天総官 文興進様
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目次
第一章 真の御父母様の御家庭と興進様
天総官 文興進様
第一章 真の御父母様の御家庭と興進様
一 真の御父母様の御家庭の来歴
1 真の御父母様の家庭的信仰基盤
先生の家門に代々伝わってきた伝統は、おなかをすかせた人を手ぶらで帰してはならないというものです。お客さんが訪ねてくれば、絶対にそのままでは帰しません。祝宴の日に訪ねてくる人をそのまま帰してはならないという、そのような家訓があります。
韓国全土の多くの人々に御飯を食べさせたのです。私の家は道のそばにあったので、日帝時代、日本人の搾取に耐えることができず、満州に避難していく全国の数多くの人々に、母は何度も御飯を作って食べさせました。
母が毎日、三、四十人の人に御飯を作って食べさせるのです。生涯そのようにしながら、一言も不平を言いませんでした。(一一一−三〇九)
私のおじいさんもそうでした。冬に乞食が「御飯を下さい」と言って訪ねてくれば、台所で御飯を食べていた母や嫁がすぐに出ていくのですが、その準備ができていなければ、おじいさんが自分の食膳を持って出ていくのです。乞食に御飯を与えて、自分は食べることができなくてもかまわないというのです。
韓国全土の人々に御飯を食べさせた、そのような家門は滅びません。韓国全土から歓迎される後裔が生まれるのです。ですから、レバレンド・ムーンのような人が生まれたのかもしれません。
私もそうです。私も、世界の人に御飯を食べさせるのです。御飯を食べる時、御飯を食べることができなかった人がいれば、私のさじは動かずに止まってしまいます。御飯を食べさせてあげたのは言うまでもなく、先生一代において買ってあげた服だけ挙げてみても、数万着になるでしょう。ところで、いったいなぜそのようなことをしたのでしょうか。愛の平準化、生活の平準化を常に考えなければならないからです。(一四七−三〇六)
私の父について言えば、法がなくても生きることができる方でした。
もし、父が急に必要なお金を借りてきた場合、そのお金を返すと約束した日には、利子まで返してあげなければ我慢できない性分でした。どのようなことがあっても、その約束を履行する方でした。約束を遂行するにおいて模範的な方でした。法がなくても生きることができる人だというのです。(四五−一三五)
私の幼い時に、私の父がしてくださった話をします。
親戚の中で、頭が良くてずる賢い人がいました。彼がうちの財産を自分の名義に移そうとしたことがありました。その時、私の父がおっしゃった言葉は、「小さな計略ではすべての真理は動かない。真というものは、計略や浅知恵の支配を受けない。大義による、その中心に支配を受けるのであって、そのようなことは何年もせずに明らかになる」というものでした。そのようにしながら、知らないふりをしていらっしゃったのです。(一二四−一九三)
また、私の父は、四百ページにもなる賛美歌をもっていましたが、それを一度さっと目を通してからは、教会に行く時に持っていかないのです。「お父さん、なぜ持っていかないのですか」と聞くと、「持って歩けば煩わしいのに、なぜ持って歩くのか。なくしてしまったりするから置いていこう!」と言うのです。「それでは、どのようにして賛美歌を歌うのですか」と聞くと、「どのように歌うかだって? 人が歌う時に、それについて歌えばよく、分からない時は、私の前に立っている人のものを見て歌えばよいだろう」。このように言って、一人ですべて賛美歌を頭に入れてしまわれるのです。(一三九−五〇)
先生は、体が壮健で力も強いでしょう? 私の父も、米俵を一つ、このように持って階段を上がっていました。そのような良い血族に生まれたので、七十歳を越えた今でも、びくともしないのです。(二一一−三一八)
私の母は活動的で、私の父は学者タイプです。根本的に性格が異なっています。父は、何をするにしても考えてからしました。ですから、合わないのです。そのような二人の間から先生が出てきたので、高い所と低い所、すべてを測定することができるのです。高くても低くても、通じない所がありません。これをすべてハーモナイズさせ、消化することができるので、レバレンド・ムーンになったのです。(一〇七−四六)
私の母は、性格がとてもすごい人です。むちでたたいて降参しなければ、死ぬまでたたく性格です。私も、その母に似て、頑固かは大変なものです。一度始めれば、降参するまで後退することを知りません。(六三−二三九)
私の家について言えば、娘が六人で、また兄が一人いました。母は、十三人の子供を生みました。(一六三−二三七)
私の母は、とても苦労したのです。その多くの子供たちを結婚させるために、木綿を織らなければなりませんでした。木綿を織るためには、綿を摘んでそこから種を除き、糸車に入れて糸を抜かなければなりません。(一四一−三二)
そのようなことにおいて、私の母はチャンピオンでした。母は力が強いのです。二日あれば、普通の女性が三、四枚織るところを、二十枚織ってしまうのです。私の姉が嫁に行く時は、一日に一反を織りました。忙しいのに待っている暇があるでしょうか。さささっとして織ってしまうのです。私は、そのような性格に生まれついたので、さささっと上手にするのです。その母、その父、故郷の私の母は、私を本当に愛しました。すべての母親が息子を愛すると思いますが、特に私の母は、私を愛しました。それをすべて話せば、涙を流す場面がたくさんあるのです。(一四一−三二)
私は、種が少し違います。韓国語を話しますが、大韓民国の種と少し違うと思うのです。私は、そのように思います。ですから私は、先祖が少し違うのではないかと思います。少し寂しいでしょう? (二〇二−七七)
祝福家庭の子女だからといって、先生の前で「なぜ私たちを冷遇するのですか」、このようなことを言うことはできません。先生が生まれるにおいては、そのような皆さんの条件を超えて生まれました。天が私を生まれさせる時の、あらかじめ血統を通じて準備して生まれさせた時のその基準は、祝福を受けた父母から生まれた皆さんの位置よりも優れた位置だというのです。
先生は、未知の世界をすべて明らかにするために、皆さんが想像できない受難の道を経て、苦痛の道まで歩みました。そのような福は、何の価値もなく相続することはできません。そのような道理はありません。その家門の息子として生まれたのならば、その家門を代表した父母ならば父母、国王ならば国王を誰よりも愛し、その愛した形跡が永遠万代にわたって称賛できる位置に立ってこそ、その代を継ぐことができるのです。これが相続、伝授の原則であって、いい加減にしてはならないというのです。(一三七−二四九)
私の家は、愛国者の家系です。李承晩博士と崔南善先生と友達だったおじいさんがいらっしゃったのですが、漢学に堪能であり、神学を勉強し、英語も上手であり、私よりも美男子な方でした。外見が本当に立派なので、「あの方は大統領にふさわしい人物だ!」と思っていました。私が幼い時です。七つか八つぐらいの時のことですが、そのおじいさんが日本の警察に捕らえられていき、三年近く監獄生活をしたのちに出てきました。(二〇〇−一九五)
おじいさんが監獄生活をする間、独立軍の軍資金の調達網に支障が生じ、大変な困難を経験しました。どれほど苦しみを味わったのか、おじいさんが出獄したという消息を聞き、独立軍が、夜中の一時、二時に雪道をかき分けて訪ねてきました。父と母は、私たちのような子供が見てはいけないと言って布団を掛けて寝かせようとし、うどんをゆで、鶏をほふって彼らを接待しました。そのようなことが、数日前のことのように鮮やかに目に浮かびます。その時、私が思ったことは、「国のために生きたのに、なぜあのように立派なおじいさんが監獄に行かなければならないのか。韓国が日本よりも強ければ、このような姿、このようなありさまにはなっていなかったはずなのに……。力がなくてそうなのだなあ!」ということでした。そのような結論を下しました。(二〇一−一四四)
「人間世界における力をもったいかなる国も、正義の国だと信じることはできないが、天地間の大主人が神様でいらっしゃるならば、その神様は信じることができるだろう」と考えたのち、神様はいるのかいないのかという問題について探究を始めました。神様の実存を知れば、人生の根本問題を明確に解決することができるはずだと信じ、掘り下げていったのです。
そのようにしていくと、このように統一教会の教主になったのです。この服がどれほど多くの涙にぬれ、手足にはどれほど多くのまめができたか分かりません。平均十二時間以上祈祷したのです。そのようにしなくては御飯を食べることができず、この問題が解けなければ眠ることもできませんでした。(二〇一−三四四、一九九。・四・三〇)
坡州に祖父の弟の墓を移葬しました。その方は、有名な牧師でした。そして、日本と闘った愛国者でもあったのです。三・一独立運動の時は、北朝鮮においてキリスト教を代表する指導者でした。文章に秀でた方であり、三∴節独立宣言文を作る際、その宣言文を作成した五人の中の一人でした。先生の幼い時を思い起こしてみれば、そのおじいさんは体格が本当に立派でした。先生とは比較にもならないほど立派だったのです。体格の大きな素晴らしい男性でした。進歩的でもありました。日本の憲兵に捕らえられていって二、三年間の監獄生活も経験し、自身の財産をすべて投入して独立運動をした方でした。
ところで、その当時は、日本人が金融組合をつくって農民にお金を貸し出し、返すことができなければ土地を奪っていきました。そして、多くの日本人を連れてきて定着させ、韓国人は満州に追いやったのです。そのことに韓国の人々は、みな反対しました。そのおじいさんも反対を主導した人々の中の一人でした。それで、その当時の相場で言えば七万円から八万円にもなる自分の兄の土地を、上海臨時政府の軍資金として献納したのです。
その当時の八万円といえば、大きなお金でした。当時先生が日本に行く時に、三ヵ月分の学費としてもっていったのが百円だったので、大変なお金でしょう。日本の憲兵が知れば大変なことになるので、そのお金をすべて賭博でなくしてしまったといううわさを広めておいてから、夜中に逃げ出しました。それで、北朝鮮に居続ければ大変なことになるということで、一九四五年以前に南側に来たのです。その時、そのおじいさんには、家も何もありませんでした。第一の主要容疑者でした。日本の憲兵が捜し回るので、流れ者のようにさすらっているときに、江原道の族善という所で亡くなったのですが、文氏の姓をもった弟子の山に埋められました。
そのおじいさんが文長老の夢に現れ、「自分はどのようにして、どのような場所に埋められている」ということを教えてくれたのです。それがとてもはっきりしていたので、教えてくれたその住所のとおりに手紙を出しました。手紙を出すと、すぐに返事が来たので、その墓を訪ねていき、今は、坡州の興進の横に移葬しました。その方は愛国者だったので、霊的に現れて自分が死んで埋められている場所を教えることができたのです。そのように見れば、先生の家門は愛国者の家門だと言うことができるのです。そのような韓国的な立場において、伝統的にはそうだというのです。(一九二−二三〇、一九八九・七・四)
私のおじいさんの代を見れば、三人の兄弟がいらっしゃったのですが、末のおじいさんは牧師でした。このおじいさんは、三・一独立運動の平安北道総責任者として、全国の責任者たちと内的な計画を行ってきていました。そのようにする中で、五山学校の職員と生徒、および教会信徒、そして五山の住民たちを率いて万歳デモ運動を繰り広げられたのです。この時、主謀者として日本の憲兵に逮捕され、二年間の獄中生活をされました。獄中から解放されたのちも、安らかに故郷で暮らすことができず、生涯異郷暮らしをされました。
また、私の父の代において、叔父も行方不明になりました。もちろん客死されたのですが、墓があるのかないのか分かりません。
蕩減は、このような過程を経なければなりません。言い換えれば、悲運の生涯を経なければならないのです。このようにして三代目に至り、初めて正常な闘争の歴史が始まったのです。すなわち、復帰の基盤が生じたということです。
私の兄は、弟である私には絶対的でした。カインの立場から完全に蕩減できる時代が自然に造成されたのです。兄の信仰は徹底していました。兄は、六・二五動乱が起きることもあらかじめ知っていて、我が民族が解放されるということもあらかじめ知っていました。あらゆる難しい問題を霊界の指示を通して解決するという信仰態度をもっていました。
兄には病気がありましたが、それは仕方のないことでした。しかし兄は、薬を使って治すという考えは夢にももちませんでした。ひたすら祈祷により、信仰によって病気を克服していきました。そのような信仰基準でその病気を治したのです。
私の兄は、弟である私に対して「私の弟は、歴史的な弟だ」ということを知っていました。ですから、私が何かを言えば、絶対的に従順だったのです。私が平壌に行っている時、その時は復帰摂理の途上においてとても大きな役事がある時だったので、私が頼むことは普通の考えでは信じられないことでしたが、兄はあらゆる内容を備えて私を助けました。その頼みがどれほど難しいものであっても、そのことを行うのに躊躇しませんでした。
このような兄と引き裂かれるようになりました。南北が引き裂かれるようになったのです。私の家庭の事情が拡大して国家の事情になりました。兄と弟が一箇所に集まって父母に侍ることができないのと同じように、今、南北が全く同じ事情になっています。
兄は、間違いなく北の傀儡の手によって殺されました。また、私が韓国の地に来てこのようなことをしているので、北朝鮮の地に残っている私の一家親戚は、この上ない受難と逆境に遭いながら生きる中で亡くなり、また、今でもそのように生きているはずです。
歴史的過程を中心として見るとき、必ずそのような過程を経なければならないのです。(二九−二〇八、一九七〇・二・四)
先生と最も親しかった友人、天から祝福してあげ得る立場にいる友人たちは、みな連れていきました。みな除去してしまったのです。世の中において信じ、頼ることができる人は、みな切ってしまいました。彼らの中には、平安北道の人もいて、黄海道の人もいました。誰よりも親しかった友人たちをみな連れていってしまったのです。
また、兄弟について見ても、私が最も愛した妹を連れていってしまいました。私が監獄に入っている時、何の罪かは分かりませんが、連れていきました。彼女は、私のすぐ下の妹です。私の家庭には娘が多かったのですが、おばの家には娘がいなかったので、おばの懇請により、その妹はおばの家に行って暮らしました。ですから先生は、いつもその妹のために多くの祈祷をしました。
その妹も、兄に対して絶対的でした。ですから、兄として、妹が喜ぶことならばどのようなことでもしてあげなければならないと考えていたのですが、その基台までもすべて切ってしまいました。妹だけでなく、愛する弟も連れていきました。また、先生の子女の中からも、聖進の弟である喜進も連れていきました。息子で見れば、二番目を連れていったということでしょう。娘も、二番目を連れていきました。このようなことを見るとき、蕩減には許しがありません。先生だからといって例外ではありません。(二九−二〇八、一九七〇・二・四)
2 真のお父様の性格
皆さんは、人生を生きていくにおいて、このようなことあのようなこと、すべて百科事典に記入できる材料を取得しなければなりません。先生が小さい時は、たくさんけんかをしました。村に行き、大きな者が小さな者にこぶしを振り回せば、私が代わりに引き受けて闘いました。先生は、一度けんかすれば絶対に後退しません。どれほど体格が大きな者であろうと、私に「悪かった」と謝って退くのです。一日だけけんかするのではなく、一年中、三百六十五日けんかをしました。このようにすさまじい人なのです。
私の話をします。このような話をすれば、先生の過去が露見するので恥ずかしいのですが、それでも仕方ありません。霊界に行けばすべて分かるので、あらかじめ教えてあげます。先生が泣き始めれば、一時間で終わりません。ですから、あだ名は何かというと、「一日泣き」です。一日中泣いて初めて泣きやむので、一日泣き」というあだ名がついたのです。
また、泣くにおいても、静かに座って泣くのではなく、村中が吹き飛ぶほど泣きました。村のおじいさんやおばあさんがみな出てきて見物するほど、そのように村中を騒がせ、寝ていた人まで目が覚めるほど泣きました。静かに「えんえん」とは泣きませんでした。大変なことが起きたかのように泣き続けました。それで、喉がはれて声がかすれ、最後には声が出ないほどでした。静かに座って泣くのではなく、ぴょんぴょんと跳ねながら、傷ができて肉が裂け、部屋が血だらけになるほど泣いたのです。それほどならば、先生がどのような性格かということが分かるでしょう。
よくよく見れば、神様は本当に知恵深いお方です。私がそのような性格の持ち主なので、霊界であれ何であれ、一度行くと決心すれば、死ぬまで放さないのです。
私は気性がものすごいのです。村で面対抗の相撲大会をしたのですが、それは、私が一等を取るようになっていました。しかし、二等になったのです。その時一等になった人は、私よりも四つも年上で、背も高かったのです。それで、「こいつ、私が六ヵ月以内で必ず勝ってみせる」と決心しました。(五〇−二八六、一九七一・一・八)
アカシアの木は、本当にしなやかで丈夫です。田舎で暮らしている人は知っていると思いますが、春にこのアカシアの木の皮をはがせば、一度にさーっとむけます。そして、皮をはがしたアカシアの木をつかんで、毎日相撲を取ったのです。それは、運動の中で本当に素晴らしい運動です。このようにして、六ヵ月ではなく三ヵ月内で、十目ならば十目倒して初めて眠りました。その前には眠りませんでした。
聖進や孝進も同じです。外で遊べば、頭が割れようと腰が折れようと、最後までやり抜いてしまいます。それは、お父様に似てそのような性格なのです。(五〇−二八六、一九七一・一一・八)
既成教会が反対し、大騒ぎしても、先生はすさまじい心で耐えました。「彼らは既に負けた者たちだ」と考えるのです。死ななければそのようにするのです。それゆえに、私が死ぬまでこのことをするのです。統一教会に入ってきた人は、このことをしなければならないということを考えるとき、息が詰まるので、運の悪い人々がここに入ってきたと考えるのです。
先生は、何かをする時、できないことは最初から手をつけません。事前にそれがすべて分かります。私は、私の行くべき道を知っているのです。「あー、この時はどのような時に入っていくので、このようにしよう!」と、その時に正しく合わせます。時に正しく合わせようとすれば、時をよく知らなければならないのです。私の行くべき道は、きちっと組まれています。そのような時は、休まないでしがみつくのです。(五〇−二八六、一九七一・一一・八)
先生は、昔、監獄にいる時もそうでした。私は編み物を本当に上手にします。作ることができないものがありません。セーターのようなものも、すべて一人で作って着ました。足袋のようなものも上手に作ります。パンツやすててこのようなものも、私が一人で上手に作りました。私は、女性なしで一人で生きようと思い、すべてのものを研究した人です。生涯独身生活をしたとしても、このみ旨を私の終生の事業と決めて立ち上がった人なので、できないことがないのです。
私が帽子をさっと編めば、本当にきれいな帽子をかぶることができます。手袋を編んでも、本当に早く編みます。女性の世話にならず、私に必要なものはすべて私の手で解決しようと考えたのです。私は、御飯も上手に作ります。包丁さばきを見れば、素人の腕前かそうでないか分かります。私が包丁を使う時は、とんとんとん、とんとんとんとします。おかずを作るのを見れば、腕が良いのか悪いのかすべて分かるのです。
先生は、七年以上自炊生活をしました。ですから私は、多くのおかずを必要としません。地方に行けば、おかずを大きな膳に次から次へとたくさん整えるのですが、私は喜びません。一つのものであっても、口に合うように作ればよいのです。先生は、一つのものに対すれば、終わりまで見届けてしまう性分です。おかずもそうです。
どれほどおかずが多くても、箸はつけてみますが、食べるおかずは一つだけです。私がおかずを作るときは、一つのものだけ買ってきて、作って食べます。簡単なのです。(五〇−二八六、一九七一・一一・八)
先生が、地方のどこどこに行かなければならないといって、朝出てきてさっと車に乗れば、気分が良くない時があります。そのような時は、車を回して別の所に行きます。
ですから、先生は誰かと約束することを最も嫌います。幹部たちが何かの時間を決めれば、私はその時間に対して責任をもちません。先生は、常に約束をしないようにします。なぜでしょうか。人間世界において、きょうのあなたと私の約束に対して、いつも一方的にその約束の基準に立つことができるとは限らないからです。それよりももっと大きな問題が今後いくらでも訪れてくる可能性があるので、その大きな問題を前にして約束に従っていては、二つとも壊れるのです。
ですから、先生は、何でも忙しく行うのです。突然来て、激しく駆り立てるのです。それゆえに、皆さんは困る時が多いでしょう? しかし、そこに拍子を合わせなければならないのです。
このようなありとあらゆる生活観を立てていくのは、結局、神様を中心として心情的な父を愛するからです。私が神様を愛するにおいて、イエス様に引けを取るとは夢にも考えません。イエス様よりも神様をもっと愛したのかといえば、愛したのであって、引けを取るとは考えません。ですから、最後まで行くのです。先生の性格がそうです。釣りに行けば、釣りのために生まれた人になるのです。それを、自分が喜ぶことのできる終生の事業だと思うのです。陶酔してしまうのです。(五〇−二八六、一九七一・一一・八)
生涯非難されて生きたいと思う人がどこにいますか。私がこのような素質をもって政界に出ていれば、既に世界的な人物になっていたのであり、既にノーベル賞受賞者になって久しいはずです。私はそのように自負する人です。
本も、最初のページをさっと見て、中間の何ページかを見て、終わりを見れば、「これは何々だ。この結論はこのようになる」ということがすぐに分かります。早い人です。それゆえに、小説のようなものは読みたくありません。それは、私が毎晩一編ずつ話をすることができる実力をもっているということです。
監獄のような所に行けば、三百六十五日、座って毎日話をするので、そこにいるいくら立派な人でも、みな「先生!」と言います。そのようにさせることができる何かがあるのです。
また、日曜学校の先生をしても、私が童話を毎日のように何十種類も作って子供たちに涙を流させ、「きやっきゃっ」と笑わせることもできます。そのような訓練をした人です。山に行けば山の人になり、海に行けば海の人になり、農村に行けば農村の人になるのです。何でもすることができるのです。
工事現場に行って労働もできます。そのようなこともするのです。なぜでしょうか。知らなくては、人を指導することができないからです。
今でも、さっと服を脱いで出ていけば、統一教会の文先生はただ壇上においてのみそうだと思っていますが、ユーモアのある話もかなり上手です。座って話をすると、自分の家門に聡をかかせることを忘れて、ゲラゲラと笑っています。そのようにさせる素質があります。
面の皮も厚いのです。おなかがすいた時は、ある主人が御飯を食べている所にさっと入っていき、あいさつもせずに、がつがつと食べます。主人が何か言えば、「あなたは朝食を食べ、昼食を食べ、夕食まですべて食べたが、私は五食も抜いた! 神様も、食べていない人が食べることは善だとおっしやる!」と言います。「一食くらい譲るのが人間の道理ではないか」と言えば、その主人も恥ずかしく思うのです。
それゆえに、私たち統一教会員は、箸一つを常に財布に入れて持ち歩きなさいというのです。なぜおなかをすかせて回るのですか。自分は、この地の悪党ではなく、国に被害をもたらす者でもなく、暗行御史と同じ立場で使命を完遂しようとする者であり、天倫を正し、人倫を正すために、天命による道を行かなければならない者だというのに、いつ御飯のために稼いだりすることができますか。理論がきちっと立っているのです。その代わり、時になれば十倍以上にして返せばよいのです。それゆえに、友人がいれば、友人たちはみな、私に秘密の話をします。相談してくる時は、私は夜を明かしながら相談に乗ってあげたりします。私は、そのような人です。そのような素質のある人です。私は、自分のことを知っています。(八三−二〇二、一九七六・二八)
先生自身がそのように歩んできました。私がこの道を開拓してくる時、最初から新しい服を着てみたことがありませんでした。すべて古着を買って着ました。私自身は、私の体がどうだということをよく知っています。誰よりも豪華絢爛な服を着ることができる資格者にもなり、また着飾るすべを知っている人です。
しかし、この世で苦痛を受け、御飯も食べることができずに呻吟している人々がたくさんいるという現実を見つめるとき、私の良心が許しません。何かの機会に新しい服を着るようになれば、申し訳なくて外にも出掛けることができませんでした。天性的にそうだというのです。新しい服を着て威張る人を見れば不思議に思います。あの人は、どのような人なのでそのようにするのだろうかと考えたのです。そのような人とは根本的に違っていたというのです。
先生は、私に属するあらゆる物を寄付し、ただ一つの公的な精神世界を追求するために力を注いできました。そのようにして、精神的な分野において、個人的には勝利的基盤を築きましたが、家庭を中心としてはどのようにすべきか、という問題が残っています。
愛する息子や妻を中心として、経済問題を超越した立場で国のために苦労させることができるかというとき、「できる」と言わなければなりません。すると、最も難しい時に神様の命令が下るのです。この時が蕩減の時期です。神様は、蕩減させるために、私たちが最も難しい時に、普通の人々ではできない立場でしなさいと命令されるのです。
実際は、私がこの道を出発する時、ある決意をして出発したのではありません。ここに聖進がいますが、聖進の母親が二十一歳か二十二歳の時です。一家親戚もなく、米はすべて尽きてなくなり、お金も一銭もありませんでした。それで、明け方早く、私がリュックサックを担いで黄海道の白川に米を買いにいく途中で、神様の命令を受けたのです。
家庭のための道を行くのか、公的な神様のための道を行くのか。ここにおいて、きっぱりと「天のための道を行くのだ!」と、神様の命令に従って以北に行ったのです。そのような峠がありました。
北側に行っても、家に手紙一通送りませんでした。だからといって、私に気持ちがなくてそのようにしたのではありません。手紙を送れば良くないからでした。きれいに清算するのです。その過程を経ていかなければならないのです。このように、私たち統一教会員も、家庭を捨て、財産をすべて捧げながら行くことができなければなりません。(三三−一五二、一九七〇・八・一一)
最初、先生がこの道を出発する時、どれほど多くのことを考えたか分かりません。この道のために血の汗を流し、命を懸け、祈祷しながら一生を捧げてきた人です。(二〇−三二二、一九六八・七・一四)
今まで先生は、神様に対しながら、私が正しいか間違っているかについて考えてみたことがありません。既に死ぬ覚悟をしてこの道を出発したのです。私が死なず、体が倒れなかったので、いまだに私の行くべき道が残っているのであり、経ていくべき約束の道が残っていると考える人です。そのように考えるので、ほかのことを考える余裕がないのです。(二一−二七一、一九六八・一・二四)
先生も、一つしかない青春をすべて捧げました。一つしかない生命を捧げているのです。私の頭が悪くてそのようにするのではありません。逃げようとしても逃げる道がないので仕方なく、この道しか行く道がないので行かざるを得ないというのです。皆さんが深刻に考えたとするならば、皆さんよりも多くのことを考える先生が、どれほど深刻に考えただろうか考えてみてください。命を懸け、どれほど深刻だっただろうかというのです。(八七−四六、一九七六・四・二五)
公義のみ旨、世界のみ旨を受け継ぐためには、神様を知り、神様が人間の父母だという道理を知るまではできません。それゆえに、人道によって天道が左右されるのではなく、天道によって人道が左右されるのです。すなわち、人情によって天情が動くのではなく、天情によって人情が動かなければならないのです。ですから、天情を立てようとする人は、人情をなくさなければなりません。天道を立てるためには、人道を吸収しなければならないというのです。(三八−二六〇、一九七一・一・八)
それゆえに、先生は、私をこの上なく愛される父母に、ハンカチ一枚、履物一足も買ってさしあげられませんでした。今でも、そのようなことを考えれば、人間的には親不孝者です。しかし、先生は、たとえ父母に対しては不孝であっても、神様に対しては、死ぬことがあっても不孝の立場に立ちはしないと、身もだえしながら歩んできたのです。先生は、そのような決意をもってすべてのことを主管してきたので、その決意が成し遂げられるその日までは安息しないという心をもっているのです。(一六-二六三、一九六六・六・一九)
文総裁は、この原理を探し出すために、どれほど満身創痍になったか分からず、一日に十四時間祈祷することが何年も続きました。その悲惨な姿を皆さんは知っていますか。原理の本には、血と汗と涙がしみ込んでいます。ページごとの内容にしみ込んだ先生の血と涙が、皆さんのような若者たちに訴えているということを知らなければなりません。先生は、若い青春を犠牲にして投入したのです。血と涙が皆さんに訴えているというのです。(二一一−一一二)
先生は、聖書だけを見て原理を探し出したのではありません。「創世記が堕落の章ならば、黙示録は復帰の章だ。これが生命の木によってこのようになったのであれば、生命の木として復帰されるのである。それが合わなければ聖書は偽りだ」と思いました。なぜでしょうか。種を植えて出てきたものは種に帰っていくので、これが合わなければならないのです。出てくる芽、種から生えて出てくる芽は同じでなければならないのであり、それは上に伸びなければならないのであって、横に伸びてはいけないというのです。
このような観点から見るとき、今日、原理の教えは、推理的方法を通して摂理史観に一致するというのです。ですから、宗教の中の主流宗教はキリスト教にならざるを得ないということを知ったので、私のような賢い人は、「キリスト教の最も深いところを引き抜いてみよう。根を引き抜いてみよう!」と考えたのです。そのようにして、それを引き抜いているうちに、天地創造がどうであり、神様が何をされ、なぜ愛を好まれるのかということを明らかにしたのです。(一九五−一四〇)
最初から聖書という冠をかぶって聖書を標本としていたならば、このような道を開拓することはできませんでした。
妥当な理論を中心として、私たちの心情世界に関係する内容を中心として、最高に深い谷間になり得るものは何かを探知してみるとき、そこにとどまれる錨の中の最高の錨になり得るものがまさしく心情でした。(三二−二四三)
今まで、先生はどのように歩んできたのでしょうか。先生がこの道を開拓してくるときに慕わしい思いがあったとすれば、神様に対する思い以外にはありませんでした。神様を慕い、公義の主人になり得るこの国の主人を慕い、世界の主人になり得る聖賢を慕い、尊重視しました。神様を無限に尊重視すると同時に、歴史を支えることができる中心的な思想の主人公がいれば、その主人公を尊重視しました。尊重視することのできる対象を探すことに汲々としていたのです。そのようにしている中で見つけた方が、まさしくイエス様でした。したがって、神様を愛し、イエス様を愛し、神様とイエス様が愛したいと思われる万民を愛しなさいというのです。(三七−三三)
どの程度まで愛さなければならないのでしょうか。自らの意識が朦朧とするまで愛しなさいというのです。その愛に狂ってみなさいというのです。そのようにして滅びるならば、神様はいないのです。極まで行けば、再び戻ってくるようになっているのです。
レバレンド・ムーンといえば、愛の哲学者になっています。レバレンド・ムーン哲学は愛の哲学なので、愛の哲学はレバレンド・ムーンに尋ねてみなければなりません。では、その愛の哲学を作り出したのでしょうか、発見したのでしょうか。作り出したのではなく、発見したのです。(三七−三四)
先生は、愛の哲学者です。天地愛の哲学者です。先生の時代になって、初めて愛を中心として、家庭から氏族、世界まですべて解決していきつつあるのです。私が知っているものはこれしかありませんが、いくら霊界を探り、世の中の歴史をすべて探ってみても、これしかなかったというのです。(一四八−二一七)
また、テストをしてみても、このようにすれば悪魔が退いて神様が歓迎するのですが、これを誰も認めてくれませんでした。それを認めてくれるようになるまでに四十年以上かかりました。(一七一−六九)
二 真のお母様の二番目の息子、興進様
一度、興進がとてもひどいインフルエンザにかかりました。熱が四一度まで上がり、下がってこないのです。その時はどのようにするのかといえば、赤ん坊を愛さなければなりません。赤ん坊を愛するのですが、原理的に愛さなければなりません。もしそのような立場に、私の赤ん坊とカインの赤ん坊がいるならば、どちらを愛するのでしょうか。どちらに同情するのでしょうか。そのような心が生じるのです。したがって、そのような心が起きて赤ん坊を愛すれば、自分の赤ん坊は間違いなく治るのです。それが原理原則です。(六〇−二一六、一九七二・八・一七)
今でも先生は、道を歩いていても、かわいそうな人を見れば、財布のお金を残らず与えてしまいます。そのようにしながら、「あー、このようにすれば、天は報いてくださるだろう」と思えば、すべてそのとおりになるのです。それ以上のことがたくさんあります。その場に天が共にいてくださっているということが分かります。
例を挙げれば、先生の二番目の息子、興進がいます。外に出掛け、寒い冬に風邪にかかってとても熱が出たのです。ソウル市内に出掛けたのちに戻ってくるところでした。日が沈み、真っ暗な寒い晩でしたが、ある子供と母親が何かを売っているのですが、売れなくてぶるぶると震えているのを見て、私の財布にあるお金を与えました。その時のお金で言えば多くのお金でしたが、それを残らず与えながら、「これを与えれば、興進はすぐに良くなるだろう」と思い帰ってきたところ、すべて良くなりました。その時、その場に天が共にいらっしゃったということが分かりました。(九〇−二五七、一九七七・一三)
私の子供たちは、多方面に素質があります。興進も絵を描いたのですが、この子は、お父様の素質に似たのです。絵を描いてどのようなことが起きたのかというと、学校でみな知っているので、弟が学校に行って「私のお兄さんは絵が上手だ」と言って見せると、子供たちがすっかり魅了されてしまったというのです。
子供たちが見て、「やあ、本当にきれいだ!」と言って、集まってひそひそしているので、通りがかった先生が見て、「お前たち、どうしたのだ?」と言ったのです。子供たちがみな「文興進が描いた」と言ったのです。するとその先生が、「そうか。私にそれを一つ描いてくれないか」と言ったのです。そのようになりました。
ですから、学生たちが交互に欲しいと言うのです。それを持っていこうと争い、ただで自分のものにすることができないので、「私は十ドル出す」、「二十ドル出す」と、このようなことが起きたというのです。(一二〇−二八、一九八二・一〇・三)
私は、あらゆる国の情報を様々な国を通して受けています。それを知らなければなりません。先生は、天を信じているので、思いのままに行動することができるのです。それで、興進が逝きましたが、興進に感謝していることがあります。
「アメリカ人の警護員は信じられない」というのが興進の考えでした。「銃口さえ向ければ逃げていく」と考えたのです。お父様がどれほど危険な立場にいるかということを知っていたのです。(一三〇−二四五、一九八四・一二九)
興進の犠牲により、多くのことが成就されました。彼は最も親孝行な息子でしたが、今は、真実で清らかな神様の息子として、神様の懐に抱かれました。もし興進の犠牲がなければ、二つの大きな不幸な事件が発生していたかもしれません。北の傀儡が韓国を武力で侵犯していたかもしれず、地上において先生が生涯を終えていたかもしれないのです。
しかし、先生が韓国で勝共決起大会を通して勝利したので、彼らは先生をそれ以上侵犯することができませんでした。したがって、韓国で勝利を収めたのと同じ時刻に、興進を犠牲の祭物として要求したのです。(一三〇−二二八、一九八四・二・七)
*真の御父母様の真の孝子、興進様
(朴普煕総裁、昇華辞において)
興進様は、一九六六年陰暦十月二十三日、午前零時三十三分、韓国ソウル市青坡洞においてお生まれになりました。お生まれになる時、ほかの子女様方とは違って特別な苦痛を経られ、三日間、その生死を約束し難い境地において、既に幼い体で十字架の三日路程を経ていかれました。
そのお方は、成長される時、とりわけ英明で賢く、十歳を過ぎて分別がつき始めてからは、人並み外れて温かい情の持ち主として知られました。友人だちからは尊敬され、兄弟からは愛される、立派な性稟の持ち主でした。そのお方は、ほかの兄弟の方々よりも早く成熟され、十五歳になってからは、体においても心においても「完全な成人だ」と言うことができ、それからは、真の御父母様が抱いてこられた万民救援の理想を深く悟られました。そして、偉大な父母様の体から生まれた真の息子であるという誇りが、骨髄にしみわたっていらっしゃいました。その時から、そのお方は、「どのようにすればお父様とお母様を喜ばせてさしあげることができるだろうか」という考えだけに没頭しながら、昼夜を分かたず、粉骨砕身、努力する姿を、私たちは常に目撃しました。
興進様は、元来手先が器用であり、美術には天才的な素質をもっていらっしゃいました。彼は、工学を勉強して工学美術を専攻しようという考えをもっていましたが、次第にお父様のなされている仕事を知るようになると、「違う、私もお父様のように宗教指導者にならなければならない! それならば、今から私は歴史と考古学を勉強しなければならない」と決心されたということです。
興進様は、本当に博愛主義者でした。イースト・ガーデンに来るすべての統一教会の指導者を一人一人親切に慰労し、愛してあげたのであり、彼がもっている良いものはすべて同僚に分けてあげることに忙しくしていらっしゃいました。誰か特定の人だけを好むのではなく、お父様のために忠誠を尽くすすべての人々を好まれ、特別に苦労する食口たちを慰労し、常に、何かを与えることができずにもどかしく思っていらっしゃいました。
十六歳が過ぎたのち、興進様は、お父様が世界共産主義の潰滅のために先頭に立っていらっしゃることを悟られ、日増しにそのお父様の身辺に共産主義の脅威が迫ってきていることを胸深く体恤されるようになると、自分の身を投じて父母様を保護してさしあげることが息子としての最高の本分だと信じ、実践していかれました。
先日、そのお方が、祝福家庭の子女何人かを連れてワシントンD・Cにある私の家を訪問された際、彼ら一人一人に、「もし銃を持った凶漢が現れてお父様を撃とうとすれば、お前たちは身を投じてでもお父様を守ってさしあげることができるか」と尋ねられ、彼らから「そのようにします」という確約を受けられたのち、「言うまでもなく、私はお父様の代わりに喜んで死ぬことができる」とおっしゃり、「私が死んでお父様が生きることができるならば、少しもためらうことなく、私は私の命をちりあくだのように捨てる」とおっしゃいながら、御白身も手を挙げて宣誓されることにより、再度決意を固められました。
事故が起きたその当日にも、一人のアメリカ食口と昼食をとりながら、死という問題について対話されたということであり、その時にも、また興進様がおっしゃるには、「私は、お父様の代わりに死ぬことができる。ただ、私が祝福結婚を受けることができずに若い年齢で逝くとすれば、それ一つが少し寂しいことではあるが、この世において、偉大であられる私の父の代わりに死ぬことよりも大きなことはないであろう」と打ち明けられたということです。それが正に、自動車事故が起きる七時間前のことだったのです。
一九八四年一月二日、午前一時十五分、興進様が落命されるその瞬間、お父様は興進様に最後にこう語られました。「興進よ、さようなら。お前は霊界に行って古今東西の若い霊たちを動員する総司令官になるだろう。自由世界の霊だけでなく、共産陣営の若い霊たちまですべて動員し、この地上に自由に下りてきて地上のすべての若者たちを悟らせ、立ち上がらせ、天の役軍にする使命をお前は遂行するだろう。父と母は、お前のような孝子をもったことを永遠に誇るであろう」と語られました。
お父様は、昇華するこの御子息に揮毫を下さいました。その揮毫に、「忠孝之身、天城奉献、天恩大海、永遠安息」と書かれましたが、その意味は、「忠孝の身である興進様を天の城に奉献し、大海のような天の恩恵の中で永遠に安息する」という意味です。
第二章 興進様の昇華と「愛勝日」宣布
天総官 文興進様
第二章 興進様の昇華と「愛勝日」宣布
一 摂理史において二番目が犠牲になる理由
統一教会の四十五年の歴史を見れば、先生の家庭に不幸な事件があったでしょう? 興進君を霊界に送った事件などです。その背後における、統一教会の失敗と、成し遂げることができなかった様々な未完成の事柄を、先生の家庭を中心として蕩減しなければならないために、先生の家庭において悲惨な蕩減の痕跡が残されてきたというのです。(二一三−二三五、一九九一・一・二二)
イスラエルとユダヤ教が間違ったことは、キリスト教が蕩減しなければならず、キリスト教が間違ったことは、統一教会が蕩減しなければなりません。四千年間のイスラエルとユダヤ教が間違った歴史的蕩減を、先生がすべてしました。それから、統一教会の食口が間違ったので、先生の家庭が十字架にかかるのです。それで興進が逝ったのです。粉々に砕ける環境を、先生がいなければ収拾できないその環境を、収拾しておいたのです。統一教会の皆さんが間違ったことを、先生の家庭がすべて責任をもっていくということを知らなければなりません。原理がそうではないですか。(二一三−一一八、一九九一・一・六)
歴史的に見れば、必ず長子と次子を中心として、いつも次子は打たれてきました。ですから、先生の家庭を見れば、次男はすべて客死しました。どうすることもできないのです。(二七六−二二三、一九九六・二・二四)
先生の家庭でも、蕩減するため、惠進が生まれて八日目に逝きました。苦労して産んだのですが、熱が四〇度を越え、呻吟しながら、母親のお乳も飲むことができずに泣いて逝きました。その時の先生の祈祷は、「この赤ん坊が、エバが堕落した以後のすべてを代表できる受難の祭物になるように願います!」というものでした。そのように逝きました。お母様に対しては、「涙を流してはいけない」と言ったのです。その墓を見る時も、かわいそうだという心を抱いてはいけません。私が霊界に行って会うことができるその日まで、元気に育つことを願うのです。それで先生が八十歳になる前に、すべて祝福させました。
お母様にとっては二番目の娘です。男性も二番目がみな問題となるのです。エバが堕落する時に、家で堕落しました。外では堕落していなかったのです。家で行われたので、そのような蕩減の道を越えて、女性の中で初めて祭物として、潔く逝きました。母親のお乳も飲まず、生まれてすぐに祭物として逝きました。エバの原罪を清算した立場で腹中から生まれ、エバ自体が自主的に大きくならなければならなかった今までの女性を代表し、祭物として逝きなさいと祈祷したのです。(三一三−九六、一九九九・一一・一二)
先生の一族の中で、二番目は、すべて客死しました。おじいさんの中でも文昇均氏のおじいさんが客死し、それから、兄弟の中でも二番目がすべて問題になりました。文長老のお父さんも客死しました。骨も捜し出すことができませんでした。それから、私たちの時代では、私が二番目です。元来は二番目をサタンが連れていくはずなのですが、連れていくことができないので、私たちの家庭の長子をすべて打つのです。
長子権を中心として弟を立てたのですが、完全に凄惨になりました。そして、家庭は荒れ地になり、私一人が残りました。一人で越えてきてこの道を訪ねていこうとするので、内外に苦労するのです。原理をすべて探し出し、また実践しようとするので、内外にどれほど苦労したでしょうか。今でも異郷生活をしているでしょう? そうではありませんか。国が滅んでいったとしても、先生は使命をもってこのようなことをするのです。愛国者、聖人の道理、聖子の道を行こうとするので、世界でこのことをするのです。
それゆえに、私たち統一教会を中心として見れば、劉孝元氏も二番目です。客死しました。そうではないですか。(二九七−二四三、一九九八・一二・一)
私の家の中で、三代を中心として、そのように二代がすべて打たれてきたのです。先生の代になっても、やはり残された何かがあるので、二番目がすべて犠牲になったのです。喜進も伝道に出掛けていく途中で客死し、興進もやはり客死したのですが、父母を愛することにおいては一番でした。喜進のことを言えば、原理のみ言を聞いて一人で喜んだことは何かというと、「ああ!私の家に再臨主が来る」ということだったのです。
ところが、お父様がそのような使命をもっているということを知らなかったのです。そうこうしながら一週間の修練を受け、私の家に来るといった再臨主がお父様だということを知ったというのです。お父様がそのような使命をもっていることを知って喜び、伝道に出掛けるのに自分が先頭に立たなければならないと思って立ち上がったのですが、交通事故で逝ったのです。(一七一−二五九、一九八八・一・二)
一九八三年、国家の危機を越えていく時に勝共大会をしました。その時、七十二カ国の教授が「科学の統一に関する国際会議」を終えて帰るところを、「韓国に来なさい」と言って呼び寄せて勝共大会をしたのですが、光州がその最後の大会でした。この最後の大会の会場が超満員になりました。
その時、霊界から何かを受ける人々は、「文総裁の最後の道だ」とあらゆる話をしました。しかし、私の行くべき道が残っているので、映画の主役が生き残っていてこそ、その映画のプログラムが継続されるように、どれほど難しくても私が倒れなければ継続されるのです。周辺がすべて壊れていっても、主役だけ残ればよいのです。その映画がどれほど長編映画だとしても、主役が残って華々しくスリルある映画にさえなれば、それは成功だというのです。
その時その会場で、人々がどれほど満ちあふれたか、鉄の門を閉じてしまい、トイレに立つこともできない状況でした。ですから、共産党の地下工作員も活動できなくなりました。そして、大会の最終日の講演が始まる時間に興進の事故が起きました。(三一三−九七、一九九九・一一・二二)
興進は、百歳生きる運勢で生まれました。氷の面に寝かせても死なないという赤ん坊が、生まれる時には仮死状態で生まれたのです。病院に行って生きることができたのですが、成長して、やはり祭物として逝ったのです。(三〇四−二六六、一九九九・一・九)
私たちの家庭が代表して、家庭的な祭物になったのです。歴史時代において、アダム時代のエバの罪、旧約時代のモーセの罪、新約時代のイエス様の罪、成約時代に父母様が四十年かかったことをすべて経ていくのです。(三〇四−三一〇、一九九九・一一・一二)
霊界に父母の実体圏があることにより、地上と霊界に統一的な祝福をし、その祝福を受けた人々が天国に行くようになっているのです。天国は空いています。天国を満たそうとすれば、地上で祝福が成されなければなりません。地上の祝福なくして天上に祝福はあり得ないのです。
堕落することにより、アダムの体が天使長の体になりました。二つの体をもったというのです。十六歳の時に堕落することにより、蛇の体、天使長の体をもって人類を繁殖しました。すべて蛇の子です。真の父母がこの地に来て、一つの心情を中心としてお母様を育て、お母様を中心として蘇生、長成、完成、八段階の闘争過程を経てきたのです。
それでお母様の圏が地上世界の最高の位置、天上世界の最高の位置になりました。同じ父母圏で世界の万民を祝福できる統一的環境条件を地上につくったのです。(三〇四−三〇六、一九九九・一一・一二)
真の父母の家庭が世界の頂点に立つことを国が反対し、民主世界が反対することにより、私たちの家庭を中心として、統一教会が間違ったこと、三十六家庭が間違ったすべてのことを、先生の家庭が蕩減しなければならないというのです。
蕩減法は許しがありません。このような途方もない蕩減の基準が私たちの家庭を押し流そうとし、韓国を押し流そうとするのです。代わりに私がそれを防止する防波堤にならなければなりません。そのようにしようとするので、私が父の立場で、歴史を誤らせたアダムとエバの失敗とイエス様の未完成基準のすべてに責任をもち、旧約一新約聖書を中心として失敗したすべてを立て直したのです。旧約時代を立て直してこそ新約時代が正しく出発することができ、新約時代を立て直さなければまっすぐに成約時代に行くことができないのです。それゆえに、過去の旧約時代と新約時代を立て直すための伝統的歴史観を立てるのが、正に原理的歴史観です。(二一四−三〇一、一九九一・二・三)
二 犠牲になった当時の時代状況
1 興進様が犠牲になる時の韓国の時代状況
興進が霊界に行ったのですが、その時が転換期でした。国家の運命が私たち統一教会と向かい合って一つになるべき立場だったので、全世界が、七十二カ国が一つになったのです。七十二カ国が先生と一つになり、摂理から見る時、全国家の前に一つの制圧的な一大契機を設定した時でした。
皆さんは、北の傀儡に対して知らなければなりません。北の傀儡が私に対して一番神経をとがらせているというのです。KGBも同じです。ですから、祈祷する人々もそうであり、私もそうですが、全羅常道光州大会(一九八三年十二月二十三日、勝共決起大会)が問題でした。光州大会が問題になったというのです。
それで特別命令をしました。「光州で大会をする時は、超満員、いったん入ってくれば立って動くことができない環境的条件をつくりなさい」と言ったのです。立ち上がって一歩も動くことができない環境をつくらなければならなかった時だというのです。その時、会場の外側にもおそらく五、六千人は集まったでしょうか。このようにして修羅場ができ、このような時、正にその時間に興進に対して交通事故が起こったのです。
韓国と統一教会と先生の勝利がそうです。その時を見れば、韓国は南北に分かれていて、韓国が統一教会に対して反対し、統一教会は反対を受けることにより、祝福家庭が先生と一つになっていませんでした。「一つになる」と言いましたが、全体的な割合から見る時、一つになれなかったというのです。ですから、このすべてのものを清算して一つになった位置につないでいかなければ、世界に影響を及ぼせないのです。
そして、一九八三年と一九八四年は、一大激動期に向かう時でした。別の言い方をすれば、生きるか死ぬかという問題、大きな暗礁に直面するかしないかという、このような世界史的な流れを経ていく時でした。あくまでも韓国の基地で方向を変えなければ、世界に行けないのです。そのような時代に入ってきました。(一六九−一〇七、一九八七・一〇・二九)
興進君が霊界に行きましたが、もし興進君が霊界に行かなかったとすれば、国家的次元で問題が起きるようになっていました。その前後に韓国でKAL事件、ラングーン事件などが起きました。それは、すべてその転換期に外的にも内的にも蕩減を受けたのです。そのようなことを知っているので、先生が子供たちを集めておいて、「君たちは、この期間、できる限り外に出てはならない!」と言ったのです。お母様がしきりに「どこどこに行こう」と言う時にも、私は「この二十日が終わったのちに行こう」と言いました。それは、このような摂理的内容を知っているからです。
この時は、精誠を尽くさなければならない時だというのです。統一家においては、限りなく貴重な時です。四十年を迎えて越えていくこの時において、先生を中心として世界的な長子権を立てなければなりません。今までカインは、サタンが讒訴し得るカインでしたが、今からは、神様と一つになれる長子権を立てなければなりません。私たちの家庭でそのようにしなければなりません。(一三四−三一〇、一九八五・八・二〇)
一九八三年十二月を中心として、韓国に行って全国民を動員しました。全国民を完全にまとめる運動をしました。世界とキリスト教を代表する七十二カ国のアカデミーの代表を集めて一つにしたのです。そのようにして全国を巻き込みました。完全に……。このようにしてサタンと激戦したのです。
ですから、韓国国家全体がレバレンド・ムーンの運動でぽんと完全に浮かんでしまいました。ですから、先生の家庭を中心としてサタンを支配するというのです。その時、先生の家庭は混乱時代でした。先生の家庭が全世界を代表して家庭の攻撃を受ける時なのですが、サタンは、先生には攻撃できないので興進を攻撃したのです。最後の光州においての講演時間にその事件が起きました。
国が父ならば、教会は息子と同じです。このような立場でキリスト教が相変わらず反対し、そのような立場を蕩減しようとするので興進が祭物になっていったのです。(一六一−七七、一九八七・一・二)
全世界の自由世界の国民が一つになって総結束し、独立成就に協肋しなければならない世界的時代に入ってきます。それで、この七十二カ国の人々が韓国に行き、勝共という命題の前に宣誓し、決意したという事実、これは歴史的な事実です。「勝共」というのは共産主義に勝つという意味です。
韓国政府が今回、はっと驚きました。約二週間以内に全国的に大会を行い、国民が完全に一つの所に糾合されました。その間に、本当に不思議に思ったことは、全国勝共決起大会の時、光州が最後だったのですが、この日、全く同じ時間に、興進に自動車事故が起きました。韓国政府が一番嫌う光州ですが、その光州で先生を一番歓迎するというのです。五千人ほどの人たちが、零下一〇度の外で講演を聞くのに、少しも動揺がなかったのです。サタンが光州を攻撃できるすべてのものを完全に失ってしまったので、アベル的基準に立っている興進を打ったというのです。
地下にある共産党が暴力事件を起こし、レバレンド・ムーンをどのようにしてでも殺そうと、そのような計画を立てたというのです。それで大会が終わる前に警告をしました。光州のために集中して祈祷しなさいと指示しました。それゆえに、父母の前に一番孝行した息子が、父母の代わりにこのように打たれたのではないかと思うのです。全体の国と全世界の前に祭物の立場で打たれたのではないかと思うのです。(一三〇−一一三、一九八四・一・一)
興進がいる時のことです。韓国で勝共大会をする時、七十カ国以上の学者が「科学の統一に関する国際会議」が終わり、帰る途中において、「回れ右してソウルの金浦空港に到着してください! 二日以内にするのです!」と言ったのです。帰ろうとしていた人がみな飛行機を乗り換え、金浦でビザのために問題が起きました。先生が命令するので、学者も何も、すべて看板を下ろして先生の言うとおりに来るというのです。今やればどうなると思いますか。それ以上でしょうか、それ以下でしょうか。それ以上です。(二七一−二一九、一九九五・八・二八)
み旨的に、歴史的に見れば、アベル的な存在が祭物としていく確率が高いのです。つまり、摂理史的にアダムを個人的な人類の先祖として見る時、イエス様はアベル的な存在でした。それで、イエス様が十字架の祭物として逝かれるようになったのです。同じように、父母様の家庭でも、聖進をカインとして喜進(アベル)が逝き、また譽進をカインとして惠進(アベル)が逝き、また今回は、結局このように孝進をカインとして興進(アベル)が逝くようになったのです。
今興進が逝くことにより、共産侵略を阻止するはずです。七十二カ国を代表として立てることにより、東洋文化と西洋文化が融合されるのです。国民はアベルであり、主権者はカインです。今回、この病院が積極的に協肋し、医師がみな涙を流して感動を受けたことは、カトリック側で大きく肋けた条件になります。そして、七十二カ国の代表の中には、特にユダヤ教徒が多かったのです。
今後、東洋と西洋の宗教、政治、芸術が一つになる契機が今回つくられたのです。興進が逝くことにより、これから霊界と自由に往来するのです。
これで全世界が統一教会の祝福を受ける時が来るようになります。今回興進が逝くことにより、霊肉合わせて世界が帰ってくるようになります。反対していた政府が支持に変わるのです。摂理的に見る時、一九八四年は三十年の私生涯の終わりであり、一九八五年からは公生涯に入るようになるのです。(一三〇−九三、一九八三・一二・三一)
皆さんが誤れば、先生の家庭で蕩減されます。統一教会のすべての祝福家庭が誤りを犯すことにより、興進のような息子が死んだのです。その息子は、まだ死ぬ息子ではありません。健康から見ても運勢から見ても、すべての面から見ても、まだ時期ではありませんでした。その時、霊通した人々は、みな光州大会が危険だということを知りました。光州は左翼運動の根拠地であったので、サタンが万全の準備をして攻勢を行おうとしたのですが、あまりにも多くの人々が来て超満員になったので、仕事をすることができなかったのです。一度入ってきた人は、立って動くことができない環境でした。それで、この大会を終える瞬間に、興進にそのような事故が起きたのです。時期的に見ても、そのようなことが起きる時期でした。(二三七−四〇、一九九二・一一・一〇)
統一教会を見れば、世界の頂上に上がってきました。蕩減復帰により、サタン世界ですべてのものを奪われる大王の役割をしたのです。「サタン世界において、今まですべてのものを犠牲にし、怨讐を愛しなさいと教え、その怨讐を通して私のものをすべて奪っていかれるのですか」と尋ねると、「あなたが一番愛する人を私が奪い取っていく」と言うのです。打ってしまうというのです。
そのようにしながら、「それでも愛するのか。それでも愛するのか」と言うのです。「私がレバレンド・ムーンの愛の力がどれくらい強いか見てみよう」、このように言いながらテストするのです。それで今回、興進が逝ったのです。「あなたは神様をより愛するのか、人類をより愛するのか、自分の息子をより愛するのか」とテストしたのです。そのサタンに恨みを晴らそうとするのですか。そのようにしてはいけません。私が率いる国、あるいは反対するアメリカ、反対するソ連までも解放しようとするのです。そのようにしてこそ、そのすべてのものが正常になると見るのです。
私たち統一教会は、サタンがどんなに発動しても、「あなた方が強ければ強いほど、天国の版図は広くなる」、このようにしながら基盤を築いてきたのです。興進が逝ったとしても、彼を通じて霊界を動員し、地上を動員できる天的な勝利の基盤が築かれていくのです。ですから、「打ちなさい」と言っても、打つことができずに後退する時が来る、と私は思います。(一三〇−一六〇、一九八四・一・八)
2 真の御父母様の御家庭の事故−摂理的な意味
統一教会の先生の家庭を見れば、一九八四年、その時は、先生の家庭に対してサタンが総攻勢を行った時でした。それで興進君が霊界に行き、先生は、外国で新しい機動隊の編成を中心として、一九八三年から始めたことが二年目に入っていて、一九八五年まで、四十年の峠に向かっていく時、法廷闘争を中心としてダンベリーに入っていきました。そして、すべてのものを蕩減原則によって背負いました。ダンベリーで完全に蕩減し、解放されることにより、アメリカ自体が反対していた立場から歓迎するようになったのです。アメリカのキリスト教と統一教会、カイン・アベルが一つになった基盤の上に、アメリカ自体を屈服させることができる基盤、世界基盤を築きました。それゆえに、今回帰ってきて、韓国を国家的基準で縦的に上がっていくようにして、横的基準で再び連結しなければならないのです。世界的にそのようにするというのです。
このようにして、今までは、市民に対する仕事をしませんでした。外的な基盤を中心としたのではなく、あくまでも教会を中心としてきました。しかし、今回は、先生が帰ってきて何をするのでしょうか。統一教会においてアベルが誰かといえば、私たち統一教会の組織であり、カインが誰かといえば勝共連合の組織です。今回は、勝共連合を中心として国家基準をまとめるのです。
勝共連合は天の側のカインなので、天の側のカインが統一教会と一つになるようになればアベル圏になります。したがって、そのアベル圏を中心として国家を動かしていかなければなりません。それで国家を、頂上から底辺まで韓民族を動かさなければならないので、この動かす対象をソウルに選んだのです。
祭事を捧げるにおいて、全国の祭事を捧げることはできないというのです。特定の所を設定しなければなりません。したがって、ソウルという所を中心として総蕩減基準を立て、民族的解怨式をしなければならない時代に入ってきたというのです。
それで、勝共連合を中心として区から洞に、それから統班まで、統・班長一万二千八百人の教育を先生が直接指揮したのです。そして、これが終わったので、今からは十二万の班組織を一月以内に、四月十日までに、先生の結婚記念日の前までに終えなければなりません。(一四三−一八五、一九八六・三・一八)
縦的に見れば、国と民族は、父子の関係であり縦的アベル・カインです。国家と統一教会を見れば、横的なアベル・カインです。横的な立場で統一教会がアベルならば、国家はカインです。これがすべて一つにならなかったというのです。国家と国民が一つにならず、統一教会と国民が一つにならなかったというのです。また、統一教会を中心として先生と皆さんを見れば、縦的なアベル・カインです。これも一つにならなかったのです。
また、先生と祝福家庭を見れば、横的なアベル・カインです。国家と皆さんとは縦的なアベル・カインであり、統一教会とは横的なアベル・カインであり、その次には、先生と皆さんが縦的なアベル・カインであり、祝福家庭と先生の家庭は横的なアベル・カインだというのです。これが完全に一つにならなかったというのです。ですから、これは、二代にわたる縦横の相対、横的な主体・対象と同じだというのです。このような立場になっているので、先生の家庭が縦的に引っ掛かるのです。父子の関係としてです。これを蕩減しなければなりません。
それから、横的基準において、先生を中心としてすべて蕩減しなければならないというのです。先生を中心として見れば、縦的な立場の子女になっていて、横的基盤で私の子女たちを代表して横的アベルの位置に立ったのが誰ですか。興進だというのです。二番目、二番目なのです。(一六九−一〇九、一九八七・一〇・二九)
サタンは、いつも天の側の中央部を撃破します。それゆえに、二番目を重要視します。上下関係の中心、左右関係の中心、前後関係の中心がこの一箇所です。中央です。この中央を撃破しようとするので、二番目が問題です。
アベルというものがなぜ重要かといえば、二番目だからです。二番目は中央の代わりです。中央の代わりだということは、神様の代わりだというのです。それゆえに、サタンは、いつも二番目を侵食しようとします。ノア家庭も第二であるハムがあのようにして、ノアを中心として審判が行われ、アブラハム家庭でもイサクが祭物になりました。また、全体を見る時、神様の息子の中でも、アダムが第一の息子ならば、イエス様は次男です。これが問題だというのです〇いつも次男が問題です。
このような歴史的な総蕩減をしなければならない先生を中心として、先生の家庭と教会の代表的な三つの家庭がサタンの攻撃の標的になっているというのです。(一六九−一一〇、一九八七・一〇・二九)
年末に、今日の世界代表、キリスト教文化圏における精髄分子、最高の学者を、「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)が終わるやいなや、韓国に向かいながら私が「回れ右」と命令しました。それで、この七十二の「PWPA」(世界平和教授アカデミー)議長団が韓国にすべて集まりました。集まって韓国国民を完全に奪う運動をしたのです。取り戻してくるのです。取り戻されたというのです。
今回の大会の期間に、韓国の国民が完全に先生と一つになり、七百万会員確保がきのうまでにすべて終わりました。それは、自由世界を一つにしたという条件です。議長団たちは、「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)が終わって家に帰る途中でした。誰でも不可能な時に、来なさいと命令措置をしたのです。来たあとに、十二月十八日に宣誓までしました。
そのようにすると、サタン世界が大変なことになりました。そして、事件が起きるようになったのです。先生がこのような天理の内容を知らなければ、興進は悲惨な無駄死にをしたことになるのです。イエス様が十字架へ行くことによって終わると思ったのですが、新しい霊的基盤の版図を築いたように、サタンは、次男の興進を打ってしまえば終わると思ったかもしれませんが、新しい実体世界版図圈を造成したということを知らなければなりません。(一三一−一九八、一九八四・五・一)
キリスト教が解放直後に国と完全に一つになり、イスラエルの国において立てることができなかった基準、国家を中心として蕩減復帰したその基準を立てたならば、世界は七年以内で料理されます。先生は、そのような能力のある人です。このような先生が、その道をどのように来たのでしょうか。先生が僕の僕の役割をし、複雑な家庭の背後を残して歴史の悲しいすべてのことを経てきたのです。
そのような再蕩減路程を歩もうとすれば、どれほど複雑ですか。おばあさんからすべて先生の側ではありませんでした。昔の旧約時代は、年老いたおじいさんの時代です。新約時代は壮年時代、今の成約時代は若者たちの時代です。この若者の時代に、キリスト教文化圏を中心として、解放以後、五千年歴史の悲運をもった国に歴史的な惨事のすべての犠牲の功を集めて初めて韓民族を天が祝福してくださり、先生のような人を送って世界的な福を与えようとしたのですが、国家とキリスト教がすべて……。大統領である李承晩もキリスト教を信じる人だったというのです。その時に一つになったならば、どれほど良かったでしょうか。
先生の側は青少年です。おじいさん、おばあさん、それが問題ではなく、青少年が問題だというのです。十代、二十代の若者たちです。二十歳以前のすべての人々を私が教育するようになっていました。おばさんたちに何の観があり、おじいさんたちに何の観がありますか。
その時、二十代前後の青少年を私が教育したとすれば、世界を指導することができる要員をどれほどたくさんつくったでしょうか。先生は国家を代表し、李承晩を中心として、梨花女子大と延世大学をはじめ、青少年を教育するはずでした。ところが、多くの盗賊がはびこる政治風土となり、韓国に分立された政府が立てられたのです。本来、南と北に分かれるようにはなっていなかったのです。その後、金活蘭も先生と闘いました。(一三三−一一七、一九八四・七・一〇)
私たちが汝矣島大会(世界救国大会)をすることにより、共和党が驚いて倒れたことを知っていますか。共和党の事務総長をしていた吉典植と情報関係の責任者が私を訪問しました。今後、国がどこへ行くのかという問題を相談しに来たというのです。これはすなわち、国とキリスト教を完全に制圧したことと同じです。
それで残ったものは何でしょうか。韓国は、霊肉を統一させ得る基盤を築きましたが、アメリカを中心として霊肉一体が成されていません。それで、韓国の汝矣島大会の勝利基盤を中心として、二十一日間、汝矣島大会が六月七日なので、六月二十八日までの二十一日間滞在しながら、私が朴正煕大統領に対して長文の手紙を書いたのです。「あなたはこのようなみ旨を受け入れなければならない」と伝えたのです。二十一日間待ちましたが返事がなかったので、六月二十八日に私は韓国を離れ、アメリカ戦略を立て、実体国家基準を蕩減しなければならなかったのです。それゆえに、その時アメリカに出発したのです。
大統領の中で二代目は誰ですか。もちろん、尹普善がいますが、それは影と同じです。全権を握って行使した二代目の朴大統領が客死しました。暗殺されたのですが、客死したのです。二番目がいつも問題なのです。
このようにして、韓国でイエス様が失ってしまった国家的基準を蕩減したというのです。ローマのようなアメリカと連結したこの関係を中心として、アメリカに来て、必ず実体基盤を中心として闘わなければならないのですが、このニクソン大統領が問題になったのです。最高の大統領とつかみ合って闘うのです。それで、ぴたっと二つが引っ掛かっているのです。ぴたっとサタン側に引っ掛かっていて、天の側に引っ掛かっているのです。
それで、このキリスト教が歓迎をすることにより、世界的版図の条件を中心として勝利的基準を立てたのです。韓国の国家的基準を中心として、国家的実体を中心として、霊的版図であるキリスト教文化圏をすべて引き継いだ位置で、国家を中心として大会をしたのです。このようにして、一九八〇年代に三次七年路程を中心として越えてきたのです。(二二五−八一、一九九二・一・二)
韓国で勝共大会をした時が、北朝鮮が侵犯できる良い時でした。国が難しい時でした。それゆえに、私が代わりに闘ったのです。全世界のサタンが私を攻撃するようにしておいたのです。光州大会をする時、サタンがあらゆる行動をすることができる状況だったのですが、人があまりにも多いので、何もできなくなってしまいました。先生を打とうとしたのですが、打つことができる何の条件もないので、自然に二代目を攻撃したのです。
サタンが全世界の中心家庭である先生を打とうとしたのですが、打つことができないので代わりに息子を打ったのです。私が見れば、すべて自動車事故です。孝進もトラックにはねられたのですが、その車のカバーがすべてはがれてしまいました。それがこのてっぺんにある毛を削りながら飛んでいったのですが、首をすくめたので即死を免かれました。興進が事故に遭ったその日も、孝進が目を開けてすべて見たのです。自分が車に乗っているのですが、サタンが襲撃して事故が起こるのを見たその時間に、そのような事件が起きたのです。
その時、私が興進に対して、「お前は絶対にどこにも行ってはいけない!」と言いました。時がそうであるので、「お父様がいない時は絶対に出ていかずに祈祷しなさい」と言いました。ところが、それを管理する人々が責任を果たせずに外に出ていき、そのような事故に遭いました。私は、事故の起きた所に行って現場検証をしました。アメリカでは左側で運転するので、トラックが来れば、自分が反対側になるようにハンドルを切るようになっています。ところが、それとは反対に切りました。
このように、息子が歴代の祭物として逝ったことは間違いないので、お父様がそれに責任をもたなければなりません。お父様として責任を果たさなければなりません。以前に興進が他の人の体を借りてやって来て話すには、「私があの世界に行ってみると、お父様から受けた恩徳がどれほど大きいか、それを返す道がない」というものでした。その言葉は理にかなった話です。
背後をすべて収拾してあげたのです。侵犯された歴代の二世たちをすべてつづって完全に一つにし、南北のブロックになり、世界のブロックになる、そのすべてのものを清算できる「統一式」をしてあげたのです。それで今は、二世を侵犯できるすべての条件を完全にふさいでしまったのです。(二四二−二七六、一九九三・一・二)
一九八三、一九八四、一九八五年には、先生の家庭を中心としてサタンが総攻撃をして、鉤という鉤をすべて投げました。それで、孝進がそこに引っ掛かり、我知らず苦闘しました。仁進も、「お父さん、おかしい!」という話をよくしました。今まで通っていた学校で、牧師が「転学すればより良い」と言うので転学したのですが、おかしいというのです。ベリータウンから二時間、ないし一時間半の道なのですが、「私が勉強していて、いつこのベリータウンに来たのか分からずに来ました」と言うのです。車に乗って運転したのですが、自分の意識がなかったというのです。そのように、サタンが先生の家庭を総攻撃する時代です。歴史的にお父様と統一家を中心として、皆さんの父母が間違い、皆さんが間違ったすべてを清算しなければならないというのです。
ですから、その時、大韓民国に来て復興し、世界的な運勢を集めて国家的基準で総蕩減しなければならないというのです。その時に来て、全国において、天の権限を立てなければならない局面になったので、蕩減しなければならないというのです。国家が立つか立たないかというのです。その時、私がこれをしなければ、政府に何かの問題が起きていたのです。
政府が反対する環境で、大会をほとんど終え、最後の光州大会で講演し始めたその時間に興進君の事故が起きました。その前から祈祷する人々が、「光州大会で事故が起きやすい」と先生に対して言っていたのです。私もそのように考えました。ここでは、必ず共産党が何か問題を起こすだろうと忠告したのです。
その時、聴衆が立ち上がることもできないほどたくさん集まったので、いくら工作隊が工作しようとしても活動できない雰囲気になったというのです。ですから、サタンがその時間に興進を打ったのです。そして、孝進は、座ってそれを、目を開けて見たのです。「お父様、おかしいです! あの真っ黒い運転手、真っ黒い車が私をひこうと三度もこのようにして、去っていきます」と言うのです。そして、その日に事故に遭ったのです。(一三七−二九〇、一九八六・一・三)
興進一人が逝くか逝かないかが問題ではありません。既に私がお母様にもそのような話をしました。もし祭物として逝くようになれば、統一教会自体に福が来て、世界は新しい世界へ転換するということを宣布しました。
興進は、お父様をとても愛しました。そのような心をもって、皆さんが今後、死を覚悟することがあったとしても、このような神様の祭物的な価値を残し、万人の前に福を残してあげていくという祭物的な思想を受け継いでいくならば、興進君がこのような思想を通して天の前に導くのです。興進が生涯においてできなかったことを、皆さんが代わりにしなければならないというのです。興進は、世界の祖国創建を見ることができなかったのですが、皆さんの世代が代わりに奉献するという信念をもって一つになれば、統一教会のすべての運勢は世界的に拡張されるのです。(一三〇−一一三、一九八四・一・一)
三 勝共決起大会のみ言から見た当時の時代状況
先日の九月と十月(一九八三年)、大韓航空機撃墜事件とラングーン暗殺爆破事件の時、どれほど驚きと悲痛が大きかったでしょうか。私もその時、外地でその衝撃的な消息に接して、故国の皆さんと共に驚きと悲痛な思いを抑えることができず、憤怒もまた大きかったのです。しかし、国民の皆さんは、その途方もない衝撃にも挫折せず、その試練によくぞ打ち勝ちました。その時私は、数多くの国難を不死鳥のように打ち勝ってきた伝統的な民族の魂を、故国の皆さんから再発見し、頼もしく思いました。
今日の世界は、一言で表現すれば大混乱の世界と言うことができます。洋の東西を問わず、世界の南と北を区別することなく、また先進国と後進国の区別なく、今日の社会は、すべて病に冒されており、不正、腐敗、殺人、強盗、搾取、抑圧、暴力などの絶える日がなく、日がたつほどより一層増大していっています。また、国際的に国と国の間に、民族と民族の間に、宗教と宗教の間に、紛争、衝突、反乱、戦争などが随所で行われています。最近では、大韓航空機事件、ラングーン爆破事件、ベイルート爆破事件などの大量虐殺という蛮行までも続出しています。一方、先進国の国民が豊かな生活を楽しんでいる反面、アフリカのような後進国では数多くの人々が飢餓に苦しみ、飢えて死んでいく群れが増えています。
統一運動が世界的に広がるにおいて、最も障害になるのは共産主義です。共産主義は、弁証法的唯物論、唯物史観などの独特の哲学をもっているのですが、民主主義は、これに相当する哲学をもっていないのです。その代わりに、民主主義は「統一思想」を受け入れることができますが、共産主義はその党派性と階級性のために、これを全面的に拒否しています。
そして、共産主義は、統一運動に対して、あらゆる手段を尽くして妨害し、迫害しました。各種の印刷物と集会を通じて虚偽宣伝と悪らつな謀略を行い、私と私のグループに対して中傷と迫害を加えたのです。
政治家、言論人、学生、宗教人、文化人、芸術家、その上夫人たちまで動員して統一運動の悪宣伝をしました。「うそも百回繰り返せば真実になる」というレーニンの言葉に従い、彼らは粘り強く私の運動に対して偽りの宣伝を繰り返しています。
例えば、日本共産党の場合、彼らの機関紙である「赤旗」とその関連紙に捏造されたうそを載せ、十年間にわたって十六億枚に相当する偽りの記事を載せた新聞、またはビラをまいたことが明らかになりました。これは、一億の日本国民一人当たり十六枚の虚偽文書がまかれたことになります。統一運動に対する日本共産党の中傷と迫害に関する詳細な調査資料は、間もなく本で出版される予定です。
共産主義は、何を理由に私の統一運動をそのように執拗に反対するのでしょうか。それは、「統一思想」が彼らに神様を明確に分かるようにするだけではなく、体恤するようにしてあげることにより、無神論的共産主義の虚構性が白日のもとに暴露されるからです。悪魔は、太陽の光を避けて夜にだけ戯れるように、共産主義は、今まで神様を避けて闇の世界においてのみ権勢を振るってきました。
「統一思想」で神様の真理の光を照らす時、悪魔の正体が暴露されるので、彼らはやっきになって統一運動に反対しています。実際に共産主義者の中には、「統一思想」に接してみて共産主義が偽りであることを悟り、転向して統一運動に加担した例が少なくありません。
しかし、共産主義の反対と迫害にもかかわらず、統一運動は弱まるどころか、かえって驚異的な速度で成長して全世界的に拡大されてきました。どのような理由のためでしょうか。それは、神様が保護してくださり、助けてくださったからです。「統一思想」こそ神様の思想であり、統一運動こそ神様が願われる運動だからです。神様は、この運動を通してすべての矛盾と社会悪を除去し、統一された一つの真のユートピアを実現しようとしていらっしゃいます。ユートピアとは、宗教的術語では地上天国のことをいいます。
統一運動の最終目的を具体的に明らかにしようと思います。既にお話ししたとおり、神様の真理と愛の理念である「統一思想」は、第一に、社会的、世界的なすべての問題を解決して、共産主義をこの地球上から完全に一掃し、真の自由と平和と繁栄の世界を成し遂げようということであり、第二に、新しい価値観、新しい倫理道徳による大家族主義世界を実現しようということであり、第三に、すべての抑圧と搾取と差別と社会悪が消えた共生・共栄・共義主義の大統一世界を具現しようというのが統一運動の最終目標です。
大韓民国は、共産主義と闘って勝たなければならない宿命的な位置に置かれています。共産主義と闘って勝利する時、大韓民国は世界に雄飛するはずです。共産主義に敗れる時、大韓民国は跡形もなく消えるはずです。敗亡の悲惨な運命はベトナムの例がよく見せてくれています。
大韓民国は、北朝鮮だけに勝つのではなく、全世界の共産主義に勝たなければなりません。北朝鮮は悪なる側であり、世界の共産主義を代表してその地を占領していて、大韓民国は善なる側であり、世界の民主主義を代表する立場で北朝鮮と対立しています。このようにして、休戦ラインを間において、北朝鮮と大韓民国は、各々共産世界と民主世界の先端に立ち、両世界を代表して、生死をかけた運命的な歴史的対決を繰り広げています。
北朝鮮は悪を代表し、大韓民国は善を代表します。北朝鮮は悪魔が支配し、大韓民国は神様が共にいらっしゃいます。このようにして、韓半島は、世界で善と悪が最も鋭く対抗している世界史的地域になっていて、この地域において善が悪を打ち破って勝利する時、世界のすべての悪は滅びるのです。神様は、全摂理史をおいて、このように韓国国民と全世界の自由人が一つになって全体的勝利を得るのを待っていらっしゃいます。
私が今回韓国に帰ってきたのは、正にこのような仕事をするためなのです。各国の勝共国民基盤を韓国と連結させて、強力な国際的国民連合戦線を形成するために来たのです。きょうここで勝共大会をもつのも、国を生かすために、国民の皆さんに早く「勝共思想」で武装してくださることを訴えて、一つになって国際的な勝共国民戦線を形成するためなのです。
私がこの立場に立つまで、多くの迫害を受けました。国家を越えて世界史的に受けたのです。今は、国民の皆さんが、これまで積まれた実績を通じて悟る時になりました。韓国が産んだ偉大な神様の思想を受け入れなければなりません。この思想は、私の思想ではなく、神様の思想であると同時に、皆さんと人類の思想です。
この場には、七十カ国の「世冷汗和教授アカデミー」の議長団七十二人も来ていらっしゃいます。この方々は、著名な世界の碩学であり、私の統一運動と勝共運動に賛同した方々であり、本大会を支援して韓国と各国の勝共国民の連帯強化を図るために、今回訪韓したのです。
ここで留意しなければならないことは、北朝鮮は全共産世界を代表しているので、北朝鮮の背後には、ソ連をはじめとする様々な共産国家が連結しているという事実です。北朝鮮と連結したそれらの国家は、世界制覇という思想的な連帯関係をもっているので、有事の時に北朝鮮は、それらの国家、特にソ連と中共から軍事的経済的支援を受けることができるのですが、大韓民国はそうではありません。
今後有事の時、六・二五動乱の時のように、自由世界の友邦が私たちを助けるだろうと期待してはなりません。なぜなら、民主世界には世界統一という思想的内容がないからです。六・二五の時とは事情が変わりました。これは、自由世界の友邦が世界のために生きるという思想で一致せずに、各々の国家的利益を追求するだけで、さらには選挙による主権者の変動が可能であるので、ますます自由化していくからです。
自由陣営のこのような脆弱点を既に知っていたので、私はこれまで、日本、アメリカ、ヨーロッパ、中南米などを往来しながら、世界の青年、学者、言論人、政界人などを糾合して、超国家的な「勝共思想」で彼らを目覚めさせてきたのであり、各国に国民的(民間的)勝共基盤を造成し、歴史的であり、摂理的であり、世界的な全体主義的共産主義との対立地である大韓民国を守護するために全力を傾けました。特にアメリカと中南米において、カウサ(CAUSA)運動を通じて、勝共思想を国民に土着化させることに成功し、日本でも三百五十万人の勝共会員をもつ強力な民間の勝共基盤を構築しました。
アメリカと日本におけるこの基盤は、今後より一層急速に拡大されるはずです。韓国も、これまで私が勝共連合に指示して、全国の里、統単位の指導者を選定し、全国民基盤を立てるようにしました。このようにして、少なくとも韓国と日本とアメリカにおいて、為政者レベルではなく民間レベルで思想的に強力な連帯関係を形成するようになったのであり、有事の時に迅速に支援を得ることができる基台がつくられたのです。
今後世界を代表したこの三カ国の勝共国民会員は、姉妹提携、相互交流、教育などを通じて、より一層団結を固めるように指導しようと思います。ところが、北朝鮮の直接的な脅威のもとに置かれる韓国には、いまだに勝共国民要員が大幅に不足しています。一つの里、統内に、少なくとも百人以上の勝共国民会員がいなければなりません。そのようになれば、約七百万の勝共国民会員になるので、勝共の主体国として国際的威信をもつようになるはずです。
したがって、一つの里、統内で、できる限り父親も母親も勝共国民の役軍にならなければならず、兄、弟、姉も、そして夫も妻も勝共国民会員にならなければなりません。そのようになる時、班常会は勝共国民班常会になり、民間防衛隊は勝共国民民間防衛隊になり、セマウル運動は勝共国民セマウル運動になるのです。このようになる時、初めてこの国に強力な勝共国民基盤が造成され、確固たる安保国民基盤が構築されるようになります。
国の為政者は変わっても、この国民基盤造成は決して中断してはなりません。(世界と韓民族の決意、一九八四・一二・二八)
1 受難の事件の経緯
今回、自動車事故で興進は死んでいきましたが、二人は生き残りました。本当に良いことをして逝ったのです。今回、その事故現場に行ってみたのですが、この車がこのように行き、あの車はこのように来るので、このように避ければ、いくらでも車を切り返すことができたのです。しかし、どうして興進は、自分の側で車を受けたのかというのです。それが問題です。
道がこのようになっています。さあ、ここでやってくる大きなトラックが道をこのようにふさいだというのです。すると興進の車がどのようになったのかといえば、これが走っている車で、左側の運転席にこのように座っていたのですが、このようにぶつかれば興進は死なないのです。ところが、なぜこのようにぶつかったのかというのです。ここが潰れました。運転すれば、自然にこちらに行くはずなのに、なぜこちらに行ったのか、これが問題だというのです。コーナーにぶつかったのです。では、その二人の子供たち(珍福、珍吉)が言うには、自分たちを意識して車をそのようにしたというのです。その話を聞いて、どれほど有り難かったか分かりません。
これを考えるとき、民主世界と共産世界を代表できる犠牲の祭物として逝ったという理論的な根拠を、ここで知ることができます。その二人は、民主世界と共産世界を代表し、イエス様の右側の強盗と左側の強盗のような立場ですが、彼らの身代わりになったというのです。
それゆえに、このような観点で摂理史から見るときに、統一教会は転換期です。サタンは、間違いなく先生が1番愛する次男を……。次男は、アベルはいつでも讒訴することができるのです。いつでも讒訴することができるというのです。アベルを侵犯できるのです。これが摂理観です。
イエス様の時代には、すべて死んでいったのですが、先生の時代には、興進一人が祭物になったので、二人の人が息を吹き返して民主世界と共産世界の道が開けたのです。興進は、珍福と珍吉を父親がいないからと特別に愛しました。その家に行って慰労してあげ、一緒に過ごしました。そのようなことを思えば、父母のような、父親のような考えをもって、その子供たちを保護するために逝ったのではないか、このように考えざるを得ないのです。
それゆえに、自由世界と共産世界に蕩減条件を立てる道が開かれるというのです。さあ、すると興進は、どのようになったのでしょうか。これは、国家基盤まで築きました。国家的蕩減基盤の上で、自由世界と共産世界のために犠牲になったのです。それが違います。国家的基盤と民主世界とこの二つの世界を連結しました。ここで事故を起こしたのですが、起きたのは自由世界で起き、埋められるのは韓国に帰ってきて埋められました。体は祖国に帰ってきて埋められたのです。
そのようにすることにより、興進は、国家的基盤を築いた真の父母の勝利的基盤の上に立ったので、国家的な次元でいつでも霊界にいることができ、いつでも地上に定着できる霊的基盤が付与されるということを知らなければなりません。(一三〇−一九八、一九八四・一・一五)
サタンが打ちやすい最高の道具が車です。右側は車が行き、左側は車が来るのですが、あちらから来る車が左にハンドルを切って走れば、ぶつからざるを得ないではないですか。それで、私が興進の事故が起きた地点に行ってみると、本当に有り難いことは、事故が起こったのは興進のためではありません。自分が原因で事故が起きたのではなかったのです。氷の板が、丘の頂上にこのようになっているのですが、この車が下ってきながらブレーキをかけたので、後ろに物を載せた大きなトラックが頭から滑り落ちながらこのように入ってきました。これがこう回るので、道をふさぎました。
突然、そのようになるので、避けることができなかったのです。
興進がどこに乗っていたのかといえば、左側に乗っていました。左側に乗っていたのですが、生理的に見れば、運転席ではこのように左にハンドルを切るようになっています。このように入ってくるのを見れば、十ならば十、百なら百が左にハンドルを切るようになっているのに、どうして右に切ったのかというのです。その車に珍吉と珍福が一緒に乗っていたのです。その子供たちを本当に愛しました。父親がいないからと、連れていって食べさせてあげ、何でも持っていってあげて限りなく愛しました。その兄弟が乗っていたのですが、間違いなく彼らが死ぬようになっていました。ですから、自分のほうにハンドルを切ったのです。そして、左側がめちゃくちゃになりました。私がその車を見てから、「お前は正しく逝った」と思いました。珍吉と珍福も、興進が自分たちのために逝ったと悲しみ、悔しく思っています。(一九六−二七九、一九九〇・一・二)
興進は、珍福と珍吉、二人の息子を生かして逝きました。アメリカも、韓国のように自動車が右側車線を行くでしょう? ですから、左側で運転するのです。興進の車がこちらへ行くのですが、向こうから車がこのように入ってきました。このように入ってくれば、運転席をこちらにするようにハンドルを切るのですが、あちらにハンドルを切ったというのです。その子供たちのために逆にハンドルを切ったのです。それで私が現地に行ってみて、「正しく逝った」と祝福したのです。それに対して私が責任をもたなければなりません。それで、息子が死んでいくその瞬間にも、息子が死ぬという考えは一つもしませんでした。行くべき道を整えてあげなければなりません。父として行くべき道を整えてあげなければならないというのです。ですから、興進に対してそのような責任をもった立場にいるので、お母様でも、涙を流せば行くべき道がふさがります。そのような天的な条件の世界では、人間的な面においても条件に引っ掛かってはいけません。父母の立場で涙を流せば、その道がすべてなくなるのです。(二三六−一六一、一九九二・一一四)
私が興進君にそのような祝福をしておいて、良心の呵責になることは何かというと現地調査です。興進は、自分が生きようとして死んだのか、他の人のために死んだのかというのです。ところが、私が行ってみて有り難いと思ったことは、興進が死んだのは、池生蓮の二人の息子を生かすためだったのです。
そうでなければ、車を右側に切る必要がなかったのです。左にさえ切れば、興進はそのまま生きることができました。そこに行ってみて、私は本当に有り難いと思ったのです。「そうか、私がお前のために『統一式』をしてあげ、天の前に十字架で犠牲になったその張本人であるイエス様の前に送るのに、このようなすべての面において私の良心に呵責がない」と思ったのです。そこに行ってみて、その場で「興進が逝くことにより、霊人世界から地上世界に接近できる一つの橋梁を置くようになったので、これは地上世界にも恩恵であり、天上世界にも恩恵です。それが公的な家庭、真の父母の息子、娘が残していかなければならない道です」と、このように祈祷したことがきのうのことのようですが、既に八年が過ぎました。(二一二−九六、一九九一・一・二)
霊界では、今まで霊界と連結させることができるセンターがなかったのですが、興進が逝くことにより、興進を愛するすべての霊界の霊人たちには、お父様を愛する条件が連結するのです。統一教会と連結されるというのです。統一教会で見れば、地上では生命を捧げて闘うことの標準になり、霊界においては、愛をもって連結させることにおいて、歴史始まって以来今までいなかった霊界の代表になったというのです。
この地上では、統一教会の食口に、生命を捧げてでも愛さなければならない、み旨を愛さなければならないという手本を見せてくれたのです。「お父様を愛しなさい! お父様を愛しなさい!」というのです。世界のためにお父様を愛していかなければならないというのです。ですから興進が霊界に行くことにより、霊界が興進を愛することによって、地上の真の父母と愛の関係が連結するめです。
それで霊界では、歴史始まって以来、一番の喜びの日だというのです。興進は、愛のメシヤとして霊界の門を開けた人です。地上では、標本的な殉教の道を開いたというのです。ですから、統一教会の食口は興進を愛さなければなりません。
それでは、両面で、霊界でも興進を愛して、統一教会でも興進を愛するのですが、私たち真の父母はどのようにしなければならないでしょうか。これが問題です。真の父母は、どのようにしなければならないのでしょうか。天の愛を歓迎し、地上の愛を歓迎する意味で、自らの息子を祭物として捧げることを栄光と考えることができなければならないというのです。
また、今まで神様がこのような立場で愛する息子を、青少年のアダムとエバを愛することができずにいたので、霊界においてだけでも愛することができる一人の息子を、今まで国家基準を復・帰するために苦労された神様が慰労を受けることができる一人の息子を、レバレンド・ムーン一代で送ってあげたと考えなければなりません。
それで先生が祈祷するのは、「私が青春時代に韓国基盤を築き、神様を栄光のもとで愛することができなかったことを、私一代で世界的基盤を築き、世界的基盤の上であなたを慰安してさしあげられなかったことを、この息子によって蕩減してください!」というものでした。「自分自身がそのような立場でできないことを、この息子を通して受けてください!」と祈祷したのです。
霊界も愛して、地上も愛するので、私たち父母も、「愛しなさい」という標語を立てなければなりません。「愛しなさい」という標語を立てなければならないというのです。私は、興進が二人の息子の中で死ぬことは死んだが、地上世界と霊界にいて、死なないで愛の復活圏を成し遂げるはずだと考えています。お前は死を通してそこに行ったが、お前の死を通して愛を復活させるというのです。霊界をつかんで、地上をつかんで、愛の復活圏を宣布するのです。
このようにすることにより、死亡圏と決別するのです。それゆえに、昇華式の時も悲しんではならないというのです。すべての儀式においても同じです。それで、興進が地上から入っていく間、先生は霊界と肉界を中心として特別な式を……。その過程を話そうとすれば複雑です。(一三〇−二〇一、一九八四・一・一五)
四 興進様の御臨終と「統一式」
天総官 文興進様
四 興進様の御臨終と「統一式」
1 興進様の御臨終と「統一式」の意味
興進が逝く前に、病院で「統一式」を行いました。「お父様とお前は一つだ。お父様とお前は一つなので、お父様が生きている限り、サタンがお前を思いどおりにはできない」というのです。このようにして、祭壇に載せることにより、サタンが統一家に侵犯しようとしたことをすべて防御するのです。霊的世界の勝利版図を、神様がイエス様を中心として霊的世界で祭物として捧げたことと、地上で父母様の愛を受けた息子を祭物として捧げることを連結させるのです。そのようにすれば、それは地上世界で成し遂げたことになります。霊的世界の版図基盤の上に、地上世界の版図、父子関係の肉的実体圈を中心として、霊的世界版図の父子関係の天国理念を連結させるのです。そのようにすることにより、どのようなことが行われるかというと、天上世界と地上世界に橋が架けられるのです。(一九六-二六三)
先生は、興進が逝くことを知り、すぐに「統一式」をしてあげました。ユダヤ教とキリスト教と統一教会が一つであり、その次には、日本とアメリカとドイツと韓国が一つであり、自由世界と民主世界が一つだという式をしたのです。父母が一つになり、家庭が一つになり、祝福家庭が一つになり、統一教会が一つになり、キリスト教が一つになり、民主世界が一つになり、天と地が一つになる「統一式」を挙行したことを皆さんは知らなければなりません。
自由世界が一つになり、共産世界まで一つになる「統一式」をしたのです。民主世界と霊界までもです。
しかし、サタンはこれを知りませんでした。条件さえ引っ掛ければ、すべてうまくいくと思っていたのですが、これを知らなかったというのです。イエス様を殺しましたが、復活の能力によって新しい道を開拓したのと同じです。
その次には、興進が逝く前日に「統一式」を終えてから、すぐに祈祷したこととは何でしょうか。「お前が地上を離れても、地上にいるのと同じようにお前の養子を選んであげ、息子の班列に同参させてあげよう」と祈祷で約束をしました。
そのようにしようとすれば、地上で祝福をしてあげなければなりません。そのようにしなければ、そのことが不可能なのです。その時の約束です。神様は、地上を救うためにメシヤを送られたのですが、今日真の父母は、霊界を救うために、霊的世界を救うために、真の父母の代わりに全権大使として愛の王子を送ったということを知らなければなりません。なぜお父様が地上にそのような世界的基盤を立てようとするのでしょうか。イエス様もその場に行くことができませんでした。神様が歴史始まって以来初めて「私の息子」と言って愛することができるティーンエージャーをもったという事実を、皆さんは知らなければなりません。
そのようにすることにより、初めて神様が愛することができるということを知らなければなりません。また、先生がこの地上の基盤を中心として愛しているというのです。それで二つの世界が連結するのです。
堕落した世界は、堕落の愛の圏内に、原理結果主管圏内に行ったので、真の父母の愛の因縁は今までなかったというのです。ところが、これが初めて霊界に出現したという驚くべき事実を知らなければなりません。(一三一-一三、一九八四・二・二〇)
息子が死ぬその瞬間に、レバレンド・ムーンは狂人のようなことをしました。一つになれないユダヤ教とキリスト教と統一教会をすべて統一する式をして、その次には、韓国と日本とアメリカとドイツが一つになることができなかったので、「統一式」を行い、「興進君が一人でこれをすべて背負っていくのだ!」と言ったのです。
ユダヤ教とキリスト教と統一教会が縦的に一つになれず、ユダヤの国とアメリカと韓国が横的に一つになれなかったのです。それから、摂理的に見る時、韓国、日本、ドイツ、アメリカが一つになれずに今すべて反対しているのですが、これを蕩減しなければなりません。それで全体を合わせて蕩減する祭物として捧げたのです。
今からは、孝進と私たちの家庭が、すべて統一圏を中心としていくのです。ここで終わらなければという、そのような祈祷をしたのです。神様の代わりに、真の父母の代わりに、サタンの目前で宇宙史的な勝敗を決定する瞬間に立っているのです。
興進が真の父母の愛をもって逝き、真の父母の愛圏をもった大使として天国に送るのです。このような深刻な立場で、先生は、興進が死んでいくということを考える余裕がなかったのです。どのようにこれを立てるのか、それが問題でした。
それゆえに、「祖国創建」という標語を立てることができ、「愛勝日」を宣布できたという驚くべき事実を知らなければなりません。今から、先生と完全に一つになる時には、世界的な復活圏、五旬節が成されるというのです。
世界百二十カ国が復活し、先生の家庭を中心として尋ね求めてくるというのです。(一三一-一九六、一九八四・五・一)
興進が死ぬ時、死地でさまよっていました。昏睡状態だったので、その酸素マスクさえ外せば死ぬのです。医師の判断で、すべての面において希望がないところにまでいきました。極地までいったのです。このように見れば、一人の興進をおいて、サタンが向こうにいて、こちらはお母様がいて、お父様がいて、神様がいらっしゃいます。今のところは天の側にあるのです。息が止まる前までに、仕事をすべて処理しなければなりません。その酸素マスクを私の手で外さなければなりません。お母様もそれを見なければならないのです。
その場で少しでも悲しみの涙を流してはいけません。祭物に対する未練をもってはなりません。「あなたは祭物になってみ旨の道を行くのだ」と言うのです。わずかでも心情的な寂しさがあり、涙が先立ってはなりません。人間的な情緒が先立ってはならないというのです。天情が先立たなければなりません。
神様が涙を流される時も、神様を慰労するために「神様、そのようになさらないでください!」と言いながら涙を流せば許されるのです。自分が涙を流しては祭物になりません。それは言葉だけではなく事実です。何日か前からその準備をしました。それが「統一式」です。
「あなたは、今お父様と一つになった。心情的に生涯を通して一つになった」と言うことができる、そのような条件を残すことができなければなりません。興進は、この家庭の次男として、サタンの攻撃の第一標的になっていました。私はそれを知っています。このすべての条件を越え、お父様が責任をもって勝利の覇権の内容を樹立しなければ、天下が崩れていくのです。どれほど深刻か考えてみてください。息子が死ぬことは問題ではありません。とても念頭に置くことができないのです。天地が溶けだすのです。天地が溶けだすというのです。(二八〇-二五九、一九九七・一・二)
興進が離れる前に、これをすべて収拾してあげなければなりません。父として収拾してあげなければならない責任があります。息子が背負った十字架を神様が収拾してこられたように、これをすべて収拾し、「統一式」をしてあげなければなりません。
今息子が死ぬというのですが、そばにいる息子、娘たちは泣いたりわめいたり大騒ぎしていても、「統一式」をしてあげるのです。
「統一式」をしてあげるのですが、どのようにするのでしょうか。何でもつかんで式をしてあげるのではありません。生殖器をつかんで式をしてあげなければなりません。愛のみ旨を成すことができずに逝く息子に、愛の「統一式」をしてあげることにより、イエス様と直結することができるのです。お母様も、それは知らないのです。そのように死んでいく環境で、「統一式」をしてあげることにより、悪魔が見つめる立場をすべて越えるのです。泣くことが問題ではありません。息子が死ぬのが問題ではなく、泣くことが問題ではありません。それを知らずに、横では「神様が愛されているのに、なぜ興進がそのように死んだのか」と不平を言うそのような局面でした。
神様が愛する家庭なのにこれはどういうことかと、すべてを恨むそのような局面で、それをすべて退けて、お父様として息子の行くべき道を収拾してあげました。(二一二-九三、一九九一・一・二)
興進君が祭物の立場で犠牲になっていったので、その祭物を見て祭司長が涙を流してはいけません。祭司長は、万民の罪の代わりをした第一の立場である祭物を前にして、涙を流してはいけません。その罪の基準に立たなければなりません。祭物が汚れてはいけません。それゆえに、先生は、興進君が逝ったあとに涙を一滴も流しませんでした。それはお母様も知りません。このように理論的にきちんとすれば、サタンも讒訴できないのではないですか。そうではないですか。そのような立場で死体を凝視しながらも、涙を流してはいけません。心で痛みを感じてもいけません。「当然そうなるべきである!」と考えるのが義人の行く道です。
自分の息子だからといって、どうしてこうなるのかと考えてはいけないのです。死ぬのが問題ではなく、死ぬ前に霊界の道を築いておかなければなりません。地獄から道を築いて垣根を崩さなければなりません。
地上世界において、すべての垣根を崩すことのできる条件を立て、統一的基準で証をもち、真の父母の名によってきちんと愛の橋を架けてあげたのです。そのような内的な蕩減の因縁を担い、父母様の愛を通して送ってあげた人は、興進が最初です。喜進でもないのです。その時は、国家基準も越えることができませんでした。家庭基準で闘ったので、その時は来ることができないのです。(一七一-二六八、一九八八・一・二)
興進君が逝く時に、私が「愛天日」を定めながら、天国と地の世界がこのように、このように回っていくと言いました。息子が死ぬ時に、息子が四十分以内に死ぬとしても、私は息子が死ぬという考えは夢にもなかったのです。考えなかったのです。どのように天理の大道を明らかにするかということが問題でした。息子のために涙を流してはいけません。
そこにふさがった垣根を、すべて壊してあげなければなりません。歴史的時代にユダヤ教からキリスト教まで縦的にふさがり、横的にふさがったものをすべて解き、そこに立て札を立ててあげなければならなかったのです。それが簡単ではありません。死ぬ前にすべてやっておかなければなりません。そのようにしなければ無駄死にになります。(一七〇-二〇〇、一九八七・一・一五)
興進は死にましたが、地上世界と霊界にいて、死なないで愛の復活圏を成し遂げるはずだと私は考えます。彼は死を通してそこに行きましたが、彼の死を通して愛を復活させるというのです。霊界をつかみ、地上をつかんで、愛の復活圏を宣布したのです。このようにすることにより、死亡圏と決別するのです。
それゆえに、昇華式の時も悲しんではならないというのです。すべての儀式の時も同じです。
それで、興進が地上から入っていく間、先生は霊界と肉界を中心として特別な式をしたのです。その過程を話そうとすれば複雑です。(一三〇-二〇一)
興進君を中心として、このような歴史的なすべての過程を清算して統一させなければなりません。霊肉が分かれて闘いが起きました。先生の時代に、霊肉を中心としてキリスト教の霊的世界と実体世界が一つにならなかったために闘いが起きたので、これらすべてのものを統一して、一つの条件祭物として提示することにより、勝ったという条件を立てるのです。
それを中心として悲しみません。涙を流せば、サタンが讒訴できる条件が残るので、涙を流してはいけません。
それで、この韓国に送る時まで涙を見せなかったのです。送って祈祷する時に……。そのあとには、涙を流してもかまいません。この背後に連結された事実、理解できない背後を、それを知っているということも驚くべきことですが、これを実践して、悪魔が侵入できないこのような道を先生一人で築いてきたのです。その功績の基台の上に立った祝福を受けた者たちが、どれほど恐ろしい立場にいるのかを知らなければならないというのです。(二一二-九三、一九九一・一・二)
興進が逝く時、医師が来て通告するには、一時四十分になれば逝きます」と言うのです。その時、父である人が、息子が死ぬという通告を受けて他のことは考えませんでした。行くべき道を築いてあげるのです。「あなたがかきわけて行かなければならないこの道を、お父様が責任をもってあげよう。このような道と、このような峠を越えていく時、このようなことがあるので、このような問題をもっていきなさい」と言うのです。道をすべて築いてあげるのです。愛を中心としてです。これは、私でなければ解けません。私以上の愛をもたなければ解くことができないというのです。サタンもこれに背くことができず、神様も解くことができないのです。私が地で決定することは、天上世界でも決定されるのです。(一六八-二九五、一九八七・九・二七)
興進が霊界に行く時も、先生は涙を流しませんでした。死を支配しなければなりません。「お前は死を支配しなければならない。愛によって死を克服しなければならない」と言ったのです。私がこれらのすべてのことを知らなければ、興進は無駄死にだったのです。死ぬ前にしなければならない手続きがたくさんありました。それを解決するのに忙しかったのです。息を吹き返すのを願うよりは、それを解決することに忙しかったというのです。そのようにしたので、霊界に行って偉大なことをすることができたのです。それは、偉大なお父様に侍ったのでそのようなことができました。(一三九-六三、一九八六・一・二六)
私は、興進が死んだのち、三日間涙を一滴も流しませんでした。父も道理を果たさなければなりません。千里遠征の未知の世界に行く息子の版図を築いておかなければ、後代にあの世に行く人々が霊界で生きることができないということを知っていたので、愛の十字架に対して、死の立場を越えなければなりません。一呼吸すれば、男の悲痛で歴史的な曲折が流れ出てくるのですが、涙をこらえてそれを越えなければなりません。興進を元殿に安置したのちに、祈祷しながら彼のために父母の責任として涙を流してあげるというのです。これは深刻です。(二三一-一〇〇、一九九二・五・三一)
興進が殞命(注:命を落とすこと)するその瞬間、一九八四年一月二日、午前一時十五分、「興進よ、気をつけて行きなさい。お前は霊界に行って古今東西の若い霊たちを動員する総司令官になるのだ。自由世界の霊たちだけでなく、共産陣営の若い霊たちまですべて動員し、この地上に自由に降りてきて、地上のすべての若者たちを目覚めさせ、立ち上がらせて天の役軍にする使命をお前が遂行するのだ。お父さんとお母さんは、お前のような孝子をもったことを永遠に誇るであろう」と祈祷しました。(一三〇-九三)
2 「統一式」によって霊界と地上世界が一つになった
興進が行く道は、愛によって死亡圏に勝ったという道です。死亡圏に勝ちました。死の境地において、愛によって死亡圏に勝ったので、涙を流してはいけません。
それで、式をすべて終えて祈祷してあげたのちに、お父様が直接酸素呼吸器を外してあげました。酸素呼吸器を永遠にそのように置いておくことはできないのです。式をすべて終えてから、「お父様が責任をもってお前の行くべき道をすべて築いておいたから、お前の行くべき道は難しくないはずだ」という祈祷をしてあげました。このような責任を果たして霊界に送りました。このようにして送った興進です。(二四二-二七八、一九九三・一・二)
死んで行くべき道を再度開放するのです。私の代わりに行くのです。そして、天上世界にいるイエス様の兄の立場まで占領するのですが、どれほど複雑ですか。死ぬ前に「統一式」を行って、この進路をすべて開いてあげ、霊界のふさがった垣根をここで掃いてしまおうというのです。それで、堕落していない本然の立場で霊界を知って行った息子のように、お父様が案内するので、既にイエス様の兄の立場に行っているのです。夢のような話です。そうなるようになっていますか、なっていませんか。それを誰が知っていますか。知らないことをすべて知って基盤を築き、地上世界の真の父母の血族として、真の父母の愛を受けた息子として霊界に行ったのです。十七歳、アダムとエバが堕落した年齢で行きました。
イエス様は、真の父母の愛の関係が結ばれませんでした。興進が行くので、イエス様が興進君を愛し、霊的世界の実体圏をもって息子と一つになることにより、霊肉の世界が地上にすべて連結することができるのです。(二九七-二四六、一九九八・一二・一)
イエス様を父母様の家庭に心情的に結んであげることにより、出家して三十歳まで哀れに育った、そのすべての恨みを晴らさなければなりません。恨みを晴らすにはどのようにするのでしょうか。イエス様の代わりに興進が生きたというのです。ですから、この十代、二十代の環境を中心として、青春時代を連結させてあげなければなりません。十代と二十代を連結して統一の儀式をしてあげなければなりません。完全にイエス様を解怨成就してあげなければならないのです。
エサウとヤコブが四十歳で蕩減されましたが、根本に入っていって蕩減したように、イエス様が三十歳で死んだのですが、その願いとは何ですか。本然的真の父母の家庭で生まれることでした。ですから、興進がどれほどうらやましかったでしょうか。真の父母の家庭に興進が連結することにより、すべてのものを蕩減した立場に立つのです。なぜなら、一九八三年に既に真の父母は、地上で国家的基準と世界的基準を蕩減した基準に立っているので、世界的勝利版図の立場に立った父母様なのです。ここで成長した息子を送り、イエス様と興進君を連結させて統一しておくことにより、今まで、旧約時代、新約時代、成約時代に真の父母の家庭と因縁を結ぶことができなかったすべての人は、初めて父母様の家庭と連結されるのです。(二一二-九三)
地上と関係を結ぶことができなかった霊界が、興進君とイエス様が一つになることにより、地上と連結して通じるようになるのです。そのようにすることにより、今日統一教会の動きが世界的な時代に越えていくのです。そのような関係になったというのです。
イエス様が亡くなったのが三十三歳です。三十三歳で亡くなったので、キリスト教の霊的救援摂理も、亡くなった三十三歳以後の人々は恩恵を受けることができますが、それ以下の人々は恩恵を受けられない立場にいます。このような観点から、少年が成長すれば霊的救援の恩恵を受けるとしても、実体恵沢圏がないというのです。
しかし、興進君は、十七歳の時、満十六歳で霊界に行くことにより、アダムがこの地上で堕落したその時と連結するのです。霊界にも少年少女が大勢いるのですが、教育するのがとても難しいというのです。難しい霊的基盤の連結を、興進君が行って開いてしまうというのです。地上にこのような基盤を築いてあげることにより、霊界のすべての霊人たちも興進君に従っていくことができるのです。堕落以後の霊人たちも、興進君を神様のように侍り、主のように侍るようになるならば、地上に連結することができる基準になるのです。赤ん坊から霊界全体が連結することができる内容が決定するというのです。(二五九-一八〇、一九九四・四・六)
霊界には、あらゆる人がいます。平面的に見れば殺人者もいて、階級で言えば地獄のどん底に行く人もいて、あらゆる人が散らばっています。統一教会にも、その子孫がすべて来ています。そのような者たちが、すべて反映されて入ってくるというのです。
そのような者が、霊界の基準で見れば、すべて階級が垣根でふさがっているというのです。それをすべて崩さなければなりません。崩すにおいては、あの天上世界圏にあるからといって、そこから壊して下っていくのではありません。悪なる所から善の側に復帰しなければならないので、地獄の一番底から上がっていかなければなりません。それを興進君が崩し、私とイエス様の前に立つことができる霊界の総責任者になったのです。
そのようなすべての段階を経て、垣根を壊して引っ張ってきたのです。興進君が祭物となった目的は、霊界を救援することにあるのではなく、地上救援です。もちろん、霊界救援も間接的な、第二次的な救援ですが、まず霊界の垣根を壊してこなければなりません。霊界全体が興進君を心で恨んではなりません。地に来ることができず、心で興進君が地に対して「私たちの怨讐だ」と思えば、その怨讐の地域には行くことができないのです。それゆえに、怨讐のどん底から上がってこなければなりません。上がってきて、道主まで屈服させてこそ霊界の統一が起きるのです。それで「統一式」をするのです。
霊界統一、地上統一、宗教統一、これは、家庭を中心として、韓民族と世界人類を代表して「統一式」をしてあげたので可能なのです。それゆえに、イエス様を信じ、宗教を信じる人々には、「新しいメシヤが現れた!」とすべて教えてあげるのです。
「霊界に新しいメシヤが現れた」と教えてあげたのです。それを知っているので、霊界が収拾され、興進君の手によってすべて垣根が崩れたのです。垣根をすべて崩しておいて体を借りてやって来たのです。(一七一-二六五、一九八八・一・二)
私の目から涙が落ちれば、興進は行くべき道を行くことができません。そのような立場で「愛勝日」を設定した私が、福を受けて人類の功臣になり、天国の生余録に、第一に記録される勇将になりなさいと教育したのです。「前線で死んだならば、男らしく死んだはずだ」と思いながら、行く道を祝福してあげたのです。私が間違ったとは考えません。
公的なことにおいては無情な先生です。私が興進君をそのような立場で送ったので、その昇華式を中心として霊界と肉界に橋を架けることができ、私が用意した霊界解放の王子の立場に立たせることができたのです。そのような冷静な父母の心情をもたなければそれは不可能です。私が冷静なので、神様が同情されるのです。私が無慈悲なので、天では慈悲がなければならないと考えるというのです。(一六九-三二一、一九八七・一・一)
統一教会は何かというと、神様の心情を議論しています。「神様を解放しよう!」と言っています。既成教会は、そのような話をすると、私たちを異端と言います。皆さん、優秀な大統領でも、自分の息子が今死んでいったとすれば、その死んだ息子に大統領の権威をもって、「大統領の息子が死んだので、お前の父は涙を流すことができない」と言っても、隅のほうに入っていって痛哭し、さっとふいて出てくれば通じますが、そうでなければ、死んだ息子の霊が、「この人は父ではなかったのだなあ」と言うのです。
死んだ霊が生きているならば、その父を助けますか、反対しますか。世界の大統領であろうと誰であろうと、自分が愛する息子が死んだ時は、涙を流さなければなりません。
統一教会の文先生は、興進を失った時、涙を流したのですか。なぜ流さなかったのですか。偽者のお父様だからですか。どうしてですか。この世が問題ではありません。霊界の行くべき道を築いてあげなければならないからです。霊界の行くべき道を築いてあげるにおいて、神様に喜びの報告をしなければならない立場にいるのに、涙を流して「私の息子、娘を愛してください」と言うことはできないというのです。
「天理の道理がこうなので、霊界と肉界がこのようにすることにより、橋を架けるために木が必要だが、その木のようなものが興進なので、彼を使用して橋を架けた」というのです。
そのような時は、言葉で言うのではないのです。すべて終えて、韓国にすべて送っておいてから、父として最後の涙の祈祷をして送らなければなりません。父の役割を果たしましたか、果たせませんでしたか。
この前、興進君が地に現れて代わりに役事する時に、興進が語るには、「自分がお父様に負った負債が、お父様から受けた功がどれほど大きいか、霊界に行ってみて知った」と言うのです。「自分がどのような苦労をしても返す道理がないので心配だ」と言います。そのような話ができる内容を整えてあげるために、父として永遠の道を築いてあげる責任を果たさなければならないという本然の事実があることを知ったので、堕落圏内では涙を流す立場ですが、それを解決しなければならない懇切な父母の立場に残っていなければなりません。(一九六-一八、一九八九・一二・二四)
このような話をして自慢するのではありません。皆さんが尊敬する先生という人は、青春時代をそのように過ごしながら、神様の愛の涙が私の目の前に落ちるのを一度でも見ることができれば、どれほどうれしいだろうかと思いました。それが願いでした。「あなたによって解怨成就した。万民、万国に対する恨が解けた」と言って喜びの涙を私の前に見せてくださるならば、生まれた人生の目的をすべて達成したということだ、と思いながら今まで耐えてきたのです。
それゆえに、監獄でも、血を吐く立場でも、私は泣かなかったのです。興進君が逝って昇華式をする時まで、涙を一度も流しませんでした。血が飛び散る痛みを感じながらも。千人、万人の息子を捧げて天の恨を解くことができるならば、神様の前に自分自身の何であっても犠牲にできるというのです。息子が死ぬ立場にいて、天の同情を願う涙を私は流すことができません。どのようなことがあっても流せません。逝ったのちに、済まないと思って涙を流したことはありますが、それは昇華氏が終わったあとでした。父としての責任を果たしたからです。
私がこれを知らなければ、興進が死ぬ前にサタン側のすべてのものを整理し、「統一式」でそのような蕩減的な条件を立てなかったならば、興進は悲惨な死を遂げるのです。(一三七-二九〇、一九八六・一・三)
歴史的な蕩減の意味で興進君が逝ったということを知ったので、興進君を考えなければなりません。興進君をいつも考え、それから兄、孝進も興進を愛さなければなりません。興進が逝ったのちに、あれほど痛哭して「お父様、これはどういうことですか!」と言ったのを覚えていますか。
弟が死んで悲痛でしょう。「お父様、そのように祈祷したのですが神様が分かりません!」と言ったのですが、これは自分の考えです。この背後には、天地がどのように祈り目をつけて越えていっているのかを考える時、厳粛なのです。
先生がそのように考えていれば、どのようになっていたでしょうか。興進君は無駄死にするのです。お父様に間違って出会い、生まれていれば、無駄死にするのです。どこかに行って訴えることもできないのです。天上世界との因縁というもの、死んでみると、このような福がなかったということを発見したのです。先生が知っていたので、そのように内外の行くべき道を教えてあげたのです。死ぬ前に、「私がお前を結婚させることを研究して、養子まで選んであげよう。お父様は約束する」と言いました。それで、死ぬ前に手首をつかんで約束の条件を立ててあげたのです。
結婚しなくては養子をもてません。それで、「お前を結婚させ、養子を選んで、お前の継代を地上に残してあげよう」と約束したのです。「今からは、お前が行くべき道、天上世界の死の道を行っても、お前を妨害する者はいないだろう」という解放の公約を立てておいて送りました。死ぬ息子に対する整理を考えられなかった先生だということを知らなければなりません。今それを知った興進君は、「偉大なお父様だ」と思って侍っているというのです。有り難いお父様だというのです。ですから、興進君の代わりに孝誠(注:孝行すること)する道が皆さんに残されたのです。父母様を保護する責任が皆さんに残っています。
そのようにすれば、皆さんには間違いなく、父母様の愛の所有版図圏内に連結する、自然的愛の相続的所有権が臨在するはずです。(一三七-三〇五、一九八六・一・三)
神様を愛して、世界を愛するという、自らの公的な召命に対する責任を完遂するまでは、私的な感情を中心として生きることはできないのです。それゆえに、受難路程四十年歴史を経ましたが、神様がなぜ文先生を捨てないで、このようにつかんでこられたのでしょうか。心情圏が違います。私が息子をより愛すれば、サタンに引っ掛かって倒れるのです。お父様がいなければ無駄死にするのです。そのために、涙を流しながら息子の正道をふさぐことはできません。冷静なのです。涙一つ流さないのです。そのように深刻です。神様が見つめ、サタンが見つめるとき、恥ずかしい立場では正義の道、法を立てることはできないのです。(一四八-一七一、一九八六・一〇・八)
私、文先生は、「お金を下さい」とは祈祷しません。出世しようとして祈祷はしないのです。J三大目標とは何でしょうか。第一が宇宙主管を願う前に自己主管を完成しなさいということです。それから第二は、絶対的な信仰をもちなさいということです。第三は、絶対的愛をもちなさいということです。これが三大目標です。私のするべきことにおいて、サタンがうそで欺いても、私は絶対的な信仰をもって事実を確認する時まで行きます。
それゆえに、「サタン、お前も最後には私を正道に案内しなければならない!」と、このように信仰します。私には疑問がありません。何百の疑問の峠を越えていくことができる信仰です。それゆえに、アブラハムがイサクを播祭として捧げること、それは何でもないのです。そのように考えなければなりません。神様のみ旨のためには、私の息子、娘が死の場に行くことは何でもないのです。(一三九-六三、一九八六・一・二六)
3 「統一式」の時の真の御父母様のみ言
み旨的に、歴史的に見れば、アベル的な存在が祭物として逝く確率が高いのです。すなわち、摂理史的にアダムを個人的な人類の先祖として見るとき、イエス様はアベル的な存在でした。それでイエス様は、十字架の祭物として逝くようになったのです。同じように、父母様の家庭でも興進(アベル)が逝くようになったのです。
新年になる前にこの式を挙行することは、宇宙的転換期が来るからです。すなわち主権転換になるのです。前回、韓国で宣言した代表七十二カ国は、世界を代表する国家数です。そして、韓国、日本、アメリカ、ドイツ、この四カ国は横的な代表国家です。すなわち、歴史的なアダム家庭を復帰するのです。
今興進が逝くことにより、共産侵略を阻止しました。七十二カ国を代表として立てることにより、東洋文化と西洋文化が融合されました。国民はアベルで、主権者はカインです。今回、この病院が積極的に協肋して、医師がみな涙を流して感動を受けたことは、カトリックが大きく肋けた条件になります。そして、七十二カ国の代表の中には、特にユダヤ教徒が多かったのです。今後東西の宗教、政治、芸術が一つになる契機が今回つくられたのです。
興進が逝くことにより、今後、霊界と自由に往来するはずです。これで全世界が統一教会の祝福を受ける時が来るようになります。今回興進が逝くことにより、霊肉の世界が戻ってくるようになります。反対していた政府が支持に変わるようになります。摂理的に見るとき、一九八四年は三十年の私生涯が終わり、一九八五年からは公生涯に入るようになるのと同じです。
興進が生かされて、逝くようにしてください! 二十四長老を中心として天国を建設するようにしてください! 真の父母と真の子女が一つになって勝利の印を押し、興進の霊肉を受け入れてください! ユダヤ教、キリスト教、統一教会が一つになることを受け入れてください! 神様の世界になるようにしてください! これから一九九〇年まで、七年間攻勢をかけて統一世界になるよう、神様、真の御父母様、祝福してくださいますように! このようにアベルが逝くことは、家庭が責任を果たせなかったからです。したがって、今後家庭が一つになるようにしてください!
聖進と孝進の間を、興進が祭物になって逝くことにより、円満に解き、復帰されたエサウとヤコブになるようにしなければなりません。興進が祭物になって逝くことにより、父母が完全に一つになるようにしなければなりません。お母様は、お父様に服従さえすればよいのです。(一三〇-九三、一九八三・一二・三一)
五 「愛勝日」、「昇華式」、「元殿」という言葉の意味
1 「愛勝日」宣布、愛のみが死を超克
私たちが一月二日を「愛勝日」に決めたのは、過ぎた一日を記念しようとして立てたものではありません。「愛勝日」に決めたその日は、摂理史または歴史路程に必然的に現れなければならない日です。
人間が歴史を通じて闘っていく問題、また人間を救援するための神様の歴史的摂理、この重要な問題が介在しているのでこの日が立てられたのです。どれほど人間が努力しても、また霊界でどれほど神様の摂理を推進させたとしても、地上と天上世界を連結させることができる「愛勝日」という日が立てられなければ、人間世界の問題や霊界の問題、摂理的な全体の問題が解決しません。
このような論争は、どこから由来するものなのですか。由来するその根源はどこでしょうか。それは堕落に由来するのです。もし人類始祖が堕落しないで完成していたなら、完成したその場で愛の理想が実現していたのです。
愛の理想が実現されるということは、すなわち人間たちが愛を中心として完全に完成すると同時に、神様もこの愛を中心として創造理想を完成することを意味します。愛というものは、神様でも一人で成し遂げることはできないのです。愛を成し遂げようとすれば、必ず相対的基盤がなければなりません。
神様が人間を造られた理由は、愛の理想を成し遂げるためでした。神様の前に対象になる一つの永遠の実存者として、永遠の実体として造られたのです。神様の愛の理想を人間と神様が共に完成するために、必然的な関係をもって造られたのです。これは運命的な存在です。運命的といえば、行くまいとしても行かざるを得ない、避けていくことはできないということを意味するのです。
ゆえに、ある方法を通して避けていくことができる道ではなく、これは必然的であり、行かなければならない道です。人間と神様の関係を中心として必然的な目的成就、運命的完成点に向かっていくにおいて、その中心となるのが愛です。
愛を通して生きるようになるとき、人間世界では幸福が始まります。また、人間自身が成そうとすることの完成や理想実現というものは、愛の基準を離れてはあり得ないのです。それゆえに、万宇宙のすべての存在は、愛を土台として生きていきます。創造されたすべての万物の出発はどこからだったでしょうか。神様の愛を中心として始まりました。ゆえに被造世界の中心である人間は、より一層愛を中心として出発したというのです。愛によって出発して、愛によって完熟したその基準を通して、愛を通して社会生活をし、愛を完成させて霊界に帰るようになっているのです。(一三七-二〇七、一九八六・一・三)
皆さんが知っているように、今まで霊界に行っているすべての霊たちと真の父母の血族が、霊界に行って直接的に関係を結んだことがなかったのです。そして、霊人たちの願いは何かというと、真の父母と心情的紐帯を地上で結びたいということです。しかし、それは結ぶことができないので、地上にいた息子を送ってくれれば、霊界に行ったその息子と関係を結ぶことにより、すなわち、興進を通じて地上に降りてきて、キリスト教を協肋して消化する運動をすることができるというのです。そのようにすることによって、イエス様を中心としてキリスト教霊界が地上に再臨し、霊界全体が再臨できる環境ができてくるのです。
きょうは「愛勝日」です。「愛勝日」というものは、結果主管圏と直接主管圏です。これは、アダムとエバに連結してなされたのです。ところが、堕落することにより、これができませんでした。本来は、この結果主管圏内から真の父母を通して直接主管圏内に行き、それから霊界に行かなければなりません。そのまま霊界に行くというのは、本来の原理にはありません。堕落することにより、すべてこの道を行きました。
それで、ここから連結される橋を架けてあげなければ、彼らは来ようとしても来る道がないのです。このように来ては、地上世界の善なる圏を協肋するのは難しいというのです。この世界で精誠を尽くして祈祷すれば、来て少しの間仕事をして、また離れなければなりません。縦的な面ではこのように協肋することができますが、横的には協肋することができないというのです。このような運動はしましたが、横的なものはできないのです。
それでは、この横的な運動をどのように展開させるのでしょうか。これが問題です。横的運動は、真の父母を通じた真の父母の管理圏内にあります。それゆえに、これを主管する立場に父母がいるのと同時に、息子も主管することができる権限を受け継ぐようにして、その息子を霊界に送るのです。送るのは、連れてくるためです。送る目的が連れてくるためなのです。(一六一-八〇、一九八七・一・二)
私が興進の死体をおいて天の愛を立て、サタン世界において決断を下して天が勝利したという日が「愛勝日」です。それゆえに、「愛勝日」をしっかりつかんでいくところには、サタン世界が自然屈服する圏が展開するのです。その権限は絶対的なので、それをもっていく人は、長子の権限によって天のお父様の代わりに、真の父母の代わりに、お兄さんの代わりに権限を行使することができます。これは、先生の話ではありません。創造理想の観であり、原理が提示する観だというのです。(一七一-二八九、一九八八・一・二)
愛は死亡圏に勝ちました。死亡に勝つということは、間違いなく死亡の門を開けるということです。それで興進君が亡くなったのち、三日目に「愛勝日」を立てました。
死んだ息子をおいて泣いてはいけません。父母が涙をぽろぽろ流してはいけません。そのように無情な道です。それゆえに、先生が興進を天に送るとき、涙一つ流しませんでした。お母様は私に従っていくので、そのようなことを知りません。このようにして昇華式を経て死亡圏を分別するのです。(一六四-二七六、一九八七・五・一七)
「愛勝日」がどれほど偉大な日ですか。それで、興進君が亡くなった日を記念することよりも、愛を中心として復活した日を興進君も願うはずなので、昇華した日を「愛勝日」として代わりに記念するのです。興進君に対する観と「愛勝日」に対する観をはっきりと知らなければならないというのです。(一七一-二九三、一九八八・一・二)
原理は二つですか。霊界の原理と地上の原理は違いますか。原理は一つですが、どこで統一されるのですか。地上で統一されなければなりません。イエス様も霊界に行っていますが、愛の心情的所有基盤が出てこなかったので、地上世界に来ようとしても来ることができないのです。ただ、来ることができるとすれば、愛を中心とした霊的所有基盤になっている聖霊基盤と一つになったその基盤を通してのみ往来するのであって、その他の実体圏世界とは関係をもつことができないのです。
それでは、実体圏、神様の愛を所有するための決定基盤を誰から連結させることができたのであり、はんだづけすることができたのでしょうか。興進君を通してこのような蕩減的条件を立てることにより、実体的愛の所有圏を通過したという条件の資格を与えられて再臨復活していくのです。それが原理です。原理を知らなければ、それが何の話か分からないのです。こうでもあるようであり、ああでもあるようだ、ではいけません。先生が話すのは間違いない話ですが、皆さんも間違いなく悟らなければなりません。
それで「愛勝日」とは何でしょうか。霊界と肉界が、今まで愛を中心として連絡できなかったのです。そして、サタンの死亡圏が勝手にこの世を支配したのです。死にさえすればすべてサタンが連れていったというのです。
今は愛の伝統を立てたので、地上世界で真の父母と関係した死は、サタンが勝手に引っ張っていくことができないというのです。ここから天国に直行できる道が生じます。引っ張られていって、ここにまた帰ってきて再臨していくのではなく、「愛勝日」を立てることによって、地上世界から天上世界へ直行できる天国の門が開くというのです。(一三七-二九六、一九八六・一・三)
愛だけがすべてのものを消化できる内容になります。死も愛で消化するのです。それで、統一教会で「愛勝日」という言葉を使うのは、死を消化しようということです。自分の愛する息子が死んだにもかかわらず、それをどのように愛をもって消化するのでしょうか。死は悲しいものですか。その愛する息子が、ここで途絶えるのではない、そのように考えるのです。(一三七-三一四、一九八六・一・五)
天地にふさがったすべての垣根が崩れて、天と地が和するその日が「愛勝日」です。愛が勝った日です。その愛はどのような愛ですか。息子を祭物として、彼を忘れて神様を愛することができ、天国に行くことができる理想的な妻を愛することができ、理想的な息子、娘を愛することができなければなりません。その死体を横にしても、そのようにするというのです。そのようにしなければ、「愛勝日」が出てきません。はっきりと知らなければなりません。
死んだ息子だけを考えることもできます。神様を恨むこともでき、人間として怒りを爆発させることもできます。しかし、その息子を越えて天を考え、父母を考え、妻を考えなければなりません。死んだ息子を越えて、その息子を忘れて息子、娘を愛することができなければなりません。それゆえに、死亡の主権が天国の生命圏の前では何の力の作用もできなかったという基準で分かれるのです。「愛勝日」には、天だけを考えなければなりません。二つの世界に分かれるのです。
「愛勝日」を設定してあげることにより、原理結果主管圏と直接主管圏内からサタンの愛によってふさがれたものを抜いてしまったのです。抜いてしまって神様の愛をもつようになれば、地獄でもどこでも境界線がなくなるのです。あのどん底にまで好きなように下りていくことができるというのです。そして、上がってこなければなりません。天の世界の人にサタン世界の人が屈服するようになっています。それで「愛勝日」です。天の愛が歴史に代わって、過去、現世、未来の圏まで、その代わりにサタン世界の死亡圏を抜き出して打ってしまわなければなりません。それでこそ、それが勝利であり「愛勝日」です。(一七一-二七二、一九八八・一・二)
霊界と肉界は、何のために分かれたのですか。真の愛がないために分かれました。ところが、真の愛を中心として、興進が父母様と連結することができるように順応することにより、ここで霊界と肉界の統一圏ができていったのです。原理的です。これをはっきりと知らなければ、「愛勝日」を守る意味がありません。
「愛勝日」というのは、死亡圏に勝ったということです。愛が何に勝ったのですか。サタンの死亡圏に勝ったのです。死亡圏に勝ったので、先生と興進君は霊界と肉界の道を往来することができます。(一九六-二七〇、一九九〇・一・二)
死亡圏を越えて今から入っていく世界は、真の父母によって宣布された「愛勝日」の壁を中心として、これ以上は入ってこれないようにする条件を立て得る時になりました。先生を愛する限り、自分たちの生命よりも先生をより愛する限り、サタンはここから侵犯することができません。それは、興進が皆さんの代わりに逝ったからです。その上に、興進以上に父母様を愛する私になれば、そこにいるサタンは全く身動きができないのです。そこからサタンを「キック!」するのです。
今まで、愛はサタンが支配しましたが、これからは神様が支配します。どれほど偉大な日ですか! 先生のみ言をはっきり知らなければなりません。
今からは、皆さんが死んでも、サタン圏では死にません。死んでもサタン圏から抜け出すというのです。それで、私たちの葬式やすべての式は、根本的にサタン世界と異なるのです。このように、この「愛勝日」がどれほど必要か分かったでしょう。(一三〇-二〇六、一九八四・一・一五)
興進の死体をおいて、天と地、神様とサタンを分け、サタン世界に愛の踏み台、根を植えたのです。その愛の根を誰が植えておきましたか。真の父母が植えておきました。立石父母の責任をもった先生が、これを確実に抜いて愛の枝を開拓しておいたのです。ですから、今からは、皆さんが愛の因縁の踏み台をつくり、地獄のどん底でもどこでも行かなければなりません。皆さんが父母様と神様のために精誠を尽くして忠臣になり、愛国者になり、孝子になり、死の祭物として捧げていこうとするところでは、天下が頭を下げる権限をもつようになるのです。そのようなことができる特権をもった、という事実を知らなければなりません。(一七一-一八〇、一九八八・一・二)
神様は、私がみ旨をすべて成して死に、共同墓地へ行くとき、私が死んだと泣かれるでしょうか。み旨をすべて成して、神様の前に一生の間苦労して哀れに生きたので、「ああ、かわいそうなお前が死んだのだなあ!」とおっしゃるでしょうか。「安らかに死になさい、息子よ。安らかに死になさい。責任を全うしたあなた一代の命は、歴史的な万国の、人類のすべての罪に責任をもっていくのだ」とおっしゃるのです。そうして、神様を解放しておいたのちに私が死ぬようになる時、涙を流さなければなりません。神様を解放させられない立場で、救援摂理に呻吟している神様が、私が死んだのちに、私に対して涙を流すようにはしないというのです。
私が死んだのちに、そのような不孝者になることは嫌だというのです。私は、そのように考えています。三日間、興進の死体の前で、毎日のように過ごしながらも涙一つ流さなかったのです。それは、私が行く道があり、私がすることがあり、万人を代表して天情の道理をすべて果たすためです。それゆえに、愛によって死亡世界に勝ったので天が勝ったというのです。それで「愛勝日」というのです。一週間そのようなことをしました。愛を中心として結んでおいてこそ、サタンがこの愛の前には、「あ!」と声を出して逃げていくというのです。死ぬことが問題ではありません。(一八〇-四二、一九八八・八・二〇)
興進も、先生がすべて責任をもって道を築いてあげたので、霊界に行ってイエス様が頭を下げ、イエス様の兄と同じ立場で、中心となった立場で仕事をしているのです。先生がこのようなすべての天上の法度を知り、それを教えてあげたので、そのことをするのです。それゆえに、今回興進が逝っても先生は泣かなかったのです。私が指導者として天理を知っている立場で、歴史的なこのような新しい伝統を立ててあげなければならないので、このような「愛勝日」を定めたのです。(一三二-二七二、一九八四・六・二〇)
人々に本心があるならば、どこに従っていかなければならないのか、すべて分かります。それが純然な愛の理論です。共産党と闘うのは、共産党をなんとしてでも生かそうというのです。今回興進が逝かなければ、「愛勝日」を立てることはできませんでした。神様や人類、あの霊界全体が見るとき、レバレンド・ムーンは、神様の愛に代わって、今日怨讐に対して勝利したという立て札を立てたということを、皆さんは知らなければなりません。
サタン自身も、「あなたは、やはり天の人です」と言います。愛する息子を死の境地に押し出しても、涙を流さずに公義の立場で誇らしくしていくのを見るとき、サタンさえも尊敬せざるを得ないと思います。死亡圏が天の生命を打ちましたが、愛の力ですべてカバーして越えていくのです。興進は逝きましたが、父によって愛が残ったというのです。愛をもってそのようになったのです。(一三〇-一六二、一九八四・一・八)
苦労することは好きですか、嫌いですか。好きなはずがないでしょう。嫌いでしょう。私も嫌いですが、しました。なぜですか。世界のために腰が曲がるほど働いてみて、息が詰まり、喉から焦げたようなにおいがするほど耐えました。生涯を生きていくにおいて、何もなかったでしょうか。うれしいことばかり生涯路程にあるはずがありません。息が詰まって悲惨な立場もあるというのです。例えば、興進君が霊界に行く時、それ以上悲惨なことがあればどのようにするのかというのです。そのようなことがある時に天を恨むならば、家庭や一族が滅びる時に一〇〇パーセント天を裏切る背信者になるのではないかというのです。
今すべて終わり、最近になって私がそのようなことを考えながら、申し訳ないと思うのです。良いことばかりが生涯にあるのではないのです。したがって、昇華式という式があるのです。泣いたりわめいたりするところに、どうして昇華式があるでしょうか〇そのような意味で、興進が死んでから一週間以内に「愛勝日」という日を策定したのです。深刻な立場です。涙を流してはいけません。
今まで、数多くの父母が来ては行ったのですが、真の父母が行く道は、そのような世界の数多くの人々が行った道とは違います。謙遜にひざまずき、喜びの心をもって神様の栄光を称賛でき、息子の死を前にして行動することができる決意がなくては、「愛勝日」、天が勝ったという基盤は築くことができないというのです。名称は皆さんが「愛勝日」といいますが、その背後はどれほど複雑か知らないでしょう。(一四四-二九八、一九八六・四・二六)
すべての各国代表、世界代表、百二十の布教国を代表して全体が集まったのですが、「先生のみ言を中心として完全に統一され、愛の主管圏を越えていきます」と誓うのですか。これからは解放です。これからは、先生が解放の立場に行くのです。これから新時代への転換時代が来るのです。それで今日、このような「愛天日」を通して、「死の恐怖もすべて愛によって消化しなければならず、監獄の恐怖も愛によって消化しなければならない」と祈祷した事実を知らなければなりません。統一教会を中心として、死を愛によって消化して、今日法廷、地上地獄を愛で消化するという式を、先生が今捧げたという事実を皆さんは知らなければならないというのです。
「愛勝日」と「愛天日」を立てることは、真の御父母様がいなければ不可能ですが、父母様が現れて歴史時代にこのようなことをすべて成し遂げ、後代の人々が行くべき道を高速道路にしてあげました。それで、歴史を通して永遠に「愛天日」を愛し、「愛勝日」を称賛しながら記念しなければならない重要な日であることを知っていなければならないので、この時間に宣布するのです。父母にとっては、息子が死ぬこと以上に悲惨なことはありません。地獄の恐怖など、このすべての困難を中心として、愛によって消化できる特権的な日を決め、このような勝利的な立て札を立てたということを知らなければなりません。「愛だけが、愛だけが主管してくださいますように!」と、こうでなければなりません。(一三二-九九、一九八四・五・二〇)
2 昇華式と死の正しい理解
① 死は新次元への昇華だ
霊界と肉界は、何のために分かれたのですか。真の愛がないために分かれました。ところが、真の愛を中心として、興進が父母様と連結することができるように順応することにより、ここで霊界と肉界の統一圏ができていったのです。原理的です。これをはっきりと知らなければ、「愛勝日」を守る意味がありません。
このようなものがふさがったので、興進君が逝くことにより、この死亡の垣根を、死の垣根を壊してしまったのです。それで「昇華式」と言うのです。死は落胆や気落ちすることではありません。落ちるのではなく跳躍するのです。昇華するというのです。それで統一教会の食口たちは、死に対する恐怖をもってはいけません。死は、このような自然循環法度によって訪れるのです。より良い世界へ移してあげるための手順なのです。
それで、このようなすべての死亡圏を打開して、分かれた霊界と肉界を統一することを、先生と興進君と先生の家庭がすべて一つになってするのです。(一九六-二七〇、一九九〇・一・二)
今日まで、人間が死んでいくということが何かを知らなかったのです。
それは悲しみではありません。それは、次元の低い世界から次元の高い世界へ愛の橋を通して移動することだと見るのです。それゆえに、「昇華式」と言うのです。次元高く昇華するものだということです。それは、愛においてのみ可能です。(一三七-三一六、一九八六・一・五)
サタンの愛によって死亡圏が生じました。死亡圏というものは、往来できる道がないというのです。死亡圏が生じた所に興進君をこのように送ることにより、死亡圏が途絶えていったのです。死亡の愛ではなく、真の愛を中心として死亡圏に勝ったのです。この中に父母様の愛を中心とした杭を打ち込まなければならないというのです。それで、父母様を中心として愛の杭を打ち込みました。この杭を中心として、どこでもこちらに来ることができます。いつでも往来が可能です。この道をふさぐものは何もないのです。死亡圏に勝ちました。天の愛の力をもって興進君が犠牲になることにより、それを条件として、先生が特別な条件を立てて祈祷した基盤の上に立ったので、これを死亡圏がふさぐ道はないというのです。
この条件を立てて興進君を送るのです。三日間は霊が離れません。三日まではここに定住します。三日以内にそのことをしなければならないのです。(一六一-八〇、一九八七・一・二)
霊界に行くことは悲しいことではありません。解放のラッパの音と共に天国の旗を掲げて、足取りも堂々と百戦百勝し、錦衣還郷する旗を掲げて、民族と人類の歓声を受けて堂々と入っていくことができる還故郷の道です。悲しいのではありません。統一教会では泣きません。それを「昇華式」と言います。
私たちのような人は、命を差し出して生きるのです。既に覚悟した身であり、天の前に誓った身であり、客死の運命でも恨がないというのです。神様がその場に訪れて私の体を収めてくださる孝子になり、国王がその場に訪れて収めてくださる忠臣になったとすれば、聖人になったとすれば、聖子になったとすれば、それ以上の福はないというのです。そのようになれば、その倒れた所は名勝地になり、天下のすべての万民を蘇生させることができる祝祭の基台であり、記念の基台になるのです。そのような悲しい立場によって数多くの後代の若者たちが新しく生まれて、その国に代わって活火山のように爆発するというのです。そのような材料を統一教会はたくさんもっています。
皆さんは、天国に行くことができる息子、娘を生んでみたのですか。神様と真の父母の名によって戸籍謄本をあげるのに不足なことがなく、救世主が必要なく、堂々と神様の名によって、自分の父と母の名によって天国の戸籍に入籍してみたかというのです。できなかったでしょう? 神様の国がありません。神様が訪ねようとする家庭もないのです。個人もなく、家庭もなく、氏族もなく、民族もなく、国家もありません。(二二七-二六〇、一九九二・二・一四)
地上でも愛を呼吸する人は、死んだのではなく生きているのです。腹中で呼吸をする時は、未来の空気世界のパイプを設置して生きています。生きていますが、へその緒に連結した胎をすべて破壊し、死んで生まれるようになる時には、新しい次元、高い次元に生まれ変わるのです。これがどれほど変化するかというのです。高い次元で空気の供給を受けて出てくるというのです。
ここから出てきて何を発展させるのですか。空気ではなく愛です。愛の要素を受けるというのです。御飯ばかり食べていてはいけません。御飯を食べることは死んでなくなっていくのです。水を飲んで生きることはすべて死んでなくなっていくのです。それは第二の存在です。ここで、この期間に、何を満たさなければならないのでしょうか。この期間に、新しい愛の人格を形成しなければなりません。
新しい「私」のために、いずれ壊して行かなければなりません。死ぬということは、第二の呼吸をしていた肉体に連結したこの器官を壊し、愛の要素を受け継ぐのです。愛は見えません。父母の愛、夫婦の愛、このすべての愛を中心として、皆さんの一つの内的な構造が育っているというのです。愛の力は統一圏の力です。この統一圏の力は、どこでも及ばない所がないのです。神様の愛がある所は、あっという間に及びます。
皆さん、これがこのようになるということを知っていましたか、知りませんでしたか。いつその伝達装置を設置しましたか。同じです。この宇宙の真の愛を、愛の神経器官がすぐに分かるというのです。愛は、学ばなくても主管することができるのです。(一三九-二一四、一九八六・一・三一)
愛の道場で訓練されなければならない人生だということを知らなければなりません。それで、死を克服しなければなりません。第二の生命を促進させる変化的過程が死です。今までの天地において、死亡圏に勝ち、新しい世界への飛躍であり昇華なのです。それで昇華式です。
統一教会は、泣いたりわめいたりしてはいけません。違うというのです。彼がどれほど地上世界で愛を受け、愛の道理に符号する宇宙保護圏に連結できるかということが問題です。世の中の万民が、彼の残した愛圏をその場に行って伝統として受け継ごうとする運動が行われなければならないのですが、その運動の本拠地がどこかというと、統一教会だというのです。アーメン!統一教会に入ってくれば、過去とは異なる愛を感じるのです。春風が吹くというのが違います。サタン世界は、どんなに春でも、冬の風が冷え冷えと吹きますが、統一教会は、どんなに冷え冷えした冬でも春風が吹きます。夢があります。夢と流れがあるというのです。(一三九-二一四、一九八六・一・三一)
今まで、堕落した世の中においては、死というものが最も恐ろしいものになっていました。これをすべて除去しなければなりません。神様を中心とした世界では、死亡圏は悪いものではありません。けって飛躍するためのものです。水平世界から垂直世界へ飛躍的な発展をするための変化を起こすのが死です。人間世界は、この平面世界しか分かりませんでした。垂直的世界を伝授できる出発、その舞台を継承していくのが死です。それを知っているので、統一教会の食口たちは、死を恐れてはならないというのです。
死は、垂直世界をすべて相続するための第二の出発です。平面ではありません。地上世界では、平面生活で愛の世界を描いておいたのですが、人は地上で暮らしてから、垂直的神様を中心として愛の世界に入っていくのです。なぜそのようにしなければならないかというと、死に勝たなければならないからです。死に勝った愛の主権者にならなければなりません。
それゆえに先生は、興進君が亡くなった時、涙一つ流しませんでした。涙を流せば問題が大きいのです。落命する前に、「統一式」ですべて収拾してあげなければなりません。(一三六-八一、一九八五・一二・二〇)
生まれて生きていくにおいて、横的な愛に拍子を合わせるよりも、縦的な愛に拍子を合わせるために移動するという世の中では、死も消化できる能力がなくては、愛が大宇宙を、霊界と肉界を支配できないのです。その愛の力を通じれば、死も消化できるというのです。
今日、人間が死んでいくということがどういうことかを知らなかったのです。それは、悲しみではなく、次元の低い世界から次元の高い世界へ愛の橋を通して移動することだと見るのです。ですから、統一教会では死を「昇華」と言い、その式を「昇華式」と言うのです。(一三-三一六、一九八六・一・五)
統一教会は、死を悲しみで迎える教会になってはいけないと教えます。それゆえに、死を「昇華」と言います。(一九九-三五三)
② 死はより良い世界へ移してあげるための手順
韓国語では、「死ぬ」というのを「帰る」という意味の言葉で表現します。どこに「帰る」というのですか。人生が出発した本来の場所に「帰る」という意味です。はるか遠くの歴史の起源を越えて「帰る」というのです。人類の先祖の根源であるその世界に「帰る」という意味です。すなわち創造主がいらっしゃるならば、その創造主がいらっしゃる所に「帰る」という意味です。そこから出発したので、そこに帰っていくというのです。
宇宙も循環作用をします。例えば、山に積もっている雪が溶けるようになれば、その水が小さな渓谷を通って流れるようになり、さらに様々な川を通って大きな海に流れていきます。大きな海に流れていくようになったその水は、水蒸気になってまた戻るのです。このように、循環運動を通じてより高い所に、より喜ぶことができる所に戻ることを願うのです。
それでは、私たちが行って永遠に生きなければならない所はどこでしょうか。私たちは、地上界で肉身生活をしていますが、心だけは永遠の世界に向かっています。世の中に生まれれば、十代、二十代、三十代、そして中年、壮年、老年時代を経るようになります。このように、青春時代を経て、壮年時代を経て老年時代を越えていきながら、暮れる太陽のように一生を終えるようになります。
しかし、霊界があるという事実を知っている人々は、地上で肉身をもって暮らす一生は少しの間であり、死んだのちに私たちが迎えなければならない世界は永遠だということをよく知っています。それゆえに、地上においての一生というものは、永遠の世界に行くための準備期間なのです。(生と死に対する理解、一九九八・一二・一九)
人間が死ななければならない理由は、肉身では制限された愛だけしかできないからです。無限大の神様の真の愛の対象的実権をもって現れようとすれば、制限された肉身だけではできません。それゆえに、無形の霊にならざるを得ないのです。
さらには、真の愛の理想を全天地と共に同一化するためなのです。したがって、死は、苦痛の道ではなく、宇宙的真の愛を所有できる幸福の門を開門する時間です。死ぬということは、追って歩く陸地の世界から、ふわふわ飛び回って暮らすことのできる世界へ移ることです。(人間が行くべき生涯路程、一九九九・一・一七)
全宇宙を自らの舞台にして、真の愛で旅行を楽しむことができる資格者になり、そのような世界へ入門するために死ぬ道を行くのです。ですから、死ぬのは正に新しく生まれることです。(人間が行くべき生涯路程、一九九九・一・一七)
人は、神様に似ることができる体をもって生まれなければならないという結論が出てきます。神様と人間は、共に永遠に生まれることができる日を待ち焦がれます。そのような人として生まれる日、そのような体で生まれる日、その日が正に肉身を脱ぐ死の日です。
それでは、人間は、死を歓迎しなければならないでしょうか、あるいは悲しまなければならないでしょうか。もちろん歓迎しなければなりません。
それでは、何のために私たちは死ななければなりませんか。神様の真の愛、すなわち「ため」に生きる愛のために死ぬと思わなければなりません。したがって、肉身を脱ぐということは、無限な神様の愛の活動圏に私たちが同参するためであり、神様の愛の世界のためだという結論です。(人間が行くべき生涯路程、一九九九・一・一七)
人間は、いずれ死ぬようになります。私たちは、善なる自我を永遠の世界に第二の私として立てるために、苦労を覚悟しなければなりません。母の腹中で胎教をきちんと受けてこそ、健康で善なる赤ん坊が生まれるのと同じように、私たちの地上世界での生活においても、きちんと準備しなければなりません。神様の形状を手本として、神様の心情を手本として、神様の偉大な神性を手本として育たなければなりません。育ってから、また命を懸けて越えていかなければなりません。したがって、どれほど恐ろしい暴風雨が吹いても、私たちは、最後の峠を越えなければなりません。うまく境界線の前まで行っても、そこで倒れてはいけません。
私たちがこのような人生の境界線に立つようになる時に、果たして何をしなければならないのでしょうか。決意して走っても最後まで行けるかどうか分からないのに、あたふたしていては途中で挫折してしまうのです。最後の決勝点まで境界線を突破しなければ、勝利者になることができないのです。(生と死に対する理解、一九九八・一二・一九)
統一教会では、なぜ「ために生きなさい、愛のために生きなさい」と言うのかというと、このような生活をしてこそ、自分が死んであの世に行って第三の私を生かすことができるからです。なぜ第三の私が必要なのですか。この世で、この地球上でどこかに行こうとすれば、飛行機に乗って行かなければなりません。どれほど制限が多いですか。ここからあのフロリダに行こうとしてもそうです。霊界ならば既に往復しているのです。地の果てに行ってきているというのです。太陽にも行ってきます。太陽、宇宙まで行ってくるというのです。
それでは、この膨大な、何千億光年にもなる膨大なこの宇宙を、光よりも速く往来することができるものとは何ですか。愛の連絡船だというのです。愛の光です。太陽の光がどれほど速くても、愛の光にはかないません。愛の周波の活動圏内では無限大に活動するので、制限された人間が無限拡大の大宇宙を活動舞台にしようとすれば、体ではできません。物体ではできません。体ではできないというのです。ですから、体を破裂させて第三の私として出生するのが死なのです。その死は、悪いものではなく良いものです。制限された私が、無限大に飛躍的で跳躍的な私になるのです。
革命的にこの宇宙に向かって飛躍できる時代に入っていく王子になるためには、「ため」に生きる愛をもって体験しなければなりません。指先やつま先の細胞まですべてそのようになってこそ、その世界に行って細胞が完全に呼吸するというのです。「ため」に生きる愛を中心として生きなければ、あの世に行って窒息します。すべて死にます。息が詰まってしまい、目が見えないのです。すべてのものがそうです。(一三二-二七二、一九八四・六・二〇)
皆さん、死ぬことを嫌うでしょう? 死ぬことをなぜ嫌いますか。神様がそのようにされたのですか。人は誰でもみな死ぬようになっているのに、誰でも死ぬように造られたのが人なのに、死にたくないと思うように造られたのでしょうか。神様が私たちのお父様ならば、私たちを理想的世界へ導かれるのです。
先生のような人は、霊界をよく知っているので、世の中に対する未練がありません。なぜ未練をもったのかというと、広がった人類を救わなければならない責任があるからです。先生は、今未練がありません。死を恐れない男です。ですから、大きなことをするのです。ジャンピングしても死にません。死ぬようですが、刑場に行って絞首台に上がっていき、首をくくって「ああ、私は死ぬ、ああ、落ちる!」という時、神様が足を支えていらっしゃいます。それで、他の世界に行って第二跳躍の世界へ進み始めるのを知っています。
そのような喜びを知っている人が、監獄が恐ろしいでしょうか。とんでもないことです。
統一教会の葬式は何ですか。その葬式は何かというと、「葬」という字ではありません。それは、将来の「将」という字だと私は考えます。亡骸を、礼を尽くして埋める式ではなく、希望の世界に行く式、「将来式」だというのです。韓国語はカイン・アベルになっています。統一教会式に言えば、地獄のような世の中で暮らして天国に入っていくのですから、そのような希望以上の希望がどこにありますか。ですから、将来式というのです。葬式ではなく将来式です。
死が恐ろしいですか、良いですか。死のように興味津々なものはありません。制限されたその限界の世界から無限の世界へ跳躍するのが死です。(一九六-五五、一九八九・一二・二四)
なぜこの世で愛を強調するのかというと、あの世に行って合格者にならなければならないからです。腹中で成長する時に、鼻と目と口と呼吸する器官がきちんと準備されてこそ、その後の世界で空気を吸収できるのと同じように、私たちは、生きている時にあの世のペースに合うように、すべての作用をすることができるように訓練しておいてこそ、あの世に行って自由人となり、呼吸しながら千年、万年無限な世界で、永遠の世界で、神様に侍った愛の圏内で生きることができるのです。そのペースに合うようにしようとするので、必然的に地上生活はそのようにしなければならないということを知らなければなりません。死んでみれば知ることができます。
人が生きることの中で、第一の復活、第一の出生が腹中の生活です。第二の出生は今です。それから、第三の出生は、神様のところに帰ることです。自分を越えて世界の人のために生きるようになる時に、私が無形の神様のそばに帰ることができるのです。それは愛だけが可能です。あの世にいっても、その愛の理想の神様を標準として、そこに同化することができるその訓練を受けていく時には、神様のようになるのです。神様の友人になるのです。(一三二-二七二、一九八四・六・二〇)
皆さんも、肉身を脱いで死ぬことが嫌だと思っているかもしれませんが、実際に死んで肉身を脱ぐと、私たちは、霊人体として第二の出生の幸福で楽しい関門を通過するために、さっと飛んでいくのです。(一九七-二六一)
③ 昇華式は興進様から始まる
昇華式は、興進が逝った時から生じたのです。その時に成立したのです。病院で酸素マスクをしているのを、先生が外さなければならなかったのです。霊界へ行くべき道をすべて整理しておかなければなりませんでした。そのようにすれば堕落圏がありません。それゆえに、興進が以前来て役事しながら、「お父様に対する負債は返す道がない」という話をしたのです。
真の父母の家庭で育った青少年として霊界に行ったのは初めてです。興進が行ったのは、霊界の再臨主と同じように、霊界のメシヤとしていったのです。それでそれと一つになることにより、高い所に上がっていくのです。(二二五-一三六、一九九二・一・五)
興進君が行くことにより、この死亡の垣根を、死の垣根を崩してしまうのです。それで「昇華式」と言うのです。死は落胆ではありません。落ちるのではなく跳躍するのです。昇華するのです。統一教会の食口たちは、死に対する恐怖をもってはいけません。死は、このような自然循環法度によって訪れるのです。より良い世界に移してあげるための手順なのです。昇華というものは興進君から始まったのです。(一九六-二七〇、一九九〇・一・二)
統一教会によって天国の門は開きましたが、まだ先生が行っていないので、天国に入っていった人はいないのです。興進君もイエス様と出たり入ったりしていますが、まだ待っているというのです。それは理論に合う話ではないですか。レバレンド・ムーンがつくり上げて適当にする話ではありません。
私が探し、探して、汚物までひっくり返して探してみると、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで、天国の王座まで直通できるただ一つの道があるというのです。その道の方向は、愛の旗を持って合図をしなければ、その他の合図では通じません。行くことができないのです。皆さん、天国に行く自信がありますか。先生を通じれば、愛の自動車に乗ることができます。そのようになれば、天使は愛の自動車を好んで天国に案内するのです。曲がりくねっていますが、そこは高速道路になっているというのです。(一四〇-四五、一九八六・二・一)
3 元殿という言葉の意味
「元殿」は、本来の家という意味です。「殿」という字は、王宮やそのような所に使う文字です。ですから、天上世界でも地上世界でも、初めて現れた勝利の王子が、行ってとどまることができる場だという意味で「元殿」という名が出てきたのです。そのような内容を知らなければなりません。(二五九-一八〇、一九九四・四・六)
「元殿」という言葉は何ですか。アダムとエバが死んで本宮に入ることを意味するのです。宮と通じることを意味します。「元殿」といえば宮です。アダムとエバが横になることができるその園に、代わりに横になったのです。イエス様と真の御父母様の代わりに横になったので「元殿」と言うのです。そこに行って祈祷すれば、天の恩賜に接するというのも、天の宮と未来の宮と連結する立場だからです。それが連結する立場には、息子が祭物となって統一教会が立てなければならない蕩減条件を解消させたその基盤があるのです。
それゆえに、そのような忠臣たちの血涙を通じた勝利の基台の上に宮が立つのと同様の意味があるのです。(二一二-ー九六、一九九一・一・二)
私は、興進には「碑石文を書くな」と厳命しました。以前に、そのことを尋ねてくるので、いくつか説明してあげました。興進は、元殿に入っていきましたが碑文がありません。なぜですか。故郷を訪ねていって父母の碑文を立てることができなかった人です。先生の話が正しいですか、正しくありませんか。
先祖解怨して息子、娘を生かさなければならない責任があるのです。国を取り戻して、国を中心とした忠臣の称号で、父母に対して先祖を解怨してあげなければならない責任があるのです。そうだとすれば、今まで間違ったすべての碑文を片づけて、勝利の天の永遠祝福宣布と同じように、「私たちの父母は善の先祖でした!」という碑文を残してこそ、自分の息子、娘に手を付けるというのが原則です。(二二〇-一四九、一九九一・一〇・一六)
第三章 興進様の祝福と五旬節の役事
天総官 文興進様
第三章 興進様の祝福と五旬節の役事
一 興進様の相対の選定と祝福
1 興進様の相対を定めながら
私たち祝福家庭の中で、洪社長の家庭に娘がいるということです。「十六歳なので、その子にすればいいです」というのが譽進の進言でした。「お兄さんもいてお姉さんもいるので、私たちが包容して興進の代わりに愛すればいいでしょう」と言うのです。それで、真剣に考えてみてから、「また探してみなさい」と言ったのです。
そのようにして、再び探すのに条件があるのです。「その新婦は、生涯一人で生きるはずだが、何を楽しみに生きるのか」ということです。芸術など、そのような面に夢中になって「ああ、新郎がいなくてもいい」と言えるタイプ、そのような人がいいのです。「自分は世界的に仕事をしてみたいのだが、新郎は邪魔になるこぶなので、いなければいい」と言える人がふさわしいのです。(一三〇−三三一、一九八四・二・一三)
そのようにして、リトル・エンジェルス学校出身の中から統一教会の子女たちを探してみました。「音楽をする女性も探してみなさい。男性まで一度探してみなさい!」と言ったのです。
それで、性格をよくよく分析してみると、素質が一〇〇パーセントにならないといって、もう一度探しました。「またその次を探してみなさい!」と言って、その次に誰が出てきたのかというと、朴普煕氏の家庭が出てきたのです。朴普煕氏の家庭の娘は誰でしょうか。薫淑という娘、鶴の姿で踊る、バレエをする娘がいました。それで調べたのです。「性格はどうだ?」といって調査してみると、その性格は一度決心すれば変わることがなく、本当に良いというのです。
そのようにして、朴普煕氏の家庭を調べたのです。それから、「そこに男性は誰かいないか」と思って見てみると、朴珍成がいました。薫淑もいて、珍成もいるので、いろいろなことを考えた上で、いったん結論が出たので、「普煕氏の家庭に直接訪問して決定してみよう!」と言って尋ねてみました。それで薫淑に電話をしてみると、「先生に任せます」と言ったというのです。(一三〇−三三一、一九八四・二・一三)
興進が逝くことによってこのような話をしていると、先生の心情を皆さんに率直に打ち明けるようになります。世の中から見れば、霊界に行った人を結婚させてあげる人は、気が狂ったか、そうでなければ頭のおかしくなった人です。一般社会においては、歴史にない行為です。しかし、み旨の立場から、霊界の事実を知ってみれば、これはせざるを得ない摂理です。
このような問題を中心として考えてみるとき、この問題をどのように解決するかということを、私が深刻に考えざるを得ないという事実を知らなければなりません。
それでは、それをどのように解決するのが良いのでしょうか。皆さん、考えてみてください。今から興進の相対は寂しく生きるのです。世の中で一人孤独に寂しく生きるのです。もちろん、兄弟たちが同情しますが、その同情は少しの間であって、一生を引っ張って越えていくことは難しいというのです。
このように見るとき、興進を愛する姉がいて、またその家の兄がいて妹が興進の相対なので、二人の兄弟を結んでおけばよいのです。仁進も、弟が逝く時に、「弟のためにはどのようなことでもします」と約束したので、その弟の相対を誰よりも愛するはずです。
ほかの人ではなく兄がいれば、自分が寂しくても、その兄に相談することができるのであり、また兄の妻にも相談することができるのです。また、その兄の妻が誰かというと、自分の相対となる人のお姉さんです。その一生を生きていくにおいて、環境的に、困難なことを共に越えていくことができるのです。
地上で生きたのちに逝った興進も、孤独なこの事実を見るとき、霊界に行っても問題になります。霊界においてもそうであり、地上において、周囲にいる人もそうです。このような環境の上に立って考えてみるとき、自分の父母から離れて、父母がいない時にも、自分の家のようにいつでも思いどおりに身もだえして泣くこともでき、うっぷんを晴らすにしても、消化し得る環境をつくってあげなければならないのです〇それが、私が責任をもって解決しなければならない重要な責任です。このように考えざるを得ないというのです。
また、もし私の家庭内で興進の結婚式をもったならば、それは、世の中が知らなくてもかまいません。しかし、姉の結婚は、公開しないという理由は何もないのです。そのようにすることによって、家庭内における対社会の物議を防御することのできる方策も立てることができ、内外の世界、地上世界も安らかであり、霊界でも安らかだろう、このように考えるのが先生の心です。(一三〇−三二八 一九八四・二・一三)
女性が一人で一生を生きるということは悲惨なことです。薫淑よ、よく聞きなさい! 悲惨なことであり、それはすべきことではありません。それは、父母が見るべきものではありません。また、あなた自身がそれをしようというのは、この世の中で言えば、何と言いますか。人間以外の行脚なのです。それを知っているのです。よく知っているのです。女性が一人で生きていこうとすれば、生きた仏にならなければならないという結論が出てくるのです。ですから、私が一度尋ねてみますが、薫淑、あなたは興進のために生きた仏になることができますか。そのような考えはしてみなかったでしょう? してみましたか。では、生きた仏になることができますか。
女性は、ひと月に一度生理作用をする時は、男性への思いもわくのです。率直な話です。そして、春風も吹いてくる、そのような時は一人で過ごしたくない、そのような状況もあります。それを考えてみましたか。どうですか。そのような考えはしてみなかったでしょう? 考えてみなければならないのです。
また、もしそのようになれば、私の家に来ていなければなりません。来ているからといって、舅がいつでも行って「やあ、薫淑、元気か」、そのようにすることはできないのです。韓国の道理がそうであって、お母様もそうです。また夫の兄である孝進も入っていくことができず、弟たちも部屋に入っていくことができず、これは孤独の園です。このような孤独の園を守りながら、どのようにして神様のみ旨のために、赤ん坊を産まずに修道女のように生きることができるのかというのです。
しかし、現在あなたは、先生のみ旨を知り、理想を中心として、夢に膨らんでこのようにしていますが、地上で霊界を見つめて生きていくということがどれほど息の詰まることでしょうか。
ですから、あなたは地上で夫に侍ることができませんが、あなたが芸術を愛するならば、それだけは先生が後押ししてあげよう、このように思うのです。世界的に名声をとどろかすことができるように後押ししてあげるでしょう。そして、仁進も友人なので、仁進も後押ししてあげるはずであり、それから、あなたの兄と一つになれば、彼にとっては自分の妹であると同時に、あなたにとっては仁進が兄の妻になるので、一つの家庭で難なく消化することができる環境になるでしょう。ですから、霊界に行っている興進君も喜ぶはずであり、また私が死んだとしても、そのようになれば安心するでしょう。
そのように和していきながら、養子を選ぶにおいても、別の人よりも孝進君の子女を養子にすることもでき、また自分たちが望むならば、兄の妻を通してあなたの兄の子女、甥を養子にすることができるのです。このように考えれば、すべてのことを無難に越えていけるのではないかと、先生は考えてみたのです。そうだからといって決定したことではありません。ただ先生がそのような考えをしてみたということを話しているだけです。
ですから、そのような家は、朴普煕氏、その人の家がぴったり一致したので、これをどのように解決するのが良いかという問題があるのです。ですから、本人に尋ねてみるのです。私が興進君の相対として薫淑を結んであげましたが、そこに応じるようになれば、どれほどうれしいでしょうか。それをよく考えなければなりません。応じる所信はありますか、ありませんか。これを尋ねてみたいのです。どうですか。先生の言っていることが何の話か分かるでしょう? そのようにすることができますか。できるのですか。(一三〇−三三一・一九八四・二・一三)
薫淑と興進を結ぼうというのです。そのようにしてあげますか。(はい)。父親と母親は許諾しますか。(はい)。また、兄である珍成はそれを許諾しますか。(はい)。今後あなたは、あなたの妹の面倒をよく見てあげなければなりません。
また、仁進、あなたはどうですか。愛する弟、興進を見ても、あなたもそのようにすれば良いでしょう? 仁進? (はい)。それでは、そのように決定することにしましょう。(一三〇−三三五、一九八四・二・一三)
興進のその相対となることができる人、そのような環境に立つことができる人は薫淑しかいません。いくら見てもです。ですから、やむを得ず珍成と仁進を結びながら、薫淑と興進を結んだのです。このように二重の姻戚を結んだのは、やむを得ないというのです。
解放歴史の起源を残してあげることができる天の家庭は、この地上にありません。私が彼らを呼んで、私が息子、娘を通してこれをするのです。私は父親ですが、そのように教育するのです。
過去のこのような歴史ゆえに、息子、娘がしなければなりません。「息子、娘になったので、しなさい!」と言って、そのようにさせるのです。歴史の何倍の忠誠を心に誓うことができる忠告の言葉を残してそのようなことをした、ということを知らなければなりません。(一四五−五二、一九八六・四・三〇)
2 興進様と薫淑様の結婚によって愛の橋が生じた
興進の新婦になる薫淑嬢が、一人で生きながらも神様のために忠誠を尽くし、真の父母のために精誠を尽くす孝女、孝婦となる立場に立つ時、私たち祝福された家庭と統一教会の教会員たちは、三年路程、七年路程に不平を言う条件がなくなるという事実を知らなければなりません。皆さんがサタンの讒訴条件を免れることのできる一つの起源と伝統が地上に生じるという事実を知らなければなりません。
これが皆さんにとって、最も喜ばしい知らせであることを知らなければなりません。皆さんは、地上で相対をもって不平を言うことができるのかというのです。サタンが讒訴することのできない基準を、私が皆さんに贈り物として与えるのだということを知らなければなりません。皆さんが薫淑と霊的に一つになる時、サタンは皆さんの家庭を侵犯することができなくなるのです。
ここで重要なことは、第一に、興進君に新婦がいなければ王国圏が成立しないということです。第二は、霊界はすべての天使世界と同じ立場にあり、地上はアダム世界であって、天使世界はアダム世界を保護育成する責任があるので、王権をもったその王とその民が来て、地上のサタン組織を奪って天国の王国圏を相続しておかなければならないのです。
それから、第三には、皆さんに福をもたらすことができる灯台が生じたということです。ですから、真の愛の橋になるのです。薫淑と興進を中心として橋が架けられたのです。愛の橋、真の愛の橋が架けられたのです。ですから、今からサタンは干渉することができません。それが原理観です。(一三一−一七、一九八四・二・二〇)
興進君が地上で真の父母の祝福を受けて相対圏を成すことにより、霊界にいる人々が地上の人と祝福を受けることのできる時代になるので、連合時代に入っていくのです。それは、ただ大ざっぱな計算によって成されるのではなく、水が漏れないように四隅を合わせていかなければならないというのです。(二六四−四〇、一九九四・一〇・九)
皆さんが結婚すれば、イエス様よりも立派にならなければならないでしょう? イエス様よりも立派にならなければなりません。同じ摂理観の上に立って考えてみるとき、イエス様は祝福を受けましたか。しかし皆さんは、先生を通して祝福を受けました。先生が祝福してあげたのです。
それゆえに、興進君が霊的に結婚することができるのです。それがそのようにならなければ、キリスト教と統一教会は連結されません。ですから、興進君が去ったのち、キリスト教が連結されたのです。
祝福というものは、皆さん、男性と女性の二人が出会うことではありません。イエス様は、ザカリヤ家庭、ザカリヤ一門、ザカリヤ一族とヨセフ一族の二つの家門、カインとアベルの関係である氏族的基盤の上に立たなければなりません。これがイエス様の結婚の立場です。しかし、これをなすことができずに死にました。したがって、これを蕩減復帰するためのものが祝福です。カイン型は、洗礼ヨハネ家庭の氏族です。イエス様とヨセフ家庭は、アベルの立場を意味します。そしてザカリヤ家庭は、カインの立場を意味します。
カインとアベルが一つになった立場において、彼らは父母の立場に立つことができるのです。カインとアベルが一つになることができなければ、父母の立場に立つことができません。それが原理観です。イエス様がその二つの氏族を一つに連結することができなかったので、お互いに背を向けるようになったのです。それゆえに、イエス様が十字架を背負ったのです。
イエス様が十字架に架けられたということは、イエス様が結婚できなかったという意味です。したがって、私たちがこれを蕩減しなければなりません。それが祝福です。ですから祝福は、ヨセフとザカリヤ家庭の二つの氏族の基台の上に立っているという意味です。イエス様は、その基台を築くことができませんでした。ですから、失ったのです。私たちは、この迫害時代に失ってしまったものを再び立てなければなりません。そのような基台の上で結婚が始まるのです。それゆえに、皆さんが祝福を受けた位置は、イエス様よりも高い位置にあるというのです。(一四六−三四二、一九八六・八・一〇)
私が逝ったとしても、そのまま逝ってはなりません。霊界に行ったとしても、再臨しなければならないイエス様の立場になってはいけません。イエス様が求めた家庭理想の基準を、地上において蕩減条件として立てることができなければならないというのです。ですから、イエス様が亡くなってから四十日後に聖霊が来たように、興進君にも四十日以内で実体結婚式をしてあげたのです。
このようにしてあげることにより、興進君は、あの世に行っても自分の相対が残っているので、愛の理想を中心として完全に相関関係を成して往来するのです。真の父母の愛を中心として、決定的夫婦所有決定基地ができているので、興進君は、霊界に行っても思いどおりに地上に来ることができるのです。それが創造原理です。
そのような関係が展開することにより、イエス様はどのような立場に立つのでしょうか。興進君は、真の父母の次男として霊界に行きましたが、神様の霊的な次男として来たのがイエス様だとすれば、神様の実体的次男は興進君です。興進君は、真の父母の血縁を通じて生まれ、霊界に行く時には、神様の直系の息子の中で相対理想を備えて霊界に入っていく最初の人になるのです。世界的基準において、国家と世界を連結させる基準においてです。
喜進君は何かというと、国家基準と統一教会が一つになることのできる、その時代に霊界に行きました。それゆえに彼は、霊界に行っても、南北を中心として、大韓民国の国を中心として、北朝鮮までが活動舞台になるのであって、世界までにはならないのです。しかし、今の時は世界時代です。イエス様は、世界時代を目標とした神様の次男としてこの地上で死んで霊界に行き、愛の伝統的所有基台を残すことができませんでした。それゆえに、それに代わって興進君が地上における愛の所有決定基台を残したのです。(一三七−一九四、一九八六・一・三)
イエス様を打つことによって霊的世界が生じたように、興進を打つことによって地上に愛の圏が移されたのです。興進を打ちましたが、それによって死んでいくのではなく、愛の圏が新しい世界に連結されたのです。愛の世界が開かれたのです。
先生がこのようなことを知らなければ、天地はどのようになっていたでしょうか。そのような意味において、「神様は先生を愛さなければならないはずだ」と私は考えるのです。あの世においては、皆さんが想像もできない祝宴が開かれているという事実を知らなければなりません。何も知らないように見えても、霊界はすべて知っています。ですから、その人々が来て先生を擁護しようとするのです。夢のような話なので、よく分からないでしょう。真の御父母様の家庭に対する信念をもって前進しなければなりません! 勝利が待っています! アーメン! (一三一−一八、一九八四・二・二〇)
神様の愛の所有のための決定基盤を誰から連結させることができ、はんだづけすることができたのでしょうか。興進君を通してこのような蕩減的条件を立ててあげることによって、実体的愛の所有圏を通過したという条件の資格を与えられ、再臨復活して入っていくのです。それが原理です。原理を知らなければ、何の話か分かりません。このような話でもあり、あのような話でもある、それではいけません。先生が話すことは間違いないので、皆さんも間違いなく悟らなければなりません。
興進君とイエス様を中心として、心情的一致圏を真の父母に向かって連結させることのできる基盤が、興進君と薫淑を通して愛によって一致するようになれば、所有物がすべて決定すると言ったでしょう? その道を中心として、その地点と関係を結ぶことによって、地上から天上世界に直行できる道、言い換えれば、堕落せずに直接主管圏と間接主管圏が一致できる道が開かれるのです。その道は一つです。ほかの所に行かずに、ここから直行できる道が開かれることにより、神様の愛の絶対圏時代に入っていくのです。(一三七−二九六、一九八六・一三)
興進君が霊界に行くことにより、地上と天に分かれた天使とアベルを双子のように一つに結ぶようにしました。これが一つになれば、その一つになった基盤の上で父母が出動するのです。それが原理観です。
興進君は息子の中のアベルですが、その息子は、真の父母の愛の基台のもとで原理主管圏版図の蕩減条件を立てた基盤の上で霊界に行ったという事実を知らなければなりません。サタン主管圏を蕩減した勝利基盤の上で、直接主管圏と一つになった立場において霊界に行ったのです。それゆえに、堕落以後、天上世界に行った息子として、初めて完成した資格を備えて行ったという条件をもっているのです。
それゆえに、霊界に行ったすべての人々は、本来堕落していなければ、真の父母の心情圏を中心として原理結果主管圏と直接主管圏が一つになり、家庭的基盤において愛を中心とした主人や息子の資格をもつというのです。これをもたなくては行くことができないようになっているというのが原理です。
そうだとすれば、イエス様以降、イエス様やキリスト教は、今までその立場を経ることができずにいったので、すべて中間にいるのです。しかし、興進が霊界に行くことによって、神様と接ぎ木することができるセンターが生じるのです。ここで祝福してあげることにより、自分の相対が地上に残っているので、生きたのちに行ったのと同じ立場に立てられるのです。ですから、興進家庭を中心として、地上の家庭を訪問し得る霊界基盤が設定されるということを知らなければなりません。これが貴いというのです。興進君の家庭基盤を設定したことが最も貴いことなのです。(一三一−五二、一九八四・四・一)
統一教会を見れば、今まで霊界に行った協会長やほかの人たちは、教会基準であって、国家や世界を蕩減する基準にはなることができませんでした。しかし、今回の興進の場合は違います。国家的次元です。それゆえに、天国の名分を代理することのできる司令官、霊的世界の主体が生じるというのです。地上と霊界を連結することのできる主体が生じるというのです。結婚した人ではできません。結婚しなかったので可能なのです。霊界は、まだ結婚していないのです。
それゆえに、自由世界の人々は、この興進を愛さなければなりません。全世界の人を自らの生命に代えて愛したというそのようなタイトルを残したので、皆さんにも、生命に代えて愛することのできる因縁が連結されたのです。誰の代わりにしたのですか。お父様の代わりにです。それゆえに、興進を愛するということは、お父様を愛するということになります。興進を愛するということは、お父様を愛するということと連関関係が結ばれるのです。
霊界には、今までそのようなセンターがありませんでした。霊界と連結させることのできるセンターがなかったのです。しかし、興進が霊界に行くことにより、興進を愛するすべての霊界の霊人たちには、お父様を愛する条件が連結されるのです。また、統一教会と連結されるのです。
統一教会で見れば、地上においては、生命を捧げて闘うことの標準となり、霊界においては、愛をもって連結させるにおいて、歴史始まって以来、今までなかった霊界の代表になったというのです。(一三〇−二〇一 ー九八四・一・一五)
今回、興進君が霊界に行くことによって、霊界と連結させて「愛天日」をつくり、「愛勝日」をつくり、すべてがそのようなみ旨の中で連結するための一段階として大きな保護圏をつくり、世界が安息できる霊界圏をつくって上がっていかなければなりません。霊界の保護圏というのは、地獄は讒訴圏なので、地獄と天上世界はカイン・アベルになっているのです。ですから、天上世界がアベルならば、地獄を破壊してしまうのではなく、救ってあげなければならない責任があるのです。
しかし、今までは、それを救おうとしても救うことができませんでした。しかし、今回、いねば世界的な摂理時代、世界的安息圏を立てるこのような時代において、天宙圏を中心としてこれを保護し得る基盤を築くために、地上から興進君が行くことにより、天上世界はもちろん、地獄世界まで道が開かれたのです。今は、交流できる道が聞かれたのです。
何によってですか。自分の夫が地獄に行ったならば、妻は昔の地上の心情圏を中心として、それが連結されるのです。それには、興進君が霊界に行かなければできません。このように、天上世界にある地獄と霊界を連結させ、保護する一つの統一圏が展開してくるのです。それが連結されてこそ、地上のサタン世界も崩れ始めるのです。そのような地上世界が安息するためには、天宙保護圏を設置しなければならないのです。(一三三−一九五、一九八四・七・一〇)
霊界において興進を愛し、統一教会においても興進を愛するので、真の父母はどのようにしなければならないのでしょうか。天の愛を歓迎し、地上の愛を歓迎する意味で、自分の息子を祭物として捧げることを栄光と思い、誇りと思うことができなければなりません。また、レバレンド・ムーン一代において、今まで神様が、愛する息子、青少年のアダムとエバを愛することができなかったことを、せめて霊界においてだけでも愛し、今まで国家基準を復帰するために苦労してこられた神様が、慰労を受けることのできる一人の息子を送ってさしあげたと考えなければなりません。
霊界も愛し、地上も愛するので、私たちの父母も「愛しなさい」という標語を立てなければなりません。「愛しなさい」という標語を立てなければならないのです。私は、興進が二人の息子の間で死ぬには死にましたが、地上世界と霊界において死なずに愛の復活圏を成すだろうと考えています。「お前は死を通じてそこに行ったが、お前の死を通して愛を復活させる」というのです。霊界をつかみ、地上をつかんで愛の復活圏を宣布するでしょう。
これを成すことによって、どのようになるのでしょうか。霊界に愛の連合戦線が生じ、地上に愛の連合戦線が生じるのです。それゆえに、興進は、この二つの世界を往来しながら、自由世界の青少年と霊界に行っている青少年たちを糾合し、地上世界の悪霊、悪の愛によって汚されたこの霊たちを追放する運動を始めるだろうというのです。(一三〇−二〇一、一九八四・一・一五)
先生の時代になって聖書のすべての秘密が明らかになりました。今、聖書の何章が成し遂げられつつあり、今、時がどのような時かを知っているのです。今から、すべて先生が語ったとおりになるでしょう。そのような碁を打っているのです。碁を打てない人には分かりません。碁を打っているのですが、霊界は既にみな終わったのです。しかし、地上世界は、国を移していく道がふさがれています。それゆえに、このような時に祭物が必要なので、興進君がその使命を身代わりしたのです。このように話せば、何の話か分かるでしょう?
イエス様の霊的救援役事とともに実体救援役事の基盤を受け継ぐことができると同時に、地上において未完成部分を完成すると同時に、世界舞台を連結できる霊的基盤の開門と地上開門が連結されるこの中間において、興進君がそれを連結させる責任を果たしたということを知らなければなりません。
イギリスの統一教会の食口たちにイエス様が何度も現れ、「私はオールド・メシヤであり、興進君はニュー・メシヤだ」という話をしたのを聞けば不思議です。なぜそのようなことを言ったのでしょうか。それが分からない人は、気が狂ったと言うでしょう。(一三四−一九、一九八五・一・一)
祭物となった息子を中心として、その息子に対して悲しいという思いをもってはいけません。そのような難しい立場です。その道を行かなければなりません。それゆえに、父母として、死の場に行った息子を愛しなさいという道理はありません。原理がそうです。その息子がそのように死んでいったので、葬儀が終わった四十日後に祝福してあげても引っ掛からないというのです。興進君が、薫淑を中心として霊界のすべての名前をもって地上に来るのを遮る者はいません。整理できましたか。責任者がきちんと知らなければならず、はっきりと知らなければなりません。(一七一−二七二、一九八八一・二)
私は、興進が死んだ時もそうでした。霊界と肉界をすべて処理して送り、穏やかな父の姿勢、天地の姿勢を整え、息子のためにすべての祈祷をしてあげるのです〇そのようにしたのちは、痛哭してもかまわないというのです。秩序を整え、主人としてなすべき礼法があるのですが、みな知らずにいます。
ですから、興進の霊がこの地に来て、お父様の名によってどこでも再臨して協肋したことは知っているでしょう?(二三二−一二一、一九九二・七・三)
二 興進様の貴い犠牲とその結果
興進君が霊界にいくことによって何が起きたのかというと、地上世界の心情圏と天上世界の心情圏が一致する時が来たのです。一致する時が来たというのです。神様から御覧になれば、イエス様は次男であり、先生の息子の中で興進も次男です。先生は、霊界をすべて知っているので、その息子が霊界にいくことによって橋を架ける、その内的な法的基準をすべて整えてあげました。興進は知らなかったでしょう。医者から一時間以内で臨終するという通告を受けましたが、息子が死ぬと考えてはいけません。お前が死んだとしても、死ぬ時は一般の人とは違うという考えでした。先生の息子として生まれた彼の行く道は、このような重大な歴史的な使命をもって祭物的な立場で行かなければならないというのです。
ユダヤ教やキリスト教からもつれてきたすべてのもの、すなわち個人蕩減、家庭蕩減、氏族、民族、国家的な蕩減をなし、イエス様の霊的救援摂理の完成を中心として、実体救援摂理の完成をすべて連結しなければならないというのです。連結しなければ、地上に降りてくる道理がありません。ですから、興進君が霊界にいくことによって、今日アメリカのキリスト教がすべて連合するようになるのです。また、東洋文明と西洋文明が交差し始めるのです。
このような歴史的な事実を先生が語った時、世の中の人々は笑いました。統一教会の食口たちも呆然としました。「自分の息子が死んだのに、なぜそのようにしているのだ!」と言ったのです。
しかし、「死んでから四十日だけ過ぎてみなさい」と言いました。四十日後に祝福をしてあげ、結婚させてあげたのです。なぜ結婚式をしてあげたのでしょうか。地上に相対がいるので、霊的な道を通っていつでも降りてくることができるのです。そのような運勢が整えられるのです。これは、サタンも否定することができません〇ここは先生がしっかりとつかんでいるので、霊界に行った興進君と先生が共に薫淑をよく愛すれば、私が愛するかのようによく愛すれば、そして世界家庭、祝福家庭がたくさん増えるほど、世界はすべて連結されるというのです。多くの因縁が連結されるのです。(一六九−一〇、一九八七・一〇・一)
興進が夫婦になったので、今まで分かれていたあの世の霊人たちの群が崩れ、お互いに会って協力し、昔、地上において成すことができなかった願いを成すために協肋することのできる地上の基盤をもつようになりました。心情を通してそうだというのです。真の御父母様が蕩減した基盤があり、真の御父母様が蕩減した世界圏は、真の御父母様の管理圏内に入ってくるので、心情圏に連結されたその人々は、真の御父母様を中心とした興進君と一つになったその立場で、この地上に真の御父母様が築いてあげた主管圏に代わりに同参できるというのです。
そのフィジカル・ワールド(肉的世界)は、既に真の御父母様が勝利した主管圏内に入ってきています。なぜかというと、父母の所有は息子、娘が相続できるというのが天理だからです。これによって、霊界と肉界、内外の双子が一つになったというのです。内外の双子が一つになることのできる心情圏が設定されたのです。地上世界においては、先生を中心としてカイン・アベルが一つになりましたが、それは逆さまだと言うことができます。長子があちら側だったのですが、アベルと一つになり、あちら側の天上世界が次子になり、興進が霊界に行く瞬間、内外で一体が成されるのです。
興進が霊界に行くことによって、今からは、霊界に分かれた善王たち、霊界に行って一人でいる王たちが、共に相対圏に連結される、そのようなことが展開するのです。それが展開することによって、家庭圏が連結され、これが連結されるので、氏族、民族、国家、全世界が統一圏に連結されるのです。それが地上と拍子を合わせていきながら展開していくということを知らなければなりません。霊界を見れば、神様と興進の家庭と、その次には自分たちです。地上を見れば、神様と真の御父母様と直系子女の家庭です。それが問題になるのであり、また連結されるのです。(一三一−五二、一九八四・四・一)
霊界と肉界をまたにかけて生きています。これによってどのようなことが起きるのでしょうか。霊界と地上が双子のようになっているのですが、心情圏を中心として見るとき、父母が長子の立場にいるというのです。代数から見れば、縦的には最初ですが、先頭に立ったというのです。興進が二代だというのです。
しかし、これが反対だというのです。先生と興進を中心として見るとき、先生は兄の立場であり、興進が降りてくるのです。先生はカインの立場にいて、興進がアベルの立場にいるのです。これが霊界に行けばどのようになるのかというと、興進が長子になります。兄の立場にいて、それ以外のすべての霊人は弟の立場にいるのです。心情圏を中心としての話です。
心情圏を中心としてそのようになるのです。それをはっきりと知らなければなりません。地上における関係を見れば、神様は父なので、神様の立場から見れば、お父様は長男であり、興進が弟になるのです。神様を中心として見ればそうではありませんか。
霊界を見れば、興進が愛の圏を中心として最初に生まれた愛の息子であり、それ以外の人々は弟になります。霊界に行っている人は弟の立場に立つのです。
逆さまになるのです。ですから、長子圏の心情基準が原則的立場を取って入っていくという結論が出てくるのです。今までのイエス様に対してもそうであり、すべての善なる聖者たちに対してもそうであり、今、霊界に行っている霊人たちに対して、心情圏を中心として誰が先に長子として生まれたのかいえば、興進が先に生まれたという話です。ですから、心情圏を中心とすれば興進が長子であり、それ以外の人々が次子だというのです。
そのようになれば、興進君は長子圏を次子圏に相続してあげることができるのです。しかし、サタンは相続させようとしませんでした。サタンは、相続させずに自分が強奪するのですが、長子圏の興進は、もっている福をすべて地上に譲り渡すのです。ですから連結されるのです。今まで、サタン世界は、すべてを譲り渡そうとしませんでした。しかし、こちらは絶えず譲り渡してあげようとするのです。(一三一−五二、一九八四・四・一)
今回、先生が息子にも祝福してあげることによって、四家庭が設定されます。
これを中心として、東西南北を中心として、全世界の祝福家庭は完全に一つにならなければなりません。興進とイエス様と一つになるのです。
カイン・アベルと同じです。先生の息子、娘の家庭と皆さんの家庭とが完全に一つになるのです。イエス様と興進の家庭が一つになるように、皆さんの家庭と統一教会の先生の息子の家庭が完全に一つにならなければなりません。
それでは、イエス様の相対は誰ですか。既にイエス様の相対も祝福してあげました。それを知らなければなりません。しかし、それは、世界的版図の勝利圏ではありません。国家基準を超える時にしてあげたということを知らなければなりません。イエス様は、国家基準を超えて世界に行くことができなかったのです。それを超えなければなりません。しかし、興進は世界基準を超えました。ですから、興進とイエス様の家庭が一つになったように、今日、先生の家庭と皆さんの家庭が一つにならなければなりません。
イエス様が犠牲になってから二千年間、今までイエス様とキリスト教が一つになることのできる日をどれほど待ち焦がれてきたか、あまりにもよく知っているでしょう。そのように一つになったのと同じように、統一教会を中心として見るとき、皆さんも、先生の家庭を中心としたその息子、娘の家庭の四方を中心として、皆さんの家庭が世界家庭として完全に一つにならなければなりません。
今は、この一つになる基準がどのようになりますか。全世界的に一度に整理される時が来ました。このようになれば、霊界も一度にすべて連結されます。
そのようにすることができる両世界の統一圏時代が目の前に迫っているということを知らなければなりません。(一三一−五五、一九八四・四・一)
カインを完全に復帰してこそ、地獄も解放の門が開かれます。地上のカイン的基準が天国に向かっていける門が開かれてこそ、地獄のカイン、サタン側のカインの支配圏内にあったものが解放の門を開いて霊界に入っていくのです。そのようにしようとするので、霊界の王権が生じなければなりません。神様と真の父母の王権を中心として、アベル圏が形成されなければなりません。興進が行ってそれを立てるのです。
先生は、蕩減条件を立て、サタンが支配していた世界的間接主管圏内を超えて直接主管圏内に立っているのであり、直接主管圏内にいる真の御父母様と連結された愛の中で育っていた興進が、霊界に行くことによって、歴史始まって以来初めて堕落せずに霊界に行ったという代表的人物の立場に立つようになるのです。
ですから、イエス様に対して解怨成就し、それから薫淑を連結させることによって、イエス様を中心としてあの世に相対圏が展開するようになったのです。
ですから、今までのイスラエルの国の善王たちと善の預言者たち、そして摂理史の中において一人でいた人々に、相対理想圏が備えられ、祝福の道が開かれたというのです。地上王権が展開することによって霊界王権形態が展開し、解放運動が地上と共に霊界にも成されるのです。それゆえに、今回興進が霊界に行った事件は、どれほど大きな事件でしょうか。(一三一−七九、一九八四・四・一六)
興進君は、あの世に行ってどのようになるのでしょうか。韓国人として生まれたので、韓国の善王を中心とした結実として現れます。霊界のそのような王権が興進の位置です。ですから、そのような立場から韓国の善王を中心として見るとき、興進は、年齢は若いのですがアベル王です。霊界という所は、すべて知っています。この地上のように完全に知っているのです。完全に一つになるというのです。
そのようになれば、どのようになるのでしょうか。カインとアベルが一つになればその上に父母が臨むといったので、ここに天の父母が運行できます。天の父母の運行圏が生じるのです。
ですから、興進の王権と韓国のアベル王権が一つになることにより、韓国を中心としたアベル王権、主管圏が形成されるのです。それが一つになることにより、アベル王権の立場に立つようになるのです。
しかし、ここに問題が一つあります。王権を立てようとすれば、興進一人ではできません。女王権をどのように復帰するかということが問題になるのです。
これが第一の問題です。なぜこのようなことをするのかということを、はっきりと知らなければなりません。王権を結合しようとすれば、王権は、女王と共に、王になっていた世界において相対を決定してあげることにより、王権が霊界において連結されるのです。それでは、薫淑を中心としてはどのようなことが起きるのかいうと、女王が地上にいるので、百二十カ国の王権の民を連れて地上に連結できる基盤ができるのです。神様の愛を中心として、霊界と肉界の統一です。
ですから、このように結婚させてあげることにより、興進は思いのままに地上に来るのであり、興進一人だけで来るのではなく、王権を統一したすべての王が地上についてくることができる、そのようなことが起きるのです。ですから、第一に女王が必要なので、このような式をせざるを得ないということをはっきりと知らなければなりません。今から反対する人は、「あー! レバレンド・ムーンはクレージー・マン、クレージー・リーダーだ!」と言って、あらゆる反対をするでしょう。興進を愛の代表として送り、先生が霊界に行ってなすべきことを代わりにしているというのです。
それゆえに、興進が昇華してから五十日たったきょうは、五旬節と同じです。百二十人がマルコの屋根裏部屋で聖霊降臨とともに火を受けて、世界的役事が起きたのと同じように、きょうこの日、薫淑嬢が結婚することによってどのようなことが起きるのかというと、百二十カ国の王がこの地に来て復活し、世界的役事を展開できる運動が起きると考えるのです。それが五旬節を代表したきょうという日だということを、皆さんは知らなければなりません。ですから、霊界にいる百二十の王権が臨むことができるのです。地上と一つになるのです。このような二つのとてつもない意味があるのです。(一三−一五、一九八四・一二〇)
赤ん坊を愛する母の愛の心情基台があれば、いつでも来ることができます。世の中の人よりも高い次元にいれば、霊界に行っても、来ることができるのです。
それゆえに、地上において祝福された家庭が夫婦同士で正しく暮らせば、今後、子孫万代までそこで主人になるのです。地上に来て暮らすことができるというのです。地上に来て、すべて教えてあげるのです。それゆえに、子孫は栄えます。子孫に事故が起こらず、この難しい世の中、サタン世界、蕩減の多いこの世界の環境を免れて直行して上がっていくことができるのです。前進的な方向を備えて進んでいくのです。
ですから、そのようなことを無視してはいけません。夢うつつの中で教えてあげたりするのですが、それは夢ではありません。目覚めようとする時、夢うつつの中で教えてくれるのです。そのようなことを絶対におろそかにしてはいけません。そして、今後、友人や食口たちの難しい事情を霊界から教えてあげることもできます。それをしなければ、自分が蕩減を受けます。ですから、天は恐ろしいのです。
それゆえに、天を知って暮らす人は自分勝手にすることができません。先生もそのような時がありました。しかし、話しません。話をしなくても、既に知っているというのです。
それゆえに、命令が下る時にそのまま動く人は困難を免れますが、躊躇する人はそこで押さえつけられてしまいます。そこで終わりになるのです。躊躇する人は、天が呼んで用いません。ですから、おろそかにしてはいけません。祈祷すれば、必ず教えてくれるようになっています。(二九一−一六一、一九九二・六・二)
イエス様とイエス様の一族に神様がついて回り、霊界がついて回ったという事実を知り、皆さんがそのような信念をもつようになれば、神様がついて回り、イエス様がついて回り、興進様がついて回り、真の御父母様の保護圏がついて回るはずです。このような確かな原則を知らなければなりません。これは理論的です。そのようになれば、神様は自然に私の側になり、霊界も自然に私の側になるのです。アメリカと世界がいくら反対したとしても、「私にかなう者がいるか。私は司令官の位置に立ったのだ」、このようになります。
第二人者だというのです。「あなた方は真の御父母様を知らないが、私は真の御父母様の身代わりである。神様とイエス様の身代わりである。興進様の身代わりである」、このような考えをもって、難しいことがある時は祈祷しなければなりません。神様に祈祷し、イエス様に祈祷し、真の御父母様に祈祷する時、行くべき道が生じるということを知らなければなりません。(一三一−三二三、一九八四・五・一九)
今回、ろうそくをつくってあげようと思います。「興進ろうそく」というろうそくをつくってあげようと思います。これをつくれば、いつでも興進がここに来て皆さんに協肋するでしょう。自らの名前のついた何かが常に皆さんと具にあることによって、いつでも来て協肋することができるので、皆さんにはサタンが侵犯することができないのです。その理由は、息子の興進が保護してくれるからです。
ここにおいて、息子の興進は、直接愛圏内の真の御父母様の息子です。直接愛圏内の真の御父母様の息子が守ってくれるものには、サタンが讒訴できません。サタンが侵犯できないというのです。そのような意味において、霊界に行った興進君が協肋してくれるということは、サタンが皆さんに侵犯しようとすることに対する防御の道なので、今後皆さんは、興進ろうそくを中心として祈祷しなければなりません。(一三二−二七九、一九八四・六・二〇)
これは祝福家庭の息子、娘に限って可能なことです。しかし、皆さんが「この人は私の代わりに必要なのでそれをあげなければならず、この人はこのようなろうそくを受けるにふさわしい。み旨のためにいつでも犠牲になって余りある」と特別に考えられる時には、皆さんの名前で分けてあげてもかまいません。
その前には、分けてあげることができません。祈祷する時にいつでも興進ろうそくをつけて祈祷すれば、興進の保護圏が展開し、真の御父母様がいらっしゃり、神様がいらっしゃり、また興進が保護することによって、安全な基盤を築くようになるのです。ですから、そのろうそくの火というものが最も貴いということを知らなければなりません。これは、祝福家庭の子女に限って配付するのですが、特別に生命を覚悟して手本となることができる人々に皆さんが分けてあげることもできるというのです。
興進は、真の御父母様に孝子の本分を果たすことができずに霊界に行きました。興進が無念に思っていて、代わりに孝子の本分を果たしてくれることを願っているということを知らなければなりません。孝進を通してです。ですから孝進は、今から二人の息子の責任を全うしなければなりません。そのようにすれば、今から前途がよく開かれ、本当に良いでしょう。(一三二−二七九、一九八四・六・二〇)
皆さん、祈祷時間に徹夜する人は、「興道ろうそく」をつけておいて祈祷しなさい。そのようにすれば、興道と共にいるのです。興道が共にいれば本当に良いのです。天使は必要ありません。
愛の天使は、神様の愛圏を接触させることができません。興道は、真の御父母様の真の愛を中心として、世界的な蕩減を背負い、その条件によって霊界に行った方なので、直接愛圏、神様と真の御父母様の愛をもって皆さんを保護するのです。
それゆえに、サタンが侵犯することはできません。原理がそうではないですか。サタンが侵犯できない境地に入っていくので、祈祷する皆さんは、み旨のために、神様のために、このみ旨全体のために、いつでも生命を覚悟しなければなりません。そのような決意がなければ、興道ろうそくを受ける資格がありません。(一三一−二七九、一九八四・六・二〇)
三 興道様と五旬節の地上役事
1 亡くなった興進様を実体復活させ、五旬節が来るようにされた
サタンは、イエス様を殺したので、イエス様の実体役事が終わって霊的復活したのを見て、興道を殺せばすべてが終わると思っていました。しかし、真の御父母様、神様が、実体復活と同じ復活をさせました。イエス様を殺したのですが、イエス様を復活させて相対の聖霊を復帰して、霊的真の父母を立てたのです。それは、サタンにとっては大きな脅威です。それはイエス様も考えなかったことです。霊的父母になったのです。そのようにして、二千年後の再臨を望みとしてきたのです。しかし、興道はどのようになったのでしょうか。サタンは興道を殺せばすべてが終わると思っていたのですが、神様は、すぐに四十日以内で祝福し、イエス様が二千年後に再臨する基盤を四十日以内ですべてつくってしまったのです。
ですから、二千年の蕩減路程を経たのと同じです。四十日以内で四千年蕩減路程をあっという間に経てしまったのです。再臨して結婚するのと同じです。(一三一−一四五、一九八四・四・二九)
サタンがイエス様を打ったのちに神様が復活させたように、興道君をサタンが打ったのち、世界的な内容で真の御父母様が復活させました。そのようにして、イエス様は死んで霊的門を開きましたが、興進君は肉的門まで開き、二千年後に再臨できる道を四十日以内に短縮させてしまったのです。これは驚くべきことです。
ですから、五旬節、聖霊降臨節の時、イエス様の時代における五旬節のその時と同じように、今は、新しい霊肉を合わせた世界的な五旬節時代だというのです。
蕩減復帰です。失敗したことを蕩減しなければなりません。キリスト教が反対したからです。それをはっきりと教えてあげなければなりません。なぜかというと、イエス様が五旬節に聖霊と再臨して、百二十門徒と共に二千年間、キリスト教を中心としてキリスト教文化圏をつくってきたのですが、それを再臨主に奉献していれば、五旬節は必要ありません。
しかし、反対したので、すべて完全に崩れてしまったのです。ですから、この時代になって、現実舞台において、王の王である真の父母を中心とした基準の前で百二十カ国を再び復活させなくては、霊的世界のイエス様の五旬節祝福基盤を地上に完全に連結させて相続権を移しておくことができないというのです。ですから、ここに祭物を捧げて、五旬節実体相続権を中心として連結させ得る基盤を築こうとしたのです。
百二十カ国に植えたものを失ってしまったので、再び植えて刈り取らなければならないのですが、それを五十日以内ですべてやってしまったのです。そのようにして、イエスの再臨理想を中心として、興進君を直ちに結婚させてあげることにより、初めて再臨期間なく、真の父母が生きている神様の直接主管圏内において霊肉勝利圏が展開するというのです。(一三一−二三〇、一九八四・五・四)
今、興進を中心として五十日後に式を執り行っていることを、統一教会はなぜ「五旬節」と言うのでしょうか。その五旬節とは何かというと、昔は個人が来ましたが、今は、その国の善霊たちがみな霊界から降りてきて、自分の国の善人と一つになるのです。そのようにすることができる時が来たのです。そして、カイン・アベル、天使世界とアダム世界が一つになった王権が顕現し得る時代が来るのです。驚くべき話です。夢のような話でもあります。そのようにならなければ蕩減復帰ができません。イエス様が蒔いたので、世界的に刈り取らなければなりません。
ですから、そのすべてのものを復帰するために、興進に命じて再蕩減をしたのです。そのようにして、このことを知ってプログラムを合わせ、死ぬ前に私がすべてそのような「統一式」を行ったがゆえに興進もあのようになったのであって、プログラムを合わせていなければ、絶対に条件を立てることはできないのです。ですから、今、興進がサタンの境界線なく、昼でも夜でもいつでも思いどおりに百二十カ国で活動できる舞台が生まれたのです。ですから、あのアフリカにも行って現れたのです。昔はそのように現れることができませんでした。
条件が成立していなかったので、横的な活動をすることができなかったのです。今は、横でも縦でも霊界でも、思いどおりに行ったり来たりするようになっています。
ですから、今は、興進を中心として霊界で連結されている先祖たちも、いくらでも現れて興進を代理することができるのです。そのような時が来ました。
今は、ひゅーっと回っていくのです。そのようにして、サタンが地上世界で占領している地域をどんどん追い払うのです。霊界から来て、すべて退治してしまうのです。そのような交差時代が来ました。地上を占領し、悪霊をどんどん追い出すのです。それが可能です。そして、白分の先祖たちが来て……。(一三一−一四八、一九八四・四・二九)
興進が霊界に行くことにより、世界的五旬節の時代に入っていくので、完全に復帰する時に入っていくのです。韓国における延世大学と梨花女子大でついた火、その時燃え上がった火が今まで保留されていたのですが、四十年を巡って今、再現されるのです。ここにおいて、キリスト教文化圏とキリスト教国家と歴史的な統一教会の家庭と統一教会を信じる人が、先生のみ言と一つになることができなかったという汚点が残っている内容をいかに蕩減するのかというのです。それは、先生が蕩減しなければ道がありません。
統一教会とアメリカと世界の首を切ってしまうことはできないというのです。ですから、やむを得ず、ここで興進を代わりに祭物として立てざるを得なかったという事実を知らなければなりません。(一三一−一九六、一九八四・五・一)
サタンは、イエス様を殺せば、神様のみ旨であれ何であれ、すべてなくなると思っていました。しかし、神様が復活させ、今日、霊的世界を中心として世界的な版図を立てました。このような基盤の上でイエス様が昇天したのですが、相対がいませんでした。霊的父母になろうとすれば、霊的母がいなければならないのですが、霊的母がいなかったのです。ですから、母である聖霊を選出され、その聖霊が来るのです。聖霊が来る時は一人で来るのでしょうか。百二十門徒と共に来て、百二十カ国に霊的キリスト教文化創建の基盤を築く活動を開始するのです。それをまくのです。
ですから、今日興進は、統一教会の歴史において、キリスト教文化圏が反対し、キリスト教が反対する基盤の上で、必ず十字架を背負わなければならないという立場に立ったのです。
先生は、真の父母の名前をもっているので、どうすることもできません。法廷闘争をして監獄には入れましたが、首を切ることはできないというのです。その闘いをするのです。(一三一−一九六、一九八四・五・一)
協会創立三十周年というのは、歴史的に唯一の転換の時だからです。ですから、先生が宣布の祈祷をしたのです。天国のすべての王権、百二十カ国の王権を地上の王権と連結させて、王権の中心である真の父母を中心として興進が霊界に行きましたが、息子の立場で祭物になったので、祭物を取り戻して真の父母に捧げなければならないのです。自分の体をもって祭物として捧げたのであり、サタンから取り戻して真の父母の復活的祭物として捧げなければならない責任があるので、興進は、この歴史時代の先鋒に立って全世界的な活動をするにおいて、すべての王、すべての聖者をみな連れてくるのです。ですから、今から五旬節を迎えるのです。(一三一−二〇一、一九八四・五・一)
2 興進様は百二十カ国を真の御父母様のみ前に
今、先生は、すべての国の代表を中心としていますが、興進君は、今、百二十カ国を中心として真の御父母様の前にそれを引き込む役事をしています。なぜそのようにするのでしょうか。原理的に見るとき、真の御父母様の息子をサタンに引き渡す条件はないからです。犠牲になってはならないのです。サタンに引き渡してはならないというのです。同じように、神様の息子であるイエス様を引き渡す必要はなかったのです。それが原理観です。しかし、イスラエルの国とローマとユダヤ教を再び救うために引き渡したのです。取り戻してくるためにです。
このように、真の御父母様が興進君をサタンに引き渡す何の条件もないのですが、キリスト教ゆえに、自由世界ゆえに、全世界ゆえに、興進君を引き渡したのです。サタン世界を取り戻してくる条件として引き渡したのです。興進君は、自分がサタンに侵犯されたことが真の御父母様に対する不孝だったがゆえに、百二十カ国を真の御父母様の前に追い立ててきて復帰してさしあげることによって転換するのです。それゆえに、興進君は休む暇もなく活動するのです。
ですから、興進君が霊界から百二十カ国の王、昔の善王、善の民をすべて任命して再臨させ、「真の父母に、真の父母に!」と運動させるのです。百二十カ国においてこのような運動が展開するのです。(一三一−二三五、一九八四・五・四)
イエス様が死んでから四十日後、五十日後に五旬節が起きました。本来、イエス様は、霊的にではなく実体的に、霊と肉の父母として、地上においてローマの基盤を中心として世界的に活動しなければなりませんでした。しかし、殺されたので、霊的父として上がっていったのです。その次に誰が来たのかというと、母の神である聖霊が地に降りてきました。
五旬節に降りてくる時、一人で降りてきたのではありません。聖霊が降りてくる時は、旧約時代の善の霊たち、百二十カ国を代表して霊的な活動をすることができる代表団をこの地上に連れて降りてきました。その霊たちが地上に来てキリスト教の活動を行いました。今までその霊たちが何をしてきたかというと、国の文化背景は異なりますが、終わりの日である再臨時代に百二十カ国が連結できるように、世界的なキリスト教版図圏を築いてきたのです。
霊的基盤を中心として、百二十門徒が世界的に活動していくのです。その道を築いてきたのです。(一三一−一四三、一九八四・四・二九)
イエス様が復活することにより、百二十門徒が再臨したように、興進を送ることにより、百二十人の門徒が地上に再臨できる立場になりました。百二十門徒は国王です。世界代表の王を示すのです。指導者、責任者を示すのです。地上に再臨できる条件を立ててあげるのです。ですから、霊界に通じる人々にイエス様が現れ、自分は老いたキリストであり、興進は若いキリストだと紹介したのですが、すべて道理にかなった話です。
霊界と肉界が連結され、霊界を引っ張ってきて善の霊たちを配置する運動が展開するのです。イエス様は、キリスト教を通じて国を復帰しなければならなかったのですが、国まで行く前に死にました。国まで行く前に死んだというのです。
ですから、アメリカにおいてキリスト教が反対した事実を再蕩減するための祭物として興進が霊界に行き、それからダンベリー事件は何かというと、国家が反対したことを蕩減するものです。先生がそれを蕩減しなければなりません。
国家的蕩減をすることにより、世界のすべての国家が反対したその峠、艱難期を越えて新しい次元の国家、世界に向かうことができる統一教会の運勢時代に越えていくのです。それをはっきりと知らなければなりません。(一六一−八〇、一九八七・一・二)
イエス様が復活する時に百二十門徒が設定されたように、興進君が四十日目以降に祝福を受けることによって再臨できるのです。
聖霊が地上に実体として臨んだのと同じ基準になっているので、霊界にいるすべての百二十カ国の善君、イエス様をよく信仰していった善君を中心として……。興進君は誰ですか。愛の王です。イエス様とカイン・アベルが一つになり、イエス様を中心として、その時の王権を中心としたその国々のすべての王をカインと同じ立場ですべて連れてきて、カイン・アベルを立てるのです。
霊界で一つになったので、地上に降りてきて地上の百二十カ国を中心として、百二十門徒が来たのと同じように、その善の王権をもったカイン的王権を中心として、心情的一致圏に連結して地上再臨させるのです。そして、すべての霊人たちが来て、その国の生きている大統領を協肋するのです。また、キリスト教を中心として、善の王を中心として侍ったその時代、その国の善の民を合わせて、今の主権を中心として真の父母の愛圏に連結させる運動が展開していくのです。(一三七−二九六、一九八六・一・三)
五旬節、聖霊降臨節の時、イエス様時代の五旬節のその時と同じように、今は世界的な新しい霊肉を合わせた五旬節時代だというのです。蕩減復帰です。
失敗したことを蕩減しなければなりません。キリスト教が反対したので、それをはっきりと教えてあげなければなりません。なぜかというと、イエス様が五旬節に聖霊と再臨して、百二十門徒と共に二千年間キリスト教を中心としてキリスト教文化圏をつくったのですが、それを再臨主に奉献していれば、五旬節は必要ありません。
しかし、反対したので、すべて完全に崩れてしまったのです。ですから、この時代に、現実舞台において、王の王である真の父母を中心とした基準の前に百二十カ国を再び復活させなくては、霊的世界のイエス様の五旬節祝福基盤を地上に完全に連結させ、相続権を移すことができないというのです。
ですから、ここに祭物を捧げて、五旬節実体相続権を中心として連結させることができる基盤を築こうとしたのです。百二十カ国に植えたものを失ってしまったので、再び植えて刈り取らなければならないのですが、それを五十日以内ですべてやってしまったのです。そのようにして、イエス様の再臨理想を中心として、興進君を直ちに結婚させてあげることにより、初めて再臨の期間がなく、真の父母が生きている神様の直接主管圏内において霊肉勝利圏が展開するというのです。
第二次大戦の時、キリスト教文化圏が一つになり、再臨主を迎えることができる時があったのですが、反対しました。百二十カ国が一つになり、すべて崩れてしまいました。二千年歴史がすべてです。ですから、統一教会を通して再現し、キリスト教文化圏の百二十カ国形態の基準に入ってきてこれを進結させるためには、イエス様が失敗したすべてのことを受け継いで勝利基盤を築かなければなりません。それをしなければ越えていくことができません。蕩減しなければなりません。
ですから、先生が十字架を背負うのです。同じように、きちっとその進を行くのです。今回は、霊肉を中心として一つになるのです。死にはしないので、霊肉で一つになるのです。先生は死にません。ですから、ユダヤの国に当たる韓国とキリスト教の歓迎する場が韓国大会(勝共決起大会)です。それを中心として、世界的にみ旨が展開していくのです。(一三一−二三〇、一九八四・五・四)
世界的蕩減基盤の上に立った真の父母が蕩減したので、興進様は、霊界に行ったとしても、原理的な観点において真の父母から委任された人だというのです。それを知らなければなりません。イエス様も、霊界に行って新婦を復帰するまで、真の父母の基盤、蕩減条件の基盤を通過することはできなかったというのです。イエス様がカインになり、興進がアベルになって霊界の長子復帰は完全に決定するのです。霊界において長子復帰をするのです。そのようにして霊界を正してあげることにより、霊界に秩序が定まるのです。
イエス様は、霊的王の立場で新婦を探して結婚するまで二千年を経ましたが、興進は、四十日以内でこれをしてあげるのです。直ちに、五旬節以内で祝福してあげることにより、二千年間キリスト教が払ってきたような犠牲の蕩減を払わず、直ちに興進を進結してあげることにより、地上世界と霊界が真の父母の愛の圏内に接触してくるのです。これを知らなければなりません。そのようにして、韓国の王をセンターとしてすべての国の王を糾合し、その王たちを愛した愛国者と忠臣をすべて東ねることができる基盤をつくるのです。
数多くの氏族と数多くの血族によって文化背景の異なった霊界に、興進君が行くことによって統一圏が生じるのです。そのようにして地上世界と連結され、霊界が統一された基準において、先祖たちが自分の子孫を訪ねてくるのです。
今後は、大統領も、すべて霊的に共に選挙をし、統一教会を信じ、統一教会を主張する人が自然に大統領になるのです。
このようにして、統一圏世界の百二十カ国が降臨し、顕現する時代に入ってきたということを知らなければなりません。
それは、いつ植えられたのでしょうか。二千年前に霊的母と霊的父が生まれた時に、百二十門徒が世界国家の種として蒔かれたのです。それがキリスト教文化圏と連結され、その版図を再び復活させて収穫する国家的収穫圏を成し、イエス様とキリスト教が真の父母に捧げることのできなかった過去のキリスト教文化圏を蕩減復帰し、キリスト教文化圏と民主世界の勝利圏、統一教会の世界的版図と霊界の勝利圏を真の父母に結束することにより、一つの統一された心情世界圏に越えていくことができるのです。ですから、五旬節の蕩減です。再蕩減、収穫を通じた再蕩減をするのです。
霊界は、百二十の霊的王権を中心としてすべて統一圏に統一されるのです。そのようにして、地上の百二十カ国に再臨するのです。これは何かというと、イエス様の時代に洗礼ヨハネを中心としてユダヤの国の百二十門徒が一つになった形態と同じだというのです。王権が再臨するのです。
そうだとすれば、どこに再臨するのでしょうか。自分の国にするのです。自分の祖国に再臨するのです。百二十カ国の基盤にすべて協助し、センターとなる真の父母の側にどんどん引き込むのです。イエス様の時代に、サタン世界の文化圏にキリスト教文化が定着したのと同じことをするのです。(一三一−一九八、一九八四・五・一)
霊界は、天使世界です。天使世界に該当するのです。結婚できなかった立場に立っているのです。イエス様は結婚することができずに死にました。ですから、結婚できなかった立場にあるこの天使世界をすべて収拾し、イエス様まで糾合して、あの世に初めて……。イエス様は、天使世界の息子ですが、本来のアダムの息子なので、霊界に行って本来の王宮を中心として、王権を中心として、民を中心とした天国を成さなければなりません。しかし、それが成されていません。ですから、興進が霊界に行くことにより、どのようなことが起きるのでしょうか。今まで、歴史的にキリスト教とアメリカが誤ったこと、統一教会が誤ったこと、そして私の息子、娘が誤ったことまですべて蕩減していったのです。
そのようにしていったので、興進が霊界と肉界を連結させて一つに結ぶ時には、すべての蕩減条件が成立します。ですから、霊界において新しい若い王を中心として……。イエス様は三十三歳の王です。そのような王権組織を中心として、各国に王権形態を再編成するのです。百二十カ国の王権を編成して地上の国に再臨することができる、そのようなことが起きるのです。(一三一−一四三、一九八四・四・二九)
誰のためにですか。真の御父母様のためにです。ですから、このすべての霊界は、真の御父母様に向かって入ってくるというのです。アメリカが反対していますが、自由世界はすべてレバレンド・ムーンの側です。大統領になる人々はみな、「レバレンド・ムーンの思想でなければならず、統一教会でなければならない」と言いながら入ってくるのです。
ここで、すべて人事配置しています。私が考えるとき、興進君はかわいそうです。このようにしなくては、真の御父母様に対して面目が立たないので、このことをするのです。皆さんが世界の国家を連結させなければならないのですが、それを代表してするのです。皆さんと一つになってするのです。
なぜでしょうか。霊界で統一がなされているからです。それによって、このような蕩減条件をすべて払い、霊的世界の活動を地上と完全に連結させたので、統一教会という言葉が完成したと言うことができます。それゆえに皆さんは、いつも薫淑を思い、興進を思わなければなりません。彼を先頭に立ててお兄さんのように従っていきながら真の御父母様に侍らなければならないということが、今、起きていることを知らなければなりません。それゆえに、今からは、世界的な恩賜の時代に入っていくのです。興進君が逝くことにより、新しいペンテコステ(五旬節)が起きたのです。ペンテコステは再臨を意味するでしょう? (一三一−二三五、一九八四・五・四)
イエス様が復活されたのち、ペンテコステを中心として百二十人門徒が準備した、その基地に結実することができる世界的国家形態として、アダム型の国、アベルの国をすべて管理し、育ててあげ、保護する責任があるのです。天使がアダムとエバを保護してあげることができたように、興進が霊界に行くことにより、百二十カ国が再臨できる、そのようなことが展開するのです。
本来は、先生が行ってしなければならないことですが、先生が行かずに、興進が先生の代わりに行き、今そのことをしているのです。これをするためには相対基準がなくてはならないので、薫淑を地において結婚させてあげるのです。
このようにすることによって、相対理想をもたらしたイエス様と聖霊の実休園に代わる立場で、百二十カ国全体が再臨できる基地をつくることができるのです。ですから、興進を中心として、五十日を中心として、百二十カ国が再臨する五旬節復活圏が起きるという蕩減復帰歴史は、避けることができないのです。(一三一−一四三、一九八四・四・二九)
孝進と私たち統一教会の食口は、興進を助ける祈祷を一生懸命にしなければなりません。これをはっきりと知らなければなりません。代わりに捧げたものをサタンから取り戻し、実体として真の御父母様に捧げなければなりません。
ですから、百二十カ国を取り戻してくる運動をするにおいて、霊人たちが統一教会の食口たちと一つになり、全世界の国民の背後から真の御父母様に向かって入っていくようにしているというのです。
ですから、ここにおいて私たちは、完全に一つになって祈祷しなければなりません。一致団結すればできます。ですから、興進と薫淑の思想をもたなければなりません。この思想だけをもたなければならないというのです。サタンの讒訴を免れる道は、サタンのすべての所有を真の御父母様にお返しすることです。これが転換点です。
それでは、三年間どのような心で活動するのでしょうか。「興進様のように犠牲になろう。主体である私が興進様を助けるのであって、興進様の世話にはならない」という心で活動しなければなりません。
このように活動すれば、世界はあっという間に復帰されます。「私たちが主体であり、興進様は相対なので、主体である私たちは世話にならない。助けを受けない」、こうでなければなりません。(一三一−二〇四、一九八四・五・一)
3 興進様の地上役事
「あー、興進様一人が死んで、そのように大騒ぎするのですか〇文先生も本当に正気ではない。自分の息子が死んで、何を大騒ぎするのですか!」などと思って理解できなかったでしょう。このような歴史的背景を中心として悲惨な内容をつづってくる深い心情の事情を、誰が知っていたでしょうか。もし先生がこれを知らなければ、霊界と肉界はどのようになっていただろうかというのです。
イギリスから責任者が来て報告した内容ですが、霊界において興進と共に活動する背景を一人の婦人が教えてくれるというのです。それによれば、聖フランシスは、イタリアで死んだのですが、一度もイタリアに行くことができなかったということです。しかし、興進が霊界に来て配置することにより、今回初めてイタリアに行くようになり、それが「どれほどうれしいか分からない」と言ったというのです。
また、ドイツ南部にいた一人の司教は、ドイツで死んだのですが、ドイツに行くことができなかったというのです。しかし、興進様が「あなたはここで監督しなさい!」とおっしゃり、「ドイツに来て活動するようになったのでどれほどうれしいか分からない。真の父母に協肋することができる驚くべき恩賜を受けた」と言って喜んでいたという報告を受けました。それは先生が話したこととすべて一致するのです。霊界にいる人々が言うには、今まで興進を知らなかったということです。「東洋の少年だが、あれは誰だろう? イエス様がたじたじになっているが?」、このようにして不思議に思うので、興進が「私が興進だ」、そのように言ったというのです。ですから、イエス様が興進のことを「ヤング・キリストだ」と言ったというのです。「自分はオールド・キリストであり、興進はヤング・キリストだ」と言ったというのです。そのヤング・キリストとは何ですか。先生がきょう解説する内容を聞かなければ分かりません。きょうのこのような内容の概念を知らなくては理解できないというのです。
さあ、洪水のような恩賜の時代が来たので、洪水のように勇気を出し、洪水のように走っていき、洪水のように闘ってみよう、ぶつかってみよう! これが、きょう皆さんに指示する贈り物のみ言だということを知らなければなりません。恐れてはなりません。
自分の行く所には神様が共にいらっしゃり、興進と霊界が共にいる勝利の立て札が打ち込まれているので、最後まで行くのです。行けば、すべてのことが解決します。(一三一−二〇五、一九八四・五・一)
興進が霊界に行き、アフリカでもどこでも、頻繁に現れることができるのは、興進の天下になったからです。ところで、薫淑は、結婚する時にそれを知りませんでした。薫淑は、霊的世界の王妃として初めて歴史に現れたのです。
真の父母の愛の圏内から神様のみ前に送られた息子としては、歴史始まって以来のことです。イエス様もその位置には行くことができませんでした。真の父母の愛を中心として、原理主管圏と直接主管圏が連結された真の父母の基盤をもっていくことができなかったのがイエス様です。
歴史始まって以来ただ一人、興進だけがそれをもっていったのです。そして、再臨が必要なく、現実において霊的に、肉的に実体的な相対基準を成したのです。イエス様が死んだのち、数多くの犠牲の代価を払いながら二千年蕩減してきたことを何日間でもってすべて終えたので、霊界と肉界が分かれていたのですが、興進を架け橋として完全に連結されたのです。それは理論的です。どうすることもできないというのです。(一三一−一四九、一九八四・四・二九)
先日も郭錠煥氏が話しましたが、今、興進君が世界的な霊界役事をしているのですが、アフリカの指導者と欧州の指導者の心霊検討を行いました。それは欺くことができません。すべて明らかになります。霊界から見ればすべて分かります。何をして隠しているのか、隠していれば雷が落ちるのです。
ところで、一つ、私たちと異なることとは何でしょうか。興進君が霊界で「こうだ」と言えば、本当にそのように行動することです。考えると同時に行動します。それが異なります。今、興進が来て、ある霊媒を通じて共に生きています。それゆえに、直接指導するのです。朝起きるのもその時間を守らなければならず、例外がありません。きっかりその時間に起きます。約束すれば、その時間どおりに動くのです。値引きがありません。それは何かというと、霊界に直接属していれば、考えることを直接行うことができるということです。
しかし、堕落した世界はそうではありません。堕落した罪悪世界は、考えたことを直接行動に移すことができないのです。それが異なっています。それでは、霊界では何を中心として考えるのでしょうか。愛を中心として考えます。本質的な創造理想に直行できる愛を中心として考え、愛の理想実現のために考えます。それゆえに、その愛の本然の位置にいれば、体が即座に行動できる世界になるのです。
しかし、今日の人間世界はどれほど異なっているでしょうか。考えるのですが、それを行動に移すために、十年かけて考えてから行動することもあり得るのです。それだけ違いがあるというのです。良心的な人であるほど、考えることを早く行動に移すことができるのです。即座に行動に移すのです。考えることが言葉として現れ、言葉として現れるだけではなく、行動として現れるというのです。それが異なる点です。(一六九−一七二、一九八七・一〇・三一)
先日、興進君が現れて、今霊界からすべて役事をしているのですが、「統一教会の教会員の八五パーセントは全員追い出さなければならない」と言うのです。興進君は、私よりも愛が多いのです。私は、九九・九パーセントまで追い出さなければならないと考えています。
なぜでしょうか。私は、今定義したこのような人に一人も会ってみることができなかったのです。では、ここにいる金協会長、そうでしょう? 本物ですか、偽物ですか。
見てみなさい。答えられないではないですか。郭錠煥氏! 本物ですか、偽物ですか。「私が本物だ」と言うことができるのは神様しかいません。それゆえに、私たちは神様を手本としていかなければなりません。(一六九−五六、一九八七・一〇・二五)
統一教会の群れをよくよく見れば、単純ですさまじいのです。今回、興進君が来て棒で思い切りたたく時も、良心の呵責となることをそのままにしておいては生きることができないのです。棒で殴られたとしてもおしりを突き出し、腰が一度折れたとしても「私は嫌だ!」と言わずにいます。それが統一教会の底力です。(一七二−二九、一九八八・一・三)
先日、興進君が来て一度ひっくり返してしまいました。それゆえに、「ああ! 化け物と共に生きる統一教の群れ」と言いましたが、そうです。化け物の王が神様です。神様と共に生きているのです。そうだというのに、誰がレバレンド・ムーンを捕まえますか。誰がこの道を遮りますか。四十年間迫害を受けながらも、このように発展させてきました。それは私の力ではありません。神様が加護されて、そのようになったのです。(一七一−四一、一九八八・一・三)
今回、興進君が来て旋風を巻き起こしましたが、気分はどうでしたか。たくさん学びましたか。人を愛し、人権を尊重し、公金を大切にすること、血統を尊重視すること、先祖から受け継いだ愛国心、孝行の道、義人の道、先駆者の道、聖人の道、そのような情緒的な道を中心とした、心情的基準を尊重視する四大原則が、天国の憲法になっています。(一七一−一九八、一九八八・一・一)
興進も、絶対的に先生と全く同じ考えです。霊界がそうです。餅はあげるかあげないかなのに、キムチ・スープから飲み、さじをもってきて、箸をもってきて、でんと座っているのです。私は、幼い時からそのようなことが最も嫌いです。それは体質的に受け入れられないようになっています。
今、霊界においてすべてそうではないですか。興進君がここに来て仕事をするのは、先生があまりにも苦労したので、天命を受けて来たのです。今まで先生が血肉を捧げて積み上げた金のような塔を、うじ虫になって食い荒らしています。
ですから、霊界がすべて責任をもって現れて張り飛ばすのです。張り飛ばすだけでしょうか。「張り飛ばされたことが悔しい」と言って不平を言う者たちがいますが、不平を言いなさいというのです。時を知らない者たちです。その時の空気に私は動かされません。(一七〇−二八五、一九八七・一二・四)
今から皆さんは、どのようにしなければなりませんか。皆さんが誤って興進を死なせて許されたように、この民族が罪を犯したので、皆さんは、死ぬ立場に立って再び復活しなければなりません。ちょうど同じです。死ななかったでしょう? ですから、死ぬ立場、北朝鮮に首を突き出しなさいというのです。危険な所は行きたくないでしょう?
息子が死んだ時に耐えてきたのは、どうしてでしょうか。国家解放を成し、世界解放を成すのです。国家解放と世界解放のために統一教会員たちができないのであれば、そのような立場にほうり込んでそのことをさせるのが正義の道です。働かなければ御飯を食べることはできません。働かなければ寝ることはできません。興進君が寝ましたか。元弼氏! 何日間寝ていませんか。(今も寝ることができずいます)。何日間なのかというのです。(約八十何日になります)。それでも生きるのですね。顔が赤くなって、死にません。証拠です。はっきりと分かりましたか。(一七一−二七六、一九八八・一・二七)
今から責任者たちは、どのようにしなければならないのですか。興進君のようにしなさいというのです。皆さんが出掛けていって仕事をする所では、興進君が共にいなければなりません。興進君は先生に似ているというでしょう?
先生は、食べることや寝ることを考えましたか。生涯、そのようには生きませんでした。今まで神様が二百五十万年という人類歴史を経てこられながら、いつ休んだりされましたか。二十四時間、いつも同じでした。復帰の一念以外にはなかったのです。
もちろん、興進君が来て、皆さんをすべて許す条件も立てましたが、すべて許されたわけではありません。実践しなければなりません。八八年を中心として、きれいに整備しなければなりません。自らが犯した罪の垣根を壊し、「私は解放されて行く!」と言うことのできる自分自身を取り戻して立ち上がらなければならない時が八八年です。一年しか残っていません。はっきりと知らなければなりません。後日、「私は知らなかったので、このようになりました」というのは通じません。皆さん自身がまず行うのです。興進君が共にいなければなりません。
それが、興進君が皆さんに教えてあげたことです。真の御父母様がおっしゃることには絶対服従です! それに異議はありません。「糞を食べなさい」と言えば食べ、「肥だめに落ちなさい」と言えば落ちなければなりません。なぜか分かりますか。ほかのことは考えるなということです。
興進君は、皆さんの罪を許すために徹夜しながら世界を一周して、ここに来ました。皆さんは全員罪を犯したカインと同じ立場にいるのであり、この世の人々は皆さんと全く同じなので、皆さんが彼らのためにそのことをしなければなりません。座って「ああ良い」と言って安らかに暮らしなさいというのではありません。はっきりと分かりましたか。興進君が皆さんの過ちを許したように、皆さんも、世の中に出ていって張り飛ばそうと何をしようと服従させ、「来なさい」と言えば来て、「行きなさい」と言えば行くことができるようにし、全員天国に連れていくことができるようにしなさいというのです。それが教示です。先生は必要ありません。満四年ぶりに来て、その特権を与えるのです。
皆さんが興進君のようになることを信じ、皆さんを許すのです。(一七一−二七四、一九八八・一・二)
今からは、先生を心情的に蹂躙することに対しては、許してもらうことができなくなります。今回、興進君が来て清掃作業をしたので、私は手をつけなかったのです。興進君が来てどのようにしましたか。興進君が祭物として霊界に行き、私が祭物として送ったので、やむを得ず私がかかわったのです。
事実、皆さんは、先生に対することができるようになっていません。先生に対そうとすれば、先生の直系の血統を通じて対することができるのです。アダムの使命を真の父母が成すのです。第三者が対することができるというのは原理ではありません。違いますか。神様の純潔な血統を中心として生まれた息子、娘を真の御父母様が率い、その息子、娘を中心として家庭編成と氏族編成をしなければならないのですが、継ぎはぎだらけの者たちを連れてきて氏族編成をしようとするので難しいのです。
統一教会の氏族編成は、堕落した息子、娘を復帰し、復帰された氏族として編成することです。洗礼ヨハネ的です。ですから、皆さんは三代を経なければなりません。三代を経なければなりません。それゆえに、先生の息子、娘たちも、みな犠牲になっているのです。本来、先生の息子、娘は、先生の息子、娘同士で結婚しなければなりません。しかし、人類を生かしてあげようとするので、三十六家庭の息子、娘とみな祝福してあげたのです。原理がそうではないですか。(一七二−六三、一九八八・一・七)
原理的に見るとき、統一教会において最も重要な問題は心情問題です。皆さんが生まれたのも心情の理想を実現させるためであり、心情の理想を実現させて、その理想実現の生活を通して心情的結果を天に報いなければなりません。実を取るためです。(一七一−九、一九八七・一二・五)
愛の理想圏に同参できないのです。それほど違いがあります。先生が天のみ言を語ったならば、そのみ言と共に皆さんの心と体が直接行動できなければなりません。しかし、そのようにすることができずにいるというのです。
ここには、自分が進んで条件をもってくるのです。不便だとかどうだとか、自分の家庭があるとか、自分の環境があるとか、国がどうだとか、世の中の法がどうだとか、私の習慣がどうだとか、自分の良心がどうだとか、生まれつきの性格がどうだとかいう、介在させてはならない様々な条件が引っ掛かっているのです。いつこれが清算されるのですか。その引っ掛かっている条件をもったまま生きたのちに死ねば、心の理想は遠くのほうに行き、体は地獄に向かっていくのです。
どのようにしてこの境界線を縮めるのでしょうか。何によって縮めなければならないのでしょうか。縮め得る、ほかの道はありません。言葉や力でもできません。愛で縮めなければなりません。愛によって縮めることができるのが人間の本然の相、すなわち性相と形状なのです。愛で一つになり、一体化させなければならないにもかかわらず、観念ゆえに愛がないというのです。愛を実践できずにいるというのです。
愛の同和的主体性をもった心的基準が動けない位置に立ったというときは、永遠に一つになることができません。心はあちらに行き、体はこちらに行くので、どのようにしますか。あちらにも行くことができず、こちらにも行くことができないのです。(一六九−一七二、一九八七・一〇・三一)
四 真の御父母様の御家庭とダンベリーの苦難
1 アメリカのダンベリーでの苦難の意味
統一教会において、先生の家庭を見てみれば、一九八四年、その時が先生の家庭に対してサタンが総攻勢をかけた時でした。ですから、興進君が霊界に行き、先生は、一九八三年から始めた外国での新しい機動隊編成が二年目に入り、一九八五年までの四十年の峠に向かっていく時に、法廷闘争を中心としてダンベリーに入っていったのです。
そのようにして、すべてのものを蕩減原則によって背負いました。ダンベリーで完全に蕩減して解放がなされることにより、アメリカ自体が反対していた立場から歓迎するようになったのです。アメリカのキリスト教と統一教会、カインとアベルが一つになった基盤の上で、アメリカ自体を屈服させることができる基盤、世界基盤を築きました。
それゆえに、今回帰ってきて、韓国を国家的基準において縦的に上がっていくようにさせ、横的基準において再び連結しなければなりません。(一四三−一八五、一九八六・三・一八)
先生の家庭の息子、娘がみな艱難を受けます。一九八三年、一九八四年、一九八五年の三年間、家庭が艱難を受けるのです。家庭的十字架です。先生が家庭的にそうです。一九八四年、その時に興進が亡くなったのです。一九八三年十二月に事故が起き、一九八四年正月二日に霊界に行きました。すべて艱難時代です。それから先生が監獄に入っていったので、一九八五年までが家庭的艱難時代です。第二次大戦直後、一九四五年八月十五日が光復節ですが、一九八五年八月二十日にダンベリーから出てきたのです。
光復節は八月十五日でしょう? これを過ぎてから出てきたのです。四十年圏内のすべてのものが清算されるのです。ですから、イスラエル民族を新しく編成するのと同じです。(一四九−二二九、一九八六・一二・二一)
先生は、ダンベリーに行こうとすれば行き、行こうとしなければ行かないこともできました。先生は韓国にいたので、アメリカに来なければダンベリーには行かないのです。しかし、なぜ来たのでしょうか。アメリカと自由世界のために来たのです。それを知らなければなりません。興進君を世界のキリスト教のためにそのように送っておいて、私が来ないということはできないのです。
私は、世界を指導するアメリカに責任を負い、このことを決断しなければなりません。ですから、アメリカ大統領までも私が祝福してあげるのです。一九八四年に興進君がそのように霊界に行くことにより、キリスト教が私たちと連合するようになります。監獄に入っていく時に七千人を連合したのです。キリスト教を連合した基盤の上で監獄に入っていき、キリスト教の基盤を連結させたのです。キリスト教を連合させたので、国家を連合することができる基盤は自然に現れてくるのです。そのようなことをするのです。(一六一−八三、一九八七・一・二)
興進君の死により、興進君自体がすべて清算することはできないのです。お父様と協力しなければなりません。お父様の分が残っているので、サタンは、最後にお父様まで攻撃するのです。ですから、アメリカが先生を捕まえてダンベリーに入れたのです。このダンベリーは、二十世紀の十字架と同じです。イエス様の肉的な十字架と同じなのです。イエス様は、霊的な面を救うために肉的なものを死によって蕩減しましたが、先生は、実体世界の救援の道理のために、監獄、すなわち死の場、地獄に入っていくのです。そのようにして復活することにより、霊的な世界ではない地上天国が開門され、興進君と一つになることによって霊的世界も復活できるようになり、今、開門された地上世界の父母に従って協肋することにより、天の立場で行くのです。(一九六―二六五、一九九〇・一・二)
私がアメリカに行き、アメリカの法廷で裁判を受けて刑務所に行ったことは、どれほど息の詰まることでしょうか! この者たち、数値ドルにもなるお金を注ぎ、自分たちの国に「滅びてはならない」と夜を明かしながら祈祷し、血と汗と涙を注いだ人を……。
その国を救ってあげるために努力したお客さんの中の最も貴いお客さんであるのに、そのようにすることができますか。呪いの雷を落とすことができ、アメリカのすべての山野が荒廃した砂漠になるように祈る立場であるにもかかわらず、彼らをつかんで「呪わないでください」、「私が十字架を代わりに背負うので、息子の涙に免じて許してください」と祈ったのです。それが天に行く道です。私を見て、打つことができない神様の事情を知らなければなりません。
それゆえに、監獄生活をしながら不平を言うことはできませんでした。そこにはアメリカのすべての悪党、マフィアがいないでしょうか、殺人者がいないでしょうか、ありとあらゆる者がいるのです。彼らがみなアメリカに対して不平を言っても、「おい、アメリカという国は、そのように簡単な所ではない。そこにはありとあらゆる難しいことがあるのだ。個人生活の主人になることも難しいのに、国を率い、多民族をすべて吸収してアメリカの伝統文化を立てるということは簡単なことではない。不平ではこれを解消することができない。忍耐と消化力をもたなければならない!」と言いながら治めました。私は監獄に一年間いましたが、最初のころ、彼らはみな目をむいて私に反対しましたが、六ヵ月以内で、私が通るとみな訪ねてきてあいさつする、そのような環境になりました。(一九七上元四、一九九。・一・二〇)
私がダンベリーの監獄から出てきたのち、何かの問題があってそこを調べにいった人が、先生がダンベリーにいた時の責任者と看守たちに、レバレンド・ムーンが在所時にどのような影響を及ぼしたかを尋ねてみると、彼らが言うには……。ところで、そこの責任者は私を最も嫌いました。本当に無性に嫌ったのです。それは、そのようにせざるを得ません。彼を消化して屈服させなければなりません。
彼は私を嫌いましたが、正義には屈服します。ですから、調べるために行って、その人に会って話をしたのですが、私を嫌ったという、そのようなことまですべて話したというのです。「我知らずこうこうこのようにしたが、今になってみると本当に悔やまれる。その方がいらっしゃった二年間、囚人の中に争いが起きず、頭が割れ、手が折れる人は一人もいなかった。その前には争いが一週間に一、二件は必ず起きた。しかし、その方が出て行くやいなや、一週間もたたずに一年前のその現象がそっくりそのまま現れた。そのようなことを見るとき、一人の偉大な人がいることによるその影響が、どれほど大きなものかということが分かっていなかった。本当に感銘を受けた」、そのように言ったというのです。(一九七−三一四、一九九〇・一・二〇)
私がダンベリーに入っていく時、全世界の統一教会の責任者が来て泣いたりわめいたりしましたが、私は、「この者たち、今、あなた方は、あのダンベリーの壁の向こう側の世界を見ることができない。私が行って来るまでは、あの壁は崩れない。泣いてはならない!」、そのように言いました。ダンベリーに一年くらい行くことは甘受しなければなりません。そのようなチャンピオンではありませんか。
私は、監獄に対しても歴史におけるチャンピオンでしょう? 監獄に関する記事を書けば大作を書くことのできる背景があるのですが、話しません。話せば私の自慢になります。神様を誇らなければならないのに、私の自慢になるというのです。神様がこのくらいの条件を掲げているのに、自分の自慢をこれくらいすれば、それは不敬です。
それゆえに、先生の獄中生活の秘話は誰も知りません。ところが、私も知らないのに、ある人が『牢獄の救世主』という本を書いたということですが、私はそれを見ることもしませんでした。そこに先生がしたことがすべて書かれています。世の中は、すべて明らかになるようになっています。(一九七−三一四、一九九〇・一・二〇)
一九八四年を中心として興進君が霊界に行き、今、私が最後にこれを正しく終えるためにダンベリーに入っていき、三十万のキリスト教牧師に統一教会の偉大な原理のみ言の内容を圧縮したビデオ・テープを分けてあげ、本を分けてあげています。今、大騒ぎになっているでしょう。いくら反対してみても、頭が良い人はみなレバレンド・ムーンのおしりについてくるようになっています。時がそのような時です。
世の中の人々は、「本当に文牧師は不思議だ。彼は誰なのだろうか。どのような人なのだろうか」と言っています。ですから、不思議なことはいくら研究してみても分からないのです。ほかの人々は、監獄に入っていけば、家族に不幸があった家のように泣いたりわめいたり大騒ぎするというのにです。
先生は、希望を掲げ、ひたすら「監獄ののちには何が来るのだろうか」と、監獄の門も開かなければならないと考えているのです。どこであろうと、私が因縁を結べばそのままにしておきません。私が監獄にいる時、何人かの者が「先生、電話します」と言うのを、「こいつ、電話してはいけない!」と言いました。ですから、いくら電話したくてもできないのです。私が「電話をしなさい」と言わなければなりません。そこでは「一日が早く過ぎろ」と言いますが、皆さんは「早く過ぎるな」と言います。また皆さんは、「一日がなぜこのように早いのか」と言いますが、そこでは「一日がなぜこのように長いのか」と言います。反対です。反対ですが、一方はサタン側であり、一方は神側です。しかし、二つとも神側ならば良いというのです。(一三四−二一、一九八五・一・一)
私が監獄に入っていく前に、既に宗教を一つにまとめることを始めました。
それから、弱小民族と強大民族を一つにまとめることも、既に入っていく前にしました。そして、今は何ができるかというと、アメリカ政府を中心とした民主党と共和党が生き得る道、一つの理想的な道に行くことができるように準備しています。日々、監獄においてそれを準備しているのです。すべて命令しました。
それは、カインとアベルが一つにならなければならないのです。統一教会とキリスト教が一つになってこそ、アメリカが行き、世界が行くことができる基盤を築けるのです。(一三四−八四、一九八五・一・四)
なぜでしょうか。愛を中心として環境をつくったのであり、その環境の中に必ず主体と対象があります。必ず主体と対象を中心として環境が展開するのです。統一教会と言えば、統一教会の環境の中にも、先生を中心として、そこに主体と対象の原理があり、教会を中心とした環境の中では、教役者とそこの幹部たち、その堂会(注:教会内の牧師と長老の会合)が一つにならなければなりません。主体と対象が愛で連結されなければなりません。愛で連結されなければならないのです。
そのようにならなければならないのであり、皆さんは、その愛で連結され得る父母の立場にいるのですが、愛を中心としてこのような雰囲気も収拾することができなくなれば、何が先に打たれるかというと、旧約時代に相当する財物が先に打たれるのです。生活に窮するのです。貧しく暮らすようになるのです。そのようになる前に、家も雷に打たれ、すべてそのようになるのです。
牛も死ぬ、そのような不思議なことが起きるのです。
その次には何かというと、自分の息子が激しく打たれるのです。それでもできなければ、その時は自分自身が打たれるのです。自分自身が問題になる時は、問題がもっと大きいのです。これが蕩減法です。旧約時代と新約時代、旧約時代の物質から新約時代の子女、その次には父母にこれを展開すれば、物質、子女、身体です。それゆえに自分自身に問題が発生すれば、その時は遅いのです。
失ってしまった息子は、どのようにしますか。息子が引っ掛かることから免れなければならず、万物が引っ掛かることから免れなければなりません。
そのようにしようとすれば、家を出るなどの受難の道を行かなければなりません。監獄に行ってくるなどの異変に遭わなければなりません。家が滅びたり、妻が死んだり、自らの身に何かの事件が起きるなどしなければならないのです。(一八五−一二三、一九八九・一・三)
霊界と肉界、統一教会とキリスト教を代表できるこの基準を心情圈に連結させた人が興進君です。興進君が行ってイエス様と一つになることにより、真の御父母様の愛を中心として、統一教会の地上基地と天上基地に愛の橋が架けられるのです。それによって、統一教会を中心として、既成教会の指導者がレバレンド・ムーンと連結され、韓国と連結されるということが、今、起きているのです。
今年、七千人の牧師が韓国に行くということが起きたのも、既にキリスト教を中心として、韓国の統一教会と世界のキリスト教が、縦的な面において一つになっていることを象徴するものだということを、皆さんは知らなければなりません。
今年、七千人の牧師の韓国訪問さえ終われば、アメリカの宗教界のすべての指導層は、イスラエル民族が行ったように、みなカナン福地に向かっていくようになるのです。全キリスト教に新しい方向が決定するのです。(一六八−六三、一九八七・九・一)
私が監獄に入っている時に七千人の牧師を教育させたのも、すべてその基盤を通してしたのです。霊界が先頭に立って活動し協肋しなければなりません。
アダムとエバを創造する時、先に天使世界が活動したように、この国家運動をするためには、霊界が活動することができるように環境をつくらなければなりません。
その期間に興進君が霊界に行きました。興進君が行くことにより、地上世界が連結され、霊人たちが真の父母の名によって動員され、定住して活動できる基地が生まれたというのです。霊たちが待っています。待っている霊的基盤で皆さんが行くのです。それを知らなければなりません。(一六一−一七三、一九八七・二・二六)
いかなる侮辱を受けたとしても、世界の主人の位置に進んでいくのです。その覇権を握らなければなりません。この国の大院君も、何の狗と言われましたか。隣の家の何の狗ですか。喪家の狗です。「喪家の狗」と言われながらも、あらゆることを行いました。同じです。私には無念なことがたくさんあります。悔しいことがたくさんあるのです。人間世界に生まれて、七十近い人生において、悲劇の場面はすべて消してしまい、すべて忘れてしまうのです。
今、共産世界で呻吟している奴隷を解放しなければなりません。それを解放するまでは、いかなる困難に遭ったとしても、私はそれを克服しようと思います。今、皆さんは、南北統一をやり遂げてしまわなければなりません。原理観において、責任をもつ三十六家庭となり、責任をもつ皆さんの家庭になっていれば、なぜ興進君が死に、なぜ先生の家庭に艱難が来て、なぜ先生が監獄に行ったのでしょうか。蕩減復帰路程の前に間違いなく引っ掛かるようになっているのです。
今回、興進君が来てすべて世界的に整備し終えたので、今からは、新しい出発を懇切に求める心で目を開いてまっすぐに向き、原理観で正しく見ながら合わせていかなければならない責任が残っています。それを一言で言えば、先生が皆さんに世界的蕩減を相続してあげたので、皆さんは、責任さえ果たせば解放が終わるのです。そのような砲弾として一度、用いられますか、用いられませんか。
皆さんは砲弾になるのですか、砲身になるのですか。砲身は先生です。ですから、引き金を引けば、まっすぐに進んでいかなければなりません。私が撃ちます。間違いなく的中するように、すべて教えてあげました。(一七二−八三、一九八八・一・七)
皆さん、ドイツの科学者たちが、「レバレンド・ムーンでなければならないので、無条件に受け入れなければならない!」と言って、言論界がみな反対する中で「レバレンド・ムーンでなければならない!」と言っているのです。このように変わることができますか。責任者は、耳があれば少し聞き、考えがあれば頭をもって少し考えてみなさいというのです。CIAやFBIが気分を悪くするかもしれないと案じて話さないのです。このように聴衆の前で大胆な話をするレバレンド・ムーンだとは、収監者たちは絶対に思いません。
ですから、私が監獄に入っていくことによって全体が良くなることができるならば、私は監獄の道を行く人だというのです。なぜでしょうか。それは、蕩減復帰の原則において、サタンもレバレンド・ムーンの家庭でこれを願うはずであり、神様もそれを願うので仕方がないというのです。ですから、昨年、興進が逝き、私も監獄に入っていきました。蕩減条件が多いのです。いくら見てもそれをする人がいないので、サタンもそれを願い、神様もOKだとおっしゃるのです。そのようなことをよく知っているレバレンド・ムーンにとっては、監獄は監獄ではありません。成功を生み出すための所です。(一三四−二一、一九八五・一・一)
アメリカは白人社会です。白人の教会が一番良く、白人の牧師が一番良いのであって、なぜ韓国のレバレンド・ムーンが良いのですか。しかし、優秀な群れは、「レバレンド・ムーンが良い」と言うのです。霊界が激しく動いていく時に、地上が静かであり得ますか。
私がダンベリーに入っていくことによって、北朝鮮と韓国の交流が起き、共産世界から中共が飛び出してきて、キリスト教会が統一教会に反対していたのが、今は反対に「ああ、統一教会だけが本物であり、私たちが異端だったのだなあ!」ということが起きるようになりました。中共があのようになったということは、低開発国家のすべての共産圏国家では、既に半分以上がそのように染まっているということです。そのように思います。
アメリカのレーガン大統領がよく理解し、少し上手に主管しなければならないのですが、それを知りません。グアテマラでは、「解放神学は良い」と言って大騒ぎですが、ローマでは、「これは異端だ」と言って首を切っているのです。ローマ教皇庁では、レバレンド・ムーンを異端と言っていますが、そのローマ教皇庁を代表する学校の学長がレバレンド・ムーンに博士学位を与えるので、これはどれほど違うかというのです。
どこに行こうと、悪口を言われてもじっとしており、ただ悪口を言われていたのですが、今からは、悪口を言えば捕まえて、「レバレンド・ムーンの何が悪いのだ?」と言って闘います。そのように攻撃しても、何も言うことができない時代に入ってくるのです。
私が南米連合会をつくりましたが、南米連合会において、「レバレンド・ムーンが一番だ。私たちは、アメリカを相手にして南米連合国をつくろう!」、このようにしています。そして、「宗教界の六つの教団が一つになり、今後『世界経典』を作ろう!」と主張すると、「良いです!」と言うのです。そのようなことが起きています。私たちも歓迎です。
このような話を並べ立てれば、心臓に空気が入って(注一興奮、わくわくすること)飛んでいくかもしれないので、先生はやめなければなりません。心臓に空気が入っていって上がっていけば大変です。いずれにせよ、知らないにしても、先生は立派な先生だということだけは間違いないでしょう? (一三四−二一、一九八五・一・一)
統一教会の歴史において、興進君が霊界に行くことは悲惨なことです。さらに、先生の家庭における十字架を背負っていったのです。家庭が打たれる時です。統一家の中心家庭が犠牲になるのです。興進君でも地上の問題処理は完全になされません。それゆえに、先生がダンベリーに入っていき、初めてアメリカの新しい方向、アメリカのキリスト教の方向を転換させたのです。今は彼らも知りました。
私が獄中にいる時、三十万人以上の牧師に統一教会の「原理」と「勝共理念」、「統一思想」、その他の書物を配付したことがあります。アメリカ全土の教役者に配付したことが問題になったのです。今でも問題になっています。(一四二−六一、一九八六・三・一)
先生は、ダンベリーを中心として世界的に地獄と天上の門を開け放ち、地上の地獄の門までも開け放ち、ダンベリーを出る時には、統一家と先生を中心として、東西四方の万国が連結されるのです。そのような基盤を築こうとするので、真の父母の息子である興進を送って霊界を救わなければなりませんでした。
真の父母の愛を体験するという、そのような願いを成し遂げなければならなかったのです。イエス様も、真の父母の息子として生まれることはできませんでした。真の父母になろうとしたのでしょう? 天地を中心として、代わりの祭物的立場において、真の父母の愛圏を中心として霊界に行ったのは興進君しかいないというのです。(一六九−二〇二、一九八七・一〇・三一)
皆さんは知りませんでしたが、一九八三年三月一日を中心として、アメリカにおいてすべての教会を新たに収拾し、世界的な全面攻勢の時代に入っていくようになりました。一九八三年三月一日に機動隊を再編成し、アメリカにあるキリスト教を連合する運動を始めたのです。この時には、アメリカのキリスト教が反対する立場から戻ってくれば終わりです。
きのうまで反対していたアメリカの教会が、何の条件もなく、何の動機もなく支持することはできないのです。ここにおいては、一大蕩減条件を立て、一大犠牲の代価を払い、蕩減させるということが起きなければなりません。ですから、統一教会を三年間全面的な蕩減路程に立たせて追い立てるのです。そのようにして、蕩減しなければならない環境的条件の量が満ちなかったので、興進君の問題や先生のダンベリーの問題が起きるのです。(一四二−五二、一九八六・三・一)
涙をたくさん流さなければなりません。胸が張り裂け、つめがずたずたに引き裂かれなければなりません。先生にどのような内容が詰まっているのか知っていますか。知らないでしょう?この道を築いてくるまで、韓国人を恨むならば声をあげて泣きながら恨むことのできる歴史的背景をもっていることを私はよく知っています。したがって、私が口を開いて一言恨み事を言う日には、がらがらとすべて壊れていきます。五千年の受難の歴史が粉々にすべて壊れるということを知っているので、舌をかみながら耐えていくのです。
今まで最も悔しかったことは、一九五五年に私が尋問を受けるために裁判所に出頭した時、私の公判日に公判廷において反対した人が誰でしょうか。一度統一教会に従ってきて、途中で離れていった人が、自分の立場を弁明しようとするので、「文鮮明が悪い」と十人ならば十人、百人ならば百人が反対するのです。
その中で、自分が血を吐いて死んでもどうこうすると三代をかけて誓った、そのようなある人が、「全くいい気味だ。神様が愛するという人がそれ見たことか。行く先々でこのような目に遭う分際で何が神様だ? 悪魔の先発隊だということを知らない男だ」と言って忠告したことが忘れられません。難しいことがあるたびに、私は思い出します。どこに行こうと、忘れようとしても忘れることができません。
私が神様のみ旨を成してさしあげようと決意したことをよく知っています。神様の愛はこうだということを知り、ひざまずいて感謝し許してあげなければならない、そのような道が残っているということをよく知っている人です。血が噴き出たとしても、御自身の解放の道を行かなければならない、恨みに染まった神様であられるということをよく知っている人はほかにいません。
拷問によって倒れていく立場でも、神様に祈祷しませんでした。「私を救ってください」と、「私は追われて回りましたが、神様のみ前に行って私の行くべき道を守ってください」と、「私を救ってください」とは祈祷しない人です。私は、男として自らの余力をもっており、自らの気迫をもっており、闘うことのできる自らの力をもっている人です。
私の力が足りずに意識を失って倒れたならば、私を救ってくれるはずであって、それまでは私の力で持ちこたえるという意志のある人です。私が行く前に、あらかじめ神様が先に準備して待っていらっしゃるということを知っているのです。(一三八−三五八、一九八六・一・二四)
統一教会を見れば、世界の頂上にすっかり上がってきました。蕩減復帰によって、サタン世界においてすべてのものを奪われる大王の役割を果たしたのです。「サタン世界において、今まですべてのものを犠牲にし、怨讐を愛しなさいと教えておきながら、その怨讐を通して私のものをすべて奪っていくのか」、このように言って、「あなたが最も愛する人を私が奪い取っていく」と、サタンが言うのです。打ってしまうのです。
そのようにしながら、「それでも愛するのか。それでも愛するのか」と言うのです。「私が、レバレンド・ムーンの愛の力がどれほど強いか見てみよう」、このようにしながらテストするというのです。それで、今回興進が逝ったのです。「あなたが神様をより愛するのか、人類をより愛するのか、あなたの息子をより愛するのか」、これをテストするのです。そのサタンに恨みを晴らそうとするのですか。そのようにしてはいけません。そのようにすれば、私をどのように扱うでしょうか。
私が率いる国、あるいは反対するアメリカ、反対するソ連までも解放しようとするのです。そのようにしてこそ、そのすべてのものが正常になると考えるのです。私たち統一教会は、サタンがいくら発動したとしても、「お前たちが強ければ強いほど、天国の版図は広がる」、このようにしながら歩んでいきます。興進が霊界に行ったとしても、彼を通じて霊界を動員し、地上を動員できる天的な勝利の基盤が築かれていくのです。ですから、「打ちなさい」と言っても、打たずに後退する時が来るというのです。そのように思います。(一三〇−一六〇、一九八四・一・八)
2 私が行かなければ神様がお行きにならなければならない道
レバレンド・ムーンがアメリカに来てから十五年という期間に、どれほど迫害され、人としての待遇を受けることができず、どれほど冷遇されましたか。
それを自ら進んで受けてきたのです。世界的な責任分担を果たしたという条件を立てなければなりません。一九七六年に共産党が最も……。しかし、闘いながらその峠を越えてきたのです。そして、一九七九、一九八〇、一九八一、一九八二、一九八三、一九八四、一九八五、この七年間、十字架の艱難時代に直面するのです。それを知らなければなりません。そして、一九八四年が最も難しい迫害の時代だというのです。それで、監獄に行ったのです。
そして、先生の家庭の息子、娘がみな艱難を受けます。一九八三年、一九八四年、一九八五年の三年間、家庭が艱難を受けるのです。家庭的十字架です。一九八四年、その時に興進が亡くなったのです。一九八三年十二月に事故が起き、一九八四年正月二日に霊界に行きました。すべて銀鮒時代です。
それから先生が監獄に入っていったので、一九八五年までが家庭的艱難時代です。第二次大戦直後、一九四五年八月十五日が光復節ですが、一九八五年八月二十日にダンベリーから出てきたのです。光復節は八月十五日でしょう? これを過ぎてから出てきたのです。四十年圏内のすべてのものが清算されるのです。ですから、イスラエル民族を新しく編成するのと同じです。(一四九−三二九、一九八六・一二・一二)
蕩減復帰時代において皆さんが活動するのは皆さんの収穫になります。これは、皆さんが活動するのではありません。霊界の先祖たちがすべて……。これがすべてこのようになることによって、霊界の垣根も分けられるのです。先生が地上を統一すれば、その統一を借りて霊界の門が開かれるというのです。
ですから、大韓民国に入ってくる時、ダンベリーに行って祈祷しました。二月一日(一九八五年)でしょう? 午前三時にお母様と約束して祈祷したのです。
愛の力をもたずしては門をたたくことができません。愛の力です。地獄やすべての門が閉じられたのは偽りの愛ゆえにです。「開天日」に門を開けるのも真の愛でなければなりません。(一六四−二七六、一九八七・五・一七)
今日、統一教会も同じです。世界のキリスト教が統一教会に一番反対するでしょう? カインがアベルを殺すように、死ぬまで反対するというのです。四十年間反対してきました。今、ようやく時になり、興進君が霊界に行って橋を架けることによって蕩減条件を立てたので、キリスト教が転換を始めるのです。
そのようなことが分かりますか。耳の聞こえない人、目の見えない人に分かりますか。今まで先生はこのような条件を築いてきたのです。カイン・アベルの立場で、アベルの責任を果たすことができなかったキリスト教の使命、四千年歴史をもって準備したキリスト教が背信者の立場に立ったことを、私が四十年間で再び復帰して道をつくり、頂上にいるキリスト教の牧師たちをみな一つの方向に追い込み……。
最近では、アメリカの牧師たちが、みな釜山の聖地、凡一洞の聖地などと言いながら、訪ねてくるでしょう? 聖地が二つありますか。エルサレムの聖地は何であり、釜山の聖地は何であり、青坡洞の聖地は何ですか。その聖地は息子の聖地であり、ここ(青坡洞)は父母の聖地です。何の話か分かりますか。父母の聖地がより貴いのですか、息子の聖地がより貴いのですか。ですから、統一教会の食口は、そのような意味において大きな意義があるというのです。(一四七−二五〇、一九八六・九・二八)
今まで先生は、サタン世界の中で、このように人の知らない作戦を背後で実践してきました。人々がみな寝る時間にも、私は目を覚ましています。人々が遊ぶ時間に仕事をするのです。監獄に入っていってもじっとしているのではありません。
このように見るとき、今、皆さんがこのことさえしてくれれば……。イエス様の「すべてが終わった」と言ったそのみ旨を受けて、キリスト教文化圏のために、十字架を生命の道に案内する本郷の旗印だと思って従っていくことにより、キリスト教文化圏が形成されてきたのと同じように、今、皆さんがこのことさえしてくれれば……。先生はすべてを成しました。
ダンベリーにおいて、ダンベリーから出てきて、今、すべて成したというのです。それを話すことができる時が来たからです。(一三四−四九、一九八五・一・二)
今、できれば興進と孝進が連絡しながらしなければなりません。カイン・アベルの歴史を見れば、それは簡単です。カイン・アベルの歴史を見るとき、カインとアベルが一つにならなければなりません。今、世界を見れば、民主世界と共産世界がカイン・アベルになっていますが、それが復帰の道です。これができなかったので、今まで私がすべてそのことをしてきたのです。
今、名実共に明らかになったことは、最高裁判所の判決によって統一教会が団結したという事実です。先生の息子たちを中心として、皆さんがお互いに団結して完全に一つになるのです。興進が「統一式」を通じて犠牲の祭物になりましたが、せき立てられるのが一九八四年です。一つ一つを整備しなければ大変なことになります。そのようにして一九八五年を迎えるのです。この期間はどのような期間かというと、皆さんにとってモーセがシナイ山に行ったことに相応する期間です。
男女がみな淫乱におぽれて、退廃的な思想で偶像に仕える人になってはいけません。それで、これまで先生がすべて固めておきました。これまで、「愛天日」から愛天のろうそく、興進ろうそく、一情会をすべてつくり、今後、私がいなくても、四十日間でこの伝統を生かす一つのみ旨を立てるために、世界の至る所でひざまずいて祈祷できるように、すべてつくっておきました。(一三三−二三五、一九八四・七・一九)
もう先生は六十五歳になるのですが、先生が死ねば、宗教指導者としてだけ歓待されるようにはなっていません。四十億人類の前で、世界的に問題となるのです。科学者、学者たちが先生の墓地を参拝するのです。なぜでしょうか。その基盤をつくったからです。これは歴史的事実です。歴史的であり、世界的な事実です。私が死ねば、私の墓を参拝するでしょう。
その時になれば、レバレンド・ムーンの墓に参拝したことも誇るはずですが、皆さんが先生に侍って、実践者としてこの運動に同参したということがどれほど誇らしいことでしょうか。人類歴史上になく、皆さんの生涯路程においてたった一度しかないこの時に、行くべき道を知らなければなりません。あとにも先にもない、一度だけしかない偉大な時だということを知らなければなりません。
昨晩、興進君が霊界に行った日を記念したでしょう? 先生があの世に行けば、記念行事、歓迎会があるというのです。霊界に来たことを歓迎する貴い歓迎会が行われるようになる時、歴史を発表するのです。その時は、皆さんもみ`な行っているでしょう。
その時に、先生の時代において使命を果たした同参者たちを冷遇するでしょうか、歓待するでしょうか。その時、その先祖たちが、「違う、違う、その人は私の子孫だ」、そのように言うでしょうか。先祖たちがそのように言うことができますか。先に行った先祖たちが現れて、「私たちが先に来たので、私たちがその位置に行かなければならないだろう、あなた方は私の子孫ではないか!」、そのように言うことができるのかというのです。
今、この時において、最終戦争の命令を受けて同参し、宣誓したという事実は、どれほど歴史的でしょうか。今、皆さんがこのような命令を受け、「はい」と言って誓いをなしたのちに、あの世、霊界に行き、「その誓ったことはどのようになりましたか」と尋ねられた時には、どのように答えますか。「ああ、あなたが祝福してくれた夫ゆえに、私は少しできませんでした。息子、娘ゆえにできませんでした」、それが通じますか。それを否定することができますか。この言葉が立て札として立っていて、皆さんの先祖たちを審判し、皆さんの子孫を審判することができるのです。これが、転換宣誓だというのです。転換点を決定する宣誓だということを知らなければなりません。(一三四−四九、一九八五・一・二)
私一代において三時代を歩くのです。父母になり、国王になり、神様の代身者になるのです。聖子の位置を取り戻すのです。それはアダムの位置です。三大基準を完成させるこの位置に立っているのです。
原理観がそうです。アダム完成、イエス完成、自分自身完成を経てきたので三代です。旧約時代、新約時代、成約時代、完成をすべてなしたというのです。
ですから私は、世の中の波乱、波風をすべて味わってきたのです。私は、すべてを奪われました。奪われる前に、すべてばらまいてあげました。あなた方が来て、私にお金があればみな何かを買ってあげようと大騒ぎなのです。サタンに奪われる心配はないと思いますが、ばらまいてあげるのです。これをはっきりと知らなければなりません。
先生自身がこの道を歩むとき、キリスト教でさえなければ何の問題もなかったのです。私の子供がなぜ苦労するでしょうか。カインがいないので、私がサタン世界に出ていってアベルの代わりにカインを復帰してきたのです。
それゆえに、今回も、私がキリスト教を復帰しなければ帰っていくことができないと考えているのです。行くことができません。監獄に行けば行ったのであって、行くことができないのです。監獄に行けば、摂理が継続しますが、背を向ければすべて終わるのです。原理の道はどうすることもできません。私が原理を知らなければ、既に滅びてしまっています。今まで天が私についてくるということはありませんでした。(一三三・二四四、一九八四・七・一九)
人間が願うこととは何でしょうか。人間は、最大の成功を願い、最大の出世を願います。最大の出世とは、神様の息子、娘になり、天国の王女、姫になることです。王子の母になることができるその道を求めていくのです。そうでなければ、王子の母の嫁になり、娘婿になることです。それ以上の幸福の道がどこにありますか。億千万世を中心としてです。ですから、真剣でなければなりません。
太陽を見ても、過去の父母、皆さんの先祖たちが見たものと違っていなければなりません。神様が造られた太陽を神様が見つめられるときと同じものを感じようとしなければなりません。きょう話してあげたように、万物を見てもそのように感じなさいというのです。種が違うのです。違うので、おかしな目で見るのです。違うので、サタン世界が迫害するのです。
しかし、皆さんに加えられる迫害が千年続きますか、万年続きますか。いくら続いても千年続くことはないというのです。私の主張は、迫害を経て千年、万年続くというのです。先生にそのような思想がなければ、既にいつ流されていったか分かりません。
激しい風霜に一人で責任を負い……。皆さんは流れていくのですが、私は天の人として、流れてはいきません。皆さんの子孫が、私の前にひざまずいて先祖たちの過ちを悔い改めるようになっているのであって、私が誤って悔い改めるようになっているとは思いません。
さあ、そのような世界の前で、皆さんは、総収拾することができる統一の役軍としての旗手になりなさいというのです。二代が重要です。
十字架を背負わなければなりません。皆さんは二つの世界で生きているのです。(一三三−二〇七、一九八四・七・一〇)
私が卑賤な立場からここまで歩んでくるにおいては、どのような思想があったのでしょうか。何がそのようにさせたのでしょうか。「ため」に生きる思想一つしかありません。私が過ぎゆくところでは、負債というにおいは漂わせませんでした。負債を負わせたのです。もしある国と民族があれば、その国と民族のために涙を流しながら福を祈ってでも行こうとしました。サタン圏を完全に占領した立場で生命の道を行こうとするので、必然的にそのように行かざるを得ないということをはっきりと知らなければなりません。
「足よ、いつお前が部落のために、国のために、世界のために生きてみたか。この目よ、鼻よ、口よ、いつそのようにしてみたか。手よ、いつしてみたか」と言えば、「命令さえあれば、いつでもします」、このように答えるというのです。私の目、私の精神がそうだというのです。いくら最後の死が訪れてきたとしても、私は「死」という名詞の前に負債を負っては行きません。負債を負わせて行かなければならないというのです。
それゆえに、興進君が霊界に行くことにより、霊的世界、肉的世界にこの上ない跳躍が起きたということを皆さんは知りません。そのようなことは、理論に合わなければなりません。興進君は知らずに行きましたが、行ってみて、お父様が素晴らしいということを知ったはずです。興進君も、このような内容を説き明かし、天と地を接近させる統一的運勢を集めてきたという事実です。
神様御自身も、先生に対して感服していらっしゃいます。どのようにしてこのようなことをすべて知り、霊界の解放圏をつくったかというのです。そのような知恵があるのは、すべて「ため」に生きるからです。「ため」に生きる時には無限の能力が生じ、同じように、その道は難しいのですが、その道をすべて広げていくのです。これは、うまくいかないで滅びるように見えるのですが滅びません。大変なことになるように見えるのですが、そうではありません。(一三二−三六、一九八四・三・一)
真の愛はサタンを恐れますか。サタンが真の愛を恐れるのでしょう? 真の愛をもった人が監獄を恐れますか。また、監獄に行くことを願うからといって、行くことができますか。今まで先生は、み旨のために監獄生活をたくさんしましたが、皆さんは監獄に行って何年ぐらいいましたか。先生よりも少ないでしょう? 「先生は六回も行ったので、私は一回行けばよいだろう」、このように考えるのですか。
さあ、責任を果たすことができずに自らの責任を父母に負わせたのであり、その責任が父母にまで及んだので、父母にまで罪を犯したというのです。自分が父母にまで罪を犯したので、何百倍努力してもそれを解くことはできません。イエス様に対して、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊!」と言ったのですが、今、神様が先生に対して、「見よ、世の中の責任分担という荷物を背負っていくレバレンド・ムーン!」とおっしゃるのと比較してみるとき、どちらが易しいでしょうか。責任分担のほうがより難しいのです。愛の十字架の道です。
先生には怨讐が多いのです。怨讐が多いのですが、怨讐を忘れてしまうことを御飯を食べるかのようにしました。良いことをして忘れてしまうことを、村を通り過ぎるかのようにしてしまったのです。もし責任分担を私が果たしたという考えや、それから私が善を行ったと考えるようになれば、それ以上道を行くことはできないのです。そこで満足してとどまろうとするのであって、それ以上行こうとはしません。「まだしていない、していない、できていない、できていない」と考えたのです。何もないので行かなければならないと考えたというのです。なぜかというと、個人は、家庭の責任分担が完成してこそ生きるからです。家庭は、氏族の責任分担を完成してこそ生きるのです。この中にすべて入っていくのです。今のものはありません。未来のものに入っているのです。すべて世界的なのです。そうでなければ、天地すべて、神様まで到達するようになったとしても、いくら完成しても、すべて無効です。(一四九−三二九、一九八六・一二・二一)
私たちの父母は神様であられますが、今、神様は、死刑囚として刑場に出ていく息子を思うとき、許す法があればどのようなことをしてでも許してあげようとされます。国の法をなくしてしまうことができれば、すべてなくしてしまってでも許したいと思うのが父母の心です。そのような天の心を皆さんは知らなければなりません。
そのようにしてみると、死ねといって私を追いやりましたが、出てきてみると、結局は追いやった人がみな死にました。みな霊界に行くのです。苦しめようとほうり込んだのですが、私はよみがえり、彼らはみな滅びたのです。私たちは打たれて奪ってくるのです。悪は打って滅びるのです。
それゆえに、第一次大戦も、打った者が負けたのです。打たれた者が勝利しました。第三次大戦は今ですが、第三次大戦もソ連が打っています。民主世界は打たれています。民主世界、私たちが打たれています。全体の前で、最後に私たちが最高の位置で世界的に打たれています。私がそのようにしているのです。歴史始まって以来、私以上に打たれた人はいないと思います。私以上に悪口を言われたが人がどこにいるでしょうか。数百の国家を合わせてレバレンド・ムーンを知らない人がどこにいますか。アフリカに行っても、みなレバレンド・ムーンを知っています。レバレンド・ムーンの悪口を言わない人はいません。
「レバレンド・ムーンは悪い人だと思っていたが、今、アメリカからこのようにするので、悪い国はアメリカであり白人だ。罪のないレバレンド・ムーンが打たれている」と言うのです。白人たちが罪のないレバレンド・ムーンを謀略中傷し、善の人を捕まえて殺そうとするので、黒人たちがインディアンと共に闘うのです。これがひっくり返ったというのです。それがすべて完全に世の中に明らかになりました。ですから、やむを得ず福をすべて譲り渡さざるを得ないのです。環境的に追い込まれるので、責任分担を中心として私がこのような闘いをしてきたのです。(一三三−一三二、一九八四・七・一〇)
原理を中心として、先生は何度も監獄に出たり入ったりしました。以北から以南まで、行く先々においてです。それを知らなければなりません。なぜ蕩減復帰しなければならないのでしょうか。
なぜサタンを分立しなければならないのでしょうか。サタンを分立する目的は、責任分担圏自由化のためです。堕落する前、アダムとエバはサタンの干渉を受けましたか。サタンの干渉を受けては、天国に行くことができません。自分はどこに立っているのかというのです。自分の良心が知っているのです。自分がどこにいるのか、それは欺くことができません。自分がどこに向かって進んでいるのかを知っているのです。
それゆえに、先生は監獄に入っていって何をしましたか。サタンよりも神様を愛さなければなりません。サタンよりも人類を愛さなければなりません。サタンは人類を利用し、神様の代わりに利用し、人類を愛する代わりに利用し、脅迫、恐喝してすべて利用して、自らの命脈を延長させてきたのではないですか。反対に、私たちは神様を絶対的に愛さなければなりません。サタンよりも人類を愛さなければなりません。
そのようにしようとするので、これを上がっていくことができないのです。個人で食い止め、家庭で食い止め、氏族で食い止め、民族で食い止め、国家で食い止め、世界に塀を囲って越えてくることができないようにするのです。ですから、これを囲ってしまうのです。キリスト教文化圏の歴史的な蕩減基準について言えば、肉的な基準においてこの基盤を築いた時が第二次大戦直後です。
したがって、霊的キリスト教が、来られる主に完全に従っていれば一つになるのです。これをなすことができなかったのであり、霊的基準も失敗したので、興進君が来て、イエス様がこの地上に再臨できる基盤を連結させ、キリスト教連合運動を促進させていくのです。
ダンベリー以後に連結させていくのです。前半三年、後半三年を中心として、今、その闘いをしているのです。ですから、平面的な路線において、七年を中心としてすべて蕩減しなければなりません。今、そのようなことをしているのです。(一四八−一九九、一九八六・一〇・九)
私はよく知っている人です。それゆえに、これを脱がすためには、蛇が殼を脱ぐように、「風よ、吹け。春風よ、早く吹け!」と言って、毎年、一日を一年のごとくに春風を起こし、殼を脱ぐことができるようにしていくのです。
殼を脱がなければなりません。個人的な十字架の道、世界的な十字架の道……。家庭、氏族、民族、国家、世界の塀がふさがっているので、すべて穴を開けてしまわなければなりません。そのようなことをするのです。それが真の御父母様の成さなければならない責任でした。今は、すべて開けてしまいました。
きのうの「天勝日」もそれです。塀をすべて開けておいたのです。天上世界にもそのようにしたのです。地上世界と天上世界において、心情の道理によって真の父母を中心として生まれた息子は一人もいません。ですから、興進君を送って心情的紐帯を結び、イエス様を中心として信仰しているキリスト教と連結させたのです。そのようにすることによって、霊界に行っているキリスト教の善霊たちがキリスト教に来て、「統一教会に行きなさい」という運動をするので、アメリカはキリスト教の主導国ですが、アメリカのキリスト教徒が統一教会に来ざるを得ないのです。霊界から教えてくれるのです。霊界から教えてくれるというのです。統一教会の食口たちに対して教えてくれるでしょう? そのように教えてくださる神様が、既成教会の牧師たちに対して教えてくださらないと思いますか。(一四八−一三五、一九八六・一〇・五)
サタンの習慣性や因習などのサタンの情がそこに連結されて、天の愛が連結されると思いますか。絶対にされません。これは絶対的です。連結されないというのです。完全にサタンを分立しなければなりません。そのような習慣性から解放されなければなりません。大韓民国の人は、大韓民国の習慣性から解放されなければなりません。このように生きるのが私たちの生活だという観念をもってはいけません。これをひっくり返して新たに生きる観念にならなければなりません。サタンがついてくることのできない観念にならなければなりません。ですから、今まで統一教会が受難の道を行ったのです。その原則を中心として動くのです。サタンが侵犯しているのか、サタンが分立されているのか、サタンが分立されれば、天は自然に現れるようになっています。
なぜ蕩減復帰が必要なのでしょうか。それは、責任分担自由化圈をつくるためです。なぜ責任分担が必要なのでしょうか。なぜサタン分立が必要なのでしょうか。堕落していない本然の責任分担自由環境を復帰するためです。理論的になっています。先生も、それが鼻に引っ掛かっているのです。ですから、先生は世界的な反対を受けるのです。世界的な迫害を受けるのです。世界的に攻撃を受けます。その世界的迫害を受ける中で、世界的にサタンを分立するのです。ですから、ダンベリーを中心として分立してくるのです。ダンベリーを中心としてです。ここにおいて怨讐を愛し、怨讐の国を愛し、愛をもって神様のために生き、愛をもって神様のために生きるにおいて先頭の位置に立ち、愛をもって人類を抱くにおいてサタンが愛する以上の位置に立ったと宣布できる条件を掲げていくのです。(一四八−一九九、一九八六・一〇・九)
私は、アジア人です。韓国人です。世の中から見れば、中進国家の国民の一人ですが、なぜ皆さんがレバレンド・ムーンに従い、なぜ皆さんの心が先生の行く道と共に動くのでしょうか。それは、このような天理の大道の原則を中心として、神様との関係をこのように密接に結ぶことができる伝統的内容があるからです。皆さんの心が行かなければならない本然の道がそこに連結されるので、皆さんの心はそこに動かされ、そこに引かれていかざるを得ないのです。
レバレンド・ムーンは、神様がいらっしゃらなければ何もありません。イエス様がいなければ何もなく、善の霊界がなければ何もないのです。大変なことになります。しかし、神様がいらっしゃるので、世の中の人々が後ろ指をさせば、その後ろ指によって、自らの一族が滅び二目が滅びるように巻き込まれていくのです。もうはっきりと分かりましたか。皆さんがどのように生き、どのようにするかということがはっきりと分かりましたか。
皆さんの口からは不平の言葉が出てはいけません。先生の口からは不平の言葉は出ません。不平という言葉を学ぶことができませんでした。み旨の前においては、「ノー」という言葉を知りません。「ノー」と「不平」という言葉を知りません。ですから、間違いないのです。これは、私が十代の時からもってきた思想です。生涯、六十年の生涯にわたってもってきたものですが、この原則は間違いなく発展してきたのです。東洋人のレバレンド・ムーンが定めたものですが、いくら異なる西洋人でも、皆さんにとってもこれは同じ公式です。それが間違っていると思えば、不平を言って「ノー」と言わなければなりません。(一三一−三三〇、一九八四・五・一九)
第四章 興進様と霊界統一
天総官 文興進様
第四章 興進様と霊界統一
一 霊界にいらっしゃる興進様の位置
興進は息子の中のアベルですが、その息子は、真の父母の愛で原理主管圏の蕩減条件を立てた基盤の上で霊界に行きました。サタンの主管圏で勝利し、直接主管圏を成した立場において霊界に行ったのです。それゆえに、堕落以後、最初に完成したという資格を備えた息子として天上世界に行った条件をもっています。
本来、堕落していなければ、霊界に行った人々は、真の父母の心情圏を中心として、原理結果主管圏と直接主管圏が一つになった家庭的基台の愛を中心とした主人や息子の資格をもつのです。これをもたなくては、天上世界には行くことができなくなっているというのが原理です。(一三一−五二)
統一教会を見れば、今まで霊界に行った協会長やほかの人たちは、教会基準であって、国家や世界を蕩減する基準になることはできませんでした。しかし、今回の興進の場合は違います。国家的次元です。それゆえに、天国の名分を代理し得る司令官、霊的世界の主体が生まれたのです。地上と霊界を連結し得る主体が生まれたというのです。結婚した人ではできません。結婚しなかったので可能なのです。霊界は、まだ結婚していないのです。
今、霊界は、未婚の男女のように、みな結婚したいと思っている人々が暮らしている所ですが、結婚していない人が暮らすすべての霊界の司令官になるのです。中心になるのです。私たち統一家においては、世界のすべての運勢を集め、祭物的な立場においてお捧げするようになったのです。お父様の身代わりとして逝ったのです。それゆえに、興進を愛することは、お父様を愛することになります。お父様を愛することになるのです。その条件になるのです。(一三〇−二〇一、一九八四・一・一五)
霊界は、地上と関係を結ぶことができなかったのですが、興進君とイエス様が行って一つになることにより、地上と連結され、通じるようになるのです。それにより、今日の統一教会の活動は、世界的な時代に移っていくのです。そのような関係ができたのです。
このような観点において、少年たちが成長すれば、霊的救援の恩恵を受けたとしても、実体恵沢圏がないのです。しかし、興進君が十七歳の時、満十六歳で霊界に行くことにより、アダムがこの地上で堕落したその時と連結されるのです。霊界にも、少年少女がたくさんいるのですが、教育するのがとても難しいのです。霊的基盤の連結が難しいのですが、興進君が行って、ふさがっていたものを開いてしまうのです。
地上にこのような基盤を築いてあげることにより、霊界のすべての霊人たちも、興進君に従っていくことができるのです。堕落以後の霊人たちも、神様に侍るように興進君に侍り、主に侍るように侍るならば、地上に連結できる基準ができるのです。赤ん坊をはじめとして、霊界全体が連結され得る内容が決定するのです。
それゆえに、興進君は、霊界の総帥になっています。ですから、イエス様がアジアの若者に侍って相談しているのを、イエス様を信仰する人々、イエス様と出会うそのような人々が見たということですが、それは、すべてこのような内容になっているからです。それゆえに、そのようにならざるを得ないのです。そのような事実を皆さんは知らなければなりません。(二五九−一八〇、一九九四・四・六)
興進君を結婚させたでしょう? 霊界家庭の総司令官という立場なので、結婚しなければならないのです。ですから結婚させたのです。(二九二−二二六、一九九八・四・一七)
興進君はどのような人でしょうか。地上において、初めて真の父母の家庭で愛を受けた息子が霊肉を代表して霊界に行ったのです。行く際には、蕩減的祭物の立場で行ったのです。霊肉を中心として統一された基盤が第二次大戦の勝利の基盤だったにもかかわらず、キリスト教が反対して失敗することにより、それが分かれた立場に立ったというのです。イエス様の体が一つになることができなかった立場なので、先生の家庭において興進君が霊界に行ったのです。
興進君が行くことは、霊肉が一つになった基盤を先生の家庭と連結させ、霊界のイエス様と一つにすることにより、霊的救援摂理のキリスト教基盤の上に肉的摂理の枠組みを合わせることです。
それゆえに、真の父母の愛を受けて霊界に行き、このような責任を負った人は、歴史上、興進君が初めてです。イエス様が先に行きましたが、生きている霊を実体の完成基盤に連結させるにおいて、興進君が代表者として立ったというのです。このようになることにより、霊界における霊的救援摂理のキリスト教文化圏と、肉的救援摂理の地上の真の御父母様の行く道が連結されるのです。(二五九−一七八、一九九四・四・一六)
霊界においては、興進を迎える日が、歴史始まって以来、最も喜ばしい日です。興進は、愛のメシヤとして霊界の門を開き、地上においては見本となる殉教の道を開きました。ですから、統一教会員は興進を愛さなければなりません。それによって、興進は、長子圏の福を次子圏に相続してあげることができるのです。サタンは、相続せずに自分が強奪するのですが、長子圏の興進は、もっている福をすべて地上に譲り渡すのです。ですから、連結されるのです。今までサタン世界は譲り渡そうとしませんでしたが、興進は絶えず譲り渡そうとするのです。(一三〇−二〇一)
イエス様は三十代の時でしたが、興進君は十七歳の時です。それは、世界的な原理結果主管圏内と直接主管圏内に連結され得る条件になります。神様の愛の代わりに真の御父母様の愛を受けることができる位置にいるというのです。ですから、サタンの干渉圏を超えているのです。原理結果主管圏内にいるのですが、真の父母の保護のもとにいるというのです。もちろん、天使長の保護も受けています。
ですから、あの世に行ってみれば、興進君を「ヤング・キリスト」と言っているのです。そのようにして、すべての愛の主体になるのです。これは直接主管圏内です。堕落圏内から抜け出て霊界に行ったので、神様の愛を直接受けることができる最初の息子になったのです。初めて神様が、「私の息子だ。サタン世界を超えた私の息子だ!」と言って愛することができる息子だというのです。それによって、先生が若かった時に先生を愛することができなかった今までの歴史も蕩減するのです。神様が興進君を愛することは、真の父母を愛することです。今まで愛することができなかったのを、愛したという条件を立てることにより、すべてのものが解かれていくのです。
それゆえに、イエス様を解放し、過去、先生が神様の愛を受けることができなかった歴史、もちろん神様は先生を愛されましたが、完成級の位置において愛を受けることができなかったすべてのことも、解怨成就できる基準ができるのです。また、イエス様は三十三歳で死んだので、イエス様以前に霊界に行った旧約時代以前の三十三歳以下の人々は、恵沢圏内に入っていくことができませんでした。しかし、興進君が行くことにより、ティーンエージャー全体が愛の圏内に入っていくということが起きるのです。イエス時代の三十三歳以下の若者たちは、イエス様の恩恵を受けることができずに霊界にいるというのです。(一三一−二三三、一九八四・五・四)
今の時代について言えば、カイン・アベルを中心として見るとき、心情的基準において、興進は霊界で長男の位置に立っています。長男の位置に立って、次男と心情的に一つになることができなければ、天国に入っていくことはできません。イエス様も、天国に入っていくことはできませんでした。原理がそうではありませんか。天国に入っていこうとすれば、真の父母が現れ、真の父母の息子、娘の伝統的な心情を通じた長子と次子が一つにならなければなりません。天国は、そのようにして入っていく所です。
今、霊界のイエス様は、長子の位置にいるのですか。心情圏においては、真の父母と心情的因縁が結ばれていません。興進が行くことにより、興進は、霊界において長男の位置にいるのです。ですから、霊界で「ロード(主なる)興進」と言っているという話は正しいのです。真の御父母様の代わりに行ったのです。ですから、霊界に長子圏が生じたのです。(一七〇−一九三、一九八七・一二・四)
この時代において、直系子女と養子圏がどのように交差するのでしょうか。ここにおいて、興進に重要な責任があるのです。この時が来る前に、霊界を収拾してあげなければなりません。イエス様をはじめとする、今まで霊界に行ったすべての霊は、真の父母と何の関係もないのであり、真の父母の血縁と何の関係もありません。
また、真の父母の愛と関係を結ぶことができませんでした。ですから、あの世に行った人々は、みな独身の男女と同じです。イエス様自身もそうです。再び来て関係を結ばなければならないのです。(二二五−八五、一九九二一・二)
興進を生きた祭物として送ったので、それが橋になったのです。それは、愛を中心として、家庭的背景を中心とした天上世界の橋なので、イエス様も興進君に従っていかなければなりません。家庭の橋を経なければならないでしょう? この地上において、初めて真の父母の息子として’、真の父母の愛を受け、祭物の勝利者として天上世界に行った人は、興進ただ一人なので、天上の全権をもって処理することができるのです。(二八〇−二八一、一九九七・一・二)
興進君が霊界に行ってそのような連結をしたので、霊界が地上に再臨できる、そのようなことがすべて成し遂げられるのです。興進君も、「どのようなことをしても、お父様に負った負債をお返しすることはできません」と言っているではないですか。霊界のこのような手順をすべて連結してあげなければ、無駄死にになります。
皆さんは、エルサレムに行ってイエス様を追慕したりしますが、死んでいった興進君の実体を中心とした元殿に行って追慕することを、エルサレムに行ってイエス様を追慕することよりも重要視しなさいというのです。そのようにして元殿において祈祷すれば、神霊役事が起き、霊界協助が起きます。キリスト教を信仰する聖徒が、みなそれを願うようになっているのです。それが焦点になるのです。真の父母の真の愛が始まる焦点は、霊的に見れば興進君です。(二四六−一四五、一九九三・四・七)
霊界には興進がいるので、興進が垣根となり、責任をもって教育し、地上においてできなかったという恥をぬぐうために努力することを決心して訓練を受けるのです。真の御父母様はうわべだけではありません。霊界を中心としたすべての実体的権限を中心として歩んでいるのです。
それゆえに、霊界を祝福することができるのです。霊界に父母の実体圈があるので、地上と霊界に統一的な祝福をなし、祝福された人々が天国に行くようになっているのです。天国は空いています。天国を満たそうとすれば、地上において祝福がなされなければなりません。地上の祝福なくして天上における祝福はあり得ません。(三〇四−三〇六)
霊界においても、今から教育体験館を建てようと思います。信仰世界、宗教世界の伝統を教えてあげ、それから傍系的な世の中の思想も教えなければなりません。「統一思想」を教えなければなりません。霊界では、すべて分かれているので分かりません。そのような教育部署をつくり、神様が自分の父母であられることや、自分が愛する息子、娘になって理想的家庭を築くということを教育しなければなりません。(三〇〇−三一四)
イエス様は個人救援の聖子の位置に立っていますが、興進君は家庭救援の聖子の位置に立ったということを知らなければなりません。ですから、天上世界と地上世界の家庭を連結させ、地上で築かれた家庭と天上世界の祝福を受けた先祖の家庭を万作化させることができるようにするのです。それゆえに、きょう、家庭を中心とした聖子の位置に立ったことを宣布するのです。(三〇三−二五七、一九九九・九・九)
先生は、頭が良いですか悪いですか。どれくらい良いですか。良いか悪いか分からないまま、時がたってみると、神様も私のとりこになっていたのです。
神様が私のとりこになってしまいました。滅びると思っていたのですが、すべて栄えたのです。興進が霊界に行って私に協肋すれば栄えるのです。(二二九−三一八、一九九二・四・一三)
二 イエス様と興進様、キリスト教と読了教会
1 イエス様と興進様
興進君は、真の御父母様の息子として霊界に行きました。真の父母の家庭から霊界に行き、イエス様と一つになりました。真の父母の家庭と霊界との間に橋を架けました。真の愛の橋を架けたのです。真の愛は、地上において出発したのであって、霊界において出発したのではないので、興進君が行くことによって、霊界とイエス様に真の愛の橋を連結させたのです。真の父母を中心とした真の愛と真の家庭が、霊界とイエス様に連結されたのです。
興進によって、真の父母の真の愛を霊界に連結できる橋がつくられました。イエス様も地上に再臨したいと思っています。
イエス様は、真の御父母様が地上に築いた基盤の上で再臨できるようになりました。地上に降りてくることを願えば、興進君を通して降りてくることができるのです。興進君が先頭に立ち、イエス様が後ろに従って降りてくるのです。地上に降りてきたのちに上がっていくことが可能になりました。
ですから、全世界において統一教会の食口が行った活動を通して、あたかもブランチ(支部、支局)のように拡大していくのです。真の愛のブランチを立てるのです。霊界がそこに歩調を合わせます。二つの世界が、家庭基盤、氏族基盤、国家基盤、世界基盤に拡大していくのです。(二四六−一四一、一九九三・四・七)
興進が行って、地上にいる真の父母の心情的因縁のみ言をイエス様に橋渡しする仕事をしているのです。それゆえに、イエス様は、この若い興進をアベルとして侍って歩んでいます。お兄さんとして侍っているのです。アベルをお兄さんとして侍っているのです。ですから、真の御父母様の愛と因縁のなかった天上世界が、興進君を通して初めて心情的一休圏に入っていくことにより、霊界解放を通して地上にやって来て、自分の一族を訪問して解放するという役事が起きるのです。(二六五−一四七、一九九四・一一・二〇)
先生は、ダンベリーを中心として世界的に地獄と天上の門を開け放ち、地上の地獄の門までも開け放ち、ダンベリーを出る時には、統一家と先生を中心として、東西四方に万国が連結できるようにしました。そのような基盤を築こうとしたので、真の父母の息子である興進を送って霊界を救わなければならなかったのです。真の父母の愛を体験するという願いをかなえていくのです。イエス様も、真の父母の息子として生まれることができませんでした。真の父母になろうとしたでしょう? 天地を中心として、真の父母の愛圏を中心として、祭物的立場において代わりに霊界に行ったのは興進君しかいないのです。
ですから興進君は、イエス様まで治め、イエス様よりも上に立って万国の国王と善の王をすべて治め、今までふさがっていた塀をすべて壊してしまったのです。個人の塀、家庭の塀、氏族の塀、民族の塀、国家の塀、それから宗教の塀まで、すべての塀を壊してしまい、愛の橋を中心として連結しているのです。しかし今までは、イエス様を中心としても、すべての教派に分かれていました。民族別にすべて分かれていたのです。
このような塀をすべて壊して、一列に集まることができるように道をつくっておいたのです。穴を開けておけば、水が流れてすべて一箇所に集まるのと同じように、イエス様と興進の愛の道を通って地上と往来するのです。本来、霊界に行った善の先祖たちは、愛の道、本然の愛の筋に沿って行かなければならないのですが、愛を通して往来することができる橋が生じるようになったのです。(一六九−二〇二、一九八七・一〇・三一)
今後、祝福された家庭は、先生の息子、娘が手足のない病身になったとしても、絶対服従しなければなりません。歴史始まって以来侍ってきたいかなる国王よりも侍らなければなりません。いかなる忠臣が侍った以上に、いかなる孝子が侍った以上に、いかなる聖人が侍った以上に侍らなければなりません。(一七〇−二九三、一九八七・一二・四)
イエス様を真の御父母様の家庭に心情的に結んであげることにより、出家して三十代まで哀れに暮らしたすべての恨を解いてあげなければなりません。恨を解くためにはどのようにするのでしょうか。イエス様の代わりに興進が生きたというのです。ですから、この十代、二十代の環境を中心として、青春時代を連結してあげなければなりません。
十代と二十代を連結して、「統一式」をしてあげなければなりません。イエス様を完全に解怨成就してあげなければならないのです。エサウとヤコブは四十歳で蕩減されましたが、根本に入っていって蕩減したのです。同じように、イエス様は三十代で死にましたが、その願いとは何だったのでしょうか。本然的真の父母の家庭において生まれるということでした。ですから、興進をどれほどうらやましく思ったでしょうか。
真の父母の家庭に興進が連結されることにより、すべてのことを蕩減した位置に立つのです。なぜならば、既に一九八三年に、真の父母が地上において国家的基準と世界的基準を蕩減した基準に立っているので、世界的勝利版図の位置に立った真の御父母様だというのです。
そこで育った息子を送り、今まで、旧約時代、新約時代、成約時代において、真の父母の家庭と因縁を結ぶことができなかったすべての人々が、イエス様と興進君を連結して一つに結んで統一することにより、初めて真の御父母様の家庭と連結されるのです。(二一二−九三、一九九一・一・二)
考える人は分かるはずです。興進は、地上の百二十カ国の王権と、霊界に行ったすべての王権をもった者を連結させる特権をもった代表として霊界に行ったのです。代表としてです。ですから、その王権を中心として、そこにいる善の霊をみな地上に連れてくることができるのです。
そうすることによって、すべての国の王権というものがなくなるのです。その王たちは、今まで誤ってきたのでみな散ってしまうのです。(二二五−八六、一九九二・一・二)
興進君は、十七歳の時、少年時代に霊界に行って家庭を築いたので……。イエス様は、壮年時代に結婚することもできずに独身生活をしたのです。ですから、今ここでアメリカがこのみ旨を完成することにより、興進君とイエス様が兄弟の因縁をもってキリスト教を霊的に動員し、地上のキリスト教を動かす時代に連結させなければならないというのが先生の考えです。
ですから、キリスト教の代表的文化圏であるこの国を長子圏として選択するのです、アーメン!
霊界において、イエス様の家庭が一つになります。統一教会の家庭が霊界に行けば、天国の高い位置に行くようになります。今まで、楽園以上は許諾しませんでした。
家庭組織がすべてに連結されたのです。家庭であってこそ天国に入っていくことができるのです。問題ないのです。楽園は、夫婦が一つになり、共に一つの場所に行く所です。そこがイエス様のいらっしゃる所です。
興進君を中心として、真の御父母様が初めて祝福を世界に拡大すれば、霊的イエス様が興進君と一つになり、そのあとに従うのです。霊界が拡張され、統一された地上天国と一つになる天上天国が展開し、霊界の総統一が起きるのです。問題ありません。時がそれだけ近づいたということです。
ですから、キリスト教国家として、アメリカを長子のように立てるのです。先生に会おうと思ってもキリスト教は最後です。そのようにして、霊界の興進君と一つに結んであげるのです。興進君を祝福してあげ、イエス様も祝福してあげて、キリスト教を祝福する門を開くことができる起源をつくろうとするので、長子圏の国として、キリスト教の代表国であるアメリカを選択せざるを得ないということを知らなければなりません。興進君の家庭は、誰と誰ですか。薫淑、それから誰ですか。信哲です。イエス様の家庭は誰ですか。一九七三年一月三日にイエス様を結婚させてあげました。
新婦は張貞順さんでしたか。養子を選んであげることもできます。このベルベディアで暮らしている張貞順さんを知っている人は、手を挙げてみてください。今までそれを知りませんでした。時になったので、発表するのです。(二九二−二三五、一九九八・四・一九)
一九七三年一月三日、先生はイエス様の相対を決めました。三十三歳で死んだので、統一教会が三十三歳になり、ようやく今年、その事実を発表したのです。そのようなことは聞きましたか。先生はすべて準備しています。イエス様は地上の真の父母と関係をもっていないので、興進様を霊界に送り、地上との橋を架けているのです。それゆえに、今からは霊界がほっておきません。(二五二−一八〇、一九九三・一二・二九)
今年、イエス様の相対を決定し、結婚させて二十年になります。一九七三年一月三日を中心として、それは興進君を中心として祝福した時です。イエス様の相対者を誰も知りませんでした。その時、興進君もそのような立場に立ったので、そのようにして祝福してあげたのです。二十年たったので、今、そのイエス様の相対者を世界的に宣布しなければなりません。
ですから、今年、イースト・ガーデンにおいて、すべての人々の前で初めてイエス様の相対者を発表しました。ちょうど二十年前です。二十年前にそのようなことがありました。先生が二十年前に準備したのです。はっきりとこの時代、この位置を見つめながら準備してきたので、蕩減条件が残っていないのです。(二四九−一一六、一九九三・一〇・八)
興進君は、真の御父母様に感謝しなければなりません。すべてのことを整理して送ってあげたので、天国に行っても、覇権をもって地上に影響を及ぼすことができるのです。このことが起きることにより、真の御父母様の家庭と霊界が通じることができるのです。ですから、このような観点において、イエス様をあらかじめ祝福してあげたのではありませんか。一九七三年一月三日です。今から二十二年前です。興進君は、今、十一年になりました。
したがって、地上にいる真の御父母様と関係を結ぼうというのです。しかし、イエス様の相対は、真の父母の血族と関係がありません。ですから、やむを得ず、そのような観点において、先生の直系血族と因縁を結んで地上に連結され、霊界の代表的真の父母の家庭を中心として、霊界において侍ることのできる起源が展開するのです。そのようにして宗教統一の運勢が高まっていくのです。
このようになれば、宗教文化圏が統一運勢に入っていくのです。数多くの国家も統一運勢圏に追い込まれていきます。それをすべて編成し、一つの道に集めて収拾しなければなりません。峠を越えていかなければなりません。(二六七−九四、一九九五・一・二)
今回、イエス様の家庭と興進の家庭を一つの家で暮らすようにしてあげました。興進君とイエス様は、一つの家で暮らさなければなりません。イエス様に養子をとらせてあげなければなりません。これは天ができないことです。真の父母がしなければなりません。神様のできないことを真の父母がするのです。神様は、「アダムが名づけるとおりになるだろう!」と、このようにおっしやったのでしょう?
先生は、世界で一番良い先生ですが、一番恐ろしい先生でもあります。真の愛なので、原則に従わなければならないのです。怨讐の立場にいたとしても、天国に連れていこうとするのです。どのようにして怨讐を救援するのでしょうか。どのようにしてサタンを救援するのかというのです。真の父母のあとに従っていけば、天国に行くことができるのです。
先生には怨讐がいません。怨讐というコンセプトがありません。
先生には怨讐がどれほど多いでしょうか。共産主義も怨讐であり、すべて怨讐です。しかし、それをすべて忘れて生きています。御飯を食べる時にさじを持てば、忘れてしまいます。神様がそのように生きてこられたのです。(二九二−三二七、一九九八・四・二七)
今後、信哲は、薫淑と張貞順の二人が一つになって正しく育てなければなりません。霊的に見るとき、先生の家庭の次男は興進です。全体から見れば、神様の次男はイエス様です。イエス様による霊的救援摂理は、地上の興進君により、霊肉実体圏の真の愛の基盤に連結されるのです。神様の次男であるイエス様と、真の父母の次男である興進君が、真の父母を中心として一つになるのです。それによって、創世以来、それが地上に初めて定着することができるのです。
ですから、二人の息子、次男たちを結んであげるのです。真の父母の愛が横的基盤を中心として連結されるのです。その愛の橋は、興進君が行くことによってイエス様と……。どちらが先かというと、地上において完成しなければならないので、イエス様も興進君に侍るようになっているのです。
それゆえに、どこかに現れるたびに、すべて若い人に現れるという話をたくさん聞きませんでしたか。なぜかというと、地上に初めて現れたのです。ですから、イエス様が、真の父母と興進君と一つになることにより、霊的救援摂理のキリスト教文化圏の実体統一が起き、成約時代の統一教会の文化圏と連結されるのです。イエス様の救援目的は、霊的なものだけを成就し、肉的には成就できなかったのです。
興進君は、真の父母を中心として、どのようにして肉的真の父母と横的真の父母を神様に連結させるのでしょうか。どのようにして縦的子女と横的子女を真の家庭に連結させるのでしょうか。霊界と肉界が連結した真の愛を中心とした真の父母です。神様は縦的父母であり、真の父母は横的父母です。これが定着家庭です。縦的な家庭と横的な家庭が連結されるのです。本来の真の愛のセンターが定着しようとする所です。これが第二アダムの目的であり、第三アダムの目的も、この定着家庭を中心として連結されるのです。(二四六−一四五、一九九三・四・七)
今回、先生の家庭に信春が生まれることによって、家族が四十人になりました。ちょうど四十を満たしました。ですから、信春です。信春とは何でしょうか。新しい「新」という字ではなく、信じる「信」という字です。信仰において統一教会に春が来るのです。
今は、蕩減数から見ても、すべてのものから見てもそうだというのです。先生の家庭には、今後、息子、娘がたくさん生まれるでしょう。孫がたくさん生まれるでしょう。私の息子、娘は何人ですか。どうして十二人ですか。十三人でしょう。
惠進は、生まれてから八日目に逝きましたが。今後、興進も養子をとるようになれば、産児制限をしなければなりませんか、してはなりませんか。サタン世界においては産児制限をしなければなりませんが、祝福された人々は産児制限をしてはなりません。汚れた体となって、「これでは私が息子、娘を生むことはできない」というときは生んではいけません。(二一三−一八九)
2 キリスト教と統一教会、超宗派運動の展開
興進君はどのような人でしょうか。地上において、初めて真の父母の家庭で愛を受けた息子が霊肉を代表して行ったのです。行く際には、蕩減的祭物の立場で行ったのです。霊肉を中心として統一された基盤が第二次大戦の勝利の基盤だったにもかかわらず、キリスト教が反対して失敗することにより、それが分かれた立場に立ったというのです。イエス様の体が一つになることができなかった立場なので、先生の家庭において興進君が霊界に行ったのです。
興進君が行くことは、霊肉が一つになった基盤を先生の家庭と連結させ、霊界のイエス様と一つにすることにより、霊的救援摂理のキリスト教基盤の上に肉的摂理の枠組みを合わせることです。
それゆえに、真の父母の愛を受けて霊界に行き、このような責任を負った人は、歴史上、興進君が初めてです。イエス様が先に霊界に行きましたが、生きている霊を実体の完成基盤に連結させるにおいて、興進君が代表者として立ったというのです。このようになることによって、霊界における霊的救援摂理のキリスト教文化圏と、肉的救援摂理の地上の真の御父母様の行く道が連結されるのです。それを知らなければなりません。
そのようになることにより、イエス様を中心として、興進君を中心として……。今まで、霊的世界の摂理をする時は、聖霊を通して逆に霊界に上がっていき、イエス様は新郎、聖霊は母の立場において、霊的基準世界において摂理してきました。サタンと連結されたものを克服してこそ、行くことができたのです。
しかし、地上の真の御父母様を中心として、興進君が霊界に行くことにより、霊的世界のイエス様と一体化がなされ、霊界は、ここから自由に行くことができるのであり、ここから救うことをサタンは妨害できないのです。サタンは、妨害するすべがないのです。霊肉の実体的愛の基準に立ち、代表して霊界と肉界を連結しているので、興進君を通して祈祷すればすぐに天に伝えられるのです。
イエス様の体を中心として見れば、イエス様は霊的にいるので、良心的基準だとすれば、興進君は実体基準だというのです。イエス様は、長成的、第二次的父母として来ましたが、興進君は、完成した第三次的父母の血縁を通して行ったので、イエス様の完成した体の身代わりになるのです。(二五九−一七八、一九九四・四・六)
霊界において、地獄と天国の門が開いていないという事実を話したでしょう? 霊界のすべての門を開こうとすれば、霊界にいる霊人たちが愛の因縁をもった霊人にならなければなりません。ですから、霊界に行ったすべての霊人が地上に根を下ろした真の父母の愛の因縁を経ていってこそ、天国と霊界の統一圏が成し遂げられるのです。しかし、歴史時代のすべての先祖で、今まで、真の父母の愛の根と因縁を結んで霊界に行った人は一人もいません。
ですから、興進君を……。興進君は真の御父母様の次男です。地上で生まれ、アダムの年齢まで、約十八年を生きました。真の父母の息子として生まれ、真の父母の愛の因縁を受けて霊界に行ったのです。イエス様は、真の父母の根を中心とした愛の因縁をもって霊界に行っていますか。イエス様も、真の父母の愛の因縁をもつことはできなかったのです。ですから、イエス様も、真の父母の活動する統一教会圏に来て協肋することができないのです。それゆえに、これを解いてあげなければなりません。
興進君が霊界に行くことによって、イエス様はオールド・メシヤになり、興進君はニュー・メシヤになりました。そのような立場で、イエス様が、真の父母の愛を中心とした先生の息子に侍り、二人が一つになることにより、霊界も、真の父母の愛の圏を通して、イエス様を中心とする地上管理統制が可能となり、イエス様を信仰して霊界に行ったすべての人、地獄に行った人までも再教育できる道が開かれたのです。このようになることにより、初めて霊界の王権を設定することができるのです。
真の父母は、霊界と肉界を中心とした王権をもって来られたので、それを霊界にまで連結させるためには、霊界の統一基盤を築き、霊界の王権基盤、蘇生的長成基盤を連結させなければなりません。そのようにしなければ、真の父母が地上において成した完成基準の位置に、霊界が同参することはできません。ですから、その準備をしておかなければならないのです。
真の父母の愛の因縁を中心として、霊界が統一されて連結されるはずだったのですが、すべて塀でふさがってしまいました。しかし、興進君とイエス様が一つになることによって、イエス様も、興進君を通して、地上の真の御父母様の家庭と連絡して地上に来ることができるのです。興進君を祝福してあげることによって、その相対は地上に残っているので、地上と天国に愛の橋が架けられるようになり、イエス様が来て、真の御父母様の家庭と統一教会に協肋することができるのです。これを開いてあげたので、イエス様を中心としたキリスト教は、地上の統一教会と一つにならなければなりません。(一四〇−五三、一九八六・二・一)
霊界は、地上と関係を結ぶことができなかったのですが、興進君とイエス様が行って一つになることにより、地上と連結されて通じるようになるのです。それにより、今日の統一教会の活動は、世界的な時代に移っていくのです。そのような関係ができたのです。
このような観点において、少年たちが成長して霊的救援の恩恵を受けたとしても、実体恵沢圏がないのです。しかし、興進君が十七歳の時、満十六歳で霊界に行くことにより、アダムがこの地上で堕落したその時と連結されるのです。霊界にも少年少女がたくさんいるのですが、教育するのがとても難しいのです。霊的基盤の連結が難しいのですが、興進君が行き、ふさがっていたものを開いてしまうのです。
地上にこのような基盤を築いてあげることにより、霊界のすべての霊人たちも、興進君に従っていくことができるのです。堕落以後の霊人たちも、神様に侍るように興進君に侍り、主に侍るように侍るならば、地上に連結できる基準ができるのです。赤ん坊をはじめとして、霊界全体が連結され得る内容が決定するのです。
それゆえに、興進君は、霊界の総帥になっています。ですから、イエス様がアジアの若者に侍って相談しているのを、イエス様を信仰する人々、イエス様と出会うそのような人々が見たということですが、それは、すべてこのような内容になっているからです。それゆえに、そのようにならざるを得ないのです。そのような事実を皆さんは知らなければなりません。(二五九−一八〇、一九九四・四・六)
真の御父母様を中心として、興進君と、それから統一教会の祝福家庭、霊界の祝福、地上祝福が、世界の限界線を超えていくことにより、キリスト教は、次子の位置に立ち、キリスト教の祝福の世界化時代に超えていくのです。
そのようになることにより、霊界には、真の父母のアベル的祝福家庭である興進君がいるのです。地上には、祝福家庭であるアベル圏があるのですが、霊界にはこれがありません。それゆえに、イエス様を祝福してあげたので、カイン圏である地上のキリスト教統合運動をして、キリスト教が今回の祝福を主導しなければなりません。びりになってはならないのです。
ですから、アメリカにおいては、六月までに三つの教団の十二万家庭が祝福を受けるのです。これは十二数です。祝福教育を受けるようになっています。ですから、経費は自分たちが出し、真の御父母様もそれを助けてあげるのです。アメリカも助けてあげるのです。この三つが一つになり、何が何でも六月までにこれを完成させなければなりません。そのようになれば、キリスト教文化圏の体質が完全に改善され、祝福家庭に行かなければならないのです。
最も難しい場所がアメリカです。兄弟破綻、青少年破綻、家庭破綻が起きています。すべての系列がありません。父母もなく、おじいさんもなく、すべてありません。三代完成圏が完全に破壊されました。アメリカのキリスト教がこのようになってはいけないのです。既に四十年前に祝福を受けなければならなかったのですが、失ってしまったのです。それゆえに、先生が荒野に行き、戻ってきてその位置を取り戻し、家庭を連結して接ぎ木する解放圏をつくったので、父母の国、長子圏の国が立てられたのです。
これらの国が一つになれば、アメリカの経済圏であろうと何であろうと、すべてのものは……。これは偽物ですが、外的な面を再び祝福してあげるのです。このようにして、アメリカに従っていかなければならない立場に立つのです。
そうだとすれば、今、アメリカは模範にならなければなりません。キリスト教が動くようになる時、キリスト教に伝統を植えることができる……。今、統一教会の人々は、万物の所有、子女の所有、夫婦の所有のすべてを天に捧げることにおいて、アメリカの思考方式を離れ、真の御父母様が伝える天の心情と一体となって奉献できる模範的伝統を立て、キリスト教を新しい第二次革命基地につくりあげ、天の王国と地上天国を復帰するための功臣にならなければなりません。そのような長子の職分があるのです。これらすべてを母が収拾して一つになり、真の御父母様と一つになって、天に再び連結しなければなりません。その式をしなければなりません。(二九三−一九五、一九九八・五・二六)
一九七三年一月三日に、イエス様を祝福してあげました。その時は、韓国のキリスト教が統一教会を信じなければならなかった時です。全日成が南に侵攻してくることができる時だというのです。イエス様を祝福してあげたので、キリスト教が先生の言うことを聞いて祝福を始めていれば、どのようになっていたでしょうか。その時は、政府と私が一つになり、キリスト教を追い立てることができる時です。そのようにして、一つになることができる良いチャンスだったのです。ですから、その時に一つになっていれば、世界のキリスト教が巻き込まれ、韓国を中心として統一的形態の世界になっていたはずです。全世界のキリスト教が一つになり、北朝鮮を屈服させ、完全に消化していれば、今日、世界は、これほどまでにはなっていませんでした。
ですから、今まで、キリスト教を訪ねていって再び立てる時まで、霊界から編成して祝福しているのです。今、ようやく長子権を立てたので、イエス様が結婚生活に入っていくのです。興進を兄として、イエス様が弟となって一つになり、真の父母を中心として一つになることによって、国家基準を超えるのです。国家の王です。そのようにして、イエス様を定着させてあげるのです。キリスト教が定着して一つになれば、キリスト教がいくら統一教会に反対しても、反対すればするほど、アメリカの家庭がすべて統一教会の食口になっていくのです。
これ以上怨讐の立場に立つことはできないのです。大統領の家庭を含む政府のリーダー、宗教指導者たち、すべての家庭がレバレンド・ムーンの偏に立つのです。反対する団体は消えてなくなります。真の父母のコンセプトだけが残るのです。真の父母は、神様の命令を直接受ける真の愛のセンターだというのです。
神様の行かれる道は、投入して忘れてしまって行く道です。投入して忘れてしまうことにより、周辺の環境圏がいくら反対しても、それを克服して超えることは問題ではありません。レバレンド・ムーンがそうです。今までアメリカが反対してきましたが、滅びませんでした。サタンの家庭がいくら打って破壊しようとしても、絶対に屈することなく、屈服させてきたのです。
家庭定着して家庭の柱を立て、国の柱を立て、既に世界的柱まですべて立てておいたのです。いかなる力もこの柱に手を出すことはできません。神様と真の父母が抱くことにより、手を出すことができないのです。サタンは長成期完成級に属していますが、真の父母を中心として完成期出発圏に立つことにより、自動的に神様に属するのです。完成期のアダムの位置は、サタンが侵犯することができないのです。
しかし、周辺の環境圏が反対します。宗教世界もレバレンド・ムーンを受け入れず、共産世界も反対しました。
今も、反対するサタン圏はありますが、ここは、神様に属することによって手を出すことができないのです。侵犯することができません。自動的に従ってこなければなりません。
彼らの行く道は制限的ですが、私たちは無制限であり、自由だというのです。膨大な天国世界の主人になるのです。(二九三−一五八、一九九八・五・二六)
地上に三億六千万双の祝福がすべて終わる前に、地上に現れる前に、先にこの事実が霊界に現れなければなりません。霊界が先にならなければならないのであって、世界が先になるようにはなっていません。ですから、第一次アダム、第二次アダムが失敗したことを、天上世界の先祖になるアダムの代わりに連結させるために、霊界にいる興進君を地上で祝福して、地上と連結させ、世界版図のアベルを中心とした父母を中心として、天使長圏を……。
天使長圏は養子と同じです。血筋がありません。これは伝統ではありません。しかし、これを連結して蕩減するのです。分かれた霊界を一つにすることにより、ここから真の御父母様の国を創建することができるのです。これを中心として、キリスト教が一つの国家のように統一されれば、世界は一つになるのです。そのような時代が来たのです。
キリスト教は、霊的な立場です。興進君は違います。霊肉を連結して祝福されたのです。霊肉二つの世界をどのようにして同じ時代圏内において平準化するのでしょうか。キリスト教文化圏が真の御父母様に侍らなければならなかった第二次大戦直後のすべての事実を代行し、キリスト教ができなかったことを再び探し立てることにより、父母の国が立てられ、次子が自然に屈服するようになるのです。長子圏ができるのです。
なぜ興進君が長子になるのかというと、真の父母の直接的血筋を通して生まれたからです。霊的イエス様とキリスト教は、接ぎ木されることによって次子になるのです。霊肉で一つにならなければなりません。
霊界の興進君をはじめとして、真の父母の家庭を中心とするすべての祝福家庭圏は、アベル圏になるのですが、これは心の世界を代表するのです。どのようにして、これが外的世界と一つになることができるのでしょうか。心の世界のコンセプトに絶対的に従うことにより、家庭基盤において完全に接ぎ木してあげるのです。(二九三−一五七、一九九八・五・二六)
この地に来て結婚することができずに逝ったイエス様を、誰が解決してあげるのでしょうか。これは神様もできません。それは、真の父母がこの地上においてすべての系統を踏むことにより、解決することができるのです。そのためには、興進君も結婚しなければなりません。キリスト教文化圏をリードできる統一教会の基盤を立てて連結させなければなりません。真の御父母様を中心として、興進君と統一教会を中心として……。
これは天使長世界ですが、反対に統一教会を迫害したのです。ですから、これを復帰して正し、統一教会が弟の立場だったので、サタン世界において主導的なキリスト教文化と一つになることにより、本然の世界に帰っていくのです。接ぎ木するのと同じです。
興進君とイエス様は、兄弟になります。ですから、地上世界において三億六千万双の祝福がすべて終わるようになったので、霊界では祝福が始まるのです。真の父母の全権時代、全体、全般、全権、全能の時代が来るのです。真の父母が権限を行使できる時代が来るのです。
神様がアダムとエバを造られて「良し!」と言って喜ばれながら、「すべてのものにはあなたが言ったとおりに名前がつけられる!」とおっしゃった、そのような特権時代が来るのです。それゆえに、イエス様をこのように祝福すれば、霊界が、「誰々は滅びなさい」と言うのです。滅ぼすのです。切れば切ったとおりにすべてのものが決定され、話せば話したとおりに霊界がそのようにするのです。地上から霊界に命令することができるのです。
神様は干渉できません。歴史を代表した数多くの善人が善の行動をしなければならないのですが、その内容は、すべて真の父母の命令一つにかかっているのです。真の父母の命令は、歴史時代における数多くの善の宗教や善の法を中心として行動し、命令したものを、すべて総合したのと同じ価値だというのです。ですから、その命令に反対することはできません。(二九三−九〇、一九九八・五・二四)
清平においては、既にキリスト教徒たちにも祝福を始めました。一億六千万双を祝福しました。そして、その人々をすべて派遣するのです。三十六億を祝福したという報告を私は受けました。ですから、その中の一億六千万はキリスト教徒を祝福してあげたのです。祝福したキリスト教徒を、天使長と共にこのベルベディアに派遣するのです。アメリカ復帰のために派遣したのです。
アメリカは、全キリスト教世界を代表しています。アメリカはリーダーです。そのようなアメリカを長子として立てました。ですから、次子をコントロールすることができるのです。今までサタンがもっていた長子権を、天の側のアメリカがもつようになったのです。ですから、いかにして全人類を祝福するかということが問題です。興進様とイエス様が一つになり、霊界と肉界に祝福を拡散させて一つに結ぶのです。ここから天国が出発します。ですから、転換期です。
ここに天使を一緒に派遣します。アダム家庭において、天使を動員してアダム家庭を完成しようとして失敗したので、それを復帰するのです。今まで、霊界において、兄の立場に興進君が立っていて、イエス様は弟の立場に立っているのです。今まではすべて反対したので、兄の位置から弟をたたく立場でしたが、これがひっくり返るのです。長子権を復帰したので、今までとは反対になるのです。興進君とイエス様が真の父母に侍るのです。二人が一つになって真の父母に侍ることにより、世界が回るのです。それゆえに、キリスト教さえ回れば、全世界が回るのです。
興進君は霊界にいますが、地上における自分の弟、妹たちの祝福家庭を中心として、霊界と肉界が一つになり、これが一つになったので、霊界も祝福することができ、キリスト教も祝福して一つになるのです。これが一つになっているので、これがキリスト教と一つになって統一的世界に超えていくことができるのです。(二九三−四九、一九九八・五・三)
第二次大戦直後に、連合軍の統一世界がレバレンド・ムーンと連結されていれば、七年以内ですべてのことを成し遂げていたのです。しかし、キリスト教世界が私に反対しました。荒野に追われたのです。今まで、荒野において一人神側に立ち、祝福家庭を立てて拡大してくることによってサタンと分別してきたのです。今、最後の目的地を目前にしています。
皆さんも、今は、未来がどのようになるということが分かるはずです。ですから、言い訳するすべがありません。この道しかありません。今は、地獄の門を開き、天国に向かう高速道路をすべて築いておきました。いかなる障害物もないのです。
しかし、言葉は簡単ですが、その事実を成し遂げることがどれほど困難だっただろうかと、考えてみてください。皆さんは、先生を絶対的に信じましたか。どれほど多くの疑いをもちましたか。先生は、この道を出発する時、世界に出発する時、絶対に疑いませんでした。一つの心でした。ありとあらゆる人が来ては行き、ありとあらゆることがありました。しかし、先生は走ってきました。一つの目的に向かって走ってきました。そして、今後皆さんが行くことのできる準備をすべてしたのです。世界の先進国家群に入っていける万全の準備をしたのです。(二九二−三四、一九九八・四・二七)
今から先生は、清平に行ってイエス様の家庭を収拾し、興進君と兄弟の関係を結んであげ、キリスト教のすべての使徒を祝福してあげなければなりません。統一教会はアベルの立場であり、キリスト教はカインの立場だというのです。これをどのようにして一つにするのでしょうか。霊的な観点においても、肉的な観点においても、すべて一つにしなければなりません。真の子女である興進君はアベルの立場です。長子の立場です。カイン側の長子はイエス様です。
ですから、地上世界と霊界を連結して、統一教会とキリスト教世界を一度に祝福してあげるのです。また、白人も黒人もすべて祝福し、未来においてはすべて混ざり合うようになるのです。そのようになれば、争いはありません。
アメリカの悩みの種である人種問題を誰が解決するのですか。誰がその争いをやめさせることができるのですか。それは、アメリカのいかなる人もできません。いかなる団体もできません。宗教圏もできません。ただレバレンド・ムーンだけが可能なのです。(二九二−三一二、一九九八・四・二七)
み旨を中心として見るとき、今は、先生がすべて勝利しました。イエス様は霊的なアダムではありませんか。先生は実体アダムです。実体アダム圏復帰時代は、霊界の協肋を受けてはなりません。ですから、先生は祈祷をしませんでした。祈祷しないで闘ってきたのです。先生の体が先頭に立ちました。神様は、アダムの後ろから従っていくようになっているのであって、前にお立たちになるようにはなっていません。今まで、誰もそのことを知りませんでした。先生だけが知っていたのです。
霊的救援摂理を受け継ぎ、地上において実体復活圏が成されるのです。実体が復活するためには、闘って勝利しなければなりません。違いますか。復活圏、これは、悪魔を除去して天のみが主導できる所で生じるのです。復活とは、悪魔の勢力圏に勝利し、天の圏に入っていくということを意味するのです。実体圏のすべてが終わることのできる時が来たので、イエス様をこの地上に呼んで連結させるのです。
また興進君が霊界に行ったでしょう? イエス様は、三十歳を越えてから死にました。青少年、二十代のアダム・エバ圏内の基準に入ることができませんでした。興進君が行ったのち、「愛勝日」を設定することによって橋を架けたのです。
それゆえに、神様の家庭のイエス様が来て、キリスト教を通して第二次大戦の時まで霊的な勝利の版図を築いたのと同じように、真の父母の家庭において、イエス様と同じ基準で興進君を送りながら、キリスト教が勝利圏を築いた第二次大戦直後と同じように、先生を追い出したこの世界が、反対に先生と統一教会を中心として、四十年基準を中心として、すべて一つになった段階に入っていくようになったのです。外的な世界も先生と一つになって入っていき、霊界も一つになって入っていくのです。すべて一つになって入っていくのです。(二一〇−二八四、一九九〇・一二・二五)
興進君が霊界に行ってから四十日後に祝福をしました。興進君が祝福を受けることにより、地上には自分の相対がいるようになります。いつも言っているように、愛は、同参圏に立つことができるようにすると同時に、同位圏に立つことができるようにします。同位圏に立つと同時に、相続権をもつのです。それが宇宙の公式です。
それゆえに、自分の妻が地上にいるので、いつでも愛をもって地上に同参することができ、同位圏の位置に上がっていくことができるのです。また、薫淑も、霊界に対してそのような位置に立ちました。ですから、地上と天上世界がいつも一つになることのできる道が生まれたのです。
ここにおいて、どのようなことが起きるのかというと、キリスト教全体が一つになり、霊界に行った統一教会のすべての人が、興進君と一つになるのです。このように一つになって一つの心情圏に結ばれた群れは、いつでも再臨することができるのです。
それゆえに、興進君とイエス様が一つになることにより、キリスト教と統一教会の連合運動が起きるのです。そのようにキリスト教と統一教会の連合運動が起きると同時に、地上世界においては、私が超宗派運動をするのです。地上において超宗派運動をするので、天上世界の超宗派圏内の霊人たちが地上に協助する時代に入っていくのです。(一六九−一一三、一九八七・一〇・二九)
国民が一つにならなくて、国があり得ますか。主権者があり得ますか。すべて自分勝手に飛んでいってしまうようになっているのです。それが原理観です。統一は、カイン・アベルの過程を経なければなりません。これが統一方案であって、統一方案は別の所にはありません。
今、先生を中心として、世界的な版図、世界的な蕩減条件を立てたので、全世界が先生の縦的な版図圏を中心として基盤を築くことにより、キリスト教文化圏を中心として縦的な歴史を代役してきた人々が、カイン的な立場で霊界においてみな先生を擁護しているのです。
先生の世界的版図を中心として擁護していたすべての宗教の宗主とすべての聖賢が、地上に再臨し、先生が願う版図圏、国家を代表して世界的版図圏に配置されてきたのです。そして、興進君が行くことにより、百二十の主権国家の王権が再臨し得る基盤が築かれたのです。
今はすべて成されたのです。火がついて爆弾がドーン、ドーン、ドーンと爆発し始めれば、世界は回るのです。(一六三−二五、二九八七・四・一八)
統一教会とキリスト教を代表し得る基準を心情圏に連結させた人が興進君です。興進君が行ってイエス様と一つになることにより、真の御父母様の愛を中心として、統一教会の地上基地と天上基地に愛の橋が架けられたのです。そのようになることにより、今、統一教会を中心として、既成教会の指導者が、レバレンド・ムーンと連結され、韓国と連結されるということが起きているのです。
アメリカの七千人の牧師が韓国に行くということが起きているのも、キリスト教を中心として、既に韓国統一教会と世界のキリスト教が縦的な面において一つになっているということを象徴するものです。そして、聖地も韓国の地が中心であり、世界のすべての国も韓国の地にもってきて結んだのであり、今、人も、韓国において実を結ぶように、連れてきて植えておかなければならないというのです。それは何かというと、韓国の地に植えて刈り取ることにより、世界の人々と世界の地が連結されるということです。
先生が来てすべて植え、世界の人と地を刈り取らなければなりません。そのようにして、本倉庫に入れなければならない責任があるというのです。刈り取ったのちに植える時、統一文化圏のために新しく植える時が今からだ、ということを皆さんは知らなければなりません。
すべての国家を韓国に連結させ、すべての人を韓国に連結させてそれらを結合し、一つにして韓国に植えるようになれば、韓国は、ホームランド(故郷)になるのです。そのようにしなければ故郷をもつことはできません。(一六八−六三、一九八七・九・一)
三 四大聖人の祝福と宗教圏の一致
1 四大聖人と地上・天上解放祝福式
今まで、祝福式を全部で何双行ったと言いましたか。三十六億双です。先日、九十八億と言いませんでしたか。ですから、五十億になるので百五十億です。その百五十億になったところで、心でさらに一〇パーセントを霊界で祝福すると考えなければなりません。そこにおまけとして付け加えて百六十億にするのです。サタンを解放するために霊界祝福をしてあげたというその基準を立てておき、それを今回発表しなければなりません。
興進君とイエス様を呼んで行い、その代表に、郭錠煥氏が聖人を中心として予備祝福をしてあげ、本祝福に加担させるのです。予備祝福をその式上でしなければなりません。ですから、全体を代表して郭錠煥氏夫婦が、全体解放圏の聖酒を代表して飲んであげると考えなければなりません。そこに相対となることができる人、四大聖女ならば四大聖女を中心として、残りの人は、郭錠煥氏が全体の前で天上・地上の解放圏を与えるのです。
夫婦の因縁を結ぶことができる自由の解放圏のために、郭錠煥氏が、全世界の家庭連合の会長として、真の御父母様に代わり、興進君とイエス様に代わって、第三真の父母の前で予備祝福をしてください。祝福されたすべての人々、すべての聖人、霊界において祝福した百六十億のすべての人々が、今回、正式にここに参加して、解放宣布を受けるのです。このような重要な時期だということを宣布しなければなりません。
(今回の祝福行事で、お父様は霊界に解放圏を与えてくださいましたが、霊界にいる人は、四大聖人や義人だけではなく、ヒトラーなどのカイン的な存在にも解放圏を与えました。彼らは、神様と真の御父母様の前に出てくることはできないのですが、祝福をして、神様と真の御父母様が地上で祝福してくださる直系子女と祝福を受けた人々に対して弟として復帰され、今一つになるのです。今回勝利された真の御父母様の基盤と、三億六千万双という全世界人類を祝福して……)。〔郭錠煥氏〕。そこに、「サタン血統断絶」という一言を入れなければなりません。その基準を立てたので、サタンの根がなくなったのです。それはみな兄弟です。
神様を中心として、真の父母を中心として兄弟の位置に立つのです。父母と兄弟の位置に立つので、ここにおいて真の父母は、霊界と肉界を総蕩減するために清算したというこのような権威を中心として、神様に代わり、サタンに代わって全権をもって決定できるので、このようなことを決定するのです。
興進君の家庭とイエス様の家庭を代表して、郭錠煥氏の家庭が祝福することにより、全世界の新しい家庭が、霊界と肉界の出発を開始するのです。それによって地上地獄、天上地獄の門が開かれ、天国の門まで開かれ、祝福された人は、誰でも天上世界に入っていくようになるのです。しかし、祝福されたからといって、カインがすぐに直接入っていくわけではありません。教育を受け、段階的な発展過程を経るのです。地獄から天上世界に帰ることができるその過程のシステムは、霊界において教育を受けて初めて解放されるのです。(二九四−四七、一九九八・六・一〇)
予備祝福は、式場において始める前に行う式です。ですから、第一式、第二式になるのです。第一式は、霊界統一解放式です。霊界と肉界の統一です。地上と天上天国の間に地獄があり、二つの世界を遮っています。天国に行くのに数多くの怨讐の戦場があるのです。これは何かというと、神様とサタンと再臨主と実体の怨讐たち、この二つの群れが分かれて、分けるための争いをしているのです。祭物を裂くのと同じです。
これを一つにするのが真の御父母様の仕事です。心と体が一つになり、夫婦が一つになり、神様と一つになり、真の父母と神様が一つになって、分かれたすべての息子、娘が祝福を受けて連合するのです。カインの群れとアベルの群れを一つにするのです。ですから、ここは悪党でしょう。世の中で一番の群れを中心として祝福してあげ、一箇所に集めるのです。今まで、サタン世界においてカインが長子権を行使してきましたが、今からは、真]の父母を中心として、祝福された三十六家庭をはじめとする全世界の三億六千万双を中心として、霊界を中心として連結させていくのです。
ここは、数が一致しなければ、地上の代表氏族を中心として祝福し、それから、霊界はいくら多くても問題ありません。代表として祝福されれば、彼らは霊界において代表を通して祝福していくのです。ですから、一つにして、祝福圏を地上と天上世界に立てることにより、私たちは、解放者として教育を受け、天国に入ることができる門に向かっていくようになるのです。
(お父様、具体的にその日、真の御父母様が臨在されたのちにその式を行いますか、臨在される前に行いますか)。私が祝福するために出てくるではないですか。出てくる前にこの式を行い、祝福式をするのです。(それでは、控え室にいらっしゃる時にしますか)。違います。式場に真の御父母様が出てこなければなりません。(真の御父母様は、トゥルロリ〔注:付き添い人。入場される前に両側に立ち並ぶ人々〕が入場して、出てこられますが……)。出てきたのちに、真の御父母様が座る、その前で行うのです。(真の御父母様が下りてこられ、私が告天文を読む時間があります)。告天文のその時間にしなければなりません。
(それでは、それは、公式的に私が条件を立てて、心で祈祷しながらしなければなりませんか、発表をしますか)。宣布をしなければなりません。プログラムに入れなければなりません。プログラムの中間に入れて、「『地上・天上解放祝福式』が行われます」と言ってするのです。(二九四−四七、一九九八・六・一〇)
四大聖人の相対は誰かということを発表するのです。自分が地上で暮らしていた時の最初の夫人、初愛の関係だった夫人と相対になるようにしてあげるのです。今、このような原則に従い、万宇宙の人が、霊界において無限に祝福してあげられる特権を許諾してあげたのです。ですから、興進君とイエス様に与えた以上に、霊界を祝福できる特権を代わりに自分たちに与えてあげるのです。興進が全権を与えるのです。それから、イエス様も全権を与えるのです。この二人が祝福して、自分を中心として三人が一つになり、地上において門を開いてあげることによって、二人が天上世界において門を開いて収拾し、真の父母に侍って入っていくようになっているのです。ですから、そのような基準に合わせるために、このような方法が必要なのです。(二九四−五〇、一九九八・六・一〇)
まず四大聖人から、三十三人を宣布したのではありませんか。ウルグアイに行って、イエス様を中心として三十三人です。三十三人ですが、イエス様まで合わせると三十四人です。このようなものが分立されて、王として侍られなかった三十三の王、王として侍らなければならないのに、侍ることができなかったのです。
ですから、三十四の国が一つになって、統一天下にすることができなかったことを、私がウルグアイに行って蕩減してあげるのではありませんか。全世界的にそのように組織しなさいと言いました。ですから、七百八十人の女性、六大部署に百三十人を中心として、これをみなくくっておいたのです。今、それを韓国もどこも、すべてできずにいます。
それゆえに、今から国に帰っていき、このような原則で三十三人を集めて祝福してあげるのです。その次には、七百八十人の女性をその代表として祝福してあげさえすれば、男性たちは自動的に回るのです。なぜ女性たちをそのようにするのでしょうか。地上において、先生の近くにいた女性たちが、自分が霊界の誰かに干渉するようになれば、干渉された霊人はそのとおりにしてあげなければなりません。霊界の人が中心ではありません。
ですから、先生の近くで侍った玉世賢氏、池承道氏、李奇完氏をはじめとして、崔元福氏の三位基台、お母様の三位基台がみな連結されています。相対を結んであげなければなりません。霊界に行っても、先生にくっついて暮らすことはできないのです。一対一なので、すべて解いて配置しなければなりません。整理しなければならないのです。
ですから、その人々をここに集めておき、霊界に行った統一教会のすべての人々を集めておき、また、今まで近くで過ごした統一家の人々がどれほど迫害されたでしょうか。夫や息子、娘が迫害したのです。その夫が嫌えば、してあげないのです。すべての聖人たちもやめて、昔の自分の夫が一番良ければ、そのようにしてあげるのです。先生の言うことに絶対服従して、「先生のなさるとおりに従います」と言うならば、聖別し決定をして、すべて祝福するのです。
ですから、服を三十三着用意しました。イエス様はしたので、三十三着用意したのです。三十三人の名前を呼んでもかまいません。呼んで、名前を合わせて祝福してあげればよいのです。そして、「全世界百八十五カ国に、三十三人を決定しなさい」とすべて宣布しました。それぞれの国に三十三人、国家代表に連結させることができる総体的な人物をまとめなさいと言ったでしょう? そして、七百八十人の女性連合の代表者をまとめ、その夫たちが三十三人を祝福するようにするのです。七百八十人さえこのようになるならば、国がひゅーと回るようになっています。今回の祝福家庭を垣根にして宣伝し、各国家にこのような祝福をするようになれば、その国は完全に回るのです。(二九四−五〇、一九九八・六・一〇)
今、このことを宣布すれば、問題が起きます。宗教界に問題が起きます。文総裁に何の権限があって私たちの教祖を祝福するのかというのです。違います。事実、その人々が願っているのです。霊界で連結して呼んで、文総裁の前で自分たちの願う相対と一つになって解放されることを懇切に願ったからです。自分たちが、「今後、教団の責任者として教団までも祝福の恩恵を受けるために、私はそれを願います」と言ったのです。
教団の代表がすることにより、天上世界の先祖たちが一つになって祝福を受けるので、地上にある教団も祝福を受け、宗教が一つになるのです。真の父母によってです。それゆえに、今後、聖書を捨てることはできないので、そこに「統一原理」、「成約聖書」を付け加えなさいというのです。
ですから、何年間かたって祝福さえ終われば、すべて終わるのです。経典も何もすべてほうり出し、「成約聖書」をもって、単一宗教圏としてキリスト教の伝統的歴史が結実しなければなりません。世界的な事件がたくさんあるのです。(二九四−五二、一九九八・六・一〇)
2 宗教圏を超えて一つの世界に
今、四大聖人を祝福してあげるのです。祝福してあげるにおいては、先生が愛した統一教会の人々と祝福してあげなければなりません。孔子、釈迦、マホメット、イエス様、みな祝福してあげたのです。イエス様も祝福したのです。そのようにして、彼らを通して祝福を継承するのです。彼らを祝福してあげれば、宗教の使命はすべて終わるのです。ですから、仏教ならば、仏教圏の釈迦牟尼を中心として中間霊界にいたのが、真の父母に従ってみな天国に入っていくのです。
ですから、宗教の使命が終わり、国の使命がすべて終わるのです。国の立場もなくなるのです。それゆえに、真の父母を迎えるようになれば、真の家庭、真の国家、真の世界、真の神様と出会うのです。ですから、平和の世界、一つの真の愛で統一されたその世界が、いわゆる地上天国だというのです! アーメン! (二九四−一八、一九九八・六・五)
今、霊界は、イエス様、釈迦、孔子、マホメットなど、知識の系列がすべて異なっています。霊界組織の系列が異なっているというのです。どのようにしてすべて引き上げるのかというと、イエス様を中心として、真の父母になることができる責任的召命をすべて教えてあげなければなりません。それを分配してあげなければなりません。
旧約時代、新約時代、成約時代の骨子は何でしょうか。救援摂理の骨子と目的は何かというと、血統転換です。血統転換をして何をしようというのでしょうか。偽りの愛の根源を暴き、真の愛の根源を回復するのです。そのようにしなくては、神様と父子の関係を結ぶことができないのです。
神様と父子の関係を結び、神様を中心として家庭と国家をつなぐことができる道は、第一次アダムと第二次アダムが失敗したすべてのことを、来られる再臨主が復帰し、三次アダムの蕩減条件まで完全に克服して、第四次アダム解放圏を迎える時にいるので、成約時代の内容を中心として教育しなければなりません。
今まで、霊界はすべてふさがっていました。霊界自体を知りませんでした。みな自分が知っているその限界圏内にとどまっているので、それをすべて取り払ってしまわなければなりません。地獄がどうであり、中間霊界や楽園がどうであり、天上世界がどうだということを知らずにいます。知らずにいるので、今、この真の父母に侍る成約時代において、真の父母と真の愛の血統的因縁を中心として、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成を中心として、一つの体制に一致しなければなりません。
そのようになれば、全天地、霊界と肉界は、完全に統一圏に超えていくのです。アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二二)
イスラム教圏や仏教圏は、すべて怨讐です。宗教の怨讐です。キリスト教を中心として、真の父母宗教における血統的基準の愛を中心として宣言するのです。「今、すべての宗教は、真の父母の道理、父の道理を学ばなければならず、長子権の道理を学ばなければならない」と宣言するのです。イエス様は長子になります。長男になったので、今までのキリスト教文化圏を学びなさいというのです。
今まで、仏教であれ何であれ、すべての宗教が行っていた形式的なものは、すべて天国では通じません。天国の道理を受け継いでいくことはできません。それゆえに、今から霊界において、統一教会を中心として、新約時代の霊界を統一したキリスト教文化圏と一つになりなさいというのです。地上における霊肉を中心とする統一教会を中心として、霊界で一つになったすべてのものが地上に向かって統一されるのです。このようにして、新しい家庭を編成し、新しい民族、新しい国家を編成するためには、アダムの代わりに家庭理想をもった真の父母一代を中心として、二代、三代と祝福していき、再び世界万民がすべて祝福されて、その隊列に入っていかなければなりません。そのようになることにより、天地が一つの主流的思想圏内に方向を設定し、天国を超えて神様の玉座の前に行って愛される公認された息子、娘に戻っていくことができるのです。(アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二三)
祝福された霊人たちはみな、国の解放のために総動員させられるという条件に引っ掛かっています。神様も命令しなければならず、サタンも命令しなければならず、真の父母も命令しなければなりません。真の父母の命令は、神様の命令に先立ち、サタンの命令に先立っているという事実を知らなければなりません。なぜでしょうか。真の父母が真の愛の道をすべて整理したので、血統的に汚されたすべての血筋をひっくり返すことができるのです。それをひっくり返してこそ、神様も本来の位置に帰られ、サタンも本来の位置に帰ることができるのです。そのような分権的大行事を真の父母がするのです。
真の父母が現れることにより、真の血統を中心として、真の父子関係、真の夫婦関係、真の兄弟関係を成した家庭編成を拡大して、民族を超越し、世界を超越し、世界だけではなく、地上世界と天上世界に同じ祝福圏を築き、一元化させ得る行事を行える時が来たというのです。
今まで、霊界には、イスラム教や仏教や儒教などの宗教や哲学など、あらゆるものが自分勝手に存在していました。イエス様が真の父母の伝統によって来た新約時代の霊界一体圏、成約時代の霊肉界一体圏を中心として統一するというのです。成約とは何でしょうか。結婚しなければならないのです。
男性として生まれ、女性として生まれて地獄に行き、千年、万年、ありとあらゆる恨を抱き、自分はどのように生きるのかということを考えることができなかったのですが、自分が解放されて祝福を受け、家庭をもつことができるということは夢のような話です。
万国を中心として、霊界と肉界に統一的な祝福の門を大きく開け放ったのです。アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二三)
教派を克服しなければなりません。キリスト教ならばキリスト教で統一されなければなりません。キリスト教が多くの教派になっているので、数多くの宗教がキリスト教を訪ねていく時は、どこに訪ねていかなければならないのでしょうか。ですから、一つの教団にならなければなりません。一つの教団にならなければならず、その教団自体は、宗教圏を超えなければなりません。宗教を超えた真の父母の宗教、父母の宗教にならなければなりません。個人救援ではありません。父母を中心として、一族救援、一国救援の解放圏に超えていかなければなりません。
イエス様を中心として、百二十カ国が一つにならなければならなかったのですが、一つになることができませんでした。それゆえに、今、聖人たちは祝福を受けましたが、彼らは、全世界を超えることができるように、百二十人の祝福を中心としてそれを拡大し、宗教圏のすべての信者、三三パーセントを祝福させるのです。蘇生、長成はサタン圏です。完成は解放圏なので、七年路程を中心として、三三パーセントをみな祝福してあげなさいというのです。
これは真の父母の命令です。イスラム教のマホメットや仏教の釈迦牟尼が問題ではないというのです。このようにして、その伝統的なものをすべて伝授されなければなりません。それゆえに、仏典の上に、コーランの上に原理のみ言を置き、それを中心として、今まで信じてきたものをすべて切ってしまって接ぎ木しなければなりません。アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二三)
神様とサタンは、闘うことができないようになっています。ルーシェルが降伏文書を書き、反対しているルーシェルの一族まで屈服させるのです。今は、聖人と殺人鬼、第二次大戦のヒトラー、ムッソリーニ、東条を中心として祝福してあげたのです。これは国家時代、連合国時代です。それから、共産主義は世界時代です。連合国ではありません。
世界をすべてのみ込もうとしたのですが、彼らをみな祝福してあげたので、彼らは、偽りの王が自分たちを利用して、天の真なるものを支配したということを知っています。祝福されたので、回れ右をして「この者たち!」と言って、自分のトップにいる人々を立たせ、言うことを聞かなければ天使を先頭に立てて押しのけてしまうのです。サタン側まですべて天の側に転換したということを知っていますか。聖人と殺人鬼まで同じ仲間になっているので、その中にいるサタン世界の手下どもは、一度に吹いて片づけてしまうのです。それを四年間ですべて清算しなければなりません。それゆえに、南北統一は自動的に起きるのです。「このような処置をしなさい」と言って、私が文書を作り、「清平に行って、そのとおり実践しなさい」と指示しました。今まで、十四代を中心として百八十代まで、二百十代まで解放圏を許したので、地獄はなくなる環境になっているのです。しかし、まだ氏族的メシヤたちが入籍できない時は、地獄が残ります。残るというのです。先祖を解放しなければなりません。(アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二三)
宗教も様々なものがあります。文化背景が異なっているので、そのようにならざるを得ないのです。五十億人類がキリスト教文化圏と同じではありません。キリスト教は分かつていないのです。「イエス様を信じなければ、みな地獄だ」と言うのですか。とんでもないことです。霊界に行ってみてください。孔子とイエス様は友達です。釈迦牟尼とマホメットも友達です。キリスト教の名のある聖人や仏教の高僧もみな友達です。とばり一つが違うだけであって、みな神様の一族なのです。このとばりを開け放たなければなりません。
宗教が統一される時、とばりがすべて外され、一つの家族として大声をあげて痛哭する、そのようなことが起きるのです。天上世界のその一日を待つのです。歴史時代において、宗教の背景に無知で、このような争いをしてきたという事実を知らなければなりません。それゆえに、すべての歴史的恨を掲げ、各教団の責任者、教祖をはじめとする、すべての歴史的指導者が集まり、悔い改めをしなければなりません。悔い改めさせることができるお方は誰かというと真の父母なのです。(二三一−二〇)
統一教会の文先生がどのようになっているか、霊界に行ってみてください。「『釈迦牟尼、孔子、マホメットはレバレンド・ムーンの弟子だ』と言った」と言って、ホメイニのような人は、「レバレンド・ムーンの死刑を行う」と大きなことを言っていましたが、死んでいきました。霊界に行ってみなさいというのです。聖人をみな祝福してあげたのです。祝福してあげたでしょう?ですから、霊界から送ってきた事相軒氏の手紙によれば、「どれほど有り難いことか」と言ってあいさつしているというではないですか。生きて祝福された皆さんは、霊界に行って復活した数百万、数千万、数値の人々や、その教祖たちよりも高い位置にいるということが分かりますか。今までいい加減に生きてきました。それを知らなければなりません。先生は、適当に生きているように見えますが、どこに行って座ろうと、どこに行って何をしようと、神様の法度を守り、きれいにして座っているのです。法を守っているのです。皆さんは、いい加減に生きているでしょう? (三〇四−五〇)
先生は、アダム完成の第一代先祖です。第二代は、イエス様の宗教圏の代表です。そして、第三代は何でしょうか。サタン世界の無宗教圏であっても、宗教圏以上の位置を付与することのできる特権が先生にはあるのです。サタンを除去してしまうために、そのようにすることができるのです。ですから、何も知らない人も、強制的に捕まえてきて祝福すれば、それは、天国に入っていけるチケットを分け与えることと同じです。(アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・四・二三)
四 興進様の霊界祝福と祝福の平準化
天総官 文興進様
四 興進様の霊界祝福と祝福の平準化
1 祝福の平準化と真の愛で霊界解放
神様の全権、全体、全般の行使は何かというと、結婚を思いどおりにできるということです。家庭さえ祝福してあげれば、氏族の編成も問題なく、国の編成も問題なく、地上天国の編成もすべて問題ありません。アダムは、家庭の長兄であり、家庭の真の父であり、家庭の王であり、氏族の長兄であり、氏族の父であり、氏族の王であり、国の長兄であり、国の父であり、国の王であり、世界の長兄であり、世界の父であり、世界の王であり、地上・天上天国の長兄であり、父だというのです。ですから、アダムが見えない神様と一つになることにより、これをすべてもっていって、今まで空いていた天上世界を一度に満たすのです。
ですから、皆さんの家庭においては、自分が長男であり、家長であり、絶対父母であり、絶対王だというのです。ですから、皆さんは、みなアベル的王に侍らなければならず、氏族的アベル王に侍らなければならず、民族的アベル王に侍らなければならず、国家的アベル王、世界的アベル王に侍らなければなりません。先生一人が全体をすべて完成させたので、すべての家庭や氏族、八段階のすべての国は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。そのようにしてこそ、統一世界と平和の世界が成し遂げられるのです。アーメンです。
なぜ皆さんがそのようにしなければならないのかというと、先生が架け橋だからです。家庭的架け橋、氏族的架け橋、民族的架け橋、国家的架け橋を上がっていって解放圏に行き、アダム家庭から世界家庭まで思いどおりに通じ得る道が先生に会う道です。先生の言うことに絶対信仰、絶対愛、絶対服従して、アダム家庭において個人的に失敗したことを、家庭から八段階を経てすべて完成したという条件に立ってこそ、そこにおいて初めて相続権の解放が起きるのです。解放です。
七年前に始めたことが、七年後にすべて世界的に成し遂げられるのです。では、そのようなブームが起きると思いますか、起きないと思いますか。天の全権をもっていくので、誰であろうと心が喜ぶというのです。ですから、「よくぞいらっしゃいました」と言うのです。(二八六−四六、一九九七・七・一)
今、国連には基準がありません。政治的な基準を中心として、サタンの体を総合して和合することしかできません。体なので、心の世界である宗教国連が入っていかなければならず、エバ圏がなければならないので、女性国連が入っていかなければならず、カインである青年国連が入っていかなければならず、アベルである学生国連が入っていかなければなりません。
これを加入させようとしないので、先生が国連をつくろうと万端の準備を整えているのです。ですから、ワシントン・タイムズの特派員が入っています。APやUPIをコントロールしています。私たちが一番中央にいるではないですか。その背後の歴史として、スパイ工作をしていた人たちが入ってきていました。お母様がつい二時間前に講演していたみ言を、新聞に載せようとして広げておいたのですが、この者たちがそれを隠してしまったのです。しかし、力に押されて、お母様の講演を許諾せざるを得ませんでした。
今、大韓民国の主権者が何をしようとも、私の力に押されます。既にそのようなことが態度に現れているではないですか。思想的な面と宗教的な面を糾合して経済的な分野に……。今後は簡単です。思想統一、宗教統一を成したのちは、市場を独占すればよいのです。生産が問題ではありません。今までは、生産国が、世界やマーケット(市場)を支配していました。原料国がもっているので、原料国にも分け与えなければならない時が来ました。しかし、マーケットが問題です〇誰が市場を掌握するのかということです。先生は、それを準備してきたのです。(二九〇−二六一、一九九八・三・二)
歴史を通じた自分に対する全般的な根本問題を解決する道は、先生の教え以外にはありません。永遠にありません。先生がうそをついているかどうか、霊界に行ってみてください。先生は、知ってから教えるのではなく、すべて成し、勝利してから教えるのです。良心はそれを知っています。
それゆえに、真の父母と成約時代を宣布したということは、それを成したということです。サタンと対決して屈服させ、先生が向かう世界、展望する世界には、サタンがその姿を現すことはできません。それを平面圏において、個人、家庭、氏族、民族、国家、天宙、霊界の天国まで平面化させています。それを平面化して連結すれば、地上天国です。地上天国で生きた人間とその一族が、そのまま天上天国に移行するようになっているのです。天上天国は何かというと、本家です。(二五六−二四)
堕落した人間は、神様がつくられた霊界には暮らしません。その霊界では、完成した祝福家庭だけが暮らせるのです。そこは、アダムが完成したのちに生活する天国のような環境です。ですから、世の中の小さなものから大きなものまで、神様が全権をもち、すべて思いどおりにできるのです。
祝福されて、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。粉砕するのです。ですから、二〇〇〇年に入っていき、すべての地上の一族は、みな天国行きです。出エジプトのように、地上世界の出発が始まるのです。モーセが八十歳で出エジプトしたのと同じように、今からは、真の父母、家庭王として、世界地球星の出発をするのです。(二〇〇−三〇五)
第一次アダムが失敗し、第二次アダムが失敗し、第三次父母も失敗して、これをすべて荒野路程で蕩減し、解放され、第四次アダム圏祝福時代が、地上天国の出発時代です。これはすべて理論が合わなければなりません。大ざっぱな計算ではいけません。霊界でも地上でも、先生が原理を中心として解明した結果的基準で評価するとき、右手と左手がぴったり合わなければなりません。ぴったり合ってこそ、音が出るでしょう? それを合わせるものが愛です。絶対愛を中心として合わせるのです。
地上世界と天上世界がカイン・アベルに分かれていたのですが、初めて兄弟の因縁、真の父母の愛、真の血統の因縁によって一つになれるので、同じ祝福を中心として、死んでも共に死に、生きても共に生きようというのです。ですから、死のうとする者は生き、生きようとする者はどうなるのですか。(死にます)。違います。真の父母がいる時に生きようとする者は生きるのです。真の父母に従って生きようとする者は生きるのであり、真の父母がいないので、すべて反対にしなければならなかったのです。逆説的に死のうとしなければ、真の父母の行く道、真の父母に侍る位置を探すことはできないのです。霊界も解放であり、地上も解放です。
アダムとエバの堕落以来、神様の胸に打ち込まれた太い釘を抜く者はいませんでした。そして、歴史時代の善の先祖は、みな血を流してきました。彼らの恨を解くことができませんでした。(三〇一−一六六)
真の御父母様は、実体世界において、超民族的な祝福の因縁を中心として祝福しています。これが連結されることにより、地上において、個人解放、家庭解放、氏族解放、民族解放、国家の解放圏が成されます。その解放圏は、霊界において成されるのではありません。
このように、天国愛の国、天宙愛の国まで連結させ得る基盤は地上にあるので、真の父母を中心とする霊界と肉界がすべて一つになり、統括的な面において総清算し、個人祝福、家庭祝福、氏族祝福、民族祝福、国家祝福、世界祝福、天宙まで、祝福の完成を成し遂げなければなりません。そのようにして、霊界と肉界の祝福家庭一体化圏が展開することにより、堕落していないアダムを中心とする天国理念の基盤が、歴史始まって以来のすべての家庭を中心として同一的な価値の位置において成立し、地上天国と天上天国が顕現することにより、神様が臨在されるのです。
神様は縦的な父母であり、真の父母は地上を平準化できる横的な父母です。ですから、「七・八節」を中心として、天地父母天宙安息圏を宣布して新しい時代が出発し、「九・九節」を中心として完全に越えていかなければなりません。(三〇三−二五七)
先生は、聖人と殺人鬼まで許してあげたでしょう? それならば、自分の息子、娘が罪を犯したことは、許してあげることができますか、できませんか。スターリンとヒトラーは、何千万人もの人を殺しました。そのような悪魔の中の悪魔までも許して祝福してあげました。それをしてあげなければ、地獄の門を開くことができません。それをしたことは、正しいことですか、正しくないことですか。
どれほど悪いことか、仏教では、「ああ、私たちの釈迦牟尼を連れていって結婚させる。そのようにすることができるのか」。そして、「ああ、イエス様を結婚させてあげるというのか」、そのように言っています。霊界に行ってみれば、みな楽園です。中間霊界にいます。彼らに、「あなた方の願うものは何ですか」と聞くと、「地獄の門が開かず、天国に行ける道がありません。私たちには、世界を反対に一つにしようとしていたことの十倍以上努力できる力があり、自信があります。聖人たちを引っ張っていきます」と言うのです。
このような決心をして自信満々に転換すれば、反対していた使徒パウロも転換させてキリスト教の忠臣として立てた神様が、反対する悪党が霊界に行ったとしても、それを転換させ、よく用いることのできる忠臣の王にすることができるのです。(二九九−二六)
聖人と殺人鬼を解放してあげたので、そのような原則において、統一教会に猛反対していた夫であろうと、地獄にいる人であろうと、自分の願う人を引っ張ってきて、解放し、祝福することができるのです。そのようなことが起きています。聖人と悪人をみな一つにするという原則があるので、このようなことが可能なのです。そして、霊肉祝福一体圏を成して三日行事までするようになっているので、地上で生きることができず、結婚もできずに死んでいった哀れな魂たちや、十六歳以上のすべての人々まで、今残らず解放してあげるのです。そのような人々まで祝福してあげるのです。地獄の門を開き、霊界に行ったすべての人々を祝福し、神様の血族的権限を認めることにより、サタンは完全に後退せざるを得ないのです。これを知らなければなりません。
これは革命です。革命の中でも、このような革命はありません。堕落によって死んだすべての人が天国に行ける環境をつくっておいたのです。アダムとエバが堕落して以来、結婚できずに死んだ子供たちも、結婚して天国に入っていって暮らせる基盤と、すべての先祖が祝福された圏内から霊界に入っていける環境をつくり、天国に行ける高速道路を築いておいたのです。そのような基盤をすべて蕩減復帰したのです。(三〇〇−三〇五)
地上世界と天上世界の地獄まで標準化しなければなりません。その道を開拓して平和の天国に行くまで、地獄の門を打破し、天国の門を開門することができなければなりません。神様が自由自在に往来できるようにしなければなりません。地上世界と霊界をすべて往来できるようにするのです。
地獄という恨の入り口は、神様には必要ありません。それを壊してしまわなければなりません。そのことを誰が知っていますか。それでは、文総裁がしたことは何でしょうか。地上世界と天上世界の地獄までふさがっていたのですが、キックして壊してしまったのです。そのようにして、ハイウェイを築いておかなければなりません。平準化しなければなりません。地上だけではなく、霊界まですべて平準化しなければなりません。そのようにして、家庭的平準化、氏族的平準化、民族的平準化、国家的平準化、世界的平準化、天宙的平準化がなされなければなりません。それは何によってなされるのでしょうか。男性と女性の家庭形成によってなされるようになっています。(三〇二−二二六)
今は祝福が可能なので、いくらでも祝福するのです。一人も残さずにみな祝福してあげなければなりません。先生が行くまでに、霊界においては祝福していない人がいないようにしなければなりません。祝福がなかったのですが、生まれたのです。先生が行くまでに、地上も霊界も祝福された人でいっぱいに満ちていなければなりません。
そのようにしなくては、今までアダムがまいておいた堕落のすべての血統が根絶されないのです。それゆえに、今年の標語は何でしょうか。「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。霊界を完全に祝福してあげなければなりません。先生が行く時まで、それを残しておいてはいけません。霊界をすべて清算しておかなければなりません。そのようにしてから霊界に行かなければなりません。サタンを根絶しようという考えを少しでももっているのですか。先生は、既に霊界を整備しました。皆さんは知りませんが、それをすべてしているのです。
霊界をすべて祝福してあげ、先祖たちを解怨成就して祝福できる段階に入っていき、赤ん坊で死んだり、結婚できずに霊界に行った人々などをみな解怨成就してあげるのです。そのようにして、みな祝福圏内に入っていくのです。
このようにして、サタンの根を根絶するのです。ですから、肉界においてみな三日行事をするのと同じように、二十日前、ここに帰ってくる前に、私は、霊界の霊人たちもみな三日行事をするように指示したのです。それは複雑です。地上のものと同じです。ここで青少年を中心として結婚するので、霊界でも未婚の男女を中心として、同じ立場で祝福してあげるのです。(三〇一−二一二)
霊界とは何でしょうか。霊界は天使長世界であり、地上はアダム世界です。息子の世界と僕の世界は違います。それでは、霊界が一生懸命にしなければなりませんか、この地上が一生懸命にしなければなりませんか。そのようにしようとすれば、この地上の四万双というものが……。今、祝福家庭が四万双出てきました。約四万五千双になります。いえ、四億を超えます。
それゆえに、一家庭が善男善女を一双ずつ引っ張ってくればよいのです。そのためには、霊界も同じです。霊界にいる霊人たちはみなアダムの子孫ですが、堕落することにより、天使長の血統圏が霊界に行っています。これはあり得ない事実です。カインの形態が展開した霊界をそのままにしておいてはいけません。みな祝福してあげなければなりません。それゆえに、結婚できずに死んだ霊をすべて集めて祝福させたのです。
また、生まれて赤ん坊で死んだ霊たちは、成長するのです。十六歳以上で、結婚することができずに霊界に行った人々は、みな祝福してあげるのです。それが全部で数千億にはなるでしょう。ですから、今、祝福をしています。(三〇一−二〇九)
今は、霊界の解放圏まで成しました。今、霊界と地上の平準化運動をしているのです。春が訪れてきます。天国の春、地上の春が訪れてくるのです。今までは、天国に春が来ましたが、地上は夏だったのです。しかし、今、地上において夏が過ぎ、冬が過ぎ、永遠に続く天国の幸福の理想、すべてを消化して新しい生命を復活させ得る春の季節が地上に訪れてくるので、平和が地上に訪れてくるのです。ですから、今、統一教会の先生が夢中になっていることとは何でしょうか。世界平和統一家庭連合をはじめとして、すべての組織の名前に「平和」という文字が入っていったのです。(三〇一−二八八)
霊界は何があるのでしょうか。地上においてもそうです。地上において私たちが祝福したのは四億双です。四数を中心として四億双の祝福ですが、サタン世界のすべての家庭は、完成したアダム家庭に入っていくのです。祝福圏内に入っていくのです。祝福を受けていない人々は、アダム家庭の堕落していないアダムとエバと同じ子女だったというのです。
真の父母を通して結婚させてあげられる位置に彼らが超えていくことにより、堕落した父母たちは、今後……。「この祝福時代ののちに第四次アダム圏時代が来る」と言ったでしょう? その位置に超えて、堕落していない本然の血統的因縁を自分の直系の息子に伝授できるようにすることを、縦的な真の父母である神様と、横的な真の父母である真の御父母様が初めて承諾するのです。
そのようにすることにより、堕落していないアダムの本然の基準を世界的舞台で連結できるのです。そのようにして、地上世界と天上世界に地上・天上天国が完結することにより、アダム以後空いていた天国を一度に、すべてその基準に合わせることができるのです。天国も地獄も、すべてなくなります。ですから、先生が霊界に行く時は、ここに堕落の痕跡がないように、これを清算していかなければなりません。
嘆息していたすべての万物は、初めて真の父母を褒めたたえなければなりません。偽りの父母がこのようにしておいたので、勝利を褒めたたえ、天地のあらゆるもの、サタン、また神様までも真の父母を褒めたたえなければなりません。なぜでしょうか。偽りの父母が神様まで引っ掛けていったのです。
これを完全に根絶して解放するためには、神様も、すべての宗教圏も、第三世界圏であるサタン世界も、それから霊界にいる聖人賢哲、またその子孫も褒めたたえなければなりません。それはアダムの子孫、イエス様の子孫、再臨主の子孫であり、三時代の子孫と同じです。アダムを完成した再臨主は、イエス様の完成であり、家庭の完成なので、その息子、娘までも解放できる権限があるのです。
そのようにして全体解放を宣布したので、今、残された問題は、霊界がすべて祝福家庭の霊界に入っていくことです。ですから、祝福家庭の皆さんを中心として、氏族的メシヤを中心として、最初は四代まで祝福してあげるのですが、七代まで延長しました。今、七代まで延長して先祖解怨成就をなし、祝福の道を開いてあげるのです。真の父母の時代、成約時代は、百二十代ではありません。百八十代まですることによって、すべての人類が解放されるのです。先祖がみな解放されるのです。
今は世界的摂理が分からないからであって、ラジオやテレビ、またインターネットを通じて一刻も早くこれを伝播することにより、地上・天上天国になり、一つになり得る道が短縮されることを知らなければなりません。そのために、言論機関をつくっているということを知らなければならないのです。これを完全に統合できる総決算をなし、総合して、真の父母の一族が天国に入っていく時に、妨害とならないようにしなければなりません。また、霊界に行っている祝福家庭が、霊界からいなくなったと考えるのです。(三〇二−二〇、一九九九・五・一四)
今回来て、私は新たに決心し、これを再び収拾すべき道を考えているのです。それゆえに、このような集いを催して焦点を転換するのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなさいという先生のみ言を聞いた人は、中心を立てれば、乳児であろうと、八十歳の老人であろうと、みな神様に侍るように先生に侍り得る、伝統的流れと思想を育てていかなければなりません。水と同じです。澄んだ水は、流れれば流れるほど澄んだ水にはなりません。汚水に従っていくのです。澄んだ水が少ないのです。澄んだ水が汚水よりも多くなってこそ、初めて汚水が澄んだ水に吸収されるのです。しかし、これが反対になっているのです。
統一教会員の数はどれくらいになりますか。三億六千万双をするようになれば、これが八億、四億六千万の中流以上の人がいるので、これを結合して動かせば、世界を新たにひっくり返すだけではなく、新たに転換させて定着させることができ、内外のすべてのものが一箇所に動いていくことが可能だと先生は考えているのです。(三〇〇−一八九、一九九九・三・三)
2 地上・天上世界の解放は王権の解放によって
天のすべての内的なものに先生が責任をもつのです。殺人鬼を祝福するのも先生の責任です。神様は、アダムとエバが堕落することを願われたでしょうか。アダムとエバは、カインとアベルが争うことを願ったでしょうか。殺戮戦のようなことは、アダムとエバも願わなかったのであり、神様も願われなかったのです。 一つになることをどれほど願われたかというのです。
このような堕落の頂上が生じたので、復帰時代においては、真の御父母様の頂上の基準を超える準備をしなければなりません。個人の怨讐を愛し、家庭の怨讐を愛し、氏族の怨讐を愛し、民族の怨讐を愛さなければなりません。愛するにおいては、個人を愛するのではありません。この天地のサタン圏を愛さなければならないという途方もない内容があるのです。
今も、それと同じです。天地転換時代に一つの条約を立てていく、このような過程において、興進君が祭物となってこの条約基準を解体しなくては、彼らを解放することができません。できることだとしても、皆さんが愛することのできる相対的基準となることはできません。これをすべてなし、神様が思いどおりに往来できるようにしておけば、霊界の皆さんの先祖もみな降りてきます。降りてきて、皆さんを後援する立場で、このような祝福された人のように、祝福の恩恵によって地上で後援するのです。皆さん祝福家庭を中心とした氏族編成、民族、国家、世界編成を成し、国を探し立てることができるのです。ですから、先生が誰なのかと彼らに聞けば、「地獄に行く堕落した世界のすべての家庭を転換させた大将です。司令官です。全世界の理想的家庭を中心とした大王陛下です」と答えるのです。
皆さんがどれほど良い生活をし、どれほど一族を中心としていたとしても、先生が「すべて売ってしまいなさい」と命令すれば売らなければならず、「荷物をまとめて北極に行きなさい」と言えば北極に行かなければならず、「地獄に行きなさい」と言えば地獄に行かなければなりません。
皆さんが地獄に行けば、そこは地獄になりません。皆さんが地獄に行けば地獄が変わり、地がすべて上がってきて平地となり得る、そのような時代になるのです。(二九八−一九八、一九九九・一・一)
統一的祭物を献納することにより、神様を全体の主人として侍るのです。神様がこの地上の私たちの家庭から私たちの氏族、民族、国家に君臨されることにより、自由に往来され、上下関係、前後関係、左右関係を自由に回ることができるようになります。それによって、神様が主管される世界となり、一時に全体が等しくなるのです。いくらサタン世界に全体、全権の権能があったとしても、神様の全能時代が来るのです。神様が思いどおりにできる時代が来るというのです。そのようにすることができる時代になって、初めて地上天国になるのです!
神様を解放しなければなりません。それも四数です。旧約時代、新約時代、成約時代、それから解怨時代です。解怨時代には全体を捧げなければなりません。そのようにして全体をお受けになれば、神様がそのままもっていらっしゃるのではありません。
神様が全体を受けて、アダムに譲り渡すのです。アダムは、受けたものを再び神様にお返しするのです。神様がアダムである真の父母に譲り渡すことにより、ここにおいて所有圏の分配が始まらなければなりません。そのようにしなければ、地上天国というものは成し遂げられません。これを返していただき、統一的王権時代を迎えなければ、地上に天国が成し遂げられないということを知らなければなりません。はっきりと知らなければなりません。いずれ帰っていかなければならないのです。
ですから、北側のコディアックに行き、「四・四節」を立てました。二世たちを前に立てて宣布したのです。南側には国家的メシヤがいて、北側には母の国のメシヤ、カイン的メシヤがいます。これが分かれたのですが、心情を中心として連結するのです。その前には二世が立つのです。プラスがありマイナスがあるのですが、一つになって再びプラスになれば、そこにマイナスをくっつけなければなりません。北側に入っていき、長子と二世たちがプラスとマイナスとして連結されてこれと一つになり、そこにおいて「四・四節」を宣布することによって、アダム家庭の四位基台の着地、息子、娘の四位基台の着地、二つの四位基台が初めて着地できるのです。そのことによって、天上世界の門を開いてあげるのです。
それゆえに、これを準備するために、六月十三日に聖人と殺人鬼を祝福してあげたのです。兄弟です。サタンを取り除いてしまったので、神様が思いどおりにされるのです。(二九八−六三、一九九九・一・一)
今、私たちは世界的な時代に入ってきたので、皆さんは、個人的な立場にいるとしても、世界の最高の聖人と連結されているので、そのような心性をもって、そのような心的な生活をした人には、必要とすれば、どこであろうと縦横無尽に協肋し得る基盤が霊的にできてくるのです。
ですから、今、統一教会の活動を中心として、全世界の各国の愛国者たちがみな、統一教会の基盤を中心として、背後で垣根を張り、この地上に再臨して定住しています。それは部隊で言えば、その国の民族の何十倍、何百倍になる人々が死んでいったのではありませんか。その人々が来て陣を張り、拡大工作を待っているのです。それゆえに、すべての宣教師が国家的な運動をして総動員し、霊界と共に全体を代表して犠牲を覚悟しながら総進軍の命令を下せば、その霊たちが協肋するようになっています。
今後の世の中を見れば、物尊(物本)主義や人本主義のような主義はすべて終わり、後世の人々はみな、新しい時代を望むようになるのです。それと同じように、霊的世界においても、個人再臨、家庭再臨、氏族再臨、民族再臨、国家再臨の形態をすべて経て、世界が一つになり得る次元に入っていくようになるのです。
統一教会を中心として、既に霊的には一つになっています。ここにいるデニスならばデニスが、いくつの人種と世界の何カ国の人を動員できる活動をするのかということが問題です。それゆえに、国境を超越しなさい、人種を超越しなさい、教派を超越しなさい、主義を超越しなさいというのです。
何の話か分かりますか。宗教人が協肋し、白人の霊が協肋し、黒人の霊が協肋し、韓国の霊が協助するので、すべての国家を超えて協肋できる基盤が広がっていくのです。白人だけを好めば、白人の聖人には誰がいますか。自分の家だけを愛すれば、自分の一派の何人かの者だけが好むのでしょう。そのような時代に入っていくのです。(一六二−一〇八、一九八七・三・三〇)
解放的地上・天上天国になったというのです。皆さんの一族がこれをすべて献納すれば、百二十代の先祖まで解放することができるのです。そのようにすれば、霊界において、すぐに興進君が祝福してあげるはずです。ですから、霊界解放圏であり、地上解放圏です。
それゆえに、真の御父母様に侍らなければなりません。真の父母が霊界で暮らすことはできないので、霊界に行った人々は、地上で皆さんのあとについていきながら、皆さんが兄になり、家庭的に兄の家庭になり、王の中における兄の王になるのです。ですから、アダムの立場である地上にいる皆さんの家庭を中心として、霊界は、天使長家庭の体を受け継いだのと同じ立場なので弟の位置に入っていき、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で完全に一つになることにより、初めて兄の後ろに従って真の御父母様と共に天上世界に入っていくことができるのです。解放のアーメンが展開するのです。ですから、皆さんの家庭が問題です。一族の核になることができる家庭、統一的基準を成すことができる家庭です。これは深刻な問題です。
今まで、どれほど自分勝手に生きてきましたか。自分たちが知っているではないですか。体と心が本当に一つになりましたか。クリスタルが四方から見えるように、すべて照らしてみなさいというのです。自分たちがもっとよく知っているのです。夫婦げんかをしてはいけません。引っ掛かってはならないというのです。(二九八−六三、一九九九・一・一)
先生のすることはすべて終わりました。堕落がなければ、本来霊界は、地上世界のどこにでも再臨して活動することができました。それが堕落によってすべてふさがってしまいました。先生は、障壁をすべて壊してしまいました。最も怨讐の国家である四つの国を経ていきなさいということは、サタン世界の国境をすべて壊してしまいなさいということです。愛の種を蒔くことにより、偽りの愛によってふさがっていた霊界の群がすべてなくなるのです。今後は、反対しようとして「ムーニー」と口を開こうとすれば……。「ムー」と言って言葉が出てこない、そのような役事が起きます。
人間が主体ですか、霊界が主体ですか。地上が主体ですか、霊界が主体ですか。人間が主体です。皆さんは、打つことができる基盤を備えなければなりません。
政界や経済界や学界など、アメリカのあらゆる分野において築いた先生の基盤は、アメリカ政府とCIAがどれほど力を尽くしても除去することはできません。数多くの霊人は自由世界に再臨しなさいというのです。ですから、興進君を送り、その橋をすべて……。テープを切るのです。その国の国王を先頭に立て、聖人賢哲がテープを切り、彼らをみな地上に連結させるのです。韓国の一番の王と王妃が現れて、統一教会の人と相談をするのです。祝福された人、祝福されたカップルとなるようにお願いします。
そのようにして霊界に行けば、逆になります。皆さんが霊界に入っていけば、その一族を代表し、スペイン人ならばスペイン一族を代表した王子になって管理するようになるのです。教区長のような責任を負い、霊界の総組織の編成に連結されるのです。今は混乱しています。組織編成がなされていません。そうではありませんか。
原理的に見れば、真の父母を中心としてなされるようになっているのであって、真の父母なくして組織することができますか。ですから、皆さん統一教会の責任者を中心として、各氏族、各民族に対する霊界の編成基準が連結されていくという事実を知らなければなりません。(一六二−一〇八、一九八七・三・三〇)
どうやって解放することができるのですか。誰が解放することができるのですか。ただメシヤだけができるのです。神様がそれをすることはできません。サタンと神様が闘っています。誰がその闘いをやめさせることができるのでしょうか。神様もできず、サタンもできません。なぜでしょうか。誰がそのようにしましたか。偽りの父母がそのようにしたのです。偽りの父母が本然の主人をそのようにしたので、責任を負わなければなりません。偽りの父母がそのような結果をつくってしまいました。そのようにして完成した真の父母が現れるので、サタンが認めるのです。「あなたが真の父母です」と言うのです。神様もそのようにお考えになります。
神様が、「あなたは完成した再臨主、完成した真のアダムですか」とお尋ねになれば、「そうです!」と答えるのです。「そうです!」と答えれば、サタンも「私はあなたのものです」と言って絶対服従できる、そのような基盤が築かれるのです。(三〇三−一〇五、一九九九・八・八)
本来の創造理想では、神様がすべてのものを主管されるようになっていません。アダムが完成すれば、アダムがすべてのものを主管するようになっています。ですから、再びお返ししなければなりません。堕落せずにすべてのものを解怨成就し、天地父母解放を完成したので、これを返してもらわなければなりません。
返してもらったその日からは、天地の王権を誰もが受け継ぎ、天地父母の権限、天地のすべての長子権の権限が平面的に成し遂げられるのです。それゆえに、長子権、その上には父母権、その上には王権です。このようなものが世界化され、皆さんの家庭においても、長子権、父母権、王権を完成するのです。皆さんがそのような基盤の上に立ってこそ、地上・天上世界の完全解放がなされるのです! 神様も解放されたので、解放された主人に侍り、地上・天上天国で永遠に生きるのです! 永遠の世界になるというのです。(三〇三−九七、一九九九・八・八)
今まで、アダム家庭の子孫であるユダヤ教徒、イエス様の子孫であるキリスト教徒、それから外部のカイン世界が、みな一つになって先生に反対しました。サタンを中心として反対してきたのですが、みな完全に屈服しました。そのようにしてサタンが屈服し、これがすべて解体されることにより、真の父母を中心とした三時代の再臨主を中心として、旧約完成、新約完成、成約完成の時代になるのです。解放圏に超えていくことを宣布したという事実は驚くべきことです。歴史時代のすべての宗教圏が願っていた祝福を皆さんの家庭に付与したので、いかに主人の役割を果たすべきか、という責任が残っていることを知らなければなりません。その次には、天宙史的な再臨主が完成したことをすべて祝福されるために、天地の讒訴条件を超えて平準化させ、神様の解放圏、真の父母の解放圏をすべて宣布できる基準に立った家庭になり得ているのかという問題があるのです。その問題は深刻だというのです。(三〇二−一八六、一九九九・六・二六)
神様と真の御父母様の全体解怨解放完結時代です。この地の真の父母と神様における、すべての恨みの内容を解怨しなければなりません。それゆえに、神様と真の御父母様の全体解怨解放完結時代です。完成ではなく完結時代です。終えるのです。完成ではなく完結時代です。
天地の真の愛を中心として、すべてのものが完成する時代です。これは、神様や真の父母に恨がなく、サタンの影がどこにもない解放された時代になるということです。天宙統一真の愛の理想完成時代です。
心情圏を知っているでしょう? 主体が中心となって動く時代です。知識や政治や外交など、そのようなものではなく、皆さんの心情を通して越えていける時代だというのです。霊界がそうです。心情圏主体完成時代です。神様を中心として連結された霊界は、すべて通じるのです。話さなくても、すべて通じるというのです。皆さんは、そのような位置に越えていかなければなりません。神様の解放圏が起きたので、すべてのものが通じ得る時代に入っていかなければならないのです。これが心情圏主体完成時代です。(二八九−二〇六、一九九八・一・二)
五 天国入籍と一体圏統一祝福
1 興進様は天上霊界世界の中心軸
皆さん、「入籍式」がどれほど恐ろしい言葉か分かりますか。先生が責任を負い、興進君が責任を負ったのです。そのような責任を負ったすべての人が、神様のみ前で、「私の願うこのようなことをしたいと思います」と言えば、「どうぞしなさい!」とおっしやることができる条件になると考えるのです。すべてに責任を負うのです。何の話か分かりますか。怨讐であるサタンの息子を自分の息子にしようという心をもって現れたのと同じように、「全体理想に責任を負います」と言ったのが入籍式です。
地上の真の父母と興進君が……。興進君が一人でできなければ、四人の息子、娘に責任を分配するのです。(漢南国際研修院、二〇〇〇・一二・二八)
地上は真の父母によって祝福されたのであり、天上は興進君によって祝福されたのですが、父と息子、娘が霊界と肉界に分かれて祝福したものを一つにしなければなりません。
地上の真の御父母様を中心として、息子が霊界で行ったことを引っ張ってきて、真の御父母様が祝福した基盤と、霊界で祝福された基盤を連結して一つにしなければなりません。真の御父母様が地上で息子、娘を祝福した代わりに、霊界は天使長の立場で地上のアダム完成をすることができる祝福基準に順応しなければならないので、興進君が地上に降りてきて、父と息子が一つになった立場で祝福した条件を立ててあげ、「真の御父母様がしたことを興進君もまた一緒にした」と言うことができる価値を認めるのです。
それゆえに、天使長圏であった今までの長子圏が次子圏にならなければならない立場です。長子圏の天使世界は、長子の位置を求めてきたのですが、地上の兄が祝福されれば、弟の位置に来て立つのです。霊界に行けば、父が兄になり、息子が弟になるという原則において、天上世界に行った息子が父の前に来て、息子にもなると同時に弟の位置に立つのです。
両面の価値を連結して一体圏をつくり、一つにしなければなりません。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二四)
今後、祝福は、地上で先生がしてあげなくてもかまいません。お父様がしてあげなくてもかまわないというのです。お兄さんがたくさんいるので、お父様が老いて死んだりすれば、お兄さんが祝福してあげることができるように、今後、長子圏の立場にいる興進君がお父様の祝福を地上でも行うことができ、霊界でも行うことができるというのです。
お父様が地上でも祝福し、霊界でもしてあげることができるのと同じように、価値を同等に、一体化させるために、地上のお父様が霊界の息子に伝授式をしてあげるのです。霊界にいる息子が父の家に自由に行くことができ、地上の真の父母も天の父の家に自由に行くことができるのです。
天地父母であられる縦的な神様と横的な神様が分かれ、サタンの一族で満たされていた中間霊界をすべて連結することにより、父と息子が一つになった家庭的一体圏が霊界と肉界に定着していくので、今後は、真の御父母様が祝福してあげなくてもよいというのです。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二四)
天上世界の祝福と地上世界の祝福が相対的立場に立てられることにより、父母が主体なので、主体である立場から息子の前に平面的に連結させるのです。真の御父母様が縦的に八段階を連結させて完成できるようにしておいたことを、霊界の司令官である興進君が家庭的司令官になってこれを管理し、相対的基準、世界の境界線を合わせることができる時代が来たので、呼吸を合わせて祝福を委譲することができるのです。
それゆえに、ルーシェルの手下が服従しなければ、宗教圏を中心として追い立てるのです。蘇生、長成、完成、三三・三三三パーセント、三分の一は天の圏なので、天の圏を中心として、逆に一〇〇パーセントまで……。イエス様と聖霊を中心として、孔子、釈迦、ソクラテスを祝福したのです。ですから三三パーセントの功労のある人々を自分たちが祝福したのです。
それ以下のすべての人は、旧約時代と新約時代にアダム家庭とイエス様の家庭が失敗したことを完成的位置に立って総責任蕩減してあげたので、祝福を同じ位置で受け、一つの先祖の位置を満たしていくことができるのです。そのようにして、縦的、横的に先祖の責任を継承することにより、どこでも祝福の自由化圏を相続され、伝授される統一的時代になったのです! アーメン! (天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二四)
2 三時代大転換四位基台入籍祝福
三時代大転換四位基台入籍統一祝福式、これが何の祝福式か、よく分からないと思います。霊界が分からず、霊界の伝統が分からず、神様が分からず、また天国がどうだということが分からなくては、何のことだか分からないと思います。
皆さんがこの内容をすべて理解するためには、多くの精誠を尽くさなければなりません。このような日が来るまで、神様がどれほど精誠を尽くされたかという事実を知らなければなりません。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二六)
霊界を見れば、今まで先生が教えてあげた理想天国の内容はありません。天国に祝福された家庭がないというのです。神様の近くで侍って暮らす家庭がないのです。イエス様でさえも楽園にいます。楽園は何かというと、天国に入っていくための待合室です。天国に入っていく待合室ですが、そこに行って暮らす人は、男性ならば男性に分かれて暮らすようになっています。夫婦というものがありません。
なぜでしょうか。神様の血統を中心として神様と一体となり、夫婦の関係を結んで息子、娘を生んでいたならば、神様の血族となるので、天国にアダム家庭から一代先祖、二代先祖、三代先祖を経て、今まで数多くの先祖を通して生まれた人類が、天国に定着して占領していたはずです。しかし、堕落することによって逆さまになっているので、天国は完全に空いているのです。
楽園を中心としてすべて保留にしておいたのですが、真の父母が来て地上を整備した基盤を通して地上が完成すれば、そこで初めて霊界が完成するのです。地上の個人完成、地上の家庭完成、地上の氏族、民族、国家、世界、天宙まで完成した基盤ができてこそ、神様の理想天国が成されるのです。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二六)
三時代とは何でしょうか。三時代とは、旧約時代、新約時代、成約時代です。その三時代が失敗してきましたか、成功してきましたか。旧約時代にイスラエル民族が旧約を中心として信仰生活を出発したその時代から、いつしか四千年が過ぎました。四千年が過ぎながら約束したことは何かというと、メシヤを送ってあげるということです。
結論を話さなければなりませんが、三時代大転換四位基台入籍統一祝福式です。それは何の話でしょうか。三時代とは何かというと、旧約時代、新約時代、成約時代です。それが四位基台になっていないので出てきたのです。旧約時代に宗教が現れる前の時代、神様だけが御存じのその時代において、人類先祖が夫婦になって真の父母となることが神様の創造された目的でした。
では、アダムは真の父母になりましたか、なれませんでしたか。真の父母の家庭に父母が現れなかったので、国を相続して神様の国を建設できる氏族がなくなり、宗族がなくなったのです。氏族がなくなったので、宗族と民族と国民がなくなったという話です。
これは神様の願われなかったことであり、その願われない結果をつくったものは何かというと、アダムとエバが時ならぬ時に火遊びをしたのです。「火遊び」という言葉を知っているでしょう? 男性と女性が火遊びすることを何と言いますか。愛は、火よりも恐ろしいですか、恐ろしくないですか。愛を誤れば、血族が狂っていきます。みな壊れていきます。どれほど素晴らしい国であっても、国の伝統がすべて崩れていくのです。
ですから、神様が立てられた伝統、真の父母の伝統、真の家庭と真の血族の伝統が崩れたのです。三時代大転換四位基台入籍祝福統一式です。旧約時代に真の父母はいませんでした。新約時代に真の父母はいませんでした。成約時代に真の父母はいませんでした。すべて失敗したことを収拾して三時代を転換するのです。ひっくり返すのです。転換四位基台入籍祝福統一式です。統一です。
天地統一、夫婦統一、心と体の統一、民族統一、神様と真の父母の統一です。これが最後です。アダムとエバが入籍する時は、一家庭を中心として入籍しましたが、今は、数千万年の歴史時代でもつれて失ってしまった天国のすべてのものを一度に取り戻すのです。一代、二代、三代の先祖から縦的に失ってしまったものを取り戻していき、横的に合わせるのです。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二六)
地獄と楽園を撤廃して天上世界と地上世界の統一圏を成し遂げ、真の父母が指示するときに絶対信仰、絶対愛、絶対服従する人は、誰でも天国に入っていくのです。
ですから、統一的な世界が展開したので、救援摂理の終わりと第四次アダム圏時代を中心として、三時代の何ですか。三時代? (大転換)。大転換四位基台? (入籍統一祝福式)。入籍総祝福式です。その一言にすべてが入っていくのです。
皆さん祝福された人たちは、真の父母の血統が連結されているので、祝福されて神様の血統が連結されている限り、サタンは接近することもできません。本然の基準に立ったがゆえにそうなのです。ですから、今、霊界において祝福されたすべての先祖は、霊界にいることができません。地上に降りてきて祝福された家庭と一つになり、すべて整備してあげなければなりません。天使長が失敗したので、先祖(天使長家庭)たちが、祝福された家庭と一緒になって地上の祝福された家庭をすべて一つにし、天国に連れて入っていかなければなりません。それゆえに、先祖たちが来て、病を与えたり薬を与えたりできる時が来たのです。
今まで、サタン世界の血統をもった先祖たちは、人類が滅びるように、病を与えたり薬を与えたりして地獄に連れていきましたが、今は、真の父母の血族になり、神様の血族になって病を与えたり薬を与えたりするのです。今は、地獄に送らずに天国に連れていかなければなりません。そのままにしておけば落ちていってしまうので、即座に処断し、その部分だけ先祖が補ってあげ、自分たちが影響を受けないように処理する時が来たというのです。(アメリカ、イースト・ガーデン、二〇〇〇・一二・七)
神様の愛と神様の生命圏と神様の血統圏を伝授させるのが統一教会の祝福です。堕落した万民は、祝福を受けなければ入籍できません。ここにいる人を含めて、誰もがみなそのようにしなければなりません。それでは、入籍するにはどのようにしなければならないのでしょうか。本来は、出生時代から入籍しなければなりません。
今日、皆さんは、大韓民国に生まれて大韓民国に入籍しているでしょう? いつ、どこで、父誰々と母誰々の息子、娘として生まれ、長女ならば長女、次女ならば次女、長男ならば長男で、みな名前をもって入籍をします。そのようにすれば、永遠に大韓民国の民になるのです。皆さんは、天国の民になりましたか。なりましたか、なりませんでしたか。はるかに及ばないのです。(二一一−一〇九)
今まで、天国に入籍がありませんでした。天国に国がありませんでした。家庭もなく、国もありませんでした。霊界に行けば、父母であれ何であれ、家族が十人いれば十人がみな分かれていました。しかし、今からはそうではありません。本来堕落していなければ、父母と一族が共に入るようになっている所が天国だということを知らなければなりません。
真の愛を中心として、祖父母から、父母、自分たち夫婦、息子、娘が一つになり、「ため」に生きる神様の真の愛をもつようになれば、そこには神様も絶対服従されるのです。そのような愛の伝統に服従しながら、「ため」に生きる愛だけをもって動くその世界、「ため」に生きようとするその世界には、平和の基地が生じまいとしても生じざるを得ないというのです。(二一〇−三五四)
真の父母権を皆さんもみな相続しなければなりません。そうであれば、真の子女権、真の父母権、真の王権を中心として、真の父母権と一体化される天地にならなければなりません。そこでは、第一に地上天国、第二に天上天国、第三には王権と皇族圏です。皇族圏とは何でしょうか。カイン世界が残っています。カイン世界の長子権を復帰し、地獄に行くのを、絶対服従する次子にして天国に連れていくのです。皇族圏が展開するのです。堕落していなければ、カインまでも皇族になるはずだったのです。しかし、これが地獄に行くようになったので、天に行くことができるようにしなければなりません。
それゆえに、皇族圏が出てきたのです。その次には何でしょうか。侍義、侍る家庭生活を完成しなければなりません。天上と地上、それから王権と皇族圏を中心とした勝利の基盤の上で何をしなければならないのかというと、真の父母に侍り、神様に侍る家庭を完成しなければなりません。
天と縦的な関係を結んでみな入籍しなければならない、すなわち先祖の位置に入っていかなければならないというのです。(二七四−一八三)
真の父母を中心として入籍する人は、今後、先祖になります。あの世の先祖となって、それが、主流氏族を中心として、そこにすべての傍系的な人々を中心として、これを編成するようになっています。ですから、入籍しなければなりません。入籍は、ただするようにはなっていません。百六十家庭、あるいは百八十家庭を完了しなければなりません。これができなかった人は脱落するのです。三十六家庭であれ何であれ、それを主張する時代は過ぎ去りました。平等化時代に入ってきたので、ここにおいては誰がその数に先に入っていくのかが問題です。(二八六−二四七)
真の父母の恩恵は、到底言葉では言い表し得ない恩賜だということを考えなければなりません。天下の何を与えられても換えることができないものです。自分の一族が問題ではありません。自分の財産が問題ではありません。このうじ虫のような、そのような汚れたものを神様はお受けになりたくないというのです。
先生の息子、娘を通して、お母様を通して先生まで、三代を経るのです。天使長を通して、天使長の息子を通して、お母様を通して、お父様を通して神様に帰っていくのです。帰っていって本然のものになるのです。神様の血族となり、再びこれが分配されなければなりません。それは先生の言葉ではありません。摂理的観です。(二六四−三二〇)
真の父母の名前を中心として、神様のみ旨の平和境が展開し、統一圏が展開したここにおいて、家庭的に入籍するという事実は、国家があっという間に回ることができるということです。入籍した氏族的メシヤが十二家庭だけできたと考えてみてください。その国はどのようになりますか。あっという間に回るのです。日本であろうとどの国であろうと、すべて問題ありません。一度に完全に回るのです。それは何かというと、神様を中心として、アダム家庭以降、堕落したすべての人々を愛によって許し、抱こうという意味です。(二六九−五五)
「入籍」という言葉を知っていますか。三時代大転換四位基台、入籍です! 入籍とは何でしょうか。天国の長子権、父母権、王権を根こそぎ神様の代わりにもつことができる、その立場が入籍する立場です。入籍の何ですか。統一祝福式です。
その題目は、世の中にない言葉です。先生は、頭が悪い人ではありません。その言葉を表題として立てるようになる時は天地が注目するのに、先生が、「頭が悪い」と言われるような表題を立てると思いますか。すべて入っています。(漢南国際研修院、二〇〇〇・一二・二二)
私たちには国がありません。祝福家庭の息子、娘はたくさんいますが、神様の願われる理想国家を立てることができずにいます。ですから、皆さんの息子、娘の名前を入籍する所がなく、今後、結婚して昇華する時も、登録する所がないのです。
国がなければ、定着はあり得ません。とどまって暮らす所がないというのです。皆さんがアメリカのパスポートをもっていなければ、どの国からも認めてもらうことはできません。一国家の国民として認めてもらうことができないのです。同じです。私たちも、私たちの国がないので、パスポートがないのです。
統一教会のメンバーは、どこに所属していますか。アメリカですか、別のある国ですか〇神の国です。どこから来ましたか。堕落した世の中では尋ねるでしょう? 「どこから来ましたか」と尋ねられれば、アメリカ、ドイツ、日本などの国の名前を出すでしょう? その中で最高の国が天国です。
最も貴い国が地上天国、神の国です。「皆さんはどこに属していますか」と聞かれれば、「私は神の国に属しています」と答えなければなりません。ここから天国です。(二七七−二五〇〜二五一)
3 入籍祝福により霊肉界統一圏に
今からは、先生、真の御父母様が必要なのではありません。真の御父母様が、アダムとエバが失敗して血筋を汚したこと、それによって地上地獄と天上地獄をつくっておいたことを、祝福によって解放してあげることにより、天上地獄の撤廃、地上地獄の撤廃がなされる時が来たので、イエス様のいる楽園と中間霊界、そして地獄は完全に撤廃されるのです。なくなるのです。
そのようになれば、真の父母と神様が一体となった家庭を中心として、天上と地上において父母の位置を中心として、先生の直系子女と皆さんの直系家庭と皆さんの家庭が一つになり、天地が一つになったその上で、天地が一つになった上で、真の御父母様が立つことができるのです。これをするために、どのようにしなければならないのでしょうか。
エバが堕落したので、エバと自分の息子、娘を中心として家庭で失ってしまったものを一つにしなければなりません。ですから、国家メシヤは、世界にあるその国の民を中心とした母の立場で、アベルとカインを一つにして初めて世界国家を連結させることができるのです。
世界の国家メシヤが南北統一のために韓国に入ってきますが、国家メシヤは、自分の任地国家において母と息子、娘が一つになり、カインを愛することができるアベルと一つになり、母が一つになって、父に従ってどこに来るのでしょうか。祖国光復のために韓国に入ってくるのです。アダムとエバを中心としてカインとアベルゆえに失ってしまったので、それを成すことができる世界の中心国家を占有する立場に立つことにより、世界の国家メシヤは、夫人を中心として息子、娘が一つになることができるようにし、世界国家と中心国家と祖国を一つにするために、夫が韓国に移動するようになるので、夫人も従って入ってきて入籍するのです。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・一〇・一四)
数多くの国境が霊界にまで横たわっていますが、これをすべて撤廃し始めなければなりません。それゆえに、霊界と肉界、サタン世界と地上世界が国境を撤廃すれば、結婚式を共にしなければなりません。ですから、聖人と殺人鬼を共に祝福してあげたのです。そのようにしてこそ、血筋が汚されて人間世界に生じた原罪を根本的にすべて取り除いてしまうことができるのです。個人から天地までです。それゆえに、楽園撤廃、その次には地獄撤廃をするのです。
その次には、サタンが屈服したので、その手下は宗教圏が祝福されれば……。サタンの手下を清算することは難しいでしょう? 先日も、ルーシェルが降参したのに、その手下がみな反対すると言ったでしょう? ですから、「宗教圏の祝福を今年の末までにすべてやりなさい」と言いました。祝福してあげれば祝福圏内に入ってくるのであり、祝福された血筋は神様の所有になるので、その血筋が連結された境界線は、サタンが永遠に侵犯できないのです。
それゆえに、楽園と地獄を撤廃しましたが、祝福さえ一元化されれば、それがすべて天国に連結される時代に入ってきたというのです。(漢南国際研修院、二〇〇〇・一二・二三)
今まで霊界は、四大聖人を中心として、それ以外のすべての聖賢がいました。宗教圏を中心とした四大聖人を中心として三分の一、百人がいるとすれば、その三三・三三三パーセントの人々は、六月十三日、南北頂上会談が行われる前に祝福することを許諾しました。祝福をすべてしたので、その祝福された人々は、この式が終われば、今から地上に訪ねてきて皆さんに侍って生き得る環境が連結されます。
そのようになることにより、一つの文化圏ができるのです。全体統一的な天上世界組織が編成されると同時に、霊界の基準を中心とした地上の統一を協肋し、サタン世界の整備活動をすることにより、今まで統一教会に反対してきた環境が消えてしまうのです。
それでも反対する人々は、先祖たちがほっておきません。今からは蕩減時代が過ぎ去ります。蕩減時代はありません。アダムとエバが堕落した時に蕩減時代があったとすれば、そこにとどまっていながらアダムとエバ時代に復帰できていたかもしれませんが、今は、神様の法によって地獄の現象が起きない世界です。この世界には蕩減法がありません。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・一〇・一四)
皆さんの先祖の地上の相対がここにいます。霊界に行っていますが、ここにいる人々の相対が、地上に来て一つになれるように生活を統一化させることにより、霊的世界と肉的世界を統一した二つの祝福家庭の心情文化世界が、地上から天上世界の解放圏を成し、地上世界が完全にきれいに整備され、霊界が完全にきれいに整備され、サタンまでも一つの方向を中心として帰っていける立場に立つのです。そのようになることにより、神様と真の父母、天地父母の解放圏が展開するということを知らなければなりません。
それゆえに、皆さんが生活するときは、一人で暮らすのではなく、侍って暮らすのです。男女が結婚し、夫婦として共に暮らす生活様式に従っていけば、皆さんの家庭に訪ねてこれる自由環境になるはずであり、そのようにして、皆さんは霊界のみ旨と一致すると同時に、霊界は地上の真の父母のみ旨と一致し、訪ねてきて生活するのです。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・一〇・一四)
今、ルーシェルは、サタンとして天に背いた立場で屈服しましたが、その手先、残党が、世界に数限りなく広がって、今もつかんで放すまいとしています。
それゆえに、天使長の立場で堕落してサタンになった偽りの父母が、偽りの愛を中心として、偽りの生命圏、偽りの血統を残してこのような結果が出てきたので、真の父母が霊界に行った先祖たちを祝福してあげることにより、霊界の人々は天使長のもつことのできなかった家庭基盤をもつようになるのです。ですから天使長は、この家庭に侍るようになっているのであって、侵犯するようにはなっていません。その天使長家庭の立場に立てられた先祖たちを十四代まで解怨して祝福してあげました。今、二十一代までやれば、すべて終わります。ですから、今、十五代から二十一代までは、皆さんの家庭が解放してあげなければなりません。完成時代において、真の父母が、この地上で自分の先祖と子孫たちを解放したように、皆さんは、残りの二十一代まで解放してあげ、その次にはサタンの残党を追放してしまうのです。
サタンの残党を誰が追放するのかというと、天使長の立場にいる祝福家庭である皆さんの先祖です。先祖たちが、地上の祝福家庭を保護すると同時に、祝福家庭に侵犯したサタン世界は、祝福家庭圏とは関係がないので追い出すのです。霊界はもちろん、地上においても、皆さんの先祖、祝福された家庭が地上に来て、霊界と肉界に統一的な形態としてサタンの残党を追い出す責任を果たすのです。ここに順応していくサタンの残党も、終わりの日、霊界と肉界が解放されるその日には、天の前に帰ることのできる道が許諾されるのです。もちろん次元は異なりますが、そこに新たな法をつくり、共に天に行くことのできる道が許諾されるのです。
そのようにしてサタンの残党さえも天の前に帰ってくることにより、サタン世界は根絶されるということを知らなければなりません。そのようにするために、この「統一式」をしてあげなければなりません。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・一〇・一四)
絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。誰に対してそのようにしなければならないのでしょうか。神様は、この宇宙を創造される時、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をもって創造されました。神様が投入して忘れてしまい、忘れてしまい、永遠に忘れてしまいながらこの大宇宙を創造されたのと同じように、皆さんも、そのような立場で、真の御父母様の命令に絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。
自らのすべてを投入し、投入し、もっと投入しようとしてこそ、この真空状態がますます大きくなっていくのです。そのようになれば、自分が投入して外的に積んでおいたすべてのものが種となり、世界のすべてが入ってきてこれを満たしてくれるのです。そのようにして満たされたこのすべてのものが世界に連結され、私と一体圏を成すことによって、他人も私、相対も私という立場に立つことができるので、解放圏が起きるのです。はっきりと知らなければなりません。
このようにして先生の命令を守り、国の国民を完全に統班撃破しなければなりません。既に統班撃破に対する内容を知っているでしょう。本来は十二年前からこのことをしようと統班撃破組織を二度もつくったのですが、これを全斗煥、盧泰愚、金泳三の三人がすべて壊してしまいました。ですから、再び編成しなければなりません。
再び編成するためには、一次、二次、三次目なので、これはどのようなことがあってもやらなければなりません。やらなければ問題になります。やらなければ皆さん自身も問題になりますが、大韓民国と北朝鮮の地を天の地として奉献することができません。ですから、どのようなことがあっても、皆さんは一体になって先生の心と一つになってやらなければなりません。そのようにすれば、一つになることができます。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・一〇・一四)
文総裁は何をする人でしょうか。神様の秘密をもってサタンを打倒する大王陛下です。自分が大王陛下だと言う人は本物ですか、偽物ですか。そのようなことをすべて成し遂げたので、「偽物だ」と言ったとしても、どうすることもできず本物になるのです。私の話が何の話か分かりますか。世の中が「違う」と言い、「偽物だ」と言ったとしても、すべての人がその偽物を一番の理想とするようになれば、本物の中心になるのです。
文総裁は、統一教会をつくり、今まで称賛されてきましたか、反対されてきましたか。反対されてきました。統一教会をつくらなければ、文総裁は、監獄に行くようなことにはなりませんでした。何回監獄に行ってきましたか。六回です。全く! それならば、前科何犯ですか。少なくとも六犯以上になります。出たり入ったりしたのは数百回になるでしょう。
賢いのでそのようなことをしたのですか、愚かなのでそのようなことをしたのですか。賢いのでそのようなことをしたのです。どれほど賢いでしょうか。神様よりも賢いというのです。なぜでしょうか。神様はどうすることもできません。どれほど父母が孝子から孝行を受けたいと思っても、父母は、あまりにも申し訳なくて孝行を受けることができないのです。父母は、孝子の父母にはなりましたが、父母が孝子の主人になる資格をもつことは不可能です。これをはっきりと知らなければなりません。(天宙清平修錬苑、二〇〇〇・九・二六)
六 興進様と清平の役事
1 清平は天地の運勢が集まった明堂
(注:風水地理説の用語で絶好の地を意味する)
皆さんはよく知らないのですが、私がここに来ている時に朴大統領殺害事件が起きました。ここに来て三日目にそのようになりました。この清平はそのような所です。難しい時は、常にここに来て精誠を尽くしたので、この場所は良いのです。本当に良い場所です。
(私のめいの婿は地理の勉強をした人ですが、観相を見るのが上手です。七歳の時からそれをしていたといいますが、何年か前に私がここに連れてきました。それでここに立ったのですが、ひざをぽんとたたくのです。「どうしてこのように良い場所をとることができたのか」と言うのです。「この前にあるこの水は財物であり、向かい側にある山は整えられた食膳だ」と言うのです。そのようにずーっと見て回ったのち、驚いていたのです。ここはすべて明堂です。明堂でない所がありません)〔文龍基長老〕。(一六四−一二二、一九八七・五・五)
世界で私の行かなかった所がどこにありますか。私が清平に名前をつけ、ここに対する感傷的な文章を一度書いておけば、この地は千年、万年、永遠の名勝地となるでしょう。そうではないですか。私が通った場所は、今後、夜も昼も万民の足音が絶えないでしょう。皆さん、今まで何年私が清平に来れなかったでしょうか。来れないのですから、どれほど先生が忙しいでしょうか。今、忙しいではないですか。私は、興進の元殿にも行くことができずにアメリカヘ行くようになり、申し訳なく思います。代わりに私が清平に行くことをすべて知っているでしょう。ここが震源地だからです。「お前も清平が好きだということをお父さんは知っているので、お前の代わりに行く」、このような考えをもって、それを蕩減するためにここに来ました。(二三二−三〇八、一九九二・七・一〇)
メシヤ宣布をした翌日、清平に共にいるというのはどれほどうれしいことでしょうか。清平ではないですか。青く澄んだ水平線に自分の準備するとおりにビルを建てることができるのです。自分の基礎が堅固でさえあれば、崩れたり沈んだりしません。清平は本当に良いでしょう?「清平」とは水平ではないですか。そうでしょう? 青い光は慰労の光です。ですから、清平を好むのです。また、仙人峰に登ってみると、本当に美しいのです。(二三二−三〇八、一九九一・七・一〇)
私の購入した土地は、政府が計画した重要な位置にすべて入っています。霊界のおじいさんが現れて、「これはすべて明堂になる所なので、お金を借りてでも買いなさい」と何度も言うので買いました。
一箇所だけ買うのではなく、いろいろな所を買いました。そして、買う時、それらのことを一部始終すべて話しました。ですから、土地の所有者に対しても、「私のおじいさんは、これこれこのような方であり、その方がこのような話をしたのです」という話をしたのです。「私のおじいさんは、愛国者であり、李承晩とも友人で、崔南善先生とも親しいのですが、漢学者として有名でした」と言ってです。漢学はもちろん、神学も勉強し、英語も上手であって、外見が私よりも本当に立派でした。
このような方ですが、「愛国者の子孫が良い暮らしができなくてはいけません」と言いながら、「あなたの土地を買えば、あなたも福を受け、私たちも福を受けます」と言ったのですが、土地の所有者が「どういうことか分からない」と言いました。そのようにしながら、「あなたの土地を私に売らなければなりません」と言ったのです。
そのようなことを話せば、最初は変に思いつつも、一ヵ月ほどして行って話せば、「不思議です。私の先祖も現れて、『誰それに土地を売らなければならない』と言うのです。そのような不思議なこともあるのですね。ですから、一度会いましょう」と言うのです。霊界がブローカーのようなことをして買ったのです。(二一五−三九、一九九一・二・六)
なぜ清平は、「清平」という名前なのでしょうか。「清」が水を意味します。そして、「平」は水平を意味します。清らかなのです。「清平」と言っただけで良いでしょう? 昔は頻繁に行きました。聖地です。ここに入っていき、心と体が完全に一つにならなければなりません。天に対して男性と女性が地上天国を成し遂げ、このようにならなければなりません。自分たち同士で上がっていってはいけません。神様を中心として、地上からこのように昇華しなければなりません。私は、清平の良い地域をすべて買いました。約九百万坪になります。その地域の見える所はすべて私たちの土地です。それを買う時に反対して、何人もの人が死にました。今もそうです。私が土地を買うことに反対していれば、その国は滅びるのです。(二八〇−四五、一九九六・一〇・一三)
この清平の聖地は、私を中心としては忘れることのできない所です。現在建てたこの修練所を中心として、今から三十年前、誰も知り得ない統一教会という小さな教団をつくり、世界的な摂理史において、世界万民があがめることのできる超宗教的かつ超理想的な基地をここに造るだけでなく、今後、世界のすべての人々が一つの故郷の地としてあがめ得る所だと心で考え、発表したのです。
今、その三十年前を考えれば感慨深いです。それゆえに、この清平の地は、できれば世界の祖国、故郷の地、全人類の心情的故郷の地にならなければなりません。
天地があがめることのできる勝利的創造理想を完成させ、天地が連結されて神様の心情をこの地の上で発表して解怨成就できる所になるだけでなく、世界の故郷の地として備えることのできる偉大な地として祈祷してきた事実が、今、本格的に出発できる時点に到達したことを考えるとき、感慨無量です。(二八二−四五、一九九七・三・一〇)
物事を総体的に総合でき、心情的なことを総体的に再建し、未来の発展的要因の動機とすることができるこの基地こそ、驚くべき基地だということを理解して、清平を念頭において祈祷してあげ、ここで役事される大母様と忠母様、大兄様と興進君に対しても、祈祷する心と精誠を尽くすことが彼らに劣らないようにしなければなりません。
そのような世界的開門時代が成し遂げられるという事実を理解し、各家庭において、ここで精誠を尽くすすべての食口以上に精誠を尽くすことにより、その家庭から国家に天運を拡大する運動までも成し遂げられることを知らなければなりません。清平で役事する霊界のすべての先祖と、現在ここで精誠を尽くしている先祖たちに負けないように、祝福された家庭が一つになり、一生懸命に精誠を尽くすのです。そのようにすることによって、願われたすべてのことが一足飛びに世界的に拡張されるのです。
このようなことが約束されていることを理解し、より精誠を尽くし、清平を自分たちの故郷、自分個人の故郷だけではなく、一族の故郷、自分の民族と世界の故郷として、ここからつなげて祝福の基台を万民に連結させる先祖となるようにお願いする次第です。(二八二−四九、一九九七・三・一〇)
今建てているこの聖殿は、天国の故郷、地上の国の故郷、人類始祖の失敗したことを再び復帰して合わせた所です。故郷の基台を回復し、天国も、地上も、霊界も、肉界も、統一された民族、統一された兄弟として生きることができ、大革命的な時代を成し遂げることができる故郷の根拠地だというのです。そのような所を今から創造するのが清平聖地の建物だということを皆さんは知らなければなりません。
ここに来てみ言を聞き、ここに来て祝賀の内容を知ったので、新しい決心をして、過去の歴史を踏み越え、自分の生涯を踏み越えて、天地の役事を清算する摂理の前で新しい生涯の記録的な事件を残すことができる各自の姿を取り戻し、自覚しなければなりません。
自覚して自立できる自らを、再度成し遂げていく自らを見つめ、喜びを感じることができる出発の基地であることを知らなければなりません。どうぞここで決心したことを世界的に拡大させ、そのすべての内容を各自の国に種として植え、万民全体、自分の民族全体、万国が同じ種の結実を収め得るようにすべきだということが、天の願いであり、私たちに任せられた召命的責任であることを知らなければなりません。アーメン! (二八二−一〇六、一九九七・三・一〇)
今、清平で役事しているのは誰でしょうか。孝南さんを大母様の体に代わって立てておいたのです。これを連結して立てておいたのです。今回のこの期間、母親たちが先生と真の御父母様と一つになることをしなければなりません。それゆえに、大母様が来て、これまでお母様が多くの赤ん坊を産んで体の調子の悪い、このようなすべてのことを……。母親たちと霊界にいる兄まですべて連合して、このことをするのです。(二七一−一〇二、一九九五・八・二三)
皆さんの心、堕落した心もそうでしょう? 自分がどのような者なのかよく知っています。欺くことはできません。すべて知っているのです。立派なふりをしますが、天の霊界に行けば、一〇〇パーセント明らかになるのです。悪いものが先に明らかになります。悪いものを先に清算してこそ、霊界に入っていくのです。そのようにしなくては霊界に入っていくことができません。目を閉じていたとしても、悪いものが明らかになって処断を願うようになるのです。そのようにして、それがなくなる時まで教育を受けなければなりません。修練を受けなければなりません。
猛烈な訓練を受けなければなりません。今、霊界が全体的に、興進君を中心として教育体制をつくるために修練するのです。清平がそのようになっているでしょう? (二八七−二〇三、一九九七・一〇・三〇)
私たち統一教会は、霊界と表裏です。この世のほかの宗教は霊界がどこにあるのか知らずにいますが、私たちは共に生きているのです。今回、真の御父母様の賞を受けた人たちが清平に行けば実感するでしょう。一日自分たちが隠れてひそひそと話したことも、すべて明らかになるのです。天使たちが報告します。そのようになれば、恐ろしくて生きることができません。昔、先生にそのような時代がありました。霊的基準で基盤を築けば、実体の体を用いても霊的なことができるのです。霊界が協助しなくても、私たちは霊界が協肋する以上の立場まで行かなければなりません。天使長世界の協肋を受けてはなりません。私たちの体自体が、霊界で感じるものと同じものを体恤し、地上においても、霊界の協肋がなくても霊界が協肋する以上の立場まで行かなければなりません。(二七六−三一二、一九九六・三・一〇)
宗教の看板を下ろさなければ、家庭、国家、世界の救援圏内に入っていくことができません。それを知るようになっています。個人救援を受けますか、家庭救援を受けますか、氏族救援を受けますか、国家救援を受けますか。それで地上が統一されるので、清平では霊界統一をして解放役事を共に行うのです。ですから、天使たちがサタン世界の悪の天使たちを処理するのです。(二八五−一七五、一九九七・五・一)
2 先祖解怨式と清平の役事
なぜ清平に行くのでしょうか。自分自身に霊的に引っ掛かっているものを清算しなければならず、自分の先祖たちをみな解怨しなければなりません。検証を受けなければなりません。興進君が行っています。興進君は、霊界の最高の長子です。興進は誰の弟ですか。興進の兄は孝進でしょう? しかし、興進は孝進よりも兄の立場にいます。興進が最高の兄の立場にいるのです。みな王として侍らなければなりません。(二九九−三〇九)
清平の役事は興進が行うのです。キリスト教は霊的基準しかありません。霊的基準なので天使長を追い出すことができませんでした。霊的基準と肉的基準である真の父母を中心として、心情的基台を成して霊的世界に入っていき、イエス様がしたように整備作業をするのです。サタンを追放しているのです。そして、天使長に代わってあげるのです。そのようにして天使長側になったので、今から祝福を受けることができる段階に入っていきます。長成期完成級を超え、完成期の出発段階です。
すべての汚れた野生のオリーブの木の種を歴史に植えたので、これを切って真のオリーブの木を接ぎ木しなければなりません。それが祝福して越えていくことです。
このようにして、霊界も、国家統一時代、世界統一時代に行って解放圏に超えていくのです。歴史時代に生まれて死んでいった自分のすべての先祖を呼び、このような原則によって先祖を祝福してあげるのです。
今や祝福が三億六千万双になることにより、地上に来て着地するのです。着地することによって、全世界人類の家庭に対してサタンの山がないように、蕩減がないように平地になるのです。(二九〇−二六一、一九九八・三・二)
今は国家時代に入ってきたのです。焦点を合わせなければなりません。ですから、霊界解放を祝賀するのでしょう? 百二十代まで祝福するのです。過去においては四代でした。四代ならば何親等ですか。八親等まで行くのです。七代まですればもっと多くなります。数百家庭、たくさん生み増えた家庭は数千家庭になるのです。
四代祝福、それから七代祝福をするのです。七代をやれば、一族を超えるのではありませんか。その次には世界版図です。百二十代、清平でそれをするので、すべての祝福家庭は競争して自分の先祖をみな解怨してあげ、祝福の門を開けてあげるべき責任があることを知らなければなりません。(二九九−三〇七、一九九九・二・二一)
自分の先祖たち、百二十代を解怨成就するために、清平に行って修練しなさいというのです。「四代をしなさい」と言うと清平で大騒ぎしましたが、四代をしました。
その次に「七代をしなさい」と言うと、七代をするのです。今回、「百二十代をしなさい」と言うと、「ああ!」と言うのです。「ああ」とは何ですか。霊界に行って死ぬほどやりなさいというのです。興進もおばあさんも、そこにひざまずいて、霊界で死ぬほどやりなさいというのです。祭物になりなさいというのです。
そのようにして百二十代をすれば、みな呼んであげるのです。アダムが天国に入る時、中間霊界で夫婦が暮らし、地獄にいる人々の泣き声を聞けば、アダムの心は安らかでしょうか、安らかではないでしょうか。そのようなことは、あってはならないのではないですか。原理がそうでしょう? ですから、解放するのです。「四・四節」をコディアックで宣布しましたが、宇宙的な「四・四節」を一月八日にプンタ・デル・エステで宣布しました。(三〇〇−九六)
先祖解怨式をすべてやりましたか。七代を解放しなければなりません。七代が解放されてこそ百二十代まで解放されるのです。七代からどんどん上がっていって百二十代までしなければなりません。その先祖を中心としてやれば、分かれて一度に百二十代を祝福することができます。それゆえに、みな完全に祝福を受けるのです。
そのようになれば、地獄の門は壊れていくでしょうか、壊れていかないでしょうか。
イエス様がいる楽園や中間霊界は堕落ゆえに生じました。霊界もペア・システムになっています。それをやらなければ、私が霊界に行って困ります。霊界で引っ掛かってはいけません。霊界を整理すれば、地上は必ず霊界を通して解決しなければなりません。
興進の時、百二十人の善の王たちを……。今からそのような時が来るので、彼らが降りてきて組織ができます。王たちを組織し、「地上の王たちも祝福を受けなさい」と言うのです。みな滅びていきます。
イギリスもそうではないですか。皇太子妃が死んだのですが、どのように死んだのか、今なぞではありませんか。家庭がすべて問題なのです。愛の問題になって壊れていくのです。(三〇一−二〇五、一九九九・四・二六)
清平では、「ルーシェルを愛する」という言葉があるでしょう? ルーシェルがこのように歩んできましたが、ルーシェルも手を出すことができません。真の父母の力を借りなくては生きる道がないというのです。ですから、清平の役事は、エデンにおいて天使長とアダムとエバが分立されたことを統合するのです。そのような時です。
堕落したサタンの血筋をすべて浄化する運動をするのです。そのようにして、そこを経た人々は浄化されたので、祝福してあげるのです。霊的な祝福をしてあげるのです。
今回、三百六十万双の祝福が終わり、清平において大母様と興進君がすべて祝福をしてあげました。それは、霊的な父母の立場でしてあげるのです。霊的な基準で堕落したアダムとエバのすべてのことを清算し、実体的な天使長圏から復帰するのです。実体的な天使長圏とは何かというと、アダムの体が十六歳でサタンの体になったので、それを蕩減してあげるのです。真の父母の体を接ぎ木してあげるのです。愛を接ぎ木してあげるのです。(二九〇−一七八、一九九八・二・二二)
歴史的に否定的な愛が広がりましたが、肯定的な愛の基準を立てるのです。興進がそれをするのです。イエス様は、真の父母の愛の因縁をもつことができませんでした。ですから、真の父母の息子、娘が行って、イエス様が結婚できずに分かれたことを連結し得る内的な立場に立ち、大母様をイエス様を産んだマリヤと同じ立場に立て、母子協肋を通してそれをするのです。
ですから、マリヤが責任を果たしてイエス様を生かしてあげなければなりません。
そのような曲折があるということを誰も知りません。そのような立場から見れば、みな清平を経なければなりません。既成家庭は、誰もがみな経ていかなければならないというのです。また、愛の関係において失敗した人は、みな清平を経なければなりません。
誤った愛によってサタンの血筋を受けたので、正しい道に行こうとすれば、蕩減的な基準に立って天が公認できる血筋の因縁をもたなければなりません。そのようにしなければ、サタンの悪の血筋を否定することができません。蕩減することができないのです。(二九〇−一七八、一九九八・二・二三)
祝福式とともに、その式の最後に霊界祝福をすることを、忠母様、すなわち先生の母親をはじめとしてお兄さん、それから大母様、興進君、それから真の御父母様まで三代でするのです。アダム家庭、イエス家庭、再臨主家庭……。大母様は息子、娘がいません。ですから、養子を立てて身代わりするのです。ちょうどそれと同じです。イエス様と興進君と同じ立場に立っているのです。霊界に行って……。平面的にそのことをしているのです。
それで三つの先祖の子孫が、この天地に残された子孫です。霊界に行った先祖も、三つの先祖の子孫になるのです。アダム家庭、イエス家庭、再臨主家庭の子孫圏に立っているのが、霊界に行った霊人たちと地上の人類です。
私の家庭を全員解放してあげることにより、全世界が解放圏に入っていくのです。ですから、父母の愛によって神様に侍り、真の御父母様の愛の圏内における赤ん坊と同じように、愛によってその過程を歩むようにしてあげるのです。それゆえに、皆さんが族長にならなければなりません。金氏ならば金氏、すべての血筋を切断してしまわなければなりません。ですから、これはしなければなりません。逃げれば捕まえて逆さにつるし、しりをたたいて強制的にでも飲ませなければなりません。
しかし、今はそこまでしなくてもよいのです。ラジオ放送をして世界がみなそのように理解すれば回るのです。宗教圏内においてこれに責任をもたなければなりません。宗教圏内においてです。統一教会だけ生きるのではありません。三億六千万双を祝福すれば、教団がどれほど入ってきて、国がどれほど入ってきますか。そうではありませんか。その国を中心としてやることにより、十二カ国さえやれば、世界は一度に回るのです。
ですから、私たちの理想とする地上天国時代は遠くないということを知らなければなりません。(二八八−一九二、一九九七・一一・二七)
一族が団結すれば、それを中心としてどんどん上がっていき、七代の先祖、一番上の先祖まで上がっていくのです。百二十代では、どれほどたくさんいるでしょうか。ある人は、百二十代が少しになる一族もあります。このようにずっと下りてくれば、霊界にいるすべての霊人を祝福してあげなければなりません。そのようにすれば自動的に祝福された霊人たちが地上に降りてきて、天使長ができなかったことをするのです。天使長が家庭をこのようにしてしまったので、祝福を受けることができる道に子孫をみな追い込むのです。強制的にです。地上にいる自分の子孫の先祖が祝福され、みな真の父母の祝福を通して帰っていくのですが、自分も共に入っていくのです。その先祖たちの行くその高い位置まで、共に行くというのです。
それゆえに、この世は急に変わり得る時代に入っていくのです。それゆえに、世の中の未婚の男女は、嫁に行こうとしても行く所がなく、妻を迎えようとしても妻として迎える女性がいないのです。信じることができません。空中にぽかんと浮いているのです。(二九九−二一九、一九九九・二・一六)
皆さんが家庭的地獄であるこの中間霊界にいけば大変だというのです。宰相軒氏の証言にも出てくるでしょう? そこにも地獄があるということです。自分で犯した罪の立て札をもっているので、そこにおける苦痛は何よりも恐ろしいというのです。そのような地獄があります。それが拡大されるのです。霊界祝福された皆さんの先祖は、すべて知っています。この先祖たちを祝福させ、彼らが子孫に苦痛を与えたり気合いを入れたりするのです。蕩減条件を立てて強制的に引っ張っていくのです。地獄には行きません。地獄には行かないというのです。(三〇四−三四、一九九九・九・五)
今、霊界は形態をもっていません。真の父母によって形態をもつようになるのです。霊界祝福とともに、天地総合地上天国統一愛の主権世界宣布をすれば、先生が霊界に行かなくても、神様は、先生の父母の形態をもって霊界を主管されるようになるのです。それゆえに、それを待つのです。分かれてしまったものが結合することを待っているのです。先生が早く霊界に来ることを待っているのです。ですから、地上の仕事が終われば、霊界の仕事を始めなければなりません。みな待っています。
霊界の王として生きるのです。地上の王が、そのまま霊界の本郷の地に帰っていくのです。(二九五−二〇二、一九九八・八・二八)
七代の先祖を解怨成就し、百二十人の先祖を解放して百二十代の先祖まで解怨するのです。先祖をみな解放してあげなければなりません。先生が地上天国に入城する前に、これをすべて終えなければなりません。これが霊界の平準化です。(三〇一−六八、一九九九・四・一六)
霊界のすべての聖人と地獄の人間まで、数十億、数百億を霊界でみな祝福してあげたでしょう? 天使長が、アダムを協肋すべきことを個人的に台無しにしてしまったので、天使長の代わりに、兄のような霊界の天使たちと先祖たちを解放してあげることにより、霊界に家庭形態が生じました。なかったものが生じたのです。
その家庭が地上の家庭を協肋しなければなりません。個人が協肋することはできません。天使長が蹂躙したすべてのものを、霊界に行った先祖たちを解放することにより、家庭的兄の立場から弟を協肋させるのです。カイン型です。その時が来たというのです。(三〇〇−九六、一九九九・三・一)
早く一族を整備しなければなりません。競争が始まったのです。この世において驚くべきことが起きるのです。競争の中でこれ以上に恐ろしい競争はありません。
先祖たちが足をどんどん踏み鳴らしながら、「こいつ、お前、子孫、早くやりなさい!」と言うのです。しないで越えていけば、財産を踏みつぶすのです。ある日宣布したことを中心としてそのことをして、残した息子、娘、夫婦、すべて滅ぼしてしまうのです。逆さに打ち込んでしまいます。天が悔しく恨めしかったことを解怨成就したその日を迎えたにもかかわらず、腐っていき、地獄に行くしかない自分の家庭をつかんで防御し、保護してあげるのですか。とんでもないというのです。(二九八−六〇、一九九九・一・一)
霊界と肉界を清算しなければなりません。ですから、先祖解放をするのです。韓国、日本、アメリカにおいて七代の先祖を解怨し、八代から十四代、十五代から二十一代をして、その次には無限にみな解放してあげるのです。解放するだけではなく、祝福までしてあげます。霊界祝福までしてあげるのです。
旧約時代は兄弟が一つになる時代であり、新約時代は父母、それから成約時代は王権と一つになる時代です。長子権復帰、父母権復帰、王権復帰です。イスラエル民族がイエス様を父母として侍っていれば王権復帰まで一度になされていたのですが、それを成し遂げることができなかったので延長され、成約時代になって王権復帰時代に越えていくのです。それをすべて清算しなければなりません。(三〇四−九、一九九九・九・五)
今、この期間は何でしょうか。清平のグループが来て、四大地域を回りながら先祖たちを解怨してあげ、それからその解怨した先祖たちを祝福する期間だということを知っていますか。祝福までしてあげるのです。地上の人々が死んで霊界に行き、自分勝手に分かれていたのを統合し、祝福をしてあげているのです。
それは真っ赤なうそのように見えるのですが、霊界に行ってみれば本当のことだというのです。それが問題です。(三〇四−一一、一九九九・九・五)
3 今からは罪を犯せば許す法がない
罪を犯せば許す法がありません。先生も引っ掛かっていきます。先生は罪を犯しませんでしたが、イスラエル民族とユダヤ教が過ちを犯すことにより、イエス様が死んだように、皆さん統一教会の食口が過ちを犯すことにより、先生が興進を送り、今、長女と長男が引っ掛かっています。
これをどうやって処理するのかというのです。国があれば、息子であれ何であれ、みな掃き捨てます。(二七二−四七、一九九五・八・三〇)
家庭的伝統を立てなければならず、国家的伝統を立てなければならず、世界的伝統を立てなければなりません。世界的伝統を立てて王権に侍らなければなりません。
これが何か分からないので許されようとするのです。国がまだ独立していません。
皆さんは教会祝福を受けましたが、今から国家祝福時代が来ます。その次には、世界統一王国時代の祝福があります。三段階の祝福を受けなければならないのです。
今は、野良犬のような者たちもみな一緒に扱っています。祝福を受ければ、既成祝福でも何でも、みな同じように扱います。今後は、みな三段階の祝福を受けなければ、同じグループに行くことができません。そのようなことを理解し、女性の責任を理解していますか。
三人の男性、三人の夫を追放したのが女性です。この女性たち、目を抜いて炒めて食べたとしても、解かれる恨はないというのです。鼻を切って油で揚げて食べたとしても、恨を解くことはできないのです。
女性の生殖器官をわしの餌にしたとしても、解くことのできない天の恨があるというのです。女性ゆえに、この世の中はこのようになりました。歴史において男性たちがこのように浮気をするのは正常です。サタンなので正常です。女性がサタンのようにしてはいけません。志操を守らなければなりません。
本郷の夫を取り戻して志操を認められてこそ、解放されるのです。天使長を処断してあげるのです。男性は信じることができません。統一教会の先生も信じることができません。統一教会を信じてくるのですが、この原理原則に背けば、目をぎゅっと閉じて冷酷でなければなりません。
先生が家を出てくる時、父や母を問わず、姉や妹を問わず痛哭しました。息子、娘が問題ではありません。無慈悲なのです。夏の日に霜が降りるのと同じです。雑草がすべてそこから溶け出してしまうのです。一つも残るものがありません。そのようになって、初めて力を得るのです。(二七二−二六、一九九五・一〇・五)
先生が生涯にわたって解決方法を探そうとしても、方法がありません。私の口で原理がどうだと教えてあげても、方法がないのです。おそらく昔は、五字に裂いて殺したか、十字に裂いて殺したかもしれません。それを処理するためには、おおかみやとらやライオンの動物園を造り、そこにほうり込んで食べさせるのです。
そのような恐ろしい時代が来なければならないので、処理する道理がありません。
私は、それを願いません。神様が願うとおっしゃるときは、仕方ありません。神様は、再堕落したその体、その種、影も、痕跡も御覧になりたくないのです。復帰された完成地上天国においては、そのような人の子供の泣き声をお聞きになりたくないというのです。それは深刻なことです。(二七二−四七、一九九五・八・三〇)
二世三十六家庭で今回再祝福を受けた人々は、すべて既成家庭に変えてしまいなさい。既成家庭がどのようになっているのか話しません。既成家庭がどのようなレベルにいるのか、自分も知らないのです。次に来ることを考えてみてください。子女までそうですか。子女がそうであれば、許しがありません。
先生が許諾できる限界の権限を中心として見るとき、それは面目が立たないのです。一つ知らなければならないことは、先生の家庭はサタン世界の法に引っ掛かりません。
子供は父母に対して焦点を合わせなければならず、兄弟に対しても焦点を合わせなければなりません。それが長子権、父母権、王権復帰です。国に対する焦点を合わせ、父母に対する焦点を合わせ、兄弟に対する焦点を合わせなさいというのです。平面だけではありません。
長子権は、兄弟に焦点を合わせなければなりません。父母権は、兄弟たちが父母に対して焦点を合わせなければならず、王権は、父母と兄弟たちが国に対して焦点を合わせなければなりません。王の王、天を中心として、国と父母と兄弟たちが一つになって天国に焦点を合わせなければなりません。そのようにしなければならないのではないですか。そのようにしなければ、落ちていきます。自分だけに焦点を合わせれば、それ以外のものはすべて落ちていきます。
ですから、個人は家庭のために、家庭は氏族のために、氏族は民族のために、民族は国家のために……。道理の公式法度で確実にやっていかなければなりません。
私は、そのように生きた人です。国家時代にそこに同伴できる条件を立て、皆さんに命令してそれを守った人もいれば、守らなかった人もいるのですが、一人でも守れば、その条件をもって全体を包摂する道を行ったのです。それゆえに、模範的な面において、先生の後ろに従ってくるのです。
そのようにして、そののちに過ちを犯せば、過ったその基準の被害と模範的な基準で歩んだことを比較して、残るようになる時は生かしてあげるのです。そのように進んでいくのです。顔を見て対しません。
焦点です。今、先生は、社会に対する焦点を合わせています。愚かなことをしないために、威信を失わないために、内外ですべて焦点を合わせ、サタン以上の世界の標本を立てていかなければなりません。(二九九−三一七、一九九九・二・二一)
堕落してから赤ん坊を生んだ人はいますか。これは問題に引っ掛かります。手を挙げてみなさい。その息子、娘をどのようにするのですか。息子、娘をもてば、再祝福を受けてもその班列に入っていくことはできません。郭錠煥氏! (はい)。どのようにするのですか。それも考えてみたことがないのですか。手を挙げなかった人は、ここから除いてしまうのです。率直に手を挙げなさい。そのような人には、先生が祈祷をしてあげることはできません。何双か見てみましょう。数えなさい。一双、一双、数えていかなければなりません。そのような夫婦は立ちなさい。いやー! これをどうするのですか。
今後、この世に国が立つようになれば、どのようになるのか分かりますか。妻が堕落すれば、夫が妻を除去するのです。許しのない時代が来るのです。
自分の子供が過ちを犯せば、父が処罰しなければならない時が来るのです。自分の一族にそのような子孫を残すこと以上に恥ずかしいことはない、ということを知らなければなりません。(二七二−四七、一九九五・八・三〇)
統一教会に入ってきて会社にしがみついて月給をもらっていた者たちは、氏族圏にもなりません。それを知らなければなりません。同じ価値ではありません。同じではありません。これが平地は平地ですが、上がっていったり下がっていったり、このようになります。今まで、先生が責任を負って道を築いておきました。道を築いておいたので、焦点を合わせなければならないでしょう? そのために、あらゆる精誠を尽くしたのですが、それ以外の自分の意見や自分の考えをそこに添付することはできません。先生の家庭はどうだこうだと……。先生の家庭はケースが異なります。これはサタン世界の讒訴圏内に引っ掛かりません。先生が三六〇度、思いのままに処理することができるのです。しかし、皆さんは違います。カイン圏の蕩減条件に追い込まれてきたということを知らなければなりません。
先生も、家庭的時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代に出てくることができなかったので、今後、国家時代に法で処理するのです。きちっと憲法が出てくるのです。しかし、これは限界線が異なります。先生の息子、娘は既に領域が異なります。先生は、家庭を中心として処理することができるのです。
サタン世界は、そうではありません。全世界を代表したサタン圏とは異なるというのです。ここにいる一人が否定しても、「それを知らない」と言うことはできません。
そのような法的な時代が来るということを知らなければなりません。そのような時に嘆息してはならないと、あらかじめ忠告してあげるのです。焦点を合わせて生きなさいというのです。(二九九−三〇九、一九九九・二・二一)
第一次アダムの失敗、第二次アダムの失敗、第三次アダムの失敗圏を世界的勝利圏、父母たちが連結された基盤の上で解放された息子、娘が、「私は、創造理想によってアダム家庭の失敗を完全に蕩減し、また第二イエス、完全に国家的勝利、世界的勝利のすべての覇権を相続された第四次アダム……」。これは、堕落とは永遠に関係がありません。再臨主まで堕落の因縁の中で受難の道を経てきましたが、解放圏において……。
これは、解放の本然の基準を完全に越えた立場の家庭なので、サタン世界と永遠に関係がありますか、ありませんか。(ありません!)。地上天国化されるのです。ですから、この論理のとおりに生きなければなりません。幼稚園でもこれを中心として教材をつくり、小学校もそのようにし、中学、高校もそのようにするのです。憲法さえもこのような基準を中心として国家体制を整え、国家のすべての法も、この法によって主管し、管理するのです。
それでは、誰が国を治めるのでしょうか。自分の家庭の代表一族が責任をもたなければなりません。村ならば村の族長が責任をもつのです。過ちを犯せば、裁判長が族長になります。そこには弁護士も必要ありません。既に教えてあげた内容を中心として、過ちを犯したことに対する統治方法を適用しなければなりません。警察官は必要ありません。私の心が警察官です。私の心が主管者に代わり、立法、司法、行政の三権分立の全体責任、四権分立の全体責任、私の心を中心として、それを知って余りある自覚的な自我だというのです。知らないのではありません。
皆さんの心、堕落した心もそうでしょう? 自分がどのような者なのかよく知っています。
欺くことはできません。すべて知っているのです。立派なふりをしますが、天の霊界に行けば、一〇〇パーセント明らかになるのです。悪いものが先に明らかになります。悪いものを先に清算してこそ、霊界に入っていくのです。そのようにしなくては霊界に入っていくことができません。
目を閉じていたとしても、悪いものが明らかになって処断を願うようになるのです。そのようにして、それがなくなる時まで教育を受けなければなりません。修練を受けなければなりません。猛烈な訓練を受けなければなりません。今、霊界が全体的に、興進君を中心として教育体制をつくるために修練するのです。清平がそのようになっているでしょう? (二八七−二〇三、一九九七・一〇・三〇)
神様の主流思想が出てくるまでにどれほど犠牲の代価を払ったかということを考えれば、その価値というものは、億千万金を与えられても、世界を与えられても、天地を与えられても換えられない価値になることをすべてはっきりと知っているはずですが、そのような価値をもったならば、今日、このような姿になっていますか。
先生が世界を料理し、一人先頭に立って闘っているというのに、この国においてすべて任せ、先生を利用してみな盗賊の輩になりました。
会社も何も……。教会基盤を確保しなければならないのに、「生活が厳しいので月給をもらおう」と言って、会社でみな盗賊の輩になりました。今回、一和も何も、すべて売ってしまわなければなりません。不渡りを出してしまわなければなりません。ですから、郭理事長に対して、私が既に指示をしました。
その失敗の代価を誰が払うのですか。先生が払ってあげなければなりません。
このように見れば、父母たちは二世たちを祭物にする責任があるのです。全体を中心として、イサクの代わりに自分の息子、娘を生きた祭物として捧げなければならない責任があるにもかかわらず、息子、娘によく勉強させるというのですか。先生が千万金投入して歴史的な恨を解くために、民族から選別された後継者だとして統一教会に送ったのに、その息子、娘をどこに送るのですか。ソウル大学ですか。ソウル大学もみな遊び人の群れです。
この者たち、今後、ソウル大学を出たり、ほかの大学を出たりした人は用いません。(二八一−二七〇、一九九七・三・九)
大母様も、先生が許諾しなければ役事することができません。霊界に行く時、私がそのような特権を与えました。このような仕事をするために霊界に行きました。
また興進君もそうでした。その役事は大きいのです。皆さん、これは本当に不思議でしょう?先生は、信じられないことを祈祷してあげ、「このようになる」と言ったのですが、そのようになりましたか、なりませんでしたか。
ですから、そのような先生とよく出会ったと思いますか、思いませんか。その先生の名前は何というのですか。その先生の名前は何といいましたか。第一に何ですか。文鮮明です! 第二に何ですか。真の御父母様です! 第三に何ですか。再臨主です! 第四は何ですか。救世主です! 再臨主も救世主も同じです。メシヤです! 名前が複雑で、恐ろしい名前ばかりもっています。「真の父母」という言葉は、どれほど恐ろしい言葉でしょうか。真の父母がいなければ、真の息子、娘はこの地上にいません。世の中に真の息子、娘がいますか。神様が夢中になって愛することのできる真の息子、娘が世の中にいるのかというのです。一人もいないのです。みな地獄にお出ましするというのです。みな地獄圏にとどまるのです。堕落したがゆえに、天国に行く人がいません。
アダムとエバは、堕落して追い出されたのちに息子、娘を生みました。追い出される前に息子、娘を生みましたか。追い出されてから息子、娘を生んだので、全人類は堕落した子孫です。
神様と関係のない追い出された群れだというのです。そうでなければ、神様はサタンに負けた者になるのです。これを再び回復しなければなりません。(二八二−七〇、一九九七・三・一〇)
ジャルジンの四十日教育を受ければ、自分の一族です。自分だけ入ることができるのであって、一族を連れて入っていくことができますか。先祖たちは、私たちが蕩減してあげなければなりません。混乱を起こしてはいけません。郭錠煥氏、ジャルジンで祝福された人は清平に入ることができないと言いましたか。(そのようなことはありません)。黄善祚氏はどこに行きましたか。そのように教えてあげたのですか。(ジャルジンに行ってきた人は清平に行かなくてもよいと教えたことはありません)。では、「行きなさい」と言いましたか。清平に行くことは何でしょうか。自分自身に霊的に引っ掛かっているものを清算しなければならず、自分の先祖たちをみな解怨しなければなりません。検定を受けなければなりません。
興進君がいます。長子です。興進君は、霊界の最高の長子です。興進は誰の弟ですか。興進の兄は孝進でしょう? しかし、興進は孝進よりも兄の位置にいます。
興進が最高の兄の位置にいるのです。みな王として侍らなければなりません。
甥が王様になっているときに、親族だからといって王に対して「甥」と言いますか。何と言いますか。「王様」です。それは中心です。絶対的です。評すことができません。自分の思いどおりにすることはできないのです。
思いどおりにすれば引っ掛かっていくのです。同じです。縦的世界に上がっていけば、個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代に超えていくのです。(二九九−三〇九、一九九九・二・二一)
4 最後は真の御父母様の責任に
堕落人間の最高の希望の起点は、真の父母だというのです。愛を中心として、すべてのものを願うのです。霊界にもやはり、初めてそのような愛が生まれます。真の父母の愛が連結されるのです。興進君によってです。確信できますか。サタンがこれを打ったのです。地上の人類がこの概念をもたなければなりません。心の中で常にこれをもたなければなりません。
では、先生の話すことは霊界に即座に影響を及ぼすということを知っていますか。
これは夢のような話ですが事実です。ですから、これは大変なことです。このような事実をキリスト教がすべて受け入れたならば、教皇や枢機卿など、世界のキリスト教の総責任者がこの場に座ってこれを学び、喜びながら「サンキュー・ゴッド、サンキュー・トゥルー・ペアレンツ」と言うはずですが、これは何ですか。不平を言うことはできません。不平を言っていれば大変なことになります。常に感謝、感謝、感謝しなければなりません。この一時のために数多くの人々が死に、国が滅び、数多くの人々が犠牲になりました。そのようにしても到達できない時に置かれていたという驚くべき事実を、今ではもう知らなければなりません。(一三一−二三八、一九八四・五・四)
神様も、絶対的な愛を中心として完成することができませんでした。これを知るようになるとき……。そして、アダムとエバは、神様にとってどのような息子、娘でしょうか。七代続きの一人息子という言葉を聞いたことがありますか。億万代の一人息子と一人娘です。深刻です。あー、それなのに、善悪の実を取って食べ、善悪の実をつくっておいて死ぬようにしたというのですか。億万代の一人息子と一人娘を失ってしまった神様が、「ああ、私はうれしい!」と思われるでしょうか。私たちは神様に似たでしょう? 一人息子を一度殺してみてください。私が興進君を霊界に送りましたが、気持ちが良くなかったのです。お母様は涙を流したりしましたが、涙を流してはならないと天に誓い、このように耐えることも難しいのです。
それなのに、万々代の一人息子、永遠の一人息子と一人娘を失ってしまった神様の心、愛、歴史、伝統というものはすべて……。なぜ血筋を残しておいたのですか。
歴史は、神様を取り戻し、国と世界を取り戻すためのものですが、すべて崩れていきました。それに直接出会われた神様は、笑われるでしょうか、痛哭されるでしょうか。そのような神様に向かって堕落した人間たちは「私を助けてください!」、このように言っています。
キリスト教では「文総裁は滅びなさい」と四十年祈祷して、文総裁が滅びましたか。自分たちが滅びました。教皇庁が滅びたというのです。アメリカの新教の教派はすべて滅びました。私の世話にならなければ生きる道がないということを彼らは知っています。(二八九−二八二、一九九八・二・一)
祝福された皆さんは、今、先生の家庭に従っていけばよいのです。イスラエル民族がモーセ家庭に従っていけば、カナンに復帰して天国建設の民となることができたのと同じように、統一教会の食口は、先生の家庭の後ろに従っていきさえすればよいのです。しかし、ここで知らなければならないことは、先生の息子、娘は、皆さんにとってアベル的家庭だということです。それを知らなければなりません。長子圏です。
皆さんは次子圏であり、これが平衡基準において絶対的に一つにならなくては、真の御父母様の立つ位置がないのです。これがゆがんではいけません。水平にならなければなりません。
カインとアベルが天国の直系系統と傍系系統ならば、養子圏に立っている人々、別の血統を通して来た人々も、真の御父母様に対して同じだというのです。主人を思うときは同じなので、直系の息子、娘が「間違いなく私と共に一緒に行くようにしてください!」と思えるような皆さんにならなければなりません。皆さんの息子、娘、統一教会の三十六家庭から統一教会に出入りするすべての人が、「私たちと共に生きよう!」と勧め得る統一教会の食口にならなければなりません。そのようにならなければ、真の血統を受け継いだ先生の家庭と、接ぎ木された皆さんの家庭が一つになることはできません。そのようになれば、枝として育つこともできず、花が咲くこともできず、実を結ぶこともできません。皆さんと先生の直系家庭が一つになって、初めて先生の家庭も顕現することができるのです。
このようになれば、祝福された家庭が全世界に再臨主の顕現と同様の権限をもち、南北の統一とともに天地の統一が完成するのです。南北が統一されれば、日本と韓国が統一されます。アダム国家とエバ国家が一つになり、三天使長である中共とソ連とアメリカが一つになるのです。
アダムとエバが堕落することによって分かれたのですが、初めて世界的アダム国家と世界的エバ国家が一つになるのです。そのようになることにより、世界的天使長国家であるアメリカとソ連と中共が反対していたのですが、統一文化圏時代において一つになるのです。
そのようにして、宗教圏においても高く掲げ得る世界平和宗教連合をつくったのであり、それから政治世界においても世界平和連合を結成しました。(二一四−三〇一、一九九一・二・三)
本来、復帰摂理、神様の創造目的は、国を中心として成し遂げられるのです。国は、一つの国です。二つの国ではありません。そのアダム国さえ設定されれば、カイン国も何もありません。サタンがいないので、それで終わりです。それはアダム国であると同時に、自然にアダム世界になり、アダム天国の中心になるのです。国から王権が生じるのです。そうですか、そうではありませんか。
王権はどこから生じるのですか。家庭から生じますか。もちろん、家庭も王宮を代理します。国を代表します。氏族的王だということができます。しかし、「王」という言葉は、家庭で使う言葉ではありません。違いますか。家庭で使う言葉は「父母」という言葉です。
ですから、復帰路程において父母が生じなかったので、「兄弟」という言葉もないのです。それを復帰しなければなりません。蕩減は逆に上がっていくのでしょう? 長子圏に上がっていく道がふさがり、長子圏を失ってしまったので、長子圏を取り戻してくるために、今まで曲折の歴史、波瀾万丈の歴史をつづってきたのです。そこに神様の心情と事情がどれほど宿っているか分かりません。どれほど悲惨な歴史が繰り広げられてきたのかというのです。(二一八−二四〇、一九九八・八・一九)
夜の季節においては、夜になれば昼が来るようになるのです。サタン世界では夜ですが、文総裁は昼なので、さーっと……。分かりますか。ちょうどそのようになりました。
サタン世界は夜ですが、文総裁が太陽のように輝いて夜の世界がすべて粉々になくなってしまうので、その夜が総動員するのです。夜にいる全世界の個人、全世界の家庭、全世界の氏族、全世界の民族、全世界の国家、全世界の主義、思想、宗教すべてが反対するのです。夜にいる者たちで文総裁に反対しない人はいません。
しかし、昼は太陽を背負っています。そうではありませんか。夜は太陽がありません。文総裁は太陽を背負っているので、北極から冷たい風が吹いて徐々に徐々に日が沈み、これが二年間に春夏秋冬を通じて冬のような季節を過ぎて……。堕落とは何かというと、春から出発することができなかったので、これが遂になって行くのです。西欧文明が、このようにして寒帯文明圏をすべて通るのです。共産主義、春夏秋冬の文明を経てくるのです。
このようになれば何かというと、この寒帯文明圏内に残らなければなりません。共産主義が出てきて打ってしまうのです。宗教も打ち、民主主義も打ち、人間生活の伝統をすべて壊してしまいました。壊してしまい、春が来るのです。春が来れば、氷は溶けますか、溶けませんか。溶けます。春光をもたらしてあげたレバレンド・ムーンです。
共産主義も私の手で溶けてしまいました。民主主義も滅びるようになっています。私の手によって、家庭、世界、すべて溶けてしまうようになっています。すべて私の手によってです! 私の手、この見える手は私の手ですが、見えない手がここに共にあるのです。(二八九−二八二、一九九八・二・一)
さあ、それで、今韓国の民は、国境を越えてソ連に行き、中国に行き、アメリカに行き、みなかき分けていこうとします。韓国人で統一教会に反対する人々は、荷物をまとめて外国に出ていこうとします。故国に帰ってくるのです。年を取れば、いつでも故郷に行きたいと思うのです。神様が故郷、故国に行きたいと思っていらっしゃるように、お父様もそうなのです。神様が私の後ろについてこられるでしょう。
アメリカで暮らしますか、韓国に行って暮らしますか。「コリア」です。コリアとは何か分かりますか。「コリンネ(臭いにおい)」を出すのが「コリア」です。サタン世界ではそうですが、神様が御覧になるときは良いにおいです。大移動時代です! いずれ、今後反対した韓国人はみな追い出し、進入してくる時が来ます。
そして、韓国がいっぱいになれば日本に行くのです。日本がいっぱいになれば中国、ソ連に入っていくのです。ツンドラ地方に……。統一教会の人が行けば暑くなり、農作業のできる地域になるだろうと私は思います。アジア、この地球星の根本的な……。イエス様がアジアを支配しようとしたのを蕩減復帰して、支配完成をするのです。(二九二−二三五、一九九八・四・一七)
すべてのイスラエルの家庭は、イエス様に対して一つの体のように絶対的に一体となり、一つの肢体と同じ立場で平準化される、このようなイスラエル民族の解放圏を成すことができなかったことを蕩減復帰しなければならず、イエス様の王権を中心として教育できなかった国民を教育し、地上天国を相続されることができ、成約時代に来られる再臨主に対して絶対信仰、絶対服従することのできる国民をつくらなければなりません。
再臨主は三時代の中心です。アダム家庭の中心であり、失敗したイエス家庭、第二イスラエルの中心です。そして、今、再臨主時代において、四十年間失ってしまったものを再び取り戻して完成するのです。三時代完成を成したというのです。
ですから、すべての時代、アダム時代の解放も問題なく、第二イスラエルであるキリスト教世界の解放も問題なく、四十年間失ってしまった第三イスラエルの完成と解放も問題ないというのです。その基盤の上に天国行の高速道路をつくったというのです。(三〇二−一八八、一九九九・六・二六)
家庭をつかんで行くのですか、国を建てるために行くのですか。神様を解放するために行くのですか。皆さんの家庭が幸福になるために行くのですか。国を建て、神様を解放するために行かなければなりません。天理の恨みをもった血筋、恨みの伝統の血筋を受け継いだサタンの血筋を痕跡なく整理し、神様の血筋と同じ赤い愛の心、「ため」に生きる愛の心をもってすべてに色をつけてでも、ペイントをしてでも超えていかなければならないという運命をもたなければ、天国の門前まで行けない罪人だということを知らなければなりません。どれほど悲惨ですか。真の父母の心情をもち、僕の体をもって、涙は人類のために、汗は地のために……。
すべて分かるでしょう? そして、何ですか。神様を解放し、本然の理想家庭を千年、万年成し遂げることができるのです。そこから天下太平は自動的です。(二九六−一四一、一九九八・二・〇三)
先生の生涯というものは、み旨の解放のために生きてきたのです。メシヤの使命というものは、み旨の解放のために生まれ、み旨を中心として、生涯を通して完成して解放圏を成し遂げなければなりません。
解放圏とは、天国の解放と同時に神様の解放を意味します。それから、堕落した父母によってサタンの血統から監獄、自然監獄に入っていき牢獄の身になったのですが、サタンの監獄世界から解放して、それから嘆息していた万物まですべてを解放しなければなりません。今まで先生がパンタナールを訪ねていって、釣りをしたり山を訪ね回ったりしたのは、そのような心情的紐帯を自然と結ぶためです。三一〇二−二二九、一九九九・〇六・一四)
波瀾万丈の風の中の小さな一そうの小舟、「一そうの小舟」という言葉があるでしょう? それが太平洋を渡りました。
太平洋を渡ったというのです。復帰摂理とはどのようなものでしょうか。神様を解放させるものです。(三〇二−二六七、一九九九・〇六・一七)
すべて終わりました。理論的にすべて説明してあげ、思想的に整備して、真の御父母様を中心として、このように膨大かつ途方もない歴史を成し遂げるようになったのです。もちろん、神様が協肋されましたが。神様の命令によってするよりも、アダムが知らずに堕落したので、神様が教えてくださる前にあらかじめすべて知って解放してこそ、神様も解放され、サタンも解放されるのです。真の父母に対して讒訴する者はいません。サタンも讒訴できず、神様も讒訴できません。今、すべて完全に解怨成就、所願成就したという立場で、地上・天上天国が着地するというのです。復帰完了です。(二九八−二二四)
付録 興進様からの霊界メッセージ
天総官 文興進様
付録 興進様からの霊界メッセージ
※以下の内容は、霊界にいらっしゃる興進様が地上に送られたメッセージのうち、二〇〇二年一月一日と二〇〇三年九月三日に送られた二つのメッセージです。
一 真の御父母様にお捧げする霊界報告書
真の愛によって天一国の新時代を開かれ、神様と真の御父母様と共に暮らせる時代をつくってくださったことを、心から喜び感謝申し上げます。
二〇〇一年七月八日、天も願い、地も願い、人間も願い、万物も願った本殿聖地起工式を通して下さった、「真の愛の天運を相続し、天地解放圏を完成させます!」という祝福のみ言を、具体的に実践する姿となるよう、より一層前進いたします。
また、二〇〇一年十月末から十二月まで、韓国と日本、アメリカを巡回されながら、天宙平和統一国大会を勝利され、天一国の新時代を開いてくださったことを、心から感謝申し上げるものでございます。真の御父母様の地上の摂理に歩調を合わせて進行する霊界の状況を、その都度報告してさしあげなければならなかったのですが、そのようにできなかったことをお許しください!
尊い真の御父母様!
今まで真の御父母様の祝福と導きによって地上で繰り広げられた摂理に歩調を合わせ、霊界においても修練所を運営し、地上に再臨協肋し得る基台をつくってきました。
地上の天宙清平修錬苑を通して分立された霊人たちをこの霊界の修練所に呼び、教育を通して罪を清めるようにし、地上に降りて祝福を受けるようにすることによって絶対善霊にするという役事を進めてきました。そして、再び彼らを霊界に呼び、祝福家庭として歩むべき真の家庭の教育を行い、地上で真の御父母様の摂理に合わせて子孫たちに再臨協肋できるように導いてきました。
特に、真の御父母様の八十年以上の生涯における勝利的結実である「神様王権即位式」は、霊界にあまりにも大きな変化をもたらしました。真の御父母様は、自ら歩んでこられた苦労に満ちた蕩減路程の勝利的実績を足場として、神様の血統を回復し、失ってしまった子女と国を取り戻して立ててくださった「神様王権即位式」は、堕落以後に結ばれた神様の恨を解怨してさしあげる歴史的な日でした。この日は、あまりにも喜んで、神様も泣かれ、絶対善霊界も泣きました。神様に対する真の御父母様の孝誠は、全天地を感動させました。
このように真の御父母様自ら付与された教訓を胸深く刻み、私たちも真の御父母様を喜ばせてさしあげ得る分別ある子女となるよう努力いたします。
真の御父母様の大いなる愛と関心の中で、ここ霊界でも、多くのことをしてきました。これまで推進された霊界の修練所と地上の天宙清平修錬苑で行われた先祖解怨式と入籍祝福式、そして、霊界の修練所で絶対善霊にする修練過程などの諸般の事項と、特に「神様王権即位式」以降の霊界の変化に対して、詳細に御報告中し上げます。
1 真の御父母様の宣布による霊界の変化
真の御父母様は、所願の中の所願が「神様王権即位式」を奉呈してさしあげることだとおっしゃいました。このような歴史的な「神様王権即位式」のために、八十余星霜を血と汗と涙で全体蕩減する生涯路程を歩んでこられた真の御父母様でいらっしゃいました。
「神様王権即位式」を挙行するために、真の御父母様は、まず霊界にふさがれた障壁を崩そうと、地上の誰も知らない中で、ただ天のみが御存じの限りない精誠と蕩減の条件を立てられました。このような勝利的特権を足場として、霊界と地上を完全に神様主権の世界へと変える摂理的な宣布式をしてくださいました。
そして、その宣布された内容を、大会を通して地上世界に具体的に開いてくださいました。このように真の御父母様が「神様王権即位式」のために準備してこられた宣布式の意義を、改めて見直しながら、霊界に現れた変化に対して報告してさしあげようと思います。
事実、私が霊界に来た初期には、真の御父母様のみ旨を受け入れて働くには、本当に多くの困難がありました。真の御父母様は、このような年齢の私を霊界の総司令官の立場に祝福してくださいましたが、最初は堂々と働ける雰囲気ではありませんでした。
霊人たちの間では、地上で信じてきた宗教がお互いに異なるので、自分が知っている宗教的儀式と基準ですべてのことを判断しようとしていて、自分の宗教の内容にばかり関心をおいていました。非宗教圏においても、同じように地上で生きていた自分の考え方と慣習に執着し、他のものに対しては関心をもちませんでした。
本来は、真の御父母様を中心に、各宗教を信じていった霊人たちが地上に再臨し、自分の子孫たちや信徒たちに役事し、再臨主を証することによって、宗教統一の道を築いていかなければなりませんでした。しかし、当時においても、実質的にこのような役事を起こせる霊界の環境が造成されていない状態だったので、とても大変でした。
特に、私が霊界に来た初期には、絶対善霊界が形成されていなくて、かえって悪霊界が強固に定着している状態でした。悪霊界では、自分を中心とする堕落性があまりにも強く、新しく誰かが来ても知ろうともしない雰囲気でした。ただ自分が地上で暮らしながら受けたその苦痛と怨恨に対して、復讐をすることに執着していました。
また、深い心情的な紐帯関係が弱かったので、イエス様や他の聖人たちとの関係の中でも、私がどのようにするべきなのか躊躇していました。真の御父母様は、キリスト教の基盤の上に再臨主としてこられたので、他のどの宗教よりもキリスト教をアベル的宗教として立てられ、天の側に導こうとされました。「単に私とイエス様が一つになるということを越えて、統一教会とキリスト教が一つになるためには、まず霊界で一つになり、地上がこのような統一的な道に進んでいくことができるようにしなければならない」と、真の御父母様はおっしゃいました。
ところが、最初は、宗教ごとに固有な儀式と文化をもっていたので、宗教圏を越えて一つの求心点を見いだすことがとても困難でした。さらに、他宗教の中心である聖賢たちとの関係は、もっと大変でした。
このような宗教的統一圏を形成されるために、真の御父母様は、一九九六年十二月に四大聖人とイエス様の十二弟子、そして、各教団の教主たちを一緒に清平に呼んでくださり、地上にいる韓国と日本の牧会者たちと共に四十日教育を受けるようにしてくださいました。四大聖賢たちが再び霊界修練所において百日間の教育を受けながら、原理と霊界の全体的な事実を知るようになり、祝福を受けたのちには、関係がはるかに良くなりました。
修練過程を通して、四大聖賢たちも真の御父母様がどのような方なのかを知るようになり、心情的共感帯を形成するようになったので、お互いが簡単に通じることができるようになりました。このように、真の御父母様が四大聖賢たちを祝福してくださり、導いてくださることにより、初めて宗教を越えてお互いが通じ合える道が聞かれたのです。
このような恩賜により、私自身が初期に経験した様々な困難を、一つずつ克服するようになり、霊界の総司令官として責任をもつ立場で堂々と働くことができるようになりました。このすべてのことは、真の御父母様の大いなる愛と祝福の結果です。
真の御父母様は、一九九五年八月二十五日に大母様、忠母様に霊人祝福式をしてくださり、一九九七年十二月一日の夜、霊人祝福をすることができる権限を相続してくださる「霊界祝福開門宣布」をしてくださいました。さらに、霊人を祝福することができる権限を私と大母様に相続させてくださり、霊界で絶対的な権限をもって霊人祝福を行ってくることができました。
三千九百六十万双祝福の勝利は、サタンの血統を断絶して切ってしまい、真の御父母様の血族と直接連結することができる時代において、真の御父母様の勝利を霊界に連結させるための恩賜でした。
万民の地上解放とともに、天上解放を完成し、神様がどこにでもためらうことなく本然の愛の心情を広げていけるようにするための天上開門宣布を許諾してくださった真の御父母様の恩賜の前に、感謝申し上げます。
一九九八年四月十七日の復活節には、「長子権・父母権・王権開門宣布式」をしてくださることにより、天上世界においての私(興進)とイエス様が、家庭を中心として連結できるようになり、三位六千万双祝福の勝利によって世界的なサタン血統断絶を宣布することができるようになりました。
こうして父の国、母の国、長子権の国を代表し、この三つの国を神様の前に新たに立て、宇宙の中心である天上世界と地上世界を代表し得る国として、真の御父母様を中心として絶対的に一つになった統一的基盤が立てられました。霊界での統一圏と地上での統一圏が一つになり、今からは、解放的祝福圏を地上と天上世界に開門することができるようになりました。
このような基盤の上に、三万双、三十六万双、三百六十万双による祝福の世界化から、一九九八年に入ると、祝福の天宙化に進んでいくようになり、地上だけでなく、霊界の霊人たちまで祝福してくださる恩賜が成されました。
一九九九年に入ると、「真の祝福天宙化とサタン血統完全解放宣布式」を通して、天上世界と地上世界のすべての先祖たちを代表して、地上解放と統一の道へと進んでいくことができるようになりました。
さらには、ブラジルのパンタナールでの「天宙解放」の祝祷と、ベルベディアの聖地において宣布された「東西洋勝利祝賀」は、多くの変化をもたらしました。
これを通して、サタン世界から偽りの父母の血統を踏み越えて上がっていかれた真の御父母様の勝利的基台の上で、神様がすべてのことを直接主管され、処理され、天上世界と地上世界のすべての地域を解放し、神様の主権的愛の天国を成し遂げられ、それを統治することができる新しい世界へと前進することができるようになりました。
さらに、天上にいるすべての祝福を受けた群れが、アダム家庭を代表する地上の祝福を受けた家庭を兄として侍り、弟の立場に立って神様に侍り、カインとアベル関係の祝福家庭となり、天上世界と地上世界を編成することによって解放圏を備え、新しい勝利の父母圏をもつようになりました。
これを基盤として、「真の御父母様天宙勝利祝賀宣布式」を挙行されました。これを起点として、サタンが強制して地獄に連れていった時代とは反対に、霊界で祝福を受けた家庭が自分の子孫に再臨して、強制でも天国に連れていくことのできる自由解放圏時代を迎えるようになりました。
真の御父母様は、七十九歳になられる年である一九九九年九月九日午前九時九分九秒(九・九節)に、水沢里中央修練院において五千人以上の食口たちが参席する中で、「天地父母天宙統一解放圏」を宣布されました。霊界でもこの時間に合わせて真の御父母様の勝利に同参しました。真に美しく雄大な姿でした。
これを通してサタン主権時代から天の王権時代へと変わることにより、サタンは、国家、氏族、家庭、個人版図において、神様の命令を受けなければならない世界的な版図が訪れてきた、とおっしやいました。天宙的な真の御父母様の名を中心として、失ってしまった九数を撤廃し、サタン的な役事の根絶を天宙に宣布するとともに、天の最後の勝利の覇権を迎えることができる時代を宣布されました。
それでサタンが天の側の境界線圏内に入ってくることができなくなり、天の前に屈服することにより、天上世界の子女たちと地上の子女たちが、縦横と前後の全体を中心として統一的な愛の王権主義を宣布することができるようにされました。
この日を期して、不足な小子を≒家庭救援のための聖子の立場」に立ててくださったことを心から感謝申し上げます。真の御父母様は、天上世界と地上世界の家庭を連結させ、地上で成し遂げられた家庭と天上世界の祝福を受けた先祖の家庭を一体化させることに、より一層先頭に立つことを願われる中で「私を家庭救援のための聖子の立場」に立ててくださったということをよく知っております。
これを通して、「イエス様の時代に失敗したことを連結させ、霊界と肉界で同時に実施している家庭理想の拡大運動が正に清平運動である」と祝福してくださり、「イエス様の時代の霊的な父母の基準だけでなく、霊肉を中心とする基準を充当させるので、祝福を代行することができる」というみ言に対して、あまりにも感謝申し上げる次第です。小子が行うすべてのことは、真の御父母様のみ言どおりに実施しているだけです。
すべての栄光は、真の御父母様がお受けにならなければなりません。
「九・九節」の宣布の上で成された「三・十節」は、神様を中心として天地父母がすべての頂上の場で万宇宙を抱けるようになった歴史的な日でした。
二〇〇〇年に入り、霊界でも神様の祖国創建のための急激な変化が起き始めました。八月に真の御父母様が、「国境線撤廃と真の愛の実現」というみ言を通して、全世界のすべての国境線を撤廃することを宣言され、秋夕にイースト・ガーデンにおいて、真の子女たちと教会指導者百二十二人が参席する中で、「総解怨秋夕記念式」を行われました。
この日、アベル圏とカイン圏を代表した八人が、それぞれ二人ずつ東西南北に向かって立ち、聖酒をまくことによって宇宙を聖別したのですが、これは、統一教会全体を代表し、霊界にいる全体の祝福家庭を代表した立場でした。
総解怨秋夕記念式を通して、自由自在に東西南北、中央のどこでも、縦的世界のどこでも、次元の異なる立場で、すべてのものを主管し得る愛の統一天国に向かい、全体が同じ生命力をもった一つの方向と目的に向かい、天の前に忠孝の道理を果たすことができる道を開いてくださったことを、心から感謝申し上げます。
秋夕節を経て天城旺臨宮殿に来られ、第一次入籍のための祝福家庭夫人修練生四千人以上が参席する中で、天上にいる小子に真の御父母様の祝福権を移譲する「祝福移譲宣布式」を挙行してくださいました。愚かな小子を信じられ、真の御父母様が勝利されたすべてのものを引き継いでくださいました。
真の御父母様の名によって勝利したすべてのものを、天上世界で神様の創造理想と一体となった解放的祝福権を、真の御父母様が直接的に小子に引き継いでくださったのです。このような基台の上で、「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」の恩賜を下さいました。
十月十四日には、霊界の私と榮進、惠進、喜進、四大聖人と哲人、賢人たちをはじめとする霊界の代表と、第四次入籍修練生四千人の食口たちが参席する中で、真の御父母様は「以北出監五十周年記念および霊界解放式」を挙行してくださいました。
この式は、神様を中心として、天上世界と地上世界が真の御父母様を通して一つの新しい心情文化世界を創建するという、地上・天上天国の文化圏が出発する祝福でした。
天使長だったサタンまでも、人類の最後の道に従って天国に行けるようにしてくださいました。それは、私を立てられ、キリスト教を中心とする宗教圏の四大聖人、良心圏、すべての哲人圏、全体が方向を同じくし、天に向かう一つの方向に直行できるように祝福してくださった真の御父母様の愛でした。
真の御父母様は、死線をさまよう苦痛の中でも神様を慰労され、人類を救援しようとされるみ旨を抱かれ、興南監獄から出監されて五十周年となるこの日を、霊界と肉界の解放に連結して統一的な天宙解放を成すことができるように祝福してくださいました。そのような真の御父母様の無限なる愛を感じるのです。
二〇〇〇年の秋夕節を期して、真の御父母様は、「総解怨式」をしてくださることによって、霊界の壁が崩れるようになり、霊人たちがお互いに往来することができる道が開かれるようになり、霊界解放式を宣布してくださることにより、霊界の宗教圏に大いなる変化がもたらされるようになりました。
実際に霊界は、地上で考えるのとは異なり、ある所から他の所に簡単には行くことができないので、真の御父母様のそのような宣布と愛がなかったならば、霊界で小子がみ旨を成すことは本当に困難でした。
霊界は、心の世界と同じなので、ある考えや意識で一度固まれば、簡単には変わりません。ですから、ある宗教を信じる霊人たちが集まって暮らす所から、他の宗教を信じている所に行くということは、とても難しい立場でした。
霊界は、心で思ったことが、実際に現実的環境にそのまま現れるので、高い壁があったり、お互いに越えられない広い間隔の絶壁があったり、数え切れない岩石が落ちてきて越えていけない環境も現れるようになります。
ですから、このように断絶された霊界の多様な階層圏内で、境界線を越えてお互いに往来するということは、とても難しい状況でした。このような霊界の状況を御存じの真の御父母様は、蕩減の路程を歩んで勝利され、その基台の上で総解怨式をされて、霊界の数多くの階層と数多くの障壁を崩してくださいました。
ところが、霊界の壁が崩されたからといって、すべての対立的構造が消え、簡単にお互いが関係を結べるのではありません。真の御父母様が総解怨式を通して壁を崩してくださるまでは、到底、自らが属している環境から他の宗教の所には行くことができませんでした。しかし、総解怨式をされてからは、たとえ自由にはできなくても、お互いが努力すれば宗教を越えて往来することができるようになりました。
「神様王権即位式」を四十日後に控えた十二月三日には、ウルグアイのプンタ・デル・エステにおいて、六十六人の教会指導者の食口たちが参席する中で宣言された「楽園・地獄撤廃と天国入籍宣布」は、とても重要な意味をもっていました。
神様の悲しみの基盤であった天上と地上世界にあるすべての地獄と楽園を解放し、撤廃してくださいました。神様の主管圏内で、愛と心情関係に従ってすべての峠を越え、国境を越えて解放圏を備えてくださいました。神様の王権を立て得る時代を宣布された、という恩賜だったのです。
二〇〇一年一月十三日、天城旺臨宮殿においで挙行された「神様王権即位式」は、天と地すべてが最も喜んだ日であり、真の御父母様の生涯における所願が解かれる一日でした。そのように喜ばしい日に、真の御父母様が、私をはじめ霊界の四人の子女、地上の子女たち、四大聖人家庭、韓国と日本とアメリカの中心食口など、一万二千人の食口たちを呼んでくださったことを、心から感謝しました。
この日、神様は、祝福家庭の先祖の中で、最初に祝福を受けて絶対善霊になった霊人たちが介添人として立ち、数多くの天使と美しい香りとまばゆい光彩の中で、実体で天城旺臨宮殿に旺臨され、王権即位の喜びを真の御父母様と共に分かち合われました。
「神様王権即位式」は、神様の王権を真の御父母様が蕩減復帰を通して回復され、神様を本然の位置に奉献する式でした。この日を期して、真の御父母様が約束し、宣言されたすべての基準の上で、神様がお出ましになり得る自主的な解放的天下を神様の愛圏内に連結してくださる式典でした。真の御父母様! もう一度感謝申し上げます。
真の御父母様は、今日までただ神様の王権の権威を回復してさしあげようと、本然の位置を取り戻してさしあげるために、生涯蕩減の路程を歩まれながら苦労してこられました。これまでに成し遂げられた勝利的基準と宣布した内容は、「神様王権即位式」に焦点を合わせたものでした。
「神様に対する真の御父母様の精誠と孝心は、到底言い表すことができないほど大きい」と神様がおっしやいました。霊界でも、そのような事実をすべてよく知っています。小子も、真の御父母様に似る者となり、神様を喜ばせてさしあげ、真の御父母様を安らかにお迎えするために、より一層努力いたします。
2 霊界の状況変化
尊い真の御父母様!
食口たちも、この霊界の状況を深く詳細に知ることができるよう、全霊界の状況と変化に対して、詳しくお話ししようと思います。
地上から霊界に行くときに、最初に楽園と中間霊界の間にある霊界の門を通過するようになります。霊界に入れば、まるで地上で高い山に登っていくときに現れる光景のように、山の中腹まで霧がかかっているような光景で、もっと高い頂上に向かって上がっていけば、足の下に霧がかかっているような状況が展開します。低級な霊界に行くほど、濃い霧に包まれた場面が現れます。
しかし、天国に行けば、明るくまばゆい世界が現れます。天国は、常に青い山河と広大な草原地帯が広がっていて、そこには、鳥が歌い、美しい花が満開になっていて、動物がほほえましく戯れている姿があります。
周辺の空気は、ライラックのような香りに満ちています。また、宝石よりももっと明るい光彩で輝いていて、水晶のように透明な世界が現れ、立っているだけでも心が晴れ晴れとして安らぎを感じます。天国は、深い愛の感動を感じるようになり、自由と幸福と喜びが白然と感じられる世界です。地上とは異なり、天国は、心の中に感じられる深い感動が持続する世界です。
天国には、憂いや心配、苦しみがなく、表情がとても明るく平和な姿です。お互いに語る必要もありません。自ら感じて「ため」に生きてあげ、愛してあげる所です。争いもなく、恨みやねたみ、嫉妬、驕慢のような堕落性もありません。「ため」に生きる真の愛だけが満ちている世界です。
ところが、そのような天国には、真の御父母様を通して祝福を受けて、初めて行くことができるのです。いくら地上で善なる生活をしたとしても、祝福を受けなければ天国に行くことはできません。天国は、適当に生きて、死ねば行く所ではありません。
天国に行くためには、地上で清く美しく生きなければなりません。誰が見ても白衣のように傷がなく、水晶のように澄んでいてこそ行くことができます。天国で生活しようとすれば、顔が明るく、常に笑顔にあふれ、宝石のように輝いていなければなりません。したがって、祝福を受けた家庭は、毎時間、自らの生活像を振り返りながら、自分が天国人になっているのかを確認しなければなりません。それで、天国人として少しも恥ずかしくない姿となるように、地上生活を徹底しなければなりません。
天国からすぐ下の方に少し下りていけば、明るいながらも多様な霊界の階層が広がっています。地上の人間たちが考えるときに、霊界は天国と地獄の二階層で構成されていると考える場合があるのですが、事実は数多くの階層で構成されています。善なる所からより悪なる所まで、多様な階層が形成されています。
霊界がこのように多様に階層化されていても、天国以外の場所では、心が安らかに過ごせる所はありません。お互いに自分が正しいと主張して、争っています。
霊界の各階層では、同じ性稟をもった霊人たち同士が巣まって暮らしているので、おもしろくありません。例えば、地上でどろぼうをたくさんした霊人たちが暮らす世界は、常に周辺の霊人たちが何かを盗んでいくのではないかと疑心するようになり、お互いに不信する生活をしているのです。それでいつも不安です。また、けんかをたくさんした霊人たちが暮らす所は、いつも争いが絶えません。
今まで地上で暮らしてここに来た霊人たちは、大部分が中間霊界と地獄に来ています。霊界は、地上でどのような生活をしたかによって霊界の生活が決定されます。ですから、地獄や苦痛を受ける霊界にとどまらないためには、原理的な生活から外れずに絶対信仰、絶対愛、絶対服従の道を行かなければなりません。神様の性稟は、善であり愛なので、神様の性稟に似るために努力してこそ、天国に行くことができるのです。
中間級の霊界を経てさらに下に行けば、四方が暗くどんよりしていて、うっとうしい地獄が現れます。ここは、鳥肌が立ち、汚い臭いもたくさんします。凶悪な姿をした霊人たちも現れます。お互いが噛みつき、血気にはやり、憎み合っています。
ある霊人が一言言えば、横にいた他の霊人たちが飛び掛かり、叫びながらたたいて大騒ぎします。死体が腐る臭いよりもひどい臭いがします。ある所は、大の海のようになっていて、よく怒る霊人たちがそこに集まって暮らしています。最も恐ろしい地獄の底には、自殺した霊人や地上で淫乱な生活をした霊人たちが暮らしているのですが、蛇がひしめいていて、恐ろしく凶悪な姿をしていて、とても目を開けて見ることができない所です。
一般的に、地上で暮らしている人たちは、地獄がどれほど恐ろしいかをよく知りません。しかし、地獄のこのような場面を見れば、ただの一分一秒もとどまりたくないと思うでしょう。幸いにも、祝福家庭は、祝福を通して原罪が清算され、遺伝罪と連帯罪、自犯罪、堕落性を脱ぐことができる機会をもちました。しかし、その価値がどれほど貴いか分かっていない面があるようです。
原理にもあるように、霊界は、誰かが送ってくれるのではなく、自分の霊人体の成長度合によって自ら訪ねていくので、このような基準で地上の生活を振り返ってみれば、今後どのように生きなければならないのかが分かるでしょう。
霊界は、天国から地獄までを色でも各霊界圏の違いを表現することができます。天国は透明で白色であり、明るい色合いです。垢がついてまだらになっている所が全くなく、白衣のように傷が一つもなく、きれいです。
しかし、低い霊界に行けば行くほど、色がだんだんと濁っていき、色あせた薄黄色や、暗く濁った紫色の中間色の階層が現れます。もっと低い段階に行けば、薄い栗色が現れ、灰色の階層が現れ、黒色の階層、濃い黒色の階層の順に現れるようになります。
天国は、明るく輝いていて、天国の近くに行くほど明るい色の階層が現れ、地獄に行くほど暗く濁った色が現れます。地上で罪をたくさん犯して霊界に来た霊人であるほど、その色が暗く濁って見えます。犯した罪によって、霊人体の各部位が色で表示されるようになっています。
祝福を受けて堕落性を完全に脱いでしまえば、天国に行って暮らすようになり、善なる心をもつほど天国に近い所で暮らすようになり、堕落性が多く、罪が大きいほど、自分の霊人体の色が濁って暗くなり、低い霊界に行って暮らすようになります。
ですから、地上で祝福を受けたのち、悪霊を分立して堕落性を脱ぐことが、どれほど重要か分かりません。それは、霊界で自分が暮らす環境の変化を決定するからです。
地上生活では、お金があり、権力をもてば良い所で暮らすことができ、自由を感じることができるかもしれませんが、霊界の状況は全く違います。地上で生きていたとき、お金を間違って使い、権力を間違って使って罪を犯せば犯すほど、低い段階の悪なる霊界に行って暮らすようになるのです。
罪というものを、『原理講論』ではサタンと相対基準を造成して天法に違反することだといっています。罪には、原罪、自犯罪、遺伝罪、連帯罪があります。ところが、普通地上人たちは、罪と言えば自犯罪ばかりを考えがちです。しかし、原罪はもちろん、先祖から受け継いだ遺伝罪があり、自分が直接犯した罪ではなくても連帯的責任によってもつようになる連帯罪があります。
堕落人間を一言で言えば、「六千年の人類歴史による善悪の結実体だ」と言うことができます。子孫たちは、先祖から善の性稟と悪の性稟を受け継いだのですが、善より悪が多い世界圏に暮らしていたので、もっと多くの悪の性稟とその罪が子孫に受け継がれて悪循環しています。
地上人たちの体の中に多くの悪霊たちがついているというのは、自らが犯した自犯罪と先祖の罪が遺伝され、現れた結果をいうのです。罪は、サタンの堕落性を通して相対性を備えた結果なので、罪には必ず理由があり、関連した者がいるものです。
それで、もし先祖たちが過去に地上で生きていながら、過ちを犯し、相手に苦痛を与えて恨をもつようにしたとすれば、その結ばれた恨をもった霊人たちは、苦痛を与えた先祖たちの子孫について復讐しようとし、彼の子孫たちを悪の穴に落とし込もうとします。このような罪の結果が疾病と、それによる苦痛なのです。
現代の地上人がもっている疾病の九〇パーセント以上は、先祖の罪と関連しています。子孫に現れた疾病と苦痛の内容を見れば、その先祖たちの生活がどうだったのかを知ることができます。先祖たちが公金を流用したり、他人の財産を盗んだ場合や、被害を与えた場合は、その子孫に胃腸系の疾病として現れます。
淫乱の罪を犯した場合には、その子孫が脱線したり、生殖器に関連した疾病や不妊症、離婚する家庭が多く現れます。自分が相手を誤解したり、他の人を通して相手を誤解して言葉で傷つければ、心情を蹂躙した罪が成立し、その子孫の中に盲人や耳や口が不自由な人が出てくる場合もあります。つまり、相手に被害を与え、苦痛を与えた肉身の該当部位に疾病が発生する場合が多いのです。その罪の代価が重いほど不治の病として現れるのです。
このように、先祖たちが犯した罪を、現在地上に暮らしている人間が蕩減条件を積んで清算できなければ、その罪は再び子孫に遺伝されます。のちにその地上人が霊界に来て子孫が苦痛を受けるのを見るとき、自分がその罪を清算してあげていれば子孫が苦痛を受けなかったと言いながら、後悔する場合も多いのです。
ですから、先祖から相続されたすべての罪と自ら犯した自犯罪を清算しなければ、疾病と苦痛から抜け出すことはできません。このような罪があまりにも多く多様なので、まるでありの卵が全身にくっついているように、犯した罪と関連する悪霊たちがくっついているのです。
実際に霊人たちは、自分の霊人体の大きさを自由自在に調節できる能力があります。それで、肉身にありの卵のようにくっついているというのは、霊人たちが自分の姿をとても小さく縮小してくっついていることを意味します。
現れた霊人たちの姿を見れば、死んだ当時の姿や現在置かれている状態そのままの姿です。一方では、性格によって様々な獣や虫の姿になることもあります。よく怒る場合にはとらの姿で現れるかと思うと、他人をよくだます場合はきつねの姿で、淫乱であれば凶悪な蛇の姿などで現れることもあります。
尊い真の御父母様!
この霊界の修練所は、天国のすぐ横にあります。天国は、真の御父母様が霊界にいらっしゃれば、一緒に入っていくことができる所なので、まだ空いていて、その天国のすぐ横で修練所を運営しています。
霊人たちを絶対的な善霊にするためには修練所が必要なのですが、悪霊人たちを絶対善霊にし得る霊界の修練所を運営するということが、どれほど幸いで有り難いことか分かりません。この小子は、真の御父母様に数限りなく感謝をお捧げしても足りません。
絶対善霊にし得るようになったということは、サタンが侵犯できない領域が形成されたことを意味します。絶対善霊が多くなるほど、霊界や地上で神様と真の御父母様が臨在し得る領域が大きくなります。また、地上人たちにサタンの悪霊役事が少なくなっていき、地にも新しい天国の環境への希望が開かれるようになるのです。
現在、進行している悪霊分立の役事の過程を見ながら、「地上にいる悪霊たちを一時に整理して絶対善霊にすれば簡単ではないか」と疑問を抱くこともできるでしょう。しかし、これは、原理的に見るとき不可能なのです。堕落によって中間位置に落ちた堕落人間は、神様が一方的に権能を行使なさることができない状態です。
サタンも、一方的に干渉することはできません。ただ、堕落人間が条件物を通して相対的基準をどちらのほうに造成するかによって、干渉の権限が付与されるのです。天の側に蕩減条件を積むときのみ、神様が人間を主管なさることができるのです。
ですから、自分の体の中にいる悪霊たちを分立するためには、その罪を具体的に知ろうと知るまいと、自分なりに条件を立てなければならないのです。そのようにしなければ、悪霊分立はもちろんのこと、解怨することも簡単ではありません。先祖解怨式をするときに、地上人が一定の条件を立てるのも、正にこのような条件を土台として悪霊を分立し、霊界の修練所に送って絶対善霊にし、神様が臨在なさることができるようにするのです。
今まで真の御父母様は、天宙的な勝利的基盤を築かれ、霊界を解放してくださり、霊界と宗教の境界線を撤廃してくださり、地上の国境線を撤廃し、地上天国の環境をつくってくださることによって、霊界の修練所で悪霊を絶対善霊にし、地上に再臨協助し得るようにしてくださいました。
特に真の御父母様が推進してこられた、一九九〇年代後半から「神様王権即位式」に至るまでの宣布式を通した勝利的特権により、絶対善霊による再臨役事が可能になりました。実際に再臨の主でなければ、このような摂理の役事は不可能だったことでしょう。永遠であられる真の御父母様でなければ、到底できないことだからです。
この間の霊界の動きに関してお話ししようとすれば、人間の堕落以後、徐々に展開された悪霊の役事が、一九八〇年代に入って急激に変わっていくようになり、地上において悪霊たちの活動が大きく現れるようになりました。
このようになった理由は、今まで天のみ旨を成そうとしてきた中心人物たちが、サタンの正体を具体的に正確に把握することができず、罪の根である原罪を明らかにすることができなかったので、サタンも余裕をもって自分中心の世界をこつこつとつくっていくことができました。
しかし、真の御父母様が地上に来られてからは、状況が変わり始めました。真の御父母様は、サタンの正体と罪の根である原罪が淫乱の罪であることを明らかにされ、さらには、神様が直接啓示されなかった内容であるサタンの性向まで把握し、サタンがこれ以上地上で活動できないように蕩減条件を立てられながら、復帰摂理歴史を勝利されました。
このようになったので、サタンも慌てるようになりました。それでサタンは、霊界の悪霊たちを動員して、地上人の体の中にいる恨霊人力ちと力を合わせ、過去の怨恨に対する刺激を与え、地上人たちを苦しめる悪霊の役事を強化しました。サタンは、彼らを呼んで刺激を与え、恨みを晴らすようにし、彼らに怨恨と苦痛を与えた先祖の子孫たちに、彼らが受けた分、あるいはそれ以上のものを返すようにさせています。
特にサタンは、常に祝福家庭に侵犯する機会をうかがい、条件に引っ掛かる生活をすれば悪霊たちを入れて、祝福家庭が神様を中心としていくことができないようにしてきました。
本来、祝福家庭は、真の御父母様と心情一体を成し、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で生活をすれば、サタンが侵犯できないようになっています。しかし、非原理的に行動し、サタンが讒訴できる条件があれば侵犯できるようになります。
事実、地上の祝福家庭は、真の御父母様の勝利的基盤だけに頼ったまま、自らの生活を深く振り返らず、ないがしろにしました。「ひょっとして自分にサタンが侵犯できる条件が立つ行動をしたことがないか」、「そのような堕落性をもっているのではないか」と、深く振り返ってみることができませんでした。ですから、今からでも自分を悪から浄化させ、創造本然の真の子女の姿に生まれ変わる努力をしなければなりません。
また、祝福家庭の人々の体の中にも、恨霊と悪霊がたくさんいるという事実と、このような悪霊をどのようにすれば分立することができるのかを悟り、罪をちりほどにも残さずに悪霊を分立する役事を地上でしなければなりません。
悪霊たちがたくさん入ってきているという話は、サタンが讒訴し得る堕落性と、そのような行動が多いという証拠になります。このような立場で見るとき、真の御父母様が私を通して霊界の修練所と地上の清平役事を開いてくださることにより、失ってしまったエデンの園を復帰し得る契機を準備してくださったということです。それは、心から感謝せざるを得ません。
清平の役事は、絡み合った血統を中心とする複雑な問題を、先祖解怨式を通して整理整頓し、神様と真の御父母様を中心とする本然の血統に復帰し得るようにする役事です。
先祖たちが犯した罪と堕落性が子孫たちに遺伝されていて、我知らず悪を行って苦痛を受ける食口たちに、救いのみ手を送り、内面の世界を整理整頓し、サタンに幻惑されずに本心と良心を中心として自らを浄化し得る契機を準備してくださっています。
時間がたつほど悪霊を分立した人とそうでない人の生活が、確然と違いが出てくるでしょう。悪霊が多いほど疾病が多く、苦痛の多い環境が現れるようになるのであり、悪霊が分立され、善なる姿を備えるほど平安で幸福な生活が続いていくようになります。
ですから、天国理想に合う基準、すなわち絶対的な善の基準を探し立てなければなりません。堕落性を脱ぎ、神様が認め得る真なる子女の道を行くのが何よりも重要です。
したがって祝福家庭は、悪霊の分立役事を他人事のように考えるのではなく、自らの内面に潜在している悪なる性稟と堕落性を少しも残さずに脱いでしまおう、という心で同参しなければなりません。霊人たちが霊界で絶対善霊に変わるように、地上では霊界のように自らの霊人体を見ることはできませんが、良心の声を聞き、本心の発露を見いだし、神様に似る個性完成の道を訪ねていかなければなりません。
「神様王権即位式」と三時代大転換四位基台入籍統一祝福式、そして先祖解怨式と先祖祝福式を通して、善の役事を拡大することができる時代が開かれるようになりました。今から地上人たちは、自らの内面にある堕落性をすべて脱いでしまい、本然の堕落以前の姿に生まれ変わらなければなりません。
また、霊界と地上が同時に変化し発展するので、真の御父母様を誇り、原理を誇らなければなりません。地上にいるすべての人間たちが、祝福を受けて天国に入っていけるようにするためには、絶対善霊がたくさんいなければならないので、すべての祝福家庭が復帰摂理の主人意識をもっていかなければならない、ということが何よりも重要なのです。
絶対善霊には、悪霊はつくことができません。悪霊は絶対善霊の明るい光に対することができませんが、絶対善霊は悪霊を具体的に見ることができるので、彼らを抜き出すことができるのです。このように、悪霊が接することのできない絶対的な善霊が地上に臨在するようになったということは、サタンが地上の恨をもった霊人たちを動かし、自分の思いどおりに支配した役事を、これ以上することができなくなったことを意味します。
さらには、悪霊たちを整理し、絶対善霊に変えておかなければ、「あなたは主だ!」という啓示を受けた霊通人たちが、自分の環境と位置、特性、知能、心霊の程度をきちんと分別することができずに、偽りの役事を行う悪霊たちにだまされ、多くの混乱をもたらすということが起こり得ます。霊眼が開いたからといって、霊界がすべて分かるのではありません。霊を見ることがすべてではなく、霊が善霊なのか悪霊なのかを正確に鑑別することができて初めて、危険ではないというのです。時には悪霊が善霊の仮面をかぶって現れることもあるので、鑑別することができる霊的五官が開かれなければなりません。
霊的五官が開かれるためには、単純に霊眼だけが開かれればよいのではなく、堕落性を脱いで、神様の創造の心情世界に入っていってこそ可能なのです。自らの内面から堕落性がなくなって透明になるときまで、一生懸命に罪をぬぐって生まれ変わり、神様と真の御父母様の心情圏と一体にならなければなりません。
そのようになれば、キリスト教で一人のイエス様を信じていながらも、お互いに異なる意見によって教派に分かれ、敵対関係が形成されるというような混乱が招来することを防止できるのです。ですから、真の御父母様を中心に天宙大家族を形成するためには、霊界と地上で同時に役事することができ、主管することができるように、偽りのまね事をする要素をすべて除去しなければならない、という責任が私たちにはあるのです。
真の御父母様は、地上にもいらっしゃいますが、霊界にもいらっしゃいます。天国に行ってみた霊人たちは、神様のみ座の横にいらっしゃる真の御父母様のお姿を見れば、再臨主が誰なのかをすぐに分かるようになり、疑う余地がなくなります。しかし、地上の人間たちは、霊界をよく知らないので、真の御父母様の価値が分からずに、人間的に対しやすいのです。
霊界の修練所に参席した霊人たちが天国に行ってみたとき、そこにいらっしゃる真の御父母様のお優しい姿を見るようになります。真の御父母様にあいさつをしてさしあげると、温かい笑顔とともに、大いなる愛が感じられるようになるのです。真の御父母様は、永遠のお方であられ、地上と霊界を自由に往来し得るお方であられます。地上人たちが霊的に無知で、真の御父母様の価値をよく分からずにいる現実が残念でなりません。
このように、永遠であられる真の御父母様に侍って暮らすということが、どれほど幸福で感謝なことなのか分からずにいるのです。食口たちは、忙しい生活の中に縛られていると、真の御父母様の価値を忘れて暮らしてしまう場合もあります。いくら生活が忙しくて現実が難しくても、真の御父母様の永遠の価値を決して忘れてはいけません。
3 先祖解怨式と霊界修練所
先祖解怨式をするために受け付けをすれば、その名簿を見て大母様が天使たちと絶対善霊たちを動員して、該当する先祖たちが霊界のどこにいるのかを捜すようになります。先祖たちを捜してみると、地上にいる人間の体の中にいることもあり、霊界に来ていることもあり、幽霊としてさまよっている先祖もいます。
先祖たちを捜そうとすれば、まるで望遠鏡を通して物体を見るようにして捜さなければなりません。また、遺伝子を検査するように、血統的に関連した先祖を追跡していきます。以前には、解怨するときに、霊人たちを呼んで解怨してあげる時代もありましたが、今は悪霊界が強くなり、直接行って連れてこなければ正確に該当する先祖を捜し出すことができません。
先祖解怨式の時間に先祖たちは、子孫との出会いの時間をもちます。そののちに天から光が先祖たちに照らされるようになり、この光とともに天使に案内されながら霊界に行くようになります。修練を通して分立した悪霊たちと先祖たちが一緒に修練所に行くようになります。霊界に到着すれば、中間霊界と楽園の間にある霊界の門を通して修練所に入所し、受け付けをして教育を受けるようになります。
まず私が出て、あいさつの言葉とともに百日修練の進行過程および意義を説明してあげます。そして、講義を通して自分の霊人体がどのような姿なのかを具体的に説明し、霊人たちが自分の体を見るようにします。ところが、霊人たちは、今まで自分の霊人体をじっくりと振り返ってみる機会もなく、関心もなく、目で見ることができる環境もできていませんでした。しかし、このような修練を通して自分の体を見れば、全員が驚きます。自分の体が奇怪極まりない姿であり、驚いて叫び声をあげることもあります。自分の体を見れば、地上における自らの生活の実相を、事実そのままに見るようになり、自分が行かなければならない霊界の場所と環境を具体的に知るようになります。
このように、自分の霊人体を見るようにしたのちに、私が先祖たちを連れて天国から地獄の底まで霊界全体を見せてあげます。その次に、白分の霊人体の状態で自分が暮らすことのできる場所を訪ねていくようにします。ところが、自分の場所を訪ねていくにおいて、天国とは異なり、悪の霊界に行けば行くほど、地獄に近ければ近いほど平地がなく、険悪で、高い垣根と壁があり、より暗いので、悪なる霊人たちは、自分の場所の近くに置いても、苦労して苦労してやっとの思いで訪ねていきます。
これまで、私たちの先祖が他界したのち、きちんと霊界の自分の場所に行って暮らすことが全くありませんでした。死んだのちに、悪霊に捕まって自分の場所に行くことができずにいたので、初めて行ったというのが大部分です。
それから、自分のいる場所がどれほど苦痛かを感じるようにします。それで、到底耐えられないと悔い改めながら誓うまで、そのまま置いておきます。自分がこれまで地上でどれほど間違って生きていたかを深く感じるようにします。そのようにしてから、霊界の修練所に再び呼びます。
このような過程を経たのちに、全員を集めておいて本格的に原理講義をするようになります。原理講義は、地上とは異なり、霊界では講義の内容の場面がそのまま再現され、生き生きと当時の状況を事実のままに知ることができるので、地上よりもはるかに深く実感することができます。
最初の講義では、創造原理と堕落論に関する講義で、私が担当して行います。神様が人間と自然万物を創造されるとき、あまりにも喜びに満ちた希望をもって創造されました。神様は、人間が自然万物を愛で主管しながら喜ぶ姿を見て、御自身も喜ばれるために被造世界を創造されたのです。
このように、人間のことを考えながら、自然万物を一つ一つつくられたのがエデンの園でした。このように創造の過程に関する講義を進めれば、横にある画面に神様が天地を創造される当時の過程が生き生きとそのまま再現されるようになります。霊人の修練生たちは、このような光景を見ながら、神様がどれほど大いなる愛で人間と自然万物を創造されたのかを深く感じるようになります。
このように講義したのち、霊人たちに神様の創造の心情を感じたかと尋ねてみます。すると全員が「はい」と答えます。そして、地上で神様が創造された愛の心情を知らずに生活した罪がどれほど大きいか分かるかと尋ねてみれば、全員がうなずき、深い悔い改めの祈祷を捧げるようになります。
続いて堕落論に関する講義をするのですが、当時の堕落した場面が状況別に現れます。まず、ルーシェルがより多くの愛を得るための過分な欲望から誘発される愛の減少感をもつようになった場面、ルーシェルがエバを誘惑し堕落させた場面、またエバがアダムを誘惑して堕落させた場面、このようにアダムとエバが堕落してから、天地がだんだんと暗くなり、罪悪の世界が現れるのを見ます。
アダムとエバが堕落した以後、その子孫たちがサタンの堕落性を受け継いで罪を犯すようになり、血統的にだんだんと悪くなり、悪の罪悪相をもつようになる場面を見るようになります。
このようにアダムとエバが堕落して以後、偽りの父母から受け継いだ悪の血統が子々孫々血統的に継承され、犯した罪がその子孫に遺伝され、子孫自身が犯した自犯罪が加えられて再びその子孫に遺伝されながら、罪の悪循環の過程を経て、現在の自分の姿に受け継がれた過程を見ます。これを通して自分の罪悪性を確認するようになり、そのような悪の実体が自分であることを感じるたびにすすり泣きながら、霊人体がぴかぴかに光り輝くときまで、自分の罪悪の部分から始めて、全体を一生懸命にぬぐうようになります。
また、続く講義内容の中には、神様を中心とする世界から外れて地獄がつくられる場面などが現れるようになります。このような地獄がつくられる過程の中で、修練生たちは、当時、地上生活をどのようにしたのかを振り返るようになります。すると、継続して創造原理と堕落論の講義を聴いたので、自らを振り返りながら、約八〇パーセントくらいは思い出します。ここで講師が雰囲気をつくってあげれば、一〇〇パーセント思い出します。その記憶の中には、自分たちが過ちを犯し、子孫が堕落性を受け継いで罪悪世界で苦痛を受ける姿も現れるようになるのですが、全員が悔い改めて泣くのです。
このように講義を通して自分の罪を洗い流したのちに、再び自分の状態に合わせて暮らせる場所に行ってみるようにします。再び行ってみた場所は、先回とは違い、天国に近いより良い所に移されていることを確認し、自分も絶対善霊になり、天国に行くことができるという新しい希望と願いをもつようになります。
続いて「善と悪」に関する講座があるのですが、李起錫会長が担当されます。この講義は、「絶対的な善とは何であり、悪とは何か」を具体的に正確に説明します。時間がたつほど、悪がどのような過程を経てさらに強くなったのかを聴きます。
原理的に見れば、創造本然の世界では、悪というものは全くその痕跡も見いだすことができませんでした。悪は、アダムとエバの堕落以後、派生したものです。しかし、悪自体は、絶対的ではありません。結局、絶対的な善の世界に行くしかないのです。しかし、アダムとエバの堕落以後、悪が形成され、子孫たちに悪なる性稟とその罪が遺伝されることにより、時間がたつほど悪がますます大きくなりました。それで、善よりも悪の支配力がだんだんと強くなったのです。
しかし、真の御父母様が地上に顕現されることにより、状況は変わりました。真の御父母様は、悪がこれ以上支配できないよう、勝利の特権を備えられ、神様を中心とする絶対善が中心となり、地上と霊界が動き得る天国環境の基台を築かれたからです。
このような内容の講義をすると、壇上の横の画面に善の世界は何であり、悪の世界が何であり、どのように子孫に罪が相続されるのか、その過程が事実どおりに現れるようになります。すると、このような過程を修練生たちが見ながら、自分を通してどのような罪が子孫に受け継がれ、苦痛を与えたのかを振り返り、悔い改めるようになります。そして、絶対的な善の姿に変化しなければ、天国に入っていけないことを深く悟るようになります。
少しでも罪悪相が自分に残っている限り、神様の前に行けないことを実感するようになり、一生懸命に自分の罪悪相を探し出してぬぐうようになります。そして、再び自分が行くことができる場所に訪ねていくようにします。以前とは変わった場所に行ってみれば、もっと一生懸命に悪を分立するのです。堕落性を脱いで絶対善霊になろうと努力すれば、このような恩賜を下さった神様と真の御父母様に、深く感謝をお捧げするようになります。
次は、復帰原理に関する講義が行われます。この講義は、劉孝元会長が担当します。アダム家庭を中心とする復帰摂理、ノア家庭を中心とする復帰摂理、アブラハム家庭を中心とする復帰摂理、モーセを中心とする復帰摂理、イエス様を中心とする復帰摂理路程などに関して講義を聴くようになります。
復帰摂理の各中心人物たちがどのような失敗によって責任を果たすことができず、摂理が延長したのかを、講義を通して深く理解するようになるのですが、このような状況が事実としてそのまま壇上の横の画面に現れるようになり、霊人たち自身も過去の生活において、このような失敗や過ちを犯していないかを振り返るようになり、反省と悔い改めをしながら自分の罪をぬぐいます。
修練が進むほど、自分の罪をぬぐうほど、天国に行くことができるという希望をもつようになり、より一層一生懸命に修練に臨むようになります。霊人たちは、原理のみ言を聴きながら、そのたびごとに、このようにとてつもない真理のみ言を明らかにされた真の御父母様の限りない恩賜の前に栄光を返し、真の御父母様の偉大性に感服します。
続いて、真の御父母様の路程に関して朴鍾九会長が講義をします。真の御父母様が地上に来られましたが、キリスト教圏が顔を背けるようになり、多くの苦痛と悲しみを経験され、興南収容所で死の境地に追い込まれました。しかし、かえって神様を慰労され、出監後に神様が下さる祝福に感謝し、堂々と歩んでいかれるお姿、数多くの迫害と困難を克服され、むしろ彼らに対する許しを求められながら、一つ一つ蕩減条件を立てていかれるお姿、昼夜の別なく祈祷と涙で天の秘密とサタンの正体を明らかにされ、原理を探し出される場面、神様の国を地上に建設しようと、自ら弟子たちを訪ねてみ言を伝えられる場面、歴史的な聖婚式の場面、現在の成約時代の摂理歴史を進められる段階的な場面が現れるようになります。
これを通して霊人の修練生たちは、神様が地上に真の御父母様を送ってくださり、地上天国をつくろうとされる深い恩賜と愛の前に、感謝とともにこのような神様の心情を知らなかったことを深く悔い改めるようになります。
続いて、終末論、復活論、予定論、キリスト論に関する原理講義が行われます。これに関する講義は、地上で牧会をしたり、原理講師として活動して霊界に来た方々を呼んで、特別に講師のための教育をしたのちに、その方たちが講義を担当するようになります。
このように原理講義を聴き、画面を通して当時の状況を直接見ながら、生き生きとそれを感じるようになり、これを契機として、自分の罪悪相を振り返り、悔い改めながら罪をぬぐうようになり、自分がどれほど変わったのかを確認しながら絶対的な善の基準を求め、天国に行けるという希望を得るようになる教育課程を反復するようになります。霊人たちに対するこのような教育は、とても効果的で良いのです。
霊人たちは、このように霊界の修練所での修練課程を終え、祝福を受けるときには、原罪以外の他のすべての罪を清算した状態で地上に来るようになります。その後、挙行される祝福式に参加して聖酒式をすることにより、原罪が清算されるので、絶対的な善霊に変わるようになります。
先祖解怨式を経て霊界修練所で教育を受け、祝福を受けて絶対善霊になることは、神様と真の御父母様を中心とした善の血統に復帰されることを意味します。このような絶対善霊たちは、ちりほどにも罪がない状態です。それで、サタンと悪霊人たちが接近することができず、サタンが自分の主管圏内に再び連れていくこともできません。
このような絶対善霊たちを見れば、本当に光り輝き、美しいのです。香りが漂い、愛らしいのです。ですから、絶対善霊たちは、のちに真の御父母様が天国の門を開かれるとき、一緒に従って入っていくことができるようになります。
絶対善霊たちは、地上で祝福を受け、再び霊界の修練所で四十日間、真の家庭教育を受けるようになります。この時、祝福家庭に関する講義は、申鎬澈講師が担当します。修練生たちは、真の御父母様を通して祝福を受けた価値がどれほど重要なのかを知るようになり、今からは、祝福家庭として神様と真の御父母様に侍り、どのように生活するのかを聴くようになります。
また、自分たちの子孫が地上でどのように生活していて、どのような問題点をもっていて、どのような苦痛の中にいるのかを一つ一つ知らせてあげるようにします。霊界の修練所で真の家庭教育を受ける間に、地上にいる子孫たちの状況と罪悪相に対して、一つ一つ見ることができる機会を与えます。
子孫たちの体の中に入っている悪霊たちの性格がどうであり、これを主管するにはどのようにしなければならないのかなどの、具体的な内容を教育されます。子孫たちの状況を具体的に見れば見るほど、より一層深刻な心をもつようになります。なぜならば、つらく厳しい場所にいた自分たちを解怨し祝福してくれた子孫たちが、かえって悪霊たちの主管を受け、苦痛を受けている姿を見ながら、子孫たちが過ちを犯すのではないかと心配するからです。
また、真の家庭修練を受ける間、先祖たちは、真の御父母様が人類の罪を蕩減するためにどれほどつらく厳しい苦労の路程を歩んでこられたのかを実感として知るようになります。真の御父母様を中心とする摂理の時に合わせて責任を果たすということが、どれほど重要かを学ぶのです。
それで、統班撃破や氏族的メシヤの使命完遂と神様の祖国光復のために何をし、天一国安着のために何をしなければならないのかという、具体的な絶対善霊の責任に関する教育を受けるようになります。そして、地上天国を建設するために子孫たちの罪をどのように脱がせてあげ、どのように世の中を変化させていくのかを教育されます。
このように、再臨した絶対善霊たちは、子孫たちが悪霊に心と体を主管されている状況から抜け出し、地上生活を天運と共に歩み、み旨にかなう理想家庭になれるように協肋しています。さらには、統一家全体と人類と神様の前に公認される子孫になるよう導いています。
また、創造理想を中心として、神様と真の御父母様のみ旨を受け継ぎ、神様の四大心情圏と三大王権的伝統を確立し、神様と真の御父母様を中心として、地上・天上天国建設の基本となる永遠の真の愛の夫婦として、真の家庭を成そうとしています。
絶対善霊たちは、天使たちとともに、悪霊から苦痛を受けている状況から抜け出し、祝福家庭が悪霊を分立することができるように協肋しているのです。
先祖たちは、子孫に再臨したのちに、霊界の修練所で子孫たちを見た状況そのままに生活していることに対して、より深刻な心をもつようになり、子孫たちの罪と堕落性を脱がせようと努力し、サタンと悪霊たちが最後の発悪をする今の時代において、子孫たちがもしや過ちを犯すのではないかと必死に協肋しているのです。
先祖から受け継がれてきた罪悪相を清算することと、子孫の当代で解決しなければならないことなどに対して、責任完遂するために、先祖たちは、霊界修練所を通して学んだことを地上の子孫たちと共に成そうとする心がとても懇切なのです。
しかし、先祖たちは、実質的な体がないので、地上の祝福家庭が先祖たちの体となって実践生活をすることにより、地上天国を成し遂げられるようにしなければなりません。
真の御父母様の大いなる恩恵と愛により、新しい時代を開いてくださったので、今からは、地上の祝福家庭が絶対的な善霊と共に、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で真の御父母様と一つになっていきさえすればよい時代になりました。
4 「神様王権即位式」以後の変化
真の御父母様は、地上に来られてから今まで、蕩減の路程を越えて勝利的基準を備え、神様を解放してさしあげ、「神様王権即位式」を通して神様をお迎えするというこの上ない孝心を見せてくださいました。
サタンは、アダムとエバが堕落した以降、すべての世界を自分のものにしようと霊界に多くの障壁をつくっておきました。それで、お互いに往来できないように封鎖したのです。しかし、真の御父母様が蕩減の条件を立てて勝利され、宣布式と大会を通してこのような障壁を突き破って開いてくださいました。
真の御父母様は、神様の心情を御存じで、罪悪の世界がどれほど苦痛の世界なのかをよく御存じなので、悪の世界を清算され、神様をお迎えし得る天国の環境を立てる路程を歩んでこられました。今まで堕落世界では、悪が発展する時代でした。したがって、悪なる人がより豊かに暮らし、何であっても強い人がより豊かに暮らすことができる時でした。
しかし、「神様王権即位式」とともに、絶対的な善霊が役事する時代に入ってからは、絶対的な善が発展する時代になったので、今からは、絶対的な善を中心として原理的な生活をする者が豊かに暮らせる時です。神様は、子女である私たちが疾病と苦痛と不幸、そして罪悪から解放されるように直接役事する、とおっしゃいました。
今まで、霊的に見ると、地上のすべての罪悪によって暗黒の世界に見えました。ところが、「神様王権即位式」をしたのちには、神様は完全に解放された本体でいらっしゃるので、霊界と地上全体を縦横に照らされながら、直接的な役事をされるようになりました。
アダムとエバが堕落して以後、神様が造られた子女である人間たちは、罪悪の中で苦痛を受けて拘束され、霊界の各階層は高い障壁で囲まれているので、神様との関係を結ぶことができないように断絶されていました。
このようなすべての壁が、真の御父母様の勝利された特権により、段階的に崩されていきました。こうして、霊人たちや地上人たちの胸の中に神様と相対基準を造成することができる本心が生き返り、自分自身を悔い改めて罪を脱ぐ役事が起き始めました。「神様王権即位式」は、正に神様の愛の光が全天宙を直接的に照らし始めたことを意味するのです。
真の御父母様は、「神様王権即位式」とともに入籍祝福式と解放的天上天下に統一的家庭安着、地上再臨から兄弟の因縁を中心として、千年、万年不変の孝子の家庭として、天地に勝利を定着させ、永遠の天上世界に直行し得る祝福の時代に進んでいくようになると語られました。
ですから、今からは、世界的な兄弟時代になります。国境を越えて、人類全体が一つの兄弟姉妹として進んでいかなければならない平和の時代です。それゆえに、祝福を受けた中心家庭は、神様の王権と神様の国と神様の家庭を守らなければならない責任があり、天一国を安着させてさしあげようという覚悟と決意をもっていかなければならない時です。
真の御父母様は、このすべてのことが成就されるように、小子を中心とする聖人、賢哲、すべてが一つの教派を中心として分別的な立場で組織を編成し、地上と天上でこの一つの方向に進み、真の御父母様の教えである家庭的理想に帰結させ、一つになって前進することを願われました。
「神様王権即位式」を挙行されたのちに、神様は、全体、全般、全権、全能の実体的な力を発揮することができるようになりました。世の中の組織や様々な国の組織が、神様の主管下で平定される時代になりました。サタン世界は、完全に天の権限の前にひざまずくようになり、神様の全権時代、全能時代が実質的に開かれるようになったことを意味します。
「神様王権即位式」により、今からは、地上にも霊界にも、宗教圏や国家基準がなくなります。神様の王権の中には、世の中のいかなる主権もあり得ず、特定の宗教だけを主張することもできません。神様王権の絶対的な対象であられる真の御父母様によって、その権限と意味を見いだすことができるのです。そうでない世の中の主権や宗教圏は、真の御父母様を通して神様の前に出ていけなければ、だんだんと崩れていったり、弱くなっていくようになります。
今からは、今までの蕩減時代が過ぎていき、直接的な法的管理時代に入っていくのです。これからは、過ちを犯せば許しがない時代です。法に引っ掛かれば、即決処分する時が来ています。このように、天法に引っ掛からず、天国人になるためには、純潔血統を守り、心情を蹂躙せず、公金を略取してはならず、ただ真の愛によって「ため」に生きる生活をしなければなりません。
神様と真の御父母様の前に絶対的な対象として立つためには、自分の霊人体の中にいる悪霊たちをすべて分立し、絶対的な善なる人間に生まれ変わると同時に、地上で真の御父母様に侍ることができる絶対的な対象として立たなければなりません。
悪の世界を創造本然の善の世界にするためには、神様の全知全能性と生きていらっしゃることを現さなければならなかったのですが、今真の御父母様が王権即位式をしてくださることにより、神様が直接現れ得る時を迎えるようになりました。このような日が来ることを、神様がどれほどお待ちになったか分かりません。
このような時に私たちは、神様が生きて役事していらっしゃることを悟り、全知全能の能力を受けることができる生活をしなければなりません。絶対信仰、絶対愛、絶対服従の姿で平和と幸福に満ちあふれた天一国を安着させ得る役軍となるよう努力するのです。
尊い真の御父母様!
真に感謝申し上げます。霊人たちの秩序を正しく立てられ、絶対善霊をつくられ、絶対善の血統にしてくださるという驚くべき立場を与えてくださいました。
地上で天一国会員証を作り、会員に加入することができるよう恩賜を下さったように、霊界の祝福家庭である絶対善霊たちにも、天一国会員に加入できる恩賜を施してくだされば有り難く思います。
今までのすべての実績は、真の御父母様が下さった祝福と保護の中で成し遂げられたものです。真の御父母様が「神様王権即位式」を通して神様を慰労される姿を拝見しながら、深い感動が押し寄せてきました。私たちも、真の御父母様の神様に対する孝心と、霊界と肉界全体を愛される心に似るよう努力いたします。
これまでのすべてが真の御父母様の血と汗と涙の結実であることを深く感じるほど、私たちがどのような姿勢でこの道を行かなければならないのかを知るようになりました。真の御父母様が勝利された基台の上に、霊界の悪霊を整理し、善なる天国の世界圈を拡大するために、より一層努力いたします。
霊界の絶対的な善霊と地上の祝福家庭が、平和と喜びにあふれる天一国を安着させるために責任を果たし、清平に真の御父母様をお迎えする王宮を建て、その基台の上に「真の御父母様解放と真の御父母様王権即位式」をしてさしあげます。
今まで蕩減の路程ばかりを歩みながら苦労された真の御父母様を、心置きなくお休みになることができるようにしてさしあげます。地上のすべての祝福家庭と霊界の祝福家庭が一つの心、一つの意志となり、そのようなすべてのみ旨が成就されるよう最善を尽くします。
霊界にいる榮進と喜進、そして惠進、私たち直系の子女と大母様、忠母様、大兄様の直系家族、そして四大聖賢と賢哲たち、絶対善霊、祝福家庭全員が力を合わせて、より一層任された責任を果たしてまいります。
真の御父母様! 私たちを信じてくださり、今からは、ゆっくりと安息してくださいますように! そして、お体をお大事にしてくださいますように!
二〇〇二年一月一日
天宙清平修錬苑にて小子興進がお捧げいたします。
二 興進様から送られてきた霊界メッセージ
慕わしく尊い天地父母様!
喜びと幸福に満ちて生きていける天一国時代を開いてくださり、第四次イスラエル国出発を宣布してくださったことに、心より感謝申し上げます。今や直接神様が天地父母様と共に役事され、主管される天の王権の時代、天権の時代、天運の時代を迎えました。特に「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」は、天上世界である霊界と地上の喜びであり、天地父母様の喜びであると同時に、天宙父母様の勝利的、解放的な喜びでありました。
天地父母様は天道に従い、堕落による障壁を取り払われ、本然の関係を回復すべく摂理の瞬間瞬間ごとに区切りをつけられながら、全人類を自由と平和と幸福の道に導くために一日も休まれませんでした。摂理の宣布のたびに霊界の役割を強調してくださり、第四次イスラエル国出発を宣布された際には、「天総官 文興進必勝」という揮毫を下さり、不足な私を激励してくださった天地父母様に心より感謝申し上げます。
これまで霊界は天地父母様の勝利的基台の上に神様を中心として、たゆみなく発展してきました。最近、天地父母様が展開してこられた摂理的活動に伴う霊界の動向と、五大宗派代表たちの活動内容を中心に御報告申し上げます。
1 摂理的発展に伴う霊界の動向
神様を解放され、人類の救いの道を開くために摂理の峠ごとに宣布をされ、大会を開いてくださった天地父母様に、まず深く感謝申し上げます。
天地父母様は、二〇〇二年に入り「自主国勝利圏」時代を宣布してくださり、霊界と地上全体が一つとなり、天一国定着を中心として協力しなければならないと祝福してくださいました。そして「霊界肉界総統一宣布式」を通して、地上に神様の国である天一国を定着していくために絶対善霊になった先祖たちが再臨し、共に協力していくことができる道を開いてくださいました。
また天地父母様は「天地父母統一安着生活圏」を宣布され、霊界のすべての先祖たちと地上のすべての祝福家庭が、神様と天地父母様に侍って生活する本然の生活圏を備えることができるように祝福してくださいました。天地父母様は、「神様王権即位式」と「六千年役事大解怨」、そして「天地父母統一安着生活圏宣布」とその大会を通して、善主権とその力をさらに強く発展させてこられました。それによって、絶対善が力をもつ時代を迎えるようになりました。すなわち、神様の全知全能性が地上と霊界にすべて現れる時代であり、善が発展し悪が徐々に滅びていくのを目で見ることができる時代が開かれたのです。
「天地父母統一安着生活圏宣布」以後、神様は祝福家庭に光として現れるのではなく、本体と共に直接的な声で呼び掛けていらっしゃいます。このような恩寵の時代に神様が呼び掛けていらっしゃるとき、祝福家庭はみな、「はい!」と大声で答えることができる絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場にあってこそ、天宙・天地父母様が願われるとおりに、喜びと幸福に満ちて生きていけるのです。
「平和統一平定時代」の宣布により、神様が祝福家庭を訪ねられ、直接主管できる生活圏を迎えるようになりました。今や霊界と地上が同等な価値基準を中心として、天地父母様に侍り得るようになったことに感謝申し上げます。霊界でも祝福を受けて絶対善霊になった先祖たちが子孫たちに再臨し、さらにたくさんの協肋ができるようになりました。
特に、天一国三年二月六日には、真のお母様の御還暦と天地父母様の御聖誕日を迎え、「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」と「天宙・天地父母様平和統一祝福家庭王即位式」を挙行するに至りました。
「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」は、神様の王権を中心とした天一国がこの地上に安着して新しい時代が開かれる歴史的な日に、善の先祖が確定される婚姻届を出す式でした。これを通じて初めて天宙・天地父母様が婚姻届を出され、私たち祝福家庭も天地父母様の祝祷を受けることにより、出生届を出すことができたことに心より感謝申し上げます。したがって全祝福家庭は、神様と天地父母様の子女として成長していけるように、より一層努力しなければならないのです。「天地父母様天一国開門祝福聖婚式」は、この地上に神様の王権が天地父母様を通じて、実体的な王権として出発する大転換の感動的な儀式であり、天宙父母様であられる神様と、天地父母様であられる真の御父母様が一つとなられた中で、平和と統一の祝福家庭王として即位される大役事でした。
そのような祝福聖婚式と祝福家庭王即位式が挙行されたことは、新しい天国文化世界創建の出帆式なのです。
そのような基盤の上に、各大陸を代表した八つのプロサッカー・チームが参加した「二〇〇三解文ピースカップ大会」が成功裏に開催されました。ピースカップ大会は、世界人類の和合と調和と統一を促進し、天一国時代において神様の権利を取り戻し、神の国を定着していくための大和合の祭典でした。
本然の世界において、芸術、文化、スポーツなどは霊界の天国の環境に感応して表現されるものであり、地上に天国の環境を造成する媒体なのです。ピースカップ大会はスポーツを通じて、美しい天国における大自然の躍動的な調和と統一の世界を、心と体全体で見て感じることができるようにするためのものであり、天国に現れた調和と統一の世界を地上に連結し、人類和合の場として開催してくださった大会であり、スポーツが本然の価値をもつようになる大転換点となりました。
八月に開催された「世界指導者サミット会議」において、永遠なる平和と真なる世界を成し遂げるためには、何よりも人間の性稟と心性、そして理念の変化がなければならないと語られました。和合と平和のために、すべての国家と宗派が過去の過ちを悔い改め、平和のための新しい決意をしていけるように、霊界からも役事していきます。
また全世界が平和の新しい歴史を出発し、戦争と病気、そして貧困によって引き起こされた苦痛を終息させようと決意するために、国連・超宗教議会の設立を提案されました。
「世界指導者サミット会議」と「ソウル平和宣言」に至るまで、世界平和のために天地父母様が繰り広げられている広大な摂理の内容に歩調を合わせ、霊界においても神の国と世界平和のために和合、統一、精進することを決意し、絶対善霊を教育し、宗教間の和解・一致運動に、より一層投入しています。
2 五大宗派代表の霊界での活動
今、霊界では祝福を受けた五大宗派の代表たちが、絶対善霊たちと共に、まだ霊界で復帰されていない自分の宗派の霊人を訪ねて説得し、天地父母様に接ぎ木をしていくための活動を一生懸命に繰り広げています。各宗派の代表は絶対善霊を連れて、霊人たちの中で宗教を信じてきた霊人たちのところに行き、過去に教えた教理の中から原理と一致する内容を中心に説明しながら、天地父母様を通して原罪と原理観、そして真の愛の思想を伝授する教育と訓練を続けてきました。創造主は神様お一人であられるために、神様を中心とした創造本然の世界をつくっていくためには、最終的にはメシヤであられる天地父母様に接ぎ木されてこそ、この目的を達成できると教育しています。
しかし、五大宗派の代表たちが霊人を教育し、伝道していくことは簡単なことではありません。それはちょうど地上人に心の壁があり、その壁が崩れ心の扉が開いてこそ、お互いの事情が通じて心情が通じるように、霊人たちも表面的には見えませんが、宗派間の心の扉、心の壁をみなもっているので簡単ではないのです。
天地父母様が霊界を解放され、霊界の境界線を撤廃してくださったのは、心の壁を崩していく役事であったので、霊界で働くことがはるかに容易になりました。地上でも一人を伝道するためには、一度話しただけでできるものではありません。関心を注ぎ続けることにより、心の壁が崩れ、心の扉が関いてみ言を受け入れ、信仰生活を決心するようになるのです。同じように、霊人たちの心の壁を崩すためには、地上よりはるかに多くの努力が必要なのです。
それで天地父母様が、国連での境界線撤廃をはじめとして、霊界の境界線を崩す宣布を今まで数回してくださいました。特に二〇〇〇年の秋夕(陰暦八月十五日)を期して、天地父母様が「総解怨式」と「霊界解放式」をしてくださったことにより、霊界の壁が崩されて、霊人たちが互いに往来できる道が開かれ、霊人を伝道できるようになりました。今後も中間霊界の壁と垣根を崩すことができる宣布を持続的にしてくだされば、霊人を伝道するに当たり、より拍車をかけることができるでしょう。
それだけではなく、五大宗派の代表たちが地上と霊界の各宗教人たちにさらなる大きな役事をするためには、超宗教祝福式に参加した平和大使と多くの宗教人に、霊界に関する教育を持続的にしていかなければなりません。そして、宗教間の対話と和合のための超宗教活動を展開していかなければならないのです。
五大宗派の代表たちが地上人にどんなに役事をしようとしても、霊界の内容を地上人がよく感じることができないのは、地上人の霊的五官が閉じていて、体の中に居座っている悪霊たちがとても多いからです。それで、どんなに霊的に見えるようになりたいと思っても難しいのです。したがって霊的五官が開かれるように霊界に対する教育を、清平の役事とともに続けていかなければならないのです。
五大宗派の代表たちは、各宗派が天地父母様を中心として一つになるために、とても熱心に活動しています。そして、天地父母様がすべての宗教を超越し、愛でもって対してくださることに深い尊敬の意を表しています。また、祝福を通した原罪の清算と四位基台の完成など、自分たちの教理では解決できない内容までもすべて整理してくださる天地父母様の大きな恩恵と愛の前に、心より感謝しています。
小子は、天地父母様が、アダム・エバの堕落で汚れたサタンの血統を神様の善の血統に復帰し、堕落性が染みついた肉身を天地父母様の血と汗と涙で清く洗い流し、回心、一体、一念で生きていけるようにするために、天地父母様が地上の人間を祝福してくださり、また数千億人いる霊人たちのうち、千二百億の霊人を祝福してくださったことを私は知りました。また、解怨されて祝福を受け絶対善霊になった先祖たちが、いつしか家庭ごとに七十代に達し、イエス様の時代の七十人門徒のように一つのグループを成し、さらに大きな組織力をもって役事できるようになりました。先祖を解怨させることなしに、祝福家庭が正しく立つことはできません。また先祖を祝福し絶対善霊にすることなしには、天宙・天地父母様に侍る家庭をつくることができないのです。
地上の祝福家庭は、霊界の先祖が協助していることをいつも感じ、共に協力して働くことができるように、常に先祖と相談し報告しながら天地父母様に侍り、天一国の領土と主権を広めるために全力を尽くして進まなければなりません。そして、絶対善霊の力がどれほど大きく貴いのかを深く感じ、先祖解怨と先祖祝福を誰よりも先にして、清平で行われている修練会によく参加し、過去に先祖たちが犯した数多くの罪悪を整理し、私たちの体の中に入り込んでいる堕落性と悪霊を分立するために闘わなければなりません。
3 統班撃破活動の重要性
天地父母様が開いてくださった清平の役事を通じて祝福を受け、絶対善霊になった数が千二百他人になり、今や善の世界が発展しつつあります。以前には絶対善なる霊人がおらず、地上でそのような宣布をして開拓してくれる者がいなかったために、悪がだんだん発展してきたのです。
しかし、今や天地父母様が開拓し宣布してくださり、条件をすべて立てられたので、絶対善霊が増えるとともに、善主権の善霊界が力強く活動を拡大していく時代を迎えています。
今は、夢が現実に成される希望に満ちた時代です。すべての祝福家庭が動けば動くだけ収穫できる時なのです。祝福家庭は、今までもみ旨のために一生懸命やってきましたが、心新たに今の時を正確に認識し、絶対善霊と共に一心、一体、一念となって熱心に伝道すれば、驚くべき役事が展開されることでしょう。人類に対する限りない愛でもって、天地父母様がすべての精誠を尽くされ、霊界と地上で同時に祝福家庭が活動できる基盤を築いてこられたからです。
第一、第二、第三イスラエルの願いであった第四次イスラエル国出発を宣布してくださった驚くべき今の時に、祝福家庭は天一国主人として、統班撃破のために邁進しなければなりません。第四次イスラエル国は、全祝福家庭が第一、第二、第三イスラエルが果たせなかった責任を完遂するために、霊界の積極的な協肋を受け、地上でも統班撃破と伝道活動をしなければなりません。
第四次イスラエル国を宣布してくださることにより、霊界と地上が一つの心、一つの意思で一体となり、第四次イスラエル国をつくり責任を完全に果たすためには、必ず統班撃破をしなければならないのです。統班撃破は、私が主人であるという意識で、緊迫性を深く感じ、限りない真心を込めながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で必ず勝利するという姿勢をもって進んでいかなければなりません。
天地父母様が人類の病気と苦痛と不幸の世界を清算し、愛と秩序と平和と自由の世界を建設するために来られたということを深く自覚しなければなりません。祝福家庭は復帰摂理に対する責任意識をもち、自分の統班で病気や苦痛や不幸などの困難を抱えながら生きている人々を見て胸を痛め、共に解決していこうという責任感を感じなければなりません。それだけではなく、祝福家庭が隣人の苦しみを見たとき、自身の苦しみとして必ず解決しなければという緊迫感を感じてこそ統班撃破が可能なのです。
統班撃破は自分が住んでいる統(町)と班(丁目)に、私が責任をもたなければならないという切実な思いで臨まなければなりません。隣人を伝道し血統を転換すること以上に貴いことはありません。今、祝福家庭が統班撃破のための伝道活動を繰り広げれば、霊界から大きく役事できます。例えば、統班撃破の区域の人々の中にキリスト教、儒教、仏教、イスラム教、ヒンズー教など各宗派の信者がいれば、彼らに霊界の各宗派代表とその宗派の絶対善霊たちが強く協肋し、役事することでしょう。
祝福家庭は物質の十分の一条だけでなく、生活的な十分の一条をしなければなりません。したがって、祝福家庭は最小限一日三時間ずつ自分が住んでいる統班を担当し、継続的に「統一原理」を伝え、み言を訓読し、真の愛を教育しなければなりません。世の中の人々を教育し、伝道して「祝福」を受けさせ、彼らの胸中に平和と幸福と喜びが満ちあふれる地上天国と天上天国を建設することが、神様の願われるみ旨です。それが正に真の家庭を成す道です。家庭が正しく、秩序が正しく立ってこそ地上天国が成され、その基盤の上に天上天国が成されるのです。
まず私たちの生活自体が、見本にならなければなりません。そうなれば霊界から協肋するようになるので、統班での訓読家庭教会運動を通した天一国建設が成し遂げられるようになるのです。これが正に第四次イスラエル国を創建することができる道です。
そのような摂理的な流れに沿って、人類始祖の堕落により病気と苦痛の中であえいでいる人類を霊肉共に治療し、喜んで、幸福に生活できるように天宙清平修錬苑と清心病院を開いてくださったことに、いま一度感謝申し上げます。
人間が抱えている病気の九〇パーセントは霊的な原因によるのです。人間の体の中に入っている恨霊と悪霊の役事は、時間がたてばたつほど悪性がさらに強くなり、霊的な病気を起こして苦痛を与え、結局は死に追い込んでしまいます。天地父母様は、清心病院の奉献式のみ言を通して「今や病気と苦痛から人類を救えるようになった」と語られて喜ばれました。
天地父母様のみ言どおりに、天宙清平修錬苑と清心病院を中心として、すべての人類が喜びと幸福に満ちて生きていけるように、絶対善霊と天使の役事による霊分立と、医療の天使である医師天使と看護天使による霊性治療の役事に拍車をかけていきます。祝福家庭は天地父母様に侍りながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で生き、天運を受けることができる立場に立ってこそ、このような役事が可能であるということを忘れずに、いつも天地父母様に孝誠を尽くす生活をしなければなりません。すべての問題を解決できる鍵は、祝福家庭自身がもっているということを知り、一生懸命に動かなければなりません。
尊き天地父母様!
最近の霊界の状況は、天地父母様が語られ、宣布されるすべての内容に従って、霊界でも即時に役事できる時を迎えました。今や摂理が地上と霊界で同時に、火を見るよりも明らかに現れる驚くべき時であることを、私たち祝福家庭ははっきりと知り、全人類に天地父母様を証することにより、全人類が天地父母様に侍って生きていけるようにしなければなりません。
霊界にいる私と兄弟たちは、いつもどのようにすれば子女としての道理をなし、神様と天地父母様を喜ばせてさしあげることができるだろうかと考えながら過ごしています。天地父母様が常に喜ばれるように、これからもより一層努力してまいります。そして天地父母様が地上にいらっしゃる間に成そうとされるすべてのみ旨が成就されるよう、霊界でも全力を尽くします。
祝福家庭は、勝利された天地父母様に侍りつつ、絶対善霊と天使と共に、氏族的メシヤの使命を果たす祝福家庭となることができればと思います。それが正に天地父母様が自ら見せてくださった伝統である絶対信仰、絶対愛、絶対服従の生活であると存じております。
「天宙・天地父母様平和統一祝福家庭王即位式」以後に、天地父母様が天一国の玉璽を押して相続してくださった天宙・天地父母様のみ名とみ言、そして実績の伝授を完全に受け、全体解放、完成するように、絶対善霊を中心とした霊界と地上の祝福家庭が一つとなり、より一層努力してまいります。そうして、全世界の特に摂理の中心国家である韓国、日本、アメリカの統班訓読家庭教会活動を督励し、家庭堂を中心とした新しい摂理と歩調を合わせ、内的な天一国と外的な第四次イスラエル国を絶対、唯一、不変、永遠の主権として建ててまいります。
霊界にいる私と兄弟たち、五大宗派代表と賢哲たち、絶対善霊祝福家庭、天使世界、皆が力を合わせて、清平に本殿聖地を早く完工し、天地父母様に侍って平安にしてさしあげられるように、任された責任をより一生懸命に果たしてまいります。
天地父母様、私どもを信じてくださり、これからはただ栄光だけをお受けくださいませ。ぜひお体が万寿無窮であられますように。
二〇〇三年九月三日
天宙清平修錬苑にて小子(息子)、興進が御報告申し上げます。
2004.8.19