祖国光復と入籍
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目次
第二章 神様の祖国と祖国光復
- 祖国光復と入籍
- 第二章 神様の祖国と祖国光復
- 一、入籍しようとするならば、まず主権国家があってこそ
- 入籍する国があってこそ
- 統一教会員の入籍
- 国なきイスラエル
- 故郷へ帰るためには
- 栄光の一日が私たちの目前にきた
- 二、神様の祖国はどこか?
- 神様が願う国とは、どんな国でしょうか
- 三、私たちが入籍する祖国とは
- 私と関係があるものは、サタンと因縁づけられている
- 神様と共にある地球星が人間の祖国
- 主体と対象の愛を持った、四位基台の本郷の地が理想の祖国
- 完成の本拠地は神様とメシヤに会う所
- 私が祖国の根源になってこそ
- 真の父母が生まれた所は人類の祖国
- 四、私たちが探し求めなければならない祖国
- 五、祖国光復
- 祖国光復のための祈り
- 六、祖国光復は真の愛で
- 愛の三大属性
- 言語の統一
三、為に生き、犠牲奉仕しなければ
- 祖国光復と入籍
- 三、為に生き、犠牲奉仕しなければ
- 天国の民として入籍するには
- 為に生き、犠牲奉仕をして、愛の実体にならなければ
- 為に生き、犠牲奉仕をすることが天国の鍵
- 賢い人は準備する人
- ホームチャーチを通さずしては天国に行けない
- 四、家庭を中心として入籍しなければ
- 絶対的な愛を中心とした理想家庭はどこにでも通じる
- 天的な家法を中心として生きたという基準を通過しなければ
- 真の愛を実践する前衛隊になろう
- 五、祝福家庭婦人を動員した理由
- 女性たちを通しての入籍の道
- 六、家庭教会運動と入籍の道
- 一九七八年十一月二日以降はホームチャーチ運動をしなければ
- 家庭教会を通さずしては天国の族譜編成はできない
- ホームチャーチは天国へ行くためのパスポート
- 七、統一教会員の特権
- 私たちは同じ姓をもった天の民
はじめに
祖国光復と入籍
はじめに
「今後、天国に登録する新しい役事が行われるようになります。戸籍の登録をしなければなりません。戸籍の登録をするためには国がなければなりません。国がなければ入籍することができません。国がどれほど重要であるかということを知らなければなりません。国があってこそ、神様も意のままになすことができますし、私たちも、迫害圏であるサタン世界を踏み越える基盤を作ることができるのです。したがって、ご飯を食べるにせよ、何をするにせよ、いつも国のことを考えなければなりません。」(五四−二二八、七二年三月二十四日)
「祖国を持っていない人はかわいそうな人です。神様を中心として祖国を持つことができなかったがゆえに、神様を信じる人々はかわいそうな人です。皆さんは入籍できないために、身元の保障がありません。それでキリスト教徒たちは、さまよう民になったのです。それを知っているために、神様が文総裁をして、祖国光復の命令をしているという事実を知らなければなりません。」(一八五−六三、八九年一月一日)
「今後入籍する時がきます。先生の一族、皇族を中心として連結する、皆さんが加入するための入籍時代がくるというのです。しかし入籍時代がきても、宗族復帰をなしえなかった人たちは、入籍することができません。そのことを知らなければなりません。十二支派と同じなのです。宗族を復帰する前には入籍ができないのです。もしも、この宗族復帰という内容を知るようになれば、無条件に統一教会に先に入ろうとして、多くの人が群れをなして集まってくるでしょう。」(二○八−三三九、九〇年十一月二十一日)
上記のみ言で分かるように、真の御父母様は、一九五九年度から入籍時代について語られ、私たちに準備するよう要請されました。そしてその約束は現実に迫ってきました。真の御父母様は、全生涯を通じて、縦的・横的八段階にわたる神様の救いの摂理を完結し、サタンから長子圏・父母権・王権を復帰されました。そればかりでなく「天地父母天宙安息圏」を確定し、第四アダム圏時代を宣布して、摂理の新たな章を開きました。
真の御父母様は、ご自身の勝利的基台の上に、子女たる祝福家庭が本然の絆を結べるよう、神の国の民としての市民権を得る、入籍という祝福を与えてくださいました。
この『祖国光復と入籍』は、すべての祝福家庭とすべての人類を、神様の直接主管圏である真の神の国に入籍させようと絶えず努力してこられた、真の御父母様の真の愛の摂理路程に導いてくれることでしょう。
この書を通じて、真の神の国に入籍するという大いなる祝福が、読者の皆様の家庭にあらんことを願います。
二〇〇〇年八月八日
第一章 祝福と入籍
祖国光復と入籍
第一章 祝福と入籍
一、入籍についての最初のみ言
一九五九年十一月二十二日、全本部教会で
神様は六〇〇〇年という長い歳月の間、摂理してこられましたが、いまだに慕わしき人間を抱いて生活したことがありません。私たちは「神様、私たちは父の息子、父の娘です。私たちに恵みを下さって感謝いたします! いつも共にあってくださって感謝いたします!」と言いますが、それは極めて理不尽なことです。神様は有史以来、慕わしき息子・娘を集めて暮らしたことがないのです。それゆえ、その心に曲折を抱きながらも息子・娘を探し求め、その息子・娘を中心に天地万物がうれしくて動くことのできる、そのような時を望みながら耐えてこられた、神様の六〇〇〇年の摂理歴史なのです。
皆さん、祈祷してみてください。祈祷をすればするほど、涙で前が見えなくなるのです。お父様の前に近づいていけばいくほど、悲しみと号泣が始まるのです。そのような段階を越えて、お父様を考えただけでも踊りたくなるようにならなければならないのに、まだそのようになっていないのですから皆さんは、いまだに神様が慕い求めなければならないという、歴史的な条件に引っかかっており、時代的な条件に引っかかっています。ですから、神様の所願の条件を持っていない皆さんは、これからは、天と自分の間にある、慕わしさの条件を清算すべき時が来るということを知らなければなりません。その後は、何をしなければならないのでしょうか? 天の食口として入籍できるその日を慕い求めなければなりません。慕い求めるにあたっては、皆さんひとりだけで慕い求めてはなりません。全世界人類が慕い求めなければなりません。全世界人類が慕い求めなければならないのです。(八−一一四、五九年十一月二十二日)
二、真の御父母様家庭の入籍
一九七一年は「神の日」三周年になる年ですから、例年とは違い大きな意義があります。ですから先生の家庭を中心として、神様の前に新しい入籍式をするつもりです。そして、イエス様がこの地上で解くことのできなかった、その恨を解いてあげる内容の儀式もなければなりませんが、それは祈祷でしてあげようと思います。(三八−四三、七一年一月一日)
今朝、「神の日」を祝う儀式を持ちました。その前に何をしたかというと、奉献式をしました。今まで先生の家庭自体も、神様の前に入籍することができませんでした。入籍をするためには、カイン的家庭を屈服させることのできる立場に立たなければならないのです。今回先生が、皆さんのいちぱん愛する、心情的な基盤の妻を引っ張りだして動員したにもかかわらず、皆さんの中に反対やデモがなかったという事実は、極めて栄光なことです。
それゆえ、先生の家庭を中心として全体が第一線に行って対面することのできる、家庭的一致の基台が連結され、勝利の基盤が築かれたという条件を備えるようになりました。そのようにして、先生の家庭が初めて神様の前に奉献できるという、勝利的条件を立てることができたのです。ですから「神の日」を祝う式も行い、二階では先生の家庭奉献式も行ったのです。それゆえ先生の子供たちにも祝福をしてあげたのです。
ところで、奉献をするにあたっては、秩序を守っていかなければなりません。天の家庭がある前に天使世界があったため、先生の家庭を奉献すると同時に、イエス様の恨を解怨し、地上の願いも解いてあげなければなりません。そのために今後は、イエス様の相対格、あるいは亡くなった使徒たちの相対格を、私たち統一教会で準備するようになるかもしれません。このような内的な因縁を中心として、横的な立場にある霊界の霊人をみな地上に再臨させ、活動することのできる基準を連結させてこそ、初めて地上に天国の家庭が立てられるのです。(三七−三〇五、七一年一月一日)
家庭が金城鉄壁のように一体となった日には、いかなる国家にも見られない、神様だけが前後・左右・四方を統率し管理することのできる、完全な一つの中心家庭となり、その家庭は国家を持ち上げるようになります。そのように国家が完全に動きうる圏が生まれた日には、その家庭を中心として世界の運勢が新しく動きはじめるのです。これが、原理を中心とした、この時代を見る観です。(三七−三○五、七一年一月一日)
今日の統一教会が記念する「父母の日」、「子女の日」、「神の日」、「万物の日」といった名節は、本来別々にあるのではなく、一つの日とならなければなりません。アダムとエバが神様の愛を中心として祝福を受け、家庭を築き、神様の愛を中心とした血統的な直系子女の圏内に入籍するその時間に、それらのすべてが完成するのです。その完成の基台というのは、個人的でなく宇宙史的です、世界史的なのです。(八七−一七七、七六年六月二日)
真のお母様の勝利
一九九九年の統一教会の標語が「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。三億六千万双を中心として、神様と真の父母を中心としてびっくり返らなければならないのです。すべてが成就したのです。それでサタンがすべて屈服したために、これを宣布しなければなりませんが、神様自身が宣布することができません。堕落の元凶は神様ではありません。アダム、未完成のアダム、失敗したアダムがしたがゆえに、完成したアダムがこれを神様の前に通告し、宇宙的な一つの法で杭を打ってこそ、神様が顕現できるのです。サタンも退くのです。そのような式を今年五月十四日、パンタナールでしました。
それを基盤としながら、今までお母様が世界的に責任を負ってきたのです。統一教会とか国家とか全部失敗しました。再び三億六千万双の大転換時期を中心として、再度、真の御父母様が責任を負うのです。これからは神様の前に責任を負わせないのです。私が責任を負うのです。全体の責任を負うのです。
それでお母様がサタン世界の最高階級を中心として、八十か都市で巡回講演を通じて勝利の覇権を持って入ったために、お母様は母としての責任を初めて神様が公認した立場に、サタンが公認した立場に、人類が公認した立場に立つようになったのです。キリスト教をはじめとする、人類の宗教圏を越えて勝利の版図圏に立ったために、アダムの前に失敗したエバが復帰された価値をもって、同じ立場に入籍して行動できるこういう資格を持つために、これを天地に宣布するのです。それでこの場をもって文総裁がお母様に対して、韓鶴子氏に対して表彰をするのです。
それでこれからは対等な立場に立つのです。男女平等権時代が来るのです。愛を中心として男女平等権時代なのです。それゆえ、これからは女性を結束させて、男性を教育する時が来ました。男たちはみんな流れ者です。世界中の男という男はみなそうなのです。
口八丁手八丁の者たちは、すべてみな女性の心情に釘を打ち込んだのです。神様の心情にエバが釘を打ち込んだために、男性、つまり天使長がエバの心情に釘を打ち込んだのです。それを抜くことのできる人がだれかというと、お母様です。お母様の釘を抜くことのできる人はだれかというと、文総裁です。エバはアダムを殺して、イエス様を殺して、再臨主を追放しました。エバは三代の夫を喪失しました。その罪を許すことができないのです。その罪を拭うために文総裁がお母様を育ててきたのです。お母様を育てるのに、どれほど非難をたくさん浴びたことでしょうか? あることないこと、いちばんの悪魔だとか、色魔だとか、ありとあらゆるレッテルをはったのです。知らなかったでしょう?しかし、そのように育ててくる作戦を立ててきたがゆえに、生き残ってきたのです。
そのようなすべてを完成して、お母様を天地の前に、堂々と男性と対等な立場に立てるのです。私が公認するのです。アダムが公認するがゆえに、アダムがエバを否定したことを肯定し、神様まで公認するがゆえに、女性解放が行われるのです! アーメン!(「アーメン!」)(三〇二−二三一、九九年六月十四日)
興進様の入籍
人は死ぬと霊界に行くようになりますが、霊界に行くとどのようになるか知っていますか? 霊界は、愛を中心として生きることのできる世界が拡大されたものです。平面的に愛をもって生きるのではなく、縦的な愛をもって生きるのです。原形的な愛です。膨大な世界です。
ですから統一教会は死を克服した教会です。死を恐れません。先生は死に対するすべての恐怖を超越した人です。それゆえ統一教会の葬式では、絶対泣くことがないようにします。
先生自身もそうです。何年経ちましたか? 一九八三年ならば何年になりましたか? 五年になりましたか? 二番目の息子が交通事故で死んだのに、先生は涙一つも流さなかったのです。息子は道を急がなければなりません。道をえり分けてあげなければなりません。行く道を準備してあげなければなりません。行く道を準備してあげなければならないのです。先生の霊が先立って案内してあげ、入籍させて帰ってこなければなりません。それゆえに、どれほど深刻な立場ですか? ですから、来る時間がありますか?
嫁に行く自分の娘を、突然見知らぬ家において、そのまま戻ってくることはできません。入籍をすべて済ませておいて、愛を受けることのできる、そこに対応することのできる婚礼家具をすっかり揃え、安着することができるようにして帰ってきたいのが親心というものです。それと同じです。
昨日、お母様の母親(大母様)も亡くなりましたが、統一教会は葬式とは言いません。何と言いますか? 昇華式と言います。昇華するのです。横的な世界で暮らしてから、縦的な世界の活動舞台へ、無限な世界へと行くのです。サタン世界では泣きわめいて悪霊たちがやって来たりしますが、そのような場(昇華式)には悪霊がやって来ることができません。(一九五−一六〇、八九年十一月十五日)
三、入籍とは何か
国を探し得たときには、皆さんはすべて入籍しなければなりません。入籍が何かを知っていますか?族譜を作らなければなりません、族譜。分かりましたか? 今後統一教会を中心として国に入籍するときには、族譜を作らなければなりません。族譜を作るときは、必ずすべてを天の前に返すのです。多いにせよ少ないにせよ精誠を込めて、自分の生涯のすべてのものを、命にかわるすべてを国に捧げるのです。近ごろ、税金がどうしてあんなに高くなったか知っていますか? 全部かき集めていくのです。九八パーセントまでかき集めていくのです。どうしてでしょうか。国に捧げるべき時が訪れるゆえにです。全世界がそのようになっていくのです。そのことが分かっていないのです。そのようになることによって、そのような伝統を受け継いで世界が一つになるとき、祝福を受けるとき、世界のすべてを天の前に返さなければならないのです。(一〇一−二八九、七八年十一月七日)
天国に新しい族譜が編成される時に入籍が行われるのです。一六〇国家を中心として、一六〇家庭が一つになることによって入籍時代が始まるのです。皆さんが生まれたならば出生届けをしなければならず、結婚すれば婚姻届けをしなければならず、死んだならば死亡届けをしなければならないのと同じです。国が設定されことによって、憲法を中心として戸籍やそれに対する体系を築き、管理することのできる基本法が生まれなければなりません。
その国に入籍するためには、一六〇家庭が完全に一つになって入籍しなければならないのです。入籍するとき、母国語を知らなければ入籍ができません。言葉と文化と生活環境において、完全に真の御父母様の文化圏を相続し、心情文化世界を代表した家庭として同じ型を備えることなしには、天国に入籍できる資格が剥奪されるのです。(二七六−二一六、九六年二月二十四日)
アダムー家庭で失ったことを世界大家庭圏で蕩減することによって、アダム家庭で完成すべき「真の長子圏」、「真の父母圏」、「真の王権」を取り戻し、神様の主管する地上天国に転換して天上天国に入籍をするのです。そうして、神様を中心とした地上・天上王権時代に進入して、勝利と自由と幸福と統一の世界を取り戻し、神様の創造理想の地上天国、天上天国を迎えるようになるのです。これが救援摂理歴史の原理観です。(二七七−二一一、九六年四月十六日)
入籍とは何でしょうか? お嫁に行く新婦が新郎について行くには、籍を移さなければなりません。自分が生まれた本然の籍を取り消して、他の地に移らなければならないのです。(一七七−三〇二、八八年五月二十二日)
女性は、お嫁に行けば何をしなければならないでしょうか? 婚姻届けをするだけではありません。その家に入籍しなければなりません。入籍です。女性は結婚したら夫の所に入籍しますね? 西洋や日本の場合は、姓はどのようになりますか? 姓が変わるのです。何も根本がないために、井上なら井上、山岡なら山岡、木下なら木下というように、夫の姓に従って一つになっていくのです。それは、愛の関係を結ぶことを条件として一つになります。愛の力が生命の根源よりも強いゆえに、そのことを悲しく思うことなく当然と思い、希望を持って笑って行くのです。(二五八−二四四、九四年三月二十日)
お嫁に行けば、よその家に引っ越しをするので戸籍が変わるのです。戸籍が変わるのです。全部みな入籍して、赤ん坊を生んで暮らしてから(離婚して)出て行くようになれば、子供たちを生んでおきながら、背を向けながらそのまま置いて出て行くようになります。入籍は何でしょうか? 真の愛の根源を中心として結ばれる証票なのです。(一七八−一〇七、八八年六月四日)
信仰世界の女性たちは、どんな女性でしょうか? 普通、今日のサタン世界の男性は絶対について行くことができません。男性はみな落ちます。そうなれば、自分万人だけ残るのです。一人残って何をするのでしょうか? その後王女として入籍をして、王子に仕える聖なる身となっていかなければならないのです。それゆえに、聖女にならなければならないのです。
では、エデンの園に聖女がいましたか、いませんでしたか? いませんでした。本来エバは聖女です。聖女なのに堕落したために、聖女がいなくなったのです。この聖女たちとは、大韓民国を代表した女性として、神様の前にいちばん初めに差し上げられる美女たちだというのです。エデンの園で失われたエバ…、そのエバの恨を克服し、神様に歓迎される女性とならなければなりません。(一七八−二○七、八八年六月四日)
すべての始まりは真の父母
皆さんの家庭の中心は真の父母です。エデンの園で真の父母と一緒に暮らす家庭を築くことができませんでした。皆さんがそれを復帰しなければなりません。そのためには、真の父母の命令に絶対的に従わなければなりません。真の父母の前には、皆さんの意見というものはありえません。
皆さんの個人的な概念がなくなることによって、初めて真の父母の御名が皆さんの家庭に定着し始めるのです。そうでなければ、理想的な家庭を復帰することができません。これは先生の考えでなく、本然的な神様の創造の概念です。
すべての始まりは真の父母からです。すべての出発、始まりは皆さんでなく、真の父母です。生きるのもそうであり、行動するのもそうであり、愛の家庭を連結するにあたってもそうなのです。出発、始まりは真の父母なのです。これは先生の話ではなく、私たちの初代の先祖に対する、神様の公式的な概念だったのです。いかにしたら、自分の家庭を真の御父母様の家庭のように築いていけるか? そのことを考えていかなければなりません。
皆さんは真の父母の家庭的な内容に対する公式を相続しましたが、先生についてこなければ天国に入っていくことができません。そのような家庭になってこそ、天国に入っていくのです。このような中心家庭が、カイン家庭を再創造するのです。アベル家庭が、カイン家庭を再創造するのです。そのためには愛を投入しなければなりません。そのようにして周囲の一六〇家庭をまとめなければならないのです。そこにおいて皆さんは入籍することができるのです。それは、生まれる時、結婚する時、死ぬ時の三回の申告をするのと同じです。
ところが、私たちには国がありません。祝福家庭の息子・娘たちはたくさんいますが、神様の願いである理想国家を建てることができずにいます。ですから、皆さんの息子・娘の名前を入籍する所がなく、今後結婚したり、昇華したりしても登録する所がありません。国がなければ定着することができません。とどまって暮らすべき所がないというのです。
皆さんはパスポートを持っていなければ、どの国でも認定されません。一国家の国民として認められないのです。それと同じです。私たちも自分の国がないため、パスポートがないのです。統一教会のメンバーたちは、どこに所属していますか? アメリカですか、どこか他の国ですか? 神の国なのです。どこから来たのですか? 堕落した世界で「どこから来たのですか?」と聞かれたときには、アメリカとかドイツとか日本とか国の名前を挙げますね? その中で最高の国が天国なのです。最も貴い国が地上天国、神の国なのです。皆さんは「どこの所属ですか?」と聞かれたら、「私は神の国の所属です」と答えなければなりません。そこから天国が始まるのです。(二七七−二五〇、九六年四月十八日)
堕落人間の願いは真の父母
堕落することによって、真の父母になる赤ん坊の願い、兄弟の願い、夫婦の願い、父母の願いが、すべて崩れてしまいました。これを探し求めるために数千万年神様が苦労したのです。歴史的なその犠牲の範囲が拡大したことが、どれほど途方もないかというのです。世界人類の前にこの版図が拡大したという蕩減の内容を、恨を抱いて峠を越えて、解消しなければならないのです。それは神様もできませんし、悪魔もできません。人間自体がしなければならないのです。ですから、苦行であるしかないのです。安らかではありえないというのです。
それはどういうことかと言うと、父母の前に愛される赤ん坊にならなければならないのです。神様の前にそうなのです。アダムの立場がそうです。神様の前に愛される赤ん坊にならなければなりません。赤ん坊の時代があり、神様の前に愛される兄弟の時代があり、天の前に夫婦の時代があり、天の前に父の時代がなければならないのに、すべてを失ってしまったのです。それゆえに、神様が願われ、神様が望まれる息子・娘として代を継いでいくことが、完全になくなってしまったのです。途方もない事が起こったのです。一度の愛の失敗によって、すべてが崩れていったのです。
では、皆さんはどのようにしなければならないのでしょうか? サタンによってなったために、来るべき主によって、これを復帰しなければなりません。先生に会えば先生の懐に抱かれて、赤ん坊のようになってみたくなるのです。他の所は願いません。赤ん坊のように、その次には兄弟のように、どこに行っても先生について行きたくなるのです。さらには男性でなく女性の場合には、まちがいなくそのようになります。公式がそうなのです。先生が行く所に行きたいのです。
その次は、その過程を過ぎれば新郎新婦時代です。そのような体験をします。皆さんが先生と一緒に眠ることもあるのです。アダムとエバが一緒にどれほど寝たことでしょうか? 夢うつつで夢のみ告げ中でそのようなことを経験するのです。かと言ってそんなに悪く考えてはなりません。心情的に失った内容を、再び蕩減条件によって回復しなければなりません。赤ん坊の心情、本然の心情を汚したことを解いて、真の神様の対象…、真のお父様を中心として、真の赤ん坊から、真の兄弟から始めなければならないのです。その次に真の夫婦です。アダムとエバが結婚しなければならないのです。真の夫婦の心情、真の父の心情です。これをすべてみな感じなければなりません。四大心情圏をなくしたために、これを復帰しなければ、真の父母の道を行くことができません。
赤ん坊の願いも真の父母、兄弟の願いも真の父母、夫婦の願いも真の父母、父母の願いも真の父母です。父母となった後に、「真の父母」となって、天上世界・地上世界の統一された天国で暮らしてから、そのままの状態で永遠な天国に入籍して入っていくのです。それが故郷へ帰るということなのです。それがなされていないのです。
一人によって失ったことを、一人でもって回復しなければなりません。先生を中心として、統一教会にはその事ができるのです。女性というすべての存在は、先生を思慕するようになっています。先生を息子のように、先生を兄さんのように、先生を夫のように、先生を父親のように思慕するのです。ですから世の中にいる男性の中で、その国の王よりも、その国のおじいさんよりも、父親よりも、夫よりも、兄さんよりも、だれよりも先生を愛さなければなりません。そのような心を持たずしては、このサタン世界を乗り越えていくことができません。
それゆえに、統一教会のうわさが悪いのです。お母様を策定するまでは、すべてが真の母の候補者です。一〇代から八〇代の女性たちまでがそうなのです。その上、霊的な体験する人々は百パーセントそうなのです。みなそのように教えられるのです。世界歴史を代表した、七千年歴史を代表した歴史的な女性に対して、そのような体験をさせるのです。そのように準備させるのです。三代がそうなのです。祖母・母・娘の三代が一つならなければなりません。それゆえ、来られるメシヤを背信させたことを蕩減復帰しなければなりません。(二八四−二一二、九七年四月十七日)
修道における最終目的は、真の父母を探し求めること
私たちは、何になることが最高の善でしょうか? 堕落した立場において良心を通じて神様を知り、神様を求める神の僕の身となって、そこから歩んでいかなければなりません。しかし皆さんは、神の僕にもなれません。サタンの僕にもなれません。そして、サタンの息子・娘でもありません。もしもサタンの息子と娘ならば、サタンは皆さんを愛さなければなりません。愛するとなったならば、自由を与えなければなりませんが、自由を与えるようになれば、人々がみな神様の下に戻ってしまいます。神様のところに戻ってしまいますから、サタンは皆さんに首輪をくくりつけておきます。皆さんはそれをはめて歩いているのです。サタンは父母にもならないのです。サタンが人間を愛して運行するようになれば、自由を与えなければなりません。自由さえ与えれば、神様のところに戻るのです。それゆえにサタンは、押し倒し、強奪し、今まで人間を蹂躙してきました。私たちは、サタンがそのような怨讐であるということを知らなければなりません。
今地上で暮らしている堕落人間たちは、サタンの僕にもなれません。残念ですが、実際そうなのです。サタンの僕にもなれません。サタンに心情があるならば、今日人類がこんなにも惨めに苦労することはないのです。サタンの僕にもなれていないために、苦労するのです。サタンの僕にもなれていないし、サタンの息子・娘には、なおさらなれていなかったのです。そのような者たちを立てて、天は僕として入籍させます。その僕として入籍させるための手続きを、数多くの宗教を通し、僕たちを通じて、今までなしてきたのです。僕の中にも階級があります。その階級階級を分担させて、僕を募集する運動をすることが、今までの宗教の使命なのです。それを知らなければなりません。
それゆえ僕をつくって、そこで特出した群れを引っ張り出し、優秀な人々を集め、その次に養子をつくるのです。養子をつくるのです。落ちてしまいましたから、そのように上がってこなければなりませんね? 養子をつくった後には、どのようにしなければならないのでしょうか? イスラエル民族は養子です。養子をつくっておいて、何をどのようにしなければならないのでしょうか? 神様が愛であるならば、私たち人間を探し求めるのが神様の目的であるならば、神様は、養子から直系の息子と娘に押し上げなければなりません。
この直系の息子・娘として、相続的な因縁を結んでくれるために来られた方がイエス様です。神様のひとり子です。神様がいちばん愛する息子ですから、その息子と、堕落した人間として養子の立場に上がった人と一つになるのです。一つは野性のオリーブの木であり、一つは真のオリーブの木ですね? 聖書でそのように語ったというのです、一つは野性のオリーブの木であり、一つは真のオリーブの木だと。ですから、野性のオリーブの木をさっと切って、真のオリーブの木の芽で接ぎ木をしなさいというのです。昔の人は殺して、そこに真のオリーブの木の芽を当てて接ぎ木をすることによって、野性のオリーブの木は何のオリーブの木になりますか? 真のオリーブの木になるのです。
いちばんどん底から逆に上がるのです。民を集めて僕を集め、僕を集めて養子を集め、養子を通じて息子を送って接ぎ木をし、息子のレベルに上がらせるのです。それから、その後では、人類が本来迎えるべき真の父母、堕落しない人類の先祖なる二方をお迎えし、その二方から心情的な因縁の公認を受けてこそ初めて、堕落せずに生まれた本来の息子・娘の立場に戻ることができるのです。これが神様の救いの摂理です。ですから、今日修道を通して歩む、最後の窮極的な目的とは何でしょうか? 失った真の父母、天地父母を探し求めることです。このように継ぎはぎをして上がるのです。逆から復帰して上がるのです。(一五一−二〇〇、六二年十二月十五日)
神様の民として入籍してこそ
女性や男性として生まれたからといって、自慢することは一つもありません。皆さんは自分の思い通りに生まれてきたわけではありません。女性たちは、指輪やイヤリングや首飾りをして、きれいに首飾りながら、マンハッタン・アベニューに行ったとしても、「ファンファーレ」を吹きながら自慢することができません。自慢することが何もないというのです。
良い夫に恵まれて豊かに暮らしていたとしても、神様を知らなければ○点です。地獄に行くのです。神様の民として入籍をしなければなりません。いくら有名なハーバード大学の総長でも、神の国の民として登録されなければ地獄に行くのです。
どんなに世の中から見捨てられたような人でも、米国市民権がありさえすれば、どこへ行っても自慢することができます。米国市民権を持っていれば問題がないのです。私はれっきとした米国市民権だといって、自慢することができるのです。いくらアメリカに住んでいる人でも、米国市民権がなければ意味がないのです。価値がないというのです。
パスポートは、登録したという証拠です。パスポートは、登録したという結果なのです。生まれたときに登録しますね? そして結婚するときに登録しますね? 死ぬときには、解除してこそ霊界に行くのです。それでこそ米国国民なのです。それがなければ無効です。
皆さんは統一教会に登録しました。皆さんはみな統一教会に入籍したのです、入籍。入ったのです。出生したのです。
皆さんは霊の親がいますね? 独り身の天使長が親代わりをするように、皆さんも万人の霊の親を持つのです。それで霊の親が二人でなく一人なのです。天使長のように。
天使長は相対概念がないのです。相手がなく、所有がなく、宗族基盤がないというのです。統一教会に入って、その次には入籍しなければなりません。それで天国に行くときは、全部がみなOKをして、神様の真なる父母と、真なる家庭と、その国の歓迎を受けなければなりません。
家庭・社会・国家・世界・人類の歓迎を受けた後で、天国に入っていくのです。三回登録をしなければならないのです。嫁に行ったり妻をめとったりすれば、みな同じ一族になります。そこは米国もなく、日本もありません。すべてがみな神様の民なのです。(二七八−二六三、九六年五月二十六日)
四、祝福と入籍
統一教会の原理を中心として見るならば、今日堕落した人間は、生むやいなや地獄行きだと言うのです。そうでしょう? 生むやいなや地獄に入籍するのです。間違いないのです。
堕落して以来、偽りの血統によって因縁づけられた子孫たちは、すべてサタンに入籍するのです。サタンの国、サタンの世界を再び奪い返すために、宗教が生まれてきたのです。宗教は、心身を一つにさせ、分裂したものを一つにさせるためにあるのです。(二七二−八三、九五年八月三十日)
神様は、霊界と肉界を自由自在に往来できるので、地上天国の主人でもあり、天上天国の主人でもあります。また、愛を中心として神様と一つになったならば、アダムとエバも、地上で実体を持った体の王となり、霊界に行っても体の王になるのです。神様が心の王ならば、人間は体の王なのです。
神様と一体となった王子王女の、愛と生命と血筋を受け継いだ血族が入っていく所が、天国なのです。ところで、人間が堕落することによって、その世界をなくしたものを、来られる再臨主が、真の父母が、再び立てて、真の家庭を築いていくことが、神様の創造目的です。
結婚を誤ったがゆえに、偽りの父母の下で結婚しましたから、真の父母の下で再び結婚し直さなければなりません。それによって新しい入籍が行われます。それが終わる前には、寝ることができません。終わっていないのに寝てはいけません。(二五四−二八二、九四年二月十五日)
神様の創造の目的というもの、その目的が何かといえば、真の父母になることです。皆さんも真の父母になれば、神様と一体となります。神様と同等の列に立つのです。ですから、皆さんが赤ん坊を抱くときには、相対的な愛のパートナーを望んでおられる神様の前に、入籍することのできる息子を育てているというのです。厳粛な問題なのです。神様のように、そして神様よりも貴く感じなければなりません。兄弟の間において一つになりなさいというのです。夫婦は、絶対的な神様の体と心のように一つになれというのです。神様も体と心が分かれて闘うでしょうか? どうですか? 皆さんは絶対的な概念がありませんが、神様は絶対的に一つとなっています。ですから、私たちも心と体が一つにならなければなりません。そうでなければ真の愛と関係ありません。(二八三−一五九、九七年四月十二日)
皆さん、メシヤとは何か知っていますか? 救世主とは何かご存じですか? 日本語ではメシヤは、食堂の飯屋と発音が似ていますが、その飯屋ではありません。メシヤとは、愛の道理を明らかにするために、誤って植えた生命の種を、真の生命の種に再び植え直すために来られる方です。統一教会の合同結婚式とは何か知っていますか? 接ぎ木をする役事です。接ぎ木をする役事なのです。そのようにすることによって、天国に入籍できる道を分けてあげるのです。天理の大道を明らかにし、世界の亡国の種を、天国の平和の王子に連結させるための役事をしなければならないのが、統一教会の使命であることを知らなければなりません。(二〇九−二二四、九〇年十一月二十九日)
堕落によって、偽りの父母から、偽りの愛・偽りの生命・偽りの血統を受け、偽りの結婚式をした、そのような家庭から始まった汚れたものを、完全に清算して、復帰しなければなりません。真の神様と真の父母の愛を中心として、私たち夫婦が、外的には頭翼思想をうち立てて左翼と右翼を克服し、内的には真の愛を通じて、良心世界と霊的世界を克服し、真の父母になることにより、「神人愛」が一体となった真の愛の種、真の生命の種、真の血統の種を、接ぎ木してあげなければなりません。そのような大きな祝福を伝授してあげる復活の礼式が、まさに国際合同結婚式なのです。すなわち、真なる新たな家庭へと進んでいく道を切り開いてあげる礼式なのです。世界全人類が、大きな祝福を受けて天国家庭に転換し、地上天国に入籍することを願ってやみません。(二七五−五八、九五年十月三十一日)
祝福を受けることによって天国に入籍が可能なのです。初めて人間が天国を持つようになります。天の家庭を持つようになり、天の宗族、天の民族、天の国家、天の世界、天宙を経て、国を持つようになるのです。そうしてその国に入籍することによって、天国の国民になるのです。
真の父母の血族が入籍をするはずでしたが、堕落することによって、数多くの歴史を経て、世界の中から取り出さなければならないのです。それゆえここにおいて宗族的メシヤの責任を果たすことで、イエス様が失敗したことを蕩減復帰しなければなりませんが、そうするには世界各国に対して責任を持ち、その国を天国に捧げなければならないのです。(二六九−三〇三、九五年五月一日)
今や祝福を受けた場合には、一族の責任を負わなければなりません。押したりつついたりして、強制的にでも祝福を受ければ、天国に入籍をすることによってチケットを受け取るのです。(二八三−二九五、九七年四月十三日)
再臨主は、イエス様が果たすことのできなかった、神様の復帰摂理の根本を完成するために来られます。すなわち、創造理想を完成する真の本然の赤ん坊の種として来られて、神様の真の愛・真の生命・真の血統の根源になる、真の父母理想を完成するために来られます。再臨主は、既にイエス様の時まで神側が勝利した根本摂理の基台の上に臨在されます。すなわち、イエス様の長成期的勝利の基盤の上にしっかりと立って、イエス様が果たすことのできなかった新婦を得て、真の父母となられ、万民を救ってくださるのです。
真の父母は、血統を伝授する新しい結婚の行事を通して、全人類が神様の真の愛、真の生命、真の血統につながるように接ぎ木をして、真の人になるように救い、さらには真の家庭を築いて地上天国を建設なさるのです。したがって、再臨主は肉身を持った姿で来られて、新しい血統関係を編成しようとされます。これが国際合同結婚式なのです。
アダム一家庭でなくしたことを世界大家庭圏で蕩減することによって、アダム家庭で完成すべき「真の長子圏」、「真の父母圏」、「真の王権」を取り戻して、神様の主管する地上天国に転換して天上天国に入籍をし、神様を中心とした地上・天上王権時代に進入し、勝利と自由と幸福と統一の世界を取り戻して、神様の創造理想の地上天国、天上天国を迎えるようになるのです。これが救援摂理歴史の原理観です。(二八二−二二四、九七年三月十三日)
神様の息子と娘がなる所有権は祝福
今日人類はサタンの血統を受けたのです。それゆえ悔い改めなければなりません。天地の大主人の前に、顔も上げることのできない恥辱があるのです。尻さえも隠して岩陰に隠れて、「神様!」と呼ぶことのできない恥ずかしき息子であることを知らなければなりません。愛の怨讐の血を受けました。それゆえに涙と鼻水で這いながら進み、命を失ったとしても「わたくしは、罰を受けて当然です」と言うことのできる、死んでも感謝の叫び声が腹からあふれ出る、そんな自らを発見することができなければなりません。そのようにならなければ、愛を受けることのできない、怨恨のわなに埋もれた自らであることを知らずに生きている哀れな者たちなのです。
だれも知らないこの道を探し求めるために、私がどれほど骨を析ったことか分かりません。人生問題の根本を解決するためには、歴史を解決しなければならず、宇宙を解決しなければならず、神様の苦衷までも解決しなければならないということに気づいたとき…、私が暗中摸索したその若い時期の苦痛を、皆さんは知らないでしょう。しかし、そのようなことができる組織をすべて作って、言葉だけでなく実戦の途上において、それが証しとなり得る世界の版図をすべて備えました。今やだれでも、走ってきて(勝利の)旗を授かって回れ右さえすれば、天国に入っていくことのできる時代が来たのです。
所有権を持った人が主人なりますね? ビルディングでいかなることをしても所有権…、紙一枚に私が主人というそれだけで、どこに行っても自分が主人になるのです。それゆえ神様の息子・娘になった所有権がなければなりません。それが祝福です。血統を転換しなければなりません。それゆえに新しい芽を出さなければならないのです。
歴史はアダムとエバと天使長からまかれたゆえに、第二次世界大戦のどきに、三つの枢軸国と三つの連合国が戦いました。一つは島国の英国、それから米国、米国は英国の息子です。それからフランス。フランスは天使長なので怨讐です。戦った国です。これが母とカイン・アベルの立場です。
枢軸国を中心として見ると、日本も島国です。天照大御神は女神ですね? 悪魔の代表です。その次にドイツ。ドイツはヒットラーが太陽で、神様の代わりであるといいます。ゲルマン民族の偉大性を中心としてゲルマン民族が世界の中心であり、ヒットラーだけが太陽であるといい、すべての宗教を抹殺しました。ユダヤ人六百万人とキリスト教徒を虐殺したのです。悪魔の母から生まれた長男です。その次にイタリアは天使長なので、ふらふらしています。いつもふらふらしていますね? 連合国の天使長のフランスもふらふらしていますね? そのようにまかれたというのです。エバが、堕落することによって本然の夫を外に出し、悪魔の息子・娘を植えたので、それが大きくなって世界へと実を結んで戦い、サタン側が勝つことによってサタンの統一天下になったのです。
これを、天側の母と天側のカインアベルを中心とした、天側の統一天下にしなければならないのです。統一天下とは何でしょうか? サタンがいない世界です。エデンの園で言うならば、堕落のなかった基準です。堕落した父母の立場に立っても、アダムとエバが天の父を迎えなければなりません。世界一周をして太平洋文明圏時代に入って、そこに天の父を迎えなければならないのです。そうして何をしなければならないのでしょうか? 新しい血を受け継がなければなりません。新しい愛を通じて、新しい生命と新しい血統を受け継いで一つになるとき、初めて統一天下が成されるのです。
その次にはアダムとエバという息子・娘を中心として、世界全体が神様に離反したのを、神側に転換させなければなりません。今日この世の所有主は悪魔であって、神様ではありませんでした。神様が真の愛を中心として所有権を決定し、すべての民に分割してあげるべきなのに、悪魔が主人になって全部みな壊してしまいました。このようにしたのを再び収拾しなければなりません。エバが世界を収拾し、来るべきアダムとともに完全に一つになって、本然のアダム家庭を成していかなければなりません。もしも堕落しなかったならば、アダム家庭が、神様の愛を中心として天地のすべてを相続し、天下統一の起源となりえたように、この父母の家庭を中心として、来られる主と神様の前に、再び入籍をしなければならないのです。
それゆえに、この世界歴史における所有権は、個人主義の所有権時代から社会主義の所有権時代、全体主義の所有権時代へと移行していくのです。共産党がそのようなことをしました。大韓民国も同じです。社会主義と個人主義が合わさった制度です。税金をみな出すのです。土地を買ったとしても、資本主義社会なのに土地を奪われることがあるのです。国が勝手にする場合があるのです。
今後、理想世界はどのようになるのでしょうか? 全体主義のような体制です。国の所有と同時に、グループ的に一つの村が単位になるのです。宗族が単位です。一つの村が単位になるのです。そこが私の家族になります。そのような時代が来ます。共産党が行う協同農場のような、そのような形態なのです。しかし悪魔たちが行ったのは、自分たちの党を中心としたものであって、神様を中心としなかったのです。悪魔を中心としたそれは結果が絶望的ですが、私たちは神様を中心として行ったために、希望的なのです。
神主義は自分のために生きる主義ではありません。他のために生きる投入主義です。為に生きるという主義です。悪魔は悪魔自身のために生きよという主義ですが、神様は他の為に生きようという主義です。ですから、投入して投入して投入するほど、永遠なる世界の所有権が大きくなるのです。共産世界では、投入するほど損をするので仕事をしません。しかし、私たちの世界では、だれが恵みをたくさん受けるかというと、自分の村のために夜も寝ずに血の汗を流す人々です。神様のように投入する人が、恵みを受けるようになるのです。(二〇九−二九二、九〇年十一月三十日)
数理的な統一教会の祝福の役事
統一教会の祝福は、三家庭を天使長の代表として立てたところから出発しました。それで三家庭を約婚させておいて、結婚式は先生がしたのです。そのようになっていますね? 条件を立てておいて祝福をするのです。天の祝福はアダムがするようになっていて、天使長がするようにはなっていません。祝福してから、三家庭を中心として三六家庭を祝福し、整備するのです。天使長圏の条件を立てておき、その次には先生の家庭を保護しなければならないのです。先生は息子・娘を育てることができませんが、先生の息子・娘を育てるべき、三時代を代表した後継者を立てて、王権を伝授できる準備をしなければならないのです。
この三大天使長とは何でしょうか? この三大天使長は、アダム家庭(十二)、ノア家庭(十二)、アブラハム家庭(十二)に該当する代表者(三六家庭)です。ノアはイエス様の象徴なのです。縦的基準において、ノアは霊的救いのためのイエス様です。イエス様がこの地に来て、着地ができなかったのです。家庭に着地をすることができなかったのです。ノアも着地をすることができなかったのです。まったく同じなのです。初めてヤコブの時に着地しました。この再臨時代に着地するのです。縦的な失敗を、横的に世界舞台において蕩減するのです。
これを復活させなくては、世界的舞台において復帰摂理をすることができないのです。先祖を正さなければなりません。先祖たる三六家庭を中心として、カインアベルが一つにならなければなりません。それで七二家庭が出てきたのです。これは三十六数の倍数です。
この七二家庭は何かというならば、モーセ時代において、ヤコブを中心とした民族圏に該当するのです。モーセ時代には七二長老でしょう? その次にはイエス様時代になって、国家的な基準において、家庭を中心として十二支派から七二支派、一二〇門徒を編成しなければなりません。イエス様時代には一二〇門徒、世界において一二○家庭を探し立てなければなりません。それが立てられずに死ぬことによって、すべてが失敗したので、霊的に四〇日整備して、再度イエス様が来られ、それを探し求めなければなりません。二一〇門徒という世界の国家代表を探し求めなければならないのです。
それで世界の国家代表として新しく出発して、キリスト教文化圏が世界の国連を中心として一二〇国家が成立する時は、再臨時代の時が来るというのです。その時がまさに、統一教会において一二四家庭の祝福をした時であり、一二〇国家が国連に加入した年なのです。それらがみな合わなければなりません。縦的横的に数理的に合わなければならないのです。
こうすることによって、宗族的な基盤が取り戻されるのです。そのようにできなかったことが恨なので、これを落城しなければなりません。洗礼ヨハネのせいで、イエス様が洗礼ヨハネの身代わりになって、蕩減してきたのです。洗礼ヨハネが絶対的に信じたならば、どのようになったでしょうか? 洗礼ヨハネとユダヤ教は、アベルとカインだったのです。
割礼法を守ったユダヤの法を無視して、洗礼の法を行いましたが、それは何でしょうか? 割礼法は、アダム家庭で堕落した汚れた血筋をすべて抜き取ることです。洗礼は何かといえば、ノア時代です。水の洗礼です。体を洗礼によって清めなければなりません。ですから、統一教会の信徒たちは体を清めなければなりません。それが洗礼です。ノアの時には、救いのための洗礼として洪水の審判をしましたが、その世界の条件を抜け出たのです。水に入ってから出てくることによって、死なずにノアの後継者の立場に立つようになるのです。(二八一−四〇、九七年一月二日)
三六〇万双は世界の版図を越えていく祝福
ではヤコブの時は何ですか? 愛を定着させるのです。割礼と洗礼、その次は何ですか? 聖酒式です。天と愛の関係を条件的にでも結ぶのです。そこから愛の血族が家庭を中心として編成されるのです。これが統一教会の祝福家庭です。そのような国家的基盤、そのようなイエス様の築いた基台を、すべて蕩減復帰できる歴史的基盤を築きました。ですから、アダムからノアの時、ノアからヤコブの時、ヤコブの時からモーセを経てイエス様に至るまで、すべてがそこにあります。十二支派があって、七二家庭があって、一二〇門徒があるのです。
そうしてイエス様時代を越えて、その次はどのようになるのでしょうか? 第三イスラエル民族、第二イスラエル民族、すべての氏族が天国に入っていくことのできる門が開かなかったのです。いかなる民族も天国に入っていかなければなりません。いかなる民族もイエス様を王として仕え、一つにならなければならないのです。
そのことをしなければならない、つまり韓国・第三イスラエル圏を開門しなければならないのが何かと言うならば、四三〇家庭です、四三〇家庭。四千三百年の四三〇家庭です。いかなる姓氏であろうと…、韓国の姓氏はもちろん、これからは異邦人たちが来ても入籍して入っていけるように門を開けるのが、四三〇家庭というのです。これは四数と三数、地の数と天の数であり、天と地の解放の門が開き始めるのです。第三イスラエル民族の行く道は、地上・天上天国がいつもみな連結されるというのです。四千三百年です。それを知らなければなりません。四千三百年の四三〇家庭すべてが、天国に行くことのできる開門をするというのです。
このように展開してから、その次にはこれを世界へと拡張しなければなりません。七七七家庭です。七七七家庭を一九七〇年一〇月二十一日に祝福しました。これが七七七家庭です。その時、十か国の人々が祝福を受けました。七七七家庭は世界と連結しなければならないのです。スリーセブンです。そこには民族の区別がありません。日本人もアメリカ人もありません。全部一つにしなければならないのです。そうすることによって、全世界の国家が韓国に続いて天国に入っていくことができるのです。
その次には何ですか? 一八〇〇家庭ですね? これは、三かける六は十八(三×六=一八)です。サタン世界の三数ですから、サタン世界の終結数です。三かける六は十八、一八〇〇家庭です。サタン世界まで、世界の門を開けたので、怨讐世界まで門を開けたのです。私たち統一教会の祝福は、世界の門を開けたのが一八○○家庭です。それと同じく皆さんが世界の代表宗族的基準に入籍するためには、一六〇家庭をしなければならないのです。これは四数の四倍ですから、サタンの理想数です。価値、内容では同じく取り扱います。本来は一八〇家庭を探し立てなければならないのです。しかし、一六〇家庭を認めてあげるのです。それで、サタン世界のすべての家庭も加入できるのです。
その次に何ですか? 六〇〇〇家庭です。監獄にある、地獄にある家庭もみな集まるというのです。カイン世界だけなく、地獄、天上世界、地上世界に対して門を開けてあげる六千数です。六〇〇〇家庭が門を開けてあげます。すべてを開けましたから、世界的にすべて知られるようになりました。すべて知られるようになりましたから、天国に入っていく門をどんな人にも、地獄にいる人にも、すべて開けておいたので、公開するのです。
それで公開的に国際的な結婚をするのです。それが三万双の結婚です。六五〇〇家庭の次に、三万双ですが、同じ係数なのです。三万双です。三数をいつも越えていかなければならないため、三数を中心として越えていきます。世界に同じ価値的存在として公開をすることによって、祝福してあげたのです。この三万双を蘇生として、その次には、縦的な世界的家庭基準の長成が三六万双です。この三六数は、四かける九で三十六(四×九=三六日)です。九数もサタン数なのです。■■■トゥジョンパン(韓国の賭博の一種)では九数がいちばんですね? 四数に五数を足した数ですが、これが問題になります。サタン数の九数を中心として四方をすべて完成する、そのような数である三六数を中心とした三六〇万数、三六数で出発した三六〇万数に、世界的版図が連結するのです。
三六万双は世界長成基準で国家基準を越えるのです。それで国家的メシヤが出て行って世界版図を収拾するのです。三六〇万双は世界の版図を越えていくのです。その次には天地開放です。祝福は統一教会以外にする所がありません。これから三千六百万、四千六百万も問題ない環境で越えて行くのです。・それで統一天下となるには、家庭を中心とした血統転換、神様の一族を中心としたこういう連帯関係を結んで、国境を越え、世界版図を越えて、地獄解放・天上解放圏が行われるのです。(二八一−四二、九七年一月二日)
第二章 神様の祖国と祖国光復
祖国光復と入籍
第二章 神様の祖国と祖国光復
一、入籍しようとするならば、まず主権国家があってこそ
入籍する国があってこそ
天国に皆さんは登録されていません。国がないために、出生届けができないのです。結婚式ができないし、死亡届けができないのです。ですから、押されれば倒れるしかなく、死んでも訴えることのできない惨めな道を、宗教人たちが歩んできたのです。文総裁がその代表的な道を歩んできたことを知らなければなりません。泣き叫んでも、解決できないのです。悔しくても、うらめしくても、耐えなければなりません。(二八三−二二二、九七年四月十二日)
国があってこそ、入籍が行われるのです。出生届け、結婚届け、死亡届けをするのです。私たち統一教会の数多くの家庭が祝福を受けましたが、今のところ、すべての手続きができていません。国がないために、手続きができないのです。登録をみな新しくしなければならないことを知らなければなりません。ですから、大移動が行われるのです。北極人が南極に、南極から北極へ行くのです。今後は手続きをする手順にしたがって、国と支派が変わるのです。大移動が行われるのです。(二七八―三二七、九六年六月二十三日)
今後、国が成立すれば、各家庭が入って憲法と法を中心として全世界を蕩減し、整理してから天国の民として入籍する時代に入るのです。入籍しなければならないのです、入籍。今は国がありません。(二九七−八一、九八年十一月十五日)
この世界はだれの名の下に存在したいのでしょうか? 神様の下にありたいし、真の御父母様の名の下にありたいのです。はじめに万物は、アダムとエバの時から真の神様を中心として神様と一体となり、完成した夫婦・父母の名の下に存在したかったのです。それが創造本然の位置なのです。
それで、私たちの統一思想では真の父母を中心として、世界は一つにならければならないというのです。そのような結論が出てくるのです。だとしたら、現在の皆さんには籍がありません。入籍していないのです。したがって、皆さんは神様を中心として新しく入籍しなければなりません。入籍するためには、国がなければなりません。皆さんは国がない者たちです。生きてはいますが、サタン世界に対して権威をもって、自らの位置を堂々と言える基盤がない者たちなのです。皆さんは、そのようなことを明確に知らなければなりません。天民として入籍しなければならないのです。その主権は大きくても良いし、小さくても良いのです。国連から見れば、アメリカも小さな国も投票の権限は同じなのです。(三五−一七一、七〇年十月十三日)
皆さんは今後、天国に登録する、という新しい出来事が始まるでしょう。戸籍に入らなければなりません。戸籍に入るためには、国がなければなりません。国がなければ、入籍をすることができません。国がどれほど重要かを知らなければなりません。国があってこそ、その国によって神様が思う存分になさることができるし、私たちも、初めて迫害圏のサタン世界を越えることができる基盤がつくられるのです。したがって、ご飯を食べても、何をしていても、いつも国のことを考えなければなりません。(五四−二二八、七二年三月二十四日)
統一教会の主義は天宙主義であるがゆえに、家庭を中心として相続させ、家庭を中心として入籍させなければなりません。そのような時代が来るのです。私たちには、まだ入籍する国がないために、入籍できないのです。そのようにできる国がないのです。大韓民国は私たちが入籍する国ではありません。こういう運命である私たちはジプシーの群れであり、浮浪する群れであり、流浪の群れと同様の身分なのです。三五−二八二、七〇年十月二十五日)
もし、皆さんが国家を復帰できずに死んだとすれば、この地上に再臨し、個人を協助し、家庭に協助することができるだけであり、堂々と権勢をふるうような協助はすることができません。サタン世界を征服するための闘いをなしうる資格者になれないのです。したがって、国ができてこそ、皆さんは入籍できます。皆さんは入籍しましたか? 皆さんは統一教会には入籍しましたが、統一された神様の国には入籍できていません。国がないのに民になることができますか? できないのです。(五四−二七七、七二年三月二十六日)
私たちは、国に登録しなければなりません。新しく入籍しなければならないのです。そう言っても、日本の国を叩きつぶして、なくしてしまえ、というのではありません。日本を引っ張って、神の国に登録したとき、日本が世界で最初に登録した場合には、日本が指導国家になるのです。そのような国になることを望んでいるのです。そのような国を作ってみたいですか? このように考えて自分から始めましょう。結局はメシヤが、私ひとりを国よりも先に愛し、民族よりも先に愛し、氏族よりも先に愛してきたのは、結局は私ひとりを救うため、国家的価値までたどって、その相対的な足場を作るために、今まで努力してきたのです。それが、永遠に残る基台です。国家を復帰してこそ、自分たちを解放するようになります。それを、はっきりと知らなければなりません。(五五−九七、七二年四月二十三日)
皆さんは今後、入籍の時期があるのです。祝福を受けに行くということは、入籍することではありません。これは象徴的な入籍でしかないのです。それゆえに、私たちは入籍できる国を求めていくのです。その国は、どんな国でしょうか? 主権は父母の代身、民は息子の代身、国土は物質の代身となり、三位一体を成す国なのです。国家を形成するためには、主権がなければならないし、民がなければならないし、国土がなければなりません。宗教も同じです。(三五−二八二、七〇年十月二十五日)
国がなければ、国籍がないのです。国がなければ入籍できる基台がないのです。私たちは民族を編成して、新しい入籍をしなければなりません。この地上に天国を編成し、その国籍をもって、愛国愛族の、真なる善の父母の血統を受け継いだ勝利的な息子・娘として、自らの氏族や家族を率いて生きてこそ、天上世界の天国に入っていくことができるのです。それが原理です。(五八−一四三、七二年五月二十二日)
皆さん、赤ん坊を出産すると、籍を入れますね? 同じように、主権国家がなくては、入籍ができないのです。また、民族だけがあるときには、お互いに争いが絶えません。しかし、主権者が決定すれば争いは終わるのです。
その民族圏内から主権者が出てくるまでは、相対圏から抜け出すことができませんが、主権者が立ったあとには、相対圏から抜け出して、絶対的な立場に立つことができるのです。そのようになるまでは、皆さんも入籍できないのです。この世に生まれることは生まれても、生まれない人と同様の立場なのです。名前はあっても、その名前は公認されないのです。生まれることは生まれましたが、その生命の価値は公認されないのです。
エデンの園では、アダムとエバが二人いただけで、その背後にはだれもいなかったため、彼らが父母になれば、世界的、天宙的なものとなったはずです。しかし、今日の統一教会においては、まだ世界的、天宙的なものとなっていません。数多くの主権国家があるために、そのようにできないのです。それゆえ、このような内容を世界的に蕩減し、大韓民国において、一つの故郷の地を中心とした父母、氏族長、民族長、国の主権者を決定して、世界全体が仰ぐことのできる絶対的な一つの基準を立てておかなければならないのです。そうしてこそ、ここから新しい国、新しい宗教、新しい民族が編成されるのです。これが、今日、私たちに与えられた使命であり、統一教会が行かなければならない復帰の限界点であるということを、はっきりと知らなければなりません。(三七−一五二、七〇年十二月二十三日)
統一教会員の入籍
今後、一九七二年度までの三年間の予定ですが、この三年路程を過ぎれば、国家を中心とした私たちの基台は、大韓民国に必ず顕現するようになるはずです。国家がそこに順応し、国家が相対的基準に立つことができる基盤が築かれるようになれば、このような活動の基台を持った人は、天を中心とした新時代において、国のために生きた家庭として、国の保護を受けることができる家庭として、入籍することでしょう。国がなくては入籍することができません。主権がなくては入籍することができないというのです。そういう使命を完結させるために、皆さんは一線に行かなければならないのです。(三六−一四六、七〇年十一月二十五日)
先生は世界的に蕩減して、大韓民国において、一つの故郷の地を中心とした国の主権者を決定し、世界が仰ぐことのできる一つの絶対的な基準を立てるために闘っています。しかし、銃や刀を持って戦うのではありません。善の実績を積んで、功績の価値を保有することによって、民族から公認され、自動的に上がっていかなければならないのです。
では皆さんが、このようなみ旨を受け継いで、何をしなければならないかというと、国がないために、国を編成しなければなりません。今、皆さんに伝道しなさい、と言うのは、国を編成するにあたって族長になれというのです。族長になって、世の中の人々の出生届けを再びさせるのです。それは、銃を持って兵を招集することと同じです。登録をさせる責任者の役割をしなさいというのです。その登録が後に入籍となるのです。戸籍に入るのです。入籍を知っていますか? 皆さん、全員入籍しましたか? できていませんから、その族譜にしたがって入籍をしなければならないのです。
私たち統一教会も、まだ入籍していないのです。入籍をしようとすれば、主権がなければなりません。主権国家が成立しなければならないのです。入籍ができない場合は立場がないのです。それゆえ、私たちは国家復帰をしなければなりません。
私たちは南北に分かれている大韓民国を統一させなければなりません。統一するには、私たちの血と汗の代価を払わなければなりません。これが、私たちの絶対的な使命であるということを、はっきりと知らなければなりません。私たちが自ら統一教会の名称をなくしてしまえる時も、統一されたその時からです。したがって、統一教会のなすべき最上の復帰の限界点は、主権復帰なのです。
南北に分かれている大韓民国を統一し、神様を中心として一つの主権者を立て、新しい法度を通じて、新しい社会秩序、新しい教育方式等の新しい制度を形成してこそ、そのとき初めて、私たちのみ旨として、世界的な母国のみ旨として、登場できるのです。皆さんが、そこに貢献するということは、歴史時代に一度しかない、後にも先にもないことなのです。皆さんが生きているうちに、このようなみ旨の環境圏において、貢献することのできる、またとないこの良き時期を、失わないように願うものです。(三七−一五四、七〇年十二月二十三日)
国なきイスラエル
統一教会は国なきイスラエル民族と全く同じです。第三のイスラエル民族なのです。ですから私たちは、いかなる苦労、いかなる闘いをしても、故郷の地を奪い返して占領しなければなりません。そうして、思う存分にできる主権を備えることを望んでなりません。
では、第二イスラエルの主権基盤を中心として、今まで苦痛の路程をたどってきた、その希望とは何でしょうか? その国に帰って主権を復帰し、世界的に誇るにふさわしい国民の位置に立って、入籍をすることです。これが最高の願いなのです。これを早い期間内に、どのように達成したらよいのでしょうか?言うに言えない思いを秘め、この目的に自らのすべてを注ぎながら、前進していかなければならないのです。これは原理的なのです。
入籍をすべき時になった場合には、国を越えて、すべてが帰りたくなるのです。今のイスラエル民族がそうなのです。今もアラブと戦いながら、イスラエルに帰りたい思いを抱いているのです。私たちも、入籍すると同時に、私たちの持つすべてを、その国のものとしたいという願いを持たなければなりません。
入籍する順番によって、先祖の位置が違うのです。第一入籍者は第一先祖の位置に立ち、第二は第二、第三は第三の先祖になります。そして、比例的に数が多ければ自然と、その主権国家において、重要な権威を受け継ぐというのです。これは事実です。どの国民が、そのような国民となるでしょうか? 日本人がそのような国民となるでしょうか?アメリカ人でしょうか? それを考えるとき、互いに競争して、昼も夜もなく、努力していかなければなりません。いくら日本がエバ国家だといっても、じっとしていてエバ国家になれるでしょうか? み旨のために仕事をするのは、結局、自分自身のためなのです。そして、だれもが自由自在に行ける道を広げることにもなるのです。それは自分の国のためなのです。そのように考えるならば、一つにならざるを得ないのです。繁栄せざるを得ないのです。それは最後の愛国心です。もしもイエス様が来られた時に、そのような条件基盤が、今の統一教会の基準程度に成されていたならば、イエス様は死んだでしょうか、死ななかったかでしょうか? イエス様は死ななかったのです。(三五−一七二、七〇年十月十三日)
故郷へ帰るためには
私たちの故郷の地はどこでしょうか? 考えてみてください。人間は本来、故郷の地で生まれましたが、堕落することによって、故郷の地を失いました。では私たちが、再び故郷の地に帰るとするならば、どのようにすべきでしょうか? 昔、アダムとエバが、堕落をしないで夫婦となり、家庭を持ち、父母となったならば、家庭の家長となり、氏族の族長となり、民族の指導者にもなれたのです。また、国の指導者にもなり、世界の指導者にもなれたのです。そしてアダムの思想は、世界的な思想となったことでしょう。
本故郷の地とは、父母を中心とした愛を、天地のいかなるところにも躊躇せずに広げることのできる所です。それは、堕落していない人間の前に与えられた特権的な権限です。そこが私たちの本郷の地なのです。
では、今日、私たち統一教会が、真の父母を中心とした愛を世界に広げうる圏になっているかというと、なっていないのです。今後、統一思想を中心として、そのようにしなければなりませんが、そのようにできる基盤とは、どこでしょうか? 大韓民国がそのようにできる所になっているでしょうか? 大韓民国は今、政治的に与党と野党が対立し、宗教も数多くの分派となって分かれています。また、国も南北に分かれていて、世界でいちばん複雑なのです。大韓民国は、このように複雑でなければならないのです。このように、いちばん複雑な中で、いちばん冷遇されている統一教会が、重い荷物をすべて担い、このような環境をすべて収拾し、今後、すべての宗教の主体的な立場に立って、国を主導できる立場にまで上がっていかなければならないのです。今、そのようなことが、できるかどうかをテストする過程にあります。
皆さんは、このように定着して、一つの夫婦にならなければならないし、父母にならなければなりません。さらには、氏族の族長になり、民族の族長になって、主権者を代表した世界の中心的な存在にならなければなりません。そうして、この世の万民を、その懐に抱くことができてこそ、そこが世界的な本郷の地となるのです。今日、私たちには、このような世界的な故郷の地を創造すべき責任があるのです。
そのためには、皆さんは真の父母を、天地に二つとない父母として、万民が侍りうる父母として、侍っていかなければなりません。また、すべての主権者がこの父母の前に屈服することのできる、主権者の権限を持ちうる基台を築いていかなければなりません。このような基台を大韓民国に築いておかなくては、理想的な本郷の天国は成されないということを、皆さんは知らなければなりません。またこれが現在、私たち統一教会の行くべき運命の道であり、唯一の復帰の限界点であるということを知らなければなりません。(三七−一五二、七〇年十二月二十三日)
栄光の一日が私たちの目前にきた
私たちが神様を中心とした自主的な国で暮らせるという、その希望の一日が、何ものにも換えられない価値ある時間であるということを、皆さんは知らなければなりません。あの霊界に行った人々の中には、神様を中心とした国家圏内で暮らした人はいません。先生はそれを知っています。私は統一教会の教会員を苦労させましたが、国を復帰し、摂理的な国家圏内で主権者の前に、国民として、堂々と生きえた本然の人間像を持てるということが、どれほど権威あることかというのです。先生は一生の間、それを標準として生きています。今まで先生は、多くの人を苦労させてきましたが、その国の国民のための主権者としての神様に侍り、その心情を傾け、一生のすべてをすっかり捧げうる栄光の日のために闘ってきたのです。
先生はだれかがひと言、言っただけでも、号泣してしまうのです。天の心情をあまりにも、よく知っているからです。天下を統治して、アメリカを治めなければならない神様が、主権者の中の主権者となり、万世の大王としてすべての権威を持ち、万民を父子の関係の世界へ統治しようという理想が、蹂躙された事実…、それが恨なのです。この時点で、私たちは立ち上がるのです。すべての悪なる権勢を倒し、天の願いであった主権を勝ち取ることのできる栄光の一日が、私たちの目前にやって来たのです。
私の頭があるならば、それが最高の願いであり、私の目があるならば、死ぬ前に私の目に土が入る前に、それを見なければならないし、私の口があるならば、その国を称賛できる言葉を話さなければならないし、私の体があるならば、その国の国民として血と汗を流し、忠誠と忠情の道理を果たすことができるのです。そのようにできることが、人間として生まれた甲斐のある、価値的な生活なのです。皆さん、そのことを考えてみましたか? これから自らの手で国を建て、御父母様に侍り、神様の願う億万年の恨を解きうる時代を目前に控え…、私たちのこの溢れんばかりの胸を、いかに押さえることができるでしょうか? 爆発、爆発しなければなりません。
それを考えると、あの北韓の同胞たちがかわいそうです。先生は監獄生活もしたので、北韓の事情をよく知っています。彼らは完全に四〇年間、それこそ、全部が奴隷になっているのです。彼らは韓国に、自分たちを救うことのできる国民を求めているのです。南の主権者を求めているのです。この国の主権者が、この国の国民が、それができずにいるのです。私がそのことを知って、私だけでもその事をしようと訴えているではありませんか? 伝統を残すのです。歴史的事実がそのようになっているので、後代にも皆このことを継承し、そのみ旨を完成できる一つの標的を立てるために、条件的基盤だけでも築かなければならないというのです。
父の国で生まれ、父の国で暮らし、父の国でご飯を食べ、仕事をしている最中に死んでいかなければならないのです。国がありますか? 答えてみなさい。父の国になりましたか? 先生は、これを知っているために、父の国を得るために、一生の間、苦労したのです。万民の願いがそうであり、霊界の切ない願いを私が知っており、それを解怨してやるべき父母の責任を担ったゆえに、今日も生涯をかけてこれをしているのです。ですから、何をどうだとか、こうだとか言っていられないのです。
そうするには、まさに入籍をしなければならないのです、入籍を。皆さんは全員、神様の前に入籍しましたか? 入籍できなかったのです。これは千秋の恨であり、万世の恨です。真の父母の名を持ったこの者自体としては、このような恥を後代に残してはならないことを知っているゆえに、歯をくいしばって、血を吐きながら、この道を開拓しなければならなかったのです。昼も夜も「夜よ、行くな! 昼よ、来るな!」と言って、開拓してきたのです。ですから、アメリカならばアメリカで、「アメリカ人よ、食べて遊べ! 食べて寝ろ! 腐ってしまえ! 君たちがそうしている間に、私は基盤を作る」と言ったのです。
先生は横になりながらも、いつもそのように考えました。ここは父の国の家でないから、愛着がわかないのです。ここで愛着を感じ、暮らし、子供たちを生んだりするのは、止むをえずにしていることです。神様と天の国の霊人たちが、祖国の統一が来ることをどれほど願ったことでしょうか! どれほど願ったことでしょうか!「私が地獄に生きるとしても、私が天上の低い所にいるとしても、私たち祖国がいち早くできたなら……」と言って願うのではないでしょうか? その祖国が現れるとき、自分たちが解放されるのです。ですから、特別に許してあげなければならないのです。私は監獄においても、そのようなことをして、出てきたのです。門をすべて開いておいたのです。肉界霊界にすべてハイウェイを作っておいたのです。
ゆえに、そのすべての霊界は真の御父母様に対して、すべてがそのような方向を取って、一つの国に進軍すべし! このように願っているのです。霊界が地上に向かって、「真の御父母様、頑張ってください」と祈祷しているのです。そのことを知らなければなりません。神様の願いはこれではないでしょうか?「地上の真の御父母様、どうか、どうか、立派に闘って、霊界の恨を解いてください……」。君たちは今まで、神の国で生まれて暮らすことができず、この地上のサタン世界で暮らしてきて年齢が多いことを、恥ずかしく思わなければなりません。(一六四−二一八、八七年五月十六日)
この国とこの世界は、エデンの園の復帰型であるため、罪なき世界、平和の世界、天が喜びうる世界にならなければならないのです。そのようになれなかったので、皆さんは考えなければならないのです。「ああ、私が持つべきである世界にサタンが居座っていることを思えば、私が忘れずに国を持って誇るべきなのに……、国を持って誇るべきなのに……」このように考えなくてはなりません。皆さん、国を持って誇ってみましたか? サタンは国を持っていると自慢しているのに、私たちはサタンに対して氏族だけを持った立場にあります。国を持ったサタンの前で、優勢な立場で振る舞えないために、いつもサタンの前に追いやられる立場に立たされたということを、皆さんは知らなければなりません。
このような千秋の恨を解こうとするならば、私たちは国を持った国民にならなければなりません。堂々と天の国に戸籍を登録して入籍した土台の上に、皆さんの息子と娘が、堂々たる国の権威を割り当てられ、天の保護の下で、天の国を愛する忠臣の道理をわきまえることのできる、そのような環境を持たなければなりません。そうしてこそ、初めて本来の人として行くべき道を行くことのできる家庭の基台を成し、復帰された立場で接ぎ木をすることができるのです。(五八−一九八、七二年六月十一日)
二、神様の祖国はどこか?
祖国はどこですか、祖国は? 祖国とは、何の祖国でしょうか? 神の国のことですが、どんな神の国でしょうか? そこは縦的な父が現れることのできる国です。その縦的な天の父が生まれるためには、横的な真の父母が完全に現れて、神様を愛で包んであげなければなりません。縦横の真の父母が現れることのできる、そんな所が祖国になるのです、祖国。祖国の根となるのです。(一七六−三三七、八八年五月十三日)
統一祖国というのは、完全な家庭、アダム家庭から始まるのです。ですから、アダム家庭は家庭の先祖であり、氏族の先祖なのです。また、完成したアダムは民族の先祖であり、国家の先祖であり、世界の先祖であり、天宙の先祖になるのです。
それゆえに、聖書でも「私たちの体が聖殿になったことを知らないのか?」と言ったのです。私たちの体が聖殿になっています。神様が臨在できる家だというのです。神様の臨在し得る初めての家が、男性としてのアダム、女性としてのエバなのです。それゆえに、神様が臨在し得る初めての男性と、初めての女性が先祖になるのです。先祖が生き、先祖が出発した国が祖国なのです。すなわち、先祖と連結したその国が祖国になるのです。(二四二−一六六、九三年一月一日)
神様の祖国はどこでしょうか? 真の父母と真の家庭があるところです。では、真の父母の本郷とはどこでしょうか? 神様と、その息子・娘のいるところです。その真の父母の祖国はどこでしょうか? 神様と子女がいるところ、すなわち愛することのできる主体と対象があるところが祖国なのです。主体者と対象者の愛を持つことができるのが祖国なのです。
だとすれば、子女の祖国とはどこでしょうか? 神様を主体として真の御父母様を愛することができ、子女が対象として愛を受けることのできる所です。そこが、統一教会でいう四位基台の本郷の地なのです。それが、理想的な祖国です。なぜ、理想的な祖国なのでしょうか? 真の神様の愛と真の父母の愛と真の子女の愛があるからです。これが根本となり、拡大された世界が理想世界なのです。四位基台にはそのような原則があります。(一二四−二六六、八三年二月二十七日)
祖国というのは何でしょうか? 祖国は、父と母の国なのです。私たち先祖の国です。母、父、私たち先祖の国です。初代先祖の国です。その初代先祖から愛して下ってきた、この国なのです。その愛は不変であるため、その国は変わってはいけないのです。歴史時代に、国を中心として祖国だと主張した、すべての人々の伝統的な背後を見るとき、このような真の御父母様の愛する祖国を失わない、そのような民族がいません。常に失ってきました。(一七三−一六八、八八年二月十四日)
神様のみ旨にかなった祖国は、真の愛を中心とした人類の祖国であると同時に、故郷です、韓国はそのような人類の祖国と故郷にならなければなりません。(一八五−一三一、八九年一月三日)
伝統的な私たち本然の祖国、統一された本然の祖国という所には、神様に仕え神様の御名による愛がなければなりません。そこに、愛と共に伝統的な男性を備え、女性を備えなければなりません。それゆえ、神の愛の三位基台が一つになってそこに残った、息子・娘を抱かなければなりません。そして、その息子・娘を抱き、育み、嫁をもらったり、嫁に行かせたりしなければなりません。そのようになってこそ、家族を中心として、横的な親戚が生まれるのです。その親戚の拡大を中心として、氏族・民族・国家・世界へと拡大していけば、私たちはどのようになるでしょうか? 天国家庭の長となるのです。そうです、愛には統治権があるのです。愛には同位・同参圏があります。神様の所有であり、私たちの所有です。世界の所有であり、私たちの所有なのです。世界の権限であり、私たちの権限となる、このような同参圏があるのです。それだけでなく、永遠なる相続権が真の愛にあるという事実を知らなければなりません。同参・同位・同席圏が真の愛にはあります。(一七三−一八一、八八年二月十四日)
神様が願う国とは、どんな国でしょうか
神様が願う国は、どんな国でしょうか? 神様は、大韓民国を願いません。アメリカも願いません。アメリカがどんなに立派だとしても、神様の眼中にはありません。韓国がどんなに立派だとしても、韓国も神様の眼中にはないのです。神様が願う国は、異なる系統を通して、成していかなければなりません。今日、第二イスラエルを通して成そうとする時代が訪れたために、第二イスラエルを準備し、世界的な基盤を準備しました。この第二イスラエルの民主世界圏が責任を果たせないときには、これを放棄して第三イスラエルを求め、本郷の地、新たな祖国創建の基礎を作っていくことが神様のみ旨なのです。
では、神様が願う国、すなわち、祖国とはどこなのでしょうか? 人類の祖国はどこでしょうか? 真の父母が来る、その国が人類の祖国です。人類の本郷の地は、どこでしょうか? 人類の真の父母が生まれた故郷が、宇宙とこの歴史的な世界の故郷の地です。
人類の真の先祖が現れれば、人類は真の先祖の思想と真の先祖の伝統を受け継ぐようになります。その伝統を受けていない人は継子(連れ子)なのです。子女の中には、いろいろな種類があります。継子・養子・実子があります。養子と継子は父親が違うのです。(一五六−二三三、六六年五月二十五日)
祖国はどこでしょうか? 神様の願う国、すなわち、祖国とはどこでしょうか? 人類の祖国はどこでしょうか? 人類の真の父母が来るその国が祖国です。そうではありませんか、道理が? 祖国はどこだと言いましたか? 人類の本郷の地はどこでしょうか? アフリカやその他、数多くの国々がいろいろとありますが、人類の本郷の地はどこでしょうか? 人類の真の父母として来られたそのお方の生まれ故郷が、宇宙と、この歴史的な世界の本郷の地になるのです。
そうなることによって、もしも韓国が神様の願う、この世界の本郷の地となり、宇宙万民の祖国になったとするならば、その国の新しい文明は世界を支配し、その国の言語は世界語になり、その国の男女は世界的な男女になるはずです。そうなれば娘たちからは、これからは王子様でなければお嫁に行かないという話が出てくるはずです。また青年たちも、世界的なお姫様でなければ嫁には迎えない、という話が出てくるのです。このようになるように、つくってみようと言うのです。(一五六−二三三、六六年五月二十五日)
神様が願う祖国はどこでしょうか? 人類の故郷はどこでしょうか? 真の御父母様がお生まれになった故郷が歴史的であり、宇宙的であり、世界的な故郷の地になるのです。先祖と思想と伝統を受け継がなければなりません。そうでなければ、継子の扱いを受けます。しかし、このような相続をすれば、養子を経て、将来は息子・娘の立場にまで入れるようになるのです。このような大問題が、この国で成されなければなりません。
先生は内外をびっくり返さなければなりません。韓国の国民は選民にならなければなりません。韓国が本郷で祖国であるならば、すべての世界的な文明は、韓国で築かれなければなりません。私たちが韓国を故郷にするためには、今日、忠誠・精誠・愛・犠牲の、祭物となることを覚悟しなければなりません。そうでなければ、韓国は本郷としての資格を失うようになります。良いものを作るためには、実践が必要です。血と汗と涙を流しながら成さなければなりません。(一五−二八三、六五年十一月二日)
イエス様の祖国、モーセの祖国、ヤコブの祖国、アブラハムの祖国、その祖国とは、どこでしょうか?神様が願う祖国はどこなのでしょうか? 神様は民と、その国を統治できる主権がないことを嘆いておられます。神様の主権が成立すれば、世界の統一は一時にして成されるのです。(一五−二七六、六五年十月三十日)
先生は、なぜ国に戻るのでしょうか? 人は故郷を持たなければなりません。故郷を持ち、祖国を持たなければならないのです。故郷を愛した者が国を愛することができるし、故郷と国を愛した者が世界を愛することができるのです。先生がアメリカに行けば、アメリカが故郷になり、祖国になります。しかし、心情基準において、アメリカはそのようになっていません。何と言っても、最高の基準が韓国になっているからです。それを連結して、世界基準にまで引っ張っていくべき使命があります。したがって、韓国に行って、再び闘わなければならないのです。皆さん以上にしなければならないのです。(一五−一四二、六五年十月三日)
神様が願う祖国はどこでしょうか? 神様自体ではないのです。国がなければなりません。国を作るには、民がなければなりません。ところが、それをすべて失ってしまいました。個人の安息地を中心とした基台をなくして、娘を愛せない神様、息子を愛せない神様なのです。その娘と息子たちが悲哀の立場で悪魔の僕となり、億千万世の地獄行きの列車に乗ったのです。地獄行きの列車とは何かというと、悪魔の愛に引きずられる列車です。それを知らなければなりません。(一七三−一六八、八八年二月十四日)
三、私たちが入籍する祖国とは
私と関係があるものは、サタンと因縁づけられている
私が暮らしている祖国は、はたして私が望む祖国でしょうか? そうではないのです。私が生まれた本籍は、私が本来願った本籍でしょうか? そうではないのです。私が今暮らしている現住所は、はたして私が永遠に暮らしたかった、そのような住所になるのでしょうか? そうではないのです。今、私の父母は永遠に私と共にいられる父母となりうるでしょうか? そうではないのです。
現在、生きている社会がそうなっており、この世界もそうなっているならば、そのような世界に生きる自分自身とは、いったい何者なのでしょうか? 更には「あなたはどんな立場にあり、だれのものか?」と問われるとき、普遍的なその結論は「私は善なる世界のものでなく、悪なる世界のものである」というのです、悪なる世界のものです!
今後、皆さんが歩んでいくにあたって、「あなたはだれのものか?」と問われたとき、徹頭徹尾このような観点から、私は全体を代表して、あるいはこの世界に対し、歴史に対し、現世に対し、今後の未来に対し、あるいは故郷を、あるいは全体を代表して、「私はだれのものか?」というならば、神とサタンの闘う、この二つの世界圏内において、私が本心から要求し、本心から求めるすべての願い、本心から求めるすべての希望を、達成しうる圏内に入っている存在でなく、その外に置かれた存在であるため、「私」は明らかに悪なる世界のものだというのです、悪なる世界のもの。
それゆえ、堕落した子孫たちは、明らかにサタンのものなのです、サタンの子孫。私が暮らしている国、私が生きている世界はサタンの世界です。私が生きているこの国もサタンの国であり、私が生まれた故郷の地もサタンの故郷です。私を生んでくれた父母もサタン世界の父母であり、私と共に暮らしている兄弟もサタン世界の兄弟であり、私と共に同じ学びの場で学ぶ友人たちもサタン世界の友人です。私がこの地上で何をしたとしても、やはり、私のものはありません。サタン世界と因縁づけられているのです。このように見るとき、あなたがたはだれのものであり、何をすべきでしょうか? これは極めて重大な問題です。(一五五−六五、六五年一月二十一日)
神様と共にある地球星が人間の祖国
人はだれにでも祖国があります、祖国。祖国があるのです。では、私の祖国はどこでしょうか? アメリカの人々はアメリカが私の祖国です。祖国には一体何があって、私たちは好きなのでしょうか? そこには自らの、すべての歴史的なものがあります。自分を中心とした歴史的な背景がはっきりとしています。それから、自らの現在の関係がはっきりとしています。その次に何かというと、人は自分の未来を、祖国の未来観を中心として考えるものです。現在と未来の関係によって、良い国と悪い国、先進国と低開発国、という問題が起きてきます。そのような中で、人には未来により良き国を追求したい、そんな心があるのです。そうなっているのです。
私たち人類の先祖は一つです。それでは、私たち人類始祖の祖国はどこでしょうか? 聖書を見ると、神様がそのことについて直接語られています。私たちの始祖が持っていた祖国は、神様がおられた所です。神様と共にある所です。では、その神様と共にある国とはどんな国なのでしょうか? それは地球星という国です。地球星という国であるということを知らなければなりません。結局、その地球星とは、未来の子孫たちが持つべき一つの祖国の地だったのです。
それでは、その祖国の地は過去にはどうだったのでしょうか? それは、すでに神様と直結するのです。神様と直結するのです。もしもそうなっていたら、現在はどうなっていたでしょうか? その時は堕落のない理想世界と通じるようになっていた、ということを知らなければなりません。理想的世界ですから、理想的な人が生きることができ、理想的な言葉と理想的な心情と理想的な愛と理想的なすべてが通じることができるのです。そして、どのようになるのでしょうか? 理想的と言うのは、漸進的だということです。向上、いつも、常に落ちないのです。落ちても、向上しながら落ちるのです。
理想的な世界において、理想的な文化と理想的な言葉とは、どんなものでしょうか? 理想的な言葉は、理想的な考えから出てくるのです。その理想的な考えは、何を中心とした考えかというのです。それは天、すなわち主体であられる神様から受け継いだものです。そこから私たちは、主体と対象の概念を知るようになるのです、主体と対象。では今日、人間として願う、主体としたい存在とは、いったい何であるかというと、だれもがそれをこの宇宙の中心存在である神様の前に帰着させたいのです。堕落した人間といえども、その欲望は変わらないのです。これは変わっていないのです。(一二四−一六三、八三年二月二十七日)
主体と対象の愛を持った、四位基台の本郷の地が理想の祖国
神様が必要とする祖国があるならば、そこはどんな所でしょうか? 初めての愛が結ばれた所が、神様の願う祖国の地になるのです。また、人間が願う祖国の地になるのです。初めての愛の因縁の基台が祖国の地になるのです。そのような概念を私たちは、ここで得ることができます。
神様の祖国はどこでしょうか? 真の父母と真の家庭がある所なのです。では、真の父母の故郷はどこでしょうか? 神様と自分と息子と娘がいる所です。このようになります。この真の父母の祖国はどこでしょうか? 神様と子女がいて、愛することのできる主体と対象がある所が祖国です。主体者と対象の愛を持てる所が祖国なのです。
では、子女の祖国はどこでしょうか? 神様を主体として、真の御父母様を愛すことができ、私は対象として、愛を受けることができる所です。そこは統一教会でいう、四位基台の本郷の地である、という話が出てくるのです。四位基台の本郷の地です。それは何でしょうか? 理想的な祖国だというのです。なぜならばそこには、真の神様の愛と、真の父母の愛と、真の子女の愛があるからです。それゆえ、これが根本となって拡大した世界となったのが、理想世界ということになるのです。この四位基台には、そのような原則があるのです。それを全部整理しておかなければなりません。(二四−二六六、八三年二月二十七日)
完成の本拠地は神様とメシヤに会う所
完成した人は、どのようにならなければならないかというと、天と共に世界的な一つの国の国民にならなければならないのです。皆さんにはアメリカ人、ドイツ人、韓国人という観念が皆ありますが、私の国はどこにあるでしょうか? この地球です。この地球が私の国です。私の故郷はどこでしょうか? この地球が私の故郷です。先生は国境のようなものは知らないのです。黒人だとか、白人だとかいうものも知らないのです。みな神様の息子です。
では、このレバレンド・ムーンはどこの国の人ですか? 韓国人ではありません。神の国の人です。韓国という言葉は好きではないのです。韓国は今まで三〇年間、私に反対した国です。それゆえに韓国を捨てたとしても、世界を求めて救出しようとするのです。「黄色人種を捨てたとしても、白人を求め、黒人を求めよう! それゆえに白人を求め、黒人を求めて、あなたを訪ねよう!」というわけです。それで、今、アジアと韓国が危ないことを知っていながらも、アメリカに来てこの役事をしているのです。さあ、先生はどこの国の人ですか? 父の国の人ですね。
その国が、私の生まれた祖国たる韓国よりも、偉大であることを発見し、私の父や母と生きるよりも、偉大であることを発見し、故郷にいるすべての兄弟よりも偉大であることを発見したたがゆえに、すべてを捨てて、それを私の故郷、私の国とせざるをえなかったのです。それゆえに、天国に入籍することのできる手続きを、私が学んだというです。そうするには、書類がなければなりません。このつまらない人々が暮らすアメリカの永住権を得るだけでも、どれほど複雑なことかわかりません。それでは、天国の市民になるのは簡単でしょうか?
「その資格のある者は私だ!」と言ってはいけません。だめなのです。こっちへ行けと言っても「はい」、あっちへ行けと言っても「はい」、こちらに来いと言っても「はい」、明日来いといっても「はい」、すべて「はい」と言わなければならないのです。自分の国と何か手続きが違うと言って不平を言えば、不可能なのです。ただひたすらに、目も「はい」、耳も「はい」、考えも「はい」、心も「はい」と言わなければなりません。そうです、先生にそのような資格があるならば、先生が教えたとおりに、何でもしなければなりません。では、英語を使わずに韓国語を使いなさいと言ったならば、どうでしょうか?「えっ! 英語を使わないって?」と言ってはいけません。そのように主張することができないのです。そのような過程をたどらなければならないのです。
そのためには結局、今後メシヤに会って、メシヤの証人の下で、神様の前に承諾書を受けなければならないのです。今では皆さんもこのことが理解できるでしょう? その次に完成が絶対に必要なのです。しかし、それ以前に神様が絶対に必要であり、それ以前にメシヤが絶対に必要だというのです。それゆえ、そのメシヤのために、神様の前に自らのすべてを犠牲にしても余りあるようにならなければなりません。
完成はどこにあるのですか? 完成できる場所はどこかというのです。はっきりと知らなければならないのです。それはメシヤに会う場所なのです。メシヤに会うためなのです。メシヤに会うために歩んでいるのです。まだ行くべき道が残っているのです。ですから、メシヤに会うことによって、神様とメシヤに取りすがってこそ、初めて完成できるということを、はっきりと知らなければなりません。
では、完成の本拠地はどこでしょうか? 神様と完成したメシヤ、完成した父母から成されるのです。個人完成はそうですが、家庭完成とはどこから始まるのでしょうか? いくら白人の夫婦が、チューインガムのようにくっついて離れられないほど楽しく、かごいっぱいにハチミツがあふれるくらいに幸せに暮らしたとしても、それは理想的な夫婦ではありません。メシヤの保障の下で、神様の公認を受けることができなければなりません。そのように完成した個人が、一つとなって夫婦となり、承認を受けてこそ、初めて完成した息子と娘がこの地球上に誕生することができるのです。神様を中心としたメシヤを通じてこそ、家庭を完成することができ、そこから息子と娘が生まれてくることができ、一つの氏族が形成され、一つの国家と理想主義世界が現れる、という結論が出てくるのです。これは妥当な結論なのです。
世界の完成であるとか、理想の完成であるとか、幸福の完成などといった、すべての要件がある完成の本拠地、本郷はどこでしょうか? 本拠地はどこかという問題を考えてみると、神様とメシヤという決着点に、すべて連結されます。神様を除いて完成はなく、メシヤを除いては完成がありません。完成した以上の社会もありえないし、理想国家も現れることができません。神様とメシヤだけが、すべての幸福と理想的な追求の要件を解決しうる故郷の根拠地なのです。(七九−二四七、七五年八月二十四日)
私が祖国の根源になってこそ
愛の祖国が必要です。愛の個人の家を大きくしていけば、国になります。氏族のその群れを大きくしていけば、国になります。国を大きくしていけば、世界になります。愛なしには嫌なのです。愛ある韓国は人類の祖国なのです。全世界の個人の祖国なのです。万国の祖国ではありません。万国は必要ではありません。個人個人なのです。この社会は個人個人から織りなされていくのです。それゆえ祖国創建は、皆さん個人個人、人類一人一人の愛の絆を束にすることによって、完成するのです。(一九一−三〇五、八九年六月二十五日)
私に神様が入っておらず、天国が入っておらず、祖国が入っていない限り、その天国とその神様とその祖国は、私とは関係がないのです。神様がなく、祖国がなければ、サタン世界です。サタンがいて、地獄があるのです。確実なのです。天国と地獄が他の所にあるのではありません。私にあるのです。私が神様に侍ろうとするので、祖国を持とうとするので、ものを見るときは神様のように見なければならないし、話すにも神様のように話さなければならないし、聞くにも神様のように聞かなければならないし、行動するにも神様のようにしなければならないのです。そうすることによって神様が私と共にあり、祖国が私と共にあるのです。自分自身がそのような人となり、私の対する万物がそのようになってこそ、神様のものになるのです。そうすれば、私のものになるのです。(二〇一−二二六、九〇年四月二十二日)
大韓民国が滅びるようになれば、先生はふろ敷包みを持って出ていくのです。先生は滅びる日を知っています。先生は、あらん限りの力を振り絞ってもできないときには、別のところに行って暮らすつもりです。大韓民国の入籍を拒否してしまうのです。先生は大韓民国の息子でしょうか? 神様の息子です。そうではありませんか? 先生は大韓民国で生まれたことは生まれましたが、先祖から引き継いできた五千年の歴史の前に恥ずかしくないように、内外の道理を果たそうとしているのです。そればかりやっていたら世界が滅びるので、世界を生かすことのできる所に行くのです。ヒマラヤ山頂やアルプス山頂に行っても、一人で座って、コンピュータやファクシミリで世界を指導できる体制を、すべて備えておきました。今回、アメリカもすべて収拾してきたのです。日本もみな収拾し、韓国も収拾しておいたので、先生がいなくても一人を呼んで命令すれば、そのとおりにしなければならないのです。そのとおりにしなければならないのです。先生の話を聞いても行わなかった人々には、そのときは先生の部下を送って「信じよ!」と言うのです。(二〇七−三〇七、九〇年十一月一日)
真の父母が生まれた所は人類の祖国
真の父母が生まれた所は、人類の祖国になり、地上天国と天上天国の出発地になり、神様の全権時代を迎えるようになるでしょう。それゆえに、滅びることなく全盛の時代へと発展するでしょう。大韓民国の国民は訓読会を通して、真の父母と超国家的に一体となり、万国の勝利圏を誇る国を成したまえ。アーメン! (「アーメン」) (二九〇−五三、九八年二月二日)
韓国はだれの祖国ですか? 韓国人の祖国ですか、日本人の祖国ですか? どちらですか? 人類の祖国です。人類の祖国なのです。祖国とは何かといえば、故郷と連結しているのです。故郷の国だというのです。故郷には父母がいます。また、国家には王がいます。故郷の父母、国家の王を中心として、世界の蘇生・長成・完成を連結させることができるのです。故郷を得た基盤の上に国家を得ることによって、世界は自動的に連結するのです。そのような時代になりました。(二九〇−一〇四、九八年二月三日)
四、私たちが探し求めなければならない祖国
本郷の地と本郷の祖国はどこでしょうか? 祖国はどのようになるのでしょうか、祖国は? 祖国はもちろん、ある特定の一国家的な基準になるでしょうが、神様が探し求める人類の祖国はどこかといえば、この地球星です。この地球星なのです。この地球が人類の願う祖国なのです。神様が願う人類の祖国だというのです。
過去に多くの歴代の先祖たちが、犠牲の道を歩んできましたが、彼らが願いを持って、天の前に訴えつつ歩んでいった内容は何でしょうか?「希望の祖国の時が、どうか訪れますように」ということでした。天の国家を建てることによって、今まで天の前に怨讐であった大師団を審判し、悪を除去して、善だけを中心とした平和の天国を、この地上に築いておかなければならないのです。それが神様の願いであり、イエス様の願いであり、今まで摂理路程において大変な貢献を残した、私たちの先祖の願いだったのです。(一五五−三二一、六五年十一月一日)
私たちは祖国を探し求めなければなりませんが、今その国がありますか? 私たち統一教会が願う、その国がありますか? 神様が探し求める国、神様が探しておられる、その祖国がありますか? 神様を父として侍っている息子・娘として、その父が探しておられる祖国がないのに、その息子・娘たちが祖国を持つことができますか? 祖国がないから国籍もないのです。国籍がないために、今まで冷遇を受けてきたのです。
私たちには、まだ祖国がありません。この場に立っている私を、皆さんは先生と呼びながらついてきてはいますが、先生はまだ慕わしき祖国を見ていないのです。この祖国を重んじる信頼感、祖国を重んじる愛国精神を教える道が、このサタン世界にどれほどたくさん現れたことでしょうか? それを防止し、侵食し、制裁した悪の群れは消え去っていきました。(三六−一八八、七〇年十一月二十九日)
今まで人類は生まれた国が異なり、文化背景が異なり、国境を別々に作っては自分の祖国と呼びながら、歴史的な先祖たちが生きてきたし、今の私たちも生きているし、子孫たちも生きていくでしょうが、それはすべて堕落圏であることには間違いがないのです。堕落圏を蹴飛ばして、今日の勝利を称賛できる先祖たちと共に、自分の一族と共に、未来の子孫の前に誇らしく称賛できる、勝利の栄光を称賛できる、愛の祖国を探し求めなければなりません。その愛の祖国の中で、愛なる父母を持つことができるばかりか、祖国の中心に神様がおられて、神様に仕えることができる立場になるとき、それ以上の栄光の立場はないのです。(一三八−一〇五、八六年一月十九日)
今、私たちが暮らしている世界に、祖国がどれほど多いでしょうか? 大韓民国の人は大韓民国を祖国といいますね? 北朝鮮では金日成主席を中心として北朝鮮を祖国といいます。日本人は日本を祖国といいますね? 中国人は中国を祖国といいます。数多くの民族がみな、根源的な国家や先祖を中心として民族を形成すれば、それを中心として祖国というのです。しかし、本来、人間世界の祖国は何百個、何千個ではありません。本来の祖国は一つです。一つでなければなりません。(二四一−一九一、九三年一月一日)
私たちの祖国は一つの国です、一つの国。一つの国の中で、一つの故郷を探し求めているのです。神様が共におられる故郷、神様が共におられる祖国、神様の御名を持った祖国といえる国がないのです。モスクワではなく、ワシントンでもありません。ないのです。このような祖国と、私たち故郷の地を創建すべき宝物を探そうというのです。(一〇二−二六〇、七九年一月十四日)
私たちが探し得なければならない祖国というのは、今日この地上にある、何らかの歴史と伝統を持った国ではありません。そのような国とは本質的に次元が違うのです。私たちが次元の違うその国を受け継ぐためには、そのようにできる思想的な主体性を持った国民とならなければなりません。しかし、その主体的な思想は絶対者である創造主がおられるならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者が望む国であるためには、その国の主権を中心として、その国の国民が一致することができる国となることを望まなければならないのです。そういう国民性を備えて、国家形態を備えなければなりません。その形態を保存させることのできる資格を持った人々になれなかったために、その国は形成されていないのです。(四九−九三、七一年十月九日)
私たち統一教会が願う祖国とは、どんな祖国でしょうか? 皆さん、祖国というのは統一された霊界から始まらなければなりません。統一された霊界によって、地上に一つの国が設定されなければならないのです。観点がこのようになっていることを皆さんは知らなければなりません。あくまでも、神様を中心として、霊界を中心として、地上が一つの統治権時代にならなければならないのです。そのような国をいうのです。(一四九−三四九、八六年十二月二十八日)
五、祖国光復
天が願う祖国がどこにあり、天が願う故郷の国がどこにあるのでしょうか? 天地は広く、今までこの宇宙に数多くの聖賢たちが生まれて死にましたが、いまだに、神様がおられる家がなく、地がないのです。そのような話を聞きましたか? どうして、天地を創造なさった神様が、この地上で今まで歴史路程において、呻吟してこなければならなかったのでしょうか! これは、神様が誤ったのではなく、私たちの人類始祖が誤ったため、皆さんが歴史を破壊しうる基台圏内に入ったために、天は最後までそれを探し出そうとし、望みを抱きながら億千万世の恨を抱いてこられたのです。これが人類歴史であることを、皆さんは知らなければなりません。(一五六−二二四、六六年五月二十五日)
祖国を持たない人は、かわいそうな人です。神様を中心として祖国を持つことができないので、神様を信じる人々はかわいそうな人です。皆さんは入籍できないので身元保障がありません。ですから、キリスト教徒たちは放浪の民となったのです。そのことを知っているために、神様が文総裁に祖国光復を命令しているという事実を知らなければなりません。(一八五−六三、八九年一月一日)
私たちは摂理の完成が成されていないために、祖国を持てないでいるのです。では、摂理の完成はどこからでしょうか? 祖国はどこからですか? 個人からです。私からです。祖国はどこから探し得なければならないのでしょうか? 私から探し得なければなりません。私が祖国の根源にならなければならないのです。私からなのです。(二○一−二二六、九〇年四月二十二日)
祖国はどこから成されなければならないのでしょうか? それは個人の男性から成されなければなりません。女性たちは気分が悪くても、仕方がありません。男性を中心として妻が一つになり、その二人が祖国を相続できなければなりません。そのような男性と女性が、息子と娘になり、成長して父母となり、年を取っておじいさん・おばあさんになるのです。そして、その下に父と母がいて、息子と娘がいるようになるのです。このように次第に大きくなっていくのです。そうして氏族を受け継ぎ、民族・国家・世界まで受け継ぐことのできる、言い換えれば、統一祖国を受け継ぐことのできる道が、間違いなくできるということを知らなければなりません。(一七二−一五四、八八年一月十日)
真の祖国を探し求めるためには、大韓民国で真の人を探し求めなければなりません。その真の人をどのように探すのでしょうか? 歴史において、生まれて死んでいった大韓民国の人の中で、だれよりも民族のために、全体のために、より犠牲になり、より愛そうという人が、祖国を受け継ぐことができる人なのです。それは間違いない結論です。もしも、そのような人と祖国を見つけることができなかったとしても、神様がおられて遣い将来に祖国が建てられたときには、その祖国の名の下に、そのような人々を入籍させることができますか、できませんか? できるのです。入籍させてあげることができる、このように思うのです。
今まで数多くの宗教を信じてきた人々は、地上天国と神様の理想的な祖国に出会うことができませんでした。しかし、このような原則で犠牲となり、すべてを愛するために全体の利益を追求しつつ生きた人は、死んで何千年、何万年後であったとしても、そのような世界が現れるようになったとき、祖国の国民として入籍できる可能性がなくはないのです。あるというのです。(一七二−一五四、八八年一月十日)
祖国がなければ、悲惨なのです。祖国がないために宗教人たちは悲惨だったのです。審判しようとするなら、個人・家庭・氏族・民族・国家・世界が、不変の基準に立ってこそ、その基準を土台として審判できるのです。祖国は最後の願いです。祖国の中には民族も、氏族も、家庭も、個人もみな含まれています。(一五−二八〇、六五年十月三十日)
神様は愛することができませんでした。神様は愛することができましたか? できなかったのです。ですから、神様が愛することのできる自由の園を作って、捧げましょう。では、天地間に神様が愛することのできる場所はどこでしょうか? 神様が愛してみた場所があるならば、そこが世界の本郷地になるはずです。もし、大韓民国にあるならば、大韓民国は世界の祖国になるのです。この国の三千万の民族を中心として、そのような国を築いてみましょう。その道を開くために行く道が、今後、統一信徒が行くべき道です。(三四−三四五、七〇年九月二十日)
統一教会の使命は、私たちの祖国を私たちの胸に刻んで忠臣の道理を果たし、祖国をいかに編成するかということです。私たちは三年間、韓民族のために闘ってきました。私という一個人だけでなく、一段階進んで祖国が恵みを受けられるよ今に苦労しなければなりません。神様が栄光の日を迎えるまでは、イエス様も霊界で祈祷しなければなりません。(一五−二八〇、六五年十月三十日)
祖国が寝ているなら、自らの手で呼び起こして、新しい朝に祖国を作ることのできる、そのような皆さんとならなければなりません。私一人の身で被害を受け、私一人の身が刺されて血を流したとしても、そこに伝統を残して死んでいく愛国者たる忠臣・烈女になることだけが、私の一生の哲学であり、それこそが私の甲斐ある使命であり、責任であると心に決めて、そのように一生を捧げていったとするならば、その人は永遠無窮に生きた勝利者として、栄光の灯台になることは間違いないのです。このような厳粛な時点が、皆さんが知らないうちに、ただ無意味に流れていく一日、一時、一瞬の中で、通過していくということを知らずにいてはいけないのです。(四九−一〇四、七一年十月九日)
私たちは、共産党に白昼にナイフで剌される覚悟をして闘っているのです。この民族ができないときは、私たちがしなければなりません。この民族が行くことができないので、私たちが行かなければならないのです。そのためには、だれよりも祖国を愛さなければなりません。統一教会用語で「祖国」というのは、大韓民国という一つの国でなく、世界的な国をいうのです。世界的というのは、堕落した世界圏で使われている言葉なので、気分が良くありません。このような祖国を探し求めていく主義を、統一教会では「天宙主義」というのです。(三六−一八五、一九七〇年十一月二十九日)
祖国はどこでしょうか? アメリカでも韓国でもないのです。いかなる所であれ、家庭の編成、氏族の編成、民族の編成の成された祖国の地がなければなりません。神様は六〇〇〇年間、数多くの国家を経ながら、この地に実現すべき天の国を願い、探し求めてこられました。天の忠臣・烈女はどこにいるのかと探し求めてこられたので、私たちは天を中心とした国家・民族・家庭を再編成しなければなりません。祖国光復、解放の日のために、召命されたことを忘れてはなりません。祖国創建が宗教人の使命であるにもかかわらず、私一人だけが救いを受けようという誤った欲望を持っています。(一五−二八〇、六五年十月三十日)
皆さんが決心すべきことは、何でしょうか? 祖国光復の一日を迎えなければならないのです。今日、私たち韓国の国民は、八月十五日を光復節として守っています。解放の日として記念しているというのです。第二次大戦以降、数多くの弱小民族たちが、自分の一国家を中心として、光復と解放と独立を記念しています。ところが、神様を中心として、天地の光復の日と独立を称賛できる日は、いつ来るのでしょうか? その日が来なければならないのです。(一五五−二二三、六五年十月三十日)
私たちが暮らすことのできる祖国は、まだ永遠な所にあり、私たちの行くべき目的の基準は、いまだに残っています。この過程をどのようにして行くべきでしょうか? 蕩減という犠牲の条件を提示しなければなりません。そうでなければ、行くことができないのです。民族の峠を越えるためには、民族的な試練よりも、さらに大きな試練を自分から先に進んで受けてこそ、民族的な峠を越えて、新たな国家的な基準で出発することができるのです。
それゆえ、皆さんの持つべき一念は何であるかというと、祖国光復です。祖国光復。神様がこの地上に来られて全天上天下に造られた、万物と天宙のすべてが、神様の喜ばれるなかで神様を称賛し、万民が、その子女の名分で抱かれて、神様の前に自由・平等・幸福を謳うことができ、私たちの福地天国になったと慶び祝う宴を開いて踊ることのできる、そのような一日を迎えなければならないのです。二五五−二二三、六五年十月三十日)
国がないために、今まで皆さんはすべて入籍がなされていません。アメリカは入籍できなければ、パスポートを持てないのです。それと、ちょうど同じです。いつでも、追放するのです。それで氏族的メシヤが入籍をしなければならないし、国を得なければなりません。ですから国を得るのです。国を得なければなりません。入籍と祖国復帰です。これは世界的です。この国で入籍をして世界に入らなければなりません。国を得たとしても、それは単一民族であって、世界民族ではありません。単一民族の上に世界民族を抱かなければなりません。ですから、地上天国と天上天国です。(二六九−一七三、九五年四月十七日)
祖国光復のための祈り
愛するお父様…、
ここで起こったことがどうか早く天上世界と連結されて、
天のすべてのことを判別できるようにしてくださいますよう
お願い申し上げます。
今後は天と地上の万物すべてが天運にしたがい、
人類の運命を決定しなければならない
厳粛で宿命的な時が私たちの目前に到達しましたから、
重大なるみ旨に向かって、
新しき歴史的な転換時代に
天に向かう一体的な心情圏を基準として、
出発すべきこの時であることを知っています。
お父様…、
お母様を立てて女性解放運動を宣布し、
これからお母様はアダム国家の韓国から
エバ国家の日本と天使長国家のアメリカを通じて、
カインアベルのごときヨーロッパを同じ水準に引き上げるために、
八つの都市を中心として最後の前線に向かう立場にありますから、
お守りくださいませ!
今年に入って役事をなさる背後に
天が共にいてくださり、
お母様を中心としてすべての一体心情圏がヨーロッパに向かい、
ドイツのフランクフルトを経てベルリンを経て、
進行するすべての途上に、
お父様の勝利の恩賜が共にあってくださり、
あなたのご指導とご鞭撻が
共にあってくださらんことをお願い申し上げます。
行く行路にお父様が直々に共にあってくださり、
ただ一人で行ったとしても、
お父様と共に行くような父母の心情圏を与えてくださり、
すべての道に天運が共にあらんことを切にお願い申しあげます。
そうして地上に真の御父母様の行く所々に
神様が直々に来臨なさることができ、
干渉なさることのできる、
自由の天国環境になるよう
お許しくださいますよう切にお願い申し上げます。
これから祖国光復を中心とした天国の道で万民を解放し、
天国に入籍できる本国を創建しなければならない
厳粛なる一つの過程にありますから、
すべての動きがみ旨の前に、
み意のままになされますようお許しくださいませ!
お父様…、
ここに集った全国の子女たちが
任命を受けてみ旨にしたがい、
新しい決心とともに重大なる決意を固め、
民族の将来の方向を決定できる
一つの礎石を置くことのできる時点に至りましたから、
これからはこの世に追従するのでなく、
この世を感動させて引っ張っていかなければならない
責任があることを知り、
強く大胆な心をもって、
すべての面に影響を及ぼすことのできる
あなたの選ばれた子女とならせてくださいますよう、
切にお願い申し上げます……。(二三六−二七八、九二年十一月九日)
六、祖国光復は真の愛で
神様の祖国はどこから来るのでしょうか? どんな道を通って来るのでしょうか? 怨讐を愛するとき、個人の怨讐を愛し、家庭の怨讐を愛し、氏族の怨讐を愛し、民族・国家・世界の怨讐を愛するという、このような伝統的な道以外には、理想的な祖国が現れる道がないという事実を知らなければなりません。(一〇七−二二、八○年二月二十一日)
皆さんには、国がありません。神様も国がありません。神様に祖国がないために、私たちも祖国がないのです。私たちは、この祖国を建設しなければなりません。神様の愛と私たちの愛で、個人を中心とし、家庭を中心とし、氏族を中心とし、民族を中心とし、国家を中心として、愛ですべてを連結させてこそ、神様の地上天国と天上天国が成されるのです。真の愛の、個人・家庭・氏族・民族・国家的な地上基盤が立てば、自動的に天上にも国家的な基盤が立つようになります。そうすれば、霊界が自動的に開いて地上と一つになるのです。これが原理観なのです。(一三四−二一六、八五年七月二十日)
天の国、天国を建設する祖国光復において、独立軍に参戦する女性たちが、歴史上どれほど立派なことでしょうか? 歴史において、どれほど称賛されることでしょうか? 堕落したエバ一人によって、歴史的に女性たちがどれほど呪われてきたことでしょうか? しかし、今や復帰時代において、女性たちが先頭に立って、祖国光復をするにあたって勝利的な基盤を築いたならば、それは、どれほど称賛を受けることでしょうか? 考えてみてください。
では、どのようにして勝たなければならないのでしょうか? 鉄刀で勝ちますか、何で勝ちますか?真の愛で勝たなければなりません。しかし、女性が現れても、サタンの男性の兵士たちは女性の真の愛を願いません。そんな彼らに、どのようにして勝つのでしょうか? 皆さんは自らを、女王のようにみなさなければなりません。金日成主席は悪なる王です。皆さんは善なる女王なので、自国の権限をすべて持って、悪なる王に無言のまますべてを与えるのです。そのようにして整備をしなければなりません。(一七〇−二四一、八七年十一月二十一日)
愛の三大属性
愛の属性には相続権があり、同居圏があり、同参圏があります。愛する夫が大統領ならば、妻は小学校すら出ていなくても、大統領の夫と同じ位置に上がるのです。愛する夫婦になれば、夫のものは妻ものであり、昼も夜も、いつでも共に同居できることはもちろん、同参できる権限もあるのです。ですから、愛は偉大なのです。愛には、このように相続権・同居圏・同参圏という偉大な三大属性があるために、神様の絶対的な愛、不変的な真の愛と一致した立場に立てば、神様がおられる所に、私がいつも加わって、いつでも同居できる権限を持つようになるのです。そのようになれば、私が目を閉じなくても、神様を見るようになり、涙を流すようになるのです。神様の悲痛な心情を体恤した者は、道を歩いていても立ち止まって慟哭をするのです。そのような体恤的な世界があるのです。
絶対的な神様が絶対的な中心になれば、このようになるのです。神様が苦痛を感じないというのは、とんでもないことです。では、どうしてすべてを意のままにできる神様が苦痛を受けるのでしょうか? 神様も愛を絶対的な価値の中心に立てたからです。それを知れば、このようなすべてが分かるのです。
堕落した世の中でも、母の愛は、もしも息子が外地で不意の事故にでもあったならば、感覚で分かるのです。そういうことがよくあるでしょう? 寝ていながらも「あっ!」といって、子供の名を叫んで起きるのです。愛には、そのような力があるために、その愛と一体になれば、二つの世界がすべて共存して、二人が共に生きるというのです。互いに分かるようになるのです。共存するだけでなく、分かるのです。
言い換えれば、神様の本質的な真の愛、千年万年、為に生きても、さらに為に生きようというような真の愛を、私の心と体に百パーセント吸収する属性を備えるようになれば、心には神様の真の愛の根が生まれて、神様の感じるすべてが通じるようになり、体が自動的にそこに共鳴するのです。
心の世界の真の愛を中心として、共鳴体になるように創造されたのが体であるため、心と体が統一世界を備えるためには、神様の本質的な真の愛を回復しなければなりません。このような課題が残っているということを知らなければなりません。重要な問題です。
このような真の愛に共鳴した理論を中心として見るとき、私たち人間が、そこに一体化し、共同一体圏内に入っていけば、神様の愛が私の愛であり、神様の生命が私の生命であり、神様の血筋が私の血筋であり、神様の所有である被造世界が私の被造世界と言える、天下を抱いた父母の心を持って、天国に入籍するようになっているのです。これが、本来の人間の理想なのです。そのようなことを知っている文総裁が、五色人種を自分を生んだ父母よりも、兄弟よりももっと愛するという心を持って生きてみると、峠を乗り越えて、今日、統一教会を世界最高の立場にまで引き上げるようになりました。(二〇一−五八、九〇年三月三十日)
言語の統一
皆さんは愛の本宮の基準に入っていくようになれば、神様から学んだ言葉を教えてあげるのです。堕落しなかったならば、霊肉共に通じて話すことができるのです。神様が現れて、母のように、父のように対することができるし、教育したその言葉が、すべてアダムとエバの言葉になるので、その言葉は人類の言語の出発であり、起源となります。その言葉を伝授できなかったことが堕落なのです。本然の真の父母が来れば、これを代わりに蕩減復帰し、伝授しなければならないのです。堕落した世界であるため、救いを受けるすべての人は、そのような立場に立たなければ、今後、入籍したとしても、行くべき道を進んでいくことができません。(二七一−一五五、九五年八月二十八日)
これからは、強制的にでも言語統一をしなければなりません。真の御父母様が残したすべての記録を読むのに、翻訳物を読むというのは恥なのです。天上世界の恥になるでしょう。天上世界に行けば、神様の命令によって、千年万年を蕩減しなければならないかも知れません。そのように、途方もない問題になるのです。その峠を越えられない人は祖国光復をしたとしても、故郷に帰る道がありません。祖国に居住できる居住証がありません。民として入籍ができないというのです。深刻な問題です。(三〇三−一五七、九九年八月十七日)
今日、最も至急なのことは、第一に言語の解放です。二つ目は世界統一です。さあ、二〇〇〇年、その時になれば、皆さんは三代になります。皆さんはおじいさんになるでしょう。祖父・父母・子女の三代、一家族のすべてに、韓国語を知らない食口がいてはならないのです。今後、残すところ六年です。そのようになってこそ、韓国に入籍できるのです。本国に入籍できます。頭がクラクラするでしょう? この者たち。しなければならないのです! 今日は何日ですか? 一九九五年一月五日、皆さんが韓国語を学ばなければならないと宣布するのです。そうでなければ、道がないし、希望がありません。神様は希望がないのです。真の父母も同じです。そうです、先生は深刻な人です。理論的にそのような立場なのです。バッサリと切り捨ててしまわなければなりません。ですから、鮮文大学、アメリカのUTS(統一神学大学院)を作って教育するのです。ベリータウンでも、韓国語科を強化しようと思います。今まで闘ってきました。闘いながらも峠を越えられなかったので、すべてをなすことができないのです。宣教師が機関車の役割をしようとすれば、言葉から、文化から、すべての精神姿勢がすべて変わらなければなりません。(二六七−一六九、九五年一月五日)
これからは韓国語を学ばないわけにはいきません。皆さん、食事の時間があるでしょう? 食事の時間に一時間は必要でしょう? 韓国語ができなければお昼を食べずに、韓国語を勉強してください。先生も三〇代までは昼食を取りませんでした。一日に二食だけ食べるのです。同じように、皆さんも昼休みの一時間でも勉強しなさいというのです。昼食の時間を抜くのです。韓国語を自由自在に、上手にできないときには昼食を取れないのです。今後、昼休みの一時間は韓国語を勉強する時間にするのです。祖国光復、祖国復帰が難しいのと同様に、祖国の文化復帰が容易ではないのです。母国語がなければ、新しい文化世界を創造できないのです。(二六九−二四、九五年四月六日)
第三章 入籍の道
祖国光復と入籍
第三章 入籍の道
一、入籍はいかにしてなされるのか
アダムとエバが堕落することによって、アダム家庭を失っただけでなく、アダム家庭を中心として、アダムー族を失ってしまいました。七代です、七代。七代さえ経たならば、アダムー族を中心として、地上天国基盤を完成することができたのに、七代が神様の血統を中心として結ばれなかったのです。七代ともなれば、かなり繁殖します。何干家庭にもなることでしょう。そうではないですか? 個人蘇生、家庭長成、完成宗族です。これがカテゴリー、一つの範疇です。これは外すことができません。三段階過程です。
それゆえ、み旨の道では、皆さんが一人で生きることはできません。家庭のために生き、宗族のために生きなければなりません。その宗族を越えることができなければ、世界、国家圏に加わることはできません。宗族編成ができなければ、世界、国家、世界版図の上に入籍することができないということを、皆さんは知っていますね? 一六○家庭以上を祝福してあげてこそ、天国に入籍するのです。これは単なる話ではありません。その通りにしようというのです。(二七五−二一四、九五年十二月三十日)
アダムとエバは、一瞬のうちに堕落したのでしょうか、それとも、数か月かけて堕落したのでしょうか? ある瞬間に堕落しました。ですから復帰も、一瞬のうちにしなければなりません。そのためには、先生が今この場で皆さんに結婚しなさいと言ったとすれば、皆さんはしなければなりません。嫁に行き、妻をめとって復帰するようになるならば、すぐにでも結婚するのです。先生が手をあげて祝福してあげれば、夫となり、妻とならなければならないのです。それができるのは先生だけです。皆さんがいくらしようとしてもできません。そうすることで、皆さんは天の公法によって天に入籍になるのです。(二五−一九七、六九年十月四日)
先生が涙をもって、お父様の前に勝利の慰労をするその日まで、皆さんはどんな立場を越えていかなければならないのでしょうか? 千万年の恨を抱いて慟哭し、神様の懐に抱かれる真の父母と真の夫婦を見て死ぬのが望みだと言わなければなりません。そのためには、万世の迫害を越えて、幸福を天に返し、自分は哀れな立場で死にゆくとしても、それが幸福の中の幸福だと遺言を残して行かずしては、天国に入籍できないのです。愛の世界である本国とは結ばれないという悲運の事実を知らなければなりません。(二七二−八一、九五年八月三十日)
主はこの地に母を探しに来られます。それは母を通して息子・娘を復帰して天国に入籍させるためなのです。そのために来られる主が、雲に乗って来られるでしょうか? 統一教会を異端だと言いますが、終りの日にどうなるか見ていなさいというのです。(一三−一三二、六三年十二月二十九日)
私たちの第一の先祖と第二の先祖の過ち、第一アダムの失敗と第二アダムの失敗のすべてを、第三アダムが来て収拾し、その基盤の上に勝利的な世界基盤を築いたので、これを皆さんの家庭が伝受しなければならないのです。
国を治める大統領から、閣僚、道知事、郡守、面長、班長から班員に至るまで、これを伝受して初めて天国に入籍できる民の立場に立つようになるのです。ですから重要だというのです。皆さん、今は天国がありません。このようにすることによって家庭を編成するようになれば、政党であろうが、野党であろうが、喧嘩しようと何をしようと、好きなようにしなさいというのです。私たちは、私たちなりに、すべてを処理して、すべてを一つの方向に収拾して引っ張っていくことができるのです。そうすれば、ついてこざるを得ないのです。(二八三−二二九、九七年四月十三日)
人間は霊界に入籍するとき、地上生活を証明する証明書を持って行かなければなりません。「私はこのように生きた。こういう仕事をした」と言える生涯の証明書を持っていかなければならないのです。そういう証明書は自分自身で書くことができません。はじめはサタンが書きます。まずサタンから証明書をもらって、イエス様から証明書をもらわなければならないのです。その次に神様から証明書をもらわなければなりません。(二九九−七七、九九年二月四日)
天国に入籍するにあたっては、先生が紹介者になります。「神様、この者は、これこれこうして良くやったので、天国に入籍しなければなりません」と言うならば、皆さんは間違いなく入籍し、先生はサインだけをするのです。そうすれば入籍するようになるのです。(五六−三四一、七二年五月十八日)
神様の愛と人間の愛の接点
神様の愛と人間の愛は、どこで一つになるのでしょうか? これは大きな問題です。この問題を研究して真理を得るために、霊界での闘いと肉界での闘いをしながら、苦労したのです。これをいかにして解いていくかというのです。神様の愛と人間の愛は、どこで接するのでしょうか? これが問題です。そこから出発しなければ、神様の理想と人間の理想は永遠に合うことがありません。何を中心としてでしょうか? お金ではありません。愛を中心としてなのです。理論的です。
そこでいちばん悩んだことは何でしょうか?「愛は最短距離を行く」ということです。その一言を探し得て万歳をしたのです。「ああ! 上から下に、天が上にあって人が下にあるならば、上下関係ならば最短距離なのだ!」と分かったのです。最短距離の愛の道は、垂直しかないのです。垂直しかないというのです。
真の愛が最短距離だとすれば、水平の人間の愛が、真の愛と、この最短距離を通る愛で一つになりうる位置は九〇角度の中央です。ゆえに、上から下は父子の愛であり、東から西に行くのは夫婦の愛であり、四五度ぐらいの角度の弦を描くのが兄弟の愛です。それで「子女の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛は切り離せないのだなあ」ということを悟るのです。
それで一つの球形を成すにあたって、垂直の父子の関係の愛を完成することのできる決着点、夫婦関係を完成することのできる決着点、上下関係・前後関係を完成することのできる決着点はどこかというと、それは別々にあるのではありません。統一をいかに成すかというのです。
それは男性と女性が結婚した日に愛の関係を結ぶその時である、ということになります。その立場は、女性が神様の娘として生まれて完成する立場です。また、神様の息子として完成する立場です。神様の家庭において、兄弟が完成する立場です。夫婦が完成する立場です。父母として出発する完成の立場です。
夫婦というのは、天地合徳であると同時に、すべてを完成させることのできる一つの故郷です。天・地・人を完成させることができるというのです。それはいつなされるのでしょうか? 結婚式をして最初に愛の関係を結ぶ場においてです。そこに解放があるのです。子女としての解放、兄弟としてすべてをなす場、夫婦としてすべてをなす場、未来の父母として加わる入籍する場、すべてを公認させる場です。
それゆえ、愛した人、すなわち愛の関係を結んだ人は、神様の娘を占領することになります。神様を中心として見るとき、神様の家庭で、アダムが兄の立場で弟や妹を占領するのです。そして妻を占領する立場です。その次には父母が誕生する立場です。結婚式を中心として愛の関係を結ぶことによって、この四つが完成するのです。
それゆえ、女性にとっては最高の希望の花です。花だというのです。息子・娘の花であり、兄弟の花であり、夫婦の花であり、父母の花なのです。これを避けていては、真の子女が完成する場はありえません。真の子女の愛が安着する場はないのです。真の兄弟の愛が完成して安着する場がないというのです。(二五六−二三二、九四年三月十三日)
愛を中心とした万世の解放圏
神様を解怨するためには、神様を解放することのできる真の父母がなくてはなりません。真の父母を解怨するためには、皆さんがなくてはなりません。皆さんを解怨するためには、皆さんの息子と娘がなければなりません。そのように連結されるのです。
ですから、神様がなしてきたことを伝統として見習い、真の御父母様がなしてきたことを伝統として見習い、皆さんがホームチャーチの伝統を縦的に受け継いだものを横的に展開させてこそ、皆さん自身が生きることのできる、平面的な地上天国が現れるということを知らなければなりません。そこは自由圏です。皆さんの父母も自由であり、皆さんも自由であり、皆さんの先生も自由であり、神様も自由なのです。そこで初めて解放圏となるのです! アーメン!(「アーメン」)(拍手)
もう一つ付け加えるとすれば、責任分担の完遂です。男性が責任分担完遂し、女性が責任分担完遂するのは何のためでしょうか? 個人完成のためです。その次は? 相対完成です。相対完成というのは、善を繁殖することです。私たちはなぜ結婚しなければならないのでしょうか? なぜ結婚すぺきなのでしょうか? 神様の愛に接ぎ木されるためです。神様の愛を中心として、家庭を築かなければなりません。統一教会の祝福の原理がそうなのです。
なぜ神様の愛を中心として一つにならなければならないのでしょうか? そうしなければ、神様から相続権を受けることができません。天上天国は、神様の愛で結ばれているため、それを相続していない個人・夫婦・家庭であっては、天国に入籍するとこができません。それを相続するために、神様の愛を必要とするのです。
神様は、なぜ私たちと一つになろうとするのでしょうか? ご自身のつくったすべてのものが、息子・娘のためのものなので、それを息子・娘に譲り渡すためです。譲り渡すときに、神様もくっ付いてくるし、神様の愛までもすべてくっ付いてくるのです。神様は、ご自身をも下さり、ご自身の心の中にある秘密の倉庫に深々と隠しておいた、たった一つしかない宝物までも、ご自身の愛する息子・娘の前に相続してくださるのです。そして、その貴い宝物、愛の壷が私たち愛の中にあるため、神様は、永遠に地上におられるのです! アーメン!(「アーメン」)
ですから愛を中心とした万世の解放圏が、ここにできることによって、どうなるでしょうか? 平和な時代を何といいますか? 平和な世界を太平聖代といいます。太平聖代です。神様の愛を中心として太平時代が来れば、家でも、国でも、村でも、山でも、どんなところでも、愛の拍子に合わせて生きる世界となるのです。それがまさにユートピア(理想世界)なのです。(一三五−三三九、八五年十二月十五日)
人間の責任分担の道
天国に入る人は、責任分担を完成して、真の父母の血肉を持った息子となり、神様の直接的な愛を受けることのできる立場に立たなければなりません。そのような立場で主管を受けて生きてきた人々の行く所が天国です。それゆえ、これを知らなければ、天国に行って入籍することができません。あいまいにしていてはできないのです。ですから、おばあさんたちは、老眼鏡をかけ、夜を明かしてでも勉強して、これを理解しなければなりません。
なぜ責任分担を与えたのでしょうか? それは、人間に無限で高貴な価値を付与するため、神様の創造の偉業に加担させるために与えたのです。もし人間に責任分担を付与しなかったとするならば、人間は神様の愛に接する対象の立場には立つことができないのです。
神様が百パーセント作ってやってはならないのです。九五パーセントは神様が作り、五パーセントは人間自身が責任を果たすのです。それでこそ、百パーセントを満たすにあたって、協力者として同等な立場に立つことができるのです。そうすることによって、絶対的な主体である神様の前に、堂々と相対的な資格を備えた立場で、愛を授受することができるのです。このようにして愛の理想を形成することができるのです。責任分担がなければ、私たち自身としては、神様の愛の理想を対等な立場で受けうるだけの、威信を立てることができません。威信を立てることができないのです。ですから神様は、人間が神様の愛を受け得る威信を立てさせるために、責任分担を設定したのです。
これを知らずしては、今日の歴史を解くことはできません。数多くの哲学家、数多くの宗教家が、神様のみ旨を中心とした道を今まで求めてきたにもかかわらず、はっきりと解明できなかったのは、この責任分担というものを知らなかったからです。
それゆえ、統一教会が自慢できるのは、この責任分担ということです。責任分担! 責任分担を完成してこそ、神様の直接主管圏内に入って神様の愛を受けることのできる立場に立つのです。何をしなければならないと言いましたか? 責任分担を果たさなければなりません。
もしも、堕落した人間の前に神様が責任分担を設定しなかったとすれば、今日、蕩減復帰、統一教会で主張する蕩減復帰という言葉は現れなかったことでしょう。ただ単にそのまま復帰することはあっても、蕩減はなかったことでしょう。落城しなければなりません! なぜ蕩減しなければなりませんか? 人間には責任分担があるからです。人間が完成すべき責任分担を、自ら破ってしまったがゆえに、与えられた責任を果たしていかなければならないのです。そうするためには、サタン世界のすべてに勝って、サタンを主管する立場に立ち、堂々とサタン世界の反対環境を除去したその場に立って、神様の愛を受けることのできる立場に入らなければなりません。そうなればサタンは離れるのです。
神様の愛を受ける人類始祖となることができずに、サタンに引かれて行ったのですが、神様の前に愛を受けることのできる段階に入れば、サタンはそれに干渉することができません。そこでサタンと永遠に離別するのです。
それゆえ、私たち統一教会では、サタンが干渉できる立場、つまり間接主管圏から直接主管圏に入っていくということは、神様の愛を中心として干渉を受けることのできる圏内に入っていくということです。サタンは、どの限界線まで反対できるのでしょうか? 原理結果主管圏内までです。責任分担を完成できていない、その段階にあるとき、サタンは讒訴して干渉することができるのです。
原理結果主管圏内を越えれば、すぐに直接主管圏内に入るのですが、直接主管圏というのは、神様の愛を受けられて初めて、入ることができるのです。人類始祖が神様の直接主管を受けることのできる、そんな愛の圏内に入れなかったことが堕落なのです。それゆえ、神様の愛を受けることのできる立場に入ったならば、サタンはそこにいることができないのです。公法がそうなっているのです。
ですから今日統一教会では、責任分担ということを言っているのです。人間が自ら行くべき、人間が自らなすべき、そういった分野を残しておいたのですが、人間が責任を果たせなかったことによって、サタンが入るようになったのですから、人間が責任を果たして初めて、サタンを追い出すことができるのです。
人間が責任を果たすとはどういうことでしょうか? いかなる難しさ、いかなる受難の道があっても、神様の愛を受けられる立場に連結するようにすることです。その点が堕落した人間の最大の願いです。直接主管圏とは、人間が神様の愛と一つになることのできる場を言います。その場に入っていけば堕落がありえないというのです。神様の愛と一つになったのに、だれが離すことができるでしょうか? 離すことができないのです。堕落した人間世界の父子関係においても、その情理を離すことができないのに、だれが離すことができるというのでしょうか?
神様が父母ならば、私たち人間はその方の子女ですが、神様とその子女が愛で一つとなった立場に入っていけば、だれも離すことができないのです。そのように愛で一体なったその世界は永遠ですよ、永遠。これをはっきりと知らなければなりません。それで統一教会では、蕩減復帰の道を行かなければならないというのです。(一四三−七七、八六年三月十六日)
だれが先に天国に入るか
神様の慕う国、神様の願う国とはどんな国でしょうか? 今のこの国が、神様の願う国でしょうか? これがイエス様の願った国でしょうか? 三位神がこの地上で血の涙を流しながら、闘争の歴史を経て願ってきた国が、今日のこのような国でしょうか? 今日のキリスト教が神様の願う教団でしょうか? 違います。大きなことを言っていますが、どこに行くか、死んでみれば分かります。本来、天国という所は、一人で行く所ではありません。神様の創造理念の中では、父母、妻子と共に行く所が天国です。
いくら大きなことを言っても、楽園にしか行けません。楽園とは、汽車の停車場の待合室のような所です。天国という所は、自分の父母、妻子を連れて行かなければならない所であり、千千万代の子孫まで、和気あいあいと神様を讃美する所です。それなのに、今日の既成教会の信徒が言うように、父親は地獄ヘ行き、母親は天国に行くとすれば、その天国は安らかでしょうか? 息子は地獄に行って「お母さん、助けて! どうして僕を生んだの? 僕を生まなかったら、ここでこんな苦労をしなくても済んだのに……。お母さんは良い所に行ったのに、僕はどうしてこうなったの? お母さんが生んだからこうなったんだ!」ということにならないでしょうか? それで天国と言えますか? 本来、天国とは、父母、妻子がみな一緒に行く所です。
では、なぜイエス様は、結婚した人は天国に行けないと言ったのでしょうか? 時が来ていなかったので、そのように言ったのです。本当にそうだとすれば、男性だけつくればよいのであって、女性をつくる必要はなかったはずです。この地上で天国生活をした、そのままの姿で天上天国へ行くのです。
天国へ行くというときに、人類のいちばんの先祖であるアダムとエバがまず天国へ行くべきです。しかし、アダムとエバはエデンの園から追い出されました。看板をさかさまにつけたのです。人類の先祖となるべきアダムとエバは、神様のみ旨から見ると、人類のいちばんびりになったのです。途中で向きを変えて後ろに走れば、びりになるのと同じです。出発はしたのに、誤ったのです。ですから、後戻りをしてびりになったということを知らなければなりません。案内者が導いて行かなければなりません。
終りの日には、天地がびっくり返るといいますが、それは、天道が変わるということです。天道が変わるということは、天が真っ青になって裂けるということでしょうか? 丸い地が平らになるということでしょうか? 天道が変わるというのは、み旨という観点から見るときに、後の者が先祖であり、先の者が子孫だということです。人類始祖が六〇〇〇年ぶりに来て、その父母の血肉を受けて初めて、本来の正常な軌道になるのです。逆になるということです。
ですからイエス様は「私はアブラハムよりも先にいた」と言ったのです。アブラハムより先にいたというのはどういう意味でしょうか? イエス様は父母として来たのですが、父母が二つというのはありえません。一つです。人類の先祖が二つということはありえません。イエス様は人類の真の父母格として来られたがゆえに、み旨を中心として神様の側から見れば、アブラハムよりも先だというのです。初めて来たので先なのです。その後に来たものは、すべて天のプログラム圏内では認めないのです。こんな話を聞くと心惜しいはずです。心惜しさを感じなければなりません。心惜しい恨を蕩減しなければならないのです。ですから私たちは帰らなければなりません。そうしてこそ神様の願った家庭を築くことができるのです。ですから、今後来られる主、再臨のイエス様とはどんな方でしょうか? この地上で天道に合った父母の因縁を立てて、多くの子女を得るという、新たな歴史的条件を立てながら、新しい天国を創建するために来られるお方です。そのために、今まで第二イスラエル圏を世界的につくっておいたのですから、ここに至って何をすべきでしょうか? 本然の基準を中心として連結させて、世界を早く統一された世界へと展開していかなければならないのです。(一五六―二三〇、六六年五月二十五日)
サタンを屈服させるには絶対信仰と絶対愛を持たなければ
父母に会うために、皆さんはどうすべきでしょうか? 皆さんはそのままで、御父母様の前に直接行くことができません。皆さんは血統が違いますね? 入籍しないうちは、相続権を受けることができないのです。皆さんはまだ入籍していないのです、いまだに。先生の族譜に入籍しましたか? まだしていません。では、いつ入籍するのでしょうか? 祝福を受けたからといって、入籍したことにはなりません。祝福を受ける立場は長成期完成級の立場です。七段階完成級の七年路程が残っているのです。それが原理です。その原理を中心として復帰していくのです。
本来、アダムとエバが堕落しなかったならば、三、七、二一(三×七日二一日)の二一段階、二十一歳を中心として長子長女が上がるのです。しかしながら、今日、復帰摂理時代においてアベルは、メシヤを迎えるまでは何かというと、弟なのです。アベルは弟ですね? 天側は弟の立場であって、長子の立場ではありません。サタン側は長子の立場です。これを復帰しなければなりません。これが長子権復帰です。
復帰するのに力でするのでしょうか? 力でするのではありません。サタンの血統的愛を中心としてつづられたすべてを、一八〇度反対に消化できなければなりません。それは消耗戦です。汚れていないと言えるまで、きれいに洗っておかなければならないのです。ですから、どれほど消耗しなければならないでしょうか? 汚れて染み付いたものを洗い流すのは、容易なことでしょうか?
では、サタンをどうしなければならないでしょうか? 結局は、サタンを自然屈服させなければなりません。自然屈服させる内容とは、どのようなものかというと、神様を絶対に信じること、そして「サタン世界のだれよりもおまえを愛した。おまえの世界の王、おまえの世界で天下統一した君主、彼ら以上に長子であるおまえを愛した」という立場に立つことです。そうでなければ復帰されないのです。
ですから、反対していた群れが自然屈服して、「私の財産なり、私のすべてをあなたの前に捧げよう」と言うようにならなければなりません。捧げるということにおいては、三段階があります。まず物質、旧約時代です。次に子女、新約時代です。そして実体、成約時代です。縦的な歴史である旧約時代は祭物時代、次の新約時代は子女時代、成約時代は母の時代です。この実体を復帰するのです。
それゆえ、縦的に降りてきた歴史を、横的に蕩減復帰しなければなりません。旧約時代に捧げたと同様に万物、次に新約時代に自分の息子を捧げたと同様に子女、そして自分は父母の立場で実体時代にいるという立場で、これらのすべてを祭物として捧げなければならないのです。(一三九−二七九、八六年一月三十一日)
入籍のために備えるべき条件
今後入籍する時が来ます。先生の一族、皇族を中心として連結するところに、皆さんが加入するための入籍時代が来るのです。しかし、入籍時代が来ても、宗族復帰ができていない人は、そこに入籍できません。それを知っておかなければなりません。十二支脈と同じです。宗族復帰をするまでは、入籍することができないのです。人々が宗族復帰というこの内容を知るようになれば、われ先に統一教会に入ろうと、群れをつくって押し寄せてくるのです。
入籍する時にはどのようになるのでしょうか? 今までは神様の愛から、人からすべての万物に至るまで、神様の所有ではありませんでした。サタンの愛によってサタンのものとなっていたものを、これからは、神様のみ旨を完成した先生を中心として、先生の息子・娘、先生を中心とした万物を復帰しなければならないのです。まだ先生には国がありません。そうですね? 国を復帰しなければなりません。
旧約時代は、万物を犠牲にして息子の行く道を開きました。新約時代は、息子・娘を犠牲にして、再臨主、真の父母が来る道を開いたのです。成約時代においては、真の父母が犠牲になることで、縦的な神様を、地上にお迎えするのです。それが最後です。神様は人類にとって、真の愛を中心とした縦的な父であり、真の父母は、真の愛を中心として、その縦的なお父様の前に、横的に九〇度の角度にある横的な父母です。それゆえ、縦横の愛を中心として初めて、神様の愛と神様の生命が激動するのです。神人合徳が激動し、真の父母の愛を中心として新しい血族が広がっていくのです。そうなることによって、人類歴史上初めて、本然的な原理基準を中心として、神様の愛の中で出発した生命の種が、地上に現れるのです。これを知らなければなりません。
そのようなことを考えるとき、この地の上の数多くの国の王子を中心として、犠牲にしながら忠誠を尽くした、それ以上の忠誠を尽くさなければなりません。それが原則です。もしもそれ以下だとするならば、そこにサタンが来て「おまえたちはどうのこうの…」というのです。そこに引っかかれば、皆さんの行く道が、み旨の前にいくら近くても、天が除去してしまうのです。み旨と一つになっていないならば、宇宙の力が、天運に追い出されてしまうのです。
それゆえ、そこに自分という概念はありえません。自分というものがあってはならないのです。宇宙があって、私があるのです。宇宙の主人があるがゆえに、私が生まれたのです。ところが、その根本を知らないとすれば、結果がないのと同じです。種がないということです。栗は栗でもイガばかりで実がないのと同じです。種を知らなければなりません。宇宙の根本を知らなければならないというのです。(二〇八−三三九、九〇年十一月二十一日)
天国入籍の要件
成約時代は、完成基準で祝福したがゆえに、万民が平面的な基準に立って、その子孫が祝福を受けることができるのです。地上には五〇億人類、つまり三代にわたる先祖の子孫たちが生きているのですが、その三代先祖の解放圏と祝福をしてあげることによって、その子孫たちすべてに、分割的な立場で共同的な恩恵を与えることができるというのです。なぜならば、父子関係の因縁と連結しているからです。ですから、平面的に三十六万双、三千六百万双、三億六千万双結婚も問題はないのです。国王が祝福を受けたならば、一週間以内に数千数億がまたたく間に復帰されるのです。そのような時が来ました。至急を要する時が来たのです。
今後韓国がそのような国になるとき、入籍する人々が全世界的に先祖の後についてくるのです。韓国で反対していた人々は、偉そうなことを言っていても、入籍できなければ、すべて押し出されてしまうのです。アジア地域から世界的に広がっていくのです。そのような民族大移動が起こるのです。スターリンはそれを知っていたので強制移動させたのです。
それで血代転換・所有権転換・心情圏転換です。心情圏とは宗族です。これを転換しなければなりません。ですから宗族を復帰しなければなりません。イエス様は国を復帰するために来たのですが、入籍することはできませんでした。戸籍をつくることができませんでした。それを蕩減復帰しなければなりません。それで統一教会では、結婚しても三十三歳を過ぎるまでは生活をさせなかったのです。今は三〇歳です。イエス様が出家する前の三〇歳で、生活するという立場に立つようになりました。これを越えて、南北が統一される場合には、そのような受難の道はすべて過ぎ去るのです。統一教会の祝福は、教会祝福、南北統一時代祝福、世界統一時代祝福です。三代祝福を経て、初めて解放の立場に立てるということを知らなければなりません。
真の父母と成約時代、子女と成約時代です。今後、私たちの子女が成約時代に備えて入籍を急がなければなりません。そのためには、宗族的メシヤ、家庭的メシヤがいなければなりません。そうでなければ、国に入籍するための道が閉ざされてしまうのです。それまでの苦労が元の木阿弥になるのです。
世界中がそうすることによって、全世界の人々が入籍するようになれば、ここにいる人たちはみな、荷物をまとめて、その人々と家を取り替えるのです。ですから、一昨日、日本と韓国の家庭的姉妹血縁を結びました。ここはあなたの国だというのです。そして日本は韓国だというのです。取り替えるのです。今後は思うままです。こうして交替して入っていけば、統一教会に反対していた人々は、その後みなシベリアにでも行くのです。それは自分の思いのままです。そんな中でどうやって生きますか? そのような民族的大移動の時が来るのです。(二五二−一四〇、九三年十一月十四日)
血統転換式と入籍
愛するお父様…、
アダムとエバの堕落によって転倒した
血統圏・所有権・心情圏が、
神様の愛によって一八○度異なる意味で復帰される
転換的時代の焦点に立ち、
今ここに血統転換式を行います。
私たちの心情が神様の前にあり、
私たちの所有も神様の前にあり、
私たちが完成した後に祝福を受けるようになっていたということ
を知っております。
アダムとエバが堕落することで失った
個人・家庭・宗族・民族・国家・世界的心情圏と、
個人から世界まで連結している所有権と血統圏のすべてが、
世界的に戦って勝利した
真の父母の版図上に立ったがゆえに、
ここに参加するすべての子女たちは、
血統復帰をするとともに、
所有権と心情圏を
天の前に献納しなければならないということを知りました。
そのために旧約時代・新約時代・成約時代を経てまいりました。
旧約時代は物質を祭物として息子を探し求め、
新約時代は息子を犠牲にして父母を探し求めました。
成約時代は
父母がこの地上で犠牲になることによって、
神様をこの地にお迎えするための
歴史的な蕩減の時代だということが分かりました。
それゆえここに立つ真の父母の御名を持った父母は
万民すべてに対して解放圏を備え、
国を越え、世界を越え、
天地を越えて勝利した後に、
その勝利的な覇権をもって再び世界を越え、
国を越え、宗族を越えて
家庭を探し求めてまいりました。
この場で行う血統転換式を、
天国の民として入籍する時間としてお父様…、
受け入れてくださいませ。
今後、四大心情を中心として
万民の解放を実現することのできる
メシヤ的な家庭の使命を果たすことができるように
祝福してくださるこのひとときとしてくださり、
新しき生命の出発を宣言する
このひとときとして受け入れてくださいませ。
全体をお父様が受け入れてくださいますことを
感謝申し上げながら、
真の父母の御名によって
この三万余双の世界祝福を許諾しますゆえ、
祝福してくださいませ!
真の御父母様の御名によって祝願申し上げます。
アーメン、アーメン、アーメン! (二三五−三二三、九二年八月二十四日)
蕩減復帰の三大目標
蕩減復帰において、血統転換・所有権転換・心情転換が三大目標です。そのような内容を聞いたことがありますね。血統が変わってしまったので、血統を転換しなければ、神の国につながって入籍することができないのです。血統の主人は神様でいらっしゃいます。堕落の血統を受け継いで、すべてを盗んで神様の所有権をめちゃめちゃにしたがゆえに、神様の愛で血統を連結することによって、それが整理されるのです。それゆえ血統転換をしなければならないのです。堕落の愛の関係によって血が変わったのです。血統が逆さになったので、血統転換しなければ、神様のところに帰る道がないのです。(二五八−二八七、九四年三月二十日)
これからは、だれのところに所有が返されなければならないのでしょうか? 今までは、神様の所有となることはできませんでした。悪魔の所有となったものを、神様所有のものとして入籍させなければなりません。祝福を受けると同時に、所有権を天に返還しなければなりません。その次に、心情圏を返還しなければなりません。心情圏というのは、一族のことです。これが四代から 代までつながるのです。一つの心情圏です。おじいさんを中心として親戚になれば、四代、五代…、そしてそれが 代になるのです。
一六○家庭をすべて復帰しなければなりません。本来は一六〇家庭です。ですから一六〇〇家庭を祝福したのです。今は転換時代ですが、世界に国連加入国は昨年までで一六三か国です。それがみな合わなければなりません。一二四家庭を祝福した時は、一二○の国家が国連に加入していました。これが合わなければならないのです。神様は数理的摂理をなさるということを知らなければなりません。(二七二−二一四、九五年十月五日)
心情圏を中心とした入籍
今日統一教会では心情圏という言葉を使っていますが、心情圏の基地はどこでしょうか? それは、神様を中心とした真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛です。その愛が普遍化する世界が、心情圏の世界です。そのような本然の世界では、愛する夫婦の愛の基準を中心として生きるのですが、その世界においては、夫婦が中心なのではありません。天地、天宙を中心とした夫婦の愛なのです。それゆえ、天宙をより重要視するのです。また、夫婦が愛するにしても、世界を中心として愛するのです。その国に行けば世界ではありません。霊界の世界が最後なのですから、天宙ですね。
ですから、その世界に合格できる愛の基盤をどこで築くか、どこで求めるかということが、極めて深刻な問題です。それゆえに、今日統一教会では、この世でそれを築こうと言っているのです。数多くの宗教、この世で貴いと言われている数多くのものとは異なり、世の中でそのようなことを始めた所は、唯一、統一教会しかないのです。そこでは何を教えてくれるのでしょうか? 心情圏世界の合格者となれるようにしてくれるのです。
天の国に行けば、民族を愛した数多くの人、数多くの夫婦・愛国者・忠臣・烈女・聖人たちがいます。世界を愛した人もいます。ところが、神様の本然の愛を中心として、心情圏の伝統を中心として生きた人は一人も行っていないのです。行っていますか、行っていませんか? 一人もいません。
では、皆さんはこれからどうしたらいいのでしょうか? この心情生活圏の基盤を地上に残してこそ、天の国にそれが移されるのです。地上に基盤がないとすれば、あの国にもありえないのです。世界が慕い求めるような新しい心情的家庭圏をつくって、その家庭圏とつながる宗族圏・民族圏・国家圏を形成し、世界圏と化すことのできる道を、今私たちは編成していく過程にあるのです。
先生は蕩減条件を立てるにあたって、天地を統一するための蕩減条件をすべて立てました。ですから今は、新しい国、世界国家の民族編成過程にあるというのです。その国の民族編成過程は、知識でも、権力でも、お金でも、宗教でもありません。心情圏です。ですから自分と相手の間で、自分個人から見るときに、相手を世界の代表として、その価値を認めることができなければならないのです。自分は個人を代表しており、相手は世界を代表しているという、思想的観念を持たなければなりません。妻がいるとすれば、その妻は自分の妻ではありません。世界の女性を代表した妻として、互いに尊敬することができなければならないのです。また、その愛は自分の愛、自分たちの愛ではありません。神様の愛です。神様と共同生活する愛なのです。神様を中心とした愛だというのです。
ですから、体恤的な生活基盤の接触点を、地上に作っておかなければならないのです。そうして、二人が一体となったとき、つまり神様の内性的性相が分性化し実体化したものが、初めて愛によって結ばれるとき、結ばれたその夫婦は、神様ご自身の永遠の相対圏になったと証明できなければならないのです。そうなれば、神様が「汝を愛することができる」と言うことができるのです。汝を愛することができるという、これが問題です。皆さんを愛することができるという、これが問題なのです。
そのような夫婦から愛される立場に生まれた息子・娘は、天国に直接入籍することができるでしょう。そのような息子・娘は、今後、蕩減の道がなくなるのです。それゆえ、遠からぬ将来、そのような子女たちが現れる前に、世の中が平和な境地に入っていくための、外的整備作業を終えるべき時が来るのです。先生は、そのような整備作業を今までやってきたのです。旗を掲げて進みさえすれば、民族が総動員され、アジアが動員されるようになります。弱小民族はすべて先生の味方です。私がデモしなさいと言えば、いくらでも動員できる基盤が三年もあればできると考えています。(一二六−一三九、八三年四月十二日)
心情的に蹂躙されていない人であってこそ天国に入籍できる
ですから、皆さんは今後、愛勝日の記念品を分け合わなければなりません。記念品はどこにありますか? どこにありますか? 愛勝日の記念品がどこにあるかというのです。どこにあるか分からないでしょう? それを知っているのは、神様と先生しかいないのです。それを受け継いでこそ、天国に入籍できます。なぜかというと、理論的に、心情的に蹂躙されていない人であってこそ、天国に入籍するようになっているからです。心情的に蹂躙された条件のある人は、天上世界に入籍できないからです。これが原理観です。
ですから南北統一の勇士になれというのです。南北の境界線を打破しなければなりません。これが世界的です。共産世界を退治できます。ソ連共産党から中国、世界のすべての共産党を一掃するのです。何の名前によってですか? 頭翼思想によって、神様主義によって打つのです。そのようにサタンを打って永滅させて、天の心情圏に蹂躙をする者がないというときに、初めてその人は天に立つことになり、入籍が可能なのです。入籍するようになるときには、真の御父母様が公認しなければなりません。切符をもらわなければなりません。(一七一−二九三、八八年一月二日)
二、入籍のための信仰の道
自分が自分を再創造しなければ
堕落したのは人間です。それを神様が復帰してくださることができるならば、すでに数千万年前にすべてが復帰されていたことでしょう。人間自身が、自分を再創造しなければなりません。そこが問題です。自分自身が自分を再創造して、完全な人となるには、自分が完全でない立場にいてはならないのです。そこに反する素性、すなわち完全でないものは、なくしてしまわなければなりません。神様の力を借りて、自分を再創造しなければならないのです。自分一人ではできません。
ですから先生のみ言を通して神様の力を借りて、自分が自分自身を再創造しなければなりません。それゆえ、統一教会では三年間伝道をしなければならないのであり、三年半の間、万物復帰をしなければならないのです。再創造しなければなりません。神様が手を付けることのできる物質がありません。体をつくる土がありません。三年間、あらんかぎりの精誠を尽くさなければなりません。迫害を受け、蔑まれたとしても克服し、世界のどこにでも行けるようでなければならないのです。堕落した人間によって、この地がどれほど蔑まれてきたことでしょうか? 悪口を言われ、辱められながらも耐えてきたのです。そのように万物において…、地が忍耐する以上に、三千里半島、数多くの国境を越えて、迫害を受けながらも克服して越えるとき、サタンがついてこられなくなるのです。
そのためには、一銭たりとも自分のために使ってはなりません。すっかり百パーセント天に捧げるとき…、自分が百ウォンを稼いだならば、そこにたとえ一銭でも自分のお金を付け加え、自分の昼食代を付け加えてこそ公金となるのです。それを別に使ってはなりません。徹底しなければならないのです。
三年半の間、出ていって伝道しなければなりません。サタン世界に行って、闘わなければならないのです。自分を創造するための物質を再創造し、サタン世界に行って勝利して初めて、創造されるべき人間となり、天の前に来て、統一教会に入籍をすることができるのです。
この頃は、そのようなことを知らなくても、祝福を受けさえすればよいのだと思っているでしょう?そうではありません。何も知らない人は、系列から外れているのです。入籍をすることができません。そのような難しい問題が介在しているのです。気を引き締めなければならないのです。有名な学校に行くには、その学校の学習過程と環境に適応しなければならないし、そこの先生が主体であるからには、私が対象としての立場に立って、一つにならなければならないのです。そのためには、学科の勉強をするにしても、私が主体となって、勉強する対象と一体化しなければならないのです。(二八二−三一三、九七年四月七日)
私たちは心の地を啓発するために、悲壮なる覚悟をしなければなりません。皆さんの目前にいる、愛する息子・娘までも捨てなければなりません。神様は、ノアを呼んで一二〇年間信じなさいと言って、排斥される道、迫害される道に追いやりました。アブラハムのときも同様です。神様はアブラハムを愛していると言って、「あなたの子孫はふえて、天の星、海の砂のようになるであろう」と祝福してくだり、カルデアのウルから出て行くようにと言いました。また神様は、ヤコブがハランヘ行く途中で石を枕にして眠っているときには、ヤコブに現れて彼を祝福し、ハランに送って二一年間の苦役をさせました。モーセのときも同様です。イスラエル民族が神様の選民であり、神様のみ旨の前に立つべき民族であることを知ったモーセは、彼の兄弟であるイスラエル人を苦しめるエジプト人を石で打ち殺しました。そのとき神様は、モーセのその燃え上がる民族の精気を見て、彼をミデアン荒野に追い出して四〇年間苦労させました。
またイエス様のときも同様でした。イエス様は、この地の救世主として送られた天の皇太子であり、たった万人しかいない神様のひとり子でした。万軍のエホヴァ、万王の王である神様の息子でした。ところが、そのような息子をこの地に送るときに、みすぼらしい馬小屋で誕生させました。しかしイエス様はありかたく思っていました。ああしてもありがたく、こんな状態でもありがたいというのです。何も持たずに来て、何も持たずに去るのです。お父様の心情から出発したので、去るときも父の心情を抱いて行くというのです。それがイエス様の人生目標でした。
父母の血と肉を受け、愛の種を受けて生まれたので、それを抱いて行くのです。そのようにしてまかれたので、それをしっかりと抱いて行かなければ、天上世界に行って入籍することができないのです。それをご存じであるイエス様の、この地における三〇余年の生涯は、排斥ばかりでした。父母に排斥されました。民族から追われました。友に追われました。教団から追われました。その後、彼に従っていた十二使徒にまで裏切られ、さらには愛する三弟子にまで裏切られました。しまいには、神様までもが知らないと言ったではありませんか?「アバ父よ、どうしてして私をお捨てになるのですか……」。神様に見捨てられた立場でもイエス様は、「神様が私を捨てても、あなたを愛するこの心の中心だけは変わることができません」と言われたのです。それによってイエス様は、神様が離れていっても、この地上において、神様に代わる心情の中心として万民に向かうことのできる資格者になったのです。このような事実を皆さんは知らなければなりません。(一〇−二九二、六〇年十一月六日)
今日堕落した人間は、すべてを否定し、全体を否定するなかで、愛の芽を育てなければなりません。そのような論理が必要なのです。全体を否定し、主体の愛を持った神様を唯一の中心とした、愛を中心とした絶対基準を発見しろというのです。そうすることによって、今日私たちは、再創造の法度の過程に入籍することができるのです。(一〇九−一四六、八〇年十一月一日)
私が息子・娘として生まれたとしても、入籍できる天国がありませんから、保留にしなければなりません。天国の夫となることを願い、天国に入籍されたその民として妻をもらい、その家庭で赤ん坊を生んでみたいと思わなければなりません。それを知らなければなりません。そのためには、寝ても覚めても、一日、一時間、一秒を惜しんで、闘って勝利しなければなりません。そのような前提を持った自分であるということを知らなければなりません。いつもそのように生きなければならないのです。(一二二−二八〇、八二年十一月二十一日)
十二の真珠門を通過するための信仰の息子・娘を立てなければ
私たちはこの地上で生きる間に、何をしなければならないのでしょうか? 一家庭の中心を立てるためには、三人の息子が必要です。この三人の息子が東方に当たるとすれば、それは東の一方だけということになります。三人の息子だけでは、東西南北の四方性を備えることはできません。四方がなければ、春もないし、夏もないのです。四方を備えたその基盤の上に春もあるのです。三人の子女は、霊界にある十二の真珠門のうちで、東方の三門のようなものです。しかし、一家庭の基台をつくるには、信仰の三子女が必要なのです。
また、四方を備えて、イスラエル民族を代表した一つの中心基準を備えるためには、十二数を備えなければなりません。ですからイエス様も十二弟子を立てたのです。そのように備えて行くのです。したがって、皆さんもそういう基準を備えるために伝道しなければなりません。皆さんが宗族を代表した族長の立場で、宗族的な使命を完遂しなければ、祝福を受けているとしても、天国に行くことはできません。天国の門が開いていても、礼服を着ていなければ入ることができないのです。イエス様が一二〇門徒であるとか、七〇門徒、十二使徒を中心として苦労した原因がここにあるのです。(三四−二六四、七〇年九月十三日)
皆さんが原理に立脚して、先生の代身としての立場に立つには、信仰の三子女をつくって、十二息子をつくって、七〇門徒をつくって、少なくとも一二〇人を伝道して、結婚させなければなりません。そうしてこそ、霊界に行って、十二の門を昼も夜も、四方に自由に往来することができ、そこにいる門番も「だれですか?」と尋ねることもなく、「どうぞお入りください」と案内するようになるのです。もしも、信仰の三子女しかいないとすれば、いつも一つの門からだけ出入りするのです。他の所には行けないのです。それがいいですか? 信仰の三息子を中心として完全に一つになれば、天国に入ることは入るのですが、出てくるときには、他の門から出ることができません。入った門から出てこなければなりません。
イエス様は東西南北、四方に往来できる、そういう環境をつくろうとしていましたが、追われに追われながら、やむを得ず十字架で亡くなりました。その際にイエス様は、天国に入る門を三つだけでも開くために、三人の弟子を連れて、死ぬも生きるも共になそうとしたのですが、ゲッセマネで三次の祈りをするときに、三弟子が居眠りをしてしまったのです。
それと同じく、統一教会の先生は、死ぬか生きるかという、それこそ最後の決戦だと考えているのに、あなたたちは目をぱちくりさせて、「先生はどうしてあんなこと言っているのだろう?」と言っているのです。あたかもイエス様のときに、居眠りをしていたと人たちと同じです。先生が十歩行けば、皆さんも十歩行かなければならないでしょうか、どうでしょうか? 行かなければなりません。夜を明かすとすれば、皆さんも夜を明かさなければなりません。そうしなければならないのです。
原理の道はそのように行くのです。それゆえ、皆さんは信仰の子女がいなければなりません。アダム家庭の 人の食口を中心として落ち込んでしまったので、 人の食口を中心として上がらなければなりません。上がるときに、だれを中心として上がるのでしょうか? 堕落するときには、サタンの子を身ごもって堕落しましたが、上がるときには、自らの愛する息子・娘を身ごもって上がるのです。
祝福を受けた皆さんが上がるときには、そのままで上がることはできません。皆さんは、愛を受けることのできる、堕落していない完成したアダムの立場を越えていません。アダムとエバは、長成期完成級で堕落しましたね? 完成期蘇生級にはだれが上がるかというと、堕落していないアダムとエバが上がるのです。そこには、堕落していないアダムとエバを持つことのできる人でなくては、上がることができないのです。
祝福は長成期完成レベルで受けます。アダムとエバの二人は、誤った愛によって落ちていきました。したがってアダムとエバは、未婚のときの誤った愛ではなく、神様の保護の下で愛し合うことによって、上がっていくのです。
上がるときには、そのままで上がることはできません。夫婦では上がることができないのです。では、どうすればよいのでしょうか? 先生一人を中心としてもできません。自ら愛の息子・娘を抱いて上がっていかなければなりません。彼ら(アダムとエバ)はサタンの息子・娘を抱いて落ちました。したがって、サタンの息子・娘の代わりに、天の息子・娘を抱いて上がらなければならないのです。(五八−七三、七二年六月六日)
今は各家庭が十二名ずつ、ひとりが十二名ずつ伝道しなければなりません。今まで、蕩減復帰以前は天使長の解放圏でしたが、これからは支派編成の時代なのです。信仰の父だけではならないのです。天使長ではなく、アダムとエバを中心として直接的に十二支派を編成できる時代になっていくのです。国を探し得たならば、十二支派を編成しなければなりません。十二支派を編成するときに、自分の一族がその十二支派に属すれば、それは永久です。それによって、天国の十二の門を自由に通ることができるため、国境と民族を越えて往来できる地上平和の基地、地上天国の平和の基地が設定されるのです。(一八三−二五六、八八年十一月二日)
原理原則通りにアダム家庭の形態が整っていない人は、入籍できません。入籍名簿から外されるのです。三六家庭でも、七二家庭でも、一二〇家庭でも例外はありません。これに備えるために、先生が七七七家庭を用意したのです。(五〇−三二六、七一年十一月八日)
今後統一教会が、国から歓迎される時になれば、入籍時代が訪れるでしょう。皆さんは入籍しなければなりません。三六家庭が入籍しようとするなら、入籍の動機がイエス様よりも、ましな基準を持たなければなりません。そうでなくては入籍をすることができません。この原則を持たなくては七二家庭も入籍できないというのです。だれもがこの原則をわきまえなくては入籍できないのです。びっくり仰天する事が起きるというのです。(五八−二五八、七二年六月十三日)
入籍のための万物復帰
皆さんは天国に入籍をしなければなりません。アブラハムは神様に近づくために、祭壇の上に自身とともに万物を捧げました。万物を失ったのでそれを復帰の条件とし、人間を失ったので万物をアベルの立場に立てて、カインに条件を立てさせながら神様に捧げるのです。そのようにしてこそ、神様は受け取ることができるのです。(一五−一四九、六五年十月七日)
祭物は、たとえ死んでも自分を公認してくれとは言いません。死んでからも頭を下げ、すべてが過ぎ去った後にも頭を下げなければならないのです。それが平和の起源になるので、祭物の完成圏が現れるまでは、その正体は分からないのです。私たち統一教会員は、そのような道を最も夜も厳粛に歩んでいるということを知らなければなりません。
皆さんは、自分の物は父のものであり、自分の息子は父の息子であり、自分の体は父のものだと言わなければなりません。私の体は父の肢体であり、私の息子は父の息子であり、私の持っている物は父のものであると、父の前にお返ししても、父のものであり、私のところに来ても、父のものだということのできる立場に立ったことがあるでしょうか? そこから天国が始まるのです。
そのような時が来れば、世界万民はその原則にしたがって、自分のもの、自分の息子、自分全体を入籍する時代が来るのです。女性が嫁げば、新郎の家に入籍するのと同じように、国の責任者が国を代表して入籍するならば、その国全部が入籍することになるのです。そうなれば今後、国家が一時に救いを受ける時が来るのです。
サタンが誇る以上の天の主権国家、サタンが羨むような天の主権国家を中心に、全体を代表して、一時に神様の前に総蕩減しなければ、皆さんの家庭、あるいは環境は、清められた場になりえないのです。それゆえ、すっかり捧げることのできる立場を私たちは死ぬ前に…、身命を尽くし、一時に祭物の完成をして、旧約時代・新約時代・成約時代の一切を清算しなければなりません。縦的な歴史を横的に総落城しなければならないのです。
そのためには、私の物は私のものではなく、お父様のものであり、私の息子は私の息子でなくお父様の息子であり、私の夫、私の妻は私の人ではなく、お父様の人だと言わなければなりません。天国に行くのは簡単です。妻よりも神様をより愛し、自分の息子・娘よりも神様をより愛し、自分の物よりも神様を愛する人が、天国に行くのであって、それができない人は、天国に行けないのです。それを皆さんははっきりと知らなければなりません。金の入った袋を持って歩く者たち、自分の息子のことばかり考えている者たち、自分たち夫婦だけ楽しもうという者たちは、すべてみな天とは関係のない集団です。
「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」という論理によれば、自分の家を捨てる人は、より良い家を得るのであり、自らの国を捨てる人は、より良い国を得るのであり、自らの世界を捨てれば、より良い世界を得るのです。ゆえに、得ようとする者は、失わなければなりません。私たちの痔っているものはすべて悪なるものだからです。統一教会の先生も、そのような生活をしています。そのような生活をしなければならないのです。(四八−一三一、七一年九月五日)
旧約時代・新約時代・成約時代は、縦的につづられてきたものです。旧約時代には万物を捧げ、新約時代には息子を捧げました。成約時代は、父母自体を捧げる時です。何のためにでしょうか? 真の愛の所有権に入籍するために、そのようなことをしてきたのです。(一二一−二四九、八二年十月二十七日)
入籍をするためには、新婦が自分の財産をすべて新郎の家に捧げるように、皆さんもそのようにしなければなりません。そのようにしなければ入籍できません。(一五−一四九、六五年十月七日)
子女は父母の名を経た後に、自らの名ですべての万物を持つようになるのです。そうしてこそ復帰されるのです。したがって、自分が復帰されるまでは、聖婚式をするまでは、自分の持つすべての私有財産は、すべて天ものとして入籍しなければなりません。嫁に行く娘は、自身が持っていたものを持って嫁に行くでしょうか、残していくでしょうか? それと同じです。ところが堕落世界においては、このように原理原則通りにはならない悲しさがあります。(四四−三一一、七一年五月二十四日)
入籍のための断食
皆さんが霊界に行くとき、一週間以上、天のために断食をしていない場合は、天の国に行って入籍することができません。なぜでしょうか? 神様が六〇〇〇年の復帰歴史路程で苦労をしてこられたため、それを考えながら断食をしなければならないのです。ですから統一教会では七日断食期間があるのです。それは皆さんに苦労させようというものではなく、天の前に肉身を打ったという条件を立てさせるためのものなのです。(一七−一八二、六六年十二月十八日)
私たち統一教会には、四〇日断食をした人が多いでしょう? それを知っていますか? 一週間断食は皆がするものです。嫌でもしなければなりません。しなければ天国に行ってから、入籍することができません。ご飯をただで食べて暮らしてきました。ご飯の価値を知っていますか? 学校に通うからといって、お母さんにお弁当のおかずのことで不平を言いましたか、言いませんでしたか? 釜の中のご飯に「この野郎!」と怒られましたか、「お坊ちゃま」と言われましたか? どちらでしょうか? ご飯がまずいと不平を言いませんでしたか? おかずがないと不平を言いませんでしたか? みな不平を言ったのです。では、ご飯様が見るときに、両班(紳士淑女)と言うでしょうか、無礼者と言うでしょうか? 無礼者と言うのです。ご飯様が見て「無礼な息子!」と言い、「無礼な娘!」と言うのです。(二九八−二八九、九九年一月十六日)
入籍をするには礼服を準備しなければ
天国に行くには礼服がなければならないのですが、この礼服は各自が準備しなければなりません。父母さえ入籍すれば、息子はついて行けばいいのです。(一七−三〇五、六七年三月十六日)
霊人たちが活動できる舞台を築くため…、そして主人の立場に立って、真の父母を中心として天使長が保護することのできるみ旨を抱いて、その家庭環境全体を保護するために、旗を掲げて、真の御父母様の写真を置かなければならないのです。真の父母に仕えて生活したことがありませんね? 家を出たり入ったりするとき、天に相談しながら今日の生活がどうか、心で問い合わせるのです。心に余裕が生まれれば、自分の行く道が悪い道か、良い道か、すべて分かるのです。恵み多い生活が始まるのです。そのような生活の変化があってこそ、地上天国の民として入籍できるのです。(二八四−一四〇、九七年四月十六日)
一族がみな歓迎する立場で神様に仕えるようになれば、神様の創造理想の喜びとなって、無限な永遠の天上天国、私たちが生きる地上天国の完成が始まるのです。堕落しない私たちの家庭から入籍をしなければなりません。だれもが例外なく、そのようなモデルに合わせて天に行ってこそ、一つの博物館に展示できる展示品となることができるのです。(二九八―二九四、九九年一月十六日)
三、為に生き、犠牲奉仕しなければ
祖国光復と入籍
三、為に生き、犠牲奉仕しなければ
天国の民として入籍するには
今後私たちが行く所は霊界です。霊界を訪ねていくのです。霊界の民として入っていくのです。それを知らなければなりません。アメリカの市民は霊界の市民でしょうか? 違います。統一教会では為に生きようとするのですが、為に生きるというのは楽しいでしょうか? どうですか? 楽しくありません。それなのに、なぜそうしなければならないのでしょうか? そのように生きる世界には、サタンが入ることができません。サタンが入ることができないというのです。それはサタンを防御する、いわば鋼鉄のような囲いとなるのです。囲い。そこにサタンが入ったとしても、いることができずに出て行くのです。
なぜそのように生きなければならないのでしょうか? 霊界がそのようになっているのです。霊界がそのようになっているので、そのように生きる人々にはサタンはないのです。
人の為に生き、次には犠牲奉仕しなさいというのですが、犠牲奉仕するならば、サタンの地域から完全に除かれるのです。サタンが自分の国の系図から外してしまうのです。ですからどこに入籍されるかというと、サタン世界の戸籍から外されたので、天国に入籍されることになります。そうなのです。為に生きる人は天国の環境に入っていくことができ、犠牲奉仕する人は天国に入籍することができるというのです。天国の民になるのです。天国の民として入籍するのです。
犠牲奉仕をして、そこに生命をかけてこそ入籍できるのです。入籍というのは、自らの生命が生まれてこそ、初めてなされるものです。同じことです。生命をかけてこそ、天国に入籍されるのです。同じことです。死ねば新しい人として生まれ変るのです。そのように生きていけば、天国の民として生まれるというのです。そこでは互いに為に生きようと努力するのです。(一一九−三五、八二年七月三日)
為に生き、犠牲奉仕をして、愛の実体にならなければ
神様のためには、常に自分の生命も何もかも犠牲にしなければなりません。自分勝手にはできないのです。そうすれば、どのようになるのでしょうか? 愛の化身へと発展するのです。それを知らなければなりません。愛の化身へと発展していくことが目的なのです。愛の化身とは何でしょうか? そのようになることによって、全体が私の統率圏に入るのです、上がりながら。それゆえ、私はどこへでも行くことができるのです。
ですから、皆さんも今後こういう過程をたどれば、死んだ後に天の国に行って、昇華された愛の実体となります。神様のごとく体を持たない、愛の化身体となりうる境地にまで発展していかなければならないのです。なぜそのような無形が必要なのでしょうか。無形ならば、相手の所に自由に行くことができるのです。どこへでも思い通りに行くことができるというのです。体がなければ千人の中にでも入っていくことができます。しかし、肉体があれば一人の所にしか行けないのです。先生のように東洋人で、目が黒く、髪の黒い人にだけ入っていくのであって、白人のように目が青く、頭が金髪の人には入っていくことができないのです。
そのような位置にまで行かなければなりません。ですからそのような位置に達する道を行くためには、互いがこのような公式的過程を完全に経なければならないのです。皆さんは統一教会式だというかもしれませんが、これは統一教会式ではないのです。永遠世界式であるということを知らなければならないのです。
ですから、為に生きよというのはどういうことかというと、私は君にも入っていくことができるし、万事のすべてに入っていくことができるということです。そのための訓練なのです。自分を歓迎する所にはだれにでも入っていくのです、だれにでも。これが今後無形の愛を実体化するための基本訓練となるため、不可避的に、このような論理的公式が必要とならざるをえないという事実を知らなければならないのです。(一一九−三七、八二年七月三日)
為に生き、犠牲奉仕をすることが天国の鍵
犠牲奉仕をすることは、入籍するための点が付くのと同じです。そのように生き、そのような考えを持っている人には、神様がいつでも入って来ることができます。神様がいつでも入って来るのです。はっきりと知らなければなりません。ですからこのように言っているのです。ですからこの道を行けと指示しているのです。
それができていないということは、米国に来たのにグリーンカード(労働許可証)や市民証がないのと同じです。なければ追い出されるのです。「労働許可証はあるか? 市民証はあるか? あれば見せなさい。どこにあるのだ?」と言われたときに、「ありません」と言えば、「出て行け!」ということになるのです。ですから、世界に向かって、世界の為に生き、世界の為に犠牲奉仕をしなさいというのです。先生は今そのようにしているのです。私がアメリカに来て、アメリカが知らないことを教えて、アメリカのために犠牲奉仕をしているのです。
何か他の概念でもって世界を一つにすることができ、霊界と一つになることのできる方法があるかどうか、皆さん研究してごらんなさい。皆さんがいくら研究したところで見つかりません。先生はそれを知っています。それゆえ、先生が、そして私たちが教えてあげるこの思想は、永遠な世界、永遠な歴史路程になくてはならない、一つの主流思想であるということを知らなければなりません。
黒人と白人が結婚したとします。神経質な白人とのんびり屋の黒人が結婚して生活するときに、相手のためを思うことなく、ただ自分を中心として生活するならば、一日ももちません。何時間か後には「一体何だ?」と言って壊れてしまうのです。しかし、私たちの思想には、為に生きるという思想があるので、うまくいくのです。犠牲奉仕の思想があるので維持できるのです。黒人はちょっと鈍いのです。
為に生きてこそ天の国と拍子が合い、犠牲奉仕してこそ天の国に入籍できるという、この驚くべき事実を知ったのですから、天の国に行けばどれほど価値あるか、それが分かるのです。どれほど価値があるか知っているので可能なのです。それゆえに、より為に生き、より犠牲奉仕したという結論が出てくるのです。
それはどういうことかというと、天の国を理想郷にするために、この道を行っているという事実に間違いないということです。したがって、為に生き、犠牲奉仕をすることが、困難なこの世界、天の国と地上を、天国にするために、どれほど必要なことかということを知らなければなりません。それがどれほど素晴らしいことかという事実を知らなければならないのです。
このように考えると、これ以外のもので地上に天国をもたらすことができるでしょうか? 知識でできるでしょうか? お金でできるでしょうか? 権力でできるでしょうか? ムーニーは最も重要なものを持っています。サタンもそのように思っているということを知っていますか? サタンも「ムーニーは偉大なものを持っているなあ!」というのです。それは事実です。私は皆さんよりも賢い人物です。なぜこういう概念を毎回強調するのでしょうか? 先生は、それが何よりも貴いということを知っているので、常にこのように強調するのです。
皆さんは、正直言って、「私は州の責任者だからアベルだ。だから、私のために行いなさい」と言っていますね? そのような人は地獄に行かなければなりません。州の責任者は州のためにあってこそリーダーなのです。座っていてリーダーになれますか? リーダーになったと思っているのですか、リーダーになる過程にあるのですか? リーダーになるために来ているという事実を知らなければなりません。リーダーになったと考えてはならないのです。
それゆえ結論は、その州のだれよりも為に生き、だれよりも犠牲奉仕をしなければならないのです。州のために犠牲奉仕をしなさいというのです。犠牲奉仕をして為に生きてきましたか? 食口たちを利用して、少ししか苦労しないというのではならないのです。為に生き、犠牲奉仕する州の責任者になれば、だれが不平を言うでしょうか? そうなれば絶対に不平を言うことはできません。これは真でしょうか、偽りでしょうか? 真です。ですから、不平を言うことができないのです。これが天国にいく鍵です、鍵。この鍵さえあれば、国の門はもちろんのこと、天国の門もガシャリと開くのです。(一一九−三八、八二年七月三日)
賢い人は準備する人
こういう人は、霊界に初めて入っても、数千年、数万年前の老人クラブに入ってもすべてみな歓迎します。どこへ行っても歓迎されるのです。アメリカ人クラブがあり、ドイツ人クラブがあり、アフリカ人クラブがあったとしても、万事OKです。それで統一という言葉が出てきたのです。
行ってごらんなさい。死んでごらんなさい。ただちにその世界に連結されるのです。ここで訓練しなければ大変なことになるのです。今晩帰って死ぬということもありうるのです。早く訓練をしなければなりません。一度行ったら帰ってくることができますか?「先生は地上にいるのに、私はここに来てしまった。地上に帰って先生のみ言通りにしてから来ます」ということができますか? 一度行ったならば、帰ってくることができないのです。先生もそのようなことを知っているので、このように生きているのです。監獄を入って、いくら苦労をしたとしても、私の行く道はますます広がり、私たちに反対すれば、ますます滅びていくのです。これをはっきりと知らなければなりません。今回全世界の宣教師とか、ここいる責任を負った人たちは、この原則を徹底的に教えてあげなければならないのです。
皆さんは、自分で自分自身を知っています。自分はどんなレベルなのか、自分がよく知っているというのです。よく知っているのです。天国のこの原則から見て、自分がどのレベルに行くのかが分かるのです。夫婦喧嘩をするときも、自分のどこが悪くて、どこが悪くないかみな分かっているのです。口では反対しながらも、「天国に行くときは、夫について行かなければ」と考えながら、反対するというのです。すべて分かっているのです。自分がいちばん良く知っているのです。夫がどんな夫で、自分はどんな人かということがすべて分かっているのです。このような原則を考えると、どうですか? 偉大なのです。
これがあるので、統一教会のこの武器で世界が一つになるのです。皆さんが国際結婚をして、話の通じない相手と結ばれたとしても、この原則をもって生きていけるというのです。それがそのまま天の国に行って実験されるのですが、それが百年以内に実験されるのです。百年もすればみな死ぬのですから。その時になれば先生が嘘をついたどうか分かります。
その時になって「どうしよう!」ということになれば大変です。ですから、賢い人は準備する人です。そのような意味で、レバレンド・ムーンはバカではなくて賢明な人物です。完全に準備をしているのです。もう終えたのです。先生がアメリカから去っても、霊界やアメリカ国民、西洋社会、自由世界が歴史を通して讒訴できないようになっているのです。先生がなすべき責任はすべて果たしたのです。
神様は今までに、何千年もかけて先生一人を教育したのですが、先生は一〇年どころか、七、■年間に何百人、何千人をすべて教育したのです。先生がいなくても、先生が皆さんを忘れたとしても、皆さんの足が折れ、水溜まりに落ちても進み続けようとする、そのような人になったのです。なりましたね? 皆さんは、先生がいなくても、もうこの道に背くことなく、ふらつきながらも行こうという人になりましたね。そうですね? 先生かいなくても、皆さんをみな捨てて行っても、先生が教えてあげた道をふらつきながらも行こうとするのであって、後退しようとはしないのです。それがどれほどすごいことかを知らなければなりません。
したがって時を争って、今、アメリカは滅びつつあるのですから、死ぬ前に注射を打たなければならないのです。私たちが注射を打たなければならないのです。そのような公式が必要だということが分かりましたね? それはなぜでしょうか? 霊界がそうだからです。(一一九−四〇、八二年七月三日)
ホームチャーチを通さずしては天国に行けない
皆さんは「奉仕をして犠牲になって為に生きるには世界的に、そして霊界と肉界のすべてのために生きなければならないのに…、自分はいつ死ぬのかも分からないし、一体いつそれをなせるというのか?」と言うかもしれません。それが心配なことでしょう。どのようにするかということです。世界を歩き回りますか? 歩き回るための費用、お金はありますか? 皆さん自身が世界のために生き、米国のために生き、霊界のために生き、全体のために犠牲奉仕することを、いかになすかというのです。霊界に行くことができますか? 皆さんは世界中をくまなく回ることができますか? それが問題なのです。
だれにでもそれができるわけではありません。皆さんは私と同じ道を行かなければならないのです。いかに外国に行って為に生き、いかに五色人種のために生きるのでしょうか? ですから、この全世界を縮小した一つの代表的なモデルが必要だということを知らなければならないのです。そのようなものが必要ですね? すべての焦点となる要素を集約したものが必要だというのです。そのようなものが必要です。そのようなものが。
皆さんは、いつ世界をために、いつ世界のために奉仕犠牲をしたかというのです。また、いつ霊界のために何かをしたでしょうか? せいぜいアメリカやこの地域でしている程度です。過去と現在・未来まで連絡しなければならないのです。
ホームチャーチ! ホームチャーチは宇宙を縮小したものです。世界を縮小したものです。そこにはイギリスもあり、アメリカもあり、ソ連もあり、霊界もあるというように、すべてが含まれているのです。また旧約時代・新約時代・成約時代が含まれており、不信者・良心者・宗教人がみな含まれており、さらには宗教というものを考えると、回教、そして仏教、キリスト教が、すべて入っているというのです、それを代表した縮小体、サタンもが一つにならざるをえない、全宇宙を代表した、一つの表象としての縮小体なのです。それを知らなければならないのです。
ではだれがそのようにしたのでしょうか? 自然にそうなったのではありません。先生がサタン世界のエッセンスをみな集約させておいたのです。そこで為に生きるということは、皆さんの家庭からはじまって、民族・国家・世界・天宙的な次元で、為に生きるという条件になるのであり、そこで犠牲奉仕することは、全世界のために一生の間、何らかの犠牲奉仕をしたという条件の基盤になるのです。このような事実を知らなければなりません。
ですから皆さん夫妻がこの過程を経なければなりません。行かなければ絶対に天国入ることはできません。先生は脅迫するためにそのようにしたのではありません。皆さんをこき使い、搾取するために作ったのではありません。皆さんにさせておいて、私がお金を儲けようとでもいうのでしょうか? 皆さんが良いというのです。皆さんがメシヤになるというのです。宗族的メシヤになるのです。私はもうこれ以上なる必要がないのです。必要ないというのです。(一一九−四二、八二年七月三日)
自分たち一族の中で結婚するのはみな止めろというのです。神様が愛する全世界の善なる人類の中で、み旨があって祝福を受けたので、祝福を受けた人は神様が保護し、み旨のために熱心に励むようになっています。自分個人の利益を求めるのではなく、犠牲になろうとするのです。そのような家庭は、天の保護の下で入籍できる道に案内されるのです。ですから、ただじっと座って韓国人だということを自慢していてはなりません。実績が問題なのです。(三〇二−四二、九九年五月十八日)
四、家庭を中心として入籍しなければ
アダムとエバが家庭的に堕落することによって、サタンの前にすべての入籍手続きをしたように、今回は皆さんの家庭を中心として、皆さんの国と全体が入って、天の前に入籍して帰ってこなければなりません。それが原理です。堕落するときに、家庭を中心として堕落しました。ですから、それを落城しなければなりません。その原理があるために、この世の大統領がいたとすれば、その国を率いて天の前に登録しなければなりません。登録する日には全体が、その国全体が救われるのです。(一八四−九六、八八年十二月二十日)
全世界がアダム家庭型、ノア家庭型、ヤコブ家庭型になっています。全世界を見ると、堕落したアダムとエバのような姿になっていて、イエス様も婚約段階で結婚をしませんでした。これが定着しなければなりません。このすべての歴史的な内外において、三段階基準がすべて噛み合うというのです。再臨主はヤコブと同じです。全世界において、天の族属の地上天国を中心として、神様の選民権、神様の血統を中心として、平和と統一圏を成していくのがヤコブ定着時代です。地上天国を築く時代へと進むのです。
結局、結婚を誤ってこのような問題が起きました。アダム家庭において、このような結婚を考えることすらできず、イエス様は結婚するために来ても結婚することができず、再臨主が来て、ヤコブと同じ立場に立って初めて定着したのです。すべての過去の出来事、アダム時代・イエス様時代の失敗を全部整理し、家庭を編成することによって、神様の血族圏ができるのです。そうして入籍が行われます。真の父母を中心として生まれた一族になるのです。
家庭的基盤でなければ、入籍することができません。真の父母というのは、家庭を中心として祝福の基盤を代表した世界的家庭であるため、真の父母と相対圏を成して入籍しなければならないということを知るべきです。家庭的な出生を申告しなければならないのです。
真の父母の御名を中心として、神様のみ旨の平和境が築かれ、統一圏が築かれ今、家庭的に入籍するという事実は、国家が一瞬のうちに復帰されるということです。宗族的メシヤが、十二家庭だけ入籍したと考えてみてください。その国はどうなるでしょうか? 一瞬のうちに復帰されるのです。日本も、どんな国も問題ではありません。完全にいっぺんに復帰されるのです。それはどういうことかといえば、神様を中心として、アダム家庭以降の堕落したすべてを、愛で許して抱いていこうという意味なのです。(二六九−五五、九五年四月七日)
愛の恨は個人から解いていかなければなりません。したがって、自分の家庭に入ったならば、妹を愛してみ旨を知らせなければなりません。なぜならば、アダムがエデンの園で妹の立場にあるエバを、兄の立場で百パーセント愛してあげることができなかったので、愛を受けることができなかったエバの恨を解いてあげなければならないからです。したがって、妹を愛することのできる兄にならなければなりません。
次には、夫に愛されなかった妻の恨を解いてあげるためには、妻を完全に愛する夫にならなければなりません。女性として生まれたのは、妻として夫の愛を受けるためなのですが、皆さんは夫として百パーセントの愛を与えることができませんでした。その恨を解いてあげなければならないのです。また、父母を中心として見るとき、神様の愛を中心として孝行できなかったので、孝誠の道理を尽くして孝子になろうというのです。
この愛の恨を解いて、父に代わり、兄に代わり、弟に代わる姿となって、蘇生・長成・完成の形を備えなければなりません。その次に新郎の立場に立つようになるのです。このようにして、相対的関係を中心として四位基台になるのです。
また女性は、母に代わり、姉に代わり、妹に代わり、妻に代わる姿にならなければなりません。そして、本然の世界において神様が愛してみたかった本然の立場、すなわち四位基台が完成した立場で愛さなければなりません。そうしてこそ、天国に直属の家庭として入籍されるのです。(三五−一一三、七〇年十月四日)
今までの歴史は、横的な基準ではありませんでした。これからは、家庭を中心として出発していく時となりました。家庭において、ありとあらゆることがすべて成されるというのです。こういうことを皆さんが知って、今回の期間に先生が祝福してあげた家庭として、天の前に入籍するかどうかという問題が起こるのです。入籍するときは、夫だけ入籍しても、妻だけ入籍してもいけません。夫と妻が一緒に入籍しなければなりません。統一教会は、いまだに戸籍がありません。戸籍というのは、主権があってこそありえるのです。ですから、皆さんはかわいそうな人たちです。それで、先生が戸籍を持てるようにするために、その道に向かって無慈悲に打って追い立てるのです。これは正当な指導です。(三六−三〇、七〇年十一月八日)
家庭とは、死んでから天国と平和の王宮に入籍することのできる、手続き権をもらうための愛の教科書です。家庭は愛の修練所です。これを拡大したのが世界です。祖父のような世界があり、祖母のような世界があり、父親、母親のような世界があり、夫のような世界があり、妻のような世界があり、息子、娘のような世界があるのです。これを拡大すれば世界になるのです。(一四2−二四二、八六年三月十一日)
家庭的に堕落したので、復帰も家庭的にしなければなりません。入籍です、入籍。入籍するのです。「ああ、私は相対者が嫌いだからだめだ」と言う人もいますが、そういう者は統一教会から出て行けというのです。永遠にこの世界から出て行けというのです。第二の堕落が起きるのです。家を出て行くと言うならば、しがみつきながら「私を殺してから行きなさい! 天国に入るために殺してみなさい! あなたは行けない、あなたは決して行くことができない!」と言わなければなりません。皆さんは、死よりも強い愛を持っていますか? 天国に行きたいのなら、そうでなければなりません。遥かな歴史以来、一度しかないそのような時に私が生まれ、そのような立場で活動し、そのような立場で先生とともに闘うことができるというのは、どれほど偉大なことでしょうか? 二〇九−七八、八〇年十月四日)
入籍は、家庭を中心として、しなければなりません。一二〇家庭です。イエス様自身も独身のまま、再臨時代を残して死んだのです。祝福家庭を見てください。三人の弟子がいます。三家庭を含めた三六家庭があるのです。アダム家庭・ノア家庭・ヤコブ家庭を通して、二〇〇〇年の軸が螺旋状に延長されてきたのです。その次のイエス様までが四千年です。一代先祖、二代先祖が失敗したのを延長して蕩減するのです。イエス様が来たのは、地上天国の世界をつくるためです。イエス様が、国家的基準の上で祝福を受けて、家庭を持ったならば、全世界の家庭を結んで、解放世界、地上天国の編成がなされたはずでした。それが延長されて先生の時まで来たのです。(二五八―二一〇、九四年三月十七日)
今は神の国がないので、入籍の本来の地がないのです。イエス様は国を探し求めながら死んだので、サタン的な国家基準以上を求めるには、イエス様の基準を解除しなければなりません。一二〇家庭を祝福し、イエス様を一代として、一二〇代の先祖から続いた数千代の人類を解放する圏に入れることによって、神様の国籍に属するようになり、初めて神様の国民になるのです。イエス様は死んだのでそれができませんでした。(二五八−二〇八、九四年三月十七日)
国を作って入籍するのです。堕落したことによって真の国がないので、国をつくって入籍をするのです。ヤコブのときには一二家族、モーセのときには七十二長老、イエス様のときには一二〇門徒がありました。それが失敗したのです。再臨主が一六○国家をなすことで、イエス様が失敗した宗族圏の蕩減復帰が可能なのです。イエス様が入籍をすることができずに死んだのを、宗族的メシヤが、イエス様の代わりに蕩減復帰しなければならないのです。(二五九−一六九、九四年四月二日)
皆さんは家庭を中心として入籍をしなければなりません。ところが皆さんは、まだ入籍していませんね? これから恐ろしい時が来るのです。それに関しては、具体的に説明しません。万一引っかかる場合には、切り落とさなければならないのです。それが原理の法度なのです。(二八−三三三、七〇年二月十一日)
皆さんは天を愛するように父母を愛するべきであり、天と父母を愛するように兄弟を愛さなければなりません。私の家庭と兄弟を愛するように万民を愛する人は、天国民の資格者として登場できるのです。入籍できるというのです。二九〇−一二二、八九年六月十八日)
いつかはみな死んで町の裏山に葬られるのです。気力が衰えて、家の中から外を眺めては「もう年だから……」と言っていますが、老いても伝道しなければなりません。自分の両親をみな天の前に入籍させてあげた後に霊界に行かなければ、大変なことになります。両親の前に、歴史時代の先祖たちの前に、兄弟たちの前に、親戚を中心として、歴史的に偉大なことができるこの時代、この時を迎えたのが、統一教会の祝福家庭なのです。(一八六−一六五、八九年二月一日)
他の宗教は個人の救いです。統一教会は家庭の救いを説いています。次は家庭的救いの基盤の上に、親族の救いです。親族連合、その次に親族連合の上に国家の救いです。国家の救いの上に世界の救いを説いています。国が大統領を中心として一度に祝福を受ければ、天国に入籍することができるのです。そのような恵みがどこにあるでしょうか? (二八三−一九三、九七年四月十二日)
天の国に行ってからも、家庭が一つにならなければだめだというのです。先生を中心としてその子孫まで、三代が一つにならなければ天の国に入籍することができないのです。三代を経て初めて四位基台が完成するのであり、その四位基台原則を通して行く所が、理想世界なのです。(三三一四一、七〇年八月十一日)
絶対的な愛を中心とした理想家庭はどこにでも通じる
悪魔、サタンとはいったい何でしょうか? 神様とアダムとエバとはいったい何でしょうか? アダムとは何で、エバとは何でしょうか? 堕落しなければアダムとエバは何だったかというのです。アダムが完成すれば、神様がアダムの中に入り、次にエバが完成すれば、神様はエバの中に入ります。神様の二性性相が分立した実体相に入り、分かれたものを再び合わせることになるのです。何を中心として合わせるのでしょうか? 力によって合わせるのではありません。愛によって合わせるのです。そこから刺激が生じて、そこから繁殖が始まるのです。理想世界の繁殖が行われるのです。
皆さん、塩水と淡水があれば、淡水の魚は、塩水に行って塩水の味を味わってこそ、初めて繁殖するのであり、塩水の魚は、淡水の味を味わってこそ、初めて繁殖します。ですから晩秋になると、カニが現れ、魚が現れ、淡水や海に入って行くのです。そのようになっています。すべてのものは、端と端を経て、初めて繁殖するようになっているのです。
では、神様の愛と人間の愛が一つになりうる所はどこでしょうか? どこですか? 家庭です。家庭のどこでしょうか? 堕落しなかったとすれば、神様の愛と人間の愛が一つになる、そこはどこですか?祝福家庭です。では祝福家庭のどこでしょうか? 祝福家庭のトイレか何かですか? 鍋がある所ですか? かまどですか? どこですか? それを知らなければなりません。
それは何かといえば、男性と女性が愛し合うための生殖器なのです。女性は、女性の持っているものは、女性のものではありません。だれのものでしょうか? 男性のものです。男性が持っているものは、女性のものです。神様は知恵があるので、取り替えておいたのです。離れようとしても離れられないように、離れても再び戻ってきて、それを探し当てなければ、行く所がないのです。行って安息する所がないのです。それを持っていってこそ、天下のどこへ行ってもすべてが和合し、歓迎するようになっています。
ですから理想的な家庭は、どの社会でも歓迎するのです。アメリカであろうと、ドイツであろうと、どの国に行っても通じない所がありません。夫婦が一つになって深く愛し合う家庭は、全宇宙のどこへ行っても和合し、どこに行ってもその家庭を中心として動くのです。豆腐、豆腐とはどのようなものでしょうか? にがりを入れると固まるように、夫婦が互いに一つになって完全に愛するようになれば、それを中心として固まるのです。そのように生きる夫婦は滅びません。お金がついて回って、宇宙が動いてくるのです。昼も夜もなくケンカをしているから、すべてが逃げていくのです。皆さんはそういうことを知らなければなりません。
堕落しなかったならば、皆さんの持つ愛の器官はすべてが至聖所なのです。このような話をするのは、先生が初めてです。堕落したために、いちばん素晴らしきものが、いちばん悪いものとなって、卑劣な話になってしまったのです。今後は、それが極めて神聖であるがゆえに、むやみやたらに話してはならないのです。
統一教会の信徒たちは、絶対に自分勝手に生きることができません。自分勝手に生きるならば、大変なことになるのです。自分の心はあざむくことができませんね。自分の心をあざむくことができますか?自分の心を欺くことができない限り、天国の戸籍を欺くこともできません。すべてのことが入籍されるのです。私が今この手を一度上げると、ビデオテープにすべてが記録されますね。人間世界もこのように記録されるのですから、天国に記録されないということがありうるでしょうか? ボタンを押しさえすれば、幼いころから…さらにはその先祖までがすべて出てくるのです。あっという間に出てきます。長くもありません。ここは時間観念がありますが、天国では一瞬にして終わるのです。
そのような世界に向かって前進している私たち自身が、その基準の前に合格すべき運命の道を残しているのです。これはどれほど深刻な事実でしょうか。それにパスするためのパスポートは何でしょうか?それは愛です。真の愛にパスしなければなりません。真の愛に。
皆さん、そのようなパスポートを持っていますか? そのパスポートのは何といいましょうか、白くて青いのです。一色ではありません。一つは女性の色であり、一つは男性の色です。そのような愛のパスポートを神様は持っているとは思いませんか? モデルがあったとは思いませんか? 天国のものかどうかを見分けるためには、そのモデルがあるのではないでしょうか? モデルがあるというのです。そのモデルを中心として照らし合わせてみたときに、合わなければ全部落第です。
ですから、夫が病気になれば、妻は貴いダイアモンドを売り払ってでも、夫さえ助かればそれでいいというのです。そうでしょう? また、心から愛する妻が病気になったならば、夫はその妻を救うために、宝物の壷をすべて売り払ってでも、妻の病気を直そうとします。なぜでしょうか? なぜそうしなければならないかというのです。すべてを犠牲にしても、妻がいなければならず、夫がなければならないという、それは何でしょうか? それは愛です。愛。絶対的な愛がそこに入っているので、貴く思うのです。(一四八−二九〇、八六年十月二十五日)
今日四千年歴史を考えると、イエス様が来る前の数多くの人類は、すべて偽りの子女です。養子の手続きをして、やっと養子になることのできる者たちです。しかし、この養子の手続きをしようとしても、手続きをする方法がないのです。息子をまだ入籍させていないのに、養子を入籍させることができるでしょうか? 天道はそのようなものではないのです。神様の直系の息子と娘が、まだ天国に入籍していないのに、養子を入籍させるということかありうるでしょうか?
天は、この地上の人間がそのまま滅びるのを、黙って見放すわけにはいきません。救わなければなりません。それが神様の本然の責任です。「私のつくった息子・娘たちは、本来、私と一つとなって、永遠無窮に私の理念世界で、私の愛を受けて生きる子女となるはずだったのに…、父母たる私の失敗によって、このような曲折が生じてしまった。彼らに罪はない。私がつくってこのような結果をもたらしたのだから、これは創造主としての私の責任だ……」と、神様はこのように考えるのです。そのような神様は、人間を復帰して救うために、だれを送ったでしょうか? 次子の立場を経て、相続の道を築かせるために、神のひとり子を送りました。そうなるとイエス様は、天国の国籍を初めて相続して現れなければならないのです。天道がそうなっているのです。(一五五―二九七、六五年十一月一日)
イエス様はこの地上に来てみ旨を果たすことができませんでしたが、(イエス様は本来)時代的な新婦の名を立てて、真の父母の因縁を決定して、真の息子を立てて、この平面地上で相続権を、入籍権を、天国の権限を入籍させることのできる権限を、ある基準において準備してから逝かなければなりませんでした。しかし、それをなすことができないままに亡くなったのです。
入籍させるにあたってどのようにしますか? 僕として入籍させますか? 直系の息子でなければ、養子として名前だけでも入籍させておいてこそ、神様の前に相続を受けることができます。相続権内に共に参与できるというのです。
お祝いがあれば、祝いの餅を食べることができるのです。このようなことも知らずに、「主が雲に乗ってくれば、私はこんなにも何十年間、教会の牧師を努めてきたのだから、主は私を呼んで天国に連れて行ってくれるだろう……」と、このように考えているのです。そのように愚かだというのです。(一五五−三〇八、六五年十一月一日)
天的な家法を中心として生きたという基準を通過しなければ
祝福というのは、我々の復帰原理から見れば、必ず僕の時代を通過しなければなりません。僕の時代においては、僕として忠誠を尽くさなければなりません。神様の悲しみとは何でしょうか? 神様は、天使長を立てて忠臣にしようとしましたが、忠臣を持つことができませんでした。忠臣を失ったことが堕落です。今日皆さんは、天使長の後裔として生まれ、堕落した血統を受け継いで生まれてきたのですから、神様の前に公認されるためには、天使長から受けた血を無視できる立場において、忠誠の基台をもって、僕として忠誠を捧げた基準を通過しなければなりません。
その僕の時代を経るにあたっては、必ずそこに礼式があります。礼式があります。式があるのです。僕から養子に越えていく式を経て初めて、僕の子を養子として入籍させることができるのです。世の中にも何らかの手続きがあるように、皆さんも僕の時代を経て養子の時代に入っていくためには。必ず天の忠臣であるという名を持つための式を経なければならないのです。養子の立場から直系の息子・娘の名で呼ばれる立場になるためにも、やはりとてつもない式を経ていくのです。養子から直系の息子・娘となり、息子・娘の個体個体が、男性ならば男性、女性ならば女性が、家族の一員として兄や姉と呼ばれるようになるにも、必ず天の厳格な試験と批判基準を中心として、何らかの式を経なければなりません。そうしてこそ連結していくのです。
家族の一人として育つときにも、天的な家庭的内容を中心とし、家法を中心として、皆さんが育ったという基準を通過し、心情を見ても、生活を見ても、それまで自分の息子・娘を育ててきた父母の心においても…、そして生活的な面においても、あるいは内的な心情面においても、父母のすべてを相続するのに相応しいと言われることのできる、そのような内外の内容をすべて備えた後に、初めてその息子・娘として、血統的な因縁を連結させる父母との絆を、結ぶことができるのです。これが創造の原則なのです。
では、皆さんは今までに一度でも僕として天の前に忠誠を尽くしたという、認定を受けたことがありますか? 一度でも養子として忠誠を尽くしたという、認定を受けたことがあるでしょうか? 一度でも息子・娘として忠誠を尽くしたという、認定を受けたことがあるでしょうか? 息子・娘として認められた後に、一度でも家庭的な家法を中心として、生活の規範を守って生きたという内容と、実際的な事実、実績を持ったその何か、公認されうるその何かがあるでしょうか? これを考えるときに、皆さんが「はい! あります」ということのできる何か、どの分野にも掲げられるものはないのです。
地方でこのような集会があると、「誰々は行かせてくれるのに、誰々は行かせてくれない……」というような話をよく耳にしますが、そのようなことは言えないのです。皆さんはぞんざいに扱われたとしても、悔しいということはないはずです。皆さんはそういうすべての内容と典礼と手続きを経ていないのですから、僕として扱われても何も言えないのであり、養子として扱われても何も言えないのです。「あなたは今までこのような者だったゆえに、このような結果に立て!」と天から命じられたとしても、それに反抗できるような自らの内容を持ち合わせていない、自分であるということを考えなければなりません。先生が皆さんを呼んであげ、皆さんのために苦労してあげているだけでも恐縮に思わなければならないのです。そうですか、そうではないですか?
そのような基準を知らないままでやって来て、何もせずにそのまま帰り、泣いたりわめいたりするような人がいてはならないのです。たぶんそのような人はいないことでしょう。運命の決定は、自分一人でなすものではありません。自分には必ず因縁の世界があるのです。自分が存在しているということは、四方性を備え、前後・左右・上下関係を持っているということです。それゆえ、関係と因縁の世界において、皆さんの位置を決定するためには、このような天的な内容と、このような歴史的な背後を無視してはならないのです。ですから皆さんは、このような立場に立ち、このような立場に立つために歩んだということのできる、過去とは異なるそのような原則を提示しなければならないのです。しかし、皆さんにはそのように提示できるものが何もないということを、先生は知っています。それゆえに、先生は皆さんを苦労の道に追いやるのです。ご飯は恵んでもらえ、非難される者となれというのです。(一五二−二三二、六三年五月二十五日)
カインとアベルが一つにならなければ、父母の立場がないということを知らなければなりません。それゆえ、神様が死んだ神様となり、メシヤが死んだメシヤとなってきたのです。ですから、今皆さんは、帰ってから宗族復帰をしなければなりません。すでに祝福を受けた家庭は、男性と女性、子女たちと完全に一つにならなければなりません。皆さんの息子・娘たちが勝手なことをするようであれば、襟首をつかんで勉強させなければなりません。父母の言うことを聞かなければ、追放してしまうべきなのです。家庭的に連合し、家庭で会議を開いて処断しなければなりません。
サタン世界のように、息子たちから糾弾される父親や母親にはならないようにしなければなりません。家庭が四位基台の基盤になってこそ、そこに真の御父母様が臨在しますね? 家庭基盤というのは、エデンの園でアダムとエバを中心としてカインとアベル…、アダムとエバも誤りましたが、カインとアベルの過ちによってすべてが壊れてしまいましたから、父母が一体となり、子女と一つになって、四位基台をつくらなければなりません。これが家庭ではないでしょうか? その基盤が一つとなった基盤の上に立ってこそ、天国の家庭的心情圏がつくられるのです。そのようになれば、サタンが侵犯できないのです。これが公式です。
ですから皆さんにホームチャーチをせよというのです。ホームチャーチ。あらゆる人々に非難されなさいというのです。蔑まれろというのです。自分が蔑まれるのは、ただ蔑まれるのではありません。蔑まれ、非難されるのはなぜかというと、女性たちを救うため、息子・娘を救うためなのです。その息子・娘に取りすがって、妻子に取りすがって、とめどなく涙を流さなければなりません。夜を明かしてです。「一体どうしてですか? この道を行くのに、こんなに反対するなんて……」と言いながら涙を流すのは、悲惨なことではありません。この世で涙を流すいかなる悲痛な人よりも、天の価値のためにもっと切なる涙を流す立場に立ってこそ、それが谷となって世界に流れ込んでいくのです。それでこそ同情されて、一つにからまって現れるのです。
家庭の次は何でしょうか? 宗族も同じです。宗族は自分の家庭を中心として一族、門中の一族、一族には姻戚の 親等までが入ります。 親等までが、すべて一つにならなければなりません。その 親等までの宗族圏内に、真の御父母様と神様が基台となって、すべてが一つになれば、それが心情の基盤となって、サタンを分別し、天国の宗族圏に入籍することができるのです。(一八一−二八六、八八年十月三日)
真の愛を実践する前衛隊になろう
世界平和に向かっていくための礎石となるのは家庭であり、世界平和への道を破壊するのも家庭です。人類の希望と幸福の礎が破壊されたのは、アダム家庭においてでした。
したがって、今日このように「世界平和家庭連合」を創設し、皆さんの家庭は、今やサタン世界と一八〇度異なる角度へと進むことができるようになりました。このような道を開けるようになったことを、天の前に感謝申し上げる次第です。この道なくしては、自由も幸福も理想もありません。皆さんは今後、絶対純潔の生殖器、唯一の生殖器、不変の生殖器、永遠の生殖器を中心とし、これを基盤として神様を求めていくことを願います。この基盤が愛の基盤、生命の基盤、血統の基盤、良心の基盤とならなければなりませんし、まさしくそこに地上天国と天上天国ができるということを知らなければなりません。
すべての男女が、自らの生殖器が自分のものではなく、実は自分の相対のものであるということに気づくようになれば、私たちは皆頭を下げて、謙虚な姿勢で愛を受け入れるようになるはずです。愛は相手がなければ訪れません。
相手からやって来るゆえに、為に生きないところには愛はありえないのです。絶対的に為に生きるところに、絶対的な愛を見出すことができるということを肝に銘じ、皆さんもこれから帰ったならば、サタン世界との一戦を覚悟してください。どこに行っても、テレビやその他の言論機関を通して、先生のみ言を伝えてください。絶対に滅びません。地獄となったこの世界を、果たして何の力で変えることができるのでしょうか? 神様の愛、すなわち絶対・唯一・不変・永遠なる神様の愛を中心として、私たちの生殖器を、絶対・唯一・不変・永遠の基準に立てて生きていかなければ、それは不可能です。私たちの生殖器の本来の主人は、神様でいらっしゃいます。
これからは私たちは、この目的のために共に前進しましょう。神様の真の愛を実践する前衛隊となりましょう。家に帰ったならば、夫人や夫の前に、自分の生殖器が絶対・唯一・不変・永遠なる器官であることを確認し合い、それが自分のものではなく相手のものであり、相手が今まで保管してきたものが私のものであると宣言し、互いのために永遠に奉仕し、感謝して生きると誓いましょう。そのような家庭となってこそ、永遠に神様が共にあられ、そのような家庭を中心として、世界的な家庭編成がなされるのです。皆さんがすべて次期三六〇万双の祝福結婚式に参加して、地上天国に入籍する真の家庭となることを願います。(二七九−二五九、九六年九月十五日)
五、祝福家庭婦人を動員した理由
今活動している統一教会の家庭たちは、まだ天に入籍されていません。先生の家庭すらも、そのような過程をまだ経ていません。なぜならば、イエス様を中心とした宗族的基盤の上に、家庭的な基盤が完全に築かれなかったからであり、教会と民族を救うための蕩減条件を提示できなかったからです。しかし今は、外的にその条件を提示することのできる環境になっているため、入籍できる時代圏内に入った、と言うことができます。祝福家庭が、今後二年間の闘いをしさえすれば、三年路程を終えることになりますが、もしもこの路程に同参しない家庭があれば、無慈悲に切って捨てるのです。ですから、絶対に動員しなければならないのです。そのようになっているのです。
この動員が終わって、既成教会を抱き込むようになれば、イエス様のみ旨を果たすことのできるイスラエル圏ができ、自由な環境において入籍圏が生まれ、十二支派の編成が行われるようになります。
祝福家庭は今、どんな支派に属していますか? 属していますか、属していませんか? どこにも属していません。こういう内容を知れば、み旨の時がどこまでに至ったかということが分かるのです。このような観点から、三周年を迎えるこの一九七一年の「神の日」は、極めて意味ある日です。一九七一年度を新しく出発する最初の日であり、神の日なので、意義が深いのです。このようなことを皆さんが知って、胸中深くこの日を祝う心をもって、この日を過ごすよう願います。(三八−四七、七一年一月一日)
これからは家庭が責任を持って、越えていく時になったのです。このように越えていってこそ入籍が行われるのです。したがって、妻を送り出さない人は引っかかります。もしも引っかかったならば、いくら先生に頼んでもどうすることもできません。先生にもどうすることもできません。(三七−二六四、七〇年十二月二十七日)
皆さんの家庭を動員するにあたって、動員されない家庭は入籍することができないということが、ここで決定されるのです。先生が命令したのにもかかわらず、それに応じずに動かない人は、先生とは関係がないという結論になるのです。ですから、上下が一つにならなければならないのです。私たちが一つにならなければならないというのです。一つになって押したり引いたりし合いながら、地に落ちて死ぬわけにはいきませんから、上がっていかなければなりません。(六五−一五六、七二年十一月五日)
皆さんが故郷に帰らない場合には、祝福家庭も今後困ることになるのです。ここに加担しなければ、今後、支派編成をするなかで、入籍が不可能だという事実を知らなければなりません。なぜでしょうか? 霊界からだれを後援するかというと、一線に行った人々を後援するからです。(一八六−二二七、八九年二月五日)
皆さん各自が「み旨は私によってなされる」という自負心を持たなければなりません。そのために、私たちは一線で強力に団結しなければなりません。北朝鮮は三十 度線を中心として、一線に人民軍を押し出して団結しています。彼らは男性の軍人たちです。しかし統一教会は彼らとは反対に、女性の軍人を一線に押し出して団結します。彼らと反対です。
人間の堕落はアダムによってなされたのではなく、エバが天使長を引き込むことによってなされたので、エバが天使長を屈服させたという立場に立たなければなりません。したがって、韓国の女性たちを前面に押し出して、北側の人民軍隊を掃討しなければなりません。今までの歴史を振り返ってみると、女性が革命に加担して国を建てたことがあるでしょうか? ただの一度もありません。女性は、国を滅ぼす肥料の役割を果たしたことはありますが、国を創建する開拓者の使命は果たすことができませんでした。したがって、この重要な時代において、イスラエルの代わりに天国を復帰するには、女性たちが一線に立ってカイン的世界、天使長的世界、サタン世界に該当する人民軍を、天側に屈服させなければなりません。そうしなければ天国を築くことができません。
ですから、今後も何度か動員しなければなりません。まず教会のために動員しなければならず、その後は宗族を一致させ、民族を一致させるために動員しなければなりません。私たち自体内においては、宗族基盤をつくるために、宗族を一致させる動員をしなければならず、既成教団の前には、既成教団を屈服させて一致化させる動員をしなければなりません。また、その次には、国家のために動員をしなければならないのです。その時には三十八度線の北側、カイン国家を一致化させる動員の責任が残っています。その時には、皆さんが鉄刀を持って勇み立たなければなりません。女性たちも前面に押し出します。その時には、私が司令官になるかもしれません。北朝鮮に進軍せよと命令をし、女性たちを送り出すかもしれません。
天使長が一人であるのに対して、アダムとエバは二人でした。ですからそれに相応するように、多くの人を送り出すしかありません。それで男性よりも数的に多い女性たちを送り出すのです。そのように一致しなければなりません。ところで、なぜ韓国の人口は北朝鮮人口の二倍になったのでしょうか? 北朝鮮にいた人々が、なぜみな韓国に逃げてきたのでしょうか? その原因は、たくさん出産するためです。笑いごとではありません。ですから、今後女性たちを中心として、強力な統一思想を注入すれば、統一はまちがいなくなされます。そのためには、皆さんがタンクも運転しなければならないし、曲射砲も射つことができなければなりません。人には三年間かかることも、私たちは三か月でできます。先生はわざわざこのように言うのではありません。そのようになる時が必ず来るのです。(三八−四七、七一年一月一日)
統一教会が女性たちを動員するのはこれで二度目です。最初は一九六〇年代に動員して一線に立てました。先生はそのときにも、三年間女性たちが一線に立たなければならないという話をしましたね? 今回も三年間の動員となりました。その次にまた、三年間女性たちを動員しなければなりません。ですから九年の過程を苦労しなければならないのです。それゆえ皆さんは覚悟を新たにしなければなりません。
今後このように考えることができます。一九七二年から三年間動員すれば一九七四年になります。第二次七年路程が無事に終わるまで女性たちを動員して、活動するようになれば、まちがいなく目的が達成するはずです。先生はそのように考えています。第二次七年路程は、イエス様の行くべき七年路程に該当するものであり、統一教会の息子・娘の家庭が生まれる第二次の年度に該当する期間です。(三八−四七、七一年一月一日)
これからは、皆さんの一族がすべて天に入籍をしなければなりません。今回動かなければ入籍がなされないのです。ですから祝福を受けた家庭の皆さんは、動員されなければなりませんか、動員されてはいけませんか? 既成家庭は? 既成家庭の皆さんはどうですか? 既成家庭は動員されたければ動員され、動員されたくなければ動員されず、自由です。また、皆さん以外の人たちも、それは同様です……。しかし、お互いが動員されたくなるのです。今やそのような時が来たのです。(一六四−二九二、八七年五月十七日)
先生は皆さんよりも劣っているので苦労したのでしょうか? 神様が先生の家庭を何の意味もなく苦労させたのでしょうか? 何ためにそうしたのでしょうか? 皆さんの家庭のためです。ですから、先生の家庭と皆さんの家庭が一つにならなければなりません。一つになるには、どこから一つにならなければならないでしょうか? サタンがついてくる立場で一つになるのでしょうか? サタンが離れた立場で一つにならなければなりません。人のために犠牲になる立場でサタンは離れるのです。
それゆえ、皆さん家庭の女性たちをすべて、この国、この民族のために犠牲になる立場に立たせるのです。先生が宗族復帰をするために北朝鮮を訪ねていったように、皆さんもそのようなことをするのです。すべて分かれなければなりません。分かれてから合わせされなければ、天国に入籍することができないのです。悲痛なる大韓民国の歴史において、南北統一がなされる時まで、その役事をしなければならないのです。(四七−一八六、七一年八月二十八日)
エバによってすべての因縁が結ばれて、家庭としての責任が果たせませんでしたから、夫が家庭の責任を果たせなければ、息子と娘が、息子と娘が果たせなければ、妻たちが家庭の責任を果たさなければならないのです。聖霊が生みの苦労をすることによって道を開きますね。三六家庭、七二家庭、二一四家庭、四三〇家庭が責任を果たせなかったことを、今回一つの礎を中心として蕩減するために、三年の期間があるのです。この期間はまさに、イエス様が三年期間に家庭的十字架を背負って国家を築けなかった恨を解く、そのような立場に該当する期間にもなるのです。このような期間がなければ、先生は前に出て皆さんに話をしてあげる必要もないのです。とんでもないことです。一体どうして会わなければならないというのでしょうか? ですから、今という時がどれほど深刻な時かを知らなければなりません。この前、ある女性が煉炭ガスで死んで霊界に行ってみたところ、この三年期間がどれほど驚くべきものであり、私たちの前に唯一の生きる道を与えてくれる期間であることが分かった、という報告がありました。それは先生がすでにすべて話したことなのです。今回のこの期間に参加することができず、この期間に責任を果たせなかった人々は、みな除籍されます。名簿に入籍がなされません。そのような時が来るのです。(六二−二六〇、七二年九月二十五日)
女性たちを通しての入籍の道
皆さんは今まで息子・娘を誇り、夫を誇ってきました。これからは母の使命を果たし、妻の使命を果たさなければならないのです。その次には兄弟の使命を果たさなければなりません。それでこそ神様の息子・娘として、愛を中心に完成した者となり、天国に入籍して、天上世界の永遠なる血族になるのです。はっきりとすべてが分かりましたね? ですから家庭を訪ねていって、早く植えなさいというのです。周囲から反対されてもしなければならないのです。(二三五−一二六、九二年八月二十九日)
真の御父母様が行く道において、最小単位でも基盤をつくらなければ、真の御父母様の行く世界的な隊列の中に参加することができません。先生が教えてあげなければ話をすることもできません。統班撃破とか、ホームチャーチがどのようになるかということを教えてあげたのです。解放圏をもたらすということです。天国に直行することのできる道、天国に入籍できる道をすべて教えてあげました。教えてあげたか、あげなかったか、み言を聞いてみなさいというのです。今はやむを得ず女性たちを通して再度復活されなければ道がないのです。(二三五−一二四、九二年八月二十九日)
六、家庭教会運動と入籍の道
一九七八年十一月二日以降はホームチャーチ運動をしなければ
さて、新しい時代は何が違うのでしょうか? 今まで霊界には、それぞれのグループを中心とした壁がありました。これをすべて崩すのです。そのために一九七 年十一月二日に韓国に帰ってきたのです。英国と米国は相対的な関係にあります。そのような米国と英国の基盤と連結させることによって、世界的な霊界統一をするのです。宗族とか、すべての霊界の壁を完全に崩すのです。完全に解放するのです。私たちがこの日を宣布すれば、宗教を中心としたすべての霊界が解放されます。宗教圏が解放されるのです。それゆえ、仏教や儒教といったすべての宗教の連合圏ができるのです。
宗教を信じない圏内では、いまだに宗族圏がすべて分かれているのです。国ごとに分かれています。ですから、先生の先祖をはじめとして、あらゆる韓国の先祖たちの中で、宗族解放運動が始まるようにするためには、この道を開かなければなりません。この宗教解放圏の基台の上でなされて初めて可能なのです。そのためには、先生の一族の解放運動と、世界の数多くの宗族の解放運動が行われなければなりません。今や宗教の門が開かれ、すべての宗族の門が開かれたので、霊界は完全に一つの世界圏に入っていくのです。第三次七年路程が終われば、統一教会に対する反対がなくなり、既成教会の門が開くようになることでしょう。
これがすべて開かれたので、何が始まるのでしょうか? ホームチャーチです。私たちの地球星を中心として、どこに行ってもホームチャーチがつくられるのです。どこでも三六〇軒ホームチャーチ運動をしなければなりません。それは氏族です。特定氏族です。氏族を解放しなければ特定氏族が生じることはないのです。これは本来、第三次七年路程が終わってからすることです。それを、第三次七年の中でしているということを知らなければなりません。皆さんには夢のような話かもしれませんが、事実なのです。
ですからこれからは、天国の版図を世界のどこへ行っても築くことができます。国境を越えてどこへ行っても、私たちのホームチャーチさえすれば、そこは地上天国の基盤となって、再臨が必要ない世の中になるのです。メシヤが必要ない地となります。その族長を中心として父母に仕えることによって救いを受けるのです。そのホームチャーチの責任者は、三代を連結させるのです。
アダム時代に神様、アダム、息子・娘の三代を連結できなかったのを、私たちの時代に来て、神様を代身した実体である、平面時代の宗族的メシヤを中心として、自分の両親、その次にその息子・娘を連結させるのです。ですから宗族的メシヤというのです。それが神様の摂理です。ここに入籍する人は、天国に入籍できるということを知らなければなりません。天の善の版図は、このように悪と対決しながら、終りの日まで来ました。そのように今まで来たのです。(一〇五−一五八、七九年十月十四日)
家庭教会を通さずしては天国の族譜編成はできない
私たちは一生の間苦労をしても、天の前に面目が立ちません。真の御父母様に出会い、このような恩恵の時代にいることに感謝し、涙を流して感謝する生活を続けるべき、統一敏会員であるということを知らなければなりません。自身の本然の姿を探し求めるために聖別された生活をして、あらん限りの忠誠を尽くしながらも顔を上げることのできない、罪人の後継者だということを忘れてはならないのです。
ですから、真の父母の行く道を協助しなければなりません。真の父母がなすべきことはもう終わりました。あなたたちがしなければならないのです。大韓民国に関する問題は、今後あなたたちがしなければならないのです。二世時代と言う言葉がありますが、あまりにも多くの人がいます。団結して「やるぞ!」と言えば、できないことはありません。
入籍時代に入って名簿を作るときに、いいかげんに作ることができるでしょうか? ホームチャーチを通さずしては、名簿に記入されないのです。天国の族譜編成ができないのです。祝福を受けた家庭でも外されるのです。除かれます。それを知って、天が提示するすべてのことを急いでしなければなりません。だれかがするからといってするのではありません。しなければならないのです。せずに霊界に行けば、霊界に行ってから永遠にしなければならないのです。地上で解決できずに行くとすれば、大変なことになるのです。(一四三−一一八、八六年三月十六日)
ホームチャーチは天国へ行くためのパスポート
ホームチャーチは何であると言いましたか? 天国へ行くためのパスポートです。それがなければなりません。行くことができないのです。天国に行くことができないのです。霊界に行ってからどうやってホームチャーチをするというのですか? どうやってするのですか? 皆さんの次に知らずに来た人々、後からホームチャーチの中に入ってきた人々ならば、みなついて行くことができますが、皆さんのようにホームチャーチの先頭に立って、なすべき責任を果たせずに行くことになればだめなのです。行くことができないのです。先の者が後になり、後の者が先になります。
統一教会内でもそうなるということを知らなければなりません。いっそうのこと統一教会を信じなかったほうがましです。先に来たことが怨讐になるのです。信じなかったほうが良かったのです。後に来たほうが良いことになるのです。なぜでしょうか? 他の人たちは、後について入ることができますが、皆さんはそれをつくってから入る立場にあるからです。これからはホームチャーチが終わってこそ、そこで登録が行われるのです。入籍が行われるようになるのです。なぜでしょうか? 原理が、地上天国で生きなければならないようになっているからです。(一四六−三四四、八六年八月十日)
皆さんがホームチャーチの道をたどらなければ、先生の主張する天国への入籍は不可能です。いくら勉強が良くできても、受け入れてもらえません。神様を知り、先生を知らなければならないのです。これが統一教会で言うところの「私の蕩減」なのです。(一〇八−一七四、八〇年九月二十八日)
ホームチャーチがなければ、故郷にジャンピングできず、故郷にジャンピングできなければ、祖国にジャンピングできず、祖国にジャンピングできなければ、やはり天国にジャンピングできないということを、はっきりと知らなければならないのです。そうして故郷をつくれば、それは何でしょうか? ホームチャーチです。ホームチャーチができれば故郷ができ、祖国ができ、世界ができ、天国ができるのです。(一〇二−二六六、七九年一月十四日)
皆さんは基盤をつくらなければなりません。自分が自由化の行動を取ることのできる、何をしても引っかからないという父母の立場を継承して、基盤をつくらなければならないのです。それで還故郷の命令をしました。還故郷しなければ、定住した立場ではありませんから、流れ者です。一〇年に一〇回も引っ越しすることもあるのです。そうなればすべての基盤が崩れるのです。しかし、還故郷すれば一〇回移動することがありません。移動せずにいれば、そこに基盤として残るのです。ですから、還故郷の措置というのは福音の中の福音です。一〇年努力したこと、一生努力したことが、すべてそこに残るのです。転々とすれば残らないのです。
還故郷の宣布をして集めることのできる一族を、協会で管理しなければなりません。みんな行って、今後その運動をしなければなりません。宗族的メシヤ宣布をして、基盤さえできたならば、一六〇家庭以上連結されたならば、協会長が行ってそれを収拾しなければなりません。入籍した一族として主管しなければならないのです。協会長が行って歓迎するようであれば、先生に紹介し、その一族を訪ねていくことができるようであれば、先生が訪問するのです。(二六七−二八八、九五年一月二十日)
七、統一教会員の特権
三次七年路程の中でみ旨を歩んだと認められるのは、きわめて偉大なことです。きわめて偉大なことなのです。この期間に、宗族的メシヤの立場でホームチャーチを勝利して立ち上がるならば、それこそ皆さんは万世に誇ることのできる先祖になることでしょう。もしも第三次七年路程が終わって、勝利することのできる時になり、新しい国籍への入籍が始まれば、皆さんはそのまま先生の後について行くのです。国境を超越し、すべての宗族民族を超越して、そのまま先生について行くことのできる特権が付与されるというのです。(一〇三−六九、七九年二月二日)
家庭というのは、とてつもないものです。祝福家庭がどれほどとてつもないものかという事実を知るべきです。「イエス様の当代では新郎新婦の立場に立つことができず、イエス様が二〇〇〇年間、数多くのキリスト教徒を犠牲にしても新郎新婦の立場に立つことができなかったのに、何の功績もない私のような者が、祝福の位置に立つなんて!」と抱き合って号泣しても、報いる道がないということを知らなければなりません。皆さんはイエス様よりも良い立場に立っているのです。私の生んだ息子・娘が祝福を受けて、神様の息子・娘として入籍されるのです。神様の生命録に記録されるのです。天国に入籍がなされるというのです。皆さんにそのような資格がありますか? そのような資格がありますか? そのような資格があるのかというのです。
神様が六〇〇〇年間、歴史以来数多くの修道者たちが、今までに犠牲の代価を払ったとしてもできなかったことを、皆さんはただで得たのに、何もせずに受けようというのですか? 先生も六十年の生涯を通して築いたものなのに、皆さんは何の苦労もなしに受けるのですか? 共に拍手をしたり、共に歌を歌ったり、後援もしなければなりません。そのように皆さんが報いるための一つの方法が、ホームチャーチなのです。自分のためならばしなくてもいいのですが、ホームチャーチに行って、自分や神様に対するように、そこの人々のために生きなさいというのです。
個人は、カイン個人を探し求めていかなければならないし、家庭もカイン家庭を、宗族もカイン宗族を、民族もカイン民族を、国家もカイン国家、世界もカイン世界を探し求めていかなければなりません。共産世界と民主世界を完全に一つにするためには、個人カインにおいて勝利しなければならないし、家庭カイン、宗族カイン、民族カイン、国家カインにおいて勝利しなければなりません。そうして初めて、その立場に立つことができるのです。皆さんはそのような立場にあるのに、ありかたいとも思わずに、何かをさせればできないと大騒ぎをしているのです。するのが嫌ですか? それは七年間でなすのです。人類歴史は七千年ですが、七年あればできるのです。六年、七年を歩めないことがあるでしょうか?(一一六−一五五、八一年十二月二十七日)
私たち統一教会では、一六〇家庭を中心として一六○か国…、四千年歴史を四〇年間にして勝利した内容を連結するのです。そうです、世界化です! 家庭を世界に連結しなければなりません。家庭は、氏族・民族・国家・世界まで行って戻ってこなければならないのです。世界の一六○の国家は、真の御父母様の勝利ですから…、子女の立場にこれを引き継いであげて、接ぎ木をしてあげることによって、真の御父母様が勝利した地上天国を相続することができるのです。そうしなくては入籍できません。天国に入籍できないのです。(二六五−二九九、九四年十一月二十七日)
私たちは同じ姓をもった天の民
皆さんの姓は何ですか? どこの家系ですか? 私たちは統一家です。今後は私が宗族を選出して「天家」、あるいは一の字を用いて「一家」として宗族を作れば、一つの子孫になるのです。今は金○○、李○○というように、いろいろと異なっているのです。まだ入籍されていないのです。(三九−一一一、七一年一月十日)
日帝時代、サタンが先に創氏改名する運動をして、我々民族にそのような教育をしました。とすれば、今後姓を変えるというのは難しいでしょうか? 日帝時代にも変えたではありませんか。私は姓を変えるために来た人物です。族譜を掘り起こすために来た人物だというのです。気分が悪いですか、良いですか? 僕の族譜を掘り起こして、王宮の王女・王子の族譜に入籍させてあげるというのに、嫌だと言う人がいるでしょうか? 嫌ならしなくてもいいです。そのような者は滅びます。ですから良いと言うしかないのです。(三九−一一一、七一年一月十日)
第四章 入籍時代と三段階祝福
祖国光復と入籍
第四章 入籍時代と三段階祝福
一、大転換時代
1.お母様を中心として血統転換時代
お母様を中心として血統転換時代に移行するのです。女性が堕落することによって、血統が汚されたので、女性を中心として血統的に子女をきれいにしなければならないというのです。
2.所有権転換時代
母によって、エバによってサタン世界にすべての所有権が移っていったというのです。それを母を中心として取り戻してこなければならないのです。
3.心情圏転換時代
心情圏とは何かというと、個人・家庭・宗族まで三段階です。三段階が一つのカテゴリーです。それゆえ心情圏といえば、宗族的メシヤを中心として一六○家庭を捜し求めることを言うのです。心情圏を転換するのです。
4.入籍転換
それができてこそ天国の自分の本国に入籍するのです。初めて国民として入籍できるのです。それゆえ天の血統が連結し、天の所有権が連結し、天の心情圏が連結することによって天国に入籍できるのです。血統転換・所有権転換・心情圏転換・入籍転換をしなければならないのです。
5.平和統一祖国転換
これは何かというと、私たちが作らなければならない国ということです。
6.地上天国・天上天国の統一転換
統一させて転換しなければならないのです。今までのサタン世界と一つとなっていては、地上天国・天上天国となることができないのです。天上天国と地上天国が一つになって、世界的な立場において、反対的な立場(サタン世界)に完全に背を向けなければならないということです。大転換の時期です。
7.神様と真の御父母様の「愛の理想」完成で完成解放転換
神様と真の父母の「真の愛」を中心として、「真の愛の理想」を完成し、完全解放をしなければならないというのです。今まで真の父母と神様が完全に一つにならなかったのです。創造理想を中心として世界的な基準で一つになっていないのです。完全にそのようなことを成し遂げて、神様と真の父母が解放されて(サタン世界に)背を向けてこそ、完全に地上天国と天上天国が成立するのです。そうでなければサタン世界がなくならないのです。それゆえ、神様と真の御父母様の「愛の理想」を完成することによって、完全解放転換時代に移行していかなければならないのです。(二六八−五九、九五年二月七日)
自分たちが完成した日を順番として、すべて国に入籍しなければなりません。入籍するには、どうしなければならないのでしょうか? アダムとエバが所有するものは一つもありません。アダムとエバが堕落する前は、神様の所有権をそのまま受け継ぐようになっていました。ところが、所有権はどこに行ったのかというと、サタン世界に移っていったのです。それがサタンの国なのです。血統が転換されているので、血統を転換しなければならないし、所有権転換・心情圏転換をしなければなりません。一族をすべて探し求めなければなりません。(二八三−三〇一、九七年四月十三日)
統一教会に入ってからは、一代が四〇年の時代に入ったので、余白があるのです。結婚することのできる時代に入り、統一教会は、七〇年に代わる七年間を守節しなければなりませんでしたが、それが今に至っては、すべて水平時代になったので、七日間で復帰することができるのです。
血統において間違いが生じたということを知らなければなりません。ですから血統復帰、その次には所有権復帰、すべてを天の前に返さなければなりません。アダムとエバが堕落する前は、そのすべての所有は神様のものであり、アダムの子孫が相続するものなのです。神様の息子・娘のものだということです。
真の愛を中心として、その代を継ぐ血族たちの所有すべきものが、堕落することによって、すべて悪魔の所有権になったのです。人間と一体となれば、所有権が決定されるのです。悪魔の所有権になったのです。それを復帰しなければならないのです。血統転換・所有権転換、その次に心情圏転換です。心情とは何かというと、自分の一族です。おじいさん、おばあさん、全部で四系列です。四系列が三段階ともなれば、一六〇家庭以上になるのです。自分の親族、姻戚まで合わせれば、いくらでも広がっていくのです。
ですから、メシヤとしての責任を果たせなければ、親族は天国に入ることができません。一六〇か国の復帰は、四千年歴史です。ヤコブからの四千年歴史を四〇数、四〇年で蕩減したので、それと同様に一六〇か国を一六〇家庭で蕩減復帰しなければならないのです。数理的蕩減です。
一六○か国で勝利したことを、家庭の上でそのようにすれば、自分も世界の勝利圏を相続したことになるので、家庭から世界まで自由に行き来することができるのです。そうでなければ家庭時代・宗族時代・国家時代・世界時代・天宙時代に引っかかるのです。
真の父母の恩恵は、言葉では表すことのできないほどの恵みだということを悟らなければりません。天下の何ものにも替えることができません。自分の一族が問題ではありません。自分の財産が問題ではないのです。神様は、そんなウジのような汚れたものを受け取りたいとは思わないのです。ペッと唾を吐くのです。
先生の息子・娘を通し、お母様を通して、先生まで三代を経るのです。天使長を通し、天使長の息子を通し、お母様を通し、お父様を通して、神様のところに戻っていくのです。戻って本然の物になるのです。神様の血族になって、それを再び分配してもらわなければならないのです。これは先生の言葉ではありません。摂理的に見てそうなのです。(二六四−三二〇、九四年十一月二十日)
二、入籍時代が来る
アダムー代からの族譜ができていません。族譜編成が初めてなされるのです。家庭を中心として入籍時代が来る、そのような恐ろしく、驚くべき時代が来るということを知らなければなりません。(二九〇−六七、九八年二月十八日)
一九七二年度が過ぎれば、入籍時代が来るのです。こういう話を聞いたことがありますね? 民族を統率しうる主権を得て、民族が安息することのできる立場に立って初めて、入籍がなされるのです。戸籍は宗族に出すものでしょうか、国に出するものでしょうか? 国です。戸籍は国に提出するものです。そのような時になったので、入籍時代が来るというのです。(一四六上元九、七一年八月十七日)
では、入籍時代とは何でしょうか? この期間にそれを教えてあげているのです。この三年路程期間に、完全に一致団結して、完全なる祭物としての使命を果たさなければなりません。不平を言ってはなりません。祭物が不平を言うことができるでしょうか? 祭物は存在意識を持つことができないのです。また、所有観念を持つこともできません。ですから、不平を言うことができるでしょうか、できないでしょうか? できません。祭物になるまいと尻ごみすることができるでしょうか? できないのです。(一四六−三一九、七一年八月十七日)
外的な人のために内的な人を犠牲にしてきた、そのような救いの摂理の時代は過ぎ去り、自分の息子・娘、自分の血族を中心として喜ぶ時、神様が地上に祝福することのできる時が来たので、地上天国が形成されるということを知らなければなりません。父親、母親、祖父、祖母がみな霊界でばらばらになっていたのを、皆さんによって結んであげることができるのです。そうして新しい入籍時代が霊肉に展開されるのです。そのようなことが起こるのです。
そのようにとてつもないことが起こるのに、皆さんは知らないでしょう? 知っていますか、知りませんか? 先生が「今年からは新しい年だ」と言うのですが、何が新しいのでしょうか? だからはっきり教えてあげるのです。皆さんには先生の築いた基台があるので、皆さんの両親を抱き、神様から追い出されたアダムが再び神様の側に帰っていく喜びをもって、涙なしにはなされない出会いの時が、皆さんの目前に迫っているということを知らなければなりません。(九〇−三四〇、七七年一月十五日)
国を探し得れば、入籍時代が来ます。今までは神様の国がありませんでした。ですからこれからは、すべての人類が新たに神様の血族に入籍すべき時代が来るのです。それゆえに大移動時代が来るのです。共産主義は完全に強制的にやりましたが、これから皆さんは、自ら進んで大移動しなければなりません。
入籍時代になれば、大韓民国の民の名では通用しません。愛を中心として、すべての民族を克服しなければなりません。家庭を否定し、宗族を否定し、民族を否定し、国家を否定し、世界を否定し、天上世界の地獄までも、霊界の地獄までも否定して、サタンを否定しなければならないのです。それを肯定したのが堕落です。このように落ちたので、反対に上がっていかなければならないのです。(二五九−二二三、九四年四月十日)
神様は、この地上で大統領の種がほしいのです。「どんな大統領がいいだろう?」と言ってです。その種がまかれたところからは、毎年良い種だけが採れるのです。では、万年の大統領の種として来られる方はだれか知っていますか? もとの種として来るお方がだれなのか知っていますか? 種の中で歴史を代表して、天地全体が好むことのできる代表の種となる方が、メシヤなのです。それがメシヤ思想です。
今日統一教会の宗族的メシヤという言葉は、宗族的な種のことを言っているのです。種を誤って植えました。今後、動員していない祝福家庭は、みな分別してしまいます。入籍できません。
今後入籍するのです。南北が統一されれば、世界の統一教会の食口たちの中で正常な行動をした人たちはみな、宗族を越えてすべて入籍するのです。先生の力によって南北が統一されるならば、法をつくって世界の統一教会の忠臣を代表民族として、種を繁殖させる民族として立てようというのです。そうしたからといってだれかが反対するでしょうか? 歴史的に言えば、韓国の独立のために、韓国の還故郷のためにこのように苦労したのに、だれが反対するでしょうか? (一九七−二一二、九〇年一月十四日)
天国入籍の手続きをせよ
これから皆さんの息子・娘、皆さんの同億をどうするのでしょうか? 今後天国に入籍する時代に入ります。入籍の手続きをしなければなりません。これまで天国に先祖がいなかったのですが、先生が初代先祖になれば、先祖をすべて新しく編成します。数千代の先祖を編成します。そうすれば国ができ、世界ができます。入籍時代が来るのです。そうして人類の大移動時代が来ます。大移動時代が来るのです。大韓民国に生き残って、いつまでも大韓民国の民として住めるという保証はありません。
今日、統一教会員たちは世界中に広がり、国境を越えてお互いに競争し合っています。最も夜も休まずに闘争しています。目標に向かって走っているのです。大韓民国の地に、私たちが行って住まなければならないというのです。御父母様のいらっしゃる所、その土を踏み、今まで恨めしく離れぱなれになって悲惨に生きてきた、歴史的なすべての恨を踏み、御父母様の地に入って、その地に血と肉のすべて埋めていこうと思っているのです。
それゆえ、南米ではみな、昼も夜も先生の命令を中心として走っています。一六〇家庭がなされれば、みなこれから入籍がなされます。入籍が。大移動が起こります。そのような時が来ました。では、統一教会に反対した群れはどうなるのでしょうか? 三六万双の合同結婚式に新たに加入した新興宗教の群れは、三千万を越えます。これが三六〇万双になればどうなるでしょうか? 何千万になると思いますか? 三億を越えます。三億を越えるのです。三億を越えれば、真の父母を中心として、みな子女の立場で税金を捧げるべき時が来るのです。三億以上になって、全世界の人々が真の御父母様の前に税金を捧げるとすれば、大韓民国の何倍になりますか? 考えてごらんなさい。(二七三−三一八、九五年十月二十九日)
再臨主は、この地に来て天国の憲法を教えるのではありません。宮廷において、王宮で王族たちが守ることのできる憲法を教えていかなければならないのです。ですから、徐々に世界は統一教会に反対するのではなく、歓迎するのです。全体の三分の二がそのような時代になっていくのです。そのようになれば、入籍時代がやってきます。本然の入籍時代がやってくるのです。(一六三−六五、八七年四月一日)
遠くない将来に、統一教会員たちは入籍式をする時がきます。韓国の南北統一がなされ、天も喜ぶことのできる国になれば、皆さんの入籍時代が来るのです。そのような入籍時代が来れば、たとえ目や鼻や口の不自由な女性であっても、先に嫁に来たとするならば姉になるのです。いちばん上の姉になります。後で結婚すれば、たとえ自分が大卒で年上の女性であったとしても、体の不自由なその女性を姉として仕えていかなければなりません。そのような時が来ます。ですから、こういう特殊な条件が、その時になれば、パスするための重要な要件になるのです。(五八−一一三、七二年六月六日)
統一教会が世界的に発展すればするほど、全世界の万物や人類が復帰されるのです→されますか、されませんか? そのような日が早く来れば良いでしょう? そのためには国がなければなりません、国が!国が! 国がなければならないのです。国が! 今は、神の日、父母の日、子女の日、万物の日を我々統一教会だけで祝っていますが、本来ならば、平面的に全世界のすべての国々で祝うべきなのです。ところが、この日を統一教会の中でだけ記念しているのであって、国家では記念していないのです。
今後そういう時になれば、全世界のキリスト教徒や、統一教会を信じる人や、すべての人がみな「どうか早く、私がそのような立場に入籍して、私を、神様の日、父母の日、子女の日、万物の日によって、すべてが一時に解放される立場に立ててください」と言って、行列をつくって競争する家族の数が、歴史上のいかなる移民や、戦争の避難民の行列よりも、長い行列をなす時が来るのです。(六九−三○五、七四年一月一日)
三、民族的大移動の時代が来る
皆さんは宗族復帰をしなければなりません。宗族復帰をせずに、先生の前に姿を現してはならないのです。何よりも重要視しなければなりません。全世界の統一教会員たちが、この時間先生が発表することを、全世界にファックスを送ってラッパを吹き鳴らすので、世界的に競争が起こります。一六○家庭を伝道すれば、韓国、祖国の地へ帰るというのです。六千年前に失った本然の祖国の地に入っていかねばと、死ぬ覚悟で伝道するのです。祖国の地のこの愚か者たち、どうするのですか?
先の者が後になり、後の者が先になるのです。アフリカの地へと…、荷物をまとめて故国山河を離れ、永遠に異国の万里の地獄に行くごとく、天国を離れて暗い地獄世界に行くということを知らなければなりません。既成教会は、どこに行くのでしょうか? 風呂敷包みが取り替わるのです。そのように入籍するのです。(二七四−二九七、九五年十一月三日)
これから大移動が起こります。先生は人情もありません。言い訳はありません。先生が一代だとすれば、次に入籍する人は黒人でも二代になるのです。二代になれば皇族として白人を指導することができるのです。アフリカが祝福家庭を中心として、黒人世界が先進国家を蹴散らして先頭に立つということを知らなければなりません。世の中がびっくり返るのです。(二七六−二二五、九六年二月二十四日)
ここにきた人たちは、「まさか! そんなはずはない!」と言うことでしょう。そういう者たちは見ていなさい。風呂敷包みを持って、あの南洋に追い出されるのです。世界の統一教会員たちが入籍して入ってくるのですが、七千万以上は住めません。現在三六〇万、三千六百万双がなされれば、七千万を越えます。みな韓国に入籍して入ってくるのです。これを知らない人たちは、みな荷物をまとめて退くようになります。大移動が起こります。民族大移動が起こるのです。起こらざるを得ないのです。そのような厳しい世界を知っているので、皆さんを集めて深刻にみ言を伝授するのです。ですから、よく聞いてください。
ここに来た人が死んでから「なぜあの時にはっきり言ってくれなかったのか?」と問うのです。私は引っかからないように、はっきりと話してあげるのです。こういう解説は必要ありません。四十五分、三十七分もあればすべて終わります。何時間になりましたか? 私も疲れます。初めて会ったので精誠を注がなければならないのです。声がかれても、血を吐いても、なすべきことはしなければならないのです。それが、天が残した伝統です。(二八三−二一一、九七年四月十二日)
イエス様は結婚することができなかったのですから、祝福を受けた人は、イエス様に勝る立場で結婚したことになります。それゆえ、家族たちが反対せずに先生を歓迎することのできる時代が来ました。出て行って、宗族的メシヤとして一六○家庭を糾合するのは、朝飯前のことなのです。問題ありません。早くこれをしなければなりません。これをしなければ、皆さんはすべて追い出されます。世界の人々が行列をなして入ってきて、入籍をするようになるときに、入籍できる数の四千万を越えても皆さんがそこに入っていなければ、風呂敷包みを持って、南米に、アフリカに行かなければならないのです。嫌でもそのような時が来ます。大移動時代が来るのです。
共産党がそうではなかったですか? サハリンにいる韓国人を、どこに追い出しましたか? みな中央アジアの砂漠地帯へと無理やり送ったのです。歴史的に苦難と試練を受けてきたので、その砂漠で名のある民族を編成し、その周辺国家の前に影響を及ぼす民族として残っているのですから、ありがたいことです。
宗族的メシヤとは何か、知っていますね? 宗族的メシヤは、イエス様がこの地上に築くことができず、国に通じる掛け橋をかけることができなかったのと、今や逆の方向に進んで行くのです。二千年待つのではなく、真の父母によって宗族的メシヤとして派遣されるのです。家庭的メシヤは自分の一族です、一族。親戚なのです。七代の親戚を一つにするのは問題ではありません。そのようにして一六〇家庭が祝福を受けるようになれば、家庭的に入籍をします。これができなければ入籍することはできません。全世界の統一教会員たちが、みな入籍して押し寄せれば、三六〇万双が祝福されればどうなるでしょうか? 問題が大きいのです。
ですから、宗族的メシヤとなって家庭的メシヤをつくらなければなりません。メシヤというのは真の父母のことです。メシヤが何かといえば、真の父を意味します。国家的真の父が現れて、宗族的真の父を立て、家庭的真の父をつくれば、アダム家庭復帰、イエス様の国家的復帰、世界的復帰が可能だというのです。先生が一六○か国を選んで立てたので、世界舞台に出るためには、先生を中心として、その王権を中心として一六○家庭を連結しなければなりません。そうしてこそ、そこから蘇生・長成・完成し、世界一六〇か国が連結されることによって、一六〇家庭とともに、一六○か国を一度に動かすことができるのです。
ヤコブのとき、宗族時代には十二兄弟、その次のモーセは民族です。十二支派が出てきます。イエス様は国家です。十二弟子が出てきます。これが公式です。ですからイエス様は、一二〇門徒、一二〇世界、十二弟子を中心とした世界的版図の十二数を代表する一二○国家、このようになるのです。先生の数は一八○数、一六○数です。四数で結んでサタン世界を追放しなければならないのです。真の父母は天宙的勝利、真の父母は天地の王権を代行できる勝利の中心存在となっているので、その国を思いのままに治め、編成できる時代に入ったというのです。(二七四−一七五、九五年十月二十九日)
王権時代になったので、多くの国、一六○か国を中心として、先生が真の神様に代わってメシヤを送るのです。神様は今まで、ひとりのメシヤを送って救いの歴史を繰り広げてきましたが、神様の救いの歴史において、地上に着陸してサタンがいない世の中になっているので、先生は平面図上に、全世界の祝福家庭をして、宗族的メシヤの使命を果たすよう世界に配置しました。この宗族的メシヤが、家庭的メシヤをすべてくくって国に入籍するようになれば、世界に通じうるすべての基盤が開かれるのです。(二七四−一八四、九五年十月二十九日)
四、天国入籍のための支派形成
入籍とは、宗族がするものではありません。民族がするのです。なぜ宗族復帰をするのかといえば、十二支派を編成することによって、その国の国権、国の主権基盤を、故郷の地に形成することができるからです。支派編成というのは、どれほど多くの功を立てたかで決定されるのです。努力次第です。世界に散らばる氏族を中心とした統一教会の競争時代に入っていくのです。ですから統一教会に反対していれば滅びます。これからは、そのままにはしておかないのです。昔は何十年かかり、何百年もかかっていましたが、今は即座に現れます。霊界が放っておきません。そのような時代が来るというのです。(一八七−一七一、八九年二月五日)
皆さんは最終目的地に到達したのですか、到達する過程にあるのですか? 到達する過程にあります。四〇年荒野路程をまだ越えていないのです。先生を中心として故郷の地を訪ねていかなければならないのです。国を探さなければなりません。国を建てたならば、入籍をしなければなりません。皆さん個人の位置で入籍しなければなりません。私たちには、まだそのような本然の国がありません。そのような国の基盤の上に入籍をしなければなりません。入籍するには、どうしなければならないのでしょうか? 宗族的メシヤを完成しなければならないのです。そうせずには入籍をすることができません。十二支派の地、所有権を受け継ぐことができません。私たちはそのような支派圏を持つのです。(二四八−一二六、九三年八月一日)
皆さん、今まで三六家庭には多くの過ちがあります。自分の子を愛しています。先生は孝進と誉進に申し訳なく思っています。温かく抱いて愛そうとはしませんでした。忍耐力が必要です。皆さんが愛さなければならないのです。先生はサタン世界を愛し、皆さんは孝進に対して天使長の立場で教えてあげなければなりません。「父母にはこのように仕えて、このようにして…」という具合にです。本来はだれがアダムを教育しなければなりませんか? 神様が教育するのではなく、三天使長が教育しなければならないのです。
そういう意味で、三六家庭が天使長に代わってその使命を果たさなければなりません。三時代、十二防守を代表したという責任を果たさなければなりません。復帰されたアベルの立場に立って、先生の家庭の息子を中心として、復帰された本然の長子を中心として、千年も万年も感謝の思いで一つになって、真の御父母様に仕える伝統を立てなければならないのです。しかし、それができなかったのです。
それをはっきりと知って、今後だれと一つにならなければなりませんか? 聖進、孝進や十二人の息子・娘と、先生の家族と一つにならなければなりません。私たちが基盤を築いたら、皆さんはすべて入籍しなければなりません。どこかの支派に属さなければなりません。国ができれば、支派に属するようになります。十二支派がそれです。そうしなければお父様の前に行く道がありません。このような原則があるがゆえに、統一家は移動することができないのです。揺れ動くことができないというのです。不意の悪党が現れようものならば、直ちに原理が除去するのです。(一三三−二四八、八四年七月十九日)
私たちは何をしようというのでしょうか? 神様の愛を受け、真の父母の愛を永遠に受けることのできる。息子・娘の立場に入籍しようというのです。これから入籍しようというのです。天国の生命録に入籍しようというのです。新しい真の父母主義、神様主義を中心として、新しい入籍が行われると同時に、支派編成が行われなければなりません。イエス様の十二弟子、十二支派のように、支派編成をしようというのです。(一四六−二三〇、八六年七月一日)
先生が考えるに、今は祝福家庭しかありません。宗族がまだ編成されていません。宗族編成をすれば入籍問題が起こるのです。そうでしょう? 入籍問題が起こるのです。何千代の先祖までさかのぼって、人類が、今まで歴史的に現れたにもかかわらず失ったものを、再編成する基準で進まなければならないのです。(二八七−三一七、九七年十月六日)
支派編成をして故郷の地に入籍する時が来る
皆さんはこれから故郷に帰れば、いかに早く自分を中心として血族はもちろんのこと、環境的与件を拡大させていくかという闘いが起こるのです。競争が始まるのです。
どの支派に属しようが、故郷に帰ったその根とともに支派編成をするのです。東西南北の枝、どこに属するかという枝が決められて、本籍への登録が始まる時が来るのです。
人種差別だの、文明国だの、発展途上国といったものはありません。霊界の善なる先祖たちを中心として、どれだけ一つとなり、その先祖たちが地上に来て、どれだけ協助できる基盤を持つかという問題が、今後皆さんが郷土開発の運動をするにあたって、その展開を左右するのです。
その枝がどれほど大きいかが問題です。幹が死んだとしても、枝さえ大きければ、それが幹になることもできます。人の芽が出て、その次に枝になったのですが、それが問題ではありません。新しい枝をいかに育て、皆さんの一門がこの世界に入籍し、故郷に帰るか、天国に帰るかということが問題なのです。帰郷の道に立ったということを知らなければなりません。(一八九−二二四、八九年四月六日)
その息子をアダムの息子として天の前に記入し、カインの一族と自分の一族が一つになったその基盤の上に、相続権が生まれます。入籍権が生まれるのです。アダムが初めてその家庭において、宗族的メシヤ圏を築き、二つの氏族圏を合わせてその名前を生命録に記録するということがなされるのです。(一一五−九九、八一年十一月四日)
兄を弟とし、父を息子としてこそ、父母が復帰されます。おじいさんを孫としてこそ霊界が復帰されます。蕩減法を変えることはできません。絶対に服従しなければなりません。ですから、そのために宗族的メシヤを派遣するのです。宗族を収拾しなさいというのです。逆になるのです。七代子孫の私が、七代先祖になります。そのように入籍しなければならないのです。ですから文氏、韓氏の宗族を編成するのです。どんなことがあっても夫婦統一をしなければなりません。(二九二−一一四、九八年三月二十八日)
神様は、縦的にひとりの再臨主を送られましたが、真の父母は平面的に宗族的メシヤを派遣しました。家庭編成をした再臨主が主体となって、横的にいっぺんに七〇万の宗族的メシヤを派遣したのです。恐ろしいことです。サタンにとっては恐ろしい時代になったのです。
皆さんの氏族の中に、三六家庭のような古い祝福家庭がいたとしても、それができないというときには、いちばん後に祝福を受けた三万双が一六〇家庭を入籍させたならば、三万双が中心になります。いちばん最後であるその三万双が先祖になるのです。この先祖が宗族的メシヤです。それ以外はメシヤになることはできません。すべてそうです。反対になるのです。統一教会は世界を祝福しますが、祝福家庭は、入籍によって統一教会のすべてを解放するのです。
宗族的メシヤとして入籍した人は、統一教会の祝福をすべてしてあげることができるのです。入籍したこの数によって、今後地上天国、天上世界の皇族圏が連結されるのです。(二六九−六〇、九五年四月七日)
五、三段階の祝福−教会・国・世界祝福
統一教会の祝福は、教会祝福であって、国家祝福ではありません。世界祝福までの三段階を越えていかなければなりません。教会祝福時代を経て、南北統一をなして一つの国を持った、天の国を中心とした祝福時代である国家祝福時代となり、その次には地上・天上世界が一つになる祝福時代となるのです。これらの三代祝福圏時代を越えていかなければなりません。アダム一代でなされるべきものを、再臨時代に至って、先生一代ですべてを終えなければなりません。二千年までに世界的祝福をいっぺんにしてあげなければならないのです。
そして本格的な入籍となるのです。その時からは民族大移動です。今や国家的な入籍時代となったために、文氏、韓氏の連合会をつくりましたね? そうして三六家庭のように編成するのです。今まで勝手に結婚した人は、三六家庭のアダム家庭に入り、結婚できずに愛の関係の因縁を結んだ者たちは、ノア家庭に入ります。み旨を果たせなかったのです。その次にはヤコブ家庭です。このように三段階を中心として組織編成をして、三六宗族を編成しなさいという話まですべて私がしました。ですから国家的時代になっていくのです。(二九〇−二五三、九八年三月二日)
統一教会で祝福をしてあげるには、本来、未婚の女性、男性でなければならないのですが、そうなっていないのです。未婚の女性、男性がいて、その次に男女関係を結びながらも結婚はしていなかった中間の者、その次に自分勝手に結婚した者の三段階があるので、三段階を越えていかなければならないのです。ですから、統一教会の結婚も三段階を越えていくのです。教会祝福・国家祝福・世界祝福です。
ですから、今祝福を受けた家庭は、そのような段階を越えていかなければなりません。本来は、蕩減条件のない解放された人が結婚するのですが、蕩減条件に引っかかっているのです。教会の前に迫害する国があり、その国の前にある世界を越えていかなければなりません。ですから、家庭を引っ張って、迫害のない解放された立場に進んでいってこそ、一つの統一された世界で、アダム家庭において天が祝福した相続権が生まれるのです。解放されるのです。
ですから、教会圏・国家圏・世界圏があるのです。世界的な王権復帰の圏を越え、サタン世界の讒訴圏を抜け出すことによって、地上・天上世界の解放が行われるので、その位置に上がって祝福を受けなければならないのです。そのようにして三回越えていくのです。
国家的メシヤが、その国に行って王権を復帰できる立場に立てば、王権をにぎった立場で、自分の一族を招請して入っていくのです。ヤコブ家庭の七十二人がエジプトの国に入って行ったように、七十二人が行くのではなく、一二〇人が入っていくのです。一二〇門徒が新たに世界的に入って歓迎され、その民族の核にならなければなりません。今はそのような時なのです。ヤコブの時は、七十二家族が入っていきました。今は一二〇家庭です。イエス様の一二〇門徒と同じです。民族を中心とした国家的代表としての一二〇人です。そうして、接ぎ木をして韓国へ帰らなければならないのです。
次に、入籍には、宗族的メシヤの入籍時代、世界国家時代における国家の入籍時代がありますが、そのような時が来るのです。それが国家的メシヤたちの責任です。国を早く復帰しておけば、家庭的メシヤ、宗族的メシヤ、国家的メシヤが、命令さえすればその通りになっていくのです。市民権をもらえばアメリカの国民になり、嫁に行けばその国の民となるのと同様に、いくら未開の人でも、アメリカに嫁げばアメリカ人と対等な立場に立つのです。統一教会に後から入ったとしても、入籍することによって同じ立場に立つのです。
そうすることによって、アダム家庭を復帰し、アダム家庭が国家を越えて世界のどこへでも自由に越えていくのです。イエス様の宗族圏も自由に行き、イエス様も自由に解放されるのです。再臨主が四〇年間迫害されたことや、統一教会の受難も解放されるのです。そうして、真の父母が世界の平面図上に、家庭・宗族・民族・国家・世界…、どこにでも行くことができるのです。
ですから、世界的メシヤは国家的メシヤを率い、国家的メシヤは宗族的メシヤを率い、宗族的メシヤは家庭的メシヤを率いていかなければなりません。そのように連係しているのです。中央政府があり、道があり、郡があって連結しているのと同じです。縦的に循環することができ、横的に循環することができるのです。(二八五−二三五、九七年六月五日)
統一教会の祝福家庭は、聖礼式をしましたが、その聖礼式は教会内の聖礼であって、国家内の聖礼でも、世界内の聖礼でも、宇宙内の聖礼でもありません。
それゆえ、祝福の日にも、教会祝福、国家祝福がなければなりません。世界の祝福、天国に行ってからは永遠の祝福式を経てこそ、本然の世界に戻る道があるということを知らなければなりません。皆さん、統一教会の祝福を受けるといっても、こっそりと先生に分からないように簡単に祝福を受けたとしても通じません。国家祝福を経なければなりません。そこでは経歴がすべて現れます。その次に世界祝福を経なければなりません。そうして天上に行って、大人会式と同時に入籍式を経て、十二支派の編成を終え、神様を中心として真の父母が天の国に行って座して初めて、万民が順に腰を据えるようになるのです。(一八五−三六、八九年一月一日)
祝福を受けた家庭が宗族的メシヤになるのは、何のためでしょうか? 入籍するためです。入籍して国を求めるため、国家的祝福を受けるためなのです。宗族的メシヤは、宗族的メシヤ同士で一つになって、自分の国を復帰しなければなりません。その国を世界に入籍させることによって、世界祝福を受けようというのです(二六八ー二五一、九五年四月二日)
宗族的メシヤは国に公認された祝福を受けなければ
統一教会に入った女性は、百パーセント先生の指導を受けるのです。それができない人たちは、統一教会員ではありません。女性たちのすべての五官、霊的五官と肉的五官は、先生を基準としているのです。
女性は、エバを中心とした一つの伝統的歴史を受け継ぎました。そのことを今まで知らなかったのです。しかし、今や向きを変えました。先生が男性として、アダムとして完成して現れました。こうして二人が会うのです。今までは背を向け合ってきましたが、統一教会に入ることによって、「ああ、本然の夫だ!」と分かるのです。原理のみ言を聞くことによって分かるので、さっと振り返るのです。
結婚はどこでするのでしょうか? 蕩減復帰をするためにアダム家庭でしなければなりませんが、イエス様の家庭でなして、アダム家庭まで戻っていかなければなりません。それは宗族的メシヤが家庭的メシヤを探すこと、すなわち一六〇家庭を探し出すことです。家庭を探し出して、サタン世界、左から右に回って上がっていくことなのです。
み旨を知ると、それが自然に通じるのです。全体が、自分の心と体が、本然のアダムに向かっていくのです。ですからエバ国家を代表した日本の女性たちには、自分の息子と娘がないのです、自分の夫がないというのです。ひたすらメシヤしかいません。こうして、霊的に一つとなったと立証されなければならないのです。
そして、アダム家庭的な心情の体恤復帰、それから宗族的な心情の体恤復帰、それから民族的な心情の体恤復帰、それから国家的な心情の体恤復帰、世界的な心情の体位復帰、天宙的な心情の体恤復帰、神様的な心情の体恤復帰をするのです。神様と完全に一つになるのです。縦的、横的に完全に一つになるのです。八段階、八段階が一つになるのです。
その段階を経ていかなければならないのであり、一人では行くことはできません。ですから教えてあげるのです。アダムが指導してあげるのです。これが、統一教会に入ってからの七年路程です。その過程をたどらなければならないのです。七年路程においては、私の主人、私の中心は絶対に先生の他にはない、先生の他にはないということが、完全に決定されなければなりません。
このような問題を中心として、祝福を受けたとしても、堕落したアダムとエバのその基準から向きを変えなければなりません。方向が変わらなければならないのです。これからは国家的基準と世界的基準をもって、天国の法と天上世界、霊界と一つになることのできる家庭的形態をつくらなければならないのです。そのためには、三大祝福圏を越えていかなければならないということを知らなければなりません。
こういう原則を知ったとき、どうですか? 統一教会に入ったときは、狂ったように燃えて、飛びまわって喜ぶのですが、段階を経ながらもっと喜ばなければなりません。アダム家庭の心情圏を復帰した後には、国家的・世界的・天宙史的な心情復帰をしなければならないのです。下りていってはならないのです。
統一教会の人たちは、最初の頃の喜びを忘れて、このように歩んでいくことが統一教会なのだと考えて、サタン世界の習慣化された生活に定着してしまっています。そうして多くの人が犠牲になってきたのです。上がっていかなければなりません。もっと上がっていかなければならないのです。
最初に統一教会に入ったときは、太鼓のように勢いがよかったのですが、八段階を上がっていかなければならないときに気が緩んでしまったのです。堕落して習慣化した人々が集まっているところに行って、みな固着してしまったので、上がるにも上がれない病人になってしまったのです。
家庭を率いてカナン復帰をし、建国をしなければならなかったように、上がっていかなければならないのです。堕落したその基準を越えて、建国時代に入っていくのです。国を探し得て祝福しなければなりません。堕落しなかったならばそのまま世界へと進んでいくのですが、サタンがその世界を、すべてサタン世界にしてしまったので、それを取り戻さなければならないのです。
それを一度に越えていかなければなりません。越えていって、解放された立場で祝福を受けなければならないのです。神様を中心として、家庭から、八段階の歴史的過程において、自由権を獲得したという結果をもたらすには、世界祝福まで受けなければならないということを知らなければなりません。それが解放なのです。国家的祝福を受けるには、国を探し得なければならないのです。宗族的メシヤが入籍をしなければならないのです。国があって初めて、入籍することができるのです。宗族的メシヤの使命を果たし、国を探し得て、国家祝福を受けなければならないのです。宗族的メシヤの責任を果たし、国を探し得て、国の上で公認された祝福を受けなければなりません。
宗族的メシヤが一つになって、自分の国を中心として世界へ越えていかなければならないのです。世界に入籍しなければならないのです。これをはっきりと知らなければなりません。宗族的メシヤが一つになって国を得て、その国を世界に入籍させることによって、世界祝福の基盤を探し得て越えていくのです。それが目的です。
その他、個人の所有権や、個人の何物も持ってはなりません。世界祝福の基盤、そこに基盤を築いてこそ初めて、個人の所有権を持つことができるのです。すべてを探し得た立場に立ってこそ所有権というものができるのです。(二六八−二四六、九五年四月二日)
六、宗族的メシヤを中心とした入籍時代
祖国光復と入籍
六、宗族的メシヤを中心とした入籍時代
入籍時代を迎えて、早く入籍する準備をしなさい
今後、入籍時代が来るのです。全世界の統一教会員たちは宗族的メシヤになれと、一九九一年九月一日を中心として全世界的に発表しました。宗族的メシヤについては、韓国人だけが知っているのではありません。全世界の人が知っています。そしてだれでも一六〇家庭を祝福させれば、みな入籍できる立場に立つのです。今後、南北が統一されるときには、その順に入籍するようになるのです。
全世界の人が入籍するようになれば、先生を中心として一代目の先祖、二代目の先祖、三代目の先祖というように、ずっと続くのです。先生が一代目の先祖です。最初に入籍する人たちが、先祖の中の先祖になるのです。平面で二十五億を祝福してあげるとすれば、一週間で祝福をしてあげることができます。数百万、数千万が同じ日に祝福を受けたとしても、入籍数を中心に考えていくと、順序が逆さになるので、同じ時代同じ日に祝福を受けたとしても入籍の日が異り、千代、万代の差がつくというのです。
入籍は韓国の地を中心としてするのですが、韓国の平均的な面積が足りなくなれば、全部外国に押し出されるのです。日本の国に行くなり、どこに行くなり、全部押し出されるのです。そうなれば外国から来る人と交差するのです。まちがいなくそのようになるのです。それゆえ、超民族にならざるを得ません。国際結婚をするので、その人たちはそこでだけ暮らすのではありません。
ですから故郷が恋しいならば、熱心に全部伝道して、入籍時代に早く入籍しなさい。それは笑い事ではありません。見ていなさい。そのようになるのです。イエス様は、サタン世界のイスラエルを天国のイスラエルにとして入籍できなかったので、国を築くことができなかったのです。宗族的メシヤとは何でしょうか? これがなければ復活する道はありません。新生する道がないということです。父母の腹中に戻って生まれる道がないのです。これは必然的な条件です。(二五四−八三、九四年二月一日)
南北統一をすることで、入籍時代に入っていくようになるのです。その時が来るので、先生は何と言ったかといえば、宗族メシヤを中心として一六〇家庭を早く収拾しなさいと言ったのです。そのようになれば南北統一された場合には、先生が第一代で入籍して、第一の先祖となり、その次にだれが来るかといえば、一六〇家庭を祝福した人が続くのです。先祖の順序が入籍によって変わるのです。ここに一六○○名を越える人が座って祝福を受けたとしても、一六〇〇代の差ができるのです。(二五六−三三二、九四年三月十四日)
怨讐まで愛したという立場に立つことによって、天上世界と地上世界に、アダムとエバが堕落する以前に神様が天使長を愛した基準、最後まで愛したという条件を立てることによって、サタンが活動することができなくなるのです。根が抜かれるのです。それゆえ、地上と天上世界の地獄の門と、天国の門を開けることができるのです。
ですから絶対信仰です。真の父母を中心として絶対信仰・絶対愛です。アダムとエバから宣布されたことが成就されなかったので、再び成さなければなりません。その次に絶対家庭です、絶対家庭。神様の属性は絶対・唯一・不変・永遠なので、そういう父母、夫婦、兄弟、そういう家庭にならなければなりません。その次に、第一創造主、第二創造主、第三創造主を完成する再臨時代には、そのような創造主は絶対に堕落できないということです。それが第三宣言です。その次には何かといえば、復帰できる基準をすべて成せば、サタン世界が残っているのです。ですからそれをみな神様の前に…、秘めた思いをみなここで開いて解放してあげなければなりません。
その解放と祈願は、サタンもすることができず、神様にもできません。真の父母だけができます。それで宿命的な提案をしたのです。それをだれが提案するのですか? 神様は提案できません。サタンも提案することができません。ですからサタンも天変なのです。真の父母が、アベル的な勝利の版図を全部引っ張ってきましたが、カインが行くことのできる道がありません。カインの欲望は何かというと、アダムとエバの行く道、愛の家庭を完全に破綻させることです。それがフリーセックスです。おじいさんやおばあさんが孫や孫娘と共に暮らし、母親が息子と暮らすのです。近親相姦関係をして完全にひっくり返してしまったのです。それから、男性同士で結婚し、女性同士で結婚するのです。ですから、神様の創造理想の家庭がありません。動物より悪だというのです。
そうして、家庭もなく、国もなく、世界もすべて失ったのです。これがヒッピー、イッピーです。最後には行く所がないので、軒下で「どこへ行こうか?」と言うのです。父母もすべて否定し、兄弟も否定し、国もすべて否定したのです。そうして結局は自殺するのです。サタンが神様のみ旨に永遠に反対するのでは、死亡の道しかありません。ですから、サタンまでも愛するといった条件が必要なのです。
その時が第二次世界大戦の直後です。キリスト教文化圏が世界を統一した時でした。初めて人類歴史が統一された時代となり、祝福を受けるのです。同時にみな祝福を受けるのです。ところが、これに反対をしたため、四〇年かかってアダム家庭を探し求め、ノア家庭を探し求める歴史が、歴史時代に再現されたのです。皆さん、それは驚くべきことだと思わなければなりません。
李相軒先生が霊界に行って探知した事実は、先生が教えたアダム家庭の内容、ノア家庭の内容、アブラハム家庭の内容、モーセ家庭の内容、イエス様の家庭の内容、すべてが合っています。キリスト教が反対してすべてを否定しても、霊界ではみな合っているのです。
それを知っているので、死んだ先祖たちの時代に失敗したことを復帰する中心存在として、アダム家庭に代わり、ノア家庭に代わり、人類全体の家庭が失ったものに代わって、勝利の覇権をもたらしたのです。それがゆえに、それを中心としてサタンは何もできないのです。
既に勝利した基準が天と連結しているので、それを叩き壊すことはできないのです。それを叩き壊すことができないので、サタンは一遍にすべての損害賠償を払わなければなりません。国家基準を越える時までは反対しますが、世界時代には反対できないのです。
既に統一教会は、国家基準の時代を越えたのです。今先生を見るならば、すべての家庭の王です。全世界の家庭の王なのですが、それはどういうことかと言えば、アダムが堕落せずに祝福を受けて、父子の関係を築き、宗族で出発できる基準に入ったのです。その基準に立ってこそ初めて、家庭の王が生まれるのです。
全世界の家庭の王となっているため、その王を中心としたみ旨に従っていかなければなりません。ですから王の座に仕えるその家庭には、宗族が必要なのです。そこには系列がありません。互いに均等になっているのです。先祖の系列がありません。
その時に宗族的メシヤを中心として入籍が行われるのです。真の父母を中心として入籍が行われるのです。国がありません。真の父母が一代先祖となり、二代、三代となって、アダム家庭の反対となるのです。落ちてしまった経路を反対に上がって、アダム家庭の理想が国家・世界まで連結し、神様の立場にまで行くのです。ですから、これから入籍時代になるのです。入籍はあっという間に行われます。(二九七−二三五、九八年十二月一日)
今まで四十年路程を通して、先生は反対する世界に行き、個人・家庭・宗族たちが反対する中を上がっていって、神様に仕えてこの地上に帰ってきたのです。先生の家庭を中心とすれば、どこにでも通じることができるのです。ですから皆さんは、これを接ぎ木していかなければなりません。
一族が滅びたのです、一族が堕落することによって。一族といえば四代です、四代。おじいさん、おばあさん、父、母、自分たち夫婦、息子と娘です。これを中心として拡大すれば、一二〇家庭、一六〇家庭以上になります。それゆえ、個人が蘇生であり、家庭が長成で、完成は一族です。宗族なのです。これは一つのチームです。一つのカテゴリーです。
これは分けることができません。これは元に戻さなければなりません。元に戻せば、全部一六〇か国、先生が一六〇か国を接ぎ木してあげるのです。これがなければ入籍できません。入籍をすることができなければ、天国に籍がないことになるので、大韓民国に生まれたとしても、大韓民国の民になれないのです。
入籍時代が来るのです。その時は民族大移動時代となるのです。民族を越えて、宗族を越えて、人種を越えて大移動時代が来るのです。全世界的に統一教会を中心として、宗族的メシヤの使命を命令したので、どの国でもこの使命を先に果たすならば、皆さんを追い出すのです。先生が一代先祖となり、二代、三代、数千代が連結されるのです。(二六五−一〇八、九四年十一月二十日)
入籍するには一六〇家庭を立てなければ
これから南北が統一されれば、入籍時代が来るのです。天国に入籍しなければならない時代になります。入籍をするには、宗族的メシヤの責任を果たしたか否かによって入籍するのです。一六〇家庭を立てなければならないのです。なぜ一六〇家庭を立てなければならないのでしょうか?
第二十四回のソウルオリンピックは、世界のオリンピックの歴史に記録されるものでした。世界の先進国家と対等な位置に韓国が上がっていったのです。このように蕩減復帰した内容を世界的に拡大して、私たちの家庭と連結することのできる再臨時代には、一六〇家庭を立てなければなりません。宗族を編成しなければならないのです。そうすることによって、一六〇か国の加盟国を持つ世界的な国連に連結されたのと同じ立場になるのです。ですから、一六○家庭を成すことなしには、入籍することができません。徐々にこれが容易な時となってきたので、先生がみ言を語れば、南韓、北韓を中心としたすべての人々が、先生を尊敬するのです。
この一六○家庭を中心として入籍するとき、先生が一番ならば、二番、三番にはだれがなるのかということです。それは超民族的、超国家的です。ですから、家庭問題に引っかかるようなすべての条件を、早く除去しなさいということです。今までのように適当にしていては通じないのです。(二六四−二二一、九四年十一月三日)
これからの時代は、入籍をしなければなりません。サタン世界で流浪していた人たちを接ぎ木しなければなりません。バラバラになっているのを宗族的メシヤ圏として、家庭的メシヤの一六〇家庭をなすことによって、イエス様を中心としてザカリヤ家庭とヨセフ家庭が一つになれなかったことを蕩減復帰するのです。それができれば、国家が自然に形成されるのです。(二六四−三二〇、九四年十一月二十日)
宗族的メシヤがいなければ、復活するための新生の原理の架け橋を失ってしまうということを知らなければなりません。宗族的メシヤが一六〇家庭を探すことができなければ、手続きを踏まえて入籍することができません。その入籍によって、数千代の差が生じるのです。五〇億人類において、歴史的代数の差が開くということを知らなければなりません。ですから、必死に宗族的メシヤの使命を果たさなければなりません。(二六五−一四二、九四年十一月二十日)
真の父母を中心として入籍する人が、今後先祖になるのです。天の国の先祖になって、主流氏族、主流民族、その傍系のすべての人を中心として、編成をするようになっているのです。
ですから、入籍をしなければなりません。入籍はじっとしていてできるようにはなっていません。一六〇家庭、あるいは一八〇家庭を完了しなければならないのです。これができていない人は、脱落するということになるのです。三六家庭でも何でも、それを主張する時代は過ぎるのです。平等化時代に入ったので、そこではその数にだれが先に入っていくかが問題です。(二八六−二四七、九七年八月十一日)
これからは一遍に祝福を受けられるようになるのですが、そうなれば二千年、この先祖の代はどうなるのでしょうか? 数千万年の先祖の血代はどうなるのでしょうか? この先祖をどのように決定するかということが問題です。先生が勝利した一六〇国家を、宗族的メシヤに連結させてあげるのです。一六〇家庭は家庭、宗族にしかなりません。そこにしか出入りできないのです。ですから、先生が接ぎ木をして一六〇国家を宗族的メシヤにくっ付けてあげるのです。それで先生は一六○国家の中心になるのです。
サタン世界が一六〇国家なので、国家を探し得たというのです。それゆえ先生が一六〇国家の中心になるのです。一六〇国家の中心に先生がなりました。一六〇国家は、自分の国を中心として、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダム、それにさえ合わせればいいのです、すべての国が。
そのようになれば、ここで国家を中心として世界・天宙にまで連結されるのです。国家・世界・天宙にまで自動的に連結されるのです。そこには真の母が来なければなりません。そのためには真の母の代わりに、それらを再び生み換えなければなりません。再び生み換えるときには、家庭で生むのです。生んだのは国家ではありません。家庭で生んだのです。
宗族的メシヤが、家庭的メシヤ、すなわちアダム家庭を復帰しなければ、死んだイエス様の宗族的な家庭基準に上がれないのです。宗族的メシヤはイエス様の立場です、イエス様の立場。先生を中心として国家を見ると、国家基準は完成したアダムの基準ですから、一代に連結しなければなりません。そのような立場に立つのが宗族的メシヤであり、家庭的メシヤを探し立てることなのです。これが一六○家庭です。
なぜ一六〇家庭なのかといえば、これを世界に連結させるためです。ヤコブは十二家庭、モーセは七十二長老、イエス様は一二〇門徒、再臨主は一六○使頭です、使頭。使徒の頭だということです。イエス様は使徒と言いました、使徒。使頭というのは、今回私が初めて使う言葉です。だれも知りません。日本はエバ国家なので、先生が知っている秘密をすべて教えてあげました。韓国の人たちや責任者も知らないことをみな教えてあげたのです。責任を果たせなければ、首が飛ぶのです。
一六〇家庭を解放できなければ、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムの勝利圏を、自分が相続することができません。第一次アダムだけしたとするなら、第二次アダム、第三次アダムと関係を結ぶことができません。来たるべき再臨主が、第一次アダム、第二次アダム、第三次アダムをみな完成するので、第一次アダム圏、蘇生の基盤さえ築けば、接ぎ木してくれるというのです。
イエス様が妻を迎えることができなかったので、アダム家庭を探し立てることができませんでした。今日統一教会の祝福を受けた人は、イエス様に勝る立場です。先生は国家の中心なので、イエス様の宗族的基盤を中心として、国家と連結しようとするのです。
イエス様の失敗は何かといえば、アダム家庭を復帰できなかったことです。復帰していたならば、国家まで進んでいくのです。ユダヤ教がアベルで、イスラエルの国がカインです。これがカイン・アベルです。これが一つになれば、そこに来られる主は自動的に王権をもって臨むことができるのです。
ところが、ユダヤ教とイスラエル民族が一つになれなかったのです。そうして北朝十支派、南朝二支派に分かれて戦ったのです。そこにエリヤが来て一つにしようとしたのですが、みな破綻してしまいました。ですから再びエリヤが来て、一つにしなければならないのです。洗礼ヨハネがエリヤとして来て、このことをしなければなりません。
南朝、北朝に分かれたのと同じように、ユダヤ教とイスラエルが分かれたのを一つにすれば、統一天下はそのまま築かれるのです。これが一つになれなかったために、イエス様が十字架にかかったのです。イエス様自身が洗礼ヨハネ的な立場に下りて、旧約時代の基盤を再び編成しなければならない立場に立ったので、サタンに追い込まれたのです。
それでは、先祖の代をどのように決定するのかというと、すべてが入籍しなければなりません。天の国が勝利することによって、再び天の国に全世界的に入籍して、戸籍謄本をつくらなければなりません。戸籍謄本ができた順序に先祖が決定されるのです。一代が先に立てば、自分の先祖において一代、二代…、何千代が再び編成されなければなりません。縦的な父です。
旧約時代からずっと先祖が編成されませんでした。それゆえ支派の編成が成されませんでした。十二支派、七十二長老、イエス様の時代の一二〇門徒、再臨主時代の一六○家庭、一六〇か国の編成ができていないのです。それを受け継いで一六○か国を編成するためには、一六○家庭でなければ世界と連結できないのです。四千年の期間を四〇年で蕩減したのと同様に、一六○の国家を一六○家庭が蕩減するのです。これが絶対必要なのです。(二六五−一二七、九四年十一月二十日)
皆さん、一族をすべて祝福家庭にしなければなりません。一六〇家庭から一八○家庭です。そうすれば入籍するのです。これを中心として、国を救うことができるのです。こういう時になったのですから、宗族的メシヤにならなければなりませんか、ならなくてもよいでしょうか? 個人の救いの時代ではありません。家庭と宗族と国家と世界が一度に立ち帰ることのできる時になったのに、家庭的基準で座り込んでいたらどうなりますか? (二八五−二○七、九七年五月四日)
皆さん、祝福を受けた家庭は、宗族的メシヤの使命を果たさなければならないのです。イエス様は家庭的メシヤを中心とした、一六〇、一二〇の家庭を一つにできずに亡くなりました。今のときは、世界的舞台で一六〇家庭を一つにすることによって、イエス様の成すべき基準を中心として、地上に着陸できる家庭的メシヤを形成し、堕落していない真の父母の歴史を立てることができるのです。こうなってこそ入籍が行われます、入籍。国に入籍できるのです。自分の国になります。
そのようになれば、国に入籍、戸籍に載るのです、戸籍。先生は迫害を受けながらしましたが、皆さんは迫害を受けずに歓迎されながら一六○家庭ができるのです。先生が一六〇か国すべてから反対されながらしたことを、一六○家庭で歓迎されながら蕩減復帰するのです。世界にすべてのことを相続すれば、サタンは完全に落ちて出て行きまいます。皆さんが祝福家庭であるならば、祝福家庭の子女であるならば、宗族的メシヤの家庭として、すべてが自らの宗族的メシヤの責任を果たせるのです。それゆえに、後援することのできる息子と娘にならなければなりません。世俗世界の一六○の自分の親戚、宗族の青年たちを糾合できるプラスの二世となって、マイナス圏を一つつくらなければなりません。(二六六−一八二、九四年十二月二十五日)
一六○か国さえ一つになれば、世界と天宙は自然に一つになって結ばれるのです。先生が一六〇の国家を完成したことを知らなければなりません。皆さんはどのように一六○家庭を成すかというのです。どのように宗族的メシヤとして一六○家庭を救うかというのです。そのようにして、真の父母が一六〇か国を完成したことを連結するのです。そうして登録するのです。
こうして皆さんの家庭が回るようになれば、一六○家庭を中心として国が回り、一六○の国家がみな一度に回るのです。それで宗族的メシヤが必要なのです。アダム家庭と、アダム宗族と、アダム国家と、一六〇国家が、一つの平面で回らなければなりません。
それゆえ、世界的なすべての一六○か国を勝利した真の御父母様の内容を相続してあげなければなりません。そのとき、それを相続するには一六〇家庭がなければ連結されません。四千年を、四〇数の基盤をもって引き継ぐのと同様に、一六○か国を一六〇家庭をもって引き継ぐのです。これがなければ連結することができません。このようにしてアダム家庭が回れば、宗族的メシヤ家庭、イエス様の家庭、再臨主の家庭が全部回るのです。一度に回るのです。そうでなければ連結させることができません。宗族的メシヤがどれほど重要であるかを知らなければなりません。
それで一六○家庭を復帰してこそ、登録するのです。入籍をするのです、入籍。世界の一族として入籍するのです。定着地です。連結すればすべてがついてくるのです。そうでなければ分かれてしまいます。分かれるということは、天国に連結することができないということです。(二六七−一一〇、九五年一月三日)
真の父母と家庭定着、完成と家庭定着、それは再創造の理想基盤です。それは、個人がすべての環境に連結することができるということです。神様がすべての被造世界を主管するということです。堕落後に崩れたものを…、失われた神様の立場を、再び復帰して家庭に戻るには問題がないのです。いつ、いかなるところでも、サタン側は妨害できないのです。そうするには、一六〇家庭をしなければならないのです。
お父様がそのような一六○か国に対して勝利しました。皆さんがいかにして一六○家庭を成すかが問題です。それが宗族的メシヤの使命です。このように一六〇家庭を連結して、皆さんの家庭を中心として一六〇か国と連結するのです。それが失ったアダム家庭を完成することです。
一六○家庭が絶対に必要ですか、必要ではありませんか? どうですが? 絶対に必要です。どうして必要なのでしょうか? 神様と真の御父母様が勝利したすべてを相続するためです。相続というのは、すべて解放されて神様のようになることです。
宗族的メシヤが、そのように重要だということが分かりましたね? これがなければ先生について行けないのです。天国に入っていくことができないということです。また、サタン世界を解放できないということです。ですからどんな困難があっても、宗族的メシヤの使命をすべて果たさなければならないのです。そうしてこそ天国に入籍できるのです。登録するのです。そうでなければ天国に入籍することができません。
入籍できなければ、天国のパスポートをもらうことができません。アメリカの国民はアメリカのパスポートを持たなければなりません。韓国人も同じです。私たちは天国のパスポートが必要です。入籍した後に、天国の民として、それをもらうことができるのです。(二六八―八五、九五年三月五日)
自己完成とは、絶対なる真の愛、絶対なる真の生命、絶対なる真の血統、絶対なる真の良心を完成することです。こうして、堕落後に失った家庭を探し出して安着することです。真の父母が安着したので、私たちも真の父母に続いて、宗族的メシヤになり、一六○家庭を連結して、一六○か国を占領するのです。そうすることによって、天国と地上を自由自在に行き来できるのです。
そのためには必ず相続をしなければなりませんが、これは運命的でなく、宿命的にしなければなりません。そうして入籍するのです、入籍。登録した後に初めて、地上天国・天上天国を皆さんが所有できるのです。登録した後に初めて、私の国、私の王国ということができるのです。(二六八−八八、九五年三月五日)
宗族的メシヤは入籍の基地
祝福を受けた家庭は、宗族的メシヤとして自分の故郷へ帰り、自分の故郷が天国に属することができるようにしなければなりません。自分の故郷を一体化させ、故郷を中心として入籍することによって、自分の故郷が天国の主権に連結されるのです。そのための統一教会の活動基地が宗族的メシヤなのです。登録する順番にしたがって、数千代の先祖の境遇が変わるのです。先生を一番として、二番、三番と…、このように代数が決まっていくのです、全世界的に。
この運動を全世界的に等しく展開しているため、その登録をいかに早くするかによって、数千代の先祖の立場が変わります。ですから、宗族的メシヤの使命をどのようにしなければなりませんか? 夜だとか昼だとかを考えていたら、大変なことになります。眠らず、休まず、ご飯を食べる時間も惜しんで、早く復帰して入籍しなければ、入籍することができません。日本の国民になるには、戸籍謄本がなければならないでしょう? 神様の国にも、そういう戸籍謄本がなければなりません。これから実体世界において、その入籍をするようになるのです。
こういう因縁を世界に拡大して入籍すればどうなりますか? 一度に自分の一族が、世界と関係を結ぶようになるのです。入籍をした人が神様の宗族圏に加入すれば、その人と姉妹結縁を結んだ人も、間接的にその後について行くようになります。韓国人がその前にいれば、そのしっぽにつかまって一族がついて行くようになるのです。その家庭が門を開けば、日本から大移動をして韓国に定住することのできる道が生じるのです。(二五五−二七四、九四年三月十一日)
マリアとヨセフは、新しい総督に「登録しなさい」と言われて、登録をしにいく途中でイエス様を生みました。新しく入籍する時が来るのです。入籍は日本でするのではありません。南北統一されれば真の父母の国なので、そこに来て入籍することになるのです。それによって、民族大移動の時が来るのです。(二五九−九四、九四年三月二十七日)
皆さんに以前の所有権意識があれば、サタン世界のものをそのまま延長することになるのです。ですから、まちがいなく原理的な理論でこれを決定できる自身を探さなければなりません。皆さんがその段階に進めなかったので、皆さんは家庭段階に該当するのです。皆さんは宗族的な立場を探すことができなかったではありませんか? 国家も探すことができなかったでしょう? 先生が国家を築いた立場に合流するのです。宗族的な皆さんの立場にならなければなりません。
宗族的なメシヤの立場に上がって、ホームチャーチをしなければなりません。そうすれば先生が築いてあげた国家的運勢、世界的運勢に参加することができるのです。
イエス様は、宗族的基盤を築くために、ヨセフ家庭とザカリヤ家庭を中心としてアベル・カイン…、その内外のアベル・カインの蕩減復帰の宗族基盤を築くみ旨から出発しなければならなかったのですが、築くことができませんでした。これを皆さんが築くことによって、イエス様に勝る、現在の勝利的な蕩減復帰の条件を立てることができるのです。イエス様に勝らなければなりません。
宗族的メシヤ圏を求め出すことができない以上は、生活圏が現れません。その生活圏も、国家基準と世界基準が準備されていない基盤においては、定着することができません。国家基準と世界基準で進まなければなりません。このように見ると、宗族基準も築かれていないし、国家基準も築かれていません。この路程は皆さんが直面している路程です。先生は世界基盤を築きましたが、皆さんは築くことができませんでした。一段階離れているのです。
ここで皆さんが家庭を考える観念があってはなりません。それはサタン側へ戻ることなのです。錐の先が曲がっていてはなりません。今は全部修正して、越えていくときです。(一四五−五七、八六年四月三十日)
三代を中心として結ばなければなりません。皆さん万人ではいけません。横的に三、縦的に三代を中心として結ばなければなりません。それゆえ、何も分からない者を宗族的メシヤとして任命し、天の命令によって伝授してあげました。その価値を汚してはなりません。(一九八−二四二、九〇年二月三日)
宗族的メシヤの意義と使命
宗族的メシヤは、自分の父母を復帰しなければなりません。父母が怨讐中の怨讐ではありませんか?統一教会員を追い出したではないですか。そうです。サタン側です。父母、一族がみな反対しました。自分の家族が怨讐だという話がありますね。父母が怨讐です。み旨のために死んで、み旨のために生きようとするので、父母が殺そうとしました。すべて捨てて、家を飛び出して統一教会を信じた人がどれほど多かったでしょうか。
家庭的基準の祝福を受けた人が宗族的メシヤになるのです。ですから、死なない立場においてのイエス様圏を落城しなければなりません。宗族的メシヤは、勝利したイエス様の立場で行って、自分の父母を復帰するのです。
このような基準が天側に積まれることによって、皆さんを生んでくれた父母は何になるでしょうか?宗族的メシヤは、イエス様の代身なので、皆さんを生んでくれた父母は、アダム家庭のアダムとエバの代身として登場するのです。それはなぜ必要なのでしょうか? 皆さんは天国で生まれたのではありません。天国で生まれなかったために、故郷がありません。また、天国を中心として生まれなかったために、国籍がありません。国籍がないので血筋が違います。天国の眷属ではありません。他の一門です。異邦の一門です。
ですから、どんなに宗族的メシヤだといっても故郷がありません。故郷とはどこでしょうか? 自分の父母が生んでくれた所が故郷なのです。皆さんは天国で生まれたのではありませんが、これを蕩減復帰してあげることによって、皆さんの故郷が天国として登場するのです。天国の故郷の父母が、私を生んでくれたということになるのです。それゆえ、天国の故郷で私を生んでくれた父母は、堕落していない父母の立場にあるということになるのです。それゆえに、天国の故郷を持つことができ、天国の父母を持つことができ、天国に入籍することができる国民になるのです。ですからサタンは退くのです。こうすることによって、父母権が復帰されるのです。この父母に対して、過去から現在まで、サタンが讒訴する何ものもありません。
三代が一つになって、宗族的メシヤの前に絶対服従しなければなりません。おじいさん、お父さん、お兄さん、弟が、自分に絶対服従しなければなりません。全体が絶対服従する立場に立つことによって、入っていくことができるのです。
それで、歴史上の父母が誤って失ったものを、全部蕩減してあげたというのです。ですから、兄弟権の復帰以降に、父母権復帰をしなければ、天国に入っていくことができません。(一九九−二〇八、九〇年二月十六日)
宗族的メシヤは一族が入籍できるように責任を持つ
統一教会のたとえ小さな男性と祝福を受けたとしても、その女性は、この世のどんな王女や皇后よりも、もっと立派なのです。この世の皇后や王女であったとしても、霊界に行けば皆さんにひざまずいて敬拝します。こういう話をすれば「先生はふとどきな言葉を、むやみに口にする。あんなこと言わなければいいのに…」と、皆さんはだれかに脅迫されはしないかと、緊張して焦るでしょう?
しかし、そんなに簡単に自分たちが恐れているようにはなりません。自信を持ちなさい。宗族的メシヤは、宗族の王です。天に入籍した宗族的メシヤとして、全権を発揮し、日本に誇らしい天側の宗族をつくることは、天下を治める以上のことなのです。(二四三−五七、九三年一月一日)
今後は個人が責任者になるのではなく、家庭、父母が責任を負う時代に入るのです。祝福を受けた人は皆、これから故郷に帰りなさい。今後、皆さんが故郷に行って宗族と一つになることができず、宗族的メシヤとしての責任を果たすことができなければ、今後天国に入籍をすることができません。(一八九−一五四、八九年四〇一日)
絶対的に宗族的メシヤが必要です! それを果たすことができない人は、第一、第二アダム圏を連結できません。先生と連結することができません。入籍することができません。ですから、絶対的に宗族的メシヤが必要でしょうか、必要ではないでしょうか? 必要なのです。そういう天の恩寵に対して、何も価値の分からない人は、宝物をもらっても、その価値あるものをむやみに扱うのです。そのように、いいかげんに考えるその基準によって、審判を受けるようになります。宗族さえ復帰すれば終わるのです。(一九二−二三三、八九年七月四日)
先生が宣布した宗族的メシヤとして、どれだけ責任を完遂したかという、その基準に比例して、入籍して王族圏内に入っていけるかどうかが決まるのです。先生は三六家庭、七二家庭を知りません。だれにでも三六家庭よりも、百倍、千倍できる力があると私は考えています。だめならば、いつでも交換するつもりです。できなければいちばんびりになるのです。そのような時が来るのです。(二四二−二七一、九三年一月二日)
宗族的メシヤにならなければ入籍できません。それはどういうものでしょうか? イエス様の十二弟子と七十二門徒と一二○門徒を中心として、地上に祝福家庭の一二〇か国の代表と、七十二民族代表と、十二家庭の宗族代表なのです。そういう基台がなければなりません。
死んだ後に入籍をしなければならないのです。しかし入籍は、一人ではすることができません。イエス様の宗族的メシヤ圏で、ザカリヤ家庭(カイン)とヨセフ家庭(アベル)が一つになれませんでしたね?それと同様に、皆さんのカイン・アベルが一つにならなければなりません。宗族的メシヤは、勝利的宗族圏を立てたイエス様と同じです。皆さんの対象圏は、ザカリヤ家庭(カイン)と同じなのです。この二つの家庭が一つになれば、すべての家庭がみな救いを受けるのです。
それゆえ、宗族的メシヤにならなければなりません。宗族的メシヤにならなければ祝福を受けて入籍されるまで、塀の外で待たなければなりません。待っていたら、皆さんの氏族までみんな入籍してその数が満ち、そこでばっさりカットされれば、びりになるのです。協会長であろうが何であろうが、宗族的メシヤがいちばんです。協会本部では、こんな話はしないでしょう? それほど宗族的メシヤが良いのです。そうしなければ、一番目の公式も越えることができません。公式になっているのです、公式。ですから、神様が往来できる高速道路をつくらなければなりません。
最初の公式は何ですか? 神様が宗族圏まで来臨できる高速道路をつくらなければなりません。自分の一族を通じ、自分の家庭を通じ、自分の父母を通じて宗族が一つになれば、ここに天が共にあるのです。二つ目は何ですか? 入籍です! 入籍のためには息子・娘を生まなければなりません。入籍というのは、息子・娘を生まなければならないのです。息子・娘を生んで初めて入籍がなされるでしょう? その二つです。最初の母はそれができなかったのです。母が解放すべき責任を果たすことができなかったので、みな失敗したのです。これを復帰しなければなりません。イエス様が失敗したことまで果たさなければなりません。(二三六−一一三、九二年十一月三日)
入籍というものがなければ、天国の国民になれません。みな宙に浮いてしまうようになります。そうなれば、サタンが思いのままに前後・左右・上下から攻撃するのです。今皆さんは真の御父母様に代わって、宗族的メシヤの使命をもって、自分の父母を解放できる立場に立ちました。
なぜそれが必要なのでしょうか? 今世の中の父母たちは、堕落した父母から生まれて、堕落した血族で世界に繁殖したのです。これを宗族的メシヤが自分の父母を復帰してあげることによって、アダムとエバが、堕落しない立場で、自分の家庭を連結させて私を生んだという立場になるのです。そうすれば自分の故郷の地は、堕落していないアダムとエバの地となり、天国の故郷の地として継承されるのです。そのようになればその地は、神様が思いのままに来られて管理することができ、神様が思いのままに主管することのできる地になるのです。そうなれば、その地は天国に入籍された立場に立つので、その国の人は天国の民、天国の国民となります。それゆえ故郷があるのです。父母が堕落していない本郷の父母の立場に立てば、私はその息子・娘として生まれ、完全復帰された立場に立つことができるのです。(二三六−三二二、九二年十一月九日)
入籍した順序で先祖が決まるのです。だれが早く宗族的メシヤになって、先に入籍するかによって決定されるのです。イエス様が一二○門徒を全部登録しようとしたのですが、できなかったので、再臨時代に一六○家庭を中心として登録しなければならないのです。一八〇でもかまいません。みな一六○を願って、一八〇を願わないので、一六〇に定めたのです。六数はサタン数なので、サタン世界で完成しなければならないのです。四数は理想の数です。四数の四倍は全体を象徴するのです。(二五三−八三、九四年一月七日)
先生は四〇年間迫害を受けながら、一六〇か国に宣教部をつくりました。祝福家庭、統一教会員たちは、これから宗族的メシヤになって一六〇家庭を連結しなければなりません。これは一つの水晶体、結晶体のようなものです。先生は迫害を受けながらつくりましたが、統一教会の食口は、迫害を受けるのではなく、歓迎されながら自分の一族を救うことのできる時になったのです。それができないと言う人は資格がないのです。こうして、一六○人を中心として祝福さえ受けさせれば、それが国に入籍できる資格になります。カナンの福地に上陸して、国に仕えることのできる立場に入っていくのです。(二五二−二八八、九四年一月一日)
宗族的メシヤとして入籍した場合、将来、民族大移動をしたときにも、韓国語を知らなければ、真の御父母様の近くに行って生きることができません。遠からずそのような時が来るのです。入籍するには超国家的・超民族的にしなければなりません。民族が大移動する時が来るのです。それで民族的メシヤを急いでしなければなりません。世の中は何でも先生が話したとおりになります。そうなるようになっているのです。(二五三−四八、九四年一月一日)
真の父母と成約時代
人類と宗教圏は、カインとアベルの関係にあります。これが一つにならなければなりません。一つになれば、自動的に一致するのです。ですから、そこに入って一体になるための内容には、サタンが寓居する何ものもないのです。また、真の父母と成約時代というのは、完成した基準なので、長成期完成レベルで堕落したのとは関係がありません。ですから全体・全般・全権・全能の時代だというのです。全体が神様に属するのであって、サタンに属することはないのです。
全体と全般というのは、世界的基盤にサタンが寓居できないということです。全権、これはすべてにおいて至る所で、天の世界的権限だということを意味します。そして全能というのは、できないことがないということです。思いのままにできるのです。かといって、悪なることをするというのではありません。善を中心として、自由に発展させることができるということです。その発展したものは、発展させた責任者のものではなく、全体のものなので、歓迎されるようになっています。環境的条件に互いにプラスとなる愛の内容が内包されているため、そこは神様の所有権となっていくのです。
そして、そこでは五〇億人類が、そのようなことを中心として先祖になっているのです。統一先祖、心と体を統一した先祖なので、この先祖たちが解放されるならば、父子の関係を中心として子孫が広がるのです。父子の関係を通して、一代先祖が勝利圏の特権を受けたならば、子孫たちはそれを相続する権限があるのです。父子の関係を通して、先祖から数千、数万代を平面的に、横的に連結できるのです。数万代にわたったものを、横的に蕩減して展開することができるということです。
ですから、父と子が誤って連結されたすべてが、父が解放されることによって、父子の関係を通して息子が相続権を受ける原則に基づき、子女の立場も平面図上で恩恵圏内に入るのです。
潮が満ちてくるのは、かなり速いものです。とても速いのです。これが満水になって交差するときは、一分以内に交差するのです。恩恵圏内に立って水平になるというのも、一分以内に同じ場に立つことができるのです。それゆえ、統一教会の熱血漢の青年たちが、サタン世界の人と同じ祝福の場に立ち、五〇億人類が一日のうちにすべて統一されるのです。そのように数万代が横的に連結されるのです。
その次には国家編成をするのです。国家というものを編成するときに、再び先祖として登場するのです。真の父母が一代先祖になり、その次には二代先祖です。忠誠の限りを尽くしたすべての人が、宗族的メシヤの責任をどれだけ果たしたかという基準を中心として、一六○家庭を祝福して、入国することができるのです。そのような特権的条件にふさわしい人たちは、今後の入籍時代に登録しなければなりません。登録する順序に先祖ができるのです。
そして、今後入籍する順序を中心として民族大移動が起こります。今後統一教会に反対する人は、荷物をまとめなければなりません。スターリンは再臨主の象徴なので、サハリンの韓国民族を、死ねとばかりに中央アジアの砂漠地帯に連れていって捨てましたが、死にませんでした。韓国民族はとても粘り強い民族です。団結して生き残りました。そのときのように大移動するのです。そのときは強制的に移動されられましたが、今は自分から移動していかざるを得ないのです。原理原則がそうなっているのに、天国に行くのに、裕福な暮らしのまま行くことができるでしょうか? 行くことができません。地上天国が顕現するときには大移動が行われます。入籍した順に、先生の側近から並んで立つのです。大韓民国の反対する人々を追い出すのです。荷物をまとめるのです。(二五三−二九九、九四年一月三十日)
宗族的メシヤの宣布
真の父母と成約時代を発表した以上、エバは何のために必要でしょうか? エバ国家は何の必要もありません。アダム家庭が全世界を代表するのです。真の父母の家庭が、個人的アダム家庭の代表的勝利の基盤を築いたのです。宗族の中心家庭です。民族の中心家庭なのです。国家の中心家庭であり、世界の中心家庭であり、天宙の中心家庭だというのです。そういう基盤になったので、サタンを相手にしなくても良いのです。
すでにアダムとエバ、カイン・アベルの概念を超越しているのです。今まで救いのために苦労してこられた、神様のその基準を逃したくないがゆえに、こうしているのであって、先生が切ってしまえば完全に切ってしまうのです。
祝福家庭の中にもそういう群れがいれば、そのまま放ってはおきません。まちがいなく聖別した基準において、同じ教育をしなければなりません。学校も別にして、徹底的に教育しなければならないのです。しかし実際、サタン的環境の真っ只中にいれば、だれもがそんなことはしたくないのです。そのような聖別の過程を通過しなければならないのです。一回で終えれば、数年のうちに全体的な代表の基準を立てて摂理することができますが、そういうことに何十年、何百年もかかるとすれば大変なことになります。
サタンの再侵入という恐ろしいことが起こるのです。それで結局は、民族大移動がなされるのです。スターリンの共産主義治下で大移動したように、神様を中心とした反対方向の大移動時代が来るのです。宗族的メシヤの使命を果たして、入籍した順序によって、先祖として決められるのです。
そのように入籍する日、加入する日に、先祖になっていくのです。宗族的メシヤとして一六○家庭を蕩減復帰し、完成すれば、すぐに入籍するのです。そのようにして全世界の統一教会が入籍するのです。真の父母の故郷の地に帰ってくるのです。イスラエル民族が帰ってきたのと同じように、成約時代の家庭的完成基準を築いた人は、すべて入籍時代に入って、本郷の地に帰ってこなければなりません。
日本も、イギリスも、世界各国の統一教会が、平面的に宗族的メシヤを宣布しています、一六○か国のすべてがそうなのです。その国家の中心は先生です。縦的に、過去・現在・未来、旧約時代・新約時代・成約時代、三代先祖を地面において結着させなければなりません。地上なのです。地上定着なのです。空中定着ではありません。再臨時代において、世界を代表した勝利圏をもって地上定着をするのです。地上定着をするその基準とは、第二次世界大戦後に、世界がキリスト教文化圏を中心として統一された、たった一度しかなかったその基盤です。(二五二−一七一、九三年十二月二十九日)
宗族的メシヤと入籍時代
宗族的メシヤを中心として、家庭的なメシヤを一六〇か国に立てるようになれば、国家時代において入籍時代が来ます。そのとき入籍できなければ、どうなるか分かりますか? 今は平面的時代なので、一代、二代、三代が平面性を完成すれば、五〇億人類が同じ立場に立つのです。そうすれば一週間以内に五〇億人類をみな祝福してあげることができます。
そうして南北が統一され、その祝福を受けた者たちで国が形成されれば、入籍時代に入っていくのです。真の御父母様を中心として血族になれば、入籍時代になるのです。平面的に五〇億の人類が一時に祝福を受け、一時に入籍することによって、数千万代の先祖が決定されるのです。平面的に同じ日に祝福を受けたとしても、その中において先祖として数千代の差ができるのです。恐ろしい時代が来るのです。
それゆえ、世界の統一教会員、全世界の人々が祝福を受けて、先に入籍をした人たちが先祖となり、大移動が行われるのです。そうなれば、しがない韓国のこの群れたちは皆、自分の住んでいた家を売って出て行かなければならないのです。大移動が行われます。
イエス様が一二○人を祝福してあげていたならば、イスラエルの国に国家が形成されていたはずです。彼らが入籍して国を立てたはずです。しかし、互いに争いばかりをしていて、国を立てることができなかったのです。その使徒たちは「死徒」でした。世の中も知らずに騒いでいました。同じことです、統一教会員たちも。自分の家庭を中心として、自分のことばかり考える人々は、全部消えてしまうのです。
今後日本人がすべての使命を果たし、お金を持って韓国の地に入ってくれば、国が全部受け入れなければなりません。超民族的な入籍時代が来るのです。それゆえに、合同結婚式をしたのです。(二五二−二四六、九四年一月一日)
宗族的メシヤの責任
新しい人間の理想を中心とした神様のみ旨とともに、創造理想を中心として、すべての理想的基準において完成したアダムとエバがいるのであり、理想的基準にある完成した夫婦がいるのであり、完成した家庭があるのです。そのような家庭さえあれば、それを合わせれば宗族になり、それを拡大すれば民族になり、それを拡大して世界化させれば世界になるのです。
こういう体制が長子権復帰、父母権復帰、王権復帰、その次には皇族圏も絶対必要です。なぜ皇族が必要なのでしょうか? 直系の長子権を中心として王権が立てば、この兄弟が広がって一族になります。一族が拡大すれば宗族になるのです。宗族が拡大すれば民族になり、さらに全部世界的に広がって、これが五〇億人類にならなければならなかったのです。しかし、この皇族圏がなかったのです。王権もないので、皇族もないのです。王権を設定するとともに皇族圏を設定することによって、カイン世界、堕落権を引き継ぎながら地獄に落ちた、退廃的なすべての皇族が、勝利的な皇族へと転換するのです。
それゆえ、王権を中心として皇族一族が、心情的愛を中心に一つとなり、宗族圏内で生きるのです。家庭を中心として、宗族圏内で生きた人々の行く所が天国です。そのためには、王権の設定とともに、皇族圏を設定しなければならないのです。皇族圏を設定しなければ、歴史時代のアダムから発展してきた皇族が、切られてしまうのです。ですから、全世界のカイン圏が、皇族圏に帰ってくることのできる時代に入るというのです。ここでもカイン・アベルの問題はありますが…・。
これが最後の結論なのです。長子権復帰、その次には父母権復帰、次に王権復帰、次に皇族圏の復帰なのです。今日私たち統一敏会員は、長子権・家庭権・王権、皇族圏にまで至らなければなりません。それをみな抱いて、王のように仕えて再び帰ってきて初めて、落ち着くことができるのです。それが宗族的メシヤの責任です。
水のもれるすき間もないほどに組まれているので、サタンが入れないのです。そして、統一教会の家庭がこれから知らなければならないことは、長子権復帰です。全世界の人類を、弟や妹だと思いなさいということです。その次には父母権復帰、全世界の人類を息子だと思いなさいということです。その次には王権復帰、全世界の自分の宗族を復帰し、家庭を復帰したその国を、王の立場で考えなければなりません。そのためには、サタン世界のすべての特殊な人々を、皇族圏内に養子として迎えなければならないのです。
そのために、再び入籍時代が必要なのです。入籍時代。では入籍時代を決定するものは何でしょうか?サタン世界から、長子権を復帰し、父母権を復帰し、王権を復帰するのです。サタンが、サタン兄圏、サタン父母圏、サタン王圏、サタンの皇族圏を築いた世界に比べて、どれだけその数を復帰したかということが、霊界に入っていく基準となるのです。
サタン世界で持っていた地位とは反対の基準で霊界に入るのです。それはどういうことかというと、王権を復帰し、国を治め、国を救うことができる人が、王の位置に上がるということです。王に仕えることのできる皇族圏内にあれば、皇族になるのです。父母になれば、父母圏内に入っていくのです。
ですから、天国の民をたくさん増やしていくことで、大きな国になるのです。それゆえ伝道しない人は、天国では実に困難だということです。長子権復帰の基準にも入ることができません。父母権はとうてい望めないのです。
今までサタンは、祖父の力、父母の力、兄の力をもって、アベルを無慈悲に犠牲にしたり殺したりしてきたのです。それを蕩減してでも復帰しなければならない時代になってくるのです。今後、無慈悲な時代が来るのです。瞬間にして、世界がひっくり返るようなことをすることができるのです。サタン世界がやってきた三倍以上のことを行うことができるのです。
サタン世界では、レバレンド・ムーンを生かしておけば大変なことになるので、今までサタンはありとあらゆることをしてきました。歴史時代に自分の計略を中心として、ありとあらゆることをしてきたのです。しかし今後は、サタンが先生の前に完全に従わなければなりません。今やサタンも協助できる時代に入ったというのです。それによって地獄の解放が可能なのです。(二四八−八三、九三年七月一日)
理想的家庭を中心として、父母権を復帰し、王権までも復帰しなければなりません。皆さんが皇族にならなければならないのです、皇族です。いまだに天の国に天国がありません。天の国が空いているのを、アダム時代から今までの何千万年の人々が、一度に勝利して入籍をし、満たしてしまうのです。(二六五−一四七、九四年十一月二十日)
宗親連合ができれば宗族的メシヤの時代は過ぎ去る
宗族的メシヤだけが率先して縦的な基台を築き、個人・家庭・宗族・…、このようにずうっと上がっていくのです。こうして宗族的メシヤだけが入籍するのです。そうして国が形成されるのです。宗族的メシヤは、祝福を受けて息子・娘を持ったので、国家的メシヤの代身です。国家的メシヤは、すべての宗族的メシヤの代表として行っているので、同じ内容を持っているのです。宗族が編成されたものが、横的に拡大されていくことなのです。宗族的メシヤは、一族復帰をしなければなりません。そうでなければ入籍ができないのです。(二八五−二三三、九七年六月五日)
皆さん、今後は一門加入の時代が来ます。個人加入の時代ではありません。宗族加入の時代が来るのです、金氏ならば金氏、朴氏ならば朴氏。それが過ぎれば、国家入籍の時代が来るのです。早いのです。これからは早いのです。目が回るほど早く動くのです。今世界情勢が、目が回るほど早く動いているでしょう? なぜそのように動くのでしょうか? 先生ゆえにそのように動くのです。原因が他にあるのではありません。
こういうすべてのことを論理的に解いて、今日の鋭敏な知識人の前に理解させうる理論は、私しか持っていません。世界のどこに行ってもありません。私が話すすべての理論は、どんな図書館にもありません。創世以降に初めて出てきた言葉です。
これからは皆さん自身が、自分の家庭を主管しなければなりません。世話になってはならないのです。今までは蕩減時代でした。皆さんが今まで責任を果たせなくても、責任追及をしませんでした。なぜでしょうか? 消耗される過程にあるので、私がすべて責任を負いました。今や峠を越えました。苦労の結実が皆さんを待っているので、無慈悲に追い立てることが愛なのです。
皆さん、そうではありませんか? 北朝イスラエル十支派、南朝ユダ二支派、それが歴史的な怨讐として互いに戦ったのです。ところがエリヤがしたことを考えてください。神様はそれでも北朝を救おうとされたのです。南朝を犠牲にして北朝を救おうとした神様の愛を、だれが知っているのかというのです。それは原理を知らなければ解く道がありません。原理を知らなければ解くことができません。これを皆さんははっきり知っています。脳に、骨髄に染みるほど、すべてをよく知っているのです。言い訳する道はありません。
南朝ユダが統一王国の立場に立つためには、カイン格である北朝十支派を消化しなければならないのです。そうせずには道がありません。エリヤは、バアル神とアセラ神を崇める預言者と祭物を、火で焼く役事をして勝利し、八五〇名にも及ぶ彼らを殺して、生きた神様を証しました。それにもかかわらず、北朝の人々は、自分たちの神を崇める預言者を殺したと言って、エリヤを殺そうとしたのです。それで逃げ帰って、神様に訴えたではありませんか。
それほどに悲惨なことがどこにあるでしょうか? そのように白昼にエリヤが神様の能力を現し、公約の下に彼らの目前で実際に神様を証したとき、神様を崇め、エリヤを尊敬しなければならないにもかかわらず、叩き殺そうとするのですから、とんでもないことです。
逃げ帰って「神よ!」と命がけで祈祷すると、神様の勧告のみ言は「バアルに屈しない七千の群れがまだ残っている」というものでした。それが神様の愛です。七千の群れが残っているので、七千の群れゆえに見捨てることができないというのです。
エリヤのときと同様に、イスラエルの国の前にイエス様が来るときに、そのイスラエルの国と教会で、七千名がイエス様を崇めれば、イエス様は死なないのです。それを準備するために立てたのが洗礼ヨハネであるにもかかわらず、洗礼ヨハネは悪党になってしまいました。再臨時代において、それを復活させるべき使命があるために、キリスト教文化圏を中心として、イエス様の蕩減復帰をするために、七千人の解怨成就を、国境を越えてしなければならないのです。私は獄中でそのすべてを既に行ったのです。
蕩減復帰というものは、ただ単に越えるものではありません。太平洋を渡って、韓国の地を慕うようにさせたのです。洗礼ヨハネがイエス様の前に出られなくなった道を連結させるために、キリスト教とユダヤ教の間の溝を埋めるために、この統一教会と現代のキリスト教の溝を埋めるために、四万二千名を二泊三日教育しました。エリヤとイエス様の時代の七千名のように、そこから七千名を選び出し、韓国に連れていって教育し、キリスト教の進む方向を示してあげるのです。アメリカの進む方向とキリスト教の方向を示してあげるのです。それはカイン・アベルです。カイン・アベルが一つになった基準がなければならないのです。ですから、彼らが韓国を愛し、韓国の先生をアメリカの大統領よりも崇拝しなければならないのです。それを蕩減しなければなりません。こういう歴史的なことを蕩減して、今や峠をすべて越えました。(一九七−三六三、九〇年一月二十)
七、国家的メシヤの入籍時代
宗族的メシヤの入籍時代になれば、その次は何ですか? 国家的メシヤの入籍時代です。国家的メシヤが世界で一つになって、天宙的メシヤである真の父母を中心として、神様の前に献納し、そうすることによって初めて、神様を中心として天宙的な家庭形態、理想家庭の版図が築かれるのです。
今は国がないので教会の中で祝福しましたが、今後は国に入籍しなければなりません。宗族的メシヤの責任を果たしてこそ、国に入籍することができるのです。国に入籍して、世界に入籍して、真の父母と一つになって、真の父母が主体ならば、全世界の家庭が客体の身で一つになって、神様に仕えることのできる家庭を献納してこそ、天宙的祝福家庭の理想が形成されるのです。それが地上天国、天上天国なのである! アーメン! (二六九−六五、九五年四月七日)
イエス様も、宗族的なメシヤから、国家的メシヤに上がらなければなりませんでした。ところが宗族基準で失敗したのです。そのイエス様、すなわち第二の先祖の失敗を復帰してあげなければならないのです。イエス様の一二○数と四〇年の四〇数を合わせて、一六〇家庭なのです。そうすることによって、宗族が神様の国に帰ることができるのです。宗族を中心として、おじいさん、父親、自分たち夫婦、息子の四代圏グループを中心として登録しなければならないのです。そうして入籍時代が来るのです。今は国がありません。旅人の群れのようなものです。国から追われれば、どこかに移動していかなければならないのです。そのような意味で、神様は追いに追われ続けた民族を愛されたのです。それがユダヤ民族と韓国民族です。世界でそういう記録を持っている民族なのです。(二五九−八四、九四年三月二十七日)
今日キリスト教では「怨讐の人を愛しなさい!」と考えていますが、そうではありません。統一教会では、怨讐の国を愛せよというのです。万人ではありません。東西南北、四か国の怨讐の国を愛することなしには、それをつき抜けて上がって、焦点を合わせ、拡大させ、天上世界の理念基盤を設定することができません。ですから統一教会の天国のスタートは、四大国家の怨讐たちが一つになって、自分たちの妻や息子・娘、自分たちの国王や大統領を愛する以上に、怨讐同士が愛し合うという愛国心を持つことから始まります。そうでなくては天国に入籍する道がありません。(一七九−一三七、八八年八月一日)
今日の姉妹結縁式に参加して良かったならば、先生に「ありがとうございました」と何度もおじぎをしても、韓国の地は呪わないのです。ありがたく思うのです。韓国の地が皆さんを抱擁することでしょう。「早く韓国の地に入籍して帰化しに来い」と言ってです。そのためには子供たちを連結して、二世を復帰しなければなりません。そうすることによって父母は、そのままついて入ることができるのです。
それと同じように、二世を中心として天国の建国精神が完成すれば、一世も日本の国自体も引っ張られて解放圏に入籍をするのです。これから国家の入籍時代が来るのです。そのときは、日本が最後になるのですか、一番になるのですか? エバ国家ならば最初になりますか、最後になりますか? 最初になります。一番を好みますが、それは最も易しいことですか、難しいことですか? 難しいことです。一番になるためには、死ぬ人がいるにしても、一人だけ死ぬのではなく、何人、何百人が死ななければそれができません。死力を尽くしてなさなければならないのです。オリンピックのチャンピオンも死力を尽くすのに、天宙的な最高のチャンピオンになる道を容易に行くことができるとすれば、偽りです。それは偽りなのです。(二五八−一三二、九四年三月十七日)
国家メシヤの資格
国家的メシヤとは何でしょうか? イエス様に勝る家庭です。神様の直属圏内に属しているということです。今回のジャルジン四〇日修練を修了することができなかった人たちは、人事措置しなければなりません。ジャルジンで改めなければならないのです。ジャルジンで、もう少しすれば四〇日…、国家メシヤたちが合流するのです。
霊界が、先生を中心として、国家メシヤと宗族的メシヤ、家庭的メシヤまでを一つにするのです。祝福家庭はみな入っていくのです。エデンに帰っていくのです。
出発したところに帰っていって、一家庭に仕えなければなりません。エデンにおいて一家庭を中心として完成したというこのことが、平面的な世界を祝福して、アダム家庭完成型…、水平的に三六〇度を越えるのです。そこには国もありません。家庭世界だというのです。それゆえ先生は何かといえば、万民、大衆の家庭を代表して祝福を受けた、家庭を代表する王です。
今は個人的な王、家庭的な王、宗族的な王がいません。入籍をしていません。そして民族的な王が入籍をしていません。民族的な王になるには、宗族、十二支派を編成しなければなりません。その次に国家的な王になるには、十二の民族的族属が一つにならなければなりません。金氏、朴氏、みな一つにならなければならないのです。自分の一族がまず形成されなければなりません。そうすれば民族が編成されるのです。
国家が全部一致するところで国家編成をしなければならないのです。それで、すべての家庭をずらりと立てて、真の御父母様が家庭の大王になるのです。まだ国はありません。今後国を探し立てれば、直ちに国の王として上がっていきます。四つの国から十二の国になれば、世界国の王として上がっていくのです。十二の国を中心として一二〇国家です。六大省庁を中心として、三十三国家、七八〇名の女性をまとめて送るのです。一六○を越えるための準備をしているのです。
一二四家庭のときには、国連に加入している国が一二四か国でした。その時に合わせなければならないのです。ですから総決算をこれからしなければならないのですが、蕩減を完全に解消するための最後、仕上げと言いますか? 仕上げをうまくやっていかなければなりません。歴史を総括的に見れば、旧約時代があり、新約時代があり、成約時代があり、神様を中心とした完成時代、地上・天上天国完成時代があるのです。
それでは旧約時代は何かといえば、蕩減のために万物を供え物とした時代です。祭物時代なのです。新約時代は息子を殺して供え物とした時代です。成約時代は父母を裂くのです。裂いたでしょう? 裂きましたか、裂きませんでしたか? 裂いたのです。死の場に投げてしまったのです。そうして完成時代は、神様を中心として裂かれた祭物が、みな統一されなければならないのです。一つにならければなりません。裂かれたというのは、サタン側、天側に裂かれたということです。息子も殺してそのように裂かれ、父母も裂かれました。サタン側、天側に裂いておいたのです。現在もそうです。そのようになっているのです。そしてこれからは、すべて生きた供え物…、生きているままで縛って捧げなければなりません。万物を裂かず、息子を裂かず、父母を裂かずに捧げるのです。天と地が分かれず、統一的な基盤を分けないのです。(二九五−三一〇、九八年九月二十四日)
アメリカ人も韓国に来て、住みたいと思うことでしょう。韓国に入籍したいでしょう? これを何と言いますか? アメリカ人が韓国人になることを何と言いますか? 帰化です、帰化。帰化、帰化、帰化するのです。日本の食口を犠牲にして、韓国人が以前反対したように、反対すれば落第です、落第。そうして、先生と一体になって、日本と世界が一つになるときには、韓国は自動的に収拾されます。(一八六−一〇九、八九年一月二十九日)
四代心情圏・三代王権・皇族圏を通した天国入籍の道
先生が「世界平和統一堂」をつくりました。統一堂は、群れを表す「党(黨)」という字ではなく、家を表す「堂」です。そこには高めるという意味があります。向上。常に高めるのです。そして「黒」の字が入っている「党(黨)」は、独裁時代を意味します。民主主義を中心として、二人が兄(「党」)になることはできないので、この「堂」が出てくるのです。そうして兄の時代になっていくのです。今まで、民主主義は与党、野党、二つの「党」の争いでした。今後は「堂」を中心として地(「土」)を統一しなければなりません。地を高めなければなりません。ですから「堂」なのです。これを教えてあげるのです。
ですから、「堂」は独裁時代で、「党」は民主主義時代です。これらを一つにして地(「土」)に来て、地(「土」)切主人にならなければなりません。そして地(「土」)に生きる男性が、天に引き上げてあげなければならないし、女性が天に引き上げてあげなければならないのです。そのような家庭となって、天国に入籍をしなければなりません。今はそのようになっていませんね? 「世界平和統一堂」は、私一人が主張するのではありません。「世界文化体育大典」のとき、世界の首脳たちが共に主張したのです。我々の七大団体の七大大会を中心として、世界各分野の核心要員である一千余名を選んで、リトルエンジェルス会館で「真の父母宣布」、「メシヤ宣布」、「世界平和統一堂」を宣布しました。世界各国の女性と男性を中心として、家庭を中心として、このような教育をしなければならないと宣布式をしたのです。(二三六−二三九、九二年十一月八日)
原理の道は踏まえていく道
原理とは何でしょうか? 原則的な公式です。これは、先生のおじいさんも飛び越えていくことができず、先生も飛び越えていくことができません。先生も原理の道は踏まえていかなければならないのです。皆さんは、原理の道は踏まえていく道であり、復帰の道は探し求めていく道であるということを知らなければなりません。
人間の先祖であるアダムとエバが、先祖の道を失ってしまったので、皆さんは再び探していかなければなりません。だから復帰の道は探し求める道であり、原理の道は踏まえていく道なのです。原理の道は踏まえていく道なので、皆さんは、先生の進む道を歩まなければならないのです。先生の道は、霊的なサタンとこの世的なサタン、すなわち霊肉を中心とした天宙的なサタンと戦って、勝利の道を踏まえていく道ですが、皆さんにはそれがありません。世界的なサタンもなく、国家的なサタンもありません。
今日統一教会で伝道するとき、反対する人がいますか、いませんか? いませんね。皆さんには天宙史的なサタンもなく、国家的なサタンもありません。ところが先生には個人的サタン、家庭的サタン、宗族的サタン、民族的サタン、国家的サタン、世界的サタン、そして天宙的なサタンなど、すべてのサタンが総攻撃をしてきました。先生はこのように攻撃される場でも倒れずに、独りでそのすべてに勝利し、個人から家庭・宗族・民族・国家・世界まで屈服させることのできる、勝利の礎をつくってきました。(三四−二六六、七〇年九月十三日)
先生について言ってみなさい。長子権復帰!「長子権復帰!」、父母権復帰!「父母権復帰!」、王権復帰!「王権復帰!」。そして四代心情圏と三代王権復帰です。王族圏復帰!「王族圏復帰!」皇族圏復帰!「皇族圏復帰!」これは祝福家庭が果たすべき絶対的に重要な項目です。
長子権復帰のために初めて異邦の地に行った場合には、模範を示さなければなりません。朝の挨拶から始まる一日のすべての生活において、サタンが自動的に頭を下げることのできる模範を示さなければなりません。そうせずにただ理解してくれと言ってはいけません。神様はそのようにはおっしやいません。まずは実績をもって、効果と価値を示さなければならないのです。各自が鑑定して、「この方が貴重だ。この方が立派だ」ということが分かれば、自分のものをすべて売ってでも交換しようとするのです。祝福を得るために、サタン世界の全財産を売ったとしても、それ以上に感謝するようになるのです。祝福家庭はそのようにならなければなりません。
日本の問題もそうです。自分の家庭に財産を持ちながら、自分の一家の安逸をむさぼることは罪悪です。そこまでエバ国家の使命は完成されていないのです。しかし、先生は既にそういう時代を超越しました。女性解放をしたので、堕落しないアダムとエバの立場に立つようになったのです。ですから女性も子供もみな先生の下にあるのです。第二次大戦以降に生まれた四七歳以下の人は、みな先生の下に移されるのです。
それゆえに、今世界を指導する最高の人々は四〇代から五〇代です。神様は計画通りになしておられるのです。そしてイエス様の三十代を中心に四〇代まで下りてくるのです。それでクリントン大統領も四〇代に大統領になったのです。これは時代の運勢です。ひと時にそれを獲得するのです。それを交差させて転換させなければなりません。先生の言うことを聞かなければ、クリントン大統領も消えていくのです。ブッシュ大統領も先生の言うことを聞かなかったために消えていったのです。
祝福家庭は実子圏の家庭なので、祝福を受けていない家庭を教化しなければなりません。この天使長国家にエバ国家の伝統を残さなければ、自由世界は滅亡するのです。アメリカ人も驕慢でドイツ人も驕慢です。日本統一教会の食口が、母の立場で彼らを包容して教育するようになれば、統一教会もこのように苦労しないのです。
それで海外宣教十六年になる昨年、初めて宣教師を呼んで先生がアラスカで教育したのです。十六数は、朝鮮戦争(六・二五)のときに参戦した一六か国であり、オリンピック大会に参加した一六〇か国を代表した数です。不思議でしょう? 再臨時代にはイエス様の時代の一二○門徒を、一六〇家庭と一六〇か国でするのです。ですから宗族的メシヤとして一六○家庭を復帰して、これを率いていかなければなりません。これが基本数です。ですから、今ぼうっとしていて宗族的メシヤ権を失う場合には大変なことになります。宗族的メシヤ権を持たなければ登録することができず、結婚しても入籍することができないのです。子供を生んでも入籍しないのと同じです。それと同じように、国の定着時代になったので、入籍時代に入っていくのです。その入籍の列が東海(日本海)を越えて太平洋まで長く続くのです。全人類が先を争って家庭ごとに入籍するようになるのです。
ですから、アメリカで夫や子供といっしょに幸わせに暮らそうと考えているとすれば、それは大きな誤りです。先生自身がジプシーの父母なのです。ジプシーです。ジプシー家庭の父です。ジプシーとはどういうものか知っていますか? 定着地のない群れです。それを率いていく人は、草原を探して天幕を立てて生活しながら移動していくのです。草を求めて草原を渡り歩いて生きていくのがジプシーです。イーストガーデンは先生の定着地ではありません。(二四六−二○四、九三年四月十六日)
お母様が、先生の行く道に絶対的に一つになったように、この世界的な女性を解放してあげたので、女性たちはお母様と心情的に絶対に一つにならなければなりません。同じように、子女たちも、父母の後に絶対的に続いて踏み越えていってこそ、統一した王国を探し得て、乗り越えていくことができるのです。南北が統一され、国を得て入籍し、世界が一つになるまで父母についていくのです。だれについて行くのですか? 兄でもなく、弟や妹でもありません。(二六五−三〇八、九四年十一月二十七日)
今後、先生が命令した歴代のすべての内容を記録し、問答を繰り返して、皆さんが入籍する時が来るかもしれません。適当というのは通じません。先生はそのようにとても厳しい人です。(二四〇−二二八、九二年十二月十三日)
第五章 入籍時代に私たちが行かなければならない道
祖国光復と入籍
第五章 入籍時代に私たちが行かなければならない道
一、私たちが行かなければならない道
生涯をずうっと生きてきたとしましょう。三十歳を過ぎて、四十、五十、六十、七十、八十歳になり、いよいよ近いうちに霊界に行かなければならない事実に気づいて、み旨や摂理の内容を知っている基準から、自分の過ぎた日を振り返ってみるとします。自分のことは皆さんがよく分かっているのです。み旨のために成そうと思い立ちはしましたが、どれほどみ旨のために役立ったのでしょうか? 言い換えれば、大海のように濁った水が、今この世界に流れていますが、自分自身がその濁った水を、どれほどきれいにしたかというのです。その濁った水に染まることなく、それを全部きれいにすることのできる自分自身の環境を、どれほど開拓したかというのです。それは深刻な問題なのです。このように考えるとき、人生は深刻な時間を計りながら行くものなのです。(一四二−一六〇、八六年三月九日)
私たちの行く道は何でしょうか? 一つの国を探して立てることではありません。大韓民国という一つの国を探し求めることではないのです。この世界を探して立てなければならないのです。この世界を父の国にするのです。天地を創造された絶対者がいれば、この世界はその絶対者が造られたゆえに、この世界に生きる民たちはその主人、すなわち父の息子・娘として再び入籍したいと思うようになります。皆さんは堕落した立場にあるゆえに、孤児と同じだというのです。父母をみななくしたのです。父母がいますが、その父母は真の父母ではありません。偽りの父母です。人類の大本の先祖を確かめれば偽りの父母であり、偽りの先祖です。真の先祖ではないというのです。(四一−三三八、七一年二月十八日)
統一教会の思想は、愛を中心とした唯一の世界観です。個人、家庭、氏族がいかに暮らしていくべきかということが、はっきりとしているのです。その法度はレバレンド・ムーンの構想ではないというのです。天国の法度の反映体なのです。そうでなくては、天の国に行って入籍することができないのです。
小学校から中学校を経て高校、大学を経て大学院、博士コースと進むのが秩序的発展過程です。霊界も同じです。したがって「あなたは何をして生きたか?」と言われたとき、「私は誰々という夫に出会い、息子・娘を何人生んで生きました」と言っては通じないというのです。
神様は世界をなくしました。「このようにして息子・娘を生んで生きてきましたが、『神様を愛し、神様のみ旨を成すため』、『人類を愛し、神様と生きるため』、このような精神で私たち家庭は迫害を受けてきました」と言えなければなりません。「私の父は、このように生きて飢え死にしました」と言うのは、誇りです。恥ではありません。「私の母は伝道に行って、打たれて死にました」と言うのは誇りであって、恥ではないのです。準備しない者たちの生きる姿は、死亡の罠に飛び入る怨声の音であることを知らなければならないのです。(一四七−一九四、八六年九月二十一日)
悔い改めをしなければ、皆さんは公義の審判を受けなければなりません。悔い改めをしなければ、愛の法度の前に立てる者がいないのです。その時には、先生が弁護士になり、先生の家族一族が弁護士になり、皆さんを指導する統一教会のすべての人々が弁護士になります。そして、神様や、先生や、先生の家庭や、教会の指導者までもが弁護したとき、その弁護の範囲が、讒訴圏よりも大きければ善の天国の国民として入籍できますが、その讒訴圏より小さければ、入籍することができないのです。(一四七−三三一、八六年十月四日)
皆さんは今まで息子・娘を誇り、夫を誇ってきました。しかし、これからは母の使命を果たさなければならないし、妻の使命を果たさなければならないのです。その次には兄弟の使命を果たさなければなりません。そうしてこそ、神様の息子・娘の愛を中心として、完成者として天国に入籍し、天上世界の永遠な血族になるのです。ですから、家庭に行って早く種をまけというのです。周囲から反対されてもしろというのです。(二三五−一二六、九二年八月二十九日)
真の御父母様に従う皆さんは、今後真の父母の後孫となりうるためには、必ず自分の故国に定着して入籍し、再び世界へ出て行かなければなりません。これは私たちの行くべき運命なのです。(二四五−三一二、九三年三月十四日)
皆さんが考えなければならないことは何でしょうか? ドイツであれ、どこの国であれ、何主義であれ、「私」という観念をすべて捨てて考えるべきことは、神様・真の父母・兄弟・一つの世界、それしかないというのです。ですから、私たちの国、一つの国、一つの世界、天地の一つの世界を考えなければならないのです。
それでは、どのように生きなければならないのでしょうか? 個人は家庭のために、家庭は宗族のために、宗族は民族のために、民族は国家のために、国家は世界のために、世界は天地のために、天地は神様のために、神様の愛のために生きなければなりません。このように生きて死んでいくのが私たちの伝統です。このような「観」がしっかり立っているというのです。どうしてでしょうか? そのように立てなければ、天の国に行って入籍する所がありません。天の国がそのような組織になっているので、そこに合わせなければ天の国に入籍することができないのです。入籍する場所がないのです。堕落しない本来の人間として、再び現れて入っていかなければなりません。そのような人にならなければ入ることができません。これが原理観です。(一三一−五六、八四年四月一日)
原理的に考えれば、先生は韓国に帰らなければなりません。それでヨーロッパの責任者を全部米国に派遣したのです。米国でみな苦労させるのです。今回、その中でよく活動した人々は、先生に「おい! おまえたちついて来てはいけない」と言われたとしても、まちがいなく先生について来ることのできる権限があります。「だめだ」と言われても、自分が行きたければ、ついて来ることのできる権限があるのです。ただ一つの問題は、「自分の国を愛する以上にこの米国をもっと愛したか?」ということなのです。その条件が成立したかどうか、自分の心に尋ねてみなければなりません。まちがいなくそうであるなら、いつ飛行機に乗って韓国に来ても、先生は「この野郎! なぜ来たのか?」とは言わないのです。そのようなときは、歓迎すべき原理的条件があるということを知らなければなりません。
これらはすべて訓練なのです。もしも韓国について来たならば、米国を愛した以上に韓国を愛することによって、天国に入籍が可能なのです。そこに座ってその人が「私はここで暮らします」と言っても、先生は追い出すことができないし、韓国の国民が追い出せない立場に立つのです。もしも追い出したとするならば、天の国に行って問題になるというのです。その次には、皆さんの息子・娘と韓国の祝福家庭の子女が、同じ一族として結婚もするのです。それで一つの国になるのです。(一三四−二二二、八五年七月二十日)
今後家庭を中心として、どのように進むべきかということは、まだ教えていません。ただ一つ知らなければならないことは、大移動時代が来るということを知らなければなりません。先生が話した氏族的メシヤになって、一六○家庭を祝福させた家庭は入籍が可能です。先生が一代ならば 二代、三代、四代と先祖を設定しなければなりません。先祖を立てれば王権が生じるのです。王権血族をつくらなければなりません。
このような順序でなされるために、全世界の統一教会の信徒たちは兄弟になるのです。祝福を受けた家庭はみな同じように見なされるのです。同じ家庭であるために、全世界の氏族復帰をした一族たちは、すべて天国の氏族になるのです。先生は一六○か国です。一六○か国と連結しようとすれば、神様と先生を中心として、一六○家庭を連結しなければなりません。それによって、一六○か国が連結されるのです。それが蘇生・長成・完成になるのです。
それゆえこれは絶対的に必要です。これをしなければ入籍をすることができません。天国に入籍することができません。婚姻届けと同様に、一族が天国の氏族として加入するのです。それは、真の父母と神様の指示によって蕩減復帰した実績として、勝利的基準の条件となるために入籍するのです。今まで皆さんが反対したことを、先生はすべて許してあげましたが今後はそうしません。とんでもないことです。まちがいなくそのような時が来るのです。(二七三 四六、九五年十月二一日)
実績のない人は神様にとって必要ありません。愛を中心とした実績がなければなりません。それゆえ皆さんも三六家庭、七二家庭、一二〇家庭の一族を率いてこそ、天国に入ることができるのです。それができなければ入籍することができません。原理がそのようになっていますね? そうですか、そうではありませんか? 自分は三六家庭であるといって、威信を保とうとしていますが、ただそのようにすればいいと思うのですか? 恐ろしい立場です。サタンもその前で攻撃するかもしれないのです。(三〇三−一六六、九九年八月十七日)
エバが地獄を押しのけ、天の願う本然の夫を求めるためには、カインとアベルが一つにならなければなりません。そうでなければ帰れないのです。これが原則です。蕩減復帰がそうでしょう? ですから、家庭の代表者にならなければなりません。皆さんがお互いに代表者にならなければなりません。その家庭の代表者として公認を受けた後には、国のために家庭的愛国者にならなければなりません。家庭的孝行者ではありません。家庭的愛国者にならなければなりません。
家庭だけでなく国家的愛国者、国家的聖人としての道理を立てなければならないのです。国家的基準で世界のために生きる国が現れてこそ、サタンが支配した国を越えて、神様が管理でき支配できる国に入籍されるのです。それを越えることができなくなっては、だめなのです。それで「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」というのです。堕落圏を越えた、そのような国家理想の基準を持たなくては、天国に行くことはできないのです。(二七二−二二九、九五年十月五日)
国境を越えて大陸を渡り、世界人類全体が、自分の兄であり、弟であり、妹であり、姉であり、あるいはおばさんであり、おじさんであり、おじいさんであると思えるような心をもって生きてから、さらにもっと愛したいという心を持って天の国に行くようになるとき、天の愛の主流に乗って、天上世界の愛の国である天国に入籍できるのです。(一九四−二二三、八九年十月二十二日)
宗族的メシヤがたくさん生まれることによって、宗族的メシヤが一つになって、宗族的メシヤを中心として、私の国を探し求める運動が起こるのです。束から西から、三六〇度いたる所から祝福家庭が生まれて、だれが頂上に上がるかを競うのです。天国に入籍するまでは、先祖の立場に立つことができません。先祖の立場に立つことができなければ、いつ押し出されるか分からないのです。(二六九−九三、九五年四月八日)
統一教会に入籍することは世界のために生きるということです。世界のために生きられないならば国家のために生き、国家のために生きられないならば宗族のために生きるということなのです。そのような足場を持たなければ、生き残る所がありません。皆さんは、召命を受けた責任が重要だということを知らなければなりません。(二六九−六二、九五年四月七日)
神様と真の父母から歴史をつづって、今後は入籍時代が来るのです。そして皆さんが入籍するのです。神様の息子・娘として、皆さんは神様のようになり、真の父母のようになりましたか? 言うのは簡単でしょう。寝ても覚めてもそのことを考えなければなりません。食べても寝てもどこに行っても、そう考えなければなりません。そのようになるためには、祖国(神の国)で暮らさなければなりません。それから(霊界に)行かなければなりません。ですから、韓国語を学ばなければなりません。人間は本来、二つ以上の言語はありませんでした。ただ一つなのです。(二〇一−二三四、九〇年四月二十二日)
入籍時に私たちが取るべき姿勢
私たちが霊界に行く前に、自分が何をして生きてきたのかと、自分の生活を一つ一つ振り返って反省してみるとき、それは深刻な問題なのです。皆さん、霊界は未知の世界です。霊界は、どの道行かなければならない世界ですが、未知の世界なのです。無限拡大の世界です。そこに行けば、皆さんの先祖にすべて会えるのです。数千数万の先祖に、ずらっといっぺんに会える所です。彼らは皆さんを迎えるとき、評価するのです。
例えば、新婦がかごに乗って、新郎についてその家まで行ったとしましょう。新郎の家に着いて、その一族に入籍し入門した瞬間から、自分を中心とした考えは通らないのです。自分を中心として、それまでは自分の家で暮らしてきました。しかし、だからといって、今まで成長しながらやってきた行動の一切が、(新郎の家で)受け入れられるでしょうか? これが問題です。新郎の一族は、すべてを受け入れることができるでしょうか? 受け入れてくれと言えるでしょうか? そうは言えないのです。私の行動の一つ一つ、視線からはじまって聞くこと、話すこと…、行動の一切が、新しい分野で出発するにあたって注意を要するのです。何に対して注意するのでしょうか? 新郎の家門に、新しく出発するその環境に、どうしたらぶつかることなく、役に立っていけるかということを注意するのです。それは極めて難しいことなのです。
嫁に行った新婦が出発する初日、その瞬間に一生が左右されるというのです。「私の好き勝手にするわ! 夫の祖父や祖母、舅、姑がそろった中で、どうやって生きていくっていうの?」と言ってはいけません。最近の人は「ああ、私はこんなにも勉強をして、すべての面で夫の家族よりも上なのに、教養のない祖父母、舅、姑…、夫もそうだし、夫の兄弟もみんなそうだわ。私の好き勝手にしてもかまわないんじゃないかしら…」と言いますが、それはいけないのです。それゆえ、嫁に行った新婦たちは初日の出発が、その決定の第一歩が、自分の一生を左右するということを考えなければなりません。そうでなければ、その女性の行く道は悲惨になるのです。
それは女性だけではありません。歴史が新しく出発するときも同じです。歴史は転換して発展していきますが、その度ごとに、それを受け継ぐことのできる人はどんな人でしょうか? 発展することができる転換期において、新しい舞台と拡大展開していく発展途上において、それを受け継ぐことのできる人とはどんな人でしょうか? 常習的な生活観念で貫徹しようという人は落後者になります。通じないのです。その転換期に新しい時代を迎えることができる人は、深刻にすべての問題を考えて転換時期に対処することができ、急変する環境に拍子を合わせることのできる、自分の整備と自分の内情を決定した人でなければなりません。そのような人でなくては、それを受け継ぐことができません。(一四二−一六〇、八六年三月九日)
入籍できる内容を備えよう
統一教会に入って、初めて原理のみ言に触れたとき、どれほど興奮しましたか?「ああ、これさえあれば天下統一は問題ないだろう。もっと前にこういう内容があることを知っていたなら、私が主になっただろうに…。先生が父母であれ何であれ、私がメシヤになって真の父母になっただろうに…」というような思いがわくというのです。学校であれ何であれ、みな途中でやめて、毎日のように教会に行きたいときがありましたか、ありませんでしたか? そのように考えなかったとすれば、正常な統一教会員ではありません。
世の中の万事すべて、父母も忘れ、ご飯を食べることも、眠ることも、故郷も忘れてしまうことのできる立場になってみれば、霊界と通じるのです。アダムとエバと同じ所に行けば、みな教えてくれるのです。皆さんは霊界から教えられたことがありますか? 先生が今回驚いたことは、日本の女性食口たちに会ってみたら、百パーセント霊的な体験をしているのです。韓国の統一教会の女性たち、そのような体験がありますか?
皆さんは、韓国人に負けまいと努力する世界の人々がいるということを知らなければなりません。皆さんがみ旨を思う思いと、外国の先端技術を誇る先進国家の国民がみ旨を愛する思いは違うのです。
先端科学技術を持っている先進国家であるほど、原理のみ言の深い谷間を掘り下げていきます。将来だれが主体になりますか? より深く知っている人が主体になるのです。学者の世界では、単語一つでも多く知っている人が主体になるのです。今後、統一教会でいいかげんな者は全部改宗されるのです。ぼんやりした人は全部、荷物をまとめて追放されるのです。入籍時代になれば、統一枚会員はみな韓国に移住する時が来るというのです。
そのとき、入籍できる内容を持っていない韓国人は追放されるのです。ふろ敷を抱えて去っていくのです。大移動の時代が来るのです。そうなるかどうか見ていなさい。韓国人であることに誇りを持ちたいでしょう? 韓国の金だけが二十四金ですか? 米国の金も二十四金であり、ドイツの金も二十四金です。各国の金がみな最高であるときは、金塊の多いところが主体になりますか、少ないところが主体になりますか? 多いところなのです。
今後、宗族的メシヤになって入籍できる数が、統一教会の本部ぐらいしかないとするならば、本部にいる者たちが荷物をまとめて、わきに退かなければならなくなるのです。そのことを知っていますか? 民族的な大移動が起きるのです。実績がなければ屈服するしかないのです。実績の前には天下も屈服するのです。先生の世界的な実績の前に天下は屈服しなければなりません。その実績が主体と対象の実績にならなければならないし、世界の実績にならなければなりません。個人・民族・国家・世界・天宙・霊界・地上世界のすべての実績が、表象として現れるときには、その実績を持っていない人は屈服させられるのです。そのとおりでしょう? それは何ですか? 愛の理想なのです。(二五三−二〇四、九四年一月二十三日)
最初の者が後になり、後の者が最初になるということを知らなければなりません。皆さんに、宗族的メシヤになって一六○家庭を成し、早く入籍の準備をするように言ったのに、それをしないならば、今後キリスト教団の牧師たちが統一教会に入教するようになるとき、一日にいっぺんに一六○か所が復帰され、入籍しようという列が続くというのです。そうなればどうするつもりですか? 時が来たというのです。神様は世界の救いが目的なのです。(二五五−三一、九四年二月二十七日)
二、所有権決定
所有権回復のための条件と手順
今は所有権を復帰しなければなりません。旧約時代には万物を犠牲に、新約時代には息子を犠牲に、成約時代には父母を犠牲にすることによって神様に仕えたので、今は何をしなければならないでしょうか?皆さんが父母の代身の立場に立たなければなりません。息子・娘は新約時代で、万物は旧約時代です。この旧約時代・新約時代・成約時代が、すべて神様の真の愛を中心として解放されることによって、サタンが主人であったのを全部蕩減し、本然の主人のところに戻って、それを捧げなければならないのです。捧げなければなりません。
それはサタンの所有地であって、神様の所有ではありません。所有権回復というものがあるゆえに、天下は戦争なしに一つになるのです。今後、一族が財産とすべてを合わせて天に入籍するために、世界歴史上になかった行列ができるのです。そこにだれがまず入籍するかによって、兄であるか弟であるかが決まるのです。
それゆえ、南北統一のためには、万物であれ宝物であれ、全部天の前に返して、このみ旨を成就しなければなりません。それで先生は借金をしながらも、今日までこのみ旨を準備してきたのです。ですから皆さんも自分の所有権を持ってはならないのです。転換しなければなりません。神様が主人になれなかったゆえに、アダムをはじめ、エバ、先生の一族、すべての食口にいたるまで、所有というものはないのです。所有権がありません。それゆえ、天の前に返して、真の父母の所有権が地上の版図に成立してから、再び真の子女としての所有権の伝授を受けるのです。そうしてこそ、世界の人間たちが、神様の愛を受け継いだ所有権の版図で生きるようになるのです。
それゆえ、堕落していない本然の人として、サタンと関係のない人として、理想的な夫婦の愛を中心として家庭を築いて生きた後に、天国に直行できるようになっているのです。それで地上天国というのです。地上天国は天上天国を受け継ぐのです。それゆえ、ペテロに天国の鍵を与えたことが、どういうことかと言えば、天国を成す道は地上にあるということなのです。はっきりと知らなければなりません。
ですから、今後統一教会の人は、貯めるために食事の節約をするなというのです。節約するのは良いことです。しかし、節約はみ旨のためにしなければなりません。そうして、自分の一族と一国家を営むため、南北統一のために、自分の持つ万物をすべて集めて投入しなければなりません。自分の家庭を顧みてはなりません。そのような時です。
ただ持つべきものは、神様の愛に赤く燃え上がる、その心情一つだけです。ですから洪順愛おばあさんのように、二十四時間、神様のみ旨と真の御父母様のみ旨だけを考えて生きなければなりません。洪順愛おばあさんにはそのような思いしかありませんでした。それ以外には考えもしなかったのです。このような立場から考えるとき、私たちが尊敬すべきおばあさんだというのです。それで大母という名前を私が与えました。今日ここで、そのような伝統を相続しようと決意して帰れば、このおばあさんも喜ぶのです。そのような決意を、新たにしなければなりません。
もうずいぶん明るくなりましたね? 早くから祝福を受けた人たちも、先生の後について来ながら、今になって分かったというのですから、ああ……。すでに時は満ちました。夫婦で助け合ってみ旨の愛、永遠の愛、永遠の血族を残さなければならないのです。今までは、ごちゃごちゃの血族でしたね? このごちゃごちゃの血族を、私が永遠の血族に変えてあげたのです。どれほど複雑ですか? この者たち、全部死ぬべき運命だったのに…、荒野の野生馬のような者たちを、走らせ、手なずけ、相手を探して結んであげたのと同じだというのです。(二〇八−三四五、九〇年十一月二十一日)
世の中のすべての物が、堕落した父母から全部サタンの前に流れていきました。今後、真の御父母様を中心としてすべての家庭を復帰するためには、自分の所有物があってはなりません。個人の所有物があってはならないのです。自分の体も自分のものではなく、息子・娘も自分のものではなく、夫も自分のものではありません。全部アダムの所有として決定されなければなりません。エバの所有になってはなりません。個人の所有として決定してはならないのです。
アダムの所有として決定され、それから神様の前に戻して神様のものとして認められ、その後で再び、アダムを通して返してもらってこそ、個人所有権の時代が来るのです。天国に入っていって入籍が終わることによって、そのようなことが行われるのです。そうしてこそ皆さんは地上において初めて、エデンの園で堕落せずに万物を所有して生きた主人の立場を復帰することができるのです。そのようになってこそ、地上天国に入っていくのです。(一六五−二八二、八七年五月二十七日)
入籍するためには、自分が自分のものであってはありません。天使長にとっては、自分の生命も、自分の妻も、自らの夫も自分のものではありません。自分の息子・娘も自分のものではないし、自分の所持品も自分のものではありません。天使長には所有権が許されませんでした。(一九一−二六九、八九年六月二十五日)
入籍するときは個人の所有権がありません。その立場は、天使長の位置を復帰する立場なのです。そうして、皆さんが神様の前に、真の父母を通して捧げたものを、天から再び受けるようになれば、それがアダム所有権の復帰となるのです。天使長の所有権を蕩減して、アダムの所有権となるのです。(二八五−二三一、九七年六月五日)
家庭的メシヤ、宗族的メシヤ、性を中心として入籍することになりますが、そんなことも知らずに、春が来たというのに、昔と同様にぼんやりとしていてはいけません。自分の息子、自分の娘、自分の家庭、自分の財産、自分の国のすべてを、神様の前に捧げなければなりません。そうすればこそサタンを追い出すことができるのです。サタンが出ていくのです。
堕落以降のアダムとエバから連結した人類の血統は、サタン側に属します。自然世界のすべてが同様です。そこから反対に祝福を受けることによって、すべてのがもとに戻るのです。財産・息子・娘・夫婦が、神様の側に属するようになるのです。そのようになることによって、すべての宇宙が神様に連結します。そこから神様が思いどおりにできるようになるのです。そのように帰らないものはサタン側に残ります。すべては神様の側に帰らなければなりません。財産・息子・娘・家庭・先祖までが、本然の位置に帰らなければならないのです。(三〇一−二一九、九九年五月一日)
自分の家、自分の所有を持って、先生の命令に従わない人たちは困ります。今こういう話を聞いている人たちが、後で入籍するとき、自分の家などがあれば引っかかるのです。先生は何もありません。先生はお金をたくさん儲けても、世界のためにお金を儲けるのです。それはどこのだれのためでもありません。万民を救うためには国家をすべて溶かして、水のようにまいて使わなければなりません。(二八六−二三六、九七年八月十一日)
皆さんが今まで所有してきたその所有は、サタンの常習的な習慣によるものであって、本郷の神様の愛を中心として、理想的な夫婦の基盤の上で相続された、相続基盤にはなっていないというのです。サタンによって生まれた因習的な結果であるために、その所有権を認めることができません。
ここでどのようなことが成されるのでしょうか? 父と母はですね、自分の体や自分の財産や、息子・娘までも全部捧げなければなりません。天の所有権に入籍しなければなりません。なぜ入籍しなければならないのでしょうか? サタンの息子・娘として連結したことを終結しなければならないからです。そのまま堕落圏内にあってはならないのです。終結できないのです。終結するためには、つまりサタン側にあったものを断ち切るためには、所有権を天側に全部返さなければなりません。
このように返すことによって、来るべき主の名と権限によって、「あなたと私の家庭は天に所属する」という宣布を受けなければなりません。そうしてこそ、息子・娘も祝福の対象圏内に入り、天の国の指導的な体制の上に入っていくのです。これが原理です。これが原理の行く道です。ですから、皆さんの所有権というものは今決定できません。
皆さんは今所有しているでしょう? 土地だとか家だとか、今自分のものだと言っているものは、皆さんのものではありません。これらはすべて、終りの日には世界的な版図で公納されるようになっています。息子・娘も、すべてこのような原則の世界的基盤の下に、神様の所有圏へと転換されなければなりません。
そういう将来の道があることを思えば、今あなたたちがしていることは何ですか? 自分のものはありえないのです、自分のものは? 皆さんは今家庭を持って、家があれば自分の家と考えていますが、そうではありません。
国家的、世界的な基盤をしっかり備えていけば、相続権の移譲が行われます。そのようになるべきではないでしょうか? それはサタン世界です。相続権の移譲とは何でしょうか? 神様の愛を中心として、真の父母の愛の伝統的基盤の下に、サタンの愛の中で相続権として所有されたサタン世界を、完全に否定することです。移譲時代が来るのです。
それゆえ、世界は天側に戻って来ざるをえないのです。原理がそうなのです、原理が。これがなされなければ、天国に入ることができません! 絶対に入っていくことができないのです。それで、私は今まで皆さんに、所有権を持つなと言ってきたのです。荷物をふろ敷にまとめながら歩くのです。これが幸せだというのです。
アナニヤ夫婦が、ペテロを前にして自分の財産を売ったとき、半分を隠しておいて「これしかない」と言ったら、雷に打たれたような役事が起きました。三六家庭でも首が落ちるのです。家庭が問題です、この者たち! 神様を顧みないこの怨讐の者たち、そのようなことがあっていいのかどうかを、考えてみなさい。
それゆえすべての大統領に、国と国の財産、自身の家庭のすべてを、天の前に返すように言うのです。大統領が移譲すれば、すべてが終わります。先生は、そういう移譲時代を簡便化させるための作戦を行っているのです。自分のものは一つもありません。世界が復帰された基盤になっていないゆえに、世界基盤になるまでは、私はそのような観念を持たないのです。それで、移譲先を探し求めるべき、厳粛かつ歴史的な清算すべき課題が残っているということを知らなければなりません。
そのときに、あなたたちはその家をどうしますか? この泥棒のような者たち! 荒野をさまよいながら、家を持って暮らそうというのですか? みな引っかかります。天国ならば、天国を中心として、清算して越えていくべきではないでしょうか? 何を? 所有権を。
それでは、この所有は何を中心として決定されますか? 真の愛を中心として所有権を移譲しなければなりません。堕落は何ですか? サタンが偽りの愛を中心として、真の愛の反対である偽りの愛によって、所有を決定したのです。これを蕩減復帰するためには、真の愛を中心として、所有権の決定をしなければなりません。そうでなくては、蕩減復帰ができません。このような息が詰まる一線に向かって前進している先生であることを、知らなければならないのです。では、自分の名義で家がある人は手を挙げてみなさい、自分の名義です。手を挙げてみなさい。三六家庭は私が買ってあげたから、あるでしょう。下ろしなさい。それは教会の名義で、教会のものだと考えなければなりません。このようなときに、この収拾作戦で越えていかなければなりません。(一四五−二四、八六年四月三十日)
万物復帰が世界的に行われて、今後は入籍時代が訪れるようになります。今は新郎新婦の理念の時代でしょう? それだけに嫁に来た新婦は、夫の家庭から先に救わなければなりません。エサウを訪ねていったヤコブがどのようにしましたか? 長子権一つを奪うための手段方法として、エサウが受け取るかどうかも分からないのに、自分の財産全部を差し出し、その次には自分の僕を差し出し、その次には自分の息子・娘を差し出し、その次には自分の妻をも差し出して行ったのです。(一五三−一六四、六三年十一月十六日)
先生に侍るためには、自分の持ち物や所有権を主張してはならないのです。ヤコブの路程と同じまうに…。自分の息子・娘、その次は自分の妻…、僕の子は前に置いてもかまわないのです。「すべてを僕として受け取ってください」と言ってこそ、神様の御名のもとに、すべてが長子権として入籍できる特権が与えられるのです。「私には実績がありませんが、この者たちだけは最も大切なものです」と言える人こそ、相続することができるのです。イスラエル圏に加担した歴史的な事実を忘れてはなりません。そこに自分の主張はありえないのです。(一四五−三三、八六年四月三十日)
自分があってはならないのです。自分の妻、自分の四位基台と一つになって、自分の所有のすべてを天の所有権として相続することで、天の息子・娘として登場できるのです。これからは入籍時代が来ます、入籍時代が。原理に従わなければなりません。世界の大統領も原理に従わなければなりません。深刻な話です。そのような時が目の前に追っているのです。それで今、時が国家所有時代へと移るのです。(一四五−三九、八六年四月三十日)
就職して月給をもらって貯金通帳があれば、貯金通帳にいくらあるか調べるのです。そのとき、三分の一を天の前に捧げたいと感ずるような心情圏が大切なのです。母として責任を果たせなかったがゆえに、母として三分の一を蕩減して捧げたいと感ずるような心情圏が大切なのです。捧げたくないなら捧げなくてもよいのです。捧げたければして、捧げたくなければしないでください。今後は、銀行を中心とした貯金通帳調査時代が来るかもしれません。そこに引っかかるような人になってはいけません。
その次には、天の国が独立するときにもまた、三分の一を捧げたいと感ずるような心情圏が大切です。その次には、世界が一つになるときもまた、三分の一を捧げたいと感ずるような心情圏が大切なのです。私は一文なしでもいいというような心情圏が大切なのです。向きを変えなければならないのです。所有権があってはなりません。私は今、一文もない人です。私は一文もありません。借金をしながら、摂理を進めてきました。今も借金をしてみ旨をしています。
自分のすべてを天に入籍してこそ、一八○度向きを変えることになるのです。宗族的メシヤとして一六〇家庭をその国に入籍してこそ、向きを変えることになるなのです。向きを変えるにおいては、ただ向きを変えるのではありません。夫婦、自分の家庭が完全に転換されなければなりません。アダム家庭で失ったものを復帰して、天の前に捧げることによって、夫婦が天の前に整理され、天国に向かって入ることができるのです。これが公式です。(二七二−二三九、九五年十月五日)
皆さんに所有するものが何もないならば、天国を相続することができるのです。つまらない固執一つ残っていても、相続することができないのです。すべてが祭物とならねばならない時が来るというのです。皆さんを完全に、一〇〇パーセント天の前に返さなければならないのです。そのようになってこそ、天の前に祝福される二世圏となるのです。エデンの園なのです。天国の国籍に入籍した家庭として…、宗族を代表し、民族を代表し、国家を代表し、世界を代表した族長としてみな加入してから、その次にすべてを平準化させるのです。その後では私たちは自由なのです。その後からは自由なのです。(一四五−五七、八六年四月三十日)
統一教会の皆さんは、愛の所有権を持つことのできる立場に立つためには、息子や自分自身や万物のすべてを、神様の相対的所有物として、神様の所有圏に属する場所に入籍させなければなりません。ところが入籍できていませんから、これを入籍させなけれなりません。そうしてこそ初めて、愛を中心とした夫婦のすべての因縁と、夫婦の愛の所有権と、万物に対する所有権が決定されるのです。その時こそ、皆さんは私の妻だ、私の夫だ、次に私の息子、娘だ、私の一門だ、私の国だと言うことができるのです。このような厳然たる法度の過程が、皆さんの目の前にあるということを知らなければなりません。(一二一−二五四、八二年十月二十七日)
神様の前にすべてを捧げなければなりません。自分の父母と夫婦と子女と万物まで、みな捧げなければなりません。神様の相続圏内、神様の国に入籍がなされていないゆえに、まず入籍をさせるのです。その次に神様から…、真の父母を通し、自分の父母を通し、自分の息子・娘を通して、自分の家庭に引き継がれるのです。それが順序なのです。それゆえに、この道を行くためには、家庭全体を、国全体を、不可避的に天の前に捧げなければならない時が来るというのです。(一二八−一四八、八三年六月十一日)
韓国…、アダム国家を通してすべてを所有するというのは、神様が復帰しなければなりません。所有権を復帰するためには、物質をすべて、ヨーロッパ社会から日本を経て韓国…、アダム国家を通して神様の前に返さなければならないのです。それから、神様の世界となって、再び返してもらってこそ、私たちの財産になるのです。まだその手続きが終わっていないのです。それをするために、このようにしているのです。その時になって初めて、私の国があり、私の物が存在するのです。それ以前はありえないのです。それを知らなければなりません。
それゆえ、皆さんのものと、皆さんと皆さんの息子・娘すべてを、神様の前に返さなければなりません。今までこれらはサタンの名よって汚されたものでした。全部きれいにして返して、再び伝授されなければ、皆さんは地上で天国生活をしたという基盤がないというのです。そのようにすれば、皆さんの地上天国が成されるというのです。それゆえに、神様の所有権を中心として、皆さん自身の地上天国の基地が生じるのです。サタンの所有を復帰する、復帰的条件になります。
この原則があるゆえに、世界は主の前に自然に復帰されるのです。互いに競争し合って、捧げる闘いが起きます。すべての入籍が行われます、入籍。入籍すれば先祖が決定されます、先祖が。一つの世界です。捧げなければサタンです。泥棒ですよ、神様の前に捧げなければ。それを知らなければなりません。(一三一−一四九、八四年四月二十九日)
いまだに、神様を中心とした所有権の決定がなされていません。偽りの父母によって、所有権がすべてサタン世界に移ったままなのです。真の父母によって再び帰らなければなりません。日本は日本の国ではありません。アジアの国であり、地球の国であり、神様の国です。真の父母によってすべての所有権を相続し、神様に帰らなければなりません。
もし、日本の代表が原理を知った場合にはどうなるでしょうか? 日本の国を収拾しなければなりません。それで王権復帰という時代に入るのです。今後は、国民がみな信じる必要はありません。その国の代表が国の憲法を正して、原理に帰るようにするならば、一気に復帰が可能です。
サタンはそれを知っています。日本もそうでしょう? 日本国民が各自の個人的な所有権を持っているとしても、相続権のようなものは国家に七五パーセント以上奪われてしまいます。泥棒ではないですか?国を離れて本然の世界へ帰るのに便利な基盤を連結するために、神様の摂理がそのようになっているのです。
皆さんはお金を貯めながらも、先生のこのような復帰活動に対して、知らないふりをしてはなりません。かといって、天の前に捧げなさいというのではありません。原則に一致する心情圏の基準からでなければ、持ってきても受け取りません。旧約時代の心情圏一致、新約時代の心情圏一致、成約時代の心情圏一致です。真の御父母様が来たのは、天から来臨する神様に侍るためであるゆえ、神様を中心としなければ、すべてがサタンのものになります。神様の国に属するものであっても、その中心が愛に結着されなければ、すべてサタン圏に流れていくのです。自らの所有観念を持つということは、サタン圏と一致するのです。
日本女性一〇万名を早く集めなさい。そうすれば日本は滅びません。すべては女性が握っています。そうでしょう? 女性の隊長は文先生です。「世界の女性の隊長は文先生!」このように言えば、統一教会の女性たち、気分が悪いですか? 気分が悪くないのです。西洋の女性たちも同じです。皆同じです。女性として生まれれば皆同じです。そうでなければ、復帰することができません。(一九八−二四二、九〇年二月三日)
所有権を神様に返すためには、真の父母の御名を通さなければなりません。真の父母の御名を通さずには帰る道がありません。それゆえ世界の統一は、統一教会を中心としてなされるしかないのです。手をつけなくても、互いに我先に入籍しようと、列をなして待つようになるのです。いちばん最初になるか、二番目になるか、三番目になるかを競いながら、必死になって争う時が来るはずです。
今後、最も重要な相続を受けるために列をつくって、最も長い列が歴史に残ることでしょう。それは何かといえば、相続権を神様の側に相続するための基地なのです。ですから、自分のものを自分のものといってはならないのです。自分の息子を自分の息子といってはなりません。自分の妻が自分のものではありません、自分の夫も自分のものではありません。それら全部を父母の前に捧げて、神様の側に返した後に、再び返してもらう立場に立たなければ、所有権決定という世界は考えることができません。
自分のものはありません。体も神様に捧げました。神様の所有決定の理想圏を、世界的な基盤において成した後に、再び分配を受けなければなりません。そのときに、神様からお金をたくさんもらっていきますか? たくさんもらっていくのは、真の息子と娘ではありません。真の息子と娘は、他の為に奉仕する人です。このような世界以外には、今後の世界を収拾する道が決してありません。絶対的です。
考えてみなさい! 自分を中心として今まで世界を服従させてきたその基盤を、いかにして平和に接近させることができますか? 為に再創造する道しかないのです。原理は再創造の道です。神様が完全に投入したその理想に、私たちを完全に投入しなければ、愛も何もないのです。サタン側にいたままで霊界に行けば、暗い世界に陥ってしまいます。これは先生の話ではありません。原理のみ言です。(一九八−二四四、九〇年二月三日)
統一教会員たちは十分の三献金をしなければならない
統一教会の信徒たちは、これからは十分の一献金をするのではなく、十分の三献金をしなければならない時代に入るのです。今まで話したことは、過ぎゆく風の便りや雲のようなものではありません。一つは教会のために、一つは国のために、一つは世界のために捧げなければなりません。共産党式に考えれば、現物税と同じです。三〇パーセントは捧げなければならないのです。
新しい国の教育機関、新しい国のすべての公共機関を、これから創建しなければならないのです。今までのように、他人の世話になることを頼みとして生きる者になってはならないのです。血や肉を育てて、養育していくべき立場にあるのですが、その生の基準を中心として、この十分の三献金を天の前に捧げなければなりません。
皆さんの息子・娘を、今後養育しなければならないでしょう? そのような融通資金がなければならないのです。水道を作るとき、水道局にタンクを作れば、分水道局がなければならないのと同じです。渇水期のときには、食べさせて、生かして、育てることのできる、その何かを準備すべきではないですか?どんな分野であっても、このような公式に従って、自分なりの基準を立てなければなりません。そうしてこそ、天国の家庭として威信を立てることができるのです。
それでは、その分だけ生活を切り詰めることのできる方法を立てなければなりません。会社の公共器物を盗む盗賊になって、捧げろというのではありません。自分の血肉をけずって、後代の歴史を創建する礎となり、支石にならなければなりません。レンガ一枚でも、永遠に残るものとして、積み上げようと考えなければなりません。今後教会を建て、本部を建て、学校を建てなければなりません。すべきことがどれほど多いでしょうか? 借金をして建てるのは良いことではありません。鮮文大学が何の問題もなく建てられたと思ったら大間違いです。
真の御父母様が責任を負う時代は、過ぎ去るということを知らなければなりません。これからは、皆さんが真の御父母様に奉仕して、侍って、奉養すべき責任時代が来るのです。全世界的に税金を捧げる時が来ます。数億の人間が捧げるようになれば、仁川の港に世界の船舶が天に捧げる貢ぎ物を持ってきて、納める時代が来るのです。何かが必要なときは、全世界的にそれを供出して持ってこなければなりません。自分のものではありません。
お金の中でもいちばんきれいなお金、汚れたこの手で触っていないお金を納めなければなりません。そうすれば滅びません。世界の祝福がその家庭と共にあるのです。見ていなさい。そうすれば会社もよくなります。月給を三〇パーセント減らされても、五〇パーセント増えるかもしれません。
今まで皆さんは先生の血肉をしぼりとって生きてこなかったですか? そうですか、そうではありませんか? これからは先生が皆さんの血肉をしぼりとらなければなりません。それは先生が生きるためではなく、国を生かし、南北を統一し、アジアを統一する基金を作るためなのです。学校を作って、世界平和国連大学を構想しているのです。学者たちはすべて先生の指揮下にあるのです。
そして、これから皆さんは、宗族的メシヤの使命を本格的にしていかなければなりません。しないわけにはいかないのです。家庭連合に所属したその家庭は、自分の地域に入るので、出勤も自分の故郷の地でしろというのです。それは先生のすべきことではありません。天地のためであり、人類のためなのです。イエス様は、十字架で血を流して死んでいくときにも、人類の恵みを祈っていったのに、こういうみ旨が私たちの目前に現れて、死なないで何年か十字架を背負えと言うのに、できないのですか? 少々難しい道だからといって、行くことができないならば、死ななければなりません。
皆さんはこれから、霊界を動員する祈祷をしなければなりません。過去・現在・未来において、忠臣の祭壇に捧げられる私が、実体の統一的な祭壇に対して解放の王子になるように、霊界と親族の協助を求める祈祷をすれば、霊界と親族が協助するようになっています。そうなるか、どうか祈祷してみなさい。ならなかったら、涙を流して徹夜祈祷をしてみるのです。一二○日祈祷を三回だけしてみろというのです。それをしない家は雷に打たれるのです。行く途中で突然のたれ死にしたり、問題が起こったりするのです。そのような恐ろしい時代が来るのです。しっかりと気持ちを引き締めなければなりません。
脅迫ではありません。子女となった立場にあるゆえに、率直に忠告するのです。霊界に蕩減の祭物となって流れていく人とならず、霊界を動かして勝利の祭壇で解放された自分となって、自由活発な神様の解放圏が、自分の後ろについてくるようにしなければなりません。これは皆さんの仕事であるため、宗族と民族と国家の活路を開放しなければなりません。これは現在の祝福家庭、家庭協会の責任です。(二六四−二○八、九四年十月九日)
三、総生畜献納祭
「総生畜献納祭」の「総」という言葉は何でしょうか? 旧約時代の清算、新約時代の清算、成約時代の清算…、解放統一時代を清算して越えることが総生畜献納祭だということを知らなければなりません。
旧約時代は万物を裂いて祭物を捧げました。サタン世界の物を神様の前に捧げるときは、裂かなければならないのです。右側が完全に合うようにしなければ、神様の所有権が生まれません。そのままサタンの物になるというのです。万物を祭物として、犠牲にして蕩減の材料として使ったのは、息子、娘が来ることのできる道を整えるためです。祭物を捧げることによって将来、神様の息子、霊界に行ったアダムと失ったエバを、探すことのできる道が生じるというのです。それは旧約時代の歴史です。イスラエル民族がカインであり、ユダヤ教がアベルなのですが、この二つが一つになって、メシヤと一つにさえなっていたら、息子と娘が天国に連結されるはずだったのです。それにもかかわらず、これも失敗したために、息子の代わりに王として来られたイエス様が、二つに裂かれたというのです。霊界と肉界とに裂いたというのです。(二九七−七四、九八年十一月十五日)
皆さんは総生畜献納祭、献納の祭物を捧げなければなりません。エデンの園で偽りの父母が、真の愛からすべてを奪っていったではないですか? ですから、すべてを、総生畜献納祭なのです。生きている物まで祭物として捧げなければなりません。裂いてはいけません。自分を中心として残したり、息子・娘の分を残したりしてはなりません。ペテロの前にアナニヤ夫婦が、家を売って半分だけ捧げたのですが、その場ですぐに死ななかったですか? それを知っていますか? アナニヤ夫婦がそうなったということを知っていますか? 目の前で、目前で葬儀が執り行われたのです。そのような時だというのです。(三〇二−四四、九九年五月十八日)
「総生畜献納祭」これは何でしょうか? 堕落した偽りの父母が天の世界を奪って盗賊になったのですが、真の父母を中心として、世界をすべて一つにして捧げなければなりません。捧げる前は、先生が主人になることはできません。地上の王権、天上の王権を立てて引き継ぎをし、位置を確立し、この地上で生きてから行かなければなりません。そうしてこそ地上・天上天国が完全に合徳一体となります。合徳一体がなされるのです。天地合徳、人間合徳というようにです。(二九九−四八、九九年二月一日)
今まで祭物というものは、全部分けて捧げました。サタン側と神側に分けて捧げました。自分自身の所有圏を決定することにおいては、人間の心と体が一つになり、神様と一つなって捧げてこそ、天に属するのです。けれども、そのような人がいなかったのです。歴史にそのような人がいなかったというのです。
統一家はこれを復帰したのです。復帰は完全復帰です。復帰は蕩減です。蕩減しなければ復帰がなされません。絶対要因が蕩減です。それを知らなければなりません。蕩減なしには、復帰がなされないのです。皆さんの家庭もそうです。神様自身が、この復帰の歴史のために蕩減してきたということを知らなければなりません。歴史以来、だれよりも苦労した方が神様です。また、この地に来て、そのみ旨を心情深く悟ることによって、谷間から天上世界解放の高地まで穴が掘られたのを埋めるのは、真の父母の責任です。真の父母の責任だというのです。父母たちが責任を果たせなかったゆえに、真の父母が責任を負って、このように現れたのです。
真の父母が責任を負った歴史路程において、真の父母の伝統はアベルの歴史です。アダム家庭から失われたアベルの血を復帰しなければなりません。どこから、だれを通してするのでしょうか? 皆さんの息子・娘を通してします。皆さんの息子・娘を通して復帰します。復帰するためには、アベルはすべてを犠牲にしなければなりません。血を流さなければならないのです、血。それを知らなければなりません。(二九七−九四、九八年十一月十九日)
先生は個人時代に、「総生畜献納祭」をしなければなりません。自分の所有がありません。息子と娘がいても、その息子・娘を愛することができません。復帰過程をたどって、世界人類を愛してから、自分の息子・娘を愛さなければなりません。そうでなければ神様が願う地上天国はなされません。サタンが讒訴します。「あなたが天国に入るためには、サタンである私も愛を受けることのできる立場に立つことができなければなりません。そうでなければ、あなたは天国に入ることができません。それが創造の原則ではないですか?」と言って讒訴をするというのです。(二九七−九四、九八年十一月十九日)
皆さんは先生のために生畜の祭物にならなければなりません。祝福を受けた家庭は裂くことができません。裂いてはなりません。男性、女性として、生きた祭物として捧げるのです。(二八〇−二五〇、九七年一月二日)
今ここにいる皆さんは「総生畜献納祭」を捧げなければなりません。解怨統一式をしなければならないのです。今まで神様に祭物を捧げるにあたって、神側の所有物、サタン側の所有物に分けて捧げたのですが、神様にとって、これはどれほどあきれたことでしょう? 二つに分けたのは、右側が神様のもので、左側はサタンのものだということです。それが人間、アベル、アダムの立場でした。しかし今は、神様の愛を中心として、完全に一体となって捧げてこそ、サタンが離れるのです。
この家庭たちは、どのようにして許しを受けるつもりですか? 祭物時代を越えて、神様だけがすべてを所有しうる主人の立場を回復しなければならないのが、真の神様の立場であるため、許しを受けるためには、すべてを捧げることによって総生畜献納をしなければならないのです。ですから、一六数に該当する数を中心として、なさなければなりません。動物も一六〇頭です。四種類です。みなそのようなことを象徴するのです。(二九八−二二、九八年十二月三十一日)
総生畜献納祭というのは、一六○数を中心として、四×四日一六日です。自ら財産全体を捧げないと問題が起こるのです。その数は蕩減条件です。完全なものではありません。時が来ればすべてを完全に捧げるのです。皆さんの国だと信じているのは、皆さんのものではなくサタンのものです。その国をこのように取り戻してくるのです。ですから神様に捧げるのです。そこから神様の所有権が始まって、サタンは退くことになるのです。(三〇一−二二一、九九年五月一日)
皆さんは最善を尽くさなければなりません。それを皆さんは惜しんではなりません。旧約時代、新約時代、成約時代が何ですか? 神様の所有がありません。神様の所有がないのです。怨讐に奪われたので、条件をかけて取り戻すための役事をしてこられたのです。神様のものである十分の一献金から始まるのです。十分の九はサタン側です。これからは反対の時代が来たゆえに、十分の九、十分の十を天ものとして、完全に一つとして捧げなければならないのが、総生畜献納祭というものなのです。そうでなくては、地上の整備がなされないのです。(三〇二−二三、九九年五月十四日)
伝統を伝授しなければならないのですが、どんなことがあっても皆さんがしなければならないことは何でしょうか? 絶対信仰・絶対愛・絶対服従をしなければならないと同時に、総生畜献納祭をしなければなりません。個人のものから、自分の息子・娘、自分の夫、妻までみな捧げなければならないのです。(三〇四−六五、九九年九月十日)
万物解放、子女解放です。ですから、総生畜献納祭を完成して、神様の前に奉献しなければなりません。それゆえに皆さんは所有権を持つなというのです。全部神様の所有です。神様によって始まるというのです。ですから、自分によって関係づけられているという考えは持ってはいけません。(三〇四−一七七、九九年十月二十三日)
これからは、皆さんが統一教会に入教して喜んだ以上に、喜びの心を持たなければなりません。そのような心を中心として、天の前により生畜の祭物になるという立場に立たなければなりません。そのような立場に立たなければ、後ろに立つことになります。後ろに立てば、北朝鮮を中心とした運勢、南北統一の運勢圏を越えることができません。それゆえ、統一教会全体が動員されて、残りの期間に総進軍しなければならない使命が、私たちにあるのです。(一六四−一一八、八七年五月五日)
今全体…、人も全体もすべて否定して総生畜献納祭をするのです。献納祭というのは、堕落圏にある最高に貴い個人・家庭が捧げるものではありません。真の家庭を中心として、地上・天上天国となることのできる立場で捧げてこそ、その価値が認められるのです。ところがここでは、駄犬のようなものを中心として、地獄の糞がつき、地獄の臭いがするものを大切にしているのです。自分の息子・娘を中心としてこのようにしているのです。これを一度に燃やしてしまわなければならないのです。それゆえに、これをしなければならないというのです。(三〇一−二三九、九九年五月二日)
自分の父母をみな否定し、自分の生活を否定しなければなりません。こういうときにおいて、先生の家庭の悲惨な状況を中心として、祝福を受けた家庭までも否定し、自分の息子、娘、一族を、火の穴に投げ込んでも生きた供え物にならなければならないのです。これが総生畜献納祭ということなのです。(三〇四−三一〇、九九年十一月十二日)
完全な分別の血を流して、所有権を分別しなければならないという、神様のうらめしい事実ではないのです。創造されたすべてのもの、生きた供え物自体を、神様の所有権として捧げ切る基準を作らなければ、神の国の皇族となることができないし、皇族圏内に入籍しうる国民になる道がない、ということを知らなければなりません。(三〇二−一八七、九九年六月十三日)
天宙所有権を得ようとすれば無の立場に立たなければ
天宙所有権を得ようとするなら、全体が無の立場にならなければなりません。祝福家庭といっても、その家庭は自分の家庭ではありません。旧約時代、新約時代、成約時代を考えるとき、旧約時代は、万物を犠牲にして子女が救いを受けることのできる道を開くための時代であり、新約時代は、子女を犠牲にして父母が来ることができる道を開くための時代なのです。真の父母が来て四〇年間苦労したのは、神様を地上に迎えるためなのです。
それゆえ、垂直点と真の父母が家庭において結着するのです。このようにして、そのような家庭基準を越えようとするなら、全体においてゼロの立場に立たなければなりません、ゼロの立場。そのときには、所有という概念がありません。アダムとエバが、真の父母の愛を中心として結婚し、そのような立場を越えていくとき、全体がアダムの所有となり、神様の所有となるのです。愛を中心としてです。そのような全段階においては、自分の所有というものがありません。創造圏の立場、無! 無の立場なのです。自分という認識があってはならないのです。
自分の家庭があると言うならば、それはサタンから連結している家庭観念だというのです。自分がアメリカ人であるとか、日本人であるという観念がある場合には、それはサタンに由来した因習、習慣的に残っている観念であるにすぎないのです。それゆえ、完全に無の立場に立たなければなりません。愛以外にはあってはならないのです。
原理結果主管圏と直接主管圏を連結する、五パーセントの責任分担完成というのは、他でもなく愛によるものです。愛以外にはないのです。絶対愛の観念だというのです。その愛を抱くためには、サタンが好む観念を全部なくさなければなりません。祝福家庭の皆さんを見てみるならば、物質は旧約時代、子女は新約時代、自分の実体は成約時代になるのです。それを蕩減復帰しなければならないのです。
それゆえ、この全体を愛に結着させて、所有観念を中心としていたことを越えて、家族と共に所有しなければならないのです。それが天宙所有権だというのです。神様を中心として天宙所有権が現れなければなりませんが、堕落した家庭においては、反対にサタンを中心として、所有の略奪が行なわれるのが問題でした。ですから、これを再び復帰しなければならないのです。それゆえ、これを越えようとすれば、日本も韓国も自らの所有権を捨てなければなりません。
今、日本の食口たちもそうです。教会がこのような緊急緊迫な経済状況にあるときに、自分の財産が問題ではないのです。世界的、天宙的な対応が必要なのです。それにもまして、自分の物を、自分の子女たちの将来のために残すような人は、天国の国民になることができません。まず神様の所有権として返してから、自分が基準を越えた後に、再び受けることによって、新しい所有権時代、本来の世界に帰るようになるのです。
それゆえ、物質は旧約時代、子女たちは新約時代、自分の実体は成約時代を代表するものなのです。縦的に旧約時代・新約時代・成約時代、横的に万物と子女と自分の実体なのです。これを中心として、神様の所有圏に所属した後に、その神様の所有圏の宇宙を中心として、アダムが完成し、そこから相続権を受けるようになっているのです。
自分が持っている所有圏はすべてサタンの所有です。それゆえ、これをすりかえなければならないのです。全体を否定しなければならないのです。その場合には子女も必要ありません。子女も自分の子女ではありません。お金も自分のお金ではないし、自分たち夫婦も自分のものではないのです。完全にゼロにならなければなりません。
ですから、真の父母を中心とした子孫であるがゆえに、本物の完成圏において、再び入籍する圏において、自分が献納したうちの数パーセントを再び受けなければならないのです。それを受けるにおいては、全部受けるのではなく、自分が必要な基準に合わせて神様から受けるのです。そこから天国生活が始まるのです。これが原理観だというのです。先生が言ったのではありません。このようにしなければ、サタンの所有時代から完全に聖別することができません。
今までは、個人の所有時代を中心としていたがゆえに、民主主義だといっても社会主義制度と同じだというのです。お金があっても、全部税金として持っていかれるでしょう? 共産主義に連結する次の段階になっているのです。最後には神様の所有権以外にはないというのです。全部神様に献納して、そこから地上で生きるのに必要な分だけを再び受けなければなりません。生活消費財として使用するための、永遠の所有ではないのです。自分の一族が死んでいったときには、返還しなければなりません。三代まで続いたあとには返還するのです。そのような時代になってくるのです。
そのような時代になる前の転換期に、それを準備しておくのです。なぜ、そのようにしなければならないかといえば、再創造の時には観念がありません。創造する前には、すべてが完了しているのであり、観念がないのです。日本人であるとか、アメリカ人であるとかいう観念、自分であるとか、自分の所有であるとか、お金だとかいう観念があるかというのです。愛だけなのです。それゆえ、愛を中心として全体が収拾されなければならないのです、ゼロの境地を通過しながら。愛以外にはありません。愛の王族権以外にはありません。それを成すためには、全体を落城したとしても、感謝していくことのできる実体にならなければならないのです。(二一八−三六六、九一年八月二十二日)
総生畜献納祭を捧げなければ
旧約時代に失敗し、新約時代に失敗し、成約時代に失敗し、解放統一時代に神様の前に失敗したすべての内容を、どのように清算するのでしょうか? それゆえに総生畜献納祭を捧げなければならないのです。
皆さんが知らなければならないことは、アダムとエバが結婚する前に自分の所有物がありましたか、ありませんでしたか? ありませんでした。皆さんはどうですか? 皆さんの背後にはサタン世界の家庭、国家、世界が関係しています。結婚する前から、そのように連結しているというのです。それらはすべて皆さんの所有物です。
そのようなものをくつがえして、結婚する前に何もない立場になり、ひとえに、真の愛を中心とした主人と所有権が、形成されるかどうかということが問題なのです。最初に夫と息子・娘を完成させれば、外的な所有権は自ずと連結されるのです。何も心配することはありません。自動的に連結されるのです。それで今、所有権転換という言葉が出てくるのです、所有権転換。
万物は旧約時代です。万物が旧約時代であり、息子が新約時代であり、夫婦が成約時代なのです。このすべてを堕落しない時と同じように、神様の解放圏の上に上げなければならないのです。解放がなされなければ、統一がなされません。
ですから、すべては裂いて祭物として捧げましたが、これは生畜です。生きたままで、すべて生きたままで献納する祭物を捧げなければならないというのです。万物と息子と自分たち夫婦を神様の前に捧げることなしには、天国に入っていくことができないのです。それで主人と所有という真の神様と一つになりうる立場に帰って、そこで再び本然の夫婦、本然の息子、本然の娘、本然の万物を相続してこそ、個人所有圏時代に入っていきます。天国に入っていくことができるというのです。
祝福を受ける前に、皆さんの世界と、皆さんの国と、皆さんの家庭と、皆さんの全体を、すべて捧げなければなりません。そうしてから祝福を受けなければならないのです。堕落しなかったその立場に帰らなければならないというのです。それができなかったので、逆に解放時代を迎えたというのです。世界解放時代に家庭を祝福することのできる時…、怨讐たちが反対することのできない時を迎えました。四〇年前にこういう役事をしていたら、レバレンド・ムーンは打たれて死んでいたはずです。反対が激しいゆえに延長して、ここにおいて一度に清算し越えてくべき、このような日を持ってきたということを知らなければならないのです。
ですから、結婚前に所有というものはありません。絶対的なゼロの立場に立たなければなりません、少しだけ所有があっても問題が起こるというのです。女性たちは先生の命令に絶対服従しなければなりません。金や銀や宝物は、米国の女性たちが管理していますか? 来るべき再臨時代において王妃の立場を奪われ、サタン世界のすべての権限を支持できる時を失いました。四〇年前に失ったことも知らずに、今でもそのようにしているから滅びるというのです。(二九七−七八、九八年十一月十五日)
天国の国民に入籍する時代
このように分かれたのは韓国動乱によってでした。ですから、和合の世界が成されるのも韓国で成されるのです。あのとき、一九八八年のオリンピックの世界チャンピオンたちは、二世のチャンピオンでした。肉的な体のチャンピオンだったのです。そのとき統一教会の二世の宣教師たちは、すべての国のチャンピオンを招待して、リードをして応援もしてあげたのです。このように韓国に来て一体となって、あらゆる交渉をしたので、すべての国の選手たちは、韓国を離れたくない、韓国で暮らしたいと言い出しました。そのすべての費用は先生が出したのです。オリンピックのとき、一六○か国の二世の宣教師たちが帰ってきて、霊肉共に一つになったのです。外的には盧泰愚大統領がいて、内的な大統領の立場にはお父様がいて、一つとなったのです。
そのときを考えれば、国連の加入国の数がどれくらいかといえば、一六一か国です。北朝鮮と韓国が国連に加入したのです。兄弟国として加入したのです。北朝鮮と韓国が加入したのですが、韓国は一六一番目であり、北朝鮮は一六〇番目でした。これを、一六数を中心として払うと、「一」が残ります。それゆえ世界オリンピックによって、すべてが連結したのです。統一教会の皆さんも同様に、それを蕩減復帰した立場に立つために、四位基台を中心として、世界的家庭を成していくのです。ですから一六○家庭(一八〇家庭でもある)と一つにならなければならないのです。一六○家庭を中心として一つになれというのです。一つにならなければなりません。どうしてでしょうか? 国を乗り越えなければならないのです。国家基準を乗り越えなければならないというのです。そうしましたか、しませんでしたか? 四位基台を完成しなければなりませんね? それがなされていないので、四位基台の完成のために、初めて、ジャルジンで家庭教育をしたのです。家庭を教育するのは初めてです、初めて。歴史以来初めてです。
今後国が成立すれば、家庭が入って、憲法と法を中心として全体世界を蕩減して、整理し、天国の国民として入籍する時代がやってくるのです。入籍七なくてはなりません、入籍。今は国がありません。(二九七−八一、九八年十一月十五日)
最小限度の条件的な生畜献納祭物を捧げよう
すべての宗教人たちはこういう観念を持たなければなりません。すでに二〇年前に、先生は宗教議会をつくりました。ですから、これから超宗教で世界を救うためには、国連の大使館は外的な大使館となっているゆえに、精神的な大使館、家庭的な大使館を代表できる、内的な心のような立場に立って、真の主人と所有権を決定しうる国連が構成されなければなりません。そうでなければ、世界が蘇生する道がなく、解放されないということを知らなければなりません。
今の国連は外的なものであり、精神的なものがありません。ですから、今から精神的なものを築かなければなりません。それが一つに連結されるところに、主人と所有権が一つになるのです。ですから、国連に良心を中心とする宗教圏を中心とした大使をつくって、政治世界の盗賊たち、嘘つきたちを全部正さなければならないのです。今すべての国家の指導者たちは詐欺師です。いかにそれを正すことができるかということが問題なのです。
もしも、だめであったとしても、私たちがアベルの国連を作らなければならないのです。それで神様を中心とした圏、神様の「愛の世界」を、愛の主権世界を作ろうというのです。それは宗教圏が願うことです、心の世界の愛を中心とした、本然の道であるがゆえに、万民がここに和合できるのです。
こういう全般的な教育を、ここジャルジンでするのです。ジャルジンに来て教育を受け、卒業証書をもらわなければならないということを、知らなければなりません。そして一六○家庭です、一六〇家庭。すべてが一六○数をなんとかして総蕩減しなければならないのです。それゆえ、今でもジャルジンのパンタナールに来て魚を釣るとき、四種類を中心として一六○匹を釣れというのです。なぜでしょうか? 根本においてはすべてが連結します。ノアのとき、動物は審判を受けませんでした、動物は。ですから、四種類の魚を一六〇匹捕まえて、神様に祭物として捧げるのです。それゆえ、生きたものを捧げなければなりません。全体をみな捧げるのです。
それゆえに、万物と、息子・娘と、自分たち夫婦…、そして天に引っかかったすべての垣根を壊すために、一六数に該当するすべてを、神様の前に捧げなければなりませんが、そのようにしては問題になるので、最小限度の条件的な生畜献納祭物を捧げようというのです。それで一六数、一六〇数を必要とするというのです。(二九七−八二、九八年十一月十五日)
サタン世界の国を克服するために全体を捧げなければならない
それでは、それをどのようにするのでしょうか? 不便にも物をかついで歩き、昔のように羊や牛を引いて歩きますか? そのすべてを代表したものが貨幣であるがゆえに、お金を中心としてこれに対応しようというのです。現在、ドルが基準となっているので、ドルを中心として金額を策定するのです。ドルは一ドルからお金として取り扱われます。それ以下のものはみな費用、何というのでしょうか、ご飯を食べて払うチップです。
それでは、原理で考えるとき、一〇ドルを蘇生とすれば、一〇〇ドルは長成、一〇〇〇ドルは完成だというのです。それが一つの範躊なのです。一ドルを出すことはできません、一〇数が基準です、一〇数。祝福を一〇数からしました。
一ドルを中心として考えれば、一ドルが蘇生で、一〇ドルが長成で、一〇〇ドルが完成ですが、一〇〇ドルを中心として考えれば、蘇生が一〇〇ドルで、一〇〇〇ドルが長成で、一〇〇〇〇ドルが完成です。蘇生期におけるIドルが蘇生級、一〇ドルが長成級、一〇〇ドルが完成級です。では、その次に長成期はどうでしょうか? 一〇ドルが蘇生級、一〇〇ドルが長成級、一〇〇〇ドルが完成級です。その次の完成期は、一〇〇ドルが蘇生級、一〇〇〇ドルが長成級、一〇〇〇〇ドルが完成級なのです。それでその完成期の長成級である一〇○○ドルに一六数をかけた一万六千ドルになるのです。長成を中心として、なさなければならないのです。いつも中心が問題なのです。全財産です。自分にある財産、息子・娘のすべてを代表することができ、中間となることのできる一〇〇〇ドルに、一六数をかけた一万六千ドルを条件物として、献納しなければならないのです。完成期において、一〇〇ドルは蘇生級、一〇○○ドルは長成級、一〇〇〇〇ドルは完成級ですが、一万六千ドルを中心として、自分の財産と、自分の国と、世界全体の代わりとなる万物を条件物として、生きたものを捧げるというのです。
夫婦が一身になって、子女全体が一つになって、これを集めて捧げなければならないのです。蘇生・長成基準であるサタン世界の国を克服するために、全体を捧げなければならないのです。最小の条件であるだけに、自分の財産があるならば、十六万ドル、一六○万ドル、一千六百万ドルを捧げなければなりません。条件です、条件。国が成立すれば、すべてがそれをしなければならない時が来るということを、皆さんは知らなければなりません。(二九七−八三、九八年十一月十五日)
解放は全体総生畜献納祭を越えてこそ成される
ですから、ここにおいては、GNP(国民総生産)とは関係ありません。すべての人類は同様だというのです。どんなに難しくてもしなければならないのです。ですから、本当に難しい人は十二兄弟と同じように、世界の十二か国を回りながら万物復帰をして、労働をしてでもこれをしなければならないのです。また、先進国家はそのような人々を、自分の弟や妹のように愛して、援助して一つにならなければなりません。そのような運動をすることによって、これを越えていかなければならないのです。こういう最後の総生畜献納の祭物が、私を待っているということを知らなければならないのです。
祝福を受けた三億六千万双が、あらゆる国にいるので、そんな兄弟国家の先進国家に行って万物復帰をするのです。そうなれば、喜びの中で兄弟が一つになって、その家庭が後援してあげなければならないのです。その家庭がこのように後援するということは神様が後援することなのです、先生の家庭に代わって後援するのです。そうなれば、その家庭は同じ祝福を受けるということを知らなければならないのです。兄弟が、一つになることによって、神様と真の父母の立場に引き上げられるのです。
解放は全体が総生畜献納祭を越えてこそ成されます。そうなることによって、理論的にすべてがきれいに整理されるのです。そして、天国の門を開けて天国に入ることができるのです。自分の息子・娘、自分の財産までも神様ものとして、みな捧げれば、神様の代わりに主人の立場に立つことができるというのです。ですから、これを果たすことによって蕩減復帰完成が成されるというのが結論です! アーメン!
夢のような話ですが、夢とはいえない事実を実現したのです。ですから、これはレバレンド・ムーンを否定できない事実です、神様はレバレンド・ムーンと一つにならざるをえない事実であるということを、皆さんは知らなければなりません。このような内容は、世界中にある図書館のどの本にもないのです。先生の図書館、心の図書館にだけあるということを知らなければなりません。(二九七−八四、九八年十一月十五日)
生畜の祭物は不平・驕慢は禁物
皆さん自身の生涯の道を知らなければなりません。一生の間に食べたご飯の量、次に仕事をした量、その次に消費した量、その次に愛した量…、これらを比較するとき、そのすべての中で、愛した量が他のなによりも多くなければなりません。
皆さん、本当に神様を愛して、本当に人類を愛する立場に立ったと言いますが、言葉で言うのは簡単です。本物の涙を流したことがありますか? 本物の汗を流しましたか? 国のため、世界のために血の汗を流し、涙を流せば、それはなくなりません。それは必ず自分の利益となって、自分の子孫万代に返ってくるのです。まちがいなく返ってくるのです。こういう内容を知ったゆえに、愛のみ旨のために、このような人生行路において、力強い勝利者として歩むということを、皆さんは心に決めなければなりません。不平は不平を生みます。ですから、不平を言ってはなりません。
その次には何かといえば驕慢です。自己驕慢は禁物です。なぜでしょうか? 生畜の祭物であるからです。生畜の祭物、そうです、私たちがご飯を食べるときも、祭物の立場で食べるのです。そうなれば、私がご飯を食べることを神様が好むのです。仕事をすることであれ、話すことであれ、感じることであれ、すべてを祭物の立場でなさなければなりません。
祭物が不平を言うことができますか? 不平を言うことはできません。モリヤの山上で、アブラハムが息子のイサクを祭物として捧げるとき、イサクが「お父さん、私はお父さんの息子なのに、なぜ殺そうとするのですか? 羊を捕まえて祭物にしないのですか?」と言いましたか? 不平を言いましたか?
その次には自分を犠牲にしなければなりません。イサクは「わたしはお父さんの息子です。アブラハムの息子です。そんなあなたの祝福を受けた息子なのに、代を継ぐ息子の立場を考えないのですか?」とは言わなかったのです。そのように考えなかったのです。
最初は何でしたか? 不平を言ってはなりません。二番目は驕慢になってはなりません。自分を考えるなというのです。それゆえ、私が不平を言われる立場に立つのは幸せなことです。全体のための立場、不平を言われる立場に立とうというのです。不平というのは外部に出ていくときに不平となるのです。私たちは不平を言わず、天のために生き、人類のためにみ旨をするときにも、外部の人に不平を言われるようにしようというのです。
その次に、人を低くすれば、その人の前に自分が低くなるのです。人を高めてあげるとは、その人のために祈祷してあげることです。祈祷してあげることなのです。その立場はどのような立場かというと、自動的な生畜の祭物の立場なのです。「あなた方のすべての罪を全部私が被ります。恨んだり、不平に思ったり、讒訴したりすることを、全部私が被りますから、あなた方は解放されますように」と言うことが、どれほどすばらしいことかというのです。
祭物は、死んだ後、血を流した後には、すべてが頭を下げます。それゆえ、私が祭物になって死んだ後に、町に碑石が立てられてみなが称賛するのです。国が称賛するのです。先生が死んだ後に米国が悔い改めをし、韓国と日本がひざまずいて悔い改めをするでしょう。韓国は反対していても、先生が死んだ後に悔い改めをして振り返るでしょう。これが祭物の行く道です。これが生畜の祭物です。先生は生涯の間、そのような原則を定めて歩んでいるのです。
家庭が反対しても、宗族が理解するようであれば家庭は屈服します。国が理解するようになれば宗族は屈服するし、世界が理解するようになれば国は屈服します。後には全部屈服してきます。本当に不思議なのです。そのような祭物の道を行くのですが、祭物は恐ろしいのです。祭物を冒涜すれば、冒涜した罪を受けます。それゆえ、祭物を冒涜すればいっぺんに引っかかるというのです。(一〇七−六二、八〇年一月二十日)
四、訓読会を通じた統班撃破運動
祖国光復と入籍
四、訓読会を通じた統班撃破運動
今後、教育をしなければなりません。共産党を完全に攻撃的に教育しなければならないのです。そのためには、どのようにしなければならないのでしょうか? 中国に行っていた若者、ソ連に行っていた若者たちを連れてきて、全羅道に送って活動させなければならないのです。その準備をしろというのです。若い人々数千名を教育して、全羅道の韓国人と祝福してあげようというのです。
全羅道に行って「私たちは共産党を大変よく知っている。中国についてとてもよく知っている。ソ連についてとてもよく知っている」と言いながら教育するのです。そうすれば、北朝鮮の金日成派にはついて行かないのです。そのように考えるのです。ですから、私が今回の祝福で、中央アジアの人々を連れてきて祝福しろというのです。みな入籍させて、全羅道に投入しなければならないのです。そうして北朝鮮に投入しようというのです。北韓も私が教育しようと思います。ですから、教会を建てるのです。
外国から戻ってきた祝福家庭を、すべて私が保護してあげるのです。それは政府転覆運動をするのです。その人たちを垣根として、ソ連や中国の若者たちを韓国に来させて勝共運動をさせるのです。急がなければなりません。ですから、私は今忙しいのです。私が韓国に行けば、現政府に関して尋ねられるのです。「統一グループはなぜ何もしないでいるのか?」と聞かれれば、何と答えますか?「現政府についてどのように考えますか?」と尋ねられれば、何と言えばよいでしょうか?
黙っていれば、無力な文総裁、世間を知らない文総裁と言われるのです。真正面から攻撃されるような男ではないのに、尋ねられて、もたついていたのでは、体裁も何もありません。「尋ねられて文総裁がおろおろしていた」と言われて、写真にでも撮られたら、何とぶざまなことでしょうか?「文総裁は大口をたたいて、共産党をたたきつぶすために、ソ連と金日成主席にまでも、主体思想が何だと・…、米国の国会議事堂にまで乗り込んでいって攻撃したのに、韓国に来たら無力な人になるのか?」と言われるのです。先生は責任をすべて果たしました。ですから訓読の本も配ったのです。
訓読会をしなさいと言いましたね? 皆さんはそれを知らなければなりません。統一教会が世界的な国民運動をすることができるように、長期的な展望において、どのように連結すべきでしょうか? 祝福してあげるのは難しいでしょう? 霊界を教えてあげるしかないのです。老人であろうが、若者であろうが「明日死ぬかもしれない」と言って、それを教えてあげるのです。それしかないということを知らなければなりません。お金を出しながら続けていくことはできません。しっかりと気を引き締めなさい。訓読会で先生が毎日のように霊界の話をするのはなぜかというのです。
『真の御父母様の生涯路程』の本を、きのう合同で三巻すべて訓読しました。訓読会というのは、ただの時間つぶしでしょうか? 生死の圏を解決する剃刀のようなものです。境界線を仕切らなければなりません。会社に行って「おい、ちょっと休まないか」と言って、すわって訓読会をするのです。十二巻をすべて一週間で宣布しろというのです。それを解析するのです。一巻の内容はどのようになっているかということをまとめて、ラインマーカーを引いておいて、一週間分の内容を六時間で、あるいは一時間で、すべての内容を教えることができなければなりません。
息子や娘の興味を引くように内容をまとめて、花火遊びのようなおもしろい内容にしてこそ、その本をすべて教育することになるのであって、訓読会をそのままの形ですることができますか? 霊界の事実をはっきりと教えて、関心を持たせることができてこそ、永遠に跳躍するのです。
それとともに、統班撃破です、統班撃破。統班撃破とともに、霊界をはっきりと教えれば、あとは自動的になされるのです。統班撃破を始めろと言ってから何年になりましたか? 全斗換の時だから、もう十二年になりますね? 十年ですか?(二九八−三一、九八年十二月三十一日)
訓読会を重要視しなければなりません。ご飯を食べることよりも重要視しろというのです。おもしろく感じ、趣味のように思わなければなりません。「今、自分とはどこにいて、いかに生きているか?」というとき、何点になるかというのです。全部点数を付けなければなりません。自分のことは自分がよく知っています。
それから、一六〇家庭(一八〇家庭)を祝福することによって、一つの宗族が入籍をするようになるときには、皆さんの姿勢を重要視しなければなりません。(二九五−二七四、九八年九月八日)
「私にも訓読会ができる」という人がいれば、来てやってみなさいというのです。政治家の中でできる人がいるならば、やってみなさいというのです。人々が聞いて心に感動を受け、自らの行路を正すことのできる教えがあるならば、自信があるならば、やってみなさいというのです。できなければ後退しろというのです。口をつぐめというのです。
これからは、しないわけにはいきません。面まで、統・班まで撃破できる運動を始めたのです。世界的です。韓国を信仰の祖国としているのですから、その祖国の地にいる本国の人々が、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければならないのです。ですから、挙国的に行うのです。(二九〇−一五八、九八年二月十八日)
純潔運動もブームを巻き起こしたのです。統班撃破も問題ではありません。統・班を中心として訓読会を続けていけば、共産主義の代案となる思想、神様のことがよく分かるようになるのです。そうなれば、神様が生きて直接的に啓示をするようになるのです。このようなことが実現すれば、すべてが終わるのです。それゆえ、このような時であることを思えば、あの人はあの人で、自分は自分の勝手にするというわけにはいかないのです。(二九五−九三、九八年八月十七日)
韓国において、与党、野党の党首から、国会議員、道知事、郡守、面長、里長に至るまで、先生は訓読会をしながら本を配りました。そのとき、何と訓示したでしょうか?「野党は野党、与党は与党といって争うのではなく、訓読会をしなさい! 国会で訓読会をしなさい! 道庁で訓読会をしなさい! 郡庁でも訓読会をしなさい! 面でも訓読会をしなさい! 里に帰れば里で訓読会をしなさい!」と言ったのです。それゆえ「統班撃破・訓読会をしなさい!」と言っているのです。(二九六−六七、九八年十月十四日)
今や統班撃破の時代が来ました。祝福家庭がすべての統・班にいるので、完全に訓読会をすることで、完全に統班撃破をすることのできる時が来たのです。根まで、根まで抜いてしまうのです。根まで抜く時が来たというのです。それを自分の家庭でしますか、それとも見学しますか? 自分の家庭でしますか、それとも見物する人になりますか? 皆さんが、自分の家庭でするための資格を与えるために、このようなことをしているということを知らなければなりません。(二九六−二三五、九八年十一月十日)
訓読会のみ言は、先生のみ言ではありません。天のみ言です。天のみ言だというのです。霊界を知り、天を知った、そのすべての内容を中心とした結論的な地上の活動がなければ、地上の解決点を見いだすことはできないのです。地上の解決点を見いだすために、旧約時代や新約時代にメシヤ、すなわち救世主を送って終結しようとしたのです。それが救いの摂理なのです。(二九七−一九三、九八年十一月二十日)
これからは、外部の人を伝道する時代は過ぎ去ります。自分の一族を伝道するのです。金氏ならば金氏、統一教会員を中心として、三億六千万双の祝福を受けた人を中心として、伝道するのです。宗族的メシヤ、国家的メシヤは、真の御父母様の代身として、このことをしなければなりません。誰でもできるというものではありません。イスラエル民族、選民ならば選民である韓国国民を中心として、すべてを消化するためには、朴氏ならば朴氏全体に、祝福家庭を配置するのです。
総会を開いて統一教会員全体が集まって、朴氏ならば朴氏一族の会長から、道支部長、郡支部長、面支部長に至るまで、すべての人の公認を受けたサイン入りの公文を出すのです。「ここに所属する者はみな、祝福を受けて、皆さんも共に歩まなければならない」という公文を出してみ旨をするのです。イスラエル民族がエジプトを出るとき、イスラエル民族すべてに通告したように、宗氏ごとに共に行動して競っていく時が来たのです。
ですから、韓氏ならば韓氏宗会、朴氏ならば朴氏宗会でこれを行い、自分の一族を救うのです。自分の一族を救うことのできない人は、国を救うことはできません。自分の家庭を立てられない人には、一族を救うことができないのです。家庭は宗族を立てなければならず、宗族は民族を立てなければなりません。そのような家庭が連合して一つとなり、民族を立てなければなりません。その民族を中心に一つとなってこそ、国を立てることができるのです。
ですから、宗氏が連合して祝福を受け、解放された立場、団結した立場で自分の親族…、先生の場合は文氏ですが、文氏が中心となり韓氏が相対となって一つになり、協力していくのです。中心親族と妻側の親族、娘婿や嫁など…、すべてそのようにして全国を連結するのです。そのように一族の解放運動さえすれば、韓国は自動的に解放圏に入っていくのです。
どこにその根を下ろすかというと、班に根を下ろすのです、班。統班(町丁目)撃破です。全国の人々は班の中で暮らしています。そうでしょう? 班、家庭の中で生きています。核心要員は今後、家庭を中心として、訓読会を通して教えるべき責任があります。統班撃破を今しているのです。訓読会がそれです。訓読会をしていますね? 訓読会を中心として週報が出ているのです。
反対に入っていくのです。反対なのです。それゆえ、統・班を中心として統一運動をしなければならないのです。この訓読会を中心として全面的にカバーしなければならないということを知らなければなりません。そのためには、金氏ならば金氏、その班の中に金氏で祝福を受けた人がいれば、消化するのは問題ではありません。そこに配置するのです。(二九九−二五二、九九年二月十八日)
七年前に統班撃破せよと言ったとき、皆さんが写真を配って早く管理していたらどのようになっていたでしょうか? 訓読会のようなことをしていたら、どうなっていたかというのです。みな食口になっていたはずです。絶好の機会は過ぎ去ってしまいました。先生は旅人のような生活をしていて、山を越え、野を越え、遠い世界の果てに行って暮らしていたので、関わることができませんでした。帰ってきてみると、荒廃した荒れ野になっていたのです。それに再び手をつけているという事実は、何ともやりきれないことです。(三〇〇−一八〇、九九年三月三日)
それゆえ、今から統班撃破の訓練をしなければならないということを知らなければなりません。先生の十本の指の節々が踊るように動いて、天に任せられた組織編成のために、今日もこのようにしているということを知らなければなりません。(三〇〇−一八八、九九年三月三日)
韓国の中高等学校から小学校に至るまで、すべてが純潔学校と看板を書き換えるのです。それとともに、韓国で行われる統班撃破に従わなければなりません。そうして、学校や父兄会や警察でも、それを保護するために、訓読会教育をしなければならないのです。世界がそれほどに変わるのです。(三〇一−二六二、九九年五月二日)
先生は、時が来たゆえに地獄解放するのです。完全に根を抜いてしまうのです。聖人と殺人魔、合わせて三十四人です、三十四人。イエス様を合わせて三十四人を祝福してあげるのです。霊界の三十三人、イエス様を中心として三十四か国が一つになっていたならば、世界が統一されていたはずでしたが、それができなかったので、それを蕩減するためのものです。一二〇人を六倍すれば七八〇になります。それが新しい新救国連合です。連合の核心を、米国なら米国においてつくり、各州、各区、各面、統・班にまで設定して、統班撃破・訓読会の責任を果たしたならば、すべて終わるのです。(三〇一−三〇一、九九年五月五日)
全国家庭全体化、みなしなければならないのです。ですから一万二千訓読会家庭です。韓国において最初が一万二千家庭ですか? 一万二千家庭で足りますか? 一万二千、その次に十二万です。一〇倍になります。その次には二十四万、三六万、そして一六〇万、一千六百万です。訓読会をつくるのです。統班撃破です。(三〇二−三二〇、九九年七月二日)
今回、韓国には千二百万の祝福家庭あり、今統班撃破によって一般大衆をすべて掌握して、訓読会を通して教育しているので、韓国の政党はレバレンド・ムーンをつかもうと競争しているところなのです。そして小学校から、すべての中高等学校、大学に至るまで、純潔運動を終えて今ペアを組む運動まで終わろうとしているのです。(三〇三−二二二、九九年八月三十一日)
五、ジャルジン四〇日修練は宿命
ジャルジン修練は家庭を中心とする総蕩減
ジャルジンとは何でしょうか? 家庭を中心として総蕩減するのです。それゆえ、ジャルジン修練には四位基台が参加しなければならないのです。本来そうなっています、四位基台。
父母が一つになれませんでした。父母、夫婦と子女が一つにならなかったのです。それが一つになるという条件をかけて最後に越えていかなければならないのが、このジャルジン修練です。皆さんはこれを、統一教会で通例的に行われる修練のようなものだと考えてはなりません。それは自分の歴史的な運命と宿命を清算する場なのです。それは途方もないことなのです。
一六数を中心として、一六〇数を中心として総蕩減しなければならないがゆえに、海を越え、陸地を越え、人類を越え、天を越えていかなければならないのです。すべてがそのように総決算するためには、勝利した真の父母がこの現場の中心となり、世界的に配置した国家メシヤもここに来て、さらには宗族的メシヤも来なければなりません。祝福を受ければ、家庭的メシヤから宗族なメシヤに発展します。それゆえ、家庭的メシヤから始まって、宗族的メシヤ・国家的メシヤを中心として、世界的メシヤ・天宙的メシヤ、神様までが水平に並ぶのです。水平です。縦的にではありません。水平にならなければなりません。
そして水平に並べば、神様と真の父母を中心としてそこに関係したすべての人類は、堕落圏を抜け出すことによって、真の父母の血族になるのです。これが祝福です。真の父母の血族になるのです。家庭を通して転換させ、その家庭はアダム家庭の価値を持つようになるのです。人類すべてが、祝福されたアダム家庭の場に立つのです。
しかし、それは家庭的基準であって、国がないのです。国の基準がないというのです。それを知らなければなりません。家庭的基準を中心として、個人・家庭・宗族・民族全体が祝福を受けたといっても、砂粒のようにばらばらになっていて、その家庭的基準を中心として、それぞれの自意識を持っているのです。しかし、それではならないのです。真の父母を中心としたそれぞれのものとなってこそ、前後・左右・上下関係で一つになることができるのです、ばらばらではいけないのです。
真の父母は、天を代表した、愛に関するすべての内容の核心のようなものなので、真の父母を中心として、ばらばらになっていた家庭が、絡み合うようになったのです。それが、将来に宗族になるのであり、民族になるのです。そのように真の父母とともに成さなければならないのです。それゆえ、今までに宗族的基準を中心として編成をせよといったのです。それが宗族的メシヤなのです。一六○家庭、一八○家庭のことなのです。
一六数、一六○数はサタンの理想数です。四数、四数です。これらすべてを蕩減できる時代になったのですが、一つの家庭を中心として全部集まることのできる一つの地形がここ、パンタナールです。パンタナールとジャルジン地域だというのです。ですから、皆さんと国家メシヤが四〇日修練をするのです。
この修練は欠かすことができません。参加しなければならないのです。また、祝福家庭教育も欠かすことができません。国家メシヤたちが国に対する責任意識、先生の持っている世界意識を受け継ぐ場が、パンタナールの修練です。ですから、大変なのです。見えない世界、水の中の見えない世界をすべて自分のものとして所有しろというのです。それゆえあらん限りの精誠を尽くさなければならないのです。
地上に見えない水があるように、霊界もまた見えません。ですから、実体的な精誠の限りを尽くして、アダムの代わりに国家的メシヤになることによって、見えない世界のすべてを心情的に相続するのです。
天上世界の見えない神様の世界、見えないその世界を、みな心情的に伝授するのです。それが修練期間の生活なのです。先生から見れば、これは四千年、四〇年の生活の一つの表象なのです。
ですから、先生には一つの目標があります。一つの目標があるのですが、その’目標は釣りです。釣りにおいてすべての精誠を尽くすのです。魚を釣ることが目的ではありません。二つの世界を連結するのです。見える世界と見えない世界の開拓者として、あらん限りの精誠をすべて尽くすならば、天が哀れに思って同情し、万物世界が哀れに思って同情するのです。嘆息していた万物世界が哀れに思って同情する立場、天が贖罪の蕩減路程を哀れに思って同情する立場に立つことによって、蕩減されるのです。それゆえに先生はそのような生活をするのです。(二九六−三六、九八年十月十一日)
理想家庭教育本部は天国に入ることのできるネーム
南米ジャルジン修練所に行っていない人、手を挙げてください。早く行きなさい、早く。ジャルジンとは何か知っていますか? 地の果てです。地の果てと地の果てを連結しなければなりません。なぜでしょうか? 三六家庭は分かりますね? 三六家庭、三六家庭とは何かというと、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭の三家庭のことです。十二、十二、十二で三六なのです。
統一教会においてアダム家庭は何かといえば、堕落した家庭だったので、家庭的メシヤなのです。ノアは中間の立場です。イエス様と同様に、地上に着地できませんでした。半分しか果たせなかったゆえに、ノアの立場はどのようなものかといえば、イエス様に該当するのです。イエス様は宗族的メシヤです。ヤコブは何かというと、国家的メシヤに該当します。地に着陸したのです。イスラエル選民を中心として、国のために出発したのです。それが三六家庭です。先祖が失ったすべてのものを探し求めるのです。
アダム家庭とはどのようなものかというと、世の中で自由に結婚した者、自分勝手に結婚した者です。ノアはどうかというと、神様が審判したので、半分しか果たせませんでした。半分しか。それがヤコブの代に着地するのです、ヤコブの代に。ですから、三六家庭の最初の十二家庭から、二番目の十二家庭、三番目の十二家庭まで行って、みな着地したのです。蕩減復帰とはそのようなものです。では、二番目の十二家庭はイエス様に該当し、最初の十二家庭は何かというと、自分たちで結婚したのですが、霊界から見れば、自分勝手に結婚した者たちです。これを初めてヤコブの代から蕩減して着地するのです、着地。
また、最初の十二家庭は何かといえば、祝福家庭で言えば家庭的メシヤ、二番目の十二家庭は宗族的メシヤです。イエス様を代身する宗族的メシヤです。三番目の十二家庭は国家的メシヤです。初めて着地するのです。国のために着地するのです。三番目の十二家庭がアベルなのです。
したがって、ここですべてが結実するのです。蘇生・長成・完成、歴史時代を経て何千年かかってここで全部実を結ぶのです。それが祝福家庭です、祝福家庭。ここですべて着地するのです。地上天国に着地するのです。それはすべて結実です。この結実、この結実、この結実…、それらはすべて同じなのです。
そのためにあるのがジャルジン世界平和理想家庭教育本部です。みなここに来て一つになるのです。ここに来て一つになって、堕落することなく完全にサタン世界を根絶して、霊界と肉界をすべて完成した条件を中心として、そこから天国の門に入っていくのです。ですから、この修練会に来なければ脱落するのです。ここですべてが完成するのに、ここで、ここですべてが完成するはずなのに…、完成できなかったがゆえに、ここに来て総決算して家庭を祝福するのです。天地と完全に歩調を合わせて清算して、家庭を中心として教育するのです。それがジャルジン教育本部なのです。理想家庭教育本部において天国に入ることのできるネーム(名)をもって、先生の血縁的関係に入籍するのです。だからみな写真を撮ってあげるのです。一族として写真を撮ってあげるのです。それゆえ、夫婦で来なければなりません。本来は四位基台が来なければなりません。四位基台、家庭の息子・娘をみな連れてこなければなりません。父子関係、四位基台がみなここに来て教育を受けなければならないのです。堕落ゆえにそれができず、イエス様もそれができなかったゆえに、再臨主がそれを願って完成し、今それをしているのです。「四・四節」、これが完成しなければ崩れるのです。
ここにおいて、今年八日に、プンタ・デル・エステで宇宙的「四・四節」を中心として、すべての万物まで解放する「四・四節」を定めたのです。動物世界でも愛を中心として四位基台をつくらなければならないように、すべて解放的祝福をしたゆえに、霊界も全部整理してあげなければなりません。どんなことが起こっているのかも知らずに、昔のように生きますか? みな除籍されるのです。
ですから、祝福家庭は一八〇家庭を一つ残らずすべて教育して、宗族的メシヤとして入籍しなければならないのです。入籍するための出発です。そして南北が統一されるときには、みな入籍しなければなりません。今、北韓も大騒ぎであり、韓国も大騒ぎです。希望的に見ているのです。韓国もみな、レバレンド・ムーン、先生に後援してもらわねばと考えているし、北韓もそうなのです。北朝鮮も先生に後援してもらわなければ、国が統一されないとみな考えているのです。(三〇一−二一四、九九年五月一日)
国家メシヤは四〇日修練に参加しなければ
国家的メシヤの修練をしなければなりません。修練を終えた国家メシヤたちは、これから本質的な四〇日修練をしなければなりません。この修練は一次、二次、三次で終わる予定です。これは普通の四〇日修練ではありません。
国家メシヤたちは、これから本格的な四〇日修練に入らなければならないのです。その四〇日修練とは何かというと、四位基台の完成です。今まで夫婦がどれほど複雑に生きてきたでしょうか? 自分勝手に考え、見て、聞いて、においをかいだり話したり、肉的五官を中心として自分勝手にふるまってきたのです。肉的五官、その次には霊的五官が自分勝手に、ばらばらになっていたというのです。これを統一するには、どうしなければならないでしょうか? 条件を立てなければなりません。それが四〇日祝福家庭修練会だということを知らなければなりません。
祝福家庭とは、四位基台の完成であるということを知らなければなりません。それを完成できなかったからそのようになったのです…。本来ならば、国家を立てた後に再び修練しなければなりません。国家に入れば、根本的に自分の良心を中心として一つになっていなければ、脱落しなければならないのです。ですから、今その準備をするのだということを知らなければなりません。
適当で通例的な、昔のような、その場だけの修練だと考えてはいけません。線を引くのです。イエスかノーか、天国か地獄か、天の家庭かサタンの家庭かというラインを引くのです。天の家庭、絶対的基準で分別され、聖別された立場に立った家庭にならなければならないのです。
それゆえ、四〇日間にはいろいろな事があるのです。夫婦が修練を受けながら口喧嘩をするのです。ああだこうだと言うのです。そのようなことを、どれほどたくさんしてきたことでしょうか。それを悔い改めなければなりません。過去にそうであったならば、今日ここで、ぶつかったことを解いて越えていかなければなりません。
愛の問題についても同じです。男性は動的で、女性は静的なのですが、常に動的だということは、水道の蛇口を開けっぱなしにして、水を流しているような立場です。
それに対して女性が、夫を心から百パーセント歓迎するような立場に立っているかというのです。おいしいものを朝も食べ、昼も食べ、夕方にも食べて、四六時中食べるのです。それが愛というものです。世の中でおいしいものの中でも、最もおいしいものが愛なのです。ですから、それを拒否するという事実は、天を待たせることであり、夫と息子・娘が行く道の門を、すべて閉ざしてしまうようなものです。とんでもないことです。
ですから、夫婦がいかにして一つになるかというのです。もしも自分がそうだとすれば、みな反省しなければなりません。一〇歳から二〇歳まで、自分勝手に生きてきました。誤った父母の伝統を受け継いできました。そうであってはならないのです。神様の伝統を知らなければなりません。
嫁に来るとき、自分の家柄や自分の自尊心にかかわる問題と照らし合わせて、商いとか低いとか考える概念というのは、堕落世界に限ってあるものであって、堕落していない世界にはありえないのです。みな神様の息子と娘です。ゼロから出発して、愛だけが絶対に最高だと言える基準を立てなければ、理想的な家庭は形成されないし、出発できないのです。ですからすべてを整理しなければなりません。
自分の家柄を誇ったり、自分がどうだとか、自分学歴がどうだとか、世の中ではどうだとかこうだとか、比較してはなりません。すべては愛よりも下なのです。みな整理するのです。真の女性とは、堕落するような女性ではありません。男性はアダム万人、女性はエバ一人でした。見るときは、ただ一人の女性を愛するための目で見るし、聞くときは、そのただ一つの声を聞こうとするし、においをかぐときも、そのただ一つのにおいをかぎ、話すときも、その一人を愛するために話すのです。それを除いたら話すことができないのです。話すことにおいては、まず夫婦が話をしてから、自分の息子・娘と話すのです。三対象目的が絶対に必要なのです。
話すこと、見ること…、五官を中心として動くすべての対外的な関係は、自然しかありません。そのような二人が父母としての神様に侍り、子女を生み、その子女は成長して、互いが兄弟のために一つにならなければならないのです。ですから、兄弟は絶対に一つにならなければならないのです。他には兄弟がありません。他に兄がいるのではなく、他に妹がいるのでもありません。一つ、一つです。
これは全体を代表したものです。父母を代表したものであり、兄弟を代表したものであり、人類全体を代表したものなのです。そのような価値をもって絶対的な愛を中心としたとき、神様の属性、四大心情圏を中心として、その対象的な存在になるのです。神様はそうでなければならないし、息子、娘はそうでなければならないし、兄弟はそうでなければなりません。兄弟一身です。このような概念がないのです。(二九六−三九、九八年十月十一日)
四〇日修練はいかに重要か
東洋思想には、「父子一身」、「夫婦一身」という言葉はあっても、「兄弟一身」という言葉はありません。平面的な理念をもって言えば、これは絶対に必要なものです。神様を中心とした四位基台は一つの体です。それゆえ、三対象目的というのは、神様を中心として言っているのです。
神様を中心として、男性女性も同じです。二人が八数になって合わさるのです。八数を中心として愛が再出発するという論理が、ここで成立するのです。
このように考えるとき、四〇日修練がいかに重要かということを知らなければなりません。みな自分勝手にしながら、恵みを受けるとか、ああだとかこうだとか言っているのです。献金問題にしても、これはいったいどういうことですか? 今回私が提案したのは、総生蓄献祭です。
歴史時代は、旧約時代・新約時代・成約時代です。旧約時代は万物を犠牲にしました。これまで人間は、救いを受けるために、世界の万物をすべて犠牲にし、供え物として燃やしました。祭物を燃やしました。誰のためにですか? 自分を僕の身分から良民の身分にさせるために、神様は光となられたということを知らなければなりません。
その次は誰ですか? 神様の息子、長子をこの地上に祭物として立てました。二つに裂いたのです。体が裂かれたのです。とんでもないことです。また、真の御父母様がこの地上に来られたときも、第二次世界大戦以降、連合国と枢軸国が完全に天地を中心として対立していました。反対になっていたのです。それらが初めて統一されたのです。その統一された基盤というのは、イギリス・アメリカ・フランスだけが一つになった基盤ではありません。またその基盤は、どこか他の国のものではなく、真の父母のためのものです。来るべき父のためのものです。真の父母となるべきイエス様が、独りで亡くなられた道が、堕落以降の道でした。ですから、再臨主が地上に来るときは、失われた家庭を復帰しなければなりません。ところが、家庭を復帰しただけではならないのです。サタンは国を持っているので、神様の威信にかけて、国を復帰しなければならないのです。サタンが世界を持っているので、世界を復帰しなければならないのです。
イエス様が十字架の道を行くことによって、右側の強盗と左側の強盗の闘いが始まったのです。歴史がそうなっています。それがカイン・アベルの闘いを経て、兄弟の生死の圏をかけて闘うのです。そのようにして世紀末に至り、民主世界、共産主義となって闘うのです。
十字架で亡くなったがゆえに、闘いを通して血を流すことによって世界的な善なる側、右側を全部蕩減し、水平にしなければならないのです。そのようにして来られる主人が再臨主なのです。その方は真の父であり、神様の実体対象として現れた方です。ところが、その方を追放してしまったのです。
今まで六〇〇〇年間の神様の摂理史から考えると、六〇〇〇年間の苦労はすべて、真の父母の家庭を中心とした、イスラエル統一圏をつくるためのものでした。先生が結婚したということが何を意味するかというと、結婚したその日から宗族的メシヤとなって、宗族を統一し、民族的統一圏に向かって進んだということです。
家庭的基盤を中心として、一族が一つにはなっていましたが、国家基準を越えるべき再臨時代においては、宗族圏を統一し、七大環境を一つ、二つと越えていくのです。しかし、文氏の背景を中心として連結できるはずだったものが、すべて壊れたのです。宗族的基盤も、個人基盤も、世界的な基準でアダム家庭と…、一族の基準をすべてつくっておいたのですが…、これがみな壊れたのです。ですから、天地が再び分かれたのです。
今や、天地が一つになり、東洋と西洋が一つとなり、超民族的な基準ですべての国が一つとなり、宗族が一つになり、家庭が一つとなることのできる天の収穫期において、来たるべき主を中心として、祝福によって、完全に天の国の側に収穫していくのです。(二九六−四一、九八年十月十一日)
今は世界版図上で家庭と一族を探し求める時
キリスト教もイスラエル民族も、歴史的に血を流しながら歩んできました。今、天が彼らを哀れに思って、神様の愛を中心とした祝福をそれぞれの家庭に連結しようとしたのに、全部みな反対をして破綻していきました。家庭の目的を破綻させたために、そのような家庭は残ることができないのです。エデンにおける家庭、イエス様時代における家庭、完成時代における家庭…、それ以上の基準が準備されていたにもかかわらず、すべてを破綻させてアダムを追い出したがゆえに、そのような家庭はありえないのです。
それゆえ、荒野に行き、四〇年間でこれを復帰して、家庭的に接ぎ木する運動を繰り広げるのです。イスラエル民族がモーセを中心として還故郷したように、還故郷の役事が始まるのです。故郷を訪ねていくのです。故郷を失いました。故郷を復帰した後に、一族を中心として、国を編成する道を探し求めなければならないのです。今その時が満ちたのです。
今は、世界版図の上で、家庭と一族を探し求める時です。イスラエル民族が故郷を復帰し、一族を復帰したような立場に立って、先生を中心として世界基準へと進んでいかなければなりません。そのためには、家庭と一族を編成しなければなりません。それが一八〇家庭、一八○家庭です。それが一族です。七代なのです。その一族を中心としてそれを編成して、先生と接ぎ木するのです。そのようにして国家的メシヤと対等な価値になるのです。
家庭を接ぎ木し、宗族を接ぎ木することによって、国は自動的に成立するのです。イエス様の時代に国家的基準を失ったことを蕩減するのです。これを世界化させるのが、三十三人を中心とした七八〇名の女性です。国家的な基準で全体を統一させて祝福をしていたならば、国々は主権国家として完全に一つになったはずです。あなたたちはそれも知らずに、すべて自分勝手にしていたのです。夢のような話ですが、事実なのです。
ですから、この道を再び収拾しなければなりません。祝福家庭三四家庭を中心として…、イエス様までの三四家庭です。七八〇人が六大省庁のすべての行政機関に入るのです。野党、与党、宗教圏のすべてに入っていって、それぞれが該当の立場を編成して、国をもって奉献しなければならない過程が残っています。
問題は何かといえば、先生を中心として総落城したのですから、祝福家庭は先生を中心として、世界の人が神様の前に祝福を受けるように、立ち上がりさえすればよいのです。皆さんの家庭を中心として、世界人類の家庭が祝福を受けようとするならば、宗族の編成は自然になされるのです。
文氏を中心とする家庭と宗族が編成されたので、国家基準を越えて世界へと連結する道は、自動的になされます。それゆえこの宗族編成というのは、三億六千万双を越えれば、強制的になるのです。文氏ならば文氏を強制的に祝福するのです。韓氏ならば韓氏を強制的に祝福するのです。このようにして一二○名を祝福します。すべての町で祝福するようになれば、それは世界へと広がっていくのです。
イエス様の実体対象一二〇数を、すべて一代で蕩減するという時代が訪れたのです。ですから、町から町へと強制的に祝福する時が来るのです。そして世界…、何ですか? 祝福…、何ですか?「祝福世界化時代」なのです。
そのようになれば、文氏ならば文氏の中で祝福を受けた人々が集まって、受けていない文氏を追い出すのです。追い出されて山に入っていけば、山の谷間までも追いかけていって、殴ってでも全部みな降参させるのです。「私は死んでも許されない罪を犯しました…」と言わせるのです。それを許す条件が何かといえば、所有権転換なのです。所有権転換です。必然的な運命の道なのです。
それ以降に、個人の所有を持っている人はみな引っかかります。一八〇度方向転換するのです。祝福を受けた後には、所有権というものはありえません。アダム家庭で祝福を受けるとき、所有権は神様のものです。神様が祝福するときに、神様が所有者として祝福しなければならないのであって、無所有者として祝福してはならないのです。祝福を受けた家庭に自分の名義で何か所有があるとすれば、その家庭は、サタン世界にそのまま残っている敗残兵ということになります。この者たち! しっかりしなさい! 遊びごとではありません。こんなに忙しいのに、どうしてパンタナールで第二次、第三次の修練まですると思うのですか? そこで祈祷してあげなければならないからです。
それで昨日記録的な魚を釣ったのです。ですから、先生はこのパンタナールを忘れることができません。ここですべての霊界…、朴マリアの家庭を中心とした神様の願いを、李相憲先生から聞いて深刻になりました。なぜ神様がこのようになったのかというのです。うらめしくて悔しいというのです。そういうことを考えるときは、五臓六腑が煮えくり返り、骨の髄まで染みなければなりません。(二九六−四三、九八年十月十一日)
総生蓄献祭の祭物を奉献しなければ
孝子の心、忠臣の心、聖人の心、聖者の心…、その心と皆さんはどれほど距離がありますか? 本来はこの三次修練会にみな入らなければならないのです。蘇生・長成・完成なのです。国家メシヤも参加しなければなりません。
ですから、すべてがみな、しっかりと総生蓄献祭の祭物を奉献しなければなりません。これは一六〇数です。ですから、魚も一六○匹釣らなければなりません。本来ならば、四〇匹以上釣れなかった人は、もう一度修練を受けなければなりません。先生だったら、四〇日間にみな釣ることができます。皆さんは四年かかるかもしれません。四年以内に釣れなかった人は脱落です。死ぬ覚悟でしなければなりません。自分の勝敗はこのパンタナールで決まります。
魚は審判を受けませんでした。ノアの時も、審判とは関係がありませんでした。こういうことは初めて知りましたね? 植物も動物もすべて審判される立場にありましたが、魚は審判を受けませんでした。それで、その審判しなかった魚を、神様の前に万物対象として捧げるのです。植物も雄しべ、雌しべを通して、動物も雄と雌を通して愛し合います。ところが、魚の世界では、愛し合う生殖器がありません。みな体をこすり合わせて生まれるのです。ですから未婚者です、未婚者。
未婚者から復帰していくのです。それゆえ、自分の日常生活、歴史、生涯路程を歩みながら、ゆがんでしまったすべてのことを、この海の水で洗うのです。この川の水が大洋に流れ出て、蒸気になってひと回りしてこそ復帰されるのです。濁った水として流れていったものが蒸発して、新しい生水として、きれいな水となってこの川に再び流れてきてこそ、私の世界、私の天国となるのです。これは復帰路程をすべて象徴するのです。
ありとあらゆるものが入っていますね? 皆さんの体は、ありとあらゆるものの入った肥だめです。その肥だめには、人間の糞、牛の糞、ありとあらゆる糞がすべて混じって入っているのです。それほどに醜くてどうしようもない人間だということを知らないのです。
それで問題は夫婦です。四位基台の基盤をいかに完成するかということです。祝福を受けた家庭の、夫婦・父母・子女まで三代です。三代がみな一緒に来なければなりません。祝福を受けた息子・娘を連れて、家庭的な修練所に来なければならないのです。ですから今後、国家ができれば、みな集まって乳児教育、青少年教育、そして壮年教育、夫婦教育をそれぞれするのです。
寝る前にはみんな集まって、父親と母親の前に講義の報告をするのです。「今日はこういう教育を受けました」というようにするのです。…このように、このように連結して、真の御父母様と一つになって、天国に入っていくための整備をするのです。天国の永遠なる生命を受けるか受けないかという、相続の手順を解決するためにあるのが四〇日修練なのです。
ですから、祝福を受けた者がみな清平の四〇日修練に出たならば、ジャルジンの四〇日修練もそのように参加しなければなりません。これを蘇生四〇日修練と考えればいいのです。
家庭的基準がありません。エデンの園には神様の家庭がありませんでした。長成から家庭理想というものが出てきます。三次までしなければならないのです。今後は天の仕事をしなければならないのですが、皆さんはそこに参加しなかったので、代表的な中心者、指導者として、修練を受けなければなりません。(二九六−四六、九八年十月十一日)
ジャルジン四〇日修練の意味
天国に入ることのできる家庭のモデル形態を備えるためには、入籍しなければなりません。それで先生は写真を撮ってあげるのです。ですから、そこに行かなければなりません。だから今回、指導者は全部来るようにと言っているのです。(二九七−二三九、九八年十二月一日)
祝福家庭に、天国に入っていくことのできるチケットをあげると言っているのに、そこに国が必要でしょうか? そこに息子と娘が必要でしょうか? どうして家や土地が必要だというのでしょうか? 先生には何もありません。数十億ドルを稼ぐ才能を持っています。それなのに、これはどうしたことでしょうか? ブラジルの中でも、最も人の住めない地と言われている所に住んでいるのです。ところが、その名はエデンの園だというのです。「ジャルジン」という名は、「エデンの園」と同じ意味です。ここは離婚の多いところですが、ここには「今後ここに天下統一をするメシヤが来て住む」という話があります。来てみたところ、そのような予言がたくさんあるのです。
ここは澄んだ水と濁った水が出会う三角地帯です。ここは農作業でも最も有名な所です。果物もよく育ち、何を育てるにも適地です。牧場としても南米で一番の所です。知らぬ間に歩んでいたところ、ここまで来たのです。どうして、このようなところに来て基盤を築くことができたのでしょうか? 神様の御加護によってここまで来たのです。神様があらかじめすべて準備しておいたのです。
ここには、見かけたことのない人たちがたくさんいますね。乞食のような者たちも、ここでこの話を聞いてからは覚醒し、今からでもすぐに入りなさいというのです。あなた方は、曲がりくねった道を通って山の頂上に登ったら、ヘリコプターに乗り換えて、向こう側の山に行けることを悟ったような立場です。ヘリコプターに乗って行く人たちの姿を見て覚醒し、誰よりも先にヘリコプターに乗ることができる立場になったというのです。ですから、むやみに行動してはいけません。気を引き締めなければなりません。(二九七−二八九、九八年十二月二十二日)
四〇日修練は家庭和合の清算地
皆さんの家庭が和合するための清算地が四〇日修練です。そうなのです。証しの内容がそうですね。十五年間、夫婦の間でいざこざがあったのに、今回、四〇日間顔をつき合わせていたら、心の中にあったことまで話せたというのです。「あなたはこうで、私はこうで、悪かった…」というように、すべてを悔い改めて、手をつないで再出発することになったというのです。
このことは親子関係も同じです。親と子が和合できず、愛せなかった事実を、全部清算しなければなりません。涙を流して清算しなければなりません。ですから先生を中心としてついて来なければならないのです。ここにいる国家メシヤはみな、三次の修練が終わる前にすべて修練を受けます。ですから、それ以外の人たち、今になって新しく来た人たちは脱落者です。もう修練期間の終わりが近づいてきたので終わりますが、後でその期間をすべて参加しきれなかったことが問題となるのです。
神様は天宙的なメシヤです。救世主なのです。再臨のメシヤは世界的メシヤであり、皆さんは国家的メシヤです。国家に責任を持たなければならないのです。皆さんはイエス様の代身です。これは宿命的な課題です。それなのに、このように無責任では、どうして宿命的な課題の責任を負うことができましょうか? そうではありませんか? 四〇日修練にも参加しないで、どうして国家メシヤになれますか? 費用が何だというのですか。ありとあらゆる手を尽くし、四〇日歩いてでも来なければなりません。
そして、ここで教育を受けて行くときに、皆さんは総生蓄献祭の礼物を捧げなければなりません。皆さんは祭司長です。国家的祭司長なのです。国家的祭司長となり、宗族的メシヤとなり、家庭的メシヤとならなければなりません。
それゆえ、一八五か国の国家的メシヤがいるのですが、これが終わった後に、各国から十二名ずつ選びます。これらの人はイエス様の十二弟子のようなものです。日本人はすべてその一〇倍です。そうすれば一二○名ですね? 一二〇名…、一二○○名ずつ配置しなければならないのです。
そして神様を中心として、その国を中心として、世界を代表して、先生の御名とともに、国家的メシヤ・宗族的メシヤ・家庭的メシヤが、系列的にすべて編成されるのです。このように強力に立ち上がって、どこへでも行くのです。どんな谷間であろうと、野を越え山を越えて、祝福の旋風さえ巻き起こすならば、すべてが完全に祝福を受けるのです。
だから祝福世界化時代なのです。これはサタン血統の断絶です。身ごもった女性にはみな、子供がお腹にいる時から聖酒を飲ませなければなりません。赤ん坊が生まれれば、幼稚園の時から聖酒を飲ませ、中学生や高校生にもみな飲ませなければなりません。そのようにしてから、後に祝福を受ければ、それは永生式になるのです。祝福を受ければ永生式となるのです。そこには蕩減路程は必要ありません。家庭的メシヤ、宗族的メシヤ、国家的メシヤ…、すべては終わりました。編成がすべて終わったので必要ないのです。(二九六−四八、九八年十月十一日)
国を探し求める運動をしなければ
これからすべきことは、国を探し求めることです。国を探す運動をしなければならないのです。国です。神様も国を探し求めることができず、先生も国を探し求めることができず、皆さんも国を探し求めることができていません。宗族的メシヤ、家庭全体に国がありません。総決心をして一つになって、国を探し求めなければなりません。
韓国のような良い国が、IMF(国際通貨基金)の監視下に置かれ、完全に根の抜かれた状態になってしまいました。これからどうなるのでしょうか? 世界的基準を中心として食口の配置をしさえすれば、「文総裁を訪ねていこう!」ということになるのです。分かるのです。韓国の国民一人一人、僑胞までもみな呼び寄せて祝福をしてあげれば、韓国はどこに行くでしょうか? 将来、どこに行くでしょうか? 自動的に、自然に先生についてくるのです。
世界も、祖国光復とともに自然についてくるので、一つの方向を中心として、私たちは、民族が団結した世界と国家形態を成すことができるのです。これがアダム文化なのです。それはどのようなものかと言うと、真の愛の文化です。生まれるのも、愛によって生まれたということです。男性が自分のために生まれたとすれば、真の愛をすべて抱くことはできません。向こうの端まで完全に抱くためには、無限に与えて、与えて忘れることです。そうすれば、宇宙が駆け込んでくるのです。
自分という意識はありません。意識がないというのは悪いことではありません。宇宙を抱くことのできる人格者になるということなのです。そのような資格を得ようとするならば、自分を忘れて投入しなければなりません。犠牲の代価を受けようとは思わないのです。
今後、天国世界では、月給をもらうというような時代は過ぎ去ります。夫婦を中心として総落城しなければなりません。歴史時代において、絶対信仰・絶対愛・絶対服従が宇宙創造の原則です。愛ゆえに信仰も必要であり、服従も必要なのです。愛ゆえにです。無限の愛には、宇宙的な神様までもが服従するのです。神様は投入して忘れるお方なので、私も投入して忘れるのです。服従するのです。
服従というのはゼロ以下の立場です。永遠のゼロ以下の立場にも応じるということです。従順とは、自分の個性的内容を中心として方向性を持つことですが、服従というのは、どん底に下りていって、完全に低気圧をつくることです。
従順には方向性がありますが、服従は深く入っていけばいくほどに幅が広くなるのです。自分を否定する基盤が広くなることによって、この宇宙が保護するのです。完全に一〇〇パーセント、水平の線を越えた、反対側までも支配できるようになるのです。無形世界に充満し、実体世界に充満することのできる、このような創造的な結果をもたすようになるのです。そのためには、絶対投入して忘れることです。そうすれば、絶対的な有形世界と無形世界の結果が形成されるのです。
愛を中心とした絶対信仰です。愛を完成するには、絶対服従しなければなりません。’死んで、百回死んだとしても、愛を必要とするがゆえに、その道を求めていかなければならないのです。それゆえ、霊界に行くということは死ぬことではなく、神様の愛を求める道を行くことなのです。死ぬのではありません。神様の愛を探し求める道を行くことなのです。死を踏まえて…、それはあたかも人工衛星の基地のようなものです。ケープケネディ(米国南部フロリダ洲中東部にある米航空宇宙局の宇宙ロケット基地)を中心として、飛んでいくことができるのです。このように、神様は、愛のために死の道をつくったのです。ですから、それ以上の心を持たなければ、愛を復帰することはできません。
蕩減しても余りあるそのような道…、百回、千回死んでも行かなければならない道だということを知らなければなりません。殉教が問題ではありません。苦労が問題ではないのです。(二九六−五〇、九八年十月十一日)
天地が認めるホームタウン
個人から家庭・宗族・民族・国家・世界人類が、真の御父母様が築いてくださった基盤を中心として、一度に祖国を探し求めて入っていくことによって、自分の家庭・宗族・民族・国家・世界がすべて解放されるのです。それが嫌だとすれば地獄へ行くのです。永遠の路程において苦痛を受け、自分の行く道において助けてもらえません。自分が蕩減しなければならないのです。
皆さんは、家庭的メシヤ・宗族的メシヤを中心として一二〇家庭…、国家的メシヤたちは一八〇家庭を中心として全体が一つになり、それら一族が連合して天国に入っていかなければなりません。一族が入っていって世界天国になるのです。
それゆえ、韓国の土地が買えなければ、南米の土地を買って、それを分割してあげようというのです。南米で土地を買って、韓国の延長としての地を得るのです。キリスト教が動いて、アメリカが一度に韓国の延長である南米に移動することになれば、南米まで世界のキリスト教圏になり、いっぺんに復帰することができるのです。いっぺんに入籍できるというのです。それゆえ、各国に宗族連合会、国家連合会をつくっているのです。以上が総評です。(三〇〇−三〇七、九九年四月十一日)
皆さんは「ジャルジンは行かなくてもいい」と考えていますが、行かなくてもかまいません。しかし、神様は驚くべきお方です。その水たまりに、全世界の統一教会食口が数十億殺到して、栄えた都市になることでしょう。イタリアの水の都・ベニスなど問題にはなりません。それ以上のものをつくるのです。統一教会の世界天宙統一理想国家の名によれば、地球を十回びっくり返すこともできるのです。問題ありません。(三〇三−一四〇、九九年八月八日)
先生は再び韓国に帰らなければならないということを知らなければなりません。国を復帰しなければならないからです。ですから「全世界の祝福家庭は入籍しなさい!」と言えば、自分の持っている所有をすべて売って、一か所に入籍、大移動が起こるということを知らなければなりません。それでジャルジンを中心として…・、ジャルジンは韓国からすると、正反対の所にある地です。そこにおいて再び家庭を中心として、先生と国家メシヤと宗族的メシヤが、天国に入ることのできる許諾、公認することのできる許諾をしてくれるのです。それゆえ、先生一族の圏内に加わる権限、先生の血族圏内に加わる権限を持って、地上から天国に行くことのできるハイウェイであるということを、常に考えなければならないのです。
ですから、ここに来て四〇日教育を受けた祝福家庭に、「避難民のように荷物をまとめ、その地の何もかも売って、大移動の準備をせよ」と命令するのです。そうしてどこへ行くのでしょうか? みな韓国に来いというのです。韓国はIMFの体制下ですべてを売却しているので、南米に来て土地を買い、そのように全財産をはたいて南米を買えというのです。そうすれば、韓国の南北の土地以上の広さになるというのです。
天地が認めるホームタウン(故郷)…、今後南北が統一されることによってホームタウンができるのです。天と地の、地上と天上天国のホームタウンが生まれるのです。真の父母の家庭によって、すべての宗族が祝福家庭となって定着し、国を越えて南北が統一されれば、世界は思想的な面においても、いかなる面においても、統一教会に従わざるをえなくなります。一つの世界になるのです。(三〇〇−三○五、九九年四月十一日)
2004.6.4 了 uramiti