真の御父母様の生涯路程 5
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目次
第一節 一九六八年 全面的な進撃をしよう(一)
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第一節 一九六八年 全面的な進撃をしよう(一)
- 一 一九六八年の出発と摂理的意義(一九六八・一・一、前本部教会)
- 元旦祝祷
- 年頭標語:全面的な進撃をしよう(一)
- 二 「神の日」宣布
- 「神の日」制定(一九六八・一・一・〇三:〇〇、前本部教会)
- 「神の日」宣布後、七ヵ月総整理儀式
- (一九六八・七・三一 〔陰暦七・七・〇七:〇〇〕、前本部教会、在京家庭の集い)
- 三 国際勝共連合創立
- 創立の動機と目的(一九六八・一・一三、創立)
- 金新朝事件とその影響(一九六八・一・二一)
- 全国の勝共活動の実績
- 『新しい共産主義批判』刊行(一九六八・二・二五、執筆:李相軒)
- 日本勝共連合創立(一九六八・四・一)
- 四 第二次七年路程出発(一九六八~一九七四)
- 七年路程終結と有功者二百二名表彰 (一九六八陰暦一・六〔陽暦二・四〕~一・七、真の御父母様の御聖誕日行事中、前本部教会)
- 〈祈祷〉
- 長成期完成級を越える式(一九六八・二・八、前本部教会)
- 祝福家庭が歩まなければならない第二次七年路程
- 民族救援のための路程
- 五 四百三十家庭合同祝福結婚式
- 壇紀四三〇〇年、四百三十六組祝福(一九六八・二・二二、ソウル市民会館)
- 久保木夫婦と笹川氏
- 四百三十家庭蕩減棒行事の際の地区巡回のみ言(一九六八・三・一~二・九)
- 六 三年路程出発と四十日伝道
- 第二次七年路程の前半三年(一九六八~一九七〇)
- 全食口百日特別祈祷(一九六八・五・二〇~八・三〇、題目:死ぬまで力を尽くします)
- 第二次七年路程の最初の夏季四十日伝道(一九六八・七・二〇~八・二八、千八百余名参加)
- 夏季伝道激励のため全国巡回(一九六八・八・五~八・一八)
- 冬季四十日伝道出発(一九六八・一二・二〇)
- 七 協会修練会および主要行事
- 第二十目協会修練会(一九六八・四・五~四・一八、前本部教会、六十七名)
- 第二十一回協会修練会 (一九六八・五・二二~六・四、前本部教会、地域長・区域長級五十名)
- 第四次全国成和学生総会(一九六八・一〇・二三~一〇・二七、前本部教会、二百十名)
- 地区別家庭総会全国巡回(一九六八・一〇・一七~一〇・二五)
- 日本教会代表団訪韓(一九六八・一・二七、六・一四、九・五、一二・一八など)
- 八 超教派運動の強化
- 全国的な教会一致運動
- 「新興宗教研究の集い」での原理宣布 (一九六八・九・九~九・一〇、クリスチャン・アカデミー・ハウス)
第二節 一九六九年 全面的な進撃をしよう(二)
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第二節 一九六九年 全面的な進撃をしよう(二)
- 一 一九六九年の出発と摂理的意義
- 年頭標語:全面的な進撃をしよう(二)(一九六九・一・一、前本部教会)
- 信仰伝統の確立と活動体制
- 二 仙和子供舞踊団日本公演(一九六九・一・四〜二・三、四カ国巡回公演の中で)
- 公演準備と活動指導
- 超満員になった巡回公演(仙台−京都−大阪−東京−名古屋)
- 三 真の御父母様の第二次世界巡回
- (一九六九・二・二〜五・二、二十一カ国、崔元福、劉孝元、久保木随行)
- 巡回出発前の指示事項
- 十カ国四十三家庭祝福結婚式(二・二八、米国ワシントンD・C、十三双/ 三・二八、ドイツ・エッセン、八双/五・一、日本・東京、二十二双)
- 日本の情勢と巡回時の措置事項(一九六九・二・二〜二・五、四・一八〜五・二)
- 世界情勢の変化とみ旨の進路
- イスラエル巡回(一九六九・四・一四〜四・一六)
- 疲労と戦った強行軍の日程
- 四 顯進様誕生の意義
- 顯進様誕生の意義(一九六九・五・二五〔陰暦四・一〇〕、二〇:三三)
- 家庭を中心とした活動時代
- 五 百二十日特別祈祷と全国地区分割
- 摂理機関の活動方向
- 世界食口百二十日特別祈祷(一九六九・六・一〜九・三〇)
- 伝道優勝旗製作と月一人伝道
- 全国九つの地区を三十四に分割(一九六九・七・一)
- 六 夏季四十日伝道と喜進様昇華
- 夏季四十日伝道(一九六九・七・二〇〜八・三一、千五百名参加)
- 喜進様自ら志願された伝道と殉教 (一九六九・八・一 〔陰暦六・一九〕、慶北金泉行き列車、忠北梅浦駅で事故)
- イエス様の生涯と喜進様
- 七月七夕特別記念式(一九六九・八・一九〔陰暦七・七、〇七:○○〕、前本部教会)
- 七 大学の原理研究会を中心とした集中的活動
- 大学生を中心とした活動時代(一九六九・一〇月より)
- 原研活動の社会化方案
- 八 教会および経済の二元化と銃砲事業
- 銃砲事業を中心とした経済基盤復帰(一九六七年から)
- 国家防衛と銃砲事業
- 空気銃販売現況と計画
- 水澤里工場運営と拡張
- 教会と事業組織二元化措置(一九六九・一〇・一六〜二一、全国地区本部巡回)
- 九 日本勝共運動国民大会
- 日本を中心としたアジア勝共運動
- 日本勝共運動国民大会 (一九六九・一〇・七、大手町サンケイ・ホールおよび日比谷公園、五千余名)
- 十 冬季四十日伝道と一九七〇年代の迎え
- 一九六〇年代の基盤と一九七〇年代の課題
- 冬季四十日伝道と勝共啓蒙活動(一九六九・一二・二〇〜一九七〇・一・二八)
第三節 一九七〇年 勝利的統一戦線
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第三節 一九七〇年 勝利的統一戦線
- 一 一九七〇年の出発と摂理的意義(一九七〇・一・一、前本部教会)
- 年頭標語:勝利的統一戦線
- 二 韓日狩猟大会とアジア勝共大会
- 第二回韓日狩猟大会(一九七〇・一・一七、済州島)
- 第一回アジア勝共大会(一九七〇・一・二一、ソウル市民会館、五カ国、六千名参加)
- 三 協会修練会および行事
- 第一回協会幹部修練会(一九七〇・二・一六~二八、水澤里統一産業寄宿舎、七十八名)
- 第二回協会幹部修練会(一九七〇・三・九~二一、水澤里統一産業寄宿舎、六十名)
- 第三回協会幹部修練会(一九七〇・三・二四、水澤里統一産業寄宿舎)
- 祝福候補者特別修練会および婚約式(一九七〇・三~一〇、六回開催)
- 成和学生会第十回修了式(一九七〇・四・八、前本部教会、六~一〇回、四十一名)
- 全国成心会総会(一九七〇・八・二九~三一、水澤里、七十五名)
- 全国成和第十五回特別総会(一九七〇・一二・二〇~二三、前本部教会)
- 四 水澤里統一の園と中央修練所開設 統一の園購入と精誠
- 中央修練所開設と建物新築 (開設:一九七〇・二・一〇、京畿道南播州郡九里邑水澤里山五〇五番地) (A棟竣工:一九七〇・四・一六、B棟竣工:一九七〇・一一・二三)
- 修練会の成果と展望
- 五 超教派運動の新しい局面
- 統一教会、韓国宗教協議会に加入(一九七〇・四・一五)
- 超教派運動と勝共運動
- 第一回教役者招請原理公聴会 (一九七〇・一一・二六~一一一・二八、クリスチャン・アカデミー・ハウス、二十六名)
- 六 六ヵ月特別精誠と夏季四十日伝道
- 六ヵ月特別精誠期間(一九七〇・五・一~一〇・三一)
- 夏季四十日伝道出発(一九七〇・七・二〇~八・二八)
- 七 國進様誕生と聖進様日本留学
- 國進様誕生(一九七〇・七・一七〔陰暦六・一四〕〇五:一一)
- 聖進様日本留学(一九七〇・九・五)
- 八 劉孝元協会長昇華(一九七〇・七・二四〔陰暦六・二一〕)
- 三次の手術と闘病(一九六九・一〇・二六~一九七〇・七・二四、ソウル大学病院)
- み旨から見た次子の犠牲
- 劉協会長の真心とみ旨への貢献
- 九 アジア勝共戦線とワクル(WACL)世界大会
- アジア統一戦線構築
- ワクル(WACL:世界反共連盟)世界大会 (一九七〇・九・二〇、東京・日本武道館、五十七カ国、二万余名)
- 世界的活動時代の切迫
- 十 七百七十七家庭国際合同祝福結婚式 (一九七〇・一〇・二一、ソウル奨忠体育館、十カ国、七百九十一組)
- 世界氏族圏祝福開門家庭
- 経済祝福と世界的活動時代の到来
- 十一 祝福家庭婦人三年総動員(一九七〇・一二・一、百二十箇所、千二百名配置)
- 祝福家庭の家庭的蕩減路程
- イエス様の三年公生涯解怨と国家守護
- 十名単位、百二十組派遣
- 愛国愛族の碁盤と世界進出
第四節 一九七一年 統一基盤確保
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第四節 一九七一年 統一基盤確保
- 一 一九七一年の出発と特別儀式(一九七一・一・一、前本部教会)
- 年頭標語‥統一基盤確保
- 真の御父母様の御家庭奉献式(一九七一・一・一、第四回「神の日」、前本部教会)
- イエス様の御聖誕日、実体聖霊聖婚式(一九七一・一・三、前本部教会)
- 二 敷地および建物購入と一信石材創立
- 経済的基盤と未来の活動基地
- 汝矣島世界宣教本部の敷地購入
- 地方教会聖殿準備補助
- 一信石材工芸株式会社創立(一九七一・二・二六)
- 三 協会職制改編(一九七一・六・一)
- 全国教会の協会直轄制
- 全国巡回師(十六名)制度設置
- 四 「週刊宗教」創刊と統一原理公聴会
- 「週刊宗教」創刊趣旨と目標(一九七一・六・二、文化公報部登録 七・四、創刊)
- 教役者招請原理公聴会
- 教授招請原理公聴会
- 五 清平聖地開拓と清平修練所建設
- 精誠の基盤と敷地購入(一九六九〜一九七一、京畿道加平郡雪岳面松山里)
- 修練所建設作業 (一九七一六・一七、くわ入れ、六・二〇、建設団作業開始、七・二〜七・一二、建物完工)
- 修練所一帯の山と湖(一九七二・七・一〇、山と湖の二十一箇所に新しい名前を命名)
- 清平を中心とした精誠時代
- 六 全国伝道と主要行事
- 全国地区巡回および地方伝道地巡回(一九七一・一月〜七月)
- 夏季四十日伝道出発(一九七一・七・二〇)
- 全国教会員修練会(一回:一九七一・八・一二〜一八、二回:八・二六〜九・一、清平修練所)
- 既成家庭祝福式(一九七一・九・一二、中央修練所、七十二組)
- 全国成和第十六回特別総会(一九七一・一〇・八〜一〇・一〇、中央修練所、百四十三名)
- 七 真の御父母様の第三次世界巡回(一)
- (一九七一・一二・五〜一九七二・五・八、十五カ国へ崔元福、金榮輝随行)
- 第三次世界巡回の目的
- 巡回期間中の韓国食口の任務(一九七一・一・五〜二・七、出発前の全国巡回大集会)
- 米国入国までの難関打開(一九七一・一二・五〜一二・一八)
第五節 一九七二年 統一戦線守護(一)
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第五節 一九七二年 統一戦線守護(一)
- 一 一九七二年の出発と摂理的意義
- 年頭標語:統一戦線守護(一)(一九七二・一・一、米国ワシントン教会)
- 米国を中心とした世界的三年路程出発(一九七二〜一九七四)
- 二 真の御父母様の第三次世界巡回(二)
- (一九七一・一二・五〜一九七二・五・八、十五カ国、崔元福、金榮輝随行)
- 米国、英国、ドイツの主要都市講演会(一九七二・二・三〜三・六、米国七大都市、 三・二〇〜三・二二、英国ロンドン、三・二八〜三・三〇、ドイツ・エッセン)
- 世界統一十字軍出帆
- 五カ国機動隊組織 (一九七二年一月〜四月、米国、ドイツ、英国、日本、一九七二・六・一、韓国)
- 韓国機動隊
- 日本、ヨーロッパ食口の米国活動
- 三 南北統一祈願特別儀式−「統一の日」宣布
- (一九七二・八・一五〔陰暦七・七〕、前本部教会)
- 摂理の時と七・四共同声明
- 解放二十七周年と「統一の日」宣布
- 四 統一思想研究院創立(一九七二・八・二〇)
- 統一思想―真の父母思想
- 『統一思想要綱』発刊(一九七三・六・一、執筆:李相軒)
- 五 リトル・エンジェルス世界巡回公演
- 欧米公演(一九七二・一〇・七〜一九七三・二・八、一陣四十名、九十回公演)
- 日本公演(一九七二・一一・九〜一九七三・三・四、二陣三十五名、二百回公演)
- 六 韓国チタニウム工業株式会社引き受け(一九七二・一〇・一九)
- 半分の予算で出発
- トンファチタン引き受け
- 七 真の御父母様の第四次世界巡回
- (一九七二・一一・二一〜一九七三・七・二二、崔元福、金榮輝随行)
- 六ヵ月特別精誠と世界巡回準備(一九七二・五〜一〇)
- 第四次世界巡回の目的
- 日本経由で歴訪
- 第一次「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)(一九七二・二・二三・二六、 ニューヨーク・ウォルドルフ・アストリア・ホテル、八カ国、五十名参席)
- 国際機動隊(IOWC)結成と米国主力活動(一九七三、米国)
- 米国百日修練会開設(一九七三・三・一)
第六節 一九七三年 統一戦線守護(二)
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第六節 一九七三年 統一戦線守護(二)
- 一 一九七三年の出発と摂理的意義
- 年頭標語:統一戦線守護(二)(一九七三・一・一、米国、ベルベディア修練所)
- 二 「世界平和教授アカデミー」創立
- (一九七三・五・六、ソウル・ニュー・コリア・ホテル)
- 創立目的
- 三 真の御父母様米国永住権獲得と「勝祝日」制定(第四次世界巡回中)
- 米国永住権獲得と世界的着陸(一九七三・四・三〇)
- 米国摂理のための内的整備(一九七三・六・三〇)
- 「勝祝日」制定(一九七三・七・一、米国)
- 七・四記念祝祭(一九七三・七・四、南韓入監日および米国独立記念日)
- 第四次世界巡回帰還日程(一九七三・七・七〜七・二二)
- 四 文聖進−金東淑様聖婚式(一九七三・七・一八、日本・東京)
- 子女路程と聖進様聖婚
- 聖進様の蕩減の道とみ旨的な従順
- 五 各級修練会と講義の制度化(一九七三・七・二三、中央修練所、全国教役者集会)
- 七十日公式修練過程
- 四十日修練会
- 教役者の一日八時間講義責任
- 六 一和製薬(株)社屋竣工および移転式
- (一九七三・八・三、京畿道南揚州郡九里邑水澤里)
- 一和創業(一九七一・一二・一六・設立)
- 霊肉復帰の宝物である原理と高麗人参
- 七 文氏氏族解放式(一九七三・八・五〔陰暦七・七〕、清平修練所)
- 文氏氏族解放と霊界開門
- 文氏一族登用の時
- 李伯任論山ハルモニの先祖解怨
- 八 米国二十一ヵ都市講演会と主要行事
- 韓国出発の日(一九七三・八・七)
- 米国三年路程と主要都市講演会
- 米国二十一ヵ都市講演会
- (一九七三・一〇・一〜一九七四・一・二九、主題:キリスト教の危機と新しい希望)
- 真の御子女様たちの米国移民(一九七三・一二・一八、譽進様、孝進様、仁進様、興進様、 恩進様、顯進様、國進様、七兄弟姉妹)
- リトル・エンジェルス国連特別招請公演(一九七三・一二・二七、ニューヨーク、国連議事堂)
- 九 日本主要行事と活動
- 国際勝共連合在日本部崔容碩(崔昌林)会長派遣(一九七三・五・一)
- 東大大学院生たちのサンフランシスコ教育(一九七三・七・二〇から四十日間、百二十名)
- 第二次科学の統一に関する国際会議 (一九七三・一一・一八〜二一、日本・東京帝国ホテル、十八カ国六十余名)
- 韓、中(台)、日国会議員勝共セミナー(一九七三・一二・二五・三〇、日本・東京)
第七節 一九七四年 統一戦線守護(三)
- 真の御父母様の生涯路程 5
- 第七節 一九七四年 統一戦線守護(三)
- 一 一九七四年の出発と摂理的意義
- 年頭標語:統一戦線守護(三)(一九七四・一・一、米国、ベルベディア修練所)
- 世界教会体制制度化(一九七四・四・三〇)
- 二 ウオーターゲート宣言とニクソン大統領との要談
- ウォーターゲート宣言とニクソン大統領赦免運動(一九七三・一一・三〇)
- ニクソン大統領との要談(一九七四・二・一、米国、ホワイトハウス)
- 米国食口六百名三日断食(一九七四・七・二二〜二四、ワシントンD・C米国国会議事堂階段)
- ニクソン大統領の退陣
- 三 米国三十二ヵ都市講演会と特別儀式
- 霊界の教祖解放と地上再臨(一九七四・二・一一)
- 米国三十二ヵ都市講演会(一九七四・二・一五〜四・二〇、主題:キリスト教の新しい未来)
- 「勝恨式」(一九七四・五・一、協会創立二十周年、前本部教会)
- 四 米国の敷地購入と海洋産業開拓
- 米国ベリータウン神学大学購入(一九七四・四・三〇)
- 海釣りと海洋産業開拓(一九七四、夏)
- 五 全国教会Aタイプ聖殿建立(一九七四・六・一〇、新灘津教会から全国百八十八棟)
- 聖殿建立の必要性
- 聖殿の形と建立基準
- 聖殿建立と予算支援
- 六 マディソン・スクエア・ガーデン大会と七ヵ都市講演会
- 大会人員動員活動
- マディソン・スクエア・ガーデン「希望の日」大講演会 (一九七四・九・一八、三万名以上、主題:キリスト教の新しい未来)
- マディソン・スクエア・ガーデン大会の意義
- マディソン・スクエア・ガーデン大会後の七ヵ都市講演会 (一九七四・九・二七〜一二・二三)
- 言論機関および大学設立の至急性
- 七 主要国際行事と講演
- 「希望の日」日本晩餐会(一九七四・五・七、東京、帝国ホテル、千七百名)
- 〈主題:「ため」に存在する世界〉
- 米国国会議事堂招請講演(一九七四・一〇・八)
- 〈主題:神様の摂理の中にある米国〉
- 第三次「科学の統一に関する国際会議」(一九七四・二・二一〜二四、英国ロンドン、 ローヤル・ランカスター・ホテル、二十七カ国、百二十八名、主題:科学と絶対価値)
- 八 第二次七年路程の勝利基盤
- 韓国とアジアでの影響
- 米国を中心とした世界的三年路程
第一節 一九六八年 全面的な進撃をしよう(一)
真の御父母様の生涯路程 5
第一節 一九六八年 全面的な進撃をしよう(一)
一 一九六八年の出発と摂理的意義(一九六八・一・一、前本部教会)
元旦祝祷
お父様、長い歴史路程の上に希望の一年を立てられ、全体の蕩減復帰を勧告され要求されたお父様の摂理のみ旨が、この韓国の地と三千万民族を中心として成されるよう許諾してください。
孤独な姿を呼び集められ、二十一年の苦難の道に追い込んだお父様であられ、七年路程を中心として最後の勝敗を分ける戦いを準備されるため、お父様の使命と、お父様の役割を完遂されるため、これまで数多くの曲折と事情を残されたことを知っております。
一九六七年を送りながら、お父様の御苦労を再度心で深く考えつつ、お父様、この時間、二十一年路程と七年路程を、過ぎ去った過去の時代を再び回想しながら、一九六八年、第二次七年路程の初年度を迎えるようになりました。
お父様、私たちに向かって歴史的な峠の道をたどってこられたお父様の御苦労の前に、今、私たちが力強い姿をもって新年を迎えることができるよう許諾してくださったことを心より感謝いたします。
お父様、今や新しい七年路程で、民族的な運命の勝敗を決定づけなければなりません。私たちが世界的な使命の基盤を準備しなければなりません。
お父様、この夜明け、今新たに来る一九六八年の新しい朝が始まりましたので、この日より、お父様の願いが解ける喜びを感じることができるよう許諾してください。解怨成就の勝利を誓うことができるこの年となり、七年路程が新たに出発されるよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。
残してくださった勝利の基盤に向かって私たちは希望をもって走っていくことを約束しますゆえ、親しく保護してくださり、受け入れてくださるよう切にお願い申し上げつつ、このすべてのみ言を新年の冒頭に、真の父母のみ名により謹んでお祈り申し上げます。
年頭標語:全面的な進撃をしよう(一)
今年は、平和を先導する全面的な攻勢をかけよう、すなわち「全面的な進撃をしよう」という標語を中心として第二次七年路程を出発しようというのです。
この「全面的前進」という標語のもとで活動するためには、第一に内的整備、第二に目標意識の確立、第三に敗者の結果を体恤しなければなりません。私たちは以上の三つを備え、必ず勝利しなければなりません。
個人の内的整備をするには、個人の信仰を中心として見た時、み言に対して神様の前に認められる私自身とならなければなりません。実体においても神様の前に認められる私自身とならなければならず、心情を中心としても、多くの人の生命に責任を負い、そこから新しい繁殖を起こすことができる能動的な力をもっていなければなりません。
その次に、目標意識がはっきりしていなければなりません。一つのはっきりした目標を中心として進撃しなければなりません。
今年からは、私たちが行くべき分野が変わりました。国家的な使命も果たし、氏族的な使命も果たさなければなりません。このような観点から見たとき、私たちの目標とすべきこととは何でしょうか。大韓民国を復帰することです。現在大韓民国は、共産治下の北朝鮮が南侵の機会をうかがっている状況に置かれています。それゆえ私たちは、内外ですべての情勢に立脚し、神様の願われる摂理と結びつけ、これを蕩減し、そこで勝利の基準を立てなければなりません。
もし私たちが失敗すれば、すなわち目的を達成できない時は、敗者の悲しみを免れることができないということを知らなければなりません。
今、一九六八年を中心とした統一教会の標語は、「全面的な前進」あるいは「全面的な進撃の年」です。進撃という言葉は、実感の出る単語です。戦争する気分になるようにさせる言葉です。進撃するところには勝利か敗北か、二つに一つだけがあるのです。それゆえ皆さんは、勝利するか敗北するかの結果をおいて堪え忍ばなければなりません。
今後、統一教会の私たちがすべき分野は相当にたくさんあります。超教派運動から反共講義、原理研究会活動、そして経済事業と文化事業に至るまで多様です。個別的な指示はあとから別にしますが、これらを中心として全面的な進撃活動を展開しようとすれば、覚悟をしっかりとしなければなりません。一九六八年を神様が喜ばれる勝利の年にしなければなりません。
二 「神の日」宣布
「神の日」制定(一九六八・一・一・〇三:〇〇、前本部教会)
「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」はあるのですが、まだ「神の日」がありません。神様は天地を創造されたのですが、その天地の中に、神様を中心として喜ぶことのできる日は迎えることができませんでした。それで、今年の正月一日であるきょうを「神の日」として設定しようというのです。
「神の日」とは何か分かりますか。この世の何が反対し、何がどうしようとも、お母様の夫に対する心は変わらないというのです。死のうが、生きようが、夫の行く道を行こうということに変わりはないというのです。どんなに国が反対し、どんなに殺されるような目に遭ったとしてもそれを覚悟して行かなくてはならないのです。エバが信じることができない立場で堕落したので、お母様は神様が信じることができる立場に立たなければならず、同時に、夫が一〇〇パーセント信じることのできる立場に立たなければならないのです。
それが一九六八年です。男性の蕩減復帰の基準と女性の蕩減復帰の基準を家庭を中心として立てたのです。エバが長成期完成級で堕落したのを復帰するための七年過程を経て八年目を迎える時、完成級の夫婦の資格を備えた夫婦がこの地上に現れることができたのです。
本来完成したアダムとエバが愛を中心として因縁を結んでいれば「神の日」は始まっていたはずなのです。それが始まるべきであったその基準を、七年が終わり「神の日」を宣布することによって初めて、完成基準の父母の因縁を中心として、神様の愛と一致することができたのです。
完成級において神様に会うのは直接主管圏ですが、結果主管圏の三段階を経て、十数の段階を越える時、神様と愛を中心として連結されるようになるのです。その日を探し求めて七年の期間が消耗されたのです。一九六〇年の御父母様の聖婚式以後、子女たちを率いて日々を送り、満七年となり、八年の最初の日となる一九六八年の正月一日に、初めて「神の日」を策定したので、そこから統一教会の文先生は世界的に伸びていくことができるのです。
一九六八年一月一日は、神様が地上において創造理想を中心として願われていた日です。すなわち、神様を中心としてアダムとエバが一つの体となり、愛を中心として初めて神様が地上に着陸できる、歴史始まって以来初めての喜ばしい日です。
「神の日」の決定と同時に、地上に神様が臨在できる基準を立てることができました。したがって、今や統一教会の発展は地上において急速に促進されることでしょう。そのような基準を成したので、統一教会は真理を中心として霊界解放とともに地上解放、そして地獄を解放するものとして発展していくのです。なぜなら、「神の日」を迎えたその時より地獄が壊滅され、サタンも滅亡するよりほかにない立場に至るためです。それで「神の日」の決定と同時に先生の使命は完成したのです。
「神の日」を決定することによって、今やサタン世界が天の国の王権、父母の王権、子女の王権、万物の王権の支配下に入ってきたのです。もはや自分の思いどおりにはならないのです。「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を備えたので、先生に属するすべてのものを、サタンは略奪していくことができないというのです。なぜでしょうか。真の父母圏、真の子女圏、真の万物圏に属していて、神様に属しているためです。これは型は小さいですが、サタンが手を出すことができないのです。
今や「神の日」が始まることによって、神様を中心として皆さんの第一次七年路程と先生の二十一年路程(一九四五~一九六七年)を越え、今や第二次七年路程に入りました。その後の世界においては天の家庭を中心として神様が直接的に指揮できる時代になるということを皆さんは知らなければなりません。これを連結させて氏族を立てたのは民族を救うためであり、これが神様の使命なのです。それゆえ今、私たちに残された使命は民族を中心として復帰の使命を完結していけばよいのです。
「神の日」宣布後、七ヵ月総整理儀式
(一九六八・七・三一 〔陰暦七・七・〇七:〇〇〕、前本部教会、在京家庭の集い)
神様は六数である六日目に人を創造されました。七数は安息数ですが、人間が堕落したためこの七数を失ってしまいました。それで今日、この地上の人々は安息することができないのです。神様は七数を失ってしまったので、一日を千年に延長し、六千年の歴史を通して六数を探し立て、七千年の歴史で安息数である七数を復帰してくるのです。そのようにして復帰してくるのがキリスト教の望みの天国です。千年天国です。人間が六千年で六数を復帰し、七千年で七数を復帰して完成し、再出発する八数を再び探していくのが復帰の歴史です。
人間の堕落により六日の創造期間、すなわち第一日目から六日目までに創造したすべてのものを失ってしまいました。人間のせいですべてを失ってしまったというのです。神様はこれを再び取り戻すために六千年の歴史を摂理してこられたのです。この六千年を中心として七千年歴史へと越えていくのです。キリスト教では千年王国を主張していますが、一日が千年になり得るのです。千年王国というのは世界的な復活圏のことをいうのです。このような歴史を経たのち、安息圏を得て、初めて神様を迎えて息子と娘であるという公認を受けなければなりません。言い換えれば、神様の喜びに同参できる安息をもつということです。
今は、父母として権限を備え、子女として権限を備え、また万物として権限を備え、神様として権限を備えたのでサタンの攻勢を止めなければなりません。これまでは私たちがサタンに追われてきましたが、今や、逆に攻勢をかけることができる時が来ました。それゆえに「全面的な進撃をしよう」という標語を立てることができるのです。
今年の七月は七数を越えていく月です。すなわち、アダムとエバが創造され七数過程を経なければならなかったのと同様に、七数の過程を越えていく月です。神様を中心として見る時、アダムとエバは子女の立場であり、神様は父の立場です。先生を中心として見る時、先生は父母の立場であり、皆さんは子女の立場です。一月から七月までの七ヵ月間は七年路程に該当する七千年の運勢を復帰する期間です。この期間を越えれば新しい時代が展開されます。それゆえ、この期間中に四十日夏季伝道期間を過ごすことは天的な意義があるのです。
長成期完成級までは、アダムとエバが子女として歩んでいく道です。完成期まで上がっていってこそ父母になるのです。では、皆さんは今どのような立場にいますか。皆さんの今の立場は、イエス様がユダヤ教とイスラエル民族を中心として新たな出発をしようとする立場と同じです。またこの立場はユダヤ教がイエス様を信奉し、氏族と民族が一致して出発しなければならない立場と同じです。この立場は子女の使命を果たし、堕落したアダム家庭を復帰した形態の立場と同じです。ここから七年を経ていかなければなりません。出発当時は子女の基準ですが、この過程を経れば父母になるのです。
三 国際勝共連合創立
真のお父様の指示により、一九六五年十一月十日、江原道で統一教会員を中心に反共啓蒙団が発足し活動したのを始まりとして、全国八つの道でも本啓蒙団が創立された。当時、反共啓蒙団の講師はほとんどが現の牧会者たちであった。その後、一九六八年一月十三日、各道の反共啓蒙団を統合し、文化公報部第一六四号に登録されると同時に、国際勝共連合を創立するようになった。
創立の動機と目的(一九六八・一・一三、創立)
レバレンド・ムーンはなぜ今日この勝共連合をつくったのでしょうか。このような団体をつくり、権力構造の、ある象徴の一つの目標となるためにつくったのではないというのです。終局の目的において、韓国に必要な、世界の前に出せる実績基盤に連結できる思想をもった団体がなければならないと見たゆえにつくったのです。
私たちの歴史は結局どこに行かなければならないのですか。思想戦の関門を通らなくてはなりません。私はそれを知っているのです。皆さん、そのことを知らなければなりません。いかなる主義をもったと誇っている国であっても、民主主義を追求している米国であっても、今後思想戦の関門において落後した立場に立つようになる時には流れていってしまうのです。
先生はそのような面で徹底的な人です。今後迫りくる世界の思想戦において、誰が主役となるのでしょうか。深刻な問題です。今日、自分の生活を第一とし、自分一人の幸福を追求する人はそのようなことは考えないことでしょう。しかし、国家が必ずや行かなければならない道は、今後迎えるものは思想戦です。思想戦にぶつかるというのです。この事実を大韓民国の為政者たちが知らずにいるのです。大韓民国が知らずにいるというのです。
先生は特別な天の恵沢を受けた人です。それゆえ、少年時代から青年時代、花の青春を誇り得るその時代をすべて流してしまい、人が遊ぶ所を訪ねていけば、私はその反対の道を行ったのです、すべてにおいて。「お前たちはそのような道を行くが、私は思想圏を突破するこの道を行かなくてはならない」と、そのようにしてきたのです。
それゆえ、皆さんが知らなければならないのは思想戦において残らなければならないということです。これが勝共連合の最後の目標だということを皆さんは知らなくてはなりません。
それでは、私たち勝共連合は何をする所でしょうか。文字どおり共産主義をこの地球村から追い出すということよりも、これに勝利し、消化できる運動をする連合体であるというのです。連合というのは組織体を意味します。一人だけでは駄目なのです。
共産主義を防御するためには、私たちもそれ以上の組織的基盤が必要です。個人より連結した関係から家庭を越え、氏族を越え、民族を越え、国家を越えなければなりません。それで五色人種だとか、文化の背景が異なる様々な歴史的背景が問題となるのです。それを克服し、それ以上の目的に向かって一つの連結体を、関係を結んで切ることのできない関係になった上で、世界的な共産主義を、国家理想の上に立っている共産主義を防御しようというのです。
金新朝事件とその影響(一九六八・一・二一)
「金新朝事件」ともいわれる一九六八年一月二十一日の武装共産軍浸透事件を覚えているでしょう。その事件は、韓国がのろしを揚げ、新たに登場できる契機となったのです。金新朝が属していた北韓の百二十四軍のような部隊で、訓練を受ける話を聞いたでしょう。彼らは苛酷な訓練を受けているのです。普通の人ならば倒れて放棄してしまうほどの訓練、死ぬほどの訓練なのですが、漸進的に加重される訓練過程を経ることにより、それよりもっと難しい環境を克服できるのです。
ところで北韓はどうして今、大統領官邸を襲撃したのでしょうか。それが起こったのは一月二十一日です。見てみれば全部数字的に合っているのです。三十一名でしょう? 一月は新しい出発を意味し、二十一日は、三・七、二十一(三×七=二十一)を意味し、三十一名は四散を意味するのです。すべて原理的です。外的な大統領を打ったという事実は、外的にカインがアベルを打ったのと同じだというのです。天の側から見れば、こちらがアベルであちらはカインであり、カインがアベルを打ったことになるのです。しかしながら、時が来たので、打っても殺すことができないのです。この事件により、これを奇禍(注:思いがけない災難)として、韓国では国民が一致団結したのです。カインがいれば何をしなければならないかというと、アベルと一致しなければなりません。
それで、大統領を中心として襲撃したその事実を中心として、サタン世界は、自分たちはうまくやり遂げるといって打ったのに、それがはずれ、自分たちの作戦ミスにより、逆に韓国で全国民が団結したのです。そのように団結して何を求めるようになるのでしょうか。殴られそうになったところで何を求めるようになるのでしょうか。「思想武装をしなければならない。反共思想が必要だ」と言うになったのです。そうして、ぶん殴ることによって飛び出すと思ったものが逆に飛び込んでくるようになったというのです。今はそのような時です。それゆえに私たちの理念が必要だというのです。
全国の勝共活動の実績
近ごろ、既成教会の牧師たちが信徒たちに説教するのに、「統一教会の教理は悪いが統一教会員たちの活動は見習え」と言っているようです。それはなぜそうなのでしょうか。私たちの動きを見ると、既成教会員たちが夢にも思わない活動をしているためです。私たちが地方で活動した功績が面を通じ、郡を通じ、道を通じて中央圏に上がってくるようになるのです。それで農桃園から五・一六民族賞をもらうようになったのです。
最近、私たちの教会には賞をもらう人がとてもたくさんいます。賞状大会を開けば多分数千名は参加することでしょう。この世の人は、統一教会がこのように良くなるだろうとは思わなかったはずです。国を愛することにおいては、どこの誰よりも愛し、共産主義者を捕まえるところにおいても、誰よりも一生懸命捕まえました。
学士出身のうちの若い青年たちは、貧しくてかわいそうな人々のために、村で御飯をもらって食べながら学べなかった人々を教えました。御飯に飢えながらも、み旨を伝えたのです。また、労働をしながら彼らを食べさせてあげたりもしました。これが私たちの歩んできた道であり、また行かなければならない道です。
今は、「統一教会の講師でなければ駄目だ」と言って、車でもって訪ねてきては、互いに競って講師として迎えようとしているのです。彼らは「統一教会は共産党に勝とうと言っているので勝共啓蒙団としなさい」と言って、名前までつけてくれました。イスラエルという名前は誰がつけてくれましたか。天使がつけてくれました。だから、ヤコブが勝利したのと同様に、私たちも実権を伸張していかなければならないのです。共産党をやっつけるのは、私たちでなければならないようになっています。思想的な面で、この統一思想でなければならないようになっているのです。私たちがどんなに足りなく愚かだとしても、千万の群衆を泣かせることができる材料をもっているというのです。
私たち教会には逸話がたくさんあります。以前、うちのある地域長が反共講師として、ある地方に行った時の話です。そこには村の有力者たちが全部集まっていて、警察署長から郡守に至るまで、公務員たちがすべて集まっていました。ところが、反共思想講座に責任をもっている先生が来られると言ったのにその先生は来ないで、見知らぬばさばさ頭の青年がとぼとぼ歩いてくるというのです。初めは講師の使いだろうと思って「あんた、どこから来た? 講師の先生はいつ来られるんだ?」と聞いたというのです。
ですからその講師はとまどうしかありませんでした。「きょう、講師として統一教会の誰それが来ると言ったのにどうなったのか」と尋ねるので、「私がその誰それです」と言ったというのです。そして、ばさばさ頭の青年が講師だとは思いもしなかったその人たちは、ひそひそと話し合ったというのです。自分の息子と同年輩の幼い青年が講師だというので、きまり悪いことこの上なかったことでしょう。
しかし、自分たちが公文で招請したので壇上に立てざるを得ませんでした。それで、約二時間半講演をしたというのです。そうしたところ、彼らの目がひっくり返ったのです。(笑い)反共講師であるうちの地域長たちは全部二十代の青年です。そのような人たちが郡守や警察署長の友達になったのです。統一教会に入り、その年齢でこれくらいであれば出世したことになるでしょう? 先生の話を聞いて、行って滅びたことがありますか。
どんなに理念が良くても、実践した実績がその理念の基準に及ばない時、その理念はいまだその価値を現していないのです。しかし、実績が理念の基準を越える時には、その実績以上に理念の価値が上がっていくというのです。それゆえ私たちは、実績をもって戦わなければなりません。
『新しい共産主義批判』刊行(一九六八・二・二五、執筆:李相軒)
国際勝共連合では、一九六八年二月二十五日、『新しい共産主義批判』の初版を発行した。この本は共産主義の思想を分析、批判して、その代案としての勝共理論を世の中に宣布したものである。この本を執筆した李相軒先生は、真のお父様の指導を受けながら統一原理を基盤に本理論書を体系化させたのであった。
では、『新しい共産主義批判』を一回以上読んだ人は手を挙げてみなさい。
共産党を撃退することができる思想武装は何をもってするのでしょうか。これは統一思想でなければ駄目です。宗教を統一し、思想的な世界を統一するには、この統一教会の理念をもたなくては駄目なのです。統一教会のこの宗教思想を中心として、その思想の根拠のもとに今日の共産党を除去できる思想的な体制をもつことができるので、内外を統合させることができるというのです。内的な基準が宗教であり、外的な基準が共産党です。
理念的な面で、宗教思想を中心として世界的な反共思想を体系的に具備して現れる、そのような新しい宗教人たちがいなくてはならないのですが、それが備わっている所が統一教会です。現在、現実的な立場において、実績を収めてきているものが私たちの反共思想です。
このように国家が要求するすべての内外の面を私たちが既に備え、既に実績の上に乗せた結果となっているがゆえに、いずれにしても国家は私たちのみ旨を支持し、押し進めなければならない状況に置かれているというのです。
私たちがしなければならないことは、私たちの理念を基盤として、三千里半島から共産党を全部追い出すことです。アジアから中共を追い出さなければなりません。さらに進んで共産党の頭であるソ連まで追い出さなければなりません。この戦いで勝利するため、背後勢力をつくることが、統一教会員たちのなさなければならないことです。そうして私たちの理念でまず南北を統一し、その次に中共を統一し、ソ連を統一しなければなりません。
日本勝共連合創立(一九六八・四・一)
一九六五年以後、世界四十ヵ国を私が歴訪しながら、共産主義の体制に対し再検討をしました。共産主義がどれくらい勢力圏を拡大しているのか。その時思ったことは、急がなければならないということでした。
それで一九六七年の正月から、日本に勝共連合を結成するため四十七名の要員を派遣しようとしたのですが、それを情報部が阻みました。情報部の背後には既成教会の要人たちが多いのです。「文なにがしが、統一教会の基盤をもって国家に恥をかかせようとしている」というようなありとあらゆる反対があったため、その仕事が延長されました。
ですから、やむを得ず背後工作をして、一九六八年四月、勝共連合が発足しました。その時、日本の幹部たちを集めて「私たちはこれから日本で、この自由天地において、反共ないし勝共活動をしなければならない」と言ったところ、彼らの中には誰も歓迎する人がいませんでした。「ああ、それは、先生が韓国にいらっしゃって何も知らず、日本の実情を御存じないからです。共産党の足場がどんなであり、どんなに極悪で熾烈な闘争をしているのかということを御存じないから、そのようにおっしゃるのだろう」と言いながら反対したのです。
それで私は、歴史的なすべての内容を中心として説得しました。「このような運命が訪ねてくるのにもかかわらず、皆はこのことをしないつもりか!」と言って、一九六八年四月一日に勝共連合を創立したのです。
その前に何をしたかというと、全部理論武装をさせました。勝共講義ができるように理論武装をさせ、そして街頭に送り出しました。共産党がうようよしている街頭に送り出したのです。それから朝鮮大学に派遣したのです。
大胆な日本女性に思想武装させて、「あなたはこれから三年半の間、死ぬ覚悟で朝鮮大学の前で勝共講義をしなければならない! 銃に打たれて死のうが、トラックにひかれて死のうが、しなければならない。お前の行く道は死が追いかけ回すであろう。間違いなくそうだ。けれども行け!」、このように命令したのです。そのような逸話がたくさんあるのです。
そうすると、朝鮮大学は、日本の外務省を通じて私たちに圧力を加えようとしました。けれども私たちは終始、命を懸けて闘争してきました。そして東京駅や、全国の有名な街頭で、共産党と積極的な闘争を繰り広げてきたのです。
四 第二次七年路程出発(一九六八~一九七四)
七年路程終結と有功者二百二名表彰
(一九六八陰暦一・六〔陽暦二・四〕~一・七、真の御父母様の御聖誕日行事中、前本部教会)
〈祈祷〉
今日、私たちの教会を中心として、私たちは真の父母の因縁を取り戻し、真の子女の因縁を取り戻し、真の万物の所有の権限を取り戻しました。そうして、神様を再び訪ねることができる喜びの日を迎えたという事実を思う時、両手を挙げて感謝し、飛び上がってもまだ限りない喜びを表現できない立場に立っていなければならないことを知りました。
恨み多き四十八年の間、お父様が御苦労の道の中で取るに足りない者を守ってくださいましたことを感謝いたします。今日まで生かしてくださり、この民族の前にあって、哀れな嘲笑の位置において消えることなく、もう一度、お父様が生きていらっしゃる事実を証すことができる位置に残してくださった恩賜を思う時、心より感謝いたします。
これらすべてのものはみな、お父様が制定された恩賜であって、お父様の涙ぐましい闘争の結果であることを知っています。栄光のこの時間、私自らお父様の前に立つことができない恥ずかしさを感じますがゆえに、その栄光を、独り受けてくださるよう切にお願い申し上げます。師であるとして、心よりお父様の前に訴え、福を願う者たちがいますならば、その福を千万倍にして返してくださるよう切にお願い申し上げます。
お父様が訪ねてこられた路程の前に、私たちは不忠なる自らを感じながら、再度この時間、お父様のみ旨の前に孝道することを誓いましたので、その心を殊勝であると思ってくださり、み旨の前に勝利の標的を立てられ、サタン世界の前に盾の権限を立ててくださるよう、お父様、切にお願い申し上げます。
今日統一の子女たちが、この日を祝うためにここに集まるようにしてくださった恩賜を感謝申し上げます。二月四日(陰暦一・六)を契機として、一九六八年の場に立ちました。この日を中心として七年路程も終わり、二十一年路程も終わって、今、四十八年を越えていくことができるこの場を迎えました。この日を中心としてあすに向かって再度、第二次七年路程を行くべき責任を負った立場において、勝利の決定権を立てられ、お父様の立てたところの栄光と権威を現してくがさるよう切にお願い申し上げます。
長成期完成級を越える式(一九六八・二・八、前本部教会)
一九六〇年から一九六三年までは、外的に家庭と氏族を探し立てる期間でした。それで百二十四組まで祝福を完了したのです。それ以後は、先生の家庭的な基準を立てる期間でした。
一九六八年二月八日を期して、先般の四十日間の活動により先生の家庭は、ある区切りをつけて出発しました。これについては、先生のみ知るものです。
一九六八年以後、父母となる家庭は復帰の基準を越えて立ちました。祝福家庭は長成期完成級から出発します。祝福家庭は、父母様の子供たちのように新しく生まれた立場です。
一九六八年二月八日を期して、家庭を中心として心情的に長成期完成級を越える式をすることにより、エデンの園でアダムとエバが堕落する前の立場に入っていきました。
アブラハムがイサクを神様に祭物として捧げようとモリヤの地に連れていく時、イサクが従順に従っていったように、皆さんも従順に服従して先生に従ってきさえすればよいのです。先生の家庭を中心として精誠を尽くさなければなりません。祝福家庭が四位基台を成し、先生と一つにならなければなりません。
祝福家庭が歩まなければならない第二次七年路程
私たち統一教会は、一九六〇年から一九六七年までを第一次七年路程として定め、失われた日々を復帰しました。一九六〇年に「父母の日」と「子女の日」を探し立て、一九六三年に「万物の日」を探し立てたのです。この七年路程が終わり、一九六八年一月一日に初めて、神様の安息の年を迎え、「神の日」を宣布するようになったのです。この時までが第一次七年路程であり、父母の路程でした。
そして一九六八年より第二次七年路程が始まったのですが、その時から子女の路程が始まったのです。子女は父母が歩んだ路程を手本にして歩まなければなりません。失われた信仰の子女を復帰して父母の祝福を受けなければならず、万物の祝福まで受けて使命を受け継ぎ、安息の年を迎えなければなりません。もしこれを、この七年間にできなければ、二十一年に延長されるということを肝に銘じなければなりません。
第二次七年路程において知らなければならないことは、「神の日」は、真の御父母様が神様の実体として現れる日であるので、人間に屈服しなかったサタンが神様の実体を身につけられた御父母様に屈服する日だということです。この「神の日」を立てることによって、天使がアダムに屈服し、カインがアベルに屈服したという条件が立てられました。
第二次七年路程は、復帰された長子の立場から出発する期間です。過去においては、次子の立場から長子の立場を奪わなければならなかったので迫害を受けたのですが、今は、長子の立場から福を分けてあげる立場となったので、私たちを憎むこともなく迫害することもないでしょう。そのような時となりました。これからは、応じなかったら殴ってでも天の子女に復帰しなければならない使命が長子にあることを肝に銘じなければなりません。第一次七年路程においては、父母様がメシヤの使命をもって役事されたように、第二次七年路程では、皆さんが氏族復帰のためのメシヤの使命を果たさなくてはなりません。
皆さんが祝福を受ければ、家庭を成し、氏族を成さなければなりません。民族を救うことよりも、自分の氏族を中心として氏族的なメシヤの使命を担って行かなければならないのです。第一次七年路程で国家的な基盤を築いたのち、第二次七年路程では氏族的なメシヤの基盤を築くのです。
神様の前に祝福を受けて真の父母の因縁を備えたならば、氏族的な先祖の立場を蕩減復帰すべき使命が残っているのです。そうして氏族的なメシヤの使命を完結づけるため、再度、第二次七年路程を行こうというのです。第二次七年路程において、民族のために忠誠を尽くしたそれ以上の忠誠をもって、自分の父母や兄弟、親戚をすべて復帰しなければなりません。すなわち、氏族全体を神様の前に復帰しなくてはならないというのです。
民族救援のための路程
第二次七年路程とは何でしょうか。これまでは食口同士で出掛けていったのですが、今は家庭が伝道するのです。天国は、家庭が糾合し一つになってこそ成されるものではないですか。それゆえ、法度により、イエス様の恨を解いた理想的な家庭基準を決定づけ、必ずや家庭においてこれを編成しておかなくてはなりません。そうなってこそ、イエス様がこの地上において、十二部族の結実体として登場できる基準が立つというのです。こうして氏族的メシヤの使命をなすことによって、今後の世界は自動的に発展するというのです。
メシヤがいてこそ、家庭、氏族、民族、国家、世界が救われるようになるのです。イエス様が個人的なメシヤから家庭的なメシヤとならなければならないというのが再臨思想です。そして第二次七年路程は、イエス様がなし得なかった氏族的なメシヤの使命と、民族的なメシヤの使命を代行する期間です。
摂理は世界的に発展していきます。ユダヤ教、ユダヤ国とローマ帝国は、イエス様を中心として四位基台をつくらなければなりませんでした。現在と二千年前のイエス様当時を比較してみると、再臨主はイエス様の立場、キリスト教はユダヤ教の立場、韓国はユダヤ国の立場、民主世界はローマ帝国の立場と同じです。それゆえに再臨主を中心として、これらもまた四位基台を造成しなければなりません。
イエス様は霊的救いだけを成しましたが、統一教会は、霊的救いと肉的救いをすべて成すための教団です。今の時は、ヤコブが二十一年路程を終えて帰ってきて、兄さんであるエサウに財物を捧げた時と同じです。したがって統一教会は、兄さん教団である既成教会のために超教派運動を始めました。また、民主世界を団結させるため、勝共運動もしています。
統一教会員は、国を愛し、民族を愛する人となり、歴史的な忠臣の後継者となり、歴史的な孝子の後継者とならなければなりません。さらには、世界に責任をもつことができる人々とならなければなりません。そうして統一教会は、宗教中の宗教、生きている宗教、社会が必要とする宗教にならなければなりません。先生が追い出された群れたち、天が立てられなかった者たちを探して、彼らを救ってあげるために行く路程が第二次七年路程です。イエス様が追い出されない立場で復帰したのと同じ基準を立てるため、統一教会の息子、娘たちは出動し、第二次七年路程を歩むのです。
五 四百三十家庭合同祝福結婚式
一九六八年二月二十二日午後二時、真の御父母様の主礼で、ソウル市民会館で四百二十六双の合同結婚式が行われた。三千余名の家族と来賓たちでいっぱいになった中で挙行されたこの日の祝福式は、初めて日本人が参加し、国際合同祝福結婚式の最初の契機にもなった。式後、新郎新婦たちは、二十五台の観光バスと数十台の乗用車に分乗し、カーパレードを繰り広げ、夜には祝賀公演を観覧した。韓国のマスコミや新聞は、この合同結婚式について特筆大書し、いわゆる「マンモス結婚式」という名前をつけた。
壇紀四三〇〇年、四百三十六組祝福(一九六八・二・二二、ソウル市民会館)
四百三十家庭とは何かというと、四千三百年の歴史とぴったり当てはまるのです。イスラエルは、四百三十年目にして、四代を中心として出てきたのです。それと同じように、四千三百年目にして、四十三数の地上基盤を経て出発することができる新しい全体を代表した、国家と民族を天のみ旨の前に立てることができる基盤を広めるための代表家庭が四百三十家庭です。
この四十三数において、四と三を合わせると七数になり、これを掛ければ十二数になるのです。このような原則を通じて、四百三十家庭を韓国で祝福したのです。こうして、エジプトから四百三十年ぶりにイスラエルの解放が起こり移動が起きたのと同じように、統一教会でも移動が始まったのです。そのため、全羅道の人は江原道に行き、江原道の人は全羅道に行くというように、みな混ざって大移動が始まったのです。
イスラエル民族はカナン復帰のため、四百三十年ぶりに出エジプトを果たしたでしょう? そうして新しい世界に出発したのです。それはエデン復帰と同じなのです。新しい、理想の本郷の地に向かって帰っていくのです。それと同じように、四数と三数が延長されるのです。それゆえ延長されたこのような数を中心として、韓国でも四千三百年目にして、そのようなことが起きるのです。
その時は民族的な時代であり、今は世界的な時代であるので、韓国において四千三百年ぶりにそのようなエデン復帰をするのです。言い換えれば、本郷の世界天国に向かって帰っていかなければならないというのです。
四数、三数に全体数はみな入っていくのです。四は、東西南北の地を象徴します。三は天を象徴しているのです。そのため人が立っていれば、このように三段階なのです。三数は、立っていることを表します。このような観点から見る時、三数、四数というのは天と地も象徴している、ということです。これを掛けると、十二数が出てくるのです。十二数は調和数です。
それで、「天と地の調和数が十二数である」と見るのです。そのため、この数に該当するものは、全体数を代表したものです。十二数は全体数を代表することができる数であるため、大韓民国の地において四千三百年ぶりに、四百三十数に該当する祝福をしたのです。四百三十数は、四千三百数を代表し、四十三数を代表した数なのです。大韓民国で四百三十の数に合わせて祝福をしてあげたということは、大韓民国の家庭は誰でもみな、いつでも、自由に天国に入っていくことができるということです。
それにより、金氏、朴氏など、すべての氏族が入っていくことができます。門を全部開けてしまうのです。そうして朴氏、金氏など、韓国にあるすべての姓を全部混ぜてしまうのです。それはどういうことかというと、天の国に入ることができるすべての道を開けてしまうことなのです。これができなくては世界と連結させることができないというのです。
各界の各姓が全部、四百三十家庭と連結されるというのです。そこにはどんな人が入っているかというと、前科者も、妓生の息子も、ありとあらゆる人たちが全部入っているのです。また歴史的に見て、許されない罪を犯した、そのような人も入っているというのです。入っていないものがないのです。
それが何を意味するのかというと、大韓民国の民が四千三百年の歴史を受け継いでくる中で、罪を犯して天の前に立つことができなかったすべての人に道を開いてあげたということです。全部ひもを通して、橋を架けてあげたのです。それがそうなることによって、大韓民国におのずと生きる道が生まれ、天の国と連結される道が開かれるのです。
それで先生は、四百三十家庭を祝福する時、氏族的メシヤになりなさいと言いました。それは、自分たちだけで楽しく暮らしなさいという意味ではありません。言い換えるならば、イエスと聖霊のような使命、すなわち復活したイエスと聖霊の実体として、その氏族を救う役事をなす氏族的メシヤになりなさいということです。霊的でなく、実体としての氏族的メシヤの使命を果たしなさいということです。
四百三十家庭にどれほど重要な意義があるのか知っていますか。本来は、昨年一九六七年を中心として越えていきながら、すべてしなければならなかったはずですが……。今年二月二十二日は、先生が平壌で再逮捕され、興南の監獄に入ってから満二十年を越える時です。満二十年を越えていく時なのです。
そのため、内外のすべてのものが、先生の復帰路程二十年を過ぎていきながら、その中で二十年を越えていく内外の重要な意味があるために、皆さんがそのような場において、その日を中心として記憶することができるというのです。皆さんがそのような同参の権威を所有できるという事実が、どんなに栄光なるものであるかを知らなければなりません。
久保木夫婦と笹川氏
日本がまず祝福を受けなければならないため、四百三十六双の祝福式の時、久保木(修己)を呼んで入れました。本来、一九六七年に祝福してあげようと日本に行ったのですが、できませんでした。それで一九六八年、四百三十家庭の祝福をしてあげる時、日本の代表として久保木を連れてきて、先に祝福の条件を立てたのです。
久保木も一番最初、ここ韓国に来て、「韓国の女性と結婚できたらいいのですが」と、何度も繰り返して言うのです。それで私が、「やめなさい! お前は奥さんと祝福を受けるのだ」と言ったので、「はい」と言いました。先生の命令は本当に恐ろしいのです。そのようにして、今回来て祝福を受けたのです。
そして、日本に笹川良一という財閥がいるのですが、日本が船舶会社として世界一等の位置を占めるようになったのは、このおじいさんの功労です。
今回の合同結婚式の時、先生はそのおじいさんを招待しました。「御老人。今回いらっしゃって、二度祝賀をしてもらわなければなりません」という招待状を送ったのです。
このようにして、今回久保木会長夫婦が祝福を受けるのに、笹川氏が来たというのです。
それを見る時、原理的に見る時も、今回が良い起源になったというのです。七年が終わる中で、日本の久保木たちが来て、自動的なケースとしてこのような条件を立てたということは、日本復帰に本当に重要な転換点となったのです。彼が来ることによって、これから共産党をたたきつぶそうとしていたその計画が本格的に進捗するこのような基準になったという事実は、私たちのみ旨を中心として見た時、至大なる成果を収めることができる時点になったというのです。
四百三十家庭蕩減棒行事の際の地区巡回のみ言(一九六八・三・一~二・九)
それでは皆さんは今、祝福を受けて、夫婦が二人で喜んでいますが、喜ぶのはどの基準で喜ぶのですか。祝福を受けたというその基準は、イエス様が二千年間願ってきたその基準を蕩減復帰したということです。先生がこの基準を一九六〇年度に復帰したのと同じように、この基準を復帰するために身もだえするのです。
ところで、ここまで連結させて神様の圏内に入ったならば、この圏内はすべてサタン圏内ではなく、天の主管圏内に至ったので、皆さんの行く道には迫害がないということです。今回宴をする時も、そのような立場から催したのです。
ところで、これまで先生は迫害を受けたでしょう? 三つの国家、三つの主権を通して、個人、家庭、氏族、民族全体が迫害しました。そしてアジアと、世界に全部、うわさが広がらなければならないのです。日本でもとてもうわさになったでしょう。今日統一教会は、世界中でそのようなうわさにならなければならないというのです。
完成を中心とした家庭的な基盤が、神様の愛を中心として成される時代に入ってきたがために、サタン世界から讒訴を受ける圏を越え、天の世界がサタン世界に蕩減させることができる時代圈に入ってきたというのです。時代が変わったというのです。それをはっきりと知らなければなりません。
それでは今日皆さんは四百三十双の祝福を受けたのですが、この祝福を受けた基準がいかなる立場なのでしょう。世の中の権勢と天の権勢が五分と五分の時であり、この境界線で対立している立場です。大韓民国がいくら自分の力量を誇ったとしても、今後思想的な武装をしなければならないのです。
皆さんがこのような時代に祝福を受けたとすると、どのような立場に立っているのでしょうか。民族の前に誇らなければならず、自分の氏族の前にあって、氏族を収拾する使命を完結しなくてはならない、ということです。皆さんにおいては氏族を収拾し、統一教会においては国家と折衝して思想的な面で、理念的な面で、これを収拾しなければならないのです。上では統一教会が国家に対し、下では皆さんが氏族に対して収拾しなければならないというのです。
六 三年路程出発と四十日伝道
第二次七年路程の前半三年(一九六八~一九七〇)
これまでの七年路程は、先生に該当する路程です。先生の時代に該当する路程であるため、皆さんがその時に伝道したのは、先生のための伝道です。父母が家を建てるところにおいて協助したのです。ですから皆さんが世間に出ていき、嫁さんをもらって家をもつ時には、家を建てなければならないのでしょう? それでは皆さんの時はいつからですか。第二次七年路程からです。
先生は、一九六〇年から一九六三年の間に祝福をしてあげることによって、家庭復帰の基準を立てました。したがって食口たちも、第二次七年路程が始まった今年から三年間、すなわち一九七〇年度までにこの基準を立てなければなりません。地上で勝利の基準が立てられることにより、六千年の歴史の中でみ旨の先鋒で苦労してきた先祖たちがこの地上に再臨役事をすることができるようになりました。
祝福家庭は総動員されなければなりません。私たちがイエス様の歩んだ三年路程を歩み終えれば、氏族的メシヤの使命を果たしたことになります。そのようになれば、第一次七年路程と合わせて十年路程を歩んだことになります。
ならば皆さんはこれから、第二次七年路程において、皆さんの家庭が三位基台を中心とした四位基台を形成し、十二家庭を中心とした復帰の基準を完結しなければならないのです。使徒たちは、イエス様が婚礼式を挙げるのと同時に自分たちも婚礼式をなせば、イスラエルの十二部族の家庭の結実が成されるのです。
そうすることによって初めて天国に入っていくのです。それ以前は全部、自分勝手になっているのです。神様の祝福を受けた十二部族ではない、ということです。しかし、これが始まることによって新しい天国に入っていくのです。それを合わせるため、この七年路程の三年間、一九七〇年度まで、皆さんはあらゆる精誠を尽くして、出掛けていき仕事をしなければなりません。
第二次七年路程に踏み込んだので十二家庭の生活圏を編成しなさい。十二家庭が一つの型、機械とならなければなりません。互いに疎通をはかり、連絡し、会いたいと思うようにならなければなりません。
全食口百日特別祈祷(一九六八・五・二〇~八・三〇、題目:死ぬまで力を尽くします)
韓国協会では、一九六八年五月二十日から八月三十日まで、「特別百日祈祷」を実施した。祈祷の代表項目は「死ぬまで力を尽くします」であった。
み旨に対したのちには天が導いていく運命である、ということを知らなければなりません。それゆえ、勝敗の決定を分かつ前に、私たちは最大の精誠を尽くさなければなりません。イスラエルが十五倍以上にもなるアラブ圏を一週間以内で撃破したように、内外で武装した人員が少数であっても、数日以内で屈服させ、撃破することができる作戦が必要です。
このような観点から見る時、今日の統一教会の立場は、そのような作戦をしなければならない時に来ているというのです。こめような戦争の時点に向かって、追いたてている期間が百日精誠期間です。
第二次七年路程の最初の夏季四十日伝道(一九六八・七・二〇~八・二八、千八百余名参加)
堕落とは何でしょうか。父母のせいでサタンが讒訴するようになり、世界と天の前に行くところにおいて、父母の失敗のおかげでこれがみなふさがれてしまったというのです。それゆえ父母が父母の責任を果たすためには、霊界とこの世の落とし穴を全部埋め、息子、娘が行く所に怨讐サタンが讒訴できる道を開放してしまわなければなりません。こうして父母としての責任を果たしてこそ、息子の前にしてあげる父母の道理を果たしたという基準が成立するのです。
それゆえ一九六八年は、世界へと行く統一の門が開かれる時です。このような時代に祝福された家庭は、氏族復帰をしなければなりません。そのような時代なので、全体動員の命令をしたのです。もしそこから抜け出すようになれば、イエス様が昇天する時、昇天できないのであり、聖霊が降臨する時、降臨できないことになり、そうすれば、第二次七年路程の出発を見ることができないのです。新しい出発を見ることができない、というのです。それゆえに祝福された家庭は全体動員しなさいという命令を下すのです。命令をしたのに動員しない人は、私は、どうなっても知りません。
先生が今回、七月二十日から全部地方に派遣するという命令を下し、尻に火を付ける時、皆さんはどこに行くつもりですか。家に逃げますか、世界に飛び出していきますか。
今は私たちの前に最後の時が来ました。最後の決着をつけるべき時が来たので、全体的に動員しなければなりません。したがって今日皆さんが流す涙は、昔のように怨讐たちが嘲弄する中で流す悲しい涙ではなく、民族の悲しみを代表し、祭司長の立場から流す涙であるということを知らなければなりません。すなわち、皆さんが迫害され追われることは、民族が迫害され追われざるを得ない悲しい運命を身代わりして受けるものであるというのです。ですからプライドをもたなければなりません。
先生が追われ追われて涙を流す立場でも、天と地を抱き締め、木を抱き締めて痛哭しながら耐えてきたのは、この民族が行かざるを得ない悲惨な道を防ぐため、神様をつかんで抱いて訴えることができる一つの場をもつためでした。そうして、この民族を再度復活させようというのです。
カイン的な息子、娘を育てるためには、皆さんが御飯を食べなくても御飯を食べさせてあげ、夜を明かしてでもみ言を伝えなければなりません。先生がこれまで皆さんに対してしてあげたように、皆さんも彼らのためにそのようにしなさいというのです。陰暦の八月末さえ無事に越えれば、共産党は絶対に出てくることはできません〇今回入教してから三年以上になった人で動員されない人は、絶対に教会に出てこれません。
夏季伝道激励のため全国巡回(一九六八・八・五~八・一八)
真のお父様は、夏季伝道で天のみ旨を広げるために血と汗を流している一線隊員たちを慰労、激励、鞭撻するため、八月五日、ジープでソウル本部を出発、八月十八日まで全国を巡回された。この巡回期間中、御子女様の文孝進様と崔元福氏、金榮輝氏が同行された。
第一次七年路程では、伝道をしたとしても先生の路程を協助する意味で伝道したことになります。それで皆さんが伝道した信仰の息子、娘(霊の子女)は、先生の息子、娘(霊の子女)であるという条件になります。ゆえに皆さんが責任を負わなくてもいいのです。しかしながらこれから伝道する人々は、皆さんを中心として父子の関係となるので、第二次七年路程中において、四十日夏季伝道期間に因縁を結んだ子女をそのままにしておいたら大変なことになります。
伝道した信仰の息子、娘(霊の子女)を第二次七年路程でよく指導し育てることができなければ、のちに彼らが讒訴してもどうすることもできないのです。特に祝福家庭はそうです。なぜならこれは、自分の氏族的な圏内で生んだ息子、娘を道端に捨てて孤児にしたのと同じだからです。この孤児たちが父母の胸ぐらをつかんで責任を追及するならば、弁明する余地がありません。
ゆえに今回の伝道期間に伝道した人は、自分が抱いて育ててあげなければなりません。手紙を出したり物質的因縁をかけてでも、彼らが皆さんを父母のように侍ることができるようにならなければなりません。
第二次七年路程は食口たちが行かなければならない路程です。どのようにすれば、草創期の志のまま歩ませることができるかということが問題でした。今回の地方の地域長の異動の意義もここにあります。今回先生が全国を巡回した結果は、総じて安心できるものでした。
今年の八月さえ無事に越えていきなさいというのです。そうすれば、この八月を中心として一九七〇年代まで連結させることができるのです。その時に私たちはどうしなければならないのでしょうか。大韓民国の皆さんでは責任を果たせないので、日本人を立てて責任をもたせるようにするのです。そのようにして、日本に橋を架ける第二次作戦を展開することを先生は考えているのです。ですからすごいことなのです。皆さんはより多くの精誠を尽くさなければなりません。
冬季四十日伝道出発(一九六八・一二・二〇)
十二月二十日から全国に総出動しなさい。先生はすべてのことを一人でしましたが、皆さんには温かく同情してくれる対象がいます。
伝道をしなければなりません。伝道をしないであの世に行けば、夫婦同士がつかんで痛哭するようになります。それを考えれば、夜、まともに眠ることができないのです。
私たちの教会には、特権階級というものはありません。十二月二十日には全員伝道に出ていく準備をしなさい。
七 協会修練会および主要行事
第二十目協会修練会(一九六八・四・五~四・一八、前本部教会、六十七名)
今年は第二次七年路程を出発する最初の年であり、また皆さんが受けた今回の修練会は、一九六八年になってから初めてのものであり、第一次七年路程が終わってから初めてもつ修練会であるだけに、大変意義が大きいものと思っています。
今回の修練会では、以前とは違い、外部の講師をたくさん招請しました。それは、私たち統一教会が、対外活動である程度体面を立て、また彼らが認識できる平衡基準に立ったとみなすからです。
韓国で著名だという人士たちを招請し、彼らの講義を聞くことにより、皆さん自身と比較し、批判し、観察し、打診して得られた結果が多いことと思います。
また一つの利益は、その人たちに統一教会の活動を紹介したことです。統一教会の青年たちは、外的に見たら何ということもないと思っていたのに、その質問する内容を見たら「若いのにできているなあ」と思ったというのです。このようなことを考えた時、今回私たちはその人たちに良い資料を与えたと見るのです。
ただし皆さんは、これまで聞いたことを教会に戻って話し、家庭に戻って話すことはできるかもしれませんが、統一教会を代表した者として、民族に向かって話せる皆さんにはまだなっていません。
民族に向かって話せるようになろうとすれば、民族の要求する材料を備えなければなりません。その民族が乱世に処したり、あるいは非常時に処している時、そのような環境を克服していくことができる実質的な基準、すなわちその人々が公認できる生きた材料をもっていなければならないのです。そのような材料をもてない人が民族のために語ると言えば、その人は民族の前に非難を受けるようになるのです。
それでは、まずどのような人にならなければならないのでしょうか。そのような材料をもとうとすれば、記憶される人にならなければなりません。各家庭の家族に記憶される人にならなければならないのです。皆さんの町の人々に記憶される人にならなければならないのです。
そのようになれば、皆さんの生きている民族に記憶される人とならざるを得なくなるのです。このようになれば、統一教会の信徒たちに記憶される人になることでしょう。そうすれば先生の心に記憶され、神様にも記憶される人に自然となるのです。
第二十一回協会修練会
(一九六八・五・二二~六・四、前本部教会、地域長・区域長級五十名)
皆さんがこれから地方に戻れば、地域長は、地域を中心にしてこの戦いをしなければなりません。これまでは迫害を受けて追われる戦いの期間でしたが、今は反対する教会に対さなくてはならない時です。
皆さんは七年路程において、部落なら部落、面なら面に責任をもって出ていき、精誠を尽くし、涙を流す心情をもってこれまで導いてきたため、その部落民全体が私たちの側に集まることができる基盤となったにもかかわらず、彼らが全部サタン側になってしまったので問題が大きいというのです。これを占領すべき責任が皆さん各自にあるということを、皆さんは知らなければなりません。
それゆえ皆さんは、開拓精神が強い人とならなければなりません。そのような決意をした人が必要です。沈着な人は開拓精神がありません。義憤に燃える人、義憤で自分の命など惜しいとも思わず恨みを晴らすために決意する、そのような人に神様は役事してくださるのです。
人に対するときも、どんな人に対しても、私の前を遮ることはできないという精神をもって押し通す時、そこにおいて勝利を得るようになるのです。このように勝利の一つの基盤を築くことが全体を主管できる特衛隊のすべき仕事です。まず先発隊員全員が戦って勝たなければなりません。
第四次全国成和学生総会(一九六八・一〇・二三~一〇・二七、前本部教会、二百十名)
成和学生会創立第十三周年を記念する第四次全国成和学生総会が、一九六八年十月二十三日から二十七日まで、男性百四十七名、女性六十三名、合計二百十名が参加する中、前本部教会で開催された。原理講義大会では金サンジュン(忠南地区)氏が、雄弁大会では学生の申鎬澈(慶尚北道地区)氏がそれぞれ一位となった。また、十月二十六日に実施された体育大会は、奨忠壇公園で、サッカー、リレー、騎馬戦、地区旗争奪戦などの種目で行われた。
青少年期は、人生において最も貴い時代です。目的を立てる決心をなせる時代がこの時代です。ゆえに青少年期は生涯の分岐点です。十八歳を前後して人生の計画を立てなければなりません。この時代は人生における交差路のような時代です。この交差路ではっきりと悟り、どのように行くかが重要です。一番重要なことは、少年期、壮年期、老年期を一貫して無事に行くことができるかということです。
先生は第一次七年路程によって、蕩減の一つの路程を立てました。したがって今は、地上の一つの期間を越えて立つことができる時期に到達しました。成和の「成」は創造理想の完成を意味します。すなわち、宇宙全体の完成を意味するのです。本来、完成の基準を立てる時期は、人間始祖が堕落した年齢である十七、十八歳の時です。成和の二十代を中心としてすべてのことが成されることを願われる神様です。未来の完成の位置を占めることができる人は、青少年期の人です。
第一次七年路程は、壮年と青少年のために歩んだ道です。第二次七年路程は、エデンの園のアダムとエバが行進したのと同じ路程です。ですから凛々しく進んでいかなければなりません。み旨を知らない学生や先生たちを哀れに思わなければなりません。そして、神様が、私一人を立てるためにどれほど御苦労されたかを考えなければなりません。
原理は交通巡査であり、原理の目標は先生の生涯です。誠心誠意を尽くして目標に向かっていけば、表示燈が現れます。皆さんは各自、自分の置かれている環境で歴史的な出発をしなければなりません。そして真実の種を蒔いて培わなければなりません。
そうして三十年なら三十年の間、変わらずにずっと行かなければなりません。そのように努力していく人が勝利します。そうしようとすれば、一片丹心、一意専心、一心統一しなければなりません。先生は一つのことにかかれば死にものぐるいでやり遂げるのです。
皆さんは、環境に引っ張られるのでなく、環境を引っ張っていかなければなりません。出発したので最後まで力強く歩みなさい。実力は一つの面だけを照らしますが、精誠は中心であるためあらゆる面を照らすことができます。自らを最高の位置に立たせようとすれば、最低の位置に根を下ろすことができなければなりません。人生の交差路をすべて打破し、直行の道を走っていく皆さんの姿がどんなにすてきで幸福でしょうか。
地区別家庭総会全国巡回(一九六八・一〇・一七~一〇・二五)
真のお父様は、全国の祝福家庭を激励なさるため、十月十七日から二十五日まで地方巡回された。巡回日程は次のとおりである。十七日~十九日江原地区(場所:雪岳山)、二十日~二十二日京畿・忠南・忠北地区(場所:俗離山)、二十二日~二十四日全南・全北地区(場所:内蔵山)、二十四日~二十五日慶北・慶南地区(場所:海印寺)。
祝福家庭は自分によってなったのではありません。神様から、そして先生を中心とした歴史性をもっているのです。自分たちが原因となって成されたのではなく、他意的に成されたのです。ここに神様の願われるものがあるのです。
祝福はどれほど難しいことでしょうか。式は簡単ですが、背後の歴史においては途方もなく難しい内容があるのです。このような歴史の過程を経なくてはなりませんでした。彼が笑えば万宇宙が笑い得る基準が祝福の基準です。
足りないところを改めてただし、神様の願われた夫婦の義理を成さなければなりません。家庭に対する認識が足りません。男性と女性は天と地を代表して生まれたのです。すべてのことを祝福を中心として誓うのです。この誓いの基準を破る人は、地上において存在の基台が容認されません。天国は家庭を中心として成し遂げられます。家庭の家族として守るべきプライドを忘れてはなりません。
私たち統一教会が、世界の歴史に伝統として残さなければならないことがあるとすれば、それは、天宙の前に一致する家庭の基準です。統一教会が指向する伝統とは何でしょうか。その基準は家庭です。勝敗と動機の源泉となり得るものは家庭です。これをもって、これまでの既成家庭の愛も審判を受けるようになります。これが愛の審判です、大審判です。
夫婦二人が、東方、西方になれば、四方を支配します。その半径が大きければ大きいほど及ぼす影響圏が大きいのです。女性は男性を、男性は女性を誇らなければなりません。
家庭が成功すれば、歴史的な様々な峠の失敗がすべて失敗しなかったのと同じことになるのです。アダム、ノア、アブラハム、モーセ、すべて生き返ります。
子供たちが「男性の中ではうちのお父さんが一番だ、女性の中ではうちのお母さんが一番だ」と、死ぬまでそのように認めることができる伝統を立てなければなりません。夜明け前の敬礼(聖日の敬礼式)のあとは、小さな何かをもってでも聖餐をしなさい。このような伝統のための生活的な起源を残さなければなりません。
家庭は家庭でとどまるのではなく、氏族が必要です。先祖としての責任を完成しなければなりません。祝福を受けて公職にない人は脱線したものです。
婦人は夫を出世させなければなりません。すなわち内助を上手にやらなければなりません。実体的、心情的、生活的に、み言の完成者となりなさい。み言を中心に神様の愛の花を咲かせたところが家庭です。
神様が願う家庭、教会が願う家庭、皆さんが願う家庭、そのような家庭で精誠を尽くして生まれる子孫は、立派に生まれることでしょう。父母はひどく苦労しても、子孫は、天の運と先生の運に従って生まれることでしょう。
家庭の権威を立てるためには個体の権威を立て、個体の権威を立てるためにはみ旨に対する権威意識を高めなければなりません。世話になってはいけません。倍の努力をしなさい。先生は、今の現実はこうでも、後日、先生が祝福した者の中の最後に残った一人が世界的な人材として栄光を受けることを望みにしていきます。
日本教会代表団訪韓(一九六八・一・二七、六・一四、九・五、一二・一八など)
先生はこの民族にののしられ恨みを聞く中でも、反対を受け、追われてありとあらゆる侮辱を受ける中でも、この民族を放さずにつかんできました。
今は、外国人たちがこの地に来て、師が生まれたここに立って涙し、自分の祖国よりも、故郷よりも、もっとこの国を恋しがるようにしてしまいました。これを思う時、大韓民国の未来が明けてくることを褒めたたえざるを得ません。それでは、皆さんがもつべき姿勢と権威は何でしょうか。それは、万国に誇り得る息子、娘の姿勢と権威です。
故郷でそのまま暮らす人と、異郷暮らしをしながら故郷を懐かしがりつつ意欲をもって毎日毎日開拓的な生活をし、自己の目的のために闘志をもって戦っていく人とを比較した場合、十年なら十年を置いて比較する場合、それは自然と格段の差をもたらすようになるのです。それと同じように韓国と日本の統一教会の食口たちの間にも、そのような差があることを皆さんは知らなければならないというのです。
そのような観点から見た時、遠からずして将来、皆さんがどんなに努力をしたとしても日本について行くことができないようになることでしょう。皆さんはあらゆる苦労しましたが、今後、皆さん自身は、三十六家庭だとか何家庭だとかいっても、みな彼らの前に世話にならなければならない運命を避けることができなくなるでしょう。それを皆さんははっきりと知らなければなりません。
信仰的な面でもそうです。この人たち(日本人)が原理の勉強をするのを見れば、原理の本を暗記する人が本当に多いのです。今回、『新しい共産主義批判』を勉強をするのを見てもすごいのです。彼らが質問する事柄を見たら、著者が一番悩んだ急所をついてくるのです。これを見れば、まず実力でかなわないというのです。
私が今願っている統一教会の信徒たちは、君たちが考えている統一教会の信徒とは違います。若い者たちの中に、外国の食口たち、日本の食口たちが来たので、自分たち自ら団結して彼らに負けてはならないというこのような義憤心に燃え、どのように動き、どこどこに出ていき活動しなければならないと、夜を明かしながら相談し、早朝から公的な行路を開拓していこうと身もだえする人がどのくらいいるのかというのです。
八 超教派運動の強化
全国的な教会一致運動
現在私たちの二十一年路程は、ヤコブがハランの地を捨てて自分の故郷の地、カナンを訪ねてきた時と同じ時に置かれています。したがって、その時ヤコブが試練を経て、天の祝福の基盤を築いたのち、故郷を訪ねていってお兄さんを迎えたように、統一教会も、既成教会と再び相まみえなければならないのです。
アベルがカインを屈服させて実体基台を立て、子女を復帰すると同時に、父母を復帰する条件を立てなければなりません。その条件を立てようとすれば、アベル一人ではできません。カインと一つになって立てなければならないのです。そのような面で、アベル的な教団である統一教会と、既成教団が一つにならなければなりません。このようにお互いが協助し、サタンを完全に屈服させることができる時が来ました。それで私たちは、カインとアベルが一つになる条件を立てるために超教派運動をしているのです。
皆さん、この前、全国的な教会一致運動を中心として、一週間の祈祷会がありました。天主教(カトリック)が中心でしたが、それは誰がコーチしたのか知っていますか。先生がコーチして、この韓国の全教会が踊ったのです。今は天主教と私たちの教会とはより近いのです。そこのとても有名な神父が、今私たちの講義を聞いているのです。そしてソウル大学を中心として、今後青年たちの首根っこを結んで全部引っ張ってくる計画をしているというのです。
それゆえに私は、統一教会の発展よりも超教派運動の発展にお金をもっと使います。
「新興宗教研究の集い」での原理宣布
(一九六八・九・九~九・一〇、クリスチャン・アカデミー・ハウス)
一九六八年九月九日から十日まで、ソウル牛耳洞所在の「クリスチャン アカデミー ハウス」で、既成キリスト教界の指導者、および学界の権威者たちが参加する中で統一原理宣布式が行われた。
参加者は、主催者である「アカデミー」院長姜元龍博士、金在俊韓国神学大学名誉学長、洪顕■監理教(メソジスト)神学大学長、安炳茂中央神学大学長などの学界権威者四十名と、真のお父様をはじめとした劉孝元、金榮輝、李戴錫、金元弼など、十名の統一教会側人士、そして十余名の記者等、合わせて七十余名が参加した。
集いでは、姜元龍博士が主催者側あいさつをし、互いを紹介する時間をもったのち、真のお父様のみ言があり、続いて劉孝元協会長が統一原理を宣布する時間をもった。
先生は、イエス様を中心としたあらゆる教派、すなわち分裂したすべてのキリスト教を、ただお一人で結合しようとされる神様のみ旨を成そうとしましたが、彼らは受け入れませんでした。しかし先生はそれを気にかけることなく、彼らに比肩できる新しい教派圏をつくってきたのです。そうして神様の摂理を受け入れて遂行することができる基盤をつくったのが韓国での統一教会、すなわち統一教団なのです。
一九六八年九月、クリスチャン・アカデミー・ハウスで、既成教会と正式に対話するようになりました。その時に、既成教会の博士など、統一教会の先生に対して反対していた指導者たち、約四十名が参加しました。みな立派な人たちが集まった所へ堂々と入っていく時の気分は悪くありませんでした。
その人たちが見れば、ふっ、と吹けば飛ぶような、取るに足らないもののように思われる姿だったのですが、時が変わり、時代が過ぎてみれば、自分たちが考えていたそのような男ではなかったというのです。今や、彼らに対し、同情の思いをもって現れる立場になってしまいました。結局その人々が先生を迎え、統一教会の真理を推挙できるようになったことは、要するに頭を下げるのと同じ段階に来ているということを証明している結果を意味しているのです。
そうして私たちは、韓国で非常な関心を呼び起こしてきたのです。彼らは「統一教会が一番恐ろしい。文先生はスターリンの上を行く人である。キリスト教でも手がつけられない。理論的にも全く歯が立たない。だから相手になるな」と言いながら、これまで烏合の衆のようにわあわあと騒いできました。
統一教会はそのような迫害の中にあっても、復帰の道を開拓してきました。天下のすべてのものが立ち上がって反対したとしても、先生は海のような包容力をもって、そのすべてのものを迎え入れるつもりです。私が死んだとしても神様のみ旨を遂行することができる圏を既につくったのです。
第二節 一九六九年 全面的な進撃をしよう(二)
真の御父母様の生涯路程 5
第二節 一九六九年 全面的な進撃をしよう(二)
一 一九六九年の出発と摂理的意義
年頭標語:全面的な進撃をしよう(二)(一九六九・一・一、前本部教会)
一九六八年は、第二次七年路程の出発と同時に、「全面的な進撃をしよう」という標語を立てて押し進めてきた年でした。全面的な進撃とは、ある個人を中心として願うものではなく、全体を中心として全面的な進撃をもって世界を’動かしていかなければならないということです。私たちの教会がそうであるように、韓国もそのような時があるはずです。韓国がそうであるように、アジアもそのような立場で出ていかなければならず、世界もそのような立場で出ていかなければなりません。ところが、世界もアジアも我が国もすべて、はっきりした目的がないというのです。そして目的なく流れていく時代の思潮に従って苦難を通過しなければ、新しい問題を中心として、全体的な動向に合わせることができないというのです。
けれども統一教会では、「天的な目的を中心として全面的な進撃」という標語のもとで歩んできました。ところでこの全面的な進撃という標語は、全面的な勝利が成就できなければ、標語だけが残るようになってしまいます。すなわち、私たちは全面的な進撃という標語を中心として出発しましたがいその目的を達成するまではまだまだ多くの過程が残されていますから、少なくとも大韓民国なら大韓民国を中心として、国家的に統一教会を全面的に認め得る基準にまでしなければなりません。
その時までは、私たちはこのような作戦体制を続けていかなければならないため、今年もやはり、「全面的な進撃」を標語にするようになったのです。それゆえ一九六九年度までは全面的な進撃という標語を中心として、体制と活動を強化しながら活動することを皆さんの前に明らかにします。
信仰伝統の確立と活動体制
全面的な進撃をなすべき立場から私たちの構成要素を一つ一つ調べてみれば、第一に私たちの教会があり、第二に家庭があります。そしてその次に、教会を中心として外的な活動体制を備えた勝共連合と原理研究会があり、事業分野があります。このように五つの活動分野があります。このような体制で動いています。これらのものを全面的な進撃という側面から総進軍させなければならないということは、繰り返して言うまでもありません。これらのものを立体的な面で全面的に進撃させることが、神様の緊迫した要求です。
統一教会が原理に立脚して歩んでいく蕩減復帰の路程は、公式的な路程と同じです。それゆえ、いかなる宗教団体よりも強固な思想基準を備えた基盤の上に、教会の数を増やしていかなければならないのです。ここにおいて何よりも先行されるべきことは、信仰的な伝統を立てることです。教会を中心とした伝統を立てなければなりません。そうしてこの伝統を中心として数を確保しなければならないのであって、伝統なく数を確保しても烏合の衆にしかならないのです。
それでは、伝統に立脚した数を確保するためにはどうしなければならないのでしょうか。第一に、教会を中心として伝統を整備しなければ.なりません。第一次七年路程で先生が強調したことは伝統を立てることでした。皆さんは、み言に対する伝統を立てなければなりません。韓国の統一信徒も、日本の統一信徒も、米国の統一信徒もみな、み言を体得することにおいて統一された伝統を立てなければなりません。すなわち、原理に立脚した思考方式と生活態度をもって、み言を中心として一体となった伝統を立てなければなりません。
第二に、み言と一体となり得る人格を備えなければなりません。すなわち、み言はみ言なりに、皆さんは皆さんなりにと、決裂してはならないというのです。終わりの日の審判には三大審判があります。その第一はみ言の審判、二番目は人格審判、三番目は心情審判です。これが絶対的な基準になっています。
ですから皆さんは、み言を中心に一体化した伝統、心情を中心に一体化した伝統を立てなければなりません。そのためには神様の代身者として、神様の心情を身代わりした父母の心情をもって僕の体で人類を愛そうという心情をもたなければなりません。そしてサタンと対決して、サタンから「はい、そのとおりです」というサインをもらわなければならないのです。すなわち、サタンから「お前は勝利した」という確認書をもらわなければならないのでも。
個性完成した神様の息子、娘として、全面的な進撃をしなければなりません。全面的な進撃をして、平和の福地の園をつくらなければなりません。平和の福地の園を建設するためには、男性と女性が理想相対を中心として、幸福の基台である神様の祝福家庭を成さなければなりません。それゆえ全面的な進撃をしようというその目的は、家庭を中心として、神様が喜ぶことのできる平和と安息の基台を準備しようというところにあります。
大学街の活動は後代に責任を負うことであり、勝共活動は現代に責任を負うためのものです。そして宗教は永遠に責任を負うものです。したがって私たちは、すべての方面において、ただひたすら進撃だけをしなければなりません。そして教会内においては、家庭的な伝統と、宗教的な伝統と、経済的な伝統を立てて、確固たる基盤を築かなければなりません。一九七〇年度までは総進軍しなければなりません。
皆さんは総動員されて七〇年度のアジアの危機に備え、天的な使命を完遂しなければなりません。これが急を要する問題だということを悟り、皆さんは、万全の準備をすることに精誠を尽くさなければ神様の前に面目を立てることができません。新しい歴史を創建するところにおいて、皆さんが主役を担っているということを悟り、新しい覚悟と決心をしなければなりません。
二 仙和子供舞踊団日本公演(一九六九・一・四〜二・三、四カ国巡回公演の中で)
一九六九年一月四日、日本の羽田空港に降り立った仙和子供舞踊団は、六日、NETテレビに出演、「扇の舞い」と「僧舞い」を公演し、七日に仙台、十四日に京都、十六、十七、二十五日は大阪、二十六、二十八、二十九、三十日は東京、二月一、二、三日は名古屋で、大盛況を呈する中で公演を終え、二月四日に帰国した。特に岸前首相と、厳ミニョン駐日韓国大使の共同招請による一月二十六日の飯野ホールでの名士千二百名招請特別公演は、過去見られなかった歓呼と激賛を巻き起こした。
公演準備と活動指導
仙和子供舞踊団の日本公演は大きな冒険でした。私が組織をつくって一つ一つ指示しました。それは当事者である朴普煕も知りませんでした。二ヵ月以内で全国的な大会をするために(計画を)押し進めていったのです。「私が言うとおりにさえすれば人々が統一教会に押し寄せ、全国的に大盛況を呈するはずだ。先生にはそのような作戦がある」と言ったら、日本の責任者たちも信じませんでした。
何度か会って、「あなた方は先生のことを信じなさい。滅びるなら私が滅び、死ぬなら先生一人が死ぬ」と言って、口説き落としていったのです。何であろうと、皆さんの主観のままにすれば全部失敗し、先生がしなさいと言うとおりにすれば全部できるのです。
それで入場券を準備するのに、三分の二をA券とし、B券は残りの三分の一の中の三分の二で作り、残りのC券は新聞で販売しました。このように入場券を作っておいたところ、最終的にはチケットがなくなってしまい、新聞を買いに回るのに大騒ぎでした。ところで初めは、四万五千枚の入場券を売らなければならないのに、公演の一週間前までで四千枚しか売れなかったのです。公演の一週間前までで、十分の一も売れていませんでした。
先生が特別に指示をして笹川氏を会長に立て、岸前首相を名誉会長に立てるようにしました。そうして国家的に一度旋風を巻き起こそうと、そのような計画を全部組んだのです。
ところで日本の会長である久保木が来て先生に、「リトル・エンジェルス公演を日本で最小限に減らしましょう」と言うのでした。それで先生は、「久保木会長! 相撲も試合をしてみて、初めて勝敗が決定するんだろ。試合もしないで、負けたといって退くのは人間ができていないからだ!」と、話が出る前に、はなっから押さえ込んでしまったのです。
すると心配でたまらなかったのか、あの太っている人がげっそりして、とても心配するのです。それで、また来て言うには、「それでは入場料はどれくらいにしたら良いでしょうか」と言うのです。先生の考えでは、もし満員にならなかった場合は、「入場券が安ければ観客で満員になったはずだ。入場券が高いから大勢は来られなかったのだ」と言えば恥をかくことがないという考えだったのです。
このような考えから、入場料は少なくとも千五百円以上にしようと決めたのです。それで「入場料はいくらにしたらよろしいでしょうか」と、尋ねてきた日本の会長に「特別席は千五百円、その次は千二百円、その次に千円にしなさい、このような時はとりあえず心理作戦を使わなければいけない」と言ったところ、呆然としてどうしたらいいか分からない様子でした。
先生の命令ですからそうしないわけにいきますか。「費用はいくらかかるか」と聞いたところ、「三千万円かかります」と言うのです。それで先生は「八百万円以上使ってはならない」と言いました。そうして「どんなことをしても切符を売りなさい」と言いました。そのようにして入場券を全部売ったのです。
三回の公演で入場券が一万枚とすれば、一万枚を全部売るのです。全部売ってしまえば、公演会場が超満員にならざるを得ないというのです。切符は全部売れてしまったのに、普通の公演のように、「公演会場に行けば、切符は買えるだろう」と考えながら来た人々は入場券を買えなくて、大騒ぎになって超満員になるのです。結局は会場前で入場券を買うための戦争が起こるようにするのです。こういうふうにしてこそ、公演の株価が上がるようになるというのです。そのようにしたのが全部当たったというのです。
超満員になった巡回公演(仙台−京都−大阪−東京−名古屋)
日本の東北地方の仙台に行っても公演をしたのですが、それこそ超満員になりました。ところで一番の問題は、大阪と京都での公演をどうやって超満員にするかということでした。それで先生は、小さい都市から公演を始め、そこで超満員にするようにしてから大きい都市で公演をするように指示しました。
このようにしておいたところ、全国の著名な人士たちが小踊りしながら私たちの公演に協助してくれるので、問題がこれで大きくなったのです。そのようにして公演会場前に「韓国の文化公報都後援」というプラカードも取り付け、公演を始めました。これがもし歓迎を受けられない場合には、完全に埋没してしまうのです。それで一巻の終わりです。そうなれば、私たちと関係を結んだ人々を全部失ってしまうのです。私たちと関係をもって後援した人々は、公演が成功すれば、胸を張って自分がうまくやったのだと宣伝するようになっています。
そうなれば、今後何をしようが、私たちがその人々を招待すれば、私たちの計画に歩調を合わせざるを得ないというのです。私たちの計画に歩調を合わせることが好きにならざるを得ないというのです。そうして、行く先々すべてで、公演を見た人々の称賛が広まったというのです。このようになったので、今や私たちが願うとおりの追い風が吹くようになったのです。こうして、韓国の仙和子供舞踊団を中心として日本の財界、政界等で役職に就いている人々に旋風を巻き起こしたので、これが問題になったのです。
三 真の御父母様の第二次世界巡回
(一九六九・二・二〜五・二、二十一カ国、崔元福、劉孝元、久保木随行)
真の御父母様の第二次世界巡回が一九六九年二月二日から五月二日までの三ヵ月間、劉孝元協会長、崔元福先生、久保木会長等が随行して行われた。真の御父母様と随行員たちは、日本、米国、ヨーロッパ、東南アジア等、合計二十一カ国を巡回した。
巡回出発前の指示事項
一九六九年度は、失われた世界を取り戻すために、アジアにおいて、民族の運命から国家の運命、すなわち最高の峠を越えなければならないとても重要な時期です。アジアにおいて、より一層最高の峠を越えなければならない時です。先生は、今、韓国を出発したらこのような覚悟をもって、約百日間の世界巡回をしようと思っています。
今回先生が外国に行くのは、世界的な勝共連合の看板を付けようということです。それから、原理研究会を世界的に組織し、国際大会をたくさん開催しなければならないというのです。韓国だけでなく、日本や米国など、様々な国で開催しようと思っています。
先生が帰ってくる時まで歌う歌を、一つ聞かせてあげてから行きます。歌は「統一の歌」です。先生がいない間、各自難しいことがあっても、この歌を中心として耐えていってくれるよう願います。これは民族が願うものです。
それから、統一教会の全食口は聖地祈祷をしなければなりません。先生が帰ってくる時まで、雨の降る日には本部教会で、雨の降らない日には聖地で祈祷するようにお願いします。祈祷内容は統一に対する内容を中心として祈祷してください。
「統一の歌」を一生懸命に歌い、その心が民族感情、あるいは人類と神様の復帰摂理に統一的な感情をもつようにし、万民が見習うことができるよう、聖地を中心として精誠を尽くして祈祷しなさい。また、「先生が戻ってこられる時には、数多くの民族に統一の起源を分けてあげられ、責任を果たして戻ってこられるように」と、祈祷しなければなりません。この二つの問題を中心として、統一教会の皆さんは全体が一体化して、二月から総進軍しなければなりません。先生がさらに指示するのは、全面的進撃に備えて全体的に修練会を実施して伝道を強化しなさいということです。
七十名から百二十名の人員で、一週間ずつ修練を受けなければなりません。修練を受けながら、み言を中心として昔自分がみ旨の道を出発した時に、み旨を恋しがりながら先生に従った、切実だった思いをよみがえらせなければなりません。そうせずしては、天国の門を開くことができません。切ない心情をもって「会わなくては生きられない、『ため』に生きなくては生きられない」とならなくてはなりません。「食口たちに会いたい、食口たちがいる所に行って住みたい」とならなければなりません。そのような心情を再度もたなければ、天の国に行ける鍵を失うようになります。
以前より話してきた内容ですが、これからは全国的に復興活動に入っていくことでしょう。今後、各地区の地区長を通じて、皆さんに通知があるでしょうが、今回の復興活動を通じて新たに伝道される人々を中心として、七月二十日には少なくとも三千名以上動員させる計画です。
ですから勝共に対する訓練と武装をしなければなりません。今回の修練会では、このような問題を中心として反共講義もしなければなりません。これからは反共活動を強化しなければなりません。全員が反共闘士にならなければなりません。
十カ国四十三家庭祝福結婚式(二・二八、米国ワシントンD・C、十三双/
三・二八、ドイツ・エッセン、八双/五・一、日本・東京、二十二双)
真の御父母様は、第二次世界巡回路程の期間中に米国、ドイツ、日本など三箇所で四十三組を祝福してくださった。祝福式は、一九六九年二月二十八日、米国のワシントンD・C統一教会で十三組(新婚七組、既成六組)、三月二十八日、ドイツのエッセンで八組(新婚七組、既成一組)、五月一日、日本の東京で二十二組(新婚十二組、既成十組)の合同結婚式が行われ、合わせて四十三組の祝福が成された。
世界巡回路程中、先生は米国と日本とドイツで多くの人を祝福してあげました。先生は、第二次七年路程でなぜ世界を巡回しながら祝福をしたのでしょうか。それは、イエス様が第二アダムとして来られながら世界的な使命を果たせなかったことを蕩減するためでした。それで、世界を代表して四十三家庭を立てました。これはイエス様の時までの四千年の基準と同じ立場として、四十数を合わせたものであり、二十一カ国を巡回することによって、二十一致を合わせたのです。
この四十三数、三数に四数を足すと七数になります。また、三数掛ける四数で十二数になります。すなわち百二十数です。世界国家を代表し、十二の国を代表したこの十二数は十数と対等であるため、一九六九年に四百三十組に相対する四十三組を祝福してあげたのです。四百三十組に相対する四十三数を、十カ国を通じて相対を結んであげたのです。それにより環境が築かれ、世界と相対的関係をもつことができるようになったのです。これが二次巡回路程に先生がしたことです。
今回の祝福は全部国際結婚でしました。米国人はドイツ人と、オランダ人は英国人と、すべてこのように国際結婚をさせたのであり、自分の国の人同士では結婚させませんでした。世界を復帰するためには民族感情や愛を超越し、世界的な感情をもたなければなりません。それで全部国際結婚させたのです。それでもみな「うれしい」と言うので、それを見る先生の気持ちも良かったのです。
米国には今サンバ・クラスがあります。これは、米国で、我が教会を開拓した表彰するに値する女性たちの集まりです。彼女たちの年齢がどれくらいになったかというと、今、みな四十二、四十三です。結婚をしていればみな息子、娘もいるであろう人々です。この人たちを祝福してあげなければならないのですが、相対をどこから求めるのかということが、先生がここを出発する時からの大きな問題でした。
それで、先生がそこに行ってその問題をずーっと説明したところ、よく理解するのです。それを見れば、確かに西洋の人々はそのような観念を超越しているのです。四十二歳の女性と言えばおばさんと同じですが、この(未婚の)女性に対して、三十三歳の(未婚の)男性が「結婚します」と言うのです。彼らの観点は、年齢一つだけを見るのではありません。彼らは名誉を非常に尊重します。その人がどれくらいの功績と実績をもっているのかが、その人の人格を代表するのです。そのような観念が東洋人とは異なります。
また、オランダを開拓した人の中にテディラという人がいますが、彼は米国でかなり有名な技術学校を出た旋盤枝術者です。彼は、先生に会ってからオランダに伝道に出向き、オランダ教会を開拓し、オランダにおける初代の先祖になりました。彼の話を聞いてみると、言い知れない苦労が多かったことを知ることができます。
食べて暮らすことで忙しいにもかかわらず、それを割いて通帳に預金し、そのお金で原理を翻訳、出版しました。そしてその本に血書を書いて先生に贈呈しました。それを見る時、先生は感じるところが非常に大きかったのです。
「あなたは誰と祝福を受けたいの?」と聞くと、「自分が米国にいる時、本当にみ旨に忠誠を尽くしながら従ってきた人を知っている」と言うのです。「それは誰だ」と言うと、「ポーリンという女性です」と言うのです。その女性は三十三歳で入教し、八年になる食口なのですが、ドリスという食口と三位基台を成している人でした。
「もちろんオランダ教会にもかわいくて自分のためにとても苦労した娘たちがたくさんいるのですが、それが問題ではない」と言うのです。「オランダにおいて、どうしても統一家の伝統を残すためには、オランダを愛し、影となって内外のすべての嫌なことをみな抱いて踊ることができる母のような人が必要だ」と言うのです。
また、初めてヨーロッパに行き、合同結婚式をしてあげた時のことです。ドイツ人の女性、(彼女は)ポール・ワーナーの妹ですが、この女性は見るからに男よりも強そうなのです。そしてまた、イギリス人の男性、こちらは慎ましやかな女性のようなのです! この二人を合わせておくと、その息子、娘は立派なのが出てきそうなのです。
よくよく見ても、その二人が合わさったならば良い、何かが生まれてきそうだったので、(二人を)結んであげたのです。そうして「お前たち、(仲良く)楽しく暮らしなさい。間違いなく良い息子、娘を生むよ」と言ったのですが、果たしてその次に私がイギリスに行った時、彼女が赤ん坊を連れていたので、「来なさい」と言って、(その赤ん坊を)見たところ、どんなに器量が良いことか、私が盗んで奪ってきたいくらいに器量が良かったのです。
日本の情勢と巡回時の措置事項(一九六九・二・二〜二・五、四・一八〜五・二)
皆さんも新聞を見て知っているでしょうが、日本では天皇の誕生日とメーデーのような日は、市街戦が繰り広げられます。一九六五年に先生が日本に立ち寄った時、日本の高位層にある、ある人士に会って話したことがあります。その時先生は、「あなた方が現在のような微々たる態度を取っていたら、絶対に共産党(の攻勢)に耐えられない」と強力に主張しました。
ところで、既に共産党では一九七〇年度を期して、大学街を中心に革命を起こそうと準備していました。彼らは、今の大学生を先頭に立たせ、大学だけでなく一般社会にまで混乱を起こしています。このような事実は、彼らが単純に大学術の混乱だけで終わらせようとしているのではないということを物語ってくれています。
大阪、名古屋、京都のような所は、共産党が勢力をつかんでいる所です。我が原理研究会の学生たちが、そこで命を懸けて決死的な活動をした結果、日本のすべての経済人たちは共産党と戦わなければ駄目だということを自覚するようになりました。それで彼ら自ら、原理研究会の背後で挙国的に後援会を組織しているというのです。
今、日本の大学街で起こっている共産党の組織活動と、原理研究会の活動には天と地ほどの差があります。正に神様の役事とサタンの役事が起きているのです。ゆえに私たちは、犠牲を覚悟して彼らに対抗しなければなりません。
このような事実を見た時、あまりにも緊迫した現時点であるということを私たちは知らなければなりません。万一日本が共産化された日には、韓国がいくら反共の王国だと声を張り上げても、袋のねずみにすぎないという事実を知らなければなりません。
このような時点に置かれているため、日本の食口は命を懸けて戦わなければならないのです。今回も先生は、今の日本の有名な右翼主義者である笹川先生と会い、どんなことをしてでも民団を抱き込んで左翼勢力を除去させようと、話をしてきました。摂理的な面から見ても、一九六八年から三年間は重要な時です。ですから、どんな冒険をしてでも韓国はもちろん、日本でも極右団体を組織し、挙国的に総決起できる契機を準備しなければなりません。
六、七万近くの壮健な青年たちが精鋭部隊を組織し、今、日本共産党とぶつかり合う準備をしています。それで今回先生の趣旨で、「東京をこれこれこのように処理しなさい」と指示してきました。今後ここに反対する共産党のフラクションをどうやって粉砕すべきかという問題を、日本の著名人士たちと意見を交換し、それに対する計画を組んで戻ってきました。
世界情勢の変化とみ旨の進路
今の時代は相当に緊迫している時代です。世界を巡回しながら先生が感じたことは、全世界が私たちのみ旨を緊急に要求しているという事実です。一九六五年と、四年後の今年とでは、天と地ほどの差があります。世界では、想像できないくらい多くの変化が起こりました。米国やヨーロッパなど、世界のどこに行っても、もはや私たちのみ旨でなければ世界は収拾することができないということを目前の事実として感じることができました。時がたてばたつほど私たちのみ旨は大きくなり、世界はだんだん死亡圏内に陥っていくようになるはずです。
一九六五年に先生が米国に行った時、米国人の社会生活を見ながら感じたこととは何かというと、「米国は民主主義の先導国家として、常に、自分の国でなくては世界は収拾できない」という、そのような自負心でした。しかし今回行ってみて感じたことは、米国自体の力をもってしては、米国自体はもちろんのこと、民主世界全体の問題も収拾することはできないというふうに全国民が認識しているということでした。
「米国が、太平洋の中にあるからといってベトナムから手を引いて大丈夫だとでも思うのか。共産党は米国の中にもいる。もしベトナムから手を引いたとしても、ブラジルやメキシコのような国がすぐそばにあるではないか。私が一六五年に南米一帯をずーっと調査してみた結果、どこも反米思想をもっていた。ここにはキューバがあって、隣接国家の中で一カ国でも(キューバに)加担する日には、例えばメキシコなどの国でそのようにぱっと火がついてしまったら、ベトナム戦争のようなことが米国のすぐ鼻の下で起こるのだということが分からないのか。十年以内に、共産党がそのような策略をもって米国の地に火をつけることを考えないのか」というような話をしたのです。それは間違いなくそうなっているのです。
ゆえに米国が対共作戦において後退するということはあり得ないことなのです。それで私は、これに備えて米国における戦線網を張るため、全力を尽くして活動するよう強調してきたのです。
もちろん私たちは、世界的な宣教事業を早くしなければなりません。まず米国を中心とした宣教を早くしなければなりません。世界をずーっと見回してみれば、何だかんだ言っても、今は米国が世界の中心にならざるを得ないということが分かります。経済的な面で見ても、政治的な面で見ても、軍事的な面で見ても、あらゆる面において米国が中心になっています。もちろんヨーロッパが西欧文明において開拓的な使命をなしましたが、今は先導的な役割は米国に譲歩しています。イギリスに行き、若い人たちをつかまえて聞いてみても、米国を相当に憧憬しているということを知ることができます。
今は英語が世界の共通語になっていますが、今後見ていなさい。先生が生きている間に伝統を立ててしまえば、将来の世界語は間違いなく韓国語になるはずです。先生は今回ドイツで、十一カ国の宣教師を集めて会議をしました。少なくとも来年四月までには、聖地として選んでおいた四十カ国に、全部宣教師を派遣する計画です。そして三年後には、百二十カ国にまで宣教師を派遣するつもりです。
イスラエル巡回(一九六九・四・一四〜四・一六)
今回巡回しながらエルサレムに立ち寄った際、先生はオリブ山に登り、三千年になるオリーブの木が立っているのを見ました。二千年前にイエス様がペテロ、ヨハネ、ヤコブの三弟子を率いてゲッセマネの丘に登り、三度の祈祷を捧げる時、ペテロ、ヨハネ、ヤコブの三弟子は多分その木の下で眠ったのかもしれません。その場所は、イエス様に咎めを受けた場所であり、その弟子ユダが来てイエス様を売り渡した所であるだけに、とんでもない場所だというのです。ところが、その場所に来る人、ことごとくが、「我が主は死ぬためにここに来られ、私のために死んでいかれた。よく死んでいかれた」というように考えるというのです。本当に息の詰まるような話です。
また先生は、ガリラヤの海にも行ってみましたが、今もひどい所です。ペテロが住んだという家もひどく粗末な洞穴でした。このように全くさえないペテロを一番弟子に選んで、この世界に福音の役事を起こそうとしたのです。ですからヨセフ家庭が責任を果たせなかったことにより四千年間準備してきた基盤がすべて失われ、再度出発されなければならなかったイエス様の事情がどんなに悔しかったことでしょうか。皆さんはその事実を知らなければなりません。
皆さん、考えてみてください。イエス様がユダヤの地、ベツレヘムの馬小屋で生まれたことをキリスト教徒たちはひたすら良いことであると思っているのです。実際は悔しく恨めしいことだというのです。神様が四千年間準備し、イスラエル民族に送ってあげようと約束したメシヤが馬小屋で生まれるとは、それはどんなに悲惨な事実ですか。先生が行って見たら、その馬の飼葉おけは石で掘ったくぼみです、くぼみ! あきれて物も言えないというのです。
疲労と戦った強行軍の日程
世界の至る所を回るたびごとに、外国の人々が先生をつかんで涙を流すのを見る時、喜ばしい反面、悲しい心情になったりもしました。数多くの人々の中で、彼らが私を恋しがり、私が去ってしまうといって涙を流すその因縁はどこから出てきたのでしょうか。六千年前から出てきたというのです。
このような人々に対する時、私は責任者として一つ見失わないことがあります。それは彼らに負債を負って行くか、負債を負わせて行くかということです。私は絶対に負債を負いません。皆さんが夜を明かしながら精誠を尽くしたならば、私も夜を明かすというのです。ゆえに、眠気が来て疲れていてもそれが問題ではありません。
今回の世界巡回期間は、先生においては本当に大きな戦いの期間でした。疲れるといったらそれ以上の疲れはありません。彼らは数年の間、先生が来るのを心の中で待ち焦がれていた中で初めて出会ったため、時間の制限を受けないのです。夜十二時になろうが一時になろうが「先生がもうちょっといてくれたら」と願う彼らの心を先生は知っているため、それを無視して「疲れている」と言って思いどおりに休むことはできないのです。
米国からヨーロッパ、ドイツ、日本まで戻ってくるときは、それこそ精神力があったため支えられたのであって、そうでなかったら倒れていたことでしょう。本当に無理をしました。ですから彼らは先生をとても疲れさせてくれました。それで彼らに反省できる基準を立て、刺激を与えるために先生が残してきたみ言は「韓国のために祈祷しなさい」ということです。
四 顯進様誕生の意義
顯進様誕生の意義(一九六九・五・二五〔陰暦四・一〇〕、二〇:三三)
イエス様は個人復帰のための使命をしたのですが、統一教会の文先生は家庭復帰をして世界的基盤を築いてきたのです。イエス様は三弟子を取り戻すことができませんでしたが、先生は三弟子と同じである三つの国家に、三家庭を立てました。ですから滅びないというのです。
将来、統一教会の時代が来るはずです。先生には二人の息子(孝進様、興進様)がいますが、あと一人さえ生めば、祝福を受けられる時が来るというのです。それで先生は急いで韓国に帰ってきたのです。このような、皆さんが夢にも考えられないようなことを先生はしてきているのです。
これまでは、長子個人から長子家庭、長子国家、長子世界をサタンがすべてもっていったので、これを奪還しなければなりません。そうしようとすれば、個人的な長子奪還は何をもってするのですか。お金でもってですか。違います。心情をもって奪還しなければなりません。サタン世界の心情よりももっと大きな心情でなくては奪還できません。皆さんはそれを知らなければなりません。統一教会の原理が偉大だというのは正にこのためです。
ヨセフのような役割をしましょう。サタン世界と連結させたのがヨセフだったように、大韓民国で憎まれていた私たちが進み出て、北韓と韓国を連結し、一つにするようにしなければなりません。七年間で六人の子供(譽進様、孝進様、仁進様、興進様、恩進様、顯進様)を生みました。顯進が今回誕生したのは大韓民国の大きな勝利です。アダム家庭の八人家族の完成型になりました。それで急いで帰国したのです。旅行中に赤ん坊を生めば、福がそこに落ちるのです。
家庭を中心とした活動時代
先生の家庭を中心として精誠を込めなければなりません。祝福家庭が四位基台を成し、先生の家庭と一つにならなければなりません。今年、四カ国の十個の民族を中心に祝福家庭を立てたので、韓国のために祝福できる時となったのです。
今は先生を中心として相続を受けなければなりません。父母が築いた条件の相続は父子の因縁をもって受けられるのです。しかし、それは家庭を中心としてのみ受けられるのです。
中心国家を三カ国だけ復帰して、国家的四位基台を立てればよいのです。今回、三つの国の人を中心に四十三家庭を祝福したことが正にそれなのです。家庭自体を中心としてはなりません。その家庭が体と心を合わせて先生の家庭と一体になったという基準を立てていかなければなりません。
今は、家庭を中心とした攻撃戦をしなければなりません。特に祝福家庭は全部、攻撃戦に加担しなければなりません。家庭的に一つになって楽しく暮らし、その氏族に影響を及ぼすようにして氏族的なメシヤになりなさいというのです。
この活動は家庭を中心としてしなければなりません。家庭教育をし、家庭を中心として集会もして活動もするのです。そのようにすれば、神様が先生にこの道を出発する時にしてくださったように、皆さんにも新しい役事をしてくださるのです。一片丹心で、神様の目的を中心として一致した心、一つの心のみもてば、神様は間違いなく役事してくださるというのです。これは、皆さんが実際に体験するようになるはずです。
五 百二十日特別祈祷と全国地区分割
摂理機関の活動方向
今年の五月、六月、七月、八月、九月、この期間は国家的に見る時、相当に危機であると見ています。北韓では緑陰期(夏場)となるこの期間、スパイをたくさん南へ派遣して国内を混乱させようとするはずです。それで不祥事がたくさん起こるだろうと見ているので、今回の期間を中心として私たちは全国的に反共活動に総力を注がなければなりません。
これまで私たちは一生懸命反共活動をしてきましたが、私たちの反共活動の目的を達成し、これまで活動してきたことを結実させるための大々的な活動を九月まで実施しなければならないと計画しています。その次に、十月、十一月、十二月、この三ヵ月間は原理研究会の結実期として計画しています。
今や、私たち統一教会が提唱するこの勝共思想は、世界舞台に登場できる段階に入っていくことができる基盤が築かれました。これをうまくやりさえすれば、アジアの問題から世界の問題にまで連結させることは、さほど難しいことではないと先生は考えているのです。それでこの勝共連合の活動をこれまでしてきました。
その次に超教派運動ですが、この運動を、一九六六年からしてきました。これからは超教派運動を本格的に展開しなければなりません。私たちの教会のための活動よりも、すべての宗教を中心として今後宗教統一運動をするためには、私たちがこのような進歩的な観点から超教派運動をしなければなりません。
ここには物質的な問題だとか、内外において様々な複雑な問題がありました。それでも、約二年間、よく引っ張ってきています。そうすることで、韓国宗教界に正に超教派の雰囲気を造成しました。それで既成教団の前に、これがとても大きな脅威的な活動として浮び上がるほど、これまで活動してきたのです。
このような問題を置いて見る時、宗教を代表しては超教派を通して運動をし、また思想を代表しては勝共連合を通して活動をし、学界を代表しては原理研究会を通して活動してきたのです。既にこれらの団体はすべて、名実共に社会に公認され得る段階にまで上がってきています。
教会復興活動だとか、勝共活動だとかいう、それらの影響を全部どこに結び付けなければならないかというと、原理研究会に結び付けなければなりません。それで十月から十二月まで大学原理研究会を結束することができる方向で動こうと思っています。
世界食口百二十日特別祈祷(一九六九・六・一〜九・三〇)
今年は第二次七年路程の第二次年度です。第二次年度は二番目の息子に該当するので、私たちは一生懸命しようというのです。第二次年度は前半期の三年期間を越えていかなければならない峠であるため、今年が重要だというのです。
今年の六月から十四ヵ月ないし十六ヵ月間が大韓民国において最も大きな危機です。大韓民国が危機だというのは、共産党が侵略できる準備をし、いつでもボタンさえ押せば攻め込んでくることができるということです。
ですから私たちがこの期間に神様を迎える準備をして精誠を尽くし、サタンよりも神様をもっと愛するという立場に立ち、歴史的な恨をみな忘れて、共産党までも愛することができる心を施し、彼らが神様の前に屈服できる起源をつくらなければならないというのです。そのような責任が私たちにはあるのです。
そのために今月から出発していくのです。それで外的には反共運動をし、内的には神様の心情を植え付ける仕事をしなければならないのです。そうして長子の基準を復帰しなければならないのです。
先生は地域長修練会を終え、六月二日には帰ってきますから、それまでソウルにいる食口たちは、世界を代表して六月一日から九月末日まで四ヵ月間、大韓民国の統一のために精誠を尽くして祈祷しなければなりません。今年、先生が世界巡回に出発する時、皆さんが「統一の歌」を歌ってくれましたが、その歌は私たちだけが歌う歌ではありません。三千万の民衆がみな一緒に歌わなければならない歌です。
今や国家的な危機が私たちの目前に差し迫っているため、韓国が一致団結しなければならないということを皆さんは知らなければなりません。今、私たち統一教会は、アベル的な立場で打たれるか打たれないかという立場に処しているため、私たちが打たれる前に精誠を込めなければならないというのです。
これまで統一教会では、全国的に、あるいは世界的にこのようなことをしたことがありません。しかし今回先生が世界を巡回しながら私たちの宣教師がいる所すべてに指示をしました。したがって六月一日から四ヵ月間は、全世界的に信仰の祖国韓国のために精誠を込めることでしょう。世界の食口たちが、朝になれば韓国に向かって切実に祈祷しているということを皆さんは知らなければなりません。
ですから本国にいる私たちは、彼らに負債を負ってはなりません。そのため、今回の六月一日からソウルを中心とした三つの地区、三十三箇所に皆さんを送り出すという原則的な条件を既に立てておきました。伝道ができるできないは問題にはなりません。条件でも立てておかなければならないのです。
昔ヨナが、「ニネベ城のために祈祷しろ」と言った神様の心情を知らず、そのみ言に従わない立場に立ったようになることなく、皆さんは今回の期間、この民族のために灰を敷き麻の服を着て精誠を尽くして祈祷しなければなりません。
伝道優勝旗製作と月一人伝道
総務部長は優勝旗を作らなければなりません。本部のあるソウルで使うものを一つ、その次に地方で使うものを一つ、世界で使うものを一つ、そのように三つを作らなければなりません。今回の第二次世界巡回記念旗を作るのです。これで何をするかというと、今後争奪戦を繰り広げるのです。これを懸けて、各教会が毎月一回ずつ争奪戦を行うのです。
毎月そのようにして、一年間そこに一回も参加できなかった教会は全部、罰として餅でも一斗ずつ作らせ礼拝に参加させるのです。
これからは、統一教会の信徒であればいかなる責任を負うのでしょうか。一ヵ月に一人を伝道するのです。二人も伝道するなというのです。一ヵ月にただ一人のみを中心として精誠を込めなさいというのです。他の家には行かないで、ただ一つの家だけを中心として毎日精誠尽くし、毎日原理のみ言を伝え、一ヵ月に一人を復帰しようというのです。そのようにすれば一年なら何名ですか。十二名になるでしょう。十二名だけ伝道しなさいというのです。
今後毎月一人伝道できない人は、ここに絶対来れないようにするつもりです。ある人は「自分は会社に責任をもっていてできない」と言うかもしれません。けれども先生はそれを認めません。ここにいる部長たちも例外ではありません。全員責任を負ってしなければなりません。李耀翰牧師もしなければなりません。ここに来て説教をする時は説教をしても、時間を作ってしなさいという。のです。一ヵ月に一名伝道、これを全世界的に命令をしてきたので、韓国が何パーセント達成するか、統計を出すつもりです。
全国九つの地区を三十四に分割(一九六九・七・一)
協会では、一九六九年七月一日付で、全国の九つの地区を三十四の地区に分割し、同日付で各々その長を任命した。この地区分割は、地方の八つの地区を二十四の地区に、ソウルの一地区を十の地区に分割したことがその特徴である。
今回の先生の計画は、これまで全国が九つの地区になっていたのを、一つの地区を三つに増やして編成しようとすることです。言い換えると、三倍に増加させて三十の地区に編成しようということです。なぜそうしなければならないのでしょうか。これをそのままにしておけば、皆さんがみな枯れて死んでしまうからです。
そのため、本部を中心に体制改善を断固として行わなければなりませんでした。本部に所属し長くなった人たちは、ソウルの十の地区に全部再編成しました。全国の地区本部も改編しました。また、経済部分である企業体を分離させました。
これまで一つの地区で毎月お金をどれくらい使ったかというと、三十万ウォンないし三十五万ウォンです。皆さんが想像できないくらいお金を使ってきたというのです。
もしここで、私たちが物質を自由に授受できる環境にあっても、責任を果たせず追われる日には、統一教会は第二次受難の道を行かなければなりません。このような立場を未然に防止するため、新たな対策を講じざるを得ません。それで九つの地区を三十四の地区に改編したのです。
そして本部の各部署で全国を管轄しなければなりません。各地区ごとで各種各様の刊行物が出ていますが、これはすべて廃止しなさい。その代わりに本部の刊行物に各地区版を編集しなさい。「成和」紙体制を革新し、発行日の一週間前に出るようにしなければなりません。毎月、状況報告とその他の原稿を一生懸命書いて送り、成和紙に対して関心を集中するようにさせなさい。
各地区から本部に報告書を送る時、一部は郵送し、一部は持ってきて手渡しするようにしなさい。毎月三日に地区長会議をもち、毎月二十五日までの分を報告書で作成し、三十日までには本部に到着するようにしなさい。各地区の本部教会の人員を百二十名以上確保しなければなりません。
皆さんは怨讐サタンを殲滅するために乗り出した人々です。世の中のことは適当に越えていくことができますが、心情の世界ではそのようにできません。今認められるのが問題ではなく、刃をさやに納めたのち、栄光の場で認められなければなりません。食口たちに「うちの地区長は神様と先生に狂った」と言われる伝統を立てなければなりません。先生が外的なことに関心をもつならば、皆さんは内的な先生に対して関心をもたなければなりません。
六 夏季四十日伝道と喜進様昇華
夏季四十日伝道(一九六九・七・二〇〜八・三一、千五百名参加)
夏季伝道期間はなぜ必要なのでしょうか。それは皆さんに決定できる立場を立ててあげるためです。すなわち、サタンと神様の間にいる皆さんが天の側の立場に決定づけられるようにするためです。
堕落した人間は、真なる人になってサタンを凌駕することができなければなりません。それで本然の人間の権威を回復すると同時に、天の前に痛みを与えた心情基準を蕩減しなければなりません。そのようにして、天の父母に再び侍ることができる基準を生活環境で決定づけなければなりません。そうしなくては天国の民になることができません。これは天理です。
それではどうして四十日を定めたのでしょうか。四十の峠が問題であるためです。皆さん、蕩減するためにはどうしなければならないですか。第一は、中心人物がなくてはならず、第二に、期間がなければならず、第三に、条件物が必要です。このように、その期間というものが絶対的に必要なのです。
アダムからイエス様までの四千年歴史、アブラハムから現在までの四千年歴史を蕩減するための蕩減期間として立てたものの中の、代表的なものがこの四十日伝道期間です。このような峠を越えるために行く道は一つしかありません。
どんなに広く大きくて数千里になる道であっても、最も早く行ける道は一つしかないというのです。蕩減の道も同じです。
四千年路程があり、あるいは四十年路程がありますが、それは全部四十数を中心にした期間です。この峠を越えるためには近道を切り開かなければなりません。このような代表的な期間が四十日伝道期間です。
その次には何がなければならないのですか。条件物がなければなりません。私が探し立てなければならない条件は、信仰(霊)の三人の息子、娘です。そのためには、この期間にあらゆる精誠をすべて注がなければなりません。
これを復帰歴史に連結させるために七年路程があるのです。この七年の間で個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰、国家復帰までしなければなりません。四十日を基盤にして国家復帰までしなければなりません。それで、先生がこの七年路程が終わる時、国家的な因縁に区切りをつけなければならないと、み言を語ってきたのです。
喜進様自ら志願された伝道と殉教
(一九六九・八・一 〔陰暦六・一九〕、慶北金泉行き列車、忠北梅浦駅で事故)
真の御父母様家庭の二番目の御子息であられる文喜進様が、中東中学校二年の時の一九六九年、夏季伝道に昇華された。喜進様は、四十日伝道の意義を強調される真の御父母様のみ言を奉じ、ソウル地域の成和学生たちと共に四十日伝道の先頭に立たれ、八月一日、慶北金泉を伝道地と定め、列車に乗って赴く途中、忠北梅浦駅で不慮の事故に遭われた。
世界は今最高の緊張状態にとどまっています。宇宙征服という目標のもと、その第一段階である月の世界を征服するという立場にあるかと思えば、(一方では)米国の政策方向は修正され、思想的な問題より自国の利益を追求する傾向におかれているのです。現在の韓国経済や日本経済だけ見ても分かるように、全世界はみなこのような立場に巻き込まれていっているのです。
それゆえに先生は今年の六月から百二十日間の祈祷期間を定めたのです。皆さんには話しませんでしたが、今年の八月をどうやって越えていくかという問題を置いて、誰よりも深刻に精誠を尽くしてきました。十二時に眠れば、一時あるいは二時に起きて、ひれ伏して祈祷しながら夜を明かしました。
第二次七年路程の第二次年度である今年の九月が一番大変な峠でした。第二次年度はイエス様的な年ですが、先生の息子を中心として見れば喜進が該当します。それで皆さんが責任を果たせなくなるや否や、喜進が引っ掛かっていってしまったのです。本来は喜進が伝道しに赴くのではありません。
今年は全面的な動員をしなければならないのに食口たちが動員しないので、先生の威信が立たないと、自分だけでも行かなければならないと(喜進が)言うので許可したのです。「その代わり注意をしなさい」と言いました。先生はサタンを越えたので、サタンは(先生の)息子、娘をねらっているのです。それで先生の家庭において、喜進が引っ掛かっていったのです。
喜進が伝道に出ていく前に原理のみ言を全部聞いてのち、「韓国に主が来られるなんて、家にそんなことがあるなんて……」と言いながら、床の上で飛び跳ねながら喜んでいるのを見ました。その時、「そうか、私が神様の前に孝道を尽くせなかったことを喜進が代わりに孝行し、神様は(それを)御覧になって慰労を受けることができるようになるんだなあ。お前がそのような心の下地だけでももったんだなあ」と喜びました。
先生がこのような話をしたことがあるでしょう。「統一思想を中心とした歴史時代に殉教者をもつ家庭には福があるのだ」という話のことです。先生の家庭では、一九六九年に喜進が代表として逝ったのです。一九六九年度は、三年路程の二年目となる年であったため、全体が動員されなければならなかったのです。その時、喜進が入ってきて、「全体が出ていかないなら、私一人でも行かなくてはならないではありませんか」と言うのです。そうして「金泉に行く」と言うのです。その時先生は、京畿道に金泉があると思い、そこに行くのだと思ったのです。慶尚道にある金泉に行くということを知っていれば、出しはしなかったのです。(同じ)垣根の中にあって、互いに近くで交わりながら注意しなければならない期間であることを知っていたからです。
そうして喜進が我が家の第一代殉教者になったのです。咲いてもいないつぼみのままの少年として殉教の鮮血を流すことによって栄光の場に参席できる輝かしい価値は、歴史時代に永遠に伝統として残されるものであるため、先生は誇らしく逝った道であると思っています。
喜進が進んで「伝道事業に行く」と言ったので、先生は数多くの我が統一教会の青年男女に「民族復帰という課せられた使命を完遂するためには、血と汗を流しながら活動しなさい」と命令を下すことができたことを心(の中)で感謝しています。変な予感がしたので「くれぐれも注意しなさい」と言っておいたのに、結果がこのようになったことに対して、私たちの教会に被害となり、先生の家庭に被害となったとは絶対に考えていません。み旨のために(生まれて)来たので、み旨のためにきれいによく逝ったというのです。
男として生まれ、父母の前に孝行の道を行くということは、その父母の志を奉じ、死の道をも介すことなく行くことではないですか。そのような孝の道理を立てて、国家の運命を開拓していく道の前にあってもなお、死を介さないことが忠の道理ではないですか。私の行くべき死の道を代わりに行ってくれたと考えたのです。このような面で、先生はひどいといえば本当にひどい人なのです。
イエス様の生涯と喜進様
先生がここで望むことは、今日、全世界が共に越えていかなければならないこのような峠道において、喜進が神様の哀れみの恩賜により一つの祭物的な条件として受け入れられることだけを待ち望んでいることです。彼の行った道の前に、皆さんが感じた思いをすべて集めて追慕しなければなりません。
先生の家庭をおいて見る時、彼(喜進様)はイエス様と同じ立場であり、聖進はアダムと同じ立場です。このように彼は長成期級にいたがゆえに、第二次七年路程を中心に、事実としてそのようなことが起こったのです。これは、皆さんが知らない背後において、天的な摂理のある帰結点があるのだということを先生は感じているのです。先生はこのことにより神様の悲しみを体恤したし、これまで皆さんに言えなかった、そして一生においてその誰にも言えないであろう忘れることのできない釘の痕が残っているのです。
喜進もイエス様のように道で生まれました。イエス様と全く同じ運命なのです。しかし、イエス様は三十代で民族から追われる立場で、イスラエルの基盤のない立場で逝きましたが、喜進は追われる立場でなく、基盤をもった父母を中心とした立場で逝きました。洗礼ヨハネとヨセフ家庭から反対を受けていた悲しい立場のイエス様、追われていたイエス様の立場ではなく、歓迎を受けることができる立場で逝ったので、よく逝ったというのです。またそのことで、イエス様の青少年時代の恨を解いてあげるようになるのです。そうして、霊界を中心として全体が動員できる新しい時代に入っていくことができるようになるのです。若い人はもちろんのこと、全体が動員できる霊的な基盤を地上に強固につくり上げることができるようになるのです。
これをもって、イエス様が三十代において霊的救いの基盤を準備したように、喜進の犠牲により、青少年圏内の子供たちまでも救いを受けることができる霊的救いの基盤が広められたというのです。彼らを中心として、再臨復活できる平面的な恵沢圏が広がったというのです。そのような意味から、私は少しも涙を流しませんでした。私が涙を流せば公的な立場の父にはなれないのです。それでこれまで涙一滴流しませんでした。流してはならないのです。喜進は祭物としてきれいに捧げられたのです。
喜進は日本で生まれました。イエス様は外国に行ってきたのでしょう? ゆえに喜進も外国に行ってこなければならなかったのです。皆さんが知らない中、このような歴史をつないで復帰の基盤を準備したのです。皆さんはどれはどの苦衷と悲しみと悲運の歴史が詰まっているか分からないことでしょう。将来、皆さんが先生の直系の息子、娘となり、共同的な運命だとして「一つの穴の中で死ぬ」という決意をもち、「絶対間違いなく私はここで生き、ここで死ぬんだ」という決心をするようになれば、もっと細密な話をしてあげるつもりです。
七月七夕特別記念式(一九六九・八・一九〔陰暦七・七、〇七:○○〕、前本部教会)
真の御父母様は、一九六九年陰暦七月七日午前七時、前本部教会で「七月七夕特別記念式」をもち「責任は誰にあるか」という題目でみ言を語ってくださった。
きょうは陰暦で七月七日、二十四年前の陰暦七月七日は、大韓民国が解放される正に前日でした。その時、解放とともに、み旨はキリスト教と一致すべきことであったのに、既成教会が責任を果たせずに摂理は延長してしまいました。
韓国キリスト教が責任を果たせなかったことは、世界が責任を果たせなかったことと同様の立場であるため、先生自身は、この外的宗教の過ちを二十一年にわたり、内的に再現して収拾しなければなりません。これは一時にするのでなく、一、二、三次にわたってしなければなりません。そうしてこそアダムの歴史が合わさるのです。
六千年の歴史を二十一年で蕩減復帰しなければなりません。それを縦的に再現させ、完全に蕩減しなければなりません。その再現する外的条件が三十六家庭です。三十六家庭は、人間的に見れば何の価値もありませんが、先生が立てたのちには、キリスト教全体を代表した立場であると同時に、民族、国家、世界の型をもって主を迎える型なのです。このようなことを見れば、統一教会は復活したキリスト教と同じ立場です。第二次七年路程は、キリスト教が失敗し責任を果たせなかったことを完全に蕩減復帰しなければならないのです。
皆さんが一つになれば全キリスト教が一つになった結果となるのです。第二次七年路程は第二次年度に該当し、喜進も第二の息子です。皆さんもそのような息子として天の前に連結されなければなりません。喜進はイエス様が馬小屋で誕生したのと同じような立場で生まれ、イエス様が十字架の路程を歩んだように十字架の路程を歩んだのです。
今や先生自身が重大なことを決定する時となりました。中間霊界は協助してくれるのではなく、かえって先生の行く道を遮っています。第二次七年路程においての先生は、お母様を中心として戦うのです。
喜進は少し前から原理のみ言を一生懸命聞き始め、啓蒙に出掛けなければならないと主張したのですが、それを私としては遮る道がありませんでした。喜進の死により、霊界にいるすべてのキリスト教信徒たちに解放の道が開かれました。数多くの人を最前線に立ててくる中、喜進が第一殉教者の立場に立てられました。私も、地上で喜進が神様の心情を体恤するようになったことを有り難く思っています。これから先生は子女たちのための三時代の涙を流さなければなりません。先生は、家庭を中心とした戦いを継続しているのです。
キリスト教が責任を果たせなかったため、尹清浄心などのような異邦の宗教の人が出てきて、代わりに責任をもったのです。彼女は先生とお母様の服を作ってきたのです。陰暦七月七日七時、七数が三つで完成数である二十一数となるので、完成段階に越えていくのです。
七 大学の原理研究会を中心とした集中的活動
第一回全国成和大学生総会(一九六九・九・三〇〜一〇・四、前本部教会および東丘陵、百名) 第一回全国成和大学生総会が、前本部教会および東丘陵で、一九六九年九月三十日から十月四日まで、五日間にねだり実施された。全国各地から百余名の大学生たちが参加する中で開催された同総会では、地区対抗原理講義大会、音楽コンクール大会、雄弁大会、体育大会、文化行事など多彩な行事が催された。真のお父様はこの総会で、「大学生たちは大学を革新するための主体として大学を蕩減しなければならない」と語られた。
きょうは九月最後の日です。清平で百二十日精誠祈祷が終わる最後の日です。きょうをよく終えなければなりません。
先生は大韓民国のソンファックン(注:聖火ランナーのこと。ソンファは「成和」と同音異義語)です。また村に行けば村のソンファックンです。サタン世界のソンファックンであると同時に神様の世界のソンファックンです。
韓国の言葉の意味は本当に妙です。教会に通う人はイエスックン(注:「ックン」はそのことを職業的、習慣的にする人の意味)、寺に通う人は寺ックン、皆さんは何の「ックン」ですか。ソンファックン(成和人かつ聖火ランナー)です。皆さんは自らがソンファックンだと考えたことがありますか。
化学の「化」の字と成和の「和」の字では何か違うのですか。化学の「化」の字は自分の本質的な性格と形態までも変わってしまうことであり、成和の「和」の字は主体的な「観」がはっきりした絶対的主体として相対的与件をつくるものです。どこに行こうが形式にとらわれることがないのです。そうあってこそ成長するのであり、一段階上がっていくのです。
皆さんは正にこの成和をもってみ旨を成していくのです。皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、そして自分を中心とした天的な心情を強固化させなければなりません。そうして完全な種粒として結実し、皮をはがなければなりません。
そうしてこそ精穀(注:皮をはいだ穀物)になるのではありませんか。それなのに「先生の姿は立派なのに弟子たちの姿はそうなっていない」と、そのように言われてもいいのですか。いけません。
「成和」という字に「大学生」を付けるならば、その「大」という字は大きいの「大」という字でしょう? これは天と地のために祝福するための中心だと考えなければなりません。皆さんは、原理研究会の学生として、革新を起こすための主体的な存在です。したがって皆さんは、大学生として大学を蕩減しなければなりません。大学がこのままではいけません。このままでは祝福を受けることができません。それでは「学」というのは何ですか。知識のことでしょう? 何をするために学ぶのですか。
女性は勉強するのも、真の男性に出会い、真の母になるためにすると言わなければならないのです。母となるためにはまず、国のために勉強しなければならず、夫に真の夫として侍り、真の妻にならなければなりません。このような私となれなければ、真の夫に侍ることもできず、真の息子をもつこともできないのです。
大学生を中心とした活動時代(一九六九・一〇月より)
一九六九年は重要な年です。そうであるだけに、若者たちを中心にして越えていこうというのです。今は若者の時代です。したがって、ここに焦点を合わせなければなりません。それで、十月からは原理研究会の組織を再編成し、各大学別に活動を展開していく準備ができているのです。皆さんはそこで先頭に立ちなさいというのです。
先生はこれまでどんな人々を動員しましたか。高校生を動員したのです。それは彼らが長成級であるためです。統一教会が復帰歴史を担当しなければならないのですが、高校生の立場が復帰歴史の中心となるべき長成期であったため、そのようにしたのです。それで彼らに、「大学に行ってはならない」と言いました。
学校が問題ではありません。天命を成さなければならないでしょう。運命を超越し、運命を主管し、天命に従っていかなければならないのです。天命を代表して未来を開拓し、勝利の基盤を築かなければなりません。
そのことを成すためには十代が必要でした。アダムとエバがその時代に堕落したため、復帰も二十歳を前後した人がしなければならないのです。皆さんには、そのことを成すためのその時、その時代に参加できなかったことが千年、万年の恨として残るこその時参加した人々がその環境で基盤を築き一つの峠を越えたので、これからは皆さんが先頭に立たなくてはなりません。
大学を造ってでも勉強させようとしている私が「大学に行くな」と言ったのは、時ではなかったからです。時ならぬ時に時のことを願うということは、堕落の動機と全く同じなので、大学生たちはこれまで継子扱いを受けざるを得なかったということを知らなければなりません。
そして今は、これまで苦労した地区長、地域長たちを大学に行かせ、卒業させなければなりません。彼らを学校にも行かせず苦労させたので、彼らに対しては先生が責任を負わなければなりません。いずれにしろ早い時期に、これまで苦労した高校出身の地区長、地域長たちに大学の卒業証書がもらえるようにしてあげるつもりです。
これまで苦労した人々はアベル的な立場であり、学校に通った皆さんはカイン的な立場です。ですから皆さんは、アベルの立場に立っている先輩たちに仕え、(大学で)勉強させようという心をもたなければなりません。
彼らを大学に行かせてあげなければなりません。そうしながら、残された十字架を皆さんが「担当しよう」と言って乗り出さなくては、皆さんには生きる道がないということを知らなければなりません。
第一次七年路程を歩んだ六〇年代には、無学文盲な女性たちと、少年少女たち、小学校も出られなかったような人々が、この国のために涙と血と汗を流しながら精誠を尽くしたのです。しかし、この第二次七年路程では、知識層の若い大学生の男女たちが彼らと同じ心をもって一つになり、この民族の前に立たなければなりません。そうなりさえすれば、この民族はあっという間に復帰されることでしょう。
既に十月に入ってからは、統一教会に復活の歴史のような新しい時代が来ています。また、十月四日のきょうは先生の出獄記念日です。西大門刑務所を出てきた日です。そしてあと十日さえ過ぎれば、先生が二十一年の峠を越えるようになります。興南監獄出監日を中心として二十一年の峠を越えるようになります。
このような問題を中心として夜を明かしながら祈祷する群れがあります。ですから今からでも、このような時代とこのような時点を越えているのだということを理解し、皆さん方は一致団結しなければなりません。神様の代わりに戦い、先生の代わりに戦って勝利するという信念をもって、天の代身者になりなさいというのです。
原研活動の社会化方案
今後原理研究会の活動は、大学内の活動としてのみ終わってはなりません。大学生であれば、中・高等学校を卒業したので必ず母校があるはずです。大学内の活動にだけ局限するのでなく、自分の先輩後輩関係をよく活用し、母校にまで影響を及ぼすことができる活動をしなければなりません。
総じて大学街をおいて見る時、彼らの家庭は中流以上の家庭です。ここから私たちは、愛国愛族の思想を発展させていかなければなりません。そうしてその家庭に行き、何か一つ、感動を与えなければなりません。その家庭に行き、真摯な意味で愛国愛族をなし、父母の前に孝行することを教えてあげなければなりません。この俗なる世の中で、私たちはそこに染まることなく、新しい生活をしなければならないということを残しておかなければなりません。
また大学には、社会の著名人士の子女たちも通っているはずです。それで学校内の活動体制を強化し、分担的な活動を通じてその子女たちに私たちの活動に協助するようにさせ、彼らを原理研究会の活動圏内に導かなければなりません。連結されたその家庭を中心として、原理研究会の部長や、あるいは幹部たちがその家庭を訪問して活動しなければなりません。そして何家庭かだけでもそうしておけば、自然に問題が大きくなります。そのようになれば、国家や最高の機関にまで影響を及ぼすことができるようになるのです。
そのような基盤を築くための活動をして、それを、現在私たちがしている反共活動に連結させなければなりません。大学内で、私だちと連結された家庭を基盤に反共活動を繰り広げ、共産思想をもった赤色分子たちが浸透できる路線を事前に封鎖してしまおうというのです。
そのような基準から、大学街を中心とした活動を社会活動に連結させるため、今後学舎制度を置くことにしました。それで学舎を各大学の前に一つずつ造らなければなりません。そうして原理研究会の学舎と、成和学生たちとの関係を強化し、三年生、四年生になった人たちをみな原理講義ができる責任者にしなければなりません。
そうして、彼らを各大学の各学科別に配置し、私たちの思想を指導できる組織を強化しなければなりません。このように強化してしまえば、短い期間で急速な発展があるだろうと見るのです。
これまで超教派運動をしながら、問題を提起し、ある程度にまでは引き上げたのですが、それだけでは駄目だというのです。これからは既成世代とぶつかって、既成世代を退かせる運動をするのです。キリスト教の青年たちを団結させて彼らを早急に追い出さなくてはなりません。このようなことを計画し、先生はこれを背後で操作してきているのです。
人的資源補強問題に至っては、原理研究会とこの道しかないので、これに替えていくのです。それから原理研究会を中心とした全人教育をする背景もここにあるのです。そうしたことをはっきりと知らなければなりません。そして今後、キリスト教青年運動も展開できるようにしなくてはなりません。
八 教会および経済の二元化と銃砲事業
銃砲事業を中心とした経済基盤復帰(一九六七年から)
一九六七年に初めて「経済基盤復帰基台完成」という標語を掲げることができました。それ以前には、先生は「お金のことを考えては駄目だ」と、皆さんに言いました。しかし先生は、皆さんを苦労させながら背後では経済問題を中心として一段階先を行っていたのです。その当時、大体七年もすれば相当に難しい状況に処してしまうだろうということが分かっていたので、先生は一段階先に立って経済問題を心配してきたのです。それで造ったのが鉄工場です。
私は、十二年間、工場を発展させてくるとき、大韓民国のいかなる企業主よりも多くの精誠を込めました。神様はそれを御存じなのです。私が決心して自信をもって進む時、悪なるサタンは後退するようになっています。これは鉄則です。
先生の経済観には私心がありません。大韓民国の運勢を支配するところに神様があられ、また大韓民国の経済を建設するところに神様の経綸がある限り、私は大韓民国の誰よりも私心を離れ、公的な立場からその目的を追求してきました。それゆえにここで誰かが言いがかりをつけて反対するならば、その反対した人が敗れていくというのです。このような信念をもっていくならば、できないと思われることもみなできるのです。
私は、統一産業に一日に三度も通った日が何度もありました。毎日行くのは言うまでもありません。夜十二時前後に帰ってきて、朝早く出掛けるのです。何をしに出掛けるのですか。精誠を尽くさなければならないのです。産業基盤を通じて天に橋を架けようとすれば、産業に従事しているいかなる人よりも精誠を込めなくてはならないでしょう。天運の先を行かなければならないでしょう。
私が忘憂里峠を行き来しながら「お前たち霊たちは、私が行ったり来たりすることを知っているが、この世の人々は(それを)知らない。私は今は、この手に何もない惨めな道を出発しているが、十年、二十年、三十年後を見ていろ。必ず民族が私たちの力に頼り、世界が私たちの力に頼る経済基盤があるはずだ」と考えたのです。
南山を回っていき交通巡査に引っ掛からないようにするため、逃げ回ったことがどんなに多かったことでしょうか。そうして千年の経済基盤を築かなければならないので、千年期間に、そのどの時代にももち得なかった精誠の道理を通し、蕩減条件を立てるのです。また、未来において、神様の祝福の経済基盤が我が統一教会にあるのを予見したため、そのようなまねをするのです。
そうして、先生が一つ言いたいのは、先生はこの地において銃を中心として事業をしてきたので、今後統一信徒たちはみな、銃に対する関心をもたなければなりません。
一九七〇年代になれば、先生が精誠を込めながら直接引っ張ってきた時代は過ぎ去るので、それ以前に作った銃は、将来、歴史における宝物となるのです。
国家防衛と銃砲事業
この銃は、先生が神様のみ旨のために先頭に立って開拓したものです。そのように先生が心血を注いで精誠を込めてきた物なのです。それを自分の家門の家宝として残そうと思えない皆さんにどうして銃を売ることができますか。
三面が敵に包囲された韓国の実情を見る時、今後は思想的観点を正しく立てて国家と民族を保護しなければなりません。ゆえに、国家防衛のための思想に責任をもってアジアを防御する中で霊界に行くようになる時には、後孫たちに厳粛にこの銃を引き継ぎする式をしなければなりません。このような思想を息子、娘や娘婿に継承していくことができなければなりません。
現在の国家情勢から見る時、先生は、間違いなく大韓民国が防衛産業を重要視する時が来るだろうと考えています。十年を中心としてそのような時を見越しつつ歩んできました。ところで案の定、今時が来たのです。今回、国が「軍事力を強化する」と言ったので、あちこちで「工場を造る」と言って大騒ぎです。
今年は、十年間精誠を込めた内容を通して最後の勝敗を決定しなければならない年です。もしこの時を逃してしまえば、十年間精魂を込めて築き上げた塔が崩れさってしまうのだということを知らなければなりません。そのためどんな無理をしてでも、五月前までには今年の計画量を達成しなさいと命令したのです。先生は、この時代に責任を負った者として、予備し、準備せざるを得ない立場にあるのです。これをしなければならない責任があるため、そのような冒険をしたのです。
私は、今年すべての要員が一致団結して動けば、政府が要請するものは成し遂げることができると判断しました。本来、六月末までにはお金を準備しておかなければならなかったのです。しかし、七月までにお金を準備してから政府と契約を推進したのです。
今年の九月から、資金問題を心配することなく押し進めていける契機が準備されました。先生が外国に行き、そのような覚悟のもとですべてのことを指示しました。それで私たちが七月末までに契約を完了したのです。昨年(一年かけて)千辛万苦の末に作った数量を、今年は四月の末までで作り上げたのですから、ものすごく一生懸命仕事をしたのです。
空気銃販売現況と計画
今は国を生かさなければならない非常時です。全国民が動員されなければならず、全霊界が動員されなければならないこの時にあって、人の後ろで休んでいては駄目です。
また、現在在庫が五万丁ほど残っています。これを月賦にして一万五千ウォンずつ収金するようになれば、七億五千万ウォンになります。そうすれば全部で九億七千万ウォンになるのです。そこに日本に送るものまで合わせれば、十二億ウォンに該当する資源が作られるようになるのです。
既に作ってある物だけ売っても、三億ウォン以上の現金になります。ですから今年の販売の全国大会さえよく行えば、我が国のどんな大財閥も問題ではありません。韓国での販路は、ある段階までくれば途切れることでしょう。今年が最後かもしれませんが、うまくやれば一九七〇年代へと越えていくこともできるでしょう。
今年、日本に二千五百丁を送りました。今年、一万五千丁出れば、来年は三万丁ないし五万丁まで出るだろうというのです。
今年、先生は米国に五百丁送りました。「今年だけで日本で一万五千丁出た」と言えば、米国の食口たちは「ひゃあ」と言うのです。「日本で五万丁、十万丁を売った」と言えば、米国はそれ以上売らざるを得ないのです。先生は米国全域を巡回しながら調査しました。米国は黄金市場であり、処女地です。そこには無尽蔵の資源があるため、数など超越して販売することができるのです。
今後私たちは世界に出ていかなければなりません。今年末まで、でなければ遅くとも来年四月までは、四十カ国に私たちの宣教部が設置されるでしょう。皆さんは知りませんでしたが、現在ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ギリシャ等に宣教師が赴くことになっています。先生が世界巡回時、どこに聖地を定めたのかさえ連絡してあげればすぐに赴くようになっているのです。
アフリカの多くの国にも宣教部が設置されています。今後遅くとも三年ないし四年以内には、三百六十箇所に宣教部が建てられることでしょう。名もない国、国連に加入できない国にまで全部宣教師を送り出すつもりです。
水澤里工場運営と拡張
私たちが水澤里に工場を建ててから満三年四ヵ月になりました。一番最初はトラックで数合にしかなりませんでしたが、今はトラック数百合になってもなお余ります。これまで私たちは悲惨な生活をしてきました。しかし今回、水澤里に韓国で一番の施設を造りました。今後私たちは誰よりも豊かに暮らさなければなりません。
先生は今年も一千八百万ウォンを投資しました。今後これが二元化される時、苦痛があるだろうということが分かったので、これを補給できる補給路をこれまで講究してきたのです。昨年も八百万ウォンを投資しました。このように非常作戦をしてきたのです。
でも皆さんは、すべてのことが自然にできると思ったでしょう。これまでソウルでこの複雑な環境を切り開いてくるため、どんなに多くの辛苦をなめたか知れないというのです。難しい問題が起こるたびに、私の信念を神様と一致した立場に連結するため、ありとあらゆる冒険をしたのです。
私たちは、一九六七年六月から物品税に対する免税を受けています。一九六七年六月からこれまで満二年四ヵ月の間、免税の恵沢を受けたのです。その間、あらゆる方面に努力し、三年計画をもってこれまでやってきたのです。したがって、三年の内にすべてのことを整理しなければならないのです。もし物品税を納めるようになれば、一丁の銃も作ることができなくなります。贅沢品に対する物品税が七五パーセントであるため、私たちは工場の門を閉めるほかないようになるのです。
それゆえ、そのような時に備えて四年前から機械を製作してきました。初めは機械については何も知らない状態から冒険をしたのです。しかしながら三年を計画したことが、一年八ヵ月目にして二台の機械を造るようになりました。そうして満三年になった現在、私たちの工場の機械の内、九〇パーセント以上が私たちの手で造られています。これまで日本から輸入してきていた一千五百万ウォンぐらいの機械も、今では私たちの手で簡単に造ることができます。性能面でも全然引けを取らないのです。
ですから、今後工場で銃を作らなくても工場を休ませることなく回転することができ、工場にいる人々も生活できるようになりました。このような基準を立てるまで、背後において先生が心配し、冒険しながら決定してきたということを知らなければなりません。
現在の韓国の実情から見て、これ以上は銃は売れないと言いましたが、先生は今年、五百坪近くの土地に第二工場を新築しました。それで今後生産量を倍に増やす考えです。一年に少なくとも百万丁、百五十万丁まで作る計画です。そうしてから工場をもっと建てるつもりです。七一年度後半までに世界的な大きな工場を造るつもりです。
そして今回、水澤里工場に社宅を建てようと思っています。韓国で一番の社宅を造ろうと思います。そして工場も今よりももっとたくさん建てるつもりです。今後私たちの工場に入ってきてから出ていく人は、絶対再び入ることができません。また一九七二年まではどこの工場よりも少ない月給にするつもりです。
先生はこれまでの生涯で、日曜日はもちろん一ヵ月に一回も休みませんでした。一日に十八時間以上仕事をしました。現在皆さんは、一日に十二時間仕事をしています。しかし今後はどんどん短縮させるつもりです。また、待遇も改善してあげるつもりです。皆さんの宿舎を見ると、こんな所に人が住めるのかという感じを与えるほどです。たとえ豚小屋のような所に住んでいても、その豚小屋から天国が開かれるのだということを知らなければなりません。
教会と事業組織二元化措置(一九六九・一〇・一六〜二一、全国地区本部巡回)
それで、一九六七年から二元化しなさいと先生が指示したのです。原理的な立場から見ても、二元化させなければなりません。ところが二元化しなさいと指示しだのにもかかわらず二元化しなかったので、今年の六月に先生が直接断行したのです。二元化させてしまえば、先生に責任があるので、六ヵ月間は最小限の生活費の面倒を見てあげるのです。
第二次七年路程は子女時代です。ですから先生は内的な立場であり、皆さんは外的な立場です。それと同じように、私たちも教会分野と経済分野に分けられなければなりません。すなわち二元化時代になるのです。二元化の原則は何よりも重要です。教会責任者と経済責任者をはっきりさせておきましょう。
このような立場から見た時、今日統一教会自体内でも、組織が完結されなければなりません。すなわち、人をつくることにおける代表機関が教会であり、物質に対する組織が事業部です。人が物質を主管しなければなりません。
九 日本勝共運動国民大会
日本を中心としたアジア勝共運動
一九七四年までの第二次七年路程では、大韓民国の復帰と天国基盤をつくらなければなりません。それではそれをどのようにしてつくるのでしょうか。復帰は霊肉を中心としてしなければなりません。それで、教会的にはみ言を中心として霊的に、世界的には思想を中心として肉的に動くのです。
ゆえに民主世界ができない反共思想を私たちがもって出ていくのです。これはモーセが出エジプトをする時、彼らを導いてくれた火の柱と雲の柱に該当するのです。火の柱と雲の柱を中心として、外では世界共産圏を屈服させ、内では家庭の法度を立て、これが世界舞台に連結されていくようになれば地上天国が完成するのです。
世界をどのようにするかが問題であり、世界のための道を築くことが問題なのです。それで今先生は、日本でも扱わない勝共問題と反共問題を扱っているのです。アジアを生かすためにアジア人を誰がより愛するかというのです。それは日本でもなく、韓国でもなく、その誰でもありません。唯一統一教会のみです。ですから実践しなさいというのです。実績の前には誰も頭を上げることができません。それで今、日本全体が引っ掛かりました。
現在日本でこのような実情に処している統一教会員は、先生が指示した作戦を中心として、命を懸けて戦わなければなりません。今日本における私たちの立場は、白昼、裸で怨讐から鉄刀で脅されているのと同じ立場です。そのような状況であるため、久保木会長に脅迫状が飛び込んできたり、恐喝、脅迫電話がきたりと、あらゆることが起きているのです。
しかし、日本を生かすために統一教会の者たちは大学街を訪ねていったり、夏であれば、通りやピクニックをする場所にまで行って、共産党と理念闘争をしてきたのです。多くの迫害を受ける中で何度も組織を通じて深く浸透していった結果、今では日本での活動が大変復興しているのです。一番最初、日本の食口たちに反共活動をしなさいと言った時には目を丸くしていたのに、先生のみ言どおりに反共活動をしてみて、今に至っては先生に感謝しているのです。
日本勝共運動国民大会
(一九六九・一〇・七、大手町サンケイ・ホールおよび日比谷公園、五千余名)
日本の放送で報道したように、日本では七日に、全国勝共国民大会を東京の日比谷公園でもちましたが、ここに約五千余名が参加し、拍手をしながら歓迎したそうです。
共産党はこれまで、日本が自分たちの意のままに間違いなく赤化されると信じてきました。それで、昼も夜も活動しながら赤化するために努力をしてきたというのです。ところが彼らの前に私たち少数の統一の群れが反旗を翻して出てきたという事実は、日本の共産党にも問題となり、日本政府にも問題になったというのです。
全国民が新しい角度から自らを批判し、将来を再検討し得る立場に立ったというのです。たとえ私たちの行動は微々たるものであったにせよ、そのような内容があったという事実を見る時、これが日本に一つの波紋を起こした結果になったのであり、この波紋はアジアの全域に及ぶ事件になったのです。
ではそれでもって終わるのでしょうか。共産党を克服するためにはまずゲリラ戦法を使わなければなりません。しかしその後は、大兵力を投入して全面的な戦いを展開しなければならないのです。
なぜこのような冒険をしなければならないのでしょうか。今日の世界のいかなる思想や団体も共産党と対決できずにいるという実情の中で、私たちがこのような運動を展開することにより、共産党と対決できるという信念をそれとなく国民大衆に植え付けてあげるためです。それで、我々の勝共理論と国民の信念が一つになりさえすれば、共産党に勝つことができるようになるのです。
このような問題を置いて見る時、今日私たちはアジアにおいて既に戦いを展開しています。今日、大韓民国が私たちの怨讐ではありません。日本が私たちの怨讐ではありません。今日の共産主義が私たちの怨讐ではありません。共産主義を操縦してその背後で天的な摂理を破綻させようとしている原因者、すなわち私たちがよく言うサタンこそ私たちの怨讐なのです。
十 冬季四十日伝道と一九七〇年代の迎え
一九六〇年代の基盤と一九七〇年代の課題
一九六九年は私たち教会としても重要な時期であり、世界的にも重要な時期でした。一九六〇年代は私たちの教会が教会としての基盤をある程度築いてきた時期でした。すなわち、個人的、家庭的、教団的な試練を経験しながら開拓してきた時期でした。それ以前は、先生が個人的な基盤を築いてきたのであり、一九六〇年代は教団的な基盤を築いてきました。
一九七〇年代には、私たちの教会が世界に影響を及ぼすことができる国家的な基盤を築かなければなりません。一九六〇年代に私たちは国家に多くの影響を及ぼしました。そうして今は、国家の前に堂々とした位置をもつようになりました。一九七四年度までは、大韓民国により大きな影響を及ぼすようにしなければなりません。
一九七〇年度には、「アジア勝共大会」、「国際勝共大会」などを通じて内的な実績を立てなければなりません。その次には大韓民国を動かすことができる主体性を備えなければなりません。ここで私たちは核心要員を養成しなければなりません。原理研究会の学生たちを通して、キリスト教を信じる学生たちを動かすようにしなければなりません。超教派運動と原理研究会運動は、一九七〇年代の活動のための外郭的な運動でした。
日本食口たちの活動を通じた外的な影響はいいのですが、内的精鋭要員が問題です。今後大学出身者が七千名ないし一万二千名が必要です。キリスト教徒が入ってくれば二ヵ月だけ訓練させれば要員になれます。しかし人的資源をつくるためには経済問題がつきまといます。超教派運動、学生運動などをするためには莫大な資金が必要です。
徐南同教授がセムナン教会で講演した以後、統一教会は到底なくすことができないものとして広く認識されるようになり、恐怖を感じる群れまで生じました。私たちの超教派運動に既成教会の指導者たちも関心度が高まりました。したがって対既成教会活動と大学生運動を活発に展開しなければなりません。
先生が教会の基盤を築くために闘争した、心配したその期間が完全に過ぎ去りました。今は先生が死んだとしても統一思想は残されるはずです。このように教会を中心として心配していた時は過ぎました。
ですから今は国のために心配しなければなりません。教育をしなければなりません。思想的な教育をしなければならず、生活的な教育をしなければなりません。このような面で、一九七〇年代には三千万民族(韓民族)を再教育する運動をしなければなりません。それが神様の願いであることを知らなければなりません。
冬季四十日伝道と勝共啓蒙活動(一九六九・一二・二〇〜一九七〇・一・二八)
第四次冬季伝道および勝共啓蒙活動が、一九六九年十二月二十日から一九七〇年一月二十八日まで実施された。この時の活動の特徴は、現居住地を離れ、新たに配置された任地で四十日間活動をすることであった。
世界の門を開く時が七〇年代です。個人は家庭のため、家庭は国家のため、国家は世界のために犠牲にならなければなりません。重大な立場に立っていることを自覚しなさい。各地で新しい朝(新年)を迎えながら流す涙は希望の涙です。歴史時代に輝ける一つの祭物になるため、大韓民国の三千万民族を抱いていかなければなりません。
今年は怨讐になったものにすべて報いる年です。六〇年代から七〇年代に越えていく前の今年の十日間で蕩減しましょう。この期間は一つの分水嶺です。先生は来年一月六日ごろから巡回をする予定です。その時、先生は新しいお金を分配するつもりですが、そのお金は歴史的な宝物になるでしょう。夫たちは妻の伝道地に一回ずつ行ってくるようにしなさい。妊娠した人は赤ん坊を生んで四十日後に伝道に出なさい。七〇年代は輝かしい戦果を収めましょう。
皆さんはイエス様や聖霊よりも良い立場です。イエス様や聖霊は息子、娘を抱いて伝道してみることができませんでした。赤ん坊を置いたまま伝道に出掛けるということは、アベルよりカインをより愛したという条件になります。したがって、そのようにすればカインは屈服するようになります。
今や私たちは歴史的な悲しみの中に立ったのではなく、これを完全に超越して新しい次元で光明なる新しい朝を純粋に迎えることができる姿勢をもたなければなりません。もし歴史的な悲しみが少しでも残っているならば、清算して新しい希望と善だけで満ちることができる光明の七〇年代を迎えることができなければなりません。
第三節 一九七〇年 勝利的統一戦線
真の御父母様の生涯路程 5
第三節 一九七〇年 勝利的統一戦線
一 一九七〇年の出発と摂理的意義(一九七〇・一・一、前本部教会)
年頭標語:勝利的統一戦線
今、私たちは一九七〇年度を迎えました。今年は「勝利的統一戦線」という標語を立てて、一年間を走らなければなりません。第二次七年路程の前半期の三年は「全面的進撃」という標語を中心として進まなければならないことを、昨年もお話ししました。勝利をもたらすためには、全面的進撃という過程を経なければならないからです。
今年、私たちはアジアだけでなく、世界を中心として表立った活動をしなければなりません。そのような責任を果たさなければならない時代になったため、「勝利的統一戦線」という標語を立てざるを得ませんでした。勝利するのは容易なことではありません。神様がこれまで復帰摂理を遂行してこられた一つの目的も、勝利するその日を迎えるためだったのです。
キリスト教が反対し、この民族と国家が反対する立場でも、今日統一教会は宗教の基盤を築かなければなりません。ユダヤ教がユダヤの国の思想的な基盤を立てたように、統一教団も韓国の思想的な基盤を準備し、影響力を及ぼすことができる基準にまで引き上げなければならないのです。民族と氏族と家庭を宗教と連結して、確固たる基盤を築こうとしたイエス様の立場を、私たちが蕩減してきたのです。それをなすために、私たちは六〇年代の最後の瞬間まで戦ってきたのです。
このような時代圏を準備するために、神様は歴史を通じてこれまで準備してこられたのです。外的世界に対しても、それに符合するように時代的思潮を操作してこられたのです。そうして私たちを導いてきた結果が、今現れている情勢なのです。それゆえ私たちが波紋さえ起こせば、その新しい歴史の波長がアジアを越えて世界的に広がっていくのです。そのようなことができる時が、正に七〇年代だということを皆さんは知らなければなりません。
したがって私たちはこれまで、怨恨の時代、蕩減の時代、代価を払わなければならない悔しい時代を生きてきたのですが、この七〇年代からはそのようなことをすべて終息させ、新しい歴史時代に入っていかなければならないのです。これまで私たちがこの国、この民族のために戦ったことを栄光の結実として取り入れられる時が来たのです。
勝利的統一戦線は、自分自身から成さなければなりません。そうしてこそ、その勝利した個人を中心として勝利した家庭が成されるのです。ここにあらゆる精誠を込めなければなりません。個人路程において精誠を尽くした倍の精誠を込めなくてはなりません。そのように精誠を込めた基準を中心として、統一氏族と統一教会をどのようにして影響力ある主体につくり上げるかということが問題です。
これを、家庭を中心としてどのように決定づけるかということは、大きな問題であらざるを得ません。言い換えれば、個人がみ言を中心として統一戦線を確保し、家庭的な統一戦線を確保しなければならないということです。そうしようとすれば、その家庭がみ旨と一致し、神様を立証し得る基盤をつくらなければなりません。そうして宗教と共に国家を越え、世界的な運動に展開させなければならないのです。
ゆえに今年からはアジア、さらに世界的な大会をたくさん開催するつもりです。いずれにせよ統一教会は今後、世界的な問題をたくさん提示することでしょう。その時、皆さんがそこに歩調を合わせていくためには、皆さん自身が世界的な基準で神様を完全に生活圏内に迎えなければなりません。すなわち、行く道の前後において、共に仕事をなす人をもって、生活舞台を天化させることに力を注がなければなりません。そうすれば、皆さんの行く道は絶対孤独ではないはずです。
二 韓日狩猟大会とアジア勝共大会
第二回韓日狩猟大会(一九七〇・一・一七、済州島)
今回の済州島大会は、皆さんが知っているように狩猟大会です。先生は、なぜこのような大会にしきりに関心をもつのでしょうか。今後統一教会の青年たちは、北韓の共産党が攻め込んできた時には、銃を持って彼らに対して戦わなければなりません。
以前のように押されていた時は過ぎ去りました。理論的な原則がしっかり合うようになっているのです。力で出てくれば、私たちも力で対決しなければならないのです。それで私は、ここに莫大な資金を投資したのです。彼らが力で出てくれば、私たちも力で対抗しなければなりません。
私たちの目標は、共産党を撃破することです。私がこうしていることを金日成が知れば、腹が痛いことでしょう。自分が思いどおりにできる興南の監獄に入っていた文なにがしが、南に行ってこのようなことをするとは夢にも思わなかったことでしょう。私がそこに入っていく時、「お前たち、数年後を見ていろ。高級幹部のお前たち、今何をやっているかは私が全部知っている。今に見ていろ」と、そのように考えたのです。
朴大統領が今回統一方案について話しましたが、はっきりした方案がありません。今後どのようにするつもりか、アジアの安保問題はどのようにするつもりか、自信をもっていないというのです。今後の私たちの怨讐は中共です。ですから、それと対決できる新しい体系をアジアからどのように準備していくかを考えなければなりません。
今私たちは、日本を中心として韓国の歴史を担っています。今日本は、北海道から九州まで私たちの組織で連結されています。その日本全域の私たちの組織を活用して日本の高校生たちの卒業記念修学旅行を韓国に来てするようにさせるのです。
日本の全高等学校の学生たちが韓国に修学旅行に来るようにしようというのです。
彼らは高校生なので、勝共連合が背後から教育するのです。観光は「桂一観光」を通じてさせようと思います。「桂一観光」というのは、「世界で一番の観光会社」という意味であり、また「世界を統一するための観光会社」という意味です。そのような意味から世一観光会社をつくるつもりです。
そうして日本のこの若い学生たちを連れてきて、どうするのでしょうか。今後彼らを新たに教育しなければなりません。日本は今、共産主義の魔の手に巻き込まれていく危機に置かれています。このような現状に置かれている日本を、どう救援するのでしょうか。高校生たちを連れてきて教育しようというのです。
第一回アジア勝共大会(一九七〇・一・二一、ソウル市民会館、五カ国、六千名参加)
国際勝共連合の主催で、第一回アジア勝共大会が一九七〇年一月二十一日午後一時、ソウルの市民会館で開』催された。アジア五カ国の反共人士など六千余名が参加して大盛況を呈した中で、金額朝氏や、それに似た経歴をもつ金イクプン氏が初代講演者として講壇に立った。
私たちはこれまで、教会活動だけでなく、反共運動において世界反共連盟を中心とした大会開催権を獲得できる道を開拓してきました。このような今日の現時点を考える時、これは偉大な奇跡を成したのです。このような一つの峠を越えることができる決定的な契機となるのは、今回私たちが開催しようとするアジア勝共大会です。それで、今回できれば政府機関と接触しようというのです。私たちは、アジアでのろしを揚げなければなりません。アジアにのろしを揚げれば、世界でも揚げられるのです。
何ののろしを揚げなければならないのですか。神様を中心とした愛ののろしを揚げなげればなりません。それを私たち統一教会がしなければならないのです。そのような意味で、今回のアジア勝共大会は一九七〇年代の開門式だと言えるのです。
皆さんは別名「金新朝事件」とも言われている、一九六八年一月二十一日の武装共産軍浸透事件を記憶しているでしょう。その事件は、韓国がのろしを揚げて新たに登場できる契機になったのです。その一日を迎える峠道で私たちが新しい歴史的な条件を提示してきたことには、大きな意義があるのです。
今回、日本から七十名の食口たちが韓国に来る予定です。その人たちは、反共戦線で最初に怨讐たちと激突した人々です。白昼、棒で殴られて倒れながらも共産党とぶつかり、戦って勝利しました。それは彼らが、韓国の食口たちがどのように活動してきたかという話を聞き、「韓国の食口たちに負けないようにしよう」と言って、そのようになったのです。
これまで一年九ヵ月の間、そのような歴史的な闘争によって新しい力を得、一・二一事件の満二周年を迎える今年、新しいのろしを揚げて世界に出ていこうと祖国を訪ねてくるのです。祖国の力に、その母体に接して、あすの戦線に進み得る材料を収拾しようと訪ねてくるのです。
今回の大会には重要な意義があります。勝共連合の名前でアジアで開かれる大会に、世界反共連盟の幹部たちが来るので、アジアに相当な問題が起きるはずです。このような立場にまで引き上げるためには、皆さんが知らない中で、背後で内面的な闘争をしてきたという事実を皆さんは知らなければなりません。
先生は一九七〇年を迎えながら、今がこの国と決着をつけることができる時だということを感じました。それゆえに、一九七〇年代を迎えながら大急ぎでアジア勝共大会を計画したのです。皆さんがどのように考えるか知りませんが、先生は悲壮な決意をもってそのことを計画したのです。本来これは、一九七〇年度の計画ではありませんでした。一時的計画としてこのことをしたのは、突発的事態を防備するための内的な事情があったからです。それで、そのように事を急いで断行したのです。
三 協会修練会および行事
第一回協会幹部修練会(一九七〇・二・一六~二八、水澤里統一産業寄宿舎、七十八名)
協会では、一九七〇年二月十六日から二十八日まで、水澤里統一産業株式会社の大講堂において、協会幹部の内七十八名が一次として入所する中、第一回協会幹部修練会を開催した。同修練会では原理講義(安昌成、崔容碩)、牧会学(李耀翰)、勝共講義(李相軒、黄仁泰)、音楽指導(黄元鎮)等があり、安東煜(崇実大)、申相楚(慶煕大)、崔グァンソク(国防大学院)、徐南同(延世大)等の教授とオヂェド弁護士が招聘講師として招かれた。
皆さんが今、み旨を中心として新たに七〇年代を迎え、この朝覚悟しなければならないこととは、「神様から密使の特命を受けている私の体だ」ということです。私たちは、七〇年代の初めの年にこのような幹部修練会を経るところにおいて、過去を再度反省し、新たに誓い、自身の精神を強固にしなくてはなりません。
今回の修練会を通して考えるべきことは、大韓民国を中心としたこの民族が私たちを信任しているその基準に満足するのでなく、ここで、今なお成し遂げることができない神様の内的心情、事情が多いことを知り、これを発展させ、展開させなければならないというのです。このような密使の使命分野を今なお経ることができない私たち自身だということを忘れてはなりません。
皆さんは、郡なら郡、道なら道の責任者として、自分が現在所属している範囲内で勝利的な統一戦線を確保するための計画を自分なりに立て、成就しなければならない時点に置かれています。
今、私たちがこのような作戦をもって収穫すべきこととは何でしょうか。それは統一教会員の数的な増加です。皆さんがこのような内容を知り、数的な確保をするためには講義をたくさんしなければなりません。講義をするにも計画的な講義をしなければなりません。勝共講義を一度したなら、原理講義は必ず二度しなさい。これは公式です。ところがある人たちは、原理講義はしないで勝共講義だけしようとします。そのような人は正常的発展ができません。原理講義をして心情的な内容を備え、生活的に体恤したことを中心として勝共講義をするならば、成果を得ることでしょう。
その次に、経済的なことが問題です。今先生が一番苦心していることが、この経済的な問題をどのように解決するかということです。
その次には何ですか。私たちがそのような基盤を築き、国家に対して影響力を及ぼすことができる基盤をどのように築くかということが問題です。人的資源を確保し、経済的資源を確保したとしても、それでは国家に影響を及ぼすことができません。そこで、超教派活動をはじめとして、様々な間接的対外活動を展開し、これを連結させようと準備しているのです。三年以内でそのような基準を越えなければなりません。
第二回協会幹部修練会(一九七〇・三・九~二一、水澤里統一産業寄宿舎、六十名)
一九七〇年三月九日から二十一日まで、第二回協会幹部修練会が水澤里中央修練所において、幹部六十名が参加する中で開催された。真のお父様は毎日夜明け前に来られ、「再反省と再出発」を内容とした指導者の姿勢等、激励のみ言を下さった。
今や皆さんは、先生の家庭を中心として内外に一つにならなければなりません。そうするところにおいて、自分が介在してはなりません。先生の家庭が目標とするところと方向を同じくして進んでいかなければなりません。司令官が最後の進撃命令を下すという時は、司令官が先頭に立って出ていってはならないのです。兵士たちが司令官の前に立って駆けていってこそ、その戦いは勝利するのです。ここで皆さんが知らなければならないことは、先生の家庭を中心として皆さんの家庭が金城鉄壁(注:防備が極めて堅固な城)のごとく団結しなければならないということです。
私自身もやはり同じです。今こそ私が再び戦わなければならない時です。一度訪ねてくる一時、今から二十余年前に整えなければならなかった一時を失ってしまった怨恨を解くことができる時が、私たちの目前に迫ってきているのです。この時に、どのように青春時代以上の決意と信念をもっていくかということが問題です。夜が問題ではありません。疲れてだるいことが問題ではありません。行かなければなりません。
一月にはアジア勝共大会をしました。二月には建築大会、すなわち建設大会(中央修練所新築工事)をしています。このようなことは、私たちにだけあり得ることです。ここで、私たちは歴史の基盤を備えなければなりません。私たちは、六ヵ月以上かけて建てる家を二十八日以内で建てようとしています。はっきり日にちを決めてから仕事をするのです。
一九七〇年度は、私たち統一教会が第二次七年路程中の一つの峠を越える重要な時代です。また私たちは復帰摂理を担当した主役として、第二次七年路程を中心としたこの期間に国家復帰という大きな課題を目前に置いています。アジアを連結させ、世界に影響を及ぼし得る非常に重大な時期が、正に私たちの目の前にあるというのです。このような時点において、これまでの信仰姿勢、これまでの生活態度、これまでの伝道方法ではいけないというのです。ここに、革新的なその何かを提示しなければならないというのです。
このような点から見る時、今回の修練会を通じてそれができる一つの契機が設けられたら、というのが今回の修練会を開催した動機だということを皆さんは知らなければなりません。ですから今、私たちは新しく出発しなければならないのです。
第三回協会幹部修練会(一九七〇・三・二四、水澤里統一産業寄宿舎)
国家が私たちを歓迎し得る、この絶好のチャンスを逃してはなりません。この時は、神様が六千年間願っていた時であり、イエス様が自分一代において願っていた時であり、人類が願っていた希望のその時です。今や私たちは、影響を及ぼす存在にならなければなりません。一九七二年度まで腰の帯を締めて(注:心を引き締めて)いきましょう。皆さんは、天国の門が開かれていても先生を通じなければ入ることができません。先生の家庭と完全に一つにならなければ、民族復帰という途方もない使命を完全に果たすことはできません。そのためには、まず既成教会を包摂しなければなりません。皆さんは、これから既成教会の牧師たちを訪ねていかなければなりません。それで彼らが飢えていれば、米一かますを持って行き、「どれほど御苦労が多いことでしょう。私にはこれしかありませんが分けて食べましょう」と言わなければなりません。皆さんに米一斗があれば、半分以上を持って行ってあげなさい。そうすれば完全に仲が良くなるはずです。このように、皆さんが食べる物、着る物、所有している財産、そうしたものを彼らに与えることができなければなりません。
そのようにして既成教会と統一教会が一つになれば、大韓民国を救うことは問題ありません。大韓民国が一つになれば、世界を救うことは問題ありません。その作戦をすれば間違いありません。それが、私たちが勝利を決定づけられる秘法であるということをはっきりと知らなければなりません。
私たちは、四月から力強く総進軍しなければなりません。四月はいつも事件の多かった月です。私たちは四位基台の四数を踏み越えていかなければなりません。四月から六月まではいつも事件の月です。原理的な立場から見れば、同数から六数を経る過程では戦わなければなりません。私たちの立場で取る攻勢は、j善の攻勢です。奪うための攻勢ではなく、与えるための攻勢です。これは、笑いながら戦うのです。
祝福候補者特別修練会および婚約式(一九七〇・三~一〇、六回開催)
(十月まで全六回開催)
別名「婚約修練会」と呼ぱれている第一次婚約対象者特別修練会が、一九七〇年三月二十三日から三月三十一日まで、前本部教会で開催された。真のお父様自ら主宰される中、青年男女食口たち四百名が参集したこの修練会で、真のお父様は百七十二組の婚約を成立させてくださった。続く第二次特別修練会(四・二〇~四・二六)で、七十九組、第三次(五・一一一~五・二四)百四十四組、第四次(七・六~七・一八)六十二組、第五次(九・一~九・一四)百二十八組、第六次(九・二八~三〇)二十八組等の婚約が成立した。
先生の一生で、今、七百双という壮大な祝福の成婚式をしようというこの時、ここにいる皆さんの中にもその場に参加するようになる人がいることでしょう。その場に参加する人がいるとすれば、ただそのままの一人の男性、あるいは一人の女性という立場で参席しては駄目だというのです。その場は、これまで六千年間、地上で暮らしていった多くの男性、あるいは多くの女性を代表した場です。その場に皆さんが招待されたという認識をもたなければなりません。
皆さんは、そのような事実を内情的な心情で体恤しなければなりません。神様の前にそのような男性、あるいはそのような女性がたくさんいるとしても、その数が問題になるのではありません。ここには確かにその男性だけ、その女性だけしかいないというのです。ただ二人のみがあるというのです。そのたった二人が新しい転換期を迎えて新しい出発をしようとするならば、神様が探し立てた再創造の実体の姿を具備して登場しなければならないというのです。
ですから、自分のために祈祷する人は全部欲張りです。むしろ祈祷をしないで「あなたにすべてお任せします、出来損ないの私が迎える相対はいませんでしょうか。ただ父のみ意のままにしてください。そのまま一人で老いて死ねとおっしゃるなら、喜んで生きたのちに死にます」、そのように思いなさいというのです。
これから六日の間で、この人たちに相手を選んであげなければなりませんが、それを先生がしなければならないというのです。この世の人々は、自分の息子、娘を結婚させるために何年もの間準備をするのですが、私は数百組を六日の間で結んであげなければならないというのです。
成和学生会第十回修了式(一九七〇・四・八、前本部教会、六~一〇回、四十一名)
一九七〇年四月八日、前本部教会講堂で全国成和学生会第十回修了式が挙行された・同修了式で真のお父様、は「峠を越えよう」という題目の特別訓示を通じ「悲壮な覚悟で七〇年代の峠を越えよう」と激励してくださった。この日の修了生は六回から十回までの四十一名であった。
きょう、成和十回として修了証を受けるこの場において、私が、み旨の指向する目標に照らして見た時、どのような立場に置かれているかを考えてみなければなりません。み旨の指向する頂上を見つめつつ走ってはいるのですが、その道は千態万状です。
出発したならば、神様が指向する目標に向かって直行しなければなりません。他の道を考えてはなりません。そうしなくては越えられない峠が多いということを皆さんは知らなければなりません。
もし皆さんがみ旨の道を歩む途中で失敗した時、「再度準備して行こう」と考えるとすれば、それは間違った考え方です。最後の決戦場に乗り出した選手がある大会で落伍したとすれば、その大会が世界的な大会であればあるほど、それからは誰もその選手を推薦しないはずです。それゆえひとたび出発をしたとすれば、深刻にならざるを得ないのです。命を懸けなければならないのです。
皆さんは、もちろんこれまでみ旨に従ってきましたが、今後進んで行くべき道は、より一層重要です。「成和学生」という言葉自体が私たちの教会の歴史を代表することができるはずです。皆さんの歩んでいるその姿が、後代において従ってくる数多くの人々の前に影響を及ぼすことでしょう。
峠を越えるべき立場にあるにもかかわらず、越えられず責任を遂行できない時には、十倍あるいは千倍に加重された審判を受けるようになるのです。それで先生も、これまで成和出身であっても、落伍者、問題の人物たちは信じません。
このような観点で歩むべき、各自の峠を越える皆さんとならなければなりません。これが教会のみ旨であり、復帰路程であるからには、これから皆さん各自は新しい決心をし、自分かどのような立場にあるのかを明示して再出発しなければならないことを記憶してくれるようお願いします。
全国成心会総会(一九七〇・八・二九~三一、水澤里、七十五名)
成和第十四回同期生で構成された成心会総会が、一九七〇年八月二十九日から三十一日まで、水澤里中央修練所で七十五入が参加した中で開催された。
きょうここでの、この集まりを「成心会」だと言ったでしょう? 既に一九七〇年代に向けて移行していますが、一九六〇年代と一九七〇年代では時代が異なります。このような立場から、きょう、新たに発足する成心会の皆さんは、統一教会にいかなる新しいイメージを提示するのでしょうか。
これまで摂理のみ旨を中心として教会が追求してきた伝統的な方向があるはずです。その方向と、今後皆さんが取っていく方向が異なるとしても、それは間接的な方向であって、目的から見る時は方向を同じくしなければなりません。皆さんは直線的に行かなければなりませんが、全世界的によりみ旨の分野を広めるためには、横的に立ち、様々な角度の方向を経ていくようにするのです。
それゆえ大学に通っている人は、その大学を私たちの活動の延長舞台にしなければなりません。地方に行って活動する人も、大学で勉強しながら活動する人も同じ立場だということです。一つの目的に向かって発展し前進していくところにおいては、同じ立場だという観念をもっていかなければなりません。
全体がこのような高次的な目的の帰一点に向かってことを進行させていくようになれば、そのことが変わらない限り、それなりにその分野を発展させるはずです。これが一九七〇年代に対する、統一教会が要求する立場であることを皆さんは知らなければなりません。それゆえ私たちの教会は、過去においては教会を主とした一方的な活動をしてきましたが、今は多様な活動を展開しているのです。
それゆえに先生は、これまで伝統を立てなさいと強調してきたのです。その伝統は、教会だけの伝統ではありません。教会が立てたその伝統は社会全体の伝統にならなければならず、その社会の伝統は国家の伝統にならなければならず、その国家の伝統は世界の伝統にならなければなりません。それはどういうことかというと、その伝統は六千年間摂理してこられた神様の歴史的な伝統と一致しなければならないということです。その歴史的な伝統は時代を超越しているのです。
全国成和第十五回特別総会(一九七〇・一二・二〇~二三、前本部教会)
一九七〇年十二月二十日から二十三日までの四日間、前本部教会で全国成和学生会第十五回特別総会が「私たちは真の御父母様の決死隊」という主題のもとで開催された。真のお父様は「私たちの行くべき道」という激励のみ言を全国から集まった九十七名の会員たちに語ってくださった。総会最後の日には「成心会」を組織して閉会した。
これまで統一教会が歩んでくるところにおいて、皆さんの家庭における個人的な十字架はなくなったかもしれません。しかし統一教会の先生が歩んでいる道の前には、いまだ十字架がなくなっていません。昔、皆さん個人に対して指導していた先生の立場と、今日の社会と国家と世界を中心として対している先生の立場では異なります。それでは、どちらがより深刻な時でしょうか。その時も深刻でしたが、今のこの時がもっと深刻なのです。
それゆえ皆さんは、今迫ってきている時に対して深い関心をもたなければなりません。今の統一教会の食口たちは、草創期に迫害を受けた孤独な食口よりももっと悲壮な心情をもたなければならないというのです。一歩も譲れない絶対的な立場をもって戦っていかなければなりません。このような基準が残っていたので、統一教会は先生によって発展してきたのです。統一教会員によって発展してきたのではありません。
日本にある共産党の年次計画第一条が勝共連合打倒だということです。朝総連自体内の全党大会をする時も、北韓の金日成のメッセージが何だったかというと、「アジアにおいて勝共連合を完全に撤廃させろ。そうしない限り平和はあり得ない」ということでした。勝共連合がそれくらい大きくなったということを皆さんは知っていましたか、知りませんでしたか。それくらい大きくなったのですが、皆さんは世界に押し進めていける自信がありますか、ありませんか。
皆さんは自信をもたなければなりません。自信をもとうとすれば、まず確固たる信念がなくてはなりません。信念をもとうとすれば、理論的な体系が立っていなければなりません。思想がなければならないということです。強い思想の中には強い信念があるのであり、強い信念をもてば、強い自信をもつことができるのです。そうすることができる自信をもちなさいというのです。
四 水澤里統一の園と中央修練所開設
統一の園購入と精誠
私は将来、ここに大学を建てようと思います。教育機関をつくるつもりです。将来、他の所に場所を定めたとしても、ここから木を移して植えるか、種をもらって植えるかしようと思っています。そのような意味から見る時、歴史を生かし、歴史を守ることのできる内的な事情を中心として、愛することのできる基盤が私たちの土地です。青坡洞を中心として長い歳月と環境を経ていくために、ここのこの土地も買ったのであり、清平にある土地も買うようになったのです。
私は毎日のように統一の園に通いました。それは遊ぶのに通ったのではありません。長い月日にわたってこの忘憂里の峠を行ったり来たりしたのです。「先生の習癖がそうなのでそのようにするのだ」と言うかもしれませんが、私は天の前に約束したものがあるためにそうするのです。「お父様、これこれこのような基盤を築くためにお父様の前に誓いますゆえ、その日まで雨が降ろうが雪が降ろうが毎日通います」と誓ったのです。忠誠ならば、世界で忠誠を尽くしたどのような人にも負けはしません。精誠を込めるところにおいても誰にも負けないのです。皆さんも同じです。統一教会を中心として数多くの路程があるとしても、借金をしながらそのことをするのも、みなそのためです。
中央修練所開設と建物新築
(開設:一九七〇・二・一〇、京畿道南播州郡九里邑水澤里山五〇五番地)
(A棟竣工:一九七〇・四・一六、B棟竣工:一九七〇・一一・二三)
一九七〇年三月九日、京畿道南揚州郡九里邑水澤里山五〇五番地に中央修練所の建設が着工された。それから一ヵ月余りたった四月十六日、A棟が竣工した。その竣工式が同修練所大講堂において、真のお父様を中心に多数の内外貴賓と六百余名の食口たちが参加する中で挙行された。敷地は六百余坪であり、建坪は、修練所が二百九十七坪、一度に二百四十人が食事できる食堂が百十九坪、合わせて四百十六坪である。
一九七〇年代を中心として世界の運勢と世界情勢を見る時、すべてのものが一つの穴を通って、今、押し寄せてきています。これを調整しなければなりません。一九七〇年代を迎え、このことがやれるか、やれないかということが問題です。このことを一九七〇年代にしなければならないというのです。それゆえに勝共大会など、様々なことをするのです。先生が大急ぎで水澤里に修練所を建てようとする理由もここにあるのです。願っていた時が来たのです。この時を逃してはなりません。
私たちが修練所を建てるのは大韓民国のためです。大韓民国に与えるためです。与えるところにおいでは、私たちが使った使い古しを与えるのではありません。借金をしながら貴いものを与えるのです。み旨から見た時、七〇年代が内外にすべての蕩減的な内容を備えるところにおいて、重要な時点だという事実を皆さんは知らなければなりません。
私たちに今、一番急がれていることは人的資源の問題です。ここでうまくやれば、人的資源の問題を解決できる無限なる道が聞かれます。それで先生がそのことに直接関与し、昼でも夜でも分かつことなく、疲れて倒れるくらいに働いてきました。
水澤里修練所を二十八日間で造ったのです。約四十名を連れて私が監督して造りました。山を崩して埋めたのです。十二フィートにもなるところを私が監督して埋めました。他の人であれば六ヵ月かかるところを、「六ヵ月とは何だ。そんな時間はない」と言って、二十八日目にして造り上げたのです。
今年の初めから修練に関する話がありました。京畿道警察局情報課長が私たちの内容をよく知っています。勝共活動というのは、統一教会の勝共連合のように思想的な土台が備わっていなければ駄目だということがよく分かっている人です。彼がいくつかの道を回りながら実地活動してみた結果、「統一教会の勝共連合でなければ駄目だ」という確信をもつようになったというのです。
それで、うちの仁川の地区長に会って話を交わしたのです。それが契機となって、局長も私たちを手助けするようになったのです。「自分が道知事を動かすのは問題でない」と言うのです。道を挙げて事をなそうとすれば、それは地区長だけではできないので、私が連絡を受けるようになったのです。それで私が、「動員させる人員は何名くらいになるのか」と尋ねると、「約五千名くらいになる」と言うのです。それで、「何ヵ月間教育させるつもりか」と聞くと、「六ヵ月」と言うのです。長期間なのです。それで「間違いなくするつもりか」と三回も念を押したのです。
それで、やむを得ず私たちが修練所を建てることにしたのです。間違いなく教育することを約束して、大急ぎで家を建てたのです。本来は二十数日間で修練所を落成しようとしたのですが、結局三十日目にして落成式をするようになりました。
そうして四月十六日に、私たち統一教会と京畿道が、水澤里中央修練所(A棟)の竣工式を中心として相まみえる新しい時を迎えることができたのです。本来は十七日が復活節であるため、その日に竣工式をしようとしました。ところが、そのことを中心として祈祷する中で、十六日にしなければならないということを知り、大急ぎで十六日にしたのです。分かってみれば、神様はこのように一日を置いて外的内的に、すなわち国と教会とを出会うようにされたのです。そのようにされた次の日に復活節を迎えたのです。
修練会の成果と展望
今、京畿道で地方の指導者を集めて修練会をしています。この修練会を十五回までする計画ですが、先週金曜日までで五回が終わりました。第一次として五回までの修練会を勝利的に終えて挙道的な影響を及ぼすようになりました。それで国家が関心をもって問題視し得る時に入ってきました。
私たちの勝共修練会で修練を受けてから出てくる人々を見てください。どうしてそこまで変われるのかというのです。わずか四日間の教育を受けて、どうしてそこまで変わることができるかというのです。先日も、地方の有力者たち二百七十名を集めて教育をした時に、最初のうちは自分たち同士で争ったり、あらゆることが起こったりしたのですが、あとになったら、どうやって五日間の教育を受けてこんなにまで変わってしまったのかと、彼ら自身もそれを不思議に思って感嘆するのでした。明らかに理解できない何かがあるのです。いくら聞いてみても、彼らもなぜそうなのか分からないというのです。「見た目には何でもないようなのだが、奇妙だ」と言うのです。
今回の修練期間では、思想問題を担当している警察署の情報係長が五名だったか、六名だったか修練を受けに入ってきました。「彼らからまず受けなければならない」という警察局長の特命があったということです。今後は、警察署長から全部受けるようにするつもりです。
また、霊界でも協助してくれるようになっています。今時が、彼らの先祖たちが動員されなければならないようになっているのです。先生が精誠を捧げたところに対しては、霊界が先生の立場を後援しなければならないために、彼らの先祖たちが協助するのです。そのため、彼らが教育を受けて帰ると、またこの修練所に来たいと思うようになるというのです。今まで多くの人が通っていったのです。
それで内務部や情報部では、自分たちの情報要員を秘密裏に投入して勉強させています。すなわち、国家観を担当している教授や、共産主義批判を担当している教授たちに教育を受けさせ、立体的に分析、報告させるようにしているのです。ところが、彼らが「今後はこのような教育を挙国的にしなければ駄目だ。これまでは共産主義に対する批判はできたが、それを克服できる代案が分からなかった。しかし、今や初めてそれを教わり、痛快さを感じている」と報告するようになったので、情報部のほうで問題になったのです。それで今、ソウルを中心として教育をするようになったのです。
また、京畿道側では、「教育公務員をはじめとするすべての公務員に全員教育を受けるようにさせるから、情報部のほうはほっといて自分たちのほうを先にしてくれ」と所長に頼むのです。情報部側でも、「京畿道だけ勝共連合の教育に参加するようになればこの修練所が京畿道に奪われる」と、どうもそのように思ったようです。それで今になって、「自分のところの要員たちをもっと教育をするようにしてくれ」と交渉をしてきているのです。情報部の幹部たちが「修練所をもう一つ建てよう」と言うので、「それならば建てよう」という話もしました。
五 超教派運動の新しい局面
統一教会、韓国宗教協議会に加入(一九七〇・四・一五)
世界基督教統一神霊協会は一九七〇年四月十五日、韓国宗教協議会に加入した。この日、理事会の決議により加入承認は受けたものの、まだその他の七大宗教団体の信徒間や、甚だしくは加入に同意した各宗教団体出身の理事たちの間に、我が協会に対する認識がほとんどされていない状態であった。それで各宗教団体を訪問y統一教会に対する認識を新たにさせるために各宗教団体の指導者を招請し、七月十五日、原理セミナーを開催した。
宗教をどうやって糾合するかということが問題です。これは私たちの課題です。ここには皆さんが知らない苦衷があるのです。そこにお金が必要になれば、私が借金をしてでも基盤を築かなければなりません。そして私の子女を愛する前に彼らを愛で屈服させなければなりません。そうしなくては私の子女を愛することができません。そのため、愛する子供を後回しにして、怨讐のために与えなければなりません。私の子供よりも怨讐をもっと愛したという立場に立たなければなりません。
皆さんが知っているように、私たちの教会は去る四月十五日を期して宗教協議会に加入しました。もちろん私たちは、宗教協議会をつくるのに多くの努力をしましたが、ここには七大宗教が加入しています。この過程で、最初、三つの宗派が分裂しました。それでも私たちは、反対するなら反対しろという方式でずっと引っ張ってきてみたところ、反対していた宗派全体が戻ってくるようになったのです。それで七大宗教と因縁を結ぶようになったのであり、私たち教会が八番目に入るようになったのです。これが今回の一九七〇年四月十五日午後四時から六時の間になされました。私たちはこの協議会をどんなことがあっても特徴づけ、際立たせ、この協議会を通して、対社会活動を展開させていかなければなりません。
この宗教協議会を中心として新たに一致を成し、この民族の前に多くの精神的な基盤となってくださいますよう心からお願いします。願わくは、この宗教協議会を中心として超宗派的な活動を積極的に展開し、現韓国社会における新しい中心の役割をなす求心体となり、新しい福地化運動の先鋒に立って多くの貢献をしてくれるよう心より願うものです。
超教派運動と勝共運動
私たち統一教会が、また先生がこれまで世界史的な、天宙史的な責任を担ってきながら苦心したこととは何かといえば、この民族と既成教会と私たちが一つになるその一日をどのように迎えるかということです。この民族と既成教会と私たちが一つにならなければならないのです。これまでの復帰摂理において神様が時代的使命を担った人々を送る時は、どのようにして既成宗教と国を収拾して一つになる基点を立てるのかということがいつも問題であったのです。
それで一九七〇年に宗教協議会の三大目標を決める時に、救国を中心思想としたのです。それでは、その救国の方向とは何でしょうか。勝共思想で武装しようというのです。共産党に反対し、戦って勝とうというのです。そのようにすれば、私たちがこれまで宗教協議会を中心として築いてきた内的な基盤が、各宗教団体の宗牧人を中心として外的な基盤として築かれるのです。結局は、勝共連合の基盤を中心とした外的な国家基準と、宗教問題を中心とした内的な教会基準が互いに一致すれば、内外がぴたっと合うようになるのです。その次に人を修練させれば、人が増えるようになっているのです。
それで先生は今、勝共連合の活動を中心として外的な活動をし、内的なものは宗教協議会を中心として救国ということを教えているのです。これは、国民的願いであり、民族的宿願である南北統一をしようということです。南北統一は宗教人たちが率先してしなければなりません。共産党をたたきつぶそうとすれば、勝共思想で武装しなければなりません。勝共思想とは何ですか。結局は統一思想です。ですから統一思想を学ばなければなりません。
それで私たちはキリスト教を中心として超教派運動をするのであり、また、宗教を中心とした宗教協議会活動をしているのです。そして勝共思想を中心として超国家運動をしているのです。
第一回教役者招請原理公聴会
(一九七〇・一一・二六~一一一・二八、クリスチャン・アカデミー・ハウス、二十六名)
協会では一九七〇年十一月二十六日から二十八日まで三日間にわたり、ソウル城北区水論調にあるクリスチャン アカデミー・ハウスで、ソウル市内の既成教会で事務を執っている青年数役者を招請し、原理講義を実施した。これは、既成教会の教役者たちが我が教会の内容をほとんど知らないまま、風聞によって判断していることに対し、原理の内容を紹介しようというところに動機があったのであり、招請に応じて聴講した教役者の数は二十六名であった。そこに仏教界から東国大の徐景洙教授と円仏教の育英財団理事長である文東賢氏が特別招請され、講義を受けた。原理講義は李戴錫牧師が前編講義を、安固成教育部長が後編講義を各々担当した。
私には数多くの怨讐がいますが、一九六九年度を越えながらすべて許してあげることを宣布しました。そのような話を聞いたことがあるでしょう? 言葉だけでなく、実際に怨讐を愛するのです。個人的なアベルの基準を越えるためには個人的なカインを愛さなければならないのです。その次に、家庭的なアベルの基準を越えるためには家庭的なカインを愛さなければなりません。そうしてこそ越えていくのです。そうして氏族が出発するのです。
氏族的なアベルは氏族的なカインを愛さなければなりません。統一教会は新しいアベル的氏族です。既成教会はカイン的氏族です。それゆえ私たちは、教団的な立場において既成教会のために与えなければなりません。彼らを打っていくのではなく、連れていかなければならないのです。それで私は既成教会のために、ある金ない金全部はたいて、彼らを生かすためにこのようなことをしているのです。
朴長老のような人も、私たちの怨讐の立場にある人です。しかし彼が西大門刑務所に入っていった時、私が多くの努力をして救い出してあげたのです。彼らはそのような事実を知らずにいます。しかしながら、そのようにしなければなりません。そのようにしなくては、アベルの位置に入っていくことできないのです。
今回、二十六日からアカデミー・ハウスで開かれる原理公聴会に参加するよう、ソウルにある既成教会の有名な牧師たち二百余名に、統一教会協会長の名前で招請状を送りました。彼らは「統一教会」と聞いただけでもびっくりするはずなのに、統一教会協会長、金誰それの名前で送ったのでひっくり返るかもしれません。しかし、人は会ってみれば、あなたも私もみな同じなのです。
今回、二十六日から二十八日までの二泊三日の間、アカデミー・ハウスで牧師二十六名が原理講義を聞きました。姜元龍牧師は「招請をしても一人も応じないだろう」と言いましたが、私たちの招請に「応じる」と言った人は約四十名ほどになりました。ところがこの期間中に秋収感謝節がはさまっていたので、人員が減少し、結局二十六名が参加したのです。
これを見る時、私たちに対する既成教会の認識がそれだけ変わったということを知ることができます。うちの協会長の名前で招請したのにもかかわらず、多数の若い牧師たちが参加したのです。このような事実は、私たちに対する既成教会の関心が高まったという事実と、今後彼らが私たちを知るためにも原理を勉強しなければならない時期に置かれているということを説明してくれています。それで、このような活動を大々的に展開させ、その範囲を広めていくことを考えています。
六 六ヵ月特別精誠と夏季四十日伝道
六ヵ月特別精誠期間(一九七〇・五・一~一〇・三一)
真のお父様の特別指示により、全食口は一九七〇年五月一日から十月三十一日までの六ヵ月間を特別祈祷期間として定め、祈祷に力を注いだ。真のお父様は「祈祷団の基本組織形態は、婦人たち四名ずつの三つの班十二名を一組とし、ここに男性たちも相対的に同数の祈祷班を組織し、二十四名が一生懸命祈祷すれば大きな役事が起きるだろう」と語ってくださった。
この一九七〇年度において、五月から十月までの六ヵ月間は特別精誠を込めなければなりません。特別祈祷をしなければならないのです。北韓が滅ぶようにするためのものではなく、北韓が天の前に屈服し得る道を模索するためのものです。そのためにはまず、既成教会のために祈祷しなければなりません。その次に、大韓民国のために祈祷しなければなりません。このように、既成教会と韓国と北韓を消化することができる主体的、能動的な権限を統一教会がもち、動かしていかなければならないのです。
そうするためには包囲作戦を展開しなければなりません。三国を連結させなければならないのです。韓国を見れば南北が対立してするのですが、内的に見れば、統一教会が中心となって出てきている基準と、北韓が今、もって出てきているものとが、真正面からがちんと対決しているのです。ソ連、中共、北韓を置いて見る時、韓国は一人孤立しています。復帰はアダムー人ではできません。アダムからエバ、エバから天使長、そのように連結させて復帰しなければならないのです。
韓国はアダム国家であり、日本はエバ国家であり、中国は天使長国家です。これを見れば、アジア人同士で復帰の形態を備えられるほうが西欧人を加担させるよりも、復帰においてはもっと早いのです。そのような観点で、カインを愛さなければならないのです。
統一教会で真の父母と呼んでいるように、サタン世界である北韓でもまた、金日成のことを父と呼んでいます。相対的な関係になっているのです。サタン側は、ソ連が根拠となって中共を経て北韓に連結されているのであり、天側は、韓国を根拠として日本と自由中国(台湾)に連結されています。そのようにしてアジアの連結点をつくるようになれば共産主義は衰退するようになるはずです。
それでは、このような動きを私たちが左右し収拾しようとすれば、どうすべきでしょうか。私たちが二つになってはいけません。一つにならなければなりません。そのために私たちは、五月から十月までの六ヵ月間を祈祷期間として定め、祈祷をしようというのです。この期間は七〇年代における重大な期間です。この期間の中でも、五月から七月までの三ヵ月間はまさしく峠を越えていく期間です。
祭司長にとって、自分が精誠を込めたものを祭祀の日を通じていかに神様の前に連結させるかということが問題になります。今が私たちにとってそのような非常に重大な時点であることを知り、時を迎えることができる姿勢をもって、ここに一致し得る祭物とならなければなりません。民族とアジアを引っ張って越えていかなければならない重要な時点であることを知り、特別に精誠を注いで祈祷してくださるようお願いします。
ですからこれから皆さんが地方に戻ったら、既成教会の牧師たちが自分の教会員を大切にするのを見て、「私たちのほうがもっと大切にする」と思えるくらいに既成教会員たちに関心を傾けるようにしなさい。統一教会員全体を動員して既成教会を擁護してあげ、彼らが復興会をする時には、行って伝道もしてあげなさいというのです。六ヵ月のこの特別期間の間は、既成教会を積極的に後援する教役者を理解して同情してあげなさいというのです。
夏季四十日伝道出発(一九七〇・七・二〇~八・二八)
きょうは七月十九日、またあすになれば私たちは四方に出発しなければなりません。赤ん坊のいる人は赤ん坊を背負ってでも行かなければなりません。今回は、みな深刻になって出発しなければなりません。習慣的に出発していた以前のようにではなく、国の危機を克服すべき責任を負ったがゆえに、統一家と統一の一族がこの国とこの民族の前にすべて捧げられたことを栄光と思い、この期間だけでも力の限り戦わなければなりません。
六八年、六元年、七〇年の三年、すなわち、第二次七年路程の三年目を迎え、皆さんの家庭を再び前に押し出すのです。それはなぜそうなのかというと、皆さんの家庭が責任を果たせなかったからです。皆さんの家庭が先生の家庭と一つになれなかったのです。先生の家庭を中心として全体的に一つにならなければならないのに、それができなかったため、先生の家庭と一つとなるための条件を立てなければならないのです。
それで今回、女性たちを全部送り出すのです。先生が皆さんの夫の代身です。ですから先生の命令を受けて出ていかなければならないのです。皆さんは母子協助の基盤をつかまなければなりません。その基盤をつかめない母性は死んでしまうでしょう。神様を中心として四位基台を成し、母子協助ができる基盤を立てておいたので、女性たちを動員したのです。皆さんの夫は天使長の復帰型であるため、動員の命令をしなかったのです。これが女性たちだけを動員するようになった理由です。
では、第二次七年路程とは何でしょうか。皆さん自身の家庭がアベル家庭にならなければならない期間です。これを決定するための路程であるため、皆さんの家庭がアベル家庭として責任を果たすためには、カイン家庭を復帰しなければなりません。そうしてアベル家庭がカイン家庭を復帰すれば何になりますか。氏族になります。皆さんは氏族的メシヤにならなければなりません。
それゆえこの期間は、皆さんの夫婦生活が問題ではありません。行くべき道をわきまえていかなくてはならず、天が立てた家庭を中心として一つになるための運動をしなければならないのです。家庭の家族が完全に団結しなければなりません。
そしてその団結した家庭を中心として、昔皆さんが伝道した人々を訪ねていかなければなりません。どうして昔伝道した人たちを訪ねていかなければならないのでしょうか。それは、皆さんが信仰の息子、娘を復帰し、育てる途中でやめてしまったからです。その信仰の息子、娘を中心として、そのお母さんとお父さんが完全に一つになってその家庭が従ってくるようになれば、それがカイン家庭を再び取り戻すことができる条件になるのです。
神様の心情は、遠い所に行った息子を待ち焦がれる父母の心情と同じです。待ち焦がれるその心情は、離れている距離が遠ければ遠いほど、道が険しければ険しいほど倍増するのです。夫を愛する妻の心や、妻を愛する夫の心、そして兄弟を恋しがる友愛は、距離が遠ければ遠いほど、往き来が途絶えれば途絶えるほど、より切実なのです。
それゆえ統一教会は、片田舎の山合いのどこであろうと、旗を立て、新しいニュースとともに愛の贈り物を分け与えてあげなければなりません。それが統一教会の行く道です。すてきでしょう? 統一教会は、激しい波の押し寄せる荒漠なる海で暗礁にぶつからないようにしてあげる一つの灯台とならなければなりません。堕落した世界に新しい方向を提示する教会にならなければなりません。
七 國進様誕生と聖進様日本留学
國進様誕生(一九七〇・七・一七〔陰暦六・一四〕〇五:一一)
國進様が、一九七〇年七月十七日午前五時十一分、ソウル特別市鍾路区楽園洞二八四の六、楽園アパート一三〇八号室でお生まれになった。名前は文國進、国家復帰の意味が込められている。
うちの國進は四番目の息子ですが、この子は数学的な計算が早いです。國進の「國」という字は、国家という意味なので、「韓国統一のためにすべき責任がある」と言って、國進は「全日成が死ね」という祈祷をたくさんしました。(笑い)それで、私が「こら、こいつめ、全日成が死ねと祈るんじゃなくて、全日成が降参しろと祈らなくちゃ駄目だろう」と言うと、「あ、そうですか。死ねという祈祷はもうしません」と言っていました。(笑い)
國進を見ると、この子と清平に行った時のことですが、モーターボートの運転台を足でやたらにけ飛ばすのです。一、二回やれば普通それでやめるのに、一時間くらいずっと座ってけ飛ばしているのです。だからといって何か起こるわけでもないし、動き出すわけでもないのに、一人そうやっているのです。「こら、もうやめなさい」と言うと、ぴょんぴょん跳ねながら「もっとやる」と駄々をこねるのです。それを見れば、女の子とは質が異なっているのです。女の子のすることを見れば、目だけぱちくりさせて母親のくしや、手鏡や、おしろい入れのようなものを触るのです。(笑い)何、男女平等とか言いますが仕方ないでしょう。
ところで、うちのお母様は車に乗ってきながら「お父様は福の多い人です」と言うのです。そのように考えているのです。女性たちは誇りたがるのです。そうそう! 福も多いのです。なぜ福が多いのでしょうか。うちの國進は親孝行者なのです。先生の息子、娘たちはみなそうです。國進が父親をこの上なく大切にするのです。私が朝食を食べないでいると、学校に行く時間になってもふんばって座っているのです。
また、きょうも、式を執り行う時のことです。昔、男性たちは右側に行くようになっていました。きょうは場所が狭いというので、男女の区分なく左側からみな座らせておいたのですが、國進もそこに座っていたところ、式の終わる前に飛び出して右側に座るのです。それを見てお母様が「あの子を見て、あの子! 右側に座っていますよ」と言ったのです。けれどもそれが父の原理の教えであるのです。先生の息子、娘を黙って観察していると、お父様とお母様に対してこの上なく精誠を尽くすのです。それを見ているので、お母様が得意になるのではないですか。「私がいい息子、娘を生んであげておめでたいことですから、それを認めてくれなくてはならないでしょう」と、そういう話でしょう。もう! (笑い、拍手)
聖進様日本留学(一九七〇・九・五)
聖進様が一九七〇年九月五日午後七時十五分、日本留学のため、金浦空港発の日本航空機便で渡日された。
今回、聖進が日本に行く時も、「日本に行ったらほかのことはしてはいけない。これとこれをしなさい。お前は日本国民とは違うから、お前がよくやって父の威信を立てなければいけない」と言いました。日本に行った時、最も重要な第一の問題は、対教会問題であり、第二に、対国家問題であり、第三が先生の息子だという問題であり、第四が男女問題であるが、「これらの問題を中心として自分の栄光のために動いてはならない」と言いました。教育はそのようにしなければならないのです。
この七〇年度からは家庭を中心として精誠を込めなければなりません。これまでは個人の立場で精誠を込めました。それで私は、協会長の息子、娘や、総務部長の息子、娘を一度も抱いてあげることができませんでした。孝元の息子も一度も抱いてあげることができなかったし、手首を一度も握ってあげることができませんでした。聖進に対してもそのようにしてみることができませんでした。そのような面で、聖進がかわいそうで痛ましいのです。しかし、先生はかわいそうだとは考えません。なぜでしょうか。まだ時になっていないからです。
八 劉孝元協会長昇華(一九七〇・七・二四〔陰暦六・二一〕)
劉孝元協会長が一九七〇年七月二十四日、肝臓がんで昇華し、協会葬による昇華式を挙行した。満五十六歳を一期に昇華した劉協会長は、一九一四年九月二十五日平安北道定州で出生し、一九三九年京城帝国大学医学部在学中病気により中退、一九五三年原理原本筆写本を通読後、その年十二月二十四日釜山で真のお父様に出会い入教、一九五四年協会長に選任され、原理講義、『原理解説』、『原理講論』の整理等で大きな活躍を遂げ、一九六〇年四月十六日真の御父母様により史吉子女史と三家庭の祝福を受け、一九六八年には七年路程大を受賞した。
三次の手術と闘病(一九六九・一〇・二六~一九七〇・七・二四、ソウル大学病院)
劉協会長の体が不自由であるということが、彼の生涯に骨髄に染みわたる恨だということを先生は知っていました。ところで、彼が受けた手術のせいでなく、彼に現れなかったそれ以外の症状が現れて死ぬようになったのです。
皆さんも知っているように、がんという病気は一年半ないし二年以上の潜在期間があります。そのがんが彼も知らないうちに定着していき、手術期間に現れてこのような結果を迎えるようになったのです。またそれだけでなく、肺も相当悪くなっていました。このようなことを考えてみると、劉協会長は肉体的な困難を顧みることなく無理をしながらも、精神的にすべてのことを克服してきたということが感じられるのです。
先生は、劉協会長が一次、二次、三次まで手術を受けるようになる時、霊的にそのような感じを受けました。皆さんに、彼のために祈祷しなさいという命令はしましたが、先生は既に最後の祈祷をしていたのです。それで、皆さんが彼のために精誠を捧げている期間、先生はこの国とこの民族のために精誠を捧げていたのです。そうする中の数日後、彼が逝くようになったのです。
監獄にいる時、私は忘れることのできない衝撃的な印象を受けたことがありました。それで、一生涯私があの息子(劉協会長)の身代わりとなり、いかなる犠牲の代価を払う恨があったとしても、不自由なその身を免れるようにしてあげたかったのです。彼が一日でも健全な体をもち、神様の息子らしい姿で神様に仕え、一日だけでも喜んだ顔で笑う姿を見ることができるならば恨はない、というふうに思ったのです。それで彼に「手術を受けなさい」と言いました。また、み旨が訪ねてきたすべての苦難の道を推し量ってみる時、彼が血を流さなければならない時であることを感じたのです。
そのような受難の行路に責任を負い、先生の命令により入院し、先生のみ旨を中心として逝ったという事実を見る時、今日私たちの協会が行かなければならない受難の路程において、全体にはならなくても、一部分の悲しみを身代わりし責任を負っていく息子になってくれればというのが先生の願いです。彼が治ることを切実に祈祷できない私自身であることを感じながら、神様のみ前にゆだねてきたのです。それはなぜでしょうか。広大なこの世界を担うため、世界の悲しみを残してはならない時代が私たちの前に追ってくるためです。
み旨から見た次子の犠牲
み旨から見れば、いつも二番目が問題になりました。息子も、いつも二番目の息子が問題になりました。アダム家庭でも二番目の息子であるアベルが問題になり、ノア家庭でも二番目の息子であるハムが問題になりましたし、アブラハム家庭でも二番目の息子であるイサクが問題になりました。また六千年の歴史を置いて見る時も、二番目のアダムとして来られたイエス様が問題になったのです。このようにいつも、二番目の人、あるいは二番目の家庭、二番目の責任を負った国が問題になったのです。
いつの年でも四月から十月までは、私たちの協会においては問題の期間でした。それで先生は劉協会長について心配していたのです。彼は喜進に責任を負っていた人です。そのため彼には、神様が願う基準の前にどのように生き、どのように責任を果たさなければならないかという問題がありました。このような観点から見る時、劉協会長の家庭は、神様が願うその基準で喜進を中心として侍る生活の伝統を立てなくてはならない責任があったのですが、そうすることができなくて喜進が死んだのです。
劉協会長は、陰暦で計算すると、喜進が逝った日(一九六九年陰暦六月十九日)から三日後(一九七〇年陰暦六月二十一日)に逝きました。このように見る時、二番目がいつも問題になるということを皆さんは知らなければなりません。先生の家庭の二番目である喜進も逝きました。このように、蕩減歴史というものは避けることができないということを皆さんは知らなければなりません。これを見ても、統一教会の原理は漠然としたものではないというのです。蕩減の歴史路程では、そのような過程を経ていくのだということを皆さんは知らなければなりません。劉協会長の家庭も、み旨から見れば二番目の家庭です。そのような立場であるため、先生は彼に全体の責任を負わせたのです。
劉協会長の真心とみ旨への貢献
過ぎ去りし日、劉協会長はどれほどたくさん苦労をしましたか。西大門刑務所事件をはじめとする様々な困難なことにおいて、不自由な体で先生を助けてくれたことが先生の骨髄に染みわたっています。そのような事件がどんなに多かったか知れません。そのたびに、彼は直接間接に先生を助け、すべてのことを処理したのです。このようにいろいろなことに思いを巡らせば、統一教会の歴史において協会長と先生とは、切っても切れない間柄になっているのです。
彼は先生に従ってくる中において、私のために多くの苦労をしました。その中でも、先生が監獄にいた時、先生のことをとても思ってくれました。それゆえに先生が劉協会長のことを振り返ると、「彼はこれこれこのような人だった」と思い出すようになるのです。監房に伏していても明け方になれば会いたいと思うその情に駆られたし、劉協会長から送られてきた紙切れ一つまでも生命の価値として受け入れることができるほど、内的因縁の後ろ盾が彼にはありました。そのような協会長だったことが思い起こされます。
今回、劉協会長がこの世を去るようになる時、「先生に出会い、これまでこのように歩んできたが、終わりをどのように結ぶつもりか」と私が聞きました。すると、劉協会長は「永遠に変わらない」という言葉を残して逝きました。そうでなくてはならないのです。
九 アジア勝共戦線とワクル(WACL)世界大会
アジア統一戦線構築
今一九七〇年代を迎えながら先生の作戦によると、韓国がアダム国家とすれば、日本はエバ国家であり、中国は天使長国家です。人を創造する前から天使長がいたのと同じように、アジアにおいては中国文化が先を進んでいたのです。我が国は中国文化の影響を受けたのです。そうして再び日本文化に影響を与えているのです。
日本はサタン世界の攻撃を受けなければならない立場でしたが、協助を受ける立場になったのです。日帝が滅びたのち、誰の協助を受けたかというと、蒋介石の協助を受けたのです。五億ドル以上の賠償金免除を蒋介石が推進したのです。日本が蒋介石の協助を受けたというのです。これを見れば、中国が天使長的復帰の使命をなしたとみなすことができます。それゆえ、中国は滅びずに今なお残っているのです。今は、日本がその恩徳に報いなければなりません。
それでは堕落は誰がしましたか。エバがしたでしょう。だから世の中は全部滅びても、物質だろうが何だろうがすべて滅びても、日本はその中で世界のあらゆる国の文化を全部収拾しなければならないのです。
それゆえに今日、日本はこの上なく発展をするのです。飛躍的な発展を遂げるのです。堕落したことを復帰しなければならないからです。復帰するためには、日本は自分の息子、娘を全部抱いてアダムのところに戻ってこなければなりません。財物と息子、娘を抱いて戻ってこなければならないのです。そのことを今しなければなりません。そのため先生は、現在日本を中心として、このような作戦を直接指揮するのです。
それで先生は、「今後日本教会は、日本を第一にして経済的資源を使ってはならない」と話しました。「今は国家的相対時代に入ってきているので、必ず先生に決裁を受けなさい」と言いました。それは日本のためというよりも、全体のためにそうしているのです。それがよりアジアのためであるからです。韓国のためよりも、日本のためよりも、アジアのために行くほうがより公的であるため、アジアのために経済的投資をしなければならないのです。そのようになればアジアは、投資された経済条件により巻き込まれてくるようになっています。
それで先生はこれまで、アジア情勢において三国同盟問題を掲げてきているのです。日本を主軸として韓国と一つになり、日本を中心として台湾を復帰しようというのです。それで日本の久保木会長が米国に行ったあと、台湾政府と接触するために台湾に立ち寄ってくるのです。そのようにして韓国と日本と台湾が一つになる日には、アダム国家、エバ国家、天使長国家が復帰されることになるため、アジアすべてがこの作戦圏内に入ってくるのです。その次には世界です。アジア文明圏を中心として勝利の基盤を築き、その次には世界に出ていくのです。
ワクル(WACL:世界反共連盟)世界大会
(一九七〇・九・二〇、東京・日本武道館、五十七カ国、二万余名)
全世界の耳目を集めたワクル世界大会が、一九七〇年九月二十日、東京の日本武道館で五十七カ国から二万一数千名の会衆が集い、超満員を呈する中で開催された。五十三カ国、二百五十名の世界代表が参加したこの国際大会に、各国元首と閣僚だちから多くのメッセージが届けられたが、特に朴正煕韓国大統領が送ってくれた白い鳩と花束は、会衆を大いに鼓舞した。
日本では今、共産党が朝総連の朝鮮大学の学生たちをして、教室ごとに回るようにさせて、「勝共連合を打倒しよう」という宣伝をしています。このようなことを見た時、本当に深刻な問題だというのです。きょうの新聞にも出ていましたが、朝総連は二つに分裂しつつあります。韓徳洙派と金なにがし派に分かれて壊れる段階に来たというのです。今回も全党大会をしようとしたところ、できずに私たちとの戦いが起こったのです。彼らは私たちを打とうとしますが、私たちが責任さえ果たすようになれば、神様が私たちと共にあられるのです。
一九七〇年代の運勢に私たちのプログラムを合わせていくのです。今回開かれるワクル大会が世界に出ていく一つの峠になるはずです。日本で万国博覧会が開かれるのも、蕩減復帰の運勢が世界的に越えていく時に日本が置かれているためです。全世界の国家がここに因縁を結んで戻ってくるので、ここで私たちがうまくやりさえすれば世界的に権勢を集めて出ることができる良い機会になるはずです。
日本は我が国の怨讐だったでしょう? しかしながら日本を生かそうとして私たちは今駆け回っています。生きるにも共に生きよというのです。それで、そこで共に生きるには隊長がいなければならないので、きのう金榮輝を送り出しました。「お前が隊長だ」として世界の前に追い立てても、やらざるを得ないのです。ここから新しい役事が起こるのです。
今日本では、世界反共大会が盛んに進行しています。きょう、午後一時半からこの大会が開かれているはずです。その大会に、米国のある上院議員まで来て祝辞をすることになっています。そこには、日本の自民党員たちから、昔首相をした人たちまで、私の作戦に巻き込まれながら喜んでいます。まず自分たちが意気揚々となるのです。もし日本が容共国家となる日には、大韓民国には生きる道がありません。それで十年前から計画し、これまで血の涙の出る闘争をしてきたのです。
私たちはアジアを守護しなければなりません。それで日本を引っ張り込み、中国を引き入れる作戦をしているのです。今や日本政府で、統一教会の文先生を問題にする時が来ました。私たちがアジアを必要とし、アジアを開拓するのは世界を復帰するためです。大韓民国を復帰しようとするのは、世界を復帰するにおいて、標準にするためです。
そして原理研究会の活動を、どのように強固にさせるかが問題です。私たちが人的資源を発掘するためには、何と言っても大学街を中心とした活動を重視しなければなりません。
学校において、何とかして一、二年生を会員として確保し、内的には原理理念を、外的には勝共理念で武装させたのち、その理論を中心として講義できる実力をどのようにして育てるかという問題を考えています。それでこの期間中、学生たちに講義をさせてみて、講義の結果がどうだったかその反応を見て、繰り返し練習させるつもりです。
世界的活動時代の切迫
神様の存在価値の内容を表面化させることが統一教会の仕事です。それでは、それをどの程度まで表面化させなければならないでしょうか。氏族を越え、民族を越え、国家を越えて世界的に表面化させなければなりません。それゆえに一九七〇年度に入ってからは、世界的な宣教基盤を築き、全体の環境が同じ基準になるように私たちが準備していかなければなりません。そのような責任遂行の路程が私たちの前に残っていることを知らなければなりません。
もう数年もすれば、先生は韓国には住みません。今外国に行って住む準備をしています。皆さんに話はしませんでしたが、日本でも今基金を準備しており、米国でも、私が行けば住めるように「家を建てます」と言っています。
統一教会は約二十カ国に宣教師を派遣しています。今年中に四十カ国に宣教師を派遣するつもりです。大韓民国がどんなに反対してもするでしょう。私のすることで間違いがありましたか。間違っていないということをこれまで証明したのです。それで、私自身がそのような歴史を胸に抱いていくのです。
アジア勝共大会と九月の日本大会まで終えれば、必ず問題が起こります。米国で、アジアの事件の中で一番大きい事件は「勝共連合の活動である」と見るようになるのです。どんなに「嫌だ」と言っても、研究するようになります。それを研究する日には共産主義も克服できます。今や統一教会を世界的に紹介できる時期に入ってきました。内的な統一教会の活動を世界的に紹介できる時になったのであり、外的にも世界的に紹介できる実質的な環境が整えられました。
金永雲先生もここに来ていますが、ニクソン大統領が、私たちの活動している米国ロサンゼルスの国際勝共連合に、三千ドルのお金をサインして送ってくれました。さらに十万ドルを送ってくれるようです。このように米国が国際勝共連合の活動を援助しているのです。それが実際的な宗教人の態度なのです。このようなことを見る時、私たちの時が目前に来ているというのです。
十 七百七十七家庭国際合同祝福結婚式
(一九七〇・一〇・二一、ソウル奨忠体育館、十カ国、七百九十一組)
七百七十七双国際合同結婚式が、一九七〇年十月二十一日、ソウル奨忠体育館で祝い客等、一万五千余名が参集し、超満員の中で挙行された。新郎新婦の実数は、韓国五百三十九組、日本二百三十五組、欧米十六組等、七百九十組であった。夜は同じ場所でフライボーイ郭圭錫氏の司会により、吉オギュンカンボバンドの演奏のもと、具鳳書、ソンヘなどのコメディアンと、ボンボン四重唱団等が出演し、笑いと歌の花の咲く多彩な行事が催された。
世界氏族圏祝福開門家庭
第一次七年路程に加担した人々は福を受けた人々です。今回の七百七十七家庭までは、なんとしてもこの第一次七年路程に加担させてあげるための作戦をしたのです。ここに加担した人々は公平で義理堅い人です。もはや私は責任を全うしました。私は「私の責任を全うした」と言える立場に立つために七百七十七組を結婚させたのです。
七百七十七組が何番目の祝福かというと、先生(家庭)、三家庭、三十三家庭、七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭、その次に世界巡回中にした四十三家庭と七百七十七家庭です。ですから国内的に見れば第七次祝福式であり、世界的に見れば第八次祝福式です。
一九七〇年に七百七十七組を祝福してあげたのです。三×七は二十一、三数と七数は全体の完成数です。すなわち、二十一数は三段階も表し、全体完成も意味するのです。そのように一つの位置に合わせておいたのです。ここに十カ国が加担したということは、世界を代表して十数を全部蕩減するためです。それにより家庭を中心として世界的に新しい部族を編成できます。このようにすることによって、超民族的な基準で新しい部族編成ができる基準を立てるようになったのです。
四十三組も十カ国です。十数以上にならなければならないというのです。十数は十二数に該当するでしょう? それで七百七十七組を中心として世界国家十カ国が初めて天と共に横的に左右往来できる、家庭が行っても引っ掛からないようにすることができる門を開いた世界的な宣布式が七百七十七組の祝福です。これはラッキーセブンです。
七百七十七家庭、これは、国家基準である韓国の基盤を世界的に拡大させ、世界のすべての氏族圏が開門されることを意味します。これにより世界の数多くの人類、どの国家の人であろうと、み旨に対してくる人々は恩賜圏内で祝福家庭に同参できるよう、恵沢圏を拡大させたのです。
このような光明なる朝を前にして、一九七〇年十月二十一日を期して七百七十七組が全世界万民の前に解放の旗印を掲げて現れるということは、天宙史的勝利の基盤が蘇生する意味があるのです。結婚国際連合時代。(笑い)そのような時代に入ってくるので、その時より七百七十七組を中心として国際結婚時代に入ってくるのです。全部混ぜるのです。
経済祝福と世界的活動時代の到来
七百七十七組、初めてこれを中心として世界史的な基礎をつかんで戦うのです。内的な基準と外的な基準を中心として、一九七〇年度から世界史的な祝福時代に入っていくということを知らなければなりません。ここからそのようなことが起こるのです。そのようにしたので、世界の土地も一つの天の条件を立てたのであり、人も、世界的な条件を立てたというのです。五色人種が全部入ってくるようになったのです。
さて、それで地と人の基盤を築いたため、ここから世界的な出発をするのです。それで初めて一九七〇年度から経済的活動を始めたのです。一九七〇年度から経済的な分野に手をつけ、金持ちになったといううわさを生んでいるのです。(笑い)反対を受けなさいというのです。反対を受ければ受けるほど福を受けるのです。統一教会に人は入ってこないのですが、人が入ってくる前に物質の祝福がもっと多いということを知らなければなりません。物質祝福が増え、その次に人が入ってくるのです。
このような意味から、私は汝矣島の土地を一万坪ほど買おうと思っています。今回合同結婚する人たちは、この祝福の重要性を知らなければなりません。それで世界的記録を樹立した記念碑を一つつくろうと思います。そのように七百七十七組を祝福したので、これからは先生も家庭を率いて世界中どこでも歩き回ることができるというのです。先生の家庭を連れてドイツにも行くことができるし、アフリカにも、いかなる国にも行くことができるというのです。これは、どこに行こうとみ旨を成すことができるという話です。どの国の人であろうと先生のところに来ることができる道があるので、先生もどんな国だろうと行くことができるのです。
このような条件を立ててきたがゆえに、摂理のみ旨をここでぎゅっとつかみ、それを天の世界に帰結させることができるのです。一九七〇年度までに七百七十七組を結婚させることにより、先生の家庭が全部米国にも行くことができるのです。今や先生は、韓国が反対すればどの国でも先生の家族を率いて行き、み旨を成すことができる基盤を築いておいたので、世界的時代に向かうことができるのです。
十一 祝福家庭婦人三年総動員(一九七〇・一二・一、百二十箇所、千二百名配置)
祝福家庭の家庭的蕩減路程
今回の結婚式が終われば、一九七二年度まで三年間、女性たちをすべて動員しなければなりません。ではなぜ皆さんを動員するのでしょうか。これまで皆さんは個人的な蕩減時代を経てきました。皆さんが個人的蕩減時代を経てくる時、先生は家庭的蕩減時代を既に経ていたのです。家庭的蕩減時代を経たので、「神の日」、「万物の日」、「子女の日」、「父母の日」が出てきたのです。しかし皆さんは、まだそのような基準を備えていません。
そうして三年が過ぎて七〇年を迎えながら、第二次七年路程の三年を越える場において、家庭的勝利の基盤を成さなければならないのに、備えることができなかったため、動員を避けられず、再び皆さんの家庭を中心として十字架の道を行かなければならないというのです。それで十二月一日から七百七十七組の祝福を受けた家庭に、動員しなさいと通告しているのです。それだけでなく、彼らを中心として全体家庭を動員する時が来たというのです。
個人は、家庭を探し立てて縦的な蕩減の過程を経ていくために必要なのです。それゆえ私たちは、家庭を中心として縦的な出発をしなければなりません。この縦的な出発を破壊させたのが女性であるエバであったため、女性を前面に押し出すことは原理的に妥当な見解だというのです。そのようにして息子、娘が母親を訪ねていき、夫が妻を訪ねていってこそ復帰されるのです。その妻が国のために苦労をするのですから、夫も国を愛し、息子、娘と国を愛する思想を蕩減的な過程で立ててこそ復帰された家庭として新しく収拾されるのです。それゆえ一九七〇年代は、家庭が根づく時だというのです。
家庭が国を愛する道を行かなければなりません。夫だけ国を愛しては駄目です。妻も子供たちも国を愛したという条件を立てていかなければならないのです。これが四位基台が備えるべき条件です。いつ、家庭が神様を愛し国を愛したことがありますか。愛したことがなかったので、四位基台的愛の一つの起源を準備するために統一教会は、やむを得ず統一の運勢の時代が目前に近づいているこの時に、祝福家庭全体の動員を展開しているのです。
正に女性を中心として、母子一致の基準を決定できる良い機会なのです。それだけでなく、夫婦が互いに協助して完成できる良い機会でもあります。重ねて言えば、家庭の四位基台が一時に協助目的を完成できる機会はこの時しかないのです。天は六千年間、母子協助の基盤のために苦労してきましたが、ここでは、母子協助完成はもちろんのこと、夫婦協助完成までなし、四位基台完成の協助基盤を決定づけることができる機会なのです。
そうして入籍が起こるのです。原理原則どおりにアダム家庭の形態を備えることができない人は抜けるのです。三十六家庭も抜けるのであり、七十二家庭も抜けるのであり、百二十家庭も抜けるのです。これに備えるために先生が七百七十七家庭を準備したのです。それで先生は七百七十七家庭に話をしました。できるならば三年間貞操を守って過ごしてみなさいと。
それで七百七十七家庭は世界復帰のために全部散らばって三年間歩んだのです。日本の食口たちは五年間聖別したのです。五年間です。一九七〇年から七一、七二、七三、七四年を経過して、七五年の六月十日に、初めて同居しなさいと先生が特別措置をしたのです。なぜそうしたのでしょうか。世界的基盤を築いておくためにそうしたのです。
イエス様の三年公生涯解怨と国家守護
誰それの夫人を動員し、誰それの母親を動員するということは、どんな立場で動員するのですか。その家庭を代表して動員するのです。家庭を代表するだけでなく、教会を代表して動員するのです。ひいては大韓民国が責任を果たせずにいるので、大韓民国を代表して動員するのです。大韓民国だけでなく世界を代表して動員するのです。世界だけでなく霊界の霊人を代表し、数多くの先祖を代表して動員するのです。ですから今回の動員にやり甲斐を感じなければなりません。
今日、家庭的基準で少数の群れを動員することは、ある面においては有利です。しかしながら今後南北統一をする時代においては、挙国的に動員されて仕事をしなければならないのです。必ずそのような時が来るはずです。その時が来れば皆さんをまた動員しなければなりません。そうしてこそ国家を中心として世界の前に出ることができ、世界の女性圈を身代わりして万民を指導できる天の女性圈を立てることができる基盤をつくるようになるのです。このような問題を置いて見る時、女性たちの開拓路程においても、蘇生、長成、完成の三段階の路程があるということを知らなければなりません。
このように三次路程を通じて個人を復帰し、家庭を復帰し、氏族、民族、国家を復帰しなければならないのが神様の摂理です。それゆえ国家復帰路程までは、女性たちが三次の開拓路程を経ていかなければ蕩減原則の路程が完結されないのです。今は第二次開拓路程です。
一九七〇年度において、祝福家庭の主婦たちが動員された原因はどこにあるのですか。イエス様は三年路程を歩む中、女性によってみ旨を成すことができず、民族を失ってしまい、国家を失ってしまいました。それで女性なる皆さん方は、イエス様の三年公生涯路程の恨を解いてさしあげるため、三年路程を満たしていきながら、彼が失ってしまった民族と国家を取り戻し、世界まで復帰してさしあげることができる基盤を準備しなければなりません。
そうしてこそ、イエス様が願い待ち焦がれてきた新婦の基準を決定することができる立場に立つのです。そのようになってこそ、自由奔放な立場で解放を謳歌することができ、天を中心とした平面的な基準の前に新しい家庭の出発を見ることができるのです。
今この時は、先生が北韓で三年間監獄生活をしたのと同じ期間です。この期間は、天が祝福してあげることができるキリスト教とキリスト教の女性たちが先生を奉じることができなかったため、先生が受難路程を行かなければならなかったことを全部再び解いて越えることができる重要な時期なのです。
平壌を去る時、私は、この故郷の地に帰ってきて定着する時までは受難の道を行かなければならないという覚悟をして発ったのです。先生が故郷を訪ねていって祭物を捧げて、この国が解放されたと祝賀会をもつことができるその日まで、皆さんは総進軍しなければなりません。
また一九六〇年代から、これまでお母さんが復帰できなかったことを復帰するのです。家庭なら家庭で一番貴いものを選んで植えなければなりません。家庭で一番貴いものはお母さんです。それゆえに、お母さんたちを動員させたというのです。
赤ん坊を生むお母さんに「骨が折れるなら少し生むのを待て」と言ったならどうなりますか。母親と赤ん坊をみな殺すことになります。骨が折れて苦しいのに「もっと力を入れろ。もっと力まなくちゃ駄目だ」と、目をいからして怒鳴らなければなりません。お産の時は、目をいからして無慈悲に力を入れろと雷のように怒鳴る人が本当に愛する人です。それゆえに今の時は、先生が皆さんに対して最大に無慈悲な立場を取る時だというのです。
統一教会の婦人たちが家庭を捨てて伝道に出るのは、家庭のためよりも、民族のために生きるほうがもっと公的なことであるためです。これは将来、韓国の文化史に必ず記載して越えなければならない歴史的な大きな事件です。それは既に起きています。この運動史は、この民族が残される限り、千年、万年民族と共に残されることでしょう。そのような意味で、私たちはより公的な歴史を創造しているのです。
十名単位、百二十組派遣
さらにこの期間は、これまで精誠を尽くして努力してきたすべてのものを投入し、最後の限界線を越えることができるか否かの勝敗を決定する重要な期間として見ています。それで婦人たちは、十名を一組に編成し、百二十箇所の伝道任地に出動するようになります。各地区本部から地域本部、区域本部まで出動して、少なくとも一九七二年までは私たちの教会の内的な精鋭食口を十二万以上確保しなければならないのです。
今回婦人たちが動員されるのに幸いなことは、一人だけで行くのではないという点です。本来は一人で行かなければならない道ですが、世の中があまりにも険悪なために、皆さんの同志である兄弟たちと共に行くようにするのです。ですからここには、自ら環境に侵犯される与件が完全になくなるのです。ただみ旨だけのために協助できるお互いの基台が形成されるというのです。
万一ここで自分を第一としたために互いに争いが起きたり、問題が起きるなら、それは大きな問題になります。しかも三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭の中で組長となる人が争いをするようになれば、問題はより一層大きいのです。それに対する全体の責任は、組長が負わなければなりません。しかも今回祝福を受けた七百七十七家庭は、二十一日修練を受けたので、心情的に相当高潮して出ていくはずです。それゆえ皆さんは、これまで自分勝手に暮らしていた生活習慣をただそのままにして出ていったら、彼らの前に反駁を受けることでしょう。
それゆえ、一番最初に仕事をしなければならない人は組長です。組長としてまずなすべきことは、十人の組員をどのように一つにするかということです。イエス様に従っていた十二弟子が分裂したその立場を、今日皆さんが蕩減しなければなりません。男性たちができないことを、女性たちが代わりにするのです。ですからみ旨を中心として完全に一つにならなければなりません。
ここで十数は十二数に該当するのです。これは、イエス様の弟子たちが分裂したそのような環境を女性たちが身代わりし、一体となった環境を備えて天の前に一つになるためのものであり、一つになれずに分裂したイスラエルの族長編成の基盤を身代わりできる基盤として完結づけるためのものです。
皆さんは、イエス様が弟子たちの足を洗ってあげたのと同じ心をもたなければなりません。それこそ広い母の心をもたなければなりません。そのような母の心情で昼夜彼らを愛し、和同の中心となって一つにしなければなりません。そうでなくては、伝道する時に多くの支障があることでしょう。一つになりさえすれば、その日には先生が計画した目標は間違いなく達成されるはずです。イスラエルの十二部族のような形態で構成されたこの十人を中心として、三ヵ月ないし四ヵ月以内に百二十名は糾合されるはずです。
愛国愛族の碁盤と世界進出
一九七〇年度に全国にいる私たち統一教会の祝福を受けた家庭に、「この国、この国家の運命が悲運に達し、非常事態が差し迫ったので、この民族が生きるためにはこうしていてはならない。家庭を破綻させ、子供を犠牲にさせてでも国のために守護できる道を行かなければならない」と言って、三年間子供を孤児にさせ、乞食のような姿で全部出発させたのです。悪口を言う親戚の家の前に子供を置いて、「これは誰々の息子ですが、私が三年間行ってきますから、ちょっと管理していてください」と書いておくような、ありとあらゆる悲劇的な背後を残して行脚の路程に出発し、戦ってきたのです。
旅人の身の上を免れることが千秋の恨であったため、私がこの道を行くことができなければ後世の人たちがもっと苦労するということを知っている祝福家庭のお母さんたちは、スカートをつかんで取りすがる子供を振り払い、目をつぶって十里、百里を走っていったのです。そのようなお母さんの事情を誰が知っていますか。父母の事情を誰が知っていますか。「あの曲がり角を回っていけば、母と別れて泣く子供の姿は見えないだろう」と、山すその曲がり角を回っていくために走っていった父母の身の上を誰が知っていますか。
皆さんは親戚や孤児院に赤ん坊を任せ、あるいは、遠い姻戚まで訪ねていって赤ん坊を任せ、泣きじゃくりながら出発しました。韓民族が統一教会に反対し、文先生の行く道に反対したことにより捨てられなければならないはずですが、祝福を受けた子女たちを彼らが育てることにより、彼らは許されるのです。彼らがその子女たちを見る時、母親がいないことに心から同情しながら御飯を与えたことを、かわいそうなこの民族を代表して御飯を与えたことを私が知っています。それがこの民族が負った、私に対して誤ったことを許すことができる条件になったというのです。
その時は北韓の金日成が韓国を侵犯しようという危機一髪の時代だったのです。だから、その環境に全部乗って基盤を築いてこなければならなかったのです。言い換えれば、大韓民国の国民が天の民となるためには、統一教会の信徒たちと共に国を愛さなければならないというのです。それゆえ、その時私たち統一教会の動員されたすべての食口たちは、歴史始まって以来の愛国者であるという以上の立場で国のために生きたという条件を立てなければなりません。カイン民族圏、カイン国家圏の前において、アベルが神様の愛を中心として見る時、カインよりももっと愛国、愛族をしたという基盤を立てることにより、神様が初めてそのような民族圏と国家圏を干渉できる圏が開かれるのです。
その時は何でしたか。非常時期でした。統一教会において、それこそ歴史始まって以来の非常事態を迎え、サタン世界の氏族、民族に対峙できるところにおいて、私たちが優先権を握った三年期間でした。ですからその時、国家、民族において、全部統一教会の信徒たちがしたようにしなければ国が生きることができないのです。先生がその基盤を築いてこそ世界的基盤を築いて越えていくことができるのです。
世界的迫害時代に入っていこうとするので、国家的な立場で歩調を合わせなければなりません。そうしてこの三年路程が終わると同時に、その基盤を中心として、先生は米国を中心として、勝利的国家基盤を中心として出ていくのです。
第四節 一九七一年 統一基盤確保
真の御父母様の生涯路程 5
第四節 一九七一年 統一基盤確保
一 一九七一年の出発と特別儀式(一九七一・一・一、前本部教会)
年頭標語‥統一基盤確保
今年の年頭標語は「統一基盤確保」です。これまでは「全面的進撃」、あるいは「勝利的統一戦線」などの標語を設定し、外部に向かって進撃しました。そうして、み旨が外部に向かって出ていくことができる環境を開拓する仕事を一九六〇年以降今日まで、十年間なしてきたのです。一九六〇年度以後より一九七〇年度まで、まさしく消耗戦を繰り広げてきたのです。自体の利益のために戦ったのではなく、外的な環境の困難、言い換えれば私たち統一教会の行く道の前をふさいでいる障壁を崩すために多くの犠牲の代価を払ってきたのです。
私たちはソウルならソウル、中央なら中央の最高の位置から出発したのではありません。私たちの行くべき道、み旨が願う標準を置いて見たときには、最高の基準から出発しなければならないにもかかわらず、私たちがこの民族と数多くの宗教界から反対を受けることにより、それとは反対に、最低の末端、下部より出発してこれまで上部へと発展してきたのです。
その期間には、数多くの個人が犠牲になったのはもちろんのこと、私たち統一教会の家庭も多くの犠牲を払いました。韓国だけでも、統一教会に属する人々を中心として、その背後にいる親戚や、心情的な基盤を通じて関係している数多くの人々が、私たちのゆえに被害を被ったことを私たちはよく知っています。
いずれにしろ私たちは、一つの目標を中心として、この国において必要、適切な時を迎えるため、外部で起きているすべての迫害の障壁を突き崩して勝利の一路を開拓するために一九六〇年から約十年間、あらゆる努力を投入してきたのです。
今、一九七〇年代に入って見るとき、一九七一年度から一九八〇年度までの十年間は、私たち自体内において強固な基盤を築かなければならない事情に置かれていると見るのです。
したがって、伝統を中心として再度収拾して確立できる基盤が必要なため、今年の標語は「統一基盤確保」としたのです。統一基盤が確保されるためには、まず体と心が一つにならなければなりません。み旨というモットーを立てておいて、一つにならなければなりません。そのみ旨は、個人のためのみ旨であり、家庭のためのみ旨であり、氏族、民族、国家、世界のためのみ旨です。そのみ旨の中にはすべてが入ってくるのです。
このような事実を理解し、皆さんは一度しかないこの時を有意義に送らなければなりません。そうして、今年立てた「統一基盤確保」という、とてつもない基準を成さなければなりません。これが完全に一つになれば教会も統一されるのであり、国も統一できる運勢を迎えるようになるのです。このように一つになることにより家庭も完成されるのであり、個人も死亡圈から抜け出ることができる一つの統一的基盤が成されるのです。
真の御父母様の御家庭奉献式(一九七一・一・一、第四回「神の日」、前本部教会)
真の御父母様は一九七一年一月一日、前本部教会において、五百余名の食口たちが参加する中、第四回「神の日」慶祝行事を主宰された。この日、真のお父様は、前本部教会の二階で「神の日」を祝う式と真の御父母様の御家庭の奉献式をされた。そして、一九七一年度の標語として「統一基盤確保」を下さった。
きょうは三周年を迎える「神の日」です。三周年を迎える「神の日」なので三時に式を挙行しようかと考えましたが、一九七一年を象徴する七時十分に挙行することにしました。
今年は三周年となる年であるため、例年とは違い、大きな意義があります。それで、先生の家庭を中心として、神様の前に新しい入籍式をするつもりです。また、イエス様がこの地上で解くことができなかったその恨を解いてあげる内容の儀式もしなければならないのですが、それは祈祷でしてあげようと思います。
ここにいる池承道ハルモニをはじめとして、啓示を受けるおばあさんたちが「きょうは喜ばしい日なので、踊りでも踊りながら過ごさなければならない」と言ったので、舞踊服を作り、祝賀の意味を表す準備もしています。
このようなことを見ても、きょうはこれまでの「神の日」とは異なります。今回の「神の日」は、三周年を迎える日であるので本当に大きな意義があるのです。これまで、先生の家庭自体も神様の前に入籍できませんでした。入籍しようとすれば、カイン的家庭を屈服させることができる立場に立たなければならないのです。今回先生が、皆さんが最も愛し、心情的基盤となっている妻を引き抜いて動員させたにもかかわらず、皆さんの中で反対したりデモをする人がいなかったという事実は極めて光栄なことです。
したがって、先生の家庭を中心として全体が第一線に出ていき、互いに相まみえる家庭的一致の基盤が連結されたという、勝利の基盤が準備されたという条件を備えるようになったのです。そうして、先生の家庭が初めて神様の前に奉献できる勝利的条件を立てることができたというのです。それで、「神の日」を祝う式も行い、また、二階で先生の家庭の奉献式を行ったのです。それゆえ、先生の子供たちにも祝福をしてあげたのです。
ところで、奉献をするにおいて秩序を立てなければなりません。天の家庭がある前に天使世界があったので、先生の家庭を奉献すると同時にイエス様の恨も解怨してさしあげ、地上の願いも解いてあげなければなりません。そうするために、今後は、イエス様の相対格、あるいは死んでいった使徒たちの相対格を私たち統一教会で準備するようになるかもしれません。このような内的な因縁を中心として、横的な立場にいる霊界の霊人たちをすべて地上に再臨させて活動できる基準に連結させてこそ、初めて地上に天国家庭が立てられるのです。
イエス様の御聖誕日、実体聖霊聖婚式(一九七一・一・三、前本部教会)
イエス様の御聖誕日特別式が、一九七一年一月三日午前○時七分、ソウル龍山区青坡洞の前本部教会で行われた。この日イエス様は、真の御父母様を通じて地上の実体相対者である新婦を迎え、生涯と歴史を置いて願われていた恨を解く起源を備えるようになった。
私たちがこの一月三日をクリスマスとして守るようになったのは、霊界を通じてこの日がイエス様が生まれた日だということを知らせてもらったため、この日を守り始めたということを皆さんは記憶してくれるようお願いします。
それでクリスマスにも、カイン・クリスマスがあり、アベル・クリスマスがあるのです。(笑い)今年はカイン・クリスマスをアベル・クリスマスと連結させなければなりません。実際、きょうは祝宴をしなければならないのです。しかし、祝宴を催すようになれば様々な副作用が起こるため、内心で、家庭的基準を中心として神様との約束と条件を蕩減できるようにしました。それは皆さんには分かりません。カイン圈クリスマスがいくら良い日だとしても、ほかならぬきょうを除いたら、アベル圈と関係を結ぶことができないのです。そのような歴史的な一つの焦点が、今この時間であることを皆さんは知らなければなりません。
一九七一年は、三年期間の中の二番目の期間です。イエス様が長成圏である二番目の息子としてこの地上に来られたため、長成圈である二番目の年は最も貴いというのです。それで二年目となる今年のクリスマスを中心として、どのようなことをしなければならないのでしょうか。イエス様はなぜ死んだのですか。イスラエルの国はもちろんのこと、教会がイエス様に侍ることができなかったためです。また、氏族が侍ることができず、家庭が侍ることができなかったためです。七かしながら、最も根本的なことは、イエス様が新婦を選び立てることができなかったためです。
それで、このようなイエス様の新婦、すなわちイエス様の対象となり得る新婦を探し立てようとすれば、霊肉を中心としてキリスト教と統一教会が連結されなければなりません。そうなるためにはイエス様と相対因縁が結ばれなければならないのです。このような圈をつくっておかなければならないため、この内容を決定し、越えていく日が、この一九七一年度のクリスマスの日なのです。
イエス様が昇天したのち、この地上に誰が来たかというと、聖霊が来たでしょう? 聖霊は新婦の神です。それゆえキリスト教は、霊肉を中心として戦ってきたのではなく、霊的な立場で戦ってきました。すなわち、実体がなかったというのです。これを地上に連結させなければならないのですが、そうしようとすれば、イエス様の恨を解怨成就してあげなければなりません。キリスト教も解怨成就するためには、実体的に一人の聖霊のような方を地上に代表的に立て、連結させなければなりません。そうすることより、霊的天使世界の代表の立場であるイエス様が、この地上に足場をもつことができ、使徒たちと、霊的天使世界のキリスト教圏と、全体の霊前な天使長圏が地上と関係を結び、初めてアダムに侍ることができる教団的な基準が決定されるのです。このように重要な歴史的な新しい起源を調えて越えていく日がきょうこの時間であるということを、皆さんは知らなければなりません。
皆さん、今年に入って「イエス様の相対」という言葉を聞いたでしょう? 復帰歴史がそのようにならなければならないのです。イエス様の恨とは何かといえば、民族復帰、国家復帰を中心とした百二十名以上の家庭的基盤を中心として、主人の位置に立つことができなかったことです。それで今、百二十箇所を設置しているのです。先生は百二十名でなく、千二百名を百二十箇所に全部送り出し、平面的な基台を立てるようにしているのです。そうして先生の家庭を中心として、百二十箇所が一つになる場において百二十名が一つになれば、全国的な版図が変わるのです。千二百という数は世界的な数です。したがって、世界的基盤の解放圈が開かれるため、民族性をもったイエス様の願いは自動的に解かれるのです。それで今年、イエス様の相対という言葉が出てくるのです。
二 敷地および建物購入と一信石材創立
経済的基盤と未来の活動基地
今日、私たちは七〇年代で七千年歴史の蕩減の起源をつくらなければならず、韓国自体においては、男性の威信を備えなければなりません。それゆえ、先生も家を買わなくてはなりません。それで仕方なく七百七十七組を立てて祝福してあげたのです。その七百七十七組を中心として、「先生の最高に良い家を買う」という条件を立て、「車も最高の車を買う」という条件を立てました。
今は、私たち統一教会も時になったので、本部を建てなければなりません。既に先生がなすべき道理はみな果たしました。皆さんがそれでも責任を果たしたという条件を立てようとすれば、先生の家一つは準備しなければなりません。皆さんがそれをする前に私は、今後、天が計画している大きな基盤を築かなければなりません。
そのため、今年になって汝矣島の土地を買う問題、清平の土地を買う問題、教会の土地を買う問題等、四箇所の土地を設定しておいたのです。四位基台を復帰できる経済的基盤を立てなければならないため、あるものをすべてかき集めて、この仕事をしているのです。それは、今後医家や世界に対して私たちが必要とする基地を調えるために着手しているのです。それは、現在、半分以上が着手された段階に置かれています。
本部を中心として見るとき、先生がとどまることができる家も買わなければなりません。そのようにすれば、皆さんの前に発展があります。また、(祝福)家庭の前にも良いのです。しかし、私の良心上、私の家を先に買うことはできません。まず天の聖殿を建てるところにおいて、私の家より何百倍、何千倍も大きい聖殿を建てたという原則を立てておいて、その約束をしたのちに私の家を建てなければならないのです。
汝矣島世界宣教本部の敷地購入
既に、教会を中心として汝矣島に土地を準備しました。本来は、さらに一万坪買おうとしたのですが、買うことができなくなりました。それでも、さらに約三千坪は買わなければなりません。残っている場所がそれしかありませんので、そこをさらに買わなければならないのです。そうしたら私たちの教会も建てるつもりです。私が願うのはもちろん、この場所が世界本部になることです。皆さんもそう考えるかもしれませんが、ここは必ず世界本部にならなければなりません。
先生が地上に生きている間に主導的な役割をなして土地を買ったのに、財政上の理由で一万数坪だけ買い、世界本部を建てるということは恥ずかしいことです。考えてごらんなさい。これから十年、二十年、三十年、およそ五十年後になれば、その時はここが歴史的な殿堂として世界の数多くの人々が来るのです。そうなれば、汝矣島には撤収問題が起こるようになることでしょう。先生はそのように考えます。私の考えは、汝矣島全体を私たちの一つの庭園にしたいのです。ですから家を建てようとすれば、そのようなことまで考えていなければいけないのです。
ところでそれは、統一教会の本部にいる人たちが買わなければなりません。一人が土地一坪ずつ、何かの商売をするか、でなければ自分の骨一つを売るかでもして買わなければなりません。土地一坪を買わなければ、歴史的に後孫たちが嘆息することでしょう。今に見ていなさい。先生があらん限りの精誠を尽くし、国を越えに越えてこのようなことをしているのに、国内でみ旨を知った者として、ここに加担できなくなるならば、千秋万代に恨が残るはずです。
世界本部というものは一番であるという意識を与えなければなりません。また、世界本部は新しい場所に造らなければなりません。そのような意味で、汝矣島に土地を買うようになったのです。土地を買うには、新しく出発できる場所に買わなければならないというのです。長さが三百六十メートルで、幅は百六十二メートルです。そこにビルを一つ建てようと思っていますが、建てるときにはつまらないものは建てないつもりです。
今後汝矣島がソウルの中心街になることでしょう。それを見れば、神様が御加護され、私の予想したことがぴったり当たったのです。また、購入した土地の前には民族の広場ができるでしょう? 国会議事堂が隅っこのほうに場所をとったのは、「その土地を私たちが買いなさい」ということなのです。ところが私たちがその土地を買ったところ、土地の値段が急に跳ね上がりました。私の気分が良いのは、麻浦大橋を渡っていくと、すぐに統一教会の看板がぱっと見えるようになっていることです。
その汝矣島の土地を買うとき、数ヵ月の間で数億というお金を軽く現金で支払ったのです。
汝矣島に一万五千坪近い土地を買ったのですが、その土地を買う時もお金が全部集まったのです。
地方教会聖殿準備補助
私が今回、教会を建てるのに少しずつ援助してあげましたが、それは皆さんがすべて家庭を祭物として捧げたという立場に立ったからです。家庭を祭物として捧げて何をしようというのですか。氏族的標準を準備しようというのです。それがまさしく教会であるというのです。それらの教会は、今後既成教会と通じる基点になるのです。それで今回、私が地方教会にいくらかずつ援助してあげたのです。そうでなければ援助しないのです。
今回、全国的に部屋を借りてあげたりしたのは、対外的威信のためです。皆さんを援助してあげるのは原則ではないのです。皆さんの背中の皮をはがして売ってでも、土を練って壁に塗り付けて基盤を築き、既成教会の聖堂よりも大きく造るようになっているのであって、先生が皆さんを助けてあげるようにはなっていないのです。正しい思想をもちなさい。自分の家は自らが造ってこそ精誠になるのです、誰かが造ってあげてそれで良いのですか。そのような人たちに国を任せたら、国を売り飛ばしてしまうのです。私が与えたくて与えるのはかまわないのです。しかし、皆さんが欲しくて「下さい」と言うから与えるというものであれば駄目なのです。
一信石材工芸株式会社創立(一九七一・二・二六)
株式会社一信石材は、一九七一年二月二十六日、全北全州市八福洞二七〇-四で、代表理事に黄忠雲氏、理事に劉孝永氏と文昇均氏、監査に李秀卿氏が就任、初期の困難な与件の中で資本金一千万ウォンで創立するようになった。
石というものはキリスト教思想の根です。すべてのものの根です。十戒も木版ですか、石版ですか。(石版です)。ペテロに対して何と言いましたか。(磐石になれと言いました)。また、イエス様を何と言いましたか。磐石であると言ったのです。花崗岩は最も強い石です。その中でも韓国の花崗岩は世界的に有名です。
うちの一信石材が先取権をしっかりとつかんでも、このままでは駄目なのです。ですから、国際水準を凌駕できる基準を内部につくっておかなくては戦いにならないのです。ここで一、二年働いたら、何人かは外に出ていって、苦労しながら基盤を築かなければなりません。そうして、そこでみな支店を開いて販売するのです。「日本の大きな石材会社を締め出して、あるビルを受け持ってやってやろう」と考えてみなさい。安くやってみなさい。逆宣伝が起こるのです。
世界の有名なビルは今や韓国の石で建てるのが誇りであるというその時が、将来遠からずして来ることでしょう。岩山を買いなさい。今は工場をもっと造らなければなりません。そして、彫刻家という人々をたくさん採用しなければなりません。ここにいる皆さんの中で彫刻科を出た人がいれば、しかも日本語ができる人がいれば、引き抜いて日本に送って訓練もさせなければなりません。その次には、イタリアなどヨーロッパの方面にも送りましょう。
今のような国際競争時代には、開発と開拓がかぎです。ここでも機械のようなもの、銅像のようなものもコンピューターにほうり込んで、手一つでもってボタンだけを押せばいいのです。機械が自動的に全部仕事をして、完成品がしっかりと出てくるのです。そのようなシステムが考案できればつくって使いなさい。ですからどんなに出発がうまくできたとしても、開発が遅れたら負けるのです。
三 協会職制改編(一九七一・六・一)
協会では一九七一年五月二十四日正午、本部の二階で、真のお父様の主宰により協会部長および地区長が列座する中で会議が開かれ、六月一日付で地方編制を大きく改編し、また、その代案として大々的な巡回師制度を新設することにした。すなわち、地区と地域制度を撤廃し、大小を問わず、地方の各級教会機関をすべて独立性をもった教会制度に還元させたのである。これにより三十四の地区長と二百一の地域長は自動的に教会長になった。全国巡回団は、六月二十一日、それぞれが重任を帯びて任地に向かって出発した。
全国教会の協会直轄制
六月は統一教会を中心として歴史的な摂理を置いて見るとき、重要な月です。一九七一年度は、先生が話してあげたように歴史性を帯びた重大な年です。そのような一九七一年の六月、陰暦で見れば七月までは、私たち統一教会において重要な期間であると考えます。それで、皆さんが知っているように、六月最初の一日である、きょうを期して協会機構を改編したのです。
これまで、私たちの教会の組織は、本部があり、地区があり、地域があって、その下に地方教会があったのですが、今回、本部で直接、全体の教会を管轄できるように改めました。地区長制をなくすことにより、地区長たちも教会長になりました。一九六〇年には、本部教会で直接地方教会を指導していたのです。そうするうちに地区体制を経るようになったのです。このような体制では、中間段階にいる地区長たちが責任を全うする立場であればよいですが、責任を果たせないようになるときには、末端の教会から必ずいろいろな話が出るようになるということを感じてきたのです。それで、きょう六月一日を期して全体機構の改編をするようになったのです。
道庁所在地にも教会があり、市にも教会があり、邑にも教会があって、面にも教会があります。これから教会長たちは実力を尽くして活動をしなければなりません。自分に実力が多くあれば、発展できる体制を講究したのです。教会長の中には邑の教会長もいるし、面の教会長もいるでしょう。
したがって一人の教会長は、必ず自分の教会一つに責任をもち、その地域で原理的編制を拡大させていかなければなりません。原理は四位基台の組織形態であるので、一つの主体教会を中心として四位基台形態の基盤をつくろうというのです。そうして、礼拝人員が四十名以上集まるようになるときに、教会として認めてあげるのです。
全国巡回師(十六名)制度設置
そして、本部に全国巡回師制度をつくりました。男性八名と女性八名で全国巡回要員を置き、最大限の機動力を動員して地方の郡、邑、面まで、全体を本部で管轄するようにしました。そうすれば、少なくとも一ヵ月に二回ずつは、地方教会を巡回できるのではないかと見ているのです。
これまでは地区長の指揮下に地域が属していたため、地区長が毎月一回ずつ巡回することも難しかったのです。ある地域では三ヵ月に一回、あるいは、ある特定地域では六ヵ月に一回も巡回できない場所がありました。このような立場から見て、私たちの教会が発展するところにおいて、かなりの副作用を引き起こす結果となったため、今回このように改編を断行するようになったのです。教会の基本活動は、本部が直接主動して地方を動かしていこうということです。
これまでは、教会の伝道活動は個々の教会で主管してきました。地区本部や地域本部でそれぞれ四十日伝道期間なら四十日伝道期間を計画し推進してきたのですが、これからは本部で全国を管轄するようになります。もし今後、四十日伝道期間があるときには、地方教会ではその名簿を本部に提出し、先生の特別命令によって進行した六〇年代のように、先生から直接的な命令を受けて自分の地方に配置されたと感じながら活動するようにし、天に対して精誠を込めるところにおいても直接連結して精誠を込めるという立場になるようにするつもりです。
過去にどのようなことがあったかというと、ある特定のことを地区本部に示達すれば、それが各地域に伝達されずに地区にとどまっているケースが多くあったのです。また時折り、中間にいる地区長が地域長との感情が良くなくて、地域長の要求する事項がいつまでも本部に伝達されない事例がたびたびあったのです。しかしもう、そのようなことはなくなるでしょう。
ところで、地方巡回班をつくるとどのような弊害が生じるでしょうか。ある道なら道に巡回班を固定して配置してしまうと、八つの地区長がいた当時のような傾向が生じる恐れがあるのです。それでそれを是正するため、巡回地域を三ヵ月に一度ずつ交替しようと思います。そうすれば、本部では巡回師から一つの区域の報告を受けるのですが、三ヵ月後には交替した他の巡回師からの報告を受けるようになるのです。こうすれば、一年間で四人の巡回師からその区域に対する報告を受けるようになるので、ある教会に事件が生じ、その事件に対する報告を受けるようになるとき、四人の報告が一致しなければ、一致していないその巡回師班が責任を負わなければならないのです。こうすることによって、これまでの巡回のときや地区長を中心としていた弊害を防止できるはずです。
そして、地方教会には、教会長が六ヵ月に一回ずつ、巡回してきた巡回師についての報告と、これまでの全体的な活動事項に関する報告、および建議ができるようにしました。なぜなら、どのような巡回師が来てプラスになったとか、あるいはマイナスになったとかいう全般的な問題点を知らなければならないためです。それで、このようなことの問題を六ヵ月に一度ずつ本部に報告する体系を整えたのです。このように一九七〇年代からは、新しい体制を備えて出ていかなければなりません。
四 「週刊宗教」創刊と統一原理公聴会
「週刊宗教」創刊趣旨と目標(一九七一・六・二、文化公報部登録 七・四、創刊)
「週刊宗教」が一九七一年六月二日、文公部(文化公報部)長官から登録が確定され、通知されることにより、七月四日創刊された。週刊宗教社は、ソウル鍾路五街キリスト教会館二階二〇四、二〇五号室に社屋を設けた。発行人には金元弼、社長は李戴錫氏が選任された。
私たちの教会は、宗教協議会や「週刊宗教」を中心として、宗教の最高責任者たちをひとつところに追い込むための作戦をなしているのです。そうして、その風土がある程度造成されたら、すべての宗教団体は超宗派的な立場から、宗教の怨讐である共産党の脅威から国家の運命に責任をもつ思想的基盤となることができるようにしなければなりません。したがって、私たちが宗派を超越し、超宗教的な立場から反共姿勢をどのように確立するかということが何よりも急を要する問題とならざるを得ません。
私たちのみを中心として見れば個々人の使命ももちろん重要なのですが、全体に責任を負っている先生はこのような問題を急いで解決しなければならないため、これを心配し、皆さんが理解できない超教派運動を中心として宗教協議会まで率いてきたのであり、また、それを中心として「週刊宗教」まで作ったのです。このように「週刊宗教」を作ってみると、私たちに有利になったことがあります。それは、いくら立派な宗教団体の長でも週刊宗教新聞社で招請すれば出てこざるを得ないということです。
こうして、彼らに一次、二次と打診し、国の悲運を彼らも心配できる立場で合意して共同戦線を立て、彼らに、いかにして反共精神をたたき込むかという問題を考えたのです。本来は、宗教協議会を中心としてそのことをしようとしたのです。宗教協議会を指導する責任者が公的な民族的使命をもち、すべての宗教団体を超越し、個人を犠牲にして全体の利益のために仕事をしなければならなかったのです。
そうであるにもかかわらず、そうできなかったため、今、宗教協議会が不振状態に落ちています。それで「週刊宗教」を通じて追い出したのであり、新しい宗教協議会強化運動をしなければならない時点に置かれていることを皆さんは知らなければなりません。
ともかく十万部以上は突破しなければなりません。「週刊宗教」が十万邦を越す日には、私が借金でもして日刊新聞社を造ることができるのです。気持ちさえ起こせばそのようにすることができます。私が気分を良くすれば神様も喜ばれます。私たちが韓国で一番の新聞社を造ろうというのです。
皆さん、週刊宗教新聞社の登録だけにしてもそうです。文公部長官が棄却の判こを押しても私たちは申請をするのです。一次棄却、二次棄却、三次棄却、四次棄却までしても最後まで出すのです。
課長、局長とけんかし、長官ともけんかして、てっぺんを押さえるのです。そのような道もあり得るのです。ある人は「早く勝てば良いものを、なぜ今まで苦労するのか分からない。そのような方法があるのに」という人もいます。
しかしながら順序があるのです。それで李載錫牧師が「先生がしなさいというとおりにすれば、間違いなくできる」と言うのです。
今回、私たちが「週刊宗教」新聞を出すというので、キリスト教会館でどんなに嫉妬したことか知れません。そこには新聞社が四つあります。クリスチャン新聞、連合新聞、基督公報、週刊基督教です。そして私たちのものまで合わせると五つです。五社が競争だというのです。
「週刊宗教」の第二号が出ると、クリスチャン新聞社のある局長が、「もう、自分たちのところの新聞社はやっていけない」と言うのです。統一教会がそのような実力をもっているとは思わなかったというのです。
私たちの教会と既成教会が同等になるときが一九七一年度です。それで、今、キリスト教会館に週刊宗教新聞社が入ったのです。そこには文句が多かったというのです。「統一教会のせいで大変なのに、キリスト教の本拠地となる所に統一教会の新聞社が入ってくるんだって、怨讐が?」と言っていたというのです。「けれども入らなければならない」と言って、そうしたのです。結局は、借りることは借りたのです。
こうして今は、対社会的な面においても対内的な面においても、一線に立ったというのです。ですから今が越えていくときです。それで七月前までで七次の教役者(注:キリスト教の宗教活動に携わる人)公聴会をしました。今後、さらに三次だけすれば、そのときはみな知るようになります。八月に八次までしました。今年中に十二次までするようになれば反対しなくなるでしょう。
教役者招請原理公聴会
第二回教役者招諸原理公聴会が、一九七一年二月十五日から十七日まで二泊三日にわたり、ソウル市内の豊田ホテル、サンポ会館で、国内既成教会現職教役者八十七名が参席し、大盛況を成した中で開催された。
三月二十九日から三十一日までの第三回教役者招請原理公聴会は、九重面水澤里中央修練所に変更、場所の制約ゆえに参席通知者全員が参席することはできなかったが、現職教役者百三十二名という大盛況を成した中で開催された。第四回は、同じ場所で約七十余名の現職牧師たちが参加する中で、四月十九日から二泊三日間“実施された。特に韓国滞在中であった欧米宣教師崔サンイク氏と日本の食口たちの証と和動は、我々の原理の価値を一層引き立たせ、満ち足りた雰囲気を造成した。
教役者原理公聴会は、一九七一年度だけでも十二回にわたり、合計九百十五名の教役者たちが経ていった。原理講義は李戴錫(前編)、安昌成(後編)の両氏が各々受け持った。
一つの国を成すために、イエス様の氏族とイエス様が一つにならなければならなかったのであり、全ユダヤ教が彼らと一つにならなければなりませんでした。私たちが今これを復帰しています。今が分岐点の頂上です。
それで、今年一千名以上の既成教会の牧師たちを招請して原理修練をしました。イエス様を十字架にかけたユダヤ人たちは、今なお地上に残り、イエス様を否認しています。それゆえ、この二十年路程の間に私たちはそれを蕩減しなければなりません。このような目的から牧師たちを招請したのです。
彼らが原理を聞くと、その原理に感化を受けて、「ああ、知らなかった。統一教会の文先生がどのような人であるのか知らなかった」と言ったのです。昔は何も知らずに自分たち同士で「統一教会の文なにがしを追い出そう」とやっていたことを今になって考えると、「昔と比べることさえ恐ろしい」と言うのです。実際、今、そのようになりました。世の中が変わったというのです。
「原理公聴会に牧師たち、来てください」と言うと、上のほうでは公文を出して「行ってはならない」とか、何だかんだと言ったのです。しかし、上では「行くな」と言っても、下のほうではどんどん抜けて出ていくのです。それで公文を送っても「そのまま伏せておこう」というのです。いくらでも公文を出して送ってみなさいというのです。
原理公聴会に来れば、あれこれ世話になり、たくさん学び、衝撃を受けます。考えてみたら自分たちは何でもないのです。ですから大変なことになったというのです。彼らは頭をがくっと垂れるのです。最初入ってくるときは、目をぴかぴか光らせていたのですが、出ていくときは頭が垂れているのです。実力で負けたのです。
これは借金をしながらでもしなければならないのです。ヤコブがエサウを屈服させるため、二十一年間精誠を込めて集めた財物をエサウに捧げたように、今、私にものがあり、人があり、物質があるとするならば、それらすべてのものを既成教会を経て大韓民国のために使わなければなりません。
教授招請原理公聴会
全国大学生原理研究会主催による「教授招請原理公聴会」が一九七一年}月十日から十一日まで一泊二日にわたり、ソウル城北区水踰洞所在のクリスチャン・アカデミー・ハウスで、各大学の原理研究会指導顧問を中心にした各分野の教授五十二名が参加する中で実施された。
参加した教授たちの中には、李恒寧、金ソンシク、洪ヂョンシク、チャンビョンギル、朴徳培、コソック、李サノク、林漢永、李大偉、シンドウク、朴ノシク、金セワン(弁護士)、チョンヂョン、朴ドンウン(言論人)、尹テリム、金永斗教授等、学長級、総長級の権威教授たちも多かった。李載錫(前編)、安昌成(後編)の両氏が講義を担当し、黄鉉洙(原研)、洪鍾福(勝共連合)、李起錫(協会)の諸氏が各々ブリーフィングを行った。一方、聴講教授たちは、講評を通じて統一原理出現の歴史的意味を高く評価した。
私たちが一九七〇年度に入ってから既成教会の牧師たちを招聘して原理公聴会をもつことや、教授たちを中心としてアカデミー・ハウスで原理セミナーを開くのは、これが一九七〇年代において、国家的な環境を私たちと連結させ、全面的な方向を打開するのに重要な契機になると考えたからです。それで先生がこのような作戦をしているのです。今後、大学街を主としてこのような作戦を強化していかなければなりませんにそして、今後、日本における思想武装も、私たちが責任を負わなければならない時がすぐに来るであろうと、今予想しています。
私たちは莫大な経費を使いながら、大学街の有名な教授たちを中心として私たち統一教会の原理を研究させ、各自の専門分野から見た統一教会の原理に対する対照批判とともに、自分の所感を添付したものを書籍として早くつくろうというのです。著名な教授たちが公認した書籍を見る人々は反対できないことでしょう。それゆえ、その仕事を早急にしなければなりません。「驚異的統一原理」という内容を中心として、今年中に書籍を発刊しなければなりません。そうして、これを日本語や英文に翻訳し、各国の指導層に影響を及ぼすことができるようにしておかなくてはなりません。
こうして、教授たちが書いた本が数カ国語で翻訳されたとなれば、それは、大韓民国の教授として自慢の種になることでしょう。実際、原理の内容がそれだけ膨大なものなので、彼らは称賛することができるのであり、また、称賛が受けられる内容が十分にあるというのです。
五 清平聖地開拓と清平修練所建設
精誠の基盤と敷地購入(一九六九〜一九七一、京畿道加平郡雪岳面松山里)
良い場所は必ず湖に沿っていなければなりません。ところで東海岸(日本海側)はソウルからあまりに遠いのです。西海岸(黄海側)はいくつかの都市が集中していて、干満の差がかなり激しく、水が引くと干潟になり、また、泥水であるために良くありません。ですからソウルから遠くなく、一番適格な所は清平しかないというのです。それで、三十分以上かかる場所で選んでみたら、清平の松山里になったのです。その地域は本当にすてきです。私が清平地域を中心として一番良い所に場所をとったのです。
一番最初、先生がここに来てさっと見てみると場所が良かったのです。それで、ここに場所をとって祈祷を捧げ始めたのです。私が一生の間精誠を込めるところとして祈祷する道を磨き始めたのです。いかなるグループでも最高のグループは、精誠を込めた段階があるのです。このようにして、独り、ウロプ山の頂上に登って祈祷したことがきのうのことのようです。私はたとえこの手のひらしかない、何もない人ではありますが、私が決心してこれまでできないことがありませんでした。一度成すと決めたことはどんな手段を使ってでも必ず成してみせるのです。
その時はテント村として有名でした。そこの人々は、病気の人たちが来て療養しているものと思ったり、何もすることのない人々がソウルから暇をつぶすために来ているものと思っていたのです。そうではなくて、その時この地方を探知して回っていたのです。
私が釣りで、魚を獲りに回ったりするでしょうか。うわさを立てることなく基盤を握らなければならないため、三年前からここに人々を派遣していたのです。そうして、彼らに船を買ってあげ、贈り物もしてあげるので、彼らは、自分たちの暮らしに良いといって、それだけに熱中したのであり、先生の計画を全然知りませんでした。それで非常対策を立てたのです。ここに基盤を握っているすべての親分たちを懐柔し始めたのです。
この土地を買うときにも、地主百余人から買うのに約九ヵ月くらいかかりました。主人が百人ですから一人と契約をするのに二日くらいかかります。とにかく三日以内に一軒ずつ契約をしました。世の中ではこのようなことはできません。彼らが容易に売ると思いますか。統一教会がその土地を買ったので、その次の人たちは「土地の値を何倍にしてもらわなければ売らない」と言うではないですか。そこには反対派たちがいるのです。そしてこんなふうに反対し、あんなふうに妨害をするのです。
しかし、「この土地は誰の土地ですか。神様、あなたのみ旨をこのような所を中心として成さなければならないのではないですか」と精誠を込めるのです。私個人のことで精誠を込めるのではありません。それで、ここに手をつける者は、統一教会の運勢にへし析られていくというのです。多くの人が霊界に逝ったのです。反対していた人々の中には、名前の分からない病気で手術するなど、病院に入院している人もいます。このようなことを見たら、神様が特別に記憶されていらっしゃるということを知らなければなりません。
あの三角地帯の前の天留荘の別荘の主人が、ボートに乗っていて転覆して死んだのです。崩れた谷間の深く入り込んだ場所で私たちが修練しているとき、そこを管理している人々に追い出されたことが思い出されます。その時から、この清平の地形が良いことが分かって土地を買い始め、今も買っている最中なのです。清平の湖を中心として私たちの修練所の場所を知っているでしょう? もともとその場所は、家を建てられる敷地が全くなかったのです。そこには水に溺れて死んだ文氏の墓が一つあって、小さな谷に桑の木が十五本くらいしかなかったのです。
その地帯があまりにも良いので、清平全体の山野をずーっと回りながら見ると、そこが中心地だったのです。それで、そこにテントを張って土地を買い始め、修練所を建て、これまで土地をたくさん買ってきたのです。それで、ここを将来、国際修練所、全世界の若者たちがここに来て修練を受けることができる世界本部のような所をつくろうと思うのです。
修練所建設作業
(一九七一六・一七、くわ入れ、六・二〇、建設団作業開始、七・二〜七・一二、建物完工)
仕事をする人々をどのようにしてでも集めなければならないのですが、今回約三十名を地方に人事異動することによって、地区長の下にあった部長級の職がなくなりました。それで、その人たちに「すぐに上がってきなさい」と言って、清平で土を掘らせたのです。それで、特別修練会をして「三日間土を掘りなさい」と言って、誰がどのようにするか、ほうっておいて見るのです。
清平で仕事をする人たちは、これまで数十日の間、土を掘りました。そのようにしながらも、普通四時間、五時間しか寝ることができません。最悪の状況だというのです。きのうは私が「負傷者、前に出なさい」と言うと、二十六人中、八人が出てきました。三分の一が負傷者でした。それで、さっと見てみると、死ぬようなけがではありません。つるはしでちょっと傷ついたり、釘が刺さったりして足の甲がちょっとはれたのを、「けがをした」と言ってびっこを引いているのです。それで私が「何だお前たち、この場には負傷した者が出てこなければならないのだ。血を流す者が出てこなければならないのだ」と言ったのです。この場は蕩減する場であるというのです。
家を建てる仕事を数十年した人がする仕事も、私が行ってコーチして、初めてまともにできるのです。私は大工でもないのにです。そのようなことを見れば専門家が特にいるわけではありません。深刻な立場でその標準の価値を観察するようになれば、それがふさわしいか、ふさわしくないか一遍に見分けることができるのです。
オンドルを置くにも、私が「オンドルはこのように置くのだ」と、コーチして初めてできたのです。また、きのうは井戸を掘る人たちが来たのですが、「井戸をどこに掘らなければなりませんか」と尋ねるのです。それで、「どこに掘りますかだって? 井戸だけ何十年も掘った人がそれも分からないで、今までどうやって仕事をしたんだ? 井戸は、硬い地と軟らかい地の境があれば、その筋が直線に流れていって横になったとき、その筋に沿って突き剌せば水が出てくるものだろう。そうではないか」と言ったところ、「いつ井戸を掘ることを全部学んだのですか」と言うのです。それは自然の理致です。
清平に家を建てるにも、二ヵ月くらいかかるものを八日目で完成させるのです。七月一日から「地ならしをしなさい」と言って、二日から始めました。ですから、一週間の間で全部やるのです。きのうまで床を敷き、壁を塗って、その次には天井を全部やりました。雨が降ればこれも有り難く思える立場なのです。そうして、きょうは整理をするのです。清平に建てた家は九十三坪です。講堂だけ見積もれば約七十坪になるので、二百余名は寝ることができます。
七月十日までしたのですが、塗装をするのに二日さらにかかったのです。ですから、建てた期間は十日間ですが、八日目に建てたことになるのです。十二日から公聴会をするのにその日までやったのです。片方では塗装をしながら、何とかかんとかして恥をかくのを免れて公聴会をしたのです。
スレート(注:石版の瓦)を上げるときのことです。三日前から契約がなされていました。ところが、そのとき連絡する人がどこかに行ってしまい、最終日になってもスレートが上がってこないのです。それで、大変なことになったのです。牧師たちが十二日に来るので、その日に終わらなければすべてのことが崩壊するのです。どこからか大工を連れてきて補家を建てるのを手伝ってくれ」と頼むのですか。(笑い)大変なことになったのです。これは何、鬼神の風を起こしてでも何かをしなければならないのです。そうこうするうち、追いかけ回しながら「お金を出さなければスレートはやれない」と言うのを頼んで、また、ぽんぽん船を貸し切って、夜十一時半にようやく修練所に積んできたのです。
それを全部下ろしてみたら、夜中の二時半くらいになりました。そうして、ぽんぽん船が上がっていくにはもう遅いということで、その主人があそこに登っていって一晩寝ることになったのです。ところで、一晩寝て、朝、降りてきて見たら、一晩の間にスレートが全部屋根の棟に上がっていたのです。(笑い)
その人の考えでは、そのとき雨が降っていたので「合掌のようなものが濡れたらいけないので、臨時にあのように上げておいたに違いない」と考えたというのです。ところがどうしたことか、上がったスレートの上には仕事をする人が一人も見えないというのです。夜中に、数時間で、すべて完全に上げてしまったのです。それでこの家は、鬼神の家というあだ名がついたのです。(笑い)
これをずーっと見回してみると、色を塗ったので調和しているのです。見れば、平べったくなっているのが、ひれ伏して道を修めている相だというのです。(笑い)
修練所一帯の山と湖(一九七二・七・一〇、山と湖の二十一箇所に新しい名前を命名)
先生が大概の有名な国、数十カ国に全部行ってみたのですが、このように美しい所はないのです。さらに、うちの修練所の前のあちら側に行くと、平べったい私たちの別荘があるのです。その別荘を「天留荘」と言いますが、その後ろを上って行くと、実に妙なる所なのです。この地方全体が牡丹の花のようになっているのです。
皆さん、平壌を「牡丹峰」と言うでしょう? その牡丹峰がなぜ有名かというのです。牡丹峰が有名なわけは、牡丹の花はぐるりと囲んでいるのですが、その真ん中の黄色い部分が調和をなして種を生じる、そのような所であるためです。それと同じように、この天聖山を中心としてそのようになっています。
この山を越えると全然味もそっけもないのです。登っていって見ると好き勝手になっているのです。しかしながらこれを屏風にして、この前に連結しているすべての山野は本当に牡丹の花のようになっているのです。一度見てみなさい。遠い山々がぐるりと囲んで私たちの修練所に向かって全部生い茂っているのです。
それも良いですが、また、川の水が流れているでしょう。私たちの修練所の前庭から眺めるとその川の水が、どこから流れてきてどこに流れていくのか分からないのです。一度見てみなさい。川の水が入ってくる道も分からないし、出ていく道も分からず、湖のように思われるのです。そして、私たちの修練所から見下ろすと景色がそれこそ絶品なのです。湖畔と山野が調和した美しい所だというのです。本当にここは、世界に誇るに値するのです。
この山は本来長楽山でしたが、先生が名前を「天聖山」と別につけました。「天」という字に、神聖の「聖」の字で天聖山と名前をつけたのです。そして、ここから皆さんの目に見えるあの大きい山々にはすべて、新しい名前を先生がつけたのです。
この修練所の裏山に名前をつけるのに、「天勝台」とつけたのです。ここ全体を天勝台と名前づけました。あの裏山のまん中の峰には神聖なる「聖」の字を使い、あちら側の峰には完成の「成」の字を使い、こちら側の峰には城の「城」の字を使ったのです。三つの「ソン」、「三ソン山」なのですが、それぞれ神聖を表し、完成を表し、保護を表しているのです。
その山がどうなっているかというと、その山は直線上に屏風のようになっています。この地形を見ると、屏風のようになっているのです。全体の山々は高いのですが、屏風のように直線になっていて、全部がそれを臨んで生い茂るようになっているのです。それで、私があの山の向こう側に、あの山よりももっと高い山が十里以内にあったら駄目だと思ったのです。あの山の向こう側にある大きな山脈が山並みを伸ばして長い山を経ていくようになっていてはならないというのです。
私が七月十日に登りました。登ってみると、この山は思いがけず直線になっているというのです。それこそ実に形が良いのです。これは屏風になっていて、これは屏風の前の食膳のようになっているのです。食膳のようになっているのですが、ここにあるこの水はすべての調和を意味するのです。
水を見ていると、常に、一日にも何百回ずつ変わります。よく見てみなさい。これは調和を意味しているのです。調和というものはすべての希望を意味し、あるいは無限を意味し、全体の繁栄を意味するのです。このようなことを象徴しているというのです。そのような観点から見れば、この場所がとても明堂(注:風水説で非常に良いとされる土地)であるというのです。
清平という名前も良いのです。清平とは、すべてのものが完全に定着をし、新しい出発をすることができるということです。清平の「清」は「青」を意味し、青い(注:若々しい)ということであり、「平」は「平平」なこと(注:平たいという意味)を意味するのです。それで清く平らなことを意味します。ですから、すべての整地作業は全部できているので、設計して柱だけ持ってきて立てれば、いつでも出発することができるというのです。そして将来、清平が天平になるのです。(笑い)
修練所の前のこの湖の名前を「天心湖」としました。この山は「仙人峰」、あの山は「天善山」としました。善良の「善」の字、正しいという意味の「善」です。この前にずーっとある二十一個の山に対する名前を先生が七月十日に仙人峰の頂上に登って命名しました。
ここからずーっと上がっていった所にあるのが天引台です。将来、私たちの本来の修練所本館を建てる所です。そこは精誠の度数が満ちていて、外国から訪ねてくる特別な人々のほかは絶対に入っていくことができません。聖域地帯をつくり、王宮のように建てることができます。あの山の下にはおよそ一万五千坪ほどの平地をつくることができる所があります。そこからずーっと山奥に道を切り開こうとするので、神様が導かれるという意味で「天引台」と名づけたのです。このように、全部その名前を解くようになれば、理想の園が出てくるようになっているというのです。
清平を中心とした精誠時代
先生はこれまで水澤里を中心として精誠を込めました。今後は、清平を中心として精誠を込めなければなりません。天に祈祷する基準があるのです。時間さえあれば、私がここに入り、歳月を送ろうと思うのです。精誠を込める所、すべてそのような所なのです。今は、水澤里時代から清平時代に移行したのです。ここは精誠を込める所なのです。
どうかすると清平に行きます。待っている人がいて行くのではありません。誰もいないのです。私が昔、この道を切り開きながら苦労したその立場が恋しく、山野が恋しく、聞こえてきた風の音、鳥の声が恋しくて行くのです。その流れ落ちる自然の摂理を通して天の感動の世界に接触していたその気分が恋しくて行くのです。
皆さん、春が恋しいでしょう? 夏を迎え、秋を迎えれば春が恋しくなるのです。その恋しさは、死ぬ時まで誰も奪っていくことはできないのです。困難な立場で、おなかがすいた立場で、耐えて瞑想をしながら天と因縁を結んだその時間が恋しくなるというのです。あるいは、吹いてくる風の便りを感じるようになるとき、それが過去の認識を現実の生活圏内へせき立ててくれるために、過去が刺激的な動機になったとすれば、現実の生活的な動機として顕現できる立場となるためにそれを好むのです。
私が清平に行っても、ある人たちは「することもなく通っている」と言うかもしれませんが、どうしてすることもなく通ったりしますか。とんでもありません。通っては、私なりに、行かなければならない道を切り開いていくのです。深刻だというのです。戦争をするのに刃を研ぐ、そのような生活が必ず必要だというのです。その位置で追求するものは私の幸福ではありません。
私は「どうやって豊かに暮らし、何をどのようにしようか」という考えは、絶対に、一生の間、してみたことがありません。「どううまくやって、私の息子、娘に良く着せてやろうか」という考えはしないというのです。この国と世界をどのようにするかという問題を置いて考えるのです。
六 全国伝道と主要行事
全国地区巡回および地方伝道地巡回(一九七一・一月〜七月)
皆さんを送り出し、先生は「良かった」と言って安らかに生活をしたのではありません。皆さんに負債を負わないため、今年の正月一日から七月まで全国を巡回しました。
そこに行っておばさんたちに会うと、涙をぽろぽろ流すのです。「目が病気にでもかかったのか、どうしてそんなに涙を流すんだ」と言っても泣くのです。本部では、毎日、朝会ってもあいさつもしなかったおばさんたちが「会えてうれしい」と泣くのです。母と出会え、「会えてうれしい」と首に抱きついて泣く、そんなふうに泣くのです。そのようなことを見るとき、神様のためにそのようにうれしく懐かしがることができるその時間というものは、金をあげても、お金をあげても換えられないものです。
青春時代、壮年時代、老年時代を経て、死の境までそのような心で行くようになるなら、間違いなく、死んでも悪い所に行かないというのです。
おばさんたちが任地で苦労するのを見れば、その苦労は私がさせたことのようですが、私に向かって「統一教会の文先生が何者で、苦労させるのか」と拳を振り回しながら不平を言う人がなく、涙をぽろぽろ流すのです。自分を苦労させた張本人であるにもかかわらず、行ってしまうのではないかと心配し、ひたすら「行かないでください」と泣くのです。それが不思議だというのです。それを見たとき、「私は良くないことはしていないのだなあ」ということを感じました。
この結末は、私が滅び、私たちが滅びてもこの国は栄えるようになるということです。私が滅びたとしても、この国は残るようになるということです。涙でつづられた統一教会の伝統だけは、この民族を泣かせるであろうし、世界の人類を溶かし尽くすことでしょう。
夏季四十日伝道出発(一九七一・七・二〇)
この七月を中心として思うことは、七月二十日から始まる四十日伝道期間です。この七月二十日は、私たちの脳髄から忘れられない日であると同時に、私たちの教団でも常に重要視する日です。
一九六〇年度から一九六三年度の前半期までは、四十日伝道期間を出発するときは、本部が中心になって動かしてきました。その体制が一九六三年度後半期からは、各地区、あるいは地域を中心として活動をしてきているのです。しかし今年からは、この四十日夏季伝道期間は、再び本部が管轄し、直接先生の指導のもとで実施しようと思います。一九七一年度と一九七二年度のこの期間で、特別にこのような活動をしようとするのは、み旨的立場から見たときにとても重要なかぎにもなりますが、私たちの教会が一つの契機を設けることにもなるのです。
私たちがみ旨的な立場から見たとき、これまで家庭を中心とした伝統性を確立するために歩んできました。ところが今見ると、婦人たちは出ていって活動しているのに、男たちはみ旨の道を行くのか来るのか分からないほどです。それで、新たな拍車をかけなければならないというのが先生の考えです。
それで今回、七月二十日を中心として全国に動員するところにおいて、全体動員を準備しているのです。このときに私たちは、言葉だけでなく、実際に新しい点を見せてあげなければなりません。「私たちはこのように戦った」と言いながら見せてあげられるものがなければならないというのです。
夫たちは、今一線に出ている自分の夫人と一体になって精誠を込めなければなりません。昼も夜も、あるいは夢の中や寝言ででも、「愛する妻が勝利の娘となり、神様に愛されることができる烈女になるように」と、祈祷する心をもたなければなりません。今回の三年期間は、そのような気持ちをもって妻と共によく越えていかなければならない家庭的受難の期間なのです。
今や、韓国を協助してくれるお方は神様だけであり、信じられるお方も神様しかありません。北韓を見れば、今、彼らは武力で韓国を南侵できる万全の準備を整えているのであり、しかも中共とソ連が背後で加担しています。このような共産圏を東北部に迎えているのが今日の韓国の実情です。ここに日本が今、中国と手を結んで出る立場にあります。これを見るとき、韓国の行き得る道が前後でびっしりふさがれているのです。
このように、韓国が周辺国家に包囲された状況の中にあるということを知っている韓国の民が、安逸な生活をすることができないということは繰り返すまでもありません。さらにみ旨を知っている私たちの立場では、韓国がいくら周囲の怨讐国家に包囲されているとしても、神様を信じ、神様のために精誠を込め、その精誠の度合いが世界万民を動かし出すことができるものとして残るようになるときは、どんなに強固なサタン世界の権限もここに手をつけることができないという信念をもって、この三年期間にあらゆる精誠をすべて込めなければならないのです。
そうしてこそ初めて、この三年期間が家庭全体を祭物にして捧げることができる期間として越えていくのです。
全国教会員修練会(一回:一九七一・八・一二〜一八、二回:八・二六〜九・一、清平修練所)
一九六〇年代と一九七〇年代を比較してみるとき、次元が違うということを知ることができます。このように変化した立場から、新しい次元に向かって進んでいる現実を直視するたびに、摂理のみ旨もそれに歩調を合わせ、新しい角度から前進しなければならない時代に置かれていることを知るようになります。このような観点から過去を革新し、私たちの使命意識を鼓吹しながら、各自担ったところの責任を遂行しようと新たに誓わなければならないため、新しい契機となることを願う心で、今回の集会を始めるようになりました。
伝統を正しく立てなければなりません。伝統を立てることができなければ滅びるのです。伝統というものは、その国の愛国思想を連結させて立てることではないですか。したがって、思想的伝統を立てる時期はこの時代のほかにはありません。皆さんが妻と共にこの時代を迎えたという事実は、驚きに驚くべきことです。世界を統一することよりもっと難しいことなのです。世界の統一はここから始まるのです。
したがって皆さんは、どの時代のいかなる人よりも幸福であり得るのです。そのような立場であるだけに、そこには悲しみと喜びが交差しているというのです。そのような悲しみと喜びをすべて消化させることができる主体性をもたなければならないのが統一信徒、特に地方教会に責任をもった皆さんの使命であることをよく知らなければなりません。
父母の心情をもち、僕の体となって、汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために注ごうといったでしょう? そのようにしなければならないのです。そうして終わりの日になれば「この体がすべて倒れたとしても、み旨のために働いたことに恨はない。私の手と足を切ってどうなろうが、恨むことはできない」と言えなければならないのです。
既成家庭祝福式(一九七一・九・一二、中央修練所、七十二組)
一九七一年九月十日から十三日まで三泊四日にわたり、水澤里所在の中央修練所で既成家庭特別修練会および祝福行事を挙行した。祝福行事は九月十二日、七十二組が参加した中で進行したが、その内、五十四組は既成夫婦であり、十八組は独身者たちの新たな結合(組み合わせ)による祝福ケースであった。
私が一昨日、既成家庭の祝福をしてあげました。その中に八十八歳になるおじいさんもいましたが、祝福をしてあげました。婿に出してあげたというのです。私は腹がへって統一教会の先生になったのでもないのに、ここまで来て見ればなるにはなった(注:発展はしたという意味で)のです。あすあさってには共同墓地に行く入籍書が書いてあるおじいさんたちを結婚させながら、そのおじいさんに尋ねてみたところ、二十四、二十五歳の独身青年と同じだというのです。それで、そのおじいさんに「婿に行きたいですか」と尋ねてみたところ、にやっと笑いながら(笑い)、恥ずかしくて話ができないのです。ちょうど子供のようでした。また、おばあさんもひたすら指を口にくわえ、どんなに恥ずかしがることか……。(笑)聡ずかしいのですが、祝福は受けなければならないというのです。祝福を受けるためには恥ずかしいも何もないというのです。そのような立場では、どんなに年の多い人も、若い人もみな深刻なのです。
考えてみてください。老人と結婚するようになれば世話をすること以外にありますか。それは分かりきっていることです。しかし、その人の世話をしてあげ、使いをしてあげ、奉仕をしたとしても、自分を愛してくれるならば、良いですか、悪いですか。良いというのです。執拗に干渉をするとしても、それが通じる一つの道は愛です。独身男性たちは何の話か分からなくてもいいです。独身男性たちはこのような話をするときは聞かないでください。(笑い)
全国成和第十六回特別総会(一九七一・一〇・八〜一〇・一〇、中央修練所、百四十三名)
全国成和学生会第十六回特別総会が一九七一年十月八日から十日まで、二泊三日間にわたり全国から百四十一三名が参加した中で水澤里所在の中央修練所で開催された。
私たちは、行かなければならない道の前に国家的な伝統思想をどのように残すのですか。その国を訪ねていく道は悲惨な道であり、血の涙の出る道です。そこに歴史的な先祖たちの伝統的思想の起源がつながっているのです。先生一代を中心としてそれが見いだされるのです。六千年の歴史はみな過ぎ去るのです。それは悲しみの歴史でした。先生一代の歴史も悲しみの歴史でしたが、皆さんは、先生を中心として喜ぶことができる歴史をつくらなければなりません。私がこれまで皆さんに「苦労しなさい」と言ったのであって、いつ「よく食べて豊かに暮らしなさい」と言いましたか。しかし、いつかはよく食べてよく休みながら暮らす時が来るはずです。
それで一昨日も、中高等学生たち、成和第十六回の学生たち百四十二名を選抜しました。彼らを集めておいて、回線に出て行く人は手を挙げてみなさい」と言い、一人一人に「行くの、行かないの?」と聞いて、「行きません」と言った人は除いて、「行きます」と言った人は全員教育するのです。出発しなければならないというのです。それで、今清平で教育を受けています。「毎日四時間は労働である」というのを公式に立てておきました。もう三年もすれば、農村に行って四百名以上の機関要員を養成しなければなりません。皆さんを先頭に立てて勝共理念等で教育するのです。
七 真の御父母様の第三次世界巡回(一)
(一九七一・一二・五〜一九七二・五・八、十五カ国へ崔元福、金榮輝随行)
真の御父母様は、崔元福先生と金榮輝協会長が随行する中、一九七一年十二月五日から一九七二年五月八日までの百五十六日間、第三次世界巡回をされながら食口たちに激励のみ言を語ってくださった。巡回は日本、カナダ、米国、英国、ドイツ、オランダ、フランス、オーストリア、イタリア、ギリシャ、イスラエル、イラン、インド、タイ、自由中国(台湾)等、合計十五カ国であった。
巡回されながら、各国での要員修練会を通じて巡回伝道機動隊を編成、統一十字軍として活動するようにされたことは画期的なことであった。また「イエス様の十字架の受難は神様のみ旨であったか、人間の失敗であったか」という宗数的主題で十万ドル小説大懸賞募集を「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」「デーリー・ニュース」「ロンドン・タイムズ」などの新聞に全面広告を出し、言論の大きな反響を呼び起こしもした。
第三次世界巡回の目的
七百七十七家庭を中心として世界の家庭を、世界の氏族圈を成すのです。民族的各宗教、各氏族を超越した立場から、この基盤を築いたのちに世界相対権を中心としてこの世界氏族圈を連結するためのものがスリーセブン、七百七十七家庭です〇これをもって七数を中心として結婚するものはみな終わったのです。先生が一度、三家庭が一度、三十六家庭が一度、七十二家庭が一度、百二十四家庭が一度、四百三十家庭が一度、七百七十七家庭が一度、そして七数がすべて終わったのです。
このようにして世界氏族編成基盤を完成したというのです。これにより、世界のいかなる民族でも統一教会に入ってくることができる道が開けたのです。ここから世界の摂理をするのです。その時が七〇年代でしょう?
その時を中心としてこの基盤を築いたために先生の世界的進出が可能であったのです。それで、世界舞台の航海に乗り出したのです。それをしようとすれば、皆さんは国家的再蕩減をしなければなりません。韓国民族が反対したすべてを再蕩減しなければなりません。私たち祝福家庭が再蕩減しなければなりません。家庭復帰基盤を築かなければならないため、三年間、「苦労をしなさい」と言って全部追い出したのです。それで一九七一年度に世界的な行路に出発したのです。
第三次七年路程を行くのに皆さんだけをもってしてはできません。今回、三次世界巡回に行くのは何をするためでしょうか。米国に定着するためです。その次に経済復帰のためです。今や、お金が必要だというのです。お金さえ備えれば、人はいくらでもいるのです。
今回が第三次巡回路程であるだけに、皆さんは知りませんが、先生は世界的な計画をしているのです。これまでは韓国のキリスト教を救おうとしましたが、今後は韓国のキリスト教よりも世界のキリスト教と米国を救ってあげなければならないのです。それゆえ今後は、新しい角度に方向を展開させ、国際的な活動を準備しようと思っています。そうするためには、相当な資金が必要です。
現在、各講師たちや若い人たちは準備しておきなさい。遠くない将来、韓国を代表した世界的な復興団が出現する時が来るはずです。全世界を代表した復興団が世界を歴訪するとともに、国家を代表した復興団が世界を歴訪できる組織を遠くない将来につくるつもりです。そうして、数カ国の復興団が、一チームになってするときもあり、あるいは数カ国が一時に世界を攻撃する作戦をしようとも思っています。
それで今回巡回に行ったら、少なくとも四十カ国以上に宣教部を設置して帰ってこなければならない使命を感じています。そして数年以内で、百二十以上の国に宣教部をどうやってつくるかという問題が、今後、統一家がしなければならない使命であることを皆さんは知らなければなりません。
巡回期間中の韓国食口の任務(一九七一・一・五〜二・七、出発前の全国巡回大集会)
真のお父様は、第三次世界巡回を控えて一九七一年十一月五日大邱、六日光州、七日ソウルなどでの巡回大集会を通じ、韓国食口の健闘と活動方向、および依頼事項を平均四、五時間にわたってくださった。
今回、先生がいない期間に皆さんが第一に何をしなければならないかというと、一つになって祈祷をするということです。先生がこの国、この民族に対して祈祷したのと同じように、先生がいないため、皆さんが代わりに守る意味で精誠を込め、今後南北が統一されるその日のために内的に外的に約束し、天と誓う祈祷時間をもつことを願うのです。
第二に皆さんは、韓国各地どのような所でも統一教会を知らない人がいないよう、宣伝をしなければなりません。夜も昼も休むことなく、この短い期間内で宣伝をしなければなりません。本来は各宗教団体と力を合わせてそのことをしなければならないはずなのですが、そのようにできないため、私たちが倍の十字架を背負ってこの業をしなければなりません。このようにして、この民族が行くべき方向を提示しなければならない使命があるためです。
私たちだけでもこの業をしなければ行く道がないため、このような悲運の運命をかき分けるためにあらゆる知性を尽くして、皆さんの一身に疲れてだるいことがあったとしても、それを越えて責任を全うしてくれることを願います。
その次には、今一線に出ている伝道隊員と教会長が一つになっていません。一つにならない仲に何かがあるのです、それを皆さんが訪ねていってみな解きなさいというのです。祈祷して出ていき活動してぶつかりながら、できれば仲が良くない者同士、昔は怨讐であった、あるいは反対していた人を連れて出掛けていき、共に活動しながら一つになりなさいというのです。仕事を置いて一つになり、国を置いて一つになりなさいというのです。
米国入国までの難関打開(一九七一・一二・五〜一二・一八)
私たちが一番最初韓国から日本に出発するとき、政府が非常事態宣言をする正にその前日に発ったのです。よくよく見ると事態が切迫しているようなのです。それで、出発しようとするのですが、聖日なので手続ができないのです。外務部旅券課課長の決裁を受けておかなければならないものを受けておくことができなかったのです。
聖日でも出発しなければならないのに、認証書がないために出発できなくなったのです。大変なことになったのです。そうしてその時間にみな待っているのです。ところが三十分前に旅券課課長と会ったのです。それは天の役事なのです。
その旅券課課長は聖日なので自分の課の職員たちを連れて清平の湖に遊びにいく約束をしてあったのです。それで、課長が朝起きて行こうとすると体がだるくて、「ああ、なぜだか絶対に行きたくない」と思ったというのです。そうして自分で「どうも体の具合が悪いので行けない」と電話をしてから、仕方なく起きてごそごそやっていたところだったのです。そこに、うちの連中が訪ねていったのです。
また、米国旅券(ビザ)を出してもらえなかったので、カナダに行って出してもらおうとしたのです。ところが一週間前では駄目だというのです。「韓国の牧師がカナダ大使館を通してビザをもらい米国に逃げていき、今探しているところなので韓国人は絶対カナダに入れない」と言うのです。そのようになったのです。
そうして、根掘り葉掘りどんなにしつこく尋ねることか、そこで一時間ほど過ごしたのです。しまいには、「現金をどれくらいもっているのか」と言うのです。それで、十四日間の通過ビザをもってカナダに入り、米国に行く工作をする策定をしたのです。
ところで、米国大使館に行ってどんな問題があったのかというと、米国に入るビザを出してもらおうと申請をしたら、三日後に来てくださいというのです。それで三日後に行くと、その大使が「駄目だという通知が来た」と言うのです。
それで、食ってかかり「なぜ行かしてくれないのか」と言うと、仕方なく「ミスター文は一九六七年度に共産党活動をした内容があるので行かせることができないという報告書が来ました」と言って、見せてくれたのです。よし、やった! 「私がいつ共産党活動をしたか」と食い下がったのです。
そうして、うちの団体が四つあるのですが、四つの団体がみな米国の上院議員を通して米国国務省に陳情書を出したのです。「ミスター文が一九六七年度にいつ共産党活動したか」とめちゃくちゃに抗議するのです。
大使館に対しても抗議文を送り、大きな問題を起こしておいたのです。そうしたら、東部から、西部から、ワシントンD・Cから全部カナダ大使館に問い合わせが来るのです。それで、大使館は国防省に問い合わせをしたのです。すると、「ミスター文にはそのような事実はない」という反対の陳情書がカナダにある大使館にまで送られてきたのです。
こうなったので今度は、韓国大使館に照会し、本国にあるカードを調査してみたら、結局はミスター文はそのような輩ではなく勝共指導者だということが判明したのです。口をぴたっと縫いあわせて何も言わせなくしてしまったのです。そうして、十二月十八日にワシントンD・Cに到着したのです。
先生は、韓国で戦って得た勝利的な基盤を日本、カナダ、そして米国に連結させてあげようと思います。
先生はカナダを経て米国に来るようになりましたが、カナダが米国に対してエバの立場にあるためにそのようにすることができました。先生が米国にその勝利的基盤を連結させようとしたので、サタンはそれができないようにしようと全力を尽くしたのです。ここに来るのに多くの困難があった理由はそこにあります。
米国の次にはドイツに行くつもりです。それも問題なのです。英国を経て行かなければなりません。それが成功すれば、そのような反対する条件はなくなるようになるでしょう。
第五節 一九七二年 統一戦線守護(一)
真の御父母様の生涯路程 5
第五節 一九七二年 統一戦線守護(一)
一 一九七二年の出発と摂理的意義
年頭標語:統一戦線守護(一)(一九七二・一・一、米国ワシントン教会)
今年の標語は「統一戦線守護」です。なぜ統一戦線守護としたのでしょう? 統一教会の統一戦線というのは、一つの国が精誠を込めるのではなく、少なくとも五つの国が天の前に精誠を込めるのです。四カ国が一つの国の防波堤になってその国に入っていくことによって安息できる国となるのです。そうしてこそ、初めて天国建設が始まるということを皆さんは知らなければなりません。そうあってこそ、サタン世界に対する防御陣が生じるので、今日このような蕩減的な路程でも描いておかなければならないために今までこの業をしてきたのです。
これは、私たちが天の基台を守って防御しなければならないということを意味しているのです。したがって、どこにいても私たちすべての統一教会の食口たちは、韓国の食口と一つになり、統一戦線を守護するために共に前進していかなければならないのです。全世界的な状況から見て、私たちの歩みの中で韓国は最も堅固な基台が立てられた国です。もし、ほかの国で新たに摂理を始めようとすれば、すべての路程を最初の出発点から再び始めなければならないのです。
現在の世界情勢に立脚してみるとき、民主世界は相当に切迫した危機に直面していることを感じるようになります。共産主義の脅威により、全世界がそのような思潮に巻き込まれていることを私たちはよく知っています。単に米国だけでなく民主世界の全域、すなわちアジアや西欧を問わず、いかなる国家や、いかなる社会団体や、いかなる個人を問わず、このような思潮に巻き込まれていることを私たちは知っています。
神様が外的な使命を負わせるために民主世界を立たせたにもかかわらず、民主世界がその使命を果たすことができずに、かえって脅威を受ける立場にいるようになるときは、内的な使命を担ったものが外的な使命までも兼ねなければならないのは当然なことです。民主世界圏内において内的な使命をなさなければならないのは宗教圏だと見るのですが、その多くの宗教圏の中でもキリスト教が内的な使命をなさなければならないと見るのです。
そのような観点から見るとき、現在のキリスト教が実質的に共産主義の脅威を凌駕できる体制を備え、実質的に社会、あるいは世界に防御的な活動をしているかというと、そうでないことは私たちがあまりにもよく知っています。そしてキリスト教ができないならば、どこかに、このような使命を内的になし得る一つの宗派がなければならないと考えるのです。
それが私たち統一教会であるのは間違いないと考えるのです。私たちはキリスト教を守護すると同時にすべての宗教を守護し、共産世界の脅威を防御する責任を専門的に担当して現れた群れなのです。そのような観点から見るとき、私たち統一教会は、これまで発展してきた過程においてこの二つの方向、すなわちキリスト教が行く方向と、民主世界において共産世界に対して備え得る基準を強化するために準備してきたのです。
このような観点で神様の摂理、神様のみ旨を中心として見るとき、今現在において私たちの統一戦線こそ神様が世界的に、最後に信じる戦線だと考えざるを得ないのです。それゆえ、この統一戦線を守護することは、単に個人や私たち統一教会やある宗派だけではなく、キリスト教を守護し、民主世界を守護するためなのです。このような全般的な責任が要求される立場から責任を負い、その守護に臨まざるを得ないと見るために「統一戦線守護」という標語を今年、立てるようになったのです。
米国を中心とした世界的三年路程出発(一九七二〜一九七四)
この三年路程、一九七二年、七三年、七四年の三年は、米国の地において活動を展開したという歴史的な意義をもった期間なのです。この米国の地というものは、住んでいる皆さん米国の国民だけを中心とした国ではないことを私たちは摂理的な観点から知っています。結局、全体の神様のみ旨の中において世界的な使命を果たすためにこの国を立て、この国民を育ててきたということを知っているのです。
第二次七年路程が終わる前の三年路程のこの期間は、世界的な七年路程に前進するための準備期間です。この第二次七年路程での三年路程を基盤にして世界的な七年路程を本格的に出発するための、準備をする期間であることを皆さんは知らなければなりません。このような立場がいかなる立場に相当しているかというと、イエス様が生存当時にユダヤの国を一つにして、ローマの国を一つにすることができる基盤を連結させるための霊的基準を身代わりしたのと同じ立場だというのです。
それではイエス様の時と今の時とでは、どのような違いがあるのでしょうか。イエス様の時は国家的時代であったのですが、今の時は世界的時代だというのです。それゆえ、三年路程を中心として民主世界を代表する世界的な米国に来てこのような基盤を築くのは、勝利することのできる歴史的意義をもっているということを皆さんは知らなければなりません。ここに備えて、民主世界の怨讐のような国、この民主世界をアベルとして見ればカインのような国、ここが神様の国というならサタン世界の国のような所はどこかというと、それは共産世界だというのです。
今や、私たちが第二次七年路程において、米国で勝利の結果を誓ってこの三年路程だけ越えていくようになれば、霊的基準において世界的なサタン世界は後退しなければならない段階に入っていくというのです。
二 真の御父母様の第三次世界巡回(二)
(一九七一・一二・五〜一九七二・五・八、十五カ国、崔元福、金榮輝随行)
米国、英国、ドイツの主要都市講演会(一九七二・二・三〜三・六、米国七大都市、
三・二〇〜三・二二、英国ロンドン、三・二八〜三・三〇、ドイツ・エッセン)
真の御父母様は、一九七二年二月三日から三月六日まで、米国のニューヨークをはじめワシントンD C、ボルチモア、フィラデルフィア、サンフランシスコ、ロサンゼルス、バークレーなど七大都市で大講演会を開催された。ニューヨークのリンカーン センターでの二月三日の第一日目の講演題目は「一つの神様と一つ世界の宗教」であり、二月四日の第二日目は「神様と人間のための理想世界」であった。二月五日は四千万ないし六千万が視聴するテレビ番組「アル・キャップ・ショー(AL Capp Show)でのインタビューを受けられ、二月六日「神様の公式摂理と新しいメシヤ」という題目の講演をされた。続いて二月八日から三日間、フィラデルフィアのシェラトン・ホテルで講演、二月十一日と十三日はボルチモア、二月十九日、二十日、二十一日はワシントンD・C、二月二十八日、二十九日、三月一日はロサンゼルス、三月四日、五日、六日はサンフランシスコ、三月九日、十日、十一日はバークレーで講演された。
一方、二月十九日付「ワシントン・ポスト」紙と「ザ・イブニングスター」紙は真のお父様とのインタビュー記事を紹介し、ワシントン大学のリスナー・オーディトリアムで講演される内容を大々的に報道した。
真の御父母様の講演は、三月二十日から二十二日まで三日間連続で英国のロンドンのユートン街にあるフレンズ・ミーティング・ハウスでされた。このように講演会の日程を終えられながら英国では四十日伝道実施を契機として十ヵ都市に開拓伝道に出るようにされ、十五名のパス機動伝道隊もつくるようにされた。
英国で七日間にわたった滞在日程を終え、三月二十三日、ドイツのデュッセルドルフに到着された真の御父母様は三月二十八日、二十九日、三十日の延べ三日間エッセンの市立ジャル・ハウス音楽ホールで講演会をもたれた。これで三カ国九ヵ都市での講演会を成功裏に終えるようになった。
米国には黒人、白人そして黄色人種などすべての人種がみな集まりました。カイン、アベル、そしてセツの後孫たちです。カイン、アベル、セツの争いによってこの世界がこの状態、このありさまになりました。それゆえ、平和な世界を成すためにはこのような三つの民族が一つにならなければなりません。ところで誰が彼らを一つにすることができますか。それは再臨主だけができます。そのような観点から先生がみ言を伝えるために、米国の主要都市で大衆集会をもとうとするのです。
先生は少なくとも七ヵ都市でこのような集会をもつ計画です。各都市で三日間ずつして、二十一日間かかるようになるでしょう。もし皆さんがそれを願うならば、計画を立てなさい。皆さんが計画を立てなければ、先生が直接立てるつもりです。これは、先生が公的にみ言を宣布する路程の最初の出発です。皆さんがこの計画に対する責任感をもたなければなりません。
先生はまた、ドイツと英国でも集会を開催するつもりです。それゆえ、サタンにとっては、これは大きな事件です。先生にはこれは歴史的な事件です。今回が第三次世界巡回であるため、先生が直接み言を語らなければなりません。先生はこの日を待っていたのです。
神様は地上に天国を建設するところにおいて、奉仕する主役として米国を選択されました。米国はこのような使命を果たすためのチャンピオンの立場に立たなければならないのです。しかし、米国のキリスト教精神はその土台が崩れて世俗的な波が起きていて、何か重大な精神的変化や改革がなければ、米国がその使命を完遂する道がありません。私は米国にこのような使命を完遂させるためにここに来ました。私はこの国の渇いた心霊に新しい火を付け、失われていくキリスト教精神を復興させるキリスト教革命を起こそうと思います。ゆえに、神様がこの国に任せてくださった使命を完遂するように導くつもりです。
現在、米国の道徳的な堕落は、家庭と青少年たちを救済不能な位置に引っ張っていっています。何かの新しい原則による青少年運動が起こらなくては米国の将来は非常に暗澹としています。しかし今は、統一教会によって米国の青少年たちの新しい精神革命が起きています。神様は、世界の前に影響力のあるこの米国で統一教会の運動が活発に展開されることにより、世界のほかの国家でも容易に御自身のみ旨が広まることができると考えられたのです。これが、私が米国に来るようになった理由です。
私は一九七一年十二月十八日にワシントンD・Cに到着しました。その日が正に、私たちの運動が米国で本格的に展開を始めた日でもあります。私が米国に来た理由を悟る日、その日が本当の米国の希望の日になることでしょう。私個人の意志でここに来たのではなく、私自身のメッセージをもってきたのでもありません。私は神様の命令で神様のみ言をもってきたのです。
世界統一十字軍出帆
真のお父様は、世界統一十字軍を米国五十名、英国十五名、ドイツ(オーストリア含む)六十名、日本六百名、韓国三百六十名で構成、教育をして編成された。
統一教会は世界的な教団の立場で犠牲になりなさい、全世界のキリスト教徒を代表し、全世界の人類を代表してアベル的な使命をなしなさいというのです。それゆえ今回、米国で新たに「世界統一十字軍」という名称の世界的な組織を結成したのです。この世界統一十字軍の本部は韓国ではなく米国です。
その世界に散らばっている機動隊はすべてどの協会長にも所属していません。先生の直轄なのです。「ワン・ワールド・クルセード」という、「世界統一十字軍」という新しい名詞をもって米国のワシントンD・Cに登録するようになっているのです。この人たちは毎週聖日ごとに先生に報告するようになっています。
機動隊は韓国にだけあるのではありません。日本にもあります。米国にもあります。ドイツにもあります。英国にもあります。ざっと今、五大国家が機動隊に参加しています。ではそのように参加して戦う目的は何でしょうか。五大国を天の前に復帰してさしあげるためです。
機動隊とは何でしょうか。天の国の平和軍団です。皆さんは、みな国のために乗り出した人として、自分の目的のためでなく、公的な神様の目的のために全国を遍歴しながら、今後大韓民国の若者たちの行くべき道を見せてあげるために編成された機動隊なのです。また、世界の行くべき道を新たに見せてあげなければならないため、この一箇所を中心として、国家が違い民族が違っても超国家的、超民族的な立場からこのような業をしなければなりません。世界の新しい運勢を受け入れることができるように道をみな開いておかなければならないのです。
五カ国機動隊組織
(一九七二年一月〜四月、米国、ドイツ、英国、日本、一九七二・六・一、韓国)
米国では八十五名を機動隊に動員しました。五十州中、三十五州にだけ責任者を配置し、その残りの人員をもって機動隊二つをつくりました。ですから三十五名を州責任者として送り出し、その残りの人員で各二十五名ずつの機動隊をつくり、バス二台を買いました。私がバスを買ってあげたのです。
彼らは個人的にこの国において、世界人類のために誰よりも犠牲を覚悟した立場で、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的に思想が欠乏した米国国民の前に新しいこの思想を注入しようと乗り出したのです。今の計画では来年に四百名、再来年には二千名をどのようにしても動員し、各州に少なくともバス一台ずつの機動隊をつくろうと思います。そうしなくては一九七七年、一九七八年の米国の危機を食い止めることができないと見るのです。
ドイツ民族は自主性が強い民族なのです。米国民族は総合民族なのですが、ドイツ民族は単一民族なのです。そのようなドイツ民族に私たちの統一思想をたたき込んで火で燃やして一度爆発させればヨーロッパが問題ではないのです。また、ドイツ民族は勤勉で熊のように働く輩なのです。(笑い)
それで、先生は今回機動隊をつくり、マイクロバス六台を買ってあげてきました。「フォルクスワーゲン」と、十二人が乗れる「キャラバン」という車を六台ずつ買ってあげました。それをずらりと並べれば百メートル以上になるのです。そこに、それ以前から九台あったので、それと合わせて二十台近い車が行列をなすようになれば、約二百メートル近く行列をなして動員するようになるのです。正に壮観です。特別にある期間内でドイツを復帰しなければならないというのです。このように特別指示をして、今は夜昼区別なく太鼓を打ち、ラッパを吹きながら行軍して戦うようにしました。ドイツの食口が足りないので、オーストリアから食口を補充編入させ、今回機動隊を編成してあげてきました。
そして、日本の機動隊をつくらなければなりません。四百八十名は動員しなければなりません。マイクロバス二台ずつ、そして一人の隊長に四十名ずつ付けて、日本の五十県を回るのです。日本は小さいのです。ですから、やるなら共産党よりも素晴らしい仕事をしなければなりません。どんなことでも決定は早く下さなければなりません。これをすれば、四十名を連れて回れば、教会がなくても常に百五十名の集会は成立するというのです。
このようになるとき、人材復帰は倍増するようになります。それで何をするのですか。六ヵ月間にわたり原理をマスターしなければなりません。実地訓練です。街頭で毎日路傍伝道し、家庭訪問をさせるのです。すべての分野で訓練させるのです。生きた教育をしなければなりません。そして六ヵ月が過ぎれば立派な人がつくられます。統一教会のこのコースを通過しなければ、将来、中心的な責任者になることができません。
それで、一九七四年までどれくらい動員するのですか。三千五百名の活動要員を全国に配置するつもりです。そうして、約五年間で七千名を動員するつもりです。少なくとも七五年、七六年までには七千名の要員を配置するつもりです。
韓国機動隊
一九七二年六月一日を期して、三百六十名の全国巡回機動伝道団が発足、一チームに四十名ずつ、九つのチームを構成して活動を開始した。各チーム団長は、ソウル・李月星、京畿・林奎(三水+文)、江原・金賛均、忠北・任導淳、忠南・金成一、慶北・鄭壽源、慶南・金官楷、全北・洪光鐵、全南・厳日燮巡回師等であった。
世界復帰の一環として組織された韓国伝道団は、米国、英国、ドイツ、日本の次に、その第一歩を踏み出したのである。このような機動隊の出発は、個人伝道時代から団体伝道活動時代への移行を意味するものであった。
第一回機動隊員選出は三百何名ですか。三一百六十名です)。ではなぜ三百六十名を選び出したのでしょうか。陰暦で見ると、一年は三百六十日なのです。三百六十名は一年三百六十日を代表するのと同じです。このように考えると、皆さんは共同責任を負ったのです。
機動隊の巡回は一週間に一箇所ずつ行くのです。一番最初は郡庁所在地を一括的に巡回しなければなりません。統一教会の人たちがいなくても巡回しなければなりません。
機動隊はどこに属しているかというと、統一教会に属しているのでなく、先生に直属しています。教会長は統一教会に属しているのです。機動隊が行く日には、先生は機動隊をアベルとして選定するのです。統一教会の体制内で機動隊はアベルとして選定して送るのです。一国の勝敗を決定できるものは機動隊であるため、そのような特権的な権限を付与して送るのです。そして、復興会をする一週間の期間は機動隊員が主力部隊になるのです。主体になるのです。もしその教会の教会員が百二十人ならば、機動隊四十名に対し、一対三でくくらなければなりません。
それでは、機動隊員たちは何をするのですか。日本のように本を売る運動をしなければなりません。『新しい共産主義批判』であるとか、原理の本であるとか、できる限り原理の本を売る運動をしなければなりません。また三十冊を買って三十名に配ってあげなさい。一ヵ月に一回ずつ三十名に配るのです。一人当たりに一冊を、一ヵ月ずつ貸してあげるのです。
日本、ヨーロッパ食口の米国活動
日本食口は今年百二十名、三年間で四百名を米国に動員するようになっているのです。四百名を動員するのですが、行って何をするのでしょうか。言葉ができないので、言葉を習う期間として二年を見積もるのです。それで今、日本の食口たちは米国に行ってクリーニング・サービス、すなわち掃除する事業を始めているのです。家を安く買ってきれいに掃除し、ペンキ塗りをして新しい家にしてから再び売るのです。古い家を安く買って、高く売るというようなことをしているのです。
日本食口たちは、一人が一日に三十ドル以上稼ぐという約束をして米国に行きました。一日の責任量ができないときは、労働をするとか、何かをするとかしなければならないのです。日本はエバ国家であるので、世界の人々のために母の使命をなさなければならないため、血と肉を捧げて食べさせてあげなければならない責任があるのです。
英国では今五十名なのですが百名を送ることを約束したのです。ここドイツにいる皆さんは百五十人ですから間違いなく三倍は送らなければならないのです。そうなれば本当におもしろいことでしょう。ヨーロッパ・チームと米国チームが競争するのです。
三 南北統一祈願特別儀式−「統一の日」宣布
(一九七二・八・一五〔陰暦七・七〕、前本部教会)
摂理の時と七・四共同声明
第一次、第二次、第三次世界巡回路程がありましたが、霊界と肉界を連結させるために、霊的な国家基盤を連結させて帰ってきたのが第三次世界巡回路程(一九七一・一二・五〜一九七二・五・八)です。そのような基準があるため、肉的な国家基準を中心として相対関係を結ぶことができるときが、一九七二年以後、一九七四年までの期間です。これが第二次七年路程なのです。イエス様は二番目であるためそうなのでしょう? アダムの代わりであるイエス様は二番目の息子なのです。二番目として蘇生期長成級に匹敵するため、第一次七年路程と第二次七年路程はイエス様に該当する期間です。そして第二次七年路程の最後に霊肉の統一的な形態が目前に追ってくる時代にならなければなりません。
このようにして今日、全日成と朴政権が七・四共同声明を通じて統一方案を模索するのに、自分の主張だけで一方通行していてはなりません。みな壊れるのです。このような立場において、「私はお前のためにあり、お前は私のためにある」というようなことをどのように模索するのでしょうか。このような原則が的中するならば、韓国では戦わずに、血を流さずに統一がなされるのです。
この民族が今回の期間を通じて団結した決意をもつならば、今回の赤十字会談が成功裏に終わろうが終わるまいが、韓国民族においては損害ではないでしょう。そこから国が新しく蘇生でき、新しい民族の精気で国民の団結が始められるのではないでしょうか。世の中がそうだというのです。
解放二十七周年と「統一の日」宣布
昔、イエス様の時代には、霊肉を中心としたアベルの立場を宣布して殺されたのです。したがって、国家に対して霊的な立場から宣布するのに、殺されず、反対されずに帰ってきて、歓迎されたという立場に立つ日には、肉的復帰の出発時代に入っていくというのです。原理がそうなのです。それが第三次世界巡回路程です。そうして帰ってくるようになれば、韓国は肉的復帰の内的基盤が築かれてくるというのです。このようにして南北韓の平和親一方案を中心として、早く政府と私たちが一つにならなければならないというのです。
それでは現政府は何でしょうか。統一教会が肉的アベルなら、政府は肉的カインです。それゆえ霊的カイン・アベルが復帰された基盤の上に、肉的カイン・アベルが復帰されなければならないのです。これが原理の結論です。
それゆえ、この八・一五を中心として二十七年(一九四五+二十七=一九七二)、三・九、二十七(三X九=二七)なのです。二十七年を越えながら新しい運勢が来ます。先生もこの道を二十七歳の時に出発したのです。これを見るとき、二十七年を越えてからが意味のある期間です。二十七年から二十八、二十九、三十まで満三年です。これが私たちの第二次七年路程に匹敵するのです。ですから一九七五年も八月十五日までを定めるのです。そのような時が残ったゆえに、イエス様も二十七歳から二十八、二十九、三十、三十一、三十二、三十三歳まで、七年間を定めたのではないですか。このように見るのです。それゆえ、これからは歴史的に貴重な時代に入っていくのです。
今回(一九七二年)の八・一五が有り難くも第一回光復節(解放記念日)を迎える時と陽暦と陰暦がぴったりと合う日なのです。七月七夕の日に解放されたのです。今度の十五日が七月七夕なのです。そう、陰陽がぴったりと合う日だというのです。このようにしながら天地の法度の基準において、九数を三度越えれば十数を迎えることができる新しい時が来ます。それで本部で何をしたのでしょうか。「統一の日」という式をしたのです。
私たち統一教会は、歴史にない、国家を中心としたカインとアベル、肉的アベル時代を中心として天地の大運を迎えて越えていくことができる時に入ってきたのです。
皆さんは知りませんが、国家が今、頭をひねって「この団体をどうしようか」というごたごたとする時に入ってきたのです。しかしこの団体でなければ駄目だというのです。既に日本作戦をしたのでこの決定に従っていかざるを得ず、捨てようにも捨てられません。ごつんと公園墓地にぶつかった(注:来るところまで来た)のです。
それゆえ最近のこの時がどのような時かというと、統一教会が受難期なようなのですが、うまくやる日にはすっと越えていくことができるときです。そのような外的な時代が来るようになれば、霊的にカインとアベルを一つにすることによって肉的カイン・アベルが一つになります。霊的にアベルが勝利するようになるときは、肉的カインが肉的アベルを打つことができません。これは原理原則です。
なぜそうなのでしょうか。ヤコブがヤボク川で霊的な天使を屈服させることによってエサウがヤコブを打つことができなかったことと同じです。その基準が今日、国家を懸けて越えていく時であるため、「統一の日」を設定したのです。それで八月十五日は、私たち統一教会が永遠に記念できる「統一の日」として設定したのです。
それゆえ、ここからどのようになるのでしょうか。霊的なカイン・アベルの歴史が交差するのです。カインがアベルを打って祭物にしたのですが、反対になる時が来ます。それが国家さえ越えていく日には、事実、永遠にそのようになるというのです。サタンが天使長であるため、天使長が思いどおりにしていたその時が過ぎ去り、アダムが思いどおりにできる、福を与え、病気を与え、何でもできる時が来ます。
これまでの統一教会と、八・一五が過ぎたあとの統一教会では違うということを知らなければなりません。今後は即決処分する時が来ます。私たちが八・一五を中心として「統一の日」として設定した時からは、交差する時が来るというのです。今から約七年もすれば、大方は知ることができます。
あと七年もすればどうなるでしょうか。そう、世界は終わりに来ましたか、来ていませんか。今、日本がちょうどそのようになっているでしょう。それで、先生はこれまで日本政府に対して皆さんの知らない戦いをしてきたのです。
今回、リトル・エンジェルス後後会会長には笹川氏がなったのですが、岸前首相は堂々と名誉職を受けるでしょう。また、国際文化協会というのをつくるときも、久保木が会長になり、岸前首相は名誉会長になって、今、国際舞台において日本の外交官になった人たちは全部理事として入っているのです。皆さんが知らない中でそのような基盤を築くためにこれまで昼夜休まずに働いたのです。
四 統一思想研究院創立(一九七二・八・二〇)
統一思想研究院は、真の御父母様の思想である統一思想(頭翼思想)を深層的に研究し、多様に発展させて人類の主流思想として定着させながら人類の平和世界具現に寄与する理念定立を図ることを目的に、一九七二年八月二十日、ソウル市鍾路区楽園洞楽園アパート一三〇八号で国際勝共連合付設機関として創立された。
創立当時には、李相軒院長が国際勝共連合副理事長を兼任しながら一人で仕事をした。一九七三年以後李済煕、崔正蒼両氏が幹事長と部長に就任して院長を補佐、講師等で活動した。同研究院は一九七八年七月二十四日付で独立した。
統一思想―真の父母思想
私たちは世界的な機動隊を動かすことができる基盤をつくっておいたため、いつでも秘密命令だけ下りれば世界の果てででも調子を合わせて踊ることができる基盤が準備されています。それで今後の世界は私たちに包囲されています。こうなってこそ、多くの犠牲を払うことなく世界を短期間で私たちのポケットの中に詰め込むことができるのです。今、そのような計画を立てています。それゆえ、皆さんが理解できないことを先生が今展開しているのです。それで今、統一思想研究院をつくっています。
先生は、早くから長い間の祈祷と瞑想の生活でついに実存する神様と相まみえ、この絶対真理を伝授されてきました。この内容を社会に適用すれば社会問題が解け、これを世界に適用すれば世界問題が解けるのでした。これは、かつてなかった新しい世界観であり、新しい宇宙観であり、新しい人生観であり、新しい摂理観であり、新しい歴史観です。これはまた、すべての宗教の教理や哲学の特性を生かしながら全体を一つに包容できる統合原理でもあるのです。
神様を父として侍るすべての宗教は、統一結束のもとに、神様がいないとする不具戴天の怨讐である共産主義と敵対するものの、愛と真理をもって勝利し、その誤りを悟らせ、のちには彼らを兄弟として抱かなければなりません。このような原理に立脚した勝共理念は、共産主義を批判し、それを克服できる確実な代案を提示しています。また、統一思想は、今日の世界像をつくってしまったすべての誤った哲学と主義、思想を暴き、神様を中心として固く団結することができる統一された思想体系です。
この世に思想はたくさんありますが、私たちの統一思想が主体思想であるというのです。統一思想は神様の思想として通じるために主体思想です。そう、民主主義と共産世界を一つにする思想です。それから、宗教人と非宗教人を和するようにするものです。それで、目的は統一世界、一つの世界をつくるのです。
この宇宙の根本問題に対して唯物史観と唯心史観という二つの史観で押し進められてきたため、この根本的であり哲学的な問題を扱い、この問題を解決するための方案を講究して体系化したものが統一思想なのです。すべてのものを統合し、新しい世界観、新しい人生観を提示する目的で新たに定立し、新たに編成したものが統一思想であることを知らなければなりません。
統一思想は神様の愛を中心として、神様の心情を中心として、個人統一、家庭統一、民族統一、国家統一、世界統一を成し、最終的に神様統一を経て、「観」のない世界を成そうとするものです。そのときは主権もないのです。主権者が高いのでもなく、相対者が低いのでもありません。主権者は相対者のためのものであり、主体は相対のためのものです。ただ神様の愛のほかにはないという結論が、すぱっと出てくるのです。
『統一思想要綱』発刊(一九七三・六・一、執筆:李相軒)
一九七三年六月一日付で、真の御父母様の統一原理を思想的に体系化した理論書『統一思想要綱』が李相軒院長の執筆で発刊された。四百ページ。
皆さんが原理を勉強して、勝共思想で武装し、統一思想で武装すれば世界のどこに行こうが恐ろしいものがないのです。このような良い局面に座って、いたずらに歳月を送る人々は頭がどうか、ちょっと正常でないのです。非正常なのです。
サタンに勝つためには原理を知らなければならないのです。共産世界に勝つためには勝共理論を知らなければならないのです。共産世界と民主世界が戦っているのを一つにするためには統一思想を知らなければならないのです。
それで皆さんは、原理にパス(合格)し、共産主義理論にパスし、統一思想理論にパスしなければならないというのです。私たちに残された仕事とは何かというと、サタン世界を追放することです。共産世界を撤廃させることであり、民主世界と共産世界を一つにすることです。この三つだというのです。そうすればみな終わるのです。
それゆえ、世界的思想武装をしなければならないという話なのです。共産主義に勝つ本のようなものは、みな覚えようと思いなさいというのです。この世で医師になろうとすれば、その難しい本を全部読破して知らなければならないようにです。原理の本がどれほど多く、共産主義に対する勝共理論がどれほど多く、統一思想がどれほど多いといっても、世界的思想武装をしなければならないというのです。
最高の位置にいる人々、上院議員だとか政治をする人々は、新しい指導者になろうとするため、新しい話の種がなくて心配なのです。また、教会責任者だとか神学校教授、あるいは学士、博士たちもみな話の種がなくて心配なのです。会社の社長たちもみな話題がなくて心配なのです。ですから、私たち統一教会の『統一思想要綱』「原理講論』『新しい共産主義批判』このような本をもっていってあげれば話の泉がどっとあふれ出ることでしょう。想像もできないような言葉が出てくるため「それは使うな、おい、お前、使えば罰があたる」と言っても、「罰はあとで受けることにして使ってしまおう」というのです。そのようになっているのです。
五 リトル・エンジェルス世界巡回公演
欧米公演(一九七二・一〇・七〜一九七三・二・八、一陣四十名、九十回公演)
リトル・エンジェルス芸術団の第七次世界巡回公演は、一九七二年十月七日から一九七三年二月八日まで、一陣四十名が英国、オランダ、フランス、米国、オーストラリア等で全九十四を公演した。この期間中の一九七二年十二月十四日、同芸術団はオランダ・ヘイグで開かれたユニセフ主催のTV公演に参加したが、この公演放送は東欧圏を含んだ全ヨーロッパ十七カ国で放映された。
そして、フランス公演を収録した映画が国営TVで一九七二年度最優秀ショーとして選ばれたりもし、韓国の団体としては初めてオーストラリアを巡回公演し、一九七三年一月十五日、フィトラム首相のための特別公演等をしたりもした。
リトル・エンジェルスが今は有名な団体であるため、米国のニクソン現政府を中心としてホワイトハウスで公演をするのです。英国でも女王の前で公演をするのです。日本でも十一月十六日もしくは十七日に公演する予定です。このような実情にあるため、既に世界的に芸能界において公認された立場に入っているのです。
今回、ヨーロッパに行きましたが、英国は二ヵ月間特別招請をしたのです。ドイツやスペイン、スペインは少し立ち寄っただけですが、フランスなどでは芸能人たちが私たちを歓迎しても損をすることはないということを知り、私たちに要請してきました。
それで英国を中心として、今回二ヵ月間、最高の芸能人たちにも会って公演をするようになりました。ところで、英国は子供たちが四十日以上公演ができないようになっているため、四十日間に定め、残りの期間はスペインに行って公演するようになったのです。皆さんは知りませんが、うちの舞踊団は既に世界的な基盤を築いています。
現在、ヨーロッパを回ってハワイの公演が終わればラスベガスに行きます。ラスベガスという所は賭博都市として世界的に有名な所です。全世界の財閥を引っ張り込むために世界に類まれなる芸能人たちを連れてきて公演をさせて、その公演をだしに膨大な人的資源を吸収する工作をしてくるのです。
それゆえ、芸能人たちの夢とは何かというと、ラスベガスに行ってその舞台に立つことが最高の希望になっているのです。週給だけでも十万ドル以上、十五万ドルまで支払うため、夢の対象として望んでいるのです。そのように有名な所の演芸責任者たちが、私たちのリトル・エンジェルス公演を一ヵ月間してくれるよう要請したのです。
日本公演(一九七二・一一・九〜一九七三・三・四、二陣三十五名、二百回公演)
リトル・エンジェルス芸術団の第八次世界巡回公演は、一九七二年十一月九日から一九七三年三月四日まで二陣三十五名が日本で全二百回という長期公演を成功裏に終えることにより、韓日親善に画期的な成果を収めた。同公演は、日本赤十字社主催でベトナム戦争復旧基金の募金のための特別公演であった。
リトル・エンジェルス公演をするためには莫大な資源が必要なのです。公演する前に数億という資金が必要なのです。膨大なマスコミを動員しなければならず、その背後に連結されたすべての機関を鎮静させていくこのような立体的な活動をするためには、多くの人員を消耗しなければならないのです。
さて、それにもかかわらず、なぜしなければならないのでしょうか。先生がその状況を知らずにするのではありません。今後、日本の統一教会、国際勝共連合は、文化的な面において新しい一面を開門しなければなりません。このようなことを予想して東京の日劇を四十日も借りたということは有史以来、空前絶後なことです。四十日間も借りて公演するということは歴史にない記録を立てることです。その劇場賃貸料だけにしても私たちが四割近く値切って支払ったのが五千七百万ウォンです。賃貸料がそれだけ出たなら、そこに付加される費用は膨大なもめになるのです。
このようなことを見た日本の芸能界では、私たちに対して狂った人たちであると評しています。「あの人たちは正気でない」と言っています。自分たち専門家の立場でも、一週間超満員にさせるのも大変なのに、四十日昼夜を公演するなんてことは妄想家のすることであり、まともな人たちではないと判断をしているのです。ですからやり甲斐があるのです。
彼らの評価は、自分たちだけの評価ではありません。彼らの背後にはマスコミの機関長たちが連結されているため、彼らの評価は一般的に言論機関全体の重鎮たちの結論として下されるようになるのです。そのようなときにこれをひっくり返すということは、私たちの底力を誇示することになるのです。このような世論を通じて、日本でだけでなくアジアでの基盤を築かなければならないのです。
東京だけでもチケットが十七万枚です。全国の枚数を見れば、三十二万枚を売らなければならないというのです。そうすれば一昨年の何倍ですか。八倍を売らなければならないというのです。そのように、想像もできないことをしようというので、日本の食口たちはみな後ろにひっくり返るしかないのです。また、お金が一銭もないという現実です。
今回、中共の上海バレエ団が日本に来たことによって、読売と朝日新聞が親中共的な立場から記事を掲載しました。けれども産経新聞だけはこれまで反共的な立場を取ってきたため、その路線を急変させることはできないというのです。そのため、反共的な立場に立つことができる舞踊団を招待することを望んだのですが、それがリトル・エンジェルスだというのです。また、勝共連合がここに関係しています。
こうして、先日、久保木が現在関係している機関長たちを招請したのですが、そこには日本屈指の財閥と問題の人物たちが八十余名集まりました。これが歴史にない集会になったのです。このようになり、石井(石井光治)の宣伝に完全に引き込まれ、それを支援しようということに対して彼らは拍手で決意するようになりました。
日本では日本橋の三越百貨店が最高として知られています。ここから「リトル・エンジェルスに対するポスターを全面的に出そう」と注文が入ってくるようになったのです。このように、最高水準の広告主と連結されたので、それからは一瀉千里(注:物事が一気に進むこと)どこに行っても問題ありません。⊇一越が出した広告の横に自分のところの広告を出してくれ」と要請をしてくるのです。この広告費だけでも千五百万円以上が入るようになったというのです。そのように想像できない日本の最高クラスが今回のリトル・エンジェルス公演のために巻き込まれるようになったのです。
先立って公演したときに観覧した人々の名簿を全部私たちがもっているのです。その人々に全部手紙を出したのですが、おもしろいことは何かというと、前に一度見た人々はすべて二枚から四枚ずつ間違いなく買うということです。これを見ると、リトル・エンジェルスに対してそれだけ関心があるということです。もし、私たちが今回の名簿をもって三十二万枚のはがきを出す日には、次にリトル・エンジェルスが公演するときは宣伝にせよ何にせよ、はがきだけ出しておいても超満員にさせることができる実績基盤になっているのです。
それではなぜこのようなことをしているのでしょうか。韓国のためです。統一教会のためではありません。今、民団の輩は全部朝総連に巻き込まれていって、金日成の主体思想の宣伝に巻き込まれているというのです。このような時において、韓国は文化民族だということ、日本人までも感動し、感服するような古代文化が韓国の権威を高めてくれるのです。私たちがそのようなことをしてきているというのです。それゆえ、神様の御加護があるのです。私たちのすることは駄目なようですが、これまで冒険の道を経て成功を収めてきたことも私たちのためではありません。私たちが犠牲になって善のためになしたためなのです。それで発展したのです。
六 韓国チタニウム工業株式会社引き受け(一九七二・一〇・一九)
一九七二年十月十九日に韓国チタニウム工業株式会社を引き受けた。破産直前に置かれていたこの会社を安く買い入れ、いまだ六ヵ月もたたないうちに黒字に転じさせた。チタニウムは本や製靴、塗料などをつくるのに使われる、現代では日常生活に必須な物質である。これをもって、韓国の市場を欲しがっていた外国会社「デュポン」の進出を食い止めることができもした。
半分の予算で出発
皆さんはチタニウムを知らないでしょう。本や、すべての文化生活をするのに絶対必要なものです。コムシン(注:ゴム製の靴)に限らず、これが入っていないものがありません。良い本を作るのにも、白い色を出すのにも、ペイントにも入ります。それでデュポン会社が韓国に入ってくるのを締め出したのです。
本来まともにやれば八十億の予算をもって初めて造ることができるのです。ところが私たちがすべて造り、どんぶり勘定でやたらに押し進めたので、四十億ウォンの予算ができたのです。日本で千トンを造るのに予算はいくらですか。合資して造るチタニウム会社は八十億ウォンの予算をもたずしてはできないというのです。それが向こう側の定価なのです。
それを四十億ウォンで造ろうというのは、私が統一産業を造り、どんな機械でも私たちが全部作ることができるようにして予算を見積もったためです。駄目なら私が行って監督をしてそのようにするのです。できるようにするのです。そのようにしておいて、今や、そのような資金を調達できるなら、何、一年に百億ウォンくらいはいつでも思いどおりに使うことができるでしょう。
トンファチタン引き受け
トンファチタン、韓国チタニウムを買って良かったですか、悪かったですか。(買って良かったです)。全部が手を引くときに買ったのです。あー、これをいくらから売り出したかというと「二億八千万ウォンの現金をよこせ」と言ったのです。全部引き受けることにしてからです。「大変だ」と言って、約八ヵ月、一年近い月日が過ぎたのち、私たちが「一億二千万ウォンあげよう」と言うと、「一億五千万ウォン下さい」と言うのです。
それで「あんたのところが一億二千万ウォンでくれるならばよいが、一億三千万ウォンなら駄目だ」と言ったのですが、六ヵ月ほど過ぎて「それじゃあ、一億二千万ウォンにしてください」と言うのです。それで、「いや、もう買えなくて駄目になった」と言ったのです。(笑い)ですからまた下がったのです。
それで「いくら?」と聞くので、「うちは六千万ウォン以上はあげませんよ」と言いました。(笑い)それで十二億の工場を六千万ウォンで取り引きしたのです。(笑い)それすてきでしょう? 時間が取り引きしたのです。
そうでなければ、家まで全部吹っ飛ぶというのです。彼らは破産して一銭でも惜しいのです。六千万ウォンでも惜しいのです。それで「六千万ウォンあげるのにも現金では一遍にあげられないから、一千万ウォンずつ手形を振り出してあげよう」と言って、一千万ウォンずつ六ヵ月手形を切ってあげました。
現金を一銭もかけずに、紙切れを一ヵ月に一枚ずつ渡してそっくり買い取って、六ヵ月の内に黒字を出し始めたというのです。ですからびっくりしてひっくり返るのです。(笑い)あちら側に対しては悪いことでしょう。(笑い)
そうして、その工場の仕事を中心として先生が願っていたこと、神様が御加護され私がしたことは今後発展性があるというのです。私が霊的な要点を通じて占ったことは間違いないということが、日がたてば明らかになるのです。そのような何かがあるので大きなことをするのです。
七 真の御父母様の第四次世界巡回
(一九七二・一一・二一〜一九七三・七・二二、崔元福、金榮輝随行)
真の御父母様は一九七二年十一月二十一日、第四次世界巡回路程に上られ、八ヵ月目の一九七三年七月二十二日、米国に活動基盤を築くなど、至大なる成果を収めて帰国された。この路程は統一教会の世界的な環境造成と、機動隊を再教育しようという目的で計画された。金榮輝協会長と崔元福先生が随行した。
六ヵ月特別精誠と世界巡回準備(一九七二・五〜一〇)
今年の秋には私がまた米国に行かなければならないのです。世界科学者大会(科学の統一に関する国際会議)をするようになっているためです。科学者大会をして世界科学者協会をつくり、それから世界経済人協会をつくろうと思います。
それで、今韓国でも最高の権威ある人を二人を選び出していくつもりです。日本でも選び出しなさいと私が指示したのです。世界十カ国を中心としてセミナーをするとき、そこでの重要な主題講演は文先生がしなければならないのです。それで、全般的な経費を私が全部支出してきたのです。
大韓民国が信じないので、今はこの人々に教育をちょっとしなければならないのです。それで来年三月には世界的な経済人を集めてしなければなりません。一つ一つ入っていくのです。ですから、先生がそのような世界的な舞台を中心として活動するためには、大韓民国で活動するときは過ぎ去るというのです。しかし、少なくとも二年残っています。
金日成が還暦を迎える時まで、私はこの国を守護しなければならない責任を感じるため、決死的に祈祷してきたのです。本来はこの五月から祈祷期間に入るのです。
これからは祈祷するのです。三年延長して今年の十月まで私たちは祈祷しなければなりません。六ヵ月の祈祷期間に再び私たちは入らなければならないのです。五月から六月、七月、八月、九月、十月までの六ヵ月なのです。私たちにはこの民族をつかみ、世界の共産圏をつかんで神様を中心として談判祈祷をしなければならない三年路程が残っているのです。
第四次世界巡回の目的
第四次世界巡回路程は、今後統一教会の皆さんを中心として、全世界をどのようにして天の前に導いていくかという問題を前に置いて出発する道であることを皆さんは知らなければなりません。それゆえ、私たちは必ずどこに行かなければならないでしょうか。世界に行かなければなりません。
しかも、日本で公演をするからといって、前々から「来てほしい」と招請をしてきたために行かざるを得ないのです。少しの間だけでも行かなければならないのです。また、今やニューヨークに行けば、二十何日かに講演をしなければならないのです。世界科学者大会(科学の統一に関する国際会議で講演をしなければならないのです。それをすべて誰がしましたか。私がしたのです。
もうこの秋になれば、十カ国から十二カ国以上の国で全部機動隊をつくるのです。そして先生が直接管理しなければならないのです。それで機動隊を再教育するために行きます。これが第四次世界巡回路程です。再教育をしてからどうするのでしょうか。強固な編制をつくり、世界的な舞台にだんだん拡大させていくつもりです。それを拡大するには、一箇所で命令するようになれば全世界的に広まっていくのですが、ここでは民族と国家を超越しなければならないというのです。米国の人、日本の人、どこの人、韓国人といわず、全部追い込んで「米国へ行きなさい」と言うならば米国に行くのであり、「ドイツに行きなさい」と言うならばドイツに行くのです。世界的な大移動時代なのです。
日本経由で歴訪
日本においても今を迎えるために数多くの先人たちが犠牲になってきました。一日、一年の勝利的基準をついに私たちが迎えたというとき、それはそこで終わるのではなく、永遠の勝利の生涯を迎えたのと同じことになるのです。
それゆえ、私たちはこの一日を失ってしまっては絶対なりません。もしそうなれば神様は一年を嘆息なさり悲しまれるのです。また、遅延させてしまう一日となってはなりません。一年なら一年という過去を振り返ってみたとき、真摯で緊張した神様に向かって自分が従っていくことができなかったというとき、数百年、数十年、死にたくても死ぬことができないというつらい思いにぶつかった経験もあることしょう。今は絶対、死んでもそのような悲しい立場、悲しい境地に陥ってはなりません。
皆さんの一瞬に日本の運命がかかっています。皆さんが一歩動く方向に従って日本の将来が左右されます。そのような中心的立場に立っている人々が私たち統一教会の食口たちです。摂理上から見た方向と日本の行方を見るとき、力を尽くしてこの一瞬をつかまなければなりません。逃してはなりません。一九七四年まで総動員して、今の時間を死守しなければなりません。それが私たちの使命です。
第一次「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)(一九七二・二・二三・二六、
ニューヨーク・ウォルドルフ・アストリア・ホテル、八カ国、五十名参席)
第一次「科学の統一に関する国際会議」が「現代科学の道徳的方向に対して」という主題のもとに、一九七二年十一月二十三日から二十六日まで四日間、米国ニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルで開催された。この会議の参加者は、八カ国より討論参加者三十名を含め、オブザーバーまで合わせて約五十名であった。今後、この会議は本部を米国に置き、支部は米国、英国、フランス、日本、韓国などに置くことに決定した。
ICUS(科学の統一に関する国際会議)が出発する時、先生はどうでしたか。尹博士(尹世元博士)、それ、思い出すでしょう? (はい)。尹博士はそのとき太陽のようで、私はまるで面事務所の給仕のようでした。だからといって、それが悪いというのではありません。私はそれをすべて受け入れました。そこに対抗したなら、何でも既にみな崩れてしまったでしょう。
見なさい。私が基調演説したのちにユージング・ウィグナーのような人がそこに反対して大声を張り上げて席をけって出ていったのを知っていますか。そのような冷遇を受けました。私は言うべきことを言ったのです。けれどもそのようなことを意に介すことなくすべて忘れてしまったのです。大きいことをしようとするからです。
高い山になったなら、風も受けなければならず、夏でも雪を背負っていなければなりません。それ、どれほどうらやましいですか。青い地帯に育っている草木たちが頂上に雪を背負っているのを眺めるとき、どれほどうらやましいですか。
それがもし、白頭山なら白頭山、富士山なら富士山の頂上がどれほどうらやましいでしょうか!うらやましいからといって、その位置を守らなければどのようになりますか。名山がみな砕け散るのです。
そう、ほかの人々は豊かに暮らす世の中にいるとき、先生はそのように頂上に白雪を背負い、独り孤独に歩んできた生涯になったのです。しかし、白頭山、あるいはヒマラヤ山頂を登攀する勇士たちの前にはそれが希望峰になるのです。
国際機動隊(IOWC)結成と米国主力活動(一九七三、米国)
一九七三年ヨーロッパの食口に対する修練が終わり、二月一日に国際機動隊を十個の組に編成して米国各地に配置した。
世界機動隊は統一教会の復興機動隊だけでなく、統一教会の勝共機動隊など、多方面で活動できる機動隊にならなければなりません。
ここに五カ国が参戦して活動するはずですが、その機動隊員たちが働くようになる時は世界的な時代が開かれることでしょう。
それで、今回数ヵ月間で、五十州に、十二名単位の機動隊として活動できる機動隊要員を五百七十名配置してきました。私が行く以前には、米国の食口がどれくらいであったかというと五百名未満でした。今は三倍以上の数に拡大し、そこで活動要員を教育して一線に立つようにしたのです。
私たちの機動隊要員を州ごとの代表に立てて基盤を準備し、今や、全州に影響を及ぼすことができる活動体制を整備して戻ってきました。ここにもし一年だけ拍車をかければ発展するのです。一九七四年まで八千名動員を標準にして出て行くのです。この八千名動員の要員を裏づけするために一年六ヵ月以内に三万二千名を修了させようというのが私たちの今の目標なのです。そのようにさえなる日には問題が変わります。
遠くない将来、共産党が上院議員の中に投入されるのは間違いないため、彼らを防御できる強力な体制を私たちがつくらなければならないというのです。このようにして米国を守護することができなければ、今後、このアジアの反共戦線を防御できる道を失うようになるということを皆さんは知らなければなりません。
機動隊員たちの中で不平を言う人は伝道しても駄目なのです。天が協助をしません。そのような人は孤立するのです。一番最初にいくら基盤を築いたとしても、ひそひそとやるようになれば、のちには孤立して消えていくというのです。
私がこのような私として天の心情圏にあえて同参し、体験できるこの位置がいかに有り難い位置なのか知らなければなりません。道を歩きながらも涙を流し、夜を明かしながらも涙を流し、私の息子に会いたいがごとく、神様に会いたいと思ったとしたら、そのみ旨は成せないでしょうか。
その恨が私によって解けるという、そのような心情をもっていくようになればすべて解けるのです。天が役事してくれるというのです。
米国百日修練会開設(一九七三・三・一)
米国を開拓するための闘争は険しい道であった。この時の教会の構成員たちにはみな責任者意識が要求された。世界的な領域で宣教を拡張させるためには教会食口たちに新しい精神武装が要求された。この時期にヨーロッパの責任者を三人ずつくくって一九七三年三月一日から百日修練をしたことも同じ理由からであった。統一教会としては興亡の岐路に立ったわけであり、このような危機を機会とするための食口たちの努力が百日修練に現れたのである。
先生がなぜ百日教育をさせるかというと、私たち統一教会の指導者は原理を知らなければならないからです。原理を知らなければならないだけでなく、生活に適用しなければなりません。原理を生活にどのように適用するかという問題がこれまでおろそかに取り扱われたがゆえに、相当な苦衷があったことでしょう。それが今日の現実です。
ですから、まず原理に対する主流骨子をたくさん知らなければなりません。本にあることをたくさん知ることが、どのように実力を備えるかということが一番大きい問題だというのです。そして、生活化させるためにはこの修練過程で、生活現場でこれを直接体得することをさせなければならないというのが先生の考えです。
今回の修練会では、第一に原理講義を少なくとも六回ないし七回は聞くようにしなければならないというのが先生の考えです。四回あるいは五回までは細密にしないで大体一般的に知らなければならないのです。そして皆さんが責任者になったときに対外的に講義できる内容を主にするようにします。その次に、一、二回は、もっと詳細なものをしてあげるようにしなければならないというのが先生の考えなのです。
それで、その期間をどれだけ取るかといえば、三十五日ないし四十日間を取っているのです。そして、その期間内に試験を二度ないし三度しようと思います。皆さんが原理を知ってこそ、その次から勝共思想とか統一思想を知って共産主義問題を扱うことができるでしょう。
この百日修練会はいつでも続けるつもりです。一年間ずーっと続けるつもりなのです。それゆえ、新しい人たちと百日修練生と別途に取り扱うのではありません。食べることも全く同じようにし、時間も全く同じにしなければならないのです。
これまでの米国教会、米国食口たちが考える統一教会の伝統を全部改正し、是正し、この全体を変えてしまわなければならないという目的でこの修練会を始めました。そのような作戦を立てるための一環として機動隊を編成したのです。そして、この修練会もそのような目的を達成させるために始めたのです。
ですから、最高幹部から先頭に立って新しい伝統を立てる運動をしなければならないというのが先生の考えです。それで、最初、ここの宣教師であった金永雲氏や金相哲氏を機動隊隊長に任命したのです。そして、これまで統一教会で一番長くなったという食口たち、本部にいる食口たちも全部機動隊に投入しました。
それから、そこで合格した人はどこに行くかというと、ニューヨークに行くのです。ニューヨーク街に行って一人が一ヵ月に三人を伝道しなくてはほかの地域に行くことができないのです。そうしなくては、どこに行こうと一ヵ月に一人を伝道する責任者となれないためです。責任者が責任を果たせなくては誰かにさせられないので、ここで合格した人でなければ送り出さないのです。
第六節 一九七三年 統一戦線守護(二)
真の御父母様の生涯路程 5
第六節 一九七三年 統一戦線守護(二)
一 一九七三年の出発と摂理的意義
年頭標語:統一戦線守護(二)(一九七三・一・一、米国、ベルベディア修練所)
どうして米国のために、皆さんと数多くの国の人々が犠牲になり奉仕をするかということを皆さんは知らなければなりません。統一教会には全世界の数多くの国家、十カ国以上の人々が集まっています。ここでは既に国境を超越しています。また、民族を超越しているのです。
ここで韓国と日本と米国と、この三つの国を基準にして数多くの国を連結させなければなりません。アダムとエバと天使長が堕落したため、国家形態もそれと同じアダム型国家、エバ型国家、天使長型国家が基盤になるのです。皆さんが知っているように、米国は天使長型国家です。ですから、ここでこの三つの国が一つになり、民族国家の感情や、自分の民族的観念を中心として他の民族を蔑視することなく、すべてのものを超越する立場に立たなければなりません。そのように一つになる日には、それは世界の歴史になるのです。
では、このような観点から見たとき、我が国の民族が一つになるだけでなく数多くの国の人が完全に一つになることのみが、個人の統一戦線を守護できると同時に、家庭の統一戦線と、氏族、民族、国家、世界の統一戦線を守護できる天の伝統的基準になるということを皆さんは知らなければなりません。言い換えれば、統一戦線守護は個人的な守護よりも、家庭的な守護よりも、氏族的な守護よりも、民族的な守護よりも、国家的な守護よりも、世界的な守護の統一戦線をどのように確保するかという問題が、私たち統一教会の最後に任せられた使命です。それゆえ、今後皆さんが完全に一つになってこれを成就していかなければならないということをはっきりと知らなければなりません。
もし、皆さんが米国でそのような基盤を築いて一つになることができるなら、米国全域にこのような風が、このようなブームが起き始めるのです。そうすれば、共産世界は下がっていき始めるのです。善が上がるとき、悪は共に上がることはできないのです。下がっていくのです。
ここで、事が成し遂げられるようになれば、日本がいくらサタン圏内にあり、韓国がいくらサタン圏内にあるとしても、救い出すことができる道が生じるのです。これを先生が米国に来て、昨年から一九七四年までの三年間で計画しているということを皆さんが知らなければならないのです。それで、これを一九七四年までの標語として立てざるを得なかったということを皆さんは知らなければなりません。
二 「世界平和教授アカデミー」創立
(一九七三・五・六、ソウル・ニュー・コリア・ホテル)
「世界平和教授アカデミー」創立総会が一九七三年五月六日、ニュー・コリア・ホテルのコスモス・ホールで各界、専攻を超越した全国の教授百六十三名が参加する中で行われた。同創立総会で弘益大の李恒寧博士が会長に推戴された。この教授アカデミーは、アカデミーで活動している世界の科学者を中心として、科学と宗教が分立されたことに対する統一理念を構成し、整地作業をして方向を提示するための一環として設立された。
創立目的
私たちが「統一科学」という問題を中心として、全世界的の教授たちを引っ張り出して年次行事をするのですが、ここにどんなに関心があることか知れません。一番最初は批判もしたのですが、近ごろでは「レバレンド・ムーンがすることは全部深刻な問題だ」と、そのように言うのです。このような段階に入ってきて、ますます押して出るのです。それで、これはどうしても一つに糾合しなければならないと考えました。糾合するための作戦をここ韓国でしなければならないため、「平和教授アカデミー」を結成したのです。「全世界の教授たちが平和世界建設のために、各分野で、実際行動はできないけれども、頭を使って文章を書き、方向を提示するところにおいて先鋒に立たなければならない」として、このような仕事を組織的な大学街を中心として出発しなければならないため、「世界平和教授アカデミー」という集まりをつくったのです。
韓国と日本と中国を中心として、今後、「世界平和教授アカデミー」が結成されるでしょう。そのようにしてアジアにおいて、大会を東京で一度もったのちには大きく発展していくのです。「平和教授アカデミー」という名前で「広場」という月刊誌を全世界の大学に発送したので、韓国でこのような運動をしているということを既に名のある教授たちはみな知っています。それゆえ、アジアにおいて著名な教授たちを糾合し、「アジア平和教授アカデミー」が発起さえすれば、それがヨーロッパにも連結されるのです。
それだけでなく最高の教授陣たち、「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)に参加していた有名な人々と、私たちの修練を受けた東京大学の大学院生、また英国の大学院生や、講義をする期間に感銘を受けた米国における東部西部の重鎮教授たちを「世界平和教授アカデミー協議会」をつくるときに、その核心要員にすることができるのです。この人々はお金をあげて買うことができません。
そのように世界的に組織をつくっておいて何をするのでしょうか。先生の計画は、この「世界平和教授アカデミー」を中心として、ノーベル賞受賞制度のような制度をつくるのです。ノーベル賞の賞金がもし七万ドルとすれば、私は毎年十五万ドル以上の賞金を掲げ、世界記録を破る表彰制度をつくろうと思います。それと同時に著名な人士を中心として、国境を超越し、歴史まで超越しなければなりません。そのような観点から、全世界の学者たちがひとところにまとまって教育をするのですが、民族の限界線に支配される、そのような教育制度を私たちは克服しよう、越えようというのです。
三 真の御父母様米国永住権獲得と「勝祝日」制定(第四次世界巡回中)
米国永住権獲得と世界的着陸(一九七三・四・三〇)
第一次、第二次巡回講演が終わったのち、一九七三年四月三十日に永住権をもらったのです。永住権をもらわないで戦うのは愚かな人です。永住権をもらっておいてから戦うのです。
イエス様が死んだため、イエス様が生前に直面された立場を再現させ、それを民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければなりません。そうして、サタンを除去したという条件を立てることなしには、天理の道理に従う基準に連結させられる道がありません。それゆえ、レバレンド・ムーンは摂理史的運命を担って米国に向かわざるを得なかったのです。
一九七三年、米国の地に降りるとき、レバレンド・ムーンは無名の一人の青年のごとく降り立ったのですが、三年で米国をひっくり返し、十二年以内に方向を天の側に変えてしまわなければならない使命を負って降り立ったとは誰が知っていたでしょうか。誰も知らなかったのです。私が米国に行ってしたことは何ですか。人類歴史を代表して誰よりもアベルを愛したのです。実践路程において勝利的覇権を握らなければなりませんでした。
神様のために、地のために祈祷をす&ことにおいては、私以上に心情的祈祷をした者はいません。神様を痛哭させられる一人の息子の姿をもって、人類を胸に抱き、解怨成就という怨恨の基盤をつかんで戦わなければなりませんでした。それゆえ、米国という国が問題ではありませんでした。米国から追放されることが問題ではなかったのです。神様の前に人類が追放される侮辱を恐れていたのであり、米国が滅びることよりも人類が滅びることを恐れたのです。
世界のこのような群れの前に個人的迫害、家庭的迫害、氏族的迫害、民族的迫害、国家的迫害を受けて、全部戦って蕩減条件を立てました。その基盤の上に、一九七三年、米国に着陸するようになりました。世界的着陸を始めたのです。
米国摂理のための内的整備(一九七三・六・三〇)
民主世界でキリスト教を中心として再度霊肉に連結させることができる基準、カイン・アベルを復帰すると同時に実体復帰の基準を立てて内外を合わせようということが、今からの米国での摂理歴史なのです。イエス様が三年間を中心として勝敗の決定を見たのを、韓国で三年間を中心として勝敗の決定を見たのを、霊的にでも勝利の決定を見ようというのが米国における一九七四年までの三年期間であることを皆さんは知らなければなりません。
この三年間に勝敗を決定するにおいては、二年目が最も問題です。イエス様もこの二年目の半分をうまく越えることができなかったために失敗したのです。私たちは今その期間に、六月三十日から七月一日へと越えていく時点に置かれているのです。
先生は米国に宣教師を送って、まず東部と西部の二箇所に配置しましたが、東部には男性を配置し、西部には女性を配置しました。そして西北部に男性一人を配置しました。これを見ると、東部の朴普煕はアダム型であり、西部の金永雲はエバ型であり、西北部の金相哲は天使長型です。そのような型で送ったのです。
これが一つにならなくてはならないのです。一つにならなければ天使長国家の運命を左右できないと見るのです。一九六〇年度の患難時代を通じてこのような摂理のみ旨があるために、このような作戦のもとで米国に人を送ったのです。ところで、私が米国に上陸するや否や「総進軍だ!」と、命令できる基盤にはなっていませんでした。先生が上陸するや否や、みな反対してきたのです。それで、一九七二年は前進的な年になることができず内的整備の年としてこれを収拾する仕事をしたのです。それで、今年一九七三年六月末まででその収拾が終わったというのが原理から見る観だというのです。
それで、前回の会議の時、五十州に内外として機動隊と内的教会をつくりました。これを拡大するようになれば、これは国を代表できるものであり、教会を代表できる組織だというのです。横的には教会組織であり、また一面では国家を代表できる二種類の面をもつというのです。
機動隊は外的であり、教会は内的だと考えることができるのです。それで国に影響を及ぼし、宣伝をしたのです。そうしてこの前、最小限四つ以上、六つを標準にして配置を完了しました。これは歴史的なきょうを迎えるための準備であったということを皆さんは知らなければなりません。
「勝祝日」制定(一九七三・七・一、米国)
一九七三年七月一日、米国、ベルベディア修練所で世界十カ国(韓国、日本、中国、米国、英国、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリア)の代表を立てておいて「勝祝日」を宣布された。真のお父様が米国に渡られてから約八ヵ月ぶりのことであり、韓国ではなく世界で勝利を祝う日を制定した初めてのことであった。これは、米国を中心とした本格的な世界宣教出発宣布を意味するものであるといえる。
一九七三年七月一日、米国で「勝祝日」という歴史的な記念日を制定しました。これまで様々な記念日は韓国において定めたのですが、世界で勝利を祝う日を制定したのは初めてのことです。統一教会の歴史において新しい起源を備える日です。
「勝祝日」は第二次七年路程における三年(一九七二〜一九七四)中の半分の峠を無事に越えたために制定できたのです。無事に越えたために勝利を祝うのです。今は、いくらサタンが反対しても、反対すればするほどサタンは崩れて下がっていきます。昔とは違うのです。反対すればするほどサタンは崩れて下がっていくのです。それゆえ、既成教会も今は精根尽き果ててしまっているのです。米国のような所の教会もこれからは反対する余力がありません。将来遠からずして私たち統一教会が全国で台風のような風を起こすことでしょう。
本格的な米国活動は一九七三年から始めました。米国に渡っていき統一教会拡張運動とともに勝共連合運動を提起するには統一教会の要員がいなくてはできません。米国という国は、「勝共だ、反共だ」とか言いながら共産主義に反対する運動は想像だにしなかったのです。
このような環境で統一教会の要員たちは統一教会のすべての基盤を築くと同時に、その背後で共産主義を防御しなければならない問題と、教会再復興運動と青少年没落を防止するための内的教育運動を実践しなければならないことを強調しながらその内的教育を急いだのです。そうして五十州を中心として基盤を築くと同時に、それを外国宣教基盤へと拡大して連結づける業を急ぎました。
七・四記念祝祭(一九七三・七・四、南韓入監日および米国独立記念日)
米国独立記念日である一九七三年七月四日、昼は真のお父様が監獄に入った記念日を、夜は米国独立記念日を祝う方式で祝祭を催した。この祝祭に市長をはじめとする多くの高位権力者たちが訪ねてきて、米国人たちが統一教会に好感をもつようになる契機となった。
米国独立記念日が七月四日で、先生が獄中に入った記念日でもあります。それで私たちは、内的には獄中に入っていった記念をし、外的には(米国独立記念日を)利用して、すなわち、昼には私たちの記念日を祝い、夜には米国独立記念日を祝おうといって花火を上げたのです。ところで一晩で約七千ドルかかりました。七千ドルは約二百八十万ウォンです。これは賭博場に行って一度することにしかならないのです。(笑い)
それで、七千ドルかけて、「私たちが三日間花火を揚げますので、皆さん来てください」というビラを作ってまいたのですが、どのくらい集まったかというと五千人以上集まってきたのです。近くに住んでいる人が来たのでなく、遠い所から車を出して四十分、一時間以上かかる所から集まってきたのです。大変な宣伝効果でした。車が数百台来ました。平均して一人、二人ずつ乗って来ました。
それをどのように主管したかというと、すべて前もって準備しておいたのです。パーティーをする場所を前もって契約しておいて、すなわち公園を契約しておいて、一晩見事に遊びまくったのです。パンバーンと遊びまくったのです。本当に米国の花火は見事です。韓国で上げるものは味も素っ気もありません。そうして、その日市長とも親しくなり、判事、大法院院長ともみな親しくなりました。先生が一晩招待して韓国料理をおいしく作って、腹いっぱいに食べさせたのです。
そのようにしながら「米国独立記念日にこのような行事を開いたら、神様がこの日を記憶され、米国国民をこの上なく愛されて、きょうこのような大会をするのに雨がやむようにしてもらったのでどんなに有り難いでしょう」と言ったら、自分の国が福を受けるというので喜んでいるのです。(笑い)
第四次世界巡回帰還日程(一九七三・七・七〜七・二二)
七月四日にその大会をして、七日に発ち、サンフランシスコに行きました。
とにかく今回の約八ヵ月の間に、実際に奇跡のような実績を積んで帰ってきたのです。ここにくると、霊界からも「勝利をお祝いします」という言葉が流れてきました。「勝祝日」というものをしっかりと定めてから来たのです。そして米国を七月七日に発ちました。一九七三年七月七日は歴史的な日です。「勝祝日」を定めておき、七月七日に米国を出発してきて、日本に七月八日に到着しました。この日は再出発の日です。その時、「日本では必ずこれこれのことが起きるだろう。私が日本に行けば歓迎の良い報告があるだろう」と思いました。思ったとおりそのようになりました。
今回、日本で都議会議員選挙があったことを知っているでしょう? 共産党は意気揚々として「自民党は自分のえじきになる」と思っていたのです。それこそ国家全体がその脅威に巻き込まれ、自民党自体が危機一髪の深刻な立場で選挙を行ったのです。
もし共産党が全部都議会議員になる日には、日本の東京都内にトーチカ(注:防御陣地)をつくる可能性がありました。そうなれば、警察も思いどおりにし、行政も思いどおりにできるのです。そうなれば日本内で革命を起こすのは座ってでもできるのです。そのような急を要する時なので、先生が祈祷をしてきたのです。
四十二議席ある自民党の議席が二十八議席に落ちるというのが一般的評価だったのですが、これをどのように食い止めるかということが自民党の悩みでした。しかし、うちの国際勝共連合が加担することによって四十二議席から四十三議席に増えたのです。逆転したのです。選挙史上に奇跡を起こしたというのです。どうしてそうなったのか、自民党では知っているのですが、一般の言論界では知らずにいるのです。そのような立場になったため、私が統一教会のみ旨を成して合わせるところにおいて、聖進君を祝福してあげる立場から、内外で母子協助ができたのです。よくそこまでぴったりと合ったものです。自民党と統一教会が今現在カインとアベルの立場にありますが、誰が先に訪ねてきたでしょうか。外的にカインがアベルを訪ねてきてお供をしながら連れていく立場に立ったのです。それを私たちの教会から見れば、エバ国家である日本が母子協助を通して神様の息子を協助できる基盤を立てることにより、滅びることなく、韓国と共同運命の立場かち天的な因縁を結ぶことができる良いチャンスになったのです。
四 文聖進−金東淑様聖婚式(一九七三・七・一八、日本・東京)
一九七三年七月十八日、日本の東京の本部教会で日本の全祝福家庭と幹部たちが出席する中、真の御父母様の執礼で文聖進様(二十八歳)と全東淑様(十九歳)の聖婚式が挙行された。崔容碩氏が司会をし、久保木会長と文昇龍氏が祝辞をして、夜は約一千五百名の食口たちが代々木公園に集まって、盛大でなごやかな披露宴が催された。
子女路程と聖進様聖婚
この第二次七年路程が終わる前に、三年以内にどのようにしなければならないのでしょうか。家庭完成はもちろんのこと、子女までも完成しなければならないのが原則です。第二次七年路程は子女の路程です。統一教会の子女である祝福を受けた家庭が行かなければならない道です。第二次七年路程が終わる前に、先生の家庭でもこのような相対的因縁を結んであげなければならないため、今回聖進君を祝福してあげたのです。
イエス様は三年路程を、七年路程の半分の峠を希望の中で越えることができなかったために死んだのです。それゆえ、この七年路程中の三年路程(一九七二〜一九七四)は、イエス様の霊的世界復帰のための国家的三年路程に匹敵するのです。イエス様の霊的世界復帰路程における三年期間に匹敵する子女期間だというのです。
それでは聖進君の祝福をなぜ日本でしたのでしょうか。日本はエバ国家として母子協助の基準を備えなければならないのですが、そのような責任をなすべき時を逃してしまったので、それを再び蕩減復帰してあげるために聖進君を日本で祝福してあげたのです。
喜進も日本に行ってきたでしょう? み旨を成せなかったため、蕩減復帰してあげるためにそうだったのです。誰かがしなければならないのです。このようなことを統一教会がしたので、統一教会はイエス様が死ぬことによって生じた世界史の恨を三年路程の中で解くことができる家庭的起源を設けたのです。
アベル家庭完成基準を通して越えていかなければならない時にならなければ、天の父母に侍って天国に入っていくことができないのが原理ではないかというのです。このような基準を今日の統一家で結んであげるためのものが、今回七月十八日に日本であった聖進君の聖婚式なのです。今回を契機として皆さん自身が一つにならなければなりません。
今このとき、世界的な摂理の途上において、韓国を主としてエバ国家と母子協助の国家基盤を連結させたという事実は、イエス様がユダヤ教においての母子協助国をもって祈願できる一日をもてなかったことを蕩減復帰する歴史的な時点にさしかかったということを意味します。
聖進様の蕩減の道とみ旨的な従順
ここで聖進が誤るようになれば、統一教会にもまた十字架の道が残されるのです。聖進はお父さんに反対できる立場にあります。一番不利な立場にあります。私はこれまでその子の手首さえ一度もつかんであげませんでした。それはそうしなければならないためです。蕩減復帰歴史であるのでそうしなければならないのです。神様が復帰歴史上においてそのようにできなかったためです。誰を迎えるためにこのことをするのでしょうか。養子を迎えるためです。僕、天使長を迎えるために再度復帰する立場にあるのです。
聖進君は二十八歳になるまで「お父さん」と言えませんでした。話をしようとすれば「先生」と言ったというのです。良くやったというのです。それはかわいそうなことをしたようだけれども、そうしなければならないのです。蕩減復帰路程であるために家庭を代表して、先生として侍りなさいというのです。父母として侍る前に先生として侍らなければならないのです。皆さんを代表してそうしなければならなかったのです。
今回、聖進君についてはいろいろな話があったのですが、先生と会い、三十分以内ですべて解決しました。「これは、これこれではないか。父が誤ったことは何か。それもこのようなわけでこうしたのではないか」と言ったところ「それはそうです」と言い、「こうする以外ほかにないではないか」と言うと「そうです」と言うのです。聖進君はとても率直なのです。また、正しいところには我を張りません。正しいところには絶対的に弱い人なのです。正しいというところには頭を下げるのです。先生自身もそうです。
私に親不孝し得る子を迎えなければならないならば迎えましょう。しかしながら、私が神様の前に良心の呵責を受けないので、「私はこの息子を疑わない、誰が何と言おうと疑わない、私は子供を信じる」というのです。それで、聖進が先生の話を聞いたのです。三十分以内ですべて分かるように話したのです。そのようなところで主管できなくては駄目なのです。
五 各級修練会と講義の制度化(一九七三・七・二三、中央修練所、全国教役者集会)
七十日公式修練過程
修練会には三日修練、七日修練、二十一日修練、四十日修練があります。三日修練とは何かというと短期間修練です。今、ニューヨークをはじめとする全米国で、ワーク・ショップといって、引っ張ってきた人に三日間修練を受けるようにしています。三日修練を受けたら七日修練に送ります。
今後、巡回師たちがしなければならないこととは何でしょうか。一地域、一地区、一つの班だけ巡回するのではありません。いろいろな郡を巡回しながら何をするかというと地区修練をするのです。するときには、一箇所でだけしてはいけないのです。その周囲の東西南北を中心として五つの教会を合わせてしなさい。そうして五つの教会の責任者たちの中で一番優秀な人が講師になりなさい。そうすれば、一箇所から五名ずつだけ送っても二十五名になるのです。
教会で三日修練が終わった人は、もちろん講義は続けてあげるのですが、必ず郡で行う七日修練に参加させ、七日修練を受けた人は必ず二十一日修練に参加させ、二十一日修練に合格した人は必ず四十日修練に参加させなさい。
そうすれば全部で何日ですか。三日、七日、二十一日、四十日をすれば、七十日になります。七十日教育さえすれば、統一教会の原理に対して分かるだろうと見るのが先生の観なのです。
四十日修練会
修練を受けに来たなら、必ず三日間の原理講義を十日間で三度しなければなりません。また、十日の間に一度は必ず勝共講義をするのです。このようにして四十日間で勝共講義を四回、原理講義を九回して、全部で十三回しなければなりません。これが世界的な決定です。日本でも全部そのようにするのです。もしそうしなければ、大変なことになるでしょう。追放してしまいます。これからは巡回制度も強化するのです。一人でもそのようにしなさい。
統一教会に入ってきてから離れる人がなぜ生じるかということを突き詰めてみれば、家庭、社会で反対するからです。その次に、原理が分からないために離れるというのです。
伝道活動を訓練させるのです。それで組織をどのようにつくったかというと、四十日修練期間で試験を受けさせ、三年以上になった人は七十点さえ取れば合格、けれども新たに入ってきた人や、入ってから三年未満の人は八十点を取らなければならない、このように定めました。なぜそうするかというと、三年以上になった人はそれでも苦労したからです。ですから、そのような基準を中心として、必ず四十日間で試験にパスしなければなりません。
教役者の一日八時間講義責任
皆さん、全世界的に定めたこととは何かというと、責任者は毎日八時間、講義しなければならないということです。一般の人たちでも八時間労働するのなら、統一食口は八時間以上働かなければなりません。公式的に全部時間表を組んであげてきました。皆さんにも時間表を組んであげるのです。
自分の教会で一緒に住む人が一人でもいるなら、朝一緒に起きるのです。統一教会は六時に起きるようになっているのです。十二時に寝て、六時間寝ることが統一教会の規定時間であり、六時に起きて顔を洗って何かをするのに六時半まで、三十分あれば十分だというのです。六時半から八時半まで二時間の間は講義! 既存の食口たちを育てなさいというのです。講義するのです。
その次に食口たちが一人、二人できたなら連れていって伝道するのです。八時半から三十分間御飯を食べて、それから伝道をしに行くのです。一緒に連れていって街頭で伝道するのです。個人に会って精誠を込めて伝道するのです。そうして人に会ったなら、連れてきて講義するのです。その時間は十二時半から二時半までです。それから四時半から六時半まで講義をして、八時から十時までまた講義をするのです。
八時があまりに遅かったら、それは調整しなさい。三十分繰り上げて七時半から九時半まで、一日に四回は講義しなさいというのです。一人もいなければ、自分の女房でも連れてきて講義しなさい。しなければなりません。教会には二人以上いるので講義しなさいというのです。
精誠を込めながら、毎日のように一人でも連れてきて講義しなさい。そのようなとき、百人、千人、あるいはその部落、その郡、道に責任を負ったなら、責任を負ったその人口に比例した数を中心として、その人々全体を相手にするごとくに思って代表的な一人のために講義するようになれば、その人たちの霊界の先祖たちが協助して聞くことができるという気持ちをもって講義しなければなりません。
その時間を全部組みなさい。教会長たちは一日に四度は講義しなさい。それで、基盤さえ築かれる日には、その次からは六時間は常に講義しなさいというのです。そうして二時間は、今後育てる人々のために時間を割いてあげて、特定の時間を与えて講義をさせなさい。
六 一和製薬(株)社屋竣工および移転式
(一九七三・八・三、京畿道南揚州郡九里邑水澤里)
一和製薬株式会社は京畿道南揚州郡九里邑水澤里五〇五の四に、現代式二階建て工場を新築し、一九七三年八月三日、真の御父母様と内外の食口二百名が参加する中で竣工式を挙行した。
一和創業(一九七一・一二・一六・設立)
ひとつの「一」に和する「和」の一和、「すべての違いをなくしてしまおうというのでなく、その調和こそが真の統一である」という真のお父様のみ言の意味が込められている一和は、一九七一年十二月十六日に設立された。一和製薬として出発した一和は、特に高麗人参製品分野を中心に事業を始めた。
まず皆さんは、私たちの会社の名称として制定された一和という内容を知らなければなりません。ひとつの「一」に和する「和」の字です。和する「和」というのは、皆さんの個性はすべて異なっていますが、個性が異なる人々がただそのまま一つになるのと同じように、個性が異なる民族、個性が異なる国家が一つにならなければならないという意味が内包されているのです。
ここに統一的な理念が入っているということを、きょう一和製薬株式会社の社屋竣工式に参加した皆さんがまず知っておかなければならないと考えるのです。
高麗人参一つを中心として世界と関係を結び、霊界と関係を結び、ここに神様まで引っ張り込んで、神様の愛までも引っ張り込むことができる業を起こすことができるのです。それで一和なのです。
神様も和し、万物も和し、人も和し、東洋西洋も和して、悪い者も善い者もすべてを一つにします。そのような意味で、一和という名前はこの時代において適切な名前ではないかというのです。
霊肉復帰の宝物である原理と高麗人参
高麗人参といえば五千年の歴史をもっているのです。これは韓国における特産物なのです。米国やあるいは、そのいかなる国においても高麗人参の裁培をしたがるのですが不可能だというのです。
一九〇四年に、米国のある資本家がアジアについて聞き込みをして、アジアの中の経済製品で、特殊製品にして米国全域で販売できる品目が何かということを研究した結果、それが高麗人参だということを悟りました。もし、高麗人参を全国的に栽培して全米に販売する日には、一躍自分が米国の富豪になるという野望をもって高麗人参の栽培を大々的に行ったのです。
ところがその計画は完全に失敗したのです。実際にやってみたその人が本を発刊し、その内容報告をしたのです。自分がこのような膨大な計画をもって実行したけれども、失敗した理由とは何かというと、高麗人参というものはアメリカの土地では駄目だということです。そして、これは韓国だけしかできない、ということを注に入れたのです。こうしたことを見れば、これは韓国だけがもった唯一の宝物なのです。そして、植物界から見れば、王者と同じです。王だというのです。
我が民族は五千年歴史を経てきた高麗人参の価値をこれまで知るには知っていたのですが、よくは知らなかったのです。しかし、外国の人々が生涯で初めて高麗人参を口にしてみて、日本でも高麗人参の粉を小さいスプーンで二、三杯ずつ入れて飲んでみても、体の様々な病気が治ったという例が多いのです。その人たちがとにかくこれを飲んでみると一遍に効果が現れるというのです。
私たちは肉的な人参茶で世界の保健面に貢献することはもちろんのことですが、心情的紐帯を招くことができる霊的な高麗人参のようなものが統一原理ではないかというのです。霊的な高麗人参のような統一原理だけ食べて消化して走る日には、永遠に走り始めるのです。
高麗人参製品が世界市場に登場するのに合わせて統一思想が世界思想界に登場するということは、一つの時を合わせ、復帰摂理歴史と一致するものではないでしょうか。神様の霊的復帰基準を完成できるその時を準備し、肉的復帰の相対的基準を復帰してくるのが今日の歴史的な実情なのです。
七 文氏氏族解放式(一九七三・八・五〔陰暦七・七〕、清平修練所)
一九七三年八月五日(陰暦七月七日)、京畿道加平極言岳面松山里、清平修練所で真の御父母様が主宰される中で「文氏氏族解放式」が挙行された。本式において真のお父様は、真のお父様の氏族的家庭を解放させる祈祷をなさったが、この時まで真のお父様は自身の家庭のために祈祷を捧げたことがなかったと語られた。
文氏氏族解放と霊界開門
これまで先生は自分の家庭のために祈祷をしませんでした。公式の席上で神様の前に「ああ、私の父と母、私の霊界の先祖を助けてください」という祈祷は一言たりともしたことがありません。正式にそのような祈祷をしたことがないのです。これからは「うちのお母さんとお父さんがどのようになって、うちの兄弟がどうなって……」と、そのようにするのではなく、私の氏族と宗族を重要視するつもりです。
氏族を捨てた以上は私は皆さんを愛しました。先生の母親以上に私は皆さんを愛しました。自分の子供以上に愛しました。そのように愛したか愛さなかったか祈祷してごらんなさい。これからはその愛を取り入れるつもりです。取り入れて私の子供を愛するでしょう。狂うほどに子供を愛することでしょう。もしそれらこの地上でできなければ、霊界に行って間違いなくそのようにするつもりです。
そのようなことをすることによって、文氏一族の霊的基準が解放基準を開門するようになり、霊界で統一的な恵沢圏が聞かれます。その因縁が数多くの氏族たち、姻戚の八親等(注:非常に遠い姻戚)まで連結するのです。うちの先祖を見れば、文氏一家、あるいは姻戚関係を中心として三千里半島民族(韓民族)が連結されるのです。このようなことは韓国が滅びるような立場ではできないのです。ゆえに霊的救いの門を開いておいてから行こうとするのが先生の所信です。このようなことを早くから祈祷し、考えてきたということを皆さんは知らなければなりません。
先生の一族なら一族において、きょうこの一日は祝福を受けた日だと見ることができます。それにより今後、文氏氏族の先祖たちがみ旨のために慟くことができる道が連結されるだろうと見ると同時に、彼らと姻戚関係を結んだ韓国民族もすべて連結されるだろうと見ています。このように各氏族が連結されるということを考えるとき、これが霊界開門の起源になるのです。ですから、きょうこの歴史的な日を皆さんの心の中に記憶してくれるよう願うのです。一九七三年のこの日は、霊界でも勝利を誓うことができる日であり、地上でも勝利を誓うことができる日であることを皆さんは知らなければなりません。
地上開運という言葉は何かというと、先生がこれまで外的な基盤を築いたのを、これからは米国まで内的に連結させることができる時になったということを意味します。それゆえ、皆さんは一つになり、イエス様が十字架に死んだその立場を取り消しさせることができる、そのような立場に立たなければならないのです。言い換えれば、イエス様とその弟子たちが一つになる立場に立っていたなら、すべての世界の祝福を受けられる門が聞かれていたということを皆さんは知らなければなりません。
たとえ距離は離れていても、皆さんは韓国の地にいるとしても米国を他国とは思わないで一つの国として考えなければなりません。地球は大きいですが、一つの国だと考えればいいのです。我が国のために、より必要で適切な場所に行って先生が働いていると思わなければなりません。イエス様が昇天するときに「父よ、それは、あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、みんなの者が一つとなるためであります。すなわち、彼らをもわたしたちのうちにおらせるためであり」(ヨハネ一七・二一)と言った、そのような切実な立場と同じ立場に先生がいるということを知って、先生が帰ってくるときは誇ることができる皆さんになるよう願います。
そうしようとすれば、我が国を慈しむよりも、まず皆さんの家庭が一つにならなければなりません。アベルというとき、アベルは統一した群れです。家庭でいえば自分の個体だけでなく家庭全体が統一された群れのことです。こうして氏族統一が起きる基盤から氏族解放が起こるのです。ですから皆さんを信じて、またそうすることができる立場に出てくれることを知る立場で、霊界の開門役事、霊界を解放させるこのような運動をするという事実は、かえって皆さんの前に福をもたらし得るのです。
文氏一族登用の時
また、文昇均をチタニウムエ場の社長に立てました。それ以前は赤字が出たのに今では黒字が出ています。それは全部、幹部会議で話題に上ったことです。黄忠雲でなければ文昇均なのですが、黄忠雲では人が良すぎます。今、もがきつつ厳しい環境をかき分けていこうとすれば、どの角度から見ても、百方から見ても、統一産業のその難しい問題から見ても、彼(文昇均氏)は機械についての専門分野にある程度基盤ができているので良いのです。また、み旨が願うその摂理史から見、文氏がこの地上において霊的開門をしなければならない、恵沢を施さなければならないという立場からも見ました。そのような内外を見ても良いのです。
また統一産業は、元弼を立てて社長にしたらいいのですが、今回は元弼よりも文専務(文成均)に社長をさせることによって文氏家門を霊的に開門する意味で、地上でこのような道を開いておけば、私たちの教会、皆さんにとっても良いと同時に、この民族にも良いのです。それゆえ、そのような時が来ることを予想してこのようなことを始めるのです。
何年前のことですか。第二次七年路程を出発すると同時に、文家の人(龍善、龍基、龍賢兄弟)を牙山から移しておいたのもすべてそのためです。先生が誰かを愛したくてそうするのではありません。原理原則どおりにしなければならないために、そうするのであるということを知って、それに対して幹部から不平不満を言ってはならないのです。
そのような基盤が築かれ、名目上、彼らでなければ駄目だという肯定的な基盤を開いておきました。それで、先生の一族に対する霊的開門を宣布するようになりました。この開門の宣布は先生の一族だけではないのです。一つが列をつくれば、それに従ってそこに因縁のある人々が全部くっついてくるようになって開門できるのです。それゆえ、今後先生から霊肉を中心とした復帰基準の運勢を韓国の地より始めることができます。
李伯任論山ハルモニの先祖解怨
これから皆さんの家庭の子女たち、あるいは巡回師たちを、霊的な面において霊界を通じて忠告するつもりです。そこに反抗をしてはならないのです。そのような意味では、今後論山ハルモニが多くの役事をすることでしょう。聖書のみ言に、終わりの日には南の女王が来て審判する(南の女王が、今の時代の人々と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう)とあるのと同じように、統一家にもそのような性格のみ言が成就されているではありませんか。突然、関係ない人が来て、ぶん殴られるようになります。ニネベの町が罪を犯すようになるとき、ニネベの人がぶん殴ったのではなく、「ヨナ」という思いも寄らない人が来て予告をするのです。思いも寄らない人を無視したら思いも寄らない青天の霹靂に会うのです。
これからは霊界に通じるこの方たちが役事をするのです。うちの教会の名前が世界基督教統一神霊協会なのです。先生がこれまで、このことをしてくるところにおいては、息の通る穴が詰まった状態でしているのではありません。全部、霊界のプログラムを進行しているのです。
私は、天がどうで、天のお父様がどうでといった話はしないでしょう。そのような話はしないのです。それは全部、真理で消化して体系を整えてから話すのです。ですから、ただどんぶり勘定式に話をしないのです。私が誰か、おばさん、おばあさん、霊界に通じる人々の話を聞いてどんぶり勘定式にこの業をすると思いますか。とんでもありません。彼らは分からないのです。彼らは霊界から証してあげているので知っているのであって、どのように展開していくかは分からないのです。
しかし、これまで統一教会の食口の皆さんに原理を通して教えてあげたし、時代的な発展段階も原理を通して教えてあげたという事実は、それがどんぶり勘定式ではないということを物語っているのです。プログラムによってきちんきちんと進行していきつつあるというのです。
そして今、国家的運勢時代から世界的運勢時代に越えていくために、一つの国が独立をしても恵沢が起きるのです。それゆえ、霊的に門を開けば、善なる先祖たちがみな引っ掛かって入ってくるのです。そのような観点から論山ハルモニの役事も転換期時代の霊的役事です。
また一つは何かというと、皆さんの善なる先祖たちがいて統一教会に後孫を入れさせたのに、統一教会の輩が責任を果たせなかったのです。責任を果たせなかったものを、私たちが代わりに打たれて責任を果たしたという条件を立て、霊的な開門時代が来るようになるとき、その先祖たちがついて入っていくことができる恵沢に浴そうというのが先祖の願いなのです。
功労は功労で報いてあげるのが原則であるため、地上で接触させ、条件的に後援しているその人を通じて越えていこうとするのです。それで、私たちの背後にいる先祖を呼んでそのような現象が起きるのです。解放の時代は何かというとサタンまでも解放してあげる時代です。堕落したアダムとエバまで解放してあげなければなりません。そうしなくては地獄が解放されないのです。
八 米国二十一ヵ都市講演会と主要行事
韓国出発の日(一九七三・八・七)
私はあさってには世界巡回に発とうと思っています。米国から日本に到着した日が七月八日で、今、八月七日に発とうとするのですが、このように日にちを合わせて発つのも天的な意義があるのです。また、発つ日がきょう(八・五)から三日目となる日です。そのような日を定めて出発するのは、歴史的な摂理のプログラムを合わせるための公式的な路程にもなるということを皆さんは知らなければなりません。
このような観点から見るとき、皆さんは、残された二年間を、男としての使命を果たせない立場を考えなければならないのです。先生を追い出したのと同じだと考えなさい。そうして、皆さんが代表的にこの国、この民族を代表し、先生が国と教会から僕の扱いも受けられず、養子の扱いも受けられず、息子の扱いも受けられず、父母の扱いも受けられなかったその恨めしい立場を代わりに蕩減し、その悲しみを解かなければなりません。
十月一日に講演会があるカーネギー・ホールは世界的なオーケストラの演奏会場として有名な所です。ニューヨークの真ん中にあるカーネギー・ホールに行って誰々が公演したといえば、その人に世界的なブランドがぽんと張られるのです。ところで私たちは、昨年よりも今年が悪くていいのですか。良くならなければなりません。ですから、昨年は一千二百席を準備したのですが、今年はその倍の二千八百名から三千名を入れなければなりません。そこには三千五百名まで入ることができるのです。それをどんと借りて、そこに黄色い頭、黒い頭、真っ赤な頭、中間の頭を詰め込んでから、私は、英語で直接話すつもりです、間違いなく、英語でやってもできます。英語を話すすべは知りませんが、講演をするすべは知っているのです。(笑い)
米国三年路程と主要都市講演会
さあ、今や三年路程は一年半が残されています。この三年期間で米国が世界的な責任を果たせるようにするため、今英国から、あるいはアジアから大学院生を連れてくるのです。それもそのための準備なのです。昨年と今年、六十名近い上院議員と下院議員たちに会ったのもすべてその準備のためです。
先生が米国で、昨年は七ヵ都市、今年は二十一ヵ都市、来年は五十ヵ都市を中心とした復興会を計画したのは米国の人々に全部知らせるためです。「ミスター文の話を聞けなかった」という話が出ないよう、知らせるためです。言い換えれば新しいイスラエル、カナンの福地に向けた出動のためなので、すべてに知らせてあげなければならない責任がこの三年間にあるのです。
言い換えればこの三年間は、イスラエル民族がカナンに復帰するとき、その民族がどこにいようと一人ももれなく知らせてあげなければならなかったのと同じように、新しい世界的な第三次カナン復帰路程に向けて出発できるようにするための宣布をしなければならない期間だというのです。それでモスクワに向かって進軍しようというのです。皆さんはこのような信念をもたなければなりません。
共産世界は今、米国に向かって進軍してきているので、私たちは反対に進軍しなければなりません。では、どこで会うのでしょうか。韓国で会おう! アジアで会おうというのです。それゆえ、この三年間で、アジアの情勢が尋常でない緊迫した情勢に追い込まれていくのも、私たちのみ旨を置いて、私たちの原理を置いてなされていく歴史的な帰趨だと考えなければなりません。
それではこの三年間で先生がしなければならないこととは何でしょうか。米国の高位層、キリスト教が反対しても、米国の知性人たちが反対しない立場に立つようになれば、み旨は成されるのです。それで、東部と西部を中心として有名な大学の有名な教授たちを、一つの大学から少なくとも二人くらい引っ張り出し、十名ずつを招待してこの活動を中心として関係を結ぶための準備を今しているのです。
そうしながら私たちがこの三年間で、アベル的な基準で何を与えるだろうかという問題を置いて見るとき、私たちは神様の内的な生命と外的な何かを与えなければならないというのです。内外で与えなければなりません。それで、この三年間には、先生が直接み言を与えようと思います。先生の一生で大衆に対して公式集会に現れることは初めてです。メシヤが行かなければならない道は、国家基準から世界基準に行くことであって、それ以下では行くことができないのです。私たちが世界的時代に向かったためにこのようなことを始めることができるのです。それで、この三年間は貴い時だというのです。
これは、有史以来、霊界と人類が注目することができる重大な事件であることを皆さんは知らなければなりません。それで、今回の期間には、十カ国の人々が加担して仕事をするのです。今年が重要な意義があることを皆さんは知らなければなりません。それゆえ、十月一日から始める大会のために今から祈祷しなければなりません。私たちは勝利するであろうし、勝利しなければなりません。各自がこのような信念をもたなければなりません。そうしてこそ霊界が動員されるはずです。私たちが霊界よりも一生懸命に動員してこそできるのです。霊界よりももっと一生懸命にやってこそ霊界全体が動員されるのです。
それで、外的には、現在この国における一番の知性人たち、すなわちキリスト教(プロテスタント)の牧師と長老派、天主教(カトリック)の神父たち、その次には大学教授たち、著名な人士たちに原理の本と『新しい共産主義批判』と『統一思想要綱』という本を全部無料であげるつもりです。およそ四十万部以上になるだろうと見ています。一部当たり一ドルとしても四十万ドルですが、これを米国のために与えるのです。これは歴史的な事件です。そのようになれば、私たちが内外で教会と機動隊と一つになり、この三年間に内外で、霊的な面では先生が与え、外的な面では皆さんがこの本を配布してあげる立場に立つようになれば、私たちが果たすべき責任蕩減は完全にすべて終わるのです。そのようになって、ここで米国が私たちの行く道を支持する日には問題は世界的に越えていくのです。
米国二十一ヵ都市講演会
(一九七三・一〇・一〜一九七四・一・二九、主題:キリスト教の危機と新しい希望)
真のお父様は、一九七三年十月一日から一九七四年一月二十九日まで、四ヵ月間という長い期間にわたりキリスト教の危機と新しい希望」を主題として米国二十一ヵ都市講演会を開催された。
まずニューヨークの力ーネギー・ホール(十月一、二、三日)、ボルチモアのリリック劇場(十月七、八、九日)、フィラデルフィア、ボストン、ワシントン、ニューオリンズ、ダラス、デンバー、アトランタなど九ヵ都市で講演され、一時、韓国と日本を回られたのち、再びオマハ、ミネアポリス、シンシナティ、デトロイト、カンザスシティ、ツールサなど六ヵ都市で講演され、翌年一九七四年、再びデンバー、シアトル、サンフランシスコ、バークレー、ロサンゼルスなどの地で講演され、一月二十九日、ワシントンD・Cで講演終了凱旋歓迎大会をもたれることにより大長征を終えられた。
一九七三年度に二十一ヵ都市を選定して各々大復興会を開催したのですが、これが一九七四年一月二十八日に終わりました。
私が二十一ヵ都市を回り、各州を回りながら何をしたかというと、統一教会員の父母がその州に住んでいるのであれば、その統一教会員がどこに行っていようが、ともかくその父母を全部招待したのです。そうして、朴普煕と米国の教会長に彼らを全部集めさせて、ハンバーガーを買うなり昼食を良くもてなすなり、あるいは夕食に招待して良くもてなしなさいと言いました。私がお金を直ちに支払うと言ったのです。できれば息子、娘を共に来させて、息子、娘を通してお母さんとお父さんを称賛するようにしたのです。
米国社会でそのようなことはあり得ないのです。「えー、私のお母さんはどうで、私のお父さんはどうで」と、良い点のみをぱっと話すのです。また、お母さんに「自分の息子について話してください」というと、褒められて有頂天になっているのに、「うちの息子、娘は出来が悪くて」と話すと思いますか。そうすると、「うちの息子、娘は小さい時はどうで、統一教会に入ってこのようになるとは思わなかった」と、涙の海になるのです。「統一教会がこんなに良いとはついぞ知らず反対して」と言いながら、母子同士、父子同士が抱き合って泣く場面が繰り広げられるのです。そのようなことをしたら、一時で父母たちと息子、娘が完全に一つになったというのです。
ですから家庭を中心として、お母さんとお父さんを中心として、兄弟同士全部ひもで結んでおけば、ぴーひゃらどんどんと共に踊りだすので三千万民族がみな連結されるのです。
それゆえ、家庭を重点にした講義体制で私たちの教会拡張運動を強化しなければならないというのが、今回先生が世界的に特別指示したことです。そして、二週間定着する機動隊は、三十代を中心として伝道するのであり、それより上は絶対に伝道してはいけないと指示をしたのです。では、そのような活動を展開しなさい。
真の御子女様たちの米国移民(一九七三・一二・一八、譽進様、孝進様、仁進様、興進様、
恩進様、顯進様、國進様、七兄弟姉妹)
譽進様、孝進様、仁進様、興進様、恩進様、顯進様、國進様、七名の真の御子女様たちは、一九七三年十三月十八日御父母様がいらっしゃるニューヨークのベルベディアに行かれた。共に渡米した人は洪順愛女史、韓相吉氏、李徳任嬢と李南姫嬢であった。
私は、子供たちのすべてのことを神様に任せたので、子供たちのことを思ったりはするのですが、深刻な立場では祈祷をしません。昔は子供たちについて考えることをしなかったのですが、今は考えなければならない責任があるため、考えながらきているのです。譽進は電話をしながら涙を流すのです。子供たちも涙を流し、お母様も涙を流すとしても、私は涙を流すことができないと思いながら精誠を尽くしたことを皆さんは知らなければなりません。それは霊界でも知っていることでしょう。
うちの子供をここ韓国に置いておいたら、私が切迫すればするほど、皆さんが子供たちに責任を負って管理できるかというのです。譽進だけ見てもそうだし、子供たちが多いのに、共産党がうようよしている所で、彼らに何か事が起きても責任を負うことができるのかというのです。
そのような意味で、父母の膝下に置くのが様々な面で、内外で有利です。それで、米国に連れていこうと考えていることを知らなければなりません。そうかと言って永遠にそこで住むというのではありません。私が韓国に入ってくるときは、皆さんが勝利の旗を掲げて迎えることができる立場で帰ってこなければならないのです。
リトル・エンジェルス国連特別招請公演(一九七三・一二・二七、ニューヨーク、国連議事堂)
美の天使と呼ばれる「リトル・エンジェルス」が一九七三年十二月二十七日、米国ニューヨークにある国連議事堂で歴史的な公演を熱狂的な喝采の中に終えた。世界各国の外交使節と三千余名の米国市民が雲集した同公演で、真のお父様はリトルエンジェルスを創設された方として世界の著名人たちに唯一に紹介された。
私がリトル・エンジェルスをつくってどんなに苦労していることでしょう。今も赤字を出しているのです。今回の国連で公演するのにも七万ドルというお金を現金で支払ったのです。皆さんはリトル・エンジェルスが上手だからあのようになるのだとは思わないでください。そこには組織的、立体的、戦略的な基台の上に、そのようにしなければ前面に立てることができなかったので、確定的な基盤を築くために血を流す闘争をしなければならなかったのです。
北韓の外交官たちが国連事務総長を脅迫しないでしょうか。ワシントンD・Cにいるニクソン大統領を脅迫しないでしょうか。一つの団体に米国の大統領が書簡を送るといううわさを聞いて北緯が抗議してきたのです。それで私が米大統領に人を遣わして「民主世界を指導している米国大統領なら男らしくしなければ駄目だ」と言いました。人を送って詰め寄ったのです。波風が一度に押し寄せてきて混乱が起きても、男らしい気迫を見せなければならないのが、今滅びる運命に囲まれているニクソン大統領、あなたの責任ではないかというのです。
こうして、そのような戦いの結果として、全世界が注目する中でリトル・エンジェルスが公演できるという書簡が来たということは、誰も知らないことです。北韓が「国連事務総長を暗殺してやる」と通告してきたり、またその夫人はユニセフ(国際連合児童基金)の名誉会長になって歓迎委員会名誉議長なのですが、「この女を殺す」と言うので、オーストラリアに逃げていってしまったのです。そのような戦いが起きたのです。
ユニセフの責任者たちから身を引こうとしたのです。そのようにして延期させようとする、そのような立場でした。国際的な威信もあり、体面もあるため、公文を出して延期させようとするのを全部私がコントロールして国連公演をするようになったのです。それは私の名誉のためではありません。大韓民国のためです。
ところが、韓国大使館では「あー、レバレンド・ムーンは政治的に何がどうだ」と言い、アメリカのCIAでは、「全部KCIAの手先だ」とか言ったりするのです。これまで共産党はそのような宣伝で攻撃をしてきたのです。私が何で大韓民国情報部の手先ですか。私は彼らに会ってみたこともないのです。ただ一つ、私がしていることとは、今後アジアにおいて大韓民国がどのように歩んでいくべきかという問題を考えていることです。
リトル・エンジェルスが他と異なる点は、祈祷してから出ていって踊るということです。ですから、踊りを踊っても既に考え方が異なっているのです。踊りを踊るこのすべてにそのような背景があるため、反射鏡のような作用をするのです。それゆえ聴衆は、訳も分からずそこに魅了されるのです。普通子供たちの踊る技術がいくら素晴らしいからといって、聴衆が全部そこに感動を受けて、拍手をして大騒ぎしたりするでしょうか。バックグラウンドがあって、そこから反射される見えない宇宙線のようなものが映されて心をとりこにするのです。
九 日本主要行事と活動
国際勝共連合在日本部崔容碩(崔昌林)会長派遣(一九七三・五・一)
今回崔昌林を日本の朝総連と戦うために国際勝共連合の民団代表として任命するようになるとき、彼を呼んで「お前、日本のために殴られなければならない。死ぬ覚悟をしなくてはいけない!」と言うと、目をぱちくりしているのです。「どんな返事をするか見てやろう。機転の利くやつだから、三つの返事のうち、一つの返事をするだろう」と思って、答えるのを見たら、とても機転が利いているのです。「私しかこの仕事はできないので、私が責任をもってしなくてはならないではありませんか」と言うのです。それで民団の要員として任命したのです。統一教会の人はおそろしく機転が利かなくてはなりません。
ミスター崔を知っているでしょう? 彼は統一教会に入ってきて成功した人の中の一人です。彼が統一教会に入ってくる時がどういう時だったかというと、先生が完全に大韓民国全土に問題となり、刑務所に入る正に直前だったのです。刑事たちがしきりに出たり入ったりして盛んに調査している時に入ってきた人です。
そう、それでそのちっちゃい人が何にでも関与するのです。おばあさんがトイレに行ってもさっとついていき、台所に行ってもさっとついて回りながら調査したりしたのです。それで、「彼は警察署からやってきて調査する派遣員だ」と、みなが誤解したのです。また、食口たちが話すことを全部書き留めるのです。ですから、年の多い人たちから学生に至るまで、一時はどれほど誤解をして、しまいには追い出そうとまでしたのです。
そうして、その翌年に伝道に出ていくのに、伝道に行くという名簿も出さないで先に出掛けていったりしたのです。自分一人で原理講義をして、一人で約二十名を伝道したのです。それでも誰も信じなかったのです。のちに彼に伝道された人たちが伝道に出るようになったのですが、その時になって初めて信じたのです。そうして信じられる時になってから尋ねてみたのです。「お前、なぜ最初教会に入ってきたとき、あんなふうに煩わしくついて回ったんだ」と言うと、彼の返事は、「すべてが知りたくて、うれしくてそのようにした」ということだったのです。答えがそれなのです。「統一教会で難しいということを自分が喜んで全部やってみたい」と言うのです。そのようにしていたら、その人が統一教会の中心になったのです。
先生は彼を日本に送るとき、三年を約束したのです。日本は、共産党が白昼でもテロを行っている所であるため、生命を覚悟しなければならない立場であるにもかかわらず、先生の命令ならばうれしくて、誰が何と言おうがうれしくて動くというのです。うれしくて動くというので普通とは違うというのです。日本は共産党と厳しい戦いをするときですが、三年あれば基盤を築けるはずだから信じてやりなさい! そう、それで三年間で基盤をすべて築いたのです。
国家的力をもってしても数十年、民団の力でも数十年の歴史を置いてするようなそれ以上のことを私たちが三年以内で全部やってのけたというのです。ですから見てみなさい。どんなに大変でも、自分がうれしくてすることに骨が折れますか。うれしくてするところには、二十時間であろうと夜を明かそうと良いというのです。これを考えると、うれしくてする仕事は偉大な力となり、私が成功するところにおける偉大な一つの原動力となり得るという事実を私は発見したのです。
東大大学院生たちのサンフランシスコ教育(一九七三・七・二〇から四十日間、百二十名)
今回、東大の大学院生百二十名をサンフランシスコに連れていって教育をしました。日本の東京大学という所は知性人たちの温床として知られています。ところで、その大学院の学生たちはみな、自分の出世のためには数多くの人を踏みつけて上がってでも出世を図る、個人主義の思想の尖端の代表者たちです。お金がたくさんあってそのようなことをするのではないのです。これは皆さんが血と汗を流して稼いだお金なのです。そのお金は天と地が知っているお金なのです。このお金を無駄に使ったら、積んでおいた功労の福があるとすれば、その功徳を差し出して蕩減しなければならないというのです。統一教会がお金がたくさんあってそうするのではありません。
今後、日本において共産圏を防御するのは、日本政府ではできません。私たちかわいそうな統一教会がそれを知っているため、その責任をもたなければならないのです。それで、私が直接命令をして二ヵ月前から出発したのです。生命を懸けてするのです。共産党が党を挙げて反対しないでしょうか。ありとあらゆることがあるのです。そうして、全員行くと自ら志願してビザに全部名前を記したので、東大大学院の学生たちもこっそり逃げ出そうにも逃げ出せないようになったのです。名簿を見ると、東大大学院の学生たちは二十五歳以上なのです。四十歳の人もいます。
そのくらいの年になれば、社会において知性人として、自分の意志と自分のすべての判断力をもって堂々と国家の知性人として自任できる立場に立っているにもかかわらず、「統一教会の宣伝、国際勝共連合の宣伝に乗せられて、私は行けません」と、騒いでいるのです。
でも、昨日出発しました。共産党の「赤旗」を通して大騒ぎしたのです。それを見ると、朴大統領がかわいそうなのです。統一教会と一緒に売られたのです。「国際勝共連合は自民党の手先であり、その背後で操縦しているのは朴正煕大統領だ」と、朴大統領まではさみ込んでありとあらゆることを言いました。しかし、先生が一度でも朴大統領に会ってみたことがあるかというのです。
それでも、統一教会は今ではそれだけの位置、日本の高位層の各要所要所で問題になり、統一教会の文先生の名前がそのような場で話題にのぽったりするところまで上がってきたというのです。それくらいなら統一教の文先生もちょっとしたものなのです。悪口を言われて回ってはいますがね。
第二次科学の統一に関する国際会議
(一九七三・一一・一八〜二一、日本・東京帝国ホテル、十八カ国六十余名)
世界的な碩学を動かすことができる基盤を築くためにつくったものが今日の科学者大会(科学の統一に関する国際会議)だということを皆さんは知らなければなりません。一番最初始めるときは、私たちのような人は末端の給仕にさえもなりませんでした。第二次大会は東京で開いたのですが、東大を中心とした有名な学者たちを前に立てて、世界の碩学たちを迎える大会でした。その大会は彼らが名誉をかけてすべてのものを準備したのです。
私はその大会の創設者ですからあいさつをしようと思っていました。ところが、主人があいさつするのはどこの組織世界でも常識であるにもかかわらず、私が講演してあいさつする順序を全部省いてしまったというのです。あす会議を開催するということで行ってみると、この者たちが、このような体たらくにしてあったのです。それで私が久保木をして、それこそ青天の霹靂を下したのです。「今すぐ解散だ。科学者大会は中止だ」と言ったのです。ですから問題が広がったのです。「私は、それこそ客として来た身であるので、ただ客として帰れば良いが、日本の国を懸けて、東大の看板を掲げて始めたので、そのまま帰ってしまったらあなた方が滅びる。この日本人。あなた方は韓国人がどうだといって見下しているのだろう。一度思いきりぶたれてみなさい」とやったのです。すると一晩でひっくり返してしまったのです。「直ちに、今晩プリントを直さなかったら解散だ」と言ったのです。お金を私が出してあげたのでそのようなことができるでしょう? 主人が私であるから。(拍手)
ですから彼らは「全く気分が悪い」となったのです。韓国人を軽く見て思いっきり殴られたのです。そのようにひっくり返したのち、夜を徹して再びプリントしたのです。しないわけにいきますか。うちの工場があるので、大急ぎで「レバレンド・ムーン」と、正確に打ち込んで印刷しました。日本の実行委員の人たちはみな、一発やられたのでしかめっ面をしていました。
その時になっても、私に会ってみたことがない人は、私が何かの冠でもかぶって袈裟を着た格好で現れると思っていたのです。「どれが統一教会の教祖の文なにがしだろう?」と、私が壇上に上がっていくにもかかわらず、私を見るのでなく別のほうを眺めているのです。(笑い)皆さんもそうだったはずです。人の心などというものは同じでしょう、人の感情もみな、大同小異似たり寄ったりではないですか。
そのような局面においても、男というものは肝っ玉を太く堂々と、さわやかに笑いながら講演をしなければならないのです。あいさつの言葉を言わなければならないのです。彼らは険しい目つきでにらんでくるのですが、「お前たちは東大だとか教授の名誉をかけてにらみつけているが、私はアジアと世界の運命をかけてここに立つのだ」と、堂々とその場に立ったというのです。
韓、中(台)、日国会議員勝共セミナー(一九七三・一二・二五・三〇、日本・東京)
私が日本に立ち寄ったとき、「韓国の国会議員、中国(台湾)の国会議員、日本の国会議員、この三国の国会議員が集って大会をしなさい」と指示したのですが、それが成功裏に終わりました。ここに久保木会長が来ています。「久保木、立ちなさい」。国もできないことを私たちがしています。そのような実績をもっているということを皆さんは知らなければなりません。
日本の政府も勝共連合がなくては駄目で、韓国政府も勝共連合がなくては駄目で、中国(台湾)政府も勝共連合がなくては駄目なので、互いにみな我々をつかもうとしているのです。日本が我々をつかんで韓国と中国(台湾)に影響を与え、韓国がまた、我々をつかんで中国(台湾)と日本に影響を与え、中国(台湾)が我々をつかんで日本と韓国に影響を与えようとしているのです。久保木が苦労したのです。
久保木には分からないのですが、時がどうなっているかが先生には分かるのです。雷のごとく命令をすれば、「ああ、どうしよう、どうしよう」となるのです。しかし、やればできるのです。やってみればできるのです、やらないからそうなのです。そのようなことがたくさんあるのです。君たちが仕事をしながら「あー、それはそうだ。そうしなくちゃならない」というようなことをもってしては何度やっても復帰はできないのです。「ええ、そんな!」というようなことをしてこそ、ぱっと復帰の道を短縮できるのです。
第七節 一九七四年 統一戦線守護(三)
真の御父母様の生涯路程 5
第七節 一九七四年 統一戦線守護(三)
一 一九七四年の出発と摂理的意義
年頭標語:統一戦線守護(三)(一九七四・一・一、米国、ベルベディア修練所)
私たちは、一九七二年、七三年、七四年を中心として、これまで既に策定した「統一戦線守護」という標語のもとで前進しています。これはある個人をおいて言う言葉ではなく、ある限定された地域をおいて言う言葉でもなく、ある国をおいて言う言葉でもありません。私たちは、全世界をおいて統一戦線を守護しなければならないと天の前に誓って出発した群れなのです。そのような立場から見ると、統一戦線を守護しなければならないということは、米国、あるいは全世界と連結して神様のみ旨を成就するにおいて、サタン世界に侵犯されないように保護育成して前進できる立場を確保しなければならないという話になるのです。
統一戦線守護の方法とは、「私」を越えて天が協助できる、すなわち「私」に天が力を加えることではなく、「私」を通して相手に力を投入することができる立場に立つことによって、「私」が置かれている環境に守護圈が生じるということを知らなければなりません。それゆえ、常に神様と一つになっていると考えなさいというのです。
皆さんは米国を中心として「私」があるのでなく、「私」を中心として米国があると考えなければなりません。なぜなら、今現在の米国が皆さんを守護するのではなく、私たちが米国を守護しているので、米国が「私」のためにあるのではなく、「私」が米国のためにあるという観点が形成されなければなりません。結局は、「私」がこの求道の道を開拓していくところにおいて、米国が「私」を指導するのではなく、「私」が米国を指導すると考えなければなりません。
自分が天の前に世話になっては守護も何もないのです。かえってその足場が崩れるのです。それゆえ、環境を中心として自分の心と体が常に神様と一つになって克服していくところにおいて、またその環境に適合し、投入できる起源をつくるところにおいて、統一戦線守護の基盤が確定されるということをはっきりと知らなければなりません。
そうすることによって、初めて統一戦線は米国で守護され、全世界の統一教会員たちがいるところで統一戦線守護圈が拡大されるということを理解してくれるようお願いします。このために私たちは、今年一九七四年にすべての精誠を尽くさなければなりません。
世界教会体制制度化(一九七四・四・三〇)
今や食口が多くなり、教会員数が多くなるにつれて、私たちの中には責任者も多くなるということを知らなければなりません。私たちは、東洋を中心とした統一教団ではありません。その東洋の統一教会の中には国家が入り、全世界が入るということを知らなければなりません。それゆえ、今日「私」という存在は、東洋のみを中心とした「私」ではなく、国家を越え、世界の入ってくることができる「私」にならなければならないということを考えるべき時になりました。
私たち統一教会の弊害とは何かというと、「食口」(注:同じ家で生活を共にしている人々意味)という名前を使うので、相当に良くても悪い時が多いのです。(笑い)このような立場から見れば、昔のように難しい時には、そのまま本部に連絡さえすれば統一教会員だと思うことができたのですが、これからは、私たち統一教会も制度化しなければならない時が来たと見ているのです。本部なら本部の体制があり、道なら道の体制があって、郡なら郡の体制があるのです。そのような体制を無視して活動できる時は既に過ぎ去りつつあると見るのです。
なぜなら、全世界を動かすためには、あなたと私との関係だけではできないからです。ここには必ず縦的な関係をもって、上下・前後・左右の原則に基づく秩序的体制をもつことなしには、またそれを動かすことなしには、世界を支配するということは不可能であるからです。それで、今日私たち統一教会でもそのような訓練が必要な時になったということを皆さんがまず知ってくれたらと思います。「訪ねてきた客を追い払う」と寂しく思うかもしれませんが、そのように理解していただきたいのです。
二 ウオーターゲート宣言とニクソン大統領との要談
ウォーターゲート宣言とニクソン大統領赦免運動(一九七三・一一・三〇)
一九七二年六月、ニクソン大統領の再選のための秘密工作班がワシントンD・Cのウォーターゲート・ビルにある民主党全国委員会本部事務室に盗聴装置を設置しようとして発覚した。この事件により大統領職を辞任する一九七四年八月まで、ニクソンは様々な苦境を経験した。それはニクソン自身のみの苦境ではなく、米国の苦境であり、米国の精神と、米国の宗教と、米国の思想が直面した一大危機であった。
真のお父様は、天使長の国の首長(主宰)でもあり共産党に対抗したニクソンを擁護する「ウォーターゲート宣言」をされた。一九七三年十一月三十日、「ニューヨーク;タイムズ」および「ワシントン・ポスト」・紙上に発表したこの宣言文で、真のお父様は、十二月一日から教会信徒たちによる四十日断食祈祷の実施を宣言され、米国がウォーターゲート事件によって生じた危機を克服し、「希望と統一の日」のための一大精神革命運動を起こすことを要請した。宣言の主要内容は、米国がキリスト教精神を発揮し、「許し愛し団結せよ」という神様の摂理と心情が一節一節に宿る、真心のこもったメッセージであった。
ウォーターゲート事件を中心として混乱が起こったとき、「神様に帰ろう」と叫んだのです。神様に帰るには許しを受けなければなりませんが、許しを受けようとすれば、米国の国民も許しなさいというのです。これがウォーターゲート宣言です。許しなさいというのです。
他人の罪を許すことができなければ自分も許しを受けることはできません。それは個人的に、教会的に、挙国的に、ニクソン一人を条件として立て、「お前たちもそのような姿の罪人であるから、先に悔い改めてからニクソンを打ちなさい」としたのです。このように、先生が米国でニクソンの赦免問題を起こしたのです。
このようなことをなぜしなければならないのでしょうか。天のプログラムに合わせるためです。米国は天使長国家であるため、天使長を救ってあげられるのはアダムしかいません。アダムしか救ってあげられないということを皆さんは知らなければなりません。国家型天使長であるため、先生が指導する方向、先生が行く方向に従わずしては収拾される道がないのです。
それで、米国に行くや否や着手したこととは何かというと、名のある上院議員にすべて会ってみたのです。下院議員にも会い、その次には米国の著名な人士たちにすべて会いました。その次は、ホワイトハウスにどうやって食い込んでいくか、ホワイトハウスにどうやって突破して入っていくかということでした。問題はそこからしなければならないと考えました。
ところがウォーターゲート事件が起きたのです。天がそれをすべて計画したのです。ウォーターゲート事件を中心として私が手をつけるようになったのです。全国民が反対し、全国民が希望をなくして落胆する立場にいるので、ここにおいてキリスト教思想を中心として一つの方向を提示しなければならないと思ったのです。もちろんニクソン自体の失敗もありましたが、米国自体の失敗がニクソンの失敗より大きいということを知らなければなりません。それゆえ、神様の前にはみな罪人だというのです。
例を挙げて言えば、米国にCIAがありますが、CIAは米国の国会で公認されている団体です。自分のところの組織なのです。そのようなCIAがこれまで国家にあって、ありとあらゆることをすべてしてきたのです。
それでは、CIAが各国にしたその行動は、米国憲法に制定されているのでしょうか。憲法に制定されていないことをしているのではないかというのです。では、憲法を掲げてきたのなら、その憲法が適用されるのは米国内だけで、米国以外ではどんなことをしてもかまわないというのですか。そのような道理は神様の前には通じないというのです。神様は、米国でも世界のどの国でも同じ憲法の基準で見るのに、米国が行く方向がここにおいて誤っているというのです。
そのような見方をすれば、ニクソンより罪が多いのはCIAではないですか。一国を自分たちの手中にねじ込んで、滅ぼしたり栄えさせたり、自分の思いどおりにしてもいいのですか。できないのです。そのような観点で、米国の国民自体も悔い改めなければなりません。そして、国会自体が、議会自体が悔い改めなければならないのです。ニクソンを糾弾する前に自分たちが悔い改めなさいというのです。
私がニクソンを支持したのはニクソン個人を支持したのではありません。ニクソンの大統領職を支持したのです。これは米国国民が今後知らなければならない問題です。国の主権者が新しい政策を立ててその国の運命を定めるときは、特権をもたなければなりません。そのような意味で支持したのです。
ニクソン大統領との要談(一九七四・二・一、米国、ホワイトハウス)
一九七四年二月一日、ニクソン大統領は、真のお父様をホワイトハウスに招待して一時間の要談を交わした。その席で真のお父様はニクソン大統領のために祈祷をされ、信念をもって闘いなさいと激励された。この電撃的な出会いは、ホワイトハウス側では「これまでの支持と声援に対する感謝の表示」という単に公式的立場を明らかにしたことであったが、真のお父様には特別の意味があった。それはすなわち、ホワイトハウス側が世界史的な立場に立って神様を中心とした真のお父様を自ら歓迎したという意味であった。またホワイトハウス要談は、ニクソンが健在である限りホワイトハウスと真のお父様は誰よりも近くなるということであり、これはすなわち世界的な条件を中心として一つになることを意味した。
ため息をついているところにいきなりレバレンド・ムーンが現れて、けっ飛ばして「こいつめ、元気を出せ、どーん」とやって、起こしてポンプで空気を入れて目覚めさせてあげたのです。そうして堂々とした態度をとるのです。そう、私が二月一日に会ったときも「肝っ玉を大きくもちなさい。必ずレバレンド・ムーンの言うとおりになるから見ていなさい。三月十五日から四月までどんなことをしてでも越えなさい。自信をもちなさい」と言いました。それ以後もそう言ったのです。
ニクソン自身は何も分からずに会ったのですが、先生が会ったのは神様のみ旨により会ったのです。ですから、祈祷をしたのです。祈祷して全部こうなったのであって、偶然のことではありません。大韓民国の朴大統領がニクソンに会おうとすれば、少なくとも一年半前からスケジュールを組んで会わなければならないのです。
先生は、三日前に行って会いました。スケジュールが何だというのですか。また、私が「会おう」とでも言いましたか。彼(ニクソン)が「会おう」と言って会ったのす。それは何を意味するのかというと、世界史的な立場に立って神様を中心とした先生を自ら歓迎したということを意味するのです。闘うことなくしてです。
会って最初に祈祷をするのです。ニクソンに向かって「一緒に祈祷しましょう」と言いました。あのニクソンも頭を垂れて祈祷したのです。歴史的な会見の直前に祈祷したということは歴史的な事件です。劇的な会談をもちました。そして先生が話す中で感じたこととは何かというと、「この国で、誰よりも私を愛し、私のために心配してくれる人はミスター文である」ということを、一言一言感謝しながら、本当に衝撃的な心をもって喜んでいるのを如実に感じることができたということです。
例を挙げて言えば、ローマ法王がイエス様を招待して会うことに該当する、それと同じ立場ではないかというのです。私たちの二十一ヵ都市路程が二十八日に終わりましたが、二十九日、三十日、三十一日、二月一日の四日の間にこのような歴史的な事件が成されたということは偶然のことではないということを皆さんは知らなければなりません。ウォーターゲート事件に対する宣言をしたあと、十一月三十日から二ヵ月に該当する期間です。六数を越えてこのようなことが成されたというのを見れば、原理的な数字にどうしてそこまでぴったりと合うのかというのです。これは何を意味するのかというと、霊的な基準を中心として、世界的な条件を中心として私たちが一つになったということなのです。
米国食口六百名三日断食(一九七四・七・二二〜二四、ワシントンD・C米国国会議事堂階段)
真のお父様は、ニクソン大統領の危機が最終段階に達するころ、六百五十名の米国人食口を集めて、米国国会議事堂の階段で一九七四年七月二十二日から二十四日まで三日断食をするようにされた。蒸し暑い夏の日の三日間断食に参加した食口たちは、すべての米国民と人類と神様と歴史時代の先祖たちが胸を痛めたことを蕩減するために、代わりに痛まなければならないという責務を負わなければならなかった。
ここに集まった聴衆の大多数は意気盛んな若者たちです。皆さんは、みな国籍が異なり、立場が異なってはいますが、一つの目的を中心として、その目的のために一つの姿で現れる覚悟をもっている人々です。今回、このように六百名近い人々が一箇所に集まって、三日間断食闘争祈祷をするという事実は歴史的な事件になるということを私たちは自負しているのです。
三日の間食べなければ普通の人はみな死ぬと考えるのです。(笑い)自然的環境でそうなってもこれは憂うべき事件ですが、私たちが故意に「三日間断食しよう」と言って出発したという事実は驚くべきことでもあり、称賛に値するというほかあり得ません。
私たちがこの旗印を掲げて出発したのは、統一教会のためではなく、神様のみ旨とキリスト教精神の再復興のためです。それで責任を負って出発したという事実を知らなければなりません。そのような立場から見るとき、私たちに対してどれほど信頼し、また私たちだけを望み、すべての期待をかけるしかないというのが神様の立場であるということを私たちは知らなければなりません。
ここにいる文先生という人は失敗することはしないのです。皆さん、ホワイトハウスのウォーターゲート事件だけ見てもそうなのです。それは私が失敗したことではありません。政治的な色彩をもってしたことではなく、宗教的な内容をもってしたのです。それは、ホワイトハウスのニクソン大統領が知っているし、そこの補佐官たちがすべて知っていることです。彼らは「この世の人なら、そのように何かをしてあげたなら頼みごとがあるはずだが」と思ったでしょうが、頼みごとなどは一つもしませんでした。しかしながら、彼らはウォーターゲート事件以後、私のところに来て多くの頼みごとをしてきたのです。そのようなうわさが政府閣僚や上院議員たちにまで広まっているのを私が聞いているのです。
純粋な宗教的な活動として出発したことは、最後の実を結ぶところまでいかなければなりません。それで今回の断食でも、皆さん米国人だけを選んだのです。ほかの外国食口たちは全部除いたのです。スタートは私がしましたが、結果は、米国が実を結ばなければならないではないかというのです。今回の断食をすることによって、先生がしたすべてのことは実を結ぶことができるのです。それでここにいるニール(ニール・サローネン)に「君! 精神武装して断食をしなさい。そうして大統領に対してこれこれこのような運動をしなさい」と言ったのです。
ニクソン大統領の退陣
ニクソンが私の話を聞いていれば良かったのですが。これから見ていなさい。米国は下がっていくはずです。上がっていくことができる良いチャンスを失ってしまいました。もし文なにがしの話を聞いていたなら米国を収拾できたのです。
ところが、ニクソンが話を聞かなかったのです。約六ヵ月だけ私に時間をくれていればよかったのです。これを収拾しようと、きっちりプログラムを組んでおいたのに、そのようになってしまったのです。国連総会や国会でこのような作戦をしようとしていたのです。国会議事堂で断食闘争をしながら全国的な運動を展開させ、これまで全国会議員と交渉し、数ヵ月の間に彼らを何としてでも五十名から百名、それ以上を糾合しようとしていたのです。その当時、議員たちは地方に行ってはいましたが、かなりの人数がそこに加担するはずだと考えていたのです。
このように一次、二次、三次の機会さえ私に与えられていれば、第二次には全世界の統一教会員、少なくとも千五百名から二千名を集め、一週間の断食闘争をしようとしていたのです。そのようなブームを起こして、そのあと国会で新しい次元のデモをしようとしていたのです。このような計画をしていたのに、すべてのものがその直前に全部後退してしまったのです。それによって米国はこれから収拾できない、だんだんだんだん難しい問題に直面するはずです。
三 米国三十二ヵ都市講演会と特別儀式
霊界の教祖解放と地上再臨(一九七四・二・一一)
一九七三年度に二十一ヵ都市を選定して大復興会を開催しましたが、これが一九七四年一月二十八日に終わりました。この期間を終えて、余裕のある期間はわずか二週間しかありませんでしたが、この期間を利用して英国を経て日本を経て、今韓国にまで来るようになったのです。先生がずーっと、英国と日本を経て韓国に行ってしたこととは何かというと、数多くの道人たち、仏教、キリスト教、儒教、イスラム教圏、数多くの宗教人たちが地上再臨できる門を開くことを決定してきたということを皆さんは知らなければなりません。
統一教会のレバレンド・ムーンとホワイトハウスとは、このニクソンがいる限り誰よりも近いのではないですか。これはどういうことかというと、霊的な基準を中心として、私たちが世界的な条件を中心として一つになったということを意味するのです。それが一つになったため、一つになっていない霊界を初めて一つにすることができる地上基盤の条件ができたのです。そのように霊界でも統一を成就することができる条件ができたということを皆さんは知らなければなりません。
それで、韓国に行って先生がしたこととは何かというと、数多くの分かれた宗教と民族を統合させる式をしてきたのです。霊界のイエス様や釈迦や孔子やマホメットなど、それから雑教がすべて分かれているので、その門を開いてあげたのです。全部を一つの道に追いやる式をしてあげたというのです。
これまでは地上が全部分かれ、霊界も分かれていたのを、地上を一つに結ぶと同時に霊界も一つに結んで、これを初めて一つにすることができる起源をつくっておいたというのです。結局、これまで隔たりがあった地上と霊界を一つにしたのです。
それで、韓国の霊人を解放しなければならず、またキリスト教の霊人を解放してあげなければなりません。私がそのようなことをすれば、地上では、統一教会の教会員たちが行く先々のすべてで、それこそ大復興時代に入っていくのではないかというのが先生の見解です。それで、これまでは霊肉が分かれた闘争時代として歩んできたのですが、米国のキリスト教の何人かだけが連結されれば、実体圏を中心とした世界的基盤を通じて、霊肉が一つになった世界時代として前進するであろうというのが先生の世界観です。
神様が先生にある人を送ってくれることを知っていたので、米国を出発し韓国に来たのですが、論山ハルモニというおばあさんが現れて、全員を激しく打つのです。大小便をわきまえない時のことまで暴いて、そのおばあさんが、代々誤ってきた秘密のふろしきを全部暴き出すのです。こうして、自分は偉いんだと横柄な態度をとっている者たちの鼻っぱしらを押さえつけるのです。
一番最初は訳も分からなくてそのおばあさんに反対するのです。それで、四度まで行って誤りを指摘しまくったのです。「神様が送った使者をお前たちが反対することができるのか」というのです。どうなるか見ていなさい。
ここにいるおばあさんは神様が特別に送った人です。約三年間この仕事をしなさいというのです。それで聞かなければもっと恐ろしい人が来るのです。そうかといって、偉い人でなく気違いのような人を送るのです。こうすれば信じるだろうと思って送るのですが、こうしても、ああしても信じないのです。それがなぜそうなのかは、皆さんには分からないのです。
先生がこの地に来て、そのような歴史の使命、すなわちいわば完成時代というものを全部もってきて役事するため、旧約時代、新約時代の霊たちも全部復活するのです。旧約時代が責任を果たせず、新約時代が責任を果たせなかったため、今の時において責任を果たしたという基準を霊界に条件づけておかなければならないのです。
米国三十二ヵ都市講演会(一九七四・二・一五〜四・二〇、主題:キリスト教の新しい未来)
この二月十五日からは、一九七四年度大巡回講演を再度出発しなければなりません。それで、四十ヵ都市を定めてから帰ってきました。ですから先生は、ここに長い間いることができません。さて、先生がこのようなことを始めたのは、ある個人の欲望や統一教会の復興のためではありません。
神様が格別に愛される米国において、今後行くべき新しい信仰の路線を提示しなければならないというそのような内容のみ旨があったため、それをこれまでしてきてみると、挙国的な問題が起きたというのです。
まず三十二ヵ都市でずーっと講演会をしたのです。一九七三年に二十一ヵ都市、一九七四年の今年、全米四十ヵ都市を中心として作戦を終えるのです。そうして三年の期間でハワイから五十ヵ都市を、先生が神様の前に約束した五十ヵ都市で組織編成し、どんなことをしてでも今回の期間でアメリカ国民に知らせなければなりません。私が悪口を言って悪いうわさが出るなら出て、良いうわさが出るなら出ろというのです。そのようなことは私にはかまわないというのです。
それはイエス様がそうであったし、先生がこれまで韓国においてそうであったので、悪いうわさが立とうが良いうわさが立とうが問題ではないのです。アメリカの国民をしてどのように知らせるかというのです。それで、そのような運動をしながら今年四月二十一日に五十州の講演を終え、日本を経てここ韓国に四月二十五日に帰ってきたのです。
それで特別の措置をして、今後日本で十五名が国際勝共連合を中心として活動するようになりました。これが起源となり、将来全世界に行くことができる道が大々的に開かれるだろうと見ています。それを見れば偶然の一致ではないというのです。
先生が霊的な基準を中心として勝利的条件を立てて韓国に帰ってくるとき、彼らが自ら願い出て私たちと会い、私たちにそのような約束をして行動の問題まで提示したということは、大韓民国がみ旨の中で滅びない一つの条件が成立したと見るのです。それで三日間でそのことをすべて終えて名簿を提出し、全面的に手続きを踏んだのです。今や統一教会の人たちを前面に立てることができる段階に入ってきたという事実を見るとき、これは偶然の一致ではないというのです。
「勝恨式」(一九七四・五・一、協会創立二十周年、前本部教会)
協会創立二十周年になる一九七四年五月一日、真の御父母様は青坡洞の前本部教会で「勝恨日」を宣布され、「勝恨式」を挙行された。まず本部教会の二階で、三十六家庭を主とした中心家庭が集まり第一次式を執り行い、一階では全体食口が集まった中で「勝恨日」に対するみ言も語ってくださった。
真のお父様は「勝恨日」を宣布されると同時に、四大聖人をはじめとするすべての霊人たちが蕩減復帰の原則に従って動くよう命令され、その命令が十分に守られるよう神様に祈祷された。すべての霊界と千万の聖徒が一つになって自由世界を守護し、共産世界が没落の一途をたどるよう切実に祈祷され、この日が勝利の日として受け入れられたことに対し感謝された。
先生は昨年(一九七三年陰暦)七月に来て、文氏氏族を解放する式をしました。文氏氏族を解放しなければ、イエス様が洗礼ヨハネとヨセフの氏族を解放することができずに道がふさがれたように、行くべき道がないというのです。それゆえ、先生も氏族解放をしなければなりません。イエス様の恨みになったこととは何かというと、ザカリヤ家庭とヨセフ家庭が一つになって氏族的責任を果たさなければならないのに、それができずに引っ掛かっていくことによってイエス様が引っ掛かったのです。それゆえ、復帰時代において、ある氏族が神様の摂理のみ旨に対して、それを解放してあげなければイエス様の行く道がないのです。それゆえ、解放式をしなければなりません。
その解放式をして、第二次二十一ヵ都市講演を終え、二月になってから何をしたのでしょうか。イエス様は二番目の息子でしょう?第二次的な立場であるため、イエス様を中心として連結される教祖の解放運動をしなければならないのです。キリスト教のためにあらかじめ準備されていた聖賢たち、あるいは教祖たちをみな、イエス様の解怨とともに、イエス様の解放とともに解放してあげなければなりません。それで、先日来た時に教祖解放式をしたのです。今回は何ですか。教祖を解放したので、霊的な基準において父母の解放とともに子女の解放が成立するのです。そうしようとすれば、世界史的な蕩減条件が必要だというのです。
このような観点で、今日米国において三十二ヵ都市を中心として反対を受けながらこのようにしてきたということは、米国の運勢を全部引き受けてきたということです。もし反対すれば、キリスト教の運勢は先生の方に全部来るのです。米国がこれまで先導的な国家として振る舞ってきたのは神様が祝福したからであり、米国の国民が信じれば共に行くのですが、信じなければ米国を中心としてこれまで神様が祝福したすべての運勢を全部刈り入れるのです。刈り入れて結局はすべて終わって帰ってくるというのです。韓国に帰ってきて、ここが基盤であったため、出発した真の御父母様を中心としてカイン・、アベルの蕩減復帰の新しい起源を設定しなければならないのが、この式です。勝利の「勝」に恨みの「恨」で、恨みに勝つ「勝恨式」です。このような名前で協会本部で記念しなければなりません。
では、このような方向転換をしなければどのようなことが起きるでしょうか。いつまでも人間の摂理歴史にカイン・アベルの蕩減法が継続するというのです。これを解決しなければならないのですが、誰が解決するのでしょうか。カインが解決することはできないのです。アベルが解決することはできないのです。父母が勝利できる起源を設けてから、父母の権威によってカインとアベルも解放されるのです。したがって、これまでは父母がカイン・アベルを通じて長成期完成級の基準を引き継いで立ち得る立場に立ったのですが、今や父母が完成基準を立て、霊的基準で基盤を築き、カイン・アベルを解放しなければならないのです。それが交差する式が、きょうのこの式です。
それゆえ、皆さんは今、「お父様、きょうの勝恨式を通してカイン・アベルの蕩減復帰歴史は逆になりました」と、祈祷をしなければなりません。これまでは共産党が何でも先んじました。悪が何でも先んじたのです。悪が主導的な役割を果たしたのですが、これからは善が主導的な役割を果たしていかなければなりません。これまで統一教会が迫害を受けるところにおいても、神様は死んだようにじっとしていらっしゃいました。けれどもこれからは、生きている神様として統一教会を擁護し、統一教会に反対する人々を除去し、ここに数倍の蕩減条件を提示して前進するはずです。
原理から見れば、ある一時、そのようなことがなければならないのではありませんか。ある一時にそのような宣布式がなければなりません。「地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」(マタイー六・一九)と言われたみ言どおり、地で先生が父母の特権と原理原則を中心とした復帰の路程を誓う勝利の基点をこのように解いておくことによって、ここでカイン・アベルの恨みが解ける「勝恨日」をもつようになったのです。
四 米国の敷地購入と海洋産業開拓
米国ベリータウン神学大学購入(一九七四・四・三〇)
一九七四年四月三十日、神学校を引き継ぐために正式契約をした。一月三日、米国現地でベリータウン神学校を引き継ぐための契約があり、四月三十日、先生が米国の永住権を取得された日を記念しようと名義を完全に移転したのである。三百五十万ドルを要求する学校側との交渉に成功し、百五十五万ドルで引き受けに成功したこの神学校は、ハドソン川のほとりに所在する七万坪の敷地のカトリック神学校であった。二千名程度収容できる規模として、景観と風致(自然の趣)が秀でていて、開発条件が良く真のお父様は将来理想村を建設する計画をもたれた。
米国で家を買うとき、私の名前で買うのではなく教会の名前で買いました。今回もベリータウンに神学大学を一つ買いました。カトリックの神学大学が全部荷物をまとめたのです。神学校を誰が買いますか。今回この神学校も、三百三十万ドルの値がついたのです。それで私がさっと行ってみて、「百万ドル! 百万ドルなら私が現金で買います!」と、すぱっと金額を提示したのです。
そこはハドソン川という、ニューヨークの大きい川に沿っているのです。それは大西洋と通じる川です。潜水艦までも、うちの神学校の前まで上がってくるのです。さらには何千トン、何万トン級の船も直接入ってくることができるのです。そして、何が良いかというと、その川辺が国有地になっているということです。その川辺の大部分が国有地になっていて、私たちの土地は五十八エーカーなのです。五十八エーカーならどのくらいかというと、およそ七万坪なのです。
その神学校を建てるのに五百万ドル以上かかったのです、四十年も前にです。私はそれを全部知っていました。しかし、こちらの提示する金額が嫌ならやめなさいというのです。そうこうしてから、その次に「いくらですか」と聞きました。すると、「百五十万ドルに三十万ドルを加えて百八十万ドルで買ってください」と言うのです。そこで「駄目だ」、「買わない」と言いました。それで、計算をしてみて数ヵ月ほどしてから「百五十五万ドルで買ってください」と言ってきたのです。よくよく考えてみて、それで「よし、私が買おう」と言っておいて、そこから完全にばさっと切ってしまったのです。そこに墓があるのですが、移葬することをすべて見積もって、「百五十万ドルで私が買おう」と言いました。神学校ですから共同墓地があるのです。それまで含めて百五十五万ドルにして、その共同墓地を全部移すようにさせて、私たちが買うことにしました。本来、二月一日に契約するようになっていたのを、二ヵ月間専門家を立てて全部細かく調査したのです。
きょうが四月三十日ですが、きょうおそらく契約をするはずです。きょう名義が私たちの名前に完全に移されるのです。なぜ、きょうこの日を策定したかというと私が米国の永住権をもったのが四月三十日だからです。歴史的な記念日であるため、きょう契約して、完全に私たちの名義に移されるのです。きょうが、三十万ドルのお金を支払って名義が移ってくる日です。このようにしてこのベリータウンの土地も買ったのです。
見てください。レバレンド・ムーンは、神学校を買ったでしょう、イーストガーデンを買ったでしょう、ベリータウンの土地を買ったでしょう、これをお金に換算すれば三百万ドルにもなるので「すごい財閥だ、金持ちだ」といううわさが立ったのです。
海釣りと海洋産業開拓(一九七四、夏)
最近私は、毎日船に乗って海に出るのです。その船には、米国の者たちも連れていくし、日本の者たちも連れていくし、ほかの国の者たちもみな連れていくのです。「どれ、寝ないでどれくらい耐えるか見てみよう」というのです。
先生は魚を釣るために船に乗るのではありません。世界のために、私が海を誰よりも愛したということのためにです。魚を釣ったら「全部苦労している食口たちに分けて食べさせてあげよう」と思うのです。ほかにはありません。丸二日海に行ってくると、「先生は鋼鉄のような男だ」という話を聞きました。でも、私は鋼鉄ではありません。皆さんと同じです。
私がそうすることができるのは、目的観がしっかりと立っているからです。先生は目的観が立っているのです。私が「こうする」と決めたら、夜であろうと昼であろうとその目的を達成する時までやるのです。
皆さん、先生はこの約二ヵ月間、毎日のように船に乗って海に出ました。皆さんは「先生は船が好きで、海が好きだから行くのだろう」と考えることでしょう。しかし私が望んでいることは、誰もできないことを先生がやるという伝統を一つ残そう思ってそうするのです。ほかにはありません。
私は米国での水産事業について全部調査してみました。米国で水産事業をするとき、魚を百トン捕れば、二十トンしか売れないということを私は知っています。残りの八十トンはすべて肥料にしているのです。しかしながら、肥料になるこの魚がアジアに行くと、皆さんが好んで食べる魚よりも、もっと高価な魚になるのです。
それで韓国から来た永住権取得者と日本から来た永住権取得者を中心として組合をつくれば、その人たちは日本人の役割もするし、韓国人の役割もするし、米国人の役割もするのです。このようにして、今後は株式会社をつくるのです。それで、今回先生が韓国と日本に行けば、それについての基礎調査をしてから帰ってこようと思っています。
五 全国教会Aタイプ聖殿建立(一九七四・六・一〇、新灘津教会から全国百八十八棟)
聖殿建立の必要性
教会活動を見れば、自分たちの信仰を中心として互いに協力し、一つになってその基盤を築いていかなければ、その教会は長く続かないのです。公共の建造物に対して地方の人々が精誠を込めて血と汗を流して建ててこそ、建てるときが困難であればあるほど、その教会を眺めるたびに信仰を維持する、表象的な殿堂となるのです。
しかしながら、それを本部で建てたとなれば、誰もが心から愛する心をもって、長い歳月を経ながらそれを環境的に保護できる条件が希薄になるというのです。「誰々という支部長、教域長がいるときに建てたものだから」と言って、そこに関心がなくなるというのです。そうなっては、伝統を立てるのに大きな問題となるため、これまで皆さんが自力で努力して教会の基盤を築くことを願ったのです。それが先生の願いなのです。
では、そのように見るとき、来年機動隊が日本に来て、もし「韓国に立ち寄ってから行こう」ということになれば問題が大きいのです。では「韓国に来なさい」と言って、韓国に来るとき、皆さんは、小さな部屋一間にどっかりと座りながら「私が教域長である」と大きなことが言えますか。統一教会本部の威信が完全にぱっとなくなるのです。
何がどうでこうで苦労したという話をしても、「苦労してこの程度か」と考えるというのです。数十年の間苦労して箱部屋に座って「これが苦労した代価だ」と言うのですか。苦労したなら実績があるべきでしょう。そのような難しい条件が今、目の前に迫ってきているということを皆さんは知らなければなりません。
聖殿の形と建立基準
それでは、最近設計したA型の教会を建てたら良いですか。(はい、良いです)。A型なら五百万ウォンはさらにかかるはずですが。(A型は二十五坪です。聖殿だけで二十五坪です)。B型は? (B型は十八坪です)。
A型の教会はどうですか。建ててみてどうですか。一般の既成教会のようなものをそのまま建てるより良いでしょう? 後ろから見るととても美しいでしょう? かわいらしいでしょう? (笑い)非経済的であっても、美観上良くなければなりません。いつ私たちにそのような教会がありましたか。経済的なことを考えれば、そのような教会は建てられないのです。冬の暖房のことなど、祈祷する人々が集中して祈祷すれば汗くらい出るようになっているのです。(笑い)それは心配ありません。厳徳紋が完全モダンタイプとしてそれを設計したのです。
これからは教域長たちの実力が問題になります。もし教会を建てておいて、教会ががらんと空いていて、「統一教会が教会を建てたと思ったら、毎日そこの人はどこにいるのだろう」というようになったら駄目なのです。ですから、人員を基準にしてつくらなければなりません。
では、決めましょう。五十名にしますか、七十名にしますか。(折衷して六十名がいいです)。六十名? (はい)。六十一名! (笑い)七十に向かって出発したので、六数を越えて七十の圏内に入ってくるので、六十一名以上です! 六十一名以上礼拝人員をもった人はいつでも教会建設を申請する権利があります。中・高校生でも、男女十八歳以上ならみな通じるのです。満十八歳以上の男女は全部確保人員として認めます! ゆえに、これから皆さんは行って人員六十名を確保し、敷地を準備しなさい。
聖殿建立と予算支援
本部ではすべてを協約することはできません。本部が協約できなければ先生が協助します。土地は皆さんが買い、半分は本部で協助してあげようというのが先生の考えです。今から来年までは、皆さんがどのようにしようが、全国の教会建築問題を解決しなければならないというのが先生の考えです。そうしようとすれば、皆さんは教会を建設するのに、自分自らで、自体の力量をもって土地を確保しなさいというのです。
その代わり、「どこどこに準備しました」と言ってきたら、ここの本部の視察要員がその場所が適しているかどうかの鑑定をします。
このようにして合格した土台ができたら、その次には私たちが基礎を築くチームをつくるのです。基礎チームがまず行って、基礎だけ築くのです。「セメント何袋!」と連絡さえすれば買っておくであろうし、ただそれだけやって基礎だけ築いておけばいいのです。その次には、そこに骨組を立てようとすれば、トラックで積んでいって、柱を立て、門をつり、しっかりと建てたらいいのです。骨格を建てた次に、瓦を葺けばできあがるのです。雨が漏らないようにしてから、その次には左官の連中が来て、さっさとやるのです。その次には床を敷くのです。
このように分担して、責任をもたせるようにして、移動しながら一度にさっと通過するようになれば、教会建設は完全に終わり、その次に主人が「えへん」と言って入って座るようになるのです。そのようにしなければなりません。(笑い)ゆえに、普通の人が六ヵ月かかるところを私たちは、六ヵ月ではなく、一週間以内にぱぱぱっとやってしまうのです。そうすることができるのです。このように機動性のある建設をしなければなりません。
私の考えでは道庁所在地の教区本部は除いたほうがいいです。それは初めから正式に立派なものを建てなければなりません。いずれにせよ、まず十軒単位で、きょうから着手するのです。B型を一軒建てるのにいくらかかったかというと、四百万ウォンかかりました。私たちがA型を組立式で造れば、そのお金でもって建てることができると見ています。
六 マディソン・スクエア・ガーデン大会と七ヵ都市講演会
大会人員動員活動
マディソン・スクェア・ガーデンは二万五千名、ぎゅうぎゅうに押し込めば四万名以上が入るのです。マディソン・スクェア・ガーデン、何とかいうボクシングのチャンピオンのクラブだの何だのという人々が試合をした、世界的に有名な広場を知っているでしょう? 知っているはずです。ここに廊下までぎっしり詰めれば、四万名以上入るのです。正式座席が二万五千個です。では、「これを借りよう」と言ったとき、統一教会の若者たちは「マディソン・スクェア・ガーデンをですか?」と言うのです。(笑い)
「少ない人数でもって夢のような話をしている」ということなのです。それで「さあ、君たち、何だかんだ言わないで借りなさい!」と言って、昨年の十一月に契約をしたのです。一九七四年九月十八日の夕方八時です。
これはなぜしなければならないのでしょうか。既成教会が反対を始めたからです。「あいつらが飛んでいるのを見たら、最初はバッタの子供だと思ったら、今では、ボーイング七四七ジャンボジェット機に乗って飛んでいく」ということなのです。(笑い)そのような作戦をしているのです。
これは、捕まえようとしても捕まえられないし、打とうとしてもそんなことはできないというのです。いずれにしても、人々が反対しながらも「全く、文という人はすごい人だ」というようにならなければならないのです。このような作戦をするための準備もしなければならないので、様々な複合作戦を今、全国的に行っているのです。それゆえ、今回、何としてでも二万五千名を突破しなければなりません。
国際機動隊が二千名で、それから教会と合わせて四千名を動員するのです。四千名はほかの所から連れてくるのです。ニューヨークはニューヨークとしての責任をもち、その次に、四千名は四千名としての責任をもつのです。四千名が動員されたら彼らは何をするのでしょうか。アメリカにいくら路地がたくさんあるとしても、その時は路地ごとに、その十字路には全部うちの旗を立てておいて、それから椅子に座ってみな伝道するのです。(笑い)
一人が何人動員すれば二万五千名になりますか。四十日間そこに出ていき、座って伝道すればできます。四千名ですから、一人が四十日間で六名だけつかめばいいのです。これは問題ないというのです。そうすれば、ニューヨーク地域にはバス八百台が行列を成すであろうし、その次には四千名が動員されるでしょう。
マディソン・スクエア・ガーデン「希望の日」大講演会
(一九七四・九・一八、三万名以上、主題:キリスト教の新しい未来)
第四次世界巡回講演中、米国八大都市巡回講演の一部分として聞かれた「希望の日」ニューヨーク大講演会は、一九七四年九月十八日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで二万五千名以上の人波を成す中で開催された。
大会が開かれる前に、韓国の一宗教指導者が主催する宗教集会にマディソン・スクエア・ガーデンの指定席がすべて埋まるだろうと予想した米国人はほとんどいなかった。しかし、その予想は外れた。指定席二万席を超過し、五千席の臨時座席を追加で設置しなければならなかった。この場において真のお父様は、歓呼する聴衆に向かって、メシヤの降臨とその再臨の目的に関するメッセージを伝達された。
きょう、このように集まった皆さんが見つめるこの場に現れた本人は、長い期間、迫害と闘争の道を経て皆さんとこの場で会うようになりました(場内がざわついていてみ言を少しの間中断される)。では皆さん、席に座ってください。私が歌を一つ歌いましょう。いい歌を一つ歌います。韓国の民謡で、題名は「山有花」という歌を歌ってみます。
山には花が咲くよ花が咲くよ咲くよ/行く春夏なく夏なく花が咲くよ
山に山に咲く花はあのくらい一人で咲いているよ/山で住む小さな鳥よ、花が良くて山で住まん
山では花が散るよ花が散るよ散るよ/行く春夏なく花が散るよ花が散るよ。(歓呼拍手)
私は一九七二年、天の命令により米国を訪ねてきました。三年の間に、反対されようが歓迎されようが「米国に天のみ旨を知らせなさい」という特命を受けたため、この三年間、苦難の道を経て、どうにかこの場まで出てくるようになりました。レバレンド・ムーンを皆さんが知るようになり、この国が記憶するようになったとしても、それは、ここにいる人が優れていて知るようになったのではありません。その背後には莫大な天の苦労があったということを感じるのです。
そして、この場に本人が現れることによって皆さんの前にうれしく幸福になることができる道になれず、かえって皆さんの前に苦痛となり、天の心配を残すのではないかと、この上なく恐ろしい心が先立つのです。(拍手)
皆さんの前に現れたこの人は、キリスト教の前に怨讐となる人ではなく、あるいはユダヤ教徒たちの前に怨讐となる人ではありません。誰よりもユダヤ人を愛し、誰よりもキリスト教を愛する人であることを御理解され、寛容な心をもって記憶してくださいますようお願いします。
一九七四年九月十八日は、神様のみ旨を中心として、一つの起源が宣布される日になると私は考えています。ここ米国、あるいはニューヨークを中心とした米国国民が正しい社会に向かうようになれば、新しい希望の世界へと行く道になりますが、そうでなければ、絶望と天のみ旨に背く道に行くようになるという心をもつとき、この場がどんなに恐ろしい所であるかを感じるのです。
皆さんは、メシヤとはいったいいかなる人であるかということを知らなければなりません。第一次のアダムとエバが堕落したため、そのアダムとエバに代わって完成した人格者として来られる方がメシヤであることを知らなければなりません。したがって人として完成しようとすれば、人として来なければなりません。
それでは、イエス様はどのような存在でしょうか。第二アダムとして来られたのです。失敗したアダムを復帰するためのアダムとして来られたということを皆さんは知らなければなりません。それゆえ、コリント人への第一の手紙第十五章四十五節に、イエス様に対して「最後のアダム」、すなわち「後のアダム」だと言ったのはこのような意味があるということを知らなければなりません。
第三次のアダムは、第一イスラエルの失敗と、メシヤを待ち望むキリスト教の未完成の肉的世界を完全に清算して、サタン世界の主権を倒して全人類を天国に導くため、再び肉体をもって来なければならないというのが理論的です。そうして第三次イスラエル王国を完成するのです。第三次イスラエル王国です。永遠に神様と共に一つの国、一つの主権、一つの民の世界に帰結することによって、永遠不変の神様のみ旨が完成するのです。これをなされるお方がメシヤであり、これをなすためのものが宗教であり、これをなすことが再臨の目的だということを皆さんは知らなければなりません。(拍手)
私たちは、今日米国におけるサタン的基盤、悪なるすべてのものを清算しなければなりません。そして世界の悪を全部清算して天の国をつくらなければならない責任がキリスト教の使命であり、今日、統一教会の使命であることを知っています。このような使命が人類共通の目的であるため、皆さんが力を合わせて神様のみ旨を完成するための助けとなってくれるよう願い、きょう、レバレンド・ムーンは皆さんにこのようなみ言を語るのです。私たちは第三次アダム、第三次イスラエルという希望の地上天国に向かって前進しなければなりません。アーメン。
マディソン・スクエア・ガーデン大会の意義
今から三年前、私たちはリンカーン・センターで講演をし、昨年はカーネギー・ホールで講演をし、今回はマディソン・スクエア・ガーデンでの講演を終えました。三年の期間で先生は、誰も知り得ない神様の作戦を心の中で定めました。ここ米国に来る時は深刻な思いで来たのです。三年の間に米国人全体にこれを知らせなければならない責任が私にあるというのは間違いのないことです。それをしなければ、神様の摂理のみ旨に支障があるということを知っていたので、この機会をどうつかむかということがこれまでの苦心でした。
第一の問題となるのが、人員がいないことでした。何としてでも三年の期間の中で、このマディソン・スクェア・ガーデンがぎっしり詰まってもなお余る人員を準備しなければならなかったのです。それをどうやってやろうかと悩みながら目標としてきました。一九七二年十一月、ここに第二回目に足を踏み入れてからは、本格的な作戦に着手しました。その時から計画して、一九七三年九月より全国巡回講演を始め、一九七三年、一九七四年を経て、三十二ヵ都市、全国の大都市での講演を終えたのです。
そこに伴ってウォーターゲート事件に私が関与したことが、かなりの波紋を起こしたということを私たちは知っているのです。(拍手)そのため、米国の人々の前にレバレンド・ムーンという名前が知られ始めたのです。そうしながら今回、皆さんが知っているように、キャピタルヒル(米国会議事堂)で六百五十名が三日間断食をしたという問題が、米国の人々の前にはかなりの衝撃的な報道となったと見ているのです。
このようなすべてのことは、このマディソン・スクェア・ガーデンを通じて米国の前に一つの噴火口をどのようにつくるかという問題に対して集約されてきたのです。このマディソン・スクェア・ガーデン集会というのは誰でもできる集会ですが、摂理的な観点から見るときに歴史的意義があることを私は知っていました。今回の米国における三年間は、イエス様当時のユダヤ教会の三年間に該当するものであるため、この集会は、もしイエス様が死なずに成功していれば、ローマ帝国に行って大講演をしようとしていたその基準と匹敵するものなのです。
ローマがイエス様を歓迎し、イエス様と一つになることができていたなら、そこから世界的な天の国のみ旨が広まったはずです。ローマの保護を受けるイスラエルの国のような立場が、現在米国の保護を受けている韓国の立場だというのです。全く同じだというのです。そのような米国の中心都市がこのニューヨークであり、ニューヨークの中心部署の集合所がこのマディソン・スクェア・ガーデンなので、ここに爆発的な火を付けたということは、摂理的な観点において歴史的な意義とならざるを得ないというのです。
韓国と米国が、また韓国と日本がどんなに仲たがいしたとしても、この統一教会は米国と一つになることができるというのです。(歓呼、拍手)そのような観点から見るとき、摂理的にキリスト教圏内に霊肉を中心とした国家的基準形態の条件を立て、霊肉を中心とした世界三次七年路程を出発できる起源を確定することができたのがマディソン・スクェア・ガーデンであったという事実は、歴史的な一つの起源となったのです。
マディソン・スクエア・ガーデン大会後の七ヵ都市講演会
(一九七四・九・二七〜一二・二三)
真のお父様は九月二十六日、二十七日、フィラデルフィアで三千名以上の聴衆に講演をされ、十月十五日、ワシントンD・C)のヒルトン・ホテルでは三千名以上の米国朝野および著名人たちを招請しての晩餐会、十六日にはアカデミー・オブ・ミュージックで四千名以上のワシントンD・C市民たちに講演をされた。
続くアトランタで十月二十九日、二十日、シカゴで十一月十一日、十二日、シアトル十一月二十七日、二十八日、サンフランシスコで十二月七日から九日、ロサンゼルスで十二月二十二日、二十三日講演をされ、これをもって米国四十力主要都市講演会を終了された。
今やこの七ヵ都市は、マディソン・スクェア・ガーデンで勝利した写真だけを回覧しても大衆を動かすことができる全国的な勝利の起源になるということを皆さんは知らなければなりません。この七ヵ都市は、七数に向かう世界的な出発をすることができる起源にもなると見ています。これを全部合わせると七十箇所になります。三年間で講演した所が全部で七十箇所になるのです。そして七十回さえ越える日には、世界的に越えていけると考えているのです。
このようにして、フィラデルフィアからワシントンD・C、アトランタ、シカゴ、シアトル、サンフランシスコまでさーっと、ブルドーザー式に押し進めたのです。今回、サンフランシスコでおもしろかったこととは何かというと、三千五百名がホールをぎっしり埋め尽くし、そこに入れなかった人々のために、そのホールから一キロメートル以上離れた所にある千名以上収容できるホールにテーブルを準備したのですが、そこもぎっしり埋まったのです。二箇所でしたのです。(拍手)ここで拍手をすれば、そこでは、スピーカーを通してその音を聞いて拍手をするのです。そのようなことをしてみたのも、多分米国で私が初めてでしょう。
こうなったので今ではどのように思っているのでしょうか。「はー! 一年二ヵ月の短い期間で、米国であれだけの旋風を起こしたのだから、あのまま一気に突き進んで、三年たち、七年たてば、この米国はいったいどうなるのだろう。恐ろしい団体だ」と思うようになったのです。これが米国社会で大きく問題になったので、クイズ問題にまで出たのです。この間クイズ番組で、六千五百ドルの車が当たる問題があったのですが、その時の答えがレバレンド・ムーンだったというのです。(拍手)それを見れば、それだけ人々が関心をもったということです。(笑い)
ですから、今では米国の人々が「レバレンド・ムーンは金はたくさんあるし、若い人もいるし、組織力がすごい」と言うのです。既にどうなっているかというと、「いやあ! レバレンド・ムーンにはついていけない」と言うようになっているのです。(歓呼。拍手)
言論機関および大学設立の至急性
今後、言論界に対して私がブレーキを掛けなければなりません。そのため私は言論機関をつくるつもりです。そうして独自的な面から攻撃するつもりです。この世界を滅ぼすものが言論界です。言論界が共産主義の手先になりつつあるということを知らなければなりません。
ですから、「お前たち、レバレンド・ムーンを攻撃しろ。私は甘んじて受けてあげよう。いつか見ていろ」と考えるのです。将来、遠からずしてお前たち以上、ニューヨーク・タイムズ以上の新聞社を私がつくるでしょう。(拍手)今、日本では、年内に日刊紙をつくってしまうのです。共産党を早く凌駕しなければなりません。米国においてもできるのです。
それで、ここニューヨークに、将来遠からずして新聞社をつくる計画をしています。ニューヨークにいる言論人たちが私たちのすべてのことを正しく伝えないこの悔しい事実を知ったので、私たちが団結してそれ以上のものをつくることができるならば、反対されることがかえって原動力になり得ると見ているのです。
私たちは何も言わずに黙々と私たちの基盤を築くのに忙しくなければなりません。そのため、誘導作戦的な戦法を利用し、早い時期に彼らが驚くほどの基盤を築かなければならないというのが先生の考えです。その次には、大学をつくらなければなりません。
それで、私たちの大学を立て、米国の伝統をまっすぐに正す大学をつくり、教授たちの思想を正して世界的な組織を動かし、将来、全世界の方向を提示することができる道を学校やすべての専門分野に提示しなければならないというのです。
七 主要国際行事と講演
「希望の日」日本晩餐会(一九七四・五・七、東京、帝国ホテル、千七百名)
今回、日本で歴史にない宴会を開こうとするのに、帝国ホテルに最も多く集まっても千二百名でいっぱいなのです。ところが、千七百名に集まりなさいといったので、二階にもすべてテレビの装置をしてしなければならないのです。今や歴史にない宴会をしようとしているので、帝国ホテルでの数時間に及ぶ宴会の実況は全部ビデオに撮って、今後宣伝しようと思っているのです。
それで、日本の国家で最高の権威ある人々をその場に紹介することによって、晩餐会の権威を高めるのです。レセプションラインというのがあり、そこでお客さんたちと全部握手してあいさつしようとすれば数時間かかるのです。それで、省略してしまうのです。また日本の共産主義者たちがいるのです。「やあ、文なにがしめ、よくぞ現れたな」と思う、ありとあらゆる輩が全部来たのです。それを私は全部知っているのです。
国際勝共連合は日本の共産党にとっては癌のような存在なのです。これは、「理論的な面で、テレビの放送を通じて、あるいは公開の席上で、壇上を通じて公開討論をしよう」と日本共産党に働きかけたのですが、これまでボイコットをしているため、彼らは窮地に追い込まれているのです。
一九七三年には、共産党五十二周年大会において全世界の共産党の最高理論家たちが出会いました。統一教会の反共理論に備える代案を講究しようと十二カ国の代表たちが集まったのです。しかし、みな解散してしまったのです。ですから日本共産党にとって国際勝共連合が一番の癌なのです。その魁首が誰かというと、このレバレンド・ムーンなのです。このような危険千万なまねをしているのです。
本当はきょう行かなければなりません。きょうは聖日なのですが、行って全部人事配置をして、共産党に備えるための大衆集会の細かい配置をすべて指示しなければならないのです。あす行っては遅いのです。現在、そのような戦いをしているのです。命を懸けて戦いをしているのです。
〈主題:「ため」に存在する世界〉
本人は長い間、待ちに待っていました。数多くの宗教と宗教人を訪ねてみました。数多くの議員や有名な人士たちにすべて会ってみました。また、その国の名士たちにも全部会ってみました。会ってみたのですが、彼らの胸の中には世界を救援しようという考えが全くありませんでした。ウォーターゲート事件においても、まかり間違えれば米国は完全にどん底に落ちてしまうのです。
数多くの宗教指導者、あるいは世界的に有名なビリー・グラハムのような人々が国の先頭に立って国民運動を起こし、それを防止しなければならない立場にあるにもかかわらず、彼らは夢にもそのような考えをしなかったのです。それで、東洋の一角に生まれた文という人が責任を負うようになったのです。
しかし、それは適当にしてできることではありません。命を懸けて神様に談判して、神様が願われることが何かと探ってみたのです。ここに立っているこの人は政治家ではありません。神様のみ言に従って行動をする人です。国を守り、世界を守り、進むべき方向を誰かが話さなければならないようになっています。それを知っていたので冒険の道を覚悟したのです。
日本の若者たちから見れば、米国は第二次世界大戦の時の怨讐の国です。ドイツの若者たちもやはり同様です。それで、本人は日本とドイツの若者たちを最も多く米国に来させました。なぜそうしたかというと、日本人とドイツ人が怨讐の国である米国で自分の国よりも米国をより一層愛するようになれば、ここにおいて世界超民族的な新しい国が誕生し得るからです。
全世界のために誰かがこのような目標を立てて働かなければならないようになっています。日本の若者たちが日本を超越し、米国でそのようなことをやり遂げると考えたとき、これは日本の誇りであると言うほかありません。歴史的な立場から見れば、日本と米国との関係は非常に複雑です。ところが、彼らが今なしていることが歴史に残るようになるなら、これは将来、日本と米国を一つに結ぶことができる動機になるのです。
このようなことを目標として、日本の若者たちが現在、先頭に立って「ために存在する世界」の建設のために慟いています。これは、ここにいらっしゃる皆さんと日本人全体の誇りであると言うほかないと考えています。(拍手)
また、韓国人と日本人と中華民国人、この三カ国の人々を米国で一つにまとめてしまうのです。そうして東洋に影響を与え、米国を抱いて動き始めるならば、日本が救いを受けられる道が開けるかもしれないのです。中華民国や大韓民国の現況を勘案するとき、そのような道を模索すること以外には、共産圏から追い詰められている切迫したアジアを再生させる道がないと考えるのです。
そのような覚悟をもって、現実の問題だけでなく将来のアジアのために日本の若者たちが戦っているということを考えるとき、多くの先生方にその内容を伝えざるを得ませんでした。ぜひ多くの先生方、アジアのため、世界のために活動している若者たちと一つの心になってくださるようお願いします。そうすれば国が繁栄するでしょう。そのような国、そのようなアジア圏がもし成立するとすれば、そのアジアの新しい理想圏を中心として、世界を指導するアジアになることでしょう。
米国国会議事堂招請講演(一九七四・一〇・八)
米国での三年路程は成功的な復興会と巡回講演、そしてマディソン・スクエア・ガーデン大会へとつながり、所期の成果を収めた。一九七四年十月八日にあった国会議事堂での講演は、米国の政界を対象にした米国の革新に対する真のお父様の強力な要望であった。
この講演の題目は「神様の摂理の中にある米国」であって、主要内容は、米国でのキリスト教精神の復活に対する新しい覚醒を要求することであった。
真のお父様は、米国が「神様のもとに一つの国」であることを強調され、米国の役割の重要性を再度語られた。地上天国の実現のために互いが「ため」に生きる生活を力説され、それの具体的な実現は、世界のために生き、世界を一つにすることができる主体的な存在になることによって成し遂げられると語られた。
私たちがあのワシントンD・Cで数十万の大会をすれば、神様も喜ばれるはずです。「おお!よくやった、よくやった」と言われながら神様も喜ばれるはずです。その時には神様も踊りを踊られることでしょう。さあ、そのような仕事を一度やってしまわなければならないでしょう。
それで、今回もPRチームに行かせて、私が国会に行って講演する準備をこれまでさせてきたのです。これまで六ヵ月の間、そのような訓練をさせたのはその目的のためです。それで、十月八日に私が行って話をするようになっているのです。(拍手)
さあ、ところで、今では何と言っているかというと、「レバレンド・ムーンは神秘の存在だ」と言っているのです。国会の上院議員も下院議員も「一度聞いておかなければ」と、考えているのです。どこかに行き、レバレンド・ムーンのことが話題にのぽったとき、答弁することもできず、口を閉ざしていたら恥をかく段階にまでなってきたというのです。
今回のニューヨークのマディソン・スクェア・ガーデンでこのようになったので、そのような風潮が相当に高まったというのです。その中間報告が何かというと、上・下両院の議員が来られなければ、自分の補佐官だけでも必ず送るようにしたということです。「どういう話をしたのか知らなければならないので人を送った」という、そのような報告を聞いたのです。
それで、一度このようにぴしゃっと押さえつけておけば、良いことがあり得るのです。さあ、ですから「皆さん、上・下両院議員の方々はレバレンド・ムーンを協助してください」と言えば、ワシントン大会の時は間違いなく協助するはずだと考えるのです。すべてがそのような準備です。
米国の国会に行って講演するということは簡単なことですか。その人々は首をかけて保証しなければならないのです。レバレンド・ムーンは非難されている人なのに、外交分科委員長から始まって、その人々が責任をもってサインをして全体の上・下両院の議員たちに公文を回して、そのようなことをするには自分の首をかけるのです。
〈主題:神様の摂理の中にある米国〉
神様は摂理のみ旨を必ずこの地上に成就しなければなりません。それでは、み旨が成された結果とは何でしょうか。それは、この世界万民を救い、彼らを神様が全部主管することです。そのようなみ旨が成された世界は、過去、現在、未来を通じて、個人的に見ても、家庭的に見ても、あるいは教会的に見ても、氏族的に見ても、国家的に見ても、すべて絶対的な神様の主管を受けなければならない立場に立つのです。
それゆえ、世界的な中心であり、世界を代表する存在にならなければ駄目だというのです。このサタン世界のいかなる国よりも、もっと強力な一つの国が成立しなければならないという結論が出てくるのです。
皆さんがよく御存じのように、この米国を今から二百年前に建国するようになった動機は、神様を愛し、イエス様を愛そうとしたところにあります。そのような数多くの氏族がヨーロッパからここに集まってきて、この国が形成されたのです。この国の建国思想の中で最も重要な、皆さんが誇っているものが何かと言えば、「神様のもとの一つの国」ということです。そのようなことを主張している国は米国だけです。
それゆえ、神様がこの国を選ばれ、祝福されたのは、世界を救う助けとなることができるようにするためであったと結論づけ、お話をいたします。それゆえ、米国はヨーロッパや、アジアや、全世界をつかんで天へと引っ張っていく責任があると見るのです。
そのような立場から見るとき、世界中の国の中で、米国がこれまで手放さないただ一つの国が韓国です。この韓国を手放さないことにより、これをつかんで出て世界に連結できる一つの摂理的な命脈が残っていると見るのです。
ところが、米国が韓国までも手放すかもしれない時期に来たので、天の側から米国をつかまなければならないという結論に立って、本人のような人に天が「米国に行かなければならない」という命令を下したのです。そして、そのような命令を受けて本人が米国に来たということを皆さんは理解してくださるようにお願いします。天の側から米国をつかまなければならないというのです。
それでは、理想の起源、幸福の起源、愛の起源をどこから探すのでしょうか。もし自分を中心とした所にそのような起源をおいたならば、神様も自分を中心とするし、人間も自分を中心とするので分裂するのです。それゆえ、知恵の王であられる神様は、相対を慈しむところにすべての理想的起源をおかざるを得なかったという論理が成立するということを私たちは知らなければなりません。
私たちは、この原則を通して流れてきた歴史過程には神様がいらっしゃるということを発見できるのです。ここに来た人々がどんなに立派だとしても、この原則によって天国と地獄が分かれるため、自分のための生涯がより多いか、他人のための生涯がより多いかという問題に従って、天国に行くか、地獄に行くのかということが決定されるというのです。
それでは、理想世界、地上の天国はどのように実現されるのでしょうか。女性は男性のために、男性は女性のために、子女は父母のため、父母は子女のため、家庭は氏族のため、氏族は民族のため、民族は国家のために、国家は世界のために、世界は神様のために生きるとき、理想天国が実現するのです。この結論は妥当です。同様に、その神様は私たちのためにいらっしゃるのです。
この国会にいらっしゃる上・下両院議員の皆さんは、この思想がレバレンド・ムーンの思想だとは夢にも思わないようにお願いします。これはレバレンド・ムーンの思想ではありません。これを、神様のみ旨の中で人類の前に知らせなければならない一つの秘訣的真理として理解していただき、これを国会に適用し、この国家、民族の前に国民思想として適用する日には、米国は正に、神様のもとに一つの国家であるという言葉のごとく、名実共に世界の主体的国家になるに違いないと見ています。その国は地上天国であらざるを得ません。そこに真の理想と真の愛と真の幸福と真理があり得るのです。
第三次「科学の統一に関する国際会議」(一九七四・二・二一〜二四、英国ロンドン、
ローヤル・ランカスター・ホテル、二十七カ国、百二十八名、主題:科学と絶対価値)
第三次「科学の統一に関する国際会議」が英国のロンドンで、一九七四年十一月二十一日から二十四日まで盛況裏に開催された。国際的に科学界の重鎮たちが集まった同大会の開会式のとき、真のお父様は「科学と絶対的価値」という内容で演説された。
科学は事実の決定に臨んでは、荘重に、かつ徹頭徹尾、精密、細密にしなければなりません。しかし、科学情報や業績を活用する段階に臨んでは、人間の創造力の一領域として、その位置を忘れてはならないはずです。科学は、美術や音楽の作品のごとく取り扱われ、調整されながら評価できるように、人間の領域内にとどまらなければならないものです。
人類歴史を振り返ってみたとき、歴史上どのような時代でも、新しい未開拓分野、文学発展におけるある程度の頂点、また医学や他の科学の全盛期など、多くのものの発展がありました。それでも過去においては、科学と技術の発達は、自然を征服して開発することを主たる目標としました。
今日は、正にその科学が私たちに新しい倫理的標準を確立するよう強調しています。その新しい倫理は、自然を愛し、人間の価値を再検討する問題、そして人間相互間の協力の必要性と関連していなければなりません。それには、地球上のすべての生物が調和しながら共存する理想世界を建設できる新しい価値観と新しい倫理道徳的標準を確立することが試みられなければなりません。
科学と技術の発達は、私たちが人間として存続し、私たちの生活の中に人間愛を大切に保つことが必須不可欠であることを真剣に反省することを促す論争点を常に提示してきました。各科学技術界が人類の福利のために動員され、人間活動の協同精神が科学技術を扱う人間の側に有効なときだけ、このすべてのことが可能であると私は確信しています。
私は、皆さんからそれに対する解答が出てくることを心より渇望し、待ち焦がれます。皆さんの見解と知恵に従って、皆さん各自の研究結果を収集することによって、それは間違いなく実現されるはずです。現世界をより高い次元と絶対価値の世界に連結させ、導いていく橋渡しの役割を皆さんが遂行してくださることを私は心より求めてやみません。
八 第二次七年路程の勝利基盤
韓国とアジアでの影響
今日韓国において、第二次七年路程の中盤である一九七二年度まで、私たちは霊的な基準において世界を中心として、私たち統一教会でなければならないという主体的、霊的基準を越えて立ちました。宗教は統一教会のようでなくてはならない、思想は統一教会の思想でなければならないということが一般化される時代に越えてきたというのです。このようになるまで私たちは、全国家に影響を及ぼすことができることをたくさんしてきたのです。勝共連合でも、これまで一千七百万名を教育しました。結局、韓国の半数に該当する人が私たちの講義を聞いたことになります。
そのようなことをしたので、今日勝共路線において、金日成に備えてそれを防止できる責任者は文先生以外にはいないというのが一般的見解です。それだけでなく日本でもそうであり、台湾でもそうであり、アジアにおいてそのような問題の支持層を私たちが築いたのです。さらにこの七年間にわたる歴史過程、第二次七年路程で国家的な圈を越えて世界に伸びることができる道を切り開いたというのです。
米国を中心とした世界的三年路程
皆さん、先生は、一九七二年、一九七三年、一九七四年、この三年間を世界的な三年路程、霊的世界を復帰するための三年路程であるという話をしてきました。
それゆえ、先生が米国に行ってする仕事とは何かというと、既成教会の信徒でも、末端の人々ではなく、最高の人々を突破するということです。今日、世界の頂上にある米国を私たちが相手にするのですが、できれば最高を突破しなければならないというのです。一つの国家を中心として見ても、国家の主権者を中心として四人、すなわち四位基台の外的な形を備え、外的な面から私たちを支援できる立場に立っているならば、世界的相対実体圏時代を私たちが拡大させることができる道が開かれるというのです。
それで米国に行って一九七二年からしたことが何かというと、そこに行くや否や、米国の有名な上院議員たち、私が必要とするすべての人に会ってみたのです。上・下両院議員の内、重要な人々にすべて会い、彼らを中心としてホワイトハウスをどのように動かすか、上・下両院議員たちにどのように影響を与えるか、このような問題について祈祷しながらこれまで信仰の道を開拓してきたのです。
こうして、ニューヨーク・タイムズや、ワシントン・ポストやニューズ・ウィーク紙に出たため、各言論機関、政界、あるいは経済界の各界各層の著名な人士が、私たちの動きがいかなるものであるのか、ミスター文とはそもそもいかなる人物かということを問題にしたのです。こうしてそれが一回、二回、三回、四回、と新聞に出ることによって、米国の歴史になかった、多くの世論機関を動員することに成功したという事実が、今回の米国に対する作戦において大勝利ではないかと見るのです。
この三年路程期間中で先生がなすことは、全米国人たちが「レバレンド・ムーン」と言えば、「あ! 聞いたことがある」という言葉が出てくるようにうわさを立てることです。現在、多くの人に知られているのです。七ヵ月間で世界の歴史上になかったことを私がなしたのです。
米国を中心とした三年間は、第二次七年路程まではサタンが天を攻撃する時であり、韓国で先生が攻撃を受けたのですが、第三次七年路程からは世界的基準を越える時代に入っていくために、ここからは米国に向かって攻撃をしなければなりません。
2004.7.18