真の御父母様の生涯路程 10
み旨の裏庭 | オフライン用の1ファイル版 | サイトで開く
目次
第三節 聖婚以後の七年蕩減路程
- 真の御父母様の生涯路程 10
- 第三節 聖婚以後の七年蕩減路程
- 一 七年路程の内的な意義
- 摂理的完成期の七年路程
- 真のお母様の蕩減復帰路程
- 夫婦愛完成の期間
- 真の御父母様家庭完成の十字架路程
- 世界的氏族編成期間
- 二 真のお母様の三年試練期間
- 三年の外泊暮らし
- 過酷な憎しみの矢
- 真のお父様の冷淡な態度
- 洪順愛大母様の支え
- アベル的心情で食口を包容
- 食口たちの同情と愛
- 真のお母様のみ言
- 三 一九六〇年代の開拓路程と重生の役事
- 真のお母様の顕現と女性解放運動
- 一九六〇年代における女性たちの開拓路程
- 三年路程の四十日開拓伝道
- 真の御子女様の誕生と重生儀式
- 世界的氏族編成のための祝福式
- 四 七年路程と惠進様の犠牲
- 七年路程の前半三年と後半四年
- 民族的総蕩減のための四十日動員
- 惠進様の昇華
- 五 四大名節の制定と七年路程の勝利
- 真の御父母様家庭の七年路程
- 四大名節の制定
- 「神の日」の宣布後
- 真の御父母様の御家庭と教会幹部の日本歴訪
- 真のお母様のみ言
第四節 第二次・第三次七年路程
- 真の御父母様の生涯路程 10
- 第四節 第二次・第三次七年路程
- 一 第二次七年路程と喜進様の犠牲
- 第二次七年路程の前半三年(一九六八〜一九七〇)
- 喜進様の志願伝道出発と殉教
- 劉孝元協会長の昇華
- 二 祝福家庭夫人の三年総動員
- 世界家庭の全国的蕩減路程
- 家庭夫人たちが行動する時代
- イエス様の三年公生涯の解怨
- 氏族圏のカイン家庭の復帰
- 世界進出のための国の基盤確保
- 真の御父母様家庭の奉献式
- イエス様の御聖誕日、実体聖霊聖婚式
- 三 第二次・第三次七年路程転換期
- 第二次七年路程後半三年
- アメリカの永住権獲得と世界的出発
- 真の御子女様たちのアメリカ移民
- アメリカ初期三年路程の講演会
- 第二次・第三次七年路程連結期間
- 第三次七年路程の出発と韓国の行事
- 総解怨式
- 崔元福先生の使命完了
- 四 第三次七年路程と真の御父母様の世界的解放
- 第三次七年路程の前半三年
- 「天勝日」宣布
- 真の御父母様の世界的受難の克服
- 真のお母様の苦労の生活
- 真の御子女様方の迫害を甘受
- 洪順愛大母様の独身祝福式
- 「地勝日」および天紀元年宣布
- 真の御父母様の世界的解放時代
- 真のお母様のみ言
- 真のお母様の特性と誇り
- 家庭教会運動出発
- 真の御父母様家庭の三次七年路程の勝利
第五節 解放後四十年と第二回三次七
- 真の御父母様の生涯路程 10
- 第五節 解放後四十年と第二回三次七
- 一 真の御子女様の聖婚と真のお母様圏十歳
- 譽進様の聖婚
- 第二回三次七年路程の出発
- 第十回「科学の統一に関する国際会議」参席者夫人招請晩餐会
- 真のお母様の歓迎の辞
- 真のお母様の四十歳と真の御子女様の聖婚
- 《祈祷》
- 二 荒野時代と興進様の犠牲
- 荒野四十年路程の最後の三年
- 真のお母様の日本歴訪
- 来日歓迎式でのみ言
- 興進様の昇華
- 「愛勝日」の宣布
- 真のお母様のみ言
- 真の御子女様との心情一体
- 三 ダンベリーの受難と真のお母様
- 脱税容疑裁判のアメリカ連邦最高裁判所上告棄却
- 「愛天日」の宣布
- ダンベリー出発前の祈祷
- ダンベリーの受難期間の真のお母様と真の御子女様方
- ダンベリーでの最初の面会後の真のお母様のみ言
- ニューヨーク地区の中心食口集会
- 真のお母様のみ言
- 指導者会議
- 真のお母様のみ言
- 第十三回「科学の統一に関する国際会議」開会式
- 真のお母様のあいさつのみ言
- 日本食口父母招請の集い
- 真のお母様の歓迎の辞
- 第二十五回「子女の日」慶祝行事
- 真のお母様の祝祷
- 真のお母様の記念の辞:責任を果たす子女になろう
- アルゼンチン、ラ・プラタ大学名誉神学博士学位授与式
- 真のお母様のあいさつのみ言
- アメリカ、バプテスト教会系のショウ神学大学名誉神学博士学位授与式
- 真のお母様のあいさつのみ言
- 「一勝日」と「聖水式」
第六節 女性全体解放圏と「アジア平和女性連合」
- 真の御父母様の生涯路程 10
- 第六節 女性全体解放圏と「アジア平和女性連合」
- 一 天宙的路程と大母様の昇華
- 一九八九年前後の摂理の時
- 「八定式」と「天父主義」宣布
- 洪順愛大母様の昇華
- 真のお母様のみ言
- 天地の心情的橋梁の役割任命の祈祷
- 二 真の御父母様歓迎大会と女性全体解散開宣布
- 韓国統一グループ主催の圏域別真の御父母様歓迎大会
- 天地父母宣布式
- 〈宣布祈祷〉
- 米国統一グループ主催の真の御父母様歓迎大会
- 女性全体解放圏宣布
- 真のお母様の訓練の道
- モスクワ大会勝利帰国市・道別真の御父母様歓迎大会
- 氏族的メシヤ宣布大会
- 忠北清原教会献堂および統一会館開館式
- 〈祝祷〉
- 三 アジア平和女性連合韓国・日本大会
- 神様祝福永遠宣布式
- 「アジア平和婦人(女性)連合」東京大会
- 真のお母様の顧問あいさつのみ言:アジアと世界を救援する真の愛運動
- 日本統一教会全国信徒大会
- 真のお母様特別講演:エバの使命
- 真のお母様の日本二大大会の意義
- 真のお母様のみ言
- 「アジア平和女性連合」韓国大会
- 真のお母様全国大会基調演説:「アジア平和女性連合」が行く道
- 真のお母様韓国大会の意義
第七節 「世界平和女性連合」と世界女性時代
- 真の御父母様の生涯路程 10
- 第七節 「世界平和女性連合」と世界女性時代
- 一 「世界平和女性連合」の創設
- 真の御父母様の十四年ぶりの日本訪問
- 四月十日の十五万人女性大会への準備
- 世界既成家庭祝福式
- 《祝祷》
- 「世界平和女性連合」創設大会および「アジア平和女性連合」ソウル大会
- 真のお父様の激励の辞
- 真のお母様の基調演説:世界の統一と人類の責任
- 真のお母様の三次の講演
- 「世界平和女性連合」の進路
- 真のお母様の関連史料の記録保存
- 柳寛順烈士精神宣揚大会
- 根本的韓日一体化の課題
- 安重根義士旅順殉国遺跡の聖域化事業
- 二 真の父母宣布と「世界平和女性連合」全国大会
- 「真の家庭復活」と「世界解放の日」宣布
- 「女性解放時代」宣布
- 「女性連合」の全国二十一の市・道大会および四十の市・郡・区大会
- 真のお母様の基調演説:理想世界の主役となる女性
- 真のお母様の全国大会の意義
- 真のお母様の大会のための真のお父様の精誠
- 統一グループ内での再臨主宣布
- 全国四大都市で再臨主宣布
- 真のお母様の基調演説:理想世界の主役になる女性
- 真のお父様のみ言:真の御父母様の再現と理想的家庭
- 再臨メシヤ宣布の意義
- 面・里・統・班大会と氏族的メシヤ活動
- 『救世教本』と『原理講論』の奉読講義
- 世界的真の父母の宣布
- 「世界平和統一堂」の創堂の提唱
- 「世界平和女性連合」世界大会
- 真のお母様基調演説:世界平和と女性の役割
第一節 真のお母様の誕生と成長期
真の御父母様の生涯路程 10
第一節 真のお母様の誕生と成長期
一 真のお母様の誕生とその背景
韓鶴子女史の誕生
人類の真のお母様・韓鶴子女史は、一九四三年二月十日(陰暦一・六)寅の刻(午前四時三十分)、平安南道安州郡安州邑信義里二六番地において、父君・韓承運(一九〇九〜七八)、母君・洪順愛(一九一四〜八九)大母様との間に誕生された・大母様は、満二十歳になられた年の一九三四年三月五日、天の導きに従って韓承運先生と成婚され、その後一九四二年に至って「男の子を産めば宇宙の大王になり、女の子を産めば宇宙の女王になる」という啓示とともに真のお母様を身ごもられ、翌年出産された。
お母様の先祖はどこですか。平安南道でしょう。平安南道の韓氏ですが、韓氏の先祖はどこにいますか。お母様の実家の第一先祖はどこですか。清州です。ですから、私の息子、娘がお母様の本家に訪ねていくならば、清州の地を訪ねていくようになるのです。
清州は本当に良いと思います。清州は、その名前が「清い」という字に「州」という字でしょう? 清い州です。清い水の中をのぞいてみれば、川ならば川、海ならば海の底まですべて透けて見え、魚がいれば泳いでいるのも見え、黒い砂も白い砂もすべて見えるのです。
女性を誇ることができる家門があるとすれば、文先生の奥様の韓氏以上に誇ることができる家門がどこにありますか。
お母様の名前が良いのです。韓鶴子です! 女性が先生の相対になろうとすれば、学者(ハクチャ)にならなければならないでしょう。(笑い、拍手)韓(ハン)は何のハンかというと、漢学(ハンハク)もハンですが、恨めしい学問の恨です。誰よりも神様に対して最高に勉強した学者にならなければなりません。恨学者(ハンハクチャ)です。女性がそのようになれば、間違いなく神様の相対の位置に来ると思ったのです。そのように姓も良く、名前も良いのです。今は結局、その位置に来たのです。
また、お母様は鶴子ですが、なぜ鶴子ですか。(笑い)鶴女となれば良いのに、どうして鶴子になったのでしょうか。私は、「ははあ! そこに息子の『子』という字をつけたのは、神様の息子と因縁を結んでくださるためだったのだなあ。本来、そのように生まれついたので、統一教会の母の名をもったのだなあ」と思いました。それはすてきでしょう? 「韓」と言えば韓国を代表するこどもでき、宇宙を代表することもできるでしょう。「韓」は、「一(ハン)」であって、一番という意味です。
息子、娘がどのようになると思いますか。皆さんは生産することを嫌い、身ごもれば薬を飲んで流産させてしまうのですが、その息子がこの世界の王になるかもしれないということを誰が知っていますか。天上世界では「こいつ、地上世界に天地のみ旨を立て、万民が褒めたたえることができる生命が生まれてくるというのに、刃物で切ってしまうのか!」と言うのです。それは、千年与えてくださった福をなくし、本然の息子、娘をなくすことと同じです。
もしお母様をそのようにしていれば、どのようになっていたでしょうか。おばあさんがそのようにしていれば、どのようになっていたでしょうか。そのようにしていれば、今日、私たち二人がどのようにして出会うことができたでしょうか。よくぞおばあさんがお母様を生んでくれました。また、先生のお母さんがそのようにしていれば、どのようになったでしょうか。生んでいなければ、本当にこの世は真っ暗闇の天地ではないですか。
天国の王子、王女である素晴らしい息子、娘を生んで、天国まで行くことができるとすれば、どれほど有り難いでしょうか! 本来私たちは、神様の息子、娘です。神様の体を通して神様の息子、娘が出てくるのです。神様が王の中の王であられるならば、神様の息子、娘も、王子の中の王子であり、王女の中の王女です。それゆえに、アダムは、神様、天地大王陛下の長子であり、エバは長女です。
真のお母様のみ言
私は、一九四三年陰暦一月六日午前四時三十分、平安南道安州郡安州邑信義里二六番地で生まれました。今まで故郷の安州の住所を覚えているということは殊勝なことでしょう? 私が生まれる時に外祖父(洪唯一先生)が「今、何時か見ておきなさい」とおっしゃられて、正確な時間が分かるようになったのです。
そして生まれる時、韓氏の父(韓承運先生)は、胎夢(妊娠する徴候となる夢)と言うより夢示(夢の啓示)、幻を見られたということです。とても鬱蒼とした青い松林の中に清らかで美しい日が射し、二羽の鶴が和動する姿が見えたそうです。それで、名前を「鶴子」とつけられたのです。
私の村は、ひどい片田舎ではありませんでした。家の裏には丘があり、小川が流れる、とても穏やかで暖かい感じを与える所でした。ちょうどめんどりがひなを抱くようにです。裏庭では、家族が食べるために栽培していたとうもろこし畑がありましたが、そのとうもろこしがとても大きかったことを思い出します。
真のお父様の故郷である定州は、私の故郷の安州と川を一つ挟んだ所にあり、七里の距離です。一九九一年十二月に定州に行った時、ヘリコプターで安州を通り過ぎましたが、アパート団地が建っていて全く変わった姿になっていました。真のお父様の故郷である定州よりも、もう少し市街地へと変わっていたのです。
洪順愛大母様の証
お母様は、一九四三年正月六日早朝四時三十分に誕生されました。ほかの子は生まれるとすぐに「おぎゃー」と言って泣くのですが、お母様は泣かれずに「ラララッ」と歌われました。それで、おばあさんが「この子は大きくなって音楽家になるようだ」と言われました。
最初のわかめ汁を飲み、お母様を抱いて寝入ったのですが、真っ黒な角の生えたサタンが迫ってきて、お母様を殺そうとしました。私は「サタンよ、退け! この娘は私にとってどれほど大切な娘か分からないのに、お前がどうして殺そうとするのか」と言って大声で叫びました。どれほど大きく声を張り上げたでしょうか。それでおばあさんが「やあ、お前はおなかがすいているようだな」と言われました。「そうではなく、角の生えたサタンが来て赤ん坊を殺そうとするので、私が大声を上げました」と言うと、「それは不思議だ」とおっしゃいました。
生まれると同時にサタンが殺そうとするのを見たので、本当に不思議でした。そして「この子は精誠を尽くして育てなければいけない。今後、世俗に染まらないように、清く美しく育てて主に捧げなければならない」と思いました。
一ヵ月ほどすると、夢に新しい主である金聖進おばあさんが白い雲に乗り、白い服を着て現れると、「順愛よ、その赤ん坊のために心配しただろう? 心配することはない、この子は主の娘であり、お前は乳母と同じだ。乳だけよく飲ませて養育しなさい」とおっしゃいました。その命令を今まで私は心に固く刻んで生きてきました。
お母様は成長される時、普通の子供だちとは違っていました。一歳になる前に歩かれ、言葉まで話されました。一言の言葉でも、とても明瞭に話されました。どれほど利口か分かりませんでした。実家の母も「この子はどう見ても、やはり違う」と言われました。それほど賢く、見劣りするところがありませんでした。
北韓には六歳になる時までいましたが、六年間、夢を見ると、いつもサタンがお母様を殺そうとしてついて回りました。それで私は、丸六年をサタンと闘いました。私は、深い意味は分からず「なぜサタンがこのようにつけ回しながら殺そうとするのか」といつも不思議に思いました。
三十八度線を越えて以南に下ってきて、友人の家にしばらく滞在した時があったのですが、面識のない一人の男性がお母様を見て、「この方は天他聞において神聖なお方です。二つの大きな仕事をもってこられました。しかし、道において成功してこそ大きくなるのであり、そうではなくこの世に出ていかれれば、反対に逆賊になります」と言いました。私はその言葉に非常に驚きました。それで、「あなたはなぜそのようなことを言うのか」と言いました。すると、その人は「既にこの世に生まれる時に、そのように生まれつかれたのだ」と言うのでした。そのように言いながら、「イエス様を信じるか」と聞くので、「そうだ」と答えると、「よく選んだ」ということでした。
その言葉を聞いて、私は何としてでも道で成功させなければならないと決意しました。以南に来て済州島に入っていったこともそうであり、統一教会に入ってきてからは、どのようなことをしても中学校だけは卒業させて「原理」をしっかり武装させ、統一教会の最も立派な働き手にしようと考えました。「お母様になられる」という考えは、夢にも思うことができませんでした。
三代の一人娘の母性(趙元模外祖母−洪順愛大母様−真のお母様)
お母様になる人は、血統的にどのような過程を経なければならないでしょうか。お母様を選ぶにおいては、すべての条件が合わなければなりません。それは簡単ではありません。前後で合わなければならず、左右で合わなければならず、上下で合わなければなりません。お母様の顔がかわいらしいからということで立てたのではありません。条件が合わなければなりません。その第一の条件は、どのような血筋に生まれついたかということです。サタン世界から讒訴され得る血統の因縁をもって生まれたのか、そうでなければそれを乗り越えることができる血統的内縁をもって生まれたのかということが重要です。
それゆえに七代続きの一人息子としてかろうじて続いてきて、その七代続きの一人息子の前に、三人の娘をもったそのような家に天地が訪ねてくるのです。そのような内容をもった三女、次女、長女の三人が一つになり、その父母まで合わせてすべて愛で一つになり、推戴することができる基盤になるようになれば、お母様がそこから選択されるのです。それは天の法度になるのです。
お母様は世界の女性たちの代表です。全人類の女性を代表して一人の女性がつながって、お母様に連結させるのです。ですから、お母様になられる背後においては、三代が連結されなければなりません。本来は一人息子、一人娘にならなければなりません。アダムも一人息子でしょう?イエス様もひとり子ではありませんか。再臨主も、神様のみ旨から見れば一人息子と同じです。一人息子のみ旨を立てていくからには、長女である一人娘がいなければなりません。それゆえに復帰摂理において、男性と女性が相対的な立場で一つになって連結され、この世のサタン世界を越えて天国に行かなければなりません。
エバがアダムを通して造られたように、お母様は、全く分からないところから出てこなければなりません。親戚が多くてはいけません。三代があとについてきてはいけないのです。普通であってはいけないのです。まさしく今のお母様がそのようなお母様です。お兄さんもいない上に父親もなく、独りです。母子二人しかいません。
み旨のために、幼い時も支援を受けずに独りで生きた一人娘です。七代続きの一人息子の家系だと言ったでしょう。そのような一人息子にしたのは、サタンの血統をごちゃごちゃと残さないためです。それで、このおばあさんも一人娘です。お母様も一人娘です。三代が巻き込まれていくのです。ですから、お母様は三代の受難を受けました。祖母と母親の二人が信仰に狂って歩いたので、おしめにしても満足に当ててもらい、御飯にしても満足に食べさせてもらったでしょうか。
真のお母様のみ言
韓氏の父は、新イエス教の篤実な信仰者でした。李龍道牧師、李浩彬牧師、彼らに従って大母様と一緒に信仰生活をされました。二人が結婚して赤ん坊をもてば、天が大きく用いられる息子が生まれるという啓示を受けたのですが、娘が生まれたのです。その李浩彬牧師は、真のお父様と崔先吉さんの主礼も行い、母方の叔父の主礼も行いました。
外祖父の洪唯一おじいさんは、背が高く美男子でした。だから私が初めて真のお父様にお会いした時も、外祖父と姿がとてもよく似ていて同じ印象だったので、見知らぬ人のような感じもせず、恐ろしくもありませんでした。また、その時代に、嫁にハイヒールを買ってあげるほどのおじいさんだったことが思い出されます。
趙元模おばあさんは小さくてかわいらしい上に、勤勉で活動的でした。勉強はあまりすることができませんでしたが、開化期の新しい教育を受けた女性であり、ミシン商会をしていらっしゃいました。販売したあとに集金する時、故障した物は修理してあげたりもしていました。
私の家門の歴史を見たときに、母方を見れば、趙氏おばあさん、大母様、そして私のすべて一人娘でしたが、お父様は「それはすべて意味がある」とおっしゃいました。大母様も娘一人、また外祖母である趙氏おばあさんも娘一人だったのです。趙氏おばあさんは定州でお生まれになったのですが、その趙氏の家族は、定州の地でとても裕福だったそうです。皆さんが知っている弥勒菩薩の信仰をもっていらっしゃいました。
弥勒菩薩の歴史について話せば、これは伝説ではなく、本当にあった話です。私の家はキリスト教の家庭だったので先祖を崇拝せず、何代かはよく知りませんが、我が国が中国の属国の立場にあった時のことだそうです。中国の使臣が韓国へ来ようとすれば、定州の撻來川を渡らなければならないのですが、その当時、橋がなかったのです。橋を架けるお金が国になかったということでしょう。それで、その橋を架けることができる人を探すために公示文を貼っておいたのです。
その時、おじいさんの趙漢俊氏という方が、私財を投げ打ってその橋を架けたのです。橋は石橋でしたが、橋の下を船が通り抜けることができるほど大きな橋だったそうです。そして、そのおじいさんが石橋を造る際に全財産を使い果たし、銅銭三文が残ったそうです。それで、あすは橋の竣工式に行くということで、その残ったお金でわらじを買っておいてから寝たそうです。ところが、夢の中に白い服を来たおじいさんが現れて、「漢俊よ、お前の功労は大きい。それで、お前の家門に天子を送ろうとしたが、残しておいた銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」とおっしゃったということです。その夢を見てから外に出てみると、その丘の上に石仏ができていたそうです。
昔、弥勒は男性を象徴し、菩薩は女性を象徴したでしょう? 釈迦牟尼はすべての人々が平安な心で福を祈ることができるようにと、慈悲深い印象で造られていたのですが、その菩薩はそれ以上に慈悲深い姿をしていらっしゃり、おなかがふっくらと出た仏でした。昔、父が言われたのですが、馬に乗っていく途中でも、その菩薩の前では、馬から下りて敬拝をしなければならなかったということです。なぜなら、馬がその前では決まって足を止めたからです。誰であろうと、その前では敬意を表さなければならないのであり、そのようにせずには通り過ぎることができなかったのです。
ところが、私の家門に問題が起こりました。その趙氏のおじいさんが「夢の啓示を受けたとおりに娘が生まれれば、菩薩のような腰がまるまるとした子が生まれるだろう」と言って「その仏のおなかを削り落とそう」と言ったのです。それで、腰の部分を削り落としたところ、血が出てきたそうです。それで人々が悔い改めをして、削り落とした部分にセメントを再び塗ったというのです。父が幼い時にその場所に行って遊ばれた時は、セメントを塗った部分が長い間風に当たって、そこに穴ができ、はちたちがしきりに出たり入ったりしていたそうです。この石仏の話は、定州に住んでいる人は誰もが知っている話です。
このような話を通して一面を知ることができるように、趙氏おばあさんの家の先祖は、神様を知らなくても、民として国の願いに従って生きようとした先祖だったのであり、それゆえに天が記憶することができる祝福された家庭だったのです。それで、私が笑い話で「趙漢俊おじいさんによって趙氏の家門に王子が生まれるところだったのに、その銅銭三文のゆえに、遅ればせながら王女が生まれたのですね」と言ったのです。
父君・韓承運先生(一九〇九〜一九七八)
長男(真のお母様の異母弟)・韓偉一先生の証
私の幼いころ、先父・韓承運先生は、民俗的な祝祭日になるといつも部屋の中で独り静かに瞑想され、祈祷されながら、静かに書道もされ、誰も入ってくることができないようにされました。私たちに「出ていなさい」と言われ、そのようにして終日時間を過ごされました。そして、夕方ぐらいになると、私たち兄弟を呼んで以北にある故郷の住所を教えられ、それを私たちに暗唱させ、また祖父や先祖の方々のお名前を暗唱させながらその日を送った記憶があります。
その当時、先父が私たちに暗唱させられた故郷の住所は、現在知られているものとは少し異なりますが、平安南道安州郡大尼面龍興里九九番地でした。そして、そこに「天恵園農場という所がある」と言われながら、その農場がとても美しく、果樹が大変豊富だという話をしてくださいました。また、祖父と祖母もいらっしゃり、姉が一人いらっしゃるという話もしてくださいました。「統一が成されれば、必ず一度訪ねてみなさい」と言われながら、その住所をもう一度記憶させられました。それで、私は、以北に関する何かの消息が耳に入ったりする時は、いつも漠然と故郷のことを恋しく思いました。そのようにしながら成長したと考えることができます。
高祖父のお名前は、相五であり、曽祖父は正順、祖父は炳健です。戸籍には一九〇九年一月二十日、平安南道安州郡大尼面龍興里九九番地で、村の私塾の先生をされていた祖父・炳健様と、祖母・崔基炳様の長男として、私たちの先父は出生されたと記録されています。その戸籍は以南に越えてきて作ったものであり、一九五八年三月に、その当時先父が居住されていた京畿道烏山で仮戸籍の申告をして作ったものだということを知っています。
解放前の先父の行跡については、私には知るすべがありません。ただ、親戚の人だちから聞いたところでは、青年時代はとても勉強ができたそうです。そして、教育の仕事に志があられて教鞭を執られ、篤実なキリスト教の信仰をされていたということを知っています。また、改革的な気質をもっていらっしゃったので、保守的な家門の中においては良い関係ではなかったということを聞きました。
壮年時代には体格が大きくがっしりしていて、道を歩いている時に、田んぼに大きな岩があって人々がそれをどけることができずにいるのを見て、「自分がどける」と言って入っていって、軽々と外に出したこともあるほど力が強かったという話を聞きました。
先父は、解放されるとすくに以南に渡ってこられました。そこにいれば共産党から被害を被る恐れがあったからです。それで以南に渡られ、すぐにソウルにある橋洞小学校と孝悌小学校で教頭として教鞭を執られ、その後、農村改革に志を立て京畿道満州郡昆池岩里へ行かれたのですが、その時期の一九四八年三月一日に私が出生しました。
六・二五動乱は驪州で遭われ、家族を連れて釜山まで避難され、一・四後退(注:国連軍のソウル放棄)当時、再び釜山まで避難されたのですが、その時、陰城を通る途中で私の弟(韓偉勇)が生まれました。
休戦になるとすぐに、京畿道華城郡(現・龍仁郡)南四面の南四小学校で公職に就かれ、加平郡雪岳面、ほかならない清平修錬苑の入り口にある雪岳面の迷源小学校でも勤務されました。それから鐵原郡(現・抱川郡)官仁面の官仁小学校を経て、島にまで行かれました。甕津郡(現・江華郡)西島面(甫+乙)音島の(甫+乙)音小学校、そして最後に仁川の葛山洞の葛月小学校で勤務されたのちに定年退職されるまで、四十数年をただひたすら農村の子供たちの教育だけに献身されました。
このように田舎だけを転勤して回られた理由は、絶対に能力や人柄が劣っていたからではありません。むしろ優れた才能と人格を備えていらっしゃいました。しかし、その方の剛直な気性のゆえに、腐敗した官僚たちのような位置にいることを断固として拒否され、生涯を貧しく困難な農村で幼い学生のために奉仕し、教育する仕事を天職と思われたのです。そして、行かれる学校ごとに校舎を建てられ、厚生施設を造られるなど、学校の発展のために全力を傾けられるのを見ました。
学校のすべての子供をあたかも自分の子供のように愛され、その当時、貧しさのゆえに身なりの汚い子供たちをみな連れてきて洗われたり、頭も刈ってあげたりもされました。また、その当時は、腫れ物のある子供たちがとてもたくさんいました。そのような子供たちをすべて連れてきて薬を塗ってあげたのですが、その時の姿が、今も絵のように私の記憶にはっきりと残っています。
そして、私が見るのに、先父は篤実なキリスト教の長老として、真なる信仰生活をされていました。学校の官舎の片側にいつも小さな祈祷室を造っておき、毎日、朝晩瞑想をされ、祈祷されました。教会がない所に赴任されると、教会を造られました。そして、教会はあっても牧会者がいない地方に行かれれば、何としてでも牧会者を招聘しようと献身的に努力されました。驪州にいらっしゃる時には、一人の教師が先父の献身的な生き方を見ながら、その根がキリスト教の信仰にあるということを知り、その方は神学校に行って牧師になりました。そのような方もいます。そのように先父は、農村の子供たちを愛され、教育する仕事に専念され、ただひたすらまっすぐな信仰生活をしながら、解放後の貧しく困難だった農村において、さながら灯台のような立派な人生を送られました。
先父は、一九七四年に定年で退任されたのち、城南市板橋洞の自宅で静かに読書と思索をされながら過ごされ、一九七七年、肝硬変で仁川基督病院に入院され、それが悪化して一九七八年三月十八日午前一時ごろ、私の生母と私の兄弟が見守る中で平和な顔をされながら静かに息を引き取られました。
一九九七年に、私が真のお母様にお会いしたのちに手紙を差し上げました。心の中で、私の記憶の中に残っている先父の姿をきちんとお話し申し上げたほうが良いと思ったので、その内容を手紙に書き、会長を通じてアメリカにいらっしゃる真のお父様に送ってさしあげたことがあります。真のお父様がとても喜んでいらっしゃった、という話を聞きました。その内容をここでお話しいたします。
先父は、現在、清平修錬苑がある雪岳面において勤務されたことがあります。それは一九五九年から六二年、三年までだったと思います。今、雪岳面に入っていき、清平修錬苑に入っていく方に曲がっていけば、すぐ清平教会があり、そこからもう少し行けば村の外れになり橋が現れますが、そこの橋を渡る前に、すぐ右側を見れば小学校が見えます。私は先父に従って小学校を約五箇所経ながら卒業したのですが、ほかならない雪岳面にあるその迷源小学校で卒業したのであり、先父はそこで約三、四年公職生活をされました。
その時、校舎があまりにも古くてそれを新しく建て直したのですが、その校舎を建てようとすれば、加平の教育庁まで仕事をしに毎日通わなければなりませんでした。その当時、交通の便がとても悪く、清平駅から富岳面まで一日に二回しかバスがありませんでした。その小さなバスが故障すれば運行せず、また雨が少し降っただけでも運行しなかったのですが、そのような困難な条件の中で、小学校の校舎を新しく建てるために加平の教育庁までいつも通われました。
そして、そこは、なにしろ空気が良い所なので、肺結核の叔父が私たちの家に時々療養しに来られたりもしました。来られると、私と私の弟に「川に行って鯉を買ってきなさい」と言われました。そうすると弟と二人で今の修錬苑に行く方に越えていくのです。修錬苑は右側に行きますが、もっとずっと行けば川が現れ、その川岸に掘っ立て小屋がありました。その小さな掘っ立て小屋には、魚を獲って売ることを生業としている老夫婦が住んでいました。そこに行ってお金を出し、二匹ほどの大きな鯉を買って棒に挟んで家まで担いできて、療養されている叔父に届けたりもしました。
先父は、他界されるまで特別に病院に通われるということがありませんでした。とても健康でしたが、肝硬変で他界されました。常に腰を曲げずに力強く歩かれ、朝は早く起きて家族たちを起こしました。賛美歌を歌いながら布団を畳まれ、掃除もされました。私は、いつも整理され掃除される父親の習慣を見て、それを学び身につけながら育ちました。
生前、先父にお会いした方が食口の中に二人ほどいらっしゃいます。鄭壽源会長が一九六〇年代の中盤に協会本部に勤務されている時、その時何度か行ってお会いしたということです。
その次には、先父のお墓が城南市盆唐の南ソウル公園墓地にあるのですが、一九九八年にお墓参りに行った時、洪順貞会長が話をしてくださいました。昇華される何年か前まで、家は板橋にあったのですが、私たちは職場の関係でみな地方に出ており、私の母親と先父のお二人がそこに住んでいらっしゃる時に、洪会長が板橋に行かれて先父にお会いしたということです。
二 再臨準備、信仰の主流継承
解放直後の韓国キリスト教の神霊役事
この韓国の地を中心としてある天的な摂理があるとすれば、この地において内的使命を果たす運動が始まらなければなりません。その中で、外的な使命は男性たちが責任をもたなければなりませんが、内的使命は女性たちが責任をもたなければなりません。内的使命は女性たちが果たし、外的使命は男性たちが果たさなければならないということです。
堕落の型を見れば、エバがアダムを主管しました。それゆえに、復帰路程においては婦人がアダムを身代わりして内的使命の責任を負い、またアダムはエバの主管を受けたので、男性たちは復帰路程において外的な使命を担当するのです。そのようにして堕落した当時の基準を探し立てていくのです。
それゆえに、この韓国の教団においては神霊的役事が起きなければなりません。韓国のキリスト教の歴史はおよそ八十年になりますが、今から約六十年前から神霊役事が始まりました。そのようにして、解放される年まで続きました。そして、解放直後、全国的に「聖霊降臨四十周年復興会」を一ヵ月あるいは四十日間行ったのです。今(一九六〇年)から五十年ないし六十年以上前から、宗教界を中心としてこのように神霊役事の基盤が築かれてきたのです。そして、それが左右に分かれ、内外に分かれていきながら、神霊役事が展開していったのです。そこで特別に心霊的祈祷をする婦人たちには、イエス様が直接現れて指導されました。
今まで、キリスト教はイエス様と聖霊を中心として役事してきましたが、天の内的な復帰摂理を完結させることができる内的基準に立脚した基盤を広げたのではなく、外的基盤を築くための基盤を広げてきたので、イエス様は、この地上に来られて本来の使命を完成することができる勝利の基盤の上に立つことができませんでした。勝利の基盤の上に立つためには、内的な基準を新たに編成しなければなりません。すなわち、今日のキリスト教がつづってきた外的歴史を必ず受け継がなければならないのです。このような責任を担うためには、相続する順序から見るとき、必ず婦女子たちがこの事柄を中心として相続の役事をなさなければなりません。
このように復帰摂理歴史は、女性たちを中心として摂理の出発をしましたが、女性たちはみ旨がどのようになり、どのように帰結するかということについて知らずにいます。ですから、全体のすべての決定的責任は、女性たちが果たすことはできません。なぜ果たすことができないのでしょうか。それは、女性であるエバが堕落したからです。アダムが責任を果たすことができなかったことによってエバが堕落の結果をもたらしたので、再び来られる主は、アダムが失敗したすべての内容を再び収拾し、新しい中心を決定しなければならない立場で来られるのです。全般的な内外のすべての内容を収拾し、勝利の基準を築くためには、必ず決定的な権限がなければなりません。これは、再び来られる主、すなわち第三次アダム格として来られる主だけが解決できる問題です。
元山と鐵山を中心とした神霊役事
韓国の地は東と西に区別されます。東側には山が多く、西側には平野が多くあります。韓国の東側部分は男性的な姿をしており、西側部分は女性的な姿をしています。神様の摂理も、韓国の地形と同じ形態を取られました。すなわち、東側部分には男性的な特質を、そして西側部分には女性的な特質をもたせられたのです。
北韓の東海岸に元山と呼ばれる都市があります。この都市で一つのキリスト教運動が起きました。西海岸には鐵山と呼ばれる所がありましたが、ここでも一つのキリスト教運動が起きました。東海岸地方の多くの人々がこの運動に従いました。彼らにイエス・キリストが現れ、御自身の過去と、今後追ってくること、そして今後起きることなどを話されました。
男性は東側であり、婦人は西側です。それゆえに、西側である鐵山では婦人たちが神霊役事を行い、東側である元山を中心として、男性たちによる神霊役事が起こりました。黄國柱、李龍道、白南柱などがそこで神霊役事を行いました。その時、このような外的な形態を基盤とした神霊役事の責任を負ってきた方が李龍道牧師です。
男性だけではなく、女性を中心としても出てこなければなりません。男性がそのような立場に立つと同時に、女性たちを中心として、三代の女性たちが天の摂理に備え、それを迎えるための準備をしなければなりません。なぜでしょうか。エバが堕落したからです。ゆえにエバが天の前に先に呼ばれ、女性として今後主がどのように来られるかということを知って、これを三代にわたって準備しなければならない、このような摂理史があるのです。
そのような混乱期において、皆さんが知っているように金聖道から許孝彬を経て三代が出てきたのです。その背後においては、白南柱から李龍道牧師、新イエス教会派など、その相対的な新しい男性的教派が生まれるようになっていたのです。
再臨準備の主流信仰の道
皆さんも知っているように、お母様のお母さんになる大母様は、一生を信仰一筋に生活してこられた方です。その中で、特に私たちが記憶すべきことは、新しい摂理歴史において、再臨主が人として来られるということを宣布して新しい教団をつくる、そのすべての役事に最初から参加したということです。李龍道牧師以前に白南柱を中心とした聖主教がありましたが、この聖主教が李龍道牧師の新イエス教を通してそこで一系統が分かれました。聖主教の金聖道おばあさんが一代目であり、二番目である腹中教の許孝彬の系統を受け継ぎ、おばあさん(大母様)が信仰の主流の伝統を受け継がれたのです。そのようにして、来られる再臨主を迎えるための先発として来られた方でもあります。
そのようにしながらお母様を生んで三代目のエバ的役事をなしたのですが、お母様の時代に来て実を結ぶことができる、そのようなみ旨を暗々裏に知って準備してきたおばあさんだと言うことができます。その間の苦労は言葉では言い表せないものです。周りにいる兄弟や親戚や同志の誰もが避けるこの道を独りで歩み、生食をしながらありとあらゆる歴史を経てきたのです。しかし、最後まで中心の思想を曲げずに歩んでくることによって、お母様が先生と出会うことができる基台を造成したのです。
鄭壽源氏のおばあさんである金聖道を中心とした聖主教から、お母様まで来たのです。三代を通じて来たのです。ここでおもしろいことは何かというと、金聖道おばあさんに対して、趙氏などの二人の娘が忠誠を尽くさなければならないということです。縦的なカイン・アベルの基準で、金聖道おばあさんがその二人(趙元模氏、洪順愛氏)に侍ったのです。それゆえに、金聖道おばあさんは、誰よりもこの二人を心から尊敬するというのです。すべてのことを任せるのです。そのようにしているうちに、腹中教が出てくると同時に分かれていくのです。
神霊役事の精誠基盤の継承
三代が再臨主を迎えるための準備をしました。既成教会やカトリックからどれほど反対されたでしょうか。李龍道牧師を中心として新イエス教をつくったといって、どれほど迫害されたことでしょうか。
お母様のお母さんは、主を迎えるために精誠を尽くすことにおいては韓国の代表です。主が人として来られるといって、腹中教から従ってきた者たちなのです。そしてお母様は、すべてのエバ的責任を果たした、そのような韓国の歴史を代表するおばあさんたちから祝福を受けていたのです。
再臨主を迎えることができる団体から、重要な幹部として教育を受けてきました。そのようにして、避難してくる時、新婦の装いをして新郎を迎えるように準備した教主から、お母様はすべての祝福を受けてきました。最近になってそれがすべて成就したのです。先生とは二十三歳の違いがありますが、二十三年苦労したのは、お母様がそのような祝福を受けた基盤を立てるように天が準備されたからです。
お母様のお母さんは、許孝彬に篤実に従っていた人でした。お母様のお母さんは、お母様が四歳の時にその集団に連れていったのですが、許孝彬の母親がお母様を祝福したのです。それは、お母様に使命が継承されるという意味でした。お母様は、もちろんそのことを知りませんでした。先生が一九六〇年にお母様と出会った時、先生はそのような事実を知りました。神様によって準備されてきたすべてのことが一九六〇年に一つになったのです。それで、今、真の父母が現れたのです。
神様は責任を負わせれば、ある一時に必ずその責任を埋めてこられるのですが、人々はそのことを知りません。今まで準備した集団が失敗してきた歴史的内容を、すべて収拾して連結させる作戦を行ってこられたのです。彼らはサタンとの闘いでみな倒れて滅んでいきましたが、それを相続して引き継ぐことができる統一教会が残るようになりました。このように、韓国の歴史において異端者として非難され、追われてきた人々がみな犠牲になったので、彼らが再び復活することができる時代が来なければならないのです。
真のお母様のみ言
二千年前にイエス様がイスラエルの地に誕生されるまで、天は、その民族がイエス様を迎えて天の家庭を築き、一つになった国家を築いて世界へ進んでいくことができるようにするために前もって準備させました。しかし、その時に準備されて責任を担った人物たちは、天の深い意味や事情よりも現実問題に汲々としてイエス様を正しく理解することができず、ついには十字架に送ってしまったのです。
それで、イエス様の復活以後二千年間伝わってきたキリスト教文化を中心として、来られる主を迎えるための新婦としてのあらゆる準備をなすことができるように、天は、無知な人間たちを悟らせながら役事してこられました。天は、韓国を選民の国として選ばれ、韓国のキリスト教が短い歴史しかもっていないにもかかわらず、解放直後を通じて新しい主を迎えるための内的準備を行う団体を立てられました。
そこに、平安北道の鐵山を基点として、エバの使命を蕩減復帰する、金聖進おばあさんが主軸となった聖主教団がありました。また、聖主教団の金聖進おばあさんが死ぬと、そのあとを継いで、聖主教団の平壌教会の責任者であり、腹中教をつくった許孝彬氏夫婦を通して、天は、内的にどのように再臨主を迎えなければならないかということを直接的に教えてくださいました。
衣服を準備するにおいても、イエス様が生まれて三十三年の生涯路程を歩まれる時までの全衣服を、それぞれサイズに合わせて作らせるなどの実質的な準備をさせられました。そして、再臨主の三弟子に誰がなり、また三十六家庭の形態を準備する役事までもありました。
北側では、共産党の勢力が大きくなると同時に、宗教に対する弾圧も激しくなりました。それで、一九四六年八月、許孝彬氏も平壌の大同保安署という監獄に入るようになったのですが、監獄で再臨主に出会うという啓示がありました。その時、真のお父様も、平壌で伝道している中で捕まり、同じ監獄に入られるようになったのです。
その監獄で、許孝彬氏の一番弟子である黄元信氏を通してお父様がこの事実を聞かれ、許孝彬氏に手紙を送られたのですが、途中で看守に見つかり、お父様は激しい拷問を受けて歯まで折れる受難を経られたのです。
その時が、私が以南に下ってくる少し前だったのですが、許孝彬氏の母親が啓示を受けて私を呼ばれたのです。六歳のころでした。許孝彬集団は、聖主教に続いて再臨主のための新婦の使命を果たす団体だったのですが、その名目のもとで私に祝祷をしてくれたのです。「この次に大きな使命を果たされる方だ」という祈祷を受けました。白いチマチョゴリを着た若いおばあさんが私一人を呼んで、「天の啓示があった」と言いながら祝福してくれたことをはっきりと覚えています。
私が六歳にもならなかった時に「このお方こそ天の新婦になられるだろう」と予言したのです。彼女はその時、六歳にもなっていなかった幼い少女が天の新婦になる運命に生まれついたという啓示を頻繁に受けていました。
三 真のお母様の学生時代と信仰
南韓での生活
真のお母様のみ言
腹中教に出入りしているころ、母方の叔父・洪順貞氏が日本の留学から帰ってこられ、南側に渡って軍隊に入隊しました。叔父は知識人であると同時に、とてもおしゃれな方でした。一時は共産主義に心酔したりもしました。叔父が軍隊にいる時、外祖母が叔父にあまりに会いたいということで、外祖母と大母様と私の三人で「叔父に少しだけ会ってくる」と言って南下したのですが、その時から、そのまますっと以南にとどまるようになりました。南下してきた当初はソウルの孝昌洞にいました。それで、孝昌小学校に入学もしました。
叔父は再び北側に上がっていこうとしましたが、状況が思わしくなく、上がっていくことができませんでした。叔父に多くの話を聞いてみてください。
趙氏おばあさんは、私といつも一緒にいらっしゃったのですが、そのおばあさんと通りを歩くと、人々が私のことを「とてもかわいい」と言って誰もがかわいがってくれました。それで、人々はあま0出歩くことができない時だったのですが、私はあちらこちら歩いて回りながら、人のお使いもたくさんしてあげ、たくさんの愛を受けました。南韓に下ってくる過程においても、女子供であり、幼い子供である私がいたので、無事に南に渡ってくることができたのです。
かわいくきちんとしていて、このように行く所ごとに羨望の対象となり、周囲の多くの人々から愛を受けながら育ったのですが、もし私が早めに婚姻していなければこの世に奪われる余地もたくさんあったので、幼くして聖婚させ、あらかじめ天が私を抱かれたのではないかという考えをしてみたりもします。
いずれにせよ、そうこうしているうちに私が八歳の時、六・二五動乱が勃発しました。戦争でソウルから避難するようになったのですが、その時、叔父が大きな助けをしてくれました。大母様は、ただひたすら主に出会うことだけを思いながら絶えず精誠を尽くして過ごしていらっしゃったのですが、叔父が軍隊にいて、漢江の橋が爆破されるという情報を入手したのです。それで、ある日、小型トラックを運転してきて、外祖母と大母様と私を乗せて南側に避難したのです。
漢江の橋を渡る時、叔父は私たちに「橋を渡ったらすぐに降りなさい」と言いました。私たち一行は、叔父に言われるがまま、橋を渡るや否や降りて身を伏せたのですが、その瞬間、漢江の橋がホーンと爆発したのです。その時、漢江の橋を渡っていた多くの人々と軍人たちが川の中に落ちて死にましたが、幸運にも私たち一行は叔父の助けで命を取り留めることができました。
私の年齢ぐらいの韓国人は、大部分戦争と厳しい受難時代を経ていますが、私においては、すべてのことに絶えず天が保護する中で守ってくれ、無事に過ごしてくることができました。六・二五動乱も、大きな事故もなく無事に送ることができました。
避難中に私が風邪にかかった時は、大母様が飴をふくませてせきを止めさせ、けがをした時は、サボテンに御飯を擦りつぶして傷に塗り、膿を出させて傷を治してくださったことが思い出されます。
入教前、大母様は、主を探し出す日までを目標として絶えず伝道されました。祖母と私の面倒を見ながら避難生活をされていた時、大邱で聖主教の食口であった鄭錫天長老家族と出会い、そこで何年間か生食をしながら生活しました。そのようにしたのち、鄭錫天長老の弟である鄭ピョンファ氏を訪ねて済州島に行き、何ヵ月間かそこで生食をしながら過ごしました。
その後、春川へ上がってきたのですが、大邱にいらっしゃった鄭錫天長老から「不思議な先生」が来られたという知らせを受けました。大母様は、「不思議な方ならば、おそらく私たちが探し回っているそのお方かもしれない」と言われながら、大邱に行かれたのですが、会うことができず、再びソウルに上がってこられ、青坡洞にいらっしゃったお父様の、そのお宅をお伺いするようになったのです。
お父様にお会いしたのち、大母様は春川で牧会をされました。私はその春川の鳳儀小学校を卒業しました。卒業するころ、按手事件が起きて、大母様が監獄に行かれるようになったのですが、その時が中学校の入学試験を受けなければならない期間でした。しかし、大母様がいらっしゃらす試験を放棄していたのですが、ソウルにいた叔父がちょうどその知らせを聞き、春川に来て私をソウルに連れていって入学試験を受けさせたのです。既に前期は終わり、後期が残っていて、聖貞中学校(現・善正中・高等学校)の試験を受けて合格しました。聖貞中学校に入学すると同時に、叔父が住んでいらっしゃる新堂洞へ引っ越してくるようになりました。
洪順貞先生の証
姉が投獄された時、私は春川で陸軍中佐として、小さな部隊の部隊長をしていました。投獄された翌日、速報が私のところに飛んできて大変驚きました。あれほど信仰生活だけを忠実に行っていた善良な姉が、刑務所に入るということは想像ができない話なので理解ができませんでした。それで、担当判事を訪ねていきました。
経緯を調べてみたところ、精神病患者を治療してあげようということで最初から祈祷を捧げ、どうこうするうちに、その病人の熱があまりにひどくなったからなのかは知りませんが、そのまま死んでしまいました。それで投獄されたのです。その判事の話では、宗教の力で患者を治療してあげようという信仰で祈祷し、その途中で不本意ながら過失致死になったということは自分も理解するが、ここに住んでいるその家族たちの恨みゆえに、今すぐには姉を釈放することができないということでした。「善良な人だということは自分も理解しており、純然たる宗教問題だということが分かっているので、このような状況を報告書によくまとめてソウル高等裁判所に送致するつもりなので、もう少し我慢していなさい。それをもってソウルに行って報告すればすぐに釈放されると思うから、信じて安心していなさい」ということでした。
それを聞いて初めて心が落ち着き、姉に面会してそのとおりのお話を申し上げました。普通の人であればとても歓迎しながら「ありがとう」と言うところですが、それとは正反対に「お前は分からないのでそうなのだ。そうではない。今、私がここにいるのは神様のみ旨によることなのに、お前が勝手に判事に話をして人為的に釈放させれば、神様のみ旨に反することになる。それではいけない。帰りなさい」と言われ、姉は再び監房に入っていきました。
その時、鶴子お母様は、春川で小学校を卒業して女学校に進学しなければならない時だったのですが、姉が精神病患者を治療することに熱を上げていたので、女学校に進学させる時期をほとんど逃していました。それで、大変なことになったということで、軍隊のジープに乗せて春川からソウルに走っていきました。その時、折良く学生募集をしていなかった学校が一箇所残っていました。今の西大門の方にあったのですが、そこに直接お連れして、その場で願書を書き、翌日だったか面接を受けて、そこに入学することができました。それで、その学校に対しては本当に感謝の思いをもちました。
その当時、私の家はソウルにあり、もちろん春川で続けて勤務していましたが、その後、陸軍本部の医務補給課長として転任すると同時にソウルに出てくることになり、お母様をお世話して一緒に過ごしました。その後、またいくらもたたずに釜山医務基地の補給倉長として転出し、釜山に下っていったので、一緒にいた期間は大変短いものでした。
しかし、その当時幼かったお母様に対して残っている印象は、第一に、幼い年齢のねりには男性以上に言葉数が少なく、とても落ち着いているということでした。そして、また一つは、頭が驚くほど良かったということです。並外れていました。そのことが、今も印象にはっきりと残っています。
そして、看護専門学校に入学したのですが、そこに対して私はとても悩みました。なぜなら、南韓に私の直系の親戚が全くいないからです。そのお母様が女学校を卒業して再びどこかの学校に進学しようとすれば、親戚に任せなければならないのですが、それができないのです。それで、私の先輩の方々と相談した結果、カトリック教会が直接経営している看護専門学校があり、規律も厳しく、まじめなところである上に、修道女たちが寄宿舎の舎監なので安心して任せることができるということで、その学校の寄宿舎にお母様を任せ、私は釜山に行きました。
一片丹心、絶対純潔の生活
洪氏おばあさんも、三代の中に組み込まれて自分の意識で行動したのではないのです。自分が考えて行動しているのではありません。天がそのようにさせたのです。ですから、持って生まれた何かがあるのでしょう。それゆえに、世の中からどれほど多く迫害されたか分かりません。
ただひたすらに天のためには何でもすることができるという背景があります。年齢がどうであろうと、何がどうであろうと問題でないのです。洪氏おばあさんのような人は、信仰0‐道のために男性であろうと女性であろうとすべてほうり投げてふろしき包みをまとめ、主に出会うために歴史的な受難の道を歩んできた人です。ですから、お母様もそのような訓練をした歴史があるのです。それは最も簡単なことでしょうか。み旨のために行く夫の道であり、熱烈な精誠を尽くす夫の道であるならば、より熱烈な精誠を尽くすことを願う心をもった家門が必要です。それで、先生はお母様を選んだのです。
人間世界の情を知らず、天情の道理を受け継がせるために、一片丹心、身骨が溶け出すことも意に介することなく、一片丹心に神様の前に絶対服従し、絶対従順する道を行ったのです。それを悪魔はできないようにするのです。お母様の容貌は良くないですか。お母様の顔は美しいのです。娘のころ、容貌は悪くなかったはずです。ですから、誘惑がなかったでしょうか、あったでしょうか。ありとあらゆる誘惑があったはずです。そのようなお母様に接するようにさせてはいけないので、天が聖別生活をさせました。皆さんはそれが分かりますか。
学生時代、お母様は、嫁に行かないで修道院に入り、果樹園を追って独りで生きようと思っていたのですが、「十八歳でもう嫁に行ってしまった」と言っていました。それは私が作った話ではありません。私がお母様から聞いたのです。アメリカでは十七歳になると成人とみなしますが、韓国ではそうではありません。ですから、お母様自身、愛というものが何なのかを知らなかったのです。異性に対する何の考えももたなかった人でした。
真のお母様のみ言
復帰摂理路程において、女性の役割はとても重要です。特に母の使命を準備することに対して、天は、人間が知らない中で、サタンの讒訴を受けない限度内において大変な苦労の路程を導いてこられました。
趙元模おばあさんと洪順愛大母様は、再び来られる主を迎えるための準備と信仰で生涯一貫した生活を送られました。世の中と妥協されず、安逸な家庭環境の中で型にはまった信仰をすることなく、二十四時間をすべて天の前に奉仕し、主を迎えるための準備に限りない精誠を尽くされました。そのような信仰生活で、大母様はほとんど家にいらっしゃらなかったので、私は、幼い時には主におばあさんと多くを過ごしました。それで、その趙氏おばあさんを通して自然に、当たり前に信仰を受け入れるようになったのです。
外祖母は、私に対する天の何かのみ旨を知っていらっしゃったのか、私が世の中に染まらす、とにかく純粋に育って天の前に用いられることができる貴い娘として成長するように多くの精誠を注がれました。外祖母は、絶えず私に「お前のお父さんは、天のお父様だ」と言われました。その記憶しか思い出しません。「天のお父様がお前のお父さんだ」と言われていました。
それで、父親と言えば、肉身の父のことを思わず、いつも天のお父様のことを思ったので、神様を思うと常に心温まる感じをもったのであり、外的に見れば人々がすぐには理解し難い環境で育ちましたが、特別な不平不満はありませんでした。いつも何かが私を包んでくれているような温かい感じがして、常にゆとりのある心で過ごしました。大母様やおばあさんにも、肉身の父親に対してや、またお二人がどうしてこのように暮らされるのかなどといった質問は全くしませんでした。ただそのままその生活に満足しながら暮らしていました。肉身の父母に対する恨みや反発感といったものは、私の人生には全くありませんでした。
二千年前のイスラエルの国においても、主を迎えるための内的な準備が多くあったように、解放前の韓国においても、再臨主を迎えるために準備した団体が数多くあり、復帰摂理歴史を内面的に歩んできた団体も数多くあったのですが、おばあさんと大母様は、そのような団体を探して歩きながら世の中と一切妥協することなく、ただひたすらみ旨だけのために、ただひたすら主お一人に出会うその日だけのために生きてこられました。結局、そのような信仰が私をこの位置まで導いたようです。
絶えず深い信仰生活をされました。絶えず分別され、清潔な生活、清い生活をされました。私は、生活の大部分を大母様から学びましたが、趙氏おばあさんもそうであられました。
趙氏おばあさんは、真のお父様と私が聖婚したのちに亡くなられましたが、霊界に行かれても、仏教系の霊通する信女(在俗、女子の仏教信者)である尹清浄心氏に現れて、「時になったので昔の君主が王位に就く時に着る服を作りなさい」と言ったことがあります。結局、尹清浄心氏はこれを果たすことができずに逝きました。また、おばあさんは、真のお父様を「王の王だ」と言われ、時局が変わるたびに、その位置がお父様の位置であると証されたりもしました。
素晴らしい性稟と資質
お母様は、本来おとなしい方です。今、四方にすべて目を注ぐことができるのは、私に会ってそのように訓練されたからです。事実、おとなしい女性です。青坡洞に行ったり来たりする時も、一つの道だけを行くのです。いつもきちんとその道を行くのです。(笑い)私が注意して見ていました。一度来る時もそうであり、二度来る時に見回してみてもその道をきちっと行くのです。次に来る時もまたその道を来るのです。(笑い)きちんとした道を通うので、「ははあ!」と思いました。
また、お母様を見るとき、女性として非常に端正だというのです。きちんとしています。お母様がしとやかにしている時は誰にも劣らない、尊敬することができる内的な性稟をもっています。また、伝統的に「ため」に生きる愛をもった代表的な女性を探してみると、お母様がすべての面において一致するので選んだのです。文総裁の目は偽物ではありません。
顔が美人だからといって素晴らしいのではありません。心が美しいので、顔が美しいのです。心が美しいので、声も美しく、姿も優雅なのです。壇上でも、とても自然です。壇上で初めて歌を歌った時はいつかというと、十六歳の時です。高校二年生の時です。さっと歌うと、とても有名になりました。先生がいようと誰がいようと、壇上に上がっていけばチャンピオンのように堂々としていたのです。
見掛けはおとなしく見えますが、度胸があるのです。見ればすぐに分かります。手を見れば分かるのです。お母様の顔は優しそうに見えますが、手を見れば違います。分厚く、腹が据わっています。壇上に立っても少しも動揺しません。それゆえに先生は、お母様として迎えたのです。「今はなんだかんだ言うが、見ていなさい」と思ったのです。
真のお母様のみ言
当時、私は性格がおとなしいほうであり、平穏で静かな雰囲気の中で読書や音楽を好む性格の人として学校の中でも知られていました。また、とても知的なイメージの女性としても知られていました。極度に感情的でもなく、極度に激することもなく、常に理性的であり、初めて会う人にはむしろ少し冷たい印象まで与えたはずです。
私のその当時の生活は、ほとんど修道女のような生活でした。男性と一緒に活動することは一切避けていて、さながら温室の中に咲く一輪の花のように、外の環境から完全に自分自身を隔離していました。今になってこそ、それがいつか主にお会いして、主の新婦になるための人として聖別するための天の準備だったということを知りましたが’当時としては何も分からなかったでしょう。
本来、私の性格も外向的ではなく、常に消極的であり、世の中から離れて自分自身の世界を楽しむほうでした。それで、男性たちに対してはほとんど完全に無視するかのように行動したのであり、周囲にいる青年や男性たちを私のほうから先に見つめるということもありませんでした。男性を見るだけでも何か気恥ずかしく、純粋性を失ったように感じたからです。
学校に通う時、私は出歩くことを好ます、運動を避けながら静かに読書を楽しみました。そして、どの学校に行っても先生から愛され、保護されました。比較的まじめなほうだったからなのか、先生たちがよく面倒を見てくれました。また、先生方は「君は最近の子供のようではない」と言いながら「少し外に出て歩いてみなさい」とそのようにも言われましたが、それは、悩みが多いなどの理由によるのではなく、ただおとなしく座って静かにしていることが好きなのでそのようにしていたのです。
思春期などの成長期においても、私は生きることに対する悩みをもつことがありませんでした。おばあさんや大母様が常に天に侍って生きる信仰を植えつけてくださったからです。
時々「テス」のような小説を多く読み、のちのち気に入った友人と一緒に田園生活をしながら暮らしたいという考えをもったりもしました。友人たちの間で「あなたは澄まし屋だけど、お嫁には先に行くでしょう」という言葉を聞いたりもしました。
聖婚したのちは、過去の学生時代に対して考えることがなかったので、特別に思い出すものがありません。考える暇もなかったでしょう。最近になって時折訪ねてくる友人たちがいて、その時の記憶が少しよみがえったりもします。
最近、女性連合の大会の時に私を訪ねてきた友人がいるのですが、中学校の同期で呉クヮンヂャという友人です。同じ町内に住み、一緒に学校に通ったのですが、その父親が私を大変愛してくださいました。また、高校の一年先輩であるヘレン・キム(Helen Kim)という人がいるのですが、その母親が私を見て「きちんとしていてかわいい」と言って多くの関心をもってくださいました。ヘレン・キムは、今もカナダに住みながら何かの折には私に手紙を送ってくれ、また会ったりもしました。大会のたびに参席していると聞いています。
善正学校を引き継ぎする時、その学校に行ってみると、その当時の国語の先生がそのままいらっしゃいました。その国語の先生の顔が思い出されました。また、作曲家の李フンニョル先生の弟子である数学の先生が私を大変愛してくださいました。
六〇年代までは、衣服で自分自身を包み隠すようにほとんど目立たない生活をしました。天が私を世の中と妥協しない生活へと導かれるので、簡素な生活環境で暮らしました。神様は、私がサタン世界の空気をかぐことも嫌われるほど徹底的に保護してくださり、そのような環境の中で、私は、私自身の考えをすべてなくし、天が導かれる生活だけをしました。
そして、常に日記を書きましたが、不思議なのは、何気なく書きつづることが「私たちの願いは統一などの、大抵このような文句でした。後日、お父様のみ言を聞いてから、そのようなことが意味をもって記憶されたりもしました。
昔、私が学生の時、おそらく中学校の時だったか、運営委員長をした記憶があるのですが、その時、全校生がいる場所で壇上に上がり決定された事項を話さなければならないことがありました。それで、その話をして下りてくると、その時に国語の韓ヂョンエ先生──今も勤務している──や、何人かの先生が「いやあ! 鶴子は大したものだ」と言ったそうです。いつも周囲の人々には、静かでおとなしい学生という印象を与え、すぐに親しくなることも難しいという印象を多く与えていたので、そのように言われたのでしょう。私はただ説明しただけなのに……。それが、私が多くの人々の前で話をしてみた最初の経験でした。それ以後は、私の運命がこのように変わったので、全く話をせずに暮らす生活をしました。
第二節 真のお母様の選定と聖婚
真の御父母様の生涯路程 10
第二節 真のお母様の選定と聖婚
一 新婦候補者競争
真の愛の春風
私のこの小さな目が、世界の母となり得る人をいい加減に選んだりするでしょうか。統一教会のお母様の選択時代において、女性という女性がみな「お母様になる」と言って、女性の勢いが非常に盛んな一時がありました。一九五七年から七年の間、愛の春風が吹いたのです。
この統一教会の女性たちの世界において競争が起きるのです。おばあさんも「自分が宇宙の母だ」と言い、おばさんも、また夫と生き別れた女性もそのように言い、若い娘までがみな「自分が宇宙の母だ」と言うのです。先生が独りで暮らしているので「私が先生の妻にならなければならない」といって風が吹きました。この世でもこのような風が吹くことを何と言いますか。「恋煩いをする」と言うでしょう? 恋煩いでも最高の恋煩いをするのです。
エバが堕落する時、三種類の心情圏を犯しました。父母の心情圏と兄の心情圏と夫の心情圏を一度に犯してしまったのです。それをいかに蕩減復帰するのでしょうか。蕩減復帰しなくては戻ってくる道はありません。兄の情を破壊し、兄を滅ぼしてしまったのが女性です。それから自分の夫を滅ぼし、その次には父を滅ぼしてしまったのです。三代の恨を抱いているのです。三代滅亡の条件を蓄えているのです。そのように三大心情を蹂躙したエバなので、再臨時代が来なくては女性を解放する道がありません。
女性が三大心情を蹂躙したので、先生に出会うとお兄さんのように感じるのです。「ああ、お兄さんのようだ! 本当にこのような男性は初めてだ! 私のお兄さん! 一番だ!」と言いながら、先生のところに来て、無性に抱擁してもらいたいと思うのです。
兄と一緒に成長したのちには何になるのですか。新婦になるのでしょう? それゆえに、兄と一緒に育って、先生と結婚式を挙げる夢の啓示を実にたくさん受けるのではありませんか。女性はみな先生と結婚式を挙げるのです。指輪をはめてもらい、エデンの園の花畑を一緒に歩きます。そのようにして、間違いなく先生を夫だと思うのです。
そのようにして心情を誘発させるのです。アダムは兄の情を失ってしまい、夫の情を失ってしまいました。それから何ですか。父の情を失ってしまいました。これは何としても許すことはできません。ですから、このようにして三時代の心情を一人の男性に感じなければならず、数多くの国を代表するような女性たちが、女性として先生をそのように恋い慕い、身もだえしなければなりません。それで、先生に会いたくて夜も寝ることができなくなるのです。
それゆえに、祈祷して霊的に見るようになれば、約婚の指輪もはめてもらい、裏山でデートもするようなことを見せられるのです。そのようにしながら、ある一時のある場所を中心として、失ってしまった三大愛を蕩減復帰することができる心情的復帰圏ができなくては、女性が本然の世界に入っていく出発をなすことはできません。統一教会において、初めてそのような出発をなすことができる根が生まれたのであり、そこからすべて枝のように大きくなっていったので、今までそのような作動を行ってきたその原則に従っていきながら、すべて入っていくことができる道が生じるのです。
家庭内の三代の女性たちによる競争
それはすべて過ぎ去った話ですが、お母様をお迎えするようになる時のことです。「ああ、先生は私たちの中からお母様をお迎えになるのだ。先生がお母様をお迎えする年になってきた」と言ったのです。先生が四十歳になったので、四十数ということが分かるのです。四十歳になってきたので、三年前の三十八歳の時から騒々しくなったのです。親戚の中に美しい娘、優れた娘がいれば、すべて手帳に書き込んで連れてきて「あー、先生はもうこれこれこうなので、うまくすればお前が先生を夫としてお迎えするのだ」などと言いながら、ありとあらゆる妖しい事件が起きたのです。
統一教会の中では、おばあさんから母親と娘までの三代が精誠を尽くすのです。「我が家から先生の相対が出てこなければならない」と言って精誠を尽くせば、すべて教えてくれるというのです。すべて啓示を受けて間違いないと信じたのです。そのような人々が大勢いました。また、今まで先生が復帰歴史を歩んでくる中で重要な仕事をさせたおばあさんたちも、みな霊界を通じて「先生の結婚相手には自分たちが選ばれなければならない」と思っていたのです。(笑われる)
それでは、そのような環境だったので、何かのうわさが立たないでしょうか。先生が誰かと少しぽかり近く接しただけで「先生はどこどこの家の娘と結婚するだろう。これこれこのようになるだろう!」と言い、また霊通する人々は、祈祷する中で「誰々がなるだろう!」という啓示を受けて話し、様々なうわさが飛び交う状況でした。お金があり、勉強をして、大学を出て、その上、立派な家門をもった多くの女性たちは、大変な自信をもちながら、そのように考えていたのです。その時、先生は四十歳だったので、二十五歳以上、二十八歳、三十歳を中心として、その前後の女性たちは本当に大きな夢を描いていたのです。その時、先生は結婚をしていなかったので、そのような女性たちがたくさんいました。
それで、心の中でお互いに競争しているということを、お互いが知るようになったのです。そして、経験のない十代の少女が入ってきたとしても、この統一教会で耐えることができないはずであり、また分別していくこともできないと思ったのです。ですから、その環境において、どれほど神経戦が行われたことか、考えてみてください。銃弾が飛び交うことはありませんでしたが、どれほどその心情弾が交差しただろうかということを考えてみてください。
三代を動員して先生をお迎えしようと、家族全体、氏族全体が準備をするのです。布団を準備し、服を準備して、結婚する準備をするのです。霊界がさせます。すべて手抜かりなく教えてあげます。三代を通して教えてあげるのです。先生がデパートのような所にでも行けば、三人が同時に先生のいる場所に訪ねてきます。おばあさん、お母さん、そして娘が、約束でもしたかのように訪ねてくるのです。「今、先生はどこどこに行っているので早く行きなさい! 何時までに行かなければ大変だ」という啓示を、霊界から三人が同時に受けるのです。三人がみな嫉妬する立場です。
三代が一つにならなくては縦的な基準ができません。また、横的に見れば三族です。叔父、それから父、それから叔母です。この三代、六親等まで一つにならなければなりません。これが一つにならなくては、統一的基盤ができません。
堕落はどこでなされたのでしょうか。すべてエバから分かれてきました。それゆえに、エバのような群れが出てきてアダムを四方に引っ張っていこうとするのです。そのような邪悪なエバをすべて捕まえて、すべてにおいて理論的に屈服させなければなりません。秩序を正してあげなければなりません。おばあさんならばおばあさんの位置、嫁ならば嫁の位置、孫娘ならば孫娘の位置を正しく直してあげなければなりません。「原理」を知らなければ、これはすべて砕け散っていくのです。
歴史上の最高記録
統一教会が始まってから、統一教会の女性という女性はすべて先生に対して夢を思い描きました。そのような夢を抱かなかった人はいないということを知らなければなりません。それゆえに、霊界からの啓示は、すべて自分が「先生の相対だ」という内容です。七十歳の老人から、六十、五十、四十、三十、二十、十代まですべてです。それは、そのようにならざるを得ません。そのようにならざるを得ないのは、霊界は、すべての縦的役事を代表しているからであり、代表的な女性を立てて証するのです。
それで、百年の歳月というものは一万年の歳月に匹敵し、十万年、千万年の歳月に匹敵するのです。それゆえに、女性という女性はすべて入ってくるのです。それは何かというと、女性たちが神様のために精誠を尽くしたものをすべて合わせ、一つの結実として実を結ばせるのです。
七十歳になる老人から少女まで、すべての女性が「先生と命を懸けて結婚したい」と思ったことは歴史上の記録です。多くの女性たちが精誠を尽くし、命を懸けて相対になろうと思うことが記録にならなければなりません。サタン世界のいかなる女性よりも、彼女たちが記録にならなければなりません。そして、そのような男性にならなければなりません。一人の男性が登場したのですが、数多くの女性が登場し、その相対になるためにすべての女性たちが動員されたということは、歴史的に初めてのことだというのです。いかなる王を中心としてみても、そのような男性はいません。
二 真のお母様の選定
十七歳の少女
み旨がなかったならば、先生はお母様と出会うことはできませんでした。お母様になる人は二十歳を越えてはいけません。本来は、十八歳を越えてはいけません。満で十八歳を一日でも過ぎてはいけないのです。エバが十六歳で堕落したので、三年を経て十九歳まで連結されるのです。
二十歳は二十数なので、蘇生、長成、完成を代表します。それゆえに、二千年歴史とは、完成の峠を越えて完成することができる段階を意味しているのです。ですから、二十歳前でなければなりません。お母様の因縁をもった人は、絶対に二十歳を越えてはいけません。父となることができる人がこの地上に生まれ、母を選択する際に立てる条件は、その人が絶対に二十歳を越えてはいけないということです。
お母様は、できるだけ年齢が若いほど良いのです。なぜでしょうか。堕落圏を見れば十代が問題ですが、韓国的な立場から見るとき、年齢が低いほど地上の女性世界の純潔基盤に近いのです。
年齢は四十になったとして「天のために若い妻子を迎えて、一度忠臣的夫になってみよう」ということが念願でした。また、「齢四十にして、自分勝手に生きてきた女性を引き連れて暮らしながら、いかにしてその年の多い妻から一生褒めたたえてもらうことができる真なる夫になることができるだろうか」と思い、そのような意味で年齢が若いお母様を迎えたのです。
お母様と私を比べれば、私はお母様よりも二十三歳年上でしょう? この世から見れば、私は父親のような年齢です。自分の娘のような女性と結婚する男性がどこにいますか。しかし、真の愛は年輪を越えるのです。真の愛には、億万歳になるおじいさんにとって、億万歳だという考えがそこには及びません。記憶できません。ただそのまま新しく感じられます。ただそのまま良いのです。ただそのまま和合です。ただそのまま統一です。ですから、真の愛は悪くないというのです。お母様と私は年齢の差が大きいですが、真の愛の世界に行けば「おい、二十三年してから来なさい」と言うでしょうか。それは問題にならないというのです。
さらに、四十歳以下の人の心情圏を何によって連結しますか。お母様を代わりに立て、下りていってお母様と共に上がってくる基準を中心として、家庭的心情圏を連結させるのです。そのようにすれば、思春期以下の男性、女性は、同じケースとしてすべて連結され得るのです。
しかも、先生は二十年間で十二人の息子、娘を生まなければなりません。そのようにしてこそ二千年を蕩減することができるのです。おしりが丈夫で、腰の力があって、毎年次から次へと産んだとしても産めるかどうかだというのに、年を取った人では大変なことになります。ですから、仕方なく、できるだけ年が若く、十六歳以下でも良いと考えたのです。そのように考えていたところ、そこに合致した、雲の上に飛んでいくものを私がさっと捕まえて手に入れたのです。それがお母様です。(笑い、拍手)
絶対従順の相対者
先生は四十歳になって十七歳になる娘と結婚しました。この非常に大きい団体を動かさなければならない責任を担った先生には内助者が必要だったので、大学を出た人もいましたが、お母様を選択しました。行く道がこのような道なので、自分を主張することなく、いかなる死の峠であっても夫のために生命を身代わりすることができる人が必要でした。それゆえに、首を横に振る人の娘は絶対に選びませんでした。
最も底辺において黙って犠牲となり、「また行かなければならない」と心に誓いながら行く人の娘が選ばれました。教会で献身生活をしていたおばさんの娘、高校二年になる娘を選んだのです。摂理的プログラムがそのようになっていたからです。妻を迎えるにしても、私の欲望を中心としては選ばなかったのです。
お母様の母親は、ここに来て家政婦暮らしをしたでしょう? 末端から忠誠を尽くしなさいというのです。その母親は監獄生活をする運命にありましたが、それはすべて福なのです。統一教会は、監獄生活をして、苦労してそこから出てきたとしても恨むことなく、すべて自分が悪かったのだと思って、天の前により一層忠誠を尽くそうとします。そのような面から見れば、すべて復帰原則によって分別してきたのです。
お母様自身も、愛を中心として羊のように従順でなければなりません。すべての面において絶対従順することができる条件を復帰しなければなりません。ですから、夫のために全面的に犠牲とならなければなりません。夫を愛するのに絶対的でなければならないのです。そのようにすることができる条件を備えなければなりません。お母様が、家庭も良く、誇ることができる条件を備えていれば驕慢になります。すべての面において服従しなくてはなりません。ですから、お母様が「私の父親よりも劣る。私のお兄さんよりも劣る」と言って比較の基準をおいてはいけません。世の中のいかなる男性よりも、先生よりも、おじいさんよりも、誰よりも、私の夫はもっと優れていると思わなければなりません。
なぜかというと、エデンの圏において、エバは、男性というものを見ることができませんでした。男性に対して考える余地がありませんでした。エデンの園において、アダムは、エバの父親になり、それからお兄さんになります。その次には夫になるのです。それが復帰です。神様を取り戻さなければならないので、真なる父を取り戻し、真なる兄を取り戻し、そののちに真なる夫を取り戻さなければならないというのがエバの立場です。それで、そのような女性を選ぼうとしたので、何も分からない、そのような幼い娘を選ばざるを得なかったというのです。
先生自身もそのように思っていました。先生は勉強もして、すべてをしましたが、最も良い相対は小学校を出た人だと思っていました。お金持ちの娘ではなく、農村の何も知らない純真な人を思っていたのです。そのように思っていたので、神様があのように美しいお母様を迎えさせたのです。
み旨のためにはただうれしく、先生のために一〇〇パーセント歓迎する人であれば、最も劣った人でも良いと思っていました。ですから、最も優れたお母様を迎えたのです。(拍手、歓呼)お母様も「自分もどのようになったのか分からず、このように先生のところにお嫁に来るようになった」と言っていました。それは、避けようとしても避けることができないようになっていたのです。何かに流されてきたというのです。
八段階の女性心情圏の伝授
結婚はしましたが、条件が立てられる前にお母様を迎えれば大変なことになります。殴り殺したり、薬を飲ませて殺したりという、ありとあらゆることが起きるのです。自分の孫娘が来られる主の新婦となり、自分の家が皇族になるという啓示を受けていたのに、突然どこからかほかの新婦が来たので、じっとしていることができますか。ですから、八十代から七十代、六十代、五十代、四十代、三十代、二十代、十代まで収拾し、これを引き受けてあげなければなりません。そのようにして、お母様に譲り渡してあげなければならないのです。
サタンである偽りの父親から生まれたので、霊的にでも本然の完成したアダムの位置を探して入っていかなければなりません。それで、女性を代表した人々が先生の新婦候補者となって、先生が結婚する前におなかの中に入っていき……。この十代から八十代までの七十年に及ぶ女性たちのすべてのものをお母様が引き継がなければなりません。引き継ぐことができるようにするためには、それらをすべて収拾しなければなりません。ですから、先生が収拾して、お母様を選び、お母様が再び引き受けて産んであげなければなりません。このように、蕩減復帰、実体復帰が難しいのです。
そのような時局に、「お母様だ」と言って、小さな、青い、まだ熟してもいない人を連れてきたので、どれほどのけ者扱いにするでしょうか。それゆえに三年間完全に隔離して、一段階、一段階、八段階を経て越えてきたのです。八十段階のおばあさん、七十段階のおばあさん、それから六十段階のおばあさん、五十段階のおばあさん、四十段階のおばさん、三十段階のおばさん、二十段階の女性、十段階の若い娘まで、すべて経てきたのです。
神様が御覧になるとき、全世界の女性は一人です。一人として見るのです。堕落する時、アダムとエバが堕落したので、全世界を代表したアダムの前に、全世界の女性はエバの立場に立っているのです。ですから、年齢が高かろうと低かろうとすべてエバです。ゆえに、八十代のおばあさんの時代から橋を架けなければなりません。花の橋、愛の橋を架けなければなりません。ですから、彼女たちをみ言で導き、自分の娘のように育て、率いていきながら、東西南北のすべてのものを収拾し、橋を架けなければならないのです。
そのためには、数多くの女性たちのそのような事態を踏んで上がってこなければなりません。踏んで上がってきながら、エキスを抜いて愛のひもをすべて奪ってこなければなりません。そのようにして、天の前に立つことができる本然的姿勢を備えたという勝利の印を受けなければなりません。解放を受けなければならないのです。
垂直線は、サタンが審判することはできません。ですから、真の愛を中心としてこれをすべて連結してあげなければなりません。それゆえに、八十歳になるおばあさんの愛を七十代に譲り渡し、七十代の天の愛は六十代に譲り渡し、六十代の天の愛は五十代に譲り渡し、五十代の天の愛は四十代に譲り渡し、四十代は三十代、三十代は二十代まで譲り渡してこそ、連結されるのです。
洪順愛大母様との一体圏
僕である天使長がエバを堕落させてひっくり返してしまいました。それで、それと同じように僕の生活をするのです。復帰の道では僕の生活が展開していきます。なぜならば、エバの主人であるサタンよりも大きな愛をもつことなくしては新婦を取り戻してくることができないからです。エバが神様の真なる愛を中心として、自分のすべてを否定して「私は死んだとしても、あなたのおそばに行きます」と言って、その夫に屈服することができる基盤を造成してこそ、初めて取り戻してくることができるのです。それがこの道です。もしそのようにすることができなければ、欺いてでも奪ってこなければなりません。
それでは、ここで相手は女性ですが、女性を中心として見るとき、どのような女性でしょうか。女性の中で新婦となることができる女性です。女性の中においても、母の立場の女性がいて、娘の立場の女性がいます。それはレアとラケルを象徴しています。これは、来られる新郎の本意ではありませんが、天理原則によってそのような役事が展開するのです。
ところで、その母は、僕の立場で自分の娘のような人を大切に育てなければなりません。母が僕ならば、娘は何になりますか。僕の娘になります。そのようにして、まさしくその僕の娘を神様の娘として入籍する相続式を行わなければなりません。その式を行うことによって初めて新郎として来られた主の前に新婦が策定されたとして、新しい時代の前に宣布式をすることができるのです。その時代は統一教会で言えば、一九六〇年度に相当します。
ここにいるお母様を中心として、そのように役事しました。皆さんが知らない中でそのような役事を行ったのです。洪順愛氏というお母様の母親がいます。母と娘はいつも心が一致しているので、二人で共にひそひそと話すのです。
サタン世界の版図を中心としてエバ圏のカイン、アベルを失ってしまったので、二人の母が必要なのです。その次にはカイン的息子、アベル的息子が必要です。そのような位置の基準を身代わりして立てなければならない人がお母様になるのです。
なぜそうなのかというと、母というものは縦的です。先日、洪氏おばあさんに対して「大母」という言葉を使ったのもそのためです。「大母」という言葉です! しかし、この母から直系になっていないのです。それで、このようなすべてのことを蕩減条件に連結させて基盤を築かなければなりません。それゆえに、先生を中心として見ても、二人目のお母様です。最初のお母様が代を継ぐことは難しいのです。レアとラケルが一つにならなければなりません。ここで心情圏の分裂が起きてはいけないのです。ここで一体圏を成さなければなりません。レアとラケルが双子のようになった立場で、アベル的夫人とカイン的夫人のような立場で、これを完全に取り替えても一つになることができる心情圏をつくらなければなりません。兄が弟になっても喜び、弟が兄になっても喜ぶことができる内的基盤の一体圏をつくっておかなければなりません。そのような過程を経てお母様を迎えるようになったのが一九六〇年度でした。
お母様の四位基台
誰もがお母様になることができるのではありません。すべての摂理は、エバの役事を中心とした歴史時代におけるすべての摂理と連結させた因縁を中心として出てくるのです。それゆえに、金聖道の代を許孝彬が継ぎ、許孝彬の娘が主を迎えるように準備がなされたのです。それで、十二弟子のような、そのような準備をしたことを見れば、本当に不思議なほどです。
そのようにすべての内外を合わせて主が来られ、三人の女性の協助を受けて結婚式を行うようになるのですが、その時、三人の女性は何かというと、蘇生、長成、完成です。おばあさん、母、娘の三代が一つになったということは、旧約時代、新約時代、成約時代が連結されたということです。そのようになることによって、初めて父母が定着することができる時代に入ってくるのです。
それゆえに、今日、統一教会においても、お母様を中心とした三位基台があるのです。縦的にあった三位基台が横的に展開されるのです。それではどこが中心でしょうか。お母様が中心です。
崔元福氏もそうなのです。しかし崔先生が中心ではありません。お母様が中心です。女性といえば、堕落した女性と堕落していない女性に分けられます。堕落したエバの直系の子孫、それと希望の女性です。希望の女性はイエス様の前に新婦となります。堕落した女性は、イエス様の前における裏切り者です。その裏切り者を導いて許してあげ、カインとしてアベルに仕えさせるのです。それゆえに、崔元福氏も、お母様の行く道を切り開いていかなければなりません。
堕落した母の立場で復帰することができる個人的十字架、家庭的十字架など、すべての十字架を背負って、エバがお父様の前に失敗したすべてのことを蕩減するにおいて、主導的役割をしてあげなければならない万人の女性がいなければならなかったのです。
エバは、愛が何であり、夫が何であるかも知らない時に堕落しました。ですから、それを教育して、天国の王妃として、后として育てていくのです。そのようにしてサタン世界を生かしてあげようとするので、お母様の三位基台を中心とした基準があると同時に、お母様の母親の三位基台がなければなりません。お母様の母親の三位基台であるおばあさん三人をおいて回っていかなければならないのです。
それで老人たち、池承道老人、玉世賢老人、それから李奇完氏、この人たちが一つの家で生活しなければなりません。この三人はどのような人たちかというと、お母様の三位基台に対して基盤となる人たちです。崔元福氏の三位基台に対して象徴的基盤となるのですが、これが一つにならなければ、統一教会のすべての伝統的歴史を汚してしまう立場の代表者となるのです。それゆえに、一つにならなければなりません。
このように、おばあさんたちを三位基台で一つに結び、母子協助することができるサタン世界の三人の息子、娘を立ててきたのです。そのおばあさんたちはみな、先生が呼んだのではありません。霊界で出会わせてくれた人たちです。
三 「父母の日」の設定
真の御父母様の約婚
一九六〇年三月二十七日(陰暦三・一)午前四時、ソウル市龍山区青坡洞一街七一−三の前本部教会において、文鮮明先生と韓鶴子女史の約婚式が挙行された。翌年の第二回「真の御父母様約婚記念日」において、真のお父様は、この日を「父母の日」として公式宣布された。その後、毎年陰暦三月一日を「父母の日」として記念してきたが、一九九四年、第三十五回「父母の日」記念礼拝を期して、その名称が「真の父母の日」と改められ、記念されるようになった。
先生は、何も知らないお母様に十四歳の時に一度会い、それから、嫁に来るまでに二度会いました。正式に会ったのは十四歳の時です。その時、私が呼んでおいて、今後資格があるかどうか試験したのです。
その時、お母様は高校に通っている娘でした。それで、「おいおい、文総裁があなたを呼んでいる」と言われ、「なぜ。知らないのにどうして」と言って来てみると、「あすの朝、結婚式をするそうだ」と言われたので「そうですか」と、こうだったのです。反対するすべを知らなかったのです。
私が試験をしました。絵を描いたのですが、なかなか上手な絵を描くのです。そして、絵を描くと、開いて見せることも恥ずかしくしていました。心の姿勢が絵よりも素晴らしいのです。その時、お母様は本当に美しい娘でした。素晴らしかったのです。
また、私がお母様と結婚する時、「神様、私は結婚する時になったので結婚します」と言って結婚したのではありません。神様が「時になったのでしなさい」とおっしゃられて結婚したのです。それが原理です。お母様も、私と結婚するということは考えもせずに来たところ、どうしてかそのようになったのです。
《祈祷》
この時間、悲しみの時間ではなく、こみ上げてくる切なる心情に幼いこの心を抑えることができず、喜びにあふれて号泣しながら訴えざるを得ない時間なので、お父様、四十年の生涯を導いてこられたお父様の大変な労苦をこの時間解いてください。誰よりもあなたが孤独なことを私が知り、誰よりもあなたの無念さを私が知っていたので、真の父母の名を掲げてきたすべてのことが天のためだったということを、あなたが知ってくださるようお願いいたします。ここにいる、あなたのみ旨を心配するあなたの息子、娘も、今、み旨を成し遂げるために残された余生をすべて捧げ、死のうと生きようと、絶対に天の前に傷を残す息子、娘となることがないようにしてくださることを懇切にお願い申し上げます。
行けば行くほど孤独な道がお父様の行かれる道だったのであり、知ってからまた再び心配しなければならない、そのような歩みをされたのがお父様の歩みだったということを知りました。お父様、六千年間探しに探されたその日を探し出され、この日を歴史に立てられ、お父様の新しいみ業を全天宙の前に立てる日となるように許諾してくださることを懇切にお願い申し上げます。
この日、立てられた娘を受けてくださり、勝利の月柱冠をかぶせられ、積もり積もった恨を解くことができる娘となるように許諾してください。この日から、この勝利の栄光だけが父の前にあり、食口たちが進んでいくすべての道の上にお父様が共にあってくださることを懇切に願いながら、送ってくださったところの名によって申し上げました。
真のお母様のみ言
私は、北韓ではお父様にお会いすることができず、南韓へ渡ってきたのちに、ソウルで初めてお会いしました。その時は、私が満十三歳の時(一九五六)であり、ちょうど小学校を卒業したあとでした。当時は母と一緒に入教してからいくらもたっていない時であり、その間、数多くの困難な道を歩んできたので、未来に対する確信をもつこともできませんでした。特に一九六〇年に何か起こるかということは知るはずもありませんでした。
初めてお父様とお会いした時、お父様は私を見た瞬間、目を閉じられ、瞑想されたのち、心の中でささやかれるように「名を何というか」とおっしゃいました。それで、「はい、私は韓鶴子と申します」と答えました。すると「あー、神様! 韓鶴子というこのように素晴らしい女性をこの韓国に送ってくださったのですね。ありがとうございます」と言われました。お父様は、その瞬間瞑想され、ほとんど独り言のように言われたのですが、私にはそのように聞こえました。
その時は、統一教会の教主であられるお父様が私の将来に関して特別な啓示を受けていらっしゃるような感じを受けたので、多少不思議には思いました。その当時、私は江原道の香川に住んでおり、お父様はソウルの本部教会にいらっしゃったので、春川とソウルという距離をおいて遠く離れていました。
私は、お父様と出会ったのち、教会に通いながら中学校を卒業し、高校に入学しました。
今日、私たちが記念している聖婚式が挙行されたのは、一九六〇年四月十一日、陰暦三月十六日でした。聖婚日の一カ月前にお父様が夢に現れ、神様からの特別な啓示がありました。
「その日が近づいたので準備しなさい」という啓示が下りました。天が求婚をしたと言うよりは、言ってみれば、その時から天の訓令が下りてきたのです。訓令がある時、私は完全に自我を離れた立場に置かれました。天の摂理でなくては、私はその時、そのような大きなことを判断することができる能力がなかったので、無我になる以外にありませんでした。そして、祈祷せざるを得ませんでした。「今までも私はみ旨のとおりに生きてきました。今、神様のみ旨が何であろうと、神様の摂理の目的が何であろうと、私はあなたの僕として、どのようなことでも、命令されるがままに従っていきます」。啓示に対して、私の心をそのように応答して示しました。それは、私が満十七歳の時の春である、二月のころでした。
私は完全に無我の境地になって準備していたので、その事情を分析したいとは思いませんでした。神様のみ旨のままに、全面的に体を捧げることを、ただひたすら願っていたのです。
小学校の時、大母様に従って青坡洞に行った時、初めてお父様にお目にかかりました。その時、お父様がおっしゃったみ言があります。学生服を着た私を見られたのちに、じっと目を閉じられ、「大韓民国に韓鶴子が生まれたのだなあ」と言って感嘆されたのです。そのことが、今も記憶にはっきりと残っています。
すべてのことは天が準備された、ということを常に感じます。私の性格から見ても、また生きてきた背景から見てもです。イサクがアブラハムと一緒に祭壇を築くために上がっていく時、アブラハムに祭物がどこにあるのか尋ねてみるのですが、アブラハムは「神様が既に準備されている」と言いながら何の回答もしませんでした。しかし、幼いイサクは、既にそこで状況判断をしていたのです。それと同じように、私においても、「私が何かをしなければならないようだ」という状況判断を、幼いころからしていました。再臨主の相対として準備された自分であるということを、それとなく感じていたと思います。
私は、生まれながらにして、既に私に定められた道を行かざるを得ないように生まれついていました。ほかの女性であれば、ふろしき包みを何度包んでも余りある立場でしたが、そのような考えですべてのことを克服してきました。
「父母の日」の意義
私たちの先祖であるアダムとエバが堕落していなければ、私たちは既に「父母の日」を迎えていたはずです。しかし、アダムとエバが堕落したので、「父母の日」を迎えるためには、まずこの地上に真の父母が来なければなりません。そのようにして初めて「父母の日」を迎えることができるのであり、その日を基準として真の父母による子女をもったのちにおいてこそ、「子女の日」を迎えることができるようになるのです。そのようになれば、万物を主管することができる日も迎えることができるようになります。
神様は、六千年歴史の中で、三段階を経て救援する摂理を行ってこられました。僕の時代である旧約時代と、養子の時代である新約時代を経て成約時代を迎えたのです。成約時代には、子女が現れて父母の位置を整え、父母を迎えなければなりません。今まで、神様はそのような復帰歴史をなしてこられたのです。
したがって、「六千年の復帰摂理歴史は、真の父母を探すための歴史であった」と言っても過言ではありません。真の父母は、六千年摂理史全体を代表されるお方です。ですから、その真の父母を探すことができなかったことが、人類全体の悲しみを表し、全体の苦痛を表し、全体の悲哀を表しているということを、私たちは知らなければなりません。
イエス様は、地上で新婦を探し出して真なる父母の因縁を立て、世の中と神様の前に「父母の日」を立てなければなりませんでした。しかし、そのみ旨を成し遂げることができずにこの世を去られたイエス様の心情とは、どのようなものであったでしょうか。私たちはそれを知らなければなりません。
人類を生かすことが願いであり、目的であったので、そのみ旨を成し遂げることができずに十字架で亡くなられたイエス様は、再臨されなければなりません。それでは、イエス様が再臨される時、まず何をなさなければならないでしょうか。それは、弟子たちに出会うことではありません。新婦を探し出さなくてはならないのです。
その日が来なくては、天宙の恨を解くことはできません。この日が来ることなくしては、神様のみ旨を奉じることはできません。この日が立てられることなくしては、サタン世界であるこの地上に神様の勝利の土台を築くことはできないのです。神様の勝利の日を決定する日もこの日であり、聖徒たちが解放されることができる日も、まさしくこの日です。天宙間の願いと理念が一つになる日もこの日であり、天地が開闢する日もこの日であるということを、皆さんは知らなければなりません。
ところで、統一教会において初めて「真の父母」という言葉を中心として、歴史上に「父母の日」が設定されました。神様の本然の愛を中心とした男性と女性がこのような関係で夫婦を成す「父母の日」が設定された、という事実を知らなければなりません。そのようになることによって、神様を中心として、男性の心と体と女性の心と体が完全に水平線となり、神様が願われた理想的完成圏を出発するのです。
その時は、一九六〇年三月二十七日でした。今正に、初めて歴史上に゛父母の日」が生まれたのです。失われた神様の栄光を身代わりし、人類の勝利を褒めたたえ、悪に対して公義の法度で審判の権限を行使することができる私たちの父母が生まれたのです。これは、この地上における福音の中の福音です。それを宣布したのが「父母の日」であり、その日がまさしく陰暦の三月一日だったです。
四 真の御父母様の聖婚式
解放後十四年、長成期完成級の復帰
一九六〇年四月十一日(陰暦三・一六)午前十時、ソウル市龍山区青坡洞一街の前本部教会において、全国の各教会から選抜された七百人以上の男女の聖徒が参席する中で、文鮮明先生と韓鶴子女史の聖婚式が挙行された。この聖婚式は、「蕩減復帰の父母の式」である第一次式と、「栄光の父母の式」である第二次式に分けて進行された。
皆さんも知っているように、お母様を迎えたのは解放後十四年たったあとのことです。一九六〇年度です。なぜ十四年なのでしょうか。人間始祖が長成期完成級で堕落したからです。第二次七年路程を経る位置、すなわち第三次七年路程を前にした第二次七年路程の終結時代に堕落したからです。それで、蕩減復帰原則によって十四年の迫害の路程で韓国に着陸し、統】教会という祭壇を築いて既成教会と闘い、大韓民国―すべて怨讐です―と闘いながら、お母様を選び立てたのです。そのお母様を選び立てたところから初めて地上に着陸するのです。
お母様を選び立てるために、摂理史的に問題となった人物たちの蕩減条件を立てました。アダム時代からノア時代、そしてアブラハム以後、歴史的に問題となった人物たちの蕩減条件を立てたのです。イスラエルの国とイスラエル民族を設定して進んでくる際の歴史的なすべての問題をキリスト教文化圏が引き継ぎ、それを霊的にではありましたが二千年間蕩減してきたすべてのことが崩れたのです。イスラエルの先祖たちが蕩減することができなかった条件と、蕩減条件を立てたが失敗したキリスト教の条件を再びよみがえらせ、蕩減復帰の基盤を経てきながら、統一教会は、四十年間前進的発展をしてきたという話です。
それで、十四年たったあとにお母様を選ぶ時は、イエス様が十字架で亡くなられたその時と同じ立場です。言い換えれば、大韓民国がユダヤの国と同じだということです。今日のキリスト教はユダヤ教と同じ立場であり、統一教会は、その時のイエス様とキリスト教と同じ立場です。国と教会から迫害を受けて十字架を背負われたので、それと全く同じ環境で闘って勝利しなければなりません。蕩減復帰しなければなりません。
一九六〇年に家庭を立てたのは何のためでしょうか。アダムとエバが神様の心情を知らずに堕落したのですが、その堕落する直前にもっていた心情基準以上の心情をもって、そこに真の父母の因縁を立てて連結させるためでした。それを連結させなくては、この堕落した圏内の心情基準の人々は復帰することができません。言い換えれば、アダムとエバが父母の因縁をもって歩んできたその心情の基準まで連結させることができる真の父母の因縁を立てなくては、この地上で落ちた人間たちを再び復帰する道がないのです。
言い換えれば、アダムとエバが愛の因縁を結んでいない立場で、内情的な父母の因縁をもって歩んでくる途中で堕落したので、そこまで上がってきた基準があるというのです。したがって、真の父母が来て、そこで神様の心情を知ることができなかったこと、偽りの父母が失敗したことを除去してしまい、真の父母の因縁を、言い換えれば、長成期完成級で堕落したその基準を越えた完成級の出発基準をもつことができる父母の心情基盤をこの地上に準備したのが、一九六〇年度の聖婚式でした。
激しい迫害の状況
一九六〇年に行った聖婚式の背後には、アダム以降イエス様の時までの四千年と、イエス様から今日に至るまでの二千年の歴史過程において引っ掛かっていたすべてのことを、蕩減条件を立てて解決しなければならない内容がありました。その行事は世界的であり、天宙的な意味をもっていたにもかかわらず、現実的には少数の人々によって成されたのであり、それに対する迫害は想像できないほど大きなものでした。
それを準備するための一九五三年から一九六〇年までの期間は、迫害の時期でした。その期間において、少なくとも三百六十万人以上の人々から迫害を受けたのであり、三つ以上の教派と国家から迫害を受けました。それでも、そのような中で勝利圏内に蕩減条件を立てたのが一九六〇年における先生の聖婚式でした。その日は、統一教会の運命を決定した最初の日でした。
イスラエルの国とユダヤ教とイスカリオテのユダが一つになってイエス様を殺したのと全く同じ運命に追い込まれたのです。その時が、まさしく一九六〇年四月でした。その時は、反対の絶頂期でした。一歩前に進むことができるか否か、死ぬか生きるか、ここで新しく出発することができるか否かという境界線に到達したのです。
イエス様の十二弟子が反対したのと同じように、裁判所において十二弟子が一緒になって統一教会をなくさなければならないと訴えたので、その裁判所の調査を受けながら聖婚式を行ったのです。それは誰も知らないことです。そのような意味では、劉孝元協会長の功労が大きいのです。その時、朴マリヤ一族を中心として、政府がいかにして統一教会をなくそうとしましたか。五大長官を動員して完全に捕まえて殺そうとしたのです。
お母様を迎える前日まで内務部で調書を作成しながら、お母様まで呼び込んで闘わなければなりませんでした。イエス様は法廷で死んだので、法廷で復帰してこなければなりません。蕩減復帰です。十一時に法廷で殴られながら、翌朝三時に結婚式を始めました。そのような闘争のまっただ中で基準をつくったのは、万人の平安と喜びの幸福の基台をつくってあげるためでした。
そのような時局において、一九六〇年四月十一日を中心として聖婚式が行われることによって、一つの峠を踏み上がるのです。そこから、サタンとその配下たちが敗れ始めていくのです。
三次目に探し出した家庭の型
来られる主の家庭とは、どのような家庭でしょうか。悲惨と言えば、それ以上に悲惨な家庭がないほどに悲惨な家庭です。言い換えれば、その家庭においては、今までの歴史過程を通してすべての男女が引き起こした悲惨な出来事が一瞬でもかすめていくのです。そのようにしなくては、蕩減することはできません。
それゆえに、その新婦が流さなければならない涙の種があるとすれば、それは、歴史上の数多くの女性を代表した涙の種にならなければなりません。また、耐え忍ぶことがあるとすれば、それもやはり、歴史上の数多くの女性たちを代表した忍耐にならなければなりません。そして、男性としてなさなければならないことは、心情世界において無念に犠牲となって愛の道を行った男性たちがいるはずであり、また悔しく恨めしい愛の道を行った男性たちもいるはずであり、「死んでもそのような道を行くことはできない」と言った男性もいるはずですが、彼らのそのような運命の道に責任を負っていかなければなりません。そのようにしなくては、歴史上に絡まった悪の根を根こそぎ抜き取ってしまうことはできないのです。
一九六〇年に聖婚式をすることによって、初めて家庭の型をもつようになりました。聖進の母親が反対したので、歴史的な蘇生の過程を経るようになったのです。最初にうまくいかなければ、蘇生、長成、完成の三段階を経なければなりません。聖進の母親はエバの立場であり、喜進の母親はマリヤの立場です。マリヤがイエス様を連れてエジプトに行ったように、喜進の母親も喜進を連れて日本に行かなければならなかったのです。皆さんが知らない中で、蕩減復帰歴史はこのように回りました。
それで、イエス様も耐えることができなかった心情の十字架を先生が背負ったということを、皆さんは知らなければなりません。国を失ってしまった悲しみや、教会を失ってしまった悲しみも悲しみでしたが、そのことよりも、家庭的な基盤をもつことができなかったイエス様の恨を解くために立てた家庭的な基盤、六千年の恨を解くためのその家庭的基盤を再び失ってしまう立場だったので、そのことがより悲しく悔しかったのです。これを再度編成して家庭的基盤を再び立てたのが現在の家庭です。一九六〇年に聖婚式を挙げることによって、初めて家庭の型をもつようになりました。
このようにして初めて縦的な歴史を横的に蕩減するようになりました。六千年歴史におけるアダム、イエス様、再臨主時代までの蕩減がなされるようになりました。エバに相当するのが聖進の母親であり、マリヤに相当するのが喜進の母親であり、再臨時代の母に相当するのが現在のお母様です。そのようなお母様が現れたので、初めて四位基台が築かれたのです。
三家庭の復帰基台
真の御父母様の主礼により、一九六〇年四月十六日(陰暦三・二一)午前十時、前本部教会において、金元弼氏・鄭達玉氏、劉孝元氏・史吉子氏、金榮輝氏・鄭大和氏の三双が、永遠の契りを結ぶ祝福の礼式を挙げた。
聖婚式を行うためには、先生は、聖婚式の前にイエス様の三弟子、反逆したその弟子を復帰しなければならない立場にいました。そこにおいては、三弟子の約婚という問題を中心として解決しなければなりません。
霊界においては三人の天使長、地上においては服従することができなかったカインの代表が、旧約、新約、成約の過程において縦的な歴史観をつくってきた再臨主によって一時に屈服するのです。アダムの身代わりとしてはイエス様であり、イエス様の身代わりとしては再臨主です。その再臨主も、完全に服従する三人の霊の子女をもたなければ真の父母の立場に立つことができないということが公式になっています。自らの生死の境地を越えて、迫害のまっただ中でも従っていき孝行することができる三人の弟子をもたなければなりません。先生は、そのような三弟子を一九六〇年四月に立てました。
復帰路程は反対に復帰して上がってくるので、祝福は、子女の立場にいる者が先に受けるのです。家庭圏はヤコブの家庭なので、十二数の基準を基盤として行わなければなりません。三人の弟子、三人の子供を中心として、そのような基準を通過しなければなりません。
アダム家庭のカイン、アベル、セツの三人の復活体として相対基準を成し、その基台の上で約婚の立場を越えて実体的な父母の立場を決定したのが一九六〇年の聖婚式でした。神様の恨となっているアダム家庭における三人の子供と父母が一体になった立場を築いたということ、そして、それがこの地上において、歴史始まって以来初めて韓国において成就されたということは、世界的な事件であり、この時から韓国の新しい歴史の運勢が回り始めたということができます。
一九六〇年に先生は、聖婚式を挙げる前に三十六家庭のうちの三家庭を約婚させ、先生が聖婚式を挙げたのちにこの三家庭を祝福(一九六〇・四・一六、陰暦三・二一)しました。
真の御父母様の聖婚の意義
黙示録に出てくる小羊の婚宴とは何かというと、堕落によって私たち人類が神様の愛を受ける真の父母を失い、堕落した偽りの父母をもつようになったので、神様が人類歴史の終末時代に真の父母を探し立て、神様を中心として人間の先祖として結婚式をしてあげることです。創世記はアルファです。人間がアルファで落ちたので、黙示録であるオメガに行って合わせるのです。
それでは今日、どうして父と母が私たちに再度必要なのでしょうか。私たち人間は堕落によって誤って生まれてきたので、再び生まれなければならないからです。それで「重生」、すなわち再び生まれるという言葉があるのです。皆さんは、生まれはしましたが、父母もなく生まれたのと同じ立場です。それゆえに、母のおなかの中に入っていってから再び出てこなければなりません。これが今までの救援歴史だったのです。
一九六〇年に家庭という基盤をもったので、これは滅びることがありません。家庭基盤をもつことができなければ、滅びるようになるのです。一九六〇年のこの聖婚式は、いかに歴史的な事件だったでしょうか。今までの六千年間の摂理歴史時代で、アダム一人を取り戻すために苦労されたその基盤の上に、アダムが地上に基準を築き、エバを完成したエバとして迎え入れることができるということは、霊界と肉界に引き裂かれていたものが初めて地上世界で連結されるということです。男性は天を身代わりし、女性は地を身代わりしています。引き裂かれた霊界と肉界が連結されるのです。アダムとエバが怨讐となったその群が崩れるのです。アダムとエバと神様が会うことができなかったその群が崩れるのです。サタンが脱け出ていくのです。
第三節 聖婚以後の七年蕩減路程
真の御父母様の生涯路程 10
第三節 聖婚以後の七年蕩減路程
一 七年路程の内的な意義
摂理的完成期の七年路程
一九六〇年から一九六七年までが最後の七年間です。先生における二十一年路程の最後の期間です。先生は任せられた世界的蕩減基準として、万民の前に、または国、天宙、どこにおいても勝利の条件に対する基準を設定しなければなりません。一九六七年までは、先生の使命を果たすことができる最後の段階だと言うことができます。そうかといって、一九六七年に世界がひっくり返るというのではありません。勝利の基準を決定する期間です。そのような期間は、あとにも先にもありません。
先生自身も一九六〇年度を中心として聖婚式を行いましたが、あくまでも聖婚式を行ったその家庭というものは、世の中に勝利し、世界に勝利し、霊界と肉界にわたる全体勝利の基盤を築いた土台の上で成立したものではありません。したがって、霊界と肉界が一つになって攻勢をかけてくれば、ここで闘ってそれを越えなければなりません。それを越えてこそ、本来人間がサタンの審判を受けることのない位置に立ち、神様の直接的愛の圏内に到達し、天国に入っていくことができる本然の家庭基準ができるのです。
原理的に見れば、間接主管圏と直接主管圏があるのです。その期間で間接主管圏と直接主管圏が連結され、完成したアダムが神様の直接主管圏内に連結されなければなりません。ですから、七年路程とは何かというと、長成期完成級から残された七年の期間を蕩減する期間です。
そのようにして、縦的歴史を横的に蕩減復帰しなければなりません。六千年歴史はこの七年路程に相当します。六千年を七年で蕩減するのです。六千年に千年を加えた七千年を七年で蕩減するのです。これが公式となっているので、堕落した人間は、誰もが七年路程を経ていかなければなりません。この期間を越えれば、いかなることでも収拾が可能になります。
統一教会においては、一九六〇年度からが家庭の出発です。統一教会を中心として見れば、第一次七年路程が出発した年です。一九六〇年度を中心として、私たちは定着して出発したのです。
真のお母様の蕩減復帰路程
聖書歴史には、女性を中心とした内容がありません。今までの縦的な歴史は、主体を捜す歴史でした。六千年間、アダム一人を捜してきたのです。アダムを捜し出せば、次は女性を捜し出さなければならないのではありませんか。この男性世界に女性がいないはずがありません。悲惨な事柄も、すべて女性と一緒になしてきたのです。「縦的歴史を横的に蕩減する」と、そのようになっているのでしょう? 横的な基準を中心として見れば、今までの歴史は七千年の歴史です。この七千年の歴史を横的な基準に立てて蕩減復帰してくる期間が、第一次七年路程の期間だというのです。
エバを身代わりした存在が先生のところに来る時には神様の命を受けるのですが、先生のところに来たのちは、絶対的に先生に従わなければなりません。縦的な歴史を横的に立てるための証し人たちの基台の上で、お母様を立てなければなりません。その人は、二十歳を越えてはいけません。そして、その人は、横的な歴史を受け継いだ条件を立てなければなりません。それがまさしく従うということです。
アダムを送って、すなわちアダムを再創造したのちに、彼を通してお母様お一人を捜し出そうというのです。これが再創造です。本来、神様は、アダムを創造されたのちに、アダムを中心としてエバを造られためで、再創造においても、アダムを送られ、彼を通してエバを捜し出されるのです。すなわち、お母様を捜し立てるということです。そのようにするために、この七年路程の期間、お母様に、サタン世界の讒訴条件から脱け出すことができる道を行かせたのです。
このように、何も知らない十代の女性として、夫が行く道の前に「生命をすべて捧げて絶対的に従います」という誓いをなし、天を通じて公約を立ててこそ、お母様の位置に上がっていくのです。すべて知ってからではいけません。何も知らない状態から上がっていかなければなりません。
お母様が何を知っていたでしょうか。先生は、齢四十にして十八歳になる夫人を迎えたので、どれほど息が詰まることでしょうか。御飯を食べることと神様以外には何も知らないお母様でした。しかし、そのようなお母様とそのような背後に神様の摂理的意味があったので、何も知らないお母様を連れてきて教育したのです。その期間が第一次七年路程の期間でした。
それゆえに、お母様は、泣き叫んだりしながらでも従順に従っていかなければなりませんでした。泣いたとしても、タマルやマリヤのような決意をもたなければなりません。「私一身が滅びようとどうなろうと、それに構うことなく肥やしになろう」という考えをもたなければならず、「国のために、世界のために、み旨のために、祝福された血族を残すために、いかなる冒険でもすることができる」という決意をもつ立場に立たなくては、お母様という名を備えることができません。先生がその教育をしてきたのが第一次七年路程でした。
先生は、アダムを復帰し完成するための闘争歴史を経て、勝利の基台を築いてきた男性として堂々と立っているのですが、女性が堂々とした女性として立つためには、エバとしての蕩減復帰路程があるのです。そのためには、誰も知らない心情的闘争はもちろん、精神的闘争や肉体的闘争、そして信仰的闘争まで経なければなりません。「ああ、統一教会も何も、煩わしくて死にそうだ。ああ、み旨も何もかも……」と、そのようになり得る道、危ういぎりぎりの道を開拓してきたのです。
その七年間は、女性として絶対服従して神様の前に試練を克服した蕩減条件を立て、先生の前に相対的な基準を完全に備えなければならない、そのような期間です。お母様としての試練の期間です。女性として人間世界で受けなければならないすべての苦衷を受け、それを神様のみ旨を中心として消化し、克服して越えていかなければならない期間であるということを、皆さんは知らなければなりません。
単純に「お母様はどれほど幸福だろうか」と思うかもしれませんが、幸福なその背後にはどれほど多くの困難があるだろうかということを知らなければなりません。それを消化し、そこで花を咲かせることができる女性としての美を備えることなくしては、その背後全体が神聖なものとして証できないのです。その神聖な背後が証できなくなるときは、歴史を収拾し、時代を収拾し、未来を収拾することができる家庭として前に立てることができないのです。途方もないことです。涙も、誰よりも流さなければなりません。先生自身においても、この道を歩んでくるのに誰よりも涙を流さなければなりませんでした。
夫婦愛完成の期間
第一次七年路程とは何かというと、相対基盤を完成させる時です。家庭的完成基盤を越えていく時なので、お母様においてもやはり同様です。性格的な面において先生と合いません。それゆえに、すべて教育していかなければなりません。そのようにして教育してあげれば、ある一時が来るとそれが合い始めるのです。そのようになれば、昔合わなかったものは切り捨て、合うところから出発していくのです。それが七年路程です。第一次七年路程とは何の期間かというと、み旨を中心としてお母様と一つになることができる基準を合わせていく期間です。
完全に一つにならなければなりません。信仰で一つにならなければなりません。夫が行く道の前で、妻が「ああだこうだ」と言いながら反対すれば引っ掛かるのです。その次には、体で一つにならなければなりません。実体で一つにならなければなりません。その次には、愛で一つにならなければなりません。すべて神様を中心として、信仰で一つになり、実体で一つになり、愛で一つにならなければなりません。
七年路程は、誰が先に行かなければならない道でしょうか。堕落していないアダムとエバが行かなければならない道でした。父母が行かなければならない道だったのです。したがって、サタンがいかに讒訴したとしても、この期間は無事に突破しなければなりません。そのような家庭的代表の道を切り開いていく期間が、先生を中心とした第一次七年路程です。それゆえに、この七年期間内において、お母様と先生を中心として、歴史時代において絡まったすべてのものを解いてしまわなければなりません。
ですから、先生が、先生の家庭を讒訴することができる内外のすべての基準を整理して勝利し、心情的な面において家庭を中心として発展したとしてもサタンが讒訴することができない起源を完全に決定した期間が七年路程だったということを、皆さんは知らなければなりません。そこにおいては、内的な問題などの複雑な問題があったのです。お母様と先生が「一つになった」と言うことができる心情基盤、この世界を一つにする心情基盤の上に立たなければならないので、そのようなことをしてきたのです。
真の御父母様家庭完成の十字架路程
七千年歴史を限界として完成してこそ、安息圏を越えて八数の新しい出発をすることができるのです。これが第一次七年路程なのですが、これは、皆さんが行く道ではありません。この期間は、統一教会の文先生が家庭的基盤を築いていく時です。祝福式、聖婚式が行われたあとからは、先生の家庭は幸福な家庭ではありません。それは家庭的十字架を背負っていく道です。誰かが家庭的十字架を背負って勝利したという勝利的立て札を打ち立てるまでは、第二次的な皆さんの家庭の行く道はありません。
一九六〇年からの七年路程は、先生においては家庭的基準を立てる期間です。それゆえに、お母様が食口たちに対して模範となっていないことはないだろうかということを心配しました。
内的な基準を立てるためには蕩減復帰しなければなりません。外的に祝福の基準を立てたならば、内的には整備をしなければなりません。それゆえに、三年路程においては四位基台を完成して越えていかなければなりません。それは、先生を中心として成されるのです。このような問題を中心として標語が出てきたのです。
先生の家庭を中心として四位基台の基盤を広げてきたのです。その基盤が広がっていくのに合わせて皆さんが復帰されるのです。ここにいる先生の家庭の子供たちの名前を見れば、すべて復帰歴史と関係しています。そのようにしながら、今、これくらいまでに上がってきました。
それでは、その期間に何をしなければならないのでしょうか。お母様が無事に子供を生まなければなりません。お母様が子女たちを生むことは簡単な問題ではありません。エバ一人が堕落することによって、今まで数多くの女性たちが悲惨で耐え難い、そして複雑な曲折を経てきました。それゆえに、そのような恨みをもって死んだ人たちの魂を救ってあげなければなりません。それらの人々を救ってあげようとすれば、神様の前に許しを受けることができるように、道を開いてあげなければなりません。このようなことをすべて収拾してくる道が、お母様の行かなければならない道です。このように、数多くの人々を連結させて勝利の基準、すなわち勝利の条件を立てることによって、初めて祝福の日を迎えることができるのです。
私の息子、娘たちは、すべてそのような中で生まれ、必ずお母様の言うことを聞いて一つになっていかなければなりません。この期間は、先生の家庭において蕩減を受ける事件がたくさん起こるのです。子供たちまでも、この期間においては気を休めることができずに育ちました。この期間は、家庭において思いもよらない事件が起きたりするのです。
父母と子女と万物が一つにならなくては、神様の愛の圏に到達することができません。それで、七年の間、お母様を中心として訓練をなし、お母様と子供たちを中心として大変な迫害を受けました。そのような過程を経るのです。
世界的氏族編成期間
今日、統一教会が一九六〇年を中心としてこのような父母を迎えたのですが、この父母は心情の父母です。父母の因縁を立てれば、その次には氏族の基準を立てるのです。家庭を中心として、その次には氏族を中心として内的編成をすると同時に、サタン世界にいる死亡の家庭が天の前に進み出ることができる道を整理してあげるのです。
いかなる反対があったとしても、天倫が行くべき正しい道に向かって行かなければなりません。今後、私たちの家庭が行くべき道は、氏族解放の基盤を築く道だという確固たる信念をもっていたので、私がどれほど打たれ、傷を負ったとしても、勝利の基盤を立てるために行かなければならないのです。氏族解放のメシヤの使命を成し遂げなければならないという厳粛な天意の宿命的課題を前において前進命令をしなければならなかった時が、一九六〇年度からの七年期間でした。
イエス様の家庭とイエス様の氏族が行くことのできる道を切り開かなければなりません。このみ旨は、個人のみ旨ではないので、この七年という期間において、全世界と連結させ、世界を一つの氏族圏内外の因縁へ連結させるために、合同結婚式、祝福という問題を掲げて連結させてきたのです。
一九六〇年代に、天とサタン世界の家庭に新しい分立が起きました。それで、世界史的な観念を中心として祝福を行ったのです。祝福家庭は新しいイスラエルの国を編成するのです。第三のイスラエルの国を築かなければなりません。それで、一九六〇年から上がっていくのです。
二 真のお母様の三年試練期間
三年の外泊暮らし
ここにお母様もいますが、洪氏おばあさんに「三年間、絶対にこの表の門を出入りしてはならない」と言いました。この世から見れば、年老いた義理の母なのですが、その義理の母に向かって「自分の娘だからといって、絶対に目の前に現れてはならない。私が見るこの正門を出入りしてはならない。三年間は、私の目の前に現れてはならない」と命令したのです。なぜそのように命令したのか分かりますか。こそこそと内緒話をしていれば滅びるのです。お母様となる人は、この世の女性のように内緒話をすることはできません。
そして、お母様は親戚に対する観念を絶対にもってはいけません。「すべて切りなさい」と言いました。自分が果たさなければならない主流の責任を残しておいて、傍系的な心情に蹂躙されてはいけないのです。そのようになれば問題が発生します。そのようにしておいて、三年間はお母様を金寅哲氏の家に間借り住まいさせたのです。
エバが行かなければならない道とは、どのような道でしょうか。蘇生時代のエバの勝利圏、長成時代のエバの勝利圏、完成時代のエバの勝利圏を整理していかなければならないので、連れてきたからといって、そこからは相対として対することができる時には絶対にならないということを、皆さんは知らなければなりません。ですから、サタン世界からすべて整理し、内的世界まですべて入ってきて、同じ位置に立つことができるまで、言い換えれば、母として失敗したことをすべて再度蕩減し、失敗の条件を乗り越えた母として育てあげなければ行くことができません。
それゆえに、お母様は先生と結婚しましたが、他人の家で暮らさなければなりませんでした。他人の家で三年期間を経てから戻ってきたのです。三年期間を越えてくるのです。
連れてきておきながら、三年間は別の場所で外泊しながら生活するのです。譽進を生む時は寅哲氏の家に行っていたのです。ですから、他人の家で生活するのです。一日に教会に二回も来ることはできません。一日のうち、夕方に一回来るのであって、二回来てはいけないのです! その上、来る時は正門から入ってきても、出て行く時は裏口から出ていかなければなりません。いったいそのような道理がどこにありますか。外泊暮らしです。
もし閉じこもっていれば、「死ね」と祈祷する人もいくらでもいたはずです。お母様の候補者だと思っていたその妖怪のような者たち、昔の歴史を見れば、女性の世界というものはどれほど意地の悪いものでしょうか。毒薬を注いで飲ませるなど、ありとあらゆるまねをするはずです。ですから、そこが一番の安全地帯なのです。(笑い)お母様がそこにいれば、私がそこに一度行ったからといって、誰も批判したりはしないはずです。そこに行って、何週間ぶりに会って楽しく話をするのを見ても、誰もそのようなことはしないはずです。しかし、教会にいて、額を合わせて一日に何時間も楽しく話をするのを見れば、どれほど気分が悪いでしょうか。作戦上、いろいろと必要だったのです。(笑い)
それゆえに、整備する時までの三年間は、家には迎えず、ほかの家に住まわせて、すべて整備したのちに迎えなければなりませんでした。それまでは、お母様と一緒に暮らすことはできません。息子、娘は、父母と一緒に暮らすことができないのです。この蕩減的路程においては、お母様が越えなければならない峠をすべて越えてこそ、初めて息子、娘を収拾することができるようになっています。このような複雑な環境を越えなければなりません。そのようなことを思う時、先生一代においてこのようなことをすべて成し遂げたという事実は、先生が大胆に、危険を顧みることなく、生命を捧げて成してきたからです。
過酷な憎しみの矢
七年間は内的に、心情的蕩減期間が必要でした。それで、女性として経るべき受難の道をすべて経ていきました。そこにおいては、どのような人々がいたでしょうか。女性で言えば、妾がいたのであり、ありとあらゆる者がいたのではないですか。養母や何だといった、ありとあらゆる女性たちの群れがいるのです。そのようなすべての人々がお母様の周囲で、むやみやたらに締めつけるのです。迫害するのです。そのような群れがすべてお母様の周囲にくっつき、お母様を倒すために、ありとあらゆる謀略中傷を行うのです。
統一教会の女性信徒たちがそっとしておきません。やたらにいじめます。「目玉をくりぬいたり、唇をかみそりで切り裂いたりしたい」と思うのです。ですから、お母様の合格証をもらうためには、試験を受けなければなりません。試験をするときには教師たちは、引っ掛かって倒れる条件ばかりを探します。最も難しいことで首を引っ掛けるのです。
「誰々がいなければ、私の娘や孫娘がなっているはずなのに」と言っているのです。三代がありとあらゆる準備をしていたのです。準備しておいた婚礼家具、それら一切のものをほうり出すのです。「誰々ゆえにこのようになった!」と言って、どれほど憎んだことか分かりません。ですから、その憎しみの矢を防ぐために、三年の間外泊をさせたのです。そのような時に譽進を産んで、風に当たって産後の病が生じました。
今日、人類歴史路程における悲惨な姿の事情を中心として見るとき、復讐の事情がいかに多く、恨みの事情がいかに多かったことでしょうか。それをすべて消化して残らなければならないのであって、消化不良を起こしてはいけません。ですから、とてつもないことでしょう。消化することができなければ死ぬのです。何によって消化するのですか。愛によってです。お母様となる人も、その道を行かなければなりません。女性の悲惨な姿です! 打たれても、消化して残らなければなりません。
反対するのです。激しくひっかいて大騒ぎするのです。部屋に入ってきて両手両足を広げ、お母様に対して「お母様の使命は私の使命です。あなたはお母様ですか」と言って大騒ぎしたのです。本当に、私はありとあらゆる姿を見ました。意地の悪い姿、妙な姿、良い姿も悪い姿もすべて見ました。
そのような仕打ちを受けながら何をするのでしょうか。蕩減していくのです。お母様には言葉が必要ありません。私が世界の舞台に行って神様の前にお捧げする時までは、お母様が「ああだこうだ」と言って私をコントロールすることはできないのです。エバの悲運の歴史がそのようになっているからです。
「私がお母様にならなければならない」と言って、韓氏を代表する女性がお母様の部屋に来て、「自分が韓氏だから、お母様の位置を差し出しなさい」と言いながら、胸を大きくはだけて大騒ぎするのです。それでも、お母様が静かにすっと退くのを見る時、事実、お母様は立派でした。よくやったのです。お母様を妨害すれば、どうにかなるのだと思ったのでしょう。(笑われる)
おばあさんたちから、統一教会の人たちのすべてが「お母様はどうだこうだ。ほかのお母様を選ぶ」などと言って、ありとあらゆるうわさが立ちました。しかし、ここで対抗すれば両方ともすべて砕け散っていくのです。無言で行かなければなりません。無言で行きなさいというのです。ですから、どれほど息が詰まったことでしょうか。例えば、お母様が先生と誕生日が同じことまでも「それはすべて四柱観相を合わせるためにそのようにした」などという、ありとあらゆるうわさが立ったのです。そのような環境を経てきたので、誰もが本当に偉いと思うのです。「あのお方でなかったらできなかった」という基準が徐々に表に現れてくるのです。
真のお父様の冷淡な態度
お母様が愛の十字架を背負うにおいては、いかなる困難があったとしてもすべて克服していかなければなりません。したがって、先生は試験するにおいては無慈悲な先生です。「あのように良い夫があのように冷淡になり得るだろうか」と、涙だけでなく、痛哭するような態度を取ってきたのです。
お母様の血と肉が交差しているのです。そこではお母様は、多くの涙を流しました。結婚をしたので、どこかに行こうとすれば夫に付いて歩かなければならないのではありませんか。ところが、おばあさんの三位基台、お母様の三位基台がいるのです! どこかに行く時はその人たちを連れていくのであって、お母様は連れていきません。ですから、どれほどあっけにとられるでしょうか。峠を越える時までは、そうするしかありません。そのようにすることによって、周りにいる女性たちが「あの先生は、あまりにひどいではないか!」と言うようになるのです。
ある時は、何の理由もなく、ただお母様に対して私が面と向かってしかるのです。「どこどこに行く」と言えば、付いて行きたいでしょう? それが女性の気持ちだということを私はよく知っています。(笑い)付いて行きたいのです。「行きたい」と思っている人を連れていくことが夫の責任だということも分かっていますが、多くの人々を従えていくためには、苦い味、甘い味をすべて知らなければなりません。「どうして出てきたのだ。上がっていなさい」と言って、面と向かってしかるのです。涙がすーっとにじんでくるのを見ました。そのような姿が今でも目に浮かびます。
そのようなすべての事情を通過して根を下ろせば、それはいかに高貴なものとなるでしょうか。全体のために、統一教会の者たちを万人でも殺してはならず、落としてはいけないがゆえに、そのようにしながら、あの塀の向こうから戻ってきて三年後に一緒に暮らすようになったのです。
洪順愛大母様の支え
洪氏おばあさんにとっても、世の中で最も恐ろしい人が私でした。ですから、部屋の中にいても、正門から私の声がすれば裏口へ逃げていくのが常でした。そのおばあさんの素晴らしい点は、すべてのことに対して啓示を受けて、それを一つ一つ報告することです。お母様がそのような孤独な立場にいるので、「あすはどのようなことがある」ということをあらかじめ知って、人の名前まですべて教えてあげるのです。そのようなことを見れば、霊界は生きているということを知ることができます。
お母様を激しく攻撃すると、おばあさんにすべての矢が行くのです。ですから、祈祷しなければなりません。お母様を中心として裏口から出入りしながら、内的、霊的に啓示を受けるのです。どのようなことがあり、何がどうだこうだということをすべて教えてくれます。教えてくれるようになっているのです。
そのようにすることによって、霊的キリスト教の基盤をお母様の実体基盤と連結させる橋が架けられるのです。片方はキリスト教を最高に信仰する信者だというのです。主が来られるまで準備してきた立場で精誠を尽くしてきたので、霊的キリスト教の基盤を実体基盤に連結させることができるように、おばあさんはその後ろ盾にならなければなりません。それゆえに、洪氏おばあさんは、「そのような内容は、これこれこのようになるだろう」と言ってすべて教えてあげたのです。
このような役事をしながら、おばあさんはお母様に内的な立場で協助していくのです。そのような難しい道を経ました。その道を行くにおいては、先生がすべて教えてあげるのではありません。お母様が独りで、身もだえしながら越えていかなければなりません。
ですから、どのようなことが起きたかというと、このおばあさんがお母様のところに来て秘密裏に教えてあげたのです。このお母様を育てるにおいては、私よりも母親のほうが近いのです。満十七歳の娘にどのような所見があるでしょうか。考えてみてください。私は四十歳であり、お母様は満十七歳の娘なのです。
エバが自分勝手に行動することによって主管性を転倒して天地の道理を破壊した、そのようなすべての内容を収拾するために、お母様の母親であるおばあさんがそのようにしたのです。霊界からすべて教えてくれたのです。ですから、一段階越えます。家庭の塀を越えるのです。夫に対して疑い得るすべての環境を越えるのです。
アベル的心情で食口を包容
お母様は、先生から七年間訓練を受けなければなりません。絶対服従しなければなりません。お母様の位置に立ってはいますが、訓練を受ける時にはお母様ではありません。アベルとして、統一教会の女性たちをすべて愛することができる位置に立たなければなりません。それが難しいのです。統一教会の婦人たちは、お母様を最も讒訴するのです。突き剌すのです。そのような中で、すべて感謝しなければなりません。男性たちは好意をもつのですが、女性たちは嫌うのです。
その間、おばあさんの口から「先生は良くない」という言葉が出てきてはいけません。お母様自身も、「先生は間違っている」という言葉を言ってはいけません。-どうすることもできません。心情的アベルになるためには、心情的カインの基盤をすべて消化し、すべて生かしてあげなくてはいけません。それが原理原則です。
七年路程の中で、お母様はどのようにしなければならないのでしょうか。十字架の道を行くことに対して、心情的基準で不平をもってはいけません。お母様を中心として東西南北の十二人の女性が行くことができる真珠門があるのですが、その真珠門とは何の門でしょうか。愛の門です。真心から天を愛する人だけがその門を通るのです。人間的な愛を行う人は通ることができません。そのような人は地獄に行くのです。
それゆえに、お母様自身が、歴史時代において数多くの女性たちが誤ったすべての内容を背負っていくときに、その十字架を背負ったことに対して恨んではいけません。感謝しなければなりません。難しいそのすぺての事情を感謝しなくてはなりません。先生がいなければ、お母様も行くことはできません。先生がすべて保護するのです。昔、エバを保護しなければならなかったアダムは、そのようにすることができませんでした。
そのようにして、最も憎まれる状態から解放され、憎んでいた人が「最も愛さざるを得ない女性の代表だ」と言って認め、「私の福をすべてあげてもいいです」と言って頭を垂れるようになるとき、初めてお母様はお母様の位置に上がるのです。
食口たちの同情と愛
すべての食口がお母様の母親をうらやましいと思いませんでした。洪氏おばあさんをうらやましく思う人が一人もいなかったのです。そのような作戦を行いました。洪氏おばあさんのそのような姿を見てからは、今まで自分の娘を立てて成そうと思っていた母親たちが、すべて意気消沈したのです。「ああ、祝福を受ければすべて良いものだと思ったのに、あのように身を滅ぼして……。あのようになるのであれば、かえってその位置に立たなくて良かった!」。そのように反省をさせるようになりました。
そのようにすることによって、最も問題となる母親クラスの人々を収拾したのです。そのようにすることによって、環境の半分は折れていくようになりました。洪氏おばあさんをそのように扱うことによって、その母親たちが同情するのです。「いやあ、先生にあのような面があったのか。冷淡で、無慈悲な人だ」と言って、すべての人が同情するようになるのです。そのようにならなければなりません。
ですから、「お母様は毎日涙を流して暮らしているそうだ。今は御飯も食べることができない状態になっているそうだ!」といううわさが出てきます。「他人の家のひと間で暮らしているので、子供を産んでからは産後の養生もできず、寒さでこれこれこのように過ごしているそうだ」というような様々なうわさが出てくるのです。
最初、お母様の候補になっていた女性たちやおばあさんたちは、その話を聞いてみな喜びました。しかし、一度聞き、二度聞き、三度聞いているうちに雰囲気が変わっていくのです。その雰囲気が変わるとともに、おばあさんたちが、選ばれたお母様に対してそのように接するので、ついには十代の少女たちが、おばあさんたちを捕まえて説得するようになりました。「お母様が代表の位置にいるのに、どうしてそのようにすることができるのですか」という雰囲気が沸き起こったのです。
あとになって、おばあさんたちも、自分の娘や孫娘がお母様の立場になっていれば、どれほど息が詰まっただろうかということを考えるようになったのです。そのようになって初めて「私たちが反対したのでお母様の立場がこのようになったのだなあ!」ということが分かり、「かわいそうに、お母様はすべて私たちのゆえにあのような立場にいるのだ」と女性たちに教えてあげるのです。そのようにして、三年間で雰囲気がひっくり返りました。おばあさんたちが先生のところに来て「お母様をお迎えしなければならない」と話し、すべての人がそのようになることを願う心で全体が一つになったのです。そのようになってこそ、初めてお母様を迎えることができる基盤が立つのです。
先生は原理を知っているので、このようなことをすべて整理してきました。大乱闘が起きて修羅場と化し得る、そのような環境でした。この世であれば、実際に人が死ぬような事態が起きていたはずです。「お前を殺して私も死のう」というそのような局面でした。いくら自分が心情の開拓者として来たとしても、この心情の十字架を誰よりも勝利しなければ、心情的主人となることはできないということを知らなければならないという話です。したがって、お母様がお母様として振る舞うことはできませんでした。その道に合わせていこうとするので、誰にも教えてあげたり、話してあげたりしたのではありませんでした。
真のお母様のみ言
聖婚後、大母様は、私に起こるすべての出来事を、啓示を通してすべて見ていらっしゃいました。誰にとってもこの位置は大変な位置でしたが、大母様がいらっしゃったので克服することができました。すべての女性の誤りを大母様がすべて清算されました。大母様が誰よりもよく御存じです。
今、私の年齢は六十になりつつありますが、幼年期や青年期よりも、その後の四十年間のほうがもっと波瀾万丈な人生を送ってきました。すべてを口に出して言うことはできません。
(たくさん泣かれながら)神様にも健忘症がおありになるのでしょうか。健忘症があるのですべてのことを忘れ、克服して越えていくことができるのだと思います。健忘症があるということは祝福です。憎い人を憎いと思わすに、愛ですべて克服するということが簡単なことだったでしょうか。
外からちらっと見るときには、お父様がどのようなお方だということを知っているので、皆さんは全く同じように思い描き、単純に、・私がとても幸福で、すべての面において完全な人であるに違いないと思うことでしょう。「あなたは神様からそのように創造され、もともと完全な姿としてお生まれになっているので、自分では何の努力もする必要がなく、ただそのままその位置に選ばれるようになったお方だ」と思うかもしれません。そして、「全天宙の母だということ、お父様に出会って幸福な家庭をもっていて人生を楽しんでいる」というのが、私に対する人々の一般的な見解でしょう。
しかし、それとは反対に、お父様がその位置に立たれるために苦難と十字架の道を歩んでいかれる限り、私においても当然、私なりに信じることができないほどの耐え難く、乗り越え難い十字架を背負ってきたのです。もちろん私も、最初から完全な人間として出発したのではなく、完成まで行かなければならない過程がありました。その到達しなければならない基準はあまりにも高く、時には本当に目標まで行くことは不可能ではないだろうかという気までしました。その使命を果たし、神様の期待にこたえるためには、とても難しい試練と、苦難と、絶対的な信仰が必要でした。私はそのような立場にいました。
過ぎし日のこのような事情と、私が歩んできた路程について思い起こす時、私はこらえることができずに涙が出てくるようになります。なぜなら、これについて話そうとすれば、苦難と試練のすべての記憶が再び生々しくよみがえってきてしまうからです。ですから、私にとってはそれを話すということは大変つらいことなのです。
私が歩んできた道は、考えるだけでも耐え難い苦難の連続の道でした。神様は、お選びになったお父様に試練を与えたのと同じように、私に対しても何度も試練を与えられました。そして、サタンもまた、お父様とイエス様を試みたように、私に対しても試みました。メシヤが通過されたのと同じ、そのような過酷で激しい試練をこの弱い女性が通過したと言えば、本当に皆さんは信じることができないでしょう。
一九六〇年に聖婚式が挙行され、私は、天宙的な使命を帯びられた偉大なお父様と結婚しましたが、お父様がその天宙的な使命を成していかれる生活を傍らで見守るならば、普通の自然人には、そのような使命を果たすということは考えることさえも不可能なことです。
私は、温室の中に咲く一輪の花のように成長してきました。平和な周囲の雰囲気という温室の中で、「砂漠に咲く花のようだ」と私自身が感じてきました。砂漠のようなものは私が生きていた環境であって、行くところはすべて荒海が狂ったように暴れているかのようでした。それは、私の周囲が一寸先も見ることができないほど多くの誘惑と、試みと、様々な苦難が渦巻く、難しい現実的、また霊的な状況だったからです。私は、本当に荒海に浮かぶ小さな帆掛け舟のようでした。
一方で、その当時は、私に訪ねてこられる神様の恩恵を最も深く感じた時でもありました。私が苦痛の中にいる時でも、神様は親しく現れて啓示を下さり、導いてくださいました。そのような直接的な導きがない場合でも、私を愛し保護してあげようとする周囲の人々を通して、絶えず導きと啓示を下さいました。ですから、その時が、あれほど難しい試練と苦難の中で耐えなければならない時であったにもかかわらず、同時に、その時こそ最も美しく、神様の恩恵に満たされた、神様が本当に共にいてくださるということを実感することができる時でもあったのです。
三 一九六〇年代の開拓路程と重生の役事
真のお母様の顕現と女性解放運動
聖霊は、地上に来て新婦の体をまとうことができませんでした。霊界に行ってみれば、聖霊は母の神様です。イエス様が地上で実体を備えれば、新婦は天道のすべての内容を知って、すなわち真理の中で新婦の資格を完遂し、新婦としてメシヤが来られることを待ち望みながら彼を迎える準備をしなければなりません。そのようにして一つの家庭を準備し、一つの国家を準備七、世界を準備しなければなりません。これが新婦のなさなければならない責任です。それゆえに、一九六〇年代に入ってきて女性運動が世界的に展開しているのです。
女性は、男性が解決することができなかったことを解決しなければなりません。この地上の人間がいかに多かろうと、すべて悪の血統を受けて生まれてきた堕落の子孫なので、母の愛をなすことができる真の女性が現れなければなりません。終わりの日が迫れば迫るほど、そのような代表的な存在が現れることができる時が近づいてくるので、世界的な女性運動が展開するのです。終末期は、堕落したことを女性が復帰することができる時なので、終末期である今、女性は天的なエバを代表して立つことができる恵沢圏にいるのです。
今日、女性たちは、解放と同時にそのような位置に立つことができるようになったので、このような時に真なる母が現れなければなりません。私たちは、地上でその母に侍ることができなければなりません。人類はこのような時を迎えて神様を取り戻してくるので、地上に新婦が立てられなければなりません。父母がいなければ子女がいるはずがなく、子女がいなければ家庭があるはずがなく、家庭がなければ氏族が、氏族がなければ民族が、民族がなければ国家が、国家がなければ世界があるはずがありません。
第二次大戦が終わり、女性運動が展開していますが、それほど簡単にはいかないことでしょう。母となるべきエバが堕落して罪を誘発させたので、このような歴史的な罪を蕩減し、母となることができる存在にならなければなりません。それゆえに、再び出産の苦労を経ることによって蕩減の勝利圏を備え、新郎を迎えることができる勝利的な基準を築かなければなりません。このような女性が現れなければ、メシヤは父的メシヤとして王位に就くことができません。したがって、女性の解放もあり得ません。
一九六〇年代における女性たちの開拓路程
神様とエバが一体となることができる位置を模索してこそ、サタンとエバが一つになったその基準に匹敵する立場に立つことができるのです。
それでは、その一つになったという条件を立てるためには、どのようにしなければならないでしょうか。一つにさせないように妨害するサタンに対して、必ず勝利して越えていかなければなりません。そのとき、サタン世界の女性にとって、自分がもっている環境的条件が十字架です。すなわち、夫がいれば夫が十字架であり、子女がいれば子女が十字架です。そのように実体的な家庭を中心とした十字架も十字架ですが、ここに無形のサタンまで加担して、夫の名をかたり、息子、娘の名をかたって、統一教会の婦人たちが行こうとする道をあらゆる方面から阻んでいるのです。このような道を歩んできたのが、一九六〇年代の統一教会の歴史でした。
それゆえに、女性たちが神様を中心として神様と一つにならなければなりません。一つになるためには、エバが堕落したのと同じ立場において、絶対に堕落してはならず、堕落するすべての要因を乗り越えることができる基盤を勝利して備えなければなりません。女性たちがこのような基盤を備えなければ、男性たちの行く道が定まりません。それが原理的な見解です。それゆえに、一九六〇年代に入ってくると同時に、統一教会は、女性たちを中心として苦難を経ていったのです。
そのように、一九六〇年代は、女性たちを先頭に立てて蕩減の役事を提示しながら開拓してきた、ということは間違いのない事実です。女性たちが開拓した勝利の基盤の上で、その女性たちが築いたものを男性たちが受け継ぐことによって、初めて天の男性として立つことができる位置を立てた時でした。これはどういうことかというと、堕落したエバがアダムを誘惑して堕落圏内に立てたことを蕩減復帰するために、女性たちが堕落せずに開拓して、勝利の基盤を築いた基盤の上に男性たちを立てた立場へと復帰するということでした。教会を中心として見れば、これは教会の復帰の基台を整えてくる役事でした。
そして、皆さんが個人的な闘いをしていたその期間、先生においては家庭的な闘いの路程を展開していたのです。そして、第一次七年路程の期間、女性たちが万緑で基盤を築いている時、先生はその背後に立って、サタンの讒訴条件に引っ掛からないように、時には父の立場で導き、時には夫の立場で周囲を収拾してあげていました。
三年路程の四十日開拓伝道
一九六〇年七月二十日から八月三十一日までの四十日間、全国四百十三地域に六百五十九人の食口が開拓伝道に出掛けると同時に、三年路程が公式的に出発し、その後三年間、夏期および冬期四十日伝道活動に全国の食口が投入され、教会基盤を開拓した。現在まで、この四十日動員伝道活動は、世界の食口の公式的伝道活動期間として、その伝統が伝承されてきている。
皆さんが真の父母の息子、娘になるためには、蕩減法によって、父母の骨髄を通じて出てきたという原理的条件を立てなければなりません。そのようにしてこそ、息子、娘の位置に出てくることができるのです。
そのような条件を立てる期間が、一九六〇年を中心とする一九六一年、一九六二年の三年間にわたる四十日伝道期間でした。この期間は麦飯を食べました。なぜ麦飯を食べなければならなかったのかというと、その三年間は蕩減期間だったからです。この期間は、先生の直系の子女を中心として四位基台を復帰して越えていく期間でした。そして、皆さんにおいては、父母を中心としたカイン・アベルの関係を立ててカイン・アベルを一致化させていく期間でした。どこから一致化させなければならないかというと、母の腹中から一致化させる位置に立たなければなりません。
そのようにして、皆さんが真の父母の骨髄の中から心情的に接ぎ木されることによって、真の母の腹中を通じて本然のアダムとエバの立場で生まれたという条件を立てるのです。そのようにしなくては復帰することができません。したがって、皆さんは、お母様を中心として復帰されていかなければなりません。先生の息子、娘がお母様の腹中にいる時に、その胎児を中心として皆さんはカイン・アベルの関係を復帰するのです。
そのように先生の家庭を中心として一つになれば、天使長がサタンの立場ではなく忠臣の立場に立って神様の息子、娘に従順屈服し、蕩減復帰する立場で養子として代を継がせてあげるのです。それで、長子の立場を取ってきたサタン側を次子の立場に立たせ、神様の祝福を受けた本来の直系の息子、娘を長子の立場に立たせるためにあるのが、今日の統一教会における三年路程の役事です。
それでは、皆さんはどのようにしなければならないかというと、先生を中心とした愛の因縁を通して一つになったという条件を立てなければなりません。お互いに闘うのではなく、お互いに一つになるために努力しなければなりません。それゆえに、お母様も麦飯を食べ、それと同時に皆さんも麦飯を食べなければなりません。子供も麦飯を食べて育つのです。
それゆえに、先生も、その三年間は誕生日のお祝いをしませんでした。その三年間は、断食をする期間だったのです。それで、お祝いの膳も整えてもらいませんでした。服もジャンパーを着ました。ジャンパーを着て説教し、ジャンパーを着て御飯を食べ、背広のようなものは着てみたことがありませんでした。復帰です。六千年復帰歴史において、僕の僕の身から復帰して上がっていかなければならないのです。
真の御子女様の誕生と重生儀式
一九六一年一月二十七日(陰暦一九六〇・一二・二)、真の御父母様家庭の御長女であられる譽進様の誕生と二月二日に挙行されたその奉献式、そして一九六二年十二月二十九日(陰暦一二・三)、御長男であられる孝進様の誕生と一九六三年一月一日のその奉献式によって、真の御父母様家庭の天的四位基台が完成した。これを期して真の御父母様は、三年開拓路程を歩んでいる食口たちにわかめ汁と御飯と牛乳を共に分かち合うようにされ、米と豆と栗と十圜銅銭を分配してくださることによって、アベルの子女である真の御子女様の出産を通して、カインの子女たちが真のお母様の腹中を通じて重生するという恩賜に同参させてくださった。
その三年間の活動をする時に譽進が生まれました。それゆえに、要道も四十日伝道期間中は、皆さんと一緒に御飯を食べて暮らしました。腹中からそのようにしたのです。孝進もやはりそのようになった立場でした。皆さんは、お父様とは一つになったのですが、お母様と一つになったというそのような因縁をいかにして結ぶのでしょうか。アベルを通して接ぎ木されるということを腹中時代からしなければなりません。それは何かというと、譽進の腹中時代から孝進の腹中時代の三年期間です。
皆さん、子供が生まれるとき、母が汁御飯を食べれば、子供は母が食べるその汁御飯を食べて育つのです。それと同じように、譽進が生まれる時に、皆さんが汁御飯を食べたことを覚えていますか。それが蕩減復帰歴史なのです。今は、皆さんは知らずにいますが、今後この式を本格的に世界化させ、そのような伝統をはっきりと教えてあげなければなりません。再びお母様のおなかの中を通じて生まれなければならないのです。
そのように、お母様のおなかの中というものは、堕落したことを蕩減するためのものですが、今までは完成した母がいませんでした。しかし、血統的な面やあらゆる面を蕩減して完成した基準を得てお母様が譽進と孝進を生むそのような立場で、三年間皆さんが一つになったという条件を立てることによって、初めて再び生まれたという立場に立てられたのです。
このように、復帰歴史とは、六千年かかってきた大変な歴史だったです。このことをなすまでどれほど大変だったことでしょうか。神様は、その一日を中心として今まで歴史的試練を経てこられたのです。ですから、皆さんの生命は誰と共に復活したのかというと、先生と共に復活したのではありません。お母様と共に復活したのです。誰ゆえにですか。子女様ゆえにそのようになるのです。
女性はみな、真のお父様と、真のお母様と、その真の娘と一つにならなければなりません。それでは、男性はどのようにしなければならないのでしょうか。真の父母と、その真の息子と一つにならなければなりません。このような罪がない真の子女め誕生によって、歴史上初めて天的四位基台が復帰されるのです。これが、統一教会における天的四位基台の復帰です。
四位基台を復帰しようとすれば、歴史的な蕩減条件を立てなければなりません。その三年期間は、子女を取り戻す期間です。子女様の奉献式の時、先生は、三大祭物の条件として三種類の贈り物を分配し、わかめ汁と牛乳を飲ませ、御飯を食べさせました。三年期間は、イエス様が築くことができなかった四位基台を完成する期間です。
先生は、一九六〇年代に、聖進、喜進、譽進、孝進を中心として、腹中から復帰してくることによって、すべてそのような条件を立てました。その時に、皆さんはわかめ汁を飲んだでしょう? そして、牛乳も飲み、御飯も食べたでしょう? それがすべて条件なのです。また、一九六一年のことでしたか、私が十圜銭を分けてあげたことがあります。今、それをもっている人は手を挙げてみてください。それをなくさないようにしなさい。
世界的氏族編成のための祝福式
第一次七年路程の前半三年期間に、真の御父母様の世界的な氏族編成のための祝福式が相次いで挙行された。一九六〇年四月十六日に行われた三家庭の祝複式に続き、一九六一年五月十五日には三家庭を含む三十六家庭、一九六二年六月四日には七十二家庭、一九六三年七月二十四日には百二十四家庭の祝福結婚式が、それぞれ真の御父母様の主礼のもとで挙行された。
七年路程を経ながら父と母が一つになってこそ祝福があるのですが、三十六家庭の祝福、七十二家庭の祝福、百二十四家庭の祝福、四百三十家庭の祝福を中心として基盤を広げてきたのです。その基盤は何かというと、アダム氏族を失ってしまったので、アダム氏族の形態を中心として蕩減条件を立ててきました。割礼を受けたり、洗礼を受けたりしたのはユダヤ教徒とキリスト教徒でしょう。それと同じように、祝福を中心として基盤をつくってきたのです。
そのようにして世界の中で失ってしまった理想的家庭を、すべて新たに再現させて天国へと導いていくためには、世界という舞台を蕩減条件として立てて、自分の父母よりも、自分の国よりももっと愛する、そのような心情的基盤を高めて飛躍、跳躍させ、ここに入ってきて新しい家庭の編成に加担させなければなりません。今日まで、統一教会は、そのような役事を行ってきました。
霊の三子女を選んで家庭形態を備えなければなりません。それで、イエス様は三弟子、すなわちアダム、ノア、アブラハムを象徴する三子女を取り戻そうとされたのです。しかし、その三弟子までがイエス様と一つとなることができなかったので、イエス様は亡くならざるを得なかったのです。
イエス様と聖霊の恨を解くために、三子女を中心とした三十六家庭を立て、それをなすことによって失ってしまった先祖を捜し立てるようになりました。そのように先祖を立てることによって、その子孫たちが入っていくことができる道が開かれました。そして、アダムを中心としてカイン型とアベル型を完結しなければならないので、七十二家庭を立てました。この家庭を立てることによって、四位基台型の先祖基盤を完成するようになりました。また、イエス様が百二十人門徒を中心として楽園に入っていかれたので、それと同じように、この百二十人門徒を地上においても立てなければなりません。それで、百二十家庭(百二十四家庭)の祝福があったのです。
三十六家庭から、七十二家庭、百二十家庭は一つのチームです。これは、分けることができません。三十六家庭は堕落した人類の先祖たちが復活した型であり、七十二家庭はその先祖の息子、娘たちが復活した型であり、それから百二十家庭は世界の人々が復活した型です。ですから、これらが一つになることによって、結局、家庭と息子、娘が一つになり、世界が一つになるのです。それで、百二十家庭までは私が責任をもたなければならないと思っているのです。
三十六家庭は代表の家庭なので、過去からつながってきたものを代表した家庭です。この家庭を中心として、現実的な基盤として立てられたものが七十二家庭と百二十家庭です。過去からつながってきた家庭的な蕩減条件を防ぐことができる家庭が三十六家庭ならば、それを現実的な家庭の基盤として防ぐことができる家庭が七十二家庭と百二十家庭です。七十二家庭は氏族を代表した家庭であり、百二十家庭は世界を代表した家庭です。
四 七年路程と惠進様の犠牲
七年路程の前半三年と後半四年
イエス様は、二千年間内的に基盤を築いてこられ、外的には再臨の理念を残しておかれました。それと同じように、来られる主においても内的な基盤を築き、外的な基盤を築かなければならないのですが、その内的な基盤を築くのが三年路程であり、外的な基盤を築いて決着をつけるのが四年路程です。
先の三年期間は、先生が本郷を取り戻す期間でした。イエス様は、三年期間で神様、イスラエル、ユダヤ教、そして義のために闘って死んだ烈士の恨を解かなければなりませんでした。それを成すためには、ユダヤ教徒たちがイエス様を信じなければなりませんでした。なぜならば、イエス様は、世界的な主権をもってこられたからです。イエス様は亡くなりましたが、統一教会は、韓国を中心としてサタンと闘って勝利することによって、イエス様の恨を蕩減復帰しなければなりません。そして統一教会は、先の三年にわたって勝利の実績を収めたので、イエス様の恨を解くようになりました。
イエス様は、天国に行くことができませんでした。天国は一人で行くものではなく、家庭を完成して行かなければならないからです。父母に侍り、相対基台を成して息子、娘を抱いて行かなければなりません。
三年という期間は、サタン分別の期間です。三数と四数は、サタンを分別する数です。七数を蹂躙されたことが天地の恨です。人間始祖の堕落により、神様は息子、娘を失ってしまいました。それで、三数は息子、娘を取り戻すための蕩減数であり、四数は万物を取り戻すための蕩減数です。それゆえに、この三年期間は、先生が命を懸けて世界に散在しているサタンたちと、天上天下に散在している数多くの悪霊たち、そして世界にいる人類と対決した期間です。
三数は子女を取り戻すための分別数であり、四数は万物を捜し立てるための数です。私たちは、このような第一次的な計画に成功しました。この三年期間で勝利し、世界へ進出していく基盤を築きました。このような基盤の上で、第二イスラエルを復帰しなければなりません。今後残された四年は、民族復帰のために活動しなければならない期間です。それゆえに、すべての力を尽くして、民と国土を復帰するために活動して勝利しなければなりません。先生が歩んできた四十年を、皆さんは四年間で行くのです。
民族的総蕩減のための四十日動員
第一次七年路程の後半四年の第二次年度である一九六四年の七月二十日から四十日間、統一教会創立十周年(一九五四~六四)を総蕩減する意味の夏期伝道が始まり、全国から二千百人の有能な食口が動員され、八月三十一日まで活動した。
全体のみ旨の前において、民族復帰という使命の内的責任は先生が果たすのであり、外的責任は皆さんの努力で果たしていかなければなりません。統一教会が出発してから十年がたちました。十年の間(一九五四~一九六四)、私たちは個人的、家庭的、氏族的に発展してきました。
先生が皆さんを、実績があろうとなかろうと、できる限り動員させようとするのはなぜでしょうか。皆さん、ある皇帝が山で木を切り、それを担いで宮中に入っていくときに、その木の先にありが一匹付いていたとすれば、そのありも一緒に宮中に入っていくでしょうか、行かないでしょうか。くっついて入っていくのではありませんか。一年、二年……十年を歩んでくるときに、一緒には来ることができませんでしたが、ここからでもつながっていこうというのです。
戦場に赴く途中で戦争が終わったとしても参城兵なのです。また、戦場で銃を撃ち、誤って撃って味方の将兵を殺害してしまったとしても、その軍隊が勝利すれば戦勝兵になるのです。ですから、皆さんをこの七年路程に、できればどのような作戦を通じてでも動員させようと思っているのです。
陰暦の八月までが危機です。天がこの闘いで疲れ果てることのない将兵をいかにして立てるか、これが問題です。闘いには軍隊が必要です。私たちは一時に個人的、氏族的、国家的に勝利した立場に立たなければなりません。天の命令を奉じることができる私たち自身と国家になっていなければなりません。
今、時は、総蕩減の使命を果たさなければならない時代なので、皆さんは先頭に立って、民族的な蕩減のために民族を身代わりして十字架を背負い、前進して闘わなければなりません。今はもういくつかの峠しか残っていません。
今回の伝道期間は、できるだけ全員が動員されなければなりません。今回は、回数にして何回目ですか。今後、何回も行うと思いますか。できるだけ時を逃すことなく参加して、たくさん苦労し、責任をもった立場で任せられた天の将兵の目的を達成してくれるよう願います。
惠進様の昇華
真の御父母様の五番目の御子女様であり、次女であられる惠進様が、一九六四年七月二十八日(陰暦六・二〇)に誕生され、誕生されてから八日目の八月四日(陰暦六・二七)午前四時十五分に昇華された。真の御父母様は、青坡洞前本部教会において、惠進様の昇華後十日目である八月十四日(陰暦七・七)午前七時、「霊的サタンを打つ式」を挙行され、その七日のちの八月二十一日(陰暦七・一四)午前十一時、「肉的サタンを打つ式」を挙行された。そのようにして、アベル子女の犠牲を条件として霊肉間におけるすべてのサタンを打ち、攻勢的立場の摂理を進めることができる基盤がつくられた。
六月、七月は、七年路程の三年半を越える峠なので、祝福を受けた老人たちと惠進が亡くなったことには大きな意味があります。死去した四日、ベトミン(ベトナム独立同盟会)の問題が発生しました。
皆さんが、先生に最も近い存在が死ぬことを経験するということには大きな意義があります。皆さんが行く所には何かしら危険が存在するようになります。以前のサタン世界とは違います。皆さんは、モーセとアロンとホルの前に立ったヨシュアのような信念をもたなければなりません。
以前は、サタンが祈祷中に現れれば外部から問題が発生しました。しかし、今年からは、そのような時には家庭から問題が発生します。今後、蕩減の供え物がもっとあるはずです。
神様は、アベルが供え物だったので、アベルを打ってカインを許してくださいました。これを条件として、神様はサタン世界を打つことができたのです。今からは、み旨に反対する人は打たれることでしょう。私たちは、誰が何と言おうと、神様のみ旨だけを見つめて進んでいかなければなりません。
私は、惠進の死を通してイエス様を失った神様の心情を体恤し、まだ死を免れるほど神様の前に忠誠を尽くすことができていなかったということを悟りました。
先生の蕩減路程は、キリスト教の蕩減路程を経て、統一教会で再蕩減路程を歩んでいるのです。それで、先生の家庭において、子女たちを供え物として捧げるという歴史的な事件が起きるのです。
七年間でこのすべての世界的蕩減路程を歩まなくてはなりません。先生はこの勝利的基盤を築いたのですが、お母様は築くことができていなかったので、それを築いて越えていくことができる道をすべてつくってこそ、天の中心女性として堂々と立つことができるのです。それゆえに、七年の間、個人として三年の闘い、それから四年間の家庭的闘いをなしてきたのです。
母子、兄弟、前妻後妻関係において、愛の闘いが今までの人類歴史の闘いでした。崔元福先生は、マリヤとイエス様の夫人格であると同時に、レアの立場です。したがって、先生のみ言に絶対服従しなければなりません。また、長成期完成級まで復帰しなければならない堕落した母の型です。完成期は堕落人間の心情では通過できないので、完成期に到達しようとすれば、お母様が絶対的に必要です。それゆえに、お母様が苦しんだのであり、先生の家庭において惠進が蕩減を受けたのです。
一九六四年度に入ってくると同時に、協会長に教会を任せました。今、私が経ていかなければならない道は個人の道ではありません。家庭的時代を迎えて歴史的な悲運の家庭的環境を喜びとして消化し、氏族的悲しみ圏を迎えていかなければならない責任をもっているので、その因縁を整理するために、誰も知らない内情的心情を中心として独りで闘ってきたのです。皆さんには分からないはずです。これは、協会長も分からなかったはずです。近くにいる誰もが知らない心情をもって歩んできたということを、この時間、皆さんの前に話すということを知らなければなりません。
私たちの家庭、私たちの部落において、千人、万人が犠牲になることがあったとしても、あるいは子供たちが死んでいくことがあったとしても悲しんではいけません。そのような時、逆に先生は、人類のために歴史的な恨みを食い止めることができる家庭として立つことができなくなるのではないかと思い、むしろそのことを心配したということを、皆さんは知らなければなりません。
五 四大名節の制定と七年路程の勝利
真の御父母様家庭の七年路程
第一次七年路程は、先生を中心として先生の家庭が行く道だったいう事実を知らなければなりません。その途上においては、誰の協助も受けてはなりません。誰であろうと協助してはならない道です。その道は、人類の父母であるアダムが失敗することによって失ってしまった道なので、父母の立場で来られる方だけが責任を負っていかなければならない道です。
エバがアダムを主管したことが堕落なので、これを復帰しようとすれば、エバはアダムの主管を完全に受けなければなりません。しかし、前線で闘うのはアダムがしなければなりません。なぜならば、三十億人類を苦しみのどん底に陥れた張本人はサタンなのですが、天使長をして決定的にサタンになるようにさせた人は、エバではなくアダムだったからです。したがって、アダムが最後の決着をつけなければなりません。それゆえに、世界的な最後の決着をつけなければならないのが先生の使命です。
第一次七年路程は、天と地の全体の使命を担った先生が行く道です。先生の二十一年路程における最後の路程です。イエス様はダビデの氏族、すなわちヨセフ家庭を中心として一体となり、イスラエル民族の反対のない勝利の一路を開拓してイスラエルの国を蕩減復帰しなければならなかったのですが、それを成すことができなかったので、統一教会は、それを蕩減復帰することをしているのです。それで、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰をして、統一氏族を編成しようとしているのです。
統一氏族を中心として大韓民国の前に民族復帰の使命を果たすために、第一次七年路程を設定して活動してきました。これによって、大韓民国においては、統一教会の行く道をふさぐことができなくなりました。
第一次七年路程の初年度の標語は、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」であり、それはサタンに完全勝利しなさいという意味です。第二年度の標語は、「父の代身者となろう」でした。それは神様の代身の立場で主体になりなさいという意味です。第三年度の標語は、「見せてあげて誇りうる者となろう」でした。それは四位基台を完成しなさいという意味です。その翌年からは「勝利的主管者となろう」でした。それは、四位基台を完成して勝利的主管者とならなければならなかったからです。
皆さんは分からないかもしれませんが、これはすべて公式的な事柄です。皆さんは、そのような標語をもって出ていって、生涯における最大の実績を残さなければなりません。第一次七年路程をすべて成したというのは、全体を中心として言っている言葉です。皆さん個人の七年路程はいつ出発するのですか。それは、皆さん各自において異なります。
四大名節の制定
(一九六〇・陰暦三・一「父母の日」、一九六〇・陰暦一〇・一「子女の日」、一九六三・陰暦五・一「万物の日」、一九六八・一・一「神の日」)
アダムとエバが堕落することによって、長成期完成級から落ちて堕落した人類始祖となり、堕落した息子、娘となりました。また、万物も、堕落圏内において、深くしみ込んだ恨をもった万物になってしまいました。人間は、サタンの主管圏内に入っていったので、すべてを失ってしまったのです。
統一教会においてこのようなことを復帰した基準を立てた時が、第一次七年路程である一九六〇年から一九六七年までの七年間です〇すなわち、失ってしまったものを復帰することができる基準に立ったのです。アダムとエバが堕落することによって、「父母の日」「子女の日」「万物の日」を失ってしまったので、復帰時代において、このような日を捜し立てて越えていかなければなりません。それで、統一教会では、「父母の日」「子女の日」「万物の日」をこの七年の間で捜し立てて記念するのです。
この時期は、血統的問題において、アダムとエバが失敗したすべての歴史的曲折を解いて清算しなければならない内的な闘いの時です。
先生においてはサタン世界の勝利的基盤の上に立っていたのですが、お母様においては、まだそのような基盤ができていなかったので、先生を中心としてお母様を再度創造する立場に立つことによって、初めて心情的一体基準、み旨の前に自分一身はもちろん、自らのあらゆる心情問題までも天の前に奉献することができる因縁を整えていくのです。そのようにしながら第一次七年路程を完結することによって、父母の起源が勝利的誕生を迎えるようになりました。
そのようにして、第一次七年路程を中心として「神の日」を宣布することによって、初めて神様を家庭の上にお迎えすることができる時代圏内に入ってきました。そして、その神様をお迎えした家庭的勝利基盤の上で、初めて第二次七年路程を出発するようになったのです。
過去において、聖進の母親が受けた悲しみ以上の悲しみを受ける困難な立場に置かれても、それを克服しなければならないのがお母様の歩まなければならない道でした。お母様が女性として、夫がどのようなことをしても従順屈服し、それ以上の条件を立てることができないという限界点までも越えて従順に従ったという基盤を立てたので、その基盤のもとで「神の日」まで設定することができたということを、皆さんは知らなければなりません。
世の中の何が反対し、何がどうなろうと、お母様の夫に対する心は変わることがありません。死のうと生きようと「夫が行く道を行こう」という心が変わることはないのです。いくら国が反対し、たとえ死ぬようなことがあったとしても、それを覚悟していくのです。エバは、信じることができない立場で堕落したので、神様が信じることができる立場に立たなければならず、また夫が一〇〇パーセント信じることができる立場に立たなければなりません。エバがアダムを滅ぼしたので、女性は一〇〇パーセント信じることができない歴史を経てきたのですが、神様がお母様を一〇〇パーセント信じ、夫が一〇〇パーセント信じることによって、初めて「神の日」を設定することができたのです。それが一九六八年です。
「神の日」の宣布後
一九六八年一月一日、「神の日」が決定されました。「神の日」の決定と同時に、地上に神様が臨在される基準が立てられました。したがって、今から統一教会は地上において急速に発展していくことでしょう。そのような基準を立てたので、統一教会は、真理を中心として霊界の解放とともに地上の解放、そして地獄を解放するものとして発展していきます。なぜならば、「神の日」を迎えたその時から地獄が壊滅し、サタンも滅亡せざるを得ない立場に立つからです。それは理論的に正しいのです。それで、「神の日」の決定と同時に、先生の使命は完成されました。
サタンが神様から奪っていったものを再び取り戻した基準が立てられたので、そこから初めて完成基準を地上に成すことができるようになりました。新郎と新婦がサタンを押しのけて出会ったのです。その一日が神様の念願だったのであり、二千年のキリスト教歴史の目的でした。新郎はイエス様として天を意味し、新婦は女性神として地を意味するのですが、この二人がお互いに出会うことによって、空中の権勢をもっていたサタンが粉砕され、天地が一つになったのです。宗教人の最高の目的を、私たち統一教会が果たしたのです。
先生が一九六〇年から始めて一九六八年の一月一日を期して「神の日」を宣布する時までの内的受難の路程は、皆さんには分かりません。永遠に分からないはずです。先生は、サタンと対決して家庭的段階へ越えることができる一つの基盤を築いたのです。これは世界史的な勝利です。今ようやく天下を私の指揮下において、神様に向かっていくことができる自由な時代に入ってきたのです。
「神の日」を決定することによって、今はサタン世界が天国の王権、父母の王権、子女の王権、万物の王権の支配下に入ってきたのです。今からは自分の思いどおりにはできません。「神の日」「父母の日」「子女の日」「万物の日」を備えたので、先生に属したすべてのものを、サタンが略奪していくことはできないというのです。なぜでしょうか。真の父母圏、真の子女圏、真の万物圏に属し、神様に属しているからです。型は小さいですが、これにサタンが手をつけることはできません。手をつけることはできませんが、包囲してすべて死亡の道へ追い込んでいくことはできます。
なぜでしょうか。家庭が行かなければならない道はどこでしょうか。国家基準を越えてローマまで越えていかなければなりません。アダムは世界統一圏を失ったのであり、統一圏とともに天国と地上の王権を失ってしまったので、世界的水準まで越えていかなければならないのです。
七年を経て一九六八年正月一日を中心として、このすべての蕩減の道を越えて「神の日」を策定することによって、お母様の権威が生まれ、地上に着陸時代が到来し、世界的進出の出発が始まったのです。氏族基盤の上に立てることができなかったイエス様の新婦基盤を経て、民族基盤を連結し、国家と世界基準を越えることができる七〇年代の三年路程を経て、世界基準を越える蕩減の道を築いていったのです。
真の御父母様の御家庭と教会幹部の日本歴訪
真の御父母様は、第一次七年路程の勝利基盤をエバ国家日本に相続されるために、一九六七年六月十二日、孝進様、仁進様、興進様の三人の御子女様と、崔元福氏、劉孝元氏、金元弼氏、金榮輝氏、柳光烈氏、黄煥寀氏、李起錫氏、崔容碩氏、李耀翰氏、文成均氏を同伴して日本を訪問され、二ヵ月間滞在されながら、日本語版『原理講論』の出版、修練を通した原理武装、心情生活の具現、天のみ旨の民族別分立化傾向止揚など、多大な成果を収められ、八月十日、金浦空港を通して帰国され、中心食口約三百人の出迎えを受けられた。真のお母様は、巡回中の八月三日、日本の幹部たちに「原理を知って真の子女になろう」という主題のみ言を語ってくださった。
真のお母様のみ言
皆さん、私たちの世界においては、なんといっても心情を体位することができる皆さんになるようにしなければならないと思います。それで、今回、修練会もあるので、お父様が帰られたのちにおいても、どうか皆さんは、「原理」の実力をより一層付けてくださるようお願いします。「原理」を通してのみ、お父様の心情と通じることができるので、この点に留意して「原理」の実力向上に全力を尽くしてください。
ふと頭に浮かんだ孝進の話を少ししようと思います。お父様が第一次世界巡回路程に出発されたあとの出来事です。寝言の中でお父様を捜すだけでなく、一日中お父様の姿を絵に描いていました。ふだんはとても情熱的、活動的であり、じっとしていることができない性格なのですが、お父様の世界巡回期間中は二生懸命お父様の顔だけを描いていたのです。お父様の姿を変化させて何枚も描いていました。一日中そのことを続けていても飽きるということがありませんでした。
事実、孝進の年が二歳になる前なのですが、一日中お父様の絵を描くことを繰り返していても飽きることなく続けているのです。二日過ぎ、三日過ぎ、お父様が帰ってこられるまで一年近く、お父様の絵を描くこととお母様の絵を描くことをすっと繰り返していました。その子が思慕しているお方の顔を一生懸命描きながら飽きることを知らないその姿を見るとき、様々な思いが浮かびました。それは、真理の追究には飽きるということがないという言葉を確認する時間でした。
また孝進は、おもちゃをすらりと並べておいて楽しく遊ぶことも、一日中繰り返します。私は、その幼い子の姿を通してお父様と再び出会い、新たに認識する時間をもちました。
皆さんは、崔先生を通して、釣りに行かれたり、狩りをしに行かれたりするお父様について、話を聞いて知っていることと思います。お父様が釣りに行かれるたびに、私はいつも思います。お父様は、この世のいかなる人よりも本当に忙しいお方です。御自身で常におっしゃられるように、お父様は、摂理を成し遂げるための様々な用務と複雑な計画を考えて推進していらっしゃいます。しかし、釣りをされる時は、釣り以外には何も考えていらっしゃらないお方のようであり、世の中でそれしかおもしろいことがないかのように真剣に釣りに専念されています。ある時は、池で大きな魚を見られ、「必ず釣らなければならない」とおっしゃって四十日間もすっとそこで釣りをされたお方です。
そのようなお父様を思うたびに、歴史上お父様ほど意志と執念が強い方はいなかっただろうということを思ったりします。皆さんも、天のお父様を思って思慕しながら、自らもその方のお姿に似て完成した人間になるその瞬間まで、真理を体得し、自らが真理の根源となってくださるようお願いします。
韓国には「枝の多い木に風の静まる日なし」ということわざがあります。枝の多い木は、ひときわ風に揺られます。それは何を意味するのかというと、枝の多い木に風の静まる日がないように、子供を多くもった父母は子供に対する心配が絶えないということです。子供を多くもった父母は、その子たちをすべて育てて教育する時に、いろいろと心配事が絶えないという意味です。
お父様は、御自身の私生活のすべてに対して、振り返られるということがありません。本当に忘れてしまったかのような生活をしていらっしゃいます。しかし、世界人類に対しては、最後の一人までも御自身の心の中にしまっておかれ、神様の前に正しく立てなければならないという信念をもって、孝子、孝女として重生させることに心血を注いでいらっしゃり、特に食口の皆さんの身辺に対しては常に考えられ、心配をされない日がありません。
私は常にお父様に対して申し訳なく思っているのですが、寝床に入って明け方に目を覚ますと、いつ起きられたのか、既にお父様は一生懸命祈祷をされていらっしゃいます。風が吹こうが、雨が降ろうが、昼も夜も、皆さん統一教会の子女たちのために祈祷をされていらっしゃいます。また、み旨を成すために深い瞑想に浸っていらっしゃるお父様の姿を拝見する時、私は、本当に神様が愛さざるを得ないお方だということを思うようになります。
皆さんは、どうか「原理」で武装して、そして天の心情を通して、主人と僕の関係ではなく、父と息子の関係で連結された心情世界で生きていくことができるようお願いします。つらい時はいつでもお父様の姿を思ってください。
皆さんのために祈祷してくださり、皆さんのことを思われ、必死に協助されているお父様がいらっしゃるということを心に固くもち、いかなる困難が迫ってきたとしてもその逆境に耐え抜き、真理と愛をこの世の果てまで伝えることができる子女となってくれるようお願いします。
私たちにおいて「原理」は本当に貴重です。日本を離れる前にお話ししたいことは、皆さんが「原理」で武装して、本当に神様が願われ、信じられることができる子女となってくれることを願っているということです。「原理」で実力を磨いてサタンと闘って、最後の勝利をつかむ者となってくれるようお願いします。
第四節 第二次・第三次七年路程
真の御父母様の生涯路程 10
第四節 第二次・第三次七年路程
一 第二次七年路程と喜進様の犠牲
第二次七年路程の前半三年(一九六八〜一九七〇)
一九六八年以後、父母の家庭が復帰の基準を越えました。祝福家庭は、長成期完成級から出発します。祝福家庭は、真の御父母様の赤ん坊のように新しく生まれた立場です。
一九六八年二月八日を期して、家庭を中心として、長成期完成級を心情的に越える式を行うことによって、エデンの園においてアダムとエバが堕落する前の立場に入っていきました。アブラハムがイサクを祭物として神様に捧げるためにモリヤの地に連れていく時、イサクが従順に従ったように、皆さんも、先生に従順に従っていきさえすればいいのです。先生の家庭を中心として、精誠を尽くさなければなりません。祝福家庭が四位基台を築いて先生と一つにならなければなりません。
一九六八年から第二次七年路程が始まったので、その時から、すぐに子女の路程が始まったのです。子女は、父母が歩んだ路程を手本として歩まなければなりません。失ってしまった霊の子女を復帰して父母の祝福を受けなければならず、万物の祝福まで受けて使命を引き継ぎ、安息の年を迎えなければなりません。もしこれをこの七年間で果たすことができなければ、二十一年に延長されるということを肝に銘じなければなりません。
神様の前に祝福を受けて真の父母の因縁を備えれば、氏族的な先祖の立場を蕩減復帰しなければならない使命が残っているのです。それゆえに、氏族的なメシヤの使命を完結するために、再び第二次七年路程を行こうとしているのです。
今までの七年路程は、先生に当てはまる路程です。先生の時代に該当する路程なので、皆さんがその時に伝道したのは、先生のための伝道です。父母が家を建てることに協助したのです。ですから、皆さんが社会に出ていき、妻をもらって家を建てる時は、また建てなければならないでしょう? では、皆さんの時はいつからですか。第二次七年路程からです。
一九六〇年代は、父と娘、父と子の立場の時代であって、祝福を受けた家庭を中心とした蕩減時代ではありませんでした。それは、その時まだ先生が定着することができなかったので、皆さんの家庭も定着できる立場に立つことができなかったのです。しかし、一九六八年度に入ってきてからは、先生が定着した基準に入ってきたので、皆さんも、家庭を中心として定着して出発することができたのです。
先生は、一九六〇年から一九六三年の間に祝福をしてあげることによって、家庭復帰の基準を立てました。したがって、食口たちも、第二次七年路程が始まった今年から三年間、すなわち一九七〇年度までにこの基準を立てなければなりません。地上で勝利することができる基準が立てられることによって、六千年歴史の中でみ旨の先鋒で苦労してきた先祖たちが、この地上に再臨役事することができるようになりました。
祝福家庭は総動員されなければなりません。私たちがイエス様の歩んだ三年路程を歩み終えれば、氏族的メシヤの使命を果たしたことになります。そのようになれば、第一次七年路程と合わせて十年路程を歩んだことになります。
喜進様の志願伝道出発と殉教
真の御父母様家庭の二番目の御子息である喜進様が、ソウル市にある中東中学校二年の時の一九六九年八月一日(陰暦六月十九日)、夏季伝道中に昇華された。喜進様は、四十日伝道の意義を強調なさる真の御父母様のみ言を重んじて、ソウル市地域の成和学生たちと共に四十日伝道の先頭に立ち、八月一日、慶尚北道金泉を伝道地として列車に乗っていく途中、忠清北道梅浦駅付近で不慮の事故に遭われた。
第二次七年路程の二次年度である今年(一九六九年)九月が最も険しい峠でした。二次年度はイエス横的な年ですが、先生の息子を中心として見れば、喜進が該当します。それで、皆さんが責任を果たせなくなるや、喜進が引っ掛かっていったのです。本来は、喜進は伝道するために出掛けていくのではありません。
今年は、全面的な動員をしなければならないのですが、「食口たちが動員されないので、先生の威信が立たない」と言って、「自分も行かなければならない」と言うので許可しました。先生は、そのように指導してきました。「その代わり、注意しなさい」と言いました。先生がサタンを越えたので、サタンは息子、娘をねらっているのです。それで、先生の家庭において喜進が引っ掛かっていったのです。これが、この期間、深刻に祈祷した内容です。
イエス様が三十代において霊的救援の基盤をつくったように、喜進の犠牲によって、青少年圏内の子供たちまでも救いを受けることができる霊的救援の基盤が広がったのです。彼らを中心として再臨復活することのできる平面的な恵沢圏が広がったのです。
一九六九年度は、三年路程の二年目の年なので、全体が動員されなければならなかったのです。その時、喜進が入ってきて、「全体が行かないので、私一人でも行かなければならないではありませんか」と言うのです。そのようにして、「金泉に行く」と言ったのです。
そのようにして、喜進が私の家庭の第一代殉教者になったのです。咲くこともなかったつぼみのような少年として殉教の鮮血を流すことによって、栄光の位置に参加することができるその輝く価値は、歴史時代に伝統として永遠に残されるものなので、先生は誇らしく行った道だと思っています。
喜進が伝道に出ていく前に、「原理」のみ言をすべて聞いたのち、「韓国に主が来られるとは、私の家にそのようなことがあるとは……」と言いながら、板の間で飛び跳ねながら喜んでいるのを見ました。その時、「そうか、私が神様の前に孝行を尽くすことができなかったことを喜進が代わりに孝行し、神様が御覧になって慰労をお受けになることができるのだなあ。お前は、そのような心の性質をもって生まれたのだなあ」と喜びました。
そのような言葉を残して出発したのち、私は、食口たちに、「歴史時代で】度しかないこの神聖な時代に、神様の前に最初の祭物となる個人や家庭や氏族は福を受ける」と話しました。喜進が逝った時、このようなことを回想しながら、「神様、家庭でそのようなことがあるのは、私個人の悲しみではなく、私の家庭の喜びです」と祈祷したのです。
み旨のために生まれてきたので、み旨のためにいさぎよく逝ったというのです。男性として生まれ、父母の前に孝行の道を行くということは、その父母の志を敬い、死の道も意に介さずに行くことではないでしょうか。そのような孝の道理を立ててから、国家の運命を開拓していく道の前においても死を意に介さないのが忠の道理ではないでしょうか。
先生の家庭を見るとき、彼はイエス様と同じ立場であり、聖進はアダムと同じ立場です。このように、彼は長成期の段階にいたので、第二次七年路程を中心としてそのようなことが起こったという事実です。これは、皆さんの知らない背後において、ある天的な摂理の帰結点があったのだということを先生は感じています。このことによって、先生は神様の悲しみを体恤したのであり、一生において、皆さんに話すことができず、誰にも話すことができず、忘れることのできない釘のあとが残っているのです。
劉孝元協会長の昇華
「三家庭」の二番目の家庭である劉孝元協会長が、ソウル大学病院に入院して三度の手術を受けるなど、闘病中だった一九七〇年七月二十四日、昇華し、協会葬による昇華式が挙行された。満五十六歳を一期に昇華した劉協会長は、一九一四年九月二十五日、平安北道定州で出生し、一九三九年、在学中だった京城帝国大学医学部を病苦により中退。一九五三年、『原理原本』の筆写本を通読したのち、その年の十二月二十四日、釜山で真のお父様と出会って入教。一九五四年、協会長に選任され、原理講義、『原理解説』と『原理講論』の整理等、大きな活躍を遂げ、一九六〇年四月十六日、真の御父母様から、史吉子女史との「三家庭」の祝福を受け、一九六八年には七年路程大賞を受賞した。
み旨から見れば、常に二番目が問題になりました。息子も、常に二番目の息子が問題になりました。アダム家庭においても二番目の息子であるアベルが問題になり、ノア家庭においても二番目の息子であるハムが問題になったのであり、アブラハム家庭においても二番目の息子であるイサクが問題になりました。また、六千年歴史を見てみるときも、第二アダムとして来たイエス様が問題になったのです。このように、常に二番目の人、あるいは二番目の家庭、二番目の責任を負った国が問題になったのです。
どの年においても、四月から十月までは、私たちの協会において問題の期間でした。それで、先生は、劉協会長を心配したのです。彼は、喜進の責任をもった人です。それゆえに、彼には、神様が願われる基準の前で、どのように生き、どのように責任を果たさなければならないかという問題がありました。このような観点から見るとき、劉協会長の家庭には、神様の願われるその基準において、喜進を中心として侍義の生活の伝統を立てなければならないという責任があったのですが、それを果たすことができなくて喜進が死んだのです。
劉協会長は、陰暦から見て、喜進が逝った日(一九六九・陰暦六・一九)から三日後(一九七〇・陰暦六・二回に逝きました。このように見るとき、二番目が常に問題になるということを皆さんは知らなければなりません。先生の家庭の二番目である喜進も逝きました。このように、蕩減歴史というものは避けることができないということを、皆さんは知らなければなりません。
困難な立場に置かれた国を蘇生させるためには、その国のために精誠を尽くした宗教団体ならば、その宗教団体が祭物を捧げなければなりません。また、世界のために精誠を尽くす個人や団体があるとすれば、必ずその個人や団体は、祭物を捧げなければなりません。祭物には、必ず貴いものを捧げなければなりません。このような観点から、今回の私たちの出来事は、人情的に見れば悲しい出来事かもしれませんが、み旨の道を行くにおいては非常に大きな奉献となるのです。
二 祝福家庭夫人の三年総動員
第二次七年路程の三年目である一九七〇年の十二月一日、真の御父母様は、その年の十月二十一日に祝福を受けた「七百七十七家庭」の夫人たちを含む全祝福家庭の夫人たちを、民族復帰の一線に総動員なさった。み言に従った千二百人の夫人たちは、十人ずつ一組となり、全国百二十箇所で三年間の任地活動に入っていった。
世界家庭の全国的蕩減路程
三年が過ぎて七〇年を迎え、第二次七年路程の三年を越える場においては、家庭的勝利の基台を築いていなければならないのですが、これを備えることができなかったので、不可避的に、再び皆さんの家庭を中心として十字架の道を行かなければならないのです。それで、十二月の最初の日から、「七百七十七組」の祝福を受けた家庭に動員しなさいと通告しているのです。それだけでなく、この人たちを中心として、すべての家庭を動員する時が来たというのです。
ですから、一九七〇年度に、皆さん「七百七十七家庭」まで、全員に三年路程を命令したのです。この三年路程とは何でしょうか。全世界の家庭が韓国に来て韓国の家庭と一つになり、国家と世界的版図を広げる条件を立てる期間です。このような基盤が築かれることによって、先生は、一九七〇年を中心として、七〇年、七一年、七二年までの三年蕩減路程の家庭基盤を中心として、氏族基盤を中心として世界に出ていくのです。
そのために、「三十六家庭」、「七十二家庭」、六百二十家庭」、「四百三十家庭」、「七百七十七家庭」まで、その時までに祝福を受けた家庭が、家庭を中心として赤ん坊を生み、生活基盤を築くために準備してきたことを一度にすべて壊してしまったのです。別の言い方をすれば、家庭を祭物にして、その国の氏族と民族を救うための全国的な三年蕩減路程へと出ていったのです。
祝福された家庭千二百人を百二十箇所に派遣したのは、全体の数を代表したからです。派遣された大韓民国の地は、大韓民国の地という限られた地ではなく、世界全体国家を象徴的に代表している地だというのです。このようにして派遣された家庭の夫人たちは、エバの立場で、天使長の誘惑に負けていくエバではなく、天使長世界のカイン的な家庭を導いていくエバの立場を決定しなければなりません。
第二次七年路程を行く時代になって千二百人の夫人を動員したということは、イエス様の時代より一段階上に上がって、百二十の十倍をもって世界的基盤を築くためなのです。千二百人門徒が現れる前に千二百人のエバが現れ、皆さんは、そのエバを中心として絶対的に一つになる立場で編成され、民族の運勢と世界の運勢を越えていこうというのです。
これは、イエス様の弟子たちが分裂したそのような環境を、代わりに女性たちが一体となり、環境を備えて天の前に一つになるためのものであり、一つになることができずに分裂したイスラエルの族長編成の基盤を身代わりすることのできる基台として完結するためのものです。
皆さんは、イエス様が弟子たちの足を洗ってあげたのと同様の心をもたなければなりません。本当に広い母の心をもたなければならないのです。そのような母の心情をもって、昼夜彼らのために、愛し、和動の中心になって一つにしなければなりません。そのようにしなければ、伝道するにおいて多くの支障があるでしょう。もし一つになることができれば、先生が計画した目標は間違いなく達成されるでしょう。
家庭夫人たちが行動する時代
原理的に見るとき、祝福家庭の夫人たちをすべて送り出したということは、時代的に夫人たちが先頭に立つことのできる時が来たということを意味します。過去、一九六〇年代に女性が先頭に立ったのは、堕落する時にエバが先頭に立ったからです。一九六〇年代が、アダムとエバが天使長と堕落する直前の時代だとすれば、今の時代は、エバが行動することによって堕落して落ちたことを復帰し、行動の出発者として立ち上がる時代だというのです。それゆえに、祝福家庭の夫人たちが立ち上がったのです。
エバが堕落することによって神様が離れ、アダムが離れ、真の夫婦の因縁が離れ、真の子女の因縁が離れ、真の民族と国家の因縁がすべて離れたので、これを一度に復帰することができる運勢をつくろうと思い、今回、千二百人の祝福家庭夫人を一線に送り出したのです。
このようにすることによって、離れていた神様が関心をもってくださるようになり、離れていた夫が新たな関心をもつようになり、離れざるを得なかった子女たちが関心をもつようになり、離れていた夫婦の因縁、父母の因縁、民族の因縁、国家の因縁、世界の因縁を一箇所に集結させることができる一つの時代点をつくるようになるのです。ですから、今回、祝福家庭の夫人たちを動員したということを知らなければなりません。
まさしく、女性を中心として母子一致の基準を決定し得る良い機会なのです。それだけでなく、夫婦がお互いに協助して完成することのできる良い機会でもあるのです。別の言い方をすれば、家庭の四位基台が一度に協助目的を完成することのできる機会は、この時しかありません。天は、六千年間、母子協助の基盤のために苦労をされましたが、ここでは、母子協助の完成はもちろん、夫婦協助の完成までも成して、四位基台完成の協助基盤を決定することができる機会なのです。
今は、女権を中心として進んでいかなければなりません。このような運勢圏が第一次世界大戦以後に芽生え始め、一九七〇年代に入ってきたのです。この一九七〇年代は、女性の最高の一時、女性の花を咲かせることができる時です。六千年の人類歴史が始まって以来、初めて女性が花を咲かせることのできる時です。言い換えれば、この時は、人類歴史が始まって以来、女性たちにおいては、天国を創建するにおいて第一の息女となり、烈女となり、孝女となることができる一度しかない時だというのです。
イエス様の三年公生涯の解怨
第二次七年路程と国家の運命は同一です。この路程は、長成期に該当し、イエス様の時代にも該当しています。この七年路程の中で、私たちは、国家と国民、そして既成教会が私たちの運動と一つになるようにしなければなりません。これを、イエス様が三年の公生涯路程を歩んだように、三年以内で成し遂げなければなりません。一九七〇年から一九七二年までが、この三年期間に該当します。それで、祝福家庭の夫人たちを一線に送り出したのです。それは、イエス様がその使命を果たすことができなかったからです。
イエス様は、妻を迎えることができず、家庭を築くことができませんでした。それを蕩減するために、夫人たちが家庭を出ていかなければならないのです。もし新婦が探し出され、家庭がイエス様と一つになっていれば、ユダヤの国とユダヤ教徒も、彼と一つになることができていたはずです。一九七〇年から一九七二年までの三年路程は、それを蕩減するための期間です。
今この時は、先生が以北において三年間の監獄生活をしたのと同様の期間です。この期間は、天が祝福なさることのできるキリスト教とキリスト教の女性たちが先生に従うことができなかったことによって、先生が歩まなければならなかった受難の路程を、すべて解いて越えていくことができる重要な時期です。家庭ならば、家庭において最も貴いものを取り出して植えなければなりません。家庭において最も貴いものは母です。それゆえに、母親たちを動員したのです。
赤ん坊を産む母親に、「大変ならば、少し我慢しなさい」と言えば、どのようになりますか。母親と赤ん坊をすべて殺すことになるのです。大変で苦しかろうとも、「もっと力を入れなさい。もっと力を入れなければならない」と言いながら、目をむいて大声で叫ばなければなりません。出産する時は、目をむいて、無慈悲に、「力を入れなさい」と雷のように大声で叫ぶ人が本当に愛する人です。ですから、今の時は、先生が皆さんに対して最大に無慈悲な立場に立つ時だというのです。
氏族圏のカイン家庭の復帰
アダムを中心として天使長が一致しなければ、堕落する前の本然の基準を形成することができないので、アダム家庭の立場が先生の家庭ならば、皆さんの家庭は、天使長家庭の立場に立って、先生の家庭と一致しなければなりません。そのようにしなければ、統→の基準を形成することができません。
エバが天使長の生命を受け入れ、天使長の愛を受け入れたことが堕落の動機となったので、エバによって、神様の愛を天使長世界に分け与えなければなりません。エバによって、天使長世界に新しい生命を与えなければならないのです。そのようにすることによって、神様を中心とした生命の因縁が天の家庭を通して連結され、その連結された家庭の夫人を中心として、夫と息子、娘が連結されると同時に、カイン的な家庭が屈服することのできる因縁ができるのです。
このように、神様を中心として、先生の家庭と皆さんの家庭が連結され、カイン的な家庭まで連結されて、ここに神様の生命と神様の愛の因縁が結びつくようになる時、これが、家庭を中心とした統一の基盤になるということを知らなければなりません。
今、祝福家庭の夫人たちが出ていって伝道するのは、家庭的代表としてカイン家庭を屈服させるためです。先生の家庭が、個人的勝利、家庭的勝利の基盤を築いて、氏族的基台の上に立っているのと同じように、祝福家庭の夫人たちは、サタン世界に出ていってカインを屈服させ、個人的なカインと家庭的なカインを連結させると同時に、カイン的氏族圏を代表し得る位置に立たなければなりません。皆さんの家庭同士が一つになれば、一つになったその基盤をもって、サタン世界の氏族的なカインの基準を越えることができるのです。
その時、子供たちを、父母や親戚に預け、孤児院にまで預けて出ていったのですが、その子供たちが冷遇を受けたのです。先生が冷遇を受けたのと同じように、冷遇を受けたのです。
なぜそのようにしなければならないのでしょうか。蕩減の三年路程を経なければ、アベル的基準に対して民族が反対し、教会が反対したことを蕩減することができないのです。それゆえに、私たちの家庭がその道を歩まなければならないのです。
もし蕩減したにもかかわらず信じなければ、その時は、再度キリスト教のすべてのものを私たちが奪ってくることができるのです。そのようになれば、キリスト教のすべての運勢は、統一教会に完全に引き継がれるのです。
世界進出のための国の基盤確保
この七〇年度は、先生の家庭が迫害の途上を貫いてきて三年目を迎える年です。また、皆さんが横的な基盤を蕩減することのできる三年路程期間です。ですから、今から私たちは、完全に一つになって蕩減し、国家と世界へ伸びていかなければなりません。そのような方向を備えていくようになれば、世界の運勢は統一家に回ってくるのです。天運は、統一教会に向かって近づいてくるようになるというのです。
ですから、一九七〇年から三年間という期間をおいて、それぞれの家庭が訓練をしたのです。父母の前に引き継ぐための訓練を受けさせるために、一九七〇年から一九七一年、一九七二年までの三年間、すべて家庭から追い出したのです。そのようにしながら、その基盤の上で、私が本格的にアメリカヘ出発したのです。一九七三年から本格的な出発をしたのです。それは、韓国の先生の家庭と子女たちの家庭が定着したということです。そのようにして、国家的基盤を中心として世界へ伸びていくことができるようになったので、先生が世界舞台に立ったのです。
その時は何でしょうか。非常時でした。統一教会において、まさしく歴史始まって以来の非常事態を迎え、悪魔世界の氏族や民族と対峙するにおいて、私たちが優先権を握った三年期間でした。ですから、民族と国家において、その時すべてが、「統一教会の信徒たちがしたのと同じようにしなければ、国が生きることができない」と言ったのです。先生がその基盤を築いてこそ、世界的基盤を築いて越えていくことができるのです。
旅人の立場を免れることができなかったことが千秋の恨だったので、自分がこの道を行くことができなければ、後世の人々がもっと苦労するということを知っている祝福家庭の母親たちは、スカートをつかんですがる子女を振り払い、目をつぶって千里、百里を走っていったのです。そのような母の事情を誰が知っていますか。父母の事情を誰が知っていますか。「あの曲がり角を回っていけば、母と離れて泣く子女の姿は見えないだろう」と、山すその曲がり角を回って走っていった父母の身の上を誰が知っていますか。
皆さんは、親戚や孤児院に赤ん坊を預けたり、姻戚の八親等まで訪ねていって赤ん坊を預けたりして、泣きながら出ていったのです。韓民族は、統一教会に反対し、文先生の行く道に反対したことによって捨てられなければならなかったのですが、祝福を受けた子女たちを彼らが育てることによって許されるようになったのです。゛彼らが、その子女たちを見て、母がいないのを同情して食事を与えたこと、この民族を代表して食事を与えたことを、私は知っているのです。それが、私に過ちを犯すことによってこの民族が背負ったものを許すことのできる条件になったのです。
真の御父母様家庭の奉献式
一九七一年一月一日、五百人以上の食口が参席する中で、真の御父母様は、第四回「神の日」慶祝行事を主宰なさった。この日、真の御父母様は、青坡洞の前本部教会の二階において、「神の日」を祝賀する式と、真の御父母様家庭の奉献式をなされた。また、新年の年頭標語として「統一基盤確保」を与えてくださった。
今まで、先生の家庭自体も、神様の前に入籍することができませんでした。入籍しようとすれば、カイン的な家庭を屈服させることができる位置に立たなければならないのです。今回、先生が、皆さんの最も愛し、心情的基盤となっている妻たちを引き抜いて動員させたにもかかわらず、皆さんの中に反対したり、デモを行ったりする人がいなかったという事実は、限りなく栄光なことなのです。
それゆえに、先生の家庭を中心として、全体が第一線に出ていって相まみえることができる家庭的な一致の基台が連結され、勝利の基盤が築かれたという条件を備えるようになったのです。そのようにして、先生の家庭が、初めて神様の前に奉献することができる勝利的条件を立てることができるようになったのです。それで、「神の日」を祝賀する式を行い、二階において先生の家庭の奉献式を行ったのです。それゆえに、先生の子供たちも祝福してあげたのです。
ところが、奉献するに当たっては、秩序を立てなければなりません。天の家庭がある前に天使世界があったので、先生の家庭を奉献すると同時に、イエス様の恨も解怨してさしあげ、地上の願いも解いてあげなければなりません。そのために、今後は、イエス様の相対格、あるいは死んでいった使徒たちの相対格を、私たち統一教会から準備するようになるかもしれません。このような内的な因縁を中心として、霊界の霊人たちをすべて地上に再臨させて活動することができる基準を連結させてこそ、初めて地上に天国家庭が立てられるのです。
イエス様の御聖誕日、実体聖霊聖婚式
一九七一年一月三日、午前零時七分、ソウル市龍山区青坡洞の前本部教会において、イエス様の御聖誕日特別式が挙行された。この日イエス様は、真の御父母様によって、地上の実体相対者である張貞順様(一九四二・三・二九生)を新婦として迎えられた。
一九七一年は、三年期間(一九七〇〜一九七二)のうち、第二番目の期間です。イエス様は、長成圏である二番目の息子としてこの地上に来たので、長成圏である二番目の年は最も貴いというのです。それで、二年目となる今年のクリスマスを中心として、どのようなことを行わなければならないのでしょうか。イエス様は、なぜ死んだのでしょうか。イスラエルの国はもちろん、教会が従うことができなかったからです。また、氏族が従うことができず、家庭が従うことができなかったからです。しかし、最も根本的なことは、イエス様が新婦を選ぶことができなかったからです。それで、このようなイエス様の新婦、すなわちイエス様の相対となることができる新婦を探し出そうとすれば、霊肉を中心として、キリスト教と統一教会が連結されなければなりません。そのようになるためには、イエス様と相対因縁が結ばれなければなりません。このような圏をつくっておかなければならないので、この内容を決定して越えていく日が、この一九七一年のクリスマスの日なのです。
イエス様が昇天したのちに、この地上に誰が来たのかというと、聖霊が来たでしょう? 聖霊は新婦の神です。それゆえに、キリスト教は、霊肉を中心として闘ってきたのではなく、霊的な立場で闘ってきたのです。すなわち、実体がなかったということです。これを地上に連結させなければならないのですが、そのようにしようとすれば、イエス様の恨を解怨成就してあげなければなりません。解怨成就するためには、実体的に、代表的な一人の聖霊のようなお方を地上に立てて連結させなければなりません。そのようにすることによって、霊的天使世界の代表の立場であるイエス様がこの地上に足場をもつことができるのであり、使徒たちと霊的天使世界のキリスト教圏と全体霊的天使長圏が地上と関係を結び、初めてアダムに侍ることのできる教団的な基準が決定するのです。そのように重要な新しい歴史的起源をつくって越えていく日が、きょう、この時間だということを皆さんは知らなければなりません。
皆さん、今年に入って、イエス様の相対という話を聞いたでしょう? 復帰歴史はそのようにならなければならないのです。イエス様の恨は何かというと、民族復帰、国家復帰を中心とした百二十人以上の家庭的基盤を中心として、主人の位置に立ってみることができなかったことです。それで、今、百二十箇所を設置したのです。先生は、百二十人ではなく千二百人を百二十箇所にすべて送り出し、平面的な基台を立てさせるのです。そのようにして、先生の家庭を中心として、百二十箇所が一つになる立場で千二百人が一つになれば、全国的な版図が変わるのです。
千二百という数は、世界的な数です。したがって、世界的基盤の解放圏ができるので、民族性をもったイエス様の願いは自動的に解かれていくのです。それで、今年、イエス様の相対という話が出てきたのです。
三 第二次・第三次七年路程転換期
第二次七年路程後半三年
(一九七二〜一九七四)
民主世界とキリスト教を中心として、再度霊肉に連結させることができる基準、カイン・アベルを復帰すると同時に実体復帰基準を立てて内外を合わせようというのが、今からのアメリカにおける摂理歴史だというのです。イエス様が三年間を中心として勝敗を決定したことと、韓国で三年間を中心として勝敗を決定したことを、霊的にでも勝利を決定しようというのが、アメリカにおける一九七四年までの三年期間だということを皆さんは知らなければなりません。
この三年路程、一九七二年、七三年、七四年の三年は、このアメリカの地で活動を展開したという歴史的な意義をもった期間です。このアメリカの地というのは、住んでいる皆さんたち、アメリカの国民だけを中心とした国ではないということを、私たちは摂理的な観点から知っています。結局は、神様の全体のみ旨の中において、世界的な使命を全うするためにこの国を立てられたのであり、この国民を育ててこられたのだということを知っているのです。
第二次七年路程が終わる前の三年路程であるこの期間は、世界的な七年路程へと前進するための準備期間です。この第二次七年路程における三年路程を基盤として、世界的な七年路程を本格的に出発するのです。そのための準備期間だということを皆さんは知らなければなりません。このような立場はどのような立場に相当するのかというと、イエス様が、生存当時に、ユダヤの国を一つにし、ローマの国を一つにすることができる、そのような基盤を霊的基準において身代わりしたのと同様の立場だというのです。
それでは、イエス様の時と今の時とでは、どのような違いがあるのでしょうか。イエス様の時は国家的時代でしたが、今の時は世界的時代だというのです。それゆえに、三年路程を中心として、民主世界を代表する世界的なアメリカに来てこのような基盤を築くということは、勝利できる歴史的意義をもっているということを、皆さんは知らなければなりません。それに対して、民主世界の怨讐のような国、この民主世界をアベルとして見ればカインのような国、ここが神様の国だとすればサタン世界の国のような所がどこかといえば、それは共産世界です。
今、私たちが、アメリカでの勝利の結果を誓い、第二次七年路程のこの三年路程さえ越えていくようになれば、霊的基準において、世界的なサタン世界は後退せざるを得ない段階に入っていくというのです。
一九七二年から先生がアメリカに飛び立って、国家的基準を中心として、長子権基準を中心として、本然の基準において上がっていくことができる時になったので、ここで世界的カインと闘うのです。それゆえに、韓国から、日本から、またヨーロッパの統一教会の中心者をすべて集めて投入するのです。一人残らず投入するのです。ですから、サタン世界は、あらゆる力を尽くして反対してくるのです。
アメリカの永住権獲得と世界的出発
(一九七三・四・三〇)
韓国を中心として見れば、僕の国である第一次イスラエルの失敗を復帰した基準を立て、世界的な基準において養子の使命を果たさなければならないキリスト教の使命を受け継ぎ、世界的代表の基準を立てたという条件を、霊的な基準において立てました。それゆえに、この世界的なキリスト教国家であるアメリカに来てそれを延長させ、世界的にその基盤を拡大させることができるのです。僕の基盤を失ってしまい、養子であるキリスト教の基盤を失ってしまったので、それを再び築かなければならないというのです。
イエス様が霊的に再臨して、霊的な基準で国家を保護することができる基盤を築いたので、国家的基準を中心として世界へ発展することができたのと同様の立場を連結させることによって、今日、世界伝道を行うことができるのです。皆さんが一つになって、このアメリカなどで、このような世界復帰運動をすることができるというのです。
一次、二次の巡回講演が終わったのち、一九七三年四月三十日に永住権を取得したのです。永住権を取得せずに闘うのは愚かな人です。そして、永住権を取得してからは闘うのです。一年半以内で、私たちは完全に基盤を築き、アメリカ人を配置してしまったのです。
先生が、アメリカにおいて、一九七二年に七都市、今年(一九七三年)二十一都市、来年一九七四年)に五十都市を中心とした復興会を計画しているのは、すべてのアメリカの人々に知らせるためです。ミスター・ムーンの話を聞けなかったという言葉を聞くことがないように、知らせるためなのです。別の言い方をすれば、新しいイスラエルのカナン福地に向かう出動をするためなので、すべての人に知らせてあげなければならない責任がこの三年間にあるのです。
ですから、この三年間は、先生が直接み言を与えようと思っています。先生の一生において、大衆に対して公式の集会に現れるのは初めてのことです。メシヤが行くべき道は、国家基準から世界基準へ行くことであって、それ以下では行くことができないのです。私たちは、世界的時代に向かっているので、このようなことを始めることができるのです。ですから、この三年間は、貴い時だというのです。
真の御子女様たちのアメリカ移民
一九七三年十二月十八日、誉進様、孝進様、仁進様、興進様、恩進様、顯進様、國進様の七人の真の御子女様が、真の御父母様のいらっしゃるニューヨークのベルベディアに行かれた。共に渡米した人たちは、洪順愛女史、韓相吉氏、李ドンニムさんと李ナムヒさんであった。
男性の蕩減復帰基準と、女性の蕩減復帰基準と、家庭を中心としてエバが長成期完成級で堕落したことを復帰するための七年過程を経て、八年目を迎える時、完成級の夫婦の資格を備えてこの地上に現れることができたのです。それによって、今からは、家庭を率い、息子、娘を率いて、国家基盤を越えて世界に向かって出動することができる時代が来るので、アメリカに渡ってくることができたというのです。
私はできることならば、子供たちのことはすべて神様に任せたので、子供たちのために考えることはしますが、深刻な立場では祈祷しません。昔は考えませんでしたが、今からは考えるべき責任があるので、考えながら歩んでいくのです。譽進だけ見ても、電話をしながら涙を流しました。しかし、子供たちが涙を流し、お母様が涙を流したとしても、私は涙を流すことができないと思いながら精誠を尽くしたということを皆さんは知らなければなりません。それは霊界でも知っているでしょう。
今、私の子供たちをここに置いておけば、私が切迫すればするほど、皆さんは、子供たちに責任をもって管理することができるのかというのです。譽進だけ見てもそうであり、子供たちが多いというのに、この子供たちをみな、共産党がうようよしている所に置いて、どのようなことが起こっても責任をもつことができるのかというのです。問題が起きれば、皆さん全員が引っ掛かっていくのです。そのような意味で、父母のひざ元に置くということが、様々に、内外において有利なのです。
それで、アメリカに連れていこうと思っているということを知らなければなりません。そうかといって、永遠にそこで暮らそうというのではありません。私が韓国に入ってくる時は、皆さんが勝利の旗を掲げて迎えることができる立場で帰ってこなければなりません。
アメリカ初期三年路程の講演会
今から三年前(一九七二・二・三〜五)、私たちはリンカーン・センターで講演を行ったのであり、昨年(一九七三・一○・一)はカーネギー・ホールで講演を行い、今回(一九七四・九・一八)はマディソン・スクェア・ガーデンでの講演を終えました三年期間に、先生は、心の中で、誰も知り得ない神様の作戦を定めました。そして、このアメリカに来る時は、深刻に来たのです。三年間で、すべてのアメリカ人に知らせなければならない責任が私にあるということは間違いないことなのです。そのようにしなければ、神様のみ旨に支障があるということを知っていたので、この機会をどのようにして選ぶかということが今までの苦心でした。
第一の問題は、人員がいないということでした。どのようなことをしてでも、三年期間内で、マディソン・スクェア・ガーデンをいっぱいにして余りある人員を準備しなければならなかったのですが、どのようになすべきか悩みながら、それを目標としてきました。ここに第二次に足を踏み入れた一九七二年十一月から、本格的な作戦に着手したのです。その時から計画して、一九七三年九月から全国巡回講演を始め、一九七三年、一九七四年を経て、全国三十二の大都市での講演を終えたのです。
このマディソン・スクェア・ガーデン集会というのは、誰でも行うことができる集会ですが、摂理的な観点から見て歴史的意義をもつものだということを私は知っていました。今回のアメリカにおける三年期間は、イエス様当時の三年期間に該当するものなので、この集会は、もしイエス様が死なずに成功していれば、ローマ帝国に行って大講演を行おうとした、その基準に匹敵するものなのです。
韓国とアメリカ、韓国と日本がいくら分裂したとしても、この統一教会はアメリカと一つになることができるというのです。そのような観点から見るとき、摂理的に、キリスト教圏内に霊肉を中心とした国家的基準形態の条件を立て、霊肉を中心とした世界三次七年路程を出発することができる起源を確定することができたものがマディソン・スクェア・ガーデン(大会)だったというのです。それは、歴史的な一つの起源をつくるものでした。
三年間で講演した箇所が全部で七十箇所になるのです。七十回を越えたので、世界的に越えていくことができると考えているのです。
このようにして、一九七四年までに、アメリカのすべてが先生を歓迎したのです。その時は何ですか。感謝状だけでも千枚以上になるのです。何かの市民権をもらわなかったでしょうか、名誉提督、名誉将軍の称号、私がもたなかったものはないのです。それほどすべてのアメリカが褒めたたえたのです。
そのような霊的歓迎基盤を築いたこと、世界的キリスト教文化圏に行って歓迎されたという事実は、国家的基準で韓国が反対したのですが、世界的版図圏でキリスト教が文先生と統一教会を歓迎したということになるのです。これを見るとき、反対した韓国以上の立場であるアメリカが歓迎することによって、韓国が反対したことを蕩減復帰することができるのです。
第二次・第三次七年路程連結期間
(一九七二・〜一九七八)
第三次七年路程は、蘇生、長成時代を経て完成時代に向かう時です。第一次七年路程は、先生が家庭的基盤を築いて、皆さんが蕩減の道を行くことができる家庭的ハイウェイ、高速道路を築く時です。第二次七年路程は何かというと、家庭を中心として氏族的な大路、高速道路を築く時であり、第三次七年路程は、国家を中心として大路を築き、国家から世界へ向かう大路を築く時です。ですから、今まで、先生がアメリカに行って活動してきたことは、先生がやりたくてやったことではありません。原理的な観点において、避けることのできない役事としてしなければならなかったことです。
別の言い方をすれば、第二次七年路程がある限界点に来ることによって、第二次七年路程が終わって第三次七年路程に連結させるためには、三年前から出発しなければならないというのです。三年前から出発しなければ、連結することができないのです。それゆえに、第二次七年路程の一九七二年から第三次七年路程の一九七八年まで、つまり一九七二、一九七三、一九七四、一九七五、一九七六、一九七七、一九七八、この七年間を設定するのです。結局、第二次七年路程の後半期と第三次七年路程の前半期の七年間を通して国家と世界を連結させ、世界的基盤まで外的基盤を連結させなくては、後半期に入っていって全世界に影響を及ぼすことができる時がなくなるというのです。
霊肉に分かれたイエス様の死によって、霊的救援と肉的救援という摂理的時代に分野が分かれて役事されるようになりました。霊的基準の基盤を築いてきたのがキリスト教なので、このキリスト教の世界的代表国家であるアメリカの公認を受けなければならないのです。それで、アメリカに、ある基準を立てなければならない期間が、一九七二年から一九七四年までなので、その期間に先生がアメリカで活動したのです。
一九七二年という期間は、ただ大会をすれば終わるのですが、一九七三年十月から出発して一九七四年十二月まで、一年二ヵ月の期間で、霊的、世界的基盤であるアメリカにおいて勝利的基盤を築き、それを肉的基盤である韓国と連結させることが、先生が韓国に来る目的なのです。それで、一九七五年を迎えると同時に世界的国家基準を中心として韓国を連結させなくては、第三次七年路程を世界へ連結させることができる道がなくなるので、そのことを始めたのが今年一九七五年からなのです。
第三次七年路程の出発と韓国の行事
アメリカ、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会など、八大都市での巡回講演会を終え、一九七四年十二月二十九日に帰国された真の御父母様は、七五年一月十六日のソウル市、朝鮮ホテルにおける「希望の日」韓国晩餐会、二月八日の奨忠体育館における千八百家庭祝福式、四月一日から五月十六日まで行われた九都市における「希望の日」フェスティバル、五月一日の清平修練所における紐解怨式、六月七日のソウル市の汝矣島広場における百二十万「救国世界大会」等、主要行事を主宰なさることをもって、アメリカを中心とした勝利基盤を韓国に接ぎ木され、第三次七年路程を盛大に出発された。
キリスト教、イエス様の時代と、今日の統一教会時代とでは違うというのです。イエス様の時代は民族的基準を出発点としたのですが、統一教会は、世界的基準を出発点としているのです。それゆえに、先生は、一九七五年に初めて大韓民国の公式的席上に現れたのです。世界的時代の起源を収拾することのできる見えない霊的な基準を私が築いたので、今日、大韓民国に来て初めて前線に現れたのです。一月十六日にバンケット(ソウル市、朝鮮ホテル、「希望の日」韓国晩餐会)を行い、初めて公式的席上に現れ、大衆の前でみ言を語るようになったのです。世界的使命を担ったがゆえに、そのようになっているのです。それ以前には、先生を見た人がいないのです。
そこから、一九七五年を中心として、この民族の前に霊肉を中心とした世界的事件を展開しなければならないのです。一月十六日のバンケットを中心として、初めて先生がこの民族の前に登場しました。それを起源として、二月八日には、千八百組合同結婚式を挙行したのです。統一教会が、個人的にデビューし、家庭的にデビューしなければならないというのです。この歴史的な平衡時代において、世界史上で誰も成し得ないことを実際に行い、その条件をもってこの民族の前に現れたのです。
全世界の二世の若者がその時、機動隊としてやって来て、祖国光復のために入城し、この国で反対するキリスト教、反対する主権、反対するその何ものかに対して闘ったのです。
韓国でキリスト教が反対することによってみ旨を延長させたのですが、キリスト教の世界的代表国家であるアメリカが歓迎することによって、復帰できる門が聞かれたのです。ここで勝利したその結果を中心として、再び韓国に帰っていくのです。これはちょうど、ヤボク川での闘いと同じだというのです。それで、国際機動隊を連れて入っていくのです。キリスト教の運勢圏を集めて韓国に入っていくのです。
このようにして、釜山から押し上がっていきます。既成教会がありとあらゆる反対をし、彼らと闘ったのですが、完全に私たちが勝利しました。それで、六十ヵ国の代表を中心として、六月七日に世界的な汝矣島大会(百二十万人以上、「救国世界大会」)を行ったのです。この大会は、国家以上の大会となりました。歴史にないことを行ったのです。それは何かというと、韓国の国家的勝利の基盤の上で世界国家が勝利することができるように接ぎ木を行うということです。そのような条件があるので、アメリカに来て激しく打つのです。それで、霊肉を中心として国家的勝利の基盤をもって、そのような条件に立った六十ヵ国の代表を集めてアメリカ作戦に投入したのです。
総解怨式
公式路程を始められた一九四五年からは三十年、協会を建てられた一九五四年からは二十一年になる一九七丘年五月一日、真の御父母様は、清平修練所において紐解怨式を挙行なさった。この解怨式は、堕落世界の母の代表格である崔元福先生を中心として、天使世界と宗教人、善王、忠臣、良心的人士、哲人たち、先に他界された真の御子女様方と統一教会の人物たちはもちろん、ルーシェルから歴史上の代表的な悪側の中心人物たちまで、全体を解放し、新しい道を開かれ、その基盤で神様と真の御父母様が解放を受けられるという、総体的解怨儀式であった。
きょうは、二十一年になる協会創立記念日であり、また第二次七年路程の最後の期間となります。また、先生自身の一代をおいて見れば、三十年(一九四五〜一九七五)を越えていく時だというのです。
このような時代なので、この全体の解怨成就、蕩減式をしなければなりません。この式を行う時は、最初に神様の前に解怨式をしてさしあげなければなりません。その次には何かというと、真の父母の解怨式をしてさしあげなければなりません。
崔元福先生がきょう還暦だということですが、還暦という言葉は何かというと、再び帰っていくという意味です。言い換えれば、復帰して帰っていくということです。崔先生の還暦も還暦ですが、これは、崔先生を中心として、堕落した世界の真の婦人として一人の母のような立場に立ち、新しい復帰歴史のすべてのものを蕩減するという、そのような式にもなるのです。今からは、崔先生を中心として、すべてが変わっていきます。今までの堕落した世界、霊的世界全体は、崔先生を中心として蕩減しなければならないというのです。本来の父母を中心として蕩減するのではありません。
もちろん先生がすべて築いてきたのですが、結局、女性が失敗したので、そのような条件を中心として、これをすべて一度に追い込んで蕩減しなければならないのです。そのようにしようとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。崔先生は、完全に蕩減して峠を越えていくにおいて、一人で越えていくのではないというのです。ここでは、キリスト教や、それからイスラム教や仏教や儒教など、今までの数多くの宗教をすべて糾合しなければなりません。それから、今までの歴史時代において、善君がいたのであり、忠臣たちがいました。忠臣の中には、文官がいて武官がいました。一つ一つの国を中心として、善君と忠臣たちがみな一つになって越えていくのです。
それから、今までの歴史時代において、宗教は信仰しなかったけれども良心的な立場に立った、そのような人々を糾合しなければなりません。天は証したけれども神様のみ旨に侍らなかった人々です。哲人、哲学者や、良心的な系統の人々です。そのような人々をすべて糾合しなければなりません。また、その次には、カイン的世界です。それはルーシェルから、イスカリオテのユダ、皇帝ネロ、今の共産党世界に至るまで連結されているカイン的世界をすべて一つにして、蕩減条件の道を開いておくのです。共産党までも救うことのできる道を開いておき、一つにまとめて、きょうこの日にすべて屈服させ、今からはすべてが天倫に従っていこうという、そのような式を行って屈服させなければなりません。そのようにして、ここに崔先生を中心として連結させて、すべて解怨成就しなければなりません。そのような基盤のもとで、真の御父母様の解放と神様の解放が成されるのです。
ここに膳を整えましたが、この膳は何を意味するのでしょうか。私たち統一教会が今まで歩んでくるにおいて、統一教会を信仰したのちに霊界に行った霊たちがいるのです。そのような統一教会の教会員たちもまた解怨してあげなければならないというのです。そこには、喜進もいて、惠進もいて、先に逝った人々がいるのです。また、協会長をはじめとする統一教会を信仰したのちに霊界に行った人々をすべて霊的に解怨してあげると同時に、地上の解怨もしてあげなければなりません。統一教会を信仰している途中で流れていってしまった人々がたくさんいるのです。その人々まで連結して、すべて蕩減してあげなければなりません。
キリスト教を中心とした宗教人を東側にし、天使世界は西側にして、それから南側には善君、愛国烈士、北側にはカイン型のサタン世界、このようにして解怨成就しなければなりません。それで、きょうは何の日かというと、総解怨をする日です。歴史における総解怨を行う日です。この日が現れることによって越えていくのです。
崔元福先生の使命完了
第二次七年路程を越えたので、今からの第三次七年路程は、父と母を中心として越えていかなければなりません。今まで崔先生が、皆さんの知らない中で、お母様の基盤を築くためにどれほど多くの苦労をしたか分かりません。そのような功労の基盤によって第二次七年路程を無事に突破したのだということを、皆さんは知らなければなりません。しかし、これからは、誰よりも真心を尽くして孝行する孝女の立場に立ち、お母様に侍って天の法度を立てるにおいて再度困難な道を歩んでいかなければならないであろうと思っています。
このような意味で、心的に、あるいは外的に、皆さんがよく慰労してあげ、声援してあげることを願ってやみません。もちろん先生自身も導いていかなければなりませんが、ここに何よりも、個人の事情も事情であり、個人の立場も立場かもしれませんが、私たちは、み旨のために公的な立場を立てなければならないので、個人が悲しいことに遭ったとしても、公的な喜ばしいことのために決断を下していかなければならないのです。これが、今まで先生の歩んできた道であり、また復帰摂理路程なのです。
そのように知って、皆さんは、今までの崔先生の功労を通して、このような位置に越えてきたのだということを知って、そこに感謝し、今後、より一層力強く歩んでいくことを願いながら歓迎してあげるよう願ってやみません。拍手で歓迎しましょう。(拍手)
今までは、崔先生が世界舞台に立ってすべて先頭で行ってきたのですが、今からは、そのような時代は過ぎ去っていきます。第三次七年路程は、そのような時代ではありません。完成時代なので、お母様が全体の責任をもたなければなりません。今までは崔先生が前に出てきたのですが、今からは後ろに下がっていかなければなりません。そのような時だというのです。先生が行く道は、原理を立てる道です。原理世界を立てなければならない責任があるのです。そのようにすべて収拾して、ずっと原理的に行かなければなりません。
本当は、お母さんという言葉をむやみに使うのではありません。崔先生に対しても「お母さん」と言い、誰かに対しても「お母さん」と言っていますが、それは違うというのです。今後は、崔先生には「崔先生」と言わなければなりません。そのような時になってくるのです。
四 第三次七年路程と真の御父母様の世界的解放
第三次七年路程の前半三年
(一九七五〜一九七八、前半)
韓国の汝矣島大会を中心として、既成教会も国も、すべて抑え得る基準に入ってきたので、霊肉を中心として築いた勝利的基盤の上で、アメリカを中心とした世界的三年路程の摂理が始まったということを知らなければなりません。それで、一九七五年から、世界的な第三次七年路程が始まったのです。霊肉を中心として世界的、歴史的転換点を成したということです。一九七五年、一九七六年、一九七七年が、世界的な三年転換期です。アメリカの運命がこの時に変わります。アメリカの運命であると同時に世界の運命が決定する時がこの時だということを知らなければなりません。
共産党のねらっているのがアメリカですが、いつまでがアメリカの危機かといえば、一九七七年、一九七八年までです。その時までに、私たちが共産党を防御することのできる基盤を全国に築かなければ、今後、とでも難しい立場になるということを知っています。そのような観点から、先生は、今までアメリカに対する作戦を展開してきたのであり、今後もアメリカに対する作戦を展開しようとしているということを、皆さんは知らなければなりません。
アメリカが一つになれば、世界は完全に生き返るのです。共産党は、いくら強くても下がっていくのです。一九四五年以後、第二次世界大戦直後に全世界を支配するはずだったのですが、アメリカが失敗することによって、先生は、三十年という歳月を流してしまったのです。ここに三年をプラスして一九七八年までです。これは、イエス様が三十三歳で使命を完結するのと同じ時だということを知らなければなりません。数理的にすべてぴったり一致しているのです。
それで、七月二十日に三年路程を出発しなければなりません。これは、一九五七年から三年を中心として、六〇年代を迎えるための準備をした時に相当するのです。そのような基準で国家を越えて世界を受け継ぐことができるこの時において、三年路程を終結すれば、新しいイエス復活の国家形態基盤が完成するのです。
イエス様が失敗したことを、皆さんが民族と教会を中心として統一し、世界に進出することのできる摂理的基盤がこの三年間で決定するのです。それが原理観です。歴史はそのようになるのです。
「天勝日」宣布
アメリカ、ニューヨークのマディソン・スクェアーガーデン大会(一九七四年・九・一八)とヤンキー・スタジアム大会(一九七六・六・一)、およびワシントン・モニュメント大会(一九七六・九・一八)等、主要大会を成功裏に終えられた真の御父母様は、西大門刑務所出監二十一周年記念日である一九七六年十月四日、二ューヨークのベルベディア修練所で行われたワシントン大会勝利祝賀集会において、「天勝日」を宣布された。真の御父母様は、天が勝利したという意味をもった「天勝日」を期して、霊界も新しく組織されるというみ言を語られた。
このアメリカにおいて、マディソン・スクェア・ガーデン (一九七四・九・一八)、ヤンキー・スタジアム(一九七六・六・一)、ワシントン (一九七六・九・一八)という三次にわたる挙国的な大会を行うことによって、韓国が備えた勝利的結果をアメリカの地において実体で成し遂げるのです。そのようにすることによって、一つの世界的な中心型をつくりあげ、新しい道を開放することができると考えているのです。
今まで歩んできながら、一九七六年を中心とした闘いとして、霊肉を中心としたこのような世界的な闘いとしてワシントン大会を掲げ、その闘いにおいて勝利の一日をもたらしたことが基盤となって、初めて民主世界に対するカインとアベルの勝敗が変えられました。一九七六年九月十八日のワシントン大会によって、歴史的な転機がつくられたのです。それから二週間後に、「天勝日」を設けたのですが、それがきょうだということを知らなければなりません。
皆さん、きょう十月四日は、先生において忘れることができない解放の日でもあります。私が、韓国において、西大門という所にある刑務所から出てきた日にもなるのです。そこから始めてアメリカに入ってきて、今日ワシントン大会まで勝利し、解放を記念する一日として意義あるこの日をもつようになったということ、二つの解放を祝賀するこの日になったということを感謝に思うのです。
一九七六年、その時、世界的にサタン世界全体が動員されたのです。サタン世界全体とレバレンド・ムーン一人が闘ったのですが、神様の愛に一致したものは世界のいかなるものが反対したとしても除去することができないという事実が判明したのです。天下に判明したのです。そのような勝利の基準を立てたという標準の日が、何の日でしょうか。「天勝日」だというのです。
このようになることによって、霊界のすべての霊がレバレンド・ムーン歓迎一色になったのです。歓迎せざるを得ないのです。アフリカ、アジア、西欧、白人、黒人、キリスト教、イスラム教、仏教など、すべて分かれていた霊人たちが、みなレバレンド・ムーンによって一つになって歓迎することのできる一つの雰囲気がつくられたのです。それで、一九七六年十月四日を中心として、地上に「天勝日」を策定することができたということを知らなければなりません。
今まで霊界には、仏教の群れ、キリスト教の群れ、儒教の群れ、イスラム教の群れというように、多くの境界線がありました。それらをすべて統一したのです。それで、「天勝日」としたのです。「天勝日」とは、神様が勝利なさった日です。霊界がそのようになったので、地上でも、遠からず国境線撤廃運動が起こるようになるのです。
真の御父母様の世界的受難の克服
キリスト教が反対していなければ、理想完成は、既にすべて成されていたのです。それで、私は、超教派運動を通じて「既成教会は恩讐だが愛しなさい」と教えてあげているのです。キリスト教が怨讐の立場に立ちましたが、それを迂回していく道はないので、レバレンド・ムーンが蕩減の道を歩んだのです。
それでは、ここにおいて誰が迫害を受けるのでしょうか。来られる真の父母です。この二人のお方は、全世界に暴風雨が吹き荒れる中で、アメリカとサタン側にいるキリスト教とユダヤ教と共産主義と地上にあるすべての国が反対するというその一時を迎え、滅びずに、追い出されずに、交わることができる一日がなければならないというのです。それが、一九七六年のアメリカ独立記念日を中心として、マディソン・スクェア・ガーデンからヤンキー・スタジアムに続くワシントン大会です。その時は、全世界がレバレンド・ムーンを追い出そうとしました。私ゆえに、キリスト教界と自由世界、ユダヤ人、共産主義者、アメリカ、百二十七ヵ国の全世界がムーニーに反対したのです。
歴史時代において、このような迫害を受けた人はいませんでした。このように数多くの主義、数多くの国、数多くの人類が一つになって歩調を合わせ、共同して攻撃した、そのような宗教指導者は、一九七六年までいなかったというのです。唯一レバレンド・ムーンしかいなかったのです。悪魔サタンはJ「個人勝利してもかまわない。家庭勝利してもいい。あなたがここで死ねばそれで終わりだ。世界的に反対する中で、あなたが生き残るかどうか見てみよう」と言って待っていたのです。「すべてが一つになって激しく打つだろう。その時、あなたがどのようになるか見てみよう」と言って、闘いが起きたのです。
お母様は知りませんでした。お母様は、夫に絶対服従しなければならないので、異議がないのです。知らないのです。エバは、知って堕落したのではなく、知らずに堕落したのです。ですから、絶対服従して、困難であっても行かなければなりません。ですから、お母様を常に引っ張り回すのです。反対したことがあれば、お母様は悔い改めなければなりません。どのようなことがあったとしても困難を克服し、「夫が行くのは、私たちの理想的愛の鉄則を復帰していくためであり、神様の懐へ帰っていく元亨利貞(注一事物の根本原理)の道を踏むためだ」と思い、夫に対して絶対信仰をもたなければなりません。いくら夫が間違っていると言われても、聞くことなく、「私の夫は、神様が願う道を歩んでいる」と弁明し、サタン世界に誇ることができる度胸をもって従っていかなければならないのがお母様の立場です。
それで、神様と因縁が結ばれる時までは、先生がお母様を立て、お母様と共に世界の迫害を受けて、艱難の道において共に闘って勝利したという本然の覇権をつかむことができなければなりません。これが、アメリカの地において、お母様が行くべき道だということを知らなければなりません。その時までは、服一着も勝手に買ってはいけません。
真のお母様の苦労の生活
先生を見れば、お母様と愛する暇もありません。先日ラスベガスに行ったので、お母様を愛してあげる時間があったのです。そのような時間しかありません。公的な時間以外にはないのです。
「お父様、今夜はとても疲れているので、早く上がってきて休んでください」と約束したとしても、その約束を実行することができないのです。夜、誰かが来て話をすれば二時や三時になっていて、部屋に入っていけばお母様は寝ていて、私一人で過ごしたのちに、また朝早くから出てくるのです。そこに何の楽しみがありますか。(笑い)そのように先生がお母様の愛を受けることはできなくても、皆さんは、我知らず近くに行きたいと思うのです。
お母様は、早朝に起きて敬拝式が終わると、コーヒーを飲みます。それで私が、「それは良くない」と言いました。コーヒーを三ヵ月飲んで胃に穴が開き、それで胃の手術をしたという人の話をおばあさんが話していたので、その話をしながら、「コーヒーを飲んではいけない」と言うと、(お母様は)「飲まなければ、ただもうしきりにまぶたが下りてくるというのに、どうするのですか。子供たちはみな出掛けていくことができますが、私はここに座りながらどのようにしていればよいのですか。眠気が来ないようにするために仕方なく飲むのです」と言うのです。それは、見ればかわいそうです。ほかの人と同じように心置きなく寝て、グウグウ昼寝もして、眠ければ二十四時間でも寝て、そのようにできればいいのですが、そのようにすることができないので、かわいそうだというのです。
お母様はかわいそうでしょう。休ませる暇がありません。きょうも、「きのうの夜は二時間も寝ることができなくてめまいがします」と言うのを、私が引っ張ってきました。「あなたは公的な人だ」と言うのです。「めまいがするからといって眠ることができるような幸福な立場に立つことはできない」と言うのです。「全体に連結されてその表象となるために、嫌でも行かなければならない!」と言うのです。めまいがするからといって、先生が「かわいそうに」と言って見逃してあげるのではありません。それは、お母様がよく理解しているのです。先生は厳格な人です。公的なことには許しのない厳格な人です。今すぐにひっくり返って死んだとしても、事情を見てあげない性格だということを知らなければなりません。また、そうだからといって、お母様は倒れたりはしないというのです。
そのような立場で祈祷するとき、真心からの祈祷をするようになります。そのようにしてこそ、悪くなる子供が生まれてくるのではなく、天の福をより多く受ける子供が生まれてくるのです。くたくたになりながら歩む時に生まれた子供のほうがもっと丈夫だというのです。このようにつらい歩みをすれば子供に悪いと思ったのですが、その子供のほうがより知恵があるのです。
真の御子女様方の迫害を甘受
統一教会の原理から見るとき、長成期完成級で堕落し、その立場で、愛の因縁を通じて子女を繁殖したので、真の御父母様は、間接主管圏を完成した基準、すなわち直接主管圏内から出発することはできないのです。完成という一つの基準を残した長成期完成級から出発することによって、七年路程というサタン圏内に落ちていき、家庭をもって、厳しい風霜を経ていかなければならないのです。真の御父母様家庭の祭物時代になるのです。
それゆえに、真の御父母様が行く所、その息子、娘が行く所は、すべてサタンたちが讒訴するのです。学校に行けば「レバレンド・ムーンの娘、息子だ」と言って後ろ指を指されるのです。アメリカでは韓国よりも、さらに多くの迫害を受けるのです。イエス様が生前に受けた立場を再現させ、それを、民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければならないのです。そのようにしてサタンを除去したという条件を立てなければ、天理の道を順理の基準に連結させ得る道がありません。それゆえに、レバレンド・ムーンは、摂理史的運命を担ってアメリカに向かわざるを得なかったというのです。
皆さん、私の子供たちが学校で「ムーニーだ」と反対され、「レバレンド・ムーンの息子、娘だ」と反対され、「東洋人だ」と反対され、苦痛を受けて涙を流すその事実を、私が見なかったと思いますか。
そこにおいて子供たちも感じることができなかった悲惨な侮辱を感じ、悲痛な事実を感じたということを、皆さんは分からないと思います。しかし、その時レバレンド・ムーンは、「私は世界の迫害を受けているが、あなたは私の息子となったので、その学校の迫害は甘受し、克服しなければならない」と教育しました。彼らは分からずに迫害を受けています。しかし、先生は、行くべき道が分かって受けているので、どれほどいいでしょうか。彼らが受けるものは範囲は狭いのですが、先生以上の被害を彼っているという事実を知っているのです。
洪順愛大母様の独身祝福式
(一九七六・一二・二一、〔陰暦一一・一〕、イースト・ガーデン)
先生は、父も母も伝道することができませんでした。親戚を伝道することができませんでした。それはなぜでしょうか。イエス様が、氏族を中心として復帰しなければならなかったのですが、できなかったからです。父と母が責任を果たすことができなかったので、そのできなかったことをすべて蕩減してあげたのちに父と母を伝道することができるのです。そのようにしなければできないのです。
ここに、お母様のお母さんが、今、イースト・ガーデンにいらっしゃいます。たった今、私が独身祝福をしてあげてきました。なぜ今になってようやくしたのでしょうか。今まで、私は、完全に隣町の家政婦の老婆のように、近所の人のように扱ってきたのです。
イエス様が三年路程で終わったのは、彼の母親が誤ったからですが、私が、アメリカにおいてヤンキー・スタジアム大会を中心として、三年路程で勝利的な結果をもたらし、民主世界に対して世界的な使命を果たしたので、「今は先生が祝福してあげる時が来たのだ」と言って、祝福してあげたのです。それで、「今からは、これこれこのように歩んでいきなさい」と、すべて指示してあげてから祝福してあげたのです。ですから、今からは先生自身も、この方に対してこの世の母親と同じように大切にしてあげることができます。完全にそのような時になったのです。復帰歴史はそのように厳格だというのです。
この世であれば、そのようにすることができますか。それを、一般人は理解できないのです。お母様のお母さんなのに、なぜあのようにするのかというのです。その方は、私さえ見れば恐れ、とても気兼ねするのです。それは、お母様もよく分かりません。今私が話したので分かったのであって、お母様もよく分からなかったのです。ほかの人々はすべて祝福してあげながら、なぜ私の母は祝福を受けられないのだろうか。洪順愛氏をいつ祝福してあげるのかという話を、私は何度も聞いたのです。それでも、何も言いませんでした。現在、お母様と結婚してから二十年近くになります。霊界では、そのようなことがすべて通じ、すべて知っていたのですが、今になってようやく祝福してあげたのです。
それゆえに、親戚関係は近ければ近いほど責任が大きいというのです。責任と使命が終わらなくてはなりません。そのような法則があるので、神様は最も愛する人を死の場に追いやって苦労させ、愛する息子、娘を打ち、御自身の側を打って犠牲にさせながら、他の人、世の中を救おうとなさったので、先生もそのようにするのです。同じ道理です。
それゆえに、お母様は、結局、今までその難しい道をすべて従順に来たのです。従順に従ってきながら、それを合わせてくるのです。それで、お母様と先生が世界的な峠を越える時までは、お母様は、自分の母親に対して母親扱いすることができないのです。父母に対しても、家庭に対しても、自分の血族に対しても、血族扱いすることができなかったのです。それは、すべて原理観がそのようになっているからです。しかし今は、外的な立場ですべて収拾したので、初めて家庭に戻ってきて家庭の面倒を見ることができる時に入ってきたというのです。
今後は、どのおばあさんよりもよくしてあげなければならないと思っています。今はもう、世界的峠を越えたというのです。このアメリカまで来ても、条件に引っ掛からないというのです。お母様がそのような基準を築かなければ、子供たちがみな引っ掛かっていたのです。すべてが問題となっていました。復帰歴史とは、そのように難しいものなのです。
「地勝日」および天紀元年宣布
真の御父母様は、一九七七年二月二十三日(陰暦一月六日)の御聖誕日を期して、アメリカのベルベディア修練所において、「地勝日」とともに天紀元年を宣布なさった。
アメリカは、キリスト教を代表した世界の版図です。アメリカは全世界のキリスト教の結実国家なので、そこで様々な闘争を三年半の期間、すなわち一九七三年四月から一九七六年九月までの三年半にわたって行いました。その闘争期間を通して勝利の立て札を突き立てることによって、世界的な統一教会の勝利の基盤を霊肉を中心として成し遂げるようになったのです。そのようにしてその期間を越え、一九七七年二月二十三日、新時代に越えていくという宣布を行ったのです。
今は先生が死んでも、み旨はすべて成されるのです。それで、そのような勝利の基盤を中心として、一九七六年十月四日、「天勝日」を宣布しました。天が勝利したという勝利の一日を設定したのです。その日は、天の喜びとなり、地の喜びとならなければなりません。また、先生の喜びとなり、統一教会の家庭の喜びとなり、皆さんの喜びとならなければならないのです。
そのようにして、二月二十日、陰暦で正月三日に──一九七六年が、陽暦でも陰暦でもすべて過ぎてから三日目に──何を行ったのでしょうか。祝福家庭の七百七十七家庭でも千八百家庭でも、片方になった人は、喜ぼうとしても喜ぶことができないのです。それで、今回、特別に許可したこととは何でしょうか。私たち統一教会の祝福家庭が喜ぶことができる、このような道を開いてあげるために、今回、七十四組の結婚式をしてあげたのです。
それで、天が喜び、地が喜び、統一教会の先生も喜び、祝福家庭も喜び、皆さんも喜ぶ、そのことを終えた三日後がきょう(二月二十三日)だというのです。おもしろいことは、お母様についていえば、三千三歳を超えて三十四歳を迎える最初の誕生日なのです。イエス様が願ったこととは何でしょうか。三十四歳の誕生日を、天と共に喜びで迎えたかったのがイエス様の願いではなかったかというのです。そのようなことを、地上でお母様を通して蕩減することができる条件にもなる日だというのです。(拍手)
そのようにすることによって、私たちは、新しい天紀一年という年を定めることができるのです。新しい時代の一年を策定することができるのです。それゆえに、権威をもって、サタンの前で守勢の方向を攻勢に変えなければなりません。
真の御父母様の世界的解放時代
(一九七七・五・三、陰暦三・一六、真の御父母様聖婚十七周年記念日、アメリカ)
お母様、立ってこれまでの所感を話してください。きょうは、真の御父母様の聖婚式満十七年が過ぎ、十八年目が始まる日です。これまで大変だった話や、統一教会に従ってくることがどれほど大変だったとか、多くの人々から注目されることがどうだとか、言うべきことがたくさんあるでしょう。(以後、真のお母様が少しの間お話しされる)
真のお母様のみ言
お父様は、きょう、皆さんに私自身の証と十七回「聖婚記念日」を迎えた感想を話しなさいとおっしゃいましたが、もし皆さんが三度の食事よりももっと証を聞きたいと思うならば、一日中話してあげます。(中略)
完成に向かって苦悩してきた成長期間が終わり、今、天が願われる基準に到達した私がその当時を振り返る時、その苦難に満ちた記憶すべてが喜びに変わりました。
私は、お父様と常に深く話を交わし、交流することができました。別の言葉で言えば、お父様と私の間には、尽きることのない話題と限りない理解があったのであり、信頼で完全に満たされた無限の対話がありました。お父様とそれほど多くを話さなくても、お互いの事情を深く理解することができたのです。なぜならば、お父様が通過してこられた事情と私が歩んできた道が神秘的なほどに、あまりにも似ていたからです。
お父様とは、共通した一つの目的を深く理解し、そのことゆえに不屈の信仰ですべてのことを忍耐し、すべての苦難と闘って完成基準に到達し、今やサタンが一切侵入することのできない基準まで歩んできたという勝利感があります。お父様と私がお互いを見つめ合う時、お互いが感じる勝利感によって、私は限りない慰労を受け、安らぎを得ることができます。
私は、私自身の体験を通して、神様に対して、神様はどのようにそのみ旨を成就なさるのかということに対して、多くのことを知りました。私の人生において、私は、本当に天国と地獄をすべて通過してきましたが、そのどちら側も、神様が期待なさり、完全に成熟した人格を形成するために必要なものだったということを知るようになりました。
もし私が天国の喜びだけを享受してきたとすれば、天国の生活をそのように深く味わって感謝することはできなかったでしょう。私は、地獄の一番底までも通過し、その苦みも味わいました。「これ以上このように難しい道を続けることができる力が私にはありません。この道を継続していくということは、絶対に不可能です。神様! なぜ私にこのような道を行けとおっしゃるのですか」と尋ねた時も、数えきれないほどあります。私に必要なものは、本当にくじけない不屈の信仰と決意と忍耐だったのであり、それが、今日の私自身をつくりあげたと言うことができると思います。
もう一つ話したいことは、皆さんは、天国に行く道において、天国的な面だけを期待してはいけないということです。地獄的な面も、当然予期しなければなりません。地獄のどん底、監獄を通過することも当然予期しなければならないというのです。
そして、それこそが、神様の恩恵を感じることのできる最も貴い部分だと言うことができます。それを通過するために克服する時、皆さんは、より一層堅固に立って強くなることができ、円満で総合的な人格、神的人格を成熟させることができ、天国をより一層深く鑑賞することができるでしょう。そのようなすべての体験が、いつか皆さんの誇りとなるでしょう。勝利と忍耐の記録こそ、いつの日か皆さんの誇りになると思うのです。
この二、三日間、お父様が釣り競争をさせましたが、その時、皆さんは、ふっと心の底で、「なぜ、お父様はこのような無意味なことを私たちにさせるのか。そのようなことは強いてする必要もなく、川の水がこのように深いのに、死ぬかもしれない」と思ったでしょう。誰もが、一瞬でも、ふっとこのような思いが浮かんだに違いありません。
なぜお父様は、何かに狂ったようにこのようなことをされるのか。なぜこのようなことをしなければならないのでしょうか。しかし皆さんは、そのような時、「私はそのようなことをしなくてもかまわないでしょう7 私はできません」と言わないでください。このような瞬間こそ、皆さんが早急に決定したり、考えたりしてはいけない時なのです。そのような時であるほど、その試練を通過して越えていくことが、喜びをもたらしてくれることになるのです。
そして、なぜお父様は、皆さんを泥がたまった川の中に入っていかせるのでしょうか。そのような霊的試練がある時こそ、そのような考えがどのような人にも、正常な人ならば誰でも、自然の本能的考えとして心の中をかすめるのです。そのような時、どのようにしてその考えを克服するか、それを喜びに転換することができるかが問題です。私の生涯全般は、毎日毎日が正に皆さんが経験した釣り競争に比喩することができると思います。
私が言いたいことは以上です。ですから、皆さんは、常に忍耐をもって、不屈の状態で活動していただけたらと思います。どのようなことであっても、早急に決定したり、考えたり、すぐに反発したりしないようにしなければなりません。そのようにすれば、どのような難しい試練も喜びに変わり、いつの日か、それが誇りになるでしょう。
けさ、私が流した涙には、二つの意味があります。一つは悲しみの涙ですが、単純に悲しみの涙ではなく、喜びの涙だということを理解していただけたらと思います。勝利したその喜び、そして、このようにお父様と共にいることができるという喜びの涙だということを。実際にそのような二重の意味をもった涙でした。
そして、これからは、ただ喜びの涙だけを流してみたいと思います。ですから、どうぞこれからは、私の過去に関して聞かないでください。ひたすら勝利的な未来の大きな理想に対してだけ話を交わしましょう。このように皆さんにお願いしたいと思います。未来に来る偉大な日のために、何度でも喜びの涙を流しながら喜ぶようにしましょう。
お母様もおばあさんも、最も低い位置から出発したのです。統一教会で最も低い位置、誰もそのような扱いを受けたことがないという最も低い位置から出発しました。このような低い位置から最高の栄光の玉座をつかむことができる祝福を受け継いでこそ、その祝福が永遠に続くのです。私自身がそのように歩んできたのであり、お母様に対してそのようにしたのであり、私の子供たち、子女たちもそのように歩んできたのです。この原則をそのまま越えていくことはできません。これがそのまま越えていくことのできるものであれば、お母様にそのようにさせなかったのであり、私の家庭がそのようなことをしなかったのです。
ですから、不平を言うことができますか。お母様も不平を言えば、すべて壊れていくのです。見てみなさい。自分を中心として不平を言った人々は、すべて離れていきました。自分を中心とした考えをすれば、すべて壊れていくのです。原理がそのようになっています。
けさ、皆さんが、お母様のみ言を聞き、先生のみ言を聞いて、先生の家庭の背後にそのような曲折があったということを初めて知ったと思います。ですから、そのようなことを見れば、先生は、許すことを知らない先生だということを知らなければなりません。それを聞いてみれば、原理どおりに生きてこなかったと思いますか。(原理どおりに生きてこられました)。それゆえに、天地の前に自信をもって言うことができるのです。自信があるのです。それで、一九七六年が終わると同時に、今は、お母様も完全に解放されました。そして、先生も完全に解放されたのです。先生とお母様が完全に解放された時が、一九七六年だということを知らなければなりません。
そのような意味で、一九七七年二月二十三日、先生の誕生日を期して、新しい次元の時代が聞かれたのです。それは、統一教会をおいて宣布するのではありません。先生が行く道をおいて宣布するのです。先生とお母様が行く道をおいて宣布するのです。今まで、お母様は、十ドルのお金を使っても先生に報告しました。勝手に使うことを私が許可しませんでした。しかし、今からはそれに対する自由も与えようと思います。また、私が全体の主体的な立場ですが、今後はお母様に、家計のことなど多くのことを任せようと思います。
真のお母様の特性と誇り
お母様の特別なところは何かというと、霊感が素早いところです。ぱっと人を見て「良い人だ」と思えば、その人は良い人なのです。それを鑑別することのできる天性的な素質をもっています。そして、先生が「しなさい」と言うことは何でもしようと決意し、またその決意したことを常に失わずに歩んできたので、受難の道も克服することができたのです。これは、目的を中心とした忍耐心に相当するのです。
そして、私がお母様に有り難く思うことは、自らの貴いものを、自分の息子、娘ではなく皆さんに、ためらうことなく一〇〇パーセント譲ってあげようとするその性格です。その性格は、神様が贈り物として下さった性格だと思うのです。西洋人たちは「ああ、レバレンド・ムーンの夫人は、服もとてもたくさんあり、宝物もとてもたくさんあるはずだ」と思うかもしれませんが、そのようなことはありません。お母様は、自分が良いと思うものがあれば、すべてそれを食口たちに分けてあげようとするのです。実際、数日前も、出掛けなければならないのに着るものがなかったのです。そのような時が多いのです。自分を中心として、「自分だけ良かった」とするのはいけないというのです。
ですから、第一は、霊感が素早いということに対して天に感謝し、第二は、み旨に対して絶対従順しようとすることに感謝し、第三は、自分のものを、自分のものではなく、世界のものとしてそのままためらわずに分けようとすることに感謝するのです。どんどん与えて神様が心配なさるほどです。それが天性的に生まれついているということは、お母様としての性格を備えているのです。それで、今考えてみれば、今まで私の家庭に多くの子供を下さったことなど、すべて、神様が私たちの家庭を祝福されたことだという気がするのです。
それで、今は、国家対国家の問題になりました。今はもう、レバレンド・ムーンが一国の責任者以上の基準を越えたのです。今後は、皆さんの想像することのできないことが起きるだろうと、先生は思っているのです。
それゆえに、皆さんは、自分を中心とした考えをしてはいけません。お母様も、自分を中心とした考えをしていれば、この統一教会を信じることができなかったでしょう。既に荷物をまとめて出ていったはずです。皆さん責任者たちも、自己中心的な人は荷物をまとめて退いていくようになるのです。先生はそのように思っています。また、そのように指導しているのです。そのような面において、どの責任者はどうで、誰はどうだということを、すべて細かく見ているのです。先生の人事措置は、そのような原則によって行っているのです。
ですから、皆さんはそのことを知って「あー、私も、そのように歩まなければならない」ということが、はっきりしたことと思います。それゆえに、今やお母様も、結局お母様として成功した女性であると、このように思うのです。また、そのような女性を育てた先生も、成功した男性だというのです。(拍手)
家庭教会運動出発
「地勝日」宣布一周年を記念する一九七八年の一月十日から二月二十日まで、アメリカにおいて年始四十日伝道活動が実施されたが、この時、真のお父様は、アメリカの食口たちが各自三百六十戸を選定して活動するように指示なさった。その後、四月一日から、アメリカ活動要員三万人確保活動を指示されながら、三百六十四軒家庭教会(ホーム・チャーチ)運動に対する具体的方案を提示され、その年の五月十三日からの百二十日間のイギリス巡回中にも、同様に家庭教会運動の方向を設定してくださった。続いて、九月二十五日、二年半ぶりの韓国帰国歓迎礼拝において、真のお父様は、十月一日からの本格的な家庭教会活動の展開を命じられ、翌年から五年間の毎年の年頭標語を家庭教会中心に定められると同時に、全世界の食口たちが真の御父母様の世界的勝利基盤を相続する氏族的メシヤ活動に入っていくようにされた。
今、時は、どのような時でしょうか。「天勝日」を過ぎた時なので、アダム完成とエバ完成の時代です。それゆえに、神様と共に天使世界がプラスになるのです。今まで、天使たちは、霊界で活動してきました。しかし今は、肉的救援摂理なので、天使が活動する方向、神様が活動する方向は地上に移されたということを知らなければなりません。それゆえに、その働きが強くなるというのです。そのような時代なので、天を信じ、霊界が協助するので、「私は一人だが、すべてのものを制覇することができる」と思わなければなりません。地上で実績をもつことができなかった人は、霊界に行って最も冷遇されるのです。
それで、「天勝日」がもたらしてくれた贈り物がホーム・チャーチです。そのホーム・チャーチ活動は、どのような背景をもつようになったのでしょうか。今まで神様の活動してこられた方向が、霊界から肉界に移されるようになったというのです。ですから、新しい時代になったというのです。
その三百六十軒とは何かというと、築いた世界的な蕩減条件を接ぎ木して世界を代表した一つの中心型として現れたものです。ここで勝利すれば、自らの氏族は、世界的氏族圏に登場して、同じ価値の立場で蕩減するようになるのです。それで、初めて一つにして蕩減し、父母の立場に登場するのですが、自らは、新郎の立場に立って新婦を迎えることによってメシヤ的資格を備えた氏族的メシヤ、すなわち氏族的真の父母になるのです。
真の御父母様家庭の三次七年路程の勝利
一九八〇年四月十五日(陰暦三月一日)、アメリカ、ベルベディア修練所において、第二十一回「父母の日」記念行事が挙行された。真のお父様は、「み旨の完成と父母の日」という題目のみ言を語られながら、この日を期して、六〇年度に出発した三次七年路程の勝利と、翌八一年度から本格的な出発をなすようになる第二回三次七年路程の内的な出発を宣布なさった・四月三十日(陰暦三月十六日)の真の御父母様聖婚二十周年記念日と五月一日の協会創立二十六周年記念日には、一九七三年四月三十日のアメリカ永住権獲得と世界的出発後満七年期間の勝利を締めくくられ、新しい出発を督励なさった。
陰暦で三月十六日が先生の結婚した日です。それが、きのう四月三十日です。そして、私がアメリカに来た時が、一九七三年四月三十日です。先生の聖婚後満二十年とこの満七年が、四月三十日という一日にぴったり一致したというのです。二十四時間以内に、すべてがぴったり一致したというのです。何とも不思議だというのです。アメリカにおいて七年路程が完全に終わったのです。それを見れば、神様は数理的な神様です。
本来イエス様は、二十七歳で出発したのです。これが、きょうの協会創立二十七回とすべて絡まって回っていくのです。二十四時間以内にすべて引っ掛かっているのです。それゆえに、歴史的な時代に入っていきます。ですから、今、このアメリカのカーター政権が大変な目に遭っているのも、すべて摂理に関係しているのです。
一九七八年、七九年、八〇年の三年期間です。このようにして、今や名実共に統一教会は、霊肉を中心としたいかなる国家の試練も越えたのであり、今は、反対することのできない蕩減条件の峠を越えたというのです。ただ一つ残ったとすれば、今からソ連が反対するでしょう。しかしソ連が反対してみたところで、反対すればするほど、統二教会は上がっていくのです。ソ連が統一教会に反対すればするほど、金日成が反対すればするほど、民主世界はますます結束するというのです。急進的な結束が加えられて、今後約七年、先生が考えるには、一九八七年まで統一教会が正しくなせば、「ひゅーっ」と飛躍していくのです。
打たれて奪ってきます。打たれて奪ってくるにおいては、男性がいくら個人として打たれて奪ったところで、女性はそれに同参することはできないのです。女性が越えなければならず、子女が越えなければならないというのです。蕩減路程はそのようになっています。三段階の蕩減を越え、私の家庭が民主世界のアベル圏を代表し、カイン圏の総攻勢を受けるその立場から生き残ることによって、新しい統一世界の凱歌が挙がり始めるのだと思うのです。
また、そのようになるように整えていくのです。一九七五年に宣教師をすべて配置し、世界が反対する環境の中で、統一教会の家庭を中心として迫害を受けて倒れないで残り、今回二十一年をすべて終えたのです。今は私の子供たちもそうです。今、学校で、ムーン・ブラザーズといえば、とても有名だということです。私の子供たちには多くの素質があるでしょう。運動をすれば運動ができないでしょうか、絵を描きなさいと言えば絵を描くことができないでしょうか、歌を歌いなさいと言えば歌を歌えないでしょうか、勉強をしようとすれば勉強ができないでしょうか、私に似て、できないものがないのです。(笑い)
「ムーニーだ」、「チャイニーズだ」といって受ける侮辱が、ちょっとやそっとの侮辱ではないのです。二十一年路程で、その過程をすべて経なければなりません。それは何かというと、先生は、家庭を中心として、国家基準を越え、世界基準を越えたということです。
第五節 解放後四十年と第二回三次七
真の御父母様の生涯路程 10
第五節 解放後四十年と第二回三次七
一 真の御子女様の聖婚と真のお母様圏十歳
譽進様の聖婚
一九八一年五月十五日、ソウル、ロッテ・ホテルにおいて、真の御父母様の御家庭の長女である誉進様が約婚式を挙げられ、翌十六日、ソウル市青坡洞の本部教会において、六百人以上の祝賀客が参席する中で、真の御父母様の主礼により聖婚式が挙げられた。誉進様の聖婚の日は、子女時代である第二回三次七年路程が本格的に出発する日でもあった。
十五日に来てすぐに約婚を行い、一日で結婚式をすべて行ってしまいました。これはただの結婚式ではありません。プログラムです。別の言い方をすれば、家庭的救援摂理の方向を決定し得る厳粛な時圏です。今まで、個人救援の目的を推進させてきた天の歴史路程において、家庭救援が可能な時代に移ったという事実は、とてつもない飛躍と言いましょうか、何と言いましょうか。言い表すことができないことです。今まで神様がメシヤを送ってこられたのは、アダムを再創造するためでした。アダム一人を捜し出すために、歴史時代において受難の道を歩んでこられたのですが、今からは、家庭救援を成就していくのです。個人救援の時代は過ぎ去ったというのです。
この日を中心として、「三十六家庭」は何年目ですか。二十一年です。満二十一年になるその日を期して、譽進を呼んだのです。その時、試験を受けていました。有り難いのは、すべて捨てて来たということです。そのようにして、先生の家庭において聖進と譽進が家庭的立場に立ち、橋を架けることができるようになったのです。平面的に定着基盤が築かれたのです。これによって、第二回三次七年路程の出発が本格的に可能になったのです。
これによって、先生の第二世のアベル圏家庭が形成、確立されると考えるのです。先生が一世として、縦的な基盤を築くようになれば、そこに横的な第二世の基盤が確立されるのです。そのようにして皆さんの家庭を中心として見るとき、皆さんの家庭と先生の息子、娘の家庭と先生の家庭が、それぞれ蘇生、長成、完成の横的基盤として完結するのです。そのように考えるのです。
カイン・アベルを中心として見るとき、祝福を受けた家庭はカイン格です。先生はこれらの家庭を横的基盤に連結しなければならないのですが、今までは、縦的基盤は連結されていても、横的基盤は連結されていなかったのです。今は横的に展開しなければならない時に入ってきたので、皆さんが第二回三次七年路程を中心として四方に伸びていくためには、先生の息子、娘を中心としたアベル的家庭が先生の前になければならないというのです。
ですから、アベル的家庭と皆さんの家庭が完全に一つにならなければなりません。先生と一つになる前に、アベル家庭と完全に一つにならなければなりません。一つになれば発展するのです。一つになれば、神様が共にいらっしゃるようになります。主体と対象が完全に一つになれば、中心が生じるというのです。「原理」で教えているように、ここに必ず神様が臨在され、これを侵犯するいかなるもの、いかなる強力な敵も退治するというのです。
第二回三次七年路程の出発
(一九八一・五・一六)
第二回三次七年路程は、私たちの家庭がなさなければなりません。父母の時代が過ぎ、子女の時代に入ってきたので、今日、世界的蕩減をしたのちには迫害がないのです。
今日、第二回三次七年路程を歩まなければならない皆さんは、先生がこの道を連結させるために、二十二年間、血の流れる闘争をしてきたという事実を知らなければなりません。個人から追われ、家庭から追われ、氏族から追われ、民族から追われ、国家から追われ、世界から追われ、追われながら打たれて奪ってくる作戦をとってきたのです。見事にも、死なずに一代において、途方もない内縁の様々な事情を理論的に集約して、実践的な内容とともに万民の前に公認させることができる材料をもち、それだけではなく、天が認め、サタンも公認することのできるものを、今日、統一教会の息子、娘に相続させることができる権限をもったのです。このような歴史的な事実を記念するために出発したのが、第二回三次七年路程だったということをはっきりと知らなければなりません。
したがって、皆さんは、今からの第二回三次七年路程において、師が歴史時代の受難の道で迫害の矢を受けながら築いてきた伝統を受け継がなければなりません。今から皆さんは、歓迎を受けながら、伝統の相続を誓いつつ成長していかなければなりません。ですから、柱を立てる時になりました。家庭の柱はこうでなければならず、氏族、親族の柱はこうでなければならず、国の柱はこうでなくてはならないというように、柱を立て、新しい国の未来像を示すことができる伝統を確立しなければなりません。
ですから、先生は、あらかじめその準備をするのです。それで、日本において全体を動員して、強力な活動を展開するのであり、アメリカにおいても、強力な教会活動を展開するのです。そのようにして韓国が基地になりさえすれば、すぐに日本が連結され、アメリカが連結され、全世界が連結されて、急進的に世界を救援することのできる時代に入っていくのです。
第十回「科学の統一に関する国際会議」参席者夫人招請晩餐会
一九八一年十一月十二日、ソウル、ロッテ・ホテルにおいて、真のお母様は、第十回「科学の統一に関する国際会議」(十一月九日〜十五日)に参席するために来韓した世界の碩学の夫人たちを招請され、晩餐会の席上で歓迎のみ言を述べられた。
真のお母様の歓迎の辞
皆様が東洋に位置する静かな朝の国である韓国に訪ねてきてくださり、心から感謝いたします。長い間、文先生と私は、皆様を我が故国にお迎えしようと熱望してきました。
韓国民族は、伝統的に白い服を好んで着ます。韓国民族は、神様をとても愛するので、清さの象徴である白い服を着ることを好むのです。また我が韓国民族は、先祖をとても尊敬し、平和を愛する民です。
数百年間、韓国は、外国の勢力からの侵略を受けてきました。そのたびに私たちは、それを克服することができました。そして、五千年の歴史をもった韓国は、一度も他の国を侵略したことがありません。このことゆえに、我が国は「静かな朝の国」として知られるようになりました。
一九五〇年の韓国動乱の時は、信じられないほど大きな惨事を被りました。全国土が共産主義の侵略者によって踏みにじられる直前までに追い込まれたのです。しかし、神様は、本当に自由の韓国を助けてくださいました。国連傘下十六ヵ国の自由世界の青年たちが、韓国を助けるために韓国の前線に来てくれたのです。その時は、韓国の全国民が連合軍と一つに団結していました。その団結によって、私たちは共産主義から自由を守ることができました。
一九七〇年から、韓国の国民たちは、自由主義体制の偉大さを知って一生懸命に働いてきました。その結果、韓国は、世界で最も経済成長が早い国の一つとして認められています。このような韓国の発展と成長を世界が認め、一九八八年のオリンピックも、その開催国家として韓国が選ばれるようになりました。
歴史は、偉大な人物の背後には、常に素晴らしい妻がいたと言っています。この言葉の意味を考えながら、私は皆様の夫君を心の中で尊敬します。皆様は、人類救援と平和世界の実現のために多くの活動を展開してきた私の主人である文先生を助けてこられたからです。
私も、夫の素晴らしい内助者になろうと、心の中で常に誓っています。しかし、御存じのとおり、文先生の理想と目標はとても高いので、それは難しいことでもあります。時には、果たして私が夫のためにどれほどの助けになっているだろうかと考える時があります。私は、その点において、一度も高い点数をもらったことがありません。しかし、様々な立場を総合してみるとき、私はそのお方の愛する子供を十二人も生んで育てたので、文先生は少なくとも一つのメダルを下さるだろうと期待しています。
今日の世界情勢は、暗澹としていきつつあります。多くの家庭が崩壊しています。伝統的な家庭が崩壊するのを目の前で見ている私の心は、本当につらいです。幸福な家庭のために、私たち妻は、夫の前に愛を捧げ、犠牲的精神を発揮しなければならないと思います。どの家庭であれ、神様が臨在なさることができるようになれば、父母と子供は、神様の愛と希望を分かち合うようになるでしょう。家庭が社会の柱石となっていくに従って、私たちの国と世界には、限りなく美しい神様の愛があふれるようになるでしょう。唯一なる神様の愛の中で、私たちは、みな一つの家族になることでしょう。
私は、皆様お一人お一人とより一層親しくなることを願っています。皆様が韓国ですべての日程を終えて帰国されたのちにも、愛と友情を交わしたいという切なる思いでいっぱいです。
韓国にいらっしゃる間、神様の大いなる愛が皆様と皆様の夫君の上に共にあられることを祈願いたします。さらには、皆様の家庭に神様が臨在されることを願う次第です。ありがとうございました。
真のお母様の四十歳と真の御子女様の聖婚
(一九八二)
《祈祷》
この日(一九八二・一・一)、この朝、お母様においては、四十歳を迎える新しい日となりました。幼い体をもって、師のような、父母のような、あるいは兄のようなこの夫に侍り、今日の統一教会の歴史を創建するにおいて、血のにじむ道を歩みながら、よく耐えてきてくださったお母様を、お父様、あなたが愛してください! この方は、大きな心を抱いて怨讐の子女まで愛し、自らの子供も愛することができるこの位置に立ちました。
今、統一家においては、統一教会の祝福を受けた家庭と、真の御父母様の家庭を中心とした娘、譽進と息子、孝進の家庭が一つにならなければならない歴史的使命があるので、三次七年路程が終わる年に結婚と約婚を挙行することができました。この驚くべき事実をお父様の前に心から感謝いたします。お父様、今、周囲を取り巻いているカイン的家庭が、天使世界が天の家庭を守ることができなかった歴史的恨を再び解くために、精誠を尽くして垣根となり、すべての面において手本となって、厳粛に天の前に孝行の道理を果たすことができるよう、見せてあげ、教えてあげることができなければなりません。
このようなことを通して平和の基準を備えることによって、そのような基盤が家庭圏を中心として、氏族圏、民族圏、国家圏を成すようになる時、初めて真の御父母様の家庭が国家的真の父母の基準を通り、世界的父母の過程を経て、天上世界の真の父母の家庭になることによって、万世に恨を抱いた神様があの世で王として君臨なさることができる神様の愛の基盤がつくられるという、この驚くべき事実をもう一度思いながら、意義ある一九八二年を迎えたこの時間を、お父様、祝福してくださることを再度お願いいたします。
真のカインの子女と真のアベルの子女がいなければなりません。二つが一つにならなければなりません。そのようにならなければ、真の父母の立つべき位置がないというのです。そのようにならなければ、天国に帰っていくことができないのです。二種類の息子、娘がいます。一つは義理の息子である庶子であり、一つは直系の子女です。
それで、三次七年路程が終わったのち、譽進と孝進を昨年のうちに約婚してあげたのです。皆さんは、「先生の息子、娘は年が若いのに」と思うでしょう。十六歳から二十一歳圏内で引っ掛かるというのです。アダムとエバは、何歳の時に堕落したと思いますか。未成年の十五、十六歳の時です。それを蕩減しなければなりません。それで、お母様もティーン・エージャーの時に先生と結婚したのです。お母様もそうであり、息子、娘もみなそのようになるのです。
アダムとエバ、カインとアベルというこの四人によって、サタン世界が完全に横的に実を結びました。それゆえに、歴史過程において、カイン・アベルを中心としてこれを一つにするのです。一つにしてこそ、単位が上がっていくのです。すなわち個人から家庭単位に上がり、氏族単位に上がり、民族単位に上がっていくのです。
ですから、お母様、エバは、二人の息子を一つにして、長子を次子にして次子を長子し、アベルを右手に抱き、カインを左手に抱いて、どこに行かなければならないのでしょうか。アダムのところに行かなければなりません。そのようにしてこそ、アダムが受け入れるのです。ですから、今まで、お母様が四十歳まで何をしてきたのかというと、そのことをしてきたのです。自分の息子、娘の家庭とカインの息子、娘の家庭を抱いて夫のところに行くのです。夫は、これをもって神様の前に行くのです。
カイン家庭を取り戻したからこそ、皆さんが入ってくることができたのですが、今はどのような時が来たのかというと、カイン家庭ではなく、長子の家庭を取り戻さなければならない時です。それで、皆さんは、先生の息子、娘に対して「お兄さん」、「お姉さん」と言うのでしょう?
それで、先生は孫までもち、三代をもったのです。今日、この地上の三代圏家庭はすべてカイン的家庭ですが、アベルが長子の位置に立った天国の家庭をもったので、長子を復帰せずにそのまま順理的に天国に入っていくことができるのです。
今は、素晴らしいお母様になりました。それで、私が全権をゆだねるのです。生活費もゆだねるのです。四十歳を超えたので、今はそのようなことにおいては安心です。(歓呼、拍手)
今まで、正しく教育して、私の言うことをしっかり聞くことができるように育ててきました。今はもう、お母様は合格です。昔は、一銭のお金も勝手に使うことができないようにしました。
私がお母様を教育するにおいて、言葉にできない様々な事情がありました。私が願う心の前に変わることなく、私が行く道の前に変わることのないその日が来ることを願ってきたのですが、お母様は立派なことをたくさん行ったのです。
最近では、お母様は素晴らしいというのです。西洋世界に行っても、「レバレンド・ムーンの夫人を通して、東洋の代表的美貌の女性に初めて出会った」という話をたくさん聞きました。(笑い)私がどうしてうらやましいでしょうか。このような一等美人の妻をもっているので、どうして女性を慕わしく思うでしょうか。それくらいで十分でしょう。
二 荒野時代と興進様の犠牲
荒野四十年路程の最後の三年
(一九八三〜一九八五)
統一教会は、四十年の荒野時代にあるということを知らなければなりません。幕屋教会時代にあるということを知らなければなりません。世界的カナン福地に入っていかなければならないのです。ですから、地に対する分け前を分けてあげなければなりません。十二部族に統一教会の分け前を分けてあげなければならないのです。そのような蕩減条件を怨讐たちが認める基準において、四十年以後に私たちが定着することができるカナン福地の基準を、国境を越え、主義思想を越えて世界に広げることによって、私たちの国の創建が始まるのです。
イスラエル民族がエジプトによって包囲された立場からカナンを復帰する四十年のように、第二次大戦後の四十年を突破口として、新しいカナン復帰、新しい世界理想に向かって越えていかなければな力ません゜これが原理観です。
モーセの時代において、荒野四十年間で、モーセに従ったイスラエル民族は、モーセが石板を受けるためにシナイ山に登っている間に、アロンを中心としてすべてが淫乱によって混乱したのと同じように、この四十年間で、キリスト教の主体思想をすべて忘れてしまい、淫乱とフリーセックス、アルコール中毒や同性愛といったあらゆることが起きるのです。共産主義が現れてくるので、ますます混乱するのです。思想的混乱、家庭的混乱、愛の混乱、男性と女性の混乱が起きるのです。
ですから、四十年を締めくくらなければなりません。この期間を通してムーニーを歓迎することができなければ、ムーニーはこの国と分かれます。法廷闘争を中心として、この三年の期間で完全にイエスか、ノーかを決定することができる時代に越えてきているということを知らなければなりません。その前に皆さんが早くなして、ムーニーを歓迎することのできる雰囲気をつくれば、「ワシントン・タイムズ」などのすべての作戦をそこに投入するのです。
今は何かというと、ヨシュアとカレブが立ち上がってイスラエルの再起を図ることができる瞬間だということを知らなければなりません。私たちが行く所には、カナン七族の怨讐がいます。ですから、そこに正面から挑戦していかなければなりません。それで、先生は深刻なのです。神様も深刻だというのです。今、先生は、それに代わって南米を置き換えふための準備をしているのです。それゆえに、私が最善を尽くさなければならないと思い、カウサ(CAUSA)運動を国民に展開させているのです。
真のお母様の日本歴訪
来日歓迎式でのみ言
一九八三年三月十三日、日本の東京教会で催された真のお母様日本歴訪歓迎式において、真のお母様は、「私たちは、何であろうと成すことができる」という題目のみ言を語ってくださった。
到着して、この新しい本部教会の建物に足を踏み入れた時、限りない感激に浸りました。私一人で来るのではなく、お父様と一緒にこの建物の中で皆さんとお会いすることができれば、どれほど良かっただろうかと考えてみました。
今まで、皆さんがお父様のみ言を受け入れて、内的に外的に、すべてにわたって苦労する姿を、しばしば訪ねてくる指導者たちの報告を通してたくさん聞いています。私も、本当に何をもって皆さんを慰労し、激励することができるだろうかととても考えました。
栄光から始めなければならない歴史でしたが、アダムとエバの失敗によって、恨み多い復帰歴史として出発しなければならなかったのが父なる神様の歴史でした。また、お父様一人で歩まれた生涯は、迫害と苦難と絶え間ない受難の路程だったのであり、そのような路程を通して今日の統一世界の基盤を広めるまでには、言葉で言い表すことのできない、そのような隠された事情がたくさんあったということを、私たちはよく知っています。一言で言って、涙なくしては身の置き所がない血と苦痛の歴史であったということを、皆さんは体験されたことと思います。このような歴史過程を通して、今日多くの国で成されている役事を見るとき、本当にお父様が重要で、貴重だということを、骨身にしみるほど感じます。
サタンは、私たちに余裕をくれません。今回、アメリカでなされた裁判を皆さんは詳しく知っていることと思います。必ず天が勝利を収められるということを、私たちは知っています。しかし、その過程において、お父様は陰に陽に大変疲れていらっしゃいます。言葉には出されませんが、内的に血の出る闘争をしていらっしゃいます。その激しい闘争の中で成されたアメリカでの多くのことは、皆さんがあまりにもよく知っていることでしょう。「ワシントン・タイムズ」の創刊や二度にわたる巨大な祝福行事など、これ以外にも推し量ることができないほど多くのことを行われました。
最近、「ニューヨーク・タイムズ」が、ホンジュラスのカウサ活動に対する報道を行いました。その記事では、カウサ活動は文牧師が後援する団体だと報道しています。この世の中は理解することができないでしょう。南米や中米はもちろん、アフリカのような世界に至るまで、百三十七ヵ国に宣教師を派遣し、そこで、み言の炎が燃え上がっているのです。
なぜ私がこのような話をするのかというと、子女の物心がつく時は、その父母が年を取ったあとではないかと思われるからです。
お父様は、常に「既に私は、いつでも死ぬ準備ができている」とおっしゃいます。そのようなお言葉を聞くたびに、私は、ただそのまま聞き流してしまうことができません。
私たちの誇りがあるとすれば、私たちの喜びがあるとすれば、そして私たちの幸福があるとすれば、ただ一人のお方であるお父様なくしては、それらの意味はあり得ないというのです。
日本にも数千の祝福家庭がいます。祝福家庭の願いとは何でしょうか。統一教会の願いとは何でしょうか。それは地上天国であり、神様と真の御父母様に共に侍って暮らしたいということではありませんか。私たちの時代にできなければ、私たちの子孫を通してでも、必ずその日をこの地球上に到来させることが私たち父母の責任ではないでしょうか。統一運動、統一の歴史は必ず真の御父母様と共にみ旨を完成させ、それを見た子孫たちが本当に誇らしく思うことができる家庭となり、私たち自身になることを、私たちは懇切に願っています。
今、アメリカでは、三月一日を期して、すべての日本食口を動員させました。ニュースを通してよく知っていると思いますが、その中には祝福家庭として多くの子女をもった母親もいます。「ひとたびみ旨に従って子供をあとに置いて出発したこの体であれば、できないものがどこにあるでしょうか」という話を聞きました。私たちは、何であろうとなすことができるのです。
何であろうとなすことができるならば、お父様が、国家や人々のいかなる拘束も受けず、心の願うとおりに、この地に送ってくださった天のみ旨に対する使命をこの時代にすべて果たすことができるようにしてさしあげなければなりません。そのためには、皆さんが続けて努力し、精誠を尽くしてくださることを心の奥深くで祈願します。
興進様の昇華
一九八三年十二月二十二日、夜九時十分、アメリカ、ニューヨーク州ピーキプシー市近郊、八イド・パーク九番の州道上で、大型トレーラーが加速走行中に興進様の運転される車に衝突する交通事故を起こし、興進様が重傷を負い、ニューヨーク、聖フランシス病院三〇五号室で入院加療中の一九八四年一月二日午前一時十五分、昇華された。
興進様が昇華される前の一九八三年十二月三十一日午前六時四十分、真の御父母様は、入院していらっしゃる病院二階の待機室で、誉進様、孝進様などの直系の御子女様方と各家庭代表および四ヵ国代表(韓、日、米、独)、第一、第二、第三イスラエルの代表であるユダヤ教、キリスト教、統一教会の代表を集められ、「統一式」を挙行なさった。
一九八三年十二月を中心として、韓国に行って全国民を動員したのです。全国民を完全に一つに結ぶ運動をしました。世界とキリスト教を代表する七十二ヵ国の「(世界平和)教授アカデミー」の代表を集めて、一つに結ぶことをしたのです。そのようにして、完全に全国を席巻したのです。そのようにサタンと激しく闘ったのです。ですから、韓国の国家全体が、レバレンド・ムーンの運動に心が浮き立ったのです。そのようにしてサタンを支配しようというのです。
その時、先生の家庭は混乱時代でした。先生の家庭が全世界を代表して家庭的攻撃を受ける時だったので、サタンは、先生を攻撃することができないので、興進を攻撃したのです。最後の光州における講演時間にその事件が起きました。国が父ならば、教会は息子と同じです。このような立場で、キリスト教が依然として反対をするので、そのような立場を蕩減するために興進が祭物となっていったのです。
キリスト教が地上で反対することによって、霊界のイエス様を中心としたキリスト教が地上に協助する道がなくなったのです。霊界にいるキリスト教の霊たちが、イエス様を中心として地上に降りてきて協助しようとすれば、地上にいるキリスト教が反対する所では協助することができないのです。ですから、必ず祭物的な条件を捧げて、霊界と地上が連結されなければなりません。そのようにしてこそ、その祭物を捧げた団体やその主義を通して、地上世界で横的な代置運動として発展させていくのです。
もし興進の犠牲がなければ、二つの不幸な大事件が発生していたかもしれません。北の傀儡が武力で韓国を侵犯していたかもしれず、先生が地上における生涯を終えていたかもしれないのです。しかし、先生は韓国で勝共決起大会(一九八三・一二・一四〜二三、全国八大都市勝共決起大会、十五万市民が参加)を通して勝利したので、彼らはそれ以上先生を侵犯することができませんでした。したがって、韓国で勝利を収めた同一の時刻に、昇進を犠牲の祭物として要求したのです。
み旨的、歴史的に見れば、アベル的な存在が祭物として逝く確率が高いのです。すなわち、摂理史的にアダムを個人的な人類の先祖として見れば、イエス様はアベル的な存在でした。それでイエス様は、十字架の祭物としていくようになられたのです。同じように、真の御父母様の家庭においても、聖進をカインとするアベルの喜進が逝き、また譽進をカインとするアベルの惠進が逝き、また今回は、結局このように、孝進をカインとするアベルの興進が逝くようになったのです。
興進が逝くことによって、二番目のものがすべて連結されるようになりました。喜進も連結され、劉協会長も連結され、イエス様も連結されて、天上世界と地上世界が連結される橋が架かるようになったのです。
二番目の息子としてこの地に生まれてきて、お父様の保安問題に対してはこの上なく心配したのです。もしお父様の前に元凶が現れて銃を撃てば、自分がその銃弾を受けて死ななければならないと考えたのです。
ところで、興進が、自分が生きようとして死んだのか、ほかの人のために死んだのかというのです。私が事故現場に行ってみて有り難く思ったのは、興進が死んだのは、池生蓮さんの二人の息子を助けるためだったのです。そうでなければ、車を右側に切る必要はなかったのです。そこに行ってみて、私が本当に有り難く思ったことです。
そのB、ずっと現場調査をして車を見ると、今、その車は管理していますが、意識的にハンドルを右に切ったということが分かるのです。それは、珍福、珍吉自身が知っていることです。これを摂理史的に見るとき、先生の家庭を中心としてサタンがかぎで引っ掛けて奪っていこうとしたすべてのことを阻止したのです。
このように見るとき、民主世界と共産世界を代表することができる犠牲の祭物として逝ったという理論的な根拠を、ここから知ることができるのです。その二人は、民主世界と共産世界を代表し、イエス様の右側の強盗と左側の強盗と同じ立場だったのですが、その彼らの身代わりとなったのです。イエス様の時代にはすべて死んでいきましたが、先生の時代には、興進一人が祭物になっていったので、二人は助かり、民主世界と共産世界の道が開かれるのです。
「愛勝日」の宣布
一九八四年一月三日午前四時、アメリカ、ニューヨークのベルベディア修練所の一階応接室において、真の御父母様は、アメリカの韓国人教区長と主要食口が参席する中で、「愛勝日」を宣布された。「愛勝日」は、神様の勝利を記念する日であり、興進様がお父様の身代わりに祭物として逝こうとされ、またそれを実践された至高の愛の勝利を契機として制定された。
興進は死ぬことは死んだのですが、地上世界と霊界において、死なずに愛の復活圏を成すだろうと、このように思っています。お前は死を通してそこに行ったが、お前の死を通して愛を復活させるのだというです。霊界をつかみ、地上をつかんで、愛の復活圏を宣布するでしょう。これによって、死亡圏と決別するのです。
蕩減条件をすべて越え、この「愛勝日」という日を宣布するためには、息子が死んだということを思ってはいけないのです。死体を横において神様の愛のために闘いをなしたということを知らなければなりません。それはどういうことかというと、父も母も、死んだ息子を思うよりも、神様の愛を思わなければならないということです。死亡圏に勝利する愛を思わなければならないというのです。
全体の責任を先生が負うのです。それで、先日(一九八三・一二・三一)、「統一式」という特別な式を挙行したのです。それで、お母様に、「あなたと私は、この時間、天が御覧になって誇ることのできる父母にならなければならず、霊界にいるすべての先祖が誇ることができ、霊界の天使世界と何千万の聖徒とすべての聖賢、賢哲が誇り、世界人類が『やはり死亡圏を支配することができる愛の権限をおもちになったお方だということは間違いない』と言って頭を下げることができる雰囲気をつくらなければならない」と言ったのです。そのようにしてすべての人類が、私に向かって、「やはりあなたは神様の愛の中心者だ」と証することができるようにしなければならないのです。息子を送りながらもその死と引き換えで、私は前進しながら愛の旗を掲げて新世界のために出動するという、このような起源の日が「愛勝日」だということを知らなければなりません。
そのようにして、民族的、世界的な新しい愛の方向を立てていくことができる基準ができたので、「愛勝日」という言葉を使用するようになったのです。一月三日(午前)四時を中心として、三と四を合わせれば七数です。すべて合わせれば八数です。全体が新しい出発なのです。
公的な人は厳格だということを知らなければなりません。それで私は、お母様に、「お母様は知らなければなりません! 木の頂の芽は、高い所にあって、風が吹けば最も危険な峠を越えなければなりませんが、そのようにしながらも、その芽は育たなければなりません。どれほど苦痛であっても、公的な芽の時代には、根を深く下ろすために、台風が吹いて揺れるそのような立場でも、芽は育たなければならないということを知らなければなりません」と言いました。
それで、このような死亡圏を越えて、今から入っていく世界は、真の父母によって宣布された「愛勝日」の壁を中心として、それ以上は入ってくることができないという条件を立てることができる時になりました。先生を愛する限り、自分の生命よりも先生をもっと愛する限り、サタンはそこから先を侵犯することができないというのです。なぜでしょうか。興進が皆さんを身代わりして逝ったからです。その上で興進以上に真の御父母様を愛する自分となれば、そこにいたサタンはどうすることもできません。今まで、サタンが愛を支配してきましたが、今からは、神様が愛を支配するのです。
「愛勝日」を設定してあげることによって、原理結果主管圏と直接主管圏内から、サタンの愛によってふさがっていたものを取り除いてしまったのです。取り除いてしまい、神様の愛をもつようになれば、地獄であろうとどこであろうと境界線がなくなるのです。一番底まで、思いのままに下りていくことができるのです。
興進君が逝くことによって、この死亡の垣根を壊してしまうのです。それで、「昇華式」と言うのです。死は、落胆や失望ではありません。落ちるのではなく跳躍することです。昇華することなのです。ですから、統一教会の食口は、死に対する恐怖をもってはいけません。
真のお母様のみ言
これまで、皆さんが、興進の事故の知らせを聞いてよく知っているであろうと信じ、誰よりも精誠のこもった祈祷の祭壇を積んでくれたことに対して、母として心から感謝いたします。
昨年の年末の出来事でした。突然、科学者会議(科学の統一に関する国際会議)を終え、お父様は私に「私は韓国に行ってくるが、どのように思うか」とおっしゃった時、初めは「少し今年を越えてから行かれたらよいです」と申し上げました。その理由は、私としてはもちろん感じるもの、様々な予感があったのであり、今回の冬だけはお父様と子供たちが一緒にいてほしいという思いがより大きかったのです。それで、そのように申し上げたのです。お父様は説明をすべてされませんでしたが、お父様が行かなければならす、また行かざるを得ないみ旨をおいて、大きな摂理があるということを知った時、無言で従いました。
韓国で勝共大会を宣布されて日程が決まった時、特別精誠を捧げて祈祷するすべての方々の話は、「お父様の身辺に気をつけなければならない」ということでした。一言で表現するならば、生命にかかわる深刻な問題でした。
予定された日程どおりに無事に大会を終え、ソウルに上がってきた時、アメリカのミスター金(金孝律氏)から電話をもらいました。国民の積極的な呼応と勝利的な大会の結果をおいて、もちろん喜ぶ思いは大きかったのです。しかし、一方では、なぜか知らす重い影があるのをどうすることもできませんでした。
勝共大会を成功裏に終え、十二月二十三日午後五時ごろ、ソウルに到着した時、二時間前にアメリカから電話があったということでした。「いつお母様は帰ってこられるのか、もう一度電話する」と言ったというのです。電話の内容が何だったのかと聞くと、「説明がなくてよく分かりませんが、『急ぎのことだ』と言っていました」と言うのです。ちょうどその次の日は恩進の誕生日であり、私が外に出掛けてこざるを得なかったので、少し出掛けてから戻ってきました。外出してから家に戻ってきて調べてみると、興進が交通事故で手術室に入ったということでした。
何日か前に家に電話をかけた時、仁進と興進と電話で話をしました。興進に、「あなたは、冬休みの期間、何をするの?」と聞くと、興進が、「私は何をしたらよいでしょうか。お母様が願われるとおりにします」と言うのです。「それならば、どこかに行ったりするよりも、あなたが車を修理することにしたので、そのことをしなさい」と言いました。そのように言うと、「ベリータウンで、誰かが自分にオートバイをくれると言うので、それも修理しながら、冬休みの期間、家にいます」と答えたのです。「それならば、そのようにしなさい」と言ったのですが、その言葉が最後の言葉になりました。
二十二日に冬休みが始まり、冬休みになると同時に、オートバイをチェックしてみたくて、友達二人を連れていき、その帰り道でそのような悲惨な事故に遭ったのですが、ちょうどその時間が、光州で最後の勝共大会を開催する時間に相当していました。皆さんは報告を聞いてよく知っていると思いますが、その光州大会こそ、本当に深刻な大会でした。
韓国には、霊界と密接な関係をもっている食口もたくさんいますが、外で世の中と関係をもちながら霊界と通じている人々もたくさんいます。その人々は、みな一様にお父様を証し、言ってみれば、自分なりの精誠を尽くしています。その人々が、一言でお父様を証して言うのは、「真の御父母様が何もせずにいらっしゃったとしても、統一教会の食口ならば、何よりも真の御父母様の身辺に対して命を覚悟して守ってさしあげることが、統一教会と世界と人類と神様のための道になる」ということでした。
教会内の霊界に通じる人々が言うには、今回、興進がこのようになったのは、お父様の命をねらっていた三十六人のテロ集団が集中的にお父様を殺そうとしていたのに、その機会を逃したので、サタンは代わりに興進に襲いかかったということでした。それは、私が考えてみるとき、世界のサタンが総結集して、言ってみれば、最後の攻撃をしたのだと思います。
事故直後の昏睡状態にいる時、その興進の霊が韓国のある人のところに来て、「私はお父様の身代わりとして行きます」と言ったというのです。その時に、その食口が興進に向かって、「行ってはいけません。どうぞ行かないでください」と言うと、興進が、「いいえ、私は私の行く道を行かなければなりません。しかし、私は祝福を受けることができずに行くことが残念です」ということを言ったというのです。
今、言うべきことはたくさんありますが、けさ、ここに来る前に、韓国の霊通する食口から電話を受けた話だけをします。けさ、神様が直接その人を通して現れたのですが、「あなたがアメリカに電話しなさい。今、真の御父母様の心情は、平然としているように見えるが、特にお母様の立場はそうすることはできないだろうから、あなたが伝える言葉がお母様にとって慰労となればよいだろう」とおっしゃったというのです。
興進は、一言で言って男らしく立派に成長し、その反面注意深い面があって、父母の心情を読み取って、どのようなことをしてでも安らかにしてさしあげようとしたということを、一つ一つ例を挙げて説明してくださったそうです。
第一に、興進は、父母に対して犠牲の道理をすべて果たしていったというのです。第二に、兄弟間に和睦の道理を立てたということです。また、弟として、兄に対する愛を果たしたというのです。それは、アベルの責任を果たしたということです。
興進は、満十七歳、韓国の年齢で十八歳ですが、完全に成人になっていました。興進は、精神的にも肉体的にも完全に成長した男性です。神様が興進をそのように急成長させた理由があるというのです。彼がそのようになることによって使命が定められたのです。イエス様は真の父母の使命を果たすことができずにいきましたが、興進は、地上で真の父母を通じたイエス様の立場を完成する立場に立ったそうです。
興進が、きよう出発すれば、韓国には五日に到着し、八日に昇華式があり、それから三日後の一月十日から四十日間にわたって、神様の特別な復活の役事があるだろうということです。言ってみれば、実体復活期間となるのです。
事故の状況から見て、興進は事故が起きたその場で落命せざるを得なかったのですが、十日も引き延ばしたのは、お父様の祈祷と兄弟たちの懇切なる祈祷、皆さんの精誠、そして祝福を一身に受けていたからです。
神様は、ある一人の人を通じて私にメッセージを伝えられました。神様も興進に対してかわいそうに思われ、神様の心も興進を再び生かしたいという思いだったのですが、「今後、お父様にまた一つの危険が迫ってくるかもしれないとすれば、私はどのようにしたらよいのか」と言われながら、「私が興進を連れていく以外になく、直接興進を訪ねてきたのだ」とおっしゃったということです。
それで、その時、私は心を決め、心の中で興進に感謝の言葉を言いました。彼が生まれる時も三日目に死からよみがえったのですが、それも、アベルの立場でお父様の身代わりとなってそのような死の過程を経たという証拠がありました。ところで、最後にいく時も、父母に最大の孝道を尽くしていったのだなあということを思うとき、むしろ私の考えが足りなかったということを知るようになりました。(すすり泣かれる)
興進が昇華することによって、霊界と肉界がより一層直接的に真の御父母様と一つになり、摂理を完成するために拍車をかけることができる天の祝福があるということを知ったのであり、それによってお父様と兄を再び取り戻すことができたというその慰めが、きのう、最後に送るその席において、心を落ち着けさせたと思っています。
興進は決して死んだのではありません。皆さんと一つになって活動しますので、私は、皆さんが、興進の過去と今聞いたみ言を通して、より一層忠誠と孝道を天の前に尽くしてくれることを願う心で、少しお話をさせていただきました。
真の御子女様との心情一体
興進とイエス様が一つになるのです。それはカイン・アベルと同じです。先生の息子、娘の家庭と皆さんの家庭が完全に一つにならなければなりません。イエス様と興進の家庭が一つになるのと同じように、皆さんの家庭と統一教会の先生の息子、娘の家庭が完全に一つにならなければなりません。
レバレンド・ムーンの息子、娘は、なぜ苦労するのかというのです。学校に行けば、「レバレンド・ムーンはあうだこうだ」と後ろ指を指され、ひそひそ話をされて帰ってくるのです。それを知らなければなりません。皆さんがいくら統一教会のレバレンド・ムーンに反対するその痛みを受けたとしても、皆さんが受ける痛みは何でもありません。統一教会の先生が反対される時に受ける痛みと、父親が反対される時に受ける痛みとでは、比較することができないのです。
学校に行って、周りにいる外国の子供や反対する子供たちから父親に対するそのような話を聞き、隠れて涙を流す場面がいくらでもあったという事実を知らなければなりません。先生の悪口を言われてそのような痛みを感じながら涙を流す時が、皆さんにどれくらいあったのかというのです。反省しなければなりません。そのような意味では、息子、娘たちが心情的基準において高い位置にいるという事実を知って、貴く思うことができなければなりません。
そのような苦難の中で、「私はレバレンド・ムーンの息子として生まれなければよかった。私は統一教会の家庭にならなければよかった」と身もだえしている中で失敗したとしても、その失敗は、一つの同情できる内容だと思うのです。孝進のような人がそのような三角地帯で身もだえしたとしても、皆さんは、十字架を背負って受難と苦痛を受けたその事実に同情して、涙を流しながら祈祷し、代わりに祭物となったとしても感謝する心をもつことができなければなりません。
お母様と孝進君について話せば、孝進君がレバレンド・ムーンの息子だといって、一時は学校で反対され、その背後に蔑視する環境がたくさんありました。それを私は知っているのです。それを収拾することができなかった時、そのたびに私は、「私たちが責任を果たせないので子供の代で迫害を受けるのだ」とお母様に言いました。受けなければならないというのです。お母様が、痛哭し得る場面で感謝して受けなければならず、お父様が、涙を流さなければならない立場で感謝して消化をしなければならないのです。もし子供たちが行動を誤れば、そしてその責任を負って転換するようになれば、何倍の効果として返してくれるのです。それゆえに、私が話したことを信じれば、損にならないという話です。ですから、今後、孝進君が孝道を尽くせば、誰よりも孝道を尽くすだろうと思われるのです。統一教会の誰よりも忠誠を尽くすでしょう。お父様がどのようなお方か、すべて分かるのです。
そのような意味で、孝進君を誰よりも愛したお母様です! もちろん先生も愛しました。しかし先生は、愛しているということは言いません。すべてのみ旨の過程において、お母様が孝進君のために本当に多くの苦労をしました。多くの涙を流したのです。そのたびに、「私の言うことが正しいか正しくないか見ていなさい」と言いました。統一教会の行くこのみ旨の道が間違いない限り、孝進君は、私がこのような困難から抜け出る時に、必ず我知らずその位置に入っていくようになるのです。これが原理観だというのです。
三 ダンベリーの受難と真のお母様
脱税容疑裁判のアメリカ連邦最高裁判所上告棄却
アメリカ連邦高等裁判所が真のお父様の脱税容疑裁判に対する控訴審で原審どおりの確定判決を下したことに対し、これを不公正な裁判によるものという理由で、弁護人団は、一九八四年一月二十六日、アメリカ連邦最高裁判所に上訴した。四月九日、最高裁判所に検察側の意見書が提出され、四月十六日には弁護人側の意見書が提出された。
しかし、一九八四年五月十二日、アメリカ連邦最高裁判所裁判部は、上告を何の論評もなく棄却した。同裁判所は、相当数の宗教団体が今回の事件をいわゆる宗教の自由と関連づけ、判事たちに慎重に扱ってくれるよう促したにもかかわらず、その勧告を無視したまま、結局、原審確定(懲役十八ヵ月、罰金二万五千ドル)の判決を下した。
何万ドルの税金を出さないようにするために、陰謀して脱税をするでしょうか。今後アメリカは、この歴史的な恥をどこに行って隠すのですか。大変なことになりました。顔も上げることができないようになったのです。すべて記録が残っているのです。それをどのようにしますか。今後、皆さんは外国にも行くはずですが、統一教会の教会員になったアメリカの人々にとっても恥ずかしいことです。この恥をどのようにしますか。どのようにして、この国の子孫たちにこの恥を免れさせるのかというのです。
私の目は、法廷を見つめているのではありません。天上世界、神様の玉座に行く道と焦点を合わせるのに忙しいということを知らなければなりません。「一審の時はどうだった」と言って、むしろ私が弁護士を慰めてあげたのです。何がどうだこうだと言いますが、先生は、それをすべて超越した人です。弁護士は何か家族に不幸があったかのように言いますが、偉大なことを行う人は、監獄に入っていっても、そこを隣の家のように思わなければなりません。そのように思うのです。私は既に監獄生活をパスした人です。全く問題にならないというのです。
ただ問題は、正道の焦点を私の生涯とどのように合わせていくかであり、国と世界の前に、民族の前に、統一教会の信徒たちの前に、若い人々の前に、その正しい焦点を踏んでいくことができるようにするには、どうすべきかが問題でしょう。それが問題であって、ほかのことは問題にならないというのです。既に勝利していくのです。私が死ねば、その墓に花が咲き、白人たちが来て大声で激しく泣くであろうと思うのです。歴史的な悔い改めをしなければならないと思うのです。
皆さんが知っているように、その時は、ソ連共産主義のKGBを中心として、すべての怨讐が先生の生命をねらう時です。私の子供たちを拉致する計画があるという報告を私が受けているという事実を知らなければなりません。しかし、このような決定が出ることによって、すべての計画を中断しなければならなかったのです。
外的な面から見れば、世界的に統合運動を開始し、悪魔たちの攻勢を防御することができる良いチャンスだと思うのです。怨讐たちは、「レバレンド・ムーンはお金もたくさんあるので、ただレバレンド・ムーンを始末するよりも、その息子、娘を拉致し、お金を受け取ってから始末するほうがよい」と考えるのです。自分たちが利益を取って、その上でいくらでもレバレンド・ムーンを始末することができると考えているのです。そのような計画を、一年半という闘争期間において行動を開始すれば、愚かな人になるのです。また、内的に統一教会を見れば、団結することができる良い機会になるのです。
「愛天日」の宣布
アメリカ連邦最高裁判所による脱税容疑裁判の原審確定最終判決から四日後の一九八四年五月十六日、午前零時四十五分、アメリカ、イースト・ガーデンにおいて、真のお父様は、「愛天日」を制定され、五月二十日、ベルベディア修練所において聖日の説教をされながら、公式宣布をされた。「愛天日」は、真のお父様を十字架につけようとするアメリカを許し、真の愛で監獄まで消化されるという宣言とともに決定された。
イエス様は、死んでから三日間、どこに行ったのでしょうか。三日間、地獄に行ったのです。サタンの地獄世界に入っていって、愛の復活の日、主管権を立てる責任を果たさなければなりません。主管権を復帰しなければならないのです。ですから、地上の父母の権限を中心として、神様の愛を中心とした統治時代に越えていくという宣言をしなければならなかったのです。ここに宣布式をしなければなりません。皆さんは知りませんでしたが、天は、一九八四年五月十六日午前零時四十五分に、既に宣布式を行ったという事実を知らなければなりません。
さあ、それで、ここで先生が質問をします。立てておいたこの日が、今後再び侵犯を受けることなく、サタンが讒訴できる条件をなくすために、ここで私が質問するので、それに答弁してください。
初めにお母様に尋ねてみましょう。お母様は、み旨の前において完全にお父様と一つになり、生死を越えてでも行くことができる自信をもっているでしょう? (はい)。そうだと答えました。お母様が約束したので、今から、もしお母様が間違って失敗することがあったとしても、サタンが讒訴条件を立てることはできません。そのサタンの侵犯を防いでおかなければならないのです。
それから、孝進とお姉さん、幼い弟、妹たち、きのう話したとおりです。もし孝進、あなた自身が間違ったとしても、父と母、真の御父母様と完全に一つにならなければなりません。今から、もしあなたが失敗してサタンの讒訴条件に引っ掛かることがあったとしても、いくらサタンが侵犯してあらゆる悪いことをしたとしても、真の御父母様とみ旨の前には何の支障をもたらさないということを約束しますか。(はい)。
愛を通して、統一教会がそのことをするのです。それで、三十六家庭」を中心としたすべての祝福家庭は、完全に真の御父母様と一つになり、子女たちと一つになり、みな共に一つにならなければなりません。今までは、皆さんが間違えば父母が責任を負ってきましたが、今からは、父母が責任を負わないというのです。
興進は、霊界を中心として霊界地獄の撤廃運動をしたのであり、先生は、肉界地獄の撤廃運動をしました。私が監獄に行ったとしても、監獄を監獄と思いません〇監獄に行ったとしても、そこを監獄と思うのではなく、それ自体も天国の延長として見るのです。なぜでしょうか。地上地獄を撤廃したからです。地獄、監獄まで撤廃してしまったというのです。地獄、監獄までも天国圏に追い込んだのです。
そのような条件のもとで、真の御父母様の愛を中心として杭を打ち込まなければなりません。その杭が打ち込まれた日、サタンと神様の前に間違いなく杭を打ち込んだ日が何の日ですか。それが「愛天日」です。今から、神様の愛を中心として越えていくことができる時代に移っていくというのです。
このろうそくの火は、イースト・ガーデンに行ってつけてきたものです。十六日に宣布したので、その席でこのろうそくの火をつけてきたのです。ですから、この準備したろうそくにすべて火をつけますが、これは、家庭をもった人がもつことができるのです。これは何かというと、真の御父母様を中心として、天と一つになることによって愛の主管権が生じるということです。その主管権のための一つの象徴的なろうそくなので、結婚した家庭がもつのです。
それで、真の御父母様がこの「愛天日」を定めたその基盤を中心として、これを全世界的に、すべての祝福家庭が連結するのです。これは愛天のろうそくです。これには天の主管という意味があります。
それで、きょう、ここで名前を「一情祈祷会」と定めましょう。一つの情、一つの統一された情、心情的紐帯を結ぶ祈祷会だという名前で「一情会」です。ここから、今回の事件は全世界を結ぶのです。
ダンベリー出発前の祈祷
コネチカット州ダンベリー連邦刑務所に出発される前の一九八四年七月二十日午後六時四十四分、真のお父様は、イースト・ガーデンにおいて、真のお母様と真の御子女様方と共に祈祷されたのち、一人一人から敬拝を受けられ、激励のみ言を語ってくださった。
愛するお父様! きょう一九八四年七月二十日午後六時四十四分、この時間を期して、今、イースト・ガーデンを出発する時に、子女たちと共に全体を身代わりして、一つの式典をお父様の前に奉献しようと思いますので、お父様、受けてください。
行く道が険しくともあなたが生きていらっしゃることを知って、あなたが導かれる道に従って有終の美を備えなければならない最後の峠に向かって前進する道において、耐えて、悲しみを抑えながら行かなければならない立場を受け入れてくださるよう、懇切にお願い申し上げます。
今、お母様を中心として、幼い子供たち、十二人の息子、娘をここに集め、また孫たちをここに集めて、お父様の前にお願いいたします。今、お母様を中心として、特に孝進と譽進が一つになってお父様の苦労の道を身代わりする立場で十字架を背負い、お父様がすべての重荷を下ろして出てくる時まで、受難の責任と重要な責任、お父様の仕事を代役するにおいて彼らを立てますので、お父様、協助してください。
私がこの地域を離れたとしても、私の家族を中心として祝福家庭が完全に一つになり、祝福家庭の子女たちが完全に一つにならなければなりません。さらには、興進君が、悲しみながら残したこの家庭を保護することを知っておりますし、イエス様と霊界全体が、この恨を解くための総攻撃的進軍をして、ここに全面的に協助することを知っております。
私は、心の重荷を負ったのでもなく、心の苦痛を感じているのでもありません。その場に行ってもお父様に侍り、堂々と、私に任せられた行為を果たすにおいて恥ずかしくないように責任を全うしなければならないことを知っておりますので、お父様は御心配することなく、さらに家庭を守ってくださり、教会を守ってくださり、外部のキリスト教を守ってくださり、このアメリカと自由世界を守ってくださり、あの共産世界まで救いの道を開くことができるようにしてください。
そこはあなたが残された領土なので、私がそこを管理し、そこを調べ、そこを視察するために行く立場で行こうと思いますので、祝福してくださるよう懇切にお願い申し上げます。そこを管理する所長から職員全体が一致協力するようにしてくださり、新しい霊的雰囲気がそこに現れるようにしてください。
静かな夜明けの冷たい風がよぎるそこに、神様の恩賜を下してくださり、朝日の光に輝く露のように、お父様の誇りの栄光が芽生えるように祝福してくださることを願いながら、再びこの場で出会う時まで祈祷することができるようにお願いいたします。その祈祷を、私がこの人々と共に祈祷しているのと同じように受けてくださり、毎週の敬拝の時間を祝福で施してくださり、心配してくださるよう再度お願い申し上げます。
より願うことは、ここで真の御父母様と息子、娘が一つになり、祝福家庭が一つになり、統一教会が一つになり、既成教会が一つになり、自由世界が一つになって、あなたの本然のみ旨を成すことができる真の御父母様の立場を求め、栄光で侍ることができるその日を心の奥深くに大切にしまっておきながら、力強い歩みを踏み出しますので、お父様、記憶してください。
万万世の恩賜と愛が共にあることを信じながら、すべてのみ言を真の御父母様のみ名によって祝願いたしました。アーメン。
ダンベリーの受難期間の真のお母様と真の御子女様方
今回、先生が有り難く思っているのはお母様です。ダンベリーを中心として、お母様は、心情的に何度も深い次元の谷間を経験しただろうと思います。幼い時に出会い、その時から平衡線に上がってくる人生でした。そのように生きてきたので、基準が少しずつ上がってきているのです。それ以前は、心情の深い谷間を体験することができなかったのです。先生がダンベリーに行って離れてみると、先生の貴い価値が分かるようになったのです。女性の夫に対する寂しい事情がどうだということが分かったのです。
先生がダンベリーに行っている時は、お母様にとってどれほど幸福な時間だったか分かりません。手を取り合って歩いた時を慕わしく思いながら、面会時間になれば間違いなくそこに来たのです。その時間にお母様が来れば、お父様がどのようなことで刑務所に入っているかということは考えもしません。その方は夫だというのです。それが真の愛です。夫が監獄に入っているのですが、妻が正々堂々と訪問するのです。罪なく入ってきたので、どれほど正々堂々としていますか。恥ずかしいことではありません。それは、歴史をおいて誇ることができるのです。
先生が行く道は、受難の道があったとしても行かなければなりません。それゆえに、家族をみなアメリカに引っ張ってきて、子供たちは韓国語も分からない子供になったのです。見てください。あの物心がついていない子供たちをアメリカに連れてきたのですが、父だということでついてきてみれば、アメリカ政府に追われてダンベリーの監獄生活をする、世の中から見れば体面が立ったでしょうか。ですから、お母様が私のために苦労したのです。
監獄を信じることができますか。今、全世界の共産党がねらっている局面だというのに。それは、真っ裸になって原野に横たわっているのと同じ立場です。お母様は、涙を流しながら、そのダンベリーに毎日のように通いました。お母様がみ旨を知らなければ、夫であろうと何であろうと投げ出していくらでも逃げだすことができるのです。イースト・ガーデンで暮らしながら、涙を流さなかったと思いますか。聖日の朝五時に敬拝式をして祈祷する時には、涙を流したのです。子供たちも涙を流し、みなそのようにしたのです。何ゆえにそのような涙を流すのかというのです。
先生はお金もあります。権威もあり、知識もあります。人々を指導することもできます。ところが、なぜ私がアメリカに来たのかというのです。なぜレバレンド・ムーンが闘いを好む人になったのかというのです。なぜでしょうか。それは、ただ神様のみ旨だからです。私は、神様のみ旨を注視する眼鏡をもっているのです。
今、アメリカの状況はどのようになっていますか。神様はそれを喜ばれません。神様だけが、その困難を克服することができます。誰もそれを信じませんが、私はよく分かっています。レバレンド・ムーンだけが分かっているというのです。なぜそのように多くの迫害を受けながら、ここに立っているのでしょうか。皆さんは、これを必ず記憶しなければなりません。
それで、先生がダンベリーでしたこととは何でしょうか。父母が道をすべてふさいでしまったので、(一九八五年)二月一日、午前三時、先生とお母様が、ダンベリーとイースト・ガーデン、地獄から霊界まで直通するハイウェイを築く式(「開天門の日」宣布)を行ったのです。それによって、地獄にいる人々がその道を通って上がってくることができるようになりました。道が開かれたので、自分たちの先祖が地獄に下りていって蕩減してあげるようになるのです。教育をして、一段階一段階、引き上げていくのです。
極と極の立場を連結させます。極とはどのような極でしょうか。平衡の極ではありません。垂直的な極です。これを連結させることのできる立場においてのみ、初めて一つの解決点が生じるのです。霊界と肉界を連結させるのです。二月一日午前三時を中心として、ダンベリーとイースト・ガーデンを中心として、そのような基準を立てたのです。
ダンベリーでの最初の面会後の真のお母様のみ言
真のお父様がダンベリー刑務所に入所された翌日の一九八四年七月二十一日、真のお父様に面会して帰ってこられた真のお母様は、ニューヨークのイースト・ガーデンに集まった食口たちに、「お父様の代身者になろう」という題目のみ言を語ってくださった。
きのう出発される直前、お父様は、御自分が住まわれていた部屋の中を見回されながら、過ぎし日を回想するかのようにされ、手あかのついた一つ一つのものを真心を込めてなでてから出てこられました。お父様は、淡々とした姿勢を見せられましたが、妻である私は、平然としようと努力しても、そのようにすることができませんでした。私がお父様を慰めてさしあげなければならなかったのですが、むしろ私がお父様から慰められました。そのようにお父様を送り出さなければならなかった私自身の無力さが、この上なくもどかしく感じられました。
きょうは、いち早く、子供たちと一緒にお父様に面会するために行きました。お父様に会ってから二時間ぐらいすると、そこの看守長という責任者が来て、「十二時が過ぎたら席を外してもらえるか」と言ってきました。ちょうどその時、何はともあれお父様に昼食を召し上がっていただかなければならないと思って、サンドイッチを召し上がっていただいてもよいかを聞くと、「そのようにしなさい」ということでした。それで、孝進にサンドイッチを買ってこさせてお父様に差し上げました。
そのようにしていると、きょう一日は、お父様のなさる仕事が何もないではありませんか。それで、あまり早く出てくるのもいけないと思って、三人の子供は先に帰しました。そして、機関にいる人々がお父様と交わす話があるということで、少し席を外してあげなければなりませんでした。孝進を通して、隅のほうで待っていてもよいかと伺ったところ、「そのようにしなさい」ということでした。
私は、お父様のそばを離れたくなくて、何度もドリンクを買って飲んだり、電話をかけるために小銭を替えたりしながら時間を引き延ばしました。そのようにして、わざと時間を長く遅らせました。
お父様は、サンドイッチを召し上がりながらも、「神山氏が一人で長く待っているはすだが、私だけこれを食べるので、のどを通らない」と、神山氏のことを思われるのです。それで私が、「神山氏は、あした面会がありますから、心配なさらすに召し上がってください」と言いました。
そのようにしているうちに、ケース・マネージャーが来たということで、その人に会いました。そこに入ってくる人は、誰もが仕事をしなければならないようです。お父様も仕事をしなければならないのですが、工場のような所に行かれるようになれば、このように面会に来て奪われる時間を補充勤務しなければならないということです。
そこでは八時間労働をするようになっているのですが、短い時間の間に受け持った仕事をさっさと片づけてしまう仕事場を受け持ったらどうかと尋ねてきたのです。受け持った仕事を早めに終えて、自由時間を継続してもつほうが良いではないかと、様々な面から便宜を図ろうと努力してくれました。親切で有り難い人だと思いました。
彼らも、お父様が来られる前にもいろいろと考えていたようです。普通の方とは違うので、正しくお迎えしなければならないと考えている姿を見ました。しかし、彼らの中にもお父様に対する偏見をもった人がいるかもしれないので心配になります。
私たちに、「何日か過ぎてから来なさい」と言いました。お父様のために、一人の息子が霊界から積極的に保護してさしあげていると思うと、少し心が楽になりました。また、今、お父様はイースト・ガーデンにいらっしゃいませんが、孝進がお父様の代わりに責任をもつ立場で私たちによく侍り、「自らの本分を果たします」と繰り返し申し上げながら、お父様に、「心を楽にしてくださり、安心していらっしゃってください」と慰労してさしあげる時は、この上ない喜びを感じました。
私自身、一つ希望に思えることは、それが法的にどのようになっているのかは分かりませんが、仮釈放というものが三ヵ月後に可能なようです。仮釈放が可能かどうかに対する最初の対話がすぐにあるということです。そこの機関員がそのような話をしてくれながら、「レバレンド・ムーンに対する仮釈放問題は相当に重要で、関心ある問題になるだろう」と言っていました。その時のそのような様々な態度を見て、お父様にとても協力的な人だという良い印象を受けました。
そこに入っていけば、一週間はオリエンテーションを受けるということです。ところで、ほかの人々、入所してから何力月かたった人々を見ると、囚人番号がありませんでした。ズボンの後ろ側に番号があるのですが、何度も洗っているうちに消えて見えなくなっていたのです。お父様は、入所してから一日しかたっていらっしゃらす、まだ番号を受けていらっしゃらないようでした。お父様が囚人番号をつけて歩くことを思うと、この上なく耐え難い思いになりました。いったい、お父様が何の罪を犯したということで、刑務所に入っていかなければならす、凶悪犯などがつけて歩く囚人番号を受けなければならないのでしょうか。
何よりも心配になることは、お父様がそこで生活する間に起こるかもしれない不慮の事故、すなわち身辺問題でした。私が心配すれば、常にお父様は「心配するな」とおっしゃいます。超然とした態度で、むしろ私を安心させてくださいました。
お父様がお休みなって生活される部屋は、四十、五十人ぐらいが寝起きすることのできる所だということです。現在は、四十数人が一緒に生活しているということです。お父様は、神山氏と共に二段ベッドを使用なさるそうです。それは、そこの責任者の配慮があったからだそうです。
お父様の横のベッドで生活する人が、朝来てあいさつをしながら「握手しましょう」と言って、お互いにあいさつを交わされたそうです。ちょうどその人も、夫人が面会に来て面会室に現れたのですが、ミスター金がお父様と話をしている間、その人と少し話を交わすことができました。その人は私に、「きょうの朝、レバレンド・ムーンとあいさつをしました。今から毎日一緒に運動をするだろうし、レバレンド・ムーンのおなかの肉も取ってさしあげる考えです。また、英語も教えてあげます」と言ったのですが、この上なく有り難く思いました。
今でこそ皆さんに言いますが、お父様がダンベリーに出発される時は、本当に大きな挫折と痛みを味わいました。生き別れするかと思うと、目の前が真っ暗になって全身の力がすべて抜けていってしまいました。それで、お父様に向かって「私は、本当にこのようになるとは夢にも思いませんでした。まさかお父様がダンベリーにまで行かれるとは思いもしなかったのですが、このように現実として訪れてくるのを見ると、今、私自身もどうすることもできません」という内容の言葉を申し上げざるを得ませんでした。しかし、きょう一日中お父様が子供たちと対話されながら、また、「私は現実の中でも絶対に損をしないので、心配するな」と重ねてお願いされるのを聞き、心を少し楽にすることができました。
お父様は、私に、「今から成されることを見て、今後、いくらでも感謝の祈祷を捧げなければならないだろう」とおっしゃいました。お父様のみ言の中には、苦難を勝利に変えてしまおうとされる意志が確固としてあり、「むしろアメリカと世界が救援を受けることができる道が開かれるだろう」とおっしゃいました。
現在、皆さんに内的な決意をすべて話すことはできませんが、これまで外的な面において私が目立って活動したのでもないので、皆さんが一致協力して助けてくださらなければなりません。突然お父様の仕事を引き受けるようになり、心の準備もしなければならないので、少し時間をもちたいと思います。そして、この期間は、子女たちをお父様の立派な子女として教育して立てたいと思っています。特にお父様の願いがあったのですが、「孝進を教育する時間にしなさい」ということでした。
また、内的な面で直接判断し、教会のことや、今までお父様が心血を注いで推進してこられた人類救援の事業に対して、すべての報告を聞いて対策を立てていこうと思っています。いつもお父様がいらっしゃる時と同じように、朝、全員来てください。毎朝会って話し合う中で一日を出発し、成されることに対して成果を検討していこうと思います。
皆さんが、受け持った分野において責任を全うして大きな実績を積めば、お父様は、ダンベリーにいらっしゃる間に多くの慰労を受けられるでしょう。また、それが、子女の道理を全うすることだと思います。すべての人がお父様の代身者となって、お父様がお喜びになることができる孝子、孝女となってくれればと思います。
ニューヨーク地区の中心食口集会
一九八四年七月二十二日、ニューヨークのイースト・ガーデンにおいて、真のお母様は、ニューヨーク地区の中心食口が集った聖日の夕拝を通して、ダンベリー刑務所に面会に行ってこられた内容を中心として、「誇って、見せてさしあげる実績をもとう」という題目のみ言を語ってくださった。
真のお母様のみ言
私が思うとき、これまで皆さんは、とても多くの愛のみ言を受けてきました。その価値と比重は計ることができません。皆さん自身をおいて考えてみてください。真実の命令一つだけおいてみても、皆さんは責任を全うしたとお思いになりますか。今までしてきたとおり、会議も良く、み言を聞くのも良く、再度決意することも良いのですが、今はもう、皆さんが何かお父様の前に見せてさしあげる実績をもたなければならないと思います。
一九八四年七月二十日は、本当に、永遠の歴史の中から取り去ってしまいたい日でもありました。お父様は、ダンベリーに出発される瞬間から皆さんを激励され、皆さんに希望を吹き込んでいかれました。
二十日の晩十時にイースト・ガーデンを出発して、キャンプ・オフィス(ダンベリー刑務所)までお連れしてさしあげました。何度も唇をかみしめながら、心を強くもたなければならないと誓いましたが、我知らす流れてくる涙を抑えることができませんでした。
車から降りられる前までも、御自分の前に迫ってくることに対しては少しも心配なさらす、むしろ私を慰めるためにすべての神経を遣っていらっしゃるのを見るとき、私はどうしてよいか分かりませんでした。
お父様が入っていかれると、警備員たちが、「あの方はわなにかけられました(He is in the trap)。あの方がわなにかけれたことははっきりとしています」と言っていました。
お父様は、出発される前に、「私は監獄まで解放するために行くのだ」とおっしゃいながら、「私のために泣くのではなく、み旨成就のために祈祷しなさい」というみ言を何度も語られました。なぜかその言葉を聞く時、自分でもどうすることもできない抑えられない悲しみが込み上げてきました。なぜ私がこの話をするのかというと、皆さん全員に、「本当に責任をもって仕事してください」というお願いをしたいからです。真の父母と同時代に共に呼吸しながら、共に働いた皆さんは、歴史の記録となるでしょう。しかし、このようになった事実をおいてみるとき、皆さんは、皆さんの子孫に何か言う面目があるでしょうか。
最低の立場から出発した統一教会の歴史は、国家的基準を越えて、世界的基盤と言うことができるアメリカで十四年間役事してきました。
けさ早く、お父様が私に電話をかけてこられて皆さんにお願いされたことは、ほかでもなく、「神様の召命を受けた者として、キリスト教にのろしの火をつけなさい」というみ言でした。
お父様に対する自由の保障は、皆さんの意志にかかっているのです。今は、神様が私たちに下さった最後の機会だと思います。今まで成してきたことと、また、今指示しているすべての内容を、精誠と積極的な活動で必ず成就させてください。皆さんの精誠に神様が感動され、サタンが降参し、歴史は新時代を迎えるでしょう。お父様のみ言は、「今後四十日以内で、神様が役事なさることのできる祝福の期間をつくりなさい」ということでした。
お父様がお願いされたことの中の一つは、今、アメリカでは多くの日本の食口が来て活動しています。韓国の幹部はもちろんですが、特にアメリカの食口たちは、日本の食口と一つになりなさいということでした。お父様は、避けることができない牢獄の身となられ、苦痛を受けていらっしゃいますが、日本の食口たちは、この時代において、世界的な経済的十字架を背負っています。そのような点から見るとき、この機会は、アメリカの食口の皆さんが日本の食口と一つになることのできる機会なのです。「この機会を皆さんが逃せば、歴史をおいてどのように言い訳することができるのか」とおっしゃっていました。
それでは、最初の日に面会した内容を報告いたします。譽進、孝進以下、上から六人の子供たちを連れて、朝八時に面会に行きました。
お父様が出てこられる前に面会者名簿に署名し、心の中で、お父様を待つ私の姿がどうなのかと、焦る思いで隅に場所を取って座っていたのですが、出てこられて最初に御覧になった人がデイビッドでした。お父様は、デイビッドに握手をされてから私と子供たちが座っている所に来られました。その心や表情を見ることはできませんでしたが、お父様はとても自然でした。
皆さんは、お父様がどのような姿で出てこられたのかが最も気になるでしょう。一言で簡単に表現すれば、濃いベージュ色系統、力ーキ色というよりもベージュ色が強い予備軍のような服装をしていらっしゃいました。履物も、もちろんそこで出してくれる履物を履かれ、それは、コットンとポリエステルを混ぜた布で作ったようなスリッパに似た青緑色の履物でした。
朝八時三十分から面会が始まったのですが、その日だけは、朝の食事が十時三十分に始まるということでした。それで、食事を召し上がることができなかったのですが、食堂はカフェテリアだということです。それで、「何か少し召し上がらなければならないでしょう」と言うと、「あー、私は食べてきた」とおっしゃるのです。それで、「まだ朝食が始まっていないのに、何を召し上がったのですが」と聞くと、クッキ−とティーなどを召し上がってこられたということでした。それで、「それでは、どのようにして召し上がったのですか」と聞くと、その横にいる方々が、それぞれ来て、「これも召し上がってみてください」「あれも召し上がってみてください」と言って何でも持ってきてくれるので、食事をなさったというのです。そのように与えたいと思い、助けてさしあげたいと思う、そのような雰囲気だとおっしゃいました。
一晩を過ごされたのですが、その中に一緒にいる人々がレバレンド・ムーンにとても積極的で協助的だという報告がなされたようです。一つの部屋に四十、五十人がいるので、全員がみな良いと言うことはできないでしょう。ですから、私たちが多くの精誠を尽くして、霊的にでも最善を尽くさなければならないという気がします。
ところで、本来そこは、女性の囚人たちのために造られていた所ですが、女性の囚人が少ないので男性の収容所にされたということです。それで、お父様が出てこられておっしゃったことは、「男性のためのトイレが一つもなく、すべて女性のためのトイレだった」ということです。
けさ、お父様は電話で、「私は食堂で仕事をするようになった」とおっしゃっていました。
私が知るには、入っていかれた日、ベリータウンから何人かの食口がアメリカの国旗をもってきて、お父様の乗られた車が過ぎる直前に、そこに横になって絶対に入っていくことができないようにしようとしたということです。それで、ようやくやめさせて帰したということです。そのようにしてでも入っていかないのであれば、私たち全員でそのようにするかもしれませんが、そのようにすることができないところでは、そんなことをしても何の助けにもならないと思います。
お父様の天的な使命と全体的になしてこられた業績など、様々なことを見るとき、その場所に長くいらっしゃるようにすることはできません。一日が急がれます。皆さんの精誠が天に届き、神様が生きてレバレンド・ムーンに直接役事なさることを、満天下に見せてあげる役事が継続して起こり、未来の歴史に大きく記録されるように、受け持った仕事を、最善を尽くして一生懸命にしてくださることを願います。
指導者会議
一九八四年七月三十一日、アメリカのニューヨーク、ベルベディア修練所において開催された指導者会議の席上で、真のお母様は、「内外が一つになって責任を完遂しよう」という主題のみ言を語ってくださった。
真のお母様のみ言
今まで、皆さんは一生懸命に活動してこられたことと思います。お父様は、「次に備えた目標と計画に対する指導者会議を、きよう緊急にもちなさい」と指示されました。
私の生涯の目的はただ一つだけです。すなわち、私は、いかにしてきのうよりもきょうをより感謝する心で生きていくかということです。日ごとに感謝する心をもつことが、私の人生の目標でした。
私は、神様に向かう信仰生活をするにおいて、より真なる道とはどのようなものかということを常に考えてきました。私たちが、神様のみ旨をはっきりと、そして確実に知ることができる方法を知っていれば良いのですが、時々、それが分からなくなって挫折したりします。それは、人間だからではないかと思います。したがって、神様に対する絶対信仰をもつにおいて最も良い方法は、神様とお父様のみ旨に従順に従うことだと思います。
お父様がダンベリーに出発される直前におっしゃったことは、「不平を言ってはいけない。立てられた位置で感謝し、感謝することによって完全に一つになれば、大きな奇跡が起きる」ということでした。
お父様の歴史を、皆さんはよく知っていらっしゃいます。お父様は、侍られるために来られました。もし世の中の人々がいち早くお父様を受け入れていれば、お父様の路程は、今日とは異なって展開していたでしょう。しかし、お父様は、世の中の人々から反対されながら、寂しい苦難の路程を歩んでこられました。
しかし、はっきりとしていることは、いかなる反対と迫害があろうとも、お父様は神様のみ旨を成してこられたということです。お父様は、常に天のお父様のみ旨のために全体を投資してこられ、ほんの少しも退かなかったというのです。
皆さんは、先輩たちの証を聞いて、お父様が過去において歩んでこられた路程をすべて知っています。言ってみれば、誰にも負債を負わす、逆にほかの人々に負債を負わせながら生きてこられたのです。そのようにして、常にほかの人々のために生きてこられたのです。
お父様がダンベリーに行かれるとき、私はお父様が心の中で悲壮な決意をなさっているのを感じました。もし、人間たちが自らの責任分担を正しく履行していれば、お父様は、このように難しく、大変な道を歩んではこられなかったでしょう。反対と苦難の道の代わりに、勝利者としての栄光の道があったでしょう。しかし、お父様は、到底言葉で言い尽くせない苦難の道を歩んでこられました。いったんその道が運命の道だと思われながら、常に御自分のことは忘れて神様を慰労し、その状況の中で最善の道を通して、神様に喜びを捧げながら生きてこられました。
お父様がダンベリーに収監されていらっしゃる間、私は、何度かお会いするために行きました。先日の指導者会議の時に皆さんもお聞きになったように、お父様は、「この四十日の間に、私は奇跡を起こさなければならない」とおっしゃいました。お父様は、面会に行く私と子供たちを慰められ、勇気を植えつけるために努力もされました。お父様は、私たちに、「私の生活は心配するな。断食や祈祷することよりもずっと楽だから」とおっしゃいました。
お父様は、また私たちにおっしゃいました。「二千年前、イエス様は二人でゴルゴタの丘を越えていかれた。その時は、誰の助けもなく理解もない中を一人で行かれた。甚だしくは、弟子たちからの同情もなかった。今、私には、多くの支持者がいて、宗教指導者たちもいて、世界の至る所に理解してくれる正義の勇士たちがいる。だから、レバレンド・ムーンは、一人ではない」とおっしゃいながら、私たちを安心させられました。
皆さんも知っているように、お父様は、何年間も私たちに向かって「世界復帰のために、何万人の指導者が必要だ」と、繰り返し語ってこられました。しかし、残念にも、私たちはそのようにすることができませんでした。お父様は、「今がその時だ。アメリカの牧師たちを通して、その数を復帰する機会だ」とおっしゃいました。
私は、皆さんが、ワシントン大会の結果を通して、その目的を達成することができるという自信をもったと思っています。きょうの会議の目的は、ワシントン大会の勝利をアメリカ復帰のための国家的次元に高めようということです。
そのためにまずしなければならないことは、四十日間の「一情祈祷会」を通して、勝利の四十日にすることだということを知らなければなりません。お父様は、モーセの立場で山(ダンベリー)に行かれました。群集(私たち)を導いていく立場に立っていらっしゃるのです。すべての人が一つになって、固い信仰を見せてさしあげなければなりません。特に今は、イースト・ガーデンの真の家庭を中心として、すべての祝福家庭が一つになることが内的な統一です。外的統一は、私たちがすべての宗教団体と一つになることです。
現時点において、私たちの活動における先輩である金元弼先生と郭錠煥牧師、朴普煕総裁が教会活動を指導するにおいて、内的にも外的にも完全に一つにならなければなりません。これが、お父様の第一の指示のみ言でした。言い換えれば、「内外が一つになって、責任を完遂しなさい」ということです。
第十三回「科学の統一に関する国際会議」開会式
一九八四年九月二日、アメリカ、ワシントンD・Cのマリオット・ホテルにおいて開催された第十三回「科学の統一に関する国際会議」の開会式で、真のお母様は、「そのお方は神様と人類のために生きてこられたお方」という主題のあいさつのみ言を述べられた。
真のお母様のあいさつのみ言
尊敬する議長、著名な学者、そして紳士、淑女の皆様‐・ 私は、第十三回「科学の統一に関する国際会議」に来られた皆様に、歓迎の言葉を述べさせていただくことをとても喜ばしく思います。
この会議が、毎年開催されるたびに、より重要になり、より成果のある集いになっているのは、まさしく皆様の積極的な参与と、絶え間ない努力のおかげです。
私の夫は、きょうこの場に参席することができないので、私をして、今回の会議に参席するために来られた皆様全員に深い感謝の意を伝えてほしいと語られました。
今回の集いは、私においては特別な意味をもつものなので、私の夫である文鮮明牧師の活動とそのビジョンに関して証言をする機会にしようと思います。
私の夫は、自分自身のために生きていません。そのお方は、神様と人類のために生きていらっしゃいます。しかし、そのお方は、連邦刑務所に収監されていらっしゃいます。
皆様の中で、なぜ文牧師は監獄に行かなければならなかったのだろうかといぶかしく思われる方もいらっしゃるでしょう。私は、これに対して、そのお方は、神様の召命を受けたお方であり、既にその全生涯を通して迫害を受けてこられたということを述べさせていただこうと思います。
一九七一年、そのお方は、アメリカに来てキリスト教の信仰心とアメリカの建国精神を復興させるようにという神様の召命を受けました。
韓国で暮らしていた時に私におっしゃったことは、「自分はアメリカから迫害を受けるようになるかもしれず、また監獄に行く苦難までも耐え抜かなければならないかもしれない」ということでした。それにもかかわらず、そのお方は、「全世界の生存はアメリカがその責任を果たすか果たさないかにかかっているので、神様から受けた使命を成就するためには、アメリカに行かなければならない」とおっしゃいました。
この十二年間、そのお方は、この国と世界のために、深い心情と自らの霊魂、そして多くの汗と涙を注いでこられました。
私は、このように重大な時点で、私の夫がアメリカの宗教の自由のために注目される立場に立つようになったことを、神様の前に感謝いたします。
アメリカは、ついに霊的覚醒が起こり始めたのであり、キリスト教の統一運動も同じように事実化されてきています。このすべての目標は私の夫にとってとても重要なものであり、そのお方は、この目標のために生命まで捧げようとしていらっしゃいます。
私の夫は二人ではないと感じています。そのお方は、神様がこの国を祝福されるように、監獄において祈祷していらっしゃいます。そのお方は、宗教の自由のための闘争を導く特別な責任を賦与されたことを、神様の前に感謝していらっしゃるのです。
私は、文牧師の妻であり、そのお方の子供たちの母であり、そして神様を固く信じる信者であることを誇りに思います。私の夫と家族、そして私たちの運動が苦難に置かれているこの時に、皆様が送ってくださった慰労と愛と声援、そして何よりも皆様の祈祷に対して、深い感謝を申し上げます。私の夫も、私と共に皆様全員に深く感謝していらっしゃいます。
「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)は、私の夫にとって、常にとても特別な意味をもつものでした。
本会議は、この地上に神様の国を建設するために寄与する事業の中で、最も重要な模範事業の一つになっています。全世界の各地域から、そしてすべての学問領域の学者たちをこのように一箇所に参席させることができるということは、ほかのいかなる機関もできないことであり、世界の問題を扱って解決することができる可能性を見せてくれているものです。
この時間、私が最も懇切に熱望し、お祈りすることは、皆様が「科学の統一に関する国際会議」の意義と事業を継続的に支援してくださり、学者世界の重要な責任を活気をもって成就される方案を絶え間なく模索してくださることを願っているということです。もし皆様がそのようにしてくださるならば、それ以上に私の夫を喜ばせてさしあげるものはないと思います。
私の夫が毎年伝統的に行ってきた創設者の演説を、長男である孝進君をして代わりに行わせていただきます。皆様が、私の息子をして父のメッセージを代読するように許諾してくださったことに対して、心から感謝申し上げます。
日本食口父母招請の集い
一九八四年十月十日、アメリカのニューヨーク、イースト・ガーデンを訪問した日本の食口の父母たちに、真のお母様は、「神様の愛が日本と共にありますように」という歓迎のみ言を語ってくださった。
真のお母様の歓迎の辞
私が皆様にお話ししようとすることは、外的な日本ではなく、内的な日本に対することです。今、神様の摂理を成すにおいて、日本を先頭に立てて活動している統一運動の内容を見れば、日本は、神様と近い関係を結んでいます。また、日本は、真理と愛に根ざして神様のみ旨と一体となったということと、神様の心に最も近い国として常に愛を受けていると言うことができます。
これが日本を世界の中で外的に繁栄させている原因ではないかと思います。しかし日本の外的な発展は、摂理的な一時のことです。この時代が過ぎれば、またどのようになるかは誰も知りません。それは、歴史を見れば常に知ることができます。
ところで、皆さんが神様の前に感謝しなければならないことは、皆さんの子供たちが神様の前に父母と一つになって活動しているという事実です。特に、理念に基づいて築いた因縁は、時間がいくら経過しようと、年が変わろうと千万年消えないものであり、一つの貴重な贈り物として残るようになるのです。そのような愛の贈り物を神様から受け取ったということを切実に悟ってくださるようお願いします。
皆さんが御存じのとおり、今、文先生は、歴史的に最も重大な路程を歩んでいらっしゃいます。将来の歴史家は、この事件、すなわち文先生が今なされていることこそ、神様の前に永遠に切れることのない偉大な功績と実績を成してさしあげる最も偉大な瞬間であったということを、必ず証明するようになるでしょう。
今、皆さんを歓迎しながら、一方ではうれしい気持ちなのですが、もう一方では、文先生がいらっしゃらなくてつらく悲しい側面もあります。一人の女性として、そのお方の妻として、痛みの心を感じるのは、私としてもどうすることもできません。
皆さんが、今回の旅行を通して、この天宙的な最後の闘いにおいて、必ず最終的な勝利を収めようという固い決意をしてくださることを願います。文先生の歴史的な闘争の隊列に皆さん自身も参与するという思いで、今回のアメリカ旅行の意義を深く心に刻み、日本に帰っていかれて、その志を伝える皆さんになってくださるならば、それ以上願うことはありません。
皆さんの今回のアメリカ旅行が、神様と皆さんの間で深い愛として発展し、永遠の生命を得ることができる機会となることを心から願う次第です。
第二十五回「子女の日」慶祝行事
一九八四年十月二十四日(陰暦十月一日)、アメリカのニューヨーク、ベルベディア修練所において挙行された第二十五回「子女の日」慶祝礼拝の席上において、真のお母様は、祝祷をされ、「責任を果たす子女となろう」という主題で記念の辞を語ってくださった。
真のお母様の祝祷
愛するお父様! きょう、「子女の日」に、全世界の統一家において、ダンベリーとこのベルベディアに向かって式典を挙げていますので、興進君をはじめとする天軍天使、多くの聖なる霊と霊人たちを動員なさってこの場を聖別してください。あなたが親しくお座りになる中で、きょう挙げるこの式典を受けてください。今から挙行するこの式全体の上に、あなたの喜びが満ちあふれることを祈願いたします。また、真の御父母様を式典に捧げます。
お父様! この日は、一九八四年十月二十四日、陰暦十月一日、回数おいて二十五回目を迎えるようになった「子女の日」です。この日を仰いであなたを慕うすべての場所において、お父様の満ちあふれる愛と恩賜を等しく与えてください。
お父様! ここに集まった小数の群れは、あなたの貴く大きな哀れみと愛の中で召命されてから数十年を過ごしてきました。きょう、二十五回目を迎える「子女の日」に、天の前に真の子女として、召命を受けた者として、頭を上げることができない罪責感と重い心をもってこの場に来ました。
愛のお父様! 再度お願いいたしますので、この場で座り込むことなく、あなたの貴く大きなみ旨に向かって一歩飛び上がっていき、誇らしい息子、娘の姿として立つことができる固い覚悟と決意をすることができるこの時間となるようにしてください。再度、父と息子間のこの困難を越えることができるようにしてください。
お父様! 私たち全員が、過ぎし日の覚悟を回想し、その責任を全うすることができなかったことを自責しております。私たちは、お父様の前においてもっているものがなく、不足で意気地のない群れでしたが、それでも、お父様に向かう一片丹心の忠節の心だけは変わらず、残った生涯を尽くしてあなたの前に誇らしい息子、娘の姿として立とうと、再度誓うこの瞬間であることを受けてください。
お父様! 今、世界の至る所において、あなたを欽慕し、慕いながら、この日を祝賀し、記念しているすべての統一家の息子、娘たちの上にも同じ恩賜を与えてくださり、彼らが決意して進んでいく全体の上に、お父様のより大きな哀れみと愛の手と祝福の手を広げてくださるよう懇切にお願い申し上げます。そのようにして、全国的に、全世界的に、あなたを勝利と栄光の立場で再度褒めたたえてさしあげ、今やすべて成し遂げたと言うことができる「子女の日」を迎え入れることができるその日まで、私たちが勇進奮闘することのできる真の子女の姿になるように導いてくださることを懇切にお願い申し上げます。
すべてのことがお父様の前に勝利の日として訪れるように誓うことができるこの瞬間になったことを感謝申し上げながら、すべてのみ言を真の御父母様のみ名を敬ってお祈りいたします。アーメン。
真のお母様の記念の辞:責任を果たす子女になろう
韓国の昔の言葉に、父母のいらっしゃる時は父母の有り難さが分からず、父母がこの世を離れたのちに、孝道を果たすことができなかった自責感と恨をもち、自分の心に対してその慰労をしようと必死の努力をするようになるという言葉がありますが、それが不孝ということです。
私たちがよく知っているように、堕落した人間においては、「子女の日」というものもあり得ず、「真の父母」という言葉もあり得ません。何ゆえに生まれ、何ゆえに生きているのか分からない、そのような状態において、「子女の日」や真の父母という言葉はあり得ず、真の愛の関係もあり得ないというのです。天のお父様が、言葉では表現することのできない数多くの蕩減の路程を経られ、真の父母の一代において、迫害と反対の中で蕩減路程を勝利することによって、「子女の日」が生まれるようになったということを考えるようになる時に、感謝を捧げると同時に、過去を回想せざるを得なくなります。
お父様が、「基盤がなければ滅びる」というみ言を何度もおっしゃっていることを、皆さんは聞いていることと思います。お父様が、父母の立場で、天全体を身代わりして歩まれている道は、世界を抱かなければならない立場で、子女たちがすべて備えてさしあげることができなかった立場で行かざるを得ない苦難の道であり、十字架の道でしたが、同時に愛の道でした。
この期間、皆さんが何よりも深く悔い改め、叫ばなければならないことは、「一つになろう」という運動ではありませんか。もちろん個人においては、心と体が一つになる立場でみ旨を中心として一つになることが重要です。
それで皆さんが、真の父母を中心として、自分を主管する立場で、三位基台を成す三人が完全に一つになった立場でその基台を広げていけば、み旨は成し遂げられるでしょう。世界の縮小型と見ることができる四位基台において、横的数は三人ではありませんか。四位基台の横的三人が一つになれば、世界を一つにすることは易しいことだと思います。その言葉をまた世界的に広げてみるとき、世界は、三人が一つになって成す四位基台の拡大的形態になっていると見ることができるのではないですか。
そのような意味において、きょう、皆さんにお願いしたいことは、一つになった子女の立場で、次の「子女の日」を迎える時は、真の父母をお迎えした立場で世界の子女たちと共に祝賀を捧げることができるように、その日を待ち望み、誓いながら進んでいくことです。それをお願いしたいと思います。
皆さん、各自の「一情祈祷会」をしっかり守っているでしょう? きょうこの日を期して、今後四十日間、特に皆さんの三位基台の三人が一つになった立場で祈祷の条件を立ててくださればと思います。可能ならば、この近所とイースト・ガーデンにいる祝福家庭は、イースト・ガーデンで祈祷会をもってくれるようお願いします。もちろん現在も継続していることを知っていますが、ベルベディア聖地において、すべての三位基台が参加する中で「一情祈祷会」をもっていただけたらと思います。もし事情があれば、三位基台の中で、一人が継続して抜けないように順番に回りながらすることによって、四十日間という精誠の条件を立ててくださるようお願いします。
今まで、そのように実施してきたでしょう? 金元弼氏、どうですか。(はい、そのように実施してきました。今、十二月までの祈祷会の日程をすべて作成して配ってあげました。四十日の一情祈祷会は、三人ずつ一チームにして実施されています。お母様が言われたように、祝福家庭でチームを組んで実施しています)。
ここに集まった人々だけが一つになっても、アメリカ復帰は問題ないでしょう? きょう、私が式典で涙を少し見せましたが、今、私の心情は、一言で言ってとても落ち着いており、感謝する心で生きています。皆さんも、子女の立場でお父様に心配をおかけすることがないように、各自が心を正しくもち、受け持った責任に最善を尽くす子女となってくれることを願います。
アルゼンチン、ラ・プラタ大学名誉神学博士学位授与式
一九八四年十一月十七日、国連本部内において、アルゼンチンのラ・プラタ大学が真のお父様に名誉神学博士学位を授与した。この授与式において、真のお母様は、真のお父様を代理して学位を受けられ、あいさつのみ言を語られた。
真のお母様のあいさつのみ言
文牧師の妻として、私は、私の子供たちと全世界の統一教会の食口たちと共に、困難な状況にいる私の夫を理解して、栄誉ある学位を授与しようとされる貴大学の勇気ある姿勢に対して敬意を表したいと思います。皆様の勇気ある決断に大きな感動を受け、これに対する私の深い感謝の意をこの場を借りてお伝えしたいと思います。
現在、文牧師は、コネチカット州のダンベリー刑務所に収監されていらっしゃいます。そのお方は、自らの自由よりも、神様をより愛されるがゆえに刑務所生活をしていらっしゃいます。自らの安逸よりも、人類をより愛されるがゆえに刑務所にいらっしゃいます。個人の名声よりも原理原則を固守するお方であり、現世のために生きるよりも歴史のために生きていらっしゃるがゆえに、そこに行かれるようになったのです。
私たちが今までの歴史を深く調べてみるとき、神様に従う人々や原理原則に従う人々は、しばしば受難の道を歩んだという事実を知ることができます。
ラ・プラタ・カトリック大学では、文牧師が生きてきた生涯の価値とビジョンと彼が成した業績を認めて、学位を授与するのだと思います。そのお方は刑務所にいらっしゃるので、きょう、このような栄光なる場に参席することができないことはとても胸痛いことですが、収監中に学位が授与されたということは、より大きな歴史的意味があると思われます。
私は、ダンベリー刑務所で夫と共に過ごしたのちに、ここに来ました。そこを離れるとき、そのお方は私に、「私がしていることに対して深く認めてくれたことに深甚なる感謝の意を伝えてほしい」と言われました。貴校が見せてくださった行動は、そのお方が本当に私心なく、自分自身よりも人類のために働いてきたという事実を全世界に証することになりました。さらにこの栄光は、そのお方の苦痛が決して無駄ではなかったということを立証し、世界の人たちが、神様と人類のために生涯献身してきたそのお方に感謝を表したということになったのです。
私の夫である文牧師は、皆様の偉大なる国、アルゼンチンを訪問したことがあります。そのお方は、「アルゼンチンの国民の前に広がっている無限の未来を見てきた」と言われました。貴大学は、南・北米大陸において最も素晴らしい大学の中の一つであり、ローマ・カトリックの二千年の伝統をもった大教育機関です。皆様の基準、特に神様の前に真実の自由を死守しようとする皆様の姿勢は、文牧師の心を動かしました。それゆえに、ラ・プラタ大学とこのような特別な因縁を結ぶようになったことに対して、とても喜ばしく思っています。
文牧師と私は、近い将来、貴大学を訪問することができることを待ち望んでいます。
神様の祝福がラ・プラタ大学と共にあられることを願います。大変ありがとうございました。
アメリカ、バプテスト教会系のショウ神学大学名誉神学博士学位授与式
一九八五年五月十一日、アメリカ、コネチカット州のダンベリー刑務所にいらっしゃる真のお父様は、アメリカ、ノースカロライナ州ローリーに所在するバプテスト教会系統のショウ神学大学から名誉神学博士学位を受けられた。この日、真のお母様が真のお父様を代理して学位を受けられたのち、あいさつのみ言を語られた。
真のお母様のあいさつのみ言
私は、私の夫である文鮮明牧師と私のすべての家族を代理し、きょう、博士学位を授与してくださった学校当局に対して、深甚なる感謝の意を表したいと思います。
私と私の夫は、ショウ神学大学の歴史と現況、そして創設者ヘンリー・マルティン・トゥフォー博士に関する文献を読み、特別な感銘を受けました。なぜならば、この学校の創設者であるトゥフォー博士の人生に、二つのキリスト教的特性を発見したからです。一つは神様に対するその愛であり、もう一つは人類に対する奉仕でした。
私は、創設者の日に、皆様全員と共にキャンパスの中央にあるその方の墓を回り、大きな声でその墓の碑文を読みました。「彼は、自らのために生きず、兄弟たちを神様の近くに送る人生を生きた」。
トゥフォー博士は、その理想ゆえに多くの迫害を受けましたが、勇気をもって耐えました。私の夫である文牧師も、やはり理想のために迫害を受けていますが、私はその迫害の意味をよく知っています。そのお方は、今この時間も、そのような理由ゆえに連邦刑務所に監禁されています。そのお方の人生の唯一なる目的は、すべての人々を神様の近くに送り、人類の苦痛を和らげることです。
また、私の夫は、人種間の統合と理解を促進させるために、すべてのものを捧げてきました。そのお方は、「二十世紀において、アメリカの偉大な指導者は誰だと思うか」という質問を受けられた時、「マーティン・ルーサー・キング牧師」と答えました。迫害を受けた多くの人々は、自らに向けられた憎悪に対して憎悪で報いることを望みましたが、キング牧師は、その憎悪に対して、「愛で返さなければならない」と言ったからです。キング牧師は、数回にわたって監獄に閉じ込められました。彼は、彼が信じることのために彼の人生を捧げたのであり、今もなお、彼の言葉は私たちに大きな勇気を与えています。
同じように、私の夫、文牧師は、自らに対する反対者たちを愛しています。彼は、すっと以前に自らを罪に定めた人々を許しているのであり、今までの誰よりもアメリカを愛しています。そのお方は、偏見によるあらゆる形態の抑圧に対抗して闘うアメリカ人に、勇気を与える一つの道具として自分自身が使用されるようになったと考えているので、神様に感謝しています。
文牧師は、国際的に、宗教間の和解と一致、そして人種間の調和のために尽くしているという点において、ショウ神学大学と共にあります。イエス様が私たちに、一つの愛する人間家族として働き、勉強するように教えてこられたのと同じように、その思想がまさしく文牧師の信仰だったので、文牧師は、あらゆる形態の宗教的偏見と非寛容性、そして人種主義を終息させるために、献身的な人生で聖職生活に一生を捧げています。
ショウ神学大学は偉大な過去をもっており、文牧師は、それを信じ、神様の祝福が共にあられることを祈っています。神様のみ旨によって設立されたショウ神学大学は、未来においても、より一層神様によって用いられることでしょう。私の夫は、神様の子女たちのために献身し、神様を愛するように教えてきたショウ神学大学の偉大な伝統と接するようになったことを喜ばしく思っています。
ショウ神学大学の素晴らしいリーダーシップと勇気に対してもう一度感謝申し上げ、この大学が神様の国を建設する生きた道具として用いられることを祈ります。ありがとうございました。
「一勝日」と「聖水式」
一九八五年八月十六日、韓国解放後満四十年が過ぎたこの日、真の御父母様は、韓国の清平修練所で開催された祝福家庭子女の四十日修練会を無事に終えて帰ってこられた孝進様を歓迎する席において、「一勝日」を宣布され、「聖水式」を挙行された。そして、それから四日後の八月二十日、牢獄の身から完全に解放された真のお父様は、ベルベディア修練所において、全世界の祝福家庭を対象に聖水式を挙行された。
アメリカにおいてキリスト教が反対した事実を再度蕩減するための祭物として興進が逝き、それからダンベリーの事件は何かというと、国家が反対したことを蕩減するものです。先生がそれを蕩減しなければならないのです。
それで、一九八三年、一九八四年、一九八五年の三年間、家庭が艱難を受けたのです。家庭的十字架です。一九八四年、その時に興進が亡くなったのです。一九八三年十二月に事故が起き、一九八四年正月二日、霊界に行ったのです。すべて艱難時代です。それから先生が監獄に入っていったので、一九八五年までは、家庭的に艱難時代です。第二次大戦直後、一九四五年八月十五日が光復した日ですが、一九八五年八月二十日にダンベリーから出てきたのです。光復節が八月十五日でしょう? これを過ぎてから出てきたのです。四十年圏内のあらゆるものが清算されるのです。ですから、イスラエル民族を新たに編成するのと同じです。
蕩減復帰をしてこそ、長子権と次子権の基盤の上に、真の御父母様が世界的によみがえることができるのです。原理がそのようになっているので、この立場がなくては、世界を主導することのできる父母の世界圏が出てこないということをはっきりと知らなければなりません サタンと闘わなければなりません。そして、長子権を奪ってくるのです。先生が長子権を奪ったので、長子と次子が一つになっていくのです。
獄中にいながら七千人の牧師の連合運動をしたのです。これは、すべて旧約時代の七千の群れ、エリヤに残された七千人の群れです。イエス様の時代にも、イエス様を中心として七千人が一つになれば、その国を動かしていたのです。それを、現実的自由世界の舞台において再現するのです。
今、統一教会を中心として、右側の強盗と同じものが何かというと、アメリカの国民です。アメリカの国民が、すべてそれと同じ立場に入っていったというのです。右側の強盗がいて、左側の強盗がいるのですが、今回、キリスト教が統一教会と一つになり、アメリカの国民が反対せずに一つになって、私たちを支持しました。そのような雰囲気ができあがりました。
世界的に、このようなことが外的に起こり、統一教会内においても、このように先生の息子、娘と、それから祝福家庭の息子、娘が一つになったのです。内外で一つになったのです。外的な世界舞台ではカイン・アベルが一つになることのできる立場に立っており、内的な立場でも、ヤコブがエサウと闘って勝利したのと同じように、このようなことが世界史的な現世を中心として、先生が出獄したこの期間を中心として、このような現象が成し遂げられていくのです。
今、統一教会時代は、私たちの息子、娘を中心として内外ですべて入ってきて一つになるのです。したがって、十字架を下ろして出てくる日には、すべての反対が完全になくなります。それで、先日十六日に行った式が「一勝式」です。「一勝式」を宣布したのです。
皆さんは、今まで地上にあったすべての観念を一掃してしまわなければなりません。今、皆さんがもたなければならないものは、新しい式、「聖水式」です。人の体は、四分の三が水です。この聖水式を通して、皆さんにあるすべてのものを清算しなければなりません。「聖水式」は、真の御父母様が勝利した基盤を皆さんに伝授する式であり、またカイン・アベルが闘争していることをすべて解消する式です。
この式を行うのは、先生自身が、四十年間で、父母の立場でカイン・アベルを導いて家庭基盤を正常に築き、サタンの讒訴圏を抜け出たからです。先生が、歴史時代になかった真の父母の立場でカイン・アベルの蕩減条件を初めて完成することによって、サタンが讒訴できる基準を越え、先生が築いた世界的な基盤を皆さんに伝授する式にもなるということを知らなければなりません。それで、皆さん、祝福を受けた家庭は、今から天国の伝統をその息子、娘の前にすべて教えてあげなければなりません。
四 二世時代と真のお母様の日本訪問
真の御父母様の生涯路程 10
四 二世時代と真のお母様の日本訪問
カナン定着のための三年期間
真のお父様は、四十年荒野路程を勝利的に締めくくられ、カナンの地に入っていって定着しなければならない新時代を迎え、全世界の食口たちに総動員命令を下された。これにより、一九八五年九月十三日から二十六日まで、「カナン定着の旗手になろう」という主題をもって、延べ七千五百人以上の食口が参席する中で「カナン定着のための総動員決意大会」が各教区別に行われた。故郷に行って家庭教会活動をしなければならない動員期間は、一九八五年十月一日から一九八八年十二月三十一日までだった。
先生は、四十年間闘って勝利したのです。これを、皆さんに、三年半の間で譲ってあげようというのです。この期間はカナン福地に定着するための期間と同じなので、この期間では、エジプトの観念やすべてのものを忘れてしまわなければなりません。そして、先生の言葉を絶対視し、その命令を絶対視し、行動を絶対視してこそ、今、私たちが定めている所期の目的を一九八八年に達成することができると思うのです。
統一教会の歴史は一九五四年からなので、今が何年目ですか。三十一年目でしょう? 三十一年目です。イエス様でいえば、今は、三十歳を超えて出発した三年路程と同じ時代を越えていく時だというのです。それで、一九八八年までの三十四年を設定するのです。三十四数は、数字で見れば、三数にもなり、四数にもなり、七数にもなるのです。
摂理的に見るとき、アメリカの大統領選挙も一九八八年、韓国の大統領選挙も八八年、日本の首相選挙も八八年、ドイツの首相選挙も八八年、摂理の重要な責任国家は、すべて一九八八年を期して選挙をするようになっています。この一年にすべて集まっているということを皆さんは知らなければなりません。なぜこのような国がすべて一度にこのようになっているのかというのです。それは、世界的な摂理的転換期だからです。それは、偶然ではありません。そのような時を中心として、天の時とどのように交替させるのかということを、神様は考えていらっしゃったということを、私たちは摂理的に知らなければなりません。
そのような観点から、神様が摂理の中で統一教会を中心として主流的な摂理をなさるのならば、私たちは、このような時を中心として、世界的な頂上と代置することのできる実力基盤を築かなければならないということが、摂理史的な理論による見解です。先生は、一九八八年というこの時を逃してしまえば、世界的な悲運がこの地球星に残される可能性があると思っているのです。それで、深刻だというのです。
これは、出エジプトしてから四十年目に、カナン福地への入城出動命令をすることと同じです。荒野四十年後に入っていくことと同じです。ですから、今は、牧師たちの二世、統一教会の二世が立ち上がらなければなりません。カナンの地に入っていく時なので、二世が立ち上がらなければならないのです。イスラエル民族がカナンを復帰する時に一世が責任を果たすことができなかったように、キリスト教が責任を果たすことができなかったので、キリスト教の再臨時代には、二世を通して入っていくのです。キリスト教から見れば、再臨が二世です。
統班撃破運動出発
(一九八六)
先生が今まで過ごしてきた六十六年の六十六数は、創造数でいえば終わりの数です。六十六数、これはサタン長成完成数です。それから、六数に対するその時は、──人間は長成期完成級で堕落したでしょう──三段階のその圏に相当するのです。サタン世界は、今や統一教会を侵犯できる勢力圏がすべてふさがってしまったのです。今からは、まさしく統一教会の時代が来るのです。
また、お母様もそうです。お母様は四十三歳ですが、この時は、新しい世界に、夫人を中心として新しいカナン世界に復帰することができ、受難時代を越える時だということを知らなければなりません。今年は、先生においても、お母様においても、新しい世界に越えていく重要な時です。今年は、四十三数、六十六数ですべてぴったり一致している年です。新しい蕩減復帰摂理史からみるとき、すべてのものが数理的にぴったり一致しているというのです。
一九八八年を中心として、頂上に越えていくのです。ここにおいて、南北統一することのできるあらゆる内外の準備を急がなければなりません。一九八八年のオリンピックももちろん重要ですが、それよりも、南北総選挙に対する備えを急がなければならないということが私たちの責任だというのです。
それでは、国家的に見るとき、今まで国家はカイン圏にあったのですが、今は、国家が何圏にあるのですか。次子圏に立ったというのです。統一教会が世界的長子圏の立場に立ったので、大韓民国は、統一教会に従ってこなければ生きる道がないというのです。好むと好まざるとにかかわらず、従っていかざるを得ないのです。強大国に囲まれた現在の大韓民国の環境において、貿易をしようと何をしようと、経済的にも軍事的にも、統一教会の基盤を通じなくては挙動することのできる道がないのです。
一九八六年は歴史的な年なので、韓国を摂理のみ旨の前に立てるために、およそ八ヵ月、一年の多くを韓国で過ごしました。そのようにしながら、重要な摂理的帰結点をつくりました。韓国に、里から班までの組織を完全につくったのです。このようなことをしなければならないので、韓国のソウルですべてつくったのです。政府のできなかったことをすべてつくっておいたのです。
先生についていえば、その統・班長をつくるまでに四十年がかかりました。四十年間努力を投入し、ようやくそれをつくったのだということを知らなければなりません。郡はいくらでもつくることができ、洞もいくらでもつくることができますが、統と班長をどのように連結して生かすか。これを生かさなければならないのです。一つは縦的代表であり、もう一つは横的代表なので、この二つが息を吹き返せば、ソウルが息を吹き返すのです。これは基地です。これは私たちの基地だというのです。
二世「三十六家庭」の祝福
真の御父母様の主礼により、祝福家庭の子女としては初めての祝福行事である二世「三十六家庭」の合同祝福結婚式が、一九八六年四月十二日、リトル・エンジェルス芸術会館において、千五百人以上の祝賀客が祝う中で挙行された。
真のお母様のみ言
今まで私たちの歩んできた歴史は、荒野四十年路程を過ぎてカナン定着時代を前にしており、今、準備にとても忙しい時ではないでしょうか。過ぎし日には、子女教育においても多少なりともおろそかにせざるを得ず、様々な面で不完全な点があったのですが、第二世の「三十六家庭」を祝福しながら、彼らの思想を見るときに、どれほど涙ぐましく、またけなげで、感謝したか分かりません。今まで、祝福家庭の中で、先輩家庭は主に韓国に多かったのですが、「三十六家庭」をはじめとして「百二十四家庭」まで、その家庭ごとに、ギャップがこの上なく大きかったと思います。
今回の祝福によって完全に一つになりました。さらに奇特なことは、二世たちの思想が正統に向かっていることであり、また行こうと努力しているのを見ることができました。その多くのカップルの話をすべて話すことはできませんが、特に目立ったのは、新婦側の態度が、私が見るにとても心温まるものだったということです。皆さんがよく知っていることですが、「三十六家庭」から、主に女性のほうの年齢が高いのです。成熟期の最高潮に達する年齢において、特に女性のほうが、男性よりも考えたり判断したりするのが早いのではありませんか。その上、新郎候補の年が若く、年が若いだけでなく、ある一家庭は、新郎の現実があまりにも厳しいのです。生活環境が部屋一間しかなく、一人身となった父親に侍らなければならないそのような立場において、新婦側の父母が、自分の娘が心配になっていろいろとためらって心配したのですが、その娘が反対に母親を安心させ、「自分がします」と立ち上がったのを見たとき、本当に感激的であり、美しい情景でした。
このような美しい話がとてもたくさんあります。それによって一世たちが二世たちの前に恥ずかしさを感じるのはもちろんですが、悔い改める心で、二世と一世が完全に一つにならなければなりません。昔、イスラエル民族は、出エジプトしたのちに一世は荒野ですべて倒れ、二世がカナンを目指して入っていきましたが、私たちの時代においては、一世が二世と完全に一つになった立場で、自分たちがより新しい世界に行くその日まで、二世の肥やしとなって粉骨砕身、一生懸命にみ旨のために行こうと決意する、そのような美しい情景を見ることができました。
今年の目標は何ですか。「天国創建」でしょう? 天国創建において、本当に、今後私たちが行く方向がどれほど強固で心温まるものかということを、二世を祝福するこの過程を通して天の前に感謝しました。
真のお母様の日本歴訪
真のお母様は、一九八六年五月十日から十六日まで日本を訪問された。訪問二日目である五月十一日、東京教会で開催された歓迎集会において、「神様は日本が母の立場で勝利することを願われていらっしゃる」と語られ、「忠孝烈の道理」を強調された。真のお母様は、日本滞在期間中、特に光の子幼稚園と世界日報社、原理研究会等を訪問されて激励してくださった。
東京教会歓迎集会でのみ言
少し前に小山田副会長が「母の日」について語られ、そして「『母の日』にこのようにお母様を迎えるようになって大変うれしい」と語られました。私もまた、皆さんにお会いできてとてもうれしく思います。
このように壇上に立つたびに、神様の前や皆さんの前に申し訳ない思いをもちます。世の中でも、父と子よりは母と子のほうがより近いと思うのですが、母が遣う言葉と子供が遣う言葉が異なっているということを考えるとき、何か過去に誤ったのではないかと思うようになります。これは、皆さんを叱責する前に、このように通訳を立てて私の意思を伝達しなければならないというもどかしい思いゆえです。
私たち統一教会の教会員の宿命として、いずれにせよ天が願われる母国語を学ばなければならないのですが、特に、どの国よりも先に日本において母の立場を立ててくれるよう、もう少し奮発して韓国語がすべて分かるようにしてくださればもっと良いと思います。
お父様がダンベリーの世界的な勝利以後に韓国に来られてから、今まで満五ヵ月がたちました。その間、多くの役事をなしてこられましたが、そこに対することは、皆さんがよく知っているだろうと信じています。
お父様が摂理を始められるときの韓国の環境は、あまりにも混乱していました。第二次世界大戦直後だったからです。その時、天は、キリスト教を中心として役事することができる基盤をすべて築かれたのですが、キリスト教徒たちが従うことができなかったことにより、再びどん底から十字架の路程を出発せざるを得なかった統一教会の歴史を、皆さんはまたよく知っています。このように歴史は、人間の不信によって悲惨な過程を繰り返して流れてきているのです。
今日において、お父様を中心とした統一教会がどん底から出発して上がってくるまで、本当に「お父様!」と言えば、痛哭が先に出てくるそのような心情を皆さんは、みな体恤したでしょう。歴史の中で数限りなく不信し、不忠であった人間たちを教化し、また正して、み旨を知って行動させるまで、その血の汗の出る路程をどのように一言で表現することができるでしょうか。心情と心情だけが通じることのできる、そのような内容があるということを皆さんはよく知っているでしょう。
ダンベリーの十三ヵ月間というその言うに言えない苦痛は、もう一度父母の立場で世界の前に許し、愛で抱かれるという、そのような標本の生活となられたということを皆さんは知っていらっしゃいます。
天は、愛で人間に対してこられながら、常に打たれて奪ってくる愛の作戦をなしてこられたということを知っているでしょう。歴史始まって以来、自らこのような愛の化身となって実践され、行動された方が、お父様以外にどこにいるでしょうか。ですから、天も感動せざるを得ないのであり、どれほど邪悪な人間であっても、その愛の前には溶けざるを得ないという、そのような実情を私たちはこの目で見てきました。
帰国後、五ヵ月間、お父様がなされたことは、社会の知識層である教授たちをはじめとして、全国的に「勝共連合」の幹部から班支部長に至るまで教育をしたことです。天を中心とした真の御父母様の真の愛の理念が全国にこだましています。ただこの愛のみが人類の希望であると語られました。自分個人において心と体が真の愛を中心として一つになり、また家庭では妻と夫が真の愛を中心として一つになり、さらには氏族と国家と世界が真の愛を中心として一つになることだけが、私の生きる道だということを、五ヵ月間力説されました。
今は、韓国はもちろんアメリカも、「レバレンド・ムーン」と言えば、真の父母だという認識ができあがっているということを私たちは見ることができます。お父様のお供をして済州島に何回か行ったことがあるのですが、初めて行ったホテルでも、そこの従業員がみな、「お父様、お母様」で通じているのです。最初、私は、その人たちは食口なのだろうかと少し疑わしく思ったのですが、あとで知ってみると、全くそうではありませんでした。それほど、一般国民に至るまで私たちの思想が広まっているということをまざまざと見ることができました。
皆さんも知っているかもしれませんが、最近、恩進の結婚を前後して、女性雑誌に私に対する紹介が出ました。そこに題目として私の名前が出て、「聖女の母」となっていました。今は、「母」ですべて通じるようになりました。この言葉を一言で言えば、「民心は天心と通じる」という言葉があるでしょう? それと同じように、世界が、方向を失った主人のいない船のような立場から、今、主人に出会って方向をはっきりとつかみつつあるという、摂理の流れを表したものではないかと思われます。
ここに出発してくる時、お父様にお伺いしてみました。「用があって、私は少し日本に行って来なければなりませんが、日本の食口たちに伝えるみ言があるでしょうか」とお尋ねしたところ、皆さんもすべて知っていることですが、私たちは八八年度まで目標を定めて進んでいるでしょう? 「最善を尽くして動く道だけが、私たちの生きる道だ」とおっしゃいました。
韓国にいらっしゃる間、家で楽に休まれる日が少しもありません。お父様は、あの世に行かれるその日まで、常にこのようなテンポで忙しく走りながら生きるそのような生活をしようと、いつも語っていらっしゃいますが、自らそのように実践し、生活されるその姿の前に従っていくことが本当に忙しいです。
皆さんにお願いしたいことがあるとすれば、最善を尽くして、歴史始まって以来、あとにも先にもいなかった真の御父母様に、地上で長くいつまでも侍ることができる皆さんになってくださればということであり、特にエバ国家の使命として、真の御父母様に侍るにおいて、忠孝烈を全うし、そのような面で先頭に立ってくださればという懇切な思いからお話しいたしました。
光の子幼稚園訪問時の激励のみ言
私が真のお母様です。ビデオや写真で見るときよりももっときれいですか、きれいではありませんか。お母様にも、皆さんと同じ年の情進様と妍進様がいますが、知っていますか。その上にもたくさんいますが、全員で十三人もいます。上のお姉さんとお兄さんたちは結婚して、家族がたくさん増えました。
そして、ここにいる光の子幼稚園生の皆さんは、情進様、妍進様と同じ年ごろです。特に情進様は今回韓国に来たのですが、韓国語の勉強を一生懸命にして行きました。そして、英語も一生懸命にしており、また皆さんと話したいといって日本語も一生懸命に勉強しています。
皆さん、韓国の文字(ハングル)を書くことができますか。まだ分かりませんか。知っている人がいくらにもなりませんね。少し前に歌を歌うのを見ると、韓国の子供たちに負けないくらいとても上手に歌いました。文字の勉強も一生懸命にしてください。韓国にも皆さんのような子供たちがたくさんいます。そして、情進様、妍進様とすべて話をすることができるように、T王懸命に勉強してください。(はい!)
このピンクのシャツを着た人たちは、全員先生方のようですが、先生の言うことをしっかり聞いて、りりしく、美しく育てば、この次には良いことがたくさんあるでしょう。早く早く大きくなってください。皆さんのお父さん、お母さんは、今後良い日々をたくさん迎えるために一生懸命に働いているので、お父さん、お母さんに負けないように、ここにいる先生の言うことをしっかり聞いて、一生懸命に勉強をしてください。
この次に来る時には、誰が韓国語を上手に話し、文字を最も上手に書くか見て、よくできる人は、私が大きな賞をあげるかもしれません。上手に書こうという人は手を挙げてください。あー、良い子ですね。それでは、みな良い子で、健康な子供になってください。
世界日報訪問時の激励のみ言
「世界日報」、この新聞社が創設されてから十年が過ぎたことを知っています。お父様をお迎えすることはできませんでしたが、私が代わりにこのように皆さんを訪問するようになったことを天の前にとても感謝し、皆さんの苦労に少しでも報いることができる日になればと思います。
お父様がこれまで「ワシントン・タイムズ」に集中してこられたのに比べると、皆さんに少しだけ支援ができていれば、どこにも負けない、「世界日報」という名前のとおり、日本はもちろんアジアと世界を、言論の側面やまた善導する側面で引っ張っていくことができる、そのような新聞社になることができたはずです。そのような点で申し訳なく、難しい条件のもとでも、今日のような発展を遂げたことに対して感謝する思いです。
小さくて狭く、いくらにもならない人員をもって世界を動かすということはそれほど簡単なことではないと思いますが、狭い所にいる時が良いのです。なぜならば、み旨の完成も個人完成から始まったように、大きく発展することができ、今後の希望をいくらでも大きくもつことができるからです。大きく発展していることよりも、今、現実のこの立場が、皆さんにとってはこの上なく天を思慕し、天にすがるにおいて誰にも引けを取らない生活をし、一日一日が信仰の標本となる立場であろうと信じています。
記者たちの生活は、時間に追われるので、整頓ができず、よく整理されていない生活になると思います。
それに比べると、私たちのみ旨の中の新聞社は、お父様が強調されるので、特にワシントン・タイムズに行ってみた方がいるかもしれませんが、本当にきれいです。外部の人たちもたくさん使っているのですが、食口が中心になってそのようにしているので、ワシントン・タイムズに入っていくと、なぜだか知らす神聖さを感じ、自分でも知らすにたばこを吸っていたのを減らすようになるということです。仕事をしている間は、なるべくならばたばこも吸わす、そのように一つ一つ生活からきれいに整頓していくのを見ることができます。ところで、ここに来てみると、整頓があまりよくできていないようです。もちろん、場所が狭いというそのような理由もあると思いますが、もう少しよく整頓し、もう少し環境を美化することに気を遣ってくだされば有り難いです。
私がもっと長く話をすることができればよいのですが、皆さんの業務に支障があると思うので、話はこれくらいにして、私たちのこの新聞社「世界日報」は、天の真の愛の筆鋒をもって、国家と世界人を善導するために先頭に立ち、大きな仕事をしてくださればと思います。そして、そのような覚悟を固くしてくださることを願いながら、簡単ですがあいさつに代えたいと思います。
カープ(CARP)訪問時の激励のみ言
日本のカープは、これまで思想討論の経験をたくさんしてきたと思いますが、韓国では、カープ(大学原理研究会)会員と左翼学生が千二百人ほど集まった中で理論討論(闘争)をして、運動圏の学生たちの鼻をへし折りました。それで、大学街において新しいブームを起こしているということです。日本のカープがとても良い手本を見せてくれて、今、韓国の大学街でもそのような動きが始まり、彼らの方向を提示して導いてあげているということです。
ここに集まっている人たちは、全員責任者なので、三十代から四十代になりますね。働き盛りの時です。お父様は、四十歳で家庭を築かれ、偉大なことを計画して出発されたのです。皆さんの今の年齢が、一生における黄金期です。お父様がみ旨を出発される時は、すべてが反対しました。教会であれ、国民であれ、キリスト教界であれ、反対しなかった階層がありませんでした。一番下から出発して、世界的基盤を築いてきたのです。
その昔が思い出されますが、お父様が私と出会って結婚を約束されたその時にも、今は他界している劉孝元協会長が、教会の複雑な法的問題を処理するために、行ったり来たりしていたことが思い出されます。周囲の環境も十分に整っていない立場で、天の大きな摂理を前において出発された時のその心情がどうであったか、皆さん、もう一度考えてみてください。過ぎ去った過去、統一教会が歩んできた過ぎ去った歴史を回顧してみてください。
今年の目標は「天国創建」ではありませんか。それは、既に私たちが環境的に天国を成すことができるという言葉だと思います。皆さんは、そのような時代的な恵沢を受けています。そして、皆さんの年齢も、十分すぎるほどの経験を積んでいる年齢であり、また判断したことをいくらでも行動で実践することができる、そのような年齢なので、どれほど良い年齢かというのです。
先程も小山田さんが、「原理研究会と(世界平和)教授アカデミーは、私たち統一教会の宝だ」と言いましたが、本当に天国創建をするための中心的、革新的役割をしてくれることを願います。日本だけの宝ではなく、世界的な宝になるように、皆さんが先頭に立って一生懸命にしてくれることを心から願う次第です。
「一勝日」 一周年記念式
(一九八六・八・二〇、ベルベディア修練所)
真のお母様のみ言
きょう、この場に健康な姿で集まった皆さんを見ると、本当にうれしく思います。また、T年前にダンベリーの苦難を勝利して出監された時を回想しながら、きょうこのようにお父様をお迎えして皆さんと共に「一勝日」を記念する場を設け得たことに対して、神様の前に心から感謝申し上げる次第です。
お父様のダンベリーの苦難の役事は、私自身をおいて家庭的に見るとき、家長を失ったも同然の立場だったのであり、神様の偉大なみ旨をおいて国家的、また世界的な立場から見るときも、統一教会の食口や人類が、一つの中心に正しく侍ることができなかった立場だったと思われます。
皆さんもよく知っているように、私は多くの子女をもっています。それは、私において大きな困難ではありません。問題は、私自身が子女たちの教育とともに家庭を平和にして、お父様に心配をおかけしないことであり、さらには、妻の立場で、どのようにすればよりよく内助するかということです。
また、これまでお父様の近くで育てられてきた多くの元老食口や幹部も、子女の立場から見るとき、一つの目標に向かっていくにおいて本当に最善を尽くしたかを考えてみて、そのようにすることができなかったならば、悔い改め、新しい心をもって出発しなければなりません。
きょうの「一勝日」は、率直に言って、二度と思い出したくなく、できるならば取り除いてしまいたいと思う日でもあります。なぜ私がこのような例を挙げるかというと、あいさつの言葉で「この日を再び迎えるようになってうれしい」という、そのようなことを言ったのですが、それは、このように健康な姿でお父様を迎えるこの場をもつことができるようになったというその事実に対する、言葉ではすべて表現することのできない内面の表現なのです。
お父様がダンベリーの苦難の道を行かれる間、主人に侍って従っていくことは易しくても、主人に代わる立場で仕事をすることは易しくはないということを感じました。
お父様がダンベリーにいらっしゃったその一年間は、到底言い尽くすことができず、形容することのできない事件が私たちの内外で多く起こりました。それらの事件は、み旨から見るとき、絶対に損害になるものではありませんでした。神様の哀れみと許しと愛を人類が受けることができる、そのような道を開かれたのです。
興進君の昇華と「愛勝日」以後に、お父様がダンベリーにおいて「開天門日」を立てられるまで、どれほど多くの内的な闘争があり、摂理的勝利として終結させるための努力と苦痛がどのようなものだったのかということを皆さんは想像することさえできないでしょう。
私もまたダンベリー刑務所に一緒に入っていきたいという考えを数千回以上しながら、お父様が味わっていらっしゃる苦しみを推し量ることもしましたが、どれくらい理解したか自信をもって言うことはできません。
不幸なことが重なり、皆さんもよく知っているように、その期間に朴普煕総裁の拉致事件が発生することによって、お父様を一層苦しめた私たちではなかったかと思います。朴普煕総裁は、お父様の代身者となって全体的な裁判問題の責任を負った立場に立っていたのですが、突然拉致されたので、お父様はもちろん、また私にとっても大きな衝撃だったのです。
皆さんにすべて話すことのできない、内面的にいろいろと複雑で難しいことが一日にも数限りなくあった期間を過ごしながら、これまでお父様がどれほど多くの労苦と困難を克服してこられたかということを理解することができて、私自身、過ぎし日を振り返ってみて多くのことを新たに悟ることができました。
誰一人相談することのできる相手がいない中で、御自身が自ら実践してみせてあげながら、全精力を尽くし、渾身の力を尽くして進んでいく道を教えてくださいました。しかし、私たちが満足に従うこともできなかった立場をおいて、表現はされませんが毎日毎日監獄でない監獄の生活をしてこられた、そのようなお父様だったということを悟りました。
生涯をそのように生きてこられた主人の前に、短いですが、わずかの間でもお父様の代わりに責任を負った立場で困難を痛感する期間だったと思います。
これまでの皆さんの決意と苦労と精誠が、将来において、神様の前に大きな喜びと栄光をお返しする勝利の日となることを誓う、そのようなきょうになってくれることをお願いしながら、お話を終えようと思います。
五 祝福家庭夫人の総動員と清州韓氏宗規会
世界家庭の総動員と女権時代
(一九八七・一・一)
朝、式を行いながら先生が指示したこととは何かというと、「統一教会のすべての祝福家庭は全体動員だ」ということです。総動員して、エジプトにいたイスラエルの家庭が一家庭も漏れることなく動員され、全イスラエルに告知したように、キリスト教徒であるアメリカ国民全体に告知しなければならないという指令を下したのです。世界をおいて見れば、今、世界のすべての人々がレバレンド・ムーンに反対しています。しかし、アメリカがレバレンド・ムーンに従っていけば、世界も自然に従っていくようになっているのです。
全体が動員されなければなりません。そして、三年圏内で、全国的にこの運動を展開しなければなりません。昔、韓国においてすべての家庭を動員したのと同じように、世界の家庭をすべて動員して、アメリカの風土を変えなくてはなりません。すなわち、アメリカを救うには統一教会でなければできず、統一教会の思想でなければ自由世界を解放することができないということを、この国民に植えつけてしまわなければなりません。
統一教会の食口も、アメリカの国民も、既成教会の教会員も、行かなければならないところはどこかといえば、新しいイスラエルの国です。すなわち、カナン福地を訪ねていかなければならないのです。解放(一九四五年)後の四十年プラス三年ならば四十三年であり、これが一九八八年です。イスラエル民族についていえば、四百三十年のカナン復帰です。統一教会は、反対するサタン世界、エジプトのような世の中で、四百三十年の代わりに四十三年を過ごし、カナン福地に行くのです。
メシヤの思想とは何でしょうか。アダム思想なのですが、再創造されたアダムが出てこなければなりません。アダムさえ出てくれば、エバは造られるようになっているのです。エバは、アダムをまねて造ったのです。ですから、アダムが問題です。今、女権運動をしているアメリカは、第一次大戦以後の七十年の歴史圏内に入ってきているのです。一九八七年までが七十年ではありませんか。この七十年間に人間に特権を与えられ、先生がお母様を探し立て、今日、統一教会の祝福家庭の皆さんを立てて対等な権限を付与することのできる愛の基盤が築かれる時代になったのです。
そのような時代に入ってきたので、女権運動が出てくるようになるのです。その前にはあり得ないのです。女性が堕落しました。女性が邪悪なものを出現させたのです。ですから男性たちの行く道に同参することができなかったというのです。歴史を眺めてみれば、このようなことがすべてはっきりと解かれます。
韓国祝福家庭夫人の総動員
真のお父様によって下された動員令により、一九八七年六月一日から、全祝福家庭の夫人が摂理の一線に投入された。一九七〇年十二月に続き、全体動員としては二回目になる今回の動員は、一九八八年十二月三十二日までの一年七ヵ月間であり、実家の故郷、夫の故郷、昔の伝道任均等に配置され、祖国統一の前衛部隊として先頭に立って活動するようになった。
今、全国に郡は何箇所ありますか。百七十二箇所になるでしょう? 面は三千三百箇所です。今回、その面まで夫人たちをすべて動員します。三千三百人は動員しなければなりませんね。そのようにして、男性を引っ張っていかなければなりません。三年伝道のように一九八八年まで動員しなければなりません。今、出発すれば、一九八八年を越えて一九八元年の中ごろまで、満二年動員されなければなりません。
先生とお母様を中心として、今、世界的蕩減圏を見れば、先生が個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な蕩減路程において勝利したアダムの立場に立つようになれば、お母様はカイン・アベルを抱かなければなりません。それが民主世界と共産世界なのです。母がカインとアベルを生んだのです。堕落も母が先にして、それが罪の根になったのであり、その枝を出したのも母なので、お母様の使命は何かというと、カインとアベルを抱いて長子復帰をすることです。長子復帰をするためには血統が変わらなければなりません。
それでは、今回なぜ女性を動員したのでしょうか。お母様が、世界的に民主世界と共産世界を抱いて取り戻すことのできる条件を立ててきたので、韓国を中心として、家庭的基準でこのようなことをして実際に基盤さえ築いておけば、それがすべてのサタンを防御することのできる基盤になるのです。これが原理観です。それで、今回、祝福を受けた家庭の女性を動員したのです。
祝福を受けた家庭は血統が異なります。根が異なっているので、サタン世界はどうすることもできません。サタン世界が勝手に引っ張っていくことはできないのです。これは別の種です。サタン世界はサタンの愛を中心とした根をもってきたので、サタンの根を切り捨て、サタンの幹を切り捨てなければなりません。そして、天の側の幹が世界的に生じたので、これに接ぎ木して天の側にしなければなりません。それは何かというと、血統が変わらなければならないということです。
それゆえに、このように夫人たちを配置するのです。先生は世界的アダムの立場にいて、夫たちは天使長の立場にいて、皆さん女性は先生側のエバの立場、お母様の代わりの立場にいます。母が堕落してすべてを蒔いておいたので、お母様の代わりの立場で夫人たちが、お母様の立てた世界的な蕩減条件の基準を中心として、今回地方の家庭へ帰っていくのです。家庭に帰っていって夫人たちを連結させるのです。
それゆえに、女性が行くのは、お母様の分身として先生に侍りながら行くのです。そのようにして行って、その家庭の女性と一つになるのです。レアとラケルのように、縦的な面においてこちらは天の立場であり、あちらは堕落した立場であって、お互いが相克する立場にいるのですが、祝福を受けた皆さんの家庭の前では相克するのではなく、順応していくというのです。環境的に、自然屈服することのできる条件基盤ができているのです。南北統一という目的を中心として、韓国にある家庭が、夫も妻も子供も、すべて順応することができるようになっているのです。
永遠の母を標榜した愛の道
統一家の家庭に責任をもった師の家庭が行く道は、どれほど複雑かというのです。世界史的に複雑なのです。ですから、お母様も寂しいことがたくさんあったでしょう。今でもそうです。十二時が過ぎてから上がっていけば、英語の学習をしなければならないのです。二時、三時、ある時は机で四時、五時になってから下りてきます。ですから、寂しいこともたくさんあったでしょう。
お母様を見れば、お母様は、平面的な一人の女性ではありません。歴史時代において、おばあさんからつづってきたあらゆる悲運の歴史の中で、前後左右をすべて整え、善の方向を代表することができ、夫のためにただ一つの正道、ただ一つの理想的道を求めていくことができる愛の相対基準に立ち、原則的な軌道に立脚して主体の前に永遠の対象的な価値をもって、その価値を永遠に主張するのに後腐れのない母の立場に立たなければならないと思うのです。そのような女性を標榜し、共に進んでいくのです。
今まで、お母様に教育してきたことは、昔離婚した人があなたを憎むようにしてはいけないということです。お母様を憎んではいけないというのです。それが、今、お母様の十字架だというのです。その口でお母様を褒めたたえることができる立場に行かなければならないというのです。憎んではいけないのです。憎むようになれば、それが支障になるのです。
「私は千年、万年このような立場にいても、そのお方だけは、億万年福を受けなければならないお方です」。そのような言葉が出てきてこそ、地上に、女性の恨の切り株がなくなるのです。それゆえに、お母様が聖進の母親の住む家も買ってあげ、今、生活費も送ってあげているのです。お母様がそれを斡旋しているのです。私は知らなかったのですが、今までしてきているのです。いつかその人が訪ねてきて、「本当に許されないこの悪女を処理してください」と言う時、それを許してあげ、贈り物をもたせて帰してあげなければならないのです。そのようになった時に、自分の愛する息子に見送りさせてさしあげる道が残っているというのです。
今は基盤を築いたので、先日、お母様をお連れして聖進の母親の家に一度行きました。それは、お母様には失礼でしょう。いったい、どこにそのような男性がいますか。前の妻についての話を聞いただけでも気分が悪いはずなのに、どこに暮らしているのか、それをすべて調べて、連れていくというのです。いったい、そのようなことがあり得ますか。しかしお母様は立派なのです。それゆえに、天の立場から見るとき、どれほど無念で悔しくても、お母様に対して口を開いて反対することのできない条件が立つのです。そのように深刻なことです。
「お母様、私と行く所があります」と言うと、「どこですか」と言うのです。それは言わざるを得ません。「聖進の母がいる家に行かなければなりません! そこに行って祈祷しなければなりません。そのようにしなければ、すべての二世の行く道がふさがってしまいます」と言ったのです。お母様は立派な方です。有り難く思うのです。「そうですか。行かなければならないでしょう!」と言って、ためらうことなく先頭に立っていくのを見ながら、私が涙を流したことをお母様は知りません。家は入りませんでしたが、家をすべてよく見てきました。
清州韓氏女性宗親会総裁推戴と韓鶴奨学会設立
真のお母様は、一九八八年五月十日付で満州韓氏女性宗親会の総裁として推戴され、真のお母様が援助された五億の奨学基金により、一九八八年九月十五日付で韓鶴奨学学会が設立された。
普通の個人を中心として見るとき、重大事を決定する機会が三度は訪れてくるのです。誰彼を問わず、難しい人は難しい人として、高い次元の運勢圏に接することができる時が三度は訪れてくるのです。
家庭の時もそうです。父母に侍って多くの家族が暮らしていますが、その父母を中心とした家庭の運勢もそうです。すべての家族をまとめてその家庭が新しい世界に発展することができる時が訪れてくるのです。一氏族を中心として見ても、その氏族、宗氏なら宗氏、一族ならば一族も、同様の原則に従って一族が飛躍し、跳躍することのできる歴史時代が訪れてくるのです。それにもかかわらず、その歴史時代に歩調を合わせることができるそのような時を知らないのです。
平壌では、韓氏を中心として役事したのです。それ以後、南韓に下ってきてからは、崔氏を中心とした役事を行ったのです。なぜそのようにしたのかというと、聖進のおばあさんが韓氏なのです。そして、聖進の母は崔氏です。それで、女性の中では、韓氏と崔氏が因縁を結ぶのです。
それで、北韓に入っていって、平壌で最も名のある韓氏の家庭を中心として摂理していったのです。しかし、彼らがそこで反対することによって、まさしくイスカリオテのユダのようになったのです。その次には、崔奉春氏、崔昌林氏などがいましたが、結果が良くありませんでした。統一教会において主流的な役割をしましたが、我知らず横道に流れていったのです。なぜそうなのかというと、根本がそうだからです。蕩減の道を越えなければならないのですが、それを越えることができなかったのです。
崔元福氏もそのような面を中心として見るとき、家庭的に難しい立場をすべて経てきたのではありませんか。このような責任を果たしてこそ、再び蘇生するのです。蕩減復帰だということを知らなければなりません。崔氏が誤ったことを蕩減復帰しなければならないのです。
お母様が韓氏ということで韓氏宗親会をもったのですが、「名誉会長になった」と言って私に向かって得意げにしていました。(拍手)「文氏宗族は四十万で、韓氏宗族は六十万なので、六十万のほうがもっと多いでしょう?」と言うのです。良いのです。「六十万が国を愛するのと、四十万が国を愛するのと、どちらがより大きいですか。それは私のほうが大きいでしょう」と言ったのですが、(笑い)どちらが勝ちましたか。(笑い)いくら大きなことを言っても、私の言うことを聞かなければならないのです。そのような考えをもっているので争いません。
お母様の韓氏宗親会の奨学基金を私が用意してあげました。統一教会の宗親たちを生かさなければならない時が来ました。一族をすべて団結させなければなりません。そのようにしてこそ、皆さんの宗親、おじいさんやおばあさんたちが、「ああ、私たちの宗長になってください」と、そのように言うのです。
今、私は、文氏氏族の宗長ということですが、それは理にかなった話です。よくぞ宗長という言葉を作ったというのです。今、私が「釜山に行く」と言えば、文氏宗族がすべて集まります。このようにしながら、この国の半分以上が熟すようになる時は、文氏一族は、すべて私の後ろに列をつくって並びます。ああ! お母様の一族、韓氏も、その二世を一つにくくるために、五億の奨学金を出してあげました。この者たち、それを奪おうとする者は罰を受けるのです。
還故郷氏族復帰活動
一九八八年六月一日、ソウル市、青坡洞の本部教会で行われた全国牧会者総会(四百人以上参席)において、真の御父母様は、「故郷復帰の責任を果たそう」という題目のみ言を通して、摂理的還故郷時代および本格的な氏族復帰活動の闡明とともに、全祝福家庭に動員令を下達された。故郷に動員されて活動する祝福家庭夫人の活動期間は、一九八九年六月一日までだった。
先生が故郷に帰る前に、皆さんが先に帰らなければなりません。復帰過程においては、父母が先に入っていくのではありません。アベルが先に復帰されなければならないでしょう? 統一教会がアベルならば、一般既成教会はカインであり、一般国民もカインです。これらが一つになって故郷に帰っていくのです。故郷に帰って何をするのでしょうか。アベルとなった皆さんがカイン圏を完全に収拾しなければなりません。
それで、今回、全員故郷に帰っていくのですが、真の御父母様のみ言を聞いて故郷に帰っていく皆さんは、昔、アダムとエバが堕落した立場と異なります! 真の御父母様が、サタンのすべての迫害を個人的に勝利し、家庭的に勝利し、氏族的に勝利し、民族的に勝利し、国家的に勝利し、世界的版図を中心として蕩減条件を立て、完全に勝利して復帰して帰ってきて、皆さんに伝授してあげるために訪ねてきたのです。
何千年ぶり、何万年ぶりに故郷に帰ってきて、還故郷の喜びをもって細胞と骨髄が痛哭する涙とともに、血と涙でその地をぬらし、天から、血と涙でぬらした神聖な地だという名が下りてこなければなりません。そのような基台によって、統一教会の外で全民族を中心として氏族が編成され、大韓民国が一つになる時、その一つになった大韓民国を捨てて、先生が以北に行かなければなりません。
六月最初の日からです。きょう集まったのはそのためです。出勤です! 男性も女性も出動です。祝福家庭は長成期完成級に立てたので、七年路程が残っているのです。ですから、この路程を行かなければなりません。
今まで、先生が、長子圏世界の蕩減的特権をもってきて行ってきたことは、還故郷することです。ですから、八八年八月前に、すべて氏族復帰のために配置したのです。アメリカに行っても配置し、日本でも配置したのです。氏族復帰のために故郷へ帰っていくのです。故郷に帰っていくことによって、何になるのでしょうか。自分の故郷を復帰することは、イエス様や洗礼ヨハネが一つになって故郷に帰っていく立場です。それゆえに、皆さんは、民族的な統一圏において行動できる時代に入っていくのです。
宗教世界において、還故郷という言葉は歴史始まって以来初めての言葉です。高次的な宗教を信仰すれば出家を教えてもらうのですが、「故郷に帰りなさい」という言葉は歴史において初めてだという、この朗報を知らなければなりません。帰るにおいては、真の父母に侍って真の御父母様の国を相続して帰っていかなければなりません。
「世界統一国開天日」宣布
一九八八年十月三日、㈱一和龍仁工場の大講堂において、韓国の幹部八百人以上と世界百二十ヵ国の代表四百人以上など、千二百人以上が集まる中で、真の御父母様は「世界統一国開天日」を宣布された。同宣布式の集会において、韓国と世界百二十ヵ国の代表との姉妹結縁が行われた。
一九八八年は、一九四五年から四十三年を越える時です。四十年路程を過ぎて、七年路程の中の三年を過ぎるのです。今、三年半を越えるのです。一九八九年は、一九四五年から四十年路程を過ぎて、七年路程の中の四年目になる年です。この時に、完全に決着をつけなければなりません。
それゆえに、一九八八年からは、摂理的にすべて合致していかなければなりません。民主主義と共産主義の冷戦体制、両極体制が生まれた時が六・二五動乱の時です。そこで分かれたので、ここで一つにならなければなりません。ですから、今回の韓国におけるオリンピック大会を中心として、ソ連とアメリカが一つにならなければならないのです。今まで、民主世界を代表したアメリカのオリンピック大会、共産世界を代表したソ連のオリンピック大会を行ったのではありませんか。分かれたのです。これが、初めて韓国を中心として一つにならなければなりません。
一つになるのは二世たちです。一世を通して、愚かな争いをする兄弟が冷戦体制をつくってきたのですが、二世を通して統一がなされなければなりません。二世時代において、全世界各国の国民を代表する健康な二世たちが来て繰り広げた競争の版図がソウル・オリンピック大会です。ここに対して備え、先生は、百二十ヵ国の統一教会の宣教師を呼び集めて彼らと一つになるようにしたのです。
それで、エサウとヤコブが出会う時は、ヤコブは、如才なくすべての物を「あなた、早く食べて退きなさい!」といったやり方で、二十一年にわたって精誠を込めてきたものをすべて与えようとしたのです。それで、今回統一教会がメッコールを飲ませました。大使館はもちろん、姻戚の八親等まですべてメッコールを飲ませたのです。KGBが悪口を言うでしょうか、褒めたたえるでしょうか。和解の種を植えてあげたのです。あなた方が受け取ったというのです。このようなことをしたので、先生は、九月二十七日に摂理的統一転換式を行ったのです。
天運を動かすのはオリンピック大会ではありません。骨がなければなりません。私たちが骨の役割をして一つに抱いて踊ったのです。主体と対象が一つにならなければなりません。そのようになってこそ、天運が保護するのです。このような基盤を中心として、オリンピック後半戦を通して、九月二十七日に摂理的統一転換式を宣布したのです。ここから一つになっていくのです。そのようにして、国の基準を条件的に成立させておいたので、十月三日に「世界統一国開天日」を宣布したのです。
それで、きょうを真の世界統一国家の出発の日として定めるのです。そして、この日は、世界万国の開天節の起源となるでしょう。 去る二十七日に、私がこのことをおいて祈祷したのです。
「世界統一国開天日」を宣布することができる、そのようなすべての摂理観的な内縁を通じた一致点が、内外において、前後左右において、ぴったり一致したので、この日は、理論的にも体恤的にも、統一教会の歴史観点において一致するので、この日をもって私たちの希望の日が開門するという言葉に置き換えても異議がないのです。それゆえに、きょうは何かというと、世界統一天国です。世界統一国とは何ですか。地上天国です。地上天国開天節の日なのです。
今後は、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」、それから「神の日」、それから「御聖誕日」、それから何ですか。きょうのこの日です。六大名節。今や解放です。今から、毎年この日を祝賀しなければなりません。六大名節です。
第六節 女性全体解放圏と「アジア平和女性連合」
真の御父母様の生涯路程 10
第六節 女性全体解放圏と「アジア平和女性連合」
一 天宙的路程と大母様の昇華
一九八九年前後の摂理の時
今まで統一教会においての四十年荒野路程は、誰が行く道なのかといえば、先生が行く道です。本来、先生の四十年荒野路程というものはないのです。そうだとすれば、誰の代わりに行ったのでしょうか。世界の子女のために行ったのです。この四十年荒野路程ですが、父母様を中心として見れば、十四年間闘って個人として勝利したのです。一九四五年八月十五日から一九六〇年度まで、監獄に行ったり来たりしながら、あらゆる嘲笑を受ける中で、踏みつけようとするそのようなすべての試練を乗り越えてきたではないですか。
十四年間という期間が過ぎて、一九六〇年度に父母様が成婚しました。男性として、個人として、讒訴できるすべての受難の道を切り間いて、初めて聖婚式をしたのです。その七年後に「神の日」を設定しました。そして今回の「神の日」が二十二回です。「神の日」を中心として二十年数を越えました。それゆえに、縦的な蕩減路程の世界的分野をすべて終えたというのです。
その次には何ですか。米国を中心として、四代大統領を越えて勝利することによって、世界解放圏を越えたので、十二年内に祖国統一と還故郷によって天宙解放路程が開門されるだろうというのが今の観なのです。これから韓国を中心として、統一がどのようになっていくのかといえば、十二年間、二〇〇〇年度までに、統一教会の運勢は、世界のどのような国も反対できない自由的環境として現れるはずだというのです。
それでは、これからどのようになりますか。今まで先生が、四十年路程を歩んできましたが、今ではもう天宙史的な路程です。荒野路程ではありません。還故郷路程が、霊界に帰る路程が直結するのです。
一九四五年に七年をプラスすれば一九五二年です。それを蕩減復帰しようとすれば、一九八五年にプラス七年で一九九二年です。既に三年が過ぎたのですが、三年の期間で縦的基盤を立てました。四年が東西南北の四方性なので、四年間で南北統一が完全に解決しなければなりません。それで、十二年間で世界のトップ全体が、文総裁を中心として動かなければならないということのできる時代が、事実として訪れるはずだと思うのです。二〇〇〇年代に、私が八十になれば、モーセがカナン福地の天国に向かって入っていったことと同じことが展開します。
「八定式」と「天父主義」宣布
一九八九年八月三十一日、真の御父母様は、アラスカ・コディアックのノース・ガーデンにおいて「八定式」を宣布され、九月一日、同じ場所で「天父主義」を宣布された。長子権を完全に復帰したという意味である「八定式」の基盤の上に「天父主義」を宣布することによって、堕落人間が真の父母を迎えることができるようになり、真の御父母様も、カインとアベルをすべて愛することができるようになり、父母主義、天父主義時代か開かれるようになった。
去る一九八九年八月二十日、ダンベリー四周年記念日に語った説教の内容は何かといえば、救援摂理完結、そして、その時代が過ぎて愛の時代、愛援摂理時代圏というテーマでした。
それは何かといえば、長子権復帰の摂理時代は過ぎてしまい、そのあとからは父母権復帰時代に入っていくにつれて、王権復帰がなされ天にも地にも神様の天的な王が立つようになるというのです。そのような時代に向かって、私たちは信仰しなければなりません。民主主義や共産主義は、世界を指導しようとしましたが、それはすべて崩れていきます。これから私たちの時代なのです。したがって、左右を収拾していく「頭翼思想」です。絶対的な神様を中心として、愛の世界に向かって摂理を出発させるのは父母なのです。
世界がすべてサタン圏に入っていきましたが、天がすべて浸透して奪ってくるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様までです。横的な面でも八段階、縦的に上がっていくことも八段階です。これを結んで定着したと宣布したのです。それが今回、アラスカで先生が一九八九年八月三十一日に宣布した「八定式」です。
一九八九年は、一月から八ヵ月間で世界的な蕩減路程を終えました。昨年は交差結婚式、「世界統一国開天日」宣布など、様々なことをしました。総合蕩減条件樹立です。そのようにして、すべてのものを今年の八月に終えました。海上まで連結してきました。
そのような意味で、昨年は海をすべて回りました。ハワイからメキシコ湾、東太平洋、そして、ロサンゼルス、グロスター、韓国の済州道です! すべて回って海を連結させたのです。そして、陸地に帰ってきたでしょう? そのようなことをすべて収拾して定着することが重要なのです。天の摂理時代は、父母の時代、愛の時代に入ってきました。
皆さん、神様の摂理において八数が定着しませんでした。八数は、天でも円、地でも円です。「世界統一国開天日」を宣布した翌年の八月は重要です。その八月末に、そのような天宙的な定着を発表したということは重要なことなので、これを記憶するように願います。
アラスカのコディアックに行くと、そこから見れば遠かった北極星が目の上にあるのです。北極星に最も近い位置で「八定式」をしたのです。縦横にふさがった天国と地獄のすべての垣根を壊して、人間世界のすべての個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙までふさがった垣根をすべて壊して片づけるのです。
この「八定式」を基盤として、九月一日に「天父主義」を宣布しました。これは何の活かといえば、「八定式」が終わる時までは長子権復帰時代なのです。そして完全に長子権が復帰されたので、サタンが反対できない世界的頂上圏に上がってきてそこに立つのです。
それゆえに、「天父主義」とは、家庭を中心とした王権を回復させて連結させることによって、王権が復帰されるのです。天宙的王権が復帰されるのです。ですから、家庭がなくてはいけないというのです。統一的家庭基盤を通してアダム的統一家庭、氏族的アダムの統一家庭です。
洪順愛大母様の昇華
韓鶴子お母様の生母であられる洪順愛女史が、一九八九年十一月三日、午後九時五十三分、七十六歳を一期としてソウル市鍾路区内需洞一一〇−四三、新門路公館において、韓鶴子お母様と食口たちが見守る中で昇華された。真のお父様は、十一月四日、洪順愛女史の生涯と信仰を褒めたたえられ、「忠心奉身」という揮毫をされ、「大母」という名を与えられた。
ゼロの位置に入っていかなければなりません。過去に自分がこのように生きたという考えをする人は、天国に入っていくことができません。それゆえに、そこに他のものは何もありません。ただ真の父母と神様の考えしかないのです。そこに他のものが入り込んでは、直線に乗っていくことができないのです。愛の道を行くことができません。地上で祝福を受けたからといって、そのまますべて解決されるのではありません。
ただもつべきことは、神様の愛に赤く燃え上がる一つの心情だけです。ですから、洪順愛ハルモニのように、二十四時間を神様のみ旨と父母様のみ旨を成就させようという考えで生きなければなりません。このおばあさんには、その考えしかなかったのです。それ以外には、考えもしなかったというのです。このような立場から見る時、私たちが尊敬しなければならないおばあさんだというのです。それで、「大母」という名前を与えたのです。
女性といえば、労働者の妻から皇族まで、あらゆる意地悪な人がいるのです。そのような人々がお母様をすべて打たなければなりません。お母様一人では耐えることができないので、三代を経て打たれなければならないというのです。ここで、その代を引き継いでいくことに責任を果たしたおばあさんであるので、先生が「大母」という名前を与えました。
「大母」という言葉は、どのような言葉ですか。女性が行く愛の道において、幾重にも重なる泰山峻嶺のようにふさがっているすべての垣根に責任をもち、犠牲になってそれを壊してしまわなければお母様に降りかかってくるので、すべての荷物は私に背負わせてくださいと痛哭してきました。十年間、毎日のようにしました。「父母様の家庭のすべての心配を解怨してください」と言ったのです。それで、今その恨に満ちた犠牲の道を通して、国家基準を越え、世界基準を越え、全天宙で統一教会に反対できない環境となり、統一天下に向かうことができる、解放に向かって前進することのできる時代が訪れたのです。この転換期に自己の責任をすべて果たしていったので、忠心によってすべての人が侍らなければならない大母様の資格をもったので、「大母様」と言ったのです。(拍手)
皆さんは、きょうここで、この方の一片丹心の心情を受け継ぎ、このように自分の子孫の前に、皆さんの家庭の前に、神様に侍る伝統を正しく立てなければなりません。このおばあさんは、神様に侍るために生きました。今ではもう反対がありません。神様を皆さんの家庭にお迎えするにおいて、それ以上の一片丹心の忠情の道理を果たさなければなりません。きょう揮毫に「忠心」、それから何ですか。「奉身」です。忠誠にあふれた一片丹心の心をもって生畜の祭物になる、そのような道を最後まで行ったこのおばあさんのように、その道を行くようになる時には、迫害がなく、神様から福を受けることができる始まりになるはずです。アーメン! (拍手)
真のお母様のみ言
(一九八九年十一月五日、新門路公館、大母様殯宮)
名残惜しい、名残惜しいです。
興進を送る時も、お父様が私に泣いてはいけないとおっしゃり……。
おばあさんが逝かれてから、雨が降り続くので、今までおばあさんを本当に愛し、従い、おばあさんの信仰を手本にしたというすべての統一家の子女たちが、もう一度最後の時に向かって……。
お父様が、何とも形容することができない困難な十字架を背負って、倒れながらも越えてきた路程を、すべて勝利で締めくくられ、アラスカで「八定式」を宣布され、「天父主義」、「王権主義」を宣布されるまで、天のみぞ知る事情がありません。
おばあさんを送りながら皆さんにお願いがあるとすれば……。おばあさんは、生涯ただただ神様のみ旨、生きているときに主に出会って侍り、また働き、そのために女性としてのすべてのことを捨てられた方です。その上、妻の立場、母の立場まで捨てながら、初志一貫、み旨の道を歩んできて、最後に逝く瞬間まで、天のみぞ知る、御自身のみぞ知る深刻な瞬間を祭物として捧げながら旅立っていかれたおばあさんです。そのようなおばあさんを思い、その方が歩んできた過去を記憶するとき、皆さん自身の生活において、その侍義の生活を自身の生活目標として立てていかなければなりません。
自分自身で考えるとき、自分がみ旨の道に従ってきながら、純粋でなかった姿、み旨を優先する前に自分を優先させ、お父様の悲しい曲折の路程を考える前に自分の姿を振り返り、自分の悲しみを先に考えた人は、悔い改める機会にならなければなりません。天地に雨が降り、汚れた所をすべてきれいに洗い流してくれるように、皆さん自らがきれいに心と体を整理し、洗うべきものは洗い、断ち切るべきものは断ち切り、新しく体を装うそのような期間と考えて、おばあさんを送ってさしあげなければなりません。
おばあさんのことを思うとき、今私が話したことを思い出して、これから訪れる日々を迎えてくださることをお願いします。
泣いてはいけないと思いながらも涙が出てくるのですが、それは、おばあさんを送って寂しくて泣く涙ではないので、皆さんが理解してください。
おばあさんは、霊界に行かれれば喜ばれるでしょう。天上と地上を思いどおりに往来しながら、真の御父母様の家庭をもっと助けてくださり、また皆さんがすることにもたくさん協助してくださり、不便な肉身で、このように長くいるよりも大きく働かれることでしょう。
お父様も、時々霊界の話をされますが、そのたびに「私が横で聞くのが苦しい」と言うと、「お母様は霊界を知らないからそのように思うのだ。私は今すぐにでも行きたいと思う」とおっしゃるのです。数日前に語られたみ言で、「私が交通整理することが多い」とおっしゃったのですが、事実、そのようにすべて整理してくださらすに行かれたらどうしますか。
今、この期間、過去に精誠を尽くすことができなかったことを悔い改め、皆さんがおばあさん以上に精誠を尽くそうという覚悟をして、それを実践する皆さんになれば、おばあさんもとても喜ばれるでしょう。
天地の心情的橋梁の役割任命の祈祷
「大母洪順愛女史協会昇華式」が、一九八九年十一月七日、午前十時、新門路公館において、韓鶴子お母様をはじめとする中心食口など、千二百人以上が集まる中で厳粛に挙行された。真のお父様は、十一月六日、新門路公館殯宮において挙行された帰歓式と、十一月七日、京畿道披州郡積城面武建里柿谷の元殿の地で挙行された元殿式において、大母様に霊界と肉界を心情的に連結する橋梁の役割を遂行する責任を任命する祈祷をしてくださった。
おばあ様がこの地上から霊界に行くことによって、天上世界と地上世界に一つの心情的橋梁をなして、興進君とイエス様に続いたその橋をより一層強固にされ、キリスト教を中心としてユダヤ教と統一教会を結ぶ責任を全うするように許諾してください。
七十余生涯を経る、日常のすべての奉仕生活を通して、この地上で因縁を結んだすべての統一教会の食口たちと共に、このおばあ様が涙と血の汗を流し、隠された中でお母様が行くことができる道を築くために、一人で労心焦思しながら垣根になり、今日の勝利がもたらされるまで歩んでくるにおいて、道案内になってくださったことを感謝いたします。
あすになれば、ここを離れ、地上においての肉身に会うことができないそのような立場に立つようになりますが、霊的世界において、天が心配なさることを地上に残した時は、このおばあ様が中間ですべてのものに責任をもち、私の統一家を代表して、中間的媒介的位置で天の前に連結させる重大な責任を真の御父母様が任命しますので、お父様が受けて下さることを懇切にお願い申し上げます。
あなたが願われた誇らしい一人の娘として、天上世界と地上世界において、永遠にみ旨の成就のための一つの橋梁の役割をするためにこの娘が行くということを知っております。ゆえに地上にいる真の父母は、この娘をあなたの前に送りながら、天を動員し、地のすべての善の子孫を動員して、あなたの懐に抱かれることができる愛の一つの表象として、母の愛の表象であり娘の愛の表象として称賛いたしますので、お父様の懐に抱いてくださいますように。
お父様! すべての霊界がこの娘が行くことによって、地上に許諾した勝利の踏み台を、引き続き善の先祖が地上の善の子孫を中心として、直接的に再臨復活することのできる役事を、御自身のみ旨の前でひときわ強固に拡張連結させてくださることをお願いします。
二 真の御父母様歓迎大会と女性全体解散開宣布
韓国統一グループ主催の圏域別真の御父母様歓迎大会
統一グループ主催の真の御父母様歓迎大会が一九九〇年二月二十日から二十五日まで、「国民連合」、「勝共連合」、邑面洞責任者、大学教授および地域の有志など、延ペ一万一千人以上が参席する中で、各圏域別主要都市(釜山、大邱、光州、龍仁、ソウル)において開かれた。
父母様が復帰路程を行き、世界の家庭を連れてこなければならないのです。すべての万民は、父母様が来て連れていってくれることを望むのであって、父母様の僕が来て連れていってくれることを望むでしょうか。どうですか。父母様が来なくてはなりません。
すべて歓迎大会を一度ずつしたので、霊的に運勢を見れば、大韓民国に太陽が再び昇ったので、光がさーっとさすのです。すべての天運の方向を父母様がすべてかき集めたのです。先生を通して立証するのです。見ていなさいというのです!
それゆえに、今からは、できれば交差点ごとに良い看板を掲げなければならないのですが、それができないので旗を掲げなさいと言ったのです。これからは、道に出て「真の父母を歓迎すれば永生する」と言いなさい。真の父母を歓迎すれば天国に行くのではないですか。悪なる父母に会えば死亡ですが、真の父母を迎えれば永生するのです。簡単です。真理はほかでもありません。
本当に真の父母を愛すれば、摂理が十年、二十年、六十年かかるのをすべて一時に成し遂げます。神様は、復帰摂理過程において、息子、娘のことを思って涙で訪ねてこられた方なのです。では、その方を知っている息子、娘がどうして涙もなく対することができますか。今まで先生が、復帰の道を涙で築いてきたのではないですか。ですから、どこに行っても「真の父母! 真の父母!」と言わなくてはなりません。
誰が反対しますか。「全員ラッパを吹いて太鼓をたたきなさい」と言えば、ラッパを吹いて太鼓をたたくようになっているというのです。そのような段階に来たのです。ですから、父母様を宣布して歓迎するようにすることによって、世界の頂上を越えて、今までサタンが舞台にしてきたこの地球星を踏んで上り、韓国に帰ってきて天国と連結させ、王権定着宣布式を行うことができる時になったというのです。
天地父母宣布式
真の御父母様は、一九九〇年二月二十七日、ソウル市、漢南洞公館において、全国教区長会議を主宰され、「天国王権定着」という題目のみ言を下さったのち、午後六時五十分を期して、「天地父母宣布」の祈祷を捧げられた。
〈宣布祈祷〉
愛するお父様! きょう一九九〇年二月二十七日、午後七時十分前を期して、漢南洞のこの邸宅に、全国に散在していた原理研究会の地区長たちと全体教会の地区長たちが一箇所に集まりました。
今回の機会に、韓国において父母様歓迎大会をしたのは、韓国だけのためのものではなかったのです。この期間は、米国を越えて、全世界を越える最上の位置に立ち、父母様の特権的権限をもって天上世界の解放とともに、地上世界の解放を成し遂げる宣布の期間でした。
「真の父母」の名がエデンに定着することによって、永遠に地上と天上世界の王権が設定されていなければならなかったのですが、人類始祖が過ちを犯すことによって、天使長の蹂躙によって、堕落することによって失ってしまったということを知っております。今、再臨主がこの地上で七十年の生涯をかけて、最も高い恨の峠を越えるための千辛万苦の末に、全世界を通じて再び勝利の碑を立てました。
この頂上の位置に立ち、今回の六日間に真の父母歓迎大会をすることによって、韓国国民が心の扉を開きました。世界の人々が心の扉を開きました。霊界の先祖は、歓声とともにこの時間を歓迎しているものと思っております。それだけでなく、地獄にいる霊たちまでも、真の父母の名によって愛で許す一体平準化時代に向かう摂理的時代に直面しましたので、お父様の愛だけが往来することのできる自由の天地になるように許諾してください!
その中で、天と地を代表することのできる永遠の王権が、この地から天国まで直線着陸することができるように、サタン世界のすべての権限を踏んで、あなたの創造理想を中心とした愛の平和のための統治権限を行使できる時代に前進することができるように、お父様、宣布してください! 真の父母が築いたこの基盤を神々しく受けてくださり、天の父母と共に一つになって天上地上に新しい王権着点を宣布しますので、万宇宙が嘆息と恨の峠を越えて歓喜と称賛と栄光を返すようにしてください!
神様の解放と真の御父母様の解放と万民の解放が、神様の愛を中心として、神様の王権を中心として、神様の民族と地球星を中心として、天上天国を中心として成されるように許諾してくださいますように! 全天宙の前にこのすべての内容を真の御父母様のみ名によって宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン!
米国統一グループ主催の真の御父母様歓迎大会
米国では、真の御父母様歓迎大会が一九九〇年三月十八日サンフランシスコ、二十日ロサンゼルス、二十三日シカゴ、二十五日ワシントンD・C、三十一日ニューヨークまで、五大都市において延べ五千三百人以上が参席する中で盛況のうちに終えた。
一九四五年を中心として、第二次大戦以後に全世界が初めて一つになりました。キリスト教文化圏で一つになり、そこに再臨主が現れなければならなかったのです。
闘いを通じて、あらゆる曲折の過程を経て一つにしたのは、神様が何をされるためですか。一つにして何をなさろうというのですか。一次、二次世界大戦を経ながら、どれほど多くの人類を虐殺させ、犠牲にさせたことでしょうか。このような勝利的基盤を築き、第二次大戦以後に米国を中心として、一つの世界形態をつくって何をしようとされたのかというのです。神様が歴史を導いてきて、何のためにこのような統一的世界版図を、キリスト教文化圏を中心として立てたのかというのです。それは、メシヤのためです。メシヤのためなのです。米国人や世界の人々のためではありません。
ただお一人のメシヤを迎えるためです。数百、数千万は必要ありません。なぜですか。彼には、米国も敬拝しなければなりません。たった一つの道しかないのです。従っていかなくてはなりません。米国の方法、米国の組織、自由世界の組織はすべて効果がありません。たった一つの道、メシヤに従っていかなければなりません。それは絶対的に確かだというのです。
その方をつかむことによって真の愛を得ることができ、真の生命、真の血統を取り戻すことができるからです。真の愛には宇宙が連結されているので、愛には相続権があり同居権があるので、神様まですべて私のものになるのです。
ですから、米国を正すためには、村々が反対しても真の父母を宣布し、「真の父母の家を経ていきなさい、真の父母の表門から真の父母の庭を経ていきなさい」と言うのです。では、そのようにすれば、皆さんは希望がありますか。米国が真の御父母様の表門から裏口に通じて、そのガーデンからその垣根を経て中へ入ってきさえすれば生きるのです。そのようにしていけば生きるというのです。
女性全体解放圏宣布
一九九〇年三月二十七日(陰三・一)、米国において挙行された第三十一回「父母の日」記念礼拝の中で、真のお父様は、「女性全体解放圏」を宣布され、真のお母様が統一教会の第二代教主になると語られた。
きょうは、満三十回の「父母の日」だということを知らなければなりません。これは何を意味するのかといえば、本来イエス様は、三十歳で真の父母を中心として世界統一を成すことができたのです。ローマやイスラエルが反対せずに歓迎することができた環境で真の父母が登場していたならば、今日、このような式はなかったのです。イエス様当時にすべて成していたのです。ところが、死によって、イエス様が理想としていたものを三十歳ですべて壊してしまうようになったというのです。
統一教会を中心として、特にお母様を中心として見れば、完全に三十歳です。三十歳を中心として、復帰摂理をしてきたのです。イエス様は、家庭を中心として世界制覇することができる解放圏をもたなければならなかったのですが、できなかったので、先生が現れて蕩減復帰し、第二次大戦直後にしなければならないことを、四十年過ぎて一九九〇年度に、三十回目の「父母の日」を迎えることによって初めて、家庭を中心として世界舞台を抜け出たというのです。イエス様は、国家的舞台でしたが、今世界的舞台を抜け出したというのです。(拍手)。
それで、米国を中心とした自由世界の統一教会に対する反対は、すべて過ぎたのです。そして、共産世界の反対もすべて過ぎました。それから、すべての宗教圏の反対もすべて過ぎました。それから、ソ連を通じて金日成まで交渉しています。条件としては、完全に終わりました。それゆえに、今ではもう先生がいなくても、お母様だけいればみ旨に何の支障もないというのです。
今までは、女性が天地を代表した摂理の代表者として立つことはできなかったのですが、初めて父母の愛を中心として、一体的理想を中心として、お母様を中心とした女性全体解放圏が地上に宣布されたというのが、けさの式典だったのです。(拍手、歓呼)
それで、今からどのようなことが展開するのでしょうか。女性が団結して、女性の解放圏を成して一つになるためには、世界女性同盟をつくって、道端の女性を清算する運動をしなければなりません。今まで女性がサタンの武器になって淫乱の種を蒔き、サタンの一族を繁殖したので、完全に握りつぶさなければなりません。サタンの非法的な愛を退けなければならないというのです。
三十年目に女性解放を宣布したのです。それゆえに、先生一人でも真の御父母様の代身であり、お母様が一人でも真の御父母様の代身です。「レバレンド・ムーンが古稀を過ぎて七十を超えたのだから、後継者が出てくるのではないか」という、そのような言葉は片づけてしまうのです。レバレンド・ムーンの夫人は四十七歳にしかなっていません!
ですから今、先生が第一教主、それからお母様が第二教主だというのです。(拍手)今までは、女性が男性に従いました。今では水平です。ですから、宣教部のようなところにお母様をさっと送れば、「なぜお父様は来なかったのですか」と尋ねてはいけません。(拍手)
それで、このような解放を宣布すると同時に、真の父母と一つになった家庭は、世界のどこにいようと、今まで真の父母が歩んできた道を相続されたので、そこで強く雄々しくすれば、神様と宇宙が先生を保護するのと同じように、その家庭を保護することによって、一つの国を消化させることは問題もない! それを宣布するのです。皆さんが一線に立ちなさいというのです。
本来アダムが完成すれば、天国の父が完成して、エバが完成すれば、天国の母が完成します。そのようにして家庭の主人が立てば、家庭的天国の王権が生まれます。したがって、アダムとエバは、個人的王であり、家庭的王であり、氏族的王であり、民族的王であり、国家的王であり、世界的王になります。今、このような国家基準を越えることができる時に来たので、サタン世界の王権を踏んで天の世界の王権を設定することができます。その日が一九九〇年三月二十七日だというのです。このようにすることによって、世界は今、レバレンド・ムーンが起こすブームに従って回っていくようになっているのです。
真のお母様の訓練の道
では、私たちのお母様は、立派なお母様ですか。(はい)。立派なお母様は、蕩減復帰したので立派なのでしょう? 女性は立派な心だけをもっているわけではありません。くねくねくねくねしているというのです。(笑い)いくら鉄がくねくねして複雑になっていても、また砂鉄になっていても、溶鉱炉に入れて溶かし、まっすぐな鉄棒の形をかたどって流し込めば、まっすぐな鉄棒になるのではないですか。お母様も一度溶鉱炉に入れて溶かして抜き出したので、このようにまっすぐなのです。そうでなければ、母になることができますか。
私にどれほど教育を受けたでしょうか。「私に似なさい、私に似なさい」と言ってきたのです。私の死ぬ日が近いのに、解放してあげなければ母の役割を果たせないでしょう。それでは、恨が残るのです。また、私が死んでも統一教会を導くことができる能力もあるので、お母様が説教する時が来るのです。
紙一枚も二人でもたなければならないというではないですか。今までは、すべて私がもっていたのですが、「地に着かないように端だけ持っていなさい」と言って、持ってくれれば、それも協助したことになるのです。そのような時は、絶対服従しなくてはなりません。お母様にも、しなければならない責任分担の五パーセントが残っているのです。それを私がすべて、さっさっと渡してあげるのです。
お母様は、今まで堕落した世界を復帰することができる真の母として、心的世界がどれほどつらかったでしょうか。それを理解してあげる先生は、それ以上にどれほどつらかったでしょうか。(笑い。拍手)そのつらいことが悪いのではありません。
私がお母様を称賛するのではなく、お母様に良い点が本当に多いのです。素晴らしいというのです。それゆえに、そのようなものをすべて見て、お母様として選んだのではないですか。顔を見れば分かるのです。慎ましいのですが恐ろしい女性です。一度決心すれば、最後まで自分一代でこの複雑な恨の峠をすべて清算するという決心が、私よりもお母様がもっと強いのです。
先生は、今七十を超えたので、ごみ箱の近くに行きましたが、お母様は、今ごみ箱を収拾してそれをすべて掃除することができる主人になったので、先生よりもお母様をもっと重要視することができる統一教会の食口になれば福を受けるのです。
お母様は、生きている間に孝進を完全に訓練しなければなりません。三人の息子を訓練させなさいと指示しています。準備できない人は滅びるのです。その時がいつ来るか分かりません。先生がこのようにはっきりと天理大道を見ながら、数十年前からこれをすべて埋めていき、計画して準備したプログラムに着々と合わせてきたので、今この位置に上がってきたということを知らなければなりません。
モスクワ大会勝利帰国市・道別真の御父母様歓迎大会
一九九〇年四月三十日から五月二十二日まで、各市・道別の統一グループが主催する「モスクワ大会勝利帰国真の御父母様歓迎大会」が、全国十二の市・道において、総勢二十三万三千三百人が参加する中で開催された。五月十四日蚕室ソウル・オリンピック・メインスタジアムにおいて開催されたソウル大会は、十万人が群がった。
今はもう救援摂理時代ではありません。愛援摂理時代を宣布しました。昨年(一九八元年)八月中旬でした。ですから今は、救援は必要ありません。その時から米国を中心として、共産世界まで愛の摂理時代に入っていったのです。そして、八月三十一日には、「八定式」というものを行いました。縦横に八段階の蕩減路程をすべて通過したのです。それから、九月一日には「天父主義時代」を宣布しました。
それで、昨年十一月から統一教会内において、各自個別に活動していたものを統合させたのです。「天父主義」、すなわち天の父母主義が出てきたので統合しなければなりません。十一月に統一グループを中心として、統合運動をしたのです。次には、統一グループを中心として真の父母歓迎大会をし、それが終わったのちに全国的に真の父母歓迎大会まで終えたのです。さらにソ連に行ってきて、国家的な次元においての真の父母歓迎大会を終えたのです。
真の父母は、そのように縦的に、横的にすべての統一グループの団体を一つに結んだのです。今までの救援摂理では個人蕩減でしたが、今からはグループ蕩減時代に越えていくのです。それで今年の古稀の祝宴が終わるや否や、統一グループを中心として真の父母歓迎大会をしたのです。
一九八八年を中心として、ブッシュを立てることによって、アベル圏はすべて収拾し終わったので、これからは、カイン圏を収拾するのです。サタン側の世界的なカインを先生が屈服させました。ですから、国に定着することができる時が来たというのです。ローマとイスラエル国家圏がすべて屈服した立場に立ちました。そして今ではもう国を取り戻すことができる時が来たので、国の父母として登場するのです。
ヤコブの立場にいる米国・日本・韓国を代表したI文総裁が、エサウの立場にいるソ連・中国・北韓を代表したゴルバチョフに会い、その心の中に天の真の愛を植えてあげたということは、サタンを自然屈服させるヤコブの還故郷になるのです。今、エサウには、兄弟と一つになって天の父母に侍る道だけが残っています。
これは、歴史始まって以来最大の事件であり、天の側の勝利をもたらす新しい起源になるのです。それゆえに、文総裁は、直ちに帰国して大韓民国の国民と民族の前に、真の父母歓迎大会を通して真の父母を宣布したのです。そのようにしてこそ、金日成の基盤が、悪なるサタンが退くように、天が陣をはることができるのです。真の父母歓迎大会を通して「真の父母」を宣布することによって、北韓と金日成の集団に対峙することができる天の側の基盤を確立したのです。
このようにして一大転換時期を迎えるのです。それで、天地父母宣布と真の父母歓迎大会を世界的に行いました。日本でも行い、米国でも僑胞を中心としてすべて行いました。
原理から見れば、間接主管圏と直接主管圏が、「真の父母」を宣布することによってすべてなくなります。直接主管圏と間接主管圏は、責任分担を完成することによって達成されます。責任分担とは何ですか。アダムとエバが成熟して、神様と愛の理想を中心として一体となれば、九段階、十段階と上がっていって水平線でぱっと広がるのです。その上にはサタンがいません。
氏族的メシヤ宣布大会
真の父母歓迎大会を発表したので、真の子女、真の家庭歓迎大会をしなければならないのですが、それは誰がしなければならないかといえば、皆さんの一族がしなければなりません。統一教会全体と国民全体が真の父母を歓迎しましたが、今から皆さんの一族に帰って、私たちの先祖を探し出したと称賛することができる、真の血族を中心とした、一族を中心としたそのような歓迎大会を終えなければなりません。それが氏族的メシヤ宣布だというのです。
真の父母の伝統は立ちましたが、今から天国の王権を受け継ぐ血族的横的基盤を編成しなければならないので、皆さんは、王子、王女として家庭的、氏族的歓迎大会を宣布しなければなりません。今までに祝福を受けたので、その橋の約八○パーセントは私がつくってあげました。ですから、あと少しだけすれば、すべて終わります。
氏族的メシヤです! 氏族の救世主です。氏族の救世主という名前をもったというのです!メシヤが来ることをどれほど待ちましたか。何千年待ちました。ですから、皆さんの氏族の前に、メシヤとして任命して送ったそのメシヤの種子がどれほど貴いですか!
氏族的メシヤとして行きなさいということは、あなたの氏族に行って新しい種を植え、そこに生じていたすべてのものが偽物であり、偽りのオリーブの木なので、真のオリーブの木が生じるようにするのです。偽りのオリーブを切って接ぎ木し、真のオリーブの木畑をつくりなさいというのです。その一族においては、これ以上の福音がありません。国を取り戻すことよりも、世界を取り戻すことよりも、天地を取り戻すことよりももっと貴いのです。
統一教会がそのような権限をもっていて、文先生が神様を身代わりにそれを任命することができる資格があるというときには、死んでいった皆さんの霊界のすべての先祖は目をむいて喜ぶでしょう。数千年、数万年間、この時間をどれほど待ち焦がれたでしょうか! 皆さんの回生が問題ではありません! 先祖の生命力を中心として、標的として生まれたというのです。
忠北清原教会献堂および統一会館開館式
一九九〇年十一月二十四日、忠北清原郡南一面孝村二里において、真の御父母様と三百人以上の食口たちが参席する中で、清原教会厭堂および統一会館開館式が行われた。同会館は、敷地四百七十六坪、建坪二百五十八坪に鉄筋コンクリート三階建てで建てられた。真のお父様は、「故郷を誇ろう」という題目のみ言を語られ、祝祷してくださった。
きょう皆さんは、韓氏の故郷に集まりましたが、韓氏だけの故郷に集まったと考えるなというのです。これを大きく見れば、大韓民国白衣民族の一部分として連結した韓氏の故郷です。これをまとめて各姓氏が、この韓氏の故郷を自分の故郷のように愛する心をもつことができるようになれば、ここがどれほど美しい所になりますか!
また、どこに行こうと、自らの故郷を拡大したものだと思う心をもって先祖の前に手本になり、自分の姻親関係にある人々から追慕され、また後代の前に尊敬を受けることができる存在にならなければならないという心をもって生きなければなりません。三千里半島のどこに行っても、そのような心をもって生きなければなりません。そのように思うとき、韓氏なら韓氏の先祖を中心として生きることだけではいけないというのです。すべての姓氏を自分の故郷と同じ立場で侍って暮らし、さらに倍達民族ならば倍達民族、白衣民族ならば白衣民族と共に、全体の故郷で暮らしていると思って生きなければならないというのです。さらには、アジア人、世界人類全体の故郷を代表した生活を送るかのように生きなければなりません。そのように生きるようになるときに天地が称賛するのです。
〈祝祷〉
愛するお父様! 南北が交錯したこの時点においても、あなたの摂理のみ旨は、人類を救援するための役事の路程を日々前進させていることを知っています。
きょう、ここ清原郡に統一教会を献納するようになったことを感謝申し上げます。この殿堂は、国の前に名がなく、世界に誇ることができる内容はありませんが、ただ一つ、愛の殿堂にならなければならないということを忘れないようにしてください。真の愛を中心とした永存なさる神様の根本的根源と共に、真の生合体が結合し、和合して、この国を救援するための努力をすることができる一つの教会になるように許諾してください。
それだけではなく、自分だけが幸せに暮らすのではなく、後代のために、未来に連結することができる自らの血族のために生きるにおいて、あらゆる最善を尽くしながら、神様が過去、現在、未来を抱いて愛される、そのような心を受け継いで、過去と現在と未来を愛することができる愛の主人公、生命の主人公、血肉を受け継いだ男性と女性、主人になるように許諾してください。
そのようにすることによって、この家は、忠清北道で神様が真の愛を探し出すことができ、真の生命を探し出すことができ、真の子孫を探し出すことができる本堂にならなければなりません。それで、天上世界のすべての先祖が地上の希望の基地として訪問することができると同時に、忠北道民はもちろん、四千万の韓国民族全体がここを慕い、心から欽慕して同化することができる、一つの温床地になるように許諾してくださることを懇切にお願い申し上げます。
さらに、韓氏の故郷を中心とした所ですので、ここから、韓氏の中から天に記憶される多くの人々が連結されて、大韓民国においてそのような伝統を連結させることができる韓氏の本場となるように許諾してくださることを再度お願いいたします。
三 アジア平和女性連合韓国・日本大会
神様祝福永遠宣布式
──「七・一節」制定
真の御父母様は、一九九一年七月一日、ソウル市の漢南洞公館において、二百人以上の中心指導者たちが参加する中で、「神様祝福永遠宣布式」を行われた。真の御父母様は、この新しい名節の名称を「七三節」と定めてくださり、この日を期して全祝福家庭は、氏族的メシヤ登録申請書を提出しなさいと指示された。
今年の七月初日は、たまたまある年の七月初日ではありません。摂理史から見る時、これは三年路程の中心となる年であり、歴史的な転換期なのです。転換期だというのです。すべての情勢もそうであり、歴史の流れも今からは変わらなければなりません。
今まで宗教が多くの血を流しました。血を流したその代価が、どこに行って実を結ぶのかを知らずにいます。それが真の父母です。真の父母によって宗教圏と政治圏、それから民主世界圏と共産圏が統一されるのです。八月にすべて終えてしまおうと思うのです。それで宣布式をするのです。宣布式をすることによって、天ではすべてそのように編成されるのです。今まで共産世界と民主世界が怨讐となって闘っていましたが、霊界で連合運動が展開されるのです。
その次には何ですか。その次には長子権復帰でしょう? 長子権に引っ掛かり、宗教圏と非宗教圏、天国と地獄に分かれたのです。これをすべて復帰することによって、霊界から変わります。アダムを中心として、天使長が長子権を略奪したことを復帰することによって、天使世界がアダムを育てて成熟することができる時まで養育したその本然世界へ入っていきます。霊界が人間世界を利用できないというのです。
それで、このような統合をしようとするのです。統合することによって、自分たちが振る舞うことのできる権限がなくなり、みな水平になってしまいます。上に上がっていくことができるのは、真の父母と天の権限しかないのです。それで、この宣布式をしなければならないというのです。先生を中心として、処理しておかなければなりません。
霊界と肉界が、今まで自分勝手に行ったり来たりしていたのです。しかし、今ではもう霊界と肉界が一つの道を行くというのです。正統還元時代が来るというのです。サタンがいなくなり、サタンを許してあげたので、神様が主管する時代に入っていくということなのです。霊界と肉界は、完全に正統、正道の道に還元して神様の世界に入っていくのです。
このようなすべての内容を備えたので、神様の勝利と真の御父母様の栄光の時代が到来することを宣布したのです。宇宙の前に、万有世界の前に宣布したので、それが一つの法になり、それを中心として霊界を統治します。
完全解放です。愛を中心として、全権を発表してしまったのです。愛を中心として、民主世界と共産世界だけでなく、全人類に向かって、永遠の愛を中心として永遠の祝福を宣布してしまったのです。アダムとエバを祝福しましたが、責任分担を果たすことができず、愛の理想を成すことができずにすべて壊れていきました。今、先生が愛を中心として、三大祝福の愛を再起させて永遠の祝福を宣布するということは何かというと、今から全人類が蕩減圏からすべて外れるということです。
皆さんは、本部で氏族的メシヤとして登録しなければなりません。今日、どのような道を選ぶのですか。皆さん自身の道ですか、原理の道ですか。(原理の道を選びます)。家庭へ帰らなくてはなりません。そこが神様の真の愛のセンターです。それでこそ解放されるのです。これが生きていく目的です。帰るという人は、両手を挙げてみましょう。その次の結論は、私たちが皇族になるということです。
「アジア平和婦人(女性)連合」東京大会
第一回「アジア平和女性連合」大会が、一九九一年九月十七日、日本の東京ペイNKホールにおいて、七千人以上の日本の知識層の女性たちが参加する中で開催された。真のお母様は、同連合の顧問として、「アジアと世界を救援する真の愛運動」という題目の招請講演(通訳・朴普煕)をされた。
真のお母様の顧問あいさつのみ言:アジアと世界を救援する真の愛運動
尊敬する大会長、「アジア平和婦人連合」の会員と来賓の皆様、そして、日本全国各地からお集まりになった女性指導者の皆様、きょう私は、歴史的大変化の岐路に立ち、この間わずか五年余にしかならない「アジア平和婦人連合」がこのように成長し、このような立派な大会を開催するようになったことを心より祝賀してやみません。
今世界は、歴史的大転換期を迎えています。一九一七年のボルシェビキ革命以来、七十年以上の間、世界の半分以上を席巻しながら数億の人類の血を流し、全人類を恐怖と戦慄のるつぼに陥れた共産主義の宗主国ソ連が、ついにその赤い旗を下ろして歴史の彼方に消えるようになりました。
これはすなわち、神様を否定する無神論の世界観が負けて滅びたということです、葛藤と闘争と憎悪の哲学がその限界を現したのであって、共産党の一党独裁体制がその破滅を宣言するものです。
経済的平等を主張してきた共産主義が、むしろ経済的破綻によってその終末を告げるように、自由の理想を主張してきた自由民主世界も、やはりその自由の影のもとで性道徳の紊乱と暴力、麻薬等、深刻な価値観の混乱によって社会的破綻を迎えているのです。
事実、歴史的価値の中でも、最も重要なものは、家庭を中心とした価値観だと思います。古語に「家和万事成」という言葉があります。これはすなわち、家庭が平和の根本だという意味です。
そして、このような家庭を築くにおいて最も重要な要素は真の愛です。真の愛というものは、愛の中でも神様を中心とした絶対愛をいうのです。すなわち、愛することができないものまでも愛するのが真の愛なので、真の愛の中においては、怨讐までも愛さざるを得なくなります。さらには、相対のために生きて生命までも捧げる犠牲的愛が真の愛なのです。したがって、真の愛の中においては、個人はもちろん、社会や国家間の対立や葛藤さえも完全に超越し、溶解され、真の平和が成し遂げられるのです。
この真の愛は、創造と繁殖と発展の原動力になります。すなわち、すべてのものは、投入すれば消耗して終わってしまうのですが、真の愛は投入すればするほど大きくなるのであり、また増加して戻ってくるのです。したがって、このような真の愛の中においてのみ「永生」という言葉が可能になるのであり、真の愛を実践する家庭と社会は、永遠に滅びないで発展するのです。
このような観点から見る時、私の夫、文鮮明牧師の教えである「ために生きなさい」というみ言は、平和世界建設の基本指針になるのです。このような真の愛の起源は、神様です。そして、神様は、このような真の愛を実現なさるために人間を追ってくださったのです。
文鮮明牧師も、この真の愛の絶対的な道を知っていらっしゃったので、その多くの迫害と受難を経ながらも、自分だけのために生きられずに神様と人類のために生きてこられたので、ついに今日のこの世界的な統一教会の基盤を築かれたのです。
それだけでなく、このように世界的な仕事をする方の妻として、私もこの真の愛を中心とした勝利の因縁があるので、家長の痛みを家族全体の痛みとして骨の中に深く刻みながら、共に分かち合うことができたのであり、どのような難しいことにぶつかっても、孤独な夫を考えて表情に出さずに微笑を失わないように努力したのです。
女性の真の幸福を、父母の愛、夫の愛、子女の愛から見いだそうとして「ため」に生きてみると、自然に私の生涯の目標は、真の愛を中心に、きのうよりきょうをもっと「ため」に生きて感謝し、またあすをきょうよりもっと「ため」に生きて感謝し、もっと努力する、そのような生活になったのです。
さらには、今日立派に成長した十三人の兄弟姉妹の母としての役割を、成功的に遂行することができたのも、やはり、このような真の愛を中心として、私たちの家庭がすべて一つになったからだと思います。どの家庭においても、神様が臨在されれば、父母も子女も、すべて神様の愛と生命と希望を共に分かち合ってもつことができるからです。
尊敬する「アジア平和婦人連合」の指導者の皆様! 迫り来る二〇〇〇年代は、米ソ両国の対決時代も、多国の混乱時代もない、神様の真の愛を中心とした神様の世界にならなければなりません。経済力や軍事力を通した弱肉強食の世界支配論理が存在した時代は過ぎ、これからは、神様の真の愛を教えてくれる「神主義」に基づいて、東と西、南と北、そして、すべての文化と人種と思想が一つに溶解されて一つの世界を成し遂げなければなりません。
既に文鮮明牧師は、今年の八月二十七日と二十八日に韓国のソウルにおいて、「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」を結成されました。
尊敬する日本の女性代表の皆様! 今、皆様がアジアと世界のために生きようという真の愛の実践者となる時、今日のこの歴史的大転換の時点は、日本はもちろん、アジアが世界へ飛躍することができる重要な契機となるのです。皆様は、アジアの母であり、世界の母として、皆様の生活舞台の幅と次元を広げ、高めて、新しいアジア、新しい世界を建設するにおいて先頭に立ってくださることを願います。
日本統一教会全国信徒大会
日本統一教会全国信徒大会が、一九九一年九月十八日、日本の東京ベイNKホールにおいて、七千人以上の食口たちが参席する中で開催された。真のお母様は、「エバの使命」という題目のみ言を語ってくださり、集まった食口たちに真の御父母様がサインされた貴石を分けてくださった。
真のお母様特別講演:エバの使命
愛する日本食口の皆様! 神様と真の御父母様の祝福が皆様の家庭に満ちあふれることを祈願します。
私は、母としてこの点を考えてみました。お父様が日本の幹部を集めて語られるのをそばで見つめながら、多くのことを考えました。お父様が日本の食口にエバの使命を強調なさるたびに、私は、日本の食口たちが非常に近く感じられました。なぜなら、私もエバだからです。
再臨主が新郎ならば、エバは新婦です。そして、本来キリスト教が新婦としてエバの使命を果たさなければならなかったのです。しかし、キリスト教は、お父様に反対しました。新婦が新郎を裏切ったのです。それで、お父様は悲しまれたのです。何の基盤もなく、一人で四十年の世界的荒野路程を行かれなければなりませんでした。お父様は、再び新婦を取り戻さなければなりませんでした。そして、世界キリスト教の代わりとして探し立てられたのが世界基督教統一神霊協会であり、その中でも、エバ国家として選ばれた日本の食口たちです。日本の祝福家庭の数が韓国の祝福家庭よりも多くなったことも、お父様が日本をエバ国家、すなわち新婦国家として祝福なさったからです。
このような意味で、摂理的アダム国家である韓国と日本は、一つにならないといけない宿命的な関係にあるのです。韓国と日本の間の国際祝福結婚の摂理が、正にこの二つの国をつなぐ摂理的架け橋であることを皆さんはよく知っているのです。また、日本の国内にいる韓国の僑胞たちも、アダム国家の復帰、すなわち南北統一に重要な役割をするようになるという事実を記憶してください。
エバは、新婦でありながらも娘と母の立場をもっています。したがって、エバには、新婦の使命、娘の使命、母の使命があるのです。それで、お父様は、世界復帰の経済的責任と献身を皆さんに要請なさったのです。神様の前に、真の御父母様の前に、皆さんは祭物となった立場で、もっているすべてのものを捧げながら、精誠を尽くして侍らなければならない立場に召命されたのです。お父様は、日本食口に引き続き経済復帰、万物復帰を強調されながら、多くの責任量を下さいます。
日本の幹部に命令なさる時のお父様は、非常に厳しいのです。譲歩がありません。しかし、部屋に入ってきて祈祷される時は、日本の食口たちの難しい事情を思って涙を流されます。
日本の摂理に責任をもった幹部たちの名前を一人一人呼ばれながら涙で祈祷して、日本の食口たちのために全身で精誠を尽くされます。
娘は、いつも父母の喜びと慰労の対象実体であり、父母が疲れてつらい時も、明るくて明朗な娘は、その疲労を忘れるようにしてさしあげます。日本の食口たちは、神様と真の御父母様の前に、このような慰労と喜びの対象の立場に立つことができる代表であることを忘れないでください。
母は、子女のためならばどのような犠牲も甘受します。皆さんの中で、子女を産んでみた人は分かると思いますが、母でなければ、誰がその産みの苦しみを受け止められますか。したがって、母の愛は犠牲です。
きのうの九月十七日、「(アジア)平和婦人連合」大会を勝利的に執り行いました。アジアの平和と繁栄は、今私たち女性にかかっています。
そして、きょう私たちは、もう一つの神様の摂理のために席を共にしました。神様の愛を裏切ったエバのすべてのものを、歴史的に総蕩減して復帰されたエバとして、新しい出発の価値を高めようというのです。「世界統一教会女性連合」を結成することによって、復帰摂理を新しい次元に発展させるために席を共にしたのです。
昨年お父様は、モスクワ大会を通じて世界的な長子権復帰を完成され、「七・一節」を通じてこれを宣布されました。それゆえに、今後家庭、民族、国家、世界的次元において、すべてのカイン圏は次第に崩れていくでしょう。
そして、お父様は、長子権復帰を父母権復帰に連結させるために、「還故郷」を強調していらっしゃいます。本来、家庭で長子権、父母権を喪失したので、これを取り戻そうとすれば、皆さんの家庭がある故郷に帰り、自分の氏族を中心として、復帰の基盤を築かなければなりません。
今、私たちの前に残ったものは、王権復帰を通じて地上・天上天国を建設するという課業です。「世界平和連合」と「世界平和宗教連合」の土台の上で、今後私たちがしなければならない使命は、王権復帰を完成することです。
母として、皆さんの事情を誰よりもよく知っている私は、皆さんを休むようにしてあげたいと思うのですが、神様のみ旨とお父様が苦労なさる姿を見れば、そのようなことができないので心が痛いのです。皆さんが暮らしている家にも訪問して、皆さんの事情を一緒に分かち合い、皆さんの子女が成長する姿も見たいと思った私の心を伝えます。祝福家庭の子女たちは、神様の希望です。
ぜひとも勇気を失わないで強く雄々しく前進しましょう。お父様と私は、皆さんと皆さんの子孫のために絶えず祈祷します。
真のお母様の日本二大大会の意義
お母様も、夫に従っていけばそれですべて終わると思っていたでしょう。最初に「大会をしなさい」と言った時には、それこそ雷が落ちるように感じたでしょう。日本の口八丁手八丁の女性たち、総理大臣の夫人まで出てきて座っているその前に行って、頭を押さえつけるような内容を大声で演説しなければならないということは、並大抵のことではありません。
お母様は、今まで四十年近く先生に従ってきながら、壇上においての訓練を受けてきたのです。先生が語ることや様々なことを見てきながら、壇上に立った時の先生の姿と全く同じようにできるよう訓練してきたというのです。そして、「きょうはここが間違った」と言って先生が鑑定してあげるのです。そのように訓練を受けてきたというのです。
また、そのような素質をもっているので、日本に来るや否や、七千人の前で話すことができるのです。考えてみなさいというのです。一度も壇上に立って話したことがありません。他の食口たちのように、伝道をしてみたこともなく、そのような訓練も受けたことがないのです。そのような基準で、異国の地、日本の最高の知識人集団の真ん中に立ち、万人が注目する前で話すのは大変なことでしょう。その底力は、途方もないのです。その内容を理解して堂々と自分の所信を発表するのです。ですから、その大会に参加した多くの人々が感動を受けたというのです。
それを見れば、先生が正しく教育したというのです。「このように、あのようにしなさい」と言って何度も覚えるようにしたのです。先生は、普通十二時になってから部屋に入っていきます。その時から訓練です。ですから、寝ているのに起こして、「練習する時間です。起きなさい」と言うので、お母様は、「一晩だけ休ませてください」というようなことが展開されるのです。そのようにすべて準備をしなければ、外部の侵入による弊害が生じるようになります。防御するためには、あらかじめ準備をしなければなりません。
他人が知らない受難と苦痛を味わいましたが、そのようなすべての困難を経ていった過ぎた日のその材料が、人格の素養を完成させるのに偉大な貢献をしたという事実を忘れではなりません。初めて数万人の観衆を迎える立場で、そのように堂々として勇ましく、自然に、能力を備えた理想の優雅な姿態をもって現れたという事実、それは奇跡ではありません。そのような環境のすべての背後には、そのようなことを凌駕することができる過去の歴史があったことを、皆さんは忘れてはなりません。
アダム国家の前にエバ国家として選んだのが日本なので、日本から始めるのです。お母様が日本のすべての女性を結ばなければなりません。外的女性、内的女性を完全に結ばなければなりません。外的女性は「アジア平和女性連合」であり、それから内的女性は「世界統一教会女性連合」です。この二つを一つにするのです。
統一教会において、お母様に先生の代わりの第二教主だと名前をつけてあげたのですが、「その名前をいい加減につけたのではないのだなあ! 先生がよく知ってつけたのだなあ!」と感じるでしょう。孝進が行ったのも、母子協助するために行ったのです。神山は、お母様に直接従っていったので、福が多いでしょう。
今回お母様が行くときに役員を選定しなさいといって、各県に百人ずつ活動人員をすべて配置したのです。全部で四千七百人です。その人々を済州道に連れていって教育しようというのです。その一人が百人ずつ糾合運動をすれば、約六十万になります。そして、韓国僑胞と結んであげようというのです。
女性連合は、五年前に先生が日本で始めたのですが、主体は韓国です。先生が日本エバ国家を通して韓国に上陸させるためなのです。先生は、アダムとして、天使長に勝利して帰ってくる途中にいます。勝利すれば、大陸に接している韓半島を中心にして、アジア大陸上陸作戦をするのです。
真のお母様のみ言
お父様も、もうすぐ日本に出発する日が近づいてくるので、しきりに練習しなさいとおっしゃり、釣りから帰ってこられても、きょうは原稿を読んだのかと、原稿を自分のものとして消化することができたとしても、それに自分の感情が生きていなければならないとおっしゃりながら、御自身が座って二度練習するようにされました。行く前の日まで、その原稿では良くない、直さなければならないとおっしゃいました。
事実、お父様も安心できないでしょう。特に、教会の食口たちだけを相手にするのではなく、一般の社会活動をしてきた人々を相手にして、誰々の夫人という資格で話をしなければならないので、たくさん心配されたでしょう。
しかし、お父様がお一人で決定されて私に行きなさいと言われ、その日が近づいてくるので、「ああ! もう天にゆだねるしかない」と思いました。お父様には、「お父様と一緒に行くつもりで行きます」とあいさつをして出発しました。
大会の日の前日、夜遅くに到着しました。東京は、交通がとても混雑していると思いました。私は、日本の本部教会の地理的状況をよく知っているのですが、そこに泊まれば、大会会場まで行くのに様々な支障があるのです。そして、同行者たちもいるので、自分たちが決めたとおりにホテルに泊まることにしました。
その日の晩、主な幹部たちが大勢集まり、大会において読む原稿を朴普煕氏に読みなさいと言いました。それを聞いて日本の食口たちが、柔らかい母親としてのイメージにあまりにも堅苦しい言葉だと、しきりに言うではないですか。最後に、原稿を少し修正することを願いましたが、「この原稿は教科書なので、どうして勝手に変えることができるでしょうか。できません」と言いました。すると、朴普煕氏に通訳を上手にやってくださいと言ったようです。ですから、おそらく朴普煕氏は、夜を明かしたことでしょう。
その人は、完全に準備ができていても、最後まで最善を尽くす努力家です。いつもお父様に侍って従いながら、通訳をするときも、同じことを祈祷しながら続けて努力し、精誠を尽くす人なので、その日も、原稿を前に眠ることもできず、神経をたくさん擦り減らしたようです。それで、一言で言って、とても上手に通訳しました。
私は日本語ができませんが、勘で理解できるものがあります。また、ある言葉は、韓国語の発音と似ているものもあるので、今あの人がどこどこから始めたということを把握できるのです。その人が終わるや否や番号をぴたっと合わせていくことができるので、とても自然にできました。
しかし、大会の日が近づいてきて、いざ出ていこうとすると、緊張していることだけは事実でした。それで、聖書の良い例のように、強く雄々しく、お父様のイメージを損なわない立場でしなければならないという思いで、堂々と、自然に行動しようととても努力しました。そして、大会を終えると、「とても素晴らしい」と言うので、私は本当に負担に思いました。
事実、講演は、十七日と十八日で終わるようになっていて、その次は、自由に行動するようになっていました。十七日の講演会は、全国的に「アジア(平和)婦人連合」の主催なので、一回で終わります。ところが、十八日の信徒大会は、食口たちが参席するのですが、献身している日本の食口だけでも、全体で五万を超えます。指定された座席は七千席でした。そこは、韓国とは違って、正確に指定された座席以外には参席することはできず、全体の食口たちがとても寂しく思っていました。
自分たちがスケジュールをすべて組んで、お母様をお迎えすることをこれほど期待して待っていたと言いながら、今回来た機会に、少し時間をとって全国を巡回してくださいと、しきりに事情を言うのです。ですから、どうすることもできないではないですか。また、日本に来る前、二ューヨークにいるときに、朴奉愛さんが夢を見たと言い、また、賢実さんも来て、お父様の重荷を軽くしてさしあげるには、お母様が立ち上がれば事が解決されると言いながら、あまりにも負担を与えられました。それで今回は、食口たちが願うので、計画どおりにしようと承諾をして進行することにしました。
事実、十八日のみ言の原稿を読みながら、私はたくさん泣きました。お父様も、生きた命のみ言によって日本の食口たちを復活させてあげることを願われる立場であり、また、私自身がそのような立場でするようになったので、日本の食口たちもたくさん泣きました。
皆さんも、報告を聞いて感じるものがあると思いますが、日本は、本当に信仰が生きています。そのように、少しでも触れれば泣くのです。ですから、韓国の食口たちが負債を負ってはいけないということを感じます。
お父様が行かれるときに、神山氏に願う五つの項目の中で、お母様のみ言を大々的に日本の食口たちに伝えなさい、そして、二番目は、真の御父母様の涙と日本の食口たちの涙が一つになればできないことがないという、そのような内容のみ言を聞きました。それから、四千個団を二万にしなさい、倍加運動をしなさい、伝道をたくさんしなさいというみ言がありました。
最後には、幹部会議に行きながら、私が先任者と後任者の態度に関して、聖書の例を挙げて話をしました。そして、自然に内的な話をしていくと、私も泣くようになり、食口たちもみな泣くようになりました。
しかし、日本に行くときに、私の使命が重要なので、重苦しい気持ちで行きました。私は、段階的に始めるのはよいのですが、いつも上から始まるので、負担が大きいのです。順々に踏んで上がっていけばよいのですが、最初からそうです。お父様が四十年苦労して築いておいた基盤の上に立ってなそうとするので、全霊界が注目して本当に負担が大きいのです。今、帰ってくるとき、「心が軽い」と言うことはできません。より責任を感じます。母の時代になるのはよいのですが、自由がありません。
私は、お父様に影のようについて回っていた時がもっと良かったと思います。今どれほど、負担になるか分かりますか。吐息一つまでも、今回、日本に十日間行ってきてみると、根掘り葉掘り、食べるものまですべて記録に残すのです。ですから、それを表現することもできず、言葉にすることもできずに負担でした。
「アジア平和女性連合」韓国大会
「アジア平和女性連合」韓国支部創設大会が、一九九一年十月三十一日、ソウル市、リトル・エンジェルス芸術会館において、各界各層の女性指導者二千人以上が参席する中で開催された。引き続いて、創立二十日目である十一月二十日、ソウル・オリンピック・フェンシング競技場において、日本の各地域の代表千五百人と全国各地から集まった女性一万五千人が参席する中で、「アジア平和女性連合」全国大会が開催された。
真のお母様全国大会基調演説:「アジア平和女性連合」が行く道
親愛なる「アジア平和女性連合」の会員の皆様! そして、玄界灘を渡って、この大会を祝賀するために参加された日本女性連合代表の皆様!
私たち女性が、「愛と平和の新世界」のために、「アジア平和女性連合」全国大会を開催したことは、ただ偶然に成されたことではなく、神様の摂理であり、とうとうと流れる歴史の必然であり宿命なのです。
今までの歴史においては、男性の役割が強調されました。男性中心の世界秩序であり社会体制でした。なぜかというと、過去の歴史は「力の論理」が支配したからです。
しかし、今の時代は違います。今日の歴史は、平和、和解、慈悲、愛、寛容、奉仕、犠牲を要求しています。男性的な「力の論理」だけでは、現実問題を解決できない時代です。
昨年四月十一日、私は、夫の文鮮明牧師と共に、その時まで世界共産陣営の総本山だったモスクワのクレムリン宮でゴルバチョフ大統領に会いました。
その時、私の夫は、ゴルバチョフに「ソ連の成功は、すべてのことにおいて神様を中心とするか否かにかかっている」と忠告しながら、「無神論は、自己破滅と災難を招くだけ」であると説得したことがあります。そして、ソ連が生きる道は、共産革命の父、レーニンの銅像を撤去し、宗教の自由を認めて宗教的価値を国民に教育することだと忠告しました。
その時から、ソ連は急速に変化し始めました。特に私の夫と統一教会に対する反応は、正に革命的でした。
五千人以上のソ連の大学生が「統一原理」の教育を受け、千人以上の教授と政治指導者が「統一原理」の教育を受けました。
これまで私の夫、文鮮明牧師が、韓国社会でどのような受難を経られたのかは、皆さんがよく知っています。既成キリスト教会の無理解の中で迫害されたことは言うまでもなく、北朝鮮の共産政権だけでなく、韓国政権からも弾圧を受け、異邦国の米国においても、ダンベリー監獄の受難を経なければならなかったのです。
私は、そのような夫の背後で、涙もたくさん流しました。神様のみ旨のために、途方もなく苦痛を受けるその方を信じて内助しながら、妻として、また十三人の子女の母として行かなければならなかった道は、順調ではなかったのです。
神様が人間を創造されたのは、愛することができる対象が絶対的に必要だからです。人間世界の父母が、自分の子女が父母よりもっと立派であることを願う心は、正に神様が人間を追ってくださる時に抱かれた真の愛の心情にその根をおいているのです。自分よりも相対がもっと立派であることを願う心は、本来神様から来た真の愛のためです。
本来、真の愛というものは、神様の絶対愛のことをいうのです。そして、愛には相続権があり、一体になることによって永生の論理が成立するのであり、真の愛を実践する家庭と社会は、永遠に滅亡せずに発展するのです。
私は、今日私たち女性がこの真の愛の実践を通じて平和世界を成し、価値と道義の新時代を開くためには、先程話したとおり、次のような三つの次元を考慮しなければならないと思います。
第一に、私たちは、私たちの子女が神様に代わって信じることができる母にならなければなりません。母の愛は犠牲です。したがって、私たちは、このような母の犠牲的な愛によって、罪悪に苦しめられ、あらゆる退廃に枯れていく生命を蘇生させることができなければなりません。
第二に、私たちは、夫が神様に代わって信じることができる妻にならなければなりません。夫に向かうまっすぐな貞節がその解答です。妻の貞節は、私たち固有の美徳です。このように思う時、私は、夫、文鮮明牧師が、人類の始祖アダムとエバが善悪の実を取って食べるなという神様の戒めに背いて犯した原罪は、ほかでもない愛と血統の秩序を破壊した不倫な性犯罪だということを明らかにした「統一原理」の教えこそ、人類をこの不倫と退廃の沼から救い出す福音の中の福音だと宣言せざるを得ないのです。この教えによって結ばれる統一教会の「祝福結婚」、これこそ世界を救援なさる神様の真の愛のみ手であることを、万世界に宣布せざるを得ないのです。
第三に、私たちは、国家が神様に代わって信じることができる女性、民族の娘にならなければなりません。娘が守るべきことがあるならば、それは純潔です。娘が父母を最も喜ばせることは、純潔を守ることです。
家庭と社会と国の平和をどこから求め、アジアと世界の平和はどこから何を中心として成されるのでしょうか。
政治家や経済人が主張する政治や経済から成し遂げられたり、国際的な会議や交流を通して成されるのではなく、愛が宿る家庭から平和の新芽が芽生えるということを悟らなければなりません。
特にこのような真の家庭が集まった私たち韓国の「アジア平和女性連合」は、分断された韓半島の南と北を神様の真の愛でその血脈を続ける統一運動を積極的に展開しなければなりません。
ひいては、私は、「アジア平和女性連合」をはじめとして、私たちとみ旨を一緒に歩む世界の女性たちと共に、五大洋六大州に「世界平和女性連合」を結成するように努力します。
そして、最後に「世界家庭連合」を創設することによって、地球星全体に、神様をお迎えして理想を花咲かせる平和の世界が成されるようにする道が、きょうこの全国大会の目的になるのです。この神聖な課業のために、私たち全員がより一層奮発し、積極的な努力をしていきましょう。
真のお母様韓国大会の意義
韓国のお母様に従って韓国の女性の位置に入ってくることができる時になったというのです。交流です、交流。ですから、韓国内において、お母様に従って入ってくることができる運勢が来たので、今日本から三人の女性を連れてきたのです。この人たちが一つになったという条件によって日本の女性とお母様が一つになったというのです。
エバ国家である日本の婦人とアダム国家である韓国の婦人を連結させること、それが「アジア平和女性連合」の役割です。それで、両国が手をつないで母としていくのです。どちら側がアベルで、どちら側がカインですか。女性として日本がカインで、韓国はアベル、レアとラケルの立場です。それを中心に、お母様と一つになるのです。
日本女性を韓国女性と連結して、お母様と一つになるようにするのです。それが復帰です。先生は、男性として長男と次男を復帰し、それと同時にお母様は、女性を中心に長女と次女を復帰します。復帰して神様の前に帰るのは、アベルを通して長子を復帰することと同じ役事過程です。米国とソ連を中心として、長子権復帰が成されたので、あとはお母様が復帰しなければならない立場です。それで、代表的な国家である日本と韓国の女性を結んであげるのです。
きょうを期して、今後において母子協助圏が待っているのです。お母様が十月三十一日に発起大会を行い、二十日目に全国大会を行いました。このような大会をしたということは、歴史にないことです。神様が保護してくださいました! 私は、前もって見ていました。
昔、統一教会が始まる時に、多くの人たちが先生に引かれてきたように、お母様を見て、やたらに喜んで引かれてくるのです。私が原稿の修正もすべてしてあげたのですが、私には涙を一度も流してくれず、一度も拍手してくれたことがないのに、お母様には、なぜそのように拍手して大騒ぎですか。春風が吹いて踊ったようです。八道山川の高速道路をバスで帰りながら、踊っているという報告を受けた時、「なぜ狂ったように踊るのか」と言ったのです。女性が新しい歴史において初めて解放の旗を掲げているので、女性は踊りを踊らざるを得ないのです。
百三十七ヵ国に日本の女性を連れていったのです。百三十七ヵ国のすべての国が、日本の女性を中心として「女性連合会」をつくり、エバの踏み台を通じることなくしてはアダムが立つ位置がないのです。各国ごとにつくり、お互いに連結して大会をするのです。重要な六大州で大騒ぎして、代表国家で数万人ずつ集まってラッパを吹き、太鼓をたたけば、女性はすべて風にあおられるのです。
このようにして「世界女性連合」として登場するのです。それから何かというと、この「女性連合」を「家庭連合」に入れ替えるのです。そして、「女性連合」が「世界女性連合」にまで上がっていく時に、男性たちが世界にそのような風が吹いていることをすべて分かるのです。世界的な「女性連合」を結成すれば、「家庭連合」が必要な時に、全世界百六十ヵ国家全体が一時に家庭連合として編成されるのです。
何のためにつくるのですか。「私たちは、世界の娘だ!」「私たちは、天地の娘である!」と自覚する心をもつことができる女性の群れをつくるのです。それが神様の救援摂理の目的です。
第七節 「世界平和女性連合」と世界女性時代
真の御父母様の生涯路程 10
第七節 「世界平和女性連合」と世界女性時代
一 「世界平和女性連合」の創設
真の御父母様の十四年ぶりの日本訪問
一九九二年三月二十六日、「東北アジアの平和を考える国会議員の集い」の招請により、真の御父母様は、十四年ぶりに日本に入国され、三月三十一日午前、ホテル・ニューオータニ新館において中曽根康弘元首相と会談され、午後には同ホテル本館において金丸信自民党副総裁と会談されるなどの日程を送られ、四月一日、ソウルに向かわれた。
金日成は何かというと、共産世界に現れた共産世界における再臨主です。それゆえに、民主世界の再臨主は、左翼と右翼を清算し、イスラム教まで動かして宗教を一つにし、それから金日成という偽りの父母まで屈服させなければなりません。すべて屈服させることによって、今からは怨讐がいません。完全にいなくなるのです。今回、一九九二年三月二十六日でしょう? 日本まで完全にすべて経ていったのです。
今回、先生が日本を訪問したのは、韓国と日本のアダム国家とエバ国家を一つにし、アメリカとドイツを一つにさせるためです。それ以外の国々は、すべて地上天国における一族の王国です。今まで、長子権の王国圏というものがありませんでした。直系の長子権をもって、万人の歴史を指導して余りある伝統的基準を立てなければなりません。天の側の真の愛を中心として、植えつけ、繁殖させ、定着させることによって、一万年が過ぎても変わることのない基盤を残すことが神様の理想なのです。
それを日本の国民に再教育しなければなりません。日本は一つの株式会社のようでしょう?日本は、真の父母と一つになって国にとどまることなく、世界に跳躍することができようになったと考えれば良いのです。日本が、経済力を祝福された基盤の上で、今から精神的な内容をもつようになれば、心身分裂の悲劇の歴史は心身統一されたアダムとエバの完成実体となるはずです。「八定式」以降、すべてのものが収拾されていくという次元に入ってきたのです。ですから、日本政府もそれを知らなければなりません。
エバの中にカインとアベルがいたように、またリベカのおなかの中にエサウとヤコブがいたように、タマルのおなかの中にゼラとペレヅがいたように、日本の中には争う双子がいなければなりません。
それが北朝鮮の朝総連と韓国の民団です。それを日本が消化しなければなりません。消化するには、日本だけではできません。父と一つにならなければならないのです。腹中にいるゼラとペレヅのように、一つの民族を代表した二つの国を一つにしなければなりません。
朝総連と民団を一つにしなければ、エバ国家として立つことはできません。彼らがみな先生を大歓迎することによって一つになるのです。そのようにして、民団と朝総連が一つになることによって、南北の実体である韓国と北朝鮮が自動的に一つになれば、北朝鮮の偽りの父母と韓国の真の父母が条件的に転換されるので、エバがこれを自動的に抱いていってその伝統を韓半島に連結させれば、韓日統一圏ができるのです。
韓半島を南北に引き裂いたのは日本です。それゆえに、根本に入っていって影響を与えることができるのです。そして先生は、左翼と右翼を統一して新郎の位置に戻ってくるのです。戻ってきて、全日成まで転換させなければなりません。
日本にはカイン・アベルのような二人がいるのですが、一人は知性世界を代表する中曽根氏であり、もう一人は金丸氏です。今回行って、この二人を一つにしなければなりません。今回私は、日本の衆議院と参議院の国会議員三十人以上を一つにまとめました。十二弟子以上をつくったのです。
四月十日の十五万人女性大会への準備
皆さん、十四万四千の群れという言葉を聞いたことがあるでしょう? 今年四月にオリンピック・メインスタジアムにおいて、統一教会が十五万人の大会を行いますが、それは何かというと十四万四千の決意大会です。
聖霊は、母の責任を果たすのです。それで女性は、解放される時まで、歴史時代において人類を救済するための肥やしとなり、祭物となってきたのです。そのようにしてきたのが女性の生涯でした。ですから、それを解放してあげようというのです。誰がですか。夫となるお方、新郎となるお方が来て、手を差し伸べて救済する時が来たので、先生が父の立場で道をすべて築いておいたのです。そしてお母様の手を取って女性運動を始めていくのです。
真の御父母様の結婚以後三十三年までは、イエス様が新婦を迎えることのできなかった三十三年に相当するのです。ですから、新婦圏世界撃破時代を迎え、イエス様の世界的な恨を解いてあげることができる時になったのです。イエス様は、新婦を迎えることができずに死んだのではありませんか。それゆえに、この宣布式は、イエス様が死なずに世界的な勝利圏に立って新婦を迎え、天国に入城するための宣布式にもなるのです。
今回の四月十日は、四十数を象徴します。今回、先生が日本に行って一週間で話した時間が、ちょうど四十時間だったでしょう? 四十数です。これが蕩減条件になるのです。四十時間以上話をするようにはなっていませんでした。神様の復帰路程は、どんぶり勘定式にいい加減なやり方で行うものではありません。数理的にすきまなく計画した基盤の上で勝利を固めていくので、サタンがあとから讒訴することはできないのです。
お母様はエバの代表なので、堕落の根源だけではなく、それと関連したすべてのものを発表しなければなりません。これを探し出したのは先生ですが、エバが犯したすべての内容は、お母様が世界的に直接発表しなければならないのです。
お母様がエバの立場で、堕落圏のすべてのものを解放して宣布式を行うのが、今回の四月十日の大会です。そこには、四数と十数と四十数があるでしょう? それを行うのに、どのように行わなければならないでしょうか。これは伝授式なので、三代の女性を中心として、三代の横的基準を中心として相続しなければなりません。一つの氏族を中心としては三代です。この三代を延長すれば、三時代圏の蕩減路程となるのですが、これが旧約時代と新約時代と成約時代の三段階です。
タマルは、本来何も願っていませんでした。神様の祝福だけを願っていたのです。それで、将来の夫となる幼い相対を無視して、売春婦に仮装して路傍で義父と関係を結んだのです。そのような血統の中から救世主が生まれました。どうしてそのようになったのでしょうか。
エバは、神様を欺き、アダムを欺いたのでしょう? その二人を欺いたので、それを蕩減するためには、リベカは、自分の夫と義父を欺くことによってひっくり返さなければならなかったのです。
タマルもそうであり、マリヤもそうです。マリヤも、アダムとエバが約婚した時と同じように、ヨセフと約婚をしている状態で妊娠しました。ユダヤの法では、未婚の女性が子供をはらめば石で打ち殺すようになっています。マリヤは、そのような死の境地を乗り越えながら、天のためにすべてのものを捧げたのです。それで神様は、その基台を中心として、世界の女性を復帰するための伝統を立ててこられました。それは偉大な事件です。その伝統をお母様が復帰するのです。それが今回の大会です。
今回の四月十日は、お母様がエバの失敗を総合して蕩減復帰し、エバ国家である日本の女性を代表して蕩減を越えていく宣布の日です。それゆえに、一位二千万がその大会をビデオで見なければなりません。このように、「女性連合」というものは、日本から始めて、韓国を通じて世界的な大会に連結するのです。
世界既成家庭祝福式
一九九二年四月十日、ソウル市、蚕室オリンピック・メインスタジアムにおいて開催された「世界平和女性連合」創設大会の直前行事として、千二百六十七組の世界既成家庭合同祝福式が行われた。この日、韓国、三百二十五組、日本、八百一組、中東九ヵ国、四十五組、その他三十三ヵ国、九十九組が新たな祝福家庭として誕生した。
個人的な壁、世界的な壁をなくしているのです。それゆえに、今から世界的な問題を解かなければなりません。思想界の問題の男性が文先生であり、宗教界の問題の男性が文先生です。なぜならば、イスラム教のリーダーまでも統一教会に連れてきて祝福してあげたからです。その時は、既成家庭の祝福も同時にしてあげるのです。
千六百年以上怨讐視してきたキリスト教とイスラム教は、互いに怨讐なので、一つになることは夢にも思うことができないでいるというのです。しかし、これを一つにしなければなりません。それで、今回先生がお母様と共に祝福してあげたのではありませんか。イエス様は、死ぬことによってエバを探し出すことができませんでした。それで、今回の祝宴とともにすべて連結したのです。
イエス様の復活圏です。ローマから上がっていって世界的版図の上に立ったのです。そして二千年歴史を超越して勝利的版図を確立して、お母様を世界的エバ圏に立てたのです。今までは、お母様が後ろから従ってきたのでしょう? しかし、今は横に立つことのできる時になったので、女性解放時代が来るのです。
《祝祷》
アダムとエバの堕落によって、このような歴史的な悲劇の問題が発生したということを思うたびに、神様が長い歴史を通してどれほど胸のふさがる思いで過ごしてこられたかということを思わざるを得ません。先祖たちの犯した罪を、この時間を通して許してくださるようお願いいたします。そのような歴史を新しく復帰するために、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の基準まで、真の父母は、十字架を背負って蕩減復帰の路程を開拓してきました。
今は、世界的頂上に上がりました。万民が反対しても崩れることのない勝利圏、勝利の基台を築いた今、一九九二年四月十日を中心として、お母様が、全世界的に女性解放の宣布とともに偉大な大会を開催するようになりました。
今は、その前の儀式として、千二百組を祝福しようと思います。宗教を超え、国境を越えて、各地から既成祝福を受けるために集まりました。その中で、特に代表的な日本の八百一組を記憶してください。この場で祝福を準備する人々を神様が直接導かれ、勝利の方向に導いてくださるようお願いいたします。
今日、個人、家庭、氏族、民族、国家の一体圏を日本の地に成すべき使命がこの祝福家庭全員にあるということを知っています。また、そのようにしますと全員が決意しました。そのように決意して誓ったすべてのことが神様のみ意のとおりに成し遂げられますようにお願いいたします。このような家庭的な基盤を神様が継続して愛し、祝福してくださって、未来世界にまで連結され得る一つの因縁として結んでくださることを切に願いながら、この場を準備いたしました。
神様の創造理想圏に向かって前進することを誓ったすべてのことが、自らの一生を越えて子孫にまで連結され、神様に勝利圏を連結し、それを万民解放圏にまで連結して、神様の愛を受けることができる家庭となることができるように導いてくださることを懇切にお願い申し上げます。
「世界平和女性連合」創設大会および「アジア平和女性連合」ソウル大会
一九九二年四月十日、ソウル市、蚕室オリンピック・メインスタジアムにおいて、「世界平和女性連合」創設大会および「アジア平和女性連合」ソウル大会が、世界七十二ヵ国の女性代表および全国の女性十五万人以上が参加する中で挙行された。同連合の役員として、「世界平和女性連合」総裁に韓鶴子女史、会長に崔元福女史が推戴された。
真のお父様の激励の辞
私は、きょうのこの大会が、今後韓国の女性史はもちろん、全世界の女性史において重大な意味を残す偉大な集いになるであろうということを信じて疑いません。なぜならば、今までは、歴史を発展させ、導いていく主体の力量は、男性たちによって発揮されてきたのですが、きょうこの大会は、「世界女性時代の到来」を宣布する世界的転換の契機となると思うからです。
人類始祖アダムとエバは、その犯した原罪によって偽りの父母となったので、来られるメシヤは、人類の善の始祖として全人類を再び生んでくださる真の父母として来られるようになるのです。真の父母は、空から雲に乗って再臨するのではなく、今日この時代、私たちが生きているこの地上に韓国人として来られ、平和の統一世界を主導するようになるでしょう。
私は、この七十年の生涯にわたって数多くの迫害を受けながらも、屈することなく、このような教えを全世界で実践してきました。このように見るとき、私の妻である韓鶴子総裁は、私と共にこの苦難の道に同参した全世界の女性の代表者だと言わざるを得ません。
夫である私が、天のみ旨に従って正義の道を行く中で不義の勢力から迫害を受け、投獄されるというつらい痛みを共に味わいながら、私の妻は、良心的で正義心に満ちた女性たちによる新しい平和運動を起こす決意を固めました。それが正に、きょうのこの大会によって結実したのです。
今まで男性たちが主導してきた戦争と暴力、抑圧と搾取、そして犯罪の世界を終結させ、今、メシヤとして来られる真の父母の前に愛と平和、そして自由にあふれた理想世界を実現する真の役事が、まさしくこの時代の女性たちです。
今まで、正義と善を打ちながら迫害してきた男性中心の悪の勢力が、これ以上横行することができないようにしなければならないということも、女性たちの責務です。
きょう、この場に参席した十五万人の韓国の女性は、韓鶴子総裁に従い、「世界平和女性連合」の基本理念である「頭翼思想」と「神主義」を誰よりも先に武装し、訪ねてくる世界の女性たちを教育することができる指導者とならなければなりません。
真のお母様の基調演説:世界の統一と人類の責任
貴賓の皆様! 世界各国から韓国を訪ねてこられた「世界平和女性連合」六十ヵ国の代表の皆様!
女性たちが主動となって、このように多くの女性が一箇所に集まったのは、初めてのことだと思います。昨年十一月三十日、私は、私の夫である文鮮明総裁と共に北朝鮮を訪問しました。一週間北朝鮮に滞在しながら、金日成主席をはじめとする各界の指導者たちと会って、様々な所を見て回りました。一般には知られていませんが、夜を明かしながら祖国統一のために精誠を尽くし、また天運と現実の世界を合わせるために血のにじむ努力をしてきた私の夫を、これまで私は、極めて近いところから見守ってきました。
韓半島の統一は、政治協議や経済交流だけでは成し遂げられません。天運と神様の真の愛によってのみ、統一は成し遂げられるのです。
今日の世界は、病んで死に向かううめき声で満ちており、このような環境は、過去はもちろん、未来においてもそのようにならざるを得ないというのが歴史的事実です。それは、人類始祖が失楽園したからです。すなわち、私たちの始祖が重病にかかったのであり、宗教的な用語を借りるならば堕落したということです。
生命の中心は愛であり、血統は、夫婦の愛と生命によってつながれます。愛と生命と血統を連結しなければ、歴史はつながれないのです。堕落以後、人類は、サタンの愛とサタンの生命とサタンの血統圏の捕虜となってきました。
人類は、偽りの父母であるサタンを中心とした偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統を清算するために、接ぎ木の方法を通して、野生のオリーブの木を真のオリーブの木に戻さなければなりません。すなわち、人類は、神様と真の御父母様に接ぎ木され、真の愛と真の生命と真の血統を再び取り戻して、地上天国と天上天国を実現しなければならないのです。
統一教会の創始者であられる文鮮明牧師とその妻である私、韓鶴子は、真の父母の立場で、サタン側の歴史的讒訴条件をすべて背負い、子女たちの解放のために、神様と一体となって、苦難の世界的蕩減の道を歩んできました。
第一イスラエル圏であるイスラエルとユダヤ教が失敗したことを再蕩減するために、再臨の時には、第二イスラエル圏のアメリカとキリスト教が、カインとアベルの立場に立って世界的な蕩減復帰の版図を造成し、統一を完遂しなければならない使命があるのです。
真の父母の世界経綸から見れば、韓国はアダム国家であり、日本はエバ国家であり、アメリカはアベル国家、そしてドイツはカイン国家として立てられました。日本は真の御父母様にとって怨讐国家だったのであり、アメリカと日本もお互いに怨讐の関係だったのであり、アメリカの前ではドイツも怨讐国だったのです。
真の父母は、この摂理的四大中心国家を協力させ、第二次世界大戦後にキリスト教を中心としてアメリカが果たすことのできなかった責任を再び成し遂げるための二十一年の再蕩減路程を直接歩まれ、成功することによって勝利圏を探し立てたのです。
今、個人、家庭、国家、世界、そして天宙的なゴルゴタを勝利的に越えてきた真の父母の宗教である統一教会は、アメリカに新しい方向を提示してあげ、また希望を失ってしまっているキリスト教に新しい希望を植えてあげ、さらに共産圏はもちろん、イスラム教圏まで収拾しています。また韓半島では、二十世紀のヤコブとエサウが南と北という形態で対決しています。そして、その真の父母と偽りの父母格である金日成との対決において、真の父母は、真の愛によって勝利的父母権を蕩減復帰しました。
今から第三イスラエルの韓国は、統一世界と平和世界を願う真の父母とその子女がみ旨を成し遂げる基地となり、地上天国と天上天国の基盤を構築する中心となるのです。
今や、世界史的勝利の伝統を立てた真の父と、歴史的な女性の代表として勝利した世界的女性の代表である真の母に従って、真の男性像はもちろん、真の母親像、真の妻像、真の娘像を定立しなければなりません。
「世界平和女性連合」の運動は、女性だけのための運動ではありせん。ます、夫と子女のために生きる真の愛の運動として、理想的な家庭を結実させなければなりません。このようにして築かれた理想的家庭が集まって、理想的国家、理想的世界を築くようになるのです。「世界平和女性連合」が「世界平和家庭連合」に発展しなければならない理由がここにあります。
左翼と右翼を統一させ、無神論的唯物論を克服して二十一世紀以降の永遠の歴史を先導していく「頭翼思想」、「神主義」こそ、私たち「女性連合」が堅持しなければならない基本的な価値観です。
女性として救援摂理歴史の主役を担当したリベカやタマルやマリヤのような、苦難と迫害の先烈たちを思い起こしましょう。命を懸けた冒険と逆境に勝利して、天倫の道理を立てた彼女たちのその強靭な意志を受け継ぎ、私たちの家庭を真の父母と真の夫婦と真の子女の家庭として育てていき、今日のこの罪悪世界を天国世界に変える聖業に、私たちはみな決起しましょう。真の父母を中心とした平和世界に向かって総進軍しましょう。
真のお母様の三次の講演
真のお母様は、一九九一年九月十七日の「アジア平和女性連合」日本大会(東京ベイNKホール、七千人以上)に続き、十月三十一日の「アジア平和女性連合」韓国支部創設大会(ソウル市、リトル・エンジェルス芸術会館、二千人以上)と全国大会(ソウル市、オリンピック・フェンシング競技場、一万五千人以上)を主宰され、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会および「アジア平和女性連合」ソウル大会(ソウル市、蚕室オリンピック・メインスタジアム、十五万人以上)を成功裏に導かれることによって、名実共に世界女性時代の開幕を主導された。
昨年の九月十七日に日本で大会を行いました。それから、ここで「アジア平和女性連合」の創設大会を行ったのは、昨年のいつですか。十月三十一日です。その時から七ヵ月以内で、世界大会まで終えなければならないのです。
そのような大会をすることができるだろうとは、誰も信じませんでした。それは日本も同じでした。日本は、「アジア平和女性連合」(一九八七・三・一八創立)を中心として五年間も準備して、何万の大会を行ったのです。ですから、「そのような短い期間内で一万人を集めることができるでしょうか」と言ったのです。しかし、二十日間で一万五千人を軽く満たしてしまったのです。そして、その時から四ヵ月間で十五万人を軽く満たしてしまったのです。
お母様は、三度講演することによって、先生の横に完全に立ったのです。天国に入っていく時は、二人で一緒に入っていかなければなりません。子女たちがそのあとに従って入っていかなければなりません。それを整えてあげなければなりません。解放してあげなければならないのです。
今回の女性大会だけでも、軽く十五万人が来ました。間違いありません。バスが三千六百台動員されたのです。それならば、何人ですか。三千台ならば、五十人×三千で十五万人ではありませんか。六百台ならば、五十人×六百で三万人なので、総勢で十八万が動員されたことになるのです。ですから、雨が降ってきても、スタンドはすべていっぱいとなって、「わいわい、がやがや」と人の群れゆえに問題が起きたのではないですか。それを機関の人たちが見て仰天したのです。「この人たちは神がかりになって来たのか。雨が降るのに何をするために来たのか」と言って驚いているのです。(笑い)
みな驚き、日本も「おお!」と言って驚いたのです。反対するので、雨まで降ってきました。反対してデモをしようというので、雨が降ってきたのです。どしゃ降りの雨が降ってきたので、デモを中断してみな帰っていって反対する者は一人もいないのです。私たちだけが天下を震動させました。そのようにして、無事に完成通過することによって勝利の旗を立て、アダムとエバの完成圏世界の頂上でラッパを吹きながら宣布式の行事を行ったので、女性解放時代が君臨するのです。アーメン。(拍手)
韓国の女性と日本の女性を連結させ得る時代が来ました。それで「アジア平和女性連合」を通して、日本の女性と韓国の女性が一つになったのです。国家を越えたカイン・アベルの基準を、お母様を中心として三回目で立てたのです。今回も、日本から五千人以上が来ました。
このようにして韓国が大きいエバとなったのですが、今、韓国の女性たちは何が何だか分かっていません。国家的な面においてカイン・アベルが一つになるのです。そのように日本がカインの立場で韓国と一つになることによって、二つの国の女性が、統一圏をもったお母様を中心として、母となることができる代表的基準に立ったので、「アジア平和女性連合」から「世界平和女性連合」の創設が可能なのです。お母様は、今まで後ろから従ってきたのですが、これを宣布することによって、先生の前に初めてエバ権が立ち、父母権が立ったのです。
時を逃してはいけません。先生は、時を知っているので、すべてこのようにしたのです。今はもうすべて終わりました。お母様と先生が交替したのです。それで今回、激励の辞をする時、先生はできるだけ早く終えました。作戦上、「お母様が文総裁よりも優れている!」と言って激励しなければならないのです。また、雨も降っていたので、話すのが早い上に、もっと早く読んだのです。早く終えなければなりません。それに対して、お母様は、落ち着いてはっきりと、銀盤に玉を転がすようにすらすらと読んだのです。それゆえに、お母様のほうが私よりももっと立派になることができるのです。
今回の大会において、十五万の大衆の前でも堂々とした姿でした。いくら風が吹いて環境が乱れたとしても、行くべき道が正しければ堂々と行くことができるのです。聴衆が、最初から最後まですべて聞いたのです。それを見ても、お母様が真のお母様だということは間違いありません。
「世界平和女性連合」の進路
ここに全国婦人連合会の会長がいるでしょう? 今から、全国の統一教会の女性は、全員「女性連合」の主管を受けるのです。単一化しなければなりません。統一教会の婦人会も、全国婦人連合会も、すべて「世界平和女性連合」に加入して、主体的な立場で活動しなければなりません。二股に分かれれば、副作用が生じるのです。全体を一箇所にまとめます。これを一箇所にまとめるために人事措置を行うのです。
すべて一つの塊にならなければなりません。婦人会の活動をしなければならない期間は、婦人会に従っていくのです。「女性連合」の活動をしなければならない時は、「女性連合」の活動に従っていかなければなりません。「女性連合」自体内の婦人会というものは二次的なものです。そうだからといって、解体しなさいということではありません。「世界平和女性連合」を中心として大会を行う時にお金がなければ、婦人会からすべて寄付しなければなりません。男性たちも、ここに積極的に協助しなければなりません。
「統一教会」、「アジア平和女性連合」、そして「世界平和女性連合」、これらが蘇生、長成、完成として先生の行く方向に完全に歩調を合わせれば、「世界平和家庭連合」が出てくるのです。
先生を中心として、「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」をつくり、また「世界平和女性連合」に対応して「世界平和男性連合」をつくろうと思っています。あすになれば、世界日報の調査委員千五百人が来ます。そうすれば、「男性連合」をつくろうと思っています。「男性連合」と「女性連合」を中心として教育するのが、「世界平和統一堂」です。
私がすることは何でしょうか。「女性連合」と「男性連合」をつくって、全世界の男性と女性を一つにした堂をつくることです。それは、家庭の理想であると同時に国家の理想であり、国家の理想であると同時に世界の理想であり、世界の理想であると同時に天国の理想です。その道しかありません。
日本では六月九日に女性党をつくりました。その女性党は、選挙で国会議員を勝ち取ろうという党ではありません。部落や家庭から、人間のできていない男性を掃討する党です。国会に遊び人が入っていくことはできません。遊び人が国会議員なることはできないのです。ですから、教育するのです。統一教会の教団の名前ですれば言うことを聞かないので、党の名前で呼んで教育するのです。
真のお母様の関連史料の記録保存
お母様がなしたことは、特別に記録して残さなければなりません。先生には、今までなしてきたことに対するすべての世界的な材料が山のようにあり、あまりに多くて心配ですが、お母様には材料がないので、それを正しく編成しておかなければなりません。今後、一つの伝統を立てるためには、必ず家庭を中心として、氏族、民族、国家まで合わせて、国家を代表した男性と女性を中心として歴史を編成しなければなりません。しかし、今までは、女性たちに対する伝統内容がありませんでした。
それゆえに、このような大会を通して成されるすべてのものは、今後の歴史において、国家と世界へ発展していく統一教会において、家庭倫理を中心とした夫婦、男性と女性の伝統を対等な基準でいかに設定するかという問題は、今後の子孫たちの行く道の前に限りなく必要なものです。
お母様が女性解放の宣布をして立ち上がる時、お母様を中心とした材料がありません。ですから、すべての言論機関も、歴史編纂委員会も、材料を収集するためには、日本などの現地調査をすべて行い、あらゆる著名な人々の評価を中心として、歴史的材料つくらなければなりません。編史部や言論機関の責任者は、一度その目的のために歴訪し、そこに参加した女性たちと会って、そこに文書を与えて歴史的材料をつくらなければなりません。
そして、「アジア平和女性連合」の創立大会から、今回の「世界平和女性連合」の創立大会まで、そこに参加したすべての人々の記録を集めて編纂すれば、それがすべて材料になるのです。そしてそれを韓国の女性たちに送ってあげれば・、私たちが伝道する必要はありません。
柳寛順烈士精神宣揚大会
(日本)
一九九二年四月十一日、日本の大阪国際交流センターにおいて、一千五百人以上の日本の女性が韓国服を着て参席する中で、柳寛順烈士精神宣揚大会が開かれた。続く十二日に広島、十三日には名古屋で開かれ、第二次大会は、五月二十五日から三十日まで、延べ九千三百人、第三次大会は、六月八日から十五日まで、延ペ一万四百人が参席する中でそれぞれ開かれた。同大会を通して、「柳寛順烈士が十六歳の少女として見せてくれた祖国観と犠牲的な愛国心、不撓不屈の精神」を褒めたたえた。
今まで、日本は私に反対してきました。しかし、今回、門が開かれるのです。日本はエバ国家なので、韓国の女性を代表する立場に立たなければならず、アメリカの女性を代表する立場に立たなければならず、全世界の女性を代表する立場に立たなければなりません。
今まで日本が行ってきたエバの立場は、天国の伝統に接ぎ木されていません。何の関係もない立場で実を結んでいるのです。それで、日本と反対の立場である十六歳の柳寛順をエバと同じ立場に立たせたのです。
この伝統と、この思想に、日本の女性たちを接ぎ木しなければなりません。この大会が昨年二二・九)から始まり、今現在は、柳寛順烈士精神宣揚会がつくられ、日本全国で統一教会の教会員が主動となって行われているのです。
十六歳で殉国した柳寛順烈士は、堕落していないエバと同じ立場にいました。アダム国家におけるエバです。そのエバの立場にいた柳寛順烈士の体を、サタンが六つに引き裂いてしまいました。六数はサタン数です。柳寛順烈士は、国家に忠誠を尽くし、一身を犠牲にして解放運動を行ったのです。
独立運動が最も盛り上がった一九一九年に、先生は母の腹中にいました。独立していない地に、そのままでは生まれることができなかったのです。そのような闘いが先生の生命を中心として行われていました。その時から十ヵ月後である一九二〇年に先生が生まれたのです。
堕落したエバの罪を蕩減するために、天の心情圏をもち、この地上のすべての女性たちを代表して韓国の地を守りながら死んでいった人が柳寛順です。ですから、神様から受け継いだ韓国の伝統的精神を柳寛順烈士を中心として、日本が受け継がなければなりません。そうしなければ、日本がエバ国家となることはできません。
そのようなことを、久保木氏も、小山田氏も知りません。先生が二年前に金明大氏を送り、「日本人の底辺に入っていきなさい」と言いました。日帝時代に、柳寛順烈士が犠牲の道を行ったのと同じように、「低い所に行きなさい」と言ったのです。日本に行くと、そこで歓迎する人はいませんでした。そのようなことを先生に報告した時、「口を閉じなさい! 自然屈服させて上がってきなさい」と言いました。
「柳寛順烈士精神宣揚会」がつくられ、日本の女性たちが韓国のチマチョゴリを着て、韓国旗を持って柳寛順烈士精神宣揚大会を行うのです。このような大会を行えば、右翼団体から爆弾を受ける可能性もあります。しかし、ホテル・ニューオータニにおいて、三千人の日本の女性たちが集会を開きました。この人たちはすべて高官の夫人です。
今現在、日本社会に影響を及ぼし得る柳寛順宣揚活動を中心として、活動のブームが起きています。それで、朝総連と民団と日本人の三つが一つになることができる基盤ができました。ですから、日本の食口たちも「この運動でなければならない」と言って、完全に火がつきました。
この体はすべてなくなっても、精神は生きているのです。ですから、お姉さんの精神を日本が手本とし、死なずに接ぎ木しなければなりません。長子権のお姉さんの思想を尋ねていき、それを受け継ぐことによって、相対的に日本の女性の長子権復帰がなされるのです。このような基準のもとで、日本と韓国は一つの国となるのです。そのような条件をもって一つの国として結ばれるのです。これは誰も反対することができません。
根本的韓日一体化の課題
女性が男性側の大陸に訪ねてこなければなりません。それで、西洋文明は日本を通じて韓半島に上陸し、大陸へ連結されるのです。そして太平洋文化圏が形成されるのです。イエス様はアジアを失ってしまったので、アジアで世界的に蕩減しなければなりません。そのようにしなければ、サタン世界に対して完全に勝利したと言うことはできません。
島は女性を象徴します。半島は男性型です。男性の性器と似ています。イタリア半島の周囲は女性の体と同じです。地中海がそのようになっています。女性の性器と同じです。その位置でぴったり一つになっているように見えます。ところで、いまだにそこは滅びていないでしょう?なぜでしょうか。男性を代表するので、生命力をもつからです。
それで、それが東洋へ回ってくるのです。それが韓半島は男性の象徴です。日本は女性を象徴します。それが結合するのです。それでは、今、誰がそれをするのですか。先生が宣言したのです。韓国と日本は一つの国です。二つの国ではありません。
日本の使命はエバ国家の使命です。エバは母を象徴しているので、日本は外的には民主主義を標榜していても、共産主義を包容してそれを消化しなければなりません。それゆえに、神様は、日本に世界的な経済圏を付与しているのです。堕落によって、エバを中心として万物と子女がサタン世界に落ちてしまいました。それゆえに、エバの使命とは、神様の心情をもって息子、娘と万物を抱いて戻ってこなければならないということです。しかし、エバには神様の心情圏がありません。来られる主である完成したアダムにそれがあるのです。それゆえに、一つにならなければなりません。それがアダム国家とエバ国家です。
血統を転換し、所有権を転換し、神様の真の愛を中心として心情圏を転換しなければなりません。エバがすべて奪っていったこの三大目標を、今、先生を中心として転換しなければなりません。そして、この九月までに、韓国と日本が一つになるようにしなければなりません。
昔は天使長がエバを堕落させましたが、今回は、日本の老人から若い祝福家庭まで、すべて善なる天使長の立場に立ち、エバが神側に戻っていくことができるように後押しするのです。それが原理観であり、摂理観です。
安重根義士旅順殉国遺跡の聖域化事業
真のお父様の指示により、世界日報社(社長:朴普煕)は、各界著名人による「安重根義士旅順殉国遺跡聖域化事業推進委員会」を構成し、「安重根義士旅順殉国遺跡聖域化事業」に着手した。一九九二年九月二十七日、旅順において、安義士の遺跡の聖域化事業と交流協力方案を幅広く論議し、九月二十九日には、旅順人民政府から「安重根公園造成事業委託書」を受け、本格的な資料発掘および聖域化事業を推進している。
柳寛順の思想は「女性連合」の思想です。(拍手)また、安重根の思想は男性たちの思想です。(拍手)それで、朝、私は安重根に関する内容を指示しました。「『安重根義士精神宣揚会』というものをつくって、その事業の一分野として、遺跡地建設事業を支援しなさい」と言ったのです。
安重根はどのような人かというと、アジア平和主義者です。日本がアジアを籠絡しました。日本の伊藤博文は、日露戦争と日清戦争に勝ってから、韓日併合を正当化させるために現れた男です。中国も嫌い、モンゴルも嫌い、ソ連も嫌うその国を、勇猛な英雄、安重根義士が現れて激しくたたいたのです。これは、世界の既成家庭の代表として、カイン的な伝統思想を正そうという意味をもっています。彼はアベル的な男性の役割を果たしたのです。ですから、カインは、忠臣の道理をもって女性たちの後ろに従っていく準備をしなければなりません。
今先生は、日帝時代の秘密資料をもって中国の旅順に、安重根の墓をつくろうとしています。彼の愛国心をアジアの青少年の精神教育における象徴とするためです。それで今、募金運動を行っています。韓国の「世界日報」がその運動を行っているのですが、その記事が毎日出ています。そのように毎日連載しながら、「安重根義士旅順遺跡聖域化事業」のための募金運動を行っています。これを柳寛順事業と併せて行っています。
柳寛順は女性の象徴であり、安重根は男性の象徴です。その時は、安重根が三十二歳になる時期でした。イエス様と近い年齢で、サタン的な女性の国である敵国にやられたのです。しかし、サタンは韓国で成就する再臨の時代を知っていたので、サタン的な女性の国の立場では、いかなることをしてでも韓国を滅亡させなければなりませんでした。
四千年の歴史を四十年で終わらせようとしたのです。柳寛順や安重根はそれを防御しようとしたのです。
二 真の父母宣布と「世界平和女性連合」全国大会
「真の家庭復活」と「世界解放の日」宣布
真の御父母様は、一九九二年四月十八日(陰暦三月十六日)、第三十三四聖婚記念日を期して、ニューヨーク雨のベルベディア修練所において、「真の家庭復活」と「世界解放の日」を宣布された。
真の家庭とは、神様のみ旨のとおりに理想を成し遂げた、そのような家庭を真の家庭といいます。ですから、完成したアダム家庭が真の家庭だというのです。
それでは、真の父母とは、どこから来られたお方でしょうか。神様からです。神様に連結されているのです。そこから、第一に神様の愛、第二に神様の生命、第三に神様の血統が生じなければなりません。それならば、それはどういうことかというと、すべての世界も、神様の愛と神様の生命と神様の血統を受けなければならないということです。
本然的な神様の愛によって、宗教を超越し、人種を超越し、一つの世界になるのです。今、私たちは、そのような新しい世界に到達しています。ですから、人類の歴史は、本然の世界に帰っていくのです。「神主義」とアダム・エバ主義の理想的家庭主義に帰っていくのです。それが家庭復活です。
きのうは、先生が結婚してから三十三年になる日でした。三十三年目の誕生日です。(拍手)イエス様は、三十三歳で結婚していれば死にませんでした。三十三歳で結婚していれば、世界はすべてイエス様の一族になるようになっていたのです。ですから、先生が三十三回の聖婚式を迎えることによって、イエス様の嘆きが解怨されるとともに、天の一族が地上に現れることができるので、イエス様も相対を迎えて地上で暮らすことができ、また天上世界に行って暮らすことができる時が来るのです。世界が一つになるのです。
それで、今回の三十三回を中心として、家庭的にすべて蕩減しました。イエス様の復活節は、本来四月十七日ではありませんか。それで、今回の復活節と、きのうの先生の三十三回になる聖婚を中心として、復活節兼「真の家庭復活の日」として宣布するのです。四月十八日の四数はサタン数です。十八は六数の三倍です! すべてのものを蕩減する十八日だというとき、四月十八日を中心として、きょうを「家庭復活の日」として宣布するのです。また、「世界解放の日」として宣布するのです。
一九四五年に七年を加えた一九五二年から四十年を蕩減することによって、連結されるのです。キリスト教と一つになり、世界を一つにすることが先生のみ旨です。四十年の歳月を経て、一九九二年ですべて終えるのです。
この時間を中心として、「真の家庭復活と世界解放」を宣布することができる驚くべき日になったのです。すべての地上世界と心霊世界では、天地が祝賀することのできる喜びの日であり、また四月は、春となってすべての新しい花が咲く季節なので、今年の四月は、統一教会において歴史的な春に相当する時だというのです。すべての天運は、きょうから歓喜の世界に入っていくでしょう。
その努力の収穫は何かというと天国の民です。ここで収穫して導いて入っていくことが、皆さんがあの世に行ってからの栄光です。そのようにして、氏族的メシヤの使命をすべて平定した世界へ入っていくのです。
「女性解放時代」宣布
一九九二年五月十日、ソウル市の青坡洞の本部教会で行われた聖日早朝集会(午前六時三十分)において、真のお父様は、「世界女性解放時代宣布」という題目でみ言を語られた。
文総裁が七十年生涯の受難の道を経てすべてを備えたので、アダムとエバによって分けられ、怨讐になったすべてのものが天地を中心として一つになります。心と体が絶対愛を中心として一つになった本然的な男性と女性が、横的夫婦として一つになったのです。それゆえに、先生の直系を主流とし、復帰された家庭を傍系としてそのまま入っていけば、天国開門が起きるようになっているのです。
イエス様も楽園に行っていて、天国に入ることができていないということを知っていますか。しかし、今、このようになることによって、創造理想の原則に一致し得る完成圏が展開し、すべての迫害圏を解放圏へ展開させて、天国の門が開きます。文総裁夫婦に対して天国の門がすーっと開くのです。そのような時が来ました。(拍手)
「世界平和女性連合」を設定し、「世界平和連合」をその相対的基準において「世界女性解放時代宣布」を行うのです。そのようにしなくては、悪魔が世界の至る所どこにでも陰をつくって隠れることができるのです。この宣布は、統一教会の旗が掲げられているすべての国に一時に宣布されるので、悪魔は、この宣布を聞いて後退方向を取らざるを得ない時代が到来するのです。それゆえに、今からは妨害となるものがない統一教会の世界になるのです。
先生が女性時代を宣布しました。また、それは先生が宣布をしてあげなければならないのです。お母様が宣布することはできません。なぜでしょうか。アダムが主管性を復帰しなければならないのです。そしてエバがサタンの支配を受けたことをすべて蕩減してあげなければなりません。そのようにして愛で裏切った妻を再び妻として迎え入れる位置に立つのです。
文総裁がお母様を先頭に立たせることによってエバが復帰され、そのあとを天使長が従っていくのです。男性たちは従順に「ごもっともです。そのとおりです」と言っているのです。とてつもない運勢がお母様に訪れてきます。天使長は、真の父母の血肉と関係がありません。それゆえに、再び生んであげなければなりません。生んであげる時には、誰が生んであげるのかというのです。お母様が独りですべて生むことができますか。できません。ですから、お母様の分身として、全世界の女性を動員するのです。そのようにすることによって、この時代が女性時代へ入ってくるのです。
「女性連合」の全国二十一の市・道大会および四十の市・郡・区大会
「世界平和女性連合」全国二十一の市・道大会が、一九九二年五月十一日、仁川室内体育館で開かれた仁川大会(一万二千人以上参加)を皮切りに、六月二日まで、全国二十一都市において、十八万人以上の全国の女性会員が参加する中で開かれた。続いて、全国的な基盤造成のための全国市・郡・区大会が、六月十日から三十日まで、四十の市・郡・区において、延ペ一万五千人以上の女性会員が参席する中で開かれた。同大会において、真のお母様は基調演説を行い、またソウル市の十八の区大会は、真の御子女様方が代理された。
真のお母様の基調演説:理想世界の主役となる女性
きょうこのように、各界の女性指導者の皆様が会場全体を埋め尽くす中で、世界平和のための私の所信のいったんをお話しできるようになったことを限りなく光栄に思います。
これまで、私の夫である文鮮明総裁が主張してきた「神主義」の理念は、過去、力だけを土台とした男性たちの激しい反対と迫害を克服し、脱冷戦時代の門を開くにおいて決定的な役割を果たしました。今、和解と協力を指向するこの歴史的転換時代において、私は、「神主義」を基本とする永遠の平和世界建設のための大原則を提示するにおいて、未来世界を開拓する女性たちの表題とするために、文総裁が発表した「頭翼思想」を再度、皆様にお伝え申し上げようと思う次第です。
気づいてみれば、男性は女性のために生まれ、女性は男性のために生まれました。すべて「ため」に生きようとする真の愛から生まれたのです。男女が陰陽の調和によって愛の理想を成すようにするために、神様がそのように創造されたのです。真の男女を通してのみ、統一的真の愛を見つけることができるのであり、神様と人間も、真の愛を中心として統一が成立するのです。
「女性は弱いが、母は強い」という言葉があります。女性自体はこの上なく、か弱いのですが、もし女性が母として愛の主体的立場に立ち、また妻や娘として愛の中心的役割を行うときには、女性はこの上なく強くなるのです。なぜならば、女性が、母や妻や娘として、愛の主体的立場に立って相手のために一〇〇パーセント与えれば、その空白を神様の愛が満たしてくれるからです。神様の愛の能力が発動し始めるのです。
愛というものは、より大きいもののために犠牲になるほどその愛の等級が高まるというのが原理です。より大きいもののために犠牲になれば、それに吸収されるのではなく、その大きいものの中心の立場に立って、新しい次元を迎えるようになるのです。
昨年十一月三十日、私が私の夫と共に北朝鮮を訪問して、金日成主席やほかの様々な指導者と会ったということも、考えてみれば、命を懸けた冒険でした。皆様もよく御存じのとおり、文鮮明総裁は、彼ら北朝鮮指導者が最も恩讐視してきた宗教指導者であり、勝共指導者だったので、彼らは、私の夫を除去するために、国内外においてあらゆる工作を尽くしてきた立場でした。そのような所に、ただ神様だけを頼って入っていき、「主体思想では統一はできない。『神主義』によってのみ統一は可能だ」と主張することができたのは、ひたすら彼らを本当に生かしてあげたいという思いと、「ために生きたい」と思う愛の心、そして祖国統一の門を開くためにはいかなる犠牲も甘受しようという殉教者的精神をもっていたからです。「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」というみ言を実践したのです。
父母は、犠牲になることによって、親不孝者を悔い改めさせる道を行くのです。神様は、天理の公道を立てるために自らサタンを訪ねていかれ、「主人が来れば、このようにしてあのようにしなさい」と教えてくださいました。しかし、歴史的に見れば、教えてあげようとして行った主人が逆に打たれてきたのです。しかし、打たれればどのようになるか御存じですか。損害賠償まで受け取ってくるのです。
神様は、私と私の夫にも、そのような体験をたくさんさせてくださいました。迫害を受けることは、怨讐の所有権を相続するまた一つの秘法です。このようにして、神様が愛する人は、常に天運の保護を受けるのです。
神様は縦的な真の愛の父母であふれ、アダムとエバは横的な真の愛を中心とした父母なので、このような二つの父母の愛と生命と血統を受け継いで生まれた私の心は、縦的な私となり、体は、横的な私となって、この縦的な「私」と横的な「私」が統一体となるとき、人間は、永遠なる神様の真の愛の同伴者となるのです。
人間において、真の愛と真の生命と真の血統の根源地とは、ほかならぬ愛の器官です。堕落によって、こめ神聖であるべき愛の器官は、天理を破壊した凶悪な官殿となってしまいました。悪の本拠地となったのです。ここに偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統が植えつけられたのです。
メシヤとは、真の父母として来られ、偽りの父母から生まれて植えつけられた偽りの根を抜いてしまい、本然の形態を復帰し、サタンを追放して、すべての人が歓迎することのできる自由解放の天国世界を創建しなければならないという重大な責任を担って来られるお方です。
皆様、皆様が、神様の愛と神様の生命と神様の血統、そして真の御父母様の愛と真の御父母様の生命と真の御父母様の血統を受け継いだ息子、娘となれば、神様のように、皆様にも心と体が争うことのない真の統一の起源が生まれるでしょう。そして、自らの体と心が統一されるところから、永遠の平和の世界が始まっていくのです。
「世界平和女性連合」は、遠からず世界万民の参与する「世界平和家庭連合」に昇華され、五色人種が永生を謳歌し、子々孫々にわたって「ため」に生き、また「ため」に生きる真の愛の世界を建設するでしょう。この歴史的な聖業に、私たちは、みな決起して先頭に立つことを誓いましょう。
真のお母様の全国大会の意義
今回、お母様が二十一箇所で行ったので、あと四十箇所で行わなければなりません。六数プラス一で、七数に相当する場所で講演を行うのです。六数完成を成すことができずに恨が残っているので、六千年歴史を蕩減し、七千年の安息期間へ越えていくのです。そうでなければ完全ではありません。ノアも、審判後に着陸した日が六月一日です。七数です。それゆえに、お母様も二十一箇所で終わったので、四十数を加えて、すべてを合わせて六十一箇所を越えなければならないので、その準備をさせています。六月十日から行うのです。四月十日から六十日目です。
長女と次女もお母様と共にするのです。長女と次女には争いがありません。長女も天利であり、次女も天側なので、お母様を中心として譽進お姉さんと仁進が三大型として、縦的な基台を中心として、東西でも合わせることができ、南北でも合わせることができるのです。お母様を中心としてどこにでもすべて合わせることができるのです。お母様を中心として、姉が東ならば妹は西であり、姉が南ならば妹は北であり、前後でも左右でもすべて合わせることができるのです。このようにして、統一数会で「世界平和家庭連合」をつくるのです。「家庭連合」を通して父と母の伝統を立て、息子、娘の伝統を立てるのです。
お母様は、天使長の目には美の対象です。天使長がエペについていったように、男性たちが反対することができない位置に入っていくのです。それゆえに、二十一都市から六十都市を巡回するようになる時、男性たちの中でお母様に反対する人はいません。そしてお母様を歓迎することができる立場に立ったならば、天側の天使長、反対しない天使長圏の自然的環境に連なることができるようになるのです。
お母様に対するとても素晴らしいうわさが立ったのです。そして、壇上に立つと、互いに称賛をするのです。私が激励の辞において、お母様をこの世にない女性として紹介したのであり、また世界七十二ヵ国の十五万人の女性がオリンピック・メインスタジアムに集まり、「世界平和女性連合」をつくってお母様を総裁に任命したということは、お母様が全世界的に覇権を握った女性の代表として登場したということです。
そのようになることによって、霊界にいるすべての女性や、地上にいるすべての女性や、地獄に行っている女性までも、お母様を女王様として侍る運動が起きるのです。彼女が旗を掲げる時に、それに併せて喚声をあげなければならないので、郡ごとに十二歳から八十代のおばあさんまで、すべて動員されるのです。十二歳から八十歳のおばあさんまで、七十代です。
それは何かというと、先生がお母様を策定する時に百二十人を中心としたように、全くそれと同じ現象の風が吹くのです。先生を中心として互いに真の母になろうと、命を懸けて決闘した時の現象と同じように、お母様を中心として、霊界と肉界が一つになろうとするのです。そして長女と次女が一つになる役事が起きるので、先に加入した人々が先祖の位置に立つのです。
今回のことで、文総裁が素晴らしいということがすべて分かりました。今も、男性たちは激しく反対しているのですが、お母様のことは誰も知らなかったのです。しかし、お母様を前に立てて一度講演をさせてみると、絶世の美女であり、その声は億千万金を与えても買うことができない声だというのです。近ごろでは、「歌の上手な人たちが声を保険にかけているように、なぜお母様の声を保険にかけないのか文総裁に尋ねてみなさい」としばしば尋ねてくる人もいるというのです。
お母様の服はどのようなものですか。よく染めあげた苧布です。細かく織った苧布の翡翠色のチマ(スカート)です。それは、魅力的な言葉ではありませんか。翡翠色のチマは本当に美しいのです。そのような服を着てさーっと現れたので、誰もが驚くのです。私は、お母様が美人だということを知らなかったのですが、国民たちが「美人だ」と言うので、私も美人として見ることにしました。(笑い。拍手)
素晴らしい妻が自動的にできたのでしょうか、それとも私が素晴らしい妻をつくったのでしょうか。三十年以上教育してきたのです。「私の言うことを聞きなさい。女性解放の基盤をつくるためには、今後あなたが理論を徹底的に教育して、実戦的な舞台において勝利した覇権をつかまなければなりません。実戦のない人は、覇権をつかむことができません」と言ったのです。夫に当たる人が、先生の中でこれほど恐ろしい先生はなく、王の中でそのような独裁者はいないというほど、厳しく訓練したのです。
真のお母様の大会のための真のお父様の精誠
神様が「文総裁を中心として女性解放運動を行いなさい」と言われ、文総裁がお母様に侍って歩いたのです。考えてみてください。私はアメリカから帰ってきて非常に疲れていたのですが、家に入ると十一時になっていました。それで、食口たちを集めて少し話をして、御飯を食べると十二時二十分になっていました。そして、夜中の十二時二十分に出発して、夜中の三時半に裡里に到着しました。それは主人の行く道ですか。僕の行く道でしょう。お母様が何ですか。お母様一人がいるということで、大の男が長い道のりを夜も寝ないで行かなければならないのですか。休んで朝になってから行っても十分間に合うのに、なぜ夜中に行ったのでしょうか。車の事故が起きて転げ落ちそうにもなったのです。
車でうとうとしていたのですが、汽車が見えたのです。このような話はしないでおこうとしましたが話します。(笑い)京釜線で一番早い列車は何ですか。(セマウル号です)。車が北側に向かって走っていたのですが、列車が横切って、車の行く道がぱっとふさがれたのです。それで、私が大声を出してみると、どういうわけかぶつからないで列車はひゅーっと通り過ぎたのです。「いやあ、ここには事故になる何かがあるなあ」と思いました。果たして、今回の期間中、教区長がトラックに正面からぶつかって急死して霊界に行った事件がありました。ですから、ゆっくり行かなければならないのですが、夜中の二時、三時になっているのに「ゆっくり行こう」と言うことができますか。「おい! 速く走りなさい! 四時前に到着しなければならない!」と言って行ったのです。何の利益があってそのようなことをするのでしょうか。
統一教会の文教主がお母様に対して僕として振る舞うのです。私が僕として振る舞ったので、世界の男性たちにも「自分の妻に侍りなさい」と教えてあげることができるのです。夜を明かして行って、そこであらかじめ座って待ちながら「しっかり講義しなさい」と、祈祷してあげるのが僕の立場なのです。今後は、女性たちが定着しなければならない時が来るので、その伝統を立てるためにこのようにしているのだということを肝に銘じなければなりません。
統一グループ内での再臨主宣布
一九九二年七月三日、ソウル市龍山の世界日報社内にある国際研修院で開催された統一グループ指導者会議において、真のお父様は、初めて再臨主の宣布をされた。
偽りの父母の偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統をもち、そこからこの原罪の根が繁殖して五十億人類がその根にぶら下がっているのです。人間が堕落して野生のオリーブの木の畑になりました。野生のオリーブの木はいくらたくさんあったとしても、その主人には誇るべきものは一つもありません。
神様がこの野生のオリーブの木を真のオリーブの木にするためには、どのようにしなければなりませんか。再創造の歴史において投入して、犠牲になりながら、そのことを忘れてしまい、また投入しなければなりません。そのようにして、神側の野生のオリーブの木がサタン側の野生のオリーブの木よりも多くなるのです。そのようになれば、それが世界に知られるようになるので、すべての人々は、神側に管理されている野性のオリーブの木の主人が真なる主人だということを一遍に知るのです。
その時には、神様のみ名によって、いつでも一遍に、一瞬の内に接ぎ木することができます。それで、宗教にはすべて再臨思想があります。キリスト教にも再臨思想があり、仏教、儒教もそうです。すべて、自分の宗教の宗主が来て世の中を救ってくれると考えているのです。それは何でしょうか。真の主人である真の父が来られ、神様のみ旨と一体となって、野生のオリーブの木を接ぎ木することによって真のオリーブの木の畑に転換させ、三代を聖別しなければならないということです。
韓国を復帰しなければなりません。韓国は何ですか。韓国は再臨主が来られる所です。その再臨主が文先生です。(拍手)きょう、初めてこのような話をするのです。再臨主は誰だと言いましたか。きょう、初めて字で書いて、再臨主が誰かということをはっきりとさせました。何と書きましたか。「文鮮明」と初めて書いたのです。はっきりと知らなければなりません。今はもう、天下にはっきりとすべてを公開するのです。(拍手)
全国四大都市で再臨主宣布
一九九二年七月六日から九日まで、全国四大都市(満州、釜山、光州、ソウル)で開催された「世界平和女性連合」全国指導者大会において、真の御父母様は、真の父母であり、メシヤであり、再臨主であるということを自ら宣布された。真のお母様は、「理想世界の主役になる女性」という題目の基調演説をされ、真のお父様は、「真の御父母様の再現と理想的家庭」という題目のみ言を通して、再臨主の宣布をされた。
真のお母様の基調演説:理想世界の主役になる女性
私は、夫に侍って暮らす中で、その方の教えだけでなく、神様と人類を愛するために実践躬行する生活から、あまりにも多くの感化と感動を受けました。
妻が夫に侍って暮らしながら、真理に対する深い悟りを得て、夫の人格と生活から絶え間ない感化と感動を受けたとすれば、それは世の中に広く知らせるべきことだと思います。なぜならば、今日のこの世界が、淫乱と犯罪と闘争と退廃が流布する悪の世の中となってしまった根本原因は、ほかならぬ夫と妻の根本的な関係の破綻と不和に起因しているからです。
皆様! 神様が人間始祖アダムとエバに「取って食べてはならない」とおっしゃった善悪の実とは何だと思いますか。それは木の実ではありません。人間は、天地の大主宰者であられる天の父の前で性犯罪を犯し、人間始祖の時から不倫の愛によって子孫を生み、悪の世の中をつくってきたのです。
すなわち、サタンを中心として結婚し、愛と生命と血統を植えつけて、悪の先祖となったのです。堕落した人間始祖アダムとエバは、人類の永遠なる善の先祖として、真の父母の立場を確定しなければならなかったのですが、悪の血統を残した偽りの父母に転落するようになったのです。これがまさしく、すべての人類が抱いている不幸と悲劇の第一原因でした。
神様は、アダムとエバが堕落してサタンの血統を中心とした人類を繁殖すると同時に、善と悪の血統を分立する役事を直ちに行われました。アダム家庭の時から、神様の相対的立場にいる次子アベルとサタンの相対的立場にいる長子カインを分立させて、カインがアベルの前に自然屈服することによって創造本然の秩序を回復しようとされたのですが、カインがアベルを殺害することによって、長い期間にわたって、善悪分立の闘争歴史が延長されるようになったのです。
ノア、アブラハム、イサクを経て、ヤコブの代になって、母リベカの協助により双子の兄エサウを自然屈服させることによって、ヤコブは、イスラエル選民を立てるための決定的役割を果たすようになりました。ヤコブの息子ユダは、その嫁タマルからペレヅとゼラという双子の兄弟を得ました。ペレヅは、タマルの腹中にいる時からゼラと闘い、先に生まれようとしたゼラを押しのけ、自らが兄として生まれた息子です。善悪闘争である長子と次子の闘いは、腹中において弟が兄に勝利し、長子として生まれる腹中復帰を成就させたのです。
腹中復帰によって生まれたペレヅの血統に沿って、四十代目に生まれたお方がメシヤとして来られたイエス・キリストでした。イエス様を身ごもって分娩する時には、母マリヤの命を懸けた冒険と精誠がありました。
したがって、イエス様は、堕落によって偽りの父の立場に落ちたアダムに代わって、善悪分立闘争の復帰路程を経て、人類の真の父、すなわち第二の善なる人類始祖として来られたのです。それゆえに、イエス様は、その相対格であるエバの立場にいる女性を復帰して夫婦となり、子女を生んで、万物を主管する位置にまで進んでいかなければなりませんでした。
人類が真の父母、真の夫婦、真の子女の道を喪失することによってもつれてしまった罪悪歴史を清算する道を教えることが、救世主メシヤの使命です。
きょう私は、この場を通じて、私の夫、文鮮明総裁は一生を懸けてこのメシヤ、真の父母の道を開拓してこられたお方だということを満天下に宣布します。皆様がよく御存じのとおり、これまで、私の夫、文鮮明総裁は、悪の世の中の激しい迫害と反対の中でも、神様の創造目的を明らかにし、人間始祖の犯した原罪を完全に糾明することによって、人類の未来を開拓してこられたお方です。
韓半島の南と北は、人類始祖の堕落によってアベルとカインに分立されて蒔かれた善悪の種が、世界的な結実となって現れた結実体です。
私は、私の夫に従って全世界を歴訪し、各国指導者の方々と何度も会ってきましたが、先回の平壌訪問の時は、本当に悲壮な覚悟と深刻な決意をせざるを得ませんでした。私たち夫婦は、ちょうど聖書に出てくるヤコブが、自らを殺そうとした兄エサウを、千辛万苦の苦難と知恵と精誠によって感動させ、最後はその心を動かし、ついにお互いが和合したのと同じように、北朝鮮の金日成との談判を成功裏に成就させました。私の夫、文総裁は、今も全世界的な基盤を動員して、神様が願われるみ旨のとおりに南北統一を成就させ、淫乱と退廃のない理想的平和世界を建設するために、昼夜を分かたすに努力しています。
真の御父母様によって明らかにされた新しい真理は、南北を統一し、平和の世界を建設する人類のともしびとなるでしょう。私たちは、みなこの新しい真理を知って、有史以来私たちを苦しめてきたこの罪悪世界を終結させ、自由と平和と幸福のあふれた統一の世界を建設する女性勇士となるために、総決起しましょう。
真のお父様のみ言:真の御父母様の再現と理想的家庭
第二次大戦後に世界のキリスト教文化圏を統一しなくてはなりませんでした。イギリスは島国のエバ国家です。アメリカはアベル国家です。イギリスがアメリカを生みました。フランスはカイン国家です。地獄に向かう母と二人の息子、娘を神様が蕩減復帰して、世界的な結実として刈り入れたものが連合国です。その反対に、サタン世界にも枢軸国があります。日本もイギリスと同様に島国ですが、サタン側に立っていました。ドイツはユダヤ人を六百万人虐殺しました。ユダヤ人の虐殺を図った無謀な独裁者がヒトラーです。イタリアも同じです。枢軸国は神様の怨讐です。連合国が枢軸国と闘って消化して自由世界を統一した時に、すべての自由世界が再臨主である文総裁を訪ねてこなければなりませんでした。再臨主とはどのような方かというと、真の愛をもって来られるお方であり、真なる愛の生命の種をもってこられるお方です。(拍手)
そして神様の圏内にある野生のオリーブの木がすべて再臨主と一体となれば、一瞬のうちに接ぎ木されて、本然の真のオリーブの木に変わっていくのです。そのようにして、堕落していない本然の位置で家庭編成を成し、氏族編成、国家編成、世界編成を完成したのです。数千年の歴史過程を経て成立した国家と世界を、堕落していない位置へ完全に整理させていれば、文総裁は四十代で天下を主管していたはずです。
そのように、アダム完成者として来た文総裁を、個人的に、家庭的に殺そうとし、民族が殺そうとし、国家が殺そうとし、全世界が殺そうとしたのですが、すべて切り抜けたので、既に闘いはすべて終わりました。
今回、このように女性運動が起きたのは、人間の力で起きたのではありません。天運が奥深くしみ込み、霊界にいる先祖の霊がすべて動員され、皆さんの心を、我知らずここに来るようにさせたのです。背後のこのような働きは、歴史始まって以来誰もすることができませんでした。文総裁が不信されている代表の立場でこのようなことをしたという事実は、人間の力でできたと考えることはできません。神様が保護されたことによるのです。
それゆえに、真の父母の名を宣布しなければなりません。文総裁は再臨主であり、文総裁はメシヤであり、文総裁は真の父であり、文総裁は救世主です! (歓呼、拍手)それを認めない人は反対してみなさい! 一族を動員し、歴史を動員して研究しなければならない時が来ました。研究すればするほど、文総裁が再臨主だという事実を否定する人はいなくなるはずです。知恵があればあるほど、学者であればあるほど、より明確に知るのです。
私は再臨主として、救世主として、真の父母としてその使命を果たしてきました。時になったので、この場で明らかにする次第です。聞く者に福があります。この民族が私の言うことを聞くならば、この国にどれほど福となることでしょうか。為政者が私の言うことを聞けば、どれほど良いでしょうか。聞く、聞かないは各自の責任ですが、最終的には万民が私の言うことを聞く時が来るのです。
再臨メシヤ宣布の意義
七月三日から九日まで、メシヤ宣布をしました。先生の口で初めてそのような宣布をしました。初めて宣布をした日は七月三日です。私はソウルに住んでいるので、ソウルにいる人々に先に話さなければなりません。統一教会の教会員に内的に発表しなければなりません。それから、全国的に約八万人の前で発表したのです。「統一旗を配ってあげ、統一旗を掲げさせなさい」と言いました。私は気の狂った人ではありません。その旗を分けてあげるのに、お金が約三億ウォン飛んでいきました。
なぜ統一旗を掲げるのか分かりますか。自分たちが福を受けなさいということです。昔、モーセがエジプトから出てくる時に、羊の血を家の門の柱に塗って長子が死ぬのを免れたことと全く同じです。その旗を一度掲げてみなさいというのです。善霊たちが自分の一族を保護することができる時代が来たのです。
三六〇度の闘争過程で正道の定着地をつかみ、苦難の道においてすべてのものを清算し、平坦な道の根源である第一出発基地を完成した基準に戻ってきたので、そこで宣布してしまわなければなりません。真の父母、メシヤは誰かということを宣布し、新しい世界と新しい理想がここから出発するということを公然と発表しなければ、哀れな存在になるのです。これを発表することによって、地上と天上に組織が編成されるのです。
この宣言は、先生の教えに従うすべての人々に、「神様をお迎えして、真なる父母の道理を尽くしながら、私たち夫婦と共にこの世を救援する犠牲と奉仕の道を行こう」と勧告し、告知するメッセージだったのです。
面・里・統・班大会と氏族的メシヤ活動
全国大会から道大会、郡大会を終え、今、面大会を行っているでしょう? 面大会から、里・統・班大会を経て、家庭まで下りていくのです。家庭に入っていけば、そこには、お父さん、お母さん、息子、娘がいるのです。
それと同じく、先生の家庭をモデルとして、その完全なプラス家庭の前に絶対的に一つになるとき、すなわち先生の家庭を中心として主体と対象の立場で一つになることによって、そこから氏族の王が出てくるのです。
その勝利圏をどこからつくらなければならないでしょうか。韓国からつくらなければなりません。それゆえに、先生がお母様に命じてなさなければならないことは、道大会、郡大会、面大会、里大会、家庭大会までいかなければならないということです。そのことを指示したのです。ですから、十月まで、お母様を代表する女性たちを家庭に立てなければならず、氏族に立てなければならず、民族に立てなければならず、国家に立てなければならず、世界にまで立てなければなりません。今は復帰時代であり、韓国が先祖なので、国家基準において、上から下まで縦的な面ですべて蕩減していかなければなりません。
そのようにさえなれば、三千里半島で、私たちの力が及ばない所はないことでしょう。すべての村々に及ぶはずです。それゆえに、氏族的メシヤの使命が自動的に成されるのです。氏族が一つになれば、民族は自動的に一つになるのではあ力ませんか。それゆえに、氏族的メシヤをパスし、万端の準備をなして家庭に訪ねていきなさいというのです。それで、三十四万家庭大会を行いなさいと指示したのです。
『救世教本』と『原理講論』の奉読講義
お母様の講演集(『救世教本』)を中心として、家庭に訪ねていくのです。そこにはアダム家庭復帰と天使長を解放させる復帰路程が入っています。これさえ知れば、新約と旧約の核心がすべて分かるようになるのです。お母様の第一次四十日大会の時の講演内容は、キリスト教の本質的な歴史を中心として、すべての方向が新しく変えられなければならないという内容でした。上に向かっていたものは下に行かなければならず、下に向かっていたものは上に行かなければならず、右側は左側へと、その方向が変わらなければならないと言いました。血統転換を中心としてメシヤが来るということをはっきりと提示したのです。
原理講義するにおいて、全体を講義することができなければ、ただそのまま読んであげなさい。人々を集め、各家庭に行って『原理』の本を読んであげるのです。北韓の読報会と同じです。読んであげるのです。そして、感動を受ければ、感動を受けた内容を中心として話をしてあげ、良く分からなければ本を読んでから「質問しなさい」と言えば、お互いに問答しながら徐々に良くなるのです。このように勉強しながら進んでいくのです。班常会のようにしなければなりません。一度大会をしたからといって、そこで終わるのではありません。連れてきて座らせ、『原理』の本を何度でも読んであげなければなりません。
今から統一教会では、講義する方法と伝道する方法が根本的に変わっていきます。今は家庭の伝道時代です。先生の家庭を中心として公式的な中心が現れ、これと連結する時なので、家庭を中心とした伝道時代に入っていくのです。家庭単位のセンターは何かというと、女性です。母です。母が二人の子女を抱いていかなければなりません。
創造原理を三時間で話す必要はありません。いかにして}時間半でするかと考え、色を決めて、同じ色の所を連結していくのです。そして、その色の所だけを話せば一時間半でも語ることができるようになります。そのようにして色違いにして作っておけば、二回目には四十五分ですることができ、三回目には二十三分ですることができ、四回目には十三分でもすることができ、五回目には五分でもすることができるのです。このように一回、二回、三回と色を変えながら講義をすれば、いくらでもすることができます。最終的には五分以内にみ言を語ることができるように訓練ができてこそ、電車やバスの中で座って話しながら「家庭問題や社会問題をどのように考えていますか」と言って、すべて紹介することができるのです。
世界的真の父母の宣布
一九九二年八月二十四日、ソウル市、リトル・エンジェルス芸術会館で開催された第一回「世界文化体育大典」の祝賀晩餐会において、真のお父様は「私と私の妻、韓鶴子総裁は、人類の真の父母であり、救世主、再臨主、メシヤであると宣言しました」と発表された。この日、晩餐会には、「世界平和頂上会議」「世界言論人会議」「世界平和教授アカデミー」「科学の統一に関する国際会議」「世界宗教議会」「世界平和女性連合」などの国際会議への参加者、来韓した海外著名人、国内の与野党議員を含め、七百人以上が参席した。
一世と二世がすべて一つの道へ進んでいけば、その国の運命は、未来であろうと現在であろうと、一つの方向へ従っていくのです。ですから、今統一教会に反対すれば、統一教会はなくなるだろうと思うかもしれませんが、なくなりはしません。先生がこのようなことをしていることを世の中は知らないでしょう? 今やそれが実質的に表に現れる時になったので、反対をしていた者たちは、ほらを吹いていた立場になるのです。
韓国にしてもそうです。韓国では「統一教会の文なにがしはどうということのない者だ」と言ってきたでしょう? しかし、去る七月にメシヤ宣布をし、「世界文化体育大典」で公式的に「真の父母」を宣布しました。
今や、一九九二年八月を中心としてすべてのことを終え、「真の父母」を宣布することによって、真の御父母様が設定され、地上に着陸時代が到来しました。イスラエルの国とユダヤ教が失ってしまったものと、アメリカとキリスト教が責任を果たすことができなかったすべてのものが蘇生され、定着する時代に入っていくのです。
私がこの地に来た「再臨主」であり、「救世主」であり、「真の父母」であるということを世界に知らせなければなりません。知らせて事実を明らかにしてあげなければなりません。今回、「真の父母」を発表したでしょう? 「世界文化体育大典」を中心として、口八丁手八丁の人々をリトル・エンジェルス芸術会館に呼んでおいて、二十四日に発表しました。発表した時は、驚いて顔色が変わって気絶しそうになった人々が、その次の日に三万双が祝福を受けるのを見てからは「なるほど、メシヤだからあのようにできるのだろう! もうしばらく見てみなければならない」と言ったはずです。そのような者たちがたくさんいたはずです。
なぜそのようなことをしたのでしょうか。しなければ、大統領選挙で勝利しても、その就任式をしなかったことと同じになるからです。そのようになれば事務処理ができません。サタン世界と地上世界を清算する手続きを踏むことができません。引き継ぎができないのです。先生が発表することによって、天上世界や地上世界で相続が起きるのです。霊界で相続が起きれば、地上が従うのです。ですから、仏教、儒教、キリスト教が怨讐でしたが、今はもう怨讐にはなり得ません。一つになるのです。霊界の統一が起きるのです。
「世界平和統一堂」の創堂の提唱
一九九二年八月二十四日、ソウル市、リトル・エンジェルス芸術会館で、七百人以上が参席する中で挙行された第一回「世界文化体育大典」祝賀晩餐会において、真のお父様は「世界平和統一堂」(The House of Unification for World Peace)の創堂を提唱された。
誤解がないように、「世界平和統一堂」の「堂」は、「家」という意味の「堂」であり、「群れ」という意味の「党」ではないことを明らかにしておきます。言い換えれば、私が提唱する「世界平和統一堂」は、一国の政権を勝ち取るための通常の政党機能を意味するものではなく、世界平和のために、世界各国が統一された基盤と努力を増進させることができる連帯活動を強化する殿堂、すなわちハウス(house:家)の意味をもつものです。
男性を天とすれば、女性は地と表示することができます。家は女性の生涯の舞台です。母は家族全体の愛の巣の中心であり、母を中心とした家庭は国家と世界を結ぶ単位です。
「堂」という字には、母を中心として地を高めるという意味があり、教育するという意味があるので「堂」を使用します。すなわち、「女性を中心として教育する家」という意味になります。
ですから、「世界平和統一堂」は母堂であり、世の中の党は兄弟党です。母の前のカイン・アベルです。これを一つにして、世界平和統一のための家庭堂をつくるのです。ですから、母を中心として兄弟を抱かなければなりません。
政党をつくって大統領を立てようというのではありません。平和の基準をつくってあげ、その基盤の上で主体を立てなければなりません。再創造の役事です。エバがカイン・アベルを抱いて堕落したので、この母なる統一堂が、今息子、娘の立場で争っている国の党を抱いて正しく導いてあげなければなりません。
真の愛をもった母が真の愛を植えつけるところが統一堂です。今までは、真の愛を植えつけてあげるところがありませんでした。この世の中には、堕落した愛を植えつけておき、自分のために一銭でも多くむしり取り、損害を与えようとする人はたくさんいるのですが、神様の代わりに、心から自分を犠牲にしようとする人はいませんでした。しかし、この家は、母の心情を身代わりした位置で、真なる神様を身代わりし、愛がどのようなものかということを心と体に植えつけてあげることができるところなのです。
母の家で、真の夫婦と真の家庭を教えてあげなければなりません。それでは、どのようにして真の夫婦と真の家庭を教えるのでしょうか。それは、真の父母の家庭を教えてあげるのです。「真の父母とはこうでなければならず、真の夫婦とはこうでなければならない」ということを教えてあげなければなりません。自らの夫婦の内容を中心として、「皆さんが御覧になっている父と母のような幸福な家庭となり、幸福な夫婦となりなさい」ということです。そのように見せてあげて教育しなければならないのです。
「世界平和女性連合」世界大会
「世界平和女性連合」世界大会が、第一回「世界文化体育大典」期間中の一九九二年八月二十六日、ソウル市、シェラトン・ウォーカーヒル・ホテルにおいて、六十二ヵ国の世界の女性指導者五百人以上が参席する中で開かれた。同世界大会において、真のお母様は「世界平和と女性の役割」という主題で基調演説をされた。
真のお母様基調演説:世界平和と女性の役割
世界各国から韓国を訪ねてこられた「世界平和女性連合」の指導者の皆様!
私は、この歴史的な場において、儀礼的なあいさつの言葉を述べようとは思いません。過去と現在、そして未来の意味を歴史の前に宣布するお話をさせていただこうと思います。
理解と協力を指向するこの歴史的転換時代において、私は、「神主義」を基本とする永遠の平和世界建設のための大原則を提示しようと思います。
神様が人間を創造されたのは、愛することのできる対象が絶対的に必要だったからです。人間世界の父母たちが、自分の子供が自分よりももっと立派になってくれることを願う思いは、まさしく神様が人間を造られた時に抱かれた真の愛の心情にその根をおいています。
本来、真の愛とは、神様の絶対愛を意味しています。そして、愛には相続権があり、一体になることによって永生の論理が成立するので、真の愛を実践する家庭と社会は、滅亡することなく永遠に発展していくのです。
しかし、人間始祖の堕落によって、私たち人間は、そのような真の愛を完全に相続することができませんでした。不幸にも人類は、神様の真の愛の相対者として完成することができなかったので、神様に代わって真の愛の実体として立たなければならない真の父母の位置を失ってしまったのです。
それでは、人間始祖の堕落の起源とは何でしょうか。聖書には、善悪の実を取って食べたからだと書かれています。それでは、その善悪の実を取って食べてから、どこを覆ったのでしょうか。口と手を覆わなければなりませんでした。しかし、下部を覆ったのです。それは、サタンを中心とした誤った結婚を意味しています。これが悪の血統を繁殖する起源となったのです。
今日のアメリカ、ヨーロッパ、日本などの世界の先進国を見てください。東西四方から押し寄せてくるフリーセックスと淫乱の波を誰が防ぐことができるでしょうか。堕落してサタン側になった人類は、野生のオリーブの木に例えることができます。その中で、幸いにも神様が分立して探し出された人類が、すなわち宗教圏という野生のオリーブの木です。それは、神様の所有権の中にある野生のオリーブの木です。
ですからそれは、神様が自由に主管することができるのです。再臨主が来られれば、一度に切って接ぎ木しやすいように準備してこられたのです。その時に、初めて野生のオリーブの木が真のオリーブの木になって、本然の状態に帰っていくのです。それゆえに、宗教を信じる人も、本来の真の父を訪ねていかなければなりません。本来の真の父の生命の種を受けることができずに生まれているからです。
本来の真の愛を中心として、神様の血統に連結された真の息子、娘としての一体理想を成すことができなかったのです。それゆえに、メシヤが来なければなりません。したがって、メシヤは真の父母として来られるお方です。今や、世界史的勝利の伝統を立てた真の父と、歴史的な女性代表として勝利した世界的女性の代表である真の母を迎えて、真の男性像はもちろん、真の母像、真の妻像、真の娘像を定立しなければなりません。
今、私たちは、到来した女性時代とともに、夫を抱いて子女を正しく養育する真の愛の模範的な実践運動を全世界的に展開しなければなりません。そのようにして、夫と子供たちの積極的な同調を得て、「世界平和家庭連合」に発展していかなければなりません。
三 「世界平和女性連合」世界巡回大会
真の御父母様の生涯路程 10
三 「世界平和女性連合」世界巡回大会
日本大会
「世界平和女性連合」日本大会が、一九九二年九月二十四日の東京大会(東京ドーム、五万人以上の女性会員が参席)を皮切りに、十月二日まで、日本の七都市において、延べ八万二千二百人以上が参加する中で開催された。十月四日からの三日間は、東京、大阪、名古屋の三大都市において、延べ七千九百人以上が参加する中で在日同胞大会が行われた。韓鶴子総裁は「理想世界の主役となる女性」という題目で基調演説をされた。
韓国大会が終わると、今度は「日本に行ってまたしなければならない。日本語でしなければならない!」と言いました。お母様は日本語ができる人ではありません。おおよそ読むぐらいのことはできるでしょう。何ヵ月間か基礎は習いましたが、日本語をよく知りません。ですから「日本語で講演しなさい」ということは大変な脅威です。「本当に日本語でするのですか」と聞いてきたのです。
これまで、日本語の発音を学ぶなどの多くの苦労をしました。コディアックでその勉強をしたのです。普通、原稿に振り仮名をつけて読むのですが「すべて消して、そのままもっていきなさい」と言いました。それで、その原稿をすべて勉強していったのです。最初、日本に行くと、日本の食口たちが「本当にお母様は日本語で講演されるのですか」と聞いてきたというのです。
しかし、お母様は本当に素質があります。女性たちはそのようなところに少し素質があるでしょう?私がずっと監督してコーチしたのですが、特にお母様はそのような素質が多くありました。日本で最初の大会をする時に、東京ドームに五万人が集まりました。韓国でもありません。日本の真ん中に入っていき、日本語で講演するというのです。食口たちはみな信じなかったのです。ところが、お母様が日本語で話すのを聞いてみると発音がとても明瞭だったのです。ですから、一、二行読み進むと、拍手をしたのです。
日本語をよく知らない人が講演すると、「どこで間違えるだろうか、どこで間違えるだろうか」と心配しながら、一言、二言読み進めるたびに、みなそれに沿って読むのです。ひやひやしながら峠を越えていくのです。聴衆がどれほど深刻だったか分かりません。みな一つの心情になり、講演を終えてみると「いやあ、上手だった!」という感嘆の声が出て、聴衆が立ち上がって拍手を送ったのです。それが最初の大会でした。すべてのことは最初が難しいのです。それからは十都市を完全に席巻しました。これは感動的なことでした。
「世界平和女性連合」の代表たちが全員集まって大会を行ったのです。それが東京ドームの大会だったのですが、その時、「アジア平和女性連合」の創立の時の代表が出てきて演説を行い、そして「アジア平和女性連合」の代表が出てきてお母様の紹介を行ったのです。
日本の特記事項は何ですか。すべての国が先進国の行く道に従っていこうとするので、日本で起きる出来事は、大使館やAP通信を通じて全世界のテレビで放送されるのです。なぜでしょうか。自分の国だけが世界に取り残されてはならないと考えるからです。そしてこのような「女性連合」の大会を行えば、どのようになるのでしょう。最高の先進国で「女性連合」の運動をすれば、各国政府が女性党をつくろうとするのです。政治家がその選挙基盤を築くにおいて、これほどの希望的な団体はないからです。
ですから、みな連絡をしないわけにはいかないのです。それで、お母様の大会がAP通信を通じて世界に発信されました。したがってヨーロッパも知り、六大州がすべて知っているのです。西側の国家はすべて知っています。
アメリカ大会
一九九二年十月二十日から二十七日まで、アメリカの八大都市において、延ペ一万三千人以上が参加する中で、「世界平和女性連合」アメリカ創設大会が開催された。真のお母様は、「世界平和における女性の役割」という題目の基調演説をされた。
日本でお母様が巡回講演した内容を、アメリカの州責任者とAFC(アメリカ自由連合)の責任者たちが受け継ぎました。それをアメリカの五十州の地方組織で行うのです。
そして、アメリカでお母様が巡回した内容は、世界の宣教師たちが来てすべて聞くのです。アダム国家の伝統はエバ国家を通過して、天使長国家が受け継がなければならず、天使長国家の伝統は世界のすべての国が受け継がなければならないのです。そこには異議がないでしょう? その結果、まさしく世界的な修練会になったのです。
アメリカでは、女性の力は大変なものです。口八丁手八丁の女性たちの勢いは大変なものです。また、秘書の七〇パーセントが女性です。アメリカには、秘書が五万人もいます。そのうちの三万人以上は女性なのです。ジョセットが「女性連合」の活動をするというので、ワシントンD・Cで話題になりました。新聞社をほっておいたら、「女性連合」を運営するといううわさが立ったのです。
ワシントンD・Cでトップクラスの女性三百人を特別に選び出しました。先を争って「入りたい」と言っているのです。朱東文氏が、「本当に不思議です。今回、お母様の役事によって、我先に列をなして争って入ってこようとして困っています」と言っているのです。ブームが起こっています。それで、そこから選び出して措置しようと思っています。
お母様のみ言を聞いて拍手したりすることは、アメリカではあり得ないことです。互いに批判しようとするのであり、立派だという人にかみついて踏みつぶすのです。そこは、誰が先に踏みつぶすかということが競争になる舞台です。女性世界のほうがもっと激しいのです。そのような世界で、お母様のみ言を聞いて完全に変わっていくのです。新しいみ言なので、お母様のみ言を聞いて批評することができる基準が自分の中にありません。そのような基準で語った人はいなかったのです。その内容を見ると、自分自身と引き離すことができず、社会と引き離すことができず、宗教と引き離すことができません。知識世界の各分野と全般的に連結している内容なのです。
さらに、現在、国家的な困難に直面している家庭問題、道徳問題、思想問題、価値観の問題がすべて出てきているのです。それらは、家庭を中心として男性と女性の問題から解決すべき重要な問題として引っ掛かっているのですが、その解決方法として、真の愛を中心としてこのようにしなければならないという論争の解決点が表されているのです。ですから、感嘆せざるを得ません。そのような意味において、女性たちが動き始めるのです。そのようになれば、政治世界の各州知事と上院と下院の議員たちが一度に連結されるのです。
そのように、ワシントンD・Cでうわさが立ち、行けば行くほどレバレンド・ムーンの夫人は有名だといううわさが立つので、行く先々で争って表彰し、賞牌を与えるブームが起こりました。ロサンゼルスでは「世界の母」という賞牌まで受け取ってきました。彼らは、「原理」も知らない人々です。アメリカのすべての女性を代表した機関の会長が出てきて「世界の母」という賞牌を与え、お母様を抱擁しました。それくらい有名な女性が出てきて一大演説を行ったのです。
「天地統一」の宣布
一九九二年十月二十六日(陰暦十月一日)、真のお母様のロサンゼルス大会期間中に迎えた第三十三回「真の子女の日」を期して、真のお父様は、アラスカのコディアックに七十二ヵ国の指導者が集う中で「天地統一」の宣布をされた。
きょうは、第三十三回「子女の日」です。イエス様の年齢が三十三の時、天と地が一つになり、国が一つになって、すべての新しい出発がなされなければならなかったのですが、それを成し遂げることができませんでした。
イエス様の時には新しい世界の出発をなすことができなかったのですが、それが、一九九二年の第三十三回の「子女の日」を中心としてなされるのです。真の御父母様の解放とともに、この地上でお父様を中心として歩んできたすべての者が蕩減時代を勝利し、その基盤の上でお母様を先頭に立てるのです。その大会が、韓国と日本で行われ、今、アメリカを中心としてサンフランシスコまでで七数を迎えたのです。
今、お母様はロサンゼルスにいますが、先生を中心としてアジアと連結することができるきょうという日は、東洋と西洋が連結される一つの表象的な日として祝賀する日にもなるのです。ロサンゼルスとコディアックが南北で一つになるのと同じように、東洋と西洋が連結されるのです。
そのような面から見れば、この日は、天の父母と地の父母が、イエス様の三十三年を中心として一つになる日です。イエス様を代表する子女の基準をもって、国家的基盤、世界的基盤の上で天地を代表することができる方向性をもったことを宣布するのです。そして、新しい理想世界の完成に向かって進んでいくのです。
今まで、私が四十年祈祷してきたのは、韓国、日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアの七ヵ国です。祈祷する時は、常にこれを表象として立てて祈祷したのです。この七ヵ国を収拾すれば、世界は一つのところへ行くのです。七ヵ国のうち、四ヵ国は地の数を代表し、三ヵ国は天の数を代表しています。それで七数です。天の数を代表した三つの国が韓国、日本、アメリカです。これらのアダム国家とエバ国家と天使長国家を中心として、四つの国が従ってくれば、全体が天の世界に移されるようになるのです。
それゆえに、きょうこのように、宣教師たちがみな集まって世界的に全体を収拾し、宣布することができたということは、きょうが天上世界と地上世界における栄光の一日であるということです。このように宣布すれば、すべての家庭と国と世界の運勢がそこに向かって行くのです。
今、ここに何ヵ国から参席しましたか。(七十二ヵ国から九十一人が参席しました)。七十二ヵ国ならば、数も合っていますねI イエス様の時、七十二人門徒と百二十人門徒が従ったのと同じように、皆さんも七十二数と百二十数を立てなくてはなりません。今回、お母様は七十二ヵ国を巡回しますが、これも決して偶然なことではありません。すべて計画したところから出てくる内容です。女性時代が到来したので、このように内外がすべてぴったり一致するのです。そのことを理解して、きょう、天上天下の統一を宣布するのです。
今後、アラスカのコディアックが最も有名になるのです。ここは、ロシアでもなくアメリカでもありません。アメリカ人も、アラスカのことはよく知りません。今後は、ツンドラ平原時代が来るのです。北極とカナダ地域とロシア地域の時代が来るのです。
今、私が関心をもっていることはそのような未来の世界です。五十年もかかりません。何十年かのちには、その事実が目前に追ってくるということに対して準備しなければなりません。それで、アラスカを重要に思っているのです。ですから、今から統一教会の教会員たちは、アラスカに訪ねていきたくなくても訪ねていかざるを得ません。そこにおいて統一教会の重要なことを発表したので、そこは聖地の中の聖地になったのです。
ヨーロッパ大会
一九九二年十一月十一日から十八日まで、ドイツ、イギリス、フランス、イタリアの八大都市において、延べ九千七百人以上が参加する中で、「世界平和女性連合」ヨーロッパ大会が開催された。真のお母様は、「世界平和における女性の役割」という題目の基調演説をされた。
韓国を女性で席巻し、エバ国家を女性で席巻しました。日本では全部で十箇所です。そこには僑胞まで含まれています。アメリカでは八都市で行い、ヨーロッパでも八都市で行いました。ヨーロッパは一つの国として見るのです。アメリカが西洋社会の主体だとすれば、ヨーロッパはその相対です。そのような事実が分からないので、どの国でも「四箇所か五箇所で行おう」と言って大騒ぎするのです。いくつ国があっても、全体で一つの国として見なければなりません。
全ヨーロッパを一つの国として見るのです。イタリアには食口がいなくてどうのこうのといいますが、食口がいないということが問題になりますか。とんでもない話です。アメリカの八つの州で行ったならば、ヨーロッパに八つの相対を結んであげなければならないのです。
ヨーロッパ大会をローマまで行ってきたのですが、大変なうわさになりました。ヨーロッパには大きな女性団体が四つあるのですが、先を争って「参加したい」と言って、座席が足りなくて競争になったというのです。大使館からも来たようです。大使館でも、かなり準備していたようです。お母様が、とても気分が良くて電話してきたのです。(笑われる)
韓国の女性として、世界の先進国家の頂上を渡り歩きながら過ごした人は、歴史始まって以来、お母様が初めてでしょう。しかし私たちの組織があるからできたことであって、それがなければどうやってできたでしょうか。統一教会の食口たちは本当にうれしいでしょう。
先生が整えて完成したアダム圏を中心として、エバ圏を完成しなければなりません。それゆえに、今、お母様を先頭に立てて、エバ国家である日本の女性、韓国の女性、アメリカの女性、ドイツの女性、イギリスの女性、フランスの女性、イタリアの女性を中心とした大会を行っているのです。これらは、第一次大戦直後の天の側とサタン側の七ヵ国です。韓国を中心として六ヵ国が一つになって神様のみ旨を直さなければならなかったのですが、その責任を果たすことができなくて滅びたのです。その責任を再び果たさなければなりません。韓国は、先生を中心としてこの六ヵ国を再び抱いて復帰しなければならない立場です。そしてお父様が抱いたものを、お母様が抱かなければなりません。
今回、お母様が行くことによって旋風を巻き起こしました。きのうのローマ大会では、四つの団体から大きな賞牌を授与されました。今からは、お母様を中心として女性たちが完全に一つにならなければなりません。全世界が一列に刺し抜かれたのです。そのようにして、新郎として来られたイエス様を中心として、新婦教会であるユダヤ教が一つになることができなかったことを、今日、世界的になさなければなりません。お母様が新婦教会の立場に立って、それをなすのです。
モスクワ大会
一九九二年十一月二十二日、モスクワの新アルバート(旧カリーニン)に位置する十月劇場において、「世界平和女性連合」モスクワ大会が盛況裏に開催された。各界の女性指導者とロシアの女性機関の代表など、四千人以上が席を埋め尽くし、入場できなかった三千人以上の人は屋外に設置された大型テレビで大会場面を見守るという大盛況を呈した本大会において、真のお母様は「世界平和における女性の役割」という題目の基調講演をされた。
クレムリン宮殿は、七千人以上の共産党員が集まって全党大会を行う場所です。本来はここで行う許可を得ていたのですが、エリツィンのサインだけもらうことができなかったのです。エリツィンは、韓国に行ってきたのち、ロシアにある自分の別荘に行ってしまったのです。そこがどこなのか誰も分からないということでした。
朝早く、お母様から電話が来たのですが、人であふれかえったということです。女子大学の大学街において大騒ぎになったそうです。ロシアには七百の大学があるのですが、その中で私たちカープ(CARP)の拠点のない所はないということです。大学ごとにすべて配置されているのです。ですから、女子大学の学生たちと女子大学の教授たちも大騒ぎになったのです。
先を争って「自分のところの大学から行きたい」と言って競争になったそうです。「文総裁の夫人が来られるので、私たちが入っていくべきだ。私たちの大学にあるカープの女性の代表が行かなければならない」と言ったというのです。それで、人であふれかえったのです。
今回、サンクト・ペテルブルグ市から二千五百人の女性が来て、「レニングラード(サンクト・ペテルブルグ)にはどうして来られないのですか。私たちの都市のほうがモスクワよりももっと活動的な場所なのに、どうして来られないのですか」と言ったというのです。「私たちは各国を回るのに忙しいので行くことができません」と言うと、仕方なく「人員を動員してくる」と答えたというのです。それで、サンクト・ペテルブルグの二千五百人の女性たちが列車で動員されたということです。
ところで二千五百人、全員が列車の時間を合わせることができますか。そこで交通部の長官を通して「レバレンド・ムーンの奥様が来られて大会を行うのですが、二千五百人がこの大会のために動員される予定です。特別列車三本を動員させてください!」と言って、首脳部に列車まで動員させたのです。三両ではありません。三本の列車を動員したのです。
「モスクワ大会をしなさい」と一週間前に指示した人も気の狂った人であり、その荒地のような所に「行かなければならない」と言って、行くお母様も気の狂った人でしょう。(笑われる)三年前を考えてみてください。モスクワはどのような所でしたか。統一教会員は表に出てくるだけでも捕まえられて殺されるような所だったのです。それが一週間前にモスクワ大会を指示したのです。それが摂理史です。そのようにして一週間のうちにすべて行ってしまったのです。
真のお母様の世界大会勝利帰国歓迎式
一九九二年十一月二十五日、ソウル市、龍山の世界日報社内の国際研修院大講堂において、「韓鶴子総裁世界歴訪講演勝利歓迎大会」が、「女性連合」支部長や各界女性指導者等、一千二百人以上が集う中で開催された。
《祈祷》
今、お母様が新婦の道理を備えた基盤の上で、四十年前にキリスト教文化圏の上で新婦と新郎が出会わなければならなかった゛解放された統一世界の基準を、再びお父様と共に立てようと思います。今回、お母様が帰ってきたこのような契機によって、七ヵ国全体が一つになる条件的な基盤を備え、共産圏まで抱くことができる基盤をつくって帰ってきました。
あさっての十時から行われるお母様を歓迎する歓迎大会こそ、歴史的なキリスト教文化圏の前で新婦を身代わりし、全キリスト教を代表した新婦の立場で、新郎であられるお父様と一つになることができる場であり、方国万民の解放圏を叫ぶことができる希望の日が訪ねてくる瞬間だということを知っています。お母様がこの七ヵ国を経てくる路程を通して、第二次大戦以後に失ってしまった全体を再び探し出したという条件をもって、女性全体を連結し、万人の新郎に侍ることができるこのような世界史的な転換期を迎えさせてくださった恩賜に感謝いたします。
お母様が難しい韓国から火をつけて、日本を動かし、アメリカを動かし、ヨーロッパを動かし、ロシアまで動かすことによって、お母様がなすことのできるすべての願いの条件を勝利して帰ってくる姿を、涙と歓喜をもって心から迎えると同時に、今、統一家には、真の御父母様の解放圏を南北統一圏に設定しなければならないという厳粛な過程があります。
今、残されたすべてのことは、お母様が帰ってこられたこの基盤の上で、新しい女性たちと共に「男性連合」を創建し、「世界平和統一堂」を中心として男性たちを再度教育して、「世界平和統一家庭堂」を築くことによって、党が必要ない一つの世界に行く道をつくり、あなたの願われるみ旨の礎石を置かなければならないのであり、今は、そのような厳粛な時点に置かれています。
今まで耐えてきたお母様をお父様が育ててくださったことに感謝申し上げます。困難な出来事や悲しい出来事を越える峠のたびに、誰にも事情を話すことができない道を歩んできたということをよく知っています。お母様を中心として、私たちの家庭の子女たちが孝子、孝女となるように許諾してくださり、統一国の孝子、孝女の道理のために、天上の道理をもって神様を解放しなければならないという歴史的な召命の前に、恥ずかしいことなく再出発することができるこの日となるように許諾してくださることを懇切にお願い申し上げます。
オセアニア大会
「世界平和女性連合」オセアニア大会が、一九九二年十一月二十九日、オーストラリア、シドニーのリッツカールトン・ダブルベイ・ホテルにおいて五百人以上が集まる中で開催されたのに続き、十二月二日に、ニュージーランド、オークランドのハイアット・リージェンシー・ホテルにおいて四百人、十二月八日に、フィリピンのマニラ国際会議場において二千人以上が集まる中でそれぞれ開催された。真のお母様は、「世界平和における女性の役割」という題目の基調演説をされた。
アメリカ、ドイツを含めて七ヵ国です。それが終わってロシアとオセアニアにおいてまで大会を行わなければなりません。そのようにして、先生がオセアニアに行かなくても、オセアニアまで連結させたのです。お母様がこれを成すことによって、四十七年前、キリスト教文化圏が新郎の前に責任を果たすことができなかったことを、j新郎と新婦が責任を果たしたという勝利的な基盤を中心として、再び連結させることができるのです。そのようにすることによって、自由世界が蘇生するのです。
今回のフィリピン大会は全国的な規模でした。機関要員とフィリピンの中心構成員を含む五百人が参加しました。元長官と現職長官、そして長官の夫人が七十人以上参加しました。(全体的には三千人です)。フィリピン全体が動いた大会でした。
彼らは、今まで私たちが行ってきた大会をすべて知っていたのです。日本で行ったことをはじめとして、今まで私たちが行ってきた大会を自分たちの大使館を通して全面的に研究したのだと思っています。今はそのような時代に入ってきました。
真のお母様のみ言
ロサンゼルスからハワイまでが五時間かかり、ハワイから九時間行かなければなりません。ですから、十四時間飛行機に乗ったことになります。長時間飛ぶことになるので、フィリピン航空では二階にベッドが設けてありました。下の一等席はとても狭いので、「上に行って休んでください」と何度も言うのです。それで、ハワイに降りる前に上がっていき、少し横になったのですが、その時、夢に啓示のようなものがありました。
私が赤ちゃんに乳を飲ませたのです。とてもかわいくて利口そうな赤ちゃんだったのですが、夢の中で「今、私は子供を産む年ではないはすだが?」と思いました。そのように思いながらも、乳を飲みたがるので飲ませました。そして、下りていったのです。
そして、そのことは忘れたまま飛行機を降りたのですが、ちょうどその日が──そこはカトリックの国ではありませんか──カトリックで記念する日たったそうです。そこでは聖母マリヤが顕現すると信じているそうです。まさしくその日が、マリヤがガブリエル天使から「聖霊によって身ごもるだろう」と啓示を受けた日だというのです。それで、カトリック教徒たちがその日を記念していました。ちょうどその日だったと言いながら、大会に参加した貴賓の一人が写真を見て──黄色のチョゴリを着たポスターが市内のあちらこちらに貼ってあったのですが──「この方こそマリヤの使命を果たすお方だと思う」と言ったというのです。来ると約束した人は全員来ました。反応はとても良いものでした。前副大統領の夫人が来て祝辞もしました。そこは、現職の大学教授が「女性連合」の会長です。
どのようにして準備したのか聞いてはみませんでしたが、特別貴賓として迎えてくれたので、飛行機から降りるとすぐに単に乗っていきました。出国する時もすぐに飛行機に乗りました。お父様もウルグアイに行かれた時、そのような待遇を受けられたでしょう? 私もそのような待遇を受けました。その国にいる間、すっと警察が警護してくれました。
大会が終わり、別の部屋に食口だけが集まる時間がありました。食口たちが入ってくる前に、私は先に終わって入っていました。その後、食口たちがすべて終わってから入ってきました。その時、私はお父様と電話がうまくつながらなくて待っていたのですが、食口たちは私をまじまじと見つめているのです。そのようにしているのを見て一度笑ってあげたところ、すぐに「わー!」と言って拍手をするではありませんか。
解放直後の統一圏の再蕩減勝利宣布
一九九二年十二月十日、「世界平和女性連合」世界大会を勝利して帰国された真のお母様を、ソウル市、漢南洞の公館で迎えられた真のお父様(十二月九日に帰国)は、祝祷をされたのち、「四大心情圏復帰と女性の役割」という主題のみ言を語ってくださった。
愛するお父様、「世界平和女性連合」を創設してから八ヵ月目に、世界を一周してお母様が無事に帰国しました。その間、韓国で女性大会を全国的に展開し、日本全国の女性世界を通して新しい風を吹かせ、アメリカを中心とした八都市、ヨーロッパを中心とした八都市、モスクワと、オーストラリアと、ニュージーランドを経てマニラまでの百十二箇所において、長い旅行を通してお母様にみ言を伝えさせてくださったお父様の恩賜の前に感謝申し上げます。
お母様が勝利して帰ってきたこの日は、十二月十日であると同時に、歴史的に記念することができる一日であるので、韓国の十二食口と、日本の十二食口、そして直系の三人の御子女様と共に、天の前に勝利的な祝賀の日を迎えるようにしてくださった恩賜に感謝申し上げます。
韓国食口十二人と日本食口十二人、そして三人の息子と真の父母と共に、ここに集まったすべての聴衆が一致団結して、今、第二次大戦直後の統一的世界の基準を再び取り戻す歴史的な解放圏を宣布いたしますので、天地が共にあってください! 今、統一へ向かう道の前に、すべてのことが意のままに運ぶように祝福してくださることを懇切にお願い申し上げます。
今、全世界に散在している統一の子女たちが真の御父母様のいる所に向かって決意し、精誠を尽くしています。その精誠を尽くす、すべての場所において、この世界史的な恩賜を世界的に分かち合うことができる祝福の日となるように許諾してください! お母様が刈り取ってきたすべてのみ旨を韓国漢南洞の本部を中心として、ここに新しく設定しますので、新しい歴史的な出発がなされますように許諾してくださることを、真の御父母様のみ名によって宣布いたします。アーメン!
非常に苦しく、汗を流し、涙を流すような立場で堕落したので、復帰路程においてもそのような過程を経ていかなければなりません。サタンがついてくることのできない境地まで行かなければならないのです。
このような立場から見るとき、文先生の生涯は、人類歴史上、誰も想像し得ない最も悲惨な路程を経てきた生涯でした。ただ話をしないだけです。そのようなことをすべて知っているお母様は、深刻な歴史的な責任の召命を指示された時、「できません」と言うことができないのです。そのようなお母様の事情を、先生はよく知っています。奇特にも、一九五二年から今日までの四十年間、常に皆さんに語ってきたことが、今ようやく終わったのです。
真のお母様のみ言
一九六〇年にお父様と結婚してみ旨を受け入れてきながら、私なりに決心したこともありますが、私にとって最も大きな力となり、今まで歩んでくることができた信仰的な内容があります。「私は、天の前に選ばれた最後のエバだ-・ 六千年の恨めしい天の摂理は、私の代ですべて終えなければならないI・ 失った天の心情、太初にアダムとエバを創造されて喜びを享受しようとされたその状態のとおりに成し遂げてさしあげなければならない! というのが、私の信仰生活の信条です。
復帰摂理の歴史の内容をおぼろげに知っている人ならば、そのようなことを考えたかもしれませんが、私としては、肉身の母と祖母を通してそのような霊的な体験をたくさんしたのであり、また私の代において、私の行く道がどれほど困難なものであるかということを天が見せてくださったのです。そして、私がこの道を歩むことによって天の子女が生まれるということを、天は、はっきりと見せてくださいました。それで、「私というものはない」と思いました。そして、「私のできることであればどのようなことでもしなければならない、必ずしなければならない」と誓ったのです。そのたびに天は、私に力を与え、見せてくださいました。
そのような信仰的な話を日本の食口たちにしながら、「私の歩んできた道は、死なざるを得ない、これ以上一歩も進むことができないという、そのようなところまで到達した時に初めて天が役事してくださる、そのような道でした」という話をしました。「今日、日本の食口が直面している様々な問題がありますが、それは、天がより大きく祝福してくださり、これまで天が苦しかったことを、‘皆さんを通してすべて忘れようとされる真の愛だということを悟ってくだされば有り難いです」という、そのような話をしました。
これまで、お父様に侍って従ってきながら、自分を中心とした生活はできるだけ徹底して排除し、私に言いたいことがあっても我慢して言葉を控え、見ずに、表現せずに、このように三十年を生きてきてみると、このように人々の前に立つようになりました。実際、多くの聴衆の前に立つということは、私には合っていないことのように感じられました。
しかし、今まで私を保護してくださり、導いてくださった神様とお父様に対して、その愛に報いるという意味で、またこの時代が願うこの時に、私が立ち上がらなければならないその時期を痛感したので、立ち上がりました。
韓国の六十一都市に出発する時は韓国語でみ言を伝えるようになっていたので、それほど心配になりませんでした。ところが、日本大会をする時は、日本語で大会をしなければならないということが、わずか二ヵ月前に命令として下されたも同然でした。ただ食口たちをおいて対話するのならば分かりませんが、しかも、五万人の聴衆をおいてしなければならないそのような状況であり、本当にどこからどのように始めたらよいのか暗澹たる気持ちになりました。
初めてであるうえに、韓国語でするのも一時間程度なのに、日本語に翻訳したものを見るとページ数がもっと増えていたのです。そして、日本語もただ聞いて、「書堂の犬、三年にして風月を詠む(門前の小僧、習わぬ経を読む)」ということわざにも及ばない状況だったのです。ただ聞いておおよその見当をつける程度であり、書くことも読むこともできない状態であり、しかも一時間以上になる原稿を見なければならないということを考えると、最初はどうやってこれを克服していけばよいのか、本当に暗澹たる気持ちになりました。
それで、実際は何の考えも及ばないでいたのですが、韓国で大会が終わったあと、お父様がアラスカにいらっしゃったので、その時、少しそこに行くようになりました。そこに行くと、お父様は、私も知らないうちに、日本の僑胞の食口一人を呼んでおいたのです。日本語を翻訳するなり何なりして、その原稿を消化することができるようにしなさいということでした。それで最初は、「韓国語で振り仮名を一度付けてみなさい」と言いました。そのようにしたところ、感じや意味が全く心に伝わってこないのです。それで、これでは到底難しいという思いになって、「いっそのこと日本語の原稿を見ましょう」と言いました。漢字の発音の中で分からないものには振り仮名をつけ、そのようにして、どのように霊界が役事したのか、それをやり遂げました。(拍手)
実際、東京ドームの壇上に上がってみると、とてつもなく大きなホールであるうえに聴衆でぎっしり埋め尽くされていたので、最初は少し気後れしたのですが、これではいけないと思いました。韓国で、主に体育館を回る時、マイクシステムを利用するのですが、声が反響してはっきりと聞き取れない箇所がたくさんあったでしょう? それで、その会場はとても大きいので、普段の私の声で読んではいけないと思い、最初から一オクターブ上げて始めました。そのようにして終わると、ちょうど水を絞った脱脂綿のように、そのままばったりと気絶して倒れるかと思いました。
ところが、過ぎてからあとでその大会のテープを見ると、本当に奇跡というものはこのようなものだなあということが感じられるほど、新たな感慨に浸ります。
そして、「アメリカ大会をしなさい」とおっしゃったのですが、それも、普通ほかの州を経て、例えばロサンゼルスのような所をます経てからワシントンD・Cに来れば良いのですが、「ワシントンD・Cから始めなさい」とおっしゃるのです。とにかく、私が始めるすべてのことは最高水準から始めなければならないので、そこに準備できていない状態でその基準に合わせようとするので、本当に死ぬほどの立場だったと表現せざるを得ません。
それで、先程も私が話しましたが、私たちの歩んでいく道、また今まで天が歩んでこられた道は、人間としては力が及ばす、本当にできないというところまで天は追い込まれます。そして、そこを越えて勝利することを願われている天の隠れた事情があるということを、行く先々で体験しました。
そして、ヨーロッパ巡回にしても、実際に過ぎてから振り返ってみると、本当に命を懸けた巡回だったということが感じられます。フランスにしても、本当に反対の激しい所ではありませんか。そのような所で、大会会場を借りるということだけでも難しかったのです。皆さんは、聞いて知っていると思いますが、エレベーターの明かりが消えた状態で二階と三階の間にぶら下がっている時、脱出しなければならない立場を考えてみてください。いつエレベーターが誤って稼動するかもしれないという、そのような所から脱出しようとする時、その肉身をしっかりと維持できるでしょうか。そのような事件がありました。
また、ヨーロッパは、様々な国があるので飛行機に乗らざるを得なかったのですが、その空港の事情が大変でした。今、ヨーロッパは、大変複雑であり、政治的にも宗教的にも様々な面で沸き立っている状態ではありませんか。そのような渦中で講演をしなければならない立場でした。結果的に見れば、天が共にいてくださって無事に終えることができましたが、難しいことが本当にたくさんありました。フィリピンに行く時にも多くの事件がありました。
人間の力だけではなく、天が共にいてくださってこのことをすべて終えることができるようになったことに対して感謝しています。
「世界平和統一家庭堂」創堂
一九九二年十二月十二日、「世界平和統一家庭堂」の創堂準備委員会が結成され、十五日、結成申告を完了した。
今、神様が地上に定着するためには、愛の家庭の礎石の位置に定着しなければならないと思うので、私たちは家庭が平和に統一されなければならないと主張するのです。すべての本然の起源は個人にあるのでもなく、国にあるのでもなく、世界にあるのでもないというのです。
基本的な基準である家庭において定着の起源を発見しなければ、平和を成し遂げることはできないと思うのです。ですから、私たちが家庭を中心としていくら反対されたとしても、いかなる反対に直面したとしても、また悪魔のわざをもった者たちが現れたとしても、この家庭基盤を一寸一分も譲歩してはなりません。家庭の安定基盤を確定することなくしては、世界平和の礎をおくことはできません。このような意味で「世界平和統一家庭堂」と言うのです。
統一堂は母であり、家庭堂はカイン・アベルの二人の息子です。家庭堂を党的な面から見るとき、カインの立場は国会議員たちです。そのカインとアベルが一つになるのです。そのように見れば良いのです。
それゆえに、母子一体となり、そして父と一つになって祝福家庭の完成です。そのようになるとき、初めて堕落した天使長もアダムを中心として接ぎ木され、家庭に解放圏を完成し、堕落したサタン世界をすべて解放することができる位置に立つようになるのです。そのように一つになることによって、国家全体の家庭が完成するのです。
統一堂と家庭堂が一つになり、全体の中心であるお父様と一つになることによって、祝福家庭の完成が成されるのです。そして国家を代表して南北統一を完遂しなければなりません。母子一体となって父と一つになり、祝福家庭を完成するようになれば、国家的な統一がなされるのです。
一九九三年からは、統一祖国のための統一時代へ入っていくのです。一九九三年、一九九四年、一九九五年、一九九六年、一九九七年、一九九八年、一九九九年の七年間です。その次には二〇〇〇年です。八年後には新しい時代へ入っていかなければなりません。
中国大会
一九九二年十二月二十三日、中国、北京の人民大会堂内の河南省館に、各国の女性指導者および中華全国婦女連合会の会員四百人以上が参席する中で開かれた韓鶴子総裁招請講演会(「世界平和女性連合」中国大会)において、真のお母様は、「世界平和における女性の役割」という題目の演説をされた。一方、真のお母様は、十四二月二十二日、鄧小平の長男である鄧樸方氏と午餐会をもたれ、相互協力方案を論議された。
最初は問題が多かったのです。宗教的な内容なので、軍隊でも党でも「問題がある」と言いながら「自分たちが困ることになる」と言って妨害したのです。神様という言葉が、一回ではなく数十回も出てくるのです。ですが、鄧小平の息子が「一回言おうと、百回言おうと同じではないか」と言ったということです。
これは歴史的な記録です。「大会がこれこれこのようであった」と言って、全国的にその記録をまかなければなりませんが、それを読む人々にとって、私たちが人民大会堂でこのような講義をしたということ自体がいかに革命的なことか分かりません。若者たちがみなそれを読むはずであり、そのようになれば、全国にうわさが立つはずです。これは革命的な事件です。
真のお母様との電話通話
「人民解放後七十数年間、呼んでみることのできなかった神様! 成功しました」(拍手)それは歴史的なことです。
真のお母様のみ言
百十二箇所を回る時、どこでもみな私たちの機関があり、食口たちが主動となって大会を行いました。しかし、今回の中国では、食口と祝福家庭が何家庭かいることはいましたが、あからさまに活動することができませんでした。教会はあっても、伝道も、食口の家庭を訪問することもできないでいるのです。ただ礼拝を受けるだけであって、教会長は、食口たちの面倒を見ることもできない状況でした。その社会自体の日常生活が組織の願うとおりに動く一日一日の生活なので、個人的な生活の余裕がないようでした。
以前は、いつもお父様のお供をして回っていたのですが、四月十日から始まった百十二箇所は、お父様のお供をせずに、一人で回りました。ところが、今回は中国に行くということで、少し心配になりました。しかし、空港に到着すると最高の国賓待遇を受け、すべてがスケジュールどおりに行われました。
そして、良い人々、鄧小平の息子、そして全国婦女連合会の黄ギチョル氏のような人々に会いました。黄ギチョル氏という人は、副主席ですが、実際には大変な権力者です。この人がすべて行っていました。主席は象徴的に立てておき、実務はこの人がすべて行う立場です。そして、その下にいる人々に聞いてみても、とても尊敬を受けており、指導力もあって、団体における非常に重要な人物でした。
ところが、ロシアにしても、聴衆たちは西欧のどの国にもひけをとらない水準の身なりをして来ていたのですが、ここは北朝鮮よりもっと厳しいようです。中国の人々は、着ることに関心がなく、食べることにだけ重きをおき、中国文化は食文化だと言うことができるほどでした。
実際、自分がお客様を招待して迎えれば、最低限スカートははいてくるべきなのに、みなズボンをはいていたのです。あとから一人で考えてみると、すべての人が革命的な役軍であり、自分たちの生活をそのまま見せるためにそのようにしたのだと思いました。そして、私と同じテーブルに座ると、公式的な話だけではなく私的な話まで、人間的な多くの話をしました。
その中で、全国婦女連合会でしている仕事とは何かと尋ねた時、大きな行事としては、模範妻賞と模範夫賞を与えることだと答えました。その選定する基準に対して探ってみると、子女に対する献身的な愛、父母を敬うこと、道徳性、そして最も重要な基準として、学習と思想教育にどれくらい熱心であったかということでした。
ところで、ほかの言葉はどうということなく聞いたのですが、思想教育という言葉を聞くと、「あ! 私は中国に来ているのだな」ということを思いました。なごやかな雰囲気の中にも、そのようなものを感じました。そのような雰囲気の中で神様を証し、真の父母とメシヤを証する立場でした。
あとで、食口たちを通して各テーブルの反応を聞いたのですが、すべて異なっていました。なぜならば、三つの団体が合同で私たちを招請したからです。障害者協会、全国婦女連合会、青年協会です。ところで、その中でも青年たちは少し違っていました。きれいに見せようと努力もし、英語を上手に話し、日本語も上手に話し、日本のお嬢さんと思えるほど気さくで愛想が良かったのです。それで、中国民族の多くの可能性を様々な側面において見ました。
そして、もう一つ私が感じたことは、やはり北朝鮮は中国に対して多くの人的資源を投資しているということでした。私たちの周りで通訳する人は、大部分が「北朝鮮に行って学んできた」と言っていました。
ところで、そのような話を聞くたびに、「あー、本当に南側は眠っているのだなあ。内部で争いばかりして……。お父様でなければできないのだなあ」ということを再度感じました。そして、「やはり北朝鮮に影響を与え、お父様がなさろうとすることに対して大きな助けとなることができるのは中国なのだなあ」と思いました。
このようなことを感じるとき、私がここに種を蒔き、深い因縁を結んでいかなければならないということを思いました。それで、最善を尽くしました。そして、最後に出発してくる時は、国際部の副部長の女性が不便のないように歓待してくれて、本当に有り難く感じました。私たちが到着した時も遅い時間であり、出発する時間も早い時間だったので、あちら側でも休むことができなかったと思いますが、私たちに不便がないように、よくもてなしてくれました。
それで、内的な意味も少し植えつけてあげたいと思い、私がはめていた時計をその人に与えました。それをあげる時に、「個人の立場で情を表したいと思うので、失礼がなければ受け取ってください」と言うと、とても満足げに受け取ってくれました。そして、國進が一緒に行ったのですが、息子がハンサムで、善良だと何度も褒めるのです。私の家庭に対しても尋ねてきたりしました。
その人たちは、み旨をよく知らない立場で、私と私たちの一行に対してとても良い友人として交わるようになったと思っているようでした。そして、摂理的に見るときも、第二次大戦直後に成し遂げようとされたそのみ旨を失ってしまった立場で、神様が苦労なさり、四十年の荒野路程と苦労の実体路程を経た今日において、日本が天側のエバ国家として立てられた立場ならば、相対的に、サタン側のエバ国家の立場が中国です。
今回の百十三都市を中心として、全世界のカイン・アベル・エバ国家をすべて結んで天の前に捧げることは、四月十日から来年の四月までの一年があれば可能ではないでしょうか。ですから、その中で、北朝鮮において行事を行わなければならないというみ旨があるのです。そして、今回の中国訪問は、神様が摂理的な大きなみ旨を中心として我が国を選ばれたみ旨を、「女性連合」を通して成してさしあげることができる契機をつくるものになったのではないかと思います。
「全体解放」宣布
十二月二十三日に真のお母様が中国大会を勝利して帰国され、クリスマスの翌日であった孝進様三十歳の誕生日である一九九二年十二月二十六日を期して、漢南洞の公館で真のお父様は、み言と祝祷を通して、第二次大戦後四十七年の再蕩減路程の勝利基盤の上に「全体解放」を宣布された。
北韓のお母様の大会と、女性交流の協力の国際化で、三十八度線は往来開通です! 言葉だけ聞いても気分が良いでしょう? 女性大会を行おうとすれば、金日成も三百人の女性を出しなさいというのです。北韓のお母様の大会と、女性交流の協力の国際化で、三十八度線の往来開通です。女性たちが行ったり来たりするのに、南韓で「女性連合」の大会を行う時は、飛行機に乗って来るのではなく、三十八度線を通ってきなさいというのです。
きょうは、お母様が女性堂と家庭堂に対する祝福をしなければなりません。なおかつ、きょうは孝進が三十歳になる誕生日であり、イエス様を中心として見るとき、クリスマスの翌日なので、意味のある日です。これを中心としてお母様と共に祈祷すれば良いのです。お母様をお父様と同じ位置に立てて「女性連合」をつくりました。今後、「女性連合」が統一堂を教育することができるように、母堂を中心として連結させるのです。
母は母堂です。それゆえに、子女の立場にある政治圏を教育しなくてはなりません。政治圏は息子、娘の立場です。アベル的な息子とカイン的な息子の立場です。これを連結させるための家庭堂の理念を中心として、真の御父母様と神様が一つになり、真の家庭を中心として統一世界へ進んでいくようお願いしますという内容で祈祷しなければなりません。その次に、先生が総括的な宣布をしなければなりません。本来は、国家大会をしながら宣布しなければならない事柄です。それでは、お母様が祈祷してください。お母様が祈祷すれば、指導層が復帰されるのです。
真のお母様の祈祷
愛するお父様! きょうは一九九二年十二月二十六日です。あなたの経綸の中、第二次大戦以後、韓国を中心として、キリスト教国家として立てられたアメリカとイギリスがこの地上に真の父母の基盤を築かなければなりませんでしたが、それが失敗に帰することによって、再び天涯孤独のどん底のアダムの位置から始められて、今日、「女性連合」というこのような主題を掲げ、お母様を中心として、世界百十三都市を経られるまで、その間の天の労苦とお父様の苦労がいかばかり大きかったかということを、私たちは思わざるを得ません。
天が第二次大戦以後に探し立てようとされたすべてのことを再度探し立てたというその位置で、お母様を先頭に立てられ、摂理的なこの韓国を中心として、「女性連合」の女性たちを通して、お母様を中心とした統一堂を先頭にして南北を一つにすることができる家庭堂の名によって進むことができる基盤を形成することができるように、今回、世界を回って韓国にその結実を結ぶことができるようにしてくださったことを心から感謝申し上げます。
今や天命に従い、「女性連合」を中心として、最後の責任を果たすことができる韓国の女性たち、世界の統一家の女性たちとなることができるように、お父様、祝福してください! あなたのすべての恨を解き、あなたが新しい喜びの一日として出発することができ、このような摂理を導いていくことができるこの国、韓民族となることができるように、お父様、役事してくださることを懇切にお願い申し上げます。
これまで、困難な中であなたが共にあってくださり、無事に帰ってきて、あなたの前にこのような祝福の祈祷を捧げることができる瞬間を下さったことに感謝申し上げます。お父様、すべてのことをあなたが自ら主管され、あなたが主人となり、すべてのことを立ててくださることを懇切に願いながら、すべてのみ言を真の御父母様の名によってお祈りいたします。アーメン!
真のお父様の祈祷
愛するお父様! あなたの創造理想の一つの標準を完成するのがアダム家庭であり、アダム国であり、アダム世界であり、アダム天宙であり、この全体を代表した神様が、王の中の王として主導しなければならないのが理想的な世界であったということを、私たちははっきりと知りました。
堕落することによって四大心情圏と三大王権を失ってしまったことを、今、私たち真の父母の名を中心として、解放された位置で第二次大戦以後のすべての事実を四十七年という期間をかけて再蕩減し、この位置にまで来ました。
今まで、お母様が何も分からない立場で、内的な孤独な心情の道を歩みながら生涯を経てこられたのも、この一日を準備するためであり、宿命的な使命を準備するための期間であったということを知っております。
一九九二年を迎えて、四月から、「世界平和女性連合」を中心として、お母様がその総裁の名前をもって世界の女性解放とともに、万民の家庭を天の前に抱くことができる父母が顕現したという事実を中心として出発し、七月には「メシヤ」を宣布し、「真の父母」を宣布し、「救世主」を宣布し、「再臨主」を宣布いたしました。それをなすことによって、中心がなく、希望の基盤がなかったこの地上の家庭と国、そしてこの混乱した環境に、一つの軸を設けることができる摂理史的な定着地帯を整えました。お母様が女性の解放圏を中心として、韓国から日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、ロシアとオセアニアまで連結させ、中国まで連結させることによって、残りの共産圏にまで影響を及ぼすことのできる勝利の覇権基盤を許諾してくださったことを心から感謝申し上げます。
世界を収拾することができるのは男性たちではありません。今から、お母様の分身となったすべての女性を中心として、二世として生まれた子供たちが完全に一つになって、アダムが堕落しなかったそのような年齢圏内を解放し、またアダムとエバが十六歳の時に愛することによって失敗して息子、娘を生んだとしても、神様が抱くことができたそのような条件を立て、お母様の解放と二世の解放を宣布することができる時代が来ました。
世界を中心として孤独な立場で流浪していた真の御父母様が、今や韓国に戻ってきて「家庭連合」を宣布すると同時に、新たに「家庭堂」を宣布し、「統一堂」と母子関係を成して、いまだ祝福を受けていないサタン世界の多くの子女を収拾し、統一的、勝利的な理想家庭圏を形成することによって、ここから全世界の解放が出発するということを知っておりますので、この日を立てて、その日として祝福してください。
真の御父母様を代表して、この全体の前に新しい宣言を発表いたしますので、天宙の中心となり、この中心が行く道にすべての収拾と解決の基準ができ、希望と平和と幸福の基準ができるように祝福してください! そのようになることによって、神様の全体、全般、全権の役事が、私たちの行くところに共にあることを願いながら、この時間を期して、真の御父母様のみ名によってすべての「全体解放」を宣言いたします。アーメン! アーメン! アーメン!
第八節 真のお母様と真の家庭
真の御父母様の生涯路程 10
第八節 真のお母様と真の家庭
一 真のお母様の美しさ
魅力的な容貌
お母様はとても知恵深い女性です。お母様の自慢を一度しなければなりません。
まず何が素晴らしいでしょうか。お母様の目が素晴らしいのです。怒ったのちにさーっと笑うときには、私は、そのほほえむ魅力的な目にすっかりほれ込んでしまいます。(笑い。拍手)自分の妻にすっかりほれ込んだからといって、誰が罰を与え、悪口を言うでしょうか。私が、すっかりほれ込むだけでなく、すっかり引き込まれてしまったとしても、どうすることもできないでしょう。そのような魅惑的な目をもっています。そうだからといって、いつもそのようにしているのではありません。何かが起こる兆しがあれば、さっと曇ります。そのような目をもっています。
また、その次には、お母様の鼻です。お母様が美人かどうかは分かりませんが、私は、お母様の鼻が本当に好きです。そのようなことがあれば、鼻をひくひくさせて笑うのです。(笑い)本当です! そうなのです。それがお母様の魅力なのか分かりませんが、夫に対してそのように感動させるのです。鼻が笑う才能は、私に対してだけそうなのか分かりませんが、ほかの人は分からないと思います。
また、その次には口です。お母様の口が本当にそうです。深刻な時は、このようになっています。(表情をつくりながら語られる)できるだけ口を突き出さないように、すっとこのようになっています。その口が美しいのです。また、その次には態度が美しいのです。
私がそのようなお母様を叱責すれば、その目は恥ずかしくて下を向かなければならず、鼻がぴくぴくしていたのが収まらなければならず、唇を出したり引っ込めたりしていたのが静かにしなければならないというのです。(笑い)ですから、お母様の顔は、美しいところがたくさんあるでしょう? それゆえに、夫人たちがそのような武器をもっていれば、万事が都合良く運ぶ秘密の鍵をもっているのではないかと思うのです。
世界が公認する東洋的・西洋的美人
今、私の年齢は七十近いのですが、私は韓国の旧世代のあらゆる伝統をよく知っています。旧学問まで学んだ人だからです。孔子様の教えをよく知っています。そのような観点でお母様を見るとき、女性としてとても端正だというのです。お母様が、慎ましく静かにしている時は、誰にも劣らない、尊敬することのできる内的性稟をもっています。
それゆえに、西洋の人々に、「東洋の女性美があのようだとすれば、私も東洋の女性と結婚したい」と思わせる教育を、座ったままでしているのです。その影響によるものは大きいのです。西洋の男性たちにとっては、東洋の女性はお母様のようなので、結婚対象を東洋の女性に決めたという人がたくさんいるのです。そのような面において、東洋の女性像を世界の食口に教えてあげるのに偉大な功績をあげたお母様だと考えることができます。そのような意味で、お母様としての資格が十分だというのです。
最近、お母様の価値が、私よりも高い評価を受けています。お母様は、東洋的な美を備え、最近では西洋的美まで備えていると言われます。それで、最近私は、お母様から多くの教育を受けています。私は、東洋的訓練をたくさん受けたのであって、西洋的訓練は受けることができなかったのです。私がこの食卓に座っておいしく御飯を食べる時は、唇のここに何がつこうと気にしません。食べるのに忙しいのです。私は性急な性格なので、食べ物を口に入れれば、ひと息にこのように食べる性格であって、外国人のようにスプーンですくってこのようには食べません。(笑い)食べる時は、おいしく食べれば良いのではありませんか。しかし、顔に何かがつきさえすれば、お母様はティッシュペーパーでこのようにふいてくれます。ですから、無言の教育を受けるのです。それで、西洋でも通じるお母様になりました。そのような意味では、私は、男性として、有り難く感謝に思っています。
最近では、お父様とお母様が本当に仲むつまじいといううわさが立ちました。ここでも、そのようなうわさを聞きますか。(拍手)私がここに立てば、お母様は、絶対に右側に立ちません。左側に立ちます。歩けば、お母様が来てさっと手をつなぎます。主にお母様が手をつなぎます。(笑い)そのように生きてきました。明洞の通りやロッテ・ホテルを歩く時、お母様と手をつないで歩くのですが、ここに来てみるとそれが困るのです。(笑い)それが、韓国と西洋の違いなのです。
お母様は、劣っていますか、素晴らしいですか。(素晴らしいです)。西洋のどこに行っても、ドイツに行っても美人だと言われ、フランスに行っても美人だと言われ、イギリスに行っても美人だと言われ、アフリカではなおのことです。(笑い)アメリカに行けば、常に私は「ハッピエスト・マン(happiest man :最も幸福な人)」、「ハッピエスト・ハズバンド(happiest husband :最も幸福な夫)」と言われます。顔も素晴らしいですが、心も素晴らしいのです。(拍手)
文総裁の夫人は美人だといいますが、本物の美人とはどのようなものかを私は研究しています。美人は、顔が美人なのではありません。心が美人なのです。何があろうと自らの姿そのままに、笑いながら千年を越えていくことができる和気あいあいとしたそのような純化した女性の姿をもち、環境を美しく輝かせ、大切に抱いてあげることができる、そのような女性が美人の中の美人ではないかと思うのです。
条件なく与えてくださる性稟
お母様はあまりにも与えるので、ある時は私のほうが心配になります。(笑い)すべて与えるのです。しかし、ダイヤの指輪をはめるよりは良いと思っているのです。
第一次と第二次と第三次の七年路程をすべて通過したのち、すべての経済権をお母様に与えました。その時に、「食口たちに対しては、いくらでもお金を使っても良いが、自分自身のためにたくさん使ってはいけません」と言いました。そのように言ったところ、お金をよく使うお母様になりました。誰かがあまり良い服を着ていなければ、「どこどこに行こう」と言って服を買ってあげるのですが、一番良い服を買ってあげるのです。ひそかに調べてみると、一ヵ月に使うお金がとても多いのです。しかし、「食口たちのために使うのは良い」と言ったので、過度に使っているのを見ても、私は、自分の言ったことに引っ掛かってどうすることもできず、何も言うことができないのです。(笑い)
ですから、欲がありません。どれほど欲がないかというと、結婚指輪も、誰にあげたのか分からないでいます。自分の約婚指輪や結婚指輪までほかの人にあげるということ、あげて忘れることができるということは、女性としては普通の女性ではないということです。私は、そのような面においてお母様を尊敬し、誇っています。お母様を称賛するのです。(拍手)
世界巡回の時です。その時は厳しい時でした。オランダは、ダイヤモンドをカットすることで有名です。私はそれを知っていたので、わざわざダイヤモンドをカットする工場に立ち寄り、お母様に、「一つ選びなさい」と言いました。その時はお金がありませんでした。ですから、大きなものを選ぶことができるでしょうか。「小さくても、最もカラーが良いものを選びなさい」と言いました。カラーが素晴らしいので、小さいからといって無視できないようにです。このようにして、非常に高価なダイヤモンドを買ってあげました。そのようにして買ってあげ、それをはめていたのですが、「あれはどこへ行った?」と聞いてみると、「どこに行ったかって、流れていったでしょう」と言うのです。誰かにあげたということです。
今回、昔の家から新しい家に引っ越したのですが、送られてきた贈り物があります。「良い物なので大切にしまっておきなさい」と言っておいて忘れていたのです。そのようなものが本当にたくさん出てきます。自分で使おうとせず、しまっておいて誰かにあげようとしたものがたくさん出てきます。それで今回も、すべて誰かに分けてあげたのですが、それが良いのです。
見ると、ふろしきでこのように包んでいます。「何をするためにそのようなことをしているのですか」と聞くと、「使うところがあるからです」言うのです。一着ずつあげるのが気に入らないので、ふろしきごとあげているのです。(笑い)ふろしきであげるときに、お母様が正しくあげようとすれば、それぞれ国を代表して、「これはアメリカのふろしき包み、これは日本のふろしき包み、これは中国のふろしき包み、これはフランスのふろしき包み、これはアフリカのふろしき包み……」というようにしなければなりません。そのようにすれば、正しくあげることになるのですが、「これは祝福を受けた『三十六家庭』の誰々の家」としてはいけません。
二 真の愛の夫婦
夫婦間の尊敬と信頼
お母様が自己主張をしていれば大変だったと思いますが、絶対従順したので、短期間内ですべて越えてきました。(拍手)ですからそのような意味で、先生は、お母様を本当に尊敬しています。先生が原理原則には許しのない人だということが分かっているのです。自分の夫や妻を信じてあげなければなりません。また、自分の妻はどのような人だということを知ってあげるのです。人が一度決めたら、その決めた法を中心として、全体の前にその志を立て、その法を生かすことができなければなりません。そのようにしてこそ、責任を負うことができる人であって、自分勝手にいい加減にしてはいけません。
私が神様に対して不平を言ったかどうか、お母様に尋ねてみてください。皆さんもそのように思うことでしょう。統一教会の先生、統一教会のレバレンド・ムーン、統一教会の責任者になることは簡単ですが、お母様が支持し、お母様が歓迎する責任者になるということは難しいということを知らなければなりません。統一教会の壇上に立って先生の役割をすることは簡単ですが、お母様の前で先生の役割をすることは難しいというのです。(笑い)
それを見れば、統一教会の皆さんよりも、お母様のほうが先生をもっと信じています。統一教会の皆さんが私を信じるよりも、お母様のほうがもっと私を信じているのです。あらゆる面において尊敬しているということを知らなければなりません。
私は、お母様に対して大声を張り上げたことがありません。世の中の男性が使う「この女」などというような言葉は遣ったことがありません。「こいつ」という言葉を遣ったことがありません。私はお母様を教育してきました。涙があふれるほど多くの教育をしてきました。正義に立脚して教育してきました。夫のために生きなさいと教育したのではありません。道理に立脚して正しければ、嫌でも順応しなければならないのです。涙のあふれる訓示をしました。その代わり、公的な立場で糾弾されなければならず、批判されるべきことがあれば、お母様は私を無慈悲に批判しなさいというのです。私がうそをつき、語ったことで行わなかったことがあり、自分が行わずに欺いて利用し尽くす、そのような指導者ならば、糾弾しなさいというのです。そのような意味では、先生を尊敬するでしょう? (はい)。女性から尊敬を受けるということは難しいことです。
真実で永遠の愛
私がお母様に対して、一言証します。お母様が、時には「お父様、私を愛しているでしょう?」と言ってきます。そうすると、「イエス」と答えます。そして、「どれくらい愛していますか」と言えば、「お母様ぐらい愛しています」と答えます。その時は「お母様ぐらい愛しています」と言えば良いのです。愛は、それしかありません。母を愛し、妻を愛して、それから子女を愛することしかありません。
「おお、天地ぐらいに誰よりも愛しています!」。このようなことを私は言いません。「神様よりももっと愛しています」。そのようなことは絶対に言わないのです。(笑い)お母様に聞いてみてください。尋ねてくれば、常にそのようには答えません。私は、天に侍って生きているので、いい加減なことを言いません。私がまだ神様を本当に愛することができていないからです。夫婦間でも、そのような礼儀は整えていきながら暮らさなければなりません。
先生はお母様を愛しています。それでは、本当に世界を代表してお母様を愛することができるのでしょうか。本然の世界は、堕落がなく、迫害がない世界だということを知らなければなりません。讒訴がない世界だということを知らなければなりません。世界の迫害圏を越えて、本然の愛の生活が始まるという事実を知らなければなりません。
私が、お母様に対しても、キスしようとする時は、「永遠にキスしよう」と考えるのです。(拍手)いつだったか私が一度マイアミに行った時、若い男女二人がキスしていました。一人は図体が大きくて、見ると、ヒッピー、イッピーのような者たちです。二人がこのようにしてぴたっとくっついているのですが、私は、本当になんとも不思議で、身じろぎもせずに三十分を持ちました。(笑い)飛行機の時間ゆえに仕方なく行きながらも、「あー、この者たちはそれでもくっついているが、いつになったら離れるのだろうか」と思って見ていたのですが、角を曲がる時までくっついていたのです。やあ、これは大変だ! 「一度私も、お母様と三十分以上してみなければならない」と思いましたが、まだできていません。
真の愛の威力
レバレンド・ムーンは、本当に力持ちです。(笑い)そうだからといって、使い走りの力持ちではありません。力持ちの中にも、使い走りの力持ち、高校の力持ち、大学の力持ち、何かの博士の力持ちがいるのです。夜寝るお母様に、私のこぶしと強い力で「手を出しなさい! 手を出しなさい!」と言えば、お母様はどのようにするでしょうか。「イエス」と言うでしょうか。違います。しかし、私がやさしく手を差し出す時、それが愛の手であれば、寝ていた手もこのようになり、顔が動きます。(笑い)また顔だけが動くのではなく、その次にはこのようにすれば両足まで、その次には五官がすべて引っ張られていくのです。(笑い)
私は、世の中に名前が広く知れわたっていて、世界に号令する有名な人ですが、お母様に対してはどうすることもできません。(笑い)何ゆえにでしょうか。愛の前にどうすることもできないのです。愛という一言を中心として引っ掛かっていく時は、どうすることもできずに引き込まれていくのです。(笑い)それは、気分が悪いことでしょうか、良いことでしょうか。男性たち、どうですか。(妻に)捕まえられていても、気分が悪いのではなく、気分が良いというのです。
小さなお母様のおしりにしっかりと従っていきます。(笑い)私も、小さな女性に従っていくのです。(笑い)その間で結ばれた事情は、天下を抱いて余りあります。それは、どれほど素晴らしいことでしょうか。宇宙全体を越えて愛するのです。複雑で想像できないその世界を超えて愛することができるというのです。
レバレンド・ムーンの夫人は、慎ましい妻です。人形のように慎ましい夫人です。その夫人が、時には愛で「あなた、私がこの上に立ちました!」と言います。そのような時は、いくら大きなことを言っても、気に障りません。「はい、はい」と言うのです。そこにすべて同調し、同じ場所にいたいと思うのです。愛とは偉大なものです。
お母様は、目が小さいのです。アメリカの女性たちと違います。(笑い)そのような女性が「愛の力は偉大です。褒めたたえなければなりません! 私の夫も、私の指先で踊るので、女性がどれほど素晴らしいでしょうか、どれほど偉大な存在でしょうか! このように図体の大きな夫を操縦することもできるのです。私は、どれほど驚くべき存在でしょうか!」と言います。そのように愛の力は偉大です。普通の愛も偉大なのに、真の愛はどれほど偉大かというのです。
愛妻家と愛男家
私は、お母様に女王のように侍っています。(笑い)私が夫の役割をきちんと果たしているかどうか、お母様に聞いてみてください。(笑い。拍手)このような愛の道理を解析するにおいて、私は一番です。愛の天理を解読するにおいて、哲人の中の大哲人はレバレンド・ムーンだという名がついているのです。それを教えてあげながら、それを行うことができなければ、詐欺師の中の大詐欺師でしょう。
家庭一つを立てるということは、どれほど難しいことでしょうか。それゆえに、最近では、男性の中で妻を最も愛する世界的なチャンピオンは誰かと尋ねれば、「私たちの先生!」と答えるのです。あー、私が言っているのではありません。聞いてから話しているのです。(笑い)お母様も聞いたでしょう? お母様、聞きましたか、聞きませんでしたか。お願いですから、はっきりと言わなければなりません。聞いたでしょう? (はい)。「聞いた」と言うではありませんか。(拍手)最近、私に対して厳妻家だと言いますが、厳妻家の反対は何ですか。順妻家でしょう。(笑い)順妻家の最も高い位置に立ったのが愛妻家です。最近、世界一の愛妻家は誰かといえば、誰ですか。私は知りませんが、この人だと言うのです。(笑い)
それから、愛妻家の反対は何ですか。夫を愛することを何と言いますか。愛男家と言いますか。愛男家という言葉はないでしょう? 今、私たち統一教会でつくりましょう。愛男家です。世界一の愛男家は誰かといえば、お母様にならなければならないというのです! (アーメン)(拍手)お母様は世界一の愛男家でしょう? (笑い)私がそのようにさせなくても、神様がそのようにさせるのです。
三大心情圏の愛
先生とお母様は仲むつまじいと思いますか。(お母様を見ると)あたかも娘のような感じがします。そのような気がするのです。エバが愛をどのように行ったのかを考えなければなりません。神様を中心として見るとき、エバが堕落することによって、妻をもつことができなかったことが恨であり、娘をもつことができなかったことが恨です。この地上に母として立ててあげることができなかったことが恨であり、そして妻としてもつことができなかったことが恨であり、それから娘としてもつことができなかったことが恨です。この三つが恨です。
男性も同じです。父として立ててあげることができなかったことが神様の恨です。人類の真の先祖となるはずだったのに……。そして、新郎として立てることができず、夫として立てることができなかったことが恨です。それから、神様の遺業を相続することができる息子の権限をもった存在として立ててあげることができなかったことが恨です。三大恨です。男性も女性も同じです。
先生も、お母様を見ると、妻にもなり、娘にもなることができますが、母のような感じがしません。しかし、その気分をいかにして感じるのでしょうか。ですから、先生がお母様にどのように対するかというと、私が呼ぶ時は、わざと「オンマ」と呼びます。今、私がお母様を呼ぶ時の代表的な用語とは何でしょうか。「オンマ」です。「オンマ」はどこへ行きましたか。それは、子供たちがお母様に対するのを私が学んでいるのです。
お母様が立派なところがそのようなところです。私がいくら何をしても、耐える時は耐え、拍子をきちっと合わせることができます。ここにいる文総裁は、気性が大のように恐ろしい人です。少しだけ誤っても、伏せておけば雷が落ちるのです。しかし、それはお兄さんの立場で弟を生かしてあげ、お兄さんの立場で妹を生かしてあげ、滅びていく夫に代わって生かしてあげ、またおじいさんとおばあさんの立場、そして父と母の立場で助けてあげているのです。
最近では私が年を取って、このように座って爪を切ろうとすれば見えないので、それで、仕方なくお母様に「ちょっと爪を切ってください」と言います。お母様は、私の爪を切ることにおいて専門家になりました。
あー、随分時間がたちましたね。それを見れば、お母様の功労が大きいのです。私が話せば一日中話すのですが、このように「随分時間がたちましたね」と言うことができるように、お母様が私を教育したのです。(笑われる)あー、これは本当です。私が八時に終わってから行けば、「ああ、お父様、お疲れ様です」と美しい声で褒めたたえるのですが、「二時間半、三時間話しましたね」と言う時は、約束を守らなかったということです。(笑い)私の秘密の話をしているのです。あー、私たちの傷となることではないではありませんか。一つの家で暮らしてみれば、お父さんとお母さんがけんかをしたりするともいいますが、これはけんかではないのです。
三 真の子女の養育と愛
子女出産の苦労と功労
先生は、息子、娘を十二人もたなければなりません。十二方位です。一年は十二ヵ月であり、春夏秋冬の四季です。また、天上世界は、十二真珠門であり、十二方位を満たさなければならないので、これを合わせなければならないのです。
お母様は、有り難いことに、十三人を生みました。先生がいなくても、代わりするをことができる人が必要なので、十三人を中心として十二方位を合わせ、地上世界において、天上と連絡することのできる十二真珠門と同じ基盤を立てることによって、父母を中心とした順理的な長子と次子の法度を中心として、順理的な代を継ぐことができるようになったのです。その伝統的環境が横的に拡大される時、それが天国の世界になるのです。
ヤコブがエジプトに下っていく時、ヤコブの十二人の息子を中心として七十二人でした。モーセを中心としてみても、十二部族に、七十二人門徒です。イエス様を中心としてみても、十二弟子に、七十二人門徒です。先生の時代も同じです。十二家庭と七十二家庭です。それで、七年間でこの八十四人が一つになったのでしょう。七年を中心として、十二家庭が一つになったので、どこにでも通じるのです。先生においても、お母様を中心として十二人の息子、娘を生まなければならないという根拠がここから出てきます。それで、二十年の過程において、そのことがすべて成されたのです。
私は、医師たちから「野蛮人レバレンド・ムーン」という別名をもらいました。アメリカでは、普通、子供を生むのは一人か二人なので、三人、四人生んでも口を開けるのです。それが十人だといえば、目がこのようにひっくり返るのです。(笑い)最近の何という手術ですか。帝王切開手術です。帝王切開手術を何回したでしょうか。一回して、二回して、三回して、四回しましたか。ですから、半分しか生むことができませんでした。帝王切開手術をしなければ、間違いなく二十一人を生んでいました。私の子供たちは、私に似て頭が大きいのです。それで私がドイツに行っている時に、産んでいる途中で危うくお母様が霊界に行くところだったのです。
お母様は、「私は、生まれる時に天から福を受けて生まれたものがありません。しかし、子宮だけは福を受けて生まれました」と言いました。丈夫だということです。お母様がそのように言っていました。正しいか、正しくないか、疑わしく思うならば尋ねてみてください。子宮だけは丈夫だというのです。赤ん坊を宿せば、間違いなく産むのです。
二十年間でこのように子供を産むことができなければ、大変なことが起きます。皆さんは、そのような内容をすべて知りません。それを知っている私としては、天の前に本当に感謝しています。お母様の子宮が丈夫だったので、そのように産んだのであって、弱々しい女性をもらってくれば、どのようになったでしょうか。私は、そのようなことをすべて分かるので、そのようにしっかりとしたお母様をもらって来たのです。子供を十二人以上産まなければなりません。産むことができなければ、問題が大きいのです。
子女教育の責任
お母様は、お父様よりももっと立派です。それで、私がお母様に指示したことは、「あなたは、このような立場に立っており、あなたの内的な面が現れたものが子供たちなので、子供たちの教育は、あなたが責任をもちなさい」ということです。
問題が起きれば、お父様が直接、指摘するのではなく、直ちにお母様に回します。そのようにしています。お母様の力では対処できず、お母様が子供たちを私の所に連れてきて忠告する時は、お母様から忠告します。「あなたがこれこれこのような責任を果たさなければならないのに、このような責任を果たすことができませんでしたね」と言います。その次に私が子供たちに忠告するのです。そのような生活をしているということを皆さんは知らなければなりません。そのようにすることが正常の流れであり、そのように処理する団体を構想することが、今後のみ旨に一致できる内外の伝統になるだろうということが、先生の日常生活の哲学です。
お母様もそうです。家庭に帰ってくれば、夫の権威を立ててあげ、また教主の権威を認め、真の師だということを信任しています。語るとおりに行っているからです。ぱっと判断して、その次にはそのとおりに行います。それゆえにお母様は、子供たちに対して、「お父様に似なければならない。お父様は立派なお方だ」と教育しています。ですから、私は幸福な人でしょう?
子女たちの尊重と精誠
私は、息子、娘が十二歳になる時までは、どれほど忙しくても、どこかに行って夜遅く帰ってくれば、子供たちにキスしてあげます。常に一日に一度、夜にキスしてあげるのです。「お前たち、お父さんとお母さんに会いたかっただろう? 済まない」と言いながらです。「済まない」と言う時は、のどが詰まります。「しかし、お父さんには行くべき道があるということを知らないだろう? お父さんが責任を果たすことができなければ、人類が滅び、天が滅びるのだ。お前たちは、困難であっても耐えなさい。二十歳を超えれば、お父さんとお母さんのことが分かるだろう。早く大きくなれ。早く大きくなれ」と言ったのです。
父母の役目を果たすということは簡単なことではありません。それを果たすことによって、自分の父が自分を愛したように、自分も親になったら息子、娘を愛さなければならないということを自動的に学ぶのです。また、自分のお父さんが世界で最も良い人だということを分からせなければなりません。皆さんも、そのようにしなければなりません。
お母様に対して「一生の間、私たちの息子に絶対に涙を流させてはいけない」と話します。子供に「お父さんとお母さんが大声を張り上げてけんかしたことがありますか」と尋ねてみても、「私は、けんかするのを見たことがありません」と答えることができるように、死ぬ時までそのように生きなければなりません。子供が最も恐ろしい審判官です。天地のどこにおいても公認できる証人となるのが息子、娘だということを、皆さんは知らなければなりません。
それゆえに、私とお母様は、息子、娘の前では絶対に涙を流しません。涙を流すところを見せてはいけないのです。子供たちが神様なのです。先生がお母様を教育しなければならない時がたくさんあります。また、訓戒しなければならない時もたくさんあります。しかし、父母は、自分の息子、娘に涙を流すのを絶対に見せてはいけません。
父が母に対していくら残念なことがあっても、怒った顔で息子に対してはいけません。これが先生の哲学です。ですから、私の子供たちは常に平和で、常に仲の良い父母だと思っています。母の中で1番であり、父の中で丁重だと思っています。ですから、父母は第二の神様です。「神様を選びますか、父母を選びますか」と尋ねたとき、「父母を選びます」と言うことを、神様も好まれるのです。それが貴いのです。教育の中で最も貴いことです。それが教育の中で最も貴いのです。
子女を誇る競争
写真を見れば、私の息子たちは本当に美男子です。(笑い)あー、本当です。どれほど美男子なことか、私がほれ込むほどです。(拍手)この世では、「息子、娘や妻を誇れば、愚か者だ」と言うでしょう? しかし、事実なので仕方がありません。(笑い)お母様と一緒に子供の写真を見ながら、「やー! ハンサムだ。誰に似ましたか」と言うと、お母様がにやっとこのようにします。「自分に似たのだ」と言えば、誰もが喜ぶのではありませんか。その気分を味わいながら暮らすのです。(笑い)男性ともあろう者が、それをもってけんかするのですか。知らないふりをするのです。ですから、お母様を私が愛しているのではないですか。(笑い)
お母様と私も、お互いに「誰々は私に似た」と言うのです。「りりしくて、運動が上手で、あらゆる面においてチャンピオンの素質をもっているのは、私に似ているからだ」と言えば、お母様はどうすることもできません。(笑い)それは悪いことではありません。誇っても、愛をもって誇ることは、称賛の条件になり、話題の条件になるのです。そして、世界の因縁をすべて私たちの家庭に引き込んで花を咲かせ、愛の雰囲気を造成していくのです。
先生には、そのように多くの子供がいるにもかかわらず、子供が一人いなくても、家の中ががらんとしているような気がします。神様もそうだと思います。そうではありませんか。ある子供が、お母様に会うためにすっと入ってきました。入ってくればお母様がいると思ったのですが、お母様がいないので「誰もいない!」と言ったのです。(笑い)父も横にいて、弟や妹たちもたくさんいるのにです。それは、どれほど寂しい言葉ですか。やI! そのようなことを見れば、お母様の力は本当に大きいというのです。
いくら年齢が高くても、いくら年齢が低くても、愛は必要です。きょうも、私が朝早く下りてきて服を着て、このように祈祷していると、情進が、ちょこちょこと来て、ちょこんとあいさつして「アッパ(パパ)」と言うのです。私は、それを見て、「ああ、神様も同じだっただろう」と思いました。(笑い) 一歳なのに、入ってきてあいさつして「アッパ」と言うのを見るとき、そこには説明することのできないきずながあるのです。(笑い)そのような何かがあるというのです。(笑い)全員が笑うのを見ると、みなそれが分かっているようですね。そして、ある時は、私とお母様の二人がいれば、情進がさっと来て、必ずお母様のほうに行きます。さっと行ってお母様の懐に抱かれるのです。それゆえに、芸術というものは愛から出てくるようになっているのです。その美しさ! すべての芸術は、愛を除けば失敗です。
子女たちのこの上ない孝心
私の子供は、本当に良い子供たちです。「私のお父さんとお母さんが一番だ」と言います。「世界の大統領よりも良く、誰よりも良い」と言います。私の言うこともよく聞きます。「さあ、今から私が韓国に行ってくるが、あのかわいそうな韓国の人々のところに行って、少し悪口を言ってあげてくるが、どう思う?」と言えば、「駄目! 悪口は言わないで、良い話だけしてあげてきて」と言うのです。(笑い)
数日前も、子供たちを連れてロッテ・デパートに行き、「おもちゃを買ってあげる」と言いました。それは何でしたか。「レゴです(お母様が答えられる)」。それを買うと言うのですが、それがアメリカよりも安いと思ったのに、七万ウォンするということでしたか。ですから、「アメリカよりも高い」と言って、自分たち同士でひそひそと話をしているのです。それで、「何の話をしているのか」聞くと、「今、お父様は、中国やソ連を中心として、お金をたくさん使っていらっしゃるので、高くてどうして私たちが買うことができるでしょうか。それで、買うのをやめようと話しました」と言うのです。それを誰が教えてあげたのでしょうか。中共やソ連などといった、そのような話を私がしたでしょうか。心がそのようになるのです。それも、天が下さる心です。そのようなことを見るとき、直接教育しませんが、天がすべて関与していらっしゃるのです。一人一人を見れば、みな孝子です。誰もが自分なりに真の御父母様のために孝行しようとする心をもっています。
お母様が、車に乗りながら「お父様は福が多い人です」と言うのです。女性たちは誇りたいと思っています。そうです! どうして福が多いのでしょうか。國進が孝子なのです。息子、娘たちは、みなそうです。國進は、お父様をこの上なく愛しています。朝、私が御飯を食べなければ、学校に行く時間になっても、学校に行かずに座っているのです。
息子、娘をよく見れば、父と母をこの上なく愛しています。それを見ているので、お母様が誇らしくしているではありませんか。「私が息子、娘をよく産んであげておめでたいのですから、それを理解してくださらなければなりません」ということでしょう! (笑い。拍手)
孫の愛
それで、このお母様をよく見ていると、最近では私よりも孫です。「あー、私のかわいい孫よ」と言っています。(笑い)三十年近く一緒に生きてきた夫、そのおじいさんを横にほうっておいて夢にも思わずに、「孫、孫、孫!」と言っているのです。それは、しぐさがかわいらしいのです。一歳になる信元という孫がいますが、さっと見ると、もう既におばあさんの機嫌を取ることができます。どこかに行きそうになれば、自分も連れていってほしいということでしょう。どこかに行くような気配がすれば、さっとげた箱のところに行って、靴をさっと置いておくのです。ですから、おばあさんがたまらないのです。(笑い)
老人たちは、孫や孫娘を連れてきて抱かせてあげれば、それ以上の幸福はありません。お母様もそうです。最近では、孫や孫娘をどれほど愛するか分かりません。自分の息子、娘を生む時は、その味が分からなかったのですが、孫を味わったところ、これは何と言いましょうか。ようかんのようなものです。このようかんのようなものに触れれば、ぷよぷよしているのです。これに触れれば、「どれほど神秘的か分からない」と言うのです。昔は、おなかをすかせる時間を見計らって準備して食べさせ、よく食べるか食べないか見て、また排泄をしたりするので、そのような余裕がありませんでした。しかし孫は、すべて嫁が見て処理するので、孫がさっと来て「おばあさん!」と言って抱かれる時は、夫が自分の懐に抱かれることは何でもないというのです。(笑い)それは気味が悪いことですが、花を見て香りをかぎ、その実まで口に入れてのみ込んでしまうような感じです。ですから、たまらないのです。
今回も、アメリカから来る時、孫の信元を抱いて「ああ、孫一人を連れていきます」と言うのです。なぜでしょうか。自分の息子、娘を連れていくことができないので、孫でも連れていって、息子、娘に会いたいと思う時に、孫をそっとなでながら誰々の代わりにキスをするのです。キスもして、象徴的に愛そうということです。そのように条件を立てて行う愛は、条件のない愛よりももっと多くの味がします。
今回、先生の家庭に信春が生まれることによって、家族が四十人になりました。(拍手)ぴったり四十を満たしました。信春とは何でしょうか。新しい「新」ではなく、信じる「信」です。信仰において、統一教会に春の日が訪れてくるのです。今からは、あらゆる面から見て、蕩減数から見てもそうだというのです。今後、先生の家庭には、息子、娘がたくさん生まれてきます。孫がたくさん生まれてくるのです。
四 真の御子女様たちの才能と友愛
子女の愛の祝福
私が、今まで私の子供たちのことを考えてみると、天は本当におもしろいのです。次は、このような子を生まなければならないがと考えました。そのために、人間の欲ではなく、神様のみ旨を中心としてそのような考えを行い、そのような子供を私たちの家庭が受けるためには、より一層み旨のために努力し、より一層苦痛を受けながら行こうと思い、そのようにしていけば、子供たちがすべてそのように生まれるのです。そのような観点から見るとき、統一教会の食口たちは、今まで苦労してきましたが、神様の祝福を受けているということは事実です。
文先生の家庭の子供たちは、みな天才的な頭をもっています。絵を描いてもよく描き、できないものがありません。お母様よりも優秀であり、先生よりも優秀になることができる子供たちです。どのようにして、神様が祝福をしてくださるのでしょうか。愛の祝福をしてくださるのです。愛の道に従って千里の道のりを行きながら、数多くの事情を越えて受難の道をすべて忘れてしまい、心に愛だけをおいてすべてのものを流してしまい、通過していってみると、神様が訪ねてこられ、愛を中心としたその中心に神様がいらっしゃるのです。神様がいらっしゃってすべてを導かれることによって、天国の最も貴いものを愛の結実として送ってくださったものが息子、娘です。
優れた霊的感覚
私が驚いたことは、私の子供たちも霊人体を見ます。声を聞きます。そのようなことが起きるのです。ピアノならば、ピアノを弾いている背後で、誰かがそばで見守っているようです。よくそのような話をします。孝進も、本当に遊ぶことが好きで男性的ですが、静かな中でこのように歌を歌っていると、神様の声が聞こえ、歌声が聞こえてくるというのです。そして、夜の十二時、一時、二時でも(それに合わせて)笛を吹くのです。その一面だけでなく、ほかの而もあるのです。
孝進が学校に通っている時、特別に歌を学んだことは一度もありません。すべて自分一人で勉強し、ギターを弾くのも一人で研究しました。それがある程度進むと、夜中になって目を閉じていると、天国のオーケストラが聞こえてくるのです。恩進や譽進もそうです。
恩進も、祈祷室に入っていくと、モーセが訪ねてきて話をしてくれ、あすどのようなことが起きるのかすべて教えてくれます。「あまりにも恐ろしい」と言います。現れるその人々が恐ろしいというよりも、ぴったり当たることが恐ろしいのです。「あす、何かがこうだ」と言えば、そのようになるのです。
譽進が既にそうではありませんか。譽進が学校に行けば、「お父さん、私、不思議です」と言うのです。「何が不思議なのか話してみなさい」と言うと、子供たちが、みな何かをなくすと自分に尋ねてくるというのです。それで、「あなたの家のどこどこを探してみなさい」と言うと、そこから見つかるということです。それが理解できますか。そのように、すべて分かるようになっています。
そのような霊的背景があるので、ここに出入りする人がどのような人か、すべて分かります。「お父さん、あの人は良くないので、今後用いてはいけません!」と、私に勧告するのです。「あの人が頻繁に通うのは良くありません。影響が大きいです」と言います。このような現象が、皆さんの知らない背後で展開しています。おもしろいでしょう? 世の中の普通の家庭にない霊的背景をもっている家庭だということを皆さんは誇らしく思わなければなりません。
何も知らずに口を閉じている子供だと思って扱ってば困ります。座ったままで既に知っていて、「お父さん、あの人はこのようなことで来たのでしょう?」と言うのです。「お前、どうしてそれを知っているのだ?」と聞くと、「それが分かるので、私がお父さんの息子ではありませんか、お父さんの娘ではありませんか」と言うのです。(笑い)
明晰な頭脳と優れた才能
亨進が、韓国日報で主催した絵画大会に出品したのですが、全世界の四十万近くの児童が出品した絵画の中で一等を取りました。三年前にも一等賞をもらったのですが、今回、また一等を取ったのです。亨進が金メダルを取り、妍進が銀メダルを取りました。(拍手)ですから、私の子供たちは、みな本当に上手に絵を描きます。学ぶ必要がありません。
併進は、四年生全体で一番になりました。榮進は六年生全体のトップです。それで、このボストンにある有名な学校に行きます。そこは、八〇パーセントがハーバード大学に入ります。九〇パーセントが入るということです。
それで、私の家庭でも、みなハーバード大学に行き、コロンビア大学に行ったでしょう? そのボストン高校に、榮進が入学申込書を提出した時、家族背景や学力を見て、仰天したのです。そのような学校に行った人がたくさんいるからです。「このようなことがあり得るだろうか、一家庭から一人が行くだけでも驚くべきことなのに、五人、六人と、すべてこのようになっている。おー!」。そのように言ったのです。
今、國進は、二十二歳にしかなっていません。高校に通う時、ハーバード大学に行くと約束し、「間違いなく入ります」と言っていました。勉強もよくでき、高校をオールA(all A )の成績で卒業しました。それで、ハーバード大学に申請したのですが、統一教会のレバレンド・ムーンの息子だということで、入ることができなくなりました。ハーバード出身の地方責任者がいるのですが、その人が、既成教会の熱心な信徒で、國進を故意にはずしてしまったのです。
それで、別の学校に入ったのですが、「ハーバード大学に行かなければならない!」と言って、三年生の時に転学試験を受け、三人を選ぶのに、百六十対一の競争を突破して入りました。そして、教授がしているような勉強をしたのです。ですから、質問すれば、先生が本当に困ります。ちょうど昔の私と同じです。
今まで、私が呼んで「勉強しなさい」と言ったことはありません。すべてお母様に任せました。二十歳が近づいてきて分別がつけば、行くべき道をはっきりと教えてあげるのです。あなたの所属はどこであり、あなたは誰の息子であり、あなたの父と母はどのような人だということ、それだけ教えてあげれば良いのです。愛とは一つになることなので、その愛を失わないためには、いかなる犠牲の代価も払わなければなりません。勉強が問題ではありません。すべて解決されるのです。
あの仁進がそうではありませんか。私がダンベリーに入っていく時は、十七歳でした。その時、数百人の国会議員や、アメリカの口八丁手八丁の有名な人々が集まって、アメリカ政府に対して信仰の自由化運動を行ったのですが、その大集会に行って、先生を紹介する演説を行いました。度胸は大したものです。「何が間違っているというのか……」と言ってです。
権道は美男子になりました。この子は、どれほど頭が良いことか、上の大人たちの心を動かして、自分の使いをさせるのです。車に乗って行く時は、さっと車の運転台の隣りに行ってお父様に侍るのです。「私は(運転手の)誰々さんが本当に好きです。運転がどれほど良いでしょうか、いつかお父様の車を運転するのが、私の最高の理想です」と巧みに話すのです。
運転が上手だという話はしません。帰ってくると、「やー、あなたのお母さんが喜ぶでしょう。あなたの奥さんが喜ぶでしょう」と言うのです。なぜでしょうか。気分が良いからです。「お父様も気分が良く、自分も気分が良く、すべて良いので、あなたが帰る時、良い気持ちをもって帰っていくので、あなたの奥さんはどれほど良いだろうか」と話しているのです。どれほど考えが深いことでしょうか。ですから、アメリカの大統領になって余りある息子だというのです。私は、アメリカの大統領にしようと思っています。
私の子供たちを見ても、お母様は小さいのに、仁進は大きいではありませんか。善進も大きくなるでしょう。みな、誰に似たのですか。お父様に似ました。(笑い)女の子の種も男の子の種も、どこに入っているかというと、女性にあるのではなく男性にあるのです。そして男性も女性も、原因に似るようになっているのであって、結局は、二性性相の主体であられる神様に似たというのです。
私の娘、譽進がいますが、顯進という弟の肩ががっしりして格好が良いのです。それで譽進は「あー、弟の顯進をもらっていく女性は福も多いでしょう!」と思っているのです。(笑い)肩と背中がとても力強く見えるのです。
顯進は、お父様に似て運動神経がとても発達しています。馬に乗るのも、六ヵ月乗った子が、十年乗った人よりも優れているのです。孝進も、今、日本に行って、一万人の群衆をすべて主管しています。日本の指導者五百人を集め、涙を流させているのです。そのようなことも、すべて生まれつきのものです。
本性と友愛
この世の子供たちは良い車に乗ろうとしますが、私の子供たちはそうではありません。それで、私が有り難く思っています。最も粗末な車に乗って学校に行こうとします。なぜそのようにするのかと聞いたところ、ベンツに乗っていけば、百メートルぐらい前で降りないと自分の心が平安でないというのです。人々の前で、自慢げに乗って通っているように思うからです。ガタガタいっている車に乗っていけば、近くまで行っても誰も分からないというのです。また、注目しないので、襲撃の対象にもなりません。すべてよく分かっています。それを見るとき、私は有り難く思うのです。「うん、そうだ。それはお父さんに似たのだ」と思いました。
私の家庭をよく見ていると、弟はお兄さんに絶対服従しているのです。また、お兄さんたちは、弟や妹を自分よりも称えます。この世であれば、自分よりも優秀な時には憎んだりするのですが、顯進を見ると、國進を本当に称賛します。「國進は、あらゆる面で私よりも優れている」と言います。そして、弟はお兄さんたちを絶対的に敬っているのを見れば、お父様がいなくても、自分たち同士で愛し合って生きることができると思うのです。そのようなところがこの世と違います。
榮進と亨進がいるでしょう。そして、善道と妍進がいます。おもしろいのは、父と母に何かを買ってくださいと言う時、妍進は、情進を前に立てて来ます。自分よりも愛しているのを知っているので、その子を前に立てて、後ろから操縦しながらすーっと来るのです。(笑い)それは原理的です。また榮進も、自分が好きなものを買いたいと思えば、誰に言わせるかというと、自分の弟に言わせます。「お兄さんがこのようなものを一つ買ってほしいと言っていました」と言わせるのです。そのようにして、自分はその背後からじっと見守っているのです。それが原則です。愛する人を通じて天を訪ねていくのが原則です。
ですから、そのように生きているのを見る時、カイン・アベルの長子権が自動的に復帰された立場だと思う時がよくあります。また孝進も、よく見ていると、弟や妹たちを愛しています。兄として本当に愛しているのです。そのような家庭は、万年の歴史を受け継ぐのです。
カインの子女に対する愛と真の子女の犠牲
「三十六家庭」を愛するのに、私の息子よりももっと愛しました。それは、「三十六家庭」自身が証するでしょう。私は、三十六家庭」を偶像のように崇拝しました。お金がなければ無条件に食べさせてあげ、着せてあげたのです。私は、私自身のことはほうっておきながらも、そのように愛してあげました。なぜでしょうか。世界の人々をすべて愛することはできないので、代表を立てて愛したのです。
私の子供たちには義理の息子扱いをしながら、皆さんを実子よりももっと愛しました。それは事実です。先生に近くで侍っている者で、「それは違う」と言う者はいません。それゆえに、私の子供たちがそうです。譽進や孝進といった上の子供が、一時、問題を起こしましたが、それは何ですか。「お父さんとお母さんは、自分のお父さんとお母さんではない」と言ったのです。それを私は知っています。すべて知っています。世の中がそうなので、そのようにもなったのでしょう。今まで、聖進も、「お父さんがどうしてお父さんなのか」と言っていました。最近、み旨を知ってからは、そのようにしなければならなかった父だということが分かるのです。孝進と譽進も、お父様が教えてあげた内容がすべて分かるでしょう。カイン・アベルを中心として、カインを愛したという条件が世界的な基準を越え、サタンまで愛したという条件を立てることができなければ、天国に息子を連れて入っていくことができないのです。「原理」の教えを受けてそれを知り、分別がついて理解するので、すべてそのようになるのです。
二十歳が過ぎたので、本当に分かります。「やあ! 私のお父様!」と言います。今、その息子、娘は、このように向き合ってお父様の顔を見ることを恥ずかしがります。自分が、分別のつかない時に、お父様に対して「お父様は、統一教会のお父様であって、かわいそうな私たち兄弟のお父様ではない」。このように話したことが思い浮かぶのです。それで、どれほど恥ずかしいことか、顔を上げることができません。
ですから、先生の家庭に困難なことがあれば、皆さんがその困難を中断させ、また先生の家庭が背負わなければならない十字架があれば、皆さんの家庭でその十字架に責任をもち、金城鉄壁の垣根をつくらなければなりません。皆さんが、背後で垣根となり、肥やしとなって、先生の家庭が発展できるように、あらゆる精誠を尽くさなければなりません。そのようにしてこそ、皆さんの家庭が発展するようになるのです。
真のお母様のみ言
お父様を拝見すれば、小さなことでも大きなことでも、責任者は孤独です。気分が悪くても我慢されるのです。ですから、私でなければ誰がそのようなお父様の心を解いてさしあげるだろうかという思いになります。妻ではありますが、時には娘の立場になって、お父様を喜ばせてさしあげ、何か助けてさしあげたい、そのような思いで生活してきました。
子供たちには、「本然の創造理想を成し遂げてさしあげよう。堕落世界を早く清算して、神様を完全に解放してさしあげよう。お父様を安らかにしてさしあげよう」と、常に強調して話してあげています。
常に心情的闘いの中で凄絶な生活をしてきてみると、青春時代もなく老年期に入ってきたような気がします。「私の代で複雑な摂理はすべて終わり、子供の代には、神様の創造理想を成した世界で育つようにしてあげたい。ですから、難しいこともすべて私がする。すべて私がする」と、常に心の中で誓いながら生きてきました。
私は、私の子供たちのことを思うと、ふびんに思います。それは、子供たちが常に父母と離れて暮らしているからです。普通の正常な家庭では、お父さんかお母さんのどちらか片方が、常に子供たちの面倒を見てあげています。統一教会の祝福家庭の父母たちも、時折離れて生活したりはしますが、大抵は子供たちと一緒に時間を過ごしています。しかし、真の父母の家庭では、み旨の事業ゆえに常に忙しいので、なかなか時間をつくって家族が全員で{緒に過ごすようにはなりません。私たちには、一緒に食事をしたり、話を交わす時間がほとんどありません。それで、子供たちは常に寂しがっています。
彼らの教育に関して考えてみると、幼い弟や妹たちは、お兄さんやお姉さんから学ぶことができます。お兄さんやお姉さんたちが自らの責任分担を履行し、天の伝統を守っていく限り、幼い弟や妹たちは、彼らから学ぶことができるのです。
恩進が二歳の時のことです。四人のお兄さんとお姉さんが敬礼式に参席する時、恩進が目を覚ましました。あとで、「なぜ私を起こさなかったの? 起こしてくれれば、私も敬礼式に参席することができたではないの」と言いながら泣きました。幼い子供たちは、このように自然な方法で自分たちがしなければならないことを学びます。言ってみれば、これは、父と母が公的に生きれば、子供たちは、父母の公的な生活を学ぶようになるということを意味しています。
興進が他界する前、「私はお父様を輔弼しなければならない」といつも言っていました。お父様や私が言わせたのではありません。それは、興進が全く一人で決定したことです。興進は、お父様を非常に尊敬し、お父様に献身的に侍りました。子供たちの侍る生活は、興進だけでなく、そのお姉さんやお兄さんも同様です。十三人の兄弟姉妹が、みな愛で深くつながっています。
真の家庭として、私たちは家庭の伝統を守っています。例を挙げれば、誕生日の祝賀の宴のような所では、常にお父様が最初にはしをつけて食事を始められます。そのようにしたのち、子供たちは、年齢の高い順から順々に食事に臨むようになります。たとえアメリカで十三年以上暮らしたとしても、中心となられるお父様と共に、常に私たちは、私たちの伝統思想を守ってきました。そして、私たちは天の伝統も守ってきています。これによって、天にいらっしゃるお父様も、真の子女たちを保護され、導いてくださるのです。
昨年の夏、顯進が、フロリダ州で開かれた世界ジュニア乗馬競技に、アジア圏のただ一人の代表として参加しました。この競技には、イギリスのチャールズ皇太子も参加したことがあります。顯進は、四千人以上の選手たちを退け、堂々と一位になりました。それで私は、顯進がこの分野に特別な才能をもって生まれたと信じるようになりました。
顯進のニックネームはランボー(Rambo)ですが、彼の馬の名前は皇帝(Emperor)だそうです。顯進は、この八月にもまた別の競技に参加します。私は、皆さんに、今度のオリンピック競技で顯進が良い成果を得ることができるように祈祷してくださることをお願いしたいと思います。
國進は勉強がよくできます。特に数学に秀でています。その点では、顯進を凌駕しているでしょう。國進は、常に論理的に考え、とても正確な決定を下しています。いつだったかお父様が、「國進よ、お前はいつか弁護士になりたいと言うだろう」とおっしゃいました。國進が考える時は、常に正しく、ですから彼は、彼の考えを裏づけする論理的理由を探し、結局はその理論を主張するのです。彼は、必要であればその意見をお兄さんたちにまで主張しようとします。
顯進と國進は、第二次世界大戦に関する歴史に興味があると同時に、そこに精通しています。この二人の兄弟は、当時戦闘に参加した軍隊や軍艦や戦闘などについてよく知っています。
権進は、國進よりも五つ年下です。権進はまだ幼いですが、彼はイギリスのちびっこ紳士のように振る舞います。それで、アメリカの若い食口たちにとてもかわいがられています。例を挙げれば、自動車に乗る時、「こんにちは、運転手さん。きょうは、とても上品に着こなしていますね」、あるいは「私は、いつかお父様の運転手になりたいと思っています」と言って、このようなやり方で運転手のおじさんの士気を高めてあげます。権進は、音楽に生まれつきの才能があります。学校のオペラの演出で、彼が王の配役を受けたのですが、その演技が高く評価されました。
亨進は、とても礼儀正しいです。彼は、天の法度に正確に従っています。毎晩、寝床に入る前に、その日にあったことを反省します。さらに驚くべきことは、子女たちの世話をしているお姉さんたちまでも、亨進からその立派な信仰姿勢を学ぶということです。そのお姉さんたちは、亨進がとても正義感にあふれ、不義に強硬なので、時々恐ろしさまで感じると言います。
ある一人の姉妹が彼をしかったところ、妥当でない叱責に抗議して、「それは、お姉さんの間違いだ!」と言いながら、間違っている点を指摘し、その間違いを説明して、そのお姉さんが自分の間違いを認める時まで、寝床に入らなかったそうです。お父様や私が、亨進にそのようにするように教えたのではありません。しかし、子供たちは、父母の生活態度を常に観察することによって、自らの行いを体得してきているのでしょう。
今日のアメリカの社会環境は、子供たちにとってとても悪いものです。これに対して、私信とても残念に思っています。アメリカの道徳水準は、際限なく下落しています。このような環境で暮らしながら勉強しなければならない子供たちを思うとき、私は心配せざるを得ません。私ができることは、ひたすら天を信じ、頼ることです。
栄進は、子供たちの中で最も理知的です。彼が考えることは、常に正確です。お父様は、絶えずお兄さんやお姉さんたちに、「外国語を勉強するように」とおっしゃいます。これを知っている榮進は、中国語に挑戦するようになりました。中国語は、最も難しい言語だといいます。しかし榮進は、早く、そして簡単に理解するので、一度やると決意した以上、どれほど複雑でややこしい中国語だとしても、その単語を覚えてしまうことでしょう。子供たちは、父母の立ち居振る舞いを観察することによって、あらゆることを自ら学びます。
善進と権進は年齢がほとんど同じです。善進が、時々私のまねをするかと思えば、権進は、お父様のまねをするそうです。善進は、とても良い性稟の持ち主であり、霊的にも敏感です。善進は、心情が落ちた幹部のお姉さんを見るたびに、「お姉さん、きょうは家に行ってしまいなさいI・」と言います。
妍進が生まれる時、その子の顔は、お父様にとても似ていました。妍進は、幼い時に少しぽっちゃりしていました。それで、太っちょというあだ名がつくようになりました。しかし、今の妍進は、その品のある姿から、私をしてお父様を連想させます。妍進は、とても寛大で、お姫様のような性稟をもっています。また、肯定的な面に根気強いです。一度何かを始めると、最後までそのことをやり抜いてしまいます。ほかの人たちが妍進と友達になるのは難しいのですが、一度付き合うと、長い間友情が持続します。
情進は、私の幼い時にとてもよく似ていて、あらゆる人々からとてもかわいがられています。一度、霊通人が私に、霊界で情進を連れていくことができないようによく見守ってあげてくださいということを言いました。情進は、やはり音楽的に生まれつきの才能をもっています。そして、霊的にするどく、明るいです。
真の子女たちは、それぞれ神様から才能を受けて生まれました。私には、十三人の子供がいますが、今もって子供が多すぎると思ったことはありません。
結論的に、子供たちは、愛と献身で養育しなければなりません。私たちすべての家庭は、天と調和を成さなければなりません。愛は、すべてのものを溶かし、統一を可能にさせます。ですから私たちは、子供たちの情緒に対してあまり心配せずに、愛で教育すれば、彼らの生活は自動的に正しい方向に向かうようになるでしょう。
2004.08.17