。分別がつくようになるということです。

ところが、親は、子供が分別がつくようになるのを待ちきれず、「勉強しなさい。少しは落ち着いて勉強しなさい」と激しくせきたてます。勉強して未来に備えなければならないことを、親はよく知っているからです。このままでは勉強する時期を逃し、何の備えもないまま未来に直面してしまうのではないかと心配するのです。

しかし、勉強して未来に備えることよりもっと大切なことは、志を立てることです。無条件に勉強に追い立てられる前に、将来自分が何をしたいのかを決め、自分がどれくらい役に立つ人間にならなければならないかを自ら悟らなければなりません。最近の青少年は大部分、志を立てないまま勉強にばかり没頭しています。

ある日、英語の勉強を熱心にしている学生がいたので、私は尋ねました。

「何のためにそんなに熱心に英語の勉強をしているのか」

と言うと、その子が答えました。

「大学に行くためです」

このように愚かなことがどこにありますか。大学は目的ではありません。大学は、何々の目的でどんな勉強をしなければならないというときに行く所であって、それ自体が目的にはなり得ません。

また、お金をどのくらい稼ぐかを人生の目標に掲げないでください。私は今まで、月給を一銭ももらったことがありません。それでも、私はこのようにご飯を食べて生きています。お金は何かをするための手段なのであって、目標ではありません。お金を稼げば使い道がなければなりません。目標もなくお金ばかりを手にすれば、そのお金は必ず無駄に消えていってしまいます。

職業は、全面的に自分の素質と趣味に沿って決定しなければなりません。消防士になろうと、農民になろうと、サッカー選手になろうと、政治家になろうと、それは皆さんの心次第です。私がお願いしたいのは、職業を超えた話です。サッカー選手になってどのような人生を生きるのか、農民になってどのような人生を生きるのかを尋ねているのです。

志を立てるということは、自分が生きていく人生の意味を決めることです。農民になろうと思うなら、新しい農法を実験しながらより良い品種を作り、人類の飢餓問題を解決するという志を立てなければなりません。サッカー選手になるにしても、自国の名を世界万邦に轟かせ、サッカーをやりたくてもできない子供たちのためにサッカー教室を開き、彼らの夢を育てたいという意味のある志を立てなければなりません。

世界的なサッカー選手になろうとすれば、血のにじむような訓練を経なければなりません。しかし、もし皆さんの心に抱いた志が明確でなければ、世界の頂点に立つまでのつらい訓練に耐えることができません。志があってこそ、自分を守っていく力が湧き、特別な人生を生きていくことができるのです。

SECTION 11

11. グローバルリーダーは世界を懐に抱く人

志を立てることは、木を植えることと同じです。家の庭にナツメの木を植えれば、家の庭にナツメが実り、裏山にリンゴの木を植えれば、裏山にリンゴが実ります。どのような志をどのような所に植えるのか考えてみてください。皆さんがどのような志を立ててどこに植えるのかによって、ソウルのナツメの木にも、アフリカのリンゴの木にもなれるのです。もちろん、南太平洋のヤシの木にもなることができます。皆さんが植えた果物の木のように、未来に皆さんの志が実を結ぶのです。どうか、その実がどこに実ればよいかを考えながら志を立ててください。

志を立てるときは、心を広く持ち、必ず全世界を見渡してみてください。貧困と疾病がなくならない苦痛のアフリカも見て、宗教問題で銃口を向けて生きているイスラエルとパレスチナも見て、麻薬の原料であるケシを栽培して辛うじて生きているアフガニスタンも見てください。極度の貧欲さと利己心によって世界経済を窮地に追いやったアメリカも見て、地震と津波が絶えないインドネシアも見てください。そして、その国々の間に、自分自身を立たせてみてください。自分がどの国、どの事情に適合するのかを考えてみてください。もしかすると、新しい宗教紛争が起きるインドが適合するかもしれません。もしかすると、干ばつと飢餓で苦しむルワンダかもしれません。

志を立てるにおいて、自国の狭い国土を怨むような愚かなことをしないでください。皆さんが行うことによって、自分の国はいくらでも広げることができ、ひょっとすると、国境が完全になくなるかもしれません。私たちがアフリカで活躍すれば、アフリカは自分たちの国になります。ですから、世界を舞台にしてやれることを探してみてください。おそらく、今まで皆さんが夢見てきたことよりも、はるかに多くのことを発見できるでしょう。一度だけの人生を世界が必要とすることに投じてください。冒険をしなければ宝島に行くことはできません。自分の国を超えて世界を舞台に志を立てることを願っています。

一九八〇年代に私は、韓国の大学生を日本とアメリカに送りました。毎日のように催涙弾が飛び交う祖国を離れ、より広い世界、多様な世界を見せるためでした。井の中の蛙は、井戸の外にもっと広い世界があることを知りません。

私は、グローバルという言葉も知らない時に、グローバルを夢見た人です。日本留学に出発したのも、より広い世界を見るためでした。かつて、日本留学から戻ったのち、中国の海拉爾に行ってモンゴル語と中国語、ロシア語を学ぼうと計画したのも、世界的に生きるためでした。私は、今も飛行機に乗って世界中を飛び回っています。一日に一ヵ国ずつ忙しく回っても、全世界を回ろうとすれば、半年以上かかります。

世界のどこにでも人が暮らしていますが、状況は千差万別です。ご飯を炊く水がない所もあり、水が多すぎる所もあります。電気が通っていない所もあり、つくった電気をいまだに使うことができない国もあります。何でもそうですが、一方にはあふれ、一方では足らない、そのようなことが世界にはたくさんあるのです。問題は、余っていたり、足らなかったりするものを、公平に分配する役割をする人が少ないということです。

資源も同様です。ある国には石炭や鉄鉱石が山のように積まれています。石炭を掘るために中に入っていく必要もありません。ただ山のように積み上がっている石炭の固まりから、スコップで掘り出せばよいのです。しかし、韓国には石炭も鉄鉱石もありません。無煙炭を掘り出そうとすれば、命がけで数十メートルも坑道を掘って土の中に入っていかなければなりません。技術もそうです。アフリカにはバナナが自然によく育つ所がたくさんあるので、バナナさえ食べていれば飢えることはありません。ところが、バナナ農場を造って大量にバナナを育てる技術がないために飢えているのです。韓国はバナナに適した気候ではないのに、立派にバナナを栽培しています。私たちのこのような技術は、アフリカの貧困を解決するのに大きな力になるのです。韓国のトウモロコシ栽培技術が、北朝鮮の飢餓の解決に役立ったことも同じ話です。

最近流行している言葉の中に「グローバルリーダー」という言葉があります。英語を流暢に話してグローバルリーダーになりたいと言いますが、実際にグローバルリーダーになる道は、英語の実力にかかっているのではありません。英語は意思疎通の道具にすぎず、本当のグローバルリーダーは世界を自分の懐に抱く人でなければなりません。世界の問題に全く関心がないのに、英語で意思疎通ができるからといってグローバルリーダーになることはできないのです。

グローバルリーダーは、地球上のあらゆる問題を自分の問題と考え、それを解決しようとする開拓者の精神を持たなければなりません。安定的で固定的な所得に執着したり、退職後の年金と平安な家庭生活を夢見たりする人は、グローバルリーダーになることができません。未来に何が待っているかよく分からなくても、世界がすべて自分の国であり、全世界の人類がすべて自分の兄弟だという意識があってこそ、グローバルリーダーになることができるのです。

兄弟とは何でしょうか。神様はなぜ、私たちに兄弟を下さったのでしょうか。兄弟は全世界の人類を象徴します。私たちは家庭の中で兄弟を愛する経験を通して、人類を愛する人類愛、同胞愛を学びます。兄と姉を愛する心がそのように広がるのです。お互いに愛を分かち合う家庭の姿は、人類が互いに融和する姿と同じです。たとえ自分が空腹でも、兄弟のためにご飯を残すことのできる愛が兄弟愛です。グローバルリーダーは、まさに人類を相手に兄弟愛を施す人です。

今は「地球村」という言葉さえ昔の言葉になりました。地球はすでに一つの生活圏です。人生の目標が、大学を出て月給をたくさんくれる会社に就職し、安定して生きていくことだとすれば、小犬くらいの成功を収めるようになります。しかし、アフリカの難民救護に命をかけて取り組めば、虎のような成功を収めるでしょう。どちらを選択するかは各自の心にかかっています。

私は今も世界を飛び回っています。一日も休む時間がありません。世界はまるで生きている生物のように絶えず変化し、問題を引き起こします。私は、そのような問題のある、暗くて奥まった所を訪ねて回ります。私が訪ねていく所は、景色がよくて楽な所ではありませんが、私は暗くて、大変で、孤独な所で幸福を感じます。

私は、皆さんの国から本当の意味のグローバルリーダーが出てくることを願います。国連を導いていく政治リーダーが出てくることを願い、紛争地域の争いを防いでくれる外交リーダーが出てくることを願います。道端を俳徊して死んでいく貧しい人たちの世話をするマザー・テレサのような救いのリーダーが出てくることを願います。また、私のように、人々が顧みることのない土地と海を開拓し、新しい世界を広げていく平和のリーダーが出てくることを願います。夢を持って志を立てることがそのスタートです。冒険心と開拓精神を持って、人が夢見ることのできないような夢を持ち、意味のある志を立てて、人類のためのグローバルリーダーとなることを切に願うものです。

SECTION 12

12. すべてのものは天からの借り物

私に対して世の中では、世界的な金持ちだとか億万長者だとか言いますが、それはよく知らずに言う話です。私は生涯、一生懸命に働いてきましたが、自分のために建てた家は一軒もない人です。私の妻や子供たちのためにためた財産もありません。成人なら誰でも持っている一本の印鑑さえありません。

人が眠るときに眠らず、人が食べるときに食べず、人が休むときに休まずに働いた、その代価は何かと尋ねたいでしょう。しかし、私は金持ちになることを願って働いたのではありません。お金は私にとって何の意味もありません。人類のために、貧困で死んでいく隣人のために使われないお金は、一枚の紙切れにすぎません。一生懸命に働いて稼いだお金は、世界を愛し、世界のために働くところに使われてこそ、相応しいのです。

私は、宣教師を外国に送り出しながらも、多くのものは与えませんでした。それでも、私たちの宣教師は、世界のどこに行っても上手に生きていきます。生きていくには、ごく基本的な生活用品だけが必要です。寝袋一つだけあれば、十分に生きていくことができます。大切なことは、何を持っているかではなく、どのように生きるかです。物質の豊かさだけが幸福な人生の条件ではありません。悲しいことに、現代の韓国語では、「チャル・サンダ」(良く生きる)という言葉が、どういうわけか物質的な豊かさばかりを意味する言葉に変質してしまいました。本来、幸福な人生とは良く生きることであり、それは意味のある人生を生きるということです。

私は、礼拝や特別な行事がある日でなければ、ネクタイをしません。格式を備えた正装もあまり着ません。家にいるときは、普通のセーター姿です。たまにこのようなことを考えます。西洋社会でネクタイにかかるお金がどのくらいになるだろうか。ネクタイに付けるピンやワイシャツ、カフスボタンはどれほど高いだろうか。世の中の人たちが、皆ネクタイをしないでそのお金を飢えている隣人のために使えば、世の中はもう少し暮らしやすい所になるでしょう。高いことだけが問題ではありません。いま外で火事が起きたとします。セーター姿の私とネクタイを結んだ人では、どちらが先に飛び出していくことができるでしょうか。私はいつでも飛び出していく準備ができている人です。

私は、毎日入浴することも賛成しません。入浴は三日に一度で十分です。靴下も毎日洗って履くことはしません。夜になると、靴下を脱いでズボンの後ろポケットに入れておきます。翌日に履くためです。ホテルに行けば、浴室に掛けられているタオルの中で、一番小さいものを一枚だけ使って出てきます。小便は三回した後にトイレの水を流し、トイレの紙は一枚を三つにたたんで使います。このような私を見て、原始人とか野蛮人と言ってもかまいません。ご飯を食べるのもそうです。私は、おかずを三種類以上置いて食べません。私の前にご馳走が並べられ、あらゆるデザートが置かれていても、手が出ません。ご飯も山盛りにして食べません。器の五分の三くらいがちょうどよいのです。

私が韓国で最も好んで履く靴は、大型ディスカウントショップで四万九千ウォン(約四千円)で買ったものです。毎日穿くズボンは、買ってから五年を優に超えたものです。アメリカで私が最も好んで食べる食事はマクドナルドです。金持ちはジャンクフードと言ってあまり食べません。しかし、私は二つの理由からマクドナルドを好みます。値段が安くて、時間が節約できるからです。子供たちを連れて外食するときも、マクドナルドに行きます。私がマクドナルドによく行くとどうして分かったのか、マクドナルドの会長が毎年年賀状を送ってくるのです。

「お金を大切に使い、何でも節約しなさい」

いつも食口たちに強調することです。アイスクリームや飲料水のようなものも、買って食べずに水を飲みなさいと言います。そうやって節約して自分だけがお金持ちになりなさいという意味ではありません。国を助けるために、人類を助けるために大切にするのです。どのみち、この世を旅立つときは何も持っていくことができません。私たちは皆、その事実をよく知っています。それなのに、何をそのように握り締めようとするのか理解できません。私は、生涯に手にしたものをすべて差し出し、身軽にこの世を旅立つでしょう。天の国に行けば金銀財宝があふれるほど散らばっているのに、地上から何を持っていくのでしょう。私たちが暮らしている世界より、もっと良い世界に行くと考えれば、地上のものに執着する理由がありません。

私が生涯、好んで歌う歌があります。誰もが皆知っている流行歌ですが、その歌を歌うたびに、故郷の家の野原に寝転んでいるように心が平安になって、涙がしきりに出てきます。

白金の宝石で飾られた王冠をもらっても

土臭く、汗まみれの麻布の上着に勝るものはない

純情の泉が湧き出る私の若い胸の中では

好きなように、柳の枝を折って笛を吹き

私の歌の調べに合わせて雀も鳴く

世の中を買えるほどの黄金をもらっても

麦畑を耕してくれるまだら牛に勝るものはない

希望の芽が吹く私の若い胸の中では

好きなように兎たちと話をし、

私の歌の調べに合わせて歳月も過ぎていく

(孫露源作詞、白映湖作曲「心の自由天地」)

幸福は常に私たちを待っています。それでも私たちが幸福を探し出すことができない理由は、欲望が行く道を阻むからです。欲に眩んだ目は前を見ることができません。たったいま地面に落ちた黄金のかけらを拾おうとして、その先にある大きな黄金の山を見ることができず、ボケットに入れることにあくせくし、ポケットが破れたことも分かりません。私は今も興南監獄で生活していた時のことを忘れません。いくら卑賎な所でも、興南監獄よりは楽で恵まれています。すべてのものは公的なものであり、天のものです。私たちは、ただ管理しているにすぎません。

SECTION 13

13. 幸福の源は「為に生きる」人生

子女は両親の血と肉を受けて生まれます。両親がいなければ子女はいません。ところが、この世の中に一人で生まれたかのように個人主義を主張する人がいます。誰からも何の助けも受けない人だけが個人を主張し、個人主義を語ることができます。世の中に自分だけのために誕生したものは何もありません。あらゆる被造物はお互いのために誕生しました。私はあなたのためにいて、あなたは私のためにいるのです。

自分だけのために生きる利己的な人生ほど愚かな人生はありません。利己的な人生は、自分のために生きているように見えますが、究極的には自分を破壊する人生です。個人は家庭のために、家庭は民族のために、民族は世界のために、世界は神のために生きなければなりません。

私が建てた学校には、どこでも三つの標語が掲げられています。一つ目が「昼十二時のように影のない人生を生きなさい(正午定着)」です。影のない人生とは、すなわち良心に引っ掛かることがない人生です。地上での人生を終えて霊界に入っていけば、生涯、自分が生きてきた人生が、録画テープが回るように展開します。天国に行くか地獄に行くかは自分の人生によって決定するのです。ですから、一点の影もないきれいな人生を生きなければなりません。

二つ目は、「汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために流して生きなさい」です。人間が流す血と汗と涙は偽りではありません。すべて真実です。しかし、自分のために流す血と汗と涙は無意味です。血と汗と涙は人のために流さなければなりません。

最後の三つ目は、「One Family Under God! (神の下の一つの家族)」です。神様は唯一のお方であり、人類は兄弟姉妹です。言語と人種と文化の違いはあっても、すべて同じなのが人間です。

南太平洋には全部で十四の島国があります。その中のマーシャル諸島共和国に行って大統領に会ったとき、私が尋ねました。

「本当に美しい地ですが、国を導いていくのに困難が多いのではないですか」すると大統領は大きく溜め息をつきました。

「人口もわずか六万人だけで、島で最も高い所が海抜二メートルにすぎず、海面が一メートル上昇しても国全体が水浸しになってしまいます。しかし、最も深刻な問題は教育です。裕福に暮らす家の子供たちは皆、アメリカやヨーロッパに行って教育を受け、故郷に戻ってきません。貧しい家の子供たちは、きちんとした教育を受ける学校がないので、いくら優秀でも指導者になる素養を積み上げることができません。結局、私たちのような島国の悩みは、未来を導いていく人材を育てることができないことなのです」

マーシャル諸島共和国の大統領の嘆きを聞いた私は、すぐにハワイのコナに島国の子供たちのための「ハイスクール・オブ・ザ・パシフィック」という学校を建てました。各国から選ばれた子供たちに高等教育を受けさせ、必要であれば大学への進学も支援します。ハワイまで行き来する飛行機代、学費、寄宿舎費を提供することはもちろん、コンピューターも買い揃えて最高の教育をします。島国の学生たちを勉強させるのに条件はたった一つ、学業を終えたら必ず自分の国に帰り、国と民族のために奉仕しなければならないということです。それが唯一の条件です。

「為に生きる」人生を生きるということは、時として個人の犠牲を前提とします。数年前にわが教会の宣教師が南米を巡回する途中で大きな地震が起きたことがあります。宣教師夫人が真っ青になって私を訪ねてきました。「どうすればよいですか、先生。あまりにも心配でどうしたらよいか分かりません」と言って涙ぐんでいるのです。それで私がどうしたかといえば、肩を叩いて慰労するどころか、怒鳴りつけました。

「今あなたは夫のことを心配しているのか?それとも、夫が修羅場で何人の命を救っているだろうかと心配しているのか?」

夫の安否が心配なのは当然です。しかし、宣教師の夫人ならば、それ以上のことを心配できなければなりません。夫を安全に守ってくださいと祈祷するのではなく、夫がより多くの命を救えるようにしてくださいと祈祷しなければなりません。

この世の中に、自分だけのために存在するものは一つもありません。神様は、この世界をそのように創造されていないのです。男性は女性のために存在し、女性は男性のために存在します。自然は人間のためにあり、人間はまた自然のためにいるのです。この世界のあらゆる被造物は相手のために存在し、作用します。ですから、相手のために生きなければならないというのが天の道理です。

幸福は必ず相対的な関係においてのみ成立します。生涯を声楽家として生きてきた人が、無人島に行って声が嗅れるほど歌を歌ったとしても、聞いてくれる人がいなければ幸福になることはできません。私がある相対のために存在しているという事実を悟ることは、人生の尺度を変えるような一大事です。私の人生が私だけのものではなく、誰かのためのものであるとすれば、今までの生き方とは全く違う道を行かなければなりません。

幸福は、人のために生きる人生の中にあります。自分のために歌を歌ってみても全然幸福ではないように、自分のためのことには喜びがありません。いくら小さくて、取るに足らないことでも、相手のために、人のためにするとき、幸福を感じるのです。幸福は、「為に生きる」人生を生きる時にこそ発見できるのです。

SECTION 14

14. 紛争のない世界を夢見て

私はずっと以前から、宗教が一つになり、人種が一つになり、国家が一つになる世界を主張してきました。数千年の人類歴史は、この世界を分裂させるような出来事の連続でした。宗教が変わり、権力が変わるたびに国境で分けられ、戦争が起きましたが、今は世界が一つになる時代です。これからの世界は、国際平和高速道路を通して完全に一つにならなければなりません。

国際平和高速道路は、韓国と日本を海底トンネルで連結し、ロシアと北米大陸を隔てるベーリング海峡に橋を架け、全地球を一つにする大事業です。そうすれば、アフリカの喜望峰からチリのサンティアゴまで、またイギリスのロンドンからアメリカのニューヨ1クまで自動車で走っていくことができます。全世界のどこでも、行き止まることなく毛細血管のように連結されるのです。

世界が一日生活圏に変われば、誰でも簡単に国境を越えて行き来することができます。誰もが行き来する国境は、これ以上境界としての意味がありません。宗教も同様です。互いに他の宗教との間で往来を頻繁にすれば、お互いに理解する心が生じ、衝突がなくなり、宗教間の壁が崩れます。また、全世界の多様な人類が一日生活圏に入って暮らすようになれば、人種の壁も崩れます。見た目が異なり、言葉が異なる人種の問にも意思の疎通がなされ、それこそ世界の文化が一つにまとまる文化革命が完成するのです。

シルクロードは、単に絹を売り、香料を買う貿易の道ではありませんでした。東洋と西洋の人種が出会い、仏教とイスラーム、ユダヤ教、キリスト教が出会う場だったのであり、彼らの互いに異なる文化が混合して新しい文化が誕生する場でした。これから二十一世紀は、国際平和高速道路がそれをやり遂げるでしょう。

ローマが興隆できたのは、世界のあらゆる道がローマに通じていたからです。それほど道が重要なのです。道が通れば人々が通っていきます。文化が通っていきます。思想が通っていきます。それで、道ができれば歴史が変わるのです。国際平和高速道路が完成すれば、世界は物理的に一つになることができます。道がそのようにしてくれるでしょう。世界を一つに結ぶことの重要性は、いくら強調してもしすぎることはありません。私があまりにも先を行っていると思う人たちもいるでしょう。しかし、宗教者は未来を見通して準備する人なのですから、先を行くのは当然です。そのために世の中に理解されず、苦難を受けたとしても、宗教者であれば当然、未来に備えることの先頭に立たなければなりません。

しかし、国際平和高速道路が完成するためには、多くの国の協力が必要です。日本の侵略を受けた経験のある中国は、日本と高速道路で連結されることをそれほど望みはしないでしょう。しかし、中国を通さずに世界と通じることはできないのですから、中国の心を変える努力をしなければなりません。誰がするのでしょうか。二十一世紀の国際平和高速道路の牽引車となる私たちが先頭に立ってしなければなりません。

ベーリング海峡に橋を架けることはどうでしょうか。途方もないお金がかかりますが、それも心配することはありません。アメリカがイラク戦争に注いだお金があれば十分に橋を架けることができます。これからは、戦争を起こして人類に苦痛を与えるようなことはあってはなりません。戦争を起こし、数百兆ウォン(数十兆円)のお金を乱費するのは、道理に背く凶悪なことです。今や私たちは、「銃剣を溶かして鋤や鍬を作る時」です。

国際平和高速道路は、世界を一つに結ぶグローバル統合プロジェクトです。一つになるということは、単に互いに離れた大陸を海底トンネルと橋でつなぐということだけでなく、世界が平準化されるという話です。技術を独占し、その利益を独占するとき、世界の均衡は崩れます。国際平和高速道路は、世界の地下資源と人的資源の不均衡を調節し、等しく豊かに暮らす富の平準化を成し遂げてくれます。平準化とは、高いものは少し低いところに引き下げ、低いものは少し高く引き上げ、互いの高低を合わせることです。そのためには、より多く持っている人、より多く知っている人の犠牲が必要です。平和世界の建設は、一過性の善意や寄付ではできません。絶えず自己を犠牲にし、自分が持っているものを惜しみなく与える真実の愛こそが平和世界をつくっていくことができるのです。

しかし、国際平和高速道路を建設すること自体は、世界を物理的に疎通させることにすぎません。人は心と体が一つになった被造物です。私たちが生きる世界も、物理的な疎通と共に情緒的な疎通が一緒になされてこそ、完全な統一が達成されます。

第二次世界大戦が終わった直後に創設された国連は、これまで世界平和のために多くのことをしてきました。しかし、創設六十周年を超えた今、国連はその本来の目的を失い、力の強い国々の利益のために働く場所となりつつあります。世界中で発生する紛争を解決するために設立された国連は、一部の利益ではなく、世界の利益を優先する組織でなければなりません。強大国が自国の利益を優先して他国を力で抑圧するとき、紛争はまた別の紛争を呼び起こすだけであるにもかかわらず、今の国連としてはどうすることもできません。

このような点を補完しようとすれば、今後国連は、上院と下院の両院体制に変えなければなりません。今のように各国の政治・外交分野の代表者たちが世界の問題を論議する下院と、超宗教的な代表者たちが集まって平和問題を論議する上院がなければなりません。超宗教的な代表者は必ず、諸宗教について十分に学んだ開かれた心を持つ宗教指導者でなければなりません。彼らは、政治家のように狭い視角から特定の国家の利益ばかりを考えたりはしません。全人類を懐に抱く愛の心で人類の幸福と世界平和のために努力する超宗教的な指導者たちが、世界各国に派遣された外交大使と力を合わせ、これ以上紛争のない世界、愛で一つになった世界をつくっていかなければなりません。

「宗教者がなぜ世界の問題に首を突っ込むのか」という反対意見もあるでしょう。しかし、今の時代、世界は宗教によって深い自己省察の域に達した宗教者の関与を切に求めています。世の中に蔓延する不義と罪悪に立ち向かい、真の愛を実践する人たちが、まさに宗教者です。世界情勢に対する分析力を備えた政治指導者の知識と統治能力が、霊的な眼識を備えた超宗教指導者の知恵と一つになるとき、世界は初めて真なる平和の道を見いだすことができるのです。きょうも私は、世の中のすべての人が宗教と理念、人種の壁を越え、「平和を愛する世界人」として生まれ変われるように祈っています。

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