南北統一と世界平和
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目次
はじめに
南北統一と世界平和
はじめに
世界平和のビジョンと実践
この地に人類が存在して以降、最も重要なテーマは平和でした。強いて人間始祖アダムとエバの子供であるカインとアベルの殺人事件を記録した聖書の創世記を取り上げなくても、人類歴史は、最初から互いに殺し殺される闘争に染まってきました。二〇〇一年九月十一日、アメリカの心臓部であるニューヨークの世界貿易センターとワシントンD・Cの国防総省の建物へのテロ、そしてこれに対する報復、イスラエルとパレスチナ間の果てしない中東戦争、インドとパキスタンのカシミール紛争など、地球村の各地に起こる数多くの戦争を私たちは目撃しています。
現在、全世界で進行中の紛争は、八十三箇所に至っています。特に、先の二十世紀は「戦争の世紀」と言うことができるほど、数多くの紛争が発生しました。二度にわたる世界大戦と韓国戦争、ベトナム戦争、中東戦争、湾岸戦争など、数多くの地域紛争で大量殺傷兵器が総動員されると同時に、数他人が殺傷されました。
人類平和のために生涯を生きてこられた文鮮明先生
しかし、平和問題がどうして世界紛争の解決だけに局限されるでしょうか。国家内においても、人種と政党、地域などの様々な要因による葛藤が生じているのであり、社会は、あらゆる不正、腐敗と倫理道徳の堕落、階層間の葛藤などで病んでいます。社会の根幹である家庭も、夫婦の葛藤による離婚の増加と淪落行為の増加などで崩壊の危機に直面しています。人間自身も、心と体が闘争しながら、常に不幸の底から抜け出ることができずにいます。
それでは平和世界は、はるかに遠いものなのでしょうか。国連は、一九四八年に平和維持活動を開始して以来、今まで五十三地域で「紛争の解決士」を自任してきましたが、強大国の利害関係に縛られてその役割を果たすことができずにいます。人類は、政治や宗教、思想、科学など、あらゆる手段を動員して人間世界の葛藤を治癒するために努力してきましたが、それらは、紛争の原因を根本的に解決できませんでした。
それで、文鮮明先生は、平和世界実現のための根源的処方を与えられたのです。神様を中心として心と体が一つになった真なる人間像を提示されたのであり、そのような真なる人間が夫婦を成して真なる家庭を築き、その真なる家庭が氏族と国家、世界に拡散されるとき、世界に初めて平和の園が実現されると考えられました。先生は、個人と家庭、社会、国家、世界の平和の根本的代案を提示されたのです。
先生は、そのような平和思想を実践するためには、精神問題を扱う宗教が一つにならなければならないとされ、宗教の和解と一致運動を展開されました。また、数多くの教育・言論機関、文化芸術団体、企業、NGOなどを立てて、平和運動を展開してこられました。特に先生は、世界平和は南・北韓の統一が成し遂げられる時に可能であると考えられ、分断以降今に至るまで、統一のために献身してこられました。
先生は、「世界平和のためには共産主義がこの地から消滅しなければならない」と主張され、勝共運動を国内・外に展開されました。先生の勝共運動は、国際共産主義運動に対抗して、韓半島はもちろん、日本、北米、南米等々、全世界的に拡散され、理論と実践、言論と社会教育、市民運動へと展開していきました。先生は、冷戦構造が先鋭化された一九八五年、著名な世界指導者たちの前で共産主義の終焉を天の啓示として宣言され、共産主義の克服と資本主義以降の理念である「頭翼思想」を発表されました。最近では、国境撤廃と世界平和地帯宣言、国連改革など、実に驚くべき提案をされるとともに、二十一世紀の新しい平和運動を展開していらっしゃいます。
先生が平和のために流された血と汗の滴は、筆舌に尽くし難い真実そのものの生き方であられました。「世界平和統一家庭連合」、「南北統一運動国民連合」、「世界平和超宗教超国家連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和青年連合」、「世界平和学生連合」、「世界平和教授アカデミー」、「天宙平和統一家庭堂」など、すべての組織の前に「世界平和」という名前を掲げるほど、平和と統一のためにすべてのものを投入されました。
人類平和実現の指針書、万人の訓読教材
「平和」は、私たちの時代の最も高貴な価値であることに間違いありません。先生は、平和は、他人、他国、他人種、他文化の存在自体を認めるとき、すなわち私が他者を排斥するのではなく、認めて受け入れるときに可能になると教えられています。テロや国家間の紛争は、相手の「違い」を容認できず、敵対視するときに発生するので、お互いの立場を理解する文明間の対話が大切であるという指摘です。また、平和は相対的関係において成立するものであり、関係回復は「ために生きる存在」としての自己認識があってこそ可能であると強調されています。
このたび発刊される「平和思想」は、先生が一生涯心血を注いで説き明かしてこられた神様と人間、世界と歴史、そして霊界の実相を明らかにした「み言選集」三百五十巻の中から「平和」に関連するみ言を集大成したものです。この本は、先生の平和思想とその実践、すなわち平和の真の意味とは何であり、平和世界はどのようにして成され、先生はどのように平和運動を展開してこられたのかということが一目瞭然に整理されており、今後、世界平和実現のための貴重な指針書となると同時に、「万人の訓読教材」となることでしょう。どうぞ、読者の皆様に平和が訪れ、皆さんの家庭と国家、世界に平和の新しい気運が満ちあふれることを祈願いたします。
最後に、八十数星霜を平和世界実現のために尽力してこられた私たちの真の父母であられる文鮮明先生御夫妻に頭を垂れて感謝を捧げ、すべての人々がその高貴なみ旨を支持して、平和のために先頭に立つことを誓いましょう。
二〇〇二年一月
第一章 文鮮明先生の平和運動
南北統一と世界平和
第一章 文鮮明先生の平和運動
一 平和運動の真の意味
私が繰り広げている統一運動の最終目的を、具体的に明らかにしようと思います。神様の真理と愛の理念である「統一思想」をもって、第一に、社会的、世界的なすべての問題を解決し、共産主義をこの地球上から完全に一掃して真なる自由と平和と繁栄の世界を成し遂げようということであり、第二に、新しい価値観、新しい倫理道徳による大家族主義の世界を実現しようということであり、第三に、すべての抑圧と搾取と差別と社会悪が消えた共生・共栄・共義主義の大統一世界を具現しようというのが統一運動の最終目標なのです。
一言で言うと、真なるユートピアを実現しようということです。そして、このような社会を実現する方法も共産主義式の暴力と闘争の方法ではなく、真理と愛による平和的で理想的な精神運動によるものです。このすべては神様の願いであり、神様が成就しようという最終目的になるのです。(一二九−三三〇、一九八五・一二・一四)
私は、相撲をしても誰にも負けません。高等学校の時は相撲のチャンピオンでした。幅跳びだとか何の運動でも、できないものがありません。ボクシングまでやったのです。悪い人にガンとぶつかり、ふっと転がせば、転がっていくというのです。そのような訓練までしました。それは、なぜそうしたのでしょうか。けんかをするためではありません。「偉大な革命をしなければならない」、「世の中を一度、正しく天理に符合する平和の世界にしてみよう」という所信をもった以上、体が健康でなければ大きなことはできないのです。(八五−二〇、一九七六・三・二)
皆さん、先生のことを考えますか。きょう、先生が帰ってきたらいいなと考えますか。東の空を眺めて、自分も知らないうちにそのような心が連結されなければなりません。国境を越えて、距離と時間と空間を超越してそのようになる心が、その心の流れがどれだけ強いでしようか。御飯を食べられず、のどか締め付けられて涙が出る時がいつでもなければならないのです。このように苦労して出会った先生なのに……、それを考えてみましたか。堕落以後、歴史の曲折の中を巡り巡って、国が滅びて世界が滅びる中、千辛万苦の果てにその種を受け継いで、このように探し出して出会った先生なのに……、そのように考えてみましたか。そのような心が募らなければならないというのです。そのようになってこそ、その家に平和が来るのです。子供たちも健康に育ち、すべてのことが平穏だというのです。先生だけを考えていれば、皆さんは福を受けるというのです。それは私の言葉ではありません。天理、道理がそうだというのです。良い服を着て出ていく時は、御父母様を考え、天を考えて……。それが天理です。天理は天の道理です。それは誰かが教えてくれたのでそうなのですか。自然にそのようになるというのです。そのようになることのできる心の因縁が……。皆さんが先生に対してそのようにできるようになった動機というのは、皆さん自身がつくったものではなく、先生がつくったものです。分かりますか。(八一−三二六、一九七五・一二・二九)
私は、直接的な生活経験を通して、神様は真なる方であられ、人生で最も重要なものは真なる愛であることを確信するようになりました。人類の進歩は、人類が神様をあがめ、愛を最も大切なものと考える時に可能なのです。はっきりと申し上げて、現在、共産主義や自由世界はみな平和な二十一世紀に人類を導くことができる準備ができていません。
一九九〇年代が始まるにおいて至急に必要なものは、自由世界と共産世界の価値観の崩壊によって発生した真空状態を埋めることができる真なる価値観です。この新しい価値観は、神様を中心とする世界観である「神主義」を基礎としなければなりません。全生涯を通して私は、この神様を中心とした世界観に対する理解の幅を広げるために、すべての宗教宗派の人々と共に努力してきました。このような方法で、絶対的な価値観の探求と真なる平和の樹立を目標とする広い基盤をもつ、多くの学術団体および宗教団体を創設することができました。私はまた芸術機関、教育機関と言論機関も設立しました。全世界的な私たちの財団は、皆さんのように真なる世界平和を成そうと努力する人々を助ける準備がいつもできています。真なる世界平和は、万人が共有できる明確な価値観がなくては成し遂げられません。価値観が明確な時、人類はこれ以上暗黒の中にとどまらなくなるのです。(一九八−一六八、一九九〇・二・二)
皆さん! 私は多くのことをしました。多くのお金も投資しました。しかし、私はお金を稼ぐために投資したのではありません。私は名誉のために働いたのでもありません。私は、ただ神様を悲しみと苦痛から解放してさしあげるために、真なる人類の平和のために血と汗と涙を流してきました。人間が個人的にも、家庭的にも、国家的にも、世界的にも、まず神様を悲しみと苦痛から解放してさしあげて、喜ぱせてさしあげなければ、人類の真の平和はあり得ません。私は、これを徹底して悟り、自ら実践してきました。(一九八−一六二、一九九〇・二三)
平和は、何もしなくて来る、というものではありません。自分中心の「私のために」という思想を全滅させ、撃破しなければ来ないのです。この思想運動を世界的に行っている人が文総裁であることを知り、これだけが真理だということを知らなければなりません。(一九七−二七二、一九九〇・一・一九)
私が全生涯にわたって傾けた努力の目的は、全地上に、固く真正な平和が定着された環境をつくることでした。このような事業をしてきながら、私は寂しくありませんでした。すべての人々が平和を追求しているからです。そのために私たちは、このような質問を投げ掛けることができます。「何のゆえに平和はいまだに来ていないのか」。平和を叫ぶことは簡単です。しかし、平和の達成は本当に難しいのです。
私の考えでは、もし私たちがいまだ平和を成すことができていないのなら、それは人々が平和の最も重要な側面を忘れていたからです。民族間の平和に対して語る前に、まず私たちは、神様との平和に対して語らなければなりません。人間は、地上で生活する間に神様のような人格体として発展するよう創造されました。したがって、究極的にこのような目的を達成しなければ、神様と他の人々とも平和に過ごすことはできません。
人々は、自分の利己主義によって個人的な発展はもちろん、他の人々の発展も民族の発展も妨害しています。人間の心の中にある利己主義と欲望が平和へと進んでいく道に大きな障害物となっています。個人的な欲望は、民族的な欲望の道を開きます。これは、民族と人々の間に分裂と紛争を引き起こさせます。そして、流血と、何の意味もない人間の苦痛だけを呼び起こします。数百万の人々が悲劇的に死んでいきます。
したがって、私たちの世界は、何よりも精神的な革命を必要としています。精神的な革命が実現された時、初めて私たちは経済・社会問題を解決することができます。各個人、各民族が友好的な協力の重要性を認定するならば、その時こそ人々は、全世界の平和問題を含めて、私たちが語った現代世界の重要な問題に接近することができます。
平和の達成、これは全生涯の希望です。御存じかもしれませんが、一九八一年、ソウルで第十回「科学の統一に関する国際会議」(ICUS)が開かれました。百カ国以上の国家の著名な学者たちが集まった会議でした。私はその会談で、国際平和高速道路建設案を発表しました。この巨大な計画が実行されれば、東京からロンドンまで自動車で行くことができるのです。
また現在、私は中華人民共和国の輸出能力を増大させるために、南部中国に自動車都市の建設を援助しています。中国大陸のために輸出用自動車を生産するよう援助することは、興味津々な挑戦です。このことは、遠くない未来に成し遂げられるでしょう。中国の現代化は、十億以上の人々の福祉を保障するでしょう。これは、全世界の未来の平和のためにも重要な意味をもちます。
私は、早くから天の召命を受け、神様のみ旨を地上に実現させるために生涯を捧げてきました。韓民族が神様の摂理の中心民族であることをよく知っている私は、歴史を通した民族の受難の意味を他人とは違う解釈をし、分断韓国を統一祖国に転換させることが、すなわち平和世界の実現と直結されることと確信しています。(一九三一三一七、一九八九・一〇・一二)
監獄において救世主になれない人が平和時代に「救世主だ」と言うならば、彼は偽者の救世主です。監獄で平和の救世主の権威をもつことによって、平和世界では救世主になるのではなく、君主になるのです。王権を中心として万国を指揮できる永遠の場になるのだと見るのです。「獄中の聖者」といって、興南監獄にいた人が私に対して書いた本があるのを私は知っているのです。監獄は、私にとって恐ろしい所にはなり得ません。むちがどんなに恐ろしく、その環境がどんなに厳しくても、その愛を欽慕する心を占領できませんでした。神様を呼んで、父を呼んで、神様に向かう心を折ることができませんでした。その力とその愛の欽慕に折られてしまいました。その力を中心として私は、縦的な段階を解放できる場を強固に築いたのです。個人、家庭、氏族、国家、世界的基準まですべて築いて上りました。(一八四−二八一、一九八九・一・一)
いつも気分の良い男性の姿をして難しい蕩減の峠を平然と越え、神様を慰労して峠を越えなければ平和の地上天国はできません。その代表者、公的な人は寂しい人です。誰か一人が立ち上がり、「文先生はこのような仕事をされて……」と一言言う時、先生は痛哭する心情をもっています。年を取って涙がすべて渇いた七十歳近いおじいさんになっているのに、誰もその悲しみの涙が流れるのを止められない寂しさをもっています。そのような父母がいる、ということを忘れてはいけません。(一八三−八六、一九八八・一〇・二九)
共産党や民主世界、左右が今、すべて崩れるのです。先生が東西文化の格差、南北の貧富の格差をなくして一つにするのです。西洋人と東洋人を一つにするのです。南北の黒人と白人たちの格差をなくするのです。隔離された東西南北の人間たちが、初めて愛を中心として、神様の家庭を中心として平和を謳歌しなければならず、神様の宗族を中心として平和を謳歌することができる地球星の人類にならなければならないというのです。その次には、神様の愛を中心とする神様の民族を中心として幸福を謳歌しなければなりません。神様の国家を中心として幸福を謳歌しなければなりません。(一七七−六〇、一九八八・五・十七)
私には、お金は必要ありません。名誉も必要ありません。ただ神様を解放し、人類を解放して、サタンまでも解放して、永遠の平和と愛の基地をつくることが新しい祖国を求めていく希望峰なのです。皆さんはそれを知って、行く道をどのような険山峻嶺にふさがれたとしても、朝を忘れ、昼を忘れて、夕を忘れ、昼と夜を忘れながらもその道を行こうと身もだえしなければなりません。そのような生涯が長ければ長いほど、天の怨恨を越えた神様の理想的愛が皆さんと共に、皆さんの家庭と共に、皆さんの一族と共に、皆さんの国と共にあることが天理原則であることを知って、そのように生きてくださることをお願いします。(一七四−五三、一九八八・二三)
私には怨讐がありません。すべて忘れました。ですから、私は自叙伝を書けない人です。すべてのことを、涙なくしては事実どおりに書けません。平和の旗をもって幸福を謳歌し得る自由と理想的な世界を出発させなければならない私であり、祖国光復という新しい祖国を願う私なので、その自叙伝をつかんで痛哭し、歴史を後悔する民族を残したくありません。私はすべて忘れました。(一七四−四七、一九八八・二・二三)
真の愛の主人であられる神様を中心として、真の国を代表できる愛の代表者として、民族を率いて家庭を率いて個人を代表して、億万サタンが「そうではない」と言う環境で、「そうだ」と言うことができる材料をもって押して越えてきたのです。それで悪なる怨讐もひざまずかせ、こうしてみると、反対していた怨讐も「それが正しい」と言うのです。怨讐が証し人となって神様と万民の前に証できる平和の基地をこの地の上に着陸させずには、平和的家庭の場ができないのです。また氏族と民族の基礎ができず、人類が願った統一的一国の基地が地上に着陸できないという事実を知っているので、それのために今まで闘争してきたのです。(一七四−四四、一九八八・二・二三)
今まで近世史において五十年歴史、二十世紀の末期である二〇〇〇年を前にして、世界の問題を扱った人は私しかいません。昨年だけを見ても、キング牧師三十年記念祭をする時、平和の先駆者として死んだので、三十年後に世界平和のために演説できる主賓を招待しなければならないというのですが、集まった人が会議の終わりに、すべて文総裁を推薦したのです。世界平和のために世界歴史の先頭旗手になった人は文総裁だ、というのです。文総裁に侍って、マーティン・ルーサー・キングの没後三十周年に、二十五万人の白人と二十五万人の有色人種を合わせて五十万人が集まる大会に、メーン・スピーカーとして私を招待したのです。(二七三−五五、一九九五・一〇・二二)
統一教会の文総裁は今、何を主張し、何をもってきたのでしょうか。平和の代表者として来たのです。「世界平和宗教連合」、「世界平和連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和言論人協会」、「世界平和教授アカデミー」など、すべて「世界平和」が入るのです。
世界平和の代表が誰かというと、文総裁以外にはいません。今は、世界がそう思っています。「平和問題は文総裁の所に行って尋ねてみなさい」、「絶対的価値問題は文総裁の所に行って尋ねてみなさい」というのです。終わりの日において平和を主張した代表も私で、価値観において世界の絶対価値を叫ぶ人も私だというのです。「ICUS」(科学の統一に関する国際会議)で数十年の間、学者世界を主導し、数十冊の関連書籍を広げてきたので研究せざるを得ないというのです。
私は、日本が韓半島を占領していた一九三〇年代中盤、私の年が十六歳(数え)の時、天からイエス・キリストを通して宗教的召命を受けて以来、今年七十三歳になるまで、二瞬も天のみ旨、すなわち天命を忘れて生きたことがありません。
不幸なことが重なり、韓半島は第二次世界大戦が終わった直後、南北に分断され、六・二五動乱が勃発して、殺し殺される同族相争う戦争に、全世界が左右に分かれて参戦して闘う悲劇を経たのです。私は、このような悲劇的な歴史の現状を直接目撃しながら、平和世界の消失による神様と人類の苦痛と悲しみを骨の中深く体恤せざるを得ませんでした。
私が生涯にわたって六回も投獄された事実を想起してみてください。その非難と迫害の度がどうだったのか、見当してみても余りがあるのです。(二三四−二四七、一九九二・八・二四)
今日、私たちの南北統一を神様はどのようにされるのでしょうか。氏族とキリスト教文化を通して、キリスト教徒たちが環境を受け入れることができる受容体制を成せるようにしなければなりません。そのようにするためには、方向が千種類、万種類混乱したこの環境で、心の世界を代表する全体の宗教世界を、世界平和という表題のもとで一つに結んでおいて、平和の世界に行かなければなりません。体の世界を代表する──すべて宗教の怨讐です──このような世界をすべて結んでおいて、国境を超越していくのに、これが連合体制なのです。統一体制に行ける「世界平和連合」創設というものが、ただ座っていて夢見ればできると思いますか。違います。天をおいて痛哭すれば、皆さんが絶え間なく痛哭し得る悲しみを抱いて生きるのです。
宗教界が一つになり、政治界が一つになっても、平和の方向は二つを通してはできません。連合という一つの方向を通してこそできるので、そのような環境を整えたこの舞台を直視しながら、この韓民族を脱落者にさせるのでしょうか、利用物にするのでしょうか。私はそのようにしたくありません。歴史的な倍達(注:朝鮮の上古時代の名称)の血をもって生まれた彼らを精いっぱい育て、教えてあげるのです。こうしても駄目ならば、日本が代身者になるのです。日本の「世界平和教授アカデミー」は韓国のと比べるどころではありません。「アジア女性連合」の発足は既に五年前です。朝野が驚くことをしているのです。
技術平準化のために、私たちがドイツにある世界最高の工場を四つも買い取りました。また日本の電子業界で、最高の権威を占領したのが私です。それできょうも、その分野のドイツ代表を呼んですべて訓示して、このような準備をさせてきました。その次に、日本を連結させて平和の世界に行くことができる産業分野として引っ張って入ろうというのです。しかし、それは一朝一夕にできるものではありません。(二二一−一九六、一九九一・一〇・二四)
今、レバレンド・ムーーンという人が、問題の人として登場しているというのです。共産主義の滅亡を私が過去に預言してきました。世界の人々が私に期待して注目できる、このような時代が来たのです。さらに今回、韓国において「ICUS」(科学の統一に関する国際会議)大会をして科学者たちを集めて、宗教人たちを集めて、政治的な指導者たちを集めて、平和の世界に向かって一つの方向に結んだという事実が、新しい一つの起点になったと見るのです。(二一九−二二四、一九九一・九・八)
人間世界を超越した神様によって、未来の世界を収拾できる中心として韓国を準備してきたのだ、と私は見ているのです。このような観点で私は、歴史時代を経てきながら、これからアジアの展望がどのようになり、これを世界にどのように連結させて一つの神様のみ旨を中心として終局的な平和の世界、統一的理想世界を建設するのかという問題を、生涯をかけて探究してきたのです。また、これを実践するのに、国家を超えて超国家的な核心肺を多方面に連結させ、同化させて結成するのに今まで努力してきたので、太平洋を渡ってすべての自由世界を指導するアメリカも、今になってはレバレンド・ムーンという人を無視できない段階に入っています。ソ連もそうですし、中国も同じです。(二二二−一二六、一九九一・一〇・二八)
誰かが世界平和のために自分自身を投入して犠牲になった、という材料が必要なのです。教材が必要だというのです。何をもって教育するのでしょうか。私たちのような人はそれを知っているので宗教指導者になったのですから、世界的な悪口を言われながらも、このように基盤を築いてきたのです。今、それが世界的に必要な実績になったのです。実績になったという時は、世界的に反対していたその人たちが私の前にひざまずくということです。そうでなくしては平和の基地に着地できないので、このようなことをしているのです。(二一二−三二七、一九九一・一・一一)
アメリカの全般的な摂理史を中心とした観、ここには政治、経済、文化など、すべての面が入ります。また、ソ連ならばソ連を中心としても、これから摂理観を中心とする平和の世界に行くための一元化された統一的な内容を形成するために、共産主義という問題を根本的に崩さなければなりません。その思想体系をもっているので、それを根本的に崩して、そこに対置克服できる内容を、思想体系を通して提示しなければ、将来共産主義が倒れても他に希望がないのです。倒れればそれで終わるのです。
アメリカのキリスト教ならば、キリスト教全体が神様の摂理に対することを知りません。また宗教の教団がたくさんありますが、それらが神様の全体的み旨を中心として、宗教が行くべき摂理観を知りません。それならば、このような全面的な摂理観的な立場から見ると、今後のアメリカの方向性がないというのです。さらにソ連は、無神論的立場に立っているがゆえに、神様を否定する立場なので、摂理の内容が適用できる立場ではありませんが、摂理観の立場に立っているアメリカ自体が、そのような方向性、今後の平和世界、二十一世紀に越えていけるこのような代案的方向性がないというのです。その方向性、摂理観を知っている私たちが提示してあげなければなりません。(二一四−三三、一九九一・二・二)
レバレンド・ムーンは今まで、問題の人物でした。世の中の反対が終わった次には、どうなるのでしょうか。レバレンド・ムーンは平和の建設者だ、このようになるのです。そうでしょう?そうしてこそ理論的に合うのです。では、なぜ今まで世の中が反対したのでしょうか。レバレンド・ムーンを知らなかったからです。なぜ今は反対しないのでしょうか。世界のどこでも、レバレンド・ムーンが必要だということを知っているので静かなのです。
今まで世の中の人々は、レバレンド・ムーンに反対しながらも、私が内的に何をしているのか知りませんでした。また、今からは平和時代に向かって進むのに、どのように平和を建設していくのか知らないでついてくるのです。それは不思議でしょう? アメリカの若者たちは、複雑で深い内容を知りたがりません。それが欠点です。そのように知らない中で、レバレンド・ムーンが平和の建設者になったというのです。宗教世界で自分たちがどれだけ争ったでしょうか。その争うのを一つになるようにしてきたので、これから宗教世界のすべての指導者たちは、レバレンド・ムーンのような人々にならなければならない、という結論を下す段階に既に入ってきたことを知らなければなりません。(二〇三−五三、一九九〇・六・一四)
体と心が分かれるのが怨讐の出発なので、体と心を一つにし、家庭の左右である夫と妻を一つにし、父、母、孫、三代を一つにして、家庭を平和の基地、家庭天国をつくるということに文総裁の偉大さがあるというのです。何を中心としてですか。真の愛の核です。ここで球形を中心として相手方に行こうとするなら、この核心を通さなければなりません。これを通さなければ相対圏がありません。愛は相対圏で成されるので、真の愛の核がこれです。老若男女を問わず、愛をみな望むでしょう? 何の愛ですか。「ため」に生きる愛です! 「ために生きなさい」と言う愛ではありません。「ため」に生きる愛を望むのです。(二一一−二〇六、一九九〇・一二・三〇)
二 平和の旗手真の父母とメシヤ、聖人たちの使命
第二次大戦以後、世界は変わってきています。国連が出てきて世界が変わってきています。第一次大戦後には戦勝国家が敗戦国家を思いどおりに虐待して思いどおりに支配しましたが、第二次大戦後はそうではありません。第二次大戦以後には戦勝国家が敗戦国を解放してあげました。それは、父母が来る時になったからです。国連国家は、すべて兄弟です。大きい国、小さい国を問わず、みな兄弟です。ですから、国連を中心として、すべてが一対一の権威をもって同等に、一つの家の兄弟のような立場にならなければなりません。そこに平和の旗手として誰が来なければならないのでしょうか。父母が来なければなりません。真の父母が来なければなりません。(二三−一六二、一九六九・五・一八)
皆さんがどんなにけんかをしても、「神様のみ旨」、「真の父母のみ旨」と言うとき、そこでは一つにならなければならないというのです。また、自分がどんなに世界を動かす主権者だとしても、「神様のみ旨がこうで、父母のみ旨がこうではないか」ということを真なる意味で秩序整然と、強制ではなく自然な体系と論理的な形態で展開して語るとき、その前には悠久無言とならざるを得ません。このような基準を離れては、その内容に符合できる何の価値も発見できません。そして、そのような価値を発見できない基準が続く限り、人類世界に真の父母を中心とする永遠の平和の起源と統一の起源は成されない、ということをはっきりと知らなければなりません。(二五−六一、一九六九・九・二八)
現情勢を見てみるとき、来られる主は、国境がない国をつくり、人種問題を超越して世界を一つにつくらなければなりません。分裂した家庭をすべて統一しなければならず、善悪が闘うこの世界に平和の王国をつくらなければなりません。それならば、主が来られて誰を立ててこのことをさせるのか、という問題を私たちは考えざるを得ません。(五三−七一、一九七二・二・九)
皆さん、これから来られる真なる父母に国家と民族を超越して侍り、彼と共に一つの世界を成してこそ、神様が願う一つの世界宗教の形態を成して平和の世界を成すことができるのです。(五三−二三四、一九六九・九・二八)
主が来られる目的は、世界に平和の王国と地上天国を建設することなのです。争っている所には来られないというのです。(五四−一二一、一九七二・三・二一)
聖人は、世界主義者です。聖賢の道理は、国家を超えるところから出発するのです。そして、その時が来てこそ、聖賢の道理を中心とする世界国家形成の時代が来るのです。その世界国家形成時代がいつかというと、主が来て悪なる世界を審判して、世界が統一されて、平和の世界に入る時をいうのです。(五六−一七九、一九七二・五・一四)
人情というものは国を越えられないのです。今まで堕落圏内の人情というものは国を越えられませんでした。大韓民国の民は、大韓民国を越えられませんでした。愛国者たちは、国を越えられなかった、そのような偉人たちです。違うというのです。一つの国の愛国者の中には、その愛国者を殺そうとする他の国があります。韓国の李瞬臣将軍は、日本の何ですか。怨讐です。日本は、「こいつ一刺しで、一槍で、最初から首を切って殺せば良かったのに、普通に死んでしまって無念だ」と、こう言うでしょう? それは世界的ではありません。それをもっては、平和の国家基準を超えられません。ですから「統一思想」をもつ人々は、小さいながらも世界主義者なので、世界を復帰してから本格的に私たちのために出発しようというのです。これが統一教会主義です。(五六−九八、一九七二・五・一四)
絶対者は決して観念的存在ではなく、歴史を通してそれ自体を現してきた実在的存在です。私たちは歴史上に数多くの宗教指導者または聖賢たちが時間や場所を変えて出現したということを知っており、これらは一様に人間の良心と心情に訴えて隣人への愛を実践することを促しました。これらの教えに一つの民族や国家が順応する時、平和と興隆を享受したのであり、そのようにできない時に混乱と衰亡に陥ったりしたのです。(六九−二三八、一九七二・一一・・二六)
愛国者とは、乱世、患難時代を通して出てくるのです。正常な平和時代には愛国者は出てきません。国家が滅びるか栄えるかという運命にぶつかり、敵国が国をのみ込もうとする時、その敵を討って屈服させる場で、それを退治して勝利の基盤を築いたところで、初めて愛国心が出てくるのです。あるいは奸臣たちが飛び回る環境を清算した、そのような場で愛国者が出てくるようになるのです。困難な時、敵と闘って勝利したその場で、「愛国」という言葉が成立するのです。
人間が行くべき道とは何でしょうか。この基準を訪ねていかなければならないのが歴史的な基準であり、私たち個人的な希望の基準ではないのかというのです。ですから真なる幸福と真なる平和、真なる理想はどこで探すのでしょうか。それは、「私」だけでは駄目なのです。歴史的な使命をもつメシヤに出会わなければなりません。メシヤと私が関係を結ぶことが理想を解決する焦点になるのです。そういう人がメシヤでしょう?(七九−二四〇、一九七五・八・二四)
私たち人類が平和と幸福を望むときは、私一人だけでそのようになることを願うのではありません。それは、私の家庭と、私の親戚と、私の上下関係をすべて必要とするからです。メシヤが私たち人類の前に平和をもたらし、幸福をもってこようとするならば、このような内容を一時に提示しなければなりません。そのような内容を提示できなければ、この世界の人々に平和をもたらすことはできない、という結論が出てくるのです。今まで人類歴史過程には理想とする真なる父母や夫婦、兄弟の関係、そのすべてのものが「一つの家庭制度だ」ということが出てこなかったので、これが一時に一つの形態を備えて出てこようとすれば、このような内容が一時に備えられなければならない、という結論が出てくるのです。(七九−二四一、一九七五・八・二四)
神様が定めなければなりませんが、結局「ああ、民主主義はどうで、共産主義はどうで、平和になったりならなかったり……」と、このように公議の判断をすべき一つの世界史的な預言者が出てこなければなりません。「そうでなければ、世界は滅びる、生きる道がない」という結論を私たちは今、下すことができるということです。ですから預言者が出てこなければならないでしょう? それを皆さんも望みますが、全世界の人もみな望み、神様も望み、霊界の霊人たちもみな望むというのです。(七九−三三七、一九七五・九・二八)
万民が平和の世界を望んでいます。その世界は今日、世界の先進国家が追求しているそのような文化を通して成されるものではありません。真の父母を通して成されるのです。真の父母がどんなにむしろをかぶって、黄ばんだふろしきを背負い、模様があせて擦り切れた服を着ても、また千丈、万丈のくぽみから疲労困憊しながら出てきても、堕落した人間は、その真の父母を中心に神様の心情を学ばなくてはなりません。(一七−一二九、一九六六・一二一一)
メシヤを中心とした個人は世界を代表する個人であり、メシヤを中心とする家庭は世界を代表する家庭であり、メシヤを中心とする氏族は世界を代表する氏族であり、メシヤを中心とする民族は世界を代表する民族であり、メシヤを中心とする国家は世界を代表する国家になるでしよう。ですから、そのような個人、家庭、氏族、民族、国家は世界のためのものです。神様は、これを四千年の同計画してイエス様をこの地上に送られたのです。イエス様を送って、イエス様と個人、家庭、氏族、民族、国家、世界が一つになるようにしたのです。人間始祖が堕落したことによってカイン、アベルに分かれたために、それらを復帰しようとするならイエス様と個人、家庭、氏族、民族、国家、世界が一つにならなければならなかったのです。そうでなければ、世界の平和は訪れることができないものだったのです。(五六−九一、一九七二・五・一四)
四大聖人たちは、天を中心として出発しました。イエス様も、神様を中心として歴史の現実、歴史的未来を追求することにおいて先駆者になろうとしたのです。彼らが努力したそのすべてのことと教えた内容は、自分の願いを開くためではなく、天の願いを開くためだったというのです。天の願いというものは、人類の幸福と平和を現実と未来に永遠に続くようにすることです。そのような理想を主張した人々が聖人であったのです。(一八〇−一〇、一九八八・八・二〇)
人々は、様々な面で平和と幸福を追求し続けてきましたが、満足できる成果は得られませんでした。
第一次・第二次大戦が終わり、戦争を阻止するために結成された国際連盟と国連の両機構が展開してきた世界的活動でも、平和の世界は来ませんでした。宗教団体の努力においても、幸福な世界は実現しませんでした。国際共産主義の理想とファシズムの夢でも、理想世界の実現は失敗しました。高度な技術においても、政治的な努力においても、人類に平和と幸福をもたらすことはできませんでした。
平和と人間の幸福は、人々の道徳性と霊性の開発にかかっています。世界平和や和平した国も、その構成員個々人と家庭によって成されるからです。科学と技術も善なる人々によって応用されるとき、これが人類の生活向上のために価値あるものとして使われるのです。歴史を通しても聖賢たちや大師匠たちが、平和で幸福な世界のために家庭、社会、国家を指導することに彼ら自身を捧げてきました。私たちは二十一世紀に挑戦するため、道徳的に霊的に完璧な指導者をはぐくめる人類の真の父母、真の師匠、真の主人を必要とします。(二七一―七三、一九九五・八・二二)
新しい世界政治体制を成すのにどのような人々が入らないといけないかというと、政治家ではありません。世界の学者たちと、宗教家だちと、新しい文化創建のためのオピニオン・メーカーになれる指導者たち、核心要員たちが入らなくてはなりません。そのような人々を集め、世界平和のために一つにするようにするのです。このことを誰が一つにするのでしようか。それには、神様の愛と真の父母の愛がなければなりません。(二一四−一二六、一九九一・二・一)
三 家庭と平和
人間の完成はどこでなされるのでしょうか。家庭の完成を中心として世界の完成圏を連結することができる愛の主体者になることが人間の完成です。人間の完成であると同時に家庭の完成です。そこから家庭の平和の基準が生まれてくるのです。(一四三−三一一、一九八六・三二一)
今、先進国家の悩みとは何かというと、パンの問題ではありません。家庭を中心とする愛の問題です。これを基本原則に当てはめることができなければ、平和の国と平和の世界は絶対に来ることができないでしょう。言い換えるなら、サタン側に立っていればサタンと一緒に滅びるというのです。このような観点からアメリカ社会の実情を見るとき、問題が大きいと感じずにはいられないというのです。(五三−八五、一九七二・二・一〇)
男性と女性が愛で回っていくようになると、その家庭は平和の家庭になるというのです。父母と子供の間においても同じです。国も同じです。すべてそのようになるのです。(五八−二四、一九七二・六・一一)
父が息子、娘に「お母さんよりも私が立派だ」と言ってみてください。問題が複雑だというのです。もちろん、父も立派で母も立派かもしれませんが、父の中には何々博士の父もいるでしょうし、母の中には勉強のできない母もいるでしょう。だからといって、父が何の知識をもって「ああ、私が一番なのに……」と言うのでしょうか。それではいけないのです。家庭が平和で、一つの体制を備えていくためには、愛をもって語らなければなりません。父母の愛をもって語らなければなりません。お金をもって、知識をもって、権力をもっては駄目なのです。(二〇六−五八、一九九〇・一〇・三)
「家和万事成」が金塊をもって成されるでしょうか。金塊を分けずに互いに見ている時には家和万事成になりますが、それを分け合おうという時には争いが起こるのです。愛をもって分けようとする時には、分けるほど万事成が起こるのです。お金をもって分ける時には、分けるほど分裂が起きますが、愛をもって分ければ分けるほど統一が起き、和合が起き、平和が宿るのです。
一つの家庭をおいても、その家庭が平和な家庭になるためには──食口(家族)全員が自分なりの道を中心に自分自らを主張できる立場にありますが──その家庭全体を中心に十人の食口なら十人の食口、その食口の数に該当する各自の権威を認定して、各自の行路を総合して、家庭という全体の価値を決定できる一つの中心的な位置にいなければならないのです。そのような位置を見つめながら進んでいく家庭ならば、その家庭はその位置を見つめている間は不和な家庭、あるいは不幸な家庭になり得ません。しかし一つの中心点をもち得ず、各自の主張どおり行く家庭になるとき、十人なら十人が互いに衝突するようになるのです。ここで主張するその主張は、ある中心に代わる価値と一致するものではなく、中心に反抗する立場を決定してしまうという事実をおいて見るとき、その主張の結果が全体の前に幸福の要件をもたらすのではなく、不孝と衝突の要件を間違いなくもたらすというのです。このようなものは、私たちの生活周辺を眺めてみるとき、否定できない事実です。(四八−二六七、一九七一・九・二六)
ある人が社会に進出して成功できず、または社会の一員として堂々とした権威と資格をもっていないとしても、真なる父母、真なる夫婦、真なる子女を中心とした家庭を成して、誰もがその家庭を手本としたいと思うくらいに平和に生きるのならば、その家庭は幸福な家庭だということを否定できません。(二三−一一、一九六九・五・一一)
皆さんが求めている家庭は、どのような家庭でしょうか。今日、人間が「ああ! 今まで私たちの家庭は幸福だ」と言っても、その家庭の幸福は未来にまで保証を受けられないというのです。どんなに平和な家庭でも、ある日突然、夫が死を通告されるかも分からないのです。ですから、幸福と平和を永遠に保障される信念を備えた家庭を成して、どんな悲しいことが迫っても、それを除去できる基盤を私たちは見いださなければならないのです。そのようになるためには、個体がそれを除去できる信念をもたなければならず、家庭もそのような信念をもたなければなりません。そうなれば、その家庭で夫婦のうちの一人が先に死ぬとしても、それが不幸の条件にはなり得ないというのです。そのような家庭を築かなければなりません。
自分個人もそうですが、神様もやはり同じです。神様にたった一つしかない愛を蹂躙すれば、神様は許す法を立てて平和の起点を整えることはできないのです。この平和の起点は、絶対的に一つです。これは二つになり得ません。それゆえに、この起点が二つになる日には、理想が壊れるようになるのです。(二三−一三、一九六九・五・一一)
すべての人間が最後に行くべき共同的な目標であり、行くべき共同的な関門は何でしょうか。国でもなく、世界でもありません。共産主義世界でもなく、民主主義世界でもありません。共産主義世界がある前に、本然の家庭がなければなりません。また民主主義世界がある前に、真なる民主主義世界を創建できる本然の家庭がなければなりません。それでは、今までこれに対する秩序がどこにあり、これに対する教育がどこにあり、これに対する目的基準がどこにあったのでしょうか。このような決定的な基準がこの地の上に現れなかったというのです。これが現れる前には、平和の王国、平和の理想国家、平和の国はあり得ないのです。(二三―三一、一九六九・五・一一)
宗教の目的とは何でしょうか。万民が善なる人になって、平和に生きていくことができる一つの世界を成すことです。平和の与件は、ある国際的な政治゛家たちの手によってできるのではありません。ですから、ある政策や主義によって世界に平和が来るということは不可能なのです。さらに、軍事力によって世界の統一と平和が来るというのは不可能なのです。平和の起点を発見できる、その根拠地はどこでしょうか。幸福の起点を発見できる、その根拠地はどこでしょうか。そこは、皆さんが生きている家庭なのです。(二三−一〇一、一九六九・五・一四)
「天宙主義」というものは、体と心を合わせたのち、神様の愛の本体になる家庭を成して、その理念を霊界と肉界に連結させる主義です。天宙の「宙」は、「家」を意味する文字です。それで「天宙主義」という言葉を使うのです。天宙は無形世界と実体世界を合わせたものです。これが私たちとどのような関係があるのでしょうか。私たちは家庭が必要です。皆さんが家庭で一つになれなければ、「天宙主義」とは関係ないというのです。ここで平和の歌を歌えずに、幸福を賛美できない人は、この地上でも霊界でも不幸な人になるのです。(二六−一八九、一九六九・一○・二五)
世界を代表し、アメリカを代表できる家庭の基礎を、どこに置くのかというのです。今日、私たち人間は、誰でも平和な家庭を求めているのと同じで、絶対的な神様がいるならば、その方もやはり絶対的な平和の家庭的基準を尋ね求めてこられるのではないでしょうか。このような家庭を標榜したのが、キリスト教で新郎新婦の因縁を中心として追求した家庭的基礎だというのです。(三五−一三〇、一九七〇・一〇・一一)
妻が夫を「天が送った人だ」と考えて神様以上に愛するようにさえなれば、間違いなく家庭に平和が来るというのです。妻から尊敬されない夫は、教会の責任者になれません。絶対に教会の責任者になれないというのです。(三三−二六一、一九七〇・八・一六)
すべてのものは、父母と子供と万物の立場で見ることができます。今日、この世を生きていくにおいても、父母のあとに息子がついていき、息子のあとに万物がついていっているのです。より大きいものを中心として息子と万物が父母を擁護し守っていくのです。永遠の世界までそのように行かなければなりません。この堕落した現実から死の世界にまで、そのように引っ張っていかなければならないというのです。父母は息子、娘を引っ張っていかなければなりません。ですから、メシヤは息子、娘を救うために引っ張っていかなければなりません。万物は、そのために準備されたのではないですか。子供として生まれれば、既に父母になるように準備されているのです。それゆえにj、父母の周囲には息子、娘が囲っていなければなりません。父母の周囲に息子、娘が永遠に取り囲んで座っていたいと思う、その心の基盤がこの地上に現れれば、平和の王国は建設されるのです。(三五−二八〇、一九七〇・一〇・二五)
一つの家庭を中心として見るときも、家庭で夫婦が互いに相反する立場を固守しては、その家庭に平和はあり得ません。必ず主体的な立場である一つの中心を基準にして、その中心と相対が一つにならなければならないのです。主体と対象の関係において、誰が中心にならなければならないのでしょうか。どちら側が中心に立たなければならないのでしょうか。主体が中心にならなければなりません。対象は主体を中心にしなければならず、主体の前に自分を連結させなければなりません。そうしてこそ自分が対象としての目的を成すことができるのです。ところが主体が対象の立場に立って行ったり来たりすれば、一つの目的を成就できないのです。このようなことを思うとき、一つの家庭で目的を成そうとするなら、その家庭の内外が一つにならなければならないのです。(二八−一五六、一九七〇・一・一一)
生命の世界と死亡の世界を見ると、死亡の起源はサタンであり、生命の起源は神様であられます。神様を中心として見るときに、サタンの世界は反対になる世界です。サタン世界の家庭は、どのような家庭でしょうか。平和な家庭ですか、でなければ不和な家庭ですか。不和で出発したので、どこに行っても不和な家庭だというのです。不和な家庭で始まって不和な家庭として成された世界は、天の世界ではありません。そうでしょう? 家庭が問題だというのです。「家和万事成」という言葉があるでしょう? それは本当にうまい言葉だというのです。
一番耐え難いこととは何かというと、愛する人同士、互いに恨が積もることです。これ以上耐え難いことはありません。アダム家庭から不和の種が蒔かれることによって始まった家庭は、偽りの父母によって始まったので、不和が宿っている家庭はサタン世界の家庭であり、平和が宿っていて和合が宿っている家庭は天の世界の家庭です。このように反対だというのです。それでは、サタンは何を中心として登場したのでしょうか。サタン世界の中心は何でしょうか。不和の固まりの家庭がサタン世界の中心になるのです。サタン世界の中心とは何かというと、悪なるものです。不和の固まりは何かというと、毎日のように争うことです。(四四−一三四、一九七一・五・六)
御父母様に三年以上侍らなければなりません。御父母様に三年以上侍るには、家庭が侍って、その次には国家が侍って、世界が侍らなければなりません。事実は、そうでなければならないというのです。そうしてこそ世界復帰圏まで出るようになるのです。三数を中心として見るとき、三年以上侍らなければいけないというのです。したがって三年の間は御父母様を中心として、御飯も一緒に食べて一緒に議論しながら、一緒に生きなければならないというのです。皆さんの家がそうでなければならないというのです。父母に侍って生きる家庭として、平和で幸福で、話をしても良い言葉だけ語り、互いが喜びながら生きる三年期間がなければならないというのです。(四四一一六九、一九七一・五・六)
父が悲しんでいるのに、息子が喜ぶことはできないのです。父と兄が悲しむとき、その弟が喜ぶことはできないのです。人間は、父が悲しんでいても、夫が悲しんでいても、息子が悲しんでいても、全員が同じ心、同じ心情で和するのです。子供が社長だとしても、父が悲しむのを見て会社に出たのなら、仕事をしながらも悲しむ父を心配するのが道理です。自分が家に帰ってくる時、その父に喜びながら迎えられることが、何よりも自分の喜びにならなければなりません。そのようにできる家庭の一員になってこそ、平和と理想を享受できる幸福な家庭になるのです。(六三−三〇四、一九七二・一〇・一五)
母と父と共に一つになって授け受ける家庭は、愛を中心とした平和の基地です。愛を中心として子供だちと父母が完全に一つになる家庭が平和な家庭です。(一二九一五七、一九八三・一〇・一)
家庭的天国を成さなければならないのが神様のみ旨です。世の中で一番恐ろしいものが息子、娘です。分かりますか。息子、娘は、皆さんがするとおりに学ぶのです。したがって一番恐ろしいものが息子、娘なのです。母親がえんえん泣いていれば、その娘も間違いなくえんえん泣くというのです。すべてのものを受け入れてあげ、許してあげ、平和になれば、その息子、娘もそのまま学ぶのです。罪のない息子、娘の父母になることは易しくないということを知らなければなりません。
今から第一条に「私たちの家庭の平和のために、一度けんかをすれば三年間守節(注:夫婦生活をしないこと)」という立て札を書いて、初めから約束をしなさいというのです。神様の前で祈祷して……。それならば誰が先に降伏するのか、女性たちが先に降伏することでしよう。今から、「けんかしよう」という言葉を完全にやめようというのです。そのひどい言葉を言うのをやめようというのです。三年間守節するよりも、けんかをしないほうが良いのです。世の中で言えば、「夫婦げんかは刀で水を切るのと同じ」と言いますが、統一教会の夫婦げんかは、そうではありません。水を切るのはおろか、鉄を切ることよりもっと大度なのです。もっと怖いというのです。無責任になるようにはなっていません。(一〇〇−三〇二、一九七八・一〇・二二)
天国は、皆さんの家庭で成されるのです。幸福が別にあって、平和が別にあるのではありません。皆さんの家庭が仲たがいすれば、世界など何を手に入れたとしても、みな不幸なのです。
家庭は、死ぬ時に天国や平和の王宮に入籍する所属権を受け得るようにする愛のテキストブックです。家庭が愛の修練塀です。これを拡大したものが世界です。おじいさんのような世界があり、おばあさんのような世界があり、お父さん、お母さんのような世界があり、夫のような世界があり、妻のような世界があり、息子、娘のような世界があるというのです。これを拡大すれば、すなわち世界になるのです。(一四二−二四二、一九八六・三・一一)
結婚とは何でしょうか。男性の愛は女性がもっており、女性の愛は男性がもっており、お互いに愛を交換してコントロールするのです。ですから、女性が行くべき道を男性がコントロールするのです。また、男性が行くべき愛の道も、男性がコントロールするのではなく、女性がコントロールするのです。ですから、愛はお互いにコントロールするのです。この愛を大切に考える男性と女性が、「自分よりももっと大切だ」と思うことができる愛をはぐくむとき、家庭に平和があり、円満な家庭ができるのです。(一四五−二一二、一九八六・五・一一)
今、四十八億ほどの人類がこの地上に住んでいますが、そのすべての人々に「今後の世界にあなた方が望むことは何でしょうか」と尋ねれば、誰彼を問わず「平和な世界になれば、統一された一つの世界になれば」と答えるでしょう。また現在、大韓民国に住んでいる人々にこの問題を問えば、四千万人全員が「南北が統一されれば」とこのように答えるでしょう。
今日、この統一という問題は、歴史上において、単に今の国家の問題だけをかけていう問題ではありません。これは、大きくいえば世界的問題であり、小さくいえば個人の問題にも連結されるのです。世界の統一が成される前に国家の統一が成されなくてはいけないということは、論理の形成の正常な道だと思います。国家の統一が成される前に家庭の統一が成されなくてはいけません。夫婦がどんなに幸福を望んでも、一つになれないときは、その家庭は幸福にはなり得ないでしょう。また、その家庭が幸福であることを望んでも、私個人が幸福でなければ、その家庭が幸福を得るのは不可能でしょう。故事の中にもあるでしょう? 「家和万事成」です! 一番重要なことは、夫婦が一つになって平和の家庭を築くことであり、これがすべての解決の起点になるというのです。(一四三−二五九、一九八六・三・二〇)
家庭がこの世界に平和の王宮を建てるための訓練場だ、ということを知らなければなりません。真の愛を中心として、「ため」に生きる夫と「ため」に生きる妻として、天倫の中心、永遠の愛の道を行くための夫婦として、家庭として、息子、娘として責任を果たさなければなりません。私たちの家庭が平和の基地だというのです。「ため」に生きる愛の革命のたいまつをもち始めるならば、正にその家庭には新しい平和の春の光がほとばしるでしょう。(一四三−一六八、一九八六・三・一七)
夫を王様のように、自分の四千万の国民のように、世界の大統領のように、世界の五十億ほどの人類のように、神様のように愛することができる妻になるときには、その夫は、自然屈服して帰ってくるのです。平和の基準がここから設定されていくのです。(一六八−一七八、一九八七・九・二〇)
息子、娘たちが「父母が争うのを一生の間見ずに生きた」と言うようにしなければなりません。生きているとあらゆることがあります。小言も言わなければならないでしょう。しかし、へとへとになるまでけんかして、手を挙げたりしていても、子供たちが帰ってくれば、ぴたっとストップしなくてはいけません。元の状態に返らなければいけないのです。どんなに父が寂しくても、赤い顔をして息子に接するなというのです。これが先生の哲学です。それで私たちの子供たちは、「いつも平和で、いつも仲むつまじい母、父だ」と思うのです。「母の中で一番で、父の中で一番だ」と考えるのです。父母は第二の神様です。「神様が欲しいか、お母さん、お父さんが欲しいか」という時、「父母が欲しい」と言うことを神様も喜ばれるのです。それが貴いのです。教育の中で最も貴いのです。教育の中で最も貴いものがそれです。(一六五−九四、一九八七・五・二〇)
世界万民は、一つの家庭の食口(家族)にならなければならない、兄弟にならなければならないといいます。万国が平和になり、世界が統一される時、どのような世界が成されるのでしょうか。兄弟の関係をもつ家庭主義の世界が来なければなりません。それが理想世界です。(一六〇−二七七、一九六九・五・一七)
今日のこの世界を見てみるときに、どうでしようか。数多くの人々が「世界は一つにならなければならない」と言います。平和の世界が来ることを望んでいます。幸福の世界が来ることを望み、さらに進んで宗数的な名詞を挙げていうならば、「地上天国を成さなければならない」、あるいは「理想世界を建設しなければならない」と言っています。
どんなに大きな世界がそのようにできることを望み、またどんなに努力するとしても、それができる基盤がどこかというと、家庭なのです。それゆえに、家庭で理想を謳歌し、家庭で平和を建設し、家庭で愛と幸福の歌を歌うことができる基盤を世界的に整えない限り、どんなに理想世界、あるいは天国、地上天国を夢見ても、その世界は来ないということは、言うまでもないことを私たちは知らなければなりません。(一五九−一七四、一九六九・五・一二)
天下を代表する夫を従えるためには、私が俳優以上にしなければならないのです。ですから朝、昼、夜、三回ずつ鏡を見なければなりません。私のこの顔の表情の中で一番平和な表情がどれか、それをいつもキヤッチしなければなりません。目はどのようにすべきで、格好はどのようにすべきで、私がどのような格好に変えてあげるのがいい、ということを知らなければなりません。このようなことをいつでも生活目標として立てなければなりません。その格好を中心として、自分の顔の容貌がそこに符合すれば、心も一致させることができるのです。(一五八−二三三、一九六七・二・二七)
真の父母を中心とする家庭の家宝がなければなりません。父母を中心とする愛の法度が立てられていなかったので、この地の上に平和の基準が立てられなかったのであり、平和の基準が愛を中心として立てられなかったので、平和の息子、娘がおらず、平和の家族、平和の氏族、平和の民族、国家、世界がないというのです。父母として来られるそのお方に従って、愛の懐に入っていかなければなりません。(一五七−一六五、一九六七・四・二)
統一の方案の秘訣は、相反する要因を早くキャッチして、短時間に吸収消化することです。そうすればその家庭は、その人を通して平和が連結されるのです。幸福が連結されるのです。二九 四十日修練を通して、統一教会の理想的な結婚の内容を知るようになれば、みな「理想展開は家庭から始まるのだな! 女性を解放し、男性を解放し、そのようにして人間を解放することが歴史的に既に展開されているのだな! 平和の根本になるのが家庭からだということを知った」と言いながら感激するようになるのです。家庭が天国の縮小体であり、天国実現の教材だというのです。(一九〇−二八五、一九八九・六・一九)
「夫は悪いもの、夫は私より悪いもの!」、このように言う女性がいてはいけません。「夫が不足でも、その方が私のために歴史時代を訪ねてきました。数多くの男性たちの旗を受け継ぎ、生死を懸けて争い滅びる、そのような男性世界の歴史の中で、その旗を受け継いで私という女性を訪ねてきました」と、そのように言わなければなりません。その旗をここに差して、二人が平和の王国を成そうとして、愛の国を成そうとして出会ったのです。これが夫婦です。(一八七−八五、一九八九・一・六)
アダムとエバの子孫たちは、心と体を一つに完成して、神様と一つになった個人、そして夫婦が一つになった家庭を、また子女たちと共に一つになった家庭を成して、自由と平和と幸福と希望がすべての地上に満ちた安定した基盤を成したはずです。その典型が家庭や国家にとどまらず、世界と全宇宙に広がることが神様の理想でした。真の家庭において成された天国の模型が国家全体に拡大され、国家圏の天国が全世界に拡大され、世界圏の天国が全天宙に拡大されるのです。(二八八−一六七、一九九七・一一・二七)
きょう私は、人類共通のビジョンを見つけるために、過ぎた五十年を回顧しようと思います。人類は第二次世界大戦の痛手を踏み越えて、すべての国が平和になり得る道を見つけようとしました。神様は私に、二千年のキリスト教の基盤の上に神様の天国を建設する世界的な運動を指示されました。啓示の中心は「真の父母」、「真の家庭」を見つける公式路程でした。
神様が下さるメッセージを拒絶したことが、なぜこれほど不幸な結果を生んだのか、ということを知るためには、五十年前に神様が私を通してキリスト教の指導者たちに下さったメッセージの意味を知る必要があります。そのメッセージは、本質的に私のきょうのメッセージと同じです。ただキリスト教だけのものではなく、ユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンズー教、そしてすべての宗教と宗派のためのメッセージです。それは、神様を中心とする真の理想だけが個人相互間や家庭と社会、そして国家相互間の真なる関係と平和を成すことができる土台になるというのです。(二八八−一六六、一九九七・一一・二七)
人類が歴史の始祖から神様と一つになっていれば、人類は、真の愛を中心とする真の家庭を成して、「ため」に生きて、またさらに「ため」に生きる真の愛を実践することによって、真なる国家、真なる平和の世界を既に成していたはずです。
この歴史的な争いを終息させるためには、神様に帰らなければなりません。まず、神様を中心に個人の心と体が一つにならなければなりません。そして、そのような真なる男性と真なる女性が神様を中心に真の家庭を成すことによって、その中に神様を再び迎えるようになるのです。したがって、真の愛を中心とする真の家庭こそ神様が宿られる地上の基地になるのであり、さらに真なる国家、真なる平和世界の出発地になるのです。そして、これをもって真なる自由と幸福の世界が開かれるのです。(一一七一−八八、一九九五・八・二二)
世界平和の起源は、個人を中心とする子女と父母が家庭でどのように平和の基盤を築くのかという問題にあります。これが平和の全般的な解決をすることができる基礎だということを知ったので、私たち統一教会は、個人完成、家庭完成を強調しているのです。このような趣旨で、皆さんも、これから大韓民国において、いくら南北統一がもたらされたとしても、家庭の平和をもつことができなければ、南北統一の平和も崩れてしまうのです。先進国代表の国々が、国際会議を通してどんなに世界的平和を形成してきたとしても、世界の家庭を中心とするすべての父母たちが、平和の基準を引き継ぐことのできる家庭的基盤が形成できないときは、その国の平和も崩れるようになるのです。
このような観点で、神様がいらっしゃるならば、神様御自身も平和の基準をどこに望んでいらっしゃるのかというと、世界平和になる前に国家平和を望まれるのであり、国家平和になる前に氏族平和、氏族平和がなされる前に家庭平和、家庭平和が成される前に夫婦平和、夫婦平和が成されぬ前に個人平和を望まれるのです。心と体の争いを止める平和の基準を形成しなければ、どんなに世界平和が、どんなに天宙平和が、どんなに国家平和が形成されたとしても、その平和の内容が私とは関係なくなるのです。(二六七−一九七、一九九五・一・八)
どんなに社会的条件が変わっても、父母と子女の関係の重要性が揺れることはなく、家庭の貴重さもやはり変わることがありません。繰り返し言いますが、愛は人の幸福と喜びの源泉であり、家庭はその幸福と平和の基台になります。(二七一−八〇、一九九五・八・二二)
家庭が一つになる方法は簡単です。互いが望めばできるのです。おばあさんはおじいさんのために、おじいさんはおぱあさんのために、父は母のために、母は父のために、夫は妻のために、妻は夫のために、また兄弟同士も、兄は弟のために、弟は兄のために生きるのです。一つになることができる秘訣は、このように簡単なのです。「ため」に生きて関係を結べば、その家には平和が訪れるのです。自分のために生きろというときは、八つの群れが生じるのです。
どんなに難しくてもおばあさんのために生き、母のために生き、自分の妻のために生き、自分の娘のために生きるのです。娘が嫌だということ、妻が嫌がること、母が嫌がること、おばあさんが嫌がることを男性としてしなければよいのです。「良い」と言うことだけ、してあげればよいのです。妻の胸を触りたいと思っても、嫌だというのを触ると、けんかになるのです。嫌だというならば触らなければいいのです。行きたくても、嫌だというなら行かなければいいのです。二カ月くらい行かなければ、自分から来るのです。問題は遠くにあるのではありません。世界平和は、世界から先に訪れるのではありません。まず私の家に平和をもたらさなければならないのです。(二四一−三〇一、一九九三・一・一)
世界平和は、どこにあるのでしょうか。世界にはありません。私にあるのです。どんなに外部が統一されて浮かれていても、私の体と心が一つになっていなければ、なんの関係があるでしょうか。その平和は、世界から来るのではありません。私から成していくようになっているのです。アダムとエバの体と心が一つになったその基準において、真の愛を中心として完全に一つになるところから平和の家庭が起こるのです。
その平和の家庭というものは世界的です。平和の家庭であると同時に、統一された家庭なので、それは世界的です。これをはっきりと知らなければなりません。国も是正しなければなりません。一つになることができていないので、今、政党など、国の内外のすべてのものを是正しなければなりません。そのような面で、私たちが家庭堂を掲げてきたことを世界的に堂々と主唱するので 夫婦の部屋というものは、宇宙の宝をいっぱいに積み上げておいた宝庫なのです。そこには、神様御自身が注目されるのです。それが平和の世界として、永遠なる神様が「あなた方の平和、あなた方の幸福の環境に私が浸ってみたい。そこに一度定着して自分の家のように注んでみたい」という考えをもち得る夫婦になるとき、宇宙のすべてのものと神様を占領できるのです。それゆえに、夫婦の愛の環境を通過しなければ、宇宙と関係を結ぶことはできません。(二二八−一六五、一九92・三・二七)
「家和万事成」といいました。ある家庭が平和なら、万事がすべてうまくなされるということです。完成した家庭は平和の家庭であり、これは天国の基礎です。家庭の原動力は真の愛です。自分よりも神様を、そして対象を生命のように愛する純粋で美しい犠牲的愛、これが真の愛です。神様はこの宇宙に、真の愛の力よりさらに大きな力は創造されませんでした。真の愛は神様の愛です。
このように、真の愛でなされた家庭が基礎になって社会が成され、国家が成され、世界が成されます。このような社会、国家、世界は、真の愛が原動力となる相互奉仕の社会であり、国家であり、世界であり、そこには葛藤の代わりに和睦があり、誤解の代わりに理解があり、分裂の代わりに団結があり、自分の利益の追求の代わりに全体の利益の追求があり、犠牲と奉仕が美徳になる社会、国家、世界なのです。このような神様の理想実現が、すなわち真の世界平和の理想なのです。(二一九−一一八、一九九一・八・二八)
私たちの社会と世界の紛争の起源が、サタンの偽りの愛によって個体の中の心身の葛藤から始まったので、真なる平和は、神様の真の愛によって、まず個体の中の和合統一が成されることによって成し遂げられるのです。平和世界を実現する基地は世界ではありません。心と体がサタンの主管圏を超えて、神様の真の愛で調和一体を成した個人、さらにそのような男女が夫婦として結合した家庭が、すなわち世界平和の産室になるのです。(二一九−一〇九、一九九一・八・二七)
男性と女性が世の中に生まれて夫婦になり、「私は幸福だ。私は平和だ」という心で一つになったという時には、神様は、一つになった場に自然にやって来て関係を結ばれるのです。これが神人関係を結ぶことができる一番の動機です。このように、神様と人間が関係を結んだ時、神様と人間にだけ良いのではなく、関係している動物世界、植物世界、鉱物世界のすべての因縁も、その統一的内容を歓迎して感謝することができる、そのような内容だというのです。(二八−二一〇六、一九九一・七・二九)
天国の起源は家庭です。真の愛を中心として家庭の向きを変えなければなりません。ですから、家庭の中でも、青少年である二世たちが活動しなければなりません。青少年たちを破壊させてしまいました。青少年たちを麻薬の常習者にしてしまい、悪魔の矢に当て、フリーセックスの状況にしてしまったのです。その町に暴れん坊のような輩たちがいるなら、青少年たちがみなで一つになって警察と共に除去運動をするのです。その町に盗賊団が現れれば、二世たちが責任もって父母と一つになって彼らを部落から追い出し、部落で教育することができるこのような時代に超えていくことによって、私たちの家庭は希望的な家庭になるのです。そして、平和の王宮の基台を自分の家から世界版図まで拡張できる理念的世界が展開されていくことに対して、それを迎える準備をする人が知恵深い国民であり、これから福を受けられる国民になるのです。(二〇八−二九九、一九九〇・一一・二〇)
家庭の中には、男性と女性を中心とする愛の舞台が組まれています。この家庭を中心として、愛国思想、聖人思想、聖子思想をつづっていかなければならないのです。このような一致された方向を中心として終着点に定着するようになる時、一致された目的の価値が世界的基準の前に成されるのです。それゆえに、統一の世界、平和の世界は、愛の方向を整えて全世界を抱くための神様の愛の歴史的方向性を経てこそ可能です。それがなくては、理想天国が顕現することはできないのです。(二〇七−三〇二、一九九〇・一一・−一一)
真の愛を中心として理想的な夫婦になると、彼らは宇宙のすべてのものと連結されるのです。そのようになる時、神様のものが私のものになるのです。どれほど幸福でしょうか! ですから、皆さんの心が万物を征服したいと思うのです。人類歴史上の誰でもみな、そのような心をもっています。しかし、誰もそのようにできませんでした。この時代にレバレンド・ムーンが教えた真の愛を中心とすれば、それが可能です。それは、皆さんが平和の世界、国家、社会、家庭を成すことができるということです。そのようになると、神様の位置に立つようになります。神様に代わるようになるというのです。それが人間が生きていく路程です。(二〇−三六、一九九〇・二・二一)
民主世界の政治体制は、闘争の体制です。ですから、私たちが父母の位置に上がっていって、争いを止めることができなければなりません。すべての兄弟たちが、父母を中心として一つになるのです。そのように一つになる所から平和の世界が展開されるのです。そのようにしなければ、他に方法がありません。まず真の父母を取り戻してこそ、そこから真の子女、真の国家、真の平和を含むすべてのものを取り戻すことができるのです。それ以外に他の方法はありません。(二〇五−一八九、一九九〇・九・一)
堕落していない本然の人間先祖とは何でしょうか。横的な水平的父母です。それゆえに、九〇度の角度になっていました。これは一周回しても、どこでも同じ位置が維持されるのです。このような水平と垂直が九〇度を備えたものは、東西が上下になっても不平がなく、神様の位置が男性と女性の位置に来ても良く、息子、娘の位置が父母の位置に行っても良く、おじいさんの位置が孫の位置に行っても通じるというのです。ここで統一圏が形成されるのです。人間の家庭構成理念において統一的基盤ができるのです。ここには消耗がありません。闘争がありません。分かりますか。消耗がなく、闘争がないので、平和の真理が万年作動できるのです。論理的にぴたっと合うのです。(二〇四−一〇四、一九九〇・七・一)
二十一世紀以後の世界は、人類が戦争のない平和の世界で自由と繁栄を謳歌して、愛と幸福を共有するようにしなければなりません。東西の理念対決の問題は終わったので、南北の貧富の問題もこのような観点で接近しなければならないのです。私が早くから科学技術の平準化を提唱して国際高速道路建設を主唱してきたのも、世界が一つの家族として統合され、相互に依存せざるを得ない未来に対する洞察によるのです。
このような東西冷戦が終わり、科学技術が日に日に発達して、全世界が一つの共同体になると、二十一世紀の人類は、何の問題もなくすぐに平和と幸福を謳歌するようになるのでしょうか。とんでもないことです。冷戦時代よりもっと根源的で危険な問題が二十一世紀の人類社会を脅かすようになるのです。その世界で人類を苦しめる最も大きな問題は、私が洞察したところでは、正に家庭の価値を破壊する不倫と退廃の問題です。道徳的退廃こそ人類を苦痛と絶望のどん底に追い込む原罪なのです。(二八八−一三九、一九九七・一一・二六)
一九九一年、冷戦の時代が幕を下ろし、東西間の緊張と葛藤が終息を告げる時、私たちはみな、今から平和の時代が到来すると期待していました。しかし、むしろ冷戦以後の社会的な葛藤と不安は、さらに加重しているのが実情です。アメリカだけでも、フリーセックスやホモセクシュアルのような紊乱した性道徳が、家庭を徹底して破壊させています。(二七一−八六、一九九五・八・二二)
四 国際祝福結婚と平和
南北統一と世界平和
四 国際祝福結婚と平和
国際的に結婚をするようになると、自然に国境が消滅するのです。イギリス人とフランス人が結婚すれば、国境は自然になくなるのです。自分たちも知らずに変遷しているという事実を知らなければならないというのです。そのようになると、フランスにお嫁に行ったからといってフランス人でもなく、またイギリスの夫を得たからといってイギリス人でもありません。これが問題です。何人なのでしょうか。間違いなく統一教会人です。その統一教会人とは何でしょうか。これから理想とした平和世界、あるいは自由世界が成就されれば、それを基地にして理想世界の出発をすることができる群れです。(一二九−二三八、一九八三・一一・六)
平和の世界というものは、黄色人種だけではいけないのです。五色人種が一つにならなければなりません。今、私が世界平和の旗手として来たので、これを祝福という、結婚という問題を中心として、平準化させなくては、世界は谷間にいるので平地が現れないのです。水平線が出てこないというのです。(一八二−二七三、一九八八・一〇・二三)
ある国家のイスラム教のグランド・ムフティが祝福を受けて先生と一つになっているので、いつでもその国に入?ていって教育することができます。イスラム教とキリスト教をみな祝福していれば、世の中が平和になっていたでしょうか、なっていないでしょうか。その次に、その息子、娘たちは共産党と結婚させるのです。怨讐国家の人々同士で交差結婚をさせるのです。そのようにして家庭を結べば、下りていくのではなく、上がっていくようになります。世界が歓迎しながら押し上げるのです。人類の理想の春がそのカップルたちについてくる、といって歓迎するというのです。そのようにしてこそ地上天国が成されるのです。そのような基盤を築いておけば、自然に天上天国に入っていくのです。(三〇二−一〇四、一九九九・六・一)
私たちの前に迫ってきた二〇〇〇年代は、世界の全人類が、神様を中心とした真なる本然の人間の価値を取り戻し、天地父母と一体となって祝福された真なる家庭を成して、神様と真の御父母様を中心として永遠に「ため」に生きる真の愛の道理を実践する、真なる平和と真なる理想の天国時代を迎えなければならないのです。(二九八−三一八、一九九九・一・一七)
アダムとエバを真の父母として繁殖した人類は、一つの大家族を成して、アダム文化圏の平和世界を成したのです。したがって、復帰歴史の帰結は、真の父母と真の愛を中心とする真なる家庭を取り戻して立て、これを中心に編成されるのです。この時、中心である真の家庭は、人類の願いであると同時に神様の願いです。この真の家庭は、真の愛と真の生命の始原になり、人類の平和と幸福の起点になります。(二九四−六七、一九九八・六・一一)
これから、平和の世界をどのように成すのかというと、骨子は簡単です。怨讐同士の息子、娘を結婚させて、自分よりも幸福に生きることを祈る、その国から平和の世界は出発するのです。それをしなくては、永遠に平和の世界がありません。アメリカとソ連が交差結婚をすれば、平和の世界が来るのです。日本民族と中国の交差結婚、日本民族とソ連の交差結婚、日本民族とアメリカの交差結婚、このような「三時代の結婚をしてでも行く」と言うことができる日本人になってこそ、天の国で四数圏を越えていきます。(二九六−二〇四、一九九八・一一・九)
人類に最も至急に必要なものは、真の父母による真の愛の革命です。根本的な変革なくしては、人類の幸福や平和な世界は望むことができません。今日の問題は、真の父母が中心になった真の家庭主義、神様の真の愛主義によって整理されなければなりません。
私が世界的に展開してきた平和運動とともに、真の愛主義の理念を深刻に評価されることを願います。青少年に対する真の愛と純潔運動、そして国境、文化、血族、宗教を超越した真の愛による真の家庭運動などを、教団的行事としてのみ考えてはいけません。
世界平和は、平和な国家がまずなければなりません。国家の平和は家庭の平安が前提でなければなりません。世俗の人々が一般的に願ってきた権力や富貴や知識が、平和と幸福の必要十分条件になることはできません。真なる幸福は、愛の所有に比例するのでもなく、外的な生活の便利さによって左右されるのでもありません。このようなものが真の愛と共にあるとき、真なる平和と真なる幸福を得るようになるのです。真なる平和も無限な幸福も、真の愛で他のために施すとき、そして、その施したものが全体を回って再びやって来るときにこそ、確実に得られるようになるのです。
これまで皆さんは、各分野において並外れた確信で、人類福祉と社会発展のために大きな実績を寄与していらっしゃったことを知っています。もちろん、その分野でさらに大きく寄与されなければならないでしょう。しかし今、人類は総体的危機の時代を迎えています。特定分野だけの備えや努力だけでは及びません。指導者たちが時代の良心になって積極的に模範を見せながら、平和世界の基本単位であり前提条件である真の家庭を創造して、指導するために先頭に立たなければなりません。
十三日、私が執り行う三億六千万双祝福結婚式の第一次儀式は、私が生涯を懸けて理想家庭に対して教育してきた結実の一つです。祝福儀式に同参する者は、既に神様の前に婚約し、神様の真の愛を中心として真なる夫婦、真なる父母になって真なる家庭を成す人々です。平和世界の実現のために、真の家庭運動を通した歴史的な真の愛の革命をとうとうと進行しているのです。
人類を家庭破綻の道から救うことよりも、至急なことがどこにあるでしょうか。平和世界に向かう真の家庭運動に、積極的に同参されることを重ねて催促いたします。(二九四−六八、一九九八・六・一一)
各自が神様に侍って真の愛の人格を成して真なる夫婦、真なる父母になろうとする厳粛な誓約なくしては、真なる家庭を回復することはできません。祝福結婚の儀式において創出された和楽な家庭こそ、平和な社会と国家、そして世界をつくることができます。特に、国家と人種と宗教を超えて挙行される祝福結婚それ自体が世界平和の礎石になります。これが神様の願いではないでしょうか!
祝福結婚の儀式は、偽りの愛の因縁を清算して、絶対性を中心とする結婚の神聖な内容と価値の回復を志向します。真なる夫婦の愛、真なる父母の愛、真なる子女の愛を回復するための儀式なのです。したがって、祝福結婚式に参席する当事者は、純潔と信頼を生命視して不変の夫婦の愛を誓約します。その真の愛の基盤の上で、真なる家庭を成して、真なる子女を養育して、生活の中で真なる国家と平和世界の実現に献身することを誓います。
そのようにして、万民が一日も早く真の家庭を成して神様を中心とする地上天上王権時代に進入して、勝利と自由と平和と統一の世界で生きることができるように指導しなければなりません。(二八八−一七二、一九九七・一一・二七)
今、世界宗教大会において、イスラム教と統一教会が「結婚しよう」と言うのです。十三教団の代表たちが集まって、これから世界平和に行く直短距離は、この道しかないという結論を下したのです。宗教が先頭に立たなければならないのです。心が平和を主導しなければならないのです。心圏が宗教だからです。先生が二大世界連合をつくりました。「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」がそれです。心圏が宗教連合です。その宗教連合で何をするのでしょうか。宗教世界にカイン、アベルはありません。宗教世界にカイン、アベルはないので、母が立ち得る足場がありません。この原則を中心として、父母が立ち得る位置に立たなければならないのです。今の教団長たちが天使長の位置に立たなければなりません。嫌でも断行しなければなりません。
一つになるには、結婚以上に早い道はありません。国境を中心として、すべて怨讐になっています。それで私が日本と韓国の交差結婚を奨励したのです。交差結婚を知っていますか。韓国の男性と韓国の女性は、全員日本の女性と日本の男性をもらうのです。交差です。日本の男性と日本の女性は、韓国の女性と韓国の男性をもらうのです。交差結婚するのです。怨讐同士が結婚すること以上に平和へ行く直短距離はありません。人種を克服するのです。(二四九−二五六、一九九三・一〇・10)
平和世界を成すのに、国際結婚以上の直短距離はありません。怨讐がどこにいますか。国境を境界にした所で、すべて怨讐になっているのです。一番近くにいる人が怨讐になったのであって、遠くにいる人が怨讐ではありません。
ですから、平和の世界がはやくできるようにするために、国境を越えて怨讐国家の人々同士で結婚するのです。そのようになれば、半分は平和世界に入っていくのです。結婚をする前には、「あの国のやつらめ!」と言いながら、見るだけでも、声を聞くだけでも殺したいと思っていたのですが、夫がその国の人で、妻がその国の人になれば、半分はその国の人になってしまうのです。二代、三代まで行くと、完全に根が抜けてしまうのです。それで先生は交差結婚を奨励するのです。
怨讐国家の人々が互いに結婚することが世界平和を促進させる道です。それを先生が推進しているのです。皆さんは、自分の国の人が良いと言いますが、これから十年、二十年後を考えてみなさいというのです。飛行機に乗って訪問する親威かいないと悲惨になるのです。(二四九−三三二、一九九三・一〇・一一)
世界平和の先頭に立たなければならない、ということが宗教圏の任務です。絶対的に神様が要求する任務です。それに反対する人は、この場にいないでしょう。平和に向かう一番の短距離、近い道は何でしょうか。それは、宗派を超えて青年たちが結婚することです。紛争する宗派同士で結婚した場合には、半分は解決するのです。それを二度くらいすれば平定されてしまいます。統一教会の青年を中心として、各宗教の青年たちと交差結婚をするというのです。
世界の宗派が交差結婚をすることによって怨讐の国が一つになるのと同じように、怨讐の宗教が一つになるというのです。それが世界平和を成す直短距離です。それを成せなければ、神様が宗教を立てた意味がありません。(二四九−八五、一九九三・一〇・八)
これまで私は、統一教会を根にして、神様を中心とする人類家族が自由と理想と幸福を謳歌する平和世界の建設のために各方面にわたって数多くの機構を創設し、広範な活動を展開してきました。
すなわち「科学の統一に関する国際会議」、「世界平和教授アカデミー」、「世界言論人会議」、「世界平和頂上会議」、「世界宗教議会」、「世界平和連合」、「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」、国際演芸公演団体および「世界大学生原理研究会」などが国際合同祝福結婚式を前後して、平和世界の建設のための私たちの知性の啓発と献身を誓う場を設けるでしょう。
私が執り行う統一教会の国際合同祝福結婚式こそ、人類が原罪を清算して、神様の真の愛、真の生命、真の血統を取り戻す復活と重生の祝福なのです。人種と民族と国境を超越した真なる人類兄弟大家族の理想を実現する平和の産室になるのです。
今、私は、このすべての団体と機構の創設者として、もう一度この団体が神様と人間の理想である世界平和を具現するためのものだという事実を闇明いたします。特定の団体や教団、特定の民族や国家の利益のために創設されたのではなく、万有の主人であられる神様と全世界人類の幸福と平和と自由のために創設したのです。
不倫と退廃にひた走る性道徳の紊乱は、私たちの家庭を破壊させています。どの国家も道徳の破壊と犯罪で苦痛を受けており、党派と階層間の対立はもちろん、貧困と無知がいまだに途絶えずにいます。世界は、国境紛争、宗教観の偏見と人種と民族間の葛藤が解決される気配すら見えておらず、国家や民族利己主義によって世界平和は脅威にさらされ続けています。
女性たちは、家庭を守る愛と平和と奉仕の中心です。世界平和も、その出発の起源が健全な家庭の母でなければなりません。メシヤの役目を宣布した私の最も中心となる教えは、神様を中心とする家庭倫理の確立と二世教育の問題です。家庭は、汚されたこの世界を浄化させなければならない聖所なのです。(二三四−二四九、一九九二・八・一四)
統一教会には国境がありません。文化背景の壁がないのです。大勢の白人と黒人が結婚をします。今回、日本人が世界的に出ていきました。数百人がアフリカ人と結婚したというのです。この数が百万を超えて千万を超え、国まで超えるようになると、世界は平和の世界になるのです。そして、一つの血統になるのです。サタンはそれが恐ろしいのです。
国際結婚をしなければなりませんか、してはいけませんか。一つの家で、十二カ国の人々が互いに一つになったならどうなるでしょうか。一つになってみなさいというのです。「平和世界になるな」と言っても平和世界になるのです。どれほど素晴らしいかというのです。その時は、レバレンド・ムーンが平和の王になるのです。(二三五−一九九、一九九二・九・二〇)
神様の創造理想の基本単位は家庭です。家庭は、国家と社会を成す基礎になります。神様の人種を超越した真の愛によって、世界大家理想は平和世界の具現と直結します。人類は、神様の真の愛の理想のもとで祝福家庭を成し、模範となる夫と妻になる時、善なる子女をもって正しい倫理を実践することができるのです。(二三四−二七二、一九九二・八・二六)
今日の世界問題は、あらゆる多様な分野が相互複合的に連結されていることがその特徴です。したがって今度、「世界文化体育大典」という名前のもと、思想と政治分野をはじめとする学術、宗教、言論、科学、芸術など、すべての文化的分野の世界問題を幅広く一つの席で扱うようになったのは、世界平和の真なる道を模索するのに画期的な貢献となるだろうと信じます。
さらに今度の会議は、体育オリンピックと共に開催され、人間社会の精神的な面と肉体的な面を均衡に発展させるべき方向性を提示する意義をもっています。特に世界百三十カ国から、国籍と人種を超越して三万双の善男善女たちが集まる中で挙行される歴史上最大規模の合同結婚式は、二十一世紀とともに新しい歴史時代を迎える世界人類が、神様を中心に互いに和合することによって世界平和を実現する、平和の大道を見せてくれる壮挙になるのです。
過ぎ去った人類の歴史を振り返ってみると、瞬間でもこの地の上に真なる自由と平和と幸福が実現された日がありませんでした。実際に、経済的平等という理念的価値のもと、「人類を搾取から解放する」と言った共産主義は、むしろ闘争と貧困の凄惨な結果ばかりをもたらしました。
そして、このように神様の真の愛で心と体が一つになった男性と女性が、神様の真の愛を中心として出会った夫と妻として一つの家庭を成すようになれば、この家庭は、神様の真の愛を中心として一体を成すことによって、真なる自由と平和と幸福の根源地になるのです。
このように、神様と人間が真の愛を中心としてその理想の統一点を共有するようになる時、初めて人間は、真なる自由と平和と幸福を享受するようになるのです。
このような原理は、一人の個人だけでなく、家庭と社会と国家、そして世界に至るまで共通の平和の原理として適用されるのです。このように人類は、神様の真の愛を中心として、神様と統一体の理想を成していかなければなりません。それが人類歴史の根本方向でした。(二三四−二二七、一九九二・八・二二)
五 キリスト教とイスラム教圏の和解、中東和平のための努力
イエス様の死によって、左翼、右翼、バラバとイエス様の四大怨讐圏が対決するようになったのです。その世界が再臨の時には統一されなければならないので、左翼と右翼を一つにしてバラバ圏を一つにするのです。イスラム教とキリスト教を一つにして戻っていかなければならないのです。このように、地獄に向かっていたものが、全体を取り戻して平和統一の道に戻っていくのです。右側のものが左側に行き、左側のものが右側に行くのです。反対したキリスト教が共産党に負けてしまうというのです。反対したキリスト教がイスラム教に負けてしまうのです。
したがって聖書で、「先の者があとになり、あとの者が先になる」と言った言葉は、正に終わりの日に起こることを言った言葉なのです。これが後ろに回るには、共産党が反対しても回ることができず、イスラム教が反対しても回ることができず、そして民主社会が反対しても回ることができません。どのようにしてでも、平和に統一して後ろに回らなければなりません。回ることによって神様の宝座に向かって行く道が生じるのです。(二四九−九七、一九九三・一〇・八)
先生の使命は、第二次大戦の時に分かれた二つの世界を統一することです。すべて分かれました。韓国も二つの世界に分かれ、イスラエルも還故郷しましたが二つの世界に分かれ、アメリカも人本主義世界、神様を離れた世界に分かれていきました。これを、レバレンド・ムーンを中心として、第二イスラエルのキリスト教と第三イスラエルの韓国を統一することによって、アメリカを中心として世界統一圏ができ、イスラエル問題と南・北韓問題が解決されるのです。今、世界的に南・北韓とイスラエル、第一次、第三次アダム国家が問題です。これさえ統一するようになれば、平和世界が来るのです。それをすべき責任が統一教会と先生に残っているのです。(二四三−二九六、一九九三・一・二八)
この先、残った最も恐ろしい戦争が人種戦争です。宗教戦争は、必ず人種戦争になっていくのです。イスラム教は黒人で、キリスト教は白人です。黒人、白人、中間の輩がすべて互いに怨讐です。人種戦争が起きれば、白人たちは七〇パーセントが客死するようになるのです。なぜなら、黒人たちが彼らをみな殺してしまうというのです。皆さん、「イエローパワー」というのを知っていますか。これは、レバレンド・ムーンが出てきて、アジアを動かしてそのようなことを防止しようというものです。全体世界を救わなければなりません。そのようにしなければ、平和の世界を取り戻すことはできません。
それで、今回強調したことも世界平和です。「世界平和連合」、「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和教授アカデミー」など、すべて「平和」が入っています。神様の目的がそれです。このすべてのものを中心として「世界文化体育大典」をするのです。この大典がオリンピック大会を凌駕しなければなりません。なぜなら、オリンピックは体を中心とした大会だからです。神様がいないのです。しかし、「世界文化体育大典」は、世界に文化を植えるのです。すべての文化の中心が宗教なので、宗教を中心としてするのです。宗教を中心として、精神を強くして体を引っ張ることができるようになってこそ、正常な人に戻っていくことができるのです。そのようになれば、世界的な運動が起きて新しい文化が創造されます。ですから、それを真の父母がすべてするのです。(二三四−三三二、一九九二・八・二七)
最近、皆さんは、湾岸戦争で世界がどのように宗教戦争に陥るようになるのかを目撃しました。また宗教による地球の災難は、これからも起き続けるでしょう。
今まで多くの政治家たちは、自分たちの目的のために宗教的敵対感を利用してきました。それによって宗教は、無力になって混乱しました。そして宗教は、世界平和のための責任を明白に悟れませんでした。今、「世界平和宗教連合」を通して、全世界ですべての宗教指導者たちが互いに和解するようになるはずであり、平和のための指導者になるでしょう。
「世界平和連合」は、世界平和のための政治家たちと国家機関の協力機構です。今日の世界は、国家主義では支えることができません。現在、東ヨーロッパで燃え上がっている民族紛糾は、民族主義の破壊的な特性を立証しています。民族的プライドや自己決定は、ただ世界共同体に貢献する中で得られる時に正しく善となるのです。自分の国だけを優先して他の国に対する憎悪を増進させる国家主義は、他のために生きる宇宙の原理に相反するのです。宇宙の原理に相反するすべての主義は消滅するようになるでしょう。(二三四−二二一、一九九二・八・二〇)
再臨主は、民主世界、アメリカを収拾し、共産世界を収拾し、イスラム教圏を収拾しなければなりません。現在、バラバ圏がイエス様の体を占有しています。イエス様が死ぬことによって、イスラム教が。祝福されたイスラエルの十二支派民族圏を占領したのです。バラバが、イエス様が死ぬことによって代わりに生きるようになったのです。生き残ったバラバ圏なので、アラブ圏、イスラム教圏が占領したのです。キリスト教と怨讐であり、イスラエルと怨讐です。イエス様の体を占有してすべてのものを引き受けたというのです。終わりの日になって、これを統一して背を向けることによって、一つの天国の平和世界に行くことができると思うのです。(二二九−三三八、一九九二・四・一三)
二千年たって、長子権をもって故郷に帰ってくるイスラエルをイスラム教圏が反対したのです。それゆえに、イスラエルとイスラム教を一つにできなければ、世界に平和はありません。国家同士もそのようになっています。国家までも歴史的に二つに分かれています。今、世界は、宗教を中心とする中近東のイスラエル地域の問題と、民主主義思想と共産主義思想を中心とする韓半島の南・北韓問題があります。ですから、宗教と思想を背景とした二大陣営の衝突によって第三次世界大戦が起きれば、地上の人類は全滅するでしょう。そのような危険のまっただ中に立っているのです。これを誰が平和の世界に収拾しますか。(二二九−一二五、一九九二・四・一一)
左翼、右翼が転換できる契機をレバレンド・ムーンがつくったのは歴史的事実です。誰も否定できません。世界で一番の問題がイスラエルのユダヤ教、その次にはキリスト教、イスラム教の争いですが、これを誰が和解させるのでしょうか。今まで、ここに手をつけた人がいませんでしたが、初めてレバレンド・ムーンを中心として連結されるのです。そのようにして世界平和の問題が根本的に解決されていくという事実を、ヨルダンから来た人々も知らなければならないでしょう。歴史的転換時期に立っているというのです。(二二五−一四、一九九二・一・一)
イラク問題も、ゴルバチョフを通してソ連とイスラム教圏を連結させて解決しようとするのです。アメリカが軍隊を配置するのにかかる経費で、早い内に平和的に解決しなければならないのです。基盤が問題です。イスラム教圏の中東国家の長たちが集まって会議をもつようにして、イラクのイスラム教責任者と折衷して、イラクにブレーキをかけるようにしなければなりません。
私は、平和ブローカーになりました。世界平和のためにブローカーの仕事をしなければならないのです。仕方がありません。昨年四月に、中国と台湾のナンバー・ツーたちを集めて会議をしましたが、皆さんは何の会議をしたのか知りません。和解できるように会議をしたのです。イスラエルの教授たちとアラブ圏の教授たちは、今すべて通じます。それを自分たちが願うのです。「ああ、先生が少し積極的に出ていってこうしたら良いのに……」と言います。私がそのようにすれば完全にブローカーになってしまいます。「ブローカー」という名前を好む人はいません。まかり間違えれば、二国をかみちぎって食う二重スパイを培養する温床地になるというのです。そのような名前を私がもつようになりました。そのために、有名な世界の政略家たちを四十人ほど流入させて、みな結ぶのです。私は、直接関係はないのですが、彼らを結ぶのです。(二〇六−一五五、一九九〇・一〇・四)
皆さんが知っているように、イラクのクウェート侵攻が起きるや否や、すぐにグランド・ムフティに人を送って、「キリスト教指導者とイスラム教指導者たちを通してこの争いを止め、ここに平和の基地をつくらなければならない」と主張してきたのが私です。ここにいるレバレンド・ムーンが、そして韓国がイスラム教と何の関係がありますか。何の関係もありません。ところがなぜそうしなければならないのでしょうか。人類の平和のためにそのようにしています。神様のみ旨がどこに向かっているのかを知っているので、そのようにするのです。
体と心が分かれて二つの世界が争う形になったので、今、心の世界を象徴する宗教界を「世界平和宗教連合」を中心として統一しなければならず、体の世界を象徴するこの世界で争っている国々を収拾しなければなりませんが、このために「世界平和連合」を創設したのです。そこで共同会議をして、平和世界建設の任務を中心として出動命令をするようになる時、宗教人たちが先頭に立たなければならないのです。その時は、統一教会の人々とグランド・ムフティの直属の弟子たちと、その次に他のすべての教団の継承者たちが、この世界の平和のために引っ張っていかなければなりません。心が体を動かすのと同じようなことをしなければ、平和の世界は来ないのです。(二一〇−一二三、一九九〇・一二・一七)
イラク問題を中心として、ペルシア湾を中心とするイスラム教圏が一つになると問題が大きくなるのです。イラクのサダム・フセインがもう少し考えて、「キリスト教のブッシュは私たちの怨讐だ。今から十二世紀の十字軍戦争でやられたことを復讐するために出ていこう」と言って出ていけば、イスラム教はすべて一つになるのです。今はイスラム教同士で争っています。キリスト教圏が大爆発してイスラム教地域が一つになると、宗教戦争に展開していくのです。こうなれば問題が大きいというのです。
今回の中東会談は、レバレンド・ムーンとグランド・ムフティと二人で提案しました。発起人が二人です。それが今、世界的に知られて、イスラム教世界にも知られているのです。結論は簡単なことです。宗教人たちが先頭に立って、平和の世界を成さなければならないのです。それは間違いない結論です。それが、レバレンド・ムーンが今まで自由世界と宗教世界に対して下した決定的な結論だということを、皆さんが理解してくださることを願います。(二一〇−一二九、一九九〇・一二・一七)
今、ただ一人生き残ったのはバラバです。そのバラバがキリスト教文化圏からみな奪ってくるのです。終わりの日である今になって、キリスト教と争ってはいけないのです。バラバ自身も生き返った動機がイエス様と……。イエス様を中心として左側の強盗と右側の強盗がいました。右側の強盗が右翼ではないですか。左翼と右翼、一方は「神様はいない」と言い、一方は「神様がいる」と言います。今は右翼と左翼がみな倒れましたが、ここに誰が残ったのでしょうか。バラバが残っているのです。これを主が来て天の側の宗教として消化しなければならないのです。共産主義を天の側の国として消化しなければならないのです。それで先生が「世界平和宗教連合」をつくったのです。これをつくって、シリアのようなイスラム教圏を中心として平和を主張できる条件を既に立てたのです。(二一三−一八五、一九九一・一二〇)
湾岸戦争を、蘇生、長成、完成のユダヤ教、キリスト教、統一教会が一つになって防がなければなりません。それでソ連とアメリカを中心として中間に橋を置くのです。背後でこのような平和のための努力をする人は、先生しかいません。キリスト教とイスラム教が争うようになる時は、民主世界と共産世界の紛争が問題ではありません。宗教は恐ろしいものです。今、悪魔は、宗教戦争を起こそうとしているのです。そして、キリスト教文化圏を中心としてめちゃくちゃにして、霊的な基盤をすべて自分側に引っ張ったのちに、霊的世界に残すことができる条件をもとうというのです。それがフセインの考えです。
主が来られる時に火の審判をするという聖書のみ言のような、硫黄の火の審判が起きます。このようなことが起こる前に、それを防御するために、平和主義者として先生が背後で連絡をするのです。そのために、ゴルバチョフが知るようになり、ブッシュも知っています。(二一四−三〇四、一九九一・二・三)
バラバ圏がイスラム教圏です。イスラム教は、すべてイスラム教圏としてユダヤの国十二支派を占領しました。これがイエス様が死ぬ時できたので、イエス様が再び来る時は、右翼を収拾してイスラム教を収拾して平和の世界に行けるようになってこそ、この地の上にイエス様の復活的統一と平和の理念が成就されるのです。
その次に、何で統一するのでしょうか。「頭翼思想」です。左翼と右翼を消化できるのは真の愛だけです。その次には何をするのでしょうか。教育です。家庭において神様が教育できなかった子女教育、兄弟教育、夫婦教育、その次に父母教育をしなければなりません。こうして平和的天の国の祝福を受けることができる家庭にならなければなりません。(二二一−二一八、一九九一・一〇・二四)
イスラエルとユダヤ教が一つになってイエス様の首を切ったのです。その時に右側の強盗、左側の強盗、そしてバラバがいましたが、誰を殺そうとしましたか。バラバです。その時に左側の強盗がイエス様を讒訴しました。左側の強盗と右側の強盗はみな死にました。万一、その時に死ななかったならば、右側の強盗も一つになるというのです。その二人が一つになって左側の強盗を消化するのです。生きている間に二つの世界を消化するのです。その時に、バラバも問題なく消化したでしょう。一八○度向きが逆になるのです。そのようにしていれば、イエス様の使命はすべて終わるのです。神様の愛を中心として東洋と西洋が一つになって、世界平和のための統一連合が成されるのです。ところがイエス様が死ぬことによって、サタンが世界を占領しました。(二一九−二五八、一九九一・九・八)
私がブッシュに、「絶対アラブ圏と争ってはいけない」と言ったのです。サダム・フセインは、アメリカと争うようになると間違いなく「十二世紀の十字軍戦争の時負けたのが悔しくて、それを歴史的に復讐するために、アメリカが世界の全権基盤をもってイスラム教を全滅させようと戦争している」と扇動します。そうなる時は、自分たちも知らずに勢力を合わせるというのです。国が問題ではありません。宗教が国の上にあるのがアラブ圏です。一時に糾合してキリスト教圏とイスラム教圏間の戦争が起こるのです。そうなれば、右側の強盗と神様の側がサタンを打った立場になるので、世界平和の門が倒れるのです。それで「絶対争うな」と、そのような厳命を下したのです。
それでアラブ圏のイスラム教責任者であるグランド・ムフティ、教団長を引き受けたその人々を中心として、十日に会って、アラブ圏の総帥たちを集めて、十七日、緊急会議をすることを指示したのです。キリスト教と争ってはいけないのです。それを平和の起点にすることをイスラム教のてっぺんで教えてあげなければなりません。そうしてこそ、その指導者たちがキリスト教と争おうという主張を防御できるので、それをさせているのです。(二〇六−二七五、一九九〇・一〇・一四)
世界平和という目的を中心として見る時、人類が受ける被害が大きいので、ペルシア湾事態を収拾するのです。何日かの間にすべてたたき潰し、焦土化させてアメリカが勝ったとしても、何の利益があるのかというのです。歴史的な汚点になって、キリスト教文化圏とイスラム教文化圏が決裂され得る刺激的な材料になるだけであって、何の利益もないというのです。私たちのような人々は、平和の問題を中心として先端に立っているので、このことを考えざるを得ません。(二一二−三二六、一九九一・一・一一)
六 平和文化、どのように成すのか
平和の解決方案をどこで見つけるのでしょうか。それは、米ソ間ではありません。人間の根本を問い詰めてみるとき、人間は平和を望みますが、争いを好むというのです。人間は、一面では平和も望みますが、一面では争いを好みます。皆さん自体では、心と体がいつも平和に暮らしていますか、争っていますか。
一つは唯心史観を中心とする世界、すなわち内的な人の結実として実を結んだ一つの世界であり、そして、唯物史観、物質を中心とする外的な人の結実として結束した共産主義の世界です。これらが今、平和になり得るでしょうか。この動機がどこにあるのかというと私自体、心と体が争う、ここが動機になっています。
自然の道理も同じですが、歴史も植えたとおりに刈り取るのです。今日、世界がこのようになったのは、結局は人一人が体と心に分かれて争っていて、それが世界的に実を結んだからだ、という結論が出てくるのです。それゆえに、平和をどこで見つけるのでしょうか。結果から見つけることはできません。どんなに結果から探し出したとしても、原因が是正されない限り、その結果はいくらでも壊れていくのです。それはとても理論的です。
それで、原因的な人をどのように一つにするのか、ということが問題です。その胸の中に争いがなく、「私は平和な人で、私は幸福な人です。天宙の万有の存在は私を手本にしなさい」と言えるこのような人をつくるまでは、平和は絶対に見つける道がないというのです。
ですから、問題はどこにあるのでしょうか。世界問題が問題ではなく、このすべての相対的な国家問題が問題ではなく、主体となる人間問題が問題だ、ということを知らなければなりません。分かりますか。経済が問題ではありません。科学が問題ではありません。それはぽんとければ、ピユーンと飛んでいくのです。問題は何かというと人間自体です。人間自体が問題なので、このような問題を中心として、真剣に取り組んで、解決できる法案を模索するまでは、人類の平和の本拠地は永遠に探し出すことはできないと見るのです。(八六−三一、一九七六・三・四)
今日、幸福はどのような所で追求できるのでしょうか。私とあなたの間で幸福は始まるのです。これが起源だというのです。平和はどこから始まるのでしょうか。私とあなたの間から始まります。あるいは、理想はどこが起点になるのでしょうか。私とあなたの間だというのです。したがって、私とあなたの間で理想的な環境を完全に設定できない立場では、真なる理想や幸福や平和というものをもつことができません。
私たち人間自体を中心として考えてみるとき、体と心の中で心を「私」だとすれば、体は「あなた」のような立場になるのです。したがって、平和の基準を整えた立場で完全に楽しみ、永遠の生命と幸福の基礎を私はもっていると自慢しようと思うなら、心と体のようなあなたと私のこの相対的関係が、永遠に動かずに幸福を支えることができる主体性をもたなければなりません。私の体と心を中心とした「私」の中に、これを設定できるかできないかという問題が、とても重要な問題だというのです。もし、そのような主体的な動機を体と心を通して私に設定できない日には、永遠の幸福は求めることができないのです。
範囲を少し広げて、縦的な世界に対して、「私」は地上の一つの軸になりますが、私を中心として相対的世界に広げておくと、私が男性ならば夫人がいることでしょう。そこにおいて、あなたと私の間の主体的な不変の一つの基礎を備えなければなりません。「私たち夫婦は、幸福な夫婦だ、平和な夫婦だ、あるいは理想的な夫婦だ」と、このように言うときは、この基礎が動いてはいけないのです。
それが新しい出発点になり、一つの人類の行路において、歴史に代わる数多くの家庭、現時代に代わる数多くの家庭、未来に代わる数多くの家庭の前に、闘争の主体的な一つの統一的起源に立って、「私たち二人は幸福だ。私たち二人は理想的だ」と言うことができなければなりません。その理想とは、変わるものではありません。永遠性をもたなければなりません。幸福と平和も永遠性をもたなければならないことを考えてみるとき、そのような夫婦としての主体性、不変の主体性をどのようにもつかは、重要な問題だというのです。この二つの間が幸福の基礎になり得ない限り、その幸福は長く続かないのです。結局、左側に転がり落ちるか右側に転がり落ちるか、そうでなければ脱落するかという運命に直面するのは自然の道理だ、とこのように思うのです。(八五−九五、一九七六・三・一四)
世界は、これからどのようになるのでしょうか。この世界は、どのようにしたら存続するのかということが問題です。主体と対象になって争えば、世界は滅亡するのです。宇宙の力が追放するのです。しかし、主体と対象が和合する時は、宇宙の力が保護するのです。ですから、平和の世界は自動的に成されるのです。平和の世界とは何でしょうか。今日、民主と共産世界が一つになって完全なプラスになっていれば、マイナス世界を吸収できる条件が自動的にできるのであり、完全なマイナスになっていれば、完全なプラス世界を吸収できる条件が自動的にできるのです。したがって、完全なマイナスは完全なプラスを誘発するのです。(一三九−一八二、一九八六・一八二)
平和の世界を成すには、どのようにしなければならないのでしょうか。全世界的に見るとき、思想世界において頂上の位置を占領しなければなりません。これが一つ目の課題です。思想世界には、哲学思想、宗教思想、あるいは様々な他の思想がたくさんあります。ここで闘争して勝利し得る頂上の位置まで上がらずしては、平和の世界を指導できる道ができないのです。これが一つ目です。
私が先進国家の異端者になることを宣言して準備してきたのです。ですから、私がもっている科学技術では、先端のドイツ科学技術と連絡して道を築いており、日本においても、電子業界の十大先端技術をもっているそのすべての実験室の後門から出入りできる道までもっています。科学技術の頂上の位置に進まなければ平和を成すことはできません。
その次には、なんでしょうか。言論世界において先端の位置に行かなければなりません。現在レバレンド・ムーンは、「ワシントン・タイムズ」を中心に、アメリカの千七百七十二にもなる新聞社をすべて押さえて頂上の位置に上がっていかなければならないのです。情報において最高の頂上の位置に上がっていかなければなりません。そのようにしなければ、平和の世界を支えていくことができる闘争舞台から没落してしまうのです。(一四三−二六一、一九八六・三・二○)
新しい千年を見つめる人類は、平和と繁栄のために、愛の文化、心情文化世界を志向していかなければならないと見るのが私の所信です。(二九九−六〇、一九九九・二・四)
今日、世界は、人々が平和に共存し、すべての民族、文化、宗教を包括できる理想社会のモデルが必要です。私は、今年三月と四月に「サンパウロ宣言」と「ニューホープ・ファーム宣言」を宣布しながら、まずブラジルをはじめとする南米数カ国でモデル社会を建設して、徐々に様々な国に拡張していくことを促しました。(二七一−七四、一九九五・八・二二)
理想的な社会や国は、すべての人が国境と皮膚の色を超越して相互に協力して調和を成し、幸福に生きていく社会です。この社会は、人々が一つの神様の息子、娘であることを自覚して、真の父母を中心として一つの兄弟となった大家族社会であり、そこは、血統と所有権と心情を復帰した祝福家庭が、真の父母の言語、真の父母の文化のもと、自由と平和と統一の世界を成す所です。人々は、神様の心情文化の中で共生、共栄、共義の生活をするようになるのです。(二六九大五五、一九九五・四・一七)
七 超民族、超国家、超宗教理念
今までは分裂した基準に立っていましたが、今、天的に見る時、時は民族的な観念を超越して、兄弟社会国家時代に入ってくるようになります。ですから、すべて国連機構のもとで兄弟です。ところが、兄弟が争いをするのです。カインとアベルが争ってきました。今、平和な兄弟にさえなれば、すべてが成されるのです。ですから、世界は兄弟という同等な立場にあるので、アメリカがもっている財産を分け与えようというのです。その財産は、自分たちがつくったものではなく、父母から相続したものなので分けてあげるのです。かすを分けてあげればあげるほど災いになります。それで今の時は、必ず天を主とする心情の世界にならなければなりません。(一五一−五四、一九六二・一〇・七)
民族感情があるとヘゲモニー(覇権)争奪が起きるので、民族感情を超越しなければなりません。アメリカ人はアメリカがヘゲモニーを握っていると思い、ソ連人はソ連がヘゲモニーを握っていると考えるのです。それではいけないのです。そのような観念を超越した特殊な民族がいなければなりません。特殊な主義思想をもつ群れがいなければならないというのです。そうでなければ、今後の経済戦争を防止できる道がないのであり、世界に平和の時代は来ないのです。そのことを私の手でするというのです。そのようにしようとするなら、これから世界銀行をつくらなければなりません。そのような理想をもった世界銀行をつくらなければならないというのです。
人類が生きるためには、どのような運動が起きなければならないのかというと、白人と黄色人種が一つになって黒人を生かす運動をしなければなりません。このようにしなければ、平和の世界が訪れることができないと思うのです。それを、これから統一教会がしなければなりません。霊界に行くようになるとき、白人が別々に行って、黄色人種が別々に行って、黒人が別々に行くのですか。一つになるのです。(八六−一八四、一九七六・三・二八)
神様の愛を私が所有できる栄光の位置を求めていこうとするので、このようなことをするのです。それは、どれほど素晴らしいかというのです。それで怨讐までも愛するのです。なぜですか。神様には国境がないので、国境を取り壊さなければなりません。ここにおいてのみ、一つの世界が起こるのです。ここにおいてのみ、平和が起こるのです。ここにおいてのみ、霊界と肉界が一つになって通じることができる道ができるのではないかというのです。(一一一−九一、一九八一・一・二五)
今、私たちは、退屈で苦痛だった世紀にけじめをつけ、やって来る二十一世紀を迎えようという時に際して、真正な新しい文化を創造するためには、争奪と反目一辺倒の自国の利益だけの追求から脱皮して、汎世界的次元の新しい価値観を確立することが切実に要求される時点に到達したと思います。それとともに、すべての隣国の幸福と平和なくして、自国だけの真正な平和が維持できるのかどうか反省してみるとき、国籍を超越した人類愛のない世界平和は考えられないのです。こさらに新しい国際経済機構が創設されて、過ぎた日の莫大な経済的浪費と損失を防ぎ、また全世界の国土利用計画を「世界と人類」という次元で新しく推進することによって、すべての人類に平和と幸福を共に享受することのできる権利を付与しなければなりません。そうして理想世界が到来し、永久平和が実現されて、人間は、誰でも幸福で豊かな人生を享受するようにならなければなりません。
このような試案は、今後の理想世界を一日も早く短縮させて実現しようという具体的方案の一部であり、これを通して科学者たちもまた、全人類の幸福と世界の平和のために貢献することによって、世界を一日生活圏に結び、新しい文化世界を創建する、ということにその意義と目的があります。(一一五−一七七、一九八一・一一・一〇)
神様と人間が望むものは、平和の世界であり、理想的な一つの世界です。平和な理想世界は争いのない統一の世界です。しかし、全世界の統一を模索する以前に、一つの国家の統一がまず模索されなければなりません。
真なる平和世界が成されれば、その世界は永遠に存続するのであり、また超国家、超人種、超宗教的にならざるを得ないので、それは実に、全人類が一組の親のもとで一つの兄弟姉妹の因縁で結ばれた一つの大家族社会になるのです。(一三三−二八四、一九八四・一一・三)
人類の願いは平和であり、平和は統一によってのみ成されます。統一には、世界統一だけでなく、国家統一、家庭統一、個人統一もありますが、この中で最も基本になるのが個人統一です。このような統一の運動において、今日レバレンド・ムーンは、名実共に現実社会で、なくてはならない人になりました。
神様が願われる平和の世界を成すためには、第一に、思想界で頂上の位置を占有しなくてはいけません。既存の哲学思想や宗教思想と争って勝利しなくてはいけません。
しかし、神様が思想、科学、技術、経済、言論、情報分野などで頂上に立ったとしても、問題が残ります。その問題は、国家と民族を越えることができる人をどのようにつくるのかということです。自分の祖国を中心とした人が責任をもつようになると、アメリカ人はアメリカ人に一元化しようとし、イギリス人はイギリス人に一元化しようとし、フランス人はフランス人に一元化しようとするでしょう。したがって、世界的平和統一を構想する前に、このような民族性をどのように克服させるかが問題です。(一四九−二六九、一九八六・一一・二七)
世界的な平和の基地になることができる基盤を築いたとしても、問題が一つあります。思想をもっており、科学技術をもっており、経済力をもっており、言論機関の先端に立ったとしても問題があります。その問題とは何でしょうか。自分の国家、自分の民族を越えることができる人をどのようにつくるのかということです。世界の平和を成すことができる人は、アメリカを中心にするような人ではいけないのです。先進国の国民として、自分なりの愛国思想を中心とした基準に立っていては、そのような組織体の責任をもった時に、アメリカ人ならば、アメリカ人の一元化をもってすべてを自分の国の利益に絡ませようとします。イギリス人ならばイギリス人、フランス人ならばフランス人、みな同じです。これが問題です。ですから、世界の平和統一を構想する前に、どのように民族性を克服する人をつくるかということが深刻な問題です。(一四三−二六四、一九八六・三・二〇)
人間を操ってきたどのような主義思想、どのような宗教理念でも、世界の平和と統一を成し遂げることはできません。このように、すべて道がふさがっているので、真なる仏教人が待ち焦がれ、真なるキリスト教徒も待ち焦がれ、真なる哲学者も待ち焦がれ、真なる主義思想家たちも待ち焦がれる一つの理念、社会と国家と世界と天下を統一することができる一つの理想が出てこなければならないというのです。(一五四−四八、一九六四・三・二三)
今から十年後には紀元二〇〇〇年になります。それ以前に、どのように真なる世界平和を達成するかが私の今からの課題です。紀元二〇〇〇年における私たちの出会いは、世界の平和を成就した祝賀宴での出会いにならなければならないのです。私たちは共にやって来る歴史的な十年を生きながら、人種と国境を超越して宗教と宗派の壁を崩し、文化と言語の障壁を越えて、お一人の創造主、神様の前にみなが一つの兄弟として、豊かな兄弟は貧しい兄弟を助けながら歴史に残る真の平和建設の役軍になりましょう。(一九八−一六五、一九九〇・二・一)
世界的次元でも、やはり地域、人種、宗教、文化、慣習、言語、国籍など、一つの平和世界のために飛び越えなければならない挑戦の課題が山積みされています。しかし、本来宇宙万象をつくられた神様の視覚、神様の真の愛の目を通して世界を見る時、世界は、人種、言語、宗教、理念的差異を越えて一つに見えるのです。
特に、家庭は国のために、国は世界のために、そして世界は神様のために犠牲になる位置に進まなければならないという真の愛の倫理展開から、民族利己主義、国家利己主義を越えて永遠の平和の世界を望むことができるのです。(二八八−一〇一、一九九七・一・二八)
今、一カ国主義の時代は過ぎました。一つの国家が主張して、世界が何だかんだと言う時代は過ぎました。民族主義の時代は過ぎました。人間がいくらあがいても、神様が行く統一の公式路程を完成するためには、一つの民族ではいけないのです。連合民族、総合民族を通してなされるというのです。一つの平和の世界は、単一民族に従うのではありません。文化がそうであるように、文化背景の主軸を成している宗教も、世界を包容でき、民族を越えてアジアと世界天地をすべて包容できる能力のある宗教でなければいけない、という結論が出てくるのです。(二二二−一三一、一九九一・一〇・二八)
文化と人種を超える前に、慣習と伝統を克服しなければいけないというのです。そのようにすることは、易しいことではありません。今まで歴史は、戦争の歴史を繰り返してきました。悪いものをすべて整理してしまうことによって平和の世界が出てくるのであり、争いに勝利したものだけを中心として平和の世界に到達するという考えが、個人からブロック的に続いて、民主主義と共産主義が世界的なブロックを中心として争ってきたというのです。(二一八−二八八、一九九一・八・二二)
全世界的に教団が一つになり、今、平和のユートピア、天国の統一された世界を望むというとき、それは絶対的な神様の願いなので、二つはあり得ないのです。絶対的な一つの世界なので、その世界を中心とした天国理念というものは、超国家的、超人種的にすべてのものを勝利して超えた位置で成されるのです。
宗教が今、天の国を追求し、あるユートピア世界を追求し、ある極楽を望んでいますが、その名前は何でもいいのです。人間たちが望む理想世界を越えて神様と人間が一つになり、最大に幸福で、最大に平和に成り得る所を、いわゆる平和の世の中、天国だというならば、その天国の主権者は誰かというのです。それは、この国の盧大統領でもなく、アメリカのブッシュでもなく、ソ連のゴルバチョフでもありません。誰かというとき、その主権者は神様です。そしてそこには、天国の民がいなければなりませんが、民は誰ですか。その民は超人種的な民です。そこには、髪が黒かったり、黄色かったり、また顔が真っ黒だということは問題ではありません。色が問題ではありません。神様は、超人種的な国の大王であられます。(二一〇−二〇〇、一九九〇・ 一二・二三)
神様が志向される目的は、宗教を通して現れます。したがって、どんなに数多くの教団があるとしても、その教団が行く道の目的は、一つの帰結点に帰着しなければなりません。その帰結点とは何でしょうか。それは、平和と連結され得る、天国と連結され得る理念ではないのです。ですから、今日、世界の混乱状態を迎えた全人類は、国家を超越して世界平和を追求するのです。
平和世界を追求するのですが、これは何を中心とした平和でしょうか。人を中心とした平和は、今まで失敗してきました。人々が願ったすべての平和は失敗してきたので、今、一つの可能性があり、希望を与え得るところがあるというとき、それは神様を中心とした世界平和の論理を提唱するところです。そこにおいで初めて、混乱した世界に新しい方向性、新しい歴史性を提示できるその何かがあるのです。このような結論は、論理的に追求するときに得ることができる堂々とした結論です。
この結論とは何でしょうか。天国です。天国を言うのです。平和の世界ですが、中心をもった平和の世界です。そのような所が天国です。中心というものはどうでなければならないのでしょうか。とれは、歴史性を克服しなければならず、教団性を克服しなければならず、その次に民族性、人種性など、すべてのものを克服しなければなりません。そのような位置で、変わらない一つの中心として残り得る所にならなければならないというのです。(二一〇−一九九、一九九〇・一二・二三)
宗教人たちがすべきことは、平和の世界を成し遂げることです。一つの平和の世界をつくらなければなりません。イスラム教徒でもクリスチャンでも、誰彼を問わず、皆が平和な世界を築いて、人類が、永遠に一つの希望的な人類として残らなければならないというのです。これだけは統一されています。
レバレンド・ムーンは世界の平和のために、このような基盤を築かなければならないので、一つの国境を中心として交流したすべてのものを撃破してしまい、超国家的、世界的な面において技術平準化運動など、新しい一つの世界を創造できる、このような構想をもつようになったのです。(二一〇−一二〇、一九九〇・一二・一七)
今、この地球星には、約百八十の国家がありますが、国境をもつすべての国々で、平和を維持してきた国がありません。それでも、このような国境を克服できるのは宗教以外にはありません。例を挙げれば、アメリカはプロテスタントの独立国家ですが、このプロテスタントの独立国家内には数多くのキリスト教徒たちが連結されています。国境を越えて、一つのキリスト教文化を中心として、このような世界的指導国をつくることができたその力は、宗教以外には出てくることはなかったというのです。アメリカという国を中心として、思想的に共産主義と内的争いをするようになったのです。
皆さんが知っているように、レバレンド・ムーンがアメリカに来て、十年以上暮らしましたが、アメリカのキリスト教をはじめとして、すべての制度が反対しましたが、今は、レバレンド・ムーンを中心としなければ平和の世界に行けないというそのような観点を、一般の知識層の人々がもつようになりました。このような事実は、天のみ旨から見るとき、ものすごいことです。アメリカ人たちがそれを知ったのです。レバレンド・ムーンを敵として対してくるとき、彼らを敵として対さずに、長い間耐え愛で対してきた事実を知ったので、すべてのアメリカ国民が、新しい時代に歴史的な粛然さを発見するようになったという事実は驚くべきことです。(二一〇−一一八、一九九〇・一二・一七)
今、宗教を見ると、自分の教派第一主義を中心として、すべて排斥的です。このような環境になっては、これから世界に相当に困難な時代が来るということを知っているので準備をしたのです。これから一つの平和の世界を構想するにおいて、宗教がどれほど助けになるでしょうか。この宗教の壁を崩さなければ、宗教が人類平和に莫大な被害をもたらすだろうと考えるので、このようなことをするのです。宗教というものは、国境を越え数千年の文化背景を超え、超民族的に信者たちを包容しているので、この壁を崩すということはとても難しいことです。四大宗教であるキリスト教、イスラム教、仏教、儒教がみな数千年の歴史を経てきました。これからこれらが対立して争うようになると、世界の平和は破壊され、人類は滅亡するというのです。
このような観点から見るとき、このような教団はどのようにして闘わずに戦いをやめて、一つの平和の世界に向かって互いに交流しながら、連合体制をとるようになるかということが問題です。これは、私たち人間よりも天が、霊界がそのように志向することを願うので、その願いに従ってレバレンド・ムーンは統一教会という名前を中心として、世界的な運動を展開しているのです。(二一〇−一一七、一九九〇・一二・一七)
八 科学技術の発展と平準化、そして平和
人間が科学を発達させた動機には、様々なものがあることを知っていますが、究極的にはあくまでも、人間共同の福利、すなわち人類共同の平和と繁栄を実現することにあると見て間違いないでしょう。しかし、科学の領域が細分化されて、その方法がより一層分析主義に流れたために、人類共同の福利という価値的な方向とは少し違う方向に発展してきたと思うのです。(六九−二三六、一九七三・一一・二六)
科学者の中には、各自の専門分野によって、時には当面の研究に没頭するあまり、人類福祉に貢献するという精神を忘却する場合もありますが、大部分の科学者たちの基本姿勢は、人類の平和と繁栄に寄与するということだったことは、疑いようのないことです。科学には様々な分野がありますが、そのどれも人類の幸福の実現を目標にしない部門は一つもありません。物理学、化学、医学がそうであり、生物学、地質学、天文学がそうです。(六五−二五五、一九七二・一一・二六)
人間が科学を発達させた究極の動機は、人類の平和と繁栄の実現にありましたが、専門化された科学の具体的方法は、当初の価値的方法と一致することができなかったのです。人間の科学に対する期待は、主体である人間の福利でしたが、科学の成果は、人間の対象である物質的環境の開発となる場合が大部分だったと思います。したがって、機械技術による物質的生活の向上を試みた科学や政治、経済的平等の理論が人類の真正な幸福を保障することは難しくなったので、科学者たちは、もう一つの使命を自覚しなければならない、という結論が出てくるようになります。
科学時代に生きている現代人は、人間の内面性の洞察を通して、絶対秩序を根本にした新しい倫理的標準を確立することを強調しています。その新しい倫理は、自然を愛し、人間の価値を再検討し、人間相互感の愛、そしてその愛の根本である神様を求めることを願います。学者たちは、外的な技術や科学革命と共に、全人格的完成と平和世界理想を成就する文化革命、精神革命を成し遂げる課題を抱えているのです。(一三五−二二七、一九八五・一一・一九)
科学技術においても、私のもっている基盤は大変なものです。今、ドイツに工場を四つ買いました。世界で一番大きな機械を造ることができる実力をもっているのが私たちの工場です。それでドイツの技術を完全に習得したのです。それで今、共産党、あの中国共産党を誘引しているのです。一九八一年度の「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)で提案した平和高速道路を中心として、「あなた方がどんなに言っても、体質が変更される。あなた方に一番必要なのは機械だ」と、中国共産党に言って製鉄工場を合作するのです。機械技術がなければ製鉄工業は絶対に開発できないのです。
セラミックを研究したのも、皆さんのためではありません。世界人類のためなのです。個人の会社のためではありません。世界人類のために共義の材料として与えるのです。万民の平和と幸福の理念を促すための材料であって、個人の欲望を中心として自分自身の利益を追求するそのようなものではないというのです。思想が違います。(一六五−一八二、一九八七・五・二〇)
技術というものは人類のものです。ある特定の国のものではありません。ドイツの技術、日本の技術、アメリカの技術、これらを世界の技術として拡大させなければならない責任があり、それが正義の旗を掲げて前進する男の道だと考え、人類が望む平和の基地を築く道だと考えたので、十年前に技術平準化を主張したのです。(一九六−一一二、一九八九・一二・三一)
私がアジアの平和のために、香港地域とハルピン、ハバロフスク、新義州、天連地方、その次にはウラジオストックを中心とする大工業団地を開拓するのです。中国人や日本、韓国、ソ連人たちも考えられないことを、平和を愛し、愛護する私がするのです。そのために莫大な財源を西欧社会から引き入れるのであり、莫大な技術を引き入れるのです。技術は、私が既にもっています。何でもつくれます。血のにじむ苦労をしながら開拓したのです。誰の世話にもなりません。今、私がやれば、なんでもすべてやれます。国がありませんが、国以上の基盤をもっていると自負する人です。中国がそれを知っています。(一九三−一七七、一九八九・一〇・三)
ドイツの今後を心配する人々が調査をしてみると、文先生以上にドイツのことを考える人はい ないというのです。十年前からずっと話していることを工場長がすべて録音しておきました。テープを聞いてみると、その時にはその人がレバレンド・ムーンだということを知りませんでした。「いや、これは既に……! 数年前からドイツのすべての工場をずっと回って見ながら、スパイのようなことをしてきた」と言うでしょう。その時語った、その内容が科学技術平準化運動です。ドイツを越えて世界、平和の世界に連結するのです。彼らには分からない話です。話した内容を 聞いてみると、反対することは何もないのです。尊敬する内容しかありません。(一九二−二九三、一九八九・七・九)
「パンダ」(PANDA)計画の目的の中の第一は、平和のためということです。お金をもうけるためではありません。その重要な内容は、東洋の平和のためなのです。世界平和を成すことを目的にして東洋の平和を結束するためなのです。
二番目は、共産主義根絶です。今から三年、五年後を考えてみてください。大きな事件です。東洋の平和計画と共産主義根絶、それで「統一思想」と中華思想を一体化させるのです。中華思想と一体化運動です。中国の中華思想が世界の中心思想になりつつあるでしょう? それを一体化させるのです。自然に一体化するのです。
今、共産主義が大変です。それは、弁証法的な憎悪の哲学を中心として正反合の理論をもっています。それは和合のハーモナイズ、闘争の弁証法ではなく、神様を中心として和合すると共産党以上の体制を固めることが可能です。「統一思想」と中華思想の一体化ができると地上天国実践時代に入っていきます。(一九二−二五一、一九八九・七・四)
神様が万民の平和の武器として下さった科学技術を、特定の二国が使用して世界をむさぽり、幸福になることを神様は容赦されません。万民の幸福のために人間に下さったのが科学技術です。特定の白人だけがその恵沢を享受し、平和を無視した武器として使用することはできません。そのような観点から先生は技術平準化を語るのです。そのようにすればアメリカが反対するでしょう。先進国である日本も反対するでしょう。それで中国を選びました。
ところが先生は、中国に会社の事務所が一つもありません。彼らは五年間続けてきましたが、先生は昨年十一月から六ヵ月間できれいにしてしまいました。それはどのようにしてやったのでしょうか。まず平和高速道路で建設構想を発表しました。彼らはそれを知っていました。「ああ! 素晴らしい。平和高速道路は中国の基礎を築くものだ。それは重大な事業だ」と言いました。今まで聞いたところでは、文先生は共産党を悪辣に反対する人だと思ってきたのに、延辺に工科大学を建設したというのです。六階建ての建物で立派な大学を建てました。(一九〇−一七七、一九八九・六・一九)
中国は今、先生の側に抱き込まれるようになっています。今、中国は、重工業化が必要で、中小企業の発展が緊急に必要です。それは、文先生と手を結ばなければ世界的に効果を得る道がないということをよく知っています。文先生と手を結べば、三十年飛躍し、文先生と手を結ばなければ大変なことになります。日本と外交を結んでつくった合弁会社制度では何十年もかかります。けちな日本が科学技術を譲渡しません。アメリカもそうで、先進資本主義国家に対してはそれが不可能です。そのような世界の現状の中で、一九八一年、第十一回「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)で先生は、科学技術の平準化を世界に提唱しました。私がもっているすべてのものを中国に譲渡してあげようというのです。なぜでしょうか。アメリカも中国を消化できませんし、ソ連も消化できませんでした。その中国を先生は科学技術によって消化します。(一八三−七二、一九八八・一〇・二九)
私は、世界全域にかけて築いた科学技術の基盤を中心として助けてあげようというのです。それで世界の科学技術の平準化のために、一九八一年度に「先端科学技術は一つの国家に属するのではなく、世界平和のために全世界、全人類に属している」と宣言したことがあります。アメリカのような一つの国を中心として科学技術を準備するのではなく、全世界的な目的によってそれを使用しなければならないというのです。(二一五−二〇一、一九九一・二・一七)
十三億の中国を除外しては平和を論じることができません。それゆえに、中国を料理しなければなりません。料理するためには、それらの行く道の障害物を取り除いてあげなければなりません。それで中国が私の世話にならずにはいられないのです。先端の科学技術まで伝えてあげようと思います。
それでは、なぜ「科学技術を中国に分けてあげよう」と言うのでしょうか。皆さんがこれを知らなければなりません。ソ連とアメリカが軍縮問題を中心として、核武器まで国際法によって合意したといっても、それ以後にアメリカとソ連が本当に武器を売らないだろうかというのです。武器を売らざるを得ないのです。アメリカは今、経済的に疲弊状態に入っているので、莫大な資源をここから工面しなければならないのです。ですから、武器の売買を世界市場を中心としてやらなければならないので、ソ連と競争をせざるを得ません。このようになると、どんなに核削減だとか何だとか合意したとしても、それは掛け声だけになるのです。それで世界平和を成すためには、すべての技術を中国に植えてあげなければならないのです。(二一〇−六七、一九九〇・一二・一)
今は、軍事武器を光力払う時代は過ぎました。ですから、軍事産業を平和産業に転換させなければなりませんが、平和産業基地になれる所は、世界で中国とソ連とアジア地域しかないというのです。五十億人類の中で三十二億がここに住んでいます。それでアジア圏に手をつけなければならないのですが、日本は手をつけられません。なぜかというと、日本はアラブ圏から石油を輸入してくるので、日本がイスラエルに手をつけると政治的問題が起きるのです。それで日本は手をつけられません。ですから、手をつけられる国は、この韓国しかないのです。(二一〇−六九、一九九〇・一二・一)
第二章 南北統一と世界平和
南北統一と世界平和
第二章 南北統一と世界平和
一 世界紛争の縮小版韓半島
今日、大韓民国を見ると、南北に分かれているので、いくら民族を取り戻したとしても一つの主権を取り戻すことはできないのです。南北が分かれているので、一つの主権を取り戻すためには、民族が団結して闘わなくてはいけません。この民族がそのようにして主権を取り戻したとしても、その主権だけでは「すべでが成された」と言うことはできません。主権を取り戻したなら、世界に向かっていかなくてはいけません。主権を犠牲にするということがあっても、世界を取り戻す闘いの行路を経なくては、神様が取り戻そうとされる平和統一の世界は来ないのです。(四八−三〇九、一九七一・九・二六)
アベルを中心として、カインを屈服させるようにしなければ平和の世界は来ません。ですから、韓国問題は、世界の政治が解決される時まで統一を期することはできません。このような結論が出ます。(五〇−二五二、一九七一・一一・七)
南北統一は、私たち民族の念願であり、宿願です。私たちは全員倍達(注一朝鮮の上古時代の名称)の民族として、五千年の悠久な歴史をもち、燦爛とした文化と美しい風俗、優れた言語を使う平和愛護の単一民族でした。このような血筋を受けた倍達民族、一幅の絵のような三千里錦繍江山(注一錦繍のように美しい国という意味での朝鮮の別称)私たちは、宿命的に離そうとしても離すことができない同一運命体であったのです。(一六四−一八六、一九八七・五・一五)
神様がこの民族に十字架を背負わせたのは、この民族を召命されるためです。この民族は、長い間、天を敬い、道義精神と平和精神をもち、長い試練に打ち勝った受難の民族であり、善の民族であったため、召命されるに至ったのです。ですから、終わりの日に人類を救援するために摂理史的祭物になったのです。数千年の間、苦難の歴史を過ごしてきた韓国は、最後に人類の救援の祭物になり、分断という世界史的な十字架を背負ってすべての試練に打ち勝とうとしているのです。(一三五−三四五、一九八五・一二・一六)
韓国を中心として見るとき、アベル国家とカイン国家がなくてはならないので、三十八度線を中心として南北に分かれたのです。ここでカイン国家である北朝鮮がアベル国家である韓国に屈服しなくては世界平和が来ないのです。ですから、見てください。国も二つに分かれているし、土地も二つに分かれているではないですか。世界も大きく見ると、民主世界と共産世界に分かれています。この分かれた民主世界と共産世界の接線になる所が韓国です。ですから、韓国の統一は、世界統一の一つの方案になるのです。(三四−二七五、一九七〇・九・一三)
韓民族を「倍達民族」と言うでしょう? 倍達民族とは何ですか。配達(注:韓国語の発音では倍達と同じペダルと読む)夫という言葉があるでしょう? 倍達民族という時、「達」の字は「通じる」という意味の達でしょう? 配達夫は何をする人ですか。知らせを伝える連絡兵です。ですから、この民族は、世界に知らせを伝える連絡兵です。名前が本当に良くできています。これがすべて原理的です。また「白衣民族」とも言うでしょう? 白というのは平和を象徴するのではないですか。誰でも、夜でも昼でも、標準にすることができる色が白です。赤色や黄色は、夜には表示として使えません。夜の表示にすることができるのは白だけです。ですから、白衣民族が世界の標準になることができるのです。(一二四−二九一、一九七〇・九・一三)
今日、この民族の前に三十八度線が横たわっているのは、それほど大きな試練ではありません。これは、私たち民族を中心とした三十八度線ですが、その次にはソ連と中国との、もっと強くて、もっとひどい三十八度線を越えなければならないのです。民族が解決すべき平和の基礎を整えるためには、もっと大きな三十八度線までも解決できる勝利的基盤を整えなければなりません。(三五−二四、一九七〇・九・二七)
分断された国家にならずしては、み旨の基盤を成せない立場になるのです。祭物のように分立された立場でなければなりません。ですから、この世界は、民主陣営と共産陣営に分かれた国を中心として問題が起きるのです。今、世界的に見ると、そのような国は、韓国と中国とベトナムとドイツがあります。このように分断された立場にある国々を中心として民主世界を統一し、共産世界を屈服させて収拾しなければ、世界の平和はあり得ません。
このように、霊的世界において讒訴できる因縁が地上世界に実体的に顕現された所が板門店です。したがって、ここで共産世界のすべての国家が平和の旗印をもち、内外に自分のすべての環境と権限を捨てて自ら敗者の立場に立ったと、ありのまま告げることができる時をもたずしては、この地上に平和の天国は来ない、ということを皆さんが知らなければなりません。(三七−二九七、一九七一・一・一)
今日、マスコミや電信網がどれほど発展したでしょうか。スイッチさえ押せば、三十分以内に世界のどこにでも、望みどおりにすべてのものが伝達されるのです。このような情勢圏内で、韓国が平和的南北統一をして世界にない勝利的福祉国家を創建したという時には、世界の万民は、「見るな」と言っても見ようとするのであり、「来るな」と言っても来ようとするのであり、「ついてくるな」と言ってもついてくるのです。ですから、私たちは、団結しなければなりません。そして、すべての精誠を尽くさなければなりません。(三七−三一九、一九七一・一・一)
人間は、誰もが平和の世界を願い、一つの世界を願いますが、この世界はただそのままで一つになることはできない、と認めているのです。民主世界は民主世界なりに、共産世界は共産世界なりに、自分が主張する立場で世界を一つにできれば、と考えているのが現状なのです。それでは、民主世界の前に共産世界が一つになることができるのでしょうか、あるいは共産世界の前に民主世界が一つになることができるのでしょうか。このような問題をおいて見るとき、これはとても難しい問題にならざるを得ないのです。
この争いがいつ終わると思いますか。この争いが続く限り、一つの世界、あるいは平和の理想世界は来ることができません。それでは、私たちが世界を中心として統一を模索し、理想世界を模索する前に、一つの国家を中心として、「私たちの国は統一された国であり、理想世界に代わり得る国だ」と言うことのできる国がありますか。それも可能ではないのです。(五三−九、一九七二・二・四)
今日、人工衛星よりももっと偉大な天工衛星を打ち上げることのできる基地に、この三千里半島(注:朝鮮半島)はなり得ない、と誰も否定できないのです。人類平和の基地を開き、誘導弾を打ち上げることができ、最も世界が飛躍できる基地として登場するというのに、それに反対する人がいますか。(二二−一六七、一九八二・一〇・二四)
これから大韓民国が、世界で生き残って世界万民の前に歓迎され得る国になるためには、大韓民国の主権と大韓民国を犠牲にして世界を生かそうと十字架を先に背負う民族にならなければなりません。十字架を通して勝利の基盤ができ、平和の王国が建設される日には、十字架を背負う民族がその時に栄光の出発点に立つのです。(一二五−二四四、一九八三・三・二七)
西ドイツと東ドイツの対峙状況よりも、北朝鮮と韓国の対峙状況のほうが民主世界と共産世界の問題が大きく絡まっているのです。ですから、韓国が共産主義に勝てるということを設定できない限り、韓国民族の統一、韓国民族の平和世界は訪れることができないのです。
この国が平和になるためには、いずれにせよ、ソ連と民主主義が対峙するこの世界史的な根本問題を解決しなければならないと思うのです。これは、レバレンド・ムーンが見る観点ではありません。摂理から見で、神様がいらっしゃるならば、神様が地上世界に対する摂理上の一つの焦点を考えれば、そのような観点が設定されるのです。韓国は、強大国の間にあるので、どの時代にもソ連、中国、日本のような国々が、未来の世界に自分の勢力圏を拡張でき、内的な実力をもっている限り、いつでも問題になるのです。そのような観点から見て、民主世界と共産世界の対峙点というものを初めから考えていたのです。
このように見るとき、これから民主世界と共産世界を越えたのちの一つの世界を考えながら、世界のこの根本問題を解決しなくては韓国に平和の基地がないと思うのです。国家理念において民主主義ですが、民主主義というものは、思想的な面で世界的に統一された内容がありません。共産主義の思想的体制が、世界制覇という内容を中心としてなされている、ということをはっきりと知らなければなりません。(一三〇−七三、一九八三・一二・二六)
私と統一教会の基盤は、徹底して天のみ旨に従って「ため」に生きながら築いてきた基盤です。ユダヤ教とキリスト教の迫害をくぐり抜け、東と西の無理解を飛び越えて勝利した基盤なのです。韓民族と韓国が、私の世界的勝利基盤の上で世界のために生きる生活をするようになれば、神様がアメリカに下さった歴史的祝福以上の福を韓国に下さると思います。このようになれば、韓国は苦難を克服するだけでなく、世界の前に真と愛と平和の中心になるのです。神様が韓国を愛されるのは、韓国だけのためではありません。韓民族が世界のために生きる時、・初めて神様が韓国に下さった祝福が実を結ぶのです。(一三五−二三八、一九八五・一二・一一)
韓国民族は、本来東夷民族として戦争を嫌い、平和を愛護する民族です。それゆえに、中国大陸を捨てて半島に群がったのです。孔子も東夷民族を賛美しました。「そこに聖人が住む」と言ったのです。「自分の願いとは何かというと、この東夷民族の所へ行くことだ」と賛美しました。(一七九−二九、一九八八・六・一五)
韓国は、南北に分かれて四十年の間対峙していたので、完全に風土が違います。共産主義と民主主義の体制が違います。言語さえも違います。彼らが話す「平和」と「自由」の概念が違うというのです。最近、「民衆民主主義」ということをよく言いますが、根本的に違います。それは、プロレタリア独裁を中心として、そこに違反する反動分子たちをすべて除去した立場で、反対のない位置で、平和の基準を主張する民主主義です。そのような術語の偽装法を韓国が知らないでいるというのです。韓国は全く知らないのです。(一七三−二一九、一九八八・二・一八)
皆さんが知っているように、共産主義であるソ連と中国が分かれ、ソ連自体も経済政策の対策として不可避的に平和主義を掲げて、西欧社会と自由世界に接近してきている立場にあるので、今北朝鮮は、相当に難しい立場にあります。中国についていくこともできず、ソ連についていくこともできないというのです。なぜそうなのかというと、韓国を赤化するために軍事力ばかりを拡張させてきたので、それをチェンジするということが大変難しい立場にあるからです。(一七三−一九八八・一・三)
民主と共産に分断された韓半島は、世界の中心地として、私は、南北統一こそ世界平和統一の鍵になるということを知って、今日まで世界の至る所でこの課業のために全身全力を傾けてきたのです。私が北朝鮮を訪問して金日成と談判したのも、このことのためだったのです。(二二九−八〇、一九九二・四・一〇)
白衣民族というのは驚くべきものです。白色は平和を表示するのです。それゆえに、中国人、日本人、韓国人、この三国の人々が中国あるいはソ連のシベリアの大地で殺し合ったりしている中でも、韓国人は、刀を持ち歩く人が一人もいません。しかし、日本人の死体を見ると、ほとんど刀を持っており、中国人も同じで刀を持っているのです。韓国人がただ一つ持っているものは、火打石だというのです。どこか道のない所でも、火をつけられる秘法をもっているのです。これは、真理の拡散を象徴するのです。
タバコを吸うだけではありません。火打石さえあれば、寒く凍りつく所でも、いつでも火をつけることができ、いつでも生死をさまよう環境を開拓できるのです。そのような始終の核、アルファとオメガの根源をもつ民族は韓民族しかいないのです。それで東方礼儀之国というでしょう? 東洋天地のどこにも侵略してみようとした歴史がないのです。それで今まで犠牲の踏み台だったでしょう? (二二〇−一七四、一九九一・一〇・二〇)
二 摂理的国家(アダム・エバ・天使長国家)
万一、韓国と日本と中国の三国が一つになった場合には、これはアジア的問題になります。アダム国家、エバ国家、天使長国家の基準が平面的に復帰される場合、これはアジア的問題になります。この三つの国がアジアの平和のために先頭に立って立てようとする伝統基準は、民族の基準を超越して、国家の基準を超越して新しい理念で結合しなければなりません。結合したその伝統が、どのような国から見ても、自分の一つの国家を中心とする伝統とは違うということが認定されるとすれば、アジアのすべての国家は結合されます。そのような伝統基盤をいかにつくるか、ということが問題なのです。(四〇−一三一、一九七一・一・三○)
大韓民国は、日本の圧制下でどれほど多くの血を流したでしょうか。血をまくことによって始まったので、血をまくことによって国家を刈り取らなければなりません。これが他の民族を通して既に成されたにもかかわらず、大韓民国がみ旨を受け入れることができないことによって、第二次的により大きな怨讐に出遭って突然血を流したのが正に六・二五動乱です。六・二五動乱が終わったからといって、国の統一がもたらされたわけでもなく、平和の国権が成されたのでもありません。国家は両断され、今日、信仰者が歩むべき道は、さらに疲弊するようになったのです。(四三−二七四、一九七一・五・一)
アジア圏で復帰基台、復帰の環境を中心として見る時に、誰が天使長でしょうか。アジア圏天使長は蒋介石です。天使長は蘇生型です。なぜ蘇生型として展開するのかというと、先生を中心として三段階で成されていくからです。その次に長成的な天使長は誰でしょうか。アメリカです。完成的な天使長は誰でしょうか。西ドイツです。
それでは、サタン側のアダムと世界的な天使長が一つになっているでしょうか。二つとも分かれています。アメリカも左翼と右翼に分かれた立場です。韓国も分かれなければなりません。一つの国が、ぱっと二つに分かれなければならないというのです。そうでしょう? すべて左翼と右翼に分かれます。韓国も一つの国が二つに、西ドイツも一つの国が二つに分かれました。この二つの国が是非を決めるようになると、世界は、平和の天国時代に入るというのです。韓国統一、ドイツ統一、東西統一が成される日には、共産党は完全に消えるようになります。(四七−二〇五、一九七一・八・二八)
これからアメリカが、いつどのような状態に進んでいくのかということは、多くの人々の関心を引く最も大きく重要な問題です。多くの人々が自由と平和があふれる一つの理想世界を渇望していますが、私たちは、そのような渇望を容易に理解できます。現世界の趨勢から見ると、すべての人々が願うそのような理想世界は成し遂げることができません。したがって私たちの現在の目標は、とても不明瞭で明確ではありません。
アメリカでは、人々をして自らの国家より世界をもっと愛し得るようにする理想を見いだすことができません。したがってアメリカは、そのような理想世界を建設するにおいて、指導的な国家になることはできません。同じように、共産主義であるソ連も、やはりそのような理想世界を建設する指導的な国家になることはできません。アメリカの人々が全人類と全世界の利益のために彼ら自身を犠牲にできるようになる時までは、繁栄の世界、幸福の世界、または平和の世界というものはあり得ません。また、ソ連もやはり同じです。万一彼らが全世界の利益のために、彼ら自身の国を犠牲にすることができなければ、神様の摂理は完成できず、平和の世界または理想世界も完成できません。(五二−九、一九七一・一二・一一)
個人と個人主義は、良いことは良いのですが、大部分のアメリカと西洋の人々は、この二つをあまりに強調しすぎています。ヽその結果、彼らは、彼らの国、民族、家庭、父母、そして、彼ら自身までも失ってしまいました。彼らは、鷹のように風が吹くままに飛んでいっています。これが正に西欧世界に平和がない理由です。(五二−一二、一九七一・一二・一一)
アメリカは、低開発国家を指導しなければならず、そして低開発国家は、アメリカについていかなければなりません。そのように生きるとき、全世界が存続でき、永遠に回ることができます。それらが徐々に早く回れば、結局一つになります。その時、その中心に神様が来られるのです。そのようになれば、一つの平和の世界が存在できるのです。(五二−一八、一九七一・一二・一一)
アメリカには、黒人、白人、そして黄色人など、すべての人種が集まっています。カイン、アベル、そしてセツの子孫たちです。カイン、アベル、そしてセツの争いによって、世界がこのような様相、このような姿になりました。したがって、平和な世界を成すためには、このような三つの民族が一つにならなければなりません。(五二−七七、一九七一・一二・二二)
アメリカ国民は、平和を愛する国民だと自認しています。しかし、完全な平和は、戦争が終わったのちに来るということを知らなければならないのです。アメリカが後退したからといって、共産党も後退すると思いますか。アジアからアメリカが後退することによって、インドはソ連の計画圏内に巻き込まれていっています。今、その隣接国家全体をソ連と中国が奪い合いをする結果になりました。共産主義者たちは、思想的な面ではアメリカ、民主世界をのみ込んでしまって余りあると自負しているので、平和攻勢に出てくるのです。
それでは、ここで言う人に対して「それはアメリカに戦争をしなさいということか。あなたは平和主義者ではなく戦争をしなさいという過激な扇動分子ではないか」、このように考える人がいるかもしれません。しかし、そうではありません。アメリカには友達がいません。これが大きな問題です。もしアメリカ国民が「世界のためにいくらでも犠牲になっていく」と言うことができる国民になれば、アメリカは絶対に滅びません。滅びないというのです。時になってきたので、それぞれの国々は、すべて兄弟国家です。(五三−七三、一九七二・二・九)
悪は、自分が優勢な時は、いつも攻撃します。皆さん、韓国動乱が終わった一九五三年以後の、二十年間の金日成を見てください。平和ですか。とんでもないことです。蛇は舌が二つです。言葉と行動が違うことを皆さんは知らなければなりません。それでは、純真なアメリカ国民に与えた神様の特権的な権威を今、どこに行って見つけることができるでしょうか。神様の威信と権威を中心として、悪なる勢力を防ぐ防波堤をつくろうとした基盤をどこに行って見つけるのかという問題を考えるとき、神様のみ旨を知って、他の人が知らないこの道を行く私としては、悔しく胸の痛む思いをせざるを得ません。(五三―一三四、一九七二・二・一三)
アメリカには、新しい運動に火がつき始めたのです。若者たちが世界をつかんで、国をつかんで、民族をつかんで、社会をつかんで、家庭をつかんで新しい出発をする運動が始まったのです。この動きが、今まで反対的な立場で家を離れた群れよりももっと強力に動き出す時、アメリカには新しい希望が芽を出すと見ているのです。そして、アメリカ国民を覚醒させてい時を失うかもしれない危機一髪の瞬間にある宗教人たちを覚醒させて、神様が尋ね求めてこられた自由と平和の世界、祝福の世界を相続させてあげなければならないというのです。(五三−三二二、一九七二・三・五)
来られる主が平和の世界を成す一つの理想世界を創建するにおいて、誰から手を結ばなければならないでしょうか。共産党ではありません。イスラム教ではありません。キリスト教文化圏と手を結ばなければなりません。それが一つになって、すべての面で神様を確実に教えてあげ、理論的に共産党を屈服させなければなりません。世界的な宗教も同じです。このようにできる世界的代表国家がアメリカであればうれしいですか、韓国であればうれしいですか。神様の側から見ると、世界を動かすことができるアメリカを中心として行えば早いというのです。このような責任を担わせるために、神様がアメリカをこのように祝してあげたにもかかわらず、アメリカがその責任をすべて果たし得なくなるとき、アメリカの将来は悲惨にならざるを得ないというのです。(五四−五二、一九七二・三・一〇)
中世のローマ教皇庁は何をしたのでしょうか。宗教が精神的な立場、心的な分野に責任をもち、ローマ帝国が外的、体的世界に責任をもち、心的宗教が体的な国を指導できる力量を備えなければなりませんが、そのようにできませんでした。宗教を主として、国家を通してすべて搾取するということをしたのです。それは反対です。原理に背くことなのです。心が犠牲になって体を引っ張っていかなければならないのと同じように、天倫を正すために、宗教指導者たちが犠牲になって政治指導者を引っ張っていき、万国の幸福と平和のためにプラスとなる原動力とならなければならなかったにもかかわらず、それと反対のことをしたのです。(八一−二三七、一九七五・一二・二八)
天使長国家がアメリカであり、エバ国家が日本であり、アダム国家が韓国ですが、この三国が結束して誰と一つにならなければならないのでしょうか。新しい一つのみ旨をもって来られる主が韓国に現れるので、世界を一つにできる思想体系を備えて来られる再臨主と一つにならなければなりません。それで霊的なキリスト教文化圏の結実を肉的文化圏の結実の上に結び、イエス時代にアラブ圏を中心とする霊的基準とアジア圏を中心とする肉的基準を統一できなかったことを、歴史時代に再びこれを結束させ、アジア帝国を統一して、中東、すなわちアラブ圏まで統一してイスラエルの解放を終えてこそ、この地上に平和の天国が実現されます。統一世界になります。これが摂理観だということを知らなければなりません。(八一−二五〇、一九七五・一二・二八)
個人的にもカインとアベルがあり、家庭にもカインとアベルがあり、氏族間にも、国家間にもカインとアベルがあります。先生は、このすべてのものを連結させるために闘ってきました。世界もやはりカインとアベルに分かれています。過去二十年の間、共産主義が勢力を得るようになりました。一九五〇年に中国は、国連から侵略者、平和の破壊者として非難されました。ところが二十年が過ぎた今、中国は、国連の加盟国になっただけでなく、安全保障理事会の理事国にまでなりました。(五二−七一、一九七一・一二・二二)
天使長は、自分自身の利益のために人間の種を犠牲にしてしまったのです。そして、その種がそのような間違った動機から芽が出ることによって、世界が間違った形で発展してきたのです。天使長は、自分の欲望が間違っていたにもかかわらず、自分の欲望を達成するために、他の人々を犠牲にしてしまいました。この世の統治者たちは、自分の利益のために他の人々を犠牲にしてきた人々でした。ですから、より強い人が統治力をもってきました。個人間に始まった争いが家庭、氏族、国家、そして世界の争いとして拡大しました。したがって、そのような動機と欲望によっては、平和はあり得ず、理想世界はあり得ません。(五二−一〇、一九七一・一二・一一)
メシヤの歴史とカインの歴史は違うのです。カインの歴史はサタン世界なので、そのままこの世の歴史であり、メシヤの歴史は、神様を中心とした歴史なのです。ですから、今まで神様とサタンが対立してきたのです。神様がプラスならばサタンはマイナスにならなければならないのに、プラスになっているので反発するというのです。したがって、これをマイナス圏にして、サタンが絶対屈服できる因縁を通さずには統一ができないのです。統一されなければ、エデンの園、平和の世界は出発することができません。このようになるのです。
この世は、そのままカインなので、天の側がアベルになってこの世に来なければならないのです。それでカイン、アベルの歴史が問題になるのです。それは何かというと、エデンの園で堕落しなかった本然の形をもってきて、それに合わせるためにしなければならないのです。そして、一つになる所には平和、争う所には戦争、その次には破壊と滅亡が訪れるのが原則です。そのために、アベルは何をするために来る人なのでしょうか。争いに来る人ではありません。統一して平和を成すために来る人です。(五七−一六五、一九七二・五・三〇)
世界の数多くの国々には、サタン的な親玉たちが勢いを得ています。まだチャンピオンが出ていないので、今までサタン的な親玉たちがたたいたり、引き裂いたりして自分たちの思いどおりにしたのです。それで神様は、世界のチャンピオンを送って、これらをたたき壊そうとされるのです。世界的イスラエルのチャンピオン、天地のチャンピオン、心情のチャンピオン、統一のチャンピオン、平和のチャンピオン、幸福のチャンピオン、愛のチャンピオンを立てようとされるのです。(三八−一八五、一九七一・一・三)
今まで先生は、全世界に四カ国を連結させる仕事をしてきました。世界の国家の代わりに蕩減して、その国々と相対的関係を結ぶために、百二十カ国に宣教師が出ていきましたが、ドイツ人、アメリカ人、日本人が行ったのです。三カ国の人が一つになれというのです。このようになる日には、先生を中心として全世界に起点ができることによって、その国がそこで一つになるのと同時に、全世界に連結されて一つの平和の王国に連結されるのです。それでこの三カ国の怨讐たちを集めて、「お互いに自分の体のように愛しなさい!」と命令をしたのです。(一二二−四六、一九八二・一〇・三一)
アメリカは、今までアメリカの国だけのためのアメリカになってきました。それではいけないのです。世界のためのアメリカとして世界を導き、世界をリードしなければならないのです。このような出発がなされなければならないのに、それができなかったのです。どこまでも世界をアメリカの支配下におくことを願ったのです。アメリカの利益を追求するために神様を見捨てたのです。弱小民族、弱小国家の被害を忘却しました。全世界人類のための平和の世界創建ということを忘却してしまい、アメリカだけのために勝利的基盤を相続しようとしたので、ここから神様の役事は離れたのです。神様が世界的に活動できる基盤ができなかったのです。それが問題だというのです。(一四八−一四四、一九八六・一〇・八)
韓国は小さくないですか。満州、中国自体が昔は韓国の活動舞台でした。東夷族といって有名でした。万里の長城が三重になっているのは東夷族のせいです。今の中国は蛮族でした。韓国人は戦争を嫌います。平和の民族です。伝統的歴史から見ても、韓国はアダム国家です。日本は、どんなに見てもエバ国家ではないですか。島は女性の象徴ではないですか。日本は女性の陰部のようで、韓国、半島は男性の生殖器のようです。それで互いに抱き締め合って喜ばなければなりません。(一九二−三一九、一九八九・七・九)
第一イスラエル、第二イスラエル、第三イスラエルがあります。第一イスラエルはユダヤの国です。第二イスラエルはアメリカであり、第三イスラエルは韓国です。その三つは兄弟です。三兄弟です。アダム・エバとカイン・アベルでしょう? このように見るとき、連合国であるフランス、アメリカ、イギリスと、枢軸国である日本、ドイツ、イタリアも一つにならなければならないのです。一つの家庭で血統を混ぜて平和の家庭をつくらずに、互いに敵愾心心を抱いているとどのようになるでしょうか。一つになることは不可能です。(二五一−三九、一九九三・一〇・一五)
私は、真なる平和が持続される世界を建設しようという神様の計画において、ソ連はとても重要な役割を担うだろうと信じています。私の祖国韓国と国境を接する極東から、西欧文明の発祥地であるヨーロッパの中心部に至るこの広大なソ連は、ヨーロッパとアジアの橋の役割をする運命をもって生まれました。私たちは、私たち自身を地球という一つの家で一緒に暮らしている一つの地球家族だと考えなければなりません。(二〇一−二一三、一九九〇・四・九)
中国の北京政府が今、文総裁をどのように思っているか知っていますか。それは、自画自賛のようなので私は語りませんが、毛沢東は後ろに退きなさいというのです。毛沢東は、民族解放をすることはしましたが、世界平和を建設できる内容がありません。毛沢東の思想は、弁証法の論理なので、今まで闘争論理を介在させて戦略戦術を取ってきたのです。しかし、文総裁は、闘争論理ではなく和合論理です。和合論理を通して戦略戦術を成就させ、既に弁証法的闘争論理を吸収した段階に入ったのです。理論的に歯が立ちません。どのような哲学家や宗教家でも、すべて私に惨敗しました。(二〇六−一九二、一九九〇・一〇・七)
三 統一の原則「平和統一」「真の愛による統一」
大韓民国を中心として見るとき、私たちの所願とは何かというと、南北朝鮮が統一されることであり、さらに範囲を広げて世界を中心として見るときは、民主世界と共産世界が、闘争せずに一つになって平和な世界を成すことが私たちの所願なのです。(四一−九、一九七一・二・一二)
統一方案は、大韓民国、南北で成されるものではありません。人間自体における心と体の争いをどのように終わらせ、心が主導権をつかんで平和の基準を維持させることができる体の圏をどのようにしてもつのかというのです。その体を連結させると世界になるのです。ですから、天国の拠点は心です。(四七−二七二、一九七一・八・二九)
今日、世界で一番の膨大な軍事力をもつアメリカがベトナムで数年の間争っていますが、いまだに平和を成すことができないのを見る時、軍事力をもっては解決できないということを立証する段階に入ってきたのです。また民主世界のイデオロギーや共産世界のイデオロギーでは、一つの世界を模索できないのです。イデオロギー時代は過ぎていきつつあります。(三九―三四七、一九七一・一・一六)
統一方案は、どこにあるのでしょうか。それは、外部にあるのではなく、内部にあります。統一方案をどのようにしなければならないのかというと、私の心と体の争いを平定させて、心が先に立つようにしなければなりません。そのようにして、心が「行こう」と言うとおりに私の肢体が行かなければならず、家庭が行かなければならず、社会が行かなければならず、国が行かなければならず、世界が行かなければなりません。このようになれば、統一は自動的に成されるのです。しかし、今日、このような結果をもってくることができるでしょうか。ソ連で「平和共存」と言っていますが、それは虚飾です。偽装戦術だというのです。(三九−二六六、一九七一・一・一五)
南北は、銃剣で一つになることはできません。神様のために生きる心情的基盤に従っていかなければなりません。本質的な平和の路程から外れては不可能です。天運が和合してくれないのです。
大韓民国をどこに引っ張っていかなくてはいけないでしょうか。愛の園に引っ張っていかなくてはいけません。権力の園ではありません。策略の園ではありません。本当の愛の園に南北を引っ張っていく時、南北はここから解決されるのです。父母を中心とした兄弟の因縁をもって消化させなければ、平和の世界は出てきません。(一六八−二二三、一九八七・九・二〇)
今日、この世界が平和の世界になるためには、どのようにしなければいけないでしょうか。この分かれた国々を戦いによって解決しようとしてはいけないのです。戦いによって植えられた歴史を、戦いによって収拾することはできません。戦いによって植えられたので、戦いではないもので収拾し得る道が出てこなければ平和は訪れません。
今日、皆さんがベトナム戦争や韓国の情勢から推し量るとき、平和によって解決されなくてはならない日が私たちに近づいてきているのに、平和によって解決する方案がないことが私たちにとって苦痛です。世界はここにかかっているのです。戦いをしてもうまくいくとは思えず、何をしてもうまくいくとは思えない立場でうめいているのです。そうです。武力では平和の世界を紹介することはできません。これは、神様が嫌われることです。(六二−九三、一九七二・九・一七)
私たちが願うことは、アイディアル・ソサイエティー(理想社会)で暮らすことなのですが、このような混沌と矛盾の世の中で生きているので、どのようにしなければならないでしょうか。これが問題です。混乱し矛盾したこの世の中を何によって収拾することができるでしょうか。力ですか。力によってできますか。共産党式にするのですか。このやり方で一時はできるかもしれませんが、いつでもそのようにできるのではありません。上がれば下りなくてはいけません。仕方がないのです。最近、ソ連も三年間の凶年に入って大騒ぎしているのを見ると、誰がそのようにしたくてそうなるのでしょうか。天が「下りなさい」と言えば下りるのです。国を越えることができる権力をもっても、平和の世界は来ないということを知らなくてはいけません。そして、知識ですか。知識をもってしてもできません。では、お金ですか。お金でもできません。(一一五−三一四、一九八一・一一・二九)
誰が戦争をさせるのでしょうか。神様がさせるのですか、自分たちでやっているのですか。人がやっているのですが、神様がすべて主管されるのです。帰っていかなければならないからです。しかし、武器を使って平和の世界をつくろうとすることは、神様のみ旨ではありません。またレバレンド・ムーンのみ旨ではありません。力を使わず、愛によってどのように消化させるかを考えていらっしゃるのです。愛によってどのように消化させるのかというのです。(一〇三−一八二、一九七九・二・二五)
今日、この世界に平和をもたらすことは簡単です。韓国が北朝鮮に完全に「ため」に生きたとき、北朝鮮は戦わずに平和が訪れます。ならず者の親不孝息子を感動させる力は、こぶしでもなく、権力でもありません。骨髄からあふれ出る愛の力です。天地の大道から外れた堕落した人々を正すためには、信仰だけではいけません。信じれば天国に行くことができるという既成教会式ではいけないのです。(一七七−二二一、一九八八・五・二〇)
摂理が要求する南北統一は、統一自体が目的ではありません。統一の基盤の上に永遠の自由と永遠の平和と永遠の幸福と永遠の理想を花咲かせるためのものです。ですから、力による統一や相手を不安にさせる統一はあり得ません。相手のために与えて、また与える真の愛による統一にならなければなりません。(二三四−二五八、一九九二・八・二六)
韓半島の葛藤は、先進国と後進国の間の葛藤だけでなく、東西文化の葛藤までもよく現しています。ですから、韓半島の統一は、世界平和と不可分の関係にあるだけでなく、未来の世界の問題を解決することに重要な方向性を提示する指標になるのです。
私は、真の父母の使命を引き継いだのち、この「神主義」を通して世界平和を実現するためにすべての受難と試練を経験してきました。この「神主義」は、人類歴史を通して人本主義に押し出され、物本主義によって忘れ去られた神様を再び探し出して、神様と人間が共に出会う一致点を教えています。(二三四−一四一、一九九二・八・二二)
分断された南北朝鮮を一つに統一させることができる根本原則は、神様の真の愛を通して心と体が一つになった真の個人と真の家庭を成すことです。さらにこの原則は、正に世界が真の自由と平和と幸福を実現するための平和の原則にも拡大することができるのです。ですから、韓半島の統一は、未来の統一された一つの世界、さらに神様と人間までも一つにすることができる重要な契機を準備するものです。
今日、韓国統一と世界平和を議論するこの韓半島は、人類歴史を通じて葛藤してきた神本主義であるヘブライズム(Hebraism)と人本主義であるヘレニズム(Hellenism)の二つの思想が、自由民主主義と共産主義という名のもとに先鋭に対置された理念的対立の歴史的現状です。ですから、韓半島での理念的な分断克服は、すなわち統一された一つの世界を志向する理念的指標になるでしょう。(二三四−二三九、一九九二・八・二二)
真の愛で南北統一をしなくてはなりません。南北統一は、武力でしてはいけません。一度失敗したのに、再び武力ではいけないのです。現在、平和を主張する環境に移ってきていますが、武力ですれば世界の逆徒として追い込まれるでしょう。(二三三−二八三、一九九一二・八・二)
共産主義の問題を解決して世界平和を成し遂げることは、単に理念的対決や教育だけでは達成されないと思います。この世界を生かすには、経済的支援も大変重要だからです。ですから、既に中国に支援してパンダ自動車工業都市を建設しています。
私は、今回、平壌に平和の使徒として入城しました。私は、何かあっても、この韓半島で再び同族同士の戦争を自ら招いてはいけないという固い信念をもっています。このような意味から、最近アメリカ全体で言われている北朝鮮の核施設空襲論は、非常に危険な発想です。
アメリカは、韓国民の生存権を脅かすことに至極慎重であってほしいと思います。私は、北朝鮮との核問題は平和的に解決することができると信じています。相互に尊重する真の対話を通して必ず平和的に解決しなくてはなりません。私は、その対話の道を開こうと考えて平壌に行ったのです。そして、その対話を通して平和的に解決しようとする使命感から、私は、その対話の道を大きく開いて帰ってきました。(二二四−二五三、一九九一・一二・七)
四 南北統一のための統一教会の使命
先生が三十八度線を越えていこうとする前に、眠る時間を削りながらも、自分自ら三十八度線を出入りするための準備をする統一教会の食口(家族)たちにならなければなりません。しかし、果たしてそのような食口が何人くらいいるのかということが疑問です。それだけでなく、民族を超越して国境を越えていき、その国、その民族を生かすために自分の一生を犠牲にしようという人々がどれほどいるのかということも疑問です。そのような食口の数が東西南北にどんどん伸びていくようになる時、統一教会は、自然に世界的な勝利の基盤を整えるようになるのであり、この地球上に平和の王国を建設することができるのです。(三五−一一五、一九七〇・一〇・四)
先生が故郷を訪ねていって祭物を整え、この国が解放されたと祝賀会をもつことができるその日まで、皆さんは総進軍しなければなりません。怨讐たちに踏まれた以北の地を、そのままほっておくことはできません。世界的な大怨讐である共産党を根本的に追放してしまわなければなりません。この世界的な共産党を追い出すまでは、北朝鮮の地に自由と平和をもたらすことができないので、このみ旨を外的に早く早く展開させ、世界の共産党を追い出すために韓国に集中攻勢を繰り広げようというのが私たちの作戦です。(三五−三〇八、一九七〇・一〇・三〇)
今、日本では、白昼に共産党の宣伝や統一教会の宣伝をします。ところが、共産党員たちは統一教会に入ってきますが、統一教会の教徒の中には共産党に行った人が一人もいません。ある県の共産党の幹部たち、立場でいうならば共産党組織部長のような人々が束になって群がってきているというのです。そのようになると、彼らは「ああ、大変だ」と言うのです。それで金日成が朝総連第九次党大会の時にメッセージを送ったのですが、どのようなメッセージかというと、「アジアにおいて勝共連合を根絶するまでは平和はあり得ない」というメッセージを送ったのです。ですから皆さんは、気を引き締めなければなりません。(三九−一二三、一九七一・一・一〇)
金日成を中心とする以北の群れは、生命の脅威を受けて強制で一つになりましたが、私たちは、それ以上に自由と平和があるこの環境で、自らの生命を投入して天の家庭と一つにならなければならないのです。そのようになるところにおいては、金日成を中心として一つになった共産党以上の立場を私たちが備えなければ、神様が私たちを通してサタン世界を制圧するという歴史的な使命を成し遂げることができないのです。(四〇−一八七、一九七一・二・一)
国よりも先に民のために闘わなければなりません。民族のために闘わなければなりません。ところが民族を見るとき、南北に分かれています。民族が分かれていると、主権があるといっても、南北朝解か平和統一できる主権とはなり得ません。一方的な主権にしかならないのです。何よりも一番重要なことは、南北朝鮮を凌駕できる民族的精神基準をどのように一元化させるのかということです。これが、今後の統一運動が力を入れるべき課題だと考えるのです。(四九−九七、一九七一・一〇・九)
皆さんの思想がすべて同じではありませんが、徹頭徹尾「統一思想」に一致して、元凶であるサタンを皆さんの手で屈服させなければなりません。仮に私の体が踏みにじられることがあっても、天の国の平和基盤をつくっておいてから死ぬというくらいの決意をして行くべきなのが、統一教会の女性たちの行くべき道です。それで、皆さんが今、三千里半島に出ていって何をするのでしょうか。韓国にいる数多くの家庭の女性たちは、統一家の女性たちが行く道を見習わなければならないのです。(五〇−二四一、一九七一・一一・七)
今まで力をもつ人々と足をもつ人々(労働者)が勢力をもっていました。彼らが世界を動かすことができました。しかし、そこに勢力をもつことができなかった一階層がありましたが、それは良心家たちです。良心をもつ人々の中で最も高い人々が統一教会の食口たちです。共産党は、「労働者よ、団結せよ!」というモットーをもっています。私たちも一つのモットーをもっています。「すべての良心のある人々よ、一つになって団結しよう!」と言うのです。共産党は中上流階層の人々を否定しますが、私たち良心家は、三つの階層を団結させ得るでしょう。これが私たちの闘いの場です。私たちは、すべての人、すなわち黒人、白人、黄色人をみな抱くでしょう。私たちがそのような人々を動員して共産主義者たちを勝ち抜く時、その時に真なる平和の世界が来るのです。(五二−一三四、一九七一・一二・二六)
神様が望まれる国が取り戻されれば、世界復帰は一瞬のうちにできるのではないでしょうか。一つの国から三つの国さえ越える時には、四つの国になります。そうすれば、世界に四位基台国家の形態が整えられるので、サタンが侵犯できない四方の防御城が築かれるようになります。その時に、初めて平和の世界、天国の沃土が形成されるのです。それが統一運動の求めていく本郷だということを、はっきりと知らなければなりません。そのために、私たちの情熱をかけて、私たちの若い生を役人するために集まった群れが統一の群れであることを、はっきりと知らなければなりません。生の路程をふさいでいる勢力が手強くても、それを粉砕して、解剖して、くまなく根を抜いてしまって一時に遮断するための決意を誓うべき群れが統一の群れであることを、はっきりと知らなければなりません。(五六−二八八、一九七二・五・一八)
堕落は、人間の心から出発し、そこから破綻が起きたので、個人主義思想と物質主義思想にばらばらに分かれて互いに中傷し合っています。民主主義もそうであり、共産主義もそうではないでしょうか。
見てください。ソ連においてフルシチョフは、自分が執権する以前の主権者だったスターリンを撃破させるために、あらゆる心血を傾けて闘争したのです。それはすさまじい闘いでした。ですから、この世の中には平和があり得ないのです。それで今、私たち統一教会は、堕落で出発したもの、堕落後にその文明の目的を願ってきたものを否定して、堕落以前のものを取り戻していこうというのです。これが統一教会の思想です。(六〇−六七、一九七二・八・六)
サタンを屈服させようとするならば、国家を屈服させるだけではいけません。サタンは世界的な主権をもっているので、世界の主権までも追放しなければなりません。そうして初めてこの地球星に解放圏ができるようになるのです。地球星のどこに行ってもサタンが反対する影があっては、神様が自由と平和の園としてつくられたエデンの園の理想が実現されません。地球星にサタンの反対する影がなくなってこそ地上天国が完成するのです。地上でそのことが完了して初めて天上世界の解放運動を始めることができるのです。これが統一教会の食口たちが行くべき道です。(五七−一三一、一九七二・五・二九)
統一教会は、復帰路程で蕩減という怨恨の道を行くために出てきたということを、皆さんは知らなければなりません。しかし、これまでしてきた苦労は記憶してはいけません。この苦労を記憶すれば、民族を恨まなければならず、父母を恨まなければならず、教会を恨まなければなりません。誰かを恨まなければならない哀しい蕩減の道でしたが、過去はみな流してしまおうというのです。そうして蕩減のない自由な平和世界、自由が満ちあふれる復帰天国の環境をつくり、神様の手ぶりを見つめてすべてが拍子を合わせ、神様が喜ばれれば共に喜ぶことができる自由天国を成そうというのです。ところが、その世界を成すために、血と汗を注いで夜を明かし、孝の道理、忠の道理を果たすことができない生涯を残すならば恨めしいことになる、ということを皆さんは知らなければなりません。
最後の瞬間は、私たちの前に近づいてきました。南北に行き道違う国家的運勢を前において、今、統一教会は、困難の中で消えるのではなく、迫害の中で折れるのではありません。国家と共に世界のために解放の民族、平和の建設者、世界最高の責任の実体として、あすの世界を引き継ぐにおいて恥ずかしくない者になるよう、自らの準備をおろそかにしてはいけないということを、このように私が皆さんを訪ねてきてお願いしているのです。そうすることによって、その基盤から初めて新しい家庭であり、新しい民族であり、新しい世界であり、新しい神様の国、すなわち神様が望まれる世界が造成されるというのは当然なことです。(六五−九五、一九七二・一一・一三)
今日、統一教会の思想は、救援の目標を個人においているのではありません。天の国と一つの世界においているのです。国が救援されて太平王国になると、その国の民は太平な民になるのです。同じように、世界が平和の世界になると、その世界圏内に属している数多くの民族や国家も平和な国家圏を成すようになるのです。(三六−一七八、一九七〇・一一・一九)
今こそ三千万民衆が、夫と妻が、南北に分かれてこの国の平和の旗手にならなければなりません。そのようにしていけば、解放の鐘の音とともに三十八度線の境界で、父と母、あるいは夫と妻が互いに抱き合って涙の出会いをし、その三十八度線が天の前に感謝の線になる限り、この韓国は平和統一されるのであり、天の王国に設定されるでしょう。しかし、互いに反目嫉視する悲運の心情を抱いた個々人になる時は、滅びます。それを誰がするのでしょうか。統一教会しかありません。そのような意味で、今度の八月までの祈祷期間は、深刻な期間だということを知らなければなりません。(五九−一六二、一九七二・七・一六)
他人の世話になってもよいといって眠る人の後ろには、怨讐のすれ違う銃の先が待っていますが、他人の世話をして眠る人には平和の解放がやって来るのであり、勝利の栄光の賛美の声が準備されている、ということを知らなければなりません。世の中でもそうではないですか。むちに打たれた人は足を伸ばして寝て、たたいた人は足を曲げて寝るというのです。むち打たれた統一教会は足を伸ばして寝て、たたく既成教会は足を縮めて寝るので、既成教会は徐々に落ちて、統一教会は徐々に伸びていくというのです。それで、私がどこに行っても恥ずかしくないというのです。どこに行っても、既成教会のどんな人に会っても堂々としていられるのです。(五九−二一一、一九七二・七・一六)
北朝鮮の地に入っていって、誰がより国を愛していたかと尋ねるようになる時、彼らが涙を流しながら、「そうだ! 統一教会がそうだ」と言い得る材料を収拾できる時は、既に過ぎました。そうでしょう? 血のにじむ歴史の道、重なり合う歴史的な道を開拓してきたその生活は、悲しいといえば悲しく、悲惨だといえば悲惨でしたが、それが自己一身の幸福のためのものではなく、民族の解放と世界の平和のための天の使者としてそのようなことをしたのだとすれば、これは永遠に歴史に残るのではないでしょうか。
その実績が燦然と輝くようになる時に、この基盤を通して南北朝鮮の解放はもちろん、アジアの新しい解放の鐘の音が響き渡り、世界の解放の運気はここからわき上がるのではないかというのです。それは、言うまでもありません。今までそれを望んできたのです。(五九−一五二、一九七二・七・一六)
韓国を通して、神様が望まれる国をつくろうというのが統一教会の思想です。このことを皆さんは知らなければなりません。韓国から世界に連結し、霊界と肉界まで完全にこれを連結しなければな力ません。そうして、これが神様の前に結束されて初めて、「神様の愛が決定された」という平和の起点がこの天宙間に形成されるのであり、その日が来てこそ天上天下に最後の勝利点が成立するのです。
そうすることによって、神様が初めて笑うことができ、「ああ! 成し終えた」とおっしゃることができ、「私の前には幸福だけがある。私の前には、これ以上憤懣やるかたなく悔しい消耗と犠牲の歴史的な蕩減路程と救援摂理というものはあり得ない」という印が押されなければなりません。この地球星と霊界にいる霊人たちを解放させて、彼らが完全に解放された位置で勝利を賛美し得るその日をもって、初めて最後の勝利点が決定されるのです。それを越えて初めて、天上天下に永遠の平和の王国時代、それこそ幸福が始まる、ということを皆さんが知らなければなりません。私たちは、そのために行かなければなりません。(五七−七〇、一九七二・五・二八)
黄色人種は長男であり、黒人種は二番目の息子であり、白人種が三番目の息子ですが、闘っているこれらを、韓国が「統一思想」を通して統一できるというのです。このようになることによって、神様を中心とする理想的祖国創建ができるというのです。そこから初めて世界は、平和の世界、一つの世界、統一の世界、勝利の世界に収拾されていくのです。そして、地上に天国を形成するのと同時に、神様と一致しなければなりません。天上天国の主体たる神様を地上にお迎えして、統一された一つの天国を形成しなければならないのです。これが統一信徒たちの果たすべき使命だということを、私たちははっきりと知らなければなりません。そうした基盤のもとで、父母と子女が一つになることによって平和の天国生活が始まるのです。(七九−八三、一九七五・六・一)
神様がいらっしゃるということさえ知れば、万事が解決されるのです。神様がいらっしゃることを私は知ったというのです。それでは、神様が主張される平和、神様が主張される愛、{神様が主張される統一、神様が主張・される保護というものは、どのようなものでしょうか。そうして始まったのが統一教会の出発です。(八〇−八一、一九七五・一〇・一四)
統一教会は、正々堂々と権威的な内容を教えていることを理解して、皆さんが感謝していけば、間違いなく一つの世界になり得る統一の日が来るのです。そうして初めで統一世界ができます。そのようになった世界が正に平和の世界です。そのような世界は、争いの世界なのか平和の世界なのか考えてみなさいというのです。どんなに考えても、この道しかないというのです。したがって、有り難くも先生が天地の道理と、神様のみ旨を明らかにし、また人間がこのように行かなければならないということを理論的かつ事実的に明らかにしたという事実は、驚くべき発見だというのです。これが驚くべき財産です。(八一−一五三、一九七五・一二・七)
世界は、文化も違い、生活も違い、言葉も違い、考えることも違い、行く道も違うので、どうなるでしょうか。行ってみると、互いが永遠に対決するようになるのであり、ぶつかるようになるので、戦争のない国はあり得ないのです。また人類は、必ず塗炭の苦しみの中でうめくようになるので、そのような世界は、平和の世界や幸福の世界になることはないのはもちろん、平和や幸福が訪れることもありません。ですから、この機会に私たちがブレーキをかけ、新しい体制でもって吸収する、強い消化作業をしなければならないと思うのです。これが今、統一教会がしてみようということです。(八五−三〇〇、一九七六・三・四)
自分の父母と妻子と別れることは悲惨ですが、そのように別れることを嫌えば、それ以上に悲惨な流血劇が韓国の地、この民族で起こるのです。私の子供がかわいそうで父母が行く道が困難でも、南北を一つにすることによって、韓国の地が平和の基地になり得、神様の世界救道の活動基地になり得るというこの驚くべき事実を知っているので、私たちが凝視する視野には、南北を一つにしなければならないという観点が徹底していなければならないのです。そのような中で、金日成の一族をみなつかんで教育し、私の手で教化し、自然屈服させ、「ああ! お兄さん!」と従ってくるようにしなければならないというのです。(一一三−二八〇、一九八一・五・一〇)
統一教会の新郎新婦たちは、正にこの神様の愛と真理を中心として結ばれた夫婦であり、これから生涯を通して、神様の愛と真理を基盤として家庭をつくりあげようという群れです。皆さんがこの信仰と決意を大切に守っていく時、神様と人間の理想である愛と幸福と平和の世界は、地上に必ず実現されるのです。(一二〇−一七三、一九八二・一〇・一四)
世界の若者たちを代表してここに集まった「大学原理研究会」(CARP)、指導者および会員の皆さん、私たち原理人は、万人が共に願う新しい世界に向かう道の先鋒にならなければなりません。私たちは、神様の理想による平和世界を成す主役です。私の伝統を引き継いでさらに前進しなければならず、これは、世界的基盤を築いていく外的な面だけでなく、神様の心情世界と信仰の伝統を継承する内的なことまで含まれなければなりません。(一三三−二八六、一九八四・一一・三)
主体となる思想とは何でしょうか。世界を一つにする思想であり、平和の思想です。そのようになったのは、このような思想を引き継いであげるための天の作戦だったという結論を下すことができるのです。宗教を統一しなければならず、そして内的な基準を統一したのちには、外的な基準を一つにしなければならないのです。それは平和のためです。韓国民族は、歴史時代に強大国から九百回以上侵略されたというこの事実を見るとき、平和思想を掲げていける歴史的な代表民族になれる伝統的内容を秘めていたという事実を、誰も考えないというのです。
それでは、統一をどのようにしなければならないのでしょうか。どのように一つになって平和の世界を得るのでしょうか。神様を中心として統一しなければならず、平和を成さなければならないというのです。神様の所願は、人類を一つにすることと平和にすること、この二つだというのです。ですから、摂理のみ旨の前に、歴史的な終末時代において、このすべてに対峙し得る民族的精気をもってきた特殊民族だという結論が出てきたのです。
それゆえに、宗教を中心として見るとき、宗教を一つにできる思想が必要だというのです。その次には、平和の世界をつくり得る愛が必要です。このように二つの結論が出てくるのです。神様がいらっしゃるならば、そのように考えられるというのです。
このような観点から、今日の「統一原理」が、この国を背景にして出てこなければならないのは、歴史的な伝統の思想を根拠にしているという事実を、私たちは知らなければなりません。それで、キリスト教を一つにするのはもちろん、宗教界を一つにし、世界を平和の世界として一つにするために、神様の愛を主張できるこの原理が必然的な伝統に従って出てきたというのは、妥当な結論だということを皆さんは、はっきりと知らなければなりません。(一六八−五四、一九八七・九・一)
天的愛を完全に公表する交替時代になるまでは、この世の中の制度は混乱するでしょう。今がそうです。夫婦関係、父母と子女の父子関係、そして君臣関係がそうです。師弟関係も混乱します。学生が上にいます。女性が上に行ったでしょう? 子供が上にいます。すべて反対です。宗教でも神様が上にいなければならないのに、物質が上に上がりました。すべて反対です。一遍に交替させる摂理をしていこうというのが統一教会です。それが統一教会の使命です。逆さまになったものを、原型にひっくり返して統一の平和世界をつくらなければなりません。交替させなければならないのです。(一八三−一六七、一九八八・一〇・三一)
今、ソ連の軍隊はソ連のための軍隊であり、アメリカの軍隊はアメリカのための軍隊です。世界のための軍隊がなく、天の国のための軍隊がありません。この世界のための軍隊がどこにありますか。神様も軍隊が必要だと言ったでしょう? サタン側に立った日本車やヒトラーのナチ軍、それ以上に強い天の国の精兵として、変わることのない永遠の軍隊として残り得る軍隊を神様は願っていらっしゃるのです。軍隊は、不義の軍隊として前進してストップしましたが、私たちの軍隊は永遠に前進するのです。この軍隊がある限り、平和の境界線は侵犯されません。それはどれほど素晴らしいでしょうか。愛の勝利圏は侵犯されません。愛の天国は、永遠に保障されるのです。永遠の天の国の軍隊として、世界と天の国のために前進することを誓います。(一二四−二六一、一九八三・二・二〇)
皆さんが先頭に立って一線に陣を張っていれば、その後方は、皆さんによって平和の歌を歌うでしょう。今、皆さんに心情的な基準まで教えてあげる時間はありません。私たちが一線に立たなければならないのです。時は忙しいのです。寸時を争うこの時において、いつ育てていくのでしょうか。ですから私たちは、世界舞台に向かい、青年男女たちは各自が責任感をもっていかなければなりません。
「私の家は建てられないが、土台だけでも築いておかなければならない」、「私がもっている人格は不足でも、誠意と涙がにじんだ実績を後代の人に残していこう」という精神をもっていけば、私たちが行軍していったあとには、平和の喚声が広がっていくでしょう。先生は、今までもそのようにしてきましたし、これからもそのようにしていこうと思っていることを理解してくださるよう願います。(一五〇−七八、一九六〇・三・二七)
第三章 民主主義と共産主義
南北統一と世界平和
第三章 民主主義と共産主義
一 民主・共産主義は何か違うのか
民主世界と共産世界は反対になっています。民主世界は天を求め、共産世界はこのように反対に行っています。共産世界は物質世界を訪ねていきますが、民主世界はその反対の道を行っています。民主世界は個人を中心にしていますが、共産世界は党が主管しています。民主世界は自由と愛と平和を中心としていますが、共産世界は脅しと銃剣を中心として強制的に主管しています。二つの世界が今、全く反対に広がっています。(一〇七−二一〇、一九八〇・五・一)
民主世界は、心主義です。そこにはまだ同情があり、未来があります。また、ここでは平和を論じます。しかし、共産主義の理念は、弁証法による闘争を主張します。彼らは、闘争過程が発展の要因だといっています。ここには平和はあり得ません。理念が違うのです。(四七−一三、一九七一・八・二二)
共産党、この悪党の群れを民主世界が兄弟の因縁で結んできましたが、その機構が国連機構です。国連憲章の第一条とは何かというと平和です。平和を標準として定めたのです。(五〇−五六、一九七一・一一・六)
歴史始まって以来、人間として一つの世界と平和の世界を望まない人はいなかったと思います。そのように望んできた歴史的過程を経て、今においては、世界が二つに分かれていることを私たちは知っています。このように分かれた民主と共産、この二つを見つめながら、民主世界を通して果たして一つの理想世界が来るのだろうか、また共産世界を通して理想世界が来るのだろうかという問題をおいて見るときに、この世界に生きる人類は、希望をもつよりも絶望の段階に入っていることを私たちは直視しているのです。(五四−一一〇、一九七二・二・二一)
今日の世界は、体と物質のために闘う世界です。どんなに経済学、科学、思想が発達したとしても、これらが私たち人類に平和をもたらしてはくれません。それではできません。心の世界に入って、この肉体と物質を再鑑別することができる、ある主義や天的な動きが歴史的な終末時代に現れない限り、この世界は滅びるでしょう。今や、天がはっきりと一つの中心を決定しなければならない最後の時代に直面しました。このような時代に暮らしている私たちは、この多くの問題をどのような立場で解決し、清算するのでしょうか。この問題が世界的に起きて二つの思潮として現れたのですが、その一つは唯物史観であり、もう一つは唯心史観です。ぱっと分かれたのです。土地と共に、体と共に行けば滅びます。ですから、神様と共に清算しなければなりません。
今日、世界はどのようになっていますか。世界は、共産圏と民主世界、カイン、アベルに分かれています。世界的に分かれています。カインとアベルが、最初に堕落した直後から争うことによって不幸を招くようになったのですが、その歴史的な恨の血統を清算するためには、カインとアベル、共産世界と民主世界が分かれて闘う立場に立ったままではいけません。そのままでは、この地上に世界平和の王国が臨むことはできず、平和の父母がこの地に臨むことはできないのです。ですから、カインとアベルと同じ共産世界と民主世界が一つになることによってのみ、この地上に父母の世界統一主権が訪れるのです。ですから、今の時は世界的な終末です。(五六−三五三、一九七二・五・一八)
今までの共存は、相手をお互いに否定しようとする闘争が継続する状態での共存でした。闘争と離れた状態での共存はあり得ませんでした。互いが平和を維持し、良い状態での共存はあり得ないというのです。このような観点から、唯心史観と唯物史観の闘争は根本から解決しなくてはなりません。これを解決しようとするならば、善をどの位置に立てるのでしょうか。まず原則的な基準をしっかりと立てたのちに、その基準を中心としてあとのものを処理しなくてはいけません。(三七−一二〇、一九七〇・一二・二三)
今日、世界史的に唯心が主体なのか、物質(体)が主体なのかが問題です。これが今日、終末時代の思想界を混乱させているという事実を知らなければなりません。精神は心の側であり、物質は体の側です。二つがいつも闘っているのです。このような人間が平和でしょうか。この渦の中で、世界は混乱状態にあるということを知らなくてはいけません。(一一九−一〇四、一九八二・七・四)
原理原則により、先生は、カイン・アベル圏である民主世界と共産世界を統合する基盤の上に立たなければなりません。ですから、これらが一つになることができなければならないのです。心と体、これが拡大された世界が民主世界と共産世界です。一つは心主義的世界であり、一つは体主義的世界です。これを合わせた基盤の上に立たなければ、世界平和の門を開くことはできません。これが原則です。これが個人の体から家庭、社会、国家、世界にまで、すべて連結されるのです。(一二〇−二〇二、一九八二・一〇・一六)
宇宙の根本を考えてみるとき、まず初めに二つだったのか、一つだったのか、これが問題だというのです。一つからすべてが始まったのではなく、二つから始まり、対立する二つの路線によって人類がそのはざまにはまっていくというのであれば、人間世界に平和や幸福、自由などというものは存在し得ないのです。
自由というものは、完全に一人の主人を中心とする環境から広がっていくものです。幸福や平和というものも、一人の主人を中心とする環境から広がっていくものであって、二人の主人が闘う場所では幸福や平和が存在できないというのです。皆さんが御存じのように、家庭を中心として見るとき、父.母がけんかする家庭が幸福になれますか。そこに属す家庭が幸福になれますか。そこに属す子女たち、そこに属す家族は幸福にはなれないのです。
共産主義の論理を通して見ると、「世界は闘争過程を経て私たちが指向する一つのユートピアの世界に挑戦するのだ。それは絶対的だ。だから党の命令はどのような命令よりも絶対視しなければならない」と言うのです。それが善なる側に立ち、自由と幸福と平和をもたらすことができる側に立ってそのように言うのであれば分かりませんが、共産主義の本質的内容を調べてみると、これは、かなり想像できない内容をもっているのです。自分たちの目的を達成するためには、手段方法を選ばないというのです。自分の父母も、自分の国も、自分の同志も、その行く道に障害になるならば切るのです。そうして七十年歴史の共産主義は、世界の問題として登場しているのです。(一三五−二六九、一九八五・一二・一五)
共産世界が追求するものは何でしょうか。闘争の結果によってもたらされる平和の世界です。その平和の世界は、今日、民主世界で言う平和とは違います。平和に背くすべてのものは粛清するのです。共産主義思想に背くすべてのものは粛清します。反動分子だというのです。それゆえに、反動分子をすべて切り捨てて、反動分子がいなくなったその世界の平和を言っているのです。それは平和ではありません。
今日、ソ連が平和を主張しますが、その平和は、マルクス・レーニン主義を中心とし、それに背くすべての反動分子を粛清してしまい、マルクス主義一辺倒の立場に立ち、その反対の群れがいない境地をいうのです。
民主世界の平和は、左右が共に一つとなることができる概念をいうのです。根本的に違うのです。左右が一つとなって和合し、理想的な動向を備えるその境地を民主世界では平和というのです。そこには粛清概念がありません。包括的概念があり、観念的概念はありますが、粛清概念、破壊的概念がないのです。それで、この共産主義は、人類には受け入れ難い主義なので、私たちのような人がその先端の旗手になって世界的に闘っているのです。そこでは愛、家庭までも、父母までも搾取の元凶であるというのです。子供は、父母の立場を自己の利益のために活用する存在として、搾取的な母体と見るのです。そこでは愛を語ることができません。そこには真が存在し得ません。(一六八−一六四、一九八七・九・二〇)
今日、民主主義で考える平和は、高低を問わず、東西、前後、左右の関係なしに一つに和することです。高い人は、低くなって低い人を協助して持ち上げてあげることができ、左側の人は右側の人、右側の人は左側の人と互いに協助して一つなることができることをいいます。大きければ小さいものに分配して一つになることができることをいっているのですが、共産主義の平和戦術というものはそうではないというのです。それは、反動分子を除去して、絶対労働者、農民のための独裁政権、彼らがいうプロレタリア独裁政権を中心として、そこに反対する一切の要員たちが消え去った基磐のもとで、単一的主張で一元化し得る基準の上で言う平和です。皆さんは、そのことを知らなければなりません。概念が違います。このように見るときに、今、ゴルバチョフが平和攻勢をしていますが、それは、世界が共産主義体制内に既に建てられたという立場から主張するものです。ここで配置されるすべてのものは、手段方法を選ばず除去してしまいます。
今後の世界は、戦争では収拾することができません。平和的和合と交流が問題です。お金ではできません。スポーツしかありません。その次には文化活動です。教育、学術問題とスポーツです。中国もピンポンを前に立てて入っていったではないですか。(一七五−三三六、一九八八・五・一)
二 共産主義は何か問題なのか
共産主義とは何でしょうか。主体も認めない、対象も認めない、方向性もない、目的性もないというのです。この中でどれか一つでも認定すると、すべて崩れ去ってしまうのです。ここでは、主体と対象関係を闘争として見ています。闘うことで一つになるというのです。全くそのような道理がどこにありますか。女性と男性と闘って一つになる、心と体が闘って一つになるというのです。また彼らは、主体と対象においても、「物質が先であって心が先ではない。心は物質による派生物だ」と言います。逆さまにひっくり返してしまいました。「方向は闘争だ」と言いながら闘争の方向を取っています。平和の方向ではありません。「統一は血を見なくてはならない、血を見て統一だ」と言うのです。これは、歴史発展の原則にも、宇宙の存在原則にも違反するものです。(一〇八−六八、一九八〇・六・二二)
弁証法は、すべてのものは闘争しながら一つになるといいます。もし資本主義世界がなくなり、資本主義体制が共産主義体制に化すときには、闘争目標をどこにおくのでしょうか。その時に平和の世界がただそのまま来るのかというのです。その時、ただじっとしていて理想的な共産世界が来るのでしょうか。そのような世界が来るとは絶対に考えられないのです。もし、これ自体が飽和状態に入り理想実現が不可能になるときは、必ず自体分裂が激しくなります。もしそのような世界になるとすれば、反対に霊界があるなら、霊界がその世界を黙ってほっておくのかというのです。神様がいらっしゃるならどのようにされるでしょうか。その世界になったなら、宗教というものがなくなるのです。宗教がない世界になるのです。そのようになった時、神様がいらっしゃるなら、今まで宗教に接したその神様が何もせずにじっとしているだろうかというのです。共産主義というものは、資本主義に対して闘争目標を立てるのと同時に、神様に対して闘争目標を立てるのです。宗教を闘争の目標に立てます。資本主義は滅びても、神様との闘争を停止しないというのです。(九七−二四〇、一九七八・三・二九)
共産党の戦術戦略とは何でしょうか。奇襲作戦を通してプロレタリア独裁政権を確立するというのです。それが定義です。奇襲作戦→その方便は何でしょうか。・平和攻勢をするのです。それでブルジョア階級の人たちがすべてそこに陶酔し、その相対となり、それらの行楽によく応じて喜んで踊るその時に、最後の鉄槌を打ち加えて倒し、その政権を剥奪、奪還しようとするのが共産主義の骨髄思想です。(七八−二一五、一九七五・五・二五)
共産主義は、独裁体制になっているので、命令一つでどのような行動でもすることができます。しかし、民主世界はそうではありません。アメリカならアメリカでは、平和や親和などこのような政策をして突然それに背くようになれば、必ず副作用が起こるというのです。今後、このニューヨーク市の四十三番街の統一教会ニューヨーク本部、ここが共産党の攻撃ターゲットになるのです。(八六−一四四、一九七六・三・二一)
アメリカの青年たちは、共産主義に対して知りません。共産主義がどのようなものであるか知らずにいるというのです。ホワイトハウスにいる人や国会議員たちも共産主義をよく知りません。アメリカの外交政策において、「共産主義との和平だ、交渉だ」などと言いますが、彼らの手法にすべて巻き込まれ、自分たちのほうがすべて譲歩するしかないというのです。彼らは、民主世界をどのように利用してでも侵食し転覆させようとするのです。その目的のために何々協定などといいますが、それらはすべて一時的な言葉です。(八六−一四三、一九七六・三・二一)
一つのアベル圏である民主世界を代表して共産圏と対決し、彼らを吸収して一つとならなければなりません。闘って一つになるのではありません。共産主義の間違ったところを教えてあげて一つになってこそ、この世界に平和の起源が成されると思うのです。(八六‐二二九、一九七六・三・三一)
ソ連、中国、北朝鮮、ルーマニア、ユーゴのような共産国家が宣伝する内容は、「アメリカ帝国主義者だ」と言います。同じ内容で攻撃するということを知らなければなりません。共産主義者たちは、平和外交政策を通して、あるいは平和攻勢を通して民主世界を吸収すると自信をもっているというのです。
平和を嫌う人はいません。すべての人が良いと考えます。みなその色目に引っ掛かってしまうのです。ですから、今まで軍事禁止協定であるとか、核禁止協定とかいうものをつくっては、「これはチャンスだ」と言いながら、自分たちは大々的な軍事拡張をしてきたのが事実ではないかというのです。
皆さんが知っているように、今、現在、ソ連の軍事力は、アメリカを凌駕しているというのです。今までアメリカは、平和政策や「核禁止だ」と言ってきましたが、彼らは反対に発展させてきました。そのようにしながら、ヨーロッパに対する基地を強固にし、インド、アジア太平洋沿岸までも軍事力を強化するのです。ウラジオストックを見てみると、膨大な艦隊を投入して、膨大な兵士を投入しているということは周知の事実です。(八六−一四五、一九七六・三・二一)
サタンと神様の間に、平和は存在することができないというのです。サタン側の世界である共産圏は、神様が主張しなければならない平和の世界を偽物に、またうそを言って平和という名前で闘争の準備をしているなど、反対の現象を見せています。悪なるサタン側の平和は、自分たちのために人を殺し、すべて搾取して略奪を楽しむことですが、神様の平和は、自分を犠牲にしてすべてのものを与えようとするものです。その方法が違います。真なる平和が訪れるために偽りの平和の攻撃を受けるのであり、彼らがそれに嫌気がさす時まで継続するのです。今が正にそのような時です。(八八−一二〇、一九七六・八・八)
共産主義者たちは、愛を知っているでしょうか、知らないでしょうか。物質より愛をより貴く思うでしょうか。共産主義も、理想的な世界、私たちの心に平和をもたらすためには、物質よりも愛が必要だという論理を立てなくてはならないというのです。より価値があり、より大きなものが、より小さく普通の価値の中に入ってそこに属することができるのかというのです。前後関係を見るとき、どうして小さなものが大きいものより先になることができるでしょうか。ですから、そのような思考方式をもっては平和の世界は不可能なのです。(九三−一四四、一九七七・五・二二)
共産主義がいう平和は、私たちと概念が違います。語彙的戦術を活用しているのです。「平和」といえば、私たち自由世界、民主世界の人々は、互いに意見が異なり、主張が異なり、目的方向が異なる立場にあっても、互いに和合して一つになることができる基準を探していくのです。それが平和というものです。一つとなったものが平和であるとみなすのですが、共産世界は違います。プロレタリア独裁政権の前に反対するすべての反動分子は完全に除去してしまい、そこに相対的なものが現れない基準に立った平和なのです。
最近ソ連が取ってきている平和攻勢に、レーガン行政府がぱたっと倒れるのです。彼らの論法は、アメリカを撲滅するための平和というものです。撲滅して除去してしまい、ソ連で共産主義体制を全面的に支援した、一方通行がなされて反対のない平和の世界をいうのです。語彙が違います。
そして、民主主義も違います。彼らの民主主義は、労働者と農民、独裁政権のための平和と幸福を保障する民主主義なのです。自由世界の民主主義は、すべて国民が一つとなった立場でいう、協力したその基盤の上でいう民主主義なのです。このように見るときに、共産主義者たちの戦略戦術は、すべて欺瞞です。どのようにだますのかというのです。それが真ですか。これが問題になるのです。(一七〇−五一、一九八七・一一・一五)
自由世界で言う平和は、共産主義や民主主義、誰彼を問わず東西南北にいるすべての人を和合させて一つにしようとすることです。ところが、共産主義で言う平和とは、そうではありません。反動分子を除去したのちの平和です。ですから、労働者と農民のためという独裁政権を中心とした平和です。そこでは、上部構造に対処することができる基盤に立つブルジョアは許容しません。ブルジョアを完全に除去した立場からの平和を言っている、ということを私たちはよく知らなくてはいけません。
彼らは平和を通して何をしようとするのですか。彼らがユートピア的世界を展望しているなら、その世界はどのような世界でしょうか。自分たちを中心として、労働者第一主義を主とした平和世界、ユートピア世界を夢見ているのです。ここには、ブルジョア、資本主義国家の様相は存在することができません。それを完全に拒絶した立場から平和を言っているのです。(一七二−四、一九八八・一・三)
三 共産主義克服の道
皆さん、ここに立っている人は、反共産主義者ではありません。反共ではなく勝共を叫ぶ人です。言い換えれば、世界思想において、キリスト教文化圏に立ったこの民主世界が共産世界を凌駕し得る権威をもってこそ、神様がこの世界にみ手を差し伸べて平和の世界に導き得る道ができると思っているのです。(五三-−一八六、一九七二・二・二〇)
共産党、悪というものは、力が強いときはいつでも攻撃してくるのです。平和というものがありません。そのような意味から、力は力で制圧することができる基準になっていなくてはならないのです。だからといって、攻撃するということではありません。弱くなるときは、いつも侵攻するのがサタンの本質です。平和だ何だと言うのは、彼らの戦略戦術です。急変する情勢が押し寄せてくるこの時において、韓国の国民たちがしなくてはならないこととは何でしょうか。生死の決断を下し得る思想的な武装をしなくてはならない時が来たというのです。(五〇−二二六、一九七一・一一・七)
共産世界や民主世界、すべて平和的な立場でなければ、一つとなる道はありません。それなのに、内的には崩壊し始めています。民主世界も崩壊し、共産世界も崩壊し始めています。世界的な共産主義が民族主義に落ち、世界的に民主世界をリードしたアメリカも国家主義に縮小し始めているのです。(七〇−二八三、一九七四・二・一四)
悪は、先に打つようになっています。力の勢力基準が崩れるとき、善は耐えますが、悪は攻撃するようになっています。アメリカは、ソ連よりも強いですが、打たないので、ソ連よりはより善なのです。北朝鮮の全日成が武力を強化させ、南侵しようとしたでしょう? 悪は、自分の力が優位に立つときは攻勢をとるようになっているので、民主世界は、力の基準で負けないよう準備しなくてはならないのです。共産党が平和攻勢を敷きながら武力を増加させるなら、民主世界もそのようにしなくてはなりません。(六四−一六〇、一九七二・一一・一二)
今、霊界も肉界も、方向を提示し得る時になったので、これを消化し、これを料理し得るためには、国際的な機構をつくらなければならないのです。それで今、「平和救国連合」という名前を宣布しました。今、国連総会が問題ではありません。サタンを寄せて倒し、投げて倒し、同じように今、共産党を捕まえて片づけてしまわなくてはなりません。そうしたらよいでしょう?私も相撲をしましたが、腰投げをしようとした人に力がなければ、持ち上げたその重さに負けてべたっと座り込むというのです。ですから、鋼鉄のように強くなければなりません。それでひっくり返してしまわなければなりません。(七八−三二九、一九七五・六・一〇)
蕩減法を知れば、世界の問題はすべて解くことができるのです。それでは、共産党は滅びるでしょうか、滅びないでしょうか。共産党は滅びます。彼らは、自分の政敵がいると、すべて粛清してしまいますが、その人が千年、万年生きるのではありません。その息子、娘が残っていれば、その死んだ人の息子、娘が復讐するのです。それで平和の世界が訪れるでしょうか。不安と恐怖の雰囲気の中で平和が訪れることができるでしょうか。死にながらも「ありがとうございます」と言うことができるその道から平和が訪れるのであって、「お前は私を利用したな。私をこのように犠牲にさせるのだな」と言えば、平和が訪れることはできません。(八〇−二三八、一九七五・一〇・二四)
韓国のように悲惨な運命に立っている弱小国家が生き得る唯一の道は何でしょうか。民主世界を消化させ共産世界を消化させ得る、それ以上の主体的な力をもつことです。そうして、その国の首相であろうと長官であろうと関係なく頭を下げさせ得る力をもち、そのような一人がいて、そのような同僚が十人いれば、十人が百人になり、百人が千人になり、千人が万人に……。万人は、とてつもなく多いのです。十人だけでも、その力の基盤から消化の基盤が広がり、アジアに一つの平和の基地を設定し得るようになるのです。これは、短いのか長いのかという時間の問題なのです。(八二−二八、一九七五・一二・三〇)
皆さん、この世界を眺めてみるとき、東西南北、すべて自分たちの道を行っています。韓国を見てみるとき、西側には中国があり、北側にはソ連があり、東側には日本があびます。しかし、一つは東側に行き、一つは西側に行き、一つは上がり、一つは下がり、自分の国を中心として見れば、すべて違うというのです。言葉も違い、生活も違うというのです。政策も違うというのです。国の主権者もすべて違うというのです。このような世界、とのような環境で、果たして平和の世界、幸福の世界、理想の世界を実現することができるのでしょうか。できないというのです。
世界情勢を見るとき、民主と共産が対決して闘っています。いったいどのようにしてこのようになったのでしょうか。個人個人を見てみると、平和を望まない人はいません。すべて平和愛好主義者たちです。心はそのように思っているのに、なぜ闘わなければいけないのかというのです。
このような問題を考えてみるとき、その根本をどこで見いださなくてはいけないでしょうか。どこからこの平和を見いだすのでしょうか。一般の人々は、アメリカとソ連と一つになれば平和の世界が訪れるだろうと考えますが、とんでもない話です。人の欲心は、すべて異なる方向に向かっています。共産主義の方向と民主主義の方向が違うのに、それらが一つになるはずはないのです。二つの体制が一つになっても、誰かが利用して、一つのところに自分のふろしきを包んでおこうという、そのような結果に至るならば、再び分裂するしかないというのが、歴史的実情だということを皆さんは知らなければなりません。それゆえに、平和でも何でも、すべて夢だというのです。
それでは、平和の基点、平和のその出発点がどこになるのかという問題を考えてみるとき、今日、アメリカが平和の出発点になり得るでしょうか、ソ連が平和の出発点になり得るのでしょうか。なり得ないというのです。その次には、今日、宗教集団が平和の出発点になり得るでしょうか。宗教集団も互いに争います。長老派が争い、メソジスト派が争っています。またプロテスタントが統一教会を打っています。私たちは、キャッチャーはしますが、ピッチャーにはなりません。私たちは、防御はしても攻撃はしてみたことがありません。
このような観点から見るとき、宗教が一つになり得るでしょうか。宗教統一が簡単なことでしょうか。一般の人たちは、法を立てて、民主主義の原則で決定を下すようになれば、大多数はその決議に従うようになっていますが、宗教はそうではありません。違います。そのような問題を考えるとき、どのようにすれば宗教を中心として平和の基準を、平和の基点をつくることができるでしょうか。今日、現在の宗教をもってしてはできません! では、現時代の政治体制をもってすればよいのでしょうか。できないというのです。すべて判決が出たのです。ここに異議はないでしょう? できないようになっています。(八六−二八、一九七六・三・四)
自由世界を代表したアメリカは、「戦争をするのはやめよう。戦争は嫌いだ」と言います。例を挙げれば、レスリングのチャンピオンがリングの上で「誰でも出てこい」と言うときには出ていくことができずに、「お前は私に負ける」犬とどんなに自信ありげに言ったところで、`それは通らないのです。リングに出てこないで、「おい、そんなことを言っていないで下りてこい」と言っては通りません。そのようになれば、チャンピオンが何を言っても、その相手は黙って聞かなくてはならないというのです。共産主義者たちは、幼い時から今まで、「民主主義打倒!資本主義の元凶であるヤンキー打倒」という一貫した教育を受けてきました。彼らは、毎日のようにアメリカ人のかかしを作り、ひたすら剌すのです。アメリカ人といえば、「最も大事な目から引き抜け。一番大事なところから切れ。鼻を切れ。耳を切れ。手を切れ」というやり方です。女性でいうと、「胸を切ってしまえ、鼻を切ってしまえ」と言っているのです。それなのに、「お前たち、そう言わずに平和はどうだ、平和?」と言うのは狂った言動です。今回起きた韓国のKAL機墜落事件を見てください。それは、韓国の飛行士だけでなくアメリカに対する挑戦です。レスリングのチャンピオンがリングの上でそのようにするのと同じです。
今からレーガンは、どのようにするでしょうか。これが問題です。どのようにするのでしょうか。皆さんは、先生がどのようにするのか、ということも尋ねてみたいと思っているでしょう。また、神様はどのようにされるのでしょうか。神様は見ていらっしゃるのです。神様は、「レーガン、心にかなうようにすればアメリカ国民が生きることができるように保護するが、心にかなわないようにすれば滅びる」と言われるというのです。病菌、病魔、怨讐が捕まえるというのです。そのままほっておけば、首をつかむのです。それでもじっとしていれば、その次には目を引き抜くのです。目を引き抜いた次には、心臓に短刀が突き剌さっていくということを知らなければならないというのです。「ああ、これを見ろ。私を殺すのか」と、そのように言って死ねば終わりです。サタンに平和が通じますか。このようなときに、自由世界が滅びたら……。メシヤとしてイエス様を送り、数多くの聖人を送り、歴史時代に大声で救援を叫びましたが、最後には狭い門から入らなければならず、鉄窓の中に入って死ぬようになるのです。(一二八−二六六、一九八三・九・四)
今日、世界の情勢と状況を調べてみるとき、共産主義者たちは、三つの形態の戦争を始めています。それは、思想戦、情報戦、宣伝戦です。アメリカは、大きく強大な国家ですが、共産主義者たちと闘って勝つことができる確実な政策的方法をもっていません。アメリカの為政者たちは、共産主義者たちと対立して闘うことを嫌うあまり、後退と譲歩を繰り返してきました。それゆえに、アメリカと隣接した中南米の国家が共産主義者に操られて、アメリカの自由と平和を脅かす段階にまで至ってしまいました。
万一、共産主義者たちが、アメリカの統治権をつかむならば、皆さんはどうしますか。彼らが今のように、皆さんに自由と平和を保障してくれると思いますか。先生は、そのような不幸な事態がアメリカでも発生する可能性があることを一〇〇パーセント排除せずにおり、そのような兆候は、既に世界各地で現れていることを確信します。中南米のいくつかの国々は、レバレンド・ムーンとその思想だけが未来の希望だと認識し始めました。今、ムーニーは、アメリカを説得し理解させなければなりません。(一三〇−二八五、一九八四・二・七)
韓国の国民が北朝鮮を救うのに、こぶしをもってしてはいけません。統一法案はたくさんありました。李承晩政権時代には、力で、軍事力で襲い、張勉政権時代には、平和主張を中心とする統一理念をもっていましたが、産業基盤が崩れ去り、それを形成しなければならないと争い始め、朴正煕政権の時には南北が同等な位置からしてみようといいました。最近は南北調整委員会をつくって交流してはいますが、それは体制が違います。思想的概念が違います。統一的な概念が違うというのです。その体制はどのようにしますか。大韓民国が共産主義の個人的体制、共産主義の理想的体制の中に立っている彼らを消化することができるでしょうか。できません。闘争概念を中心として生活舞台を拡張することが彼らの発展的な論理ですが、そのような思想的背景をそのままにしておいてはとんでもないというのです。(一六八−二三〇、一九八七・九・二〇)
弁証法による闘争論理の共産主義は、平和、調和の原理を適用させれば収拾することができるのです。今の自由世界を滅ぼすものが個人主義です。この個人主義の自由世界がどのように生き残るのかということが問題ですが、これは簡単です。「ため」に生きよということです。「ため」に生きよと、この一つですべて救われるのです。(一八九−一〇七、一九八九・三・一九)
右側の目は左側の目のためにあり、この右側の目と左側の目は、人間全体のために存在します。四肢もすべてそうです。自身のためにあるものはありません。それゆえに、このような思想だけが理想世界を創造することができるのであって、共産主義的な打倒の思想をもってしては、闘争の概念をもってしては平和の世界は永遠に訪れることはできません。理論的に永遠に訪れることはできません。(一八二−一三六、一九八八・一〇・一六)
今、ソ連で共産党の天才的な若者たちが、三泊四日の原理研修教育で完全に回れ右してしまいました。無神論者が有神論者になってしまったというのです。アメリカのアイビーリーグ(注‥米国東部の名門大学を一括した総称)の有名な大学から天才的な男子生徒たちを引き抜いてモスクワに連れていき、有神論に対して講義を聞くようにしたのです。一年前までは無神論を主張していた共産主義の名門の家出身の息子、娘たちが、逆に歴史性をもったアメリカの有神論圏の名門出身の息子、娘たちを教育して感動させたという歴史的なことが起こっています。(二二八−一七三、一九九二・三・二七)
四 「統一思想」と「頭翼思想」、そして和合の時代
私たちの「統一思想」、「神主義」は、さらにまた「頭翼思想」であることを闡明にするところです。右翼でもなく、左翼でもない、頭翼です。人類の真の平和は、右翼でもなく左翼でもありません。その理由は、右翼も左翼も、その根本的動機が利己主義を解脱できないからです。自分を中心とし、自国の利益を中心とするとき、そこには永遠になくならない利害の衝突があり、統一はあり得ず、平和もありません。(一六四−一九四、一九八七・五・一五)
今まで民主世界と共産世界は闘争してきています。それで共産世界の怨讐は民主世界であり、民主世界の怨讐は共産党だといいながら、お互いにたたきつぶそうとしているのです。このような世界では、私たちが願う平和は現れることはできません。ですから、ここで必然的に要求されることとは何かというと、心と体を中心とした新しい運動です。心が絶対的に、完全に体を管理できる一つの勝利的基盤を築くための新しい運動が、この地上に展開しなければならないのです。そうしてそれが民主世界を抱き込んで、さらに共産世界まで抱き込むことができなければなりません。(二〇−一六九、一九六八・六・九)
植えたとおりに刈り取るというのです。なぜ左翼が出てきて、なぜ右翼が出てきたのでしょうか。右翼と左翼が出てくるようになった起源は、どこにあるのでしょうか。それは、政治家たちが言いたくてそのようにつけたのではありません。歴史的蕩減路程を再現させてこれを抜け出せなくては、イエス様の解放が起きないので、そのような環境を通して右翼も左翼も、バラバも一度にイエス様の前にひざまずき、あなただけが栄光の勝利者であり、最後の勝利者だと賛美できるそのような世界になって初めて平和の天国が開門されるのです。これが統一史観から見る世界終末観です。(五〇−二二四、一九七一・一一・七)
これからは、共産世界でもなく民主世界でもない、どのような世界が来なければならないのでしょうか。私たちの心を中心として、神様を尊重する世界がこの地に現れなければなりません。死亡の体を越えて、私たちの心が渇望する希望の世界がこの地に現れなければならないというのです。その時が正に私たちが渇望する平和の王国時代であり、私たち統一教会員が主張する地上天国時代です。その世界に向かって私たちは、死亡の洞穴を埋めて越えていかなければなりません。(二〇−一八一、一九六八・六・九)
絶対的愛を中心とする心情、統一教会で言う固有名詞の「心情」を中心とする思想統一だけが、平和の天国と平和の王国を建設できるのです。人間が願うユートピア的地上天国を完成させることができるのです。(一〇九−一三三、一九八〇・一一・一)
右足には原理を中心として、左足には勝共理論を中心として、「統一思想」の人としてすくっと立ち、「ああ、私がここにいる!」と言う時は、神様の息子になるのです。最後の運命としてそこで終わるのではなく、新しい理想が始まるのです。そこから地上天国の組織が形成されるのです。その時になると、レバレンド・ムーンは、地上天国を行進していくのです。神様が「どうなったのか」と尋ねられると、レバレンド・ムーンは「すべて終えました」と答えるのです。「私たちも、やはり平和の世界を願いました」と答えるのです。(一二三−三〇四、一九八三・一・六)
私たち統一教会にも、いずれにせよ世界の頂上時代を迎える日が間違いなく来るというのです。統一教会は、民主主義だけを中心としたところではなく、共産思想だけを中心とするそのようなところではありません。ですから、これから問題になることとは何でしょうか。現在、世界の頂上の環境から見る時、二大陣営は、平和の世界を前にして、一つの世界を前にして、ここから分かれて後退すべき運命にあります。これを見つめる時、私たちは、ここに対処せざるを得ないのです。それがこの統一教会を指導する指導者として、責任をもった指導者として重要だと考えざるを得ない問題です。
統一教会は。アメリカや共産主義と何が違うのでしょうか。アメリカは、民主主義として、人間中心の平面的な基準の国々を中心とする主義を主張してきており、共産主義も、やはり平面的な世界平和を中心としてそれを主張してきました。もちろん、アメリカはキリスト教文化圏だと言いますが、神様を絶対主体として立てるのではなく、最近では、神様をなおざりにして「神は死んだ」と言い、人間が先頭に立ってきたというのです。このすべての動向の全体内容を分析してみるとき、共産主義や民主主義は、平面的基準に帰着しています。しかし、統一教会が一つ異なるのが、立体性をもっているということです。
世界を一つの平和世界にしても、それが終わりではありません。それを一つの新しい宇宙平和の理念のための出発起点にするのです。これが恐ろしいのです。そうです、誰がビギニング(begining:始め)するのでしょうか。人間たちがビギニングするのではありません。そこで神様の出動が可能だというのです。
統一教会は、世界平和の基準というものを出発点と見ていますが、今日、平面理念を主張する民主主義や共産主義は、世界の平和基準を自分たちの目的にしています。それが違うというのです。
それでは、民主世界が平和の波から分かれて、共産世界が世界の平和の波から分かれたのはなぜでしょうか。民族主義、国家主義というものを超越できなかったからです。文化背景が違うというのです。人種はもちろん、宗教まで……。そのような立場で、アメリカを中心として見るとき、「アメリカは、アングロサクソン族が支配する」、このようになっています。「私たちが主体にならなければならない」と言いますが、これをどうやって克服するのかというのです。(一二九−二三二、一九八三・一一・六)
民主世界は、自由を中心とする知識体制を追求しています。自由の理想を中心として一つになった体制を志向します。共産主義は、平和という基準を中心としていますが、その平和は、労働者や農民の一番下の大衆を基盤とした平和を主張しています。
ところが、民主世界が主張する自由のモットーとなるものは、いつでも変わらないのでしょうか。大衆を中心とする平和の基準が変わらないのでしょうか。固定されたものなのか、移動的なのかというのです。過去には、民主世界が法を中心として、原則と伝統を重要視する自由を主張してきましたが、最近は、法を無視し、伝統を無視した自由を主張しているのです。
共産主義も同じです。大衆を中心どする共産主義だとすると、例えば北朝鮮も、大衆のための主権だと言うなら、より大衆のために生きる群れを通して主権を相続させなければならないはずなのに、王が嫡子にするのと同じように、自分の直系の後継者に主権を引き継がせるというのです。それは、共産主義思想にもあり得ないのです。このような観点で見るとき、その平和の基準も行ったり来たりしているというのです。
共産主義や民主主義は、形状世界の平和や形状世界の自由というものを求めてきましたが、性相世界の平和と自由は知らないでいます。形状は変わっても性相は変わってはいけないのです。形状的にいつでも変化があり得るのですが、変質する道はないのです。形状的な変化形態をとると発展するのです。しかし、本質的な変化はあり得ません。なぜですか。性相は変わらないからです。
性相と形状が一つになる基準から見るとき、統一教会は、地上の平和や地上統一という概念を性相世界に向かって出発する起点として見るのです。今日、この世界は、形状世界の平和と自由を論じていますが、私たちは、それを中心として性相世界を願うので、自由世界の終着点が性相世界に向かった出発点になると見るのです。(一二九−二三六、一九八三・一一・六)
我が祖国、韓国の地から世界的な指導者を排出して、統一の世界、平和の世界である地上楽園を成就しなければならないのです。我が祖国の統一はもちろん、東西の文化的差異と南北の貧富の格差を「神主義」と「頭翼思想」で解消して、愛を中心とする人類大家族社会である平和の世界を建設していかなければならないのです。(一九五−五一一、一九八五・一一・三)
「レバレンドー・ムーンは、絶対に一方的な面で共産主義を憎まないのだな。人道主義の面から、大きな意味で見ると平和主義者だ」ということをソ連も知っています。平和を成すにおいてソ連が反対なので、それを防御するための立場だということを知っています。私たちが主張することを、文書を見て知っています。(一八六−二二〇、一九八九・二・五)
私は、自分が宣布した「神主義」、真の父母の思想が二十一世紀を領導する真の平和の真理だと言います。この「神主義」、「頭翼思想」で二十一世紀の平和世界を建設できます。その核心は、父母の心情であり、真の愛なのです。二十一世紀は真の父母の時代であり、すべてが霊的に、心情的に成熟して真の父母になる時代です。(一八六−二三四、一九八九・八・二二)
現在、共産世界や民主世界を見るとき、二大対決時代は過ぎて、今は融合時代が来ました。しかし、平和を主張できる時代が来ましたが、その平和を成すことができる内容が明らかではないのです。との世界は、混乱の渦中にありますが、これを克服する未来像がないのです。共産主義は、ユートピア的世界を制覇しようとしましたが、その夢がすべて崩れました。民主世界もそうです。現在、民主世界をアメリカが主導していますが、世界の平和的終着点に到達するにはあまりにも遠い立場です。かえってその希望の基準が、坂道で滑り落ちていくありさまです。さらに青少年たちが腐敗して人種の末の段階に入ったので、未来像はあり得ないのです。このように見るときに、思想的対峙を合む、すべての世界的ブロックを中心とするこの時代が、混乱の渦中でどこに行くのかということが問題です。(一二九−二六一、一九九一・四・一三)
なぜ私たちが「頭翼思想」を主張するのでしょうか。争う版図で、本然的に連合して、アダムとエバの衝突の要因をすべて消化させ、それを統一的基盤の上に、アダム家庭の平和の頂上に立てて、本然の家庭の基礎を用意することができるからです。それが「頭翼思想」の基盤になるのです。(二二六−一三三、一九九二・二・二)
東洋と西洋を誰が一つにするのでしょうか。レバレンド・ムーンしかいないというのです。キリスト教文明圏と東洋思想文明圏を中心として、仏教、儒教、イスラム教を連合させた背景、大きな背景を消化できる「世界平和宗教連合」をつくっておきました。その次に、政治風土では「世界平和連合」をつくり、「これがどこに来るだろう」ということを中心として、西欧社会とキリスト教社会が東洋で合わさる準備をして待っているというのです。政治的には「頭翼思想」と「ゴッディズム」を中心として、超国家的理念で世界の政治風土を一つにして平和世界に行くのです。二つの方向ではありません。一つの平和世界に行くのです。平和世界の方向は一つであって、二つではありません。
ですから、私たち統一教会自体は、個人が一つになって、家庭が一つになって、氏族、民族、国家が一つになり得るようになっているのです。国家的なすべてのものを超越して超民族的に家庭を編成しているのです。すべて連結されているのです。このように見る時、神様がキリスト教思想を中心として、再臨時代を中心として、すべての宗教と政治を一つにしようとされるのです。平和の世界は一つの方向であって、二つの方向ではありません。今、政治、経済、あるいは宗教が合わさって一つの終着点に向かって越えていく時代です。
今まで政治が宗教を激しくたたいてきたので、宗教と政治が怨讐になりました。宗教指導者であるレバレンド・ムーンは、統一教会の教主であるにもかかわらず、宗教はもちろん政治をする人々までも従ってきているのです。こうして、「『頭翼思想』と『神主義』をもって一つの世界、平和の世界に行こう」と言うことができる環境的与件をすべて成し終えたというのです。これまで、政治がどれほど宗教人たちを犠牲にしてきたでしょうか! この体がどれほどこの心を打ったでしょうか! 全く同じだというのです。今は、先生を通して政治と宗教が一つになって世界平和に向かっていくのです。今から誰もリードすることができません。レバレンド・ムーンしかいないのです。平和の世界を成そうとすると、神様のみ旨、神様が願われる理想郷が現れなければなりません。それで一つにしなければならないのです。平和の世界に行ってみるとき、すべて一つです。白人、黒人、すべてありません。すべて一つです。(二二四−二九二、一九九一・一二・二五)
文総裁が左翼と右翼だけではなく、前翼と後翼まですべて合わせて統一の世界、平和の世界を再建しようとするのです。(二二二−四〇、一九九一・一〇・二八)
なぜ結婚をするのでしょうか。神様の愛を中心として神様を占領し、愛を中心として男性と女性を統一するためです。天下統一の起源、平和の起源がここから始まるのです。真の愛の本質は、父が母のために、母が父のために、兄が弟のために、弟が兄のために、このように「ため」に生きるのです。「ため」に生きる愛で連結されたところに永遠の神様の愛が臨在することによって、その家庭は、永遠無窮、永生的な家庭になるのです。これを「頭翼思想」というのです。(二二一−二一二、一九九一・一〇・二四)
全知全能であられる神様は、愛の神様であられ、平和の神様であられます。その神様が、互いに争い合って殺し合う世界をつくられたわけは絶対にないのです。
そこには葛藤があり得ず、誤解もあり得ず、美しい協助と相互扶助で和睦、団結し、真、善、美を追求する平和の世界だけが永続されるのみです。この世界は、神様に似た世界であり、神様の理想と本質のために生きる世界です。
私たちは、このような世界の基本理念を「神主義」、または「頭翼思想」と称するのです。「ため」に生きる愛、互いに「ため」に生きるところに平和があるのは当然なことなので、この世界を宗数的に表現すると地上天国というのです。少なくとも、全知全能であられる神様の作品ならば、このような平和と幸福の世界をつくられたであろうし、そうでなければその神様はいらっしゃらないのです。これが創造本然の真の平和の理想でした。(二一九−一一六、一九九一・八・二八)
今からは神様を中心とする考えと観念で始まるのであって、人間を中心とする考えと観念で始まるのではありません。そこには道がありません。唯一希望的な道は、神様がいらっしゃるなら、その神様が理想実現のために終着駅に向かって出発できることを考えたということです。私は、そのような概念を宣言しているのです。頭翼(headwing)を中心として、左翼と右翼が一八〇度転換して一つになり、神様の世界に返らなければならないのです。神様の愛、そこから一つの世界をつくることができ、世界平和を成すことができるのです。(二一五−二〇五、一九九一・二・一七)
アメリカは、ソ連共産党に勝てる思想がありません。文総裁の「頭翼思想」を中心として「神主義」で武装すると、黄金万能の足場とともに内外が一つになり、文総裁の指導を受けて神様の垂直方向、直線方向に行くのです。垂直は直線と通じます。直線方向に従って本然の創造理想の基準に行き、世界が一つの家庭を連結させた兄弟の版図を成就することによって、世界平和圏になるのです。ですから、政治と宗教を結合させるために、心的世界を代表する宗教圏には「世界平和宗教連合」をつくり、世界政治圏を中心として「世界平和連合」をつくってこれを一つにするのです。(二一四−二〇五、一九九一・二・二)
「頭翼思想」とは何でしょうか。「神主義」を訪ねていくものです。「神主義」を訪ねて何をするのでしょうか。平和主義として再度出発するのです。「神主義」は、神様と出会って愛を中心として一つになり、平和主義として再度出発するのです。その世界で本然の地上天国の出発基地が生じるのです。そこで一生の間生きた人は、間違いなく永遠の世界にそのまま入っていきます。手続きも踏まずにそのまま入っていきます。(二○六−一三一、一九九〇・一〇・三)
本当の霊界と肉界のセンターになるのは真の父母主義です。それが「頭翼思想」です。「頭翼思想」は「神主義」です。真の愛を中心として見るとき、すべて同じ概念です。(二〇五−一六一、一九九〇・九・九)
第四章 世界平和のための提案
南北統一と世界平和
第四章 世界平和のための提案
一 国境撤廃と国際平和高速道路
先生が「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)で平和高速道路計画を発表しました。その時、議長団はそれに反対しました。平和高速道路の中で、一つは韓日間にトンネルを掘って、中国を中心にシベリアを通過し、モスクワを経てロンドンまで行き、もう一つはインドを通って中東を通過し、ロンドンに至るのです。(一九二−一三三、一九八九・七・三)
私たちが提唱する理念によって、国際平和高速道路が建設された場合、アジア各国の国民は、お互いに自由に往来できるようになり、その結果、北朝鮮は軍事力による侵略の野望を放棄して、平和的統合の道を選ぶしか道はなくなります。こうしてアジア人の結束を固め、黄色人種を中心とした上・下層を連結するようになるのです。
私たちは、ここアジアを基点として、絶対価値である神様の愛を中心とする現実的統一経済圏を実現し、東西新文明を結合して、新たな世界の平和を具現しようというのです。
今日、全人類は、病と戦争、そして不信と飢餓の世界から抜け出して、平和と幸福が満ちあふれる理想世界を夢に描き、願い求めています。こうした人類の念願を単なる実現不可能な夢だと見ることはできないでしょう。(一一五−七五、一九八一・一一・一〇)
新義州を経て安東(現・丹東)を通り、北京からミヤンマーヘと平和高速道路を造ることを構想して、「その提案書を全世界の大統領、全世界の総長らにすべて送るように」と言いました。
中国を何か何でも引っ張り出さなければなりません。中国を引っ張り出して、ソ連と対峙させなければ、自由世界の平和の基地を見いだすことができないと考えたのです。それを誰が引っ張り出すのでしょうか。アメリカもできないというのです。大韓民国はもっとできないので、私がします。その時に発表した内容は、次のとおりです。
満州に三百万近い人々がいます。そこには、昔から、隠れ住んでいる韓国人が多くいます。在日同胞、在米同胞、在独同胞を私が一つにまとめてこのことをするのです。技術を動かせる能力があるのです。それゆえ、ドイツのすべての最高技術を結合させて、中国を支援しようというのです。(一三八−一八、一九八六・一・一三)
ソ連を防ぐためには、アメリカと日本を背景にしなければならず、その次には中国を背景にしなければなりません。中国を背景にするために、一九八一年の第十回「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)で、私は、国際平和高速道路を建設することを宣布しました。その時、「世界平和教授アカデミー」の議長団が、これにどれほど反対したでしょうか。「ああ、議長団がこぞって反対しているのに、レバレンド・ムーンはなぜ」と言いました。そこで私は、「皆さんは、私ほどアジアを知りません。アジアについて何も知らず、歴史についても知らないではないですか」と言いながら始めました。
「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)には、百十一カ国から八百八十人の学者が来ました。彼らの国の首相たちに、国際高速道路の建設計画書を送ったのです。その次には、大学の総長たちにも送りました。(一三九−一二二、一九八六・一・二八)
今は世界主義時代です。宇宙時代が来るのです。それで私たち人間の理想は、夫婦で世界を一周しながら暮らしたいということです。これが理想です。そこで先生は、平和高速道路を計画したのです。これが世界的な問題になっているではないですか。きのう、初日には平和高速道路の起工式をして、現在トンネルを掘っています。大韓民国は知りもせずにいますが、日本では、政界の人たちが、みな大騒ぎしています。大韓民国では夢にも思わないでいます。自分の天下だと思って昼寝ばかりしています。(一四八−二七、一九八六・一〇・四)
日本は、文先生と昔は怨讐の国でした。しかし、アジアの国として、カイン、兄の文化的な背景において、福を受け得る先発隊として立てて、交流させようというのです。それで、これを連結させるために、平和高速道路を中心として、北朝鮮を通って中国大陸を通る世界高速道路を計画するのです。日本人がしなければなりません。そのようなことを先生がしました。歴史の上で、「理論と共に実際の行動を通じて正しい」と言える証拠的基盤を、ダンベリーを通じてもって出てきたので、ここから統一の運勢が拡大していくのです。(一四六−三五、一九八六・六・一)
私は、中国にパンダ自動車工業都市を建設するために支援しました。人より先に中国に入って、一獲千金しようという計略ではありません。中国で生じた収益は一銭も外に持ち出さない、というのが私の原則です。その利益をそこに再び投資して、国際平和高速道路を造り、他の先端技術も平準化させながら、十三億の中国人を豊かにしようというのが支援した動機でした。世界人口の四分の一にもなる中国を無視しては、誰も世界平和を語ることはできません。(一九八−一六四、一九九〇・二・一)
(国際平和高速道路が通る地域で)二キロ、四キロメートルの間に、世界平和の基地を造成するのです。法的規定のない超国家的地域です。そのようになれば、極悪犯たちがみなここを拠点にすると思うかもしれません。しかし、もしそうならば、そのような地域では、深い山岳地帯に洞穴を掘って、押し込めて教育しなければなりません。そこでパスしてこそ、世の中に出られるようにするのです。(一八九−三二五、一九八九・六・一七)
日本と韓国と中国を中心として、太平時代を準備しなければならないという意味で、私が平和高速道路を一九八一年の「科学者大会」(科学の統一に関する国際会議)で宣布したのです。それで、中国を先頭に立てるのです。一九八〇年から八五年まで、ドイツの最大技術工場、四大工場以上を準備しなくては、中国を今後アジアの中心国として発展させる道がないと考えたのです。(一八七−一五六、一九八九・二・五)
これから世界は、ますます交流するようになります。それで今まで先生は、国際平和道路を建設することを提唱したのです。既に一九八一年に提唱しました。それは何を意味するのかというと、国境なしに往来するのです。国境がありません。四車線の道路を中心に、左右に四キロメートルずつ八キロメートル、日本ならば日本が、平和高速道路が通るその左右の八キロメートル以外は干渉できますが、それ以内では絶対に干渉できないようにするのです。その地帯をどこでも絶対不可侵地域として設定して、世界のすべての人々が往来できるようにするのです。そこに入りさえすれば、国境がないというのです。いくら走っても誰も反対しないのです。
そして、ベンツのような良い車に乗って加速し始めれば、(時速)百二十から百二十五マイル、百七十五マイルまでいきます。ですから、飛行機のようなものです。飛行機が百マイルなら飛んでいくのです。ですから、性能の良くない車は、その車線には入ってくることができません。人ってきても、すぐに出なければなりません。そのように、各自がみな注意するので事故がないのです。それと同様に、将来、平和高速道路ができさえすれば、ありったけの速力で走れというのです。そこでは、黄色い人でも青い人でも、白人でも黒人でも関係ありません。あなた方は黒人だからあっちに行って、あなた方は白人だからこっちに行って、そのようなことはありません。ですから、人種もなくなるというのです。(一八二−二三四、一九八八・一〇・ 二三)
二 言論と情報化、そして平和運動
「宗教指導者が、何のために莫大な資金を投資して、言論事業に力を入れるのか。その真の動機は何なのか」といった疑問をもっているようです。それに対する答えを一言で要約すれば、今日の世界が平和か戦争かを決定づける上で、言論の責任があまりにも重大であることを私はよく知っているからです。
二十世紀後半は、言論によって支配されている時代です。言論の力と責務が、原子爆弾や軍事力よりもさらに拡大しています。したがって、言論が一貫した真の価値観に基づいて正論を主張するとき、その言論は世界平和の旗手となり、無責任と誤報道と扇動で国民を惑わすとき、その言論は世界平和を破滅させる道具となるでしょう。
このような認識のもとに、私は、一九七八年、アメリカの首都ワシントンD・Cにおいて「世界言論人協会」を創設し、毎年、「世界言論人会議」を開催してきました。
宗教指導者として、私が最終的に追求しているのは、真の価値観、真の愛に基づいた真の世界平和です。その世界平和の建設において、いかなる政府よりも、いかなる君主よりもさらに強い影響力をもっているのが言論であることを、私はよく知っています。
今日、我が国、大韓民国は、未曾有の歴史的転換の岐路に立っています。今こそ、私たち民族が創造的、民主的、道徳的力量を十分に発揮し、新しい歴史の場を建設する時です。
今こそ、私たちが自由統一を達成するのか、永遠に分断国家として残るのか、民族の再興か、民族の衰退かを分かつ重要な時点です。正にこのような時に、統一運動として「世界日報」は産声を上げ、この地に誕生しました。「世界日報」は、自由言論のシンボルであり、責任言論の手本となることを誓い、皆さんの前に現れました。
「世界日報」は、正義には涙し、不義には容赦がないでしょう。「世界日報」は、政党を超越し、ある特定の宗派のために存在するのではなく、国民と国家と世界のために血と汗を惜しまないでしょう。一言で、「世界日報」は、韓民族の誇り、世界人の誉れとなるでしょう。
「世界日報」は、アメリカの「ワシントン・タイムズ」と共に、東西にそびえ立つ真理の灯台となり、真と偽力をはっきりと区別する理性紙であり、真の自由民主主義の灯火となるでしょう。
「世界日報」は、正に皆さんの新聞です。皆さんの声であり、皆さんの代弁紙です。すなわち「世界日報」は、皆さんの良心宣言です。(一九八九・二・二二)
人類の繁栄と平和統一の世界は、万民の願いであると同時に、神様の願いです。個人であれ、国家であれ、世界であれ、主体と対象が神様を中心として「ため」に生きる真の愛を実践する中で、理想的な平和が成されます。しかし、愛は単独では現れることができません。相対的関係の中で現れます。父母の愛は、子女がいて彼らを通じて初めて結実し、子女の愛は、父母がいて彼らを通じて初めて実を結ぶのです。
神様の創造も、一人では触発されない真の愛の理想を実体化するために、真の愛を中心とした親子の関係が成立するようになったのです。神様は、父母の中の父母であり、師の中の師であり、王の中の真の王であられます。神様は、いつも真の愛のために与えられる永遠の真の父母であり、真の師であり、真の主人であられます。
人間は、神様の子として、まず神様のような真の父母、真の師、真の主人の道を行かなければなりません。これは、お互いに「ため」に生きる真の愛で助け合い、相対位置を定着することによって愛の理想を完成するのです。
天理大道は、このように利他的に生きる真の愛において、本当の自己成就がなされるようになっているのです。真の愛を中心として、上下の父母関係、左右の夫婦関係、前後の兄弟関係が調和し、その中で理想的な家庭が成されます。家庭が拡大して、国家、世界、天宙が完成するのも、同じ原理と公式からなされるのです。
教育、言論、芸術、救済など、私が築いた世界的な基盤も、すべて同じ公式である「ため」に生きる真の愛を投入することによって理想世界を成就させるためです。
真の父母、真の師、真の主人の人格を目標とした、「ため」に生きる愛を教える教育は、第一に、家庭で行われるのが理想的です。学校教育も、その延長でなければならないと考えます。
そして、「ため」に生きる真の愛の社会教育の機能は、言論機関を通じて世界的になされてこそ効果的であると信じています。言論こそ、社会全体を啓発し導いて、「ため」に生きる真の愛の関係を拡大させる公器だからです。(一九九九・二・一)
私は、最近、新たな言論の使命を設定しました。それは、道徳言論という新しい使命です。それゆえ私は、「ワシントン・タイムズ」の今後十年間の目標として、「道徳社会具現に貢献する言論となれ」という命題を与えたのです。そして、「世界平和に寄与する新聞」、その世界平和は、理想家庭をつくり出すことによって初めて可能になるので、「家庭倫理をはぐくむ新聞になれ」という意味です。
言論は、行政、司法、立法に続く第四の権力であるといわれるほど、社会に莫大な影響力と権力を行使しています。その強大な言論の権力は、善のために使われるべきであり、世界平和のために寄与する権力になるべきであると信じています。
言論人も専門職業人である前に、その根本はみな神様の子女です。皆さんは、神様が願われる道義時代、真の平和の世界に特別に召命を受けた平和のチャンピオンであられます。このような言論人の自由討論の広場として・、究極的な道義時代の具現を目標に、「世界言論人会議」があるのです。
世界の言論指導者の皆さん、全世界が神様の摂理の中、究極の真の平和世界に向かって進むこの時に、言論は神様に呼び掛けられた平和世界具現の重要な使命があることを悟らなければなりません。
言論は、平和を切望する他のすべての努力と連合して、地球村時代に人類大家族の理想を具現するのに強力な影響力を行使し、真の平和、道義世界実現の主役となって、勇敢に雄々しく前進しなければなりません。(二三四−二三四、一九九二・八・二二)
三 環境・難民救済事業
現在の為政者たちは、政治的な問題と軍事的な問題を第一に考えていますが、それが第一ではありません。宗教を立てて大きなブロックをつくり、世界福祉化運動を中心に、平和軍団のような選抜隊をつくり、超民族的な実践運動をどのように展開させるのかという問題が重要です。世界福祉化運動が最も重要です。それゆえ、今後のアメリカの政策や韓国の政策も、こうした世界情勢をすべて観望しながら立てていかなければなりません。(一五八−四〇、一九六七・二・一四)
なぜ私が海に関心をもつようになったのか分かりますか。将来、全人類が行くべき平和の道を開くに当たって、鍵がそこにあるのです。(一八九−二九五、一九八九・六・一七)
私は、このように中南米大陸を縦横に駆け巡りながら、多くの理想を描いた人です。中南米三十カ国余りの国家、社会が真の平和を実現して、理想国家を築くために何をすべきか、どこに行くべきかを考えてみたのです。
中南米大陸は、無限の潜在力をもっています。そこには無限の資源があります。そこには尽きることのない無限の人力があります。肥沃な平和の楽園です! 雄大な山と大自然です! 創造本然の汚染されていない美しい大自然です! 二十一世紀には必ず開花する、南米の全盛時代を夢に描いてみました。(二七一−九三、一九九五・八・二三)
私は、この平和会議の一つの主題として、ヽ地球、人間環境の回復に関する討議を含めましたが、私たちの自然環境は既に極限まで破壊されており、水と空気は汚染され、人類を保護してくれていたオゾン層まで破損されており、このまま行けば人類は、自ら築いた物質文明のために自滅を免れない境地にまで至るでしょう。(二七一−九四、一九九五・八・二三)
今こそ、全世界で飢えて死んでいく人々を私たちが救ってあげなければなりません。彼らも兄弟です。どんなことがあっても、伝統を立てて生かさなければならないのです。豊かな人は下りていき、貧しい人は持ち上げて、釣り合いをとって一つにするための国家編成をするのです。このように生きるようになれば、平和の世界、地上天上天国へと通じる勝利の王子、王女になるのです。このようにすることができるようにしようというのです。(二六九―五〇、一九九五・四・六)
陸地と海上を占領しようと思えば、人と魚を占領しなければなりません。人と魚を占領して何をするのでしょうか。将来、人類には平和時代が来ます。そして、今後、人類において食糧問題は、大変重要な問題になるでしょう。陸地の生産だけでは、人類の食糧問題と平和的生活基盤を築く条件を満たすことができません。陸地だけでは永久に食糧を補給できないというのです。それゆえ、海上を中心として、魚資源で補わなければなりません。(二〇七−二一六、一九九〇・一一・一一)
水産業は、将来、世界人類の食糧問題解決の鍵になります。そのために訓練するのです。先生は、二十四時間海に出て働いたという基準ゆえに、未来世界において、百年、何世紀後の人々が先生を尊敬するようになるでしょう。海を愛さなければなりません。雨に打たれてもレインコートを着ません。百年、二百年後にでも、霊界に来て私に出会うようにする材料は先生にある、そのように考えるのです。尊いことです。それは、先生だけが知っています。その雨がどれほど誇らしいでしょうか。雨の歴史、雨粒の歴史において、私のような人はいません。その一粒の雨は、王の雨粒として認められる貴い歴史の時間が成立するということを感じながら、深く考えるのです。その姿は真剣なのです。(一九〇−一九四、一九八九・六・一九)
これから人類の食糧問題は養殖にかかっています。ハワイのような所に行けば、ビルが多く建っているでしょう? 養殖をするビルができるのです。パイプのようなものを利用すれば、深い山奥でもできます。高い山にも、いくらでも造ることができます。そこで百坪、五十坪程度でも、一家族が生活するのに何の問題もありません。子供たちを大学に送っても、まだ余ります。地球上の面積を考えてみれば、生活の解決方法は、養殖以外にはありません。
将来養殖をするためには、技術獲得が重要です。それで、海水をどこでも引っ張ってくるのです。数百里までも引っ張ってくることができます。そのような時代になったのです。海水の活用が山中でもどこでも可能なのです。そのようにして、これから人類の食糧問題を解決するのです。養殖する方法を先生が探し出したので、今後希望が生じるようになったのです。(一九二−五六、一九八九・七・三)
地球星を活動舞台として、理念実現という目標を掲げていく統一教会は、このような人類の痛ましい状況に対する解決策を準備しなくてはいけません。準備する人がいなくては、全体が滅びるのです。将来、人類にとって最も重要な問題は何かというと、食糧問題と公害問題です。
この公害問題をどのようにして防ぐのでしょうか。水と空気の汚染、オゾン層の破壊問題など、皆さんとは関係のないように考えられてきた環境的事柄が、今月、私たちの生命に直接的に影響を及ぼしています。私たちの生活舞台において、時間単位を越えて分秒単位で脅かす時代に入ってきています。これは、歴史上のいかなる戦争よりも恐ろしい脅威です。このような脅威が私たちの目前に迫っていることを考えたとき、これに対する準備をしておくことができなければ、人類の未来は暗澹たるものになるのです。(二〇七−二一八、一九九〇・一一・一一)
先生が心配することとは何でしょうか。世界の三大難題は何かというと、公害問題と、その次には環境問題です。人類が生きることができなければ滅亡するのです。その次に、三番目は何でしょうか。飢饉、食糧問題です。世界的に飢え死にする人が、一年に千五百万から二千万にまで上っています。一日に五万人ほどが死んでいくのです。それに誰が責任をもつのかというのです。(二七〇−一六七、一九九五・五・二九)
世界的に飢え死にする人が一年に二千万人程度です。二十年余り前から、この人々の食糧問題解決のために、海洋産業に関心をもったのです。魚の粉、フィッシュ・パウダーが問題です。高たんぱく質ですが、これはどんな動物にもないものです。これを粉状にすれば、食糧問題を解決することができます。これを粉状に加工することで、保管と運搬が楽になるのです。このフィッシュ・パウダーが一トンあれば、三十倍、五十倍にも増やすことができます。九八パーセントたんぱく質です。先進国がこのようなことを解決すべきですが、解決できませんでした。(二九六−二二八、一一・一〇)
四 国連改革と平和機構
歴史を通して見るとき、人間は常に平和を渇望し、これを達成するために多方面にわたって努力してきました。人々は、平和を得るために相手を征服したり、時には平和のために降伏したりしました。今世紀に至っては、戦争以外の方法で国際間の対立を解決しようと試みた二つの貴い実例がありますが、それがすなわち国際連盟と国際連合です。(一六六−一二九、一九八七・六・一)
「ため」に生きる世界に入れば、貧しい人を裕福な人が助けてあげ、すべての人がそのようにすることができる平準化時代になるので、平和の世界、統一の世界へ行くのです。今の上下関係で見れば、上のほうの空気は下に行けず、下にある空気は上に行けないという論理が生じるのです。東西も同じです。水もすべて平準化、空気も平準化、愛も平準化するのです。自動的に一つになるようになっているのであって、強制的ではありません。
それゆえに、国連が今、国の形態を整えなければなりません。強力な国の形態を国連が備えなければなりません。国連が一つの理想を中心として、一つの統一と平和のための憲法を通じて強力な体制を整えるには、自分のために奉仕せよというのではなく、自分を投入しなければなりません。「ため」に生きる国連の形態をもたなくては、平和の世界、地上に一つの世界は永遠に望めないというのです。
アメリカは、国連が世界的基準を中心として、アメリカの頂上にいることを嫌うので、国連を解体しようと考えています。解体してはいけないのです。国連を中心として全世界のために先生が始めようとしていることは、国連が上院と下院の国家形態を備えて、政治的混乱歴史を経てきた過去を断ち切り、こちらではなくあちら側に越えていくのです。宗教理想、最高理想の神側に立って国連自体が全体の国家のために生きるのです。ある特定の国家ではありません。特定の国家が支配権を握ることはできないというのです。平準化の中心、センターとなって、このような共通の管理体制に向かっていってこそ、平準化運動、平和の運動ができるのであって、特定の国家を代表した立場に立った国連になれば、常に被圧迫と圧迫圏内の政治風土が残るようになるのです。それは、サタン世界の圏内に落ちてしまうというのです。(三〇三−一九六、一九九九・八・二五)
政治の方向も、家庭理想を中心として、真の愛に合わせなければなりません。経済やすべての文化もみな、真の愛に合わせなければなりません。これからは、自分の思いどおりに進んでいけば間違いが多くなるのです。それゆえに、世界が一つにならなければなりません。一つになるとすれば、経済的体制を中心として一つになるのであって、政治体制で一つになってはいけません。政治体制は、支配階級と被支配階級の基盤の上に立っているというのです。ですから、経済体制を中心とする管理体制に転換されてこそ、平和と統一の世界になるというのです。
家庭の父母と息子、娘は、国と同じであり、国家の父母が国の大統領と同じです。天宙においても同じです。それで政治体制は、一つの道しかないというのです。家庭モデル世界化時代に入ってくるので、その次に何かというと、平準化時代になるのです。生活標準化と平和というのは経済問題です。それゆえ、国連がこれから経済をきちんと管理しなければ、人類は滅亡するというのです。闘争概念を中心とした、または優劣を中心とした先後関係をもつ、このような指導体制があってはいけないのです。愛を中心として、相対的関係として進んでいかなければなりません。(三〇三−一九二、一九九九・八・二五)
一つの平和な世界をつくるために、私たち夫婦は様々な努力を傾けてきました。そのうちのいくつかの代表的な例を挙げれば、人種と宗教、国境、言語の壁を乗り越え、未来世界の基盤を築く理想的な国連大学を建てることです。また世界的な知識交流をするために、遠隔通信大学が必要です。(二八七−三八、一九九七・八・一〇)
過去四十年間、私が展開してきたすべての超教派・超宗派活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に望んできた平和世界の実現でした。平和に対するビジョンは、超宗派運動の核心です。
人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も経験し、そして、七十年の間、無神論共産思想の横暴と冷戦時代の中で鋭い対決と葛藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界は、一時的に平和のための祝杯を挙げることができました。
しかし、すぐに人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和時代に連結するのではないことを知るようになりました。世界は、至る所で激しい戦争が起こり続けています。今も前ユーゴスラビアと中東において、またスーダンや南アジアなどの地で殺戮戦が繰り広げられています。これらの紛争は、主要宗教間の根深い葛藤が背景にあることは周知の事実です。教団間の対話と和合がどれほど重要かを悟らせてくれる事例です。
そのいかなる国家機関よりも、国際連合が良い例になるでしょう。多くの人々が、国連は世界平和のための人類理想が制度化された組織だと考えており、これに期待をかけています。国連には、世界の問題を解決して、平和と人類の繁栄を促進するために共に働く、すべての国の代表者らが集まっています。(二九九−一〇三、一九九九・二・七)
体と外的な世界を代表する政治家や外交官らの経験と実践だけでなく、心と内的な世界を代表する世界宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界が完全に成されるのです。そのような点から、国連を再構成する問題まで深刻に考慮しなければならない時です。おそらく、両院制の形態を備えた国連を想像することもできるのです。
両院が相互に尊重して協力することによって、平和世界を築くことに大きく寄与できるでしょう。世界指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とビジョンによって効果的に補われることでしょう。
私は、「世界宗教議会」を重ねて開催しながら、超宗教・超国家的に真の愛の教育に努力してきました。そして、昨年には、世界の宗教指導者たちが先頭に立ち、すべての宗教人が七数単位の献金をして世界平和基金をつくることに率先しようと提案しました。国家の経済事情や個人の経済状況によって差が出ることもあるでしょう。七ルーブルでもいいし、七百万ドルを献金することもあるかもしれません。すべての宗教人が心を一つにして基金をつくり、この基金で平和の知恵とビジョンを教育し、また真の愛の理想と真の家庭の価値を広めるために、共に効果的に働くことができるでしょう。(二九九−一〇五、一九九九・二・六)
国連作戦を通して、家庭を解放しようというのです。「純潔家庭運動を国連がすべきではないか」と言って詰め寄り、言うことを聞かなければ、「平和の世界は家庭を通してなされるのに、家庭が破壊されれば平和世界を成すことができるのか。国が壊れていくのに、国連がこのような基盤をもつべきではないか」とこのように受け答えするのです。「政治? あなた方が政治をして滅びるようになったのだから、政治を生かせる内容があれば、何でもすべきではないか」、このように詰め寄るのです。(二九七−二〇六、一九九八・一一・二〇)
国連が天の願いに従わなければ、アベル国連をつくるのです。それで「島嶼国家連合」をつくったのです。「半島国家連合」、「大陸国家連合」をつくりました。各国の大統領たちは、「先生が早く理想的な世界家庭を完成しなければ、理想世界が生まれないというのが先生の教えであり、神様のみ旨の道ではありませんか」と言いながら、そのように行動を始める人が多く現れるようになりました。国連の事務総長を中心として、消化運動を推進しているのです。それで国連の会議場でも、十六人程度は、「来なさい」と言えば、みな先生のもとにすぐに来るというのです。対話をして事務総長を賛成させて、新しい平和の道へと向かうはしごとなるのが「家庭連合」です。
国連の目的は、平和の世界、統一の世界、超国家的理想圏を求めることでしたが、何も結果がないではありませんか。先生が成したことは世界的なことです。(二八九−五五、一九九七・一二・三〇)
今後、国連事務局から私たちの部局をつくるのです。平和へ通じる家庭理想の部局さえつくれば、世界は私たちの計画どおりに進むでしょう。それで、もし国連が天の願いに立たなければ、私がアベル国連をつくろうというのです。国連に主人はいません。(二八九−一六七、一九九八・一・一)
国連は、国の形態をもっていません。国連は、政治風土に漬かって片方の足しか正常でなくなっています。家庭が成されるためには、父と母がいなければならず、息子、娘がいなければならないのです。国連には主人がいません。誰が誰かも分かりません。このような構想は、平和の世界へ行くレバレンド・ムーン以外にはできません。(二九三−一六三、一九九八・五・二六)
政治的立場では、世界を料理することはできません。料理される相手は政治圏です。政治圏はすべて腐っています。家庭を中心として、この腐敗した事実のすべてを正す道はありません。それゆえ、宗教が再び一つにまとまらなければならないというのです。そして、世界を一つにして平和の世界に行くことができる近道、まっすぐな道を整えてあげなければならないというのです。それは、国連だけができることです。(二八八−二〇四、一九九七・一一・二八)
今後、国連に祝福家庭部局をつくらなければなりません。これは、世界的な平和へ向かう直短距離の道なので、国連自体が加入して指導することによって、万人、万国家、万家庭を救うことができ、万青少年を救うことができる間違いない道です。これをしなければ、国連事務局を押しのけます。私が国連をつくろうと思います。(二八七−一九〇、一九九七・一〇・三〇)
国際連合は体です。体に心の世界を結びつけなくてはいけません。それが宗教圏、「世界平和宗教連合」です。宗教圏を結びつけてこそ、心と体が一つになります。その次には、母である「女性連合」を結びつけなくてはなりません。その次には、「青年連合」を結びつけるのです。四大団体を国連に結びつけて立てれば、将来、国連が平和統一でき、一つの世界に行くことができる方向提示ができるようになるのです。(二六七−二四六、一九九五・一・八)
「世界平和宗教連合」や「世界平和連合」、「世界平和教授アカデミー」といって、すべて「平和」を入れたのは、国連を目標にしたからです。数十年前から準備してきたのです。本来は、国連を標準として従うようになっています。人類の平和は、国連が主導しなければなりません。アメリカではいけません。
個別の国家を中心とする世界が、平和世界に向かうためには、一晩ではできません。長い期間を通じて出てこなければなりません。ある転換をさせるには、一つの標本物がなくてはいけません。「なるほど、あのようにすれば国が発展するだろう!」と言うことのできるモデルがあれば、それを国連が宣伝して、国家が支援できる環境さえできれば、すべての国がまねするようになっています。
それで、今、私がしていることを、ここにいる誰よりも開発途上国が歓迎しているのです。先進国はいくつかの国しかありません。G7やG8など、何カ国にもならないというのです。それ以外は、すべて後進国家型になっているので、国連が主張する平和的モデル国家形態があるというときには、それ以下のすべての国家は、一つの方向に自動的に向かっていくというのです。(二六七−二三六、一九九五・一・二〇)
国連機構を見れば、各国家を中心として体の象徴になっています。サタン的な基盤です。国連に百八十二カ国が結集していますが、その内容を分析してみれば、すべて自分の国を中心にして他国を利用し、だましています。それは、統一と平和という本質的で基本的な理論に反するものです。
今の国連では、世界平和をもたらすことはできません。国ごとに、自国の利益を得るために争っています。それではいけないのです。良心的ではありません。それゆえ、良心を中心とした宗教団体と現在の国連を合併させるのです。その背後にエバのような「女性連合」があるのです。本来、世界平和は、女性が中心にならなければならないのです。そうでなければ、争ってばかりいるというのです。女性が真ん中でカインとアベルを抱くような組織をつくり、女性を中心として、全世界に平和の雰囲気を造成するのです。(二五八−一五六、一九九四・三・一七)
今や平和の時代が来ました。アメリカが世界平和の先導国になろうとするなら、モデル国家がなければならないのです。南北を統一しなければならず、中東を統一できる連を私が国連機構を中心として提示するのです。国連機構をカインの立場に立て、新しい国連機構をつくってアベルの立場に立てるのです。カインとアベルを中心として、天のみ旨と一つにならなければなりません。それゆえ、平和のモデル国家として解放されたモデルをもたなくては、平和を主導できないというのです。(二四六−三四、一九九三・三・二三)
世界平和を誰が主導すべきでしょうか。天が主導しなければなりません。宗教圏も政治圏も、天が主導しなければならないのです。このような意味から見るとき、私が主唱するのが宗教圏国連です。その次に、女性国連を主唱するのです。これは、間違いなくできるのです。このようになれば、現在の人類は、神様のプログラム圏内に完全に引き込まれていくのです。(二四八−二四五、一九九三・一〇・三)
一九八九年十一月九日にベルリンの壁が崩壊してから、世界は、正に改革と変遷、和解と親善に向かって走っています。世界平和の道は、今大きく聞かれました。
今や私たちは、きょう宣布される平和を勝ち取る大原則に立脚して、真の平和を成し遂げる時であり、後進国を貧困から解放し、強大国は発展途上にある新しい民主主義国家を犠牲の精神で助けなければなりません。各国の政策が利己主義を止揚することそれ自体が大きな革命です。その方法は、私たち全員が父母の位置に上がっていって見下ろしてみることです。
今度の九月、国連総会に南北朝鮮が共同で加入します。これは、私たちが平和世界に向かう、また一つの画期的な発展です。そうなれば、総国連加入国は百六十三カ国になります。(二一九―二〇、一九九一・八・二八)
第一次世界大戦以後、人類は、戦争の惨事がどれほど大きいかということを骨身に染みて感じ、一つの平和の世界を追慕しながら、政治家たちが中心となって国際連盟をつくりました。しかし、政治家たちはサタン的だったので、自分たちめ欲望のために世界人類を利用しようとしました。それゆえに、天が打ったのです。(二〇八−二八六、一九九〇・一一・二〇)
第一次大戦以後、人類は、戦争がどれほど悲惨であるかを知りました。平和を望む人間本然の心情をもった世界のすべての人々が、世界に戦争があってはいけないことを知るようになったのです。それで、第一次大戦以後、国際連盟を中心として、平和の世界、戦争のない世界に向かうと思っていたのですが、三十年もしないうちに戦争が起こり始めたのです。しかし、平和を追求する人間本性の欲求は不変です。死んでも平和の世界に行こうとするのです。それゆえに、第二次大戦以降には、国際連盟を捨てて国際連合、ユナイテッド・ネイション(United Nations)、国連(UN)をつくり、「全人類は兄弟だ」と言って、戦勝国家が敗戦国を独立させ、兄弟圏として保護育成する時代に入ってきたのです。
今や、冷戦を通じた戦いは終わりました。第三次大戦は思想戦です。ソ連とアメリカは、お互いに戦うことを恐れています。あえて言えば、これからは、嫌いであろうと好きであろうと、平和のために仮想の神様と仮想の理念を立て、学者らが集まって話を作り上げてでも、「世界はこのようになるべきだ! 神様はいる!」と主張しなければ、収拾する方法がないのです。そのようなことを知った文総裁は、神様に関することをあらかじめすべて知って、神様の絶対価値の内容を編成し、世界観を編成し、宇宙観を編成し、神様まで解放できる論理を体系化してきたのです。(二〇四−八四、一九九〇・七・一)
第五章 世界平和のための具体的行動
南北統一と世界平和
第五章 世界平和のための具体的行動
一 世界平和のための各種機構の創設背景
「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和連合」、「世界平和言論協会」、「世界平和教授アカデミー」、すべて「平和」が入ります。平和思想は「神主義」です。「頭翼思想」です。
家庭は、世界平和のための家庭です。個人も世界平和のための個人です。すべて自己中心ではありません。平和のためのものです。その思想をもたない人は、みな個人主義です。これは、すべて除去されるのです。御飯を食べるのも、世界平和のために御飯を食べるのです。水を飲むのも、世界平和のために水を飲み、空気を吸うのも、世界平和のために空気を吸うのです。
愛も世界平和のための愛です。仕事も世界平和のために仕事をするのです。そのように考えなさいというのです。そこに歩調を合わせることができないものは、すべて秋風に散る落葉になるのであって、枝にはなれないことを知らなければなりません。葉にしかならないのです。枝にならなければなりません。枝になろうとすれば、平和思想をもたなければなりません。話すことも世界平和のためであり、においをかぐことも世界平和のためであり、五官がすべてそうでなければなりません。(二五二−三〇一、一九九四・一・一)
今の時は転換の時期です。政治権力や軍事力では天運を遮ることはできません。神様の大きさ、宇宙の経綸に私たちが歩調を合わせなければなりません。今回、私たちが創設した世界平和のための二つの組織は、国家権力が主導してできたのではありません。真の平和の道は、そのようにしてはやって来ることができません。
私たちは、宗教や文化、そして皮膚の色の壁を越えて、「神主義」のもとで新しい組織をつくりました。心と体が一体となり調和を成してこそ理想体となるように、「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」が「神主義」を中心軸として調和、協力、一体を成すことが、真なる平和世界へ向かう統一方案です。全体の心的な世界と、全体の体的な世界を代表するこの二つの機構が、神様の真の愛で調和、統一を成せば、すぐに理想社会になるのです。これから、この二つの組織の正しい役割のために、学者と言論人の支援が大変重要だと思います。(二一九−一二六、一九九一・八・二八)
私は、神様の摂理の方向に従って世界を改革し、地上に神様の真の愛の理想を回復することにすべての精誠を尽くしてきました。「国際宗教財団」(IRF)を中心として世界的に展開した「新超教派研究協会」(New ERA)、「世界宗教協議会」(CWR)、「超教派牧師会議」(おり)、「世界宗教議会」(AWR)、「世界宗教青年セミナー」(YSWR)、「青年宗教者奉仕団」(RYS)、等の活動を通して、教団間の理解と和合と宗教人がしなければならない神様の真の愛の実践の手本を見せながら、平和世界理想のために尽力しています。
私は、世界平和のための心的であり主体的である「世界平和宗教連合」の創設に続き、あすには体的であり対象的である「世界平和連合」を本芸術会館で創設する予定であり、このために全世界から指導者たちが到着しています。この二つの機構が内外に調和、協力しながら、天意に従って真の愛で統一を実践するならば平和世界は実現されます。神様の真の愛によって、心と体の統一と世界を越えて宗教と政治が統一を成すことによって平和の世界が来るのです。(二一九−一一一、一九九一・八・二七)
私は、一九八五年、アメリカ、ニュージャージー州で開催された第一回「世界宗教議会」の時に、創始者の演説を通して三つのお願いをしました。一つ目は、各宗教の伝統は互いに尊重しなければならず、少なくとも宗教相互間の衝突や紛争を防止するために努力すること、二つ目に、私たちは、協助する宗教共同体として世界に奉仕すること、三つ目は、宗教の使命を完遂するために、すべての宗教指導者が参席し、世界平和のための一つの組織として発展しようという内容でした。
そして、ちょうど一年前、アメリカ、サンフランシスコで聞かれた第二回「世界宗教議会」において私は、「世界平和宗教連合」の創設を主唱しました。皆さんを含めた志のある宗教界の指導者の協助とともに、今日この場において、世界のあらゆる宗教の指導者が同参し、世界平和のための宗教連合体が歴史的な誕生をするのです。
今は、世界の宗教が世界平和の実現のための中心的責任を負うために、積極的に実践の道に進むときです。幸福な人類の未来は、物質的繁栄を追求することだけで成されるのではなく、宗教間の理解、精神的な和合を通して思想と文化、人種間の葛藤を克服して迎えるのです。(二一九−〇八、一九九一・八・二七)
先生が暮らすことのできる家庭、先生がとどまることのできる教会、先生がとどまることのできる一族を探し求めていくにおいて、既に世界版図をみな築きました。そこに備えるための外的条件をすべて築きました。世界の学者世界、「世界平和教授アカデミー」(PWPA)百箇所以上、言論界組織、その次に頂上会議──これはこの世界を動かすことのできるサミット・クラブです──をすべてつくっておきました。心を代表する宗教圏連合、体を代表する政治圏連合として、「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」をつくったのです。自分個人から心と体の闘争歴史によって分かれたものを、終わりの日に来て、これを収拾しなくては、人類の生きる道を収拾する道理がないのであり、平和の世界に行く道がないので、一人このようなことをするのです。反対を受けながら一人でしたのです。どこの誰が歓迎しましたか。(二一一―三三六、一九九一・一・一)
二 世界平和統一家庭連合
人類の幸福と平和理想を実現するには、障害が多いのです。政治的、経済的利害関係の衝突をはじめ、様々な否定的要因が数多くあります。その要因の中で最も根本的なものは、人間が自己の中で心と体が衝突を起こして矛盾していることです。長い人類歴史を通して、心と体の葛藤が完全に解決されたことがありませんでした。人間始祖の堕落の結果が、このように深刻で悲惨なのです。
私は、去る七月三十日から八月一日まで、アメリカの首都ワシントンD・Cで「世界平和家庭連合」創設大会をもちました。ジェラルド・フォード、ジョージ・ブッシュの二人の元アメリカ大統領をはじめ、四十カ国の元・現職国家元首および首相と百二十余カ国の代表が一堂に集い、歴史的な世界大会を開催したのです。それは、これまで私が真の愛の平和世界実現のために生涯を捧げて築いておいた世界的な機構と基盤の上に創設した、最も貴い機構になります。
これから私たちは、神様と歴史の前に答えなければなりません。大きく和合して一つにならなければならない人類が、何をもって、どのように現実を克服し、近づいてくる新千年を希望の中で迎えることができるでしょうか。また、個人と自国の利益を超えて「ため」に生き、信頼して生きていくべき平和世界を成し、またこれを支える新しい価値観をどのように定立するのでしょうか。科学技術の燦爛たる楼閣の上で人本主義の眼鏡をかけ、物神の誘惑のもとでではなく、本心の扉を開けて謙虚に答えを探さなければなりません。地上で探せなければ、天から来る声を通して解決しなければなりません。(二七九−二〇八、一九九六・八・二〇)
「世界平和家庭連合」を成すことができなければ、平和世界は絶対に来ないというのです。これが重要です。家庭がそれほど重要なのです。平和世界も家庭から始まるのです。家庭に十人の家族が暮らしているならば、十人の家族がみな一つにならなければなりません。一つとなってお互いが縦横に、前後、左右、立体的に和合するようになる時に、理想的平和の世界が訪ねてくるのです。(二三二−三二二、一九九二・七・一〇)
これから一つ残っていることは、世界平和のための統一連合が残っているのです。これさえすればすべて終わるのです。これが成される日には、国が加入するのです。国が加入するというのです。ですから、国が救いを受けるのです。氏族的メシヤのようなものは横的な基盤です。縦的な基盤は、既にすべて設定されたというのです。そのようにすれば、すべて終わります。摂理やすべてのことが終わるのです。ですから、サタン世界は完全になくなるのです。(二一九−二五四、一九九一・九・八)
「世界平和統一家庭連合」です! 世界、平和、統一家庭をなくしてしまってはいけません。それで連合体として行くのです。すべて相対的です。その相対基準の中に愛を連結すれば、世界は一つに連結されるのです。(二八三一五二、一九九七・四・八)
これからは、宗教が必要ありません。世界基督教統一神霊協会の時代は過ぎ去ったというのです。それで、「世界平和統一家庭連合」を宣布したのです。エデンにおいて堕落していない本然的家庭、アダムとエバの絶対信仰、絶対心情園、絶対、永遠に分かれることができない父子関係の一休園を成さなければなりません。
世界のどのような邪悪なものが誘引するとしても、アダムとエバが堕落した根源的動機に接し得る何ものもない位置に立って解放されなければならないのです。それが堕落した人間の宿命的な任務である、ということを知らなければなりません。(二六六−二五五、一九九五・一・一)
四月十日から「世界平和統一家庭連合」という名称を使用します。家庭問題が今、世界的問題になっています。家庭の破綻は、世界的な重大事です。アダムとエバが堕落する時、神様が家庭に干渉できなかったので、終わりの日に来て収拾しなければならないのです。政治の力をもって、経済の力をもって、文化の力をもって、宗教の力をもって家庭と青少年の淪落を防止することはできません。(二八三−一一、一九九七・四・八)
神様の真の愛は、投入してまた投入して無限に与え、そして、その与えた事実すら忘れてしまう絶対的な愛の基準です。このような神様の真の愛の絶対的基準を、縦的に連結して横的に拡大していくことで、人類が願う理想世界を尋ね求めていくのです。
神様は、真の愛を中心とした環境圏を造成するために、真の愛と真の家庭の実体である真の父母を中心に、世界的な基盤を造成してきました。世界の大学者と共に絶対価値を探求する「科学の統一に関する国際会議」と「世界平和教授アカデミー」、言論の自由と倫理的責任を追求する「世界言論人会議」、各宗教間の和解と一致を模索する「世界平和宗教連合」、世界平和を模索する「世界平和連合」、女性の社会的参与を通した理想社会実現のための「世界平和女性連合」、真の家庭理想を実現してその理想を全世界的に拡大するための「世界平和統一家庭連合」、そして、二十一世紀の新しい青年文化運動を主導する「世界平和青年連合」の結成および組織拡大などは、そのような背景から出発したのです。(二七一−一四九、一九九五・八・二七)
三 世界平和教授アカデミー
私は、「世界平和教授アカデミー」を、人間の知恵を啓発するために人生を捧げて尽力してきた皆さんの知性によって、この危機の時代を転換させ、世界平和の根源を模索する牽引車のような機構になることを願いながら、創立したのです。「世界平和教授アカデミー」の究極の目標は、平和と繁栄のための新しい理念と方法論を研究しようとする勇気ある学者たちの献身的な努力によって、正義と調和と秩序の世界を創造することです。また、「世界平和教授アカデミー」は、今日の時代において危機意識をもっている学者や指導者に、人類が当面した家庭の根本的な問題を検討するのに必要な資料を提供しなければならないと思います。(一三〇−九、一九八三・一二・一八)
平和のための国連機構のようなものをつくらなければなりません。今の国連機構は、頭だけあって手足がない機構です。「世界平和教授アカデミー」をつくって、そこに看板をつければ国連総会にもなり得るのです。「あなた方は、国連総会に政治家だけが集まるではないか! 私たちは、平和のための使節だけが集まる」と言って、新しいアベル的な国連総会をつくろうというのです。現在の国連総会は、頭だけあって手足がないので、まるで全身がまひしてラッパばかりを吹く立場のようです。一年の内で、総会をする時は熱心に騒ぎますが、次にはどこで死んだのか影もありません。(六二−二九八、一九七二・九・二六)
先生を知らない人たちは、「先生を見ろ。私たちがこうやって苦労しているのに、私たちを助けてくれずにそれは何だ。どこに行って何を投資して……」と言うでしょう。それは、皆さんが分かっていないのです。「教授アカデミー」をつくるときも、情報部がそうでした。「ふん! 国家でも何十人もまとめることができなかった教授たちなのに、統一教会で、『平和教授アカデミー』ですることができるか」という話をしました。彼らとは観点が違うというのです。(七一−一四六、一九七四・四・二九)
私たちが「統一科学」という問題を中心として、全世界的に教授たちを引っ張り出してたびたび行事をしていますが、ここにどれほど多くの関心が注がれているかを知らずにいます。初めは批判もしましたが、このごろは、「レバレンド・ムーンがすることはすべて深刻な問題だ」と、このように言うというのです。このような段階に入ってきて、だんだんと押していくのです。それで、何か何でも一つに糾合しなければならないと考えるのです。教授たちを糾合するための作戦を韓国でしなければならなかったので、「平和教授アカデミー」を結成したのです。言い換えれば、「世界平和教授アカデミー」は、「全世界の教授たちがこの平和世界建設のために、実際の行動はできないが、各分野で頭を使って文章を書き、方向を提示することに先頭に立たなければならない」という趣旨からつくったのです。韓国では既に成功裏に進んでいます。T次的成功です。
「平和教授アカデミー」という名前で、「広場」という月刊誌を全世界の大学に発送したので、韓国でこのような運動をしているということを、既に名のある教授たちはみな知っています。それゆえ、アジアにおいて著名な教授たちを糾合して、「アジア平和教授アカデミー」が発起さえされれば、これがヨーロッパにも連結されるのです。
アメリカならばアメリカのための教育制度ではなく、イギリスならばイギリスのための教育制度ではなく、それを超越して私たちが新しく構想する一つの世界、平和の世界を建設することができる教育制度を準備しなければなりません。このような目標を立てておいて、そこに合う教育施設を整えなくては完全な教育をすることができないので、そこに合う大学を立てようと思います。それで、国際大学理事連盟をつくろうと思います。
このような計画を立てて、世界的な大会を通して発表するようになるのです。学界で発表するよりも権威のある路線を、方向をつくらなければならないというのです。それぞれの分野の世界的な学者たちが糾合して月刊誌を発刊するのです。そうして毎月方向を提示するのです。「科学はこのように行かなければならないのです。経済はこのように行かなければならないのです。哲学はこのように行かなければならないのです。法学はこのように行かなければならないのです」という一つの方向に、平和と統一という方向に引っ張り出すのです。(七一−一七五、一九七四・四・三〇)
世界のすべての国の教育制度は、競争で勝利した者だけが獲得することができるという競争の長所と、それに最も適合する生活を、あまりにも強調しすぎてきました。これは、人類を一つの人間家族の構成員として導くことによって、平和な共存の世界に導くための健全な人間の努力を食い荒らす伝染病のようなものでした。いずれにしても、現在の人類は、知性人の間でそのような競争を強調することが変遷されつつあり、生存のための協同が不可欠な要素であることを悟り始めました。このような見解に照らし合わせてみるとき、教育の目的と教育哲学は、深層から変革を経なければなりません。(七四−一〇七、一九七四・一一・二二)
すべての会員は、学者たちを積極的に後援するだけでなく、社会世論に影響を与え、歴史を引っ張っていかなければならないと思います。私たちは、非暴力的な態度で、しかし所信をもち、この時代の最も難しく複雑な哲学的・社会的課題として人類が当面している未解決の問題を解決することに心酔して、献身的でなければなりません。「世界平和教授アカデミー」の目標である平和実現は、理想と理論の基準においてではなく、実践的方法による実践をもって到達される目標です。
私は、「国際文化財団」と「世界平和教授アカデミー」の基盤を通した世界大学連盟の理想をもってきました。今それを実現する段階になり、六大州に少なくとも七十の総合大学を順次設立し、高い次元で若い世代を育成指導するでしょう。大学相互間に交換教授制度、交換学生制度、協同研究等を通した体系性を帯びた教育で、人類が一兄弟になる平和世界の理想を実現しようと思う次第です。(一三〇−一二、一九八三・一二・一八)
一九七八年から今まで、宗教と関係のある教授たちを教育してきたのです。神学者を教育し、その次には哲学者や数多くの学者たちに今、統一教会の「原理」を中心とする公聴会を三年間続けています。そのようにしながら、各国に今、「平和教授アカデミー」を編成するのですが、その国を動かし得る学者たちがみな、理事要員として登場するのです。(一〇七−二一九、一九八〇・五・一九)
神様を父母とする世界は一つの家庭、人類は一兄弟という理想から見るとすれば、東洋と西洋の最短距離の調和統一体は、宗教思想を中心としてのみ可能なのです。「世界平和教授アカデミー」が本当に世界平和を目標にするならば、そして、私たちすべての兄弟たちが学問的な良心と知性を尽くしてこの目標を成就することを望むならば、私たちに再覚醒と再決意が必要だと考えます。真なる人類平和は、価値観が異なる人間相互間の平面的関係改善だけでは訪れることができないのです。神様を求心点にした絶対価値のもとにおいてのみ、真なる平和世界を見いだすことができるのです。
この平和理想に対する根本的障害要素は、無神論的共産主義です。私は、資本主義も神様が願われる主義ではないことをはっきりと教えています。しかし、共産主義は、神様の存在自体を否認しているので、この主義は「神主義」の前に第一次的な障害になるのです。(一三〇−一五、一九八三・一二・一八)
知恵の中の知恵は、神様の心情と理想を知ることだと思います。私たち「ICUS」(科学の統一に関する国際会議)の家族は、通常の学問研究の次元を越えて、天的知恵を所有するための共同努力の場を用意するために実践しなければなりません。そのようになれば。私たちは、神様の理想であると同時に人類の共通の希望である、平和理想世界実現のための主流的使命を担当することができるでしょう。神様は、良心的な碩学たちのこのような役割に期待していらっしゃいます。学者たちに対する社会的期待から見ても、あすの主役である青少年を教育する使命から見ても、学者の模範は大きな役割を与えるでしょう。(二一九−一〇五、一九九一・八・二六)
四 世界平和連合、南北統一運動国民連合
先生の計画どおりにすれば、戦わずに無条件の統一時代が来るのです。「世界平和連合」をなぜつくったのか分かりますか。全世界の国家が一つになって韓国を万年、億万年、平和の王国として宣布するためです。祖国なので、そうではないですか。祖国を侵略する者がどこにいますか。韓国を万国保護王国として宣布しなければならないというのです。それを誰がしますか。それは、他の人にはできません。私がしなければならないのです。今、その準備をするために、あらゆる方面に組織を編成しているのです。(二四三−一六三、一九九一二・一・三)
皆さんは、神様が平和の役軍として選ばれてこの場に召命を受けられた方々です。今から九年で紀元二〇〇〇年が来ます。二〇〇〇年というこの峠が、私たちの生きている時に偶然に来るのではありません。これは、歴史の新しい転換点です。新しい歴史が胎動しています。平和の二十一世紀が近づいてきています。しかし、その平和は、ただで来るのではなく、神様と人間が協助して、与えられた責任分担を果たすときにだけ可能なのです。そのようにしようとすれば、私たちは残りの九年間で、平和を阻害するすべての要素を除去する作業を終えなければなりません。
これは平和の時代です。これをもって名実共に天国だというのです。このような希望と光明の二十一世紀には、私たちがきょう創設する「世界平和連合」がその理念を提供して世界人類を教育し、摂理に従ってこれから来る平和世界の牽引車の役割をしなければなりません。私たちの連合は、また世界の道徳性を明かす灯台にならなければなりません。
平和の使徒である貴賓の皆さん! 光明な新しい日が私たちを待っています。私たちは、きょう全員が使命感に燃えなければなりません。これから、私たちの最後の一滴の汗と涙と血を流して人類共同の目的を成さなければならない、という歴史的使命が私たちを呼んでいます。その最初の仕事が神様を私たち個人、家庭、社会、国家、世界に迎え入れることなので、天が共にいらっしゃる時に敵対する者がいるでしょうか。(二一九−一二一、一九九一・八・二八)
これから創設される「世界平和連合」は、過去の国際連盟や国連と異なり、真なる本然の平和理想と真の父母の理想をもって、最後に世界平和を成そうとする雄大な新しい出発です。人間同士で平和を謳歌せず、神様の中に、神様と共に平和を謳歌しなければならないという斬新な覚醒がなければなりません。世界平和の中心は神様であられ、その原動力は真の愛なのです。(二一九−一二〇、一九九一・八・二八)
体を代表する国連機構の前に、一つの心の代表として世界平和を指導できる「世界平和連合」をつくるのです。第一次大戦後の国際連盟と、第二次大戦後の国際連合という国連機構が平和を模索してきましたが、すべて失敗しました。なぜでしょうか。先進国家を代表する為政者が先導的な立場に立つようになるので、体が心を動かすそのような立場に立っていたというのです。
しかし、今回、私が提唱する「世界平和連合」は、宗教指導者が先頭に立つのです。これは、何千年の歴史をもっているのです。この世界的宗教指導者が一つになって政治世界をコントロールしなければならないのです。心が体をコントロールするように、それを収拾しようというのです。それゆえに、外的な政治世界に相対的平和基準を設定するために、レバレンド・ムーンが提唱したのが「世界平和連合」です。(二〇九−二五九、一九九〇・一一・三〇)
「世界平和連合」を創設して何をするのでしょうか。宗教界と政治界の大物を連合して世界平和を成そうというのです。世界平和というものは、宗教と政治が一つにならなければならないのです。この二つは、今までは戦っていました。政治がいつも宗教を打ってきたのです。これを一つにしなければ、世界が変わらないというのです。
宗教界の大物と政治界の大物の連合化と世界平和、これが成されなければ世界平和は来ないのです。どうすることもできません。それで先生がすべて準備しました。宗教界の心と政治界の体が一つになれば、ここから一つになるのです。(二一七一三五九、一九九一・六・一二)
第一次世界大戦後に国際連盟をつくりましたが、それは失敗し、第二次大戦直後につくった国際連合も失敗しました。失敗したその基盤の上に、レバレンド・ムーンが「世界平和連合」をつくります。個人から心と体が分かれたものが、世界的に二つに分かれたのです。それを、一つになった心と体をもった人が統一しなければなりません。統一しなければなりません。分けてはいけないというのです。これ(心の側)が右翼で、これ(体の側)が左翼です。また、これ(心の側)は宗教界で、これ(体の側)は非宗教界です。この宗教世界と非宗教世界を統一しなくては、世界に平和はありません。ですから、左・右翼を一つにしなければなりません。それをしている人がレバレンド・ムーンです。(二〇五−二一三、一九九〇・九・二)
金日成は、神様がいないというサタン側共産主義世界の代表者である反面、文総裁は、絶対的に神様が存在するという民主世界の代表として、韓国を中心として北朝鮮を消化、吸収することによって、一つの父母である真の父母の心情をもって歴史的善悪闘争を越え、平和世界を創建しなければならない宿命的な課題の前に、今回、「世界平和連合」を創設し、摂理史的み旨に合わせようとするのです。(二〇四−一四四、一九九〇・七・六)
各国の大統領をした人、世界の財閥たちをすべて指導するのです。彼らに「統一思想」を教育するのです。「ゴッディズム」(神主義)、「頭翼思想」を学ばなければなりません。「平和連合」がこの思想基調を中心として世界を収拾する道しかありません。今まで世界のために働いてきた人は私しかいないではないですか。共産世界に影響を与えて、民主世界に影響を与えた人は、私のほかにいないではないですか。カトリックの教皇庁が影響を与えましたか。ビリー・グラハムが影響を与えましたか。とんでもないというのです。私しかいないのです。これをしっかりとしておいてこそ、けりがつくのです。これが最後です。(二〇一−一三四、一九九〇・六・二三)
私たち「南北統一運動国民連合」は、この時点で何をしなければなりませんか。最初に私たちは、民族の和解と一致に向かう真なる価値観を定立して、その価値観を中心として思想武装をしなければなりません。アメリカをはじめとする自由世界の弱点は、思想の空白が存在する点です。物質の豊かさと自由の澎湃が、価値観の混沌と世俗的な人本主義の台頭をもたらしてきたという事実です。自由世界は、思想的な面において繰り返し後退してきました。これは滅びていく共産世界が、最後に世界赤化の野望を放棄しない理由です。
第三次大戦は思想戦です。共産主義を軍事的にだけ破ることはできません。共産主義思想を凌駕する、より優秀な思想でなければ共産主義を破ることはできません。その思想とは、正に真理に立脚した思想を言います。
偽りは、真によってのみ征服できます。その思想が正に「神主義」です。これから自由世界が「神主義」、すなわち「統一思想」で武装して、理念的攻勢に転換しない限り、共産主義に勝つことはできません。
「南北統一運動国民連合」は、汎国民思想武装運動の先鋒の大将にならなくてはなりません。「神主義」は、北朝鮮の同胞を解放するだけでなく、全世界の共産主義を解放して余りあるのです。また、この理念は、放縦と不道徳で腐っていく西欧世界に精神的大覚醒運動を起こしています。
それゆえに私は、一九七六年、アメリカの首都ワシントンD・Cで歴史的「神主義」宣布大会を終えたのち、「次の大会はモスクワで開くことになる」と宣布したのです。「神主義」は、共産主義世界を解放できるという所信があるからです。
共産主義がなかなか衰退しないのは、私たちの明確な代案がなかったからです。また、より優れた思想で武装されていなかったからです。これからは、大韓民国から思想運動を起こして、共産主義克服のための汎世界的な運動を展開しましょう。私たちが思想的攻勢を行って、虚偽と欺瞞で飾られた金日成唯一思想を圧倒しなくては、どうして統一を願うことができるでしょうか。
私が早くからアメリカに世界本部を置いて自由世界の思想教育に努めてきたことは、皆さんが周知の事実です。「ワシントン・タイムズ」をはじめとして、いくつもの言論機関を世界各所に立てて世界の言論人を教育し、世界の各大学の教授たちに方向を提示して、世界各国の学生運動を主導し、退役将軍たちをはじめとする在郷軍人を糾合して、南米諸国を統合する運動を起こし、既に以前から世界宗教一致運動を直接遂行してきました。
このように私は、これまであらゆる力を尽くして、アメリカと日本に影響を及ぼし、ヨーロッパ、南米各国にも基盤を築き、さらには中国にまで影響を与え、北朝鮮解放の国際的与件造成に全力投球してきました。
韓国は、地政学的にとても微妙な位置にあります。韓国を取り囲んだ四大強国、すなわちアメリカと日本とソ連と中国は、私たち韓半島にそれぞれ重要な関心と利害関係をもっています。私たちは、この四大強国に影響を与え、私たちの統一課業に有利な方向へ導いていかなければなりません。そうでなくては、私たちの祖国統一は訪れることができません。私は、国際舞台においてそのような影響力と実力を、思想教育運動を通して、そしてその他様々な分野での成功を通してなしてきたのです。
このような基台の上に出発した「南北統一運動国民連合」は、韓国だけの単独的な団体ではならず、アジア各国と、さらには世界各国とつながりをもつ国際連合運動にならなければなりません。それゆえ、私たち「国民連合」は、これからアジア国民連合に発展し、世界国民連合としてさらに発展していくでしょう。これが全世界人類の念願であり、また神様の望まれる念願でもあります。
私たちは、今、ここで民族的で世界的な課業を受け入れなければなりません。歴史的な統一の課業は、義人たちの差し伸べる手を待っています。皆さんは、このような歴史の召命を受けて、「南北統一運動国民連合」を結成する場に集まったのです。
檀君国祖の開国精神は、敬天愛人の思想です。今日、その崇高な私たちの開国思想が昇華され、世界を価値観の混沌から救う万民救世の思想、すなわち「神主義」としてこの地に生まれたのです。
私はまず、韓国問題は世界問題の縮小体であり、世界問題の解決は韓国問題の解決と不可分の関係にあると言いました。この言葉はすなわち、私たち韓国から世界問題を解決する処方が出てき得るという意味にもなるのです。そうです。私たちが南北統一の処方として用いることができる「神主義」は、世界を共産主義から、また世俗的人本主義から解放する処方にもなるのです。
私たち全員が共に、私たちの価値観を定立して国民思想武装に総決起しましょう。私たち全員が共に、南北統一の熱望をもってこれを信仰化し、石壁も突き抜いていく情熱を燃やしましょう。私たちは、大歴史行進の最前列に立ち、永遠の民族史の中で、最も勇壮な南北統一の場を神意に従って私たちの手で成すという自負と決意をもって、この「国民連合」を通して世界的な実践基盤をつくりましょう。(一六四−一九六、一九八七・五・一五)
五 世界平和統一家庭堂、世界平和女性連合
「世界平和統一堂」の「堂」の字は、「家」の「堂」を意味するのであって、「群れ」の「党」を意味しないことを闡明にします。言い換えれば、私が言う「世界平和統一堂」は、通常、二国の政権を勝ち取るための政党の機能を意味するのではなく、世界平和のための世界の各国家が統一された基盤と努力を増進させる連帯活動を強化する殿堂、すなわちハウス(house:家)の意味をもつのです。
それゆえに私たちは、世界の平和を具現するために、各国の政治指導者、学者、宗教人、言論人、教育者、芸術文化人、女性指導者、青年指導者が、全世界の女性を代表する母たちをして、すべての階層の人々に、神様を中心として愛によって心と体が一つになること、そして家庭を中心とした世界平和のビジョンを提示する積極的な交流と教育の機会を提供できるように拍車をかけることを望みます。(二三四−二五一、一九九二・八・二四)
今、神様がこの地上に定着されるためには、愛を中心とした家庭中心の礎石の位置に定着されなければならないと思うので、私たちは、世界平和統一、世界が平和な統一をしなければならないというのです。すべての本然の起源が個人にあるのでもなく、国にあるのでもなく、世界にあるのでもありません。今現在、アメリカが民主世界の主導国としていますが、今後、平和を主唱していくためには、どこに設定基盤を置かなければならないでしょうか。アメリカに置くことはできないのです。
そのようになれば、他の国がすべて反発するようになるのです。すべてを越えて、基本的な基準である家庭から定着の起源を発見しなければ、平和を成すことができないと見るのです。ですから私たちは、家庭を中心としていくら反対したとしても、どのような力とどのような反対にぶつかっても、悪魔の怪しい巧妙さをもった敵がいるとしても、この家庭の基盤を一寸も、一分も譲らずに安定基盤の上に確定しなければ、世界平和の礎石を置くことはできないというのです。このような意味で、「世界平和統一家庭堂」というのです。これをはっきりと知らなければいけません。(二四一−一四、一九九二・一二・一九)
「世界平和女性連合」は、家庭倫理を徹底して教育させる運動として定着しなければなりません。これが定着しない世界は、神様のみ旨も、世界の平和も、国の復興もすべてありません。文総裁のような人も、この基盤を築くために家庭を求めていくということを知らなければなりません。
世界平和女性運動は、世界平和家庭堂になるのです。「世界平和家庭連合」ですが、すべて家庭堂になるのです。「堂」とはどのような字ですか。「家」の「堂」の字です。「群れ」の「党」の字は闘争する党です。戦う党だというのです。戦っては平和の基準に代わることはできません。そのために、文総裁は、一生の間、打たれて奪われてくることをしてきたのです。(二三二−一九九、一九九二・七・六)
六 世界平和超宗教超国家連合、世界平和宗教連合
各宗教間の真摯な対話と調和を実現することで、地上に神様のみ旨を促進させ世界平和を実現するために、私は、「世界宗教議会」と「世界宗教連合」を設立しましたが、現在このような機構は、停滞した宗教界に奇跡を起こしています。そして、私は、人種紛争および宗教戦争を防いで、神様の名のもとの理想的平和世界を立てるのに積極的に寄与する青少年の機構を設立しましたが、「世界青少年会議」と「青少年宗教奉仕団」がそれです。私は、このようなすべての機構を通して、宗教界に新しい代案を提示しています。(一六七−九八、一九八七・六・三〇)
私は昨年、「世界平和宗教連合」を創設するときまで、千辛万苦の困難を乗り越えてきました。誰も成すことができなかった教団間の大和合と、神様のみ旨を中心とした世界平和の実現という目標をおいて私は、四十年以上「ため」に生きる献身の路程を歩みました。
今、ここから私たちが一段階さらに進んでいく道は、教団間の和合に満足せず、学会、政界、言論界等の社会指導者と共に世界平和のための汎統一機構を構成して、より積極的な対社会活動をすることです。宗教は、この機構が神様のみ旨を地上に実現できるように教育し、「ため」に生きる道において率先して模範にならなければいけません。(二三四−一七三、一九九二・八・二六)
「ため」に生きる道、それは孝子の愛の道です。忠臣の愛の道です。聖人の愛の道です。聖人の愛は人類のための愛です。聖子は、天地を愛して、天の王宮法まで守ることができます。神様にまで心情的に仕えることができるのです。そのような縦的な立場をつかまなければなりません。聖子の道理と神様の愛の道理を学ばなくては、万教の平和の基準を見いだすことはできません。これが、私たち「韓国宗教協議会」が今後、到着しなければならない目的地ではないかと考えているのです。(一九六ー二三七、一九九〇・一・一二)
宗教は、文化の中心なので、「世界宗教議会」と「世界平和宗教連合」は、「世界文化体育大典」の中心に位置するようになります。宗教的理想とその知恵と価値は、世界の中の教育、学問、芸術、体育、言論、政治、経済に染み込んで、その基準にならなければなりません。「世界文化体育大典」は、人類の精神文化を収拾して、人間の幸福のための真なる価値を取り戻し、神様と人間と万物が調和された新しい文化世界を志向する歴史的な行事になるでしょう。(二三四−二六八、一九九二・八・二六)
人類の五分の三以上が宗教の発祥地であるアジアに住んでいますが、韓国は宗教結実の王国になってきました。そのような意味で、神様がどのように南北統一をしようとされるのでしょうか。宗教文化であるキリスト教文化を通して、キリスト教人たちが受け入れることができる受容態勢を成し、世界平和という表題のもとで、千にも万にも混乱したこの環境と心の世界を代表した全体の宗教世界を一つに束ねて、平和世界に行かなければなりません。
それで私は、ソウルで「世界平和宗教連合」を創設しました。また、体の世界を代表した政治世界をすべて束ねて、国境を超越して統一体制に向かうことができる「世界平和連合」も創設しました。宗教界が一つになり、政治界が一つになれば、平和の世界は到来するのです。それは、連合方向を通してのみ可能なので、そのような環境を備えたこの舞台を私が注視しながら、ここに韓国民族を中心としてそのような連合体を創設したのです。私は、この基盤の上で北朝鮮に提示するのです。世界的な技術を提供するのです。そのために一九八〇年、技術平準化を主張したのであり、このために自由世界から反対を受けた人が私です。
ヨーロッパは、アフリカを中心として原資材を得るために搾取政治をし、アメリカだけとってみても、原資材のために南米で軍事力、経済力、政治力を動員して搾取しました。しかし、私は、これを瞬く間に断ち切ってしまう技術平準化を主張したのです。(二二二−一三五、一九九一・一〇・二八)
私は、「ため」に生きる神様の真の愛を中心として、これまで超教派・超宗派和合運動を世界的に展開してきました。宗教間の和合と交流がないのに、どうやって世界に平和が来るでしょうか。今も中国、アイルランド、インド等の地では、凄惨な宗教紛争が起こっているではありませんか。
私は、昨年八月二十七日、世界のすべての宗教最高指導者たちを集めて「世界平和宗教連合」を創設し、宗教人が和合と協力で世界平和を実現することに心を合わせることができるようにしました。真に貴い組織です。(二三四−二六一、一九九二・八・二六)
平和の世界に行くのに、方向が二つになってはいけません。政治の方向、宗教の方向が統一された方向でなければなりません。そのようにしようとすれば、宗教が指導しなければなりません。心が体を支配するのが原則なので、心的宗教圏を結成するのが、今回二十七日に行われる「世界平和宗教連合」です。そこには十二宗派がすべて入っています。キリスト教も入っています。その次に国を中心として数十カ国、四十カ国以上の国がみな入っています。そうして、平和の世界に向かうその道を模索するための出発をしなければならない時だというのです。このような時を迎えたこの期間に、文総裁が話したことは、すべての歴史の骨髄である主流的内容です。(二一九−七四、一九九一・八・二五)
究極的平和世界の実現のための宗教の役割は絶対的なので、これから宗教人が宗派の壁を崩して、神様が願う目的のもとで、連合された力によって世界平和具現に立ち上がらなければなりません。世界平和のための宗教人の役割が不足だったことを自省して、世界和合の動機であり根本要素である真の愛を、宗教の中で開発し、これを実践する「世界平和宗教連合」運動を大々的に展開する時です。(二〇五−一六〇、一九九〇・八・一六)
七 その他の多様な平和活動
私は、平和な人類社会の創建と神様中心の新しい青年文化の創造を念願して、その戦列の先頭に「原理研究会」の若者たちを立て、真の愛と真の生命の実践連動を世界的に展開させてきたのです。
「CARP」(大学原理研究会)会員と青年指導者の皆さん、若者だけの特権である熱い情熱と明哲な理性を通して、悠久な歳月の間、神様が追求してこられた真の家庭を完成し、真の父母、真の師、真の主人の三大主体思想で武装して、神様の統一された平和世界建設のために全員で共に前進しましょう! (二三四−一四五、一九九二・八・二三)
ソ連のすべての大学には、ソ連共産党の青年組織があります。それを「コムソモール」(Komsomol)というのですが、その組織の事務室が、「CARP」(大学原理研究会)事務室になったというのです。そして、マルクス・レーニン研究室が私たち「PWPA」(平和教授アカデミー)の事務室になりました。国策的な次元で大々的にアメリカと結ぶのです。これからソ連の体制変動から起こる問題を収拾できるただ一つの理念は統一教会の理念しかない、という決定的立場で、このようなことが推進されているという事実を知らなければなりません。(二〇八−一〇七、一九九〇・一一・一七)
今回私は、アメリカで司法協会をつくったのですが、なぜそれをつくったのでしょうか。皆さん、ソ連や中国、北朝鮮は、裁判をしながら生きた人を捕まえてあらゆることをすべてしています。捕まえて殺すこともできるのです。人権蹂躙が危険な状況です。それで私が、世界枝道の先頭に立って万民を平和の道に正しく導くためには、この裁判制度を正しく確立しなければならないと思ったのです。そのような意味で、この司法協会をつくったのです。(一二五−二〇四、一九八三・三・二九)
これから海の世界に入っていくのです。これから空中に上がっていって暮らすのは大度なのです。空中に上がって暮らしながら防御するより、海の中に入っていって暮らしながら防御するほうがずっと安いのです。どれくらい安いかといえば、これは千分の一もかからないというのです。水がどれほど親しみ深いですか。海には、いつも同化できる環境的与件ができており、自然に連結することができる何かがありますが、空中はどうなのか考えてみてください。空中は、アメリカが軍事的な意味において力を注がなくてはならないのですが、平和のための未来の世界を見てみれば、そのお金をもって海洋開発に投資すれば、どれほど素晴らしいか考えてみてください。これから軍事的な防御問題がなくなる時が来れば、世界はみなどこに行くのでしょうか。世界が海に関心を転換させる時が来るというのです。遠くありません。(一四六−二四三、一九八六・七・一)
新しく千年を迎えなければならない時点において、半島国家は、摂理的に貴重な使命を果たさなければならない国です。これらの国は、これまで世界文化に寄与した功労と共通した経験を半島国家連合として結集し、平和世界を実現するのに先導的役割を果たさなければなりません。
今まで私は、人類が平和世界で幸せに暮らすことができる道を教えてきただけではありません。難しい開拓をして、平和世界を成すための様々な機構を創設しながら多くの支援をして育成しています。「世界平和連合」、「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和青年連合」、「世界平和大学生連合」、「世界平和教授アカデミー」、「世界平和島嶼国家連合」等は、すべてこのような目的のために創設された機構です。今回、「世界平和半島国家連合」を創設するのも同じ目的です。
レバレンド・ムーンがなぜこのサッカーチームをつくって運動に関する関心をもつのでしょうか。運動というものは、和合と平和を増進するにおいて必要です。有名なサッカーチームが一度競技をすることになれば、全世界が見ることになります。ボクシングは一人でしますが、サッカーは十一人でしなければならないというのです。
そのサッカーチーム自体が、みんな融合されなければなりません。一つにならなければなりません。和合されなければならないというのです。その次には、すべての戦い、闘争のない平和が起こるというのです。それを知らなければなりません。調和が起こるのです。そして、サッカーチームが競技場に出てきて、チームに出会うことが自分の生活よりもさらに好きになることができなければならず、統一がなされなければならないというのです。
ですから、サッカーチーム自体が和合と統一です。一つです。これが何ですか。私たちの家庭に必要であり、社会で必要であり、国家で必要であり、天地に必要なのです。平和が必要だというのです。平和にならなくては統一が成されません。
私たちの天馬チームがどのように勝利したかというと、チーム自体がハーモナイズ(調和)されて、チーム自体が平和の上に統一されたからです。統一は平和にならなければなりません。平和を成して、統一が起こりながら勝利したのと同じように、全世界において全人類と和合しなければならず、平和で一つになることによって統一が起こるというのです。
すべての運動というものは、ハーモナイズするためのものです。平和に連結された統一の世界、統一されるためのものです。すべて一つになるためのものです。それでこのような一つの中心、メインゲームを立てて、「世界文化体育大典」を開催するのです。これを一九九二年度に一次、今二次、三次は一九九八年度にワシントンD・Cでするのです。(二七六−二一、一九九六・二・一一)
趣味産業に対する世界的な組織をつくって先取権を握ることが、これからの世界の金融界等の人的資源をはじめ、すべての分野を平和に導いていく一つの近道だと考えるのです。それで、海に対して二十年間計画して、今まで準備をしてきたのです。来年四月になれば、二十年になります。(二五二−二一〇、一九九三・一二・三〇)
大韓民国を代表する平和と友情の使節である「リトル・エンジェルス」が、ここでソ連公演をするようになったことは、私にとってとてつもない喜びです。芸術を愛するソ連国民に対して、「リトル・エンジェルス」のソ連公演より以上の良いプレゼントはないだろう、というのが私の考えです。全世界のどのような会議も、このように美しい音楽と美しい古典舞踊を近くで鑑賞し得る素晴らしい会議はなかったでしょう。
子供は、友情と平和を伝達する最も良い使節です。彼らは、真なる愛に向かっているからです。これが正に、「リトル・エンジェルス」を一九六三年に創立した私の創立趣旨でした。それ以降、「リトル・エンジェルス」は、全世界を巡回して平和と幸福のメッセージを全世界、万民に伝達しました。(二〇一−二一四、一九九〇・四・一一)
第六章 世界平和のための国連と家庭の役割
南北統一と世界平和
第六章 世界平和のための国連と家庭の役割
一 世界と国連が行くべき道
世界平和超宗教超国家連合二〇〇一年総会でのみ言
(二〇〇一・八・一八、米国、ニューヨークの国連本部)
満場の貴賓、そして高名なる各界指導者の皆様!
私は、きょう、このように美しく厳粛な国連会議場で、皆様と共に、世界と国連の行くべき道に関する私の熱情と所見の一端を紹介できるようになったことに対し、深い感謝の礼をお捧げいたします。
過去四十年余り、私が展開してきた超宗派、超国家の活動と組織の目的は、すべて神様と人間が共に望んできた平和世界の実現でした。平和世界に対するビジョンは、超宗派運動の核心でした。
人類は、二十世紀に凄惨な世界大戦を二度も経験し、そして七十年の間、無神論共産思想の横暴と冷戦時代を経ながら、先鋭な対決と葛藤を経験しました。冷戦時代が終息し、世界はつかの間の平和のための祝杯を挙げることができました。
しかし、すぐに人類は、その冷戦の終わりが自動的に平和時代に連結されるのではないことに気づきました。世界の至る所で激烈な戦争が継続し、今も様々な所で殺戮戦が展開されています。これらの諸紛争は、主要宗教間の根深い葛藤が背景になっていることは、周知の事実です。「宗団」間の対話と和合が、いかに重要であるかを悟らせてくれる事例です。
現代における宗数的な理想の実現は、往々にして世俗権力と一定の距離を置いて活動してきました。今日の一般的な認識は、これを当然なこととして受け入れています。しかし、世界平和理想に寄与するもろもろの国際組織は、世界の偉大な宗教的伝統と自分たちとの関係を再検討すべき時になったと考えます。
そのいかなる国際機構よりも、国際連合が良い例になることでしょう。多くの人々は、国連が、世界平和のための人類の理想が制度化された組織であるとみなしており、これに期待をかけています。国連には世界の問題を解決し、平和と人類繁栄を促進するために共に働く、すべての国の代表者たちが集まっています。
しかし、国連で国家の代表者たちが世界平和を実現しようとする努力に対しては、相当な諸障害があります。国連を通して得たもろもろの実績と成果を否定してもいけないのかもしれませんが、国連自体が改善すべき点も多いと考えます。世界の政治家たちと宗教指導者たちが、国連を中心として互いに協力し、尊重する関係が、切実に必要な時となりました。
本然の人間は、心と体が神様の真の愛に感応しながら、一体を成して生きるようになっています。心と体が闘わずに真の統一の起源を成すのは、人が神様に似た神様の息子であり、娘であるからです。神様の心と体が闘うことはありません。絶対者であられる神様においては、自体内に矛盾や葛藤はあり得ません。
心と体が統一体となる人間の理想は、神様の真の愛を完全に所有する時に成し遂げられるのです。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五・九)という聖句も、神様を中心として心身一体理想を成したことを前提とします。
ところが、人間は堕落によって、心と体が統一調和の基準を失ってしまい、葛藤を引き起こしながら自己矛盾の中に生きてきました。そればかりでなく、個人の中で起こる心と体の葛藤と闘争は、家庭、社会、そして国家と世界に拡大されてきました。兄であるカインが、弟アベルを殺害する犯罪もここに由来します。
有史以来、この地球上で展開されるすべての対決と戦争は、本質的に、より悪であるカイン側と、より善であるアベル側との間の闘いでした。このようなカイン側、アベル側の闘いは、必ず終息し、原状に復帰されなければならず、心と体の対決も終わって、調和一体として復帰されなければなりません。
個人の心と体が統一されなければならない原理を、世界的な次元で適用、実践しなければならないのです。この目的のために私は、世界平和を具現する、心の世界を代表する「世界平和宗教連合」と、体の世界を代表する「世界平和連合」、「島嶼・半島・大陸国家連合」、そして、二つの世界の調和のための「世界平和超宗教超国家連合」などを創設しました。
人間社会での諸般の問題は、根源的に、単に政治的な問題ではないために、社会的・政治的解決のみでは、常に不十分なのです。大部分の人間社会が、政治的に統治されていますが、反面、大部分の国家的・文化的「正体性」の根底には宗教があります。事実、大部分の人々の心の中には、宗教的な忠節が、政治的な忠誠よりはるかに重要性をもっています。
今、宗教が、この世でその真の指導力を発揮する時が来ました。宗教者たちが、この時代の状況と様々な不正に対して責任を感じ、深い自己省察が先立たなければならないと考えます。宗教者たちは、愛の実践で手本になることができませんでした。自分個人の救援や宗派の利益に汲々とするあまり、世の中の救援に尽力できなかったことを悔い改めなければならない時です。今こそ、信仰生活ばかりでなく、愛の実践生活が要求されている時です。
神様は、私たち指導者、特に宗教指導者を召命していらっしゃいます。世の中の不義と罪悪に挑戦し、真の愛を施すことを望んでいらっしゃいます。すべての宗教者が心を一つにして、神様の人類に対する熱望を代弁し、実行しなければなりません。
体と外的な世界を代表する、政治家や外交家たちの経綸と実践だけでなく、心と内的な世界を代表する宗教指導者たちの知恵と努力が合わさってこそ、平和世界を完全に成し遂げることが可能なのです。そのような点で、国連を再構成する問題まで深刻に考慮すべき時です。おそらく、両院制の形態を備えた国連を想像することもできるでしょう。
国家の代表たちによって成された既存の国連を、各国家の利益を代弁する下院に代えて考えることができます。一方、著名な宗教指導者など、精神世界の指導者たちによって宗教議会、あるいは国連の上院を構成することを深刻に考慮するようお願いします。この時、超宗派的な宗教議会は、地域的な個々の国家の理解を超えて、地球星と人類全体の利益を代弁すべきでしょう。
両院が相互に尊重し、協力することによって、平和世界を成し遂げる上で大きく寄与することができることでしょう。世界の指導者たちの政治的経綸は、世界の偉大な宗教指導者たちの知恵とビジョンによって効果的に補完され得るのです。
世界は、今も国境線を中心とした衝突地域が増えつつあります。このようなもろもろの紛争地域によって、世界は途方もない人命被害と、数十億ドルに達する戦争費用と平和維持費を注ぎ込んでおり、あまりにも多くの資源と努力を消耗しています。これに比して、ただの一箇所として満足に解決の進展を見せる場所はありません。
私はこの場で、国家を代表する国連と宗教指導者が心を合わせ、すべての国境地帯に平和地区をつくることを提案するものです。山や川、あるいは平原や海とかにかかわらず、国境線と紛争地域の付近一帯を緩衝地区、すなわち平和地区にするという案です。
この場所は、国連の直接的な統治と管轄下にあるようにし、ここで全世界から平和定着のために集まってきた人々が暮らせるようにするのです。国連は、ここが国連の創立趣旨と、引き継がれてきた平和宣言の内容に符合する、最も模範的な地域になるよう指導しなければなりません。このような平和地区は、平和と繁栄、和解のための安息所です。そして、人種と性の差別がなく、人権の侵害と戦争から解放された典型的な地域です。さらにここは、生態学的にも環境的にも、万象にとって楽園のような場所とならなければなりません。
このような平和と自由、生態学的な調和を追求する地域を確定するためには、該当国家が国土の一部を提供しなければならないという問題があります。私は、この提案にとって障害になり得る実質的な問題点を解決するため、少なからぬ努力を傾けてきました。
私は、「冷戦体制の犠牲になった韓半島の分断と戦争には、摂理的なみ旨がある」と教えてきました。朝鮮戦争は、平和守護のために世界十六カ国の若者たちが国連の旗のもとで血を流した、歴史上類例のない聖戦になりましたが、まだ平和統一は、未解決の課題として残っています。私が摂理観に立脚して、平和世界実現のための国連の厳粛な使命を考えるのも、このためです。
去る六月から進展した南・北韓の和解と協力のムードが、このまま続いていくことを切に願います。南北が対峙してきた、韓半島の百五十五マイル軍事境界線周辺の緩衝地帯全部を、国連管轄下の平和地区にし、そこに、人類が教訓を得ることのできる展示館と博物館、教育の場と平和公園などをつくることにおいて、国連が率先してくださることをお願いします。
私は、これまで南米のメルコスル地域に、約百二十万ヘクタールに達する肥沃な土地を購入しつつあります。国連平和地区設定によって喪失した国土の代わりに、これを補償するためです。韓半島の南北の指導者たちに、その一部を寄付すると通告もしました。
私は、このような内容を明らかにすると同時に、心ある世界の指導者たちが、私が提示した趣旨に同参してくださるよう訴えるものです。そして、私と共に、国連管轄区域となる平和地区確保のために、自らの土地と基金を喜んで寄付できるようにお願いします。平和地区は、国連の指導下で、自然と人間が共存する理想的な道義社会として建設されることでしょう。
私は、既に二年前の一九九八年十二月に、「対話を超えて実践に進む超宗教的理想の実現」という主題で開催された国際会議の席上で、世界の宗教指導者たちが集まった中、世界平和基金の創設を提案したことがあります。
この時に参加したすべての宗教指導者たちは、世界の宗教者が、まず世界平和のための基金の募金に率先する意味で、七数に該当する寄付金を出す運動を展開するように決議しました。各個人と国家ごとに、各々経済的な状況が違うために、ある人は七ドルを出すことも無理かもしれませんが、七百万ドルを寄付する人もいることでしょう。この世界に生きている、すべての宗教者が心情的に一つになるならば、基金の募金に積極的に同参するばかりでなく、このように集められた基金によって平和地区を造成し、平和に対する理想と知恵を教えるのに用いることができることでしょう。国連は、宗教者だけでなく、すべての国々に対して毎年、自発的に平和基金(例えば「白十字会費」という名前で)を納付するように指導することができるでしょう。
富裕な博愛主義者や経済界指導者、企業人をはじめとして、各界各層の指導者と団体、そして個々人たちも国連平和地区建設に積極的に加担し、世界的な平和ムードの造成と募金運動をする上で、率先しなければならないのです。
私は、国連の上院の使命を果たす超宗数的な宗教議会の基礎とするために、「世界平和超宗教超国家連合」を創設しました。各国家から超宗数的な大使が、既存の大使と共に国連に派遣され、宗教議会、すなわち国連の上院を構成するのです。
超宗数的な理解と修練をした、超国家的な平和理想を指導すべき国連の上院議員たちが担当する任務は、狭い視野で特定の国家の利益のみを代弁しようとすることとは、正反対になるのです。彼らは、絶対者のみ旨に従って、世界と人類全体の平和理想のための任務を遂行するようになるのです。
国連の上院議員となった超宗教大使は、いったん派遣されたならば、国連の世界的なビジョンと議題を代弁することのできる、金地球星的な業務を遂行しなければなりません。このような意味で、国連の国際大使とも言えます。このような国連国際大使は、既存の国連大使と共に、世界のどこに赴いても、平和と福祉社会具現のための共同運動を代表するようになることでしょう。また彼らは、地球上のすべての国で、正義、安全、平和の高い理想を守る、良心の守護者の役割をするようになることでしょう。
このような措置は、世界市民たちと青少年たちに、希望とともに、愛と平和を追求する理想的家庭の安着を、直接に確認する機会を提供することでしょう。選出された超宗派超国家的な大使は、各国ごとの後援のもとに展開している健康、教育、福祉厚生事業などの理想的なプロジェクトが、積極的に遂行されているかどうかも点検することができることでしょう。
私は、様々な団体と組織を通じ、宗派と国籍を超越して、真の愛の教育を絶えず展開してきました。このように絶えず投入し、対話と和解の努力を展開した、過去数十年の歳月を通し、人類が一つになるための最も堅固な基礎は、正に真の家庭の理想から始まる普遍的、かつ核心的な愛であるということが明確なものとなりました。
このような内容を土台として、私は、今から国連に属するすべての機構、および組織の活動を促し、三つ目の提案をしようと思います。国連を率いている上位の政策決定権者たちが、決まった規定に従って、世界的な公認の日を制定するのです。私は、国連が「児童の年」、または「平和文化の年」のような多様な宣言的な日と、十年周期の記念日を制定することを知っています。私が勧めようとするのは、意義のある国連公認記念日を制定して、世界が毎年、この日を記憶し、記念するようにしようというものです。
すなわち、「真の父母の日」を制定し、世界的な祝祭日として記念し、同時に、「真の家庭の日」を二つ目の世界的な記念日として制定することを提案するものです。人種と宗教、文化を超越して、誰でも愛することができ、大切に思うことのできるこのような日を、みな一緒に慶祝することによって、私たちは、人間としての共通した真の根を確認し、真の家庭の大切さを確認できるようになるのです。併せて「国連軍の日」を制定し、国連の正義と平和維持軍の神聖な使命を宣揚するようになることを願います。
尊敬する指導者の皆様!
私たちは今、一緒に心を合わせて努力し、宗教と世の知恵の中にあるもろもろの高貴な内容が、緊急で深刻な問題が存在する世界で援用され、適用され得るよう、体制と組織を補完していかなければなりません。
このような体制は、超宗教指導者で構成された協議体が、国連の政治指導者、および外交官たちと協力し、共同の歩調を取ることで成され得るのです。「世界平和超宗教超国家連合」は、絶対者と超越の世界(霊界)、そして、永生と霊魂の問題に対する正しい指導とともに、このような目標のために献身していくことでしょう。さらに、平和のための国連の努力に添って、ひいては、神様を父母として迎える人類が一兄弟となって、宇宙了家庭を成す、そのような永遠の愛と和楽の天国、神様の祖国を成していくことでしょう。
私は、専門識見と経験、そして知恵を備えた世界の指導者たちと国連関係者たちが、私が提示したこのような理想をいかに補完していくべきかについて、よく御存じであると信じます。国連をはじめとする政府機構等が、これを成し遂げられないときは、NGO(非政府組織)等、民間組織を通してでも、このことを必ず成すようになることでしょう。私たちが継続的な努力で協力していくならば、必ずや地上に平和と幸福の理想が実現されるはずです。
神様の祝福が、皆様の携わる仕事と国連の上に、共にありますよう祈願いたします。ありがとうございました。
二 神様と人類が探し求める平和の国と世界
天宙平和統一国韓国大会でのみ言
(二〇〇一・一〇・二九〜一一・六)
尊敬する各界指導者の皆様!
歴史的な大転換の時を迎え、今日の韓国の統一と世界の平和を憂慮する指導者たちが一堂に会しました。
去る九月十一日、ニューヨークとワシントンD・Cで起こった惨劇は、全世界に驚きと衝撃を与えました。平和と安全に対する懸念とともに、現代文明と人類の未来に対する深刻で根本的な疑問を再び投げ掛けたのです。
折しも、去る十月十九日から二十二日まで、ニューヨークでは意義深い国際会議が開かれました。私が創設した「世界平和超宗教超国家連合」と世界NGO連合である「WANGO」との共同主催により、全世界百一カ国から元・現職国家元首、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教、儒教などの主要教団の最高指導者、学界、そして各国のNGOの代表など、四百人以上が参席し、真摯、かつ深刻に、今日の世界が当面している危機と、これを平和的に解決するための方案を模索し、討論しました。
恒久的、かつ根本的な平和世界の実現に対する私の構想を、その開会演説において伝達した次第であり、きょうこの時間、私の所見の一端を分かち合おうと思います。きょうお話しする題目は「神様と人類が探し求める平和の国と世界」です。
人類は、歴史を通して平和世界を希求してきました。しかし、その夢は、一度も実現したことがありませんでした。振り返ってみれば、政治的・軍事的対立が熾烈だった冷戦が終息し、多くの人々が高度化した科学文明の基盤の上で、人類が願ってきた平和と安定の新時代が来るものと期待していました。
ところが、葛藤と憎悪、利己的欲望が私たちの中にそのまま残されており、またそれが、別の形態のさらに大きな災禍を生んでいることを、今になってようやく実感しているのです。無事の人々に対する暴力が罪悪であることは自明であり、このような行動は、必ず終息させなければなりません。
それならば、このような葛藤と闘争を根元から除去する解決策は何でしょうか。憎しみと葛藤と闘争の種は、どこに植えられて根を張っているのでしょうか。それは、人類始祖の最初の家庭の中に植えつけられたものでした。その根から代を重ね、葛藤と闘争が綿々と続いてきているのです。
そうであれば、葛藤と紛争を解消し、平和を実現する道はどこに求めなければならないでしょうか。人類はこの間、葛藤と紛争を克服し平和を実現する道を、政治的・外交的努力により、あるいは経済力や軍事力を通して探し出そうと試みてきました。
しかし、このような方法は、根本的な解決策となることはできませんでした。根本的で唯一の方法は、失ってしまった人間始祖の最初の家庭、すなわち神様の理想家庭を復帰することです。それは、神様を中心とする家庭、真の愛を縦横で完成した家庭のことです。
神様は、真の愛の本体として存在し、人類にとっては無形の真の父母であられます。愛は、独りでは成立しません。必ず相手を通して結実されます。人間は、神様の真の愛の実体対象として造られた子女です。
神様は、人間に「生育せよ」という第一祝福を与えられたのであり、その第一祝福は、人間が神様の真の愛の完全な対象、すなわち真の人間になりなさいという祝福でした。神様は、自らの対象に、御自分よりも優れていることを願われました。
神様は、真の愛の対象である人間に対し、投入して忘れ、さらに投入して忘れ、無限に与えたいと思われる真の父であられます。愛の出発が無限に「ため」に生きるところから出てきたからです。
神様は、人間に対して「殖えよ」という第二祝福を与えられました。人間始祖は、神様の子女として成長して完成し、神様と一体となった心情圏のもとで、真の夫婦を完成するようになっていました。続いて、彼らは、神様から相続した真の愛、真の生命、真の血統を彼らの子女に伝授しながら、実体の真の父母となるはずでした。
このように神様の創造理想は、最初の家庭から縦的に真の愛を完成するようになっていたのです。神様の愛が絶対、唯一、不変、永遠なように、その家庭は、真の愛を中心とし、絶対、唯一、不変、永遠の家庭となります。ここから人間は、神様と一心一体となった実体となり、完全な自由と幸福と平和の理想を完成するようになります。
この時、人間は、宇宙万象の歓迎を受ける真の愛の主管主となるのです。これが神様の人間に対する第三祝福です。
第三祝福は、人間が万物を主管しながら、幸福な生活条件を得る祝福です。これには、生態系と自然を、真の主人の立場から保存しなければならないという管理の責任も含まれています。
ところが、人間始祖は、神様の祝福のもとで真の愛の家庭を実現することができませんでした。真の愛を中心とした真の人、真の夫婦、真の父母になることができなかったのです。
神様に背き、堕落した人間始祖が楽園から追われたのち、神様の祝福とは何の関係もない偽りの愛を中心とした夫婦となり、子女を生み、今日の人類世界をつくってしまったのです。
有史以来、人類は神様を中心とする真の愛の基盤から生まれることができずに、心と体が葛藤する矛盾をもったまま生きてきました。この葛藤は、兄弟間の憎悪と殺人という悲劇として現れたことを、人間始祖の家庭内において見せてくれています。神様を離れた家庭の悲惨な実状です。
人間だけが中心となった家庭、人間関係だけを基礎とした家庭は、本然の理想家庭ではありません。神様と垂直的な真の愛の軸で連結された家庭が理想家庭です。真の父母と真の愛のもとで、縦的軸を共有する兄弟間において、初めて完全な和平の関係が成し遂げられます。
真の愛は、理想家庭の中で体得され、また結実します。家庭は、唯一の愛の学校です。真の愛は、権力や知識や力の基盤からは決して創出されません。
尊敬する各界指導者の皆様!
皆様が今日の世相を見渡し、また、若者に対するとき、何を感じますか。希望に満ちた明るい未来だけを感じますか。
日ごとに増加する若者の犯罪率、暴力と麻薬乱用、不倫と退廃、十代の未婚の母問題と価値観の混乱など、未来社会を否定的に予測し、苦悩することが多いはずです。なぜ若者がこのようになったのでしょうか。より優れた学校教育や制度と環境の改善も、もちろん部分的な解決策となりましょう。
しかし、根本の根はそのようなところにはありません。真の愛の最初の家庭を失った人類が、歴史の結実期を迎える中で、家庭が安定性を失い、崩壊しているところに、その原因があります。
家庭の崩壊現象は、一つしかない愛の学校が壊れたことと同じであり、その否定的波及効果は、とてつもないものです。社会的に様々な不安要因となることはもちろん、国家的、世界的に多くの問題を併発させます。特に青少年には、情緒的不安を与え、生の座標を変えさせ、脱線と放縦の生活への直接的な原因にもなります。
結婚忌避が増えていることや離婚率の増加など、家庭基盤が急速に崩壊している現実は、あすを憂慮する指導者が先駆けて、必ず解決しなければならない課題だといえるでしょう。
神様の第一祝福と第二祝福を失った人類は、神聖で永遠な夫婦の愛を実現できる真の愛の個体完成の重要性が分からなくなりました。
青少年は大部分、婚前の純潔と真の愛の人格に対する徹底した教育を受けることができていません。喜びと幸福と理想の根本である真の愛の価値を知らないのです。
夫婦間の信義と貞節が軽んじられ、結婚の神聖性が無視される風潮の中で、人類社会はとてつもない悲劇と災いを内的に蓄積してきています。
男女間の愛が刹那的で、肉欲的で、享楽的なことだけに走る、いわゆるフリーセックスと世俗文化の中で、真の愛は立つ場所がなくなってしまいました。急速度で拡大するエイズと性感染症(STD)は、人類の生存自体を脅かしています。エイズからの安全地帯はないともいわれています。
今、世界を新刊させているテロリズムよりもさらに恐るべき脅威が、安全地帯もなく、私たち全員の間近に迫っているというのです。一度、感染すれば、幸福も理想も生命もすべて放棄しなければならないという、このとてつもない地球星の災いを解決することができずに、どうして私たちがこの時代の指導者だということができるでしょうか。
また、「万物を主管せよ」と言われた神様の第三祝福の前でも、人間は真の愛の管理責任を果たすことができずにいます。もし、自然が人間の虐待に対して反抗し、人間を拒否するとすれば、どのようになりますか。既にそのような兆候が現れているではありませんか。
生態系と自然環境が、無言のうちに人間の傲慢さに対して懲罰を与える前に、人間は、真の愛の人格を回復して万物の前に現れなければなりません。
尊敬する各界指導者の皆様!
今日の問題をもう少し根本的に掘り下げて調べてみるために、神様の創造理想を中心として、真なる「私」と「私たち」の関係について考えてみようと思います。
人間は堕落によって、真なる「私」の位置を探し出すことができなかったので、神様も「私たち」という言葉を使用してみることができませんでした。創造理想的意識圏内に立つことができる神様御自身が「私のもの」、「私の子供」と言える関係を結ぶことができなかったのです。
したがって、私たちがもっている「私」という概念は、神様の本来の創造理想とは何の関係もないものであるがゆえに、私たちは自らを完全否定しなければなりません。
神様は、神様御自身が安心して「私たち」と呼ぶことができる真なる男性と真なる女性、すなわち神様の真なる息子、娘を捜し求めて復帰摂理をしてこられました。
神様は、愛の主体、生命の主体、血統の主体であられるので、永遠に一体不可分の基準に立っている真なる息子、娘を捜し求めてこられたのです。私たちは、まず心と体の統一によって個人完成を成し、その基盤の上で神様と父子間の縦的関係を樹立しなければなりません。
しかし、縦的な関係だけでは「私たち」という言葉は成立しません。そこには必ず横的な関係が調和を成さなければなりません。したがって、男性と女性が、真なる祝福結婚を通して真なる夫婦関係を結び、子女を生んで真なる家庭を立て、三代を中心として四位基台を完成すれば、初めて天は、家庭単位で「私たち」と呼ぶことができるようになるのです。
それならば、私たちは、どのようにすればそのような位置まで進むことができるのでしょうか。神様は、心と体が完全に一つになった立場で万物を創造されました。それは、絶対愛と絶対信仰を中心とした絶対投入でした。
そこでは、御白身の利益や事情を考える余裕などありません。完全に一〇〇パーセント与え、また与える、「ため」に生きる愛の始原がまさしくここにあったのです。
私たちの家庭においても同様です。神様の立場にいる父母は、真の愛を中心として「正・分・合」の論理から見れば、「正」の立場で完全投入、絶対役人することによって子女を生み、養育して縦的な「私たち」の軸を立てなければなりません。
そして、横的には、夫婦が「分」の立場で真の愛を中心として完全一体となって横的な軸を立てるようになれば、子女たちは「合」の立場で自動的に縦横の軸に合わせて一つになり、兄弟間には前後関係という、またもう一つの軸が立てられるようになり、そのとき初めて縦横と前後で完全な「私たち」の概念が実体的に展開するのです。
ですから、家庭が極めて大切です。家庭こそ、天が私たちに与えられた最も貴い贈り物です。家庭という環境がなければ、いかにして私たちがこのような絶対的基準の「私」を探し出し、縦横や前後で完全な「私たち」というものを考えてみることができるでしょうか。
家庭こそ、愛と平和と幸福の揺りかごなのです。それならば、真なる「私」は、どこから探し出すことができるでしょうか。「ため」に生きる愛を実践する生活から、それは可能です。自分をゼロ点で完全に否定し、家庭のために生き、国のために生き、世界人類のために、そして神様のために生きるようになれば、真なる「私」は自動的に探し出されるのです。
私たちは自らを前面に立て、「私」をむやみに主張してはいけません。非常に長い歴史の裏街道で真なる「私」を主張することができる子女を捜し求め、恨で絡み合った復帰摂理をしてこられた神様の心情を少しでも知るならば、むやみに「私」を主張することはできないはずです。私たちは、寝ても覚めても理想家庭の完成のために生きなければなりません。
神様の創造本然の世界である平和世界、神様が千年、万年待ち続けてこられた理想家庭さえ立てるならば、それがまさしく地上天国の出発地となるはずです。そこで、かわいそうな神様の恨を解くことができるようになるはずです。
皆様、太陽を見つめても恥ずかしくなく、海の水を見てもやましくなく、万物の前でも一点の隠し事のない真なる「私」を取り戻し、神様が「私たち」と呼んでくださる家庭を立てましょう。
そのようにして、神様と人間の間に真なる父母と子女の関係が成立しなければなりません。なおかつ人類の真なる父母であり、愛と生命と血統の根源であられる神様は、人類の先祖であり、ひいては主管者であり、真なる王であられます。
エデンの園における人類始祖の堕落により、神様は、そのすべての位置を失ってしまったのです。復帰摂理の進展に従って、私は海洋還元、陸地還元、天宙還元とともに、第四次アダム圏の心情圏還元を宣布し、その土台の上で、失われた神様の王権を取り戻してさしあげる歴史的な「神様王権即位式」を、去る一月十三日、韓国において挙行しました。
本来、アダムが、最初の家庭であり、人類の先祖であり、家庭の根本です。本来は、家庭の王が、未来の国家の王の位置を受け継がなければならず、さらには天宙の王の位置を受け継がなければなりません。そのようになってこそ本然の理想的天国圏が連結されるのです。
今や蕩減の時代が終わり、入籍を通して本然の定着時代に入っていくことによって、国の王が連結され、さらには世界の王が連結されていくのです。
それで、「世界平和統一家庭連合」では、昨年の「子女の日」に、天地父母が家庭の王として君臨することを宣布し、入籍された家庭から、初めて天の父母を王として侍っていくことができる時代に入っていくということを宣布しました。
したがって、すべての祝福家庭は、天地の王に侍る標準的な伝統を立てなければならない家庭であることを自認しなければなりません。それで、教会時代は終わり、家庭連合の時代が開かれるのです。
宇宙全体が、一つの核を中心とした連体として連結しているのと同じように、皆様の家庭がそのような核の位置に立って万物を愛し、神様が愛で造られた彼らを取り込んで、愛する主人の位置を備えなければなりません。
それで、自分の家庭が、神様の前に愛を中心として一休圏を成し、天地父母、王に侍る標準的、定着的、礎石のような家庭だ、ということを感じなければなりません。そのようにして、勝利圏を受け継いだ祝福家庭にならなければなりません。
尊敬する指導者の皆様!
人類は、今こそ独善と無知、そして利己心と憎悪を自ら反省し、神様の前に謙虚に頭を垂れ、天の道に従わなければならない時に至っています。
私は、いち早く神様の召命を受け、神様と人類が共に願う平和世界の実現のため、生命を捧げてきました。きょう、私は、平和に向かうための重要ないくつかの点についてお話ししようと思います。
第一に、私たちは、他のために生きる生活をしなければなりません。利己的な生活は、他人を不快にすることはもちろん、天の道に逆らうものです。他のために生きるということは、直ちに神様に似ることの実践です。
神様の真の愛を相続し、家庭と社会、国家と世界を愛することは、宇宙の基本秩序に順応することです。真の愛の実践を通してのみ、人格を完成した真の人間、真の夫婦、真の師、真の主人になります。このようになれば、平和を成し遂げる主体となります。
他のために生きることは、平和に向かう最初の関門になります。これと関連づけて、平和に至る道は、「神主義」、「頭翼思想」によらなければならないという結論を述べようと思います。「神主義」、「頭翼思想」というものは、カイン・アベルの葛藤を始原としたこの世の中にあるすべての葛藤要因と思想とその結実を、すべて和合し包容することができる思想であり、主義です。
葛藤と憎悪の輪を何によって断ち切るのでしょうか。憎悪に対するより大きな憎悪の反応は、むしろ、さらに恐るべき憎悪と破壊を呼び寄せるだけです。これは、平和へ向かう道とはなり得ません。対立し、仲たがいする双方の葛藤要因は、ただ真の愛によってのみ感化され、教育され、包容され得るのです。
神様を中心に立てた真の愛は、国境に阻まれることがない超国家的なものです。また、真の愛は、宗教の高い垣根も乗り越え、人種差別もない超宗教的、超人種的なものです。
神様の理想を中心にした相手のために生きる真の愛の感化力、生命力によってのみ、地球星の左右、前後、上下、内外の様々な葛藤、対立要因がすべて克服され、永遠の平和理想世界が成し遂げられるのです。
第二に、平和な世界と国家を実現する基礎単位である真の家庭を完成することです。既に言及したように、対立、葛藤の根は最初の家庭にあったのであり、したがって理想的な真の父母の家庭が生まれない限り、平和世界の起源はあり得ません。
これと連係して、私が世界的に展開している国際祝福結婚は、単純な一宗数団体の結婚式ではありません。神様の愛の伝統を立てる救国、救世の運動です。青少年に対しては婚前純潔運動を実施しています。
そして、成人すれば、神様の真の愛を中心に夫婦間の絶対信義と貞節の誓約のもとで祝福結婚をする運動です。真の愛を中心として、真の家庭と真の父母を成し遂げる神聖な運動です。
このような理想のもとで教育を受け、結婚した家庭は、エイズを脅威に感じる理由がありません。彼らにとって、エイズ予防は風邪の予防よりも簡単なことです。
世界のすべての若者がこのビジョンによって教育を受け、実践すれば、エイズは完璧に予防されるはずです。真の愛の家庭は、家庭の崩壊を防ぎ、国家と世界に平和の礎石を置くのです。
特に、政治的、歴史的に不和であり怨讐関係にあった国家間の人々が、その高い垣根を越えて姻戚関係、真の愛の関係を結ぶようになれば、和解の範囲は国家を超えて、人類を飛び越えるものになります。
真の平和へ向かう高次元の公式は、不和と怨讐関係にある家門、さらには怨讐国家の子女たち同士で交差祝福結婚をし、天地が願う真の愛の真の家庭完成の祝福圏を成就させることです。ここから、神様と人間が願う永遠の平和世界が出発していくのです。
第三に、超宗数的な和解と協力は、平和世界へ向かう必須条件です。私はこの五十年間、超宗数的な和合と対話のための運動のチャンピオンとして活動してきました。常に自らの教団の発展よりもはるかに多くの予算を支援しながら、休むことなくこの運動を行ってきました。
変わることのない、このような愛の実践をすることは、簡単なことでしょうか。決してたやすいことではありませんでした。敦団間の和解と協力がない限り、世界平和は期待することができません。神様の理想である平和世界への案内者には、宗教指導者と信仰者がならなければなりません。
もし、宗教が偏狭な教派主義ばかりを強調し、宇宙的な真の愛を教えることに失敗すれば、人類は葛藤と戦争の恐怖から自由になることはできません。地球星の危機の前に、宗教指導者は謙虚に神様のみ旨に従い、超宗数的に手に手を取って真の愛を実践していかなければなりません。
宗教の感化力によって安らかな人格が創出され、自己主管力が養われて歴史的な憎悪と怒りを消化することから、真の平和と安定がもたらされます。もし、各宗教が教理や儀式の違いを超えて、神様の高い理想のもとでお互いに愛し合い、協力し、奉仕することをこの世の中に見せてあげるならば、世界は劇的に変わることができます。
第四に、平和世界を成し遂げるための国連の正しい役割を再度強調したいと思います。
国連は、代表的な世界平和機構として、これまで多大な貢献をなしてきました。しかし、創設時と大きく変わってしまった世界の事情と多元化した地球星の問題解決のために、昨年、私の考えを国連に提案いたしました。国連内に上院のような特別機構を補強し、宗教的、精神的、道徳的、思想的次元から世界問題を審議するようにすることがその一つです。
国連が国益に基礎を置いた政治や外交の力によってつかさどられる次元を超えて、地球星的な理念と神様の高い理想のもとでつかさどられる機構となることによって、初めて万人の権益を保護し、平和世界を創建していくことができます。
国連だけでなく、今後の世界秩序は、政治主権が道徳的、精神的価値と別個に作用しては、公益と平和を保障することが困難です。
神様の理想に基礎を置き、宇宙の公法と通じる精神的、道徳的高次元の指導力が要請されています。政治力やそのいかなる力も、神様と天理の上に立つことはできません。
また、国連は、非政府民間団体であるNGOの意見を多く取りまとめていかなければなりませんo.私が世界NGO連合である「WANGO」を創設した理由もここにあります。すべての「NGO」は、より一層対話し、協力しつつ、本来の創設精神を失わないようにしなければなりません。利己的で偏狭にならないように努力しながら、世界のために正しい奉仕を続けていくことをお願いする次第です。
尊敬する指導者の皆様!
自ら実践することなくして平和を語ることは、真の指導者の道理ではありません。また、私たちが座して平和を待っているだけの余裕がある世界の状況でもありません。
平和大使たちはもちろん、私たち全員が平和運動の主体となって、必ずや平和世界を創建しなければなりません。国連をはじめとするすべての国際機構は、平和大使館を中心として、歴史的宿願である世界平和理想国家運動に積極的に協力、支援してくださることをお願いします。
各界各層の指導者である皆様が一心一体となり、共に他のために生きることで、真の愛の家庭理想を実践、創建し、天運の協助を受ける平和の先駆者となりましょう。統一された祖国と平和の理想世界を建設する役軍になりましょう。神様の祝福が皆様の家庭に共にありますように。
ありがとうございました。
2004.6.13 了