真の家庭と世界平和

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目次
  1. 第一章 真の御父母様宣布大会のみ言
  2. 二 理想世界の主役となる女性 1
  3. 三 理想世界の主役となる女性 2
  4. 四 真の御父母様の再現と理想的家庭
  5. 五 真の父母と成約時代
  6. 第二章 救援摂理史の原理観
  7. 二 宇宙の根本を探して
  8. 三 真の愛を中心とした真なる家庭と真なる宇宙
  9. 四 真の家庭と私
  10. 第三章 真の家庭世界化前進大会の講演文
  11. 二 祝福と永生
  12. 三 生と死に対する理解
  13. 第四章 東西南北統一前進大会の講演文
  14. 二 天宙は私の故郷と祖国
  15. 三 真の愛は誰もが願う
  16. 四 神様の王子、王女が行くべき生涯路程
  17. 第五章 世界と国連が行くべき道
  18. 二 真の平和の根本原理
  19. 三 人類を救う真の家庭運動
  20. 四 真なる統一と一つの世界
  21. 五 世界平和実現の時代をぱっと開こう
  22. 六 終末時代に人類とアメリカが進むべき道
  23. 七 世界と国連が行くべき道
  24. 八 国境線撤廃と真の愛の実践

第一章 真の御父母様宣布大会のみ言

真の家庭と世界平和
 


第一章 真の御父母様宣布大会のみ言



一 世界平和と世界女性時代の到来



 この講演文は1992年4月10日、韓国ソウルのオリンピック・メイン・スタジアムで開催された「世界平和女性連合」創設大会および「アジア平和女性連合」ソウル大会で語られたみ言です。


1 韓鶴子総裁。そして満場の「アジア平和女性連合」の会員の皆様。「世界平和女性連合」創設のため、各国から参席された代表の皆様!

2 私はきょうのこの大会が今後、韓国の女性史はもちろん全世界の女性史において重大なる意味を記す偉大な集会となることを信じて疑わないものです。

3 なぜなら、今日まで歴史を発展させ導いていく主体的な力は男性によって発揮されてきましたが、きょうこの大会が「世界女性時代の到来」を宣布する世界史的転換の契機となるためです。

  

◆ 宗教を通じた神様の救援摂理だけが人類の最後の希望


4 私は、今日まで男性が主導してきた世界の実情を一言で闘争と罪悪の歴史であると結論せざるを得ません。そのため人類は、このような罪悪と闘争の世界から解放される、善と平和が満ちあふれる幸福な世界を夢見てきたのではないでしょうか。

5 人類を子女として造られた創造主たる神様がいらっしゃるならば、人類が今日まで数千年間戦争と罪悪に束手無策のまま苦しんできた現場を見つめながら、人類を救援し得る方策を講じずにはおられなかったのです。それがすなわち、宗教による人類救援の摂理です。

6 私は宗教指導者として、宗教による神様の救援摂理だけが人類に残された最後のただ一つの希望であることを説いてまいりました。有史以来今日まで、数多くの偉人や英雄たちが身命を懸けて努力してきましたが、戦争と罪悪の世界は一度も根本的に変化したことがありませんでした。すなわち、政治、経済的な方法によってはこの罪悪世界を変える道はないのです。

7 それは今日、世界的な強大国であり先進国だと自負する国々の現実を見れば、あまりにも明白な事実です。道徳の退廃は、今や全世界の普遍的な現実となり、人類の未来を脅やかしています。

8 不倫と退廃は、父母と夫婦、子女までも分別できない段階に落ちてしまい、家庭の存立基台まで破壊させてしまいました。経済的な富と比べて、道義の退廃と性道徳の乱れ、麻薬の拡散は深刻な事態に至っています。

9 人類は今やこの性的退廃という最も固疾的な罪悪からどのように逃れるかという問題に直面しています。このように犯罪と退廃の沼の中であえいでいる人類を救援する道は、政治や経済、軍事力だけに依存しては不可能なのです。

10 女性連合の会員の皆様。そして各国の代表の皆様! 今から七十二年前、私が生まれた一九二〇年は日帝の植民地下にありました。その時私は、強大国に蹂躙される弱小民族の苦痛と悲しみがいかなるものであるかを骨身に染みて体験いたしました。

11 私が青少年時代であったその当時には、この悲惨な戦争と罪悪の世界を救援する道が何であるかを深刻に悩まざるを得ませんでした。

12 結論は、政治や軍事、経済力による救援は表面的、一時的なものにすぎず、宗教による救援だけが最も根本的な道であることを悟ったのです。

13 なぜなら、宗教を通じた神様の救援摂理は、悪なるサタン勢力が奪っていったすべての所有権を、反対を受け迫害を受けながら受け継いでいく戦略であるからです。悪の勢力は善を打ちながら滅んでいき、善は打たれながら悪を自然屈服させる道であることを教えるのが宗教なのです。

14 そのように私は、十代の青少年時代以来今日まで、六十余年間ただ一つの道、宗教的真理の悟りと教え、その実践運動に全生涯を捧げてまいりました。

15 既に皆様方がよく御存じのように、私の教えである「統一原理」は、全世界百六十余カ国に広がっており、その中には共産国家であったソ連や東ヨーロッパはもちろん、北朝鮮の地にも急速に伝播されるのみならず、イスラム教圏である中東地域にも多くの信徒が生まれつつあります。

16 今まで宗主国である韓国をはじめ、いろいろな国で統一教会が多くの迫害と苦難を受けてきたことは皆様方がよく御存じです。しかし統一教会は今や、地球上のどこにおいても誰も抜き去ることのできない確固不動の根を下ろしました。

  

◆ 「世界平和女性連合」を創設する趣旨


17 満場の女性連合会員の皆様! 神様がこの罪悪世界を救援される根本的な手段であるすべての宗教では、メシヤ、すなわち救世主待望思想がその中心に置かれています。キリスト教ではイエスの再臨を信奉し、仏教では弥勒仏の顕現を期待し、儒教やイスラム教でも、その宗団の宗主たちが再来して罪悪と闘争の時代を審判し、すべての人類が願う善なる理想世界、すなわち天国を実現するようになると預言しているのです。

18 すなわち、すべての宗教は宗主の再臨によってのみ、この罪悪の世界が救援されると教えているのです。これがすなわちメシヤ思想です。

19 ゆえに、すべての宗教的教えの根本を統一し、全宗教人たちが待ち望むメシヤ、弥勒仏、真人、正道令などの役割を果たすことのできる真理の指導者、真の愛の指導者でなくてはこの世の中を救援することができないのです。

20 この指導者は人類の始祖が堕落することで、罪悪と闘争の世界となったその原因を明らかにいたします。あらゆる罪悪の根本の根である原罪を解明することによって、人間を罪悪から解放する真理を究明されるのです。

21 人類の始祖アダムとエバが犯した原罪によって、偽りの父母となったため、再臨されるメシヤは人類の善なる始祖として、全人類を新しく生み直す真の父母として来られるようになるのです。

22 真の父母は、空中で雲に乗って再臨されるのではなく、今日この時代、我々が生きているこの地上に、韓国人として来られ、平和の統一世界を主導されるようになるのです。

23 私は過ぎ去った七十年の歳月において数多くの迫害を受けながらも、屈することなく、このような教えを全世界で実践してまいりました。このように見る時、私の妻である韓鶴子総裁は、私と共にこの苦難の道を歩んできた全世界の女性の代表者であると言わざるを得ません。

24 夫である私が、天のみ旨に従い正義の道を歩む間、不義の勢力から迫害を受け、投獄される辛苦を共に味わいながら、私の妻は良心的で正義感のある女性たちによる新しい平和運動を起こす決意をしたのです。それがすなわち、きょうのこの大会として結実したのです。

25 民主・共産に分断された韓半島は、世界の中心地であり、南北統一こそが世界平和と統一の鍵になることを知り、私は世界の至る所で今日まで、この偉業のために全身全霊を傾けてきました。昨年(一九九一年)十一月、私が北朝鮮を訪問して金日成と会談したのもこのためでした。

26 今や世界のすべての宗教統一の日も遠くありません。韓半島における南北統一の日も遠くないのです。

27 私の妻が総裁を務める「アジア平和女性連合」のソウル大会に、世界七十カ国の女性代表が列席する中で、きょう「世界平和女性連合」を創設する趣旨もここにあります。大韓民国が神様の救援摂理の中心国家であり、その祖国であるためです。

28 ところで、あらゆる宗教を見ると、男性たちよりも女性たちがより多くの精誠を尽くしており、数的にも男性を圧倒しています。聖書には、来られる再臨のメシヤを新郎として迎えるため、新婦の準備をするのがキリスト教信者の正しい信仰であると記録されています。このみ言は、すべての宗教は来たるべきメシヤの前に、女性、すなわち新婦の使命を果たすために準備されたことをも意味しています。

  

◆ 理想世界を実現する真なる働き手はこの時代の女性


29 今や、メシヤとして来られる真の父母の前に、今まで男性たちが主導してきた戦争と暴力、抑圧と搾取、そして犯罪の世界を終結させ、平和と愛と自由があふれる理想の世界を実現する真の働き手が、まさしくこの時代の女性たちなのです。

30 今日まで正義と善を打って反対し迫害した男性中心の悪なる勢力が、これ以上横行できないようにしなければならないことも、女性の使命です。

31 きょう、この場に列席した十五万の韓国の女性たちは、韓鶴子総裁を尊敬し、「世界平和女性連合」の基本理念である「頭翼思想」と「神主義」で人よりも先に思想武装し、訪ねくる世界の女性たちを教育することのできる指導者たちとならなければなりません。

32 人類の真の父母となられるメシヤが再臨するこの時代、南北が愛と真理で統一されるこの時代、世界のすべての宗教が正に一つとなるこの時代、そして、すべての人類が人種と理念を超越して、平和の新世界を正に創造するこの時、新しい歴史の創造のために召命された皆様方、全世界の女性に、神様は無限の祝福を与えてくださることでしょう。

33 「アジア平和女性連合」と、きょう創設される「世界平和女性連合」の前途に、神様の偉大なる祝福と栄光があらんことを祝願しつつ、これで私の激励の辞を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。















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二 理想世界の主役となる女性 1

真の家庭と世界平和
 


二 理想世界の主役となる女性 1



 この講演文は1992年5月から12月まで韓国、日本、アメリカなど13ヵ国88都市で韓鶴子総裁が語られたみ言です。


1 尊敬する内外の貴賓の皆様! ならびに「世界平和女性連合」会員の皆様!

2 きょう、このように各界の女性指導者の皆様が御列席の中、世界平和のために私の所信の一端をお話しできますことを無上の栄光と存じます。

  

◆ 永遠の平和世界建設のための「神主義」


3 きょう、私がお話し申し上げる題目は、「理想世界の主役となる女性」です。今日の時代は今、正にイデオロギーの障壁や言語、文化の違い、また人種の葛藤を越え、一つの世界に突入する重要な転換期を迎えています。全人類は今や、この地上にあらゆる戦争と抑圧と搾取がなくなり、ただ真なる自由と平和と繁栄の未来だけが約束されることを念願しているのです。

4 今日まで、私の夫である文鮮明総裁が主唱してきた「神主義」の理念は、これまで力を基本とした男性たちの激しい反対と迫害を克服し、脱冷戦時代の門を開く決定的な役割を果たしました。今後は、和解と協力を指向する今日の歴史的な転換の時代に、私は「神主義」を基本とした永遠なる平和世界建設のための大原則を提示するに際し、未来の世界を開拓していくべき女性たちの標題とするために、文総裁が発表した「頭翼思想」を、いま一度皆様にお伝えしたいと思います。

5 本来、神様は喜びを分かち合うために、愛する相対をつくられました。彫刻家が作品一つを作るために昼夜の別なく力を消耗させながらも全身全霊を投入するのですが、それはいったいどこから来る心でしょうか。それは喜びを味わうために愛の対象を創造された神様の心に似た心ではないでしょうか。

6 存在する世界を見ると、鉱物界、植物界、動物界、そして人間世界までもすべてペア・システム(対)になっていることが分かります。なぜ、すべてがペアで存在しているかお分かりですか。互いに作用するためなのです。

7 鉱物界ではプラス・イオンとマイナス・イオンが作用します。元素と元素同士でも、互いにどれとでも付けようとしても結合しないのです。相対的要因が合わなければ、神様も命令することはできません。次元は低いのですが、このように鉱物界の作用も愛の創造理想のモデルになるようにつくられたのです。

8 それゆえに、真の愛の本質を中心とする時に、神様の心情と人間の心情とすべての万物、動物界までも互いに通じるようになっているのです。その心情の中に入ると、岩であっても通じるのです。皆様がそのような心情世界に入れないのが問題なのです。深い神秘の境地に入るようになると、森羅万象がすべて友となるのです。喜悦にあふれた愛の境地に入ると、自分が笑えばすべての万物と神様までもが和動するのです。

9 皆さん! 愛する夫、愛する妻がいらっしゃることでしょう。どれくらい愛していらっしゃいますか。愛する妻を、十億、千億のお金をあげるからと言われて、そのお金と取り替えますか。心から愛する夫を、天地のすべてをあげるからと言われて取り替える妻がいるでしょうか。よくよく知ってみると、男性は女性のために生まれ、女性は男性のために生まれたのです。すべてが「ため」に成そうとする真の愛のゆえなのです。男女が陰陽の調和によって愛の理想を成すために、神様がそのように創造したのです。真なる男女を通してこそ、統一的な真の愛を見いだすことができ、神様と人間も真の愛を中心として統一が成立するというわけです。

10 結婚というものは、男女の絶対価値である真の愛を横的に連結したのちに、神様の縦的絶対価値である真の愛を占領しようというのです。このように絶対者であられる神様は、真の愛を絶対価値の中心として最高に貴い立場に立てられたのです。真の男性と真の女性と神様が真の愛を中心として完全に一つに統一されるところに、私たちの人生観、宇宙観、神観など、あらゆる問題の解決の糸口を見いだすことができるのです。

11 神様の真の愛は投入し、また投入してもさらに与え、また与えて忘れる愛なのです。与えたという記憶が残っている以上、愛は無限に回ることはできません。愛は無限に運動するものであるので、与えたという記憶がとどまっていてはいけないのです。続けて与え、また与えても記憶に残っていないゆえに流れていくものなのです。

12 それでは天地を与えると言われても取り替えることのできない価値のある愛を、誰が皆さんに与えたのでしょうか。皆様の父母が与えたものなのです。言い換えれば、根本に返れば神様が与えてくださったというのです。神様はこの無限なる価値ある愛を父の立場で与えてくださりながらも、それを忘れ、その愛を受けた息子、娘たちが天を裏切るようなことがあったとしても、さらに与えようとされるがゆえに、そのような終わることのない神様の愛のゆえに、きょう皆様もこの場に参加できるようになったのです。

  

◆ 神様の愛の永遠なる相続者


13 それゆえに真の愛が行く道は施しを受けるための道ではなく、「ため」に生きようとする犠牲の道なのです。ですから神様御自身も愛の相対を創造される時は、神様御自身が「ため」に生きようとする立場に立たれて、御自身が所有していらっしゃるすべてを一〇〇パーセント投入し、さらに投入したいというのです。このような心をもち得る本然の中心存在が、天地を創造された神様なのです。

14 ゆえに真の愛は、「ため」に生きることにおいても一〇〇パーセント、一〇〇〇パーセント、すべてを与え、真空状態になるというのです。空気でいえば、絶対低気圧が生ずれば高気圧は自動的に循環運動が行われるのと同じことなのです。そのために絶対的に「ため」になそうとするところには無限なる力が発動するようになっているのです。

15 親愛なる「世界平和女性連合」の会員の皆様! 「女は弱し、されど母は強し」という言葉があります。女性自体はこの上なく弱いものですが、もし女性が母として愛の主体的立場を取り、また妻、娘として愛の中心的役割を成す時、女性はこの上なく強くなるものです。なぜならば、女性が母、妻、娘として愛の主体的立場を取り、一〇〇パーセント相手のために与えようとする時、その空白を神様の愛が埋め尽くしてくださるからなのです。神様の愛の能力が発動し始めるのです。

16 だからこそ女性であったとしても、神様に似て燃えるような愛の主体的立場を取るようになれば、その愛の能力は家庭を生かし、国を生かし、世界を生かす驚くべき力として現れるのです。柳寛順のような十六歳の幼い少女が、大韓民国全土を独立運動の波に包み込んだということは、正に国を生かそうとする熱き愛国の精神が成した奇跡であったのです。

17 神様はこのように人間のために与えてくださった愛の主体的な立場にいらっしゃって、与えてくださり、さらにまた与えようとなさる本性がその作用を続けることにより、永存されることができるのです。ゆえに、真の愛の道には永生の論理が成立するのです。神様と真の愛の同伴者として造られた人間が、神様の願いどおりに成長し、絶対不変の真の愛を神様から相続していたなら、人間世界には、根本的な統一の歴史が展開され、戦争だとか血を流すような悲惨な歴史はなかったはずでした。

18 真の愛を中心として心と体が一つになれば、皆様は神様自身の愛の同伴者となり、永遠の対象になるのです。そればかりでなく、神様の永遠なる愛を相続する者となるのです。

19 愛の属性には相続権があり、同居権があり、また同参権があります。愛する夫が大統領であり、妻が小学校すら出ていないとしても、愛する夫婦の関係になれば夫のものは妻のものとなり、昼夜の別なくいつでも共に同居できることはもちろん、同参する権限もあるのです。

20 愛にはこのように相続権、同居権、同参権という偉大なる三大属性があるので、神様の絶対的愛、不変の真の愛と一致した立場に立つようになれば、神様がいらっしゃる所に自分自身も加担することができ、いつでも同居、同参することのできる権限をもつようになるのです。そうなれば、私自身が目を閉じなくても神様を見ることができるようになり、涙を流すようになるのです。神様の悲痛なる心情を体恤(注:血肉の一部となるほどまでに実感するの意)した者は、道を歩いていても立ち止まり痛哭するような体恤の世界があるのです。

21 堕落したこの世の中ですら母の愛は、もし子供が見知らぬ地で不慮の事故に遭ったとすれば、直感でもって分かるような場合がたくさんあるのです。寝ていても名前を呼び、叫び、目覚めるというのです。

22 もし、神様の本質的な真の愛、千年万年を「ため」に生き、さらにまた「ため」に生きようという、そのような真の愛を自分自身の心と体に一〇〇パーセント吸収することのできる内容をもつようになる時、心には神様の真の愛の根が芽生え、神様が感じたすべてのことに通じるようになり、体は自動的にそこに共鳴するというのです。心の世界の真の愛を中心として共鳴体になるように創造されたのが体であり、心と体の統一世界を成すためには、神様の本質的な真の愛を回復しなければならないという課題が残っているということを知らなければなりません。

23 このような真の愛に共鳴する論理を中心として見る時に、私たち人間がそこに一体化し、共同一体圏に入れば、神様の愛が自分自身の愛であり、神様の生命が私の生命であり、神様の血統が私自身の血統であり、神様の所有である被造世界が、私の被造世界であるということができるのです。したがって、天下を抱く父母の心をもち、天国に入籍するようになっているのです。

  

◆ 真の愛の原理


24 それでは愛が先ですか、生命が先ですか。それは愛が先であるというのです。人間の生命は愛によって、愛の理想を中心として妊娠するものなので、人間の生命の本質は正に愛なのです。

25 それゆえに、愛を本質として生まれた生命は「ために生きる」のが天理であり、また人間は生まれた時から他のために生まれたといえるのです。自分は自分自身だけのために生まれたとか、すべてが自分だけのためになければならないとするなら、決して愛の概念は成立することができません。相手のためにしてあげ、他のために犠牲になろうとするところから、愛は誘発され始めるのです。家庭のために犠牲になる人は家庭の愛を誘発させることができ、同志のために犠牲になる人は同志の愛を誘発することができるのです。

26 他のために犠牲になれば、すべてを失うようですが、それは全く反対です。むしろ、愛の主体となり、すべての主人になるだけでなく、さらに高い次元に飛躍するようになるのです。クラスのために犠牲、奉仕する人はそのクラスの班長になるのであり、村のために犠牲になる人はその村の指導者になるのです。ひいては国のために犠牲になり奉仕する人は、その国の主人になるというのです。

27 愛というのは、より大きなもののために犠牲になればなるほど、その愛の等級が高まっていくのが原理です。より大きなもののために犠牲になればそれに吸収されていくのではなく、その大きなものの中心の場に立って新しい次元を迎えるようになるのです。キリスト教が復活の宗教になったのも、他のために犠牲になりなさいと教えているからなのです。

28 イエス様は罪なく死んでいく十字架上においてさえも、「わが父よ、私の思いのままにではなく、父のみ意のままになさってください」と祈祷しながら、自分を槍で刺すローマ兵に対してさえも、彼らが無知によって犯す罪をお赦しくださいと、むしろ神様に切願したのです。これが正に神様のように「ため」に生き、犠牲になって生きる生涯の標本であり、復活の歴史をつくり出す起源になり、キリスト教の核心的伝統思想にならなければならなかったのです。他のために命までも捧げ犠牲になる時に、さらに高い次元の命を得るようになっているのです。

  

◆ 人間を救おうとされる神様の戦略戦術


29 親愛なる女性連合会員の皆様! 私は一九九九年十一月三十日、私の夫と共に北朝鮮を訪問し、金日成主席や他の多くの指導者たちと会ったことも、考えてみれば命懸けの冒険でした。皆様もよく御存じのように、文鮮明総裁は彼ら北朝鮮の指導者たちが最も怨讐としてきた宗教指導者であり、勝共指導者であったので、彼らは私の夫を取り除こうと国内外においてあらゆる工作をしてきたわけなのです。そのような所に、ただ神様のみを信じて行き、「主体思想では統一できない。『神主義』でのみ、統一は可能である」と主張したことは、ただただ真に、彼らを生かし、「ため」に生きたいという愛の心と、祖国統一の門を開くためならばどのような犠牲も甘受していくという、殉教の精神によるものなのです。

30 「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」というみ言を実践されたのです。真の愛こそ、地獄までも占領することのできる柱となるのです。皆さんが真の愛を所有するようになれば、すべての悲しみや苦痛もその真の愛の中では喜びに昇華されるのです。言い換えれば、この宇宙の個人的な権力、知識、金力等をもって主張するそれ以上の絶対的権限で残していきたいものが、人間の本性の要求である真の愛なのです。

31 このような観点から見る時、歴史を通じて、人間を救おうとされる神様の戦略戦術と、これに反対しようとする悪魔の戦略戦術は正反対に行われてきました。神様の戦略戦術は打たれて奪ってくる作戦であるのに対して、サタンはまず打って奪われていくのです。第一次、二次世界大戦を考えてみてください。まず打ったほうが滅んでいきました。しかし神様は、盗難に遭ったからといってその者を殺して奪ってくるのではありません。神様は宇宙の主人として堂々と現れ、打って奪ってくる能力をもちながらも、打たれてあげるのです。

32 父母は犠牲になることにより、不孝者を悔い改めさせるという道を行くのです。神様は、天理の公道を立てられるために自らサタンを探され、主人が来たらこうしなさい、ああしなさいと教えてくださるのです。

33 しかし歴史的に見ると、教えようとして行った主人が、むしろ打たれてきたのです。しかし、打たれたのちはどうなるか御存じですか。損害賠償までも受けてくるというのです。孔子も多くの迫害を受けました。イエス様は、ローマ帝国の前に反乱罪として追われ、殺されたのです。すべては歴史が過ぎたのちに、聖人という名が付けられたものなのです。その当時に聖人となった人がどこにいるでしょうか。

  

◆ 迫害は怨讐の所有権を相続する秘法


34 このように、彼らはその当時においてはみな、悲惨に死んでいきましたが、歴史の時代を経ながら、少しずつ上がっていくのです。損害賠償を請求するのに、十年、二十年で終わらせてくださいとは言いません。期間が延びれば延びるほど、世界を完全に占めるようになるのです。

35 数千年の間、耐えに耐えて損害賠償のすべてを計算してみると、銀行に預金したお金に利子が付き、また付いて、のちにはその銀行まで買っても余りあるお金になるのです。

36 神様は待ちながら訪ねてこられる方なのです。打たれて奪ってくる戦略戦術を取られる方なのです。悪なるこの世が全面的に迫害し破壊しようとするなら、天運が開け、すべてを越えていきながら跳躍させてくださるというのです。

37 神様は私と夫にも、そのような多くの体験をさせてくださったのです。迫害を受けるということは、怨讐の所有権を相続する、また一つの秘法なのです。このようにして、神様が愛される人は常に天運の保護を受けるのです。殺してしまいたいような怨讐がいても、神様はなぜ罰を与えないのかというと、それでもその者を愛する父母や妻、息子、娘がいることを御存じであられるからです。

38 神様も涙の谷間を越えてこられたお方であるがゆえに、その怨讐を、誰よりも愛する父母や妻、そして子供たちの心情を体恤される時、むち打つことができないというのです。

39 そのような神様の心情を真に感じるようになれば、怨讐を打つことができるでしょうか。それを思うと、逆に人を送り怨讐を助けてあげなければならないのです。そうしてこそ天理の大道、愛を中心として一つに抱こうとするその大道の前に自分自身が近づくようになり、そこに天地が振動しながら神様も涙を流すようになるのです。神様も御自身に似たと喜ばれるというのです。

40 このような立場で見つめられる神様でいらっしゃるがゆえに、怨讐を愛しなさいという言葉が理解できるのです。そのような力が出てくるところといえば、知識でもなくお金でもありません。真の愛の中にのみあるのです。それゆえに、皆様は愛する息子、娘、父母のために、南北がにらみ合っている峠を越えて、「ため」に生き、犠牲の真の愛でもって統一を願わなければなりません。

41 私たちがこいねがう南北統一は、あくまでも怨讐さえも愛するという、「ため」に生きる犠牲の真の愛の精神においてのみ可能なのです。父母が子供の面倒を見るように、兄弟が兄弟を大切にするように、北の同胞の痛みを本当に自分の痛みとして分かち合い、変わることのない神様の真の愛の中で共に会うことができるようにしなければなりません。

42 真の愛を中心として、神様とアダムとエバが互いに会い定着することができる交差点は、九〇度を成すのです。なぜならば、神様と人間を縦的に連結する真の愛の道は最短距離である垂直以外になく、完成したアダム、エバを夫婦として連結する真の愛の道は横的な水平であり、正にこの垂直と水平が出合う点は、自動的に九〇度の角度になるのです。そして、この点は絶対的な価値をもった位置としてはただ一つしかない真の愛を結ぶ中心点であり、モデルとなる点であるのです。

43 しかし、アダムとエバが成熟する以前に天使長のゆえにこの角度を間違ってしまいましたが、これが正に堕落であるのです。

44 大工が家を建てる時、水平を先に見ますか、垂直を先に見ますか。水平を先に見るとするならば、それはもう既に垂直を認定しているということになるのです。同じように、女性という言葉も、男性がまずあってこそ出てくる言葉なのです。また男性という言葉も、女性をまず先有(前提)条件として出てくる言葉です。「上」という言葉は「下」を考え、「右」という言葉は「左」を先に認定している言葉なのです。したがって横的という言葉は、縦的という言葉が前提とならなければならないのです。このように先有(前提)存在圏を認定するというのは、「ため」に存在する相対圏を立証するものであり、ここに真の愛は相手のために生きようという目的をもって成立するものなのです。

  

◆ 本郷的人間を復帰する道


45 だとすれば、神様と本然のアダム・エバはどこで出会うのでしょうか。神様の愛と真の父母の愛、神様の生命と真の父母の生命、神様の血統と真の父母の血統が結合する所は、垂直と水平を連結した九〇度の角度以外にありません。この点は真の愛を成立させる公式な点であるのです。

46 神様は縦的な真の愛の父母であられ、アダムとエバは横的な真の愛を中心とした父母であるので、このような二つの父母の愛と生命と血統を受け継いで生まれた自分の心は縦的な私となり、体は横的な私となるのであり、この縦的な「私」と横的な「私」が統一体となる時、人間は永遠な神様の「真の愛の同伴者」となるのです。

47 神様は真の愛と真の生命と真の血統をもっていらっしゃり、私たちもそこから出たので、私たちの中にも真の愛があり、真の生命があり、真の血統がなければならないのです。人間は神様の真の愛を中心として父子一体の関係をもって生まれたがゆえに、神様の心と体が真の愛によって自然に統一されているように、私たち人間の心と体も真の愛によって自然に統一されなければならなかったのです。

48 ところがサタンの愛と生命と血統を受け継いだ堕落人間は、体はサタン側の、心は神様の側の一線で絶えず闘っているのです。

49 このように今日、「私」を中心とした愛は、心ではなく体と関係があるのです。この体が悪魔の舞踏場になってしまったのです。悪魔の錨綱で結ばれた柱のようになってしまったのです。心は天を身代わりするプラスの位置にあるのに、体がまた別のプラスになり、心をもてあそんでいるのです。これを是正しなければならない道が、私たちの生涯の義務であるのです。これを御存じであられる神様が修理工場としてつくったのが宗教です。

50 そうであるがゆえに、宗教は断食や犠牲、奉仕というように、体を打ち、体を心に克服させる教育をするのです。体の欲望を弱化させ、心が成そうとするままに順応できるように、三年ないし五年以上かけて、習慣性を伝授するためのものが信仰生活なのです。また休まず祈祷することを強調するのです。

  

◆ 当面の平和の世界


51 神様は縦的な立場のみにいらっしゃるので、心が通じなければ活動することができないお方なのです。サタンはあらゆる所で活動しています。三六〇度いつでも活動することができるので、サタンの活動の前には負けるようになっているのです。

52 心は垂直の位置にあるので一つです。垂直は横的基盤ではないので、横的基盤に出ていくことはできません。そのため、環境に強い体のほうに引っ張られやすいので、垂直の場において精誠を尽くし、祈祷し、三、四倍の力を心に受けて体に対して自由に処理し、三年ないし五年導いていきながら、心のままになせる習慣性を身につけなければならないというのです。この二つの方法以外に修理する道は絶対にないのです。

53 それを修養する宗教の門を通過せずには、本郷の人間の道を見いだすことはできないのです。哲学の道、知識の道、良心の道だけではできないのです。縦的な心と横的な体が一つにならなければなりません。

54 ところで、人間の心と体が神様の理想の前に一つにならないようにした、その堕落の起源は何ですか。聖書には善悪の実を取って食べたからだとあります。それでは善悪の実を取って食べ、どこを隠しましたか。口を隠しましたか、手を隠しましたか。違います! 下半身を隠したのです。そしてサタンを中心として結婚をしたのです。これが悪の血統を繁殖する起源となったのです。

55 しかし考えてみると、人間において真の愛と真の生命と真の血統の根源地は正に愛の器官なのです。堕落によって、この神聖であるべき愛の器官が、天理を破壊した凶悪な宮殿になってしまったのです。悪の本拠地になってしまったのです。ここに偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統が植えられてしまったのです。

56 十代の未成熟な時に人間始祖アダムとエバが堕落をしました。そのようにして悪を植えつけたので、歴史的に人間社会に悪の血統がそこから広がっていったのです。したがって終末の収穫期になれば、全世界的に青少年たちが、アダム、エバのように愛の倫理を破壊させ、退廃的風潮に流れるのです。このような現象を見て、サタンの全権時代がこの地上に到来したということを知らなければなりません。そしてこの時こそ、神様が鉄槌を下し、審判の日になるのです。

57 歴史的に神様の前に淫乱の都市、淫乱の国は滅んできたのです。ソドムとゴモラが火の中に焼かれたのも、ローマが滅んだのも、ほかの理由で滅んだのではありません。節度を守れずに淫乱に落ち、滅んでいったのです。

58 今日、米国、ヨーロッパ、日本など世界の先進国を見てください。東西四方に広がる「フリーセックス」と淫乱の波を誰が防ぐことができますか。末梢神経を刺激する享楽主義、乱れた愛だけでは物足らず、麻薬や覚醒剤を求める、世紀末の世界になっているのです。それはすべて、肉体が滅びの道に引っ張っていくことなのです。決して心が願う道ではありません。心は手を上げて痛哭しているのです。天理大道において人間を本然の始発地である神様の懐に導いていかなければならない良心の使命と召命は、すべて失敗してしまったのです。誰かが現れて、世界人類をこのような堕落の環境から救いの道に導かなければなりません。

59 堕落してサタン側に立った人類は、渋柿に例えることができます。その中でも神様が分立させて探し立てた人類が宗教圏の渋柿なのですが、それは神様の所有権の中にある渋柿なのです。したがって神様が自由に主管することができるのです。再臨の主が来られれば、一遍に切って接ぎ木しやすいように準備してきたのです。ゆえに渋柿が甘柿になり、本然の状態に返っていくのです。

60 それゆえに、宗教を信じる者も本来の真の父を探さなければなりません。なぜなら、彼らもまた、本来の真の父の生命の種を受けずに生まれたからなのです。本来の真の愛を中心として神様の血筋と連結された真の息子、娘として一体になれず、理想をなし得なかったのです。それゆえにメシヤが来なければならないのです。皆さん、メシヤとは何か御存じですか。

61 メシヤは、真の父母として来られ、偽りの父母から生まれ偽りの根を植えたものを取り除き、本然の形態を復帰し、サタンを追放し、すべてのものが歓迎し得る自由解放の天国世界を創建しなければならないという、重大なる責任をもって来られるお方なのです。

62 皆様。皆様が神様の愛、神様の生命、神様の血統を、そして真の父母の愛と真の父母の生命と真の父母の血統を受け継いだ息子、娘になれば、神様のように、皆様にも心と体が闘うことのない真の統一の起源が生まれるのです。そして、自分の心と体が統一されたところから、永遠なる平和の世界は出発するのです。

  

◆ 真の愛の世界を建設してこそ


63 尊敬する「世界平和女性連合」の会員の皆様! 私たちすべては父母の心情を抱き、僕の道理を果たしましょう。私たちの汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために流しながら、天地創造の大いなる主人でいらっしゃる父母の恨を解放し、一つの平和世界を建設する十字架を負い、救世の道に前進いたしましょう。

64 私たちが最後に行く所はあの世ですが、私たちの出発点は正に私の心と体が真の愛を中心として一つになるところから始まらなければならないという事実を忘れないでください。そして、自らの家庭が永遠なる幸福と真の愛の定着地になる時に初めて、私たちが願う理想の国、理想の世界が結実することを肝に銘じなければなりません。

65 私たちの「世界平和女性連合」の運動は、遠からず世界万民が参加する「世界平和家庭連合」の運動に昇華発展し、五色の人種が永生を謳歌し、子々孫々「ため」に生き、さらに「ため」に与えんとする真の愛の世界を建設することでしょう。この歴史的な聖業に私たちすべてが決起し、先頭に立つことを決意いたしましょう。皆様と皆様の家庭に神様の祝福が共にあられますことを祈願しながら、私の話を終わります。ありがとうございました。



















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三 理想世界の主役となる女性 2



三 理想世界の主役となる女性 2



 この講演文は1992年、「世界平和女性連合」の韓国全国での市道大会で、韓鶴子総裁が語られたみ言です。


1 満場の女性会員、同士の皆様! 私はきょう、世界平和女性連合総裁の資格をもって皆さんの前に出ることができたことを大変うれしく、また光栄に思います。きょうのこの大会を準備したすべての女性会員と後援会員、および日本から来韓した活動隊員の皆様に深く感謝を申し上げます。

2 私がきょうお話しする題目は「理想世界の主役となる女性」です。

3 皆さん、私たちに向かって誰かが「この世の中は善なる世の中ですか、悪なる世の中ですか」と尋ねれば、何と答えますか。間違いなく悪なる世の中だと答えることでしょう。私たちが生きているこの時代の世の中だけが悪なのではなく、過去、歴史時代のすべての国と世界が悪であったと言わざるを得ません。ゆえに、善行よりも罪悪が、平和よりも戦争が、正義よりも不義が、愛よりも憎悪が、統一と和合よりも分裂と葛藤がより猛威を振るう世の中になっているのです。

4 人類は、このような罪悪の世界を誰も望んでいません。ゆえに人類は、いかにすればこの罪悪の世界を清算し、平和と自由と幸福があふれる真の愛の理想世界を創建することができるかということを追求せざるを得ないのです。

5 個人、家庭、氏族、民族、国家、世界のすべての構成員や指導者が一様に望んでいることも、平和と自由と幸福があふれる世界を実現することであらざるを得ません。人類歴史始まって以来、数千年の間、このような夢と理想に向かって身もだえしてきましたが、いまだ人類が望んでいる理想世界は実現していません。

6 私はきょう、この問題に対する根本的な原因を皆さんの前に明らかにしようと思います。併せて、私たち人類がそれほどまでに願ってやまない理想世界を実現することができる解答が何であるかを提示しようと思います。これは、人間の知識や思考の結果から出てきた内容ではありません。既に皆さんがすべて御存じのように、私の夫、文鮮明牧師は、一生をかけてこの問題を解決するために献身してきました。

7 私は、その夫に仕えて暮らしながら、その教えと、神様と人類を愛するために実践躬行する姿にあまりに多くの感化と感動を受けました。妻がその夫に仕えて暮らしながら、真理に対する深い悟りを得、夫の人格と人生から絶え間ない感化と感動を受けるようになれば、それは世の中に広く知らせるべきことだと思います。

8 なぜならば、今日のこの世界が犯罪と闘争と退廃が荒れ狂う悪の世界になってしまった根本原因が、ほかならぬ夫と妻の根本的な関係の破綻と不和に起因しているからです。

9 今日、この地上には四十億を越える人類が暮らしていますが、突き詰めれば、二人の人が暮らしているのです。男性と女性、すなわち夫と妻という二人の人が暮らしているというのです。無数の人間が共に暮らしながらあらゆる関係と問題を起こしていますが、そのすべての問題の核心は、男性と女性、この二人の間の関係と問題なのです。このように見るとき、私たちは、神様が人類の最初の先祖をこの地上に創造される時に立てられた人間の男女の行くべき天道が何であったかを探らざるを得ません。

  

◆ 三大祝福を下さった神様


10 聖書の創世記の記録によれば、神様が天地を創造されたのち、最後に人間始祖である男性アダムと女性エバを創造され、彼らに三大祝福を下さると同時に、責任分担も下さいました。三大祝福とは、すなわち「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」というものでした。そして、彼ら二人の男女に「善悪の実を取って食べてはならない!」という責任も一緒に下さったのです。

11 これは、神様が人間とこの宇宙を創造された目的が何であるかを教えてくれる内容であると同時に、人生の根本を明らかにした内容でもあるのです。「生めよ」という祝福は、すべての人間は、地上に生まれ、完成した人格者として成長しなければならないということを意味します。完成した人格を備えた男性と女性が夫婦の因縁を結び、子女を生んで育てる父母の道を行くようにしたことが、人生の二つ目の祝福です。そして、家庭を率いていく夫と妻、すなわち父親と母親がその道理を果たしながら、この世界をより便利で豊かな福祉社会にし、地上天国を建設することが神様の創造目的なのです。

12 この創造目的は、人間始祖が「善悪の実を取って食べてはならない」という神様の戒めを守ってこそ成されるようになっていました。ところが、人間始祖であるアダムとエバは、完成した人間になる前、すなわち未成年の時期に神様の戒めを守ることができず、サタンによって堕落し、全人類に悪の血統を受け継がせるようにしたのです。

   

◆人類が抱えている不幸と悲劇


13 皆さん! 神様が人間始祖アダムとエバに取って食べてはならないと願われた善悪の実とは何でしょうか。それは木の実ではありません。それはすなわち、人間始祖が将来、夫と妻として結婚するときに実るその愛が未成熟な段階にあるときに、第三の存在によって誘惑されて不倫な性的関係が起きてはならないということを語っているものです。

14 実際にエデンの園には、アダムとエバ以外に第三者として天使長がいました。聖書では、エバを誘惑して不倫な性犯罪を犯した天使長をルーシェルであると明らかにしています。これがまさしく人間始祖の堕落であり、人間世界に罪悪の根を下ろすようにした原罪なのです。

15 したがって人間は、天地の大主宰者であられる父なる神様の前に性犯罪を犯し、人間始祖の時から、不倫な愛でもって後孫を生む悪の世の中を成してきました。

16 個人、家庭、氏族、民族、国家、世界へと拡大した人間社会には、いつどこでも、この不倫な男女関係による悪の血統が根を下ろし、それがこの世を地上地獄につくりあげ、犯罪と戦争と恐怖があふれた偽りの世界にしてしまっています。堕落した人間始祖アダムとエバは、人類の永遠なる善の先祖として、真の父母の位置を確定しなければならなかったのですが、悪の血統を残した偽りの父母へと転落してしまったのです。これがすなわち、すべての人類が抱えている不幸と悲劇の第一原因です。

17 この世界の全人類が真の父母を失い、偽りの父母の後孫となったこと以上に悲惨で痛憤なことがどこにあるでしょうか。人類の父母であられる神様としても、真なる人類の始祖を立て、善なる人類を生み殖やそうとした創造目的が、人間始祖の不倫なる堕落によって全人類を罪悪の血統に奪われてしまったその悲しみと苦痛はいかに大きいでしょうか。

  

◆ 原因を知ってこそ治療することができる


18 疾病に苦しんでいる人を救うためには、その疾病の原因を探り出して治療しなければならないのと同じように、人間社会がこのような罪悪と不幸の苦痛から解放されるためには、この罪悪と不幸の根本原因を明らかにして治さなくてはなりません。その根本原因こそ人間始祖の堕落、すなわち原罪です。したがって、原罪という病気の原因を除去しなくては、人間世界から罪悪と不幸の根を抜き取ることができないのです。どんなに多くの偉人や英雄、博士学士、政治家、哲人が現れて、法律や制度の改善、道義教育等でこの世界を正そうとしても、人間堕落の内容、すなわち原罪を解明しないままでは、それは不可能です。どんな薬を使っても効き目はありません。罪悪と不幸の根本の根が、生きて継続して芽生えてくるからです。

19 しかし、宗教では私たちに人間が堕落したという事実を教え、この堕落の内容を明らかにして人間を罪悪から完全に救援しようとされる神様の摂理を直接的、間接的に教えてくれています。それゆえに、すべての宗教は、この罪悪社会を善なる社会へと変化させ、救援する最も積極的な処方であるのです。

20 屋根の棟という意味の「宗」に「教」える、すなわち「宗教」という言葉は、すべての教育と教えの中で最高の教えであるという意味です。孔子、釈迦、イエス、マホメットのような四大聖賢の教えをはじめとした各宗教の唱道者たちの教えは、時代と環境を超越して人間の良心と道徳を守り、文化を発展させる原動力となりました。したがってすべての宗教は、罪悪の世界を清算し、神と人間が望む理想世界建設のための督励者であり、協力者なのです。その中でも、神様の救援摂理が最も直接的に啓示されている経典が、すなわちキリスト教の聖書です。

  

◆ 罪悪の血統を清算する復帰摂理


21 聖書によれば、人類の歴史は、人間始祖アダムとエバが原罪を犯し、偽りの父母となることによって喪失した神様の創造目的を再び回復しようとされる復帰摂理であることを知ることができます。偽りの父母となったアダムとエバを身代わりして全人類を生み変えるために、メシヤ、すなわち真の父母が来られなければならないというのが、聖書でいうメシヤ思想の要点です。

22 アダムが人類の真の父となり、エバが人類の真の母とならなければならなかったというのが、神様の創造本然の目的でした。この創造目的を再度原状回復するために神様は、アダムを再創造される摂理をされざるを得ません。これがまさしく、イスラエル選民を準備してイエス様を誕生させる摂理の骨子です。

23 神様は、アダムとエバが堕落してサタンの血統を中心とした人類を生むと同時に、すぐ善と悪の血統を分立する役事を行われました。アダム家庭で、神様の相対的立場にいる次子アベルと、サタンの相対的立場の長子カインを分立し、カインがアベルの前に自然屈服するようにさせることによって、創造本然の秩序を原状回復しようとされたのですが、カインがアベルを殺害することによって、長い間にわたって善悪分立闘争歴史が延長されるようになったのです。

24 ノア、アブラハム、イサクを経てヤコブの代になり、母リベカの協助により、双子の兄エサウを自然屈服させることによって、ヤコブはイスラエル選民を立てる決定的役割を果たすようになりました。ヤコブの息子ユダにより、その嫁タマルはペレヅとゼラという双子の兄弟を身ごもりました。ペレヅは、タマルの腹中からゼラと争い、先に生まれようとするゼラを押しのけ、自分が兄として生まれた息子です。善悪闘争である長子と次子の争いが、腹中で弟が兄に勝ち、長子として生まれる腹中復帰を成就させたのです。

25 腹中復帰によって生まれたペレヅの血統を通じて四十代目に誕生したお方が、メシヤとして来られたイエス・キリストです。イエス様を身ごもり、生むときには、母マリヤの命を懸けた冒険と精誠がありました。神様の救援摂理は、すなわち復帰摂理であるため、堕落した人類始祖アダムとエバが、サタンとなったルーシェルの誘惑で不倫な性関係を結ぶことで人類に伝承された罪悪の血統を、清算する復帰摂理を行わざるを得ないのです。

26 それが正に、カイン・アベルからイエス様が誕生されるまでのイスラエル選民の歴史であったのです。したがってイエス様は、アダムが堕落によって偽りの父の立場に落ちたものを、善悪分立闘争の復帰路程を経て人類の真の父、すなわち第二の善なる人類始祖として来られたのです。

27 それゆえにイエス様は、その相対格であるエバの立場にいる女性を復帰して夫婦となり、子女を生み、万物を主管される位置まで進まなければならないのです。これがまさしくイエス様がメシヤとして来られた目的でした。

28 アダム・エバを創造され、生育せよ、繁殖せよ、万物世界を主管せよとおっしゃられた神様の三大祝福を復帰するために、イエス様がメシヤとして来られたという話です。

29 イスラエル選民は、父として来られたお方をメシヤではないと不信し、十字架で処刑してしまいました。これはいかにあきれた親不孝であり、とてつもない罪悪ですか。十字架で亡くなられたイエス様は、再びこの地上に来られると再臨を約束され、それと同時に「再び来る時には新郎として来るので、地上の人類は新婦の装いをして待たなければならない」とおっしゃられました。

30 ヨハネの黙示録第十九章を見れば、果たして、そのイエス様の再臨は、地上に来られて小羊の婚宴をされると記録されています。これはまさしく、エデンの園のアダムとエバが堕落していない家庭を築くために、真なる夫婦と真の父母の位置を復帰するという内容です。

  

◆ 再臨のメシヤは韓国人として来られる


31 きょう、この女性大会に参加した会員ならびに女性同志の皆さん! 私たちの家庭を破壊しようとするすべての性犯罪と不倫、退廃が跋扈するこの社会を、何をもって、またどのように正すことができるのでしょうか。もし、この性退廃の問題を解決できなければ、人類社会はソドムとゴモラのような滅亡を自ら招いてしまうことでしょう。既にこの審判の火は下り始めています。エイズという恐ろしい性病こそ、性道徳の紊乱に対する天の懲罰であり、警告です。

32 イエス様は、この罪悪の世の終わりの日になれば再臨されるとおっしゃいました。再び来られるイエス様は、人類の父として来られ、この世のすべての男性と女性が行くべき真なる子女の道、真なる夫婦の道、真なる父母の道が何であるかを見せてくださるはずです。そのようにしてこそ、人類の原罪である淫乱・退廃問題が根本的な解決を見るようになります。これこそ、人類をこの罪悪世界から救援してくれる本当の福音以外の何ものでもありません。

33 人類が真の父母、真の夫婦、真の子女の道を喪失することによって、もつれてしまった罪悪歴史を清算するその道を教えることが、メシヤ救世主の使命です。私はきょうこの場を通して、私の夫、文鮮明総裁こそ、一生を懸けてこのメシヤ真の父母の道を開拓してこられた方であることを万天下に宣布します。皆さんがよく御存じのとおり、私の夫、文鮮明総裁は、これまで悪なる世の中の激しい迫害の中でも、神様の創造目的を明かし、人間始祖が犯した原罪を究明することによって、人類の未来を開拓してこられた方です。

34 私の夫、文総裁の教えである「統一原理」によれば、すべての宗教人が待ち望んでいる宗主の再臨理想、すなわち弥勒仏、真人、孔子などの再臨とイエス様の再臨思想は、お一人のメシヤ、人類の真の父母の再臨で実現するものであり、すべての宗教も連合統一するようになっています。ところで、そのメシヤ、真の父母は、一部のキリスト教信徒たちが信じているように、二千年前に亡くなられたそのイエス様が空中から雲に乗って再臨されるのではなく、イエス様の使命を相続した新たなるお方がこの地上に誕生されるのです。その方が生まれる国が我が大韓民国であり、したがって人類の真の父母となられるメシヤは、なんと私たちと同じ言葉を使う韓国人として来られるのです。

35 それでは、このように再臨されるメシヤは、いつ再臨されるのでしょうか。「統一原理」によれば、この罪悪世界を終結する時が末世ですが、再臨されるメシヤは末世に来られるようになっています。一言で言うと、その末世は、第一次世界大戦が終わった一九二〇年から二〇〇〇年までの約八十年期間に該当します。この期間は、人類の真の父母であられる再臨主が我が韓国の地に誕生し、罪悪と戦争と闘争があふれたこの世界を自由と平和のあふれる善なる理想世界へと導いていく、世界史的な転換時代に該当しているのです。

  

◆ 韓半島の南北統一は世界平和と統一の鍵


36 ゆえに、この時代は、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界に至るすべての構成員相互間で善と悪の対立と闘争が展開される大混乱の時代となるのです。人類はこの期間で一次、二次の世界大戦を経験し、第二次大戦後には、民主・共産の両陣営間の絶え間ない対決と闘争がありました。その間、我が韓国は四十年の日帝植民地治下、八・一五解放と南北分断に続く六・二五動乱の惨状を経験し、今日まで世界最後の分断国として残っています。

37 韓半島の南と北は、人類始祖の堕落によりアベルとカインに分立されて蒔かれた善悪の種が、世界的な実となって現れた結実体です。すなわち、北朝鮮の共産主義は、歴史上に現れたカイン型のすべての人生観と体制の世界的な結実体として、宗教的価値観を否定する無神論共産国家を成し、世界の共産陣営を縮小代表しています。

38 これに反し、韓国は、歴史上に現れたすべてのアベル型の人生観と体制の世界的な結実体として、地上における第一級の宗教繁栄国家となって自由世界を代表する国となっています。すなわち、全世界を善悪で分立し、善側として分立された韓国が悪側として分立された北朝鮮と最後の対決の場を形成している全世界の縮小版が韓半島です。したがって、韓半島の南北統一こそ、世界平和と統一の鍵となるのです。ゆえに、韓半島の南北統一は、単純な政治的事件や課業ではありません。

39 これは、神様の救援摂理歴史の最終目的である地上天国復帰、すなわち共生、共栄、共義の理想世界実現への関門となる摂理史的歴史性を帯びており、地上世界を経ていった数多くの霊人たちとも関係のある立体的な課業であるのです。

40 したがって、大韓民国の統一は政治家によってのみ解かれていく問題ではありません。それゆえに、韓半島に絡み合っているこのような天の摂理をよく知っている私の夫、文鮮明総裁は、皆さんがよく御存じのように、一九九一年十二月初め、七日間の北朝鮮訪問を決行し、北朝鮮の統治者金日成主席と会って韓半島の統一問題に関連した天のみ旨、天命を通告したのです。

41 「『主体思想』では南・北韓を統一することはできない。文総裁が提示する『神主義』と頭翼思想である『統一思想』によってこそ南・北韓が平和的に統一され、全世界を主導することができる統一韓国となる」と説破され、彼らの常套句になっている六・二五北侵説に対しても、六・二五は、南侵であると正面から激しく反駁したのです。

42 私は、私の夫に従って全世界を歴訪し、各国首班と数多く出会ってきましたが、先回の平壌訪問の時は、本当に悲壮な覚悟と深刻な決意をもたざるを得ませんでした。私たち夫婦は、ちょうど聖書に出てくるヤコブが、彼を殺そうとする兄エサウを千辛万苦の苦難と知恵と精誠で感動させ、最終的には彼の心を動かし、お互いが和解したように、この北朝鮮の金日成との談判を成功裏に成就させました。

43 今や南北統一は政治家にのみ任せるものではなく、神様が干渉されるものとなったのです。私の夫、文総裁は、今も全世界的な基盤を動員して、神様のみ旨のままに南北統一を成就し、淫乱と退廃のない理想的平和の世界を建設するために、昼夜を分かたず努力しています。

44 満場の女性同志の皆さん! きょう、私がお話ししたこのことは、私と私の夫に従っている統一教会員だけが信奉する内容ではありません。全世界百六十カ国の各界指導層の人士と、数多くの青年男女がこの教えに従い、自由と平和のあふれる新しい統一の世界を創建するために汗を流しています。世界各所で、大韓民国が人類の真の父母の来られた国として既にあがめられ始めており、韓国の言葉と文化を習い、礼儀作法を学ぶために我が国を訪ねてくる外国人たちが急速に増えています。

  

◆ 統一世界を成す女性勇士とならなければならない


45 「世界平和女性連合」は、性道徳の退廃、麻薬の拡散、すべての淫乱や紊乱なる性関係によって私たちの家庭が脅威を受けているこの現実を救済するために、その根本的な処方をもって、去る四月十七日、ソウル・オリンピック・メイン・スタジアムで世界六十カ国の代表と十五万の韓国の母親たちが集まって創設された汎世界的な女性機構です。

46 私たちは、男性が女性を抑圧してきた堕落した社会風土と、すべての淫乱、退廃で腐っていく人類社会のあすを救うために、これ以上待つことはできません。真の父母、真の夫婦、真の子女の道理を学び、実践するための私たちの行進は、ついには世界平和家庭連合を結成しました。そして、五大洋六大州のこの地球星どこにおいても不倫と退廃が足をおくことができないようにしなければなりません。

47 そして、人類がエデンの園で淫乱という原罪を犯して以来、今日までずっと苦痛を受けてきたその悪の血統を清算した新世界を迎える準備を急がなければなりません。

48 今までは、人類を駄目にしてきた淫乱と不倫に対して、誰もが手をこまねいているだけでしたが、今や、この問題を完全無欠に解決することができる希望の新しい真理が私たちの生きているこの時代、我が韓国からわき出ました。真の御父母様によって明らかにされたこの新しい真理は、南北を統一し、平和の世界を建設する人類のともしびとなることでしょう。私たちすべてがこの新しい真理を知り、有史以来私たちを苦しめてきたこの罪悪の世界を終結させ、自由と平和と幸福のあふれる統一の世界を建設する女性勇士となるために総決起しましょう。

49 真のなる母の道を行きましょう。
 真なる妻の道を行きましょう。
 真なる娘の道を行きましょう。

 大変ありがとうございました。





















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四 真の御父母様の再現と理想的家庭

真の家庭と家庭盟誓
 


四 真の御父母様の再現と理想的家庭



 この講演文は1992年7月6日から7月9日まで、韓国全土を四地域に分けて実施された「世界平和女性連合」大会でのみ言です。


1 韓鶴子総裁! 御来賓、そして満場の女性指導者の皆様!

2 きょう私は、韓総裁のお話を通じて大いに慰められました。天命に従い一筋の道を走ってきた私の生涯は、波瀾万丈の苦難の道でした。

  

◆ 天道を立てる道はみ旨のみのための寂しい道


3 天道を立てる道は、妥協のないまっすぐな道です。人間的な面目や人間的な威信を表面に立たせることのできない道であり、ただ神のみ旨のみのための寂しい道でした。

4 個人に運というものがあるように、家庭や国家にも家運と国運があり、さらには世界の運、そして天地全体には天運というものがあります。しかし、どんなに良い運勢をもって生まれた人であっても、家運が傾く時は、共に苦難を受けるようになり、個人運、家庭運の良い人であっても、より大きな国運が傾く時は、共に没落せざるを得ません。

5 さらにはすべてを包括し、あらゆるものの上にある天運の方向と進行によって、国家や世界の方向も決まるのです。ですから、この世で天道を立てるということは、すなわち個人や国家の行く道を天運に合わせることなのです。

6 今日、韓国の病弊や世界の問題を考えてみてください。経済不況、環境汚染、政治的な不条理、人種および宗教間の紛争、倫理道徳の退廃、価値観の崩壊など、様々な病弊や問題に対して、いったい誰が根本的に解決することができるのでしょうか。人間の知恵や努力のみではできないことです。お金の力や権力を集めても解決できません。むしろ、人類の病弊はだんだんと深まる一方なのです。

7 今や人間は、謙虚に天の声に耳を傾け、神が提示される解決の道を探さなければなりません。

8 この国と人類は私の教えを受け入れなければなりません。これは自分自らを誇るためのものではありません。神のみ意がそうなっているのです。神様は私を通して天道を明かしてこられましたし、また人類の根本問題に対する解答を与えてくださいました。

  

◆ 苦難と逆境の中で築かれた驚くべき道


9 私は過去におきまして、歴代の政権による迫害によって悔しくも牢獄生活をしてきました。そして一部のキリスト教の人たちの偏見と悪意に満ちた反対は様々なうわさを作り出し、本当に私の行く道が妨げられてきました。

10 しかし神様の守りがあって、私は世界的に奇跡的な勝利の基盤を築き上げてきました。これは、歴史始まって以来前例のない驚くべき基盤なのです。

11 特に、全世界のキリスト教を代表した国として準備されてきたアメリカの地において、かつて有色人種がもつことのできなかった記録的な基盤をもつことができました。もちろん私は、アメリカにおいて人種差別や宗教的な偏見による多くの苦難を受けたし、悔しくも監獄生活にまで耐えなければなりませんでした。

12 しかし私は、根こそぎ揺れるキリスト教の再建と、麻薬や不倫で重病を患っている青少年たちを教育訓練し、アメリカに希望を与えてきました。今やアメリカの政界において、誰も私の基盤を無視できないようになりました。

13 日本やヨーロッパにおいても同様です。既に、世界百六十カ国の宣教部は、それぞれの国において、信仰運動と共に倫理と道徳再建運動の表象となって発展しています。

14 私は一九八〇年代の初めから、ソ連帝国の滅亡をテーマとして世界的な学術会議を開くようにと提案してきました。一九八五年に発行された学術研究誌は、ソ連共産帝国の滅亡を最初に予言した世界的な資料となりました。

15 このような基盤の上でソ連を訪問してゴルバチョフと会いましたが、今はソ連の十五共和国の中で三共和国が統一教会を国教にしようという動きを見せています。

16 また、既に数万名の大学生たちが私の思想を勉強し、七百の大学で原理研究会という大学生の会が組織されました。高校の教師と生徒たち数万名も、今年に入って原理修練を受けています。

17 このようなことは、人間の力のみでできた結果でしょうか。これこそ、生きていらっしゃる神様のみ業が共にあった証拠なのです。徹底した無神論者たちが四泊五日の修練教育を通して、神様を中心とした人生観、宇宙観をもった人格者へと変わっていく奇跡が起こっているのです。

18 中国においても大きな基盤を築いてきました。重要な工業都市建設などが数十年前から準備されてきました。

19 また、昨年(一九九一年)十一月三十日、平壌を訪問して金日成主席と会ったのも、すべてが天命によるものなのです。

20 今まで南北統一のために誠を尽くしたのは、神様のみが知っていらっしゃることです。南北統一は可視的な南北の統一だけではなく、神様が中心となられた摂理的な統一なのです。南北統一は私が立てた基盤を通さなくては成し遂げられません。

21 摂理が要求する統一は統一自体が問題ではなく、統一の基盤の上に永遠な自由と平和と幸福と理想を咲かせるためなのです。ですから、力による統一や相手を不幸にさせる統一などではありません。相手のために尽くし、また尽くす真の愛による統一でなければなりません。

22 それゆえに、祖国統一は一個人や政党、政権の利益のために利用されてはなりません。私たちすべての愛の心の実践が北の地の同胞たちに届く時、真なる統一が訪れることでしょう。

  

◆ 世界平和を実現するために創設された「世界平和宗教連合」


23 女性指導者の皆様! 私は「ため」に生きる神様の真の愛を中心として、今日まで超教派、超宗派の和合運動を全世界的に展開してきました。

24 宗教間の和解や交流なくして、どうして世界平和が訪れるというのでしょうか! 今も中東、アイルランド、インドなどでは凄惨極まる宗教戦争が繰り広げられているではありませんか。

25 私は昨年(一九九一年)八月二十七日、世界のあらゆる宗教の最高指導者たちを集めて「世界平和宗教連合」を創設し、和合と協力で世界平和を実現できるように、宗教人たちの衆知を集めました。本当に意味深い団体なのです。

26 宗教はそれぞれの個別性も重要ですが、それに劣らずお互いに共通点も多いし、絶対者を追究する同じ目的をもっているのです。

27 すべての宗教は、神様がその全体摂理の目的下に立てたということが重要なのです。ですから、お互いに和合しなければなりません。

  

◆ 神様の救援摂理は原状を回復する復帰摂理


28 韓総裁の基調講演で言及されたように、キリスト教では「人間が善悪を知る木の実を取って食べ、すなわち不信の罪を犯して堕落した」と教えています。人間始祖は、堕落しなかったならば神様の貴い息子、娘、すなわち神様の王子、王女として神様の血統を受け継ぐようになるのです。また、彼らは父なる神の所有、万有も相続するようになります。

29 そして、彼らは成長して理想的な愛の夫婦となり、完成するようになります。しかし彼らは堕落することによって、神様の血統から逸脱し、神様の所有が奪われ、神様の心情を失いました。

30 神様の救いの摂理は原状へと帰る復帰摂理なので、人間は血統復帰、所有権復帰、心情圏転換の使命を担当しなければなりません。

31 結果的に人間は堕落することによってサタンと一体となり、アダムとエバはサタンについて地獄へ行くようになったのです。エバのあとには長子カインが、そのあとには次子アベルがついて行ったのです。

32 そこで神様の復帰摂理は、あとに出発した善側の象徴である次子を立てて、先に出発した悪側の象徴である長子を屈服させることにより、サタン分立の条件を立てつつ進めてこられました。

33 復帰摂理の根本は、血統と所有と心情を転換する復帰されたアダム、すなわちメシヤを送るところにあるのです。しかし本然の息子の心情的な立場を一遍に復帰することはできません。
34 僕の僕の立場から出発してだんだんと復帰していかなければなりません。サタンが権勢を振るっているこの世において、善側のアベルが僕の僕の立場から、真の愛をもってカインのために生きることにより、サタンも讒訴することができず公認するしかないように、その使命を果たさなければなりません。

35 そのようにして、僕の使命、養子の使命、庶子の使命、直系子女の使命を果たし、愛と情の秩序が復帰されていくのです。すべての段階においてサタンが讒訴できないように、真の愛をもってカインのために生きてこそ復帰が可能になるのです。

36 直系子女の立場からアベルがカインを屈服させて一つとなれば、その基台の上に母のエバが立ち、そのエバがすべての責任を果たした時、アダムが立てられます。こうして初めて神様がその基台の上に臨在することができるのです。そこに、八段階の縦的で必然的な復帰摂理の過程があるのです。

37 復帰摂理を横的な面から見ると、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、そして神様に至るまで八段階があります。

  

◆ 頭翼思想と神主義


38 イエス様は第二のアダム、メシヤとして来られたのですが、不幸にも選民イスラエルがイエス様のことを悟らずに、十字架上で亡くなるようにしてしまったのです。しかし再び来られる再臨主は、聖書の文字どおりに空中から雲に乗って来られるのではありません。今年(一九九二年)の十月二十八日に信じる者は空中に引き上げられるなどと宣伝している人がいますが、そのようにはなりません。私の言うことを信じなさい。絶対にそのようなことは起きません。十字架で行かれた主は十字架を通して再び来られるのです。

39 イエス様が十字架で亡くなられる時、十字架を中心として三種類の人々がいました。自ら罪を悔い改めてイエス様のことを証した右側の強盗がその一番目です。二番目は、罪人でありながらその罪を悔い改めずにイエス様を誹謗した左側の強盗です。そして三番目がバラバです。すなわち、彼は当然十字架につけられ死ぬべき罪人でしたが、ユダヤ人たちがイエス様を憎み十字架につけたことにより、代わりに恩赦を受けた者です。

40 再臨の時に、この三つの型が世界的に大きく拡大されて現れるのです。西欧キリスト教圏は、第一の型である右側の強盗の立場です。原罪はあるものの、主を信じる善なる立場なのです。無神論の唯物思想である共産圏は、第二の型の左側の強盗の立場です。中東のイスラム教圏は、第三の型のバラバの立場なのです。イスラエルがイエス様を十字架につけたことによって、神様が十二支派に分けてあげた中東地域を占めるようになったのです。

41 イエス様が亡くなられたことによって生じたこの三つの型の世界的な結実を、イエス様が復活された立場で来られる再臨主は、すべて収拾しなければなりません。

42 西欧キリスト教の収拾のために新しい宗教改革を起こし、また共産主義の無神論思想を克服して全共産圏を神側に取り戻さなければなりません。そのように左翼と右翼を克服して統一調和させる思想が、すなわち私が提唱した「頭翼思想」と「神主義」です。

43 既にお話ししたように、もはや頭翼思想によって左翼と右翼世界を収拾しているのです。また、偏狭で独断的であるイスラム教も歴史始まって以来初めて和解し協力し合えるようになり、去る四月には、中東の八カ国の代表が統一教会の合同結婚式にも参加するという奇跡が起きたのです。

44 堕落人間の罪悪を清算する祝福式を主催し、左右両陣営を収拾して歴史的な葛藤を解消し、さらにイスラム教圏とも和解する奇跡をつくり出したのです。これは人間の能力や計画などでできるものではありません。

  

◆ 再臨主であり、救世主であり、真の御父母様であることを言明


45 神様が私をメシヤとして立てられて、今日まで救いの摂理をされてこられたからです。私は再臨主であり、救い主であり、真の父母として使命を果たしてきたのです。時が来たので、このことをこの場で宣布するのです。

46 私の言うことに耳を傾ける者には幸福があります。この民族が私の言うことを聞けばこの国はどんなに良くなることでしょうか。為政者たちが私の話を聞けばどれほどいいでしょうか。聞くか聞かないかは各自の責任ですが、世界万民が私の話を聞くようになる時が来るのです。

47 多くの人々は、救い主は審判の権能をもって来られる方であり、また栄光の主であると言っていますが、それは間違いです。神様はこの罪悪世界を見たくなく、一瞬も早く審判をしてしまいたいとも思われます。

48 しかし、真の愛の神は、人間の永遠な生命のために常に心配されているのです。長い年月をかけて忍耐されながら、真の愛をもって自然屈服させる神様の心情を知らなければなりません。

49 堕落人間の側からは救い主ですが、神側から見れば天地創造の時に失ってしまった真の愛の創造理想を成す真の息子であり、真の父母となるのです。救い主は、堕落によってもたらされた神様の恨を晴らすために、生涯を懸けて犠牲の道を開拓してこられた方です。栄光の中にのみいらっしゃる方ではありません。常に神様の心情と共に痛哭し、サタンを屈服させるために心を痛められるお方です。

50 神様の創造目的を成し遂げるために心血を注ぎ、気をもんでいらっしゃいます。救世主は、失った子女を探してサタン世界をさまよいつつ、僕の僕の姿をもって悲しんでいらっしゃる神様のことを誰よりも知っているので、神様の心情がそのような恨から完全に解放されない限り、栄光の立場に立つことができないのです。

51 世界平和女性連合の指導者の皆様! 皆さんの中には連日の大会で苦しみを感じ、十日余りも待たず、またこのような大会を開くということで不平を言ったりする者がいるかもしれません。しかし、私と共に毎日誠を尽くせば、神様の善なるみ旨が成し遂げられるのです。

  

◆ 真の愛で真なる家庭理想を完成してこそ


52 私は皆さんを利用するつもりはありません。むしろ皆さんが私を必要とすることでしょう。韓総裁と一体となり、その分身となって、皆さんの家庭から子女を正しく教育し、夫を正しく導かなければなりません。そうして、皆さん一人一人が真の愛の理想のもとに、神様の祝福を受けることができるようにと願うのです。

53 私の最大の関心事は、皆さんの各家庭が真の愛で一つになり、真の家庭理想の完成を成すことです。

54 「世界平和女性連合」を中心として、各国において、市、郡、面、里、そして洞、統の指導者によって、道義が再建され、真の愛の実践運動が展開されるならば、それ以上の愛国運動がどこにあるというのでしょうか。麻薬追放、禁酒禁煙運動、歓楽街の撤廃、指導者たちの不道徳の一掃、青少年の脱線防止、正しい道徳運動の展開など、私たちのやるべきことは山ほどあります。

55 各国社会が女性指導者の皆さんによって浄化され、真の愛により和平を成した時に、初めて世界統一の宿願も成就されるのです。そればかりでなく、女性が世界を指導し、また平和な世界が成されることでしょう。
 効果的な女性連合運動にするためには
56 女性指導者の皆様。私は今日まで、自分が実践していないことを弟子たちに指示したことはありません。ですから皆さんが、私の百分の一でも真の愛を実践して大いなる救いの運動を広げるようにお願いします。

57 一番効果的な女性連合運動の単位は面と洞、そして里と統です。このような基本単位から、真の愛の運動が班を越えて家庭にまで定着するようになるのです。このようにして、本来堕落しなかった本郷に帰ってきて、神様と分立された家庭を取り戻して永遠定着をするようになります。

58 今日まで神様は多くの御苦労をしてこられました。完成したアダムを育てるために、ありとあらゆる御苦労をしてこられました。そのようにして真の父が生まれたのです。真の天の男性が生まれたのです。

59 サタン世界の男性たちは、その人が真の新郎であり、主人であり、地上と天上天国の王として来られる方であることが分かるので、世界を代表した個人、家庭、国家、世界、天宙を合わせて滅ぼそうとするのです。

60 その方はサタンの迫害、謀略、中傷を歴史的に受ける立場から、個人、家庭、国家、世界、天宙的勝利を収めて神様と一体となり、歴史上で初めて勝利者となって、サタン世界の個人、家庭、国家、世界、天宙を取り戻してくるようになりました。

61 さらに、真の父のあとに従ってくる立場にいた真の母も、歴史上初めて対等な立場に立たれて、全世界に女性解放を宣布することによって、真の父と母が子女を率いて神様の前に出て、天の全権と全能を相続して、本然の家庭を出発し、氏族と民族、国家、世界、天宙を取り戻してみ旨の完成世界を再編成するのです。

62 すべての男性は天使長の立場にいるので、すべての女性を返さなければならない立場に立つようになります。完成したエバである真の母の分身の立場に立った全女性は、真の母と一体となった条件でもって、真の父と一体となった条件を取り戻すことにより、真の父母の思想で息子、娘を教育しなければなりません。

  

◆ 真の父母の家庭と一体となって、創造理想の家庭を復帰しよう


63 このような教育を通して息子、娘が真の息子、娘となり、母と子が一体となることによって世の中の父を再教育し、再び真の父母の祝福を受けて接ぎ木する立場で、真の父母の家庭的道理を体得するようになるのです。

64 アダムとエバは家庭において堕落したので、復帰も家庭から成さなければなりません。

65 里、統、班を越えて家庭に定着しなければならないのです。ゆえに家庭で真の父母と出会わなければなりません。真の父母は個人の峠、国家の峠、世界の峠、天宙の峠を勝利的に越え、再び天宙から世界、国家を経て、家庭を救うために来られるのです。そのために準備されたのが今回の大会なのです。

66 去る四月十日の大会は、真の御父母様の世界大会であり、国家、道、市、郡大会、続いて面、里、班大会を経て、家庭にまで至らなければなりません。

67 「世界平和女性連合」の組織の責任者は、真の御父母様の家庭と一体となることで家庭復帰が可能になり、完成した勝利者となります。

68 そうして、それを氏族に連結させなければなりません。既に真の父母が全国と世界に氏族的メシヤを配置したので、彼らの教育を受けて一体となれば国家復帰も自然に可能になるのです。このようにして南北統一はもちろん、地上と天上の統一を成してこそ神様も解放され、初めて神様を中心とした太平の代を迎えるようになるのです。

69 新郎として来られた真の父のみ前に、真の母と全女性が共に新婦の立場に立ち、創造理想的家庭を成しましょう。

70 ぜひ、「世界平和連合」の会員となって祝福を受ける家庭となりますようにお願いいたします。ありがとうございました。




















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五 真の父母と成約時代

真の家庭と家庭盟誓
 


五 真の父母と成約時代



 この講演文は1993年5月から国連の総会議場、アメリカ議会、韓国の40大学を含む43カ国、115都市、また1994年3月、アメリカの九大学などで文鮮明先生御夫妻によって宣布されたみ言です。


1 尊敬する来賓、そして愛する大学生の皆さん! 最初に、この場に招いてくださった主催者側と、ここまで来てくださった皆さんに心から感謝を申し上げたいと思います。本人も、皆さんのような愛らしい子女を育てている母として、清い夢と高い理想をもって未来の歴史を創造しようと努力する皆さんの姿の前に、感動を受け、心から祝福を捧げたいと思います。

  

◆ 神様が被造世界を創造された目的


2 この世のすべての父母が子女に望むものがあるとすれば、それは子女が無事に育ち、幸福なほほえみの中で楽しく美しく生活することです。しかし、胸の痛いことに、今日私たちが暮らしているこの世界は、平和で幸福というよりも、葛藤と罪悪で満ちています。社会は、倫理道徳の退廃と家庭破綻から派生した数多くの問題に直面しています。それで、このような問題を解決するために多くの人々が努力してきましたが、いまだその解決方法を見つけることができないでいます。なぜでしょうか。

3 その理由は、私たちが苦痛と不幸の病状だけを見ているだけで、その根を見つけられずにいるからであり、さらには宇宙の根本であられる神様を知らなかったからです。

4 ゆえに、この根を探し出すためには、まず神様の創造目的を知らなければなりません。そして、今日私たちが生きているこの時代が神様の摂理歴史上、とても重要な転換期にあるということを理解しなければなりません。

5 神様が人類の最初の先祖となるアダムとエバを創造された理想とは、彼らがみ言に従って完成し、真の愛、真の生命、真の血統を備えた善の家庭を立てるところにありました。そのような理想的な善なる家庭は、家庭全体が神様の前に心情的に一つとなった土台の上においてのみ現れるのです。

6 知ってみれば、神様が被造世界を創造された目的は、愛の相対を探し立てることでした。父母と子供、夫と妻、そして世の中のあらゆる万象をすべてペアとして造られた目的は、真の愛を実現しようとするところにあったのです。ゆえに、父母は子供のために生きるようになっていて、その子供は父母のために生きるようになっているのです。また、夫は妻のために、そして妻は夫のために生きなければならないのです。

7 このようにすべての被造万物は互いのために生きなければならないのであり、相手に与えながら生きるように創造されました。

8 このように創造されたアダム家庭で、神様を中心とした真の愛の理想が成し遂げられていたならば、正にその家庭が天国の始発点となり、そのような天国家庭が歴史的な発展を経て、氏族、民族、国家、世界的に拡大されていたことでしょう。さらに、地上だけでなく霊界においてもそのような天国理想が成し遂げられていたことでしょう。このように、神様の愛の理想が完成していたならば、メシヤはもちろん、神様の救援摂理も必要はなかったはずです。そして、アダム家庭は一つの家庭にすぎませんが、その家庭がすなわち氏族、民族、国家、世界の中心になっていたことでしょう。

9 アダム家庭は、正に未来に生まれるすべての家庭と、神様の理想世界を実現するモデルでした。

10 ところが、神様がアダム家庭を中心として成し遂げようとされた真の家庭の理想と天国は、アダムとエバが堕落して原罪を犯し、神様から離れていくことによって成し遂げられなかったのです。

  

◆ 神様の救援摂理の目的


11 人類の先祖が堕落することによって、神様の救援摂理が始まりました。救援摂理歴史は、旧約時代、新約時代、そして今日の成約時代に至るまで、複雑で悲しい路程を経ながら、延長に延長を重ねながら流れてきました。堕落のゆえに、今日の世界も、神様が理想とされた善の世界とはあまりにも掛け離れた、罪悪と偽りに満ちあふれた利己的な愛のみが氾濫する世界となってしまいました。

12 これは、アダムとエバが、サタンを中心として利己的で偽りの愛を土台とした偽りの父母となったからです。彼らは悪を繁殖させ、偽りの家庭を成し、子孫に偽りの生命と偽りの血統を授けたのです。

13 ゆえに、神様の救援摂理の最も重要な目的は、神様の真の愛を中心として復帰されたアダムとエバを代表する一人の男性と一人の女性、すなわち真の父母を探し立てることであり、彼らを中心として真の家庭を成すことです。そのようになれば、その家庭を始発点として、真の氏族、真の国家、真の世界が広がっていくのです。言い換えれば、神様の真の愛、真の生命、真の血統として育つことができる種が創造されなければならないということです。

14 聖書を注意深く読んでみると、人間の堕落とは、アダム家庭全体を失ってしまう結果を招来したものだということを知ることができます。第一に、アダムとエバが堕落することによって理想的な父母の位置を失ってしまい、第二に、カインがアベルを殺害することによって理想的な子女の位置を喪失してしまいました。理想家庭を通じて完成した世界を成し遂げようとされた神様の計画が、崩れた結果となったのです。

15 したがって神様は、根本家庭を復帰するためにカインとアベルの位置を復帰し、真の母と真の父の位置を探し立てなければならないのです。また、これは、堕落の反対の経路を通じて摂理しなければなりません。

16 カインとアベルを和解させて一つにする類型こそ、真の父母を復帰する基台となっていて、これは、復帰摂理歴史を通じて一つの公式となっているのです。

17 ユダヤ教、キリスト教の歴史を詳しく調べてみれば、堕落した人類は、カインとアベルのような対立関係の分立歴史を繰り返してきています。神様は、堕落した人類を、サタンを象徴するカイン側と神様を象徴するアベル側に分立させ、その次にこれらを正しい位置で和合させることをもって堕落によって生じた憎悪を除去してこられました。

18 神様は、常にアベル側が先に打たれて犠牲となる作戦を使ってこられました。その結果として、アベル側は、自らが犠牲となったその基台の上でカイン側を包容し、長子に与えられた祝福まで復帰するようになるのです。

19 なぜなら神様の戦略戦術は、先に打たれ、あとから勝利することによって損害賠償まで受けるものであり、サタンの戦略戦術は先に打つのですが、最後には滅びるものだからです。

20 迫害というものは、敵の所有権を相続する神様のもう一つの戦略です。第一次、第二次世界大戦や思想戦を含んだ第三次大戦も、先に打ったほうが滅びました。統一教会は、このような神様の戦略戦術によって発展してきました。

21 救援の目的を中心に一番先を走る宗教は、常にサタンから激しい迫害を受けました。しかし、真の宗教は、そのような反対をものともせず、罪悪の世界を救援するために、絶え間ない犠牲の努力を尽くしながら、善の版図を広げてきました。

22 神様は、分立された二つの側が互いに争い、一方が勝利してもう一方が征服されることなく、和合することによって一つとなることを常に望まれています。そのように二つの側に分けられた例を挙げるなら、十字架上のイエス様を中心として、アベルの立場になった右側の強盗、カインの立場になった左側の強盗を挙げることができます。世界的に右翼(自由世界)と左翼(共産世界)を代表して最後の闘争を繰り広げている韓国と北朝鮮の対決がそれであり、さらには中東でのキリスト教とイスラム教の対決も挙げることができます。

23 したがって、神様の復帰歴史の中で最も問題となるのは、このように分けられた二つの側を、神様の理想を中心としていかにして再び一つに統一させ、真の母と真の父を探し立てることができるかということです。
 神様の復帰歴史は個人から始まる
24 大学生の皆さん! もし家庭が神様の真の愛の理想を中心として立っていなければ、家庭間に衝突が生じるようになります。神様の愛を絶対的に中心としなければ、結局その家庭は崩壊してしまうのです。さらには、そのような家庭が集まってできた国も、衰亡の道を歩むようになります。最初のアダム家庭が不倫をして利己的な愛の奴隷になったので、利己心と欲望は、個人、家庭、社会、国家、世界的な次元で人類歴史を常に汚してきたのです。

25 正にそのような理由から、神様の復帰歴史は個人から始まったのです。ところで、サタンもそれを知っているので、人間個々人の次元から集中攻撃をするのです。末世に処している今日、利己的な個人主義が普遍的生活様式になってしまっているのも、決して偶然ではありません。人々は日を増すごとに周囲から次第に疎外感を感じるようになり、彼らの属している国家、社会、そして甚だしくは自らの家庭に対しても責任感を感じなくなっています。離婚率が日に日に増加しているという事実は、夫婦が互いに結婚に対する責任感を感じていないという証拠であり、父母は、子供に責任をもとうとせず、個人は、自らに対する責任さえももとうとしないのです。

26 このような現象は、アメリカにおいて一九六〇年代の青年運動とともに現れ、次第に世界へと広がっていきました。理想を追い求める若者たちは、愛と平和を追求するからといって物質主義を排斥して立ちはしましたが、その過程で彼らは、物質だけでなく人間の道徳性や責任感までも捨ててしまいました。そして、自分たちの追求してきた愛と希望を見つけることができなくなるや、多くの若者たちは、自殺、麻薬中毒、フリーセックスへと陥ってしまいました。このような現象の中でも、神様の胸を最も痛めているのがフリーセックスです。

27 愛というものは、純粋な情緒の刺激から誘発されるべきものですが、フリーセックスは、純潔や真の愛の秩序とは全く関係のないものです。

28 ところで、神様のみ旨を成すために活動している人々は、これとは正反対の、一八〇度異なった人生を生きています。歴史を調べてみれば、自らの犠牲を甘受しながら霊的な価値を追求する道を歩んできた人々は、周囲から言葉に表せないほどの反対と迫害を受けてきました。

29 神様の愛と祝福が共になかったならば、統一教会も、世界的な反対の中で、今日のような発展を遂げることはできなかったはずです。統一教会が戦争の灰の山と化したこの地から無名の教会として出発し、たった三十八年間で今日世界的な宗教として登場したという事実、それ自体のみ見ても神様の絶え間ない導きと御加護があったことを知ることができます。

  

◆ 蕩減条件は必ず反対の経路を通じて立てるようになる


30 大学生の皆さん! 聖書を見れば、エバが最初に神様の命令に背き、サタンと関係を結んだとなっています。堕落によってエバはもちろん、アダムと彼の息子、カインとアベルまでも利己心と偽りの愛を中心としたサタンの血統を受け継ぐようになりました。このようにサタンによって本来の軌道から離脱した先祖、アダムとエバの後裔である私たち人類は、誰彼を問わずサタンの血統を受けて生まれました。ヨハネによる福音書第八章四十四節で、イエス様が「悪魔から出てきた者」としかられたのは、すなわちこのような理由によるのです。

31 旧約では、救援摂理歴史が「目には目を、歯には歯を」という公式に従って展開してきたものとして説明されています。「統一原理」では、このような過ちに対する償いを「蕩減条件を立てる」と表現しています。そして、蕩減条件は、必ず反対の経路を通じて立てるようになっています。

32 エバは、自らの堕落行為を反対の経路を経て再び正し、堕落のすべての段階段階を霊肉両面で復帰しなければなりません。それをするためには、エバは、次子アベルをして神様のみ旨に従うように協助しなければなりません。

  

◆ エサウとヤコブを通じた長子復帰摂理


33 私たちが創世記を読んでみると分かるように、神様は、アベルの捧げた祭物のみを受け取られ、カインの祭物は受け取られませんでした。これは、アベルがそのように期待してなったことではありませんでした。天のみ旨は、カインが、アベルを神様が選ばれた者として認め、彼と愛で一つになるところにありました。もし、この時にカインとアベルが一つとなっていたならば、堕落によって引き起こされた二つの問題のうち、後者は、その時に解決されていたはずですし、神様は、アダムとエバの問題だけを中心に役事することができたのです。

34 エバは、カインとアベルを一つにして、真の父母のための基台を造成しなければなりませんでしたが、生前にその使命を果たすことができませんでした。したがって神様は、復帰歴史を通じて、誰かほかの女性が現れて堕落したエバの代わりに蕩減を払うようになることを待ちました。

35 聖書は、イサクの夫人リベカを、神様の仕事をした偉大な女性のうちの一人として描写しています。リベカはエサウとヤコブの母として、イサク家庭でアダム家庭のエバと全く同じ立場に立っていました。しかし、リベカはエバとは反対に、神様の摂理を理解し、アベルの立場に立っている次子ヤコブを助け、本来は長子であるエサウに行くようになっていた祝福をヤコブが受けられるようにしたのです。当然自分に来るべき祝福が弟であるヤコブに行くや、エサウは、カインがアベルを殺害したようにヤコブを殺そうとしました。

36 しかし、この二人の兄弟は、母リベカの助けによって血を流すのではなく、反対に温かい兄弟愛をもって和解をしたのです。神様から見るとき、この劇的な和解こそ重要な勝利でした。しかし、それは完全な勝利とはなり得ませんでした。

  

◆ ペレヅとゼラを通じた血統転換


37 なぜならば、彼らの和解は血統転換の立場から見れば、どこまでも象徴的なものにしかなり得なかったからです。実体的な血統転換は、母のおなかの中から完成しなければなりません。正にここに、タマルを中心とした逆説的な事件が起きた理由があるのです。

38 リベカのように、タマルも堕落したエバの立場におかれていました。この点を理解すれば、イエス様がなぜ、タマルの血統を受け継いだユダの支派から生まれるようになったのかを理解することができます。

39 皆さんも、タマルの双子の息子にまつわる話を聖書で読んだことがあると思いますが、彼女は 舅 であるユダと同衾して双子の息子ペレヅとゼラを身ごもりました。聖書によれば、この二人の息子は、母の胎内から長子権をめぐって争ったと記録されています。

40 タマルの出産過程をよく見てみると、ゼラの手が先に出てきたので産婆がその手首に赤いひもを結んであげるや、再び母のおなかの中に入っていき、手首に赤いひもを結んでいないペレヅが先に生まれ、結果的に次子となるべきであったペレヅが長子の位置を占めるようになりました。このようにして、出生前の母胎からカインとアベルの位置が替わる摂理が成し遂げられたのです。

41 そして、正にその時に立てられた条件のゆえに、イスラエル民族がメシヤを迎えることができる選民国となったのです。

42 伝統的な道徳観から見れば、リベカとタマルにまつわる話は、多くの疑問を内包しています。そして、なぜ神様がそのような女性たちを祝福してくださったのかということは、今日までの神学界の謎となっています。

43 既に私たちが理解したように、神様はイエス様をこの地上に送られるために、その失われた血統をサタンから再び取り戻す準備作業が必要でした。そして、正にこの二人の女性の勝利こそ血統転換の勝利を意味し、イスラエルの勝利を意味しているのです。そして、このように探し立てられた真の愛の血統基盤の上にイスラエルの国が大きくなっていくのです。


 神様の完全なる直系の血統から生まれたイエス様
44 それからユダの血統は、子々孫々発展を重ねながら、氏族、民族、国家基準へと拡大していき、正にこの血統の中で二千年後、イスラエルに聖母マリヤが生まれました。マリヤは、家庭、氏族、国家基準までみ旨に合った蕩減条件を立て、長子権を復帰するためにカインとアベルを一つにつなぐ責任を負わなければなりませんでした。マリヤは神様の命令に従ってイエス様を懐妊しましたが、ほかの人の目から見るとき、彼女は父母と約婚者ヨセフを裏切った立場でした。

45 その当時は、女性であれば誰でも、もしほかの男性との間に子供を身ごもるようになれば、石で打ち殺すことがしきたりになっていました。しかし、アダムの立場にあったヨセフは、彼の約婚者であるマリヤを拒絶することなく、むしろ保護し、守ってあげました。

46 マリヤの信仰とリベカとタマルの貢献で、サタンは、マリヤの胎内に入っているイエス様に対する所有権を主張することができなくなりました。

47 イエス様は、神様の完全な直系の血統から生まれました。イエス様は、堕落した血統を善の血統へと転換させたのちに生まれた神様の最初の息子です。正にこのような理由により、神のひとり子として生まれたイエス様は、すべての聖人の中の聖人であり、真なる血統の先祖となります。

48 マリヤは、堕落したエバを復帰する位置にまで行かなければならない立場から、アベルの位置に立っていたイエス様と、カインの位置に立っていたイエス様のいとこ洗礼ヨハネを一つにしなければなりませんでした。この二人が一つになることは、イスラエルの国民たちとユダヤ教がイエス様をメシヤとして受け入れるための決定的な鍵でした。

  

◆ 洗礼ヨハネの使命


49 イエス様が弟子たちに言ったように、洗礼ヨハネの使命は「来られる主の道をまっすぐにするためにエリヤが先に来る」という旧約聖書の預言を成すことでした。ルカによる福音書にも、洗礼ヨハネはエリヤの権勢と使命をもってきたと書かれています。

50 しかし、洗礼ヨハネは、自分がエリヤであることを否認し、ヨルダン川でイエス様に洗礼を授けるとき、神様からはっきりと啓示を受けたにもかかわらず、イエス様がメシヤであることを疑いました。

51 その当時の人々の目に、洗礼ヨハネは宗教指導者として大きな尊敬を受ける人物である反面、イエス様は貧しい大工の家に生まれた私生児として映りました。今日でもイスラエルにはキリスト教徒が二・八パーセントにしかならないのに、その当時のユダヤ人たちが洗礼ヨハネの助けなくしてイエス様を信じて従うことは不可能なことでした。

52 したがってイエス様は、洗礼ヨハネが不信した状況で、自分がメシヤであることを自ら宣布していかなければならない難しい道を選択せざるを得ませんでした。洗礼ヨハネはイエス様を助けて、彼がイスラエルの宗教指導者として登場できるようにしてあげなければなりませんでした。

53 もし、その当時、洗礼ヨハネが使命を完遂していたならば、アベルの立場にあるユダヤ教とカインの立場にあるイスラエルがイエス様を中心として一つとなることができていたはずです。そして、そのようにさえなっていれば、その時に小羊の婚宴の基台ができ、イエス様は人類の真の父となり、新婦は人類の真の母となっていたことでしょう。

54 イエス様の祝福は七年以内、すなわち彼が四十歳になる前に世界的に急速に伝播され、アジアとローマまでも探し立てることができるようになっていたことでしょう。そして、究極的にはイエス様は彼の新婦と共に、個人天国、家庭天国、氏族天国、国家天国を成し遂げていたはずです。

55 しかし、このような栄華の夢は実現されずに終わってしまいました。宗教人と自任するユダヤ人と祭司長たちは、イエス様のみ言を拒否し、あげくの果てには十字架に追い込んでしまいました。イスラエルの不信に直面したイエス様は、人類のための霊的救援の道だけでも開いてあげるために十字架上に命を投げ出しました。しかし、霊肉両面の救援をすべて成し遂げるためには、イエス様は再び来られなければなりません。このような理由から、人間の心はイエス様を通じて神様のそばに行くことはできても、体はいまだ悪の誘惑圏内に属しているのです。

56 使徒パウロのような方も、肉身の欲望と心の欲望が互いに矛盾の中で葛藤を感じている点をおいて苦悩しました。成約時代の始まりとともに何よりも重要な問題は、私たちすべてが霊肉共に救援を受けなければならないということです。

  

◆ 第二次世界大戦と再臨主の顕現


57 イエス様が十字架上で亡くなられることによって左翼と右翼の闘争が始まりました。これはアダム家庭の堕落によってカインとアベルに分立しなければならなかったことと同じです。また、キリスト教とイスラム教が出現して争いを起こしたりもしました。イエス様が十字架上で亡くなられることによって引き起こされたこのような分立闘争は、イエス様が再臨されればすべて統一されることでしょう。

58 神様は、このようなイエス様の再臨を準備するところで、世界的なカインとアベルの成功的な和解を必要としました。第二次世界大戦の時に起きた一連の事件を中心として、このような摂理が展開されました。キリスト教圏を代表した英国・米国・フランスの連合国はアベルの位置に立ち、枢軸国であるドイツ・日本・イタリアは軍国主義の影響を受けてカインの位置に立っていました。

59 この戦争は、このようにカインとアベルの対決が世界的に拡大したことを意味しています。連合国が勝利したのち、キリスト教を中心として世界平和を具現するための大々的な努力がありました。

60 当時イギリスは世界的なエバ国の位置にあり、フランスとアメリカはそれぞれカイン国とアベル国の位置で、共に再臨主を迎えることができる準備を完了した状態にありました。

61 しかし、そのような準備にもかかわらず、神様の摂理はその当時に成し遂げることができませんでした。天を身代わりして神様のみ言をもってきた一人のお方がいたのですが、その方は言い表せないほどの迫害と世界的な無理解を受けてしまったのです。二千年前にイエス様が受けられた立場と全く同じでした。

62 イエス様の当時、イスラエル民族が天から火の車に乗って再臨するエリヤを待っていたように、キリスト教徒たちは再臨の主の顕現も、御自身が直接天から雲に乗って降臨されるものとして信じていたのです。

63 しかし、ヨハネの黙示録を見れば、イエス様は弟子のヨハネに御自身が「新しい名前をもってくる」とおっしゃられた一節があります。これはすなわち、エリヤが洗礼ヨハネとして顕現したように、イエス様も再臨する時には、ほかの人の姿をもって来られるということを意味するものでした。

64 神様は私の夫を選ばれ、韓国のキリスト教徒たちに新しい真理のみ言を伝えるようにされました。しかし、キリスト教界の指導者たちは、当時単なるみすぼらしい青年にすぎなかった私の夫がそのような新しい真理を伝えるために選ばれているかもしれないというその可能性を黙殺してしまいました。

65 新約時代は旧約時代の延長であるために、当時のユダヤ人たちがイエス様の権限を信じることができなかったように、韓国のキリスト教指導者たちも再臨主が人間の姿をもって地上に生まれるという事実を信じることができなかったのです。

66 もし、その当時のキリスト教と私の夫が一つになっていたならば、地上世界はもちろん、天上世界においてまでも天国が成し遂げられていたことでしょう。新約時代が終わった一九四五年から一九五二年までの七年間で、全世界が神様の摂理によって一つに統一されていたはずです。

67 しかし、その当時の宗教指導者たちは、私の夫と一つになるどころか、私の夫の教えを調べることもせず、盲目的に嫉妬し反対しました。それだけでなく、私の夫に対する淫乱と貪欲のルーマー(流言)まで捏造して広めたのです。

68 神様は、キリスト教を育てて発展させ、再臨主のための道を築かせるために、アメリカのようなキリスト教絶対圏の国家を育成しました。たとえ彼らが悟ることができなかったとしても、その当時、韓国の牧師たちは全世界のキリスト教を代表した位置に立っていました。

69 第二次大戦後、アメリカと世界のキリスト教が私の夫と一つとなることができなかったために、アメリカとキリスト教は、その時から斜陽の道をたどり始め、道徳的権威も失墜し始めたのです。

70 第二次大戦後、アメリカとキリスト教は、カインとアベルが一つとなった勝利的基台の上に立っていました。ゆえに、再臨主を迎える時が熟していたのです。しかし、彼らは再臨主を迎えるのに失敗し、つられて世界が私の夫の活動を反対しました。それにより私の夫は荒野へと追い出され、どん底まで落とされたのですが、再び上がってくるようになりました。

  

◆ 韓国動乱と冷戦の始まり


71 そして、韓国動乱と、併せて冷戦が始まりました。第二次世界大戦の時と同じように、再びカイン圏とアベル圏に分けられました。十字架上でイエス様を不信した左側の強盗のように神様を拒否する共産主義がカイン型の世界を代表して現れました。一方、神様の実存を信じる基盤の上に立てられたキリスト教民主主義は、イエス様の右側の強盗のようにアベル型の世界を代表するものです。再び来られる主は、神様のみ旨に従ってこの敵対関係にある二つの世界を一つにしなければなりません。その中心地が南北に分断された韓半島です。

72 ここでは蕩減原則に従って二人の父が対決しています。北側のカイン側の父(金日成主席)と南側のアベル側の父(文鮮明先生)が一つとなって神様を中心として世界平和の基地をつくらなければなりません。二人の父の統一は、共産と民主の統一だけでなく全世界の統一に関連しているのです。

73 国連十六カ国の参戦も、人類の祖国を統一するために成されたことです。第二次世界大戦の時には、キリスト教を中心とした英国・米国・フランスが中心でしたが、その失敗を復帰するために今度は統一教会の統一運動によって、民主世界を代表して再び選ばれたエバ国家・日本と、アベル国家・米国と、カイン国家・ドイツと、自由世界とが一体となって世界的なアダム国家である韓半島の統一を成し遂げなければなりません。

74 そして、人類始祖の堕落を蕩減するために、母であるエバは兄弟であるカインとアベルを再び生んであげなければなりません。それゆえに、日本が戦後五十年間、民団と朝総連をもっているのです。そのようなエバ国家・日本と、アベル国家・アメリカと、カイン国家・ドイツを中心として、この兄弟たちを一つにしなければなりません。さらにはアダム国家までも統一してアダムとエバ、カインとアベルの基準を国家的に蕩減して東洋文明圏と西洋文明圏を包容して世界平和を指向する太平洋文明圏を建設しなければなりません。

  

◆ 冷戦時代を終結するための真の父母の道


75 それで、韓国で生まれた私の夫は、統一教会を動員して、自由世界を象徴する右翼と共産世界を象徴する左翼との対決を終結させるために最善を尽くしてきました。また私たちは、ユダヤ教とキリスト教を身代わりした立場で、イスラム教徒との和解を促進することもしてきています。

76 この冷戦期間中、私の夫は、メシヤを迎えるための失われた基盤を探し立てるために、個人から家庭、氏族、国家、世界、そして天宙的次元まで、壁を突き崩すための闘いをしました。これをするためには、少なくとも四十年の歳月を必要としました。この四十年間で、私の夫は、イエス様誕生までの四千年歴史と、創世からの聖書歴史六千年を蕩減復帰したのです。

77 このような蕩減を払ったのちに、初めてカイン型国家とアベル型国家の和解を迎えるようになり、最終的に冷戦の終結をもたらすようになったのです。この課業は、ついに一九八八年、世界百六十カ国が参加したソウル・オリンピックと時を同じくし、韓国と統一教会により摂理的に完了しました。

78 振り返ってみれば、このことが北朝鮮と韓国が百六十番目と百六十一番目に国連に加入することができる条件となりました。

79 過去数十年の間、私の夫は言葉で表現できないほどの無理解の中で生きてきました。北朝鮮共産主義の治下で強制収容所に引っ張られていき、三年間も獄中の苦労をし、神様の仕事をしている中で無実の罪で六回も監獄生活をしました。その上、言論は、私の夫が「個人の利益のために若者たちを洗脳する悪魔のような者」であると悪評をまき散らしました。

80 「文鮮明牧師こそ、全世界的に最も多く迫害を受けた宗教指導者である」と言えば、皆さんの中で異議を唱える人はいますか。私の夫がいかに苦痛を受けてきたかを思うと、私の胸は張り裂けそうになります。しかし、私の夫は、「神様の摂理を遂行してきた方たちが受けた迫害に対して、神様がより深く理解されるならば」と言って、むしろ私を慰めてくれます。

81 旧約時代と新約時代を含めて、過去歴史上のすべての失敗を正すために、私の夫と私は、蕩減の道を歩んできました。

82 キリスト教文化を根として立てられたアメリカを新約時代に比喩するならば、韓国は旧約時代に比喩されます。それで最初の二十年間、私の夫は韓国で、イスラエルの国のような立場にある韓国と、ユダヤ教のような立場にある統一教会を中心として、旧約時代を蕩減する路程を歩みました。この基台の上で、私たちは一九六〇年、国家的な次元で真の父母の聖婚式を成しました。

83 その後一九七一年、私は夫と共にアメリカに渡りました。そしてその後二十年間、私たちはアメリカで新約時代を完成し、成約時代を出発するための蕩減路程を歩みました。その結果、私たちは神様を中心とした真の愛、真の生命、真の血統の根源となる真の父母の家庭を探し立てることができました。

84 大学生の皆さん! 今日、復帰摂理歴史の転換点で、真の母の位置にいる女性は、真の父を迎えることができる基盤を造成しなければなりません。キリスト教が新郎を迎えるのに最初に失敗したのち、神様の摂理は四十年延長し、一九九二年まで来ました。この期間、私は失われた世界的新約時代を探し立てるために、韓国、イギリス、アメリカ、フランス、日本、ドイツ、イタリアを一つにしようと祈祷しながら努力してきました。

85 そのようにして一九九二年四月、私の夫と「世界平和女性連合」を創設し、世界的に女性時代の到来を宣布しました。

86 その土台の上で、昨年(一九九二年)一年間、私は真の母の心情をもって、先に列挙した七カ国はもちろん、ロシアと中国、オセアニアまで訪ねていき、現地の女性たちを動員して「世界平和女性連合」の支部を創設しました。

87 このようなことを中心として、第二次世界大戦の時からカインとアベルの関係に分立されていた国々が真の母を迎え、戦後失われていた新婦の基台を復帰して真の父を迎えることができる基盤ができあがりました。このように勝利した世界的な基盤の上で、最初の真の父母となったことを宣布します。今、世界は成約時代へと入り、私たちは再び神様をお迎えして生きることができるようになりました。

88 このように歴史的な転換点に立っている私たちは、神様を中心として個人の心と体が統一されなければならない原理を世界的な次元で実践しなければなりません。このような目的を達成するために、私たちは世界平和を具現する二つの機構を創設しました。

89 その一つである「世界平和宗教連合」は、心の世界を代表する機構です。神様の愛を土台として、世界宗教を一つにつなぐという内的な使命を帯びている組織です。もう一つの「世界平和連合」は、体の世界を代表する機構であり、世界的な政治、経済、言論、学術、科学分野の指導者たちと共に、理想社会を建設する外的な使命を帯びています。この二つの世界的機構の結実は、完成のために本源的出発地である真の愛の家庭を訪ね求めていかなければなりません。

  

◆ 歴史的最初の真の家庭完成の宣布


90 神様の前で、縦的な観点から愛を説明するならば、アダムとエバは自分たちの内において子女の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛、このような四大愛を成熟させ、神様と直接関係を結んで生きるようになっていました。したがってアダムとエバは、本来神様の真の愛を中心として、四大心情圏、すなわち完成した子女、完成した兄弟、完成した夫婦、そして完成した父母の心情圏を経て完成した家庭を成さなければならなかったのです。

91 アダムとエバは家庭において標本とならなければなりません。子女たちは、父母となった彼らを理想的なモデルとして侍って生きなければなりません。子女たちは、父母が互いに愛し合って生きるのを手本として、兄弟姉妹間の友愛を学ぶであろうし、結婚した夫婦になっても、父母の愛を手本として理想的な夫婦間の愛を学んだはずです。最終的には彼らも子供を生み、彼らの父母が見せてくれた先例に従って、父母と子女が、兄弟と兄弟が、そして夫と妻が縦的、横的に一つとなった理想的な家庭を成し、地上はもちろん、天上においても天国を建設することができる基台を造成したことでしょう。

92 そのようにして神様を中心として、一つの先祖から生まれた世界のすべての家庭は、アダムとエバと全く同じ神聖なる価値をもつようになるのです。

93 主義と真理を追求する大学生の皆さん! 成約時代の開幕とともに、全世界的に、救援歴史を完成するメシヤの分身となる氏族的メシヤの時が来ました。皆さんの家庭を復帰し、さらには皆さんの氏族、地域社会、そして国家を復帰しなければなりません。このような使命を帯びた人々を「氏族的メシヤ」と呼びます。既に私たちは、数万組の氏族的メシヤ宣教師を全世界に派遣しました。遠からず、世界的な次元で理想的な家庭が立てられることでしょう。

94 成約時代は、母の役割が大変重要です。堕落した時とは正反対に、母と子供たちが一つとなって、夫を復帰し、真の父母の祝福を受けて神様の前に戻っていかなければなりません。

95 完成した家庭において、祖父母は、神様の善なる先祖を代表して王と女王の位置に立つようになり、父母は、現在の人類を代表して王と女王の位置に立つようになります。そして、子女は、未来の子孫を代表する位置で王子と王女の位置に立つようになります。

96 三代が一つとなるとき、過去・現在・未来が共に仲むつまじく暮らすようになり、過去から新しい歴史的伝統が出発するようになります。
 成約時代の開幕
97 大学生の皆さん! 私は、歴史的最初の真の家庭の完成を皆さんの前で宣布することができ、本当に誇らしく思います。本人と私の夫は、十三名の子女と、そして二十名の孫たちと共に、神様と人類のために絶対的な信念をもって献身しています。三代が一つの家庭で共に暮らしながら、私たちは、家庭的次元で聖書に言及されている命の木の中心の根(祖父母)、中心の幹(父母)、そして中心の芽(子女)を確立しました。

98 皆さんも、この命の木に接ぎ木され、共に理想国家と理想世界を建設するところで先頭に立って進んでいきましょう。これが正に成約時代の開幕を意味するものです。

99 成約時代は神様をお迎えして共に生きる時代です。これを悟った私たちは、心と体、父母と子女、そして夫と妻が一つとならなければなりません。そのようにしてこそ、私たちは神様の愛を中心とした理想家庭を成すことができます。

100 神様は生きて役事されていらっしゃいます。神様の人類に対する根本理想は、絶対的であり、不変です。このような神様の理想を実現し、神様の恨を解いてさしあげることが私たちの宿命です。

101 民族と世界の希望である大学生の皆さん! 分断された祖国を再び一つにし、自由と平和の統一祖国と希望にあふれた平和世界を創建するために、神様の真の愛を中心として進んでいきましょう。愛と理想があふれる二十一世紀、新世界に向かって真の父母の基盤に乗り、人類を救援する真の愛の先駆者となりましょう。

102 若さと知性と良心を所有した大学生の皆さんが心の扉を開いて、深い心情からこの真のメッセージを受け入れてくれることを願いつつ、皆さんすべてがこの神聖なみ旨を奉じ、さらには神様の祝福を受ける子女たちとなりましょう。

103 神様の大いなる祝福が皆さんと皆さんの家庭、そして皆さんの大学と我が国に共にあるよう祈ります。大変ありがとうございました。

















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第二章 救援摂理史の原理観

真の家庭と家庭盟誓
 


第二章 救援摂理史の原理観



一 救援摂理史の原理観



 この講演文は、1996年9月、世界22カ国43都市で開催された「世界平和家庭連合」結成大会と1997年3月韓国の22主要都市で開かれた韓国真の家庭実践指導者大会で宣布されたみ言です。


1 尊敬する御来賓、「世界平和家庭連合」の会員、そして紳士淑女の皆様!

2 新緑の季節八月を送り、既に五穀が実る天高く馬肥ゆる豊かな結実の季節、秋の初めに、私たちすべてが顔を向かい合わせて座り、自らを確立してみる時が来ました。このような時に、私はきょう、各界の高名なる指導者の皆様と共に、人間の生命の揺籃であり、平和世界の礎石たる真の家庭に関して共にお話を分かち合えることを無限の喜びと考えます。きょうのこの集いが未来に健全な家庭と平和世界を築く貴い動機となるようにお願いします。

3 神様は絶対者であられ、唯一、不変、永遠であられるお方です。そのみ旨も同じなのです。もし人間始祖アダム、エバが神様の愛で一体になったなら、万事は完全、完成なのです。ですから、神様の出発、目的とその過程も、そして原因と結果とその方向も絶対的なのです。人間始祖アダム、エバは無知から堕落し、混沌に陥りました。個人的な無知と混沌から、家庭、国家、世界的無知と混沌に陥るようになりました。

4 この堕落圏を逃れるためのものが宗教と救援摂理の努力なのです。終わりの日にメシヤが来て、神側で見る唯一、絶対、永遠、不変なる原因と方向と結果をはっきり教えてあげ、無知と混沌世界を清算して本然の神様の懐に帰るべきなのが、み旨の完成です。そのようにならなければ、終わりの日に、すべての宗教も、主義や思想も、国家も、みな滅びるようになるのです。今、私たち人類はわずか数年で二十一世紀を迎え、二〇〇〇年代の新しい歴史時代に差し掛かります。このような重大な時点で、私はきょう、「救援摂理史の原理観」を主題として話し、新しい時代を準備する私たちの心を確認しようと思います。

  

◆ 真の愛は経験を通して得られる


5 創造主と人間との真の愛を中心とした完全、完成を願う神様は、人間と一体となる条件が必要でした。それで、神様は人間始祖に下さる戒めが必要だったのです。人間が成長期間を育っていく未完成段階にいたことを御存じで、神様は子女である人間に最も貴い真の愛を相続させてあげようとなさる条件が、戒めでした。本来、真の愛は経験を通して得て、体恤を通して分かるようになっていました。真の愛は言葉や文字、あるいは一般教育を通して体得できるものではありません。生活を通してのみ、完全に体得するのです。

6 赤ん坊として造られたアダムとエバは成長しながら、段階的に生活を通して経験をすることによって、真なる子女の心情、真なる兄弟の心情、真なる夫婦の心情、真なる父母の心情を体恤することによって完成するようになっています。神様の真の愛を全体的に体得するとき、初めて創造目的を完成した理想的な人間になるのです。

7 人は自分の愛する相対が、自分より何千万倍、いや無限大の価値的存在として生まれることを願います。このように神様も、御自身が愛する相対である人間が、無限なる価値的存在になることを願われるのです。人間が完成すれば神性をもち、天の父が完全であられるように、完全で神的な価値をもつのです。神様は絶対者であられますが、真の愛の理想は一人では成されません。愛の理想は必ず相対を要求するからです。

8 私たちはここで、神様の真の愛と人間の真の愛の出発と完成が互いにいかなる連関をもっているかを知らなければなりません。もし、神様が真の愛の絶対的な対象として人間を立てずに、ほかの方法を通して御自身の真の愛の出発と完成を成そうとされたなら、どのようになったでしょうか。

9 神様と人間の真の愛の理想は、各々動機が異なり、二つの愛の方向と目的は異なるしかなくなります。もしそうなるなら、神様の愛の理想は人間より上位の、またほかの愛の対象を立てて成さなければならず、一方で人間の愛の理想は神様と直接的な関係をもてなくなってしまいます。

10 真の愛の主体者であられる神様は、その真の愛の相対として人間を立てました。神様の愛の理想は、人間を通してのみ完成されるのです。神様の創造目的は、神人愛一体の絶対的愛の理想世界です。人間は神様の最高最善の愛の対象として造られました。それゆえに、人間は創造物の中で唯一、神様の実体を身につけた対象なのです。無形の神様の前に、見える体として生まれました。人間は完成すれば神様の宮になります。神様が自由に、また平安にいつも入ってきて、住まわれることのできる有形の実体です。神様の絶対的な真の愛の全体的な理想は、人間を通して父母と息子の縦的関係で実現、完成します。

  

◆ 神様の創造が必要な理由


11 神様は御自身の体としてアダムを先に造りました。アダムは神様の息子であると同時に、体をもった神様自身でもあります。その次に、アダムの相対者としてエバを造って、横的な愛、すなわち夫婦の愛の理想を完成しようとしました。エバは神様の娘であると同時に、神様の横的愛の理想を実体で完成すべき新婦でもあったのです。

12 アダムとエバが完成して神様の祝福のもとで結婚し、初愛を結ぶその場は、すなわち神様が実体の新婦を迎える場なのです。アダムとエバの夫婦の愛の理想が横的に結実するその場に、神様の絶対愛の理想が縦的に臨在、同参なさることによって、神様の真の愛と人間の真の愛が一点から縦横の基点を中心として出発し、一点で結実完成するようになるのです。神様の創造は必然でした。目的のない創造は考えることができません。

13 神様において創造が必要であった理由は、ただ一つ、真の愛の理想でした。最も簡単で低級な被造物から人間に至るまで、各々主体と対象、陽性と陰性のカップルで展開なさった理由も、愛の理想のもとで相対関係を形成するためなのです。創造物の愛の理想と神様の究極的な愛の理想は別個ではありません。人間世界の男性と女性の愛の完成を通して、神様の絶対愛が完成するようになさったのが、創造原理です。

14 初めに人間をアダムとエバ、一男一女として創造なさった理由もここにあります。神様の創造目的はアダムとエバが真の愛の主体であられる神様の戒めを守って真の人として完成することです。さらには神様の真の愛で一つとなった真なる夫婦になるのです。また、彼らがその真の愛の中で息子、娘をもち、幸福に豊かに暮らすことのできる真の父母になることです。アダムとエバが真の愛で完成することは、正に神様が実体を身にまとう願いが成就するのです。そして、彼らが真なる夫婦として完成することは、正に神様の絶対的な愛の理想の完成を意味します。

15 次に、アダムとエバが善なる子女をもって真の父母になることは、正に神様が永存の父母の位を実体的に確定し、また神様が人間の血統を通して子々孫々を繁栄なさることによって、天上天国の市民を無限にされたかった理想を成就なさろうとされたのです。

16 ところが、人間始祖アダムとエバは堕落してしまいました。エデンから追われるとき、彼らは子女を抱えていませんでした。神様が追い出したアダムとエバをエデンの外まで訪ねていって祝福し、結婚式をしてあげられたはずは絶対にありません。全人類は神様の愛と関係なく繁殖した、追い出された先祖の後孫です。

  

◆ アダムとエバの堕落は不倫から始まった


17 満場の御来賓の皆様! 人類の堕落が木の実を取って食べた結果であり得るでしょうか。アダムとエバの堕落は神様の真の愛の理想に背いた不倫の犯罪です。守るべき戒めが必要だった堕落前のアダムとエバは、未完成段階、すなわち成長期間で堕落してしまいました。蛇で表示された天使長の誘いを受け、エバが霊的に堕落し、そのエバがアダムを誘って(時ならぬ時に善悪を知る木の実を取って食べる)肉的な堕落をしてしまったのです。

18 本然の園で神様と対話しながら、楽しくはしゃぎ回って暮らしていたアダムとエバが、死ぬことまでも顧みないで犯し得る可能性のある犯罪は、間違った愛の犯罪しかないのです。人類の先祖の初愛の結合は、神様自身の愛の完成でもあったので、当然、神様もアダムとエバも宇宙万象も、歴史を通して歓喜と祝福の中に酔う幸福な宴の連続でなければなりません。神様の愛と生命と血統が人間の中で出発しながら定着する幸福な儀式でなければなりません。

19 ところが、彼らは下半身を覆い、木の後ろに隠れて、不安に震えました。天道に逆らう偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統の根源をつくった不倫の関係を結んだからです。堕落したアダムとエバの後孫である全人類は、子々孫々、生まれる時から原罪があるようになりました。

20 人類が個体の中に心と体の衝突を矛盾として感じるのも堕落に根源があり、愛の秩序が紊乱した社会の中で、本心が願わない生を生きていくのも、すべてここに由来しました。愛の理想を中心として見るとき、動植物の世界では、その愛の関係がすべて繁殖を前提にして初めて成されます。

21 しかし、人間だけはその例外です。人間は夫婦の愛の関係を自由に享受します。これが万物の霊長たる特権です。神様は息子、娘である人間が無限なる愛の喜びをもつように祝福しました。神様が許諾した真なる自由は、責任性を前提とします。もし、責任性なしに個々人が愛の自由だけを主張し、実践するなら、どれほど大きな混乱と破局が来るでしょうか。至高なる愛の理想を求める人間は、愛に対する責任性をもつときに完成が可能なのです。

  

◆ 愛の責任性は三つ


22 その責任性は次の三つとして考えることができます。第一に、人間は愛の自由を下さった神様に感謝しながら、自己修練、自己管理で自由な真の愛の主体者になる責任です。人において愛の責任性は、法や世間体ゆえに守られるものではなく、神様との生命的縦的関係の中で自己主管、自己決断で守られるのです。

23 第二に、相対に対する責任性です。人間は本性的に自らの相対の、自分に対する愛が分けられることを願いません。夫婦間の横的な愛の関係は、父母と子供の間の縦的な愛の関係と異なり、分けられればもはやその完全性が破壊されます。これは夫婦間で絶対的な愛の一体を成すようになっている創造原理ゆえです。人は絶対に自分の相対のために生きるべき愛の責任性があります。

24 第三に、子女に対する愛の責任性です。子女たちの誇りと幸福の基地は父母の愛です。子女たちは真の愛で和合一体化した父母を通して生命が生まれ、そのような愛の中で養育されることを願います。父母の子女に対する最も貴い責任は、外的な養育だけではなく、彼らの霊性を完全にしてあげる真の愛の生命的な要素を提供することです。家庭が貴い理由はこのためです。生活的な経験を通して体得する真なる子女の心情、兄弟の心情、夫婦の心情、父母の心情は真なる家庭以外、そのどこでも得ることはできません。アダムとエバが神様を中心とした真の愛の夫婦となれば、神様は理想どおりに、御自身の実体であるアダムの体の中にいまし給いながら、エバを愛されるようになるのです。

25 さらには、アダムとエバは神様の実体をまとった真の父母となって、善なる愛、善なる生命、善なる血統の出発となったことでしょう。ところが、堕落によってアダムとエバはサタンの実体となって、悪なる夫婦、悪なる父母、悪なる先祖となってしまいました。彼らの結合は悪なる愛と悪なる生命と悪なる血統の根となってしまったのです。人類はすべてこの根に根源をおいたので、生まれるときからすべてが、神様の怨讐であり姦夫であるサタンの後孫になり、悪なる父母の血統を受け継ぐようになってしまったのです。

26 人類の先祖の堕落で真の愛の理想が崩れたとき、神様の苦痛がどれほど大きかったでしょうか。神様の子女になるべき人間たちが、本来の父母である御自身が分からず、むしろサタンに仕えるのに、神様は救援歴史をしてこられたのです。

27 絶対的な神様の創造理想も絶対的であるので、悲しい救援歴史をなさるしかありませんでした。神様の救援摂理は、失った真の愛の創造目的を再び回復する復帰摂理です。ですから、救援摂理は再創造摂理でもあります。このような点で、復帰摂理の根本は、どうすれば創造理想を完成する人間の種、本然の赤ん坊の種を見いだせるかにあるようになります。

28 神様が一番嫌う姦夫であるサタンの偽りの愛から由来した生命と血統を、清算しなければなりません。神様の真の愛と生命と血統と一体になった救世主、真の父母を、どのようにして生まれさせるかということです。人間始祖が自分の責任分担を完遂できず、不倫なる血統関係を結んでサタンの主管を受けるようになったので、神様が直接立って原状回復させることができないのです。神様は天使長側に回った人類を、条件なしに善なる立場から選ぶことも、打つこともできないのです。神様は善なる天使長的中心人物を立て、先に打たれながら蕩減条件を立てるようにして、奪ってくる作戦をしてこられました。しかし、サタンは先に打ち、奪われる立場になりました。第一次、第二次、第三次世界大戦はその例になります。先に打った側が滅びました。

  

◆ 長子権復帰のための神様の摂理


29 復帰摂理を概観すれば、母子協助の基盤が重要でした。ヤコブの時、モーセの時、イエス様の時、皆そうでした。堕落の張本人であるエバの代わりに責任を果たすお母さんを立て、次子と母子協助をしながら、サタンの血統と生命を分立させるための摂理が存在してきたからです。神様は、堕落によって人類を先に占有したサタンと血縁的に直結した長子に、直接対することはおできになりません。神様は善側を代表する次子を相対として条件を立たせ、悪側を代表する長子を屈服させることで、善なる血統を復帰してこられました。

30 アダム家庭で、神様は次子アベルを立てて長子カインを屈服させようという摂理をなさいました。堕落した母親ですが、そのエバによる兄弟を一つにしようとする努力がありましたが、結局はカインがアベルを殺害することによって、救援摂理は終結を見ることができず、延長し始めたのです。ノアの時も母子協助の基準はありましたが、本格的な母子協助の基準はリベカ、ヤコブの時からです。

31 人類の堕落はアダム、エバ、天使長、このように三つの存在によって引き起こされました。天使長がエバを誘って霊的堕落をし、その次に堕落したエバがアダムを誘って肉的堕落をすることによって、神様を裏切ったのです。堕落した天使長がサタンになりました。救援摂理は復帰摂理であり、復帰の原則は一八〇度反対の道を通してなされるのです。真の愛と生命の種をもったアダムを失った神様は、サタンの讒訴条件がない新しい種をもった息子を探し立てなければなりません。

32 創造の時アダムを先につくったように、再創造摂理である復帰摂理も、堕落と無関係な息子を先に立てなければならないのです。これがメシヤ思想の根本です。メシヤは、サタンの主管下にいる堕落した血統をもった人たちの生命を否定し、新しい生命の種を接ぎ木してあげるために来られる真の人であられます。

33 根は神様に置きましたが、後のアダムとして来て、アダムによって引き起こされたものを清算しなければならないメシヤです。神様が、能力だけで役事する超人を、メシヤとして送ることのできない事情が正にここにあるのです。

34 この地に神様の愛と生命の種をもって生まれる息子のために、先にお母さんがいなければなりません。お母さんが息子を産むにしても、ただそのまま産むことはできないのです。必ず、復帰の公式を通して産まなければならないのです。

35 復帰摂理の中に現れた母子協助は、すべてが天の息子がサタンの讒訴を免れた新しい生命の種をもって着地するための準備であり、条件なのです。母子共にサタンの攻撃を免れることのできる条件を立てた土台の上で、サタンを代表する長子を屈服させることにより、サタンが先に占有した愛と生命と血統を復帰してこられたのです。神様の摂理の歴史を記録した聖書の中に、理解することのできない記録がたくさんあります。

36 リベカが夫のイサクと長子のエサウをだまし、次子ヤコブを助けて彼に祝福を受けさせました。神様は一見不当に見える方法を用いたこの母子の側に立たれて、彼らを祝福し続けられました。アダムの家庭では、カインとアベルの兄弟が胎外で争って、次子のアベルがかえって殺されました。

  

◆ タマルの信仰


37 ヤコブは、アベル以後、善の側に立った多くの人の犠牲と蕩減条件の基台の上に立ったので、先に占有したサタンに追いついて、双子の兄であるエサウを相手にするようになったのです。結果的にヤコブは、ヤボク川で天使を屈服させる霊的勝利の条件と、実体の天使長の体であるエサウを屈服させることによって、歴史始まって以来、初めて勝利したというイスラエルの祝福を受けるようになりました。

38 しかし、その時は既に歳が四十代でした。サタンの偽りの愛の種がエバの胎中に蒔かれて悪の生命が生まれたので、神様は母の胎中まで入っていって分別しておかなくては、天の息子が胎中で誕生することができないのです。ですから、ヤコブの勝利によっても、まだ分別されていない妊娠から四十代までの期間も、サタンの分立がなされなければなりません。

39 結果的にこの責任を任された偉大な母がタマルです。タマルはユダの長男のエルと結婚しましたが、エルは神様にふさわしい人ではなかったので死んでしまいました。当時の慣例に従い、ユダは次子のオナンをタマルに与えて子供を産むようにしましたが、オナンは生まれる子供が自分のものにならないことを知り、精子を地に流しました。これが神様の前に罪となってオナンも死んでしまいます。

40 タマルはユダの三番目の息子のシラと一緒になろうとしましたが、ユダはシラをタマルに与えませんでした。タマルによって二人の息子たちが死んだと考えたユダは、シラまで死んで家系が絶たれることを心配したからです。タマルは選民の血統を続けなければという一念から、売春婦に変装して、 舅 であるユダを迎え、双子の赤ん坊を身ごもりました。赤ん坊たちが生まれる時、先に手を突き出して出ようとした長子の赤ん坊が再び入り、弟になるべき次子の赤ん坊が兄になって先に生まれたのですが、彼がペレヅです。

41 タマルの胎中で長子と次子が争って、分立される胎中復帰がなされたのです。このような条件の上に、選民の血族を集め、二千年後にローマ帝国の国家基準に対峙するイスラエルの国家的土台の上に、メシヤを身ごもることができたのです。神様の息子の種が準備された母親の胎中に、サタンの讒訴のない立場を探すことができるようになった国家的勝利の土台が造成されたのです。このような基盤の上に、聖母マリヤが摂理の主流に登場するのです。

  

◆ イエス様の誕生と氏族の責任


42 ヨセフと婚約したマリヤは、自分の身を通してメシヤが生まれるという(ルカ一・三一)ガブリエル天使長の驚くべきメッセージを受けました。処女の立場で赤ん坊を身ごもれば、死ぬしかないという当時の規則でしたが、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」(ルカ一・三八)と言いながら、絶対信仰で神様のみ意を受け止めました。マリヤは親族であり、尊敬される大祭司長のザカリヤに相談しました。

43 ザカリヤの家庭では、その夫人のエリサベツが神様の能力によって、妊娠した洗礼ヨハネを胎中に身ごもったまま、マリヤに対して「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう」(ルカ一・四二、四三)とイエス様の懐胎を証しました。このように神様はマリヤとザカリヤとエリサベツをして、メシヤの誕生を一番先に知らせました。彼らはイエス様によく侍り、神様のみ旨によく従わなければならない重大な使命をもった者たちでした。ザカリヤ夫婦はマリヤを自分たちの家にとどまらせました。

44 イエス様をザカリヤの家庭で懐胎しました。エリサベツとマリヤの間柄は母親側のいとこの関係でしたが、摂理上では、姉(カイン)と妹(アベル)の関係でした。ザカリヤの前でエリサベツの助けを受けたマリヤは、レアとラケルがヤコブの家庭で母子が一体になれなかったのを、国家的基準でザカリヤ家庭を通して蕩減する条件まで立てながら、イエス様を誕生させなければなりませんでした。

45 歴史始まって以来、初めて神様の息子の種、真の父となるべき種が、準備された母の胎中に、サタンの讒訴条件なく着地したのです。それによって、地上に初めて、神様の初愛を独占することのできるひとり子が誕生するようになったのです。

46 当時の法によって、容認されるはずもなく、また、常識でも考えることのできないことを、マリヤが成し遂げなければなりませんでした。三人が全部霊的に感動したし、神様から来た啓示に従い、それが神様のみ旨であり、願いであることを無条件に信じ従わなければならなかったためでした。神様の息子はたとえ着地したといっても、サタンの世界の中で無事に育ってみ旨を成し遂げるためには、保護されるべき囲いが必要なのです。神様はザカリヤの家庭の三人に、その基盤となってくれることを期待されました。三人が神様の息子を保護し、侍ることにどのように専念し、どれだけ長い間一つになったかについては、考えるべき点がたくさんあります。

47 聖書には「マリヤは、エリサベツのところに三か月ほど滞在してから、家に帰った」(ルカ一・五六)と記録してあります。その後、聖書で見る限り、マリヤとエリサベツとザカリヤは互いに行き来した記録がありません。ここからマリヤとイエス様の困難が始まります。ザカリヤ家庭は、最後までイエス様の囲いにならなければなりませんでした。少し過ぎて、ヨセフはマリヤが子供を妊娠した事実を知るようになります。

48 この時、彼の衝撃がどれほど大きかったでしょうか。愛する婚約者のマリヤが自分とは何の関係もない状態で、三カ月間どこかへ行って帰ってきた時には子供を妊娠していたのですから、ヨセフがマリヤに、胎内に誰の赤ん坊を身ごもっているのかを追及するのは当然なことでした。

49 その時、もしマリヤが正直に話してしまったなら、どんなことが起こったでしょうか。もし明らかにした場合には一族が滅亡するようになるのです。ですから、マリヤはただ「聖霊によって懐胎した」とだけ話したのです。マリヤのおなかが膨らんできて、周囲の人たちも妊娠したことが分かるようになりました。その時、ヨセフが自分は知らないことだと言ったならば、また、どうなったでしょうか。ヨセフは神様の啓示を信じ、妊娠が自身の責任であると擁護した義人でした。

50 これによってマリヤは、婚約期に妊娠したという嘲笑は浴びたとしても、石を受けて死ぬことはなかったのです。マリヤを愛したヨセフは、初めはこのようにマリヤを守ってあげました。しかし、ヨセフの心の底には苦悶がたくさんありました。

51 特に、生まれたイエス様を見つめるヨセフは、その父親に対する疑問と関連し、心の中の苦痛を頻繁に経験するようになりました。イエス様が大きくなると同時に、ヨセフとの関係において心情的な距離が生まれるようになり、このことによって、家庭に頻繁に紛争が起こったことは間違いのない事実です。こうしてイエス様は私生児の立場で、ザカリヤ家庭の保護も受けられず、また、ヨセフとも難しい条件で、心情的に途方もなく寂しい立場で育ちました。メシヤの道を自覚するようになったイエス様は、孤独な事情が神様のみ旨を成すにおいて深刻な障害の要因であることを、独りもどかしく思いました。

  

◆ イエス様に絶対的に侍っていてこそ


52 メシヤは真の父母であり、その使命のためには実体の新婦をお迎えにならなければなりません。天使長がアダムと兄妹のように育ったエバを、偽りの愛で堕落させた立場を、根本的に復帰すべきイエス様であられます。したがって、アダムを身代わりして神様の息子として来られたイエス様は、天使長型の妹を妻として迎えなければなりません。彼女がまさしくザカリヤの娘、洗礼ヨハネの妹なのです。サタンの権勢が主人の役割をする世の中で、このことが成されるためには、絶対的な信仰によって形成された保護基台がなければなりません。不幸にもイエス様の周辺では、このような基台が皆崩れてしまいました。

53 もし、ザカリヤとエリサベツが神様の啓示と霊的な恩恵のもとで、初めにもった絶対的な信仰をもち続けていたなら、状況は全然違っていたことでしょう。彼らが責任を果たしたならば、マリヤは三カ月後にその家を出たとしても、継続的に彼らと行き来し、相談したはずです。

54 ザカリヤ家庭は、イエス様の誕生ののちにも、地を代表して最も先頭に立ってメシヤを保護し侍りながら、証すべき人々として神様が選んだ家庭です。彼らは、イエス様を神様の息子として、メシヤとして、この上ない精誠を込めて侍るだけでなく、さらにまた、イエス様を通して神様のみ旨を受け、絶対的に従ったはずでした。

55 また、イエス様のために生まれた洗礼ヨハネだったので、彼が悔い改めさせた民たちをして、イエス様を信じ救われるように導く責任を果たしたはずです。しかし、不幸にも、ザカリヤも、エリサベツも、洗礼ヨハネも、イエス様を神様の息子として証しただけであって、侍り従った実績は何一つありませんでした。

56 尊敬される祭司長のザカリヤが傍観し、洗礼ヨハネがイエス様と無関係な立場に立つようになることにより、かえってイエス様の行く道を難しくしてしまいました。民たちが従うことができないようにしてしまいました。ましてや、彼らが信仰を失い、人間的な考えに流れたときに、イエス様が願われた、新婦を迎えることを助けるはずは絶対になかったのです。次に考えるべき点は、ヨセフとマリヤの関係がイエス様に及ぼした影響です。

57 マリヤはエバとタマルを蕩減復帰すべき立場なので、ヨセフとは婚約関係を保たなければなりませんでした。しかし、摂理的に見れば、彼らの関係は夫婦ではあり得ません。ですから、彼らはイエス様が誕生する時まではもちろん、そののちにも性関係を結んではならないのが神様の願いでした。ヨセフはマリヤに対して、イエス誕生ののちにもずっと愛の心をもち続けました。マリヤはヨセフと別れ、イエス様を神様の息子として育てたい気持ちがあったはずです。しかし、現実は、それを簡単には許しませんでした。本心では駄目だと思いながら、マリヤはヨセフと性的関係を結ぶようになって子女をもつことにより、エバの失敗を反復した結果となってしまいました。

58 サタンはこれを条件として、彼らに侵入するようになりました。イエス一人を残して、すべてサタンの主管下に入っていった結果となったのです。イエスを守るべき父親も、母親も、アベル側の兄弟(洗礼ヨハネとその兄弟)も、カイン側の兄弟(ヨセフの子女)もすべてサタン側になってしまいました。人がサタンの侵入を受ければ、もはや霊的に受けた恩恵と感動を失ってしまいます。神様に対する確信と感謝を失うようになります。すべてのものを人間的に考えるようになります。

59 これによりマリヤまで、イエス様が願われる結婚を助けられず、かえって反対してしまったのです。これが、イエス様が新婦を迎えられず、そして真の父母になれず、十字架の道を行かざるを得なかった直接的な原因になったのです。カナの婚姻の宴で、イエス様がマリヤに「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか」(ヨハネ二・四)と言ったのも、最も貴い摂理の要請であるイエス様の新婦を迎える仕事をなおざりにし、遠い親戚の婚姻の宴を手伝おうとするマリヤを責めた心情が表出されたものです。「わたしの母とは、だれのことか。わたしの兄弟とは、だれのことか」(マタイ一二・四八)と言われたみ言も、このような基準から理解しなければなりません。

60 イエス様は、母マリヤからも、ザカリヤ、エリサベツからも反対され、最後に洗礼ヨハネからも反対され、肉親の保護を受けながら使命を完遂することを断念するしかありませんでした。新しく霊的基盤を探して、再び復帰摂理をなさろうと出発したのがイエスの出家でした。出家したイエス様は行く所がありませんでした。「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイ八・二〇)と嘆息されました。

61 親族の基盤を失ったイエス様は、それに代わることのできる基盤を探しに出掛けたのです。これがイエス様の三年路程でした。しかし、民族が不信し、弟子たちの信仰が弱くなって、サタンの侵入を受けてしまったので、イエス様の基台は崩れ、十字架の道に行かれるしかありませんでした。本来、イエス様はメシヤとして地上に来て、弟子たちと万民を祝福され、罪のない天国を築かなければなりませんでした。ところが、不信されて新婦を迎えられなかったので、真の父母になれず、その使命を完遂することができませんでした。それゆえ、再臨することを約束されました。

62 きょう、このようにイエス様とマリヤに関する内容を詳細に明らかにするのは、これまで既存のカトリックとプロテスタントの反対がたくさんありましたが、聖書でいうように「地上でつなぐことは、天でもつながれ、地上で解くことは、天でも解かれるであろう」という真理のとおり、イエス様とマリヤを解放させてあげるためなのです。

63 再臨主はイエス様が果たせなかった神様の復帰摂理の根本を完成するために来られます。すなわち、創造理想を完成すべき真なる本然の赤ん坊の種として来て、神様の真の愛、真の生命、真の血統の根源になる真の父母の理想を完成するために来られます。彼は、既にイエスの時まで神側が勝利した根本基台の上に臨在されます。

64 すなわち、イエス様が大人になられる時までの勝利的な基盤の上に正しく立たれて、彼が果たせなかった新婦を探し出し、真の父母になられ、万民を救ってくださるのです。それゆえ、真の父母は血統を伝授する新しい結婚行事を通じ、全人類をして、神様の真の愛、真の生命、真の血統に接ぎ木して、真の人として救援し、さらには真なる家庭を成して地上天国を建設なさるのです。

  

◆ 国際合同結婚式の意義


65 それゆえ、再臨主は肉身をもって来られて、新しい血統関係を編成しようとするのであり、これが国際合同結婚式なのです。アダム一家庭で失われたものを世界大家庭圏で蕩減することにより、アダム家庭で完成すべき真の長子権、真の父母権、真の王圏を取り戻し、神様が主管なさる地上天国へと転換し、天上天国に入籍をして、神様を中心とした地上、天上王圏時代に進入して、勝利と自由と幸福と統一の世界を復帰し、神様の創造理想である地上天国、天上天国を迎えるようになるのです。これが救援摂理史の原理観です。

66 皆様も近づく三百六十万双の国際合同結婚式に参席し、神様と全人類の大きな希望である地上、天上天国に入籍する幸せな家庭になるようお願いします。

67 親愛なる各界指導者、そして御来賓の皆様! きょう、この意味深い集いに盛況を呈してくださった皆様に、いま一度、深く感謝を申し上げます。併せて、皆様すべてがこの歴史的な方向に一致して、平和世界建設に先駆者となってくださるようにお願いします。皆様と皆様の御家庭に神様の祝福が共にありますよう、お祈り申し上げます。ありがとうございました。



















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二 宇宙の根本を探して

真の家庭と家庭盟誓
 


二 宇宙の根本を探して



 この講演文は、1996年8月1日、アメリカのワシントンD・Cで開かれた「世界平和家庭連合」創設大会で宣布されたみ言です。


1 尊敬する御来賓の皆様、そして紳士淑女の皆様!

2 冷戦の終息とともに平和と社会正義に対する新しい希望が急速度に全地球星に拡大しています。新しい世界的現実を無視したり、直視できない指導者たちは津波のように押し寄せる変化に流されてしまいます。今、私たちは新しい世紀の分岐点に立って、私たちの伝統的な思考方式を再検討してみて、新しい機会と価値観を迎えるのに、果敢に進んでいくべき時だと信じます。そのような意味で、私はきょう、生涯を懸けて主唱してきた「世界平和の実現と真の家庭の価値」についてお話をすることができるようになったことを大変な栄光と存じます。

  

◆ 神様は宇宙と愛の根元


3 この世の中には男性と女性の二性が暮らしています。ところで、彼らは互いに立場を変えることはできないのです。皆様も自らが願ってそのように生まれたのでしょうか。そうでなければ、私たちは願わないのに、そのように生まれたのでしょうか。私が考えもせず、願いもしなかったのに、そして原因はもちろん、結果や過程も知らないのに、そのように生まれたのです。

4 人がいくら偉大だとしても、原因的な存在ではなく、結果的な存在であることを否定することはできません。したがって、第一原因である存在がなければなりません。そうすると、そのお方は誰でしょうか。男性でしょうか、女性でしょうか。その第一原因的な存在を神様と呼ぼうと、でなければどのような名で呼んでもいいですが、その原因的な存在がなければならないのです。きょう、ここには世界的に我こそはと思われる著名な方々がお集まりになっています。皆様は「神様がどこにいるのか。見せてくれれば私が信じよう!」とおっしゃるかもしれませんが、少なくとも、その原因的な存在がなければならないということを、否定してはならないということを、まず私は指摘するものです。

5 きょう、私は「宇宙の根本を探して」というテーマでお話しいたします。

6 私たちが宇宙の根本を探していけば神様に帰着しますが、そのお方は男性格と女性格の二つの性品を所有しておられるということを知らなければなりません。宇宙の出発の原因がどのようになっているでしょうか。神様に対してはまだ分からないとしても、私たち人間は男性と女性、そして主体と対象から成っています。鉱物界の分子を見れば、陽イオンと陰イオンから構成されており、植物界は雄しべと雌しべから、動物界はオスとメスから、そして人間は男性と女性から成っていることを見ることができます。

7 存在界を調べれば、鉱物界、植物界、動物界、どの世界を問わず、次元がより高い陽性と陰性が、より低い陽性と陰性を吸収して、存在、発展していることを知ることができます。なぜこのような現象が生じるのでしょうか。このすべての存在世界は万物の霊長である人間を完成させるべき責任があるからです。鉱物界を見ても陽性と陰性、すなわち主体と対象が愛という概念のもとに、互いに一体となって存在をしており、植物界も同様に、すべて雄しべと雌しべとがあり、主体と対象が愛を中心として、一つに結合して存続するのです。最近、医学界では病原菌までも陽性と陰性があると言っています。

8 主体と対象、すなわち陽性と陰性が一つになるのに何を中心として一つになるのでしょうか。キスすることによってでしょうか。愛は概念であると同時に実在なのです。その愛が定着することのできる実在は何でしょうか。ここに各界の指導者の方々、フォード元大統領、ブッシュ前大統領、皆様が集っていらっしゃいますが、自信があれば答えてみてください。皆様方にも知らないことがあるということです。男性が男性になり、女性が女性になるようにするものが何であるかを知らなかったというのです。それがまさしく生殖器です。それを卑しく思う人がいますか。貴く思うとすれば、どのくらい貴く思うでしょうか。今まではそれが善くないものと考えたとしても、今からは貴く思わなければなりません。

  

◆ 変わらない宇宙の鉄則


9 未来の世界はどのような世界でしょうか。生殖器を絶対的に貴く思う世界になるなら、その世界が善い世界でしょうか、悪い世界でしょうか。栄える世界でしょうか、滅びる世界でしょうか。冗談で言っているのではありません。神様が人間を創造なさる時、最も重要視して、精魂を込めてお造りになった箇所とはどこでしょうか。目ですか、鼻ですか。心臓でしょうか。でなければ頭脳でしょうか。これらは全部、死んでなくなってしまうのです。実際、そうではないでしょうか。

10 世界平和のための家庭連合の目的は何でしょうか。道徳と宗教など、すべての分野を完全に超越し、夫婦が完全に一つとなって、神様までも拍手で歓迎することのできる人が暮らす世界があるなら、どのような世の中になるでしょうか。男性と女性が生まれる時、彼らの生殖器の主人は誰でしょうか。夫の生殖器の主人は妻であり、妻のものの主人は夫です。今日まで、人類は生殖器の主人が互いに取り替えられていることを知りませんでした。明快な真理です。これを否定できないというのです。千年、万年、歴史がいくら流れても、この真理は変わりません。

11 あらゆる男性たちはそれが自分のものだと考え、またあらゆる女性たちもそれが自分たちの所有だと考えたために、世の中がこのように滅びつつあるのです。互いが主人を間違えているという話です。すべての人たちは、愛は絶対的であり、永遠なるものだといいながら、夢のようなものとだけ考えていますが、その永遠の愛の主人がひっくり返っているということをはっきり知るなら、世の中がこれほどまでにはならなかったはずです。

12 博士や学者は数多くいますが、これ一つ考え抜いた人がいないというのです。皆様はこの真理を否定できますか。皆様の父母、祖父母、曾祖父母、そして人類の先祖たるお方と、さらには宇宙の根本であられる神様に尋ねても、全部、同意するようになっているのです。これが鉄則なのです。この真理こそ、宇宙が億万年過ぎても原理原則として残るので鉄則です。そして、この鉄則によって、神様の前に出ていけば、正しい人と間違った人の判定を受けるようになるのは当然なのです。旧約聖書に出てくるアダムとエバの堕落も知ってみれば、正にこの鉄則に背いたところに由来しているのです。

13 アダムやエバは自分たちの生殖器が自分たちの所有だと錯覚したのです。考えてみてください。神様が善悪を知る木の実を取って食べたからといって、アダムとエバを追い出しますか。神様はそれほどいい加減な神様ではありません。アダムとエバは根本的な問題を誤って、宇宙のどこからも公認を受けられなくなったので、追放されてしまったのです。鉱物界や、植物界や動物界のオスとメスもすべて、愛の相対のために自分の生殖器を保管しているということを、アダムとエバが知らなかったというのです。では、生殖器は何のために存在するのでしょうか。それは愛のためです。愛を探すために男性と女性として生まれたというのです。

  

◆ 神様と人間は父子の関係


14 神様の属性は何でしょうか。神様は絶対的、唯一、永遠不変であられるお方です。そうだとすれば、愛の主人は誰でしょうか。男性でもなく、女性でもありません。そのお方が正に神様であられます。愛を中心として愛を通してのみ、神様と人間が一つになるのです。なぜなら、神様にも人間にも愛が絶対に必要だからです。

15 神様が必要とする愛は、果たしてどのような愛でしょうか。絶対的愛を願われます。皆様はどうでしょうか。私たちも同じです。神様が絶対的愛、唯一の愛、不変の愛、永遠の愛を必要とするように、私たち人間も絶対、唯一、不変、永遠なる愛を必要とするのです。皆、神様に似なければならないのです。

16 神様自身が男性格と女性格をもっていらっしゃるお方なので、そこから分立された実体対象として創造された人間も、男性と女性として創造されたのであり、彼らが結婚すれば、実体として神様に代わる陽性と陰性になるのです。このように結婚を通して縦的な神様の愛が、横的に完全統一されるように追求したものが神様のみ旨だったのです。

17 人間の体はこの地を代表した横的なものです。すなわちそれが肉身です。それと反対に良心はいつも縦的なものを愛し、縦的に高いものを求めるのです。したがって、人間は神様の縦的な基準と一つになり得る点を探していくのです。その点は中心点でなければならず、正にこの点で男性と女性が共に出会わなければなりません。そうして、この中心点から出生した人間は、愛と共に幼児の成長過程を経て、兄弟姉妹の愛、そして夫婦の愛を経験しながら成長するのです。

18 この時、肉身は地を代表して成長するようになり、心は神様を中心として成熟して、ついに体と心が縦的、横的に一つになって、幸福の基地を築くようになるのです。そのようなところであってこそ、絶対的な愛を中心として絶対的存在である神様も喜び、その愛の対象体である夫婦も幸福になるのです。

19 このように上下の関係である父子の関係、東西の関係である夫婦関係、前後関係である兄弟姉妹関係が一点を中心として完全に一つになる時、理想的な球形をつくるようになります。このような由縁で、父子の関係を東洋では一つの体だといいます。さらには夫婦関係も一つの体であり、兄弟姉妹も一つの体として考えています。何を中心として、このように言うことができるのでしょうか。真の愛を中心としてこのすべての関係が四方に球形をつくるとき、このすべてのことが可能になるのです。一点で出会って、球形をつくらなければならないのです。その点は一つです! 一つなので、統一が可能なのです。神様と人間も父子の関係なので、一つにならなければならないのです。それは真の愛を中心としてです。

 人間と完全一体であられる神様
20 人間の欲望がどれほど高いでしょうか。皆様の心の欲望は、神様よりも高くなることを願ったりもします。いくら劣った人でも、神様よりも勝った世界の代表者になろうという欲望はもつことができるのです。

21 もし、皆様が神様の愛する息子なら、「お父様、いらしてください!」という時、神様はそれを拒まれるでしょうか。皆様の妻がいくら劣っているとしても、本当に愛するなら、妻が呼ぶ時、夫は従うのです。このように真の愛で一つになれば、妻が夫を呼んでもついていき、兄さんが呼べば弟がついていき、弟が呼べば兄さんがついていき、皆が絶対に離れたがらなくなるのです。神様も独りでいれば寂しいでしょうか、寂しくないでしょうか。どうして分かりますか。

22 紳士淑女の皆様、愛をもっていますか。生命をもっていますか。皆様の血統をつなぐことのできる精子と卵子をみな、もっているでしょう。良心ももっていますか。それなら、愛を見たことがあるでしょうか。生命、血統、良心を見ましたか。触ってみたことがありますか。その存在の現象は知っていますが、触ることも見ることもできないということを知らなければなりません。ただ心で感じてのみ知ることができるのです。同じ論理として、神様がいるか、いないかというとき、または神様を見たか、見なかったかと尋ねてみると、見なかったとはいえないのです。

23 見えるものと見えないもの、どちらが重要でしょうか。見えないものがもっと貴いということを知らなければなりません。お金、地位、名誉は見ること、または触ることができますが、愛、生命、血統、良心は見ることも触ることもできないのです。みなもっているのに、なぜ見ることができないのでしょうか。それは一つになっているからです。体と心が絶対的にバランスを維持していれば感じないのです。

24 皆様は、自分の目が瞬きするのを感じながら暮らしているでしょうか。三時間だけ数え続けてごらんなさい。また、息をするのを数えながら暮らしているでしょうか。では、右手を挙げて、左側の胸の上にあててみてください。どういう音がしますか。鼓動の音、心臓の鼓動の音を感じます。その鼓動の音を皆様、一日に何度くらい聞いているでしょうか。聴診器で聞いてみれば、爆弾が爆発するような音が聞こえるのに、私たちは一週間、一カ月……。忙しい時は何カ月間もそれを感じないで暮らしているのです。考えてみてください! 小さい蝿が一匹だけ頭の上にとまっても、すぐに感じる私たちが、何百倍大きな鼓動の音を聞いても、なぜ感じられないかというのです。それは一つになっているからです。

25 上品な壇上からこのような話をすれば失礼だと思われるでしょうが、実感の出る話なので、一つ例を挙げてみましょう。皆様、毎日、朝起きてトイレに行くでしょう。大便をするとき、マスクを使って大便をするでしょうか。笑いごとではなく、真面目な話です! もし、ほかの人がそばで大便をして、そのような臭いを漂わせれば、すぐに鼻をふさいで何万里でも逃げ出すはずなのに、なぜ自分の大便の臭いはそのままかいで、座って、平気なのでしょうか。自分の体と一つになっているから、自分の大便を汚く感じないのです。

26 皆様、幼い時、鼻くそをほじくってなめてみたことがありますか。その味が甘かったでしょうか、塩辛かったでしょうか。辛いですって。その味を知っているのをみると、皆様、経験者ですね! なぜ、その鼻くそが汚く感じられなかったのでしょうか。それが正に私たちの体の一部分だったからです。この世の誰も知らなかったことをレバレンド・ムーンが初めて発見したのです。皆様、咳をして、痰が出れば、ごくっと飲み込んだりもするでしょう。ここに列席なさった大統領の皆様はいかがでしょうか。そのような経験はありませんか。気取らないで率直に答えてみてください。なぜ、汚く感じないのでしょうか。みな一つになっているからです。

27 私たちはみな、朝、昼、晩、三食ずつ毎日食べていますが、口から一尺だけ下りれば、肥料工場があります。毎日、三食ずつ食べて、その肥料工場に原料を供給しているのです。ワァー! それを知っても、箸とスプーンが口に入りますか。おなかの中に肥料工場があることを知りながらも、感じないで私たちは生活しています。なぜ、感じられませんか。一つになっているからです。

  

◆ 神様の創造目的


28 愛、生命、血統、良心があっても一つになっていて、完全にバランスを取れば、感じられないのです。私たち人間がそうであるように、神様も愛、生命、血統、良心、みなもっていますが、独りではそれを感じられないのです。完全にバランスを取っているので、感じることができないのです。ですから、神様も相対が必要なのです。

29 相対の必要性をここから見つけることができるのです。男性でも女性でも、独りの時は愛を感じられませんが、男性の前に女性が現れ、女性の前に男性が現れる時は、相対的に刺激的な愛と血統が雷と稲妻のように衝撃を受けて問題を起こすことを知らなければなりません。だから、しっかりしなければなりません。このような真理を知らずに生きてきたのです。神様も絶対的に愛の相対が必要だという論理を、人間が悟ることができなかったというのです。

30 それなら、神様の愛の相対は誰でしょうか。猿でしょうか。人間が結果的存在であるならば、猿がその原因的存在、すなわち私たちの先祖になれるでしょうか。それではお話にならないというのです。アメーバから始まった生命体が人間に至るまでは、数千の段階の愛の門を通過しなければならないのです。

31 ただ無条件に上がっていきますか。とんでもありません。あらゆる動物もみな、同じです。種の区別は厳格です。誰も占領できません。唯物論を信奉する共産主義者たちが猿を先祖として信じ、猿と人間を交配させたとして、新しい生命体(人間)が出てくると思いますか。百年、千年しても無駄骨です。なぜ、できないのでしょうか。考えてみるべき問題です。

32 そうだとすれば、神様も何を必要とするでしょうか。何か器官をもっと必要とするでしょうか。目でしょうか、手でしょうか。必要とされるのは、私たちが考える五官ではありません。神様は男性格と女性格の二つの性品をすべて所有していらっしゃいますが、父としていらっしゃるためには男性格主体として存在なさるお方です。

33 このような基準で見るとき、神様も愛のパートナーが必要ではないでしょうか。被造世界の誰が果たして神様の愛のパートナーになるでしょうか。男性独りででしょうか。女性独りだけでパートナーになれますか。神様はどんなパートナーを願われるでしょうか。お金のパートナーですか。知識のパートナーですか。権力のパートナーですか。違います! 神様は愛のパートナーを願われるので、夫と妻が生殖器を通して一つになるその場を中心として顕現なさり、人間と出会うのです。

34 なぜその場が神様を中心として一つになる場なのでしょうか。愛は絶対的であり、男性と女性が絶対的に一つになることを願う所が正にその場だからです。横的に見れば、陽性である男性がその中心に向かって近づき、陰性である女性がまた近づき、神様も男性の性格である陽性と女性の性格である陰性が合わさって、大きく陽性的立場で、大きな陰性と合わさって一つになるのです。いつそのようになるかということが問題です。

35 結婚とは何ですか。なぜ結婚が重要なのですか。結婚は愛を探していく道だからです。愛する道、生命を創造する道です。男性と女性の生命が一体になる道です。男性と女性の血統が混ざる所です。結婚を通して歴史が生じ、ここから国が生じ、理想世界が始まるのです。これがなければ個人もなく、国もなく、理想世界もありません。これが公式になっています。

36 男性と女性は絶対的に一つにならなければならず、父母と子供たちは絶対的に神様と一つになり、神様を愛し、神様と共に生きてから、死んでそのまま霊界に行けば、そこが天国なのです。しかし、そのような人、そのような家庭、国家、世界、そのような理想的な人がいないので、神様が理想とする天国は空いているのです。今まで死んでいった人類はすべて、地獄に落ちています。天国に入れなかったという話です。

37 このような観点から見るとき、イエス様も人類を救うための救世主として来られましたが、昇天したのち、天国には行けず、楽園に行っておられることを知らなければなりません。天国に行くためには、家庭を築いて入らなければならないので、イエス様も再臨なさることを願われるのです。イエス様も結婚して家庭を築き、その家庭と共に神様に侍って暮らしてから、共に天国に入れるのであって、独りでは天国に入れないので、聖書でも「あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう」(マタイ一八・一八)と書かれているのです。地上で解決しなければなりません。地上で病気になったので、その病気になった場所で治さなければなりません。

  

◆ 堕落世界を収拾できる思想


38 今日、人類は堕落した後孫となって、堕落圏の下に落ちているので、この圏を突破して上がらない限りは、天国に入れないのです。堕落圏内にいる人間は、いかなる困難があっても、その圏を突破しなければならないのです。それゆえ、イエス様も「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」(参照 マタイ一〇・三九)と言ったのです。この道を行くためには全生命を懸けて、突破して上がらなければならないのです。

39 皆様の家庭は堕落圏内の家庭です。氏族、国家も同様です。闘って勝たなければなりません。アダム家庭で覆されたのです。アダムとエバが赤ん坊を生んだのちに追い出されましたか、追い出されたのちに赤ん坊を生みましたか。彼らは追い出されたのち、神様と無関係な立場で子供を生んだのです。このようなことも知らずに天国に行くことができるのでしょうか。とんでもないことです! 無知からは理想も生まれず、完成もありません。しっかりしなければなりません! これが皆様方に対する私の警告です。

40 レバレンド・ムーンの話が正しいか、正しくないか祈祷してみてください。私がこの道を見いだすためにどれほどの受難の道を歩んできたか、誰も知りません。罪なしに監獄に六回も入るほどの苦難に遭い、探し出してきた道です。ところが、他人の大切な息子、娘たちを連れていって、このような真理を教え、短時間に方向転換させるので、皆が洗脳したというのです。無神論者には、神の存在を詳しく科学的に理論的な基盤をもって証明してあげるので、無神論は崩れていくのです。

41 それとは反対に、キリスト教徒たちは自分たちが信じている教理と違うといって、異端だと責め立てながら、私たちを取り除こうと大騒ぎしているのです。しかし、彼らが唱える異端が正統なのです! 反対になることを知らなければなりません。サタンが嫌うものは神側であり、神様が嫌うものはサタン側だということを知らなければなりません。

42 思想的空白期に置かれている旧ソ連の若い青年たちも、レバレンド・ムーンの思想を中心として出版された中学校、高等学校、大学校の教材を通して、そして甚だしきに至っては、刑務所の罪人までもその教材を通して、思想武装をしています。ロシアの三千六百の学校でレバレンド・ムーンの思想の教材を使っているのです。彼らは叫んでいます。「私たちがアメリカに勝らなければならない! レバレンド・ムーンに反対するアメリカに勝らなければならない!」と、西洋の腐敗した退廃風潮であるホモセクシャル、フリー・セックスなどを収拾する道は、レバレンド・ムーンの思想だけだと彼らは信じ、急いでいるのです。アメリカより先にレバレンド・ムーンに従っていこうと、叫んでいます。

  

◆ 不倫の罪悪の根は「不倫なる性関係」


43 皆様! 神様がお好きですか。レバレンド・ムーンがこのようなことを展開しているのを御覧になる神様は喜ぶでしょうか。教皇庁の教えと今度の大会に列席したロバート・シューラー牧師の教えが同じであり得ますか。もちろん、大きく違います。そうだとすれば、誰の教えが正しいか神様に尋ねてみてください。

44 イエス様と聖母マリヤに対する皆様の理解が間違ったものだと、いくら教えてあげても、それ自体が統一教会に利益になることがあるでしょうか。しかし、皆様が間違いなく知らなければならない一つのことは、「地上で解かなければ、天でも解くことができない」ということです。それを早くから知ったレバレンド・ムーンは、生涯を懸けてこの道を歩んできたのです。

45 皆様、イエス様が結婚をしなければならないでしょうか。結婚をしなければなりませんでした。イエス様は女性ですか、男性ですか。聖女がいるなら、イエス様も彼女と結婚をしたくないでしょうか。神様はエデンの園にアダムとエバを創造なさりながら、彼らに生殖器をもつことを共に許されましたが、何のためにそうされたのでしょうか。彼らが成長すれば、神様が彼らを結婚させてくれるでしょうか、させてくれないでしょうか。問題は彼らの堕落にあります。堕落ゆえに血統が変わったのです。それゆえ、神様は彼らをエデンの園から追い出されたのです。

46 本来、神様の体となるべきアダムと、神様の夫人格に立つべきエバが堕落することによって、神様自身の体と理想を病気にかからせ、怨讐になったので、それを御覧になった神様の心情がどれほど大変だったでしょうか。堕落は自らを埋葬する墓です。人のものを奪い取っていく行動です。言い換えれば、堕落はフリー・セックスの根になり、個人主義の先祖になりました。

47 今日のアメリカはどのような国ですか。極度の個人主義、過分なる私生活の追求、フリー・セックス……このようなものを神様が好まれるでしょうか。行き過ぎた個人主義が追求するものは何でしょうか。彼らの話のとおりであるなら、天と地、世界、国家、社会、家庭、甚だしきに至ってはおじいさん、おばあさんまでも全部、ほうり投げてしまい、父母と兄弟も失ったまま、ジプシーやヒッピーになってさまよい、雨が降り、雪が降れば、行くところがないので、自殺して、一生を終えようという話ではないでしょうか。

48 しかし、人間の本心は極度の個人主義や、過分なる私生活の保障を願ってはいません。宇宙と国家、町や村、そして父母の愛を受けて暮らしたいのが、私たちの本心が願うところです。しかし、そうすることができないで、反対の道を行くうちに、良心が燃え尽き、本心との相反を感じるようになって、むしろ薬でも飲んで自殺するのが良いと判断し、自ら命を絶つ現象がだんだん増えていくのです。

49 「蒔いたとおりに刈り取る」(参照 ガラテヤ六・七)という真理が的中するのを目撃するわけです。アダムとエバがエデンの園にどんな種を蒔いたでしょうか。フリー・セックスの種を蒔きました。それを否定できますか。

50 そうしたために、彼らが下半身を覆ったのです。幼子たちも父母が隠しておいた大切なお菓子を盗み食いして、見つかれば隠すのが本性の作用ではないでしょうか。もし、善悪の実を取って食べたなら、その取って食べた手や口を覆うべきはずであるのに、なぜ下半身を覆ったのかというのです。堕落は淫乱によって引き起こされたということを否定することができません。

51 アダムとエバが堕落して落ちたものを救ってあげるためには、堕落した方向と一八〇度違う逆の経路を通してこそ、救ってあげられるということは、この上なく理論的です。堕落によって地獄行きの血統を受け継いだので、メシヤが来なければならないのです。

  

◆ 再臨メシヤの使命と真の父母、真の家庭


52 メシヤは堕落前、神様が創造したエデンの園の場で、家庭を築くことのできる主人として来られるお方です。それをはっきり知らなければなりません! 理論的に合わなければなりません。メシヤはまず、神様に侍る家庭を築き、その家庭を通して国家を立てなければならないのです。このように、家庭が問題です。メシヤの家庭を中心として、接ぎ木する摂理をしなければならなかったのです。この死亡の世界で、誰が自分を救ってくれるかが問題です。それゆえに反対を受けたのです。

53 旧約時代は、「目には目、歯には歯」(出エ二一・二四)という原則のもとに蕩減してきました。イサクの妻であったリベカを御覧なさい。長子であるエサウと夫までもだまし、次子であるヤコブに祝福を奪い与えた女性ではありませんか。そのような女性を神様はなぜ愛したのでしょうか。そのような神様をどうして信じることができるのでしょうか。今まで、このような疑問を誰も解決できませんでした。レバレンド・ムーンが初めて解いてあげているのです。レバレンド・ムーンだけが神様の秘密をみな、知っているからです。

54 では、どこで天国と地獄が分かれるか調べてみましょう。空中ですか。どこでしょうか。正に皆様の生殖器です! 深刻なことです。これが天地をひっくり返しました。この事実を誰が否定できますか。レバレンド・ムーンが発表した原理の本の堕落論に説明がなされています。疑問に思えば神様に尋ねてごらんなさい。皆様としては夢にも想像できない内容と理論をもって、体系立てておいたレバレンド・ムーンの原理の本に誰しも反対することはできないのです。

55 レバレンド・ムーンが天国に行くか、行かないか、気掛かりなら、死んで霊界に行ってみれば、分かることです。きょうの夕べ、私の話を聞いて気分が悪くなったのなら、割腹をして死んでいただいても結構です。そうすれば、分かるでしょう! レバレンド・ムーンがこの道を探すために、死の道を何度も超えてきたことを、皆様は知らなければなりません。神様を数百回も泣かせた人がレバレンド・ムーンです。歴史始まって以来、誰もレバレンド・ムーンほど神様を愛した人がいません。それゆえ、いくら世の中がレバレンド・ムーンを滅ぼそうとしても、私は絶対に滅びません。神様が保護してくださるからです。皆様もレバレンド・ムーンが教える真理圏内に入ってくれば、神様が共に保護してくださいます。

56 生殖器を、目がつぶれた盲人のように、方向を失ったまま使用すれば地獄行きであり、反対にこれを神様の絶対愛に基準を合わせて使えば天国の高い所に行くのです。これは明白な結論です。今、青少年の問題が深刻な問題です。エデンの園でアダムとエバが、青少年期に日陰で淫乱によって堕落して、フリー・セックスを蒔いたので、取り入れの時期である終わりの日には、必ず世界的に青少年たちのフリー・セックスの風潮が蔓延するようになる現象が現れるのです。

57 終わりの日には再臨主が神様の真の愛を中心として、堕落圏内に陥った人類を絶対愛圏内に引っ張り上げ、救われる戦略を、サタンは知っています。ですから、サタンはどこにも愛の基準を置くことができないので、アダムとエバを堕落させるときに天使長がそうしたように、全人類をフリー・セックスに押しやって、裸になって死んでいく方向に全世界を引っ張っていくのです。人類がすべて天使長の後裔たる末路に直面するようになるのです。

58 エデンの園からサタンの支配圏内に陥ったアダムとエバの後孫が、今日の人類なので、サタンは堂々と神様の前でも、この世界のすべての男性と女性を引っ張っていき、自分のやりたいとおりにすることのできる権限を主張するというのです。神様はサタンが何を願うかを御存じなのです。サタンはフリー・セックスを通して、ただの一人も神様の前に帰れないように、言い換えれば、全人類を完全に駄目にしてしまい、地上地獄をつくろうとするのです。

59 今日、私たちが生きているこの世界が、地上地獄となっていく世界でなくて何でしょうか。したがって、このように地上地獄になったこの世界と一八〇度異なる、正反対の道を求めていけば、天国に行く道があるのです。再臨主が来て、この世の中を救ってくれるのも、正にこのような一八〇度反対の道を教えてくれて、天国に導くことなのです。

60 それでは、フリー・セックスの道と一八〇度異なった正反対の道とはどのような道でしょうか。偽りの父母が現れて、つくっておいた道がフリー・セックスの道なので、真の父母が現れて、この間違った道を正してあげなければならないのです。神様は干渉なさることができません。その地の主権や軍事力、経済力、政治力でも手をつけることのできない問題です。偽りの父母によって引き起こされたことなので、真の父母がメスをもって手術しなければ、決して人類は救われる道がないのです。

61 罪を犯した者がその罪を蕩減しなければならないのです。家庭で結婚を誤って、血統が一八〇度ねじれてしまったので、真の父母が来て、結婚させ、一八〇度原状に戻すことによって、天国に行く道を開いてあげるようになるのです。

  

◆ 純潔と真の家庭運動を通じた平和世界の実現


62 神様がアダムとエバに期待したのが何だったでしょうか。絶対愛を期待したのです。この場にお集まりの世界の指導者の皆様が、このような内容を知って、お帰りになって、皆様方の国で絶対愛を探す運動をお始めになれば、皆様の家庭と国は、そのまま天国に直行できるということを、御理解くださるようお願いいたします。絶対愛が存在する所には絶対相対が誕生するようになり、自動的にフリー・セックス、ホモ、レズビアンという言葉は消えるようになるのです。このような運動を世界的に広げるためにレバレンド・ムーンは一生を捧げて、受難の道を克服してきました。今は勝利のファンファーレを響かせ、世界に号令をかけ得る時が来たので、天の前に感謝をするものです。

63 世界平和に向かっていくことのできる礎石を置くのも家庭であり、世界平和への道を破壊し得るのも家庭です。人類の希望と幸福の土台が破壊された所がアダム家庭でした。したがって、きょう、このように「世界平和家庭連合」を創設し、皆様の家庭も、今からはサタン世界と一八〇度異なる方向に行くことのできる道を開くようになったことを、天の前に感謝せざるを得ません。この道でなくては、自由も幸福も理想もありません!

64 皆様は今、絶対、唯一、不変、永遠の生殖器を中心として、これを基盤にして神様をお求めになるようお願いします。この基盤が真の愛の基盤、真の生命の基盤、真の血統の基盤、良心の基盤にならなければならず、ここから正に地上天国と天上天国が生じることをお分かりにならなければなりません。

65 すべての男女が自分たちに所属した生殖器が、実は、自分のものではなく、主人が自分の相対だということを認定するようになれば、私たちすべては頭を下げ、謙虚な姿勢で愛を受け入れるようになることでしょう。愛は相対なしには来ないのです。相対から来るということを知らなければなりません。「ため」に生きないところには、愛があり得ないのです。絶対、「ため」に生きるところで絶対愛を見いだすことができるということを肝に銘じられ、皆様も今からお帰りになれば、サタン世界との一戦を覚悟なさるようにお願いいたします。

66 どこに行かれても、テレビやその他、言論機関を通してレバレンド・ムーンの話を伝えてみてください。絶対に滅びません。地獄になったこの世界を果たしてどんな力で変えることができるでしょうか。神様の愛、すなわち絶対、唯一、不変、永遠であられる神様の真の愛を中心として、私たちの生殖器も絶対、唯一、不変、永遠の基準に立て、生きていかなくては不可能なのです。私たちの生殖器の本来の主人は神様であられます。

67 今、私たちすべてが共にこの目的のために前進しましょう。神様の真の愛を実践する前衛隊になりましょう。今から家にお帰りになられたら、夫と妻でもって、自分たちの生殖器が絶対、唯一、不変、永遠な器官であることを互いに確認し、それが正に自分のものではなく、あなたのものであり、あたなが今までよく保管してきたものが自分のものだと宣言し、互いのために生き、永遠に奉仕し、感謝しながら生きようと、お誓いください。

68 そのような家庭であってこそ、永遠に神様がとどまるようになり、そのような家庭を中心として世界的な家庭編成がなされるのです。

69 そうして、皆様共に次回三百六十万双の祝福結婚式に列席なさり、地上天国に入籍する真の家庭になるようお願いいたします。ありがとうございました。



















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三 真の愛を中心とした真なる家庭と真なる宇宙

真の家庭と家庭盟誓
 


三 真の愛を中心とした真なる家庭と真なる宇宙



 この講演文は、1997年7月、韓国の18カ都市で開かれた真の家庭実践韓国指導者大会で宣布されたみ言です。


1 尊敬する御来賓の皆様、親愛なる文氏、韓氏宗親連合会会員の皆様、特別にこの場に御光臨賜った著名なる紳士淑女の皆様!

2 公私多忙であられる中にもかかわらず、この場に御来臨くださった皆様に深く感謝を申し上げます。

  

◆ 「救援摂理史の原理観」と「宇宙の根本を探して」


3 このような貴き日、私が心から皆様に捧げたい最も貴い返礼の贈り物があるとするならば、それは私がこれまで世界を巡回しながら教えてきた、最も代表的な二つのお話を御紹介することです。

4 それは、「救援摂理史の原理観」と「宇宙の根本を探して」という話です。現代においては男女問題と家庭問題、そして青少年問題が絶対的に解決されなければなりませんが、この二つの話は、その根本的な解決方案を提示しているのです。各自帰られて、自らを振り返り、家庭を愛したい思いが生じるたびに、このお話を深く考えてくだされば、皆様が幸福で円満な家庭を築くのに大きな助けとなることでしょう。

5 皆様は、この二つのお話を皆様の年の数ほど読まれるようにお願いします。年齢が八十歳を超えているなら、八十回以上読むべきです。皆様が読めば読むほど、天の祝福と天運が共にあることでしょう。読めば読むほど、その家庭に平和が自動的に臨むようになるはずですので、たくさん読まれるようにお願いいたします。

6 一番目の話の主題は、「救援摂理史の原理観」です。その内容を要約すれば、神様を中心として結婚し、真の父母になることです。第一次アダム家庭でアダムが失敗して堕落したので、第二次アダムとしてイエス様が来られて、これを国家的な次元で復帰しなければならないということです。ですから、第一次アダムは堕落したアダムであり、メシヤであられるイエス様は、第二次アダムとして来られたのです。しかし、真の父母の家庭を築くことができずに約束だけして亡くなられることによって、第三次アダムが再び来られ、世界的基準で真の御父母様の使命を蕩減復帰しなければならないのです。これが、第三次アダムとして来られる再臨主の使命です。したがって、旧約時代、新約時代、成約時代を完成するのです。そして、人類救援の根本問題が、血統復帰という事実も明らかにしています。こうして、真の父母を中心として成約時代を迎える、世界的に広がった祝福結婚式となるのです。

7 二番目の話の主題は、「宇宙の根本を探して」です。人間堕落の根本が愛によって成立したので、人類は真の愛を失ってしまいました。そのことから、この真の愛をどのように取り戻すかという問題が提起されています。真の愛を失ってしまったということは、淫乱によって堕落したという意味です。すなわち、生殖器を中心として過ちを犯したので、これを取り戻そうとすれば、その反対に正しく行かなければならないということです。このように、間違った愛がエデンの園で植えられたものが、終わりの日の刈り入れのときに、その結果として現れる現象が青少年問題なのです。ですから、セックス(「性」)混乱時代が来るのです。これを清算するのは、絶対純潔(絶対的「性」)でなければならないということです。このような絶対純潔(絶対的「性」)の概念でのみ、家庭破壊を防止し、青少年の淪落を防ぐことができるのです。

  

◆ 三大主体思想とメシヤ思想


8 今晩は、時間が限定されていますので、「真の愛を中心とした真なる家庭と真なる宇宙」という新しい主題で、今から皆様と話を分かち合おうと思います。

9 ここに集った皆様は、すべて父母をもっています。そして、師をもっていて、国の主をもっています。それは、誰にとっても絶対的に必要なものです。しかし、たとえ父母であるといっても、真という基準を中心として見るときには、いろいろな基準があります。皆様自身は、果たしてどれくらい真なる父母になったと思われますか。また、「師」ということをとっても、アメリカにあるハーバード、エール、コロンビアのようなアイビー・リーグ(注:アメリカ東部の名門私立大学八校で結成しているリーグ)に属した大学であるとか、イギリスのオックスフォードやケンブリッジなどの大学の教授なら、それですべて真なる「師」と言えるでしょうか。国の主人も、「真」という基準から見るとき、みな同じではあり得ません。皆様は、アメリカのような強大国の大統領ならばみな、真なる大統領であると思われますか。

10 事実、今日の家庭では、子供が親を信じることができず、夫婦同士も互いに信じることができず、兄弟同士も不信し合うような間柄になっています。学校では先生のことを信じることができず、国では国の責任者を信じることができないというのが、今日の実情なのです。

11 このように、皆様が願われるこの三つの重要な立場、すなわち父母と師、国の主人の中で、「真」という基準を中心として見た場合、一つでも合格することができるのか、ということが問題なのです。

12 皆様が真なる父母になり、真なる師になり、真なる主人にならなければならないとするならば、そのような世界最高の基準と、そのすべてのモデルの中心は誰なのでしょうか。それが正に神様なのです。神様は、父母の中の真の父母であり、師の中の真の師であり、王の中の真の王であられます。神様は永遠の真の父母であり、永遠の真の師であり、永遠の真の主人であられます。私たちが神様の子女になるとするならば、まず神様のような真の父母にならなければなりません。神様のような真の師の道を行かなければならないのです。そして、神様のような真の主人になる道を行かなければなりません。これが三大主体思想です。その究極的なモデルは、神様なのです。

13 旧約聖書に記録されている、イスラエル民族の前に送られるメシヤとは誰のことでしょうか。メシヤは、正に真の父母として来られるお方であり、真の師として来られるお方であり、真の王として来られるお方です。しかし、イエス様がこの地上で家庭をもって民族を一つにすることができなかったことによって、メシヤは再び地上に来られなければならないのです。再び来られるメシヤは第三次アダムとして来られて、世界的基準で真の父母権と、真の師権と、真の王圏を教えてくださろうとするのです。これが正にメシヤ思想です。ですから、家庭があり、国家があり、世界があり、天がある所ならば、いつでもどこででも、この三大主体思想が正しく確立されなければならないのです。

  

◆ 宇宙の核のようなものが正に真の家庭


14 人が空間の世界に立つためには、必ず上下が必要であり、左右が必要であり、前後が必要です。そうでなければ、自分の存在位置が確定されません。皆様が上下を正しく備えているか、左右、前後を正しく備えているかによって、様々な姿になるのです。

15 皆様の上下、左右、前後関係、そして、家庭の問題、国の問題、世界の問題を扱ううえにおいて、公式は一つです。個人を中心として上下、左右、前後があるように、家庭においても父母と子女がいなければならず、夫と妻がいなければならず、兄弟姉妹がいなければならないのです。

16 これと同じように、国においても国の主人を中心として、すべての家庭が東西の文明、南北の文明をすべてかき抱き、それから世界の万民を兄弟姉妹のようにかき抱いて、結局、一つの家庭のモデルを築くのです。モデルは全く同じです。そして、自分自身がそのモデルの中心となるのです。自分がいたのちには、自分の家庭がなければならず、国と世界と天地、そして、神様まで進んでいかなければならないのと同じ道理です。皆様には、宇宙の中心になりたい気持ちがあるだけではなく、みな、そのようになることができるのです。

17 このように、宇宙において、その核に当たるものが家庭の概念です。天を父母として見れば、地は子女です。東西を見れば、東側は男性を象徴し、西側は女性を象徴するので、女性は結婚することによって、どこでも夫の位置に従っていくのです。西側が太陽の光を受けて輝くとき、東側と同じ価値をもつようになることと同じです。兄弟関係も同じです。長子である兄を中心として役事するとき、弟妹たちが協助するようになるのです。

18 ですから、人間は父子の関係をもち、夫婦関係をもち、兄弟関係をもたなければなりません。つまり、この三つの関係が、一点になければなりません。その中心点は一つなのです。上下、左右、前後の中心が異なってはならないのです。この中心点が狂えば、上下、左右、前後関係の均衡がみな崩れてしまうのです。ですから結局、上、下、左、右、前、後、そして一つの中心点まで合わせると、全部で七数を成すようになるのです。このように七数を成すということはすなわち、神様を中心として完全な真の愛で一つになって、これらすべてが完全に球形を成して、調和と統一を成す家庭になることです。私たちが、よく「ラッキー7」というのも、このような観点から見れば一理あることなのです。

19 それで、これが一つに定着して回るようになれば、八数です。真の愛が永遠に変わらない限り、この中心も変わらず、永遠に回ることができたはずなのですが、堕落することによって神様を中心から追い出してしまったのです。神様の真の愛を全部追い出してしまったので、真の家庭理想がすべて崩れてしまったのです。

20 西洋と東洋は、その生活習慣において、あまりにも異なる点がたくさんあります。様々な面で正反対です。例えば、韓国で人を呼ぶときは、手のひらを下にして手招きしますが、西洋の人たちはそのようにすると、かえってもっと遠くに行ってしまいます。「私のことが嫌いで行ってしまうのだろうか」と、むしろ誤解してしまうようになっています。西洋の文字は、横的なものであり、左側から右側に進行しますが、東洋の文字は本来縦的なもので、上から下に書いて読むようになっています。ですから、西洋の本は左側から開いてみますが、東洋の本は右側から開いてみます。

21 西洋文明は一種の横的文明なのです。握手であいさつするのは、横的なあいさつということです。頭を下げながらあいさつする東洋文明は、縦的です。東洋では、家庭制度の核が先祖でなければならないという伝統がありますが、西洋ではそのような核が強くありません。先祖を核とする概念がないのです。自己中心であるというのです。

22 すべてのものが核から連結されるので、核が動かなければすべてが動かないのです。ですから、中心核から一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、すべて同等です。それを分ければ十二切れになりますが、その十二切れをどこに合わせてもみな、合います。祖父が願えば孫は反対せず、子女もそれを願うようになり、三代がみな、一緒に願うようになるのです。祖父、祖母、父、母、夫婦、息子、娘、全部中心に合わせるようになるのです。この愛を中心として見るとき、父子の関係も一つであるので一体であるといい、夫婦関係も一体であり、兄弟間も一体であるといいます。一つの体です。

23 何を中心として、このような関係を一体であるというのかと言えば、愛の中心である神様の真の愛を中心として言うのです。真の愛を中心として、父母と子女が一つになり、夫婦も一つの体になり、兄弟間も同様です。このようになることによって、すべてのものの価値が同等になるのです。

  

◆ 人間が行くべき真なる真理の道


24 では、神様がその子女に願うことは何でしょうか。お金をたくさん稼いで億万長者になることでしょうか。国の最高の権力を手にした大統領になることでしょうか。神様が息子と娘であるアダムとエバに願われたことは、彼らが成長して孝子、忠臣、聖人、聖子になることでした。では、皆様は神様が願われるように、家庭では孝子、国では忠臣、世界では聖人、天地の前に聖子になろうという思いをもったことがあるでしょうか。歴史的に見るとき、すべての聖人は、孝子、忠臣、聖人、そして、聖子になるようにと教えてきました。

25 今晩、皆様はこのような理想的な人間、すなわち人間がその人格完成に必要とする孝子、忠臣、聖人、聖子の道理という観点から見るとき、合格したと見ることができますか。このような内容を知らずしては、家庭で真なる父母の役割を果たすことはできません。真なる父母であれば、孝子、忠臣、聖人、聖子のような前進的なことを教えてあげなければなりません。自分の子供たちをして、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を果たし、そののちに、神様まで行かなければならないということを、教えてあげなければならないのです。そのように教える人がいるとすれば、神様が御覧になるとき、初めて真なる父母、真なる師、そして真なる主人であると考えられるのです。

26 皆様に真なる父母の資格があり、真なる師の資格があるというときには、真なる主人の資格も備えるようになり、さらには真なる王になることのできる資格まで備えるようになります。堕落した人に、真なる孝子という概念があるでしょうか。忠臣の概念もありません。聖人の概念もありません。聖子という概念もありません。ですから、滅びるのです。誰が聖子になることを願うのでしょうか。神様が願われるのです。聖人になることを誰が願うのでしょうか。世界が願います。国は何を願うのかと言えば、忠臣を願います。家庭は孝子を願います。これが正に、真なる真理の道です。

27 愛を中心としたこのような真理は、一つの方向で永遠に持続するのです。そのことを知らなかったのです。それで、真なる父母になれなかったのです。国の真なる主人になれませんでした。聖人や真なる聖子になれなかったのです。イエス様がこの地上に来られたとき、家庭にそのような真の主人がいないし、国と世界にもそのような真の主人がいないし、結局、天地に真の主人がいませんでした。どのようにして、その道理の道を行かなければならないかを知らなかったというのです。しかし、もはや知らなければなりません。

28 真なる父母は、「孝子になったから、忠臣になるな」とは言いません。真なる父母は、その孝子に「お前は、家庭を犠牲にして忠臣の道を求めて国に仕えなければならず、国を犠牲にして聖人の道理を果たし、世界のために生きなければならない。また、世界を犠牲にして、天地が願う道を行かなければならず、天地を犠牲にして、神様を求めていかなければならない」と、教えてあげなければなりません。

29 そのようになろうとすれば、個人は家庭のために犠牲にならなければなりません。家庭のために犠牲になってこそ、孝子になるのです。また、国の愛国者になろうとすれば、その家庭全体を犠牲にしてでも国を救わなければ、愛国者になることはできません。聖人というものは、自分の国を犠牲にして、世界を救わなければなりません。聖子は、世界を犠牲にして、天上天国と地上天国を築かなければならないのです。

30 ですから、すべての父母たちの中で、より子供のために生きる父母が真の父母であり、いかなる師よりも、より「ため」に生きる師が真の師であり、いかなる大統領よりも、より「ため」に犠牲になろうという大統領が本物です。このような概念があるということを知りませんでした。投入して犠牲になるのです。そのようにしなければ、一つの平和と統一の世界は、永遠に来ないのです。

  

◆ 自分のために生じたものは何もない


31 個人主義がどこにありますか。自己において自己だけを主張する部分は一つもありません。子供が父母の愛によって、母親のおなかの中、卵子から育って生まれるとき、その九九・九九九パーセントは母親の骨と血と肉です。そしてそこに〇・〇〇一パーセントの一つの父親の精子が合わさって生まれるのです。そこには、「自己」という概念はあり得ません。誰でも生まれるとき、自分自身だけという概念はなかったのです。

32 いかに立派な人であっても、自分一人で立派に生まれついたと言える人は一人もいません。レバレンド・ムーンも同様です。骨や血や肉もすべて母親のおなかの中で譲り受けたものです。
 この体の重要な部分は、母親の体の延長だということを認めなければなりません。私たちの体のあらゆる要素は、精子と卵子に含まれていたのです。例外はありません。ですから、個人主義というものが存在する根拠がないのです。

33 「上」という言葉が成り立つときは、「下」を認めたうえで言う言葉です。「上」ということだけで、個人主義が成り立つでしょうか。個人だけという概念はあり得ません。「右」というのは、「左」というものをあらかじめ前提としたうえで言う言葉です。「前後」について見ても、「前」というのは「後ろ」を前もって認定して言う言葉です。男性という言葉も、男性一人を念頭に置いて言う言葉ではありません。女性を前提条件にして言う言葉なのです。これは、誰か一個人の言葉なのではなく、宇宙的な事実です。

34 男性は、なぜ生まれたのでしょうか。男性たちはよく、自分一人で生きていけるので、そのようなことに関心がないなどと言いますが、男性は女性のために生まれたのです。女性がいなければ、男性は必要ありません。絶対的に必要ないということです。結局、自分のために生まれたものは、一つもないのです。

35 私たちの五官を見てください。自分の目が、自分の目を見るために生まれたのでしょうか。鼻や耳、口、手もすべて、相対のために生まれました。五官を総動員して、集中させることのできるその力が何かと言えば、真の愛です。目、鼻、耳、口、手は、真の愛のために生まれた真の愛の道具です。

36 自分のために生まれたものは一つもありません。人のものを自分のものにする人をどろぼうといいます。人のものを持ってきて、自分のものとして使う人はどろぼうではないでしょうか。ですから、女性のために生まれた男性の五官と体を、自分勝手に使う人はどろぼうなのです。

37 男性と女性は、何が互いに異なるのでしょうか。まず、生殖器を含んだ体が異なります。では、男性の生殖器は、誰にとって絶対に必要なのでしょうか。男性の生殖器は、女性のためにあるのです。人間の生殖器の一つは凹であり、一つは凸ですが、なぜそのようになったのでしょうか。二つとも、とがらせるとか、二つとも平べったくすることができるのに、なぜそのように異なって生まれたのでしょうか。すべて、相対のためです。男性のものは、女性が絶対に願い、女性のものは男性が絶対に願うのです。女性のものは、絶対に男性のものであり、男性のものは絶対に女性のものだという事実を知らなかったのです。それを占領することによって、愛を知るのです。

38 二つが一つになるような経験を通してのみ、最も高い境地の愛を知ることができるのです。どこの誰であれ、このような事実を絶対に否定することができません。誰でもみな、認定しなければならないのです。二つが完全に一つになるその場で、理想的な夫婦が生まれます。正に、その場に絶対愛が存在するのです。絶対的に変わらないそのような愛の場に、神様が臨在されるのです。

39 ですから、絶対純潔(絶対的「性」)は神様を中心としたものであり、フリーセックスは自分とサタンを中心としたものです。歴史的に政治家や経済人たちは、文学作品やメディアを通してフリーセックスを刺激することが多くありました。ですから今から私たちはみな、政治家や経済人、文人、作家と言論人たちと一つになって先頭に立ち、フリーセックスを防がなければなりません。フリーセックスは、完全になくならなければなりません。

  

◆ 神様から玉璽をもらったレバレンド・ムーン


40 レバレンド・ムーンの話を聞けば、皆様の現在の立場とは一八〇度異なる人間になり、異なる国になり、異なる世界になるのです。間違いなく変わります。この悪なる世界を完全に変化させることは、絶対に必要なことです。

41 ところが、サタンを含めた悪の世界の人たちは、神側の人々を好みません。それで、世の中すべてがレバレンド・ムーンに反対してきました。国家と世界的次元でも反対しました。しかし、レバレンド・ムーンは神様に属しているので、神様がレバレンド・ムーンを保護してこられたのです。レバレンド・ムーンをサタンは嫌いますが、神様は好かれるのです。いくらレバレンド・ムーンを悲しませ、押さえつけて、無視するとしても、レバレンド・ムーンは意に介しませんでした。レバレンド・ムーンは、下がってはいきませんでした。むしろ、最も高い立場まで上がっていくようになりました。それで今は、どこの誰であれレバレンド・ムーンに反対できないようになったのです。

42 あらゆる迫害を受けながら、どうしてこのような世界的な基盤を築くことができたのでしょうか。いかなる力でもって、世界の碩学と最高の指導者たちを教え導くこのような基盤を築くことができたのでしょうか。神様がそのような力をレバレンド・ムーンに下さったので可能だったのです。神様が私を保護され、私にそのような方向性を教えてくださり、今も継続して保護し教え導いてくださっているので、レバレンド・ムーンは、常に成功の道を進んでいるのです。

43 歴史始まって以来、霊界に通じることのできた多くの宗教指導者たちがいましたが、レバレンド・ムーンほど霊界を知り、かの天の国、霊界を統一して、この地上に現れたのはレバレンド・ムーン一人しかいないということを知らなければなりません。そうして、神様から玉璽を受けました。そうでなければ、地上の統一はできません。神様が霊界でそのように私を訓練し育てられたように、この地上においてもそのように継続して導いていらっしゃるということを知らなければなりません。

44 二十余年間、レバレンド・ムーンは、新教の地アメリカに行って多くの迫害を受けました。しかし、イエス様が亡くなられて以後二千年間、すさまじい殉教の血を流したキリスト教を、この国に定着させようという神様のみ意を知ったので、アメリカを捨てることができなかったのです。カトリックの地、南米も同様です。四十余年前にレバレンド・ムーンを受け入れていたならば、南米も北米もどのようになっただろうかと考えてみてくださるようにお願いします。韓国においては、なおさらそうです。

  

◆ 「神様のもとの一つの世界」を成すための努力


45 それでは、真の愛はどこから始まるのでしょうか。自分の生命を投じたのち、また復活して、三度以上より投入しようというところから真の愛が始まるのです。私たちは、堕落した血を受け継いだので、自分の命を懸けてでもこれを越えなければなりません。ですから、「生きようとする者は死に、死のうとする者は生きる」というのです。イエス様もこの地上に来られて、その道を行かれたのです。そのことによって、世界を支配することができたのです。利己的な個人主義ではありません。利他主義です。ですから、私たち夫婦は、一生の間に数百億ドルのお金を得ましたが、一銭も私たちのものはありません。みな、世界のために投入しては忘れてしまい、また苦労しお金をつくっては、また投入する、そのようなことを反復するのです。

46 「神様のもとの一つの国」と「神様のもとの一つの世界」のうち、皆様はどちらが好きですか。一部のアメリカの人たちは、「神様のもとの一つの世界」が好きではありません。また、一部の白人たちは、黒人が好きではありません。アングロ・サクソン系の白人の新教徒たちが、アメリカの支配的な立場を占めていますが、彼らを中心としたアメリカは、世界のために生きるという考えをもたなければなりません。もし、アメリカだけのために生きるというのなら、アメリカは存続することができないのです。

47 今は、時代が変わっています。到来する時代とは、「神様のもとの一つの世界」です。神様は、このような世界のために働いていらっしゃり、また、そのような摂理のために働く者を助けていらっしゃいます。そして、これからも永遠にそのような者たちを助けていかれることでしょう。ところで問題は、すべての人たちが、このような世界で暮らすことを願いながらも、そのような摂理の同参者になることは好まない、ということです。

48 一つの平和な世界をつくるために、私たち夫婦は様々な努力を傾けています。そのうち、いくつかの代表的な例を挙げれば、人種と宗教、国境、言語の障壁を超越して、未来世界の基盤を固める理想的な国連大学を建てることです。また、世界的な知識を交流させるために、遠隔通信大学が必要です。

49 医学では、堕落によって生じた肉身の病気を治療するだけではなく、東西文化の和合を通して、東西洋の葛藤までも修復させるという次元から、統一思想と統一医学を開発しなければなりません。東西思想と医学が一つになってこそ、今後、エイズのような難病を治せるようになることでしょう。韓国では、医学教育を全く受けていない農村の青年たちの中で、エイズのように現代医学でも治すことが困難な病を治すことのできる特別な治療法を、霊界から教えられた人々がたくさんいます。ですから、霊的世界の事実を認めなくなれば、大きな問題が起こるのです。

50 このすべての課題は、既にブリッジポート大学(米国)と鮮文大学(韓国)を中心として、実践に移されつつあります。さらに私たち夫婦は、既にアメリカのワシントン・タイムズだけでなく、南・北米すべての国々をカバーする言論機関をつくりました。これらの言論機関は、間もなく世界百八十五カ国まで拡張され、世界が一つになって学び、協力するのに大きく貢献するようになることでしょう。

51 レバレンド・ムーンはアメリカに行って、アメリカ国民の前に一つも負債を負いませんでした。むしろ、アメリカが私の世話になりました。天から受けた祝福でもって、レバレンド・ムーンはアメリカを祝福しました。私たち夫婦は、天から受けた祝福を世界にすべて分け与えました。南米も韓国もレバレンド・ムーンを歓迎して、アメリカのような祝福を受けることを願っています。どんなに反対しても、より多く愛する人が主人になるのです。より多く愛し、より多く投入し、より多く与えて忘れる者が中心存在になるのです。これがまさしく天法なのです。

52 これから皆様は、家庭において父母の前に孝行し、国の前に忠臣になり、世界の前に聖人になり、神様の前に聖子になる道を行くべきです。誰であろうと、家庭、国家、世界、天、地の前に恥ずかしくない、この宇宙自然の中で天運の保護を受ける自らとなり、神様の最高の愛を受ける家庭を築くべきなのです。

53 そうして、地上天国に転換し、天上天国に入籍をして、神様を中心とした地上天上王圏時代に進入して、勝利と自由と幸福と統一の世界を求めいく国際合同結婚式を迎えなければなりません。

54 皆様もすべて、今年の三百六十万双の祝福結婚式を超えて、三千六百万双の合同結婚式に参与してくださるようにお願いします。そうして、天地が歓迎する人になって、永生の道を求めるようにお願いします。

55 私たち皆が、神様と真の御父母様の血族になり、神様の真の愛を中心とした真なる家庭と真なる世界(宇宙)文化創建の主役になって、来たる二十一世紀を平和と統一の世界へと建設していくことを願いながら、これで私の話を終わります。

56 皆様と、皆様の家庭と、なされている事業に、神様の祝福が共にありますようにお祈りいたします。ありがとうございました。
















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四 真の家庭と私

真の家庭と家庭盟誓
 


四 真の家庭と私



 この講演文は中南米の17カ国巡回(1995・5・17〜7・7)および世界16カ国巡回講演(1995・11・5〜12・7)で宣布されたみ言です。


1 満場の内外貴賓の皆様! このように意義ある場でお話しすることができますことを、この上なくうれしく思うものです。今、世界平和と人類理想世界建設のために和合と統一の志を立て、平和世界を成すのに、先頭に立たなければなりません。きょう、私はこの講演を、皆さんと隔たりなく、平素、私が考えてきた「真の家庭と私」という主題でお話ししようと思います。

  

◆ なぜ、心と体が闘うのか


2 真なる国は、男性と女性の二人が真なる家庭を完成させてできるものです。人類は二人の人、男性と女性で構成されています。世界の複雑な問題も、二人の人にかかっています。真なる二人によって成される真の家庭完成は、すべての人類と世界の問題解決のモデルになるのです。ここから真なる家庭が真なる国家と真なる世界に連結されることによって、平和世界、理想世界が形成されるのです。ですから、「真の家庭と私」は、どのような家庭と私であり、私たちが解決すべき内容は何かを考えてみようと思います。

3 今、私たちが生きている世界は善なる世界か、悪なる世界かと尋ねるなら、誰でもみな悪なる世界だと答えることでしょう。なぜ、悪なる世界なのでしょうか。全世界の歴史を見ても、一国の歴史を見ても、戦争史で連結されているという事実を私たちは知っています。一つの平面的な基準で同じ立場にある人々が戦うようになるなら、これらはより衰退するようになっています。世界が悪いなら、私たちの国も悪いという話であり、その国の人も、私たち自身も悪いと言わざるを得ません。

4 私たち自身をよく見れば、私たちの心と体も闘っている事実を否定することができません。それなら、この闘いの起源がいったいどこにあるのかということが問題です。

5 私自身が闘い平和の基地をもてないときは、いくら家庭が平和で、国と世界が平和だとしても、幸福ではあり得ないのです。皆さんが御存じのように、第一次、第二次世界大戦も終戦となりました。戦争は終戦や休戦にいくらでもすることができますが、私たちの心と体を中心としたこの闘いは、昔から歴史を経て、今の現世ももちろんですが、未来まで継続する闘いであることを私たちは想像だにしていません。

6 このような問題を中心として考えるとき、神様がいらっしゃるなら、私たちの心と体の闘いを、なぜこのように歴史性を帯びて継続させたのかということが大きな問題になるのです。人間が罪を犯したというとき、罪を犯した人がそのことを蕩減しなければならないのです。罪を犯したこと自体に神様が責任を負い、これに干渉することはできないのです。

7 では、心と体が闘う根源地はどこでしょうか。私たちの生命は父母から受け継ぎ、また父母をさかのぼっていけば、第一代の私たち人類の先祖の立場までさかのぼるようになります。すなわち、第一代の先祖であるアダムとエバの夫婦の愛に、問題があったためにこのようになったと見るのです。

8 生命の起源は父母の愛で始まるのです。では、私たちの生命が出発する前からこのような闘いが始まったと見るなら、父母が愛し合った立場が問題になったという事実を私たちは考えざるを得ません。アダムとエバの愛が喜びの愛にならず、相いれない愛の起源によって生命を受け継いだ私たち人間自体の紛争は、そこから始まったと言わざるを得ません。

9 聖書はアダムとエバが堕落することによって、エデンの園から追い出されたといっています。追い出されて人類の先祖が子女を繁殖したのは事実です。追い出したアダムとエバに、神様が結婚式をしてくれるはずは絶対にありません。誰のもとで結婚式をしたかと考えると、堕落することによってサタンのもとで結婚式をしたということを、私たちは認めざるを得ません。堕落はサタンによってエバが誘惑され、誘惑されたエバがアダムを誘惑したのです。

10 ですから、私たちの先祖であるアダムとエバが愛を中心として夫婦関係を結ぶとき、喜びの関係ではなく、相いれない関係により私たち人類の始祖が始まることによって、その関係に起因する私たち人間も、心と体の闘争の起源を連結せざるを得ないという事実は、何よりも理論的なのです。

11 堕落は淫乱によって始まったのです。このような願わない愛の関係によってサタンと一つとなって、善なる先祖になれず悪なる先祖になって、悪なる愛と悪なる生命と悪なる血統の根をもつようになったのです。

12 このようなことが事実であれば、私たちのすべての人類の堕落した後孫たちが、家庭を超えて氏族、国家、世界まで発展した今日、五十億人類はサタンの後孫であり、悪なる父母の血統を受け継いだということを否定できないのです。私たちの体の中に、神様が一番嫌うサタンの血が蠢動しているという事実を、どこの誰も考えることができませんでした。これが問題です。

13 では、この根をどのように清算するのでしょうか。サタンが愛の根をどこに下ろしたかといえば体、すなわち肉身に根を下ろしたのです。もし堕落しなかったなら、心と体が一つになるのは自然の道理です。堕落することによって天に対する良心のプラスとこれに反対する体のプラスが相いれずにいるために、ここから闘争の歴史が始まったという事実を私たちははっきり認識しなければなりません。

14 神様は、こうして善悪を分立する歴史をとおして、転換せざるを得ないのです。神様は公的なので全体のために生きる道を取りながら、愛と平和の目的に向かいます。その反面、サタンは私的立場を取って全面的に善の側を破壊しようとする立場を取り、憎悪と戦争で永遠に人類を天の側に行けないよう、天と地上世界を滅ぼそうとしているのです。

15 神様は、サタンの側に回った人類を打つことができないので、人類を取り戻すためには天の側が打たれて奪ってくる作戦を取り、サタンは打って奪われる作戦をせざるを得ません。
 サタンは、私的に憎悪と闘争で、天を滅ぼそうと歴史を通じてなしてきました。天は、反対に公的な立場で、愛と平和で再創造してきたのです。

16 末世になれば、サタンが人類を支配してきた立場を天に奪われるようになるので、神がいないという無神論を提示して、人本主義と物本主義、共産主義の出現を助け、天の側の右翼とサタン側の左翼の闘争を、世界的に展開したのです。天の側の勝利によって、第二次大戦以後にキリスト教文化圏の勝利と、平和の世界に転換する大変換時代を迎えるようになるのです。

17 今は個人主義の王国時代です。真の愛を中心とした、天の家庭を完全に破壊するフリーセックス時代、父母否定時代であり、夫婦否定時代、子女否定時代です。理想家庭を取り戻す天の側を完全に破壊するホモ、レズビアンの地上地獄時代を、天国に転換するのが再臨のメシヤの使命なのです。

18 そうして、メシヤは真の父母として、心と体の統一、夫婦の統一、子女の統一を願うのです。

  

◆ 精神と物質の関係


19 全世界的に今、公私にかかわらず、物質が先か精神が先か、無神論か有神論か、観念か実在か、進化論か創造論かということが問題になっています。これをはっきりさせなければなりません。

20 例を挙げてみましょう。動物世界を見れば、生まれるとき、目がまず生じるようになります。その目自体は物質それ自体です。その目が生まれる前に太陽があることを知っていたでしょうか、知らなかったでしょうか。その目の物質自体は知りませんでしたが、太陽を見ることができるように生まれたということは、その物質自体よりも先に、太陽があることを知った立場で生まれたということです。

21 その目自体が空気があるということを、その目自体の物質は知りませんでしたが、既に空気の中にはほこりが飛ぶことを知って、目をカバーする睫が準備されているということを知ることができます。また、目自体は知りませんでしたが、既に蒸発させる輻射熱があることを知り、目に涙腺をおいて防備させたのは、生まれる前にそのようなことがあることを知って生まれたのです。

22 結論づければ、思惟と存在、精神と物体、観念と実在、有神論と無神論、創造論と進化論が論争する問題の解決をみるようになるのです。

23 ですから、はっきり神様によって創造されたことを否定することはできません。そうして、本然の神様の創造理想世界に帰って、神様が願う家庭と私と世界をはっきり知らなければならないのです。

  

◆ 宗教の目的


24 私たちの心と体を見るとき、体は地獄の基地になっており、良心は天国の基地になっています。この二つの世界の分岐点をもっている人間であることを知りませんでした。

25 このような立場に立っている私たち自身を見るときに、体が心を引っ張り回すのです。体が心を自由自在に歴史を通じて引っ張り回したのです。もし、良心が強ければ、自然と天に帰っていくので、世界は既に天の前に立つことができたはずです。また、肉身が良心を引っ張り回すというのは、堕落するときにサタンと関係を結んだ偽りの愛の力が、堕落するときの良心の力より強かったということです。

26 ですから、神様はこのようなことをよく知っているために、堕落した人類をほっておくことができず、この体が良心を引っ張り回す力を弱める作戦をせざるを得ないのです。このように、歴史的に天が働くその救援的な体制を立てたのが宗教です。

27 全世界の文化圏が異なる背景に従って、様々な宗教を立てて、体が心を引っ張り回すのをどのようにして弱めるのかというのが宗教の目的だということを、今まで宗教を信じる信仰者たちは知らずにいたのです。堕落がなかったなら、宗教は必要ないのです。誤ったので、これを修正するために宗教が必要だったのです。ですから、神様は宗教を通して何をしようというのでしょうか。心を引っ張り回すこの体を弱めようとするのです。

28 皆さんは、宗教を信じることによって救われ、キリスト教を信じることによって天国に行き、仏教を信じることによって極楽に行くと思っています。しかし、天国は神様の真の愛を中心として、一つになった子女が入るようになっています。天国に入ることのできるアダムとエバの家庭は神様の血族であり、神様の愛を中心とした家庭であらざるを得ないのです。そのような家庭が入る所が天国だということを、今まで誰も知りませんでした。

29 ですから、良心の力を強化するためにこの体を弱めなければならないのです。良心を解放させ、良心が体を自由自在に引っ張り、堕落しなかった本然の神様の愛の懐に帰らなければならないのです。

30 では、宗教がすべき内容が何かといえば、体が一番嫌うことを提示することです。体が嫌うのは断食をせよ! そして次には奉仕をせよ! そして犠牲になれ! それだけではなく、のちには祭物になれ! 祭物は血を流すようになっています。生命を捧げられなければならないという話です。

31 ですから、聖書で、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」と逆説的な論理を教えたのも、肉身の欲望のまま生きれば地獄に行くのであり、肉身の欲望を抑制して良心に従っていけば天国に行くという話です。この体を完全に屈服させ、良心が絶対的な主体の立場に立つようになれば、私たちの良心は無限な欲望と無限な希望をもつようになっているのです。

32 今までの歴史の中で数多くの宗教があり、数多くの宗教指導者たちがいましたが、彼らは体を完全に占領し、無の状態に立って、良心をもって本然的基準で天と相対できる立場の解放された人間になれませんでした。

33 私たち堕落した人間は、偽りの愛の根を中心として、野生のオリーブ(渋柿)になってしまい、真のオリーブ(甘柿)になれませんでした。神様の真の愛を中心として根を張るべき人間が、悪魔の愛を中心として根を張ったために、野生のオリーブになったのです。この事実に対してどのように清算すべきでしょうか。きょう現在、生きている私たち人類の解決すべき重大な、宿命的な課題として残っているのです。

  

◆ 良心の本質


34 皆さん自身を中心としてみるとき、皆さんの良心は皆さんのあらゆることで知らないことがありません。良心は私において、父母よりも近い立場に存在することで、永遠なる愛をもって、永遠に神様の懐に抱かれることを願っているのです。世の中の父母たちは、結婚すれば別れることがありますが、良心は私を中心として、私が生まれる前から私と共に存在し、私を愛しながら永遠に神様の子女として解放させようとするのがその使命だったのです。

35 良心の世界には先生が必要ありません。ある国の文部省の大臣が、良心教育をしようと宣布をしたという話を聞いたことがありますか。良心が本然の道を行ったなら、私が一生の間、行く道をはっきり知って、間違いなく神様の懐に帰ることができるように、みな教え導いたのです。皆さんが良心を中心として見るときに、良心がすべての私の一生のことを知っているのと同様に、霊界に行けば霊界にコンピューターがあるので、地上でなされたすべての事実がはっきりと記録されるのです。

36 私の良心というものが、永遠なる神様の真なる息子、娘になるために、そのような傷のない子女となるようにするのが良心の使命だということを、今まで知りませんでした。霊界に行かない自信のある人がいますか。必ずみな行くのです。皆さんが霊界に入れば、すぐに名前が分かるようになって、皆さんの一生だけでなく、数千代の先祖たちも一瞬間に分かるのです。その世界は時空を超越した世界なので、良心に反する内容を残してはならないのです。

37 それゆえ、良心は先生よりも優っているという事実を知らなければなりません。ここには著名な方々と、教授たちが来ていらっしゃると思いますが、皆さんが良心以上のことを教えてあげる内容をもてないでいるのです。皆さんの良心は、船におけるコンパスと同様の役割をしているのです。

  

◆ 神様は良心の根である


38 皆さんの中に、年を取った方々と若い方々がいらっしゃいますが、結婚するときに相手が自分より劣ることを願う人がいましたか、いませんでしたか。いません。また、愛する相手が自分より十倍、百倍、可能なら千倍、万倍、億万倍もっと優ることを願うのです。ですから、良心の欲望は最高の愛を求め、絶対的中心者を占領しようとするのです。私たちの先祖たちも私たちの後孫たちも、同じです。このような質問を神様にしても、同じ答えをするのです。

39 皆さん、欲心と欲望をみなかなえるという見込みはないでしょう。韓国の一国会議員が大統領になりたいと思い、アジア全体、ひいては世界の一番高い立場を占有したいのが良心の欲望なのです。歴史始まって以来、今まですべての人々の考えは、良心の欲望は達成できない、不可能だ、という結論を下しています。しかし、私は可能だという結論を下しています。

40 皆さんの良心はどれほど大きいですか。良心が神様を占領したとき、それで終わると思いますか。神様よりも大きいものがあるなら、より大きなものを占領したいのが良心の欲望です。では、良心の欲望がいったい何をしようというのでしょうか。宇宙で最高のものがあるなら、その最高のものも占領し、また、それ以上のものがあればそれをも占領しようとするのです。

41 では、神様の良心はどれほど大きいでしょうか。人間の良心と神様の良心を比較すれば、どちらの良心がより大きいでしょうか。神様の良心が人間の良心より大きいなら、その良心で何をするのですか。神様が一番占領したいのが、この上なく大きな人間の真の愛に対する欲望だという結論が出てきました。

  

◆ 良心は真の愛を願う


42 神様が絶対的なお方であられるなら、一人でいて寂しいでしょうか、幸福でしょうか。皆さんがいくら大統領でも、妻がいなくて一人で暮らすならば、かわいそうです。愛の対象がいなければかわいそうになるのです! 神様も相対が必要でしょうか、必要ではないでしょうか。いくら神様でも、一人では寂しいのです。人間はお金や知識、また権力がなければ寂しいのですが、神様はお金や、知識や、権力は必要ありません。

43 神様に一番必要なものが何かが問題です。神様を何といいますか。神様は愛の王である! もし神様が愛の王であり、新郎であれば、相対者たる皇后が必要だという話が絶対的原理です。では、絶対的な神様の前に愛の相対になるお方は誰でしょうか。それは真なる人間です!

44 皆さんはお金や、知識や、権力を必要としますが、妻がいなければみな意味がないのです! 夫には妻や、子供が必要であり、妻にも夫と子供が必要なのです! そのような愛の対象が暮らす所が家庭です。違いますか。私はここで、良心の欲望をいっぱいに満たす愛の主体である神様に侍り、その神様の愛の対象である男性と女性が一つになって、その愛で息子、娘と幸福によく暮らす。その家庭こそ、神様の真の愛を中心とした地上天国の最初の出発の基地にならなければならないのです。

45 私たち人間も愛する相対が、自分より何千万倍の無限大の価値ある存在であることを望むのと同様に、神様も自己の愛する相対が、無限なる価値ある存在になることを願うのです。そのような人が真なる人間でした。皆さん! そのような男性と女性が、正にアダムとエバだったという事実を知りませんでした。

46 神様が主体なら人間が対象の立場にある存在なので、神様の分身ではありません! 神様もまた他の別個の人格者だというのです! そうなり得る対象の前に、神様の何千万倍の期待できる価値的な存在になることを願う欲望を可能にすることのできる、私たち人間に許してくれたのが良心の欲望だということを、私たちは知らなければなりません。

  

◆ 神様と人間の真の愛


47 神様が創造当時、理想として願った真なる愛、偉大なる愛を中心として、人間との愛の関係を結んで一つになるこのような神人愛一体の家庭を築いたなら、今日、私たちは天国だとか地獄だとかを心配することなく、ただそのまま天国にみな入るようになっていたのです。

48 ここで問題になるのは、神様の真の愛と人間の真の愛が、一つの主体的愛と相対的愛で、一つになって一点から出発しなくては、二つの愛の方向と目的地になるというのです。このようになるとき、神様と人間が願う絶対的理想世界は見いだせないのです。この二つの愛が一点から出発できることを願われた神様のみ意は、堕落によって完全に停止してしまったのです。

49 サタンの愛を中心として偽りの父母が生まれ、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を受け継いだこのような後孫なので、これは全部地獄に行くのです。天国とは関係がないのです。ですから、肉身の欲望を抑えて、心を思いどおりにすることのできる人を中心として、良心を通して神様の愛を占領しなければならないという事実を知りませんでした。

  

◆ 良心作用


50 良心は神様の真の愛を、どのように占領するのでしょうか。何かお金があり、知識があり、権力があっても、自己の命を懸けて愛する人を失ってしまえば、役に立たないのです。皆さんが心を解放させ、解怨成就させて、三六〇度をもって解放圏を良心世界に放てば、その良心は自然と神様の真の愛と連結されるのです。愛と良心のどちらが大きいかといえば、愛が大きいというのです。なぜなら、良心は愛から始まったので、愛がより大きいということを知ることができます。

51 良心を解放させ、神様の真の愛と一つとなって暮らしてから入る所、神様の愛の血族のために準備して、愛を中心として暮らしてから入る所が天国だというのです。この愛を占領できなければ、永遠に天国に入れず、その日のために数千万年を待たなければならないというのです。

52 堕落によって失われた、真なる神様の思想と経綸の明かりが人間たちに、神様の真の愛を備えともされて一体にならない限り、天国とは関係がないのです。真の良心と、真の愛が一つになって暮らす人は、天国に自動的に入ります。イエス様を信じても、神様の愛との連結ができない者は、天国に入れません。心と体が闘う者は天国に入れません。サタンの血統を受けて紛争する者は天国に入れません。

53 このようなことを開拓すべきすべての宗教が、自ら闘うときには、終わりの日にみな滅びるようになります。闘う所には神様がいらっしゃいません。それゆえ、宗教というものは体を打って良心を解放させる方便的な運動であって、これが救いの門を開く鍵ではありません。神様の真の愛を中心として真の愛と真の生命と真の血統を受け継がなくては、救いはあり得ないという事実を知らなければなりません。

54 宗教を信じることによって救われるのではなく、宗教は体を弱めるものです! 良心の解放圏を備えるようになれば、良心の欲望は神様より高くなる資格があるというのです!

55 皆さん、私がすることを良心が先に知っているでしょうか。どうですか。良心が先に知っているのです。私たち人間は相対的な存在なので、人格が異ならなければなりません。個性が異なるのです。人格が異なるのです。もし、神様が先に知るなら、神様の分身であり、一つの体なのです。そうなれば、相対的な理想は自己自らがしなければならないということです。アダムとエバが堕落したあとで神様が、「おい、アダム! お前はどこにいるのか」とまず聞くのです。

56 対象的な人格者としての人間は、神様の真の愛から出発したので神様に帰るのです。神様に帰らなければならないのです。父母が百歳になり、息子、娘たちが年を取って八十歳になるなら、父と子は父子の関係はもちろん、友にもなるのです。男性と女性を力で比較すれば相手になりませんが、愛というものが介在するなら、夫と妻が互いに押したり引き寄せたりしながら一つになるというのです。神様の前に対象的な愛の存在になったなら、神様が喜ばれるでしょうか、喜ばれないでしょうか。

57 神様が理想的な対象を願いながら、愛の対象が完成する前にこの宇宙をおつくりになりましたが、愛の対象として完成したのちに、アダムとエバがそれ以上に大きなものを再び創造してほしいと言えば、神様には創造なさることのできる能力があるでしょうか、ないでしょうか。私たちの良心の欲望が無限なものであっても、それを創造してくださる神様だということを知らなければなりません。

58 このように無限なる神様の真の愛を中心として、対象の価値としてつくられたという事実を完全に失ってしまったので、これを再び回復しなければならないというのが、人間の生涯であり、人類歴史の目的だったということを知らなければなりません。

  

◆ 再臨のメシヤはどのようなお方か


59 神様は宗教を立て、宗教の主人たちが再び来るといいました。キリスト教はイエス様が再臨するといい、仏教は弥勒仏が来るといい、儒教は真人が、イスラム教はマホメットが再臨するといいました。神様が宗教を立てた目的は何でしょうか。

60 神様が一番愛する息子、娘、神様の骨と肉が一つになるそのような愛する息子、娘を中心とした愛する家庭、氏族、民族、国家を形成するのが神様のみ旨であるということを、皆さんははっきり知らなければなりません。

61 それでは、メシヤはどのようなお方かということを皆さんは知らなければなりません。永遠なる神様の真の愛を根として、初めて地上に来られて、すべての宗教が願う理想を完成するお方が再臨のメシヤだということを、皆さんは知らなければなりません。そうして、真の父母となって、失ってしまった真の愛を中心として、真なる生命と真なる血統を地上に理想家庭として探し立てようというのが、神様の救援摂理の目的でした。

62 堕落によって神様は、アダム家庭の真の母と息子、娘たちをみな失ってしまいました。神様がもつことのできる真の息子、娘がいなかったのです! 神様の真の愛を中心として、血統的な因縁をもつ神様の家庭がなかったのです。堕落した父母によって、偽りの愛と、偽りの生命と、偽りの血統の因縁を結ぶことで、私たちの心と体の闘いが起こりました。アダムとエバが怨讐になりました。アダムの息子、娘たちの殺戮戦が起こったのです。

63 それゆえ、神様がこれを復帰するための救援摂理をしました。救援摂理は復帰摂理なので、失ってしまった真なる心と体が一つとなった息子、娘となり、絶対的に一つになる夫婦、息子、娘が絶対的に神様の真の愛を中心として完全に一つとなって、神様と永遠に共に暮らすことのできる真の家庭を、新婦格であるキリスト教と連結させ、神様と血縁関係を結ぶことによって、神様の真の愛で統一された家庭、氏族、民族、国家、世界を再び編成しなければならないというのです。これが神様の救援摂理の完成なのです。

  

◆ 真の御父母様の必要性


64 皆さん! 皆さんは自分たちの国が神様の祝福を受けることを願うでしょう。そのためには神様の真の愛を中心として、心と体が一つとなった民にならなければならないのです。神様の真の愛を中心として、夫婦が絶対的に一つにならなければならないのです。神様の真の愛を中心として、子女が絶対的に一つになる家庭をもつその家庭が、この国に多くなるとき、神様がこの国に来て暮らすようになるのです。そうなれば、自然にこの国も世界の中心国家にならざるを得ません。

65 自分の一番愛する人が農村や貧民窟にいるとしても、その愛する主体は対象が暮らす所に行って、共に生きたいのです。どのような所でも、愛する人がいる所に行って暮らしたいのと同様に、神様も一番愛することのできる息子、娘のいる所があれば、農村や貧民窟も天国になるのであり、上流層も天国になるのであり、中流、そのあらゆる環境を超えて天国になるという話なのです。

66 さて、きょう統一教会の教主という人がここに現れて話をしています。統一教会とはいったい何をする所かと尋ねるなら、神様の真の愛を紹介する所です。また、真の愛を中心として心と体が一つになるようにしようとする所であり、心と体が一つとなったその夫婦を、絶対的に一つとなった理想的夫婦にしようとする所です。その息子、娘は絶対的に分かれない統一された兄弟にしようとするそのような主義で、神様の命令によってその使命を遂行するのが統一教会だ、ということを伝達いたします。

67 堕落によって、偽りの父母から偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統を受け、偽りの結婚式をした家庭として始まった、汚されたものを完全に清算し、真なる神様と真なる父母の愛を中心として、私たち夫婦は外的には頭翼思想を立て、左・右翼を克服し、内的には神主義、すなわち真の愛を通して良心世界と霊的世界を克服し、真の父母となったのです。真の父母となって、神人愛が一体となった真の愛の種、真の生命の種、真の血統の種を接ぎ木してあげ、大きな祝福を伝授してあげる復活の礼式が、正に国際合同結婚式なのです。これが、すなわち真なる新しい家庭として進む道を開いてあげる礼式なのです。世界の全人類が大きな祝福を受け、天国家庭に転換され、地上天国に入籍する国民になることを願ってやみません。

68 こうして、超国家的な血縁関係を結成して、神様を中心とした天宙的大家庭主義を形成することによって、真なる父母主義、夫婦主義、兄弟主義を宣布して心情文化世界を迎えることによって、地上から天上世界まで、天国に入ることのできる解放された地上天国世界を完成しようというのが、統一教会の目的なのです。

69 第二次大戦以後、レバレンド・ムーンは全世界的に五十年の間、迫害を受けてきました。知ってみると、罪があったからではなく、人々を救うために多くの迫害を受けたことを知る時代になったので、今は反対に、一番立派だと考えるようになりました。レバレンド・ムーンの手によって、共産主義が滅びました! ゴルバチョフと金日成を教化させたのがレバレンド・ムーンです! 滅びていくアメリカを救おうと、レバレンド・ムーンでなければならないという、そのような希望的な体制をつくっておきました。

70 南・北韓の統一のためにもレバレンド・ムーンはあらゆる努力を傾けています。中東に対してもそうなのです。アメリカの共和党が四十年ぶりに民主党を押さえて勝利したのも、レバレンド・ムーンによる背後からの影響が非常に大きかったからだという事実をお分かりください。

71 レバレンド・ムーンが言ったことはみな成してきました。全世界がレバレンド・ムーンを亡き者にし、殺そうとありとあらゆることをしましたが、死なずに堂々と世界の頂上に立って、きょうも叫ぶことのできる立場に立ったのは、天が愛するからであり、神様が絶対的に保護するから生き残ったという事実を、きょう、皆さんは知って、統一教会について命を懸けて、これを学んでみなければならないと思うのです。

72 きょうこのような意義深い日、会って信じるに値する立場で、一番重要な事実について紹介しました。どうぞ忘れずにこの道に従って、皆さんが新しい覚醒のもとに決意して、皆さんの家庭と皆さんの国に、祝福を誘導する指導者になるようお願いします。これによって、理想的家庭が皆さんの国に出発し始めるのです。

73 皆さんも御存じのとおり、レバレンド・ムーン夫婦は、真の父母という名をもって全世界に知られています。今日、私たち夫婦が真正なる真の父母として、真なる愛、真なる生命、真なる血統で天と連結されたのが事実なら、この地上には平和を成す真の家庭と私から、解放と、自由と、統一と幸福の天国が始まるということを記憶してくださるようにお願いします。

74 最後にこの講演に御参加くださった皆さんが私のメッセージを心に刻み、神様を中心とした真なる個人と家庭として生まれ変わり、人類に希望と幸福の二十一世紀を開いてくださるようにお願いし、また皆さんの家庭と国に、神様の祝福があるように祈ります。ありがとうございました。


















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第三章 真の家庭世界化前進大会の講演文

真の家庭と家庭盟誓
 


第三章 真の家庭世界化前進大会の講演文



一 人間の行くべき生涯路程



 この講演文は、1999年1月17日から25日まで、韓国の8都市で開催された真の家庭世界化大会で語られたみ言です。


1 高名なる紳士淑女の皆様、きょう「人間の行くべき生涯路程」という主題で進められるこの大会に、御来場をいただき、心より感謝申し上げます。

2 今、全世界は大混乱の中で呻吟しています。個人では心身の紛争、家庭では青少年の淪落と家庭破綻、国家と世界の間に不信と戦争が絶え間なく続いています。ところで、この諸般の問題の解決は神人愛一体理想を知ることによって克服することができます。

  

◆ 神様が人間を創造した目的


3 人間はなぜ生まれたのかという問題は、人類が歴史的に追究してきた根本的問題です。ある人は自分の国のために生まれたと考え、ある人は自分の父母のために生まれたと考えます。あるいは自分自身のために生まれたと考え、信仰者たちは神様のために生まれたとも考えるのです。

4 しかし、神様が宇宙を創造なさった目的が人間だけのためであるとか、神様御自身だけのためであるという論理は成立し難いのです。人間が造られる過程に連結された様々な目的、すなわち神様が人間を創造なさった目的や天使が人間創造に協助した目的、万物が人間に投入された目的、そして人間が生まれたこと自体の目的などが、互いに違ってはならないのです。

5 全体がみな喜ばなければなりません。人間創造に関連した神様も喜び、天使も喜び、万物も喜び、そして人間自体も喜ぶことのできるそういう共通の内容でなければなりません。

6 それはもてばもつほどうれしく、一度もてば永遠に手放したくない、そのような何かなのです。それは外的な内容ではなく極めて内的なものであり、目に見えないものなのです。知識やお金や権力のようなものは、人間が生きていくのに必要な付帯条件であるだけです。そのようなものはすべて人間のためにあるものなので、人間には当然そのようなものを所有する権限があるのであって、そのようなものを所有するために生まれたとは考えることができないのです。そのようなものはみな流れていくものです。そのようなものは自分と一時的な相対関係を結ぶことはできるかもしれませんが、永遠の相対関係を結ぶことはできないのです。

7 さらに神様はお金が必要なのではありません。全能であられる方なので、お金はいくらでもつくることができます。神様は万物を造るとき、原理原則を通して造ったがゆえに知識の根本でもあられます。そして神様御自身は創造主として権力の主体であられるがゆえに、権力が必要でもありません。

8 それは、人間の努力だけで追究できるものではありません。人間の努力では生命の根源を支配することはできません。自分の生命の動機や過程、そしてその生命の終末まで動かし得る、そのような何かでなければならないのです。

9 このように見るとき、それは真の愛しかないのです。人間は愛で生まれ、愛の道を行かなければなりません。そして死ぬときも愛のために死ななければなりません。したがって私たちの人生を見るとき、生命より愛がもっと貴いのです。そして、それだけでなく、愛が生命よりも先なのです。したがって愛のためには生命まで喜んで捧げるのです。

10 愛は永遠なのです。小説や詩のような文学作品を見てもすべて「不変の愛」「永遠なる私のあなた」という表現が多く見られます。これは、私たちが瞬間的な愛、限られた時間内の愛を願うのではなく、永遠な愛を願うということなのです。

11 愛は神様も微動だにできなくさせる権威をもっています。神様も愛には弱いというのです。全能なる神様も人間の愛の香りをかぐならば、満面に笑みを浮かべられるのです。神様も愛の話が好きなのです。話だけでも好きなのに実際に愛すればどれほど喜ばれるでしょうか。

12 私たちの体の様々な器官も、愛という一つの目的を中心に生まれました。目は見るために生まれましたが、どのようなものを見るためかというと、共同のテーマである愛を探すために生まれたのです。鼻も臭いをかぐために生まれましたが、臭いの中でも愛の香りをかぐために生まれたのです。耳も愛の声を聞くために生まれました。私たちが聞く言葉の中でいくら聞いても嫌気がせず、好きな言葉は「愛している」という言葉です。これは若者も老人も同じなのです。

  

◆ 真の愛は宇宙創造の起源


13 したがって、あらゆる存在が互いにみな喜ぶことのできるテーマは、愛以外にはないというのです。その愛とは、大宇宙が歓迎することのできる真の愛です。神様も、天使世界も、万物も、そしてすべての人が公認できる、そのような愛なのです。愛というふろしきを持ってきてかぶせておけば、みなその中から抜け出そうとはしません。このような点から見るとき、宇宙創造の起源や生命の発源地とは、正に真の愛なのです。

14 人間が宇宙を愛する境地に入れば、宇宙のすべての門が開くことを経験することができます。また、自分が今この空間に極めて小さなものとして存在しているとしても、愛を中心としては極めて大きな存在と共同的で共通的な、そして同等かつ対等な相対的権限をもつようになります。その極めて大きな存在が絶対的な神様ならば、私は愛の権威によってその絶対的な神様の相対的な立場に上がることができるのです。

15 神様の属性が愛であるからです。したがって神様の愛の公約を立てておいて、その公約の中に存在するようになれば、宇宙のどこに行こうと自由なのです。神様の愛に酔えば、砂粒一つを千年見つめても飽きないのです。自分の手を見つめれば、自分の手から光が出ることが分かります。夜、一人で横たわっていると、暗い夜にもかかわらず、自分が黄金の板に横たわって黄金の光を発して寝ていると感じるようになります。夢のような話です。そのようになれば丘に上がっても万物が喚声をもって歓迎するのを感じることができます。皆さんもこのような経験をしたことがありますか。

16 私たちが、自分が愛の宇宙の中に生まれたと考えれば、無限に幸福に感じられるだけでなく、世の中に「我を見よ」と自慢するほどなのです。神様が実験室で研究している途中に最も理想的で、爆発的な発見があったとすれば、それは正に自分だったというのです。このような観点から、神様の愛の相対的立場として造られた自分自身を破綻させることは、罪の中の罪であり、これを愛して保護することは善の中の善であるという結論が出てくるのです。それゆえに自殺することは最も大きな罪になります。宇宙を破綻させる行動です。

17 監獄に入って、拷問で血を吐くことになったとしても、神様が抱いてくださる愛のみ手を感じれば、それがかえって神様が骨髄に染みる愛で抱くことのできる一つの条件になるのです。このように考えるとき、死ぬような環境も幸福な立場だと考えていくことができるのです。

18 このようなことを考えるとき、男性も女性も愛の力の中にいる人は強い人なのです。国や世界を与えても変化させることができないのです。そのような人の前にはサタンも屈服せざるを得ない驚くべき結果が現れます。したがってこの宇宙愛を中心として神様が人間を代表して呼ばれるとするなら、その方が正にメシヤです。イエス様がその代表者なのです。メシヤを通さなくては宇宙愛を見いだすことができないのです。ですから、万民はそのあとについていかなければならないという論理が成立するのです。

19 イエス様が「私は道であり、真理であり、命である。誰でもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」(ヨハネ一四・六)と言われましたが、ここに愛という言葉を一つ加えなければなりません。「わたしは道であり、真理であり、命であり、愛である。誰でもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない」と言ってこそ、論理がもっとはっきりするのです。

  

◆ 私は父母の生命、愛、理想の結実体


20 私たち人間は父母の愛の中で生まれました。その父母の愛の一番中心の主人として生まれたのです。したがって両親は私一人をつくり出すために愛し合ったという結論が出てきます。ですから両親に対して同等な立場で権利を主張することができます。「お父さん、お母さんは私がいなければ不幸です。私がいてこそ幸福でしょう」と言うとき、お父さん、お母さんは「そうだ」と言うのです。また自分も両親がいなければ不幸なのです。なぜなら父母が原因で私は結果であるからです。父母と自分は愛を中心として一つです。原因と結果が一つになって一つの愛の実体圏を成すのです。これが宇宙の道理です。

21 統一教会の原理では主体と対象が一つになるところから力が出てくるといいます。したがって原因である両親が自分と一つになれば、主体と対象が一つになって、一体となったがゆえに新しい対象となり、より大きな主体と一つになることができます。神様がその主体ならば、その神様と一つになるのです。すなわち神様の理想的な愛を中心として神様と完全な主体対象関係を成すならば、神様と人間は完全に一つになるのです。神様と人間の愛の圏が成されれば、宇宙にはいつも明るい太陽のような愛の光が発せられるのです。

22 自分はお父さんとお母さんの二つの生命が一つに結合した生命の連結体であるだけでなく、父母の愛の同参者として父母の愛と一体です。さらには自分は父母の理想とも一体です。理想には幸福や平和というものがすべて入ります。父母にとって、自分が世の中で成功したときの喜びが大きいとしても、なくした子供に出会ったときの喜びとは比較にならないのです。ですから子供は父母の最高の理想と一体だというのです。

23 自分にはお父さん、お母さんの生命の綱、愛の綱、そして理想の綱が連結されているので、この綱は誰も切ることができないというのです。神様も切ることができず、宇宙も切ることはできません。むしろ宇宙のすべての力がそれを擁護しようとするのです。

24 したがって私がどこに行っても、お父さん、お母さんがついてくるようになります。あの霊界にまでもお父さん、お母さんはいつも共にいようとするのです。ですからお父さん、お母さんが同行することを嫌うのは最も大きな罪です。この宇宙を破綻させる破壊行為なのです。父母を連れていくことを嫌うのは、既にその人が原則から離れて堕落していくということを意味します。

25 したがって父母を自分の体のように思って愛し、父母に孝行することが人間において最高に価値あることです。「円満な家庭に福が来る」という言葉も、みなそこから来るのです。反面、父母が離婚することは刀で子供を半分に切ることと同じです。それは宇宙の公法が許しません。これに逆らう父母はどこに行っても災いを受け、不幸がついて回るのであって、幸福になることはできないのです。

  

◆ 物質世界、父母、神様は三大父母


26 自分は三大父母を通じて生まれました。最初の父母は物質世界です。物質の世界からすべての要素を受け継いで、物質の中心として、物質の複合的な存在として自分は造られました。このような観点から、その物質元素自体が私を生んでくれた先祖でもあり、また自分の延長が物質世界でもあります。この物質は愛の理想の立場においてのみ安着するように宇宙はできています。

27 愛の理想の立場ですべての細胞が楽に生きられるようになっています。もし腹を立てれば、みなこじれてしまいます。次に、自分の体を生んでくれた父母が二番目の父母です。自分を生んでくれた父母が、自分をして一つの形態を備えて生まれてくることができるようにしました。しかし、この父母はどんなに頑張っても愛の主人になることはできません。自分の生命の主人にはなれますが、愛の主人にはなれないのです。

28 愛の主人は神様です。愛を宇宙化させて、愛を永遠化させるために神様がいらっしゃるのです。神様は愛の主体であられるので、愛を中心として父母になっています。ですから、神様が私たちの第三の父母です。このように私たちは三大父母をもっているのです。

  

◆ 人生が経る三時代の意味


29 私たち人間の一生を見てみると、腹中時代十カ月、肉身時代百年、そして霊魂時代千年万年を永遠に生きていきます。私たちの顔を見れば目、鼻、口の三段階になっていますが、これは人間が生きてゆく三時代の姿を見せているのです。口は物質世界の腹中時代を象徴し、鼻は人の世界の地上時代を、目は霊界の天上時代を表します。

30 赤ん坊が育つお母さんのおなかの羊水の中は、赤ん坊には正に自由天地です。お母さんのおなかの中ではいつも背中を曲げていなければならず、また勝手に足げりもできず、鼻も口もみなふさがっているのですが、ここは赤ん坊には自由天地だというのです。赤ん坊に必要なすべてを供給するパイプがへそについていて、へそでだけ息をしなければなりませんが、そのような世界が赤ん坊には自由天地なのです。

31 赤ん坊がおなかの中から生まれるとき、「私は世の中に出て、口で蜂蜜も食べて、餅も食べて、御飯も食べる」と考えて生まれますか。むしろ、その腹の中から外に出るかと思って「ああ、出なければいい」と言うのです。しかし「出たくない」と言っても、時が来ればみなはじけて出るようになるのです。水(羊水)が流れ出れば、それに従って外に出るようになりますが、このようにして生まれるのが安産です。

32 赤ん坊は生まれるや否や、泣くと同時に鼻の穴で息をするようになり、第二世界、すなわち空気世界に連結されます。

33 おなかの中から空気世界に連結されて出てくるときには、腹中世界で暮らしたへその緒と羊水の袋をみな破壊して出てこなければなりません。それらの死(破壊)と同時に地球星のお母さんの所に生まれるのです。生まれて口で食べて鼻で息をするのです。ところが地上で食べる食べ物は肉身が生きるのに必要な栄養分であり、本質的な生命要素ではありません。生命要素は、正に愛です。したがって、この世の中で愛という空気を吸わなければなりません。お母さんから、お父さんから、愛の空気を吸わなければなりません。

34 赤ん坊が生まれるとお母さんの愛の電波に沿って自動的に乳首を探しにいきます。醜女でも美女でも関係なく、お母さんであればいいのです。これこそ創造の妙味であり、神聖で偉大な姿なのです。人は愛で生まれ、愛を受けながら成長します。このような立場で見るとき「私」というものは、父母の愛の実なのです。お父さん、お母さんの愛がどうだということを実際の実として見せたのが自分なのです。愛の実であるがゆえに、父母は「私」を愛さなければなりません。

35 その実を通して無限な愛がまた実を結ぶのです。個人的愛、家庭的愛、氏族的愛、民族的愛、世界的愛、宇宙的愛、そして本質的な神様の愛まで連結することのできる道がここにあるというのです。

36 出生したのち、肉身時代には自分を生んでくれた父母が子育てを受け持って正しい人に育てるのです。世界と国と家庭を代表し、父母がすべてを教えて供給してくれます。私たちが父母から物質を供給され、教育され、個体として完成すれば、愛を中心とした横的な基盤に連結させなければなりません。それが結婚というものです。

37 父母は結婚するまで責任をもつのです。結婚してお父さん、お母さんが愛し合ったものを引き継ぐのです。父母が自分を生んでどれほど愛したかを、自分が結婚して子供を生んで育ててみることによって知るようになり、その愛を引き継ぐのです。そうすることによって自分は愛を完全に受けることができ、与えることができる人になるのです。そのようにして完全な一人の男性、女性として成熟するのです。

38 父母の縦的な愛で生まれて成熟し、横的に愛するようになって初めて、総合的な愛の圏を見いだすことができるのです。天地は球形世界であるがゆえに、縦横と上下、左右、前後の愛が連結されてこそ、それが授受して回り、すべてが総合されて一つの調和のセンターとして現れるのです。したがって天地の縦的愛が内外に軸としてしっかりと立てば、その次に横的な愛が必要なので思春期というものがあるのです。

39 思春期には、ただ秋風に落ち葉がころころ転がるのを見るだけでもいいと言うのです。乞食が訪ねてきて物乞いの歌を歌っても、思春期には「あ! また来た。またやってるな」と言って歓迎します。そのように四方に拡大されるのです。ですから、おとなしくしていた女性たちも髪の手入れや化粧をし、しきりに体に何かを塗るようになります。欲深くなるのです。それが愛の横的な現象なのです。

  

◆ 家庭を中心として人生が行くべき真の愛の道


40 したがって人生行路は旅のような道ですが、ここで備えるべきことは縦横の愛を体恤していくことです。真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛、真の息子、娘の愛を中心とした家庭を築いたのち、これを横的に拡大し、東西南北に多くの家庭を広げておかなければなりません。

41 そして彼らが縦横を連結させることのできる真の家庭の形態を成し、氏族圏、民族圏、国家圏、世界圏でもって神様と連結されるようになるとき、真の愛で連結されたその世界を天国というのです。

42 夫婦が愛するということは、神様を植えることです。本来父母は本然の神様の立場を代表し、ここで夫と妻は互いに他の一方の神様になります。そして息子、娘はまた一つの小さな神様です。神様は真の愛の本体であられるので、真の愛と連結されればみな同じ体になります。父母は神様の身代わりの生きている神様であり、夫婦も神様を身代わりし、子女も神様を身代わりするのです。このように三代が真の愛を中心として神様の立場を身代わりするのです。

43 それゆえに父母も、夫婦も、そして子女も真の愛を必要とするのです。このように真の愛を中心になされた家庭組織が天国の基盤です。そのような基盤を成さずには、天国が実現しません。これが公式です。家庭とは、すべての宇宙の現実世界の中心です。今日、人々は自分の家庭が国と世界と宇宙を代表した家庭であることを知らずにいます。中心としての家庭であるということを知らずにいるのです。ですから家庭を破綻させることは、国と、世界と、宇宙に対する反抗になります。

44 家庭完成は宇宙完成の基礎になるので、家庭で愛するように宇宙を愛すれば、どこでも無事通過です。この場合、神様は宇宙全体の父母として愛の複合的な中心の立場にいらっしゃいます。

45 真の愛を中心として男性と女性が一つになって理想的な夫婦となり家庭を築けば、彼らは神様を身代わりする立場に立つようになり、宇宙のすべてに連結されます。そうなるとき、神様のすべてが自分のものになるのです。どれほど幸福な立場でしょうか。ですから私たちは万物を征服したい気持ちになるのです。

46 男性と女性が合わさって家庭と社会と国家、そして世界を築くがゆえに、男女が中心になって築いた家庭は氏族のモデルにならなければならず、氏族は国家のモデルにならなければならないのです。私たちの家庭が行くべき道とは、理想的な家庭と氏族と国を復帰していくことです。したがって理想的な国が出てくるためには理想的な家庭がなくてはなりません。

  

◆ 三時代の人生において絶対必要なものは真の愛


47 尊敬する御来場の皆様! 真の愛が偉大な理由は真の愛で神様の対象になることができるし、神様も自分自身になることができるからです。聖書にも「神様が自分の中にあり、イエスが自分の中にある」という内容があります。父が息子の中に、孫がおじいさんの中に、おじいさんが孫の中にあるという言葉はここから生じた言葉だと考えます。

48 おばあさん、おじいさんは孫を中心として情を結ばなければなりません。それでこそ、愛の垂直線が始まるのです。また、孫はおばあさん、おじいさんと一つになるべきです。おじいさん、おばあさんは神様と同じ立場であるので、神様のように侍らなければなりません。そうでなければ縦的な愛の軸を探すことができません。これを立てたのちに、横が生じるのです。横的なものは四方に連結されますが、縦的なものはただ一つの方向です。横的なものは東西南北、三六〇度に動くことができますが、縦的なものは一つの点で動くことができず、分離することもできないのです。

49 ですから愛を中心として、まず体と心を一つにしなければなりません。そして神様を中心とした縦的な世界である霊界を愛することができなければなりません。そして未来に中心国家が現れれば、その国を中心として全世界の人類を愛さなければなりません。したがって真の愛を中心として犠牲、奉仕、献身の道を通じ、霊界と全世界の人類を愛する生活を送れば、人間は自動的に中心的存在になって二つの世界を主管し、一つの世界をつくることができます。そうすれば、神様もそこに臨在なさるようになるのです。

50 全霊界と全宇宙が合わさったものを天宙と言いますが、すべての霊界と宇宙は真の愛を中心として、この天宙が一つに統一されることを願います。天宙を統一することができるのも、全体の家庭を理想化させて一つにすることができるのも真の愛です。それで今日、人間が地上に暮らしても、永遠の生活をする霊界に入っても、絶対に必要なものは真の愛しかないという結論が出てきます。

51 真の愛は人間や霊界だけでなく、すべてが好むことです。ですから真の愛をもった人は動物も植物も好んで、彼を主人として迎えようとし、いかなる存在でも真の愛を中心とした人と一つになろうとするのです。被造世界のあらゆる存在は真の愛をもって生きる男性、女性の前に近づこうとして彼と共に生き、彼により主管されることを理想とするのです。

52 したがってこの世の中で一番貴いものとは、真の愛をもった男性と女性、すなわち真の人という結論が出てくるのです。人間には翼がないので、どんな昆虫や鳥よりももっと遠くに飛び、どんな飛行機よりももっと速く地球を回るためには、実体の肉身ではできません。どんなに飛んでもいくらも行くことができないのです。

53 人は万物の霊長として神様と対等な相対的立場にあります。ですから、一秒間に三十万キロメートルを走る電気や光よりもっと速い作用ができなければなりません。それを可能にするものが霊人体です。今、私がソウルにいても、霊人体はさっとニューヨークに行ってくることができるというのです。稲妻よりも速いのです。このように思いとともに歩調を合わせて作用できるのが霊人体です。

54 しかし、世の中で一番速い作用とは愛の作用です。世の中で一番速度が速いのは電波ではありません。世の中で一番速く、高く飛ぶことができる力をもったものが愛です。この地の果てとあの地の果てにいる人間同士で愛し合うようになれば、その地の果てを越えて引っ張り合うのです。愛はそういう力をもっているのです。真の愛を体験した人は、神様の本来の理想的な世界では神様が願うことすべてを即刻所有できる能力と権限をもちます。

55 そして、そのような資格は地上で成し遂げなければなりません。霊人体を中心として肉身が一つになる過程で、神様の愛の接続点がなされてこそ、そのような立場に進むことができるからです。神様の真の愛は同胞を愛するとか、世界の人を愛するとか、万物を愛することによって感じることができます。どの国の人でも五色人種を愛する心をもたなければならないのです。人だけでなくて微々たるものまでも愛することができる、そのような心をもたなければなりません。自動的にそれがわき出てこなければならないのです。

56 花が咲けば、その美しい色や香りは自然に出るのです。同様に、愛の花が咲かなければならず、愛の香りが自動的に宿らなければならないのです。そうするには、その愛の花を咲かせることのできる栄養素を受けなければなりません。植物が地と太陽から栄養素を受けるのと同様に、私たちも肉身と霊人体を通じて栄養素を受けるのです。それで、肉身を通じて生力要素を受け、その次には霊人体を通じて生霊要素を受けるのです。

57 そうすることによって自分が愛の完備体になって、どこでも飛んでいくことができます。そのようになれば、太陽系やすべての大宇宙世界は、全部自分の活動舞台になるのです。

  

◆ 霊界は愛を中心とした世界


58 人間が肉身生活を終えたのちには、第二の出生をするのです。これが死です。第二の出生をする所、死んで行く世界が正に霊界です。その世界に入って、第三の父母である神様から宇宙全体を代表した愛が供給されるのです。理想的な愛が供給されるというのです。ですから、霊界では統一されざるを得ません。

59 死ぬ瞬間からは第二の空気世界をけ飛ばして、新しい第三の愛の呼吸気管に連結されなければなりません。父母の愛、兄弟の愛をけ飛ばして霊界に入って、結局は大宇宙の神様の本体に化した愛の世界に入ります。種が本体から出てきたので、結果を結んで、また本体に戻らなければならないのです。

60 霊界は愛の空気でできている世界です。愛の空気でいっぱいです。ですから私たちはこの地上世界から愛の息をすることができるもう一つのパイプ装置をしかなければなりません。そして霊界を体験し、霊的な愛を感じて呼吸できる人になってこそ、霊界で死なないというのです。

61 霊界は愛を呼吸し、愛を中心として暮らす世界です。したがって完全な愛の人格を成し遂げることができなければ、行ったり来たりする道が制限され、四方に通じません。門を通ったとしても一つの門だけを通らなければならないのと同じです。

62 春夏秋冬、いつでもどこでも合わせて暮らすことのできる資格を備えようとするなら、完全な愛の人格を具備しなければなりません。ですから三時代を経るように人間を造ったのです。

63 とんぼも幼虫が水の中で泳ぎ回り、地上に上がってきてしばらくはい回ります。その次にはひらひらと飛び回り、陸地で食べるだろうとは思いもしなかった虫を捕まえて食べます。天下を自分の舞台として飛び回るのです。このように昆虫類の中では翼があって三段階世界を経るものが多いのです。

64 昆虫もこのように水と陸地での生を経て空中で暮らします。ましてや万物の霊長である私たち人間はもっと次元の高い翼をもっているのです。私たちは神様の代わりに愛で生まれ、愛で生きながら息子、娘を生んで、愛の目的地に到達して永遠に神様と共に生きるために神様の所に帰るのです。すなわち私たちの一生とは、愛で始まって、愛で熟して、愛の実として収められるのです。人が死ぬということは、愛の実を収めることです。

65 私たちが父母の愛を受け、夫婦の愛を交わし、子女を愛することによって、内的な愛の世界に蒔かれた神様の愛のすべてを、私が一生をかけて実を結んで収め、あの世に行くのです。したがって私たちが完全に愛で一つになれば、神様に似るようになります。夫婦が合わさってこのような三段階の愛を完全に成して霊界に行くようになれば、永遠の主体である神様の前に、永遠に相対的な神様になるのです。真の愛を中心とした夫婦が死ねば、そのようになるのです。そのように神様で始まって神様で締めくくるのです。

66 人間が死ななければならない理由は、体をもっていては制限された愛でしか愛することができないからです。無限大の神様の愛の対象的実権をもって現れようとするなら、制限された肉身だけではできないのです。ですから無形の霊にならざるを得ません。

67 さらに、愛の理想を全天地と同一化するためです。ですから、死は苦痛の道ではなく、宇宙的な愛を所有することのできる幸福の門を開門する時間なのです。

68 死ぬということは、歩き回る陸地の世界から、ひらひらと飛び回って暮らすことのできる世界に移ることです。

69 全宇宙を自分の舞台にして、愛で楽しむことのできる旅行の資格者になり、そのような世界に入門するために死の道を行くのです。ですから、死ぬことは正に新しく生まれることなのです。

70 私たちは初めお母さんの胎内にいました。その胎が私たちを育てたふろしきです。そのふろしきの中から出てくるとき、全部け飛ばして破ってしまって生まれるのと同様に、私たちの霊人体に対して肉身はふろしきのようなものなので、これを切ってしまって飛んでいくのです。したがって人間は結局水の世界、陸地の世界、空中の光の世界を経て、永遠なる真の愛の世界で暮らすようになるのです。

71 霊界では生命の要素が愛であるので、愛を通じた命令にはすべてに不可能がなく即刻なされます。そこでは億万人が一度に夕食を食べるとしても、そこに合う食べ物を準備して、あっという間に宴会をすることができます。そのとき列席する貴賓たちが、みな王女、王子になりたいというときは、本物の王女、王子になるのです。それが可能なのです。

72 皆さん、そのようなことを理解するなら、この地上で暮らしたいですか。あの世に行きたいですか。腹中にいるときは「腹中が一番いい」と言いながら、腹中でただ足でけりながら暮らします。中間に引き出せば嫌だと言うでしょう。そしてお母さんのおなかの中から外に出るときは、死んでから目覚めます。地上での死というものも、死んでから目覚めるのと同じ作用なのです。したがって死とは、正に第二のお産なのです。

  

◆ 回復すべき神様と人間の本然の関係


73 御来場の皆様! 今日、ひと時を生きていく私たちの人生の道というものは平坦な道ではありません。それは人間が堕落したからです。

74 私たち人間は堕落の因縁をもって生まれたがゆえに、その堕落によって生じた怨恨の過程をどうせいつかは乗り越えなければならない運命をもって生まれました。数千、数万年の歴史過程を経てもそれを越えなければ、その恨の道は私たちの前に永遠に残るようになるのです。

75 エデンの園でアダムとエバが堕落したその瞬間から、私たち人間は不幸の要件をもって出発しました。ですから、人類が幸福の世界に戻るためには、必ず不幸の世界を退けて進まなければなりません。そうでなくては誰も幸福な世界に戻ることができません。人類始祖が堕落したことによって人間だけが不幸になったのではなく、神様までも共に不幸になりました。

76 私たち人間が生涯を捧げて生きていく一つの目的は、理想世界の実現だけではありません。それよりまず、生命の根源であられる神様に積もりに積もった悲しみと悲痛さをどのように打開するかということが、私たちの生涯の目的です。したがって人類が幸福な所を訪ねるとき、神様も幸福になるのです。このように神様や人間は同じ立場に立って一つの目的を指向して、歴史過程を経ながら今まで歩んできました。神様はアダムとエバを失うことによって険しい道のうちで最も険しく、世の中の誰も願わない、また行きたがらない道を歩んでこられたのです。人間もやはり堕落で残った、この避けることのできない運命の道を、救いの一日を願ってやって来たのです。

77 神様に対して人間は「その方の息子、娘になりたい」ということが最高の願いです。なぜなら、父母と最も近い立場は親子関係であるからです。

78 「私」という人は父母の愛と生命が集中したところ、父母の理想を代表した立場に生まれました。ところが愛とか理想とかいう言葉は一人について言う言葉ではありません。生命も一人で独断的に出てくるのではなく、連結された立場で出てくるのです。したがって神様が人をお造りになるとき、神様の愛と生命と理想の対象として造られたのです。これは驚くべき偉大なことです。

79 自分がいなければ、父母の愛は現れることができません。父母の愛と生命と理想は自分と共に関係しているのです。自分は父母の愛と生命と理想の結実体です。ですから息子の立場は最高に価値のある立場です。神様と人類は親子の関係であるからです。

80 父母と自分が一つのところから共に出発したという事実は驚くべきことです。父母の愛は自分の愛であり、父母の生命は自分の生命であり、父母の理想は自分の理想として決定づけることができるのです。ですから父母は子女を見つめるとき、これは自分の愛する息子、娘だと言います。これは自分の愛と、自分の生命と、自分の理想の実体だということを父母は感じて悟り知っています。愛する息子、娘は一日だけ会わなくても、会いたいし、今見てもまたすぐ見たいというようなものなのです。それはどんなに離そうとしても離すことができない、骨の中の骨であり、肉の中の肉です。いなければ死んでしまうくらい、そこにはすべての理想がかかっているのです。

81 今日、堕落によって真なる愛と、真なる生命と、真なる理想をもたない人間世界に生まれた父母も、そのように子供を愛することができるのに、そのような父母の主体であられる神様は、それよりもっと愛するというのです。

82 本来堕落前のアダムとエバは神様の直系の息子、娘として神様の血筋を引く者です。アダムとエバは天上天国と地上天国を受け継ぐことのできる王子、王女だったのです。王子、王女であると同時に、無形の神様であられ、主体であられる神様の前に対象として造られた存在であるがゆえに、神様の前に愛を受けることのできる実体であり、無形の神様が実体として顕現したものです。

83 神様の息子の特権は、その方は自分のものであり、その方がもっているすべても自分のものだというものです。神様の愛までも、生命までも、理想までも自分のものです。このように驚くべき偉大な本然の価値を、人間は再び回復しなければなりません。

84 したがって神様が主体的愛で永生するなら、その愛の相対も永生しなければなりません。神様の愛と一つになれば、神様が自分になるのです。

85 堕落していないアダムとエバの体は、神様が住むことのできる家です。アダムとエバが神様を心の中心として真の愛で永遠に統一された愛の体、生命体、血統体になっていたならば、今日私たちの心と体は闘いません。

  

◆ 人生が行くべき最高の道


86 堕落とは悪魔の愛を中心とし、悪魔の生命体と血筋を受け継いだことです。

87 偽りの父母から生まれたのです。ですから、この血筋を改造しなければなりません。野生のオリーブの木を真のオリーブの木に改造しなければならないのです。そうするためには接ぎ木をして三代以上経て、そこで結ばれる実が真のオリーブの木になって、本然の基準を身代わりするようになるのです。そのとき、初めて堕落した人間が本然の人間に復帰されるのです。そしてそのとき、救いの摂理の完成がなされるのです。

88 このように神様と一致した愛を中心として、善なる父母の息子、娘にするために、神様がこの地上に救世主を真の父母として送るのです。救世主は人類の血統を清め、本然の創造理想を実現するために来られるお方です。

89 私たち人間は誰でも最高になりたいし、神様の息子、娘になって、神様の王子、王女として王権を受け継ぐことのできる相続者になりたいという本然の欲望があります。しかし、他の血筋を受け継いだがゆえに、生まれながらも嘆かわしく、生きながらも嘆かわしく、死にながらも嘆かわしいのです。人生は苦海だという言葉がここから出てきたのです。

90 ですから自分の体と心の闘いをどのように中止させ、一つに統一させるかという問題が重要です。自分の体と心を一つにできなければ、南北統一も、世界統一も、そして霊界統一も自分とは何ら関係がなくなります。

91 主体と対象は対応的な関係を結んだのちには、より大きいものを中心として一つにならなければなりません。男性と女性が対応して一つになったあと、より大きいプラスやマイナスになって、国の前に忠臣にならなければなりません。そして、これが再びプラスやマイナスとして世界的次元で聖人の道理に接ぎ木されなければならず、聖人の道理が再びプラスやマイナスになって、天宙的次元で聖子の道理に接ぎ木されなければなりません。そのように聖子の道理を備えたのちにこそ、神様に接ぎ木することができるのです。

92 ところが私たちは発展を願い、大きいものを願い、高いものを願うというこのような原則において、自分が行くべき道が運命的に横たわっているにもかかわらず、その道を知らずにいます。本然的な天道の動きに対する対応的な反射として自分の心の欲望は作用していますが、その成就の道を知らずにいるために、人生は塗炭の苦しみの中で呻吟しているのです。これを探すことができないがゆえに、世の終わりの日になれば、自分の生命を絶ってでもその道を探すために自殺がだんだん増えていくのです。私たちは何としてもこれを克服する道を求めなければなりません。

93 人類は世界の舞台で一番となることを願う前に、まず本然的アダムとエバの家庭で一番になるべきです。アダムとエバが神様の前に直系の王子と王女の立場を備えるようになれば、彼らは男性として最高であり、女性として最高になるのです。

94 しかし彼らが堕落したことによって、彼らが占めるべき長子権の王子、長子権の王女の立場を失ったのです。これが人類歴史に恨として残りました。それで人類は神様の愛を再び探そうと、最初の息子と最初の娘の立場を探していく人生の道を歩んできたのです。

95 そのような愛を受けるためには自己中心に生きるのではなく、神様を主にして、兄弟である人類を主にして生きなければなりません。お父さん、お母さんに代わって兄弟のために最も多く血と汗を流して長く耐えて克服した人であるほど、深く、広く、高い愛を受けるのです。そのような息子になり、娘になってこそ、お父さん、お母さんの全体を相続することができるのです。この道は男性も女性もみな行かなければなりません。したがって十回でも百回でも死の峠を経て、また死んだのちも絶えず神様の愛を求めていくことが、人生において行くべき最高の道なのです。

96 統一教会の原理は、人間が神様の愛の圏内から脱したことが堕落であり、神様の愛の圏内に再び入ることが復帰だと教えています。そのような愛の圏内に入れば、自分の手一つ見ても千回、万回激賛するようになります。その世界では自分の手も神様の愛を受ける手になるので、その喜びは言葉で表現できないのです。そのようにすてきな世界が天国です。

97 私たち人間の心が神様の愛を占領する日には、千年万年歌を歌って踊ることができるというのです。神様の愛に酔うようになれば、酒やあへんのようなものに酔うのは比較にもなりません。天下に存在するものすべてを呼べば、そこにこたえないものがありません。流れる水だけ見ても、千年間歌を歌うことができます。そこにおけるささやきの甘味は無窮無尽だというのです。その時は世の中のすべてを成し遂げたことになるので、金銀財宝も他の何も、みな必要ありません。世の中でそれより貴いものがないというのです。

98 このように見るとき、人間の価値は愛を通じ、真の愛の感覚を通じて宇宙と和することができる主人格なのです。これを成し遂げることが人生の行くべき道です。

  

◆ 宗教の使命


99 霊界は今まで未知の世界でした。その世界は神様の存在原則である、「ため」に生きた人間だけが行く所です。そういう内容で形成された世界が理想天国です。そこが私たち人間が求めていくべき本郷です。

100 今日私たちは堕落した人生によって本郷から追放された人間となったがゆえに、本郷の地に向かって帰らなければならない運命にあります。しかし、そこは人間自体だけでは帰ることができません。それで神様は人間が帰ることのできる道として、その民族の文化背景、風習あるいは伝統に従って数多くの宗教を立て、歴史的に収拾してこられたのです。

101 宗教は本郷の地へ帰ることのできる資格者を鍛える訓練の場です。神様は東西南北四方の文化背景によって、高い所に前進できる一つの統一された宗教世界に導いてこられたのです。

102 そのような本郷の地に導くべき宗教であるがゆえに、宗教は「ために生きよう」ということを教えてあげざるを得ません。それで高等な宗教であるほど「ため」に生きなければならないという原則を強調し、温柔謙遜であれと教えるのです。無数の人々を高め、彼らのためになる立場に立って、犠牲になり奉仕しなさいと教えるのです。

103 これから、私たちの前に到来する二〇〇〇年代は、世界の全人類が神様を中心とした真の本然の人間の価値を取り戻し、天地父母と一体となり祝福を受けた真の家庭を成し遂げ、神様と真の父母を中心として、永遠に「ため」に生きる真の愛の道理を実践する、真の平和と理想の天国時代を迎えなければならないのです。

104 皆様の家庭と国家が神様の愛と祝福に一層満たされますようお祈りいたします。ありがとうございました。






















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二 祝福と永生

真の家庭と家庭盟誓
 


二 祝福と永生



 この講演文は、1998年3月18日、韓国ソウルの蚕室にあるオリンピック体育競技場で開催された4000万双祝福勝利歓迎および文鮮明先生のみ言訓読大会、また韓鶴子総裁来日時に語られたみ言です。


1 世界の人類は末世に住んでいます。家庭が壊れ、父、母、子女が怨讐になったりしますが、なぜそうなのでしょうか。真の愛がないためです。最も重要なことは、永生のこと、霊界の存在について知らないからです。

2 永生することを確信すれば、「罪を犯せ」と言っても犯しません。「自己中心に生活しなさい」と言っても、そうしません。これを知らなければ、キリスト教やいかなる宗教を信じても、絶対に天国、神様の理想世界には行けないのです。真の愛は、生命を投入しなければなりません。

3 永生問題と連結されなければ、社会革命も不可能です。現在よりももっと疲弊し、没落した環境に陥れば、誰もそこに行こうとはしません。

4 永生問題、永遠なる生命の問題においては、環境的なすべての条件は克服できます。それゆえに宗教が偉大です。永生問題とつながっています。永生することを確信すれば、自分の家族を導きます。

5 今までの宗教は、思想界を含めて環境の中で習慣性として、現在の文化の背景となったのを、すべて消化できずにいます。永生という概念がなかったためです。

6 今まで信仰してきたキリスト教もそうです。末世になって、環境が変われば変わるほど、すべてがかき回されてしまいます。なぜなら、永生の概念がないからです。永生に自信がありません。神様の存在を知らないのです。命を懸けて環境を越えられるかといえば、四方を見回しても、現在の生活方法に流されて、その道へと陥っていくのです。

  

◆ 永生問題を知るべき理由


7 信仰の道は、今の肉身生活の準備ではありません。永遠なる世界のための準備であるという信念さえもてば、そのままにしておいてもかまいません。人は時がたち、四十歳、五十歳を過ぎれば、死が近づくために永生について深刻になります。

8 一般の愛は、年を取るにつれて希薄になりますが、永生の概念さえあれば、年を取ればだんだん深刻になっていきます。それゆえに、真なる宗教理念だけが、これからの世界を収拾することができます。邪悪な環境の中で、乱れた変化がどれほど多いでしょうか。しかし、永生の概念さえ徹底すれば、頻繁に変化する環境を貫いて越えられるし、いかなる悲劇がぶつかってきても何一つ問題になりません。

9 真の愛で、神様は相対であるアダム、エバをパートナーとして造ったのです。それで、その相対として生きなければなりません。それを言葉だけでなく、実感し体恤しなければなりません。

10 真の愛の力がどれほど偉大であるかを知れば、「この道に行くな」と言っても行くのです。

11 それで常に生活の中で力を注ぐべきことは、いかに永生の概念をもつかということです。これさえもてば、すべては解決です。理論的にこの概念が的中すれば、心に強く響き、体まで同じ基準で一つになれる人は、青少年です。

12 十六歳以前は、アダム、エバが堕落する前ですから、本性の基準が生きています。堕落前の本性の基準を、一〇〇パーセント活用できる時でもあります。それゆえ、青少年時代に神様を知らなければなりません。神様を知ることによって、自分と不可分な関係が分かるようになります。そうするには永生の概念を、常にもたなければなりません。

  

◆ 一生と永生


13 皆さんは、何歳まで生きられると思いますか。七十歳、八十歳までは生きられると思うでしょう。それ以前に死ぬとは考えません。自分は八十歳とか、百歳になれば死ぬと思っていても、きょう、あす、死ぬかもしれません。食事の途中に、または今夜、帰宅して眠っている間に死ぬかもしれません。

14 皆さんは、私はまだ若いから、これから少なくとも四、五十年は生きられるという願いをもっているでしょう。そのことを神様から保証されていますか。皆さんはできるだけ短く、一年以内には死ぬと考えてみてください。そのような観念を、できるだけ短くもつほど幸福で、損をしないのです。この期間に、誠を尽くして準備をしなければなりません。そうすれば、その内容が、自分の永遠の生命の宮をつくるのです。

15 それでは、その短い期間に神様を愛したことがあるでしょうか。神様を愛したいのに、そうできないのです。神様は「愛しなさい」と言われます。この世に生きている間に二十四時間、精誠を込めて多くの人々の中で、一人でも多く神様の前に導いてください。そのように生きれば、それが永遠なる生命の財産となるのです。

16 では、皆さんは何歳まで生きようとしますか。神様の命令で直ちに死の場に出されたら、どのようにしますか。そうしたら、神様から褒められる何かを残さなければならないのに、自信がありますか。眠る時間も、食する時間も惜しまなければなりません。心配をする間もありません。

17 一生と永遠について、その一生を短く見積もるほど価値があります。それで、個人、家庭、氏族をどれほど愛しましたか。

18 どうして、個人、家庭、氏族を愛するのでしょうか。全人類を愛するための教材です。彼らを愛することは、全体を愛するための教材として愛するのです。これは絶対に、私たちの一生において損をしません。極めて知恵のある考えです。

  

◆ 永遠の生命を追求する人間


19 永遠なる生命の世界を求めることが、信仰生活です。信仰は、永遠なる神様の愛を追求します。永遠なる生命と愛とを一致させるため、神様の喜びと私の喜びが出会って、一つの喜びとして感じられる決着点を見いだしていくのが、信仰の道です。

20 それで、信仰生活をする私たちが、どれほど前進的な愛と生命力をもって生きるかが、何よりも重要な問題です。

21 私たちが、五官を通して感じる感覚の一切を統合して、この生命、真の愛と、どのぐらい関係を結んで生きるかによって、人間としての価値が左右されます。

22 そこで、私たちが生命力と真の愛の心で、どのように対人関係を結び、社会生活をしてきたかを考えなければなりません。もし、そうでないとしたら、それは停止か後退です。

23 人は一生だけではなく、永生するのです。宗教は地球からなくならないで、文化と風習が違うすべての環境を経ながら、世界的な版図を拡大してきました。それは一生が問題ではなく、永生しなければならないからです。

24 人はこの世だけでなく、宇宙と共に生活しなければなりません。一生は百年以内の短い期間ではありますが、それを限界として、そのままなくなってしまうのではありません。その限界線を克服すれば、全地球村の生活を越え、超越した場において生存し続けるのです。

25 そのような世界は厳然として実在しますが、たとえ、しないとしても、今まで苦痛の中で呻吟しながら生きる人類を同情し、助けなければなりません。そのためには、仮想的な永生論を主張し、仮想的な神様を中心とした理想国家の形態を、推理していかなければなりません。そのような面からも、宗教が必要です。

26 しかし、仮想的に推理された宗教理想であるということを知れば、誰が満足するでしょうか。「実在する」と断定しなければなりません。「実在する」ということは、私が決めることではありません。「実在する」ということは、永遠の昔から決められているのです。根本から「そうだ」と言えるところまで、明らかにしなければなりません。それで、皆さんの永生問題とともに、宗教問題を中心とした神様の問題まで、解決しなければなりません。このような諸般の問題が連結されています。

  

◆ なぜ永生するのか


27 神様は、人間をいかなる存在として造ったのでしょうか。神様の絶対、唯一の価値をもつ、真の愛の相対者として造りました。

28 人の命の価値は、どれほどでしょうか。お金で計れる無価値な人間ではなく、神様の前にあっては、宇宙と取り替えることのできない、高貴なる価値をもっています。真の愛の相対圏をもって男性を造り、女性を造ったという、驚くべき事実を知らなければなりません。

29 人間は真の愛から生まれ育ち、生きて、死んでいきます。しかし、なくなってしまうのではありません。主体であられる神様が永遠、不変、唯一であるので、その対象的な真の愛の立場に立つ時には、永生するのです。永生という理論が、ここから出発します。生命から始まるのではありません。

30 今日、この地上で最も真なる人とは、どのような人でしょうか。神様と内外共に一体となって、子女の立場で完全に真の愛を受けられる人です。そのような人々が、神様と共に生活することを、真の人生の道であるといいます。

31 人々は誰もが最高を願っています。人間が最高の立場にいれば、神様は私のものです。また、私は神様のものです。そのようになれば、私は神様の子女となり、神様と私が一つになるので、宇宙は私の所有となります。

32 神様にとって、最も愛する大切なものがあるとしたら、それを一日、十年、百年間用いたのちに、投げ捨てるようにと造ったのではありません。 永遠に、共にあるように造られたのです。 人間も同様です。人間が生まれて死ねば、終わりではなく、永生します。なぜでしょうか。人間は、絶対者であられる神様が、真の愛を中心として喜ぶ対象であるからです。

33 皆さんは、漠然とではありますが、永生を願っています。大切なものは避難する時、それをもっていきます。

34 そして、それを誇りにします。それを一日、二日誇って、やめるのではありません。自分が死ねば、それを後代に永遠に残すことを願います。

35 それは神様も同じです。神様が永生される絶対者であれば、その方が愛することのできる対象も永遠でなければなりません。それゆえに、人々は昔も今も永生を願います。それで、絶対者であられる神様は、永生する価値をもつ、愛する子女を探すのです。

36 私たち人間は、神様から造られた傑作品として、神様に似るように造られました。神様が永遠であられるので、私たちも永遠なる性稟が必要です。ですから、私たちの心は老けないのです。

37 人は永生することによって、傑作品としての存在価値をもつことができます。人間は霊的存在なので、永生しなければなりません。

  

◆ 創造主の永遠なる真の愛のパートナー


38 永生の論理を、いかに見いだせますか。神様は知恵の方です。もし、神様に愛の理念がなかったなら、神様は孤独単身で、喜怒哀楽を感じることができないでしょう。

39 絶対的な愛を失われた神様は、歴史始まって以来、誰も体験できない深刻で悲惨な立場に立っています。永遠に、誰も慰めることができません。本然の息子、娘を犠牲にして、それで満足されるのではありません。御自分の願いである、真の愛の理想的パートナーを再現させて、彼らを抱いてあちこちと移動しながら、もっと輝くように着飾って、さらに美しく誇りたいのです。全宇宙を、彼らのために造ったのです。

40 大気圏が絶対低気圧圏になれば、高気圧圏が生じて、自動的に循環運動が起こります。神様は、真に知恵の王様です。なぜ、投入して忘れなければならないのでしょうか。自動的循環原理を通して、永遠に回転が始まるので、永生の論理が設定されるのです。

41 投入し、投入し、また投入するところに、永生の論理が展開されます。「ため」に生きることにおいては、滅びることはありません。小から大へと成長して、その大は次に内に入って、核となります。

42 神様が絶対的な真の愛のパートナーを求めるとすれば、誰を立てるでしょうか。それは、間違いなく人間です。それで、「万物之衆、唯人最貴」(万物の中でひとえに人間が最も貴い)という、言葉が出てきます。ここから、創造主の永遠なる真の愛のパートナーになった時、そのパートナーは永生するという論理が生じるのです。

43 永生というのは、自動的な産物です。永生は、ここから始まるのです。真の愛の関係を中心として、永生の論理をいかに立てるかという問題は、宗教で極めて大切なことです。

44 男性、女性に永生があるのではありません。神様の真の愛に、永生があるという結論が出てくるのです。

  

◆ 真の愛でのみ救いが可能


45 今日キリスト教徒たちは、「イエスを信じれば永生する」と言います。言葉では、素晴らしいことです。それならば、永生はどのようにするかと聞けば、「そのようにします」と言います。永生は、継続的な作用を続けるところにあります。その人生の道を永遠に行くのです。

46 そのためには、心臓の動脈と静脈のような循環器官、神経系、大脳、小脳のすべてが、正常的に動かなければなりません。そうするには、莫大な消耗がなされます。

47 どのように永生するかと聞いたら、皆さんはどう答えますか。イエスを信じれば永生し、救われるとは、とんでもないことです。真の愛によってのみ救われるのです。

48 神様の創造原則から見れば、真の人だけが神様の真の愛の同伴者です。真の愛をもてば、永遠に生きるようになっています。真の愛の圏内に入れば、霊界や地上に生きる時に、自分がどこへ行って住むか、見ることができます。

49 皆さん、大洋を航海する大きな船が、遭難する危険が生じれば、その中に住んでいたねずみが、全部ロープをつたって陸地へ逃げるという話を聞いたことがありますか。微々たるものにすぎない動物も、未来の生死圏を判断することを知っているのに、万物の霊長である人間は、そうではありません。

50 これは堕落のゆえです。この堕落の環境をどのように脱ぐかという問題が、すなわち悪魔の愛と生命と血統から、いかに解脱するかによります。解脱という言葉は、抜け出るということです。完全に抜け出て、関係のない立場、自主的な立場に立つのです。

  

◆ 永生に必要な観念


51 私は永生し、真の愛を実践する人です。私がここで何かをしていても、工場で仕事をしていても、永生を延長させる材料であります。

52 永生を訓練し、永生を育てる訓練材料を生産することが、自分のやっていることであると思ってください。皆さんにとって、永生と真の愛は、永遠に必要なのです。


  

◆ 真の愛と直結した永生


53 私たちは永遠、永生を願います! 永生を願うのに、変わらないものは何でしょうか。真の愛です! 他のものは、みな変わります。環境的に変わるのです。それではなぜ、真の愛は変わらないのでしょうか。それは、すべての生命力の中心であるからです。

54 また、真の愛は、理想的な要件の中心位置を占めているからです。中心は、その周囲がすべてなくならない限り、なくなることはありません。真の愛は宇宙の中心であり、神様を中心とした真の愛と一致しているので、神様が残っている限り、残れるのです。

55 真の愛というのは何でしょうか。皆さんが結婚する時、相手は自分より優れていることを願うでしょう。自分の子女が、自分より優れていることを願わない人が、どこにいるでしょうか。それは誰に似たのですか。神様に似ているのです。

56 絶対的な神様が人類の父であるなら、その父が行わないことを、その子女に必ず行えと命令することができますか。それはできません。神様も、真の愛の相対は、自分より優れることを望むという原則から見ると、人間の価値は最大です。真の愛を中心として、神様より高い価値があるというのです。

57 それで、皆さんの心は最高のものを願うのです。それが、不可能なことではありません。堕落しなかったなら、万人平等に可能なことです。

58 天上の高く貴い立場から、この宇宙を見つめ、管理、主導するようになっているのであって、他の何かを見つめ、服従するようにはなっていません。皆さんの心は解放されています。誰の支配をも受けたがりません。これは万民平等です。真の愛の位置にいれば、神様の位置、天国の宝座に自由に行けるのです。神様の友となれるのです。

59 真の愛のゆえに、人間を造ったというときは、永遠、絶対、永生される神様であるために、その真の愛に一致した人間が、永生するというのは自然な論理です。それで永生しようとすれば、その真の愛の圏内に住まなければなりません。

60 真の愛によって永生が可能です。なぜでしょうか。創造の出発、動機、過程からすべての目的が、真の愛を中心として完成されるのです。過程を通して結果が出てきます。

61 自分の心と体の完成は、真の愛によって根本的に可能です。無限の根本、原因から過程、それによって理想の結実を結ぶのは真の愛しかありません。真の愛によって神様も永存されるのです。

62 永生の環境をなすには、真の愛の環境を中心として生活しなければなりません。真の愛の実体圏は、真の愛を中心として、実体的な体恤をしなければなりません。

  

◆ 神様・永生・真の愛を知るべき


63 皆さんは、神様が霊界のどこにいらっしゃるかを、はっきりとは知りません。皆さんは、神様の絶対的なセンター、愛のセンターという観念を、はっきり知らなければなりません。その愛の力は、最も早い、真の愛の力であり、それは直短距離を通ります。

64 なぜ、文先生がこのことを教え、強調するのでしょうか。知っているからです。神様を知り、永遠なる世界を知っていれば、自分勝手な生活はできません。

65 第一に、神様を知らなければなりません。第二に、永生を知り、第三に、真の愛を知らなければなりません。これは投入によるものです。一〇〇パーセント以上投入するところに、永生があります。真の愛をもたなければ、永生はありません。永生できない人は、神様に会うことはできません。

66 今後の世界をいかに収拾しますか。第一に利他主義、第二に真の愛、第三に永生です。これで世界が収拾されます。これの反対は利自(利己)主義です。サタン側と通じるのです。

67 真の愛とは何でしょうか。自分の生命以上に、投入しなければなりません。レバレンド・ムーンがアメリカに行って、生命と財産と統一教会のすべての精誠を込めたでしょう。ここから、真の愛が成立します。真の愛が成立しなければ、永生はありません。

68 なぜでしょうか。皆さんの悪なる生命の起源は、サタンの血統を受け、サタンに属するようになったのです。愛もサタンの愛です。それで、聖書で「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」というのです。ここで、心を尽くし、精神を尽くせというのは、生命までも捧げなさいということです。これが第一の戒めです。

69 第二の戒めは「自分を愛するように隣り人を愛せよ!」というのです。すなわち、命を懸けて、真に愛せよというのです。生命を投入しなければなりません。

70 なぜでしょうか。命を懸けなければ、第一に、サタンを屈服することができません。第二に、サタンの環境から抜け出ることができません。第三に、サタンの血統から脱することができません。この三つです。サタンの環境は抜け出ることができるとしても、サタンの血統はどうすることもできません。真の愛は生命を超越するのです。

  

◆ 真の愛と関係した死後の世界


71 神様には、時間という概念はありません。それは永遠にアルファであり、オメガです。過去も、現在も、未来も同じです。そのようにしても、拒まずに作用を起こし、神様が安息できる元の土台は何でしょうか。それが問題です。

72 全知全能なる、神様の能力や知恵をもってしてもできません。真の愛のみが可能です。神様も「真の愛!」といえば、「そうだ!」というのです。そのほかは神様には必要ありません。

73 私たちは、最終的にどこへ行くのでしょうか。霊界です。大概の人は、死後の世界であるといいますが、そうではありません。なぜならば、真の愛と関係をもっているからです。真の愛を中心として出発したのですから、自分がその立場に立っている時には、そこが正に霊界なのです。ですから、真の愛は偉大です。

74 真の愛で、縦的な球形運動をすることによってのみ、上下、前後、左右が和合できます。縦横が和合されなければ、上下、前後、左右全体が和合できません。統一がなされません。真の愛においてのみ統一が可能です。それで、統一教会が真の愛を中心とした統一理想世界を論ずるのも、原理観に一致した結論です。

75 神様が、人間を導いてくださろうとするのです。神様も真の愛の呼吸をされます。神様も宇宙のリズムに合わせているので、真の愛を中心として、宇宙が永遠に続くのです。

76 真の愛に永生があるのです。それで皆さんも、ここまで行かなければなりません。そうしてこそ、神様の呼吸圏内に入って、さっと超えていけるのです。

77 真の愛も呼吸をします。宇宙の脈拍がそうなっているので、男性も女性も、これを好みます。リズムが合った時、互いが真に愛さなければなりません。方向が違いません。すべてが神様を中心とした一つの方向です。

  

◆ 「祝福」の門を通過して天国へ


78 霊界も肉界も、真の愛に従って動きます。縦的な真の愛の主軸を中心として、環境的条件は、自動的にリズムを合わせます。

79 共通分母は何でしょうか。過去の人も、現在の人も、永遠性と同伴できる資格が何であり、人間世界で必要とするすべての欲望の要因は何でしょうか。それは真の愛です。でたらめな愛ではなく、真の愛です。

80 では、その真の愛とは何でしょうか。縦横を通して、九〇度にどこに合わせても、角度が合わなければなりません。東洋の家、西洋の家、南の家、北の家、どんな家でも合い、五色人種、文化背景、各宗教の背景が違っても、この道を共に行くことができてこそ、それが正に真の愛です。

81 今日、世界中に五十億以上の人々が住んでいますが、統一教会でいう祝福の意味を知っている人は多くありません。祝福という言葉は、統一教会で始まった言葉であり、その言葉を中心として、今まで、祝福結婚行事を行ってまいりました。

82 これから、人類はどこに行くのでしょうか。全人類は祝福の門を通らなければ、天国へ行くことができません。数多くの人々がキリスト教を信じていますが、そのキリスト教自体も、祝福という門を通らなければ天国に行けません。

83 こういえば、キリスト教では、統一教会のレバレンド・ムーンは、独善的な発言をする人と不平を言います。そういうことは、彼らの言うことであって、統一教会でいう祝福結婚は、堕落した人類が必ず行くべき道なのです。どんなに反対しても、霊界と肉界を連結して、天国に入らなければなりません。重大な問題は祝福結婚です。

84 今日、一般宗教を信じている人は、「救い」といえば、個人の救いを考えます。良く信じれば自分は天国へ行けると信じている立場です。しかし、本来の神様の理想から見ると、天国は一人で行けるようになっていません。

  

◆ 夫婦の霊人体


85 私たちは、真の愛の理想を求めていく群れです。それで、霊界の代弁者として立つために、真の愛の理想を現実の私の身にもって、その真の愛を、どれほど横的な世界に植えて、種として蒔くかです。ここにおいて、真の愛の心で互いに授け受けながら育つのです。

86 このようにして、真の愛の実を結び、その夫婦が霊界に行く時、神様の永遠なる真の愛の圏内に抱かれ、神様と一体となります。

87 人は地上で肉身は老けますが、夫婦生活をして真の愛で愛すれば愛するほど、霊人体は若くなります。これは何の話かといえば、人間が長く生きれば生きるほど、内的な人間である霊人体は、最高に円熟した、美男、美女になるのです。肉身という殻は、古着のように脱がなければならないのに、これが若いままくっついていたら、どうしますか。

88 それで年を取れば、外側の殻は全部駄目になりますが、内的な中身は固くなって、未来の相続者になり、美人となるのです。秋に実った栗のようになります。

  

◆ 結婚はなぜしなければならないか


89 神様を直接愛する以前に、皆様の足元から、食べ物、物質、万物を愛し、皆さんの体を愛さなければなりません。万物を愛することで、その要素を吸収し、自分の体を愛するようになります。

90 第一の父母は、皆さんを生んでくれた父母であり、第二の父母は地球です。この地上です。皆さんは、地上から肉身が成長できるように、要素を供給されるのです。地上が肉身の第二の父母です。第二の父母を経て、第三の父母のもとに入っていくのが、死という過程です。

91 第三の父母の所へ行くのに、そのままで行くのではありません。第三の父母に帰っていこうとすれば、本来の父母であった、神様の姿に似なければなりません。

92 したがって、結婚するのはなぜでしょうか。神様の姿に似るためです。神様は二性性相であり、各一性が合体化した一体的な存在であられます。その神様の分性的人格自体が男女であるので、それらが合性一体化して、種のようになって、神様の本性の立場に帰らなければなりません。

93 しかし、その種を連結させるためには、真の愛の道理である結婚をしなければなりません。生まれる時も、成長しながらも、生活をしながらも、真の愛を中心として生き、どこへ行くとしても、真の愛に帰るために行かなければなりません。結婚の目標を、真の愛のために探し求めていかなければ、永生の方向が違ってくるということを、皆さんは知らなければなりません。

94 祝福結婚と永生は、真の父母から始まります。真の父母と真の愛で一体となることは、個人、家庭、国家、世界、天宙が完成され、神様の創造理想が完結されるのです。

95 真の御父母様が生まれた所は、人類の祖国であります。そこは地上天国と天上天国の出発地となり、神様の全権時代を迎えるようになります。それで滅びることはなく、全盛の時代へと発展するのです。

96 日本の国民は訓読大会を通して、真の父母と超国家的に一体を成して、万国に勝利圏を誇れるようにいたしましょう。御清聴ありがとうございました。




















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三 生と死に対する理解

真の家庭と家庭盟誓
 


三 生と死に対する理解



 この講演文は、1998年12月19日、アメリカのワシントン・タイムズ社で開催された「世界平和超宗教超国家連合」の大会で語られたみ言です。


1 尊敬する議長、世界の宗教指導者、ならびに内外の貴賓の皆様! きょうのこの場は、各宗教の指導者の方々が参席されていらっしゃることと思います。キリストの聖誕日を前後して、各宗教では重要な日程と儀式が予定されているにもかかわらず、このように参席してくださり、心より感謝申し上げます。

  

◆ 死は根源の世界への回帰


2 時間をお借りして、これまで各宗教が解答に苦しんできた問題である「人間の生と死」に対しての、私の見解の一端を披瀝させていただこうと思います。私たちはこの地上に住んでいますが、この世界は地上だけがあるのではなく、霊界もあるということを知っています。霊界は間違いなくあるのです。そしてこの地上と霊界は、全く異なる二つの世界ではなく、一つの世界として連結されているのです。したがって、私たち人間は霊界から生まれたので、いずれにせよ再び霊界に帰らざるを得ないのです。

3 皆さん! 韓国語にはおもしろいことに、「死ぬ」ということを「帰る」という言葉を使って表現します。どこに帰るというのでしょうか。これは単に共同墓地に行くことを言うのではありません。もともと人生が出発した、本来の場に戻るという意味です。はるかかなたの、歴史の起源を越えて帰るということです。だからといって、韓国人として生まれたので、韓国人に帰るという意味ではありません。私たち人類始祖の根源の世界へと帰るという意味です。すなわち創造主がいらっしゃるならば、その創造主がいらっしゃる所に帰るという意味です。そこから出発したので、そこに帰るのです。

4 宇宙も循環作用をします。例えば、山に積もっていた雪が解ければ、その水が小さな谷を通って流れ、さらにはいくつかの川を通って大きい海へと流れていくのです。大海へと流れていったその水は、水蒸気となって再び帰るのです。このように循環運動を通してより高まることのできる所へ、より良い所へと帰ることを願うのです。

5 それでは、私たちが行って、永遠に生きなければならない所とはどこでしょうか。私たちは地上界で肉身生活をしていますが、心だけは永遠の世界に向かって進んでいるのです。私たちはこの世に生まれると、十代、二十代、三十代、そして中年と壮年と老年時代を通過します。このように青春時代を過ぎて壮年時代を経、老年の峠を越えつつ、日が沈むように人生を終えていくのです。しかし霊界があるという事実を知っている人々は、地上で肉身をもって生きる一生はわずかなもので、死んだのち、私たちが迎えるべき世界は永遠だということをよく知っているのです。ですから地上での生涯というものは、永遠の世界に行く準備をするための期間なのです。

6 学生を例に挙げれば、学生が一学期あるいは一学年を終えるときには、学校が定めたすべての学科の単位を取らなければならないという単位の基準があるのです。その最高基準を百点とするとき、その基準にその学生の単位がどれほど到達したかという割合によって、学校から認められる割合が決まるのです。しかし単位が足りない比率が高ければ高いほど、その学生は学校が立てたその価値基準から遠ざかるのです。

7 このようにすべてのものは、ある標準を中心としてその価値を測定するようになっているのです。私たちが一生の間肉身世界で生きるのも、あたかも学生が学校でいい点数を取るために準備する期間のようなものなのです。言い換えれば、私たちの生涯すべてを懸けて単位を取る準備期間だということです。すなわち私たちの一生において責任を追及するある基準の前に、私たちがどれほど一致するかという基準値を中心として、私たちは日々の生涯路程を歩んでいるのです。

8 ところがほとんどのこの世の人々は、本来人間がこの世に生まれて生き、求めていくべき本然の世界がどこなのかをはっきりと知らずにいるのです。すなわち死後の世界があるかないか、神様が存在するかしないかも知らずに生きているのです。

  

◆ 人類は一つの兄弟、一つの国民


9 皆さん! 私たちはいずれにせよ、みないつかは霊界に行くようになっています。気づいてみると、その霊界は一つの国です。地上世界でのように、いくつもの国に分かれているのではありません。それでは、霊界で生活する内容はどうなっているのでしょうか。

10 例えば、魚は水を離れては生きられません。魚には水が絶対的な生命の条件となります。だからといって、魚も一箇所だけで棲むのではありません。魚の中には産卵のために淡水を離れ、海水と接するきっかけをつくって子供を産ませる場合もあるのです。二つの世界に通じなければならないという意味です。私たちの体と心も、このように互いに通じなければなりません。

11 人類歴史を互いに比較して考察してみるとき、もし私たちの先祖のアダムが生まれた日と結婚した日、そして死んだ日を記念する世界的な統一圏が形成されていたならば、その日を記念する人類は、一つの兄弟となり、一つの国民となっていたことでしょう。すなわち、一つの世界で生きる人類になることができていたという意味です。

12 そのようになっていたならば、アダムの生活の風俗、習慣はそのまま人類歴史を通じて継承されていたでしょうし、そのとき形成された文化は人類が生存する限り、永遠に継承されていたことでしょう。

13 人間は誰しも、いつ死ぬかを知らずに生きています。いつ交通事故に遭って死ぬか分からないというのです。死んでから、「ああ、レバレンド・ムーンの言うことが正しかったのだ!」と言って後悔する人もいるでしょう。私たちは、実はとても深刻な人生の道を歩んでいるということを知らなければなりません。私たちは永遠の世界へ行くための準備をするために、寸暇を惜しんで生きなければなりません。そのような運命の岐路に立っていることを、私たちは知らなければなりません。

14 一般的に霊界に行く人には、二種類があります。自分のもって生まれた運命のとおりに生きて行く人と、自分の運命のとおりに生きられずに行く人の二種類です。自分の運命のとおりに生きられずに行く人の中には、罰を受けて早く死ぬ人と、民族や世界の罪を蕩減するために代わりに行く人がいます。

15 もし神様が千人の価値をもった一存在を中心的な立場に立てて、すべての人の代わりに死の道を行かせたとすれば、千人がみなその人の恩徳の前に感動し、その人のために生き、その人の生涯を見習ってその人のように生きようとするなら、結局人々はその人と同じ恵沢圏内に入っていくのです。人々が忠臣の思想を見習おうとし、聖賢の生き方に従おうとするのも、彼らと同じ恵沢圏内に入ろうとする欲望のためなのです。

  

◆ 死と闘って勝利することのできる希望


16 人間の中には、希望をもって生きる人もいるし、希望をもたないで生きる人もいます。ところで希望は、人間を中心とした希望と、天を中心とした希望の二種類に大別することができます。

17 私たちは生まれたその日から、お母さんの懐が何よりも一番いいものと思って大きくなりますが、ある程度大きくなれば、お母さんの懐を離れます。私たちはまた、成長しつつ友達と付き合い、友達こそこの世で一番いいものと思って過ごしますが、いつかはその友達とも別れていくのです。このように人間は成長しながら、愛する親も愛する夫婦も愛する兄弟も、さらには愛する子供も自分の希望のすべてにはなれないという事実を知るに至るのです。

18 人間は、いつも多くのことを希望します。しかし、その希望する心も結局は消えてしまいます。家庭に対する希望、国家に対する希望、さらには世界に対する希望をもっていますが、年齢が多くなるにつれて、希望する心もだんだん弱くなっていくのが事実です。

19 事実、多くの人々は自分たちの希望を全体的な希望として誇り、自分の生命を失うようなことがあったとしても、その希望を捨てることができないという確固とした信念をもつことができないのです。

20 私たちは一生の間、希望を抱いて生きますが、結局死に直面して、自分が抱いていた希望のすべてを捨てて逝ってしまうというのです。私たちはきょうも生きることを願い、あすも生きることを願い、新たな希望を求めてさまよっていますが、死に直面するときには、そのすべての希望をあとにして、絶望しつつ最期の道を行くのです。この事実を私たちはよく知っています。

21 人間は自分を中心として見るときは、希望をもっているようですが、死の峠を越えることのできる希望をもってはいないのです。私たちが人生の道理として死さえも笑って乗り越えることのできる一つの希望を見つけなければならないのが、今日この地上に生きている人間たちが考えるべき重要な問題なのです。

22 皆さん! この世のすべてのことは、みな過ぎ去るのです。家庭も過ぎ去り、国家も過ぎ去り、さらには世界、あるいはいかなる主義や思想もみな過ぎ去るのですが、最後まで残らなければならないものとは何でしょうか。それが正に、死と闘って勝利することのできる希望です。私たちにそのような希望がないとすれば、「私たちは人生の敗北者である」と言わざるを得ないでしょう。

23 この世には、生まれながらにしてこの世的なすべての希望一切を拒み、人間の世の希望ではない天の希望、すなわち永遠の希望を抱いて生きる人たちがいます。天は正にこのような人々を助けているのです。ですから信仰生活をする人々は、地上のある希望を抱いて生きるのではなく、死の峠までも乗り越えることのできる希望を抱いて、永遠の希望の世界を夢見て生きなければなりません。

24 私たちが若いときには、死についてあまり考えませんが、年を取るほど私たちは死についてだんだん深刻になります。ここに座っている皆さんも、この場に立っているレバレンド・ムーンも、いつかは死ぬようになっています。このように死というものは、宿命の関門です。誰も避けられない道だからです。

  

◆ 私たちはなぜ死を恐れるのか


25 私たちが死んだのちには、果たしてどうなるのでしょうか。死という言葉を使った目的が何であるか知っていますか。生の意味を知らせるためです。生の価値は誰がよく知っていますか。生きようと身もだえする人は分かりません。死ぬ境地に入り、生死の岐路で天にすがり、生の価値を打診したことのある人でなければ分からないのです。

26 それでは、私たちはなぜ死を恐れるのでしょうか。私たちはなぜ生まれたのか、その目的を知らないからです。なぜ死ぬのか、なぜ生まれたのかということを知りません。それで哲学でも一番初めに問う質問が、人生が何であり、人間はなぜ生まれたのかということです。

27 皆さん! 私たちが死ぬということは、神様の愛の中に生まれることなのに、人間世界では「ああ、死ぬ!」と言って大騒ぎです。それを御覧になる神様は、げらげら笑うでしょうか。それとも「うう!」と言って驚き、悲しむでしょうか。喜び、うれしがるのです。限られた地上の愛の圏内から無制限の愛の圏内へと突入することのできる喜びを迎える瞬間が肉身が死ぬ瞬間、すなわち第二の出生の瞬間であるからです。

28 それなら神様は、私たちがこの肉身世界に生まれた日を喜ばれるでしょうか。それとも第二の無限拡大世界の愛のために肉身を脱ぎ、死を通して新しい息子、娘として生まれるその時間をもっと喜ばれるでしょうか。もちろん後者です。私がこのような話をするのは、皆さんが死の恐怖から解脱せずしては、神様と関係を結ぶことができないという事実を知らなければならないからです。

29 神様は人間が赤ちゃんとして生まれたときから、おしっこやうんこをしながら成長していく過程を見守り、また直接参与しながら喜ばれるのです。赤ちゃんが成長するにつれて、神様の心に動く愛の鼓動も増大するからです。

30 神様があるしぐさをすれば、子供たちも一緒にそのしぐさをします。神様が笑えば子供たちも共に笑い、悲しまれれば共に悲しみながら、このようにだんだん神様に似ていくのです。また子供たちは、成長しつつ親たちの姿に似るのです。言葉も習い、生活規範も親たちから習うのです。もちろんこのすべてのことは、本来神様から由来したものです。それなら神様が私たち人間と共にこの地球星に暮らしたのち、向こうにさっと飛んでいくとき、私たちはどうすべきでしょうか。

31 「ああ、私もついていきます」と言えば、「こいつ、お前は誰だ」と言いながら神様が私たちを切り離してしまうでしょうか。それとも一緒に連れていかれるでしょうか。もちろん連れていこうとされます。ところが「今は連れていくことができないので、お前がもう少し大きくなってもう少し完成したのちに連れていく」と言うとき、人間は「私たちも今は行けませんが、いつかは行く時が来るでしょう」と言いながら待つのです。地上で肉身をもって生きる間は、人間は神様にいつもついて回ることはできないのです。

32 さあ、それでは何が問題ですか。私たちが神様に似たがり、神様も私たちを神様の息子、娘として御自身に似させたいという願いをもつのは当然のことです。

33 それで、人は再び神様に似ることのできる体をもって生まれなければならないという結論が出てくるのです。神様と人間は共に永遠に生まれることのできる日を待ち望むのです。そのように生まれることのできる人に生まれる日、そのような体に生まれる日、その日が正に肉身を脱ぐ、死の日なのです。

34 それなら人間は死を歓迎しなければならないでしょうか。それとも悲しまなければならないでしょうか。もちろん歓迎しなければなりません。だとしたら、私たちが死ぬときは何のために死ななければならないでしょうか。神様の真の愛、すなわち「ため」に生きる愛のために死のうとしなければなりません。ですから肉身を脱ぐというのは、無限の神様の愛の活動圏に私たちが同参するためであり、神様の愛の世界のためだという結論になるのです。

35 皆さん! 皆さんは一度、そのような真の愛を受けて実践する神様の本当の息子、娘として生まれてみたいと思いませんか。神様がお金持ちなら、どれほどお金持ちでしょうか。皆さん、一度考えてみたことがありますか。

36 あの無限の星の中に、ダイヤモンドの星がないと言えるでしょうか。純金でできた星がないでしょうか。神様こそ全知全能なるお方です。御自分の子供たちに、何でも与えようとされないでしょうか。いかがですか。

37 神様はこの無限の宇宙を、あっという間に往来することができます。皆さんも関心がありますか。それなら私たちは、どのようにしなければならないでしょうか。神様が定めてくださった法度を守らなければなりません。そうしてこそ神様と共にいられるのであって、私たちの勝手にしてはできないのです。

38 皆さん、神様が「するな、しろ!」と言われることを守ることができる自信がありますか。人間は二重構造になっています。心が主体で体は対象なので、心が体に従って一つになるのではなく、体が心に従って一つにならなければなりません。

  

◆ 水中、地上、天上の三時代を通過しなければ


39 人はまた三段階の世界、蘇生時代、長成時代、完成時代を通過します。すなわち、お母さんの腹中での水中時代、地球星の世界、天上の空中世界をいいます。私たちは腹中時代を経て地上に生まれ、肉身をもって百年ほど地の時代を経るようになり、最終的には飛んでいく空中時代、このように三時代を通過するようになるという意味です。

40 私たちがお母さんの腹中にいるときは、外の世界に出ていくまいと抵抗します。その中にずっと残ろうとじたばたします。なぜなら私たちが腹中を飛び出るときは、家がみな破壊され、私たちが食べて生きていた栄養の価値とすべてのものが崩壊し、分娩過程を通過しながら頭も伸びなければならず、体も伸びなければならないからです。それを誰が好むでしょうか。生まれるその瞬間までみな「ノー!」と言うのです。子供は、羊水がどっと出てくるその水に従って出てくれば、安産になるのです。

41 お母さんたちが赤ちゃんを分娩するのを見れば、本当にかわいそうです。赤ちゃんを産んだことのあるお母さんたちは、みな知っています。力を入れる時は、顔がいくら美人でも、すごい形相で顔をしかめるので、夫さえもその顔を見ていられず逃げていくほどです。いかつい、あばた顔になってしまうのです。このように、産婦も最後の瞬間まで大変な苦痛を通過したのちに子供が産まれてくるのです。

42 ところで、この過程でおへそについているへその緒は、そのままにしておかなければなりませんか。それとも無慈悲に切ってしまわなければなりませんか。「それは人の命綱なのに、人と人の命綱をどうして切ってしまいますか」と抗議する人がいるかもしれません。

43 産まれてくる赤ちゃんも死にそうだと、あんあんと泣きじゃくります。しかしそれを見つめる神様は、喜びのほほえみを隠しきれないのです。そうなると産まれた新しい生命には一つの世界は完全になくなり、新しい一つの世界で「ふうっ! ふうっ!」と息をするようになるのです。

44 皆さん! 人は初めに生まれるとき、一番深い水の中で生まれるのです。腹中時代は水中時代です。赤ちゃんがお母さんの胎の中にいるときは、水の中に浮いています。ちょっと考えると、お母さんのおなかの中の時代では息が途切れて、生きるのが大変なように感じられます。

45 水の中で生きているので当然、水を飲んでは吐き出さなければならないのではありませんか。そのために腹中の赤ちゃんたちは、ホースをおなかに連結して生きるのです。腹中の子は栄養分をどこを通じて供給されるのでしょうか。おへそを通じてです。へそは腹中の赤ちゃんには口なのです。それで、私たちはおへそを冷遇してはいけません。「おへそよ、お前は昔、苦労したな」と言って触ってあげるのです。おへそをよくなでてあげると健康になります。笑い話ではありません。

46 そのように運動をしなさいということです。へその運動を通じて健康になりなさいということです。その例として、いくら寒い部屋で寝たとしても、へそさえよく包んで寝れば下痢になりません。私たちはまた、へそを昔の口だと呼ぶこともできます。ある者は「この愚か者、昔の口がどこにあるか」と言うかもしれませんが、へそが私たちの過去の口であったということは間違いありません。

47 このように私たちの呼吸器の役割もしていたへその段階が終われば、次は口です。しきりに上に上がっていくのです。同じ原理で、この地球上で空気を呼吸して生きる肉身についている私たちの霊人体は、お母さんの腹中の胎児のように、肉身を使って食べ、肉身が老いてしまえば、それを捨てて外に出ようとするのです。

48 ところがその時に、肉身が「ああ、死にたくない、死にたくない」と言って悲鳴をあげるなら、神様はその姿をどのように御覧になるでしょうか。苦痛に直面したその肉身に同情されるでしょうか。あるいは静かにほほえまれるでしょうか。

49 大変な苦痛を甘受し、お母さんの腹中を飛び出してきた赤ちゃんが成長して、お父さん、お母さんの愛の対象になるように、私たちは肉身の悲鳴をあとにして新たに生まれ、霊的父である永遠の神様の相対として再び生まれなければならないというのが、原理的な結論です。

50 地上世界でも子供が生まれたのちに大きくなれば、お母さん、お父さんの友達になり得るのです。お母さんとお父さんの愛を共に分かち合うことのできる地上世界に生まれるからです。赤ちゃんが母胎の中で泳ぎ回るのと同じように、人間の地上生活は空気を吸い、空気のふろしきの中で生きるようになるのです。そのような過程を経ながら地上でこのようにお母さん、お父さんと愛を分かち、呼吸する人であってこそ、「死なないで生きている」と言えるのです。同じように私たちは、霊的無限の世界に通じることができる親の代わりに、神様と愛を分かち合うことのできる霊界へ再び生まれなければならないのです。

51 それでは霊界は、どんな所でしょうか。私たちが霊界に入れば、頭の上にある気孔と細胞で呼吸するようになります。霊界での空気は、地上の空気ではなく愛です。呼吸を通じて愛の要素を受けるのです。

  

◆ 私たちが地上ですべきことは何か


52 私たちが地上で生きるときも、御飯だけ食べてはいけません。御飯だけ食べて、水だけ飲んで生きるというのは、御飯袋と水袋を満たすだけのことです。結局、そうして死んでいくということです。地上で生きる間の私たちの姿は、第二の私たちの存在です。

53 私たちがこの期間にすべきことは、新しい愛の人格を形成することです。この地上で私たちが最も必要とするものは愛です。孤児とは何でしょうか。お母さん、お父さんの愛を受けられない子供たちをどうして孤児と呼びますか。霊界と永遠に連結させることのできる愛がないからです。愛がなければ孤独なのです。それで独身で生きる人をかわいそうだというのです。

54 もう一度お話ししますが、私たちが死ぬということは、第二の呼吸をしていた肉体に連結されたこの器官を壊してしまって、愛の要素を受け継ぐのです。ですから私たちは、いずれにせよ肉身を破って出ていかなければなりません。

55 愛は見えないものです。父母の愛、夫婦の愛、兄弟の愛、子女の愛、このすべての愛を中心として私たちの内的な構造が成長するのです。

56 それで私たちが神様の法則のとおりに生きるときにのみ、赤ちゃんがお母さんの腹中で正常に育つのと同じように、私たちがこの地でもよく成長できるのです。ですから、むやみに生きてはならないのです。

57 私たちが自然界を調べてみると、取るに足らない昆虫、実の中の木の種、そして鳥までも飛ぶことができるのに、ましてや万物の霊長たる人間が飛べなくてどうしますか。たんぽぽの種を見てください。風が吹くと自然に飛ぶようになっています。

58 このように鳥も飛び、昆虫も飛び、植物の種も飛ぶのを見れば、人間も明らかに飛べるように創造されたに違いありません。ある者は性急に神様に「神様、ほかのものたちはみな飛んで回るのに、どうして私たちは飛べないように造りましたか」と抗議したがるでしょう。しかし神様は「お前たちは数十年待って完成すれば、飛べるようにしてやる」と答えられるでしょう。

  

◆ 地上で愛する訓練をしなければ


59 それではその時まで私たちは何をしなければなりませんか。その時になって、その世界に適応できるように、私たち自身を訓練しなければなりません。父母を愛し、夫婦同士愛し合い、子供を愛しながら、この地上世界で訓練をしなければなりません。そうして時が来れば、永遠の世界へ入り、永遠に神様に侍って生きるようになるのです。そのためには、いつかはこの肉身を脱いで死んでこそ可能なのです。

60 私たちがせみの一生を調べてみれば、せみも飛ぶようになる前に、幼虫の段階を経ます。ところでそのせみが「ぼくは幼虫のまま暮らしたい。殻を脱ぐのは嫌だ。ああ、陸地も空気も何もかもみんな嫌いだ」と言って反抗したとしても、いざ殻を脱いでみると、びゅーんと飛ぶようになるのです。

61 とんぼも同じです。初めは幼虫になって水の中で泳いで暮らし、地上に上がってきて、しばしはい回り、その次は殻を脱いでぱたぱた飛び回り、陸地では食べるようになるとは想像もしなかった虫を捕まえて食べます。天下を自分の舞台にして飛び回るのです。このように昆虫類の中には、三段階の世界を経るものが多いのです。

62 それで昆虫には翼があります。水と陸地と空中の三時代を過ごしながら翼をもつようになります。万物の霊長という私たち人間に翼がありますか。地上でのみ生きていいでしょうか。人間には次元の高い翼があるのです。皆さんも肉身を脱いで死ぬのは嫌だと言うでしょうが、いざ死んで肉身を脱げば、私たちは霊人体として第二の出生の恵みの関門を通過するために、ひゅーっと飛んでいくのです。

63 前にもお話ししたように、人間はどうせ死にます。私たちは、善なる自己を永遠の世界に第二の私として立てるために、苦労を覚悟しなければなりません。お母さんの腹中で胎教をよく受けてこそ、健康で善なる赤ちゃんとして生まれるのと同じように、私たちの地上世界での生活も、よく準備しなければなりません。神様の形状を見習い、神様の心情を見習い、神様の聖なる神性を見習いつつ、大きくならなければなりません。大きくなってからは、また命を懸けて越えていかなければなりません。したがってどんなに恐ろしい暴風雨がやって来ても、私たちは最後の峠を越えなければなりません。よくやっていても、境界線の前で倒れてはなりません。

64 私たちがこのような人生の境界線に立つとき、私たちは果たして何をしなければならないでしょうか。思いをしっかりして頑張っても最後まで行けるかどうか分からないのに、あたふたしていたら、途中で挫折してしまうのです。最後の決勝点まで境界線を突破しなければ、勝利者になれないのです。

65 人として生まれ、一度やってみるだけの価値あることです。いくら後ろで反対し、横から迫害したとしても、自分の行く道を行けばいいのです。人が反対するのに関与する余地がありません。一歩ずつでも早く行って、この運命の道を通過していこうという人が、最後の境界線を越えることができるのです。私たちはみな、そのように行かなければなりません。

66 私たちはよく「心がまっすぐだ」と言います。それはどんな意味ですか。まっすぐに垂直に立ったものを「まっすぐだ」と言います。木も横に傾いたのを「まっすぐだ」とは言いません。「心がまっすぐだ」というのも同じです。垂直に立っているという意味です。それで人は立って歩くのです。垂直になってこそまっすぐなのです。

67 自分の心を完全に垂直になるようにしなければなりません。そこに体が水平線になるのです。このように垂直と水平が私たちの内部で成されるとき、垂直から引っ張る力と水平から押す力がバランスを取り、求心力と遠心力が形成されるのです。

68 ですから私たちは、私自身を見つけなければなりません。私たちが自分自身を主張するときは、神様と真の父母にそうだと認定されなければなりません。その土台の上に私たちは親戚、一族、一国、このように発展させていき、私たちの生活環境を拡大していくのです。

69 この世で危険な伝染病の患者たちを隔離して収容するように、遠からず神様のみ旨を知っても罪をたくさん犯した人々は、隔離して北極のような寒帯地方に収容する時が来るかもしれません。彼らは完全に悔い改めて改悛するその日まで、そのような所にほうり出して、食べ物も寝る所もなく、大変な苦痛の道を歩むかもしれません。

  

◆ 天の希望を抱いて生きる人とはどんな人か


70 皆さん! 私は恨めしいことが一つあります。神様が御自身のみ旨を成就する責任を私に下さったので、私が生きている間に神様が満足される水準までみ旨を成就しなければならないということです。

71 そうするまでは、死ぬに死にきれないのです。それで私が死地に入っていっても、神様が導かれ引っ張ってくださるのです。私はこのみ旨を成すために、御飯を食べるときも、寝ても覚めても世界と人類のために祈り、努力しています。

72 ある特定の国や特定の民族のためには苦労しませんでした。私の目的は世界の救援です。私はその目的のために今まで死を覚悟し、犠牲的に命を捧げて、働いてきました。

73 皆さんも世界のために生き、死ななければなりません。世界を救うためなら、愛する妻を抱いて、家庭を抱いて、自分の宗族を抱いて、民族をまるごと抱いて、死ぬこともできなければなりません。

74 さて皆さんは将来、ある日死を迎えることになり、死を前にして過ぎし日を回顧するようになるでしょうが、その時どんな一言を残して逝くのかということを考えなければなりません。死の道は、友もいない道です。愛する父母のいない道であり、愛する兄弟もいない道であり、愛する夫婦、愛する子女もいない道です。ただ一人で行かなければならない道です。

75 もう一度行くこともできないし、行って来ることのできない道、一度行けば永遠に帰ることのできない道ですが、この道を行くときに、人間はどんな心をもって行くかが重要です。人間が死に逢着する瞬間、その死を乗り越えることのできる希望がないとするならば、そこでおしまいです。

76 今日まで神様のみ旨を支え、神様のみ旨を立ててきた多くの人々は、どのような人々だったかと言えば、死の道の前で後退した者たちではなく、死をあざ笑い、死を凛々しく乗り越えた人々でした。そのような人々が天の道を立ててきたという事実を、私たちは歴史を通じてよく知っているのです。

77 それでは天の願いを抱いて生きる人は、どんな人でしょうか。人間が悲しむ死の峠も喜びで越えることのできる人です。そのような人が天の願いを抱いた者だということを知らなければなりません。ですから私たちは死を前にして、この世のすべてのことを恨み、嘆く人にならないで、喜び、天の前に立って、自分の死の価値を誇り得る人にならなければなりません。

  

◆ 人生の勝敗はいつ決まるのか


78 それでは、死んだならどうなるのでしょうか。死ぬ直前までは私のものですが、死んだのちは神様のものになります。それは私たちが堕落した血統を受けたからです。ですから死ぬまでは、私たちの生命すべてはサタン側の因縁を抜けきれないのです。しかし、死んだのちは神様と因縁が結ばれるのです。死なずしては復活できません。一つの時代を過ごさずしては、次の時代を迎えることができないのです。

79 「生きんとする者は死に、死なんとするものは生きん」という聖書で言う「死」とは、何を意味するのでしょうか。神様が下さった永遠で真の生命を殺せということではありません。

80 サタン世界の堕落した血統を受け継いだ生命を殺せということです。それで、み旨のために死のうとする人は生きるということです。この言葉は逆説のようですが、堕落と復帰の内容を中心として見るとき、そのようにしなければ、復帰ができないのです。これは復帰の正常的な論法です。

81 人生の勝敗は、数年の期間を通して決定されるのではありません。それは一瞬間に決まるのです。私たちの一生を通して見ても、皆さんが生まれるその瞬間は、長い期間ではありません。

82 もちろん生まれるまでの腹中の時期がありますが、その腹中の十カ月という期間は、出生する一瞬間のための期間なのです。ところがいくらよく準備したとしても、決定的な一瞬間をうまく越えられなければ、生まれるその赤ちゃんは悲運の運命を迎えることになるのです。

83 この地上に来て、運命の瞬間を迎える最期の場で、過去を悔い改める人がいるとすれば、その人の心には過去のすべての事実が映像として映し出されるでしょう。その中で「真があり、自分の生命よりも貴い何かを残した」人がいるとすれば、彼はたとえこの地に来て逝ったとしても、生き甲斐のある一時を楽しむ人になるでしょう。

84 しかし、過去のすべてのことを回想してみるとき、頭を振って回想したくない過去をもっているならば、彼は悲惨な人です。過去を回想すれば回想するほど、自分の顔に歓喜が満ち、自分のすべての問題が理想に浸ることができるならば、死の恐怖も彼には慰労の一場面として飾られるでしょう。過去を回想する瞬間が恐怖の瞬間ではなく、ほかの何かを残すなら、彼の過去は死なないのであり、現実も死なないものとして現れるでしょう。

85 そうすることのできる過去をもった人は、必ず民族がついていくことができる因縁をもった人であり、世界万民がついていかざるを得ない因縁を残した人であると見ることができます。

86 神様の前に一人で立つことができるかという問題を考えるとき、真と善は自分から始まって自分で終わるのではありません。自分から始まって人に結果を結ばせるか、人によって始まり、人に結果をもたらすことができてこそ、善になり得るのです。

87 過去の生活が人のために生きる生活だったならば、死の道でも恐怖がないはずです。人のためにすべてを与え、人のために犠牲になり、真に近い生活をしながら、涙も人のために流し、自分の生命も人のために投入し、自分の願いも人のためのものならば、自分の脈拍から流れ出るすべての生命力を寄せ集めて人のために投入するならば、その過去は光輝く過去になるでしょう。

88 聖賢が行く道と凡人が行く道は違います。聖賢は歴史と共に生きようとし、世界と共に生きようとし、未来と共に生きようとした人です。しかし凡人は自分によって生きようとし、世界も自分のためにあるようにした人です。

  

◆ 霊界は真の愛を中心として「ため」に生きるところ


89 霊界にも霊界としての世界があり、国があり、氏族があり、家庭があり、個人があります。個人を中心として見るとき、「私はそこで絶対的に必要な存在だ」と言える自主性なしには入れないところが天国です。家庭を中心として見るときも、氏族を中心として見るときも、「やはり私が絶対的に必要だ」と言えるそのような自主性があってこそ行けるところが天国です。

90 霊界では地球というものは、ごみつぶのようなものです。霊界は時空を超越した無限の世界です。そして「ある時代にこれこれこういう心情をもって地上に生まれ、生きて死んだ人がいれば、ここに直接現れよ!」と言えば、その人が瞬時に現れます。そのように直感的感覚が現実化される世界です。そこには食料を作る工場もないし、自動車を造る工場もないし、何もありません。

91 人間は霊界に入籍するとき、地上生活を証明する証明書をもって行かなければなりません。「私はこのように生きた。このようなことをやった」と言える生涯の証明書です。そのような証明書は自分自身が書くことはできません。初めはサタンが書きます。まずサタンに証明書をもらってから、イエス様の証明書をもらわなければなりません。その次に神様の証明書をもらわなければなりません。この三つの証明書が必要だということを知らなければなりません。

92 霊界に行けば霊界は膨大ですが、三段階になっています。誰が最高の位置に上がるかといえば、より人のために人生を生きた人です。しかし、自分のために生きてきた人は反対の位置に立つようになります。自分のために生きた人はみな反対し、人のために生きた人はみな歓迎します。霊界に行けば、自分の親、自分の妻も関係ありません。高いところに行く人はみな、人のために生きた人々です。

93 世界のすべての国を回りながら、自分のお母さんと家庭に対する愛を拡大したような心情をもって「ため」に生き、世界の人々をみな悪から救おうとする聖人の心をもった人々が、高いところに行くのです。自分のために生きた人は地獄に行くのであり、人のために生きた人は天国に行くのです。この二つの世界が死から分かれるのです。ですから全体のために生き、より大きいもののために生きよというのです。

94 世界のために生き、神様のために生き、人類解放のために生きよというのです。これから互いに「ため」に生きようとする競争が始まるでしょう。天の国では、「ため」に生きる人が高い位置に行くので、その高い人のために私が生きれば、その人に乗ってジャンプできるのです。その人のために生きるのは、神様が創造して相対を造ったのと同じなので、その人の愛の対象圏に立つということです。

95 霊界は、真の愛を中心として、ほかの人のために生きるところです。人のために一〇〇パーセント生きる人に対しては「私を踏んで越えていってください!」と言うのです。どんなにアメリカという国が大きくても、アメリカの大統領よりもっとその国の国民のために生きる人がいれば、その人が大統領を踏んで超えていっても、みな歓迎するのです。

96 しかし自分の利益だけを得ようとするときは、みな怨讐になるのです。霊界でも同じです。より大きなことのために生きようとするときは、自然に通過するのです。より大きなことのために生きれば、自然に通じるのです。ですから世界のために生きる人は、アメリカのために生きなくてもいいのです。世界の中にアメリカが含まれるのです。すべての国がみな含まれるのです。

97 みんなが歓迎することのできるその方向の内容とは、真の愛を中心として「ため」に行く愛の道以外にないという結論が出てくるのです。死ぬときにもっていくべきものは、神様を愛し、自分を愛し、本質的人間としての自分を立てるために苦労し、自分と相対との夫婦の愛、家庭の愛を中心として、この愛を世界に拡大するために努力したものです。

98 人類を愛し、神様を愛したことが、最後に残り、あの世の所有権決定の基準となるのです。霊界に行けば、伝道した人の数によって皆さんの霊界の所有権が決められるということを知らなければなりません。霊界に行って誇るものとは何かといえば、どれほど人を慕って生きたかということです。

99 あの世で必要なものは、ほかのものではありません。世界よりも、自分の国よりも、自分の妻よりも、自分の息子、娘よりも、神様をもっと愛したことです。妻が話すとき「あなたは私より神様をもっと愛して私を愛してください」と言ってこそ、夫からより高い次元の神様的愛を受けられるのです。

  

◆ 心情圏の世界は愛が普遍化できる世界


100 今日レバレンド・ムーンは心情圏ということを説いていますが、心情圏の基地とは、神様を中心とした真の父母の愛、真の夫婦の愛、真の兄弟の愛、そして真の子女の愛というものです。そのような愛が普遍化できる世界が心情圏の世界です。

101 そのような本然の世界においては、愛する夫婦の愛の基準を中心として生きたとしても、天と地、天宙を中心とした夫婦の愛でなければなりません。ですから、その世界に合格することのできる愛の基盤をどこで築くのでしょうか。レバレンド・ムーンは、この世でそれを築いて行かなければならないと教えているのです。この世で貴いというそのいかなるものとも違って、心情圏世界の合格者になれるようにです。

102 ですから、霊界には家庭を連れて入らなければならない原則があるのです。どうして息子、娘がなければなりませんか。後孫とは本来、縦的な神様の愛と横的な父母の愛、神様と父母の血が縦横に混ざって生まれたものです。したがって後孫をもてなかった人は、霊界に行って天地の調和を成すことができず、東西南北に拍子を合わせられないのです。後孫をもてなければ、あの世に行っても遊び、休むことのできる場所がないのです。

  

◆ 世界宗教国連創設を主唱する


103 皆さん、霊界では宗教や宗派は必要ありません。そこに行って長老派だカトリックだのというのは必要ありません。神様との生活圏内に入るのです。あの世に行けば、世界を愛した人もいるし、愛国者、忠臣、烈女、聖人たちがみないるでしょう。しかしレバレンド・ムーンが知る限りでは、今までは神様の本然の愛の中で心情圏の伝統を中心として生きた人は一人も行っていないのです。

104 あることを出発させるときは、神様を中心として出発しなければなりません。霊界に行けばそのような原則にどれほど同化し、ここにどれほど一致するかということが、これから地獄から中間霊界、楽園、天国まで、みな連結されるのです。

105 何が一番貴い道かといえば、天のために地上でどれほど苦痛を受け、どれほど涙を流したかということです。それがあの世においてパスするチケットです。あの世に行けば、他の国の人同士は一緒にいられませんが、すべての宗教圏は一緒にとどまることができるのです。

106 宗教圏は、一つの世界を願って歩み、一つの神を信じて行くので一緒にとどまることができるのです。宗教を信じる人々がこの世の人々と違うこととは何かといえば、彼らは一生の間霊界を標準として生活するという点です。宗教というものは、永遠の世界、超然とした世界の内容を中心として、神様なら神様がいらっしゃるところと神様が住んでいらっしゃるところを中心として、私たちが関係を結ぶことのできる内容を教えてくれるのです。

107 世界の各宗教を代表して、きょうこの場に参席された皆さんに、私がこれまでお話ししたとおり、人間の生死の問題を中心とした生の価値を集中して取り上げたのは、他意があってのことではありません。生と死に対する正しい教えを与えるのは、私たち宗教指導者たちの責任であることを強調するためです。

108 今日、この世界の政治指導者たちは、国連を通じた世界平和と人類の繁栄を追求しています。しかし私の判断では、政治、経済、軍事的側面を中心とした国連の機能だけでは、世界平和の道は不完全だというのです。政治、経済、軍事的手段は、外的、肉的、物質的側面にすぎません。ですからより内的、霊的、精神的な側面は、宗教的教えと世界すべての宗教の連合と一致した行動を通じてこそ可能なのです。

109 私は、きょうこの場を借りて、これまでの国連に世界の主要宗教とその指導者たちが参与する世界宗教国連機構が創設されなければならないことを主唱するものです。

110 世界と人類の未来のために、きょうこの時点で世界宗教国連創設とその役割の重要性について、これから皆さんと世界のすべての国々が、さらに深く論議してくださることをお願いするものです。ありがとうございました。


















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第四章 東西南北統一前進大会の講演文

真の家庭と家庭盟誓
 


第四章 東西南北統一前進大会の講演文



 

一 世界と南北の統一は真の愛で



 この講演文は、2000年2月10日、韓国ソウルの蚕室オリンピック体操競技場で開催された文鮮明先生御生誕80周年記念式の時に語られたみ言です。


1 世界と南北の統一を熱望する内外の貴賓、そして紳士淑女の皆様! 今正に始まった新千年は、分裂と葛藤の前世紀の遺物が清算され、和解と統一の地球村、一つの家族の理想が実現されるときです。皆さんの各家庭に、新千年の祝福が共にあらんことを祈願いたします。初めに、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、世界と全国の各地から訪ねてこられた皆様に心から感謝申し上げます。何よりも、この日まで見守ってくださり、共にいてくださった神様に、このすべての栄光を捧げます。

2 私の生涯を振り返ってみるとき、一時も平坦な時期がありませんでした。韓半島を取り巻く列強の狭間で、あらゆる苦難の道を歩んできた民族の受難史と共に歩んできました。

3 私は、十六歳(数え)の少年時代に祈祷をしている最中、突然、神様のみ旨に接したのち、生涯を通して神様のみ旨を成就するために、全身全力を尽くしてきました。そうして、知ってみると、人間の不幸の根本原因は、人類始祖が堕落することにより、霊的無知に陥り、神様との関係が断絶された結果であったのです。これによって、神と人生と宇宙の根本問題などについて無知に陥ったのです。

4 これまで私は、世界各地の公式席上で、一万回余りのみ言を通して、神主義に立脚した真なる人生観、世界観、歴史観を提示してきました。これは、十二種類の世界各国の言語に翻訳され、既に三百巻余りの書籍として出版されています。これは、文献による総合的な研究や、学問的な探求の結果として解明されたものではなく、有形、無形世界を自由に行き来しながら、原理的であり、根本的な答えを説き明かしてきたものです。

5 きょう私は、意義深い場を感謝しながら、我が民族の宿願であり、世界の冷戦問題の最後の決算と言える韓半島の統一問題を念頭に置いて、その方案に対する根本的な解答として「世界と南北の統一は真の愛で」という題目で、お話ししようと思います。

  

◆ 人類歴史とは蕩減復帰摂理歴史


6 我が国の統一は、単純に国土の統一だけでなく、これは堕落によって引き裂かれた人間の心と体の統一問題から始まり、東西の二大世界に引き裂かれた全世界の統一のためのモデル的路程です。したがってこの問題は、神様の救援摂理的側面から理解しなければならない事案であるがゆえに、摂理的次元から解いていかなければならないのです。

7 人類歴史は、人間始祖が堕落により失ってしまった本然の世界を再び取り戻すための蕩減復帰歴史です。ゆえに歴史は、神様の創造理想を実現させるための目標を置いて、サタン側と天側の善悪闘争の歴史なのです。

8 歴史の背後ではいつも、善なる側には善霊が協助し、悪なる側には悪霊が協助してきました。人間の堕落により始まった分裂の歴史は、家庭、氏族、民族、国家、世界へと範囲を拡大しながら、結果的に人本主義と神本主義の根幹となった無神論と有神論の対決として現れたのです。

9 二千年前、ユダヤ民族がイエス様を受け入れていたならば、イエス様はユダヤ教を基盤として、ユダヤの氏族と民族を統一して、十二支派の後孫たちが住んでいたアラブ圏を統一していたことでしょう。さらに、イエス様の思想が中東地域とインド地域を経て極東にまで伝播され、一方では、ローマ帝国と全ヨーロッパを掌握し、イエス様の時代に統一された一つの世界が成し遂げられていたことでしょう。最終的には、イエス様を中心として、一つの新しい宗教文化圏を形成し、王の王にならなければならなかったのです。

10 しかし、イエス様が十字架にかけられることによって、それ以降、外的な肉身の文化圏である人本主義のヘレニズムが先に発達し、ローマの中心文化を形成しました。一方、内的な心の文化圏である神本主義のヘブライズムを代表するキリスト教は、四百年の間、ローマからあらゆる迫害を受けたのです。

11 人間始祖の堕落によって引き裂かれた善と悪の闘争歴史の背後で、サタンは今、何をねらっているのでしょうか。神様をはっきりとねらっています。永遠、不変、絶対、唯一であられる神様が、天地創造時に理想とされた基準も永遠、不変、絶対、唯一でなければなりません。サタンはそのような神様の絶対的なみ旨を破壊しようとするのです。

12 神様にお尋ねしてみれば、神様は、その事実を認められることでしょう。サタンが神様に、「神様! 最初に、私を天使長として立てられたときには、一時的な愛で立てられましたか。でなければ、永遠なる愛のために立てられましたか」と質問するならば、神様は、どのように答えられるでしょうか。考えてみなければなりません。

13 神様は、永遠に愛するために立てられたと語られることでしょう。一時的な愛で立てたとするならば、一時的な神様となります。永遠に愛するという基準をもたなければ、いつかはサタンの前に神様の権限を行使することができなくなるのです。ゆえに神様は、サタンがどんなに反対しても、彼を愛したという条件を立てざるを得ないのです。

  

◆ サタンを自然屈服させるための神様の戦法


14 それで、神様は悪に対しては「無抵抗主義者」なのです。それはどうしてでしょうか。神様は、この地球上に天国理想の世界を成就する時まで、どのような環境の中でも、堕落してサタンとなった天使長を愛さなければなりません。

15 神様は、サタンがいくら暴れ回るとしても、罰したり、打ってしまうことができないのです。どのような状況でも愛したという条件と基準を立て、サタン自身が「ああ、本当に神様は神様であられる。幸福でした」と告白しない限りは、神様は、完全なる勝利を成し遂げることができません。それが問題なのです。

16 神様がそのようにサタンを愛することによって屈服させることが、復帰原理的な道であるならば、神様の子女である私たちも、やはりその道を行かなければなりません。世界的に迫害を受けても、世界的な怨讐圏に立つとしても、彼らを愛したという条件を立てなければなりません。このような側面から、悪を自然屈服させようとする神様の戦法は「怨讐を愛せよ」ということでした。話は、簡単ですが、これが神様とサタンの間で勝敗を分ける境界線となってきたということを誰も知りませんでした。

17 神様がサタンを敵であり怨讐であるとみなし、彼に対して復讐しようという思想をもったとするならば、絶対に勝利の頂を占領することはできません。反対に神様は、「怨讐を愛せよ」と言って、愛の作戦を繰り広げてきました。

18 神様のひとり子であるイエス様は、サタンが役事して自分を殺そうとした怨讐に対して、彼らを許し給えと祈祷したということは、偉大なことです。もし、イエス様が十字架で死ぬときに、怨讐に対して敵愾心を抱いたならば、摂理は逆転したことでしょう。福を祈る愛の心をもって、死を克服したために、サタンが自然屈服したのです。

19 永遠に、神様の子女として残ることができる資格が、そこで生まれたのです。サタンもこれを認め、「あなたは、本当に神様の息子である」と、サインするのです。

20 皆さんも、神様の前で、「サタンよ、私が神様の息子であることに間違いないだろう」と問えば、「はい、間違いありません」、また、「神様の息子としての相対圏を拡大していくであろう。個人から、家庭、氏族、民族、国家、世界圏に拡大するのに異議はないだろう」と言えば、「はい、それは、原理原則なので仕方ありません」と答えるように行動しなければならないのです。

21 神様は、このような条件に従って、キリスト教文化圏を中心として、摂理を推進してきました。犠牲の道、殉教の場、血まみれの境地においても、神様を愛し、怨讐までも愛する運動を展開してきたのです。私たちは、家庭、社会、国家、世界においても、この運動を展開しなければなりません。

22 キリスト教の愛の精神によって、激しく迫害を加えてきたローマ帝国が屈服しました。キリスト教は、そのようにして世界的な宗教になりました。これまで、クリスチャンは、個人的な怨讐だけを考えてきたのですが、そうではありません。怨讐国家や、さらには怨讐世界も愛さなければなりません。

23 怨讐国家の中心に天国の出発点があるので、そこに真の愛の伝統基盤をつくって出発しなければ、地上天国は成し遂げられません。このようにして、伝統が立てられれば、これ以上の思想、これ以上に消化できる主義は生じません。

24 韓国が日帝のもとにあったとき、韓国、日本、ドイツ、米国など、主要摂理四大国家は、互いが怨讐の関係でした。その当時の状況では、日本と韓国が怨讐の関係であり、日本と米国が怨讐の関係であり、米国とドイツが怨讐の関係です。

25 ところが私は、このような怨讐関係にある日本人とドイツ人を米国に連れていき、「米国が神様を無視し、神様を失ってしまったら、滅んで死んでしまうので、米国を生かさなければならない」と言って、真の愛の道を実践しました。日本やドイツの人々に「敵対関係であった米国を、自分の祖国以上に愛することができる伝統を立てることなくしては、神様が望まれる新しい世界理念を立てることができない」と強調し、真の愛の伝統を教えたのです。

26 怨讐関係である国家を、自分の祖国以上に愛することができる基盤と伝統を成さない限り、地上に天国は顕現できません。このような歴史的な伝統の樹立は、神様の真の愛の中でのみ可能なのです。

27 私は、米国連邦政府より屈辱を受けて罪なく法廷に立ったとき、米国の未来を心配し、保守正論紙、ワシントン・タイムズを発行し、放送局を設立させるなど、むしろ米国のために、あらゆる努力をしたのです。

28 近来では、共産主義の没落以降、ロシアと中国の未来を心配し、数十種類にも及ぶ各種の教材を出版し、青少年を中心とした倫理教育に、多くの支援をしています。

29 皆さん! 日帝のもとで反日地下運動をしていた私にとって、日本民族は怨讐でした。民族的にはもちろんのこと、個人的にも怨讐でした。しかし、日本が敗戦したのち、私は、日本人を愛しました。地下独立運動をしたからといって引っ張っていき、むごい拷問をした日本の警察官たちは、私が一言言えば、みな処刑される運命だったのですが、反対に、追われている彼らを安全に送ってあげたのです。

30 今日、日本の多くの若者たちがなぜ、私に永遠なる命を懸けて忠誠を尽くしているのか分かりますか。因果の法則に従って、報いなければならない原則があるためです。それは、私が国家を超越し、神様の心情的なみ旨に従って、世界に向かって真の愛を植えたからです。国家的な怨讐を愛して生きる道に導く心情的な基盤を植えたので、自分たちも知らずに天命に従っているのです。

31 私は、日帝のもとで当時の日本にも恨みがあったのです。しかし、日本は、既に敗者でした。天は、滅びる者をさらに打つことはしません。自分の罪を自白して、謝罪する者に対しては、哀れみをもって対するのです。そのような天があるので、敗者にさらに刃物をもって打てば、打った者の後孫が滅びるのです。

32 米国もやはり、私を敵対視していた国家です。しかし私は、道徳的に塗炭の苦しみに陥った米国を救うため、父母、兄弟をあとにして、祖国を振り返ることなく、カイン世界を救うために、私に属しているすべてのものを捨てました。

33 また、既成教会が統一教会をどれほど憎んだことでしょうか。しかし、怨讐のように闘ってはいけません。お互いに、愛で和合しなければならないのです。二つが和合して、大韓民国を天のみ旨の前に立て、北朝鮮を消化しなければなりません。解放直後に、既成教会と統一教会が一つとなっていたならば、すべてのことが解決されていたことでしょう。

34 しかし、そのようにならなかったので、私たちが行く道の前において、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的な怨讐と対峙するようになり、それでも闘わないという条件を立てるために、無限なる犠牲を払いながら、受難の道を克服してきたのです。

  

◆ 南北を統一することのできる方案


35 内外の貴賓の皆様! 既に北朝鮮の人たちは、全国民が金日成の主体思想で武装しています。私たちは、彼らを消化することができる神様の真の愛の思想で武装しなければなりません。北朝鮮は、ソビエト文明から来た冷たい風が吹きつける、北方文明です。私たちは、温帯圏文明によって彼ら自身が自ら溶けていくことができるような作戦をとらなければ、お互いが滅びるのです。ゆえに私たちは、徹頭徹尾、真の愛の思想武装をしなければなりません。

36 私たちの思想は、個人の欲望のためのものでなく、世界人類を救うためのものです。自分を中心としたものではありません。より大きなもののために生きようという思想です。しかし、共産主義者たちは、共産党員の何人かの幹部を中心としてなそうとするのです。それで、彼らは、自分の敵が現れれば、除去してしまうのです。

37 私たちは、そうではありません。「相対的環境と和合し、一つとなって、より高い次元の相対的基準を成そう。すなわち、カインとアベルが一つとなって、より高い父母を迎えよう」という思想です。言い換えれば、生活的に感服させ、人生観や、人格的な基準を中心として、共産主義の思想で武装した彼らを凌駕することのできる私たちとならなければなりません。

38 私たちが彼らに影響を与えることのできる環境をもたなくては、カイン国家を復帰することができません。カイン国家を復帰できなければ、天の国を中心とした世界的な国になり得る復帰の国家が、成立しないのです。したがって、南・北韓は分断されましたが、北朝鮮と闘わずして解放しようというのです。ゆえに、お互いに利益となることのできる愛を探し求めなければならないのです。

39 皆さん、現在、南と北の目的が食い違っています。方向が異なった立場で、一方は南に、もう一方は北に行こうとする分かれ道にいるので、その目的が異なっているのです。

40 どのように統一されるかという問題をおいて見るとき、深刻です。その主体的使命を誰がしなければなりませんか。それを南韓がするというとき、北朝鮮が反対するでしょうし、北朝鮮が主導するというとき、南韓が反対することでしょう。互いが、「我々がしようと言うとおりにしよう」と言うときには、成されないのです。自分自身に固執する立場からは、必ずまた決裂することでしょう。

41 これをどのように克服するか、ということが問題です。問題は、南韓の人が南韓を愛する以上に北朝鮮をもっと愛するという人が出てこなければなりません。同様に、北朝鮮の人が北朝鮮を愛する以上に南韓を愛する人が出てこなければならないのです。それ以外に、模索方案、解決方案がありません。

42 南韓の誰よりも、もっと国を愛する人、北朝鮮の誰よりも、もっと国を愛する人、そのように一つの道を行く人がいるとき、そこから超国家的な統一方案が出てくるのです。それ以外に道があるでしょうか。どんなに考えても、それ以外に道はありません。

43 それでは、これをどのように実践するのかが問題です。それは、北朝鮮の人よりも、もっと苦労し、南韓の人よりも、もっと苦労することです。このような苦労の中で立てられた超民族的な愛国心が南北を生かす近道であり、解決方案なのです。

44 悪なる世界と善なる世界を統一するのも、やはり同じです。これまで、私たちの先祖が立てた忠臣の道理以上の忠節を、主張することができる人が現れてこそ、決裂した歴史を収拾することができるのです。

45 そのような観点から見るとき、イエス様は偉大でした。ユダヤ民族が不信し、十字架の道を行かざるを得ない立場になられると、神様のために生き、イスラエル民族のために生きる道は、神様のために死に、イスラエル民族のために死ぬことしかないと考えたのです。それが十字架の道理なのです。

46 人類を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも人類を愛し、神様を愛することにおいて、歴史始まって以来、誰よりも愛したので、滅びつつあった歴史が、そこから新しい方向に向かって、より次元の高い善の目的の世界に進出したのが、キリスト教文化圏です。それは歴史的事実です。

  

◆ 南北統一はどこからどのようにするか


47 ゆえに、南北を統一することができる方案は、南と北のために死ぬことができる群れとなる道しかありません。それ以外に、統一することができる道はありません。本当に、共に生きたいという心がなくてはなりません。

48 人間がどのように生きるのか、あるいは、私たちの人生航路をどのように行くべきかということを念頭において見るとき、その骨子を要約するならば、孝子が行く道、忠臣が行く道、聖人が行く道、聖子が行く道の根本があるはずです。

49 まさしく、永遠に共にいたいと思い、共に生きたいと思う心です。上、下を問わず、共にいたいと思い、前後左右、昼夜を超越し、生涯を越えて、共に生きたい思いに満ちた人生のことではないでしょうか。このような結論が出てくるのです。

50 「共に、一緒に生きたいなあ」という、その内なる共通分母とは、何でしょうか。それは、権力ではありません。権力は、歴史を超越できません。それは、一時のものです。知識もやはり同じです。知識世界は、発展するものです。知識の世界で、この学問と共に、永遠に共に生きたいという思いがあるでしょうか。間違いなく私たちが共に生きることができるのは、知識でもなく、金銭でもありません。

51 このように見るとき、上や、下や、前後左右の区別なく、過去、現在、未来の時間性を超越した立場から、共通的に認定することができる一つの分母とは何でしょうか。これがすなわち、神様を中心とした真の愛だというのです。

52 ですから、孝子は、家庭で父母を限りなく愛して生きる人です。また、愛国者は、国をこの上なく愛して生きる人であり、聖人は世界万民をこの上なく愛する人であり、聖子は、人類と神様をこの上なく愛しながら生きていく人なのです。

53 したがって、愛国者の心のように、民族と共に生きたいと思い、民族が困難なときには、その困難がすなわち自分のことであり、自分の痛みであり、喜びがあるとすれば、それが過ぎ去る喜びでなく、私たちすべての喜びとして永遠に残ることができるものでなければならない、と誓うことができる真なる心情の基盤が問題なのです。

54 真なる愛と心情の因縁をもった人は、統一圏に同参できる特権があります。

55 皆さん、全く字を知らない女性でも、博士と結婚して、愛の因縁を結ぶならば、一日にして博士夫人になるでしょう。このように、共に生きようという情の因縁をたくさんもった人は、今日、統一圏に堂々と参席することができる特権があるのです。

56 神様御自身がそのようなお方であるために、一つとなることができる生活内容をもてば、同参することができる資格が自動的に賦与されるのです。

57 それでは、南北統一は、どこから、何をもってするのでしょうか。力で屈服させるならば、相手側の力がもっと大きくなるとき、また闘いが起こるようになります。その方式では、統一を成し遂げることができません。たとえ、以南の地で暮らしていても、北朝鮮で暮らす彼らと、真心から共に暮らしたいという心、一つにならなければならないという心があってこそ、統一の道が開かれます。

58 北朝鮮を思いながら、胸が詰まり、哀れに暮らす私たちの同胞のために涙を流し、あなた方の困難と共に私は生きている、解放の一日を準備して、あなた方の前に現れることであろうと誓いつつ、統一のための真の愛の実践運動がここに起こるならば、統一の日は遠くありません。

59 皆さん、その最初の段階として、郷土と、どのように生きるのかを考えてみなければなりません。自分の父母と共に生きたがらず、郷土と共に生きたくない人が国を愛するというのは偽りです。国と共に生きてこそ、世界と共に生きるようになっています。そして、世界と共に生きてこそ、神様と生きるようになっています。ゆえに、郷土を愛し、その地域社会を愛してこそ、愛国も可能なのです。

60 政治をする指導者たちが国をどれほど愛していますか。彼らに、国民と共に、真心から共に生きようという心がないときには、そのような政治家は流れ去ってしまうのです。どんなに優れていても、水の泡のように流れ去ってしまうのです。

61 引き裂かれた南と北が、そのまま一つとなることはできません。愛国同志たちが闘争するその過程では、夜寝ることもせず、時間を超越して、困難な環境を克服することができる心の決意と実践が必要なのです。

62 「本当に、共に生きたい。死んでも共に死に、生きても共に生きたい」という、そのような心を互いがもつようになるときに、南北統一運動が始まるのです。

63 南北統一を成し遂げれば、民主世界と共産世界の統一も、ここから起こるのです。ですから、韓国問題を心配する場合は、世界を代表した立場に立って、六十億人類を代表し、三十億のアジア人を代表し、民族の将来、世界の将来を見通さなくてはなりません。

64 そして、「私は、あなた方と共に、本当に共に生きる運動を展開するだろう」という誓いをしなければなりません。それが聖人の道理に通じれば、聖人に似るのであり、聖子の忠節をもって、神様に対して実践すれば、「神様の相続者」「み旨の後継者」となるということを、私は、生涯を通して確認したので、きょう、皆さんにこのようなみ言を伝えているのです。

  

◆ 真の愛とは何か


65 内外の貴賓の皆様! 神様の真の愛を中心として互いに因縁を結べば、必ず、主管権と所有権、それから、相続権をもつことができる特権が付与されます。力学では、入力よりは出力が小さいですが、真の愛の世界では、入力よりも出力がもっと大きいのです。

66 真の愛とは何でしょうか。「ため」に生きる愛であり、与えてはそのまま忘れてしまうものです。ことさら与えたことを、記憶もしないのです。また、どんなに降り注いでも、疲れるということを知りません。九十歳を越えた父母が、七十歳になった息子に、「息子よ! 車に気をつけるんだぞ」と言っても、不自然でなく、何十年間、その言葉を数限りなく繰り返したとしても、嫌気がさしたり、疲れるということがありません。

67 堕落した世界の父母がこのようであるのに、いわんや、本質世界で、父母なる神様の愛を授け受けするとき、疲れるはずがあるでしょうか。人生で、真なる神様の対象圏を確定し、真の愛の栄光が不変であるということを、初めて知るようになるとき、永生の論理を妥当化させることができるのです。

68 私が、去る一九八四年に何の罪もなく米国の監獄に入り、獄中のベッドに一人で横たわっているとき、神様が訪ねてこられて、信じる人は私しかいないので、ニカラグアの事態を解決しなさい、と命令されました。神様が訪ねてこられる人間が、どうして私しかいないのでしょうか。

69 先進国を代表するという米国には、二億四千万という国民と、数限りなく多くの教役者(注:宗教活動に携わる人)がいるのですが、彼らを訪ねていくことができず、私を訪ねてこられた神様が、どれほど哀れであられるか、推し量ることができるはずです。しかしながら、神様は、強い引力の愛を訪ねていくことができるので、昼夜、世界のために心配する私を訪ねてこられたのです。その時、私がワシントン・タイムズを前面に立てて助ける仕事を展開しなかったならば、南米は思想的に既に廃虚になっていたことでしょう。

  

◆ 真の愛の主体者になろう


70 紳士、淑女の皆様! 我が民族の念願である南北統一は、この時代の神様の願いでもあります。北朝鮮と韓国を統一させ、神様が安息することができる基盤を、皆さんの家庭と、私たちの教会と国に築くことを天は願っているというのです。

71 それでは、神様に何をもって侍るのでしょうか。何をもって、これをすべてきれいに洗い流さなければならないでしょうか。何をもって洗い流してこそ、神様がきれいだとおっしゃるのかというのです。ほかでもなく、自分の父と母を愛する以上、夫、妻を愛する以上、子供を愛する以上の真の愛を中心として、その環境をつくり、祭物的な祭壇を積もうというその立場から、初めて、理想的な南北統一が出てくるのです。理想的東西文化の統合が起こるのです。分離した地上世界と天上世界の理想的統一が起こるのです。地獄と天国の解放圏が開かれるのです。それで、真の愛の鍵が必要なのです。

72 私の心と体の愛による統一は、家庭的な愛の統一と、常に互いに通じることができるのです。家庭が和合した愛の夫婦は、家族だけでなく、その氏族と国家と世界にも通じることができます。

73 愛し合う夫婦が一つになれば、誰がそしり、踏みにじることができるでしょうか。和合した家庭、和合した民族、和合した政府、和合した世界、和合した天と地、和合した真なる人間愛と、神様が一体となった、そのような世界が、真の愛のユートピアではないでしょうか。

74 すべての植物が、太陽の光を生命の要素として吸収するのと同じように、人間には、愛が生命の要素となるのです。私たちの願いは、永遠に真の愛と共に、慕いながら生きることのできる地上天国や、天上天国が建設されることです。

75 しかし、この世の中には、すべてのものの主人格として、登場することができる驚くべき人生の価値と、その特権的な権限をもった真の愛の主体者、あるいは対象者が、果たしてどれくらい存在するでしょうか。

76 きょう、この場に参席された皆さんは、どうかこれを忘れないで、心と体が一つとなるように努力することによって、自らの夫婦同士で、より高く「ため」に生きることができる愛で愛し合うことから、家庭と、民族と、国家と、世界を愛することができる真なる人と家庭となることを願います。

77 もし、そのようになれば、南北統一は、既に成就したも同然です。どんなに強い主体思想であっても、神様の愛の中では、力なく収拾され、消滅してしまうことでしょう。真の愛で愛する心をもつようになれば、南北統一は絶対問題ではありません。

78 それだけでなく、東西問題や、世界的南北の貧富の格差問題も、この神様の真の愛をもって完全に解決することができます。

79 このような神様の理想を中心として、世界の理想を消化し、そこから国家理想を消化し、国家理想から民族、家庭、個人にまで連結することができる理想世界の平和的無限境が成し遂げられることによって、この地上には、真の愛の平和世界が建設されることは間違いありません。

80 内外の貴賓の皆様! 私は、四十年余り前より、ここでお話ししたように、統一の根本原則を宣言し、国内外で、神主義を中心とした理念運動を土台として、周辺四大強国に、統一の国際的な基盤を造成してきました。韓国や、日本、米国などに、各々数百万を超える会員たちが、国際勝共連合、カウサ活動などを通して、民間基盤を構築してきたのです。

81 これまで、私が主唱してきた神主義は、唯物論、無神論の相反する価値観の統一はもちろんのこと、世俗的人本主義を解放することができる唯一の思想として、世界各国の指導者たちと思想界で検証されました。

  

◆ 韓民族と世界平和のために南北統一を信仰化しよう


82 南北統一を熱望する愛国同胞の皆様! 私たちは、みな共に、真の愛の神主義で、私たちの価値観を定立し、国民思想武装に総決起しましょう。私たち自身と、韓民族と世界平和のため、南北統一を信仰化しましょう。

83 そしてこの時代、歴史と天の召命を受けて立ち上がり、南北統一運動に私たちすべてが先頭に立つ義人と指導者になりましょう。真心より共に生きたいと思う真の愛、怨讐までも愛する心で、真の愛の温風を北方の地の同胞たちに送りましょう。

84 特に、人類歴史の始まりに、エバの失敗によって歴史が誤ったので、終わりの日には、女性たちが先頭に立って、真の愛の母性愛で、青少年の和解と統一の新しい歴史を創造していきましょう。

85 特に、女性の使命は子女のような立場である青年男女および学生たちを真なる教育を通して真なる子女たちに復帰しなければなりません。さらには、母と子女が一つとなって、手本を示し、夫までも教育を通して真なる天の息子として復帰し、真の父母に従い、神様を中心として侍り、地上天国理想を復帰しなければなりません。

86 いま一度、きょうの話が南・北韓が共に真の愛で出会うその日を早める全国民運動となるように願いながら、話を終えようと思います。

87 神様の祝福が皆様の家庭に共にあらんことを祈願します。ありがとうございました。


















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二 天宙は私の故郷と祖国

真の家庭と家庭盟誓
 


二 天宙は私の故郷と祖国


 この講演文は2000年2月10日、韓国ソウルのロッテ・ホテルで開催された文鮮明先生御生誕80周年記念の祝賀晩餐会で語られたみ言です。


1 尊敬する内外の貴賓の皆様! 今日、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために公私共にお忙しい中、全世界の至る所から、ここ韓国を訪ねてこられた各界各層の指導者の皆様に、心から感謝申し上げます。私は、今日まで共にいてくださり、見守ってくださった神様に、このすべての栄光をお返ししようと思います。

2 私は生涯を通して、ただひたすら神様の創造理想実現のために諸般の難問題を解決しようと心を砕いてきました。

3 十六歳(数え)の少年のころに天命を受け、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖賢たちと自由に交流しながら、神様のみ旨の究明とともに、人類救援のための復帰摂理歴史を完結するために、孤軍奮闘してきました。

4 知ってみると、神様は栄光と尊貴の玉座にいらっしゃるお方ではなく、堕落し地獄に落ちた子女たちを救うために苦労してこられた、悲しみと嘆息と苦痛の神様であられました。

5 この意義深い日、私たちが心に刻まなければならないことは、私たちがみな、神様の心情と完全に一つになることであり、さらには神様のみ旨を成し遂げることです。

6 人間は堕落によって霊的無知に陥ることにより、神の実存および人間と宇宙に対して根本的な無知に陥りました。したがって、肉身をもってこの世をどのように生きるべきか、死後の霊界の実在とそのための準備として地上生活がどのようでなければならないかということを知らないまま生きてきました。

7 神様のみ旨と心情を知って生きてきた私の生涯は、一言で言えば、昼夜を忘れ、季節も環境も超越して、ただみ旨を成就するために全身全力を尽くす道でした。

8 私の八十年の生涯を振り返ってみるとき、これまでの多くの苦難と迫害にもかかわらず、この場できょう、皆様と共に過ごすことができたのは、ただただ神様が助けてくださったからです。

9 私はこれまで、世界の至る所の公席で一万回余り話してきました。これは既に三百巻余りの本として発刊されました。

10 きょう、世界最高の指導者の皆様と出会ったこの意味深い場で、これまで私が考え、教えてきた内容の一端を「天宙は私の故郷と祖国」という主題でお話ししようと思います。

  

◆ 理想的な存在のモデル


11 本来、天宙は、人間が主人となって暮らすように造られた巨大な家です。そしてこの天宙の中心となった人間は、上下、左右、前後の関係性、すなわち父子関係、夫婦関係、兄弟関係の中で球形として存在します。神様は、この上下、左右、前後である一、二、三、四、五、六の中心である第七の位置にいらっしゃいます。それで神様は、私たちの日常生活を指導されながらも、見えない中心の位置にいらっしゃるのです。

12 人間は、堕落したサタン圏内での拘束と苦衷の中から、神様の助けにより自由と解放を受け、真なる息子、娘として成長したのちに、相対に出会い、真なる夫婦となり、さらに子女を生み、真なる父母となることが正しい人生路程です。ゆえに、私たちは、真なる子女を否定することができず、真なる夫婦を否定することができず、真なる父母を否定することができません。これを否定すれば、宇宙の原則に逆行し、自らの存在を破壊することになります。

13 それゆえ人間は、真なる父母と共に、真なる夫婦と、真なる息子、娘によってなされた真なる家庭を成し遂げなければならないのです。これがすなわち、理想的な存在のモデルとなるのです。

14 人間は、家庭で真なる父母の愛を完全に受けなければならず、真なる夫婦の愛を完全に受けなければならず、それから真なる息子、娘の愛を完全に受けなければなりません。このようなすべての人間関係を完成させるのは、お金でもなく、知識でもなく、権力でもなく、物質的な力でもない、均衡をなす神様の真の愛しかありません。

15 真の愛は、投入する力です。与える力であって、受けることのみの力ではありません。すべてを与え、零点(ゼロ・ポイント)の位置に入っていくのです。完全に空いた場になるので、零点の位置には、何が入ってきてもOKです。
 それで、与える力が永続するので、戻ってくる力が加重され、永続することによって、永遠なる均衡がなされるのです。それゆえ、真の愛を中心に「ため」に生きる世界は、授受作用を通して完成されるのです。
 天地のすべてのものが相対的関係で存在しているのも、このように授けて受ける作用を通して、真の愛の世界を成すためなのです。

16 相対関係において、すべての授ける力に対して、戻ってくる力が運動することによって、その中心点は永遠に定着することができるのです。すなわち、天運の数である七のような真の愛の中心位置に神様がいらっしゃり、全宇宙が均衡をなして運行しているのです。天運というのは、このように受けて返す巨大な天宙的な流れです。
 その中で、愛も流れ、空気も流れ、水も流れ、光も流れます。しかし、その流れは、回り回って、再び円形に戻っていくのです。

  

◆ 天宙が私の故郷であり、私の祖国


17 内外の貴賓の皆様! 善なる人とは、どのような人ですか。様々に定義することができるでしょうが、一つは、受けたものを踏み倒す人は悪なる人であり、受けたものに対してプラスして恩返しする人は善なる人であるというのです。
 それゆえ、子供が自分よりも低くなることを望む父母はいないのです。高くなることを望みます。また、夫は妻を、そして、妻は夫が自分よりも素晴らしくなることを願います。また、兄は弟を、弟は兄がもっと立派になることを願うのです。

18 ゆえに、受けたものよりも、もっと大きなものを返そうとするのが父母の願いであり、夫の願いであり、子女の願いであり、万物の願いであり、結局、宇宙の願いでもあるのです。
 一歩進んで、大きな心で「天宙が私の故郷であり、私の祖国である」という考えをもった人だけが、自由と解放を受け、天宙的に歓迎されるのです。すなわち、個人的に歓迎され、家庭、国家、世界、天宙的に歓迎されてこそ、結局、神様の真の息子、娘になることができるという結論が出てくるのです。

  

◆ 私たちが暮らしたい本然の故郷


19 それでは、皆さんはどこで暮らしたいですか。自分が生まれた本然の故郷で暮らしたいはずです。しかし、本然の故郷は、広い意味で考えるとき、天宙の中でも地球星であり、祖国は私たちの先祖である神様がいらっしゃる所です。

20 この地球星で堕落していない本然の父母、兄弟、息子、娘が共に暮らすならば、そこがすなわち、私の故郷です。そこには、黒人、黄色人種、そして、白人が共に調和して暮らしているのです。

21 このすべての人種は誰の息子、娘ですか。父母は一人の方であられます。ゆえに、宇宙で、東西南北のどこに行ったとしても、共にいらっしゃる神様が人類の父であらざるを得ないのです。

22 例えば、米国の主人が白人であったり、黒人であったり、黄色人種であるという考えは、誤りです。米国の主人は神様であられます。
 韓国も同様です。ただ皮膚の色が違うのは、住んでいる地域によって、保護色を合わせるための気候と環境の影響のせいなのです。それで、雪の多い地域には白人が多いのです。反対に太陽の光が強いアフリカのような所には、黒人がたくさんいるのです。しかし、人はみな根本的に同じなのです。
 例えば、血の色や、皮膚や骨の形はみな同じです。そして、互いに愛し合うことも同じです。ゆえに、人種の差別はあり得ません。

23 それで、統一教会では国際合同結婚式を通して、人類を平等化してきました。自然の道理と原則を尊重してみると、五色人種が互いに結婚するようになったのです。黒人と白人が結婚することは、北極と南極が一つになることと同じです。また、黄色人種と黒人が結婚すれば、お互いの長所を受け継ぐようになり、より優れた後孫を生むと考えるのです。

24 愛があるところには、葛藤がありません。たとえ、皆さんの生まれた故郷と祖国は異なるとしても、一つ間違いのないことは、信仰の本郷地であり、平和と統一の本郷地というのは、真の愛を中心とした祖国と故郷であるということです。
 人間世界で最も重要なこと
25 人間世界で、最も重要なことは真の愛、真の生命、そして真の血統です。真の愛には真の生命があり、真の血統が連結されます。真の血統が連結されなくては、真の愛が成されないのです。また、真の生命が連結しない愛は、偽りの愛です。真の生命は、真の愛と、真なる血統の因縁の中で懐妊されるのです。

26 このように、真の愛と、真の生命と、真の血統を通して、永生の道が開かれるのです。真なる人となり、真なる愛と、真なる生命と、真なる血統を後代に残すことが神様の創造理想なのです。

27 永遠なる真の愛、永遠なる真の生命、永遠なる真の血統の主人であられる理想的な神様に似た人が、天の国の完全なる真の息子、娘になるのです。

28 どうして結婚をするのでしょうか。まさしく、このような真なる血統的伝統を、過去、現在、未来に連結するためです。堕落する前、アダムとエバは神様に直接、自由に接することができたのですが、堕落したのちには、以前のように神様に接することができなくなってしまったのです。

29 さらには、堕落したアダムの子女たちであるカインとアベルは、神様の血筋を受けることができず、サタンの血筋を受け継ぎました。ゆえにイエス様は、ヨハネによる福音書第三章三節で「よくよくあなたに言っておく。誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできない」と言われたのです。

30 人間は、血統的に誤った愛によって、誤った生命をもっている自分自身であることを自覚しなければならないのです。人間は、自分たちが愛の怨讐であり、生命の怨讐であり、血統の怨讐の位置にあるという事実を、この上なく恥ずかしく思わなければなりません。

31 神様は、今日の世界でフリー・セックスやホモセックスが乱舞していることを御覧になって、言葉にできない悲しみと苦痛を感じていらっしゃいます。しかし、そのような怨讐の息子、娘を自分の息子、娘よりも、もっと愛さなくてはならないというのが神様の立場です。投入し、忘れ、また投入し、忘れながら、失ってしまった息子、娘を再び取り戻そうとするのが、神様の救援摂理です。

32 堕落した生命を生かすためには、それよりももっと強い生命力を投入しなければなりません。堕落し、偽りの種で腹中に宿された子供を見ながら、悲惨に感じている神様がどんなに哀れでしょうか。そのような子女が繁殖し、今日の六十億の堕落人類となったのです。

33 人間は本来、三時代を通過するようになっています。母の腹中時代は水中時代であり、地上世界は土と水と空気の時代であり、死後の世界は愛の時代です。

34 胎児が母の腹の中で栄養をもらって育つのと同じように、人間の肉身は、地球星で、万物を食べながら成長するのです。それで、人間は、地を母のように愛さなければならないというのです。

35 霊界は、太陽のような光が、夜も昼もさすす所です。太陽系は、常に昼です。霊界もこれと同じです。

36 霊界での愛の光は、変わることがありません。朝でも夜でも、北極でも南極でも、愛は変わることがありません。そのような真の愛が充満した世界が霊界です。霊界は、春夏秋冬という季節を通して実を結んだものを収穫し、倉庫に貯蔵する所と同じなので、地上世界の人生が結実した所です。

  

◆ メシヤは人類の理想的核の家庭の主人


37 復帰歴史路程で、これまで神様の直接的な真なる血統が連結され、真の生命をもって出生した人は、イエス様しかいません。

38 ゆえに、これまで堕落した人類の中で、地上や霊界で、神様の直接主管圏に入っていった人は一人もいませんでした。それで神様は、これまで一人、孤独な悲しみの歳月を過ごしてこられたのです。

39 ゆえに、人間も悲しく、万物も悲しい世界となってしまったのです。それで神様は、信じることができる一人の人、すなわち、血筋を浄化させ、真の生命に重生させ、神様の真の愛を受け継ぎ、解放の主人になることができる一人の男性、メシヤを探してこられたのです。

40 皆さんも御存じのように、アダム以降、旧約時代の歴史は、メシヤを迎えるための選民の歴史です。準備された選民、イスラエルを通して、イエス様がメシヤとして来られ、万民をイエス様の家庭と接ぎ木し、真の血統を世界化しようとされたのが神様のみ旨であったのです。しかしユダヤ民族の不信により、イエス様が十字架にかかられることによって、その歴史は再臨理想として残されました。

41 したがって、再び来られる再臨主は、人類の真の父母の立場で、再び真の愛の家庭を取り戻し、天地父母の位置を経て、人類救援摂理を完成しなければなりません。

42 メシヤが出発しなければならない起点は、アダムとエバが堕落しないで完成した家庭よりも、もっと神様に栄えある立場で、もっと素晴らしく侍ることができる孝子、孝女の家庭とならなければなりません。

43 メシヤは、真の愛を中心とした父の立場で、真の生命と真の血統を連結し、新たに出発しなければならない人類の理想的な核となる家庭の主人です。ここから、祝福結婚した家庭を連結し、地上天国、天上天国の完成をみるのです。ゆえに、メシヤは人類の前に真なる父母として来られなければなりません。


  

◆ 絶対信仰、絶対愛、絶対服従を実践してこそ


44 来られるメシヤは、サタン世界の愛とサタン世界の血統を否定し、神様の真の愛で連結した、完成した個人、家庭、氏族、民族、国家、世界と天宙を成さなければなりません。

45 すなわち、真の父母の愛によって、全人類が新たな祝福結婚をすることによって、新しい血統的家庭の相続を受けなければならないのです。そしてこれは、真の愛でなくては道がないという事実を知らなければなりません。こうして、サタン世界の地獄圏を解放しなければなりません。

46 ゆえに、すべての人類は、八段階の復帰過程を経て、神様の子女の立場を取り戻さなければならないのです。すなわち、腹中時代を経て、幼児時代、兄弟時代、婚約時代、夫婦時代、父母時代、祖父母時代を経て、王と王妃の時代までの八段階を復帰しなければなりません。結局、人間は、神様の子女として、王子、王女として、天地の大主人になるという目的で生まれたことを知らなければなりません。

47 皆さん! このように、私たち人間は本来、成長し、男性は女性に出会って王となり、女性は男性に出会って王妃となり、天の国の王子、王女として、天の国のすべてのものを相続される相続者の位置にまで行かなければなりません。

48 そのためには、地獄の底から、八段階の蕩減条件過程を通過して、天国まで一体化させなければならないのですが、これは、メシヤとして来られる真の父母の祝福を通してのみ、可能なのです。このような祝福家庭(bless couple)は、世の中の前に助けとなる、主体的なプラスカップル(plus couple)にならなければなりません。

49 このように、完全に生まれ変わった新しい人になるためには、神様を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を実践しなければなりません。私もやはり、生涯を通じて、これを実践してきました。

50 神様は、宇宙を創造されるとき、絶対信仰をもって造られました。さらに、神様は私たち人間を愛の絶対的パートナーとして造られました。絶対従順とは、自分自身までもすべてなくして、完全投入することを言います。

51 このように投入しては忘れ、投入しては忘れ、最後には自分という概念まですべてなくなるゼロ・ポイントになるのです。

52 愛を否定されてももっと愛し、投入してももっと投入してこそ、怨讐を真の愛で自然屈服させる位置まで進むようになるのです。神様がそのような道を歩んでこられ、天地父母がそのような道を歩んできたのです。

53 投入し忘れてしまい、投入し忘れてしまうことを続ける人が中心者となり、全体の相続者となり、孝子の中の孝子となります。家庭の中でも、おじいさん、おばあさんなど、十人の家族が暮らすとしても、最も「ため」に生きる者が家庭の中心となるのです。国において、愛国者も同様です。投入し忘れてしまうほど、忠臣、聖人、さらに進んで聖子として決定されるのです。

54 神様は、人類歴史始まって以来、いかなる存在よりも、真の愛を中心として、より一層「ため」に投入し忘れてきたのであり、また、永遠に継続して忘れて投入することができるお方であるので、「ため」に生きる者の王となり、先祖となることができるのです。

55 私が導いてきた統一教会が、短い期間に世界的な宗教団体として成長したのも、まさしくこのような原理原則で努力してきたからです。

56 自分の生涯を振り返ってみるとき、私が人類救援の道を行くとき、今日に至るまで、有形・無形世界の億万のサタン勢力が反対し、多くの宗教指導者たちが反対し、各国の政権が反対しましたが、私は堂々と彼らのために生きてきたので、いつの間にか、彼らの中心位置に立つようになったのです。
 真実を理解できず反対する彼らのために生き、反対する彼らの子女たちのために投入し、反対する政権のために生きてくると、いつの間にか、レバレンド・ムーンを尊敬するようになったのです。

  

◆ 国際合同結婚式の意味


57 私たちはここで、天の戦法とサタンの戦法がどのようなものであるかを学ぶことになります。すなわち、天の戦略は打たれて取り戻すことであり、サタンの戦略は打って失ってしまう戦略です。

58 このような原則のもとで、レバレンド・ムーンは、人類救援のための方便として、五大洋六大州に広がっている五色人種を「一人の方、神様のもとの一つの世界」を成すために、国際合同結婚式を挙行し、数千数万双の若者たちを祝福結婚させてきました。

59 東洋と西洋が結婚を通して一つとなるとき、世界で最も大きな文化的葛藤はなくなるはずです。米国人とドイツ人が結婚し、夫婦が真の愛で一つとなれば、怨讐であった二つの国が神様の真の愛によって一つになるのです。

60 さらに、レバレンド・ムーンは、霊界にいる霊人たちまで、真の愛により、祝福してきました。地上と天上に天国が成されるためには、霊界にいる霊人たちまでも祝福を通して解放しなければならないのですが、それは、地上にいる真の父母を通してのみ、可能であるのです。

61 人類の先祖が偽りの父母として、罪悪の種を蒔いておいたので、メシヤは、人類の真の父母として来て、地上と霊界のすべての人類を解放してあげなければならないのです。

62 血統で誤った問題に対する解決は、全知全能であられる神様でさえも、一人ではなすことができないのです。もし、神様がなすことができるのであれば、既にずっと以前にされたであろうし、また、堕落もさせなかったはずです。人間に賦与された自己の責任分担は、原理法度の神様においては、一切干渉されることができないのです。

63 ゆえに、再び来られるメシヤは、人類の真の父母として来られ、血統を汚した原罪をもった人間を真の愛によって重生してあげなければなりません。

64 このような点から、私が主導してきた国際合同結婚式の意味は、単純に、男女が配偶者として出会うところにのみあるのではありません。本然の神様の生命の種を賦与され、真なる神様の子女として生まれ変わるための、神聖な重生の儀式なのです。このように、蕩減原則を通して、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的蕩減時代を経て、最終的には、霊界解放と、地上解放時代を迎えたのです。

65 世界が、数千数万の民族に分かれ、父母、夫婦、子女まで分裂し、宗教圏も、キリスト教、イスラム教、儒教、仏教など四大文化圏に分かれてきましたが、今私たちは、大統一家庭化時代を迎えたのです。新約時代を経て、完成時代である成約時代を過ぎて、堕落がなかった本然の第四次アダム圏時代に進入して、天国の時代に入っていくようになったのです。

66 言い換えれば、今は、国家主義時代が過ぎ、世界主義時代を越えて、天宙が一つの神様のもとで、一つとなる時代に進入したのです。さらに地球星が全祝福家庭たちの故郷となり、神様がいらっしゃる天上世界は祖国になり、一つとなることによって、永遠なる祖国主権復帰である地上天上天国が始まるのです。

  

◆ 神様の国とは


67 内外の貴賓の皆様! 私は、新千年が始まる午前零時に、全世界に送るメッセージを通して「真の愛の天宙化は、新千年天国完成」というみ言を宣布しました。
 「真の愛の天宙化」という言葉は、天と地を真の愛の家にしようという意味であり、新しい千年を迎え、全体世界を通して天国を完成するということになります。

68 天宙は、神様から出発したので、その対象的立場にある愛の家の完成のために、家庭や氏族、民族、国家、世界が同じ公式原理の家を求めて、一つにならなければなりません。

69 国は、家庭が入ることができる愛の家であり、世界は、国が入ることができる愛の家であり、さらに天宙は、世界が入ることができる愛の家です。その中でも、真の愛の家庭というものは、巨大な天の国の家、天宙の出発点であり、核になるのです。家庭で夫は、妻の真の愛の家であり、妻は、夫の真の愛の家であり、父母は、子女の真の愛の家であり、子女は、父母の真の愛の家です。

70 神様の国は、真なる自由と、信仰の理想が花咲き、実を結ぶ所であり、真の愛と真の生命と、真の血統が結びついた真なる家庭がとどまる所です。さらには、永遠なる真の愛と幸福が充満した千年王国時代が始まる所です。

71 私がこれまで主唱してきた天地安息圏の中心が、神様が共にされる真なる男女が結合した家庭であるために、真なる家庭の価値を説き明かしてきたのです。ゆえに、私たちは、聖書でいうエデンの園をこの地球上に具現させなければなりません。

  

◆ 成約時代とは


72 今、新たに迎えた新千年は、六千年間の救援摂理が完結され、創造理想を中心とした本然の天の国が建設される時です。旧約と新約の約束が成される、成約の時代をいうのです。二度と涙がなく、死亡がなく、哀しみ痛む声が聞こえない、新しき天と新しき地をいいます。

73 水晶のような澄んだ生命水を、代価なく分け与えられる、条件のない真の愛の時代をいうのです。霊界と地上が一つに通じ、天上と地上に神様の国が成される時代です。生きていらっしゃる神様の直接主管が、復帰された長子権、父母権、王権を通して、全体、全般、全権、全能の新時代を開く時です。

74 以上お話ししたように、地球星は人類の故郷であり、霊界は人類が完成、到達しなければならない永遠なる祖国を意味するのです。

75 そしてついに「一人の神様のもとの一つの国(One nation under God)」を越え「一人の神様のもとの一つの天宙(One cosmos under God)」として、天の父母を中心とした地球星大家族主義の世界が成される時です。

76 ゆえに、神様と人間の根本関係である父子の因縁を心に刻み、「天宙」すなわち霊界と地上を「私たちの故郷と祖国」として創建するために、積極的に先頭に立ってくださるようお願いいたします。

77 重ねて、この場を訪ねてくださった全世界の指導者の皆様に感謝し、四海同胞がお互いに真なる兄弟姉妹となり、平和と自由と正義があふれる新しい千年王国が始まることを祈願しながら、み言を終えようと思います。

78 皆様の国と、各家庭に神様の祝福が共にあらんことを祈ります。ありがとうございました。






















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三 真の愛は誰もが願う

真の家庭と家庭盟誓
 


三 真の愛は誰もが願う


 この講演文は、1999年3月14日、アメリカ・ニューヨークのベルベディア修練所で語られた文鮮明先生のみ言であり、2000年2月13日、「世界文化体育大典2000」の勝利祝賀晩餐会の時にもう一度宣布されたものです。


1 尊敬する内外の貴賓の皆様! 公私共にお忙しい中を、第四回「世界文化体育大典」に参席してくださった皆様に、心から感謝申し上げます。

2 理想家庭を通じた真の平和世界の具現のために、私が生涯をかけて追求してきた平和運動は、神様のみ旨を地上に成就してさしあげるための一環として推進してきました。分裂と葛藤の一世紀が終わり、和解と統一を模索して出発した新千年の希望は、漠然と成就するのではありません。

3 神様の創造理想を中心として全世界が、一つの神様のもとに一つの世界を指向するという具体的な青写真をもって、各界各分野で具体的な実践運動が世界化されなければならないのです。

4 私は、十六歳(数え)の少年時代に天のみ旨に接して以来、楽園のイエス様をはじめとする歴代の聖賢たちと自由に霊通しながら、生涯を通じてあらゆる試練に打ち勝ち、ただひたすら神様のみ旨成就に全身全霊を尽くしてきました。

5 知ってみると、神様のみ旨は、地上と天上に自由と平和と解放の天国を建設することでした。本然の神様と人間の関係は、永遠の父母と子女の関係です。

6 堕落は、その断絶を意味し、復帰は、父母と子女の因縁を回復することを言います。

7 私がこれまで設立した各種の平和団体と国際組織は、一人の神様のもとの一つの世界を構想してこられた神様の、み旨成就のための一環です。

8 特に、皆さんが参観された国際祝福行事は、堕落によって受け継いだ人種、宗派、国家間の葛藤を根本的に解決するための神様の戦略です。五色人種が一つに調和して、真の兄弟、真の夫婦として出会うことは、一人の神様のもとの一つの世界を追求する聖なる理想の現実化なのです。

9 きょう、私の八十歳の誕生日の祝賀行事と第四回「世界文化体育大典」を記念する歴史的大会を終えながら、皆様と共に考えてみようとするみ言の題目は「真の愛は誰もが願う」です。

10 皆様、人間に一番重要で必要なものとは何でしょうか。それはお金や権力や知識ではありません。生命よりも貴く、空気よりももっと必要なものとは真の愛です。真の愛が私たちにこれほどに貴く、重要なのは、何のためでしょうか。

11 人間が生きていく上で、神様に会うことを願うように、神様も真の人間に会いたいと願われるのです。ところで、人間の中でも男性と女性のどちらか一方に先に会いたいと言われれば、おそらく互いに不平を言うことでしょう。

12 ですから神様は、愛を前に立てざるを得ないのです。愛さえ一番に立てれば、男性と女性が一緒に会うことができ、一緒に触ることができ、一緒に分かち合うことができるからです。世の中で一番貴いものがあるとすれば、男性と女性が互いに先に所有しようと争うでしょうが、それが愛だということが分かれば、二人が互いに一つになって所有しようとするのです。

13 このように愛は誰もが好むだけでなく、愛のみが、人間の欲望をみな均等に充足させることができるという原則があるので、神様の救援摂理も可能なのです。

14 愛とは本来、神様のものです。しかし、いくら神様のものだといっても、神様一人では所有することができません。愛は必ず相対を要求するようになっているのです。男性一人、あるいは女性一人だけをもってしては、愛は成立しないのです。ですから男性の愛のために女性が、女性の愛のために男性がいるということになります。醜い男性も醜い女性も、愛の対象が現れることを願うのです。それも、最も高い愛の対象であることを願います。

15 ゆえに、宇宙のすべての存在を見れば、みな主体と対象、プラス(+)とマイナス(−)の対になっています。鉱物界、植物界、動物界、そして人間の世界もみなペア・システムになっているのです。なぜならば、すべてがこのような相対関係を通じて真の愛を願うからです。この宇宙の中で絶対に一人では所有することができないのが愛ですが、反面、相対が現れることによって、愛で連結されたすべてのものを所有するようになるのです。

16 同じように、子女がいなければ子女を愛することのできる父母の愛が現れないし、子女に対する父母の愛の主人にもなれません。ですから神様も、真の愛を成されるために、その相対として宇宙と人間を創造されたのです。

17 このように子女の愛や兄弟の愛、夫婦の愛、そして父母の愛すべてが、主体と対象が一つになることによって現れるのです。主体と対象として一つになれば、これら二つは分けることができません。もし分けるならば、真の愛が破壊されるのです。ですから離婚という概念はあり得ないのです。

18 男性が愛を感じるからといって、それが自分によるものではありません。女性から始まったものです。また女性が愛を感じるからといって、それもやはり自分によるものではなく、相対である男性から来たものです。すなわち、愛の主人は相対です。ですから愛を貴く思う以上にその相対を貴く思い、相対の前に感謝して、「ため」に生きてあげなければなりません。

19 これが、祝福を受けた夫婦が永遠に共に暮らすことのできる根本の道理です。このように夫婦が互いに「ため」に生き、尊重し合い、真の愛によって完全に一つになるとき、これを通じて堕落したサタンの血統は完全に根絶されるのです。

  

◆ 真の愛の縦的な垂直関係


20 真の愛とは、横的な水平関係だけでなく、縦的な垂直関係においても成されるのです。真の愛の横的関係が、縦的にだんだんその次元を高めれば、結局、その頂点に到達するのですが、この場が「真の愛の王」である神様の位置なのです。この場では、すべてのものが結合し、抱かれ、愛化され、そして花咲くことができるからです。

21 ですから宇宙の中にあるすべての存在は、愛によって和することを願い、愛の中で生きることを願うという結論になります。愛のために生まれ、愛のために生きて、愛のために死ぬということになります。

22 真の愛は人間のみならず、すべての万物も願います。ですから万物の霊長である人間は、神様が造られた傑作品を抱いて愛するだけでなく、すべての万物に愛することを教えてあげなければならない責任があることを知らなければなりません。万物たちはこのような主人を探しています。このような基準に私たち自身を照らしてみながら、自分を恥ずかしく思わなければなりません。

23 宇宙にいっぱいに満ちたすべての存在は、自分のレベルで相対と共に存在しますが、結局より高い愛の次元に吸収されて上昇するという原則に従うのです。すなわち、鉱物は植物に、植物は動物に、結局は人間にすべて吸収されることを願うのです。

24 ですからすべての存在は、捕まって食べられたり、吸収されたりして、より高い愛の次元に上がり、最後は愛の根源であられる神様の最も近い愛を受ける立場まで進んでいくようになるのです。このようにすべての存在が究極の目的地とするのは、正に真の愛の本質だというのです。

25 ダーウィンの「弱肉強食」という言葉は、このような愛の論理によって再び解釈されなければなりません。それゆえ、蟻や微生物までも真の愛を願うのみならず、自分を愛する主人のところに行って死のうとするのです。

26 このような原則から神様の愛の最も高い対象として造られた人間は、すべての万物をみな食べたり、もったりすることのできる立場にいるのです。このすべてのものをみな食べて、もちますが、これらを造られた神様の真の愛の心をもって食べ、もたなければなりません。

27 万物の中で長い形のもの、例えば、うなぎや魚が好きなみみずのようなものは、大体薬剤として使われるのです。どのレベルにおいてもみな、捕って食べられるようになっています。もしそうでなければ、宇宙は存立することができないのです。

28 神様の理想は、アダムとエバを種として家庭をつくり、氏族をつくり、国をつくって、膨大な天の国の民をつくろうというのものでした。天の国の民は、このような神様の真の愛の伝統に従って、繁殖されるのです。

29 私の理論とチャールズ・ダーウィンの理論は正反対ですが、平和の世界は、私の理論に従って成されるのです。なぜならば、これが創造理想を成す根本原理だからです。進化論と創造論の論争が続いてきましたが、「創造」という言葉には既に創造主であられる神様がいらっしゃることを認定する意味が前提となっているのです。

30 神様の創造には真の愛の目的がある反面、共産主義には闘争と破綻があるだけでなく、結局、すべて消えてなくならざるを得ないのです。神様が主体と対象を通じてつくられた創造には、方向性と目的観が内在していますが、唯物論をパターンとした共産主義理論には、何の方向性も目的観もあり得ないのです。

  

◆ 人間において最も重要な器官は愛の器官


31 すべての万物の中でも一番貴い存在が人間、すなわち、男性と女性なのです。その中でも一番重要な部分は、鼻でも、目でも、手でも、そして頭脳でもなく、愛の中心器官である生殖器です。この愛の器官によって、宇宙のすべてのものが再創造されるのです。

32 植物も動物もこの生殖器によって繁殖し、拡散していくのです。一番価値があり、一つとなった素晴らしい家庭もそれが一つとなった夫婦から現れるのです。一つとなった夫婦によって理想家庭が始まるのです。この愛の器官こそ、愛と生命の本宮であり、血統と歴史が連結するとてつもない価値のある場なのです。

33 神様が宇宙を造られた根本原理は、雄と雌の概念を通すのです。ところで、この雄と雌が絶対的な愛を願うならば、その相対が二つであってはいけません。ただ一つ、絶対に一つでなければなりません。永遠に絶対男性と絶対女性でなければなりません。それで神様は、アダムを二人造ったのではなく、エバも二人造ったのではありませんでした。ただ一人ずつ造ったのです。

34 ところが、今日世の中を見ると、義理の父が十人もいるケースを見ることができます。いかに偽りのごみ箱のような世の中でしょうか!

35 女性や男性が貞操を守り、保護するというのは、宇宙を保護することと同じです。男性と女性の愛の秩序が宇宙の根本だからです。

36 ですからこれを動物のように濫用してはいけません。愛の主人は一人です。その中でも真の愛の「真」は、二つを許すのではなく、ただ一つであり、絶対に一人なのです。

37 「真の愛」とは、誰でも言うことができる言葉ではありません。唯一神様のみが、本当の真の愛をなすことができ、真の愛の絶対主人となられるのです。ゆえに、神様の真の生命も、神様の真の血統も、神様の真の良心も、真の愛を必要としています。このように、神様の最も根本となる本質は、真の愛です。

38 またこの真の愛と因縁を結ぶには、神様と関係を結ばなければなりません。うちのお母さんとお父さんがけんかしないで、豊かに暮らすからといって、真の愛で愛しているとは言えないのです。
 恋愛している若い未婚男女が、互いに命を懸けて愛し合うからといって、それが真の愛ではありません。神様が介在していないので、真の愛ではありません。

39 真の愛は必ず神様を中心にしなければなりません。神様の息子、娘になるには、神様の血統と生命と愛に関係しなければならないのです。
 権力や知識やお金、軍事力だけをもってしては、真の愛の世界で歓迎されません。

  

◆ 愛とは相手のためにしてあげることで可能


40 真の愛は、誰もが願うものですが、愛とは「ため」に生きることによって可能だという原則を知らなければなりません。相手のために奉仕し、犠牲になってあげなければならないのです。「私のために生きよ」という心で人に接すれば、みな逃げていくのです。

41 このような利己的な個人主義はサタンの戦略であり、目的であり、道具です。ですからその結果は地獄以外の何ものでもありません。全体のために生きなければなりません。人のために全体のために犠牲になり奉仕すれば、みんなが来て、私を愛してくれるのです。

42 子女として造られた人間が兄弟になり、夫婦となり、父母の立場に進む過程ごとに、神様はそのすべての真の愛の主人になるのです。

43 すなわち、人間が育つのを見ながら、神様はそのすべての段階の愛の主人として、定着されるのです。それゆえ、神様をしてすべての愛の主人となるようにした人間こそ、神様よりも貴い存在だとも見ることができるのです。ちょうど自分が愛する人を、自分よりも何千万倍も価値があり、貴く思うようにです。

44 ですからもっと貴いもののために、神様は投入され、忘れられ、また投入され、忘れられるのです。一〇〇パーセント投入されたのち、一〇〇パーセント忘れられるので、続けてさらに投入することができるのです。自分の夫が素晴らしくなるのを願う妻は、夫のために投入しては忘れ、また投入しては忘れることによって、夫を成功させるのと同じです。

45 投入して忘れることを続けるならば、その愛の段階を高め、究極的には、神様の位置に連結されるのです。そうして神様と共に父子の関係を成して、永生するのです。

46 みんなが天国に行きたがるのですが、「私のために生きろ」という思いだけをもっては天国に行けないのです。真の愛は神様が造られたすべての傑作品を抱いて、「ため」に生きるところから始まり、全世界の人類と究極的には神様にまで「ため」に生きることによって、天国に至るようにするのです。

47 一生に三回以上生命を捧げて、「ため」に生きようとしなければなりません。アダム家庭の堕落、イエス様の十字架、そして再臨主の家庭を追い出した迫害のすべての歳月を蕩減しなければなりません。

48 神様に出会うには、三回死に、再び復活したのちにも、神様に私のことを分かってほしいと願うよりも、神様のためにもっと尽くそうとしなければなりません。そのような人々が生きる世の中がこの地上にあるならば、そこが正に天国です。この道を私が教えており、そのような世の中をつくっていっているのです。

  

◆ すべての愛の関係は球形を成す


49 子供はお母さん、お父さんの愛の実ですが、愛の実というのは、愛と生命と血統が合わさって成されるものであることを知らなければなりません。

50 子供たちが「自分のもの」を主張しますが、私のものの出発点は父母です。父母は根であり、幹です。父母がいなければ、すべて孤児です。父母に連結された愛のはしごを切ってしまえば、生きることができないのです。

51 真の愛の起源であられる神様を父母として、私たち人間は、息子、娘の立場に立てられました。父母は本来、子女のための愛の最高の主人です。
52 父子の関係が縦的な垂直関係なのに比べて、夫婦関係は横的な水平関係です。ですから父子関係と夫婦関係は互いに直角(九〇度)を成して、ここに前後関係である兄弟関係が合わさることによって、すべての愛の関係は球形を成します。

53 それで、愛によって成されたすべての存在は球形です。宇宙全体が球形になっているのです。このように成された球形の中心位置ですべての愛が統一され、定着しますが、この場に神様がいらっしゃるのです。

54 すなわち、神様とその息子、娘である人間の垂直関係を中心として男性の愛と生命と血統が右側に位置するならば、左側は女性の愛と生命と血統が定着するのです。ここに兄弟の愛が前後の方向に定着すれば、このすべての愛を中心として宇宙全体がバランスを取るようになりますが、これらが一番の核として出会うところに神様がいらっしゃるのです。これを平面的に横にしてみれば、愛の一番の根っこに、生命の一番の根っこに、血統の一番の根っこに、そして良心の一番の根っこに神様がいらっしゃるのです。

55 このように神様を中心とした家庭では縦と横、そして前後の愛が一つになりますが、このような家庭から氏族になり、民族、国家、世界、そして天宙に至るまで拡大していきますが、その根本中心は常にお一人、神様であられるのです。

  

◆ 全人類は真の父母を通して祝福を受けてこそ


56 アダムとエバが堕落しなかったならば、真の夫婦の愛のモデルが出てきていたはずです。彼らから愛の教育、すなわち、愛することを学んでいたはずです。

57 彼らが子供をもてば、誰がその子供を結婚させてあげるでしょうか。それは父母です。それでは果たして今日、この社会で父母がどれほど子供たちの結婚に関与しているかを考えてみなければなりません。

58 統一教会では真の父母がいるので、世界の人々を父母の立場で結婚させてあげています。ここには、人種の違いを超えるだけでなく、聖人も悪人も一緒に結婚させているのです。

59 真の父母は、悪なる愛、悪なる生命、悪なる血統を接ぎ木して勝利し、否定させることによって、アベルを殺したカインを除去してしまわないで、みな同じ立場で祝福してあげるのです。

60 潮水を見るとき、出ていく水と入ってくる水が出合い、水平を成した時のように、歴史的に救援摂理(蕩減復帰)が終結する善悪の転換期において、善人と悪人を一緒にみな祝福してあげることによって、サタンは完全に追放されるのです。

61 エデンの園で結婚を誤ったことが堕落なので、今、真の父母が正しく結婚させることによって、これを再びひっくり返すのです。偽りの父母が犯したことを真の父母が清算することによって、地獄を撤廃し、数百数千億の霊界の先祖たちまでも祝福結婚させ、真の愛を中心とした本然の真の愛と真の生命と真の血統を取り戻し、真の父子関係を復帰するのです。

62 こうして神様の創造理想である八段階の真の愛のモデルの主人を完成するようになるのです。すなわち、腹中時代、幼児時代、兄弟時代、思春期時代(婚約時代)、夫婦時代、父母時代、真の祖父母時代、真の王と王妃の時代を経て、永遠に変わらない真の愛の伝統を立て、父子関係である真の愛のモデルが完成するようになるのです。

63 真の神様の愛と生命と血統は、絶対、唯一、不変、永遠なので、子孫万代の不変の真の愛を中心としたモデルとして相続するのです。真の愛を中心としては、父子一体、夫婦一体、兄弟一体になるのです。

64 父を愛の主人にしてくれるのは息子であり、夫を愛の主人にしてくれるのは妻であり、兄を愛の主人にしてくれるのは弟なのです。反対に、子女に父母がいなければ、妻に夫がいなければ、兄に弟がいなければ、それぞれ愛の主人の立場を見いだすことができないのです。

65 真の愛の主人になるためには、相対を自分よりも高め、「ため」に生きなければなりません。ですから、個人においては心身一体、家庭では夫婦一体、兄弟一体、国家一体圏を形成し、八段階の理想のモデルである愛圏を完成するのです。

66 そうして父母と子女、夫婦、そして兄弟(姉妹)、国家がみなこのような真の愛を中心に八段階のモデルである主人になることを願うところが、私たちの理想家庭と国家です。ここで永遠の世界的標準化が始まるので、地上天国が出発するのであり、また天上天国も自動的に築かれるのです。

67 今、新たに始まった二〇〇〇年代には、世界の至る所で定着した祝福家庭たちが、天地父母様と一つになり、真の愛を中心とした新たな家庭革命、世界的道徳革命を主導することによって、地上と天上すべてに永遠の平和と統一の理想天国を創建することを願うのが、神様の願いなのです。

68 私たちみんながこの聖業に同参し、神様の真の愛圏を相続する主人になることを願います。皆様の家庭に神様の祝福があることを祈ります。ありがとうございました。



















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四 神様の王子、王女が行くべき生涯路程

真の家庭と家庭盟誓
 


四 神様の王子、王女が行くべき生涯路程


 この講演文は、2000年3月9日から12日まで開催された文鮮明先生御生誕80周年祝賀南北統一前進大会で語られたみ言です。


1 南北統一を熱望する指導者、そして紳士淑女の皆様! たった今、始まった新千年は、二十世紀の遺物である分裂と葛藤が清算され、和解と統一の地球村一家族という理想が実現されるときです。皆様の各家庭に新千年の祝福が共にあることを祈願いたします。

2 まず、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、世界(全国)各地から訪ねてきてくださった皆様に心から感謝いたします。そして何よりも、この日まで見守ってくださり、共にいてくださった神様にすべての栄光をお捧げいたします。

3 私の生涯を振り返ってみるとき、ただのひと時も平坦な時期がありませんでした。韓半島を取り囲む列強の狭間で、あらゆる苦難の道を歩んできた民族の受難史とともに歩んできました。

4 私は、十六歳(数え年)の少年時代に、祈祷している中で突然、天のみ旨と出会い、その後、生涯を通じて神のみ旨を成就するために全身全霊を傾けてきました。

5 そして気がつけば、人間の不幸の根本原因は、人類始祖の堕落によって霊的無知に陥り、神様との関係が断絶された結果でした。このことによって、神様と人生と宇宙の根本問題等に対して無知に陥ったのです。

6 今まで私は、世界各地の公式席上において、一万回以上、語ったみ言を通して、神主義に立脚した真の人生観、世界観、歴史観を提示してきました。それらの内容は、世界各国の十二の言語に翻訳され、既に三百巻以上の本として出版されました。これは、文献による総合的な研究や学問的な探求の結果として解明したものではなく、有形・無形世界を自由に行き来しながら、原則的で根本的な解答を解き明かしてきたものなのです。

7 今日、私は、この意義深い場に感謝しながら、私たち民族の宿願であり、世界の冷戦問題の最後の決算であるというべき韓半島の統一問題を念頭に置き、その方案に対する根本的な解答として「神様の王子、王女が行くべき生涯路程」という題目でお話ししたいと思います。

  

◆ 世界のすべての国はどこから起源したのか


8 内外の貴賓の皆様! 皆様は、どこの国の国民ですか。大多数の人が韓国の国民であると思います。そうすると、韓国が皆さんの祖国です。そうではないですか。それでは、神様の祖国はどこになりますか。今、神様の祖国はありません。この世界のすべての国家の起源はどこですか。神様が起源になっていますか、そうでなければ、他のところが起源になっていますか。このような、すべての国家の歴史的な起源が問題になっているのです。

9 この世の国々は、すべて闘いによって分かれて生まれました。それゆえに、ある二つの国があるとき、その二国の境界線は、深い恨みが積もった境界線になっている場合が多いのです。第三国、第四国との境界線よりも、隣接した境界線を中心としてより熾烈な闘いを繰り広げ、より多くの血を流した歴史的な事実があるということを私たちはよく知っています。このように、二国家間、二つの民族間の障壁が最も高いのです。

10 闘いは常に、何万里も離れた所に飛んでいってするのではありません。昔から、隣接する二国家の境界線を中心として闘いが起きてきました。ですから皆さんも、最も近い隣人との間から闘うようになっています。なぜなら、人間が堕落したからです。隣人との間から闘いが起きるのは、堕落による結果なのです。

11 堕落とは何ですか。神様と人間との間に葛藤が生じるようになったことであり、神様とサタンとの闘争が起きるようになったことであり、人間とサタンとの闘争が起きるようになったことです。人類歴史において、この地球上に数多くの国があったということは、数多くの闘争があったということを証明することだという結論を下すことができます。そのようにして生まれた国はどこに行くのでしょうか。すべての国が平和の世界を追求しますが、「平和の世界に行くことができるのか」という問題が、今人類共通の課題として残っているのです。

12 平和の世界というものは結果の世界ですが、過った出発、すなわち過った原因から平和の世界に到達するということは、論理的な矛盾と言わざるを得ません。それゆえに、このような戦争の起源を克服して乗り越えていくことのできる運動を展開するところにおいてのみ、理想世界に向かう出発点を捜し出すことができるのです。原因が完全であるために結果が完全であり、平和で始まるがゆえに平和の過程をたどることができ、平和の目的に到達できるということは、理論的に妥当なのです。

13 このように見るとき、自分の国と隣接している国が歴史的な怨讐国家であるといって、ずっと憎み続けようとするならば、永遠に平和の世界には到達できないということを知ることができます。それでは、いくら理想郷を慕い、理想郷に向かって前進したとしても、その目的達成は不可能です。このような闘いが始まった、その動機を否定し、誤った歴史を消し去るためには、その反対方向の内容を主張する運動が必要であるというのです。

  

◆ 私たちが復帰すべき祖国とは


14 内外の貴賓の皆様! 皆様は、国のない民と同様です。それでは、過去には国があったのでしょうか。歴史上に、「私の国である」ということのできる形態の国があったでしょうか。そのような国の形態も、もつことができなかったのです。それでは、その国を取り戻すために苦労した人がいなくてそうだったのでしょうか。そうではありません。その国は、過去の歴史時代の人が考えていた位置では、捜し出すことができないために迎えることができなかったのです。その時代圏内において、内外を備えた基準を中心としてその国を捜し出すことができなかったので、その国を迎えることができなかったのです。私たちが取り戻さなければならない祖国というのは、今日、この地上に存在する、いかなる歴史と伝統をもった国でもありません。そのような国とは本質的に次元が違うのです。

15 私たちは、次元が違う、その国を受け継ごうとするならば、そのようにできる思想的な主体性をもった国民にならなければなりません。しかし、その主体的な思想は、絶対的な創造主がいらっしゃるならば、その創造主の思想と一致する思想でなければなりません。絶対者が願う国を成そうとするならば、その国の主権を中心として国民が一致することのできる国となることを願わなければなりません。そのような国民性をもって国家形態を備えなければならないのです。

16 一つの国が形成されるためには、主権がなければならず、国民がいなければならず、国土がなければなりません。天の国もやはり同じです。主権に代わるものが父母であり、国民に代わるものが息子、娘であり、国土に代わるものが国なのです。この中のどれ一つとして除くことはできません。これは鉄則です。最も重要なことは何ですか。世界と国のために生きることです。そのようにさえすれば滅びません。滅びない所が限界点です。

17 国のために生きる基準で実際に行動をしていて死んでいった人々は、死んでもその国の民になります。その国がなくなるときまで残るようになるのです。国が形成されるためには、国土がなければならず、国民がいなければならず、主権がなければなりません。

18 主権とは何ですか。根源である神様と因縁を結ぶことです。国を統治する人たちは、国民が深く寝入ったのちに、神様と因縁を結んで政治を行わなければなりません。そして、主権者は、国民と一つにならなければなりません。国民と一つになり、自分のもつすべてのものは自分のためのものではなく、国のためのものであると考えなければならないのです。

19 そのようになれば、その国は繁栄します。そのような観点から、地上に天国を実現するという問題を考えてみるとき、天国の主人は誰でしょうか。主権者は誰でしょうか。間違いなく神様が主権者です。そして、国民は誰ですか。国民は万民です。それでは、国土はどこですか。地球星です。

20 地上天国は誰に似ているのでしょうか。「私」に似ているのです。一つの国を見れば何がありますか。主権、国民、国土があります。これは人間と同じです。

21 地上天国は誰に似ているというのですか。「私」に似ているのです。「私」という個人が集まって国になるのです。したがって、「私」に心があるように、国にも主権がなければならず、人格体なので国民がいなければなりません。人間には万物があるように、国土がなければなりません。このような原則から、国土は人に支配され、国民は主権に支配されるのです。この国土、国民、主権が国家形成の三大要素です。そのようになっています。

22 人について見てみるとき、心は体を支配し、体は万物を支配するのが原則です。この原則があるために、全世界を見れば、天地人であるという決定的な結論が出てきます。天は何ですか。人間の心と同じなので主権と同じです。人は国民であり、地は万物です。結局、国は誰に似たのかというと、「私」に似ているのです。

23 いくら大きい社会、いくら大きい国家であっても、人に似なければなりません。それは、神様が御自身の形状に似たものを好まれるからです。それでは、人が最も好むものは何ですか。自らの形状に似たものです。ですから、理想的な国家とは、何に似なければならないのですか。人に似なければなりません。天地人に似るのです。

24 統一教会の用語で祖国というものは、大韓民国という一つの国ではなく、世界的な国のことをいうのです。世界的という言葉は、堕落した世界圏でも使われる言葉なので気分が良くありません。それで、このような祖国を捜し求めていく主義を統一教会では天宙主義というのです。

25 その祖国は大韓民国ではありません。神様が願われる祖国は大韓民国ではなく、米国でもありません。共産国家でもないのです。その祖国は神様が願う祖国です。ゆえに、私たちは、新しいその祖国の文化をつくりあげなければならず、その祖国の歴史をつくりあげなければなりません。

26 私たちは、新しい理想的な祖国を立てるために、新しい基準を定めなければなりません。私たちの生活を変えなければならないのです。その世界は、今のこの世界と全く違います。言葉も違うのです。「原理主管圏」や、「相対基準」、「相対基台」、「復帰基台摂理」という重要な言葉を、世の中の人々は知っていますか。ですから、違うというのです。

  

◆ 神様の祖国光復はどこから実現するか


27 統一教会が願う国が建設されれば、統一教会の看板を外さなければなりません。そして、統一教会が願う世界が形成されれば、統一教会が立てた国はなくさなければなりません。大韓民国の韓民族を中心とした文化と人格だけのための宗教は捨てなければならないのです。世界のために生きる宗教であってこそ、これからも残る宗教になるのです。

28 満場の内外の貴賓、紳士淑女の皆様! 神様のみ旨を受け継ごうとする人がいるならば、彼はどのような主張をしなければならないと思いますか。この世の人々が好むような方向に行くようにという主張は絶対にできません。むしろその反対の道に行くようにと主張しなければなりません。それに該当する代表的な標語が「愛の心をもって怨讐を愛しなさい!」というものです。「怨讐を愛しなさい!」このみ言は、誤った歴史を元に戻すことができるものであり、台風に揺さぶられる船の錨や錨綱のようなものです。

29 しかし、復帰摂理歴史を通じて「怨讐を愛しなさい」というみ言を実践してきた人はいませんでした。もし、怨讐を愛することができる人々がいるならば、そのような人々によって一つの組織的な形態を備えた世界的な版図を確保しなければなりません。このような結論が出てくるので、そのような運動を神様が提示なさらなければならないのですが、神様によって提示されたその運動の反映体が、歴史に現れた宗教運動であるということを皆さんは知らなければなりません。

30 今までにおいて、神様が最も愛することのできる人は誰でしょうか。イエス様なのです。イエス様は、闘っているこの世界に新しい方向を提示してくださいました。ローマやイスラエルのような圧迫国家と非圧迫国家の間には、お互いを怨讐視する高い障壁があるのですが、イエス様の哲学は、それを壊してしまうべきであるというものです。イエス様は「ローマよ、あなたは力で私を征服しようとするが、私はその反対に愛であなたを征服する」と考えられたのです。それで、十字架にかかりながらも怨讐のために福を祈ってあげたのです。

31 そのような思想は、ローマの兵士たちに対して「彼らは、自ら犯した罪が分からないので、彼らを赦したまえ」という驚くべき宣言として現れたということを知らなければなりません。イエス様がそのようになさることによって、世界のすべての国がお互いを怨讐視することを乗り越えることができ、二つの国家間の国境を乗り越えることができる、一つの原型、または模範となりました。

32 イエス様は、個人的な怨讐がすべてではないということを知っていたのです。家庭的な怨讐があり、氏族的な怨讐があり、民族的な怨讐があり、国家的な怨讐があり、世界的な怨讐によって四方から縛りつけられているということを知っていました。これは、自分に従い、自分が行く道を行こうとする人には、数多くの怨讐が待っているということなのです。そして、「家庭的に行けば家庭的な怨讐が待っており、氏族的に行けば氏族の怨讐が待っていて、熾烈な闘いが予想されるけれども、そのときごとに怨讐を愛しなさい」というみ言です。このような精神をもっていれば、いつかは勝利できるというのです。

33 それでは、神様の理想国家の実現、すなわち祖国主権復帰はどこから実現されるのでしょうか。怨讐を愛するという思想をもった個人から出発するのです。それゆえに、「神様がいらっしゃる限り、愛で国境を崩し、すべての環境と文化的な垣根を越えて怨讐までも抱こう」という運動を提示したキリスト教は、世界的な宗教にならざるを得ないのです。大豆を植えれば大豆ができ、小豆を植えれば小豆ができ、真っ赤な花の種からは真っ赤な花が咲きます。同じように、あだを討つサタンの種を蒔けば、あだを討つ悪の木が育つのですが、怨讐を愛する善の種を蒔けば、怨讐を愛する善の木が育つということです。これは自然の道理なのです。

34 神様の祖国は、どこからどのような道を訪ねてくると言いましたか。それは、怨讐を愛する道、個人の怨讐を愛して、家庭の怨讐を愛して、氏族の怨讐を愛して、国家、世界の怨讐を愛する伝統を残す道から訪ねてくるのです。そのような道でなければ、神様の祖国は現れることができないということを皆さんは知らなければなりません。

35 見ていてください。米国が反対したゆえに、国務省が反対したゆえに、国会が反対したゆえに、私は、国会で勝利したという賞状を受け、国務省から勝利したという賞状を受け、米国で勝利したという賞状を受けることができる時が来るはずです。それで、反対する国務省の中にも友人ができ、国会の中にも友人がたくさんできています。勝利は、私に返ってくるようになっています。

36 私は、そのような友人が一人もいなかったとしても、あらゆる反対を克服して勝利に導くことができるという確信があります。反対すれば反対するほど、こちらの怨讐を愛する内容が相対的により大きくなるので、反対が激しいからといって落胆する必要はありません。

37 自然の道理は、一方が低気圧ならば、もう片方は高気圧になっています。一方が高気圧になれば、もう片方は低気圧になるのです。米国の国務省が高い所から反対するとき、私が低気圧圏を成していれば、高気圧が低気圧に吸収されるように、米国の国務省は私に屈服してしまうはずです。私は、非難されながらも闘わずに彼らを愛すると、彼らは私の友人になり、友人の家庭ができ、友人の氏族ができ、友人の国ができたのです。

38 怨讐を愛する精神をもった人々によって構成された国が現れれば、その国は、神様が願う理想境となることができ、人類が入っていくことのできる理想郷になることができるということを知らなければなりません。

39 私は、とても見すぼらしい男です。事実、そうではないですか。皆さんは「違う」と言いますが、世の中の人たちは、私が愚かな人であると思っています。しかし、神様は、私が一番お好きです。世の中が私を愚か者扱いしたとしても、神様が認めるので、世の中に対して堂々とした立場で攻撃できるのです。

40 怨讐を愛する心をもてば、言えないことがありません。なぜですか。神様が送った男性であり、美男子というならば、そのような人が美男子です。立派な人というならば、そのような人が立派な人です。堂々として勇ましい人というならば、そのような人が堂々として勇ましい男であると考えるので、私は、それを栄光に思い、世の中に対して自信をもって攻撃するのです。

41 私一人がこのように陶酔して活動すれば、何が起こるのか御存じですか。このようにすることによって、神様を喜ばせる若い青年男女が生まれ、神様を喜ばせる五色人種の家庭が生まれ、神様を喜ばせる民族が編成され、神様の祖国の主権復帰が可能になるのです。

42 「怨讐を愛しなさい」と言ったので、最も憎むべき人をも愛さなければなりません。一番の美男子に一番の醜女を夫婦として結んであげたとしても、怨讐を愛する以上に愛さなければなりません。そのような人は、この世の怨讐を愛するにおいて最高の王子の旗を掲げて前進する人の候補者です。事実そのような人がいるならば、どれほど素晴らしいか考えてみてください。そのような人は、民族の国境をさっと越えることができるというのです。愛する心だけをもって暮らす日には、すべての障壁が崩れていき、復帰摂理歴史が短縮されて天国が近づいてくるということを知らなければなりません。

43 私の哲学は簡単です。私は、やってみなかったことがありません。農民にもなってみたし、労働者にもなってみました。やれることはすべてやってみました。漁夫になってまぐろも釣りました。そのようにして生涯を生きてみると、一人だと思っていたのに、振り返ってみると英国人がついてきて、米国人もついてきて、世界の数多くの人々がついてきています。ついてくるなと足でけ飛ばしてもまたついてきて、後ろに飛ばされてもまたついてきます。ですから統一教会を、いくら研究してみてもその内容のすべてを知ることはできないのです。

  

◆ 私たちが行くべき地上の第一目的地


44 内外の貴賓、そして紳士淑女の皆様! 今から行くべきなのは、どのような道ですか。いくら氏族を編成したとしても、サタンの国の主権が残っている限り、皆さんは国のない人々です。ここが皆さんの国ですか。皆さんには国がないのです。いくら氏族があるとしても、その主権が天を中心とした主権でないときは、この氏族の首を切ることもあり得るのです。そうでしょう。

45 それゆえに、天が歓迎することのできる国を訪ねていかなければなりません。今日、この地上における第一イスラエル圏というものは、天全体が歓迎でき、個人も歓迎し、家庭も歓迎し、氏族も歓迎し、民族も、教会も歓迎することのできる、そのような地になるべきです。ところが、今日の統一教会を中心として見ても、既成教会を中心として見ても、大韓民国を中心として見ても、全体が歓迎できる立場に立ったでしょうか。そのようになることができませんでした。方向が違います。方向が違うのです。大韓民国が進んでいるのは外的です。そうでしょう。神様を中心としたものではなく、世の中を中心として外的に進んでいます。この国の主流的な思想がないというのです。

46 したがって、この国の主流的な思想を中心として天と連結させ、新しい立体的、あるいは平面的内容を備えた新しい国家観を形成し、その形成された国家観を、今日の国家を中心としたもの以上の内容として備えていかなければ、祖国の主権復帰の時を迎えることはできません。

47 今日の「解放」というものは第一の解放です。今、統一教会においては、第二の解放が必要なのです。大韓民国も第二の解放が必要です。ここで大韓民国が第二の解放を迎えれば、国家と民族は、そのことによって願いを成就できるかもしれませんが、統一教会は第三の解放を必要とするのです。そのようになるのです。

48 大韓民国は第一の解放により、初めて内外において今の国家形態を備えましたが、第二の解放が必要な時が来ました。南北が統一されなければならないというのです。その国はどのような国ですか。その国は、歴史過程において、民族が悲惨な路程をたどらねばならず、蕩減復帰の原則に一致することのできる国民性をもたねばならず、歴史的な伝統を引き継いできた国でなければなりません。その国はどのようにならなければならないのでしょうか。完全に統一された国にならなければなりません。

49 今日の大韓民国がそのような国になろうとするならば、どのようにならなければならないでしょうか。その国の基準に上がっていくためには、南北を統一しなければなりません。北朝イスラエルと南朝ユダのように分かれた南・北韓を、一つに統一しなければなりません。カイン・アベル国家に分かれたのと同じように南北に分かれたのですが、これを統一しなければ一つの勝利的イスラエル国家は現れないのです。

50 それでは、この国において、大韓民国を中心として北朝鮮と韓国は、どのように統一されなければならないでしょうか。それは、新しい世界主義的な思想をもたなくては統一することができません。この時に備えて、新しい思想を掲げていこうというものが、今日の統一教会が主張する統一思想です。分かりますか。

51 今、私たちは、二つのことをしなければなりません。世界において、いかなる国家もついてくることができない団結した民族を形成しなければならず、そして、いかなる宗教もついてくることができない鉄のような信仰で団結した宗教国家を成し遂げなければならないのです。このような思想を中心として、南北が統一された国家が成し遂げられなければなりません。そうしなければ、神様の国、世界に誇ることのできる天国の主権は誕生しないのです。これが、今日の私たちの行くべき地上の第一目的地であるということを知らなければなりません。

52 祖国を取り戻すことができなければ、サタン世界の国家を凌駕することのできる天を中心とした一つの国をもつことができません。その国をもつことができなくては、世界のサタン国家を打つことはできません。押し出せないのです。宗教、統一教会をもってしてはできません。統一教会の思想を中心として、国が方向を定めて進んでいかなければなりません。このような問題が残されているということを知らなければならないのです。

53 このような観点で見るとき、イスラエル国家の精神的な支柱がユダヤ教であったように、今日の韓国において統一教会がユダヤ教と同じ立場であるならば、統一教会の思想が韓国の主流的な思想になるのです。ある人たちは、そのように言うのです。国会議員たちもそのように言います。統一教会の思想を国教にすれば、共産党は問題ありません。

  

◆ 祖国光復の密使として取るべき姿勢


54 紳士淑女の皆様! 今日、天のために行く人々は、サタン世界に派遣された密使です。個々人において、大小、広狭、高低の差はあるかもしれませんが、各自が置かれている生活自体においては、密使の生活から離れてはなりません。そこには、いつも生死の危険が伴っています。まかり間違えば、永遠の生命の問題が左右される立場に立つようになるのです。

55 それゆえに、永遠の生命を支えることができ、永遠の生命を保護してくれる私たちの祖国を取り戻すという観念が、その環境より何百倍も強くなければ密使の生活はできません。「祖国の栄光を願う心をもって祖国の恨を解いたとき、すべての万民が喜ぶ」ということを考えながら、新しい歴史を創建し、祖国主権復帰の一日を迎える、その時に、自らの功労が現れることを思いながら、現在の立場を無視してしまうことができなければなりません。そのような心が先立たなければ、密使の使命を遂行することはできないのです。別の言い方をすれば、祖国主権復帰のための希望が現実の希望より千倍万倍強くなってこそ、今の生命を捧げる恨があったとしても、それを克服して密使の使命を遂行することができるのです。

56 もしそのように責任を果たそうとして、不意の事故で犠牲になったとしても、そこには新しい責任者を再び派遣できるのです。既に彼が死んでしまったとしても、彼の友人になることができ、彼の側に立つ人々が出てくるはずです。彼が模範となる立場で生きてきたゆえに、たとえ彼が犠牲になったとしても、そこには彼の側に立つ人々が残るのです。このような人々が残っている限り、神様がその基台の上に代わりの者を送ることができるのです。しかし、そうでない立場で死んでしまうときには、そこで彼がいくら苦労したとしても、それで終わってしまうのです。

57 このような立場で、皆さんは今、新しい時代を迎えてどのような姿勢をもたなければならないのでしょうか。祖国主権復帰のための信念が、何よりも高く、胸の中で燃えていなければなりません。別の言い方をすれば、六千年間、神様が待ち焦がれた祖国を建設する旗手となり、先鋒に立った精鋭部隊の一員として開拓者になる、この途方もない使命に責任をもっているという自負心を感じなければならないのです。過去に生きた数多くの人々がもつことを願いましたが、もとうとしてももつことができなかった、一つしかなく、この一時にしかない特権的な使命を担ったという厳粛な責任感をもたなければなりません。

58 したがって、食べること、寝ること、行くこと、来ること、すべての生活が祖国創建のためのものでなければなりません。「神様から特別に派遣された密使として、凛々しく見事にこの使命を遂行しよう」と立ち上がってくれることを神様がどれほど期待していらっしゃるでしょうか。今までは、ひどく追い込まれ、激しく追い回されました。国家の基台を備え、全体の内容を提示して一度も広げてみることができなかった天のみ旨、祖国を立てることができる、そのようなみ旨を立てなければなりません。今までそのみ旨を、一度も立てることができなかったのです。

59 しかし、今からはそのような祖国を立てることができます。その祖国には、主権があり、その祖国には国土があり、その祖国には国民がいます。また、そこには、単一民族の血統が因縁となっており、他の民族がもつことができない歴史があります。そのような祖国のために私たちは密使の使命を遂行しなければなりません。そのような使命を自分自ら早く完遂して、やり遂げればやり遂げるほど、祖国主権復帰の基台が自分によって徐々に近づくのです。きょうの苦労を代価として払うことが祖国主権復帰の一日を早く迎えることのできる基台になるのです。

60 このような事実を思いながら、皆さんは生きて密使の使命を完遂するという決意をもっていかなければなりません。そうでなければ、これから神様が私たちに与えてくださる世界史的な祝福と天運を、私たちのものとして迎えることができないのです。

61 私たちは、天国を地上に建設しなければなりません。地上でその国を復帰し、その国の中心と一つになって、天の国において、天が願ったその希望の基準を備えてお父様のみ前に帰ってこそ、面目を立てることができるのではないかというのです。

62 ところが、皆さんに国がありますか。もっていないということを考えるとき、死ぬに死ねないのです。死ねば、どこへ行くのかというのです。お父様のみ前に行って面目のないことと恥ずかしさをどのように免れるのですか。自分の生命の長さというのは制限されているのに、その期間内にしようとするのですから、どれほど忙しいでしょうか。そこで悪なるサタンの環境は私たちに反対し、怨讐たちは私たちの道を妨げるのです。これを切り開いていこうとするので、いつも密使のような行脚の路程を避けることはできないのです。

63 私が行き来するのも、その国を取り戻すための、祖国主権復帰のための建国の功臣になるためであり、そのような使命を担い、あるいは天の密使として指令を受けて今日の悪なる世界に来てこのことを行っているという事実を思いながら生きていかなければなりません。そのようにしなければ皆さんは、今後、訪れる国の国民として、その威信と体面を立てることができないということを知らなければなりません。

64 皆さんは個人的に影響を与えたいですか。家庭的に影響を与えたいですか。国家的ですか。世界的ですか。どのように影響を与えたいですか。世界的に影響を与えたいでしょう。しかし、世界的な舞台に上がっていこうとするならば、一人ではできません。国がなければなりません。しかし、皆さんの国があるでしょうか。

65 ですから私たちは、夜も昼もその国のために食べて、寝て、暮らそうとするのです。そのために生まれたということを、皆さんが天地を中心として誓う生活をしなければならないということを知らなければなりません。寝ているときにも、世界の数多くの人々のベッドを集めて、その頂上で寝ていると考えなければなりません。食膳を見てもそのように考え、どこにいても自分一人で座るのではなく、世界の人種をすべて集めた頂上の玉座に座っているという心をもたなければならないのです。天の息子はそのようでなければなりません。

66 サタン世界の権限を凌駕する位置に立つことができ、その栄光の位置に立って生きなければならないのが天の息子、娘の生活であるということを、皆さんは知らなければなりません。神様が息子、娘を愛そうとするならば、そのような息子、娘を愛すべきなのであって、サタンにさえも劣る息子、娘を愛すれば、父の威信が立たないのです。皆さんは、そのような信念をもって今後、全世界と手を結んで日々の生活をしていかなければならないということを、新しく決心しなければなりません。そこにおいて、統一戦線の基盤は確固たるものになると思うのです。

67 「私は、たとえサタン世界圏内にいたとしても、天の密使だ、天の一大使だ」と考えなければなりません。密使には、その国の国王と直接連絡することのできる道があるのです。ほかの人には分かりませんが、そのような密使の使命と威信のために生きているという信念をもっていかなければならないのです。このことを皆さんは、はっきりと知らなければなりません。国の国王も密使の報告を待っているのです。それと同じように、私たちがこの地上で、そのような使命をもっているならば、神様も私たちの報告と私たちの要求を待たれるようになるというのです。

68 したがって、自分が密使の立場で「至急に願うものを送ってください」と言えば、あらゆる冒険を克服しながらでも送ってあげようとするのではないでしょうか。これと同じように、皆さんがそのような信念をもって神様の特権的な栄光の息子、娘であることを認識しながら「私はこれを願うので成し遂げてください」と言えば、成し遂げてくれるのです。そのようにすれば、生きていらっしゃる神様を発見でき、生きていらっしゃる神様が働かれるのを見ることができるのです。

69 そのようになってこそ、指導者になることができ、病気の者がいれば病気を治すことができ、困難なときには、神様が直接助けてくださるようになるのです。そのような生活を通じて多くのことを学ばなければなりません。そうしてこそ自信が生まれ、そうしてこそ信念をもってすべてのものを打開していくことができるのです。

  

◆ 神様の真なる息子、娘が行くべき道


70 紳士淑女の皆様! 私たちが行くべき所はどこですか。個人を尋ねていくことが、私たちが行くべき目的ではないのです。また、家庭を尋ねていくことが現在の私たちの目的ではありません。私たちが行くべき道は、国を尋ねていくことです。分かりますか。父、母、息子などという区別なく、これを尋ね求めなければならないということです。ところが、今日の統一教会の教会員たち、祝福を受けた家庭、氏族圏内にいる人々は「ああ、国だとか何だとか、教会だとか何だとか、そんなことは知らない」と言います。そのようになれば、すべて落第です。原理的にそうなのです。

71 死ぬときまで国を求めていき、もてる精誠のすべてを尽くして、正に天国の主権復帰のために祝典を行い、祝賀することができ、勝利の凱歌を上げることができる、その時を迎えなければなりません。

72 イエス様の言葉ならば何であっても、その一つだけしか知らないというようでなければなりません。方向を提示するにおいては、二つではなく一つです。行こうと言えば行かなければなりません。そのようになっています。そのようになっていますか、いませんか。それでは、夫を捨てて、息子を捨てて、家庭を捨てて行こうと言えば、行かなければなりませんか、行ってはならないでしょうか。統一教会のためにそのようなことはしないのです。国のためにそのようなことができなければならないというのです。

73 今、北朝鮮では、家庭の戸籍をすべて作り直しています。これはどういうことだと思いますか。サタン世界が先に行うということなのです。国のためには、自分の夫や、妻、父母、息子など、すべて捨てて立ち上がることができなければなりません。そうしなくては、希望の国を取り戻すことができません。その国を復帰するとき、その国とともに父母を取り戻すようになるのです。国を見いだすことができなければ、血を流す父母を見なければならず、血を流す妻を見なければならず、血を流す子女を見なければなりません。それ以上に悲痛なことがどこにありますか。それゆえに、国を取り戻す前には妻を愛することはできないのであり、父母を愛することはできないのであり、息子を愛することはできないのです。これがキリスト教が行くべき道であり、統一教会が行く道なのです。

74 皆さんは、自分自身を否定して、その国とその義のために生きる人にならなければなりません。いかなる困難な環境にぶつかったとしても、皆さんは、自分自身に対するお父様の願いがあることを思いながら、その環境と闘って勝つ人にならなければなりません。そのような皆さんになって初めて、神様の真の息子、娘であると言うことができるのです。

75 それでは、神様の国を建設できる人はどのような人でしょうか。それは、自らの一身を否定し、切ない心で天のために生きる人です。自分を否定して、社会と民族、国家、世界のために生きる人が、正に神様の国を建設することができる人であるというのです。さらには、国家と世界を否定してでも天のために生きる人が天国を建設することのできる人であるというのです。また、いかなるつらい環境にぶつかったとしても、自分一身のゆえに悲しむのではなく、社会と国家、世界、さらには天のために悲しむ人であってこそ神様の国を建設することができます。

76 それだけでなく、皆さんは、神様の国と神様の義を捜し立てる過程において、サタンとの闘いに敗北せずに勝利して、皆さんが個人から家庭、社会、民族、国家、世界を一つに連結させることができなければなりません。すなわち、皆さんがどのような立場に立ったとしても、そこでサタンと闘って勝利する人にならなければならないのです。社会に出れば、その社会のどのような環境の中にあってもサタンと闘って勝利すべきであり、国家に出れば、その国家の一番難しい問題に責任をもち、サタンと闘って勝利しなければならないのです。

77 六千年間神様を縛りつけてきたサタンが、そのまま素直に「ああ、私は降参します」と言って、目を伏せて帰ると思いますか。皆さんは雑巾でも、捨てようとすればもったいないと思うでしょう。雑巾でも、引っ繰り返してにおいをかいでみてから捨てるのです。サタンは、そのまま退いてはいきません。ですから、がむしゃらな闘いをしてくるのです。それゆえに、中心に合わせなければなりません。統一教会の文総裁も、中心から外れるようになるときには負けてしまうのです。方向が合わなければ、発展しないということです。

78 その国を取り戻すのは世界を取り戻すためであり、世界を取り戻すのは霊界のためなのです。そうして何をするのでしょうか。神様を地上にお迎えして、そして定着し、万国が神様を中心にお迎えして、その神様の前に勝利の栄光をお返しするために行くのです。そのような闘いをしなければならないのが私たち統一教会の使命であるということを知らなければなりません。

79 私たちは、はだしで出ていき、祖国を創建しなければなりません。食べ残したもので、この国を生かすことができますか。食べること、着ること、行き来することに、いつ神経を使うことができるでしょうか。はだしで、素手で開拓していかなければなりません。このようなことを行うところが統一教会なのです。

  

◆ 祖国光復を成し得る土台はどこか


80 皆さんは祖国を捜し出さなければならない勇士ですか、それとも滅ぼす亡国の士ですか。勇士とは国を代表し、ほかの人ができない仕事をできる人のことをいうのです。誰でもできる仕事をする人を勇士とは言いません。そのような人は兵士です。同僚たちができずに後退するとき、その仕事をやり遂げることができる人であるならば、その人は勇士です。「勇」という字は、「すばしこい」という意味です。誰よりも早く走り、鉄砲玉もよけるほどにならなければなりません。誰でもできる仕事をする人を「勇士」とは言えないのです。

81 国を建国するにおいて、開拓の勇士となるべき先鋒に立つ将軍は誰ですか。そして、国を成すことのできる基台はどこですか。一つの国を成そうとすれば、主権がなければならず、国土がなければならず、国民がいなければなりません。それでは、天の国を中心として見るとき、国土となり得る基盤は何ですか。それは、教会の人と物しかないというのです。そうでしょう。

82 この韓国に立てられる国は、どのような国でしょうか。互いが流通し、交流するようになるときは、共産国が立てられるでしょうか、それとも今日の大韓民国としてそのままにしておくのでしょうか、そうでなければ、どちらでもない新しい国を追求するのでしょうか。このような問題について見るとき、私たちの時もますます近づいてきているということを感じるようになります。皆さんが、このことをなして、責任を負うべき統一の群れであるならば、それに対する責任感をどのくらいもち、また、どの程度の犠牲の代価を払うことができる決意ができているのかというのです。自信がありますか。三十八度線を越えて、以北にある五つの道の市、郡を中心として、私たちの基地を準備しなければなりません。

83 人員が不足なこのときに、誰が北朝鮮の地の、定州ならば定州の責任者になるのかを考えてみなければなりません。定州の郡ならば定州の郡を中心として、「私が責任者にならなければならない」と、十年、二十年準備して、それでもなれなければ、後孫に「お前は一所懸命に勉強して、一所懸命に準備をし、その日を迎えたら定州の地の天との因縁を身代わりした責任者になりなさい」と、遺言を残してから死ぬことのできる、そのような精誠を尽くす皆さんになってみましたか。私は今まで、そのように思って準備してきました。

84 そのようなことを考えるときに、若い者たちは地方に帰って自分の子女と妻を連れて、笑いながら暮らすようになっていますか。そのように暮らすようになっていますか、いませんか。死んでも国を残していかなければなりません。死んでも、子女たちに国を残してあげなければなりません。新しい決心をしなければならないのです。

85 「私は、ソ連と満州に隣接する地方に行って共産党と額を突き合わせ、朝夕に銃声を聞きながら国境地帯の見張り役をする責任者にならなければならない。国が理解してくれず、誰も理解してくれなかったとしても、生命と取り替えても、国を愛する忠節の心は変わらない」という決心をしなければなりません。それで満点です。世の中が分かってくれなくてもかまいません。霊界に行けば、すべて明らかになるようになっているからです。

86 このようなことを考えるとき、人が足りないということを皆さんは知らなければなりません。分かりますか。人が不足しているということを知らなければなりません。かかしのような男性であってもラッパをかつがせ、あるいはロボットを造って北朝鮮の地を歩き回らせてラッパを吹かせたいというのが、私の心情であり、神様の心情です。口があり、感情をもった男として生まれ、それも二十歳、三十歳の若い心と体をもっていながら、原理のみ言を語ることができないというのでは話になりません。

87 目玉が腐って飛び出すくらい、夜、寝ずにでも勉強をしなければなりません。おなかがすいて、骨と皮だけになったとしても、準備をしなければなりません。そのようにして骨と皮だけになったやせこけた体が、天の愛をすべて受けることができる体となるのです。神様は、そのか細い一人の男性ならば男性に、すべての期待をもつことができるのではないかというのです。

  

◆ 祖国光復のために私たちはどのようにすべきなのか


88 イエス様も、国を建てるために来られました。祖国がなければ、かわいそうなのです。祖国がないので、宗教人たちは悲惨でした。審判しようとすれば、個人と家庭、氏族、民族、国家、世界が不変の基準に立ってこそ、その基準を基台として審判するのです。祖国は、最後の希望です。祖国の中には、民族も、氏族も、家庭も、個人もすべて含まれているのです。この三千里(注:朝鮮半島の別称)が祖国になりましたか。そのようになっていないので、清算しなければなりません。神様が望まれ、イエス様と聖霊が望まれる祖国を創建するために、私たち全員が一片丹心で頑張らなければなりません。

89 善というものは何でしょうか。家庭のために個人が犠牲になり、氏族のために家庭が犠牲になり、祖国主権復帰のために氏族が犠牲になることが善です。祖国主権復帰のためにすべてが犠牲になって、祖国主権復帰が成し遂げられれば、すべての人が愛国の忠臣となるのです。国家的基準の前に忠誠を尽くして国家基準を立てれば、家庭、氏族の基盤を築いたという公認を受けるようになります。道義の基準とは、神様のために絶対忠誠することです。そのようにすれば、その過程のすべてのものは認められるようになるのです。

90 私たちはどのようにすべきでしょうか。イエス様は「わが父よ! 私の思いのままにではなく、みこころのままになさってください」と言われました。ここにおいて、「私の思い」とは世の中の思いであり、「父のみこころ」とは神様のみ旨です。統一教会員である皆さんは何をしましたか。忠臣の道理を立て、またその実績をもってきましたか。孝子の道理を果たして、その実績をもって、個人、家庭、氏族、国家、世界的な闘争をする覚悟ができていなければなりません。

91 イエス様は祭物の使命をもって来られました。皆さんは世界的な闘争をなしていきながら、民族的な基盤を築いていかなければならないのです。メシヤとの相対的な価値を備えなければならないのです。指導者が世界を開拓するところにおいて、指導を受ける皆さんは、民族的な道を築いていかなければなりません。数多くの人々が主権復帰の道を願いながら死んでいきました。いつになるとしても「必ず成る」という信念をもって死んでいったのです。

92 統一教会員は、個人から民族、国家基準まで築いてきました。今からは、全世界の人類とすべての国家を動員しなければなりません。私たちは、祖国主権復帰、自由、平等、幸福の日を捜し出していかなければなりません。その道が困難であっても行かなければなりません。それが、私が望む観点であり、神様が望まれる基準です。イエス様はこの基準を望みつつ、歩まれている途中で亡くなりました。私たちは祖国主権復帰の過程において、苦労しながら行かなければならないのです。

93 韓国は、私たちが責任をもたなければなりません。きょうもあすも変わることのない祖国創建という覚悟と信念をもって、イエス様の祖国、聖霊の祖国、先知先烈(注:預言者と、義のために戦って死んだ烈士)の祖国、神様の祖国、その祖国を成せなかった恨を解かなければなりません。そうでなければ、面目が立たないのです。

94 私たちは、祖国を取り戻さなければなりません。祖国を取り戻そうとすれば、祖国のために生きなければなりません。祖国のために生きることができない人は祖国を見いだすことができません。それでは、どのように生きることが祖国のために生きることになるでしょうか。世界を自分の祖国と思って世界のために生きなければならないのです。そのような人は、祖国を創建することができます。食べること、寝ること、歩いていくこと、すべての生活と行動が祖国創建のためのものとならなければなりません。

95 それゆえに私たちは、共産党から白昼、刃物で刺される覚悟をもって闘っているのです。この民族ができないときは、私たちがしなければなりません。この民族が行くことができなければ、私たちが行かなければならないのです。そのためには、誰よりも祖国を愛さなければなりません。御飯を食べるのも祖国のために食べ、結婚するにしても祖国のために結婚しなさいというのです。私たちの祖国のためにです。

  

◆ まず神の国と義とを求めよ


96 今は、私が言えば、何でも聞くことができる群れが生じ、私が方向を提示すれば、動くことができる群れが生じましたが、これで幸福を感じる男ではありません。統一教会を犠牲にしてでも、祖国主権復帰を約束できる、そのような基台を広めていくのです。六千年摂理の中心的み旨として立てた家庭を、信奉することのできる教団と民族と国家がなければなりません。神様を信奉することができる、そのような基台を準備し、それが一時に連結することを願って送られたのですが、それが粉々に壊れたゆえに、再び収拾しなければならない運命が残るようになったのです。これを収拾するために先頭に立って走らなければなりません。

97 夜になって寝床に入る時間にも、その願いの国と共に寝なければなりません。今は国がありませんが、その国の国民の一員として、その国のために眠るのであり、目覚めるときもその国を建国するための一員として眠りから覚めなさいというのです。見て、聞いて、感じるすべての感覚も、祖国という命題を思うことなくしては感じてはならないというのです。その日が来るまでは、死んではなりません。その日が来るまでは忙しいのです。そのことを成すためには、激しい受難と逆境を克服しなければなりません。

98 成すべき仕事があれば、寝るのが遅くなったとしても解決しなければならないのです。祖国の主権復帰というものが時間を中心とした犠牲の量を加重させてこそ訪れてくるということを思うとき、自分の涙と精誠の量を、きょうこの時間を通じて、少しでも補充すべき責任があるにもかかわらず、安らかに寝て、伸びをしながら起きられるのかというのです。起きては腰を曲げて「お父様! あなたが訪ねていかれるあすの安息の住みかであり、あなたが行使されたかった世界を支配することのできる勝利的国家の基台に向かっていく、寂しく孤独な男の行く道が、このように悲惨であることを感じます。私自身がそうであるのに、天が訪ね求めてこられる道はもっと悲惨なのではありませんか」と、祈祷しなければなりません。

99 疲れたといって思いのままに横になることができないのです。死んでも国のために死ななければなりません。それゆえに、年を取って疲労を感じる、そのような立場で、自分がもし死の場に行くとすれば、その場で残すことができる一つの願いとは何かというとき、それは「天のためにできることは、すべて果たした。その国のためにできることは、すべて果たした」という言葉を残すことです。

100 イエス様は「あなたがたは、何を食べようか、何を飲もうかと思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたはまず神の国と神の義とを求めなさい」と言われました。このように聖書の主流思想は国です。国、その国を求める思想なのです。自分の幸福を求める思想ではありません。国の民として生まれ、夫をもったとしたならば、その夫は国を代表した夫です。ゆえに、国を愛したのちに夫を愛さなければなりません。妻も国を代表した妻であるので、国を愛したのちに妻を愛さなければならないのです。

101 死ぬにしても「私がなし得る力をすべて果たし、私はこれ以上できないというその位置で死なせてください」と言えなければなりません。「これをやっておけばよかったのに」という言葉を残して死んではなりません。それゆえに、やってもやっても忙しいのです。行っても、また行かなければならないのです。ほかの人が休む時間に、私たちは一歩でもさらに進まなければなりません。「サタン世界よ、休んでいろ! サタン世界よ、お前は何もしないで遊び暮らしていろ。我々はその国のために歩むのだ」と思わなければならないのです。

102 南北統一を熱望する愛国同胞の皆さん! 特に女性の使命として、子女格である青年男女、および学生たちを、真の教育を通じて真の子女として復帰しなければなりません。さらに、母と子女が一つになって模範を示し、教育を通じて夫までも真の天の息子として復帰し、真の父母に従い、神様を中心に侍り、地上天国理想を復帰しなければなりません。

103 改めて、きょうのみ言が、南・北韓が共に真の愛で出会う、その日を早める汎国民運動になることを願いつつ、私の話を終わりたいと思います。

104 神様の祝福が皆さんと皆さんの家庭に共にあることを祈願いたします。ありがとうございました。



















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第五章 世界と国連が行くべき道

真の家庭と家庭盟誓
 


第五章 世界と国連が行くべき道



一 世界平和へと行く道


 この講演文は、1991年8月28日、韓国ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館で開催された「世界平和連合」創設大会の基調演説として語られたみ言です。


1 尊敬する前・現職国家元首の皆様、各国から参加された世界の指導者の皆様。また、敬愛する学者、世界の宗教指導者の皆様。そして紳士、淑女の皆様。

2 きょう私は、「世界平和連合」を創設する歴史的なこの式典に、尊敬する世界の指導者の皆様がこのようにたくさん参席くださいまして、満場の盛況を成してくださったことに対して心からの謝意を表する次第であります。

  

◆ 平和は人類の希望


3 人類歴史が始まって以来、平和を切望しなかった時代がありませんでしたし、平和を望み求めなかった人は一人もいませんでした。しかし、人類歴史は、人類の希望とは正反対に常に絶え間ない戦争と無実の罪のない血でもって染められてきました。これはなぜでしょうか。

4 近代史に至っては、世界は二回にわたって世界大戦を行いました。一九一四年、サラエボでオーストリアの皇太子が暗殺される一発の銃声で点火された第一次世界大戦は、たちまちのうちにヨーロッパ全域を火の海にしましたし、十六カ国が参戦した中で三千万名の死傷者を出す凄惨な戦争でした。

5 このヨーロッパの惨状を見て世界の指導者たちは、いかなる代価を払ってでも、もう再び戦争を引き起こしてはならないと骨身に染みた覚醒から、アメリカのウィルソン大統領の提唱により「国際連盟」(League of Nations)を結成いたしました。

6 しかし、「国際連盟」は四十余種の国際紛糾を処理はしましたが、強大国間の紛糾の処理に失敗し、ウィルソン大統領の偉大なる夢は行く所もなく消え去り、アメリカ上院の批准も得られないまま、「国際連盟」は結局、失敗の幕を下ろしてしまったのです。ここに、戦争を防ごうとする人類の渇望は挫折しました。

7 そして、それから二十年もたたずして、再び世界は第二次大戦の惨禍の中に巻き込まれていきました。第二次世界大戦は大西洋のみならず、太平洋までも火の海にしました。数千万の人類が殺傷され、ついに二発の原子爆弾の投下によって辛うじてその終末を迎えました。

8 世界が再びこのような生き地獄になるのを防ぐために、今度は一九四五年四月二十五日、サンフランシスコで「国際連合」(United Nations)を創設するに至りました。「国際連合」(国連、UN)の歴史は今年で四十六年になります。

9 さあ、それでは、その四十六年間、人類は戦争を知らず平和に生きてきたでしょうか。再び戦争は起こりました。韓国動乱、べトナム戦争、湾岸戦争をはじめとして、実に六十余回の人類相殺の歴史が繰り返されました。

10 なぜ、このように平和が難しいのでしょうか。きょう私たちは、「世界平和連合」を創設するに先立ち、深く深く平和が成されないその理由を究明しなければなりません。そうでなければ、今後も前轍を踏むのは火を見るより明らかだからです。

11 紳士、淑女の皆様。この間、人間は平和を叫んだだけであって、その真の平和の意義を知ることができませんでした。平和の真の哲学をもてなかったのです。ですから、真の平和を成す方法が出てこないのです。

12 貴賓の皆様。その理由は、分かってみると簡単なことなのです。人間は神様を失ってしまい、平和も失ってしまいました。そして人間は神様をほったらかしにしておいて、人間同士で平和を探し求めようとしたのです。根本的な誤りであり、これが真の平和を得られない根本的理由なのです。

  

◆ 神様の創造理想


13 全知全能であられる神様は愛の神様であられ、平和の神様であられます。その神様が互いに争い、殺し合う世界をつくられたはずは万に一つもないのです。

14 神様は、人間を神様の形状どおりに造られ、人間はまさしく神様の聖霊がいらっしゃる家と同じ聖殿として造られたのです。

15 人間一人一人が神様の聖殿として、神様に侍って住む家として完成したならば、どうして人間同士の闘争と殺戮が可能でしょうか。創造本然の世界で人間が争うのは、右腕が左腕と争うのと同じことであり、自分が自分の手で自分の目をくり抜くのと同じことなのです。

16 このような本然の世界では、戦争はあろうにもあり得ませんし、互いに愛し合い、和睦して生きる世界であり、どのように神様にもっと栄光を捧げるのかという善意の競争だけがある世界です。

17 そこには葛藤がありませんし、誤解もありませんし、美しい協調と相互協助でもってただただ和睦団結して、真、善、美を追求する平和の世界のみが永続するのです。その世界は神様に似た世界であり、神様の理想と本質のために生きる世界なのです。

18 我々はこのような世界の基本理念を「神主義」、または「頭翼思想」と称するのです。「ため」にする愛、互いに「ため」に生きるところに平和は当然なのであり、このような世界を宗教的に表現するならば、地上天国であるというのです。少なくとも全知全能であられる神様の作品であるならば、このような平和と幸福の世界をつくれたはずであり、そうでないとするならば、その神様はいらっしゃらないのです。これが創造本然の真の平和の理想だったのです。

  

◆ 創造主を失ってしまった世界


19 ところが、このように美しい神様の理想世界を実践なさろうとする人類歴史の初日、エデンの園で、人類の始祖は神様を失ってしまいました。

20 一言で言うならば、人類の始祖になる一男一女は神様の前に罪を犯し、神様の国から追放されました。そして神様の聖殿になれず、悪魔の巣窟になりました。そして、その悪魔は利己主義の本山なのです。

21 人類始祖からしてこのようになったので、その後孫たち、すなわち今日の人類すべては、神様が我々の父であられることと、我々すべてが真の兄弟姉妹であることを忘れてしまったのです。ですからすべての人間同士が怨讐になってしまいました。本来は他人を殺しても、それがすなわち自分を害することなのに、霊魂が鈍くなった人間は兄弟を殺しても心の痛みを感じられません。

22 そこには、自分だけがいて全体がいないので、利己主義が個人から家庭、社会、国家、世界に広がるようになりました。そうして、自分と利益がぶつかる場合には、互いに争うようになります。戦争を起こします。これが戦争の起きる真の原因なのです。

  

◆ 平和の世界を回復しようとする神様


23 では、創造主であられる神様は、この堕落した世界をどうなさろうとするのでしょうか。神様は厳然として生きていらっしゃいます。神様は、今も全知全能であられます。また、その神様は、愛の神様であると言いました。

24 その神様は真に満ちた平和の世界を再び復帰し、また再創造なさろうとしていらっしゃいます。ここから我々人類は、真の平和に対する希望をもつことができるのです。神様は、人間一人一人から邪心を追い出し、神様の住まわれる聖殿に復帰させようとなさるのです。

25 ですから世界平和は、一個人の完成から始めるのです。一個人が神様の聖殿として完成した人間にならずしては、世界平和は芽を吹きません。世界平和の出発点は、まさしく皆様一人一人なのです。

  

◆ 創造本然の理想世界


26 皆様、我々一人一人の体の中で常に戦争が続いていることを知っていらっしゃるでしょうか。それは、個々人の体の中で熾烈に戦われている心と体の争いです。

27 本来、心と体は切り離そうにも切り離すことのできないものでした。人間の心は神様の心であり、人間の体はその心を入れる器でした。ところが、人間の堕落は人間の体を悪魔にやったのです。その時から人間の体は悪魔の僕になりました。

28 人間の良心は神様を代表する心です。良心は私のために存在しません。天の義のために存在します。良心は常に善に向かって走ろうとします。これに体は反抗をします。体は自分だけ安らかであろうとするし、利己的であり、本能的欲求に従って肉欲を行おうとします。良心はこの体を叱責し、心に順応するようにします。ここに常に血の出るような葛藤と闘争が、一つの体の中で起こるようになるのです。

29 ですから昔から歴史を前にして、すべての宗教は自分の体を打つ道を教えてきました。宗教は肉欲を制御し、体を心に屈服させる道場なのです。宗教は人間を創造本然の人間へ引っ張っていく道場です。

30 しかし、誰も神様を自分の内に侍らずしては、自分の体を征服する者はいません。ただただ、神様の真の愛と真理の力を中心として、主体たる心は対象たる体を従わせ、神様と一体理想を成すようになっているのです。これが宗教が語る完成した人間なのです。

31 このように神様を中心として体を屈服させ完成した男と女、すなわち、善男善女が神様の祝福を受け、夫婦として結ばれる時、地上に天が計画なさった理想的一つの家庭が出発します。そしてその理想家庭は理想的社会、国家、世界の基礎になるのです。

32 「家和して万事が成る」という言葉があります。一つの家庭が平和に満ちているならば、万事がみなよく成されるというのです。完成した家庭は平和の家庭であり、これは天国の基礎です。家庭の原動力は真の愛です。自分よりも神様を、そして対象を生命のように愛する、純粋で美しい犠牲的愛、これが真の愛なのです。この宇宙に、神様は真の愛の力より大きい力は創造されませんでした。真の愛は神様の愛なのです。

33 神様は万物と人間の創造のために、すべての力を投入なさいました。全部を投入し、また投入なさいました。他のものは投入すれば、全部消耗されますが、真の愛のみは投入すれば投入するほど、もっと盛んになり生産します。真の愛は百を投入するならば、百二十が戻ってきます。ですから真の愛を実践する者は滅びるように見えても、滅びることなく永遠に栄え、永生するのです。

34 このように真の愛でもって成された家庭が基礎になって社会が成され、国家が成され、世界が成されます。このような社会、国家、世界は真の愛が原動力になる相互奉仕の社会であり、国家であり、世界であり、そこには葛藤の代わりに和睦があるし、誤解の代わりに理解があるし、分裂の代わりに団結があるし、自分の利益の追求の代わりに全体の利益の追求があるし、犠牲と奉仕が美徳になる社会、国家、世界であるのです。このような神様の理想実現が、すなわち真の世界平和の理想なのです。

  

◆ 真の世界平和は、真の父母の理想で


35 聖書の「神様のかたちに似せて人間を造られた」というみ言は、見ることのできない無形の神様が人間として実体化なさったことをいいます。人間の始祖アダムとエバが神様の理想を実践していたならば、彼らが歴史で最初の家庭を成したのであり、そこから繁殖される完成した子孫たちが、まさしく理想社会、国家、世界を成したのです。

36 それゆえに無形の神様は、真の愛を中心としての縦的な真の父母であられ、人間始祖アダムとエバは真の愛を中心とした横的な真の父母として、永遠に人間歴史の上に君臨したのです。

37 完成したアダムとエバは人類の真の父母であり、人類はこの真の父母を中心として人類大家族、四海同胞、兄弟主義を成したのです。ところが人類はこの真の父母を失うことによって孤児になってしまい、兄弟がすなわち怨讐になり、国々は反目し、敵対視する関係になってしまいました。

38 それゆえに人類歴史の新しい出発に先立ち、神様が必ず成し遂げられなければならないことは、失ってしまった人類の真の父母を探し求めて立てられ、人間たちを孤児の状態から解放なさることです。それゆえに人類の真の父母の顕現は、神様の摂理の中心役事なのです。

39 皆様。今、創設される「世界平和連合」は、過去の「国際連盟」や「国際連合」と違って、真に満ちた本然の平和理想と真の父母の理想をもち、最後に世界平和を成そうとする雄大な新しい出発です。人間同士で平和を謳歌せず、神様の内に、神様と共に平和を謳歌しなければならないという生な覚醒がなければなりません。世界平和の中心は神様であられます。その原動力は真の愛なのです。

  

◆ 理念の障壁を越え東西指導者たちがすべて同席


40 世界平和を熱望する貴賓の皆様。きょうこの殿堂には世界各国の政界、学界、各宗教代表者たちが一つの屋根の下に集まりました。そして特に最近まで東西に分かれて冷戦を続けていたその両陣営の代表者たちが、東西という障壁の意識なしに、ただただ和解と協調の精神でもって参席しました。

41 一九八九年十一月九日、ベルリンの障壁が崩れた時から、世界は正に改革と変遷、和解と親善へ駆け上がっています。世界平和のムードは、今や開花しました。

42 今、私たちは、きょう宣布されます平和総集の大原則に立脚して、真に満ちた平和を成す時です。北は南側の貧困を解放し、強大国は、発展途上にある新しい民主主義国家を犠牲的に手助けしなければなりません。各国家政策が利己主義を離脱する、それ自体が大革命です。その方法は、私たちすべてが父母の位置に上がっていって見下ろすことです。

43 そうすれば、すべての国家が兄弟に見えざるを得ません。一人の父母のもとに一つの兄弟、国家、社会を成すことのできる歴史的な機会に直面しています。

44 来たる九月の国連総会に南・北韓が共同で加入するようになります。これは、私たちが平和世界を指向するまた一つの画期的発展です。そうなれば、「国際連合」の総加入国は、今や百六十三カ国になります。では、今百六十三カ国が成すべきことは何でしょうか。

45 無慈悲な植民地政策によって、弱小国を搾取していた時代は過ぎ去りました。今や弱肉強食は旧時代の残骸になりました。超強大国が武力競争でもって、世界を恐怖の中に追い込んだ時代も過ぎ去りました。

46 人類は、今、核兵器の恐怖から解放されなければなりません。今は正に聖書にあるように、「槍と剣を溶かして、すきの先をつくる」時です。

47 相互信頼と道義の時代が明けてきています。すべての「国際連合」加盟国家は、今、相互尊敬と愛をもって、我々人類の共同の敵に宣戦布告をしなければなりません。我々人類の共同の敵は貧困と無知と疾病と罪悪です。

48 今や人類は、貧困と無知と疾病と罪悪から解放されなければなりません。これからは「私の国」という定義が発展的でなければなりません。もちろん私が生まれて育った国が、まず「私の国」であることに間違いありませんが、より大きい見地から見たならば、私の父であられる神様がつくられた世界が、すべて「私の国」なのです。

49 このように見た時、先進国家が先端技術を独占し、発展途上国家に先端技術を分け与えないことは、大きな罪なのです。国家間に良いことがあるならば、早く分け合ってもたなければなりません。新しいことを発見するならば、直ちにその恵沢を互いに分け合わなければなりません。人類に手助けになることであるならば、ためらわずに国境を越え、これを実践しなければなりません。私はそれゆえに世界の技術の平準化のために、長い間全力投球してきたのです。

  

◆ 世界平和定着のために前進しよう


50 皆様。皆様は、神様が平和の役事として選ばれ、この場に送られた方々です。

51 今後、九年で紀元二〇〇〇年が訪れます。二〇〇〇年というこの峠が、我々の生前中に偶然に来るのではありません。これは、歴史の新しい転換点です。新しい歴史が胎動しているのです。平和の二十一世紀が近づいてきています。しかしその平和はただで来るのではなく、神様と人間が協調して与えられた責任分担を果たす時にのみ可能なのです。そうであるならば、私たちは残り九年間に、平和を阻害するすべての要素を除去する作業を成し終えなければなりません。

52 新しい時代、二十一世紀は共義の時代です。新しい時代、二十一世紀は物質が牛耳らない、精神と霊の時代です。新しい時代、二十一世紀は、神人一体になって生きる時代です。新しい時代、二十一世紀は、他のために生きることが自分のために生きるより、もっと永遠な価値があることを悟って生きる時代です。利己主義は退色し、共生共栄共義の利他主義がついに凱歌をあげる時代、それがまさしく明けてくる二十一世紀なのです。

53 これは平和の時代です。これが正に天国なのです。このような希望を光明の二十一世紀は、私たちがきょう創設する「世界平和連合」がその理念を提供し、世界人類を教育し、摂理に従って今後来たる世界平和の牽引車の役割をしなければなりません。同連合は、また世界の道徳性を明るくする灯台にならなければなりません。

54 平和の使徒、貴賓の皆様。光明なる新しい日が私たちを待っています。私たちは、きょうすべて使命感に燃えなければなりません。今、私たちの最後の一滴の汗と涙と血を注いで成さなければならない歴史的使命が、私たちを呼んでいます。その最初の仕事が神様を我々個人、家庭、社会、国家、世界に招いてさしあげることです。天が共になさるとき、これに敵対する者がいるでしょうか。

55 尊敬する同志であり、兄弟であられる皆様。人類の前に置かれた最後の崇高なる課業、恒久的「世界平和」定着の召命の前にすべて立ち上がり、光明なる世界に向かって共に前進いたしましょう。神様に侍り、世界の真の平和を成し遂げましょう。ありがとうございました。






















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二 真の平和の根本原理

真の家庭と家庭盟誓
 


二 真の平和の根本原理


 この講演文は、1994年3月27日、韓国ソウルのロッテ・ホテルで開催された第2回「世界平和会議」の時に語られたみ言です。


1 敬愛するゴルバチョフ前ソ連大統領、著名な議長団および前・現職国家元首の皆様、そして尊敬する紳士淑女の皆様、このたびの「世界平和連合」第二回大会にこのように多数御参加くださり、深く感謝申し上げます。

  

◆ 世界的難題の解決点


2 今私たちは二十一世紀、国際化、世界化時代を迎え、世界の平和を遮る数多くの難題を解決しなければならない時点に立っています。きょう私はこのような世界的難題の根の根源的解決方案が何であるかについて、生涯をかけて天意に従って努力してきた所信の一端を簡単に披瀝させていただこうと思います。

3 全世界は争いと混乱と憎悪に満ちた罪悪世界となっています。国家も社会も家庭も個人もそうです。どうして世界がこのように悪くなったのかと言えば、人間個々人は歴史を通じて心と体が争ってきたからです。この争いは歴史と共に始まり、今なお継承されているのです。

4 争う個人から自然に争う家庭、争う国家、争う世界となり、神様の一番嫌う悪なる地獄世界を形成しました。争う世界の始発点は、個々人である男と女の二人です。ですから、全世界の複雑な問題も、争っている心身の統一と男女問題のこの二つさえ解決すれば、解決を見ることでしょう。

5 それでは心身がなぜ分裂したのでしょうか。男女がなぜ和動統一できなかったのでしょうか。間違いがあったからです。人間は堕落によって心身が分裂し、男女の紛争が起こり、神様を失ってしまいました。そして、サタンを中心とした悪なる世界になってしまいました。したがって問題の解決点は、第一に神様を求めることであり、第二に悪なるサタンを追放することであり、第三に心身が統一された男女を探すことです。

6 エデンから神様はアダムとエバを追い出しました。堕落したアダムとエバは、サタンを中心として結婚し、子供を生みました。そうして人類始祖はサタンの血統を相続するようになったのです。血統が汚されたというのです。

7 サタンとなった天使長は神様の姦夫の立場に立つようになりました。天理原則によれば、愛の関係を結べば所有権が決定されるので、人間の先祖はサタンの所有となってしまったのです。本来神様の真の愛を中心として心と体が一つになるはずでしたが、心に神様の真の愛が完成する前に、サタン側の偽りの愛が結ばれ、サタンが体に根を下ろしたのです。そうして心が本来プラスの立場にありましたが、体がもう一つのプラス的立場に立ったため、強く反発することによって心の世界を引っ張り回すのです。

8 それで神様は宗教を通じて真の愛の力を心に与え、偽りの愛で一つになった体を絶対に屈服させようとされるのです。心身が真の愛によって統一されてこそ、神様がいらっしゃるところに帰るのです。

9 堕落した先祖は、偽りの先祖となり、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統の偽りの個人、家庭、社会、国家、世界の地獄をつくったので、これを打破し、神様を中心とした真の父母の真の愛、真の生命、真の血統を復帰して、本然の世界へと回復するのが、宗教の道であり、救世主メシヤが来る目的なのです。

  

◆ 良心の命令に絶対服従してこそ本然の自己を取り戻すことができる


10 神様もお一人では寂しいのです。神様も相対理想を中心として天地創造をされました。なぜならば真の愛を見いだすためです。被造世界を見るとペア・システムになっています。鉱物世界も植物世界も動物世界も人間世界も、みな主体と対象の関係になっているのは、人間の真の愛の理想のモデルを立てようとするところにあります。

11 真の愛ゆえに、女性は男性のために生まれたし、男性は女性のために生まれました。世界の問題の解決は、真の愛を中心として心と体、男性と女性が一つになるために存在するところでのみ完成を見ることができるのです。真の愛は、相対のために存在するところでのみ得られるのです。サタンの愛は自為的であり、神様の愛は他為的愛です。正反対です。

12 無形の神様は私たちの真の愛の理想の主体であり、私たちはその絶対的対象の立場にいるので、第二類型の神様の立場にいることを確信し、無形の神様と真の愛によって心身一体を成し、私たちの心を絶対に神様のように侍るところでのみ、堕落した体からサタン世界を追放することができるのです。良心の命令に絶対服従するところでのみ、「本然の自己」を取り戻すことができるのです。

13 神様は私たちの父母の中の父母であり、師の中の師であり、主人の中の主人なのです。これが天地を中心とした三大主体思想です。

14 私たちの良心のみが主体思想を達成する対象の立場で絶対一体とならなければならないので、良心の位置は、私たちを生んでくれた親より、師より、いかなる国の王より優る立場に立たなければ、神様の愛の対象の立場に立てないのです。良心は教育が必要ありません。神様の代わりに絶対に仕えなければなりません。

15 良心は私がすることを知らないことがありません。全部知っています。良心は体が悪いことをしようとするとき、いつも反対しますが、体が自分勝手に心を引っ張り回すのは、堕落した愛の力が堕落するときの良心の力より強いからです。しかし良心が完成に到達し、神様と真の愛の関係を結んだなら、いかなることも問題になりません。

  

◆ 家庭は四大心情圏を体恤する基盤


16 エデンの園においてアダム家庭は、神様が理想とされる真の愛の家庭でした。見えない無形の存在全体を表すための創造だったのです。神様と人間は真の愛を中心として主体、対象の関係でした。神様の心の中にある無形の子女、兄弟、夫婦、父母として、真の愛の実体完成を願い、アダムとエバ二人を創造したのです。神様は実体として子女の真の愛の完成を願い、実体家庭の兄弟として、実体の夫婦として、実体の父母として、神様の真の愛の対象の完成を願われたからです。

17 父子関係の真の愛は縦的であり、夫婦の真の愛の関係は横的であり、兄弟の真の愛は前後の立場で、球形の真の愛の理想を願われたのです。すなわち一つの中心点で統一は成されるのです。その点が球形体の中心点なのです。

18 いつ四大心情圏である子女、兄弟、夫婦、父母が一体を完成するのかといえば、神様を中心として人間が結婚し、初愛を結ぶ場がすべての完成の結実点であり、中心となるのです。ですから結婚は天地人の合徳であり、縦横、左右、前後全体を完成するものです。結婚は真の子女、兄弟、夫婦、父母理想の真の愛の完成地なのです。

19 それゆえアダム・エバ夫婦は、神様が一番愛する実体対象である第二の先祖であり、第二の創造主の立場に立ったので、神様が第一創造主として感じる全体を相続し、子女、兄弟、夫婦、父母の立場を神様の代わりに喜びを感じるのです。第一創造主の立場を体恤するための子女の繁殖が第二創造主としての喜びなのです。ここで神様は第一創造主であり、アダム・エバは第二創造主、アダムとエバの子女は第三創造主の立場になります。第一、第二、第三創造主、すなわち神様、アダム、エバ、子女は四位基台を中心とした公式的な範疇となり、すべての人類が従わざるを得ない存在の根本原則となるのです。

20 このようにアダムとエバを中心として見るとき、上下(父子関係)が連結されれば、左右(夫婦)、前後(兄弟)が連結され、家庭完成を見るのです。この場は神様を求め個々人の心身が統一された場であり、男と女が統一され、神様を中心として安着することのできる神様とアダム・エバと子女が統一された基盤となることによって、平和と自由と幸福と希望が結集される基地となるのです。

21 アダム・エバをして有形実体の第二創造主の立場から実体的第三の創造主を刺激的に体恤させたのが、アダム・エバの子女繁殖なのです。こうして代々子女、兄弟、夫婦、父母の四大心情圏を体恤させる基盤が家庭なのです。家庭はすべての真の愛を完成させる基地なのです。そうして家庭は神人愛一体を成して、天地を所有することのできる完成の出発が可能なのです。すなわち理想的子女、兄弟、夫婦、父母が出発した源泉地となるのです。

22 ここでのみ心身統一の男と女が出てくることができるのであり、また理想の男女一体を完成した夫婦を見ることができ、理想的父母の出発を見ることができるのです。また真の家庭を中心として、子女、兄弟、夫婦、父母の完成を見ることのできるモデルが創造されるのです。

23 このような理想型を国家と世界を越え、天宙まで確定展開するのが、神様の創造理想なのです。したがって国家は家庭よりもっと大きい家庭型であり、世界は国家よりもっと大きい家庭型であり、天宙も世界よりもっと大きい家庭型になれるのです。

  

◆ 平和、幸福、自由の天宙の出発地


24 それゆえ家庭、国家、世界、天宙にも四大心情圏に代わる子女、兄弟、夫婦、父母型をもつことができるので、家庭より大きい国家には数多くの家庭が入るようになり、家庭は国家のために存在し、世界は数多くの国家が入っているので、国家も世界のために存在し、世界はもっと大きな天宙のために存在し、天宙はもっと大きな中心である神様のために存在しなければなりません。

25 ですから家庭で四大心情圏を完成した基準が、より大きく統一されれば、一体理想が実現し、その土台の上で平和と幸福と自由の天宙を迎えることができるのです。したがって心身統一と男女を中心とした家庭統一が重要なのです。

26 神様も成長してきたというのです。無形の心の中に子女、兄弟、夫婦、父母を実体のアダム・エバを造り、大きくなる子女、兄弟、夫婦、父母を成して、第二の自己として体恤されることによって、真の愛の理想を完成した神様としての無限の喜びを感じられるのです。

27 私たち人間も神様のような喜びを感じるためのものなので、誰でもある人の子女、兄弟、夫婦、父母の立場にいるのです。人間は誰でも四大心情圏を中心として家庭を形成するので、家庭は理想心情圏を体恤するための基地なのです。

28 私たちも神様のように実体の四大心情圏を体恤する者のみが、地上・天上天国どこでも一つになることができます。そのような理想的人間になるために、家庭を願うようになるのです。

29 このように人間は心身統一と夫婦統一を絶対に要望するのです。個人の心身統一ができなければ、すべての面に不合格者になります。そうすると自然に家庭統一できず、家庭で脱落、国家で脱落、世界と天宙と神様から脱落するので、神様を中心として必死に絶対に努力してこそ心身統一と家庭統一が可能なのです。

30 自分というものは、神様の代身者、第二の神様の立場にいることを知らなければなりません。そうして人間は誰でもみな同じように本然の家庭を求めて、愛の住みかを復帰しなければなりません。

  

◆ 真の愛で一つになった夫婦は地上・天上天国の出発地


31 夫婦の立場は神様の子女が合わさった立場であり、神様の家庭で兄弟が合わさった立場であり、夫婦が合わさった立場であり、父母が合わさった立場であることを知らなければなりません。夫婦の立場は、四大心情圏を中心として見るとき、自分たちを完成させてくれた絶対的対象者なのです。

32 それゆえ夫は妻に理想的神様の息子を迎えさせる立場であり、天の兄を迎えさせる立場であり、天の夫を迎えさせる立場であり、天の父を迎えさせる立場なのです。妻も夫にこれと同じ位置に立つようになるのです。

33 このような夫婦は、神様が体恤したように子女を生み、自分たちの育ってきた全体を子女を通じて実体的に体恤することによって、喜びを感じるようになるのです。

34 神様の愛は、絶対的なので、夫婦は別れられないのが天理原則です。このような原則を失ってしまった堕落した人間世界を再び復帰して、本郷に帰らなければなりません。そのようにすることによって、本「世界平和連合」が目的を達成することができるのです。こうして家庭天国は国家天国へ、国家天国は世界天国へ、また天上天国へと完全解放し、平和の世界が展開されるでしょう。

35 結婚して、夫婦が真の愛で愛し合う場は、神様と人間の愛と生命と血統の根源となる王宮の場であり、理想のための地上天国、天上天国の出発地なのです。

36 このような真の愛によって結実した子女が、真の愛を中心として夫婦一体を完成し、神様に侍って生きる家庭となって、平和と理想の出発基地となるのであり、片側である男性と女性たちは一体となり、神様の相対として、神の理想愛を完成させるようになるのです。

37 すなわち真の愛を中心として、神様は人間を無限に価値ある者として完成させるので、神様も真の愛の完成を見ることができるのです。そして、永遠の理想愛が宿る神様の創造理想である家庭理想を立て、理想世界を完成しようとするのです。

38 神様とアダム家庭を中心として見れば、神様は一代先祖、アダムは二代先祖、アダムの子女は三代先祖の立場を形成していたことでしょう。神様はおじいさんの立場であり、アダムは父母の立場であり、アダムの子女は息子、娘の立場なのです。

39 三代が一つの家庭で定着するので、おじいさんは天上天国の神様を身代わりし、天上世界にいる王と女王の立場であり、父母は現在の地上天国を代表した家庭の王と王女の立場であり、子女は未来を代表する天上天国と地上天国を相続する王子、王女の立場なのです。このようにアダム一族は、神様を中心とした王族となって生きたのち、永遠の世界へ移って生きるようになっていたのです。これが人間が成就しなければならない目的なのです。

40 家庭を中心として見るとき、祖父母は過去を代表した天の国の王と女王の立場にあるので、神様のように侍り、父母は現在の全世界の家庭を代表した王と女王のように侍り、子女は未来の王子、王女のように愛して生きたのち、永遠の天国に入るのです。そこにおいてのみ永遠の人間の欲望と自由、希望、幸福の完成を見るのです。

  

◆ 世界平和を成就する道


41 尊敬する各国の代表の皆様! 皆様は生涯の重要な時期を国家の発展と世界平和のために渾身の力を尽くして努力された方々です。

42 皆様のそのような献身的苦労によって、今日人類は過去よりずっと進歩した環境と与件で生きるようになりましたが、いまだに私たち人類すべてが待ち望む自由と平和の理想世界は実現しておらず、今この時間にも民族、人種、宗教間の葛藤と対立によって世界の至る所で多くの人が飢餓や苦痛を受け、死に続けているのです。

43 私は宗教指導者として早くから神様の召命を受け、人類を戦争と罪悪から救い、平和世界を定着させなければならないという一念で生涯を生きてきました。きょう私が皆様に初めにお話ししたことは、このような私の召命から出てきた平和に対する所信と哲学的な頭翼思想の一端です。世界平和は権力志向の政治的イデオロギーによってとか、その他の物理的力の論理では、決して実現できないというのが、神主義と頭翼思想の観点です。

44 平和は、神様の真の愛と真理をすべての人類が共有し、個人から始まって家庭で、家庭から社会、国家、世界が共に実践することによって兄弟姉妹であることを悟り、地球大家族社会を成すときにこそ、実現できるということをはっきりと悟らなければなりません。

45 このような観点から、「世界平和連合」の創設目的は、神様を中心とした個人の心身統一と夫婦を中心とした家庭から本当の平和の教育と実践が成されることによって、社会と国家、世界の平和を具現しようというところにあります。私たちはみな家庭天国を完成し、ひいては世界平和の主役になることを願うものです。神様の祝福が皆様と共にあらんことを祈願いたします。ありがとうございました。
























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三 人類を救う真の家庭運動

真の家庭と家庭盟誓
 


三 人類を救う真の家庭運動


 この講演文は、1997年11月26日、アメリカ、ワシントンD・Cのヒルトン・ホテルで開催された第4回「世界平和宗教会議」の創設者基調講演文です。


1 全世界の偉大な宗教伝統を代表し尊敬する宗教指導者、そして著名な学者の皆様! 皆様が「世界文化体育大典」とこの重要な宗教議会に参加してくださったことを感謝申し上げます。

2 私はきょう、様々な指導者の前で、私が展開してきた真の家庭運動の根本意義を明らかにしようと思います。この土曜日、皆様は真の愛と真の家庭運動の驚異的な現場となる三千九百六十万双の祝福結婚行事を見ることになるでしょう。

3 私は世の中が認めてくれようとくれまいと、いかなる評価を下すかは意に介さず、神様のみ旨を成就してさしあげるために徹底した一筋の道を生きてきました。

4 この真の家庭理想のために、私は一九六〇年、最初の三双の祝福家庭を輩出して以来、回を重ねながらその数を拡大してきました。一九九二年には三万双、一九九五年には三十六万双の祝福家庭を世界的に輩出しました。これらの人々はすべて、神様の前に永遠な愛と信頼によって夫婦になることを誓約し、また、子女たちを高い道徳と純潔の中で育てることを約束して生きていきます。

5 今回は、短い準備期間であるにもかかわらず、全世界百八十五カ国で、三百六十万双を目標とした当初の計画を三千六百万双も超過し、三千九百六十万双が皮膚の色と宗教を超越して、真の家庭のための祝福結婚儀式に同参するようになりました。その趣旨から見ても、規模から見ても、「人間が動機となった行事だ」と言うことはできません。神様のみ意が主動となって成された摂理的な成就なのです。

6 また、皆様を含めて各宗派の多くの指導者が、この真の家庭運動こそ、青少年の脱線と家庭の破綻を防ぐ根本的な方案であると共感し、様々な形で支援してくださり、また、様々な国の指導者が、救国運動の次元で積極的に協力してくださったことに対して感謝を申し上げます。

  

◆ アダムは体をまとった神様自身


7 真の愛の主体者であられる神様は、その真の愛の相対者として人間を立てられました。神様の愛の理想は人間を通してのみ完成されるのです。神様の創造目的は神、人、愛一体の絶対的愛の理想世界です。人間は神様の最高最善の愛の対象として創造されました。ですから、人間は被造物の中で唯一、神様の実体をまとった対象です。無形の神様の前に、見える体として生まれました。

8 人間は完成すれば神様の聖殿になります。神様が自然に、また平安にいつでも入ってきて住むことのできる有形の実体です。神様の絶対的な真の愛の全体的理想は、人間を通して父母と子の縦的関係でもって実現し完成します。神様は御自身の体としてアダムを先に造られました。アダムは神様の息子であると同時に、体をかぶった神様自身でもあります。

9 その次に、アダムの相対者としてエバを創造なさり、横的な愛、すなわち夫婦愛の理想を完成しようとしました。エバは神様の娘であると同時に、神様の横的愛の理想を実体で完成する新婦でもあったのです。アダムとエバが完成して神様の祝福のもとに結婚をし、初愛を結ぶその場は、まさしく神様の実体の新婦を迎える場なのです。

10 アダムとエバの夫婦愛の理想が横的に結実されるその場に、神様の絶対愛の理想が縦的に臨在し同参なさることによって、神様の真の愛と人間の真の愛が一点で縦横の起点を中心として出発し、一点で結実、完成するようになるのです。

  

◆ 人間始祖アダムとエバの堕落とその結果


11 神様の創造目的は、アダムとエバが真の愛の主体であられる神様の戒めを守り、真の人として完成することです。さらに、神様の真の愛で一つになった真なる夫婦になることです。また彼らがその真の愛の中で息子、娘をもち、幸福に暮らすことのできる真の父母になることです。

12 ところが、人間始祖アダムとエバは堕落してしまいました。エデンの園から追われるとき、彼らは子女を抱えてはいませんでした。神様が追い出したアダムとエバをエデンの園の外まで訪ねていき、祝福と結婚式をしてやるはずは決してありません。全人類は神様の愛とは関係なく繁殖した、追い出された先祖の後孫です。

13 アダムとエバの堕落は神様の真の愛の理想に背いた不倫の犯罪です。守るべき戒めが必要だった堕落前のアダムとエバは、未完成段階、すなわち成長期間で堕落しました。人類始祖の初愛の結合は、神様自身の愛の完成でもあるので、当然、神様もアダムとエバも宇宙万象も、歓喜と祝福の中に酔う幸福な祝宴の連続でなければなりません。

14 神様の愛と生命と血統が、人間の中で始原を成しながら定着する幸福な儀式でなければなりません。ところが彼らは下部を覆い、木の後ろに隠れて不安に震えました。天道に背く偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統の根源をつくった不倫の関係を結んだからです。

15 堕落したアダムとエバの後孫である全人類は、子々孫々が生まれるときから原罪をもつようになります。人類が個体の中で心と体の衝突を矛盾として感じるようになったのも、堕落に根源があり、愛の秩序が紊乱する社会の中で本心の願わない人生を生きるのも、すべてがここに由来したのです。

16 アダムとエバが、神様を中心とした真の愛の夫婦を築くようになれば、神様は理想とされたとおり、御自身の実体であるアダムの体内に住まわれながら、エバを愛されるようになるのです。さらに、アダムとエバは神様の実体をかぶった真の父母になり、善なる愛、善なる生命、善なる血統の始原になったはずです。

17 ところが堕落によってアダムとエバはサタンの実体となって、悪なる夫婦、悪なる父母、悪なる先祖になってしまいました。彼らの結合は悪なる愛と悪なる生命と悪なる血統の根になってしまったのです。人類は、すべてこの根に根源を置くことによって、生まれるときから神様の怨讐であり、姦夫であるサタンの後孫となり、悪なる父母の血統を受け継ぐようになってしまったのです。

  

◆ メシヤ思想の根本


18 絶対的な神様の創造理想も絶対的なので、悲しい救援の摂理をなさるしかありませんでした。神様の救援摂理は失った真の愛の創造目的を再び回復する蕩減復帰摂理です。ですから、救援摂理は再創造摂理でもあります。このような点から、復帰摂理の根本はどうして創造理想を完成する人間の種、本然の赤ん坊の種を復帰するかにあるのです。神様が一番嫌いな姦夫になったサタンの偽りの愛から由来した、生命と血統を清算しなければなりません。

19 では、神様の真の愛と生命と血統と一体となった第二アダムたる救世主、真の父母をどのように生まれさせるかというのです。人間始祖が自己の責任分担を完遂できず、不倫なる結縁関係を結びサタンの主管を受けるようになったので、神様が直接現れて、原状を回復させることができないのです。神様は、サタン側に回った人類を、条件なく善の立場から取っていくことも、打つこともできないのです。

20 神様は善の側にいる中心人物を立てて、先に打たれながら蕩減条件を立てさせ、奪ってくる作戦をしてこられました。しかし、サタンは先に打ち、奪われる立場になりました。

21 復帰摂理を概観すれば、母子協助の基盤が重要でした。ヤコブのとき、モーセのとき、イエス様のとき、みなそうでした。堕落の張本人であるエバを身代わりして責任を果たす母を立て、次子と母子協助をしながら、サタンの血統と生命を分立しようとする摂理が存在してきたからです。神様は、堕落によって人類を先占したサタンと血縁的に直結された長子に、直接に接することはできません。神様は、善の側を代表する次子を相対として条件を立てさせ、悪の側を代表する長子を屈服させることによって善の血統を蕩減復帰してこられました。

22 人類の堕落は、アダム、エバ、天使長の三存在によって引き起こされました。天使長がエバを誘引し、霊的堕落をし、次に堕落したエバがアダムを誘引し、肉的堕落をすることによって神様を裏切ったのです。堕落した天使長がサタンになりました。したがって、救援摂理は蕩減復帰摂理であり、復帰の原則は一八〇度反対の道を通して成されるのです。

23 真の愛と生命の種をもったアダムを失った神様は、サタンの讒訴条件がない新しい種をもった息子を探し立てなければなりません。創造のとき、アダムを先に造られたように、再創造摂理である復帰摂理も、堕落と無関係な息子をまず立てなければならないのです。これがメシヤ思想の根本です。

24 この地に神様の愛と生命の種をもって生まれる息子のために、先に母がいなければなりません。母が息子を生むとしても、ただそのまま生むことはできないのです。必ず蕩減条件の公式を通して生まなければならないのです。

  

◆ 長子復帰を通じた血統転換


25 復帰摂理の中に現れる母子協助は、すべて天の息子がサタンの讒訴を逃れた新しい生命の種をもって着地するための準備であり、条件なのです。母子すべてが、サタンの攻撃から逃れ得る条件を立てた土台で、サタンを代表する長子を屈服させることによって、サタンが先占した愛と生命と血統を復帰してこられたのです。

26 神様の摂理の役事を記録した聖書の中に、理解できない記録がたくさんあります。リベカは夫のイサクと長子エサウをだまし、次子ヤコブを助けて彼が祝福を受けるようにさせました。

27 神様は一目すると不当に見える方法を使ったその母子の側に立たれて、彼らに祝福を継承させてあげました。アダム家庭ではカインとアベルの兄弟が胎外で争い、次子アベルがむしろ殺されました。ヤコブはアベル以後、善の側に立った大勢の犠牲と蕩減条件の基台の上に立つことによって、先占したサタンに一層追いついて双子の兄であるエサウと相対するようになったのです。

28 結果的にヤコブは、ヤボク川で天使を屈服させる霊的勝利の条件と実体の天使長の体であるエサウを屈服させることによって歴史始まって以来、初めて勝利したというイスラエルの祝福を受けるようになりました。しかし、その時は既にヤコブの年が四十代でした。

29 サタンの偽りの愛の種がエバの胎中に蒔かれ、悪の生命が生まれたので、神様は母の胎中まで入っていって分別しておかなくては、天の息子が胎中から誕生することはできないのです。ですからヤコブの勝利によっても、まだ分別できない妊娠から四十代までの期間もサタンの分立が成されなければなりません。

30 結果的にこの責任を担った偉大な母がタマルです。タマルはユダの長男エルと結婚しましたが、エルは神様のみ意にかなった人ではなかったので死んでしまいました。当時、慣例に従い、ユダは次子オナンをタマルに与え、子供を生むようにしましたが、オナンは生まれる赤ん坊が自分のものにならないのを知り、精子を地に流しました。これが神様の前に罪となって、オナンも死んでしまいます。

31 タマルはユダの三番目の息子シラと一緒になろうとしましたが、ユダはシラをタマルに与えませんでした。タマルによって二人の息子が死んだと考えていたユダは、シラまで死んで家系が絶たれることを心配したからです。タマルは選民の血統を続けようという一念で、売春婦に偽装し、舅であるユダを迎え入れ双子の子を身ごもりました。赤ん坊が生まれるとき、先に手を突き出して出ようとした長子の赤ん坊が再び胎中に入り、弟になるべき次子の赤ん坊が兄になって先に生まれましたが、彼がペレヅです。タマルの胎中で長子と次子が争って分立される胎中復帰が成されたのです。メシヤは真の父母の理想の完成のために来られます。

32 このような条件の上に選民の血族を集め、二千年後にローマ帝国の国家基準を代置するイスラエルの国家的土台の上にメシヤが懐妊され得たのです。神様の息子の種が準備された母の胎中に、サタンの讒訴のない立場を復帰できるようになった、国家的勝利の基盤が造成されたのです。

33 このような基盤の上に、聖母マリヤが摂理の主流に登場するのです。ヨセフと婚約したマリヤは、自分の体を通してメシヤが生まれるというガブリエル天使長の驚くべきメッセージを受けました。乙女の立場で赤ん坊を身ごもれば死ぬしかない当時の規則でしたが、「私は主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」と言いながら、絶対信仰で神様のみ意を受け入れました。

34 マリヤは親族であり、尊敬する大祭司長ザカリヤに相談しました。神様は、マリヤとザカリヤとエリサベツをしてメシヤの誕生を一番最初に知らせました。この人たちはイエス様によく仕え、神様のみ旨によく従うべき重大な使命をもった者たちでした。

35 ザカリヤ夫婦はマリヤを自分たちの家に滞在するようにしました。イエス様はザカリヤ家庭で懐妊されました。歴史始まって以来、初めての神様の息子の種、真の父になるべき種が、準備された母の胎中にサタンの讒訴条件なく着地したのです。ですから、地上に初めて神様の初愛を独占することのできるひとり子が誕生するようになったのです。

  

◆ ザカリヤ、エリサベツ、洗礼ヨハネの使命


36 神様の息子はたとえ着地したとしても、サタン世界の中で無事に育ち、み旨を成すためには保護を受ける囲いが必要なのです。神様は、ザカリヤ家庭の三人にその基盤になってくれることを期待されました。しかし、イエス様は私生児の立場でザカリヤ家庭の保護も受けられず、またヨセフとの難しい関係のもとで、心情的にこの上なく寂しい環境で育ちました。メシヤの道を自覚するようになったイエス様は、寂しい事情が神様のみ旨を果たすのに、深刻な障害要因であることを一人もどかしく思いました。

37 メシヤは第二アダム、真の父であり、その使命のためには実体の新婦、真の母をお迎えにならなければなりません。もしザカリヤとエリサベツが神様の啓示と霊的な恩恵のもと、初めにもっていた絶対的な信仰を継続していたならば、イエス様に神様の息子として、メシヤとしてこの上ない精誠で仕えるだけでなく、またイエス様を通して神様のみ旨を受け、絶対的に従ったはずです。

38 そしてイエス様のために生まれた洗礼ヨハネは、彼が悔い改めさせた民をしてイエス様を信じ、救援を受けるように導く責任を果たさなければならなかったのです。しかし、不幸にもザカリヤもエリザベツも洗礼ヨハネも、イエス様を神様の息子と証だけはしましたが、仕えた実績は一つもありませんでした。

39 尊敬される祭司長であるザカリヤが傍観し、洗礼ヨハネがイエス様と無関係な立場に立つようになることによって、むしろイエス様の行く道を一層困難にし、民たちが従えないようにしてしまいました。まして彼らが信仰を失い人間的な考えに流れるとき、イエス様が願われた新婦を迎えることを助けたはずは絶対になかったのです。

40 イエス様は母のマリヤからも、ザカリヤ、エリザベツからも反対を受け、最後に洗礼ヨハネからも反対を受け、肉親の保護を受けながら使命を完遂することを断念するしかありませんでした。新しい霊的基盤を探して、再び、復帰摂理を成そうと出発したのがイエス様の出家でした。出家したイエス様は行く所がありませんでした。「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」と嘆かれました。

41 家門の基盤を失ったイエス様は、それを身代わりできる基盤を探しに出掛けたのです。これがイエス様の三年路程でした。しかし、民族が不信し弟子たちの信仰が弱まり、サタンの侵犯を受けてしまったことによって、イエス様の基台は崩れ、十字架の道を歩まれるしかありませんでした。

42 本来、イエス様はメシヤとして、すなわち真の父になるべきだったアダムの身代わり、第二アダムとして地上に来て、弟子たちと万民を祝福なさり、罪なき天国を築かなければなりませんでした。ところが不信され新婦を迎えられなかったので、真の父母になれず、その使命を完遂することができませんでした。それで再臨することを約束されたのです。

43 第三アダム、真の父として来られる再臨主は、イエス様が果たせなかった神様の復帰摂理の根本を完成しに来られます。すなわち、創造理想を完成する真なる本然の赤ん坊の種として来られ、神様の真の愛、真の生命、真の血統の根源になる真の父母の理想を完成しに来られます。

  

◆ 祝福結婚は最も貴重な贈り物


44 彼は既に、イエスのときまで神様が勝利した根本摂理の土台の上に臨在されます。すなわち、イエス様が大人になられるときまでの勝利的な基盤の上にまっすぐ立たれ、彼が果たせなかった新婦を探し、真の父母になって祝福で万民を復帰してあげるのです。

45 真の父母は血統転換する新しい祝福結婚式行事を通し、全人類をして神様の真の愛、真の生命、真の血統に接ぎ木され、真なる人として復帰し、ひいては真なる家庭を築いて地上天国を建設なさるのです。

46 尊敬する宗教指導者の皆様! 祝福結婚は神様が私たちに下さる最も貴い贈り物です。私たち夫婦は、皆さんがこの歴史的な儀式に同参して、神様の祝福結婚を受けることを念願します。

47 今から、世界平和統一家庭連合は、一層拍車をかけて真の家庭運動を展開し、二〇〇一年まで、三回にわたって三億六千万双の祝福結婚式を挙行するつもりです。

48 価値観の転倒と倫理的な堕落によって、青少年が堕落し、家庭が根こそぎ破綻しつつあります。蒔いたとおりに刈り取るという言葉があります。エデンの園で、アダムとエバが未完成期に不倫を蒔きました。終わりの日にそのような現象が世界的に再現されて、青少年の激しい堕落現象が罪悪歴史の結実として現れるのです。

49 滅亡の道に突っ走る人類を危機から救うこと以上に、緊急で重要なことがどこにあるでしょうか。人類を救う根本代案である真の家庭運動と祝福結婚儀式を世界化、普遍化させようとする私の活動は、尊敬を受ける皆さんの積極的な後援を必要とします。国別に志のある指導者が団結し、真の家庭祝福結婚運動の支援部隊をつくって、国を救う運動をしなければなりません。

50 人類を本然の姿に復帰するこの意義ある仕事に、多くの指導者が主役となって率先してくださるよう懇切にお願いします。そうして、万民が一日も早く真の家庭を築いて、神様を中心とした地上天上王権時代に進入して、勝利と自由と平和と統一の世界で生きられるように指導しなければなりません。

51 皆さんと皆さんの家庭、そして皆さんの国に、神様の愛が満ちあふれんことを祈りつつ、これで結びといたします。


















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四 真なる統一と一つの世界

真の家庭と家庭盟誓
 


四 真なる統一と一つの世界



 この講演文は、1990年4月9日、モスクワのインターナショナル・ホテル(ソビン・センター)で開催された第11回「世界言論人会議」の基調演説文です。


  

◆ 世界のコミュニケーションと協力の推進


1 親愛なる議長団、尊敬する前職国家元首、首相、貴賓、そして紳士淑女の皆さん!

2 歴史的な第十一回「世界言論人大会」を皆さんと共に、ソ連の首都モスクワで開催することとなり、限りなく栄光に思います。今回の大会の主題は「世界のコミュニケーションと協力の推進」であり、これについて討論する場所は、正にここソ連が最も適合していると思います。

3 また、今回の大会の開催は、本人にとってはこの上ない喜びだと言うことができます。なぜならば、世界平和を追求する素晴らしい二つの団体の会議、すなわち第三回「世界平和のための頂上会議」と第九回「中南米統合機構総会」が同時にここで開催されているからです。

4 今回のモスクワの訪問は、本人にとって個人的にも温かい情を感じることができる良い経験になっています。ソ連政府、特に「ノーボスチ通信社」の幹部の皆さんがこの地で施してくださった手厚いもてなしに対して感謝の言葉を伝えたいと思います。本人と家内、そして子供たちは、皆さんの親切に深い感銘を受けています。今、ここにいらっしゃる前国家元首および首相、各国貴賓の方々すべても、本人と同様、主催国であるソ連に対して深い感謝の意を表しているだろうと信じます。感謝の意味を込めて拍手をしませんか。

5 最近本人は、ソ連の言論人から社会、経済、政治的発展の前提条件として「霊的ルネサンス」の重要性に対する見解についての質問を受けました。この機会を借りて、いくつかお話をしようと思います。

6 「霊的ルネサンス」はとても重要だと思います。そして、これのためには、人間の状況に対するより深い理解が必要です。それゆえに、いくつかの哲学的主題と宗教的な主題を考察してみる必要があります。これは、コミュニケーションや言論とは直接的関連がないかもしれませんが、このことに#対する理解は、世界の真の平和のために必要だと思います。そして、これは本人が生涯をかけて探究し、発見し、教えてきた真理の本質でもあります。

  

◆ 神様の創造理想


7 宇宙を観察してみれば、すべての存在は陽性と陰性の二性性相の相対的関係を結ぶことによって存在しているということを知ることができます。これは、鉱物という次元から出発してすべての場合にあてはまります。分子は、陽イオンと陰イオンの結合を通じて形成されます。植物の場合、生存と繁殖は、雄、雌を代表する雄しべと雌しべの結合を通じてなされます。

8 動物の場合、このような二性性相がよりはっきりとします。魚類、鳥類、哺乳類等、すべての動物は雄と雌によって存在します。最後に、神様の最高の創造物である私たち人間も、男性と女性に区分されています。最初の男性アダムと最初の女性エバは人類の始祖です。このような二性性相の存在目的とは何でしょうか。神様は、なぜこのような方式で創造をされたのでしょうか。

9 創造主は、万物を陽性と陰性に区分し、これらが互いに愛を授け受けすることを通して結合するように創造されたのです。愛の行為を通じて、すべての種はその数を増やし、系譜をつないでいくのです。

10 人間の欲望は、終わりもなく限りもありません。それでは、このような人間の限りない欲望の真の目標とは何でしょうか。女性の場合、それは男性です。そして男性の場合、それは女性です。男性と女性は、お互いを通じてのみ真の愛を発見することができます。

11 人生や宇宙、そして神に対する歴史上の様々な見解は、解決することができない問題のみを提示しました。これらの問題に対する解答は、真の男性と真の女性が真の愛の中で神様と一つになって絶対的な存在を創造するときに発見することができます。これが絶対価値の根元です。

12 男性は女性のために存在します。女性は男性のために存在します。各々は、お互いの愛の対象にならなければなりません。

13 神様は絶対的な愛の存在です。神様は愛の対象である人間を創造され、御自身の愛をその上に注ぐことができることを願われました。そのようにされることによって、神様は、自然に男性と女性からその愛を受けることを期待されたはずです。

14 アダムとエバは、まず自分たち同士が愛の中で一つとなってこそ、神様の愛の完全なる対象となることができます。したがって、アダムとエバが一組の成熟した人間となって神様に似、神様の愛を受け、また愛を神様にお返しするためには、成長と成熟の期間を必要としたのです。

15 真の愛のパターンは、仕えられることではなく他に仕えることです。神様は、最初に御自分の愛の対象を創造される時、御自身のすべてのエネルギー、すなわち御自分のすべてを一〇〇パーセント投入されました。このようにして神様は、真の愛のパターンをつくられたのです。言い換えれば神様は、御自身を完全に消耗し尽くす真の愛の伝統を立てられたのです。そして、真の愛は宇宙の中心になったのです。

16 人間を創造される時、神様は御自分を完全に消耗し尽くしました。神様は、御自分を全く空にされたのです。大気中に低気圧が生じると、高気圧は自動的に低気圧の方に引っ張られていきます。同様に誰かが他に絶対的に侍るようになるときには、その人を満たしてあげるためにエネルギーが結集するようになります。したがって、御自身の完全な愛の対象を創造されようと、神様が下さったすべての愛を、男性と女性は究極的に神様にお返ししてさしあげなければなりません。

17 ただ愛のみがすべての障壁を超越します。私たちが真の愛の中で神様と一つになる時、神様の肉的、霊的被造物に対する私たちの支配が可能になります。徹底して他のために生きる時、私たちは初めて神様の本質に到達することができます。そうすれば、神様の思いが人間の思いとなり、神様が感じられることが自然に人間に伝達されるのです。このように生きていく時、人間は神様の心情と愛に共鳴する器となるのです。二つの音叉が共鳴するがごとくに、人間と神様も常に共に共鳴するようになるのです。

18 それが正に究極的な人間の原状なのです。この原状に到達する時、神様の愛は私たちの愛となり、神様の生命が私たちの生命となり、神様の血統がまさしく私たちの血統となるのです。神様の創造された世界が私たちの世界となるのです。私たちは地上と天上のすべての存在と神様の愛を分かち合うようになります。私たちは父母の心情で天国の民となるのです。

  

◆ 人間の堕落=神と人間の断絶


19 因果法則は歴史を通じて明白に現れます。根のとおりに刈り取られるようになっています。人間始祖であるアダムとエバは、成長する過程で性的に愛を濫用しました。それにより、人間は楽園から追放されるようになったのです。神様は、アダムとエバが神様の祝福を受けて天国で結婚する時まで、自分たちの純潔をしっかり守って神様の真の愛、真の生命、真の血統の土台となってくれることを願われました。このようにしてアダムとエバが完成して祝福を受けていたならば、その子孫は、自然に神様の息子、娘となり、創造主の愛を享有し、地上天国と天上天国で暮らすことができていたはずです。

20 しかし、アダムとエバが完成期に至って神様から祝福を受ける前、すなわち彼らがまだ十代の青少年の時、天使長はエバをそそのかして姦淫したのです。それにより、天使長はサタンとなりました。そして、アダムもまた、堕落したエバと関係を結ぶことによって堕落しました。

21 人間の歴史は、まさしくこのように不倫の種を蒔くことによって始まったのです。その結果、今日不倫の関係が蔓延しています。特に、十代の青少年たちは、性的堕落の犠牲者となっています。先進国の社会は、聖書の中のソドムとゴモラとほとんど変わりません。神様は、このような不倫の愛を嫌われます。私たちは、神様の怒りを恐れなければなりません。神様の懲罰が切迫しています。

  

◆ 歴史は善悪の闘争


22 神様は善の中心です。サタンは悪の中心です。人類の歴史は人間を通じて起こる善悪の闘争史、すなわち神様とサタンとの間の闘争史です。

23 しかし、神様とサタンは正反対の戦略を選びます。高慢で欲の深いサタンは、常に善の側を攻撃します。神様の陣営は常に攻撃を受け、苦痛を受けます。しかし、これは神様をして正義を立てる機会をくれます。善の側は、正当であることが立証され、新しい領土を占めるようになり、反面、サタン側は弱体化し、敗退せざるを得なくなるのです。

24 一例として、第一次世界大戦の時、戦争挑発国は究極的に敗北しました。第二次世界大戦の時も同様でした。日本・ドイツ・イタリアの同盟群は、結局は連合軍に敗北しました。すべての搾取する勢力は究極的には衰退し、反面、善のために迫害を受ける者は、いつかは神様によって高められるようになるのです。

25 本人の生涯がこれをよく証明してくれています。本人は善のために、そして神様のために苦痛を受けてきました。相手は常に無慈悲で、残忍でした。数十年前、本人は拷問を受け、むちで打たれ、何回か投獄されました。迫害した者たちは、多分本人の活動が消滅し、忘れ去られるようになるだろうと思ったでしょうが、正反対の現象が起きたのです。本人は、世界的な財団と団体を設立し、事業と活動は継続的に発展し、栄えています。

  

◆ 良心が師であり父母である


26 すべての人間は、一生の間ずっと各自自分の中に最も貴重な師をもっています。それにもかかわらず、その師を誤って待遇し、踏みにじり、濫用しています。その師こそ、すなわち人間の良心です。私たちの良心は、常に私たち自身にも助けになるように話しかけ、私たちを真の愛と連結させてあげようとしています。私たちの良心は、私たちをして善で、非利己的な人になりなさいと父母のごとく促し、神様のみ旨に従って行動するように導いてくれています。

27 しかし、各自の心の中にはまた、常に良心の声に逆らう反乱者がいます。その反乱者こそ、すなわち肉体です。肉体は、良心を散々に踏みにじり、濫用してきました。私たちがこのことを悟ったとき、私たちは、自らの良心の敵であった肉体、すなわち私たち自身の生命と人性をひどく損傷させた肉体の側につくことができますか。

28 私たちの良心は常に心の中の師として、父母として、人類の究極的な父母である神様と完全に一つとなるように導いてくれなければなりません。この時、良心は私たちの中にある神様の代身者となるのです。さらには良心を「第二の神様」とも呼ぶことができるのです。皆さんは、良心の敵である肉体に対して同情し、肉体を保護しなければならないと考えますか、それとも肉体を統制し、抑制しながら、良心が正当であることを立証しなければならないと考えますか。

29 肉体は、肉体的な欲望のみを追求するだけです。腹が減れば、盗んででも飢えを免れようとします。肉体は常に楽なことを追求し、他を利用しようとします。肉体は、肉体なりの領域をもっています。すべての人は各自、肉体の領域を主管すべき莫大な責任を負っています。

30 肉体の領域を主管するようになるとき、縦的な自我としての精神と横的な自我としての肉体は、完全に調和の中で一つになって、その人は完全となり、神様の愛の中で永遠に一つとなることでしょう。

  

◆ 宗教の役割


31 神様は真の愛、真の生命、真の血統の源泉です。私たち人間は、正にこの源泉から由来しているために、私たちもまた、真の愛、真の生命、真の血統をもたなければなりません。しかし、人間は堕落によって、不幸にも神様の子女という位置を成すことができなくなりました。男性と女性は、神様からではなく、サタンから愛と生命と血統を受けました。

32 人間の堕落によって、今日、愛は根本的に自己中心的になってしまいました。このような自己中心的な愛は、精神から来るものではなく、肉体を中心にしています。肉体はサタンが活動する所です。肉体はサタンの舞踏場であり、停泊地です。精神は神様が住まわれる所、すなわち主体の位置になります。しかし、精神の対象の位置にあるべき肉体がもう一つの主体になろうと努力しながら継続して精神を誘惑し、だましています。人間の生活で、このような関係を修正することはとても重要です。

33 ゆえに神様は、堕落した人間を蕩減復帰しようと、宗教を立てられました。神様は宗教を通して、神様中心の精神を強化する方法、生活と人格に対する肉体の支配を逆転させる方法を人々に教えていらっしゃいます。

34 宗教がしばしば断食、犠牲的奉仕、従順で謙遜な態度等を要求する理由は、正にこのようなところから由来しています。これは、肉体の勢力を減少させ、肉体をして精神に服従するようにさせる方法です。信仰生活を通して肉体中心的生活習慣から抜け出、新たに精神中心的な生活方式を作り出すまでには、普通三年ないし五年がかかります。

35 また、「絶えず祈りなさい」という聖書のみ言があります。これもまた、とても重要なみ言です。なぜならば、サタンは堕落した世界を支配しているからです。サタンは、一日二十四時間、あらゆる方向から堕落した人間を誘惑し、苦しめています。反面、神様はただ一つの方向から、すなわち精神の垂直的方向からのみ、力を及ぼすことができます。

  

◆ 神様の理想を復帰しなければならない


36 神様の目には、堕落した世界は霊的死の世界です。神様は、死の世界を生命の世界へと復帰しようとするみ旨をもっています。復帰とは、救援のまた違った表現です。本来の理想的な状態を喪失したときには、これを復帰しなければなりません。健康な人が病気にかかれば、医者が来て、再び本来の健康な状態へと回復させてあげなければなりません。同様に、神様が意図された本来の創造理想が喪失してしまったので、神様は、この堕落した世界を原罪のない本来の状態へと復帰してあげなければならないのです。

37 これを成就されるために、神様はメシヤを送られます。しかし、メシヤが来る前に、神様は、特別に選んだ人々を通してメシヤを迎える準備をさせます。これを聖書では、野生のオリーブの木の果樹園として表現しています。

38 野生のオリーブの木の果樹園は、堕落した領域の中で神様が依然支持し、統制することができる特定の区域を象徴しています。これが準備されたのちにメシヤが来ます。メシヤは、神様の果樹園から野生のオリーブの木をすべて刈り取り、ここに命の真の枝を接ぎ木します。このようにすることによって、野生のオリーブの木は、すべて真のオリーブの木になります。そのようにして人間は、本来の状態へと復帰されるのです。

39 今日、信仰人は、まさしく神様の果樹園にいる野生のオリーブの木です。しかし、最も篤実な信仰人も、神様の真の血統をまだ受けることができないでいるので、依然としてメシヤを探さなければなりません。メシヤは、人類の真の父母としてこの世に来て、本来のアダムとエバの位置に人間を復帰させてあげなければなりません。したがって、神様の真の血統と連結されるためには、すべてメシヤであられる真の父母と一つとなって真の愛を受けなければなりません。このようにすることによって、すべての人は、神様の真の息子、娘となることができます。このような方法で、メシヤは人類を救援してくれます。

40 メシヤは真の父母の立場から、悪い種から育った木を根こそぎ抜き取ってサタンを屈服させなければなりません。そのようにして、メシヤは、真の愛の中で人類を神様と一つになるように連結し、すべての人を神様の真の息子、娘にしなければなりません。このような方法で、地上天国が建設され、人類はついに本当の自由を享有するようになるのです。

41 一つになる方法は何ですか。まず私たちの家族を考えてみましょう。まず神様がいらっしゃいます。その次にアダムとエバがいます。アダムは男性で、エバは女性です。彼らは神様の愛を先に独占しようとお互いに競争します。彼らの動機が利己的なものであれば、彼らは一つとなることができません。

42 しかし、彼らの動機が利己的なものでなければ、アダムは「エバ、私はただあなたのために神様の近くに先に行きたい」と言うことでしょう。この言葉を聞いたエバは、喜びに満ちあふれることでしょう。そして、彼女も「アダム、私もあなたのために神様の近くに行きたいと思うのみです」と言うことでしょう。そうすれば、アダムもとても満足することでしょう。ここには闘争がありません。二人は競争の中でも一つとなることができるのです。これは、夫と妻が一つになる方法だけでなく、それ以上のことを意味します。これは、すべての人々が一つになる鍵となるのです。

  

◆ 神様主義――神様中心の世界観


43 歴史を通して見るとき、神様は人間の良心を通じて役事されました。しかし、人間は、本来の始発点、すなわち神様の心情へと戻そうとされる神様の努力にもかかわらず、今までのすべての試みを失敗しました。今もなお、誰かが来て人類をこのサタンの世界から解放し、真理と真の愛を成功的に取り戻すことができるよう導いてあげなければなりません。これがまさしく「統一運動」の使命なのです。

44 神主義は、神様中心の世界観であり、その本質は真の愛の理想です。神主義は、二つの明白な使命をもっています。すなわち神様と人間が一つとなり、また精神と肉体が一つになるようにすることです。

45 この二つの根本的な問題、すなわち精神と肉体の統一と、人間と神様の統一に関する解決策を発見したので、本人は、この真理を何のためらうこともなく最も明白で効果的に宣言せざるを得ません。

46 皆さんがこの教えに従えば、皆さんは皆さんの肉体がもつ欲望を間違いなく主管することができるようになるだろうと本人は確信します。皆さんは、皆さんの精神と完全に一つになることができます。そうすれば、皆さんは神様の真の対象となり、さらには神様と真の愛の同伴関係を結ぶことができる資格を備えるようになるのです。

47 二人が真の愛で一つになるとき、彼らは常に三つの重要な権利、すなわち第一に相続の権利(相続権)、第二に共に同伴する権利(同位権)、第三に参与の権利(同参権)をもつ資格があるのです。

48 夫と妻の関係を例に挙げてみましょう。夫は、偉大な国家の大統領であり、その妻はとてもさえない家柄の出身で、教育もさほど受けていない女性であるとしましょう。もし、彼らがお互いに本当に愛し合えば、彼らはお互いに同等であるのです。彼らは、すべてのものを共に所有し、共に生活し、すべてのことに同等に参加するのです。

49 同様に、男性と女性が真の愛を通じて神様と連結されるとき、彼らは相続する権利、参与する権利、神様と永遠に生きる権利を享受することができます。このように深奥なる場に至るようになるとき、皆さんは常に神様が存在することを体恤するでしょうし、神様は人間と共に住まわれることでしょう。

  

◆ 縦的真の父母と横的真の父母


50 縦的な真の父母と横的な真の父母の真の愛は、常に最も速い速度で最短距離を通過します。したがって、神様から地上に降りてくる真の愛は、最短距離である垂直線に降りてきます。男女間の愛もやはり、最短距離で通過し、水平線をもって形成します。垂直的な真の愛が水平的な真の愛と出合うようになるとき、その交差点は絶対的に九〇度となるしかありません。その他の方法では、これらの愛の線は交差することができません。

51 神様はどのようなお方ですか。神様は、真の愛を中心とする縦的な真の父母です。神様は、私たちの縦的な父母であられるので、私たち一人一人ととても親密であられます。完全となった人類の先祖、すなわちアダムとエバを真の父母として迎えるとき、私たちは、神様の垂直的な真の愛と、真の父母の水平的な真の愛の間に九〇度の交差点をつくり出すのです。私たちには、二組の真の父母がいるのです。この方々から私たちは、真の愛、真の生命、真の血統を受けます。これは、真の愛と完全に共鳴する一つの世界を創造するのです。

  

◆ ソ連に神様の恩寵が共にあることを


52 紳士淑女の皆さん、本人は、神様と人間の本質に関するこのような考えを皆さんと共に分かち合う機会をもつことができ、とても感謝しております。本人はまた、ここソ連に来ることができ、とてもうれしく思います。本人の心は、本当にソ連の国民に対する憐憫の心であふれています。皆さんの中の多くの方々が耐え難い苦痛を受けてきました。これは本人を悲しい思いにさせます。

53 本人は、皆さんの国、ソ連とソ連の国民をとても愛しています。本人は、この地に、そして全世界に、とてつもない影響を及ぼす道徳的、経済的ルネサンスが必ず到来するだろうと思っています。本人は、このルネサンスを鼓舞し、支持するために、本人のできる限りのすべてのことをするつもりです。

54 皆さんは、新しいソ連革命を遂行しています。しかし、これは流血や銃声のない革命、すなわち心と精神の革命でなければなりません。

55 本人は、家族の重要性について力説してきました。ところで、きょう皆さんにお話ししたいことは、本人は、心の奥底からソ連の国民を私の家族の一員として感じているということです。本人の妻と子供たちも同じように感じているであろうと確信します。また、統一運動に参与している全世界のすべての人々が、人類の未来の繁栄と福祉のために、最善を尽くして皆さんと共に仕事をするであろうことを約束します。

56 本人は、真の平和が持続する世界を建設しようとされる神様の計画で、ソ連がとても重要な役割を担当するであろうと信じます。本人の祖国韓国と国境を接する極東から、西欧文明の発祥地であるヨーロッパの中心部まで至る、この広大なソ連は、ヨーロッパとアジアの橋渡しとなる役割を果たす運命を生まれながらにもっています。私たちは、私たち自身を、地球という一つの家の中で共に暮らしている一つの地球家族であると考えなければなりません。

57 神様の恩寵がソ連とソ連の国民に共にあることを祈ります。大変ありがとうございました。




















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五 世界平和実現の時代をぱっと開こう

真の家庭と家庭盟誓
 


五 世界平和実現の時代をぱっと開こう



 この講演文は1999年2月6日、ソウルのロッテ・ホテルで開催された「世界平和超宗教超国家連合」の創設大会で語られたみ言です。

1 全世界からおいでになられた各界の著名な指導者の皆様! きょうこの場で、私が発議した「世界平和超宗教超国家連合」創設大会を挙行する運びとなったことを大変うれしく思います。公式的に発議したのは昨年でしたが、私は数十年間この志を抱いて準備してきました。

2 過去四十年間、私が展開してきた超教派、超宗派活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に願ってきた平和世界実現でした。平和に対するヴィジョンは超宗派運動の核心です。

3 人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も体験し、そして七十年間の無神論共産思想の横暴と冷戦時代を体験しつつ、先鋭な対決と葛藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界はしばし平和のための祝杯を挙げることができました。

4 しかし、間もなく人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和時代に連結されるのではないということを知るようになりました。世界のあちらこちらで、激烈な戦争が起こり続けています。今も、前ユーゴスラビアと中東で、またスーダンや南アジア等の地で殺戮戦が繰り広げられています。これらの紛争は、主要宗教間の根深い葛藤が背景になっていることは周知の事実です。宗派間の対話と和合がいかに重要であるかを悟らせてくれる事例です。

5 現代において宗教的な理想の実現は、しばしば世俗権力と一定の距離をおいて活動してきました。今日の一般的な認識は、これを当然なものとして受け入れています。しかし、世界平和理想に貢献する国際組織は、世界の偉大な宗教的伝統と自分たちとの関係を再検討すべき時になったと思われます。

6 いかなる国際機関よりも、国際連合が良い例になるでしょう。多くの人々は、国連は世界平和のための人類の理想が制度化された組織であると思っており、これに期待をかけています。国連には、世界の問題を解決し、平和と人類繁栄を促進するために共に働くあらゆる国の代表者たちが集まっています。

7 しかし、国連で国家代表者たちが世界平和を実現しようとする努力は、相当な障害を抱いています。国連を通じて得た実績と成果を否定してもいけないでしょうが、国連自体が改善すべき点も多いと思われます。世界の政治家と宗教指導者が国連を中心として、互いに協力し尊重する関係が切実に必要な時となりました。

8 本然の人間は、心と体が神様の真の愛に感応しながら一体となって生きるようになっています。体と心が戦わず、真の統一の起源を成し遂げるのは、人が神様に似たその息子と娘であるからです。神様は心と体が戦いません。絶対者である神様は、自体内に矛盾や葛藤があり得ません。

9 心と体が統一体となる人間の理想は、神様の真の愛を完全に所有するときに達成されます。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」というみ言も、神様を中心として心身一体理想を成し遂げたことを前提とします。

10 ところが、人間は堕落によって、心と体が統一調和の基準を失ってしまい、葛藤しながら自己矛盾の中で生きてきました。それだけでなく、個人の中で生じる心と体の葛藤と闘争は、家庭、社会、国家と世界に拡大されてきました。兄のカインが弟のアベルを殺害する犯罪も、ここから由来しました。

11 歴史始まって以来、この地球上で起こったあらゆる対決と戦争は、本質的に、より悪なるカイン側とより善なるアベル側との間の戦いでした。このようなカイン側、アベル側の戦いは必ず終息し、原状に復帰しなければならず、心と体の対決も終わり、調和一体として復帰されるべきです。

12 個人の心と体が統一されるべき原理を、世界的な次元で適用、実践しなければならないのです。この目的のために、私は世界平和を具現する、心の世界を代表する「世界平和宗教連合」と、体の世界を代表する「世界平和連合」などを創設しました。

13 人間の諸般の問題は、根源的に、単なる政治的な問題ではないので、社会的、政治的解決だけでは常に及びません。大部分の人間社会が政治的に統治されていますが、その反面に大部分の国家的、文化的アイデンティティーの根底には宗教があります。事実、大部分の人々の胸中には、宗教的な忠節が政治的な忠誠よりはるかに重要性をもっています。

14 今や宗教は、世の中でその真正なる指導力を発揮する時となりました。宗教人たちは、この時代の状況と様々な不正に対して責任を感じ、深い自己反省をまずすべきであると思われます。宗教人たちが愛の実践の手本となることができませんでした。自分個人の救いや、宗派の利益に汲々としたあまり、世の中のすべての救いに尽力できなかったことを悔い改めるべき時です。今こそ、信仰だけでなく愛の実践が要求される時です。

15 神様は、我々指導者、特に宗教指導者を召命していらっしゃいます。世の中の不義と罪悪に挑戦し、真の愛を施すことを願っていらっしゃいます。すべての宗教人が一つの心となり、神様の人類に対する熱望を代弁し、実行しなければなりません。

16 体と外的な世界を代表する政治家や外交家たちの経綸と実践だけでなく、心と内的な世界を代表する世界宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界が完全に達成され得るのです。そのような点から、国連を再構成する問題まで深刻に考慮すべき時です。おそらく、両院制の形態をもった国連を想像することもあるでしょう。

17 国家代表でなされた既存の国連を、各国家の利益を代弁する下院に代えて考えることができます。著名な宗教指導者と文化界、教育界など、精神世界の指導者たちで、宗教議会、あるいは国連の上院を構成することも考慮してみることができるのです。このとき、宗教議会は地域的な個々の国家の利害を越えて、地球星と人類全体の利益を代弁すべきなのです。

18 両院が相互に尊重し協力することによって、平和世界の実現に大きく寄与できるのです。世界指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とヴィジョンにより効果的に補完できます。

19 私は、宗教指導者の道徳的ヴィジョンと手本となる生活が、天上世界、あの世にだけ向かうのではなく、この世で真正な幸福と永続する和平の道を超宗教、超国家を論ずる価値観で教育しつつ、世の中に光とならなければならないと確信します。

20 宗教指導者たちは、もっている偉大な伝統の神聖で貴重な知恵を相続し伝承するだけでなく、また天を手本として私心のない奉仕生活をする理想的指導者となるべきです。宗教指導者であれ、政治指導者であれ、最も大きい欠格事由は無神論的利己主義であることです。

21 私は、世界宗教議会を継続して開催しながら、超宗教、超国家的に神側の真の愛の教育に努力してきています。そして、昨年は、世界の宗教指導者たちが率先して、全宗教人が七数の単位の献金をし、世界平和基金をつくることに率先しようと提案しました。国家の経済事情や個人の事情によって差異はあり得ます。七ルーブルでも良く、七百万ドルでも献金することができます。全宗教人が、心を集めて基金をつくり、この基金で平和の知恵とヴィジョンを教育し、また真の愛の理想と真の家庭の価値を促進するために、共に効果的に働くことができるのです。

22 尊敬する指導者の皆様! 私たちは最高の宗教的知恵の表現が、世界の最も深刻で緊急な問題が扱われる委員会に上程される、そのようなシステムを実行するために、共に志を集めて働かなければなりません。このようなシステムは、国連機構の中に宗教指導者たちの委員会を創設することによって成し遂げることもできます。このような様々な目標を現実化するための最初の措置として、皆様がきょう、「世界平和超宗教超国家連合」を創設してくださることをお願いいたします。

23 併せて、この高貴なる理想を実現していくにおいて、皆様の経験と知恵、そして努力を傾注してくださることを心からお願いいたします。特に、宗教界は、「ため」に生きる真の愛を教育することに力を注いでくださることをお願い申し上げます。

24 「世界平和超宗教超国家連合」が世界平和実現に決定的な寄与をすることを確信しつつ、皆様と皆様の御家庭、そして、なさるお仕事の上に神様の祝福が共にあらんことを祈願いたします。ありがとうございました。






















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六 終末時代に人類とアメリカが進むべき道

真の家庭と家庭盟誓
 


六 終末時代に人類とアメリカが進むべき道



 この講演文は、文鮮明先生が2000年1月22日、アメリカのワシントンD・Cで開かれた80回目の御生誕祝賀集会で語られたみ言であり、韓鶴子総裁が2000年5月、世界巡回講演の時、南米とヨーロッパの36の都市で語られました。


1 尊敬する内外の貴賓の皆様! きょう、私の八十回目の誕生日を祝賀してくださるために、全世界から参席してくださった各界各層の指導者の皆様に、心から感謝いたします。特に、今日まで常に共にいてくださり、守ってくださった神様にこのすべての栄光をお返しし、深く感謝申し上げます。

2 私は生涯を通じて、ただひたすら神様の創造理想実現のための諸般の難問題を解決するために、心を砕いてきました。

3 知ってみると、神様は栄光と尊貴の玉座にいらっしゃる方ではなく、堕落して地獄に落ちた子女たちを捜し、救援するために苦労してこられた、悲しみと嘆息と苦痛の神様であられました。

4 このような神様のみ旨と心情を知った私の生涯は、一言で言えば、夜も昼も季節も環境も超越し、ひたすらみ旨を成し遂げるために全身全霊を尽くしてきた日々でした。

5 過ぎし八十年の星霜を振り返るとき、ありとあらゆる迫害と苦難を受けたにもかかわらず、きょうこの場を皆さんと共にすることができたのは、神様が共にいてくださったからです。この意義深い日に、皆さんと共に神様の摂理的な観点から歴史と世界を理解するために、「終末時代において人類とアメリカが進むべき道」という題目でみ言を分かちたいと思います。

  

◆ 終わりの日とはどのような時か


6 神様の救援摂理的歴史観の立場から見るとき、歴史の終末はサタン主管圏の悪なる歴史の終末であり、同時に神様の主管の善なる歴史の出発の起点となります。したがって終末は、天の摂理の全般を完成させなければならない時です。すなわち、個人完成を完結させるべき終わりの日であり、家庭、民族、国家、世界、ひいては天宙完成を完結させなければならない終末だというのです。

7 神様は摂理路程で、終末期を迎えるごとに、神様中心の理念圏へと人類を導いてこられましたが、実に人類は、自ら責任分担を果たすことができず、悪なる歴史を整理して善の立場に立つことができませんでした。

8 しかし神様は、絶対、唯一、永遠不変の方であられるので、神様のみ旨に対する予定も絶対的です。ゆえに神様は、堕落によって人類が失ってしまった真の個人、家庭、社会、国家、世界、そして真の主権の復帰を通じて、天上と地上に神様が運行できるその世界を取り戻し、成し遂げられることでしょう。

9 神様が求めていらっしゃる本然の世界とは、どんな世界でしょうか。その世界は、真なる父母を中心とした真なる世界です。ところが人類は、堕落によって歴史過程においてではなく、歴史の初めに、人類の真なる父母と真なる世界を失ってしまいました。

10 その結果、堕落によって私たちが住んでいるこの地も、人類が所有している理念も、どれ一つとして真の父母と直接因縁を連結させてあげることのできるものがありません。ですから人類はまず、「真」を求めなければなりません。

11 そうして真なる父母、夫婦、子女、民、万物、主権、宇宙が真なる神様の心情を通じて動じ、静ずることのできるその日が、人間世界において悪なる世界の終わりの日となるのです。

12 このような理想が成就する時が終末であり、再臨の時期です。したがって再臨期は、火の審判や地が崩れたり、信じる人が空中に引き上げられるなど、天変地異現象が起こるのではありません。もつれた曲折の悲運の歴史を蕩減し、個人から家庭、社会、国家を経て、世界を正しく立てる時なのです。

13 縦的に失った個人、家庭、社会、民族、国家、世界を再び取り戻し、横的に連結させ、歴史的な個人、家庭、社会、国家、世界を成す時です。その日を願って生きてきたのが人類の所望であり、人類歴史が行くべき終着地だというのです。

14 ところが、個人も家庭も国家も行く道を失ってしまいました。世界には各種の公害問題、食糧問題、さらに宗教間の葛藤、人種間の対立などが至る所で起こっており、各種の紛争の主要な原因となっています。

  

◆ レバレンド・ムーンの教えの核心


15 誰がこの世界に責任をもちますか。深刻な問題です。過去の共産主義国家群も、自分の民族主義を超えることができませんでした。今日、強大国であるアメリカも、汎アメリカ主義の理想を超えることができずにいます。

16 自国の利益のみを優先するときは、世界を指導することができません。自らを犠牲にするとしても世界人類を抱き、より次元の高い理想的国家へ前進しようという理念で団結した、ある民族や宗教が必要な時です。

17 このような側面から私は、神様の命を受け、ここアメリカに来て青年たちを教育しながら、没落していくアメリカの道徳的危機に強力な警告をするとともに、地に落ちたキリスト教の再復興のために全力を尽くしてきました。

18 皆さんは、レバレンド・ムーンの教えの核心とは何なのか、気になることでしょう。その答えは簡単です。

19 第一は、「より大きなもののために犠牲になって生きよ」ということです。個人は家庭のために、家庭は氏族のために、氏族は民族のために、民族は国家のために、国家は世界のために、世界は神様のために生きよというのです。そうすればその神様は結局、「私」を訪ねてこられるのです。

20 家庭でも、父母は子女のために生き、子女は父母のために生き、夫は妻のために生き、妻は夫のために生きなければなりません。より多く「ため」に生きる者が、善の中心者になるのです。

21 第二は、「怨讐を愛せよ」ということです。神様は堕落して悪魔サタンの子になってしまった人類を救うために、ひとり子イエスを送り、犠牲の道を行かせました。怨讐を本当の子供よりももっと愛するところには、サタンも自然屈服するのです。

22 いつも、サタンの戦略は打って奪われるのであり、天の戦略は打たれて奪ってくるのです。それが公式です。私が全生涯を通じて、多くの迫害と苦難を受けてきたにもかかわらず、今日全世界百八十五カ国に宣教基盤を築いたのは、このような天理に従って生きてきたからです。

23 キリスト教の宣教歴史を見ても、イエス様を信じるキリスト教徒たちが行く道は、追われる道であり、迫害の道であり、殉教の道でした。そのように二千年の歴史を経て、殉教の血の跡が土壌となり、民主世界という巨大な体制を発展させてきましたが、今日では、その原動力となったキリスト教が危機に瀕しています。

24 キリスト教理念を中心とした国家群が、神様を否定し、イエス様を否定し、さらには神様の摂理を否定しています。甚だしくは「神様はいない」「神は死んだ」という神学までも主唱しているのを見るとき、真なる子女を捜してあらゆる犠牲の道を歩んでこられた神様の心情は、いかばかりでしょうか。

  

◆ 堕落人間に対される神様の心情


25 内外の貴賓の皆様! 神様が今まで投入して犠牲になったすべてのものは、誰のためのものでしょうか。それは、アメリカのためのものでもなく、キリスト教自体のためのものでもありません。結局は、堕落によって失ってしまった「私」一人を救うためであったということを知らなければなりません。堕落が一人の個人から始まったので、救いも一人の個人から始めなければなりません。

26 したがって代表的な一人が出てきて、「この時代の責任を果たそう。人間が神様に負ったすべての負債を清算して、堂々と善なるものをお返しできる私になろう」と自覚せずしては、復帰する道がないのです。漠然とした立場では、絶対に蕩減復帰をすることができません。観念的であってはいけません。

27 神様を身代わりして、悲惨なことがあれば、悲惨な目に遭う当事者以上の心情をもたなければ、神様の心情に到達することができません。

28 皆さんは、皆さん自身が死んでいくというそのような深刻な心情で、六十億の世界人類のために祈祷されたことがありますか。皆さん個人を犠牲にして、家庭を救い、氏族、民族、国家、世界を救うために、どれほど精誠を尽くされましたか。

29 そのような点では、誰も簡単に自信をもつことができないはずです。そのような絶対的な基準の代表者として来られる方が、再臨主です。

  

◆ メシヤ思想の核心


30 人間始祖が堕落したのち、救いの摂理を展開してこられた神様は、アダム以後二千年目にアブラハムを探し立てられ、その後孫を選民とされ、新しい家庭、氏族、民族を編成されましたが、それが正にイスラエル民族です。メシヤを迎えるための勝利的な基台の上に召命された選民がユダヤ民族だったので、将来メシヤを実体として迎えるための主流民族になったのです。

31 その主流の要を求めていくと、人間始祖アダム・エバができなかった使命を再現するための基準と理念が必要ですが、それが正にメシヤ思想であり、クリスチャンの立場から見れば、新婦思想だというのです。

32 主を新郎として迎えるための新婦としての資格を準備することが、最も重要なキリスト教の使命なのです。

33 このような莫大な使命をもっていたのに、ユダヤ民族がイエス様を十字架で処刑することによって、第一イスラエルとして召命されたユダヤ民族は、流れ去ってしまい、第二イスラエルであるキリスト教が、その使命を継承してきたのです。この一つの目的を中心として神様は六千年の摂理をしてこられましたが、その摂理の終盤が、今のこの時代なのです。

34 それではメシヤ思想の核心とは何でしょうか。それは世界を救い、統一させるための思想であり、本然の理想家庭を建設することのできる教えであり、人間始祖が堕落によって失ってしまった位置である真の父母の立場を取り戻すことです。

35 新・旧約聖書の教えを見ても、メシヤは父の権勢をもって来られ、聖霊の実体である女性神に出会い、真の父母の立場を回復されるのです。ヨハネの黙示録に預言されている「小羊の婚宴」後の新郎新婦は、真の夫婦の段階を経て、真の父母になるのです。

36 このような使命で来られた方が、イエス様でした。イエス様はイスラエルの不信によって民族と国を失ってしまいましたが、神様が願われた世界と天国のために生命を捧げました。

37 十字架にかかられたイエス様の苦難の行路は、神様と共に歩まれた苦難の道でした。イエス様は死の場でも「彼らの罪を赦し給え」と切に祈られたのです。死にゆく場でも未来の勝利を期して、ローマと、反対する群れを祝福したのです。

38 したがってイエス様の生涯は、一代三十三年で終わったのではなく、神様の協助によって歴史と共に残り、その精神を継承したキリスト教は世界的な宗教にならざるを得なかったのです。

  

◆ 人類の文明の循環


39 内外の貴賓の皆様! アメリカが今は世界で一番の強大国だと言いますが、神様の摂理線上にまっすぐ立たない限り、いつまでも栄え続けることはできません。

40 人類文化史を見れば、古代文明の発祥は主に熱帯圏から始まりました。マヤ文明、インカ文明、エジプト文明、インド文明、中国の黄河文明など、古代文明の発祥地は亜熱帯圏ないしは熱帯圏でした。

41 人間が堕落しなかったならば、春の季節の温帯文明から始まるべきでしたが、熱帯文明から始まって、その次は秋の季節の涼帯文明圏に属するようになりました。これが自由世界を中心とした温帯文明圏に属するようになり、西洋文明がその中心です。大体赤道を中心として見るとき、北緯二三度圏で連結されていますが、アメリカ、イギリス、ドイツなど、西側の先進諸国がこれに該当します。

42 秋の季節の涼帯文明が終わりつつ、冬の季節の寒帯文明がしばらく押し寄せるようになります。これが共産主義の出現です。多くの知性人たちは、ソビエト連邦が解体したのち、以前の冷戦体制は終わったと思っていますが、いまだに唯物論と無神論は、無力化された民主と共産の二大思想の代替理念として世界の至る所に蔓延しているのです。

43 本来、神様の創造理想は春の季節の温帯文明から始まるべきだったのに、堕落によって熱帯文明から、原始的な状態から出発したのです。今こそ涼帯文明の危機と寒帯文明の脅威を貫いて、古代から人類が追求してきた本当の春の文明である温帯文明が現れることでしょう。

44 誰が、寒帯文明の冬の季節を溶かすことができますか。権力や経済、科学や知識をもってしては不可能なのです。

45 河川と海岸を中心とした文明の循環を見てみても、文明は巡礼します。ナイル川、チグリス川、ユーフラテス川を中心として発達した文明は、ギリシャ、ローマ、スペイン、ポルトガルを中心とした地中海文明に移り、この地中海文明は再びイギリス、アメリカを中心とした大西洋文明を経て、最後にはアメリカ、日本、韓国をつなぐ太平洋文明で結実するようになるのです。

46 このような文化史的観点から、韓半島の位置はとても重要です。韓国は、北の方にはロシアと中国を結ぶ寒帯文明圏の極地点であり、南の方はアメリカと日本を結ぶ涼帯文明の極地点です。したがってここで、涼帯文明を消化することのできる世界史的な春の季節、温帯文明圏が誕生するというのは摂理観的です。

47 このような側面から、涼帯文明の結実地として人類的課題として残された南北問題と東西問題を解決するために、生涯を捧げてきたレバレンド・ムーンが韓国から出てきたということは、神様の摂理的な帰結だと言わざるを得ないのです。

  

◆ 神様のみ旨成就において最も重要なこと


48 実際に私が、生涯を通じて人種と理念と国境を越えて「神様のもとの一つの世界」運動を展開してきたのは、このような神様の摂理による道であったということを申し上げたいと思います。

49 これは摂理史的な原則であって、私が作り上げた特別な理論ではありません。

50 天のみ旨を悟った私は、理論だけでなく、このような神様の構想を現実化するために、外的には五大洋六大州に影響を及ぼさない所がありません。

51 アラスカ、南極、南米三十三カ国、旧ソビエト連邦各国とアジア、アフリカ大陸の各国など、全方位的な宣教と事業基盤を通じて、到来した新千年時代に人類が当面した公害、食糧問題などを解決することのできる準備をしてきたのです。近年ではブラジルのパンタナールとアマゾンを中心に、地球環境保存について実際に基盤を築いてきました。

52 一方、これまで内的には、国際合同結婚式および真の家庭の価値誓約運動を通じ、約四億三千万双が参与することによって、神様が長い間待ち望んでこられた理想家庭を土台にした地上天国建設に拍車をかけてきたのです。

53 内外貴賓の皆様! その間、世界は政治、軍事、経済において優越した力をもった国々が支配してきました。しかし、神様の摂理と一直線上に立たないとき、永遠の国はありません。燦爛たるギリシャ・ローマ文明の滅亡はその良い例なのです。

54 今日、超強大国としてそびえ立ったアメリカは、過去のローマのような立場です。ローマの滅亡は、外からの侵犯よりは内部から崩れ始めた道徳的堕落に起因し、天の運勢が離れたからです。

55 一時期は、労働者、農民を主体視した唯物論と唯物史観に立脚した政治勢力が、旧ソ連と中国を中心に、世界人口の三分の一、地球面積の三分の二を占領したこともありました。しかし、それは永遠ではあり得ませんでした。

56 これからは、神様のみ旨を代弁する宗教人たちが勢力を得る時が来ることでしょう。宗教指導者は、神様のみ旨を地上に宣布し、人類に進むべき方向を提示してあげなければならない預言者です。しかし今のように四分五裂し、続いてきた教派間の葛藤と宗教間の争いは神様の摂理に障害物となるだけです。

57 それで私は、ずっと以前から教会全体の予算の半分以上を超教派、超宗派運動に投入し、宗教間の葛藤を解決しようと努力してきました。さらに「世界平和宗教連合」を創設し、宗教間の和解と一致によって、人類平和増進の先頭に立ってきたのです。

58 近年には「世界平和超宗教超国家連合」を創設し、これまでにここワシントンD・Cで七回にわたって「国際訓読セミナー」を行ってきました。

59 すべての人類は、人種と宗派を超越して、創造理想世界の実現のための神様の摂理を理解し、究極的には神様の心情と一致点をもたなければなりません。

60 堕落によって失ってしまった神様との心情的関係を回復し、本然の父母と子女の位置を取り戻さなければならないのです。したがって、神様が約束された終末は、真の父母が顕現される時です。言い換えれば、堕落によって父母を失ってしまった人類が、本然の父母を再び迎えることのできる希望の時です。したがって真の父母は、人類歴史の希望の結実体であり、願いの結実体であり、勝利の結実体です。

61 統一教会は、このような伝統を国際合同結婚式を通じて世界化してきました。民族と人種、皮膚の色を超えて、黒人と白人、黄色人が一つの兄弟姉妹としてまみえ、夫婦となるのは、地球村を一つにしようとされる神様のみ旨成就において、最も重要なことの一つです。

62 今日、このように人類は、失ってしまった本然の兄弟姉妹、夫婦、父子の因縁を回復し、究極的に、子供を失い、嘆いてこられた神様を解放してあげてこそ、真の幸福の道が開かれるのです。

63 これまで民主主義は、「人間の自由」と「人間の解放」を主張してきました。これに比べて私たちは、「神様の自由」と「神様の解放」を主張しなければなりません。この問題を解決するならば、人間解放はもちろん、人間の自由回復は自然に成し遂げられるのです。

  

◆ アメリカに対する神様の希望


64 内外貴賓の皆様! 特別に、きょうアメリカの首都ワシントンD・Cで、神様の摂理を語っているのは、深い意味があります。

65 アメリカは、いろいろな面で神様の祝福によって準備された国です。アメリカを建国した先祖たちは、信仰の自由のために命を懸けて自由の国を求めてきたピルグリム・ファーザーズ(Pilgrim Fathers)です。

66 彼らは、真の信仰の自由を求めて、愛する父母、兄弟、故郷と離別し、さらには国まで捨てるという覚悟で、命を懸けて大西洋を渡ってきました。

67 メイフラワー号がニューイングランドに到着した時は一六二〇年十一月、晩秋でした。その年、初めての冬を越えながら共に到着した百二名の中で、寒さと飢えによって半分以上の人々が死亡しました。彼らが素晴らしかった点は、後孫たちのために翌年に蒔く種を残しておいて、自分たちは飢えて死んでいったという事実です。

68 清教徒たちは、何をするにしても神様のみ旨のために生きているという信仰が徹底していました。彼らは、初めの年の収穫をもって神様に感謝を捧げ、教会と学校を先に造ってから、彼らが住む家を造りました。

69 清教徒たちが開拓する路程で、農業をする時も、戦争をする時も、常にまず祈祷をしました。独立戦争当時、あの有名な最後の激戦地フォージ渓谷(Vally Forge)で、ジョージ・ワシントン将軍は、戦闘で激戦に臨む瞬間、命を懸けた祈祷をしたはずです。神様のみ旨を先立てた戦闘で、神様はアメリカに手を挙げてくださいました。

70 当時、世界的な強大国であったイギリスは、国王と国民が一つになって戦いましたが、アメリカは、神様と神様が愛する息子、娘たちが共に戦ったのです。それで、アメリカという自由信仰の国家が成立するようになったのではありませんか。

71 今もアメリカは、国会が開院される時は、祈祷から始めます。大統領が就任宣誓をする時、聖書の上に手を置いて神様の前に誓い、聖職者の祝祷を受ける国です。

72 さらには、貨幣にも「我々は神を信ずる(In God We Trust)」という言葉を書いている唯一の国です。このようにしてアメリカは、地球上に唯一、プロテスタントを信奉する世界的な形態を備えた国家となったのです。

73 ところが、今のアメリカはどうでしょうか。公立学校では、公式的に祈祷を禁じています。創造論よりは進化論を教育しています。さらには五〇パーセントに至る離婚率は、家庭の神聖さをことごとく破壊してしまっているのです。

74 このような現実を心配されている神様の声を聞いた私は、既に一九七一年に祖国と家族をあとにしたまま、アメリカにやって来ました。何度も全国を巡回しながら私は、「火事になった家に消防士として来た。病気になっているアメリカを治療するために医者として来た」と叫びました。

75 その時私は、既にアメリカを離れていらっしゃる神様を発見しました。アメリカのいかなる所にも神様がいらっしゃらなければならないのに、反対に至る所で神様が離れ始められたのです。人々の心から、家庭から、学校から神様が離れていっていらっしゃいました。

76 振り返ってみると、ニューヨークのマンハッタンの五番街を歩きながら、アメリカを離れていかれる神様にしがみついて限りなく涙を流したのが、きのうのことのようです。不幸にもアメリカは私が予言したとおり、道徳的に衰亡の一途をたどっています。

77 皆さん! レバレンド・ムーンがなぜアメリカで反対されながらも苦労してこのように叫んでいるのでしょうか。私は、神様が今日アメリカを訪ねてこられるまでに流された血と汗と涙の苦労を誰よりもよく知っているので、去る三十年間、アメリカにいながら一日たりとも楽な気持ちで過ごしたことがないのです。

78 アメリカの主人は誰ですか。ホワイト・アメリカンやブラック・アメリカンではありません。神様がアメリカを愛されるようにアメリカを愛する人が、本当のアメリカの主人です。

79 アメリカは地上に神の国を立てるために選ばれた長男のような長子権代表国家なので、今もイエス様は霊的にアメリカの地に主にいらっしゃりながら、そのみ旨を果たしてくれることを切に祈っていらっしゃいます。

80 一方、私は神様のみ旨に従って一九八二年にワシントン・タイムズ社を設立し、アメリカが行くべき方向を提示する保守正論紙として、アメリカの世論を主導してきました。そして真の家庭の価値運動と青少年たちのための純潔運動を通じて、強力な救国救世運動を展開してきました。このすべてのものに、アメリカが神様の摂理の前に正しく立つことを願う心から投資してきたのです。

81 私が一九六五年にワシントンD・Cを訪問し、指定したホワイトハウスの近くの聖地には、今も夜を明かしてアメリカのために祈祷する群れがたくさんいます。皆さんすべては、心の門を開き、あのピルグリム・ファーザーズから歴代の愛国の烈士たちの切なる願いを聞くことができなければなりません。

  

◆ 今は旧約と新約の約束が成就する成約時代


82 内外の貴賓の皆様! 今始まった新千年は、六千年の間追い求めてこられた神様の救援摂理歴史がみな終わり、エデンの園で失ってしまった創造理想が天宙的に実現される時です。

83 人間の堕落によって主人を失った万物の嘆きも解放される時であり、長い間別れていた父母と子女が再び出会い、これ以上涙のない新らしき天と新しき地が成し遂げられる時であり、霊界と地上が一つに通じ、地上と天上に神様の国が成就する時代です。

84 生きていらっしゃる神様の直接主管が、全般、全能の権勢として現れる時代です。さらに東西両洋全体が、天地父母を中心に「一人の神様のもとに一つの宇宙」として地球星大家族主義の世界が実現される時です。

85 これは、聖書に預言された旧約の約束と新約の約束が成就される、成約時代の完成を意味します。

86 今、時が来ました! アメリカが再び目覚めるべき時が来ました。第二の建国運動を挙国的に展開し、神様を中心とした真の父母、真の家庭、真の国家、真の世界を取り戻すべき時です。そうして離れようとされる神様を再びお迎えしなければなりません。

87 六千年間も準備して訪ねてこられた神様が、アメリカを離れられたら、どこに行きますか。神様さえ正しくお迎えすれば、家庭問題、倫理問題、青少年問題、人種問題は自動的に解決されます。五色人種が一つに相まみえて生きていくアメリカは、地上天国のモデルなのです。

88 この時、私たちみんなが一致団結して、人類が進むべき道を開かなければなりません。長子の国であるアメリカが先頭に立って、天の父母様に侍り、世界各国を神様の前に導く先導者的な使命を完成すべき時です。この歴史的な課業を完遂するために、共に同参してくださるようお願いいたします。

89 もう一度この場を訪ねてくださった皆様に、深甚なる感謝を捧げ、天と地に平和と自由と正義があふれる新たな千年王国が始まることを願いつつ、話を終えようと思います。

90 皆様の家庭と国に神様の祝福が共にあらんことを願います。ありがとうございました。


















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七 世界と国連が行くべき道

真の家庭と家庭盟誓
 


七 世界と国連が行くべき道



 この講演文は、2000年8月18日、ニューヨークの国連本部第二会議場で開催された「世界平和超宗教超国家連合」主催、「アセンブリ2000」の開会総会で語られたみ言です。


1 満場の貴賓、そして高名なる各界指導者の皆様! 私は、きょう、このように美しく厳粛な国連会議場で、皆様と共に、世界と国連の行くべき道に関する私の熱情と所見の一端を紹介できるようになったことに対し、深い感謝の礼をお捧げいたします。

  

◆ 世界平和実現のための国際機構の再編が必要な時


2 過去四十年余り、私が展開してきた超宗派超国家の活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に望んできた平和世界の実現でした。平和世界に対するヴィジョンは、超宗派運動の核心でした。

3 人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も経験し、そして七十年の間、無神論共産思想の横暴と冷戦時代を経ながら、先鋭な対決と葛藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界はつかの間の平和のための祝杯を挙げることができました。しかし、すぐに人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和時代に連結されるのではないことに気づきました。世界の至る所で激烈な戦争が継続し、今も様々な所で殺戮戦が展開されています。これらの諸紛争は、主要宗教間の根深い葛藤が背景になっていることは、周知の事実です。「宗団」間の対話と和合が、いかに重要であるかを悟らせてくれる事例です。

4 現代における宗教的な理想の実現は、往々にして世俗権力と一定の距離を置いて活動してきました。今日の一般的な認識は、これを当然なこととして受け入れています。しかし、世界平和理想に寄与する諸々の国際組織は、世界の偉大な宗教的伝統と自分たちとの関係を再検討すべき時になったと考えます。

5 そのいかなる国際機構よりも、国際連合が良い例になることでしょう。多くの人々は、国連が、世界平和のための人類の理想が制度化された組織であるとみなしており、これに期待をかけています。国連には世界の問題を解決し、平和と人類繁栄を促進するために共に働く、すべての国の代表者たちが集まっています。

6 しかし、国連で国家の代表者たちが世界平和を実現しようとする努力に対しては、相当な諸障害があります。国連を通して得た諸々の実績と成果を否定してもいけないのかもしれませんが、国連自体が改善すべき点も多いと考えます。世界の政治家たちと宗教指導者たちが、国連を中心として互いに協力し、尊重する関係が、切実に必要な時となりました。

7 本然の人間は、心と体が神様の真の愛に感応しながら、一体を成して生きるようになっています。心と体が闘わずに真の統一の起源を成すのは、人が神様に似た神様の息子であり、娘であるからです。神様の心と体が闘うことはありません。絶対者であられる神様においては、自体内に矛盾や葛藤はあり得ません。

  

◆ レバレンド・ムーンが展開してきた超宗派、超国家組織と活動の目的


8 心と体が統一体となる人間の理想は、神様の真の愛を完全に所有するときに成し遂げられるのです。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五・九)という聖句も、神様を中心として心身一体理想を成したことを前提とします。

9 ところが、人間は堕落によって、心と体が統一調和の基準を失ってしまい、葛藤を引き起こしながら自己矛盾の中に生きてきました。そればかりでなく、個人の中で起こる心と体の葛藤と闘争は、家庭、社会、そして国家と世界に拡大されてきました。兄であるカインが、弟アベルを殺害する犯罪もここに由来します。

10 有史以来、この地球上で展開されるすべての対決と戦争は、本質的に、より悪であるカイン側と、より善であるアベル側との間の闘いでした。このようなカイン側、アベル側の闘いは、必ず終息し、原状に復帰されなければならず、心と体の対決も終わって、調和一体として復帰されなければなりません。

11 個人の心と体が統一されなければならない原理を、世界的な次元で適用、実践しなければならないのです。この目的のために私は、世界平和を具現する、心の世界を代表する「世界平和宗教連合」と、体の世界を代表する「世界平和連合」、「島嶼、半島、大陸国家連合」、そして、二つの世界の調和のための「世界平和超宗教超国家連合」などを創設しました。

12 人間社会での諸般の問題は、根源的に、単に政治的な問題ではないために、社会的、政治的解決のみでは、常に不十分なのです。大部分の人間社会が、政治的に統治されていますが、反面、大部分の国家的、文化的「正体性」の根底には宗教があります。事実、大部分の人々の心の中には、宗教的な忠節が、政治的な忠誠よりはるかに重要性をもっています。

13 今、宗教が、この世でその真の指導力を発揮する時が来ました。宗教者たちが、この時代の状況と様々な不正に対して責任を感じ、深い自己省察が先立たなければならないと考えます。宗教者たちは、愛の実践で手本になることができませんでした。自分個人の救援や宗派の利益に汲々とするあまり、世の中の救援に尽力できなかったことを悔い改めなければならない時です。今こそ、信仰生活ばかりでなく、愛の実践生活が要求されている時です。

  

◆ 国連の両院制構成を提案


14 神様は、私たち指導者、特に宗教指導者を召命していらっしゃいます。世の中の不義と罪悪に挑戦し、真の愛を施すことを望んでいらっしゃいます。すべての宗教者が心を一つにして、神様の人類に対する熱望を代弁し、実行しなければなりません。

15 体と外的な世界を代表する、政治家や外交家たちの経綸と実践だけでなく、心と内的な世界を代表する宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界を完全に成し遂げることが可能なのです。そのような点で、国連を再構成する問題まで深刻に考慮すべき時です。おそらく、両院制の形態を備えた国連を想像することもできるでしょう。

16 国家の代表たちによって成された既存の国連を、各国家の利益を代弁する下院に代えて考えることができます。一方、著名な宗教指導者など、精神世界の指導者たちによって宗教議会、あるいは国連の上院を構成することを深刻に考慮するようお願いします。このとき、超宗派的な宗教議会は、地域的な個々の国家の理解を超えて、地球星と人類全体の利益を代弁すべきでしょう。

17 両院が相互尊重し、協力することによって、平和世界を成し遂げるうえで大きく寄与することができることでしょう。世界の指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とヴィジョンによって効果的に補完され得るのです。

  

◆ すべての国境地帯に平和地区建設を提案


18 世界は、今も国境線を中心とした衝突地域が増えつつあります。このような諸々の紛争地域によって、世界は途方もない人命被害と、数十億ドルに達する戦争費用と平和維持費を注ぎ込んでおり、あまりにも多くの資源と努力を消耗しています。これに比して、ただの一箇所として満足に解決の進展を見せる場所はありません。

19 私はこの場で、国家を代表する国連と宗教指導者が心を合わせ、すべての国境地帯に平和地区をつくることを提案するものです。山や川、あるいは平原であると海であるとにかかわらず、国境線と紛争地域の付近一帯を緩衝地区、すなわち平和地区にするという案です。

20 この場所は、国連の直接的な統治と管轄下にあるようになり、ここで全世界から平和定着のために集まってきた人々が暮らせるようにするのです。国連は、ここが国連の創立趣旨と、引き継がれてきた平和宣言の内容に符合する最も模範的な地域になるよう指導しなければなりません。このような平和地区は、平和と繁栄、和解のための安息所です。そして、人種と性の差別がなく、人権の侵害と戦争から解放された典型的な地域です。さらに、ここは生態学的にも環境的にも、万象にとって楽園のような場所とならなければなりません。

21 このような平和と自由、生態学的な調和を追求する地域を確定するためには、該当国家が国土の一部を提供しなければならないという問題があります。私は、この提案にとって障害になり得る実質的な問題点を解決するため、少なからぬ努力を傾けてきました。

22 私は、「冷戦体制の犠牲になった韓半島の分断と戦争には、摂理的なみ旨がある」と教えてきました。朝鮮戦争は、平和守護のために、世界十六カ国の若者たちが国連の旗のもとで血を流した、歴史上類例のない聖戦になりましたが、まだ平和統一は、未解決の課題として残っています。私が、摂理観に立脚して、平和世界実現のための国連の厳粛な使命を考えるのも、このためです。

23 去る六月から進展した南・北韓の和解と協力のムードが、このまま続いていくことを切に願います。南北が対峙してきた、韓半島の百五十五マイル軍事境界線周辺の緩衝地帯全部を、国連管轄下の平和地区にし、そこに、人類が教訓を得ることのできる展示館と博物館、教育の場と平和公園などをつくることにおいて、国連が率先してくださることをお願いします。

24 私は、これまで南米のメルコスル地域に、約百二十万ヘクタールに達する肥沃な土地を購入しつつあります。国連平和地区設定によって喪失した国土の代わりに、これを補償するためです。韓半島の南北指導者たちに、その一部を寄付すると通告もしました。

25 私は、このような内容を明らかにすると同時に、心ある世界の指導者たちが、私が提示した趣旨に同参してくださるよう訴えるものです。そして、私と共に、国連管轄区域となる平和地区確保のために、自らの土地と基金を喜んで寄付できるようにお願いします。平和地区は、国連の指導下で、自然と人間が共存する理想的な道義社会として建設されることでしょう。

26 私は、既に二年前の一九九八年十二月に、「対話を超えて実践に進む超宗教的理想の実現」という主題で開催された国際会議の席上で、世界の宗教指導者たちが集まった中、世界平和基金の創設を提案したことがあります。この時に参加したすべての宗教指導者たちは、世界の宗教者が、まず世界平和のための基金の募金に率先する意味で、七数に該当する寄付金を出す運動を展開するように決議しました。各個人と国家ごとに、各々経済的な状況が違うために、ある人は七ドルを出すことも無理かもしれませんが、七百万ドルを寄付する人もいることでしょう。

27 この世界に生きている、すべての宗教者が心情的に一つになるならば、基金の募金に積極的に同参するばかりでなく、このように集められた基金によって平和地区を造成し、平和に対する理想と知恵を教えるのに用いることができることでしょう。国連は、宗教者だけでなく、すべての国々に対して毎年、自発的に平和基金(例えば「白十字会費」という名前で)を納付するように指導することができるでしょう。

28 富裕な博愛主義者や経済界指導者、企業人をはじめとして、各界各層の指導者と団体、そして個々人たちも国連平和地区建設に積極的に加担し、世界的な平和ムードの造成と募金運動をする上で、率先しなければならないのです。

29 私は、国連の上院の使命を果たす超宗教的な宗教議会の基礎とするために、「世界平和超宗教超国家連合」を創設しました。各国家から超宗教的な大使が、既存の大使と共に国連に派遣され、宗教議会、すなわち国連の上院を構成するのです。

30 超宗教的な理解と修練をした、超国家的な平和理想を指導すべき国連の上院議員たちが担当する任務は、狭い視野で特定の国家の利益のみを代弁しようとすることとは、正反対になるのです。彼らは、絶対者のみ旨に従って、世界と人類全体の平和理想のための任務を遂行するようになるのです。

31 国連の上院議員となった超宗教大使は、いったん派遣された以後には、国連の世界的なヴィジョンと議題を代弁することのできる、全地球星的な業務を遂行しなければなりません。このような意味で、国連の国際大使とも言えます。このような国連国際大使は、既存の国連大使と共に、世界のどこに赴いても、平和と福祉社会具現のための共同運動を代表するようになることでしょう。また彼らは、地球上のすべての国で正義、安全、平和の高い理想を守る、良心の守護者の役割をするようになることでしょう。

32 このような措置は、世界市民たちと青少年たちに、希望とともに、愛と平和を追求する理想的家庭の安着を、直接に確認する機会を提供することでしょう。選出された超宗派超国家的な大使は、各国ごとの後援のもとに展開している健康、教育、福祉厚生事業などの理想的なプロジェクトが、積極的に遂行されているかどうかも点検することができることでしょう。

33 私は、様々な団体と組織を通じ、宗派と国籍を超越して、真の愛の教育を絶えず展開してきました。このように絶えず投入し、対話と和解の努力を展開した、過去数十年の歳月を通し、人類が一つになるための最も堅固な基礎は、正に真の家庭の理想から始まる普遍的、かつ核心的な愛であるということが明確なものとなりました。

  

◆ 世界的な記念日を制定することを提案


34 このような内容を土台として、私は、今から国連に属するすべての機構、および組織の活動を促し、三つ目の提案をしようと思います。国連を率いている上位の政策決定権者たちが、決まった規定に従って、世界的な公認の日を制定するのです。私は、国連が児童の年、または平和文化の年のような多様な宣言的な日と、十年周期の記念日を制定することを知っています。私が勧めようとするのは、意義のある国連公認記念日を制定して、世界が毎年、この日を記憶し、記念するようにしようというものです。

35 すなわち、「真の父母の日」を制定し、世界的な祝祭日として記念し、同時に、「真の家庭の日」を二つ目の世界的な記念日として制定することを提案するものです。人種と宗教、文化を超越して、誰でも愛することができ、大切に思うことのできるこのような日を、みな一緒に慶祝することによって、私たちは、人間としての共通した真の根を確認し、真の家庭の大切さを確認できるようになるのです。併せて「国連軍の日」を制定し、国連の正義と平和維持軍の神聖な使命を宣揚するようになることを願います。

36 尊敬する指導者の皆様! 私たちは今、一緒に心を合わせて努力し、宗教と世の知恵の中にある諸々の高貴な内容が、緊急で深刻な問題が存在する世界で援用され、適用され得るよう、体制と組織を補完していかなければなりません。

37 このような体制は、超宗教指導者で構成された協議体が、国連の政治指導者、および外交官たちと協力し、共同の歩調を取ることで成され得るのです。「世界平和超宗教超国家連合」は、絶対者と超越の世界(霊界)、そして、永生と霊魂の問題に対する正しい指導とともに、このような目標のために献身していくことでしょう。さらに、平和のための国連の努力に添って、ひいては、神様を父母として迎える人類が一兄弟となって、宇宙一家庭を成す、そのような永遠の愛と和楽の天国、神様の祖国を成していくことでしょう。

38 私は、専門識見と経験、そして知恵を備えた世界の指導者たちと国連関係者たちが、私が提示したこのような理想をいかに補完していくべきかについて、よく御存じであると信じます。国連をはじめとする政府機構等が、これを成し遂げられないときは、NGO(非政府組織)等、民間組織を通してでも、このことを必ず成すようになることでしょう。私たちが継続的な努力で協力していくならば、必ずや地上に平和と幸福の理想が実現されるはずです。

39 神様の祝福が、皆様の携わる仕事と国連の上に、共にありますよう祈願いたします。ありがとうございました。



















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八 国境線撤廃と真の愛の実践

真の家庭と家庭盟誓
 


八 国境線撤廃と真の愛の実践



 この講演文は2000年8月18日、ニューヨークの国連本部で挙行された「万国平和賞」受賞祝賀晩餐会で語られたみ言です。

1 尊敬する内外貴賓の皆様。きょう、私は、世界平和の殿堂である国連において名誉ある万国平和賞を受け、この受賞の栄誉を皆様と共に分かち合う意義深い場をもつことができたことに対し、心から感謝の意をお捧げいたします。私は、この場を借りて「国境線撤廃と真の愛の実践」という題目でしばらくお話し申し上げ、それをもってあいさつの言葉に代えたいと思います。

  

◆ サタンは国境をたくさんつくる大王


2 皆さん。私たちが、この世界にあるすべての国境線を撤廃すれば、平和の世界は自動的に到来することでしょう。ところで、私たちが記憶すべきことは、国境線の主人が誰であるかというと、それが神様ではないという事実です。国境をつくり始めた主人はサタンなのです。

3 国境のある所には、必ずサタンが潜んでいるということを知らなければなりません。悪魔と悪魔の実体が潜んでいるというのです。東洋と西洋についても、文明圏を中心として、互いに大きな国境線ができていますが、そこに誰が潜んでいるのかというと、悪魔が潜んでいるというのです。文化の背景、伝統の背景、人種の差別、このようなあらゆる種類の差別をつくって国境線をつくったのは、神様ではありません。

4 神様が願われるのは、統一の世界です。すなわち、一つの世界なのです。その世界は、国境のない世界です。神様には国境がないので、「恨みを晴らしなさい」と言うことはできません。なぜならば、その言葉の中には国境が内在しているからです。しかし、怨讐を愛して一つになれば、国境が崩れていくのです。

5 それゆえに、神様の戦略戦術は、「怨讐を愛しなさい」という言葉になるのです。「怨讐を愛しなさい」という言葉は、偉大な戦略であり、偉大な戦術的な内容であったということを、今日までの人類歴史を通じて分からずにいて、今現在、生きている人間たちも分からずにいます。

6 しかし、このように歴史上分からず、現在も分からずにいたことを、今、統一教会の教会員たちは歴史を代表し、現在を代表して神様の戦略戦術を知ることができるようになり、また、これを相続して実践することのできる人となったのです。ですから、彼らは、自動的に平和を成し遂げることのできる主人公になったというのです。

7 皆さんは、どのように思われますか。国境は、皆さんの心が好まないところにも生じ、体が好まないところにも生じ、自分の行動を好まないところにも生じ、自分の言葉を好まないところにも生じるのです。私たちが、五感を通して心と体が一つになることができなければ、各種各様の国境が生じるのです。私たち全員が、どれほどたくさんの国境を内に秘めて生きているのかということを考えてみなければなりません。

8 また、「怨讐を退治しなさい」、「国境をつくったものを処断しなさい」と言えば、目を抜いてしまわなければならない場合もあるでしょう。目も二種類から成っています。「これも良く、あれも良く、何であっても見えるものは歓迎だ」と言えば、その目には巨大な国境ができるのです。聞くことも同様です。善なる良いみ言や、真理のみ言を聞くことを好むかと思えば、世の中の邪悪な言葉を聞いて、そこに同調することもあります。しかし、そのようになれば、皆さんの耳にも国境が横たわるようになるのです。

9 統一教会では、流行歌を歌うことを禁じてはいません。一般のキリスト教では、それも禁止事項になっていることでしょう。しかし、問題は、名曲を歌おうと流行歌を歌おうと、その歌の内容を消化できるのかできないのか、ということにかかっているというのです。

 それは、その歌を歌って国境をつくるのか、さもなくば国境を撤廃するのかということが問題であるという意味です。「国境をなくして、神様が喜ばれる無制限の橋を架けることができる」と言える人は、流行歌を作ったとしても、悪い言葉を言ったとしても、何をしても問題にならないというのです。

10 それゆえ、自分のすべての五感を通して感じる感覚や、あるいは歴史的な伝統を通して残された、今、生きているこの生活環境に国境があるというときには、サタンの一門に属するようになります。反面、「どこにも国境がない」というときには神側になるのです。サタンが国境をたくさんつくる大王であるならば、神様は国境をなくすための大王です。すなわち、神様は国境を最も嫌われる大王陛下であられるということです。

11 皆さん! それでは、韓半島に三十八度線があることを歓迎する人がいれば、その人は神様が好まれる人でしょうか。その反対に、三十八度線をなくそうという人がいれば、彼は神様が最も好まれるチャンピオンになるのです。韓半島のすべての人、すなわち七千万人が、「私は、死んでも三十八度線を残しては死なない」という覚悟をして生きれば、韓半島の統一は自動的にやって来るのです。

12 しかし、それは決して易しいことではありません。三十八度線を好む人は、悪魔の側、サタン側であるということを知らなければなりません。言い換えれば、三十八度線がある所ではサタンが主人となっており、三十八度線がなくなった所では神様が主人となられるのです。そこで、統一教会の教会員たちは、三十八度線を消化してなくしてしまい、国境線を撤廃させる改革運動を展開してきたのです。

13 皆さん! 怨讐の一族、怨讐の国民同士がお互いに「姻戚関係を結んで、息子の嫁にもらわなければ生きていけない」というほどの間柄にさえなった日には、統一天下は自動的に形成されるのです。これが、私が今晩、皆様に差し上げる贈り物です。

14 国境がある所には、必ず悪魔の同族が暮らしているのであり、三十八度線がなく、お互いに愛し合って和睦する所には、間違いなく神様の血統をもって生まれた血族が暮らしているのです。

  

◆ イエス様が来られなければならない理由


15 今日、統一教会の人々は、「趣味産業」という言葉にとても大きな興味をもっています。誰もが、そこに行って暮らしたいと思う所、「そこは、興味をもって見つめることのできる『喜望峰』だ」と言うことのできる所があれば、そこは今後、新しく国連を中心とした超国家連合ができれば、国境地帯でもどこでもすべて超国家的主義の国連の名のもとに隷属されなければなりません。

16 聖書を見れば、旧約時代には、人間の代わりに万物を象徴する物を割いて血を流すようにしました。そうして、割いた祭物の左側はサタン側、右側は神側として分けておき、二つの群れが「得たり手放したり」という闘いを続けてきました。

17 ところが、旧約時代が失敗することによって、サタンと神様は、昔のように物を割いてもつということを超えて、息子を割いてもつ闘いをするようになったのです。その結果、神様の長子であられるイエス様が、この地に降臨されて血を流され、結局、イエス様の肉身はサタンがもっていき、イエス様の心は霊界にと、このように分けられることになりました。

18 しかし、霊界に行かれたイエス様は、その実体を再び取り戻されなければならないので、「再び来なければならない」と言われたのです。このように、息子であられるイエス様が割かれることによって、霊界と肉界がすべて分けられたので大変なことになりました。

19 男性と女性が分かれ、心と体が分かれたので、これをすべて統一させるために、霊界の所有権を訪ね求めていかれたイエス様は、地上の肉身の所有権を合わせて一つにするために、地上に再び来られなければなりません。

20 それでは、地上に再びやって来て、何をしようというのでしょうか。それは、結婚して家族を成そうというのです。長子として来られたイエス様を中心として、その方の肉身を占領したサタンは地上世界を占領し、天上世界は天が占領するようになったのです。

21 イエス様は、霊界に行かれてから二千年間、道を築かれながら天上世界、すなわちすべての心の世界の方向を一つにする一方で、地上でもキリスト教を立てて役事してこられました。しかし、キリスト教は、再びカインとアベルに分かれ、カトリックとプロテスタントが闘ってきたのです。怨讐となってしまいました。サタン側と天側に分かれて闘ったのです。長子はサタン側となり、次子はアベルとして天の側になったのですが、その裏面では、必ず国境的な内容、すなわち闘争的な概念を抱いて闘い、そのようにして歴史が発展してきたのです。

22 これを解放しなければなりません。それで、来られる主は、天の国を統一し、地上のユダヤ教選民圏のごとき統一圏を中心として、数千年間、分かれて闘ってきた天と地、男性と女性を一つにする結婚式をするようになるのです。これが、正にキリスト教でいう「小羊の婚宴」だったのです。

23 このように、天の国と、地上のキリスト教の国が統一される道を取り戻した時が、正に第二次大戦の直後でした。このときは、キリスト教文化圏が全世界を統一した立場にあったのです。それで、霊界の統一的主導権をもたれたイエス様が、霊界の勝利的覇権者となられ、さらに地上のキリスト教文化圏も統一されるという、そのような時が来たので、イエス様と聖霊が地上に来て、実体の夫と相対である聖霊が新婦となり、二人が一つになって結婚式をすることができたのです。そうすることによって、心と体が分かれて闘っていたこと、男性と女性が分かれて闘っていたこと、それらのすべてのことを解決して、天下を平和の王国にすることのできる絶好の機会を迎えていたのです。漠然とした話ではありません。

  

◆ 国境線を撤廃できる方案


24 神様の創造理想について見るとき、誰から先に結婚式をしてあげるようになっていますか。アダムとエバです。しかし、人類の国境線となっている壁は、エバの堕落によってつくられたので、その壁を崩して平地をつくり、堕落する前のアダムとエバの立場を復帰して結婚させれば、私たちのすべての先祖はもちろんのこと、神様までも喜んで歓迎され、小躍りされるのです。このような世界が成し遂げられれば、それが正に地上天国になるのです。

25 しかし、人間の歴史上、そのような日はありませんでした。そのような日がなかったので、今まで無数の境界線が絡まって苦しみ、呻吟し、苦痛を受けながら、そうしてここまで来たのです。したがって、この境界線の打破をどのようにすべきなのかという問題に対する答えさえ探し出せば、それが平和の起源になるということを、人類は分からずにいたのです。

26 それを人類歴史上初めて、レバレンド・ムーンが真の父母の資格をもってこの地に顕現し、その打破方法を提示して、万天下の善男善女を神様の前に祝福させてきたのです。

27 たとえ国境線が百万個あったとしても、私は問題なく撤廃することができます。どのようにしてでしょうか。真の愛があるので可能なのです。そしてまた、撤廃するためには、神様のように「知ること」ができなければ、それをなすことはできません。つまり、神様を一〇〇パーセント以上知らなければならない、ということです。

28 皆さん! 霊界を見れば、天国と地獄があります。天国が昼ならば地獄は夜ですが、昼と夜が分からない人が、天国の境界線を主管することができるでしょうか。とんでもないことです。分かる人だけが、自動的に主管することができるのです。地獄の内容まで明らかに知っているので、暗やみを撤廃することができるのです。

29 神様は、全知全能であられる方なので、それを撤廃することができます。したがって、問題は「神様を知らなければならない」ということになります。それでは、皆様は神様を知っていますか。知っているとすれば、どのくらい知っていますか。神様は、お金を好まれる神様だと思いますか。そうでなければ、権力を好まれる神様ですか。さもなくば、知識しか知らない神様ですか。そのような神様では、人類の解放をもたらすことはできません。

30 私たちが神様を完全に知ってこそ、サタンを完全に追放することができるのであり、完全に解消することができるのです。神様を知ったとしても、神様が何をもって数千年もの間、放置されていた国境線を撤廃することができるのでしょうか。それが重要なのです。

31 神様が、この宇宙の主人であられるのならば、その主人が暮らす町があり、国がなければならないのではないでしょうか。神様を知ろうとすれば、神様の相対圏の立場に立って、その環境となる国を取り戻さなければなりません。

32 しかし、すべての環境圏が国境でふさがれているので、この国境を撤廃することによって、神様が喜ばれる世界をつくるのです。そのようになれば、すべての被造万物は「神様に主管されたい」と思わないでしょうか。国境線のもとで悪魔と共に呻吟し、苦痛を受け、迫害を受ける、そのような支配から解放されたいと思うのです。

33 皆さん! 私たちは、何よりも神様をはっきりと知り、また、天の国をはっきりと知らなければなりません。そのようにすれば、どこに行っても、またいかなる状況になったとしても、その国の伝統とその国の文化内容に対して、どのように対処して生きていくべきなのかということに対する答えが自然と出てくるのです。

34 天の国には、明らかに神様がいらっしゃいます。しかし、今日の世界は、千々万々の国境によってふさがっています。それでは、どうしてこのようになっているのでしょうか。神様を知り、天の国を知る人がいませんし、天の国の伝統的生活の内容を知っている人がいないので、このようになったのです。その内容さえはっきりと知れば、霊界にも地上世界にも解放圏が展開するのです。「そうなれば、おい、サタンよ」と言えば、サタンは、どうすることもできずに従わざるを得ません。そのような位置に立てるようになりさえすれば、天の国と神様の心が一体となることのできる文化背景と伝統的思想をもって暮らす方法を知ることができるようになるのです。そのような人が、正に、「ため」に生きる愛をもった人です。

35 自分のために生きる愛をもった人ではなく、相対を愛の主人にしてあげ、相対が愛を通して小躍りすることができるようにしてあげようという人は、神様を知り、天の国を美しく装い、保護する生活をすることができる後継者となるので、神様の後継者をサタンは妨害する道がなくなるのです。

36 死ぬ目に遭って憤りを感じる以上の立場を超えて怨讐たちを愛すれば、怨讐の世界を支配することができるようになり、サタンが退くことによって、怨讐の世界がかえって皆様を尊敬するようになるということです。「ため」に生きることにおいても、自分の父や母よりも、誰よりも町内の人を愛すれば、サタンは逃げていき、代わりに神様が訪ねてこられて、千倍万倍報いてくださるのです。

37 神様を知り、天の国を知って、その伝統的骨髄思想、サタンが八方に逃げていかざるを得ない秘法とは何だと言いましたか。「ため」に生き、「ため」に死に、「ため」に愛そうとするならば、サタンは、間違いなく国境線を捨てて逃げていくのです。逃げていくとしても、そのまま行くことはできません。国境線を崩してから行くようになっているのです。そのようになれば、どのようになるでしょうか。サタンが離れていくことによって、死亡の地獄に直行していた生命が、天の国に上昇することができるという永生の道理が訪ねてくるというのです。そこにおいて初めて「永生」が生じるのです。

38 神様を知り、天の国を知り、天の国の伝統的思想である「ために生きる愛」のために、千年万年続けたいと切に思う群れになることによって、そこから主体であられる神様をお父様と呼ぶことができるのです。それゆえに、そこにおいて永遠の血筋を通して、血統を通して「永生の論理」と「永生の伝統」が自らと共に決着するのです。それは、間違いのない真理です。

  

◆ 愛の属性


39 永生というものは、本質的な愛の属性です。神様も、宇宙を創造されるとき、自ら絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を立ててなされたのです。

40 永遠に、永遠無窮に、世の中は過ぎていったとしても自らの愛がもっと大きくなるようにと投入することのできる、そのような心をもって生きていらっしゃる方が神様です。ですから、神様の前に主管を受けたくないと思う存在や、相対的な理念をもった存在でありながら、神様に絶対、唯一、永遠、不変の主人として侍らずにいることのできる存在はない、ということを知らなければなりません。

41 永生不滅の位置で創造された息子、娘が、その位置に立てば、神様の国が自らの国となり、神様が自身の神様になるのです。神様と天の国の伝統的主人としての生活方法と自分が一致すれば、神様の息子、娘であることは間違いないので、「永生不滅」ということは自動的な結論なのです。それで、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」という逆説は、真理です。

42 国境撤廃にも国連の国境撤廃、宗教の国境撤廃、民族の国境撤廃、地獄と天国の国境撤廃があります。また、撤廃するにおいては、偽りの父母がそれをつくったので、真の父母以外にはそれを成す人はいない、というのが事実です。神様もできず、サタンもできません。

43 サタンと神様が闘う戦争を誰が止めることができるのでしょうか。それは、偽りの父母がそのようにさせたので、ひとえに人類の真の父母として来られた方だけが、このことを成すことができるのです。

44 皆さん! 皆さん全員が、このような解放的な決心をもって帰ってくださることを願います。ありがとうございました。

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