真の父母経

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目次
  1. 第一篇 第一章 真の父母の復帰摂理史的意味
  2. 第一篇 第二章 真の父母様の聖婚と真の父母時代
  3. 第二篇 第一章 真のお父様の聖誕
  4. 第二篇 第二章 真のお母様の聖誕
  5. 第二篇 第三章 真のお父様の摂理的準備時代
  6. 第二篇 第四章 真のお母様の摂理的準備時代
  7. 第三篇 第一章 真のお父様の公式路程出発
  8. 第三篇 第二章 真のお父様の南下と釜山路程
  9. 第三篇 第三章 「世界基督教統一神霊協会」の創立
  10. 第四篇 第一章 祝福結婚の主要儀式
  11. 第四篇 第二章 祝福結婚式の歴史
  12. 第四篇 第三章 真の家庭運動と祝福家庭の伝統
  13. 第五篇 第一章 協会登録と内的基盤拡大
  14. 第五篇 第二章 七年路程の設定と対外的基盤の拡大
  15. 第五篇 第三章 主要な名節の宣布
  16. 第五篇 第四章 年頭標語と段階的摂理目標の設定
  17. 第六篇 第一章 真の父母様の世界巡回
  18. 第六篇 第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演
  19. 第六篇 第三章 日本特別巡回と世界宣教師の派遣
  20. 第七篇 第一章 日本統治下と北朝鮮共産治下での受難と勝利
  21. 第七篇 第二章 梨大・延大退学事件と西大門(ソデムン)刑務所での受難
  22. 第七篇 第三章 ダンベリー刑務所での受難と真の父母様の勝利
  23. 第八篇 第一章 南北統一運動と北朝鮮訪問
  24. 第八篇 第二章 世界勝共運動と共産主義の終焉宣言
  25. 第八篇 第三章 国連刷新運動と「天宙平和連合」
  26. 第八篇 第四章 環太平洋文明圏時代と韓半島
  27. 第九篇 第一章 統一思想と国際学術活動
  28. 第九篇 第二章 「世界言論人会議」と言論媒体の創設
  29. 第九篇 第三章 教育機関の設立と人材育成
  30. 第九篇 第四章 文化・芸術団体の活動
  31. 第九篇 第五章 スポーツを通じた心情文化世界の実現
  32. 第十篇 第一章 環境創造のための経済活動
  33. 第十篇 第二章 海洋摂理と海洋資源の開発
  34. 第十篇 第三章 ジャルジン宣言と真の家庭理想共同体教育発
  35. 第十一篇 第一章 超教派運動と宗教連合運動
  36. 第十一篇 第二章 超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式
  37. 第十一篇 第三章 霊肉界一体時代と霊界解放
  38. 第十二篇 第一章 「世界平和統一家庭連合」の創立
  39. 第十二篇 第二章 八定式と「七・一節」宣布
  40. 第十二篇 第三章 成約時代の開幕と成約摂理の展開
  41. 第十二篇 第四章 「世界平和女性連合」の創設と真のお母様の世界巡回
  42. 第十三篇 第一章 神様王権即位式と解放圏戴冠式
  43. 第十三篇 第二章 天一国の基元節と真の父母様の伝統相続
  44. 第十三篇 第三章 真の父母様の生活哲学と公的生活
  45. 第十三篇 第四章 天一国の定着と私たちの行く道

第一篇 第一章 真の父母の復帰摂理史的意味

第一篇 第一章

真の父母の復帰摂理史的意味

第一篇 真の父母様の顕現と真の父母時代

人類の最初の先祖であるアダムとエバは、「善悪を知る木からは取って食べてはならない」(創世記二・一七))と言われた神様の戒めを守り、成長期間を無事に通過して完成した人間になったのち、祝福を受けて人類最初の夫婦となり、善なる人間始祖となるべきであった。

しかし、アダムとエバは、サタンの誘惑に勝てず、個性を完成する以前の成長期間である、長成期完成級の段階で善悪の実を取って食べ、血統を汚すという罪を犯し、これが原罪となった。これにより、アダムとエバは善なる人類始祖になることができず、悪なる子孫を繁殖することにより、堕落した家庭、氏族、民族、国家、世界がつくられ、神様が願わない地上地獄と天上地獄が生じてしまったのである。

神様は、堕落した人類を救うため、メシヤであると同時に第二アダムの使命者として、ひとり子であるイエス様をアダム以降四千年ののちに、選民として育ててきたユダヤ民族に送られた。もし彼らがイエス様を信じ、一つになっていたならば、イエス様はその中から第二エバを探し出し、新婦として立て、聖婚式をして神様を中心とした夫婦になり、真の父母となって、人類の救援摂理歴史を完遂したであろう。

第二アダムとして来られたイエス様のメシヤ路程が、選ばれた者たちの不信によって道半ばで挫折するや、神様は再び、第三アダム、再臨のメシヤを送る摂理をされるようになった。復活されたイエス様と聖霊の重生の役事(働き)を通した、キリスト教の霊的救援摂理の二千年史は、第三アダム、再臨のメシヤを迎えるための基盤だったのである。

再臨のメシヤは、空中降臨ではなく、イエス様の時のように、女性の体を通して神様のひとり子として生まれるのであり、ユダヤ教団がイエス様をメシヤとして侍らなければならなかったように、キリスト教団は、再臨のメシヤを信じ、侍らなければならない。再臨のメシヤは、人間始祖が罪を犯し、原罪をもつようになった背景をはじめとして、徹底的に究明することにより、サタンの正体を明らかにして罪の根を抜き、霊界圈を相手に、生死を懸けた闘いに勝利し、最後にはサタンを自然屈伏させ、数多くの教主と宗王から、「再臨のメシヤ、真の父である」という証言を受け取らなければならない。これとともに、救援摂理の結実として準備されたひとり娘、聖霊の実体を探し出し、新婦として迎えてこそ、再臨のメシヤのみ旨は、地上に着地できるのである。

神様は、このような再臨のメシヤの真の父母摂理を完成するため、この地に二人のお方を誕生させられた。それが、再臨のメシヤ、すなわち第三アダムとして来られた文鮮明・真のお父様と、第三エバ、すなわち聖霊の実体であり再臨のメシヤの新婦として来られた韓鶴子・真のお母様である。

御夫妻は、「弘益人間(ホンイクインガン=広く人間世界に利する)・在世理化(チェセイファ=世を治め教え導く)」の開天・開国理念により悠久なる歴史と文化の伝統を備え、神様を敬い、平和を愛好してきた韓半島に誕生された。一九二〇年、陰暦一月六日、平安北道(ピョンアンブクト)の定州(チョンジュ)でお生まれになった真のお父様は、天の特別な摂理の役事によって幼少期を過ごす中、十六歳(数え)になった年の復活節を迎える週に、イエス様を通して、「再臨の使命を受け継がなければならない」という神様からの召命を受けられた。それから、真理探究のため、血のにじむ苦難の道を歩まれ、ついに創造原理、人間の堕落と罪の根、人間の責任分担および蕩減復帰摂理の原理原則を明らかにし、救援摂理の歴史過程に錯綜するあらゆる曲折を解かれたのである。

神様は、蕩減復帰摂理の中心主体として再臨主を地上に送られるとともに、その方の相対、配偶として来られる第三エバを復帰する摂理を進めてこられた。再臨主の誕生を前後して、韓半島に神霊運動が大きく広がるとともに、真のお母様の家系も、その中に加わるようになる。このような摂理的背景の中で、真のお母様は、一九四三年、陰暦一月六日、母方の実家のある平安南道(ピョンアンナムド)の安州(アンジュ)でお生まれになった。真のお母様は、再臨主の地上誕生を信じてきた外祖母の趙元模(チョウォンモ)女史、洪順愛(ホンスネ)大母様(テモニム)、真のお母様へと続く三代のひとり娘の家庭で成長することにより、天の新婦として備えられた生活を出発された。そして、腹中(ボクチュン)教の許浩彬(孝彬)(ホホビン)氏の母親が、六歳になった真のお母様に「天の新婦になられる方」と祝福をするなどの、霊的証があったのである。

一九四五年八月十五日、韓半島が光復とともに南北に分断される時、真のお父様は韓国でキリスト教を中心として公式路程を出発された。しかし、予定されていた神霊教団の不信によって、北朝鮮の平壌(ピョンヤン)に行かれて伝道活動をされたが、ここでもキリスト教団の嫉妬と共産党当局による罪の捏造によって監獄での苦難を経験され、二度にわたり厳しい苦難の道を行かれなければならなかった。真のお父様は、六・二五動乱によって興南(フンナム)監獄から出獄される時まで、霊肉共に蕩減復帰の勝利的基台を立て、南に下ってついに一九五四年五月一日、ソウルで「世界基督教統一神霊協会」を創立された。これは、真のお父様が三十四歳になられた年の出来事であり、イエス様の三十三年の受難の生涯を蕩減復帰する条件を立てられた土台の上で、キリスト教団に代わってアベル型教団を立てて新しく出発されたのである。

協会創立以降、真のお父様が発表する原理のみ言に感動し、数多くのキリスト教徒たちが押し寄せるようになると、これに脅威を感じた一部のキリスト教団が、真のお父様をより一層、迫害し、(真のお父様が)投獄されるという事態にまで至った。しかし、従う弟子たちが真のお父様を再臨されたメシヤとして、それまで以上に固く信奉するようになり、長成期完成級に復帰する勝利的条件を探して立てるようになった。

これにより、光復後、公式路程の十四年を経た一九六〇年四月十一日、ついに天が特別に聖別し、大切に育てて準備してこられた聖霊の実体である真のお母様を新婦に迎え、天の祝福により、「真の父母様聖婚式」が挙行された。再臨のメシヤが準備された聖霊の実体である新婦を迎え、真の夫婦となる聖婚儀式を意味するヨハネの黙示録第十九章の「小羊の婚宴」が、ついに成し遂げられたのである。太初に天地を創造された神様の創造理想が実現する関門が開かれ、創造本然のアダムとエバが、真の父母として顕現される歴史的な日を迎えた。ついに人類は、霊肉共に原罪を完全に清算できる重生の恩賜を受けられるようになったのである。

真の父母様は、真のお父様が「世界基督教統一神霊協会」を創立してから四十年となる一九九四年、これに代わって「世界平和統一家庭連合」の創立を宣布された。人類の真の父母である御夫妻が一つとなり、サタンを屈服させるためのあらゆる条件を蕩減復帰されたため、「世界平和統一家庭連合」を共同で創立なさることができたのである。これは、復帰された人類の真の始祖として来られた真の父母様を中心とした理想家庭を、全世界的に拡大して成し遂げられる世界こそが、理想世界であることを意味する。

真の父母様は、二〇〇一年一月十三日の「神様王権即位式」と、二〇〇六年六月十三日の「天正宮(チョンヂョングン)博物館入宮式および天宙平和の王真の父母様戴冠式」を通して、神様の恨を解怨成就することにより、神の国がこの地に安着できる土台を築かれ、二〇一三年天暦一月十三日を天宙平和統一国(天一国)の基元節と定められた。真のお父様は、聖和(二〇一二年、天暦七月十七日、陽暦九月三日)される二十一日前、地上の生涯における最後の公式宣布報告を通して、救援摂理の「最終完成の完結」を宣言され、すべての祝福家庭が国家を代表する氏族(的)メシヤとなれという祝福とともに、「すべて成し遂げた!」と宣布された。

真の父母様こそ、無形の神様の二性性相を、有形の実体として完成された真の人間の原型であり、真の父母様がその人生と行跡を通して立てられた伝統と教えは、人類が手本とし、学ばなければならない模範である。絶対、唯一であり、あとにも先にも現れることのない真の父母様は、人類歴史において、永遠に神様の愛と真理の光を照らす根源であられるのである。

第一節 真の父母は人類の真の始祖

真の父母は、完成したアダムとエバ

神様は、永遠に喜びを享受するために人間を創造された。人類の始祖として造られたアダムとエバは、神様の絶対的な真の愛の対象である。人類はただ一双の始祖から始まるため、この一男一女以外に、他の真の愛の血統がつくられることはない。もし、アダムとエバが神様の絶対愛を通して完成し、善なる子孫を栄えさせていたならば、創造主であられる神様を縦的な無形の真の父母としてお迎えし、完成したアダムとエバは、地上の横的な実体の真の父母となり、理想家庭が実現したはずである。また真の家庭を根源として繁栄したアダムとエバの一族が民族、世界へと拡大し、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ」と言われた神様の三大祝福を完成した世界が成し遂げられていたはずである。その世界がすなわち、神様が地上で実現しようとされた理想天国である。

1 神様が男性性稟と女性性稟を併せ持っていらっしゃるということは、神様のかたちに造られたというアダムとエバを見て、知ることができます。それが一つになって、アダムとエバを創造したというのです。それゆえ、神様の位置で、主体と対象の人間、すなわち完全な男性と女性が一つにならなければなりません。神様がアダムとエバを創造されたのと同じ愛を中心として、そこから初めて息子、娘が生まれるのです。神様が創造した最高の傑作である人間も、結論として、人間(自身)が創造したという位置に立ててあげるために、男性と女性を造ったというのです。ここから、夫婦が完全に一つになることによって生まれる息子、娘は、神様がアダムとエバを造って喜ばれた喜びの偉業までも、相続することができるのです。神様は、息子、娘を生んで愛することができる愛まで、人間に下さいました。言い換えれば、絶対的な神様がもっているすべてのものを、愛する息子、娘の立場にいる人間に、そっくりそのまま賦与されたというのです。

2 本来のアダムとエバは、神様の体です。実体をまとった神様として現れるための存在が、人類の善なる始祖だったというのです。神様が彼らの心の中に入ってきて、体と一つになり、与えて、また与えたいと思うので、回るようになります。そうして、発動機が回るように回り、さらに回って、完全に統一されるのです。そのような種を蒔いたとすれば、そのような種の実を結ぶようになるので、その種はいくら裂いてみても、そのような内容を備えた種にならざるを得ません。しかし、堕落したので、造り直さなければなりません。神様を再びお迎えし、種を改良しなければならないというのです。神様は、共に生命を分かち合い、共に愛するために、天地を創造しました。ですから、男性と女性は、無形の神様を永遠に愛の実体として登場させるのです。愛の中心実体として登場させるのが、人類の善なる先祖、真の父母です。

3 アダムとエバは、真の父母です。家庭を中心として見るときは、父母が中心なので、家庭の王であり、王妃です。その息子、娘は、未来の王、王妃になり得る後継者です。堕落していない本然のアダムとエバを中心として見るとき、祖父は神様の王権を私たちの家庭に運んできてくれた立場であり、父母は万国に広がる家庭を代表した家庭の王です。本来の家庭の王です。その次に、息子、娘は未来の王孫(王位継承者の長子)として、王権を受け継ぐ王子、王女の立場です。

4 人間始祖の堕落によって、神様が経綸し、神様が創造理想として立てようとされた人類の真の先祖を失ってしまいました。いくら立派で何不自由なく暮らしている人がいて、天下をすべて動かす人がいるとしても、彼らは堕落した先祖の血統を受けて生まれました。これが、最も痛恨なことです。堕落した始祖をもった人類は、サタンの地獄に向かって猛進しているので、これを遮り、真の先祖として来て、真の子女として抱いてくれる本然の主人、本然の父母を求めてさまよってきたのが人類の歴史です。そのため、神様は、四千年の歴史を通して復帰の道を歩み、また歩んで、堕落前のアダム、エバと同じ立場の位置を訪ねてくるのです。

5 堕落していないアダムとエバは、人類の真の先祖です。真の父と真の母です。体をまとった人類の真の父母です。そのアダムとエバが堕落したため、人類がサタンの子孫になったのです。アダムとエバが堕落せずに、本然の神様の心情に通じて、神様が喜ばれる中で、善男善女として聖婚式を執り行い、人類の真の父母になったとすれば、万物はアダム、エバと和動しながら、喜んでその家庭に必要とされるものになったでしょう。アダムとエバが幸福を謳歌し、神様を永遠の父として、侍ることができる人類の真の父母となり、人類の標本となる真の夫婦となり、神様のみ前には真の子女となったならば、誰も、彼らを奪っていくことはできないというのです。それは、主人が一人だからです。心情の主人も一人であり、愛の主人も一人です。そのようなお方が神様であられます。

6 堕落がアダム家庭から始まったので、本然の姿に帰っていく復帰の目的は、アダム家庭の復帰完成にあります。神様は、世界と国を求める前に、民族と教会を求める前に、御自身の相対を求め、一つの中心家庭を求めるのです。神様は、歴史を通して、御自身の理想的な対象になり得る真の家庭を求めてこられました。この真の家庭は、私たちが習慣的に生活してきた家庭とは、内容が根本的に異なります。神様を中心とした理想的な真の家庭を探し出すことができなければ、理想的な国も世界も探し出せません。本然の真の家庭を先に立てなければならないという原則がここにあるのです。ですから、個人が救いの目標ではなく、真の家庭が救いの基本単位となります。堕落しなかったならば、アダムとエバは真の愛による理想的な真の夫婦になり、さらには真の父母となって、その子孫と全人類の真の先祖になったでしょう。アダムとエバを真の父母として繁栄した人類は、一つの大家族をつくり、アダム文化圏の平和世界を成し遂げたでしょう。

7 神様の復帰摂理歴史は、悲しい歴史です。神様がアダムとエバを失ってしまったことが悲しいのです。それだけではなく、アダムとエバを失ってしまうと、その二人でとどまるのではありません。アダムとエバを失ってしまったということは、アダムとエバの一族を失ってしまったことになるのです。その一族が拡大されて民族になり、一つの国家を形成し、一つの世界に拡大されていたはずなのですが、すべて失ってしまったというのです。ですから、アダムとエバを失ってしまうことによって、天の国の王権を中心としたその王国を失ってしまい、天の国の民族を失ってしまい、天の国の氏族を失ってしまい、天の国の家庭を失ってしまったのです。天の国の男性と女性、ひとり子とひとり娘を失ってしまったのです。ですから、救いの歴史である復帰摂理歴史は、これを取り戻す歴史です。アダムとエバが堕落していなければ、子孫が繁栄し、今日、数十億の人類がすべて天の国に登録され、家庭がそのまま天国に入っていくようになっているのです。

8 人類始祖が堕落することによって、人類は真の先祖をもつことができず、真の子孫になれませんでした。神様も真の神様の位置に立つことができませんでした。神様を中心とした真の家庭、民族、国家を形成しようとした、そのすべてのことが成し遂げられなかったというのです。そのため、私たちは、再び真の根を求めなければならず、真の家庭が住める国を求めなければなりません。ですから、神様は、救援摂理を通して希望の世界、真の平和の世界、愛の世界、統一の世界、一つの世界を追求してきたのです。それを成し遂げるために、神様は救世主を送ってくださるのです。真の父母がこの地に来て、個人的な中心、家庭、氏族、民族、国家、世界の中心を教えてあげることによって、全人類を本然の世界に戻そうというのが摂理歴史です。

9 再び来られる主が、空中から雲に乗って来て、霊的に、妄想的な国家を創設するというのが、神様の願いではありません。その方が再び来られるのは、この地を足場として、神様のありったけの愛を受けることができる一人の新婦を迎え、人間の先祖が六千年前に人類の真の先祖になれず、偽りの先祖となることによって失ってしまったものを、取り戻す役事(働き)をするためです。それゆえ、神様の愛と一致し得る位置に立てる完全な男性と、神様の愛に通じ得る位置に立てる完全な女性が、歴史時代に必ず現れなければなりません。今この時が、新郎として来られる主を迎える新婦として立つことができる時です。ですから、この位置は、エデンの園でアダムとエバが愛を受けた、それ以上の位置であり、アダムとエバを祝福してくださった、それ以上の位置です。地上にそのような基点が生じてこそ、サタンが侵犯できません。人間始祖アダムとエバが、そのような勝利の位置に立つようになったとすれば、天使長はサタンにならず、完全なる僕の位置で人間に侍る立場に立ったでしょう。これが創造原則です。このような位置を失ってしまった人類は、孤児です。ですから、このような位置を取り戻すことができる人類の真の父母が、この地上に現れなければなりません。

10 本来のアダムは、個人であると同時に、家庭の中心であり、国家の中心であり、世界の中心です。文化も、アダムの文化です。そこから言葉が始まり、すべての関係が広がります。真の父母を中心として結ばれた関係から始まる歴史も、新しい文化創造の起源になり得るのです。ここから初めて、人類の真の歴史が始まるというのです。真の家庭と、真の社会、民族、国家、世界が顕現するのです。その伝統的思想が、いつにおいても中心になります。今までの歴史においては、未来に希望の世界を求めてきましたが、これからは未来を見つめて進むのではありません。ここにおいて築かれたその思想を中心に、それを手本として歴史が発展していくのです。それが中心になります。このように、過去、現在、未来の中心を決定し得るものが、国を中心として設定されます。その国が成立すれば、その国の文化が過ぎ去っていくことは、永遠にありません。その国の文化は、世界的に連結され、生き生きと栄え続け、文化的源泉として残るのです。統一です。始めと終わりが同じだというのです。

真の父母は真のオリーブ

聖書の創世記に出てくる、エデンの園の生命の木と善悪を知る木は、完成した父と母を象徴する。そして、堕落せずに完成した人間始祖アダムとエバを根とした人類は、本来、地上天国で生き、死後には天上天国に行って、永遠に生きるようになるのである。神様の創造目的は、人類が神様を中心とした家庭を築き、同じ兄弟、同じ親族になることである。

堕落した人間は野生のオリーブであるため、真のオリーブである真の父母により接ぎ木され、真の人間に生まれ変わらなければならない。それにより、神様の創造理想世界、すなわちエデンの園において出発しなければならなかった永遠の理想天国が成し遂げられるのである。人類の願いは、真の父母を迎え、神様を中心とした善なる家法を代々伝授し、一つの言語、一つの文化、一つの天の主権を中心に統一世界をつくることである。

11 真の父母は、絶対的な神様の愛と血統と完全に一つになった方です。そのような真の父母が結婚して築いた家庭を真のオリーブの家庭とするならば、堕落した世界の人々は、野生のオリーブだというのです。その野生のオリーブの枝を切ってしまい、真のオリーブの枝と芽を接ぎ木すれば、それがのちに真のオリーブの家庭になるのです。そこに、神様の真の愛、真の生命、真の血統、真の良心が再び連結され、それが完成すれば、地上天上天国が広がります。神様は、三代目となる孫と孫娘をもつことができませんでしたが、サタンは孫と孫娘をもち、氏族をもちました。それが繁殖し、数多くの国家をつくり上げたというのです。今まで神様は、完成した一人の男性をもつことができませんでした。完成した一人の女性ももつことができませんでした。その完成した男性として来られる方が、メシヤです。メシヤがやって来て、真の父母の位置を立てなければなりません。その次に、本然の家庭を復帰することができるのです。

12 アダムとエバが人類の真の先祖になっていれば、救い主も必要なく、宗教も必要ありません。宗教が必要ない善なる世界は、神様が喜ばれる世界です。神様は、地上にそのような世界がつくられることを願われるのですが、地上にそのような世界はつくられませんでした。堕落とは、一つになれなかったことです。そうして、真の父母になれず、偽りの父母になったのです。ですから、私たちは、悪なる父母の血統をすべて消してしまい、真の父母の血統を受けて、天に帰らなければなりません。皆さんは、野生のオリーブとして生まれました。真のオリーブにならなければならないのに、野生のオリーブになったので、これを切ってしまい、真のオリーブの木を接ぎ木されなければならないのです。

13 天の真のオリーブとして来られる方は、皆さんを再び生んでくださる真の父母です。生命は、必ず父母を通して受けるのが天理だからです。真の父母は、天の真の愛、真の生命、真の血統の根をもってこの地に顕現されます。サタンの偽りの愛を根として生まれた人類を、きれいに根元から切ってしまい、真の愛の芽を接ぎ木する使命を果たすために来られる方が、正に真の父母です。このように、私たち人類が求めるべき真のオリーブの根は、神様の真の愛の根です。その根は、真の父母からのみ出発し得るのです。

14 真の父母は、真の愛と真の血統をもって来ます。偽りの父母は、偽りの愛と偽りの血統をつなぎ合わせてきました。堕落していない本然の世界では、神様を中心として真の家庭を築かなければなりません。真の息子、娘の家庭を築こうとすれば、真の血統が連結されなければならないのです。真の父母の子女になろうとすれば、真の父母と血統が連結されなければなりません。「父母」や「子女」という言葉、「父」または「子」という言葉は、血統が連結されなければ、絶対に成立しません。それは、神様も引き離すことができません。サタンも引き離すことができないのです。ですから、成約時代を迎え、真の父母様による祝福結婚を通して、旧約時代と新約時代の失敗を蕩減復帰することができるのです。本然の基準である神様の真の血統につながれて、野生のオリーブ畑であっても真のオリーブ畑にならなければならず、真の愛を中心として、真の父母様と一体、一心、一念にならなければなりません。

15 真の父母とは、完成したアダムとエバのことを言います。そのアダムとエバから家庭、氏族、民族、国家、世界、地上天国と天上天国が連結され、神様まで解放されなければなりません。真の父母は、すべてのことを完成できる立場にいます。神様が地上に送られた最も貴い方です。その真の父母に絶対信仰、絶対愛、絶対服従で従っていけば、自動的にすべてのことを克服していけるのです。父母は、愛、生命、血統を相続させます。その愛、生命、血統を相続するのが、息子、娘です。すべての宗教の目的も、地上に真の父母の完成基盤を築くことです。人類を救う唯一の方法は、真の愛、真の生命、真の血統を連結させることなのです。偽りの父母がそれとは異なる愛、生命、血統を連結させて堕落した世界になったので、地獄に落ちるようになりました。それを一八〇度転換させるために、真の父母が現れて、真の愛、真の生命、真の血統を連結するのです。祝福を通して神様の真の愛を連結し、真の生命を連結し、真の血統を連結するのです。野生のオリーブに真のオリーブを接ぎ木するのが祝福です。

16 真の父母は、この世界の偽りの子女、野生のオリーブのような子女たちに真のオリーブを接ぎ木して、堕落していない実として収穫し、天の国の倉庫に再び入庫しなければなりません。これが、この地上でメシヤが果たすべき責任です。メシヤは、真の愛を中心として、真の息子、娘の種をもって来るというのです。堕落することによって、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統の因縁を通して、神様が願わない怨讐の子女となりました。このように、血統的に偽りの愛の因縁が結ばれたので、救援摂理を通してきれいにするのです。

第二節 再臨主である真の父と聖霊の実体である真の母

真の父母になるべきひとり子とひとり娘

神様の願いは、アダムとエバが創造本然の姿のまま成長、完成し、真の家庭を築くことであった。神様は、絶対愛によって精誠を尽くし、御自身のすべての願いを懸けて、ひとり子アダムとひとり娘エバを造られた。しかし、堕落が起きたため、神様は彼らに代わる存在として、まずひとり子であるイエス様を送られた。創造の順序に従い、本然のアダムを先に復帰されたあと、そのアダムを通してエバを復帰しようとされたからである。したがって、本然のアダムに代わる、後のアダムとして来られたイエス様は、本然の後のエバを探し出し、夫婦になることによって、人類の善なる始祖である真の父母にならなければならなかった。

1 イエス様の思想の中で最も偉大なことは、神様が自分の父であり、自分は神様のひとり子であると主張したことです。ひとり子ということは、父なる神様の初愛を占有しているということです。初愛を受けられる立場に立ったというのです。神様がキリスト教を世界的な宗教にせざるを得なかった理由は、イエス様が「私は神様のひとり子である」と主張する立場に立ったからです。ひとり子というのは、神様の愛を強調した言葉です。ひとり子は、神様の初愛と結ばれた個人なのです。

2 エデンの園のアダムは、神様のひとり子です。エバは、神様のひとり娘です。彼らが成長し、春の日になって花が咲くとき、二人が互いに春の歌を歌いながら、「あなたは私のお兄さんではないですか」、「あなたは私の妹ではないですか」と言えば、神様はどのようにするでしょうか。明るく咲いた花が香りを漂わせるようになれば、神様が(二人を)結んでくださったでしょう。神様が結婚式をしてあげることによって成し遂げようとしていた創造の最高の理想が、アダムとエバを中心として成し遂げられるのです。彼らがひとり子とひとり娘としてよく育ち、思春期まで行こうとすれば、期間が必要なのです。

3 イエス様は、「私は神様のひとり子だ」と言いました。ひとり子に必要なのは、ひとり娘です。イエス様がこの地上で世界を救うために出発しようとすれば、一人ではできません。家庭の土台を整えなければなりません。ひとり子だと主張したイエス様の目的は、世界を統一して号令することです。それをする前に家庭をつくらなければならないのです。イエス様は、家庭をつくることができませんでした。ですから、この地上の人間たちを救おうとすれば、「このようにしなければならない」と言える家庭が出てこなければなりません。一つのモデル家庭が出てこなければならないのです。イスラエルの国を救う前に、家庭をつくらなければなりません。もしイエス様が、神様のひとり子としてひとり娘に出会って結婚式をするとすれば、その結婚式の主礼は、間違いなく神様がしてくださるのです。救援摂理の最高の目的は、神様が愛する一つの家庭をつくることです。それで、神様の愛を中心として、ひとり子とひとり娘の立場で成長し、神様を父としてお迎えできる場で祝福を成し遂げ、人類の真の先祖の基盤を整えるのです。その場を失ってしまったので、再び取り戻さなければなりません。

4 イエス様が地上に来られることによって、初めてひとり子という名をもつようになりました。神様が失ってしまった歴史時代、アダムとエバの失敗した歴史時代に、初めて神様の愛を受けることができる血統的内容を中心として、地球星にひとり子が生まれたのです。しかし、ひとり子は生まれましたが、ひとり娘はいませんでした。神様は、四千年間の救援歴史を通して、完成したアダムを再び創造したのと同じです。神様は、アダムに似せてエバを造りました。アダムの相対になることができるように、アダムを造られた原則、その青写真に基づいて造ったのです。聖書を見ると、男性のあばら骨を取って女性を造ったと記録されています。それは、骨子をまねて造ったということです。ですから、完成したアダムは、この地で失ってしまったものを取り戻すことができるひとり子です。神様は、直系の真の愛の血統を通してアダムを取り戻しましたが、エバは取り戻すことができませんでした。エバを取り戻そうとすれば、今までの堕落以降の歴史を、家庭から再び復活させ、接ぎ木して国をつくらなければなりません。そのために準備しておいたのが、ヤコブからのイスラエル民族の十二支派です。選民思想を中心として、ヤコブの十二人の息子が着地し、世界に勝利の版図を拡大させたものが、イエス様が来られる時までの二千年間のイスラエルの国とユダヤ教なのです。

5 イエス様が堕落した人間たちに対して、神様の息子、娘であることを示したことや、「私は神様の息子だ。神様のひとり子だ」と語った事実は、偉大なことです。そして、「ひとり子」という名が地上に現れたという事実は、神様が数千年の蕩減歴史を経てくる中で、吉報中の吉報です。それで、ひとり子を中心として、ユダヤの国とユダヤ教、カインとアベルを入れ替え、血統を入れ替えなければなりません。しかし、イエス様は、ひとり子という名をもって来ましたが、ひとり娘に出会うことができませんでした。そのような人に出会うには、そのままでは出会うことができません。準備された基盤がなければならないのです。個人と家庭、氏族を基盤として連結されていかなければなりません。このようにして個人、家庭から血統を転換させなければなりません。

6 人類が生まれてから四千年ぶりに、この天地間に神様のひとり子が生まれました。良い知らせです。幸福な知らせです。それで、キリスト教で「福音」という言葉が出てくるようになったのです。福音とは、幸福な音信です。その時まで神様のひとり子が現れることができず、人類が神様を中心とした愛の関係を結ぶことができなかったために、人類にとってそれが恨でした。しかし、その恨を解いてあげる一人の代表的な男性が現れたので、それ以上に幸福な音信はないのです。もしひとり子が現れていなかったとすれば、大変なことになります。歴史上にそのような人が現れたので、全人類が彼の側にならなければならず、天地も彼の側にならなければならず、創造主も彼の側にならなければなりません。ですから、その道を妨げる人は滅び、歓迎する人は栄えるようになります。ひとり子が現れたことが幸福です。神様は、先にひとり子を送られました。それで、今までの歴史は、男性がつくってきたのです。ひとり子が来たならば、その次には、ひとり娘がいなければなりません。

7 神様は、真の愛を中心として、縦的な父母としていらっしゃる方です。垂直は一つです。横的な位置で垂直になるのは、九〇度の一点です。男性の位置も九〇度の一つであり、女性の位置も九〇度の一つです。二つではありません。人類歴史で初めて、その九〇度に合わせて愛を受けた人が、ひとり子です。そのひとり子の前には、ひとり娘がいなければなりません。メシヤはひとり子として来て、ひとり娘を求めなければならないのです。しかし、そのまますぐに求めることができるわけではありません。アダムを通してエバを造ったので、この世の中に来て、エバを探さなければならないのです。サタンが奪っていったエバを取り戻さなければなりません。ひとり子であるイエス様が、神様の息子として、ひとり娘を迎えて、男性と女性が九〇度の角度で一つになれる道を合わせておかなければ、天地が通じません。神様には二性性相があるので、ひとり子とひとり娘が一つになった、その場に神様が入ってきて臨在するのです。

8 神様は、アダムとエバの堕落以降、失ってしまった子女が戻ってくることを、ただ待っていることはできませんでした。神様は、人間がサタンの讒訴条件を抜け出すことができる道を探し求めてこられたというのです。その路程が、どれほど大変で、悲惨だったでしょうか。サタンが王になっている世界で、神様の立場はどのようなものだったでしょうか。ひとり子イエス・キリストを、サタンの讒訴条件を免れた位置で誕生させるまでの神様の苦労は、到底言い表すことができませんでした。その時、イスラエル民族がひとり子であるイエス様と一つになっていたならば、ローマを越え、世界に進むことができました。真の父母にならなければならなかったのです。しかし、ユダヤ教とイスラエル民族が責任を果たせなかったので、イエス様は「再び来る!」と言われました。神様は、四千年ぶりにひとり子を探して立てましたが、ひとり娘は探し立てられなかったのです。神様がアダムとエバを創造したように、ひとり子がいれば、ひとり娘もいなければなりません。イエス様と聖霊の摂理が、正にそれです。私たちは、原理を通して、中心人物や民族が責任を果たせないとき、神様が代身者を立てることを学びました。したがって、イスラエル民族が責任を果たせないことによって、ひとり娘を立てることができなかったので、神様はひとり娘を別に育ててこられたのです。

9 人間世界で神様が愛の主人であれば、その愛を中心とした神様の家庭がこの地上になければなりません。その神様の本郷の地があれば、その本郷から本郷の一門が始まり、その一門から民族が始まり、その民族から国家と世界が始まり、それによって、地上に天国が広がるでしょう。人間の本郷は、人類が願い、神様が願う所であり、天地が和合して万宇宙の存在が「幸せでうれしい」と言ゐる所、神様が踊りを踊ると同時に、万宇宙が神様を中心として踊れる所です。そのようにできる日を迎える本郷が現れていたならば、今日、この世界は、不幸な世界にはならなかったでしょう。神様の愛を中心とした息子、娘、すなわち、ひとり子とひとり娘が、神様の愛を中心として完全に一つとなって家庭を築いたならば、その血統を受けて生まれた息子、娘たちは、心と体が一つになっているのです。

10 イエス様は、イスラエルの国を中心として、世界を平和の王国にするためにこの地に来られましたが、いくら彼に能力があり、実権があって、それを成し遂げると考えたとしても、家庭を築くことができなければ失敗するのです。世界は、家庭が集まってできるのです。この家庭は、心と体が闘う人たちでは築けません。いくら絶対的な権威をもって死の峠が迫ってくるとしても、天道を捨てる人になるならば、神様が願われる家庭を築くことはできないのです。心と体が一つになったひとり子が、心と体が一つになったひとり娘を迎えて家庭を築くのです。家庭をつくるまでは、世界を復帰したとしても、それをまた失うようになります。家庭は、血統が連結されたものです。民族全体が血統で連結されれば、同族になるのです。

11 イエス様がこの地に来られた目的は、新婦を迎えることです。愛を中心とした人格的な新婦を求めようとしたのです。ですから、キリスト教を代表して、世界的なキリスト教の舞台に新郎を迎え、その新郎を中心として結婚してこそ、新郎と新婦の愛圏がつくられるのです。新郎と新婦が一つになり、神様が取り得る愛圏が始まります。ひとり子の愛圏をもって、ひとり娘の愛圏を手にすると同時に、このひとり子とひとり娘を中心として、新郎と新婦の愛圏が確立します。いくら国が大きく、歴史が長く、優れた文化背景をもっているとしても、それは問題ではありません。神様を中心としてひとり子とひとり娘が一つになる、夫婦の愛の基準が貴いのです。堕落によってこれを失ってしまったので、これを取り戻さなければ、世の中の万事は無意味なものです。したがって、神側においてひとり子とひとり娘となり、新郎と新婦として夫婦の愛圏をつくらなければなりません。夫婦の愛圏が成立すれば、自動的に子女の愛圏が成立するのです。

12 イエス・キリストは、「私は神様のひとり子だ。神様は私の父だ」と言いました。ひとり子というものは、神様の初愛をそっくりそのまま受けたということです。神様のひとり子はいたのですが、ひとり娘がいません。ひとり娘に出会うことができなかったので、神様の初愛をすべて受けるひとり娘に出会うために、イエス様は再臨するのです。

再臨主が来て「小羊の婚宴」、すなわち婚姻をしなければなりません。神様の初愛をそっくりそのまま受けた男性と、神様の初愛をそっくりそのまま受けた女性が、家庭をつくらなければならないのです。その位置が、堕落していないアダムとエバの位置です。

13 メシヤは、神様の本然の直系の息子の立場で、神様の愛、絶対愛を中心として、生命の種をもって来る方です。その息子を再び探して立てることが、神様の救援摂理史の主目的です。メシヤは、この地上に来るとき、何ももってくることはできません。彼には国もありません。何もないのです。相対を失ってしまったので、相対もいません。エバとカイン、アベルを失ってしまったので、主人の役割を果たせないのです。それで、それを取り戻しに来るのです。ですから、キリスト教は、新郎として来られるメシヤを迎える新婦の宗教です。キリスト教の核心真理は、驚くべきものです。イエス様のことをひとり子と言いました。ひとり子とは、アダムのことです。堕落したので、ひとり子がいなくなり、ひとり娘がいなくなったというのです。ひとり娘は、サタンに奪われました。神様が造ったものを、サタンがすべて台無しにしたので、それを取り戻さなければなりません。アダムを中心としてエバを造ったのと同じように、天の新しい息子の種を送って、エバを再び創造しなければなりません。

14 人間は、家庭から出発しました。家庭を縮小してみれば、夫と妻によってできているので、ひとり子になったのであれば、ひとり娘を迎えなければなりません。このひとり子とひとり娘は、堕落していない本然のアダムとエバにならなければならないのです。ひとり子とひとり娘は、息子、娘を生まなければなりません。真の父母に侍り、息子、娘を完成させようとすれば、与えられた環境において、祖父、祖母、母、父、四方のために生きることができなければなりません。息子、娘は父母のために生き、父母は息子、娘のために生き、その父母はまた、(彼らの)父母のために生きなければなりません。祖父は孫のために生き、孫は祖父のために生き、夫は妻のために生き、妻は夫のために生きれば、それは祖父母、夫婦、兄弟がすべて入るというのです。このような原則において、一つの家庭の標本を中心として見るとき、互いにために生きる家庭であれば、天国家庭であることは間違いないという論理が出てきます。

原罪がないイエス様と再臨主

人類の始祖アダムとエバは、サタンの誘惑に陥り、善悪の実を取って食べることによって罪を犯し、それが原罪となった。原罪は、神様の血統を汚した不倫なる性犯罪であった。神様の愛によって代を継いでいくべき人類が、サタンの偽りの愛によって子孫を繁殖したのである。

聖書のマタイによる福音書の記録には、イエス様がキリストとして生まれるまでの血統的系譜が出てくる。堕落したアダムの後裔の中から、善悪の血統を分立、転換しながら、四千年にわたってサタンとの血縁的関係を清算してきた蕩減復帰摂理歴史の基台の上で、ついに原罪のない、イエス様が神様のひとり子として誕生されたのである。

このように、原罪と関係なくお生まれになったイエス様は、人類の真の父として、真の母を迎え、真の父母の位置に進み、原罪のない直系の子女を誕生させる一方で、堕落した人類を重生させ、原罪を清算させるために地上に来られた。しかし、イスラエル民族の不信により十字架にかからなければならなくなるやいなや、このすべての課業を、再臨して成し遂げることを約束されたのである。

それゆえ、第三アダムとして来られる再臨主は、イエス様を中心としたあらゆる蕩減復帰摂理の歴史的伝統と結実を、霊肉共に相続すると同時に、メシヤの立場から出発し、真の父母の位置に登極することにより、地上で神様の創造理想を実現する使命を完遂されるのである。

15 イエス様は、サタンが讒訴できる位置を抜け出した立場で生まれたので、原罪がない方です。サタンの主管圏内においてサタンと相対したのが原罪ですが、イエス様はサタンの讒訴条件を越えてお生まれになった方なので、原罪とは関係がないというのです。このために入れ替える歴史があったのです。エサウとヤコブの時に入れ替え、また、ペレヅとゼラの時に入れ替えて、勝利の基盤を築いてきました。ですから、イエス様は、原罪と関係のない人間として生まれたのです。

16 イエス様は、神様の主管下で生まれた息子なので、原罪を免れた立場に立ちました。サタンの讒訴条件をもっているがゆえに原罪があるというのですが、原罪を免れた立場に立っているため、本然の基準、堕落する前のアダムの位置に帰ることができるのです。ですから、イエス様だけが第二次のアダムになることができます。人類の先祖として、アダムが失敗したことを復帰できます。アダムの位置を身代わりできるのです。ここから新しい歴史時代に入ります。イエス様は無原罪で生まれたので、サタンの讒訴から完全に脱しました。サタンの讒訴から脱すると同時に、サタンを完全に屈服させました。天使長を屈服させたというのです。イエス様は、このように神様の息子として、堂々と本然のアダムの位置に立つことができました。

17 聖書には、ヤコブが母であるリベカと一つになって、兄エサウと父イサクを欺き、祝福される話があり、また、タマルが舅と関係を結んで生んだペレヅとゼラを中心として、ユダの支派が祝福を受けるようになったという内容が出てきます。このような、人倫や道徳観において解決できない内容が、どうしてあるのかということが問題です。そして、マタイによる福音書を見れば、四大淫女についての話が出てきます。タマルが出てきて、バテシバが出てきて、ラハブが出てきて、ルツが出てきます。マタイによる福音書は創世記に相当するものですが、歴史時代において、最初の章になぜこのような神聖ではない、汚点をもっている女性たちが出てきたのかというのです。このようなすべての問題は、堕落論を知らなければ解決するすべがありません。お父様の時代になって、初めてそれをすべて明らかにしてあげたのです。

18 ヨセフと婚約したマリヤは、エバとちょうど同じです。アダムとエバは、堕落する時、婚約した立場にいました。アダムとエバが婚約段階にいる時に堕落したのと同じなので、これを蕩減復帰するためには、リベカの伝統を引き継がなければならず、タマルの伝統を引き継げる女性がいなければなりません。そのため、血統を清めた女性を代表した基準で、それを相続できる位置に立った人がマリヤでした。マリヤは、神様の息子、娘を生むために生命を捧げることを覚悟し、犠牲になる道でも、神様のみ旨を立てた女性でした。タマルのように、イスラエルの王権を立てることを最高の希望と思い、自分の身がどうなろうと、死のうと生きようと、自分を通して神様のみ旨を継承しようとした歴史的な女性でした。

19 マリヤは、自分の生命を懸けて、神様のみ旨を誰よりも熱心に追求する女性でした。ちょうどタマルのように、志操を守って忠節を尽くし、貴い天の血統を残すためには、いかなる冒険でも強行できる大胆な立場に立っていた女性が、正にマリヤでした。天使ガブリエルが現れ、マリヤに「あなたはみごもって男の子を産むでしょう」(ルカ一・三一)と告げたとき、マリヤは、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」(ルカ一・三四)と答えました。そして、天使が再び、「神には、なんでもできないことはありません」(ルカ一・三七)と言うと、マリヤは、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」(ルカ一・三八)と答えたのです。その立場は、死を覚悟しなければ行くことができない立場です。その当時、未婚の女性が身ごもれば、モーセ五書に基づいて、石で打たれて殺される時代でした。神様は、自分の命よりも神様のみ旨を尊重し、自分の威信や体面よりも神様のみ旨を尊重するマリヤを通して、イエス様を懐妊するようにさせたのです。ですから、イエス様は、神様のみ旨によってマリヤのおなかを通して生まれた、歴史上初めての神様の息子です。

20 マリヤの腹中にいるイエス様に対しては、サタンが讒訴できません。イエス様が生まれるようになったのも、マリヤが動機になったのではなく、神様のみ旨を中心として、神様の命令によって生まれたので、神様が動機となったのであり、また出生に至る過程も、腹中の勝利の基盤をもつマリヤの腹中から生まれたイエス様だったので、イエス様には、サタンのいかなる讒訴条件もあり得ないというのです。歴史時代に、腹中から始まったアダムとエバ以降のあらゆる闘いの基盤を、初めて腹中から分別したというのです。このような血統をもって現れた人がイエス様でした。ですから、イエス様は、いかなる預言者や、いかなる世界的な宗教指導者とも、その根本が違うというのです。イエス様は、サタンが讒訴できない血統的な内容を備えて来られた世界的な代表者です。また、歴史的な内容をすべて清算して来られた方なので、正に神様を中心とした血統的な内容をもって生まれた最初の人に違いありません。イエス様は、このような動機や過程を経て、神様の真の息子として、この地上に誕生するようになったのです。

21 イエス様の父親は、ヨセフではありません。天の側の天使長圏の人物です。堕落した天使ではありません。神様がそのようにさせました。サタン世界を凌駕し、天の側となり得る基盤を築き、種を植えて、そこで神様の心情圏を受け継いでこそ、本然のアダムとして認められるのです。イエス様は、そのような位置で、血統的に分別された種を受けて生まれました。そのような人は、歴史始まって以来、一人しかいません。ですから、メシヤ、救世主になることができるのです。初めて神様を中心として、愛の絆を通して生まれた代表的で唯一の人なので、「ひとり子」という言葉か成立するのです。

22 人類歴史上、国家的次元で万王の王権をもって来るイエス様は、血統を転換して勝利的伝統を受け継いで来ました。ですから、マリヤの腹中で妊娠しても、サタンが「彼は私の息子である」とは言えないようになっています。タマルの心情的伝統を受け継いだ歴史的な基準の上に、国家的次元でマリヤが身ごもったため、エバの失敗を蕩減復帰したのです。女性たちが行くべき道において結実の位置に立ち、血統転換、すなわち長子復帰完成基準の心情圏の上で身ごもったので、腹中にいるときから、サタンが「私の息子である」と主張できないのです。イエス様は、歴史的に清められた血統的基盤の上でマリヤの腹中に宿ったため、長子圏内で身ごもったとしても、サタンが「自分の息子である」とは言えないというのです。腹中から長子権を主張できる息子が地球星に生まれなければ、神様の長子の血族圏を立てることができません。イエス様は、堕落の人類歴史の上に、神様の心情を受け継ぐことができる最初の代表者になり、歴史的な代表者となることによって、初めて「私は神様のみ前にひとり子である」と言うことができました。これは、愛を中心とした長子権復帰において代表者になったので、メシヤになることができる、ということです。

23 イエス様は、血統を清めた上で来ました。双子の時代、すなわちエサウとヤコブを通して長子権を復帰し、タマルの腹中でペレヅとゼラの、歴史にない闘いを通して、ひっくり返すことによって、血統転換をしました。歴史がすべて見せてくれたのです。聖書は、本当に啓示的です。世界史、文化史、宗教史において欠かせない宝典です。人類歴史に関する曲折の事情と秘密が、すべて含まれています。それを解かなければなりません。このようにして、血統を復帰しなければならないのです。マリヤの腹中から生まれたイエス様は、サタン世界の血統が転換されています。血統が転換された位置から来たので、イエス様の相対となり得る新婦も、血統転換歴史の過程を経なければなりません。

24 統一教会で言う真の父母も、やはり人です。人と言えば、男性と女性を意味します。その男性と女性(が誰かということ)は、神様を中心として論じなければなりません。アダムとエバが偽りの父母になったので、真の父母がそのアダムとエバを身代わりした位置に来て、善の父母にならなければなりません。言い換えれば、アダムとエバが未完成で偽りの先祖になったので、代わりに真の父母は、神様を中心として完成、成就できる位置に立たなければならないのです。本来、神様が創造当時に、完成したアダム理想として見いだそうとしていたその位置が、真の父母の位置なので、その位置を再びはんだ付けして、その理想を主張している人がお父様です。統一教会では「真の父、真の母」と言いますが、外見を見れば、皆さんと異なるところがありません。しかし、根が違います。皆さんは、サタン世界の堕落した父母を通した堕落の根をもって生まれましたが、真の父母は根が違うというのです。神様を根として、初めて歴史上に真の愛の論理を中心とした統一論理をもって現れた、主人公だというのです。

25 お父様が血統的にサタンの讒訴を受けるようなことがあっては、何にもなりません。皆さんを祝福する式は、イエス様が亡くなったのち、二千年の間苦労して再臨し、新郎新婦となった位置を引き継がせてあげる式です。その式は、統一教会の祝福家庭を立てる式です。皆さんが祝福を受ければ、天国に入る門は常に開かれています。サタンが讒訴できなくなっているというのです。

26 堕落以降、すべての罪悪が全人類の体を征服しました。サタンの血統が連結されたのです。それを否定できる道が蕩減路程です。真の父母は、それをすべて清算しました。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的な段階で蕩減しました。真の父母によって真の血統に連結され、すべて終えたのです。皆さんは、小メシヤの位置にいます。父母様は、サタン側の血統に属しているのではなく、神側の血統に属しています。根が違います。皆さんの根はサタン側であり、父母様の根は神側です。神様から始まる本然の真の愛を真の父母が相続し、それを皆さんに連結してあげるのです。皆さんも接ぎ木されたあとに、真の父母に属するようになるのです。

27 お父様は、この地に来て、サタン世界を中心として、縦的八段階と横的八段階を勝利しました。アダムが罪を犯し、サタン圏内に入ったのです。罪さえなくなれば、本来の位置に帰ってくることができます。しかし、自分自身が原罪を清算することはできないのです。真の父母が、真の愛によって清算できるというのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様、八段階を中心として、すべて清算しました。アダムが十六歳で堕落したので、十六歳になるまでは、本然のアダムの体です。(アダムは)天の国にある神様のあらゆるものを相続できる本然的な、堕落していない完成に向かう男性でした。このアダムが失敗したので、再臨主が来て、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙においてまで闘い、サタンを追い払いました。罪を清算したのです。原罪を抜き取ってしまったというのです。お父様は、アダムの十六歳から今までのアダム世界とは関係のない、勝利したアダムの位置で全人類を取り戻したのです。

28 私は、韓国の田舎のある農民の息子として生まれましたが、その根源が違います。人の中には、世の中に生まれながらにして(道理を)知っている人がいます。それを「生而知之(生まれながらにしてこれを知る)」と言います。また、学んで知る人がいます。それは「学而知之(学びてこれを知る)」と言います。私は、生まれながらにして知っていたり、学んで知ったりしたのではありません。「天而知之(天によりてこれを知る)」だというのです。天のみ旨の中で生まれれば、知るようになるのです。神様の心まで分かるというのです。そのため、今まで世の中から反対を受けながらも、その世界で死なずに生き残ったのです。

29 皆さんが神様と一致すれば、神様はあらかじめ、創造的な準備をしてくださいます。皆さんがそのような立場に立つようになれば、霊界から教えてくれるというのです。以前、私に一度も会ったことがないのに、私が生まれる前から私に侍ってきたという人がいました。私よりもずっと年配の人が、私が生まれる前から、既に私と出会い、侍ってきたのです。それは、神様の予定によって、そのようになり得るのです。中心となる一人を世の中に送り出すときは、性相的にも形状的にも、同じ基準を中心として役事しなければなりません。ですから、神様は、私が生まれる前から、私の形状を使って役事されたのです。

30 お父様は、ある家門の息子として、この地に生まれたのではありません。私自身は、十歳を越えてから、既に世の中のあらゆることが分かりました。ですから、身内や隣近所で有名でした。その世界が分かるように、天が何千年も前から準備して生まれたというのです。私が生まれる前に、私に会った人が多くいるのです。私は地上には現れていなかったのですが、私よりも年配で、通じる人々は、既に私に指導を受けていたというのです。

再臨主として来られた真のお父様と聖霊の実体として来られた真のお母様

イエス様は、イスラエル民族の不信により、十字架にかかって亡くなられ、地上で真の父母の道を歩むことができなかった。その後、復活したイエス様は、霊的な新婦を探し出されたが、その方がすなわち聖霊である。イエス様は霊的な真の父、聖霊は霊的な真の母として、堕落した人類を霊的にのみ重生させる、限定的な救援摂理をされるようになった。霊肉ともの救援摂理を成し遂げるため、イエス様は再臨されなければならない。それゆえ、再び来られるイエス様は、肉身をもって地上に誕生される第三アダム、すなわち再臨のメシヤとして、準備された聖霊の実体を新婦に迎え、人類を霊肉共に完全に重生させる実体の真の父母にならなければならないのである。原罪をもっている人類は、実体の真の父母を通して原罪を清算し、霊肉の完全なる救いを可能にする重生、すなわち血統転換の恩寵を受けるようになる。

31 アダムが失敗したために、代わりに送られたイエス様は、第二アダムです。聖書でも、イエス様のことを後のアダムと言いました。先祖を失ってしまったので、真の先祖を復帰しなければなりません。イエス様は、人類の真の父格です。そして、聖霊は人類の真の母格です。このように、真の父と真の母を霊的に立てて、これを実体の形状としてこの地上に現すことが再臨の目的です。人類の前に真の息子、娘が現れる時が、「終わりの日」です。真の先祖を失うことによって堕落した子孫となり、真の父母と血統的な関係を結ぶことができなかったので、反対の経路を通して、失ってしまった息子、娘を探す時なのです。

32 キリスト教の中心は、イエス様です。新郎であられるイエス様が、新婦を迎えるのです。これが正に、「小羊の婚宴」です。「小羊の婚宴」とは、イエス様と聖霊である一人の女性が、実体をまとって結婚式を挙げることです。キリスト教では、「父」は神様であり、「子」はイエス様だと言います。「聖霊」は母なる神です。母なる神であるため、その聖霊を受けなければ、重生することができません。母なる神である聖霊が生んであげなければなりません。父母の愛を通さなければ、人が生まれるということはありません。これが天理です。イエス様は父であり、聖霊は母です。すなわち、イエス様は新郎であり、聖霊は新婦なのです。皆さんの心に聖霊が臨み、新郎であるイエス様を聖霊が思慕する力と皆さんの心が一致するとき、火を受けます。生まれ変わるのです。それにより、霊的父母との愛の関係を通して、新しい生命が注入されるのです。これが、キリスト教で言う重生です。

33 真の父は、完成したアダムです。アダムが堕落して、人類の真の先祖になれなかったので、私たちはすべて、真の先祖ではない、偽りの先祖の子孫です。ここにおいて、真の先祖として来られた方が、メシヤです。真の父だというのです。それで、キリスト教では三位神について語っています。イエス様は真の父であり、聖霊は真の母なので、この父母の愛を受けてこそ、重生できるというのです。子女は、父母の愛なくしては生まれることができません。そのため、ヨハネの黙示録に「御霊も花嫁も共に言った、『きたりませ』。また、聞く者も『きたりませ』と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい」(二二・一七)とあります。そのような日は、聖霊が実体をまとう日です。その時が再臨時代です。新婦の身支度を終える日です。「小羊の婚宴」は、失ってしまった真の父母を、逆に迎え入れる日です。

34 イエス様は父です。聖霊は母なる神です。母なる神によって感動を受けなければなりません。エバ、母によって失ってしまったので、完成した母なる神が来て「私」の心と体を清め、完成した父と霊的に一つになる体験をしなければなりません。そのような体験をしなければ、重生する道はないのです。「聖霊に逆らう人は赦しを受けることができない」と言われています。天の父と人の子に逆らうことは赦しを受けられますが、聖霊に逆らえば赦しを受けられないというのです。聖霊は母なる神です。母の胎中を通らなければ、人が出てくることはできません。間違って生まれたので、再び生んであげなければなりません。偽りの愛で間違って生まれたのですから、真の愛によって、真の父と真の母の立場で再び生んであげなければならないというのです。

35 イエス様が家庭基盤を備えるためには、新婦である聖霊を迎えなければなりません。実体の聖霊を迎えれば、平面的な基準を中心として、思いどおりに活動することができます。ところが、弟子たちが息子、娘の基準を立てられなかったために、イエス様は霊的な条件のみを立てたのです。これがイエス様の恨です。このように、地上で完全蕩減の基準を立てられなかったので、イエス様は仕方なく、昇天するようになったのです。男性は天の代身であり、女性は地の代身です。イエス様は人類の真の父であり、聖霊は人類の真の母です。したがって、聖霊が実体をまとって降臨しなければならないのですが、実体であるひとり娘が現れなかったので、そのみ旨を成し遂げられなかったというのです。

36 天国は、男女が共に家庭を築いて入る所です。しかし、イエス様は、この地に来られて、新婦を探し出すことができず、息子、娘をもつことができずに亡くなられたので、今に至るまで、楽園で二千年間、祈りながら、聖霊に役事をさせているのです。女性が先に罪を犯したので、女性神である聖霊が母として現れ、罪を清めて世の中をきれいにすれば、イエス様は再び新郎として、新しい種をもって再臨しなければなりません。再充電し、新しい天地の真の父母の血族によって、神様を中心とした新しい世界をつくろうというのが、神様の目的です。このような世界がつくられてこそ、「神様の計画がみ意のとおりにすべて成し遂げられた」と言うことができるのです。

37 キリスト教では聖霊について語ってきましたが、聖霊とは正に、母なる神です。後のエバです。人類の母であるエバが堕落したので、神様は、後のエバとして、母なる神である聖霊を送られたのです。穴が開いたならば、開いたその穴を埋めなければならず、失ってしまったものがあれば、失った所に行って探さなければならないように、エバによってこの地上の人間がすべて死亡世界に入ったので、聖霊が来て、再び産みの苦しみを経ていくのです。聖書を見ると、「女が慎み深く、信仰と愛と清さとを持ち続けるなら、子を産むことによって救われるであろう」(テモテⅠ二・一五)とあります。これは、今日、地に住んでいる婦人たちに対して語った言葉ではなく、エバに対して語った言葉です。エバが堕落せずに人類の真の先祖になっていたならば、この地上に善なる息子、娘を生んだはずですが、堕落してサタンの子女を生んだので、エバが再び生まなければ、人間は救いを得られないということです。ですから、聖霊がこの使命を背負い、今日、人類を抱えて産みの苦しみを経ているのです。その出産がすべて終わってこそ、エバが救われ、聖霊の使命が終わるのです。

38 人間が堕落することによって、霊と肉が断絶したので、霊と肉が一致した立場に立たなければなりません。イエス様は、この地に来て、聖霊を立てましたが、それだけではいけないのです。イエス様は、再臨の約束を残して逝ったので、その約束を果たすために、再び来なければなりません。その再臨の理想とは、エデンの園で失ってしまった実体の母を探すことです。イエス様の願いの成就は、霊肉が合わさり得る一つの理念世界において可能となります。そのようになってこそ、霊肉を備えた父母が天地間に現れるのです。

39 神様の復帰摂理を中心として、女性たちが世界を動かし得る一時代が来たというのは、この地上に女性を代表し得る一人の聖霊の実体、この地上に復帰し得るエバが現れる時になったことを例証しています。そのような方になるためには、真の妻となり、真の母にならなければなりません。その資格をもつ人になったのちには、真の女王にならなければなりません。この三つの素性(そせい)をもたなければならないのです。そのような行いに、責任をもって余りある人格をもった女性にならなければなりません。神様は、天の国の真の母になることができ、真の妻になることができ、真の王妃になって余りある女性を求めるのです。神様のそのような召命を受けるときは、勇敢無双(他に類を見ないほど勇敢なこと)にサタン世界を退けて進んでいける女性でなければなりません。

40 母を復帰する路程が、どれほど熾烈だったかを知らなければなりません。アダム一人を取り戻すために、数多くの闘争をしながら、血を流す曲折を経てきたのがこれまでの歴史でした。それと同様に、母を取り戻してくるときにも、どれほど犠牲的代価を払ったか分かりません。母の基準を引き継いでいくために、数千年前に啓示を受けて準備した人から代を引き継いで、この時代を迎えたのです。ろうそくの火を受け継いでいくのと同じです。聖火を中心として消えないようにしながら、地上の「終わりの日」までつないできたのです。どれほど多くの犠牲的代価を払ったか分かりません。

41 聖霊は、霊的な母のことを意味します。イエス様と聖霊が一つになり、霊的な子女を繁殖させ、世界的な基盤を築いたのがキリスト教です。そのように、霊的にのみ世界的救援摂理の基盤を築いてきたので、このキリスト教の基盤を中心としては、霊肉を中心とした神様のみ旨を実現することはできません。ですから、イエス様が再臨しなければならないというのは、必然的な帰結です。肉的世界が未完成でとどまっているからです。霊的キリスト教世界の基盤を、肉的世界基盤まで連結させなければ、霊肉を中心として、神様の新しい世界的歴史に越えていくことはできません。

42 イエス様は、アダム家庭で失敗したことを、国家的に復帰しようとしました。しかし、イスラエル民族がイエス様の命を奪ったため、国家的カイン・アベルが現れ、それが世界にまで連結されたのです。イエス様は、国家基準を越えられなかったので、恨を抱いて逝きました。そうして、イエス様は、国なき霊的開発の哨所(先鋒の施設)として現れるようになりました。母なる神である聖霊は、体がありません。ですから、油のような聖霊、水のような聖霊、風のような聖霊として、すべての人々に感動を与え、体をまとうことができる新婦創造の役事をしてきたのです。そうして、お父様の時代になって、世界的基準でお母様を立てました。それにより、地上で実体圏解放まで成し遂げられたのです

43 お母様は、母方の祖母と大母様、お母様自身まで、三代を経なければなりません。そのようにしなければ、母の位置に立てないのです。母方の祖母は聖主(ソンジュ)教、大母様は腹中(ポクチュン)教を経てきました。そして、大母様は、実体の主に侍ろうと、故郷の地を離れ、茫々たる荒野で独り暮らしをしながら、お母様を育てたのです。

44 お父様は、いい加減に結婚することはできません。三代のエバの役事を経た娘を新婦として迎えなければならないのです。お母様は、そのような役事を経てきました。聖主教、腹中教の代を継いできて、一次エバ(趙元模・チョウォンモ)、二次エバ(大母様)の祝福を受けてきたのです。大母様を通してそのような役事をしてきたのです。蕩減復帰の原則に従ってそのような過程を経ることにより、来られる主を勝利の版図に立てるべき責任があるのです。イエス様が結婚できなかったのも、このような蕩減復帰の原則に合わなかったからです。

45 真の父母は、カインとアベルが一つになった基盤の上に現れます。真の父母が現れる時になったので、母である聖霊と父であるイエス様が、初めて霊界からこの地上に訪ねてきて、真の父と真の母の実体と共に、祝福を成し遂げるのです。そうして、一九六〇年に家庭出発をすることによって、血統を接ぎ木して祝福家庭をつくるようになり、霊界の解放圏と地上の解放圏を連結させて、サタンまで屈服させたのです。

46 今や、真の父母が地上に現れたので、イエス様はお父様と一つになり、聖霊はお母様と一つになるのです。イエス様の母親であるマリヤと、洗礼ヨハネの母親であるエリサベツが協力できずに、イエス様が亡くなりました。本来、イスラエルの国とユダヤ教の人々全体がイエス様の前に一つとなって、イエス様の新婦を準備しなければなりません。そうして、人類を再び生まなければならないのです。そのように、世界的な舞台においてイエス時代に横的にできなかったことを、この時代に蕩減しなければなりません。お母様を通して上がっていかなければなりません。それが平面的に広がることによって、全世界的にお母様を宣布するようになるのです。世界人類は、お母様のおなかの中に再び入り、お父様と一つにならなければなりません。

47 家庭には、母と子女がいます。家庭において男性(夫)は、天使長の位置にいます。そのため、まずアダムの位置にいるお父様を中心として、一つにならなければなりません。そして、真の母の分身として、世界のすべての女性は、父と一つにならなければなりません。そうして、本来の父の息子、娘だったという条件を掲げ、再び生まれて復帰されるのです。お父様の息子、娘として再び生まれたという立場に立たなければなりません。アダムとエバが結婚する前、アダムの骨髄に赤ん坊の種として存在していた、その場にまで入っていかなければならないというのです。それを、真の愛によって連結させるのです。発電所の電気が、出ていっては(巡り巡って)戻ってくる作用をするように、連結されなければなりません。そうして、真の愛によって重生しなければならないというのです。お母様は、聖霊の実体と同じです。

48 お母様は、世界を代表した女性として、息子、娘を抱きかかえています。お母様に従う女性たちは、お母様の分身になります。お母様を、自分の夫以上に愛さなければなりません。お母様は聖霊です。聖霊に背いては、赦しを受けられないのです。再び生まれる道がありません。赦そうとしても、その根拠がないのです。お母様は、生命を復活させる方です。再び生んで祝福するのです。

第三節 真の父母は復帰摂理の完成者

真の父母は再臨主、救世主、メシヤの使命完成者

堕落した人類の前に顕現された真の父母は、真の愛なる神様の実体である。真の父母は、神様の救援摂理を展開する再臨役事の主人であり、人類を偽りの愛と悪なる血統から真の愛、真の生命、真の血統に転換し、宗教を一つに統一する救世主、メシヤの使命をもっている。真の父母を中心とした家庭の伝統を受け継ぎ、新しい文化を創造する本然の世界では、神様と一つになって完全なる愛の授受作用を行うようになるので、救世主が必要なく、原罪がない立場であるがゆえに、父母、夫婦、子女、家庭全体が、神様と共に永遠に暮らすことができるのである。それが、神様が摂理してこられる歴史の最終目的である。そのようになれば、初めて神様の復帰摂理の目的と人類が願う理想世界が成し遂げられるのである。

1 神様の復帰摂理は、神様が地上に定着するためのものです。地上で完成基盤を失ってしまったので、再び復帰して完成しなければならない責任が神様にあるのです。その目標に向かって、これまで復帰摂理をしてきたのです。神様が完成した夫と妻を立てることが、メシヤを送られた目的です。

旧約と新約の最終摂理の目的は同じです。新約時代は、旧約時代の完成圏を形成しなければなりません。成約時代は、新約時代の完成圏を越えなければなりません。そのため、完成した成約時代の中には、新約完成圏と旧約完成圏がすべて入っています。イエス様は、旧約時代を完成するために来ました。イエス様の中に旧約時代がすべて入って完成することによって、一つになるのです。それが新約時代です。イエス様を中心にそのことを成し遂げようとしたのですが、できなかったので、再臨時代に延長されたのです。

ですから、再臨時代である成約時代には、旧約時代の完成と新約時代の完成が成し遂げられなければなりません。すべてのことが、再臨主によって収拾されます。この再臨主によって、旧約時代圏と新約時代圏、歴史的なすべてのことが収拾され得る出発が実現されるのです。

2 アダムとエバが堕落することによって、怨讐の愛と、生命と、血統を受け継いで、神様のすべてのものを破壊しました。イエス様の時代に、国家的な基準において霊界と肉界が統一されていれば、第二イスラエルの国は必要ありません。イエス様は、ローマまで一つにし、イスラエルの国と天地、霊界と肉界を統一しなければなりませんでした。それができなかったので、お父様が一時代、高い次元に延長させて二千年を合わせ、アダム家庭での失敗、イエス様家庭での失敗をはじめ、塞がったすべての塀を崩さなければなりません。霊界と肉界、霊界の楽園と地獄の塞がった塀を崩してしまわなければなりません。

そのために神様は、「文鮮明は救世主である! 再臨主である! メシヤである! 真の父母である!」と宣布するのです。「真の父母」と言えば、「救世主、メシヤ、再臨主」と言う必要はありません。真の父母と一体化したものと見ればよいのです。

3 真の父母は、救世主です。世の中を救ってあげなければなりません。偽りの父母が偽りの愛によって世の中を生み出したので、世の中を救うには、真の父母の真の愛によって救わなければなりません。

宗教を一つにする人がメシヤです。宗教を統一させ、真の愛を中心として、家庭定着を目指すのです。世の中も家庭定着を目指し、平和を目指します。宗教も平和統一を目指すのです。その次に、第一イスラエルであるユダヤの国と第二イスラエル圏も、その国を中心として家庭の失敗、国家の失敗、世界の失敗、このすべてのことを取り戻すために、第一アダム、第二アダムを経て、第三アダムを中心として進んでいくのです。そうして、天上世界と地上世界の失ってしまったすべてのものを初めて取り戻し、その上に立っている方が真の父母です。

真の父母は、世の中の救世主の王です。真の父母はメシヤの王です。真の父母は、旧約時代、新約時代、成約時代の王です。真の父母は、見えない神様を身代わりする実体です。真の父母は、神様のために生まれたというのです。自分のためではありません。神様も、真の父母のために存在します。真の父母も神様も、真の愛によって一つになるのです。

4 メシヤ、救世主がこの地に来て、空腹から解放してあげることも必要であり、また、その国が受難の中にいれば、そこから解放してあげることも必要です。しかし、それよりも先に、救世主が来て何を解放すべきかというのです。

第一に、愛を解放してあげなければなりません。救世主は、愛を中心とした解放者です。その次には、生命の解放者です。その次には、血統の解放者です。血統が変わったので問題なのです。血統が同じだというときは兄弟圏に入っていくのですが、血統的に変わったのです。言い換えれば、私たちが生まれるときに、根本である血統を中心として解放してあげることが、(メシヤがもつ使命の)骨子だというのです。

5 人間は、堕落していなければ、神様が分かるようになっています。心で分かるのです。世の中が何と言おうと、自分がどこに行くべきかが、自然に分かるというのです。体は自然に心と一つになるようになっているのであって、心と体が闘うようにはなっていません。堕落したので、角度が合わないのです。

この角度を合わせようとするので、宗教世界では必ず体を打ちなさいというのです。そのため、断食をし、奉仕をし、犠牲となって、血を流さなければなりません。悲惨で哀れな状況に直面しなければ、本然の位置に行くことができません。そのようにして、角度を個人的に合わせなければならず、家庭的にも合わせなければならず、氏族的にも合わせなければならず、国家的にも合わせなければならず、世界的にも合わせなければなりません。そのようにするために、真の愛を中心として、世界的に角度を合わせるモデルとして来られる方がメシヤです。

6 お父様が再臨主であり、メシヤであり、真の父母であることを、人々は、そのままでは信じません。再臨主であるなら、再臨主となり得る実績と実権がなければならないのです。サタン世界に勝ち、彼らが公に認める証拠をもった上で立たなければ、メシヤの自覚性(自分の立場や能力、本分などを自ら悟る稟性)や真の父母の自覚性を見いだすことはできません。

ですから、数多くの苦労と困難を経て、地上世界や天上世界で、真の父母、救世主として侍ることができる基盤の上に立ってこそ、メシヤや真の父母の自覚性が天地を越える基準まで進むのです。それができなければいけません。ですから、お父様一代で数多くのことをしました。どの国にもできないこと、どの個人も夢にも見ることができないことを、すべて成し遂げてきたというのです。

7 メシヤとして召命された責任とその観をめぐって、「私がメシヤだ」ということを、お父様が自分の思いで決めてはいけません。環境的に見て、「メシヤなのだな。行かざるを得ない」という自覚が先立たなければなりません。

堕落は、エデンの園のアダムとエバが自分自体を自覚することから起きたのです。復帰も同じです。その基準は、言葉だけではありません。神様が祝福するからといって、立てられるものではありません。祝福したならば、祝福したとおりに実践し、それに間違いがなければ、同居し、同位圏に立って相続することができます。同参(一緒に参加すること)、同位、同居することによって相続するのです。「間違いなく真の父母であり、間違いなくメシヤである」と思わなければなりません。夜に光る灯台と同じです。

灯台は間違いなく、夜に光を照らしてくれます。ですから、メシヤは、世の中がどんなに暗くても、暗い世の中に明るい光を放たなければなりません。

8 万物は、神様のものです。万物の主人が神様なのです。ところが、今に至るまでサタンが主人の振る舞いをしています。愛には、同位権、同参権が存在し、祝福と相続が関わっているので、自動的にサタン圏に移っていくのです。神様のみ座に座ったまま、その周囲まで侵入して主管しています。それが解放される道はありませんでした。今まで何千年の歴史を経てくる間、解放される道がなかったのです。そうして、創造以来、本来の家庭理想基準を復帰するために、今まで苦労してきました。

お父様が生まれて、初めてその前後左右のすべてを整理し、サタン圏から防備するための対策と公式を立ててきたのです。ですから、サタンは後退せざるを得ないというのです。そこに異議を唱えれば、引っ掛かってしまいます。真の父母は、そのようなことをすべて勝利しました。個人的な勝利圏、家庭的な勝利圏をすべて立てたというのです。

9 霊界の地獄世界を撤廃し、天国の門が閉ざされているのを完全に撤廃する、宿命的な事業の曲折を解くために、生涯を捧げてきました。私がこれを認めなくても、環境が認めて侍ることができる、その基盤の上で命令できなければなりません。私は「真の父母」という言葉を言いませんでしたが、霊界から直接、啓示を受けて、真の父母であり、メシヤであり、救世主であると認めたのです。

個人的なメシヤ、個人的な真の父母、個人的な救世主はいくらでもいます。天宙的なメシヤであると、天と地が公認しなければなりません。「あの方は、私たちの真の父母でありメシヤである」と公認する霊界の統一的基盤で、そのように仰ぎ見ることができる勝利の覇権の位置に立たなければなりません。

10 メシヤは、国家を代表して、世界的アベルとして来るため、カインがアベルの命を奪った歴史を蕩減できる国家的基準が完結すれば、その基盤の上に初めて、父母の内容を備えて来られるのです。ユダヤの国とユダヤ教が一つになり、カインとアベルが歪ませた歴史を一つにできる国家的基盤が完結することによって、初めてイエス様は真の父母の位置に立つのです。

復帰歴史においては、兄弟が一つになったあとに、父母が現れるのです。国家的基準においてユダヤ教とイスラエル民族が一つになり、ユダヤ教と祭司長がカイン復帰を通して一つになることによって、その国家的基盤の上にメシヤが顕現できるというのです。その方がイエス様でした。イスラエル民族とメシヤが一つになっていたならば、エデンの園でアダムを中心として分立されていたカインとアベル、分立されていた国家的基準を一つに完結することによって、メシヤは父母の形態を備え、新しい家庭編成と同時に、世界的に顕現することができたでしょう。

11 第二次世界大戦以降、アメリカを中心として全体が長子圏でした。長子権、父母権、王権を成し遂げなければなりません。そうして、父母を迎えなければなりません。長子権はすべて成し遂げましたが、父母を知りません。来られる再臨主、父母を迎えて王権復帰をしなければならないのです。ですから、「神様のもとの一つの国」ではありません。父母が来てからは、「神様のもとの一つの世界、一つの宇宙、一つの天宙」をつくらなければなりません。そのような世界になれば、地上天国が実現するというのです。

この自由世界の歴史には、「神様のもとの一つの世界」であるとか、「神様のもとの一つの宇宙」であるとか、「神様のもとの一つの天宙」という概念がありません。神様のみ旨が成就し得る最後の時に、地上に真の父母が来て、父母権復帰、王権復帰をすることによって、「神様のもとの一つの世界、一つの宇宙、一つの天宙」になり得るのです。イエス様がユダヤの国において、国を探して立てることができず、「神様のもとの一つの国」を成し遂げられなかったので、これを取り戻すために世界的頂上に来たのです。

しかし、「神様のもとの一つの国」では、霊界が入っていません。これは一つの宇宙、一つの天宙ではないので、「神様のもとの霊界と肉界」になっていないというのです。再臨主が来て、それを成し遂げるのです。

イスラエルを中心として、イエス様が「神様のもとの一つの国」をつくってローマまで占領したならば、一つの世界になり、その次には霊界まで統一したならば、「神様のもとの一つの宇宙、一つの天宙」になるのですが、それを完成できなかったため、このことが残っています。これは誰も知らずにいます。ただ神様と来られる再臨主だけが知っているというのです。

12 メシヤは、父として来なければなりません。兄として来れば、争うようになります。父母として来てこそ、最後になるのです。ですから、「真の父母」という言葉は驚くべき言葉です。真の父母がいるので、真の父がいて、真の母がいて、真の愛があるのです。真の愛を中心とした真の父母から、真の息子、娘が生まれることができるのです。真の家庭がそこに存在することができ、真の家庭を連ねて横的に拡大すれば、真の氏族、民族、国家、世界、天宙になります。そこに神様が君臨するということは、理論的に異議がありません。

真の父母は、過去にも存在せず、後代にも存在しません。歴史上に一組しかいない真の父母が現れたという事実は、これ以上に喜ばしいことがないというのです。それとともに、血縁的関係、父子関係をもったというときには、真の父母の勝利の覇権を、ためらうことなく相続しても恥ずかしくないのです。それは、自分を超越して、無限の世界にまで「私」を案内してくれます。「真の父母」という言葉が、どれほど途方もないものか分かりません。神様は、真の父母を表題にして、人間を創造しました。その真の父母の愛の中で、真の家庭と世界、真の地上天国と天上天国が連結されるのです。

13 堕落の峠を越え、真の父母の勝利的足場を中心として、新しい地上天上天国の解放釈放時代を宣布できる時に入ります。堕落しなかった基準を取り戻していくことができる時になったというのです。ですから、霊界と肉界が一つにならなければなりません。霊界を知らなければ脱落するのです。神様と聖人、偉人がすべて統一決議をし、霊界の楽園から地獄までも決議して解放を宣布したので、地上もそのような立場に立ててあげようとするのです。

救世主、メシヤ、真の主人である再臨主が来て、すべて完成しました。「真の父母」の名を中心として、神様と愛によって一体となり、新しい解放の世界に越えていけるようになったというのです。そのため、神様が玉座から降りてきて、地上で一緒に暮らしながら、関係を結ぶことができる時代に入りました。

復帰摂理を完成された真の父母様

神様の復帰摂理歴史は、アダムとエバが堕落したことを蕩減復帰して、人類の真の父と真の母、すなわち真の父母が登場される時まで継続する。真の父母は、堕落した人類に救いのみ手を差し伸べ、行くべき方向を提示する唯一の中心モデルとして顕現される。歴史はここから収拾され、実を結び、出発するのである。それゆえ、失われた過去が復帰されるのも、分裂した世界が一つの世界に収拾されるのも、その一つの世界が起源となって天国が成し遂げられるのも、真の父母によるのである。そのため、真の父母は復帰摂理の完成者となられる。

真の父母は、人間の最高、最終の希望であるがゆえに、歴史的願いは真の父母が顕現してこそ成就されるのである。真の父母が現れたその時代が、歴史完成の出発点である。

14 真の父母とは、神様が創造の出発から創造の過程、蕩減復帰歴史路程において、目標としてきた願いです。

真の父母の顕現が実現されなければ、世の中を正すことはできません。神様は、個人の理想的な愛を中心とした完成体の中心であり、家庭的完成体の中心であり、氏族、民族、国家、世界的完成体の中心です。

アダムを中心に地上でその完成体中心の対象的基盤をつくろうとしたものが、サタンによってすべて閉じられてしまいました。そのため、真の父母が来て、再び完成的個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙基盤まで連結しなければなりません。真の父母と一つになることによって、天国に入って自動的に神様と一つになれるようにすることが、救援摂理歴史の目的です。

15 堕落がなかったならば、「真の父母」という言葉が必要なく、「救援摂理」や「復帰摂理」、「再創造摂理」、「復活摂理」などの言葉も必要ないでしょう。堕落することによって救援摂理が存在するようになったのであり、救援摂理を成し遂げることのできる救世主が現れるようになったのです。その救世主は、食い違った過去の出来事を清算するために、神様を代表し、人間を代表して現れた主人公です。

この主人公がすべきことは、サタンを取り除くことです。これは、神様自らがすることはできません。アダムの支配を受けるべき立場にいる天使長が、アダムをひっくり返してしまいました。アダムを主管したのです。ですから、アダムが失った主人の位置を再び取り戻すために救世主が現れなければなりません。そうして、神様に侍り、原理的内容を提示して、僕であるサタンを自然屈伏させ得る立場に立たせなければ、神様の創造理想的な平和の基点を地上に実現できないのです。

16 復帰摂理は、再創造の摂理です。神様が再創造を行うには、本然の創造原理を通して行わなければなりません。その創造原理の中心が、一人の完成した男性であり、一人の完成した女性です。そのような完成した男性と女性は、夫婦となり、愛の道を行かなければなりません。愛の橋を架けなければ、神様のみ前に行けません。これが創造理想の道理です。

今まで、神様は、アダム一人を再び探そうとしましたが、探し出すことができませんでした。人間が堕落したその日から、今まで再創造の原理原則に従って、アダムを求めてきたのが宗教です。世界的宗教には、再臨思想があります。教主たちが再び来て、平和の世界、理想的世界に導くという再臨観があります。その方が何人もいるのではありません。一つの中心、完成したアダムを標準としてきたのです。

17 アダムとエバは、(天の)父母によって完成し、(天の)父母と一つになることによって、アダムとエバのすべての息子、娘が勝利圏に立つことができます。このようになるには、八段階を通過しなければなりません。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階を越えなければなりません。堕落したのはアダムとエバの個人ですが、堕落圏は天宙に及んでいます。個人であるアダムとエバが堕落したのですが、その結果は、この世界だけでなく、天宙的に連結されています。地上から霊界まで連結されているのです。この圏を奪還しなければ、解放は不可能です。ですから、数多くの宗教がこれを越えるために、多くの蕩減を払ってきたのです。

しかし、堕落の子孫であるがゆえに、ここから抜け出すのは、自分の力では不可能です。これを招いた張本人は、どこまでもアダムとエバです。アダムとエバがその先祖です。その悪なる先祖によって堕落したので、完成した先祖が来てすべてのことを解明し、誰もが抜け出せるように、その内容を教示しなければなりません。そのように勝利した主人でなければ、その峠を抜け出すことはできません。その方が結局は、再臨主であり、真の父母です。ですから、真の父母は、個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成、世界完成、天宙完成を成し遂げ、最後には神様まで解放しなければならないのです。

18 人類は本来、神様の子女として造られましたが、怨讐サタンの血統を受け継いだために、サタンの主管を受けるようになりました。そうして、今まで人類は、怨讐の子女としての扱いを受けてきたのです。

したがって、真の父母は、子女を取り戻さなければならず、歴史的な先祖にならなければなりません。真の父母は、歴史過程において汚されたすべてのものを清算し、サタンが讒訴できない立場を立てておかなければなりません。肉界から霊界に上がったり、霊界から地上に降りてきたりしても、サタンが讒訴できない立場を築いておかなければなりません。真の父母が往来する道において、サタンが讒訴できる条件を遮らなければなりません。サタンが讒訴できるようになったのは、人類の先祖が失敗したからです。ですから、人類の真の先祖として来られる真の父母は、過去、現在、未来に通じることができる道を、完全に築いておかなければなりません。

19 歴史始まって以来、今に至るまで、神様とサタンが闘っています。神様もその闘いをやめさせることができず、サタンもやめさせることができません。その闘いは、アダムとエバの堕落によって起こったものです。それでは、これをどのように正すことができるのでしょうか。

神様は、再創造をしたいと思うのです。復帰路程は再創造の路程です。再び創造しなければ、解決することができません。ですから、宗教を通して再創造しようとするのです。数多くの宗教の中で、ユダヤ教、キリスト教、統一教会が中心です。三段階で上がって、「終わりの日」の再臨の時、真の父母が顕現するのです。

その真の父母は、神様の秘密、サタンの秘密、そして人間の秘密まで、すべてのことを知っています。サタンの世界は、前後、左右、上下が無秩序です。再臨のとき、真の父母がこの地上に現れて、それを清算し始めるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで清算するのです。その次に、人間が願う神様の創造理想が、主流として登場します。ですから、この主流を形成することが統一教会の目標です。そのような高速道路を造るのです。その道に従って走るようになれば、理想世界、天国が連結されます。

そこには妨げとなるものがあり得ず、サタンが存在できません。きれいな世界です。人間の目的がすべて成し遂げられるのです。そこから、霊界と肉界の解放が広がります。そのような世界が私たちの本郷です。このように悲惨になったのは、人間の堕落のためです。これは誰も解決することができません。この地上に真の父母が現れることによって、そのすべてのことが問題なく清算されるのです。

20 父母様が行く道は、そのまま平坦に行くのではありません。いくつもの谷間を埋めて、越えてきました。神様は、私の父母だというのです。千年の恨、万年の恨を抱き、天の父母と地上の父母の恨を合わせて解いて、責任を果たさなければならないイエス様の使徒、キリスト教の信者たちの中に、そのような心情をもって、天と地の父母を解放しようという心をもった人はいません。彼らは、信じて福を受けようとしています。それは、霊界ですべて引っ掛かります。神様は、滝のように涙を流しています。その神様を解放することが父母様の使命です。

21 再臨主は、人類の真の父母の立場で再び真の愛の家庭を探し出し、天地父母の位置を経て、人類の救援摂理を完成しなければなりません。メシヤは、アダムとエバが堕落せずに完成した家庭よりも、さらに栄光をもって、立派に神様に侍ることができる孝子、孝女の家庭から出発しなければなりません。メシヤは、真の愛を中心とした父の位置で、真の生命と真の血統を連結し、新たに出発しなければならない、人類の理想的核となる家庭の主人です。ここから祝福結婚家庭を連結し、地上天国と天上天国を完成するのです。

22 永遠の愛に酔いしれて永生を賛美し、永生の価値を神様と共に永遠に賛美できる栄光の場が、キリスト教で言うところの新郎と新婦が新たに出会う場です。新郎と新婦が出会う場は、数多くの人間を代表した場、神様と人間が出会う場です。

しかし、新郎と新婦という位置が、本来の人間として希望した最高峰ではありません。新郎と新婦の位置は、過程にすぎません。

父母から生命が出発するとき、父母と同じ位置から出発したのですから、父母である神様のみ前に帰る道を求めなければなりません。生命の起源が神様と同じ位置に立たなければなりません。その位置に立って、神様の愛の保護圏内で育てられ、現れなければならないのが新郎と新婦です。ですから、新郎と新婦の位置が理想ではありません。

人間が行くべき最後の終着点は、真の神様を父母として侍り、その真の息子、娘になるところです。そこが、人間の願う最後の希望峰であることは間違いありません。このような観点から、統一教会は真の父母理念を提示しました。

新郎と新婦の過程を経て、堕落していない本然の息子、娘の位置に入り、神様によって造られた人間が堕落したので、これを再び復帰して完成し、神様を真の父母として侍り、永遠の価値の一体であり、永遠の生命の一体であり、永遠の愛の一体と化して、新しい再出発をしなければなりません。そうして、この地上に顕現することが、復帰の途上における人間が行くべき最後の終着点です。

このような目標に向かって行く道が、復帰の路程です。今まで神様が人類に対して救援摂理をしてきたのも、このような目的に到達させるためでした。

23 神様に侍ることのできる真の男性と女性が一つになり、互いに離れようとしても離れられず、別れようとしても別れられない真の夫婦となり、真の息子、娘を生まなければなりません。神様を中心とした真の父母、真の夫婦、真の息子、娘となって、四位基台をつくらなければなりません。このような真の息子、娘が、宇宙と人類の中心になります。彼らを中心とした国が、中心国家になるのです。中心がない国は滅び、中心がない世界は落ちていくのです。そのため、文化は世界を回りながら発展していきます。このような中心をもって出発し、発展した文化は、絶対に滅びません。

それゆえ、真の父母は、神様をお迎えして、すべての家族の中心にならなければなりません。その生活制度は、万民が生活できる生活制度であり、ここから見つめる国家観、ここで議論される世界観、ここで教えてくれる理念は、全世界の万民が共通してもつべき国家観であり、世界観であり、理念です。人類は、一つの門に向かって、「終わりの日」の時を願いながら、今まで歩んできました。

真の父母の願いは、人類が神様を中心として、真の家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙をつくり上げることです。そのようになれば、神様の愛までも復帰することができるのです。

第四節 真の父母は神様の実体

神様は縦的父母、真の父母は横的父母

神様の実体対象として創造した男性格の代表がアダムであり、女性格の代表がエバである。二性性相の中和的主体として自存しながらも、無形でいらっしゃる神様が、太初に人間を一男一女として創造された目的は、実体世界と相対するに当たって必要な体をまとうためであった。アダムとエバの二人の体をまとい、実体世界と自由自在に交流し、作用するためだったのである。体をまとっていない無形の神様では、有形実体世界と相対するときに限界があるからである。

したがって、アダムとエバが心の中に神様をお迎えし、一体となって完成した基盤の上で結婚し、子女を生んで家庭を築けば、アダムとエバは外的で横的な真の父母となり、神様は内的で縦的な真の父母になるのである。

1 神様は、無形でいらっしゃるため、死んで霊界に行っても見ることができない方です。したがって、肉身をもって生きる人間と関係を結んで暮らすためには、神様も体をもった父として、この地上に顕現されなければなりません。このような天理ゆえに、神様は、人類の最初の先祖であるアダムとエバを創造されました。彼らを通して、神様は御自身の姿を有形と無形の両面で顕現させようとされたのです。有形世界と無形世界が調和して一つになる姿であり、宇宙が一つになることの象徴でもあります。

肉身をもって生まれた人間として、どのようにすれば無形でいらっしゃる神様の体になることができるのでしょうか。神様の属性は、絶対、唯一、不変、永遠です。神様のこのような属性を完全に伝授し、創造した最高の傑作が人間です。有限な物質世界の原理原則を基にして造った肉身は、永遠ではありません。ですから神様は、アダムとエバが完成に至れば、彼らの中に内在し、完全一体となることによって、アダムであると同時に神様であり、神様であると同時にアダムであるという、永遠なる真の愛の関係を結ぼうとしたのです。

もし、アダムとエバが堕落せず、神様の戒めを守って個人完成を成し遂げ、神様の祝福のもと、結婚式を挙げることさえできていたならば、彼らの子女たちはもちろん、子々孫々、永遠に神様の属性を相続して生きる神様の体になったでしょう。

2 神様は、御自身を絶対投入して、愛の絶対対象を造られました。愛の実体対象が必要で造られたのです。地上世界はもちろん、天上世界においても、実体がなければ、実体の子女に相対できないので、形状として体をまとわなければならないというのです。これが完成した真の父母の形態です。

そして、神様は、地を中心として愛することのできる愛の対象が必要だったので、創造の摂理をされました。その基台の上に、神様は、御自身の絶対対象として造った人間が永存するようにするため、繁殖の機能をお許しになったのです。これが、神様の三大創造要素です。

神様は、愛の根であり、生命の根であり、血統の根であり、地上天国と天上天国の根です。堕落がなかったならば、アダムとエバが結婚するとき、神様はアダムとエバの心の中に入り、彼らと一体となって愛を実現したでしょう。そうして、神様は縦的な真の父母、アダムとエバは横的な真の父母になったでしょう。二つの父母から血肉をもらって生まれた人間の心は縦的な自分になり、体は横的な自分になって、一心、一体、一念、一和の人生を営むことができたのです。

3 神様の体のような方が、真の父母です。真の父母は、完成したアダムとエバです。完成したということは、縦的な神様と横的なアダムとエバが一つになったということです。ですから、アダムとエバは神様の体になり、神様はアダムとエバの心のようになっているのです。真の愛が、そのようなことを可能にするのです。

縦的な神様も、横的なアダムとエバも、互いにために生きる愛を実践するのです。天と地の全体を身代わりして存在しているのです。

4 人間は、神様と真の父母に侍らなければ、その存在価値さえなくなるのです。神様と真の父母、すなわち縦的な真の父母と横的な真の父母の二つの真の父母が一つになってこそ、「私」が出てくるのです。言い換えれば、神様は縦的な真の父母、完成したアダムとエバは横的な真の父母となって、その二つの父母が一つになった基台の上で私の心身統一が実現し、天国と神様が連結されるということです。したがって、神様と真の父母に侍らなければ、何もできないというのです。

天宙の代表的家庭とは、堕落する前、アダムとエバが神様と共に理想としていた家庭です。ですから、天宙の代表的家庭と中心的家庭とは、天上における代表であり、地に降りてくれば、八段階の円形で垂直に位置する家庭です。垂直の立場で、天上の代表と中心が一つになった位置だというのです。

5 神様は、愛の起源であり、生命の起源であり、血統の起源なので、それが人間の愛と生命と血統と一つになり得る場がなければなりません。神様は、縦的な父母の位置にいます。堕落していない人間は、横的な父母の位置に立つのです。アダムとエバは、子女であると同時に兄弟であり、夫婦であり、のちには息子、娘を生んで、神様の位置に上がるのです。息子、娘を生んで愛するというのは、神様が人間を創造して喜んだ、そのすべてのものを相続することです。

真の愛によって相続するのですから、自分の息子、娘はそれほど貴いというのです。天地とも換えることができず、自分の一身とも換えることができない価値をもつようになるのです。

6 アダムの息子、娘は、神様の愛の圏内に至ることができませんでした。堕落していないアダムの息子、娘になっていれば、横的に連結され得る地上天国が成し遂げられていたはずですが、縦横が連結されなかったので、天国ができませんでした。

ですから、息子、娘は、二つの国を受け継がなければなりません。天上の国と地上の国、縦的な国と横的な国、縦的な父母と横的な父母の血統を受け継いだので、縦的な父母の内的なすべてのものと、横的な父母の内外のすべてのものを伝授された息子、娘だというのです。

天の皇族は、二つの国を受け継いだ生活を実際にするのです。皇族になれば、二つの国でいつでも受け入れられる完成的な基盤の上に立ちます。その生活を通して、子女の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛を拡大しなければなりません。

それが公式化され、完成することによって、縦的な国と横的な国を受け継いだ天地の完成的家庭になるのです。神様の内的な心情と、アダムとエバの外的な実体のあらゆるものを体験できる家庭生活をした人々が、天の国の皇族圏に属するのです。真の愛を中心として、神様は縦的な父母であり、アダムとエバは横的な真の愛の父母であり、息子、娘はこの二つの世界の理想を受け継いだ血族だというのです。

7 神様を一代とすれば、二代になるべき方が真の父母です。その二代が神様の祝福を受け、真の血統を連結させなければ、三代が生じません。その三代復帰が、統一教会の理想です。神様は縦的な父です。霊界まで無限に連結される父です。そして、実体の横的な父がいます。縦的な父が神様であり、横的な父が真の父母です。それが九〇度で、愛によって出会うのです。そこが、夫と妻も一つになる所です。

夫と妻が一つになる定着地が、男性と女性の生殖器です。その生殖器を通じなければ、男性と女性の生命が一つになりません。それが一つとなって、血統が連結されるのです。神様の愛を中心として、真の生命を相続し、完成したアダムとエバが主体と対象を形成することによって、神様の見えない性相と形状の結婚式となるのです。そのように、無形実体と有形実体が一つになるのが結婚式ですが、そのように結婚した初夜に、神様の愛を体恤します。

その結婚は、人間としてのアダムとエバが結ばれるのではないのです。これは、宇宙の根本的な問題です。皆さんの前には、神様と真の父母だけがいなければなりません。神様の愛、生命、血統と真の父母の愛、生命、血統以外には、何もあってはいけません。

8 神様は縦的です。アダムとエバが横的にやって来て出会うときには、中央で出会い、直接向き合わなければなりません。男性と女性は、縦的基準において平等です。二人が抱き合って一つになろうとするとき、必ず縦が現れるのです。縦を中心として、互いに回るのです。愛は一体を形成します。「父子一体」、「夫婦一体」、「兄弟一体」という言葉は、愛を離れてはあり得ません。

男性と女性の体は、神様の実体であり、体です。これが一つになるとき、縦的な基準を求めて上がっていくのです。縦的な基準が先に連結されます。縦は、引力により引っ張られて降りてくるのです。横よりも早く降りてきます。縦的な基準が中心となって一つになり、回るようになれば、全体が一点を中心として球形を形成するのです。これが核となり、アダムとエバは客体となって、愛の球形体を完成するのです。それが息子、娘が完成した愛の実体です。

9 真の縦的父母が神様であり、真の横的父母が真の父母様なので、父母を知らない人は、天宙の祝福権を相続する権限がありません。真の愛によって結ばれた心情圏においては、父母も子女も、神様も真の父母様も、平等な所有権をもつようになるのです。縦的父母は神様です。横的父母は真の父母様です。それをはっきりさせなければなりません。

10 神様は、垂直的に唯一の愛の主人公なので、「縦的父母」と言います。堕落していない本然の人間の先祖は、横的で水平的な父母です。そのため、九〇度になっています。これは一周回しても、どこでも同じ位置が維持されるのです。水平と垂直が九〇度になっているものは、東西が上下になっても不平はありません。

神様の位置が男性と女性の位置に来てもよく、息子、娘の位置が母、父の位置に行ってもよく、祖父と祖母の位置が孫と孫娘の位置に行っても通じるというのです。ここにおいて、統一圏が形成されるのです。人間の家庭構成理念のための統一的基盤が生じるのです。ここでは消耗がなく、闘争がないので、平和の真理が万年にわたって作動できるのです。

神様は真の父母の形状で永存

創造本然の世界では、アダムとエバが完成し、真の夫婦の愛によって完全一体となれば、その上に神様が臨在して、人類の真の父母になられる。無形の神様の姿にそのまま似た実体対象であるアダムとエバが完成し、神様と一体となった真の父母として子女を繁殖することにより、理想家庭と理想世界を築くのである。そのようになれば、完成した人間を通して霊界と地上界が連結される。人類の最初の先祖であるアダムとエバが真の父母となり、地上での生涯をすべて終えて、完成した霊人体として霊界に入れば、そこにおいても神様は、真の父母であるアダムとエバの形状をもって顕現されるようになる。すなわち、神様は、完成したアダムとエバである真の父母に臨在し、二人の形状で永存されるのである。それゆえ、堕落した罪悪世界を創造本然の世界に蕩減復帰し、創造理想世界を完成された真の父母様は、地上と霊界において、神様の永遠なる形状になられるのである。

11 神様が二性性相に分立して本性相と本形状の実体となり、本陰性と本陽性の実体となって地上に顕現することによって、天宙のすべての存在は神様の実体になります。神様は、二性性相の中和的存在であり、位置や次元においては男性格主体だというのです。

その男性格主体が、真の父母を中心として実体の中に入ってきて、血統が一つになり、愛と生命が一つになるのです。そのような一体の位置において、天の国の眷属として、創造理想が完結した全体、全般、全能の世界の相続者として、皆さん各自が永生の天国で主人家庭の位置を占有しなければなりません。神様も、霊肉が勝利した実体世界を願っています。

12 神様は、なぜ人間を創造したのでしょうか。神様も体をまとわなければならないからです。アダムとエバが神様の体になるのです。その次には、愛の対象が必要で人間を創造しました。そして、天の国の民を繁殖するために、神様の実体対象を立てたのです。そうして、神様の息子、娘たちを生み、子女として天国に迎え入れさせようというのです。そのために、神様は人間を創造しました。

皆さんが霊界に行けば、そのような本然の形態を備えなければなりません。神様の代わりに、民を率いなければならないのです。神様の代わりになる愛の対象がいなければなりません。それをこの地で完成していくのが夫婦です。凹凸が初めて一つになるのです。これは、天地が一つになることです。男性は天を象徴し、女性は地を象徴します。男性も女性も、愛の対象をもたなければなりません。その次に、神様の形状にならなければなりません。神様のようにならなければならないのです。神様と同じものをもっているので、小さな神様であることは間違いありません。

人間が永遠の世界において、自分の位置と価値と栄光の場を占有できる所に訪ねていくこと、それが「亡くなる」ということです。「亡くなる」というその言葉は、啓示的です。(韓国語の「トラガダ(亡くなる)」という言葉には「帰る」という意味がある)そのような目的で生活し、そのような実体を収めて霊界に行き、神様の家庭的、氏族的、民族的、国家的対象になり、すべての栄光の実体として、無限の世界で永存することが、存在する私たちの理想です。

13 宇宙は、神様の形を中心とした象徴的な実体です。その次に、形象的な実体であり、実体的な実体です。すべてのものが、本体に似ているというのです。最もよく似たものが形象的なものであり、形象を主体として似たのが象徴体です。象徴世界、形象世界、実体世界は、別々になっているのではなく、一つになっています。象徴、形象、実体を中心として見るとき、それを三段階と見るのですが、その中心はたった一つしかないというのです。一つなので、統一された位置にならざるを得ません。象徴も一つを願い、形象も一つを願い、実体も一つを願います。この世の中の象徴的な存在は万物です。形象的な存在は人間です。実体的な存在は神様です。

神様は、見えない無形としていらっしゃいます。その無形の神様が有形の神様として顕現するためのものが、創造理想です。神様は見えない世界の実体にもなりますが、また、見える世界の実体にもなりたいと思うのです。そのため、見える世界の実体を再び造っておいたのが人間なのですが、その人間の出発基地が真の父母だというのです。真の父母は、見える世界において象徴的中心存在であり、形象的中心存在であり、実体的中心存在です。それゆえ、この見える世界の真の父母の中心は、見えない世界の神様を身代わりした実体と一体になっているのです。

霊界も同じです。霊界にも象徴世界があり、形象世界があり、実体世界があります。内容が見えないだけであって、見える世界と同じように、内外になっているというのです。すべての中心は一つです。見える世界の中心も一つであり、見えない世界の中心も一つです。見えないこの実体の中心は、霊界に行って定着するためのものなのです。

14 本来、アダムとエバは、神様を見ながら育つのです。霊眼で見るというのです。神様は、実体としては、アダムとエバを通して現れます。自己伝授です。見えない神様をすべて伝授して、アダムに現れ、体をまとうのです。心は見えませんが、心のことが分からないのではありません。分かります。心が主体として、すべて引っ張って回るのです。

アダムとエバは、自分勝手に生きることができません。心を中心として、一つになって進む立場で生きるようになっているというのです。ですから、私たちは、心を絶対視しなければなりません。心は、父母に優り、師に優り、神様に優るというのです。愛が理想とすることは、自分の何千万倍、優れていることです。そのため、神様自体を、アダムとエバ自体がすべて感じるのです。自分一人で行動できないというのです。アダムとエバが神様を感じ、形体としても分かるのです。「私のように一つになっているのだなあ!」ということを感じるというのです。

15 霊界に行けば、神様は真の父母として現れます。真の父母の心の中に神様が入るので、見えるというのです。神様は、対象を必要として創造しました。対象がいなければ、愛を感じられません。完成のために対象を造り、体をまとうために造りました。その次に、繁殖するために造りました。地に実体がなければ、繁殖できないのです。

この三大要件ゆえに、神様は創造を行いました。神様も体をまとわなければなりません。体をまとうためには、対象が必要です。対象の体を身につけさせたのが、アダムとエバです。そのため、アダムとエバのその姿が、神様の姿になるのです。

16 万民にとって、神様は永遠なる無形の内的父母であり、完成したアダムとエバは、永遠なる有形の外的父母になります。最大の愛は、主体と対象が永遠の愛を与え合い、完全に一つになるときに現れ、結実します。真の愛の中では、自動的に統一が起こり、また、生命が連結し、理想が実現するのです。神様のみ前に最も貴い対象存在であるアダムとエバに、神様の愛を中心に父母と子女として、主体と対象として、また無形の創造主と有形の実体として、完全に調和統一された、永遠の愛と生命の理想を実現させることが神様のみ旨でした。

よく「創造主と被造物が対等の位置に立つことはできない」と言われてきました。もしそうだとすれば、その創造主の前に、愛の理想を実践することは不可能です。神様の愛の理想は、子女であるアダムとエバを有形実体対象として立て、永遠に彼らと合一しようとするものでした。神様は、人間の中に住むことを願われます。無形の神様の愛の理想が、実体の人間を通して実現する基点は、人間が神様の対象体として完成する瞬間です。

17 地上の王はアダムとエバで、横的な真の父母であり、天上の王は神様で、縦的な愛の王です。男性と女性が愛し合うその時が、創造主と被造物が真の父母として合徳する時間です。地上天国、すなわち横的天国を出発させ得る王の顕現と、縦的な天上天国の王の顕現が、その愛から出発するのです。

世の中の貴いすべてのものの中心、本宮が男性と女性の生殖器です。その宮の主人は一人です。王宮の主人は一人の男性であり、一人の女性です。生命の王宮も、血統の王宮も同じです。地上天国の王も一人であり、天上天国の王も一人です。アダムとエバが結婚する日が、神様の結婚式の日だということです。アダムとエバが愛の関係を結ぶことによって、初めて神様を完成させ、解放の位置に立たせてあげるのです。

18 人間は、神様を身代わりした生命の種です。神様は生命の種の根本です。神様の種を相続した人間が、横的な子女を繁殖しなければなりません。種の主人が真の父母です。そこから繁殖して、それを横的に幾筋にも伸ばし、拡張するのです。それが公式です。

最も多くの祝福を受けた父母は、息子、娘が多い父母です。息子、娘が多い家庭の父母が、祝福をたくさん受ける基盤を立てるのです。個人の価値を完成すれば、この家庭基盤を自動的に相続するのです。結婚をすれば、前後左右が一つになります。ここが正に、完成点になります。そこに神様がいらっしゃるのです。子女の完成がここで実現され、兄弟の完成、夫婦の完成、父母の完成がここで実現されます。すべて見えない神様と連結されるのです。

心で願うすべてのことは、これに似ます。この位置が見える神様の位置です。その中に兄弟の愛、夫婦の愛、父母の愛があります。ですから、彼らは息子、娘を相続するのです。

見えない神様の創造が始まったとき、見える世界に登場するのと同じです。父母の理想、夫婦の理想、兄弟の理想、子女の理想、この四つが父母の中にあります。それで子女を生むのです。子女が徐々に成長し、兄弟になり、夫婦になり、父母になって、完全に一つとなって四方を回るようになるとき、完成するというのです。そこから再創造が始まります。見えない神様が顕現したのが夫婦です。これが理想的な夫と妻です。彼らの結婚初夜、そこに神様が訪ねてこられるのです。

19 無形の父母であられる神様が、アダムとエバの形状をまとい、有形世界に永存される父母になるのです。このときアダムとエバは、真の父母、真の先祖になります。神様が体をもった父になるので、見えない無形と有形が一つになるのです。それは、天宙が一つになることを象徴します。そのため、神様の形状に似た、体を備え得る姿としてアダムとエバを造ったというのです。

そうして、アダムとエバを天の国の王宮の王座に登らせ、その王の心の中に神様の王宮を造るのです。王国は、愛の王国です。

20 アダムとエバが神様の体を備えれば、神様は彼らの心の中にお住みになり、有形世界である地上世界と無形世界である霊界を治めるようになったでしょう。これは、神様が治めることであると同時に、アダムとエバが治めることでもあります。

この地に神様の王国、すなわち平和王国をつくっていったでしょう。アダムとエバは、地上天国の王であると同時に、天上天国の王になったでしょう。神様の属性をそのまま受け継ぎ、アダムとエバはすべての被造物の上に、絶対的存在であり、唯一の存在であり、永遠で不変なる真の愛の実体の父母、実体の王、実体の主人、実体の師になったでしょう。

今日の人類は、すべて神様の体をまとって生きる分身体になっていたのです。

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第一篇 第二章 真の父母様の聖婚と真の父母時代

第一篇 第二章

真の父母様の聖婚と真の父母時代

第一節 真の父母様の聖婚と「小羊の婚宴」

聖婚式と「小羊の婚宴」

ヨハネの黙示録第十九章に預言された「小羊の婚宴」は、真の父母様の聖婚式によって実現された。創世記で失われたアダムとエバを、ヨハネの黙示録で取り戻して一致させるのである。御夫妻の聖婚式は、人類歴史の終末時代に、第三アダムとして来た再臨のメシヤが、その配偶者であり第三エバである聖霊の実体を新婦として迎え、神様が真なる人類始祖の夫婦として祝福してくださる式であった。誤って生まれた人類は、生まれ変わらなければならないため、真の父母が必要である。

アダムとエバが成長期間の長成期完成級で堕落して偽りの父母に転落し、またイエス様までもイスラエル選民から不信され、十字架を背負われるようになったことを蕩減復帰した位置で、真の父母様の聖婚式が挙行されたのである。

1 本来、人間始祖は、善なる父母として出発しなければなりませんでしたが、悪なる父母として出発したため、人間は、すべて悪なる父母の血統を受け継いで生まれました。神様の愛を「私」への愛としてそっくりそのまま受け、神様の懐に抱かれて、神様の直系の愛を通した血族として残された息子、娘にならなければならないのですが、そのようになれなかったというのです。ですから、その本来の立場に帰らなければなりません。これが正に、新郎と新婦を迎える「小羊の婚宴」です。

主がこの地上に新郎として来て、一人の新婦を探し、一つの基準の上に接ぎ木しなければならないというのです。それがキリスト教の主張する内容です。その基準を設定し、確固たる目的を立てた宗教が、キリスト教です。ですから、今日、民主世界がキリスト教文化圏において発展するのです。真の父母を迎えようとすれば、そのように発展しなければなりません。

今まで宗教は、一人の真の息子をつくるために努力してきました。神様は、一人の真の息子を探し出すために、今まで苦労されたというのです。ですから、世界宗教の教主たちの中には、女性がいないのです。

2 数多くの宗教の経書の中で聖書が偉大なのは、神様が人類の親であると掲げてきたからです。これがキリスト教思想の源泉です。その次に、イエス様は「ひとり子である」と言いました。ひとり子は、父なる神様の愛を初めて受けることができる息子です。その次に、キリスト教思想は新婦思想です。イエス様はそのようなひとり子なのですが、新郎として来たのです。そのため、新婦が必要です。ひとり子がいるので、ひとり娘が必要だというのです。

新郎と新婦は、男性と女性です。新郎新婦の宴の日とは、神様が初めて愛の旗を掲げて現れる日です。そのような婚宴の席が、エデンの園から願われてきたのです。これが台無しになったので、人類世界の終末において、この婚宴の席を再び回復しなければならないというのです。

3 イエス様は、「私は神様の息子だ」と言いました。そして、「神様は私の父だ」と言いました。その次に、「私はひとり子だ」と言いました。ひとり子は、初愛を受けることができる王子です。神様の息子の中でも、初愛を受けることができるひとり子だというのです。初愛を独占できる息子なのです。その次に、ひとり娘がいなければなりません。新郎はひとり子であり、新婦はひとり娘です。結婚式をしなければなりません。それが「小羊の婚宴」です。主がこの地上に来て婚宴をするのです。

「小羊の婚宴」をするようになれば、家庭をつくるようになります。神様が願うものが家庭です。神様が願うのは、人類を神様の愛を中心としてひとり子とひとり娘とし、神様が本当に愛し得る家庭をつくることなのです。

4 聖書を見ると、「終わりの日」には、メシヤが来て「小羊の婚宴」をするという内容が書かれています。「小羊の婚宴」とは、神様の血統関係を中心として夫婦になることです。そのようにして、人類の真の父母が現れたとすれば、サタンは存在できません。血縁的関係を中心として、その血統を結んでくれるのが、父と母、男性と女性、性相と形状の実体です。

神様の愛を動機として生命を動かし、愛と生命と血統が一つになって渦巻くのです。その中で女性と男性の主人が入れ替わり、二人が一つになって共に「主人だ」と言えるところから、生命の種、子孫が連結されるのです。それが創造理想です。ところが、そのようなものがすべて壊れてしまいました。それを取り戻すためには、代わりに万物を取り戻し、人間を取り戻し、父母を取り戻さなければなりません。これが救援摂理の骨子です。

5 再臨主が来られて婚宴をすると言われています。婚宴、つまり「小羊の婚宴」をするには、イエス様を中心として新婦がいなければなりません。その新婦が、堕落する前のアダムの前にいたエバです。イエス様は第二次のアダムであり、来られる再臨主は第三次のアダムです。ですから、第三次のアダムが、堕落する前のアダムとして来て、堕落する前のエバを探し出し、「小羊の婚宴」をしなければならないのです。

結婚することによって人類の父母になるべきアダムとエバが、堕落したことによって悪なる父母になりました。それで、私たちが堕落する前の善なる父母に出会うようになれば、復帰されるのです。ですから、人類には善なる父母がいなければなりません。「小羊の婚宴」をするのは、善なる父母として即位するためです。

6 人間は本来、堕落せず、時と環境を整えて神様の祝福を成就した真の先祖にならなければなりませんでした。ところが、それができずに堕落した先祖になったので、万民の前に堕落していない善の先祖が登場しなければなりません。その人は、天にいる霊人たちにとっても父であり、地に暮らす人たちにとっても父になれる方です。そのような方を、キリスト教では再臨のイエスといいます。

「小羊の婚宴」は、再臨のイエスが父として来られて、母を立てる祝宴です。キリスト教の真理とは、正にこのことなのです。キリスト教の中心はイエス様であり、イエス様の中心は愛です。聖書の中心も愛です。愛の中心は新郎と新婦であり、新郎と新婦の中心は「小羊の婚宴」です。この「小羊の婚宴」の中心的な意味は、本来、神様が許可した時と環境を整えて、天と地を相続できる真の人間先祖として祝福を受けることなのです。

7 神様は、失ってしまったアダムとエバの代わりの存在を求めています。聖書では、イエス様を後のアダムと言い、完成したアダムを生命の木と言っています。ですから、イエス様は、失ってしまった生命の木の代わりとして来られた方です。

しかし、イエス様は、使命を完結することができませんでした。神様と息子が喜ぶことができる一日をもつことができなかったので、再臨という言葉を残すようになったのです。神様がイエス様と共に喜ぶことができる一時、六千年の恨の心情を吐露し、神様と、あるいは今後来られる主と息子、娘の関係を結ぶ日が来るのです。神様のひとり子、イエス様がこの地上に来られて、もし亡くなっていなければ、イエス様がひとり子だと語ったので、神様は彼のためにひとり娘も送られたでしょう。

神様の二千年の(キリスト教)歴史は、新婦を求めるための歴史です。イエス様は、真の息子の姿で現れましたが、真の娘の姿がないので、神様のみ旨を成し遂げることができませんでした。ですから、二千年のキリスト教の歴史は、娘を求めるための歴史です。聖霊は、神様の娘として来られました。神様を解怨するその日が、「小羊の婚宴」の日です。

8 今まで宗教は、理想的な一人の男性と理想的な一人の女性を求めてきました。神様が「この人は、私がありったけの愛を注ぐ人だ」と言ゐる、一人の男性と一人の女性を求めてきたのです。キリスト教でいう新郎と新婦とは、世界をすべて網羅して、神様の愛を受けることができるひとり子とひとり娘を探し出すことを意味します。完成した男性と女性がこの地上で出会い、婚宴を行ってこそ、新しい世界が開かれるのです。ですから、来られる再臨主は、新婦を探し出して「小羊の婚宴」をしなければなりません。

9 人間が堕落していなければ、原罪のない息子、娘を生み、そのまま天国に行ける家庭をもっていたはずです。そこに立った父母は真の父母です。また、その家庭は、神様と一つになった家庭です。その息子、娘は、神様の家庭の子孫です。このようなみ旨を創世記で成就できなかったので、ヨハネの黙示録に至って、新郎と新婦の名を立てて成就しようというのです。

新郎は、完全な真の父として来られる方です。新婦は、神様が愛することのできる真の母として登場する方です。アダムとエバが堕落していなければ、神様を中心として結婚式をしたはずですが、堕落したことによって、サタンを中心として結婚式をしてしまったので、それを取り戻して神様を中心に初めて聖婚式を行うというのが、ヨハネの黙示録にある「小羊の婚宴」という言葉なのです。

10 天地ができて以来、人間が初めて神様のみ前に孝子、孝女となって、新郎、新婦として登場する日、神様が「地上の様々な逆境の中で、天の心情を求め、天の父母を訪ねてくるのに、どれほど苦労したか」と語られ、無形の神様の代わりに、実体をもつ真の父母として祝福してくださる祝宴が「小羊の婚宴」です。真の新婦の約束と理念を備えた基準と、真の孝子、真の孝女の基準の上に立てて、式を挙げるのが「小羊の婚宴」です。この祝福を受けたその日から真の父母になります。無形の神様を身代わりした有形の実体をもつ、人類の真の父母になるのです。

人間は本来、堕落していなければ、善なる世界で立派に育ち、神様の愛の祝福を受けて、神様の心情に通じる子女になることができました。ですから、神様が「あなたたちは私の心情を受け継ぐことができる孝子、孝女だ」と言える心情関係を完結しなければなりません。心情が通じなければ孝子、孝女になれないのです。神様がどのような路程を歩んできたかを知らなければなりません。そうして創造理念の前に掲げられる、本然のアダムとエバの形態を整えなければならないのです。「小羊の婚宴」は、正にその形態を整える式です。

11 「小羊の婚宴」の日は、六千年前に失った真の父母を迎えて祝宴を開く日です。本来、堕落していない人間は、子女の立場から父母が開く祝宴を見ることはできません。父母があとから来たので逆になったのです。真の父母を迎え、真の子女を生み、新しい世界を建設しなければならないのですが、堕落した人間が繁殖したので、逆になったのです。皆さんの願いは、真の父母に会うことです。

逆になったものを、反対に再び探していかなければなりません。これが蕩減復帰です。したがって、逆に生まれた人間は、すべて反対に行かなければなりません。世の中が願うこととは異なる、反対の道を行かなければならないのです。

12 イエス様は、新婦を探すことが一代で果たすべき目的であったにもかかわらず、この使命を成し遂げることができませんでした。そうして、御自身は新郎であり、信徒は新婦であるという遺言を残されたのです。ですから、神様は、第二イスラエル圏内にある世界で、国を問わず最もよく信じる信徒たちを中心に、特等新婦を求めていらっしゃるのです。その新婦を求めてきたのが、イエス様以後の二千年歴史です。新婦を探し出すことによって、真の先祖が現れ、真の先祖が現れることによって、真の父母が現れるのです。

本来、エデンの園で真の先祖である真の父母が現れなければならなかったのですが、人間の堕落により、六千年が過ぎた今になって、初めて神様は再臨時代を中心として、真の先祖を探し出したのです。言い換えれば、サタン世界の前に勝利した一人の男性が現れ、一人のエバを再創造した基準において神様の祝福を受け、聖婚式を行うことによって、初めて、六千年前に人類の真の先祖が立てられるべきだった基準を復帰したのです。数多くの堕落の子女が繁殖した六千年を経て、ようやく反対に、真の父母が現れたのです。

真の父母の聖婚式は救援摂理史の転換点

一九六〇年四月十一日に挙行された真の父母様の聖婚式は、蕩減復帰歴史において、長成期完成級の蕩減の峠を越える歴史的な瞬間であった。真の父母様の聖婚式は、世界的で天宙史的な事件である。長い長い摂理史の基盤の上に、完成したアダムとして来られた真のお父様は、地上での摂理基盤を築いたのち、エバである真のお母様を迎えられた。天の代身である真のお父様と、地の代身である真のお母様が一つになり、分かれていた天と地が初めて連結されるようになった。アダムとエバが堕落して互いに怨讐となり、神様と断切させていた塀が崩れるようになる救援摂理史の歴史的転換点を迎えたのである。

13 「歴史は、一九六〇年代から大変遷時代に入った」と歴史家たちは言います。「統一原理」を中心として言えば、「一九六〇年代に、神様の名を中心として地上のすべての困難をかき分け、キリスト教文化圏がすべて失敗し、その基地となる韓国が反対する環境にもかかわらず、初めてこの地上で神様と真の父母の名を中心として聖婚式をしたところから、歴史は新しい方向に変わるようになった」と言うことができます。変化するその歴史の環境が死亡世界へと次第に落ちていき、人類が分裂して破綻の世界へと向かうように思えますが、変化する歴史時代は、次第に互いに異なる地域的環境を越えて、世界へと進む時代に急変していくというのです。

神様と共に、父母様の血族を中心として横的に拡大すべき摂理時代を迎え、思想の混乱が起き、伝統の混乱が起きます。揺さぶるのです。キリスト教もすべて揺さぶるのです。それゆえ、解放されてから十四年がたつまで、韓国のキリスト教を見ると、再建(チェゴン)教会も、神社参拝をした教会も、同様でした。

そこから、韓国を中心として、世界に向かって跳躍できる神様の摂理の道が開き始めるのです。その始発点が、正に一九六〇年四月の聖婚式でした。この聖婚式をして、「父母の日」が設定されることによって、人類歴史において偽りの父母から受け継いだ、汚れた愛と生命と血統を初めて清算し、神様を中心とした本然の新しい愛と生命と血統の関係が、この地上に根を下ろし始めたというのです。この世界は今まで、堕落した天使長の血統を引き継いできましたが、一九六〇年に父母様が現れたその日からは、本然のアダムとエバの血統が、神様の愛を中心として根を下ろし始めたのです。

14 復帰摂理における絶頂であり頂点は、一九六〇年でした。その時、お父様は、国家と国民、すべての教会、そして、すべての人たちから迫害を受けたのです。その当時、死ぬか生きるかを決定しなければならない、切迫した立場でした。統一教会が生き残るか滅びるかの瀬戸際にありました。その困難を切り抜けて聖婚式を挙行したのです。

その時点から新たな歴史が出発しました。その時が歴史の転換点だったのです。多くの歴史家たちも、「一九六〇年は歴史の転換点だった」と言っています。その時からすべての問題が解決し始めたのです。

15 父母様が聖婚した一九六〇年四月十一日、その日は外的に見ると平凡な日であって、特別に変わったことはありません。しかし、その日、聖婚式をしたことが、他の日とは全く違うというのです。

聖婚式をしたので、今や歴史は、一人の人によって左右されるようになりました。その一人の人が現れるまでの時間が、民族的で世界的な関係をもったものだったのか、また、その期間が歴史的な関係を経て、時代的な関係を経て、未来の関係を経ていける基盤になっているのか、現れたものは簡単に見えますが、それが全体を集約させた代表的な核になる時、歴史はその日を研究するようになるのです。

16 人類の先祖であるアダムが、長成期完成級でエバの言葉に従うことによって主管権を失ったので、これを蕩減復帰するために、イエス様は、神様の愛と一致する完全な人格を備え、創造目的を完成する人間としてやって来て、そこに一致する一人の女性を探さなければなりません。アダムを通してエバを創造したように、再創造の順序を経て、エバ、すなわち新婦を立て、新しい家庭を成立させて初めて、完成世界に向かって上がっていけるのです。

その時が正に堕落した時代の「終わりの日」であり、新しい時代が出発する時なのです。その時が一九六〇年でした。今日この地球上に、真の父母を中心とした関係が現れたことは、天宙史的な出来事にほかなりません。

17 神様の目的と創造の偉業は、アダムとエバが祝福を受けることによって、すなわち聖婚式をすることによって成し遂げられます。このようなことを成し遂げるために役事してくる復帰過程を考えてみるとき、人類の先祖が堕落したのは長成期完成級なので、今日の人類は、これを再び尋ね求めて上がっていかなければなりません。蘇生期は僕の時代に該当し、長成期は養子の時代、完成期は嫡子の時代に該当します。したがって、僕の時代である旧約時代を経て、イエス様の福音がこの地上に現れることによって、歴史は養子の時代圏に越えていくようになったのです。

人類始祖が養子圏である長成期完成級で堕落したので、その息子の外的な形態と関係を整えて再びつくり直し、長成期完成級の位置まで上げておいて、初めて実子圏を相続できるのです。すなわち、人類始祖が長成期完成級から落ちたため、この長成期完成級に行ってこそ、復帰することができるというのです。しかし、堕落は家庭で起きたので、復帰するときにおいても、この家庭の形態を備えなければ、その基準に上がっていくことができません。それで、統一教会では、父母様を中心として、一九六〇年にその基準を越えたのです。

18 お父様は、個人的に霊的な世界で勝利しました。そのために、この地上で激しい嵐に襲われながらも、「死んではならない」と何千万回、決心したか分かりません。怨讐に出会う峠を越えていくたびに、「私は倒れてはいけない。私は死んではいけない。私が死んだらこのみ旨を誰が立てるのか。いくら苦労をしたとしても、四肢が切られ、不自由な体になって寝たきりで暮らすことになったとしても、私は死んではいけない」と、どれほど心の中で誓ったか分かりません。そのようにしながら、今まで困難な道を歩んできました。

基盤のない状態で、名が知られることを恐れるのです。基盤を固める前に、名が知られるのではないかと恐れました。そのような場合には、サタンの攻撃があるのが原則だからです。それで、死なずに四十歳の峠を越える日を待ち望みながら、歳月が早く過ぎていくことだけを黙って願っていました。アブラハムが復帰の基準を立てた以降の四千年の歴史を、「終わりの日」に四十数を立てて越えなければならないことを知って、四十の峠が早く過ぎていくことを指折り数えて待ったのです。また、それはお父様の宿願でした。天宙の前に一身を立て、死なずに責任を果たすために、身もだえしながら今まで歩んできたのです。

19 神様は、四千年を経てイエス様を送られました。イエス様は、長い歴史を経て来られた方です。生まれる時は、母親のおなかを通して十カ月で生まれたのですが、地上に来るために、四千年前から準備された方なのです。そのような歴史的な由来をもって生まれたので、その時までの四千年の歴史を蕩減できたのです。

イエス様は、四十歳の時にそのような歴史的な蕩減をすべきでしたが、ユダヤ民族の不信によってそれができなかったので、私たちが七年路程において蕩減しなければなりません。皆さんは、「四十数復帰」ということを学んだはずです。イエス様が四十歳の峠を越えられなかったので、私たちには、四十代の峠を見つめていくべき路程が残っているのです。つまり、そのような蕩減路程が残っているので、再び来られる主も、七年の大患難に逢着せざるを得ません。そのような原理的根拠があるのです。

20 一九六〇年の四十の峠をいかにして越えるのでしょうか。原理が教えてくれる四十の峠を、どのように越えなければならないのでしょうか。イエス様は、三十三歳で亡くなったので、その後の四十の峠を迎える七年を越えることができませんでした。それで、人間の世界に七年の大患難が残されているのです。ですから、この峠をいかにして越えるかというのです。

この峠を越えるためには、ヤコブが経てきた復帰路程と、数多くの先祖たちの絡み合った蕩減路程を遡らなければなりません。その道には、友もなく、同僚もいませんでした。「従います」と言った人たちは、行く道の前に重荷になり、とげを刺し、荒れ地をつくったのであって、そこで助けになった人は(一人も)いませんでした。

21 お父様一代から見ると、四十歳までは個人の勝利基準を中心として、初めて横的な基盤へと越えていく時でした。今まで復帰歴史の目的は、アダム一人を立てることだったので、一九六〇年代は、アダムを中心として勝利するための基盤を築く時でした。その勝利は、イエス様が失敗した国家基準での勝利です。

ですから、一九六〇年代の統一教会は、イエス様が失敗せざるを得なかった運命圏を、お父様の満四十歳を基準として、実体的に蕩減して越えなければなりませんでした。そのような過程にあった統一教会は、一九六〇年代に激しい迫害を受けました。お父様に勇気がなく、神様のみ前に人間として善悪を分別するという、決定的な宣誓ができていなければ、歴史は遅延していたでしょう。

22 父母様の聖婚式は、地上において記念するに値する天宙的な大事件でした。世界的基準で縦的蕩減条件を、横的にこの地上で解決する実体として、霊肉共に勝利の基準を立てたのです。お父様は、聖婚式の前にイエス様の三弟子、反逆したその弟子を復帰しなければならない立場にいました。

聖婚式の目的は、アダム家庭を蕩減する条件を立てることです。人間の父母であるアダムとエバは、夫婦関係において堕落しました。堕落が夫婦を通して起きたので、復帰は一人ではできません。男性一人では復帰されません。女性一人でも天国に行けません。したがって、二人で解決していかなければならないのです。堕落したアダムとエバの立場を復帰して、真の父母の基準を地上で立てなければならないというのです。三弟子の約婚という問題を中心として、解決しなければなりません。

23 復帰は、アダム家庭の復帰を目標として行うのです。アダム家庭が失敗したので、そのみ旨がノア家庭に移されました。神様は、ノア家庭を中心として、世界のすべての人々を洪水審判で滅ぼし、サタン侵入の条件を越えた家庭を立てて、摂理の基盤を地上に構築しておこうとされました。それがアブラハム、イサク、ヤコブ、モーセに移され、イエス様につながって、私たちの時代まで来たのですから、そのすべてのものを蕩減しなければなりません。

アダム家庭を基準にして蕩減しなければならないのです。アダムが失ってしまった三人の信仰の子女を復帰しなければ、真の父母の立場に立つことができません。それで、イエス様には、三人の弟子が絶対に必要なのです。その三人は、アダムとエバにとって、三天使長を象徴します。三天使長が一つになって、アダムとエバに服従しませんでした。侍らなかったのです。その結果、堕落世界になったので、完成した父母の境地に立つためには、三天使長格である三弟子がいなければなりません。再臨主も、完全に服従する三人の信仰の子女をもたなければ、真の父母の立場に立つことができないというのが公式になっています。

自分の生死の境地を乗り越えて、迫害のまっただ中でも従っていき、孝の道を行くことができる三人の弟子をもたなければなりません。お父様は、そのような三弟子を一九六〇年四月に探して立てました。復帰路程というのは、逆に探し求めて上がっていくものなので、祝福は子女の立場に立っている人が先に受けるのです。家庭圏はヤコブ家庭なので、十二数の基準を基盤にしなければなりません。三人の弟子、三人の子女を中心として、それと同じ基準を通過しなければならないのです。

24 父母様は、一九六〇年に聖婚式をしたあとに聖塩を作りました。真の父母様は、堕落した世界の物に相対できないからです。そのような物に、神様の息子、完成した父母は相対できないのです。そのため、すべて燃やしてしまわなければなりません。燃やす条件として聖塩を採択したので、これを振りかけることによって、サタン世界を清算してしまい、天の側が取り得る条件的、方便的な物として使用できるようになるのです。天の国が設定されれば、この世の国のすべての骨董品、この世の国のあらゆる物は、そのまま使うことはできません。

第二節 真の父母様の聖婚式

聖婚と真のお母様

イエス様は、アダムとエバの堕落によって始まった歴史を終結し、神様の創造理想世界を復帰するために、この地に来られたが、ユダヤ民族とユダヤ教徒の不信によって、このみ旨を成就することができず、再臨の約束を残されたまま、霊界に行かれた。真のお父様は、イエス様のあとを継ぎ、一九四五年八月十五日、韓国の地で、光復とともにメシヤとしての公式路程を出発された。

しかし、メシヤとキリスト教徒が一つになるための最初の摂理路程が、彼らの不信により失敗することによって、キリスト教に代わる新しい摂理団体の基盤を築くため、三大祝福の条件復帰のための蕩減路程と受難路程を歩まれるようになったのである。

そうして、一九五四年五月一日、ソウルで「世界基督教統一神霊協会」を創立し、その時から、新約時代の全体を蕩減復帰する七年路程を歩み、聖誕から四十年の蕩減路程を勝利することによってサタン分立路程を立て、ついに一九六〇年四月十一日、真のお母様と共に、神様から最初の真の父母として、栄光の聖婚式を行われるようになったのである。

1 二千年前に使命を果たすことができず、十字架で亡くなられたイエス様の願いを、二千年過ぎた今、私たちが果たさなければなりません。第一次でユダヤ民族を中心として成し遂げようとしてできなかったので、今、私たちが第二次としてキリスト教の世界的な版図を中心として、父と母の出会いを実現してさしあげなければなりません。このような基点をつくらなければ、神様の真の直系の息子、娘になれません。ですから、このような基準を連結させて合わせようとするのが再臨理想です。

再臨理想においてもまた、真の家庭があってこそ天道が出発するのであり、これがあってこそ真の愛と真の幸福が出発するのです。

2 故障したものは、元の状態に修理しなければなりません。世界も新しい世界、国も新しい国、民族も新しい民族、人も新しい人、息子も新しい息子、娘も新しい娘になることを願います。ですから、新しい息子であるイエス様が来られたので、新しい娘もいなければなりません。

ところが、新しい娘を探している途中で、イエス様は亡くなりました。宇宙の希望である一人の母を探して立てるためのイエス様の路程には、苦難も多く、迫害も多かったのです。あの村からこの村に、あの野からこの野に追われ、逃げて歩きながら迫害を受けた哀れなイエス様でした。ダビデの系統であるヨセフの家庭を中心として、み旨を立てようとしたイエス様が、家庭でみ旨を立てることができなくなることによって、家を出て三年の公生涯の道を歩んだのです。

3 皆さんは今、神様の顔を見ることができません。皆さんは、神様の顔を見ることができないので、おなかの中で暮らしているのと同じです。今日の人間は、このような事情に置かれているのです。ですから、重生しなければなりません。霊的な救援摂理は完結し、霊的には重生しましたが、それだけではいけません。霊肉共に重生しなければならないのです。将来、主が来られるというのですが、その主は真の父母として来られます。実体をもった人類の父として来られるのであり、実体をもった新郎としてこの地上に来られ、実体をもった人間の中から新婦を探し出すのです。そうしてこそ、堕落していない真の父母になるのです。

アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまったので、今日の人間には、堕落した父母はいますが、堕落していない真の父母はもつことができずにいるのです。ですから、復帰摂理を経て、実体をもって真の父母の使命を完結するために来られる方が再臨主なのです。歴史的な真理をもって来られる主は、イエス様の霊的救いを基盤として、霊肉共に完全な息子、娘を生むことができなかったので、それを完結しなければなりません。

4 イエス様は、この地上に後のアダムとして来られました。聖霊もこの地上に来て新婦の体をもつことができませんでした。霊界に行ってみると、聖霊は母なる神です。イエス様が地上において実体を備えれば、新婦は天道のすべての内容を知り、すなわち真理の中で新婦の資格を完遂して、メシヤが来るのを待ち望み、彼を迎える準備をしなければなりません。そうして一つの家庭を準備し、一つの国家を準備し、世界を準備しなければなりません。これが、新婦の果たすべき責任です。

ですから、一九六〇年代に入って、女性運動が世界的に広がったのです。この地上に人がいくら多くても、すべて悪なる血統を受けて生まれた堕落の子孫なので、母としての愛を施せる、真の女性が現れなければなりません「終わりの日」が近づけば近づくほど、そのような代表的な存在が現れる時が近づくので、世界的な女性運動が広がるのです。

これからは、多くの女性が男性を凌駕できるのです。終末期は、堕落したことを女性が復帰できる時なので、終末期である今、女性は天的なエバを代表して立ち上がれる恵沢圏にいます。今日、女性たちが解放とともに、そのような立場に立てるようになったので、この時に真の母が現れなければなりません。私たちは、その母に地上で侍ることができなければなりません。人類は、このような時を迎えて神様を求めていくので、地上に新婦が立てられなければならないのです。

5 統一教会は父母の宗教です。僕の宗教から養子の宗教、庶子の宗教、その次に直系の息子、娘の宗教、息子、娘の宗教から母の宗教を通して発展してきました。

神様は、今まで母を探し求めてきました。相対がいなかったのです。神様は、男性格の主体なので、女性格の相対がいなければなりません。その方は、神様の相対であると同時に、この地の王妃であり、氏族の王の王妃であり、家庭の王の王妃です。ですから、祖母の代身であり、母の代身であり、妻の代身であり、娘の代身です。母がそうです。本来、母がいれば、すべてそうなるのです。天の国の王妃になり、この国の王妃になり、その次に自分の先祖たちの祖母になり、母になり、妻になり、娘になるのです。それをすべて合わせたものが母の価値です。

6 皆さんは「家庭を信じる」という言葉を聞いたことがありますか。キリスト教徒たちに「誰を信じるのか」と尋ねれば、「イエス様を信じる」と言うのであって、「イエス様の家庭を信じる」とは言いません。仏教徒たちに尋ねても「お釈迦様を信じる」と言うのであって、「お釈迦様の家庭を信じる」とは言いません。これからは、家庭救世主宗教が現れなければなりません。それが真の父母主義です。真の父母宗教です。真の父母宗教は、四位基台を造成する真の父母の生活宗教です。そうなれば、父母が息子、娘の救世主になります。聖書のヨハネの黙示録を見ると、復帰歴史に関する内容が出ています。それで、聖書は偉大だというのです。このような復帰の原則があるので、聖書の最終章に復帰の内容を入れるようになったのです。

ヨハネの黙示録に「御霊も花嫁も共に言った、『きたりませ』。また、聞く者も『きたりませ』と言いなさい。かわいている者はここに来るがよい。いのちの水がほしい者は、価なしにそれを受けるがよい」(二二・一七)と記録されていますが、花嫁とみ霊とは何か分かりますか。花嫁は主の妻になり、み霊は霊的なものなので、ここに霊肉が合わさった母が現れなければなりません。イエス様は、人類の父であり男性なので、女性の中から母を探し出して新しい世界へと救わなければなりません。

7 お父様は、立派なお母様を迎えました。顔が美人だから立派なのではありません。心が美しいので、顔が美しいのです。心が美しいので、声も美しく、容姿も優雅なのです。お父様は、神様の哲学を自らが成し遂げ、教える師です。その原理どおりに行くために、お母様を神様の代わりに称賛しながら生活してきたのであり、大衆に称賛して宣伝したのです。それが原理に通じるからです。

8 世の中の人々は、お母様のことを「美人だ」と言うのですが、どのような人が本当の美人か、私は研究しています。美人とは、顔がきれいだからといって美人であるわけではありません。心がきれいであってこそ、「美人だ」と言えるのです。それでこそ、千年過ぎても、その美貌を損なわず、和気あいあいとした、清い姿を保てるのです。そのような女性が、環境を美しく輝かせ、かき抱いてあげることができます。そのような女性が美人の中の美人なのです。そのようなお母様なので、私は、お母様が美人の中の美人だと思うのです。

9 お母様は、とても知恵深い女性です。お母様は、目が素晴らしいのです。にこっと笑う時には、私はその笑う魅力的な目に惚れ惚れしてしまうのです。そのような魅力的な目をもっています。それから、私は、お母様の鼻が本当に好きです。良いことがありそうであれば、鼻がひくひくと笑います。それがお母様の魅力なのか分かりませんが、夫をそのように感動させるのです。

それから、深刻な時は、お母様はできるだけ口を突き出さないようにします。そのような口が美しいのです。そして、態度が美しいのです。お母様は、本当にきれいなところがたくさんあります。女性たちがそのような武器をもてば、「万事亨通(こうつう)」(すべてが思いどおりにいくこと)する秘密の鍵をもつことになると思います。

10 お母様の特別なところは何かというと、霊感が鋭いことです。天性的な素質をもっています。そして、お父様が「しなさい」と言うことは何でも「する」と決意し、また、その決意したことをいつも忘れずにいるので、受難の道も克服できたのです。それは、目的を中心とした忍耐心に当たるものです。

また、私がお母様に有り難く思うことは、自分の貴いものを自分の息子、娘ではなく、皆さんに、ためらうことなく一〇〇パーセント与えようとするところですそれは、神様が贈り物として下さった性格だと思っています。

11 お母様は、二十年間で十二人以上の息子、娘を生んで、ヤコブの家庭を完全に蕩減復帰しなければなりません。イエス様の十二弟子が一つになれず、どのようにしたでしょうか。結局は、イエス様を売ってしまいました。別々の氏族で結ばれた兄弟圏が問題でした。ヤコブ家庭は、四人の女性が生んだ息子、娘なので問題になりました。その問題を克服するためには、二十年以内に十二人以上の息子、娘を生まなければ、お母様の使命が不可能になるのです。そのような面から見ると、二十歳を越えれば、お母様になることができません。満十八歳までです。韓国の年では十九歳までです。

ですから、四十歳のお父様が十七歳のお母様と結婚したのです。お父様が十六歳の時に、あらゆることを決心して立ち上がったように、女性も十六歳を越えてその基準に合わせなければ、女性の解放圏を連結する道がありません。

12 歴史において、女性たちが経たあらゆる惨状の過程を経たとしても、不平を言わず、夫のために生きることができ、さらに苦労ができる女性はいませんでした。ですから、「本当に、み旨の前に立っている私は、何一つ弁明の余地がありません」と言う人は、そのような風霜(世の中の厳しい苦難や試練)をたくさん経験したので、むしろ私が落胆する時に、慰められる対象になるのです。そのようなところから始めるのです。

心情的な蕩減をしなければなりません。上がっていく時も引っ掛からず、下がってくる時も引っ掛かってはいけません。二十歳前まで下がってきて、二十歳前の少女を天が相対として許可すれば、その少女は、どんな困難な立場に立たされても、順応できなければなりません。ですから、孤独な背後から探すのがよいのです。お母様には、父親もなく、兄もなく、みないませんでした。ただ一人、天のためには何でもするという、洪(ホン)という母が背後にいるだけでした。

13 お母様は、聖婚式の時に十七歳でした。お父様は四十歳でした。四十歳の男性が十七歳の娘をお母様として迎えることにしたのです。しかし、摂理史では仕方がないことです。そのようなお母様を迎えて成し遂げてきたのです。ですから、約婚する時、お母様に「私はこのように行かなければならない」とすべて話しました。プログラムどおりに行くので、お父様を尊敬するのです。

このように攻撃されるときにはこのように越えなければならず、ここから攻撃されるときにはこのように越えなければならない、と教えてあげたのです。その道のとおりに行くので尊敬するのです。その道が困難であっても越えなければならず、行かなければなりません。

14 私(お母様)は、聖婚式の一カ月前に、お父様が夢に現れ、天から特別な啓示を受けました。「その日が近づいたので準備しなさい」と、啓示が下りたのです。その時は、いわば天が求婚したというより、天の訓令が下されたのです。訓令があった時、私は完全に自我を離れた立場にいました。私はその時、天の摂理でなければ、そのような大きなことを判断できる能力がなかったので、無我の境地になる以外になかったのです。

そして、祈らざるを得ませんでした。「今まで私は、み意のままに生きてまいりました。今、神様のみ意が何だったとしても、神様の摂理の目的がどのようなものだったとしても、命じられるままに従います」と、私は啓示に対して答えました。それは、私が満十七歳の時の二月頃でした。私は、完全に無我の立場で準備していたので、当時の事情などを分析したいとは思いませんでした。神様のみ意のままに応じることを、ひたすら願っていました。

15 私(お母様)の母方の家に伝説のような物語があります。私の母方の祖母である趙元模(チョウォンモ)の趙氏一族に、趙漢俊(チョハンジュン)の弥勒についての記録があります。一九九一年に、お父様と北朝鮮に行ったとき、そのようなものがあるかと聞いてみました。すると、まだその弥勒はあるということでした。

趙漢俊の弥勒についての伝説によると、天の王女を送ると約束し、国のための精誠を記憶し、忠誠の家門で私が生まれるようにしたというのです。その母方の祖母から大母様が誕生され、大母様を通して私が生まれました。再臨のメシヤを迎え、再臨のメシヤの相対を育て上げるための神様の環境創造が、その趙漢俊の弥勒から始まり、私にまで連結されたのです。皆さんがみ旨や天のみ前に精誠を尽くしたものは、必ず天が記憶してくださいます。ですから、私は、お父様に会った時にすべてが分かったのです。環境創造の中で誕生し、育ったので、私が果たすべき、私が成し遂げるべき使命が分かったというのです。

真の父母様の聖婚式

イエス様の路程を再蕩減するために、血と汗と涙の道を歩んでこられた真のお父様は、一九六〇年三月二十七日午前四時、ソウルの青坡洞(チョンパドン)一街(カ)にある旧本部教会で、再臨主を迎えるために、精誠の限りを尽くしてきた洪順愛(ホンスネ)大母様の一人娘であられる真のお母様と約婚式を行われた。四日後の三月三十一日に、真の父母様の聖婚式と三弟子の祝福式について正式決定がなされ、四月十一日(陰暦三月十六日)午前十時、全国の各教会から選抜された七百人以上の食口が参席する中、旧本部教会で、歴史的な真の父母様の聖婚式が挙行された。第一次式は「蕩減復帰父母の式」、その後すぐに挙行された第二次式は「栄光の父母の式」であった。

16 お母様を迎えたのは、解放から十四年たった一九六〇年です。なぜ十四年後なのでしょうか。人間始祖が長成期完成級で堕落したので、蕩減復帰の原則によって、十四年の迫害路程において韓国に着陸し、統一教会という祭壇をつくり、キリスト教や大韓民国と闘いながらお母様を立てたのです。お母様を立てたところから、初めて地上に着陸するのです。お母様を立てるため、アダム時代からノア時代、アブラハム以降の時代に、摂理史的に問題となったことに対して蕩減条件を立てました。

イスラエルの国とイスラエル民族を設定してきた歴史的なすべての問題を、キリスト教文化圏が受け継ぎ、二千年間、霊的ではありましたが、蕩減したすべてのものが、崩れたも同然になりました。ですから、十四年後にお母様を選ぶ時は、イエス様が十字架で亡くなった、その時と同じ立場なのです。

言い換えると、大韓民国はユダヤの国と同じ立場です。ユダヤの国を中心として見ると、キリスト教はユダヤ教と同じ立場であり、統一教会はその時のイエス様とキリスト教と同じ立場です。国と教会から迫害を受けて十字架を背負ったので、それと全く同じ環境で闘って勝利しなければなりません。蕩減復帰しなければならないのです。

17 お父様は、結婚式場に出る前日まで、警察署で調書を作りながら闘いました。大勢の裏切り者たちが讒訴する出来事や、イエス様の十二弟子が反対したように、統一教会で信仰の篤かった十二人が、一つになって反対する出来事が起きたのです。統一教会の味方になっていた人も反対し、キリスト教も反対し、国も反対したのです。イスラエルの国とユダヤ教とイスカリオテのユダが一つになり、イエス様の命を奪ったのと同じ運命に追い込まれました。その時が正に一九六〇年、陰暦三月十六日です。その時は、反対の絶頂期でした。もう一歩進むか進めないか、死ぬか生きるか、ここから新しく出発できるかできないか、という境界線にいました。

このような境地で新しい歴史的なことを成し遂げたのです。その日は、神様が最高の天運を宣布する日になりました。イエス様が語ったように、新婦を迎えられる歴史的な日になったのです。それが聖婚式です。そこから巻き返しの第一歩を踏み出したのです。初めて天の中心をつかみ、環境を処理して、急進的な発展を計画し始めたというのです。

18 蕩減復帰歴史は、原則を経なければなりません。原則的な条件を経て越えていくのです。その時に統一教会に通っていた人たちが離れ、イエス様の十二弟子が反対したように、十二人が団結して反対し始めました。そのような過程を必ず経なければなりません。

お父様に対して国が反対し、キリスト教が反対し、統一教会から離れた人たちが反対しました。この三つの集団が一つになって反対したのです。これをサタン側から見ると、国は蘇生、キリスト教は長成、離れていった人たちは完成です。このように攻撃を始めたのです。

19 七年間準備して、父母様の聖婚式をしました。その時には、キリスト教をはじめとして、すべてが反対しました。一九五五年には、監獄暮らしまでしたのです。監獄でも闘いました。その後、一九五七年から、断食をして、宣布式をして、本格的に全国的な基盤を築き始めました。攻勢をかけ始めたのです。伝道して全国に拡大していったのです。統一教会は、新しい段階に入るようになりました。そうして、一九六〇年まで、国家的な基盤を築いて影響を及ぼし、国が反対し、キリスト教が反対する段階に入って聖婚式をしたのです。

イエス様が捕まり、十字架に向かっていったのと同じ環境で、聖婚式をしなければなりません。その時は、国が反対し、キリスト教が一つになって反対し、すべてが反対しました。

20 約婚式から十五日後に聖婚式がありました。聖婚式は、「蕩減復帰父母の式」と「栄光の父母の式」の順に進められました。

第一次の式には、両脇に十二人ずつ介添人が立ちました。白いチマチョゴリに長いベールをかぶって新婦の装いをした私(お母様)は、聖歌の「宴のとき」の合唱が響き渡る中、お父様と共に二階の階段から降りてきて、行礼台(ヘンネデ=礼式を行う壇)に上がりました。お父様の祈りと宣布に続き、代表食口の頌辞と頌詩の奉読が続きました。

引き続き、第二次の式は、韓国伝統の紗帽(サモ=官服を着るときにかぶる黒い紗で作った官吏の帽子)と冠帯、チョクトゥリ(女性が礼服を着るときにかぶる冠)に婚礼服を着て行われました。お父様が神様に宣誓され、一同が四拝をしたあとに、対面して三拝。礼物交換、対面一拝で礼を終えました。それから、代表食口の記念品奉呈と頌辞の奉読がありました。続いてお父様が、神様のみ前に宣誓されたあと、参加者たちのために手を挙げて祝福祈祷をしてくださることによって、歴史的なすべての行事が締めくくられました。

21 お父様は、聖婚式の参加者たちに、お父様の印が押された参加券を配ってくださいました。お父様は、「将来、この券さえあれば、地獄に行く人も天国に行く」というみ言を語られました。これは、真の父母様の聖婚式がどれほど貴いものかということを強調されたみ言であり、その場に参加した人たちに対しても、その価値を大切に心にとどめておくようにという意味だと思います。

また、天の啓示によって聖婚式のテーブルが準備されました。四十種類のものが並べられた祝宴のテーブルが、壇上に盛大に置かれていました。お父様は、一つの大きなテーブルで私(お母様)と共に食事を召し上がりました。そして、即席で祝賀披露宴が続きました。官服と婚礼衣装から韓国服に着替え、お父様と一緒に楽しく踊りました。お父様が先に歌われたあと、私にも歌うように求められました。それから、食口たちにも指名され、一緒に歌を歌いました。

人類初の真の父母に即位する聖婚式は、その意義と価値から見て、万民が慶賀と賛美と栄光と頌栄を捧げるべき摂理的礼典でしたが、質素に執り行われたのです。

22 天よ、勝利の旗を揚げてくださり、地よ、歓喜の報いを父のみ前にお返しください。栄光、栄光、無限なる栄光、天地が合わさって喜びをお捧げできるこの時間であることを知っておりますので、末永く後代の万象まで、この喜びの時間を保持するようにしてください。お父様、太鼓をたたいてサタン世界に向かって進軍に進軍を重ね、お父様の子女たちを早く復帰の勇者として立てるために、あらん限りの血肉をすべて注ぐ私たちとなるようにしてくださり、誓いを立てる私たちとなるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます。この日、お立てになった娘を受け入れてくださり、勝利の月桂冠をかぶせてくださり、恨に満ちたあらゆるものを断ち切れる娘となることを許諾してください。

23 きょうの聖婚式が行われるまで準備してこられた神様の心情は、何をもってしても形容できません。この一つの場に娘を送ってくださり、六千年の摂理と父のみ旨を成し遂げようとされるあなたの召命の前に、言葉にできないほど畏れ多いばかりです。み旨が成し遂げられる日まで、心情やすべての面において、皆さんと一つになって歩んでいくことをお誓いいたします。

第三節 聖婚式後の七年路程と真の子女の誕生

真の父母様の聖婚式後の七年路程

一九六〇年の聖婚以後の七年間は、真の父母様の家庭がサタンの侵犯を受けない条件を立てながら、神様の直接主管圏内に入ることができる、本然の家庭基盤を完成する期間であった。

聖婚式後、真の父母様の家庭は、長成期完成級の峠を越え、完成期の七年を経る過程で、霊肉界からの攻撃に立ち向かい、闘って勝利しなければならなかった。同時に、七年路程は、真のお母様にとって、み旨に対する絶対服従によって蕩減条件を立て、真のお父様と絶対的に一つにならなければならないという、(御自身の)責任分担(完遂)の期間であった。

また、七年路程は、真のお父様が神様のみ旨を中心として、真のお母様を完成基準に立てていく相対完成の期間でもあった。御夫妻が信仰と愛と実体で一つになる期間である。さらに、この時から、祝福家庭は生まれてくる真の子女様と腹中時代から一つになり、真の子女様をアベルとして、愛さなければならない。御夫妻は、真の父母様の家庭と祝福家庭を率い、人類歴史上、最初の四位基台家庭完成のための七年路程を開拓していかれ、ついに勝利された。七年路程の内的蕩減過程を経て、この期間に、人類始祖の堕落によって立てられなかった「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を設定したあと、一九六八年一月一日に「神の日」を宣布することによって、神様の四大名節をすべて復帰されたのである。

1 お父様は、一九六〇年まで何をしたのでしょうか。ヤコブの路程と同じ十四年路程を歩んできました。ですから、一九六〇年からの七年路程は、皆さんにとっては第一次七年路程ですが、お父様にとっては二十一年路程の最後の路程です。この七年路程を中心として、私たちはこの民族と出会う運勢をつくらなければなりません。

神様は、前半の三年路程では、内的に家庭的な基準を立て、後半の四年路程では、外的に社会的な基準を立てながら、七年路程を合わせてきたのです。このためにお父様は、家庭的な代表、民族的な代表、世界的な代表を探し出したという条件を立ててきました。そのために「万物の日」を設定し、その土台の上で世界的に聖地を選定しました。

2 イエス様がダビデの氏族、すなわちヨセフの家庭を中心として一体になり、イスラエル民族の反対を受けることなく、勝利の一路を開拓し、イスラエルの国を蕩減復帰しなければならなかったのですが、それができなかったので、統一教会はそれを蕩減復帰する歩みをしているのです。

ですから、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰をして、統一氏族を編成しようとしているのです。統一氏族を中心として、大韓民国の前に民族復帰の使命を果たすため、第一次七年路程を設定して活動してきました。これによって大韓民国では、統一教会の行く道を阻むことができなくなりました。イエス様が復活の権限をもって、新しい世界を目指して出発できる時代圏を復帰した、という条件を立てた立場に立ったのです。ですから、第一次七年路程を行くことによって、民族的な蕩減条件を立て、イエス様の願いである民族救援の基準を、再び立てるようになったのです。

3 蕩減復帰の解怨成就において、エバ完成のための蕩減復帰歴史がなければなりません。

お父様は、アダム復帰完成のための闘争歴史を経て、勝利の基台を築いてきた堂々たる男性として立つことができますが、女性が堂々たる女性として立っためには、エバの蕩減復帰路程を経なければなりません。そのためには、誰も分からない心情的闘争はもちろん、実体的闘争、信仰的闘争までしなければなりません。ですから、お母様も、切迫した道を開拓してきたのです。

そうして、第一次七年路程が終わることによって、初めて「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」、「神の日」を迎えたのであり、初めてこの地上で女性としての資格を得て、同等な位置に立つようになったというのです。

4 お父様は、個人的な蕩減路程を終え、家庭生活の土台を備えた一九六〇年代からは、家庭的十字架の道に突入するようになりました。六千年の歴史を蕩減すべき使命を担っているので、皆さんや教会よりも、家庭的十字架をどのように蕩減するかという問題を中心として歩んできました。このような過程を経て「父母の日」を定め、「子女の日」を定め、「万物の日」を定め、「神の日」を定めたのです。一九六〇年から始めて、一九六八年正月一日を期して、「神の日」を宣布するまでの内的な受難の路程を、皆さんは知らないでしょう。お父様は、サタンと対決し、家庭的段階に越えて、立ち得る基盤を築いたのです。

5 第一次七年路程の期間には、父母として初めて蕩減歴史を解怨成就し、天地に残った堕落の起源をすべて清算する、内的な闘いをしてきました。この時期は、血統的問題において、アダムとエバが失敗した歴史的なすべての曲折を解いて、清算すべき内的闘いの時です。み旨の前に自分の身はもちろん、自分の心情問題までもすべて捧げるという天との関係を選んで立てながら、第一次七年路程を完結することによって、勝利した父母が誕生するようになったのです。

6 一九六〇年を迎えて、お母様をお迎えすることによって、統一教会が本格的に出発することになりました。国家が反対し、キリスト教が反対する中で、国家を貫き、キリスト教を貫いていける基盤を築いてから、お母様をお迎えするようになったのです。

お母様を迎えたとしても、お母様は、結婚してすぐにそのままお父様と一緒に暮らせるわけではありません。皆さんに結婚後の三年期間があるように、外部から家庭を尋ね求めてくる歩みをするのです。皆さんは、原理の道をそれと同じように行くのです。第一次七年路程では、多種多様で複雑な家庭の問題を、すべて蕩減する路程を経ていかなければなりません。第一次七年路程は、お母様を中心とした家庭的基盤を築く期間です。これはまた、長成期完成級でアダムとエバが堕落したので、長成期完成級から完成期完成級へと越えていく時なのです。

7 神様は、六千年間何をされ、神様の一貫した歴史的な望みとは何だったのでしょうか。それは、一人の母を探し出すことです。アダムを送ったあと、すなわちアダムを再創造したあと、彼を通して一人の母を探し出そうというのです。これは再創造です。本来、神様がアダムを創造したあと、アダムを中心としてエバを創造したので、再創造においても、アダムを送ってエバを探し出すのです。つまり、母を探して立てるのです。

そうするために、この第一次七年路程の間、サタン世界の讒訴条件から免れ得る道を、お母様が行くようにしたのです。そうするためには、お母様自身がサタンと直接闘ってはならず、お父様を絶対に信じ、常に一つにならなければなりません。そうしてこそ、サタンの侵犯を受けないというのです。また、アダムが責任を果たせずにエバを失ったので、アダムの立場を復帰し、サタンを屈服させて勝利基準を立てなければならないのですが、七年期間は、このようなことをすべき期間です。

その基準を立てたあとは、お母様を立てて心霊的な基準をつなげ、堕落した父母の立場を蕩減復帰して、真の父母の土台を立てなければなりません。

8 第一次七年路程は、堕落していないアダムとエバが行くべき道でした。父母が行くべき道だったのです。ですから、サタンがいくら讒訴しても、この期間を無事に突破しなければなりません。そのような家庭的代表の道を築き上げるのが、お父様を中心とした第一次七年路程です。

ですから、この七年の期間に、お母様とお父様を中心として、歴史時代にもつれたすべてのものをほどかなければなりません。この七年期間は、エバがアダムを主管したことを覆し、完全にアダムの権限を立ててエバを再び教育すべき時です。言い換えると、エバを教育して、アダムの基準の前に、どんなことでも絶対服従して順応することができ、生命を犠牲にしても従っていく基準を立ててこなければならないのが、この第一次七年路程の期間です。

9 父母様の家庭が定着するのは、容易なことではありませんでした。世界的頂上の位置まで行かなければならないのです。蘇生、長成、完成の位置を経ていかなければなりません。その完成基準は七年路程です。アダムとエバが、長成期完成級で堕落して落ちてしまったので、父母様の家庭も、そこから七年路程を経たのです。一九六八年正月一日、「神の日」を定めるまで、お母様は、女性として行くのが難しこを行かなければなりませんでした。そのような道をすべてかき分けて、無事に天の試験を通過したので、今日の素晴らしいお母様になったのです。

真の子女の誕生と四位基台完成

聖婚以後、真の父母様の家庭には、長女・譽進(イェヂン)様と長男・孝進(ヒョヂン)様を筆頭に、十四人の真の子女様がお生まれになった。長男と長女の誕生は、イエス様が果たせなかった四位基台を成し遂げるものであり、真の父母の家庭の四位基台完成は、復帰摂理上において人類が手本とし、成し遂げなければならない里程標となった。真のお母様が一線に立つ食口たちと共に麦御飯を召し上がるなど、同じ心情で生活しながらお生みになったのである。

食口たちはカイン的子女として、真の子女様と愛によって一つとなり、双子のような立場で、再び生まれる条件を立てなければならなかった。それゆえ、真の父母様は、子女様の奉献式の際、食口たちに三大祭物条件として三つの贈り物を配られたのち、わかめスープと御飯と牛乳を振る舞われた。

10 父母様の家庭に息子と娘が生まれることによって、皆さんも再び生まれる道ができました。そのような条件を立てるためには、一緒に生まれたという条件を立てなければならないので、赤ん坊が母親のお乳を飲むのと同じ条件を立てる式がなければなりません。ですから、譽進が生まれた日を期して、全国的に全食口が御飯とわかめスープを食べる式を行いました。孝進の時も全国的にこの式を挙行しました。このように、お母様のお産とともに生まれたという条件を立てなければならないのです。

11 皆さんは、お父様のおなかの中に入り、生まれていない赤ん坊の種のような立場で条件を立て、お母様のおなかの中を通して、再び生まれたという条件を立てなければなりません。皆さん一人では生まれることはできないので、父母様の息子、娘を通して再び生まれたという条件を立てなければならないのです。そのために、父母様の息子、娘を中心として、お母様と共にすべての食口が、御飯とわかめスープを食べる式を行ったのです。

ですから、ここで譽進が登場してくるのです。譽進が最初の娘です。これですべての条件を蕩減し、すべての女性たちが、お母様のおなかの中から再び生まれたという条件を立てました。実際は、皆さんが三年間一つになるという式を行わなければなりません。孝進は最初の息子です。男性たちも同様です。したがって、女性たちは、譽進の誕生日をアベル的誕生日として記念しなければならず、男性たちは、孝進の誕生日をアベル的誕生日として記念して、一つになったという実体的条件期間が必要なのです。

12 一九六三年、陰暦四月が過ぎる前に、食口同士のわだかまりを、すべて解かなければなりません。そのようにしてから、怨讐のために福を祈ってあげなければなりません。この期間は、一九六二年以前に教会を出ていった人たちに、再び戻ってこられる恵沢を付与する期間です。そうすることによって、サタン世界に対して「門を開けよ」と言える条件を立てることができるのです。このような時があることを知っているので、怨讐を憎みませんでした。

一九六三年一月十八日は、孝進が誕生して二十一日目になる日です。この日は、皆さんがより一層、喜ばなければなりません。

13 「真の父母」という言葉が成立するためには、子女と一つになる起源がなければなりません。

人間が堕落したので、外的な子女と内的な子女、カインとアベルがいるのです。ですから、一九六一年から一九六三年の間に、譽進と孝進の二人の子女が生まれたということは、復帰摂理において、この上なく貢献する出来事になるのです。このようになることによって「万物の日」を立て、第一次七年路程が終わって、初めて「神の日」を宣布することになったのです

第一次七年路程が終わったのちの一九六八年から、統一教会は順調な発展を始めました。「神の日」を定めたということは、エデンの園で、堕落せずに完成基準に到達したことを意味するのです。

14 イエス様は、イスラエル民族に排斥されたので、そのイエス様の位置を復帰するためには、再臨をして果たすべき困難なことが残されているのです。もちろん既に肉身をもって生まれ、成長してしまった私たちは、文字どおり完成したアダムの体内にある種の立場に戻っていくことはできません。ですから、私たちは、真の父母様から生まれた真の子女と一体にならなければなりません。それによって、生まれ変わるための条件を立てていくのです。

カインがアベルに完全に屈服することによって、両者は共に復帰されるという原理があるので、この原理によって、カインの立場にいる人は、アベルの立場である罪のない真の子女と、一体化しなければならないのです。彼らと一体化することによって、私たちは復帰された子女として、同じ恵沢を受けることができます。そのようなわけで、罪のない真の子女が真の父母を通して生まれる時に、皆さんは、食べ物やその他、同じ成分の物を分けてもらったという条件を立てなければなりません。

このようにして、皆さんは、真の子女の立場に同参する路程を通過していかなければなりません。誰を通して真の子女と一体化し、新しく生まれ変わる子女として条件を立てるのでしょうか。父だけでは十分ではありません。真の父母を通さなければなりません。いくら父が重要だとしても、父だけではなく、父母とその子女を通さなければならないのです。

15 韓国では、一九六〇年から一九六三年までの三年の期間に、国家基準を中心として、全祝福家庭が復帰の路程を歩みました。この期間は、イエス様が国家を失ってしまったので、国家復帰の使命を果たすために、全体が出ていって活動した時でした。その時は、お父様もお母様も、一線に出て活動する人たちと共に麦御飯を食べました。お膳の上で食べたのではありません。腹中にいる子女たちも、そのようにして一緒に食べたという条件を立てる生活をしなければなりません。

16 譽進と孝進が生まれる時に、わかめスープを食べた人がいるでしょう。カインとアベルが一緒に生まれたという条件を立てたのです。祝福を受けたカインの立場の家庭は、神様以上にアベルに侍らなければなりません。真の父母以上に侍らなければならないのです。そこには、この世の概念があってはいけません。腹中から一つになっていなければなりません。双子として生まれなければならないのです。そうして長子権を復帰するのです。

タマルの息子ペレヅとゼラが腹中で入れ替わったように、生んですぐに絶対信仰、絶対愛、絶対服従圏を家庭的に連結してこそ、入れ替わるのです。これは言葉だけではありません。創造以前に神様が、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で造ったので、皆さんの家庭を、そのような環境的条件を中心として、父母様に連結しなければ、自分の相対的な存在圏が生じないのです。

17 皆さんは、お母様のおなかの中に入ることができないので、父母様の子女たちと一つにならなければなりません。皆さんは三年間、腹中の子女の立場に立たなければなりません。ですから、皆さんに一九六〇年から一九六二年までの三年間の標語を、第一に「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」、第二に「父の代身者となろう」、第三に「見せてあげて誇り得る者となろう」に定めました。ここで見せてあげて誇りなさいというのは、四位基台の復帰を意味します。

皆さんは、この三段階を中心として、腹中にいる赤ん坊と共に食べ、共に暮らしたという条件を立てていくのです。お母様も三年間は、皆さんが麦御飯を食べる時、共に麦御飯を食べ、皆さんが出ていって活動する時、同じ条件の活動をしました。譽進と孝進は、お母様が麦御飯を食べて生んだのです。言い換えると、お母様も皆さんと同じ心情で生活したということです。

18 天使長は、アダムとエバが創造されたその時から、彼らが結婚する時まで、仕え、奉仕し、敬わなければなりませんでした。天使世界がアダムとエバを敬うことができずに堕落したので、その恨を解くのです。この復帰の過程は、最初にアダムとエバが創造されたことと同じです。

ですから、皆さんは、信仰の三子女を立てて、彼らを皆さんの子女が腹中にいる時から仕える立場に立たせなければなりません。それができなければ、天国に入ることはできません。皆さんの息子、娘だけでは、天国に行くことができないのです。しかし、皆さんがそのような蕩減条件を立てて祝福を受け、息子、娘を生めば、その息子、娘には血統復帰が必要ありません。ところが、それができなければ、天国に行く前に引っ掛かってしまうのです。

父母様は、一九六〇年代に、子女たちを中心として腹中から復帰してくることによって、そのような条件をすべて立てました。当時、皆さんはわかめスープを食べ、牛乳も飲み、御飯も食べました。そのすべてが条件です。

19 一九六三年まで、父母様も麦御飯を食べながら活動をしてきました。三年間は蕩減しなければなりません。家庭的蕩減をしなければなりません。そのようにしながら、皆さんは外に出ていって闘うのです。父母様が麦御飯を食べる時に、一緒に食べなければなりません。内的な面と生活の面において、世界的な供え物の過程を経ていきながら、息子、娘を捧げなければならないのです。そのようにしてきました。皆さんは、譽進が生まれたあとに御飯とわかめスープを食べましたが、それはお母様の血を受けることを意味します。お母様が御飯とわかめスープを食べる時に、その血を受けるのです。

孝進を生む時も、その基準を中心としてそのようにしました。このようにして「子女の日」を探し出しました。それから「万物の日」を探し出してきました。父母様は、そのような基準を中心として、祝福の一日を立ててきたのです。そのようにして、第一次七年路程が終わり、父母様の家庭が解放されるとともに「神の日」を設定したのです。

第四節 真の父母時代と救援摂理の完成

真の父母宣布と救援摂理完成

真の父母様は、聖婚後の七年路程を通して、神様を中心とした家庭的四位基台を完成することによって、地上天国を創建できる出発の基台を立てられるようになった。また、復帰摂理の進展に従って、各時期にふさわしい蕩減条件を立てて勝利することにより、サタンが侵犯できないよう、それに相応する宣布式を挙行された。

真のお父様は、一九九〇年四月十一日、モスクワで開催された言論人大会で、ゴルバチョフ大統領に会い、「無神論を放棄しなさい」と勧告し、帰国後、四月三十日から、全国十二カ所で開かれた「モスクワ大会勝利帰国真の父母様歓迎大会」を通して、韓国国民に「真の父母」を宣布された。

特に一九九二年八月二十四日、第一回「世界文化体育大典」の祝賀晩餐会において、世界の指導者たちに対し、「私は今年の七月初め、韓国の五大都市で開催された世界平和女性連合指導者大会で、私と私の妻である韓鶴子総裁が、人類の真の父母であり、救世主であり、再臨主であり、メシヤであると宣布しました」と発表された。

真の父母様は、祝福結婚を通して人類を真の血統に転換させる、超人種、超宗教、超国家的次元の革命的大役事をしておられる。天の真の愛と生命と血統をもって来られる真の父母だけが摂理的な時を知り、それに合わせて人類の救援摂理を完成させるのである。

1 第二次世界大戦後にキリスト教が反対したため、お父様は四十年間、洗礼ヨハネが成し遂げられなかったことと、キリスト教が失敗したその基準を、再び蕩減復帰しなければなりません。それをしなければ、新婦を探して立てる道がないのです。四十年間で洗礼ヨハネの失敗を完璧に復帰し、キリスト教文化圏を完全に復帰して、アメリカを収拾するのです。サタンからアメリカを奪い返してくるのです。

それで、お母様がアメリカの国会に行って「真の父母と成約時代」を宣布し、国連にまで行って宣布するのです。自由世界を代表するのが国連です。新婦の基台を失ってしまったので、お母様が新婦の立場に立ってアメリカと一体になり、自由世界と一体にならなければなりません。それで、国連に行って堂々と真の父母を宣布したのですが、反対がありませんでした。完全にその上に立って「真の父母と成約時代」を宣布しましたが、全員が感動し、拍手したというのです。

2 人間の先祖が堕落することによって、四大心情圏と三大王権を失ったのですが、今、真の父母の名を中心として、解放された立場で、第二次世界大戦以降のあらゆる事実を、四十七年という期間をおいて再蕩威し、この位置まで来ました。お母様が今まで生涯にわたって、内的に孤独な心情の道を歩んでこられたのも、この日に備え、宿命的な使命を準備するための期間だったからです。

一九九二年を迎え、四月から「世界平和女性連合」を中心としてお母様が総裁の名をもち、世界の女性解放とともに、万民の家庭を天のみ前で抱き得る父母が顕現したという事実を中心として出発し、七月にはメシヤを宣布し、真の父母を宣布し、救世主を宣布し、再臨主を宣布しました。そうすることによって、この地上に中心がなく、希望の基盤がなかった家庭と、国の混乱した環境に、一つの軸を備えられる摂理史的な定着地帯を整えました。神様が懐に抱ける条件を立てて、お母様の解放と二世の解放を宣布できる時代を迎えるようになったのです。

2韓国は、再臨主が来られる所です。その再臨主がお父様です。一九九二年七月三日、きょう、初めてこのような話をするのです。初めて文字に書いて「再臨主は誰だ」と語りました。何と書いておいたのですか。「文鮮明」です! 初めて書いたのです。発表したので、はっきりと知らなければなりません。これからは、天下にすべて公開します。

4一九九二年八月、「世界文化体育大典」の期間中に、リトル・エンジェルス芸術会館で、八つの分野で世界的なトップクラスの人を一千人ほど集め、「私がメシヤであり、救世主であり、真の父母である」と宣言しましたが、それでもうなずくのであって、頭を横に振る人はいませんでした。お父様は、世界を股に掛けて思うままに回る人ですから、政治に対して批判できないでしょうか。転換時代を見極めることにおいて、私以上の感覚や頭をもっている人はいないというのです。それは、世界が公認します。ですから、それを宣布しなければなりません。それを宣布しなければ、定着できないのです。結婚式をしてこそ、夫婦として定着します。

全国を巡りながら宴をしたので、これからは宣布して定着しなければなりません。そうすれば、天地が定まるのです。一つの国を形成するようになるとき、閣僚を選んだとしても、選ぶだけではいけません。その事実を宣布してこそ、定着するのです。ですから、メシヤであり、再臨主であり、真の父母であることを宣布したので、定着するようになるのです。

5神様を中心として真の父母宣布をしました。堕落していない解放の真の父母が、この地上に現れたと世界的に宣布しました。真の父母が出てきたので、息子、娘も真の父母になり、その方の教えを受けたあらゆる人たちも、真の父母になれるのです。堕落することによって、「真の父母」という言葉も、真の父母という存在もなくなったというのです。

6お父様がソ連のゴルバチョフと会ったのは、旧約時代のエサウとヤコブの出会いと同じです。ヤコブの立場にいるアメリカ、日本、韓国を代表したお父様が、エサウの立場にいるソ連、中国、北朝鮮を代表したゴルバチョフと会い、彼の心の中に天の真の愛を植えてあげたというのは、サタンを自然屈伏させるヤコブの還故郷になるのです。

今やエサウには、兄弟と一つになり、天の父母に侍る道だけが残されています。兄弟である自由世界と一つになり、天の父母に侍ることだけが、共産圏の生きる道です。これは歴史始まって以来、最大の事件であり、天の側の勝利をもたらす新しい起源になるのです。それゆえ、帰国し、大韓民国の国民と民族の前に、真の父母歓迎大会を通して真の父母を宣布したのです。

7真の父母宣布をしたので、世界的、宇宙史的な転換時期が訪れてきます。真の父母のあとに従っていこうとすれば、真の父母の息子、娘がいなければなりません。真の父母の一族がいなければならず、真の父母の一民族がいなければなりません。真の父母宣布をしたのなら、真の子女を中心とした真の家庭宣布がなければならないのです。家庭だけではありません。第一次のアダム、第二次のアダムが失敗したので、これを蕩減できる氏族メシヤ圏を確保して、真の父母に代わって宣布式をしなければなりません。そうしてこそ、大転換的な国家基準と世界基準の基盤ができるのです。

8アダムが失敗したことを、イエス様が収拾しようとしてできませんでした。イエス様が失敗して亡くなったので、再び来られる再臨主は、完成した第三次のアダムとして来て、第一次のアダムが失敗したこと、第二次のアダムが果たせなかったことを復帰しなければなりません。本来人類は、(完成した)第一次のアダムの子孫になっていなければなりません。イエス様が死んでいなければ、人類はみな、イエス様の息子、娘になるのです。そのようになっていれば、既に統一天下ができていました。

イエス様が死なずに結婚して息子、娘を生んでいれば、イエス様の一族がこの地上に長孫(韓国では、長男の長子を指し、祭祀をつかさどる人を意味する)として王権を残し、千年、万年継承するはずでした。民主世界は兄弟主義です。父母主義ではありません。兄弟同士で争うのです。父母がいないので争うのです。ですから、父母主義に帰らなければなりません。この地上の兄弟主義、この世界を収拾するためには、真の父母が出てこなければなりません。

9エデンの園でアダムとエバが十代の時に堕落しました。堕落は男女の問題です。そのような種を蒔いたので、全世界的に秋になったために、青少年の問題や家庭崩壊の問題が深刻になるのです。それで、主人がいない立場で嘆息しているのが、今の世界万民の実相です。ここで、どのように本来の主人を探すのかということが問題です。そのような意味で、真の父母が出てくるようになったのです。

偽りの父母によって汚されたあらゆるものは、消えざるを得ません。それを打ち壊す「終わりの日」になれば、その反対の神側は、真の父母を中心として新しい個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の観が立てられるようになります。それで、地上と天上のあらゆるものが一つになる世界を求めざるを得ません。そのために真の父母が現れて、真の愛、真の生命、真の血統を出発させなければならないのです。

10 メシヤは、真の父として来られる方です。人間始祖の堕落によって偽りの父母が現れ、人類が偽りの血統を相続して生まれたため、人類に対する救援摂理は簡単なことではありません。その血をいくら清めても、きれいにならないのです。ですから、何千万年たっても、人類の救いは終わりません。偽りの父母によって汚されたそれ(血統)は、神様もどうすることもできません。人間が責任分担を完成して、神様の血統を相続し、子孫たちに引き継がせてあげなければなりません。それが創造理想です。そのような創造理想をアダムとエバが壊してしまったので、それを復帰しない以上は、神様が正すことはできません。

それで、真の父母が現れて、蕩減復帰するのです。逆さまになったものを、本来のとおりに戻すことを蕩減復帰というのですが、それは、ただそのままできることではありません。反対の道を準備して戻っていかなければなりません。その蕩減復帰の路程を通過しなければ、本然の世界に帰る道は永遠にないのです。

11 今までお父様が、どれほど困難な立場にいたか分かりません。普通の人であれば、数百回でも放棄し、逃げ出したいと思うほど、恐ろしく、深刻な立場でした。しかし、その立場でびくともしませんでした。その道を行くことが使命だと思ったからです。もしこの道が簡単な道だったならば、サタンが先に選んでいたでしょう。サタンが行くことのできなこをお父様は行きました。

このようにしてその領域を家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙まで拡大するのです。それで、真の男性の立場で、神様と断絶した世界人類の仲保者として立ちました。そして、高速道路を築いて神様をお迎えしてくるのです。そうすれば、神様が天宙基盤から世界、国家、民族、氏族、家庭基盤にまで降りてきます。神様が降りてきてとどまる場は、父母圏の位置です。今ではもう、サタンが越えてくることのできない領域をつくりました。

12 お父様は、有名な王国の王子として生まれたのではありません。誰も認めてくれませんでした。韓国は、戦争で傷ついた小さな国なので、そこに再臨主が来るとは誰も思いません。再臨主は、イエス様が死ぬことによって始まった民主と共産、イスラームとキリスト教の四大怨讐圏の争いが、世界的に発展して収穫期になった時に来て、これを収拾して統一しなければなりません。名実共にそのようなことをしました。すべて成し遂げました。

そこで大成功するまで、多くの複雑な内容があります。一家族が巻き込まれて苦労することとは比較になりません。一国の苦労は何でもないのです。忍耐力をもって、すべて整理してきました。

13 主が再び来て、左翼と右翼の世界を統一しなければならず、宗教世界を統一しなければなりません。左翼と右翼の世界を一つにし、宗教世界を一つにすることを、お父様がしています。アメリカ政府がしたのではなく、ソ連政府がしたのではありません。来られる主は、イエス様が成し遂げられなかったことを、成し遂げなければならないのです。このようにしなければ、復帰することはできません。これを乗り越えていくことができないというのです。歴史は、そのまま成し遂げられるのではありません。

歴史は、摂理と共に進むのです。お父様が出てくることによって、摂理と共に歴史が進み、神様が生きていることを歴史的に証できるようになりました。神様を否定できない時代に来たのです。

14 祝福家庭は、イエス様の立場にいるので、国を復帰しなければなりません。イスラエルは、南と北に分かれました。北朝の十支派と南朝の二支派に分かれたのです。レアとラケルによって一つにならなければならなかったものが、紛争によって国家的な基準で分裂してしまいました。イエス様は、そのような立場で亡くなったのです。それを象徴するのが、右側の強盗と左側の強盗です。それがカインとアベルの立場で世界的な基準になっているので、その基準の上に再臨主が来て転換し、勝利圏を形成して統一しなければなりません。

ですから、再臨主の使命をもった人は、共産主義を整備しなければなりません。それで、お父様は、共産主義を打倒する世界一のチャンピオンとして働かざるを得ませんでした。民主主義を一つにしなければならず、世界を一つにしなければならず、アメリカまでも収拾してあげなければなりません。そして、宗教界と政界がすべて一つになるようにしなければならないのです。

15 真の父母には、間接主管圏と直接主管園を連結させる責任があります。サタンに引っ掛かっている個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の塀を、どのように壊すかということが問題です。サタンはサタンなりに、継続するこの神様の役事をどのように遮るかと考えています。このように、互いに対決してきているのです。サタンがしつこく、神様に敵対しているというのです。ですから父母様は、サタンと神様の中間で、いつもサタンを除去する業をしてきたのです。サタンの讒訴を受けない位置で、このことを進めていかなければなりません。それで、蕩減路程が出てきたのです。それが人間の責任分担です。

今まで人間は、責任分担を果たせませんでした。サタンは、それがメシヤの責任であることを知っています。ですから、すべてのサタンの勢力を総動員して、真の父母を攻撃したのです。父母様は、サタンの塀を壊す業を、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界まで経てなしてきました。

16 昔は、主流宗教を信じて善なる名を残し、善なる霊界に行っている霊たちが神様のみ意に従って、地上の摂理を助けました。そこを通さなければ、地上と関係を結べる道が今までなかったのです。真の父母様がこの地上に現れ、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的伝統を立てて闘い、勝利して越えてきたので、これからは宗教圏解脱です。世界的な勝利の版図を備えたため、真の父母時代には宗教がなくなります。

アダムとエバ自体が堕落しないで真の父母になっていたならば、宗教は必要ありません。そのようになっていたならば、それ自体を中心として、永遠に天と一体となって合徳するようになり、その一体的理想を中心として、先祖たちがいつでも、地上で暮らす自分の子孫と連結するようになるのです。イスラエルの民族的選民圏、キリスト教の世界的選民圏、統一教会の天宙的選民圏を中心として、すべてのものを蕩減復帰したため、宗教圏解脱時代が来るのです。ですから、霊界が地上世界と平面的に接することのできる時になるのです。

そのため、宗教を信じない人々も、選民圏を通して宗教を経て、霊界と連結され、過去の時代が過ぎていくようになります。真の父母の勝利によって、宗教を信じない人々も宗教主流圏内で旧約完成時代、新約完成時代、成約完成時代に連なっていき、霊界に行ったすべての先祖が、いつでも地上の自分の子孫たちを訪ねてきて、協助する時が来るというのです。

真の父母様の最終一体・救援摂理完結宣布

真の父母様は、二〇一〇年、天暦五月八日(陽暦六月十九日)午前二時二十分と、五月十五日(陽暦六月二十六日)午前三時二十五分、アメリカのラスベガスにおいて、神様と縦的に一心、一体、一念、一和、一核を成し、御夫妻が横的に最終一体を成し遂げた基盤の上で、旧約・新約・成約時代の完成、完結、完了と、全体、全般、全権、全能の時代を宣布された。

そして、二〇一一年、天暦十一月十七日(陽暦十二月十一日)、天正宮博物館において、「天地のすべての存在が焦点を合わせ、創造主、神様が探して立てられた創造本然の基準のもとで、すべての摂理の完成、完結、完了と最終勝利を宣言する」と語り、「すべてのことを成し遂げた!」と発表された。

海洋天正宮において、天暦十一月十七、十八日「天一国最大の勝利の記念日」という宣布文を記し、「神様と真の父母様一体完了! 神様が完成、完結、完了! アーヂュ! 侍奉天国成る。祝文鮮明、アーヂュー」と宣布された。また、真のお父様は、二〇一二年、聖和(天暦七月十七日、陽暦九月三日)される二十一日前の天暦六月二十六日(陽暦八月十三日)、地上の生涯における最後の公式宣布文を次のような要旨で残された。

「きょう、最終的な完成の完結をお父様のみ前にお返しし、今までの一生をお父様にお捧げすることを知っておりますので、そのみ旨のままに、今や精誠を捧げてすべての生を終了する時間を備え、氏族メシヤが三百八十七カ国さえ復帰すれば、すべて終わることを宣布します。そのことのためのすべてを成し遂げました! すべて成し遂げました! アーヂュー」。

17 お父様は、精神的にもそうですが、この体でも、すべてのことにおいて、誰も付いていくことができない伝統を立てています。天地を思って精誠を尽くしています。その精誠がしみ渡って天地に連結されるようになるとき、その精誠が主流となってサタンが侵犯できないのです。天の眷属とすべての霊人たちが橋を架け、この道を通ってお父様が築いた基盤上に来ることに対しては、サタンが反対できません。今や完全にみ旨をすべて成し遂げたというのです。

18 お父様が行く道を、皆が反対しました。アメリカとソ連、中国が反対し、金日成主席が反対し、すべて反対しました。それをすべて越えたのです。左翼を崩壊させ、共産世界の解放とともに、サタン圏を完全に統一して、一つの基準で束ねるのがお父様の使命です。今や、この道を行くとき、塀がありません。今まではありとあらゆる塀がありましたが、すべて崩しました。個人から神様、八段階まで行ったので、塀のない中を帰ってくることができるのです。これが統一です。個人統一、家庭統一、氏族統一、民族統一、国家統一、世界統一、天宙統一です。お父様がサタン世界の塀をすべて崩し、統一された環境をつくって、祖国を訪ねるのです。

19 四千年の期間に相当する過去四十年間、父母様は、安らかに寝ることができませんでした。全人頓と全国家が反対してきました。その期間、どのように個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙圏を克服できるかということに対して、身もだえしました。その峠を何度も越えていく道は、サタン世界とは全く違う道でした。天宙の背後にいらっしゃる神様と交流して、サタン世界の塀を一つ一つ崩しました。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の塀まで、一つずつ崩して高速道路を造ったのです。そのようにして人類は、アダムとエバが堕落する前の立場に復帰されたのです。

その時には、アダムとエバが行く所なら、どこへでも神様が付いていくことができます。そのような立場を再び取り戻したのです。天の世界が来て、サタン世界は退きます。サタンは、父母様が行く道を妨害できないというのです。サタンは常に屈服するしかありません。

20 私の前にある個人的な塀、家庭的な塀、国家的な塀を含め、積み重なっていた八つの塀をすべて突破しました。四十年間で、アダムとエバがいくらでも回っていくことができ、行ったり来たりできる道をすべて築いてきたのです。その道は、私が個人的に回って余りある道です。数多くの宗教と国家が反対しました。しかし、私は突き進みました。それで、死なずにここまで生きてきたのです。

今や、すべて成し遂げました。すべて成し遂げたので、死んでも何の問題もありません。真理が残っているからです。原理が残っています。これは、神様の法廷で判決を受けた勝利の公布文です。サタンも否定できません。

21 復帰というものや完成というものは、アダムが一代でしなければなりません。真の父母一代で、すべてのことを整理しなければならないのです。ですから、どれほど忙しいか分かりません。そのため、宣布式をするのです。宣布式をしてこそ、神様がそこに旗を立てることができるからです。ですから、数多くの宣布式をすることによって、神様が主人になる旗を立てるのです。旗を立てた所は、真の父母と神様が主管できる権利圏内に入ってくるのであって、サタンの権利圏内には入っていかないのです。

父母様は、アメリカを経て、ソ連を経て、韓国に帰って真の父母宣布式を全国的に行いました。そのことによって、民族が反対せず、環境的条件が歓迎したという杭を打ち込むのです。それからは、サタンは後退しなければなりません。その宣布の内容を信じて従う人々が、その宣布圏内に入ってくるようになれば、サタンが引っ張っていくことはできません。国をもたずに暮らしていた人でも、国境が設定されたのちには、その国の法と環境に合わせて従っていくようになれば、その国の民になるのと同じです。

22

お父様が、正に天から印を受けて顕現した、人類が何よりも待ち望んできた救世主、再臨のメシヤ、平和の王だということを明らかにしなければ、霊界でも地上でも問題になります。ですから、宣言をしたのですが、宣言したものは、憲法を決定して宣布したのと同じなので、その法に一致していない人は失敗者になり、法に一致することを宣言して立ち上がった人は、永遠に残ることができるのです。すべての完成標準になることはもちろん、法の決定標準になる憲法以上の位置にあるので、包み隠さず、すべて発表しなければならないのです。

今までは発表しませんでしたが、お父様自身が今後、逝く時には「すべて成し遂げた」と言うことができ、み旨を中心として関与したその環境圏内で、お父様と関係を結んでいないものはないという事実を明らかにしてから逝ってこそ、天上世界でも初めて安着するのです。

それと同時に、地上でもそこに相対となって一つになることによって、平和の天国が連結されるのです。驚くべき話です。お父様自身も、生死の境を乗り越え、死なないように最高の精誠を込めてこの位置にまで来たのであり、このことを宣布しているというのです。

23 目に見えない神様ですが、見える実体以上に真の父母として、侍ろうと思わなければなりません。暗闇を除去し、光の中で光の道に従い、地獄の解放圏まで、天上世界にサタンの足跡や影もなくなるその場まで、解決すべき責任があるのです。そのため、この責任分担を果たさなければなりません。神様の責任分担を果たして、神様が「私の天下だ。私の天宙だ」と言えるようにならなければなりません。

ですから、昼夜に限界線がなく、常に二十四時間、光明天地なので、光明天地の王になるのです。神様だけが王になることができます。私も、すべてを神様に引き渡してこそ、「蕩減、解放、釈放を成し遂げた」と言うことができます。これが責任分担の完成圏であり解放圏です。天の国に境界線がなく、地獄に境界線がないというのです。霊界の大きな谷間を平地にするのです。そうして、誰もが思いどおりに霊界の先祖と共に暮らすのです。先祖を呼べば来るようになっていて、先祖の言葉を聞いて実践できるのです。そのような天国本来の基準をつくって、神様が「すべて成し遂げた」と宣布しなければなりません。

私が創造理想も完成したので、神様の責任分担完成となります。原理原則を知らずに堕落したので、真の父母が教えて一体圏をつくらなければなりません。そうであってこそ、解放圏地上理想天国、本郷の地に平和が宿り、神様に侍ることができる祖国光復が始まります。

24 お父様は、既にすべて越えました。私が考えても、夢のようなことを成し遂げたのです。どのようにして、このようなことをすべて成したのかというのです。自分がやったとは夢にも思いません。天が内外においてすべて整えておいて、枠組みを築き、訓練して、また枠組みを築いて、すべて成し遂げたのです。天がより苦労したというのです。ですから、私は不平を言わずに生きる人です。

25 人間は、堕落によって故郷と祖国を失ってしまいましたが、地球星が私たちの故郷の地であり、神様がいる所が私たちの祖国です。どのように孝子、忠臣、聖人、聖子になり、どのように王になるかをすべて知りました。知らないことがありません。ですから、地上天国と天上天国が成し遂げられるのです。

第四次アダム圏時代が来ます。それゆえ、「七・八節」を中心として真の父母の完全定着、そして「九・九節」と「三・十節」を中心として解放圏を宣布しました。偽りの父が、神様が創造したすべてのものを消し去り、破壊したので、真の父母が再創造してすべて復帰完成し、統一世界、家庭理想一体地上天国時代を開いたというのです。解放圏を中心として、第四次アダム圏の堕落していない本然の世界、何千年もの間、空いていた天国を一度にもってきて合わせられるようになりました。

ですから、神様が解放され、サタンまでも赦されて天国に入っていける基盤がすべてできたのです。父母様も今や、解放されなければなりません。そうして、最もどん底の谷間にいる人々まで、天国に連れていかなければならないというのです。

26 お父様は一生の間、迫害を受けながら、ために生きてきたので、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な反対圏をすべて収拾しました。ですから、お父様は、個人完成と同時に家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階の完成を間違いなくしたのです。六千年の歴史がかかっても完成できなかったことを、すべて成し遂げました。ですから、今の世界には蕩減がありません。

第四次アダムの心情圏を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対投入をする場合には、相対的に上がっていくようになるのです。高速道路があれば、自動的に宮殿の前まで直行できるのと同じです。何も妨害するものがありません。問題は、どのように運転するかということと、ガソリンがあるかということです。ガソリンだけ供給してもらえれば、いくらでも走ることができる時代になりました。

27 神様は、一代だけでなく、数千年の救援摂理を継続し、この時まで四千年の復帰歴史を導いてきました。全体は六千年ですが、イスラエル選民圏を中心とした四千年の復帰歴史がねじ曲がっていったのです。ですから、お父様が、これを四十年間で蕩減復帰しなければなりません。

そのようにして、一生を通して築いておいたあらゆる福を、お母様にすべて伝授してあげました。夫を自分の祖父のように信じ、自分の父のように信じ、自分の兄のように信じなければならないのですが、そのように生きてきたというのです。それがお母様の立派なところです。

28 摂理的禧年(ヒニョン=すべてのものが元の位置に戻る、喜びの年)の二〇〇七年を迎えて、父母様を中心としてすることとは何でしょうか。お父様は、無形の神様に代わってこの地上に現れ、天の機密、地の秘密、人間の秘密をすべて解き明かし、蕩減して、勝利した基盤をお母様に譲り渡しました。お母様は、これを中心として百八十カ国で、そして、カインとアベルが一つになって、四十カ国で一体圏家庭を中心に収拾したのです。その次には、皆さんの家庭が行かなければなりません。

神様が一代、アダムが二代、それからアダム家庭のカインとアベルが三代ですが、三代圏を失ってしまったので、お父様がこれを越えて勝利したのです。お母様がこれを越えることによって、エバ圏が勝利して、父母様が勝利したのです。

29 お父様は、監獄を訪ねていきました。平壌に行く時、既にどのような人に出会うかという約束がありました。どのような人に出会い、どのようなことをしなければならないかが分かったのです。イエス様が監獄に行く時、十二弟子がいましたが、すべて裏切りました。しかし、お父様は、獄中を経ながらも、十二弟子以上を取り戻したのです。失ってしまったものをすべて捜し立ててこそ、蕩減復帰になります。

ですから、今後、記念塔を建てる場所はどこでしょうか。お父様が獄中生活をした場所が、記念になり得る実体の位置を築いた場所です。ダンベリーの苦難以上の基準を中心として、お父様とお母様が一つになリ得る一体圏を発表したのです。

30 真の父母様は、すべての蕩減復帰摂理歴史を完成、完結、完了され、新時代を開いてくださいました。天一国の時代を開いてくださいました。今や皆さんは、み旨を知らない多くの皆さんの隣人と、さらには多くの国の人々を教育して、天の父母様と真の父母様のみ旨と一つになれるように導かなければなりません。その道だけが、天のみ前に負った負債を返す道であり、世界の前に使命を果たす道になるのです。

31 二〇一〇年、陰暦五月十五日、この日付が重要です。この日、お父様とお母様が最後の宣言をしました。その時、韓国とそれ以外に対する方針を、お父様とお母様が約束しました。間違いなく、お母様がお父様と一つになって進むことを約束した時間です。それを公布した時間が、二〇一〇年、陰暦五月十五日午前三時二十五分です。堕落した世界の終幕の闘いにおいて、お母様がお父様と神様を中心として約束したのですが、それが二〇一〇年、陰暦五月十五日午前三時二十五分の出来事です。

その時、「三時は初不得三(チョブドゥクサム=精進すれば必ず成功するという意味)の三時代を代表し、旧約・新約・成約時代の完成、完結、完了の時代を迎え、真のお父様と真のお母様の最終一体圏が完成、完了した全体、全貌、全権、全能の時代を奉献、宣布する」と言いました。

32 天地のすべての存在が、二〇一一年十二月十一日、きょうこの時間に焦点を合わせています。真の父母がこの地上において、主人である創造主の本然の基準を完成、完結、完了することによって、地と天、父と子女、家庭と世界が一体となって解放、釈放され、天宙の真の父母の勝利と創造理想世界の勝利の覇権を完成・完結・完了宣布するこの日となりました。

神様万歳(マンセ)! 真の父母様万万歳! 万宇宙の解放勝利の覇権の王者、真の神様と真の父母一体圏家庭の天国となるようお許しくださった、すべてのことを成し遂げました。すべての勝利の主権が決定されたものとして宣布いたします。天と地、天地父母が一体となり得るけさ、完成解放終了を宣布する、この時間となったことを感謝いたします。アーヂュー

第五節 真の父母様に倣い、真の父母となる道

真の家庭のモデルを立てられた真の父母様

人間は本来、神様の愛の中で個性完成し、真の夫婦、真の父母となり、真の家庭を築かなければならない。真の家庭は、父母の愛、兄弟の愛、夫婦の愛、子女の愛を順次感じて、体得する「生活の時空間圏」であり、創造目的を完成する根本基台であるため、すべての人間の願いとなる。真の家庭の一員となった人間は、真の愛の実体となり、神様のみ旨に背いて人に損害を与えたり、万物世界を悪用したりすることができなくなる。真の父母様は、神様の創世以後、最初の真の家庭理想を完成することにより、人類が手本とすべき人生のモデルを立てられたのである。人類は、天地人真の父母様が神様を愛し、人を愛し、万物を愛される、愛天、愛人、愛国の「ために生きる生活」をしてこられた、生涯の伝統を手本として、そのごとく生き、実践しなければならない。

1 父母様の家庭が、全体家庭を代表しています。それで、世界人類の家庭を水平に置いて、再創造するのです。原理原則を中心として、すべて、一つにさせるのです。四大心情圏と三大王権と皇族圏が形成されるというのです。長子権から父母権が成立し、王権が始まり、皇族圏が始まるというのです。それが形成されてこそ、神様が夜も昼も、思いのままに通過できるのです。

個人から世界のどこに行っても、すべて表面的に連結され得る概念が、統一された祖国です。家庭がすべて、連結できなければなりません。新しい家庭を中心として、すべてに通じることができてこそ、祖国になります。新しい家庭が連結されたものが、祖国です。「私」がそのようなモデル家庭になれば、どの家に行っても、そこにいることができるというのです。神様が思いのまま、自由に動くのと同じです。

2 霊界に行って幸福な人とは、どのような人でしょうか。自分の家に付いてきて、一緒にいたいという人が大勢いて、たくさんの人が出入りするとすれば、その人は幸せなのです。民族が違い、環境が違いますが、体と心が一つになり、夫婦が一つになり、父母が一つになり、子女が一つになった新しい家庭組織があれば、どこでもすべて合うのです。長子権復帰、父母権復帰、王権復帰と四大心情圏復帰ができれば、統一教会の世界になるので、通じない所がありません。新しい家庭には、そのような責任があります。一つのモデルにならなければなりません。

このような完全な家庭を連結させたものが祖国です。それでこそ、神様が共にいることができます。神様も皆さんも、真の父母を慕います。自分が慕うように皆さんも慕うので、神様が思いのままに入っていけるのです。そのように連結された家庭が大きくなったものが祖国です。モデル家庭が真の父母家庭であり、その家庭を手本として、数多くの家庭を輩出することができるのです。

3 堕落した人間世界に一番必要なのは、神様の本然の愛を中心として堕落圏を乗り越えた真の父母です。原理で言えば、責任分担を完成するその圏内を越えた人が、真の父母です。間接主管圏から、直接主管圏に入った人です。直接主管圏は、愛に一致した世界です。このようになれば、他の主人が現れることはできません。絶対的です。

愛に一致すれば、二人の主人を願わないのです。神様も他の主人を願わず、人間も他の主人を願いません。これをもって、永遠の基地になるのです。それがモデルとなります。それが家庭に拡大し、氏族、民族、国家に拡大し、その愛の軸を中心として、天運が回るようになっています。

4 創造本然の理想世界は、神様の真の愛、真の生命、真の血統を中心として、真の子女、真の兄弟、真の夫婦、真の父母の四大心情圏を完成することによって成し遂げられる世界です。人間始祖が神様のみ旨を不信し、天使長と不倫の血縁関係を結ぶことによって、人間は悪の種を受け継ぐようになりました。このような愛の関係により、人類は悪なる父母と悪なる子女を通して、悪なる生命と悪なる血統の根をもつようになったのです。

このすべての堕落の起源は、正に青少年期に発生しました。青少年期は、一生で最も重要な時です。今日の若者たちは、無分別な価値観の混乱によって、人類始祖がそうであったように、堕落のどん底に陥っています。フリーセックスや利己主義などにより、道徳と倫理を否定し、父母と子女を否定し、家庭を貴く思っていません。このような地上地獄になったので、地上天国を実現するためには、このすべてのものを、神様の絶対的真の愛の基準を中心として、神側に一八〇度転換しなければなりません

すなわち、悪魔が人類の家庭を破壊したので、神様は人間を救うために、その反対の経路を通して、真の父母を中心とした真の家庭のモデルを立ててきました。神様は、創造本然の立場において、愛と平和の世界を願っているのです。

5 今、この世界は、家庭が崩壊していっています。父母自体も無秩序であり、兄弟も分裂しています。一つの家族がすべて、中心もなく反対方向に向かっています。その家庭の崩壊状況を解決するために、真の父母が必要なのです。真の父母を完全に知ることによって、家庭は収拾されるのです。

現在の家庭だけでなく、真の父母を知らず、崩壊した人生を生きては死んだ、過去の先祖たちの家庭も再び地上に呼び、復帰させることが可能になりました。それが再臨復帰です。子孫も同じです。原理の内容をはっきり知って、体恤する基準の上に立てば、子孫を守り、正しこに導いていくことができるのです。ですから、真の父母が必要な理由は、真の家庭によって収拾するためなのです。

6 神様の創造理想は、八段階の真の愛のモデルの主人を完成することです。すなわち、腹中時代、幼児時代、兄弟時代、約婚時代、夫婦時代、父母時代、真の祖父母時代、真の王と王妃の時代を経て、永遠に変わらない真の愛の伝統を立て、父子関係である真の愛のモデルを完成するのです。真の神様の真の愛、真の生命、真の血統は、絶対、唯一、不変、永遠なので、子孫万代の不変なる真の愛を中心としたモデルとして相続されるのです。真の愛を中心としてこそ、父子一体、夫婦一体、兄弟一体になります。

父を愛の主人にしてくれるのが息子であり、夫を愛の主人にしてくれるのが妻であり、兄を愛の主人にしてくれるのが弟です。反対に、子女に父母がなく、妻に夫がなく、兄に弟がいなければ、それぞれ愛の主人の位置を探し出せないのです。

真の愛の主人になるためには、相対を自分よりも高め、そのために生きなければなりません。ですから、個人においては心身一体、家庭においては夫婦一体、兄弟一体、そして、国家一体を形成して、八段階の理想モデルである愛の圏を完成しなければなりません。

そうして、父母と子女、夫婦、兄弟姉妹、国々が、すべてこのような真の愛を中心に、八段階モデルの主人になることを願うのが、私たちの理想家庭と国家です。ここから永遠の世界的平準化が始まるので、地上天国が出発するのであり、また、天上天国も自動的に成し遂げられるのです。7真の父母が現れて、家庭のあらゆるモデルを見せてあげ、教育してあげない限り、平和世界は、その起源がありません。真の父母が世界的に展開してきている国際祝福結婚は、単なる一教団の結婚儀式ではありません。神様の愛の伝統を立てる救国、救世の運動です。青少年たちには、婚前純潔運動を実施します。そして、成人たちには、神様の真の愛を中心に、夫婦間の絶対信義と貞節の誓約のもと、祝福結婚をするように導く運動をします。真の愛の家庭を通して家庭の崩壊を防ぎ、国と世界に平和の礎石を据えるのです。

特に、政治的、歴史的に不和で怨讐関係にあった国家間の人々が、その高い塀を越えて、姻戚関係、真の愛の関係を結ぶようになるため、平和の範囲は、国家を越え、人種を飛び越えることになります。真の平和に向かう高次元の公式は、不和と怨讐関係である家門、さらには怨讐国家の子女たち同士が交叉結婚祝福をして、天地が願う、真の愛を中心とする真の家庭完成の祝福圏を成立させることです。怨讐同士が交叉結婚をしてこそ、平和の出発が始まります。家庭でもそうであり、国同士でもそうであり、思想同士でも、そのようにしなければなりません。そうすれば、思想界を越えて、思想界以上の幸福と平和の世界になります。ここから、神様と人間が願う永遠の平和世界が出発するのです。

8真の父母様が歩んできた蕩減路程を絶対的に信仰すれば、霊界において過去のすべての塀を越えていける条件になります。父母様に侍ったその基準が、霊界と連結されるからです。父母様が教えてあげた真の愛、真の生命、真の血統を中心として、心情一体を実現しなければなりません。

真の父という概念を中心として、心情と和合できる血統に連結された息子、娘になり、その息子、娘が、その神様の愛と生命の実の実体として、夫婦になるのです。夫婦になることによって、二性性相の正分合本体の心情圏に一致し、天上世界と地上世界において縦的に一つになるのです。同時に、夫婦生活を中心として東西が一つになり、息子、娘を中心として前後が一つになるのです。それは、家庭モデルの金型と同じです。モデルの表題です。

そこでは、神様の愛をすべて感じることができます。息子から感じることができ、娘から感じることができます。生命も息子から、娘から、血統も息子から、娘から感じられます。それが左右関係、上下関係として一体になっているため、神様の生命を身代わりした息子、娘になり、夫婦になることによって、横的な基準で神様の愛、生命、血統が連結されるのです。

9神様は主人です。神様は先生です。神様は父母です。これが三大主体思想です。真の父母になるためには、師の中の師にならなければならず、主人の中の主人にならなければならず、父母の中の父母にならなければなりません。真の主人、真の父母、真の師になろうとすれば、真の神様をはっきりと知らなければなりません。

真の神様の理想を中心として、真の人間、真の家庭、真の国家と国民を教えてあげるのです。しかし、今までそれを知りませんでした。真の父母は、正しく歩む道を教えてくれる人です。真の父母になれる道を教えてくれるのです。また、真の主人になれる道を教えてくれるのです。

10 天正宮博物館で揮毫した表題とは、「天一國眞聖徳皇帝億兆蒼生萬勝君皇太平聖代萬事亨通」です。この標語を中心として生きなければなりません。今や誰が干渉しなくても、天地の道理をすべて体得し、生きるべき道、公式的な道が分かったので、これ以上、教材は必要ありません。これが最後です。

11 父母様は今、地上で全体を越えて、勝利の覇権の位置、神様の王権樹立とともに、自主国勝利の解放世界と円一統一世界まで成し遂げました。そのため、父母様を中心として完全に一つになるのは、創世前から創世以後の摂理歴史全体の完結を、「私」自身が判定するためなのです。判定されたその勝利の覇権をもって、神様の印とイエス様の印と真の父母の印を受けてこそ、解放になります。そのような途方もない内容を、私たちがすべて個人的に蕩減することはできないので、絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。

そのため、父母様を中心として、皆さんの所有観念や欲望、このようなすべての基準が、父母様以上に越えることはできないのです。

絶対信仰、絶対愛、絶対服従をして、相対的実体圏を、私個人から、家庭を越えて、国家、世界、天宙まで越えるとしても、変わることのない家庭モデルの形態をつくり上げなければなりません。皆さん個人と家庭において、祝福を受けた基準が、全体を越えて公認を受けられる主体的立場に立ってこそ、創造理想世界、堕落がなかった本然の世界に帰るのです。円一統一世界に越えていくというのです。

12 個人から家庭、氏族、民族、国家、世界に、自由に往来できるモデルが、真の父母様の家庭なので、ここと永遠に一体にならなければなりません。そして、真の父母様の伝統を受け継ぎ、家庭から世界まで、すべて神様と真の父母様と真の子女として同和してこそ、統一された祖国が完成するのです。

いつでも真の父母様の家庭が、そのモデルです。そのため、真の父母様の家庭とすべてのものが、一つにならなければなりません。世界とすべて連結されなければなりません。真の父母様の家庭は、一体となった皆さんの家庭のモデルでもありますが、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えて、全体のモデルになるからです。ですから、自由に往来できるモデルが父母様の家庭なので、ここと永遠に一体にならなければなりません。これは、父母様が個人から家庭、氏族、民族、国家、世界のモデルになるための伝統でもあります。

その伝統を受け継ぎ、家庭から世界が、神様と真の父母と真の子女として同和してこそ、統一された祖国が完成するのです。同和するというのは、完全に和合して、一緒にいるということです。真の子女とは、父母様の直系の子女のことを言います。ですから、真の父母の家庭を手本として、世界が一つにならなければなりません。そのモデルは、神様と真の父母を身代わりするためのものです。真の父母と神様を身代わりするためには、真の父母と直系の子女を中心として、一つに統一されなければなりません。それでこそ、祖国統一が成し遂げられるのです。

人類が行くべき真の父母の道

人間は誰しも、アダムとエバの堕落によって、宿命として復帰の道を行かなければならない立場に置かれた。神様のみ前に絶対信仰、絶対愛、絶対服従の生活をすることにより、億万のサタンを自然屈伏させ、勝利された真の父母様の典型路程を、そのまま歩んでいかなければ、堕落の因縁を清算する道はないのである。

真の父母様は、地上だけでなく、霊界における凄絶な霊的闘いまでも勝利し、神様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従して、ために生きる実体となられ、その勝利圏を祝福家庭に相続させてくださる恩恵をお与えになった。人類は、真の父母様の真の愛、真の生命、真の血統の伝統を相続し、真の父母となって、氏族メシヤと天一国の民としての責任を果たさなければならない。

13 人間は、堕落した父母から生まれたため、絶望の中で呻吟しながら、目的と方向も分からないまま、日々変化する立場で生きてきました。

しかし、私たちが行く道は、変わりません。朝はこのようにして、夕方にはあのようにして、というようなことはできないのです。「真の父母が行く道が私の道であり、真の父母が暮らす生活が私の生活であり、真の父母が立っている場所が私の場所であり、真の父母の世界が私の世界である」という思想を強固にもたなければなりません。そして、「真の父母を慕うことにおいては、世界で一番慕っている」と言わなければなりません。真の父母に侍って行く道にいくら暴風雨が吹きつけても、これを幸せなこととして消化し、歩んでいくことができなければなりません。

ですから、未来になれば、世界の復帰や、一つの世界というものを夢見る必要はありません。皆さんはそのとき、歴史的伝統と希望の基準になる真の父母の家庭を身代わりすることができる、未来の世界的な家庭になりなさいというのです。この原則は変わりません。その原則になる家庭が、真の父母の家庭です。

14 皆さんは、自分自体で完成するのではありません。純然と、父母様の愛によって完成するのです。子女が父母の懐から生まれれば、良し悪しにかかわらず、その父母の形態に似るのです。それと同じように、統一教会では、真の父母の道理を教えてあげます。それが、皆さんには福の中の福です。

人間の願いは、真の父母に出会うことです。死の道を行っても会うべき人が、真の父母だというのです。歴史をすべて失ってしまい、時代をすべて失ってしまい、自分の子孫をすべて失ってしまうとしても、真の父母に出会うならば、歴史を取り戻すのであり、時代を取り戻すのであり、未来を取り戻すのです。このような方が、正に真の父母です。堕落した過去の歴史は、一つの世界を願ってきました。ある一時に、平和の世界がこの地に立てられるということを、未来の希望として抱いてきたのです。

15 今、父母様の家庭を中心として、世界人類の家庭と、家庭対家庭として向き合える時が来ました。復帰時代になったので、天の側の家庭モデルをつくっておき、サタン世界の家庭に道を教えてあげるのです。息子、娘が父母に仕えるのと同じように、妻が夫のために、子女が父母のために、妹が兄のために尽くすのと同じように、今まで完全となり得なかった道理を超越し、完成した一つのモデルを掲げるのです。

真の愛を中心として、縦横の真の父母の心情をすべて受け継ぎ、完成した息子、娘になってこそ、真の父母になるのです。神様の心の中で構想した完全な兄弟の理想を成し遂げたあとには、夫婦になります。夫婦の中でも、願ってきた最高の完成した夫婦になるのです。この夫婦が父母になるのですが、父母としても完成した位置にいる父母です。神様が天の家庭を中心として、理念として待ち望んだ心情的、系列的な完成実体として現れたのが、真の父母です。

16 皆さんの中心は、神様と真の父母という概念をもたなければなりません。これが、元来の標準の立場です。ここから新しい未来に拡大していかなければなりません。このように拡大された世界をつくらなければなりません。皆さんは、絶対的な、元来の真の愛を中心とした家庭体系を形成しなければなりません。これが、神様と真の父母様の伝統的な出発点です。

ところが、皆さんは今、このような立場とはあまりにも違うというのです。世の中の多くの悪い習慣と観念ゆえに、誤った方向に進んでいます。このようなことが、将来、神様が審判するときに讒訴条件になります。最も恐ろしい条件を、皆さんはもっているというのです。今から誤った習慣、条件を一掃してしまい、真の家庭体系を確実につくっていかなければなりません。

17 祝福を受けたすべての家庭は、真の父母にならなければなりません。世界全体の家庭の真の父母化時代です。世界的な統一をするための基盤の上に父母と子女が定着したので、全世界の祝福を受けた家庭は、真の父母化時代に入っていかなければなりません。

第一に、すべての祝福家庭の婦人たちは、お母様の伝統を相続しなければなりません。真の父母になろうとするので、その婦人たちは、お母様の伝統を受け継がなければならないのです。皆さんも、真の父母化時代において、氏族圏内のすべてを一つにするため、お母様の代わりにお産の苦労をしなければなりません。真のお母様は、聖霊の立場なので、霊肉共に生んであげなければならないのです。これは母の責任です。若い青年と一世の男性まで再び生み変えなければなりません。復活させなければならないのです。

第二に、家庭的メシヤ圏を解放していかなければなりません。再び生み変えて解放してあげなければなりません。再び生み変えなければ復活できないのです。重生しなければなりません。家庭と氏族を生んで一つにしなければなりません。氏族メシヤが氏族の場で、あらゆる氏族を一つの氏族圏にしなければならないのです。それで、真のお母様の立場で再び生み変え、家庭と氏族的メシヤ圏を一致させなければなりません。アダム家庭、イエス様の家族が失敗したことを、蕩減復帰しなければならないので、そのようにするのです。

18 今や皆さんが、アダムとエバ以上に、神様と共に暮らした個人的生活基準の家庭を越え、民族、国家、世界、天宙まで、家庭理想を完結しなければなりません。偽りの父母になったアダムのすべてのものを、真の父母が一代で清算しなければなりません。歴史時代にサタンが植えた、汚れた死亡の血について、今まで誰も知ることができなかったのですが、真の父母の一代でこれを整理し、神様の愛の一体圏心情的世界を中心として、家庭を越え、氏族、民族、国家、世界を越え、天宙を越えて、初めて本然の基盤として定着するのです。

神様と共に、アダムとエバから今まで、人類の旧約時代、新約時代、成約時代、第四次アダム心情圏を通して、初めて定着したというのです。皆さんの家庭は、今まで数千万年を経て解放されたアダム家庭の位置を受け継いだため、これから皆さんは、新しい一族の先祖になるのです。

19 家庭では孝子の道理、国では忠臣の道理、世界では聖人の道理、天宙では聖子の道理を果たすことによって、家庭理想のモデルをつくらなければなりません。自分の家庭は、個人を代表するだけでなく、氏族、民族、国家、世界、天宙の代表型として、これを成し遂げていくのです。そのようなとき、アダムが個人の立場で堕落したように、世界の数千億を一人のように、一つの家庭のように考えて、一時に蕩減しなければなりません。祝福家庭の各自の責任です。そうして、自分たちが立てた功績を中心として、各自祝福を受けた家庭が、新しい氏族になるのです。

サタン世界は、個人から氏族に広がっていきましたが、今や全世界が合わさって、世界個人型、世界家庭型となり、世界完成型である真の父母のモデル基準と一致し得る相対基準にならなければなりません。皆さんの体が祭物的な立場で印を受け、家庭全体を身代わりして、世界人類のモデル型に一致できなければなりません。そのモデル基準を開拓するために、父母様の一代で今まで開拓の歴史を歩んできたのです。

20 皆さんは、天国の民にならなければなりません。真の父の国、真の母の国、真の長子の国があれば、そこに連結されて、天国の民が生まれるのです。ですから、「私」が天国の民であり、息子、娘であり、主人だというのです。家庭から出発して、天国の主人になります。天の皇族圏に入るのです。家庭の主人は孝子、国の主人は愛国者ですが、これが一つに連結されなければなりません。一つの道を行かなければなりません。孝子から愛国者、愛国者から聖人、聖人から聖子になるのは、一方向です。後戻りはあり得ません。神様は、一つの道を行くことを願うのです。

最初は、孝子にならなければなりません。神様が「お前が絶対に必要だ。困難な場でも幸福な場でも共にいよう」と言うことのできる私にならなければなりません。「一生の間、永遠に共にいたい」と言うことのできる、私にならなければならないというのです。誰がいくら否定し、迫害しても、皆さんはその道を行かなければなりません。天国の民になれば、そこには蕩減がありません。一度成し遂げた結果は、永遠に存続するのです。ですから、私たちに一つの希望があるとすれば、再創造されることです。

21 真の父母は、真の愛の主人です。真の父母は愛の王です。私たちは、最も貴いものを失ってしまいました。それをどのように取り戻すのかが問題です。

真の父母、真の愛、真の生命、真の血統は、サタンがいくらじたばたしても、どうすることもできません。神様のみ旨に永遠に一致するためには、神様と人類が真の愛を中心として、主体と対象の立場で、永遠の関係を結んでいかなければなりません。

私たちがこのような結論に到達できなければ、人類は神様の創造理想である真の愛を中心とした生活を営んでいくことはできません。これが原理です。誰も否定できません。ですから、真の父母が絶対に必要です。

22 アダムの堕落によって、数え切れないほど多くの塀が生じたのですが、真の父母が現れて初めて、天上世界も、地上世界も、愛を中心として塀のなこにしておきました。行くか行かないかは、自分にかかっています。真の父母によって、すべての村に高速道路ができました。

高速道路を行こうとすれば、自分の努力で車を手に入れて、訪ねていかなければなりません。真の父母によって、人類歴史の心情的世界と、霊界、肉界を塞いでいた塀が崩れたので、大きな水道のパイプを通って全家庭に水が流れ込むのと同じように、滞りなく行ける道が開かれたというのです。それで、地上と霊界の統一圏が、初めてこの基盤の上に形成されるのです。

23 今から私たちは、創造本然の夫婦であるアダムとエバの伝統的基準を確立し、創造理想の夫婦圏完成を通して真の父母となり、真の息子、娘に真の愛、真の生命、真の血統を再び相続してあげなければなりません。そのような使命が祝福家庭にあることを忘れてはいけません。真の父母になったのは、個人が家庭的勝利圏から氏族的勝利圏、民族的勝利圏、国家的勝利圏、世界的勝利圏、天宙的勝利圏だけでなく、神様の解放圏まで成就させるためなのです。

24 真の父母は家庭を収拾し、救世主は国を収拾するのです。この二つの責任があります。真の愛と真の生命の種をもって接ぎ木することによって、収拾できるのです。人類は、堕落したので、偽りの愛、偽りの生命の種を受けました。これが野生のオリーブになったので、真のオリーブから接ぎ木を受け、真の愛に連結されて、真の愛を中心とした生命を再び受け継がなければならないというのです。そのようにしなければ、真の父母の血族になれません。

25 すべての責任者たちは、自分の代身者、もしくは相続者を立てるとき、自分より優れた存在を願うのが天地創造の道理なので、主人となる人は、自分に従い、侍る最も近い息子、娘に、「自分よりも優れた人になりなさい」と言って、道を開いてあげなければなりません。サタンは、そこから落ちていくように門を閉じてしまいましたが、皆さんがそのようにすることによって、堕落した血統の痕跡がない完全、完結の本然の血統を受け継ぐことができるのです。

そうして、天の国において、統治の主人として、真の父母、真の師、真の王として、血統的に神様と父子関係を結べる位置で、「私」が信じ、実行することによって、神様が築いておいた真の父母家庭の代身者、真の父母の相続を受ける代身者として、すべてを相続させてあげられるようになるというのです。これが天地に宣言する宣言文であることを知って、実践しなければなりません。

26 皆さんも真の父母にならなければなりません。そうだとすれば、氏族的真の父母になりますか、民族的真の父母になりますか、国家的真の父母になりますか。国家的真の父母になれば、そのまま天国に上がっていくのです。個人(および家庭)的な真の父母は多くいます。ここにおいて一番の人が、氏族的真の父母に上がるのです。また、民族、国家、世界的真の父母に上がるのです。

真の家庭にならなければ、天国に入れません。天国は家庭が入るのです。天の国の編成は、家庭を連合して行うようになります。連合を通して公式をつくるのです。すべてのものが連結されて、公式をつくるのです。皆さんも完成した家庭をつくらなければ、天国に入れません。それが真の父母主義です。真の父母として行く道です。

27 聖書に「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネ一四・六)とありますが、愛が抜けています。「わたしは道であり、真理であり、命である」というのですが、それをもって何をするのでしょうか。私たちは愛を入れなければなりません。「わたしは道であり、真理であり、命であり、愛なので、だれでもわたしによらないでは。父のみもとに行くことはできない」と言わなければなりません。イエス・キリストが愛の中心者です。真の父母になることができます。体が心に似ているのと同じです。真の父母時代に入って、真の父母に似れば、神様に似るのです。

28 神様の父母の心情と同じ心情圏を自分がもって、どのように一体化するかということが問題です。天上世界や地上世界、先祖たちや霊人たちや天使世界が、すべてそれを中心として擁護し、保護するようになっているというのです。一番の問題がそこにあります。

骨髄の骨髄から神様と連結されていて、その肉身、体全体が真の愛の絆によって連結されているので、真の愛を中心として、主人と関係を結べるようになっているのです。被造世界のすべての周辺、この宇宙というものはすべて、そのような主人の前に一つとなり、主人を保護すべき立場になっているので、恨を残したまま途中で死ぬことはないというのです。そのため、「私」の骨髄から、体と私の思いすべてが一つになり、真の愛の関係の中で、万宇宙の主人の資格、神様が創造するときに願った創造理想的主人の位置に、いかに立てるかということが問題です。その主人が、神様のすべてに似た息子、娘なのです。

29 私たちには、完成概念があります。その完成をどのように成し遂げるのでしょうか。公式に従っていけばよいのです。「このようにすれば、理想家庭を築くことができる」という公式があります。氏族、国家、世界、天宙に対する公式が、すべてあるというのです。そのような絶対公式の主人が神様です。

ですから、定着することは問題ありません。大きな公式と小さな公式が一つになって完成するのです。個人基盤、家庭基盤、氏族基盤、国家基盤、世界基盤に拡大します。そうすれば、神様のすぐそばに立つのです。

中心というのは、縦的に霊界と通じることを意味します。皆さんが、神様の息子、娘だというのです。神様に似た子女です。神様は、心と体が一つになっています。

しかし、皆さんの心と体は、今も闘っています。いつ統一されますか。一つになる過程、中間の立場にいるというのは、完成できなかったことを意味します。ですから、謙虚になり、他のために尽くそうとし、献身しなさいというのです。

「私は真の父母様の代表者である。私は神様と一つに連結されている。私はチャンピオンである」という観念をもっていれば、皆さんは中心の位置に立つことができます。「私」は第二の創造主だというのです。個人完成は問題ないということです。家庭完成も問題なく、氏族完成も問題ないのです。国家を越えて影響を及ぼすこともできます。国境を越えて、隣の国と連結できるというのです。

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第二篇 第一章 真のお父様の聖誕

第二篇 第一章

真のお父様の聖誕

第二篇 真の父母様の聖誕と召命

神様は、人間の先祖であるアダムとエバが堕落したため、イエス様をメシヤとしてこの地に送り、救援摂理をしようとされたが、イスラエル民族とユダヤ教が不信して責任を果たせないことにより、再び韓民族の中に人類の救世主、再臨主として真の父母様を送られた。

神様の救援摂理を担当することになる真の父母様の聖誕は、その意味から見るとき、神様の摂理史における大事件であるがゆえに、多くの前兆があった。真のお父様の聖誕に先駆け、生家の前のねずの木に金鶏が止まり、鳴いて飛び去ったということや、真のお母様の聖誕前に、洪順愛大母様に「あなたの子女が息子であれば宇宙の王になり、娘であれば宇宙の女王になるだろう」という啓示が下りるなど、多くの証が現れた。

真のお父様は、十六歳(数え)になられた年の一九三五年四月十七日、山上で涙ながらに祈る中、神様から召命を受けられたのち、将来の摂理的使命者として、故郷で三年、ソウル留学三年、そして日本留学二年半と続く準備期間を送られた。特に、ソウルでの学生時代には自炊しながらの下宿生活を通して、苦行に近い生活訓練を経ながら、学業と信仰に精進された。そして、日本留学時代には、学業のほかにも祖国の独立運動とともに、原理の究明に没頭しながら、多様な体験をされた。

真のお母様は、外祖母の趙元模女史と大母様が再臨主を迎えるための信仰生活に専念することにより、幼少時代を主に母方の実家で過ごし、信仰の精髄を身につけられた。そして、南下したあとは、孝昌(ヒョチャン)小学校をはじめ、大邱、済州道の西帰浦(ソグィポ)、春川(チュンヂョン)などの地を経ながら学業を続けられた。

真のお母様は、一九五六年、小学校を卒業した満十三歳の時、真のお父様に初めてお会いになった。真のお母様は、「お父様は、私を御覧になった瞬間、目を閉じられ、つぷやくように、『ああ、神様韓鶴子というこのように立派な女性を、この韓国に送ってくださったことを感謝します』と語られた」と回顧された。

神様は、人類の救いのために、ひとり子である再臨主とひとり娘である天の新婦を送ろうと、長い間準備してこられた。その基盤の上に、真のお父様と真のお母様が「小羊の婚宴」をされ、人類の真の父母様として登場されたのである。真の父母様は、復帰摂理を完成、完結、完了し、勝利されて、真の愛、真の生命、真の血統の善の先祖となられたのである。

第一節 真のお父様の聖誕とその背景

聖誕の時代的背景

神様が再臨主としてこの地に送られた、真のお父様の聖誕を前にして、民族的には、日本の占領下において、数年間の凶年が続いて大患難が押し寄せ、国際的には全世界が二つに分かれ、植民地争奪戦を繰り広げるなど、終末時代を彷彿とさせる大混乱が起こった。このように、国内外で混乱の様相が極限に達したのは、再臨主の地上聖誕のための世界的蕩減基台を立てる天の摂理と見ることができる。真のお父様は、三・一運動の翌年、一九二〇年の陰暦一月六日(陽暦二月二十五日)、平安北道定州郡徳彦面(トゴンミョン)上思里(サンサリ)二二二一番地において、父・文慶裕(ムンギョンユ)忠父様と母・金慶繼(キムギョンゲ)忠母様の間に、六男七女の次男として聖誕された。

1 本来アダムとエバは、堕落しなければ人類の真の父母となり、神様の心情に通じ、神様の事情に通じ、神様の願いと目的をすべて達成したはずでしたが、堕落することによってそのような計画が挫折したのです。ですから、これを再び取り戻すためには、再創造の歴史を経なければなりません。

言い換えると、アダムを再創造して、失った人類の真の父の立場に再び立て、神様が彼の頭に手を乗せて、「お前は、私が創造の理念に基づいて造ったアダムであり、私の事情と心情を推し量れる息子である!」と祝福してくださらなければなりません。

このような責任を背負って、この地上に来られる方が再臨主です。ですから、六千年の歴史は、神様が取り戻そうとされる、一人の完成した人類の先祖をつくるための歴史なのです。

2 神様は、イエス様がみ旨を成し遂げられず、地上に養子の(父子)関係だけを残して亡くなられたので、彼を再びこの地に送ることを約束してくださり、キリスト教を中心に、直系の(父子)関係を取り戻すことができる土台を開拓するため、二千年間、摂理してこられました。したがって、今日、全世界に広がっているキリスト教徒たちは、神様が愛される真の息子に直接、接ぎ木されなければなりません。

それでは、歴史の終末時代に、主はいかなる資格をもって来られるのでしょうか。真の父母の資格をもって来られるのです。しかし、イエス様がこの地上に来て、真の父母の立場にまで進むことができなかったため、すなわち、栄光の中で神様に侍り、万民を代表して神様を慰労する生活的な土台をもてなかったので、メシヤが再び来られるとしても、栄光の主として来ることはできないのです。

ですから、再び来られるメシヤは、イエス様がこの地に来て成し遂げられなかったみ旨を継承し、神様を慰安してさしあげられる孝誠(真心を尽くして父母に仕えること)の道理を先に果たしたうえで選ばれ、サタンまでも屈服させ、神様に栄光をお返しできる土台を立てておかなければなりません。そのようにするまでは、真の父母の資格を備えることができません。これが、今まで神様が摂理してこられた復帰摂理の概観です。

3 第一次世界大戦から今まで、混乱の世界、戦争の時代が連続しています。この歴史的路程は、偶然に形成されるのではなく、人類史という巨大な歴史をめぐって、蕩減の役事(働き)を行っているのです。

世界のあらゆる知識人たちは、「今は急変する世界である」と言っています。一般の人々は、世界がこのように急変すれば、絶望の世界に到達する危険性が高いと見ています。希望の世界に到達すると考える人は、極めて少ないのです。近代文明を指導してきた西欧文明は、既に没落したばかりか、「もはや真っ暗闇の世界に入った」と言う人もいます。

西欧文明を指導するうえで、精神的な支柱となってきたキリスト数はもちろん、キリスト教を中心とした家庭や社会や国家が、傾くだけ傾いているのです。そのうえ、世界の若者たちの中で未来を考える人たちは、極めて暗澹たる立場で悩まざるを得ない時代に置かれています。神様は、そのような絶望の終着点に向かって、そのまま走らせるのではなく、これに代わって、新たな次元の世界へと、希望の場所へと連結する道を考えざるを得ないというのです。

4 第一次世界大戦以降、六十年から七十年の期間は、世界的な激動の時代だと見ることができます。この期間は、受難の道を行かざるを得ない歴史的な運命の期間でした。お父様もこの期間に生まれ、今まで苦難を受け続けながら過ごしてきました。

それでは、神様の摂理において、この歴史の重大な受難期、激動の受難期は、何を目的として訪れるようになったのでしょうか。苦難を受ける背後で、滅びるか再生するかの二つの内容を、歴史はいつも決定してきたのです。この期間は、この二つの問題を決定しなければならない歴史的な運命の期間です。このような立場から、天の父は人類を滅亡に導くわけにはいきません。いかなる手段や方法を使ってでも、人間を救わざるを得ないというのです。

この期間は、神様が特別な摂理の基準をこの地上に立てる重大な期間です。ですから、神様は、苦難の中で歴史を引いたり押したりすると同時に、その背後で、新しい天の摂理の基盤、発展の基盤を再生させてこられたことは間違いありません。

5日本は、東洋を中心としてイギリスの文化を受け継いできたのですが、大陸文化を中心とする韓国は、メシヤが来られる地中海文化圏のローマと同じ立場で出発しました。

アダム国家である韓国に再臨主が来ることになっていたので、私が生まれる前、アダム国家として越えるべき蕩減期間がありました。それで、韓国が四十年間、日本に隷属したのです。私が生まれた一九二〇年当時は、蕩減期間です。ですから、歴史的な全体摂理史を終結させるみ旨を、私の家門において受け継がなければならなかったのであり、それゆえ、私の家族が伝統的蕩減路程を経ざるを得なかったのです。

6私が生まれた時期は一九二〇年です。三・一運動が起きた年が一九一九年ですから、その翌年に生まれたのです。私が生まれる前の三年間は、凶年になりました。三年以上、凶年になり、最も困難な時に、三・一万歳事件を中心として、国家が混乱する時代に入ったのです。

このように国家が、日本の統治下でサタン側の方向に合わせて引かれていくので、ここに革命を提示し、新たな方向が現れるようになりました。三・一運動を主導した人々は宗教家たちでした。キリスト教と天道教を中心とした人たちが主導してきました。そうして新たな方向、日本帝国主義の方向ではなく、アメリカの方向に従っていくようになりました。

キリスト教が国家と民族を中心として、完全にその文化圏を平準化圏として形成できたという事実は、韓民族が日本帝国主義の統治下において、アメリカを中心としたキリスト教文化圏に方向を合わせてきたために可能だったのです。これは驚くべき事実です。そのような歴史的な反響を巻き起こした運動から、キリスト教は急進的に発展し始めたのです。

7一九一九年三月一日は、韓国が日本の統治から独立するために万歳運動を起こすことによって、多くの人が犠牲になった日です。なぜ三月一日にそのようなことが起きたのでしょうか。私がこの期間に胎内に宿り、生まれなければならないからです。宿った時から十カ月すれば、一九二〇年の正月です。

そうして、条件的にでも国を取り戻して主が生まれるべきであって、条件的にでも国がなければ、来られる主が空中に浮いてしまうため、天はそのような役事をしたのです。私一人が生まれるには、多くの血を流さなければならないというのです。それで一九一九年が凶年になり、そのような良くないことが起きました。天の摂理は、そのように展開してくるのです。

8十六歳(数え)で殉国した柳寛順(ユグァンスン)烈士は、堕落していないエバと同じ立場にいました。アダム国家におけるエバと同じだというのです。そのエバの立場にいた柳寛順烈士の体を、サタンの立場である日本帝国が六つに分けてしまいました。六数はサタン数です。柳寛順烈士は、国家に忠誠を尽くすため、一身を犠牲にしながら独立運動をしたのです。

独立万歳運動が盛んだった一九一九年に、私はおなかの中にいました。独立していない地でそのまま生まれるわけにはいかないので、私の生命を中心としてそのような闘いがあったのです。その時から十カ月後の一九二〇年に生まれました。

韓半島と定州(チョンジュ)

韓半島は、東西洋文明を結ぶ橋の役割を果たしながら、再臨主が誕生できるよう準備してきた摂理的な地である。真のお父様のみ言によれば、「定州」は、神様の愛が地上に着陸できる基点であると同時に、神様があらかじめ定められた郡である。そして、真のお父様が誕生された上思里は、天を欽慕して敬うという意味における代表的な地として位置づけられ、世界の聖地になるであろうと語られた。

9アジアの東北地域に位置する韓半島は、現代文明を受け継ぎ得る地理的条件を備えた日本と接触できる位置にあります。大陸と接触する場合、大陸自体に直接接触するよりも、半島を経なければなりません。ですから、いつも文化交流の役割を果たす所は半島でした。そのような意味で、韓半島が東洋と西洋の文明を結実させ、結合させる橋梁の役割を果たしてきたのです。神様は、必ずそのような半島を中心として摂理されるので、この民族が、その文明を受け継いで収拾する役割をしてこなければなりません。終局において、文明は宗教を通して結実するのです。

10 メシヤは、いかなる国に来るのでしょうか。原理的観点から、その方は、独立した国に来ることはできません。なぜでしょうか。イスラエルの国と、その国を動かせるユダヤ教が基盤となってメシヤを迎えるべきだったのですが、メシヤを迎える立場になれなかったのです。ですから、イスラエルの国とユダヤ教は、国を失って追い払われていました。イエス様の立場から見ると、イエス様を迎えるべきその国と、その教会がなくなったも同然なので、イエス様は、相対する国と教会がない立場から出発するようになったのです。ですから、神様は歴史時代を通して、そのような立場にある一国を、再臨の一日と連結させる準備をせざるを得ません。

イスラエルの歴史が悲惨な分裂の歴史で出発したので、それを収拾するためには、最下の段階にある歴史的な国家を立てなければならないのです。歴史的に見るとき、そのような立場にある国が韓国です。韓民族は、地域的にも歴史的にも、ユダヤ民族と似た内容をたくさんもっています。

11 歴史的に見るとき、信仰心に燃えている民族は、どの民族でしょうか。「ハナニム(神様)」という言葉も聞くことができず(ユダヤ教、キリスト教のような宗教がなかったこと)、預言者や烈士のいかなる預言もないまま、五千年の歴史を保ってきた韓民族は、なぜか分かりませんが、天に対する信仰心が秀でているのです。東半球の、爪のように小さなこの国が、今まで幾多の時代を経て、五千年の歴史を保ってきたという事実は奇跡です。

韓国の歴史を見ると、周辺国から数百回にわたって侵犯される、危険な歴史路程を経てきました。それでも韓民族は、民族の気概として流れるその何かをもって希望の一日を望んできました。この極東の韓半島を動かしてきた希望の民族精神があったがゆえに、今まで闘ってこられたのです。このような精神をもって活動してきた民族に、メシヤが来ないでしょうか。

情的な面でも、極東では韓国人以上に情熱的な人々はいません。また、韓国は、東方礼儀の国と呼ばれてきました。信義の宗教、希望の宗教であると主張していた仏教も、儒教も、キリスト教も、今や限界にぶつかっています。しかし、韓国は、民族精神を中心として、世界理念に燃える隠れた情熱が、心から湧き上がっている民族です。

12 韓国は、五千年の歴史を経てくる間、今まで犠牲になってきました。中国に多大な影響を与えたのが韓国人です。韓国民族は東夷民族であり、本来、戦争を嫌い、平和を愛する民族です。ですから、中国大陸を捨てて半島に集まったのです。孔子も「そこに聖人が住む」と東夷民族をたたえながら、「東夷民族のところに行きたい」と言いました。

韓国の歴史を見ると、他国を侵略したことがありません。数多くの侵略を受けましたが、侵略をしたことがないというのです。その代わり、不義の攻撃を受けるときには、火のようになります。負けないというのです。それこそ正義に燃える民族です。満州やシベリアのような所を回りながら死んだ韓国人の亡骸を調べても、煙管(キセル)と火打ち石しかありません。他の国の人は刃物を持って歩きますが、韓国人にはそのようなものがありません。ですから、ロシアや中国のような国で、韓国人が夜に、「コリアンだ」と言いながら門をたたけば、ほとんどの人たちは門を開けて、「入りなさい」と歓迎するのです。そのような民族が暮らす国なので、お父様のような人が現れてくるのです。

13 お父様の故郷は、北朝鮮の平安北道定州です。そこについて語るべき話がたくさんあります。幼い頃の逸話がたくさんあるのです。今後、世界の人々が、そこをイスラームのマッカ(メッカ)や、キリスト教のエルサレムと同じように考えるようになるのです。

皆さんは、生きている間に、お父様の故郷に行ってみなければなりません。もし皆さんが、そこに行くことができずに霊界に行けば、「生きている時にいったい何をしていたのか」と後ろ指をさされるのです。

14 皆さんが「私は真の父母に侍った。出発から侍り、最後まで侍った」と言えてこそ、天国の民になり、天の国の皇族として現れ得るのです。ですから、父母様をお迎えし、出発した所に帰るのです。皆さんの故郷は本来、エデンです。真の父母様が生まれた所がエデンです。人間は、堕落によって故郷の地を失ってしまいました。ですから、真の父母がエデンの園の主人になるのです。真の父母が生まれた所が人類の故郷なので、皆さんの故郷も、父母様が生まれた所にならざるを得ません。

聖誕の前兆と名前の意味

真のお父様の聖誕を前後し、多くの吉兆が現れた。一九一九年の三・一運動以前には、真のお父様の生家の前にあるねずの木に金鶏が止まり、鳴いて飛び去ったことがよくあったという話が伝わる。そして、曽祖父である文禎紇(ムンヂョンフル)が、一双の龍が海から昇天するという夢の啓示を受け、真のお父様の代の「行列(ハンニョル)」(一族間で、始祖から数えた男性の世代の上下関係を表す語。同じ行列の男性は、名前の一字に同じ漢字をもつ)の字を「龍」の字とし、「龍」の字と「明」の字をもって名前をつけたが、真のお父様は一九四五年、光復直後に公式摂理路程を出発されたあと、平壌における伝道時代に、その大きな摂理的使命にちなんで、天から「鮮」の字と「明」の字を新たに受け、改名された。

15 私の母は、私を身ごもり、出産の日が近づいた頃、実家に行きました。母の故郷である大山洞(テサンドン))の前には、帝釈山(チェソクサン)という大きな山があります。四方から眺められる、一つの象徴的な山です。

母が、出産する日を待っていたある時、悪天候になって暴風が吹き、山と村全体が雲に覆われたそうです。そこに一筋の光が現れると、その帝釈山の頂上に黄金の龍が現れ、山腹を回りながら昇っていったというのです。母がそのあとを少し離れて追いかけ、山頂まで来たので座って喜んでいると、その頂上がたちまち海になったのです。その海に尾で水を打ちながら身をくねらせる黄金の龍が二頭現れ、「天下よ、達者でいなさい」と挨拶をすると、天に昇っていったそうです。

母はそのようなものを見たので、心の内に秘めておき、私が八歳の時、「どう見ても、お前が果たすべき責任のようだ」と言いながら、この話をしてくれました。み旨を知ってみると、天との約束の中で、そのようなことがすべて啓示されたというのです。母も啓示をたくさん受けました。特別なことが起きたり、家で難しい問題が起きたりすると、母が事前に察知して、それに備えるために精誠を尽くすという経歴があったのです。天と地が一つになった場で、すべての困難を解決したのだと考えることができます。

16 私の母が、私を呼んで話してくれたことが忘れられません。曽祖父の時も、祖父の時も、夢のお告げで龍を見て、同じ夢のお告げを嫁である母も見ました。「どうもお前がその実体ではないかと思う」と言って話してくれたことが忘れられないのです。

母の実家の前にある帝釈山の上で、二頭の黄金の龍が如意宝珠(仏教において様々な霊験を表すとされる宝の珠のこと)をくわえて昇天するのを見たそうです。それを母は、事実と考えたのです。昼間にどしゃぶりの雨が降っている時、山を見るとそのような現象が見えたというのです。

17 私の名前を見ると「鮮」の字があります。これは魚と羊ですが、海と陸地、水と地を意味します。ですから、のどかで明朗だという意味でもあります。夜、雨が降ったのち、朝日が燦爛と輝けば鮮明です。「明」の字は日と月です。ですから、地ものどかで、天ものどかだという意味の二文字が合わさったのです。また、天は男性を意味し、地は女性を意味しますが、この二つが一つになったことを意味します。清く、明るく、明朗だということです。

そして、「文」というのは、真理を意味します。名前のとおりのことを私はしています。それで一生の聞、この名前を見ながら、「私は、このようにしなければならない。このようにしなければならない」と思ってきたのです。

第二節 真のお父様の家系

家門の伝統

南平(ナムピョン)文氏の始祖である武成公(ムソンゴン)・文多省(ムンダソン)は、西暦四七二年二月に、今日の全羅南道羅州(ナヂュ)市南平邑楓林里(ブンニムニ)にある、長者淵(チャンヂャヨン)という池の近くにある大きな岩の上の石箱でお生まれになったが、その石箱には赤い字で「文」と刻まれていたと伝えられている。南平文氏の族譜を見ると、新羅時代の慈悲(チャビ)王が、夢の中で「この国に特別な赤ん坊が生まれたので探しなさい」という命を受け、南平にある文巌(ムナム)という岩で泣いている赤ん坊を探し出したところから、文氏の先祖が出発したと記録されている。また、文多省は、真興(チンフン)王の時代に輔相(ボサン=大臣を従え、国王を助けて国を治める人)を兼ねて大国師(テグクサ=国王の学問上の師)に昇格したのち、端正な容貌をした人々を選んで、風月主(ブンウォルヂュ=花郎徒の首長)と呼び、孝、忠、義を教えたという。真のお父様は、「南平文氏は、伝統的に良心的であり、操を立てて不義と妥協しない、恐るべき頑固さをもった一族」とされ、「八道江山(パルドガンサン=韓半島全土)から我が家を訪ねてくる人は、誰であっても厚くもてなしてから送り出しなさい」という家門の伝統があると語られた。

1 世界の人々は、お父様の血統がどこに連結されているのかを探ります。大韓民国の歴代の先祖たちが犠牲になった土台の上に連結されているのです。犠牲とは何かというと、肥やしになることです。肥やしのある所に生命の種を植えると、よく育ちます。歴史時代に受難を経て、苦痛を受けたその民族は、生命の種を受けてすくすくと育てることができます。このような受難を経た地域では、聖人が出生するのです。義の人、義の主張、義の国、義の主義が発生するようになっているのです。

2 お父様は、南平文氏です。南平という言葉は、南の平地を意味します。南とは理想のことです。南の国に平地を築いていける活動舞台、自然舞台が待っているというのです。文は「文章」の「文」の字です。文の字を見ると、「又」の字の上に点(`)を載せているので、祭祀にお供えするお膳と同じです。

ですから、文氏は祭司長の責任を果たさなければなりません。祭主にならなければならないのです。祭物を供え、神様の恨を解いてさしあげる祭主にならなければならないということです。私はそのように考えて生きてきました。

3 自分の先祖の中で、国の忠臣や聖人、聖子の功績をもつ人がいれば、その人を先祖の中の先祖として奉らなければなりません。文克謙(ムングッキョム)という方は、高麗時代に、武官と文官の間を行き来しながら和解を取り結ぼうとして客死しました。文克謙おじいさんは、歴史的な伝統をわきまえて、朝鮮時代五百年の歴史を綴り得る橋を架けたのです。そして、綿の種を中国から持ち込んだ文益漸(ムンイクチョム)おじいさんから二十三代目に私が入っています。

4 私の家は、曽祖父が引っ越してこられてから定州に住み始めたのですが、家には家訓があります。その家訓とは、「八道江山を慕いつつ、八道江山から貴い客が訪ねてくることを願い、来る客人たちを、真心を込めてもてなしなさい。通りすがりに訪ねてくる客人たちを、真心を込めてもてなしなさい。そうすれば、八道江山の福が、我が一族に訪れる」というものです。

ですから、訪ねてくる客人の接待に手抜かりがあってはいけないというのです。その背後に何がついているのか分からないので、この上ない真心でもてなして送り出せば、後代に福がやって来るのです。「三千里の全土から訪れる福なので、その福はそのような基盤の上で出会うようになり、そのような基盤を通して福を受ければ、さらに三千里半島を越えて世界に分け与えられる福が押し寄せてくる」と考えるのです。

5 私が両親に有り難く思うことは、家訓があるために、「家に出入りする人を絶対にそのまま帰さずに、必ずもてなしてから送りなさい」と言われたことです。乞食が来たといって冷遇してはいけないというのです。私の祖父もそうでした。伝統がそうだったのです。

冬に乞食が訪ねてきて「御飯を下さい」と言えば、食事中でも祖母や母が即座に出ていくのですが、準備をしていなければ、祖父が自分のお膳を持って出ていくのです。知らないふりをして御飯を食べることができません。乞食に食事をあげて、自分は食べられなくてもかまわないというのです。私は、今まで世界の人々のためにそのようにしました。

湖南(ホナム)地方、嶺南(ヨンナム)地方など、八道江山の人々が、以北(現在の北朝鮮)を経て中国に行くときには国道を通っていきます。村に来て一晩泊まっていこうとすると、「あっちに行けば文氏の家があるから、そこに行って泊まりなさい」と教えられるのです。それで、私の家はいつも、春夏秋冬、四季を通して客間が空いていませんでした。ですから、食事の用意をする母が、一生の間苦労したことを私は知っています。八道の人々に御飯を食べさせた、その家門は滅びないのです。八道から歓迎される後裔が生まれるというのです。

6 私の家には、いつも人がたくさんいました。私が八歳の頃、眠りから覚めて起きてみると、見知らぬ人たちで客間がいっぱいでした。そうして夜に宴会をしました。どうして集まっているのかと尋ねてみると、「独立軍が来た」と耳打ちするのです。その時、その人たちは天幕のような所で寝泊まりし、屋根にも上って歩き回り、塀も片手を付いて飛び越えるという話をたくさん聞きました。

その人たちに、夜食として麺料理を作ってあげました。鶏を料理して麺を作るほうが、御飯の仕度よりも早く、たくさんの人に食べさせることができるからです。おなかをすかせた人がいれば、主人が食べられなくても、彼らに食べさせなければならないというのが家訓でした。そのような教育を受けたのです。

7 真の父母の家門にも、愛国忠臣の歴史的伝統を備えなければなりません。私の家では、不思議なことに、家族の中で誰かがたばこを吸ったりお酒を飲んだりすると蕁麻痺が出ます。お酒も飲めず、たばこも吸えません。また、家庭の伝統で立派な点は、妾を置いたことがないことです。ですから、私の祖父の代から見ても、儒教思想を中心に最高の信仰をもってきました。

私の従祖父は牧師でしたが、預言書に関するすべてのことに通じていました。私の母や家族も、祈ると未来について知ることができました。

真のお父様の家族

南平文氏が平安道と咸鏡道(ハムギョンド)一帯に根を下ろしたのは、忠宣公(チュンソンゴン)・文益漸(ムンイクチョム)の五人の息子のうち、三男の毅安公(ウィアンゴン)・文中實(ムンヂュンシル)の時からであり、その中で毅安公の五代目の子孫である文達(ムンダル)が平安北道(プクト)の定州に定着した。真のお父様の高祖父・文成學(ムンソンハク)は、毅安公の十九代目の子孫に当たり、禎浩(チョンホ)、禎機(チョンギ)、禎紇(チョンフル)など、三人の息子をもうけた。その中で末息子の文禎紇が、正に真のお父様の曽祖父であり、上思里(サンサリ)に初めて基盤を築いたのである。

そして、文禎紇は、致國(チグク)、信國(シングク)、潤國(ユングク)の三人の息子をもうけたが、長男の文致國が真のお父様の祖父である。文致國は、真のお父様について、「この子は将来、大きな人物になるので、彼が願うことは何でも助けてあげなさい」と語った。文致國は、慶裕(キョンユ・一八九三年、陰暦七月十一日-一九五四年十月十一日)、慶福(キョンボク)、慶球(キョング)など、三男二女をもうけ、文慶裕忠父様は、延安金(ヨナンキム)氏の慶繼(キョンゲ・本名は周觀[チュグァン]、一八八八年、陰暦十月十五日-一九六八年一月七日)忠母様(チュンモニム)と婚姻をした。忠母様は定州の有力者で、独立運動と五山学校の設立にも携わった父・金伯洪(キムベコン)と母・仁同張(インドンチャン)氏のもと、三男二女の長女として生まれ、朝鮮時代に最も多くの科挙合格者を輩出した延安金氏の家門で富裕な生活を送りながら、貞潔で気品を備えた姿に成長した。背が高く、闊達、情熱的な性格だった忠母様は、真のお父様の再臨路程において、完全な母子協助の摂理基盤を築く犠牲的な人生を送った。

8 私の家庭は、曽祖父の時に神様の祝福を受けました。しかし、祖父の時になって蕩減を受けました。祝福を受けたあとには、蕩減を受けることになります。イスラエル民族も、祝福を受けたあとには、必ず蕩減を受けました。十の祝福を受けたならば、必ずそれだけの蕩減を受けなければならないのです。

ですから、私が神様の召命を受けるまでに、私の家庭に相当な混乱が起きました。財産を失い、人命被害もありました。それだけではなく、私の身近な人々に混乱が起きたりもしました。このように、祝福を受ければ、絶望的な状態に至るまで、神様はその家庭をサタン世界に差し出します。そうすると、サタン世界がしきりに打つのです。三代にわたって蕩減の歴史がありました。

9 昔、私一人を亡き者にするために、私の家族に信じられない様々な霊的現象がありました。私はそのような環境の中で生まれ、様々な困難な環境を自ら解決してきました。もちろん両親もいて、親戚もたくさんいました。その中で従祖父(文潤國)は牧師でしたが、有名な方でした。漢文にもたけていて、中国の歴史にも精通している方でした。また平壌神学校を出て英語もできました。西洋文明も見通すことができる、独立運動の先駆者でもありました。

そのような家庭的背景をもっていましたが、すべての問題を私一人で解決してきたのです。それは、どこの誰に相談しても分からないことです。私が将来歩もうとするその道については、両親も知らず、誰も知らないのです。その背後で、霊的現象によって一家族、親から親戚に至るまで、様々な問題が起きました。たくさんの出来事がありました。サタンはよく知っているので、私を中心に家族全体に悪影響を及ぼすのです。

10 私は、三・一運動を主導していたある家門で生まれました。私の従祖父、文潤國おじいさんがそのような人でした。私は、従祖父から「お前は、私よりも立派な孫にならなければならない」という話を聞きながら育ったのです。そのおじいさんは、私をとても愛しました。五山(オサン)学校を建てたその背後には、私の従祖父がいます。

11 私の父について言えば、法がなくても正しく生きることができる方でした。もし父がどこかで急に借金をしてきた時には、その借金を返すと約束した日に、利子まで返してあげなければ耐えられない方でした。どのようなことがあっても、その約束を履行するのです。約束を遂行することにおいては、模範的な方でした。

12 私の母は、十三人の息子、娘を生みました。私の上に姉が三人もいます。息子としては私が二番目です。五人が亡くなり、残ったのが六人の娘と二人の息子でした。ですから、母がどれほど衝撃を受けたでしょうか。息子を育てて亡くし、娘たちも育てて亡くしたのです。

弟が死んで、その棺を父が運んで埋葬したのですが、私の兄は手伝うことができませんでした。父が責任をもって簡単な棺を組み立て、そこに弟の亡骸を入れて、肩に担いでいって埋めたのです。母は子供を亡くして泣いているので、父は一人で埋葬しました。そして、帰ってきても手を洗いませんでした。三日過ぎてから、ようやく手を洗って御飯を食べ始めたのです。息子を埋葬して、どうして手を洗って御飯が食べられるでしょうか。それを見ると、父は法がなくても正しく生きていける人でした。先祖の遺言を法より恐れる人です。

13 私の母は、厚い徳のある方でした。男勝りの方で、とても激しい性格でしたが、嫁の役割は上手にこなしました。舅が朝、どこかに出掛けるというと、それに合わせて明け方から食事を作ってさしあげました。一生の間、不平も言わずに、そのようにしたのです。私は、母から多くのことを学びました。

14 私は、母にとても似ています。私の革命的な気質は母に似ているのです。父は学者です。父は、一度聞けば、最近のコンピューターのように忘れません。記憶力が優れていました。私の創造力は母に似たのですが、母方の祖父もそうでした。革命的な素質が多かったのです。母方の祖父は、自分の村で海と関連した仕事をするにも革命的でした。それで、私が六歳、七歳、八歳の時、その母方の祖父の家に行っては、祖父に付いて回りながら魚を捕ったりしたのですが、それをどれほど興奮して待ったか分かりません。

15 私の母は、赤ん坊をたくさん生みました。十三人を出産したのですが、母が語った言葉があります。「この世で「楽しい、楽しい」と言っても、ほかに楽しいことはない。赤ちゃんを生んで、お乳をあげて育てる、それ以上に楽しいことはない。年を取って赤ちゃんが生めないから、すべてがつまらなくて仕方がない」と語っていたのです。

母の顔を見ると、多くの苦労をしてかさかさになった顔です。様々な風霜をすべて経た母親の顔です。しかし、愛らしい赤ん坊を育てた、その苦労の姿がいいと言うのです。愛は困難と犠牲を伴いますが、その犠牲を忘れさせるのです。真の愛を実践すれば、犠牲になったことを忘れるようになります。そのような犠牲が肥やしとなり、肥料となるのです。また、自分の肉となり、骨となって、喜びになります。愛になるというのです。

16 私の兄は、弟の私に対しては、絶対的でした。カインの立場で完全に蕩減できる基台が自然に造成されたのです。兄の信仰は徹底していました。八・一五解放と六・二五動乱が起こることをあらかじめ知っていました。あらゆる困難な問題を、霊界の指示を通して解決するという、信仰態度を身につけていました。私の兄は、「歴史上に数多くの兄がいて、数多くの弟がいたが、自分の弟は歴史的な弟である」と思っていました。ですから、私が何か言うと、それを絶対視して、従ってくれました。

私が平壌にいる時のことです。その時は、復帰摂理の途上において、とても大きな役事があったのですが、私が頼んだことは、普通の考えでは信じられないことだったにもかかわらず、兄は様々な内容を整えて弟のために手助けをしました。その頼みがどれほど難しいことであっても、躊躇せずに助けてくれる兄でした。

17 兄は霊界に通じていたので、知っていました。「兄弟関係はどの家にもみなあり、一族の誰もが縦横に関係をもっているが、兄弟の中で私の弟が歴史で一番の弟だ」と、それだけは分かっていたのです。霊界からそのように教えてくれたというのです。

ですから兄は、私がしようと言うとおりに、すべてしました。「家を売る」と言えば家を売り、「牛を売る」と言えば牛を売り、学費がなければ土地を売ってでも出してあげようとし、一つも反対しようとはしませんでした。ですから、カイン・アベルを復帰したのです。

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第二篇 第二章 真のお母様の聖誕

第二篇 第二章

真のお母様の聖誕

第一節 真のお母様の聖誕とその背景

聖誕の宗教的背景

神様は、ひとり子である再臨主をこの地に送られ、ひとり娘、実体の聖霊である天の新婦を送るための摂理を進めてこられた。特に、天は復帰されたエバを送るために神霊教団を立て、多くの準備をされた。それゆえ、真のお母様の誕生の背景には、神霊運動が韓半島において大きく広がっており、お母様の家庭はその中心に立っていた。真のお母様は、一九四三年二月十日、陰暦一月六日、母方の実家である平安南道安州郡安州邑(アンヂュウブ)信義里(シニリ)二六番地において、父・韓承運(ハンスンウン)氏と母・洪順愛(ホンスネ)大母様のもと、一人娘として聖誕された。

1 摂理歴史の中心人物を見れば、母の役割がどれほど重要か、私たちはよく知っています。アブラハム、ヤコブ、モーセ、イエス様なども、その妻や母親の果たす役割によって、新しい歴史をつくり、花咲かせました。しかし、内的には、悲惨で苦痛に満ちた恨の歴史をつくってきたのです。私(お母様)が生まれたことや、今日までのことも、すべては偶然ではありませんでした。解放前に有名だった李浩彬(イホビン)牧師が啓示を受けて、仲人を務め、父と母を結婚させたのです。

2 普通の子は、生まれると「おぎゃあ!」と泣きますが、私(お母様)は泣かずに「ラッラ、ラッラ」と言ったそうです。すると趙元模(チョウォンモ)おばあさんが、「この子は大きくなったら音楽家になるようだ」とおっしゃったそうです。

また、大母様が最初のわかめスープを飲んで、私を抱いて眠りにつくと、角の生えた真っ黒なサタンが近寄ってきて、「この子が生まれたことによって私は死んでしまう」と言いながら、赤ん坊の命を奪おうとしたそうです。それで大母様は、「サタンよ、退け! この娘は、私にとって本当に大切な娘なのに、どうしてお前は命を奪おうとするのか」と叫んだそうです。

よほど大声で叫んだのか、祖母が「まあ、お前は気が弱っているようだ」とおっしゃったそうです。大母様が「そうではなく、角の生えたサタンが来て、赤ちゃんの命を奪おうとしたので、大声で叫んだのです」と言うと、祖母は「それは不思議なことだ」とおっしゃったそうです。

ですから、大母様は、「この世に生まれるなり、サタンが命を奪おうとするところを見ると、この子は精誠を尽くして育てなければならない。今後、世俗に染まらないよう、清く美しく育てて主に捧げなければ」と思われたそうです。

3 大母様は、私(お母様)を生んだ直後に神秘的な夢を見たそうです。日本の統治下で太平洋戦争のまっただ中の頃でした。朝鮮総督府では、家ごとにくまなく探して、穀物と金物を手当たり次第に奪っていきました。戦争に必要な補給物品と武器を生産するためでした。奪い取った大量の物資は、日本列島に天高く積み上げられていきました。

ところが、ある瞬間から、供出された物資が船に積まれ、玄界灘を越えて韓国の地にやって来たそうです。そして、それが私の家の前庭に一つずつ積まれていったといいます。日本に行っていたすべてのものが、そっくりそのまま返還されたというのです。そこで、大母様は夢から覚めたそうです。今考えてみれば、その夢は、カインとアベルを和解させ、一つにして、天の父母様へと進んでいくべき母の道を象徴的に見せてくれたように思います。

4 韓国には、聖書とイエス様を信じさえすれば天国に行けると、単純に、そして盲目的に信じている形式化したキリスト教団とは異なる、特別な霊的教団が多くありました。彼らは、再臨主を迎える準備をし、主の花嫁を立てさせるため、神様から多くの啓示を受けていました。これが、私(お母様)が生まれた前後の宗教的状況であり、私は特別に準備された霊的な家庭で生まれました。私がきょう、その当時のことを思い、悲しみに浸ったのは、大母様が所属していたその教団が、到底言葉にできないような苦難を経たことが思い出されたからです。彼らは、常に神様の啓示を受けながら過ごしていました。そして、蕩減路程を通して、主の道を平坦にするために、実に信じ難い苦難の道を歩んできました。また、その中のある人は、監獄で死んでいきました。

彼らは、神様から召命を受けた人々として、神様に献身的に侍りながら、いつかはメシヤに出会えることを唯一の希望にして、苦難を越えていったのです。彼らは再臨主を迎えるために、多くの準備をしました。例えば、さじから衣服に至るまで、一切を準備しました。彼らは、服のサイズまで知っていたほど、非常に詳細に啓示を受けていました。しかし、彼らは不運にも、言葉では言い尽くせない苦難の中で、主に出会うことができず、一人、また一人と死んでいきました。彼らの使命は、三代にわたって引き継がれたのですが、彼らの啓示の最後の頂点において、私が生まれたのです。

「天の新婦」として祝福

真のお母様の聖誕は、単なる一個人の誕生という次元を超え、神様の摂理史の結実という次元から、その意味を見いだすことができる。二千年のキリスト教歴史は、再臨主を迎えるための韓国の神霊運動に連結され、これは再び、外祖母である趙元模女史、洪順愛大母様、真のお母様の三代にわたって結実した。特に、真のお母様が聖誕されて間もなく、聖主(ソンヂュ)教の金聖道(キムソンド)が拘束され、拷問の後遺症によりこの世を去ってからは、許浩彬(ホホビンまたは孝彬)の腹中教がその使命を受け継いだ。その後、許浩彬が投獄されて不在となる中、腹中(ポクチュン)教を率いた許浩彬の母親は、六歳になった真のお母様に対して、「天の新婦になられる方」と証して祝福した。また、真のお母様の聖誕以前にも、「宇宙の女王になるだろう」などの多くの預言があった。そのような過程を経て、再臨主を迎えるための精誠の基盤が、真のお母様に継承されたのである。

5 私(お母様)の父は、安州(アンジュ)でお生まれになり、生涯を教師として生きられた教育者です。体格が良く、体力もあり、繊細な性格で、常に奉仕をしながら暮らしたといいます。何よりもキリスト教の信仰に忠実で、教鞭生活ゆえにいつも忙しい生活を送りました。李龍道(イヨンド))牧師の「新イエス教」でも幹部として活躍し、大母様は祖母と共に、安州の「新イエス教」を拠点として信仰生活をされたので、自然に顔を合わせる機会がありました。お二人は、この頃に婚姻されました。

信仰生活に精進していた時、大母様が啓示を受けました。「洪唯一(ホンユイル)の娘よ、喜びなさい! お前の子が男の子であれば宇宙の王になり、女の子であれば宇宙の女王になるであろう」という啓示でした。この啓示を受けて結婚する当時、父の韓承運(ハンスンウン)は二十六歳、大母様は二十一歳でした。それ以後、主を探し求めるために、絶えず尽くされた大母様は、鉄山(チョルサン)の聖主教に通われ、婚姻して九年目に私を身ごもられたそうです。限りない精誠と篤実な信仰生活を通して、一つの生命を得たのです。

6 私(お母様)が生まれた時、神様が地上に主を送る計画について啓示を受けた、許浩彬という方がいました。その許浩彬女史の母親が、私が六歳の時、「この方こそ、天の新婦になるだろう」と預言したのです。許女史の母親は、「幼い少女が天の新婦になるであろう」という啓示を受けていました。当時、神様によって予定され、召命を受けた神霊教団が、主に以北に広まっていました。そして、平壌は、東方のエルサレムと言われるほど、キリスト教の勢力がとても強い所だったのです。

7 北側では、共産党の勢力が大きくなり、宗教に対する弾圧も激しくなりました。それで、許浩彬女史も、一九四六年八月に、平壌の大同(テドン)保安署の監獄仁入ったのですが、監獄で再臨主に出会うという啓示がありました。その時、お父様も平壌で伝道している中で捕まり、同じ監獄に入ることになりました。その監獄で、許女史の一番弟子を通して、許女史に送った手紙が看守に見つかり、お父様はひどい拷問を受け、歯まで折れる受難に遭われました。

私(お母様)が南に下る前に、許女史の母親が啓示を受けて私を呼びました。六歳の時でした。許浩彬女史の集団は、再臨主のために新婦の使命を果たす団体だったのですが、その名目のもとで私に祝祷をしてくれたのです。これから大きな使命を果たす人であるという祈祷を受けました。白いチマチョゴリを着たおばあさんが私一人を呼んで、「天の啓示があった」と言って祝福してくださった記憶が鮮やかに残っています。

8 北の西海岸地方に金聖道女史の聖主教がありました。金聖道女史が死んだあとは、許浩彬女史が引き継ぐようになりました。大母様は、その許女史に篤実に従っていた人でした。大母様は、お母様が四歳の時にその集団に連れていったのですが、許女史の母親が、六歳になったお母様を祝福しました。それは、お母様に使命が受け継がれる出来事だったのです。お母様に会った時に、お父様はそのような事実を知りました。神様によって準備されていたすべてのものが、一九六〇年に成し遂げられました。ですから、今、真の父母が現れるようになったのです。ここから子女に対する祝福が始まるようになりました。

真のお母様の名前の意味

真のお母様がお生まれになった頃、父親の韓承運(ハンスンウン)氏が夢で鶴を見て、真のお母様の名前を「鶴子(ハクチャ)」にしたという。真のお父様は、真のお母様の名前について、「恨(韓国語で「韓」と発音が同じ)を抱いた神様について最高に学んだ学者(韓国語で「鶴子」と発音が同じ)となり、神様の相対の位置に進む」という意味があると解釈された。また、韓鶴子の「子」の字は、「神様の王子と縁を結ぶように生まれついたこと」を象徴すると語られた。

9 私(お母様)が生まれる頃、父は、夢のお告げ、幻想を御覧になったそうです。とてもうっそうとした松林の中に、澄んだ美しい陽の光がさし込み、二羽の鶴が和合する姿が見えたというのです。それで父は、私の名前を「鶴子」とお付けになったそうです。

10 お母様の名前は「鶴子」ですが、「鶴子」というのは「鶴の息子」ということです。鶴は、ヒマラヤの山脈を越え、平原に行って卵を産みます。これはエバの使命と同じです。「子」というのは息子のことを意味します。それは結局、女性として息子を慕うことを意味するのです。お母様の使命は、ヒマラヤ山脈を越えて平和の世界で息子、娘を生むことです。そして、鶴は入り混じったものを食べず、きれいなものだけを食べます。栄養があって、あっさりしたものだけを食べるのです。鶴は、一度飛び始めると、なかなか方向を変えません。そして、高く飛びます。それで、東洋では、鶴をとても愛するのです。

第二節 真のお母様の家系

天が準備された家系

真のお母様の父親である韓承運氏は、一九〇九年一月二十日、父・韓炳健(ハンビョンゴン)と母・崔基炳(チェギビョン)のもと、五人兄弟の長男として生まれ、教鞭生活を送る中、一九四六年五月頃に南下した。そして、南下後はソウルと京畿道の小学校で奉職するなど、一九七四年二月まで、四十一年にわたって教育界で活躍した。洪順愛大母様は、一九一四年、陰暦二月二十二日、篤実なキリスト教信仰をもった父・洪唯一(ホンユイル)と母・趙元模(一八八九年、陰暦十一月七日-一九六二年九月三日)のもと、一男一女の長女として、平安北道の定州で生まれた。母方の祖母、趙元模女史は、勤勉で活動的な新時代の女性だった。その先祖の中の一人である趙漢俊(チョハンヂュン)が、私財をはたいて平安北道定州の撻来江(タルレガン)に大きな石橋を造ったという話が伝わっている。

1 私(お母様)は、一九四三年、陰暦一月六日の明け方、平安南道の安州で生まれました。私の村は、都会から遠く離れた所ではありませんでした。家の裏には小さな山があり、小川が流れる、とても穏やかで、温かい感じを与える所でした。ちょうどめんどりがひなを抱くような感じです。裏庭には、家族が食べるために栽培していたとうもろこし畑がありましたが、そのとうもろこしがとても大きかったことを覚えています。お父様の故郷である定州と、私の故郷である安州の間には、川が一つあります。

2 私(お母様)の故郷である安州は、昔から軍事的にも政治的にも、とても重要な所でした。それで、平安道という地名は、平壌と安州から一文字ずつ取って付けられたのです。その地域は平野なので、農業に適していて、食べ物が豊富でした。古朝鮮の時期には、既に町を形成していたといいます。

そこを流れる清川江(チョンチョンガン)を中心として、平安北道と平安南道とに区分されますが、お父様の故郷である定州までは約六十キロメートルで、平壌までは七十五キロメートルほどです。大母様は、聖主(ソンジュ)教があった鉄山(チョルサン)まで行って、新しいみ言を求め続け、毎日のように精誠を尽くしましたが、鉄山は実に百二十キロメートルも離れている所でした。

3 真のお母様の母方の祖母である趙元模(チョウォンモ)おばあさんは、趙漢俊(チョハンジュン)の直系の子孫です。この趙氏は、国の名に使われる「趙」の字です。ですから、国の母になる方が大母様の母親でした。このように、伝統のある歴史がつながっています。それは実話です。

定州にある撻来江(タルレガン)の橋は、数十年過ぎても誰も修理せず、放っておいたために崩れだし、人が渡れなくなりました。その橋を通っていく道が塞がってしまったのです。そして、それを放っておいたので、洪水が起こって橋が崩れ、土砂が押し寄せてきて埋まってしまいました。

そこに預言がありました。「岩を削って撻来江の橋に立てたチャンスン(村の入り口に立てた村の守り神の像)のような標石が埋まってしまう日には、国がなくなり、現れる日には、韓国に新天地が広がる」という預言があったのです。

4 中国の使臣が韓国に来ようとすれば、定州にある撻来江を渡らなければならないのですが、その当時は橋がありませんでした。橋を架けるお金が国になかったのです。そこで国は、その橋を架けてくれる人物を探すために、公示文を貼り出しました。その時、私(お母様)の母方の先祖に当たる趙漢俊おじいさんが、私財をはたいて橋を架けたのです。橋は石橋でしたが、その下を船が通れるほど大きな橋だったといいます。

そのおじいさんは、橋を造るのに全財産を使い果たし、銅銭三文だけが残ったそうです。それで、「あすは橋の竣工式に行く」と言って、その残ったお金でわらじを買っておいて眠りにつきました。すると夢の中に白い服を着たおじいさんが現れて、「漢俊よ、お前の功労は大きい。それでお前の家門に天子を送ろうとしたが、残しておいた銅銭三文が天に引っ掛かったので王女を送ろう」と言ったというのです。その夢を見てから撻来江に行ってみると、その丘の上に石の弥勒仏ができていたといいます。

5 橋の竣工後、撻来江の河岸の土の中から、石の弥勒仏が勢いよく出てくると、村の人々は小屋を造って、雨風を浴びないようにしました。その弥勒仏が次第に大きくなり、屋根を突き破るようになると、改めて新しい小屋を造りました。ところが、不思議なことに、この弥勒仏はおなかがふっくらと出ていました。問題は、趙氏一族に生まれた娘たちもみな、弥勒仏のようにおなかが出て、結婚もしていない乙女が、妊娠していると誤解を受けたことです。それで、ふっくらと出ている(弥勒仏の)おなかを削ったところ、そこから血が出てきたそうです。石から血が出てきたのですから、不思議で霊妙でもあり、恐ろしくもなってきて、急いで石灰を塗って塞いだといいます。そして、馬に乗って弥勒仏のそばを通り過ぎるときは、馬から降りて礼を尽くさなければ、馬の足が地面にくっついて動かなくなる、という話も伝え聞きます。

このように、衷情に満ちた趙氏の家門を通して、天は趙元模おばあさんを送られたのです。そのように神様の環境創造が、その趙漢俊おじいさんの時から始まり、私(お母様)にまで連結されたのです。

6 お母様の母方の祖母は趙氏ですが、その趙氏たちが住んでいる所は、裕福な村でした。国の官職に携わった人たちが集まって住む、瓦ぶきの家が立ち並ぶ村です。そこに趙漢俊というおじいさんがいたのですが、お母様の母方の祖母が、その直系の子孫です。ですから、そのような伝統を中心として、母方の祖母と大母様が、お母様をとても愛しました。真心を込めてお母様を育てたのです。

大母様が、来られる主をお迎えしようと、八道江山(韓半島全土)を駆け回るのに忙しく、満足に家庭生活をすることができないので、母方の祖母がお母様を育ててくれました。そして、霊界についてのあらゆる秘密を、誰よりも知ろうとしたのがこの家門です。

7 母方の祖父である洪唯一(ホンユイル)おじいさんは、背が高くて美男子でした。初めてお父様にお会いした時も、容貌がそっくりで、同じ印象を受けたので、見知らぬ人のようには思えませんでした。それに、その時代に、嫁にハイヒールを買ってあげるほど、新しい考え方をもつおじいさんでした。

母方の祖母である趙元模おばあさんは、小さくて顔がきれいな上に、勤勉で活動的でした。勉学ばかりに多くの時間を割くことはできませんでしたが、当時としては新時代の教育を受けた女性であり、ミシン販売をされていました。ミシンを売ったあと、故障したミシンの修理もしたのです。

天の新婦を準備した韓民族

真のお母様の本貫は、忠情北道の清州である。真のお父様のみ言によれば、「忠情」は「心の中心が清い」という意味であり、「清州」とは「清い郡」ということである。川や海の水が澄んでいれば、魚だけでなく、水底までのぞき見ることができるように、「心の中心が澄んだ道人になることを目標にして歩む人々が暮らす郡」という意味である。そして、清州韓氏の「韓」は、「韓国」を代表し、「宇宙」を代表する。また、「韓(ハン)」は「一(ハナ)」を意味するものとして、「一番」という意味もある。神様が、清州韓氏を通して天の新婦を準備されたのである。

8 韓国は、四千三百年の歴史をもち、その歴史の中に古朝鮮時代がありました。私たちの民族は、天文を研究して天の運勢を解き明かした東夷民族です。天文学の博士たちだったのです。韓国の歴史を見ると国教があったのですが、新羅時代と高麗時代には仏教、朝鮮時代には儒教でした。私たちの民族の起源を遡ると、古朝鮮以前に韓氏が住んでいたという記録が出てきます。

9 私たちの国の歴史学者たちは、古朝鮮以前の時代に、檀君(タングン)をお生みになった桓雄(ファヌン)が治める国があったと主張しています。歴史の記録に出てくる「桓」は、昔の発音に従えば「韓」と表記します。ですから、桓雄と韓雄(ハヌン)は同じ言葉です。もちろんこれを「神話だ」と言って中傷する人たちもいます。しかし、檀君神話には、韓民族を天孫民族として選んだ神様のみ意が込められています。その当時の遺物や関連資料も発掘されていて、それが事実であることを示しています。

「韓民族」という言葉や「大韓民国」という国号の根源を知っている人は、多くありません。その根源は「韓氏朝鮮」から見いだすことができます。数千年前の、中国東北地域から韓半島に至る広大な領土の統治者が韓氏の血統であり、その国を「韓氏朝鮮」と呼んだのです。私たちの民族が「韓民族」であり、私たちの国号が「大韓民国」となったのは、正にこの「韓」に由来しているというのです。結局、韓氏の先祖がこの国を建てたという話です。

10 「韓民族」という言葉は、その源流を尋ねてみれば、「韓」に由来します。「韓民族」とは、古代から私たちの民族を呼ぶ固有の名称です。その意味は、最も秀でた民族であり、偉大な民族として、天のみ旨を立て、世界を一つにする天孫民族ということです。そして、韓氏は悠久な歴史をもった王族の血統であり、名門の血統として知られています。このような血統を通して、天は母を求めてきたのです。

11 「ハン(「韓」も同音)」とは、一つという意味であり、神様も意味し、宇宙万象の合一も意味します。また、大きいという意味があり、宇宙万象を包容するという意味もあります。満ちるという意味で、充満していることを意味します。そして、神聖で立派であり、世界の「最上」と、万象の「太初」であることも意味しています。私たち韓(ハン)民族は、神様の天命を受けて歴史の主体となり、真理の主体となって、神様のみ旨を地上に実現する役割を担う民族なのです。

12 私たちの民族は、倍達(ペダル)民族です。「倍達」というのは、光明の国、輝く国、天をあがめ尊ぶ国を意味します。それで檀君を倍達王ともいうのです。数千年前の上古時代から、既に私たちの民族のことを倍達民族と言ったのです。

聖書の歴史を見ると、天はノアやアブラハムなどの中心人物を立てて役事(働き)をしてこられ、結局はイスラエルを選民として選んでイエス様を送られたのと同じように、大昔から天孫民族として、弘益人間(広く人間世界に利益を与えること)の思想をもつ天民として、韓民族を選んで準備されたというのです。結果的に、再臨主を送る摂理をされたと言うことができます。

したがって、私たちは、後天開闢時代に、平和王国創建の先鋒に立てるため、天が選んだ選民の血族が韓民族であることを、肝に銘じなければなりません。

13 訓民正音(フンミンジョンウム)とは何でしょうか。正しい音を聞いて学び、訓(おし)える国民は、千年の歴史、万年の歴史においてすべてが滅んでも、残るというのです。それが東夷民族であることを、私は知りました。古朝鮮から四千年の歴史と見ていますが、古朝鮮の前に三千年の間、「韓」があったのです。その「韓」の韓半島における根拠地が清州であると考えています。私は今、東洋史における古代韓国の歴史書を編纂し、年代的関係が途切れている歴史をつなげようとしているのです。

第三節 真のお母様と神霊教団

新しい天の摂理を準備した神霊教団

神様が再臨のメシヤを韓国の地に送るための摂理を急がれる中、一九〇〇年代初頭から、このような神様の摂理を、先立って知っていた篤実なクリスチャンの間で神霊運動が起こり始めた。その神霊運動は、李龍道(イヨンド)牧師を中心とした新イエス教会、金聖道(キムソンド)の聖主(ソンジュ)教、許浩彬(ホホビン)の腹中(ポクチュン)教に脈々と受け継がれた。このような基盤の上に、天の新婦を迎えるための摂理が、神霊教団を中心に、同時に進められてきたのである。

1 神様は、今まで韓国の地で、キリスト教を中心に神霊の役事をしてきました。解放前の一九三〇年代と一九四〇年代に、神様はこのための準備をさせてきました。神様のみ旨に従うべきキリスト教は、そのような立場で神様の内的な事情に従い、内的なみ旨を立てなければなりません。神様は、数多くの家庭を通して、あるいは数多くの開拓者を通して、このような役事をしてこられました。

鉄山、平壌、または元山(ウォンサン)のすべての動きは、その時代的環境に対応させるためでした。キリスト教が従わなければならなかったので、それを一歩前進した環境で、神様は準備させてこられたのです。

2 神霊的な役事をした人の中で、鉄山に金聖道という方がいました。そして、咸興(ハムン)には白南柱(ペクナムヂュ)という人がいました。白南柱氏は、総督府から聖主教の認可を得た人です。霊界からすべて教えられてそうしたのです。

「裸足で鉄山に行きなさい」という霊界の指示を受けた白南柱氏は、鉄山に行きました。咸興から平壌まで六十里から七十里にもなります。裸足で鉄山に行って金聖道女史に会いました。そのようにして東と西が会ったのです。会って、来られる主がこの地に来た時に、苦難を受けないように準備したのです。そうして、聖なる「聖」の字と主人の「主」の字を入れた「聖主教」がつくられました。

しかし、金聖道女史の主張と、その他の人の主張との対立が表面化するようになりました。金聖道女史は、「天が私を中心として、エバの使命について教えてくれたのだから、主が来られれば私がお迎えしなければならない」と主張したのです。

3 金聖道女史の家庭が責任を果たせないことによって、その使命は至誠を尽くして金聖道女史に侍っていた許浩彬という婦人に引き継がれました。その婦人は、すべて主を中心として生活をしてきました。天は、その婦人にまず罪を脱ぐ方法を教えてくれ、その次に生きていく方法を教えてくれ、またその次には、主が来られたあとに子女を育てる方法を教えてくれました。

その許女史は、主に侍って生活し得る法度と全体的な規則を立てて準備しました。許女史は、解放前からそのような準備をしなければなりませんでした。七年前からそのような準備をしてこなければならないというのが原則です。そのようになっていれば、韓国の解放を中心として、再臨理念が出発するようになっていました。そうしてこれを引き継いで、新しい役事をしていかなければなりません。その時は一段階離れます。「自分が主である」と言うのではなく、「主を生む」と言います。腹中を通して主が生まれるというのです。それは、復帰だからそうなのです。それがマリヤ的使命です。

4 二千年前、イエス様がイスラエルの地にお生まれになるまで、天は多くの準備をされました。イエス様が天の家庭を形成し、一つになった国家をつくり、世界へと出ていくことができるよう、あらかじめ準備させました。しかし、その当時、準備されて責任をもっていた中心人物たちは、天の深いみ旨や事情よりも現実問題に汲々とし、イエス様のことをきちんと理解できず、イエス様に侍ることもできずに、ついに十字架に送ってしまったのです。ですから、イエス様の復活後、二千年間続いてきたキリスト教文化を中心として、新しく来られる主を迎える新婦としての準備がすべてできるよう、天は無知な人間たちを悟らせながら役事してこられました。

天は、韓国を選民の国として選ばれ、韓国のキリスト教の歴史がまだ浅いにもかかわらず、解放前後を通して、新しい主を迎えるための内的な準備をする団体を立てられました。腹中教を立てた許浩彬夫婦を通して、天は内的にどのように再臨主に侍るべきかを直接的に教えてくださいました。イエス様が生まれてから、三十三年の生涯路程を歩み終えるまでの不幸だった恨を解いてさしあげるため、すべての衣服をそれぞれの年齢に合わせて作るようにするなど、あらゆる準備をさせたのです。

真のお母様に結実した神霊役事の基盤

真のお父様は、「金聖道を中心とした聖主教と、許浩彬を中心とした腹中教が、大母様を経て、お母様にまで連結されてきた」と語られた。特に、洪順愛大母様は、来られる主を迎えるために、神霊教団である聖主教と腹中教に通って多くの精誠を尽くし、献身した。そのような過程で、許浩彬の母親が真のお母様に対して、「天の新婦になられる方」と祝福したのだが、これはあらゆる神霊役事の精誠基盤が、大母様を経て真のお母様に承継されたことを意味するのである。

5 根のない木がないように、お父様とお母様が真の父母様の名前をもつに至るまでの過去の根を知らなければなりません。人は誰でも、良い環境、良い家族、良い血統を、どのようにして最後まできちんと整えるかが重要です。

大母様は、一九一四年、陰暦二月二十二日、平安北道の定州(チョンジュ)で出生され、来られる主をお迎えし侍るために、一生の間、渾身の力を尽くして生きてこられた方です。今までのすべてのキリスト教徒たちは、主を迎えるために生きましたが、大母様の一生は、それとは異なる道を歩まれました。主を迎えるために、実践の道を歩まれたのです。

6 二千年前のイスラエルの国においても、主を迎えるための内的な準備が多くあったように、解放前の韓国においても、再臨主を迎えるために準備した団体が数多くありました。そのように、復帰摂理の役事を内面的に果たしてきた団体も数多くあったのですが、母方の祖母と大母様は、そのような団体を訪ね回りながら、ひたすらみ旨のためだけに、ひたすら主に出会うその日を準備するために生きてこられたのです。結局、そのような信仰生活が、私(お母様)をこの場にまで導きました。

母方の祖母と大母様は、絶えず深い信仰生活をされました。常に分別され、清潔な生活、清い生活をされました。私は、生活のほとんどを大母様から学びましたが、母方の祖母からも影響を受けました。

7 趙元模おばあさんは、キリスト教の家庭で生まれました。信仰心と愛国心が篤く、すべてのことに熱心でした。一九一九年、三・一万歳運動が起こった当時、満五歳になった大母様を背中に背負い、その隊列に加わって万歳運動をしている写真を見た覚えがあります。それほど、素晴らしい方でした。大母様も、このような祖母の熱心な信仰生活の影響を受けて、十九歳までは長老派教会の信仰をもっていらっしゃいました。鉄山で、金聖道女史が教主をしている聖主教が活発に集会を行っていましたが、祖母と大母様は、そこで熱心に信仰生活をされたのです。

8 私(お母様)が生まれた翌年の一九四四年頃、大母様は、趙元模おばあさんと共に腹中教に入り、主を迎えるための準備をしました。ある日、許浩彬女史が、「女性はみな、服を一着ずつ作ってこそ、再臨主が顕現されても恥ずかしくない」と言いながら、午後一時くらいになっていたのですが、大母様に向かって、「夜になるまでに服を一着作りなさい」と一言いました。普通の人の服であれば、数時間で作ることができますが、主の服を作るというので、いい加減にはできませんでした。しかし、大母様は従順に従いました。手がぶるぶると震えましたが、感謝の思いでその仕事をやり遂げました。

ある時、大母様は、夜も昼も霊的に再臨主に侍って暮らす許浩彬女史がとても羨ましくなり、「夢の中でも、再臨主に一度お会いできれば、死んでも恨みはない」と思いました。すると、夢のお告げがあったのです。

夢の中で、大母様はきれいな小屋にいました。上下に白い服を着て、台所で食事の準備をしたあと、ぬれた手をエプロンで拭きながら出てくると、祖母が、「この部屋は、誰も入れない部屋だ」と言うのです。しかし、言い返すわけでもなく、丁寧に扉をそっと開けて入り、おとなしく座ったといいます。すると、壮健な方が、東に向かって机を一つ置き、頭に手拭いを巻いて座って勉強していたのですが、さっと向きを変えて座るのです。そして、「私は、あなた一人を探し求めるため、このように勉強しているのだ」と言ったというのです。そのみ言が非常に有り難く、畏れ多くて、涙が自然と流れ、言葉が出なかったといいます。それで、その方の手を握って泣いているうちに、目が覚めたというのです。起きて初めて、「本当に不思議だ。あの方が恐らく、再臨主なのだろう」と思ったといいます。そのように、大母様は夢のお告げを通して、真のお父様に初めて会われたのです。

4許浩彬女史は、大母様に「再臨主が履かれる革靴と紗帽(サモ)を安州で作ってきなさいと、天がおっしゃっています」と言いながら、自分が受けた啓示を伝えてくれました。大母様はその話を聞くやいなや、安州で革靴と紗帽を上手に作ることで有名な家を訪ねていって、「精誠の限りを尽くして作ってください。お金は欲しいだけあげますから、最高の物を作ってください」と言い、サイズを書いて帰ってきました。一週間ほどしてから行ってみると、革靴は上手に作ってあるのですが、紗帽が気に入らないのです。その紗帽を受け取るやいなや、腕がしびれ始め、目がぐるぐる回り、身動きすることもできなくなりました。挙げ句の果てには、その家の床に足がくっついてしまったのです。そこで、「もう一度作ってほしい」と言ったところ、体が少しずつ動くようになりました。大母様が目をむいて紗帽を作った人を叱ると、(その人は)ぶるぶる震えながら、「きちんと作り直します」と言いました。一週間後にもう一度行ってみると、今度は本当によく作ってあり、気に入ったといいます。お金を払って平壌に持っていくと、心が落ち着きました。その話を許浩彬女史にすると、笑って喜んだといいます。それから約一カ月後に、また夢を見ました。大母様は、夢のお告げを非常にはっきりと受ける方ですが、一カ月前に(夢で)会ったその方がまた出てきて、「私はもっと北に行って勉強しなければならないので、あなたが一番大切にしている掛布団と敷布団、それから洋服を一着、背負い袋に入れてほしい!」と言われるのです。それで、「そのようにいたします」と答えて家に入ると、不思議なことに、掛布団と敷布団がきれいに準備されていました。洋服も、淡い色の服でしたが、良い布でできた物が準備されていました。ですから、「本当に有り難く、驚くべきことだなあ!」と思いながら、真心を込めてそれを包み、背負い袋に入れてさしあげました。すると、それを担いで「私は三年したら来るから、あなたは三年間、心変わりせず、待っていなさい!」と言われ、北に向かって、口笛を吹きながら独り寂しく行かれるのです。その後ろ姿を見つめながら、大母様はいつまでも泣きました。独り、勉強しに行かれる姿が、この上なく寂しく見えたのです。もちろん、その間に心変わりすることはあり得ませんが、「取るに足らない私に向かって、三年間、変わらずにいなさいという、畏れ多いみ言を下さって行かれるのだなあ」と言って泣いている途中で、夢から覚めました。そのように、大母様は再臨主と既にお会いしたのです。

10 一九四六年八月、腹中教信徒の中の一人が共産党当局に密告して、許浩彬女史と腹中教の幹部たちが警察に捕まり、大同保安署に拘禁されました。内務署員が許浩彬女史に、「お前の腹中にいるイエスはいつ出てくるのか」と尋ねると、彼女は「数日後に出てこられる」と答えました。天から、しきりにそのような指示が下りたのです。許浩彬女史は、再臨主が監獄において出てこられる日時を話していたため、二、三十人の信徒が白い服を着て、毎日監獄の門の外に立っていました。また、内務署員は、それまで作っておいた服を、一つ残らず持っていってしまいました。

天から「再び作りなさい」という指示が下り、一年間以上、精誠を尽くしてもう一度その分を作りましたが、その時もまだ、許浩彬女史は出獄できずにいました。

11 一九四六年六月頃、お父様はソウルを離れ、北朝鮮の平壌に行き、景昌里(キョンチャンニ)で集会所を開き、伝道をされました。その頃、北朝鮮の共産党当局は、宗教団体に対する弾圧を始めました。腹中教の許浩彬女史などが、宗教の名を語って人をだましたという罪で立件された時、お父様も、それと類似した団体の指導者であり、李承晩(イスンマン)政権のスパイであるなどの容疑で、大同保安署に拘禁されました。特に、摂理的新婦格として準備された腹中教が、新郎格であるお父様のところに自ら訪ねてくることができなくなるや、お父様は二度にわたって人を送り、勧告されました。それでも、最後まで拒否した結果、神様は獄中にまで訪ねていかれたのです。

お父様は、八月十一日から百日間、獄中での苦難に遭いながら、許浩彬女史と接触しようと数度にわたって手を打たれましたが、許浩彬女史は、最後までお父様が誰であるか気づかず、そのような摂理的に適切な(天の)処置に対して、顔を背けたまま不信の道に行ってしまいました。お父様は十一月二十一日、過酷な拷問により瀕死状態に陥ったまま、放免されました。天の加護が共にあったのです。しかし、その頃、腹中教幹部の多くは拷問を受けて死亡し、その後の六・二五動乱でも戦没しました。天の祝福と恩賜に対して、責任を果たせなかった摂理的使命者の結末が、どれほど過酷で厳しいかを教訓として教えてくれる、生きた歴史です。

12 大母様と趙元模おばあさんは、生涯にわたって再臨主を迎えるための準備をする信仰生活を貫かれました。世の中と妥協したり、安逸な家庭環境に安住したりせず、全面的に天のみ前に奉仕しながら、至誠を尽くされました。大母様が主を迎えるために、歴史的な受難の道を歩んできたがゆえに、私(お母様)もそこに同参(一緒に参加すること)したのです。私もそのような訓練をしました。み旨のために行く道であれば、何であれ犠牲にしてきたので、私たちの家門に神様が共にあったのです。

13 大母様の生涯のように、皆さんも誇ることができる一生を送らなければなりません。真の父母様の両家の父母のうち、大母様が最も高齢までお父様に侍られた方でした。それで、お父様は、「大母様」という称号を下さったのです。そのように「大母」の称号を受けるまで、天のみが知る血の涙の精誠祈祷をされました。

お父様に侍る前は、再臨主に会わせてくださいと祈り、お父様にお会いしてからは、真の父母様の家庭のために一層精誠を尽くされたのです。なぜなら、霊的によく御存じだったからです。真の父母様の家庭を守るために、サタンとの闘いをされたのです。大母様は、十年間、闘病生活をしながらも、真の父母様の家庭のために祈られました。

14 今後皆さんは、自分のために財物を積み上げておいてはいけません。節約するのは良いのです。しかし、み旨のために節約しなさいというのです。自分の一族と一国家、南北統一のために、皆さんがもっているものをすべて投入することができなければなりません。自分の家ばかり保護してはいけません。ただもつべきものは、神様の愛によって真っ赤に燃え上がる、その一つの心情だけです。

ですから、大母様のように、二十四時間、神様のみ旨と父母様のみ旨を成就させることを考えて生きなければなりません。大母様には、その考えしかありませんでした。それ以外のことは考えもしなかったのです。私たちが尊敬すべき方です。ですから、「大母」という名前を私が授けたのです。

15 大母様は、父母様の聖婚以降、労働者の妻から皇族まで、ありとあらゆる女性がお母様を打つという局面を収拾するために苦労しました。お母様一人では、これに耐えられないので、三代にわたって打たれなければなりません。その代を受け継ぐために、責任を果たしたおばあさんであることを知っているので、お父様は「大母」という名前を与えたのです。女性たちが行く愛の道で、泰山峻嶺(大きな山と険しい峰)のように立ち塞がっている垣根を崩してしまわなければ、お母様に降りかかってくるので、「あらゆる重荷を私に背負わせてください」と痛哭し、そのことをしてきました。「父母様の家庭のあらゆる心配を解消してください」と言ったのです

そうして、今や恨多き犠牲の道を通じて、国家基準を越え、世界基準を越えて、統一天下に向かい、解放に向かって前進できる時代に来たのです。

この転換期に自分の責任を果たして逝き、すべての人が忠心で奉るべき資格をもったので、「大母様」としたのです。皆さんは、この方の一片丹心の心情を引き継ぎ、自分の子孫に対して、神様に侍る伝統を正しく立てなければなりません。このおばあさんは、神様に侍るために生きました。神様を皆さんの家庭に迎えるには、それ以上の一片丹心、忠情の道理を尽くさなければなりません。

一九八九年十一月四日、揮毫を「忠心奉身」としましたが、忠誠に満ちた一片丹心の心をもって、生畜の祭物になる道を歩みきったこのおばあさんのように歩むとき、迫害なく神様から福を受けることができるでしょう。

16 大母様は、生涯にわたり、ただ一つの所に向かって信仰生活をしてこられた方です。その中で私たちが特別に記憶すべきことは、新たな摂理歴史において「再臨主が人として来られる」と宣布し、新しい教団を準備したすべての役事に、最初から参加してきたということです。聖主教を中心として母の系統を引き継いだのは金聖道であり、それが一代目です。

そして、もう一つの系統が腹中教の許浩彬です。その系統で信仰の主流的歴史の伝統を引き継ぎ、来られる再臨主を迎えるために、選抜走者として走ってこられた方が大母様です。

お母様を生んで三代のエバの役事を経たのですが、お母様の時代に来て実を結ぶことができるというみ旨を暗々裏に知って、準備してきたおばあさんなのです。その間にあった苦労というものは、とても言い表すことができません。周辺にいる兄弟や親戚、仲間など、誰も理解できないこの道を独りで歩み、生食をしながら、ありとあらゆる役事を経てきたのです。

しかし、最後まで自分の中心思想を曲げずに歩んでくることによって、お母様がお父様と出会える基台を造成しました。

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第二篇 第三章 真のお父様の摂理的準備時代

第二篇 第三章

真のお父様の摂理的準備時代

第一節 自然と共に過ごした幼少時代

1) 自然と共に過ごしながら得た教訓

真のお父様は、定州普通学校を卒業する頃までの十八年間、故郷である定州郡徳彦面上思里の周辺の二里から三里(八-十二キロ)を活動舞台にして、幼少時代を過ごされた。自然などから悟りを得る、重要な期間だった。真のお父様は、好奇心と探究にかける熱意が並み外れており、典型的な農村環境の中で、多彩で多様な情緒と資質を育まれた。特に鳥や昆虫などを通して、子に対する親の愛を観察しながら、人間愛の道理を確かめるなど、すべての事物が真のお父様にとっては情緒的な友となり、教材となったのである。

1 成長していく上で、情緒的に多くの教材を残してくれる所が故郷です。山を眺める時にも、忘れられない情緒的な網の目が張り巡らされています。また、小川を見る時にもそうです。小川には数多くの魚が棲み、数多くの虫たちが棲んでいます。そのようなものをすべて学びの材料として活用した場合には、自分が成長するようになります。そして、あらゆる知識の供給を受けるに当たって、忘れられない基本的な教材になるのです。

山河にいる動物や植物、自然界に関するあらゆるものを教材にして、自分が内的に成長する過程で、豊かさを身につけることができる多くの材料を与えてくれる所が故郷です。ですから、故郷の山川を懐かしく思うのです。

2 私が住む地、私が見ている周辺の村や山の尾根、山の向こうの地域まで、見ようと思えばいつでも行ってみたのです。私は幼い頃そうでした。そこに貯水池があれば、貯水池にいる魚という魚は、すべて捕まえてみます。鳥もすべて捕まえ、虫もすべて捕まえます。捕まえてみなかったものがありません。ですから、よく知っています。ざりがにはもちろんのこと、魚がたくさんいる所はどこで、山の獣はどこにいるのかを、残らず知っているのです。そのようなものを何から何まで調査したので、魚を捕りに行くとき、どこに行けばよく捕れるのかを知っているのです。

3 私は毎日のように山に通い、平地では過ごしませんでした。山を歩き回ったのです。山に行けば、花もたくさんあり、鳥も多く、獣も多く、博物館のように、ないものがありません。人が作ったものは、自然から学んで作ったものが多いのです。自然を愛さなければなりません。満月になれば、私は家で寝ようとはしませんでした。松林に行きます。私の育った所は、おおかみもいて、虎もいましたが、月夜がどれほど神秘的か分かりません。

大きな松の木の下は、松葉が多く、草もあまり生えないので、雨が降ったとき、そこに座ったり寝転んだりしてもぬれません。どれほど素晴らしいでしょうか。そのような所に行って明るい月を見ると、吹いてくる風の音が神秘的です。そして、風で大きな木が揺れると、様々な色に反射するのです。それに酔いしれるというのです。不思議なことに、木と木がぶつかると音がするのですが、その音が人の話し声に聞こえるのです。「原理」は、そのような自然の中にすべてあるのであって、他の所にあるのではありません。

4 私は自然が本当に好きでした。ですから、山に行って座ったまま昼寝をすることもありました。大きな木に寄りかかり、自然の中で昼寝をするのです。そのように過ごしながら、山菜を採って食べたりもしました。このようなことが忘れられません。情緒的な人間として育つための、基本的な教材を私に提供したのだと思います。

山川にある木がすべて同じ木でも、それぞれの形が印象に残ります。それが情緒的な面において、追憶となって記憶に残る一つの教材であり、博物館なのです。

5 私の村に訪れる渡り鳥を、私はすべて知っていました。しかし、ある時、初めて見る渡り鳥がいました。まだら模様がどれほどきれいか分かりません。渡り鳥は、雛を産んで故郷に帰るのですが、どこで雛を産むのか、どうしてここに現れたのかを考えてみました。その鳥が現れた理由は簡単です。その周辺に巣があるか、水を飲みに来たか、この二つのはずです。水を飲む場合も、良い水を飲まなければならないので、良い水を探し求めて来たのです。

ですから、泉を探してみます。泉を探して良い泉があれば、間違いなくその泉の水を飲みに来るのです。それで、泉を見つけ出して二週間ほど見張りました。間違いなく水を飲みに来るはずなので、毎日のように朝から行って見張るのです。案の定、その鳥を発見しました。現れたのです。鳥たちを見ると、本当に不思議です。

6 故郷に小川があるのですが、私がそこに棲む魚という魚はすべて捕ってみました。どじょうもいて、鰻もいて、ありとあらゆる数多くの淡水魚がいますが、それらをすべて捕まえてみました。大きな池があれば、これらの魚をそこに投げ入れていたはずです。最近は、家でも魚を育てたりしますが、その時、そのようにできる池があれば、どれほど良かったでしょうか。

その頃は分別がなかったので、水たまりをつくって入れました。魚はどのような水でも、すべて生きていけると思っていました。ところが、一晩寝て起きて見ると、魚がすべて死んでいたのです。その訳も知らず、「精誠を尽くしてお前を生かしてあげようと思ったのに、どうして死んでしまったのか」と悲しみました。

そのようなところを見ると、私は情的な人です。死んだ魚を見ても、「おい、お前のお母さんが泣くだろうな。僕が泣いてあげるよ」と言いながら一人で泣きました。

7 私の家から二里余り離れた所に海がありましたが、私は他の人より短時間で往復しました。また、私は、鰻を捕るチャンピオンでした。私が小さい頃、「小さな目の子」と呼ばれていたのですが、その「小さな目の子」が鰻を一日に数十匹捕って煮込み、豚に食べさせたり、牛に食べさせたりしていると、うわさになりました。ですから、お客さんが来て鰻の話をすれば、私は「準備しておいてほしい」と言って、鰻を捕まえに飛び出していくのです。食事の時間に合わせて鰻を捕り、お客さんが喜ぶ料理を作って接待しました。鰻スープや、鰻の煮込み料理を食べようと口癖のように言っては、それを思う存分食べるのです。

8 万物は、人のためにつくられました。ごく小さな動物にまで真の愛を施すことができる主人の資格を備えるようになれば、恥じることなく堂々と神様の愛を受けることができるのです。子犬も人の愛を願い、すずめも人の愛を願い、くもも人の愛を願います。すべてが主人の愛を受けようとするのです。

昔、私は鳥を捕まえるチャンピオンでした。ですから、私が捕まえたことがない鳥はいません。渡り鳥たちも、捕まえられなければ、夜も眠れませんでした。

幼い頃はそうでしたが、成長してからは、その鳥たちに餌をあげ、泉を掘ってあげました。私が真心を込めて泉を掘れば、鳥がやって来て水を飲むというのです。また、私が食べ物をあげるとそれを食べ、私が行ったり来たりするのを見ても、飛んでいきませんでした。自分たちを傷つけないことが分かれば、人を好きになるようになっています。それは、人が万物の主人だからです。

9 動物たちも、春になれば、愛の相手を求めてさまよいます。鳥たちもそうで、昆虫たちもやはり同じです。夏に昆虫の鳴き声を聞いてみてください。その鳴き声には、二通りあります。一つはおなかがすいて鳴く声であり、もう一つはつがいになる相手に会いたくて鳴く声です。合図は簡単です。「おなかがすいているので、友達と一緒に何か食べに行こう」、それから「良い相手を探しに行こう」の二つです。

私は田舎で暮らしたので、昆虫を本当にたくさん捕まえました。また、捕まえてみたことがなぱ物はいません。山猫からたぬき、うさぎなど、すべて捕まえてみました。それは興味が尽きません。それらは一匹で住んでいると思っていましたが、すべて相手がいました。すべてつがいです。昆虫の世界も、鳥類の世界も同じです。

10 私は五葉松を愛しています。五葉松には、人間が食べられる実がなるからです。また、五葉松の実は、誰でもむいて食べられるというものではありません。石で割らなければならないからです。どのように割ればよいか、その方法を知って割ろうとしても、正確にたたいてこそ割れるのです。ですから、誰もがむいて食べられるわけではないのです。

またこれは、植えても、凍ってひびが入ってこそ、初めて芽が出ます。普通のものとは正反対の時に植えるのです。春に植えるのではなく、秋に植えなければなりません。凍らなければならないのです。どのようにしても、その本質の素性(そせい)は変わりません。その環境や与えられた条件に支配されることがなく、反対に環境全体を爆発させ得る内容をもっているので、そこから春を迎え、芽が出て、五葉松の木として育つのです。それが五葉松です。

これは、東西南北を中心にして、一つの中央線があります。そのような意味で、私は五葉松を愛するのです。また、この木はとてもよく育ちます。まっすぐに上がっていきます。根もまっすぐで、芽もまっすぐに上がっていくのです。

2) 自給生活の訓練

真のお父様は、幼少時代、田畑の耕作、苗植え、草取りなど、田舎のあらゆる農作業を経験された。特に稲、豆、とうもろこし、さつまいもなどを上手に育てる秘訣、畑への肥料のまき方、山での落ち葉のかき集め方などを身につけながら、少年期を過ごされた。そして、靴下や服、帽子も手作りで編んで使うなど、自給生活に強い一面をお見せになった。

11 私は学校に行って帰ってくると、もろ肌を脱ぎ、先頭に立って仕事をします。兄や姉たちと競争しても、いつも私が一歩先を行きました。農村で王のような勝利的農夫の称号を受けられなければ、その農夫の世界では指導者になれません。ですから、どのような土地に大豆を植えなければならず、小豆を植えなければならないのかをすべてよく知っています。

土地を見て、「ここは、さつまいもがよくできるのに、なぜこれを植えているのですか」と言えば、「そのようなことがどうして分かるのか」と言われます。すべて経験を通して知っているのです。私が農村に行けば、農夫の中の農夫です。漁村に行ってもそうです。船も造り、鮪を捕まえるシステムも開発しました。

12 私は、靴下を自分で編んで履き、服も自分で作って着ました。寒くなると、帽子も自分で作ってかぶります。私が姉たちに編み物を教えてあげました。皆さんもみ旨のためには、一人で暮らす準備もしなければなりません。パンツなども、綿布を持ってきて、型を取って作ってはけば、ぴったり合うようになっているのです。

母の足袋も作ってあげました。母が「おやまあ、いたずら半分に足袋を作っていると思ったら、足にぴったり合うわね!」と言うほどでした。そのようなことを、すべて研究しておかなければなりません。服も編んで着ることができなければならず、靴下や帽子も作れなければなりません。そうであってこそ、一人で暮らしても、み旨を成就することができるのです。

13 最近、私が懐かしく思う食べ物があります。私が食べたことのない料理がどこにあるでしょうか。世の中の有名だと言われる料理はすべて食べてみましたが、今でも一番懐かしいものは何だと思いますか。昔、田舎では「五月のじゃがいも峠」(じゃがいもが収穫される前の農家の食糧事情が悪化する春の端境期のこと)というものがありました。(普段は)じゃがいもばかり食べていたのですが、(その時期は)麦を収穫し、麦で御飯を作って食べました。麦飯も、最近の平麦飯ではなく丸麦飯です。その丸麦を水にふやかして炊いた御飯は、スプーンでぎゅっぎゅっと押してすくっても、粒がこぼれ落ちるのです。それにコチュジャンを混ぜて食べたことが思い出されます。それが今でも懐かしいのです。

他のものを混ぜるとおいしくないのです。ぴりぴりするほど辛いコチュジャンを混ぜて、薄赤い御飯を一口食べると、歯の間からぼろぼろと出てきます。それで口を閉じてもぐもぐと食べたのですが、そのことが今でも懐かしいのです。

14 田舎に行けば、本当におもしろくて、素晴らしいことがたくさんあります。そこであらゆることを研究し、材料を収集して、将来の大きな人生設計のために準備をするのです。私には、そのような経験がたくさんあります。

ですから、農村に行けば農作業もでき、海辺に行けば漁夫になって魚を捕ることもできます。私は網打ちをするにしても、明け方に出ていきます。どのみちやるのなら記録を出すのだ、という信念をもってするのです。明け方、一番鶏が鳴く頃に出掛けて、星が出るまでそれをして帰ってきます。私は常に、世界において何であっても、負けるのは駄目だという主義です。どこに行って何をするにしても、絶対に負けないという考えをもっています。ですから、人には絶対に負けません。私が精誠を尽くす時もそうです。

3) 涙が多く情にあふれた少年

真のお父様は、幼い頃から涙の多い方だった。この上なく情が深く、同情心の厚い少年だった。鳥や魚を捕まえ、家で育てているうちに死んでしまうと、親の立場を考えながら涙を流す、切なほ心の情を表された。弱い友達をいじめる人に立ち向かっていったこともあった。御飯を食べられない人がいるといううわさが耳に入れば、両親に隠れて、米の入った甕(かめ)から米を運んであげ、子供が生まれたのに食べる物がない家には、わかめと米を持っていってあげたこともあった。お祝いの日に新しい服も着ることができない貧しい立場にいる友達のために、深い温情を施された。

15 六歳を過ぎて七歳になれば、物心がつく頃です。学校に通う年の頃には、村にいる身重の女性たちのおなかがどれくらい膨れたら、いつ頃赤ん坊が生まれるか分かりました。私は、そのような女性たちについて調べ、米がなければ、一カ月前から米を持っていってあげました。妊娠した女性の家にわかめがなければ、わかめを買ってあげたりしました。

ですから、貧しく暮らす人たちは、すべての秘密を私に報告しました。そうなると、秋になれば、とにかく栗でも取って分けてあげたくなり、とうもろこしでも取ってその家に持っていってあげなければ、心が安まりません。そのような訓練をしたので、世界の人たちをみな、食べさせて生かそうとまで考えたというのです。

16 昔、村の中で、私の家は暮らし向きが良かったのです。満足に食べられず、貧しく暮らす村の友人が、弁当に粟飯や麦飯を入れてきて食べるのを見ると、取り替えて食べることはあっても、それを見て、何もせずに自分の御飯を食べることはできませんでした。

また、友人の両親が病気なのに、病院に行くお金がない時には、父や母のところに行って涙を流しながら、「私の友人の誰々の両親が病院に行けるよう、お金を下さい」と言いました。

年が十一歳くらいになった時、「米、大豆一斗(約十八キロ)を売って誰々を助けてあげるのだ」と父に宣布しました。そうして、父に内緒で一斗の米を担いで二里の道を歩いていったことが、今も思い出されます。縄や何かのひもでそれを結んで担いでいかなければならないのですが、そのまま担いでいくので、どれほど息がはずんだか、何度もハアハアと息が切れました。それが今も忘れられません。一生の間忘れられないでしょう。そのすべてが、み旨のために歩むことができる立場に立たせたのです。

17 私は、冬に震えて通り過ぎる乞食を見れば、御飯も食べられず、眠ることもできませんでした。そのような性格でした。それで、父と母に、「部屋に入れて御飯を食べさせてから送り出してあげよう」と言いました。それが、天の愛する根本になり得るものではないでしょうか。

村で御飯を食べられない人がいるといううわさを聞いたならば、どうやって助けてあげようかと考えて、夜眠ることができませんでした。それで、私は両親に内緒で、米櫃から米を取り出して分けてあげたりもしました。

18 私は餅が好きでした。私が母に「餅を作ってほしい」と言うと、母は「畑仕事もしなければいけないし、息子や娘を結婚させようと思えば、反物も織らないといけない。だから忙しい」と言って、作ってくれません。休む間もない忙しい母でした。それなのに、しきりに「食べ物を作ってほしい」と言うので、簡単な小豆餅や蒸し餅のようなものを作ってくれるのですが、大きな蒸し器に餅を作っておくと、それが三日ももちません。すべて分けてあげるのです。

村で心配なことがあれば眠れません。それをよく考えてみると、天がそのような心情を指導したのではないかと感じるのです。村に貧しく暮らす人がいたりすると、どうにかして良い暮らしができるようにしてあげたいと思うのです。村で何か起きれば、それを人ごとではなく、自分のことのように思ってするのです。心根がこのようになっていなければなりません。天性がそうでなければなりません。川上の水が澄んでいてこそ、川下も澄んだ水になるのです。人は霊的な存在なので、そのように生きてこそ、他の人たちがその人を頼りにして暮らしたいと思うのです。

19 私が幼い頃、我が家では数百箱規模の養蜂をしていました。養蜂をするときには、巣板をぴったり付けておくと、そこに蜂が巣を作って蜜の貯蔵所を作ります。巣は自分で作るというのです。その巣板は高価なものです。それをキャビネットのような所に積んでおくのですが、それを見つけて、(蜜蝋を)すべてこねるのです。

田舎に行くと、油がなくて明かりをともせない家があります。そのような家には、石油はあげられなくても、ろうそくの火だけでもつけられるように、それをあげました。そうしないと心が落ち着かず、我慢できないのです。ですから、(蜜蝋を)すべてこねて、一つ一つ配給してあげました。

私は世間知らずだったので、その当時のお金にするといくらになるか分かりませんでした。それで結局、父にひどく叱られました。ひどく叱られましたが、絶対に「間違っていた」という言葉は口にしません。父も、結局は途中で諦めて叱るのをやめてしまうのです。

20 ある障害者の夫婦がいました。男性は目が見えず、夫人は体に障害がありました。この夫婦は、村中で模範的な夫婦でした。夫人がいつも足を引きながら杖をついて夫を案内してあげるのです。口も曲がり、様々な障害をもっているのですが、夫はこの上なくその夫人を愛していました。冬になると、どこにも住む所がないので、必ずうちの精米所を訪ねてくるのです。

すると、むしろしかないので、私が布団を持っていってあげ、毛布も持っていってあげたりしました。それで、私のことを随分と気に入ってくれていました。そうこうするうちに、彼らが死んだという話を聞き、悲しくて泣いたことが思い出されます。

21 私も皆さんのように、はつらつとして希望にあふれた青春時代がありました。私は、このみ旨を知る前からかわいそうな人の友達になろうと考えていました。貧しく暮らす人に関心をもちました。子供たちがいても、裕福で力のある家の子供たちとは親しくしようとしませんでした。反対の生活をしたのです。村に御飯を食べられない貧しい人がいれば、私は寝るのも忘れてそれを解決してあげようとしました。こうしてすべての人と友達になって、すべての人の友達以上の道を行かなくてはならないと考えたのです。

4) 不撓不屈の性格と予見能力

真のお父様は、幼い頃から一つのことをとことんまで突き詰める性格と、決して屈しない勝負根性の持ち主だった。正しいと判断すれば、絶対に先延ばしにしたり、待ったりせず、即座に行動に移された。このように幼少時代は、神様の救援摂理を完成すべき真の父母となるための資質と稟性を育てる期間だった。そして、真のお父様は、幼少時代から近隣の人々の病苦と災難を予見するなど、特別な霊力を見せ、周囲の人々を驚かせた。

22 父、母、村人のすべてが私を信じていました。「文氏家門の恐ろしく、賢い者」とうわさになりました。相撲でも、ボクシングでも、できない運動がありません。どこに行っても三等以下に落ちることがなかったのです。すべて一等になるようになっています。

一等になる人の二倍、三倍努力するのですから、一等にならないはずがありません。私はそのような人です。ですから、未知の人生問題や宗教問題の根本、根っこを掘ってひっくり返したのです。一度手を付ければ、それが終わるまで、御飯を食べることも、寝ることも忘れてしまいます。蕩減復帰に最も必要な性格なのです。

23 私は、泣き始めたら一時間で終わるのではありません。それで、あだ名が「ハルウリ(一日泣く子)」でした。一日中泣いてこそ泣きやむので、ハルウリというあだ名が付いたのです。

また、泣くときも、じっと座って泣くのではありません。村が吹き飛ぶかと思うほどの大きな声で泣きました。村中のおじいさん、おばあさんが出てきて見物せよというのです。こうして村中を大騒ぎにし、寝ていた人まで起こすほど泣いたのです。一大事でも起こったかのように泣き続けました。喉が腫れて声がかれ、しまいには声が出なくなるほどでした。そして、泣いてもじっとしたまま泣くのではありません。バタバタと跳ね回りながら、傷つき、皮膚が裂けて血を流しながら泣きました。

それほどなのですから、私がどんな性格かよく分かるでしょう。よくよく見ると、神様は本当に知恵深い方です。私はそのような性格の所有者なので、一度やると決心すれば、死ぬまで諦めません。

24 私は、性格が積極的で健康なので、活動範囲が普通の人の三倍にはなりました。雪が降るような時は眠りません。夜、いたち狩りに行くのです。おなかがすくのも忘れて歩き回ります。ですから、私の母は相当に苦労しました。私は、並外れた人です。十代になると、既に父と母を意のままにしていました。それほどの子供だったので、私は、このようなことをしているのです。まかり間違えば引っ掛かってしまうのですが、その性根に父母も降参しなければなりませんでした。私は、たとえ骨が折れても譲りません。死んでも譲らないのです。

「間違っていましたと、一言言いなさい」と言っても、答えません。間違っていないのに、どうして「間違っていました」と答えるでしょうか。

25 私は、誰にも負けない粘り強い性格をしています。幼い時には、けんかをして相手を降参させきれなければ、三、四カ月、眠れなかった人です。そのように粘り強い男です。恐ろしいといえば、誰よりも恐ろしい男なのです。

人に負けることを絶対に嫌う人です。負けたことがありません。何をしても必ず勝つのであって、負けることは考えもしません。勝つか負けるか、すぐに分かります。私が手を付けた場合には、死なない限り勝つのです。そのような性格の持ち主です。

26 私は、性格がとでも性急な人です。一言でも悪口を言われれば、我慢ができない性格です。誰かに一発たたかれたら、耐えられない人です。また、誰に対しても負けるのが嫌いな人です。私は、そのような気質と性格をもっているので、できないことがありません。どんな運動をしても、私が勝ってみせるという性格をもっています。私は頭も悪くありません。

そのような私に悲惨な境地、これ以上耐えらえないという境地が、何十回、何百回あっただろうかと考えてみてください。恥ずかしいといえば、それ以上に恥ずかしいことはないという境地が、一度や二度ではありませんでした。しかし、それをすべて克服してきたのです。神様がそうされたからです。神様も火のような性格があるはずですが、その性格のままに一度動けば、世界を一掃できる立場にいるにもかかわらず、それを神様は、強い意志で耐えられたので、世界が残っているのです。

27 私が若い時は、同じ年頃の子と相撲をして負けたことがありません。私の村にいる私より三歳年上の人と相撲をして、私が一度負けました。田舎で暮らした人は分かるでしょう。アカシアの木が、春の季節になって水分を吸い上げるとき、皮を剥ぐと、松の木の皮のように剥がれます。ですから、春の季節に木が水分を吸い上げるとき、何度もしならせると皮が落ちるので、それを一気に剥がすのですが、これが硬いのです。このアカシアの木と相撲を取るのです。「こいつ! お前を倒すまでは御飯を食べるものか!」と思って、六カ月目に彼を倒して馬乗りになりました。そうするまでは、御飯を食べることも忘れ、寝ることも忘れてしまうのです。

28 私は、八歳の時から、姉、遠い親戚、村中の人たちまで、嫁や婿に行く時、写真を見てたくさん結婚させました。幼い時も、私が「きょうは雨が降る」と言えば雨が降りました。また、「一週間以内にこの村で人が一人死ぬ」と言えば死にました。そのような逸話がたくさんあります。

ですから、結婚しようとする人が、私に相手の写真を持ってきて、「これをちょっと見てほしい。良いか、悪いか」と尋ねるのです。ちらっと見て「悪い」と言えば、必ず悪いのです。見るのも、長くは見ません。見て「良い」と言えば、それは良いのです。そのような歴史をもっています。

29 私は、村では五山の家の小さな(目の)子で通っていました。目が小さかったので、村で「五山の家の小さな目」と言えば、私のことだと分かります。目があまりにも小さくて、母が私を生んだ時、「目がない」と言ってしばらく見つめたといいます。目を広げてみると、ぱちぱちまぱたきしたので、安心したそうです。そのような目が必要です。

遠くまで見ることができる素質をもって生まれたので、今日の世界はもちろん、神様の心情と事情まで解剖して探り出し、(神様の心情に対する)解剖学を論理的にまとめた男です。そのような価値を知るようになれば、世界は私にだけ付いてこようとするのです。私に会いに行こうという行列が、玄界灘を越えて太平洋の真ん中にまで続くでしょう。

30 私は、牛も見ることができます。販売場で牛を見て、「あの牛は悪い」と一言言えば、その牛は売ることができないのです。牛は、首筋が整っていなければならず、前足が整っていなければならず、後ろ姿が整っていなければならず、腰が整っていなければなりません。この四つが整っていれば、良い牛なのです。

昔、父が牛を買いに行く時には、私も付いていって鑑定してあげました。父が知らない牛に関する話をしてあげると、「お前、どうしてそれを知っているのか」と言われました。私は、既に生まれながらにして知っていました。ですから、今日、世界で誰もできないことをしているのです。

31 昔、私が子供の頃、通りに出て、行き交う人を見てどのように感じるかを調べたりしました。「あの人は、間違いなくこうだ」と思うと、それが本当に正しいか正しくないか、付いていきながら打診してみるのです。その人に、「あなたは、こうだったでしょう?」と尋ねてみるのです。それは霊界から教えてくれるのではなく、私の心が既に知っているのです。

それで「あなたは、このような人でしょう?」と尋ねてみると、「どうして分かるのですか」と驚きます。間違いなく当たります。じっと座って、あの部屋に誰がいるのか、良いことをしているのか、悪いことをしているのか、良い人が住んでいるのか、悪い人が住んでいるのか、ということがすぐに分かるのです。

第二節 神様からの召命

1) 蕩減の道を行った家族

真のお父様が天から召命を受けられたことを前後して、家族と周囲の人々は厳しい蕩減を払わなければならなかった。十六歳(数え)になる頃までに、あらゆる試練が押し寄せた。サタンの讒訴条件を清算し、完全な天の側の勝利の基点を確定するため、摂理上、不可避な犠牲が伴ったのである。三代にわたって兄弟たちが客死し、行方不明になった。さらに、真のお父様を含む六男七女の兄弟のうち、格別に愛情をかけた五人の弟妹が相次いで夭折した。天は、真のお父様が世の中で心を寄せ、頼れる関係や、関心をもつ外的環境を、ことごとく切ってしまった。この世のどこにおいても心安らかに過ごせない緊張した日々を、一生の間、経てこられたのである。

1 統一教会のみ旨を引き継ぐためには、誰もが蕩減路程を経ていかなければなりません。私は十六歳(数え)の時、この道を出発することになりましたが、その時には、十三人の兄弟のうち八人だけを残して五人が死にました。また、犬が死に、牛が死に、馬が死にました。奇怪なことが起きたのです。このような理解し難い出来事を、皆さんは知らないでしょう。謎のような出来事が本当に多かったのです。私の家庭を中心として、完全に破綻させるための悪魔の計略があったというのです。これは現実的な内容です。

万国を代表して勝利の覇権をつかむためには、末端の血族においても、その戦場でサタンが讒訴できない内容を提示しなければならず、本人自身の歴史性においても、世界万民、世界人類を代表して歴史的勝利圏を誇り得る条件を提示しなければなりません。統一教会も同じです。統一国を創建するにも同じなのです。

2 霊的な現象は、見えない世界で起こるのではなく、実際に見える所で様々に現れるのです。サタンはあらゆる手段を使って、お父様の一家を滅ぼすことを計画しました。その渦中で、兄と姉が精神的におかしくなり、大変なことになりました。若い頃、そのような霊的背景と霊的世界の問題があったのです。

気が狂ったと思った兄が、よく見ると何か話をしているのです。兄が話すときは独り言のように語るのですが、その内容が途方もないものでした。また、言い方が時によって違いました。何人かの霊が来て、一日中話をするのです。そのことがお父様には、すぐ分かりました。

3 私自身にとって最も親しかった友達、天が祝福してくれる立場にいる友達は、すべて連れていかれました。この世で信じ、頼れるものは、一つ残らず断ち切られてしまいました。その中には、平安北道の人もいて、黄海道(ファンヘド)の人もいました。誰よりも親しかった友達が、全員連れていかれたのです。

また、私が最も愛した妹が連れていかれました。私の家庭には娘が多かったのですが、母方の叔母の家には娘がいなかったので、叔母さんが懇願し、この妹は叔母の家に行って暮らしていました。それで、私はいつも、その妹のために祈りました。その妹は、兄に対して絶対的でした。ですから、妹にとって良いことであれば、兄としてどんなことでもしてあげたいと思っていたのですが、その期待までもすべて断ち切られてしまいました。妹だけでなく、愛する弟も連れ去られてしまいました。このようなことを見ると、蕩減には許しがないのです。そのような過程を経なければなりませんでした。

4 私のことを愛してくれた友達は、すべて霊界に連れていかれました。なぜ彼らを霊界に連れていったのかを、今考えてみると、私が彼らと私情を交わすかもしれないので、そうしたというのです。神様のすべてのみ旨に責任をもって歩んでいく私が、彼らと私情を交わす恐れがあるからです。神様は、私がこの世で関心をもつ人は、すべて連れていってしまいました。

このようなことをよく知っているので、他の道に行こうにも行けないのです。私が愚かなのでこのようなことをしているのではありません。どれほど多くのことを考えたでしょうか。

2) 十六歳(数え)の時、神様からの召命を受ける

真のお父様は、長老派教会に入教する頃、新しい学問の修学とともに、思考の幅が広がってより深く考えるようになり、将来の問題と現実の問題について深刻な疑問に逢着された。理由も分からない中で起こる家の患難とともに、日本統治下における民族の悲惨な姿、そして、弱小民族の苦痛と悲哀を深く体感された。同時に、人生の根本問題について苦悩しながら、解決点を探そうと身もだえされた。そのような中、定州普通学校に転校した直後、十六歳になった年の一九三五年四月十七日の早朝に、長い時間、涙ながらに山上で祈りを捧げていたところ、イエス様の顕現を体験することになる。イエス様は、奥深く驚くべき事実を多く語られ、その後、何回にもわたって直接対話を交わされた。真のお父様は、神様から天命を受けられたのち、故郷とソウル留学、そして、日本の東京留学を経ながら、将来の摂理的使命者として、責任意識の体得と信仰を深化させる準備期間を過ごされた。

5 私は、十六歳(数え)になった年に、イエス様と出会い、深い霊的な体験をしたことがあります。それが啓示の始まりでした。その特別な出会いがあって以来、今まで、生きていらっしゃる神様と、イエス様を含めた霊界の聖賢たちと、絶え間なく対話をしてきました。その内容は、言葉では表現しきれません。神様は、御自身の摂理の時に従って私を選択されたのです。

6 私が悩み多き立場で神様を知る経験をし始めたのは、十六歳(数え)の時からでした。私は、少年時代から、「私は誰だろうか。私はどこから来たのか。人生の目的は何だろうか。死んだあと、私たちの命はそのまま続くのだろうか。また、神様は果たして存在されるのか。神様は全能であられるのか、あるいは無力であられるのか。もし神様が全能であられるのなら、なぜ人類世界の問題を解決してくださらないのか。この地球上には、なぜ数多くの苦痛が存在するのか」、このような人生の基本的問題について悩んでいました。

そうして、十六歳の時から九年間、私はいつも全能であられる神様、そしてイエス様と共に生活しました。また、何度も霊界に入ってみました。

神様は、徐々に驚くべき真理を示してくださいました。それは、まるで長く暗い夜が過ぎ去って朝日が昇るかのようでした。その真理の中で、栄光の新しい文化の曙光を見ることができました。新約聖書に基礎を置くこの特別な啓示は、ユダヤ教の教えよりはるかに素晴らしいものでした。この啓示は、あらゆる宗教を包摂して一つに結ぶことができる力と能力をもっています。私が受けたこの啓示は、今日「原理」と呼ばれており、(私は)神様からこの「原理」を地の果てまで伝えなさいという指示を受けました。

7 十六歳(数え)の時、どれほど深刻な立場にいたか分かりません。神様にとって最も困難であり、イエス様や宗教団体にとっても、最も困難な最後の時でした。韓国が日本の統治下に入ってコーナーに追われ、行き場のない三角地帯(窮地)にいたのです。天地と神様も、五大聖人たちも、宗教圏も、すべてが一点に集まりました。ですから、私もこの一点に対して召命的な責任があるので、その場に入っていくのです。

そうすると、私を中心とした家庭や韓国自体が、極めて深刻な立場に行くのです。夜も眠れませんでした。御飯を食べようにも御飯が喉を通りませんでした。それがすべて見えるのです。瞬く間に天下がすべて崩れそうなのに、その責任が私にあるというのです。ですから、どれほど深刻だったでしょうか。

6私が受けた新しい啓示は、神様のみ旨をとても明確に解いたものです。そのみ旨は世界を救おうというものです。統一教会は、ある一つの宗派ではありません。統一教会は、世界を救うための運動を展開しているのです。このような私たちの運動に同参(一緒に参加すること)しているすべての人たちは、神様のみ言を通して、神様を中心とした個人、神様を中心とした家庭、神様を中心とした国家、そして、神様を中心とした世界という概念を明確に理解しています。

9アダムとエバが十六歳(数え)で堕落したので、本性的内縁(内的な縁故)を中心として、天がアダムとエバを育ててきた心情の脈絡に乗ることができたのは、幼少の時から十六歳までです。特別に天が私を選び、立て、育ててこられたので、十六歳から霊界と肉界を一つにしていかなければなりません。

私は、この十六歳の本然の心情的な縁と連結されて育ったので、サタン世界は私に従ってこなければなりません。サタンは、兄の位置、祖父の位置、父の位置、宗教圏に先立って国家の位置で統治してきました。主管してきたのです。ですから、これが交差して入れ替わる時が、今までありませんでした。国が先に立って引っ張ってきました。私が十六歳の時からこれを連結させて、新しく天の秘密とサタンの秘密、また人類歴史の秘密をすべて知ることによって、これらを中心としてひっくり返していくのです。

10 私自身も、時には前が真っ暗な壁にぶつかることが多くありました。そのようなことがあるたびに、「神様は死んでいない」とおっしゃったその声が、私の骨髄にいまだ残っていることを、皆さんは知らないでしょう。私を召命してくださった神様の切ない事情を、私は忘れていません。神様が、「お前は私のことだけを思っていなければならず、私のことを忘れてはならない」とお命じになったみ言が忘れられません。自分自身が哀れであることを感じれば感じるほど、私よりもかわいそうな方が神様であられることを、改めて感じさせられます。

私たちは、歴史の悔しさとともに、今まで耐え忍んでこられた父の心情を、無限に胸痛く体恤できなければなりません。そうして、「私は歴史上のいかなる息子、娘よりもお父様の心をよく知っている孝子の中の孝子、孝女の中の孝女になったではないですか」と言って、堂々と前に出て父を慰労してさしあげることができ、すべてのものを捧げられる息子、娘にならなければなりません。私はそのために闘ってきました。これからも、そのように生きていくでしょう。今や、いかなる宗教団体が統一教会に反対し、私に対して中傷し、謀略を仕掛けても、関係ありません。いかなる権限をもって抑えつけても、私たちのこの基盤を征服することはできないでしょう。

第三節 学生時代

1) 書堂と小学校時代

真のお父様は、七歳から十三歳まで、書堂で漢文を学ばれた。特に暗記力に優れ、筆字においては、先生の代わりに手本の字を書くほど、抜群の才能を発揮された。その頃は、将来、博士学位を三つ以上取得することを夢見ながら、一九三三年に十四歳で圓峰(ウォンボン)学院に入り、進学試験の準備をしたのち、一九三四年、五山普通学校の三年に編入された。そして、一九三五年四月、日本語の勉強のために定州公立普通学校の四年に転校され、一九三八年三月二十五日、第二十九回卒業式において、すべての式次第が終わる頃、自ら進んで壇上に立ち、長時間、特別所見を発表された。日本の植民地教育政策の虚構性とその偽善的形態、個々人の教師に対する問題点を一つ一つ指摘された。これをきっかけに、真のお父様は、日本の警察から要注意人物として目をつけられることになる。

1 私には、絵を描く素質もあります。そのような方面に素質があるのです。書堂に行くと、既に八歳(数え)から九歳、十歳、二十歳、三十歳まで、年上の人もいました。字を上手に書けるようになるため、毎日字を書くのです。私は、十二歳になる前から、字を書く帳面に手本の字を書いてあげました。そうすると、その帳面に数百回書くことになります。それが習慣になると、もう違うのです。さっと見て、筆がどこに向かえばよいのか、一番上がどこに向かえばよいのかが分かります。ですから、どれほど長いものでも、さっさっさっと書いて合わせるのです。普通ではありません。

私は、そのように書堂に通いながら初めて塾に行きました。そこで初めて絵を描いたのです。年上の人たちは、画仙紙という絵描き用の紙にすぐに絵を描きました。私は、画仙紙を前にして、描こうとする花を考えて構想を練るのです。画仙紙がこれぐらいだから、そこに合うようにするためにはどうすべきか、計算するのです。計算して、心で線を引き、それに沿って描いていくのです。一つ、二つと描いていくと、すべて入ります。そのようにして線さえ描けば、形が現れてくるのです。その次は、色塗りにかかっています。そうして、私が初めて描いた絵が塾の壁に貼られました。

2 私は十歳(数え)の時、害堂に通いましたが、その時は本を一日に一ページだけ覚えればよかったのです。三十分以内にすべて覚えるのです。精神を集中してすれば、三十分ですべて記憶することができます。それから書堂の先生のところに行って、すらすら暗唱すればよいのです。

そうしてすべて終えたなら、先生が昼寝をしている間、私は山を歩き回るのです。書堂の先生は、疲れるので昼寝をよくしました。ですから、蛙がどこにいて、鳥の巣がどこにあり、山犬がどこにいて、きのこはどこにあるのか、すべて調べておくのです。そのように歩き回ったので、母が私を捜し回っても見つけられなかったのです。

3 物心がついて、十歳(数え)を越えるまで書堂に通いました。なぜなら、私の家門では、外地に出て勉強した人たちはすべて客死したからです。また、摂理的に見ても、み旨から見ても、二番目に生まれた息子には、問題が起こりました。ですから、私の一族では、勉強させれば死ぬといううわさがあり、学校には行かせず、書堂で勉強させたのです。そのような立場で育ったお父様の一生は、すべて開拓と改革でした。

書堂に通う中、初めてみ旨の道を知ったのち、十六歳(数え)の時から心を決めて、私の行くべき道を考えるようになり、この書堂にばかりいてはいけないと思ったのです。飛行機が飛び、汽車が走る科学文明の時代がだんだんと拡張され、未来を引っ張っていくようになることをありありと感じる立場で、「このような書堂にばかりいてはいけない!」と思い、そこから革新か始まりました。それで塾に入って勉強し、その当時で言えば、普通学校に入ったのです。

その時は五山普通学校でした。その学校の三学年に、編入試験を受けて入りました。そこで一年勉強したのですが、一生懸命しないわけにはいきませんでした。

4 五山普通学校では、日本語を使ってはいけませんでした。皆さんも知っているように、独立万歳運動の三十三人のうちの一人で、日本と怨讐の立場で闘争した代表的な人物である李昇薫(イスンフン)氏が建てた学校であり、そのような学校の伝統があるので、日本語を使わせなかったのです。

ところが問題は、私たちが敵を知らなければいけないということでした。敵について詳しく知らなければ、敵と闘っても対策を立てられないという思いがしました。それで、定州普通学校の四学年に、編入試験を受けて入りました。そこに入ってから、日本語が流暢にできるようになって卒業したのです。そのような過程を経ながら、信仰の道や人生の根本など、難しい問題について考えるようになりました。

5 定州普通学校に編入し、学校で日本語を習いました。片仮名、平仮名を勉強したのが、ついきのうのことのようです。それを一晩ですべて覚えてしまいました。学校に行ってみると、三年生、四年生、五年生の子供たちが日本語で話していました。

その当時の私は、年がいってから学校に入ったので、背が高かったのです。それなのに、日本語が一言も分からないのですから、他の人たちが踊っているその真ん中で、何もできずに一人でただ見物ばかりしているのに、恥ずかしいことさえ分かっていないというような状況でした。その時の気まずさは、感じたことのない人には分からないでしょう。ですから、稲妻のように、一年生、二年生、三年生、四年生のすべての本を半月ですべて覚えてしまいました。そうすると、聞き取れるようになったのです。

6 私は、頭が悪くないので、どんな勉強をしても世界的な学者になっただろうと思います。そのような頭をもったからといって、私が勉強して世界に名だたる学者になって何をするのか、そのような問題を深刻に考えました。

そのような学者になったところで、黒板の前でチョークの粉を吸い込み、一生の間、腰が曲がるまでひたすら研究ばかりして死ぬのです。そのようにしてすべての根本問題を解決できるのかといえば、それはできないというのです。

それならば、人間として行くべき道のうち、どんな道がもっとも困難で大変な道かえお考えました。歩むのが大変といわれる道を私は行きたかったのです。人間として今まで歴史時代において、過去、現在、未来に誰もできなかったこと、できないことを、私が一度しなければならないと考えました。

7 私が勉強する時は、稲妻のように勉強しました。数年かけてすることを、瞬く間にやってのけました。私の故郷は、定州から北東方向に約八キロメートルの距離にある農村です。灯蓋(とうがい=灯火用の油皿を載せるもの)に明かりをともして勉強したのが、ついきのうのことのようです。

午前二時、三時まで夜を明かしながら勉強していると、父や母が、「おい! もう寝なさい。体をあまり無理させてはいけない」と言いました。いつもそうでした。その時、私が常に友としたのが夜の虫たちでした。夏は夜の虫を友としたのです。そのように座って、午前二時、三時まで勉強しました。田舎の夜は本当に静かです。昆虫たちが月夜に鳴く声は、とても神秘的なのです。

2) ソウル留学生活

真のお父様は、定州公立普通学校を卒業され、一九三八年四月十二日から一九四一年三月八日まで、ソウル黒石洞(フクソクトン)の京城商工実務学校に通われた。真のお父様は、誰よりも早く登校され、教室の掃除を一手に引き受けてされるときも多かった。そのため、同級生たちも気兼ねし、むやみに接することができなかった。か弱い学生は保護してあげ、力があっておごりたかぶる者たちとは正面から向き合い、是非を正された。闊達であられたが、普段は寡黙で真面目だった。天道を明らかにし、人格の完成を目指して、常に沈黙された。真のお父様の学籍記録には、「明朗で活発、飾り立てることなく真面目、そして、強靭、健全であり、自ら率先してあらゆることに熱心に取り組む」、「身体が健康で、出席状況は良好、特にサッカーを好む」と評価されている。

8 謙遜な人は上がっていくのです。学校の友達の中でも、自分の位置や境遇も分からず、拳を振るう学生たちがいます。しかし、謙遜な人、自分に実力があってもおごり高ぶらない学生もいます。そのような人には、何かしら威圧感があります。主管性が宿っているのです。近づきたいと思うのですが、彼がじっとしていても、なぜか近寄り難いのです。皆さんの友達の中にも、そのような人がいるというのです。

私は学生時代、あまり話をしませんでした。学校に行っても絶対に饒舌にはなりませんでした。一日中、話をしない日もありました。ですから、同級生たちは、私のことをとても近寄り難く思っていました。学校の先生よりも近寄り難かったのです。かといって、私が彼らを恐喝したり、脅迫したのでもなく、たたいたりしたのでもありません。

それでも、彼らは私に対して、むやみに接することはできませんでした。

また、彼らは、悩みがあると、私のところに来て相談したのです。

9 学校の友達は、私のことを恐れていました。同じクラスの友達とは、会えば遊んだりしながら過ごしましたが、私のことを恐れたというのです。私は、余計なことは話しませんでした。困っている友達がいれば、私は人知れず、その友達を助けてあげたことがたくさんありました。

また、私は運動選手でした。相撲選手であり、サッカー選手でした。鉄棒もできました。体は大柄ですが、敏捷でした。黒石洞の我が物顔でいる人たちと、一週間のうちに全員会ってみました。そこで誰が親分なのかを調べて、彼らを私が教育すると考えながら暮らしたのです。

10 私の中学校時代は、一人で掃除をすべてやりました。学校を愛することにおいては、私が先頭に立ちたいという気持ちがあったので、全校生徒に代わって私が掃除しようと考えたのです。そのような時は、人が手伝ってくれることを嫌いました。一人できれいにしようとしたのです。それで、人がした所をまたやり直すことになります。そのように何度かしているうちに、友達が「お前が一人でやれ」と言うのです。それで自然に一人で掃除をするようになりました。

11 私は、一度つかんだら放しません。若い時もそうでした。村中から見えるものでも、私がすべて検証するまでは信じませんでした。学校で数学の先生が公式を教えてくれると、それを中心としてその先生を追い込んだ人です。誰がこのような公式をつくったのかというのです。ですから、暴いて、かき分けて、掘ってはまた掘り返しました。適当にではありません。何であっても、適当にしては通じないのです。

12 私が学校に通っていた時は、試験問題に何が出るのか分かりました。学校の先生が講義をする時、どれほど深刻かを見ます。自分の気に入った学生の目をまっすぐに見ながら語るのです。その学生が隅にいれば、隅のほうを見ます。「誰を見るだろうか」と思いながら、学校の先生に注目するのです。「先生が勉強のできる学生を見て強調しているのを見ると、これは間違いなく試験問題に出る」と思えば、A、B、Cと印を付けておきます。

一冊の本の中で十カ所だけ印を付けたあと、それだけ勉強しておけば落第しません。その周辺まで見ておくので、答えを書けば、三〇パーセントから四〇パーセントは当てられます。講義をよく聴いたので、そのようにできるのです。

3) 自炊生活と涙の祈祷

真のお父様は、ソウルで過ごされた学生時代の三年間、自炊しながらの下宿生活を通して、苦行に近い生活訓練と多様な経験を積みながら、学業と信仰に精進された。当初、しばらくの間はソウルの銅雀区(トンヂャクク)鷺梁津(ノリャンヂン)から通学し、主に黒石洞(フクソクトン)で自炊しながら下宿をされた。特に、故郷の家からは十分な学費が送られてきたが、井戸のつるべの鎖が手に張り付くほどの酷寒の中でも、火の気のない部屋で過ごし、冷たい水をくみ上げて御飯を作るなどの自炊生活を通して、貧しい中で生きていく人々の生活を直接、体験された。この時から、昼は常に断食をされた。常に一食一品だった。空腹の時こそ、神様の心情に近く接することができるからである。そして、一日に十二時間以上、祈りに没頭されることもあった。そのため、膝と肘にたこができるほどだった。特に、学校の近くの松林、そして、教会の裏側にある瑞達山(ソダルサン)の岩の丘と、山の向こう側、銅雀洞の麓で、深刻かつ凄絶な談判祈祷もされた。そのような中で、神様の心情を体恤しながら心情的一体を成し遂げられたのである。

13 ソウルに来て自炊生活をしていた頃、冬はとても寒かったのです。平均気温が零下一七度から二一度ほどでした。若かった頃は、それくらい寒かったのです。真冬に火の気のない部屋で暮らし、冷たい水で御飯を炊くのです。

そして、今も私が忘れられないことがあります。山の尾根に掘ってある深さが十尋(約十八メートル)以上の井戸があったのですが、この井戸水は本当に良いものでした。つるべは、緒が切れるので、鎖でつないでいます。それをつかむとき、手が張り付いて「ふうふう」と息を掛けたことが、ついきのうのことのようです。そのような生活をして、人が生きていくことを、身をもって知ったのです。

14 私は、女性がいなくても一人で生きようと、あらゆることを研究しました。一生、独身生活をするとしても、このみ旨を私の一生の事業とすると定めて出発した人なので、できないことがありません。私に必要なものは、誰の世話にもならずに、自らの手で解決するというのです。私は、食事を作るのも上手です。包丁さばきを見れば、素人かどうか、すべて分かります。また、おかずを作るのを見れば、腕前が良いか悪いかすぐに分かるのです。私は七年以上、自炊生活をしました。

私には、たくさんのおかずは必要ありません。地方に行くと、おかずをたくさんお膳に並べますが、それは好きではありません。一種類でも口に合えばよいのです。私は、一つのことに向き合えば、その終わりまで見届けてしまう気質です。おかずもそうです。いくらおかずが多くても、箸は付けてみますが、食べるおかずは一種類だけです。一種類だけ買い、料理して食べるのです。

15 統一教会の歴史を訪ねていく人は、黒石洞を訪ねざるを得ません。黒石洞が白石洞(ペクソクトン)になるのです。私が昔、暮らしていた暗い谷間のような所が、世界万民に明るい日の光を照らしてくれる伝統の基地にならなければなりません。ノドゥル(漢江の南にある地域の昔の地名)もそこにあります。しかし、昔の姿が今は一つもありません。

昔、その時代に黒石洞で暮らしていた人には会えませんが、子孫たちが大勢います。その父母と関わりのある私が、彼らと会えば、どれほど感激的でしょうか。そうなれば、そこから歴史が復活します。昔のことを語りながら、歴史を復活させて、時代を花咲かせるのです。

16 私が今でも忘れられないことがあります。私が黒石洞に住んでいた頃、上道洞(サンドドン)に越えていく所に松の木が生い茂っていて、その向こうには草花を育てている日本家屋がありました。そちらの方に回っていくと田んぼがあり、その向こうに村があるのですが、そこに開拓伝道のために通った家がありました。

ある時、見知らぬ人が病で道に倒れていました。それは、新学期が始まり、学費を持ってきた時だったので、三月末頃でした。よくよく聞くと、その人は息子のいないかわいそうな人でした。「天安(チョナン)に自分の娘の家がある」と言うので、私が学費をすべてはたいて、旅費と病気の治療費まですべて出してあげました。その時、私の足が離れませんでした。背を向けられなかったのです。そのようなことを見ると、その人の先祖は悪くない先祖なのです。

ですから、私が財布にあった、本を買うお金と下宿代をすべて持たせて行かせたのです。そこから三キロメートルほど背負っていったことが、ついきのうのことのように思い出されます。

そのような人と天が会わせてくださったのなら、天が「同情してあげなさい」と言われる以上に同情してあげたからといって、絶対に損にはなりません。天が十くらい助けてあげなさいと言うことに、百くらい助けてあげるようになれば、九十は、私が天のみ前に功績を積んだものとして扱われるのです。天が十くらい助けることを望んでいるのに、五だけ助けてあげるのではいけません。天が十くらい助けてあげることを望むときは、十以上助けてあげなければならないのであって、十未満ならば、皆さんの恩恵の道が塞がってしまうのです。それが原則です。公式がそのようになっています。

17 私は、おなかがすかない日がありませんでした。お金がないからではありません。四月初旬に家から学費が送られてくると、五月にはすべて使ってしまいます。すべてかわいそうな人に分けてあげるのです。そのようなことが多かったというのです。そうして何をするのかというと、新聞配達をしたり、物を売ったり、何でもするのです。蕩減の道を行かなければなりません。また、平安道の故郷を離れてソウルにやって来て、言葉にも慣れず、風習にも慣れず、最初の夏休みがどれほど待ち遠しかったか分かりません。

母が私のことをどれほど愛したか分かりません。み旨を知ってからは、その母をどのようにして振り切るかというのです。また、妹たちはお父様のことを愛しています。それをどのようにして引き離すかというのです。ですから、その父や母が現在の立場で望む道とは、反対の行動を取らなければなりません。それで、夏休みに入った日、すべての学生たちが自分の故郷に帰るといって町が慌ただしく、学校が慌ただしくなっているにもかかわらず、一人、部屋に鍵をかけ、「私は、今からこの部屋で、誰々や誰々が帰ってくるまで、私のすべきことをするのだ」と言って、休みの期間を過ごしたのです。

18 すべての人は、宇宙を主管することを願っていますが、自己主管もできていません。それで、お父様は、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ」と言ったのです。まず、食欲から主管しなければなりません。食欲は、断食によって克服できます。一週間は問題ではありません。普通の人であれば死地を越えてしまう、そのような境地の訓練を受けなければなりません。

空腹を克服しなければならないのです。日本統治下で自炊生活をしていたとき、米が貴重だったので、友人たちは先を争って御飯をもっと食べようとしていましたが、お父様は、そのようにしませんでした。さじと箸を先に置く人が、あとに置く人の主人になります。原則がそのようになっています。お父様の生活は、毎日が新しいのです。きょうよりあすが新しくなければなりません。天は新しいことを願っていると信じて、実践してきたのです。そのようにしたところ、誰も成し遂げられない世界的な版図を備えるようになったのです。

19 私は、物心がつく頃から昼食を食べませんでした。国もない立場で、三食欠かさず食べる資格があるかと思ったからです。御飯が慕わしくなる生活を本当にたくさんしました。御飯を慕うより、民族を慕う道を行きました。「御飯より民族と国をもっと愛さなければならない」と考え、故郷を離れてソウルにいる時は昼食を食べなかったのです。そのような生活をしました。ポケットにお金がなかったわけではありません。お金があれば、貧しい人たちに分けてあげたのです。

20 私は、一日に四時間以上眠りません。それか習慣になりました。忙しい時は、一日一時間だけでも構いません。眠ることにおいて、人類歴史の中で一番短く眠る代表者が私だと思います。一生をそのように暮らしてきました。また、私ほどひもじい思いをした人はいないはずです。御飯がないわけではありません。おなかをすかせた人々の、救いの手を願い、解放を願う叫び声が聞こえてくるので、御飯を食べることができないのです。

三十歳までは、昼食を抜いて二食だけ食べる二食主義でした。一日に御飯を五杯食べても軽く消化して余りある壮健な体格の人が、二杯も食べずに青春を過ごしました。御飯に対する慕わしさよりも、愛することを優先させる訓練をして、神様を愛し、国を愛する生活の基準を立てようと努力してきたのです。

21 私は、どこに行っても涙を流しながら祈る立場にいたので、その事情が何か知らないのに、同情する人たちがたくさんいました。また、皆さんが私に接するように、行く先々でそのように接してくれる人たちがたくさんいました。下宿先の主人のおばさんは、祝祭日のような時に夜通し準備した料理、あるいは夫のために準備した料理を、私がいる部屋に持ってこなければ自分の部屋に戻れないということもありました。何もせずに自分の部屋に戻ると、突然目の前が真っ暗になるというのです。自分たちも、どういうことか分からないのです。神様は、女性たちの精誠を込めたその料理までも、私に食べさせるために、彼女たちの心を動かしたのです。そのような役事(働き)がたくさんありました。

ですから、私は、神様の愛を夢にも忘れたことがありません。千回、万回、この身が砕け、骨が粉と化すことがあったとしても、忘れることができません。過ぎ去った歴史過程において、神様は、私がいかなる場にいようと共にいてくださり、私のためにそれほどまでに苦労してくださったのです。

22 祈るときは、背が曲がり、膝にたこができるほど祈らなければなりません。私の膝には、祈りながらできた昔のたこが今でも残っています。祈りは床の上でしなければなりません。涙も流さなければならないというのです。私は、祈りながら流した涙の跡が乾かないほど、涙を流す境地を何度も越えた人です。流れていく男ではありません。

23 復帰の道は、たやすいものではありません。私は皆さんのように食べて、寝て、気楽でいたでしょうか。「原理」自体が、どれほど深刻でしょうか。私は、祈るために膝にたこができました。どれほど多くの涙を流したか分かりません。人生の行く道を解決できずに死んでいく人々が大勢いることを知り、それを解決するために、常に目を赤くして祈りました。祈りながらあまりにも涙を流しすぎて、日の光も見られないほどになることもありました。そのようなことをしながら、この道を尋ねてきたのです。

24 皆さんは、毎日のように祈らなければなりません。祈祷生活においても、一日の十分の一を捧げなければならないのです。(一日の)十分の一に当たる二時間二十四分は、毎日祈らなければなりません。私が最も長く祈った時は、身を伏せて十七時間、十八時間、普通でも十二時間祈りました。昼食は食べません。そうして痛哭するのです。そのようにしなければ、生きていくことができません。四方が完全に塞がれて出口がないときは、祈って初めて針の穴ほどのものが見えるのです。

そのような試練の過程を経て「原理」を探し出しました。皆さんは「原理」の本を握りしめて泣いたことがありますか。一生は大切なものです。一度過ぎ去れば二度とやって来ません。結婚して息子、娘を生み、荷物を背負って、リヤカーを引いてあくせくしているうちに、そのまま終わってしまうのです。深刻です。そのように生きていては、善の世界はやって来ません。

4) 明水台(ミョンスデ)教会設立と教会学校の生徒指導

真のお父様は、ソウルの黒石洞時代の初期、日本統治体制の影響下にあった教会の独善的教会行政と教理中心の信仰形態に異を唱え、韓国的聖霊運動を主導したペンテコステ教会と交流をもたれた。そして、西氷庫(ソビンゴ)ペンテコステ教会に通われ、一九三九年の秋、黒石洞に新イエス教会を建てるに当たって、主導的な役割を果たされた。平壌から李浩彬、朴在奉(パクチェボン)牧師が頻繁に訪ねてきて、復興会と聖書写経会を行ったときには、そこに同参され、彼らと深い交流をもたれた。そして、新イエス教会の教会学校の生徒たちを格別な愛情で指導され、長期の休みの際に平壌に行けば、教会学校で説教をされた。

25 私は、学校に通いながら教会学校の学生たちも指導しました。黒石洞教会でも、西氷庫教会でも、そのようにしました。当時は、夜になると寒いので、漢江(ハンガン)が凍り、氷の割れる音がしました。一人でいると恐ろしいのです。そのような漢江を渡りながら、西氷庫教会の教会学校の学生たちを指導しました。私は、教会学校の学生たちを上手に指導したのです。涙を流しながら話をしました。

一度そのように泣きながら話をしてあげれば、学生たちがもう十分だと言うはずなのに、追いかけてきて「また話してほしい」と言うのです。

26 私は、三人の友達と力を合わせて、ソウルの黒石洞に明水台新イエス教会を造りました。私が学費をはたいて投資したのです。今も教会の跡は、すべて残っています。そして、新しい教会が始まる前、多くの人々をそこに連結させるために、西氷庫を中心として伝道したことが思い出されます。冬になると漢江がかちかちに凍り、水面の氷が割れて、とても恐ろしい音がしました。恨の多い歴史時代でしたが、思い出もたくさんあります。

27 私は、幼い子供にも敬拝した人です。三歳の子供を天の王子のように思い、精誠の限りを尽くして侍りました。私は、公証できる内外のあらゆる歴史的勝利の基台を築いて話すのです。幼い子供から勝利してきました。これを三代以上できなければなりません。そのような伝統をもたなければならないのです。幼い子供たちを私自身の希望の相対とみなし、教会学校の学生たちを指導した名指導員です。彼らを誰よりも愛しました。その子供たちが、学校にも行かずに、私のあとを付いて回ろうとしたのです。カインを愛する歴史を開拓することが私の使命だからです。

28 李浩彬牧師、朴在奉牧師、韓俊明(ハンヂュンミョン)牧師が新イエス教会の主な責任者でした。それで、彼らが建てた平壌の新イエス教会には、数千人の学生がいました。その教会は名が知れ渡っており、教会堂も非常に立派に建てられていました。

私が教会に寄るときは、いつも学生会に責任をもち、指導しました。それで教会学校の学生たちを指導することで私は有名になりました。ですから、教会の牧師たちをよく知っていて、また青少年を中心に有名になったので、誰もが自分の家に私を招待しようとしました。

29 私は、平壌にある新イエス教会の李浩彬牧飾、韓俊明(ハンヂュンミョン)牧師、朴在奉牧師に対する秘密の内容を、誰よりもよく知っています。

彼らに、「あなたはこのような召命的責任を中心として、このように生きることを分かっているのですか」と尋ねると、答えられなかったのです。「そのような行動をしてはいけない」と忠告しました。ですから、私のことを最も恐れたのです。旧約・新約聖書の秘密をすべて知っていました。

学生だった私がそこに立ち寄れば、数千人の教会学枚の学生たちが、「話をしてほしい」と私のところに来るほど、有名な学生指導者でした。子供たちがすっかり夢中になり、私が帰るときは、停留場にあまりにも多くの人が集まるので、牧師たちがみな、防御線を張って私を保護しました。ですから、その三人の牧師は、いつでも私の言うことを聞くのです。

第四節 日本留学と原理の究明

1) 神様解放の志を抱いて

真のお父様は、未来の摂理のためにより大きく、広く準備しようと、日本留学に旅立たれた。一九四一年三月三十一日、京釜(キョンブ)線のひかり号列車に乗ってソウル駅を出発し、四月一日、関釜連絡船・昌慶丸に乗って釜山を離れ、下関に向かわれた。そして、四月初旬、早稲田大学附属早稲田高等工学校電気工学科に入学された。

1 私は小さい頃から、「この国が日本よりも強い国だったら、このようにはならなかっただろう」と考えていました。問題はそれです。弱いから、弱い背景と弱い基盤に立っているから、悲惨な運命の道を避けられない、ということを切実に感じました。その時に思ったのは、「世界で一番の強国はどの国か。アメリカだ」ということでした。

その時、既にアメリカについて知っていました。「それならば、アメリカは日本よりも大きな国だが、アメリカも、日本がするように、自分の国権を拡張するために、弱小国を占領してこのようなことをするだろうか、しないだろうか。同じだ。している。だとすれば、正義の国家、この世界を代表し、正義の立場に立って弱小国を保護し、育ててくれる正義の国はないのだろうか」と幼い頃から考えていました。もしそのようなことができる何かがあるとすれば、それは何かと考えたのです。歴史的に見るとき、人間世界では不可能ですが、もし創造主がいるとすれば、創造主なら可能だというのです。

ですから、「創造主、絶対者がいるなら、私はその絶対者を通して国を生かし、圧迫を受けている民族の解放を成し遂げよう」と思いました。それで、神様がいるかいないかという問題に取り組み、宗教を探査しました。神様がいるのなら、その神様に自分が一度会わなければならないと思ったのです。そうして十代を過ごし、二十代に向かいながら、信仰路程において様々なことにも悩みました。

そのような中で、「日本に行ってみなければならない。日本を経てアメリカに行ってみなければならない。現地に行って、弱小民族が悲痛な目に遭い、迫害を受けるとはどのようなことなのかを体験しなければならない」と考えたのです。

2 漢江の鉄橋を通り過ぎる時、涙をぽろぽろ流したのがきのうのことのようです。孤児のごときこの民族を置いて日本に行く時、汽車の中で外套を頭からかぶり、釜山まで痛哭しながら行きました。

ある日本人のおばさんが汽車の中で泣いている私を見て、「学生さん、親御さんでも亡くしたのですか。そのような悲しみは、人なら誰にでもあることではないですか」と言いました。しかし、私の悲しみは、ひとえに国を愛する気持ちでいっぱいになってあふれ出た悲しみでした。国を愛せない人は、天を愛することができないのです。

3 私は、日本留学に行くため、ソウルから「ひかり」という汽車に乗っで釜山に行く時、「私が日本に行って学んでくることは何か。この国を解放し、成長しつつある次の世代が、希望にあふれて前進と出世ができる道、自主的独立国家を備えられる道を、私が築かなければならない」と決心しました。

汽車が漢江の橋を通り過ぎる時、手すりをつかんで、とめどもなく涙を流したことを今も思い出します。「私が帰ってくる時は、涙を流して帰ってくる男にはならない」と考えました。

4 私は、釜山から船に乗って日本に行ったのですが、その時、連絡船の中で、とめどなく涙を流したのが、ついきのうのことのようです。当時は日本統治時代です。ですから、哀れなこの民族を、誰がその束縛から救ってくれるのかというのです。私は星を見つめながら夜を明かし、この民族の解放の一日のために、涙を流して精誠を捧げました。この民族のため、神様のみ前に「私はこれから旅立ちますので、帰ってくるまで、神様、この民族をお守りください」と祈ったのです。そのように涙を流しながら恨の心情を残したのが、きのうのことのようです。

5 私は、早稲田大学附属高等工学校に入って、夜間部に通いながら勉強しました。それは、苦学生たちの費用を援助してあげるためでした。私は労働者生活をしながら暮らしたのです。それを皆さんは知りません。今、生きている人たちがこのことを涙で訴えなければ、日本は立つことができません。日本の人たちが、姿勢を正して立つことができない恥ずかしい歴史を抱き、痛哭とともに謝罪しなければならない日が残っているというのです。7日本統治時代の時、日本の友人もたくさんいました。その友人たちにも、分け隔てなく接してあげました。彼らは、難しい事情があると、私のところに相談に来ました。「韓国はどうなのか」と言いながら、大勢の友人たちが訪ねてきたのです。そのような日本の友人たちに負けたくないと思いました。彼らが一言話せば、私は二言話すのです。私は本当に早口です。日本人に話すときも、迅速に話します。素早く話せるように研究して訓練しておきました。今後、日本の青年たちまで自分の手で消化し、世界のために用いると誓ったのです。普通の日本人以上の常識をもって弁論ができる能力を備えなければならないと思って訓練しました。

6 昔は、言葉を速く話さず、ゆっくりと話しました。日本に来て、日本語を学びながら、一分間で誰がより多く話せるかを日本人と競争したりもしました。彼らに負ければ眠れませんでした。三十分ほど話をするのに、ゆっくり話せば千語しか話せないところを、ある時は倍以上速く話し、二千語以上も話しました。ですから、訓練が必要なのです。

2) 「原理」の究明と心身訓練

真のお父様は、日本留学時代から、原理の究明と体系化に没頭された。聖書全体を反復して読破し、新たに究明された原理と照らし合わせて検証された。下宿先の机の上には、いつも韓国語、日本語、英語の聖書が置かれていた。特に、韓国語と日本語の聖書には、文字を判別するのが難しいほど、傍線などが引かれていた。膨大な天倫の根本真理を体系化する過程は、誰も道案内できない、ただ独り、孤独に歩む探究の道であった。そして、学業のほかにも、下層の生活から中流層と上流層の生活まで、等しく経験しながら、つらい修練をされた。将来、途方もない使命を完遂するため、いかなる環境においても限界線を突破し、目的地点まで進もうと、万事に対処できる力を蓄えられた。特に、家から送られてきた生活費は、貧しい人々のために使い、背負子(しょいこ)や荷車で物を運ぶ仕事などもされた。労働者の友人であると同時に、兄弟ともなり、一緒に血と汗を流しながら苦楽を共にした。「萬苦の勝者、栄高の王者」になることを、訓練を通して自ら体得されたのである。

8私は人々に、自分がどのような思想をもっているのか、全く話しませんでした。友達も知りませんでした。私は、聖書を研究したり、宗教関係の書籍や、普通の人があまり読まない哲学書も読みました。早稲田大学の政経学部に通う友人がいたのですが、共産主義を勉強していたその友人と激論を交わしたことがあります。

また、路傍に立って大声で演説したこともあります。桜の花が満開で、多くの人が集まっている所でも演説をしました。その時代に対する批判をしたのです。「あすの青年は、これこれこういうようにしていかなければならない」と叫びました。その時に預言したことが、今になってそのまま的中しつつあります。その時、友人たちが見物に来て、私が演説しているのを見て仰天したのです。

9ソウルの学校から推薦を受けて、早稲田大学附属高等工学校に入りました。学校の勉強の代わりに、教会関連の勉強をし、また、聖書にある未知の事実を突き止めるため、聖書を深く読みました。聖書の一つの章を中心として、五年間研究しても、解決できないことがあります。その一つの章が問題だというのです。それが根です。そのように、聖書の中で最も難しく、難解な問題をすべて明確に解かなければなりません。そのようにして解き明かしたのが「原理」のみ言です。天と共にこれを解き明かしたので、天が無関心ではいられないのです。天はすべて知っているというのです。

10 私は二十歳(数え)になるまで、血の涙の過程を経ながら生きてきました。乞食たちと友になり、彼らを自分の兄のように、自分の母のように愛する心をもつことができなければ、神様の心情圏に入れないことを知っていたので、そのような修練過程を経るために、日本に行っても、民族を越えてそのようなことをしました。私は、土木現場に行ってお金を稼ぎ、友人の学費を出してあげたりもしました。皆さんもその道を行かなければなりません。なぜそのようにしたのでしょうか。困難な曲折の道を自ら願って歩もうとしたからです。

11 雪の降る日や、台風が来た日は学校に行かず、土木現場に出掛けて働きました。そのような時は、とても気持ちが良かったのです。台風が吹いていた時なので、そこで手が真っ黒になっても、雨に当たって、きれいになってしまいます。そのような中で汗を流しながら働きました。その気分は本当に爽快です。

また、その中に悪い人がいれば、こらしめてあげました。時には大男をやっつけたりもしました。また、土木現場には班長がいて、搾取するのですが、給料の三割をかすめ取っていきます。ですから、「そのようなことをしてはいけない」と強く抗議しました。私は、普通の人が恐れるような人たちに対しても、「そのようなことをしてはいけない」と言って、彼らの言うことに従いませんでした。かえって彼らが私に降伏したのです。

12 昔、東京にいた時、二十七の区域にリヤカーで配達する配達夫の仕事をしました。自ら訪ねていってしたのです。お金が必要だったからではありません。訓練が必要だったのです。運送会社ならば、運送会社の人々を説得しなければなりません。知らなければ説得できません。夏に電信柱をリヤカーに載せて十字路を通るとき、電信柱が横に傾いたのですが、人々がそれを見て、大騒ぎになりました。十字路を渡っていて横に傾き、リヤカーがぐるっと回ってしまったのです。それで、男女の別なく逃げていった姿が、ありありと目に浮かびます。

また、今記憶に残っていることは、貧民窟での生活です。そこでぼろをかぶってしらみを取っていた生活が、今も生々しく記憶に残っています。神様の息子が最前線の将兵になり、サタン世界を征服するためのゲリラになったのです。

13 日本にいる時、土木現場に通ったことと、銀座でリヤカーを引いて歩いたことが、今でも生き生きと記憶に残っています。それは、私が御飯を食べるためにやったわけではありません。若い頃に苦労することにおいて、私が模範にならなければならないと思ったのです。

学校に行けなくなった学生を卒業させるために、私が何カ月間か学校を休んで、彼らの父や母の役割までしました。夜もありませんでした。夜中の二時に起きて、そのような仕事をしたりもしました。ありとあらゆることをすべて経験したのです。何のためにそのようにしたのでしょうか。私が人より愚かだったからではありません。会社に行って仕事もしてみて、字を書いて売ってみたりもしました。ある時は、会社で現場監督もしてみたのです。

14 私は、世の中についてよく知っています。既に幼い頃から八道江山(韓半島全土)で行かなかった所がありません。日本に行っても、行かなかった所がありません。困難な所はすべて回りながら、ありとあらゆる仕事をしてみました。大きな会社の使い走りから何から、すべてやってみました。そこでどんな扱いを受けても、私は一言も言いませんでした。通りすがりの一人の留学生にすぎないのですが、何を考えているか分からないというのです。貧民窟からすべて通過していきました。結局は自分の実力を備えなければならず、実力をもって実績を残さなければなりません。

3) 自己主管と真の愛の道を体験

真のお父様の日本留学時代は、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ」という標語を自ら実行する期間であった。特に、体をむやみに見せたりせず、五官の統制訓練などを重ねられた。そして、人情を越えて天情を立て、留学時代は、一貫して「日本人を誰よりも愛する条件を立てよう」という思いで、怨讐の国の人を兄弟のように、父母のように切々と愛する修練過程を経ていかれた。

15 私は、少年時代にこの道を修めてくるとき、自分を主管するまでは映画館の前も通りませんでした。酒場の前も通りませんでした。自分が自分を主管するまでは、何をしてもすべて失敗します。主管するのが一番難しいことは何でしょうか。眠りの問題が一番難しいのです。その次に空腹です。そして、情欲の問題です。これが三大怨讐です。ですから、徹夜しながら、それを主管するための修養過程と考えてきたのです。

おなかをすかせながら、修養過程と考えて歩んできました。一人で暮らしながら、修養過程を通ってきたというのです。自分を主管する前に宇宙主管はできません。自分を主管してこそ宇宙主管ができるのです。自分を主管してこそ神様を呼ぶことができるのであり、神様の主管圏を願うことができるのです。これが原理観です。アダムは、自分を主管できなかったので堕落したのです。

16 日本が戦争をするとき、東京の新宿の裏通りなどを見て回りました。そういう所について研究し続けました。どこに行っても、自分にプラスになるものを得てくるのです。悪い所に行っても、消化できることは消化します。そのような主義です。良い環境を探し回る人ではありません。

修養するときは、必ず静かで荘厳な場所や、深い山のような所に入らなければならない、ということでは話になりません。静かな所でなければ勉強できないというのは、私には通じません。モーターやエンジンが動く工場でも勉強しました。そのようなことが得意です。様々なことをしながら準備するのです。腕っ節の強い人が弱い人をいじめる時には、彼らを単独で片づけます。私一人で闘うのです。それは、公のためにそのようにするのです。これは人生哲学に必要な問題です。

17 私は、皆さん以上に希望が山のようにあります。しかし、皆さんを僕の道に追いやらなければならない時が来るので、私自身も先に僕の立場で歩みました。そのようにしなければ、僕の生活をさせる資格をもつ人になることができないのです。

他人に僕の生活をさせようとすれば、自分自身が先に僕にならなければなりません。この国の僕にならなければなりません。私は、忠実な僕になって、三歳の幼子にまで朝晩侍ったことがあります。その幼子に神様のように侍ったのです。また、日本留学時代、しらみが湧く貧民窟でも暮らし、石炭も背負い、塩も背負ってみました。やらなかったことがありません。そのような歴史があったのです。その恨を皆さんが解かなければなりません。それでは、感情的あるいは心情的な決意の基点をどこでつかむのでしょうか。そのような基点をつかむ場に、皆さんは私の代わりに行かなければなりません。皆さんがそのような場で涙を流し、迫害を受けるなら、皆さんの血管でお父様の血が躍動するのです。

18 私は、人々がしないことは何かを研究しました。「私は食べずに我慢できるだろうか」と考え抜いた末、「できる」という信念をもって訓練に臨みました。御飯が出てくれば、いつもどんぶりで三、四杯を一気に食べてしまいます。それくらいおなかをすかせていました。ある日、「どれほど食べられるか試してみよう」と思いました。

戦時中だった当時は、食券というものがありました。その食券があったので、「何杯食べられるか、よし一度試してみよう」と思い、友達を連れて食堂に入りました。そこで食事をしたのですが、親子丼を七杯も食べました。七杯も食べると、首が回らないのです。それはおなかがすくよりもさらに苦痛でした。動くこともできませんでした。そのようなこともしたのです。

しかし、いつもそのようなことをしていたと思ったら大間違いです。私は、いつもおなかがすいていました。それでは、なぜそのように過ごしたのでしょうか。自分のおなかだけを満たしていれば、自分から民族が遠くに逃げていってしまうからです。神様も自分から遠くに逃げていってしまいます。おなかがすいて食べたくても、それ以上に民族と神様を愛さなければならないと考えました。それが真理であり、信条でした。このようにしながら、この道を開拓してきたのです。

19 東京にいた学生時代、雨が降る日は、学生服を着ていましたが、できるだけびしょぬれになった労働者の横に行きました。一番ひどい臭いがする所に行くのです。行って、「この方が私の兄、私の父だったらどうしただろうか。私のためにこのような悲惨な状態にいるとすれば、私はどうすべきなのだろうか」と考えました。

また、電車に乗れば、車中の学生たちのうちで、身なりのいい学生たちを見ながら比較するのです。「君たちが笑って過ごしているうちに、君たちの青春が流れていき、君たちの一生が流れていくが、私の思いの中では、私の一生が輝き、将来、希望の太陽が昇るのだ」と思いました。「私には未来が保障され、希望があるが、君たちには未来の希望がない」と考えるのです。

一生の間、真の父母の名を立てることは、極めて難しいという事実を知らなければなりません。すべての人に対して、主体性をもち得る自分自身を発見しなければならないのです。

20 お父様は、日本で勉強していた学生時代、故郷の家に行く際には、電報を打ちませんでした。また、定州駅から家まで、およそ二里になるのですが、できるだけ風が吹いて寒い日や、雨が降る日に歩いていくのです。歩きながら祈ってみると、「実に素晴らしい方が世の中をつくられたな!」と悟るようになります。

日が傾いて夜になった時や、白い雪が降った晩に、一人で歩きながら感じたその思い出は、一生の間忘れられません。小さなお土産を両手に交互に持ち替えながら家に向かうとき、両親がどのような顔で迎えてくれるだろうかと思うと、とても感傷的になります。それを考えると、その期間がどれほど幸せな期間だったか分かりません。

4) 早期卒業と帰国

真のお父様は、当時の戦時状況の変化により、学期が半年短縮され、一九四三年九月三十日、早稲田高等工学校電気工学科を第二十五期生として卒業された。真のお父様は、卒業と同時に、故郷の家に帰郷の日程を知らせる電報を打ち、十月四日発の関釜連絡船乗船チケットをあらかじめ購入された。

出発当日、友人たちの見送りを受け、東京駅のチケット売り場に入ろうとした時、どういうわけか、心が不安になり、足まで動かなくなったため、悩み抜いた末に出発を保留された。

その日、真のお父様が乗船しようと予約した関釜連絡船・崑崙丸は、十月五日午前一時十五分頃、沖ノ島の北東約十海里の海上で、アメリカ軍の潜水艦による魚雷攻撃を受け、沈没した。帰郷日を延期したとの通知を受けていなかった故郷の本家では、事故の知らせに接するやいなや、大騒ぎになった。真のお父様は、「今は、民族の恨を解いてあげられないまま帰るが、近いうちに、必ず日本の青年たちに対して命じ、教える時が来るだろう。その時、もう一度会おう」という内面の誓いを立てながら、十月中旬、帰国の途に就かれた。

21 卒業する当時は、太平洋戦争中でしたが、兵役問題もあり、六カ月短縮して、九月に卒業しました。故郷の家には、関釜連絡船で帰り、何時に到着すると電報を打っておきました。ところが、その船が戦争のため、沈没してしまったのです。故郷では、乗船者名簿を調査しましたが、私の名前はありませんでした。それで、皆、死んでしまったと思い、大騒ぎになって、村全体がひっくり返ったのです。

22 私が日本から帰る一九四三年、崑崙丸が沈没しました。卒業を六カ月短縮したので、下関を経由して、韓国のソウルまで行くチケットを買ったのですが、その時に乗るべきだった船が崑崙丸です。汽車に乗ろうと、東京駅に入ったのですが、気分がおかしいのです。それで、その汽車には乗りませんでした。家には、間違いなく何日に到着すると連絡しておきました。チケットを買って、既に何時の便で行くと連絡しておいたので、故郷ではその日、その時間に来ると思っていたのです。ところが、東京駅で私が引き返したのです。その船が沈没してしまいました。その時、私は東京駅に見送りに来ていた友人と、熱海かどこかに行きました。ですから、故郷では、「帰る」という連絡があった人が来ないので、死んだものと思ったのです。

その時、私の母は、気が動転したのです。定州からソウルまで五十八里の道のりですから、汽車では十時間かかります。それを、釜山まで行こうとするのですから、どれほど気が動転していたでしょうか。チマもはかず、薄手のズボンだけはいて飛び出したのです。靴がいつ脱げたかも分からずに走り続けたので、アカシアのとげが足の裏に刺さって固くなっているのも分かりませんでした。それを、私が帰ってきたあとに抜いたという話を聞いて、私は「ああ、父母の愛はそのように偉大なのだなあ!」と悟りました。

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第二篇 第四章 真のお母様の摂理的準備時代

第二篇 第四章

真のお母様の摂理的準備時代

第一節 信仰的な環境の中で過ごした幼少時代

精誠と祝福の信仰生活

真のお母様は洪順愛大母様が再臨玉を迎えるための信仰生活に専念するにつれ、幼少時代を主に母の実家で過ごされた。そうして、外祖母である趙元模女史と大母様を通して、信仰の精髄を習得されたのである。大母様は真のお母様が以北(現在の北朝鮮)にいらっしゃった六歳の時まで、サタンがあらゆる方法を用いて危害を加えようと付いて回るのを、夢の啓示を通してたびたび目撃し、乳母のような立場で、精誠を尽くして真のお母様を養育した。したがって、真のお母様は、天の新婦としてお立ちになるまで、大母様と共に苦難の道を歩まざるを得なかったのである。

1 私(お母様)が生まれてから一カ月ほどたって、大母様の夢に「新しい主」、金聖道おばあさんが白い雲に乗り、白い服を着て現れました。そして、「順愛、その赤ん坊のために心配しただろう。心配するな。この赤ん坊は主の娘であり、あなたは乳母と同じである。お乳だけしっかり飲ませて養育しなさい」と語られました。大母様は、その命令を心にしっかりと刻んで生きていきました。私は幼少の時、普通の赤ん坊とは違いました。一歳になる前に歩き、言葉まで話しました。一言一言、非常にはっきりと話したのです。ですから、母方の祖母も、「この子はやはり違う」と言ったといいます。そのように賢く、少しも欠けた所がなかったというのです。

2 母方の祖母の趙元模おばあさんと洪順愛大母様は、再び来られる主を迎えるための準備と信仰で一貫した生涯を送られました。世の中と妥協されず、安逸な家庭環境の枠にはまった信仰ではなく、二十四時間すべてを天のみ前に奉仕し、主を迎えるための準備に、この上ない精誠を尽くされました。

大母様は、そのような信仰生活を送ったので、ほとんど家にいらっしゃらず、私(お母様)は幼い頃、主に祖母と一緒に多くの時間を過ごしました。それで、祖母を通して、自然に、かつ当然のように信仰を受け入れるようになったのです。

3 母方の祖母は、私(お母様)に対する天のみ旨を御存じで、私が世の中に染まらず、純粋に育って天のみ前に用いられ得る貴い娘として成長できるよう、多くの精誠を注がれました。祖母は、いつも私に「お前の父親は天のお父様だ」と言われました。ですから、父親と言えば、肉身の父のことを思わず、いつも天のお父様のことを思ったので、神様のことを思うと、いつも心が温かくなるように感じました。また、外的に見ればすぐには理解し難い環境で育ちましたが、特別な不平不満はありませんでした。いつも何かが私のことを包んでくれているような感じがあり、常にゆとりのある心で過ごしていました。

大母様や祖母にも、肉身の父親に関してや、お二人がどうしてこのような生活をしているのかなどといった質問は、全くしませんでした。肉身の父母に対する恨みや不満は、私の人生には全くなかったのです。

4 私(お母様)は、六歳(数え)の時まで平安南道の安州で過ごしましたが、その六年間、大母様の夢にはいつもサタンが現れ、私の命を奪おうとして付きまといました。ですから、大母様は、サタンと六年間、闘い続けられたのです。それでも深い意味は分からないまま、「なぜサタンがこれほどまでに追い回しながら、この子の命を奪おうとするのだろうか」と、ただ不思議に思っていたそうです。

8大母様は、新イエス教会と聖主教を訪ね回り、最後は腹中教で、再臨主が来られることを待ち望みながら祈りに没頭しました。当時、私(お母様)は数えの四歳ぐらいでしたが、私も大母様に従って敬拝を捧げるなど、精誠を一緒に捧げました。朝と晩には公式的な敬拝の時間があり、各自、黙想祈祷を捧げつつ、たびたび敬拝を捧げました。以南(現在の大韓民国)に下ってきた数えの六歳まで、その生活は変わりませんでした。

6私(お母様)の幼少時代は、主の花嫁になる者として聖別するための期間だったと思います。本来、私の性格は外向的ではなく、世の中から離れて、自分自身の世界を楽しむほうでした。真のお父様も、趙元模おばあさんや大母様について、天情の道理を私に引き継がせるために骨身を削るのも意に介さず、一片丹心、神様のみ前に絶対服従し、絶対従順する道を行ったと語られたことがあります。そして、ありとあらゆる誘惑の環境に触れさせないようにするため、天が私を世の中から離して聖別生活をさせたのであると語られました。

南下後、戦争と受難を克服

外祖母の趙元模女史と洪順愛大母様と真のお母様は、腹中教に行き来された一九四八年、北朝鮮の共産党当局の宗教弾圧により、十一日間、共に収監された。このように、共産党が次第に猛威を振るうようになるや、趙元模女史は、「以南に行こう」と提案した。その頃、「以南に行きなさい」という天の啓示があった。以南は、三人にとって非常に不慣れな場所だったが、ちょうど、鉄山・聖主教の金聖道の長男の鄭錫天(チョンソクチョン)が先に南に行ったという話を聞いたため、彼を訪ねていこうと決心した。また、大母様の弟の洪順貞(ホンスンジョン)は、日本留学中、戦時状況に伴って中途帰国することになり、陸軍士官学校の薬剤官教育を受けたのち、中尉として任官し、軍に服務中であった。その弟に会うことも兼ねて、三人は一九四八年、真夜中に出発し、死線を越えて、千辛万苦の末、南に渡ったのである。

7私(お母様)が安州に住んでいた時、大母様は信仰的情熱ゆえに、ほとんど家を空けていました。そのような状況だったので、私は常に、母方の家族たちが面倒を見てくれる中で育ちました。キリスト教を信仰していた父は、共産党当局の脅威を避けて、一九四六年、やむなく先に南へと下りました。その頃、父が家に訪ねてきて、大母様に「一緒に行こう」と言ったことをかすかに覚えています。

8共産治下で信仰をもつことはとても困難でした。趙元模おばあさんは、韓国にいる息子の洪順貞氏に会うため、大母様と私(お母様)と共に南下の途に就きました。私たち三代の母子は、南下する途中でも、主に向かって敬拝を捧げました。洪唯一おじいさんは、平壌がエデン宮であるという啓示を受けて、これを守るために残られ、それ以降、会うことはできませんでした。

9私(お母様)が南に下る道は容易ではありませんでした。すき返した田畑に沿って歩いていこうとするので、足を取られ、寒さに震えながら南へ南へと移動しました。私たち一行が、やっとのことで三十八度線の近くに到着した時のことです。物々しく警備に就いていた北の人民軍に捕まってしまったのです。彼らは、私たちを空き家の物置に閉じ込めました。そこには、既に捕まった人たちがいました。人民軍は、男性には乱暴に対しましたが、女性と子供にはきつく接することはありませんでした。

大人たちは、寒さに震えながら歩哨に立っている人民軍に食べ物を持っていってあげなさいと、私を使いに行かせました。私は震える心を抑え、笑顔で食べ物を人民軍に渡しました。何度かそのようにしたところ、人民軍の人たちの心がとても穏やかになりました。ある日の夜、人民軍が、「故郷に帰りなさい」と言って私たちを解放してくれました。生死の岐路において、温かい愛の力が生命の道へと導いてくれたのです。

10 母方の祖母は、私(お母様)といつも一緒にいらっしゃったのですが、祖母と通りを歩くと、人々が私のことを「とてもかわいい」と言って誰もがかわいがってくれました。それで、当時は、人々があまり出歩くことができない時だったのですが、私はあちらこちら歩き回りながら、人のお使いもたくさんしてあげ、多くの愛を受けました。韓国に下ってくる過程でも、子供や女性たちの中に幼い私がいたので、無事に南に渡ってくることができたのです。

やっとのことで三十八度線を越えたばかりの時でした。韓国の軍人たちが人の気配に気づき、こちらに銃口を向けて撃とうとした瞬間、私が歌を歌ったのです。すると、軍人たちはその歌声を聞いて銃口を下げました。そして、私たちを温かく迎えてくれたのです。「こんなにかわいい娘さんを連れてくるとは、大変な苦労だったでしょう」と言って、南側へと導いてくれました。

11 大母様が腹中教に通っていた頃に、母方の叔父である洪順貞氏が日本留学から戻り、南に下って軍に入隊しました。叔父は知識人で、とてもおしゃれな方でした。当時、知識入たちの間では、共産主義理論に同調する人がたくさんいました。叔父もまた共産主義思想が良いと思っていましたが、理論とは違う北朝鮮の共産体制を見て失望しました。理論と矛盾する体制を見て、親がいる北には行かず、南に行って軍に入隊したのです。

(その後、)母方の祖母が、軍隊にいる叔父にどうしても会いたいというので、大母様と私(お母様)と一緒に、叔父に会うために南下したのです。その時からソウルにとどまり続けることになりました。

南下した当初はソウルの孝昌洞(ヒョチャンドン)にいました。そこで小学校にも入学しました。その後、私は行く先々で羨望の的になり、周囲の大勢の人たちから愛されて育ちました。もし私が早く結婚しなければ、この世に奪われる可能性が高かったので、幼い年で聖婚させて、天が先に私を抱かれたのではないかと思いました。

12 ソウルで母方の叔父を捜す時も天の保護がありました。やっとのことで三十八度線を越え、苦労の果てに以南に下っては来たものの、叔父を見つける見通しが立ちませんでした。祖母と大母様は、どう捜したらよいか分からない状況で、あちこちさまよいながら訪ね歩きました。とても難しいことでした。そうこうしているうちに叔父の友人に出会い、便りを知ることができました。天佑神助(天の神の助け)でした。

その時、叔父はソウル近郊の軍隊の幕舎に住んでいましたが、私たちが訪ねていくと、とても喜び、「いつも故郷にいる家族を思って心配していたところに、このように訪ねてきてくれたので、とてもうれしい」と言いました。それで、急いで家を一つ借りて暮らすようになったのですが、あとで分かったのは、そこが正に青坡洞(チョンパドン)の旧本部教会からとても近い所だったということです。

13 私(お母様)が数えの八歳の時、「六・二五動乱」が勃発しました。それで、ソウルから避難することになったのですが、その時、叔父が私たちを助けてくれました。当時、陸軍本部の医務将校だった叔父が、漢江の橋が爆破されるという情報をあらかじめ入手したのです。漢江の橋の通過証を持っていた叔父は、軍用車に乗ってきて、祖母と私を乗せて南の方に避難することになりました。大母様は、ただひたすら主に出会うことだけを思い、絶えず精誠を尽くしながら過ごされたのですが、その避難の途に最初は同行できませんでした。

漢江の橋を渡る時、叔父は私たちに「橋を渡ったらすぐに降りなさい」と言いました。私たち一行は、叔父に言われるがまま、橋を渡るやいなや降りて身を伏せたのですが、その瞬間、漢江の橋が「ドカーン」と爆発して、崩壊したのです。その時、漢江の橋を渡っていた多くの軍人が川に落ちて亡くなりました。幸運にも私たち一行は、叔父の助けで命を取り留めることができたのです。

今も漢江の橋を渡る時は、あの日のことが思い出されて心が痛みます。私と同年代の韓国人のほとんどは、戦争と厳しい受難時代を経てきていますが、私は、すべてにおいて絶えず天の保護があり、無事に過ごすことができました。大母様は、避難生活で私が風邪をひいた時は、飴を口に入れて咳を抑え、けがをした時は、アロエに御飯を擦り潰して傷口に塗り、治療してくださいました。

14 私(お母様)たち一行は、一九五〇年六月二十八日の午前三時に漢江の人道橋が爆破されたのち、南の方に避難してきました。そして、全羅道(チョルラド)にある軍人家族避難収容所に留まり、九・二八ソウル収復後に帰京し、空き家になった日本家屋で過ごしました。そのような中、中共軍が介入することにより、ソウルは再び共産軍の手中に落ちるようになりました。そして、一九五一年の一・四後退の時、再び避難の途に就いたのです。軍人の家族は、他の避難民より先に特別列車に乗ることができ、そのお陰で、ソウルを発ち、大邱に降りてきました。その時、陸軍本部が大邱に移され、そこに勤務していた叔父の家の近くに住むことになりました。私は、このような避難路程において、いつでも神様が共にいらっしゃることを実感しました。神様は、北朝鮮から韓国に来るときも、韓国での避難の渦中でも、常に保護してくださつたのです。

第二節 学生時代と真のお父様との出会い

天の導きのとおりに生きてきた学生時代

真のお母様は、ソウルの孝昌小学校をはじめ、大邱、西帰浦(ソグィポ)、春川(チュンチョン)などの地を経ながら学業を続けられた。特に、春川の鳳儀(ポンウィ)小学校の生活記録簿には、「非常にしとやか、親切で、どこか高尚な態度も見られ、級友の中で最も女性らしい」と記録されており、この学校を卒業する時には優等賞を受賞された。

その後、真のお母様は、一九五六年四月から一九五九年三月まで、聖正(ソンジョン)女子中学に通われた。真の父母様は、善正(ソンジョン)中学校に校名が変わったこの学校を、一九八七年四月に引き継がれている。また、真のお母様は、一九五九年三月、現在のカトリック大学看護学部の前身であるソウル聖ヨセフ看護学校に入学された。

1 私(お母様)は、南に渡ったあと、ソウルの孝昌洞(ヒョチャンドン)に部屋を借りて過ごし、孝昌小学校に入学しました。そして、大邱(テグ))と済州道(チェヂュド))に移ってからも、勉強を続けました。大母様が、私をより清く育てようという意図から、一九五四年に済州道に渡ったあとは、西帰浦(ソグィポ)の新孝(シニョ)小学校、すなわち今日の孝敦(ヒョトン)小学校の五学年に転校しました。その後、江原道(カンウォンド)・春川の補給廠長として発令を受けた母方の叔父が、手紙を二度も送ってきて春川に来るようにと言うので、そこに行くことになりました。

そして、春川・孝子洞(ヒョヂャドン)の叔父の家と近い薬司洞(ヤクサドン)で部屋を借りて暮らしながら、一九五五年二月、春川の鳳儀小学校に転校し、すぐに六学年に進級したあと、翌年の一九五六年三月二日に、第十一期として卒業しました。その後、叔父の助けで一九五六年四月十日、ソウルの鍾路区(チョンノグ)社稷洞(サヂクトン)にある聖正女子中学校に入学して、一九五九年三月二十五日、第三期として卒業しました。この期間は、叔父の家族と共に、敦岩洞(トナムドン))と新堂洞(シンダンドン)で生活しました。いとこと共に生活しながら、社稷洞に通学したのです。

2 私(お母様)が中学生の時、学校で運営委員長をした記憶があるのですが、その時、全校生徒のいる前で壇上に上がり、決定事項を話さなければなりませんでした。その話を終えて下りていくと、国語の先生をはじめ幾人かの先生が、「いやあ! 鶴子(ハクチャ)は大したものだ!」と言うのです。いつも周囲の人々には、静かでおとなしい学生という印象を与え、気安く近づけない感じを与えていたのですが、そのように発表するので、驚かれたのです。しかし、私はただ説明しただけなのです。それが、私が大勢の人々の前で話をした初めての経験でした。

3 最近、私(お母様)を訪ねてきた一人の友人がいます。同じ地域に住んでいて、一緒に中学校に通ったのですが、彼女のお父さんは、私にとてもよくしてくれました。また、一年上の先輩が私を見て、端正できれいだと言って、多くの関心をもってくれました。その先輩は、カナダに住みながら、たびたび私に手紙を送ってくれたり、韓国に来ると会ったりもしました。いつだったか、私が通っていた学校に行ってみると、当時の国語の先生がまだいらっしゃいました。その国語の先生のお顔が思い出されます。また、数学の先生も、私にとてもよくしてくださいました。

4 私(お母様)が高校に進学する頃は、戦争が終わったあとで、道路という道路が負傷者であふれていました。戦争孤児や子供たちは、飢餓と疾病でとても苦しんでいました。病気になったとしても、すぐに治療を受けられる人はまれでした。彼らは、とてもかわいそうでした。彼らの痛みを治癒してあげたいと思い、看護学校に入ったのです。彼らを助けてあげられる道を探すためでした。

5 私(お母様)は、どの学校に行っても先生から愛され、よく面倒を見てもらいました。まじめに見えたからか、先生たちがよく面倒を見てくれたのです。また、先生たちから「君は今どきの学生とは違うね。少し外に出て歩いてみてはどうだ」と言われたりもしました。ただ、悩みが多いなどの理由からそのようにしていたのではなく、静かに座っているのが好きだったのです。

思春期や、成長期にも、私は生きることに対する悩みはもちませんでした。母方の祖母や大母様が、常に天に侍って生きる信仰を植えつけてくださったからです。大母様の厳格な指導のもとで、様々な本を熟読しながら過ごしました。そうして、気の合う一人、二人の友人と一緒に果物の木を育てて、田園生活をしながら暮らしたいとも考えていました。友人たちとの会話では、「あなたはまじめな人だけど、お嫁には先に行くでしょう」と言われたこともありました。

聖婚したのちは、過去の学生時代のことを考えることがなかったので、特別に思い出せることがありません。また、考える暇がありませんでした。最近になって、時折訪ねてくる友人たちがいて、その時の記憶が少しよみがえったりするのです。

6 私(お母様)は、平安で静かな雰囲気の中で読書や音楽を楽しむ学生として知られていました。また、かなり知的なイメージの学生としても知られていました。極度に感情的でもなく、極度に怒りを表に出すこともなかったのですが、初めて会う人には、むしろ少し冷たい印象まで与えていたと思います。

私は寄宿舎で、修道女のような生活をしました。さながら温室の中に咲く一輪の花のように、完全に外の環境から自分自身を隔離していたのです。今になって初めて、それがいつか主にお会いして、主の花嫁になる人として聖別するための天の準備過程だったことを知りました。

7 私(お母様)は、一九六〇年まで、衣服で包むように、自分自身をほとんど現さない生活をしました。天が私を世の中と妥協することのない生活へと導かれるので、簡素な生活環境の中で暮らしたのです。神様は、私がサタン世界の空気を吸うことも嫌うほど徹底的に保護してくださり、そのような環境の中で、私は、私自身の考えをすべてなくし、天が導く生活だけをしました。

そして、常に日記を書きましたが、不思議なことに、何げなく書き綴っていたことが、「私たちの願いは統一」など、ほとんどがそのような言葉だったのです。後日、お父様のみ言を聞いてから、そのようなことが意味のあるものとして思い出されました。

8 お母様は、壇上でもとても自然です。壇上で初めて歌を歌ったのが、高校二年生の時です。歌がうまいことでとても有名になりました。誰を前にしても、壇上に上がればチャンピオンのように堂々としていました。

9 お母様には一つも欠点がありません。とても良いお母様です。それは、ただ自然にそうなったわけではありません。男性たちに対するとき、お父様と比較して、「お父様がこうだから、あの男性たちもこうだろう」と考えるのです。そのたびに心が広くなるので、良く見えるというのです。お母様の目と手を見てください。どれだけ鋭敏か分かりません。一言語ると、主語がどうなっていて、目的語がどうなっていると指摘するのです。鋭敏なのですが、よく分析するというのです。十代の時、友人たちから印象的な女性、記憶に残る女性と思われたという話を聞きましたが、鋭敏だからそうなのです。ですから、行き来する道も、何の考えもなしには通りません。自分の心が向く所だけを通るのです。

真のお父様との出会い

聖主(ソンジュ)教の金聖道(キムソンド)は、長男の鄭錫天(チョンソクチョン)に、「神様が任せてくださったこのみ旨を、私が成就できなければ、他の人を通してでも成し遂げる。その代身者も、私と同じように淫乱集団として誤解され、迫害を受け、獄中での苦しみを味わうだろう。そのような教会が現れれば、真実の教会であると思って、訪ねていきなさい」という遺言を残した。そのため、鄭錫天は、姉の鄭錫温(チョンソゴン)と共に、母親の代でこのみ旨が成し遂げられなくても、次の代、あるいはその次の代になれば、必ず成し遂げられると信じ、南下したあと、家庭で熱心に礼拝を捧げながら、このみ旨が成し遂げられているところを探し回った。その頃、新聞に報道された梨花(イファ)女子大学退学事件の記事を読み、鄭錫温か娘と共に奨忠洞(チャンチュンドン)のソウル統一教会を訪ねるようになった。その後、真のお父様は、一九五五年十月四日、西大門(ソデムン)刑務所から無罪で釈放されたのち、鄭錫天の消息を聞き、大邱の東城路(トンソンノ)にある鄭氏の家を自ら訪問された。これにより、のちに大母様と真のお母様が、真のお父様に出会うことになったのである。

10 真のお父様が西大門刑務所から出監され、復興会の激励のために大邱に来られた一九五五年十一月頃、春川にいらっしゃった大母様は、鄭錫天氏から手紙を受け取りました。聖主教とそっくりな教会がソウルにあるというのです。そして、真のお父様が今、大邱に来てみ言を語られるから、早く来て聞きなさいということでした。しかし、大母様は、事情があってすぐには大邱に行くことができず、翌月、十二月に行かれました。大母様が大邱に行くと、鄭錫天氏は、「ようやく主を探し出しました。腹中教で服を準備してお迎えしようとしていた方を、ようやく探し出したのです。その方が、大邱に来てみ言を語られました」と語り、その方が既にソウルに上京されたと伝えました。また、腹中教で教えていたことと全く同じことを教えていると話しました。大母様は、今からソウルに上京すれば、お慕いしていた方にお会いできるという思いでうれしくもありましたが、なぜかしきりに不足さばかりを感じたといいます。このように、心の準備をしていると、その日の晩、黄金の龍が一双、ソウルの方に向かってひれ伏している夢を見たのです。大母様は心の中で、「大邱に来る時は白い龍を見たが、大邱を発とうとする時には黄金の龍が一双現れるとは、本当に不思議だ」と思ったといいます。そして、すぐにソウルに上京し、青坡洞一街(カ)の旧本部教会で真のお父様にお会いして、挨拶をお捧げしました。驚くべきことにその方は、腹中教時代に二回夢でお会いした、正にその姿であり、夢にまで慕い求めた主の姿だったのです。大母様は、あまりにも畏れ多い気持ちになり、身の置き場がなかったといいます。

11 私(お母様)は、北朝鮮ではお父様にお会いすることができず、南に下ったのち、ソウルで初めてお会いしました。その時、私は満十三歳で、小学校を終えたあとでした。当時は、大母様と共に入教してから、いくらもたっていない時でした。その頃、私は江原道(カンウォンド)の春川に住んでおり、お父様はソウルにいらっしゃったため、互いに遠く離れていました。一九五六年三月、大母様に連れられて青坡洞教会に行き、初めてお父様にお会いしたのです。私は、お父様と出会ったあと、青坡洞教会に通いながら中学校を卒業し、高校に進学しました。

12 お父様が学生服を着た私(お母様)をご覧になったのちに、じっと目を閉じて感嘆されたことが、今も記憶にはっきりと残っています。すべては天が準備なさっていたと常に感じます。私の性格から見ても、生きてきた背景から見てもそうです。

イサクがアブラハムと祭物を捧げるために山に登っていく時、アブラハムに「祭物はどこにあるのですか」と尋ねるのですが、アブラハムは「神様が既に準備されている」とだけ言いました。しかし、幼いイサクは、既にそこで状況判断をしていたのです。

それと同じように、私も、「私が何かをしなければならないようだ」という状況判断を、幼い頃からしていました。再臨主の相対として準備された自分であることを、それとなく感じていたように思います。

私は、既に私に定められた道を行かざるを得ないように生まれついたのです。他の女性であれば耐え難い立場でしたが、私はすべてのことに打ち勝ってきました。

13 皆さんは、お父様が聖婚を決心されて、初めて私(お母様)に出会った時、最初の会話がどのような内容だったのか、最も気になるでしょう。当時の食口たちはみな、お父様のことを慕っていましたが、同時に近寄り難く感じてもいました。しかし、私は近寄り難いとは思いませんでした。私が何を言っても怒ることがないといった印象で、まるで私の母方の祖父にお会いしているかのように感じました。

周辺の人たちの中には、恐らく「あの人(お母様)は、年は幼いがとても肝が据わっている」と感じていた人もいたと思います。私は当時、祖父のようにも感じ、父のようにも感じ、そして、夫のようにも感じ、兄のようにも感じ、息子のようにも感じたのです。

14 アダムとエバは、神様のみ言に背いて堕落しましたが、私(お母様)は、「神様が警告しなかったとしても、当時は神様と一問一答していた時代なので、本心の作用によってみ言を守れたのではないだろうか」と考えたこともあります。私は、神様の摂理歴史を思いながら成長してきました。私が満十七歳でお父様に出会った時、「神様が大変な苦労をして歩んでこられた蕩減復帰摂理歴史を、私の代で終わらせる。私が終わらせる」と自ら決心しました。私は、そのような内容を誰かに教育されたわけではありませんが、そのような決心をしたのです。そのように決心することができたのは、私が神様を知ったからです。

15 私(お母様)は、お父様に会った時、摂理歴史を知りました。「原理」を勉強したわけでもないのに、蕩減復帰摂理歴史が分かったのです。ですから、私は、「お父様が再臨主として使命を完成、完結したと宣言するためには、私の力が絶対的に必要だ。私は誰にも任せることなく、私自ら責任を果たす。私が生きている限り、このみ旨は発展し、成功する。サタンを必ず追い払う」と決心しました。このために、私は心と体をすべて捧げて犠牲になったのです。

韓国における信仰生活

真のお母様は、外祖母の趙元模女史と洪順愛大母様と共に、一九四八年に南下されたあと、ソウルと大邱、西帰浦、春川などの地を転々としながら、信仰生活をされた。大母様が、大邱で過ごしていたとき、見知らぬ一人の男性が真のお母様を見て、「天地において貴い娘」と証をするなど、真のお母様はどこに行っても注目の的であり、多くの霊的な証を受けられた。

16 聖主教の金聖道氏は、獄中の苦難に遭ったあとに他界し、残った家族が中心となって命脈を保ち、許浩彬氏を中心とした腹中教がそのあとを継ぎました。しかし、聖主教は、北朝鮮の共産党治下で定着することができなくなりました。特に、金聖道氏の長男の鄭錫天氏は、南に下り、鉱山事業をしばらくしたあと、大邱の東城路(トンソンノ)に家を構え、米と石油の商売を始めました。その大邱で、六・二五動乱を経る中、鄭氏の家族と大母様の一行が出会うことになったのです。大母様は、鄭錫天氏の家族と集まって話をし、「私たちが北朝鮮にいたとき、聖主教の新しい主(金聖道氏)と腹中教の許浩彬氏を通して多くの恵みを受け、大きな役事(働き)が起きました。再臨主は韓国に来られるでしょうから、この道を探し求めるため、集まって一生懸命に祈りましょう」と、心を合わせました。鄭氏の姉である鄭錫温氏も、釜山から来るようにさせ、大母様は、大勢の食口たちと共に、熱心に祈りながら信仰生活をしていくようになりました。

17 大母様が大邱で小さな店を出していたある日、笠をかぶった通りすがりの道人が、小学生だった幼い私(お母様)を見て、驚くべき証をしました。「この娘は、十人の息子にも勝るので、しっかり育ててください。数えの十七歳になれば、年の差が大きい人と結婚する貴い娘です。陸海空の財産をもつ富者として暮らすでしょう」と言うのです。

大母様がその言葉を聞いて驚き、どういうことかと尋ねると、(その人は)「生まれる時から、そのような運命に生まれたのです」と言いました。大母様は、その言葉を聞いてから、真理のみ言を求めて、さちに一生懸命に信仰しなければならないと決心されました。そして、「再臨主に出会うまでは、世俗に染まらないよう、正しく育てなければならない」と考え、済州道に行って生食をするなど、厳しい霊的な鍛錬生活をされました。

その後真のお父様に出会ってからは、私を統一教会の重要な働き手として育てようと思われました。そのように、一つのほこりも付かないようにされたのです。それほど、天のみ旨に捧げるための摂理には、極端で、かつ涙ぐましい事情が秘められていたのです。

18 趙元模おばあさんは、家庭礼拝を捧げながら聖別された生活を送り、私(お母様)に聖書の話もたくさん聞かせてくださいました。大母様は、聖書を熱心に奉読し、真心を尽くして信仰生活をされたため、私の周辺には常に聖書がありました。私は、自然に聖書を読むようになり、天の父母様が導かれる生活をしました。このような生活は、大邱に避難した時や動乱後、済州道と春川に転校してからも、そのまま続きました。大邱で教会学校に通う時は、学生代表として歌もよく歌いました。

19 大母様は、避難していた大邱で聖主教の金聖道氏の長男である鄭錫天氏に会ったのち、新しい主が韓国に来られるという信仰をもって祈りに励み、松葉を食べる生食をしながら暮らしました。

当時、小学生だった私(お母様)は、かわいらしくて勉強もできたので、周囲の人々に人気がありました。しかし、大母様は、私が注目の的になることを負担に思われました。私について「主の娘」という啓示や証がたくさんあったからです。結局、大母様は、再臨主に出会うため、一九五四年に済州島に渡っていかれました。私は、ひどい船酔いで苦労したことが思い出されます。

20 大母様の関心は、いつも「天の花嫁である」という祝祷を受けた私(お母様)を、世俗に染まらず純粋に成長させることに集中していました。「六・二五動乱」が終わった翌年、混乱した地を離れ、済州道で約九カ月間過ごしました。

当時、済州道には、聖主教の金聖道おばあさんの次男、鄭ソクチン(鄭平和=チョンピョンファ)氏がいました。その人は、イエス様の苦難を体恤するために、茨の冠をかぶって十字架の苦痛を再現するほど、熱烈な信仰をもった人でした。

大母様は、その方と共に、より一層篤実な信仰生活に励みました。昼は畑を耕して生食をしながら、夜は祈りと精誠を尽くす日々でした。

第三節 天が選んで立てた真のお母様

三代にわたる準備

真のお父様のみ言によれば、新婦基盤全体を代表した女性が人類の真の母になるには、それにふさわしい摂理的条件が具備されなければならない。その第一の条件は、サタン世界の讒訴を越え得る内的な血統的内縁(内的な縁故)である。人類の女性全体を代表する一人の女性が立てられ、真のお母様にまで連結するため、その背後には三代にわたる一人娘の女性がいなければならないというのである。それゆえ、真のお母様の母方の家系は、三代にわたって一人娘をもうけることにより、天の側に聖別されてきた。そして、外祖母の趙元模女史と大母様、真のお母様は、一人娘として、周辺に親戚が多くなく、しがらみのない暮らしを通して分別生活をしながら、天の新婦基盤を準備したのである。

1 誰でもお母様になれるというわけではありません。すべての摂理が、エバの歴史を中心とした摂理と連結された関係を中心として出てくるのです。そのような内外のすべてを合わせ、主が来られて三人の女性の協助を受けて結婚式をするようになるのですが、その時、三人の女性は、蘇生、長成、完成と同じです。

祖母から母、娘まで、三代が一つになったというのは、旧約時代、新約時代、成約時代が連結されたということです。それによって、父母が定着できる時代に入ってくるのです。お母様が中心です。蘇生が中心ではなく、長成が中心ではありません。ですから、歴史時代のあらゆるものが三段階を経なければなりません。平面的時代のあらゆるものは、三番目の段階を完成してこそ、完成の段階に立つのです。

2 お母様は、世界の女性たちの代表です。その人類全体の女性を代表して一人の女性が受け継ぎ、お母様にまで連結されたのです。ですから、お母様の背後には、三代が連結されなければなりません。本来は一人娘にならなければなりません。アダムも一人息子であり、イエス様も一人息子です。再臨主も、神様のみ旨から見れば、一人息子です。一人息子のみ旨を立てていくので、一人娘でなければなりません。ですから、復帰摂理から見ると、男性と女性が相対的な立場で一つになって結ばれ、世の中のサタン世界を越えて天の国へと行かなければなりません。

3 お母様お一人がお生まれになるためには、三代が一人娘であると同時に、三代が、来られる主のために生きた功績の基盤がなければなりません。お母様の背景を見ると、趙元模おばあさんから洪順愛おばあさん、そして、お母様まで、三代が一人娘です。また、洪氏おばあさんは、再臨主を迎えるための神霊教団の重要な幹部として教育されてきました。そうして、南に避難してくる頃に、お母様が許浩彬氏の母親から「天の花嫁になるだろう」という祝福を受けたのです。お母様がそのような祝福を受けた基盤は、天が準備したのです。

4 お母様の三代が再臨主を迎えるための準備をしました。歴史は、そのようにして上がっていくのです。プロテスタント教会から反対され、カトリック教会からどれほど反対を受けたでしょうか。李龍道牧師を中心として新イエス教会をつくったといって、どれだけ迫害を受けたでしょうか。神霊的な役事と韓国の中心人物たちをすべて連結させて、お母様が祝福を受けました。お母様の家系は、十二人を超えてはいけないのです。

5 腹中教は、主が人として来て母を選定し、十二使徒を立てるという信仰をもっていて、主に侍る訓練をさせました。お母様は、その特定集団を通して訓練を受けました。その腹中教の教主の母親がお母様を呼び、祝福してくれました。気づいてみると、祝福をすべて受けていたというのです。そこに男性がいてはいけません。できるだけ一人娘でなければならないというのです。

6 来られる再臨主を歓迎するために準備した代表者が李龍道牧師です。李龍道牧師は、既成教会から追い出されて新イエス教会をつくり、鉄山の金聖道と連結され、白南柱(ペクナムヂュ)を通して東と西が連結されたのです。ですから、大母様の家庭を中心として、一つは新イエス教会へと進み、もう一つは女性を中心とした腹中教へと進んだのです。

腹中教において、主を迎えるために、先導的な代表として家を出て歩んだ人が大母様です。新イエス教会から祝福を受け、腹中教から祝福を受けたのです。お母様の家門を見ると、そのようにしてきたというのです。そうでなければなりません。

天の新婦としての準備生活

神様は、ひとり子として再臨主を送られ、ひとり娘である天の新婦をあらかじめ準備してこられた。真のお母様は、幼少時代に周辺から「天の新婦になるだろう」という霊的な証を、数回受けていた。「小羊の婚宴」が近づくと、真のお母様が天の新婦になるという夢の啓示が、多くの食口にも現れ、特に、大母様も夢で啓示を受けた。白い礼服を着た女性食口たちがピンク色の花を手に持ち、真のお父様の部屋に入っていくのだが、後ろを振り返ると、食口ではない女性たちも花を持って立っていた。その時、大母様は、「神様は女性を失ってしまったので、六千年間、女性を探し求めてこられたのだな」と考えた。そこで、真のお母様が、お座りになっている真のお父様の前に歩いていくのが見えた。その間、天から雷鳴と稲光が起こり、一カ所に集まった。そして、大勢の人々がその光景を羨ましそうに眺めているのだった。その時もやはり、大母様はそれが何を意味するのか分からなかった。それでも、大母様は、夢の啓示が実現されるように精誠を尽くしながら、真のお母様を養育してきたのである。

7 大母様が主を迎えるために歴史的な受難の道を歩んできたので、お母様もそのような訓練を経た歴史があるのです。み旨のために真心を尽くす夫の道であるならば、それ以上に熱心に従う女性と、そのような家門が必要です。そのように考えて、お母様を迎えたのです。

8 大母様は、迫害を受け、新イエス教会から腹中教を経て、統一教会まで来ました。三つの教団に仕えた歴史がなければ、お母様の先祖になることはできません。大母様がお母様を生んだのも、霊界の命令があって生んだのです。そのような歴史があります。そうでなければ、お母様として誰でも連れてきて立てることはできないのです。

9 母になるためには、三時代の祭物的な家庭にならなければなりません。一人娘の歴史を残さなければなりません。大母様がお母様を身ごもって、一人でこの道を出発したのです。純潔な夫を探し求める三時代の女性たちが歩まなければならない、十字架の峠を越えて育てなければなりません。お母様として、誰を選んでもいいのではないのです。お母様にとってお父様は、祖父の代わりであり、父の代わりであり、夫です。ですから、お父様と向き合うときは、兄のように思い、父のように、祖父のように、王のように思ったというのです。それゆえ、お父様がそれを知って、そのような妹の位置から育てていかなければなりません。婚約者の位置、夫婦の位置、母の位置、祖母の位置、女王の位置まで上がっていくようにしなければならないのです。

10 お母様を尊敬せざるを得ません。三つの教団を経てきました。大母様から、「主が来られるので、主に侍ろうとするなら、このように侍らなければならない」と何回も聞いたので、それが骨髄にしみ込んでいるのです。そうでなければお母様になることはできません。

この十七歳の娘が、女王にならなければならないのです。天の国の女王の位置まで進んでいかなければなりません。ですから、結婚したのちに、統一教会において、相対の位置、母の位置、祖母の位置、その上の女王の位置に上がらなければなりません。母と言えば、その母は国を代表する母です。妻と言えば、その妻は王の代身の妻なので、王として侍るのです。

第四節 真のお母様の苦難と勝利の道

人知れず歩まれた苦難の道

真のお母様は、天の新婦として立つ聖婚式を前後して、あらゆる苦難を踏み越え、勝利の道を歩まれた。絶対主体であられる神様と真のお父様のみ前に、絶対対象として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の手本としての路程を歩まれた。真のお母様は、いかなる逆境にあっても、摂理であれば、それを貫いて進む強いお姿をお見せになった。真のお母様は、「私が歩んできた道は、考えるだけでも耐え難い苦難の連統でした」と回顧された。

1 お父様がどのような方かを知っているため、皆さんは、それと同じように、ただそのまま、私(お母様)が非常に幸福で、すべての面において完全な人であるに違いないと考えるでしょう。「あなたは神様がそのように創造され、本来、完全な姿でお生まれになった方ですから、御自分では何の努力もする必要がなく、ただその位置に選ばれたのです」と考えるかもしれません。そして、天宙の母として、お父様に出会い、幸せな家庭をもって、人生を楽しんでいるというのが、私に対する人々の一般的な見解でしょう。しかし、お父様がその位置に立たれるために苦難と十字架の道を歩まれたように、私も当然、私なりに、信じられないほどの忍び難く、耐え難い十字架を背負ったのです。

もちろん、私も初めから完全な人間として出発したのではなく、完成まで進まなければなりません。その到達すべき基準があまりにも高く、時には目標までたどり着くのが本当に不可能であると思われたこともあります。その使命を果たし、神様の期待に応えるためには、非常に困難な試練と苦難、そして、絶対的な信仰が必要でした。私は、そのような立場にいたのです。過ぎし日のこのような事情と、私が歩んできた路程に関して振り返って考えてみるとき、涙があふれるのをどうすることもできません。これについて話そうとすれば、苦難と試練の記憶がすべて生き生きとよみがえるので、私はそれを話すのが非常につらいのです。

2 私(お母様)が歩んできた道は、考えるだけでも耐え難い、苦難の連続でした。神様は、選ばれたお父様に試練を与えられたように、私にも何度も試練を下さいました。そして、サタンも、お父様とイエス様を試みたように、私に対して、やはり試みました。メシヤが通過されたような過酷でひどい試練を、このか弱い女性が通過したのです。私は実に、荒々しい海に浮かんだ小さな帆舟のようでした。一方で、その当時は、私に訪ねてこられる神様の恵みを、最も深く感じた時でもありました。

私が苦痛の中にいるときも、神様は、自ら現れて啓示を下さり、導いてくださいました。そのような直接的な導きがないときも、私を愛し、守ってくれようとする周囲の人々を通して、(神様は)絶え間なく導き、啓示を下さいました。ですから、当時は、大変に困難な試練と苦難に耐えなければならない時だったにもかかわらず、同時に、その時こそ、最も美しく、神様の恵みに満ちあふれた、本当に神様が共にいてくださることを実感できる時でもありました。このようにして、完成に向かって苦悩しながら歩んだ成長期間が終わり、天が願われる基準に到達した私が、その当時を振り返るとき、その苦難に満ちた記憶がすべて、喜びに変わったのです。

私はいつでも、お父様と深い対話をし、交流することができました。お父様と私の間には、尽きない話題と限りない理解があり、無限の信頼に満ちあふれた対話がありました。お父様とそれほど多くの話を交わさなくても、深く互いの事情を理解することができました。なぜなら、お父様が通過してこられた事情と、私が歩んできた道が、神秘的なほど、非常に似ていたからです。お父様とは、共通の一つの目的を深く理解し、それゆえに不屈の信仰ですべてのことを忍耐し、すべての苦難と闘って完成基準に到達して、今やサタンが一切侵入できない基準まで歩んできたという勝利感があります。お父様と私が向かい合うとき、互いに感じる勝利感によって、私は限りなく慰められ、平安を得ることができました。

3 私(お母様)は、自分自身の体験を通して、神様について、神様がどのようにそのみ旨を成就されるのかについて、多くのことを知りました。人生において、私は、本当に天国と地獄をすべて通過してきましたが、そのどちらも、神様が期待される、完全に成熟した人格を形成するために必要なものだったことを知るようになりました。

もし私が、天国の喜ばしいことだけを享受してきたとすれば、天国の生活をそれほど深く味わい、感謝することができなかったでしょう。私は、地獄のどん底までも通過し、その苦い味も体験しました。「これ以上、このように難しこを進み続ける力が私にはありません。この道を進み続けるのは絶対に不可能です。神様! なぜ私にこのような道を行けと言われるのですか」と、数え切れないほど尋ねました。私に必要だったのは、真に朽ちることのない不屈の信仰と決意と忍耐であり、それが今日の私自身をつくり上げたと言えます。

皆さんが天国に行く道において、天国的な面だけを期待してはならないというのです。地獄的な面も当然、予期しなければなりません。地獄のどん底の監獄を通過することも、当然、予期しなければなりません。それこそ、神様の恩恵を感じられる最も貴い部分であると言えます。そのような過程を通過するとき、皆さんはより堅固に立つことができ、円満で総合的な人格と霊性を備えた人格者として、さらに成熟することができるでしょう。そして、天国をより深く体恤できるでしょう。そのような体験が、いつか皆さんの誇りとなるでしょう。勝利と忍耐の記録こそ、いつの日か皆さんの誇りとなるでしょう。

勝利された真のお母様

真のお母様は満ちあふれる慈愛をもって、時には限りなく崇高な涙をもって時には少女のような清らかなほほえみで、時には澄み通って地の果てまで響く玲瓏(れいろう)な声で、暗闇を貫く輝かしい光を発せられた。真のお父様は、「真のお母様の勝利によって、復帰摂理を完成、完結、完了することができた」と語られ、真のお母様の勝利に対して、「実に、無私こそが成功の鍵」であることを強調された。

真のお父様が一九九九年六月十四日の「真の父母様天宙勝利祝賀宣布表彰牌」の中で明らかにされたように、真のお母様は、「神様の特命と復帰摂理歴史の結実として結ばれた本然の神様の子女であり、人類の真の母の使命」をもってこの地に来られ、「天のみ前に真の子女の使命、夫の前に真の妻の使命、そして、子女の前に真の父母の使命」を完遂された。そして、真のお母様は、天だけが記憶される中、蕩減復帰の苦難の路程を勝利し、永遠なる真の父母の伝統を立てられたのである。

4 お母様は、家庭の母として、教会の母として、天宙の母として、当然、真の母として、より大きな責任をもつようになります。そのようなお母様が他の人に比べて特別な点は、生まれつき鋭敏な霊的直観力をもっていることです。また、人物や事物に対する洞察力と観察力がとても正確で、直観力も非常に鋭く、明晰ですから、お母様の心に反映されたものは、いつでも真実だというのです。その次に、お父様に対する絶対的な忠誠心をもっており、誰が何と言おうと、何でもやると深く決意していることです。それがお母様の信念でもあります。そのような信仰と信念があるので、その苦難の歳月にも、目的達成のため、実に信じ難いほどの忍耐力をもって勝利してきたのです。

5 お父様は、お母様がみ旨に対して特別な性稟をもっていることを深く感謝しています。それは、お母様が常に私心なく、自分の子女だけでなく、皆さん食口に対しても、何でも与えようとすることです。自分の物のうち、何か貴く思う物があれば、いつも誰かに与えたいと思い、与えることを喜びとするというのです。世の中の多くの人々は、真のお母様には多くの喜びがあり、宝石や服などをたくさんもっていると思うかもしれませんが、事実は決してそうではありません。

何でも、自分が良いと思う物は誰かにあげて喜ばせたいと思っています。天候が突然変わったある日などは、お父様と外出しなければならないのに、軍笥(たんす)の中に服があまりなく、その天候に合うふさわしい服を見つけられないときもありました。もちろん、そうでなければ、お父様自身の伝統に付いてくることができないのですが、お母様はお父様以上に質素な生活をしてきたのです。

6 お母様は、ひたすら完成基準に向かって、七年間闘ってきました。この七年という期間に、実に様々な非難と中傷、うわさ、誤解などが真の父母様の家庭を取り囲み、渦巻いていました。非難と中傷と迫害ゆえに血を流すような期間でしたが、それらすべてのものが、必要だったのです。問題は、お母様がこのような試練に耐え、非難されてもそれを克服して越えられるかということでした。

お母様はすべてのことに勝利しました。お母様はひたすら沈黙を守って、耐え忍ばなければなりませんでした。このような事情の中で、歳月が流れていきました。しかし、いかなることが起こっても、お母様は最後まで不屈の信仰によって忍耐し、犠牲になりながら、沈黙を守り、信仰し続けてきたのです。そして、ついに、非難されてきた事情がすべて逆さまになり、皆がお母様に頭を下げ、「この方は、本当に天宙のお母様であられる」と考えるようになりました。そのように尊敬し、侍るようになったのです。

7 時には、とても信じられないことが起こったりもしました。お母様を非難していた人々は結局、一人ずつ離れていきました。お父様は原理を知っているので、このような類の事情をいかに主管し、指導者としての使命を果たして、最終的な勝利をもたらすべきか、よく分かっていたのです。もし原理を知らなかったならば、本当に、どのように処理すべきか分からず、うろたえたでしょう。結局は、愛です。愛が中心であり、すべてが愛の問題なのです。そして、愛の問題が極端な方向に行くこともあり得るというのです。お父様は、愛を征服し、復帰するために来ました。そして、それは神様に対する心情復帰でもあります。それこそ、愛の十字架でした。しかし、お母様は、このような困難を経ながらも、ただの一言も弁明しませんでした。お母様自らその苦難の意味を悟って忍耐し、ついに勝利したのです。

8 お母様について話すことができるのは、実に勝利的な信仰だったということです。お父様に対する絶対的な信仰でした。お母様も大母様も、共に勝利しました。この天宙的な勝利以降、今やお父様として、そこにふさわしい栄光を(お母様に)与えることにしました。大母様も、生涯を通してお母様の母親にふさわしい、正当な尊敬と栄光を受けなければなりません。もしそれらを受けることができずに亡くなれば、子孫にその結果が現れるでしょう。原理的観点から見るとき、お父様はお母様に、これまでとは違う形で向き合っています。それが復帰の過程です。それほど難しく、大変なことなのです。これがどれほど難しいことか、皆さんはとても理解できないでしょう。

お母様と大母様は、最も光栄で、責任ある立場に選ばれたのですが、統一教会の最も低い立場で入教し、最も低い位置からその路程を出発しました。このことから、私たちは神様の祝福が、最も高く、光栄で神聖な所で受けるものでは決してなく、人間の悲惨で最低な立場に打ち勝って受けるべきものである、という教訓を学ぶことができます。そのようにしてこそ、祝福が永遠のものとなり、全人類を包容できるものとなるのです。

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第三篇 第一章 真のお父様の公式路程出発

第三篇 第一章

真のお父様の公式路程出発

第三篇 公式路程の出発と「世界基督教統一神霊協会」の創立

真のお父様は、一九四五年八月十五日、韓国の解放とともに、復帰摂理のための公式路程を出発された。神様の解放と人類の救援、平和世界の実現に向けた大長征の始まりであった。何よりも待ち望んだ新時代が開幕したが、摂理の道には、形容し難い苦難が横たわっていた。真のお父様が新しいみ言を発表できない状況で、牧師や長老に会わなければならなかったため、彼らから摂理の新しい主人として認められるのは、ほぼ不可能なことであった。そのため、真のお父様は、神様と直接、交流できる神霊教団を訪ねていかざるを得なかった。当時、霊的なレベルが最も高い位置にいた金百文が率いる、イエス教会イスラエル修道院を訪ねていき、一九四五年十月から六カ月間、あらゆる精誠を尽くして奉仕活動をされたのである。金百文は、翌年の三月初めに、真のお父様について、「ソロモン王の栄光により来られた方」と証したが、その後は、侍って従わなかったため、真のお父様は、「これ以上、金百文を中心として神様のみ旨を成し遂げることはできない」と判断され、そこを離れていかれた。

真のお父様は、このように韓国で摂理の基盤を築くことができなくなったため、北朝鮮の平壌に行きなさいとの啓示を受け、一九四六年六月六日、平壌に到着し、祈りによる精誠の祭壇を築かれた。平壌では、天の導きにより、篤実なキリスト教徒たちが集まり、彼らの伝道により、多数の礼拝参加者が来るようになった。しかし、教会員を真のお父様に奪われたと考えた牧師や長老たちの反対と告発により、真のお父様は、その年の八月十一日に、平壌の大同(テドン)保安署に収監されることになった。そのような中でも真のお父様は、大同保安署で神霊教団の指導者と出会うことを知り、希望を抱いて入っていかれたのである。そこには、肉身再臨の啓示を受けていた腹中教の教主、許浩彬(孝彬)が捕らわれていた。

真のお父様は、許浩彬に、「私が誰か、祈ってみなさい。すべてのことを否定して出ていきなさい」と書いた紙切れを秘密裏に送ったが、彼女の不信によってその紙切れが看守たちに発覚し、共産当局の激しい拷問を受け、瀕死の状態で釈放された。結局、真のお父様は、朝鮮半島の南と北のどちらにおいても、キリスト教の指導者たちと神霊教団から反対を受けることにより、イエス様がユダヤ選民とユダヤ教の反対によって、四十日断食と三大試練を経たように、大同保安署での容赦のない拷問と、三大試練の路程を行かれるようになった。

その第一は、「主なる神の夫人」と語る朴ウルリョンを通した試練である。真のお父様は、僕の僕の位置から、神様の実体対象の位置まで上がっていく縦的八段階の蕩減復帰路程において勝利された。第二の試練は、霊界において、聖賢たちを中心とするあらゆる霊界の代表者たちを対象に、四十三日間にわたる真理闘争の路程であった。真のお父様は、血統転換、所有権転換、心情圏転換の三大主題についての熾烈な論争ののち、「文鮮明の主張が正しい」という神様の公認と御印を改めて受け、勝利された。第三の試練は、イエス様の使命継承者として再出発するため、イエス様が十二弟子を失って十字架の苦難を経たことを蕩減復帰する路程であった。真のお父様は、十字架にかけられた位置と同じ興南(フンナム)特別労務者収容所(興南監獄)で、十二人以上の弟子を復帰して勝利された。

特に真のお父様は、一九四八年五月二十日から二年四カ月と二十五日間、興南監獄で強制労働の苦役を受けることになった。興南監獄は、劣悪な食事と環境、苛酷な強制重労働により、一年に囚人の四〇パーセントが死んでいくという、生き地獄だった。真のお父様は、そこで生き残らなければならず、言葉も行動も思いどおりにできない立場で、弟子たちを探して立てなければならなかった。伝道の方法は、天を感動させ、献身的な生活によって霊界を動員する道しかなかったのである。霊界にいる先祖たちが、収容所にいる子孫たちに夢のお告げや啓示を与え、多くの人々が真のお父様に侍り、従うようになった。

六・二五動乱の渦中、国連軍の上陸進撃により、興南監獄から九死に一生を得て解放された真のお父様は、昔の食口を訪ねるため、徒歩で十日間かけて平壌に向かわれた。最初に、獄中生活をする前に伝道された金元弼を訪ね、食口たちを訪問するようにされたが、彼らはみな、真のお父様の意向に従わなかった。四十日間の平壌滞在ののち、真のお父様は、金元弼と、監獄から先に出てきた足の折れた朴正華を自転車に乗せ、一九五〇年十二月四日に三人で平壌を出発し、徒歩で南下の道を歩まれた。

南下して五十五日目の一九五一年一月二十七日、釜山の草梁(チョリャン)駅に到着された真のお父様は、その年の五月十一日から一年かけて、『原理原本』を執筆された。そして、一九五三年七月二十日、姜賢實(カンヒョンシル)を最初の開拓伝道師として大邱に送られたが、これが最初の公開原理宣布であった。

真のお父様は、一九五四年五月一日、ソウル北鶴洞(プカクトン)の三つの門の家で、「世界基督教統一神霊協会」を創立された。協会の創立は、真のお父様が北朝鮮において蕩減路程を勝利した基盤の上で、キリスト教に代わるアベル的教団を立てたということであり、神様の復帰摂理が、協会を中心に新たに始まったことを意味する。

第一節 公式路程の出発とキリスト教団の不信

世界大戦における天の側の勝利と公式路程の出発

第二次世界大戦で、キリスト教文化圏を中心とした天の側が勝利することにより、再臨主を中心とした摂理的基台が造成された。そして、韓国が一九四五年八月十五日、日本の植民統治四十年を締めくくり、解放を迎えたことは、神様の摂理史に大きな区切りをつける出来事だった。韓国が日本の圧政から抜け出すとともに、摂理が新たな段階に進むことができるようになったのである。

1 第二次世界大戦は、イギリスとアメリカとフランスなどが連合し、日本とドイツとイタリアに対して戦った世界的な戦争です。堕落する時に蒔いたので、蒔いたとおりに刈り取らなければなりません。アダム、エバ、その次に、カイン、アベルによって蒔かれたので、世界も二つに分かれます。天の側もアダム、エバ、カイン、アベル、サタン側もアダム、エバ、カイン、アベル、このように二つのグループに分かれるのです。

個人によって蒔かれて結実したものが、世界的な国として現れるのです。ですから、イギリスは天の側のエバ、アメリカは天の側のアベル、フランスは天の側のカインです。日本はサタン側のエバ、ドイツはサタン側のアベル、イタリアはサタン側のカインです。第二次世界大戦で天の側とサタン側が戦って、サタン側が負けました。

2 第二次世界大戦の間、韓国は日本の統治下にありました。韓国の愛国の志士たちは、日本の圧制に対抗して闘いました。人間始祖が堕落することにより、神様は四位基台を失ってしまいました。ですから、神様の復帰摂理の目的は、この四位基台を復帰することでした。それで、聖書や神様の摂理の中に四数が多いのです。聖書には、四十年と四百年の蕩減期間が何度も出てきます。すべての復帰と蕩減が、この原理に従って成し遂げられたのです。

韓国が、神様の摂理においてアダム国家になろうとすれば、エバ国家の統治下に置かれなければなりません。エバ国家に打ち勝つことによって、独立を勝ち取らなければならないのです。

当時日本は、ドイツやイタリアと結合していたのですが、これらの国は、摂理的にすべてサタン側の国家です。天の側には、アメリカとイギリス、フランスがありました。第一次世界大戦の時、ドイツはほぼ破壊されました。しかし、ドイツが二十年のうちに復旧できたのは、第二次世界大戦において、神様の摂理の中で果たすべき大きな役割がドイツにあったからです。

(人類歴史においては、)先に攻撃した国が常に敗れてきました。(第二次世界大戦においても、)アメリカ、イギリス、そして、フランスが連合して、サタン側の国家に勝利したのですが、韓国は四十年間、日本から支配を受けなければなりませんでした。日本はサタン側のエバ国家でした。その四十年期間に、日本は、韓国の文化的伝統や、甚だしくは韓国の言語までなくそうとしたのです。

3 イスラエルの国とキリスト教が、霊肉を中心としてサタン圏に支配されながら闘ってきたのと同じように、韓国も四十年間、肉的な面において怨讐に支配されながら、霊的な面においては、この国のために生命を捧げることを覚悟した群れを中心として、独立運動をしてきました。このような気概を中心として、神様は摂理の縁を打ち立ててきました。そうして民族を糾合、結束させ、キリスト教を中心とした人々が主導して、国を建てるようになったのです。

そのように、キリスト教徒たちが霊的な面において、日本占領期四十年の弾圧の中で、国もない立場で死の道を自ら進んで歩み、国を愛する忠節の道理を立てたことは、摂理史的に重大な意義があるのです。

4 韓国の独立とともに新しい摂理的運動が、第二次世界大戦で勝利したアメリカを中心として始まらなければなりませんでした。キリスト教とアメリカを中心とした世界的勝利基盤の上に、新しい歴史時代における神様の摂理が出発しなければならなかったのです。

お父様は、新しい原理を中心として地下活動をしてきたのですが、第二次世界大戦の直後は、お父様が表に現れなければならない時でした。

そして、韓国には、アメリカ軍が駐屯して軍政が立てられるようになりましたが、その軍政に従事する人たちの中には、外国留学から帰ってきた人たちが大勢いました。そのような人たちが軍政と一つになり始めました。また、神社参拝を中心として日本政府の手先の役割を果たしていた人たちが、アメリカの軍政と結託していました。しかし、地下運動をしたキリスト教徒たちは国内派だったため、外国に対してはあまりなじめず、アメリカの軍政と関係を結ぶ立場にはなれませんでした。それで、日本政府を支持していたキリスト教徒と、日本政府に反対していたキリスト教徒が、分かれるようになったのです。

5 宗教の目的は、アダムを完成することです。また、神様の救援摂理の目的は、アダム完成です。エデンの園で神様が創造をするとき、天使はアダム完成を協助しました。神様は、天使を頌栄と協助の対象者として造りました。神様の目的や天使長の目的が、アダムを完成することなので、その基準を世界、霊界と肉界を前にして再蕩減しなければなりません。ですから、霊肉を中心とした天の側に立った天使圏の宗教がキリスト教です。キリスト教を中心として、全世界が動き得る環境がつくられたのが、第二次世界大戦の直後でした。全世界が天の側に引き渡されたというのです。その時にアダムが現れるようになっています。

霊肉を中心としたサタン世界と、天の側の天使圏が闘って勝敗を競ったのが、第二次世界大戦です。聖書上で見れば、ハルマゲドン戦争だというのです。第二次世界大戦が天の側の勝利で終わったという事実は、霊界の天の側の天使圏と地上の天使圏が、サタン世界に対して勝利したということです。ですから、アダムが現れ得る時が来るのです。それゆえ、第二次世界大戦の直後に、再臨主顕現時代が来るというのです。

6 第二次世界大戦も終わりに近づく頃、日本帝国の圧迫によって篤実なキリスト教徒たちは信仰生活が困難になり、彼らは、韓国の地に決定的な審判や判決を下してくれることを神様に祈りました。

神様によって、または霊界によって直接導かれた多くの人たちがいましたが、彼らは日本の警察が捕まえようとするとき、逃げたり、脱出したりすることができました。彼らのほとんどは、日本がいつ敗北するのかを知っていました。また多くの人たちが、「第二次世界大戦後は、世界の歴史が韓国を中心に展開するだろう」という啓示を天から受けました。

お父様もそのようないくつかの団体とつながりましたが、たとえお父様がそのような団体とつながったとしても、その時のお父様は、皆さんが今学んでいる原理のいかなるものも、決して語ることができませんでした。なぜならば、神様からのみ言もあったのですが、「韓国が解放され、このことを始められる環境ができた時に動き出す」と神様に約束していたので、その時には語れなかったのです。

神様のみ旨は、一人だけでは成就できません。共に働き得る対象がいなければなりません。

さらに神様は、第二次世界大戦後にすべてのキリスト教会が分裂することを教えてくれました。

7 一九四五年の解放直後に、お父様を中心とした統一運動は、一度に世界を統合できるキリスト教文化圏を中心として出発しなければなりません。その立場においては、既に国家基準を越えるようになるのです。

その時、韓国には主権がなく、キリスト教文化圏を中心としたアメリカが、天使長の勝利圏基盤の上で養子の基盤を受け継ぎました。その土台の上に世界的版図の基盤を造成していれば、天使世界の完成と養子世界の完成が成就して、直系の子女を迎えられる世界文化圏の時代へと入っていくのです。

イエス様を中心としたアベル文化圏を築いたので、天使長圏と養子圏がつながり、実子圏と連結できます。縦的な歴史が横的に一つになるのです

これを収拾して統一しなければ、サタンの基点を取り除けません。

8 お父様が(一九四五年)八月十五日の光復節の前に、キリスト教を中心にすべての基盤を築いていれば、神社参拝を拒否して監獄に閉じ込められた再建(チェゴン)派は、お父様の信仰の基盤の上で中心になっていたでしょう。そのようになっていれば、キリスト教が私の言うことをすべて受け入れて、連合軍を迎え入れる立場に立つのです。世界全体が連結され、連合軍が入ってくるのを、監獄に入った人たちが迎えるようになったはずです。

その時、連合軍が入れば、以北(現在の北朝鮮)で直接歓迎するようになります。そうなっていれば、韓半島は南北に分かれなかったはずであり、神霊的な人たちが連合軍を中心として一つになれば、サタンが侵犯するところがなかったのです。ところが、このような状況が崩れてしまったので、仕方なくこのすべてのものを条件的にでも、再び探し求めなければなりませんでした。

しかし、この時に、この神霊的な集団が受け入れなかったので、お父様は孤独な立場で人を送って三度以上通告し、天のみ前に報告してから、彼らに、「あなたたちが受け入れなかったときには、あなたたちの国家と世界が破壊され、今まで立てられた功績は天がもっていってしまうだろう」と言いました。そのように通告し、お父様が刈り取ることのできる基盤を築いて、韓国の解放を待ったのです。解放が訪れるときには、世界のどこにでも出ていかなければならないのです。

9 お父様は、日本帝国の統治下で、圧制を受けていた時代を過ごしてきました。ですから、いくら大きな抱負をもち、いくらあふれんばかりの希望を胸に抱いていたとしても、自分の内的心情を吐露できる環境が与えられていませんでした。何か斬新な考えをもっていたとしても、それを口にして語るためには、必ず周囲を窺い、内外に鑑定しなければなりませんでした。「これなら安心だ」とはっきり感じることができなければ、いくら立派な思想や理念をもっていたとしても、語れる時代ではありませんでした。不自由な時代だったのです。

そのような環境で、お父様は人知れず復帰の路程、今まで原理の中に現れた復帰路程をたどり、闘いながら準備してきました。そうして、一九四五年に解放を迎えました。二十六歳の時でした。

その時、解放を迎えて、民族全体が祝いながら喜びました。万歳を叫びながら大騒ぎし、我々の天地になったといって世界を揺さぶり、ひっくり返すような喜びが天を突くほどの騒ぎでした。私もまたうれしく思いました。

しかし、私は解放を迎えたその日以来、「この国が解放された」といって万歳を叫んだことはありません。うれしくても喜ぶことはできませんでした。その理由は、この民族には新しい出発をすべき使命があると同時に、お父様も新しい歴史的な出発をしなければならなかったからです。復帰世界に向かって第一歩を踏み出さなければならなかったのです。それで、まずは韓国の地に立っていたので、韓国の地を中心として、さらにはソウルを中心として、復帰の道を開拓するために全力を尽くして出発しました。

キリスト教指導者の不信と神霊教団

復帰摂理は、世界史的な転換期である一九四五年の解放直後、キリスト教の指導者たちを中心に天の主権を立て、世界を復帰できる絶好の機会を迎えた。しかし、キリスト教がこのような摂理を担当する真のお父様を受け入れないことにより、新たな摂理的基盤を整えなければならない困難な状況に直面することになった。このように、ソウルを中心とした第一次の出発摂理が挫折し、一九四六年六月以降、平壌を中心に第二次の出発摂理が進められた。しかし、真のお父様は、神様が長い歳月をかけて準備したすべての摂理的基盤が崩れるとともに、獄中の受難の道を歩まなければならなくなったのである。

そして、韓国のキリスト教の中には、日本帝国の神社参拝強要に屈した教団もあったが、信仰の貞操を守り、解放の日を待ちながら闘った愛国的な地下教会の信徒も多くいた。神霊教団は、このような状況の中で、解放の十四年前から活発な活動をし、再臨主を迎えるための基台を築いていった。

特に、韓半島の東の元山(ウォンサン)を中心に男性たちの神霊役事(働き)が起き、西の鉄山を中心に女性たちの神霊役事が起こった。その中で、女性の代表は聖主教の金聖道、腹中教の許浩彬、「主なる神の夫人」と称する朴ウルリョンであり、男性の代表は新イエス教会系統の李龍道、金百文(キムペンムン)であった。

特に、洗礼ヨハネの使命をもっていた金百文は、真のお父様について「全世界のソロモン王の栄光が臨むようになるだろう」と証したが、真のお父様に侍って従わないことによって、摂理的な出発をすることができなかった。

10 世界のキリスト教文化圏を中心とした民主世界は第二イスラエル圏であり、キリスト教は、民主世界の思想的な指導を受け持つべき立場、すなわちイスラエルの国に対するユダヤ教と同じ立場です。イスラエルとキリスト教は、このように霊的につながるようになっています。

したがって、再臨の役事は、霊的なイスラエル圏を相続し得る勝利的基盤を整えた上でしなければなりません。霊的な個人から霊的な家庭、氏族、民族、国家、世界圏まで、勝利的な基盤を整えて地上に現れなければなりません。そうでなければ地上収拾作戦ができないというのが再臨の役事です。

霊界を屈服させて指揮下に置き、神様のみ旨に従って地上に君臨しなければなりません。このようになれば、地上では実体的な再蕩減路程を経ていけばよいのです

このような点から見て、霊的に世界的なイスラエル圏が勝利しました。霊的に勝利したこの世界的イスラエル圏は、世界的な天使世界に該当します。したがって、再臨主は第三アダムなので、第二アダムであるイエス様が霊的に勝利した霊的イスラエル圏の足場を、相続しなければならないのです。

11 韓国は、解放後、キリスト教圏である民主世界の保護によって、世界が一つになったところに建てられました。その時にお父様は、新しい歴史的な使命を果たすため、建国当時の要人たちと手を結んで、最高の位置から出発することを期待しました。そのようにならなければならないにもかかわらず、キリスト教を代表した幾人かの牧師が反対することによって遮られ始めたのです。キリスト教を中心とした国家形態ができなければならなかったのですが、キリスト教の最高指導者たちが反対することによって、韓国のキリスト教が反対する道が生じるようになりました。

12 日本の帝国主義が、韓国のキリスト教を抹殺するために神社参拝をさせたのですが、そこには神社参拝を受け入れた群れと、神社参拝を拒否した群れがありました。神社参拝をしなかった人は獄中や地下に入り、神社参拝を受け入れた人は表に出るようになりました。

ですから、地下にいた内的な神霊集団の人々が主体となって、外的な人々を再教育して収拾していかなければなりません。その時、彼らは、「主は人として来て、自分たちの団体を指導する」との啓示を受けたのですが、その人がどのような人として現れるのかということは分かりませんでした。

彼らは一つになり、大韓民国が新たに独立する時に、それを主導する役割を果たさなければなりませんでした。ところが、解放後、内的な神霊集団が主体にならなければならないのですが、逆に神社参拝をした群れ、アメリカで勉強し、都合よく社会と接触してきた人たちが主体になりました。神様に対する新しい概念を中心とした再臨思想と連結された概念のもとで、教会の復興運動が起きなければならなかったのです。

解放当時、韓半島のキリスト教会のほとんどが以北にありました。大多数が平壌を中心として存在していたので、以北がキリスト教の中心になりました。ですから、以北の地で行われる教会運動が、国家的な基礎となり、精神的な基調となり得るキリスト教の新しい世界的活動のための神様の摂理基盤にならなければならなかったのですが、そのようにはなれませんでした。

国を中心として、カインとアベルの闘いをしたのです。教会の基地が立つ前に、サタンが先に入ってしまいました。先にカインの国が位置を占めたのです。ですから、仕方なく南側だけでも守るために新しい国を建てたのです。統一を成し遂げることができず、二つの国ができました。キリスト教を中心に統一された国家基盤を形成してこそ、神様のみ旨の基盤になるのですが、完全にサタン圏に移り始めたのです。

13 光復後、韓国では、神社参拝をしたキリスト教派と、神社参拝に反対して監獄に行った再建(チェゴン)教会派、それから神霊的な集団、このように三つの部類ができました。キリスト教派は蘇生、再建教会派は長成、神霊派は完成です。

この神霊派がエデン復帰派ですが、旧約的エデン復帰派は朴東基(パクトンギ)派、新約的エデン復帰派はイスラエル修道院の金百文(キムペンムン)派です。その次に、成約的エデン復帰派は、婦人たちが主動となった許浩彬(ホホビン)派です。彼らは、蘇生・長成・完成型の縦的な復帰をします。旧約時代、新約時代、成約時代の横的な復帰をするのです。再建教会派と神霊集団が完全に一つにならなければなりません。

そのような基盤の上に、お父様が立たなければならないのですが、洗礼ヨハネがイエス様を信じられなかったように、神霊集団の責任者たちは、主が人として来ることは知っていたのですが、その人が誰なのかは知りませんでした。

14 金聖道氏は、エバ的使命者であり、許浩彬氏はマリヤ的使命者です。許浩彬集団は、イエス様がこの地上に来て三十三年間生き、み旨を成し遂げられずに、(本来)願わない十字架の死の道を行ったため、それを復帰するためのあらゆる準備をしました。そして、「再び来られる主は、韓国人として来られるだろう」と言いました。その方の背丈はどれくらいで、体格はどうだということまで啓示を受け、衣服から寝具に至るまで、一切を準備したのです。

本来、そのようなものをすべて準備しなければなりません。それを準備した人が地上にいなければ、主を送ることができないというのです。昔、イスラエル民族が、主が横になる一間の部屋を準備できず、イエス様は飼い葉桶に寝かされるようになりました。そのような恨をもった神様なので、神様は一人を選んで、生活のあらゆる物、すなわち服と部屋と家庭用品の一切を準備させたのです。この時代に文化生活を営む東洋、西洋の誰にも負けない最高の水準で、すべての物を準備させました。

15 韓半島の東海岸地方で起きた霊的な運動集団には、李龍道牧師がいました。彼は、人々に多くの聖霊の火を受けさせました。そのようなことをすることによって、天は霊的な働き手を一つにまとめようとしたのです。霊的な運動も、二つの形態に分かれました。一つは内的で、もう一つは外的でした。

李龍道牧師を中心として新イエス教が出てくるようになりました。当時、許浩彬氏の腹中教と新イエス教を統一せよという、天からの指示がありました。それで、西の集団が一つになるために、東の集団がいる所を訪ねていきましたが、東の集団は西の集団を受け入れませんでした。この二つの集団が統一に失敗することによって、神様は一つの新しい運動、新しい分野の開拓者を必要とするようになりました。

神様は、御自身の指示を受け入れられる、他の一人の人を願われました。その人が金百文氏でした。白南柱(ペクナムヂュ)氏は蘇生段階であり、李龍道氏は長成段階、そして、金百文氏が完成段階でした。李龍道牧師はイエス様と同じ立場であり、一九三三年に三十三歳で亡くなりました。このことから、神様が主のためにどれほど多くの準備をされたのかを知ることができます。神様は、日本の圧制に耐え抜けるようにしようと、そのように早くから準備をしていました。このような環境の中で、お父様は、自分が行くべき道のために準備を始めたのです。

16 お父様は数えの二十五歳前後の時に、全国にいる神霊的な人たちを訪ねて回りました。名のある牧師や名のある僧侶、易者などをすべて訪ねたのです。そうして、彼らの信仰観と私の信仰観を比較したり、理論的に討論したりしました。そのような牧師たちに、「堕落とは何か」と尋ねましたが、分かっている人はいませんでした。人間がどのように堕落したのかを知らないのです。根本が曖昧な基盤から出発したものは、いくら過程が驚くべきもので、結果が世界釣だとしても、完全な完成の終着点に帰着することはできません。

しかし、彼らは、堕落の根源を全く知らなかったのです。お父様は、どのように堕落したのかという事実をすべて知っている観点から、大勢の神霊的な人たちに会ってみましたが、彼らは知りませんでした。だからといって、時になっていなかったので、発表することもできませんでした。

17 お父様は、少年時代を経て、青年時代を経て、分別がつく頃から聖書の内容を深く探究するうちに、神様の摂理がどのようになっているかを、すべて悟るようになりました。そうして二十六歳の時に、解放とともに新たな出発をすることになったのです。

まず、地下教会を遍歴しました。解放前、数えの二十四歳の時から地下教会の遍歴を始めたのです。「神霊的な人たちはどのような道を歩むのか。神様の摂理はこのように進まなければならず、このように準備された団体が必ず存在しなければならないのだが」と思いながら、有名だと言われた神霊的な人々に数多く会ってみました。しかし、彼らは神様のみ旨やその方向を知りませんでした。ですから、そのような人々を中心として精誠を尽くしてみ言を伝え、関係を結びました。

地下教会の責任者は知らなくても、その教会の中で霊界に通じる神霊的な人たちは、お父様を証しました。私が一週間だけ立ち寄れば、そこにいた神霊的な人たちが私の後ろに付いてくる現象が起こりました。ですから、地下教会も二つに分かれるようになったのです。神霊的な教会を編成するために、志のある人を集めなければなりません。

その人たちに教えなければならない内容は、主は雲に乗っては来ないということでした。これを十年ほど伏せたのちに発表していれば、数多くのキリスト教徒たちがお父様のもとに来ることを知っていましたが、天はそのようにすることはできません。正面から闘争しなければならないのです。神様は目に見えません。ですから、見える機関となり、見えないサタン世界と対峙し、克服して越えていかなければなりません。

18 お父様は、解放後三カ月目となる一九四五年十月に、金百文氏に会いました。私は、彼に大きな使命があることが分かりました。当時彼は、プロテスタントの修道院を一つもっていました。彼は「修道院を一つ所有するように」と天から言われていました。また、「再臨主を迎えられる勢力を準備するように」と言われたのです。それが、彼が天から聞いた内容です。ですから、お父様はその集団を訪ね、彼に会い、六カ月間彼と共に過ごしました。その期間に神様は、様々な方法で役事されました。

19 お父様は、金百文氏の集団に行き、僕暮らしをしました。当時、どれほど多くの涙を流したか、皆さんは考えることもできません。皆さんが想像もつかない切なる心情をもって祈ったのです。その時、祈っていた床には涙がしみ込み、流した涙が乾く日がありませんでした。

私は、彼が教えてくれた内容を批判することもできました。口さえ開けば、彼らを完全に屈服させることができたにもかかわらず、そこでは一言も話さずに、奉仕の生活を続けたのです。そのようにしたところ、神様が共にいてくださいました。彼らも霊的に明るい人たちなので、天が彼らに、お父様に従いなさいと命令を下したのです。

20 イエス様が洗礼ヨハネから祝福を受けたように、お父様は金百文氏からすべてを相続する予定になっていました。出会ってから数カ月後に金百文氏は天から啓示を受け、彼は私の頭に手を置いて、全世界のソロモン王の栄光が臨むようになるだろうと祝福しました。お父様が金百文氏に会ったことは、大きな意味をもっています。もし、金百文氏が天から、そのような祝福をしてあげなさいという啓示を受けたのなら、彼はすべてのことを知るために、私に質問をしなければなりませんでした。それが彼の五パーセントの責任分担でした。

ところが、当時、彼に従っていた篤実な追従者たちがお父様に従ったのです。彼はそれを知って、そのことを良く思いませんでした。いずれにせよ、お父様は彼から祝福を受け、彼がもっていたものを相続したのです。

21 お父様は解放後、金百文氏と共に出発しようとしました。金百文氏と私は、カインとアベル、洗礼ヨハネとイエス様のような立場にいました。彼は、キリスト教を信仰していましたが、「イエス様は神様と同位である」と言いました。根本をよく知りませんでしたが、その人が神霊的な面では、当時のキリスト教で、最高の信仰基準にいたことだけは間違いありません。そして、金百文氏の一番弟子や神霊的な信徒たちは霊界に通じていたので、霊界から「文先生に従っていきなさい」と教えられたのです。しかし、私はそこに入って一言も語りませんでした。なぜなら、他人の基盤に入ってその基盤を崩してはいけないからです。彼らを自然に屈服させなければなりません。

ですから、私は、涙もたくさん流しながら、模範的な信徒の一人として黙々と過ごしたのです。その信徒たちがお父様に従おうと決心するので、ここから問題が起こりました。

第二節 平壌での伝道生活と大同保安署での摂理

「平壌に行きなさい」という神様の命令

真のお父様は、一九四六年五月二十七日頃、「三十八度線を越えなさい」という天の命令を受け、北朝鮮に進駐したソ連軍によって共産主義体制が構築されている平壌に、六月六日に到着された。東洋のエルサレムと言われた平壌では、キリスト教信仰の中心地として、崩れ落ちた教会の再建を夢見ていた。真のお父様は、イスラエル修道院で信仰的な交わりをもっていた、平壌・景昌里(キョンチャンニ)の信徒の家にとどまりながら、み言を伝えられた。

1 内的な基準において代表的な使命を担った人と、外的な基準において代表的な使命を担った人が出会える一時があります。言い換えると、今までの六千年歴史の頂上で、必ずカインとアベルが出会うことになるのです。ですから、カインとアベルが出会う、その頂上の位置で蕩減復帰しなければなりません。カインが天道に従い、アベルに順応する基準を備えるようになれば、カインとアベルが一つになって蕩減の峠を越えることができます。カインとアベルがこの峠を正常に越えれば、互いに相手の位置へと進んでいくのです。このように越えなければならないのですが、カインとアベルがこの基準を立てることができず、アベルだけが越えるようになりました。

本来、お父様がこの道を出発する時、李承晩(イスンマン)博士と協力して進んでいくのが神様のみ旨でした。摂理的に見れば、そのようになり得たのですが、その時、キリスト教が過ちを犯すことによって失敗してしまいました。それで、高い基準を失ってしまったので、低い基準へと下がってしまったのです。下がる時は、必ず最低の位置まで下がらなければなりません。ですから、すぐにお父様は以北(現在の北朝鮮)に行きました。以北に行って、再び上がらなければならなかったのです。

2 お父様は、この道を出発する時、生命を差し出す覚悟ができているかを考えました。言い換えれば、死ぬ時はどのように死ぬのかということも考えたのです。銃殺されることも考え、五車(オチャ=車裂きの刑)によってずたずたに引き裂かれて死ぬことも考えました。そうして、死ぬ時にはどのような言葉を残していくのかということも考えました。

どうすれば生きられるのかを考えたのではありません。大韓民国を中心として役事しなければならないので、死の場を求めていったのです。

怨讐と対決する場、つまり怨讐を訪ねていきました。怨讐の本拠地を訪ねていったのです。韓国のキリスト教を中心としたみ旨の基盤がサタン側に回ったので、それを取り戻すためにサタンの巣窟である以北に行ったのです。

3 お父様は、世界的な共産党と闘わなければならないので、そのために以北を訪ねていきました。手錠をかけられて囹圄(牢獄・獄舎)の身になることを覚悟して、訪ねていったのです。いくら暴悪な試練が私に襲いかかってきても、私はそれに屈服しませんでした。いくらひどい飢えの状況でも、神様の威信を失うことはしませんでした。組織的な生活圏内でいくら切迫した生活をしたとしても、天の法度を破りませんでした。お父様はすべてのことにおいて、拘束されても、すべてを取り戻すことができ、さらに神様のみ前に新たな出発の動機と新たな生き甲斐を探し出してきました。そのようにして出発したのです。「生きよう」というところから出発したのではなく、「死のう」というところから出発したのです。

4 イエス様が、反対を受けることによって異邦の宗教を通し、異邦の民族を経て再び戻ってきたように、お父様もそのようにしなければなりません。そのようにして怨讐の国を復帰しなければならないのです。それで以北に入りました。

以北では、すべてが怨讐です。敵国です。足の踏む所すべてが怨讐でした。国や教会はもちろん、民衆までもお父様を打ち倒そうとしました。そのような場で生き残る方法とは何でしょうか。拳で対抗すれば滅びます。犠牲になって奉仕しなければなりません。十回打たれても彼らのために福を祈ってあげ、千回冷遇されても彼らのために祈ってあげる作戦を立てたのです。このような作戦を実行してきました。千回、一万回、悔しさを味わったとしても、神様が愛していて、神様が耐え忍んでこられたので、そのようにしなければならないのです。

5 お父様は一人でした。一人ぽっちでした。新教を中心に基盤をつくろうとしたのですが、失敗しました。反対を受けたのです。驚くほどの反対を受けました。

弟(アベル)を打って始まった歴史だったので、弟を迎え入れるということは、神様を正しく知らなければ難しいことです。自分が置かれた環境に基づく因習的な教理や内容をそのままもっていては、とても難しいのです。ですから、お父様は、既成教会から反対される立場に立ったのです。それは追い出されたイエス様と同じ立場です。実体のイエス様の立場を受け継いだのと同じです。ですから、お父様は、復帰路程を経なければなりませんでした。二千年の歴史を二十年で蕩威しようと闘いました。そのような蕩減をするために、サタンの本拠地である以北に行きました。サタン世界の共産圏に行ったのです。

み言の伝播と押し寄せる信徒

一九四六年六月六日、平壌に到着された真のお父様は、景昌里(キョンチャンニ)に一間の部屋を借り、そこで祈りの精誠を捧げながら教会活動を再び開始された。その時まで平壌には多くのキリスト教会があり、篤実なクリスチャンが大勢いた。真のお父様は、周囲から刺すような目で見られていたが、早く、多くの生命を救うためにみ言を伝えなければならないという一念で、新しい食口を探し求められた。終日、門の外を見つめながら、食口たちが来るのを待たれたことも多かった。自分の足で真のお父様がいらっしゃる所に訪ねてきた人々がおり、また、彼らを通して他のクリスチャンたちが集まってきた。特に、真のお父様が到着されたのちに、真のお父様に関する啓示を受ける人たちが現れた。霊界の導きによって、篤実な信徒たちが訪ねてきたのである。それで、真のお父様は、彼らを中心に礼拝を導かれた。真のお父様のために、以前から準備された人々が大勢おり、その中には、真のお父様の聖誕前から、真のお父様に出会うために準備されていた人もいた。霊界は時空を超越するため、心情世界の絆がそのように奥妙に結ばれていたのである。そのようにして縁をもった人々は、真のお父様の裾に触れさえすれば、飛び上がるほど感激し、踊りを踊るほど真の愛に感化された。真のお父様は、老人はもちろん、誰が訪ねてきても、夜を徹してみ言を語ってくださった。

6 解放後、三年間、混乱時代が訪れました。キリスト教の混乱、政治界の混乱など、混乱時代が訪れて、すべてのものが定着できませんでした。キリスト教自体も、主が来るのか、み旨がどのようになっているのか、分かりませんでした。その時、再建教会や高麗(コリョ)派などと称して、様々な教派が現れました。互いに自分たちが正しいと主張しながら、競争した時期でした。お父様が、地下から出てきてキリスト教徒たちを収拾しなければならなかったのですが、彼らは「主は雲に乗って来る」と信じていました。「人として来る」と信じている人は一人もいませんでした。ところが、許浩彬派と金聖道派と白南柱派は、既にそのことを知っていました。彼らは成約的準備派です。その人たちは、主が人として来ることは知っていますが、会うことはできません。いくら主に会ったとしても、その人が主のようには思えないのです。それが難しいのです。直接教えてあげることはできません。

必ず、このような窮地に入っていって自分で探し求めなければなりません。神霊的な人も神霊的でない人も同じなのです。神霊的な人は、霊界から教えられて初めて動くのであって、教えてくれなければ微動だにしません。また、通じることができない人は、み言を聞いて歩まなければなりませんが、み言といっても、キリスト教ではすべて「雲に乗って来る」と言うのに、一方では「人として来る」と言うのです。ですから、その言葉もまた信じられません。このような渦中で問題が起きたのです。お父様は、平壌に行って、キリスト教の四十以上の教会から最も賢い人たちを引き抜きました。当時は、聖書のみ言で教えてあげなければなりませんでした。別な話ではいけません。その時は霊界が役事してくれました。霊界が連結してくれるのです。天があらかじめ準備して、神霊的な人たちを送ったのです。

7 平壌にいる時、サタンの役事がどれほど多かったか分かりません。そのような中でも、お父様は食口のために精誠を尽くしました。朝、ある食口のために祈ってから、その食口が来るか来ないか待ってみると、間違いなく来るようになっています。このように神霊的な雰囲気の中で祈ってみると、祈りには、どれほど価値があり、どれほど効果が現れるのかが分かります。それでこそ、仕事をしてもおもしろく、神様が共にあるという信念をもつようになるのです。

8 聖書のみ言については、私にかなう人はいません。私が平壌に行ったのは数えの二十七歳の時であり、若々しい青年でした。当時、北朝鮮のエルサレムと言われた平壌市内の大きな教会の賢い人たちが、私のところに来て、みな心を奪われました。

聖書の「ローマ人への手紙」や「ヨハネの黙示録」について解釈するのを見て、その人たちの目がひっくり返りました。今もその人たちが生きていれば、「千年史についてすべて精通している。どうすればそのように分かるのか」と言うでしょう。

9 私が以北の平壌に行っている時、一人のおばさんに会ったのですが、私より年が三十歳ほど上でした。そのおばさんが、「霊界から教えられて先生に会いました」と話しながら、「不思議です」と言うのです。「何が不思議なのですか」と尋ねると、「そんなことはあり得ないのに、本当に不思議です」と言いながら首をかしげるのです。それで「何が不思議なのですか」と再び尋ねると、「自分には全くの謎です」と言って、「自分が数えの二十四歳の時に先生の指導を受けた」と言うのです。私はまだ生まれてもいなかった時なのに、指導を受けたというのです。

それは、平面的には理解できない話です。しかし、立体的な面から見るとき、神様は縦的父母なので、その父母の心情を追い求める人は、いつも神様と一緒にいなければなりません。ですから、姿形は今、現れたのですが、心情の世界は昔も今も同じです。このように、心情を主管する神様は、未来でも会える関係を常にもっているので、霊界は時間を超越しているのです。

そのような心情の世界観があるので可能なのです。仮に神様の心の中に、これこれこのような男性がある時に生まれるだろう、という考えがあれば、その心情を通してその人を教えることができ、関係を結ぶことができるというのです。それは、心情世界の関係があるから可能なことです。

10 私が平壌に行って伝道活動をする時、神様がどれほど多くの準備をされたかということを、知らなければなりません。私に会う二十年前に、「ある家でこのような方に会ってみ言を聞くだろう」と知らせてくれるほどでした。お父様が数えの二十七歳の時に以北に行ったので、七歳の時から天が役事したのです。その時は私も知りませんでした。それをこの世の人たちは信じられるでしょうか。

ですから、多くの人たちがお父様を注視してきたのです。そのような人たちが今、地上で証しています。その人たちは、天使長の立場でお父様について証する使命を担うのです。原理的観点から見ると、私が現れる前に、私以上に精誠を尽くさなければなりません。それで、何世紀も前から、お父様に侍る霊人たちが再臨時代に向けてこの地に協助してこそ、地上のサタン世界へと進んでいける基盤がつくられるのです。

11 おじいさん、おばあさんたちは、お父様のことが好きです。数えの八十歳になるおばあさんたちが、私が平壌にいる時、霊界から教えられて私を訪ねてきました。杖をついて歩くおぱあさんたちが、どういうわけで訪ねてくるのでしょうか。霊界から教えられて集まったおばあさんたちは、私の服の裾をただ一度でも触って家に帰れば、その日は自然に踊りを踊るのです。

服の裾でも一度触れるようになれば、帰る時は軽やかに飛んでいくようだというのです。帰ってから、御飯も食べずに一日中踊っても気分が良いというのです。何か妖術を使ったわけではありません。真の愛の雰囲気に接すると、そのようになるのです。無性にうれしいのです。与えてもうれしいというのです。ひっきりなしに与えてもうれしく、悪口を言われてもうれしく、これ以上ないほど誠実に働いてもうれしいのです。

12 玉世賢(オクセヒョン)おばあさんも、誰かが伝道したわけではありません。「主はどのようにして来られるのか」と祈り、霊界に通じてみると、「主は雲に乗って来るのではなく、人として来る」と言うのです。神様がそのように教えてくれたのです。ですから、「信じてはいけない」と誰が言っても、絶対に信じるようになっています。

祈るとき、「主はいつ、どこに来ますか」と言うと、「平壌に来ている」と教えてくれるのです。「景昌里(キョンチャンニ)の小さなある家の部屋に隠れていらっしゃる」と教えてくれたのです。お父様はその頃、そこに隠れて過ごしていたのでうわさが立たず、探し出せなかったのです。その時は、景昌里で開拓する時でした。

13 お父様が平壌に行っている時、訪ねてきたおばあさんがいました。その時、私は数えの二十七歳でしたが、そのおばあさんは七十二歳でした。吉善宙(キルソンヂュ)牧師の時から李龍道(イヨンド)牧師を経て、恩恵を受けたおばあさんなのですが、この世のものとは思えない驚くべき奇跡の役事を数多くしました。このおばあさんは、平壌の牡丹峰(モランボン)で祈りを捧げ、「これから日本は、韓国のキリスト教を完全に排斥するようなことを必ず起こすから、その時に備えて準備せよ」という啓示を受けたのです。

そのおばあさんは、必ず午前二時か三時に祈ります。しかし、そのおばあさんの夫は反対していました。そのおばあさんは、あらゆる反対を退けて、長年にわたって祈ってきたのです。

このおばあさんは、韓国が選ばれた国になることを知り、また、平壌にいる女性たちに、「これからこのような世界になり、韓国に喜びの幸運の時がやって来るだろう」と教えてあげました。

そのように祈ってくれた方がいたので、神様が役事してきたみ旨が残り得るというのです。一人で来て追い込まれ、追われて一人で死んでいってはいけません。地上で自分の生命を祭物にして、神様のために相対的な立場で祈ってくれる女性がいたので、神様の復帰摂理の基盤が、この地上に残り得たのです。

14 お父様が数えの二十七歳の時、平壌に行くと平壌で騒ぎが起き、ソウルに行くとソウルで騒ぎが起きました。当時、町に行くと、町の人たちが夜も眠らず私のいる部屋にしきりに来ようとするので、論難の的になりました。

町の子供たちまでも、私のいる家のトイレに来て用を足そうとしました。どうしてそうなるのかというのです。子供たちに会うと、おもしろいおとぎ話を聞かせてあげます。御飯を食べるのも忘れるほど、ひたすら話してあげるのです。一日の間に数十もの遊びを考え出して、一緒に楽しく遊びました。そうしながら子供たちに、「お前のお母さんはどこに行ったのか。お前のお父さんはどこに行ったのか」と聞いてすべて調べておき、子供たちを連れて遊ぶのです。

私の家に来て遅くまで遊べば、疲れて寝るようになっています。そうなれば、伝道するためにその家を訪問することができるのです。それはどれほど良いでしょうか。子供たちが夜遅くまで遊んで眠ったら、お父さん、お母さんのところにおんぶしていきます。自分の子供をおんぶしてきてくれるので、有り難いことではないですか。そこで、「お茶でも飲んでいってほしい」と言うようになれば、役事が起きるのです。

15 私が以前、平壌で下宿していた家で、三歳になる子供と出会った際、敬拝したこともあります。幼い子供に対して、天のように侍りました。幼子のようでなければ天国に行けないというので、まず、子供たちにそのようにしたのです。その子が涙を流しながら「やめてください」と言う立場まで高めてあげるのです。

幼い子供に対して詩を詠み、歌を歌い、神様の息子だと称賛できるようにするためには、尊敬語を使ってたたえることができなければなりません。そうなる時に、神様の公認を受け、その子供がたたえることができるようになるのです。

天地の法度において、上下関係がねじれてしまったので、これを正して、このように復帰の道を選別してくるのです。そのようにして相対圏をつくっておき、彼らが喜んでそのようなことを相続して行える基盤が築けたので、初めて先生の位置に立つようになったのです。

キリスト教指導者たちの不信と大同保安署での受難

平壌で真のお父様の教会が、恩恵深い役事によって活気を帯びるようになると、篤実なクリスチャンたちが自分の教会に行かず、真のお父様がいらっしゃる所にばかり来るようになったため、彼らが所属していた教会の牧師と長老たちが、真のお父様の集会所にまで来て、狼籍を働き、一部の教会員を拉致していったこともあった。のちに、彼らは、自分たちの思うとおりに解決されないと見るや、共産党当局に、真のお父様が南から来た怪しい人物であり、不法集会を行う者であると告発し、真のお父様は、一九四六年八月十一日、大同保安署に収監された。そのような中でも、大同保安署の中で神霊教団の教主に会うことを霊的に察知され、そこに入られたのである。大同保安署には、腹中教の教主である許浩彬と、その人に従う幹部たちが収監されていた。許浩彬は女性で、真のお父様とは違う監房にいたが、男性の幹部は真のお父様がいらっしゃる監房に入っていたため、その人と多くの会話をされた。当時、腹中教は、主が許浩彬の腹中にいると考え、おなかが振動するたびに出てくる言葉を通して、信徒たちを指導していた。真のお父様は、その信仰を否定して監房から釈放されなければならないと伝えたが、許浩彬は真のお父様の言葉を信じなかった。そのため、真のお父様は、最後の手段として、秘密裏に紙切れを許浩彬に送られた。許浩彬は、真のお父様の言葉を信じるか、無視するか、二つに一つを選ばなければならない立場に立たされた。しかし、彼女は、真のお父様に会ったこともなかったため、結局、真のお父様のみ言より、自分の信仰を守ることが、自分の侍っている主に対する道理であると考え、その紙切れを捨てようとした。真のお父様のことをメシヤと分かれば、その紙切れを大切に保管したはずだが、それが分からず、無情にも捨てようとしたのである。そうして、その紙切れが保安署当局に発見され、真のお父様は厳しい拷問を受けて、瀕死の状態で保安署の外に放り出されてしまった。このような真のお父様を、景昌里(キョンチャンニ)教会の食口たちが教会にお連れして、この上ない精誠で看護したのである。これにより、真のお父様は健康を再び取り戻すことができたが、許浩彬と幹部たちは、その後、獄死するなど、凄惨な最期を迎えた。

16 一九四六年六月、共産党は以北の全域で、新しい宗教団体に対する弾圧を始めました。ですから、それと類似する団体があれば、糾弾されざるを得ない立場でした。当時、お父様は平壌の景昌里で伝道活動をしていました。なぜ以南(現在の大韓民国)にいた私が以北に行ったのでしょうか。

その当時、韓国の信仰の中心地は平壌であり、またそこで信仰の闘争歴史が綴られてきたからです。このように、天が準備した基盤の上で新たな出発をすべき使命があったので、以北に行ったのです。そうして、そこで伝道活動をしていたところ、八月十一日に共産党に捕まって大同保安署に入ることになりました。

17 一九四六年にお父様は、共産党に捕まって平壌の大同保安署に入りました。当時は、平壌で、キリスト教界が解放を迎えて、教会を再建しながら歴史的な使命を果たすために新しく出発していた時でした。このような環境の中で、平壌に行って新しい運動を展開したのです。当時のキリスト教界では、この民族に訪れた解放の喜びとともに、日本統治下で圧政を受けながら悲痛な信仰生活をしてきたすべての恨を取り除き、新しい望みと希望にあふれた教会の再建と信仰の革新運動が起こっていました。

そのような新しい再建の火が広がる状況の中で、景昌里教会が出発することになりました。このような環境の中で活動をしているうちに、キリスト教の中心となる信徒、または特別な恩恵を受けた人たちが、自分の所属教会に行かずにお父様のところに集まってきました。それで、当時、平壌で問題になり始めたのです。その時、お父様は西門(ソムン)から近い景昌里で伝道をしながら、教会出発の基盤を立てていました。

18 お父様が許浩彬氏の集団と関係があるとして監獄に入っていた時、許浩彬氏に紙切れに書いた手紙を送りました。お父様は「この手紙を書いた人は天の使命をもった人物である。あなたは祈ってその人がどのような人なのかを調べなければならない。もしあなたが啓示を受けたすべてのことを否認するなら、あなたは釈放されるだろう」という内容を書いて送りましたが、その紙切れが看守に発覚しました。それで、お父様はひどい拷問を受けました。一九四六年九月十八日、午後二時のことです。

その時、韓国にいるアメリカ軍のスパイとしても告発され、ソ連の調査官によって尋問を受けましたが、無罪であることが判明しました。それで、お父様は、一九四六年十一月二十一日の午後に釈放されました。許浩彬氏とその追従者たちは、お父様の言葉に従いませんでした。一九五〇年に「六・二五動乱」が起こった時、彼らはすべて虐殺されてしまったのです。その集団の失敗ゆえに、お父様はほかの人たちを探し求めなければなりませんでした。条件的な数を探し出せるまで、活動したのです。

第三節 八段階の蕩減復帰と霊界での四十三日勝利

真のお父様の縦的蕩減復帰路程

真のお父様は、金百文(キムペンムン)から祝福された土台の上で、完成格エバの立場の女性に出会わなければならなかったが、それが、「主なる神の夫人」と自称する朴ウルリョンであった。彼女は当時、神様が導き、霊界が従って活動する立場にいた。そのため、真のお父様は、エバからの主管権復帰のため、朴ウルリョンを訪ねていかれたのである。真のお父様は、彼女の子女たちに付き添って世話をすることはもちろん、最低の立場で彼女に仕えながら、犠牲と奉仕の道を歩まれた。その老女は、僕の僕から、僕、養子、庶子、直系の息子、天の国の総理大臣、イエス様の位置、神様の対象実体など、真のお父様を段階的に証した。このようにして、エバからの主管権復帰歴史を締めくくり、縦的八段階の地位を探して立てられたのである。

1 男性から祝福の相続を受けたならば、女性からも祝福の相続を受けなければなりません。そうでなければ復帰ができません。ですから、金百文氏の集団を中心に男性から祝福を受けたので、女性からも祝福を復帰しなければなりません。そのようにしなければ、今まで韓国の地で神様が築いたすべての摂理基盤を相続することができません。

男性の前でそのような基準を立て、そこから分かれて出てきたので、次は女性の前で蕩減復帰をしなければなりません。女性が根本的な堕落をしたので、根本復帰をしなければなりません。ですから、今まで女性たちが受難の道を経てきたのです。僕の門を開け、養子の門を開け、息子、娘の門を開けるために、歴史路程で受難の道を歩んだというのです。

2 平壌に不思議なおばあさんがいる、といううわさが飛び交っていました。神霊的な集団は、そのような事実を互いに隅々まで連絡し合っていました。その不思議なおばあさんは、自分のことを「神の夫人」と言っているというのです。世間の人たちは、「そのおばあさんは気が狂っている」と言いました。キリスト教でも「気が狂っている」と言いました。しかし、お父様はそのような女性が現れることを願っていました。

その知らせを聞いた時、どれほどうれしかったか分かりません。お父様はその知らせを聞いて、「天よ! 復帰の使命を中心として、天倫の法度の土台をこの三千里半島につくり、このような女性たちを通して、神様が築いてこられたものを解決すべき問題が残っているので、私は平壌に行きます」と祈ったのです。

結局、キリスト教が従うことができなかったので、再蕩減の役事をしなければなりません。すべてを神様が導いてくださいました。三十八度線を越える時も、虹が前を導いてくれました。十二里の道を直接導いてくれたのです。このような驚くべき導きを受けて、平壌にいる朴というおばあさんに会って蕩減復帰の役事をしたのです。

3 いくら再臨主だとしても、祝福を受ける過程を経なければなりません。「あなたは世界的なアベルです」という祝福を受けなければならないのです。そのように祝福してくれる人に出会い、夜も昼もあらゆる精誠を尽くし、「すべての福を渡しても惜しくない」と思う心をもつようにしなければなりません。そのような基盤の上に、天が共にある世界的な祝福を受けなければならないのです。アベルとしての祝福だけでなく、メシヤとして祝福を受けなければなりません。再臨主になるためには、世界的なアベルの位置、メシヤの後継者の位置に立って祝福を受けなければならないというのです。しかし、息子がメシヤを祝福することはできません。それをするのは母親しかいません。メシヤが生まれるようにする方は母親しかなく、神様しかいません。メシヤは女性を通して生まれるので、祝福してくれる人は母親と神様しかいないのです。

ですから、「神の夫人だ」と言う女性が現れなければなりません。「神の夫人だ」と言う母が現れて、「自分が侍るべきメシヤである」と証言しなければなりません。そのような証言をするためには、その母から「お前は私の愛する子である」と言われるように、絶対服従しなければならないのです。そのような中で上がっていかなければなりません。そのような祝福を受けるためには、僕の僕としての本分を果たさなければなりません。

4 人々がお父様に従って侍りたいと思い、何か貴い物を持ってきてくれると、お父様は、神の夫人と自称する朴というおぱあさんの家族にすべて持っていって捧げました。今日、統一教会員がこの民族を復帰するために、農村に行っておじいさん、おばあさんの世話をしたり、赤ん坊の鼻を拭いてあげたりすることは問題にもなりません。女性たちにもできない、そのおばあさんの洗濯の世話までしてあげました。どんな命令でも言うとおりにしなければなりません。復帰路程の公式がそのようになっているからです。

蕩減復帰歴史は僕の基準から上がってきたので、お父様自身も必ず僕のように扱われなければなりません。僕のように扱われるその立場で精誠を尽くせば、ますます復帰されるのです。どれほど心がはずんで楽しいか分かりません。その期間は、お父様が「原理は必ずこうである」ということを大きく開示する時までの試験期間でした。事実がそうかそうでないかを試験する期間だったのです。

このようにしたならば、天は必ず祝福をしなければなりません。僕の僕の位置から祝福復帰をしてくるのです。それが過ぎると、僕の中で最高の僕になります。そうしてさらに精誠を尽くすと、養子の位置で養子の祝福をしてくれるのです。

5 私が、「神の夫人」と語る人を訪ねていってみると、霊的な生活をしているのです。霊界の聖人、賢哲たちを連れて踊りを踊ったりしていました。イエス様が説教し、孔子が出てきて語り、モーセがやって来て話をするのです。

その中に入ったのですが、最初、お父様は僕、天使長の位置に入りました。すべての人たちが、「天が愛する僕の僕が来た」と言いました。その次は、自分たちよりもあらゆる面で優れているので、「ああ、僕だ!」と言いました。そのように証をしなければなりません。その次は「イエス様の弟だ」と言い、そのあとは「イエス様と双子だ」と言います。それが復帰です。その次は「お兄さんだ」、「天の国の総理大臣だ」、このように上がっていくのです。総理の次は神様です。天の国の総理なので「天の国の王だ!」と言うようになるのですが、王になるだけではいけません。

「霊界について教えてくれる先生の中の先生であり、父の中の父である。父であると同時に先生であり、先生であると同時に王である」と、このように神様に代わって呼ばれるようにならなければなりません。その次からは、今まで私が僕の僕として朴というおばあさんに侍ってきた道と、完全に逆の道を歩まなければならないのです。

四十三日の霊界勝利路程

真のお父様は、縦的八段階の位置を探して立てられたのち、四十三日間、霊界の試練を経ていかれた。イエス様と全霊界の聖人、賢哲たちが、真のお父様の原理のみ言に反駁する状況となった。そのため、真のお父様は、天理原則をもって、そのような反対に立ち向かい、独りで決着をつける闘いをされたのである。神様は、真のお父様の主張が復帰の恨を解く原則であり、天倫の秘訣の中の秘訣であると最終的に判定して、御印(ぎょいん)を押してくださった。

6 お父様は、朴というおばあさんから祝福されたのちに、「私は誰々で、あなたは誰々であるから、復帰の恨を晴らそうとする天のみ旨に屈服しなさい」と言いました。自分の思いどおりに操り、自分の思いどおりに「来なさい、行きなさい」と言うことができていた若い青年がそのように言い出し、とりわけ「私は神の夫人だ」と言っていた局面なのですから、屈服しなければならないとは、唖然としたでしょう。そこでそのおばあさんがおとなしく従っていれば、お父様も苦労しませんでした。そのように従順にするのは大変なことです。千人なら千人が、そこですべて敗れ去っていくのです。屈服せずに反対したその時から、そのおばあさんは気が狂ってしまいました。

内外の祝福基準を兼ね備えるようになるまでの、霊的な試練は言語に絶するほどでした。それは四十三日間にわたる試練期間でした。その時は、霊界のすべての霊人たちが責め立てたのです。

しかし、お父様は、天理の原則をもって彼らと闘いました。一人で四十三日間、今まで生まれては死んでいった数多くの霊界の道人たち、イエス様や神様まで動員された全霊界と闘いました。天地を争いの場にするわけにはいかないので、神様は四十三日の期間が満ちれば、そこで判定を下さなければなりません。天理の原則でなければ天と地が滅びるのです。お父様が探し求めてきたこの道は、間違いありません。結局、お父様は、最後の勝敗を決める闘いで、勝利したという判決を受けたのです。

7 再臨主がしなければならないこととは何でしょうか。キリスト教の反対によって、天上世界と地上世界、霊肉の版図を備えた勝利的覇権が完全に崩れました。それで、それを再び創建しなければなりません。個人、家庭、氏族、民族、国家の四千年間の復帰歴史を、霊界から再び整理していかなければならないのです。ですから、霊界に入っていって大勢の霊人たちを中心として闘いました。ここにおいて、霊界が反対しました。サタン側の立場で、「異端だ」と言って反対したのです。

蕩減復帰は避けることができません。それを個人から収拾しなければなりません。真理をめぐって理論闘争するのです。地上天国は拳をもってつくるのではありません。理論闘争と真の愛をもってしなければなりません。ですから、四十三日間にわたって霊界に大混乱が起きました。教主たちを中心として、宗教指導者たちが責任を果たせなかったことや、復帰の過程では心情を中心として、血統転換していくことを知らずにいたのです。このようなことをお父様が発表することによって、霊界も知るようになり、このような過程において、彼らのほうが理論闘争で負けたのです。

8 再臨主になろうとすれば、霊界に入って神様の御印をもらってこなければなりません。お父様は、霊界に入って四十三日間の闘いをしました。地獄のどん底から天上まで、皆が「文先生は異端者だ!」と言いました。それを下から整理していかなければなりません。最後には、聖賢たちと神様のみ前で談判して、正義の主人は誰かを決する闘いをしなければなりません。

その時、「霊界に来たすべての人々は血統が違っている。血統転換をしなければならないことを知っているのか」と言いました。二つ目は所有権転換です。「地上で暮らしながら自分の所有意識をもっている人は、天の国の背信者である!」と言ったのです。教主たちがいくら偉いといっても、ここに引っ掛かっています。ですから、お父様は霊界で闘う時、自信満々に「異端がどうした」と言い張りました。

最後には、霊界に大混乱が起きそうなので、神様が審判長として判決を下さなければならないのですが、神様まで反対したのです。アダムが天に背いたので、蕩減復帰の原則によって神様もアダム完成者に背かなければなりません。そのようにしてこそ、神様の心に築かれた壁が崩れるのです。そうして全体が反対し、神様まで向こう側に立っている中で、たった一人、お父様だけが残りました。

かといって、混乱の渦中にある霊界を、そのままにしておくことはできないのです。神様が最後の判決を下さなければなりません。神様は、お父様が言う血統転換、所有権転換、心情圏転換をしなければならないというのは事実だと言ったのです。そのような勝利の覇権者として御印をもらって、降りてこなければなりません。

9 解放直後、自由世界を中心として、韓国とキリスト教全体が一つになってお父様に反対しました。イエス様の命を奪い、洗礼ヨハネの命を奪ったのと同じことが韓国で起こったのです。サタンがアダムの命を奪ってアダムの家庭が滅び、イエス様の命を奪ってキリスト教文化圏が延長したように、世界時代が来たので、全権を駆使して平面的に攻撃するのです。肉的に攻撃するのも恐ろしいことですが、霊的に攻撃するのです。霊的世界と肉的世界を総合してお父様を攻撃します。神様がサタンに、「お前が望むことは何でもしてみよ! すべてしてみよ!」と言われたのです。

サタンが望むのは、霊的世界全体と肉的世界全体が一つになって、父になれる資格があるかないかを、自分が試験するということです。サタンが「私は世界と天地に私の子孫を通して基盤を築きました。それから抜け出すためのものが真の父母なので、この二つの陣営の闘争圏内から解放されなければ真の父母にはなれません!」と言えば、神様も原理的な面から「そうだ」と言わざるを得ないのです。それを知っているお父様は、世界の攻撃を受ける前に、まず霊界に入り、数多くの段階の霊界を統一しなければなりません。

10 アダムが神様に反逆したことを蕩減復帰しなければなりません。蕩減復帰の法則は本当に冷酷です。容赦がありません。人間が神様を打ったので、「終わりの日」に再臨主として登場するためには、アダムが神様に反逆したことを蕩減復帰しなければなりません。ですから、神様は、愛するのではなく、打ってしまうのです。

そのような中で、神様が反対するのですが、「これでなければならない」と言って争うのです。これをそのまま放置しておけば、霊界の混乱が継続するので、神様は四十三日以内に「誰が勝利した」という決定的な宣言をしなければなりません。その宣言と同時に、勝利したという御印をもらってこなければならないのです。根は神様です。ですから、全体の勝利的覇権をもったその位置で神様の御印をもらって地上に降りてきました。四千年間継続してきた霊界のあらゆる紛争を収拾したのです。

11 お父様は、試練の渦中でも不平を言いません。迫害を受けるまっただ中に入っても、不平を言わないのです。国や町や家庭や個人が終局において攻撃してきましたが、私に勝つことはできませんでした。すべて敗れていきました。最後には、神様までもがお父様に反対しました。しかし、神様がいくら理解し難いことをしても、私は神様をつかんでいました。そうして霊界で四十三日間闘ったのです。

神様が反対するので、神様を中心としてイエス様が反対し、孔子が反対し、釈迦が反対し、ムハンマドが反対し、霊界全体が一つになって反対しました。しかし、四十三日間闘いながら、譲歩しなかったのです。神様は、四十三日の間に決裁をしなければならないようになっていました。それで神様は、お父様が天と地において最高の勝利者であると宣布したのです。

第四節 興南監獄とイエス様の使命継承路程

イエス様の使命を全うするための蕩減路程

興南監獄の試練は、再臨のメシヤとして、イエス様の使命を全うしていかれるための蕩減摂理路程である。再臨のメシヤは、クリスチャンたちが反対する中で、イエス様の使命を全うしていくために、十字架によって亡くなられずに、生きて監獄から出てこなければならないだけでなく、イエス様が失ってしまった十二人以上の弟子を、十字架上(監獄)で探して立てなければならない。北朝鮮の興南監獄は、人間を徐々に殺す十字架と同じであったが、真のお父様は、イエス様の使命を全うしていくための蕩減路程を勝利的に締めくくられたのである。特に、周辺の人に対して伝道することはできなかったが、霊界にいる囚人の先祖たちが子孫に夢で現れ、真のお父様に特別に良く接し、侍るようにと教え、真のお父様が監獄から出てこられるときには、十二人以上の弟子をもつようになられたのである。そして、興南監獄に収監されたのち、最初の二、三週間は、食事の半分を他の囚人たちに分けてあげ、定州にいらっしゃる忠母様(実母)が、定州から興南まで来て差し入れしたはったい粉と服も、すべて彼らに分け与えられるなど、人のために自らを犠牲にしながら、収容期間に三度も模範労働者賞を受けられた。毎日配給される飲料水の一部を残しておき、体を清められるなど、神様の息子であるという自覚をもって模範的な生活をされたため、天も感動せざるを得なかったのである。

1 イエス様は、霊界の地獄のどん底に行って、三日間の受難の道を克服しなければなりませんでした。イエス様が霊肉を中心とした勝利の基点をもたなければならなかったのです。ですから、道を切り開いておかなければ讒訴される立場になってしまうので、道を築かなければなりません。それゆえ、イエス様が霊界の地獄に行って開拓し、道を切り開いたのです。

お父様はそのような原則を知っていたので、以北(現在の北朝鮮)に行って監獄に入ったのです。私が平壌刑務所で手錠をかけられて刑罰を受けている中でも、「誰々に会うだろう」ということを、すべて約束されていました。「そこに行けば、イエス様の三弟子のような人に会うだろう」ということを約束されたのです。復帰の運勢圏の中では、そうでなければ天道と合いません。ですから、手錠をかけられて監獄に行く道も、最高の希望の道でした。

「これこれこのような人に会うだろう」という、その希望をもって監獄に入っていったのです。絶望の中で訪ねていったのではありません。私が監獄に入ったので、そこで道を築き、その苦労の功績を通して、その門が自動的に開くようにしなければならないのです。そのようにするには、完全に蕩減しなければなりません。監獄暮らしをして、獄中で祭物にならなければならないのです。それで、監獄に入っても、最も難しいことを私が引き受けて行いました。

2 解放後、お父様は、怨讐たちが群れをなす以北の地でみ言を伝えました。それで、監獄の道から出発したのです。お父様は平壌の監獄に入っていくときも、死なないことを知っていました。その上、「これこれこのような人に会うだろう」ということまで知っていました。お父様に何か必要な物がある時は、無知蒙昧な強盗や窃盗犯、殺人犯などの大勢の囚人たちに、霊界が「どこそこの監房に番号が五百九十六号の人がいるから、その方にこのようなものを持っていってさしあげなさい」と伝えて、来させたりしました。冬になって寒くなるのに、お父様の着る服がなければ、彼らに着る服を持ってこさせたり、また、私が食べることができず、おなかがすいた時には、思いがけない人に、お父様の名前と番号を教えて、食べ物を持ってこさせたりしました。そのようなことが一度や二度ではありません。

平壌の監獄に入れば誰に会うのかを知っていたので、希望の中で一九四八年五月二十日まで過ごしました。その時、監房の窓辺をかすめた柳の葉を眺めながら、思いにふけったことが、ついきのうのことのようです。今も記憶が鮮やかです。そこで、天のみ旨に従っていくことを約束した人たちに会いました。彼らに会うことによって、怨讐の地、最も深い谷間から天の密会が始まったのです。そこから天の兵士を募り始めました。家庭と社会から追われ、追い出されたので、そのように監獄から始めたのです。

3 お父様が平壌刑務所から手錠をかけられて興南の監獄に行くのに、十七時間かかりました。それで、その車内で何を考えたでしょうか。深刻でした。唖然とするほど深刻な立場にいるお父様を見る神様は、どれほどかわいそうでしょうか。神様の六千年の摂理歴史を再び蕩減復帰しなければならないのですが、私のほかには誰もする人がいないのです。これを蕩減復帰しようとすれば、数千年はかからざるを得ません。知っている人は私しかいません。

ですから、すべての山野の外景を眺めながら、どれほど深刻だったでしょうか。私一人しかいないのです。その時、最も悪辣な強盗と二人組になって手錠をはめられていました。そのような状況で「いかにしてこの環境で生き残るか」を考えるのですから、どれほど深刻だったかというのです。

4 お父様は、以北の平壌と興南の監獄で、イエス様の公生涯に該当する二年八カ月の期間を送り、十二人の人を復帰することができました。十二人を復帰することによって、イエス様が失ったすべての条件を復帰することができたのです。たとえその人たちがお父様に従わなかったとしても、お父様が釈放される時、彼らの位置に、ほかの人たちを立てることができました。

お父様は、計画していたすべてのことを完遂したので、天は、天使長国家であるアメリカと国連軍を通して北朝鮮を攻撃するようにし、お父様を解放しました。そうして、監獄から出てくるようになったのですが、その時、四人の人が私に従いました。国連軍が韓国を守ってくれたので、その条件によって、天の運勢は再び民主世界に戻ってくることができ、キリスト教を復帰するための役事を始めることができたのです。

5 イエス様が死の道を行くことになった時、イスラエル民族が裏切り、愛する三弟子までも裏切りました。ですから、蕩減復帰の原則によって、監獄にいる時、イエス様が失った十二弟子と同じ数を蕩減復帰しなければならなかったのです。このような立場にいたので、お父様が興南監獄にいる時、口を開かなくても第二イスラエル圏内にいる霊界の霊人たちが伝道して、その数を満たしてくれました。このような歴史的な関係を経てきたのです。

共産党の厳しい監視と注目を受ける獄中生活でも、人知れぬ心情的な団結運動を、神様が責任をもって行ってくださいました。そこでは、あからさまに伝道することはできませんでした。しかし、お父様が口を閉じていても、霊界から伝道してくれたのです。

北朝鮮・興南での蕩減路程において勝利された真のお父様

真のお父様は、興南監獄で、誰よりも遅く休み、誰よりも早く起きる生活をされ、労働現場においても、同僚のために尽くしながら、最も難しい仕事を一手に引き受けられた。「監獄の聖者」と呼ばれるほど模範的な生活をされたため、天が感動せざるを得なかったのであり、すべての蕩減復帰摂理の条件を立てられた。興南監獄では、国連軍が興南に上陸したのち、一九五〇年十月十二日から、囚人たちを処刑し始めた。真のお父様の処刑日は十月十四日だったが、国連軍が、この日、総攻撃を断行すると、北朝鮮の人民軍が退却するとともに、真のお父様と収監されていた人々はみな、解放された。そして、真のお父様は、監獄から解放された直後、徒歩で十日かけて平壌に向かわれた。

6 十月十四日は、興南の監獄から出てきた日です。そこに入っていくとき、私はどれほど深刻だったでしょうか。何としてでも生きていかなければなりません。生き残ろうとすれば、死ぬと思われるような状況を通過しなければなりませんでした。ですから、労働する所で、いつでもその仕事場で模範となる人物として登場する人が私でした。それが生きていく秘法です。

働く人たちは数十人ではなく、千人近くいるのですが、看守たちが私を選定して、最高の実績を上げ得る材料にするのです。そのようになるのはたやすいことでしょうか。そのようにして生き残ったのです。

お父様は、このような道を走ってきて、み旨を成し遂げてきました。恨多き復帰の峠を越える責任者はどこに行ったのかというのです。民族の怨恨、世界のキリスト教が失敗した怨恨、呪ゐるそのすべてのことに対して、私が責任をもって消化してきました。神様と共に働く人になり、その方の味方になり、自分の道を再創造して、私を中心としてキリスト教文化圏以上のものを編成してきたのです。

7 私が興南の肥料工場で働くことにおいてチャンピオンになったので、人々はみな私のあとにばかり付いてきました。朝、出ると班を編成するのですが、毎日同じ人たちと仕事をすることはできません。ですから、班を編成するとき、私がトイレに行っていたとしても、戻ってくるのを待って、私の後ろに付くのです。

そうすると、その中で最も仕事ができる人たちが集まり、そこで私が隊長になります。かますを縛ることから、引きずり出して貨車に積むことまで、することがとても効率的で、公式化されているのです。

ですから、仕事をしているとは考えず、他のことを考えます。国家的、世界的なあらゆることを材料にして、未来のプログラムを練るのです。そのようなことを考えながら働いていると、時間が過ぎるのも忘れます。ですから、他の人と同じように汗を流しますが、疲れを知りません。このようにすることが、精神的に力になるのです。このようにしていたところ、表彰があるたびに、毎回模範労働者に選ばれて賞をもらいました。そのようにして生き残ったのです。

8 「六・二五動乱」中の一九五〇年八月一日、アメリカ軍のB29爆撃機が総攻撃をし、興南を大々的に爆撃しました。お父様はこのようになることを予見していただけではなく、お父様を中心に直径十二メートル以内は、神様が守ってくださることを知っていたので、近い人たちに、みな私の周りにいるように告げました。お父様は、その中でじっと瞑想をしていました。爆撃のことは考えずに、今後の理想世界について考えていたのです。

結局、思想や理想をもった人こそ価値があるのです。このように復帰の使命を担った人を霊界に連れていけば、神様にとっては天宙的な損害になるので、神様はいかなる犠牲を払ってでも防備することを願ったのであり、そのようにせざるを得ませんでした。

9 連合軍が爆撃をする数日前から、共産党は囚人たちを処分し始めました。ある日、彼らが麻ひもを集め始めたのです。お父様は、直感的に最後の時が近づいてきたことを感じました。お父様は本当に深刻な祈りを捧げました。

看守が、一人一人を呼び出して別の場所に移動すると説明しました。それが最後の道でした。そして、一人一人、井戸の中に逆さまに落として殺害したのです。次の番がお父様でしたが、その日の夜の午前二時頃、国連軍の総攻撃により、生きて興南監獄を出ることができたのです。

10 一九五〇年に国連軍が北朝鮮を爆撃したのですが、最初に興南を爆撃しました。お父様のいた興南監獄がその近くにありました。お父様は、その国連軍によって自由の身になったのです。そうなるまでに多くのいきさつがあります。

お父様は、東海岸にある興南から平壌まで歩いて帰ってきました。西側の平壌まで歩いていったのです。お父様は、以前に従っていたすべての人たちに、私が帰ってきたことを知らせながら弟子を捜してみましたが、ほとんど戻ってきませんでした。しかし、何人かの人を集めることができたのです。

11 一九五〇年十月十四日に釈放され、東海岸から平壌に向かって歩きました。平安南北道(ピョンアンナムプクト)の境界線付近に来たとき、人民軍が、逃走しながら、峠を越えるたびに敵対する思想をもつ人たちを粛清していました。数十人ずつ並ばせて処刑していた、その峠を越えてきたのです。

その時は、刑務所から釈放されて、囚人服ではないほかの服を着て出てきていたので、人民軍は(私たちが)自分たちの敵ではないと思いました。死の峠を四回越えたのです。その時、四人の人が一緒に付いてきました。

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第三篇 第二章 真のお父様の南下と釜山路程

第三篇 第二章

真のお父様の南下と釜山路程

第一節 真のお父様の南下路程

弟子と共に歩んだ南下路程

真のお父様は、一九四八年二月二十二日から一九五〇年十月十四日まで、二年七カ月と二十一日間、平壌内務署と平壌刑務所、興南監獄において厳しい拷問と過酷な強制労役の中、死の淵を越えて蕩減路程を勝利された。

興南監獄を出獄されたのち、既に大勢の人々が避難していた平壌で、昔の食口の収拾に専念され、四十日後に南下された。

真のお父様は、十二月四日の夜、平壌のキリスト教を代表する新婦格の金元弼(キムウォンビル)と共に、獄中の弟子を代表する朴正華(パクチョンファ)を自転車に乗せ、大同江(テドンガン)の下流から、船便で川を渡られた。黄海道(ファンヘド)の碧城郡(ピョクソングン)に着き、青龍(チョンニョン)半島の南端から龍媒島(ヨンメド)に入ったが、再び戻って凍りついた臨津江(イムヂンガン)を渡り、南下された。

平壌から二人の弟子と共に南下する苦難の路程は、堕落した人類を導き、創造本然の理想世界に率いていく、天の摂理の一面を象徴的に見せてくれるものであった。

1 私は、興南の監獄から出て平壌にまで来ても、両親が故郷にいるのは知っていましたが、故郷に行くことができませんでした。いくらでも行ってくることができたにもかかわらず、行けなかったのです。その時、故郷に行けなかったのは、監獄に入る前に私に従っていた食口たちの安否が気遣われ、彼らに会って収拾し、すべて通告してから故郷に帰らなければならないという考えからでした。それが天に従う正道です。

そうしているうちに、突然戦況が変わり、故郷には行けなくなりました。このような情勢になることは予測していました。それで、故郷に立ち寄らず、その食口たちを急いで捜し回ったのです。ですから、三十八度線を越える時に、「私がこのように故郷をあとにして発つのは、天のためであり、私が再び帰ってくる時は、私の手で以北(現在の北朝鮮)を解放し、私の故郷の地を訪ねて、天の勝利を称賛いたします」と祈りました。その祈りを中心として闘ってきたのです。

2 興南の監獄から出て、平壌に行って何をしたのでしょうか。平壌で事件に巻き込まれて監獄に入る前まで私に従っていた食口たちに、会わなければなりませんでした。それで、一人一人にみな会いました。最後の三人のうち二人は、年を取って亡くなっていました。もう一人は、所在が分かり、人を送って会おうとしましたが、結局会うことができず、避難の途に就きました。一九五〇年十二月四日に平壌を出発しました。

人民軍が(平壌に)入城して粛清をする過程の中で、私たちは出発したのです。その時、私は、足をけがした朴正華という人を自転車に乗せてきました。人民軍の銃声を聞きながら下ってきたのです。国道は人民軍が占領していたので、避難民たちはそのほかの小道や、道のない野原や山を越えて三十八度線まで南下してきました。ですから、人民軍とはわずか三里内外しか離れていなこを通ってきたのです。

朴正華が避難の途中で、「このままでは三人とも死んでしまいます。ですから、私が抜けましょう」と言いました。行く道で足手まといになることを知って自決しようとしたところを、私に叱られ、最後まで付いてきたのです。龍媒島に出る時は、朴正華を背負っていきました。朴正華を背負っていったのですが、潮水が入ってくれば、みな溺れて死ぬかもしれません。あの困難な泥道を歩いたことが忘れられません。

3 三十八度線を中心として、国軍警備隊は南側にいて、人民軍は北側にいました。三十八度線で警備隊が見張っているので、南側に行く道がすべて塞がってしまいました。それで、一般人は一人も三十八度線を越えることができませんでした。ですから、青丹(チョンダン)という所から船に乗って出なければなりません。三十八度線に問題が生じたことを、私が誰よりも先に知りました。

国軍警備隊が道の要所にいるので、三十八度線に問題があれば、彼らがまず先に移動するのです。一日前に国軍警備隊が移動することを知ったので、すぐに三十八度線をあとにしました。歩いて埠頭に行ってみると、埠頭から龍媒島までが一・五里です。(ぬかるみの中、人を背負って)二時間以内に一・五里をどのようにして行くのでしょうか。水が引き始めるのを見て、一・五里の道を歩かなければならないのですが、水が引く時から渡り始めて、水が戻ってくるよりも速く歩いてこそ、一・五里を渡ることができるのですが、危険千万です。天を信じて、あらん限りの力を尽くして走った時の思いが忘れられません。その一・五里の泥道を走つたのです。ですから、体は、頭から足の先まで泥だらけになりながら、潮水が埠頭を越える前に、やっとのことで渡り終えました。

4 私は、以南(現在の大韓民国)の地に下る頃、北朝鮮がどのようになるかということを見通していました。ですから、三十八度線をいかに越えるかという問題をめぐって、相当に苦心しました。

もしその時、私の言うとおりにしていなければ、出てくることができなかったのです。休みなく先を急がせました。警備隊員たちが三十八度線からすべて後退していたので、事態は非常に不利でした。そのような時は、素早く先に動かなければならないのです。

このようにして、龍媒島を通って韓国に向かう船に、一旦は乗ろうとしたのですが、その時、警備隊員がすべて後退していた状況だったので、一般人たちは船に乗ることができませんでした。ですから、龍媒島に行ったのに、私たちの乗れる船がないので、再び戻ってきて、三十八度線を越えて下ってきたのです。

5 私たちが臨津江の近くに到着した日、夜の間に臨津江の川辺まで行かなければならないという、そのような何かを感じました。そういう時、お父様は、非常作戦、非常措置を取るのです。アンテナを最高に伸ばして調べるのです。普通の時には、そのようなことはしません。

ですから、他の人たちは夕方になったといって、他の日と同じようにみな村に入って場所を取るのですが、私たちだけは午前零時を過ぎて一時に、臨津江に隣接する家に到着しました、その家の人は、みな韓国に行って、いなかったので、そこに入りました。ところが、私たちが到着した日まで、臨津江が凍らなかったのです。「今夜この川が凍らなければならないのだが」と心配したのですが、神様が保護してくださり、ちょうどその日の晩に凍りました、それで、明け方早くに越えていきました。

私たちが一番早く来たと思ったのですが、その村に先に来ていた人たちがたくさんいました。そして、国連軍の撤収に伴って、私たちの一行を最後に、道を塞いでしまったのです。そのあとに来た人たちは、みな後ろに引き返しました。このような時に一分でもうろうろしていれば、どうなっていたでしょうか。人の運命は時間が問題だというのです。躊躇していればすべて台無しにしてしまうのです。

そのようなことが私たちの人生にもたくさん起こるのですから、天道をかき分けていく道で、何事も起こらないことがあり得るだろうかというのです。ですから、どれほど深刻でしょうか。

6 興南の監獄から出たあとは、何一つ持っていない旅人でした。平壌から韓国まで下ってくる約二カ月間は、乞食をしました。ある時は、言葉で表現できないほど食べたいと思うこともありました。それでも、「神様、きょう食べる物がないので、何か下さい」という祈りは絶対にしませんでした。かえって神様を慰労したのです。

ある時は、「あすは間違いなく、ある美しい婦人が道端で何かをくれるはずだ」と考えると、翌日に間違いなく、考えたとおりに真っ白い服を着た婦人が道端で待っていて、「昨晩、夢で万端の準備を整えて待っていなさいと言われ、このようにお待ちしておりました。どうぞ召し上がってください」と言うのです。そのような出来事がたくさんありました。誰も否定できない生きた実績をもっているのです。

そのように助けてくれた村には、時が来れば、恩を返そうと考えています。神様もそうです。お父様と神様が互いに抱き締め合って泣いたその悲しみは、地上の人々は誰も知りません。その深い深い神様に向かう心情は、推し量ることができません。それを考えると、すべての細胞が締めつけられるようです。

三十八度線を越える時の決意

真のお父様は、三十八度線を越える時、「必ず、この手で自由世界を糾合して共産党を消化し、北朝鮮を解放して、南北を統一する」という、悲壮な誓いの祈りを捧げられた。真のお父様は、その日の祈りと誓いを忘れることなく、一生涯、闘ってこられた。臨津江を渡ったあと、紆余曲折の道のりを、ソウルまで八十数キロ歩くのに、一週間かかった。一九五〇年十二月二十一日、臨津江から出発して汶山(ムンサン)駅に到着し、十二月二十七日に漢江を渡り、平壌を発ってから二十四日目に、学生時代に過ごされたソウルの黒石洞に到着されたのである。

7 私は、三十八度線を越える時に祈った言葉を忘れません。「お父様、私は以南の地にまいります。私は以北に来て、み旨を成し遂げることができず、敗者の悲しみを抱いたまま、獄中の身の上を免れることができずに、追い立てられる群れの歩みに従って以南へとまいります。以南に行けば、また反対を受けるでしょう。十年の道、二十年の道、立ちはだかる道がどんなに遠いとしても私は行きます。行って、またこの道を訪ねてこなければならないことを知っておりますので、三十八度線より北に私が行けなければ、私の思想を植えつけて子孫に行かせるようにし、彼らが行けないのなら、私に従う弟子たちにでも行かせるようにいたします」という決心をして下ってきた人です。十年の歳月を一心不乱に闘ってきたのです。私が天のみ前に誓って進み出た歩みは、皆さんとは違います。

8 私が三十八度線を越えながら心で誓ったことは、誰一人として知らないでしょう。また、以北の興南監獄で三年近い歳月を送り、三十八度線の南側を中心として天のみ前に祈ったことを、誰も知らないのです。「悲しい環境ですが、きょう、三十八度線を越えます」と言って涙ながらに祈ったことを、一緒に来た人も知りません。私のために精誠を尽くした父と母を故郷に残し、「この親不孝者が再び帰ってくる日まで待っていてほしい。死なずに待っていてほしい」と言って出発したことを、私は忘れずにいます。また、私が共産党から拷問を受けながら、「私がこの目の黒いうちに、お前の一族を屈服させ、お前の口で神様の偉大さを称賛するその日を迎えてみせる。私は死なずにその日を迎えるのだ」と誓って決意した事実を、皆さんは知らないでしょう。それは今もなお、骨身にしみる心情として私に残っているのです。

9 お父様は一人、以北の地から追われる身で韓国を目指して下ってきました。それがついきのうのことのようです。その期間に夢のような出来事がたくさん起こりました。

興南の監獄から出て、韓国に下ってきたのは三十一歳の時で、まだまだ若い頃でした。その時、監獄から出ながら決心したことが、再出発でした。いくら困難なことが北朝鮮の地であったとしても、そこでのすべての困難を忘れ、その困難だった事実が、私の行く道に損害をもたらすのではなく、第二の出発をする上で一つの刺激剤になるだろうと考えました。

私は、いかなる道を通ってでも、み旨の道を完成すべき責任を感じていたので、監獄から出てきた三十代の若者として、新たに出発するという決意が強かったのです。(平壌から)三十八度線を越え、慶州(キョンヂュ)を経て釜山まで来るのに、二カ月ぐらいかかりました。その時、釜山に来てみると、どこにも身を隠すことができないほど避難民たちでいっぱいでした。それで、仕方なく土窟を掘って避難生活をせざるを得なかったのです。

第二節 釜山での新しい出発

釜山に至る路程と避難生活

真のお父様は、ソウルの黒石洞に到着されたあと、明水台の新イエス教会時代に親しかった信仰の同志、郭魯弼(クァクノビル)の家を訪ねたが、既に釜山に避難していた。その家に荷物を置き、数日間、滞在された。一九五〇年十二月三十日には、昔の下宿先である李奇鳳(イギボン)の家族を、人づてに聞いて探し求めた末に見つけ出し、夜遅くまで語り合った。三十一日、郭魯弼の家に帰ってきたところを、突然押しかけた警官の職務質問に遭い、黒石洞の派出所に連行された。そして、真のお父様は、金元弼と同じく、防術軍の徴集という名目で、昌慶宮(チャンギョングン)で身体検査を受けられた。短く切った髪と、「北朝鮮から下ってきた」という言葉に、検査員は、逃亡兵かスパイかもしれないとの心配から、丙種(免除)判定を下した。このようにして不合格証を受け、金元弼と共に黒石洞の郭魯弼の家に再び戻って、一九五一年、新年の初日を迎えられた。二日後、身体検査の不合格証を持って派出所に行き、避難民証の発給を受け、一・四後退(中共軍参戦による、韓国軍の後退)により一月三日、ソウル全域に避難退去令が下りると、真のお父様一行も、釜山を目的地として再び避難していかれた。

1 私が以北から以南に来る時、丸刈りの頭のままで来ました。昔は軍隊に行くと、頭を刈りました。私も以南に来て、若者なので軍隊に行かなければなりませんでした。昌慶宮で若い軍人たちの身体検査をしていたのです。

私は監獄から出てきたばかりでしたが、体つきはやせていませんでした。それで、兵役調査をしたのですが、私に対して、「どこから来たのか」と聞くのです。当時はスパイと軍人が入り混じって歩いており、見分けるのが難しい時でした。髪の毛を刈っていたのでスパイではないかと思ったのです。もしスパイを軍隊に送ったら、自分の首が飛ぶので、調査後に免除の「丙種」という落第のはんこを押してくれました。それで、それを持ち歩いたのですが、どこに行っても万事に通じました。証明書はそれしかなかったのです。

2 皆さんは、お父様が苦労したことを知っていますが、その苦労をただしたのではありません。人民軍が叫びながら追いかけてくる中、避難地の釜山に到着しました。避難民の中では、私たちが一番遅く到着したはずです。洛東江(ナクトンガン)戦線の戦闘が終わったあと、釜山に到着したのです。

避難してくる中で、ソ連軍が迫ってくる危険、中共軍が迫ってくる危険、北朝鮮軍が追ってくる危険を経てきました。ですから、避難生活をたっぷりと味わったのです。その中で忘れることのできない出来事がどれほど多いか分かりません。それは、お父様の一生において通り過ぎる歴史の一つの歩みではなく、歴史時代の蕩減という恨の穴を埋めるための歩みでした。私が、後ろを眺めながら、「これから行くべき道は楽に行くことはできない」と、決意して行く人であることを忘れてはいけません。避難生活のとき、家がないので芝生の上や砂場で、空を布団と思って眠り、星を見つめながら、三千里半島に恨の涙をたくさん流したのです。

3 平壌から歩いて釜山まで来るのに、五十五日かかりました。御飯ももらって食べたりしながら来たのですが、おもしろいことに、天は本当によく御存じだというのです。おなかがすいて疲れて、「あさってぐらいに鶏が手に入るだろう」と考えると、そのようになります。それが分かるというのです。

あるおばさんが現れて、「いらっしゃいましたか」と挨拶するのです。それで「どなたですか。私は知りませんが」と言うと、「昨夜、私の何代前のおじいさんが現れて、きょう貴いお客様が来られるから、鶏も料理し、餅も作っておくようにと言うので、準備しておきました」と言います。「その方がどのような顔立ちなのか御存じなのですか」と尋ねると、「見かけはみすぼらしい行人(こうじん)として来るとのことでしたが、見るとあなたの顔とそっくりです」と言うのです。

皆さんは、そのようなことを信じられますか。そのようにして、餅も鶏肉も御馳走になったのですが、そのようなことが多くありました。

4 北朝鮮で私に従っていた食口は、積極的な人たちでした。夜も昼も、私がどこに行って誰に会おうと、付いて回りながら大騒ぎした人たちだったのです。しかし、監獄に入って出てくると、みないなくなってしまいました。私が忘れることのできない食口たちまでも、みないなくなりました。私が懇切な手紙を書いて、人を遣わして伝達した人がいたのですが、その人のところに行ってみると、その人も既に変わっていました。「先生が神様の息子なら、どうして監獄に行くようなことがあるのか。先生の教えは、すべてよこしまなものだ」と言って、手紙も何も受け取りもせずに、「異端の人物が現れたな。また異端の行いをしようと訪ねてきたのか」と言ったというのです。それで、その手紙を持って、避難してきました。慶尚北道(キョンサンプクト)の永川(ヨンチョン)に行くと線路があり、その横にできた道路に橋があります。その時、釜山に下るために、永川のその橋を通ったのですが、持ってきたその手紙を、もう一度読んでから、破って投げ捨ててしまいました。その時が一九五一年一月十八日です。

そのような忘れられない事情がたくさんあります。あれほど熱心な信仰をもっていた人も、信じられない背信者となって離れていくことを、私は既に知っていました。監獄にいた時、その人の霊が来て挨拶をすると、泣きながら「私は離れることになりました」と、自分の事情を話すので、「そんなことがあるのか」と思っていたのですが、案の定、その時に離れていったのです。

避難民生活とその苦難

真のお父様は、一九五一年一月二十七日、釜山の草梁(チョリャン)訳に到着され、金元弼と共に、待合室でバター缶を使って御飯を作り、飢えをしのいで最初の夜を過ごされた。当時、釜山は避難民でごった返していた。翌朝から、ソウルの黒石洞の家に住所だけを残して、避難してきていた郭魯弼を探し、三日間過ごされた。そして、一月三十一日、偶然にも日本留学時代の友人である嚴德紋(オムドンムン)に出会い、嚴德紋の強い勧めを断り切れず、すぐに富民洞(プミンドン)にある一間の彼の借り部屋に移り、彼の妻と二人の子女ら、四人家族と共に、窮屈な生活を始められた。一週間、み言を聞いた嚴德紋は、ひざまずき、「あなたは私の友ではなく、私の先生であり、偉大な聖人であり、哲人です」と告白した。真のお父様と金元弼は、四月初旬頃、草梁駅の裏にある、労働者の宿所として使われていた狭いバラックに入って十日ほど過ごし、道で偶然出会った、興南の獄中の弟子である金元德(キムウォンドク)の槐亭洞(クェヂョンドン)の家にも半月ほど滞在され、解放前に電気会社の職員社宅として使われたポムネッコルの入り口の家で、五月から八月まで、四カ月ほど下宿された。また、第三埠頭で荷物を運ぶ仕事をしながら半月ほど過ごされた。ある時は、日当たりの良い森の中や、防空壕でも眠られるなど、涙ぐましい避難民生活をされた。そして、もらった御飯を召し上がり、時には見知らぬ家の軒下に身を寄せられた。

5 釜山に着くと人で超満員でした。部屋はどこに行っても空いていませんでした。ごみ箱や空箱のような所にも二、三人の人がいました。韓国の全域から避難してきた人々がすべて釜山に集まったのです。まるで、煮え返る釜のようでした。足の踏み場もないほどでした。町はいつも超満員で、まっすぐに立っていても、押されていくような日常生活だったのです。

釜山に来たのに、着る物もなく、食べ物もないので、一銭でも稼がなければなりませんでした。そのような環境で様々な仕事をしながら、新しい教会運動を始めていきました。また、家がありませんでした。その時は二月なので寒い時期です。夜に仕事をして、夜中の十時から十二時頃に帰ってくるので寒かったのです。ですから、オーバーを膝までかぶせて、海老のように身をすくめて眠ったことが今でも印象に残っています。その時かぶったオーバーを、記念として残しておくようにと食口に預けたにもかかわらず、ぼろぼろのオーバーだといって捨ててしまいました。今それが残っていて、皆さんが目にすれば、見ただけで涙をぽろぽろと流すほど記念になるオーバーでした。そのようなことをしながら、一歩一歩、歩んできて今日の基盤を築いたのです。

6 嚴德紋氏は学生時代の友人ですが、その友人に、水晶洞(スヂョンドン)の十字路にある朝興銀行の前で、雨の降る日の昼の十二時頃に出会ったのです。出会うなり我知らず叫んでしまい、道行く人たちがみな振り返りました。嚴德紋氏は、私に会うとは思いもしなかったそうです。私が北朝鮮で死んだものと思っていたのです。嚴德紋氏は私に会うなり、「自分の家に行こう」と言いました。今でもそのことを感謝しています。大勢の人が絶えず避難してきたために、家という家の軒下にまで座り、夜を明かすしかなかったのです。ですから、午後一時、二時の最も暖かい時間にオーバーをかぶって、近くの山に登り、岩の間に座って寝ていた状況で、嚴德紋氏が家に連れていってもてなしてくれたことは、今も忘れることができません。

7 お父様の興南監獄以降、釜山までの路程は、四カ月という長い期間でしたが、皆さんは、お父様の服がその間にどれほど汚れたか、想像もできないでしょう。服があまりにも汚いので、裏返しに着ていました。また、寝られるような場所もありませんでした。そのように薄手の服を着て下ってきた時が十二月だったので、とても寒かったのです。釜山に着いてからは、寒さを避けるために、夜に基地の埠頭に行って働きました。仕事をするほうが、寝るよりも楽だったのです。そして、昼は山に登って、林の中で寝場所を決めて眠ったり、一人の時間をもったりしました。

8 お父様は、釜山に避難してきて、波止場のほとりでも寝て、山の中でも寝ました。おもしろいというのです。軍人の外套を敷いて寝る時は、二月の初めなので寒かったのです。夜は寒いので、出掛けてお金を稼ぎ、昼は十時から二時の間に寝ます。その時は日当たりの良い所に行き、じっと座って、雉のようにしっかりと寝場所を定めて寝れば、それで良いのです。寝て起きて服を着ると、金(キム)サッカ(李朝末期の放浪詩人)の詩が思い浮かびます。そうしてお金ができ、お粥を食べたくなったら波止場に出掛けるのです。波止場のほとりのおばさんたちが、冷めるのではないかと布切れで小豆粥を包み、自分のかわいい一人息子を抱いて愛するように、大事に手渡してくれます。このお粥を買って食べるのです。その時は、その人たちが友達でした。

凡一洞(ボミルドン)の土塀の小屋で新しい出発

真のお父様は、一九五一年八月、釜山市東区(トング)凡一(ポミル)四洞(ドン)一五一三番地、ポムネッコルの一番奥、水晶山(スヂョンサン)の中腹に、小さな土塀の家を造られた。石と土だけを積み重ねて造ったところ、二回も崩れ落ち、三回目にようやく完成した。中は二坪に満たない部屋が一つだけだった。別途に台所はなく、外の片側に釜を一つ置いたかまどがあった。その横に足を伸ばし、腰をかがめてようやく出入りできる、高さ一メートルの出入り口があった。腰を仲ばせないほど低い屋根は、戦闘糧食の段ボール箱でつなげてあり、晴れた日は空が見え、天気の悪い日は雨が降り注いだ。雨が降ると、部屋の片隅に小さな泉が湧き、下からは溝を流れる水の音が聞こえた。山のほうの煙突を通って入ってきた水は、部屋の下を通り、かまどへと流れ出てきた。床には何重にもむしろを敷き、その上にかますを三重、四重に広げて敷いたあと、さらに幅と長さのある敷布団を広げて敷いた。真のお父様は、一九五一年の後半期には、金元弼の仕事の世話をしながら内的準備に力を注がれた。朝早く出勤し、夜遅く帰ってきた金元弼は、副業で、アメリカ軍の軍人がもつ写真を見て肖像画を描く仕事をした。一枚四ドルの絵を一日に十枚前後、多いときは三十枚まで描いた。真のお父様は、『原理原本』を執筆しながら、夜には釜山市内や海を眺めて摂理の未来を思い浮かべられ、早朝には山に登って涙の祈りをされた。

9 私は、避難時代である三十二歳の時、釜山の草梁に初めて来たのですが、まだ若かった頃です。今よりもっとハンサムでした。私は、釜山鎮区(ヂング)第四埠頭に働きに通いました。その埠頭で小豆粥を売っていたおばさんたち、蒸し餅を売っていたおばさんたちのことが思い出されます。また、草梁には労務者収容所があったのですが、そこの小さな部屋で『原理原本』を書いたことが思い出されます。とても小さな部屋だったので、横になってもまっすぐには寝ることができず、対角線に寝なければなりません。対角線に寝ても足が壁についてしまうのです。

10 釜山で避難民生活をする時、私の周囲には人々がたくさん集まってきました。私が興味深い話をしてあげると、彼らは食べ物を持ってきて、分け合って食べました。しかし、ずっとそのように暮らしてばかりはいられないので、小屋を一つ準備したのですが、犬小屋よりは少し良い程度でした。

泥土と岩石を材料にして造った、とてもみすぼらしい住みかでした。家を建てられるような土地は一坪もありませんでした。それで、山の斜面に小屋を建てたのです。建ててみると、床の真ん中を湧き水が流れていきました。屋根は古い箱で覆いました。部屋はとても小さなものでした。また、ぼろぼろの服を四カ月間、そのまま着ていました。そのような凄惨な状況でしたが、霊的に選ばれた人たちが、私を訪ねてきたのです。

11 お父様は、この道を出発しながら、釜山の凡一洞につばめの巣のような家を建てることになりました。家を建てるにはシャベルが必要です。シャベルを借りようとしても、誰も貸してくれませんでした。避難民たちはお金になりさえすれば何でも売ってしまうので、そのような人だと思って、貸してくれないのです。家を建てなければならないのに、シャベルもなく、お金もなければ、どうするのでしょうか。仕方なく、火掻きでしました。つるはしもないので、火掻きで地面をならしたのです。また、煉瓦を作る道具を借りようとしましたが、それも貸してくれませんでした。それで、アメリカ軍の部隊に行って戦闘糧食の段ボール箱をもらい、角を広げて貼りつけ、その上にこねた土を塗って家を建てました。とてもたくさんの土を使いました。そのようにして、つばめの巣のような家を建てたのです。

12 以北にいる頃から会っていた食口たちが、韓国に下ってきました。昔のお父様を忘れることができず、訪ねてくるのです。聖日になると、釜山の凡一洞の小さな家で礼拝を捧げました。家は小さいのですが、その家がどれほど有名か分かりません。土地がないので、山の斜面を削って建てました。そのようにしても誰も何も言わないので、山の斜面を横に掘って建てたのです。雨が降るとその部屋から水が湧き出ました。どれほど味わい深いでしょうか。二十一世紀の最高の文化住宅です。ですから、仕方ないではないですか。地面をおよそ半尺ぐらい掘り、石を拾ってきて水門を造るのです。水門を造って、その上にオンドルを置きました。そのオンドルの下には湧き水が流れるのです。そのような有名な家です。

13 一九五三年に休戦協定が結ばれましたが、(それ以前の)「六・二五動乱」が続いている時のことです。当時、アメリカから入ってくる軍需物資の船団が、列をつくって釜山港に入ってきました。毎朝起きると、お父様はそれを数えるのです。普通は五十隻で、ある時は頁隻を超えることもありました。それを見れば、戦況がどうなるかを知ることができます。軍需物資を補給する船の数が増えているのを見ると、「ああ、この戦争は熾烈になるだろう」と考え、船が少なくなれば、「ああ、もう戦争が小康状態になるのだろう」と考えました。その当時、お父様に従っていた食口たちが何人かいました。霊界を通じて縁をもち、出会った食口たちが、凡一洞に一人で住んでいたお父様を急ぎ足で訪ねてきたのが、ついきのうのことのようです。

14 お父様は昔、避難時代に釜山でたくさんの涙を流していた時がありました。世の中にそのような家はありません。岩の上に家を建てておいたのです。入ってみると、小さなテーブルが一つ、それから絵を描くキャンバスがありました。「六・二五動乱」に参戦したあと、故郷に帰るアメリカ軍部隊の人たちに肖像画を描いてあげたキャンバスが一つあったのです。テーブルとキャンバスの二つしかありません。悲惨なことです。お父様は、左右四カ所にポケットが付いたアメリカ軍の作業服を赤褐色に染めて着ていました。また、真っ青に染めた韓国服のズボンを、裾のひもも結ばずにはいていました。靴はゴム靴を履いていました。それも同じ大きさのものではなく、片方は大きく、もう片方は小さいものを引っ掛けて歩きました。そうして、岩の上に独り寂しく座り、祈りながら涙を流したのですが、その岩が涙岩です。

15 私たちが釜山で避難生活をした時、金元弼が絵を描いて売りました。私は枠を作り、紙に線まで引いてあげました。顔に鼻だけ描けば、あとは私がすべて塗りました。共に夜を明かしながら描いたのです。夜の十二時から始めて、一晩で肖像画を三十枚まで描きました。それをすべて描くためには、線を先に引かなければなりません。三十枚ずつ持ってきたら、まず線を引き、その線に沿ってかたどって描くのです。ですから、その線をすべて私が引いてあげるのです。

一枚につき四ドルでした。アメリカ軍の人たちが帰国するとき、自分の妻にお土産にする物があるでしょうか。自分の妻の肖像画が最も良い贈り物であることを知って、その仕事をしたのです。今なら三十ドルや四十ドルどころか、三百ドルくらいはもらえるでしょう。ですから、一晩で二十枚以上描くのですが、それを一人では描けないので、私が手伝ってあげました。夜を共に明かしたのです。

16 私は、金元弼を連れてポムネッコルで暮らしていた時が良かったと思います。その時が良い時だったというのです。幼稚園や小学校の時代が最も良いのです。なぜなら、父母が自分を迎えに来てくれたり、待っていてくれたり、自分のために尽くしてくれる時の(心の)ゆとりが、どの時期よりも多いからです。ですからその時期が、ほかのどの時期よりも良いのです。

その頃は、互いにために生き合う心に満ちていました。そのようなことを感じたので、あの頃が良かったというのです。お父様とみ旨を中心として、心情的な絆が、ほかのどの時期よりも深かったので、あの時が良かったと思うのです。

17 釜山の凡一洞の聖地は、共同墓地の近所にあり、石だらけの谷間のほかには何もありませんでした。そのような所に、お父様はみすぼらしくて粗末な仮小屋を建てました。しかし、その中で暮らしながら、この地上のいかなる宮中で栄光を享受しながら暮らす人よりも、神様の息子として孝行ができる一番の道を歩んでいました。また、誰も及び得ない深い内心の基準に到達することが願いでした。その当時は、外面的に見ると、何もありませんでした。一文の価値もない人のようでした。ひげはぼうぼうと生え、顔は黒ずむままに黒ずんでおり、服装は韓国服と洋服を合わせて着ていたのです。

18 皆さんは、釜山のポムネッコルの聖地で、お父様が岩を抱きかかえて悲痛に思った心情を知らなければなりません。「六・二五動乱」の時、貨物船で埋め尽くされた釜山港、武器を運ぶための船で埋め尽くされた釜山港を眺めながら、どのような祈りをしたのか、皆さんは分からないでしょう。その時のその祈りが、すべて成就しました。統一教会は、名実共に孤児の立場、世の中の誰も歓迎せずに見捨てられた立場から立ち上がりました。通過しなかったところがありません。忠孝の道理を果たし得る道があるのなら、その道を訪ねていこうと身もだえしながら準備した男が、皆さんが従い、信じ、侍る、お父様なのです。

19 世界の有名な牧師たちが今(一九八六年)、韓国を訪問していますが、何のために韓国に来るのでしょうか。私が座っていた釜山の聖地を訪ねてくるのです。その時は、それこそ避難民として哀れな姿をしていた時でした。そこに座り、「あの大海を渡り、私が心で待ち望んだ心情の絆の種を、あの国に行って蒔いておかなければならない」と考えました。氷山のようなこの世界に、父母がどこにいて、妻子がどこにいて、子女がどこにいるのかというのです。その時が「六・二五動乱」の時です。釜山の海を眺めながら、そのような祈りをしました。神様は、「見てみなさい。この先、世界はこのようになる」と言いながら、大きな商船、天の商船に私を乗せ、数多くの群衆が歓呼するのを見せて、慰労してくださいました。

第三節 『原理原本』の執筆

神様から公証を受けた原理

真のお父様は、一九五一年五月十一日、『原理原本』の執筆に入られ、翌年の五月十日に完了された。食口がそばで忙しく鉛筆を削ってさしあげなければならないほど、執筆に没頭された。『原理原本』を書かれる間、涙を流しながら聖歌を歌われ、また、涙を流しながら祈られた。時には、裏山にある小さな平地まで登り、歌を歌い、瞑想を続けながら心血を注いで書いていかれたのである。「記録第一巻」から「記録第五巻」に分けて記述された『原理原本』は、各巻ごとに四カ所の穴を開けて束ねられ、合計六百九十ページ以上に達した。本文の内容は、主に鉛筆でハングルと漢字の横書き草書体で書かれ、校正と校閲作業は、黒と青、茶色のインクを使い、ペンで行われた。薄く下線を引くときには赤い色鉛筆が使われた。特に、中間の十ページほどの分量(二百九十一-三百ページ)の本文は、青色のインクペンで書かれている。『原理原本』は自筆で作成され、現存する最初の原理記録であるという点で、その意味は甚大である。初期には、この『原理原本』を弟子たちが筆写し、順番に読んでいた。

1 原理のみ言を語るときに、私は聖書を参考にしません。聖書にない内容です。神様から直接伝授されたものです。新約聖書は、イエス様が直接書いたものではありません。使徒たちが編集した内容が多いのです。

真は真のものとして、そのままにしておきなさいというのです。自分の神学観や自分の理論をもってきて、こぶのようにつけ加えてはいけません。神様の公証を受けたのか、自分の理論を加えなさいという許可を受けたのか、というのです。私は許可を受けていないものを発表したことはありません。私が行った上で発表してきました。間違いありません。ですから、滅びないのです。

2 凡一洞にいる時は、粗末な服を着て、頭はぼさぼさのまま、男性二人で土窟のような家で過ごしました。他の人からは、哀れに見えたはずです。金元弼が「お金を稼いでくる」と言うので、私は「そうしなさい」と言いました。その当時は、『原理原本』を書いていましたが、同志一人がどれほど貴く、従ってくる一人の人がどれほど貴かったか分かりません。

皆さんも、このように、人に対する味を知らなければなりません。ですから、金元弼が会社に出掛けるときは、必ず一キロ以上付いていったものですが、そのようにして初めて気が楽になりました。また、夕方になって帰ってくる頃になると、必ず迎えに出たのですが、その会う時の気持ちは、言葉では言い表せないものでした。そのように帰ってきて夜眠るのですが、布団がなくて、おくるみ一枚だけをかぶって寝たものです。その時は、そのように暮らしました。

3 お父様は、埠頭が見下ろせる凡一洞で「原理」を書きました。『原理原本』を起草したのです。詩のように書きました。私が骨子を抜き出して書いたので、説明しなければ、他の人々はよく分かりません。そのように、『原理原本』を起草しておいて、一九五二年五月に『原理原本』の執筆を終えました。『原理原本』以降、『原理解説』、そして、『原理講論』が発刊されました。

4 お父様は、聖書だけを見て原理を探し出したのではありません。「創世記が人間の堕落を記録した章ならば、ヨハネの黙示録は復帰の章である。これが生命の木としてこのようになったのなら、生命の木として復帰されるのだ。それが合わなければ聖書はうそである」と思いました。種を植えて生えたものは、種に返るのです。これが合わなければなりません。種から出た芽は上に伸びるべきであって、横に伸びてはいけません。それが合わなければならないのです。

今日の原理の教えは、推理的な方法を通して摂理史観に一致しているのです。名実共に神様が生きている限り、その神様が愛を中心として摂理のみ旨を展開していく限り、世界は必ずその文化圏を中心として統一時代を迎えなければなりません。そして、天地創造がどのように成し遂げられ、なぜ神様が愛を好むのかなどを明らかにしたのです。

5 神様は、すべての悲しむ人たちを慰労してくださいます。また、神様は、生死禍福を主管される主人でいらっしゃいます。ですから、あらゆることをその方に委ねようとするのです。人のために心配できる心をもったところには、神様の相対的な形態が備わっているので、「いらっしゃらないでください」と言っても、いらっしゃるのです。善なるところには、「いらっしゃらないでください」と言っても、神様がいらっしゃるというのです。ですから、『原理原本』を見れば、対象や対象の価値という内容までも、すべて異なる形で解釈しています。与え合えば、必ず相対性が備わるので、与え合うほど対象の基台ができるようになります。それで、神様や善、真を中心として動けば、それは残るようになっているのです。

6 皆さんが「原理」の本を持ち歩くときは、この上なく大切に扱わなければなりません。この本が一冊しかないと考えてみてください。お父様がこの本の原稿を草案するとき、その原稿の管理をどれほど深刻にしたか考えてみなさいというのです。もしそれがなくなり、私が死んでしまったらどうなるでしょうか。世界が左右されるのです。

この「原理」の本一冊で一族の興亡が決まり、一国の興亡が決まり、この世界の興亡が決まり、天地の興亡が決まり、永遠の生命が左右されることを、考えてみたことがあるのかというのです。そのようなことを考えてもみなかった人たちが、心情世界の様々な人たちとつながろうとすれば、どれほど遠いかを考えてみてください。

7 お父様は原理を中心として、原理とともに今まで歩んできました。苦労で築かれた基盤です。原理の本には、血と汗と涙が入り混じっています。ページごとの内容に入り混じっているお父様の血の涙が、皆さんに訴えかけていることを知らなければなりません。お父様が若い青春を犠牲にしてここに投入したのです。血と涙が皆さんに訴えかけているというのです。そこに引っ掛かってはいけません。無価値な原理ではありません。神様が粛然として頭を下げるのです。仰ぎ見る原理です。

真理の真髄、『原理原本』

真のお父様は『原理原本』について、真理の真髄を圧縮して記録したものであることに加え、本然の心情を通して愛の力を爆発させることができる歴史性を備えたみ言であるため、論文的表現よりは、詩的表現を用いて記述せざるを得なかったと強調された。様々な宗教の経典を隅々まで探究していた劉孝元(ユヒョウォン)協会長は、『原理原本』に初めて接し、驚くべき真理の世界に心酔して、一ページを筆写するのに何日もかかるほど、涙を流し続けたと告白した。

8 お父様は『原理原本』を書く時、詩的に書いたので、一枚の中に数十枚分の解説が必要な内容を編成しておきました。一般の人たちはよく理解できません。

劉孝元が医学を勉強したというので、「その内容について一度説明してみなさい」と言うと、「できません」と答えるのです。そこでお父様が一ページの内容を解説してあげると、その場で敬拝をしました。「いくら説明しようとしても、私の頭では及ばない内容があることが(今までは)分かりませんでした」と言ったのです。

9 釜山に避難してきて、一九五一年五月十一日、『原理原本』を書き始めました。『原理原本』は詩的に書きました。それは、誰が見ても分からないのです。私が劉孝元に説明してあげたので、頭がすっきりしたのです。そうして、「なんと、このような内容だったとは!」と言いながら、その原本を見てページごとに涙を流すので、涙でぬれた原稿になりました。キリスト教の根本、共産主義の根本が、すべて砕けていくというのです。

10 劉孝元協会長は、私の話を聞く前に、『原理原本』を読んで、「自分の体が永遠に天のみ前に捧げられる祭物になったとしても感謝します」と書面で誓ったのです。私が孤独な時に、その人に出会いました。このようなことが神様の役事です。その時のお父様の心情は深刻でした。深刻なので、その場で神様が役事したのです。神様があらゆる役事をしてくれるのです。そのようにして、今まで歩んできました。

11 お父様は、劉孝元協会長に、原理の全幅的な体系を備えることができるように教えてあげました。『原理原本』は詩的に書いたものです。かなり飛躍し、圧縮して書きました。劉協会長がその本を見て痛哭したのです。『原理原本』の内容に感動した、恐らく歴史的にも、統一教会の原理に接した代表的な人だと見るのです。ですから、劉協会長は、私に会いもしないうちに、「弟子になる」と言ったのです。手紙を書いて、「私はこのみ言をもって永遠に先生に仕える弟子になります」と誓った人です。それで、私はソウルから釜山の影島(ヨンド)に下っていき、二十一日間修練会をしました。修練会をするとき、劉協会長は自分が初めてお父様に会うので、いかにして会うのかという問題について心配していたのです。そして、お父様に会うやいなや、自分の過去の深刻だった事情をすべて話したのですが、私が今でも忘れられない内容がたくさんあります。その時の影島での修練会ですべての人が霊界に通じ、霊的体験をしました。その修練会が終わってから世の中に出てくるとき、修練生たちは、「このような世界があったのか」と思うほどの変化を感じたのです。

第四節 釜山と大邱の開拓伝道

釜山開拓時代

真のお父様は、釜山に到着された一九五一年一月からほぼ半年間、転々と居所を移しながら、避難民生活をされ、同年八月、ポムネッコルに土塀の小屋を自ら建てて住まわれ、新しい食口を迎える準備をされた。神様が失ってしまった子女を探し求めてこられた、それ以上の慕わしさをもって、山に登って涙の祈りを捧げるなど、多くの精誠を注がれたのである。その結果、神様の啓示に従い、食口たちが一人、二人と集まり始めた。『原理原本』の執筆を終えた日の一九五二年五月十日、高麗(コリョ)神学校の二年生だった姜賢實(カンヒョンシル)伝道師が導かれ、その年の十二月一日、早くからキリスト教団で牧会をしていた李耀翰(イヨハン)牧師が加わるなど、天は準備された聖徒たちを送ってくださった。真のお父様は、一九五三年一月、食口たちが増え、一部で反対が激しくなると、ポムネッコルの土塀の小屋から水晶洞(スヂョンドン)へと引っ越し、水晶洞でも何回か居所を移された。

1 お父様は、「六・二五動乱」の時に釜山に避難し、そこで三年の期間を過ごすとき、大勢の人たちが声を張り上げる中、かつて会おうと約束していた人の呼ぶ声が聞こえてくるように感じましたが、会う方法がありませんでした。その慕わしさは、胸が締めつけられるほどのものでした。それは、神様が人間を捜し求めてきた思慕の心情を、地上にいる息子に体恤させる良い時期でした。自分の父母が慕わしくて涙を流すのではなく、父母のために夜を明かすのではありません。

天が進むための足場であるカインとアベルを中心とした復帰の原則を、どのように解決するのでしょうか。それは、自分の血族でもできません。外的な血族を中心として、勝利の基盤の上に氏族基盤を立て、民族的基盤へと行かなければならないのが復帰の路程です。

2 お父様は、釜山の凡一洞(ポミルドン)で、神様と縁を結ぶ食口たちを慕っていた時に、あらゆる精誠を尽くして待ちました。霊的に見ると、彼らが来ることは来るのですが、実際には近くに来ていないのです。ですから、時が来るのを待つしかありませんでした。凡一洞では、食口といえるのは、お父様まで合わせて三人しかいなかったのです。その頃、私たちは霊的に交流しながら、山河を友として暮していました。

3 お父様が凡一洞にいた頃、本当に人が慕わしく、一人で座ってしきりに独り言を言う時が多かったのです。白い紙一枚隔てた向こう側から、大衆の話し声がすべて聞こえます。聞こえることは聞こえるのですが、顔は見えません。その白い紙一枚さえ取り除いてしまえば、大衆が来ることができるのです。そのように捜し求めている人の声が聞こえるというのです。ですから、人を慕わしく思うのです。朝起きてから夕方まで、時間が過ぎるのも忘れて人を慕わしく思います。

人を慕わしく思う心は、この上なく貴いものです。その度数が満ちれば、人が訪ねてくるのです。その心をもって、その人と向き合うようになれば、人は霊的な存在なので、その場から立ち上がろうとしても、足が固まって立ち上がれません。不思議なことが起きるのです。その環境に完全に包まれるようになります。統一教会の出発には、そのような役事があったことを、皆さんは知らなければなりません。皆さんは、人を慕わしく思わなければなりません。自分の妻子が問題ではないのです。み旨のために、人を慕わしく思わなければなりません。

4 「父母の心情で、汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために」というみ言を、いたずらに主張したのではありません。お父様がそのように生きました。

その標語のとおりに、出ていって伝道してみなさいというのです。お父様の言うことが本当かうそか、テストしてみなさいというのです。食口がいなければ、戸を開けたまま、食口を慕わしく思うようになると、人が訪ねてくる音がすべて聞こえます。そのように慕わしく思うのです。そうすれば、必ず道は開かれるようになっています。姜賢實が初めてポムネッコルに私を訪ねてきた時も、お父様は失った我が子を慕わしく思う気持ちで過ごしていました。

5 ポムネッコルの土塀の家の時代に、「凡一洞の頂にサタンの魁首が現れたので、キリスト教徒たちは行ってはいけない」といううわさが立ちました。私たちだけで礼拝を捧げても、既にその近所の教会がみな知って、「行ってはいけない」とこそこそ言いふらすのです。しかし、絶対に失望はしませんでした。私は、山に登って祈りながら、霊的にサタンの胸ぐらをつかんでたくさん闘いました。「この闘いでお前が勝たない限り、お前が私に屈服する日が来るだろう」と言いながら闘ったのです。そのようにして出発しました。

6 釜山のポムネッコル時代、凡一洞に教会が一つありました。その教会の人たちが私たちを見て、人も良く、聖書もたくさん知っていて、教会にも通ったという話を聞いたので、伝道しようとしたのです。お父様は、彼らの話を聞いてあげました。彼らが話をする時、よく聞いてあげたのです。それで、私が間違いなく自分たちの教会の信徒になると思って喜び、最初の日はそのまま帰りました。その翌日に、間違いなくまた来ます。その時は、私が「一つ尋ねてみましょう」と言いながら話をするのです。そのように尋ねれば、彼らは答えられません。彼らに、「イエス様とはそんなに無知なのですか。聖書はいい加減にできているようですね」と、このように一言、言っておくのです。私が優れているからこのように言うのではありません。その人が聖書をよく知らないので、そのような話をしたのですが、誰も聖書が間違っているとは言えないようになっています。聖書を知らない人がどうやって伝道をするのですか。お父様は、「私は教会には通っていませんが、私が知っている聖書の話を一度聞いてみませんか」と言いながら、話をそれとなく始めていきます。最初は、その人が聞いて消化不良を起こすような話は絶対にしません。様子を窺って、神経質な人ならば、私は神経の鈍い人のように話をします。そのように数時間だけ話をすると、私の言うことを聞くようになっているのです。

7 釜山避難時代、凡一洞に家を建て、三人が集まって伝道したり、祈ったりしました。当時、彼らに話をするとき、お父様は、三人を前にして話をするとは考えませんでした。三人ではなく、三千万人であると考えたのです。「今この人たちに話をしているが、現在の数億のキリスト教徒と、全人類に対して話をしているのだ」と考えました。三人を前にしても、汗を流しながら、町内に響き渡るように話をしたのです。

聖日にさえなれば、近所で「あの人、また大騒ぎしている!」と話すほどでした。膝を突き合わせて、こそこそ耳打ちをしても、すべて聞こえるはずなのに、およそ百五十メートル離れた井戸のそばにいるおばさんにまで聞こえるように話をするのです。そのようにするので、その近所の教会に通っていたおばさんが、通りすがりに聞くようになりました。それで聖日のたびに来て、外で聞くおばさんがいました。未婚の男性たちが住む部屋には入りづらかったのです。そのおばさんがのちに入ってきてみると、むちゃくちゃです。世の中にはない話や、世界が揺れ動くような話をひたすらするのですが、座っている様子を見ると哀れなのです。しかし、世界を統一するとか何とか言いながら、「神様は私の父であり、私は神様の息子である。天国が建設され、地獄が崩壊する」と言っているのです。

8 凡一洞に井戸があるのですが、そこに水をくみに来た人たちは、私たちが礼拝を捧げ始めると、「あの家はけんかをしない家だとうわさになっていたが、この頃はけんかをしている」と言って不思議に思ったのです。ある時には、神学校に通う人が来て、「あなたよりも立派な人が歴史上にたくさん現れて統一世界を夢見たのに、みな成し遂げられませんでした。それなのに、ここであなたが統一するのですか」と言うのです。その時、私が話をしながら、よくよく考えてみても、本当に哀れでした。水が流れるように溝を掘り、その上に家を建てたので、オンドルの下では、ちょろちょろちょろと水の流れる音がするのですが、そのような家に座って、そのような途方もない話をするのですから、誰が信じるでしょうか。

彼らは、私より良い物を食べ、良い服を着て、良い暮らしをしているのですから、私の話には信じられるところがないというのです。そうして、私の話を聞いてみると、うぶな顔つきで、そのような人には見えないのに、「何がどうだこうだ」と言いながら大騒ぎしているのを見てからは、近所の話題の種になりました。お父様が語る話を聞いてみると、世界が行ったり来たりし、天地がひっくり返ったりする内容です。お化けが出そうな家に住んでいますが、世界を手の上に載せて思いのままにしたり、天地をひっくり返したりしながら、韓国と世界を統一するという途方もない話をするので、うわさが立ったのです。「あの近くに行ってみると、井戸端では無口だったあの人がものすごかった」といううわさが立ったので、人々がどんどん集まってくるのです。

9 私が釜山の凡一洞の谷間で避難生活をしていたとき、釜山港のたくさんの船を見て、「私の手で造った船に乗って、一度釜山港に帰ってこなければならない」と思いました。すべての港口に出入りする大きな船を見て、「私の愛する息子、娘があの船に乗って世界に号令できるその日、自由と平等の舞台の上で、そのようにできる環境が整うひと日がいつ来るのか」と思いながら、神様が日久月深(イルクウォルシム=願いが時とともに強くなる様子)、千万年史を行き来しつつ望んでいたことを考えるとき、その先頭に立って、大洋を目指して前進する航路に立つならば、それは驚くべき事件です。

10 釜山は、避難民が集まってきた所でした。ですから、韓国にいる篤実な信仰者たちにも、みな会える所です。そのような過程を経ながら、教会が出発しました。学生時代における黒石洞の教会の歴史、平壌の教会の歴史、それからソウルの教会の歴史、このような歴史がすべて絡まっているのです。そして、北朝鮮の監獄から出てきて、(その後、韓国で)三人の女性と一人の男性の、四人を立てました。男性は天使長の代わりに立てたのです。女性は、玉世賢(オクセヒョン)おばあさん、池承道(チスンド)おばあさん、李奇完(イギワン)さんです。李奇完さんはソウルにいました。そうして、四人を中心として、初めて新しく釜山から出発したのです。そして、水晶洞で、以前に日本人が所有していた家屋を一つ手に入れて、教会を始めました。

大邱開拓伝道

真のお父様は、新しい食口が集まると、李耀翰牧師に有名な牧師と神霊的な指導者たちを訪ねさせるなど、伝道に目を向けられた。特に一九五三年七月二十日、姜賢實伝道師に、「生きていらっしゃる神様が、私たちの側に立って協助していらっしゃることを忘れてはならない」という激励のみ言をかけられ、服一着だけを持たせて、大邱の開拓伝道に出発させられた。この時、初めて原理が公に宣布されたのである。そして、八月中旬、李耀翰牧師を再び太邱に派遣された。姜伝道師が築いた土台の上に教会を建てる、というみ意があった。そのようにして、三、四十人の新しい食口が集まり、礼拝を始めるなど、キリスト教団の迫害と反対の中でも、教会が早々に出発できたのである。

11 草創期には、私一人でした。そのように始め、何人かの食口たちを集めて、全国にいる神霊的な人たちを訪問させました。その中に、伝道のため大邱に送った姜賢實伝道師がいました。その伝道師は、凡一洞(ポミルドン)の天幕教会に責任をもっていた女性でした。凡一洞の谷間には寺しかなかったのですが、一番端の家におかしな青年がいるといううわさを聞いて、伝道しようと訪ねてきたのです。それで、その時、み言を語ってあげたのですが、神様が役事をして、毎日毎日訪ねてくるようになりました。そうするうちに、その天幕教会を捨てて統一教会を信じる決心をしたのです。

そうして、その後、伝道のために大邱に送りました。大邱は、以南(現在の大韓民国)のエルサレムといわれる地域なので、そこに送ったのです。送る時は、何も持たせずに送り出しました。旅費も与えず、「出ていって伝道しなさい」と言って送り出すしかない、その時の事情がありました。ですから、霊界からたくさん役事しました。大邱に行ったのですが、行く所がないので、霊界がコーチして、会うべき人に会わせてくれたのです。

大邱教会は、そのようにして始まりました。

12 姜賢實伝道師に、「大邱に行って開拓伝道をしなさい!」と言いました。それで、開拓伝道に出て泣きながら歩いているので、神様が勧告したのです。大邱に行った時、「あなたは今ここに来て泣いているが、私は千年の恨を抱いて働いている」と神様から勧告されたので、逃げようとまとめていた荷物を再びほどいたそうです。よくよく見ると、神様は、こちらの事情を一つも聞いてくれません。(ただ、)開拓伝道をしなさいというのです。

ですから、「私の代わりにどこそこに行きなさい」と言われて行くと、ある時は汽車の切符を買って待つ人がいたり、行く道中に祝いのお膳の支度をして待つ人もいたりしたのです。

13 伝道をする時は、座って心配ばかりしてはいけません。お金を使ったからといってできるものではないので、精誠を尽くさなければなりません。そうして祈ると、天が教えてくれるのです。足に豆ができるほど活動し、事を起こしてこそ、そこから役事が始まるのです。

姜賢實の証を聞いてみてください。知人が一人もいない大邱の真ん中に、開拓伝道に行ったのですから、誰か歓迎する人がいたでしょうか。通りをさまようしかないので、どれほど落胆するでしょうか。「神様、どこに行かなければなりませんか」と自分の身の上を嘆くと、「あなたは今、一日でそのような状態になるのか。千年、万年の間、そのようにし続けてきた神の心情と比べれば、話にもならないではないか」と言われたそうです。苦労をもっとしなければならないというのです。神様と出会い、神様のみ旨を探し求めていくのは、易しいことではありません。

14 お父様が大邱にいた時は、一カ月間に十三回も引っ越しをしました。そこでは、私を知らない人がいませんでした。キリスト教徒たちが写真を持って歩きながら、私の顔さえ見かければ、「文誰それが現れた」と大騒ぎでした。どこそこに現れたというと、教会で毎日のように「異端の頭である誰それを追放せよ」と大騒ぎしながら、その都市全体がうなり声を上げて追放しようとしたのです。

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第三篇 第三章 「世界基督教統一神霊協会」の創立

第三篇 第三章

「世界基督教統一神霊協会」の創立

第一節 協会創立の背景

協会創立の摂理的背景

真のお父様は、一九五三年九月十七日に上京されたのち、ソウルを中心とした本格釣な活動を模索されると同時に、大邱と釜山の教会を訪ね、開拓の最前線で苦労する食口たちを指導し、激励された。そして、不振に陥ったキリスト教と国家指導者たちの代わりに多くの精誠を尽くしながら、再出発のための信仰基台を立てられた。自ら、摂理的アベルの使命基準を探して立てられたのである。このような縦的蕩減復帰基台の上に、ソウル、釜山、大邱など、三つの地域の教会基盤を中心として、実体基台復帰のための横的摂理の活路を模索された。そして、一九五四年五月一日、ソウル市城東区(ソンドング)北鶴洞(プカクトン)、現在の中区(チュング)新堂洞(シンダンドン)三九一の六番地にある、いわゆる三つの門の家で「世界基督教統一神霊協会」を創立された。協会の創立は、イスラエル民族とキリスト教、ひいてはイエス様ができなかったことまで蕩減した土台の上に、彼らに代わって真のお父様が一人、立つようになったことを意味する。結局、キリスト教団の不信によって歩むことになった蕩減復帰路程を勝利した基盤の上で、協会が立てられ、真のお父様を中心に新しい神様の主流摂理が始まり、新しい変革が社会と国家、世界全般にわたって現れ始めたのである。

1 お父様が解放直後、キリスト教と手を握って出発しようとした時、キリスト教の牧師たちが反対することによって、それが失敗してしまいました。その次は、大韓民国と手を握らなければなりませんでした。イスラエルの国とユダヤ教がイエス様を迎え入れなければならなかったように、大韓民国とキリスト教は、お父様を迎え入れなければならない立場であるにもかかわらず、反対の立場に立つことによって、教会と国が分立されていったのです。

ですから、イエス様が追い出されて、キリスト教が異邦の宗教になったことを蕩減復帰しなければなりません。それで、キリスト教がサタン世界を経て発展したように、お父様も世界的サタン圏の共産主義である北朝鮮に入ったのです。そこから再び復帰してくるので、個人的蕩減が必要であり、家庭的蕩減が必要であり、氏族的蕩減が必要です。ですから、今まで苦労してきたのです。一度でできることを何度もひっくり返しながらやってきました。

それゆえ、統一教会を中心として、ユダヤ教の代わりをさせるのです。ユダヤ教の代わりにキリスト教をつくったのですが、そのキリスト教が責任を果たせなかったので、責任を果たすことができる基盤としてつくったのが統一教団です。

2 大韓民国政府が樹立されてからは、神様のみ旨の中でキリスト教や神霊的な団体が立ったのではなく、お父様が立ちました。反対され始めたその時から、一人で神様のみ前に立ったのです。聖書の聖句に「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一〇・三六)とあるように、キリスト教が同じ家の家族であるにもかかわらず、怨讐の立場に立つことによって、その時まで築いた基盤をすべて投げ捨てて、神様のみ旨は、ひとえにお父様を中心として、新たな次元で出発しなければならない悲惨な運命に立つようになりました。

その時からキリスト教も神様のみ旨から遠ざかり、民主世界も神様から遠ざかって、結局、逆に落ち始めました。ですから、お父様は受難の過程を経なければならないので、一九四八年から三年間、監獄生活をすることになりました。結局、北朝鮮も韓半島の地なので、サタン側の一線に行き、そのような闘いをしなければならず、韓国もサタン側なので、韓国でもそのような闘いをしなければなりませんでした。南北を中心として、そのような闘いをせざるを得なかったのです。北朝鮮は旧約時代に相当し、韓国は新約時代に相当すると考えます。それで、以北(現在の北朝鮮)に入って三年間、監獄生活をし、一九五〇年十二月に以北から出てきて、四年間、韓国で基盤を固め、一九五四年五月一日に、「世界基督教統一神霊協会」を創立するようになったのです。

3 イエス様が連行され、獄中生活を経て十字架で亡くなっていったので、復帰路程においても獄中から出発しなければなりません。栄光の座から出発しようとしていたすべての道が、反対に十字架の路程へと展開されたので、統一教会の歴史も獄中から出発し、新しい次元へと前進するようになったのです。

イエス様が監獄にいる時に十二弟子を失ったことを、実体的に復帰すべき歴史的使命があったので、神様は、私が語らずにいる中でも、監獄にいる囚人たちを通して、失われた数の基準を取り戻すために霊界を動員したのです。二十四人のメンバーが、獄中で、天命によってひそかに結束して出発しました。監獄から出てくる時、四人が一緒に来ました。四位基台の復帰の原則に一致する歴史的条件を、神様が立てたのです。そのように興南の監獄から出て平壌に行き、昔、失った食口たちを再び糾合して出発したのが、現在の統一教会です。

4 統一教会は、今まで六千年の歴史をかけて神様が摂理してきた復帰路程を蕩減しなければなりません。個人的な問題、家庭的な問題、国家的な問題を蕩減復帰しなければなりません。イエス様が国家を中心として成し遂げるべきだった全体的な問題を蕩減復帰しなければならないのです。神様の摂理が、今日、韓国を中心として動いています。解放前まで神様は、預言者的な使命をもつたくさんの人物を送って準備してきました。ここには、婦人たちを中心として摂理した一面があると同時に、男性たちを中心として摂理してきた一面もあります。神様は、摂理のみ旨を立てるために、この民族が知らず、信仰者たちが知らずにいる中で、特別に選んだ人たちを立てて、内的、外的に役事をしてきました。ですから、この国、この民族は、解放後に新たな発展的内容をもって出発しなければなりませんでした。そして、このみ旨を伝えるために統一教会が出発したのです。

5 サタン側である北朝鮮は、韓国を占領するため、一九五〇年に「六・二五動乱」を起こしました。その時、マッカーサー総司令官が仁川上陸作戦をし、興南を空襲して勝利をもたらすことによって、お父様は興南監獄から出て、韓国に下ってきました。

その時、韓国は完全にばらばらになっていました。それまで、ソウルでもどこでも築いてきた基盤が完全にばらばらになったのです。韓国政府が完全に荒らされてしまいました。お金のある人は逃げようとし、キリスト教の牧師たちは息子、娘を外国に留学させるなど、国内は混乱時代に入りました。

ここから統一教会は基盤を築いてきたのであり、統一教会の基盤ができるに従って、この国も新たな政府の形態へと収拾されてくるようになりました。それが摂理観です。社会が混乱したのは、むしろ、天の摂理がサタン側を利用して、神様のみ旨を築き得るよう、環境をつくってあげるためでした。それで一九五四年に協会を創立し、そこから混乱した社会環境を経て、新しい基盤を拡大してきました。そうして、政府と対峙し、キリスト教と対峙しながら、統一教会は発展してきたのです。

6 お父様は、口があっても話しませんでした。この民族にしみ込んだ多くの恨があっても耐え忍びました。それは、お父様が意気地なしだからではありません。イエス様が三十数年の生涯を耐え忍んでこられたのを知り、神様がイエス様以降、二千年間も耐え忍びながら、み旨を成就するための基盤と、時を整えるための強固な土台を築こうと、心を砕いてこられたのが復帰の路程であることを知ったので、耐え忍んだのです。「台風よ、吹け。吹雪よ、吹け」と言いながら耐えるのです。そのようなものは一時です。過ぎ去るようになっています。今日の社会において、自分の幸福を自慢する人たちも同様です。過ぎ去るようになっています。それでは、お父様の責任とは何でしょうか。追われながら監獄に入る時、お父様はその立場で何をしなければならないのでしょうか。世界の人類のために打たれ、世界の苦難をすべて引っ張って殲滅しなければなりません。「世界の苦難の道を開拓していく上で、これくらいの困難がないだろうか」と考えて、苦難をむしろ当然のことと思いました。お父様が愚かだからそのように思ったのではありません。復帰摂理歴史は、必ずそのような場で決着をつけて次の段階に行かなければならないので、私はそのような道を行こうとし、またそのような人が求められたので、「世界基督教統一神霊協会」を創立したのです。

北鶴洞(プカクトン)の三つの門の家で協会出発

協会の看板を掲げた北鶴洞の三つの門の家は、軒先に手が届くほどのみすぼらしい家だった。そのため、看板は近所の子供たちが外しては遊びに使ったり、反対する人がたたきつけて割ってしまったりしたため、再びつなげて掛けるなど、何度も壊された。頭を下げて三つの門を通過し、家の中に入ると、二、三坪の広さの庭の片隅に井戸があり、その横に甕(かめ)を置く小さな台があった。右には、三人が横になればいっぱいになり、足がつく半坪ほどの居間があり、左には、一坪にならないサランバン(客間を兼ねた主人の部屋)があった。居間には男性たち、サランバンには女性たちが寝泊まりした。低い天井は、頭がつくと板が傾いた。このように、協会は草ぶき小屋のような所から出発したのだった。

真のお父様は、少ない人数しかいなくても、まるで数千人いるかのように、上着が汗でびしょぬれになるほど、大きく力強い声で祈り、み言を語られた。一人に対してみ言を語られるときも、一時間以上、涙を流しながら切実に祈られた。神霊に満ちた恩恵によってその場にいる全員が痛哭し、涙で床をぐしょぐしょにぬらした。一九四五年の光復後、準備されたキリスト教が真のお父様を受け入れなかったため、蕩減路程を経たのちに協会を立てて、世界復帰の出発基台を築かれたのである。

7 私が一番初めに付けた統一教会の看板は「世界基督教統一神霊協会」でした。キリスト教を統一することも大変なのに、神霊まで統一しようと言ったのです。当時、お父様はお金が一銭もありませんでした。横になると足が(壁に)つくくらいの部屋なのですが、それも借りたものでした。そこから始めたのです。訪ねてくる人たちのために、僕のような立場で私はやるべきことをすべてやりました。私が、僕の立場、養子の立場でそのようにして、合格していくのです。そうして私が解放されていくのです。

8 最初に統一教会の看板を付けた家は、粗末な家でした。その家には三つの門がありました。私のように、背が高くて太っている人が入ろうとすれば、体を横にして頭を下げて入らなければなりません。そこに「世界基督教統一神霊協会」という看板を付けました。世界のキリスト教を統一しても、ものすごいことなのに、神霊的な世界までも統一しようと言ったのです。世界のキリスト教も統一しますが、神霊的な世界も統一しようという協会なのです。どれほどすごいでしょうか。軒先に「世界基督教統一神霊協会」という看板を付けたのですが、のぞいて見ると、門が三つです。

9 統一教会の看板をソウルの北鶴洞にある家に付けたのですが、当時、その家は、恐らくソウルで最も小さな家だったでしょう。部屋に入って横に寝れば、足が(壁に)つきます。縦に寝れば、何とか足を伸ばして寝られます。そのような部屋が一つあり、そのほかにも部屋がありましたが、その部屋も同じような部屋でした。それで、その家が有名なのは、門が三つあるということで、「三つの門」と言います。その門は、大きいものではなく、頭を下げなければ入れないほどの小さな門です。また、看板を付けたのですが、軒先が手の届く所にあるので、看板の位置は子供も触れるほどの高さでした。

看板を、大きな家に付けることができず、想像もできない、誰も信じられない最も小さな家に付けたのですから、誰がそこに関心をもつでしょうか。看板が同情されるほど、どれだけぞんざいに扱われたか分かりません。近所の子供たちが遊ぶ時は、これを外して遊び道具に使ったりもしました。それにどれほど傷がついたか分かりません。また、反対する人が来ては、「キリスト教を統一するとは異端だ!」と言いながら、それをたたきつけて二つに割ったこともありました。それでも、そのような歴史的な看板をそのまま捨てられないので、その看板に釘を打ちつけてつなげてから、また掛けたのです。

10 私は、いくら軒の下や、穴蔵にいたとしても、「私が神様をここにお迎えしなければならないのに、この場は精誠が足りない」と思いました。「復帰原則において、最も小さな家で世界的な精誠を尽くせる代表者が現れなければならないのではないか」と思ったのです。これがお父様の思想です。それから、「もう少し大きな家で世界的な代表に適応する精誠を尽くさなければならないのではないか」と考えたのです。

このように、統一教会は小さな所から出発しました。北鶴洞の三つの門の家から発展して、このように大きくなってきたのが統一教会です。これが統一教会の主流思想です。そのような立場で、天下にすべて知られるほどうわさを立てながら歩き回っても、「統一教会は小さい」と非難する人は一人もいませんでした。その立場で何をしたのかが問題です。

「世界基督教統一神霊協会」の意味と目標

「世界基督教統一神霊協会」の創立は、キリスト教が果たすべき使命を代わりに果たすという意味がある。もちろん、「世界基督教統一神霊協会」は、神様の復帰摂理を最終的に担当すべき父母宗教である。そのため、その名称に「世界基督教」という言葉が入った。「統一」は、キリスト教はもちろん、他の宗教、世界人類まで一つに束ねるという意味である。「神霊」は、真理とともに霊肉界の調和を通して、地上と天上に天国の基盤を立てようという意味を内包している。「協会」は、霊肉界統一圏を完成し、創造本然の理想世界を実現する団体という意味をもっている。

11 今まで「世界基督教統一神霊協会」という看板をどうして掲げてきたのでしょうか。「基督教」という文言を付けてきたので迫害されました。それを外してしまえば、旧約聖書と新約聖書を捨てなければなりません。旧約がなければ新約は出てくることができません。それが誤ったので、新しい約束なのです。新約がなければ成約は出てくることができません。旧約の上に新約が出てきて、新約の上に成約が出てきたので、キリスト教と連結されなければならないのです。

キリスト教はユダヤ教の延長です。それを捨てれば、お父様の立つ位置がありません。サタンの支配する国家的基準は長成期完成級ですが、それを越えて、お父様が自主的な基盤を獲得するまでは、キリスト教の上に、新約と旧約の上に立たなければなりません。

12 お父様は、「世界基督教統一神霊協会」という途方もない名前を付けました。果たして統一は可能なのでしょうか。それは間違いなくそうなるでしょう。キリスト教だけを見ても、今まで四百以上の教派に分かれて争ってきました。しかし、私は、それがそれほど難しいものとは思っていません。

ために存在するという鉄則をもった教派なら、またその教派以上にすべての教派が努力するなら、そこでは必ず一つになると考えます。もし異教だとしても、その宗教が主張する、その精神以上の努力ができるなら、その宗教まで一つになると考えるのです。

主体でいらっしゃる神様がそのような方なので、そのような方の相対的な位置を守っていけば、自然に神様の力によって一つになれるはずです。この話は論理的です。

したがって、一つになるというのは、それほど難しいことではありません。このような原則の上に立って、統一教会は始まりました。

13 「統一」の「統」の字は、「指導を受ける」という意味ではなく、「統治する」という意味の字です。統治しなければなりません。統治するためには、統治できる内容がなければなりません。主体者としてすべてを備えなければならないのです。主体者は責任をもたなければならず、保護しなければならず、育成しなければなりません。ですから、統一教会は、天地に対する責任をもたなければなりません。その範囲が違ってくるのです。その次は、保護しなければなりません。悪の世界から侵犯されているこのすべての実相世界を聖別して、保護しなければならないのです。善のみの環境体制で保護してあげなければならないのです。悪いものはなくしてしまわなければなりません。それだけではなく、発展しなければなりません。統一教会は、統治して一つにしようというのです。統一教会を中心として一つにしようというのではありません。この全宇宙を創造した根本である神様、主体である神様を中心として一つになろうというのです。

14 統一は簡単です。統一という言葉は、一番の福音です。皆さんが父や母の前に自信をもって出ようとすれば、心と体が一つになった立場に立たなければなりません。良心から見ても、自分の体の行動から見ても、教育的な道理の基準から見ても、行動が外れていない一致した立場、一つになった立場においては堂々としているのです。統一された基盤の上では堂々としているのです。孝子は、父母の前で、情的な面でも、生活的な面でも、堂々としています。堂々としたその基盤の上で父母も生きようとし、その家門も立てようとするのが天地の道理です。ですから、「統一教会」という言葉、それ自体が偉大なのです。天地をすべてかき分けて調べてみると、これでなければならないので、お父様は「統一教会」という言葉を付けたのです。

15 新約と旧約を通したすべての宗教のみ旨を代表し得る息子の宗教は、僕の宗教と養子の宗教と通じるのです。それが連結されると同時に、その息子の宗教を通し、父母の宗教圏を通して、霊界と神様の世界にまで公認される一つの体系が形成されなければなりません。そのようになる時、世界のキリスト教は自動的に統一されます。このような内容をもって「世界基督教統一神霊協会」という看板を掲げました。キリスト教の統一のための神霊的な協会です。「統一協会だ」と思うかもしれませんが、「統一協会」ではなく、「統一のための神霊的な協会」です。ですから、世の中では統一教会の人のことを「何かに取りつかれたような人たちだ」と言います。「統一教会の人たちは普通ではない」と言うのです。また、「統一教会の人たちは狂った人たちだ」とも言いますが、韓国語では「狂った」と「達した」は同じ発音です。ですから、これは目的に到達したという意味です。新約聖書と旧約聖書の内容に到達し、霊界にいるすべての霊人たちが、神様の愛を中心として成就することを願う、そのみ旨に到達した宗教なのです。ですから、統一教会は、神霊的な役事が続くのです。

16 統一教会も、神様の協助を受けなければなりません。もちろん、韓国の善なる霊人たち、皆さんの善なる先祖のような善なる霊人たちの協助も受けますが、世界の聖人たちの協助を受けようというのです。範囲が広いのです。

キリスト教だけの協助を受けていてはいけません。それは、あくまでもキリスト教系列の世界一つだけを考えることなので、それではいけないのです。全世界を一つにするためには、キリスト教の霊人たち、イエス様を中心とした霊人たちだけの協助を受けてはいけないのです。超宗派的協助を受けなければなりません。皆さんの善なる先祖たちの協助を受け、大韓民国の忠臣、烈女たちの協助を受け、ひいては全世界の聖人たちの協助まで受けなければならないのです。

17 神様が人間の堕落以降、六千年の間、歴史を導いてこられた最後の目的とは何でしょうか。天地をかけて祝福してあげられる息子、娘を探し出すことであり、忠臣を探し出すことであり、烈女を探し出すことです。この歴史は、地上のある地域を中心として成就するでしょう。その場で心情を通して天の代わりに宣布する言葉に、天上が動くのです。その言葉が真の良心をもつ人々の心に伝播すれば、彼らの心は激動し、その動きがこの地上に起こる場合には、サタン世界は崩壊するでしょう。このような目標のもとに、世界に向かって、天地に向かってのろしを揚げた皆さんは、「世界基督教統一神霊協会」という途方もない看板を掲げた以上、絶対にこの一時代で倒れてはいけません。私たちは、天のお父様の心情を察して、個人を通し、家庭を通し、社会を通し、国家を通し、世界を通して、天宙にまで行ける内容を備えなければならないのです。それができなければ、看板を外してしまわなければなりません。今に至るまで皆さんが従っているお父様は、一生の目標を、この道を突破することに置いています。

18 「統一教会」という名前をもって生まれたという、それ自体が冒険です。「統一教会」と言えば、すべての宗教を統一しようという教会です。どれほど膨大で、どれほど途方もない内容でしょうか。キリスト教の歴史を見ても、二千年の間、その伝統を選別していくために、数多くの学者や数多くの教派を通して新しい学説が出てくるようになり、またそれが良くないとしてひっくり返したりしながらキリスト教文化圏を形成し、一つの世界的基盤を備えました。そのようにしながら、キリスト教は数多くの教派に分かれたのです。キリスト教自体が統一できていません。このようなキリスト教を統一するだけでも問題なのに、宗教だけではなく、ひいては世界を統一し、その次は霊界まで統一しようというのです。

19 皆さんが神様のみ言を絶対視し、神様と一つになって悪のサタン世界を打ち破り、サタン世界の主権を天の主権に戻すために闘わなければ、来られる主は、そのような闘いを再びしなければならないのです。再び来られる主が孤独な立場でそのような境遇に遭ってはいけないので、いかなる苦労の道でも自ら責任をもっていくという運動が、世界的に起こらなければなりません。そうでなければ、今後のキリスト教の行く道は塞がってしまうのです。

それで、統一教会では何をしようというのでしょうか。神様のみ言を絶対的に信じる群れになろうというのです。いくらサタン世界の反対があったとしても、私たちは神様と一つになろうというのです。そうして、神様の愛を中心として、サタン世界を解放する運動をしようというのが、統一教会の使命です。この地上には民族を超越した新しいキリスト教の基盤がないので、世界的にそのような基盤を築こうというのです。昔、イスラエル民族がつくりあげられなかった主権形態の基準を、この地上で備え、再び来られる主が新しい世界的な役事ができる基盤を築こうというのです。

20 宗教の真理とは、どのような真理でなければならないのでしょうか。内容だけを説明する真理は必要ありません。体と心と心情が「そうです」と言えるものが現れなければなりません。そのような主義、そのような理念が必要なのです。そのようなものが私たちの周囲から聞こえてきたり、関係を結んだりするようになると、皆さんの心はそこに引かれていくでしょう。時間と空間を超越して引かれるような感じを受けるみ言があれば、皆さんは荷物をすべてまとめて、そこに従っていきなさいというのです。滅びることはありません。その人は歴史とともに残るでしょう。

そのような人になろうとすれば、皆さんは昔のその姿ではいけません。ふさわしくない仮面を脱ぎ捨ててください。宗教家は宗教家の仮面を脱ぎ捨ててください。良心家は良心の仮面を脱ぎ捨ててください。宗教の看板を外してください。皆さんは今、統一教会に通っていますが、私は統一教会の看板を外す日を待ち望んでいます。統一教会の看板を掲げたのは、相対的な条件があるからであり、闘争相手が現れたからです。看板を外してしまわなければなりません。心の世界や心情の世界に何の看板が必要でしょうか。何もなくても自分自ら分かります。何もなくても、自らするようになるのです。それが、解決できる第一基準です。

21 統一教会の創立目的は、私たちの教会だけに局限されたものではありません。統一教会の創立の日を、範囲を広げて、この国をみ旨の前に新しく立てるための日に連結しなければならず、全世界的には、この地上に天が願う天国を立てるための創立の日に連結しなければなりません。その使命を果たすために、統一教会が創立されました。統一教会は、今まで歴史過程において現れた普通の教会とは異なり、全体的な摂理に代わって総蕩減をし、総決算をすると同時に、未来における希望の標準の前に、神様が喜び得る勝利基盤を残さなければならない、全般的な責任を担っているのです。

ですから、統一教会の創立は、一介の教派の創立ではなく、全体の摂理を身代わりして、み旨を中心とした一つの基盤を地上に立てるためのものです。このように創立された教会の基盤の上で、個人が天のみ前に新しく立てられなければならず、その個人を通して新しい家庭、氏族、民族、国家、世界へと進んでいける伝統的思想を強固にしなければなりません。

食口の意味と使命

協会は、真の愛の食口共同体を志向する。食口は、一つの食卓を囲んで座り、一緒に食事をする家族を意味する。食口たちは、神様の愛と創造理想を中心として、この地に天国を実現すべき使命をもっている。そして、イエス様が父母と親戚、教会、民族、国家、世界を愛せなかった恨を解いてさしあげるべき責任がある。そのため、統一家の食口は、理念と宗教、人種、国境など、すべての障壁を飛び越え、神様のもとの一つの世界を実現するために、全力で邁進しているのである。

22 今日、選ばれた地上の聖徒たちが団結して、天の家庭から天の氏族、天の民族をつくりあげ、イエス様がイスラエル民族と四千年の歴史を代表したように、皆さんが民族の次元を超え、世界と六千年の歴史を代表して現れるようになれば、神様の審判の行使は撤回されるでしょう。このような基準を成就するために、私たちは「統一教会」という看板を掲げるようになったのです。

また、私たちは、互いに「食口」と呼んでいます。私たちは食口です。私たちは、兄弟ならぬ兄弟として、氏族ならぬ氏族として、一つの兄弟と氏族になって、天倫のみ旨に責任をもつイスラエルを形成していっています。私たちは、このことのために、イエス様の悲しみを体恤しながら開拓の道を行かなければならず、サタンとの闘いの路程を経て、神様のみ旨を完成する立場にまで進んでいかなければなりません。

23 私たちは、統一教会をつくりました。これは、失ったユダヤ教を再び捜して立てたのと同じことです。また、統一の一族たちは、失った氏族を捜して立てたのと同じことであり、失った兄弟を再び捜して立てたのと同じことなのです。

そのような意味で、統一教会の私たちは一つの兄弟です。その兄弟の関係を経なければ氏族を形成できません。また、兄弟の関係を結ばなければ、教会も、民族も、国家も形成されません。ですから、この兄弟の関係を中心として連結させるべき使命が統一教会にあるのです。そのような意味で、「食口」という言葉が成立します。食口を通してこそ兄弟の関係が結ばれるので、この「食口」という言葉は、天国を造成するときの下地になるのです。ですから、統一教会は食口という言葉を使います。したがって、統一教会の食口同士で、互いに愛を与え合わなければならないのです。

24 統一教会は、「食口」という名称をもっていますが、皆さんの家庭でも、その一員を「食口」と言います。それでは、私たちは何を中心として「食口」という言葉を使っているのでしょうか。神様の愛と神様が人類を愛したいと思う高貴なその縁とその関係、そして、神様が本来探し求めている創造理想を中心として「食口」と言っているのです。

ですから、私たちの関係は、歴史上のすべての人たちが願っていたものです。そのような関係が、私たちの「食口」という言葉の中にあるのです。このように、私たちは中心的な関係をもって現れたので、直接的に愛する立場にいたとしても、誰よりも近い立場で愛の関係をもって愛さなければなりません。また、間接的な立場にいたとしても、この世の誰よりも高い立場で愛さなければなりません。

25 皆さんが寝ている時間にも、み旨を抱いた私たちの兄、姉、または食口たちの中には、眠らずに涙を流す人たちがいるでしょう。自分が満腹の時に飢えている食口がいるのです。ですから、御飯を食べても涙のにじむ心、眠っても涙のにじむ心をもって、彼らのために霊的な力で助けてあげ、祈りで訴え、祭壇をつくってあげなければなりません。

「常に祭壇をきれいに掃除して待機していますので、夜も昼も私を供え物として捧げられるようにしてください」と祈らなければなりません。自ら行動し、実際の責任を十分に果たすことができないならば、そのような内的準備だけでも共にして闘っていく皆さんになってこそ、患難の途上で十字架の過程を経る食口としての縁だけでもつかんでこられるのです。そうでなければ、一緒に闘っている彼らとは、遠からず分かれてしまいます。そうなれば、皆さんは脱落し、敗残兵になってしまうというのです。

第二節 青坡洞(チョンパドン)本部教会

摂理の中心基地となった青坡洞・旧本部教会

一九五四年五月一日、ソウル市城東区(ソンドング)北鶴洞(プカクトン)の三つの門の家に協会が創立されたのち、一九五五年一月十七日に、本部教会が城東区興仁洞(フンインドン)二四一の四四番地に移転された。そして、四月二十七日には、本部教会が中区奨忠洞(チャンヂュンドン)一街(カ)三七番地にある庭園付きの二階建ての建物に移転され、真のお父様がソウルの西大門刑務所から出監された直後、一九五五年十月七日には、龍山区(ヨンサング)青坡洞一街七一の三番地に再び移転された。それ以降、協会は、一九六三年五月三十一日、この住所で社会団体第二百六十一号として政府に登録された。真のお父様は、ここで血のにじむ祈りと精誠によって摂理を拡大させていき、昼夜、食口たちを教育しながら、世界に向けた本格的な摂理を準備されたのである。

1 今日、世界で神様のために死んだ人がどれほどいるのかという時、エリヤが「ただわたしだけ残りました」(列王紀上一九・一〇)と言ったように、その言葉しか語れません。天地の中で、このような父の心を中心として、堕落した世界に救いの基盤を広げてきた所が、このように悲惨でみすぼらしい青坡洞一街七一の三番地の統一教会です。ここを見つめながら、六千年の恨を晴らそうと歩んでこられた神様は、どれほど哀れでしょうか。そのような私自身を見つめると涙があふれます。

皆さんも、神様以上に沈鬱な立場でそのような境地に入れば、涙があふれるのです。皆さんはそのような心情にどれほど接してみたでしょうか。情的に深い統一教会で、このような心情を捧げて神様と向き合えるかというのです。皆さんは、今までそのことを考えられずにいたのです。

2 私たちが結んできた絆は、立体的な絆です。それは、今まで歴史上にあった何かの思想を基調として現れたものではありません。神様の心情と神様の創造理想を基調として、本性の人格を標準として始まった絆です。これは、あらゆる絆の核心なので、絶対視しなければなりません。その絆がここ青坡洞で現れました。「青坡」とは、青い丘を意味し、青い丘というのは理想を象徴しています。彼岸の理想世界を望みながら歌う人々が暮らす所、生き生きとした希望を謳歌するのが青坡洞です。ですから、平面的な四位基台を出発できる基盤が、青坡洞の統一教会本部だというのです。

3 青坡洞の本部の場所には、昔、ある寺があったのですが、日本統治下の時代に日本人が所有していた建物です。これがまた、歴史的な建物なのです。一九五五年に、当時、西大門(ソデムン)刑務所に入っていた私が釈放され、行き来する所もないので、非常手段を使って手に入れたものです。自ら用意したのです。最初、ここはお化け屋敷のようでした。真っ黒になっていた柱をすべて洗濯用の苛性ソーダで磨いたのです。

歴史的な因縁がぶつかり合った家です。「この家から、怨恨に満ちた恨を解かなければならない。むちを打った群れを屈服させなければならない。(私を)追い出した群れを、逆に追い込まなければならない」という信念をもって歩んできました。今もその信念は失っていません。いくら一人でいても、天下をつかんで打てる気迫は、いつも宿っています。

4 私たちは、韓国を生かせる旗を立てなければなりません。その旗が高々と掲げられる先々で神様の勝利をたたえるため、私たちはここに集まりました。この場所は、外見的に見れば何でもありません。お父様は、土窟のような、とても小さなみすぼらしい家で暮らしながらも、世界を一度指導してみようという夢をもっています。ある人は、青坡洞の本部教会を見て、「統一教会は世界的に話題になっているにもかかわらず、本部の建物はどうしてこんなにみすぼらしいのか」と言います。お父様が見てもみすぼらしいのです。屋根が壊れてめちゃくちゃです。それでも、それをそのままにしておくのは、壊れたその瓦屋根を直すお金がないからではありません。屋根を直すそのお金を節約して、民族のために使うためです。

これがいつか芽を出して育つ日には、この民族は統一教会を理解するでしょう。私たちが、この民族のために闘ってきたという歴史的な事実を知るとき、この民族は痛哭するでしょう。三千里の山河にそのような一日が来ることを宿願としながら、その日を迎えるために今も進軍しているのです。私の家に傷がつくことが問題ではありません。この国と、この民族に傷がある以上、私の家は安らかではいられません。

5 これからは、本部の権威を守らなければなりません。本郷を見たいと思い、行きたいと思い、暮らしたいと思って、(本部を)慕わしく思う彼らに対し、何度見ても永遠に見たいと思い、また会いたいと思い、暮らしたいと思う心を一層かきたててあげ、士気を高揚させてあげなければなりません。神様に代わって全人類と向き合うことができる立場に立てなければ、本郷の人ではありません。

そのように会いたくて訪ねてくる外国の食口たちを、一日、二日、あるいは一年でも喜んで迎え、額を突き合わせて暮らせる心をもたなければなりません。また、彼らが私を好きになれば、私が彼らと苦楽を共にして過ごそうという、ゆとりのある心の準備をしておかなければ、祖国であり本郷だといって訪ねてくる多くの外国の食口たちに、大きな傷を与えることは間違いありません。

青坡洞は、今日の青坡洞で終わるのではありません。これから統一教会が建てられるあらゆる所から、数多くの食口たちがこの韓国を「本郷の地、祖国の地」と思いながら訪ね、それ以上に青坡洞を愛して訪ねてくるでしょう。かといって、私たちの現在の環境的な不備を落胆する必要は全くありません。今後、人々は、良い場所を選んで雄大な中で礼拝を捧げる所を慕うのではなく、正に青坡洞のここを慕いながら訪ねてくるのです。

本部教会は歴史的聖地

ソウル青坡洞一街の旧本部教会には、一階に礼拝堂、二階に真のお父様の寝室、協会本部事務室、式典会場、相談室および職員の宿所などがあった。当時、日曜日になると、聖殿が手狭になるほど食口が集まった。真のお父様のみ言によって恩恵が夕立のように降り注ぎ、礼拝の雰囲気はいつも神霊に満ちていた。毎日行われる劉孝元協会長の原理講義を通して、食口はさらに復活した。聖殿は、常に精誠を捧げる年配の女性をはじめとした食口たちであふれ、霊的な役事が相次いで起こった。祈りと涙と笑い、報告と証、原理講義と賛美の声が途絶えることのない、心情の溶鉱炉であった。また、ここは、真の父母様の聖婚式と四大名節の制定、真の子女様の誕生、三十六家庭、七十二家庭の祝福式などが行われた歴史的なゆかりのある、始まりの地である。全国の食口が旧本部教会に向かって敬拝をしたり、祈りを捧げたりするなど、すべての精誠がここに集められた。青波洞の旧本部教会は、真の父母様の涙の跡がにじむ神聖な祭壇であり、歴史的聖地である。そのため、み旨を知る人であれば、世界各地からここを慕い、訪ねてくるようになる。真のお父様は、むやみに改造してはならず、原形を大切に保存しなければならないと語られた。ここは、たとえみすぼらしかったとしても、歴史的な事情と曲折がしみ込んでおり、懐かしさにかられる聖なる所だからである。

6 統一教会の本部は、ソウルの青坡洞にあります。皆さんは、果たして本部にいる資格があるでしょうか。言葉では言いませんが、お父様は一日に数十回も涙を流します。お父様がどのように過ごしているのか、側近たちはみな知っているでしょう。お父様は一言語っただけで、ひたすら痛哭するのです。非常に敏感な人です。三千里半島に散らばり、この時間にもおなかをすかせた立場で哀切な祈りを捧げる食口がいて、自由のない環境で迫害を受け、困難に遭っている食口たちがいます。そのような食口たちに心情関係を伝達すべき媒介体が皆さんです。本部にいる人は、罰を受けるとしても、より大きく受けます。ですから、お父様は新しいみ言を語るたびに、本部では語りません。先に地方に行って語り、それから本部で語ります。本部にいる人たちより、地方にいる人たちのほうがたくさん祈ります。本部にいる人として、「天地に恥ずかしくない」と言える人にならなければなりません。

7 皆さんは、青坡洞の本部の写真を見たり、本部を思い出したりしただけでも涙を流す人がいることを知らなければなりません。また、皆さんは、痛哭しながら訪ねてくる彼らを、心から喜んで歓迎し、切実な心で接してあげ、心の友となって慰めてあげることができなければなりません。

皆さんは、本部で生活しながら、今まで関係を結び、共に風霜を経てきたので、無事に天のみ前に祝福を受け、天のみ前に誇れる人たちになるようにしたい、というのがお父様の気持ちです。

8 狭い本部教会にたくさんの人が座っているので、無理があることは知っています。しかし、これは私たちだけが知っているのではありません。神様はもっとよく御存じです。このような姿をこの世の人が見れば、あざ笑うかもしれませんが、お父様はそのように思いません。神様に「私たちの教会を建ててください」とは祈りませんでした。このような場にいることを、むしろ光栄に思っています。

本部教会で、ある集会が行われるとき、入り口の後ろで押し合いへし合いしながら、先を争って入ろうと大騒ぎです。これを哀れに見るのではなく、これを御覧になる神様の切ない心情を慰めてさしあげるために、「一時はこのようなことがあってもよいのではないでしょうか」と祈ることができる心をもって参席しなければなりません。このような人がいてこそ、これからこの世を蕩減復帰できるのです。

このような環境は、悲惨な境地にいる私たちの民族だけがもち得る真実な財産であり、蕩減復帰し得る材料になるのです。このような環境が、不幸の要件ではなく、むしろそれによって神様の内面の事情に深く入っていくことができ、私たちの教会を造ってあげたいと思う神様の心情的な基準を、私たちに連結させることのできる恵沢と恩賜の条件になるというのです。

9 これから青坡洞の本部教会を、全世界の人々が訪ねてくるようになるでしょう。夢のような話ではありません。私がここで暮らし、ここでみ旨を探し求めて歩んできたので、私が指導する理念に従って、国境を越えて訪ねてくるでしょう。家を新しく建てようとすれば、すぐにでも建てられます。しかし、この家は歴史的な行事をした所であり、天地が痛哭した所です。多くの人が痛哭した場です。血を流し、身もだえしながら訴えた場です。永遠に忘れられない曲折によって流された涙の跡がにじんでいる所です。涙がしみ渡った聖なる祭壇です。(それを知らずに)適当に入って、適当に出ていく所ではありません。お父様は、そのようにしませんでした。

10 お父様が精誠を尽くしたこのすべての基盤を、皆さん自身が蹂躙してはいけません。統一教会が神様の六千年歴史を経て天のみ旨と向き合ってきた教会であるとすれば、この道を通ってきながら、涙の跡を残せる歩みのできない人は、天の人になることができません。私はそのように信じています。

この床に涙しながら伏して祈るとき、この場が、千年、万年、父が待ち望んできた希望の一つの基盤であることを感じてみたでしょうか。骨髄からにじみ出て、血肉が結ばれた心情で、自分の一身のあらゆる意識を忘れ、涙だけで始まり、涙だけで終えることはできない悲しみと切なさが、自分を占領したことがあったでしょうか。そして、自分の環境を忘れて訴えた時が皆さんの生活の中であったかというのです。もしそれがないというとき、お父様がそれ以上の立場を通して基盤を築いておいた土台があれば、その土台の精誠が皆さんを讒訴するでしょう。

お父様も、神様が億千万世の受難の道を歩まれながら、み旨のために尽くした精誠が私を審判するだろうと思います。その精誠を中心として、私が審判の場に立つので、それが最も恐ろしいのです。精誠を尽くした神様のみ前に、いかにして同情を受ける一時を私の環境に残すかという問題を中心として、この上なく身もだえする生活を、お父様はしてきているのです。

11 本部に対して自分が願っていた基準と違うからといって、それを中心として悪く批評すれば、その人が今まで本部を慕わしく思った、その慕わしさが瞬時に消えてしまいます。もし「私たちの願った所がここなのか」と思い、口を開いてそのような言葉を一言でも言ったなら、その人がその時までいくら精誠を尽くしてきたとしても、その精誠を尽くしたものがそこで無効になってしまうのです。

みすぼらしい本部を見ながら、「私が精誠を尽くしてきた所がこれでよいのだろうか。私がいかなる犠牲的代価を払ったとしても、この本部をどんな教会の本部よりも立派な本部にしよう」と決意して、涙とともにこの場で天のみ前に訴える人がいれば、彼は誰よりも次元の高い、天の懐に抱かれる良ひ志になるだろうと思います。外国の食口たちなら、誰もがすぐにそのような思いを感じざるを得ないという話を、間接的に、または直接的にたくさん聞いてきました。外国の食口がそのように考えるのなら、本国にいる統一教会の食口として、この本部を見ながら感じる思いが、その外国の食口たちと比較して引けを取ってはいけません。

12 青坡洞の本部教会で歴史にない聖婚式を挙行しました。ここで、歴史にないことをしたのです。「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を定めました。ここで一九六〇年に聖婚式をしました。三十六家庭を祝福し、七十二家庭を祝福しました。歴史的な場所です。この場所を汚してはいけません。ここに教会を建てようと思えば、すぐにでも建てられます。この建物を壊してしまい、韓国のどの教会にも負けない教会をすぐに建てることができるのです。お父様は、精誠を尽くさなかったり、神様を中心とした動機にならなかったりすれば、欲をもったり、何かを願ったりする人ではありません。真実の伝統の歴史というものは、(形だけの)手段や方法を通してできるものではありません。

13 皆さんの目の前にある統一教会がすべてではありません。その背後の何を見つめているのかというのです。私は、世界の数十カ国を回りながら、数多くの宮殿をすべて見物しました。その宮殿に行って見るたびに、「私は小さい家で世界を生かそう」と思って帰ってきた人です。

この小さな家で、世界の豪華な家で捧げる以上の精誠を尽くし、神様が記憶される精誠と心情の泉をつくれば、喉の渇いた人がこの泉を訪ねてくるのではないかというのです。岩穴でも山の尾根の高いどんな所でも意に介さず、湧き水があふれ出る所なら、誰もが訪ねていくのです。そこから出てくる水が真の湧き水なら、そこに都市もできます。そこは文化の発祥地になり得るのであり、歴史の起源地になり得るのです。

14 本部教会の柱を見ると、私がある時、この柱を抱えて涙を流したことが思い出されます。歴史が回想され、当時、国が私たちに反対していた状況が目の前にはっきりと浮かびます。そのような刺激が必要です。

ですから、愛する人の一枚のハンカチを一生の間、宝の中の宝として胸に抱き、愛の幸福を感じる人たちがいるのです。ほかの人であれば、持っていって簡単に捨ててしまうかもしれないハンカチですが、自分の命よりも貴く思い、何よりも大切にする人がいます。値段からすれば、いくらにもなりませんが、そこに愛が宿っている時は、無限の価値をもつようになるのです。

第三節 真のお父様の精誠と信仰指導

精誠と投入

真のお父様の西大門刑務所出監と、青坡洞一街の旧本部教会定着以降、一九五七年の前半期までは、新しい段階への発展のために体制を整える期間だった。真のお父様は、旧本部教会を中心に、食口教育に心血を注がれ、劉孝元協会長の原理講義とともに、伝道に注力する時期だった。また、よく野外に行っては訓練をし、親睦も深めた。信仰の熱意や礼拝、原理講義など、実質的な信仰生活は、この上なく熱烈なものだった。真のお父様は、ジャンパー姿で礼拝を執り行われ、狭い聖殿であったが、礼拝の時には昼夜を問わず、食口であふれ返った。その中には、十数人の大学教授をはじめ、高学歴の婦人食口と青年食口が多く参加していた。伝道活動は、自発的に行われていた。

1 一九五七年から開拓伝道をする時、お父様は一日に二時間しか眠りませんでした。食口たちを連れて、夜を明かしながらひれ伏して祈りました。そうして、一九六〇年代に新しい世界へと出発する際、私自身が天のみ前に恥ずかしくない二十一年路程を勝利するために、七年間、その準備をしながら訓練したのです。

2 統一教会をつくったあとは、部屋にかがんで座り、毎日のように七年間、午前三時、四時まで精誠を尽くしてきました。「私の精誠をすべて注ごう。倒れるまで注ごう。おなかがすいても注ごう。眠気が襲ってきても注ごう。天が公認するときまで」、このように心情で種を植えつけたので、今日、統一教会の教会員たちに受け入れられなかったとしても、この種は、神様の心情を通して世界に連結されていくでしょう。必ずそれがいつか刈り取られる日が来るので、韓国で刈り取ることができなければ、世界で刈り取られるだろうと考えました。

3 統一教会の草創期に、お父様は鼻血を流しながら祈りました。「歴史的な血に代わって、万民が恥ずかしく思うだけでなく、万民が痛哭しても報いることのできない鼻血になり得るなら、それはどれほど光栄だろうか」と考えました。「万民が受けるむちを私が受けるのだと叫ぶ立場で打たれるなら、どれほど栄光のむちになるだろうか」と考えたのです。事実がそうです。

それでは、愛国者の中で最高の愛国者とはどのような人でしょうか。国のためにむちを十回打たれた人と、百回打たれた人がいれば、百回打たれた人のほうが愛国者です。また、千回打たれた最高の愛固者がいても、もし一万回打たれた人が現れれば、その人が福をもっていくのです。それでは、一万回打たれた人の前に、十万回打たれた人が現れればどうなるでしょうか。その時は、福をもつまいとしても与えられるのです。福を受ける道は、その道しかありません。

4 お父様が青春時代に犠牲になって準備したものを、皆さんが引き継ぎ、それこそ勝利の場、万国が称賛する場で、万国を愛し、万国のために生きていくことによって、お父様以上の栄光の場に出ていかなければなりません。座って何もせずに、ただ福だけを受けられるでしょうか。皆さんは、これから先頭に立たなければなりません。お父様は、草創期に、邪悪なこの世で流れていく人にならないよう、食口たちを昼夜訓練したのです。

雨の降る日、ざあざあと降る雨に打たれながら冠岳山(クァナクサン)に登るのです。登る途中で滑ったりしても登るのです。登らなければなりません。今後、国家と闘い、世界と闘う広大な戦場に進み出て、敗北者や敗残兵にならないようにするために訓練してきました。ありとあらゆる批判を受けながら、そのような訓練をしたのです。

5 お父様は、一九五七年に食口を育てるとき、一対一作戦をしました。残るものは一対一作戦です。一人の前で講義をする時も、百人、千人の前で講義をすると考えてしたのです。その一人に数千、数万人の人がつながっていると考えました。私がどんな命令をしても聞くことができる人にするためには、私がそれだけの精誠を尽くし、そのようにできる動機をつくってあげなければなりません。

そうなる時に、三段階の関係が結ばれるようになります。私と皆さんが一つになり、皆さんと地方にいる食口が一つになるのです。このようにならなければなりません。なぜ三段階になっているのでしょうか。神様とアダムが一つになり、アダムとアダムの息子が一つになったことと同じなのです。それが原理です。三段階の完成ができなければ、四位基台の完成圏が現れません。ですから皆さんは、自分と同じような人をつくっておかなければなりません。

6 お父様は、誰かが私に心情的なことを一言だけ語っても痛哭します。そのような心情をもっています。いつでも神様のことを思うと胸が詰まり、背骨がきしんで突き刺さるかのような、何かがあります。私自身も、どうすることもできません。そのような領域があるので、祈らなくても、生活のすべてが祈りの生活です。ですから、喉が締めつけられて倒れ、木にしがみつき、電信柱にしがみつく、このような神様の抑え難い唖然とする事情があり、悔しくて胸が痛む事情がいくらでもあるのです。ある時は、体を支えていられないほどの心情を体恤するのです。

その理由を調べてみると、その時間に神様にとって悲しい出来事があるのですが、どの場所でそのようなことが起きるのかを教えてくれるのです。それは、私が中心的な責任をもって地上に来たので、霊肉を中心として収拾してあげ、心情的基盤を連結させなければならない使命があるがゆえに、必ず私に連結させて通告するのです。

7 統一教会はみな、麦御飯を食べているので、乞食たちまでが「行っても麦御飯しかくれないので、行ってはいけない」と言った時もありました。一番下から始めて、一歩一歩踏み上がってきました。私は誕生日のお祝いをしませんでした。この地上に生まれた人の中で、誕生日も迎えられずに死んでいった人がどれほど多いでしょうか。そのようなことを考えると、私がそのような人たちに同情してあげ、霊界に行って関係を結ぶために、三年間、誕生日に断食をしたのです。

また、昔は、この壇上では背広を着て説教をしませんでした。労働服から出発したのです。説教をする時、一人しかいなかったとしても、その一人を前にして、血の汗を流し、涙を流しながら精誠を尽くして説教をしたのであって、通りすがりの客を迎えるようにはしませんでした。今では、そのようなことが懐かしく思われます。

8 お父様は、伝道するために、生涯にわたってあらゆるものを投入してきました。患者が病院に来れば、医者は、寝るのを忘れてその患者のために生命を投入する責任と義務があるように、お父様は、統一教会の食口たちを育てるためには昼夜も忘れるのです。朝御飯を食べていながら、これは夕御飯だと思うことがたくさんありました。そのような伝統的な歴史があります。

皆さんが伝道するとき、流れていく水もとどまって称賛したいと思い、魚たちまでも、皆さんの食膳に上がれたらよいと思って同情し得る環境を残さなければなりません。

そうなると、それらを食べて暮らしている人が動き出すのです。ですから、自分が責任をもつ所は、入ったことのない家がないほど、十回でも、百回でも回らなければなりません。

神様は千回、万回、回りながら、人間を探し求めてきました。皆さんがそうしてこそ、神様の息子、娘となって、相続を受けることができるのです。ですから、皆さんも村々を訪ねて、百回、千回、回るのだと思い、回ることができなければ、涙を流しながら悔い改めなければなりません。人の心霊に責任をもつ指導者たちは、そのようにしなければなりません。そうして、正しい真の父母、縦的な真の父母と横的な真の父母の道理を代身者として受け継いでこそ、(食口たちは)曲がることなく、まっすぐな方向に合わせて位置をつかみ、従ってこようとするのです。

9 お父様は、一九五七年頃、約四百人の食口のためにいつでも祈ってあげていました。最近は、私は祈らないようにしています。しかし、ある限界点まで越えていくためには、祈ってあげなければなりません。祈ると、どのような心霊状態なのかが分かります。祈れば、自分と関係している食口たちは枝のようなものなので、神様が必ず教えでくれます。

精誠を捧げてみてください。食口たちのために精誠を捧げれば、彼らの心霊状態が傷つくときは、様々な姿で見せてくれます。うなだれている時もあり、ふろしきで顔を覆う時もあり、様々な姿で見せてくれるのです。気分の良いことがあった食口の場合は、すぐに笑う姿が見えます。また、悲しいことがある時もすぐに分かります。

10 精誠を捧げる時間がなければなりません。明け方に起きる時は、休んでいた視神経が目覚める境界線にあるので、必ず見せてくれます。それを見て、「きょうは教会で何かが起きそうだ。きょうはこのような食口が来るようだ」といったことを感知しなければなりません。

有能な医者は、患者の顔色だけを見ても、何の病を患っているのか分かります。歩く姿だけを見ても分かります。そのように、皆さんも霊的なアンテナを高くして、鑑定する能力がなければなりません。そのためには、精誠を捧げなければなりません。

祈りというのは、本当に恐ろしいものです。無言でいながら、その環境を完全に占領するのが祈りです。お父様は、どこに行っても、自分の目標を中心として二十四時間祈ります。御飯を食べながらも、息をしながらも祈ります。それは、自分のためのものではありません。人類のためであり、神様のための祈りなのです。

そのような一念を中心として、精誠を込めて四方を一周すれば、平衡を保って円形になります。私が祈ることによって上がっていけば、この圏内は天が主管し得る領域になるので、この圏内の良心的な人士たちは引っ張られてくるのです。会えば、我知らず引っ張られてくるのです。ですから、いつでも精誠を捧げなければなりません。

草創期の熱気と愛の風

一九五〇年代、真のお父様は、真心を込めて食口を指導された。夜が更けるまで食口の事情を最後章まで聞いてあげ多くのみ言を語られた。壇上に立たれるときは、涙を流しながら説教をされた。食口たちは、真のお父様のことを慕いながら常に教会を訪ね、教会に来れば、なかなか家に帰ろうとしなかった。このような神霊と真理、愛にあふれた雰囲気の中で、教会は受難を踏み越え、新たな跳躍の足場をつくり上げたのである。

11 お父様は昔、食口たちを育てるのが一番楽しいことでした。夜遅くまで話をします。夜十二時になって、食口たちが帰りたくても、話をする喜びに酔いしれて語り続けるのです。お父様は、午前一時、二時、三時になっても話をするのですが、居眠りする食口たちもいます。それはどれほどの差があるでしょうか。

講義しながら酔いしれ、講義しながら涙を流し、講義しながら感謝し、講義しながら考えるのです。

地獄に行く生命でも、注射を一本だけ打ってあげれば、良くなってくるのです。それはどれほど興奮することかというのです。天が共にあるので、そこには電気が通るのです。

何億ボルトが通っていくような力が共にあり、世の中が揺さぶられる気分がします。どれほど痛快でしょうか。そのような時は目をつぶろうとしても、つぶることができません。寝ていても、はっとして目が開きます。

12 皆さんは、神様の心情に代わり、神様の創造的役割に代わって、人々を救ってあげるために、どれほどの努力をしたでしょうか。深刻な問題です。

お父様は講義もし、説教もたくさんしましたが、一九五〇年代は、涙なくして説教した日がありませんでした。痛哭しない日がありませんでした。あらん限りの力を尽くし、血の汗を流しで気が遠くなる境地や、「私は死ぬ」と言って倒れた境地から立ち上がろうとしてこそ、天が慰労してくれ、役事してくれるのです。

ですから、皆さんが今まで出掛けていって働き、伝道をたくさんしたならば、寝る前にその村のために祈ってあげなければなりません。自分が責任をもつ郡ならば郡のために、最も高い山に登って祈り、高い山に登れなければ、最も深い谷に行って祈りなさいというのです。止まってはいけません。それから、最も神聖な所、聖殿に行って祈るのです。聖殿において涙が乾いてはいけません。

13 歴史に残るのは、実力ではありません。実績が残るのです。準備が残るのではなく、基盤が残るのです。これはどこにでも適用されることです。これはお父様の言葉ではありません。学校や、どこに行っても同じです。ですから、語る時は、そのまま語ってはいけません。実績をもって語らなければなりません。

講義する時は、痛哭してでも感動を与えなければならないのです。ですから、お父様は草創期、その激しい迫害の渦中でも、血の汗を流しながら説教をしました。喉が張り裂けんばかりに説教をして、集まった人に感動を与えました。きのう以上にきょう、より迫害を受けて疲れたとしても、これから行くべき道が残っているので、力を投入するのです。力を投入しようとするので、消耗戦をしなければなりません。ですから、私はあらん限りの精力をすべて注ぎ込むのです。そのようにして引っ張ってきました。なぜならば、実績を残さなければならないからです。

14 一九五七年と一九五八年頃、お父様はどのような人だったでしょうか。どんなおばあさんでも、どんな人でも、その人の話を最もよく聞いてあげる先生でした。彼らから、「大韓民国で自分の話を一番聞いてくれる人」と言われていました。

ですから、おばあさんたちが来ると、嫁いだ日から夫をどのように愛したかという話まで、すべて私にするのです。今まで話したかったことをすべて打ち明けるのです。お父様を訪ねてくる人は、誰もが「先生は私の話をすべて聞いてくれる」と言いました。それからは話すことがないので、お父様が話すのです。ここに器があれば、その器を逆さにしてすべて出しきってから入れれば、入ります。

話を聞いてあげる時には、本当に興味をもって聞いてあげます。夜を明かしながら聞いてあげるのです。話を心から聞いてあげ、また、心を込めて自分の話をするのです。それが秘訣です。そのように与え合うのです。

15 私が伝道をする時は、八十歳になる老人が訪ねてきても、若い人に接する時と変わらずに接しました。そのような思いをもって接するので、天地において誰も嫌だとは言いません。そのような人が来れば、先祖に出会ったように喜んで接しなければなりません。自分の祖母より喜んで接するのです。天からすぐに(結果が)出てくることはありません。ですから、そのような気持ちで接しなさいというのです。そのおばあさんに接するのは、天の秩序的法度です。年を取った人と接することは、天の道理に従った橋を架けることになるのです。神様こそ、最も年を取ったおじいさんです。

16 お父様に従ってきた人たちは、心情的な絆で結ばれているので、お父様を思いながら涙を流す人がたくさんいます。息子もいて、孫もいて、夫もいるのですが、涙をぼろぼろと流すのです。皆さんもそのようにすることができなければなりません。食べ物があれば、とっておいて、あとで一緒に分け合って食べようとし、ひたすら和動して、大変なことを解いてあげようとし、困難なことがあれば、私が開拓してあげようとします。ですから、町中で大騒ぎになり、国から追放しようとするにもかかわらず、お父様に従ってくるのです。

昔、私たちはそのような雰囲気がありました。伝道に出掛けて、人が伝道されれば、自分を伝道してくれた人に無性に会いたくて、毎日教会にやって来るという雰囲気がありました。「そのような雰囲気をつくって指導しなさい」と言ったのです。新しく入ってきた人たちを、そのように指導しました。自分の家よりも良いので、家に行こうともせず、学校よりも良いので、学校に行こうともせず、職場よりも良いので、職場に行こうともせず、みな教会に集まろうとしました。それが問題になったのです。

17 草創期、統一教会の女性たちは、教会に行きたくて行きたくて仕方がありませんでした。心の中で、「ああ、行きたい」と声を張り上げるのです。その声が聞こえ始めます。声が聞こえると、もう別世界の言葉を語り出します。霊界に通じるのです。神様の愛が電気だとすれば、その愛に通じ得る電線が連結されているのと同じです。その境地に入るようになれば、もうすべてが見えるのです。自宅にいながら、お父様が何をしているのかすべて分かります。「きょうは気分が悪いので、私が行けば先生も気分が良くないだろう」ということがすべて分かるというのです。それでも、行かないわけにはいかずに訪ねてきます。

この青坡洞の峠は、不思議な峠です。磁石が南北に向くのを誰も止めることはできません。「教会に行かない」と決心し、部屋から出て庭をぶらぶらしようと思っていたのに、門を開け、いつの間にかバスに乗って教会に向かっているというのです。我知らずに来てしまうのです。そのように不思議な力があります。そのようなことを感じたことのない人たちは、本当の愛が分からないのです。

18 統一教会員たちは、追われに追われる最も哀れな人たちです。雪の降る冬の夜に、家から追い出された哀れな境遇の食口たちや、追い出されて行き先もなく、壁にすがるようにして祈っていたその人たちを私は知っています。このような恨が胸に残っているのですが、天の耐え忍ぶその心を私は知っているので、反対する家族を赦しました。

彼らが知らずに犯した罪なので、赦すのです。様々な事情があります。その胸に天と地の恨を抱いて歩いていることを誰が知っているでしょうか。私はそのように歩んできながら、多くの涙をのんだのです。

継続して行われた原理講義

草創期は、劉孝元協会長が伝道対象者に対する原理講義を担当した。初めての人は、夕方に講義を聞かせ、三日が過ぎた人は、大抵三日間、泊まり込みながら、修練会方式で講義を聞いた。体が不自由な劉協会長は、横になったまま用紙に講義内容を書き記して講義を行った。講義のあとには、真のお父様が全身汗だくになるほど、渾身の力を尽くしてみ言を語られた。

新しい食口が、この過程を通して深奥な原理のみ言に感化を受け、感服して、み旨の道を行くことを決断した。劉協会長は、一日に十八時間講義をするという記録を立てたこともある。

19 昔、劉孝元協会長は、三年八カ月の間、一日も休まず講義をしました。そのような歴史があります。彼は不自由な体でそのようにしたのです。それを考えると私は無慈悲な人です。今のように食口がたくさんいたわけではありません。新しい人が来ると、その一人を座らせて講義し、新しい人が来なくても、そのまま食口たちに毎日続けて講義をしたのです。そのようなことを見た人もたくさんいるでしょう。

20 劉孝元協会長に講義をさせているとき、私は寝ませんでした。中二階の部屋に座って、すべて聞いていました。誰が来て聞いているという報告をすべて受けました。夕方、講義をしに降りてきて、話し始めてから一分もしないうちに居眠りするのを見て、お父様は涙を流して祈りました。そのような涙の交わりがあったのです。

そのような事情があります。そのように、統一教会の歴史はとても悲惨でした。何ゆえに私がそのようにしなければならず、何ゆえにその人がそのようにしなければならないのかというのです。それは神様ゆえです。それでも霊界が役事しないとすれば、霊界はないというのです。

21 教会に人がいなくても、戸を間けて、痛哭しながら説教をしてみてください。そうすれば、周囲の人たちが、どうしたのかと聞いてくるでしょう。人々がそれを見物するために入ってくるのです。その時、「私の話を少し聞いてみてほしい」と言って、講義をするのです。皆さんが、涙を流しながらそのようにしてみなさいというのです。

その涙は、誰のために流すのでしょうか。国のため、人類のため、世界のため、神様のために流すのです。その道しかありません。

もし講義をしている途中で倒れたら、私が看護してあげましょう。そのようにして死んだら、私が葬儀もしてあげます。そうすれば、霊界に行っても弁明の余地があるのです。「お父様の言うとおりに、喉が張り裂けんばかりに講義をしていて倒れた」と言えます。ですから、それはどれほど深刻でしょうか。生きるか死ぬかの覚悟でしなければなりません。そのようなことをしたので、神様がお父様を押してくれたのであり、世界的な人物になったのです。

22 一週間、統一教会に来て、修練を受けてから市内に出ると、何千年も前の電車が走っているとか、バスが逆に走っていると思うほど、全くの別世界に見えます。人々が前に歩いていくというのに、すべて後ろに歩いていくように見えるのです。それほど変わります。そのように感じた人たちに、「統一教会に来てはいけない」と言えば、来ないでしょうか。

昔、草創期に、正門を閉めて鍵をかけても、垣根を乗り越えて入ってきたり、「入ってきてはいけない」と正門から追い出しても、裏門から入ってきたりして、わんわん泣きながら夜を明かして祈るのです。夜を明かすのが常でした。そのような雰囲気が必要です。大騒ぎになるようになっていました。

そのためには、昼夜なく講義をしなければなりません。それで、劉協会長に「一日十八時間講義をしなさい」と言ったのです。

第四節 韓国百二十地域の最初の四十日開拓伝道

百二十地域における四十日開拓伝道

真のお父様は、一九五七年七月一日、食口たちと七日断食を共にされたのに続き、七月二十日から全国百二十カ所に二人ずつ四十日開拓伝道師を派遣された。このように、本格的な伝道活動によって食口たちが増え、地方の至る所に教会が建てられると、一九五八年には、地方伝道体制を強化された。一九五九年には、協会主管の四十日全国伝道師修練会が三次にわたって開かれ、以後、継続して四十日原理修練会が指導者の教育課程として実施された。

1 神様のみ旨を成就してさしあげなければならない私たちは、どのように生きるべきでしょうか。自分自身の内外の問題ばかりを解決する人生になってはいけません。自らの問題を越えて全体的な問題と関係を結び、永遠の価値を実現させようという責任感をもって立ち上がらなければならないのです。そのようにするとき、皆さんは天的な福音のみ旨を成就してさしあげることができます。皆さんがそのような使命感をもって伝道の道に進めば、神様が共にいらっしゃるのです。皆さんがそのような心をもって「ために生きる生活」をすれば、そこには必ず愛の再創造の役事が展開するというのです。

2 四十日特別活動は、一九五七年七月二十日から始まりました。韓国統一教会の全食口が、七月一日から一週間断食を始めました。一週間断食をしながら出発したのです。お父様もその時に、断食をしながら四十日特別活動を宣言しました。統一教会では、常に七月二十日を中心として、夏季四十日伝道活動をします。この時期は、学校も夏休みに入る最も暑い時です。一番暑い時に、み旨のために汗を流しながら努力しなければなりません。それが蕩減条件を立てる上で有用なのです。大きな蕩減条件になります。ですから、その期間を選んだのです。最も大変な時です。

伝道に出る時は、お金を持たずに行きます。お金があれば、すべて一カ所に集め、ほかの人に分け与えてから行くのです。自分の生活は現地に行って解決するのです。血の汗を流して労働をしたり、何かをしたりして生活しながら、その地方の人々を助ける運動をしなければなりません。それが訓練です。

3 一九五七年に、統一教会として初めて百二十カ所に、(食口を)伝道に送り出したのですが、その時は、お金は行きの交通費だけを持ち、服も二着だけ持たせました。「四十日の間、断食もするのだから、行って、はったい粉を食べながら、四十日間、活動しなさい」と言ったのです。そして、「働きながら食べる物をもらうところから始めなさい」と言いました。

そのように(して任地に)行って、それを克服してきました。人間として最低の立場から始めたのです。お父様は三年間、誕生日に断食をしました。食卓もなく、御飯を床に置いて食べました。また、おかずはキムチ、しょう油をはじめ、三つだけ食べました。このようにして上がってきたのです。蕩減復帰です。服も、もらい物を着たのです。4草創期に食口たちが伝道に出ていく時、不平不満を言ったり、お金のことで愚痴をこぼしたりしながら出発することはありませんでした。人から批判されながらも、一人の生命を救おうとして、明け方に町中のあらゆる犬からほえられたのです。

ですから、町の人々から後ろ指をさされて、その町では働くことができないので、早朝に起きてバスに乗り、働くために十里の道を行かなければなりませんでした。そうして、町に帰ってきて、働いて稼いだお金でポン菓子を買い、宴を開きながら人を集めて講義をしました。そのようなことが輝かしい摂理史の資料として残っています。初代教会の歴史に残り得る資料を残したのです。

5一九五七年から伝道期間を定めておき、伝道に出掛けました。互いに道端で出会って喜んだその時間や、また互いに別れる時、山腹を巡りながら再会を期して涙で離別した時間は、皆さんが億万のお金を出しても買えない時間です。それにどのような価値があるのか、皆さんは分かっているでしょうか。

この上なく貴い事情をすべて流してしまうとすれば、何が貴いと言えるのでしょうか。今後、国内だけでなく、世界的舞台まで、皆さんはお父様と同行し、万民の前に天の伝統を誇り、新しい思想を植えてあげられるみ業をしなければなりません。それでは、皆さんはいつその材料をつくり、いつその材料を収拾するのでしょうか。この時しかありません。

6一九五〇年代、統一教会を出発する以前に、お父様は多くの人にあらゆる訓練をさせました。断食をさせ、開拓伝道をさせながら、すべての分野の訓練をしたのです。

お父様に会いたくて訪ねてきて、帰るのが遅くなれば送ってあげ、夜を明かして行ったり来たりすることがたくさんありました。それはお父様だけでなく、食口たちもそうでした。

当時、韓国には自動車があまりなく、みな歩いて通いました。月夜や夜明けに、互いに涙を流しながら、国のために、天のために、未来のために誓って出発した、そのような忘れられない事情がたくさんあります。そこから愛国心が生まれるのです。

この世で初恋に夢中になる、それ以上に次元の高い霊的雰囲気の中で活動していたことが、いつも懐かしく思われます。そのような絆をいかに誘発するかということが、教会を指導する人たちの責任であり、自分たちの活動目標として立てるべき事柄です。その伝統基盤をいかに連結させるかということが、皆さんが努力すべき標準なのです。

お父様が、そのようにこの基盤を築いてきた伝統を尊重し、伝統と教育と行動を考えながら、自分の後継者たちを育てなければなりません。今いくらうまくやったとしても、未来の後継者たちが今よりも劣るならば、落ちて下がっていくのです。今よりも未来のほうがさらに良くならなければなりません。未来のために今、投入しなければならないことを忘れないでください。

7責任者たちは、み言の宣布も重要ですが、必ず実績を刈り取ることができなければなりません。蒔く責任者になるのではなく、蒔いたあとに刈り取る責任者になりなさいというのです。刈り取るまでには三年以上かかります。すぐに刈り取ろうとしてはいけません。それが原理です。ですから、三年苦労しなさいというのです。

それで、お父様は、一九五七年に百二十カ所の伝道地を設定し、派遣しながら、「皆さんは、三年間、服役し、そこに売られていって奉公するという立場で、村なら村に行って忠誠を尽くしなさい。そして、彼らに忠誠の道理を教えてあげなさい。それだけでなく、実践して見せてあげなさい。そうすれば必ず、皆さんが語らずとも、自分たちができることを引き継ごうと言ってくるだろう。誰も彼もがそのように言ってくるとき、皆さんはその村で完全に定着することができる」と言ったのです。

草創期の伝道活動の雰囲気

真のお父様は、全国各地に伝道隊員を派遣するに当たり、片道の交通費と服二着だけを持っていくようにされた。また、「麦御飯より良い食べ物を食べてはならない」と言われた。伝道隊員たちは、はったい粉を水に混ぜて飲み、時には犬の餌をもらって食べながら、最低の位置で開拓伝道をしたのである。一日働いて一食食べるのがやっとだったその時代、伝道隊員は、満足に食べることができず、歩きながら足がもつれることも多かった。み言を伝える前に、朝早くから起きて村の掃除をしたり、畑の草取りなどをしたりしながら関係を築いた。草創期には、大部分の人がすべてを置いて出てきたので、家族や世の中の友達、隣人から激しい反対を受けた。一九六〇年以降から、食口たちによって、ソウル市内の主要な公団をはじめ、地方の各都市でも街頭での伝道活動が活発に展開された。

8私たちは、年を取った方々や幼い人たちを問わず、これまで血のにじむ闘争をしてきました。あらゆる試練が前途を塞ぎましたが、ただみ旨だけを考えながら打ち勝ってきました。食べることもできず、着ることもできず、涙と血と汗を注いで足場を築きました。

私は皆さんに、三年路程を出発する時、罪人のように行こうとお願いしました。ですから、三年間、罪人ならぬ罪人となって歩んできたのです。私は、皆さんがサタンに奪われないように、後退しないように闘ってきたことを知っています。任地を守るために、血を売ってまで闘ってきた食口がいることも知っています。皆さんは、制限された環境で苦労をしましたが、その苦労には途方もない背後がありました。その苦労は、前途のためにあらかじめ備えたものなので、新しい方向に向かっていく基盤になるでしょう。

9当初、統一教会が伝道する時は、人の口では伝道しませんでした。夢のお告げを通して、「統一教会に行きなさい」と言われ、行かなければ(霊界から)棒でたたかれたりして伝道された人たちがたくさんいます。霊界から伝道したのです。霊界から息子、娘に、「どこそこに行けば、文先生という人に会えるだろう」と言われて、伝道されました。行こうとしなければ、追い立てたり、追い出したりしてでも、必ず行かせました。そのようにして集まった人たちが統一教会の食口です。

10 草創期に伝道に出ていた責任者たちは、迫害が激しいので、これ以上ないほど寂しい思いをしたのです。互いに消息が分からず、気になれば、中高生や大学生たちを通して連絡を取り合って会うのです。ところが、その距離が大概、五里、十里です。「いついつに二人で会おう」と言って中間で会うことになります。五里の道なら、二・五里ずつ歩いてきて会うのです。(しかし、)会う場所があるでしょうか。ですから、十字路や派出所の前、橋の下など、名が知られている所で会うのです。そのようにして会っても、食べる物があるでしょうか。そのように久しぶりに会ったなら、昼食を食べるとか、夕食でも一緒に食べなければならないのが人情の常であるにもかかわらず、そのようにできない立場で別れるのです。その中には、兄のような人もいて、姉のような人もいて、弟や妹のような人もいます。そこで交差する心情の切なさは、到底言葉に表すことができません。

ですから、過去に自分の兄弟や父母を中心として暮らす中では、もつことのできなかった情熱を、投入するようになるのです。「今度来る時は、何としても昼食を御馳走してあげなければ。鶏肉を買ってもてなそう!」と思ったあと、一週間働いてでもそれを準備するのです。そのようにしながら、働いたという話はしません。あとで、働いてそれを買ってきたという事実を知った時には、血が沸くのです。感激して涙を流すようになれば、口元が先に震えます。そのような境地で再び会えば、二人で抱き合い、祈りながら張り上げる声がどれほど大きいか分かりません。近所の人たちが周りをぐるりと取り囲んでいることも知らずに祈った、当時のそのような出来事は、すべて歴史的な資料となるのです。

11 韓国で開拓地に行って伝道した当時は、一日働いた稼ぎで一日暮らすのが大変でした。一日働いた稼ぎで、一食食べて暮らすのが大変な時だったのです。若い人たちが道を歩きながら、足がもつれることがいくらでもありました。伝道師たちがある町に開拓に行ったのですが、食べる物がないとき、その町で働こうとすれば、町にうわさが立って迫害がひどくなりかねないので、仕方なく十里以上離れた所に行って働いた人たちがたくさんいます。

伝道師たちが本部からお金を持っていって伝道したのではなく、そのような事情の中で開拓伝道をしたのです。それでも、絶対に食口たちに自分の事情を話しませんでした。ですから、食口たちは分かりません。六カ月たち、一年たってからそれを知っては、痛哭するのです。そうして、指導者に弁当を持ってきて食べさせてあげる運動が起きました。ですから、その御飯を食べなければならない指導者の心はどれほど悲惨でしょうか。また、弁当をくれたその学生が、学校に行って昼食を抜くことを考えざるを得ないのです。このような中で、互いにそれを克服しながら、「私たちは死んでもみ旨を成し遂げよう」と言って、心情的な連帯感に浸っていたのです。

12 統一教会の成和(ソンファ)学生会は、中高生たちで構成されているのですが、その中高生たちが統一教会の伝道師たちを食べさせて助けました。父母の反対があまりにもひどいので、父母が作ってくれた弁当を順番に伝道師に持っていってあげたのです。学生たちが三十人とすると、一日に三人ずつ弁当を置いていけば、十日間に一度回ってくるので、朝昼晩と順に持っていってあげるのです。このように学生たちの弁当を食べながら開拓した歴史があります。

それを父母が来て見たとすれば、どれほど痛哭したでしょうか。しかし、それが問題ではありません。国をつかみ、み旨の世界のためには、そのようにしてでも、これから迎える栄光の日を称賛しようとしたのです。

13 統一教会に入る前までは、誰よりも良い弁当を持って通っていた学生が、統一教会に入ってからは、弁当を持たずに来て、昼食の時間は一人で校庭にこっそり隠れていて、また教室に戻ってくるのです。それが友達に見つかったりもしました。自分の親に知られたら大変なことになるのです。

一度や二度ではなく、ずっとそのようなことをしているので、友達が彼の母親のところに行って、「息子さんは、以前は弁当をきちんと持ってきていたのに、最近、統一教会に入ってからは持ってきません。なぜ、お母さんなのに、昼食も用意してあげないのですか」と話す出来事が起きたのです。それで、その母親が息子に、「お前、学校で弁当を食べていないそうじゃないか。どうなっているんだい」と問い詰めれば、事実を話さざるを得ません。親たちがこの事実を知るようになると、ますます強く反対します。

そのようなことが全国的に頻発しました。その上、全国のキリスト教徒たちは、「神様の羊を奪っていくおおかみの群れが入ってくる」と言いながら反対しました。そのような環境で、彼らを指導していたお父様の心は、いかばかりだったでしょうか。

14 今まで私たちは、外的な分野を中心として、私たちの前を塞いでいる国の恨多き壁を崩すために、受難の道を歩んできました。お父様は、この国と、この民族に対して恨みを晴らそうという気持ちもありましたが、神様のみ旨を知っているので、いかなる困難も甘んじて受けてきました。

この三千里半島を、誰が血の汗を流して守り、神様の心情を抱き締めて、誰が忠誠を尽くしてきたのかという時、神様を中心として、私たちだけが主張できる内容をもっているので、私たちだけが、訪れる天運を迎えることができるのです。

第五節 日本とアメリカの宣教

海外宣教師の派遣

真のお父様は、四十日伝道を通して韓国内の伝道活動がある程度定着すると、海外宣教に取り組まれた。西大門刑務所における受難の翌年である一九五六年、忠南の鶏龍山(ケリョンサン)・甲寺(カプサ)で祈りを捧げる中で、日本がアジアで再び重要な位置に立つ時が来ることを予感されたお父様は、ソ連と中国が北朝鮮を後援する立場にいるので、その難局を打開する一つの道を開くためには、日本に宣教師を送らなければならないと考えられた。もし、日本が共産圏に立てば、必ずや韓国が脅威にさらされると考えられたのである。そのため、怨讐の国だった日本を愛することによって、神側の相対国家として立てようとされたのだった。困難な条件の中でも、日本に宣教師を送らなければならなかった意義がここにあった。これとともに、イエス様当時のローマに当たるアメリカにも宣教師を派遣し、世界宣教の中心国家として立てようとされたのだった。

1 お父様は、自分の父や母に侍るように、心から人々に侍りました。さらには、社会や国家復帰のための基台を立てるために、面識のない人たちにもそのように接してきました。このような原則のもとでは、自分の国家だけを気遣うことはできませんでした。最もひどい迫害を受けている中でも、祈りと関心は韓国のためのものではありませんでした。日本とアメリカに宣教師たちを送るために最善を尽くしたのです。

日本に宣教師を送る当時は、韓国と日本の間に国交正常化が成立していませんでした。ですから、宣教師は、正常な手続きを踏めないまま、小さな船に乗ってひそかに日本へと渡っていかなければなりませんでした。アメリカに宣教師を送る時も、私たちがどれほど多くの苦難に遭ったか十分に見当がつくでしょう。その当時、私たちがアメリカに宣教師を送るということは、誰も考えられないことでした。そのような環境だったにもかかわらず、私はアメリカに原理の種を蒔くために、誰かを送らなければならないと決心し、日夜、苦労を惜しみませんでした。

復帰摂理の原則は、外部から内部へと訪ねてくるのです。したがって、国が神様から栄光の祝福を受けるためには、摂理のみ旨が外部から内部へと訪ねてくるように、事を進めていかなければなりません。

2 統一教会が韓国政府に登録された当時、大きな争いが起きました。その時が一九六三年です。お父様はこのような日が来ることを知っていたので、これに備えた天的な基準を立てなければならないと考えました。それで、海外宣教を準備したのです。それは、アベルが拘束されれば、カインを立てて蕩減復帰できるように準備するためでした。昔は、カインがアベルを殺害しましたが、今や外国を中心にカインの祭壇を形成してアベルの祭壇を敬うようにすることができ、アベルの祭壇を救うことができるのです。そのような世界的な関係を結ぶために、追われに追われながらも外国に宣教師を送ったのです。冒険をしながら、アメリカに三人、日本に一人を送りました。

私たちは、反対する自由党の政権下で成長してきました。自由党政権は、統一教会がなくなるものとばかり思い、このように発展するとは思わなかったでしょう。このように成長するまでには、血のにじむ歴史と、皆さんには想像もできない内容があります。このような時であるほど、必ず国家的な弾圧があるので、それに備えるための内的な準備をしなければなりませんでした。このような責任を感じて、アメリカと日本に宣教師を送り、ドイツにも送ったのです。

3 私たちは、世界の前に作戦が必要です。もつれ合った世界を、真の父母を中心として立て直すことができなければなりません。世界的な蕩減復帰路程を越えていくべきときには、五パーセントの責任があります。私たちは、国家的基準を立てて世界の様々な国に宣教師を派遣しました。イエス様当時のイスラエルのような韓国で定着し、世界の中心だったローマのようなアメリカで定着しました。ですから、ユダヤ教とイスラエル民族に追われ、迫害され、悲しみに暮れたイエス様の事情とは違います。皆さんは、過去数年間にお父様が語ったことが、今になってどうなったかを知っています。私たちが億万のサタンと闘って死んでも、その亡骸がカナンの地に埋められさえするのであれば、それは栄光にならざるを得ないのです。

4 私たちは、韓国に対する使命だけではなく、世界に対する使命も果たさなければなりません。統一教会を発展させるために、お父様は自由党政権の迫害を受けながら、日本とアメリカに宣教師を派遣しなければなりませんでした。今とは違い、当時は韓国政府が迫害し、反対しました。ですから、宣教師を密航船に乗せて日本に送ったのです。しかし、お父様は神様の摂理から見ていました。もしそのようにしていなければ、今日のこのような勝利基盤は、絶対につくることができなかったでしょう。

5 大韓民国が生き残り、さらに、日本を生かし、世界を生かすためには、強力な宗教理念と思想をもって、日本国民を中心とした文化的中心都市、あるいは中心基盤の上にいかに定着化するかが問題でした。日本に行って糾弾されるのではなく、日本の人たちを教化して、いかに私たちが主体的な立場で定着化できるか、それだけが、未来において韓国が生き、日本が生きる道だと考えたのです。

日本に宣教に行ったその青年は、日本で身を潜める立場で統一教会を開拓し、それこそ新しい基盤を形成するようになりました。そうして、私たちは、国民的な運動よりも、何としてでも日本の為政者たちへの道を突破しようとしました。韓国を日本とアメリカに、何としてでも連結させなければなりません。こうして日本に影響を与えるために、統一教会は活動を始めたのです。

日本に宣教師派遣

真のお父様は、一九五八年五月三十日の早朝、忠南の鶏龍山・甲寺の裏庭にある松林で、崔奉春(チェボンチュン:日本名、西川勝)に二時間近くみ言を語られたのち、日本宣教師として派遣することを決定された。誰よりも日本を愛する心で、ただ日本を救うために、そのようにされたのだった。崔宣教師は、抑え切れない胸の高鳴りと感慨を抱いて、一九五八年七月十五日、釜山を出発し、いくつかの場所を経て広島の呉港に向かう航海の途中で、日本の当局に不法入国者として捕らえられ、収容所への拘束、病院への入院、病院脱出ののちに東京に到着し、その後、み言を伝えた。そうして、一九五九年十月二日、新宿区戸塚町二丁目八五番地で行われた最初の礼拝をもって、日本教会が出発したのである。

6日本とお父様は、一対一で見れば怨讐です。日本統治下で、たくさんの拷問を受けました。しかし、神様は怨讐を打てとは命令されません。怨讐に着る物がなく、食べる物がなければ、「その人のために施しなさい」と言われるのです。ですから、お父様は、日本に崔奉春を宣教師として送りました。日本全体が反対し、韓国自体が反対することを知っていました。しかし、お父様は、数十年後にはそれが韓国のためになり、日本のためになることを知っていました。両国の国民が手を合わせて感謝する日が必ず来ることを知っていたので、いかなることがあっても日本に宣教師を送ったのです。

統一教会に対する弾圧が絶頂にある時、日本宣教師の派遣を決定しました。一人の人手も惜しいその時に、涙をこらえて日本に人を送ることは、誰も知り得ない苦悩があったのです。死を覚悟して成し遂げた業績は、日本の歴史上において消し去ることができない事実です。

今になって韓国は、お父様に対して感謝しています。神様は日本を愛しています。お父様も、日本の歴史上、誰よりも日本を愛しました。日本人以上に日本を愛するのです。神様が愛する日本であれば、日本人以上の心情で日本を愛さなければなりません。

7日本は私にとって怨讐ですが、私が日本をどの国よりも愛することによって、今後、アジアで神様のみ旨を展開できる相対的基準になり得るのです。そのようにしなければ、主体国の前に、相対的国家を探し出すことはできません。日本には歴史的にそのような使命があるので、誰よりも愛する心をもち、日本を救うために借金しながら宣教師を送ったのです。それは、日本のためでした。

8私たちが日本の宣教事業を開拓した時が一九五八年です。その時は自由党の政権下にあり、韓国と日本の国交正常化に激しく反対していた頃でした。そのような状況で、大韓民国が生き残るためには、どのようにしなければならないのでしょうか。

北朝鮮は、金日成主席を中心としてソ連と中国が後援する立場にあることは間違いないので、この難局を解決する一つの突破口を開くためには、日本を通していかなければならないと考えました。ですから、日本に宣教師を派遣して活動させたのです。その当時は日韓の間に外交関係がなかったので、大韓民国の統治下にある一国民として、日本に宣教師を派遣することは困難な時代でした。

9私たちのみ旨が世界的なみ旨ならば、隣国の日本にもみ旨を展開すべき責任があり、世界の各国にもみ旨を展開すべき責任があります。ですから、私たちは受難の道を経ながらも、世界に宣教師たちを送らなければなりません。世界的な責任を果たすにおいても、食べて余ったり、使って余ったりするからするのではありません。厳しい中でするのです。私たちが日本を開拓する時もそうでした。当時、借金をして宣教師を日本に送りました。なぜなら、日本を誰よりも愛したという条件を立てなければならないことを知っていたからです。

宣教師を送り出す時、「あなたは滅びたとしても、日本を救わなければならない」と言いながら送りました。「死んでも行かなければならない」とせき立てたのが、ついきのうのことのようです。足もとに火がついて、自分の生活も厳しいのに、借金をしてそのようなことをするので、理解ができないというのです。このように、み旨の道は、良い時に平坦な歩みをするのではありません。

10 お父様は、日本に出発する宣教師に、「あなたが無事に到着するまで、眠らずにあなたのために祈り、あなたのために精誠を尽くすつもりだ。死んでも任務を果たすまでは戻ってきてはいけない」と言いました。

彼は、釜山を通って日本に着くなり捕まって、広島の吉浦拘置所に拘留されました。その後、いくつかの収容所を転々とさせられ、韓国に送還される身となりました。しかし、お父様から切符をもらい、命を懸けて行った男として、たとえ死ぬようなことがあったとしても、帰ることはできません。送還のために下関に向かう途中、列車から飛び降りようとしたのですが、速度が速く、トンネルも多かったので、それはできませんでした。そうして下関に着いて、送還されるのを待つだけという状況になりました。送還されればすべてが崩れてしまうのです。ですから、知恵を絞って、断食をしました。

一週間、十日間と断食をするので、熱病のようなものにかかって、医者から心臓病と診断されたのです。そうして治療するために病院に入院しているときに、逃げ出してしまいました。その後、伝道をして、日本統一教会の勇士たちをつくり上げたのです。

11 お父様は、日本に宣教師を送りました。天運は、人間がつくった制度と法を超越したところから訪れるのです。私は天運を知っているので、そこに備えようとするため、常に死が交錯し、苦痛が交錯し、迫害が交錯するところを歩んできました。人が望むままにしていれば、何の迫害があるでしょうか。そのようなときは相いれません。遮る時には遮るのです。ですから、統一教会員たちは、このような道を行くのです。

12 日本に最初の宣教師を送る時、私が頼んだことは、「誰よりも日本の人を愛しなさい。涙を流しながらも、追われながらも愛しなさい。追い回されながらも愛したということを、その人たちが証できる事実を残しなさい」というものでした。

他国の人として、日本民族がその国のために忠誠を尽くした基準を突破して越えていくようになるときは、その民族は頭を下げなければならないというのです。これが鉄則です。そのような立場で、収容所に引っ張られていっても、逃げ出して伝道を始めました。そのことを、現在の制度のもとでは悪く思うかもしれませんが、日本民族はいつまでも記憶にとどめるでしょう。当時は反対する立場で批判し、条件を挙げて反駁したかもしれませんが、歴史が週ぎるに従って、残した事情は、今後生まれてくる数多くの子孫たちを、涙とともに抱き得る動機の源泉になるのです。

アメリカに宣教師派遣

真のお父様は、一九五九年一月二日、食口たちと汝矣島(ヨイド)の臨時飛行場で、最初のアメリカ宣教師として派遣される金永雲(キムヨンウン)を歓送された。金宣教師は、梨花(イファ)女子大学の教職者として在職中の一九五五年三月、統一教会の信仰を理由に退職処分となっていたが、アメリカ宣教の使命を受けたのである。金宣教師は、アメリカに到着し、オレゴン大学に研究員として就職したが、学校をやめ、天の密使のような立場で伝道活動を行った。英語の原理教材を制作し、新しい真理と霊的体験を渇望する人々が集まる所を訪ねていき、原理を伝えた。真の父母様の精誠と金宣教師の活動により、アメリカ教会は、一九六二年九月十八日、カリフォルニア州政府に「世界基督教統一神霊協会」を法人団体として登録し、続く一九六三年四月には、アメリカ連邦政府から認可を受けた。

13 歴史は、同時性の時代を形成していくので、霊的理念を中心とした第二イスラエルが存在するようになります。今のキリスト教は、二千年前のユダヤ教の立場です。民主主義は、キリスト教を中心とした世界をつくらなければなりません。韓国はユダヤの国と同じ立場であり、アメリカはローマと同じ立場です。韓国のキリスト教は、内的イスラエルを代表する内的ユダヤ教の立場で、世界のキリスト教の縮小型であり、韓国は内的イスラエル国家の立場です。イスラエルがローマの属国だったように、韓国はアメリカから経済と文化の影響を受けています。

統一教会と韓国民族と韓国のキリスト教が一つになっていれば、イエス様当時のイエス様とユダヤ教が一つになれなかったことを蕩減できたでしょう。しかし、彼らが不信することによって、統一教会はイエス様のようにゴルゴタの道を歩むようになりました。それでも、私たちはここにおいて勝利しました。私たちの教会が、反対するキリスト教と闘って勝利した形として、登録許可が下りたのです。アメリカでも登録されたので、今や四位基台を中心として本然の家庭を取り戻すことができるようになりました。

14 私たちは、世界的な宣教事業を早急にしなければなりませんが、まずアメリカを中心とした宣教を早くしなければなりません。世界を見回すと、今はアメリカが世界の中心にならざるを得ません。経済的な面から見ても、政治的な面、軍事的な面など、すべての面でアメリカが中心になっています。

もちろん、ヨーロッパが西欧文明を築くのに開拓的な使命を果たしましたが、今は先導的な役割をアメリカに譲りつつあります。イギリスに行き、若い人たちを引き止めて尋ねれば、アメリカに相当憧れていることが分かります。イギリス人たちは、保守的な国民性をもっていて、自分の国について何かしら誇っていますが、彼らもまた、新たな立場で発展しているアメリカを羨ましく思いながら、アメリカに行きたいと思っています。それは、ドイツもそうであり、フランスもまた同じです。

このような観点から、すべての階層の人たちもそうですが、特に一般の青年たちは、いかにアメリカに追いつくか、ということに関心が高まっています。このように西欧のすべての国家の人々がアメリカに憧れているのを見れば、アメリカが先導的な役割を果たしていることが、実証的な結論として現れているのです。この先導的な役割をアメリカがどのように遂行していくのかが問題です。

15 アメリカに宣教に行った金永雲氏は、伝道をするとき、霊能者を訪ねていきました。「さあ、この本がどのような本か祈ってみてください」と言いながら伝道したのです。本当に高次元の伝道方法です。そして、「私が誰か祈ってみてください」と言ったというのです。彼らが祈ってみると、雷が落ちるようになります。「その方が門を開けて入ってくれば、姿勢を正し、敬拝を捧げてお迎えしなさい。その方にはお金がないから、支援してあげなさい」と教えてくれたというのです。統一教会は、アメリカでそのようにして出発しました。

16 お父様はアメリカに宣教師を、東部と西部、西北部に配置しました。東部には男性、西部には女性、西北部には男性を配置しました。東部の男性宣教師はアダム型であり、西部の女性宣教師はエバ型であり、西北部の男性宣教師は天使長型です。アメリカには、エバが先に来ました。エバが先に来てアダムの道を築き、天使長の道を築いて、三人を一つにする使命を果たさなければなりませんでした。お父様はそのように考えました。原理観がそうなのです。

彼らが一つにならなければなりません。三人がばらばらになれば、天使長国家の運命を左右することはできません。このような摂理のみ旨があるので、一九六〇年の患難時代にこのような作戦のもと、アメリカに宣教師を送ったのです。

17 今、アメリカが新たに覚醒する時が来たと考えます。アメリカの地に新しい夜明けが訪れなければなりません。皆さんは、アメリカにある全体の州に責任をもたなければならないのです。この州から他の州まで、皆さんの活動が拡張されなければなりません。たとえ皆さんの数が制限されているとしても、皆さん各個人がこの責任を完遂しなければなりません。もし皆さんがこの責任をやり遂げられなければ、どのようなことが起きるか分かりません。

皆さんが責任を果たせなければ、アベルの立場にあるアメリカは、カインの立場にある共産主義政権を通して苦難を受けるようになるでしょう。自由陣営全体が患難を受けるようになるのです。しかし、皆さんが責任を完遂するならば、民主主義を救うことができ、自由を構築することができるでしょう。

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第四篇 第一章 祝福結婚の主要儀式

第四篇 第一章

祝福結婚の主要儀式

第四篇 祝福結婚による人類救援

真の父母様の中心使命は、堕落して原罪をもつようになった人類を救済することである。その中心に、原罪を清算して堕落した血統を正す祝福結婚摂理がある。

祝福結婚は、サタン中心の悪なる血統を、神様を中心とした善なる血統に転換させる儀式である。堕落以降、乱れていたサタン中心の愛を清算し、神様を中心とした愛の秩序を立てることに大きな意味がある。祝福結婚摂理は、真の父母様の特権によって、神様を中心とした人類一家族理想を実現する出発点であり、過程であり、結果となるのである。

一九六〇年四月十六日の三家庭の祝福結婚式を皮切りに、三十六家庭から七十二双、百二十四双、四百三十双までの祝福が民族・国家的な祝福の型であるとすれば、七百七十七双から千八百双、二千七十五双、六千双を経ながら、国際祝福結婚式のかたちを整えるようになる。

六千五百双の祝福は、日韓交叉祝福結婚式として行われ、三万双以降は、世界的に祝福が大きく拡大された。

三十六万双の祝福とともに、霊人祝福の道が開かれ、真の父母様の愛を通した善なる血統圏時代が開かれるようになり、一九九七年十一月二十九日、四千万双国際祝福結婚式を霊人祝福式とともに挙行することにより、霊界解放と天宙的な祝福圏を立てられた。

真の父母様は、祝福結婚式とともに、青少年問題と家庭崩壊の問題を根本的に解決するため、純潔運動と真の家庭運動を大々的に展開された。これは、青少年を中心に、純潔の伝統と愛の秩序を正しく立て、超宗教、超国家、超人種の領域に拡大してこそ、創造理想世界を実現する土台ができるためである。祝福結婚が拡大され、大衆化していくとき、神様のみ旨実現が具体化されるのである。

真の父母様は、祝福家庭が自分の家庭よりも、氏族と民族、国家、世界を先に考えて、ために生きなければならないと語られ、相対者を神様の代身者と考えながら、隣人に手本を見せることはもちろん、氏族と国家、世界、天宙を復帰するため、先頭に立たなければならないと語られた。

特に、祝福家庭の三位基台を編成してくださり、祝福家庭は三位基台の家で共に暮らしながら、兄弟の愛を体験し、全人類が国境と人種、宗教などを超越し、互いに愛し合いながら生きていく共同体生活の伝統を立てなければならないことを強調された。

第一節 祝福結婚の意味

血統転換と愛の秩序の確立

真の父母様は、一九六〇年から祝福結婚を通し、人間救済の新たな章を開かれた。祝福結婚は、サタンの血統を神様の血統に転換し、神様を中心とした愛の秩序を回復することに大きな意味がある。特に、祝福結婚は、国家と人種、宗教などの障壁を崩し、全人類が交叉結婚をすることにより、神様のもとの一つの世界を実現することに大きく寄与している。

1 本来、エデンの園において、アダムとエバが完成の位置に進んだときに祝福があるはずでしたが、堕落することにより、神様を中心とした祝福は成し遂げられませんでした。ですから、神様は、四千年の歴史を経ながら選民イスラエルを探し求め、メシヤを送って、イエス様の時代に祝福を実現しようとされたのです。しかし、祝福が成就されないことにより、第三次のアダムの再臨時代になってすべての国家的・世界的勝利基盤が築かれ、新たに祝福が始まりました。歴史的事件です。創世以降、神様の愛と神様の生命と神様の血統を一つに束ねることはなかったのです。

2 人類の先祖であるアダムとエバは、自分たちを中心とした誤った愛によって堕落しました。自分たちを中心とする愛によって、天使長を介入させ、堕落したのです。そうして、神様を追放し、本然のアダムとエバを追放した結果になったのです。このように、神様が許していない愛の縁を導き入れることにより、人間には原罪というのが生じました。ですから、人間にとって、この原罪を脱ぐことが重要な問題です。

人間は偽りの父母によって生まれたので、真の父母の愛の縁を再現させなければ、原罪を脱ぐことができません。原罪は、偽りの父母の愛によって植えられたので、この愛を否定するためには、真の父母を中心とした愛の土台がなければならないのです。

3 アダムとエバが神様に絶対信仰、絶対愛、絶対服従できる基準を失ってしまい、偽りの結婚をすることにより、血統と所有権をひっくり返し、一族を滅ぼしました。ですから、血統を復帰しなければなりません。真の父母の純潔な血統を、永遠に自分の子孫に残すことができなければなりません。アダムとエバは、純潔な血統をつくり上げることができずに結婚しましたが、私たちは、祝福結婚を通して絶対血統、絶対所有権、絶対心情圏を復帰しなければなりません。

4 父母様は、霊界と神様をはっきりと知り、神の国と血統がどれほど重要かを知っています。その血統を復帰するのが祝福です。偽りの父母の誤った結婚によって滅亡せざるを得ない人類を、真の父母の名をもって神様と連結させた血統圏をつくることによって、本然の神の国へと戻っていくようにしようというのです。ですから、祝福家庭は途方もないものです。天国に入っていくチケットをあげたのです。

5 アダムとエバが完成する場合、神様が結婚させてあげることにより、神様はアダムとエバの体の中に入って一つになるのです。真の愛によって一つになることにより、神様の形状が完成し、相対が完成し、家庭が完成するようになります。見えない天のお父様の愛と、見える天のお父様の愛が一つになってこそ出発するのです。結婚を通して初愛を結ぶ、その場で連結されます。愛を中心として天地が一つになり、男性と女性が一つになり、神様の生命と人間の生命が一つになり、神様の血統と人間の血統が一つになるのです。

アダムとエバは見える神様の体なので、神様が赤ん坊から兄弟、夫婦、父母の位置へと進んでいくのと同じことを、人間世界に譲り渡してあげるようになります。ですから、神様がアダムの家庭を通してしようとされたことが、私たちの家庭で起こるのです。それゆえ、見えない神様の愛と生命と血統と良心が、見える神様の愛と生命と血統と良心と一つにならなければなりません。結婚を通して、そのように一つになるのです。

6 祝福は本来、父母が息子、娘に自分たちの愛を伝授し、愛の夫婦、子女、家庭、国家、世界のすべてのものを伝授してあげることです。堕落していないアダムとエバが祝福を受けるというのは、神様が縦的な父母になって、天宙のすべての所有権をそのまま伝授してあげることを意味します。それが祝福結婚式です。

祝福を受けた家庭が、世俗的な観念をもって男性と女性が結婚するものだと考えてはいけません。祝福がどれほど恐ろしいかを知らなければなりません。「真の父母」という思想は、創世前からありました。神様が人間を創造する前から、「創造の中心は真の父母の完成である」という概念があったというのです。その真の父母を成立させるために、この天地万物も生まれたのです。

7 真の愛を中心としては、すべてのものが一つにならなければなりません。一人では、一つになりません。一つになるためには、水平にならなければなりません。思春期になれば、男性は女性、女性は男性を求めて、水平に並んでくるのです。そうして、中央に来て出会うようになります。その中央に、愛の伝統の垂直線に沿って神様が降りてくるのです。

ですから、結婚式をするとき、愛の主人は神様です。愛の根となる神様が、アダムとエバが結婚するところに臨むのです。アダムとエバに、無形の神様が臨在するようになります。天地が一つになるのです。天の父母と地の父母が、愛を中心として一つになるのが結婚式です。

男性と女性が一体になる、そこに神様が入るようになります。内的な性相と形状である神様が、外的な性相と形状であるアダムとエバに入っていき、愛によって二つの世界が一つになるのです。

8 統一教会は、愛の秩序を正しく立てて、統一しようというのです。統一の中で、一番難しいこととは何でしょうか。力をもって、外的なことはある程度収拾できますが、内的な人格が基盤になった愛の世界までは収拾できません。愛は、力に左右されることはなく、お金に左右されることはなく、知識に左右されることはありません。真のものによって動くのです。ですから、男性や女性は真の愛を求めていきます。男性と女性は、真の愛を見つめて動かなければなりません。

9 エデンの園で、アダムとエバ、天使長が、神様の言葉を聞かずに家庭を出発しました。そのような子孫である最近の若者たちは、誰の言葉も聞かないというのです。そのような時が来ました。フリーセックスの根源は、エデンの園における堕落です。そのように蒔かれたものが、世界において実を結ぶのです。未婚の男女がそのように堕落しました。人間の価値が、動物よりも劣るようになったのです。肉的な満足を得るために、動物と同じような愛を交わすのです。(サタンは)人間が神様のみ前に帰ろうとしても帰れないよう、めちゃくちゃにしておいたのです。

しかし、神様は生きていらっしゃいます。このような人間を哀れに思い、この地にメシヤを送られました。そうして、この地でメシヤを通して人格の標本を提示し、愛の秩序を立て、家庭の秩序を立て、国家と世界と神様の秩序を立てて、一つの世界をつくり上げるのです。誰も手が付けられないことに統一教会が手を付け、再創造をしてきています。これが成し遂げられる日には、世界が一つになり、悪なるサタン世界を天の国へと転換させられるのです。

10 統一教会が世界的な祝福をしてあげるのは、家庭時代が訪れる時に中心的な使命を果たせるようにするためです。祝福式は、百何十カ国でも一度にしてあげられます。彼らはみな兄弟です。みな兄弟として見るのです。他の国の人だとは考えません。みな祝福してあげて、世界の代表家庭を配置していかなければならないというのです。

そのように、すべての家庭が真の父母様に付いてくれば、真の父母を中心として父子関係が結ばれ、四位基台を完成した相対的家庭基盤をもったのと同じことになるので、真の父母が勝利したすべてのものを伝授されるようになります。ですから、それを再び伝授してあげるために、氏族(的)メシヤとして家庭に戻っていくのです。

11 民族と国家、文化と伝統を超越して、一つの新しい家庭文化を創建したのが、統一教会の祝福結婚式です。天の国の圏内にすべての国が入ります。「神様のもとの一つの世界」です。堕落とは、心と体が分かれたことです。心と体が分かれ、夫婦が分かれ、父母と息子、娘が分かれたのが堕落です。家庭的堕落が起こったのです。アダム家庭が堕落したというのです。アダム家庭で失ってしまったので、私たちは完成した家庭を探し求めなければなりません。

12 天運は、世界が一つの垣根となり、人類が一つの地球家族になることを求めています。科学技術の驚くべき発達は、情報、通信、交通の革命により、人類全体を一本のひもで束ねつつあります。ですから、超国家的な協力を必要としており、一つしかない地球を保存するためにも、国際的に共同歩調を取ることが求められるようになりました。しかし、何によって人間の利己的で自己本位的な考えを変えさせ、自国の利益中心の国家競争を根本的に解決するのでしょうか。

各自が、自分自身の始原であり、根である神様に対する根本的な自覚と、天理に従うところからその答えを探し出さなければなりません。神様の真の愛、すなわち、与えてもまた与えたいと思い、与えても記憶しない、そして、対象を自分よりもさらに愛する真の愛を中心としてのみ、答えが出てくるのです。全人類は、唯一なる真の父母のもと、同じ兄弟であるという自覚をもつとき、答えが出てきます。神様と真の父母のもと、人類が一つの大家族を築き、互いにために生きて和合するとき、すべての問題が解けます。

私は生涯を通して、真の愛の道理を教育し、実践してきました。ために生き、与えながら、世界的な基盤を築いてきました。世界の各国でために生きながら、利他的な実践生活をする若者たちを養成してきました。それだけでなく、超国家・超人種・超宗教的な真の愛の理想家庭を築く、国際祝福結婚の行事を主導してきました。これは、人類文化歴史を変える行事です。真の愛によって国境を崩し、人種の壁を貫いて憎悪と闘争を克服して、互いにために生きる理想家庭が誕生することにより、新しい文化世界が形成されつつあります。

13 交叉結婚は、韓国と日本から始めました。日本と韓国は、怨讐関係でした。交叉結婚のような血統を混ぜることは死んでもできないことを、韓国人は歴史的によく知っています。国家を超越し、大陸を超越して交叉結婚をすることにより、血統水平圏をつくることができます。それは誰も変えられないので、超国家的になるのです。そのようになれば、国家間で国境撤廃運動が起こるようになります。民族の統合によって国境撤廃をすることにより、新しい文化交流時代が来るのです。そのように交流することによって、統一を成し遂げます。それは、真の父母と天を中心とした文化を中心として、決着をつけるためのものです。

真の結婚の意味

真の父母様は、祝福結婚を通して、真の愛を中心に真の夫婦と真の父母、真の子女、真の兄弟の伝統を立てなければならないと語られた。特に、真の愛には、相続権と同位権、同参(一緒に参加すること)権があるため、祝福結婚をすることにより、神様と真の父母様の真の愛の伝統を受け継ぎ、これを社会と国家、世界に拡大させていくとき、初めて天国理想が実現され得ることを強調された。

14 創造原則から見れば、自分が相対を創造するのではありません。相対は神様が創造したのです。父母が生んでくれるのが原則です。その天理原則、再創造の法度に従って、父母、神様が相対を探し出してくれるのが天理の公約です。真の父母様は、このような原則によって、天倫の公約を中心として秩序を立てる基準を知っているので、この基準に従い、神様の保護のもと、真の父母という名によって、皆さんの結婚を執り持てるのです。これが統一教会の結婚観です。

15 結婚は、自分のためにするのではありません。天地の道理に合わせ、上下を備えるために愛するのです。前後を備えるためにするのです。男性のためにするのではなく、女性のためにするのではありません。天理の法度を合わせるためにするのです。

上下、前後を完全に縮小させ、一つにまとめ、愛でトゥルマギ(外出するときに一番外側に着る外套のような服)を作るのです。そのようになれば、それは愛で一つになった宇宙の核心体になります。ですから、宇宙の中心である神様の愛を中心として、その愛の主体と「私」が相対的関係を結び、太陽系に属しているすべての惑星が軌道を回るのと同じように、永遠に軌道を回りながら進むのです。夫婦は、一つの宇宙の人格を完成するときに、神様のみ前で主体と対象をつくりあげる細胞のような存在として残るのです。

16 男性と女性は、愛のゆえに生まれました。ですから、「私」が完成するために結婚をするのです。私が完成者になるためには、相対を迎えなければなりません。結婚をするのは、私だけでは半分にしかならないからです。世界の半分にしかならないのです。月で言えば、半月にしかなりません。完全な月になろうとするので、男性には女性が必要であり、女性には男性が必要なのです。ここにおいて、相対に「私のために生きよ」と言えぱ逃げていきますが、ために生きようとするときには、付いてくるようになるのです。

17 女性は、男性がいなければ愛の主人になれません。男性がいなければ、女性は愛の関係を結ぶことができません。女性の愛を完成させるのは男性です。男性が愛を完成させるのですが、それを男性のものとしてはいけません。その愛の実は、女性に返してあげなければなりません。また、女性は、男性の愛を完成させる主人です。

女性が女性ゆえに生まれたとすれば、女性は百年もたたないうちにいなくなります。女性が生まれたのは男性のためであり、男性が生まれたのは女性のためです。女性と男性は、神様の愛ゆえに生まれました。神様の愛の相対です。神様を愛の主人にするのは、神様お一人ではできません。祝福を受けた夫婦が神様を愛の主人にしてあげるのです。アダムとエバが結婚するその時間に、神様はすべての愛の主人になります。ですから、愛ゆえにアダムとエバが生まれたというのです。

18 多くの宗教で、「独身生活をしなさい」と言いますが、統一教会では祝福結婚をするのです。祝福結婚は、宗教の歴史にはありません。祝福結婚は、自分勝手にするものではありません。神様の命と父母の承諾を受けなければなりません。これが伝統です。結婚は、神様と父母から連結されてこそ、成し遂げられるのです。自分勝手に結婚してはいけません。結婚式の場は、最高の貴いものを父母から相続する厳粛な場です。その最高の貴いものを相続する前に、その最高の貴い主人が、神様からその福をつないであげなければなりません。

ですから、結婚は、世界人類を代表した立場で、神様がつないでくれる位置に上がってしなければならないのです。種は、いくら多くても、最初の種と内容や価値が同じでなければなりません。数千、数万になっても、アダムとエバがもっていた本然的価値と同じでなければならないのです。それが変われば、種が変わつてしまうのです。

19 結婚は、愛で一つになるための本然的基準に合わせるためにするものです。原因と結果が一つになっているので、これを誰かが壊すことは永遠にできません。縦的に神様がいらっしゃり、横的に男性と女性がいます。東にいる男性は、西にいる女性を訪ねていきます。また、女性は男性を訪ねていきます。そのように、横的に訪ねてくるのです。神様は、人間を愛によって造りました。彼らがすっかり成長して、相対(関係)になるときには、男性の目は女性、女性の目は男性に向かいます。

アダムとエバが成熟した場合、女性が一歩進めば、男性も一緒に一歩入ってこなければなりません。同じように合わせなければならないのです。そうして、中央で神様の愛に出会わなければなりません。結婚した初日に、愛を通して球形をつくるのです。そして、神様は愛の核になり、アダムとエバは愛の副体(客体)になります。これを移して植えることによって、核心的な愛の種を受け継いだのが心であり、副体的な種を受け継いだのが体です。そのように心と体が一つになったのが、完成したアダムとエバなのです。

20 結婚は、神様を占領するためのものです。神様を占領すれば、真の愛には相続権があるので、神様も「私」のものになります。妻のものは夫のものであり、夫のものは妻のものです。愛を中心として、私のものになるのです。愛には相続権があります。また、同位権(があって)、同じ位置に行くことができます。その次に、同参権があって、どこに行くにも付いていくことができます。

ですから、愛によって一つになるときには、神様が私のものになります。神様に所属したすべてのものが、私のものになるのです。これにより、人間の欲望の最高基準である、天地を造った神様を私のものにすることもでき、天地のすべてのものを私のものにすることもできるので、私は王子のような位置、王女のような位置に立つのです。そのような王子、王女の位置に立って、天の国の王権を受け継ぐためにするのが結婚です。

21 祝福結婚は、神様と世界のためのものです。世界を愛し、世界を代表した立場に最も近い人を愛するのです。女性は父と夫、兄、弟に代わる立場として男性を愛さなければならず、男性は母と妻、姉、妹に代わる立場として女性を愛さなければなりません。この四つの立場に代わり、世界を愛する心で最も近い位置において愛し、尊敬しながら、互いにその刺激を感じるように結んであげた関係が夫婦です。世界的な愛を与え合える、最も基本単位的な基盤が夫婦です。

ですから、結婚すれば、妻を母と姉、妹の代わりに愛さなければなりません。また、夫を父と兄、弟の代わりに、それ以上の愛の心をもって愛さなければなりません。これが、理想相対を中心とした家庭の夫婦愛です。公式がそのようになっています。

22 結婚するのは、世界を愛する訓練をするためです。また、万民を愛する資格をもつためです。今まで、これが家庭で終わり、「あなた」と「私」の間で終わってしまったので、ばらばらに分かれ、砂粒のようになったというのです。これがサタン世界です。しかし、私たちは、あなたと私の関係を結ぶだけで終わるのではなく、世界と天地と共に関係を結んでいくのです。ここから天国ができ、新しい血族が始まります。

第二節 祝福結婚の相対決定とその条件

祝福結婚のための基準と条件

真の父母様は、「千年、万年、努力を重ね、天上世界と地上世界の万民が仰ぎ見る中で祝福結婚式に参加しなければならない」と語られた。そして、祝福に先立ち、原理修練と伝道、断食精誠などの基本的条件を立てなければならないことを強調されたのである。また、祝福結婚式には、必ず両親から承諾を受けて臨まなければならないと語られた。

1 祝福を目の前にしている皆さんは、過去から現在に至るまで、自分の生活を批判してみなければなりません。皆さんの中には、祝福に対して自分なりに考える人が多くいます。「教会でいつも行われるのが祝福だ。私自身もこのような条件が成立していて、教会に入ってきて何年過ぎたから、そこに該当する資格をもつ者になっただろう」と思うかもしれませんが、そのように考えてはいけません。

この日は、神様が六千年間、願ってこられた一日です。ですから、この一日を迎えることにより、失ってしまった息子を探し出し、失ってしまった娘を探し出すようになるのです。彼らを通して、神様の愛を連結できる一致点が整い、ここから神様のみ旨を展開できる横的な基盤が用意されるのです。このように、神様の心のうちに一致し得る心をもち、祝福の一日を迎えるために準備する息子、娘がどれほどいるかというのです。

2 神様は、サタンがアダムとエバを侵犯することにより、栄光の一日を迎えられませんでした。ですから、神様は、サタンに侵犯されたアダムとエバを凌駕し、祝福を受けられる夫婦をもたなければなりません。サタンが神様の息子、娘を訪ねていって再び奪う立場に立てば、神様は威信を立てることができません。

ですから、皆さんは、自分の事情をもって祝福を受けようとしてはいけません。祝福は、神様が認定せざるを得ない位置から出発しなければなりません。これが、堕落した人間として取るべき態度です。そうであるにもかかわらず、そのようにできないときには、敗者として残るのです。皆さんがこの場において一度誤るようになれば、皆さんの子孫が引っ掛かり、また、先祖まで引っ掛かるのです。

3 統一教会に入ってくれば、恋愛できないようになっています。堕落とは、神様を抜きにして、人間が自分たち同士で愛し合ったことです。自分たちだけで愛し合ったのです。今日の世界は自由な社会なので、「結婚は自分たち同士でしなければならない」と言いますが、そうではありません。エデンの園でアダムとエバが堕落しなかったならば、神様の立ち会いのもとで結婚式をしたはずです。主礼は神様が務めるのです。

アダムとエバが幼い頃は、兄妹のように分別なく過ごしましたが、成長してみると、自分たちが相対的関係にあることが分かり、思春期圏内に入るようになります。女性を見ても、時が満ち、男性を見ても、時が満ちているというのです。男性は顔に髭が生えるのを見れば分かり、女性も外形を見れば分かるようになっています。

時になれば、自然に神様が夫婦の契りを結ばせてくださるのです。夫婦の契りを結ぶのは、神様の立ち会いのもとで行われるのです。愛の主人は、アダムでもなく、エバでもありません。愛の主人は自分ではありません。神様なのです。

4 愛は一つです。その愛と向かい合える夫も一人であり、妻も一人です。皆さんは、結婚する前に恋愛をし、不倫な愛の関係を結んだことがあれば、悔い改めなければなりません。そのような考えが残っている限り、皆さんは神様の愛の圏内に入れません。本来、神様の愛を先に体験しなければなりません。

皆さんの記憶の中に、昔、愛していた人がいれば、その人の名前まで忘れてしまわなければなりません。「その名前を知っているような気はするのだが、忘れてしまって思い出せない」というほど、その愛がどんな愛であっても、すべて忘れてしまわなければなりません。夢の中でも、そのようにならなければなりません。そのようにならなければ、祝福結婚ができないのです。

ですから、昔、愛したそれ以上の心をもって神様を愛することができ、教会を愛することができ、真の父母に対してそのような思いが湧き出る境地に入らなければなりません。まず、神様を愛し、真の父母を愛するのが原則です。世の中の愛の観念が残っていてはいけません。

5 皆さんは、これから清算することがたくさんあります。統一教会に入ってきて、「私は誰々と結婚する」という考えはもてません。そのような人は、いまだにサタンの愛の綱をぶら下げているのです。きれいに清算しなければなりません。純粋に育ったアダムとエバのように、一人の男性、一人の女性として、神様を父母と思い、その真の父母の愛を受けなければなりません。そのような立場に立つようになれば、霊界と肉界の統一が起こるのです。それは原理的です。原理がそのようになっています。

6 祝福結婚の相対決定は、天がして、父母がするのです。すなわち、アダムの父である神様がするのです。そのような点で、韓国の伝統的な婚礼式は、天法に近い結婚方法です。(韓国ではもともと)父母の承諾がなければ、絶対に結婚できませんでした。これは絶対的です。

ですから、自分の好きな人がいれば、直ちに父母に報告しなさいというのです。その人が好きだという言葉が口から出る前に、まず父母の公認を受けなさいというのです。二人がつき合ってもよいと認めてくれれば、それは大丈夫でした。報告して恋愛をするのは、罪になりませんでした。しかし、報告をしないでするのは、認められなかったというのです。

7 一番幸福なのは、純潔な女性と男性が、神様の喜ぶ場で、天上のみ旨に従って礼式(結婚式)を挙げることです。そのような人は、天地の幸運児です。天下の人生行路と万事において、成功した人です。

そのようにできなければ、断腸の思いで、天地がひっくり返る切実な悔い改めをしなければなりません。そうして、清い心と体をもって、「父よ、私は恥ずかしい身です。どうすればよいでしょうか」と言うとき、父は、「そうか、私はお前の気持ちをすべて知っている。赦そう。そのようなつらい峠を越えてきたことが、父の喜びである」と言われるというのです。

ですから、そのようなことをすべて知り、赦すという天の同情の力が、自分自身にとどまるようになった上で、祝福の場に参加しなければなりません。

8 理想的なものは、きょうあるのではなく、あすにあります。ですから、私たちが「理想的な相対だ」と言えるものとは何でしょうか。二人が良いからといって、理想的な相対になるのではありません。未来の子孫のことを思うところに、理想的な相対がいるのです。結局は、反対です。

「天のために最も理想的な相対だ」と言える人とは、どのような人でしょうか。一番の極と極、最も嫌いな人同士が出会って一番好きになれば、ここから最も良いものが出てくるというのです。み旨のために生き、神様のために生きて多くの苦労をすれば、福を受けるのと同じです。世の中の結婚観とは反対です。そのような立場においても、「私は反対のものを感謝して受ける」と言い、「私はどのような女性、どのような男性に対しても、神様と共に理想的に愛し、暮らす」と言えば、神様は正反対の人とも結婚させてくれるのです。父母様が、そのような立場で祝福をしてあげた人もいます。彼らが一つになって暮らしさえすれば、傑作の息子、娘が出てくるというのです。

一つの時代が良かったなら、もう一つの時代は悪いのです。理想的な相対は、天上にいるのではなく、地獄のどん底にいると考えなければなりません。そこから新郎、新婦を求めなければなりません。

9 祝福は、金氏なら金氏、朴氏なら朴氏個人として、福を受ける立場に立っためのものではありません。ある一人の人が、祝福の場に臨むためには、何を先に備えるべきでしょうか。ここには必ず、まず備えなければならないものがあります。祝福は、個人のためにしてあげるのではなく、その個人を通して氏族、民族、国家、世界に代わる新しい家庭をつくるようにするためにしてあげるのです。その家庭は、自分の個体、金氏なら金氏だけのための家庭ではありません。その金氏だけの家庭ではなく、民族と国家に代わり、さらには世界に代わり得る家庭です。このような家庭を築かなければ、祝福が成立しません。

なぜなら、人類の先祖、アダムとエバは、個体としては二人ですが、歴史的な始発点に立っているため、その二人だけで終わるのではありません。その二人を通して、新しい家庭と新しい氏族、民族、国家が必ずや顕現するでしょう。このような世界的な基盤が決定する場が、正に祝福の場なのです。

10 統一教会の祝福を受けるためには、先に、様々な条件を具備しなければなりません。まず、万物を復帰したという条件を立てなければなりません。次に、サタンから自分自身を取り戻したという条件を立てなければならず、さらに、三人の信仰の子女がいなければなりません。最低限、三人の子女がいなければならないのです。なぜなら、堕落したからです。そして、堕落した人間を復帰するためには、創造原理による再創造過程を経なければなりません。七年間で、このようなすべての内容を備えられなければ、祝福の場に出ていくことはできません。

堕落したので、神側に再創造しなければならないのです。再創造しようとするなら、神様に代わる立場に立たなければなりません。そして、人間を再び造ろうとするなら、神側に属した物質がなければなりません。その物質を通して、自らを再び造る過程を経ることができます。ですから、必ず三年以上、万物を主管する訓練をしなければならないのです。世界から、自分を再創造する物質を集めなければならないというのです。自分の体を犠牲にしながら、そのような基盤を築くのです。

その基盤の上で、三年半の間、サタンと闘って勝たなければなりません。サタンがいくら迫害しても、落ちていかず、神様のみ前に永遠に立てる自分自身を探して立てると同時に、この期間に三人の息子、娘、すなわち信仰の三子女を探し出さなければなりません。霊界の協助を受け、霊界と縁を結ぶべき立場なので、信仰の三人の息子、娘をこの期間に探し出さなければならないのです。この条件を備えなければ、堕落していない本然の完成した夫婦になることはできず、完成した本然の夫婦にならなければ、天国に入ることはできません。

11 皆さんの中で、断食をしてみた人は分かると思いますが、断食はそれほど簡単なことではありません。しかし、統一教会では、正式な教会員になろうとすれば、一週間の断食祈祷をしなければなりません。普通の人たちは、一週間ないし八日間、御飯を抜けば、大概は死ぬと考えています。

私たちがこのようなことをするのは、何のためでしょうか。生命を懸けた一つの目的を中心としているという事実を確認し、自信をもつためです。これは、神様ゆえにするのであり、人類ゆえにするのです。また、サタンゆえに断食をします。サタンに対する防御線だという確固たる信念の中で、私たちは断食をするのです。また、私たち個人にとっては、このような絶食をすることにより、生活の恐怖心をいつでも除去できるというのです。私たちは、このような自信をもつために、断食をします。

一つの目的と一つの世界的なみ旨のために、「一週間、断食するとしても、私は前進する」という信念をもつことは、偉大な伝統になるでしょう。

真の父母様の祝福結婚における相対決定基準

真の父母様は、一九六〇年四月十六日の三家庭の祝福結婚式以降、個人と家庭はもちろん、子孫まで見通しながらカップルを結んでくださり、祝福結婚式を執り行われた。また、国籍や人種、宗教などを超越してカップルを結んだり、写真を通して相対を決めてくださったりした。

12 お父様は、数多くの人々に、霊界を通して相対を決めてあげますが、手が先にすべて分かって動くのです。手が探し求めていきます。謎です。それがどうして分かるのかというのです。普通に歩いていても、足が止まります。視線が向く所があります。どんな装置が仕掛けてあるのか、そのような何かがあるのです。山に入って精神修養をすれば、サタンと神様と個人の欲望の三角地帯が、どのようにして定着するのか分かります。精神を統一して無我の境地に至れば、手足がそちらのほうに行くのです。そのような何かがあったので、ここまで生き残ってきたのです。

13 お父様は、人を見分けることができるので、結婚相手を結んであげるのです。お父様は、八歳の頃には、近所では結婚させてあげる代表者でした。写真を持ってきて見せると、さっと見て、合わない場合は影が差します。ずれが生じるのです。すぐに分かります。写真を見て、放り投げれば、(結婚する相手としては)良くありません。ですから、近所で有名になりました。二枚の写真を持ってきて、「どうか」と言ったときに、写真をそのまま置いた場合は結婚しても良く、投げてしまった場合は良くないということです。良くないのに結婚すれば、(結果が)良くありません。今もそれは同じです。

世界に数多くの祝福家庭がいますが、数百、数千人が一カ所に集まる所で、相手を結んであげました。そこに来た人の中には、自分の理想相対を霊的に見た人たちがいます。霊界から、その相対がどの国の誰だということを教えてくれるのです。数多くの人々がそのように霊的に教えられているのですが、お父様はどのようにしてそれと一致させるのかというのです。

14 私は、たくさんの人たちを結婚させてあげました。人の一生に責任をもつのは深刻な問題です。お父様は人を見ると、どのような素質があり、どのような人かが分かります。未亡人になる運命なのか、男やもめになる運命なのかまで分かるというのです。このようなことをする時、お父様は地上にいるのですが、非常作戦を行います。アンテナを高くします。お父様の心を空中に浮かせておくのです。そのようにしてカップルを組み合わせておけば、間違いありません。

それでも、言うことを聞かないので、十三人もの女性を候補として選んであげた人もいます。お父様も本当に我慢強いのです。自分で「(この人では)嫌だ」と言っておいて、なぜ私に選ばせるのでしょうか。私が合わせてあげるほうが、自分たちよりも良いからです。私が果たすべき責任は果たしました。私は、この世に来て、祝福をしてあげるために精誠を尽くし、立てるべき条件を立てたのです。

15 お父様は、数多くの人を指導してきたので、人を見ると、すぐに分かります。あのような男性の顔と、このような女性の顔を合わせれば、どのようなタイプの子女が生まれるかが分かるのです。ですから、ある男性の相対を選びながら見回すと、その男性に合う女性の顔が浮かび上がってきます。そのように、お父様の手が分かるのです。写真で合わせる場合も、手が動ぎます。目で見なくても、歩いていけば立ち止まって手が写真に触れるのです。そのようにして決められたものを自分勝手に引き裂いてしまえば、大変なことになります。

16 お父様が約婚してあげる時は、数千人ずつ集まってするようになります。「五人ずつ希望する人を書きなさい」と言えば、一〇パーセントにもならない男性と女性にすべて集中します。一対百を超える人もいます。ですから、お父様の言うことを信じなければなりません。

不思議なことは、自分の相手が誰だということについて、すべて夢のお告げを受けるということです。そのように夢のお告げで受けたことを生命視して、首を長くして待っているのに、お父様が間違えばどうなるでしょうか。統一教会が教えてあげたことがうそになります。それをどのように合わせるのでしょうか。大韓民国の国民の中に、それを合わせられる人はいません。私の手が分かります。歩く足が分かるのです。そのようにしてあげれば、霊界から教えられたことと間違いなく合うのです。

17 男性が熱ければ、女性は冷たくなければならず、女性が熱ければ、男性は冷たくなければなりません。そのように相対を結んであげなければなりません。お父様はちらっと見れば、熱い存在か冷たい存在か、すぐに分かります。和合できるように結んであげるのです。それは、誰でもできるわけではありません。ある僧侶は、「自分は一生の間に一組を結ぶことも大変なのに、文総裁は数億組を結ぶとは、どのような才能があって、そのようにするのだろうか」と言ったそうです。その数億組の人を見る目があるので、そのようにしてあげるのです。

私が結婚させてあげた人々は、全員良いのです。ありとあらゆる人たちがいるというのです。上がる運勢と下がる運勢の中間で、互いに合わせて暮らさなければなりません。お父様がそのように結んであげたので、統一教会の祝福家庭の子女は、父や母よりもみ旨のために忠誠を尽くせば、父や母よりもうまくいくようになっているのです。じっくり様子を見ると、み旨のために精誠を尽くしたかどうかが分かります。父と母の二人を見て、その息子、娘を見れば分かるのです。

18 人を見ると、下がっていく運勢にある人がいて、上がっていく運勢にある人がいます。結婚を誤ると死んだり滅んだりするという話は本当です。男性と女性が二人とも上がっていく運勢であれば、吹き飛んでしまいます。逆に、下がっていく運勢同士で合わされば、短命になります。その子女も長生きできません。それを調整しなければなりません。

お父様は、カップルを結んであげる時、高くなる基準をもつ人は低くなる基準をもつ人と結んであげます。そうしてこそバランスが取れるのであって、二人とも高くなる場合は吹き飛んでしまいます。ですから、結婚、愛の道が恐ろしいのです。

運命をどのように調整するかによって、一生の問題が潰れたり、楕円形になったり、水平になってなくなったり、丸くなったりもします。丸くなってこそ長続きするのです。

19 統一教会の食口たちが祈れば、「あなたの理想相対はこのような人だ」と見せてくれます。北極圏に住んでいた白人でも、遠い所にいる鳥国の人を見せながら、「あなたの理想相対はこのような人だ。真っ黒い顔が理想相対だ」と言うのです。祈れば、いつでもそのように見せてくれます。

約婚をする場では、黒人が幾人もいないので、あり得ないことなのに、そのような人がどこにいるのかというのです。ところが、向こうの隅に座っている黒人を探し出して結んであげるのです。

その白人は、白人たちの中に座り、「黒人はいないな。私の相対だといって霊界から教えてくれたことはうそだ」と思った瞬間、その人をお父様が探し出して、結んであげます。お父様は、どのようにして霊界から教えられたとおりに合わせるのかというのです。五色人種(すべての人種)の中から、間違いなくそのように合わせてあげるのです。

20 お父様が結婚相手を結んであげるのですが、数千人が座っている端のほうにいても、相対がすぐに分かります。他の人々はぼんやりと見え、相対になる人だけが見えるのです。ですから、自分が啓示を通して十年前に見た人と、間違いなく結んであげるのです。お父様の手が向かいます。足が進むのです。

そのようにして結んであげたものを、自分勝手に評価し、統一教会の祝福結婚を非難する人は赦されません。お父様がすべて蕩減してやってあげるのに、非難する人は救いを受けられません。神様のみ前に祝福を受けたことを畏れ多く思い、もう一歩さらに上がっていくために、恥ずかしさを感じなければなりません。皆さんの先祖たちの中には、逆賊がいないでしょうか、殺人鬼がいないでしょうか。祝福を受けた皆さんが、その血族の結実として、明るく輝く太陽の光のように、永遠に輝く存在になれるだろうかというのです。

21 平和の世界を成し遂げることにおいては、怨讐同士が結婚して一つになる、それ以上の直短距離はありません。日本人と韓国人が交叉結婚をすれば、半分は変わるのです。それを二度もすれば完全に変わります。ですから、怨讐同士がいかにして早く祝福結婚をするかというのです。それを歓迎して結婚するようになれば、平和の世界は必ず旱く訪れるのです。超民族的な結婚をさせることにおいては、お父様かチャンピオンです。記録をもっています。

また、カップルを組んであげるのも、でたらめではありません。皆さんがいくらカップルを合わせようとしても、お父様が見る基準を凌駕することはできません。初めて会った時は気持ちがそれほど良くなかったとしても、暮らしてみれば良いのです。一生に一度だけの結婚であり、最も大切な結婚という問題に責任をもとうとするのですから、どれほど慎重でしょうか。遊びではありません。子孫を見るのです。子孫をどのように変えていくかというのです。

22 お父様には怨讐がいません。「怨讐は滅びよ」とは考えません。もし怨讐がいるとすれば、天国をつくることはできません。自分が喜べる基盤をつくろうとすれば、怨讐がいてはいけないのです。ですから、お父様は聖人と殺人鬼を(一緒に)祝福してあげました。これだけでなく、聖人の子女と殺人鬼の子女を祝福してあげるのです。そのような時代に越えていくので、韓国と日本の人たちは交叉結婚をするのです。今まで怨讐の間柄だった韓国人と日本人が一〇〇パーセント交叉結婚をするのです。そうすれば、一つになるようになっています。

23 お父様は、皆さんの結婚相手を、何を信じて結んであげるのでしょうか。自分の目から見て良いという人よりも、将来、良い息子、娘を生める相手を選んで結んであげるのです。

ですから、息子、娘のために結婚しなさいというのです。もし皆さんが互いに良いと思う人と結んであげて、息子、娘を生んだのに、世の中の男性も女性も、誰も見向きもしない息子、娘であれば、どうするのでしょうか。それより不幸なことはありません。それは一生、不幸になるのです。自分自身の体が不自由であったり、自分に何かの欠点があったりすることよりも、さらに大きな不幸を感じます。

ですから、私たちの結婚は、子孫のためにするのです。それゆえ、結婚する当事者たちの見た目はともかく、彼らがもった良い点だけに似た息子、娘を生むことができる人同士、いかにしてカップルを結んであげるかが問題です。

24 皆さんが自分の相対を探し求めようとしても、お父様から見れば、貧相な姿の人を選んでいるのです。自分たちが好きな人ばかり探し求めれば、子女はみな貧相になるでしょう。良い二世を生んで偉大な人物に育てなければ、その国は繁栄しません。それを考えて、お父様は真剣な立場で皆さんの相対を結んであげました。

そのように結んであげる際に、写真で決めたというのは偉大なことです。皆さんの両親も、「それは本当か」と言うはずです。結婚するとなれば、見合いなどもしなければならないのに、見合いはしません。そのようにして決定された自分の相手の写真を見て、踊っているというのです。写真も見ずに喜んだ人もいたでしょう。そのように相手を結んであげたその基準は、世界の基準を越えています。サタン世界は、このようなことができません。それができる人はお父様しかいないのです。

25 お父様が夫婦にしてあげたのに、それを「嫌だ」と言う人は、絶対にうまくいきません。絶対的に従っていく人は福を受けます。最初はうまく合いません。私たちがボルトとナットを合わせてはめるとき、最初は対ではない物のように、うまく合いません。結婚してすぐに合うことはないのです。お互いが合わせなければなりません。合わさることを願いながら、合わせようとすべきであって、「嫌だ」と言っていては永遠に合わせられません。女性たちが、化粧品容器のふたを閉める時もそうです。すぐにはカチッとかみ合いません。夫婦同士も同じなのです。三年間、合わせる訓練をしなければなりません。三代にわたって見習うようにしなさいというのです。祖父と祖母がどのようにするかを見て、父と母がどのようにするかを見て、三代を通して合わせなければならないのです。

26 結婚は、一生の重大な問題です。愛する相対が自分よりも優れていることを願うのが人間の望みであり、神様の望みです。それを知っているので、父母の立場から、これをうまくしてあげなければなりません。結んであげるときも、上がって、下がって、水平になって、統一されて一つになれる近い距離にいる人を結んであげなければなりません。黒人か白人か、という人種が問題ではありません。皮膚の色が問題ではありません。そのような意味で、お父様がしてあげる祝福結婚式が伝統として立ちました。

過ごしてみれば、自分たち(で選ぶ)よりも良いというのです。息子、娘を見ても、父母より優れているのです。そのような伝統が立ちました。ですから、数万双が、写真を見ただけで結婚するのです。

27 三万双の祝福結婚の時、写真で約婚をしました。これは驚くべきことです。サタン世界にはありません。結婚するに当たって、絶対的な零点の位置、絶対信仰をもった立場に立ったというのです。エバは、堕落することによって絶対愛をもてませんでしたが、彼らは、国境を越えて、サタン世界にはない愛の道を求めていきました。父母様を絶対的に愛し、神様を絶対的に愛する立場に立ったのです。

28 「お父様が結んでくれる結婚相手が理想的である」という評判が立ちました。三年は暮らしてみなさい。三年間暮らしてみて、評価しなさいというのです。子女を一人、二人、生んでみなさい。そうすれば、お父様がうまくやってくれたか、うまくやってくれなかったかが分かります。その時になって、「ああ、お父様でなかったら、このような息子は生まれなかったでしょう。お父様、ありがとうございます」と言うでしょう。皆さんが結婚するのは、自分のためではなく、子孫のためです。先祖と子孫のために結婚するという事実を知らなければなりません。

第三節 祝福結婚関連の主要儀式

約婚式、聖酒式、蕩減棒行事

祝福結婚式は、堕落の過程を象徴的に再現して、蕩減する儀式である。そのため、約婚式と聖酒式、祝福式、蕩減棒行事などの儀式を通し、神様の子女として生まれ変わる過程を経るのである。特に、約婚式は、アダムとエバが堕落する前の約婚段階の状態に復帰するための儀式であり、聖酒式は、原罪を清算し、サタンの血統を神様の血統に転換する儀式である。祝福式は、真の父母様の勝利圏を相続し、祝福家庭として責任完遂を誓約する儀式である。蕩減棒行事は、過去に下部を誤って用いて堕落したことを蕩減する儀式であり、新郎と新婦が互いに臀部を棒で三回ずつたたくのである。

1 「統一原理」において、信仰基台と実体基台を中心として成し遂げようとすることとは何でしょうか。堕落する前の約婚段階の立場に復帰しようというのです。堕落する直前が約婚段階なので、堕落していないアダムとエバの位置に復帰しなければならないということです。堕落する前の約婚段階に復帰しようとすれば、どのようにすべきでしょうか。アダムとエバが偽りの愛によって堕落して偽りの父母となり、この偽りの父母を中心として、三人の息子であるカインとアベルとセツ、そして、彼らの妻まで含めた八人家族が堕落した立場に立ったので、この八人家族の形態を復帰するための内外の内容が、正に信仰基台と実体基台です。これを復帰したあとに、天の父母に侍って越えていかなければなりません。天の父母が、正にメシヤです。

ですから、実体基台を通過したあとには、必ずメシヤのための基台が造成されなければなりません。堕落した人間の前にこのメシヤがいなければ、本然の位置に復帰できません。堕落したアダムとエバの子孫である人間は、誰彼を問わず、メシヤを迎えなければ原罪を脱ぐことはできません。そのメシヤが、真の父母です。

真の父母が必要なのは、真の父母の愛によって再び接ぎ木の役事(働き)をしなければならないからです。ですから、メシヤである真の父母が現れなければ、堕落した人間が原罪を脱ぎ、罪のない解放された位置から、完成段階の祝福を受けられる位置に進めないのです。それゆえ、約婚式は、アダムとエバが約婚段階で堕落したことを復帰する式です。

2 皆さんは、堕落によって汚された血統を清算し、創造本然の善なる血統に復帰しなければなりません。六千年歴史をすべて清算し、蕩減復帰する式をしなければ、祝福の場まで行けません。約婚式は、アダムとエバが堕落する前の約婚段階の状態に復帰しなければならないので行うのです。

3 聖酒式は、堕落によって血統的に汚されたサタンの血を抜いてしまう式です。言い換えると、原罪を抜いてしまう式なのです。原罪がある人は、祝福の場に出ていけません。サタンの血統的内容を自分の体の内にそのままもっている立場なので、神様を中心とした祝福の場に出ていこうとしても、出ていくすべがありません。ですから、必ず原罪を清算しなければなりません。

この原罪は、偽りの父母の愛によってつながっているので、これを清算しようとすれば、真の父母の愛を中心として、蕩減条件を立てて歩んでいかなければなりません。そうしなければ、原罪を脱ぐすべがありません。この原罪を脱がなければ、完成した立場での神様の愛を中心とした祝福はあり得ないのです。

4 私たちが復帰されるためには、再び腹中に入っていかなければならないのですが、実際にそうすることはできません。ですから、愛を中心として一体になり、復帰された条件を立てるのです。そのようにして復帰されたアダムに戻っていき、一体となって血統を受け継がなければなりません。

エバは、堕落する時、サタンを中心として霊的な堕落をしました。その次に、アダムと一つになって肉的に堕落しました。ですから、それを復帰するために、完全に復帰されたアダムを迎えて、霊的に一つになる式が聖酒式です。愛の関係を復帰する式です。そのような条件を立てなければなりません。そのように霊的に一つになり、神様のもとに帰った女性となって、実体として男性を復帰するのが、祝福結婚式です。

5 聖酒には、二十一種類に及ぶ様々な貴いものが入っています。血統転換をするためには、そうでなければなりません。そこには、堕落世界の血統が連結された条件と、復帰された世界の血統が連結された条件が入っています。これらを連結して行わなければ、サタン世界を復帰できません。そのように連結したその基盤の上で、祝福を受けて生んだ息子、娘たちは、堕落世界を乗り越えられます。血統的に、それを克服できるというのです。しかし、それは簡単なことではありません。

聖酒式は、血統を転換する式です。真の愛は、個人の心情から神様に直通するのです。そのような血統転換式をしなければ、堕落していないアダムとエバの位置に帰れません。約婚時代のアダム・エバ圏に入って成熟したという条件をもって、結婚式を行うのです。結婚をしても、蘇生、長成、完成の完成基準ではありません。ですから、七年間、修養しながら、夫婦が共に完全な方向を求めていかなければなりません。そして、自分の息子、娘が、自分たち夫婦を「神様よりも偉大だ」と言えるように、教育しなければなりません。そのような父母になって一家族を引き連れていかなければ、その家庭は祝福家庭であると言えません。

6 祝福式後に蕩減棒で打たれるのは、下部を誤って使って堕落したからです。三時代の血統を汚した怨恨の峠を越えるための条件物です。この痛みが取れる時には、息子、娘が解放された立場で、天のみ前に両手を挙げて万歳を叫ぶことができるのです。その時は、天地万物と天の国全体が呼応しなければなりません。

聖別期間と三日式(三日行事)

祝福結婚後、四十日聖別期間を経たのち、夫婦生活に入るようになる。四十日聖別期間は、ヤコブから再臨主の時までの四千年と、真のお父様が歩まれた四十年の四十数を越える蕩減期間である。この期間は、全体のみ旨と天の国を慕いながら、精誠を捧げなければならない。そして、三日式(三日行事)を通してい蘇生、長成、完成の三時代を復帰したという条件を立てたのちに夫婦生活をしなければならない。聖酒を通して内的に、聖巾で体を拭くことによって外的に清めたあと、三日式を通して実体を復帰するのである。二日間は新婦が上になって愛することにより、母の立場で新郎を生んであげ、三日目には新郎が上になって愛することにより、本来の息子の位置を回復し、主管性を復帰するようになる。これにより、神様の永遠なる夫婦であり家庭として、蕩減復帰されるのである。

7 祝福結婚後の四十日間の聖別期間は、四十年期間に該当します。お父様の四十年期間に当たるのです。この四十数を越えなければなりません。復帰路程において、ヤコブから四千年後に再臨主を迎えました。その四千年数を越えなければならないのです。ですから、そのような四十数を越えなければなりません。原理がそのようになっています。

蕩減は、愛によってしなければなりません。神様の愛を受け継ぐために四十の峠を越えて、初めて愛を結ぶのです。これは、四千年の歴史を蕩減することです。アダムからイエス様までの四千年間は、愛を探し出すための歴史です。また、ヤコブを立てて再臨主まで四千年延長してきたのも、愛を探し出すためなのです。理想的夫婦を探し出すためなのです。目的はそれしかありません。

ですから、四十日は、それを蕩減的な条件として立てる期間です。この期間は、全体のみ旨を考え、天の国を慕わしく思わなければならないのであって、自分の妻や夫を考えてはいけません。夫婦が共同的な立場で、神の国とそのみ旨のために精誠を捧げなければなりません。四十日間は夫婦関係をするのではありません。その四十日間が終わってから夫婦生活に入るのです。

8 統一教会には、三日式があります。その過程を経なければなりません。それは、すべての病の根源をみな暴き、解毒して治療できる注射針です。

結婚して四十日の期間を経たあと、最初に夫婦が愛の関係を結ぶとき、女性が天の側(上)に上がるのです。二回まではそのようにします。蘇生、長成、二度まで、サタン側が天を押さえつけました。ですから、それをひっくり返しておかなければなりません。三度目に、初めてひっくり返すのです。天地血統転覆式だというのです。

9 女性がエバの立場であれば、男性は天使長の立場です。ですから、結婚相手がいません。女性の前に相対がいないので、女性が再び生んであげなければなりません。その実体を生んであげるためにするのが、三日式です。四十日を中心に、歴史を代表して再び生んであげるのです。このようにして、三代を経て生まれます。

旧約時代、新約時代を経て、成約時代の位置に来て、初めて夫が生まれたので、三日目は夫が妻の上に上がるのです。妻が二回、上に上がり、三回目は地に定着することができるため、夫が上に上がるのです。父母様のみ言に絶対服従し、妻を母として、侍ることのできる過程を中心として、旧約時代、新約時代を経て、成約時代に夫の位置に上がってきたという条件的な式が、三日式です。

10 神側の息子と夫がいないので、女性を通して再び生んであげなければなりません。堕落によって、エバがアダムを生むのと同じです。ですから、実体的復帰式は、三日間、行います。それが蘇生、長成、完成の三段階です。このような立場で、三日間の儀式の中で蘇生、長成は、女性が上になって復帰し、生んであげるのです。

その次に、復帰されて男性が上に行くようになります。初めて男性が上になり、生活圏を築くことができるというのです。そのようにしてから、三年間、男性は自分の妻に従わなければなりません。

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第四篇 第二章 祝福結婚式の歴史

第四篇 第二章

祝福結婚式の歴史

第一節 三十六家庭の祝福結婚式

三子女祝福の摂理的意味

一九六〇年四月十六日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、金元弼・鄭達玉(チョンダロク)家庭、劉孝元・史吉子(サキルジャ)家庭、金榮輝(キムヨンフィ)・鄭大和(チョンデファ)家庭の三子女祝福結婚式が挙行された。真のお父様は、聖婚式の前に三子女の約婚式をされることにより、イエス様の三弟子を中心として一つになった理想圏を成し遂げたという条件を立てられた。そして、「祝福家庭も、信仰の三子女が約婚したのちに、自らが祝福を受け、その後、その三子女を祝福させる条件を立てなければならない」と語られた。

この日の祝福式では、万物を復帰する式である第一次式に続き、三双が永遠の夫婦になる祝福の礼式である第二次式が行われた。その第二次式は、「子女を復帰する式」と「婚礼本式」の順で進められた。真のお父様は、「一人の男性と一人の女性は、それぞれ神様の一性に似た者である。彼ら一男一女の結合は、神様のプラスの性稟とマイナスの性稟に似た中心体である。さらに、夫婦は、神様の全体を表象する理念の結合である。特に、男性はプラスの性稟を代表することによって真の父の分身となり、女性はマイナスの性稟を代表することによって真の母の分身となる。愛によって一つになることは、天宙を抱くことである。これは、宇宙の出会いである」という旨の婚礼の辞を下さった。そして、三子女の祝福は、霊肉ともの完成救援の意味があると語られた。

1 一九六〇年に父母様は、聖婚式を挙げる前に、三十六家庭のうち三家庭を約婚させました。そして、父母様が聖婚式を挙げたのちに、この三家庭を祝福してあげました。それは、イエス様を中心としたペテロ、ヤコブ、ヨハネのように、お父様を中心に三子女が神様の理想圏に立ったという条件を立てたのです。決して分かれることはできないという勝利的基盤を立てたのです。

2 アダムの代わりはイエス様であり、イエス様の代わりは再臨主です。再臨主も、完全に服従する三人の信仰の子女をもたなければ、真の父母の立場に立てないのが公式です。生死の境地を乗り越えて、迫害のまっただ中でも従っていき、孝道を尽くせる三人の弟子をもたなければなりません。お父様は、そのような三弟子を一九六〇年四月に探して立てました。

復帰路程は、逆に探し求めて上がっていくものなので、祝福は子女の立場にいる人が先に受けるのです。家庭圏はヤコブの家庭なので、十二数の基準を基盤にしなければなりません。三弟子、三子女を中心として、それと同じ基準を通過しなければならないのです。

アダム家庭におけるカイン、アベル、セツ、三人の復活体として相対基準をつくり、その基台の上で約婚の立場を越えて、実体的に父母の立場を決定したのが一九六〇年の聖婚式でした。神様の恨になっていたアダム家庭の三子女と父母が一体となった立場を確立したのです。それがこの地上において、歴史始まって以来、初めて韓国で成就したことは、世界的な事件です。この時から韓国に新しい歴史の運勢が回り始めたと言うことができます。その基台の上で、一九六〇年四月に三子女を祝福したのです。

3 このような神聖な儀式は、神様の希望であり理想です。アダムとエバが成熟すれば、かなえてあげようとした神聖な儀式です。神様の創造理想の心情の中にあったものであり、実に歴史的な出来事です。このような式典は、創造以後、初めて起きたことです。これから、皆さんの体は供え物の立場であるという心情で生きていきなさいというのです。一男一女は、無形であられる神様の実体対象として現れた息子、娘です。男性は神様のプラス性稟を、女性は神様のマイナス性稟を代表した実体対象なのです。

4 信仰の息子、娘が、皆さんのために命を捧げることができるでしょうか。自分のことを考えない信仰の息子、娘をもったでしょうか。それは簡単なことではありません。自分の息子、娘を十人育てるよりも大変なことです。

お父様もそうです。お父様は、お母様と聖婚する前に、三人の息子、娘の約婚式を行いました。そのようにしてから、聖婚式をしたのです。そのようにしなければなりません。

聖婚式は私が先にするとしても、そのような条件を立てておいてこそ不平を言わないのです。そのようにしたのは、アダム世界につないでカイン世界を生かすためには不可避なことです。三天使のような信仰の息子、娘はもちろん、自分のすべての所有を天のみ前にお返ししてさしあげなければなりません。

5 統一教会の祝福を受けた人たちは、血統が転換された人たちです。血統を転換するのが祝福です。祝福家庭は血統転換をしましたが、悪主権の中にいます。これを復帰しなければなりません。そのためには、父母様を中心として個人的に絶対従順で従わなければなりません。三天使長と同じ立場が三十六家庭の三家庭です。彼らが一つにならなければなりません。個人的にそのような基準に立って一つになり、その次は家庭的に一つにならなければなりません。この三家庭が一つになれなければ、個人が被害を受けるようになり、家庭が被害を受けるようになり、氏族が被害を受けるようになります。さらには、父母様の家庭にまで被害が及ぶのです。ですから、この三家庭が重要です。

三十六家庭は復帰された人類の先祖

三十六家庭の祝福結婚式が、一九六一年五月十五日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で開催された。真の父母様は、三十六家庭をアダム家庭(第一家庭)、ノア家庭(第二家庭)、ヤコブ家庭(第三家庭)として、それぞれ十二家庭を立てられ、「彼らは地上と霊界の先祖家庭である」と語られた。第一家庭は既婚家庭であり、第二家庭と第三家庭は未婚家庭である。三十六家庭は、一九六〇年四月に祝福結婚をした三双と、一九六一年五月に祝福結婚をした三十三双を合わせた数である。祝福式は、「第一、第二、第三イスラエル家庭聖婚式」という名称で、午前四時三十分から午後五時まで、三次にわたって挙行された。特に、婚礼式は一双ずつ入場し、聖婚問答と聖婚宣布、礼物交換と握手、真の父母様の祝祷の順序で行われた。祝福式後、披露宴において真のお父様は、新郎新婦たちの蕩減棒行事を主宰された。新婚旅行としては、バスを借り切って仁川の松島(ソンド)と朱安(チュアン)を巡り、一緒に魚釣りを行った。そして、五月十八日の三十六家庭の家庭宣誓式のあと、任地活動に出発した。真の父母様は、「三十六家庭は真の父母様の家庭の金城鉄壁の垣根となり、肥やしにならなければならず、後輩家庭に対しては手本とならなければならない」と語られた。

6 三十六家庭は、復帰路程において、私たちの先祖たちが神様のみ前に召命され、遂行できなかった使命を完遂することによって、サタンに蹂躙された歴史を復帰した立場です。三十六家庭は、神様の復帰摂理の心情を継承し、完成した人類にならなければならないのです。すなわち、先祖にならなければなりません。神様の摂理において、失敗した先祖ではなく、勝利した先祖の基準を地上に確立させたのが三十六家庭です。ですから、三十六家庭は、復帰された人類の先祖なのです。

7 三十六家庭のうち、第一家庭である十二家庭は、既婚家庭です。既婚家庭が祝福を受け、この地に連結されることによって、自分たち同士で結婚して暮らしたのちに霊界に行った霊人たちが、地上と一体化するのです。この時には、霊界にいるすべての先祖たちが地上に再臨できるようになります。

それから、ノア家庭からアブラハム家庭まで、失敗して失ったものを取り戻しました。三人の息子を復帰することによって、ノア家庭が失敗したことを再び取り戻すのです。アブラハムの代は、ヤコブの家庭で終わるのですが、アブラハム、イサク、ヤコブの三代が、すべての縦的な歴史を横的に蕩減復帰するのです。自分の好きなように結婚した既婚家庭が祝福を受けることによって、そのような家庭を再び取り戻したという条件が立てられたので、結婚して霊界に行った霊人たちが、復帰される基準が立てられました。

次に、約婚段階まで来ている未婚の男女を祝福してあげなければならないのですが、これはイエス様と聖霊が約婚段階にあるのと同様です。しかし、彼らは、み旨を願う内的な心情的基準が強く立てられていませんでした。この段階で、未婚の男女を中心として、自分の時代以前の堕落したすべての人たちを束ね、代表として蕩減するために、三十六家庭の祝福が行われるようになったのです。ですから、三十六家庭は、失った三十六代に代わる先祖なのです。

8 三十六家庭の祝福は、先祖たちが失敗したことを、現実において横的に一度に蕩減復帰するためのものです。これをするための闘いが三十六家庭を中心として起きるのです。この世の人たちは、祝福について理解ができないでしょう。祝福を受ける人たちは、この世の父母や関係のある人たちと相談してはいけません。神様が意図されたことは、サタン世界の誰にも知らせたり、相談したりすることができません。ですから、神様の特権によって、皆さんが行くべき道を決定したあとに招請状を送ったのです。神様が子女を失った歴史的な恨を蕩減復帰しなければならず、縦的な歴史を現実において横的に蕩減復帰して、先祖たちの願いと先祖たちが立てようとした基準を再び取り戻さなければならない立場にいたので、三十六家庭を祝福したのです。

9 三十六家庭は、歴史的な蕩減条件を踏み越えた家庭です。ですから、現実的な基準で、天の家庭を前に立でて進まなければなりません。三十六家庭は過去の代表者であり、来られる主は現実の代表者になるのです。過去と現実がここで初めて完全に勝利した立場になるとき、世界的な出発をせざるを得ません。これが三十六家庭のもつ責任です。三十六家庭は、歴史的な蕩減条件を防ぎ止めることができる結実の家庭です。言い換えると、歴史的な蕩減条件圏を立てて誕生した家庭だというのです。それは歴史的です。父母様の家庭は、その歴史と時代的基盤の上で勝利した家庭、現実的立場で勝利的権限をもって現れた家庭です。ここにおいて、父母様の家庭と三十六家庭が完全に一つにならなければなりません。

皆さんの家庭は、父母様の家庭がなければ、現実において新しい世界へと進む道がないのです。皆さんの家庭が先頭に立って行くことはできません。父母様の家庭が、現実的基準を中心として先頭に立って行くのです。ですから、皆さんは後ろで垣根になり、肥やしとなって、父母様の家庭が発展できるように、あらゆる精誠を尽くざなければなりません。そうしてこそ、皆さんの家庭が発展するようになるのです。

第二節 七十二双、百二十四双、四百三十双の祝福結婚式

七十二双は、カイン・アベルの氏族的復帰型

七十二双の祝福結婚式が、一九六二年六月四日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で開催された。七十二双は、カイン・アベルの二つの型として立てられた家庭であり、三十六家庭を基盤にした家庭型を氏族型に復帰した家庭である。この時から祝福結婚式委員会が結成され、祝福結婚式の趣意書が発表された。祝福式は、二十四双ずつ、三回にわたって行われた。

1 アダムとエバの息子であるカインとアベルから闘いが始まりました。それで、この世界をこのように台無しにしてしまいました。それは、その子孫たちが闘争の世界をつくったということです。これを蕩減復帰しなければなりません。そのためには、三十六代の息子、娘たちが、神様のみ前で、闘わずに一つになったという条件を立てなければなりません。ですから、カインとアベルに分立した数、すなわち三十六の二倍の数である七十二家庭を立てたのです。この七十二家庭が立てられることによって、カインとアベルが闘わずに四位基台をつくり上げる、歴史的な先祖の基盤を築いたのです。サタンに対して防備できる絶対的な基準が立てられたというのです。

2 神様の願いは、個人の救いだけではありません。家庭の救いを求め、氏族の救いを求めるのです。ですから、イスラエル十二支派の支派長だけではいけません。族長が必要だというのです。三十六家庭のカインとアベルが必要なので、これを内外として、横的に二つの家庭を連結させ、七十二家庭を立てました。これは横的世界の出発のためです。これは族長になります。族長圏が生じるのです。

3 七十二家庭は、イエス様の七十人門徒に該当します。この家庭は、イエス様が十二弟子と七十人門徒を中心として氏族を編成しようとしたものを実現した型です。イエス様の十二弟子と七十人門徒を家庭型で復帰した氏族型が七十二家庭なのです。言い換えると、三十六家庭と七十二家庭は、イスラエル民族を中心としたイエス様の十二支派と七十人門徒のようなものであり、イスラエル民族を指導できる代表的な型を復帰した型です。これは、神様がイスラエルを中心として復帰しようとした基本数がすべて復帰された型なのです。

公開された最初の祝福行事、百二十四双

百二十四双の祝福結婚式が、一九六三年七月二十四日、ソウル市民会館で開催された。百二十四双は世界を代表し、イエス様の百二十門徒を象徴する。百二十四双の祝福結婚式は、韓国人だけで行った最後の祝福であり、公開して開催された最初の祝福である。祝福結婚式後、新郎と新婦たちは、百五十台の自動車に分乗してソウル市内でカーパレードを行い、市民の注目を集めた。

4 私たちが祝福結婚式を外部に公開するようになったのは、百二十四家庭からです。それは世界型だからです。大韓民国は、既にキリスト教圏から見ても、世界的な現時点から見ても、世界の運勢を中心として摂理を推進する主体国なので、百二十四家庭を世界の代表として設定する時だと考えたのです。百二十四家庭は、世界を代表する型です。三十六家庭と七十二家庭の祝福は、私たちの教会内で行いました。これは、ユダヤ教を中心として民族形成の基盤を築くのと同じことなので、私たちの教会を中心として内的基盤を確保するものです。

その次に、外的基盤を見ると、世界史的なキリスト教文化圏と接触するために、百二十四家庭を中心として世界基盤を拡大していくのです。百二十四家庭が祝福を受ける時には、国連の加盟国も百二十四カ国になるべきなのですが、それが間違いなく合うようになります。それは、世界国家の代表である韓国において、内的蕩減の要因を確立させる世界史的な条件を立てる祝福だったというのです。

5 イエス様の十二弟子の十二数を十倍した百二十数は、平面的な世界を代表できる数です。ですから、この百二十人門徒と同じ数を合わせるために、百二十双の祝福をしたのです。本来は百二十家庭ですが、四方数である四双を加えて、百二十四家庭を祝福しました。イエス様の百二十人門徒に代わる百二十四家庭は、世界的な型です。

その人たち自体に世界を統治し、世界を支配できる権限があるというのではなく、世界の代表型として、世界的な蕩減条件を立てる基盤になるということです。ですから、百二十四家庭を立てることによって、神様が世界的に訪ねてこられ得る基準を立てるようになったのです。それゆえ、国連の加盟国が百二十カ国を超えれば、その時が終末だと言えるのです。

6 百二十四家庭の祝福をする時、その中には前科者の四家庭を入れました。必ず、前科者たちを入れなければならないので、入れたのです。天の役事(働き)は、犠牲にするための役事ではなく、万民を救うための役事なので、信仰をもつ信者はもちろんのこと、信仰をもたない良心的な人、罪を犯した人、監獄に入っている人までも、みな救ってあげなければならないというのです。ですから、世界的な国家代表を立て、家庭的な門を立てて、世界万民が入ってこられるようにしたのです。

それと同時に、今までに罪を犯して獄中で呻吟している人までも通れる門を立てて、開けてあげなければなりません。そのような意味で、百二十四家庭を中心とした祝福の基盤が成立するようになったのです。

7 百二十四家庭の祝福結婚式をする時は、とても素晴らしかったのです。結婚式が終わってから、みなタクシーに乗ってソウル市内を回りました。百五十台のタクシーが走るので、市民たちはみな驚きました。首都ソウルがひっくり返り、三千里半島が揺らぐ立場で挙げるこの結婚式は、男性でも女性でも。一度やってみる価値がある結婚式ではないでしょうか。今後、世の中が私たちに付いてくるかこないか見てみようというのです。次は外国人たちも連れてきて祝福式を行う予定です。

四千三百年を蕩減する四百三十双祝福結婚式

四百三十双祝福結婚式が、一九六八年二月二十二日、ソウル市民会館で開催された。四百三十双は、韓国歴史四千三百年を蕩減復帰する型である。真の父母様は、日本からの三人を含めることにより、祝福を外国に連結する条件を立てられた。この祝福結婚式後、新郎と新婦たちは、観光バスと自動車に分乗し、ソウル市内でカーパレードを行った。

8 統一教会が韓国で、まだ国家基準の蕩減ができていない状態で執り行われたのが四百三十双の祝福でした。四百三十という数字には、どのような意味があるのでしょうか。祝福をした年の檀紀四千三百年と、イスラエル民族のエジプト苦役路程四百三十年に該当するのが、四百三十という数字です。イスラエル民族の理想である民族解放の基準を中心として、韓国のすべての国民が、神様のみ旨の前に立てる道を開いてあげたのです。それは相対理想の道です。

今までの宗教のように、個人の理想を中心として道を開いてあげたのでは役に立ちません。統一教会は、相対理想の道を四方八方に開いてあげました。ですから、全国民を動かし、歴史を通して歴史的蕩減の実体を自分の一代で成し遂げなければなりません。

9 韓国が開国してから四千三百年となったその年に、四百三十家庭が祝福を受けました。ですから、四百三十家庭は、すべての氏族を代表しているのです。大韓民国のすべての氏族を代表して参加したのです。一人も入れなかった姓氏があったとしても、親戚関係、母方の実家や叔母の家などから入るので、すべてが連結されます。各姓氏がみな四百三十家庭と連結されるというのです。ありとあらゆる人がすべて入りました。

また、歴史を見る時に、赦されない罪を犯した人も入っています。大韓民国の全国民にも、四千三百年間経過する中で、罪を犯して天のみ前に立てなかった人にも、道を開いてあげたのです。すべてひもを付けて橋を架けてあげました。そうなることによって、大韓民国がおのずと生きる道ができ、天の国と連結され得る道ができるのです。

10 三数と四数は天と地を象徴します。四数と三数を掛ければ十二数になります。十二数は調和数です。天地の調和数が十二数なので、全体数を代表します。ですから、大韓民国において四千三百年目に、四百三十数に該当する祝福をしてあげたのです。大韓民国において、四百三十数を合わせて祝福してあげたのは、大韓民国の家庭は、誰でもみな、いつでも自由に天国に入っていけるという意味です。ですから、天国にすべて入っていけるという条件を立てたのが、四百三十家庭の祝福なのです。国家基準を中心として見れば、誰でも天国に入っていける基準が、四百三十家庭の祝福によって設定されました。

11 一九六〇年を中心として、三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭を中心に今まで歩んできているのです。そして、七年路程の最後の峠を中心として、四百三十双(実数は四百三十六双)を祝福してあげようと思います。それは、六百六十六数以上の祝福数を立てなければならないからです。六数はサタン数であり、その位置は神様のみ前では怨讐の立場です。私たちは、この六数を越えなければなりません。ですから、既成家庭まですべて合わせて七百六十家庭が、七年の期間内に祝福を受けることになるのです。

12 お父様は、エバを復帰し、天使長を復帰したので、ついに責任を果たしました。アダムとしての責任を果たしたというのです。このような環境で、家庭を中心として息子、娘たちを愛し得る時になれば、善なる人が蕩減する時代ではなく、悪なる人に蕩減させて、善が利益を得る時代に変わるのです。これからは統一教会の運勢圏に入ってくるようになります。皆さんが祝福を受けて一つになり、氏族メシヤとして家庭的四位基台の基盤を整え、お父様のように四方に上がるようになる時、天運はここから動くというのです。天の復帰摂理は、この原理を通過しなければなりません。このような世界を中心にしなければ、天国を完成できません。

ですから、皆さんの家庭は、父母様の家庭と完全に一つにならなければならないのです。中心を離れた枝はあり得ません。お父様は、四百三十家庭を祝福する時に、「氏族メシヤになりなさい」と言いました。言い換えると、イエス様と聖霊と同じ使命、すなわち「復活したイエス様」と「聖霊」の実体として、その氏族を救う役事をする氏族メシヤになりなさいということです。霊的ではなく、実体としての氏族メシヤの使命を果たしなさいというのです。

十カ国、四十三双祝福結婚式

真の父母様は、一九六九年の第二次世界巡回路程中、十カ国、四十三双祝福結婚式を主宰された。そして、「世界巡回中に行われた十カ国、四十三双の祝福は、韓国の四百三十双と連結させ、世界に祝福を連結させる意味がある」と語られたのである。真の父母様は、二月二十八日にアメリカのワシントンDC教会で十三双(新婚七双、既成六双)、三月二十八日にドイツのエッセン教会で八双(新婚七双、既成一双)、五月一日に日本の東京教会で二十二双(新婚十二双、既成十双)を祝福された。

13 一九六八年から始まった第二次七年路程を中心として、世界が回っていきます。世界では、カインとアベルが闘っていたのと同じ立場で、右翼と左翼が闘っています。この争う世界を収拾して、新しい家庭、新しい社会、新しい国家、新しい世界を築いて、発展していかなければなりません。それが原理観です。それが、統一教会の果たすべき使命です。

こうして、一九六八年一月一日を中心として、「神の日」をこの地上に設定しました。この日は、統一教会として勝利した日です。そうして、四百三十双まで祝福してあげました。このような勝利の日を横的に、世界的に連結させなければならないので、父母様は一九六九年に世界を歴訪しながら、四十三双を祝福してあげました。これは、韓国における四百三十双の祝福と連結したものです。

四十三双を祝福してあげることにより、十カ国を横的な舞台に連結させたのです。韓国で成し遂げられたことを世界化しなければならないというのです。

14 四十三双の祝福は、国際結婚が多いのです。アメリカ人はドイツ人、オランダ人はイギリス人、このように国際結婚をさせました。(欧米では)同じ国の人同士では、ほとんど結婚させませんでした。世界を復帰するためには、民族的な感情や愛を超越して、世界的な感情をもたなければなりません。それで、国際結婚をさせたのです。そのようにしても、全員が「うれしい」と言うので、それを見るお父様も気分が良かったのです。

お父様が祝福をしてあげたあと、彼らに「韓国のために何をするのか」と尋ねました。彼らはみな「何でも仰せのとおりにします」と答えました。歴史上に、アジア人の一人として、ヨーロッパでこのようなことをした人は今までいません。このようなことを見ながら、「統一思想」がどれほど途方もないものかを、いま一度感じさせられました。

15 四百三十家庭を祝福することによって、大韓民国が統一教会と連結され得る立場に立つようになりました。それは、韓国の国民が、統一教会を信じてはいないのですが、四百三十家庭を中心として第三イスラエル圏の恵沢を享受できる圏内で、蕩減条件を立てたのと同じだというのです。ですから、大韓民国が選民圏になったのです。

四百三十家庭を祝福したその次は、世界的に大韓民国の領土と国民を拡大させなければなりません。まず聖地を選定し、それから四百三十家庭に接ぎ木の役事をしなければなりません。ですから、第一次世界巡回で四十カ国を中心として聖地を選定し、第二次(世界)巡回において四十三家庭の祝福をしました。四百三十家庭に相対する数の四十三家庭を、日本とアメリカとドイツを中心として連結させるのです。これは世界史的です。そうすることによって、世界の数多くの信仰をもっていない人類も、イスラエル圏の恵沢を受けられるようになりました。

四千年あるいは六千年の間、ユダヤ教とキリスト教の歴史を経てきましたが、そのように伝統を引き継いで信じてきた彼らと同じ恵沢圏内に、たとえ信じていなくても、平面的時代において加われる特権を与えるというのです。このような基盤が形成されました。

既成家庭の祝福結婚式

既成家庭だけの最初の祝福結婚式が、一九六三年二月八日、二十六双が参加する中、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された。そして、四月七日、二回目として、二十七双に対する祝福式が開催された。彼らは、祝福結婚式を受ける前に家庭を築いていた夫婦であり、大部分が協会の草創期に貢献した、教会の元老クラスの食口たちであった。真の父母様は、彼ら既成家庭が、後輩家庭の手本となり、垣根にならなければならないことを強調された。一方、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会の直前行事として、千二百六十七双の世界既成家庭祝福結婚式が行われた。この日は、韓国と日本をはじめ、三十三カ国から参加者が集った。特に、真の父母様は、中東のイスラーム圏九カ国から四十五双が参加することにより、宗教と国家を超越して祝福が公に開放されたと語られた。

16 既成家庭とは、この世において自分たち同士二人で結婚して築いた家庭です。その家庭が、神様の願う家庭として認められるためには、原理的な立場から見るとき、男性ならその男性が、神様が家庭を中心として探し求めてくる歴史において、代表的な中心者にならなければなりません。さらにまた、歴史的な伝統を引き継げる男性にならなければなりません。アベルからノア、アブラハム、モーセに至るまで、私たちの先祖たちが神様の歴史を支えた伝統的起源を、そっくりそのまま引き継ぐべき代表的存在が、家庭をもった人なのです。

それでは、その家庭を代表する男性が身につけていくべき思想や生活観、生涯路程とは、どのようなものであるべきでしょうか。既成家庭を中心として愛していた、その愛以上の立場に、男性が先に立たなければなりません。それにより、昔家庭をもって夫婦同士で愛し合っていた立場を否定して、新たに結ばれた夫婦として、歴史時代にない新しい愛の絆を立てなければなりません。

17 既成家庭は、既成家庭ではない家庭の垣根にならなければなりません。言い換えると、歴史時代にアベルが犠牲になったことを蕩減してあげられ、家庭的摂理においてアベルが信じられる家庭にならなければなりません。

過去においては違いました。過去にはお互いに反発の要因になりました。しかし今は、問題があれば訪ねていって相談することもでき、相談だけではなく、自分を訪ねてきた家庭を誰よりも心配し、保護してあげられる家庭にならなければなりません。家庭として見れば、兄の家庭と同じだからです。カインは兄です。アベルは弟です。皆さんはすべて兄弟たちです。既成家庭が兄ですが、これは願わざる兄の立場に立ったのと同じです。

したがって、祈るにしても、どちらがたくさんしなければならないのでしょうか。過去にはアベルたちが、よりたくさんしました。カインを救うために、アベルが天のみ前に多くの精誠を捧げたのです。しかし、今の時代は、カイン家庭がアベル家庭のために、より多くの精誠を捧げなければなりません。

18 大抵、既成家庭は、今まで暮らしてきた習慣的な生活をそのまま保っていきやすいのです。昔と違うところがありません。祝福を受けて変わったこととは何かというのです。昔のその男性と同じ立場、その女性と同じ立場にいるので、まかり間違えば常習化しやすいのです。そのような立場にとどまってはいけません。新たに家庭を編成したので、その家庭は昔の家庭よりも歴史的な家庭にならなければなりません。男性が女性のために生き、女性が男性のために生きるとき、昔とは異ならなければなりません。昔は自分たち二人だけのために生きましたが、今は自分たちだけのために生きるのではなく、神様のために生きなければなりません。

アダムとエバは、神様のために生きられなかったことによって堕落し、悲しみの家庭として出発しました。既成家庭の人たちが、そのような神様の秘められた心情を解いてさしあげ、解怨成就してさしあげられる夫婦になる時、神様はその家庭を基盤として新たに訪ねてくる息子、娘を中心として、希望がもてるのです。

19 既成家庭で育っている子女は、祝福を受ける以前の子女とは違います。また、父母とも全く違います。そのように格段の差を決定し得る責任は、まず男性にあり、その次に女性にあります。夫婦がこの責任を十分に果たさなければなりません。また、この夫婦がすべきこととは何でしょうか。妻は、堕落した男性に侍る立場に立ってはいけません。また、男性は、堕落した妻に侍る立場に立ってはいけません。結局は、堕落しなかったアダムとエバの基準を立てて、初めて侍ったと誇れなければなりません。ですから、既成家庭は、昔と次元が異なる立場にいる家庭であることを知らなければなりません。

祝福を受けた家庭として、なおかつ既成家庭として、再び結ばれたその家庭が、天のみ旨を中心として一つにならなければなりません。一つになれなければ、天のみ前にそれこそ面目がありません。

過去においては、天のみ旨を知らない立場で悲しみの歴史を綴ってきました。み旨を中心として新たに結ばれても、昔の伝統と習慣に染まった生活形態を反復すれば、それは天のみ前に二次的な悲しみを呼び起こすのです。そのようなことがあってはいけません。ですから、昔とは著しく変わらなければなりません。新しい歴史の流れをわきまえて、新しい伝統を樹立すべき責任が既成家庭にあるのです。

20 既成家庭は、新しく祝福を受けた家庭の人たちが、よく見ていることを知らなければなりません。新しく祝福を受けた家庭の人たちは、自分たちだけで新たに家庭を出発したので、家庭に関することをよく知りません。また、子女を育てることにおいても、既成家庭と比較し、まねしやすいのです。このような点から見ると、既成家庭は極めて重要な立場にいます。ですから、既成家庭は、過去とは違う立場に立って模範にならなければなりません。過去とは異ならなければならないというのです。著しく違わなければなりません。著しく違うものにならなければ、天の家庭、天が願う家庭として立つことはできません。

また、カインの立場だとしても、自分一人ではありません。新しく祝福を受けた家庭の前に、カイン的な家庭として模範にならなければならず、そこにプラスにならなければなりません。このような伝統が、統一教会の既成家庭を中心として成立しない限り、今まで自分たち同士で結婚した世界の数多くの家庭は、復帰される道がないのです。

21 私は、家庭で自分の好きなように生きてきた人にも、すべて道を開いてあげる特赦を下しました。祝福を受けなさいというのです。自分の父と母を、堕落していないアダムとエバの立場、堕落していない天の国の息子、娘の立場に立ったのと同様の価値として認定するのです。統一教会でそのように認定すれば、世界的にも認定せざるを得ません。

お父様が「世界平和女性連合」の創設とともに、女性解放運動を通して門を開け放つことによって、家庭を中心として堕落したアダムとエバが、再び家庭基準に帰ってきた立場に立ったので、外的世界の家庭に特赦を与えるのです。それがいつでもあるわけではありません。この期間が過ぎれば、すべての既成家庭が祝福を受けるためには、氏族メシヤの前に出ていかなければならなくなります。氏族メシヤたちが祝福をするのです。

22 太陽は、朝、昇る時間になれば、自動的に昇ってきます。ですから、与えられた難しい条件の中でも、世界の人たちのために環境を創造して祝福をするのです。それは歴史的です。本格的な祝福は一九六一年からです。そして、祝福が世界化するのは一九九二年からです。その時までは忍耐し、一九九二年から拡張させたのです。統一教会の祝福を世界化したというのです。女性時代の到来とともに、そのようにしました。

23 キリスト教とイスラームは、イスラエルの立場から見れば怨讐です。彼らは、自分たちが一つになるとは夢にも思っていません。しかし、彼らを一つにしなければなりません。ですから、一九九二年四月十日、世界既成家庭祝福結婚式を通し、お父様がお母様と共に、彼らを祝福してあげました。イエス様が亡くなることにより、真の母を探し出せませんでした。それゆえ、今回の祝福結婚の祝宴とともに、すべてを連結したのです。イエス様の復活圏です。それは国家基準です。

ローマを踏み越えて世界的版図の上で再び生き、二千年歴史を超越して勝利的版図を固めて救い、お母様を世界的エバ圏として立てておいたのです。ですから、女性解放時代が来るのです。今や最後です。祝福をしてあげれば、すべて終わります。そうすれば、地獄に行く道が一八〇度、回るのです。

24 今まで全世界にいる祝福家庭は、すべて同じ水準の位置に入ってきています。キリスト教徒や他の宗教人を問わず、真の父母の特権によって、すべての家庭を同じ位置に立ててあげるのです。

アベルを祝福したのは、カインを祝福してあげるためです。ですから、同じ位置に立てるのです。

祝福家庭の父母たちは、自分の好きなように結婚して、統一教会に反対した人たちです。その父母たちを、氏族メシヤという名を中心として、堕落していないアダムとエバの位置に上げなければなりません。このようにして、真の父母様を中心として、家庭、氏族、民族、国家、世界的なすべての中心分野に連結されるのです。

ですから、一九九二年八月の「世界文化体育大典」の時に、全世界的に一般の既成家庭に門をすべて開けてあげるのです。祝福を受ける立場に立てば、天の血族圏内に入ってこられる道が開かれるようになります。

独身祝福式

最初の独身祝福式が、一九六三年三月二十八日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された。年齢問題などの事情により、地上で相対を迎えて祝福を受けられない場合、まず独身祝福を受け、霊界において相対に出会えるようにしたのである。この日の祝福式には、入教六年、六十歳以上になった食口四十一人(男性一人、女性四十人)が参加した。以後、数回にわたって独身者の祝福式が開催された。

25 年を取っているために、嫁ごうにも嫁げない六十歳以上の人たちに対して、一九六三年の「父母の日」に集まるように言いました。彼らが死んだあとに行く、家庭的な楽園型をあの世につくってあげるためです。今までの楽園は、家庭的な楽園ではありません。相対関係が決定されていませんでした。天使世界のように、すべて相対がいません。しかし、この時代において父母様が、そのような年を取った人たちに、この地で相対理念をもたせて、あの世に約束された楽園的な家庭をつくっておかなければなりません。

天国は本来、家庭を中心として、父母や妻子を引き連れて入る所なのですが、それができなかったので、父母様が、楽園的な天国がつくられるようにしなければなりません。ですから、その人たちを保護してあげなければならないのです。地上で相対と結ばれずに死んで霊界に行くようになれば、霊人たちの相対になれるという約束の基準だけでも立てておかなければなりません。

26 お父様がアダムの立場で、堕落したエバを復帰してこそ、この復帰されたエバを通して、自分の相対を復帰してあげられます。お父様がエバを復帰してあげるので、初めて天の側に立つようになることによって、未来の夫を探してあげられるというのです。アダムがエバの言うことを聞いて付いていって堕落しましたが、復帰時代には、完成したエバの言うことを聞ける霊人を探し出し、それと一つになることによって復帰するのです。

そのように霊界で相対を探し出して約婚式をし、エバ復帰式をして、その次に、聖酒を通して霊的に愛を復帰してあげる式をするのです。それをしていってこそ、皆さんがあの世で選択権をもてるのです。そこには待っている霊人たちがたくさんいます。数多くの霊人たちが自分を相対として選んでくれることを願っています。そのような特権があるのです。ところが、特権があるからといって、皆さんが先に行って「私たちだけで暮らしましょう」とは言えません。父母様が行く時まで待たなければならないのです。私が霊界に行って承諾しなければなりません。皆さんの思いどおりにはできないというのです。

27 一九七八年十一月七日午後五時五十三分を期して、百一双の約婚式を挙行しますので、聖なる(天の)お父様の名によって許諾してください。この地上にいる娘たちと、霊界にいる息子たちが一つになり得る縁を許諾してください。地上の娘と霊界の息子を相対として結んであげるに当たって、未来に永遠なる世界に行き、家庭を築ける権限を天の名と真の父母の名によって与えますので、お父様、お受けください。

全霊界の霊人たちが願う崇敬の的として、一人一人が残ることを知っております。彼らと共に、地上のある期間を過ごし、霊界に行って結ばれ得る一つの縁をここに決定いたしますので、お父様、お与えください。そうして、霊界に行っても真の父母の名とともに一つになることによって、永遠なる夫婦の縁を設定することを願いますので、お父様、許諾してください。地では実体をもち、霊界では未来の条件的な霊的実体として祝福の道を開くことを願いますので、お父様、許諾してください。この百一双の約婚を許諾してくださることを願いながら、これより挙行する結婚式も許諾してくださることをお願い申し上げます。

第三節 七百七十七双、千八百双、二千七十五双、六千双の祝福結婚式

国際祝福結婚時代を開幕した七百七十七双祝福結婚式

七百七十七双国際祝福結婚式は、一九七〇年十月二十一日、ソウルの奨忠(チャンヂュン)体育館で開催された。この日の祝福式には、韓国から五百三十九双、日本から二百三十五双、欧米から十六双など、十カ国から合計七百九十双が参加し、祝福式後、新郎と新婦たちは、四十二台の大型バスに分乗して、ソウル市内でパレードを行った。真の父母様は、「七百七十七家庭の祝福を通して、祝福結婚式を世界的に拡大する意味がある」と語られた。

1 一九六九年に、世界の数多くの国を代表する四十三家庭を祝福してあげました。国家基準の四百三十家庭の前に、四十三数の相対的家庭です。韓国のすべての氏族たちが天の圏内に加わる特別な恩恵を受けたのですが、これは世界の民族が加われる内的基盤になりました。この相対的基準を連結させれば、外的世界の氏族も内的世界の蕩減基準にある韓国民族と連結され得るというのです。ですから、それ以降は、国際結婚時代に入ります。

韓国の統一教会員は、韓国の民族的統一教会員ではなく、世界的統一教会員になるのです。ドイツの統一教会の食口がいれば、その食口はドイツの民族的統一教会の食口ではなく、民族的統一教会の食口を越えて、世界的統一教会の食口圏内に入ります。結婚国際連合時代です。そのような時代に入るので、その時から七百七十七双を中心として、国際結婚時代が始まるのです。

2 世界は、統一教会の運勢圏に入ってきて、次第に動くようになります。ですから、一九七〇年十月二十一日に、初めて国際祝福結婚式をしました。それが七百七十七双です。これは、世界的にすべてのものが近づいてきていることを意味します。七百七十七双を祝福する前までは、父母様が直接行って祝福をしてあげました。韓国に連れてきて祝福をしてあげてはいけないというのです。

ところが、初めて韓国で世界的に七百七十七双の国際祝福結婚式をしました。そこに十カ国の人が参加しました。このようにして家庭理想を中心として、世界のどの国であっても、神様に帰っていける道が完成したのです。この時を中心として、世界の運勢は統一運勢へと戻ってこられるようになりました。

3 父母様が、一九七〇年の七百七十七双祝福式に十カ国を参加させたのは、世界を代表して十数を蕩減するためでした。それによって、家庭を中心として世界的に新しい支派を編成できます。世界的に結んだので、世界的な支派を編成できるのです。

超民族的な基準で新しい支派編成ができる基準を立てておいたというのです。そうしなければ、韓国人以外はここに入ってこられません。韓国民族本位で進むようになれば、超民族にはなれません。しかし、このようにすることによって、超民族的な道が開かれるのです。キリスト教が世界的な基盤を築いてきたその型を、私たちが摂理的なみ旨の前に民族編成をし、世界を代表する蕩減的な民族型としてまとめておいたのです。

4 七百七十七家庭の祝福を通して、世界のどの民族であっても天に行けるように橋を架けました。十カ国を中心として役事をしたのです。四十三双も十カ国の人が参加しました。十数以上にならなければなりません。世界の十カ国が初めて天と共に、横的に左右に往来でき、家庭がどこに行ったとしても引っ掛からないように門を開けておいた世界的な宣布式が、七百七十七双の祝福です。三掛ける七は二十一、三数と七数の恨の峠を蕩減復帰する目的は、二十一年路程において、霊肉界と男女を中心として、サタンの提訴圏から逃れるためです。

世界的に祝福家庭が讒訴圏から逃れ得る完全な基盤を、十カ国を中心として築いておいたのが七百七十七家庭です。それが終わったので、韓国のものは世界のものになり、世界のものは韓国のものになるのです。

5 七百七十七家庭は、三年間は先頭に立たなければなりません。最後の使命を遂行しなければならないというのです。今まで祝福家庭は、そのようなことがありませんでした。このように祝福が全般的に成就されることによって、神様の願いは今、地上で成し遂げられつつあるのです。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界へと行くために、カインとアベルが一つにならなければなりません。上がるためには、カインとアベルが勝利しなければならないのです。それが原則です。ですから、世界のために犠牲にならなければなりません。各国がそのようになれば、世界統一は自動的に訪れるのです。お父様はその戦法で歩んでいます。

世界的に注目を集めた千八百双祝福結婚式

千八百双国際祝福結婚式が、一九七五年二月八日、ソウルの奨忠体育館で挙行された。この日の祝福式には、韓国から八百九十二双(在日同胞十八双を含む)、日本から八百十一双、欧米から百十一双、台湾から二双など、合計千八百十六双が参加した。この中で、八十七双が国際的なカップルとなり、合計二十カ国の人々が参加した。祝福式では国土統一院長官の祝辞が述べられ、行事後、ソウル市内でパレードが行われた。

6 一九七五年二月八日に千八百双の祝福結婚式を挙行しました。統一教会が個人的に初めて公に姿を現し、家庭的に初めて公に姿を現すときは、父母様の家庭だけではなく、全世界の統一教会員たちが、世界の前に現れなければなりません。このような神様のみ旨があるので、家庭的に勝利して一つの杭を打たなければならないのですが、第一次七年路程、第二次七年路程の功績を土台として、第三次七年路程の上に、父母を中心として皆さんの家庭を平面上に横的に展開させ得る、一つの示威、一つの攻戦を広げたのが、千八百双の祝福行事でした。

7 第三次七年路程に入って、すぐに千八百双の祝福が行われました。第三次七年路程は、神様のみ旨から見ると、堕落圏ではなく完成期圏内に突入したので、皆さんがこれを歴史的に輝かしい伝統として残さなければなりません。千八百家庭の祝福は世界的な祝福です。二十カ国から集まってきて世界史的な祝福を受けたのです。

世界の超民族的な伝統基準を立てるに当たって、韓国を代表する皆さんは、恥ずかしい男になってはいけません。各国がその競争です。韓国ではたくさんの家庭が祝福を受けたのですから、主体国として輝かしい伝統を立てなければなりません。アダムとエバが自分たちの思いどおりにして堕落しましたが、それと同じようにして再び堕落するのではなく、神様と父母様のみ言を絶対的な支えとして、神様が願い、父母様が願う家庭にならなければなりません。

二千七十五双と六千双祝福結婚式

一九八二年七月一日、アメリカ、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、二千七十五双国際祝福結婚式が開催された。真のお父様が法廷闘争をしている過程で開催されたという点で、その意義は大きい。この祝福式には。一九七九年五月に約婚式を挙げた七百五双と、一九八〇年十二月に約婚式を挙げた八百四十三双、一九八二年六月に約婚式を挙げた六百五十三双が参加した。一九八二年十月十四日には、ソウルの蚕室(チャムシル)室内体育館で六千双国際祝福結婚式が開催された。六千双の祝福結婚式には、韓国から千五百双、日本から三千六百双、東南アジアから九十双、アメリカから百五十双、中南米から百双、ヨーロッパから四百双、アフリカから六十双など、八十五カ国から参加した。

8 一九八二年七月一日に、二千七十五双の祝福結婚式を行いました。結婚というのは、一双だけがしてもその近所で祝祭をするのに、数千双が結婚することに反対するというのは、道理から外れていることです。この祝福行事でデモをする人がいないので、警察が驚いたでしょう。西欧社会においては大きな衝撃だったはずです。これから皆さんは、私たちの祝福結婚式を大いに誇らなければなりません。

9 今、お父様は、アメリカで法廷闘争をしています。普通の人であれば、喪中の家のようになり、(泣き叫んで)大騒ぎになることかもしれませんが、二千双以上を結婚させてあげました。これには重要な意義があります。お父様の歴史を記録するとすれば、こういう時であるほど、このようなすべてのことが、より貴重な価値をもつというのです。お父様に反対するその国のために、このような公的なことをしているという事実は、歴史がひっくり返ることです。そのようなことを、なぜこのように急がせるのでしょうか。それは、お父様がモスクワ大会のために行くべき道が残っているからです。

10 六千双の祝福結婚式は、摂理史的に見ると、歴史的な一つの終着的な結末をつける行事でした。韓国から出発した統一教会が、今まで韓国にそのままとどまっていれば、全世界に影響を与えたり、全世界の人々の心情を一つに合わせたりする結果をもたらすことはできなかったはずです。それで、国際的な舞台に拡張する世界的な拡張運動を通して、全世界の人々の心情を糾合させられた良いひと時だったと考えるのです。ここに参加した国は、八十五カ国です。自由世界はもちろん、共産圏にいる人たちまでもここに参加したことは、歴史的な事実です。

この大会自体は、霊的に見れば、数多くの霊界の先祖たち、八十五カ国の先祖たちがみな団結する場でした。摂理上には様々な祝福すべきことや誇るべきことがたくさんありましたが、霊的世界全体が超国家的な立場で団結できる時は、神様の摂理歴史の過程を通してこのひと時が初めてでした。そして、世界八十五カ国の若者たちが、この場で祝福を受けるその瞬間の環境や、祝福を受ける本人たちもまた、国家を超越して一つの焦点を合わせていたというのです。霊界が見つめる焦点と地上で見つめる焦点が一致し得た時は、今まで歴史上にもありませんでしたが、今後もないでしょう。これは、超世界的な慶事でした。ですから、神様の立場から見るとき、誇らしいことだというのです。

11 統一教会は、愛の世界をつくるために祝福結婚式をします。統一教会は人種差別を認めません。真の愛においては、「白人は異なり、黒人は異なる」と言うことはできません。統一教会が偉大であり、統一教会員たちの違うところはその点です。六千双の国際祝福結婚式の時にも、私は日本の女性たちと黒人たちを七十双ほど結婚させました。強制したのではなく、自分たちが望んでしたのです。

12 六千双の祝福を受けた人を世界に配置しました。そうすることによって人種が完全に束ねられ、縦横の歴史が完全に転換するのです。上下の歴史が完全にひっくり返り、東西が入れ替わるというのです。それにより、すべての歴史的な潮流が変わるという話です。潮流が変わります。家庭的理想は、愛を中心として成就するのですが、世界で有史以来、初めて愛の潮流が神側から押し寄せ始めたのが今回の祝福です。

初めて地球星に愛の思春期が訪れるのです。六千双の祝福結婚式によってそのようになります。六数はサタン数ですが、サタン圏内を撃破できるのが六千双です。愛の六千双の旗を翻すことによって、サタン世界は完全に退くのです。

第四節 六千五百双、三万双、祝福二世の祝福結婚式

交叉祝福時代を開幕した六千五百双祝福結婚式

六千五百双国際祝福結婚式が、一九八八年十月三十日、一和(イルファ)の龍仁(ヨンイン)工場で挙行された。この祝福結婚式には、十七カ国からの参加があったが、韓国の新郎と日本の新婦千四百三十五双、韓国の新婦と日本の新郎九百七十三双など、日韓の交叉結婚が相当数を占めた。また、日本の新郎と日本の新婦二千六百六十双も参加した。真の父母様はこの約婚式で、主に写真を御覧になって結婚相手を決めてくださった。

1 六千五百双を祝福する時、日本人と韓国人を交叉結婚させました。なぜそのようにしたのでしょうか。アダム国家は韓国であり、エバ国家は日本です。アダムとエバが自分勝手に結婚することによって世界を失ってしまったのですが、今や国家的基準でひっくり返しておいたのです。

2 国家基準の二世たちが交叉結婚をすることによって、サタン世界は崩壊し、父母様の全権時代の土台の上で、理想天国が出発するようになります。その歴史の象徴物として集まってきたのが六千五百双です。これを一週間以内にしました。最初、日本の幹部たちは「そのようなことはできません」と大騒ぎしましたが、死に物狂いでやるようにというお父様の命令に従ってやってみたところ、日本政府の機関が協力するようになり、韓国大使館が協力するようになりました。日本も助けたという条件を立て、韓国も助けたという条件を立てたのです。

3 一九八八年十月三日に「世界統一国開天日」を宣布しました。そのように宣布することによって、国が生じるのです。アダムとエバが個人的に堕落してサタンのもとに行ったので、これを蕩減し、復帰していくときに、サタン世界を代表するアダム国家とエバ国家の二世たちを中心として歩んでいくようになるのです。彼らはカナンに復帰したのと同じです。イスラエル民族は、カナンに復帰してカナン七族に染まり、結婚を誤って病にかかったのです。ですから、道義がすべて破壊され、乱れた社会環境になりました。

そのように、すべて流れていくしかない環境の中で、父母様が韓国の二世たちと日本の二世たちを交叉結婚させたのです。それは国家と国家が結婚したのと同じです。エデンの園で個人的に結婚を誤ることによってサタン世界になったのですが、天の父母と真の父母を中心として、アダム国の代表とエバ国の代表が交叉結婚をすることにより、国家的に天に抱かれ得る門が開かれるのです。

4 韓国と日本は怨讐の国ですが、これを押しのけて、韓国で交叉結婚をしました。韓国も反対できず、日本も反対できませんでした。写真を見て結婚し、言葉も通じない国の人たち同士が結婚するというのは、歴史上になかったことです。六千五百双の祝福行事を、すべてが歓迎する中で神様の名によって行うので、サタンは付いてこられなかったというのです。

5 ソウルオリンピックの競技が行われている真っ最中であった一九八八年九月二十七日に、父母様は「摂理的統一転換式」を宣布しました。これを土台として、十月三日に「世界統一国開天日」を宣布することができました。そのようにすることによって、主体国であるアダム国家の韓国と、対象国であるエバ国家の日本の二世たちを結び合わせたのです。オリンピックの時に世界の青年たち、二世たちを一つにしたので、統一教会内の韓国と日本の二世たちを交叉結婚させたのです。この交叉結婚は、アダムとエバが個人的な一組の夫婦の立場で堕落したことを復帰するために、国家的な立場のアダムとエバが、息子、娘を代表して行う結婚です。一個人として堕落したアダムとエバが国家的代表の立場に立つことによって、二世たちを完全に統一するのです。この二国を統一するので、その一つになった基盤の上に父母様が立つのです。

6 一九八八年十月三十日に、六千五百双の合同結婚式をしました。日本人と韓国人の交叉結婚です。一般の人たちは、「統一教会員たち同士、写真を見て結婚させた」と言いましたが、新郎新婦同士ではすべて言葉が通じると思っていたのです。しかし、互いに言葉も通じません。言葉も分からない人同士が結ばれて、数千人が座っているのですが、静かだったのです。

なぜ静かだったのでしょうか。言葉が通じないからです。ところが、手はしっかり握っていたというのです。そこで手を離してはいけません。一万五千人が集まったので、一度相手を見失ったら、互いに見つけるのが難しいからです。ですから、御飯を食べる時も手をしっかりつないでいます。言葉が通じない中でもひたすらつかんでいる姿が素晴らしいのです。そのようなことは、統一教会でなければ見られません。

超国家、超人種の結婚大祝祭である三万双祝福結婚式

一九九二年八月二十五日、ソウルオリンピック主競技場で、世界百三十一カ国の善男善女が参加する中、三万双国際祝福結婚式が開催された。この祝福式は、第一回「世界文化体育大典」の一環として行われ、祝福の世界化時代を開いたことに大きな意味がある。また、航空便予約の問題などで入国できなかった六カ国の祝福対象者たちのために、衛星中継による祝福結婚式が実施され、彼らも同じ時間に共に祝福の礼式に参加することができた。

7 一九九二年に三万双の世界的な祝福をしました。三数は完成数であり、天の数を代表します。蘇生、長成、完成です。三万家庭を祝福したということは世界的です。三万双の結婚後には、統一教会の合同結婚式に対する反対がなくなっていくというのです。私たちが三万双の結婚式をすることによって、国際的につながるようになりました。そこには、国家もなく、国境もなく、民族もなく、文化(の壁)もありません。今まで結婚する時は、その境界線を越えられず、自国を中心として、自国内でも自分の一族を中心として、それも自分と関係のある一族だけを探し求めて結婚しましたが、これを完全に取り払ったのです。国境や民族、人種、宗教、文化の壁をすべて取り払い、同じ兄弟として結婚運動に初めて加わる役事が、国際祝福結婚式だというのです。

8 三万双の祝福は、国家を超越し、地域を超越し、宗教を超越し、政治圏を超越して行った国際結婚です。三万双なら六万人になります。それほど多くの人たちが、十日でもなく、一日ですべて結婚したというのです。

一国の人たちだけではありません。百三十カ国以上の国から白人、黒人、黄色人を問わず、すべての人種の人たちが来て参加したのです。肌の色がいくら違うとしても、生き方は同じです。一つです。ために生きる生活文化は同じだというのです。たとえ貧しく暮らしても、人のために生きるのです。そのような家庭が全世界に広がります。私たちのような人たちが、世界のほとんどを占めて、二十年後に一つの国家、一つの世界になると考えてみてください。そのような時が来るのです。

9 三万双の祝福の時は、功のない人まで祝福してあげました。そのようにしたのは、氏族メシヤを送り、一族を解放するためでした。親たちが今まで統一教会に反対し、その氏族全体が統一教会に反対しました。激しく反対した人たちは、むしろ統一教会に入った子女たちをもつ親たちでした。その反対した親を解放してあげるのです。

10 世界の家庭を連合して、世界の国をつくらなければなりません。国家を超越した世界家庭の連合がつくられなければなりません。それを象徴するのが、今回の三万双の世界的な祝福式です。これは世界家庭復活式です。

この世界家庭復活式をするに当たって、ここに日本やアメリカを問わず、全世界が反対しました。しかし、父母様が家庭を引き入れて思いどおりにしても、反対するのではなく、

歓迎できる時代になったという時には、皆さんが家庭伝道をしても無事通過するというのです。ですから、皆さんは、主体の力量をもてる実証的な内容を備えなさいというのです。

11 海水が満ち始めると、満潮まで六時間もかかります。水平まで行こうとすれば大変なのです。しかし、時が変わりました。ですから、蕩減復帰を通して、国家基準と世界基準を備えるようになれば、一時間以内に平面基準に立てます。時代

の恵沢圏によってそのようになるのです。真の父母が来られるのは、全世界の万民を平等な立場で祝福するためです。サタンの讒訴がなければ、世界人類を一度に神側に返したいと思うのが神様の心情です。ですから、この満潮圏の立場に立つ条件として、一週間だけ修練を受ければ、満潮になったのと同じ基準で祝福できるのです。そのようなことをしたのが三万双の祝福です。

12 アダムとエバが結婚を誤ってしまったので、祝福結婚を通して万国に統一圏を形成していかなければなりません。ですから、神様の名によって結婚式をするのです。三万双まで父母様を中心として結婚式をしました。これは平面的です。同じ恵沢圏内にあるのです。カインとアベルが闘うのではなく、一つになりました。カインとアベルが天のみ前から遠く離れているのですが、神様の愛によってカインとアベルの世界的版図を一つにするという天のみ旨を成し遂げなければならないので、世界的な祝福式をするのです。

天がサタン側を追放して世界を収拾し、初めて天宙から世界、国家、民族、氏族、家庭まで基盤が固められるのです。このようになることによって、天が訪ねてこられます。そうして、地上に来られる主と一つになることによって、サタンを追放した家庭の起源をつくるのです。そのような家庭を代表する世界的時代が、三万双の祝福を中心として、三年路程を経る時です。

13 神様を中心として結婚できなかったことが堕落の原因なので、神様と真の父母様を中心として結婚しなければなりません。そうしてこそ、その族譜圏内に入るのです。三万双の結婚式の時は、このような族譜圏に入り得る準備をしなければならないので、世界人類を平面上に立て、父母様が責任をもって解放の位置に立ててあげるのです。誰でも一週間の修練を受け、「祝福を通して、真の父母が歴史全体を蕩減してくださることにより、自分たちが解放される」ということを信じればよいのです。

二世祝福と祝福二世家庭の責任

祝福二世の最初の祝福結婚式が、一九八六年四月十二日、三十六双が参加する中、ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館で開催された。この日、真の父母様は、参加者たちに「新しい歴史を展開すべき時点において、皆さんは自分個人を中心として結婚するのではなく、続一家において一大革命を提唱するために結婚するのだということを知らなければならない」などと語られ、新しい歴史的一ページをつくるという重大な使命を背負って、この式典に臨むことを願われた。

14 祝福家庭の二世の根は、父母様です。ですから、皆さんは、父母様の言葉を絶対視しなければなりません。誰よりも、自分の家庭よりも絶対視しなければなりません。父母様の国と父母様の世界圏、天地を取り戻し、それを迎えるための伝統を伝授させるためなのです。

天と世界と国の伝統を縦的に連結させるための第一の門戸、すなわち葉や枝が皆さんの家庭です。ですから、皆さんの家庭は、天を代表し、世界を代表し、国家を代表する横的な代表です。それゆえ、皆さんには国の伝統がなければならず、世界の伝統がなければならず、天の国の伝統がなければなりません。それが皆さんの主流思想です。皆さん二人が一つになって、サタン世界の歴史と隔離された、新しい一族として出発するのです。

15 二世の皆さんを、なぜ祝福してあげなければならないのでしょうか。二世自体の家庭を選ぶ時、その家庭が世界の途上で迫害を受ける家庭に属していれば、その二世たちを祝福してあげることはできません。しかし、摂理的に見ると、今や統一家において祝福家庭も迫害を受ける時代を越えました。誰がそのようにしたのでしょうか。皆さんの父母がしたのでしょうか。真の父母がしました。真の父母の上には誰がいますか。天の父がいるのです。このように、三代の父母に侍ってこそ復帰されるのです。

縦的中心である神様と真の父母を中心として、縦横に連結されるここにおいて、皆さんは父母に侍らなければなりません。三代の父母です。お父様は、縦的な父母に侍ることにおいては落第しませんでした。間違いなく侍ってきました。そうして、地上に着陸したのです。上から完全に根を張りました。着陸したところに、様々な家庭が水平線を中心として存在し、皆さんの父母は水平線になった家庭ですから、平和基準によって万国の家庭をつなぎ得るモデルにならなければなりません。

16 統一家に二世祝福があったことは驚くべき事実です。子女たちが祝福を受けることによって、今までの祝福家庭の過ちによって侵犯された条件を再び防御できる、神様の第二防御線ができたというのです。

国を中心として、皆さんを祝福してあげたという事実を知らなければなりません。父母様が築き上げた世界基盤の上に、大韓民国の国民が、霊的には統一教会の方向に従っていくようになっています。

17 二世祝福を受けた人たちは、祝福家庭の先導者にならなければなりません。雁の群れが飛んでいく時には、先導者がいて、行く方向を案内するのと同じです。皆さんの一族を中心として、金氏なら金氏、朴氏なら朴氏を代表して、ここに呼ばれて来たというのです。皆さんは国を探し求めなければなりません。そのような点で、皆さんは自分たちのために祝福を受けたのではありません。

18 お父様は、家庭を中心とした天国の基盤を築くために、四十年間苦労してきました。国家との激しい闘い、厳しい風雪を経ながら、その位置を訪ねていったのです。神様の愛と真の父母を中心として成し遂げられた家庭中心の天国基盤と、カイン父母の四位基台の基盤が、天と共に完全に一つになる時、天国はそこから出現します。ですから、二世たちを先頭に立て、蕩減復帰の条件として二世三十六家庭を祝福したのです。

19 二世祝福を受けた家庭は、悪魔サタンを一度に放り出せる個人的な権限を回復しようというのです。「私は、世界と天宙を代表し、神様の立場を代弁することはできないとしても、私個人の立場でサタンを放り出せる息子であることは間違いない」と言えなければなりません。個人を代表して、サタンの胸ぐらをつかんで追い込める自信をもって、サタンが恐れるようにならなければなりません。宇宙の大怨讐、悪魔を個人的に屈服させ得るチャンピオンにならなければならないというのです。

20 二世の祝福家庭は、本来、東西南北、上下、前後、左右を通してサタンが侵犯できない家庭です。皆さんは、愛を中心として、東に、南に、北に、西に、広がっていかなければなりません。そのような責任を果たさなければならないのが、二世の祝福家庭です。今後、二世の祝福家庭は、男女問題に引っ掛かってはいけません。

21 二世教育て父母様が強調したことは、今まで暮らしてきたすべての習慣性を忘れてしまいなさいということです。統一教会から始まって、統一教会の伝統を受け継ぎ、習慣化しなければなりません。父母様と神様を中心として習慣化しなければならないのです。

二世たちが祝福も受けず、自分の好きなようにしようとしたならば、再び戻ってこなければなりません。統一教会から抜け出して結婚することはできません。イスラエルには、淫行を行えば、石で打ち殺すという法がありました。今後、それ以上の恐ろしい時代が来るかもしれません。天理に背く人たち、自分の一国を滅ぼし、世界を滅ぼす人たちは、この地上に存在する価値がありません。深刻な問題です。

22 統一教会の皆さんは、世俗化してはいけません。一大浄化運動をしなければならない日が来ます。二世三十六家庭の皆さんは、父母様が語れば、語ったとおりに動かなければなりません。皆さんが誤れば、皆さんの七十二代の先祖たちが引っ掛かってしまうのです。霊界でデモが起きます。「統一教会に入ってきて、祝福を受けて生んだ子女が、何たる有様だ」とデモをするというのです。そのようになれば、その息子、娘がうまくいくはずがなく、行く道が楽ではありません。仕方がないので、父母様が罪の荷を背負い、十字架を背負って、ひもを付けながら断ち切ることなく今まで歩んできているのです。

また、父母たちは、「私の息子が二世祝福を受けたので、適当に動いてもよい」と考えてはいけません。皆さんは、み旨を世界に発展させ、世界の祝福基準を立てて、万年解放の祝福という、解放の道を行くべき運命が残っていることを知らなければなりません。誰が先頭に立つのでしょうか。祝福家庭が責任を果たせなかったので、息子、娘たちを先頭に立たせなければなりません。

23 祝福家庭の二世の皆さんは、ひたすら父母様の言うことだけを聞かなければなりません。そうでなければならないのです。脱落してしまいます。二世たちが十字架を負わなければなりません。皆さんの父母が誤ったことまで十字架を負わなければならず、今後、自分の息子、娘が誤っても、その十字架を負わなければならないほど、重要な立場にいます。そのようにならないためには、皆さんが三世代を中心として、責任をもって十字架を負い、犠牲にならなければなりません。父母様は、皆さんを犠牲にしてでも、越えていかなければなりません。

ですから、父母様の言葉に絶対に順応しなければなりません。口があるからといって、好き勝手に話ができるようにはなっていません。この世と社会に対して不平を言えば、サタンが入るようになっているのです。弁証法の論理は闘争概念です。不平から始まるのです。サタンが神様のみ旨を破綻させながら、理論的な基盤をもって現れ、世界舞台を混乱させるこの時に、その間に挟まり、そこに染まってはいけないというのです。

24 四十年以上にわたるお父様の時代において、四千年の歴史をひっくり返して隅々まですべて収拾し、心情の根源から、その外れてしまった道まですべて正して、人類の解放圏まで提示することによって、神様がこの地に君臨して天国を建設できる道理を広げることができたという事実は、夢のような話です。これはうそのようですが、事実です。ですから、恵まれた立場にいるというのです。お父様は、国を探して立てる時までは、自分の脚を見せませんでした。監獄に入っても、(衣服を)すべてきつく締めていました。サタン世界に見せることを嫌いました。また、所かまわず座ることはしませんでした。そのように体の管理をしたのです。どこかに座る時には、必ず聖別して座り、立つ時も必ず聖別して立ち上がりました。汚さないために、そのように暮らしたのです。

お父様が歩んできたのは、サタン世界を分別するための本然の姿勢の道であることを知って、二世の皆さんだけでもその伝統を相続しなければなりません。その伝統を受けられなかったことが皆さんの父母の恨だと思って、二世の皆さんだけは、この伝統を受け継いで生きていこうと身もだえしなければなりません。

25 二世たちは、安逸な考えをしてはいけません。伝統的な歴史の理想を立てなければなりません。そうしてこそ大きな木になるのです。皆さんには、まだ迫害が残っています。外部の迫害がなければ、父母様と皆さんの父母が迫害するでしょう。それは正常なことです。それが、誰もその根を引き抜けないように打ち込んであげることだからです。

愛で打ち込んであげなければなりません。どこの誰も引き抜けないように、終始変わらない思想の根を打ち込んでおかなければなりません。それが基盤になっていれば、それによって芽が出るようになります。そこに該当する比例的存在として生まれるのです。神様が、一族を中心として祝福するのも同じです。

26 祝福家庭の二世たちをしっかりと訓練しなければなりません。二世の皆さんも開拓伝道に出なければならないのです。大きな木になるためには、深い所まで根を張らなければなりません。深く根を張るためには、どのようにしなければならないのでしょうか。山の頂に植えた木は、根を下ろせず、枯れてしまうものです。深い谷間に根を下ろしてこそ、肥やしも富み、保護も受けられるのです。上にあれば、風が吹いて冷えるのです。風が吹けば、倒れるようになります。ですから、深い谷間に根を下ろさなければならないというのです。

この世の万事において、良いものがすべて高い所にだけあるのではありません。良いものは、高い所にもありますが、最も低い所にもあるのです。木で言うならば、最も大事なところが根です。根は、見えないよう底(土の中)に張っています。根は、真ん中の根からまっすぐに伸びなければなりません。ですから、真ん中の根を中心として深く入れば入るほど、その四方に支根を張らなければならないのです。それに比例して、木自体に付いている幹と枝も大きくなります。根が先です。種を見ても、根が生えながら、芽が出るのです。天と人間の関係を見れば、逆さまです。人間の根は天なのです。

27 私が皆さんを祝福してあげるのは、皆さんより優秀な人を残すためです。二世の三十六家庭と七十二家庭は、み旨どおりに歩まなかった場合、問題が大きいというのです。お父様は、このみ旨ゆえに国を捨て、父母を捨て、妻子を捨てました。国を捨てたというのはどういうことでしょうか。サタン世界が私を押し出したのであって、私が捨てたのではありません。

島に流刑になり、海を泳いで上陸して、今このことをしているのと同じです。そのような伝統を受け継げるように、自分の基盤を築かなければなりません。お父様は、世界的な基盤を築くためにこのようなことをしたので、二世の皆さんは、自分の基盤を築いて、親戚や同志、自分と関係のある人たちに借りをつくってはいけません。

28 皆さんが有り難く思わなければならないのは、四十年のカナン復帰路程のみ旨について考えるとき、今、統一教会は、カナンの福地に既に入っているということです。民族的基準において、今後、統一教会を遮る道はありません。統一教会の風土に従わなければ国家が存続できないことを、識者から一般大衆までが感じる段階に入りました。ですから、ここから突き進まなければなりません。ここから新しく突き進み、機関車になり、砲弾となって撃破し、新しい歴史を展開すべき時点に立っているその人々は、祝福家庭の二世たちです。正に皆さんがしなければならないというのです。

結婚とは、単純に自分個人を中心とした結婚ではありません。統一家において、一大革命を提唱するために結婚しているというのです。ここには、第三者のいかなる考え方や観念も介在してはいけません。あくまでも真の父母様を中心として歩まなければならないのであって、第三者が介在してはならないのです。

29 ヤコブの息子は十二人ですが、彼らの中で最も祝福を受けた息子は、十一番目と十二番目のヨセフとベニヤミンです。兄弟の中で十人の兄がサタンの振る舞いをしました。この兄たちが二人を憎んだのです。そのような十家庭以上が反対し、冷遇する立場で、愛する心をもって乗り越えていかなければならないことを、代表して示してくれたのです。

ヨセフは、兄たちが自分を(涸れた)井戸に突き落として殺そうとし、売り飛ばしましたが、兄たちが自分を死の場に追い込んだのではないと考え、すべての権威とすべての欲望を忘れて兄たちを愛しました。ヨセフがそのように兄たちを愛したという条件によって、イスラエル民族全体が助かったのです。二世の皆さんも、そのような道を行かなければなりません。

祝福家庭の二世たちを祝福してあげたのは、一人で豊かに暮らしなさいということではありません。統一教会に反対し、統一教会を嫌っている、十人の兄弟のような環境にいる彼らを救ってあげるためであり、彼らを抱いて神様の愛の圏内に入っていける責任的使命を担わせ、代表として歩ませるためです。言い換えると、ヨセフのような立場で祝福を受けた家庭の息子、娘たちなのです。これが、祝福家庭の子女たちの行くべき道です。祝福を受けた家庭の息子、娘たちを、神様と父母様が祝福してあげて、良い暮らしができる環境をつくってあげたとすれば、その環境は、皆さんのためのものではありません。世界のためのものです。

第五節 祝福結婚の世界化と祝福結婚式の拡大

三十六万双祝福結婚式

三十六万双国際祝福結婚式が、一九九五年八月二十五日、ソウルオリンピック主競技場で開催された。この日の祝福式は、人工衛星による生中継を通して、百六十カ国五百五十三地域で同時に行われた。これ以降、祝福結婚式は、その数を増加させつつ、世界的に拡大された。

1 人間の先祖が堕落し、神様のみ前で結婚を誤って追い出されました。ですから、真の父母の名により、全体、全般、全権、全能の権限をもって、万民解放圏を宣布するのが三十六万双の祝福です。

この三十六万双は、アダム圏、ノア圈、ヤコブ圏を完成するものです。アダム圏の完成、イエス様圏の完成、再臨主圏の完成を平面的に代表する数なので、三十六万双が結婚しなければならないというのです。三十六万双が問題ではありません。三百六十万双、三千六百万双の祝福結婚ができる時代に入ったのです。

2 イスラエル民族は、四十年の荒野路程を過ぎ、七年路程で国を建てる伝統を立てられませんでしたが、私たちは建国理念、その国を建てる伝統を立てなければなりません。今や四十年路程が過ぎていきます。ですから、残るこの七年路程の中で、建国思想と統一的世界、平和の理念に満ちた国民として結束しなければなりません。

それゆえ、先輩となる一世と二世が、カインとアベルとして一つにならなければなりませんが、一世は失敗したので、(このままでは)荒野で倒れる危険性があるというのです。これをどのようにして束ねるのでしょうか。急いで祝福をすることによって救ってあげようというのが、三十六万双の結婚です。そこには多くの既成家庭が参加します。

3 三十六数は、アダム家庭、ノア家庭、ヤコブ家庭までの三十六家庭を意味します。ですから、この三十六数は先祖数です。それで、三十六万双の祝福は、世界的な全体の背骨であり、先祖のような祝福になるのです。これは、世界的に長成期に該当します。この結婚式さえすれば、どのようになるのでしょうか。今、全世界の家庭が破壊されつつあります。これを清算することが問題です。混乱したこの家庭をどのように収拾するかという問題に、世界が頭を悩ませています。したがって、統一教会が三十六万双の青年男女たちを中心として、新しい家庭を編成し、その家庭が理想的で幸福な暮らしをしていくときには、世界の破壊された家庭は、すべてここに関心をもたざるを得ません。これは世界的事件になるのです。4三万双から祝福を世界的に公開しました。そこには国家の二番目の実力者まで参加しました。大臣クラス以上が入ったのです。三十六万双の祝福結婚式には大統領も参加しました。世界の峠を越えなければなりません。そして、三万双から三年後に三十六万双をすることによって、三数を越えるのです。これは不可能なことでした。知って信じた方は、神様と父母様しかいませんでした。しかし、祝福をしてあげました。責任を感じるからです。

今やサタン世界を完全に越えていきます。蘇生家庭圏の世界版図である三万双を基盤とし、長成圏の三十六万双を中心として、先祖たちが誤った峠を越えていくのです。三十六万双は、三十六家庭を世界版図の上で越えていくというのです。

5三十六万双の祝福をするために血の汗を流しながら、一九九五年八月二十五日が来ることがどれほど恐ろしかったか分かりません。私は、一九七六年九月十八日にワシントン大会をしましたが、それ以上の心情でした。天のみ前に宣言した威信と体面が、ここで崩れてしまうか、跳躍するかという問題でした。深刻だったのです。神様の御加護と愛によって、その目標を達成するようになりました。その孤独で悲惨に生きたお父様に同情する神様がいたので、誰も考えもしませんでしたが、三十六万双の祝福を超過して達成したというのです。

6三万双の結婚式をし、三年後に三十六万双の結婚式をするというので、「それはできる」と言った人は誰もいませんでした。世の中に、このようなことをする人はいません。どこの誰も、このようなことをする人はいないのです。国も、このようなことをする国はありません。これは記録的です。サタン世界の家庭全体を踏み越えて上がっていったのです。長成的基準である三十六万双を勝利したので、サタン世界の国を踏み越えて上がるのです。

今や残っているのは三百六十万双です。これは全権時代です。結婚全権時代に入るのです。サタン世界の国家的基準を越える家庭の足場を世界に広げておいたので、真の父母時代を経て王権時代に入っていきます。

7三万双の祝福をする時、できると思って出発したのであって、できないとは思いませんでした。ですから、神様の御加護があったのです。皆さんは、三万双の祝福をする時も、「見込みがない」と言いました。三十六万双は想像もできないことです。しかし、「必ずできる」と言いました。ですから、神様から「OK!」という答えをもらって始めたのです。

三年間、毎日、夜になっても、どこに行っても、この焦点を引っ張って回りながら、その焦点に合わせて精誠を尽くしました。私の精誠は、世界人類の精誠に負けないというのです。誰も知りません。神様と私だけが知っているのです。完全な主体は完全な対象をつくり上げます。完全な対象の信念は、完全な実体の信念として神様が成就させるべき責任があるのです。その信念どおりになりました。

8三十六万双の祝福は、真の家庭、理想家庭を実現しようというものです。神様が願う理想家庭を実現しようというのです。自分の息子、娘が理想家庭を形成しないことを願う父母がどこにいるでしょうか。しかし、それは父母が願ったとしても不可能です。夢のような話です。政治力でもできず、経済力でもできず、外交能力あるいは軍事力でもできないのです。ところが、父母様の教えは既に世界を越え、民族と教団、教派を越えて、このような結婚式をするようになったというのです。これは夢のような事実です。

9皆さんは祝福結婚をして、世界一の夫婦になりたいと思うでしょう。そのためには、妻は夫を愛する以上に国を求めなければならず、夫は妻を愛する以上に国を求めなければなりません。そのようにしなければ、家庭が安息する道はありません。今までは長成期完成級の峠を越えられなかったので、私が完成した父母として治めることはしませんでした。干渉しなかったというのです。

今や、時を越えました。四十年の峠を越えて、三十六万双の祝福を突破することにより、三万双から始まって、蘇生期と長成期を越えたというのです。ですから、サタン世界のいかなる人も統一教会を阻むことはできません。その峠を越えたのです。

三百六十万双から四千万双ヘ

一九九七年十一月二十九日、アメリカ、ワシントンDCのRFKスタジアムにおいて、世界各国に人工衛星を通して生中継される中、四千万双国際祝福結婚式が開催された。この祝福式は、当初、三百六十万双の祝福として予定されていたが、その数が増え、四千万双の祝福として執り行われたのである。第三回「世界文化体育大典」の一環として挙行されたこの日の祝福式では、世界六大教団の代表からの祝賀メッセージが発表され、霊人祝福も共に行われた。

10 三百六十万双を祝福すれば統一天下になるのですが、統一天下は、何を中心として回るのでしょうか。この三百六十万双は錨です。悪魔の主管下で習慣化され、汚されている地上世界を清算できる錨だというのです。ここに網をつないで皆さんを押し出すのですが、錨綱が切れてはいけません。それが皆さんの家庭にならなければならず、皆さんの一族にならなければなりません。切れるのではないかと思い、一族を結び、国家的なメシヤを結んであげるのです。

11 皆さんは、皆さんの先祖からすべての家庭に、責任をもたなければなりません。真の父母は、アダムから今までのすべての家庭に責任をもちました。それが世界的版図になったので、家庭を越え、国家を越え、世界まで越えていって解放し、すべて一束にして、同じ価値を中心として三百六十万双を祝福するのです。そこには国境もなく、宗教や風習や文化といったものがありません。平面的に、全世界の村々に同じ家庭を配置したので、神様が取り戻した、アダムの堕落していない本然的家庭基準を展開しておいたというのです。

12 三百六十万双さえ祝福すれば、天の祝福が世界圏にまで連結されることによって、すべての日が安息日になります。被造世界において、春夏秋冬の四季を通じて神聖な日が続くのです。そのようなことを今、準備しています。

私たちは、神様と真の父母に侍って、聖日にだけホーリーフード(聖餐)を食べました。今からは、全体・全権時代とともに、三百六十万双の祝福によって、世界圏以上(の段階)に入っていくので、万物が嘆息していたその嘆息圏から抜け出し、一週間ずっと、私たちが神様と真の父母に侍って食べ、眠り、あらゆる生活ができる侍義時代に入るのです。

13 外形的には、統一教会がキリスト教についていくように見えるかもしれませんが、内的には、どれほどの闘争歴史を経てきたか分かりません。サタンを分立し、分別するための闘争をしてきたというのです。そうして、人類が再び神様の懐に抱かれるようにするための救いの道を、個人から八段階まで経て、全世界の民族が、祝福家庭を中心として世界基準を越えられるようになりました。それが三百六十万双の祝福であり、四十年の峠を越えるのです。

14 父母様は、今まで十二の峠を越えました。三百六十万双が十二(番目)の峠です。この十二の峠を越えなければなりません。「アリラン」という言葉は、「愛」の字、「里」の字、峠を意味する「嶺」の字です。愛する里を訪ねていくのだと考えるのです。韓国民謡の「アリラン」に「十二の峠」という言葉があります。十二の峠を越えるために苦労をしたのです。今や十二の峠を越えたので、一瞬のうちにすべて平準化されます。ですから、どこにでも行けるのです。

15 一九九七年七月十五日に三百六十万双の祝福完了を宣布するまでは、本当に追い詰められた気持ちでした。ところが、天が役事したのです。八月に入って私たちは「天地父母天宙安息圏」を宣布したのですが、その日が八月九日です。そのような時が、また来るというのです。霊界の門が開かれ、この地上に霊人たちが降りてきて、想像できない事件が世の中に起きるということが分かりました。それで、七月十五日に「三百六十万双完了」を宣布したのです。

16 三百六十万双の祝福とともに行えるのは、おなかの中にいる子女、その祝福家庭の子女たちにも聖酒を飲ませることです。自分の生涯をかけて、「私はこのように生きてきたが、おなかの中にいる子女は、堕落した血統と関係がない、絶対純潔の血統を受け継いだ子女である」と言いながら、聖酒を伝授するという条件を忘れてはいけないというのです。その国と一つになって、天に誓って宣布しながら、聖酒を飲ませなければなりません。そのようにすれば、重生するのです。おなかの中の子女は、サタンの子女ではありません。

三億六千万双から四億双まで

三億六千万双国際祝福結婚式が、一九九八年六月十三日、百九十五カ国に生中継される中、アメリカ、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにおいて開催され、続いて一九九九年二月七日、ソウルの蚕室オリンピック主競技場でも、三億六千万双国際祝福結婚式が挙行された。真の父母様は、「本来この祝福結婚式は、長子圏国家であるアメリカに続いて、母の国である日本で開催されなければならない」と明かされたことがある。この時、霊人祝福式も行われた。そして、二〇〇〇年二月十三日、ソウルの蚕室オリンピック主競技場で四億双第一次祝福結婚式が開催された。四億双第二次祝福式は、二〇〇一年一月二十七日にアメリカのニューヨーク国連本部で、四億双第三次祝福式は、二〇〇二年二月十六日にソウルのオリンピック公園フェンシング競技場で開催されるなど、数回にわたって四億双祝福結婚式が挙行された。

17 三百六十万双を祝福すれば、本来は完全に水平になるのです。川の水が海に入っていこうとすれば、その水はすべて水平にならなければなりません。大きな川の水が海に入る時、速度が最も遅いのです。できるだけゆっくりと入ります。それは、主体である海水に、完全に吸収されるということです。すべてのものが天地の道理を中心として運動し、存続するのです。なぜ三千六百万双が終わってすぐに三億六千万双を始めるのが良いかというと、もはや峠を越え、谷間を下りきったからです。蘇生・長成期を越えたので、長成期完成級を越えていける段階に至ったのです。ですから、三億六千万双に入ります。これは完成圏です。

18 父母様が苦労するのは、愛の理想、絶対愛を中心とした理想的な天国を探し求めるためです。そのために今まで歩んできているのです。愛の理想をすべて探し出したあとは、相続させてあげなければなりません。これをすべて相続させるためのものが三万双の祝福です。三万双の祝福は蘇生、三十六万双は長成、三百六十万双は完成の基準です。ですから、一九九七年に三百六十万双、三千六百万双の祝福をしましたが、どれほど忙しいか、天から滝のように水が落ちてきたも同然でした。

今や三億六千万双さえ勝利すれば、この世、この地上に心情圏の統一世界が訪れるので、この心情圏で暮らしてから逝く家庭は、アダムの家庭を完成したことと同じになります。したがって、地上天国で暮らしてから天上天国に入るようになるので、天国の門が開かれるというのです。

19 成約時代は、結婚理想を完結しなければなりません。アダムの家庭でひっくり返ったものを、三億六千万双を通して復帰するのです。これを越えたあとは、アダムが堕落していない本然の父母として、本然の愛、本然の生命、本然の血統を中心として、自分の直系の子女たちを祝福できる時代が来ます。ですから、第一次アダム時代、第二次アダム時代、第三次アダム時代を経て、第四次アダム圏時代へと越えていくのです。

三億六千万双の祝福が終わる時には、蕩減が必要ない第四次アダム圏時代に入ります。それによって、エデンで自分の父母が神様に代わって祝福できる時代に入るので、万民の前に、自分が祝福した一族たちを中心として、天国に直行する道が生じるというのです。第一次、第二次アダム時代に蕩減が必要だったのは、サタンが汚した血統の痕跡が残っているからです。しかし、第四次アダム圏時代に入って、サタン世界の血統を断切することにより、その痕跡が完全になくなったので、エデンの園で行うように、解放的な場で万民、人類全体の家庭が、平面上で一度に祝福を受けるのです。

20 四億双の祝福を完遂するためには、小学校、中学校、高校、大学を中心として純潔誓約式をしなければなりません。純潔誓約式は、未婚の男女をそのまま放置しておくと堕落するので、保護しようということです。ですから、学生の父母と学校と警察が一つになって、青少年が脱線しないように環境的条件をつくってあげなければなりません。青少年たちは、堕落していないアダム家庭の息子、娘と同じ立場なので、再び堕落しないように環境的に保護しようというのです。

アダムとエバが堕落したのは、保護し得る環境的なものがなかったからです。そのように、たった二人だったので堕落しましたが、これからは、父母と一族が加わり、学校と先生が加わり、警察が加わって、堕落できないよう環境的に保護する体制をつくらなければなりません。

21 父母様が霊肉を中心として国家基準で迫害されたあらゆることを除去し、サタンを屈服させました。そうして、神様と一体圏の家庭的基盤を定着させたので、イスラエル民族に代わって蕩減したイエス様の時代の国家基準を世界に連結すれば、すべて終わるのです。霊界、サタン世界の地獄まですべて追い出しました。

地上再臨ができるようにしておいたので、皆さんを後援することによって、イスラエル圏世界化時代が訪れました。世界万民が祝福を受けられる選民圏内に入り、イスラエル圏世界化時代に入ったので、統一教会が四億双を祝福するのです。霊肉世界を中心として完全に峠を越えたので、父母様に従って絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心情をもてば、すべてを越えるのです。

第六節 先祖解怨と霊人祝福式

先祖解怨

真の父母様は、「霊界の先祖たちは、子孫が解放しなければならない」と語られ、一九九九年二月十二日から、天宙清平修錬苑において、直系七代の先祖をはじめとして、解怨式を挙行するようにされた。真の父母様は、「先祖たちが地獄に行っているとしても、真の父母様の特権によって祝福する時代的恵沢圏に入ってきているため、彼らが解怨式と祝福式を経て地上に再臨し、子孫たちを協助するようになれば、天国に行くことができる」と語られた。

1 霊界に行っている皆さんの先祖は、天使世界の天使と同じです。そして、皆さんが生きている世界は、アダムとエバの世界に該当します。また、将来の子孫は、未来世界に該当するのです。霊界はアダムとエバを助けてあげなければならない立場と同じなので、アダムとエバの立場にいる皆さんに、霊界の先祖たちが天使の使命をもって協助します。そのように協助することによって、ついには解放が起きるのです。これが原理です。

2 先祖解怨をしなければなりません。子孫が解いてあげなければなりません。アダムとエバの息子、娘が復帰してあげなければならないのです。アダムとエバはできません。アダムとエバと一つになって、二世が復帰してあげなければならないのが原理観です。避けられない事実です。解怨式は、六千年の歴史において初めて現れました。時になったので、私が「やりなさい」と言って、してあげるのです。

3 先祖解怨式をすべてしなければなりません。七代を解放しなければなりません。七代から遡って百二十代(当時)までしなければなりません。その先祖たちを中心とすれば、一度に百二十代の祝福ができるのです。そうすれば、地獄の門が崩れるでしょうか、崩れないでしょうか。それをしなければ、私が霊界に行ってから困るのです。霊界で引っ掛かってはいけません。霊界を整理しておけば、地上はいつでも霊界を通して解決されるのです。

4 真の父母の命令と宣言によって、聖人や賢哲たちと宗教圏に属しているすべての霊人たち、良心的な息子、娘として生まれて、この地上で成長できずに恨を抱いて霊界に行った幼い子女たちから、十六歳以上のすべての霊人たちまで祝福できるようになりました。霊界の胸痛む境界線を越えていけるように、万国の先祖たちを解怨し、それだけでなく、解怨成就を経た人たちが祝福の場にまでとどまれるように、門を開いてあげました。

清平の興進(フンヂン)君と大母様(テモニム)が、大兄様(テヒョンニム)をはじめとする統一家の一族を中心として、すべての善霊たちと協助し、地上の実体園世界と相対基準を造成して、真の父母と共に高い基準において連結させて、真の父母と切ることのできなべ財が結ばれるようになったのです。

5 再臨時代に真の父母が来て、故郷の地を探し出し、国を探し出して、天地の汚された血統を正すのです。天宙清平修錬苑で、先祖を解怨し、祝福しています。霊界は永遠の世界なので、地上とは異なり、これを一度復帰すれば、それで終わりです。すべてが一つの方向になっているので、血統を正せば、それを絶対視するのです。

統一教会の祝福は、国ができる前には教会内の祝福であって、国の祝福ではありません。ですから、堕落する危険性がある教会の祝福から、国の祝福時代に越えていかなければなりません。それゆえ、国を探し出して入籍しなければならないのです。国の基準を越えなければなりません。国の基準を越えてからは、世の中の国を願ってはいけません。神様のみ旨を中心として絶対一方通行なのであって、行ったり来たりすることはできません。もはや、許すことはできないというのです。神様は、堕落した地獄で叫ぶ怨声を聞きたいと思いません。真の父母は、いかなる犠牲を払ったとしても、霊界と肉界の騒々しいすべてのことを整理しなければならないのです。

6 どんな霊人も、先祖解怨を通して教育を受け、祝福を受けるようになれば、善なる霊になります。皆さんの先祖たちが地獄に行ったとしても、解怨をして祝福を受けるようになれば、天国に行けるようになるのです。地獄に行った先祖たちが、真の父母様の時代的恵沢圏内に入って祝福を受けることが、霊界でどれほど貴い価値があるかを理解して、ここに合わせるのが容易ではないことを知らなければなりません。ですから、一心、一体、すべてを捧げて精誠を尽くしてこそ、その場に行けるのです。

7 今まで神様は、霊界で光として現れました。実体のダイヤモンドのように、光として現れるのです。実に畏れ多く、驚くべき象徴体である神様が、光として現れて訓示したのですが、神様が人類の父母の立場で訓示できる道は少しもありません。教えてあげられず、指導することもできません。神様は、中間の立場で代行できる内容だけを解決したのであって、始めと終わりを締めくくることはできません。霊界や肉界で、父母様がその始めと終わりを制定して実践の場をつくらなければ、霊界の興進君も働けないのです。

今まで聖人たちを地上に再臨させ、四十日教育をして霊界の垣根を崩し、霊界の先祖を解怨するのです。先祖解怨は、先祖が今まで嘆息圏で、恨を抱いている神様のみ前に孝子になれなかったので、孝子になれるように道を開いてあげるものなのです。そうして、家庭から神様に侍ることができる時代を迎えました。

本来は、霊界で先祖に対する祝福というのはあり得ません。天使世界は相対的所有権を賦与されなかったからです。ところが、来られる再臨主が、今までアダムが十六歳以降にサタン世界に残したものをすべて清算し、切り捨てて祝福をしてあげるのです。

ですから、霊界の家庭が地上に降りてきて、祝福を受けたアダム家庭を協助でき、従うことができる時になったというのです。地上のアダム的実体祝福家庭を兄として侍り、弟の位置で絶対信仰、絶対愛、絶対服従するのです。そのような位置に立つことによって、アダム圏文化創造世界を成し遂げるために、天上世界も地上世界に歩調を合わせなければなりません。

8 女性であるエバが堕落して哀れな世界をつくったので、女性が天使長世界の先祖たちを解怨してあげ、祝福してあげなければなりません。それによって、霊界が地上に降臨して助けてくれる影響圏が大きいというのです。それは言葉では語れない膨大な実を結べるのです。実際に努力してそのようにならなければ、「統一原理」が間違っているのです。

先祖たちを解怨し、祝福することは、天宙清平修錬苑を通さなければなりません。父母様が興進君に任せているから、そうなのです。韓国で解怨式と祝福式をしています。エバ国家である日本も先頭に立って、一人も欠けることなくきれいに整理しなければなりません。

9 先祖たちを解怨し、祝福してあげなければなりません。自分の一族、姓氏がすべて来て祝福し、天上世界と地上世界に解放の基盤を築けるのに、これを重要視しないということはあり得ません。強制的にでもしなければならないのです。霊界にいる人々には理想相対がいません。相対圏が許されていないのです。自分の母もどれほど茫然とし、兄弟たちもどれほど茫然とするでしょうか。真の父母の祝福の権限をもって、自分の一族をすべて祝福してあげなさいというのです。

10 天宙清平修錬苑で、先祖たちを連れてきて教育し、解怨して祝福してあげます。解怨はただそのままできるのではありません。代価を払って、自分の民族全体が解放され得るように道を切り開いてあげなければなりません。根が塞がっていて、幹と枝、葉、花、実が塞がっているというのです。これを解怨してあげなければなりません。解怨は途方もないことです。

天の生命をもった正常な根と幹と芽を中心として伸びていける枝をつくり、その枝を接ぎ木しなければなりません。そうして、全体に本然の幹と芽を中心とした枝が出て、葉が出て、花が咲き、実を結ばなければなりません。そのような真のオリーブの木の畑だけが残るようにしなければなりません。それが、天一国の人々がすべきことであり、天一国が清算すべき召命的責任です。

11 先祖解怨をしたら、祝福をしてあげなければなりません。先祖たちが血統を転換できずに霊界に入ったので、地上にいるアベル家庭がそれをしてあげることによって、アベルの家庭が兄になり、先祖たちが弟になって、真の父母様が備えたすべての家庭基準が立てられるようになるのです。氏族メシヤ圏において、そのように交替するのです。兄と弟二人が一つになっていれば、その一族が祝福を受け、村全体が祝福を受けることができます。ですから、郡でその姓氏を中心として氏族メシヤの責任を果たせば、郡全体も巻き込んで祝福してあげられるのです。

霊人祝福と霊界解放

真の父母様は、霊界解放のため、一九九五年八月二十五日の三十六万双祝福結婚式以降、数度にわたり霊人に対する祝福式を共に行われた。特に、三十六万双祝福結婚式の前の日、早朝に忠父様(チュンブニム)と忠母様(チュンモニム)、大兄様(テヒョンニム)、そして大母様の家庭に対する祝福結婚式をされたのに続き、一九九七年十一月二十九日の四千万双祝福結婚式において、霊界祝福式を主管された。そして、この年の十二月一日、霊界祝福開門宣布式をされ、続いて一九九八年六月十三日の三億六千万双祝福結婚式の時、聖人と殺人鬼に対する祝福も共にされた。このように、霊人たちに対する祝福式が成し遂げられることにより、霊界の地獄が解放され、すべての霊人が天国に行く道が開かれたのである。

12 三十六万双の祝福式をする前の日に、父母と兄を祝福しました。それで、家庭的に父母と兄、息子、娘の三位基台ができるのです。それだけではなく、大母様の家庭を祝福してあげ、その息子、娘たちをまとめたのです。そのように三時代を経て、初めて真の父母を中心として父母様の息子、娘と皆さんの家庭が、カインとアベルとして結ばれるのです。この三大先祖が初めて祝福を受けた位置に立つことによって、霊界の分立されたすべての先祖たちを解放できます。

この先祖から拡大したので、何千年もかけてその数がいくら多くなったとしても、この先祖さえ解放しておけば、すべて解放されるのです。先祖は父(の立場)です。その父が勝利したことは、いくら子女が悪くても、相続されるようになっています。父子関係を中心として相続権が生じれば、あらゆるものが相続される圏内に入っていくようになります。それで、霊界解放と地上解放が成し遂げられるのです。それがどれほど複雑か分かりません。それをすべてまとめなければなりません。

13 三百六十万双の祝福が終わる日には、興進君と大母様に命じて、父母様の祝福を移行させるのです。興進君と大母様が祝福してくれるというのです。そのようになれば、統一教会で独身祝福を受けた人が、霊界に行って、昔の自分の夫と息子、娘を探し出し、家庭を再編成できます。そのような時代が来ました。その時がいつ来るか分からないので、独身祝福をしてきたのです。

ですから、国家的基準においてその限界を解消できない場合には、すべて他の人と祝福をしなければなりませんが、今や親族を祝福するとき、一人で祝福を受けても、再編成するようになるというのです。一族が地獄に行っても、呼んでくることができ、地獄を一時に解放できます。地獄から天国になり得るよう、真の父母が「坦坦大路」(タンタンデロ=平らな大路)をすべて築いておいたので、運転さえすれば、車に乗って走っていけるのです。

14 三百六十万双の祝福をする時は、天と地が接する時です。縦的世界と横的世界が接する時なのです。ですから、アダム家庭と全人類が堕落していない立場に立って、祝福の日を待っています。エデンの園でアダムとエバが家庭完成を成就するのです。宇宙の価値を相続する代表的家庭になったからです。

皆さんが祝福を受けた家庭になることによって、皆さんの先祖たちや子孫たちも解放され得る統一的な解放時代が来ました。アダムとエバが堕落し、イエス様が失敗しましたが、再臨主が来て完成することによって家庭を築き、成約時代を迎えたように、皆さんの先祖たちは誤りましたが、皆さんが再臨主に属した家庭のようになっているので、皆さんの先祖たちも解放され得る統一圏時代になったというのです。祝福後に天上世界がすべて解放されます。そうして、地上祝福時代から霊界祝福時代へと拡張されるのです。

15 地上世界で三億六千万双の祝福が終わったので、霊界では祝福が始まります。ですから、サタンの血統を断切するのです。サタンが讒訴できる時代は過ぎ去るというのです。真の父母の全権時代、全体、全般、全権、全能の時代が来ます。真の父母が権限を行使できる時代が来るのです。神様が、アダムとエバを造って「良(善)し」とされ、喜びながら「人がすべて生き物に与える名は、その名となる」(創世記二・一九)ようにされた、特権時代が来るというのです。

16 三億六千万双の祝福を完成して、サタンの血統を断切しなければなりません。最後です。それをするために、地獄の門と天国の門をすべて開け放すのです。昔、怨讐視していた人たちが、父母様を迎えて侍る歓迎の祝宴を開くのです。今までは、父母様を家庭に迎えられなかったばかりか、氏族、民族、国家、世界に迎えられませんでした。天下に初めて開く祝宴の中で、怨讐となった兄弟、怨讐となった男女が、再び神様の法度に従い、天地の大道を明らかにして入っていくというのです。そこから地上天国に向かうのです。

17 創造当時は神様の所有だったものを、人間の堕落によって失ってしまいました。これを神様にお返ししなければなりません。今まで神様には息子、娘がいませんでしたが、真の父母によって真の息子、娘が生まれるのです。再創造するのです。それは、神様がするのではありません。真の父母だけができるのです。真の父母が完全に所有権を神様にお返しします。そうして、真の父母が家庭を取り戻し、神様にお返しするのです。

三億六千万双の祝福をすれば、サタンの血統が断ち切られます。そのようになれば、神様が「地上と天上の天国に、やっと私の家庭をもてるようになった! 私が主人だ!」と宣布します。本然の理想的概念が出発するようになるのです。堕落によって失ったものをすべて取り戻します。再創造の過程で経てきた受難の道は終わり、家庭から天宙まで解放されるのです。

18 三億六千万双の国際祝福結婚式の行事の時に、霊界に行っているすべての聖人たちを中心として、神様のみ前に怨讐となっていたすべての霊人たちの解放を宣布しなければなりません。地獄と中間霊界にとどまっている人々は、神様との血統的な絆が結ばれていないので、血統的な絆をつないであげなければなりません。アベルが祝福を受けられる環境的条件ができれば、カインも共に祝福を受けるのが天理原則なので、怨讐を愛する位置に立たせなければなりません。

神様の直系子女たちの前に、弟の位置に立ててあげるのです。カインがそうです。今まで、聖人たちは宗教圏において蕩減するために苦労し、悪人たちはサタン側で破壊し、分立させるために苦労してきました。しかし、この時には、真の父母が善と悪、神様とサタン、カインとアベルに分かれていたすべての歴史を、祭物的立場で蕩減して一つにしなければなりません。そうして、分かれたものを統合する時代に入るのです。

19 アダム自身が、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の一体圏を成し遂げられなければ、神様の創造目的が未完成になるので、神様が解放されません。神様もどうすることもできないのです。それは真の父母の責任です。真の父母が天宙を大革命しなければなりません。ですから、四大聖人たちを祝福し、最高の悪人たちも祝福してあげたのです。怨讐の壁を崩さなければなりません。そうして、平等圏を形成するのです。

海の水が引いて、再び入ってきて満潮になるとき、水平を形成して回ります。汚れたものだけでなく、その前に流れていった水がすべて入ってきて満潮になれば、回るのです。そうして、新たに入ってくる水に押されて出ていき、満潮圏では水平が形成されます。神様が人類の解放圏を形成するためには、その満潮圏のような状態から出発しなければならないのですが、その基準を立てるためのものが聖人と殺人鬼の祝福でした。

20 神様がサタンと怨讐関係になっていれば、永遠に平和の世界はできません。神様がそのような怨讐関係を消化し、創造した時以上に愛する心をもたなければ、サタンは屈服しません。それは何を意味するのでしょうか。怨讐と怨讐が出会い、夫婦の契りを結んだとしても、神様が怨讐を愛したように、互いに愛し合わなければならないということです。そのように愛し得る交叉結婚をしなければ、平和の世界ができる道は開かれません。父母様はそのような内容を知っているので、怨讐たち同士で交叉結婚をさせざるを得ないのです。ですから、聖人と殺人鬼たちまで、同じ場で結婚させてあげたのです。

21 神様は、地獄まで解放して、全霊界から地上まで清算することを願います。そのことは、真の父母ができるのです。それは、怨讐の中の怨讐を祝福してあげなさいということです。神様の心はそうです。愛する人を怨讐に抱かせてあげても、福を祈ってあげられる立場に立たなければ、そのようなことは不可能です。ですから、サタンまでも祝福するのです。真の父母は、歴史的なすべての罪悪を蕩減してそれを宣布し、一つ一つ節目をつけて越えてきて、解放された王の位置に立っているため、それができるのです。

ですから、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで解放できます。父母様が、神様まで解放できる基盤をつくりました。今や、最終定着地まで来ました。これからは、いかなる障壁もありません。ですから、全人類を祝福してあげるのです。

22 三億六千万双の祝福をすれば、真の父母の名と地上の祝福家庭を中心として、分かれていたすべてのものが統合される時代に入ります。このような大転換時代に、「三億六千万双の祝福完成とサタンの血統断切」を宣言しました。

アダムが完成していれば、地獄や中間霊界というものはありません。ですから、祝福の前に霊界と地上を整理しなければなりません。そうしてから、霊界のすべての聖人たちを、独身祝福を受けて今まで一人で暮らしてきた女性たちと祝福してあげるのです。ですから、今後、宗教圏が一つに収拾されます。その次には、サタン世界にいる悪人を祝福してあげるのです。

23 人類歴史で初めて、真の父母が、聖人たちと同じように悪人たちまで愛したというのです。これが大きな問題です。神様が悪の世界のあらゆるものを清算して正す時です。ですから、すべて頂上まで登り詰めました。これ以上、上がるところがありません。サタンもこれ以上、上がりようのない最頂上で(縦的に)結んであげました。

真の父母が横的なものを縦的に結んであげることによって、横的な悪人たちが縦的に通じるようになったのです。そのような歴史的な大転換期が、三億六千万双の祝福です。それは大事件です。それが成功したので、天上の門が開き、地獄から天上まで通じる道が開かれました。真の父母が蕩減条件を払って、人類と共にそのように祝福したことは、大事件です。

24 祝福を受けた家庭の入る所が天国です。父母様が三億六千万双を祝福することによって、その先祖たちが天国に入るのです。この地上でそのように祝福する前に、霊界を祝福してあげました。一九九八年六月十三日に始まったのです。

聖人と殺人鬼たちを祝福してあげたのですが、聖人は長子の立場であり、殺人鬼は次子の立場です。その次子たちが、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をもって長子に従うようになることで、横的に水平になったのです。国家の怨讐と世界の怨讐たちが同じ次元で祝福を受けたのです。父母様が人類にそのような祝福を相続させてあげました。そうすることによって、初めて全人類が真の父母の基準をもつようになったのです。

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第四篇 第三章 真の家庭運動と祝福家庭の伝統

第四篇 第三章

真の家庭運動と祝福家庭の伝統

第一節 青少年の純潔と真の家庭運動

真の家庭運動の必要性

真の家庭運動は、人間の先祖の堕落によってつくられたこの世界を、神様を中心とした創造本然の世界に復帰するに当たって、最も根幹となる摂理的活動である。特に、神様を中心とした理想家庭を通し、地上・天上天国を実現しようと、人種と国家、宗教などを超越し、世界的規模の祝福結婚式を展開している。真の父母様は、青少年の純潔運動とともに、祝福結婚式を通した真の家庭運動を、大々的に展開された。

1 悪の実を植えた人類の先祖によって、悪の結実となったものが青少年の倫落と家庭破綻です。アダムとエバが堕落することにより、家庭が破綻しました。その結実が世界的に成し遂げられるので、それこそ、今は大患難時代です。国や世界がすべて患難なのですが、一番の根となる家庭が、患難を迎えたというのです。どこに行くべきかを知りません。おじいさんがおじいさんの役割を果たせず、父母が父母の役割を果たせず、夫婦が夫婦の役割を果たせず、子女が子女の役割を果たせない時代になりました。そこに個人主義思想が位置を占め、神様もなく、世界もなく、国もなく、社会もあり得なくなったのです。

2 世の中で、価値観の没落について語っていますが、その価値観は、金銭的な価値観でもなく、知識的な価値観でもなく、政治的な価値観でもありません。価値観の一番の中心になるものは、真の愛の価値観です。

真の父母が、真の愛の価値観を受け入れて立てなければならず、真の夫婦がその価値観を受け入れて立てなければならず、真の子女がその価値観を受け入れて立てなければなりません。その内容は変わりません。父母が成し遂げるべき価値観、夫婦が成し遂げるべき価値観、兄弟が成し遂げるべき価値観は絶対的であり、一つです。

この絶対的価値観を中心として、統一が成し遂げられるのです。父母、夫婦、兄弟を除いて、自己中心の個人主義だけをもってしては、統一天下、一つの世界を成し遂げることはできません。

3 今、「世界化時代が来た」と言っていますが、何を中心としてそのように言うのでしょうか。経済や学問、体育などを中心としてそのように言っていますが、(理想)家庭の世界化であることを知らずにいます。世界の問題は、経済問題でもなく、政治問題でもなく、家庭問題だというのです。特に、先進国家では家庭がすべて壊れていきました。フリーセックスが家庭をすべて壊してしまったのです。ですから、(理想)家庭の世界化運動を知らなければなりません。真の父母が教えてきた理想家庭とは何かを、知らなければならないというのです。

4 真の愛を中心として見れば、この世界は真空状態にあります。空気がありません。そこに空気が一気に入れば、爆発するのです。今、そのような爆風を起こしているのが祝福運動です。真空になった世界に、そのような爆風が来て、きれいに清算するのです。その主人が真の父母です。

真の父母の血統を中心とした子女、氏族、国家が生じることにより、悪の世界を救うのです。どのような妨害があっても、真の愛の力があるため、問題ありません。真の愛の力は、高圧電気のようなものなので、そこに触れさえすれば、一瞬にして燃えてしまうのです。

5 人類の繁栄と平和統一世界は、万人の願いであると同時に、神様の願いです。個人であれ、国家であれ、世界であれ、主体と対象が神様を中心としてために生きる真の愛を実践する中で、理想的な平和が成し遂げられるのです。しかし、愛は一人では現れません。相対的関係の中において現れるのです。父母の愛は、子女をもってから、その人を通して結実し、子女の愛は、父母がいるかゆえに、その人を通して結実します。神様の創造も、一人では触発されない真の愛の理想を、実体化するためのものです。ですから、真の愛を中心とした父子関係が成立したのです。

神様は、父母の中の真の父母であり、師の中の真の師であり、王の中の真の王です。神様は、いつでも真の愛を施す永遠の真の父母であり、真の師であり、真の主人です。人間は神様の子女として、まず神様のような真の父母、真の師、真の主人の道を行かなければなりません。これらすべては、互いにために生きる真の愛によって助け合い、相対の位置を定着させることにより、愛の理想を完成するようになります。天理の大道は、このように利他的にために生きる真の愛から、本当の自己成就を成し遂げられるようにするのです。

真の愛を中心として、上下の父母関係、左右の夫婦関係、前後の兄弟関係が調和する中で、理想的な家庭ができます。家庭が拡大し、国家、世界、天宙が完成するのも、同じ原理と公式です。教育、言論、芸術、救護の活動など、父母様がつくり上げた世界的な基盤なども、すべて同じ公式に従い、ために生きる真の愛を投入することによって、理想世界を成就しようというものです。真の父母、真の師、真の主人の人格を目標とした、ために生きる真の愛を教える教育は、まず初めに、家庭で行われるのが理想的です。

6 冷戦が終息した今、私たちは、社会の道徳と家庭の愛を脅かす多くの問題に直面しています。性道徳の退廃と麻薬の濫用が、既に若者たちを脅かしています。世界のすべての国々が、このような問題を抱えています。

単にこのような問題をなくそうとすることだけでも、「実に驚くべきことだ」と言われるほどですが、私たちの前にあるこのような問題は、そのような意図以上の何かを求めています。

世界は、このような問題の本質を把握し、「神主義」に立脚してこの問題を解決する若い指導者たちを必要としているのです。私たちは、このような問題が、精神の問題を無視したところに起因していることを悟らなければなりません。

7 本来、神様は、アダムとエバが理想的な父母として完成することを願われました。神様の愛らしい子女として、そして、彼ら自身が愛する子女の父母として、神様の理想的な家庭を築かなければなりませんでした。そのような家庭は、愛と平和の理想世界のための出発点になったでしょう。しかし、不幸にも、そのような家庭を築けなかったことにより、理想的な国家と世界を具現する夢も消えてしまったのです。

そうであるとすれば、どのように理想的な家庭を回復できるでしょうか。

世界平和は、単に精神的な構造の問題だけではありません。それは、一個人から始まり、家庭の愛によって育ち、地球家族において結実する生き方です。神様を中心とした強い真の家庭の確立を通して、若者たちを物質中心と暴力、そして性的堕落から回復させられるのです。

8 真の家庭運動が席巻すれば、終わりです。真の家庭運動しかありません。それは、真の父母だけが手を付けられる特権です。神様とサタンが人類を中心として闘っているのですが、これを解決できる人は真の父母しかいません。神様もできず、サタンもできません。真の父母は、神様を拘束している鉄鎖を断ち切り、サタンを除去しなければなりません。神様を解放しなければなりません。サタンが服従しなければならないというのです。今、世界は、政治、経済、文化など、あらゆる面で家庭問題と青少年問題を解決できずにいます。それは、真の父母だけができるのです。青少年問題、家庭問題、神様とサタンの闘争問題を偽りの父母が生み出したので、これを解決し、世界平和と地上天国を実現できる人は、真の父母以外にはいないというのです。

9 世界的に、一番解決するのが難しいのが青少年の問題と家庭破綻の問題ですが、これには誰も手を付けられません。各国の教育省や国防省も手を付けられず、政治や経済の力をもってしても手を付けられないというのです。一国だけでなく、全世界が同じ状況です。霊界も同じです。神様も同じです。これは、真の父母の特権です。

アダムとエバが十代のときに堕落して、カインがアベルを殺すという事件が起きました。最初の家庭で、あり得ないことが起こったというのです。これを是正しなければなりません。家庭を完全にひっくり返して、絶対愛、絶対に純粋な血統を植えなければなりません。青少年が堕落して、家庭が破綻したので、「終わりの日」になれば、植えたとおりに全世界が完全にめちゃくちゃになるのです。フリーセックス、同性愛、エイズのようなものが勢力を振るうことにより、すべて滅びるようになっています。

この世界の家庭問題、青少年問題を解決できる処方薬と、治せる方法を知っている専門家、医者が、真の父母だというのです。世界がすべて、そのように思っています。

純潔運動と真の家庭運動

純潔運動は、人間の先祖の堕落によって形成された性稟を清算し、真の愛の秩序を青少年期から指導していこうという運動である。真の父母様は、人類最大の懸案である青少年問題と家庭破綻問題は、純潔運動を通してのみ解決され得ると考えられ、中高生を対象に純潔運動を大々的に展開された。特に、アダムとエバが堕落する以前の、思春期の年齢層である中高生を中心に純潔教育を実施し、祝福をすることにより、サタンの血統を根絶し、神様の保護圏内で成長するようにしなければならないと語られた。

10 私たちが掲げているのが、純潔と絶対「性」です。純潔運動と真の家庭運動だというのです。その純潔運動と真の家庭運動は、真の愛が中心にならなければなりません。真の愛を中心とした純潔と真の家庭であって、真の愛がなければ、純潔もなく、真の家庭もありません。「純潔」と言えば、すぐに「真の愛」を考えるのです。

それから、真の家庭は、節操がなければなりません。春香(チュニャン)と李道令(イドリョン)のように、鉄石のごとき節操によって、絆を尊重しなければならないというのです。そのようにすることにより、真の家庭が実現できるのです。

11 大学に、純潔運動と真の家庭運動を定着させなければなりません。青少年問題をどのように防ぎ、真の家庭をどこで定着させるのでしょうか。中高等学校と大学を連結させるのです。そうすれば、すべて終わります。

現在、青少年たちが退廃的な思想に染まっています。小学校の十二歳から始まって、二十四歳まで、病に蝕まれています。それをどのように治すのでしょうか。

村や国の中枢的な人物たちが垣根となり、押してあげなければなりません。そうしてこそ、法的な措置を取れるのです。今、家庭を疲弊させている同性愛とフリーセックスから、法で制裁を加えなければなりません。そして、家庭が模範にならなければなりません。

キリスト教の伝統的思想を中心として、家庭が正しく立たなければならないのですが、そのようになっていません。そのようなものを、すべてつくり変えなければなりません。家庭もつくり変え、青少年もつくり変えなければなりません。つくり変えられる基準は、家庭ではありません。学校から行うのです。

小学校から中高等学校、大学を中心として、国のすべての重鎮たちが一つになり、家庭的伝統を立てるのです。家庭教育を徹底的に行い、家庭絶対主義を主張していかなければなりません。

12 二十一世紀は、真の家庭理想主義が伝統になります。父母様がすることは、それしかありません。真の家庭、真の父母、真の血統です。サタンの血統の根が村にまで入ってきます。ですから、純潔運動デモをしなければなりません。デモをしなければ、氏族メシヤ(の立場)をキリスト教徒たちに奪われてしまうというのです。今や純潔運動は、家庭を中心として行っていかなければなりません。国家が主導するのではありません。ですから、早くデモをしなさいというのです。純潔運動をしなければ、奪われてしまいます。先取権を握らなければならないのです。誰が先に特許を取るかということです。三人ずつ、デモを続けなさいというのです。真の父母、真の血統、真の家庭、真の愛です。

13 純潔を守ることにより、エイズを防止できます。これは絶対的です。これが、統一教会が最後に整理すべき課題です。青少年の解放とともに、新しい祝福の血統を連結するとき、地上天国が連結されるというのです。人間の先祖が青少年の時に蒔いたものが、今、実を結ぶ時になったので、これを清算しようとすれば、青少年を中心として、新しい伝統を立てなければなりません。そのようにしてこそ、地上・天上天国を連結させられます。ですから、私たちが中高等学校で純潔教育をしたのです。真の家庭教育、青少年の純潔運動を私たちがしました。国がすべきことを私たちがしたというのです。

14 父母様が、世界的に真の家庭運動を始めました。韓国で真の愛運動、純潔運動本部をつくり、千万近い中高生たちに思想武装をさせました。それをしながら、どれほど反対を受けたか分かりません。反対を受けても、主人が故郷と祖国を守らなければならないという思いで、このようなことをしたのです。今やすべてのことが、世界版図圏内に現れる、主体的な観をもてる時代になりました。

15 若い青年たちを、堕落しないように教育しなければなりません。ですから、純潔運動をするのです。純潔運動をしながら、模範的な青年男女たちは、村や地域の代表者として表彰しなければなりません。そのような学生たちは、学校で優待しなければなりません。純潔を守っていく学生たちは、教師や校長が進み出て、応援してあげなければならないのです。今後、父母様が結婚させてあげる人は、純潔な人です。世界各国から推薦を受けて、結婚させてあげるのです。

16 青少年たちが、異性に対して目が開ける前に、人間の先祖が堕落する時の誤った意識構造を克服できるようにしなければなりません。これを、自分の家庭と村、国からしなければなりません。ですから、国家的次元において、純潔運動を展開せざるを得ないというのです。皆さんに純潔運動をしなさいと指示しましたが、大学や中高等学校を問わず、私たちしかこれをする人がいません。それを自他が公認しています。純潔教育ができる資格をもった人は、私たちしかいないのです。ですから、世界史的な召命的責任が、私たちにあるというのです。

17 今、国家祝福時代を過ぎ、世界祝福時代に入ります。ですから、純潔キャンディーを食べさせるのです。腹中に赤ん坊がいるとき、母親が純潔キャンディーを食べるのが重生式です。赤ん坊が生まれて食べるのは復活式です。結婚する時に食べるのは永生式ですが、この時は、聖酒を飲まなければなりません。それは、誰もが飲まなければなりません。そのように便利にしたのです。今や、どのようなことをしても、サタンは反対しません。条件に引っ掛からないというのです。道を塞いで、行き来する人に聖酒を与えるとき、そこに順応すれば、天下は私たちの側に回ってくるのです。

18 成約時代の安息圏は、祝福の場です。成約時代は、世界的に約束が成し遂げられる時です。世界人類の家庭が祝福を受けられる恵沢圏内に入ってくるのです。これが、真の父母によって成し遂げられるというのです。ですから、サタンの血統がなくなります。条件的にそれをするために、中高等学校で純潔キャンディーを食べさせるのです。本来は、腹中からサタンの血統を清算しなければなりません。重生です。既に生まれた人は、腹中ではできないので、復活酒を飲ませます。

幼稚園から小学校、中・高等学校の生徒たちには、復活酒の代わりに純潔キャンディーを食べさせるのです。そこでサインを一つずつ、ステッカーの形で貼りつけてあげます。真の父母によって、そして、真の父母と共に純潔を守るという印をあげるのです。これを真の父母がくれたので、純潔な息子、娘になるために、純潔を守るというのです。純潔な愛によって、純潔な結婚をしなければなりません。それは、父母たちが願うことであり、学校教育の理念です。そのように生きるのが、理想的な人生です。

19 すべての青少年たちは、神様が再創造したアダムとエバと同じなので、ペアを組んであげるのです。彼らは絶対に純潔を守らなければなりません。ペアを組んだ二人が、互いに保護し合わなければならないというのです。アダムとエバは、時を待ち、神様から愛の祝福を受ける時まで純潔を守らなければなりません。父母様から祝福を受ける時まで、純潔を守るために共同で助け合わなければなりません。そうして父母に許しをもらい、承認を受けなければなりません。神様は父母の中の父母であり、師の中の師であり、主人の中の主人です。それゆえ、学校に行くようになれば、学校を代表した校長先生、それから、父母の代表が、子供たちを中心として祝福を受けさせるのです。子供たちは、結婚を思いどおりにできません。それが統一教会の法です。

20 サタンの血統を根絶するために、父母様がすべての準備をしておきました。堕落は、周辺に保護できるものがなかったので起きたのです。中高等学校で、純潔教育をすべて終えました。今、学生たちの純潔が破壊されています。インターネットを見れば、話になりません。これをどのように救うのでしょうか。

すべての家庭の父母が、神様の代わりの立場で、息子、娘を保護しなければなりません。結婚していない息子、娘は、堕落していないアダムとエバの立場と同じなので、絶対に見本となれる関係を結ばなければなりません。アダムとエバは、赤ん坊の時から結婚を見つめて進んでいきます。幼児時代、兄弟時代、約婚時代は、すべて結婚することが目的です。ですから、世の中では、息子、娘に「自分の相手を見つけなさい」と言うのですが、これからは真の父母が命令して、「相手を見つけなさい」と言うのです。エデンに帰ってきたというのです。

全世界がエデンの園に入ったので、復帰された家庭になりました。その復帰された家庭では、神様のみ前に、堕落していない本然の位置で、息子、娘に相対を結んであげなければならないというのです。アダムとエバは、成長しながら、自分の相対に出会うための準備をしました。

そうなるように約束をして立てたのに、待つべき成長期間の長成期完成級で堕落したのです。神様は、そこに法的措置を取ることができず、サタン世界内に落ちて堕落する危険性があるので、「取って食べてはならない」と警告していたのです。

21 幼稚園に通う子供たちは、堕落していない神様の息子、娘のような立場なので、幼稚園からしっかり教育しなければなりません。幼稚園から小学校、中高等学校の十六歳までに、いかなることがあっても父母の懐を離れないように、しっかり育てなければなりません。

十八歳さえ越えれば、結婚ができる年齢になります。これからは、できるだけ、中高等学校を卒業し、大学課程にいる人々を祝福してあげます。それが一番良いのです。父母の懐で育てた息子、娘たちを、世の中と接触させず、純潔な子女たちとして結んであげなければなりません。

第二節 祝福家庭の伝統と生活

祝福家庭の伝統と責任

真の父母様は、「祝福家庭は、真の父母様の伝統を受け継ぎ、父母と夫婦、子女が一つになることはもちろん、自分の家庭よりも氏族と民族、国家、世界を先に考え、ために生きなければならない」と語られた。特に、祝福家庭の定着時代は、母と子女の責任時代であるため、兄弟であるカイン・アベルの一体化、母と子女の一体化、そして、真の父母様の家庭との一体化を成し遂げなければならないことを強調された。

1 統一教会で祝福を受けたというのは、血統を転換したということです。マークを一つ付けたのですが、だからといって、それですべて合格ではありません。条件的なマークです。条件的な血統、条件的な生命、条件的な愛だというのです。この条件的な血統が絶えず生き生きとして広がっていけば、サタンはもっていけません。この生命が育てば、サタンがもっていけないというのです。真の愛が連結されているので、サタンと関係がないのです。その愛と生命と血統が育っていけば、サタンはもっていけません。

しかし、この条件的なものが死んでしまったときには、誰もがもっていきます。ですから、祝福を受けたことに対して、すべてを与えられても取り替えることはできないというほど貴く思い、育んでいかなければなりません。祝福がどれほど貴いかを知らなければならないのです。

2 父母、夫婦、そして、子女が一つになる所が家庭です。その三つがなければ、家庭は成立しません。そのような家庭から、氏族、民族、国家、世界、天宙、地上天国に発展するのです。絶対父母、絶対夫婦、絶対兄弟が一つになるセンターに神様が臨在します。それが家庭の基地です。軍隊の基地と同じです。そこから氏族、民族、国家、世界、天宙、そして、地上天国と天上天国に連結されるというのです。神様の理想が成し遂げられる所が家庭基地です。

真の父母がいなければ、真の家庭はあり得ません。真の父母がいなければ、真の子女も存在し得ないからです。理想的な夫婦であれば、息子、娘をもたなければなりません。それでこそ、理想家庭を成し遂げられます。理想家庭は、三代が連結されたそのような基盤の上でつくられるのです。そうでなければ、理想家庭は成し遂げられません。

3 神様の息子、娘が祝福を受けて完成することにより、神様の愛も完成されます。それにより、神様は、父母としての愛が完成した基盤の上で、永存できるようになるのです。そのように、愛は自分から見いだせるものではありません。男性の前に絶対真理体は女性です。絶対真理の本体であられる神様の愛は、男性の前に女性がいなければ、永遠に探し出せません。その愛を完成させることはできないのです。

皆さんも、結婚しなかったならば、愛を知ることはできないでしょう。そうすれば、父母のありがたみも分からず、息子、娘のありがたみも分からず、夫のありがたみも分からないのです。愛を中心として一体圏に連結させてくれる人が夫であり、夫を愛の一体圏に連結させてくれる人が妻だというのです。

4 祝福を受けた夫婦は、祝福を受けたその日から果たすべき責任があります。その責任とは、夫婦が一つになり、家庭を形成して生きるだけではなく、二人が一つになって、民族、あるいは国家を形成しなければならないということです。祝福を受けた人が十人であれば、十人の家庭が一つになって新しい世界観のもと、一つの氏族を編成しなければなりません。新しい国家を形成しようとすれば、まず、新しい氏族を編成しなければならないのです。その氏族は、分裂した氏族ではなく、一つに統一された氏族でなければなりません。

ですから、祝福を受けた十人の目的は、互いに同じでなければならないのです。これらの家庭は、サタン世界において探して立てた少数の家庭なので、いつでもサタン世界の攻勢を受ける立場にあります。そのため、いつでも一つになって団結し、その環境を圧倒して入り込んでくる外部の力を凌駕できるように結束しなければならないのです。その力を凌駕しようとするなら、自体内で完全な統一が成し遂げられなければなりません。

そのように一つになった姿になれば、いくら外的にサタンの侵犯を受けても、十分に打ち勝つことができます。このように結集した実体を備えた所から、サタン世界の侵犯を受けない新しい氏族が形成されるのです。そのような団結した氏族を通して民族が形成され、その団結した民族を通して新しい国家が形成されるのです。

5 皆さんが祝福を受けたのは、自分たち夫婦のためではありません。夫婦のために生きる前に、氏族のために生きてこそ、夫婦として安息できる立場が成立します。また、氏族は国家のために生きてこそ、氏族が安息できる立場が成立し、国家は世界のために生きてこそ、国家が安息できる立場が成立するのです。このような観点で、祝福は、皆さん個人のためのものではないというのです。皆さん各自が、祝福は全体を代表するものであるという信念をもっていかなければなりません。そのような立場から、互いが一つになって家庭を形成するようになるとき、初めてその家庭は、世界に向かえる家庭になるのです。

もし、そのような祝福家庭が一家庭しかないというときには、その一家庭がその責任を絶対的に負わなければなりません。そのような信念のもとで歩む家庭が多ければ多いほど、すなわち、そのように歩む過程で一家庭、一家庭が残るようになれば、復帰摂理は進展するのです。ですから、同じ道を行く家庭が多いとしても、互いに頼ってばかりいるのではなく、各自が自主性をもちなさいというのです。

そのような家庭が、国家のための家庭であり、世界のための家庭です。そのような自覚のもとで歩んでいく家庭であれば、その家庭で生まれた子孫たちも、国家のために生き、世界のために生きる人になるというのです。そのようになれば、その夫は歴史的な夫になり、その妻は歴史的な妻になるでしょう。また、その子孫は、神様の復帰摂理の途上において世界を復帰するために必要な氏族になるでしょう。そのような氏族的な絆を備えた夫婦になったとすれば、彼らは新しい時代において、(氏族の)先祖の位置に登極するでしょう。

6 祝福を受けた夫婦は、自分たちの思いどおりに生きることはできません。神様の公約のために、その国の公約のために生きなければなりません。自分の相対が優れているか劣っているかが問題ではなく、行くべき目的性が問題です。すなわち、自分たちが生きながら、子孫が行くべき正常な道をどのように築いておくかが問題です。皆さんを見ると、夫と妻が互いに「自分を愛しなさい」と言うのですが、そのような立場は間違っているというのです。そのような愛は認められません。

「自分を愛しなさい」と言う前に、まず「国家を愛し、世界を愛しなさい」と言わなければなりません。そのようにしてから、「自分を愛しなさい」と言うべきです。これが、祝福を受けた家庭として行くべき道です。これは、夫も妻もすべて同じです。「私を愛する代わりに、国を愛し、世界を愛し、天を愛しなさい」と言わなければならないのです。

7 祝福家庭は、自分の家庭より氏族をもっと愛さなければならず、民族をもっと愛さなければならず、さらには国と世界をもっと愛さなければなりません。そして、自分の親戚と祝福を受けた同僚たちを愛さなければなりません。このようにして、互いが連結された一つの家庭があるとすれば、その家庭は、いくら多くの家庭があるとしても、際立つのです。男性と女性が一つになって結合したその家庭からは、国家を愛する形、世界を愛する形、天を愛する形が表れるというのです。

このように、夫婦は一致しなければなりません。「私だけを愛してほしい」と言い、「あなたは私のものだ」など、今まで世の中の夫婦が習慣的に語ってきた言葉を、祝福家庭は語ってはいけません。ですから、妻たる人は、時間さえあればそのような夫にならないよう、精誠を尽くさなければなりません。また、夫たる人も、時間さえあればそのような妻にならないよう、精誠を尽くさなければならないのです。互いにしっかり力を合わせて助け合い、導いてあげなければなりません。その道を行くに当たって、傷心しないように、互いに勇気を与え合い、導き合う責任を一緒に背負っているのが夫婦であり、家庭だというのです。

8 私たち統一家は、現在の立場にとどまっているのではなく、発展しなければなりません。国家の運勢をもち、世界の運勢をもって生まれる子孫を残さなければなりません。結婚は、新しい民族、新しい国家を形成するために、そのようにできる人材を模索しようとしてするものです。今まで世の中の人々は、自分のために結婚すると考えました。しかし、統一教会では、民族のために、世界のために結婚するのです。私たちの家庭は、歴史路程に存在した数多くの家庭を救える救世主の家庭です。

その立場は、世の中のすべての人々のために蕩減復帰して、霊界にいる霊人たちと後代の子孫たちのために、代わりに道しるべとなり、行くべき道を開いてあげる立場だというのです。そのような救世主の立場に立つために、「私」は生きているのだと考えなければなりません。

9 今や、子女家庭の定着時代にならなければなりません。子女家庭の定着時代は、第一に、母の責任時代です。母がメシヤの責任を果たさなければなりません。

第二に、子女の責任時代ですが、カインとアベルが一体になるべき時代です。カインとアベル、兄弟が一つになり、完全に一体とならなければなりません。カインとアベルを分別するため、歴史時代に多くの犠牲を払ってきましたが、再び子女たちが争うことがあってはいけません。どの町に行ってもカインとアベルがいますが、町全体のために犠牲になり、譲歩する人がアベルになり、主人になります。このようなことを知っているため、争うことができないというのです。子女の責任時代は、カインとアベルが一つにならなければならない時代です。

第三に、母とカイン、アベルが一つにならなければなりません。母の責任時代、子女の責任時代が、家庭において定着する時代なので、母と子女が一つになって、夫と父を復帰しなければなりません。母と子女が一つにならなければ、父の復帰ができません。それが絶対的に一つになるためには、母が責任を果たさなければならず、カインとアベルが一つにならなければなりません。そして、それで終わるのではありません。

第四に、真の父母の家庭との一体時代に入ります。そうして、祝福全体化時代に至るのです。

祝福家庭の家庭生活

真の父母様は、「祝福家庭は、神様と真の父母様に代わって人類を愛さなければならない」と語られた。そして、祝福家庭が配偶者を神様の代身者と考えながら愛して、手本を見せなければならず、そのような生活習慣と心情が世界的に普遍化されるとき、天国が成し遂げられることを強調された。特に、真の父母様は、聖子の道理を受け継ぐことが祝福結婚の目標であるため、祝福家庭が孝子から聖子までの道を行くことを願われた。

10 神様が探し求める家庭の基準は、皆さん自身の家庭にだけ局限されたものではありません。神様が探して立てた家庭は、世界に行くことができます。国家を代表することができ、世界を代表することができ、天を代表することができる家庭をつくるために訪ねてきた歩みが、祝福の歩みなので、天の父母の家庭を通して祝福を受けなければなりません。

そして、祝福を受けたあとに、精誠を尽くす家庭として正常な道を行くとき、その息子、娘たちは、統一教会の大運をもって生まれるでしょう。その父と母がいくら愚かであったとしても、その子女たちは天の運勢をもって生まれるというのです。ですから、天の運勢をもって生まれる子孫をどのように残すのでしょうか。父母が精誠を尽くす基準によって、その内容が決定されるのです。すなわち国のため、世界と天のためにどれほど忠誠を尽くし、どれほどその心が切実で、至誠を尽くしたかによって、今後、生まれる子孫の運命が左右されるというのです。

自分の欲心をもって動いてみたところで、天はその人に同調しません。自分個人の欲望を充足させようとするときは、神様はその場に共にいらっしゃいません。世界と国家と民族のために生きる立場にいるとき、神様は必ず共にいらっしゃいます。ですから、より広く、高い愛を探して立てなければならないのが、祝福家庭の道です。

11 妻は、自分の夫を神様の代身者と考えなければなりません。また妻は、夫の娘にならなければなりません。夫として、神様の失われた娘を復帰しなければならないというのです。神様は、堕落によって母と妻と娘、三つを失ってしまいました。ですから、神様の娘を、夫の立場から復帰しなければなりません。そして、妻は、夫を父親以上に信じなければなりません。今までの体験を総合した価値以上の価値を発見した基準に立って、向き合わなければならないのです。そのような心情基準を復帰できなければ、サタンが破壊した理想相対の基準を回復することはできません。

それと反対に、男性は、自分が妻の息子であるという心情をもたなければなりません。自分の妻に対して、自分の母親のようであり、自分の娘のようであるという心情が沸き立たなければなりません。「私がいなければ一日も過ごすことができず、夜も昼も絶対的に必要な私たちである」という心情をもたなければならないのです。そのようにして、夫婦一体にならなければなりません。

12 自己を主張し、自己防御第一主義の態度を取るのが堕落した世界です。これからは保護主義時代です。方向が違います。夫は、「妻が幸せでないのは私の責任です」と言い、妻は「夫が幸せでないのは私の責任です」と言うのです。

その責任追及において、咲かなければならない花が愛の花です。その愛の花は、自己を主張するときには咲きません。互いに生命線まで越えてために生きようとするときに花が咲くのです。花が咲くことによって、その花の色と香りを訪ねてくるのが天使世界であり、神様なのです。

13 夫たる人は、妻の前に、神様よりさらに素晴らしい方だと記憶されなければなりません。妻から、「私は、神様を見ることはできなかったが、私の夫を通して神様に出会った。純粋な愛とは何か分からなかったが、夫を通して純粋な愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して、兄の愛がどのようなものであるかが分かった。また、夫を通して兄弟の愛が分かった。夫はすべての愛を教えてくれた張本人である」と言われる男性にならなければなりません。

また、そのような母の代表であり、新婦の代表であり、姉の代表の心情を誘発できる愛の絆を体恤しながら生きていく男性にならなければなりません。そのような教育を受け、「そのような教育でなければ窒息する」と言うほど、それが生活習慣となって、どの社会においても、年配の人に接すれば、「私のおじいさん、おばあさんであり、私のお父さん、お母さんであり、私のお兄さん、お姉さんである」と考えられる心情をもたなければなりません。

そのような心情が世界の至る所で普遍化し、そのような家庭における心情が普遍化する環境が広がる所であれば、そこは間違いなく天国です。

そのように生きる人は、どこに行っても反対を受けません。その人がどこに行こうと、神様はその人と共にいらっしゃるのです。ですから、その人はどこに行っても寂しくなく、どこに行っても滅びません。

14 皆さんは、どれほど神様のように人類を愛したでしょうか。年の幼い人を見れば自分の息子、娘のように考え、自分の弟、妹と似たような年齢の人を見れば、自分の弟、妹のように考えなければなりません。夫婦も同じです。自分が好む人として懐に抱きかかえてあげ、配慮してあげなければなりません。

夫婦が一つになって、神様の代わりの立場で再創造の心情圏を体恤させるものが、息子、娘の出産です。父母は、生まれた息子、娘を見つめながら、互いに抱くのです。これは宇宙的なものです。宇宙的な愛の相対だというのです。祝福を受けた夫婦が子女を生めば、その子女を通して神様と同じ心情を体恤します。赤ん坊を抱き、お乳を飲ませたりするのは、すべてそのためにすることです。

ですから、皆さんは神様の真の愛の相対だというのです。「私たち夫婦と同じように、あなたたちも真の父母の道に従っていこうとするなら、これこれこのような道を行きなさい」と言うのです。そのように子女が育ち、結婚をすれば、すべてが完成するのです。

15 統一教会に入ってくれば、記録カードにすべて記入するようになります。祝福家庭としてどのように生き、お父様が語ったみ言を何パーセント実行し、何時間活動したのか、その時間まで記録するのです。そうすれば、何をどれくらいしたかがそのカードにすべて表れます。このように、夫婦が今までどのような恵沢を受け、統一圏内で生きたかという判定基準が出てくるのです。そのまま通り過ぎることはありません。適当にやっては通じません。この地上でもそうですが、霊界に行っても同じです。

統一教会で祝福を受けた家庭であれば、霊界にすべて名簿があるので、名前だけ言えば、誰が何をしたのか分かるというのです。それが霊界と地上において違えば、大変です。うそは通じません。ですから、この地における生活が重要です。一日一日、負債を負った生活をするのではなく、負債を負わせる生活をしなさいというのです。負債を負ってはいけません。

16 結婚後、一歩踏み間違えれば、永遠の道からずれてしまいます。世の中で結婚するのと同じように考えれば、回復できない恨の条件が残ります。今、夜を明かしながら涙で父母様を呼び、昔のその日がどれほど慕わしく、その時間がどれほど幸福だったかを考えながら、取り返しのつかない(状況の)まっただ中に捕らわれている祝福家庭がいるでしょう。その道を再び継承できるとすれば、「どんなことでもする」と言うでしょう。女性として、世の中で踏みにじられる運命を経たとしても、「その道を回復できるなら行く」と言う人がいて、男性として、世の中から見て苦しこを経ていくとしても、「その道を回復できるならば、どんなことでもする」と言う人がいるのです。

しかし、既に外れてしまったのです。世の中の何よりも、祝福を受けた家庭をどうするかが、父母様にとって一番の問題です。彼らを再び赦すことができる道を模索したいというのが父母様の心ですが、父母様もどうしようもありません。それをしようとすれば、復帰原理を作り直さなければならないのです。また、このようなことをしておいて、恨になり得る条件を残したいと思いません。

17 祝福を受けた家庭は、どこに行くべきでしょうか。自分の家庭に行く人は、流れていきます。お父様も、結婚した目的は、家庭を救うためではありません。国のために生き、天宙復帰の使命を果たすために行くのです。目を開ければそのことのために誓い、涙を流すなら、そのことのために涙を流しながら行かなければなりません。これは、今後の歴史に、父母として残してあげるべきプレゼントです。このように行くのが、家庭を中心とした生活哲学です。このような伝統がなければなりません。

祝福を受けた家庭が、もしそのような道を行けない立場にいるならば、「千秋の恨を抱き、天を見るのも恥ずかしく、地を見るのも恥ずかしく、師を見るのも恥ずかしい」と言いながら、身の置き場を知らず、千年、万年、流れるとめどもない涙をもって贖罪の哀訴をし、神様の同情を願う立場に立つなら分かりませんが、そうでなければ、神様のみ前に行くことはできないのです。

18 皆さん、祝福を受けた家庭は、天地を中心として、聖子の道を行かなければなりません。世の中では聖人の道理を主張しますが、私たちはそれ以上の位置に立たなければなりません。ですから、聖子の道理を受け継ぐためのものが祝福です。私たちが、横的な面において孝子になり、忠臣になり、聖人になって、聖子が連結されるのです。それが、アダムか行く創造の理想です。「私が、孝子になり、忠臣になり、聖人になり、聖子の道理を果たします」と言わなければなりません。

今まで、天のみ前に孝子が存在せず、忠臣が存在せず、聖人が存在せず、聖子が存在しなかったので、その代表的な道を行こうという思想だけが、国を創建できる理想的基調になるのです。天のみ前に孝子であるがゆえに、天のみ前に国をもつことができ、天のみ前に忠臣であるがゆえに、天のみ前に世界をもつことができ、天のみ前に聖人であるがゆえに、天のみ前に天地をもつことができます。皆さんの家庭は、天地を売り払って買った以上の価値があるというのです。

第三節 祝福家庭の共同体生活

三位基台を立てることになった背景

真のお父様は、祝福家庭に対して三位基台を編成してくださり、三位基台を兄弟以上に愛することを願われた。「共同体生活も、この三位基台を基盤にして始まる」と語られた。三位基台は、エデンの園におけるアダム家庭のカインとアベル、セツの夫婦が復帰された家庭をつくり、神様の創造理想を実現するモデル的基台を意味する。

1 私たちの教会では、男性三人、女性三人、このように三位基台をつくりました。なぜこのようにしたのかというと、主に侍るべき私たちは、アダム家庭のアダム夫婦とその三人の息子と三人の嫁の型に代わり得る、モデルを備えなければならないからです。ですから、この三人が一つにならなければ、また破壊される恐れがあるのです。

特に三人の男性が一つにならなければなりません。死のうと生きようと、霊的に一つになり、一つの体のようにならなければなりません。ですから、ある時間的な限界圏内の基台ではなく、時間性を超越した主体的な一つの型を備えなければなりません。そのようにしなければ、再び来られる主のみ前に立つ面目がないのです。

もし三位基台の三人が一つになって、み旨に代わり得る原則的な足場をつくるとすれば、言い換えれば、何が起こっても私たちは変わらないという覚悟をもった三位基台になっているとすれば、天はこのような基台の上でみ旨を成し遂げられるでしょう。このような内容を備えるために、皆さんを中心として三位基台を編成しました。

2 アダム家庭の三数を復帰する路程が、今日、私たちの教会の三位基台編成です。したがって、三位基台を中心として互いに一つになれなければ、天のみ前に立つことはできません。三位基台が一つになることによって、アダムの家庭で失ったものを復帰しようとされる神様の摂理を、成し遂げることができるのです。

ですから、二千年が過ぎたヤコブの時になって、十二人兄弟を探して立て、摂理されるのです。これと同様に、三数を基本として十二弟子を探し出して一つになったあとで、初めて皆さんは父母を迎えられるようになり、さらには一つの支派に代わり得る氏族圏内に入ることができます。これが、アダム家庭の時からヤコブ家庭の時まで、二千年の歴史を蕩減するための絶対的基準でした。ですから、モーセもこの道を通らなければならず、イエス様もこの道を通らなければならなかったのです。

3 真の父母を迎えるためには、真の夫婦になって、真の家庭をつくらなければなりません。そうしてこそ、その上に真の父母を迎えることができるのです。皆さんは、父母様を信じて従いますが、その気持ちと同じくらい、他の人が皆さんを信じて従う存在にならなければなりません。そのようにして、イエス様が探し求めた家庭の型を備えなければなりません。そのような時に、万民は兄弟になります。このようにするために三位基台を編成しました。

ですから、皆さんはこれから、何かをする時は一人でしてはいけません。伝道をするとしても、一人でしてはいけないのです。このような三位基台を造成し、自分たちが父母の立場に立った時でも、兄弟同士でさせてはならず、彼らと一つになってしなければなりません。父母と兄弟が一つになってこそ家庭が成立するのです。そして、これが一つの民族型を備えようとすれば、このような家庭が十二家庭いなければなりません。十数以上になってこそ、民族的な条件を代わりに引き受けることができるのです。

4 信仰の道は一人では行けません。信仰の同志が必要です。三人以上が一つにならなければなりません。ですから、三位基台が必要なのです。人間の性稟の主体であられる神様も、三つの基準を望んでいらっしゃいます。神様は、人間が過ちを犯したとしても、直接教えることはできません。縦的には教えることはできませんが、三人が一つになっていれば、一人が誤ったとしても、二人が誤らなければ、その人の過ちを数えてあげられるのです。

山での祈りも、三人以上が共にしてこそ恩恵が早く降りてきます。祈ったあとには、自分たち同士で互いに話し合わなければなりません。他の人と話し合えばサタンが侵犯します。三人が心から信頼し合える美しい姿を備えるようになれば、それを見て、周囲の人々が羨ましく思うようになり、そのようになれば、神様のみ旨は自然と繁殖するのです。神様が助けてあげなくても、三人が一つになれば、そこから新芽が生えるようになるのです。食口と接するときは、その人を傷つけないように注意し、信仰生活の助けにならない話をしてはいけません。

5 皆さんは、現在置かれている立場において、怨讐を選別しなければならず、それから、自分の置かれている立場が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。言い換えると、恩賜が共にある立場なのか、恩賜が離れた立場なのかを知らなければならないということです。

前進するにしても、神様が協助する舞台を備えて前進しなければなりません。一人で前進せずに、同志と共に前進しなさいというのです。そのためには、自分の環境が昼なのか夜なのかを知らなければなりません。そのようにしなければ、自らの能力では持ちこたえることができません。同志が必要です。ですから、み言に三位基台の法度が出てくるのです。

したがって、三位基台を備えて合同で前進しなければなりません。神様は、一人で前進することを好みません。一人で前進すると、失敗する可能性が高いからです。合同作戦を行いながら前進しなさいというのです。

6 将来の理想世界は、家庭の三位基台を中心として成立しなければなりません。創造目的とは、四位基台を完成することです。人間が先に四位基台を完成しなければならないので、すべて家庭を形成するのです。人間は神様に似るのであり、人間を中心とした社会は、神様を中心とした人間に似るのです。

今に至るまでお父様は、世界各国に統一教会を立てて、そのようにしようとしています。世界がすべて、そのようにならなければならないことを知っていますが、それを公にできずにいます。しかし、このような原則を通して、世界がそのようになるというのです。理想世界は、全世界が一人の人間の姿を形成する世界です。そこでは、国家と民族を超越するのです。

7 神様が結んでくれた三位基台、この三位基台の価値を感じられてこそ、神様の理念を感じることができます。三位基台の価値を感じられてこそ、神様の生活を代わりに地上ですることができるのです。

三位基台を編成する目的は、行動統一と生活統一、その次に理念統一をするためです。そのために、私たちは三位基台の組織をつくるのです。生活統一と行動統一と理念統一です。理念のある行動は、組織的で原理原則的なのです。

祝福家庭の三位基台と氏族復帰

祝福家庭は、三位基台が一つの家で一緒に暮らしながら、兄弟の愛を体験しなければならない。そして、堕落していないアダム家庭の三人の息子によってつくられるはずだった三位基台をモデルとして、各氏族を復帰できる基台を立て、氏族メシヤの道を行かなければならない。真の父母様は、「祝福家庭は、家庭的三位基台を完成したのち、真の父母様の家庭を中心に四位基台を成し遂げるようになるとき、天国に入るようになる」と語られた。

8 祝福家庭は、三位基台を編成して暮らさなければなりません。その家庭に子女が生まれれば、四位基台が成立します。三位基台の家庭の中で、子女のいない家庭があれば、その家庭に自分の子女を養子として送ることができなければなりません。しかし、その家庭で子女が生まれるようになれば、自分の子女を返してもらうこともできるのです。

9 家庭は、全体に代わる最小単位です。家庭の過ちが全体の過ちにつながるので、個人の過ちは赦されても、家庭の過ちは赦されません。個体の喜びを全体の喜びにしようとする心情にあふれていなければなりません。個人的な事情と主観と希望を捨てて、全体の事情と主観と希望を立ててこそ、より大きなものに融合できるのです。

家庭は全体を生かすためのものです。ですから、家庭は送電所のようなものです。家庭を通じて全体と和合していけるようにしなければなりません。それゆえ、三位基台は一つの家で暮らさなければなりません。今は、家庭を再整備すべき時です。

10 統一教会は、「食口」という言葉を使います。三位基台を中心として見れば、すべて兄弟です。お父様は、この責任を担って今まで歩んできながら、僕の立場にいる人を深く愛し、兄弟を深く愛し、子女を深く愛しました。そのようにしながら、僕の時代を通過し、兄弟の時代を通過し、子女の時代へと上がってきたのです。皆さんは、父母に侍って生きることができなければなりません。

それでは、父母に侍って、どのように生きるのでしょうか。高潔に美しく生きなければなりません。これが今、お父様が心配していることです。これから皆さんの生活が変わらなければなりません。創造目的は、真の父母に侍り、孝の法度を天宙に立てて進んでいくことです。これが、天地創造の原則でした。

11 祝福家庭の三位基台は、完全に一つにならなければなりません。三位基台が経済問題で互いに助け合わなければならないのです。自分個人や自分の家庭の問題ばかりを心配するのではなく、三位基台の家庭が互いに同じ立場で助け合い、慰労しながら一つになって進みなさいというのです。そうして、三位基台の家庭が経済問題を超越して精神的に一つに結合し、一緒に食べて暮らせる基準ができたならば、そこから新しい歴史が始まります。怨讐が彼らに侵犯しようとしても、三位基台の三家庭が完全に一つに団結して歩んでいけば、退けることができるのです。したがって、三位基台を中心とした体制を強化しなければなりません。これが、家庭としての基準を立て、この時代の新しい起源を備えるところで重要な条件になります。

三位基台の家庭は、十二家庭のために生きなければなりません。十二家庭が神様のみ前に公的な立場に立ち、功を立てるために生きなければならないのです。そうして、三位基台の家庭が中心となって、東の方なら東の方、西の方なら西の方、南の方なら南の方、北の方なら北の方、そして、一年の四季と十二カ月を代表した絶対的で公式的な形態を備えなければなりません。「私」の家庭が動機となって、どのようにその基準にまで引き上げるのかが問題です。そうして、三家庭が互いに動機となって引き上げるようになれば、この三家庭を中心として三十六家庭まで広げていくことができます。これが統一教会の発展原理です。私たちは、家庭を中心としてこのような体制をつくらなければなりません。

12 三位基台を中心として団体活動をするには、皆さんは主体と対象の観念が透徹していなければなりません。言い換えれば、神様のみ前において、いつも主体と対象の関係を考えなければならないということです。自分が対象の立場なのか主体の立場なのかを、いつも考えなければなりません。そうして、対象は対象として絶対的な対象になり、主体は主体として絶対的な主体になりなさいというのです。もし、これが成立しなければ、団体運動はうまくいきません。

三つの家庭が三位基台になったのであれば、そこにおいて一つの家庭は必ず主体の立場に立ち、他の二つの家庭は対象の立場に立って、主体の立場に立つ家庭を中心として一体になり、天の家庭を糾合しなければなりません。主体と対象の関係が結ばれたなら、授受作用が成されなければなりません。授受作用が一〇〇パーセント成されてこそ、神様が臨在されるのです。そうでなければ、神様は臨在されません。

13 私たち自体内において、主体と対象の観念をもつことが重要です。主体と対象の関係は縦的な関係です。そして、公私の関係は横的な関係です。主体と対象の関係は、言い換えればカインとアベルの問題になります。それでは、どのような人が主体になるのでしょうか。心情的に熱い人が主体になるのです。三位基台の三人の中で、一人が死の境地に直面したり、一番困難であったりしたとき、その人に対して心情的に温かく接してあげる人が主体性をもつのです。理知的な人よりも情的な人、理論的な人よりも神霊的な人が主体になるのです。

ですから、これから皆さんが主体を決める時、三位基台の中で、み旨のためにより公的な基準を中心として多くの努力をし、多くの涙を流し、多くの血の汗を流した人を主体に選ばなければなりません。世の中では、賢く、たくさんの知識をもっていて、手際の良い人を投票で選びますが、天の法はそうではありません。情緒的な面で心情的にその幅が広く、度量が大きく、熱い人が主体になるのです。

すべての問題がここに帰結します。主体と対象の関係、公私の関係において、神様を介入させるのかサタンを介入させるのか、ということが問題です。

14 皆さんは、いまだに家庭的な真の父母の位置に入れない立場に置かれています。ですから、家庭的な真の父母の位置を探し求めていかなければならないのですが、その父母をそのまま探し出すことはできません。落ちて下がっていったので、再び探し求めて上がっていくためには、兄弟の橋を架けなければなりません。すべてを犠牲にしたとしても、真の父母を探し求め、自分自身が真の父母になるためには、歴史的な解怨の条件をもって蕩減したという基準を立てなければなりません。そうでなければ、天は皆さんを受け入れることができないのです。

皆さんは父母に侍るべき立場にいるので、父母に侍る兄弟の基盤を築かなければなりません。これが三位基台の意義です。三位基台の兄弟たちが、天の父母に侍る中心を備えて、三兄弟が一つになり、十二兄弟が一つになる時、初めて天の国の家庭として資格が与えられるのです。その家庭は、教団なら教団、民族なら民族、国家なら国家を代表する形態を備え、その上に父母を迎える基準を準備しなければなりません。そうしたのちに教団的な形態を備え、世界的な父母を迎える準備をしていかなければならないのです。

15 祝福家庭は、父母様の家庭を中心として四位基台を造成しなければなりません。このようにして形成された家庭が、本来アダムが形成すべきだった家庭の型です。これができなければ、氏族メシヤとして、イエス様のみ旨をもって出発することができません。神様を中心として四位基台を造成した家庭が四方性を備えると、十二家庭が形成されます。イエス様を中心として、三弟子が祝福を受けて四位基台を造成しなければなりません。そのようになれば八人家族になるのですが、これはアダム、またはノアの八人家族を身代わりするようになります。しかし、イエス様はこのみ旨を成し遂げることができませんでした。祝福を受けなければ、天の子女にはなれません。

父母様の家庭と皆さんの三位基台の家庭が、神様を中心として一つになれば、サタンのすべての讒訴条件を断ち切って、氏族メシヤの立場で世界に向かって進んでいくことができます。そのように四位基台を造成して、八人家族が一つにならなければなりません。

16 肉的世界はサタンの活動舞台、霊的世界は神様の活動舞台になって、常に行き違ってきました。これが復帰摂理時代に恨の要件として残っていることは間違いない事実ですが、これを行き違うようにさせてはいけません。神様を中心とした心情圏と、神様を中心として統制を受ける身体圏をつくらなければなりません。生活圏内でこれを発展させることによって、統一基盤が確立されるのです。

これが一致した男性と女性が一つになれば、一つの家庭的一致点になります。そして、その家庭的一致点をもつ家庭が三位基台を中心として、十二数なら十二数が一つにならなければなりません。そのようになることによって、氏族的な境地を越えて民族的な境地の立場になるとともに、一つの伝統的起源、統一的起源を形成するに当たって、新しい伝統がつくられるのです。

17 父母様を中心として三十六家庭が存在するように、金氏なら金氏の家門で、先に祝福を受けた家庭を中心として、金氏家門の三十六家庭型がなければなりません。三十六家庭を満たせなければ、十二家庭型の先祖にでもならなければならないのです。

それは、皆さんが、皆さんの息子、娘を中心として三位基台を造成してつくっていかなければなりません。そうして、皆さんが、皆さんの氏族の先祖になり、皆さんの家庭を中心とした新しい支派編成をしなければなりません。それが十二支派型です。十二支派の形態と同じように十二弟子がいなければならず、十二弟子が中心となって七十人門徒がいなければならず、さらに百二十人門徒のような形態を備えていかなければなりません。これが直系の氏族です。

18 皆さんを祝福するのは、父母様の特権です。父母様の特権を通じて祝福を受けるのです。この祝福は、予約的な祝福です。これを実現するためには、内的基準をきちんと仕上げなければなりません。それで、内外の家庭でその立場を代わりにするのです。すなわち、アベル家庭である父母様の家庭の前に、皆さんの家庭がカイン家庭の立場で立つ道しかありません。そうなれば、皆さんの家庭はその基準に達していませんが、父母様の家庭を中心としては、そのようになることができるのです。

そのためには、皆さんの家庭を中心として、父母様の家庭の代わりに息子の家庭の立場で、カインの家庭を探して立てなければなりません。

その家庭を立てるために、皆さんが氏族復帰をしなければならないのです。それで「氏族メシヤになりなさい」と言うのです。皆さんが氏族を復帰することによって、皆さんの家庭はカイン的家庭の先祖になり、さらに長孫(韓国では、長男の長子を指し、祭祀をつかさどる人を意味する)的な家庭になって、父母様の家庭はアベル家庭になるのです。家庭的三位基台を復帰して、父母様の家庭を中心に四位基台を造成しなければなりません。これは公式です。天国は、信仰の三子女を立て、自分の家庭と完全に一つにし、父母様の家庭に侍って行かなければなりません。それが天国に入る方法です。

19 統一教会で祝福を受けようとする未婚の男女たちは、誰彼を問わず、信仰の三子女を復帰して、家庭を築かなければなりません。家庭を復帰してからは何をするのでしょうか。家庭だけでは世界復帰はできません。ですから、支派を編成しなければなりません。氏族を復帰しようとすれば、皆さんが祝福を受けることによって、三人の息子が家庭を身代わりするのと同様の立場に立たなければなりません。ですから、皆さんが祝福を受けたあとに、家庭的な三位基台がつくられるのです。

父母様に関して言えば、皆さんが家庭を中心として父母様と四位基台を連結しなければなりません。皆さんの家庭の三位基台が一つになって、父母様の家庭と完全に一つにならなければなりません。そうでなければ、天国に入れないのです。これが成し遂げられることによって、個人の四位基台よりも、氏族的な三位基台がつくられます。家庭編成ができるのです。それによって支派編成が成し遂げられるというのです。

20 皆さんは、原則的な秩序を立てなければなりません。僕として合格し、養子として合格しなければなりません。そうして、心情的な関係を通して神様のみ前に忠誠を尽くした度数が極限に達するようになる時、三位基台の家庭基盤を中心として忠誠を尽くしたという時には、祝福家庭を天に代わる息子、娘と考え、夫婦の契りを結ばせてあげようというのです。これが復帰の道です。

その道を新しい伝統とし、私たちの文化の起源とし、私たちの生活の土台として、私たちの国と世界に永遠に残すようになるとき、天の国は建設されるのです。これが「統一思想」です。

そのようになれば、この伝統的思想を立てるに当たって、先祖になるのです。祝福を受けた家庭は、そのような先祖にならなければなりません。氏族に代わって氏族のメシヤにならなければなりません。これは誰もがしなければならないことです。このこと以外には、考えることも、行動もしてはいけません。それが、統一教会の信徒たちがすべきことです。ましてや、祝福を受けた家庭は言うまでもありません。

三位基台と共同体生活

真の父母様は、「私たちが統一されなければ世界を統一することはできない」と語られ、三位基台は三年間、一つの家族のように暮らしながら、一つの兄弟の心情を体恤し、互いに愛する訓練をしなければならないことを強調された。そして、「氏族を越え、国と世界が一つになり得る共同体生活の伝統を立てることによって、天国に直行できるようになる」と語られた。

21 皆さんは、三位基台を編成しなければなりません。三つの家庭が、必ず一つの家で暮らさなければなりません。今までは堕落した人間なので、すべて分かれていましたが、その分かれていたものが、復帰時代を通過するとともに、一つになっていくのです。ですから、自分を中心として、自分の家庭だけがうまくやろうとしていた時代は過ぎました。これからは、皆さんが自分の一家庭ではなく、三家庭を中心として共同生活をしなければならないのです。その三つが合わさって、少なくとも十二家庭が一つにならなければなりません。

そして、その家に、ある食口が訪ねていけば、自分の生活基準に従って、いつでも精誠を込めた姿で接しなければなりません。もしお父さんが来られて、「御飯が欲しい」と言われれば、いつでも即座に準備してあげられるようにならなければならないのです。そのような公的な概念をはっきりとさせなければなりません。

22 本来、三位基台は、三年以上共に暮らさなければなりません。三位基台は子女を取り替えて暮らしても、自分の子女と全く同じように感じられなければなりません。それを煩わしく思えば落第生です。三位基台のうち、一つの家庭の夫が死んでも、生活などの心配はしなくてよいというのです。そのような時は、残りの二つの家庭が共に責任をもたなければなりません。私たち(の現状)は、み旨からどれほど遠い距離にいるでしょうか。サタンが「カインをアベルと同じく愛しました」と公認し得る基準を立ててこそ、サタンは離れていくのです。

三位基台の家庭の子女たちを連れてきて育てるときは、自分の子女よりも、二倍、三倍の精誠を尽くして育てなければなりません。三位基台が一つにならないのに、どうして世界を統一できるでしょうか。三つの国が一つにならなければなりません。イエス様を愛した以上にこの世を愛さなければならないのです。三位基台は一つの兄弟です。この三人が一つになれば、父母様の代わりになることができます。三位基台を忘却して、自分の家庭本位に生活すれば、滅びるようになっているのです。名前だけ父母様の代わりになるのではなく、責任と心情において、父母様の代わりにならなければなりません。

23 皆さんは、平面的な基準において、縦的な三時代型を横的に蕩減する型です。それで、すべて三位基台にくくるのです。三位基台は、蘇生、長成、完成を経なければなりません。ですから、蘇生、長成、完成であって、一人で完成することはできません。三家庭が一つであって、一家庭で一つではありません。皆さん一人だけの家庭では立つことができません。ですから、お父様も三家庭を立てたのです。一人で立つことはできません。

また、そこにおいて良い物があれば、「私から!」と言ってはいけません。完成した位置に立っためには、二つの時代の恵沢圏を経なければなりません。完成しようとすれば、蘇生、長成を経なければならないのです。自分がいくら完成しているとしても、蘇生、長成を通過して、完成の位置に立っているのです。良い物があれば、彼らに三分の二以上を分けてあげなければなりません。お互いにそのようにしなければならないのです。ですから、これから共同生活をしなければなりません。その三位基台が共同生活をして、一から十まで完全に「間違いない。サタンも讒訴できない」と言うことができなければなりません。そうしたのちに、サタンが分立されていくのです。

24 皆さんが三位基台を造成するためには、何をしなければならないのでしょうか。一つの家で暮らさなかったので、一つの家で暮らしながら、皆さんが蕩減復帰をしなければなりません。ですから、これからアパートを建て、そこに日本人、韓国人、アメリカ人、ドイツ人が一緒に暮らすようにして、生活的に訓練しようと思います。それと同様に、韓国でも三位基台の家庭が一つの家で暮らしていかなければなりません。御飯を食べるにしても、粗末なお粥を食べるにしても、三家庭が共に食べて暮らさなければなりません。

絶対に後援を受けてはならないというのです。縦的に後援を受けるのではなく、横的に後援を受けなければなりません。自立しなければならないというのです。三兄弟が一つになり、六人が一つになれば、何でもできます。天地をすべてひっくり返すこともできるというのです。二人か、三人の人が祈れば天が共にあるといいますが、三位基台が一つになれば、できないことはないのです。これが統一教会の誇りです。今から、私が直接指示して、三十六家庭からすべて、一つの家で三家庭ずつ暮らせるようにしなければなりません。三兄弟が一緒に住んでから、世間に出ていかなければなりません。一つになるまでは、出ていけないのが原則です。ですから、この世の兄弟に優る復帰家庭を立てなければなりません。私たちが統一されなければ、世界を統一することはできないのです。

25 天国には家庭が入るようになっています。今後、四位基台、父母様を中心として三家庭が一つにならなければなりません。父母様が教えるすべての天理の規約を中心として一体化できるように、一つにならなければならないのです。

黒人、白人、黄色人が信仰の三位基台になった場合は、そこで三年間、一つになる訓練をしなければなりません。個別の生活はできないのです。そうして、その周辺の十二家庭、または三十六家庭で一つの地域になっていれば、その全体の公認を受けた家庭は、自由解放だというのです。

26 アダムとエバが一体化すれば、カインとアベルも一体化して出発するようになります。そのようになれば、東洋で韓国と日本を中心に、新しい理想的な出発が始まり、東洋と西洋の一体化が成就するようになります。そして、真の父母が還国、国に帰るのです。神様の環境のもとに帰っていくのです。神様の還国時代です。天の父母様、完成した父母様が初めて帰国時代、国に帰っていく時代になったというのです。思想的にも、心情的にも、すべてにおいて統一世界が可能です。ですから、生活共同体ができるようになります。

日本人と韓国人、ドイツ人とアメリカ人が、すべて一つの家庭でその訓練をしなければなりません。民族感情や、氏族、民族、あるいは文化の細部に至るまで、様々に絡み合った過去の讒訴的派閥であるサタンの権限を、完全に消化して一つになる環境をつくらなければなりません。そのために生活共同化時代へと入っていくのです。祝福家庭は二人だけではありません。八人にならなければなりません。四カ国の家庭が父母様のために訓練しなければなりません。八人の共同体と同じです。四人が各自ペアを組めば、八人になります。韓国人と日本人とアメリカ人とドイツ人が一つの家庭の中で、一緒に生まれた双子、四つ子のように生活共同体を形成しなければならないのです。今からそのような生活訓練をするつもりです。

ですから、日本人は日本人なりに、韓国人は韓国人なりに生活してはいけません。伝統の原理的方式によって生活環境を改造することで、未来の世界はそれに従い、皆さんの子孫も天国直行の完成圏に入っていくようになるのです。

27 韓国を中心として、四カ国から十二カ国まで連結しなければなりません。その十二カ国さえ連結するようになれば、十二支派が編成されるのです。ですから、これから大移動が起きます。

韓国人たちは外国に出ていき、また外国人たちは韓国に来るのです。それゆえ、韓国語を学ばなければなりません。いつでもそれができるわけではないので、皆さんが外国に出ていって、韓国語を教えてあげるために小学校を建てなければなりません。

これから祝福を受けた家庭は、小学校を建てなければなりません。各国の教会を中心として、皆さんが出ていって韓国語を教えてあげ、伝統的信仰基準を中心に祝福家庭を束ね、共同生活をしながら、今後、成長する子女たちを養育できる小学校を造っておかなければならないというのです。

28 世界を一つの大きな木と考えれば、自分の家庭は、その木における小さな枝の中の枝に該当します。自分の家庭は、樹齢が数千年にもなる大木の一本の枝です。自分が最も愛する基盤となる枝のために、またその芽のために互いに尽くそうという気持ちで授受する共同体を形成するようになれば、天運が保護するので、自動的に理想圏へと成長していきます。

自分の家庭は、自分一個人の家庭ではありません。また、男性と女性は、その家庭を代表すると同時に、世界的で天宙的な存在です。人間の体でいえば、一つの細胞は、数十兆にもなる全体の細胞を代表するのです。その数十兆にもなる細胞は、一つ一つ愛によって満たされます。すべてが愛に同参(一緒に参加すること)するのです。したがって、真の愛を中心として完全に統一された家庭は、天宙と連結されるのです。ですから、自分の家庭ばかり考える人は長続きしません。自分の国ばかり考える人も、長く続かないのです。

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第五篇 第一章 協会登録と内的基盤拡大

第五篇 第一章

協会登録と内的基盤拡大

第五篇 摂理基盤の拡大と年頭標語

一九六〇年四月十一日(陰暦三月十六日)の真の父母様の聖婚式は、新しい摂理歴史が出発する基点である。この日から、第一次七年路程が始まり、対外基盤拡大のための多様な活動が本格的に展開された。そして、全国に教会が建ち、食口が増加して地方組織も強化された。毎年、冬・夏季啓蒙伝道活動が展開され、大学原理運動、超教派運動、勝共運動などを通し、宗教界と社会に対して活動を展開していった。

真の父母様は、「啓蒙運動を始め、行く道を知らずに苦しむ韓民族の前に、生命の鉄の杖を持って進み出て叫びなさい」と食口たちを督励された。食口たちの血と涙の努力により、国民は統一教会を改めて認識するようになり、協会が政府に登録され、安定した活動基盤が整った。

一九六三年、協会は創立十年目にして、摂理史的に第三イスラエルとして祝福を受け、社会団体として政府に正式登録された。ユダヤ教の立場を復帰する土台を整え、ローマ帝国に相当するアメリカでの登録に続き、韓国でも登録を行うことにより、神様の摂理が一段階、前進する契機となったのである。

真の父母様は、一九五七年に『原理解説』を出版されていたのに続き、一九六六年、『原理講論』を発刊された。『原理講論』が出版されることにより、社会に向けた原理の伝達に、より拍車を掛けることができるようになり、原理公聴会、原理大講演会、特別復興会などを通して、「統一原理」でなければ、この国と、この民族の行く道はないことを示したのである。そして、大学では、「全国大学原理研究会」の活動を展開して、共産主義思想の浸透を防ぎ、教授と学生にこの国とこの民族のために行くべき道を提示した。

真の父母様は、一九六〇年から三次の七年路程を設定され、内外の基盤の拡大に拍車を掛けられた。特に、第一次七年路程は、真の父母様が韓国の解放直後、復帰できなかった個人、家庭、氏族の復帰を通して統一氏族を編成し、民族復帰の基盤を造成することに力を注いだ期間であった。この期間に、真の父母様は、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を制定、宣布されたのち、「神の日」を探して立てられた。また、毎年初めに年頭標語を発表され、その年の摂理的目標を定めて、新たな年を出発された。

そして、真の父母様は、「第一次七年路程と第二次七年路程の勝利基盤の上に、世界舞台に進み出ることができるようになった」と語られた。

第一節 協会の法人登録と聖殿の建設

協会の法人登録

一九六〇年十月十四日に協会機構が初めて確定したのち、教会の発展に伴い、組織にも多くの変化があった。一九六三年五月三十一日、創立十年目にして、協会が社会団体として政府に正式登録され、十月四日、維持財団の法人認可も獲得した。これにより、真の父母様は、民族復帰のために、内外に対してより一層の拍車を掛けることができたのである。

1 私たちは、一九六〇年まで激しい迫害を受けました。それ以降ももちろん迫害を受けましたが、私たちは、次第に成長してきたのです。復帰摂理は、カインとアベルにおける闘いです。私たちが協会を政府に登録しようとしたとき、文教部(日本の「文部科学省」に当たる韓国の中央行政機関「教育部」の旧名称)で登録業務を扱っていたのですが、その時、文教部長官が私たちの申請を拒否しました。私たちは、それと闘わなければなりませんでした。

一週間後にそれが覆されたのです。その一週間は、七十年、七百年、または七千年に該当します。その当時、それが覆されなかったとすれば、私たちは、どんな宗教的な運動もできなかったでしょう。それは覆されるようになっていたのです。ついに、一九六三年五月三十一日、協会が政府に、正式登録されました。

2 統一教会は、第三イスラエルとして祝福され、忠孝の道を相続できるユダヤ教の立場に復帰されました。ですから、協会の政泌録証が出たのです。ローマ帝国と同じ(立場の)アメリカにも登録され、ユダヤの国と同じ(立場の)韓国にも登録されました。

このように、宗教を中心として世界的な舞台を築いておいたので、今からは誰も私たちを追放できず、抑え込もうとしても抑え込むことができないのです。ユダヤ教は、イスラエル民族の思想的な分野を担当し、新しい天地に向かっていく方向を教えてあげるべき使命がありました。これからその方向を教えてあげる責任を、統一教会が果たさなければなりません。

3 私たちの教会が政府に登録されたのは喜ぶべきことでしたが、お父様は喜びませんでした。なぜなら、また別の闘いが残っていたからです。神様がお喜びになる時、共に喜ぼうと思うのです。あと四年が過ぎれば、第一次七年路程が終わり、お父様の二十一年路程も終わります。

この民族は、次第に混乱に陥っていきます。私たちは、この時に備えなければなりません。贖罪の祭壇は、統一教会しかありません。四年が過ぎたあとには、この民族を代表して動員され、世界のために犠牲となり、奉仕しなければならないのです。そうして、涙と血によって世界を復帰しなければなりません。韓国が問題ではないのです。世界と天宙を神様にお返しするために祈らなければなりません。

4 お父様は、他の人々が知らないことを知ったので、かわいそうな人になりました。ですから、第一次七年路程の三年の期間は、足を伸ばしては眠れなかったのです。老若男女が頭を下げて「指導してほしい」と言い、民族と国家が従ってくるようにしなければなりません。統一教会が政府に登録されることによって、どんな権勢も、行く道を遮れない立場に立つようになりました。神様は、再び来られる主が死ぬことがないようにしようと、民主主義を立てられました。(しかし、)協会が登録されたといって安心することはできません。

5 今日、統一教会は、どのような立場に置かれているのかというのです。どのような時代的な過程に置かれているのでしょうか。第一次七年路程の三年の期間は、どのような期間なのでしょうか。イエス様は、三年の公生涯路程の末に、十字架を背負いました。そのため、民族を中心として勝利の足場を築く期間が崩れたのです。そうして、神様のみ旨が延長されたのですが、いつまでも延長されるのではありません。日本統治下の四十年と三年のアメリカ軍政期間は、原理的に、イスラエル民族のエジプト苦役四百三十年の期間に該当します。

それでは、三年のうちの最初の年は、どのような年だったのでしょうか。最初の年は、立つ場がないので、肉界と霊界が一つになって立場を整える年でした。統一教会としては、生死を決定する年でした。お父様が一九六〇年に聖婚することによって、初めて個人が定着するようになりました。一つの基点を立てたのです。それは、どのような基点でしょうか。モーセが紅海を渡る前の三日期間に立てたのと同じ基点です。復帰歴史のすべてのものが、この三年の期間にすべて入っています。この期間を終えることにより、造成された四位基台を中心として、協会登録をしたのち、一九六三年の陰暦四月十三日に、宣布式を行うようになったのです。

世界本部の敷地購入および地方教会の建設

世界宣教本部建設のため、一九七一年四月十四日、ソウルの汝矣島(ヨイド)において一万四千坪以上の敷地を購入した。食口たちも、一坪ずつ購入することを通して精誠の条件を立てたのである。真の父母様は、世界巡回を終えて帰国されるたびに、ここに寄って祈られた。そして、全国の教会聖殿建設のために資金を支援され、一九七四年六月十日、忠南(チュンナム)教区の新灘津(シンダンヂン)教会を皮切りに、一九七六年まで、全国で百八十八棟のAタイプ聖殿が建てられた。

6 父母様が地方に行って、みすぼらしい教会の門をくぐるとき、教会がこのように悲惨なことを誇りに思います。「この悲惨な姿が、今の時代には悲惨なものとして流れていくかもしれないが、歴史的な時代が訪れるようになれば、この悲惨さは、旗を高々と掲げて万国、万民の前に誇りとなるだろう」と考えるのです。

他の人の世話をして眠りに就く人には平和の解放が訪れ、勝利の栄光の称賛の声が準備されているというのです。ですから、統一教会は次第に上がっていくのです。それゆえ、私はどこに行っても恥ずかしいことがなく、どのような人に会っても堂々としています。

7 本部と言っても、青坡洞の本部が世界本部ではありません。私は外国の食口たちに、「この青坡洞の本部は、これこれこのような歴史を中心とした何かをもっている所なので、みすぼらしいけれども、ここを忘れてはいけない」と言いました。しかし、ここが世界本部にはなり得ません。

世界本部というものは、一番だという意識を与えなければなりません。また、世界本部は新しい所に造らなければなりません。そのような意味で、汝矣島に土地を買うことになったのです。世界本部の土地を買おうとすれば、新たに出発できる所に買わなければなりません。そのような所に世界本部を造らなければならないというのです。世界のために世界本部がなければなりません。

8 今や、統一教会も時が来たので、本部を造らなければなりません。ですから、韓国に四カ所の土地を設定しておいたのです。四位基台を復帰できる経済的基盤を築かなければならないので、このことをしています。国家や世界に対して、今後、私たちが必要とする基地を用意するため、これに着手しているのです。

9 世界本部は、世界を指導しなければならない殿堂です。世界本部を建てようとすれば、二万一千坪は買わなければならないのですが、今は買おうとしても買えなくなりました。ですから、仕方なく一万四千坪の土地だけでも買わなければならないと考えています。

その土地は、韓国の食口たちが買わなければなりません。父母様は、精誠の限りを尽くして国を越えに越え、このようなことをしているのですが、み旨を知った人として、ここに加担できなくなるとすれば、千秋万代に恨が残るでしょう。

10 韓国を見れば、今や私たちが立ち上がるべき時になりました。また、汝矣島にも世界本部を立派に建てなければなりません。今後、汝矣島は、ソウルの中心街になるでしょう。それを見れば、神様が保護され、私が予想したことがすべてぴたりと当たりました。そして、世界本部の前に広場ができるのです。

11 これから、全国に教会を建てなければなりません。ですから、土地の準備をしなければなりません。皆さんが協力し、本部も協力して、何としてでも教会を建てなければならない時が来ました。一九七五年には千人の国際機動隊が日本を訪れ、韓国まで来ます。そうすれば、千人全員がソウルに一度にとどまることはできないので、八大都市を歴訪させなければならないでしょう。ですから、教会を造らなければならないというのです。皆さんが互いに協力して一つになり、教会を建てなければ、その教会は長くもたないのです。

皆さんが精誠を尽くし、血と汗を流しながら建てなければなりません。それを建てる時に大変であれば大変であるほど、その教会を見つめるたびに信仰を維持できる、一つの表象的な殿堂になるのです。

12 私は、A型教会建設運動をしようと思います。その費用の半分は、皆さんが用意しなければなりません。その半分を用意した所から造ってあげます。材料を持っていって組み立てさえすればよいのです。「どこどこに準備できました」と言えば、本部でその場所が適しているか否かを鑑定するのです。

建物を避難場所のような所に建てておくと、建物が死にます。趣や前後、左右のすべての環境が、建物を造ることによって合うか、合わないかを鑑定するのです。そのように鑑定して不合格になれば、他の所に建てなければなりません。もし合格した敷地があれば、次は基礎を造るチームが行くのです。そのチームが先に行って、基礎だけを築きます。

その次に、そこに骨組み、骨格を建てればよいのです。トラックに材料を載せていって柱と門を建てるのです。そのように骨格を建てておけば、瓦を載せればよいのです。雨が漏れないようにしておき、その次に左官作業をする人が行って壁を塗り、床張りをする人が床を張ります。そのように責任を分担させ、移動しながら一気に教会を建てるのです。

13 一九七五年の「希望の日」晩餐会の集会以降、キリスト教が私たちに反対するとしても、一般国民は支持し得る段階に入りました。迫害を受ける時は困難でしたが、歓迎を受けられる時になったので、皆さんも故郷の山河を訪ねていき、皆さんの氏族を訪ねて天の国の族譜を作る時に加入させなければなりません。皆さんの一族を族譜に編入させなければ、皆さんは先祖から讒訴を受け、今後、子孫から讒訴を受けるでしょう。

父母様は、本部教会を建てる土地を買っておき、地方教会を造っておきました。そして、清平で、世界の若者たちを教育できる修練所と大学の敷地を買うようになりました。

第二節 「成和青年会」

「成和」の意味と「成和青年会」

一九五四年十二月三十一日、協会に初めて「成和基督学生会」が出帆した。「成和」という名称は、真のお父様が直接、命名してくださったものであり、以後、多くの団体にその名称が活用された。み言によれば、「成和」は、完成と和動、すなわち互いに和して完成していくという意味である。「成和基督学生会」は、一九五五年三月二十七日、「成和青年会」に名を変え、一九六〇年まで協会活動の中心となった。この日、機関誌「成和」創刊号が発刊された。

1 皆さんは、「成和青年会」というこの字の意味を知らなければなりません。「成和」という言葉は、何かの刺激によって受動的な立場で和合しなさいということではありません。能動的に和合しなさいということです。

このような意味を中心として出発した皆さんなのに、朝は喜んでいても、夕方には泣いて騒ぎ、また夜になれば自分のしたいようにすべてしています。それではいけません。神様のみ旨を知る人たちであれば、朝に泣き、夕方や夜には喜ばなければなりません。それにもかかわらず、皆さんは、初めは喜んでいても、あとになって「ああだこうだ」と言って多くの条件を付けるのです。

ですから、成和学生の卒業生たちに苦労をさせるのです。皆さんを最前線に送り出して、倒れさせ、死の淵に追い込んでこそ、民族を救えるとすれば、そのようなことをさせなければなりません。

2 「成和(ソンファ)」という言葉は、どのような意味があるのでしょうか。化学の「化(ファ)」は本質まで変わりますが、成和の「和(ファ)」は違います。絶対的な相対性と神様の本質としての「成和」だというのです。皆さんは、正にこの「成和」としてみ旨を果たしていくのです。

皆さんは、自分を中心とした世界観と生活観、自分を中心とした天的な心情を強固にしなければなりません。そうして、完全な種として結実して、殻を脱がなければなりません。それでこそ、真の穀物になるのです。それなのに、「先生の姿は立派だが、弟子たちの姿はそうではない」と言われてはいけません。

3 成和の「和」は、個性がそのまま生きているのです。「個性真理体」という言葉があります。ここに千人いれば、この千人はみなそれぞれ違います。個性をもっているのです。その個性を中心として一つになるのが「成和」です。「化合」は、個性が変わって一つになることですが、「成和」は、個性をもったまま一つになることを言います。

「成和」は、すべての個性が合わさって成し遂げたという意味なのです。そのように成し遂げることを「統一」と言います。各自の個性が連結されて完成すれば、完全に一つになるというのです。統一が成し遂げられるのです。

4 「成和青年会」の「成和」という字を調べてみると、「成」は完成を意味し、「和」は和動を意味します。「互いに和して完成していく」という意味になるのです。そのためには、第一に、皆さんがみ言の過程を通過しなければなりません。第二に、皆さんは、神様が相談できるほどの人格をもつ存在にならなければなりません。一つ一つ相談しなくても、心情的に通じなければならないのです。そして、何よりも、和動の中心にならなければなりません。前後、上下、左右に和合できる人格体にならなければならないのです。そうして、祝福の実体になることが標準です。

イエス様も、青年時代にみ旨の一線で働きました。三十歳前後の青年時代は、人生で最も重要な時期に該当します。お父様の若さに皆さんの若い情熱をプラスして働かなければなりません。再創造の偉業に加担して、栄光の条件を備えることができるのは、この一時しかありません。

私たちは徹頭徹尾、世の中の人たちに対して、「私はあなたたちと同じではない」という心情を備えなければなりません。「あなたたちは成し遂げることができないのか。私はできる!」、このような精神を常にもっていなければなりません。いかなる困難の中でも、「私はあなたたちと同じではない。歴史的にも、時代的にも、平面的にも、どこを見てもそうだ」と言えなければなりません。あらゆる困難なことに対して、「私」が動かなければならないという決心がなければなりません。

5 皆さんの中に、生命が躍動している青年男女はいるでしょうか。そのような人がいるとすれば、教会の牧師、長老の前に天倫を立証し、彼らの人格を批評して、天的な価値の前に審判できる資格を備えなければなりません。神様の心情に外れたことは、天上のいかなる存在も、地上のいかなる存在も受け入れないという覚悟をもたなければなりません。

皆さんは、統一教会に入ってきたのであれば、既成宗教の観念を超越しなければなりません。懐疑的な信仰観念を踏み越えて立たなければなりません。

今までの信仰観念の立場は、神様が臨在できる安息所になることができず、イエス様の実体に侍ることができる安息所になれないので、それを情け容赦なく踏み越えることができる勇断さをもたなければなりません。

6 若い人々は、その若い時期が長く続かないことを知らなければなりません。どのみちみ旨を知った人として、天のみ前に献身しようと進み出たのですから、貴い青春時代を何の未練もなく天のみ前に完全に捧げようというのです。そうすれば、それがどれほど貴いか、考えなければなりません。

時々、青春時代をみ旨と共に無意味に過ごしたと後悔する人々を目にします。そのような人々は、み旨がどのようなものであり、若い時代にみ旨と共に過ごしたことがどれほど価値のあることかを忘却した立場で不平を言い、嘆息するのです。

この若い時代には、必ず峠があります。各自には、必ず最高の絶頂期と言える青春時代があるのですが、その一時を誰と共に過ごすかが問題です。自分の一身や一家の幸福のために過ごすことより、国と世界のために、歴史とともに永遠に残り得る問題を中心として生きることが貴いというのです。

青年に対する時代的要求と使命

協会創立以降、中心となったのは青年と学生であった。意気衝天の勢いをもつ青年と学生は、教会の力であり、花だった。そして、草創期の食口たちは、大部分が社会的に地位のある人々であり、錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。そのため、「統一教会は知識人だけが行く教会だ」といううわさも広まった。青年たちは、草創期の教会の柱として、民族と世界を復帰する先兵の役割を果たし、真のお父様も青年たちを野外に連れ出しては、克己訓練をさせ、自然と親しむ機会をもたせるなど、彼らを指導者として育成するために尽力された。

7 一般の大学生たちは、学校を卒業すれば社会に出ます。それから、家庭を築くようになります。それは、皆さんももちろんであり、お父様も同じです。形は似ています。学校を卒業したあと、大韓民国の国民の一員として国に貢献できる道を探し求めていくのです。

ですから、社会なら社会のある道徳圏内で生活をするようになります。男性は男性として、女性は女性として、家庭を築いて暮らすようになるでしょう。このように、向かっていく方向はみな同じです。しかし、社会に出た人は、その歩みが社会でとどまり、家庭に入った人は家庭でとどまるでしょう。その家庭と社会を越えて、国家と世界に向かゐる、自律的で自主的な信念で一日一日の生活を開拓していくことができず、その日その日を、生き甲斐をもって送り得る能動的な実体になれなければ、いつも悲観と失望の中で生きていくようになるのです。今、若者たちの中には、そのような人も多いでしょう。

しかし、私たちは、彼らとは行く方向は同じですが、立場が違います。家庭ができれば、私たちはその家庭の家長になりますが、一つの家庭の家長だけで終わるのではなく、自分を中心とした個人的な家庭の環境を打破し、氏族に連結され得る家庭の道をつくらなければなりません。そうして、民族を統合できる核心的な家庭の形態を備え、世界の家庭へと向かっていかなければなりません。このように、私たちは一般の青年たちと立場や考える範囲が違います。

私たちは、このような使命を果たすべき個体なので、このような面で影響力を発揮できる主体的な個体として能動的に実践するためには、外的に実力を備えなければなりません。そうして、力の母体にならなければならないのです。力がなければ、このすべてのことを達成し得ません。

8 青少年がもつべき誇りとは、どのようなものでなければならず、神様が訪ねてこられる青少年とはどのような人でしょうか。これが問題です。

それは、不信の先祖であるアダムとエバが汚した路程に従っていく青少年ではありません。疑ったり、不平不満を言ったりする若者たちではありません。「絶対犠牲、絶対信仰、絶対服従、絶対順応するのみである」と言える純粋な青少年でなければいけません。復帰時代の限界点が近づくこの時に生まれた成和の中高生、統一教会の青少年の皆さんが立っている立場は、流れていった歴史時代とは違います。皆さんは、霊界と肉界の統一的な基盤を備え、肉的(実体的)なアベルの基盤を備えて、新しい世界に登場しなければなりません。

「統一思想」を携え、この境界線を越えて、新しい旗手として旗を持って進み出るべき群れは、年を取った壮年や老人ではなく、血潮がたぎる若者たちです。そのような輝かしい青少年の群れを、この地球上のどこか一カ所からでも発見できるその日が来てこそ、神拝の六千年の恨が解けるのであり、アダムの怨恨の基盤になっている罪悪の根を抜いて覆すことができるのです。これを発見できず、これと出会えなくなる時は、天宙が暗黒のまま延長されます。ですから、神様が呼び求めている世代は、青少年世代なのです。

9 皆さんは、先祖たちの歩んでいった路程を経なければなりません。私たちは今、荒野に出たイスラエル民族と同様です。モーセとイスラエル民族は、荒野で追われて苦難に遭い、イエス様は民族とユダヤ教から排斥され、家庭から不信されましたが、皆さんも、そのような悲しく悔しい立場を経なければなりません。だからといって、落胆しないでください。

皆さんがこのような悔しい立場で果たすべきことがあるとすれば、それは歴史的に苦難を受けられた父の心情を体恤し、先祖たちの苦痛は自分の苦痛だと思って、千年、万年、そのみ旨のために変わらずに団結し、サタンに対する敵愾心を抱いていかなければならないということです。そのようにできる青年男女を、天は求めているのです。このように、天的なみ旨に徹する本物の青年たちを、天は探し求めてこられました。

民族に代わって私たちにこのような使命を任せたとすれば、私たちは父の怨恨の心情を感じ、父の悲しみを自分の身に抱いて、怨讐に向かって進撃できる精兵にならなければなりません。そのために皆さんは、皆さんの生活と理念を統一させなければなりません。天の悲しみと、イエス様の悲しみと、先祖たちの悲しみと、子孫たちの悲しみを解怨するために、進まなければならないのです。

10 青年男女の皆さんは、自分自身が着飾る前に、この三千万の民族が着飾るようにしようという心、自分自身を考える前に、この地上の万民を考える心が湧き出なければなりません。さらには、一株の草までもつかんで泣いてあげられる心が、自分も知らぬ間に心中で爆発しなければなりません。このような心情をもつことができなければ、完全な神様の息子、娘になれないのです。そのような人間は、神様の涙の実であり、神様の苦痛の実であり、また神様の血の祭壇の上に上がる供え物なのです。

それでは、この民族の行く道を開拓する人は誰でしょうか。本当にこの民族のために地をたたき、胸を打ちながら痛哭する人が現れなければなりません。この世界を救う人は、青年男女たちなのです。

11 五千年の歴史を経てきながら、私たちの民族は様々な苦労の道を歩んできました。悲しみがあっても、どこかに行って訴えることができず、憤りや悔しさがあっても訴えることができない中で、この民族は歩んできました。

それでは、民族をつかんで、皆さんはどのようにすべきでしょうか。孤児のようなこの民族ですが、私たち同士で手を握って痛哭することができなければなりません。そうしてこそ、この民族が生きることができるというのです。兄弟に過ちがあろうとなかろうと、天が許した同じ血と骨肉をもって生まれた兄弟なので、自分個人の事情を越え、父母の歴史的な血統と心情に結合するために泣くことができる、雅量のある人たちが現れなければなりません。そのような青年たちが求められているのです。

そのような青年たちの血潮がたぎる情熱が、一身の出世と欲望のためのものであれば、それは一個人の限界圏内で終結するでしょう。

12 人間の本来の理念は、無限大の(限界)線を何度も越えて神様をつかみ、喜ぶことを願うのです。したがって、人間本来の理念のために、情熱を注がなければなりません。

この民族が経てきた歴史路程に神様の摂理があったとすれば、その摂理の終局に、神様はどのような群れを求められるでしょうか。それは、神様のみ旨を成し遂げるために泣くことができる群れでしょう。一つのみ旨に思い悩んで泣き、一つの心情に思い悩んで泣き、一つの行動に思い悩んで泣きながら、先に供え物になろうという群れです。神様は、そのような群れを求められるのです。

13 私たちが良心的な基準を探し求めていくところには、悪が対立していて、サタンが反駁できる余地があります。ですから、私たちは、私たちの心と天の心が一体となるその基点の上で人情と天情が一体になり、私たちの理念と天的な理念が一体となるその基点の上で私たちの生命と天の生命が一つになり、私たちの愛と天的な愛が一つに絡み合うその基点の上で、天と絆を結ばなければなりません。

天と私たちの心が一つになり、生命が一つになり、理念が一つになり、愛が一つになった絆を、何によって断つことができるでしょうか。堕落した人間同士が結んだ情の絆も切ることができず、泣き叫んで大騒ぎするのに、天情に絡めて一つになったその絆を誰が断ち得るでしょうか。いくら罪悪の力が強く、地の権勢が強いとしても、この心の根本で結ばれた情的な流れの一つの基準を曲げることができるものは、何もないというのです。

そのような基準を見つけ出す時まで、歴史は苦しみ、人類は塗炭の苦しみの中でうめくのですが、これを防ぐ勇者は地上にいないのでしょうか。このような責任を担い、このような使命の路程を開拓するために、自分の体を一つの爆弾として、一つの原子爆弾として、サタンの都城を崩してしまおうという、火のついた爆発的な心情をもった勇者がいることを、私は期待します。このような勇猛さを備えた天の精兵たちが、大勢現れることを天は願っています。

14 最後に残る一つの理念の場に向かって動いていくようにするのは心情です。心情が最終的に「私」のすべてを決定してくれるのです。この心情一つだけをつかみ、注意深く探し求める人が、聞かせてくださるみ言を聞くことができ、見せてくださる幻想を見ることができ、生活におけるあらゆる実情を分析することができます。

自分に与えられた責任を感じつつ、気をもむ心情と不安な心を抑えながら、新しい理念を探し求めて動く青年男女たちがいて、彼らの泣き叫ぶ声が聞こえる、そのような心情の動きがあるなら、皆さんは、彼らの心情を通して、歴史的なすべてのことと、長い間感じてきたすべてのことを一度に感じられるでしょう。その心情を感じ、自己を覚醒して、「天が求めていた理念の主体がこれだったのか。世界が求めていた真の姿と、天地の前に立てて誇り得る姿がこれだったのか」と、我知らず叫ぶ瞬間をもつ人だけが、歴史の主人であり、摂理の主人であり、天倫の主人なのです。

今日、皆さんは、関係と絆の世界において責任を果たし、実績を残さなければならない人生行路を歩んでいます。そのようになれば、自分を誇ることができ、「本然の人間に代わる勝者の姿が私だった」という覚醒が訪れるでしょう。そのような瞬間に、この世界と宇宙は皆さんのものになり、神様も皆さんの神様になるでしょう。

15 私たちによって、天と地と人類の幸福の基点がこの地上に現れなければなりません。このことに誰かが責任をもたなければなりません。涙が前を遮って歩くことができず、身もだえしながらこれに責任をもとうと、ひれ伏して訴える人がいれば、その人の膝に頭を埋めて痛悔しなければなりません。凄惨で絶望的な境遇にありながらも、自分の一身を顧みず、その立場で感謝する心をもって、天のために、み旨のために血と汗を流しながら進んでいく群れがいるなら、決死的に彼らに従っていくことができなければなりません。このような信者、このような良心的な人士がこの民族の中から、特にこの民族の青年男女たちの中から現れなければ、この民族は滅びます。

「私が、神様の永遠不変の理念的な足場です。この姿は、たとえぼろを着て、おなかをすかせ、備えたものがないとしても、心情においては、私でなければあなたの手をつかんであげる人がなく、私でなければあなたの服をきれいに整えてあげる人がなく、私でなければあなたの履物を直してあげる人がいません。あなたのいかなる一部分も、私でなければなりません」と言える群れが集まれば、闘わなくても、このサタンの天下を征服できるのです。重要なのは、私たち自身です。

第三節 「成和学生会」と「全国大学原理研究会」

「成和学生会」と成和同窓会

統一教会の初期の活動は、成和出身者たちが主導した。一九五五年十月二十三日、中等部と高等部の「成和学生会」がそれぞれ結成され、それ以後、教会活動の中枢的役割を担った。「成和学生会」を修了した正会員と、仮修了した準会員で構成された全国成和同窓会の創立総会が、成和七期までの卒業生が参加する中で、一九六三年十一月八日から十五日まで開催され、以後、毎年総会が聞かれた。

1 「成和」という名前を、なぜ若者たちに付けてあげたのでしょうか。血が沸き立つ若者、純潔の血が沸き上がり、神様の感情に同化され得る血をもった若い青少年たちが必要だというのです。それで、若者たちに「成和」という名前を付けてあげました。成和の意味は、「成し遂げて和合する」ということです。一つの目的を成し遂げて和合するのです。和合したので、二つではなく一つです。麹と同じです。

家庭には、祖父、祖母、あるいは父、母がいますが、ほほえましい姿の子女たちもいなければなりません。それでこそ、その家に笑顔の花が咲くのです。そのような意味で、成和の若者たちがもつ責任は大きいのです。これから成和学生の皆さんは、神様を解放してさしあげる旗手になるという信念をもたなければなりません。神様が六千年間、闘ってこられた信念以上の信念をもった人がいるとすれば、み旨を成就できなくても、神様はその人に仕事を任せるのです。

2 「成和」の「成」は、創造理想の完成を意味します。すなわち、宇宙全体の完成を意味するのです。本来、完成(期)の基準を立てる時期は、人間始祖が堕落した年齢である十六歳の時からです。ですから、二十歳前後の成和を中心として、すべてのことが成就されるのを願われる神様です。未来完成の位置を占有できるのは、青少年の時期です。

お父様は、青少年期に願いの標準と生涯の目標を立てて決心しました。皆さんは、神様の正しい系統を引き継いだ者として、直行しなければなりません。

3 堕落した子孫たちは、嘆息圏内で生きています。皆さんは、このような嘆息圏内で善の基台をつくろうという信念をもって闘争していかなければなりません。より大きな善を創造しようとすれば、信念をもって誤った環境を踏み越え、闘争しなければなりません。このように能動的に行動するとき、悪の環境も善の環境に吸収されるでしょう。第二の創造が始まるというのです。

どんな環境にぶつかっても、どんな波が打ちつけてきても、これを克服していこうという信念をもった人が多ければ、この国は滅びません。お父様もこのような信念をもって闘っています。

再創造をしようとすれば、相対的な位置ではなく、主体的な位置に立つ存在にならなければなりません。再創造の価値をもつことができないので、「成和学生会」が発展できないのです。行く途中で倒れれば、結局、滅びます。皆さんは、再創造の目標を立てて行進していかなければなりません。自分自身から再創造しなければなりません。「善を創造する私」、「善を代弁する私」として再創造しなければなりません。

「私」は善を立てることもでき、善を壊すこともできる存在です。二股に分かれた道に立った母体です。より良いものを願う欲望を満たそうとすれば、神様のみ前に対象の位置に立たなければなりません。私たちは、地上で善を擁護し、悪を憎む人たちになろうというのです。

4 統一教会は、今まで歩んできましたが、まだ世界舞台に向かっていくべき道が残っています。ですから、父母様は世界に向かっていくのです。行く時は、誰にも屈せず、負けません。また、何かの問題を解決するための勇猛さも誰にも負けず、闘いにおいても、誰にも負けませんでした。このような心をもって進まなければ、世界的な勝利を期待することはできません。今、いくら民族的な勝利をしたとしても、世界的な勝利の道は遠いというのです。

今まで皆さんがどんな立場で若い時期を送ったのかを考えなければなりません。神様のみ旨と統一の理念圏内で生きていますが、いつでも父母様が目指し、神様が目指す勝利の世界に行くために、自らの立場を批判できなければなりません。そして、その批判によって自ら悲しみを感じる小心者にならず、それを基に発展できる大きな器にならなければなりません。したがって、皆さんはこれから天上世界が許す天の王子になり、王女になり、栄光の天国を完成するために、若い時期によく準備しなければなりません。

5 私たちは、サタンの鉄条網から抜け出せる時まで、神様のみ旨に従って進まなければなりません。神様は、本当に「私」の父であり、私は神様の息子、娘であることを知って、忘れることができずに残っている神様の恨を解いてさしあげるべき責任があります。

私たちは、神様の恨を解くことによって、神様を解放してさしあげなければなりません。そして、自由な神様として万国を統治するとき、少しでも妨げになる障害物があるとすれば、「私」が責任をもってすべて取り除き、自由と平和の天国として万国を主管する堂々たる絶対者としてお迎えしようと思わなければなりません。

そのような信念をもった成和学生、若者がいるとすれば、その人は本当に偉大な若者です。このような若者たちによって、今後、世界は新しい方向に進むようになるでしょう。皆さんが実際にこのような若者になったとすれば、いくらみすぼらしい姿をしていても、それは見苦しい姿ではありません。そこには無限の希望が宿っているのであり、その姿は神様の希望と幸福の基盤になるのです。

6 若者たちは、「価値あるものがない」と言って落胆するのではなく、「より価値のあるものを創造しよう」という信念をもって生活していかなければなりません。そのような生活をしていくとき、第二の希望を抱くようになり、また、その希望に向かって発展していけるのです。腐っていく木の枝のような若者たちを再創造し、環境を整理していこうという信念をもたなければなりません。

成和学生たちの中には、反対する環境を克服してきた人もいるでしょう。様々な環境を経てここまで流れてきたと思いますが、これからは、ひたすら神様の創造理念をもって、より良く、より価値のある環境を創造していこうというのです。

7 神様のみ旨に責任をもち、この時代を収拾しようとする責任者がいるとすれば、その人は、受動的な人ではなくリーダーです。統一教会も今まで、考える時代から、準備する時代と実践する時代を経てきて、ある程度までは基準が立っているので、統一教会や統一教会の食口たちは、受動的な立場ではなく、主動的な立場に立っています。

しかし、いくらそうだとしても、個人的な勝利の基盤を築かなければ、個人的なリーダーの立場に立つことはできず、ひいては家庭、氏族、民族、国家、世界的なリーダーの立場にも立つことができません。そのため、成和卒業生の皆さんは、み旨から見て今がどのような時代かを知り、そこに合わせて、まず個人的な勝利の基盤を築かなければなりません。今は氏族と民族が一気に連結され、氏族的な勝利の基盤の上で、民族を収拾しなければならない時代です。

8 成和学生の卒業証を受け取ってから離れた人たちがいるのですが、その人たちは、モーセがイスラエル民族を率いてカナンに行く途中、荒野で不平不満を言い、「行けない」と言って反対してモーセを追い出そうとした群れと同じです。

皆さんは、自分が考える内的な世界において、心を中心として闘い、勝利の基盤を築かなければなりません。そして、その場で誓って、たゆまず準備し、善なる自分にならなければなりません。そうして、最後の実践舞台である世界舞台において立派に闘い、勝利することによって、最高の栄光の場に参加できなければなりません。

9 歴史の主人は、不平を言い、腹を立てる人々の中にはいません。不平を言い、腹を立ててばかりいる人は、神様も嫌い、友達も嫌い、父母や兄も嫌います。不平を言う人を好む人はいません。かえって、不平の思いを変化させて感謝し、あすの希望にあふれ、望みに燃えて、国と世界のために「私」が生まれたという思いをもたなければなりません。

自分がもっているものを分け与えたいという思い、自分が着ているものを与えたいという思い、自分が食べているものを分け与えたいという思い、自分はいくら粟飯を食べ、粗末なお粥を食べても、他の人にもっと与えたいという思いがなければなりません。

このような心をもって、他の人のために与えることができない立場で悲しみを感じながら祈り、それを考える人がいるとすれば、その人はその国の主人です。それゆえ、勉強するのも自分のためにするのではなく、生まれたのも自分だけのために生まれたのではないというのです。世界のために、歴史のために生まれたのです。

10 私たちは、狭い心を広げなければなりません。広げて、さらに広げなければなりません。神様を解放し、イエス様と聖霊を解放し、霊界にいるあらゆる千々万の聖徒を解放して、南北統一を私たちの手で成就しなければならないのです。

左右に分かれて混乱したこの世界の方向を定め、統一の地上天国に変革しなければならない使命が、青少年の皆さんの双肩に掛かっています。そのような私として寝床に入り、そのような私として朝起きるとき、背負わされた重責が自分を押さえつけているのが分かるので、敗者や愚か者になって倒れるのではなく、これを貫いて上がっていき、輝く価値を「私」によってプラスさせ、神様と子孫に渡してみせるという決意に徹しなければなりません。これが、この時代における統一教会の青少年たちの使命です。

11 若者は、どんな環境でも勝利しようとします。敗者になることは、絶対に嫌います。皆さんは若者として、天の側に立ち、大韓民国を発展させなければなりません。ですから、社会の各分野で歴史的な業績を残さなければならず、それらの分野を新しく変えなければなりません。皆さんは、そのようにすべき立場にあります。皆さんは全員、青年たちです。

今、世の中の大部分の青年たち、特に大学生たちは、自分自身を中心として、自分の国でどのように出世をするか、または自分の幸福な人生をどのように築くかという問題をめぐって苦心しています。しかし、統一教会の若者たちは、そうであってはいけません。

自分自身だけの幸福を考えるより、さらに次元の高い倫理観に立脚し、民族のために、世界のために考えなければなりません。そのように次元が高く、広い視野の幸福観をもたなければならず、その幸福観を実践できなければなりません。皆さんは、このような中心的な使命意識をもたなければならないのです。

韓国の「全国大学原理研究会」

真の父母様は、一九六六年一月九日、第二回大学生および青年特別修練会において、「今後、大学に大きく関心をもって、行くべき道を探し出せずにさまよっている大学生たちを目覚めさせ、糾合する努力をしなさい」と語られた。そのみ言が動機となり、修練会に集まった若者が志を一つにして、大学の原理運動の旗手になることを誓い、一月十日、韓国の「全国大学原理研究会」が創立された。「全国大学原理研究会」は各大学にサークルとして登録され、「統一原理」を伝え、勝共活動を行う先頭に立った。

12 民主と共産の二つの陣営を統一するのが、私たちの使命です。それをするためには、全国の二千四百の面(ミョン)に、少なくとも一人ずつは配置しなければなりません。三位基台を造成して配置しようとすれば、七千人以上はいなければなりません。その人々は、大学出身者以上でなければならないのです。梨花女子大学と延世(ヨンセ)大学を中心として行おうとしたことが崩れて、方向が変わりました。それで、中高生を中心に行うようになったのです。

第一次七年路程の三年路程の期間は、この民族に、統一信徒たちと(行動を)共にしなければならないことを見せてあげるべき期間でした。

韓国は、現在の状態では共産主義の浸透を防ぐ道がありません。彼らは、中流層以下に浸透します。ですから、私たちは、地方にいる人々に原理を伝え、生活指導と啓蒙運動を続けてきました。各面の三位基台は、理念指導と生活指導と啓蒙運動に責任をもたなければなりません。

大学生たちを一年ずつ地方に送って、中等教育に責任をもたせるようにすれば、彼らは農村の事情も体得し、愛国心ももつようになるでしょう。民族のために祭物となる真の思想を大学に残しておかなければなりません。そのためには、審判者の責任を果たせる若者を立てなければなりません。これが、「全国大学原理研究会」の創立目的です。

13 国家の興亡は、その国の若者たちにかかっています。あすの自分を創造すべき人々を立てるために、全国大学生修練会を行うのです。植物の芽が育つためには、適切な環境がそろわなければならず、環境に適応できなければなりません。歴史的な向上線に立った先祖がいたとすれば、その人は幸福な人です。「私以降の未来をどうするのか」と考えながら、「私」と子孫が一貫した目的をもって進むことができるとすれば、その道は幸福な道だと言えます。歴史の中では、正しい方向に向かうほど発展します。

今日、この地上に数多くの人間が暮らしていますが、彼らの目的は一つです。それは、多くの植物が日の光に向かうのと同じです。神様は、中心の芽を立て、横的な環境を形成する歴史を綴ってきました。今も神様は、その芽になり得る個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を訪ねてきます。

韓国は、このような芽の立場に立たなければならず、そのためには試練を経なければなりません。芽は、すべての枝が受ける試練を一時に受けますが、前進して克服しなければなりません。このように、私たちも世界的な試練を克服しなければならないのです。

14 統一信徒は、泉にならなければなりません。泉の水は湧き上がります。滝とは反対です。山の獣も泉の水を求めてきます。泉がない山は、名山になることができません。

特に大学生の皆さんは、腐敗した大韓民国を清くする泉にならなければなりません。泉の水は、湧き上がって、(汚れを清めながら)清さそれ自体を汚さない所に流れていこうとするでしょう。泉の水が人間の生命と関わりをもつためには、その純粋性を失ってはいけないのですが、純粋な泉の水とは、岩を貫いて出てきた水です。ですから、誰もがそのような水を飲もうとするのです。皆さん全員が泉になることを願います。

15 大学原理研究会の核心的な会員が、どれくらいになるかが問題です。そのような基準で、大学を中心に社会活動を展開するために学舎を造り、運営することにしました。学舎を各大学に一つずつ造らなければなりません。このようにすれば、相当な効果が出るようになっています。

ですから、原理研究会を中心とした学舎と、成和学生たちとの関係を強化しなければなりません。そして、三年生、四年生になればみな、原理講義ができる責任者にならなければなりません。このようになれば、この人たちを各大学の各学科に配置して、私たちの思想を指導できるようにしなければならないのです。このように組織を強化しておけば、短期間で急速に発展すると思います。

また、大学出身者たちを全国に配置しようと考えています。大学生たちは、社会や教会で主導的な役割を果たさなければなりません。教会で主人の役割を果たし、自分の責任を果たさなければならないというのです。皆さんは教会の雰囲気を知り、若い人々が教会にとって希望の標準となり得る雰囲気を形成しなければなりません。

16 今後、大学原理研究会を核心的な活動体制にしようと思います。ですから、彼らの中で決意が徹底している人々を地域要員として配置し、活動させようと思うのです。このように活動を強化しでおけば、これから短期間のうちに私たちの教会が発展し、原理研究会も大きく発展するだろうと思います。今後、そのような面で推し進めていこうと考えているので、皆さんは全般的な内容を知って、新しい分野で決意しなければなりません。

そして、原理研究会を世界的に組織し、国際大会をたくさん開催しなければなりません。韓国だけでなく、日本やアメリカなど、多くの国で開催しなければなりません。今後、原理研究会の重要なメンバーたちを各国の核心要員として活動させるために、超国家的な要員として養成しようと思います。

17 お父様に対して気に掛けつつ、今まで甲論乙駁ながらいろいろと批判していた人々が、「科学の統一に関する国際会議」に参加し、私たちのことを宣伝する状況にまでなりました。大学で理論的な人、哲学を研究するとか、宗教や思想を研究する人が何人かだけ私たちのことを宣伝するようになれば、自然科学や社会科学を研究する人々は、そのまま付いてくるようになります。

ですから、その教授たちが私たちの教会に対してある程度関心をもつようになれば、大学原理研究会の活動を何としてでも急進的に展開して、彼らをここに連結させることを考えています。原理研究会の機動隊をつくって出動(伝道)させたのも、彼らを連結させるためでした。

そのため、アメリカの各州の代表たちと各都市の責任者たちは、今まで「科学の統一に関する国際会議」を通して連結されているすべての教授たちを自分の祖父や父、叔父のように思い、積極的につき合いなさいというのです。そうして、その人々を中心として一般の学生たちを推薦してもらい、外的な原理研究会の形態をつくることもできるのです。

18 大学原理研究会の正会員は、大学に旋風を起こさなければなりません。勉強をすべき青春の男女たちのその元気旺盛な熱気をすべて発散させて、天理原則の価値ある愛の深い谷間を掘り下げていかなければなりません。そうして、世界に伸びていける道を築かなければならないのです。

天のみ意は、共産勢力と教会の没落、青少年の淪落を心配しています。淪落の道に陥る青年男女をつかみ、信仰が破綻していくキリスト教をつかまなければなりません。そして、キリスト教思想が壊れ崩れる、そこに乗じて入ってくる共産勢力の侵入を防がなければなりません。

19 大学において活動する大学原理研究会に対して、大きな期待をもっています。教会復興活動や勝共活動を、原理研究会に結びつけなければなりません。原理研究会が、超教派運動よりも、YMCAやYWCAのような団体とどのように連合し、大学で活動するかというのです。また、復興会活動を通して大学生たちが伝道されれば、私たちがその人々とどのように連帯関係を結ぶかという問題を中心として、原理研究会の活動に集中しようと思います。

今後、原理研究会の活動は、大学内の活動だけで終わってはいけません。大学生であれば、中学、高等学校を卒業したので、必ず母校があります。そして、現在自分が在籍している学校があります。学校には自分個人だけがいるのではなく、学校の同僚たちと友人がいて、自分の専攻学科を中心としては同期たちがいます。このような同窓や友人、同期たちと私的に接することができる活動体制を強化していかなければなりません。

20 大韓民国の政府当局が、私たちの活動に対して「勝共」という名称を認定したのは、ヤコブがヤボク川のほとりで天使と競って勝つことによって、イスラエルという名前を得たのと似たような事例です。このような点から見て、み旨を成就できる勝利の立て札は、既に立てられたと考えます。今や縦的な勝利の基準はできたので、これを基盤として横的にも勝利すべき組織が必要です。キリスト教だけではできません。世界を統一の理念で復帰しなければならないのです。このためには、学問的で思想的な土台を中心に行わなければなりません。このような一連の活動を具体的に調べてみれば、思想を中心に学界と関連づけて展開しているのが勝共運動であり、教会を中心に展開しているのが対外伝道活動であり、学生を中心に展開しているのが大学原理研究会の運動です。

21 大学内で、共産思想をもった赤色分子たちが浸透する路線を、勝共活動をして事前に封鎖しようというのです。このような点で、大学原理研究会のすべき仕事が、どれほど重要なことかを知らなければなりません。

「統一原理」の最後の勝敗は、世界的な学界によって決定されます。それゆえ、「統一原理」を世界に提示するためには、まず国内の各大学の宗教学科や哲学科の権威ある教授たちに「統一原理」を紹介しなければなりません。そうして、この教授たちが「統一原理」を世界の学界に提示し、世界化できるようにしなければなりません。そのようになる前に、私たちは、対内的、対外的に基盤を築いておこうというのです。

22 共産党は、労働者と農民、あるいは労働組合を中心として活動しています。また、大学を中心として、教授と学生たちを操っています。これが今まで、共産党が世界を侵食してきた一つの方便です。

大学で教授と学生を団結させて、労働者と農民を扇動し、大衆デモを中心として混乱を起こしてくるのですが、それを防ぐために、大学原理研究会は必ず教授たちを収拾しなければなりません。そのような意味で、随分前から「世界平和教授アカデミー」を立てて活動してきたのです。この「世界平和教授アカデミー」と原理研究会が一つになって進まなければなりません。

23 日本とアメリカの大学原理研究会は、共産勢力と第一線で闘っています。韓国では、地下活動をする共産主義者たちと闘うことはできますが、彼らが誰か分かりません。文書を通して活動できる環境条件だけそろっているのであって、直接、白昼に生死を懸けた対決をする立場には出ていくことができていないというのです。しかし、日本では白昼に出ていって、生死を懸けて対決する闘いにおいて、私たちが勝利の立て札を立てました。

そして、アメリカでは、一九七九年から原理研究会がこのことを展開し、一九八〇年の末には、既にアメリカ全域で大学を席巻していた共産主義一色のすべての風潮を食い止めました。日本で勝利したのと同じ結果をもたらしたというのです。数百人の共産党系列の学生たちがデモを行う所に、原理研究会の会員五人が行って収拾した事例もあります。ですから、アメリカの大学の共産勢力は、「原理研究会の学生たちに会ってはいけない」と言っているのです。日本で行ったのと同じ結果が、アメリカの原理研究会でも起きているというのです。

24 日本では、YMCAやYWCAのようなキリスト教団体の活動は微弱です。私たちがそれに代わる組織をつくり、教育していきながら活動をしようとしたので、時間がかかりました。学校の当局も反対し、教師たちも反対する中でこのことをしているというのは、どれほど胸の詰まることかというのです。共産党の言葉にすべて乗せられたのです。それがどれほど悲惨だったかを、私の目で見て、報道でも見ました。皆さんは、そのようなあきれ返る事情が多かったことを知らないでしょう。

お父様は日本のために闘いました。日本の中心大学から闘っていったのです。政治的な面で影響圏をつくり、社会分野で共産党の基地を討伐しなければなりません。ですから、日本共産党がお父様をどれほど恐れているか分かりません。「統一教会が存在せず、原理研究会さえ存在しなければ、日本は間違いなく共産化され、赤化されるはずなのに、統一教会のせいで大変なことになった」と言っています。そのような準備をしてきました。

25 アメリカの若者たちの心に火をつけなければなりません。大学原理研究会の活動を中心として大学を正常化させ、家庭を訪ねていって、家庭教会を中心として伝道しなさいと命令したのです。アメリカの家庭の若者も、私たちのような若者にしなければならず、大学では私たちの青年のような青年にしなければなりません。そうして、アメリカが反対せず、お父様を支持する環境になっていけば、その次は共産勢力をつかむのです。

お父様が今まで韓国で勝共活動をしたその伝統を日本に伝授し、アメリカに伝授し、ソ連にまで伝授しなければなりません。大学では原理研究会がどんな活動をしなければならず、現在の家庭教会活動はアメリカでどんな伝統を残さなければならないかを知らなければなりません。そうして、私たちは、共産主義の問題と青少年の淪落問題を解決しなければなりません。皆さんが原理と徹底した家庭的基盤を中心として、彼らを教育しなければならないのです。

26 皆さんは、天意に従う若者たちにならなければなりません。そこには異議がありません。お父様が歩んだのと同じように、黙って自分の行くべき道を決意しながら、進まなければなりません。皆さんを通してそのような雰囲気が大学に拡大し、一つの風潮になるとすれば、大韓民国の大学において新しい希望の灯台となるでしょう。

日本の大学原理研究会は、韓国の大学原理研究会よりも先を行っています。今や、アメリカの大学原理研究会が動いています。ドイツのベルリンに原理研究会の若い青年たちを集め、ベルリンの壁の問題を提起させるでしょう。数多くの若者たちを集めて、ベルリンの壁を私の手で崩そうというのです。皆さんにそのようにする勇気がないとすれば、大韓民国を守護する若者にもなれず、世界を守護する統一家の原理研究会会員にもなることはできません。私たちは、その目標に向かって、強く雄々しく前進しなければなりません。

27 私たちが大学の学生たちと教授たちを動かせなくなれば、大韓民国は生きる道がありません。西ヨーロッパの国々もすべてそのようになっています。

ベルリンで共産勢力が反対し、市民たちが反対する中、大学原理研究会の世界大会を行うのです。第一次、第二次、第三次の大会を終わらせ、今回、ベルリンの壁を撃破するでしょう。大学生を中心に問題を起こし、共産勢力を追い出す運動をするのです。それは、ただ座っていてできることではありません。それは考えられません。誰かが血と汗を流さなければならないのです。銃弾を浴び、血を流しながらも、しなければならないのです。そのようにしなければ、南北を統一することはできません。

28 大学で左翼系列の人々を連れてきて、教育しなければなりません。現在、世界的に見れば、共産主義体制はなくなりましたが、民主主義体制も瓦解状態に入ってきています。かえって、共産主義という反対勢力がここに反作用を起こし得る動機となり、自体内において自覚をもたせる活性剤の役割を果たしました。共産主義が崩れることによって、民主世界が思いどおりにできるという考えは、誤った考えです。かえって、共産主義がなくなったあとに、民主世界の崩壊状態はより一層進むでしょう。

左翼系列も混乱状態に入っており、民主世界も混乱状態に入っているので、それこそ、両面の教育をすべき時が来ます。それでは、教授たちにそのようなことを教育するだけの実力があるかといえば、そうではありません。学校でも、それに対する対策を立てて防げる内容がないというのです。そのような防御的な教育を私たちが提案しなければなりません。ですから、大学原理研究会を中心とした大学活動を衰退させてはいけない時だと見るのです。

第四節 『原理解説』と『原理講論』の発刊

『原理解説』と『原理講論』

『原理解説』の執筆作業は、『原理原本』を基礎として、劉孝元協会長により一九五五年五月から進められた。一九五七年に入ってから真のお父様の監修を受けた原稿が、毎月「成和」に掲載され、最終校正作業を経て、八月十五日、『原理解説』という名で発刊された。この日、真のお父様が直接署名された二百十二冊が、地方伝道地に発送された。一九六六年五月一日には、『原理解説』をより体系化し、講義しやすくした『原理講論』が発刊された。

1 解放後、七年目に私がすべき召命的責任を果たすため、教本、教材である『原理原本』を作りました。『原理解説』を発表したのが一九五七年であり、『原理講論』は一九六六年に出ました。一九五七年と一九六六年には九年の差がありますが、九年間に、お父様は原理のすべてを準備して進み出たのです。

2 『原理原本』を中心として『原理解説』を出版しました。何ももたずに教育することはできないので、本が必要だったのです。小学校さえ卒業すれば、誰でも本をもって教育できるので、伝道の一線に出ていきました。十五歳以前に伝道に出た人もいます。エバは十六歳の時に堕落しました。ですから、純真な心情が燃える時に伝道を始めたのです。そのような歴史は、統一教会しかありません。中学生の時から伝道に出たのです。

3 統一教会の責任者たちが伝道に出ていく時は、二人ずつ送り出しながら、旅費も持たせず、手ぶらで出発させたこともありました。そのまま行って、起草しておいた『原理原本』を中心として伝道をしたのです。その時は、『原理原本』を書き写しなさいと配ってあげたのですが、それを書き写した人たちがいます。

金元弼は、私の書いた『原理原本』を直接書き写して、自分で勉強し、「ああ、神様はこうだ」とおおよそ分かっていました。そのような立場で『原理解説』が出たので、本格的な教育を行いました。一週間あれば十分です。これは、読むことさえできれば教育てきます。『原理解説』の骨子だけを選んで覚え、教育するのです。

4 お父様に会うこともなく、従った最初の人が劉孝元協会長でした。彼は『原理原本』を読んで、お父様に従っていこうと決心したのです。彼は手紙を書きました。劉協会長は、お父様よりも六歳年上でした。洗礼ヨハネはイエス様よりも六カ月年上でした。ですから、劉協会長は洗礼ヨハネの立場です。彼は、洗礼ヨハネの立場で原理を解説しなければなりませんでした。劉協会長が原理の本を書く時、彼に、「このように、またはあのように書きなさい」と指示したのです。

5 お父様は、釜山避難時代の一九五一年に、『原理原本』を書き始めました。詩のように書いたのです。それは、誰もが理解できるわけではありません。私が説明をしてあげて、初めて分かるようになっています。『原理原本』を誰にでも分かるように解説しておいたのが『原理解説』です。

6 『原理講論』を書くとき、すべて文章を鑑定し、間違っていれば直させました。ですから、『原理講論』は、お父様と霊的に連結されているのです。電球は、発電所と送電所、配電所を経た電気がソケットを通して連結されることによって、光を発するようになります。見境なく引っ張ってきても駄目です。

ですから、これから歴史が過ぎれば過ぎるほど、お父様のほかに、誰でも本が書けるというわけにはいかなくなるのです。私の語ったことが、いつでも問題になります。私がどのように語ったのかが問題になるのであって、他の人が語ったことは問題にならないというのです。他の人たちが語ったことは霊的に連結されません。

7 『原理解説』の次に出てきたのが『原理講論』です。『原理解説』を通して学んだ人が『原理講論』まで教えるので、その水準は大学以上です。国が歩み得るあらゆることが『原理講論』の中に入っています。『原理講論』に、政治問題、経済問題、社会問題、歴史問題に関する内容がすべて出てきます。『原理講論』に精通しさえすれば、世界のどんな国の大学教授にもなることができ、大学教授をも教育して余りある実力者になるというのです。

『統一原理』と『原理講論』

『原理講論』は、真の父母様が明らかにされた「統一原理」を体系化し、講義しやすいように整理したものであり、創造と堕落、復帰など、神様の摂理史全般を解き明かした根本真理を収めている。真の父母様は、一九六〇年代の初めから、変化、発展する時代相に合うよう、「統一原理」の叙述方法と内容の伝達において、より平易で論理化された体系が必要であることを感じ、劉孝元協会長に執筆を指示された。劉協会長は、「統一原理」を宣布された真のお父様の代筆使命者として、『原理講論』の原稿の一つの行、一つの単語の中に、真の父母様の心情と真理を、より完全に込めるため、徹頭徹尾、渾身の力を注いだ。

8 「統一原理」としてこれまで発表した内容の中で、新たに(検討を)試みるものが部分的にあります。しかし、最初から最後まで、啓示の基本的な内容は少しも変更されません。例えば、「創造原理」、「堕落論」、「メシヤの降臨とその再臨の目的」などで見られる中心思想は、決して変わらないでしょう。「統一原理」は、それに対して協議をして変えたり、人々が好まないからといって変わったりするものではありません。そのようなことは決してあり得ないというのです。

9 「統一原理」は、一つの哲学でもなく、学説でもなく、言葉それ自体のように「神様の原理」です。これは神様の不変の真理です。一度その真理が明らかになれば、その原理どおりに生きなければならず、その原理のもとで行動しなければなりません。少なくとも、その原理の成就のための基台が造成されなければならないというのです。そうすれば、サタンが侵犯できません。

ある一人の人が真理と完全に一体になったときには、サタンが彼を神様から引き離して連れていくことができません。例えば、神様とアダム、エバが真理を中心として完全に一つになっていたとすれば、サタンが侵犯する余地はなかったでしょう。

真理は実体化されなければなりません。真理は、生きている人間の中で存続し、完成されなければならないのです。そのようにならなければ、真理はサタンに奪われ、誤って利用され得るのです。ですから、私は、あらゆる条件が造成され、真理がある線まで実体的に具現される時までは、新しい真理を公表しません。

10 「統一原理」は、私の生涯の記録でもあります。それは、私自身の生活経験です。この「統一原理」は私の中にあり、私は「統一原理」の中にいます。多くの人々は、私がただ真理の発表者であり、その伝達者にすぎないと言いますが、私は真理のとおりに生きており、それを具現しました。

したがって、人々が私と私の行動を理解する唯一の方法は、「統一原理」に通じることのみです。「統一原理」を知って研究することによってのみ、私を理解することができます。原理を研究すればするほど、私をさらによく理解できるというのです。

11 お父様が発表すべきことは非常に多くありますが、もう少ししてから発表しようと思います。『原理講論』がすべてではありません。皆さんは、お父様がどこでどんなみ言を語ったかを、まず知って行動しなければならないのですが、そのようにできずにいます。『原理講論』には、お父様について明らかにされていません。『原理講論』にはイエス様までのことが入っています。イエス様を中心として語ったのです。それなのに、『原理講論』だけを重要視すれば十分であるかのように思っています。

お父様がどのようなみ言を語ったのか、心で従い、苦しみを共にして同調しながら、そして、その生活に感激し、あすの歴史創造の旗手として責任を果たせる統一教会の信徒たちにならなければなりません。このような心情が欠如すれば、発展しないのです。

12 お父様は、数多くの学者たちが研究したものをすべて否定するわけではありません。調べてみて、事実ではないことだけを否定するのです。霊界に入り、隅々まで探してみて、(「統一原理」が)事実だということが分かったので、悪口を言われながら、その内容をもって世界と向き合ってきました。

ですから、統一教会のみ言は、「そうだろう」ではなく、「そうだ」です。真理が、「そうだろう」という話がどこにあるでしょうか。物理や化学の公式では「そうだろう」という言葉はありませんが、真理も同じです。実証的で科学的、論理的な結果が出なければなりません。「統一原理」は、「そうだろう」ではなく、「そうだ」です。

私たちが語る心情というものも、漠然としたものではなく、具体的です。私たちが語る人格も、漠然としたものではなく、具体的な人格です。み言も、漠然としたみ言ではなく、具体的なみ言です。この具体的な心情と人格とみ言は、普遍的な妥当性をもってこの現実世界に符合し、この現実世界において永遠の位置を決定して、現実世界のすべてのものを統合し得る内容でなければなりません。

第五節 『聖歌』の発刊

聖歌の起源と意味

聖歌には、真の父母様の苦難と勝利の歴史が余すことなく含まれている。特に、真の父母様は、瞑想と深い祈りを通して多くの聖歌を作られ、神様に賛美と栄光をお返しして、食口たちが歌うことができるようにされた。真のお父様は、一九四六年八月十一日、平壌の大同保安署で苦難に遭われ、約百日後の十一月二十一日、瀕死の状態で釈放され、一九四七年の初め、食口たちを集めて集会をされながら、「勝利者の新歌」を作られた。これが最初の聖歌であった。そして、一九五〇年十月十四日、興南監獄から出て自由の身になられ、二十数日後の十一月初め、平壌で「聖励の新歌」と「栄光の賜物」を作詞された。「聖励の新歌」(の韓国語の歌詞)には、「新」という接頭語が十三回も出てくるほど、新たな出発の決意に満ちあふれており、「栄光の賜物」には、新しい世界と新しい歴史の建設に対する感激と希望が躍動している。真のお父様は、一九五一年、釜山避難時代にポムネッコルの土塀のまで「悩める心に」を、一九五三年、水晶洞(スヂョンドン)の三番目の家で「復帰の園」、「聖苑のめぐみ」を、一九五九年二月十七日、第一回全国伝道師修練会の参加者のために「朝日に輝く」を、一九六一年、全国四十日伝道に派遣された食口を激励するために「統一勇士の歌」を作詞された。特に、「悩める心に」には、釜山避難時代にサタンの勢力から挑戦を受け、追われる生活の姿と、罪人の立場を抜け出して救いの道に向かう聖徒たちの心情が、とても切実に表現されている。「復帰の園」にも、釜山の水晶洞教会時代、あらゆる困難の中でもあとに引くことができなかった真のお父様の、復帰路程に対する覚悟と決意が深く込められている。そして、「聖苑のめぐみ」には、神様に対して常に喜びの心をもって賛美し、栄光をお返ししながら、大きな恵みに報いようという覚悟が込められている。聖歌には、食口たちが作詞した歌と、外部の歌だが、食口たちが好んで歌ってきたものがある。食口たちが作ったものとしては、「我は行く」、「苦難と生命」、「東の勇士」、「わが身の十字架」、「誓い」、「宴のとき」、「栄光の日」、「成和勇士の歌」、「我は供物」、「輝く御国」、「復帰の心情」、「成和青年歌」、「日曜学校こどもの歌」、「成し遂げよう」、「光は東より」、「すべて捧げて」、「一つに集え」、「われら統一勇士」、「新エデンの歌」、「主は来たる」、「農園の歌」、「主はわがすべて」がある。そして、外部の人士たちが作った歌として聖歌に編入されたものは、「園の歌」、「召されし身」、「わが仔羊」、「嘆きを吹きとばせ」、「主の道」、「捜し出された羊」、「心には願えど」、「園の春」がある。一九五六年十月四日、真のお父様と食口たちが作詞した曲を集め、『聖歌』の初版が発行された。

1 統一教会の聖歌の中で、「統一勇士の歌」の内容は、第一が心情です。一番は、「心情の因縁で世界は生き」で始まります。真理の因縁で世界が生きるのではありません。人が生きていくのは、生命の源泉である愛によってです。神様の愛によって、生きていくのです。真理は道しるべです。実体と関係を結ぶための橋と同じであり、心情を伝達するための中間形態です。「心情の因縁で世界は生き」というときの心情は、神様の心情です。

この心情は、神様が今に至るまで堕落したこの世界に対して抱いている、蕩減復帰すべき恨の心情ではなく、解怨しようとする心情です。神様の恨を解いてさしあげようとすれば、まず神様の恨とは何かを知らなければなりません。神様の恨は、御自身が真実に愛し得る個人を探し出せなかったことであり、家庭を探し出せなかったことであり、氏族、民族、国家、世界、天宙を探し出せなかったことです。

2 神様の第一の願いとは何でしょうか。神様が探し出そうとされた個体が恨の条件に引っ掛かっているので、「私によって生じたすべての恨の条件を、私が解きますので、受け取ってください」と言ゐる個体としての解怨が成就されなければなりません。そうして、家庭が解怨成就され、氏族、民族、国家、世界が解怨成就されることが、神様の願いです。

しかし、一つに結んでくださった神様の心情に通じなければ、絶対に一つになれません。人間の権力ではできません。神様の心情から見るとき、世界は一つです。「一つに結ばる本然(もと)の縁」が、本来の私たちの関係です。堕落したこの世界の関係は、私たちの関係ではありません。一つに結んでくださったこの心情が、本来の関係なのです。

その次に、「永遠に授受するわれらの故郷」です。本然の縁によって一つに結ばれることにより、永遠に与え合うようになります。本然の心情を中心として永遠に与え合う、そこにおいて初めて、私たちの本郷が広がるのです。その次に、初めて「幸福」という言葉が出てきます。

3 復帰の心情をもって進む民族は、韓民族です。全世界に光を照らしてあげるので、全世界がその光の中で兄弟になり、願われた善の父母に永遠に侍るのです。そうして、必ずや一つの世界を成し遂げるようになります。「統一勇士の歌」の一番は、心情です。心情の因縁によって、永遠に与え合う私たちの本郷は、すべての人間が暮らす所です。本郷が良いというのは、父母と家族がみないるからです。ここで重要なのは心情です。すべての幸福の道を築いておいた所が、私たちの本郷、幸福の基地です。

二番は、人格です。無限の(愛の)人格によって光を放つ人でなければならないのですが、堕落した人間は、これを失ってしまいました。人格によって光を放つのは、無限だというのです。無限の(愛の)人格によって光を放ち、造られた万物の栄光の灯台にならなければなりません。そうして、生命が湧き立つ本然の姿にならなければなりません。これが、人間の価値の主体になるのです。ですから、それ自体が永遠に、万世に希望の価値として花を咲かせるのです。永遠の万世に希望の価値をもった存在として、全宇宙に花を咲かせる人になるのです。

三番は、真理の世界です。「秩序の基に真実を立て」の「秩序」とは、真理の世界を意味します。真理による秩序の基の上に、「真実」を立てなければなりません。それは、人類が必要とする「真実」を立てるためです。「真実」とは、永遠を約束するものです。永遠を約束する不変の価値、高く立てられる真理の標柱です。このような標柱をもった人は、変わらない価値をもった人です。揚々たる善なる日を美しく飾るのです。永遠に伸びていく善なる一日一日を美しく飾るというのです。

四番は、「東方(あずま)に明ける輝く文化、全ての民は同胞(はらから)と、願いし善き父母永遠(とわ)に侍り、誓いて成さん一つの世界」です。このように見るとき、心情によって人格をつくりあげるのですが、人格をつくりあげようとすれば真理がなければならないということです。その次に、一つの世界に栄光が臨むようになるのです。皆さんはそのような栄光を得るために、これから進まなければなりません。

4 「勝利者の新歌」は、私が作ったものです。この歌の四番に、「創りし主のみ旨」が出てきます。このみ旨を出発しながらつくった昔の歴史が、きょう、花を咲かせた現場、新しい天国の名前を代表する天一国の広場を前に、最初の年、最初の朝の集まりでこの歌詞を聞きながら、本当に感慨深かったのです。その夢は、偽物の夢ではなく(神様の夢であり)、神様の代わりに(私が)夢見たものだったので、間違いなく成し遂げられるというのです。

5 「栄光の賜物」というときは、栄光の言葉よりも、苦労した話が先に出てきます。苦労が、すべてのものを支える土台になっていることを知っているからです。地上世界と天上世界が一つになるようにしようとしたので、「迎えん」という言葉を繰り返しました。そのように生きた人は、涙なくして向き合うことができません。

監獄から出てきて作ったのです。東方に寂しく来て、西方に行けば、福が来ると思ったのですが、反対を受けました。願いに願ったあらゆることをすべてしてみました。すべて、徒労だというのです。私一人で行かなければなりません。アメリカと国連までも救う道を行かなければならないと思い、今、ここに入ってきて、忙しくそのことを清算するのです。

6 興南監獄から出てきて、平壌で食口たちを収拾するとき、私が精誠を尽くしながら作った歌が、「栄光の賜物」です。その歌を聞けば、その時の状況がどのようなもので、お父様の立場がどのようなものであるかが、よく描かれています。

そのような過程を経てみてこそ、その歌が自分の歌になるのです。そのように生きなければなりません。他人の歌ではありません。「私」の歌であると同時に、私の家庭の歌であり、私の家庭の歌以上に私の一族の歌であり、私の国の歌であり、私の世界の歌だというのです。

そのような過程を経てこそ、永遠のあの国(霊界)に行き、父母様に侍って一緒に喜び、幸福を享受できる解放された王子、王女になることができます。皆さんは、そのような過程を経なければなりません。

7 「園の歌」を歌いながら酔いしれ、涙を流し、「壁も私の友達だ」と言いながら暮らした頃が懐かしいときが多くあります。この「園の歌」とは、夫と妻の夫婦で暮らすその園、そのような環境のことです。そのように生きなければなりません。お互いが主になり、主の相対になって、すべてが喜び得る花が咲いたので、香りが漂わなければならず、蝶と蜂が和動しなければなりません。千種類のものが和合し、和動しなければならないというのです。町内に住みながら、関心を残せる夫婦になれなければ、その町内で負債を負うのです。

8 統一教会員は、「園の歌」の歌声が聞こえれば、いくら遠くにいても、みな喜びます。その歌声がする所に行ってみたくなるのです。そこに行って一緒に歌えば、良かったり悪かったりという喜怒哀楽が同伴するようになります。言葉というのは有り難いものであり、言葉の中でもさらに有り難いものが、歌です。

真の父母様の愛唱曲

真の父母様は、各種の集会で自ら歌を歌われたり、食口たちを呼んで歌を歌わせたりしながら、雰囲気を盛り上げられた。「サランヘ」、「オンマヤ、ヌナヤ」は、名節行事や和動会で御夫妻が一緒に歌われ、食口たちと合唱した歌である。真の父母様は、本郷を失ってしまった人類の救いを思われ、故郷を慕う歌詞が記された歌(「カゴパ」、「故郷無情」、「郷愁」)と、寒はに打ち勝って春に芽生える新芽のように、新しい生命と希望が躍動する春の歌(「春の乙女」、「四月の歌」など)も好んで歌われた。真のお父様は、麗水(ヨス)の清海(チョンヘ)ガーデンで海洋摂理を主管されながら、「舟歌」を日本の食口たちと熱唱され、日本の歌である「故郷」や「赤とんぼ」も食口たちと共に合唱された。孤独なみ旨の道を象徴する独島(トクト:竹島)に関する歌詞が記された「ホルロアリラン」と、変わることのない衷情を歌った「千年岩」も好まれた。聖和(ソンファ)の直前には、お孫様を膝や机の上に座らせて、「翁草」を一緒に歌って楽しまれた。「大韓八景」や「祖国賛歌」などを歌い、神様の国が早く訪れることを念願された。

9 「ホルロアリラン」は、独島(竹島)に関する歌ですが、「トクト」は、「独」の字に「道」と考えることができます。台風に遭い、小さな顔(島)がどのように一晩を過ごしたかというのです。白頭山(ペクトゥサン)の澄んだ水と、雪嶽山(ソラクサン)の澄んだ水が東海(トンヘ:日本海)に(流れ)、東の方を訪ねていきます。日が昇る所を訪ねていくのです。その次に、船に乗っていくのですが、独島を訪ねていき、錨を下ろして、朝日を浴びるというのです。統一教会員たちは、この歌をみな知らなければなりません。

独島は、寂しい島ではありません。島は、エバを意味するのです。エバが道を修める「独道」です。女性たちが子女たちを抱き、この独島の歌を教えてあげなければなりません。これは、涙なくしては歌うことができません。内容が深いというのです。

10 「千年岩」の歌は、お父様にダンベリー生活を回想させる歌です。お父様は、監獄に行くからといって寂しいのではなく、離れているからといって寂しいのではありません。太陽の光は、夜も昼も、どこでも遮られることなく、明るい光の王権をいつでも維持できるというのです。ダンベリーを思いながら、この歌を歌わなければなりません。

二番は、夕方になり、夜が更けるようになることを意味します。夜更けになれば、私が息をして暮らしている所を明るくするのです。暗闇の世界に行っても、み旨の道を証しなければならず、監獄にも天国の光を照らさなければならないというのです。そのような意味で、お父様は「獄中の聖者」という言葉を残しました。

その次に、最後の部分は、世の中に羨むものはないということです。今やすべて知り、すべて体験し、すべて探し出しました。そして、「歳月が行き来する町角」では、角度を合わせなければ落ちるというのです。そのようなことを考えなければなりません。

自分勝手にしていては、脱落してしまうのです。自分が行くべき道をまっすぐ訪ねていって、天が願う理想天国を創建し、主人になりなさいということです。

11 「カゴパ」は、アリラン峠を越えて、故郷を愛し、国を愛する道を訪ねていこうという歌です。アリランの十二峠を越えていくのです。それが、統一教会が行く道と合います。復帰路程に一致するというのです。歌詞の内容が、故郷を慕いながら、本郷の地を求め、祖国光復のために行くべき復帰路程と同じなので、この歌を歌うのです。

その歌詞が問題ではなく、その歌の内容をどのように消化するかが問題です。夜には昼を慕いますが、黎明が過ぎれば、昼が訪れてきます。迫害を受けるのは、怨讐世界のあらゆるものを相続させるための神様の経綸です。ですから、迫害は悪いものではありません。

迫害を、自ら進んで探し求めていく人には、峠の向こうに平地があり、さらに大きな山を越えれば、さらに大きな平地が生じるのです。そこに湧き水が流れ、続いて小さな川ができて、さらに大きな川となって、国を東西に貫いて包容できる波として流れていくその周辺には、無限の平原、広野が生じるというのです。故郷を離れたのちに帰ってくる切実なその心情が、復帰の心情を求めていく統一教会の事情と一致するのです。

12 「広野の男」という歌があります。男であれば、すべてのことを放り投げて、荒涼とした広野を走るのもよいのです。一度、そのように生きてみる必要があります。妻が伝道の一線に出ているときに、夫がずだ袋で食べ物を背負い、お金をもってその妻を訪ねていく気分は素晴らしいものです。道端の大きな木の下で、哀れな姿で出会い、過去の自分の過ちを悔いる心をもって、「お前、どれほど苦労しただろうか。座ろう。お前は寂しい立場で困難を克服しながら、私を背後から支えるために苦労してくれた」という場において、千年の愛の絆が結ばれるのです。

13 「輝く大韓」に出てくる「ディンドンデンドン」というのは、詩的で音楽的です。統一教会を「ディンドンデンドン教会」と言ってもよいのです。どこに行っても、高い所、低い所に拍子を合わせられる、良い内容の言葉です。

統一教会は、本当におもしろい教会です。年を取った人、若い人など、様々な人々が集まって話をすれば、通じることができ、理解することができます。塀が高くないので、和合することができるのです。友達になり、親しく縁を結べる良い所であることを、私は感じます。誰かに初めて会っても、距離が遠くなく、塀で塞がれていないことを感じられるのは、幸せな環境です。

皆さんが信仰生活をするとき、そのような面を備えて、一生の間、生きるその影響圏というのは、どのようなものでしょうか。どこに行っても影響を及ぼして生きることができ、記憶に残る指導者たちが多く生まれるでしょう。このような願いを抱いて、私もこのことを続けているのです。

14 「大韓地理歌」の内容が良いのですが、そこに愛国思想が入っています。統一教会を信じる世界の人々は、この歌詞の内容に従い、韓国に関する知識基盤を中心として、思想と伝統を受け継がなければなりません。その次に、白衣(びゃくい)民族、倍達(ペダル)民族の弘益(ホンイク)理想をもって、神様のみ旨に従える民にならなければなりません。そのような思想的骨子がすべて入っているので、著者が誰か、私が調べてみたところ、牧師である私の従祖父がこの文を書いて、私の父に教えてくれたというのです。

15 統一は、私たちの精誠によって、私たちの力によって、私たちの努力によって成就しなければならないという思いをもって、「統一の歌」を力強く、一度歌ってみましょう。私たちが行くべき道は、韓国と北朝鮮を復帰することです。しかし、共産主義は世界的な体制を整えて、がむしゃらに根を張っています。ですから、共産主義を屈服させ、三千里半島から追放する時まで、私たちは茨の道を行かなければなりません。この国を早く復興させなければなりません。

私たちの家庭が内外に団結し、南北を統一して、自主的な国家を形成しなければならないのです。私たちは、世界的な怨讐サタンと対決しています。ですから、内的な復興をしなければなりません。外的な復興は、内的な復興の上で自然に存在するようになります。神様を愛し、真の父母を愛し、氏族を愛し、家庭を愛すれば、復興するのです。

第六節 清平聖地の開発と修練所の建設

清平聖地の選定

真の父母様は、一九六〇年代から人種と文化、宗教、国境などを超越して、世界の人々が共に集まって暮らす天一国共同体モデルを立てるため、京畿道(キョンギド)加平郡(カビョングン)にある清平湖一帯を中心に、多くの精誠を注がれた。特に、釣りとテント生活を通して精誠を尽くされながら清平一帯の土地を購入し、摂理の基盤とされた。真の父母様は、一九七二年七月十日、清平修練所の前の蔚業山(ウロプサン)の頂上から、この一帯二十一カ所の名前を新たに命名された。裏山である天聖山(チョンソンサン)は本来、長楽山(チャンナクサン)と言い、屏風の形をしている。真の父母様は、山頂から少し下った所にある平地を本殿聖地と定められた。今日の天正宮博物館が建てられた所である。周辺の山野は、修練所を中心に牡丹の花の形をしており、復帰されたエデンの園を象徴している。

1 お父様は、韓国全土の山河をすべて回ってみました。一九六〇年代に皆さんを全国各地に配置して、全国の名山をすべて踏査してみたのです。統一教会の錨をどこに下ろすか、この基盤をどこに築くかを念頭に置いて、踏査しました。良い場所は、必ず湖を挟んでいなければなりません。しかし、東海岸はソウルからあまりにも遠いのです。西海岸は都市が集中していて、干満差が非常に激しく、海水が引けば干潟になり、また泥水なので良くありません。ソウルから(車で)三十分くらいの場所を探し求めたところ、雪岳面(ソラクミョン)の松山里(ソンサルリ)を選ぶことになりました。その地域は本当に素晴らしいのです。私が清平地域で最も良い場所に定着したのです。

2 お父様がここ清平に来てみると、良い場所でした。ですから、ここに定着して祈り始めました。私が一生の間、精誠を捧げて祈る道をつくり始めたのです。どんなグループでも、最高のグループは、精誠の基盤の上に立てられています。このようにして、独りで蔚業山の頂上に登って祈ったのが、ついきのうのことのようです。私は、一握りの基盤しかない人ですが、決心したことで、今までできなかったことはありませんでした。一度やると言ったことは、必ず成し遂げてみせるのです。

3 お金は、国家的、世界的で、天的な内容を中心として使わなければなりません。そのように考えるので、父母様は清平に土地を買っているのです。そこに土地を買うのは、世界のためです。世界のために働ける基盤を築いておくために、清平に土地を買うというのです。今や民族時代を過ぎ、漸進的な世界時代の前に立ったので、この時代のための国際的な教育機関を造らなければなりません。ですから、堂々としているのです。そのためには、いくらお金を使っても良心の呵責を受けません。

4 清平の地は、世界の祖国の地、全人類の心情的故郷の地にならなければなりません。天地が仰ぎ得る勝利的創造理想を完成させ、天地が連結されて神様の心情を解怨成就できる地になるだけでなく、世界の故郷の地になり得る神聖な土地になることを祈ってきたのですが、これが本格的に出発できる時点に達しました。ですから、この周辺の八百万坪の土地を買ったのです。

山とこの周辺の土地は、私たちの未来の故郷のための地です。すべての信仰者の故郷になり得る基地になっています。今、世界百八十五カ国に私たちの基地がありますが、父母様の願いは、ここをその百八十五カ国のあらゆる歴史的伝統を展示できる歴史的な基地にすることです。それだけでなく、この基地で各国の文化を背景にした伝統を新たなものにすることができ、天との関係をどのように結ぶかを教える修練所、教育場所を用意するのです。そのようにするために準備した土地として祈っていたことが、そのまま歴史的な事実として連結され得るようになりました。このような世界版図を統一教会がもったことは、驚くべき勝利の結果であると考えているのです。

5 お父様は、よく清平に行きます。待っている人がいるから行くのではありません。誰もいないのです。私が昔、この道を築きながら苦労したその場所が慕わしく、山野が慕わしく、聞こえてきた風の音と鳥の声が慕わしくて行くのです。その流れいく自然の摂理を通して、天の感動的な世界に接触したその気分が慕わしくて行くのです。その慕わしさは、死ぬまで誰も抜き取っていくことはできません。

困難な立場で、おなかをすかせた立場で耐え、瞑想をしながら天と共に絆を結んだ、その時間が慕わしいというのです。吹いてくる風の流れを感じるとき、それが過去の認識を現実の生活圏内において促してくれるからです。過去に感じたそれが刺激的な動機になったとすれば、現実では生活的な動機として顕現し得る立場になるので、それを好むのです。

6 父母様は、清平の地形が良いことを知り、土地を買い始めました。清平湖を中心として、私たちの修練所を造る場所を準備したのです。今、修練所があるその場所は、本来、家を建てられる敷地が全くありませんでした。そこには墓が一つと、桑の木が十五本くらいしかありませんでした。清平全体の山野を回りながら見てみると、そこが中央地帯でした。ですから、仕方なくそこにテントを張り、土地を買い始め、修練所を建てたのです。

今まで土地をたくさん買ったのは、今後、ここを国際修練所、世界の若者たちが来て修練を受けられる世界本部のような所にしようという計画があったからです。ここにあるそれぞれの谷間を、アメリカ村、イギリス村、ドィツ村などに定めるのです。そのようにしておけば、世界の人々がここを誇り仰ぎ見る、一つの観光地にもなるだろうと考えます。

7 清平は、すべてのものが完全に定着して、新しい出発ができる所です。その名称もそうです。清平の「清」は清いことを意味し、「平」は平らなことを意味します。すなわち、清平は清く平らなことを意味するのです。ですから、すべての整地作業ができているので、設計して柱さえ立てればよいのです。いつでも出発できるというのです。

8 清平修練所の前を右に渡っていけば、平らな土地に私たちの別荘があります。その別荘は「天留荘(チョニュヂャン)」というのですが、その裏に行って見れば、本当に絶妙な所です。この地域全体が牡丹の花のようになっているのです。

平壌に牡丹峰(モランボン)があるでしょう。その牡丹峰はなぜ有名なのでしょうか。牡丹の花を見ると、花びらにぐるりと囲まれたその真ん中に、黄色(の雄しべと雌しべ)が調和をつくり出すようにして存在しています。それは、種を産む所だからです。平壌の牡丹峰は、そのような地形なので有名なのです。

それと同じように、この地域は、天聖山(チョンソンサン)を中心としてそのようになっています。この山を越えると、全く風情がなく、登って見てみれば、好き勝手になっています。しかし、天聖山を屏風として、前に連結されているすべての山野が、牡丹の花びらのようになっているのです。

9 清平修練所の前庭から眺めると、川の水が流れているのを感じることができません。川の水がどこから流れてきて、どこに行くのか分からないのです。川の水が入ってくる道も分からず、出ていく道も分からず、湖のように思えるほどです。そして、この修練所から見下ろせば、それこそ絶景です。ここは、湖畔と山野が調和した美しい場所として、世界に誇る価値があります。このような景色の良い所に来て修練をしてこそ、修練生たちが山を眺めても、庭を眺めても、高尚な考えをもつようになるのです。夕暮れの山頂、一番高い峰に沈んでいく太陽や、明け方、高い峰に昇る太陽、その中を飛んでいる鳥、その中で慟く人々の風景など、このようなすべてが調和するようになるとき、思わず見とれて夢想圏内に入っていきます。空想したり、夢を描いたりもするというのです。これによって、若い人々の気迫が大きく上昇します。

ですから、未来において一度、この水に乗って大西洋を渡り、あの山を越えてヒマラヤ山脈とインドを通過するなど、このようにいくらでも連想できるあらゆる材料になるのです。人々が景色の良い所を好むのは、新しいアイデア、新しい夢を描けるからです。飛んでいく鶴が一幅の絵のように調和したり、青い湖に小舟が一艘浮かんでいたりしても、詩を詠むようになります。また、うれしくなれば思わず立ち上がり、拍子を合わせて踊りも踊るのです。そのようにできる環境的条件を備えた所が清平修練所です。

10 清平修練所一帯を見れば、本当に形が整っています。この修練所の裏山全体を「天勝台(チョンスンデ)」と名づけました。そして、裏山は本来、「長楽山(チャンナクサン)」というのですが、私が「天聖山」と名づけました。「天聖山」をはじめ、三つの峰があるのですが、その真ん中の峰は「聖」の字を書いて「天聖山」、右側の峰は「成」の字を書いて「天成山(チョンソンサン)」、左側の峰は「城」の字を書いて「天城山(チョンソンサン)」としました。

三つの「チョンソン山」は、それぞれ「神聖」を表し、「完成」を表し、「保護」を表すのです。この三つの「ソン山」を定めるとき、一里以内にこの山よりも高い山があってはいけないと考えました。さらに高い山がある山脈が、その山並みを伸ばして長楽山を経ていくようになっていてはいけないというのです。それで、お父様が登ってみると、長楽山が高々と直線になっていたというのです。それこそ、本当に形が整っていて、屏風のようになっていました。

そして、ここの水は、一日に何百回と、いつでも変化します。これは造化を意味します。造化というのは、希望を意味し、無限を意味し、全体の繁栄を意味するのです。そのような点から見るとき、この清平修練所の位置は、非常に明堂(ミョンダン=風水説でとても良いとされる敷地)だというのです。

11 清平修練所の前にある湖を「天心湖(チョンシムホ)」と名づけました。そして、前の山は「仙人峰(ソニンボン)」と名づけ、それから「天成山」の右にある山を「天善山(チョンソンサン)」と名づけました。修練所のすぐ前にある山の名前を、お父様が頂上に登っていって「仙人峰」と命名したのです。

そして、ここの修練所の右に、「天聖山」に向かってずっと伸びて上がっている所を「天引台(チョニンデ)」と名づけました。今後、私たちの修練所の本館を造る場所です。そこは精誠の度数が満ちていて、外国から訪ねてくる特別な人々以外は絶対に入れません。聖域地帯をつくって王宮のようにするのです。あの山の下には、一万五千坪ほどの平地を造れる所があります。そこから道を造ろうとしているので、神様が導かれるという意味で、「天引台」と名づけたのです。このように、すべてその名前を解き明かせば、理想の園が現れるようになっています。

12 世界の人々のために尽くすことができる場所がなければなりません。そこが清平です。この清平の地に国際修練場を造るのです。今後、そこには何を造るのでしょうか。私たちの宣教部がある各国のブロック、つまり日本であれば日本ブロック、アメリカであればアメリカブロックを造ります。膨大な地域を買い、アメリカブロックであればアメリカ人たちに任せるのです。アメリカ人たちが来て修練を受けられるように、アメリカ人たちの趣向に合う村を造ります。各国の文化を総合できる環境都市、総合村落を造るのです。

そして、その中央に私たちの修練所を造るというのです。そうして、外国で苦労した人々は、必ずこの本部に来て修練を受けさせ、本部に来て修練を受けて帰ることを光栄だと思えるようにしようというのです。そのようにするためには、景色が良くなければなりません。そして、外国の人々が韓国に来て巡回するとき、印象に残る所にしなければなりません。

清平修練所の建設

真の父母様は、一九七一年七月十二日、ソウルの青坡洞(チョンパドン)と京畿道(キョンギド)九里市(クリシ)の水澤洞(ステクトン)に続く、摂理史の完成的聖地として、京畿道加平郡雪岳面松山里山七五の一番地に、清平修練所を建てられた。この修練所は、建坪九十三坪、講堂七十坪で、二百人以上が寝泊まりできる木造スレートぷきの建物だった。真の父母様は、梅雨期の悪天候の中でも毎日現場を訪れ、一つ一つ監督された。修練所の最初の集会は、十二日から五日間、二十八人のキリスト教牧師が参加する中で開かれた全国牧師夏季修養会だった。

13 清平に修練所を造るとき、二カ月ほどかかるところを、八日で完成させました。七月一日に「土台を築きなさい」と言って、二日から建築を始めました。ですから、一週間ですべて造ったのです。清平に造った修練所は九十三坪です。修練所の講堂だけでいえば約七十坪になるので、二百人以上は寝ることができます。

そのような建物の建築を、一週間でやり遂げたのです。きょうまで入れれば、満十日になります。きょうは一九七一年七月十一日ですが、本来はきのうまでに終えようとしました。ですから、きょうを越えてはいけないというのです。このように、八日間ですべて終わらせ、その次には色を塗るのです。ペンキを塗って、約三、四日間で飾り付けをします。しかし、その飾り付けは、大げさにするようにはなっていません。なぜなら、今は避難する最中にお嫁に行くのと同じだからです。美しく装うことなくお嫁に行っても、新郎に会って幸せに暮らせばよいのです。

14 清平で修練所を造るのに、天気さえ悪くなければ計画どおりに進行したでしょう。ところが、梅雨になったので問題です。きょうか、あすくらいに作業が終わると思っているのですが、終わらなくても、あすはキリスト教の牧師たちが集結することになっています。きのうは、雨が激しく降り注いでいるのに、材料を購入してきて仕事をしなければなりませんでした。

そうかといって、電話があるわけでもないので、直接出掛けて材料を購入しなければなりませんでした。仕方なく、お父様が土砂降りの雨を浴びながら船に乗って出てきました。雨がどれほど激しく降っているのか、船に乗って出てくる姿が、あたかも逃げ出す人のようでした。後ろから機関銃で撃ってくるので、それを避けるために逃げ出してくる、そのような立場と同じでした。そのようなことが、本当にたくさんあったのです。

15 天幕を張っておき、キリスト教の牧師たちを迎えて修練をするのは、私たちの教会で初めてのことです。天気は雨が降ってじめじめしているのに、テントから出たり入ったりしなければならないので、本当に悲惨だというのです。このような立場で全般的な計画を立て、「一九七一年七月八日までに修練所を建てなさい」と言ったのです。

このような状況で、働く人々を何としてでも集めなければなりませんでした。ですから、今回、約三十人を地方に人事異動するとともに、地区長のもとにあった部長クラスのポストがなくなったので、その人々に対して、すぐに上かってきなさいと伝えました。清平で特別修練会をしながら、彼らに地面を掘るように言ったのです。

16 清平で働く人々は、今まで数十日間、地面を掘りました。そのようにしながらも、普通四時間から五時間しか眠ることができません。ですから、死にそうだというのです。きのうは、私が「負傷者は立ちなさい」と言うと、二十六人中、八人が立ちました。三分の一が負傷者でした。それで状態を見たのですが、ひどい負傷ではありませんでした。その場は、蕩減する場です。私は今回、地区を新しい編制に改編しましたが、地区で実務の責任をもっていた人々を計画的に呼んできたのです。

17 私は大工ではありませんが、何十年と家を造ってきた人がする仕事も、私がコーチをしてこそ、きちんと仕上がるのです。そのようなことを見れば、専門家というのがほかにいるのではありません。深刻な立場でその標準の価値を中心として観察するようになれば、それが合うのか合わないのかすぐに分かるのです。オンドルを敷くのも、お父様が「オンドルはこのように敷かなければならない」とコーチするのです。

ある時は、井戸を掘る人々が来て、井戸をどこに掘るべきかと尋ねたのです。大工たちが仕事を誤って私に厳しく言われ、再び取り外して作業をするのを見て、自分たちも間違ったら(厳しく)言われそうなので、私の所にやって来て尋ねるのです。ですから、「井戸は、固い土地と柔らかい土地の境目があれば、その境目が直線に伸びて折れる所を掘れば、水が出てくる」と答えると、「いつ井戸を掘る方法をみな学んだのですか」と言うのです。私が何を学んだというのでしょうか。道理がそのようになっているというのです。

今まで統一教会を指導する責任者として、すべての問題を解決してきたことが、今やすべて公式化されています。さっと見て、このようにしなければならない、ということがすぐに分かるのです。今はこうだが、結果はこのようになるだろう、ということが分かるのです。見るときは、一カ所だけを見るのではなく、全体を見ます。家の敷地をならすときも、全体を見てならすのです。すべてがそうです。

18 清平修練所の屋根にスレートを載せるのですが、スレートを持ってくるように三日前から契約していました。ところが、その時、連絡を取る人がどこかに行ったので、工事の最終日にもスレートが到着しませんでした。大変なことになったというのです。全国牧師夏季修養会に参加するためにキリスト教の牧師たちが来るのに、その日に終わっていなければ、あらゆるものがすべて崩れるのです。

ですから、お父様が追い回しながら、「お金を出さなければスレートを渡すことはできない」と言うところを頼み込み、さらに小型の発動機船を借りて夜十一時半にようやく修練所に積んできました。それをすべて降ろすと、午前二時半頃になりました。ですから、発動機船は帰らなければならないのですが、既に夜が更け、通行禁止の時間になっていたので、その主人がここで一晩泊まることになったのです。

ところが、その人が寝て朝起きてみると、夜の間にスレートはもちろん、屋根の棟まで載っていたのです。その人は、その時、雨が降っていたので、「臨時であのように載せておいたのだろう」と考えたのですが、どうしたことか、載せられたスレートの上には、働いている人が一人も見えないのです。夜中の数時間の間に、完全にスレートを載せて屋根を覆ったのです。ですから、この家には、「お化け屋敷」という別名が付きました。

これをよく見てみれば、色を塗っておいたのでよく似合います。また、立って眺めてみると、平たいものがひれ伏して修行する形になっています。ですから、お父様は今後、この地域が世界的に有名になると考えるのです。

天宙清平修錬苑起工式と奉献式

真の父母様ば、一九九七年三月十日、旧・清平修練所一帯に、全世界の食口たちを教育する国際的規模の天宙清平修錬苑(天城旺臨宮殿)を建てる起工式を挙行され、一九九九年十一月七日、完工とともに奉献式を行われた。

19 一九九七年三月十日、きょうは清平聖地で天地が記憶し得る場を整え、統一家の新しい訓練道場、あるいは精誠を捧げる聖殿、ひいては天と地が連結され得る一つの心情的世界を出発する起源地、一つの宮殿と言える建物を造るために、起工式を行う日です。この事実は、歴史的であり、天の摂理史に何よりも重要なこととして記録されるでしょう。

この清平聖地は、私には忘れられない所です。現在、造られたこの修練所を中心として、今から三十年前に誰も知らない統一教会という小さな教団をつくり、ここが摂理史において世界万民が仰ぎ見ることのできる超宗教的で超理想的な基地になるだけでなく、故郷の地になることを考えて発表しました。その三十年前を思えば、感慨深いのです。

20 清平の地は、霊と肉を中心として、天地と協力した立場で個人が出生できる基地、家庭が出生できる心情的基地、あるいは国家が出生できる心情的基地、さらには世界と天地が出生できる心情的基地だけでなく、地上天国と天上天国を建設できる心情の基地になり得る地です。

統一教会が試練を克服できる立場に立つとすれば、飛躍的に発展することができます。世界の若者たちが集まって教育を受け、祝福家庭が修練を受けて世界に前進していけることが、この清平の地で成し遂げられるという事実は、大韓民国のすべての地に代わって誇ることもでき、民族と国家が誇るだけでなく、アジアと世界の全人類が誇り得ることなのです。

21 きょうは、清平聖地に神様の殿堂を起工する祝賀の日になりますので、この基地が天と地を連結し得る板門店(パンムンヂョム)になれるよう許諾してください。分裂した南北を統一し、天の統一的金門店(キムムンヂョム)になり得る表示として、霊界と肉界において善悪を分別することができ、正義の基準を立て得る一つの出発基地を建設する起工式になりますので、天地全体が祝賀の日として迎え、神様を中心として地上の真の父母と一つになり、心情的土台を準備し、永遠の歴史時代と後続時代を越えられるようにしてくださり、心情的統一圏を連結させ得る、歴史を代表した伝統の橋梁となれるように祝福してください。万民を兄弟愛で束ね、万国を一つの兄弟国として束ねて、天地が一つの兄弟国家として、神様と真の父母が統治する、新しい地上と天上の王権時代に進入できる祝福の門を大きく開いてくださることをお願い申し上げます。

霊界に行ったすべての先祖たちが、地上に連結されたその子孫たちと一体化し、平和の世界に向かう統一的理想が日進月歩するよう許諾してくださり、あなたの願いである長子権復帰を通過し、父母権復帰を通過して、王権復帰時代に全世界を一つの国として抱き得る神様の全体・全般・全能時代に進入できるように祝福してください。ここに集まった各国の食口たちが精誠を捧げ、起工式を祝うこの場を喜んで御覧くださり、万国と連結され得る祝福の拠点となるよう許諾してくださることを切にお願い申し上げます。

22 一九九九年十一月七日、天城旺臨宮殿の奉献式に先立ち、天が注視する中、天上世界の祝福家庭と地上世界の祝福家庭が一体となって神様に侍り、勝利の主権顕現を霊肉で誓ゐる、勝利の宮殿の名をもつ拠点を奉献するこの日を迎え、この聖別式を行うようになったことを心から感謝申し上げます。

天がこの日を記憶し、天の所有権として決定して、千年、万年、子孫万代が仰ぎ見る基地となり、愛の伝統的霊肉一体心情圏の出発基地としてください。ここが天下に思慕の宮殿となり、愛の宮殿となり、血統的関係を尊重できる崇拝の宮殿になるよう許諾してください。

それによって、常に天地父母が中心になり、万世の愛の統治権によって、愛で連結された世界化運動において、聖別拡大のための記念的な一つの起源の地となるよう許諾してくださることを、切にお願い申し上げます。

23 韓民族はもちろんのこと、世界に広がっている数多くの国々が一つの血族として単一民族圏を編成し、神様を中心とした自主的な愛の主権世界を建設するために歩んできたすべてが、国家を越えて世界化時代に先頭の位置に立って模範を示すべき出発の出現基地として、この宮殿を建設いたしました。これを(天の)お父様が直接主管され、霊界全体が一体化し、祝福を受けた先祖たちと地上の祝福を受けた子孫たちが一つになって、統一天下、平等、平和の世界に前進できる解放地上天国、解放天上天国の時代を迎えるようにしてください。

このすべてのみ旨を引き継いで、万民の胸に生命の絆を通し、愛の血統的な結束を誓う修練宮殿として、お父様のみ前にこの時間、奉献いたしますので、天上世界にいるすべての霊たちと、すべての存在たちが注目する場において、地上の全世界の人類を代表し、万物を代表し、焦点を合わせた勝利の一つの基地として、あなたの天の国の王子、王女の権限を備えられる勝利的な人間の解放者たちを養育てきる殿堂として、受け取ってくださることを切にお願い申し上げます。

天正宮博物館入宮および奉献

真の父母様は、神様王権即位式を挙行されたのち、二〇〇一年七月八日に本殿聖地である天正宮博物館の起工式を行われた。そして、五年後となる二〇〇六年六月十三日、天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮・戴冠式を挙行された。真の父母様のみ言によれば、本殿聖地とは、神様が住める皇宮であり、本然の家である。そして、天正宮博物館は、「二人が正しく造った宮」であり、神様が主権をもって、万事を主管できる主人の中の主人、王の中の王となられ、億兆蒼生が永遠に共存、共生できる天国理想圏の本宮である。

24 清平に、天の国の王宮を造るのです。国連に加入した国家全体が一つになって、地上に造らなければなりません。ロシアのような国も、王宮を立派に造りました。フランスのルーブル博物館のようなものが問題ではないほど、その何倍以上、価値あるものとして精誠を尽くし、永遠の宮殿を造らなければなりません。それが、神様のみ前に相続を受けた私たちが果たすべき義務だというのです。

25 天正宮博物館は、神様の故郷であり、神様の祖国であり、人類の故郷です。「天正」は、二人が争いを解消してしまったことを意味します。ひっくり返すのです。「宮」の字は、ウ冠(宀)の下に法を意味する「呂」の字が合わさったものです。天の正しい法が、宮を調整するという意味があります。ですから、天正宮博物館には、勝手に来ることはできません。四位基台の祝福を経て、三代が解放の立場を備えなければ、入ってこられないようになっているのです。

26 真の父母様の家庭が、旧約時代、新約時代、成約時代の三時代圏を代表した三代が一つになって四十カ国の巡回集会を完結することにより、天正宮博物館に入宮するようになりました。天正宮博物館に人宮するためには、あらゆる条件から自由になることができるように蕩減しなければなりません。ですから、摂理史と一致するプログラムが進行しているのです。

天正宮博物館の「天」の字は、二人を意味します。「正」は、「止」の上に「一」の字をかぶせておいたものです。正してくれるのです。「正」の宇がそうです。すべてのものを蕩減して、停止しなければなりません。天の統一的な横的基盤、真の父母の基盤を中心として停止し、入っていくべき所が天正宮博物館だというのです。そうして、今、新たに出発するのです。

27 天一国の名を中心として、王権即位式、王権奉献式を終えました。そして、この場は、その王権を代表した天宙父母と天地父母と天地人父母が合徳し、善の王の中の王として、戴冠式を終える場でございます。

あなたのみ前に申し上げます。あなたの勝利の基盤を築くため、これまで主管した全体、関わりをもったすべての所有権、すべてのものをみな分け与え、今や、(天の)お父様のみ前に何の荷ももたないまま、忽然とこの場に立ちました。その代わり、エデンにおいて失ってしまったアダムの血統を取り戻す主人となられ、カインがアベルを殺すことによって繰り広げられた混乱の世界の中で主人となられて、カイン・アベルがなく、争いがない国を取り戻すための、あなたの天一国理想心情統一圏、統一的家庭形態の世界的版図を、お父様のみ前に整えてさしあげるのでございます。

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第五篇 第二章 七年路程の設定と対外的基盤の拡大

第五篇 第二章

七年路程の設定と対外的基盤の拡大

第一節 民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程

第一次七年路程の出発

真の父母様は、一九六〇年の聖婚以降、一九六七年まで、民族復帰の基台を立てるために第一次七年路程を設定された。そして、この期間を前半の三年路程と後半の四年路程に分け、総力体制で活動を展開されたのである。

七年路程は、神様の摂理に従って、誰もが行かなければならなこである。真の父母様は、七年路程を通して、段階的に蕩減復帰摂理を導かれた。七年路程は、摂理の主役たちが資任を果たせば次の段階に発展していくが、そのようにできないときは、摂理が延長される。

したがって、第一次七年路程は、真の父母様と食口たちが緊張した日々を送りながら、摂理的責任を果たそうと努力した期間だった。特にこの期間は、後日、すべての食口が歩むべき典型路程と言えるほど、多くのことが推進され、摂理的な土台が据えられた。真の父母様の聖婚を起点として始まった七年路程は、一九六〇年の七月、全食口一斉伝道活動にょり本格化した。

1 人間は、長成期完成級で堕落したので、完成段階が残っています。その完成段階の期間が七年です。蘇生、長成、完成の三段階の七年ずつをすべて足せば二十一年、満では二十年になります。韓国の年齢で二十一歳、満で言えば二十歳の時は、人間が成熟期に入る時です。成熟期に入れば、愛の神様が自動的に結婚させてくれるようになっているのです。アダムとエバは、神様を中心として祝福を受け、人類の真の父母として公に約束されなければならなかったのですが、それができませんでした。許されていない圏内で堕落し、このような段階を残しておいたので、残ったこの七年の恨によって、六千年歴史に千年王国の千年を加えた七千年歴史の恨が残るようになったのです。一年が千年、七年が七千年に延長されてきたというのです。私たちは、これを七年で蕩減するのです。これが七年路程です。

2 堕落した子孫として生まれた人間であれば、誰もが七年路程を歩まなければ、絶対に天国に行けません。聖書には出ていませんが、本来、イエス様も二十七歳から三十三歳までの七年間を中心として、第一次七年路程を出発したのです。そして、三十四歳から四十歳までが第二次七年路程であり、もしイエス様が二十歳から出発していれば、三次七年路程になるのです。そのようにして、イエス様は、四十歳までに世界的な基盤を築かなければならなかったのですが、民族が従うことができずに亡くなったため、それが聖書に七年の大患難として残っているのです。

3 皆さんが祝福を受ける位置は、完成した位置ではありません。父母が歩んでいった十字架の橋があるとすれば、その橋をそのまま歩いていかなければなりません。飛んでいくことはできないのです。山の頂上に登るためには橋を通らなければならないというとき、その橋が危険であるとすれば、鉄筋で補完することはできますが、橋の上を通らなければならないというのはどうしようもありません。ですから、お父様が歩んだ七年路程は、永遠に残るのです。個人的七年路程と家庭的七年路程は、永遠に残るのです。人間は長成期完成級で堕落したため、そのままでは完成段階に上がっていくことができません。堕落線以上に上がって、初めて原罪を脱ぐことができます。長成期完成級で原罪を脱ぐのではありません。皆さんが祝福を受けようと進み出たのは、完成期完成級ではなく、長成期完成級の位置です。

4 七年路程は、神様の息子、娘を決定する期間です。これは、イエス様の解怨成就をしてあげることによって決定します。ですから、私たちが国のために精誠を尽くし、教会のために精誠を尽くし、民族のために精誠を尽くして、イエス様の恨を総括的に蕩減しなければなりません。父母様に従ってこの七年路程に参加できなかった人々は、誰彼を問わず、いつかはこのような七年路程を経なければなりません。これは公式です。七年路程は不可避なものです。今後、統一教会に入ってくる人は、七年路程を経なければなりません。七年路程は、誰をがみな、行かなければならないのです。

5 皆さんは、七年路程を絶対的に行かなければなりません。イエス様は、三年路程を行く途中で失敗しました。この三年路程を歩み、七年路程を越えたならば、四十代に越えていくのです。三年路程を歩むことによって、第一次七年路程が三十三歳までに終わらなければなりません。ところが、イエス様はそれを越えることができませんでした。すなわち、第一次七年路程を越えられなかったというのです。第一次七年路程を出発し、三年路程に引っ掛かったのです。したがって、家庭復帰ができませんでした。しかし、統一教会は、三年路程において家庭復帰をしました。今後は、世界的な復帰の役事(働き)をしなければなりません。

6 皆さんは、イエス様の恨と神様の恨を解怨してさしあげなければなりません。イエス様の恨が解怨されるまでは、神様の恨も解けません。ですから、まずイエス様の恨を解かなければならないのですが、そのためには、イエス様に三年の公生涯路程があったように、皆さんも三年間、公的な道を行かなければならないのです。三年間で百二十人を伝道できないでしょうか。精誠を尽くせばできるのです。そのようにしたのち、聖殿を建て、祭壇を築き、祭物を供えて祭司長にならなければなりません。このように勝利したという条件を立てたのちに、初めて天の息子、娘として祝福を受けることができるのです。ノア家庭からヤコブ家庭の形態を復帰していくのです。そのようになるとき、初めて皆さんは、イスラエルの支派のような個別的な一つの氏族の先祖になれます。これが、私たちの行くべき道です。

7 統一教会は、一九六〇年から始まった第一次七年路程のうち、三年路程を通過してきました。三数は子女を探すための分別数であり、四数は万物を探して立てる数です。私たちは、このような一次的な計画において成功しました。この三年間に勝利して、世界に進出する基盤を築いたのです。このような土台の上で、第二イスラエルを探し求めなければなりません。ですから、これから残りの四年は、民族復帰のために活動しなければならない期間です。力の限りを尽くして、国民と国土を復帰するために活動し、勝利しなければなりません。お父様が歩んできた四十年を、皆さんは四年間で歩むのです。今後、統一教会という看板を外すことも、皆さんの手に掛かっています。統一教会ではなく、統一韓国をつくり、その基盤の上に、統一世界を成し遂げなければなりません。皆さんが責任を果たせなければ、他の民族を動員してでもするでしょう。

8 イスラエル民族には、四十年の荒野路程以前に三日路程がありました。この三日路程を経たあとに、ようやくカナン復帰路程を出発できたのです。そして、イスラエル民族は、カナンに入っても再び四十数を探して立てなければなりませんでした。復帰摂理がこのような路程を経てきたので、今に至るまでお父様も、四十年路程を経たあとに三年路程を歩まなければならず、四年路程を歩まなければなりません。ですから、私たちは三年路程を歩み、また、四年路程を歩んでいるのです。このような過程を経て、初めて復帰歴史を終結し、天の主権を立てることができるのです。真の父母が中心になって歩む三年路程を経て、万物を復帰する期間、すなわち四方性を備えるための四年路程を経なければなりません。これが七年路程です。この七年路程で、蕩減復帰を終結していかなければなりません。真の父母を探し出すまでの歴史路程を中心として見れば、三年路程、四年路程、四十年路程は短い路程ですが、これは歴史的なすべての悲しみを全体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な無念を総体的に蕩減復帰する期間であり、歴史的な十字架を全体的に蕩減復帰する期間です。

9 第一次七年路程の三年は、歴史的な蕩減期間を縮めた最小限の年数であり、個人の蕩減期間です。ですから、統一教会の食口は誰でも、この三年期間を経なければなりません。心情一体だと語ったので、皆さんは全員、父母様の心情を知らなければなりません。今晩、父母様は何をされるのだろうか、目を開けたまま夜を明かされるのではないかと考えながら、父母様の立場に立って父母様に似るようにし、父母様の心情を感じてみなさいということで許したのが、この三年という特赦期間です。三年間、一年に四十日啓蒙伝道活動を二回ずつしても、全体的に見るとき、一年に満たない期間なのに、これさえしないとすれば、話になりません。本来、この期間は、断食しながら越えなければなりません。ぜひとも、この期間に皆さんが立つ位置を探し出し、信仰の目的を正しく探して立てることを願います。もし時を逃せば、そのような位置や目的も失ってしまい、父母様とも無関係になるのです。

10 お父様さえ信じていけば、皆さんは押し出されません。三年だけ克服してください。一九六〇年にお父様は、三年間、懲役生活をするつもりで、伝道の任地において僕暮らしをするようにと、皆さんを送り出しました。お父様も、青い囚人服を着て蕩減復帰し、勝利したという条件を立てました。お父様が追われてあちこちに逃れていたときがあったので、皆さんも今、追われる環境に置かれなければなりません。そうして、縦的に蕩減すべきことを蕩減できずに残してきた歴史的な恨を、皆さんが横的な道を歩むことによって、蕩減復帰しなければならないのです。

11 第一次七年路程は、僕の僕の立場から、直系の子女の立場までの段階を復帰する道です。それゆえ、七年路程の間に、カインを愛するために僕の立場に立たなければなりません。ですから、私たちは、出ていって伝道しなければなりません。原理を中心として心情的に愛してみようというのです。誰それの血統を中心とした息子、娘としてではなく、天情に通じ得る神様の心情的一致点を探し出して愛してみようというのです。また、生活的一致点と希望的一致点を探し出して愛してみようというのです。神様を中心とする、心情の一致、行動の一致、希望の一致をもって一度やってみようということです。神様の願いとは、世界を取り戻すことであり、神様の行動とは、世界を救う復帰摂理歴史を主張して歩んでいくことです。また、神様の心情とは、愛せない人をも愛することができるようにすることです。

12 私たちは、第一次七年路程において六千年の罪悪歴史を終結しようとされた神様のみ意があったことを知っています。また、二千年前のイエス様以降、キリスト教が血のにじむ殉教の祭壇を築きながら、残された摂理の因縁を終結するために苦労してきたという事実も知っています。イエス様と聖霊はもちろんのこと、み旨のためにこの地に来て、一時の恨を残したまま、サタン世界を心でのみ踏み締め、志を立てて誓いながら、犠牲の場、あるいは死の場に進んだ数多くの先知先烈(先駆けて道を悟った先人、義のために命を捧げた烈士)たちがいることも知っています。このように、歴史の要求は一つの時代と一つの基点に集中し、サタンと神様の決戦を提示してきました。それでは、この闘いを終結させる使命を果たすべき責任者とは誰でしょうか。この民族の中で、追われ、追い出されてきた統一の群れが、このような重大な責任を担っているという事実を、世の中の人々は知らずにいます。しかし、神様は御存じなので、今に至るまで私たちと共に険しこを開拓し、賛同してくださるのです。これは、私たちだけがもった特権であり、私たちだけがもてる誇りです。歴史過程においてこれを感じられる、やり甲斐のある期間が第一次七年路程です。

13 皆さんは、二十一年前にお父様が公式路程を出発した時点に置かれています。お父様はキリスト教から迫害を受け、国から追われ、多くの霊通人から反対を受けました。しかし、今はそのような時代ではありません。皆さんは、これから国と宗教と数多くの教派と霊通人たちが世界的に証し、歓迎できる時代圏内にいます。そのような点から見れば、皆さんはお父様より恵まれた立場に立っています。過去においては、活動をしても、まかり間違えばすべてひっくり返して蕩減しなければなりませんでしたが、もはや皆さんにとっては、そのような時代は過ぎ去りました。すべての条件が良くなったのです。それこそ、蕩減の時代は過ぎ去り、栄光の時代が私たちの前に近づいてくる良い時代だというのです。これが、子女の立場にいる皆さんに該当する期間です。父母が誤り、人類の前に苦難の基準が立てられました。しかし、お父様が父母の立場で責任を完結したので、子女の立場にいる皆さんは、すべての迫害と讒訴の基準を越え得る位置に出発できるのです。この期間が、正に第一次七年路程です。

民族復帰のための基台を築いた第一次七年路程

第一次七年路程は、真の父母様が歩まれた路程であり、祝福家庭にとっては模範となる路程であった。一九四五年の光復(失った主権を取り戻すこと)以降、真のお父様は、個人的十四年路程を勝利され、聖婚以降の七年路程から、食口たちが真の父母様のあとに従い始めた。特に、真のお父様のみ言によれば、七年路程の前半三年間は、失ってしまった父母と子女を探し求める期間であり、後半の四年間は、物質的・環境的基盤の造成と同時に、民族的基盤を開拓するための期間だった。真の父母様の路程に同参する子女たちの立場での七年路程は、個人の目を完全に開かせ、立ち上がらせ、走らせて、個人が実績を立てながらみ旨の前に栄光の勝利者となることに主眼を願いた期間であった。

14 皆さんが七年路程の期間に果たすべき使命とは何でしょうか。個人的な勝利の主管圏を備えなければならず、家庭的な勝利の主管圏を備えなければならず、氏族的な勝利の主管圏を備えなければならず、民族的な勝利の主管圏を備えなければならず、国家的な勝利の主管圏を備えなければなりません。しかし、堕落の子孫である皆さんは、自分で七年路程の道を行くことはできません。ですから、神様は、真の父母を立て、霊界と肉界にその道をつくるようにして、皆さんを行かせるのです。

15 アダムとエバが堕落することによって、真の父母を失ってしまいました。また、真の子女を失ってしまいました。その次に、万物を失ってしまいました。それから、神様を失ってしまいました。失ったこの四つを取り戻さなければなりません。アダムとエバが堕落することによって、長成期完成級から落ちて堕落した人類の先祖になり、堕落した息子、娘になりました。また、万物も堕落圏内において胸の痛む恨をもった万物になりました。人間がサタン主管圏内に入ったので、すべて失ってしまったというのです。統一教会でこのようなことを復帰した基準を立てた時期が、第一次七年路程である一九六〇年から一九六七年までの七年間です。この期間に、失ったものを復帰できる基準に上がったというのです。

16 皆さんを、なぜ一九六〇年から第一次七年路程に加担させたのでしょうか。その前から加担させずに、なぜ一九六〇年から加担させたのかを知らなければなりません。復帰歴史は、蘇生、長成、完成の三段階を経ていくようになっています。七数を中心として三段階を経なければならないので、二十一数期間が過ぎてこそ、その基盤が築き上げられるのです。ところで、蘇生期と長成期までは、堕落によってサタンの侵犯を受けた期間です。父母の立場にいる人が堕落したので、蘇生と長成の期間には、父母が果たすべき使命があります。父母が立てるべき試練と苦痛の基準に、子女たちは参加できません。子女たちは、完成段階に該当する七年の期間に、復帰の道を行かなければなりません。この期間は、サタンの侵犯を受けていない基準で、復帰の道を行ける期間です。この七年の期間に皆さんが苦労したことは、蕩減の内容になるのではなく、実績として残るのです。

17 聖婚式をしたのち、この地上に神様を中心とした真の父母が現れました。歴史始まって以来、悪の父母が生まれたことはありましたが、神様を中心とした善の父母の基準は、この地上に設定されませんでした。これが設定されれば、サタンは、歴史始まって以来、今まで人類を支配してきたすべてのものを奪われるのです。ですから、サタン勢力は、あらゆる力を尽くして本格的に反旗を翻し、迫害せざるを得なくなります。なぜ聖婚式をしてからも迫害を受けなければならないのでしょうか。それは、聖婚した基準が長成期完成級であり、まだ七年路程が残っているからです。この七年路程をどのように越えるかが問題です。この七年路程を越えてこそ、直接主管圏に到達します。原理結果主管圏を経て直接主管圏まで到達するには、責任分担というものがあります。アダムとエバは神様を中心として、絶対的に一つになれる愛の理想を備え、それが分かれようにも分かれられない位置にまで進んで、直接主管圏内で神様を中心とする愛を主とした家庭基盤を築かなければなりませんでした。そのようにしていたならば、その基盤から天地が合徳し、男女が合徳することにより、新しい愛の基盤、新しい生命の基盤、新しい血統の基盤を中心として、四方に平面的な拡大が展開していくのです。

18 統一教会の食口たちにとって、第一次七年路程は、お父様が民族の運命を決定できるアベル的な路程に同参(一緒に参加すること)する期間です。お父様が東に行けば東に付いていき、西に行けば西に付いていって、皆さんは葉になろうと枝になろうと、落ちてはならず、折れてはいけません。この七年路程は、枯れたとしても、折れない枝と、落ちない葉の立場に立てておくための期間です。ですから、この七年路程の期間に、できれば皆さん全体が動員されなければなりません。この期間には、世界的なサタン全体が集中して攻撃してきます。その時期が一九六〇年からです。その時は、大韓民国のすべての人が反対しました。お父様を捕まえて投獄しようと、行列をつくって警察署に投書しました。このように全体が反対する立場に立たなければ、蕩減にならないというのです。

19 第一次七年路程は、お父様の二十一年路程の終局を準備するためにありました。皆さんは個人で第一次七年路程に参加しましたが、世界史的な意義から見れば、これは歴史的な数多くの人間を代表して参加したのです。その期間に皆さんが捧げた精誠は、決して無駄にならないでしょう。これは千秋万代にわたって地上の絆として残り、天上に行けば数多くの善の霊たちが賛辞を捧げ得る基盤になるでしょう。このような期間は、地球上に再び訪れることはないのです。歴史の恨を解くために、三千里半島において統一の旗印を掲げてきた私たちは、今まで迫害と非難の矢を受けながら歩んできました。しかし、私たちは、歩みを止めませんでした。追われ、追い出されても、自身を内的に成長させると同時に、外的に整備することを怠りませんでした。そのようにすることによって、今や大韓の三千里半島のどこにおいても、統一教会が行く道を遮る人はいません。どんな銃剣でも遮ることができない基準を立てなければならないという決心が、天的な基準から見るとき、このような途方もない勝利をもたらしました。このような条件を立てたので、それを中心として、新しい歴史を創造することができたのです。

20 第一次七年路程の期間に父母様は、家庭的な基準を立て、氏族的な基準を立てながら、教会を通して民族的な蕩減条件を立ててきました。このような内的な基準は、イエス様の当時に成し遂げなければならないことでしたが、失敗したので、再蕩減したのです。ですから、この七年路程の期間にこれを合わせるために、尽力してきたのです。

21 第一次七年路程の三年路程を通過しながら、皆さんはかわいそうなこの民族に代わって何をすべきなのでしょうか。もう一度、倒れながらでも、走っていかなければなりません。善の世界を建設する役軍(担い手)として準備し、鍛錬する試練の途上において、サタン世界から讒訴を受けない伝統を立てなければなりません。鍛錬を受ける過程で立てた伝統を、新しい天国理念の世界でも永遠に残る伝統として残さなければなりません。そのようにしなければ、「人生において行くべき道をすべて行った」と言うことができず、人生において果たすべき責任を全うしたとみなすことができません。皆さんが天のみ前に忠誠を尽くすことを願い、天の真の孝子、孝女になることを願えば願うほど、苦痛が伴い、試練が伴っても、それに備えなければなりません。未来において全人類が「私」の価値をたたえ、万宇宙が感謝する立場に立ち、万宇宙の前に幸福の条件をつくってあげるためには、皆さんがしっかりと準備しなければならないのです。

22 私たちは、「天国を成し遂げた」と言って笑う声が、三千里半島と全地球上に高々と響き渡る、その日のために行進しなければなりません。このような立場にいる私たちなので、休む暇がありません。御飯を食べていても、涙を流しながら痛哭寸る統一信徒たちにならなければなりません。なぜ、そうでなければならないのでしょうか。神様が願った(地上)天国を築いてさしあげ、イエス様と聖霊がすべては成し遂げることができなかった恨と、満足に食べることもできずに祭物の過程を経ていった千々万の聖徒たちが、地上天国を完成することができなかった復帰の恨を解いてあげるためです。そのようにしてこそ、彼らが解怨成就されるのです。このような途方もない内容を知り、この途方もない使命を背負った私たちに、休む暇がどこにあるのかというのです。脚が折れるとしても、死ぬとしても、全力を尽くして行かなければならない復帰の道が残っています。ですから、父母様は皆さんに「三年路程を行きなさい」と命じました。その道を行くときには、誰もが死を覚悟しなければなりません。一片丹心で自分が立てた志を果たすためには、寝ずにおなかをすかせながら、冒険をしてでも行かなければなりません。このような事情を展開させたこの師にも、責任があります。ですから、父母様が願うのは、皆さんがそのような立場に立つとき、誰かに対して不平を言ってはいけない、ということです。皆さんはそのような立場で倒れ、犠牲になっても、嘆いてはいけないというのです。天国を建設するために足場を築く勇士に対して、どうして怨讐の矢が向かってこないでしょうか。どうして怨讐が自らを包囲することがないでしょうか。そのようなことがあり得るというのです。しかし、師のために、神様のために生きる思いは、自分自身のためのものではなく、この民族のためのものであり、世界のためのものです。ですから、その場は神聖な場です。たとえその道が遠くても、近道を探し求めて、喜んで行かなければならないのが、統一勇士たちの歩みです。

23 父母様は、イスラエル民族の立場である大韓民国とこの民族が、責任を果たせない立場に立つのではないかと心配しています。皆さんを前に立てて、栄光があれば、その栄光を先に皆さんに与えたいのです。それを知って、第一次七年路程の残りの四年期間を歩まなければなりません。今は皆が疲れてしまいかねない時なので、さらに奮闘しなければなりません。

アダムとエバが堕落して、カインとアベルという実を結んだので、これを、食口たちを中心として蕩減復帰しなければなりません。祝福家庭を中心として蕩減復帰しなければならないというのです。もし各地域において、他人が行こうと行くまいと忠誠を尽くして進む孝子、孝女の家庭があるとすれば、その家庭は、その目的に向かって、父母様に代わり、涙と血と汗で民族的な恨の峠を越えていきつつあるとみなすことができます。この民族のために、涙で福を願いながら、一日一日を感謝して暮らす人がいるとすれば、その人は父母様の相対になります。そのような人々によって天的な歴史が(峠を)越えていくようになります。ですから、第一次七年路程の後半の四年期間、皆さんは責任を果たし、民族的な勝利的主管者にならなければなりません。そうすれば、民族的な勝利の日を皆さんが迎えると同時に、神様が迎えるようになります。皆さんはこれを知って、「日久月深(イルクウォルシム)」(願いが時とともに強くなる様子)で祈らなければなりません。そのようなことが終わったあとは、世界的な勝利的主管者にならなければなりません。それによって、万民がそのような恵沢圏内にとどまるようになって神様をたたえる時、私たちは初めて解放されるのであり、「神の日」を完全な勝利の日として立てるようになるのです。

24 父母様は、一九六五年十二月三十一日と一九六六年一月一日の両日にかけて、韓国の七カ所に聖地を立てました。このような基準を立てて、国家的基準において個人復帰、家庭復帰、氏族復帰が始まったのです。私たちは、神様が取り得る個人的な勝利の基盤、家庭的な勝利の基盤、氏族的な勝利の基盤、民族的な勝利の基盤を備えなければなりません。ここにおいて氏族は、統一教会の祝福家庭を意味し、民族は、このような氏族によって形成された統一民族を意味します。今後、私たちは、統一民族を編成しなければなりません。ですから、私たちは、韓国でカイン・アベルが立てるべき天的な位置と中心を蕩減して立てなければならないのです。このような使命分野に向かって総進軍することが、第一次七年路程において果たすべき使命です。

25 第一次七年路程出発の最初の年の標語が、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」です。これは男性として、母を探し求めようということです。二年目の標語は、「父の代身者となろう」です。初めてお母様を探し出したので、復帰された天国に向かって、父なる神様の代わりに役事できるのです。これは、お父様の一生について語った言葉です。三年目の標語は、「見せてあげて誇り得る者となろう」です。見せてあげて誇れるのは息子、娘です。これは、皆さんの復帰路程を中心として語った言葉です。ですから、この標語は皆さんの標語と同じです。皆さんは、第一次七年路程を中心として、天のみ前に生涯最高の年にしなければなりません。失われた男性によって失われた女性を探し出す、最高の年にしなければなりません。そうして、神様の代身者になり、見せてあげて誇らなければならないのです。その次には、勝利的主管者にならなければなりません。四位基台を完全に復帰したので、勝利圏を主管しなければならないのです。一九六〇年にお父様が「今回の七年路程が過ぎれば、私が必要とし、私が動かせる完全な基盤ができるだろう」と話したとき、皆さんは夢のような話だと思いましたが、今見れば、その時に話したとおりになっています。

26 第一次七年路程を勝利しましたが、父母様は七年路程において血の涙をたくさん流しました。いくら難しいことがあるとしても、夜も昼も一つの目的を達成するために駆け回りました。「誰々が行かない」と言って恨むこともなく、「友達がいない」と言って恨むこともありません。神様が既に定めた摂理の結果を収めるべき使命があるので行くのです。そうして、この世界に広がっている善の結実を収めなければなりません。心情の鎌で刈ることによってこのような結実を収め、分かれた自らを統一し、分離した天情と人情を統一しなければなりません。私たちの体自体は、たとえ切れ味の良くない鎌の刃先だとしても、収穫するときに用いられる道具としての実体にならなければなりません。このような実体を通して、今日、滅びていく世界を正しく導き、神様の心情を中心として、新しい中心の世界に越えていかなければなりません。それが統一教会員たちの使命です。

27 私たちは、一九六〇年を中心として新しい勝利の基盤を準備することができました。すなわち、二千年前にイエス様が願った基準を、この地上で復帰できる摂理の基盤を準備したというのです。このような途方もない歴史的な基点が準備できたので、一九六〇年から新しい歴史時代に入るようになりました。第一次七年路程の七年間に、民主主義が世界を収拾できず、共産主義が世界を支配するようになれば、すべて滅びるようになります。ですから、皆さんは、滅びつつあるものを栄えさせ得るこの七年の期間を中心として、民族を復帰し、国家的な民族形態を形成しなければならず、ひいては世界が一つになれるようにしなければなりません。この七年の期間内に、すべて復帰しなければなりません。イエス様がこの地に来て願ったことは、イエス様自身を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を探し出し、その探し出された「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を中心として、サタンが讒訴できない絶対的な権限をつくり、神様のみ前に栄光をお返しできる「神の日」を探し出すことでした。これをイエス様が願ったので、私たちはこの目標を中心として、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を立てたのであり、第一次七年路程を越えるために、一九六八年一月一日を「神の日」として設定したのです。

第二節 国家・世界復帰の基台を築いた第二次・第三次七年路程

第二次七年路程と私たちの責任

真の父母様は、第一次七年路程は父母の路程であり、その後、一九七四年までの第二次七年路程は子女の路程でもあると語られた。特に、この期間の年頭標語である「全面的な進撃をしよう」、「勝利的統一戦線」、「統一基盤確保」、「統一戦線守護」にもよく表れているように、国家復帰の基台造成のために全力を傾けた期間である。第二次七年路程は、祝福家庭が氏族(的)メシヤの使命を果たし、先祖の位置を復帰しなければならない期間であった。この期間には、民族・国家復帰の基盤を築くために、まず氏族を復帰しなければならないと語られた。

1 一九六〇年から一九六七年までの第一次七年路程では、父母が縦的な基準を中心として勝利しました。ですから、第二次七年路程は皆さんの時代です。ここからは、皆さんが横的に闘わなければなりません。第二次七年路程は長成時代です。歴史はいつでも、二番目を中心として決戦を行いました。それと同じように、韓国がどうなるかという問題が、第二次七年路程にかかっています。第二次七年路程が終わる一九七四年までには、韓国が統一教会のみ旨に協助しなければなりません。そのようにせずにみ旨を遮り、この原則に符合しなくなるときには、神様が許さないでしょう。このような基盤を中心として、私たちは前進しなければなりません。第二次七年路程が終わる時には、国家基準を越えなければならず、第三次七年路程を越える時には、世界基準を越えなければなりません。第三次七年路程が終わるのは一九八一年です。その時までには、世界基準を越えなければなりません。これは、原理の軌道を蕩減復帰するに当たって、横的に過ぎ去った歴史を再現しなければならないからです。

2 第一次七年路程を通して、「神の日」、「父母の日」、『子女の日』、「万物の日」を成就することにより、イエス様が果たせなかった父母の役割を果たせる責任基準を立てておきました。その次には、真の父母として責任を果たした勝利の基盤に従って、子女たちもその国を探して立てられる時まで、これを内外で一つにしなければなりません。そのようにしてこそ、イエス様がこの地上で生きて成就すべきであった本来のみ旨を完結するというのです。真の父母が勝利した基盤に従って、子女たちがその基盤を再び国家基準を越えられるところまで築いていくのが第二次七年路程です。ですから、一九六八年から七年の期間は、国であれば国の全体分野まで、イエス様当時のユダヤ教が反対し、イスラエルの国が反対した基準を越える期間に該当します。

3 一九六八年からは、家庭的な十字架を背負っていく時です。六千年の歴史は、個人的に十字架を背負つてきました。しかし、家庭的に十字架を背負っていくべき期間が残っているというのです。今までその十字架を、誰も背負おうとしませんでした。イエス様も、民族と国家に代わる十字架を背負い、家庭を築いて、世界に向かって進まなければなりませんでした。しかし、民族と国家の十字架を背負って亡くなられたので、再蕩減しなければならないのです。それによって、個人的な十字架の道、家庭的な十字架の道が残るようになりました。このように、六千年の歴史が険しい峠の道を経てきたので、両面的な蕩減をしていかなければなりません。これをするために、お父様は一九六〇年まで、個人的な十字架の道を歩んできたのです。この十四年路程は、ヤコブが歩んだ十四年路程と同じ期間です。その期間を越えてこそ、家庭を築いて、その家庭の四位基台を中心として地上に定着し、伸びていけるのです。

4 一人の完成格の男性の前に、一人の完成格の女性として、お母様を連結させるための期間が第一次七年路程です。この第一次七年路程が、父母様の家庭基準を設定する期間だというのです。ですから、その時期に父母様が神様を中心として家庭を築いたのです。その時になって、ようやく四位基台の復帰形態として、地上に一つの家庭的な基点を構築しました。この父母様の家庭を中心として、祝福家庭が完全に団結しなければなりません。家庭を中心として、完全に一つにならなければならない期間が、第二次七年路程です。第二次七年路程は、父母様の家庭を中心として、祝福を受けた家庭が完全に一つになるべき期間だというのです。完全に一つになって、一つのアベル圏になり、民族基準を再び収拾しなければならないのです。

5 一九七四年までの第二次七年路程の期間には、大韓民国の復帰と天国基盤をつくらなければなりません。復帰は、霊と肉を中心として行わなければなりません。ですから、教会的にはみ言を中心として霊的に、世界的には思想を中心として肉的に動かなければなりません。そのため、民主世界がもち得ない勝共思想を、統一教会が掲げていくのです。これは、モーセが出エジプトをする時、彼らを導いてくれた火の柱と雲の柱に該当します。火の柱と雲の柱を中心として、外においては世界共産圏を屈服させ、内においては家庭の法度を立てるのです。これが世界舞台に連結されていくようになれば、地上天国が完成するのです。

6 男性や女性が復帰されたとすれば、一人の新婦と新郎を迎えなければなりません。そうして、真の父母の位置が決定されれば、この真の父母を中心とした真の氏族と真の民族を編成して、復帰していかなければなりません。このようにするためのものが第一次七年路程でした。このようにして、民族編成を終えたあと、国家的基準の蕩減条件を立てることによって、国家的な限界線を越えることができる時代圏内に入るのです。このような国家圏内から世界に越えていける運勢が私たちの前に近づき、韓国がアベルの立場に立つようになったので、カイン的なサタン世界と神側の霊界が、一つの国を形成するための統合運動をしなければなりません。世界人類が、このような責任を中心として協助できる新しい時代に入ります。ですから、今から統一教会員たちが行く道には、今まであった哀れで悲惨な歴史過程はないというのです。第二次七年路程において私たちは、世界的な復帰の限界点を越えなければなりません。神様のみ前で、皆さん自身を中心として、民族的な限界点を越えて責任を果たしなさいというのです。そして、祝福を受けた人々はみな、家庭的メシヤの責任を完遂しなければなりません。

7 皆さんが今まで歩んできた第一次七年路程は、イエス様を中心として解怨成就するための蕩減復帰の条件として消耗されましたが、これからは、皆さん自身を中心として蕩減復帰し、自らの願いを解怨成就するための時代に入ります。ですから、皆さん個々人は氏族メシヤになり、世界的な出発をしなければなりません。それゆえ、皆さんがこのような使命をもって世界に向かう道は、神様のみ旨を伝えながら反対を受ける道ではなく、歓迎を受けながら行ける道になりました。そのような時代圏内に移されたというのです。これが、真の父母を中心とした世界的な復帰の限界点であり、七年の期間を中心として、その基準を越えるようになったのです。

8 一九六八年から第二次七年路程が始まったので、その時から子女の路程が始まりました。子女は、父母が歩んだ路程を見本にして歩まなければなりません。失われた信仰の子女を復帰し、父母の祝福を受けなければならず、万物の祝福まで受けて使命を引き継ぎ、安息の年を迎えなければなりません。もし、これを一九六八年からこの七年間でできなければ、二十一年に延長されます。「神の日」は、真の父母様が神様の実体として現れる日なので、人間に屈服しなかったサタンが、神様の実体となった真の父母様に屈服する日だというのです。この「神の日」を立てることによって、天使がアダムに屈服し、カインがアベルに屈服したという条件が立てられました。第二次七年路程は、復帰された長子の立場で出発する期間です。過去には、次子の立場で長子の位置を奪わなければならなかったので迫害を受けましたが、今や長子の位置で福を分け与える立場になったので、私たちを憎むこともなく、迫害もしないでしょう。そのような時になりました。今や応じなければ、たたいてでも天の子女として復帰すべき使命が長子にあるというのです。第一次七年路程で父母様がメシヤの使命をもって役事したように、第二次七年路程では、皆さんが氏族復帰のためのメシヤの使命を果たさなければなりません。

9 天のみ前から追い出された群れ、天が立てなかった人々を探し出して、彼らを救ってあげるために行く路程が第二次七年路程です。また、イエス様が追い出されていない立場で探し出したのと同じ基準を立てるために、統一教会の息子、娘たちが出動して第二次七年路程を歩むのです。今は氏族を復帰する時です。父母様が皆さんに「全面的に進撃しなさい」と言いましたが、それは今の時が、イエス様が漁夫を訪ねて弟子にし、教会を築いて家庭的な基盤を立て、全面的に進撃しなければならなかった時と同じであり、地上でも準備が整い、霊界からも協助するようになっているので、完全な作戦を行うことができるからでした。父母様は、一九六〇年から一九六三年の間に祝福をしてあげることによって、家庭復帰の基準を立てました。したがって、食口たちも第二次七年路程が始まった一九六八年から三年間、すなわち一九七〇年までにこの基準を立てなければならないのです。

10 第二次七年路程では、民族のために忠誠を尽くしたそれ以上の忠誠で、自分の父母兄弟と親戚を復帰しなければなりません。すなわち、氏族全体を神様のみ前に復帰しなければならないというのです。今まで、皆さんの先祖たちは、神様の全体的な復帰摂理と何の関係もない先祖たちでした。しかし、皆さんが氏族を復帰することによって、真の氏族的な父母の使命を完遂するようになり、霊界の善の聖徒たちも、皆さんと共に再臨復活の恵沢を受けられる特権的な恩賜が広がります。そうして、善の先祖たちが地上に無数に再臨できるようになるのです。そのような時代が来るので、悪のサタン世界は次第に消え、統一の運勢が新しい世界に次第に越えてくるようになります。ですから、原理的に見るとき、私たちの活動いかんによって、一九七四年までに急進的な発展をするでしょう。

11 国家的な次元で勝利の基準を定めたあとに、第二次七年路程を中心としては、父母様の家庭ではなく、祝福家庭を立たせました。ですから、国のためにその家庭がどのように立つべきかを教えてあげなければならず、国のためにその家庭がどのように奉献して、どのように公的な道を行くべきかを、国民に教育しなければなりませんでした。そのため、祝福家庭全体が動員されました。第二次七年路程は家庭的な路程なので、全祝福家庭が動員されたのです。一九七〇年に入ってから三年間は、全祝福家庭の妻たちが、子女と夫を残して出動しました。お母様と同じ道を行かなければならなかったからです。夫と暮らし、息子、娘を抱えて暮らしていた家庭から離れる時は、夫が怨讐であり、息子、娘が怨讐でした。ですから、あらかじめ怨讐視したのです。このように、前もってすべて決定しておいたので、彼らが怨讐として現れたとしても、サタン側になりませんでした。サタンの条件に引っ掛からなかったというのです。それが愛でした。聖書にある「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一〇・三六)というみ言が、統一教会ですべて成就されたのです。これは、言葉だけではありません。歴史がそのようになっています。

12 一九七四年は、第二次七年路程の最後の年です。内的な第一次七年路程に外的な第二次七年路程を結びつけることを、今まで私たちがしてきているのです。それが一九七四年までです。結局は、統一教会の祝福家庭が第一線に進み出て、総力を挙げてサタンと対決する時期です。ですから、一九七〇年、七一年、七二年のこの三年間、統一教会のすべての祝福家庭の夫人たちは、子女たちと夫、家庭をあとにして出ていったのです。父母様がその基盤を引き継いで、世界的にようやく父母と子女が一つになれる霊的起源を整えたので、その基盤に乗り、アメリカという国を中心として作戦を行うことができたというのです。父母様がアメリカにまで来て、このようなことができるというのは、イエス様がイスラエルの国とユダヤ教と霊的に一つになり、ローマに入城して、死なずに伝道するのと同じなのです。

13 一九七四年までの二度の七年路程は、ヤコブの十四年路程に該当する期間です。ヤコブは十四年の期間を通して家庭を探し出し、天地に錨を下ろしました。それと同じように、統一家が第二次七年路程を経ることによって、家庭を中心として初めて、この地上に完全に錨を下ろすのです。統一教会の祝福を受けた家庭は、どんな家庭よりも幸せで、誰よりも徹底した愛国と愛族の群れであり、神様のみ旨を立てて世界を愛し、人類を愛する群れであることが公認される時が来ます。そのようになれば、祝福家庭が初めてイスラエルの権限をもって、地上に錨を下ろし、足場を固める時になるのです。第二次七年路程を成功裏に完成すれば、神様の祝福が大韓民国と統一教会に集中することは決定的でしょう。その時は、反対していたイスラエルの国や反対していたユダヤ教と同じように、反対していた大韓民国と反対していたキリスト教の前に、統一教会が対等な位置に立つのです。対等であるだけでなく、統一教会が優位に立つようになるので、その教会と国が付いてこなければ滅びる運勢圏を迎えるというのです。

14 第二次七年路程が終わる前の三年の期間は、世界的な七年路程に前進するための準備期間です。この第二次七年路程の終わる前の三年路程の期間は、世界的な七年路程を本格的に出発するための準備期間でした。これは、イエス様が生きていた当時、ユダヤの国を一つにし、ローマの国を一つにできる基盤を連結させるときの霊的基準に代わる立場です。それでは、イエス様の時と今の時は、どのような違いがあるのでしょうか。イエス様の時は国家的時代でしたが、今の時は世界的時代です。そのような違いがあります。ですから、この三年路程を中心として、民主世界を代表するアメリカに来てこのような基盤を築くことにより、勝利できることを見せてあげたという点において、歴史的意義があるというのです。

15 アベル世界、神側の世界が民主世界だとすれば、カイン世界、サタン側の世界が共産世界です。私たちがアメリカで勝利して、この第二次七年路程を越えていくようになれば、霊的基準において世界的なサタン世界は、後退しなければならない段階に入ります。共産世界は、世界的な実体基盤をもっている一方で、私たちは、いまだにその基盤をもつことができていません。そのため、共産世界が私たちに反対している立場で、皆さんが知らないうちに、父母様は共産世界と闘える基盤を立てるように急がせていることを知らなければなりません。アベルの立場であるこの民主世界は、共産世界と対立した立場で、霊と肉に分かれているのと同じなので、私たちが霊的な面において占領していくに従い、肉的な面においても、ここに関係をもって勝利し、占領できるようにしていかなければならないというのです。

第三次七年路程と私たちの責任

真の父母様は、一九七五年から一九八一年までの第三次七年路程を設定し、世界復帰の基盤を築く期間であると語られた。第一次七年路程は家庭的に、第二次七年路程は国家的に、第三次七年路程は世界的に摂理の基盤をつくるための祭物の期間であるため、み旨のためにみな、生きた祭物にならなければならないことを強調されたのである。

真の父母様は、第三次七年路程では、内的勝利基盤の上に、実体基準一体化運動を通して、一つの世界に進むと語られた。内的勝利は真の父母様によって成し遂げられ、外的勝利は子女の立場である食口たちが成し遂げなければならないということである。真の父母様が主管される内的基準を中心として、全身全霊をかけて実体基準一体化を果たすことを願われたのだった。特に、この期間を土台にいかなる犠牲があるとしても、民主世界を越え、共産圏を越えてこそ、天の勝利圏を立てることができると語られた。

16 一九六〇年にお母様を迎えたのは、旧約時代の完成とイエス様の時代の新婦圏を立てたことになります。このようにして、長成期完成級で堕落した基準を越え、世界的完成基準、世界的第三次七年路程を越えていかなければなりません。父母様の家庭を中心として、アダム家庭から蘇生と長成と完成の二十一年の期間、一九六〇年から一九八一年までの三次の七年路程が、地上で必要なのです。その二十一年路程が、アダムの時代、イエス様の時代、再臨主の時代まで、三次にわたって六千年歴史を越えていく条件です。すべて平面的に清算しなければなりません。

17 第一次七年路程は、父母として責任を負う時です。父母の家庭が完全に定着する期間です。第二次七年路程は、子女たちの家庭が完全に基盤を築く期間です。そして、第三次七年路程は、氏族と民族が定着する時だというのです。この大韓民国が定着するためには、世界が大韓民国のために協助できる垣根にならなければなりません。

18 お父様が地上にいる間に、いかに国家復帰と世界復帰をするかが、私たちの使命です。七年路程は三次にわたって行かなければならないのですが、第三次七年路程までに世界に現れなければなりません。ヤコブが霊的な天使を屈服させ、カイン側の兄エサウを屈服させたのと同じように、私たちは、世界的なサタンを屈服させて、共産世界を屈服させなければならないのです。ヤコブが自分の生命を懸け、死を覚悟して天使と夜を徹して闘い、勝ったのと同じように、私たちも死を覚悟して闘わなければなりません。ヤコブが打たれたのと同じように、統一教会も多くの犠牲を払わなければなりません。そのような覚悟をしなければ、世界を救うことはできないというのです。お父様の一代において、栄光で出発すべきみ旨の道でしたが、キリスト教が信じないことによって、二千年間、イスラエル民族が歩んできたものを、二十一年路程で蕩減してくる道が三次の七年路程です。

19 父母様がすべて責任をもって闘って勝った基盤の上に、皆さんが行かなければならない第三次七年路程が残っています。皆さんが七年間、アメリカを中心として思いどおりに活動できる基盤ができています。堕落した立場にいるこの地上の人間を復帰するに当たって、皆さんが世界を代表し、アメリカを天のみ旨の前に立て、世界的な一国を復帰したという条件を成立させることによって、皆さんは神の国の国民になり、神様の息子、娘になれるのです。このような特権を皆さんに与えようとして設定したのが、世界的な第三次七年路程です。皆さんは、天の国の建国の勇士にならなければなりません。この原理原則を中心として、世界は回っていくのです。

20 統一教会は、一九七五年から霊肉を中心とした世界舞台に前進できる時に入っていくようになります。共産世界にまで進撃できる門が開かれるのです。父母様は、世界基準を越える十分な条件を立てました。一九七五年から第三次七年路程に入ります。第三次七年路程の三年の期間に、統一教会員たちは、父母様がアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンで行ったように、問題を提示しなければなりません。この三年路程を、皆さんが実際に行かなければならないというのです。

21 一九八一年、第三次七年路程が終わるまでに、私たちは、中心と完全に一つになって、自分自身を犠牲にするとしても、感謝する心をもってこの道を突破しなければならない歴史的な課業を背負っています。アメリカという国、もしくはある特定の国が、あるいは世界が突破できないことを、私たちが突破しなければならないというのです。一九八一年までにそのような舞台を築くことができるか、これは深刻にして困難な道に違いありません。しかし、神様がいて、原理がそのようになっているので、これはできるようになっているのですが、皆さんがどれほど父母様と一つになっていくかという問題が、その成否を左右するというのです。皆さんは歩みながら倒れることができますが、父母様がそのようにすることはできません。

22 どんな犠牲があっても、第三次七年路程までには民主世界を越えて、共産圏を制圧できる基準を越えなければなりません。このような基準を越えなければ、天の勝利圏を立てることができません。勝利できないというのです。言い換えれば、共産圏の侵犯を受けるようになれば、条件的な侵犯だとしても、それはサタンが侵犯することになるので、私たちは、共産圏を完全に制圧できる基盤を築いて、越えていかなければなりません。このような点において、父母様がアメリカで第三次七年路程を中心として整備作業をしているのは、完全に勝利するためです。上院と下院を中心とした内的基盤を強固にするとともに、全国を反共体制で強化させて、どのようにして引っ張っていくのか、これは第三次七年路程において私たちが果たすべき使命です。

23 父母様は、第三次七年路程において、アメリカを中心とした活動体制を強化しなければならないと考えます。そのようにしなければ、韓国は行く道がありません。ですから、一九八一年までは、世界的基盤を築いていかなければなりません。一九八一年は、三次の七年路程の二十一年を締めくくる年なので、この時までに国を越えて、世界にまで発展できる基盤を築かなければなりません。世界的蕩減路程を経なければ、世界的宗教として登場することはできないのです。神様が統一教会の上で摂理してこられるとすれば、私たちは、必ずそのような条件的な公式路程を通して、行くべき責任を果たさなければなりません。この責任を果たすことに、あらゆる精誠を尽くして歩調を合わせなければ、その国の民、その世界の人類になることはできません。ですから今、この闘いをしているのです。

24 第三次七年路程において活動したと認定を受けることは、この上なく偉大なことです。この期間に氏族メシヤの立場で家庭教会を勝利して進み出るときには、それこそ皆さんは、万世に誇り得る先祖になります。もし第三次七年路程を勝利で終え、新しい国への入籍が行われれば、すべて父母様に付いていくというのです。国境を超越し、すべての氏族と民族を超越して、そのまま父母様に付いていける特権が与えられるのです。皆さんが第三次七年路程で勝利すれば、世界に現れることができます。いつでも先祖になれるのではありません。驚くべき時代が、皆さんの目前に近づいてきていることを知って、皆さんは第三次七年路程の期間に、精誠の限りを尽くして同参しなければなりません。

25 第三次七年路程の期間に、何としてでも世界舞台に向かわなければなりません。神様はもちろん、霊界にいるイエス様や数多くの霊人たちも、「今やここまで来たのだから、もう一歩だけ行こう。あと一歩で越えよう」と言うのです。このことについて私たちが霊界に対して祈るように、霊界でも地上に対して祈っているというのです。ですから、統一されるのです。今までは、私たちが霊界のために協助しましたが、今や霊界が私たちを協助するというのです。

26 お父様が一九七一年十二月十八日、アメリカの地に来て感じたその時の心情を、皆さんももっていかなければなりません。お父様がアメリカの地において足を踏み締めて誓ったのと同じように、皆さんもそのような覚悟をもって、第三次七年路程が終わるまで、影響を及ぼすことができる活動をしなければなりません。ですから、世界宣教に出ている若者たちにも、「責任を果たせなければ帰ってきてはいけない」と言いました。皆さんも、父母様が後援しなくても、自分が責任をもった州で必ず大きな影響を及ぼそうという信念をもちなさいというのです。皆さんは、アメリカのために、そして、統一教会と父母様、皆さん自身のためにこのことをするのです。決して後退してはいけません。

27 皆さんは、第三次七年路程を歩んでいますが、この路程は一九八一年までです。父母様は、皆さんよりも先駆けて歩みました。今は、お父様個人の責任ではなく、世界的な責任を担っています。皆さんが父母様を「父母様」と呼ぼうとするのなら、この七年路程を経てきてから呼ばなければなりません。その期間に何をするのでしょうか。神様が七千年歴史の中で、万物の復帰、人間の復帰、心情の復帰をしたので、私たちはこの七年路程において、経済の基盤を築かなければならず、人間の復帰をしなければならず、その次には、皆さんの愛を取り戻さなければなりません。

28 父母様が第三次七年路程を定めて行ったこととは何でしょうか。復帰の目的完成というその結果に向かって前進を誓い、家庭否定、国家否定、アジア否定、世界否定をしてでも、第二の推進力をもち得る愛の基点を残そうとしました。それが残るだろうかというのです。そうして、堂々と戻ってこられるかというのです。戻ってくるとすれば、どんな人として戻ってくるのでしょうか。権力をもつ権威者として戻ってくるのではなく、愛の勝利者として戻ってこようというのです。これこそ、お父様が結論づけた一つの基準でした。それが真の愛です。自分の子女を愛する以上に父母を愛し、父母を愛する以上に氏族を愛し、氏族を愛する以上に民族を愛し、民族を愛する以上に国家を愛し、国家を愛する以上に世界を愛しなさいというのです。

第三節 四十日啓蒙伝道と全国巡回復興会

四十日伝道の出発

真の父母様の聖婚以降、一九六〇年七月二十日から始まった夏季四十日啓蒙伝道活動は、全国に民族復帰の火種をつける契機となった。全国四百十三地域に六百五十九人が派遣された。ソウルでも家庭訪問と原理講義を継続し、パゴダ公園(現在のタプコル公園)など、主要な公園で伝道が実施された。食口たちが真の父母様と共に四十日間、麦だけの御飯を食べながら、あらゆる苦難と迫害に打ち勝ち、心情的に一体化した期間だった。

1 アダムからイエス様までの四千年歴史、アブラハムから今までの四千年歴史を蕩減するための蕩減期間として立てたのが、四十日伝道期間です。このような峠を越えていかなければならないのですが、行く道は一つしかありません。いくら広く、何千里にもなる道でも、最も早こは一つしかないというのです。蕩減の道も同じです。四千年路程があり、四十年路程がありますが、それは四十数を中心とした期間です。この峠を越えるためには、近道を築かなければなりません。この代表的な期間が、四十日伝道期間だというのです。

2 夏であれば夏、冬であれば冬を中心として活動した四十日伝道期間が、歴史的な期間になるでしょう。この期間に、皆さんは誰も越えられない峠を越えていかなければならず、誰も行けなこを行かなければなりません。そのようにしなければ、復帰の山頂を越えていくことはできません。これが問題です。この道は、必ずや行くべき道です。生きている時に行けなければ、死んでからでも行かなければならなこです。天の道を訪ねていく人々は、いつでも孤独な人々です。自分の周囲のすべての環境がいくら整然とそろっていたとしても、自分自身が越えていくべき峠において、それを克服できる装備をそろえていなかったり、その山頂より低い基準に立ったりすれば、その人は必ず敗北者の行路を歩むようになります。ですから、責任をもった人々はいつも深刻なのです。皆さんが統一教会の食口の一員として付いていくのは簡単かもしれませんが、責任をもった人々は全体を率いて導いていかなければならないので、いつも深く眠ることができません。その責任者がどのようにするかによって、勝敗の結果が左右されるのです。

3 統一教会は、一九六〇年から本格的に夏期四十日伝道活動を始めました。その理由は、私たちが今日のすべての環境に支配されてここで終わるのではなく、未来に拡張しなければならないからです。そのために、世界的で全体的な分野に関係を結ばなければならないというのです。活動するすべての存在も、現在、現れたその時代だけでなく、未来を象徴し、世界全体、制限された環境全体を象徴し、過去を象徴して、一つの代表的な表象として現れています。ですから、皆さんは過去を代表しているというのです。歴史時代を代表し、この世界を代表し、未来を代表して生きているというのです。そのような人生を生きる存在が貴いのです。

4 皆さんは、夏季四十日伝道期間に麦飯を食べなければなりません。皆さんは祭物にならなければなりません。祭物は、自我意識と所有観念があってはいけないのです。私たちは、僕の位置を経て、養子の位置を経たあと、息子、娘の位置に進まなければなりません。イエス様は祭物として亡くなられました。祭司長になろうとしたのですが、民たちの不信によって祭物として亡くなられたのです。再臨主は、祭司長の資格で来られます。そうして、子女の位置に進むのです。一九六〇年一月一日の朝、お父様は皆さんに、「三年間、服役する立場に立ちなさい」と言いました。「心では父母の心情をもち、体では僕の立場に立って、血と汗と涙で祭物になり、祭司長の位置に進んで贖罪の責任を負い、息子、娘の位置に進んで父の代身者となってサタンを審判しよう!」。これが私たちの標語であり、実践要綱です。皆さんは父の心をもった息子、娘として、血と汗と涙を流さなければなりません。血と汗と涙で道をぬらし、血と汗と涙で村と村を連結しなければなりません。

5 皆さんが真の父母の息子、娘になるためには、蕩減法を通し、父母の骨髄を通して出てきたという原理的な条件を立てなければなりません。そのようにしてこそ、息子、娘の位置に出てくることができるのです。このような条件を立てる期間が、一九六〇年を中心に、一九六一年と一九六二年の三年間にわたって行った四十日伝道期間でした。この期間には麦飯を食べました。なぜ麦飯を食べなければならなかったのでしょうか。この三年間が蕩減期間だったからです。この期間は、父母様の直系の子女を中心として四位基台を復帰して越えていく期間であり、皆さんは父母を中心としたカイン・アベルの関係を立てて、カイン・アベルを一致化させていく期間でした。

6 解放以後、民族の哀しい歴史に対して代表的な責任をもち、民族が望む基盤を願ってきた道があるとすれば、それは統一の道であり、そのような集まりがあるとすれば、統一教会しかありません。このように歩んできた統一教会なので、滅びることはできません。私たちが伝道に出掛けた時、老若男女を問わず、すべての人に追われました。嘲られる悲しみによって込み上げる涙が露のようにたまり、落ちていくやるせなさを抱いてきたのです。朝日を見つめながら、あすには輝く日の光を浴びる自分の姿を希望とし、きょうは悲しみの日、忍耐の日、きょう訪れる夜は十字架の時間として、これを克服することを数十年経ながら今まで生きてきたのです。このように追われてきた統一の群れが、何か分かりませんが、韓国で愛国、愛族の群れとして認められるようになりました。私たちが国のために闘い、努力していることが認められたというのです。ですから、今や宗教団体を語るとすれば、統一教会を抜きにすることはできないでしょう。排斥していた群れがひざまずいて、涙で歓迎する基盤を築いたのです。

真の父母様の地方巡回

真の父母様は、一九六〇年の夏季四十日伝道に合わせ、七月三十日から八月十九日までの二十一日間、ジープ型の単に乗って全国の伝道地域を巡回し、啓蒙隊員たちを激励された。開拓の第一線に立つ伝道師たちは、感激の涙で真の父母様の御一行をお迎えした。真の父母様は、夜が明けるのも気づかずに伝道師たちの活動報告を傾聴し、多くのみ言を語ってくださり、麦だけの御飯を召し上がるなど、食口たちと共に過ごしてくださった。このような真の父母様の地方巡回は、その後も続けられたのである。

7 お父様が皆さんを伝道に送り出し、巡回した一九六〇年がとても印象に残っています。最近は、巡回をしてみれば、大勢の人々が「お父様が来られる」と言って、通りに列をつくって挨拶します。しかし、それよりも、冷たい風の吹く所で寂しく立っていたみすぼらしいその時の姿、死亡世界に立つ見張り番のように、あるいは生命を懸けた天のみ旗のように、精誠を尽くし、頭を垂れて祈るその心に、神様が天地の縁を結んでくださるのです。このようなことを見れば、困難な立場にいるとき、神様と心情的な絆が結ばれることが分かります。エリヤも人々に追われ、追い出されて、「わたしだけ残りました」(列王紀上一九・一〇)と訴えた時、その心情の前に神様が同参してくださいました。このように、神様が共にいてくださったために、エリヤに勝利の決定権が新たに与えられたというのです。

8 お父様が二十一日間、地方を巡回した当時に考えたことは、「この道が、今は険しい山道だが、将来、大勢の人々が車で走るようになるとき、最高の道だと言える道を、統一教会の食口たちの手によってつくってほしい」ということでした。この道は、私一個人だけの道ではありません。連続的な道です。皆さんの中には、この道が一時的な道だと思って、自分なりに行く人がいるかもしれませんが、お父様はそうではありません。この道は、一時的な道ではありません。この道は、民族と人類と霊人たちと父が行くべき道です。個人と家庭と社会と国家の国民、そして、霊人たちと大主宰であられる神様がお出ましになるとき、その道を見て、「息子、娘が楽に行けそうだ!」と感じるようにしなければなりません。

9 お父様も、野宿をしながら地方を巡回しました。開拓伝道をする時には、全員がそのようにしました。ジープ型の車に乗って、夜も昼も二十四時間走るのです。寝る所もどこにもありませんでした。ですから、車の中で寝たのです。お父様は、そのような訓練ができています。所構わず眠ると露でぬれてしまうこともあるので、車で寝るのです。車に乗れば、そのまま休息です。目的地が三十分の距離でも、目さえ閉じれば、すぐ眠りに落ちるのです。

10 お父様は、地方教会を巡回するとき、統一教会員たちがあまりにも悲惨な立場で生活しているのを目にします。そのたびに、神様に「お父様、彼らと共にいてください。私がこのような環境を経てくるとき、あなたは私と共にいてくださり、私がお父様に代わってこのような立場に立ったとき、行く道が残っていると勧告されたではないですか。このような絆を彼らとも結んでください」と祈りました。皆さんの悲惨なその立場が、悲惨なだけで終わってはいけません。悲惨な立場でも、善を中心として勝利の凱歌を歌える姿で現れなければなりません。そのためには、悪の世界を根本的に審判できる神様の王子にならなければなりません。激しい風浪が打ちつける所に皆さんを追い立てなければならない、この師の立場をよく知らなければなりません。「私」が神様を愛し、神様が私を愛していらっしゃることを知るなら、世の中のいかなる貴い希望の場があるとしても、それを捨てて神様の心情をつかみ、訴え得る場に進まなければなりません。

11 私が地方を巡回するとき、涙で食口と向き合う時が多くあります。難しい環境でも耐えて歩むのを見れば、物悲しく思ったのです。悲惨であれば悲惨であるほど、その悲惨さの中で天と心情的に一体になります。父のために苦労しようと思い、食事を抜きながら父を呼ぶことができる場では、天の心が張り裂けるのです。み旨のために歩む中で、牢屋に閉じ込められ、むちで打たれて涙を流す拷問の場では、天の心情が爆発するのです。そのような場で父のみ前に孝子の名牌(名前や職名を記す木片)を打ち立てよう、忠臣の名牌を打ち立てようと決意しなければなりません。「歴史時代にそのような人はいなかったが、このような歴史的な心情の背後を知って天を慰労し、今までの歴史上の恨多き殉教の烈士たちを解怨成就してさしあげなければならない」と言いながら、「あなた方が行った道はこのようなものだが、私もこの道を行くことによって、あなた方を慰労し、あなた方の恨を解くという約束を、近い未来に必ずや成就してさしあげます」と誓うことができなければなりません。

12 お父様は、地方巡回をたくさんします。江原道(カンウォンド)の険しこを自動車で走りながら感じたことは、「道が少しだけ、一尺だけでも広ければ」、という残念な思いでした。それは、運転手と搭乗者が共通に感じたことでした。私たちは、個人や家庭がかろうじて通れる狭こを築いてはいけません。道を築くときに、さらに苦労して犠牲になったとしても、広く築かなければならないというのです。それでは、歴史的な運命の道を開拓する統一教会の食口たちは、どのような道を築かなければならないのでしょうか。私たちは、この民族と世界人類のために歩む開拓者です。皆さんには、目に見えないつるはしと熊手鍬を持たせています。子孫たちから、「これは、もう少しこのようにしてくれていればよかった」という評価を受けてはいけないのです。「私たちの先祖はどのようにしてこのような道を歩んだのだろうか」と振り返らせることができる道を築かなければなりません。皆さんは、そのような道を築かなければならない開拓者です。

13 お父様は、一九六〇年に二十一日巡回路程を歩んだことがあります。このような道を、今後、日本の食口たちに踏査させたいと思います。「この二十一日コースは、開拓伝道の当時にお父様が迫害を受けながら、ガタガタとジープ型の車に乗って通った山道だが、この道は聖地なので、あなたたちは靴を脱いで歩きなさい」と言えば、裸足で歩くのです。このようにしておけば、三千里半島の四方八方で待つ人々が道を埋め尽くすようになるでしょう。そのようになっていくようにしておいて、日本の次はアメリカ、というように、互いに競争させるのです。そうなれば、性急な人は、先に飛行機に乗ってやって来て待っていたりもするでしょう。そして、お父様が巡回したコースを裸足で歩かせる時が来るのです。皆さんは今、靴を脱がずにその道を歩いて通れることを有り難く思わなければなりません。今後、そのような時が来るというのです。エルサレムを歴訪するクリスチャンを見れば、道を歩くのも注意深く歩き、別天地の天国に入って暮らし始める気分で歩くのです。それを見れば、今後、この国、韓国が、どれほど素晴らしい国になるだろうかというのです。そして、今、イスラームの巡礼者たちが、マッカ(メッカ)のようなその砂漠地帯を相次いで歴訪しています。そのようなことを見れば、それよりさらに素晴らしい韓国になるでしょう。ですから、韓国を立派にしておかなければなりません。

伝道師修練会

第一回伝道師修練会が、一九五九年一月十日から二月二十日まで開催された。それ以降も、核心的活動要員の教育のために、伝道師修練会が数回にわたって行われた。勤めている人の場合は、夜間に行われた七十日修練を経て、同等の資格を得ることができた。特に、一九六一年十一月五日から十二月十四日まで行われた第九回全国伝道師修練会において、真の父母様は、一番の問題は神様とそのみ旨を知ることであり、そのためには歴史と時代と未来を知らなければならないことを強調され、永遠に残る人、み言、行動、理念、生活、心情の指導者になることを願われた。

14 私たちがみ言を学ぶ目的、人格を練磨する目的、心情を備える目的は、神様の心情を知ってサタンを打ち破り、サタン側にいる人を奪い返してくる人になるためです。そうしてこそ、サタンに対して勝利したという勝利の栄光を享受できるのです。悔しさを抱き、悲しみを抱き、恨を抱いて、間違いなく勝利しようという皆さんにして、怨讐を退治する時まで、総団結して闘い抜ける天の兵士にしようというのです。

15 自分が困難な環境に置かれているとしても、その環境を批判してはいけません。すべての環境と条件を消化する立場にならなければなりません。皆さんはそのようにしようと誓って進み出た身なので、不平を言ってはいけないというのです。自分自身だけを考えてはいけないことを知って、公的な立場を取って進まなければなりません。皆さんは、天地を身代わりし、全体のみ旨を身代わりした宇宙史的な立場です。ですから、責任をもつ立場で覚悟と誓約をしなければなりません。伝道師の修練を受けたあとは、指導者の立場に立って進まなければなりません。

16 修練生の皆さんは、この上なく悲しい立場にいる自分たちであることを発見しなければなりません。これを切実に感じなければなりません。そのような悲しい「私」であり、問題解決の焦点になる私だというのです。恨めしい歴史の子孫になったので、代わりに神様の恨に責任をもって解かなければなりません。裁きの場に行って、嘆かれる神様を慰労してさしあげながら、「この罪悪に染まった民族を裁かないでください」と言える心情がなければなりません。「私たちは、忠臣であり、孝子ですから、私たちを御覧になって、私たちと共にいる人たちを赦してください!」と言うことができてこそ、新しい時代に残る人になるのです。無念な神様を慰めてさしあげようとするので、無念な立場に立たなければならず、悲しい神様を慰めてさしあげようとするので、悲しい立場に立たなければなりません。「無限に嘆かれる神様をお迎えに行きましょう。無限に悲しまれる神様を慰めてさしあげに行きましょう。無限に悔しさをもたれる神様の恨を解いてさしあげに行きましょう」と言う息子、娘が現れてこそ、罪悪の歴史が終わるのです。サタンに対しては憤慨心をもっても、世界や人類のためには祈ってあげることができなければなりません。

17 神様は、第一線から息子、娘を訪ねてこられます。端から訪ねて上がってこられるのです。神様は、天民思想をもっている信仰者を必要とされます。皆さんは民族の底から歩まなければなりません。この世界をはっきりと見つめてください。世界情勢は、天の動きとともに回っていくので、皆さんは信念をもたなければなりません。お父様は、皆さんを最後の勝利者にするために、三年を期限としてこの道を開拓しているのであり、皆さんを修練させるのです。

18 私たちに悲しみがあるとしても、神様の悲しみを知る私たちは、それを嘆くのをやめましょう。民族の前に進み出て、「あなたたちのすべての悲しみを私たちに告げなさい」と言いながら、彼らの悲しみに責任をもち、死と犠牲と忍耐で防ぎ止めようと進み出る群れがいるとすれば、その群れは神様のみ旨を身代わりした生きる実体として、この地上の善と悪を審判できる主人になります。神様はどの民族、どの教派からそのような群れが現れるかと、六千年間、待ち望んでこられました。私たち以上に苦痛を受け、私たち以上に死の峠を越え、私たち以上に哀痛な曲折の心情を抱き、安息の基盤を探し出せないまま、苦しみながら訪ねてこられたのです。私たちは、このような父の姿を理解してさしあげなければなりません。父のこのような姿を知り、父が歴史路程において苦労されたのも「私」のゆえであり、この時代において摂理のみ旨のために苦労されるのも私のゆえであり、未来の希望のために苦労されるのも私のゆえなので、私のために苦労される父のみ前に孝子になるべき定めがあることを知らなければなりません。これに対して「万民に代わって責任をもとう」と言って立ち上がれる人たちだけが、新しい時代の役軍になるのであり、新しい時代の天の仕事を引き受けて処理できる人になるのです。

19 伝道師修練会を終えた皆さんは、韓国の各地に出発しなければなりません。国を思って憂える人は愛国者であり、神様を思って憂える人は神様の息子、娘です。国のために働く人は、国の将来のために心配する子女を生むのです。世界的に見るときにも、このような民族と国民をもった国は滅びませんでした。そのような人々だけが、古い歴史を正すことができます。皆さんは、神様の心情と願いと事情に一致する人にならなければなりません。自分の体と心の生活のことを心配しないでください。まず、訪ねていく村のことを心配してください。そこにも、神様の願いと事情と心情があります。皆さんの憂いは、罪悪の息子、娘たちを神様の息子、娘にするためのものでなければなりません。今日、個人、社会、民族、国家、世界を、神様が憂えていらっしゃることを忘れてはいけないのです。お父様は、四十年の生涯において、これを一時も忘れたことがありません。

全国巡回原理大講演会

一九六三年九月十六日から十月十三日までの四週間、秋季全国特別復興会が、三年の伝道期間を終結し、再出発の土台準備のため、千四百二十カ所で開催された。復興会は全国の八つの地区を四つずつ、南と北のチームに分けて進められた。九月十六日から二十二日までは、北の京畿(キョンギ)地区三百カ所と南の慶北(キョンブク)地区二百五十カ所で開かれるなど、十月十三日まで該当地区を中心として、復興会が集中的に実施された。真の父母様は、韓国が「統一原理」を中心に新たに生まれなければならないことを明らかにされ、韓国を、万邦にその名をとどろかせる世界摂理の中心国家にするため、倒れることがあっても三千万の民族を抱き、走らなければならないと督励された。特に、真の父母様の特別な関心の中で、大邱(テグ)原理大講演会が十二月五日から十一日までの七日間開かれるなど、数回にわたって集中的に開催された。

20 一九六三年九月から二十八日間、私たちは、南と北のチームに分かれ、全国的に特別復興会を開催したのですが、この国はいつ定着するのでしょうか。天が立てようとする理念が定着したあとにこそ、可能なのです。それまでは定着できません。天理がそのようになっています。神様が定着するまでは、この国も定着できません。神様のみ旨がこの民族の前にあるので、この民族の精神を指導している数多くの宗教が、神様のみ旨の前に定着できないとすれば、この民族も定着できないのです。

21 一九六四年四月、大邱で原理大講演会が成功裏に開催されました。神様が私たちと共にいらっしゃるので、勇気を出して闘わなければなりません。天地が変わっても、「私は不変だ」という信念をもたなければなりません。歴史と天と地にしみ渡ったアベルの恨を私の体で蕩減し、天の歴史を創造しようという信念に燃えなければなりません。神様の恨を解いてさしあげ、イエス様に代わってみ旨を成し遂げてさしあげようという信念に満ちていなければなりません。天と地はすべて神様のものであると同時に、私たちのものです。大勢が変わり、今や誰も私たちを迫害できなくなりました。山奥で飢えて苦しむ民の悲惨さは、正に過去の神様の立場と同じです。かわいそうな民を見るとき、手を握って痛哭しなければなりません。神様の子女になるべき彼らが、怨讐の前に抑えつけられているので、その悲惨さを見て、痛哭しなければならないというのです。皆さんは、飢えても落胆せず、彼らのために痛哭する忠臣にならなければなりません。神様と父母様の心情に代わって痛哭できる子女が、真の子女です。きょうの飢えと悲惨さは、未来の栄光と喜びになるでしょう。皆さんは、民族と国民を愛さなければなりません。父母様が生涯、天に対して抱いた不変の心を皆さんが手本とし、疲れることなく、青春(を謳歌できないこと)を嘆かずに、不変の心で血と汗と涙を流さなければなりません。

22 夏季四十日伝道期間に、できる限り全体が動員されなければなりません。時を逃さずに参加して、責任をもった立場で任された天の精兵の目的を達成してくれることを願います。父母様は、一九六四年に入ってから、三千里半島を歩き回りたいという思いが切実です。今が、そのような時なのです。ですから、去る四月に原理大講演会をして、地域長たちを再び配置しておきました。どのようにして一九六五年の一年間を闘い抜く準備をするかという問題のために、父母様はとても心配しています。今回も、二千人以上を動員するでしょう。この民族を生かそうというのです。

23 私たちは、民族と人類のために、天のみ前に忠孝の標本にならなければなりません。そのためには、歴史的な恨を解怨するために、私たちの生活が天を中心とした目的と観に一致しなければなりません。原理大講演会は、短い期間でしたが、勝利しました。カイン的な世界をアベルが屈服させるように、キリスト教を屈服させ、宇宙史的な勝利の神様にしてさしあげなければなりません。カインがアベルに屈服すれば、天使が本然の位置に復帰するようになり、創造本然のみ旨が成就されます。統一教会の信徒たちはキリスト教を屈服させ、み旨を成し遂げなければなりません。

24 神様が共にいる所は、最も困難な場です。私たちの若さを、神様のみ前に忠誠をもって捧げなければなりません。孝子になろうとすれば、若い時になりなさいというのです。お父様が神様をつかんで祈った心情で、皆さんも民族のために忠誠と孝行を尽くさなければなりません。これから入教する人は、困難な立場で忠誠を尽くした皆さんとは違います。お父様が青春の時、神様のみ前にすべてのものを捧げたので、皆さんも若い頃から神様のみ前にそのようにしなければなりません。お父様が今まで大邱でこのような原理大講演会ができなかったのは、時になっていなかったからです。今や大邱は、原理大講演会を通して霊的に一段落したので、皆さんは地方に帰ってキリスト教のために苦労することにより、彼らを自然屈伏させなければなりません。キリスト教は、霊肉共にカインです。数千年の土台を築いたキリスト教なので、皆さんはヤコブがエサウを自然屈伏させたその知恵で、屈服させなければなりません。

25 統一教会全体が一つになって、父母様の代わりに責任をもち、家庭を保護して、この民族と国家を統一の理念を中心として心情的に抱き、理念的にその位置を立てていかなければなりません。皆さんに天のみ前に責任を果たさせ、父母様が天と向き合ったその基準を、皆さんが動くことで延長させ、持続させようとするので、全体を動員することを皆さんに命令しました。ですから、一九六四年十月一日から実施する全国巡回原理大講演会の期間は、皆さんが責任を果たすことができ、天のみ前に今まで果たせなかった民族的な使命を、何らかの条件を立てて進められる一時だというのです。事実、私は、この三千里全土の数多くの教主たちと群衆の前で叫び、数多くの群衆を教育して三千里半島を動かし、三千万の民族の運命を解決したいという思いが強くありますが、一つの体ではそのようにできないので、皆さんがお父様の四十代の年齢を代表した者として、叫びながら天の使命を担えなかった恨を解かなければなりません。ですから、皆さんは今回の原理大講演会の六カ月の期間を中心として、蕩減的な条件を立てておき、至誠を尽くす生活をしなければならないのです。

26 一九六七年まで二十一年間、お父様が苦労したのは、ある一面では対社会活動ができる場を整えるために苦労したのだとみなすこともできます。その方法以外には道がありませんでした。そのように闘って収めた内容が公認されるとき、すなわち三千万の民族が認めるとき、その背後に非常に大きな内容があることを知るようになるでしょう。その時から、神様は実際に歴史を動かすようになるでしょう。ですから、お父様は統一教会員たちを苦労させているのです。このように導いてきた結果は、社会を中心として収められるでしょう。このことをしようとすれば、単純な社会人では駄目で、必ず核心要員が必要です。その補給路は、早くから神様が用意しておかれました。このような準備を通して、私たちは外的な基準を定め、内的な基準を備えなければなりません。今や、ある教会がいくら反対するとしても、彼らの思いどおりにはいかないでしょう。これからは続けて復興会を開き、彼らが統一教会を誤解していたと悟るようにしなければなりません。そうして、この社会に天的な絆を結ぶ環境を広げるのです。

第四節 祝福家庭の総動員活動

祝福家庭婦人三年総動員の意義

三十六家庭から七百七十七家庭までの祝福家庭の婦人が、一九七〇年十二月一日から三年間、総動員され、全国百二十カ所に十人ずつ、千二百人が配置された。真の父母様は、家庭を破綻させたのがエバだったため、女性を第一線に立てるのであり、妻が国のために苦労する際に、夫も息子、娘と共に愛国の伝統を立ててこそ、復帰された家庭として立つことができると強調された。また、特に祝福家庭の婦人に対しては、北朝鮮が再び南侵する危険性があるため、臨津江(イムヂンガン)が凍らないよう、任地で特別に祈りの精誠を捧げることを願われた。それ以降、千八百家庭と六千家庭、六千五百家庭、三万家庭など、すべての祝福家庭の婦人にも、このような伝統が継承された。

1 お父様が蕩減路程の道を出発する時は、家庭を犠牲にして出発しました。お父様が北朝鮮に向かって出発したのとは反対に、皆さんは女性の立場で、韓国のために家を離れなければなりませんでした。北朝鮮のサタン世界に向かっては男性が出発し、韓国のカインに向かっては相対的に女性が出発したのです。イエス様の願いは、三年の公生涯路程の中で、家庭的な土台を準備することでした。イエス様が後のアダムだとすれば、この後のアダムの前に、後のエバの基盤が形成されなければなりませんでした。そのようにして、後のエバが志をもって歴史的なイエス様に侍ってさしあげなければならなかったのですが、そのようにできませんでした。その三年の期間を蕩減する期間が、祝福家庭婦人たちの三年総動員伝道期間です。祝福家庭の婦人たちを三年間、動員した理由がここにあるのです。

2 一九七〇年十二月一日から、祝福家庭の婦人たちが動員される理由はどこにあるのでしょうか。イエス様は三年路程を歩みましたが、女性によってみ旨を成就できず、民族を失い、国家を失ってしまいました。ですから、祝福家庭の婦人たちは、イエス様の三年の公生涯路程の恨を解いてさしあげるために、三年路程を歩みながら、イエス様が失った民族と国家を取り戻し、世界まで取り戻してさしあげる基盤を準備しておかなければなりません。そのようにしてこそ、イエス様が願い、待ち望んできた新婦の基準を決定できる立場に立つのです。そのようになってこそ、自由奔放な位置で解放を謳歌することができ、天を中心とした平面的な基準の前に、新しい家庭を出発できるのです。これが原理的です。ですから、一九七二年までの三年間、開拓の道を行かなければなりません。今は、お父様が北朝鮮で監獄生活をしていた三年と同じ期間です。お父様は監獄生活をしましたが、皆さんは監獄生活ではありません。皆さんは自由な韓国の地で、お父様が北朝鮮の地で監獄生活をしていたのと同じ道を行くのです。この期間は、天が祝福できるキリスト教、(特に)キリスト教の女性たちがお父様に侍らなかったために、お父様が受難の路程を行かなければならなかったことを、すべて再び解いて越えていける重要な時期です。これを知って、み旨を中心として国のために、あらゆる忠誠を尽くさなければなりません。

3 世界を復帰するためには、家庭より氏族をもっと愛し、氏族より民族をもっと愛し、民族より世界をもっと愛さなければなりません。ですから、世界復帰のために急がなければなりません。それゆえ、七百七十七双の祝福が終われば、一九七二年までの三年間、女性たちを全員動員しなければなりません。なぜ動員するのでしょうか。今まで皆さんは、個人的蕩減時代を経てきました。皆さんが個人的蕩減時代を経てくるとき、父母様は家庭的蕩減時代を既に経てきました。家庭的蕩減時代を経たので、「神の日」、「万物の日」、「子女の日」、「父母の日」が現れたのです。しかし、皆さんはまだ、そのような基準を備えることができていないので動員するのです。

4 一九六〇年代までは、個人が勝利を誓う時でしたが、一九七〇年代に入ってからは、家庭が十字架を背負うべき時です。一九六〇年から一九六七年までは、すなわち「神の日」を制定する時までは、お父様自身が家庭の十字架を背負う時でした。家庭の諸般の要因を蕩減し、越えていかなければならなかったのです。そうして、三年が過ぎ、一九七〇年を迎え、第二次七年路程の三年を越えるときには、家庭的勝利の基盤を備えなければならないのですが、これを備えることができていないので、必然的に再び祝福家庭の皆さんが、十字架の道を行かなければならないというのです。それで、一九七〇年十二月一日から、七百七十七双の祝福を受けた家庭の婦人たちに、「総動員せよ」と通告するのです。これだけでなく、その人たちを中心として、祝福家庭全体を動員するのです。

5 復帰摂理のみ旨は、家庭を中心とした摂理の拠点として、家庭基盤をいつの時代も築いてくるのです。個人が中心ではなく家庭が中心です。個人は、家庭を求めて縦的な蕩減の過程を経ていくために必要なものです。ですから、私たちは、家庭を中心として、縦的な出発をしなければなりません。この縦的な出発を破壊したのが、女性であるエバだったので、女性を立たせるのは原理的に妥当な見解です。それで、「一九七〇年十二月一日から三年間、祝福家庭の婦人たちを総動員しなさい」と言ったのです。このようにして、息子、娘が母を訪ねていき、夫が妻を訪ねていってこそ、復帰されるのです。その妻が、国のために苦労するので、夫も国を愛するのであり、このような息子、娘と国を愛する思想を蕩減の過程で立ててこそ、復帰された家庭として新たに収拾され得るのです。

6 個人は、国のために生き、世界のために生きる道を模索していかなければなりません。その次には、家庭がその道を模索していかなければなりません。ですから、「祝福家庭から出発しなさい」と言ったのです。家庭が国を愛する道を行かなければなりません。夫だけが国を愛してはいけません。妻も子女たちも愛したという条件を立てていかなければなりません。これが、四位基台が備えるべき条件です。いつ家庭が神様を愛し、国を愛してみましたか。愛することができなかったので、四位基台的な愛の一つの起源を準備するために、統一教会は仕方なく、統一運勢の時代が目前に迫るこの時に、祝福家庭の婦人全体を動員しているのです。

7 皆さんたち祝福家庭の婦人が総動員され、地方に出ていけば、どのようなことが起きるでしょうか。夫と息子、娘を残して出ていくことによって、皆さんの家庭の四位基台は、母親を中心に分かれるのです。ですから、皆さんの息子、娘は母親を慕うようになります。また父親は、妻が地方に出掛けて活動することを中心として、息子、娘を教育するようになります。「今、あなたの母親は、国と天のみ旨のために出ていって闘っている」と言いながら、子女たちが改めて母親を尊重する方向に教育できるのです。それこそ、母親を中心として、母子一致の基準を決定できる良い機会です。それだけでなく、夫婦が互いに協助して完成できる良い機会でもあります。言い換えれば、家庭の四位基台が一時に協助し、目的を完成できる機会だというのです。そのような機会は、この期間しかありません。神様は六千年間、母子協助の基盤のために苦労してきましたが、ここでは、母子協助の完成はもちろんのこと、夫婦協助の完成までして、四位基台完成の協助基盤を決定することができるというのです。

8 一九七〇年十二月一日から、祝福家庭の婦人たちは総動員されなければなりません。男性たちが、「今回は、妻たちだけが動員されるので私とは関係ない」と考えるとすれば、妻とは何の関係もない人になります。

誰々の妻を動員し、誰々の母親を動員するというのは、家庭を代表して動員するということです。家庭を代表するだけでなく、教会を代表して動員するのです。ひいては、大韓民国が責任を果たせずにいるので、大韓民国を代表して動員するのです。大韓民国だけでなく、世界を代表して動員するのです。世界だけでなく、霊界の霊人たちと数多くの先祖たちを代表して動員するというのです。ですから、今回の動員にやり甲斐を感じなければなりません。

9 家庭を第一線に立たせるときは、夫よりも妻を立たせなければなりません。初めに堕落したのは、アダムではなくエバです。エバが天使長と非原理的に一つになることによって、神様と一つになれる道を壊してしまい、神様の子女になれる道も壊してしまい、アダムと永遠の理想的な夫婦になれる道も壊してしまいました。また、神の国と世界まで、完全に破綻させてしまいました。この張本人がエバです。エバがこのような結果をもたらしたので、今日、統一教会の祝福家庭の婦人たちが、サタン世界の家庭を復帰するために第一線に進み出るようになったのです。これは、エバが天使長と堕落する前の段階の立場を再現し、家庭を代表してその立場に立ったのと同じです。祝福家庭の婦人、千二百人を百二十カ所に派遣したのは、全体の数を代表して派遣したのです。派遣された所は大韓民国の地ですが、大韓民国という限定された地ではなく、世界全体の国家を象徴的に代表する地だというのです。

10 女性たちの開拓路程にも、蘇生、長成、完成の三段階の路程があります。それは、なぜでしょうか。神様は、今まで六千年間、復帰摂理をしてくるとき、男性を中心として三度行ってきました。それは、女性を解放するためのものでした。このように、縦的な面で男性たちが蕩減してきたので、女性たちは横的な面で先頭に立って蕩減しなければなりません。縦的な蕩減を横的にしなければならないというのです。このように、三次の路程を通して個人を復帰し、家庭を復帰し、氏族、民族、国家を復帰しなければならないのが神様の摂理です。ですから、国家復帰の路程までは、女性たちが三次の開拓路程を経ていかなければ、蕩減原則の路程が完結されません。

11 いくら困難な道があるとしても、いつでも一つになり、祝福家庭婦人の三年動員期間を越えていかなければなりません。一九七〇年代を目指していくこの時に、願った基盤が一九七〇年から一九七二年までの三年の期間にできれば、韓国は心配することがなくなります。今は、韓国に協助してくれる方も神様だけであり、信じる方も神様しかいません。北朝鮮は、武力で大韓民国を南侵できる万全の準備を整えており、さらには中国とソ連が背後で加担しています。このような共産圏を東北部において迎えているのが、大韓民国の実情です。ここにおいて、日本は今、中国と手を結んで進む立場にあります。これを見るとき、大韓民国の進む道は、前後が塞がっています。このように、周辺国家によって包囲された状況の中に大韓民国がいることを理解すれば、大韓民国の国民として安逸な生活を送ることはできないというのは、言うまでもないことです。

12 イエス様は、三年の公生涯路程を行きました。その三年の公生涯路程の目的とは何でしょうか。何を求めるためのものなのでしょうか。エバを探し求めるためのもの、すなわち家庭を探し求めるためのものです。家庭を探し出して氏族を求めるためのものであり、氏族を探し出して教会を求めるためのものであり、教会を探し出して国を求めるためのものです。これが、イエス様が三年の公生涯路程で願った最高の望みでした。その望みの限界点が(これから)、選別されるのではなく、選別された基盤の上に立てる時代圏内に入ってきたのですが、その時が一九七一年だというのです。ところが、ここで問題になるのは、祝福を受けた家庭が、真の父母様の家庭を中心として、完全に一つになっているかということです。サタンが讒訴する立場ではなく、完全に団結して、真の父母様の家庭と一つになっているかが問題です。完全に一つになって、国境線を越えなければなりません。サタンと闘って、最後の境界線を突破しなければならないのです。

祝福家庭の婦人たちの活動方針

祝福家庭の婦人は、くじ引きで任地を決定し、三十六家庭、七十二家庭などの先輩たちが班長になって活動を開始した。真の父母様は、『本来は一人で任地に向かわなければならないが、世の中の環境には危険があるため、十人で一つの班を編成し、配置することになった」と語られた。また、イエス様の十二弟子が分裂した立場を蕩減し、族長編成の基盤を代わりに完結するため、すべての婦人は自分の生活習慣を捨てて、一つにならなければならないことを強調された。韓国の国民が「統一教会員と一つにならなければ、韓国は生きることができない」と認めた勝利基盤の上で、真の父母様はアメリカを中心として、世界に進出されたのである。

13 愛する夫と子女を犠牲にし、み旨の道に従って国と世界のために行こうという家庭は、神様のみ前に残るのです。このように、夫をあとにし、子女をあとにして、か弱い女性が国のために生き、世界のために先頭に立って進んでいく歩みの前に、神様が共にいらっしゃることは間違いありません。父母様は、祝福家庭婦人の動員を断行しながら、内心で少しの呵責も受けませんでした。私自身が安楽な生活をしようというのではないからです。その人たちを立てて、父母様が利益を得ようというのでもありません。利益があるとすれば、私の利益ではなく、国の利益として、世界の利益として、歴史の利益として、人類の利益として、神様の喜びとして残そうというのです。それが私たちの願いであり、それが私たちの行くべき頂上の標準です。ですから、そのようにできる喜びが、統一教会内の喜びとしてだけでなく、民族と国と世界の喜びとして残り、仰ぎ見る対象、記憶の対象にならなければなりません。そのためには、このような道しかないので、父母様がこのようなことを断行するようになったというのです。

14 祝福家庭の婦人たちが動員され、第一線に出ていくときには、乳飲み子を連れていってはいけないと、特別命令を下しました。乳飲み子を預けておく父母がいなければ、遠い姻戚に預けて出掛けなさいというのです。

そのようにすれば、統一教会が悪く言われることを私は知っています。「結婚するやいなや、どうして三年間、家を留守にするのだ」と言いながら、父母や親戚たちが批判するようになっているというのです。乳飲み子をもった母親たちは、乳飲み子を実家の父母に預け、父母がいなければ、おじの家に預け、そうでなければ嫁ぎ先の家に連れていって預けて、任地に行きなさいというのです。そのようになれば、否が応でも引き受けてくれるのです。そのまま放っておいて見殺しにすることはできません。そのように、その乳飲み子を育ててあげることによって、彼らが恵沢を受けるようになります。家庭が滅びるしかないのですが、福を受けさせるためには、無理やりにでも連れていって預けなさいというのです。批判はすべて浴びてあげるというのです。そのようにすれば、批判しながらも乳飲み子に関心をもつようになります。批判しても幼い乳飲み子に情が湧き、自分たちが言い過ぎたと思うのです。その次には、親戚と一族が関心をもつようになり、国家が関心をもつようになります。また世界も、「女性がどのようにして世界を救うのか」と言って、関心をもつようになります。ひいては天宙、全被造万物と天使世界が関心をもつようになるのです。歴史始まって以来、初めてのことを統一教会で行うのです。

15 お父様が、一九七〇年十一月一日から水澤里(ステンニ)で行っている祝福家庭婦人動員修練会に行くと、ある人が来て、「子供たちをすべて家に置いて動員に応じなさいというのですが、どのようにすべきでしょうか」と尋ねました。それで、「どのようにしなければならないかは、あなたたちが分かるだろう」と答えました。どのようにすべきかは、皆さんがもっとよく知っているというのです。その道は、私が行く道ではありません。私が行くべき道は、既にすべて通過しました。私が行く道にも患難時代があり、波風がありましたが、すべて通り過ぎたというのです。今や皆さんが種になって、春の季節を迎えて植えられなければなりません。実になるためには、その環境をすべて整理しなければならないのです。葉が落ちて枝ばかりが残った木に付いている一つの実は、つまらないものではありません。つまらないものがくっついているのではないのです。純粋なものを植えなければなりません。家庭であれば家庭において、一番貴重なものを抜き取って植えなければなりません。家庭で一番貴重なのは、父親でもなく、息子、娘でもなく、母親です。ですから、母親たちを動員したのです。

16 一九七〇年に、全国にいる統一教会の祝福家庭の婦人たちを動員しました。祝福家庭の婦人たちに「この国が悲運の運命を迎え、非常事態が差し迫っているので、この民族が生きるためには、家庭と子女を犠牲にしてでも、国を守護できる道を行かなければならない」と主張し、三年間、子女たちを預けさせ、乞食の姿ですべて送り出したのです。そうして、批判する親戚の家に、「この子は私たちの息子ですが、私が三年間、行ってこなければならないので、少し面倒を見てください」と言うなど、ありとあらゆる悲劇的な背後を残して行脚の路程を出発し、闘ってきたのです。統一教会を悪く言う人々にも、「統一教会は悪いが、三千万が統一教会の人のようになれば、この国、この民族は滅びないだろう」と言える思想を植えてあげなければなりません。流れていく歴史と、行く当てもない天地において、歓迎を受けられない姿で排斥される立場に立ち、それが歴史的なその何かとして残ることを願いながら命令するお父様も、かわいそうな男なのです。

17 一九七〇年代は、外的に活動をするとしても、ごく少数の人に限って活動させるのではなく、食口全体を動員して活動させ、最後の限界線を越えておかなければなりません。ですから、一九七〇年十二月一日から三年間、祝福を受けた婦人たちが総動員されました。さらに、この期間は、今まで精誠を尽くして努力してきたすべてのものを投入し、最後の限界線を越えられるか(どうか)、その勝敗を決定する重要な期間だと見ています。ですから、婦人たちが十人一組に編成され、百二十カ所の伝道任地に出動することになります。各地区本部から地域本部、区域本部にまで出動し、一九七二年までには、私たちの教会の内的な精鋭食口を十二万人以上、確保しなければなりません。現在いる食口たちが一カ月に一人ずつ伝道するようになれば、今より倍以上の数を実質的に確保するだろうと考えています。

18 祝福家庭の婦人たちが動員されるのですが、幸いなことは。一人だけで行くのではないという点です。本来は一人で行かなければならなこですが、世の中があまりにも険悪なので、皆さんの同志である姉妹たちと一緒に行くのです。ですから、ここにおいては環境に侵犯される条件が完全になくなります。ひたすらみ旨だけのために協助できる互いの基台が形成されるというのです。もし、自分本位に過ごして互いに争いが起きたり、何かの問題が起きたりすれば、それは大きな問題になります。班員たちの間で問題が起きれば、全体の責任は、班長が負わなければなりません。一番先頭に立って働かなければならない人が班長です。班長としてまずすべきことは、十人の班員を一つにすることです。イエス様に従った十二弟子が分裂したその立場を、今日、皆さんが蕩減しなければなりません。男性たちができなかったことを、女性たちが代わりにするのです。ですから、み旨を中心として完全に一つにならなければなりません。ここにおいて十数は、十二数に該当します。本来は一班を十二人で編成しようとしました。これは、イエス様の弟子たちが分裂した環境を女性たちが身代わりして、一体となった環境を整え、天のみ前に一つになるためのものであり、一つになれずに分裂したイスラエルの族長編成の基盤に代わり得る基盤として完結するためのものです。このような二重的な使命が皆さんにあることを知って、まず一つにならなければなりません。

19 一九七〇年に祝福家庭の婦人たちが動員されて基盤を築くことによって、父母様が国家的基準に立つようになりました。三年が過ぎてみると、状況が変わったのです。「統一教会は正に愛国団体であり、統一教会員のようにならなければ、我が国が生きることはできない」という世論が全国化したのです。大韓民国の国民より、私たちがもっと犠牲になり、キリスト教より私たちがもっと犠牲になりました。より犠牲になる人が祝福を受け、伝統の道を占有するのです。安楽に過ごそうとする人々、自分だけが豊かに暮らそうという人々は、落伍します。その活動が終わる前の一九七二年以前に、既に統一教会は愛国の団体として、国や国民の間で、「統一教会のようにならなければならない」という意見が一般化され、広まり始めました。三年以内に国家的蕩減基準を立て、反対するキリスト教と闘ってキリスト教以上の国家基準を立てたので、その基盤を中心として、父母様は海外に、世界の舞台に進出するようになりました。そのようにして、アメリカを連結したのです。

第五節 家庭教会と統(トン)・班(バン)中心の活動

家庭教会と氏族メシヤ活動

真の父母様は、一九七八年三月十五日、アメリカの州責任者会議で、家庭教会活動を強調され、四月一日から三万人の食口確保を目標に、『原理講論』と原理講義のカセットとビデオテープを配るなど、本格的に活動することを強調された。そして、一九七八年九月二十五日に帰国され、「堕落した人間が復帰できる蕩減条件が三百六十家庭教会である」と語られ、全食口に十月一日から、家庭教会活動を行うことを指示された。

十八歳以上の食口は全員参加するが、祝福家庭は家庭ごとに、その他は個人ごとに、三百六十家庭(軒)を復帰するために活動することが原則であった。こののち、氏族メシヤとなり、真の父母様が世界的に成し遂げられた勝利基盤を受け継ぐことを願われたのである。また、一九七九年は「家庭教会を通じた天国完成」、一九八〇年は「家庭教会は天国基地」、一九八一年は「家庭教会は私の天国」など、年頭標語を通してこのことを強調された。

1 一九七八年十一月十二日、きょうを期して、皆さんにメシヤの資格がある者として家庭教会の区域に出ていきなさいと命令します。これからは、そこに出掛けるのです。家庭教会をつくるまでは、帰ってこられないことを知らなければなりません。死ぬまで帰ってくることができません。霊的にも帰ってくることができないのです。

2 父母様は、世界的に反対を受けながら、世界的基盤の上に蕩減条件を立て、第三次七年路程の三年路程において、二年目を越えていく一九七六年九月十八日にワシントン大会を勝利して基盤を築き、初めて故郷に錦を飾ることになります。そうして、故郷の韓国に戻ってきて、氏族メシヤになれるという贈り物を皆さんに渡してあげるのです。今から統一教会がすべきこととは何でしょうか。この氏族メシヤ圏の三百六十家庭を伝道して、彼らが歓迎できる基盤さえできれば、自分の故郷に帰っていくようになっているので、このような圏内で世界的に統一教会を歓迎すれば、どのようになるでしょうか。この三年の期間に、その基盤を築かなければなりません。イエス様は、三年の公生涯路程においても氏族メシヤになれませんでした。世界に走っていける道は、ここしかありません。人類全体がそのような価値ある位置、父母様の犠牲的功労を相続できる時代に入ったというのです。そのように相続を受けられる条件は、父子関係の絆をもっているからです。

3 統一教会がすべきことは、家庭教会です。復帰摂理の終着点は、家庭教会です。私たちが一九五四年の協会創立以降、二十五年目に家庭教会運動まで宣布できたことは、偉大な成功です。天地がすべて祝賀する成功になるのです。父母様が苦労したのも、これをつくるためであり、イエス様が亡くなったのも、これをつくるためであり、神様が六千年間摂理されたのも、これをつくるためでした。このようにしてこそ、天国が広がります。この時に、天国の門が開かれます。そのため、イエス様がペテロを通して天国の門の鍵を地上に残していったというのです。

4 家庭教会は、天宙を縮小したものであり、世界を縮小したものです。そこにはイギリスも入り、アメリカも入り、ソ連も入り、霊界も入っています。すべて入っているのです。また、旧約時代、新約時代、成約時代がすべて入り、無宗教の人、良心的な人、宗教者がすべて入り、その次にイスラーム、仏教、キリスト教など、すべての宗教が入っています。全天宙を代表した一つの表象であり、その縮小体が家庭教会です。誰がそのようにしておいたのでしょうか。自然になったのではありません。父母様が、サタン世界のエッセンスをすべて集約させておきました。そこでために生きることは、皆さんの家庭から氏族、民族、国家、世界、天宙においてまでために生きる条件になり、そこで犠牲になり奉仕することは、全世界のために一生の間、犠牲になり奉仕したことに代わり得る条件になるのです。皆さん夫婦が、この過程を経ていかなければなりません。

5 父母様を中心として、完全に一つになった立場で結束したという条件基盤を皆さんに伝授してあげたのが家庭教会です。家庭教会は蕩減条件ですが、この蕩減条件のことを皆さんは知りません。個人の責任分担においてサタンが侵犯することにより、家庭の責任分担に拡大されました。個人の責任分担で終わるはずのものが、堕落することによって家庭の責任分担に拡大され、氏族の責任分担、民族の責任分担、国家の責任分担、世界の責任分担、天宙の責任分担に拡大されました。地獄世界にまで拡大されてしまったというのです。このような責任分担圏が残っています。これを越えていく道がありませんでした。しかし、お父様が来て、今まで四十年の期間にこれをすべて越えていける条件を立てました。皆さんには、五パーセントの責任が残っています。この道を行かなければなりません。この道を完成するためには、家庭教会の三百六十家庭を中心として、一つにならなければなりません。讒訴を受けずに、どこの家でも歓迎される立場に立ちなさいというのです。そのようになれば、父母様が今まで築いておいたすべての歴史的勝利の蕩減条件を伝授してあげるのです。

6 家庭教会とは、世界的な勝利の全体版図を最小単位に縮小した、一つの祭壇です。三百六十家庭は、世界の三百六十の一門にもなるのです。三百六十は、縦的な時間を意味し、横的な空間を意味します。そして、三百六十は、世界を代表したカイン圏です。皆さんの前に、世界を代表する長子の立場のカイン世界が残っています。天国になるにはアベル、弟として、兄を屈服させなければなりません。ですから、長子復帰をしなければ、父母様を迎えることができません。アダムとエバが堕落することにより、カインが長子の立場で生まれたので、これを解消するためには、次子の立場で世界を代表した長子圏を屈服させなければなりません。一度に屈服させなければならないのです。皆さんは、お父様が世界的条件を中心として勝利した基盤の上にいるので、その心情を受け継がなければなりません。家庭教会は、歴史時代に、神様のみ前において、長子復帰の世界史的なすべてのものを一時に蕩減することができる祭壇です。

7 家庭教会の三百六十家庭は、世界的な蕩減条件を築いたものに連結して、世界を代表した一つの中心型として現れたものです。ここで勝利すれば、自分の氏族は世界的氏族圏に登場し、同じ価値の位置で蕩減するようになります。そうして、初めて彼らを一つにして蕩減し、父母の位置に登場するのですが、メシヤの資格を備えて、氏族メシヤ、すなわち自らは新郎の位置に立って新婦を迎えることにより、氏族的真の父母になるのです。

8 家庭教会は氏族基盤です。イエス様の当時、ヨセフ家庭とザカリヤ家庭が一つになれなかったので、それを蕩減復帰しなければなりません。それがすべて残っています。イエス様は家庭をもつことができませんでした。ですから、皆さんが家庭をもたなければならないのですが、そのためには氏族基盤をもたなければなりません。氏族基盤がなければ家庭をもてないのです。皆さんの家庭がその中心に立たなければなりません。氏族的な基盤があってこそ、家庭が救われます。皆さんが家庭をもとうとすれば、家庭教会をしなければなりません。家庭教会運動をすれば、イエス様ができなかったことを蕩減できるというのです。それは、洗礼ヨハネの家庭やヨセフ家庭と同じです。イエス様は、洗礼ヨハネとヨセフ家庭が一つにならず、家庭をもてなかったので十字架に打ち付けられました。私たちは、それを蕩減しなければなりません。家庭をもとうとすれば、そこからしなければならないのです。ですから、家庭教会がどれほど重要かを知らなければなりません。家庭教会さえ完成すれば、自動的に世界国家になります。一つの世界になっていくのです。

9 今は世界的な時です。父母様が、「百二十人を伝道しなさい」と言って祝福家庭の婦人たちを動員した年が一九七〇年でした。その時は国家的な時でしたが、今は世界的な時です。イエス様を中心とした国家的な時を蕩減復帰して解放されたので、迫害がない所で、世界的な基準を中心として氏族メシヤになるのです。氏族メシヤとは何でしょうか。皆さんが家庭教会をつくって使命をすべて果たせば、氏族メシヤになります。ですから、自分の信仰の息子、娘たちを連れてきて、教育しなければなりません。親族です。霊的な信仰の息子、娘たちを中心として一つになり、氏族的なメシヤ圏を復帰することによって、霊界の他の一族も後援するのです。そのようになれば、連合的な戦線ができ上がります。

10 三百六十家庭教会をなぜするのでしょうか。三十六は十二数の三倍です。十二数は天理の度数です。これは、霊界の十二の真珠門のことを意味します。三十六家庭の数と同じです。また、旧約時代、新約時代、成約時代の三段階の運勢を連結させることができます。それは、天道を解くために出てきたのです。三百六十日の一日というのは、永遠を代表する一日です。皆さんがそのような観点で一日一日、家庭教会を訪ねていくことは、歴史時代の数多くの日を、神様のみ前に勝利の日として立てるための活動なのです。三百六十家庭は、人類が天の国を建てられず、勝利の日を立てられなかったことを取り戻すためのものです。言い換えれば、三百六十家庭は、三百六十日を神様のみ前に立てるためのものであり、天の国を人類と共有するようにするためのものです。ですから、三百六十家庭が必要なのです。

11 アダムとエバが堕落することによって、神様を地球上から追放してしまいました。皆さんが三百六十家庭をもつことによって、その三百六十家庭に神様を顕現させることができるのです。その次に、アダムとエバが堕落することによって追放してしまった天使世界が、地球上に顕現できる基盤になります。また、堕落することによって万物を失ってしまいました。三百六十家庭は地球星と同じであり、失われた宇宙の象徴なので、万物がその中にすべてあるのです。その次に、世界人類を失ってしまいました。三百六十家庭は、世界の三百六十氏族のような全体を表象的に象徴した代表数なので、そこには万民を代表する数の人がいます。それすべて復活させなければなりません。復活させて、神様のみ前にお返しすることによって、皆さんは、過去の歴史において、堕落した私たちの先祖たちが失敗したすべてのことを復帰するのです。神様の顕現、天使世界の顕現とともに、万物の復帰、人間の復帰をして、この世界から地上天国化するのです。

12 なぜ家庭教会をしなければならないのでしょうか。長子復帰をしなければならないからです。長子を復帰してこそ、父母が復帰されるのです。

今、復帰歴史は、アベル、次子として長子復帰の路程に向かっていく途中です。世界的カイン、長子を屈服させて、復帰できる基盤が家庭教会です。ですから、カイン圏の長子復帰圏基盤とアベル圏の長子復帰圏基盤が一つになれば、氏族メシヤ圏の使命が終わり、氏族的真の父母の位置に登場するようになります。そうして、真の父母を中心とした氏族自体が、天国に入れるのです。皆さんの中で、一九八一年まで三年間、三百六十家庭圏で絶対服従した人は、努力しなくてもそのまま天国に入っていける恵沢を受けます。これは恵み多い事実です。今や、ようやく統一教会時代に入ってきて、長子カインが次子アベルを打った歴史から、アベルが長子の位置に立ち、カインを屈服させられる時を迎えるようになりました。これからは統一教会に反対すれば、即座に被害を受けるようになるのです。即座に裁かれます。そうして、これが世界的な版図に展開されるでしょう。

13 神様は、今までメシヤを送り、人類を救おうとしました。神様が人類をどれほど救いたかったでしょうか。父母様の時代になって家庭教会をつくったという事実は、天の勝利となり、摂理の終局であり、すべての歴史の終局であり、サタン世界の終局であり、天国の始発点になるというのです。ですから、皆さんは、父母様の伝統を受け継がなければなりません。

14 統一教会が主張してきたのは、伝統を受け継がなければならないということです。神様の復帰摂理における心情の伝統を受け継がなければなりません。その次には、父母様がこの伝統を立てるために歩んできた一生のあらゆる心情を、皆さんが引き継がなければなりません。これを引き継げる一つの基盤が家庭教会であり、その運動が家庭教会運動です。家庭教会をもたなければ、天の国に行く時、父母様に付いていくことができません。これから家庭教会が、全世界的に二十四万になれば、全人類に対して配置するのです。そのようになれば、教会は完全になくなります。韓国人は、これから家庭教会の配置を受けることができる恵沢圏内にいます。いまだに世界の至る所で家庭教会が配置されていないため、民族大移動をしなければなりません。家庭教会の配置を受けるために、全世界に大移動する時代に入るというのです。

15 これから皆さんは、家庭的に愛をもってサタン世界を攻撃するのです。家庭をもって、腐敗したサタン世界を攻撃するのです。すべて壊してしまわなければなりません。そのような時が来ました。ですから、皆さんに対して、「一気に家庭を動かすことができ、氏族を動かすことができ、民族を動かすことができる家庭教会運動をしなさい」と言ったのです。これさえ終わらせ、これさえできれば、世界を引っ張ってくることができます。「これさえ成し遂げれば、私が天国を築くことができる」と言える時が来たというのです。

16 お父様が今まで四十年間闘ってきたすべてのものを総合して、決算できる場が家庭教会です。家庭教会第一主義時代です。家庭教会は今後、何にならなければならないのでしょうか。皆さん自身の家庭教会が、氏族教会にならなければなりません。家庭教会ではなく、今や氏族教会に発展していかなければなりません。皆さんの金氏や朴氏という氏族教会さえ連合すれば、民族は自然に生じます。氏族復帰の基盤さえできれば、国家は自然に生じます。氏族教会、民族教会、国家教会、世界教会、天宙教会に連結されるのです。

家庭教会は愛の実践場

真の父母様は、「三百六十家庭(軒)とは、世界的蕩減基盤を連結した世界を代表する一つの中心型であり、ここにおいて勝利すれば、自分の氏族は世界的氏族圏に登場し、同じ価値の位置で蕩減するようになる」と語られた。そして、三百六十家庭の中に私を愛してくれる人がいないと考えるのではなく、私が愛してあげられなかったことを無念に思うことを強調された。愛してあげられなかったことを嘆かれる神様と同じ心で、三百六十家庭で、「遮るものはどこにもない」と言える勝利者になることを願われたのである。また、三百六十家庭は、すべての人を自分の兄弟や父母よりも愛するようにする修練場であり、どのような人でも愛することができるようになるとき、完全な主体になることを明言された。

17 皆さんの心で、愛の鐘の音を聞きなさいというのです。そのようになれば、「私の口は愛の言葉だけを語るようになっていて、そうでない言葉は語らないようになっている」と言うようになるでしょう。愛の言葉でないものは、耳が聞かないようにし、愛でないものは目が見ないようにするのを感じなければなりません。そのように生きれば、間違いなく皆さんは、遠からず神様の愛に酔うことができる境地に入るでしょう。霊界と直接通じ、家庭教会に関する難しい問題を、上手に、無意識のうちに、たやすくすべて解決できる主人公になります。三百六十家庭のどんな問題でもすべて解決できる、神様を身代わりする主人になるでしょう。私がそのような愛の場に入っていけば、話をしないようにしようとしても、言葉が出てきます。本当に不思議なことがたくさん起こります。ありとあらゆることが起こるのです。自分が恐ろしい人であることを感じるようになります。このように、愛において、すべてのことが決定されるのです。

18 女性として生まれ、お嫁に行くようになれば、本家を離れて自分の夫に付いていくのと同じように、統一教会を信じてからは、家庭教会の活動をしていかなければなりません。そのようにしてこそ、天国に入ることができます。お嫁に行くのと同じです。それを経なければ、天国に入れません。いくら父母様に付いていこうとしても、付いていけないのです。それができなくなれば、皆さんの息子、娘がしなければなりません。ですから、夫が妻のために生きる以上に、妻が夫のために生きる以上に、そして父母が子女のために生きる以上に、家庭教会をしなければなりません。そうして、家庭教会圏内の人々が「このように私たちを愛してくださり、私たちはこの愛を学ぶことができたので、あなたに愛をお返しします」と言うその内容が、家庭教会圏内にすべてカバーされるとき、そこは神様の領域であると言うことができます。地上の天国圏だと言えるのです。新しい文化、新しい運動によって一つになり、新しい復興を起こすことができるのです。

19 家庭教会は、皆さん夫婦から出発しなければなりません。夫は、愛を探し求める家庭教会の基盤であり、妻は、愛を探し求める家庭教会の基盤だというのです。愛を主管しなければなりません。ですから、夫は、妻を愛する以上に家庭教会を愛さなければなりません。妻より愛することができなければ、その愛は真の愛になり得ません。皆さんの息子、娘以上に愛することができなければならないのです。なぜ、そのようにしなければならないのでしょうか。悪の世界から本然の世界に入るために、その境界線を突破しなければならないからです。それは家庭や国よりもさらに大きいので、自分の妻や子女よりもさらに愛するという基準を立てなければならないというのです。そうでなければ、家庭教会をいくら動かしても効果がありません。それ以上でなければならないというのです。真の愛を携えていくようになれば、そこには神様が付いてきます。宇宙が付いてきます。誰も遮る人はいません。そこにおいては自然に環境が溶け出し、すべてが押し寄せてくるようになっています。そこにある木が慕わしく、そこにある道が慕わしく、そこにある家々が見たくて行かざるを得ないというのです。無意識のうちに訪ねていきます。知って、行かなければならないと思って行くのではなく、我知らず訪ねていくというのです。そのようにさせる運動が起こってこそ、真の愛が拡大されるのです。

20 家庭教会がなければ、故郷に進むことができず、故郷に進むことができなければ、祖国に進むことができず、祖国に進むことができなければ、天国に進むことができません。家庭教会をつくれば、故郷がつくられ、祖国がつくられ、世界がつくられ、天国がつくられます。どんな人よりも愛して、一つになるようにしなければなりません。霊界の人や、世界の人や、すべての存在を一つにしなければなりません。愛によって一つになるようにしておかなければならないのです。そのようになれば、家庭教会を中心として、小さな太陽、小さな星のようなものが昇るのです。一つ出てきて、二つ出てきて、真っ暗なこの世の中に、光り輝く天国が開門されるというのです。その時には、この地上に、太陽のような神様がお出ましになれるのです。

21 家庭教会に行く時、義務的に行かないでください。愛の心に満ちあふれて行かなければなりません。自分の息子、娘が監獄に入っていたり、自分の愛する人が監獄に入っていたりすれば、「私は監獄に訪ねていかなければならない」と考えて行くのではなく、我知らず監獄に向かうのです。そのような心情で行かなければなりません。そのような愛の心をもって、愛の鐘の音を聞きながら、「私は行く」と考えて行くのではなく、自分も知らないうちに、行かざるを得なくて行く所が家庭教会です。その家庭教会は、私を滅ぼすのではなく、私を天国の愛、神様の愛の相続者にするための所です。そのようにするために神様が私を導いていることに対して、感謝しなければなりません。

統・班中心の活動

真の父母様は、一九八八年一月一日から、南北統一と南北総選挙に備えて本格的に統班撃破運動を展開することを指示された。そして、社会組織の根幹である統と班の支部長教育を大々的に実施した。また、家庭教会活性化のためにも、統・班中心に活動展開することを強調された。家庭教会活動の基盤が統・班組織であるため、そこから四方に向かって、家庭全体を一元化して消化するための運動が統・班中心の活動であり、このような活動を通して全国民の信仰化が成し遂げられなければ、この国を生かすことはできないと語られたのである。

22 真の父母主義を中心として、世界に新しい春の風が吹き始めました。皆さんの心に新芽が出てきているのです。ですから、韓国の統班長を教育し始めました。花は、新しく出てきた柔らかい枝に咲きます。統支部長所属の班長を中心とした家庭は、新芽に該当します。その新芽から花が咲けば、韓国に希望があるでしょう。統支部長から班長を中心として芽が出てくれば、それを枝として育て、植えなければなりません。そうして、根を張り、新しく生まれるその家庭は大韓民国に代わり得る家庭になれるのです。その枝は、木を身代わりすることができます。その枝を中心として咲いた花は、同じ花になることができ、同じ実を収穫できるので、それは宇宙の宝物であり、人類の宝物としての価値をもちます。そのようになれば、「種をもらっていってはいけない」と言っても、間違いなくもらっていくでしょう。それを見通して、父母様が先頭に立ちました。今や統支部長の編成がすべて終わりました。しかし、残った班をどのように編成して定着させるかが問題です。ソウルで組織(編成)が終われば、全国組織があっという間にできます。今や皆さんは、花を咲かせることができる活動をしなければなりません。家庭に花が咲かなければなりません。皆さんの息子、娘が愛国思想を受け継いでこそ、根を下ろすことができます。そのようにしてこそ、新しい実として土着化し得る基盤を強固にできるのです。

23 家庭教会をするときに一番重要なのが、統支部長と班支部長です。その次には洞支部長です。洞支部長、統支部長、班支部長、この三人が三位一体にさえなれば、すべて終わります。そのためには、地上に定着させなければなりません。父母様が枝だとすれば、根を張らなければならないというのです。そのようにしてこそ、世界的に育ちます。歴史始まって以来、初めて韓国で天国の根を下ろすのです。ですから、班支部長を中心として班の定例会を行い、十家庭でも二十家庭でも消化運動をするのです。ここに栄養を与えて根が伸びるようにします。すべての枝の栄養、幹の栄養、葉の栄養が枝を伸ぱすようにしてこそ、木が大きくなるのです。

統一教会の組織全体は、根になり得るその班の支部長や班の定例会を中心として、その都市の全家庭に対し、真の父母に侍るカイン・アベル圏をつくらなければなりません。カインである班支部長を中心として皆さんがアベルになり、その次には班の定例会を中心として、イエス様の前における十二弟子と同じように、十家庭以上が団結しなければなりません。そのようになれば、この地にサタンの基盤が存在できません。これが目標です。その根が次第に深く張っていくようになるとき、私たちの枝、父母様の枝は、世界に伸びていくのです。

24 お父様が統支部長と班支部長を立てるまで、四十年かかりました。四十年間投入して努力し、ようやくそれを立てておきました。郡責任者もいくらでも立てることができ、洞責任者もいくらでも立てることができますが、統支部長と班支部長をどのように連結して生かすかが問題です。その人々を生かしておかなければなりません。一人は縦的代表であり、一人は横的代表なので、その二人が復活すれば、その都市がよみがえります。これが、私たちの基地です。そのようにしておけば、キリスト教が反対しても、統班支部長が守るようになるのです。統班支部長を中心として、キリスト教の要員たちを消化できる能力があれば、キリスト教の反対やあらゆる副作用はすべて解決されます。これが、統班撃破運動の焦点です。

25 統、班には大統領も入り、長官たちも入り、みな入っています。ですから、統一教会の細胞組織がすべきことは、統班撃破です。家庭でひっくり返して打ち込んだので、家庭で正さなければなりません。国でもありません。そのため、個人の信仰を徹底化して、家庭を中心として拡大できる主体になり、環境的条件を相対として一つになれば、より大きな分野の主体的立場に立ち、より大きな環境を収拾するのです。そのように、さらに大きく拡大し、国と世界まで連結されるのです。カイン・アベルの消化運動です。カインを消化できなければ、アベルになることができません。カインに勝利した上で、アベルになるのです。相対的立場ではありません。消化して吸収したあとに、アベル圏が成立するのです。そのようにしなければ永遠にアベル圏が成立しないので、救援摂理の完結が地上で成し遂げられません。体と心を中心とした家庭で定着しなければなりません。根を下ろさなければならないのです。ですから、統班撃破というものが、どれほど偉大か分かりません。

26 父母様は、流れていくことができません。万民の前に父母として来て、今やサタン世界を整備し、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界圏で、「頭翼思想」を中心として、左右を収拾しようと進み出ることができる最高の頂上まで上がってきました。ここに上がってくる時までの恨多き事情を誰が知っているでしょうか。しかし、私は流れていきませんでした。悪がはびこってきたこの歴史を貫いて上がってきて、このような基盤を築きました。これを蹂躙してはいけません。血の代価によって綴られたものに、世話になろうとしてはいけません。血の代価によって連結しなければなりません。それが恩賜に報いる道であり、父母様のみ前に立って、自分の姿を正しく表すことのできる道です。それが統班撃破(トンバンギョッパ)です。家庭に根を下ろさなければならないというのです。今まで、私たちが追求してきた目標、理想的な定着点とは何でしょうか。神様の愛を中心とした父と母、そして、息子、娘を中心とした新しい家庭が根を下ろさなければなりません。根が深くなれば深くなるほど、芽は出るものです。そこで悪魔の根を切ってしまい、芽を切ってしまわなければなりません。どこから切らなければならないのでしょうか。班から切らなければなりません。これをしなければ、南北統一は不可能です。

27 父母様を中心として、挙国的な活動をしなければなりません。ですから、全国的に皆さんが自分の故郷に帰り、影響を与えて根を下ろさなければならないのです。根を下ろすようになるとき、神様が収穫できる新しい実を結ぶ木になるでしょう。それでは、その種をどこに蒔かなければならないのでしょうか。畑に蒔くのではありません。自分の一族に蒔かなければなりません。父母と兄弟たちに蒔かなければならないのです。それが四位基台です。創造理想は四位基台の完成です。愛の理想の完成です。ですから、愛の理想の中心である家庭に植えなければなりません。父母を通して種が生じたのと同じように、そこに行って(実を)取り入れ、一周回ってこなければなりません。これが循環法度です。循環論理によって実を取り、父母の愛のもとに(その種を)植えなければなりません。このようにして、父母と兄弟が喜べる深い愛の根を下ろせば、生き残るのです。これが統班撃破の目的です。

28 韓国と北朝鮮を解放する近道が統班撃破です。北朝鮮に自分の父母、自分の従兄弟、あるいは親戚がいるとすれば、彼らに会う時、しがみついて泣くように、今や各家庭を訪ねていって、心情的に涙を流すことができなければなりません。このような心情的な絆ができ、神様と共に同伴し得る環境ができれば、「私」によってその家庭が、神様が訪ねたいと思う愛らしい家庭として誕生します。そのような喜びの歓声とともに、解放のその日が私の目の前に近づいてくることを知っているので、このようなことをするのです。ですから、皆さんは真の兄弟の関係を経て、神様が求めている愛の家庭が形成されるように、神様の心情的通告者としての使命を果たさなければなりません。

第六節 社会指導者に対する「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教育

「統一原理」「統一思想」「勝共思想」教育の必要性

真の父母様は、一九七〇年代以降、キリスト教の牧師と大学教授、公務員など、社会の各界指導者を中心に「統一原理」と「統一思想」、「勝共思想」の教育を大々的に展開された。これは、統一運動について正しく知らせるという目的もあったが、南北統一に備え、世界平和の基盤を確保することに、より大きな意味があった。

1 私たちには、国家を中心として、一九七〇年代に新しい局面を打開しなければならない責任があります。この環境を克服しなければならないというのです。私たちが、一九七〇年に入ってから、キリスト教の牧師たちを招聘して原理公聴会を行い、教授たちを中心として原理セミナーを開くのは、これが一九七〇年代において、国家的な環境を私たちと連結させ、全面的な方向を打開するに当たって重要な契機になると考えたからです。ですから、父母様がこのような作戦をしているのです。これから、大学を中心に、このような作戦を強化していかなければなりません。そして、今後、日本に対する思想武装についても、私たちが責任をもたなければならない時がすぐに来ると予想しています。このような立場から、私たちの責任がどれほど貴いかを知らなければなりません。皆さんは、過去のような困難がなくなったと思って、安逸な環境を願ってはいけません。そのような思いをもてば、今後、より範囲が広く、大きな相対的与件を私たちが打開し、克服することが非常に難しいというのです。これから迫ってくる試練が大きければ大きいほど、過去に私たちが克服できなかったことまでも克服しようという信念を備えなければなりません。ここには、多くの犠牲と受難と逆境の路程が残っています。この環境を打開して克服したとすれば、その克服は大韓民国だけの克服ではなく、アジア的な克服になるでしょう。

2 共産党は、宗教を阿片だと言い、また、宗教をなくしてしまおうとします。神様までも否定しているのです。今まで、世の中の主義の中で、神様と敵対し、「神様はいない」と(体系的に)主張した主義はありませんでした。「神様はいないのではないか」と思いながらも、「いるだろう」と信じてきたのですが、「神様はいない」という主義が出てきたのを見れば、これが最後だというのです。私たちは、キリスト教世界と共産世界を制覇できる原理の内容を備えています。韓国では、新しい哲学思想を中心として教材を作り、教育論や論理学など諸般の理論を備えて、既に社会の指導者たちを中心に教育しています。キリスト教の牧師たちと教授たちに、新しい思想として「統一思想」を教育しているのです。今、韓国の学者たちは、韓国が世界を指導できる思想的な母国になり得ると考えています。このような立場から、白負心をもち、統一教会を背後で後援する教授たちがたくさん出てきています。「統一思想」でなければならないという学者たちが増えているというのです。また、キリスト教を見るとき、「統一教会でなければならない」という段階に入りました。学界と宗教界、この二つの分野において、内外に完全に思想武装をすれば、私たちにかなう者はいないというのです。

3 一九七一年に入り、父母様は、大学を私たちのみ旨とどのように結束させるかという問題、軍に対してこれから教育できる道をどのように開くかという問題、この国、この民族を代表する国会にどのように影響を及ぼすかという問題、この三大目標を中心として力を注いできました。皆さんが知っているように、大学は大学で教育しており、軍では将兵から最高の将軍たちまで教育しています。最近は国防大学でも私たちが講義できるようになりました。今後、これが持続的な道として決定されるだろうと考えています。これほどの位置まで上がってくるのに、神様は多くの苦労をしてこられました。このような基準が全体に連結されれば、これは政府であれば政府で、あるいは国会であれば国会で、関心をもたないようにしても、もたざるを得ません。ですから、政府は政府で、そのような基準に連結させなければなりませんが、私たちの宗教界を中心として見るとき、まずキリスト教と統一教会がどのように関係を結ぶかが、問題にならざるを得ないのです。

4 一九七二年を目の前にした今、世界情勢が複雑になっています。複雑になる分、私たちの時が近づいてくるのです。今、南北の離散家族を探す運動に北朝鮮も呼応しています。もちろん、彼らも赤十字社を通してするのですが、(北朝鮮は)政策的な基準を立てたあとに出てくるでしょう。そラすれば、結局は彼らに巻き込まれていきやすいのです。思想武装をしなければ、そのときになって追い込まれるというのです。今後、離散家族が南北に行ったり来たりすれば、どのようになるでしょうか。北朝鮮で共産主義の思想教育をするように、韓国でも強力な思想教育をしなければなりません。思想教育ができる団体がなければならないのですが、そのような団体は統一教会しかありません。思想教育をして、和合できるようにしなければなりません。

5 これから南北総選挙時代が必ず訪れるので、そのときに備えるために、私たちが千万以上の人員を確保しなければなりません。統一教会は、「国際勝共連合」とともに「勝共思想」を備えています。ですから、そこに加入することができるそれだけの人員を、どのように国家から後援を受けて準備するかが問題です。お父様は、常にこれを考えていたのですが、そのような時代が私たちの目前に迫ってきています。経済復興、経済開発五カ年計画を推進することももちろん必要ですが、今、足下に火がついているのは、この民族の思想武装をどのようにするかという問題です。このような観点から、統一教会もキリスト教と対話をしていますが、一つになれずにいます。いまだに根本的な立場において、一つになれていません。彼らをどのように誘導し、一つの方向を備えていきながら、この民族を引っ張っていくことのできる形態に展開するかが問題です。全体に責任をもったお父様は、このような問題を至急、解決しなければならないので、第一次、第二次と彼らの意向を打診して、国の悲運を心配する立場から共同戦線を立てて、彼らにどのようにして勝共精神を入れるかという問題を考えたのです。

6 サタン世界に勝つためには、「原理」を知らなければなりません。共産世界に勝つためには、「勝共理論」を知らなければなりません。闘っている共産世界と民主世界を一つにするためには、「統一思想」を知らなければなりません。ですから、皆さんは「原理」に合格し、「勝共理論」に合格し、「統一思想」に合格しなければならないのです。私たちに残っている仕事は、サタン世界を追放し、共産世界を撤廃して、民主世界と共産世界を一つにすることです。この三つです。そうすれば、すべて終わります。共産主義は、「神様はいない」と言います。個人完成をすることにおいても、この共産主義思想が残っている限り支障があり、家庭においても、共産主義思想が残っている限り大変なことが起こります。天国もそうです。神様がいないとすれば、すべて崩れてしまうのです。今や共産主義は、個人に影響を及ぼす圏内にあり、家庭に影響を及ぼす圏内にあり、世界に影響を及ぼす圏内にあるので、これを倒さなければなりません。ですから、「統一原理」と「勝共理論」と「統一思想」をもって、世界的に思想武装をしなければならないというのです。

7 韓国では、離散家族を探す運動が歴史上、初めて展開しています。家族を取り戻せば、一つの国を復帰することができるので、サタン側と神側が今、家族を取り戻すために闘っています。韓国にある板門店(パンムンヂョム)という所は、神様とサタンが対面して闘う、地上で唯一の場所です。今が、分岐点の頂上です。ですから、今年、キリスト教の牧師たちを招請して、原理修練をしました。もしこの期間に、父母様と私たちの教会が、「私たちを迫害するすべてのキリスト教徒と国家を滅ぼしてください」と神様に祈るとすれば、この摂理は成就されません。迫害は良いものです。共産主義者たちの迫害が、かえって私たちに良い結果をもたらしてくれました。私たちを悪から分立させ、一つになるようにしてくれたのです。しかし、結局、私たちは共産主義者たちまでも救わなければなりません。私たちは愛によって、アダムとエバを復帰しなければなりません。そして、天使長が言葉をもってエバを堕落させたので、私たちもみ言をもって、天使長を復帰しなければなりません。私たちは、自由世界の人々と共産主義者たちを、愛と真理によって救わなければなりません。ですから、皆さんは共産主義者との論争で負けてはいけません。私たちは、「原理」によって民主主義世界と闘い、「勝共理論」によって共産主義世界と闘っています。それゆえ、「原理」と「勝共理論」は、復帰の二つの柱なのです。

8 「統一思想」教育、「勝共理論」教育、その次には、「統一原理」教育を、統、班に入ってしなければなりません。「統一思想」教育は、教授たちを中心として国民連合が責任をもち、「勝共理論」教育は勝共連合が責任をもち、「統一原理」教育は、統一教会が責任をもって行えばよいのです。他の教育はできなくても、急いで「統一原理」教育をすることが、早く解放される道です。「統一原理」の勉強を急いでさせなければなりません。そうして、食口化運動をしなければなりません。そうすれば、自分たちが蕩減の道を行かなければならないことを知って、その道を行くことにより、カインを解放することになるのです。アベルの立場で、カインを復帰しなければならないというのです。ですから、皆さんは「国際勝共連合」の支部長であるとか、統一教会の教会長であるとかは関係なく、全国民を教育しなければならないのですが、教育すべき哨所(先鋒の施設)が統、班です。それをまずしなければなりません。統、班の人々を教育して、基地をつくりなさいというのです。

教役者・教授原理公聴会

一九七〇年十一月二十六日から二十八日まで、既成教会の牧師二十八人が参加する中、第一回牧会者原理公聴会が開かれたのを皮切りに、数十回にわたって牧師たちに「統一原理」を紹介した。一九七一年だけでも、合計十二回にわたって九百十五人が参加するなど盛況を呈し、彼らの大部分は、「統一原理」に多大な感銘を受けたと、感想文を通して明らかにした。これとともに、一九七一年一月十日から十一日まで、多くの大学教授が参加する中、第一回教授招請統一原理セミナーが開催されたことを契機として、その後も数十回にわたって公聴会を開催した。真の父母様は、このように、各界の指導者たちを対象に統一原理公聴会を開催することを指示された。

9 伝統的キリスト教は、お父様に対して今まで数十年間、反対してきています。しかし、一方通行で反対し続けていると、大変なことになるというのです。反対していた人々が、「統一教会はそうではない」と言いながら、歓迎するようにしなければなりません。そのようなことをしなければならないので、今に至るまで、反対するキリスト教徒たちを対象に、公聴会を行っているのです。ですから、地方教会でもかなりの問題になっています。「統一教会が牧師たちを連れていって伝道している」と、大騒ぎしているのです。

10 キリスト教の牧師たちを中心として統一原理公聴会をするのに、たくさんのお金がかかります。そのお金で地域本部を造るほうがよいのではないかと思うかもしれませんが、お父様は、そのように考えません。葉は落ちてしまうので、葉よりは枝と幹が問題だと考えるのです。大韓民国で最高の位置にいる人々が学者たちであり、キリスト教で最高の位置にいる人々が牧師たちですから、第一に、牧師たちに対して、お父様が果たすべき責任を全うするために精誠を尽くさなければなりません。彼らが私たちの「原理」を一度聞けば、問題にならざるを得ないのです。ですから、一度聞いて(今までのものとは)違うと思い、二度聞いて(さらに)違うと思うのです。ある人々は、「二十世紀の奇跡である」と言いますが、これは奇跡ではありません。原理原則の立場で、どれほど徹頭微尾、事を進めていくかが問題です。そのような立場に立たなければ、すべて流れていってしまうのです。ですから、精誠を尽くさなければなりません。精誠は、いい加減に尽くすのではなく、かわいそうな人を思って尽くさなければなりません。お父様は精誠を尽くすとき、ある人がぼろを着ているという思いが湧いてくれば、寒いときでも服を脱ぎ、その人のために祈ることが多くありました。そのような基準があるので、今日、これほどの基盤を築くことができたのです。

11 統一教会は、キリスト教から追われてきましたが、彼らから歓迎を受け始めました。これが一九七一年からです。統一原理公聴会を通し、牧師たちを千人以上連れてきて教育しました。そこには、「統一教会のために生命を捧げて闘います」という人々が多くいます。統一教会の原理をもって説教する牧師たちも多いというのです。そのような牧師たちが全国にたくさんいます。そのみ言をもって説教さえすれば、信者たちが(聖霊の)火を受けて喜びます。何回かしてみれば、これは間違いなく天のみ言であることが分かるというのです。

12 イエス様の時代に一つになれなかったユダヤ教とイスラエルの国を、今日、私たちが一つにしなければなりません。お父様が今の時代に有り難く思うのは、今日、統一教会とキリスト教の牧師たちが互いに往来するようになったという事実です。統一教会は、草創期にキリスト教から迫害を受けましたが、今やキリスト教の牧師たちが往来できる圏がつくられたというのです。これは、数千年の歴史を蕩減できる立場に立ったということです。もともと、牧師招請原理公聴会を三次までするだけでも、条件に引っ掛かりません。しかし、六月までに七次をすることになります。一九七一年は、七千年歴史を横的に蕩減する運勢に匹敵します。ですから、統一原理公聴会を、何としてでも一九七一年六月末までに、七次までは終わらせようと思います。この公聴会に参加した牧師の数が六百人を一人でも上回れば、条件に引っ掛かりません。しかし、七百人を超えてみようというのが計画です。このようにすれば、お父様の責任を果たすことになるのです。このことをするために、これまでどれほど苦労したか分かりません。皆さんが知らない中で、そのようなことをしてきました。統一教会員の数が問題ではありません。蕩減をどのようにしていくかが問題なのです。

13 完全なプラスと完全なマイナスが一つになるときには、宇宙が永遠に保護します。私たちがキリスト教と一つになるというのは、キリスト教を生かしてあげようということです。完全なプラスの位置に立って、完全なマイナスの位置にいる彼らを生かしてあげようというのです。マイナスの位置にいる彼らが私たちと一つにならなければ、(代わりに)国が巻き込まれてきます。越えていくことができるのです。真をもって行動する人は、真の結果と向き合うようになるのです。ですから、この全天地を動員して、法度的な立場で私たちを保護できる絶対安定圏が、私たちの行路にあることを忘れてはいけません。片方の足では統一ができません。合わせなければなりません。合わせようとすれば、これが対角線にならなければならないのです。ですから、統一しようとすれば、統一教会がキリスト教と一つになり、国と一つにならなければなりません。それが一番の近道です。キリスト教徒たちは、二週間だけ「統一原理」の教育を受ければ、皆さんより勝るというのです。そのようになり得る事実が、目の前にはっきりと見えるのです。ですから、いかなる困難があっても、このことを実践しなければなりません。

14 復帰路程において、アベルはカインを復帰してから現れます。誇って復帰するのではありません。自然な立場で復帰しなければなりません。キリスト教牧師統一原理公聴会にも、お父様は現れません。現れないのですが、彼らが私に反対したので、彼らが訪ねてきて、頭を下げなければなりません。大韓民国が復帰されるまでは、(原理公聴会に)現れないというのです。神様の威信があるのです。私が口下手だからではありません。理由があり、天の法則があるというのです。皆さんの使命は、カインを救ってあげることです。個人においては個人的アベルなので、個人的なカインを救ってあげなければならず、家庭的アベルであれば、家庭的カインを救ってあげなければならず、氏族的アベルになれば、氏族的カインを救ってあげなければならず、民族的なアベル統一教会であれば、民族的なカイン教団を救ってあげなければなりません。それでこそ、そこから初めて、国家と向き合うことのできる資格をもつ人になるのです。今、最も急を要することは、どのようにアベルになるかという問題です。そのようになれば、統一教会の願いは一度にすべて成し遂げられるのです。

15 一九七一年の正月から十二月初めまで、キリスト教牧師統一原理公聴会を開催し、今まで八百人以上の牧師たちが公聴会を経ていきました。また、大学を中心としては、教授招請統一原理公聴会を四回行いました。大学は、私たちでなければ、学生たちが新しく行くべき道を提示することはできません。文教部当局も、そのような見地から私たちを見ています。また、勝共路線を中心として見るときも、私たちでなければならないという立場が浮き彫りになっています。このような実情を見るとき、み旨を中心として絶頂まで来たと考えるのです。このような時が来たので、統一教会の食口たちは、全体を代表する個人として、その価値を表さなければなりません。ですから、そのような問題を前にして、私たちは全国的に新しい活動体制を整えて動き始めました。祝福家庭の婦人たちが今、全国に出ていって活動しているというのです。婦人たちが出ていって活動するとともに、この家庭と関係のある食口たちも、ここに歩調を合わせているのです。

16 大韓民国は、このまま行けば滅びます。思想が弱々しくて腐敗しているものを掃除し、清算できなければ滅びるのです。ですから、ここには私たちの思想が必要です。間違いなく必要だというのです。最初に、「統一教会でキリスト教牧師統一原理公聴会をする」と言った時は、「牧師たちが来ると思うか」と嘲笑しました。それは、天倫を知らずに口にする言葉です。今や、来るなら来て、やめるならやめなさいというのです。そこの代表となる三、四人の人さえ協助するようになれば、あとからすべてが支持するようになるのです。

17 統一教会が生きていける道は、どこにあるのでしょうか。統一教会自体では、絶対に駄目です。統一教会が生きていこうとすれば、必ずキリスト教を中心にした宗教界を動かさなければならず、その次には、大韓民国において政策を樹立する数多くの背後の人物たちを動かさなければなりません。そのような準備をするために、教授たちを教育するのです。前回の第三回統一原理公聴会にも五十数人が参加しましたが、相当な効果がありました。私たちが莫大な経費を使いながら、大学の有名な教授たちを中心として統一教会の「原理」を研究させ、各自の専門分野から見た「統一原理」に対する批判とともに、彼らの所感を添付したものを早く冊子にしようと思うのです。著名な教授たちが公認した冊子を見る人々は、反対することができないでしょう。ですから、それを一刻も早く作らなければなりません。今まで、三度にわたる教授たちの公聴会を通した実証的な証を通して見るとき、誰もが認めざるを得ないというのです。

18 「世界平和教授アカデミー」を通して、全世界的に原理研究教授会をつくります。今、韓国と日本でそれをしています。そうして、教授たちが「統一原理」を研究し、しきりに発表しています。私たちは今まで、「科学の統一に関する国際会議」をたくさん行い、多くの学者たちをまとめてきたのですが、そのような学者たちを中心に、どのようにすればその国の責任者たちが統一原理公聴会をすることができるようになるかを研究しなければなりません。反対するキリスト教の責任者たちと教授が対話しなければならないというのです。教授と対話するようになれば、牧師たちは完全に頭を下げます。その次には、今の既成宗教と一つになって、たくさんの人と接触させなければなりません。教会が一気にこちら側に来れば、人々が一遍にやって来るというのです。このように多角的な活動を展開して、何としてでも六百人ずつ行い、三万人を完全に確保して教育しなければなりません。私たちが国家的に動けば、若い人々が押し寄せるのです。

指導者に対する「勝共思想」教育と海外研修

真の父母様は、一九六八年一月十三日に「国際勝共連合」を創設され、韓国では各界各層の指導者たちを対象に、南北統一に備えて「勝共思想」および「統一思想」の教育を持続的に実施された。そして、「国際勝共連合」は、アメリカと日本で研修を行い、「勝共思想」と真の父母様の世界的活動を紹介することによって、韓国の社会指導者たちに多くの感動を与えた。

19 南北統一に備えて、組織編成をしておかなければなりません。平和大使たちを「勝共理論」と「統一思想」、「統一原理」で武装させることにより、世界を収拾していかなければなりません。何としてでも、百二十カ所に平和大使を配置しなければならないのです。平和大使たちを班里面(バンリミョン)、班統洞(バントンドン)に配置しなければなりません。地方や首都圏もみな同じです。そのようにすれば、全体がまとまった組織になります。そのような組織をつくって、毎日のように思想武装をしなければなりません。

20 お父様のことを愛国者だと認定する人々から、必ず教育しなければなりません。国会議員たちに「原理」と「勝共理論」、「統一思想」まで教育しなければなりません。お父様に勝つことのできる何かがないのなら、付いてきなさいというのです。韓国の政治の風潮では、何もうまくいきません。アメリカや日本も同じです。お父様は絶対価値を中心として、今まで平和運動を行ってきました。そのようにした人は私しかいません。世界がこれを大いに尊敬しています。尊敬することで終わってはなりません。尊敬した基盤を歴史の伝統にして、後世に残さなければならないのです。着地が必要です。

21 キリスト教徒たちが「統一原理」を聞いて、驚いています。アメリカ研修に参加した校長たちの中にも、キリスト教徒たちがたくさんいます。そこには異議があり得ません。良いといううわさをみな聞いたというのです。昔は、同じみ言を聞いても、悪いと考える目で見て、そのような耳で聞いて、そのような心をもって聞いたので、それがすべて、自分をたたき潰そうとし、食いものにしようとする言葉にばかり聞こえたというのです。今や、うわさがたくさん立ったので、一度聞かなければならないと思って、心の門を開いて聞いてみると、一〇〇パーセント響くのです。最近、国家を導いていける思想として教育するに値するものがないので、教育部(日本の文科省に当たる韓国の中央行政機関)から私たちの責任者の所に何日かごとに訪ねてきては、「教育してほしい」と言うのです。今や、互いにアメリカ研修に参加しようと言って列をつくっています。今回は、キリスト教の長老たちを連れていこうと思います。既に教育を受けた人は二万人近くなりますから、今や中流階層はほぼすべて通じます。知らない人がいないというのです。

22 今まで、「国際勝共連合」と統一教会を通して訓練を受け、教育された人々は本当にたくさんいます。皆さんが今まで関わりをもってきたその人々を、すべてまとめなければなりません。その次には、アメリカ研修に行った教授と小学校、中学校の校長、教頭、教師たちをすべてまとめるのです。ですから、今回、私たちの協会の組織を一元化しました。今まで原理研究会の学生たちは別途に活動しましたが、今やそのような時は過ぎ去りました。みな一つの家に入ってきて暮らすべき時が来たのです。怨讐たちはすべて倒れました。ですから、みな一つに束ねたのです。今に学生局ができるでしょう。学生局は、教授たちと中学、高校の校長たち、小学校の教師たちまで束ねて配置しておくのです。すべての家庭が、教育機関に関係しています。家庭には小学校や中学、高校、大学に通わない子女たちがいないので、このような教育機関で中心となって動けば、その家庭は相対的に、自然に動くようになっています。学生さえ復帰しておけば、学校の先生や家庭がすべて動くというのです。私たちは学生を動かすことができます。学生たちを連れてきて一週間だけ原理を教えてあげれば、すべて回っていくのです。

23 アメリカ研修に行ってきた人が、五万人を突破しなければなりません。今までアメリカ研修に行ってきた人が三万人を超えると考えます。五万人に研修を受けさせれば、一つの郡(地域)では二百人になります。アメリカ研修をさせたのは、今後、国家を動かすときに、中心となって動く人脈が必要だからです。彼らは教育を受けたあと、「これから私たちの国は、統一教会のこのみ旨を中心として収拾しなければ希望がない」と感じるというのです。また、国家基準だけでなく、世界に通じ、世界に発展し得る人脈と連結させる所は、統一教会の基盤以外にはないことが分かるというのです。彼らが、希望の方向を私たちに向けているのです。

24 父母様は、中学、高校の活動に力を注ごうと思います。アメリカ研修に行ってきた中学、高校の教師たちと校長、教頭たちの中で、三分の二ほどが私たちの体制圏内に入ってきました。今後、校長、教頭を中心として一つになれば、学生たちを教育することに問題はありません。これから、これを学制に引き上げるに当たって、一番早こは、大学教授よりも中学、高校の先生たちです。教職員を中心とした活動と学生の教育が、絶対に必要なのです。この時に定着しさえすればよいのです。大学では、もはや一段階落ちます。大学は学科別になっているので、卒業の同期だといっても、心情的な絆がうまく結べません。しかし、中高生たちを見れば、同じ科目圏内で、単一の責任を受け持った先生がすべて教えてくれるのです。ですから、それゆえ、一番重要なのは中学、高校のような教育機関に、どのように思想的な内容を植えておくかということです。これは必須的な条件です。このような強大な背後の勢力基盤を教育するのです。そして、校長が称賛し、学生たちが称賛するようになれば、父兄たちは自動的に付いてくるのです。彼らを教育することにより、食口化運動をしなければなりません。

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第五篇 第三章 主要な名節の宣布

第五篇 第三章

主要な名節の宣布

第一節 「心情復活の日」と「実体復活の日」宣布

「心情復活の日」「実体復活の日」宣布の背景

真の父母様は、三子女の祝福式を執り行った翌日の一九六〇年四月十七日を「心情復活の日」、一九六一年四月十七日を「実体復活の日」として宣布された。真の父母様の聖婚式以降、心情復活、実体復活、万物復活の基台を築き、失ってしまった神様の心情圏を実体で復活させることによって、「父母の日」を通して子女と万物を探して立てたのである。

1 本来、「父母の日」は、「心情復活の日」と「実体復活の日」が宣布されたあとに現れなければなりません。復活の過程を探ってみると、心情復活、実体復活、万物復活となっていきます。太初に神様は、人間の堕落によって万物を失ってしまい、実体を失ってしまい、心情を失ってしまったので、逆に心情復活、実体復活、万物復活をしてこられるのです。それを通して、「父母の日」と「子女の日」、そして「万物の日」が探し出されるのです。

これを成し遂げるために、お父様自身が茨の道を歩みながら蕩減してきました。このように蕩減条件を立てたので、サタンの讒訴条件を免れて、祝福された「父母の日」を設定することができたのです。

2 人類始祖であるアダムとエバが堕落することによって、「父母の日」と「子女の日」、「万物の日」、「神の日」を立てることができませんでした。それで、統一教会では、これらの日を定めたのです。このような事実は、歴史上、空前絶後の出来事です。

「神の日」や「子女の日」は、何の価値もない日ではありません。「子女の日」が現れるためには、堕落したすべてのものを復帰しなければなりませんでした。堕落することによって心情的問題に引っ掛かり、実体的問題に引っ掛かり、それから天使長に引っ掛かりました。堕落した順序を見れば、天使長が問題になり、それから体と心を通して心情まで問題になりました。すべて引っ掛かってしまったというのです。このように、すべて引っ掛かっています。

これを復帰するためには、神様と一致する心情をもって現れなければなりません。ですから、統一教会には「心情復活の日」があるのです。「心情復活の日」が宣布されなければなりません。心情復活が先です。堕落は、サタンと人間の体が一つになることによって、心情が被害を受けたのです。ですから、復帰路程では、反対にしなければなりません。「心情復活の日」を先に宣布し、それから「実体復活の日」を宣布しなければなりません。

3 一九六〇年に聖婚式をすることによって、父母の立場を縦的に決定しました。ですから、復帰の過程を経る皆さんは、そのような形の道を歩まなければなりません。それで、「父母の日」を設定して、横的な立場で「子女の日」を宣布するようになったのです。そうして、父母様を通して、み言復活、心情復活、実体復活が出てきました。このようになったので、初めて一人の男性を中心として祝福を成し遂げ、新しい歴史時代へと入っていけるようになったのです。そうして、皆さんに対しては父母になったので、皆さんを新時代の息子、娘として祝福してあげるのです。

ですから、皆さんは、蕩減路程において、父母様のように実体復活の過程を経なくてもよいというのです。父母様がそれをすべてつなげてきたので、父母様に付いていきさえすれば、皆さんはサタンの讒訴を受けずに進んでいけるのです。

4 アダムは、心情世界が不十分な立場で堕落しました。神様の心情を知らずに堕落したのです。心情を体恤してきた人は、この歴史時代においてイエス様しかいません。しかし、イエス様は心情復帰の基準を立てることができませんでした。アダム一人が神様の心情を蹂躙したのではなく、アダムとエバが共に蹂躙したので、彼らか心情的に一致するまでは、神様の心情解放の基準を立てることができないというのです。ですから、イエス様が再び来て、心情復活圏をつくりあげなければなりません。

キリスト教が二千年間、ありとあらゆる犠牲を払ってきましたが、このような理念をもった原理と天理を通した心情的背景を備えて、「今から神様の心情を解いてください!」と言える基準は現れませんでした。ですから、このような夫婦が現れてこのようなことをしてこそ、神様の心情解放が起き、それにより、天の国の「心情の門」が開くとともに、人間の夫婦においては、真の心情の天国型が(ここから)始まるのです。

5 神様の心情的壁をつくったことに対して、一人の男性と一人の女性が蕩減条件を立てることにより、心情的基準と心の方向が一致した立場で、「あなたが背負った十字架を代わりに引き継ぎ、個人と家庭と氏族と民族と国家と世界を中心として、実体的に闘って勝利いたします」と言うことができなければなりません。それにより、神様の心情世界から人間の心情世界へと移されなければなりません。それは、アダムとエバが堕落したので、人間の先祖の立場から解かなければならないのです。神様を解放し、神様の心情的十字架を解かなければならないというのです。

そのためには、心情的な受難の道を通して、愛の十字架を担おうという夫婦がいなければなりません。その十字架を背負って、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的峠を越えなければなりません。そうして、その峠を越えたと宣言する日がなければならないのです。「神様が子女を愛し、万物を愛するように、この二人が、そのようにいたします」と言わなければなりません。それで、一九六〇年四月十一日の父母様の聖婚式が過ぎて七日目となる四月十七日を期して、「心情復活の日」を宣布したのです。天と地上に心情復活を宣布した日です。人間世界に残された心情問題さえ世界的に解決すれば、地上天国と天上天国は必ず成し遂げられるのです。

6 地上に顕現する神様の愛を中心とした心情的復活圏を成就しなければ、完成の基準を立てることはできません。そのような復活を中心として、統一教会で「心情復活の日」を宣布しました。その心情復活を基盤にしなければ、実体復活を探し出す道がありません。

結局は、心情と神様の愛を中心として、心が神様と一つになり、その一つになった心と神様の愛を中心として、体が一つにならなければなりません。横的に体が心情圏を形成するためには、今までサタン圏内から侵犯されていた讒訴基準を超越しなければならないのです。越えなければなりません。ですから、実体復活圏を成就しなければ、神様の心情を横的に連結させることはできないのです。一九六〇年と一九六一年にそれぞれ「心情復活の日」と「実体復活の日」を宣布することによって、初めて完成したアダムならアダム、完成したエバならエバが、ここから現れることができるというのです。

心情復活と実体復活

真の父母様は、「心情復活の日」について、六千年を通して初めて、神様と人間が公式的に心情の紐帯を結んだ日であることを強調された。そして、すべての人間は、再び誕生する実体復活の条件を立ててこそ、祝福を受け、神様のみ前に立ち得る恩賜圏内に入ることができると語られた。

7 私たちは、いずれにしても心情の門を通過しなければなりません。心情の門を通過したという条件を立てなければ、復活できません。イエス様も、心情の問題を解決できなかったので、天国に入れませんでした。ですから、一番目も心情であり、千番目、一万番目も心情です。この心情の門を開いてこそ、天国の門が開かれるのです。天国の門が開かれる日、その体と心と心情に傷を受けていない人が天国に入っていけるのです。

8 復活するには、私たちの心情が問題です。天の願いどおりに、現実において価値のある昧を出す人にならなければなりません。今まで復活を完結したという人が天にも地にもいなかったのに、この哀れな民族が暮らす韓半島から復活が成し遂げられるということは、頭を下げて感謝しなければならないことです。この基準を達成した人がいるとすれば、その人は億万のお金とも交換できない人です。

その人は、すべてを失ってしまった人のようですが、すべてをもっている人です。心情の主導権を握って来られる父のみ前に、喜びと幸福と楽しみをお返しする息子であり、娘です。ですから、私たちは、その人の心情世界につながらなければなりません。神様は私たちの父であり、主は私たちの新郎です。

神様は、私たちに慕わしさと「神主義」と忠誠を教えてくださいました。今から私たちは、父子の心情、夫婦の心情、君臣の心情をもって、主義を統一させていかなければなりません。その父の名のもとでは、互いに赦せないことがなく、曲折が残ることがありません。新郎の名によっては、譲れないことがないのです。一人の君主の名のもとで忠誠を尽くすのですから、一つにならざるを得ません。これが心情復活の総結論です。

9 アダムとエバが堕落する時には、神様と心情的基準が一致していませんでした。ですから、それ以上に上がらなければなりません。神様の命令であれば何でもやらなければならない、地上のあらゆるものを断ち切ってやらなければならない、とひたすら思わなければなりません。このような自覚が生じなければならないのです。すなわち、心情復活の段階がなければならないというのです。ですから、父母様がこの道のために、心情復活式をしたのです。

10 皆さんが、実体復活できる存在になろうとすれば、歴史的な基準を蕩威し、現実の闘いで倒れずに勝利しなければなりません。そうしてこそ、実体復活ができるのです。そのようになる日が「実体復活の日」です。この地に、イエス様の使命を受け継ぎ、神様の心情を受け継いで来られる方がいらっしゃるとすれば、その方がこの世界の主人公です。実体復活は心情まで通じなければなりません。その日は、天地が回っていく日です。

「実体復活の日」が現れるためには、実体の父母がいなければならず、実体の子女を立てなければなりません。皆さんは、実体復活を通じて栄光の立場に進んでいかなければなりません。そのためには、血みどろの闘いをしなければならないのです。そうして、栄光の主権を立てなければなりません。この道は、死のうと生きようと行かなければならなこなのです。

11 統一教会に来ると不思議です。いっそのこと荷物をまとめてきて、教会にずっといたいと思うのです。家から荷物をまとめてくることが、どれほど希望に感じられるか分かりません。ですから、逃げるようにして来るということがなければならないのです。そのように感じ、そのようにしなければなりません。そのようになれば、それが実体復活です。体が天の領域に入ったという切符をもらうのです。実体復活圏だというのです。そのように心情復活と実体復活圏がつくられてこそ、神様の愛を通じた血統的絆の連結が出発するのです。

第二節 「父母の日」宣布

「父母の日」宣布の背景

一九六〇年、陰暦三月一日(陽暦三月二十七日)、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で挙行された真の父母様の約婚式は、事実上、真の父母様がこの地に顕現された日である。そのため、真の父母様は翌年、一九六一年、陰暦三月一日の約婚記念日を、「父母の日」として発表された。また、一九九四年の第三十五回「父母の日」には、主要な名節に「真の」の字を付けて「真の父母の日」のように称すると語られた。

1 神様は、「神の日」と「父母の日」と「子女の日」をもてませんでした。神様が目指される創造の理想は、心情一体です。神様、アダムとエバ、子女に続く心情的な一直線を形成するためのものが、創造目的です。神様は、調和の道理を立てて創造されました。したがって、神様は、再創造の方法とその設計も、この原則によってされるのです。神様は、「子女の日」をもつと同時に「父母の日」と「神の日」を立て、万民が祝う日をもってこそ、すべての記念日を完結するようになるのです。

2 「父母の日」は、歴史時代に父母が誤ったすべてのことを、霊的、肉的に蕩減した勝利基盤の上でのみ設定されます。アダムとエバが真の父母にならなければなりませんでしたが、彼らが堕落することによって、メシヤであられるイエス・キリストが来て、イスラエル選民圏を中心に、国家的基準で真の父母の基盤を築かなければならないのです。これが原則です。

3 真の父母が、この地上で真の父母として立っためには、必ず実力で勝敗を決しなければなりません。真の父母としての資格を備え、勝利しなければならないのです。まずサタンを屈服させ、その次に霊界に行って、養子の父母を屈服させなければなりません。このようにして、蘇生、長成、完成の父母の三代の歴史を経ていかなければなりません。そのようにしたのちには、この地上に子女の立場で生まれた人間を救える心情的内容や、生きる道を開いておける全般的な条件を備えなければなりません。そのようにしなければ、父母になることができないのです。

この地上の人間が、なぜこのようになったのでしょうか。父母が誤ったからです。ですから、その父母には、死んだ子女を生かさなければならない責任があります。それゆえ、子女を生かす方策を立てなければ、父母になることができません。したがって、歴史過程は、蘇生、長成、完成の三時代の父母の歴史を経てきます。その中で最後に残る父母は、肉界でも霊界でも、サタン世界で勝利の決定権をもって現れる父母なのです。

4 天と地が統一されなければ、すなわち、霊的な世界と地上世界が統一されなければ、完全な統一を実現することはできません。いくら偉大な人物が出てきて世界を一つの思想で統一しようとしても、天倫の法度が残っており、神様が厳然と存在する限り、それは妄想にすぎません。

今日、統一が実現できない原因はどこにあるのでしょうか。すべてのものが塞がっているからです。これを崩すまでは、統一が実現されません。心情の基盤から心の基盤、生活の基盤だけでなく、存在するすべての世界で隔たりがあり、溝ができているので、それを清算しておかなければ、統一されないのです。清算すべき溝は、地上だけでなく天上世界にまで無限に連結されていますが、この溝を何によって打開するのでしょうか。これは人間に責任があるので、人間が解決しなければなりません。ですから、主がこの地上に来るためには、塞がった霊界と無限の闘争をしなければならないのです。

今日、地上に統一的な世界観が立てられつつあるのも、実は霊界で統一的な役事(働き)が起こっているからです。その霊界の役事が地上に反映され、実体的な現実として展開されています。統一は、どのように成し遂げられるのでしょうか。地上に「父母の日」を立てることによって成し遂げられるのです。「父母の日」は、天地の間に勝利を決定する日であり、神様が願ってきた勝利の日として立てられる日であり、人間が願ってきた歴史的な実を結べる日であり、万宇宙の失われた主人を探し出せる日なのです。

5 今まで、善の中で現れるべき真の父母の血統がこの地上に現れなかったので、今日、人類は孤児のような立場にいます。すなわち、サタンの息子と娘であり、怨讐の息子、娘として生まれたというのです。しかし、神様の愛の法度から見て、人間は天の国に帰ることができます。ところが、サタンが人間を鉄の鎖で縛り、(天の国に)行けないように蹂躙しているというのが今日の状況です。その鉄の鎖を切ってしまい、最後の生死を決断できる人類の希望の起点が「父母の日」です。

6 真の父母は、(男性と女性の)二人がいなければなりません。二人いなければ、真の父母の基準の上に立つことができません。そして、霊的な闘いで勝利の基準を立てたとしても、地上に実体の真の父母が立てられなければ、実体世界で勝利の基準が立てられません。いくら霊界で勝利の条件を立てたとしても、地上に真の父母が立てられなければ、霊的世界の足場に該当する基盤を、この地上に築くことはできないというのです。ですから、今後、来られる真の父母は、このために生命を捧げ、地と天に代わって闘っていかなければならないというのです。このような闘いの期間が、四十年の期間です。

真の父母は、この四十年の期間にどんな闘いを経なければならないのでしょうか。まず、霊界で霊的な試練を経なければなりません。その次に、地上で実体的な試練を経なければなりません。その中でも倒れることなく、中心をもって進み出て、初めて霊肉合わせて真の父母を立てることができるのです。すなわち、六千年の摂理歴史の願いを果たせるということです。「父母の日」は、霊肉合わせて真の勝利の基点を定めた日であり、真の父母の理念が出発した日です。

「父母の日」の意義

アダムとエバが神様を中心として真の父母になっていたならば、その時、「父母の日」が立てられていたはずである。しかし、アダムとエバが堕落することによって立てられなかった「父母の日」を取り戻すため、神様は今まで摂理してこられた。このように「父母の日」は、アダムとエバが誤ったことを、真の父母が霊的、肉的に蕩減した勝利基盤の上で設定されたのである。

7 メシヤとは、神様の愛をもって体と心が一つになった、本然の理想的な男性の型を備え、堕落性を超越した立場で来られる方です。そのような方が一つの中心となり、世界の人をそれと同じように育て、天国に入らせるために来られるのです。そのメシヤは、何を探し求めなければならないのでしょうか。

メシヤは新郎として来られるのですが、新郎は新婦を探し求めなければなりません。新婦はエバです。エバを失ってしまったので、メシヤはこの地上に来て、エバを探し出さなければなりません。統一教会では、「真の父母」という言葉を中心として、歴史上、初めて「父母の日」を発表しました。神様の本然の愛を中心とした男性と女性が夫婦になる「父母の日」を設定したのです。神様を中心として、男性の体と心、女性の体と心が、水平線で完全に一つになり、神様が願った理想的な完成圏が出発した日が「父母の日」です。

8 人間始祖が堕落したので、今、この地球上には神様が愛し得る直系の子女が存在せず、養子たちだけがいます。神様も、天地間の偉業を相続させてあげなければならないのですが、血統が違う養子だけがいるので、たやすく相続させてあげたいと思うでしょうか。父母であれば、突然現れた他人の子女に、天地間の偉業を相続させてあげたいでしょうか。それは、本来の創造の原則に外れることなのです。天地創造の原則は、本来の息子、娘に偉業を相続させるようになっています。

本来の息子、娘を取り戻すためにあったのが今までの歴史です。神様の実の息子の使命と資格を備えてこられる方が再臨主です。ですから、最高の新婦は、再臨主の妻になる人です。彼らは、人類の真の父であり、真の母です。そのような父と母が出てきたあとは、その方々の息子、娘が出てこなければなりません。この父と母が現れる日が、正に「父母の日」です。この日は、統一教会における誇らしい日です。今、ようやく歴史上に「父母の日」が現れました。失われた神様の栄光を代わりに現し、人類の勝利をたたえ、悪に対して公義の法度で裁きの権限を行使できる、私たちの父母が現れたというのです。これが、この地上では福音の中の福音です。

これを宣布したのが「父母の日」なのですが、(この日が)正に陰暦の三月一日です。人間が堕落しなかったならば、(今日の)私たちに「父母の日」は必要ありません。アダムとエバが堕落せずに子女を生んだとすれば、その子女たちがアダムとエバを「お父さん、お母さん」と呼ぶその日が「父母の日」であり、「神の日」だったでしょう。

9 私たちは「父母の日」を立てましたが、この「父母の日」が、統一教会だけの「父母の日」になってはいけません。私たちだけが迎える「父母の日」になってはいけないというのです。世界万民が迎える「父母の日」にならなければなりません。この日には、万世の恨が積もった峠を越えるために、今も呻吟している父母様の心情が宿っています。ですから、切迫した心情を抱き、この罪悪の世界を破綻させ、解放のラッパの音と解放の歓声が天地に満ちる、その一日を迎えられるようにしなければなりません。

私たちは、このような解放軍としての使命を果たさなければならないのです。そのようにしなければ、その父母の息子、娘として「忠孝の道理を果たした」と言ぅことはできません。この日は、統一教会の垣根の中の少数の群れだけが祝える日ではなく、万民が祝える日です。すべての歴史にわたって、永遠にたたえることができる日です。未来の万民たちが、誇らしい日、喜びの日、栄光の日として永遠に記念し、たたえることができる日なのです。

10 皆さんは、「父母の日」を本当に自分の「父母の日」として立てなければならず、皆さんの家庭の「父母の日」として立てなければならず、社会の「父母の日」として立てなければならず、国家の「父母の日」として立てなければなりません。そのようにしてこそ、世界の「父母の日」として立てられるのです。

世界の「父母の日」として立て、天宙の「父母の日」として立ててこそ、本来、神様が真の父母を立てようとした創造理念が完結し、人間が堕落することによって「父母の日」を立てることができなかった恨が解怨されるのです。さらには、この天上天下に「父母の日」を立ててこそ、復帰の恨が完全に解怨されるというのです。

第三節 「子女の日」宣布

「子女の日」の意義

真の父母様は、一九六〇年、陰暦十月一日(陽暦十一月十九日)、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、感謝祭礼拝を自ら主宰され、翌年、この日を「子女の日」として公布された。「子女の日」が決定されることにより、アダムとエバが蒔いた罪悪の種を抜き取ってしまい、人類を悪から解放できる起源がつくられた。この日は、堕落人間たちが歴史始まって以来、初めて子女として勝利し、神様の宇宙的な栄光の場に同参できるようになった記念の日である。

1 神様は、「父母の日」が立てられることを六千年間、待ち望んでこられました。本来は、堕落した人間の子孫たちが待ち望むべき日であるにもかかわらず、かえって創造主であられる神様が、六千年間、その日を待ち望んでこられたのです。ゆがんだ歴史が始まったその日から、数多くの峠の道で、神様には悲しいことも難しいことも多くありましたが、その中でもたった一つ願ったものが「父母の日」でした。

その日が探し出されることによって、神様は御自身が共にいられる人類の真の父母を立てて、「あなたたちは人類の真の父母である」と命名できるようになるのです。そうして、神様が立ててくださる父母の名をもって出てくることによって、父母の祝福の基準が立てられます。ここにおいて真の子女が立てられるようになり、それによって、地上で「子女の日」を迎えることができるのです。

2 一九六〇年、「父母の日」(一九六一年に宣布)を設定したあと、「子女の日」を設定しました。人類の父母が登場するとき、子女も決定されるのです。子女を決定する場に進む前に、父母の出発線があるというのです。

しかし、復帰路程では、父母だけでなく子女の縁も固めなければなりません。横的な縁である子女を中心として見れば、「父母の日」がまず出発し、「子女の日」はあとから出発しなければなりませんが、復帰しなければならない立場では、「子女の日」が先に出発し、「父母の日」はあとから出発するのです。横的な基準で「父母の日」を設定し、「子女の日」を宣言したのです。そうして、天地の間の歴史が始まって以来、初めて「子女の日」が現れるようになりました。

この日は、天地の間に勝利の歓声を上げることができる日です。この日が設定されることによって、霊界は時を迎えたので、絡まっていたものがほどけていきます。ですから、この地上の悪の勢力は、次第に消滅していくのです。

3 「子女の日」を迎えれば、どのようにしなければならないのでしょうか。まず、皆さんの息子、娘の家に行って宴をし、その次に自分の家に集まって宴をし、その次に、教会に出てきて宴をしなければなりません。このように、蘇生、長成、完成の三時代の形で宴をしなければなりません。象徴復帰、形象復帰、実体復帰の立場に合わせなければならないのです。

息子、娘たちが「子女の日」を迎えることができずに死ねば、天上に恨が残るという事実を知らなければなりません。ですから、私たちの息子、娘を中心として世界を復帰しなければならず、私を中心として楽園に行っているすべての善霊人たちを復帰しなければならず、教会を中心として天地の道理を探し出してこなければなりません。このような三段階の原則を経なければならないのです。

皆さんは、家庭的な環境から、この日を記念しなければなりません。子女たちが、その日が来るのを待ち望めるようにしてあげなければならないというのです。世の中の子供たちが「晴れ着を着て、おいしい物を食べられる、その日がいつ来るのか」と言いながら祝日を待つ、そのように指折り数えて待つ心をもち、「子女の日」が来ることを喜ぶ立場で準備しなければなりません。

4 人間か堕落することによって、父母を失ってしまい、子女を失ってしまい、万物を失ってしまいました。これを蕩減する基準を立てるためには、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を立てなければならなかったのですが、その中でも立てるのが一番難しい日が「子女の日」です。アダムとエバが真の子女になれなかったからです。それでは、真の子女になろうとすれば、どのようにすべきでしょうか。

一つの血統をもって生まれなければなりません。真の子女になるためには、父母の前に孝行の道を全うしなければなりません。孝子は、どんな困難な環境も収拾しなければならず、その環境から認定を受け、父母から認定を受けなければなりません。

神様は、アダムとエバに「万物を主管しなさい」と言われましたが、アダムとエバは、「万物を主管できる」と認定を受けなければなりません。そして、希望の中心として、み旨に責任をもてる子女だという認定を受けなければなりません。父母の心情に一致しなければならないのです。過去と現在、未来に差異があっては孝子と言えません。忠臣と言うこともできません。孝子や忠臣は変質してはいけないのです。孝子や忠臣は、過去を代表し、現在を代表し、未来を代表できなければならず、神様の心情を中心として、時間と空間を超越した立場で認定を受けなければなりません。

「私の誓い」制定

真の父母様は、一九六二年十月二十八日、第三回「子女の日」を期して、全文五節からなる「私の誓い」を制定、公布された。真のお父様は、「誓いとは、神様と未来を前にして約束するものである」と語られた。そのため、誓いを述べようとすれば、神様と心情が通じなければならず、「私の誓い」で各自が真の息子、娘になるという誓いをすることによって、神様と心情一体を成し遂げられることを強調された。「私の誓い」は、一九九四年五月一日に「家庭盟誓」が制定されるまで斉唱された。

5 皆さんが誓いを立てることができるか、一度考えてみてください。今まで神様のみ前に誓いを立てた人はいません。僕としても誓うことができず、息子、娘としても誓うことができませんでした。誓いを立てようとすれば、心情が通じなければなりません。この誓いは、真の息子、娘になるという意味の誓いです。

① 天宙の中心存在として、父のみ旨(創造目的)と任せられた責任(個性完成)を全うし、喜びと栄光を帰し奉る善き子女となり、創造理想世界において永遠に父に仕え奉る真の孝子女となることを私はお誓い致します。

② 父は六千年間供え物として十字架路程を忍ばれ、死したる私を真の子女として活かすべく、み言と人格と心情を与え一体化せしめて、天宙の相続権を与えたまわんとなさる聖なるみ旨を私は受け、完全に相続することをお誓い致します。

③ 怨讐によって失われた子女と天宙を復帰せんがため、父は父母の心情を抱かれ僕の体を受肉したまい、汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために流され、私の身代わりに歴史路程における怨讐サタン粉砕の武器を与えたまい、それらを完全に審判するまで父の性相を受け、真の子女私は敵陣に向かって勇進することをお誓い致します。

④ 父は平和と幸福と自由と理想の源泉であらせられ、父を奉る個人と家庭と社会と国家と世界と天宙は、本性の人間を通じてのみ心情一体の理想世界を完結することができ、私は真の人間となり、心情の世界において父の代身者となることによって、被造世界に平和と幸福と自由と理想をもたらし、父に喜びと満足を帰し奉る真の子女となることを私はお誓い致します。

⑤ 我々は神を中心とした一つの主権を誇り、一つの民を誇り、一つの国土を誇り、一つの言語と文化を誇り、一つの父母を中心とした子女となったことを誇り、一つの伝統を受け継いだ血族であることを誇り、一つの心情世界を成す役軍(担い手)であることを誇り、これを実現せしめることを私はお誓い致します。

このような義務と使命を成就せしめるため、責任をもって生命を懸けて闘うことを私は、宣誓しお誓い致します。宣誓しお誓い致します。宣誓しお誓い致します。

6 なぜキリスト教は再臨思想を語るのでしょうか。それは、神様の愛と生命と血統を中心として、新しい種を受けなければならないからです。アダムとエバが堕落することによって、偽りの種を受けました。ですから、新しい種を受けなければなりません。そのようにしてこそ、新しい種をもってくる真の父母の名をもった真の息子、娘の真の愛と真の生命を中心として、真の血統的論理を中心として、邪悪な世の中を克服して余りあるのです。また、そのような自主的な力をもった民になるのです。

「私の誓い」に出てくる内容のとおりに、私たちは、一つの主権を誇ります。その次に一つの民を誇ります。その次は一つの血族です。それから一つの国土です。この地は、「私」のものです。私たちのものです。人間は、誤って生まれました。誤って生まれたがゆえに、再び生まれさせようとするので、天が加担し、双胎(双子を身ごもること)で摂理するのです。双胎時代です。エサウとヤコブのように双胎です。腹中まで訪ねて入っていくのです。誤って生まれたので、新しい型を通して腹中まで探索して入っていきます。再び生まれなければ救いはないというのです。「重生」という言葉は、キリスト教にだけ存在するのであって、他の所にはありません。

7 皆さんは「私の誓い」を聖日ごとに唱えますが、それを習慣的に唱えてはいけません。この誓いで最も重要なのが五節です。神様を中心とした一つの主権を誇るのですが、一つの国にならなければなりません。ところが、なぜ多くの国になったのでしょうか。愛のゆえです。愛によって、そのようになったというのです。今日、このすべてのものが、一つの愛の道を行けず、様々に枝分かれして自分だけを主張する愛に付いていったために、そのようになったのです。その愛の主人になれる人は、男性と女性です。

個人を愛し、家庭を愛し、国を愛し、世界を愛するという愛の標準が変われば、自然に分かれていきます。ですから、いつでも現世の人が重視されます。男性と女性が分かれることは、愛がないところから始まるのです。

8 「私の誓い」の五節の中に、「一つの言語と文化を誇り、一つの父母を中心とした子女となったことを誇り、一つの伝統を受け継いだ血族であることを誇り、一つの心情世界を成す役軍であることを誇り」という内容があるのですが、「一つの言語と文化を誇る」というのが、なぜ血統や心情よりも先に出てきたのでしょうか。人は生まれて、言葉を知ったあとに、血統と心情を知るようになるからです。原理原則に従って、すべてそのように書いたのです。

第四節 「万物の日」宣布

献貢(ホンゴン)式と「万物の日」宣布

真の父母様は、一九六三年、陰暦六月六日(陽暦七月二十六日)、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で献貢式を開催された。天の子女の名で、サタン圏に属していた天下の万物を神様のものとして取り戻し、お捧げする儀式であった。真の父母様は、この献貢式を期して、陰暦五月一日に遡り、翌年から毎年、この日を「万物の日」として記念するようにされた。真の父母様は、三年路程の終結宣布の翌日である一九六三年、陰暦五月一日(陽暦六月二十一日を「万物の日」と定められたのである。

1 きょう、献貢日を迎えた皆さんは、今やすべての条件を立てて、国がなく、民がなく、領土がなくて悲しまれる父のみ前に、「これから天国の民を立て得る神様の息子、娘が現れ、その息子、娘が勝利して家庭を築き、家庭を束ねて民族と国家を築き、国家を動かして世界的基盤を築く歴史が始まりますので、喜んでください!」と言うことができなければなりません。

統一教会を中心として見るとき、宗教的に一次的な勝利の基盤を築いておき、聖婚式を通して二次的な出発を宣布するようになりました。私たちが今までこの国に宣布した中心内容は、私たちの真理と祝福です。聖婚家庭を通して、そのようなことを宣言してきました。このように、一次、二次を経てきながら、国家的な大行事として宣布し得たというのは、私たちが今後、天国を建設するのに、国家と縁を結ぶようになる、時代的な恵沢圏内に入ってきていることを意味します。

2 人間は、信仰、心情、実体を失って堕落しました。お父様は、神様に最も忠誠を尽くすために、最も信じられないことを語る人は誰か、と探し求めました。「私は神の夫人である」と語る人、「私が主である」と語る人などを訪ね、彼らが歴史を代表する信仰をもっているか、心情をもっているか、実体になったかを試験したのです。

信仰を決定したのちに、心情復活と実体復活を宣布しました。そして、縦的に取り戻してきたものを横的に立てたあとに祝福をしたのです。この基準の上で(天が)褒美を与えたということです。

また、このように横的な基準が立てられたあとに聖地を選定しました。このような背景で、神様にすべてのものを捧げるという条件の献貢式をすることによって、縦的なものが横的に展開され、平面的な基準が生じるようになったのです。

3 きょう、献貢日を迎えて、皆さんが参加したこの場に来るまでの道は、涙の道でした。この場は涙の場です。どれだけ泣いても止められない涙の場であり、痛哭しても形容し難く、どんなものによっても遮ることができない場です。ただ、自らの心の奥深くに、他の人が知らない抱負をもったとすれば、何か外的な物をもっていることが福であると思うのではなく、心の奥深くにもっているこの怨恨とこの悔しさを、億万のお金とも換えられない無限の価値のものとして感じなければなりません。これを貴く思うことができ、これを完結するための責任を背負うことができる心が必要です。

その心を、皆さん全体の中心心情として仰ぐようになるとき、神様はここで初めて、六千年の深い悲しみを私たちに相続させることができるというのです。

この場は、神様の悲しみ全体を厳粛なものとして相続する場です。それを相続しておいて、父が立てようとされた本然の万物を、万宇宙と世界に、父の喜びのものとして復帰してさしあげる基盤を築こうという信念だけが、皆さん自身にとどまらなければなりません。そのようになってこそ、ここに参加できる資格をもつことができるのです。悲しい歴史をもった天の曲折を忘れてはいけないというのです。

4 (天の)お父様、この献貢(ホンゴン)金は、万物をすべてお父様のみ前に捧げる条件の祭物でございます。これを締めくくるために真の父母を立てられ、真の家庭を立てられ、真の聖地を立てられました。

この聖地を基盤として、精誠の込められた心の基盤の上に条件を立て、数多くの子女たちが集めたこの献貢金をお父様のみ前にお捧げいたします。これは、この国全体を象徴するものであり、これは全天宙を象徴するものであり、これはお父様の六千年間の悲しみを解怨してほしいという、この上なく微々たる条件物でございます。物質それ自体を御覧にならず、その背後に連結された心情だけを御覧になるお父様であることを知っておりますので、この条件をお父様のみ前にお捧げいたします。

ここには血の涙が混ざっています。統一信徒たちが聖地を探し求め、涙を流しながらお父様のみ前に訴えた心情の絆が連結されていますので、エデンの地の上に、韓半島の上にある万物をお父様のものとして今や掌握してくださり、お父様の民として、お父様の国として掌握してくださって、全世界を掌握できる勝利の基盤として受け取ってくださることを、お父様、切にお願い申し上げます。

5 私たちは、天地万物を造った神様に、蕩減基金をお捧げしなければなりません。聖別してお捧げしなければならないのです。アブラハムが祭物を捧げるとき、鳩だけを裂かないことによって、すべてのことが失敗に帰しました。天地がすべてひっくり返ったというのです。アブラハムが祭物を誤って捧げることによって、すべてのものが落ちてしまったのです。

今回、私たちがすることの中には、ありとあらゆることがあるでしょう。血を売って差し出す人もいて、あらゆる苦労をしながら商売をする人もいるでしょう。皆さんがそのようにできなければ、恨になります。そのような歩みを見るたびに、涙を流す立場に立たなければなりません。宇宙的な理念を中心としたみ旨であるとすれば、その理念圏内に立った父母を中心とした兄弟、そのような兄弟を中心とした家庭、そのような家庭を基盤とした天宙が必要です。ですから、万物を復帰する一日を制定したのです。

6 ユダヤ教がイエス様の命を奪うことによって、神様のみ前に非常に大きな釘の跡を残しました。積み重なったその恨を解かなければ、天と地を復帰できません。完全復帰のためには、本来、万物の祭物時代、子女の祭物時代、父母の祭物時代を経なければなりません。ところが、アダムとエバが神様に背いてから、ただの一度も父母の立場で祭物を捧げたことがありませんでした。

しかし、皆さんの前に「父母の日」が立てられるようになったので、父母を通じた「子女の日」が出てこなければならず、「万物の日」が出てこなければなりません。これによって、神様の心情を解怨成就し、父母の心情、子女の心情、万物の心情(嘆き)を解怨成就しなければなりません。そのようにしてこそ、アダムは堕落しましたが、私たちは堕落しなかったという条件を立てて、嘆息圏を抜け出せるようになります。ですから、私たちは、そのような日々を定めるとき、逆さまにして、まず「父母の日」を定め、それから「子女の日」、「万物の日」を定めたのです。

7 「万物の日」は、どのようにして出てきたのでしょうか。エデンの園でアダムとエバが堕落することによって蒔いた罪の種が、彼らの息子たちであるカインとアベルとして収穫されました。ですから、罪の種を蒔いた父母が復帰されなければなりません。そして、天宙史的な父母復帰の基台を中心として、忠孝の道理を果たすことができる子女の基準を復帰しなければなりません。この基準が決定されたあとに、初めて「万物の日」が出てくるようになったのです。

この地上に広がっている万物は、この上なくかわいそうな立場にいます。神様が希望の中で造った万物であり、神様があらゆる精誠をすべて尽くして造った万物でしたが、人間が堕落することによって、万物は人間に代わって贖罪の過程を経なければならなかったのであり、悲しく犠牲にならなければなりませんでした。人の命を奪って祭祀を捧げることはできないので、万物を祭物として犠牲にする祭祀を捧げてきたというのです。

8 復帰路程においては、万物を復帰し、子女を復帰し、父母を復帰してきました。万物を祭物として捧げ、その次に、息子を祭物として捧げました。その次には、父母に向かって上がってきました。ですから、霊的に父母がその十字架を背負ったのです。イエス様と聖霊が、そのような迫害を今まで受けてきました。キリスト教がそうだというのです。それゆえ、逆さまに上がってきたのです。

私たちの時代には、これをまた逆さまに立ててこなければなりません。ですから、「父母の日」を定めたのは、この十字架の長成段階を越えることを意味します。「子女の日」もそうであり、「万物の日」もやはり同じです。このようなことをすべてしておいて、「神の日」を設定したのです。

「万物の日」に対する姿勢

万物は、本来神様に属したものであるため、すべての財産は神様に奉献しなければならない。特に祝福家庭は、所有物を神様のみ前に捧げ、神様の名によって再び相続を受けなければならないのである。真の父母様は、万物が、真の主人に出会い、公的な権限と価値を賦与され、真の愛の管理を受けなければならないと語られた。また、日常生活のすべての必需品は、被造万物を象徴した物であるため、いい加減に扱ってばならず、貴く扱い、評価することを強調された。

9 「万物の日」を通して、これから第三の父母との絆を私たちが結んでいかなければなりません。ですから、万物を愛さなければなりません。慈悲の思いをもって万物を愛する心を育み、鳥を愛し、動物を愛し、すべてのものを愛する心を育んでいくことによって、今後、父母に対する愛も実践でき、人に対する愛も実践できるのです。

堕落圏内において、三大嘆息圏を神様から、人類の父母から、人類から、万物から解怨成就できる道は、ただ統一教会の道しかありません。そのような道を開門する最初の出発の日々が「父母の日」であり、「子女の日」であり、「万物の日」です。万物は第三の父母です。ですから、自分の体を愛するように、万物を愛し得る皆さんにならなければなりません。愛する主人には、すべてのものが付いてくるようになっているのです。

10 「万物の日」を祝う理由は何でしょうか。皆さんの所有する万物を、神様のみ前に結束させるためです。そのためには、皆さんの私有財産はもちろん、共同財産である国のすべてのものを、神様のみ前に復帰してさしあげなければなりません。これが皆さんの責任です。また、世界、地球星を神様のみ前に奉献してさしあげなければなりません。皆さんには、この地球星を神様のみ前に奉献してさしあげる責任があるのです。

奉献するときは、必ず父母の名を通してお捧げしなければなりません。そのような所有の権限が、どんな天地にも連結される領域をつくっておいてこそ、「万物の日」を祝う目的が達成されるのです。

11 人間を再創造しようとすれば、アダムとエバが創造される前の世界から再創造しなければなりません。ですから、アダムとエバの前に造られた被造万物がなければなりません。しかし、人間が堕落することによって、そのような被造万物が「私」にはありません。

そのため、統一教会では、七数の半分となる三年ないし三年半の路程で、必ず自らを再創造できる天の物質的要件を復帰しておかなければならないのです。それは、神様がするのではありません。

六数は蕩減路程期間であり、七数は安息圏であると考えるとき、三年ないし三年半の路程は必須です。このようにして、自分の血と肉を注がなければなりません。自分の血を与えたからといって、それが物質的条件になるのではありません。血と肉を投入して、サタン世界の物質を聖別できる立場に立たなければならないのです。それは、自分の欲心のための物質ではなく、宇宙的で公的な物です。天の公的な物にならなければなりません。神様の物にならなければならないのです。

12 お父様は、草創期に狩りに行きました。早朝に出掛け、夕方に太陽が沈み、真っ暗になるまで山から下りず、夜はそこで眠ってまで狩りをしてきたのです。韓国の高い山という山は、すべて踏破しました。

ある時は、猪を捕まえようと出発したのですが、十四日が過ぎるまで、猪の足跡一つ見つけられなくても続けました。他の人々は、「お父様はなぜこのようなことをするのか」と不平を言いました。猪を捕まえようと歩いたのではなく、山を踏破したのです。高い山と低い山、深い谷間を踏破しました。それがすべて終わったので、その次は海に行きました。

海に行って、船に数十年間乗りました。一九六三年に「天勝(チョンスン)号」を造ったのです。アメリカでは、船を造って乗り始めてから、生涯にわたって乗り続けました。早朝五時に出ていって、夜十二時に帰ってくるのです。雨が降っても雪が降っても、毎日のように出掛けました。だからといって、魚を捕まえようとしたのではありません。精誠を捧げたのです。これは、神様が造った隠された宝物です。永遠に生きる実体として造っておいたのです。ですから、五大洋をくまなく探し、すべて踏査したのです。

第五節 「神の日」宣布

「神の日」宣布の意義と背景

真の父母様は、一九六八年一月一日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、歴史的な「神の日」を宣布された。「神の日」は、「父母の日」と「子女の日」と「万物の日」を探して立てた勝利的基盤の上で宣布された。真の父母様は、一九六〇年、神様の祝福の中で聖婚式を挙げられて以降、第一次七年路程を勝利で締めくくられたのち、「神の日」を宣布されたのである。真の父母様の聖婚後、八年目となる正月一日に、この日は、神様の創造理想が実現し、神様が地上に安着される、歴史始まって以来、初めて迎える喜びの日であると語られた。

1 「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」はありますが、まだ「神の日」はありませんでした。神様は天地を創造されましたが、その天地の中で、神様を中心として喜べる日は迎えられませんでした。ですから、一九六八年一月一日を「神の日」として設定しようとするのです。

2 一九六八年一月一日は、神様が初めて愛を中心として霊界を統合し、地上を統合するために着陸された記念の日です。神様の愛を中心として父母の絆が結ばれたその父母を、「真の父母」と言います。

一九六八年一月一日は、初めて神様が、地上で創造理想を中心として願われた日であり、アダムとエバが神様の愛を中心として一体となることによって、歴史始まって以来、初めて神様が地上に着陸できる喜びの日です。その日が「神の日」です。

天下がすべて反対しても、この日は神様にとって、歴史始まって以来、創世以後、初めての喜ばしい日であり、良い日なのです。

3 「神の日」に対する歴史的動機を探ってみれば、一九六八年に統一教会で制定したためにできた日ではありません。この日は、神様が天地を創造する前からありました。ただ現れていなかっただけであって、神様の創造理想の中にあった日であり、神様が万物を主管できる栄光の位置に登場する時、自動的に生じ得た日です。ですから、神様は、その願いの基盤の上に万物を造り始めたのです。

神様は、造られた万物を見て「この上なく良(善)い」と言いました。「神の日」が成し遂げられれば、万物自体が愛の条件になり得るので、その日を祝い、高めるという意味で、「良(善)い」と言ったのです。創造の偉業に喜びと賛美の条件が伴うのは、「神の日」を中心として語られたからです。

神様がアダムとエバを造って、万物をその指揮下に入れ、主管しなさいと祝福した動機とは何だったのでしょうか。神様は、御自身のみ旨が成就されたあと、直系の子女であるアダムとエバが、神様に侍る家庭を編成する日を迎えることを願いました。神様は、その日を中心として、アダムとエバを祝福するのです。その日以前には、永遠に残る喜びと栄光はあり得ないというのです。

4 第一次七年路程の期間に、何をしたのでしょうか。家庭に入り込むサタンの因縁をすべて切らなければなりませんでした。そのような過程を経て、一九六八年を迎えながら、神様が訪ね得るこの家庭を中心として、民族と国家と世界を代表する立場で、サタンの讒訴条件を内外ですべてえり分けなければなりませんでした。それを平面的な立場でえり分けると同時に、過去の歴史路程において、来ては逝ったアダム家庭、ノア家庭、アブラハム家庭、モーセとイエス様が果たせなかったことを中心として、内的な蕩減をしなければなりません。

これができなかったことによって、キリスト教が二千年間、十字架の路程を歩んできたので、私たちもこれを内的、あるいは実体的に蕩減しなければなりません。これをした期間が第一次七年路程です。このようにして、一九六七年を越え、ようやく一九六八年の一月一日を「神の日」として設定したのです。

5 世の中では、誕生日を迎えて祝い、結婚記念日を迎えて祝いますが、「神の日」を迎えられないとすれば、人間としては祝賀の日々を迎えることができません。私たちが祝える日がないというのです。

しかし、今までそのような日々を祝うことができたのは、より良い日を国家的な日として、より良い日を世界的な日として立ててきたからです。世界における労働の日や女性解放の日などの日は、すべて「神の日」を探して立てるための方便的な祝賀の日です。その祝賀の日々は、それ自体で喜びを享受する日ではなく、今まで「神の日」を探し求めてくる過程で必要な方便的で条件的な祝賀の日であって、絶対的な名称を使える祝賀の日にはなり得ません。人間が最高に祝える日は「神の日」です。

ですから、人間は、神様を祝う日、神様が喜ばれるその日を迎えられなければ、いくら良い日があっても、その日を祝うことはできないというのです。しかし、願うその一日を前にして、その日を憧憬しながら、世界的な喜びの日として(その日と)連結させるために祝う記念の日であるとすれば、その日は(祝うことを)許されるのです。

6 「神の日」とは何か知っているでしょうか。世の中の何が反対し、何がどうだとしても、妻の夫に対する心が変わってはいけません。夫が行く道を行こうという思いが変わってはいけないというのです。

エバが、信じることができない立場で堕落したので、神様が信じ得る立場に立たなければならず、また、神様が信じ得る立場とともに、夫が一〇〇パーセント信じ得る立場に立たなければなりません。

エバがアダムを滅ぼしたので、女性は一〇〇パーセント信じることができない歴史を経てきたのですが、初めてお母様を神様が一〇〇パーセント信じ、お父様が一〇〇パーセント信じることによって、「神の日」を設定できたというのです。それが一九六八年です。

7 サタン世界に対して、決定的な勝利の基盤を内的にも外的にも整えたので、初めてエデンにおける「神の日」を定めるようになりました。本来、完成したアダムとエバが愛の絆を結んだならば、「神の日」が始まったでしょう。そのように始まらなければならなかったのですが、第一次七年路程が終わることによって、初めて「神の日」を宣布するようになりました。ですから、完成基準の父母の絆を中心として、神様の愛と一致できるのです。

「神の日」が定められることによって、神様の愛を中心として新しい家庭が出発したその基準は、エデンの園で堕落せずに成熟したアダムとエバを神様が祝福し、愛の絆を結んでくれた基準に匹敵するというのです。そのため、サタン世界が讒訴をしたり、蕩減条件を提示したりするのではなく、天の権限をもって天使長を統治できる家庭的時代圏に上がるようになりました。今や時が変わったというのです。

8 「神の日」は、人間始祖が夢にまで願っていた完成段階の位置に立てる日であり、創造本然の世界が願う日であり、神様が万物を造って願われた日です。被造物と創造主が願っていた日です。したがって、この日は、アダムとエバが祝福の目的を実現できるその日になります。また、この日は、人類の善の先祖になるアダムとエバが、たとえ個体は違っても、神様を中心として生命の一体化を実現できる基点になる日です。

アダムとエバが神様と分離された立場で(神様とは)異なる生命の絆を継承し、悪の先祖として出発した、あらゆる恨の条件を越えて善の立場に上がり、神様の新しい生命の絆を備え、神様の愛を中心として再出発できる立場に立つようになることによって、初めて「神の日」が設定されたのです。

神様の主管権回復時代

真の父母様は、「「神の日」宣布を契機として、サタン世界が天の国の王権、父母の王権、子女たちの王権、万物に対する王権の支配下に入った」と語られた。「神の日」、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を宣布することによって、すべてのものが神圏、真の父母圈、真の子女圈、真の万物圏に属しているため、いかなるものも、サタンが略奪していくことはできないということである。

この日をもって、真のお父様の二十一年路程と、食口たちの第一次七年路程を締めくくり、第二次七年路程を迎えるようになった。

9 神様が救援摂理をしてきた基盤は、死亡圏であり、悪の主管圏でした。神様が直接主管できる基盤を喪失したのです。神様は、愛によって造ったこの天地万物の愛の主人としてアダムとエバを立てでおいたので、アダムとエバと万物が一体になれば、その基盤の上で、神様が直接主管することができます。しかし、万物の中心である人間が神様の愛と一体になることができず、サタンと一体になったので、神様が直接主管できる基盤がサタン世界に移されたのです。

サタン世界の非原理的な愛の因縁を通して築かれたこの世界は、神様との関係が断たれた世界なので、神様は創造原理によってこの世界を収拾してこなければなりませんでした。

10 「神の日」が探し出されるまで、七年の歳月がかかりました。父母様がこの七年路程を行かなければなりません。神様に出会うのは直接主管圏ですが、原理結果主管圏の三段階を経て、十数の段階を越えるようになるとき、愛を中心として神様と連結されるのです。その日を訪ねていこうとするので、七年の期間を費やしたのです。

一九六〇年、父母様の聖婚式以降、子女たちを率いてすべての日を定め、満七年になって八年の最初の日となる一九六八年一月一日を、ようやく「神の日」として定めたので、そこから父母様は、世界的に影響を及ぼしていくことができます。世界的な宗教として、統一教会が成長していけるというのです。

11 人類と神様が出会える道を失ったのは、人間始祖の堕落によって家庭を失ったからです。失った家庭を探し出して、一九六八年一月一日を「神の日」として設定することにより、神様の直接主管圏内に入るのです。このように、神様の直接主管圏内に入ったので、この位置は、アダムとエバが堕落したこととは関係のない位置です。この位置は、天使長も完全に屈服しなければならない位置です。

ですから、今やサタン側の長子の基準を蕩減復帰し、神側の長子の基準を立てた立場なので、サタン自身も完全に屈服しなければならない時代に入ったのです。一九六七年までは、アベルがカインを屈服させてこなければならないので、神様は愛する人を犠牲にして、蕩減復帰してくる時代でした。

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第五篇 第四章 年頭標語と段階的摂理目標の設定

第五篇 第四章

年頭標語と段階的摂理目標の設定

第一節 摂理的基盤の造成に総力を傾けた一九六〇年代

真の父母様は、一九六〇年から毎年、年頭標語を発表され、すべての食口に摂理の方向と目標を設定してくださった。一九六〇年代には、聖婚式と真の子女様の誕生、祝福家庭の輩出はもちろん、真の父母様が直接、先頭に立って七年路程を歩まれ、全世界の統一食口が行くべき方向を提示された。

そのため、年頭標語も、一九六〇年は『生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう』、一九六一年は「父の代身者となろう」、一九六二年は「見せてあげて誇り得る者となろう」、一九六三年から六七年までは「勝利的主管者となろう」、一九六八年と六九年は「全面的な進撃をしよう」など、総力を挙げての活動を督励する内容に定められた。

そして、特に一九六八年一月一日、午前三時、「神の日」を宣布され、真のお父様の二十一年路程と食口たちの第一次七年路程を終えて、第二次七年路程を出発されたのである。

生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう

1 一九六〇年の標語は、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」です。一九六〇年は、縦的な歴史を横的に蕩減復帰する年です。ですから、神様のみ前に最大の実績を残さなければならない年です。最大の実績を残すためには、環境を吸収して出発しなければなりません。外的には、サタンの讒訴条件を除去できる年が一九六〇年です。

それゆえ、この期間に民族的、国家的なメシヤの基準を立てなければなりません。その時は社会から迫害を受けた時期で、私たちが自由にみ言を伝えられる時がいつ来るかと、気をもんだ時期でした。今は、天のものとして(実績を)立てるべき時です。「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」というのは、実績を立ててサタンの讒訴条件から抜け出さなければならないことを意味します。

2 「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」というのは、どのような意味でしょうか。人間はサタン世界で生きているので、蕩減の因縁を整え、サタン世界と分別された立場で、歴史的なすべての罪悪を蕩減復帰して勝利しよう、すなわち個人復帰をしようということです。それが人間の希望です。個人復帰をすることによって、神様の息子、娘になり、神様の代わりにサタンを審判できる権威をもった子女になろうというのです。

3 私は一九六〇年、この年の初めに、「生涯中、最大の実績を残す年となるようにしよう」、すなわち「この一年に、一生を通して忘れられない最も大きなことをしなさい」と、皆さんの前で宣言しました。

皆さんの手の中にお金がありますか。皆さんの生涯において、一身の幸福のためにお金を稼ごうと闘ったことはありますか。そのようなお金があるならば、天の国のために使わなければなりません。豪華な家にしがみついて今まで闘ってきたのですか。天の民を安息させるために、そのようなものは忘れてしまわなければなりません。このような悲壮な覚悟をしなければならないのです。今日、世界の人類がそのような立場に立てば、平和の世界になるでしょう。平和の王者は、そのような道を行く人です。平和を建設できる人は、そのような人です。

三千万の民族が泣き叫ぶ所に向かって進んでいくとき、「血と汗を流す所があるなら、私が行こう。罵られる所があるなら、私が行こう」と言いながら、歯を食いしぱる立場で、父を呼び求めながら涙を流す絆を残すことを、私は皆さんに強調しているのです。私はそのような道を歩んできました。今も、皆さん以上に胸が痛む思いがあります。天のためであれば、どんなことでもすべて行う覚悟ができているというのです。

父の代身者となろう

4 一九六一年の一年間、私たちが標語にして進むべきことは、「父の代身者となろう」です。皆さんは、これからこの一年間に、父の代身者であることを自ら体験するように願います。神様は、天と相対になるものとして地を造り、御自身に代わる実体対象として人類の先祖を造られました。神様のかたちをかたどって私たち人間を造られ、人間のかたちを象徴的にかたどって、先に万物を造られたのです。すべての被造物は、大きく見れば一つの塊であり、小さく見れば、すべて神様の代身存在として造られています。

私たちが代身存在の立場に立っためには、まず中心についてはっきりと解明しなければなりません。すなわち、私たちが神様の代身存在だとすれば、「神様はどのようなお方か。神様と私はどのような関係か」ということを解明しなければならないというのです。神様と「私」は本来、一体であることを忘れてはいけません。神様と私は、引き離そうとしても引き離せない一体の関係です。天が頭だとすれば、私たちは胴であり、天が胴だとすれば、私たちは肢体です。私たちと引き離そうとしても引き離せない立場にいる神様だというのです。

5 私たちは、世界的な混乱の時期に置かれています。混乱の時代に置かれている私たちが考えるべきこととは何かといえば、神様が私たち人間を造った本然の中心目標がどこにあったかということです。父と私たちは一つです。天と地は一つです。二つではありません。ですから、私たちは一つの中心の前に、死のうと生きようと、一つにならなければならない必然的な立場に置かれています。

ある目的があるとすれば、その目的を達成するためには、志が同じで、事情が同じで、心情が同じでなければなりません。そうでなければ、その目的を完全に成就することはできないのです。神様には、堕落した人間を、事情が通じ、心情が一つになり得る希望の園に導かなければならない責任があるので、神様と一つになるべき立場に立った人間も、やはり志が一つでなければなりません。二つではいけません。

神様のみ意であると同時に「私」の志であり、神様の事情であると同時に私の事情であり、神様の心情であると同時に私の心情だということを皆さん自身が体得し、そのような立場に立ったという自信をもたない限り、神様の代身者になることはできません。代身者になろうとすれば、必ず一つにならなければなりません。一つにならなければ、代身者にはなれません。ですから、堕落した私たち人間が目指すべき目標は、神様と一つになることです。

一つになるためには、願いが同じでなければならず、事情が同じでなければならず、ひいては心情的な一致点を備えなければなりません。そうでなければ、堕落した私たち人間は、神様と一体になることができないのです。

6 統一教会員たちは、今まで困難な道を歩んできましたが、消え去ることはありませんでした。最後まで残る人が父の代身者です。神様は皆さんに対して、息子、娘として、そして、代身者として、この国の三千万の同胞のために行きなさいと、喉が痛むほど泣き叫んでいらっしゃいます。至る所に、父の代身者、父の愛を受ける息子、娘を送りたいと思われるのです。

「あなたは私の代身者であり、息子、娘である」と言うことができ、サタンを退けて神様の真の愛を受ける人になることを願われるのです。皆さんが行く道は、豪華絢爛な道ではなく、神様の代わりに死ななければならなこです。天の父に代わって死の道をも行くべき立場にいる皆さんなので、息子、娘ですが、死の道を前にして闘っていかなければならないというのです。

見せてあげて誇り得る者となろう

7 一九六二年の標語は、「見せてあげて誇り得る者となろう」、すなわち「見せてさしあげられる者になろう、誇れる者になろう」ということです。逃げていくサタンを、どこまでも追っていかなければなりません。神様は個人を現して誇りたいと思われ、家庭を現して誇りたいと思われるので、このために闘って勝利しなければなりません。そのようにしてこそ、霊界と肉界を連結できる息子、娘になります。闘いに勝ってこそ、誇れるのです。皆さんは、天の家庭の復帰のために闘わなければなりません。一九六二年には、見せてあげることができ、誇ることができる基準を立てなければなりません。

闘う時は、神様を中心として、または天の家庭を中心として闘わなければなりません。そうして、勝利しなければならないのです。闘うとしても、最も苦しい場で闘わなければなりません。一番難しくて大変な労働者、あるいは乞食の中の乞食から始めて、頂上を圧倒して屈服させなければならないのです。父母と合同作戦をしなければなりません。父母と子女が力を合わせ、伝道しなければならない時です。父母と子女、一つの家庭が銃床を並べて闘い、天的な家庭、氏族、民族を形成して全世界を復帰しなければなりません。これからは家庭を中心として闘わなければならないのです。

8 一九六二年は、歴史的に二度とない年です。それでは、この年をどのように迎えなければならないのでしょうか。神様が願われることを、何人かの統一教会の信徒だけでも解怨してさしあげようという目標のもと、新年を迎えなければならず、また、責任をもたなければなりません。

今年は、皆さんがサタンの讒訴を避け、神様の心配の対象にならず、前後、左右、上下、内外に不足のない存在にならなければなりません。神様が今まで摂理しながら誇りたいと思われた願いの実体にならなければなりません。また、天と地、全被造万物に認定され、ひいてはこの地とサタン世界にまで見せてあげ、誇り得る実体にならなければなりません。この一年はそれを実践し、やり遂げる皆さんにならなければなりません。

勝利的主管者となろう

9 一九六三年の標語は、「勝利的主管者となろう」です。過去三年間は、人間として相続できるすべての条件を備えるべき期間でした。しかし、一九六三年からはその段階を越えて、万物を復帰する年に入るので、これからは継続して同じ標語を用いるでしょう。それで、聖地復帰が必要なのですが、何としてでも聖地(となる地)を買わなければならず、一旦買えば、絶対に売ることはできないのです。生きても聖地の近くに行って生き、死ぬとしても聖地の近くに埋葬されようとしなければなりません。

聖地(となる地)は、血の代価を集めて買わなければなりません。すなわち、人類の父母として来られたイエス様を売った血の代価を払って、買わなければならないというのです。万物の主管主になるためには、まず勝利しなければなりません。勝利は、神様を中心とした勝利です。それが最高の勝利です。(それが)私たちの標準なのです。

10 私たちは、生きた資料を作るために苦労しなければなりません。一九六三年から五年間は、「勝利的主管者となろう」という標語を中心として活動しなければなりません。よく耐え、我慢してきたので、今から攻勢をかけましょう。今からは万物を復帰しなければなりません。

皆さんを生きた教本にしようと思うのです。教会的な使命時代は過ぎ去り、民族を懸けた闘いが始まるでしょう。個人を中心とした家庭の時代が過ぎ、家庭を中心とした民族の時代が来るので、天を中心とした民族をつくらなければなりません。

11 皆さんが勝利的主管者になろうとすれば、全体の勝利を願う前に、まず個体の勝利的な基台を築いていかなければなりません。この「勝利」というものは、過去にも願い、現在にも願い、未来にも願っていくべき言葉です。神様も願ってこられ、地も願ってきて、私たちの先祖たちも願ってきた言葉でした。

しかし、堕落したその日から今日まで、人類と神様は、お造りになったこの理念の世界において「勝利」という言葉を携えることができず、「悲しみ」と「悲惨」という言葉を携えてきているのです。生活環境の中から私たちが願わないすべての要件を完全に除去するまでは、完全な勝利はあり得ません。

12 皆さんは、どのような勝利的主管者になるべきでしょうか。信仰を中心として、信じることにおいて勝利的主管者にならなければなりません。そのためには、闘って勝たなければならないのです。完全に勝利するためには、すべてから公認を受けなければなりません。闘って勝つのはもちろんのこと、勝ったあとは天地の公認を受けなければならないのです。そのようにして、初めて信仰を中心とした勝利的主管者になります。

公認を受けるのですが、ある限定された時間圏内でのみ公認を受けてはいけません。現実の舞台でのみ公認を受けても駄目なのです。過去、現在、未来に通じる立場で公認を受けなければなりません。そこには、個人から世界まで、すべて入っていなければなりません。そのような公認を受けなければなりません。希望においても同じであり、愛においても同じです。

13 第一次七年路程の中で、後半の四年路程の標語を「勝利的主管者となろう」としました。この期間に私たちは、神様のみ前に地を探して立ててさしあげなければなりません。個人から家庭、氏族、民族、国家まで、どこに行っても全体が歓迎できる安全で自由な環境を整えることが、この四年路程の期間に皆さんが果たすべき責任です。

神様は勝利的な立場で天地を主管できませんでした。勝利的な基盤の上で、栄光の姿で天と地と万民を主管できずにいらっしゃるというのです。復帰路程に従ってきた数多くの先祖たちも、勝利的な主管者になることができませんでした。

二千年前、神様のひとり子であるイエス様も、その使命を完結するために来ましたが、その方もまた、この地上で勝利的な主管者になれませんでした。それで、イエス様と聖霊が今まで二千年間、勝利的主管者の基盤を整えるために闘ってきているのです。

この勝利的主管者の最後の基準は、神様です。必ず、神様が先にこの勝利的な基準に上がらなければなりません。神様が勝利的な位置に上がるまでは、この地の誰も勝利的な位置に上がることはできません。天と地の勝利的な主管者の位置を確立するために来られる方が、再臨主なのです。

14 統一教会は、勝利的な父母に侍らなければならず、勝利的な子女をもたなければならず、勝利的な養子をもたなければならず、勝利的な僕の群れを備えなければなりません。ですから、私たちはどんな立場であっても出ていって、サタンを退けることができなければなりません。僕として出ていってもサタンを退け、養子として出ていってもサタンを退け、直系の息子、娘の名分で出ていってもサタンを退けなければなりません。さらに、父母の名で出ていってもサタンを退けなければならないことは、言うまでもありません。このような立場に立ってこそ、勝利的主管者という名をもてるのです。

僕の立場における勝利的主管者、養子の立場における勝利的主管者、直系子女の立場における勝利的主管者、父母の立場における勝利的主管者のうち、どの位置でも備えなければならないというのです。皆さんがこのような立場ですべて団結し、勝利的な決定権をもったとすれば、何らかの制限された環境で動いてはいけません。勝利的主管者の権限を、民族であれば民族全体が歓迎しなければならず、ひいては、その威信と権威が民族を越えて地上で勝利を決定することはもちろん、国家的な最高の権限をもって、世界に対して命令できる基準まで行かなければなりません。そのようにしてこそ、神様が地上に定着でき、天国の建設が地上で本格的に始まるのです。

お父様には、僕の僕、僕、養子、子女、父母の立場まで経てこなければならない歴史的な宿命があります。全体に責任を負ったお父様は、縦的に流れてきた歴史を横的に蕩減する勝利的な実体として立ち、これを収拾しなければならないというのです。

15 第一次七年路程の期間は、峠だとすれば最も高い峠であり、谷間だとすれば、一番深い谷間です。父母様が流した血と汗と涙が、この谷間にたまっています。この峠や谷間をそのままにしておいてはいけません。平地にしなければなりません。平地にするのですが、山を削って谷間を埋めるのではなく、この峠を根こそぎ運び出さなければなりません。

原則的に、この七年路程はたった一度だけです。復帰摂理歴史において、二回目はあり得ません。ですから、一片丹心で最後の峠を越え、勝利的主管者にならなければなりません。この勝利的主管者になれなければ、天国に入ることはできません。

全面的な進撃をしよう

16 一九六八年に、私たちはどのような道を行くべきでしょうか。今年は「平和を先導する全面的な攻勢をかけよう」、すなわち「全面的な進撃をしよう」という標語を中心として、第二次七年路程を出発しようというのです。これが、新年の初めから全国と全世界に広がっている統一教会員たちに勧告する課題です。

17 一九六八年の標語は、「全面的な進撃をしよう」です。「進撃」を「前進」と言うこともできます。「進撃」は過激な言葉だと言うのであれば、「全面的な前進をしよう」と言うことができるというのです。

この「全面的前進」という標語のもとに活動するためには、第一に内的整備、第二に目標意識の確立、第三に敗者となった結果を体恤しなければなりません。私たちは、以上の三つを備えて、必ずや勝利しなければなりません。内容を整備して前進するのですが、無謀に取り組んではいけません。そして、怨讐を推察して作戦を行うのですが、夜も昼もその環境を選別して行わなければなりません。

18 一九六八年は、第二次七年路程の出発と同時に、「全面的な進撃をしよう」という標語を立てて、推し進めてきた年でした。全面的な進撃は、ある個人を中心として行うのではなく、全体を中心として行い、世界を動かしていかなければならないのです。統一教会がそうであるように、韓国もそのような時があるでしょう。韓国がそうであるように、アジアもそのような立場で進まなければならず、世界もそのような立場で進まなければなりません。

ところが、世界もアジアも私たちの国もすべて、はっきりとした目的がありません。ですから、目的なく流れていく時代思潮に従って苦難を経なければ、新しい問題を中心として、個人的な分野を全体的な動向に合わせることができないのです。

しかし、統一教会は天的な目的を中心として、全面的な進撃という標語のもとで現れました。ところが、ここで全面的な勝利を成就できなければ、標語だけが残るようになります。すなわち、私たちは全面的な進撃という標語を中心として出発しましたが、その目的を達成するまでは、いまだ多くの過程が残っているというのです。ですから、最低限、大韓民国を中心として、国家的に統一教会が全面的に是認される基準まで行かなければなりません。

その時までは、私たちがこのような体制を続けなければならないので、一九六九年も同様に、「全面的な進撃」を標語にするようになったのです。ですから、一九六九年までは「全面的な進撃」という標語を中心として、体制と活動を強化しながら動くことを皆さんに宣言します。

第二節 統一基盤と天国実現の土台を築いた一九七〇年代

真の父母様は、一九六〇年代に家庭と教団の基盤を築いてきたとすれば、一九七〇年代には、世界に影響を及ぼし得る国家的基盤を築かなければならないとされ、勝共および超教派運動など、対外的な活動に集中された。そのため、一九七〇年は「勝利的統一戦線」、一九七一年は「統一基盤確保」、一九七二年から七四年までは「統一戦線守護」などの年頭標語を定められた。一九七〇年から五年間は、世界進出のための陣営を整え、本格的な活動を展開する期間であった。特に一九七二年以降、新年をアメリカで迎えられ、四十カ都市の講演など、アメリカ中心の世界宣教活動を準備された。そして、一九七五年一月一日、青坡洞一街の旧本部教会で「天国実現」を年頭標語に定められ、第三次七年路程の出発を宣布された。続いて、一九七六年は「子女による天国実現」、一九七七年は「理想家庭による天国実現」、一九七八年は「公式路程を通しての天国実現」。一九七九年は「家庭教会を通じた天国完成」などの年頭標語を通して、理想家庭実現と家庭教会活動による天国実現のための具体的方案を提示された。

勝利的統一戦線

1 今、私たちは一九七〇年を迎えました。今年は、「勝利的統一戦線」という標語を立てて、一年間、走らなければなりません。第二次七年路程の前半期の二年間は、「全面的な進撃」という標語を中心として進まなければならないと言いました。勝利をもたらすためには、全面的進撃という過程を経なければならないからです。そのようにしなければ、勝利できません。

今年は、私たちがアジアだけでなく、世界を中心として際立った活動をしなければなりません。そのような責任を果たすべき時代になったので、「勝利的統一戦線」という標語を立てざるを得ないのです。勝利をするというのは、簡単なことではありません。神様が今まで復帰摂理を遂行してこられた唯一の目的も、勝利するその日を迎えるためでした。アダム家庭からノア家庭を経て、モーセ時代を経て、洗礼ヨハネとイエス様の時代を経て、六千年の歴史をつないできた神様が、今まで闘ってこられたその唯一の目的も、勝利の一時を迎えるためなのです。

2 一九七〇年代を新たに迎えるけさ、ユダヤ教に代わる統一教会が、民族を糾合する使命を遂行するための最初の一歩を踏み出します。今は個人的な勝利の基準が既に立てられ、家庭的な勝利の基準も既に立てられ、氏族的な勝利の基準も立てられました。ですから、今や宗教的な勝利の基盤を決定し、新しい舞台に向かって進出しなければなりません。これは、神様のみ旨をただそのまま迎えることができた、ユダヤ教とイスラエルの国のような時代圏内に入ることを意味します。

このような時代圏を用意するために、神様は歴史を通して今まで準備してこられたのであり、外的世界もそれに符合するように、時代の思潮を導いてこられました。そうして、私たちを引っ張ってきた結果が、今現れている情勢なのです。ですから、私たちが波紋さえ起こせば、新しい歴史がアジアを越え、世界的に反響を巻き起こしていくでしょう。そのようにできる時が、正に一九七〇年代だというのです。私たちは、今まで怨恨の時代、蕩減の時代、代価を払わなければならない無念な時代を生きてきましたが、この一九七〇年からは、そのようなものをすべて終息させ、新しい歴史時代に入らなければなりません。今まで私たちがこの国、この民族のために闘ったことが、栄光の結実として収められる時が来たのです。

3 皆さんは、個人から勝利的統一戦線を展開しなければなりません。勝利的統一戦線とは、神様の愛を中心として一つになることです。個人の心と体が一つになったとき、そこに神様が臨在されます。このように与え合うところに神様が臨在されれば、そこには必ず繁殖が起きるのです。神様が臨在されないとすれば、繁殖が起きません。天地創造の原則がそうなのです。

すべてのものは神様の愛が動機となって造られたので、神様を抜きにしては繁殖が起きることはありません。与え合えば、そこに神様が臨在され、また繁殖も起きるのです。このような統一戦線を、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界に展開していかなければなりません。

現在、統一教会は、民族を中心として、国家を探し求めていける立場まで上がってきました。民族と国家に影響を及ぼすことができる時代圏に来たというのです。世界的な情勢は、万全の準備をして私たちの門前にまで来ています。今や一皮だけ剥ければ、飛躍するようになっているのです。

統一基盤確保

4 一九七一年の年頭標語は、「統一基盤確保」です。言い換えれば、統一の基盤を確保しなければならないということです。このような意味で、この標語を設定しました。今までは「全面的な進撃」や「勝利的統一戦線」という標語を設定し、み旨が外部に向かって進むことができる環境を、一九六〇年以降から十年間、開拓してきました。

一九六〇年以降から一九七〇年まで、それこそ消耗戦をしてきたのです。自分たちの利益のために闘ったのではなく、外的な環境の困難、言い換えれば、統一教会が行く道の前に横たわっている障壁を崩すために、多くの犠牲的代価を払ってきました。

私たちは、ソウルであればソウル、中央であれば中央の最高の位置から出発したのではありません。み旨が願う標準を中心として見るとき、最高の基準から出発しなければならないにもかかわらず、私たちは、この民族と数多くの教団から反対を受けることによって、それとは反対に、最低の末端、下部から出発し、上部へと今まで発展してきたのです。その期間に、数多くの個人が犠牲になったのはもちろんのこと、統一教会の家庭も多くの犠牲を払いました。韓国だけでも、統一教会に属した人々を中心として、その背後にいる親戚や、心情的な基盤を通して関係している数多くの人々が、私たちのゆえに困難に遭いました。

とにかく、私たちは一つの目標を中心として、この国で必要、かつ適切な時を迎えるために、外部に広がっているあらゆる迫害の障壁を崩して勝利の一路を開拓するために、一九六〇年から十年間、あらゆる努力を投入してきたのです。そうして、一九七一年から一九八〇年までの十年間は、私たち自体の中に、強固な基盤を築かなければならない状況に置かれているというのです。

5 私たちの願いは、統一することです。心と体が一つになり、夫と妻が一つになり、息子、娘と父母が一つになり、家庭と氏族が一つになり、氏族と民族が一つになり、民族と国家が一つにならなければなりません。これが統一です。このような基準を立てようとして、一九七一年の標語に「統一基盤確保」を掲げたのです。

統一基盤は、個人から家庭と、氏族と、民族と、国家基準まで広がってこそ、確固として立てられます。それでこそ、神様が統一できる主体的な基準を、国家を中心として初めて立てられるのではないかというのです。

統一戦線守護

6 一九七二年の標語を、「統一戦線守護」という言葉で掲げました。これは、今年が私たちの教会の歴史的な一つの基点になるということです。結論として、「統一戦線守護」という標語を立てたのは、内部を安定させようということです。

外部の人が全体に責任をもち、何としてでも内部を安定させようとするとき、内部は安定するのであり、それによって全体が上がっていくのです。ですから、全世界にいる統一教会の食口たちは、中心のために互いが一つの方向に動かなければなりません。そのような個人、家庭、氏族、民族、国家が多ければ多いほど、個人が世界的であり、家庭が世界的であり、氏族が世界的であり、民族が世界的であり、国家が世界的になるのであり、そのようになるとき、自動的に天国ができるようになります。世界的に現れるのです。

統一戦線を守護するところには、このような原則的な思想的基盤、生活的基盤、活動的基盤ができていなければなりません。そうでなければ、理想的な天国は不可能です。一九七二年から、そのような使命を果たさなければならないことを感じたので、一九七二年の標語を「統一戦線守護」と定めるようになったのです。

7 国家の危機と世界の危機を防ぐためには、防御線を張らなければなりません。それで、「統一戦線守護」という言葉が出てきたのです。韓国に築いておいたあらゆる基盤の上に、世界的に網を張り巡らせなければなりません。霊界が協助しているのです。問題は簡単です。

皆さんは、どれほど団結した立場で、国のために総動員されるのでしょうか。統一教会は、一〇〇パーセント動員されなければなりません。ここにおいては、男性も女性も関係ありません。イスラエル民族がエジプトからカナンの福地に向かって出発する時は、老若男女を問わず、すべて立ち上がらなければなりませんでした。それと全く同じ時です。世界的なカナンの福地に向かって、世界に新しい国の選民圏を形成するために立ち上がるイスラエルの国の出発と同じなので、父母様が指示するところに全体が動員されなければなりません。

8 一九七二年に、私たちは『統一戦線守護』という膨大な(内容をもつ)標語を掲げてきました。この守護の限界線は、自分の一身の限界を言うのではありません。国家が限界線になり、国家を越えて世界を守らなければならないという、重大な使命を背負うという意味における防御を言うのです。

ここでまず守らなければならないこととは何でしょうか。天が地から攻撃を受けるようになるとすれば、この時は直接、天が攻撃するでしょう。その目的は、世界を守ろうということ、世界的な摂理において被害を防ごうということです。世界のために生きる神様の心情に、安息の基盤を築くことができる道を造ろうというのです。

9 これから、どんな国ももてなかった伝統を立てなければなりません。どんな国も動かせない伝統を立てなければならないというのです。このようになれば、民主世界を守れる天的な基盤が条件的にでも残ります。このような点から見るとき、私たちの国が一つになるだけでなく、多くの国の人が完全に一つになることが、個人の統一戦線を守護できると同時に、家庭、氏族、民族、国家、世界の統一戦線を守護できる天の伝統的基準になるというのです。

そのため、個人的な統一戦線守護よりも、家庭、氏族、民族、国家、世界的な統一戦線守護をどのように確保するかが、統一教会に任せられた使命です。ですから、今後、皆さんが完全に一つになり、これを成就していかなければなりません。もし、皆さんがアメリカでそのような基盤を築いて一つになれるとすれば、アメリカ全域にこのようなブームが起き始めるのです。そうすれば、共産世界は下り始めます。善が上がっていく時、悪は一緒に上がれません。下がっていくのです。

ここで事が成就されれば、日本がいくらサタン圏内にあり、韓国がいくらサタン圏内にあるとしても、救い出せる道が生じるのです。これを父母様がアメリカで、一九七二年から七四年までの三年間に計画しています。一九七四年まで、超国家的な団体として、世界の数多くの人々がアメリカ全域で活動していますが、私たちがアメリカで見本になり得る団体であることを提示しなければなりません。その次からは、すべてのことがうまく解けていくと考えるのです。

10 一九七二年、七三年、七四年は「統一戦線守護」という標語のもとに、私たちは前進しています。これは、ある個人に対して語る言葉ではなく、ある限定的な地域に対して語る言葉でもなく、ある国に対して語る言葉でもありません。私たちは、全世界に対して統一戦線を守護しなければならないと、天のみ前に誓い、進み出た群れです。

統一戦線を守護しなければならないというのは、全世界と連結して神様のみ旨を成就するとき、サタン世界に侵犯を受けないように保護、育成し、前進できる立場を確保しなければならないということです。

天国実現

11 一九七五年は、「天国実現」という表題を掲げて歩まなければなりません。皆さんは、このみ旨に従って、どのようにしなければならないのでしょうか。これからは、何が一番早こでしょうか。世の中に出掛けていって伝道して回る必要はなく、すべて自分の故郷に帰りなさいというのです。故郷に帰って、世の中で働いていたより、もっと一生懸命にやりなさいというのです。もう少しだけやれば発展します。これを知って、家庭を中心として氏族を糾合し、民族を糾合できる道に従って、進まなければなりません。

一九七五年からは、これが完成的な基準なので、自分の氏族に平面的な基準で接触できる時が来ます。ですから、今後はすべての道が容易に開かれるだろうと見るのです。皆さんがどれくらいの版図で天国実現を可能にするかによって、天の国にとどまる皆さんの所有権が決定されるのです。誰であっても、実践する人に与えるというのです。皆さんが天国実現に対する新しい方案を中心として、実践しなければなりません。

12 一九七五年の標語を「天国実現」と定めたのですか、私たちがすべきことは、天国を実現することです。言葉だけでなく、天国をどのように実現するかが、大きな課題になっています。天国を実現するのですが、本来の天国基準は、神様の創造原則を中心として設定されるのです。

堕落したその世界は地獄になりましたが、堕落していないその世界は天国でした。神様は絶対的な方なので、その方が立てたみ旨は変わりません。唯一無二であられるその方のみ旨なので、人間が堕落したとしても、そのみ旨は唯一無二のみ旨として残っているのです。ですから、その絶対的なみ旨を立てて完結しなければ、創造主として、全知全能であられる神様として、威信と権威を立てることはできないのです。そのため、今まで僕の僕の時代、僕の時代、養子の時代、子女の時代を経て、父母の時代へと反対に通過して上がってきたのが歴史的な路程でした。このような観点から、天国には神様が再び現れなければなりません。創造の過程が必要ない立場に立たなければならないというのです。再創造しなければならない立場では、天国実現はできません。創造が終わり、創造目的が実現されてこそ、天国が成し遂げられるのです。

子女による天国実現

13 一九七六年の標語は、「子女による天国実現」です。皆さんによる天国実現であって、父母様による天国実現ではありません。一九七五年までは、漠然と「天国実現」と言いましたが、今や子女による天国実現なので、天国実現の内容が具体的です。

愛の公約を中心として宇宙が回るようになるとき、全体の影響圏が「私」によって広がるので、私は個人ですが、天国の雰囲気を導くことができ、家庭が天国にとどまることができるのです。すべて通じます。また、統一教会の氏族圏において天国が広がり、国家圏において天国が広がり得るのです。このようになってこそ、地上天国が実現されるのです。

14 一九七六年一月一日のみ言の題名は、「子女による天国実現」です。神の子女による天国が実現されるためには、昔の息子、娘ではできません。完全に変わらなければならないというのです。皆さんが完全に変われば、ここから新しい分野の天国実現が一歩一歩、近づくのです。ですから、神様によって天国が実現されるのではなく、息子、娘によって天国が実現されるということです。アダムとエバが神様を絶対的に信じたならば、神様の息子、娘になったでしょう。

しかし、アダムとエバは、神様のみ言を絶対的に信じることができなかったことにより、サタンの息子、娘になりました。堕落してしまったというのです。ですから、この時に神様のみ言を絶対に信じる息子、娘にならなければならないというのです。そのため、父母様のみ言を神様のみ言として絶対的に信じるようになれば、神様の息子、娘になるのです。

理想家庭による天国実現

15 一九七七年の標語は、「地上天国と理想家庭」、すなわち「理想家庭による天国実現」です。今まで神様の願いは何だったのでしょうか。堕落した世界で、サタンの讒訴を受けない世界的な道の上に立った一つの家庭を追求してきたのが、復帰摂理のみ旨です。堕落することによって、神様の直接主管を受けられる家庭の起源を迎えることができなくなりました。ですから、完成した家庭が出てくるためには、サタンの侵犯を受けて堕落することなく、神様の愛を直接受ける圏内に入って、神様と一つになり得る家庭の起源を、言い換えれば、理想的なアダムとエバの完成基準を成就しなければなりません。

これからは、統一教会を中心として、神様の愛を直接受けられる家庭圏内に入ることによって、サタンが反対すればするほど、かえって天に利益をもたらすことができ、天に復帰され得る反作用的作用をする時代に入ります。ですから、これからは、反対すれば反対するほど、その反対する程度によって、サタン世界は崩れていき、私たちは拡大していくでしょう。

16 統一教会の当面の課題は、天国を実現することです。そのようにするためには、理想的な家庭の基盤を皆さん各自で、あるいは皆さんが置かれた所で、成就しなければなりません。そのようにしてこそ、崩壊したサタン世界圏をすべて吸収する一つの起源になり、足場になり得るのです。

今から皆さんは、どのような考えをもたなければならないのでしょうか。堕落していない本然の世界で、神様とアダムとエバが完全に一つになったのと同じ生活圏(を形成し)、

真の父母を中心として、その父母と内的な生活においても外的な生活においても、すべての環境的な生活が一致化する生活圈を形成しなければなりません。そのようにしなければ、

神様が主管できる真の家庭になれません。本来、神様の創造理想から見れば、子女は父母と永遠に一緒に暮らすことができ永遠に別れることができません。そのような立場にいることを自ら感じる自分たちにならなければなりません。父母様と皆さんが父子の関係にあるとすれば、ここに真の父母と真の息子の関係が成立しなければならないのです。

ところが、その真の父母と真の息子の関係は、皆さんと父母様がいくら結ぼうとしても、結ぶことはできません。神様がここに介在しなければならないのです。父母様の家庭に神様が共にあると同時に、皆さんにも神様が共にあって、神様が束ねてくれてこそ、ここで新しい天の家庭の心情を体恤することができるのです。

公式路程を通しての天国実現

17 一九七八年の統一教会の標語は、「公式路程を通しての天国実現」です。これを成し遂げようとすれば、まず父子の関係である父母と息子、娘が、神様を中心とした一つの心情を備えなければなりません。家庭と同じように、責任者たちは母の立場なので、そのような心情的絆のつながりをもたなければなりません。それを中心として、雄々しく勇進しなさいというのです。そのように闘っていかなければなりません。ですから、神様の愛を中心としてこの表題を掲げ、実践していきなさいというのです。

18 家庭を拡大したものが国です。アメリカは、数多くの民族が集まっています。数多くの民族が集まったその背後には、数多くの文化的背景がそろっています。国の主権者は、国の神様です。国において、神様の代身者だというのです。また、国の主権者は国の父です。皆さんの家では、父母が神様です。神様の代身者です。

同じ公式が国家にも適用されます。その主権者が妻と完全に一つになり、息子、娘と完全に一つになれば、その国が完全に一つになるのです。その主権者と息子、娘たちは、自分の家庭のために生きる人々ではなく、国のために生きる人々です。国のための生命であり、国のための愛でなければならず、国を中心とした環境で生活しなければなりません。大統領も、神様を中心として個人天国を実現することができ、夫婦同士、家庭を中心として家庭天国を実現できなければなりません。それを核心として、国と一つにならなければならないのです。

家庭教会を通じた天国完成

19 一九七九年、新年の標語は「家庭教会を通じた天国完成」です。家庭教会という言葉は本来、エデンの園から始まらなければなりません。教会と言えば、宗教のことを言うのですが、宗教は神様を抜きにしては語ることができません。宗教という文字を解いてみれば、「宗(むね)となる教え」です。家で言えば、棟(むね)のことです。すべての教えにおいて、原理的であり、原則的であり、中心になる教えという意味があります。ですから、神様を抜かせば、宇宙はすっかり崩れてしまうというのです。

宗教は、新しい宇宙の家を造るための摂理の基盤なので、土台を築き、柱を立て、すべてのものを備えたとしても、この棟木(むなぎ)を載せなければ、すべてのものができ上がらないのです。

20 家庭教会の役軍(担い手)は、神様のように教えてあげることができ、神様のように愛することができる人でなければなりません。父母の立場で愛し得る教会、そのような人、そのような国民、そのような世界人類になれば、神様が地上のどこにでもお出ましになって、天国になり得るのです。第一は教育、第二は愛です。ですから、犠牲にならなければなりません。そのようになるとすれば、そこからは神様が離れることができず、神様を父母のように侍らざるを得ず、神様を師のように侍って学ばざるを得ず、神様と一緒に暮らさざるを得ないというのです。

このような思想を立て、このような思想を教えてあげるために、アベル的な人、天の側の人がいなければなりません。そのアベルの中に、王がいなければならないのです。個人的チャンピオン、家庭的チャンピオン、氏族的チャンピオン、民族的チャンピオン、国家的チャンピオン、世界的チャンピオンがいなければなりません。歴史始まって以来、天地を中心とした神様の摂理の中で、初めて全体を代表したチャンピオンがいなければならないというのです。

第三節 家庭教会活動と祖国創建に重点を願いた一九八〇年代

真の父母様は、一九八〇年一月一日、ニューヨークの世界宣教本部において、年頭標語を「家庭教会は天国基地」と発表されたのに続き、一九八一年は「家庭教会は私の天国」、一九八二年は「家庭教会の勝利」、一九八三年は「家庭教会は我々の定着地」など、一九七九年から八三年までの五年間、家庭教会と関連した年頭標語を立てられ、本格的な家庭教会活動を展開された。そして、一九八四年と八五年は「祖国創建」、一九八六年は「天国創建」、一九八七

年と八八年は「祖国統一」、一九八九年は「韓国統一」など、一九八四年からは、神様を中心とした祖国創建と韓半島統一を追求する年頭標語を発表された。

家庭教会は天国基地

1 統一教会員たちは、一九八〇年代に、どこに向かうのでしょうか。一九八一年からは、本格的に家庭教会活動を展開しなければなりません。第三次七年路程が終われば、完全に家庭教会体制が展開されなければなりません。それがみ旨から見た観点です。ですから、一九七九年には、皆さんが「家庭教会を通じた天国完成」という年頭標語をもって一年間過ごしてきたのであり、一九八〇年には「家庭教会は天国基地」という標語をもって、一年間進んでいこうと考えています。

家庭教会がなければ、天国が実現されないというのです。家庭教会がなければ、すべてのことができません。家庭教会は天国の基地です。天国とはどのような所でしょうか。天国という所は、安息する所であり、幸福が宿る所であり、愛が宿る所であり、平和な所です。

それでは、安息するのですが、「私」一人だけが安息するのでしょうか。もちろん、私がいなければならず、父母がいなければならず、子女がいなければならず、家庭がなければならず、氏族がなければならず、民族がなければなりません。全世界がそこに入るのです。いくら私個人が安息したくても、父母が安息できず、妻が安息できず、子女が安息できないとすれば、安息することはできないのです。皆さんは「真の父母様に侍っている」と言いますが、その真の父母様が安息できない立場にいるとすれば、その真の父母様のもとにいるすべての人々も安息できないのです。

2 「家庭教会は天国基地」という言葉は、意味もなく語る言葉ではありません。家庭教会を探し出すまで、どれほど蕩減を払ったか分かりません。家庭教会を探し求めるために、歴史時代において宗教者たちが血の涙を流しました。血肉を削って求めてきたのです。「家庭教会」という言葉が出てくるまで、神様は嘆息されていたというのです。

この家庭教会が出てくることによって、お父様が翼を広げ、天下に堂々とした男として現れることができ、統一教会が誇れる圏内に来たというのです。皆さんは家庭教会を誇らなければなりません。父母よりも誇り、兄弟よりも、愛する人よりも、子女よりもさらに誇らなければなりません。今や家庭教会活動は、次第に簡単になってきています。今年変わり、来年も変わります。だんだんと易しくなっていくというのです。

家庭教会は私の天国

3 一九八一年の標語は、「家庭教会は私の天国」です。統一教会員たちは、早く家庭教会活動をしなければなりません。メシヤが家にいるべきでしょうか。使命を果たすためにイエス様が家を出たのと同じように、皆さんも家を出なければなりません。そのようにすべき時なので、一九八一年には皆さん全員、家庭教会活動をしなければなりません。

私が家庭教会について、一九七八年、七九年、八〇年、三年間、教えてあげました。時間があるたびに、教えてあげたのです。今や準備がすべてできているので、皆さんは家から出掛けなければならないというのです。

4 統一教会の皆さんがすべきことは、三百六十軒の家庭教会活動です。皆さんは、いずれにしても、個人基準を越えて家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙基準まで蕩減条件を立てることはできません。ですから、父母様が皆さんに世界的な蕩減をさせるため、縮小した舞台として決定してあげたのが家庭教会です。これは、全体を代表した型として、サタンと神様のみ前に決定的な条件になります。そのため、ありとあらゆることをうまくやっても、家庭教会活動ができなければ、天国に行くことはできません。

天国とは、サタンが讒訴できない環境、すなわちサタンの讒訴圏を抜け出した環境です。ですから、そのような環境天国をつくろうというのが家庭教会です。それでは、アダムは何ゆえに堕落したのでしょうか。環境天国をもてなかったからです。氏族圏ができれば、家庭天国は自動的に所有できるのです。本来、神様の理想は、家庭天国の実現です。その氏族圏の中で、家庭天国は自然に形成されるのです。また、環境天国の勝利圏を確保することができます。統一教会に入って家庭教会活動をしなければ、父母様に侍ることができず、天とも通じることができません。

5 一九八一年からは、皆さんの時代です。今まで父母様が引き受けていた天のすべての責任を皆さんに伝授してあげて、皆さんがとどまる中で、父母様の仕事を代行してみ旨を成就できる時が来たというのです。一九七九年から八〇年、八一年まで三年目ですが、今や家庭教会を中心として、皆さんが活動する時代に入りました。家庭教会という標語を掲げたのは一九七九年ですが、その時は「家庭教会を通じた天国完成」であり、その次に、八〇年は「家庭教会は天国基地」でした。そのような標語をもって、皆さんは二年間、準備してきました。

その基盤の上で、八一年の年頭標語として「家庭教会は私の天国」を立てました。その「私の天国」というのは、父母様の天国ではありません。皆さんを中心とした天国です。父母様の天国ではなく、皆さんを中心とした「私の天国」だというのです。今まで、「家庭教会を通じた天国完成」と「家庭教会は天国基地」は全体を標準としたものでしたが、今や皆さんを中心として成し遂げられる、直接的な時代に入ったのです。

家庭教会勝利

6 一九八二年の標語は、「家庭教会勝利」です。家庭教会は、堕落した父母が現れたので必要なのです。それを復帰するためにイエス様が父母として来たのですが、ザカリヤ家庭とヨセフ家庭が一つにならなかったので、イエス様は亡くなりました。それを蕩減しなければなりません。その罪を蕩減しなければ、天の国に入れないのです。

それでは、家庭教会だけで終わるのでしょうか。氏族教会ができなければならず、民族教会ができなければならず、国家教会ができなければならず、世界教会ができなければならず、天宙教会ができなければなりません。

7 家庭で勝利してこそ、氏族基盤ができます。家庭教会があるので、結果的に氏族基盤もあるのです。家庭で勝利してこそ、氏族基盤に向かって前進できます。カインとアベルの二人が一つになれば、その家庭を中心としてアベル家庭になるのです。その次に、アベル氏族圏が広がります。氏族基盤を築いてこそ、家庭が完成するのです。氏族基盤が垣根にならなければ、家庭が安息する所がないというのです。

氏族基盤が備わったあとにこそ、家庭が完成するのです。また、氏族基盤を復帰してこそ、自分の家が安息できます。その次に、自分の息子、娘も、そこで安息できるというのです。

家庭完成後には休むこともできますが、それで終わるのではありません。また上がっていかなければなりません。その次は、氏族勝利です。家庭勝利をしたので、氏族勝利をしなければなりません。

家庭教会は我々の定着地

8 一九八三年の標語は、「家庭教会は我々の定着地」です。これは空想ではありません。プログラムによってすべて合わせてきているのです。「統一原理」を教えてあげる先生、宗教を統合し、共産主義を収拾して「統一思想」を教えてあげられる先生にならなければ、世界人として地上天国に行くことができません。地上天国に入れば、宗教も超越し、共産主義も超越するのです。

その主流思想は、知識でもありません。権力でもありません。お金でもありません。それは愛です。今まで人間の愛は、自分を中心としていましたが、神様の愛は自分を犠牲にするのです。簡単なことです。ですから、父母様も今までアメリカで犠牲になりました。愛を植えるためでした。怨讐を愛したという伝統を残そうとしたのです。

9 父母様が定着できなければなりません。自由世界に対する責任を果たしたというのです。家庭教会に行って、定着しなければなりません。ですから、一九八三年は非常に重要な年です。全世界が今後、統一教会を新たに研究しようとします。そして、そのようにできる万全の準備が整えられ、今や峠を越える時が来ました。太陽が昇る時だというのです。

世界の有名な学者たちを動員し、神学者を動員して、その位置を引き継がせてあげるかもしれません。白人たちができないのなら、アジア人を連れてきてでも配置し、アメリカに住む少数民族を動員してでも配置するでしょう。

10 一九八二年の標語は「家庭教会勝利」でしたが、皆さんは勝利したでしょうか。一九八一年は、「家庭教会は私の天国」としたのですが、私の天国をどれほど愛しましたか。一九八○年は「家庭教会は天国基地」としたのですが、それについてどれほど考えてみましたか。また、一九七九年は「家庭教会を通じた天国完成」でしたが、天国完成のためにどれほど努力しましたか。

韓国のすべての祝福家庭に動員命令を下しました。日本の祝福家庭も動員し、アメリカの祝福家庭まですべて動員するでしょう。これに参加できなければ、皆さんも流浪するロマ(ジプシー)の行脚を永遠に続けなければならないでしょう。定着できないというのです。霊界に行っても、父母様を訪ねてくることができません。キリスト教で言う個人的楽園か生じたのと同じように、家庭的楽園が生じるというのです。家庭的楽園では、妻が讒訴し、息子、娘が讒訴するでしょう。サタンが讒訴するのではありません。皆さんの妻や夫、皆さんの息子、娘が讒訴するというのです。それがどれほど悲惨なことかを知らなければなりません。

祖国創建

11 一九八四年の標語は「祖国創建」です。私たちには世俗的な国がありますが、私たちは、そこで安住することができず、放浪する現代のロマのようにさまよっています。私たちは、永遠なる幸福の国に定着することを望んでおり、真の父母の国である祖国を待ち望んでいます。最近になって、父母様によって、数多くのキリスト教の宗派が、和合と一致のための運動に参加しているのを目にすることができます。

「終わりの日」になったとき、彼らが訪ねてきて、それまでの過ちを悔い改め、赦してほしいと切に願う場面を想像してみてください。父母様が完全な勝利をする場に誰が同参するでしょうか。参加するのと参加しないのとでは、天と地ほどの違いがあります。

一九八四年は、摂理史においてこの上なく重要な転換期です。私たちは、勝利の街道を走っています。一九八三年三月、アメリカで伝道機動隊を編成し、全体を動員しました。その活動は、福音伝道のための最も遠大な最初の事業でした。父の国である祖国創建のためなのです。

12 皆さんは、統一教会の民族を通して天国に行くのでしょうか、統一教会の国家を通して天国に行くのでしょうか、統一教会の世界を通して天国に行くのでしょうか。世界がある前に国がなければならず、国がある前に民族がなければなりません。今は、民族はありますが、国がありません。

この国は世界万民が理想とする国家なので、国境を超越し、民族を超越し、氏族を超越し、すべての人種を超越して糾合された一つの国です。これが正に、神様の願う地上天国です。ですから、この国をつくることが私たちの目標です。神様の世界を通してこそ、神様の天宙を造ることが可能なのです。

13 今まで、歴史過程のカイン・アベルを中心として長子権復帰の基準を取り戻し、父母様が世界的蕩減路程をすべて準備しました。そうして、真の父母様の家庭を中心として、長子と次子の権限を世界的基準で連結させることができるこの祝福の日を、神様がどれほど待ち望み、父母様がどれほど待ち望んだでしょうか。人類がどれほど待ち望んだでしょうか。祖国創建はここから始まるのです。ここから祖国創建の曙光がさしてきます。

今、新しい時が熟しました。外的にすべて熟していくのです。お父様が語る環境に合うように、外的に熟していくので、皆さんさえ完全に一つになって、長子と次子を中心として闘争がなくなれば、ここから統一家を中心として地上天国理念が実現されていくのです。このようにしておいてこそ、家庭教会の出発ができます。家庭教会は天国の基地、天国の定着地であると教えてあげましたが、これが終わらなければならないのです。

天国創建

14 一九八六年、新年の年頭標語は「天国創建」です。今までは「祖国創建」でした。天国を創建するには公式があります。その公式が、歴史路程におけるカイン・アベル問題です。堕落しなかったならば、アダムとエバが長子となり、長女になって、神様の直系の子女になったはずですが、堕落することによって、長子の位置を奪われました。

人間の堕落以降、今までサタンが長子の立場を取ったので、神様は次子を支配できる立場で歩んできたのです。ですから、これを復帰しなければならないのですが、無理やり復帰することはできません。サタンの愛によって神様が長子圏を失ったので、長子圏を復帰するためには、サタンの愛以上の愛をもたなければなりません。そのようにしなければ、長子圏を取り戻す道がありません。堕落した父母、あるいは堕落した兄、堕落した世の中がもっているあらゆる愛は、すべてサタン圏に属した愛ですが、このサタン圏の愛が、長子圏に属した愛です。今日までの、世の中の人々の夫婦の愛、父母の愛、子女の愛など、これらすべての愛は、長子圏、堕落圏に属した愛です。

ですから、この長子圏を越えていくためには、次子の立場から反対に蕩減復帰しなければなりません。蕩減というのは、そのまま越えていくことができません。必ず代価を払わなければならないのです。

15 祖国といえば自分の国です。これは、世の中の国の観念です。祖国といえば自分の国の観念であって、天国の概念ではありません。ですから、地上世界で、まずアベル圏を設定しなければなりません。それが祖国創建です。今や「天国創建」です。天国になるためには、カインとアベルが一つにならなければなりません。この地上と霊界、地上の国と霊界の国がカイン・アベルを中心として一つになった立場に立たなければ、天国創建はできません。

一九八六年の標語は「天国創建」です。ソ連とアメリカが一つになれば、その次は地獄と天国が一つになります。地獄と天国がいつ一つになるのでしょうか。一九八五年二月一日、その門を開く「開天門の日」を宣布しました。お母様はイースト・ガーデンに、お父様はダンベリーにいながら、午前三時に祈り、愛の道理を立てて橋を架けました。今や一九八五年が過ぎ去り、一九八六年が始まりましたが、その祈りをすることによって、世の中が反対に回るようになりました。時計の針が回るように回ったとすれば、一周すべて回り終え、今からは逆に回り始めるということです。今までは統一教会が世の中に踏まれながら歩んできましたが、一九八六年からは、統一教会が世の中に現れる時になったのです。

祖国統一

16 一九八七年、新年の統一教会の標語は「祖国統一」です。この祖国統一を漠然と考えてはいけません。その標語が世界的で天宙的であるというときには、問題が大きいのです。この道を打開していく公式的方法について、私たちはこのように言います。「個人は家庭を克服しなければならず、家庭は氏族を、氏族は民族を、民族は国家を、国家は世界を、世界は天宙を克服しなければならない」。統一教会が歩む公式的方法を、このような摂理的過程を中心として提示しているのです。個人完成と家庭完成、これは一つのチームと同じです。

個人が完成しようとすれば、体と心の争いを克服しなければなりません。内的な基準で体と心の争いを克服し、一つにならなければなりません。そのようにしてこそ、外的環境の家庭圏に影響を及ぼすことができます。体と心の争いを整備しなければなりません。そして、家庭から氏族に進んでいこうとすれば、もちろん家庭のあらゆる困難なことを克服しなければなりません。そうでなければ、氏族圏に進むことができないのです。また、氏族圏内で氏族のすべてが統一されなければ、民族圏に進めません。

それでは、「祖国統一」という標語は国家的基準でしょうか、世界的基準でしょうか。問題となる内的なアメリカの国民性と国を収拾してから、世界に越えていくことができます。国のすべての苦痛を克服してこそ、世界の環境を消化できるのです。このように行くのが公式路程です。それが世界的なものを越えて天宙的だという時には、この地上のあらゆる問題を克服しなければなりません。地上の地域問題からあらゆる問題を克服してこそ、天上世界の問題を環境的に消化して、神様の愛の圏内に入っていくのです。

17 一九八八年の標語を、一九八七年と同じく「祖国統一」と定めました。いまだに南北統一が私たちの前に残っているからです。皆さんが精誠の限りを尽くして霊界を動かし、このことを遂行するとき、韓国の全体的な組織編成を強化することにより、対処していかなければなりません。私たちが準備することによって、北朝鮮の政治風土が変わるようになります。祖国統一は、誰彼なしに、北朝鮮も韓国も、いずれ成し遂げなければならない宿命的課題として残っています。

南北に分かれたのは、大韓民国の国民が誤ったからではありません。世界の強大国によって分かれたのです。ですから、韓半島の統一は大韓民国の人だけではできません。強大国が協助できる道を開かなければ、いくら北朝鮮が韓国を解放して統一したとしても、その統一は永続することはできず、いくら韓国が軍事力を強化して北朝鮮を統一したとしても、それが永続することはできません。

強大国をまとめて南北統一をする道だけが、悠久なる統一方案になるというのです。それは、摂理史的見地とも一致するのです。

18 今日、韓国の領土が神様の祖国光復の基地になるという驚くべき事実を知れば、この韓民族が眠れるでしょうか。「してはいけない」と言っても、昼夜を分かたず生命を投入するでしょう。財産が問題ではありません。自らの全体と韓国全体を投入してでも、これを成就しなければならないという義務感をもつ大韓民国となるに違いありません。

今日、父母様が祖国統一を願うのは、滅びるしかない国家背景を中心としたものではありません。これまでの歴史になかった超国家的な祖国光復、神様が探し出そうとする祖国光復のための途上で、すべてのものを消化できる思想的体系を備え、論理的な教育を通して社会を変化させることができ、吸収、消化できる主体(的な)思想をもった人を育てていこうと思うのです。ですから、共産主義が問題ではなく、民主主義が問題ではありません。それで、共産主義が私を恐れ、民主主義が私を恐れるのです。丸ごと食べられてしまうと考えるのです。

一九八八年の年始めに立てた標語は「祖国統一」ですが、その祖国は、本然の主体である神様が願う祖国です。この全宇宙の国は一つです。この世界は神様の民が暮らせる基盤です。霊界は、私たちが永遠に暮らせる一つの理想的住宅であり、国なのです。

韓国統一

19 今までは、いくら祖国光復を叫んでも、その国がどこにあるのか分かりませんでしたが、今や分かりました。今、一九八八年が過ぎ去ったので、それが韓国であることを明らかにするのです。ですから、この国、韓国で摂理的転換期を宣布し、「世界統一国開天日」を宣布しました。ソウルオリンピック大会を前後して、世界の二世たち(オリンピック選手)と統一教会の二世たち(宣教師)が内的に結束したことを条件として、新しい転換時代において、すべての問題を中心に希望的な世界に行けることを宣布しました。

この基盤は、人間世界はもちろん、霊界でもそのようになるのです。私がこれを宣布することによって、日本の先祖たちが韓国に来て助けることができるようになります。怨讐の国同士、互いに愛することができる愛の時代に入ったので、日本の善霊たちが、日本を犠牲にしてでも韓国の統一を後援できるようになり、アメリカでもイギリスでも、どんな国でも関係なく、世界のあらゆる国の善霊たちが、韓国統一のために後援できる霊的勢が基盤が地上に連結されたというのです。

20 今日、韓半島の統一をどのように成し遂げるべきでしょうか。数多くの宗派があり、数多くの集団があり、数多くの家庭があり、数多くの攻党がありますが、それ自体が愛に和合した存在となり、自らを役人して共鳴体的な相対を創造できる行動をしていません。

政党が行くべき道は、国の富、国の利益のために役立つことです。政党は、国の利益のために心配しなければなりません。一方向的な党の利益ばかりを中心とするようになれば、国を蹴飛ばしてしまうのです。

韓国にこのような中心がないので、父母様が全世界の統一教会員たちをこの地に連れてきて、新しい氏族編成を中心として、民族編成を完結し、国のために統一運動をしなければならないというのです。韓国を愛の共鳴圏に感化させなければなりません。それを一九八九年、新年の初日から始めなければなりません。そのようになるとき、統一韓国が誕生するのです。それ以外に道がありません。その時、神様が個人と家庭、氏族、民族に訪ねてくるのです。

第四節 真の父母を誇り、祝福に力を注いだ一九九〇年代

真の父母様は、一九九〇年と一九九一年は「ネナラ(私の国)統一」、一九九二年は「セナラ(新しい国)統一」、一九九三年は「新しい家庭と統一祖国」など、一九九〇年代の序盤に、統一問題を中心に年頭標語を発表された。そして、一九九四年は「真の父母と成約時代安着」、一九九五年は「真の父母様の勝利圏を相続しよう」、一九九六年は「真の父母様を誇り愛そう」など、一九九〇年代の中盤には、真の父母に対する誇りと愛を中心に年頭標語を提示された。そして、終盤に祝福目標の完遂を年頭標語の主要主題として掲げられた。すなわち、一九九七年は「真の父母様への誇りと愛は三百六十万双祝福完遂」、一九九八年は「真の神様を絶対に誇り愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」、一九九九年は「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」など、その年の祝福目標を中心として発表されたのである。

ネナラ(私の国)統一

1 一九九〇年の標語は、「ネナラ統一」です。「私の国の統一」です。摂理史から見るとき、一九八〇年代は重要な時代でした。この一九八〇年代に摂理史的転換期を迎えられなければ、摂理史にこの上なく大きな難関が残ったでしょう。これが、父母様が苦心したことでした。しかし、一九八〇年代を中心として、全摂理史において蕩減すべきすべての内容を越えました。統一家が世界の頂上の位置に登ってくるまでに、四十数年の歳月が流れたのです。

2 今年の標語は「ネナラ統一」ですが、これはまず、個人の心と体が一つにならなければなりません。また、夫と妻が一つにならなければならず、父母の前に子女が一つにならなければなりません。神様を中心として一つになり、本源地的自覚を再認識する「私」を探し出すまでは、国の理想圏にも接することができません。

ですから、きょうから全体を代表する私にならなければなりません。神様を代表し、宇宙と世界、国、民族を代表するとともに、家庭では夫と妻、息子、娘を代表する私にならなければなりません。家庭の祖父母、父母、息子、娘を拡大したものが世界人類です。三段階の階層で連結されています。祖父母、父母、息子、娘です。

ところが、自覚すべきあらゆる基準を失ってしまいました。皆さんの家庭を代表する総合的な核の基準を(失い)、アダムとエバの家庭から世界に連結できる本源地を失ってしまったのです。今やその本源地を確定すれば、凍りついた氷山が春の日を迎えて溶けていくように、世界(の問題)は自動的に解消されていくでしょう。ですから、このように自覚した私から始まる私の国を求めなければなりません。

3 一九九〇年に私が、一九九一年も同じ標語をもって年頭の辞とすることにしたので、一九九一年の標語も「ネナラ統一」です。昨年も「ネナラ統一」になり、今年も「ネナラ統一」です。その次の三年目となる来年は、これを完結するための「セナラ統一」になるでしょう。ですから、一九九二年まで、私たちはこれを実践しなければなりません。

4 一九九〇年代を出発するこの日、父母様が世界を再収拾して、統一天下に向かって前進すべき時点で、皆さんが命令を受けているこの瞬間が、どれほど厳粛な時間なのかを知らなければなりません。

「ネナラ統一」が成し遂げられるその時は、歴史始まって以来、何万年、何億万年、摂理史を中心として待ち望んでいた神様の願いが着地できる、息詰まる瞬間です。また、数多くの宗教者たちが無念な思いを抱きながら血を流し、「自分たちの悔しい恨を解いてほしい」と天に祈って所願成就の一日を願ったすべてのことが、地において成就されていません。それが地に成就される息詰まる時間が目前に現れたというのです。

ここで言う「ネナラ統一」は、この韓半島だけを中心としたものではありません。世界の国家を代表するものです。世界国家です。本来は「ネナラ統一」に「ネセゲ(私の世界)統一」を入れて、「ネナラ統一とネセゲ統一」としなければなりません。それを略して「ネナラ統一」としたのです。世界の人々が、各自、自分の国を統一して韓国に連結すれば、世界になるのです。「私の国統一」のために、今までのどんな愛国者や忠臣よりも、さらに精誠を尽くしていく歩みを早めながら、涙とともに「さらに行かなければならない」と拍車を掛ける日々の生活を誇らなければなりません。天の伝統を記録するとき、一行でも登場できる歴史的な資料を残さなければならないのです。

セナラ(新しい国)統一

5 アメリカで一九九二年一月一日にメモした内容です。「セナラ統一」という題名のもとに四つ(の項目が)あります。第一は長子権復帰です。「セナラ統一」をしようとすれば、長子権復帰をしなければなりません。民族的に復帰しなければならず、国家的に復帰しなければならないということです。

第二は父母権復帰です。氏族メシヤを中心として、新しい父母が設定され、連結されなければなりません。父母権設定、長子権復帰です。長子権の父母が現れなければなりません。これが真の父母です。長子権が復帰されれば、長子権の父母が現れなければならないというのです。

次に、第三は王権復帰です。長子権の父母が王の中の王ですが、父母権復帰、王権復帰にも、長子の意味が入らなければなりません。王権も長子権の王権です。それが天の国の王であり、地の国の王であり、万王の王です。これは、真の父母に対して語る言葉です。

その次に、皇族圏復帰が出てくるのです。神の国の王を中心として、皇族が設定されていません。イエス様が万王の王として来たと言いますが、皇族がいないというのです。自分の血統を通した直系の王子、王女の家庭がないというのです。それが復帰されなければなりません。本来、エデンの園で、アダムとエバは皇族でした。この皇族圏から、すべて連結されてこなければならなかったのです。

6 アダムが失敗し、イエス様が失敗し、キリスト教が失敗したことだけでなく、真の父母に侍る再臨時代に失敗したすべてのことまで、お父様一身が責任をもたなければなりません。これを知って収拾し、復帰できる人は誰もいません。ただお父様しかいないというのです。

アメリカを中心として、世界的版図を勝利的に収拾しようとしたことまで、すべて失ってしまいました。これにも責任をもたなければなりません。そのすべてのことに、キリスト教やアメリカのようなどこかの国が責任をもつことはできないのです。お父様と一つになるべき相対圏に立っていた、これらすべてのものが破壊され、喪失したので、これを再創造しなければなりません。再びこれを収拾しなければならないというのです。

ですから、一九四五年に七年を足した一九五二年、この時に、既にきょう語る「セナラ統一」、新しい国が統一されなければなりませんでした。アメリカは、新教を中心とした独立国家です。新教国家として、アベルです。この新教を中心に力を注いだ一九九〇年代祝福第四節真の父母を誇り、としたアメリカ、第二イスラエル圏が、全世界を抱くようになるというのです。世界を抱いて主人になるのは、アメリカではありません。来られる真の父母と連結されなければなりません。そのようになることによって、真の父母を中心として、宗教と国家が一つになる基盤の上に立つのです。

この宗教は、全世界的に統一された立場に立ちます。それが、カインとアベルが一つになることです。体と心が分かれたものが、世界的に統一されなければなりません。ここには主義があるのですが、その主義は真の父母主義であり、アダム主義です。

新しい家庭と統一祖国

7 一九九三年、新年の年頭標語は、「新しい家庭と統一祖国」です。今や、全世界が心を一つにして祈り、精誠を捧げた一九九二年が過ぎ去りました。去る一年間は、お母様を中心として世界史的な役事(働き)を行った年であり、歴史始まって以来、初めて女性解放を宣布した年でした。

今までは、超国家的に女性たちが解放されませんでした。女性が堕落をもたらしたので、この堕落したことを越えていかなければ、女性解放時代が訪れません。摂理的に見るとき、そうなのです。神様の摂理歴史は、救援することです。救援摂理は復帰摂理であり、復帰摂理は再創造摂理です。このように見るとき、救援摂理は女性を探し出すための歴史でした。これが、今まで誰も分かりませんでした。

救援摂理は男性を探し出すためのものではなく、女性を探し出すためのものです。人類歴史が誤ったのは、女性が誤ったからです。女性が愛の道を誤って行ったために、今日までの歴史がこのように偽りの歴史になりました。これを復帰しようとすれば、再創造の役事をしなければなりません。再創造歴史の過程を経なければならないのです。

8 私たちは、一つになった祖国を成し遂げていかなければなりません。それは家庭から始まります。新しい家庭から、一つの祖国、統一された祖国が生じるというのです。祖国統一ではありません。祖国統一といえば、祖国が分かれたものを統一するという意味になります。

しかし、「統一祖国」という言葉は、新たに統一された祖国が始まることを意味するのです。ですから、「新しい家庭と統一祖国」が新年の標語になるのです。新しい国で統一しなければなりません。新しい国の統一が祖国の光復です。そのような時代に越えていきます。

9 今年の標語は「新しい家庭と統一祖国」ですが、これは、まず「私個人」が統一されてこそ、成し遂げられる言葉です。私個人が統一されなければ、何もできないのです。そして、男性は女性によって生まれたので、絶対的に女性と統一されなければならず、女性は絶対的に男性と統一されなければなりません。適当にではありません。御飯を食べること、おなかがすくことよりも、さらに真実(なこと)です。深刻な問題です。絶対的な真理です。アダムとエバが祝福を受けたとすれば、その場は初愛を交わす場です。初愛は絶対的なのです。

ところが、初愛を売り飛ばす人々が多くいます。そのようにして夫に接すれば、幸せに暮らせるようにはなりません。今までは、男性に節操がありませんでした。男性に「貞操を守りなさい」と言っても、守れませんでした。女性にだけ貞操を守ることを強要しました。それは、エデンの園で女性が貞操を失ってしまったからです。今後、統一教会では、女性の貞操より、男性の貞操をもっと重要視しなければなりません。

真の父母と成約時代安着

10 一九九四年の標語は、「真の父母と成約時代安着」です。安着は、定着と意味が違います。安着は、すべてのことが成就して位置を定めるという言葉です。人間が堕落することによって、個人が未完成となり、家庭が未完成となり、氏族が

未完成となり、民族、国家、世界、天宙が未完成となりました。創造主であられる神様にとっても、創造理想を完成しようとしたすべてが失敗に終わったというのです。しかし、神様は失敗の立場に立つことができないので、再創造過程を経て、これを蕩減復帰して本然の位置に戻すのです。そのような役事をするのが救援歴史です。

11 個人で真の父母と成約時代を安着させ、家庭で安着させようというのです。そうして、国で安着させるのです。これが神様の創造理想です。天の国を求めなければなりません。その国は、天国と通じるのです。三大原則です。個人で安着させようというのです。ですから、体と心を統一しなければなりません。夫婦が真の愛で統一されなければなりません。争ってはならず、涙があってはいけません。自己主張をしてはいけません。自己主張をするとしても、天理原則に従って主張しなさいというのです。父母様はすべて教えてあげました。四大心情圏、三大王権を中心としてすべて教えてあげたので、今からそのように生きなければなりません。

自分の家庭は、地上天国と天上天国のモデルです。そこには、祖父母、父母、夫婦、息子、娘まで、四代の系列が存在します。世界の各国も、祖父母、父母、自分たち夫婦、息子、娘のような四代の系列になっています。個人は家庭、家庭は氏族、氏族は民族、民族は国家、国家は世界のために犠牲にならなければなりません。より大きなもののために犠牲になる原則を中心として、世界の人々を自分の家庭にいる祖父母、父母、自分たち夫婦、息子、娘以上に敬わなければなりません。世界の人々を自国の国民以上に敬えば、天国の本宮と一致した立場で完成し、天国のどこにでも入っていけるのです。

真の父母様の勝利圏を相続しよう

12 一九九五年の標語は、「真の父母様の勝利圏を相続しよう」です。勝利圏というのは、天地のすべての伝統、今の人類と、今後生まれてくるすべての子孫たち、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、このようなすべてにおいて勝利したということです。神様が救援摂理をしながら、歴史時代に失敗したすべてのことが恨として残っているのですが、真の父母様がアダム家庭から綴られてきた恨の根を抜き取りました。このような内容の勝利的記録を残したのです。

今まで、サタンが歴史を支配してきました。このサタンの歴史を取り除かなければならないというのです。世界がサタンの世界的勝利圏を受け継いできたため、その恨の根を抜き取らなければなりません。アダム家庭から、ノア家庭、アブラハム家庭の恨の根、ヤコブからモーセ、その次に、洗礼ハネとイエス様の時代のあらゆる恨を抜いてしまわなければなりません。

このサタン世界に、何をもって勝利するのかというのです。父母様のみ言と一つになる道しかありません。真の父母様の歴史的なこのすべてのみ言は、勝利の覇権を提示するための一つの宣言文です。ですから、年頭標語に「真の父母様の勝利圏」という言葉を使ったのです。

13 南北統一の運勢が近づいています。一九九五年を中心として南北統一をし、天のみ前に奉献して、三千里半島に神様の解放の場を探し出さなければなりません。お父様は一生の間、誰一人からも補助を受けずにこの道を行ったので、皆さんも誰かの補助を受けてはいけません。お父様の補助も受けてはいけません。父母様の補助を受けずに父母様以上のことを成し遂げるとき、父母様が訪ねていって、父母様がもつ財産まで相続させてあげるというのです。そのような孝子、忠臣の道理を備えたあとには、世界史的な聖人、聖子の道を難なく占有できる道が、一九九五年の自らの行動いかんによって決定されます。脱落する天の孝子、忠臣、烈女にならないように、真の父母様の勝利圏を相続させるのです。

ですから、平面上で代を継ぐことは問題ありません。家庭で孝子になれば、忠臣の代を継ぐことは問題ありません。国で忠臣になれば、聖人の代を継ぐことは問題ありません。天の国の直系の王子の立場に立てば、平面上で聖子の道理も問題ないのです。そのため、孝子の基盤は忠臣の足場になるのであり、忠臣の足場は聖人の足場になるのであり、聖人の足場は聖子の足場になるのです。父母様が天の悲しい事実を蕩減復帰して、初めて孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を地上で完結したので、この全体を一九九五年の元旦に、統一教会と世界にいる人々に相続させるのです。

真の父母様を誇り愛そう

14 一九九六年の標語は、「真の父母様を誇り愛そう」です。一九九五年の標語は、「真の父母様の勝利圏を相続しよう」でした。

神様の願いや人類の願い、すべての万物の願いとは、真の父母がこの地に現れて、神様の真の愛が出発することです。それが創造の始まりであり、創造の過程であり、創造の目的と結果でした。人間が堕落しなかったならば、真の父母がこの地上に現れ、真の愛を中心として家庭を築いていたでしょう。それが神様の願いであり、神様が人間を創造した理想でした。

堕落していないアダムとエバが、この地の真の父母になったならば、神様の真の愛を中心として、鉱物世界、植物世界、動物世界、被造世界の全体が一つになっていたでしょう。それにより、真の父母を中心として、すべての被造物が神様の愛の懐に抱かれていたでしょう。ですから、神様は、この地のアダム家庭を中心として、アダムとエバと共に一つになり、このすべての万物を主管しながら、愛の中で暮らさなければならなかったというのです。それが神様の願いでした。

15 真の父母様を誇り、愛さなければなりません。愛するのですが、自分の夫よりも、自分の息子、娘よりも、自分の国よりも、この地の堕落した人類のすべてのものよりも愛さなければなりません。世の中になかった愛をもって父母様を愛してこそ、皆さんも世の中にない愛の世界を相続するというのです。そうしてこそ、神様の息子、娘になり、天の国の皇族になり、天の国の民になるのです。そのようになり得る時代圏に入るのです。一九九七年に三百六十万双が祝福結婚をすれば、天国が展開するようになります。

天国はどれほど遠いでしょうか。ですから、天国に入ろうとすれば、真の父母を誇らなければならず、真の父母を証しなければならず、真の父母を愛さなければなりません。それを準備せざるを得なかったので、一九九六年の元旦に「真の父母様を誇り愛そう」という標語を定めたのです。

真の父母様への誇りと愛は三百六十万双祝福完遂

16 一九九七年の標語は、「真の父母様への誇りと愛は三百六十万双祝福完遂」です。「真の父母様を誇り愛そう」は、一九九六年の標語でした。今年、三百六十万双の祝福が完成すれば、これは天宙史的な事件になります。

三百六十万双の祝福が完成したとすれば、その次は三千六百万双の祝福をするのです。サタン世界のあらゆる完全数を越える勝利的覇権が、地上に設定されると見るのです。

三千六百万双を完成したのち、三億六千万双、三十六億双をするようになれば、人類がすべて祝福を受けるのに何年あれば終わるか、考えてみなさいというのです。

家庭は、アダムとエバの時から、男性と女性にとって必ず必要だったように、どんな時代、どんな延長の歴史を経ても、この公式は変わりません。そのような二人が一つになって着地するのが、アダム家庭でした。そのアダム家庭は、歴史性を超越し、永遠に続くというのです。

17 「真の父母を誇り愛そう」という言葉を、皆さんの前に掲げるためには、父母様が神様を誇り、愛さなければなりません。そうして、神様が見るとき、「本当によくやった。愛した」という条件を立てたことを受け継いで、皆さんも真の父母様を誇り愛さなければなりません。父母様が神様を誇り、愛したのと同じように、皆さんも神様を誇り、愛さなければならず、真の父母を誇り、愛さなければならないというのです。そのような伝統的内容を知らなければなりません。

父母様が世界的メシヤだとすれば、国家的メシヤの立場でなければ、父母様を誇れる道がありません。国家的メシヤが、そのもとにいる人々に誇るために教育しようとすれば、氏族的メシヤをもたなければなりません。そして、氏族的メシヤが自分のもとの後代と先祖に誇るためには、家庭的メシヤの系列をもたなければならないのです。それがメシヤ思想であり、真の父母が行くべき道です。

メシヤと言えば真の父母のことですが、真の父母になろうとすれば、神様を誇るのと同じ伝統を家庭に立てて、自分の父母を誇らなければなりません。神様を愛するのと同じように愛さなければならないのです。そのような家庭的な愛と誇りの圏を中心として、国家的な愛と誇りの圏、世界的な愛と誇りの圏、天宙的な愛と誇りの圏に上がっていき、天の祝福に代わって下りてきて、初めて天国の家庭として、解放圏を手にして生活できるというのです。

真の神様を絶対に誇り愛することは

三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切

18 一九九八年の標語は、「真の神様を絶対に誇り愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」です。「真の父母様への誇りと愛は三百六十万双祝福完遂」は、一九九七年の標語です。

今年の標語は、「三億六千万双の祝福完成」であり、その次には「サタン世界の血統断切」です。それさえ刻みつければよいのです。昨年は「真の父母」でしたが、今からは「真の神様」です。そして、三億六千万双の祝福完遂であり、サタン世界の血統断切です。このために神様が苦労したのです。この根を抜いてしまわなければなりません。これを抜き取れる力が、父母様にはあるというのです。

19 私たちは、祝福行事をして、今まで四千万双の祝福を完成しました。これは世界的事件です。一時に通り過ぎる事件ではなく、歴史にただ一度しかない事件です。誰も再び行うことはできないのです。過去にもなく、未来にもありません。この三億六千万双の祝福は、歴史に一度しかないのです。一度しかないこの三億六千万双の峠を前にして、私たちが歴史をすべて清算するのです。

神様を解放し、サタン追放、汚したサタンの血統を完全に断切、撤廃しなければなりません。大転換と大転覆の時代が来るのです。私たちが今まで成し遂げた四千万双の祝福は、世界がすべて知っています。知らない国がありません。

ですから、皆さんは現地に行って、青少年の問題を解決しなければなりません。青少年の問題は、私たちの家庭も、私たちの町も、私たちの国も責任をもてず、どんな環境も責任をもつことができません。すべてにとって問題です。

青少年の時に堕落することによって、アダム家庭が破綻したのですが、エデンにおいて春の季節にそのような種を蒔いたものが、秋の収穫期の「終わりの日」になって、世界的に実を結んだのです。これをまとめて、すべて燃やしてしまわなければなりません。残すもの、収めるものは一つもないというのです。大転覆させなければなりません。

真の祝福天宙化とサタン血統根絶

20 一九九九年の年頭標語は、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。サタン血統根絶は、サタン世界と関係がないということです。真を中心とするとき、偽りが相対の位置に立つことはできないというのです。ですから、一九九八年には「真の神様を絶対に誇り愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」として、「真」という言葉を使いました。神様が真の位置に立たなければならないというのです。

今までは神様が救援摂理をしてきたので、サタンに押さえられてきました。しかし、アベル的基準でカイン的基準を自然屈伏させ得る環境を経るために、「真の神様を絶対に誇り愛することは三億六千万双の祝福完成とサタン世界の血統断切」という言葉を使ったのです。三億六千万双の祝福をすれば、サタン世界の血統を断切できるのです。

既に一九九八年九月三十日を中心として、越えていくことができる時代に入ったので、今や天と地において、相対的関係の闘争的時代が過ぎ去ります。峠を越えたというのです。今、地上における三億六千万双の祝福完成は、この峠に集まってするのではありません。本然のアダムとエバの位置に立ち、世界人類を祝福することによってこの峠を越え、本来、アダム家庭の位置に立つべき人たちが祝福を受けた立場に立ったので、天と地を塞いでいた塀が崩れていくのです。

ですから、一九九九年はサタン血統根絶です。根を抜いてしまわなければなりません。そのためには、祝福の恵沢圏を天宙、霊界と肉界に一元化しなければならないというのです。

21 今年は一九九九年ですが、九九九の九数はサタン数です。九九九は、蘇生、長成、完成ですべて十数に近づきます。解放数になるとみなすのです。真の祝福とは、祝福が完成したという意味です。ただの祝福ではありません。真の祝福の天宙化です。神様の心に最後に残った宇宙的解放の定着、完全に定着できる真の家庭を祝福してあげようというのです。

その次には、サタンの根を根絶しようというのです。最後です。一九九九年を逃すことなく、精誠と愛の心を宇宙に拡大して祝福するようになれば、世界は自然に従ってきます。「私」がプラスになっているので、マイナスが付いてくると考えるのです。そのような心をもって、皆さんの町に祝福を受けていない人がいないようにしなければなりません。皆さんが、家ごとに愛の絆を残していない所がないようにしなければなりません。そのようにしてこそ、神様が主体として愛の心で日の光のごとく照らしてくださるように、解放圏が広がっていくというのです。

それを知っても行くことができなければ、脱落して、あの国(霊界)に行っても嘆くことすらできません。ですから、福を受けようと考えず、理解してほしいと思ってはいけないというのです。父母様がそのように生きてきました。神様が関心をもっていなくても、それをしたのです。報告もせずにしたのです。そのようにしてみると、自然にできたというのです。自然の道理です。アダムとエバが報告して完成するようになっていますか。自然の道理によってできるようになっています。ですから、神様に報告しなくても、その前に出ていって、報告したこと以上の価値として実を結ばせるというのが天理大道の原則です。

22 一九九九年の標語は、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。「断切」には様々な方法があります。葉も断切し、枝も断切し、大きな幹も断切します。「断切」という言葉は、根を抜くという「根絶」とは違うのです。

女性の根を抜かなければならず、男性の根を抜かなければなりません。根の出発はサタンです。サタンが先に根を下ろしました。皆さんはその根につながっています。皆さんに堕落性が残っているのは、サタンが関係を結んだからです。

神様の最後の願いは、皆さんの家庭を一つ一つ救うことではありません。サタン世界の根をどのように抜くかということです。この根を抜くときは、神様が怨讐のようにたたいて抜くのではありません。偽りの愛によってこれを植えたので、抜くときは真の愛で抜かなければ、抜けないというのです。

第五節 天一国理想の実現に力点を置いた二〇〇〇年代

真の父母様は、二〇〇〇年代を迎え、神人愛一体理想を成し遂げて天一国理想を実現し、天地人真の父母勝利解放完成を目標とする年頭標語を発表された。すなわち、二〇〇〇年は「真の愛の天宙化は新千年天国完成」、二〇〇一年は「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」という標語において、真の愛を通した一体化を強調された。続いて、二〇〇二年は「天地父母の理想である自由平和幸福の天一国安着万歳」、二〇〇三年は「真の愛で私たちの家庭が天一国の孝子忠臣聖人聖子の真の家庭を完成できますように」、二〇〇四年は「神の祖国と平和王国時代宣布」、二〇〇五年は「内外天一国理想が完成されますように」、二〇〇六年は「天宙平和理想モデル摂理安着時代」、二〇〇七年は「天宙平和天一国太平聖代億万歳」、二〇〇八年は「天宙平和連合天一国双合七八禧年(チルパルヒニョン)万歳」など、天一国と関連した年頭標語を提示された。そして、二〇〇九年は「天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利利宣布時代」、二〇一〇年は「真の愛天宙安息権清心一萬勝一萬歳」、二〇一一年は「天情父母地和子女定着終最一体完了天宙定着天一国萬歳」、二〇一二年と一三年は「天地人真の父母勝利解放完成時代」など、天地人真の父母様の一体化と勝利を標語として発表され、二〇一四年から二〇年までは、年頭標語として「創造主、天の父母様に似た、真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」を発表された。

真の愛の天宙化は新千年天国完成

1 二〇〇〇年の標語は、「真の愛の天宙化は新千年天国完成」です。「真の愛の天宙化」という言葉は、真の愛の家という意味です。存在世界の真の愛の天宙化です。「天宙」とは、神様の家を意味します。神様がとどまり得る家は、新しい千年を通じて完成するという標語です。真の愛の天宙化を通して、神様がどこにでも永遠に住める新千年時代の天国完成が出発するというのです。

2 天国は、自由が永遠にある所であり、希望が永遠にある所であり、幸福が永遠にある所であり、真の愛と真の生命が永遠にある所です。神様の家で暮らしながら、神様とすべてが一つになっているので、間違いがありません。ですから、統一教会では、互いに愛することによって、世界のすべての人々が「私の家である。私たちの家である」と考え、一緒に暮らしていくのです。統一教会の人々は食口です。

家庭と食口が天地安息圏の中心にいるので、このような公式原理に従って、統一教会は家庭第一主義、兄弟第一主義、食口第一主義を主張するのです。それが、真の愛を中心として、真の血統と連結された真の家庭です。

3 二〇〇〇年の標語は、「真の愛の天宙化は新千年天国完成」です。千年王国時代を築かなければならないというのです。「新千年天国完成」時代に越えていくというのです。漠然としていません。家庭が国家を探し出すことによって、エバが堕落した長成期の基準を越え、アダムとエバの完成基準を越えて、家庭、氏族、民族、すべてを祝福し、天地のすべてが向きを変えるのです。それにより、第三次アダム時代に蕩減を解消し、解放的第四次アダム圏時代になったので、国家を越えた家庭にならなければならないというのです。

国に戸籍を登録できる時代になったので、自由勝利の定着圏になるというのです。ですから、家庭の解放です。エデンの園で入籍が必要のない家庭になったので、ここでは自由です。父母様が教えるみ言のとおり、一つになって生きれば、自主的な立場で、地上と天上のどこに行っても行路の制限を受けない、解放時代に向かっていくので、もはや国境はすべてなくなるのです。ですから、自主的な立場で祈らなければなりません。今までは「切に願います」と祈りましたが、これからは報告です。善意の報告なのです。

解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように

4 「家庭盟誓(カヂョンメンセ)」の八節の終わりに、最も重要な一つの単語があるのですが、それが「解放」という言葉です。神人愛一体理想を成し遂げ、地上天国と天上天国の解放圏を完成しようというのです。二〇〇一年の標語は、「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」です。「真の愛の主体性」とだけ言えばよいのに、「真の愛の主体性」の次に、「絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」が入ります。

この標語は、新千年紀の期間にも必要なものですが、特に子女たちと父母が共にこれを成し遂げて、地上天国を完成しなければならないというのです。神様だけでなく、皆さんも成し遂げなければなりません。父母様だけではありません。解放された天地父母と解放された子女が成し遂げなければならないのです。一心一体になって成し遂げなければなりません。そして、真の愛の主体性、主流思想です。主体性と言えば、骨子について言っているのです。神様が成し遂げようとした絶対の愛、唯一の愛、不変の愛、永遠の愛のみ旨を成し遂げなければならないというのです。

5 二〇〇〇年十二月三十一日までの二千年の期間は、第二イスラエル圏を中心として、世界的な蕩減路程を歩んできた時代でした。今やそのような時代は過ぎ去り、黎明が訪れ、新しい成約時代を迎えて、祝福の理想が天宙化される時代になりました。ですから、「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」という標語は、一時だけでなく、永遠に続くあの世でも皆さんに残る課題だというのです。そして、家庭がどれほど貴いかを知って、一心同体になり、天地父母様のみ旨を完成してさしあげなければなりません。

そのためには、世界主権を復帰してさしあげなければなりません。すべての主権下にある家庭が、天地父母、神様の伝統思想に従っていけばよいのです。個人を復帰し、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階の真の愛の理念的国家観を形成しなければなりません。また、真の父母の理念となる国家観を完成しなければなりません。そのような責任が、祝福を受けた家庭である皆さんにあるので、きょうからは祈りの内容が変わります。

今までは、「真の父母の勝利圏を祝福によって受け継いだ」でした。祝福がなければ、真の父母の勝利圏に同参(一緒に参加すること)できません。真の父母と血縁的関係を結び、断ち切られた血統を新たに連結させたので、真の父母の息子、娘の絆を掲げているのです。

永遠不変の神様に統治されるこのすべてが、堕落していないアダムとエバの実体圏として祝福を受けたとすれば、神様の愛と神様の生命が連結され、神様の血統が第一代の祖であるアダムとエバの家庭から束ねられ、これが種になって拡大されたはずですが、三代を通じたこの結実的血統の種が植えられませんでした。これが堕落です。父母様が一代だとすれば、皆さんは二代ですが、皆さんが息子、娘を誤って育てれば、堕落した後裔のその伝統から抜け出すことができないというのです。

6 今後、父母様の所に思いどおりに訪ねてくることはできません。条件を提示するでしょう。国ができれば、厳格にするのです。世の中の法のうちで、大韓民国の法が問題ではありません。その十倍以上の法を中心として、越えていくべき道が残っているというのです。一生において、それを越えていかなければなりません。そのような過程が残っているので、これから皆さんは、どのように生活しなければならないのでしょうか。祈祷時代は過ぎ去りました。救世主がいてこそ、祈りも通じるのです。救世主が解放圏にすべて導きました。解放圏を開いておいたのです。

ですから、二〇〇一年の標語は「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」です。一緒に協力するのです。協力して、報告することがうまく行ったのか、行かなかったのかを見て、うまく行かなかったときは、挽回しなければなりません。挽回するまでは報告できません。祈祷ではなく、報告です。良い報告ができる実績をもてなかった人は、父母様がいる場に来ることができません。

天地父母の理想である自由平和幸福の天一国安着万歳

7 「天一国」の「天」の字は、「二人」を意味します。そして、「二」の字は、上の水平と下の水平のことを意味するのです。天上世界と地上世界が平和にならなければなりません。ですから、天宙平和という意味が含まれるのです。「天一国」の水平(一)は、統一の「一」の字です。それで、二〇〇一年の標語は、「二人が真の愛を中心として、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨を完成しよう」というものでした。

真の愛でなければ、み旨を完成できません。絶対、唯一、不変、永遠、絶対的愛、唯一的愛、不変的愛、永遠の愛のみ旨を完成しようというのです。それが、二人が一つになった国、天一国です。天宙という言葉は、天地の家を意味します。男性も女性も水平になって、天に侍らなければなりません。侍る天を中心として、「私」の体と心が一つにならなければならず、その次に、夫婦が一つにならなければならず、父母と子女が一つにならなければならず、兄弟が一つにならなければなりません。すべて二人です。

主体と対象圏がどこでも一つになるには、真の愛でなければ駄目なのです。真の愛が中心になります。個人的中心、家庭的中心、次第に大きくなっていきます。その次には、父母と子女の中心、兄弟の中心になります。そうして、家庭定着です。

家庭定着ができれば、家庭を中心として氏族と一つになり、氏族が一つになれば、氏族を中心として民族と一つになり、民族が一つになれば、民族を中心として国家と一つになり、国家は世界と、世界は天宙と、天宙は神様と一つになった統一的国家にならなければなりません。そのようになれば、横に行っても縦に行っても、ぶつかることはないのです。

8 二〇〇二年の標語は、「天地父母の理想である自由平和幸福の天一国安着万歳」ですが、その自由、平和、幸福は、真の愛を中心として語る言葉です。真の愛を中心とした自由、真の愛を中心とした平和、真の愛を中心とした幸福です。これは家庭にも入り、すべてに入ります。一人で幸せになることはできません。幸福の基礎は家庭しかないので、これを連結できる家庭がたくさん繁殖しなければなりません。

四位基台は、祖父母、父母、自分たち夫婦であり、息子、娘まで含めれば四代です。これが一つのカテゴリーです。四位基台の上で、アダムの孫からは数十双が出てきても大丈夫です。これが種になっていて、モデルが出てきたので、ここから十二支派が出て、数百支派が出てくることができます。息子、娘をたくさん生んでペアをつくるほど、アダムの家庭が栄えるのです。

ですから、四位基台完成のもとで四系列が出てきます。祖父母、父母、自分たち夫婦の三代が暮らせば、息子、娘が出てきます。三代を中心として、創造本然のアダムとエバの息子、娘と孫たちが出てくるのですが、この四代からは種になって、結婚さえすれば、天国にそのまま入ります。それが一つのモデルなのです。

真の愛で私たちの家庭が天一国の孝子忠臣聖人聖子の真の家庭を完成できますように

9 二〇〇三年の標語は、「真の愛で私たちの家庭が天一国の孝子忠臣聖人聖子の真の家庭を完成できますように」です。ここに、神様の創造理想の全体が入っています。個人、家庭、氏族、民族、国家において、真の家庭を中心とした孝子の伝統を受け継ぐのが忠臣であり、忠臣の伝統を受け継ぐのが聖人であり、聖人の伝統を受け継ぐのが聖子です。そして、聖子の伝統を受け継いで王権が樹立されます。ここでの相続は、神様の王権を占領した基盤で成し遂げられるようになるのです。

堕落した世界の個人の所有権や国に属しているものは、すべて否定されなければなりません。それは、結局は堕落した世界の結果物です。神様が願わない怨讐の血統に連結され、汚された世界です。神様は、その影がかかることさえも好みません。戦争によって大勢の人たちが死に、興亡盛衰を経てきたこの悪の世界を、神様が管掌することはできないというのです。

10 真の愛によって、私たちの家庭は天一国の主人になり、孝子にならなければなりません。主人になるというのは、孝子になったあとに語る言葉です。その次には、忠臣、聖人、聖子の真の家庭になってこそ主人になります。それは、ただ盲目的に語った言葉ではありません。これは、天理原則において避けることができない一つの礎石を据えた立場なので、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をして、自分は千辛万苦の受難の道も感謝しながら、百回、千回死んでも、無限大の世界のために行かなければなりません。

神様が宗教圏を中心として愛し、信じることのできる、御自身の側にいる人が犠牲になっても、耐えるしかなく、助けてあげられない(神様の)無念な心情を皆さんが体恤し、行く道を前にして涙が前を遮り、血と汗が自分の周囲にしみ渡っていてこそ、サタンが皆さんに入ってくることができないのです。ために生きて涙を流し、ために生きて血を流したその跡があるので、サタンが来ることができないというのです。サタンは利己主義です。利己主義なので、その場を侵犯できません。

11 家庭のモデルが忠臣と通じ、忠臣のモデルが聖人と通じ、聖人のモデルが聖子と通じ、聖子のモデルが王権と通じます。ですから、真の父母がいらっしゃる天一国には、真の父母、真の主人、真の師、真の王が行くのです。孝子、忠臣、聖人、聖子、王権と同じです。その位置まで越えていってこそ、相続を受けます。はっきりと教えてあげるのです。いくらうまくやっても、中間では駄目です。福を受けようとしてみなさいというのです。死んだのちには、墓場に行かなければなりません。これは、墓場ではなく、天国に行ける間違いのなこです。今や、世の中がすべて知っています。

ですから、二〇〇二年七月四日、ワシントンDCで天の解放宣布式を行うとき、霊界の決意文を宣布しました。第一は、「絶対真の父母である神様と真の父母様を知って信じる」、次に「絶対真の師である神様と真の父母様を知って信じる」、その次に「絶対真の主人である神様と真の父母様を知って信じる」、また、その次に「真の父母様を神様の実体として、真の父母、真の師、真の主人として信じて行動する!」です。

王です。王にならなければなりません。真の父母、真の師、真の主人です。王は一人しかいません。ですから、「統一家の祝福家庭は、父母様を王として、侍りなさい」と言いました。そうしてこそ、相続を受けます。王の前に行って王子になってこそ、相続を受けるのです。聖子になってこそ相続を受けます。それを受けられなければ、あの国(霊界)に行って引っ掛かるのです。

神の祖国と平和王国時代宣布

12 二〇〇四年一月一日、きょうから「神の祖国と平和王国時代」に入ります。宣言ではなく宣布です。宣布というのは、そのような時代になったということです。これは、個人だけでなく、全世界、天地に及ぶので、宣布の内容は既に宣言時代を通り過ぎたのです。

その言葉は、神様の祖国光復はもちろん、神様の平和王国時代も既に宣布されたので、そのような世界に生きる人として、そのような立場に立ち、神様の平和王国を完成しようということです。

13 「神の祖国」という言葉を二〇〇四年一月一日のけさ、宣布したので、これから神の祖国が始まります。そして、平和王国を宣布しました。神の祖国と平和王国が始まったので、その場は堕落した世界と何の関係もない場です。堕落する前、神様が願った神の国、神の祖国です。その祖国の領土で親族が暮らすことができ、民族が暮らすことができ、国々が暮らすことができます。全体が天の国になり得るのです。仮想ではない実存的存在圏です。

この祖国の上から、すべてのものが始まり、議論されなければなりません。「祖国」とは、このように貴い言葉だというのです。祖国がないところで成し遂げられたものは、すべてなくなります。国がなければ、「大韓民国」という言葉も、「白衣民族」という言葉もあり得ません。

神様が願う祖国の地の内容が、歴史時代を経て個人から家庭、氏族、民族、国家に連結され、世界の祖国光復を宣布できるその時になれば、このすべてのものが、祖国の上で存在し始めるというのです。しかし、そこから脱落したので、蕩減法で代用するために、今までは条件的基準を中心として生きてきました。神の祖国の領土ができたという時には、過去の条件的立場でその名分を立ててきたものをすべて踏みつけ、断ち切り、ひっくり返して、この祖国の領土の上に再び立てて改造しなければならない時代になるというのです。

14 皆さんが夢の中でも考えなければならないことは、神の祖国と平和王国です。神様は祖国を願い、人間は平和王国を願いました。天が願い、地が願ったことを所願成就したので、死ぬとしても感謝しなければなりません。皆さんがこの地上に生きて、死ぬ時になれば、地に対して感謝し、万物の前に恥ずかしくないように忠孝の涙を流さなければなりません。自分自身の享楽のために生き、楽しみのために生きて涙を流す、恥ずかしい息子、娘になってはいけません。

内外天一国理想が完成されますように

15 二〇〇五年の標語は、「内外天一国理想が完成されますように」です。ここで「内外」というのは、内的な天の国と外的な天の国のことを意味するのです。天一国というのは、二人が一つになった国です。心と体が一つになり、男性と女性が一つになり、父母と子女、天と地が神様と一つになったものです。内外の「内」は神様を意味し、「外」は真の父母を意味するのです。ですから、「内外天一国」を解いて言えば、内外的な天宙平和統一王国という意味です。

内的な天一国自体では、完成できないようになっています。外的な天一国を通して完成するのです。外的なこの体によって、天と地がすべて破壊されたからです。今や、内外天一国です。天一国時代が到来し、平和統一王国時代が到来し始めるというのです。

16 皆さんは、父母の前に子女の名分、国の前に忠臣の名分、世界の前に聖人の名分、天地の前に聖子の名分を備えることができなかった子女の道理を、皆さん一代で完結しなければなりません。皆さんは祝福を受けましたが、すべて個別的です。皆さん個人がエデンの園で失ったものを探し出すためには、父母の血統を連結した一つの血族として、父母に代わり、息子、娘の道理を中心として、孝子の家庭、忠臣、聖人、聖子の家庭を備えなければなりません。

そのようにして、どの家庭、どの国、どの民族にも、世界、地球星のどこにも境界線、限界線がない、父母様が自分を主張できる解放、釈放の基盤の上で、自由天地のごとく活動できるように、皆さんの家庭と国と天地に一元化され、愛の血統で連結された解放天地をつくらなければなりません。そのようにしてこそ、地上・天上天国が解放され、神様に侍ることができなかったところから復帰完成した億千万世の太平聖代、億万歳と褒めたたえ得る太平時代が来るというのです。

ですから、天宙平和統一王国を完成するのも「私」であり、天一国の王権を完成するのも私だというのです。私の家庭だというのです。皆さんの家庭が、そのような責任を果たさなければなりません。

天宙平和理想モデル摂理安着時代

17 二〇〇六年の標語は、「天宙平和理想モデル摂理安着時代」です。摂理安着時代の中には、摂理家庭安着時代、摂理国家安着時代、摂理世界安着時代、地上天国安着時代まですべて含まれます。天宙平和理想モデル摂理安着時代で、その摂理の中では、モデル摂理家庭安着時代、モデル摂理国家安着時代、モデル摂理世界安着時代まで一つになっているのです。

18 二〇〇五年に、真の父母様が百二十カ国を巡りながら語ったみ言の題名が、「神様の理想家庭と平和世界のモデル」です。それが二つとも成就されていません。神様の理想家庭というとき、堕落した世界でその理想をどのようにして探し出すのでしょうか。

平和世界のモデルというのは、「終わりの日」に、新しい世界の新しい建国理念を中心として出発できる内容です。世の中に数多くの歴史を経て家庭モデルが一つ現れ、地上・天上天国のモデルが一つ現れてくるので、「神様の理想家庭と平和世界のモデル」と題名を定めました。そこには歴史がすべて入るのです。

19 「天宙平和理想モデル摂理安着時代」が二〇〇六年の標語ですが、モデル家庭時代は旧約時代を意味します。次に、モデル国家時代は、イエス様の時代である新約時代を意味します。その次に、モデル世界時代は、霊界と肉界の統一世界時代である成約時代を意味するのです。

再臨主が闘争と争いなしに難なく突破し、天宙平和理想モデル摂理安着時代を発表したのですが、これがどれほど素晴らしいことか分かりません。家庭安着時代も過ぎ去り、国家安着時代も過ぎ去り、今や世界安着時代だけが残っているのです。

天宙平和天一国太平聖代億万歳

20 二〇〇七年の年頭標語は、「天宙平和天一国太平聖代億万歳」です。天宙平和連合は、統一教会が今、展開している世界平和運動の主題です。「天宙平和連合」という言葉は、神様が暮らせる地と家を意味します。人にはまだそれができていません。神様が暮らせる家と地、あるいは万物が連帯的責任を負っているのですが、万物は、神様が家を建てて暮らすのに必要な慰労の対象です。愛の象徴として重要な物だというのです。万物は、それぞれが個性真理体として、どんな存在でも自分自身を誇らないものがありません。優劣に関係なく、すべてそうなのです。

しかし、人間は、自分を誇る人をたたえることはありません。温柔、謙遜でなく、自分を中心として考える人には、「後ろに下がりなさい」と言います。しかし、自分を離れて公的なことを考える人には、「福を受けてください」と言うのです。神様も、そのような人を好むというのです。

21 二〇〇七年の標語は「天宙平和天一国太平聖代億万歳」ですが、何が太平聖代なのでしょうか。いくら天一国があっても、神様の創造本然の理想、神様と共に暮らせる環境がなければ、天一国の意味がないということです。環境的内容が具備されなければ、そうだというのです。美人だとしても、美人としての身なりを整えてあげてこそ、美人としての価値を感じるのと同じように、天一国がいくら良くても、神様が暮らしたいと思う家として、内外の内容を十分に具備し、誰でも入って暮らしたいと思うことができなければならないというのです。

そして、息子、娘として永遠に暮らしたいという思いをもてる、情にあふれた所にならなければなりません。その情をさらに与え、情を輝かせることが、神様の創造、天宙平和創造の理想の境地だというのです。そのような美しさが内外に満ちあふれていることが理想なのですから、どんな人でも慕わざるを得ないほど良い所だとすれば、太平聖代になるのです。

天宙平和の起源である神様に侍って暮らす家から、平和が訪れるというのです。そのような意味で、「太平聖代」という言葉は、幸福が途絶えることなく永遠に続く誇らしい時代、誇らしい世界だということです。億万世、億万年にわたって喜びの解放権限をもち、誇りをもって暮らすことができるのです。

22 「天宙平和天一国太平聖代億万歳」という標語で語っている太平聖代の時代が、私たちの生活圏を既に通過しています。天運が通過しています。その通り過ぎる運勢を、私は知っているのです。ですから、今、皆さんが大革命、大変革を起こし、入れ替えるべき問題とは何でしょうか。

お父様一人を信じて従っていくことは、歴史的な証人たちを立てるだけで、いつでも歴史時代に再現できます。お父様が去ったあと、皆さんはどうするのかというのです。今、知って、聞いて、またそのもろもろのことが事実ならば、どのようにすべきなのでしょうか。神様がいらっしゃることができる宮があるという事実、祖国があるという事実、郷土があるという事実を忘れてはいけません。

しかし、その祖国が、私の望む祖国の形を備えることができず、郷土も、私が願う基準になっていません。私が頼みたいことは、私が旅立つとしても、私が願うとおりに、より次元の高い祖国を創建し、より美しい理想郷を残せるようにしなければならないということです。

天宙平和連合天一国双合七八禧年(チルパルヒニョン万歳

23 二〇〇八年の年頭標語は、「天宙平和連合天一国双合七八禧年万歳」です。「天宙平和連合」と「天一国」という言葉が入りました。神様が求める国は、二人、二つの組、二つの内外、二つのクラブが統一された国、天一国です。天宙というのは、天の国と地の国の主人たちが暮らせる家です。

24 二〇〇八年の標語である「天宙平和連合天一国双合七八禧年万歳」に、「七八禧年」という言葉があるのですが、まだ禧年は終わっていません。二つの世界の七八が一つになって万歳をすることによって、九数は問題なく越えていきます。九数が私たちのものになるというのです。そして、十数、十一数、十二数までですが、十二数は六数と六数を合わせた数です。

前編の一から六までと後編の七から十二までが、カイン・アベルのペアになって、ギアがかみ合い、回っていくように、一つの統一的運勢圏に越えていくのです。ですから、双合七八禧年万歳です。

25 二〇〇八年の年頭標語を通して、双合七八禧年を発表することにより、七数から八数に越えてきました。真の父母は神様の代身者です。神様が真の父母を信じ、この地上に来臨するのです。父母が中心ではありません。中心は神様です。天宙平和連合天一国双合七八禧年時代が来たと宣布したのですが、そこの王の中の王は、真の父母ではなく神様です。真の父母は責任を完遂し、この地を離れなければなりません。ですから、一日が忙しいのです。千年、万年、待てる余裕がありません。そのようにできる日を千年の希望のDデー(D-Day)として定め、祈り、願わなければなりません。

原理は、何の原理でしょうか。神様を解放しようというのです。真の父母は既に解放されています。しかし、数多くの人を救ってあげる責任が残っているので、一つの生命でもサタン世界に残さず、解放してあげ、神様を立てることによって、解放を公認されなければなりません。そのようにできるその日が、父母様の生涯の決定的なDデーだというのです。

天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利宣布時代

26 二〇〇九年の標語は、「天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利宣布時代」です。絶対「性」とは、一人で成し遂げられる言葉ではありません。神様が男性格主体であるだけでは、絶対ではありません。相対的な何かがなければならないのです。天地父母天宙安息圏に入らなければならないのが絶対「性」ですが、天だけではできません。神様が一人で絶対「性」と言うことはできません。ですから、絶対「性」の中で相対的な存在になろうとすれば、どんな属性を備えなければならないのでしょうか。絶対「性」の前に必要なものとは何でしょうか。唯一です。

絶対になろうとすれば、二つではなく一つ、唯一でなければなりません。その次に、変わってはいけません。絶対の前には唯一がなければならず、永遠がなければならず、不変がなければなりません。絶対だけでは駄目で、唯一でなければならず、不変でなければならず、永遠でなければなりません。絶対を支えてあげられる重要な属性が必要だというのです。一番重要な中心属性である絶対には、唯一がなければならず、不変がなければならず、永遠がなければならないのです。

27 「天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利宣布時代」の「血統権」の「権」は、「圏」の字ではなく、力のことを意味します。最高の理想的な力としての「権」の字を書くのです。「天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利宣布時代」、そこにすべて入っています。

統一教会の結論は、蘇生、長成、完成を通してそれらが一つになり、第一次のアダム時代旧約時代、第二次のアダム時代新約時代、第三次のアダム時代成約時代、第四次アダム時代を経て、心情圏世界に安着してこそ、整理が終わると考えるのです。

その結論を出すのが易しいことでしょうか。旧約時代は蘇生時代であり、新約時代であるイエス様の時代は長成時代であり、成約時代は完成時代として、世界を一つにして天の国まで行くのです。そうして、天の国に住む神様に侍って暮らそうという、第四次安息圏安着時代を夢に抱いているのです。

28 「天地父母天宙安息圏絶対性真の愛真の生命真の血統権勝利宣布時代」において、安息圏は個人、家庭、氏族、民族など、八段階の安息圏があります。レベルがすべて違います。八段階は種類が違うのですが、父母様がこの八段階をつなげたのです。父母様の腹中生涯から、神様解放圏の位置までつなげました。

アベル国連を中心として、神様と父母様の王国連圏が出てくるようになれば、統一天下を中心として一つにならざるを得ません。勝利した真の父母国連、一つの血統を中心とした理想世界統一解放・釈放永遠太平聖代になるのです。人類の祖国と本郷の地を完成したというのです。

真の愛天宙安息権清心一萬勝一(せいしんいちまんしよういち)萬歳

29 二〇一〇年の標語は、「真の愛天宙安息権清心一萬勝一萬歳」です。清心一萬勝一は、流れていく話ではありません。きょうの勝利的な転機を迎える表題が「真の愛天宙安息権清心一萬勝一萬歳」です。天の代身者の権限と相続権が与えられる時間なのです。

30 二〇一〇年を迎えての特記事項は、「新・旧暦を統一する時代」だということです。今や陽暦は必要ありません。陰暦は、千歳暦を中心として千年の歴史になっていて、万年の歴史になっています。陰暦は伸びたり縮んだりします。しかし、陽暦はそのようにはなりません。陰暦は三年に一度ずつ、十二カ月が十三カ月になるのです。それで、十三数になることもあるのですが、十三の峠を越えるのは難しいのです。

十三の峠を越えれば、新天地になります。神様によって「あなた」と「私」が出発したので、神様を中心として、カインとアベルが平和に家庭と一族をつくることができます。一族を七代や八代までつくれるというのです。

天惰父母地和子女定着終最一体完了天宙定着天一国萬歳

31 二〇一一年の標語は、「天情父母地和子女定着終最一体完了天宙定着天一国萬歳」です。新年に天地が一体的統一の心をもち、神様の祝福と万民の祝福を受け、万天宙に宣布し、分別してください。

32 二〇一一年二月三日のきょう、天地、霊界と肉界の勝利的覇権の権限をもった父母様が、天地全体を連結し、勝利の覇権的王の位置に立って、二〇一〇年十一月四日、「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」で語ったみ言を、父母様の生涯路程全体を中心とする教材教本を代表するみ言として宣布します。そこで語ったみ言の中には、第四十四回「真の神の日」のみ言と、神様王権即位式で語ったみ言がすべて入っています。ですから、もはやみ言を語らなくてもよいのです。

父母様は死んだ人ではありません。表象的な銅像ではありません。生きた人として、全体勝利の覇権的王座の旗をこの地上に掲げて登場できる、新しい時代に出発する日がきょうなのです。

33 天宙の中心になる核と柱である天地父母、真の父母、天宙の善王、子孫たちが一体になり、無限な大宇宙の愛によって咲き始める永遠の理想祖国、永遠の霊界と共に生きていける地上・天上天国を創建しなければなりません。そうして、天の父母と地の父母が一心一体になり、真の愛の種を万国万海、天地のどこにおいても、祝福を受けた天の民たちが、真の愛によって蒔いたものを養育することを(願い)、父母の愛と夫婦の愛と兄弟の愛の花の種から芽が出たものを育てることを願います。

そうして、永遠無窮な天宙の真の父母の血統と連結された、すべての父母と兄弟が一つになり、永遠無窮に真の愛の結実をもって生活し、守ってあげられる標準として生きることを願います。真の父母様の名で、地上と天上における一心一体となった実体の一つの中心、一つの核と一つの柱を中心として、永続的な天国理想を拡大し、守っていくことを願います。

天地人真の父母勝利解放完成時代

34 二〇一二年の標語は、「天地人真の父母勝利解放完成時代」です。天地人真の父母は一つであって、二つではありません。皆さんは一つになった場で、皆さんの生涯のプログラムを再び組んで、父母様と一緒に歩調を合わせていかなければならないので、自己の所有はすべて天に捧げなければなりません。そうして、天から再び返してもらうのです。

今回、Dデーの父母様の結婚式の時に、天の国の印を父母様が受けて、皆さんに分けてあげるので、皆さんの八代がこのみ言の中で一つになって、同化、同族、同権の時代に越えていかなければなりません。そのようにしてこそ、天地人真の父母の定着が終わるのです。それでこそ、思いどおりにできるのであって、それができなければ、永遠に引っ掛かります。どんな困難があるとしても、それぞれの家庭がこのような実績を残さなければならないと話しました。父母になり、先祖になる人々は、必ず三代を経て浄化することを忘れてはいけません。そのようにしなければ、天地の道が遮られ、塀で塞がれるようになります。

35 皆さんは、二〇一二年一月二十八日、真の父母様の御聖誕日であるきょうから、前後左右、全体の環境条件を越えていかなければなりません。個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代をすべて越えなければなりません。最後に引っ掛かったものを、死生決断し、全力投球して越えなければなりません。皆さんは入籍問題を解決しましたか。

皆さんが「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」の冊子を見て分かるように、教本教材がすべてできています。現時点において自分がいる所で願うことが、大韓民国を越え、アジアを越え、世界を越えて、天地を越えていかなければなりません。今や、天地人真の父母の勝利圏と解放圏と完成圏を越えた時代に入るのです。ですから、息をすることから変わらなければなりません。歩き方が変わらなければなりません。

36 二〇一三年、天暦一月一日、元日一と「真の神の日」を迎えました。今や、私たちは天の父母様を敬い畏れながら、高く奉ってさしあげなければなりません。そして、地の果てまでみ言を伝えなければなりません。聖書にも、み言と鉄の杖で万国を治めなければならないとあります。それはどのような意味でしょうか。伝道しなければならないということです。

神様がお住まいになる国が必要です。天の父母様がお住まいになれる国です。国ができるには民が必要です。それでは、どのようにしなければならないのでしょうか。伝道しなければなりません。神氏族メシヤの使命を果たさなければなりません。残された生涯において、皆さんはこれをしなければならないのです。これができなければ、霊界に行って、真のお父様にお会いする面目がありません。真のお父様が、「私が地上でこのようにあなたたちに教え、お母様までもあなたたちにこのように切実に頼んだのに、なぜしなかったのか。このことはあなたたちだけでなく、あなたたちの子孫のためにも、必ずしなければならないことである」と言われるでしょう。

創造主、天の父母様に似た、真の愛を実践する天一国の真の主人になろう

37 二〇二〇年まで私たちが携えていくべき標語は、「創造主、天の父母様に似た、真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」です。私たちは、日々生活する中で、天の父母様を忘れてはいけません。私たちが地上生活をする間、創造主であられる天の父母様が造られたこの地上界が、きちんと保存されなければなりません。ですから、私たちの使命は、伝道をして人々を教育することです。堕落した人間を復帰しなければならないということです。私たちがすべきことは伝道です。

その次に、天の父母様が全力を尽くして創造されたこの美しい自然を、きちんと保全しなければなりません。人間の無知によって、今、世界の至る所で、どれほど多くの被害を受けているかを考えてみてください。今日の私たちがあまり被害を受けていないからといって、立ち止まっていてはいけません。この人間の無知を悟らせて、環境をきちんと保全しなければなりません。死にゆく地と海を生かさなければなりません。それを私たちがしなければならないのです。ですから、天の父母様のように真の主人意識をもって、みな一つになり、互いに協助しながら、このことを必ず成し遂げなければなりません。

38 すべてのことにおいて責任意識がない人は、流れていってしまいます。真の主人、これは私たちが二〇二〇年まで、この国の復帰と世界の復帰のために、一日も、一時間も、一分一秒も忘れてはいけないことです。考え、また考えて、天の知恵を借り、人間としてできるあらゆる方法と能力を動員して、変えておかなければなりません。私たちが変えておかなければ、私たちの未来はありません。

私たちは、統一の一家族です。どこにいても、心を一つにし、志を一つにして、この目的を達成しなければなりません。そうして、創造主、天の父母様が私たちを信じ、喜ばれる実績を、毎月、毎年、より大きく、高くお返しする真の孝子、真の孝女、真の忠臣になろうというのです。ただ行ったり来たりする人になってはならず、すべてのことに責任をもった立場で、主人意識をもち、責任ある行動をしなければなりません。

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第六篇 第一章 真の父母様の世界巡回

第六篇 第一章

真の父母様の世界巡回

第六篇 世界巡回と世界宣教

神様は、再臨のメシヤをこの地に送って人類を救い、世界平和を実現するための環境を、あらかじめ造成された。科学文明の発達によって地域間の交流を円滑にし、政治、経済、文化など、全般にわたって宗教的価値を保護し、信仰の自由を基本権として認める自由民主主義を発展させてきたことが、その良い例である。そして、神様は、第二イスラエルであるキリスト教の中心国家としてアメリカを選ばれた。

真の父母様が一九六五年一月以降、世界巡回に発たれたのは、世界復帰のための基台を造成するためであった。特に、第一次と第二次の巡回が聖地の選定と宣教部の設置、祝福結婚式の主宰など、宣教基盤の準備に重点を願いたものであったとすれば、第三次の巡回は、アメリカのキリスト教再建に重点を願いて進めたことに大きな意味がある。第一次の巡回中には、アメリカの四十八の州を巡回しながら、五十五カ所の聖地を選定するなどして精誠を尽くされ、第二次の巡回の時には、アメリカを中心にした世界宣教のため、本格的な準備をされたのである。

真の父母様は、一九七一年十二月十八日、ワシントンDCに到着されたのち、まず初めに七大都市講演を通して、神様の摂理国家としての覚醒と、キリスト教の責任を明確にし、共産主義の脅威などについて提起された。この当時、日刊紙に講演会を知らせる広告を掲載し、イエス様の十字架の死をテーマにした十万ドルの懸賞小説の公募を発表するなど、アメリカ社会に大きな衝撃を呼び起こした。特に、一九七四年九月十八日のニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン大会と、五万人が参加した一九七六年六月一日のニューヨークのヤンキー・スタジアム大会、三十万人が集まった同年九月十八日のワシントン大会を通して、神様のみ旨とビジョンを満天下に公表された。

真の父母様は、成功裏に進むアメリカ宣教に合わせ、一九七五年二月、日本で開かれた世界宣教師会議において、世界九十五カ国に宣教師を派遣することを決定され、百二十七の宣教国を確定された。そして、各国の世界統一十字軍を動員し、一九七五年、韓国で「希望の日」晩餐会と救国世界大会を成功裏に開催された。

一九六七年六月には、韓国の幹部を帯同して来日されるなど、数回にわたって日本を訪ね、宣教活動を督励された。また、日本は、一九九四年から九七年までに数次にわたって約一万二千人の女性宣教師を百五十カ国に派遣するなど、エバ国家、母の国としての責任を果たすために努力したのである。

第一節 第一次世界巡回

最初の世界巡回とその意義

真のお父様は、一九六五年一月二十八日に韓国を発ち、歴史的な第一次世界巡回路程に出発された。そして、日本、アメリカ、カナダ、中南米五カ国、ヨーロッパ十七カ国、中東六カ国、アジア八カ国の順に訪問され、日本を経由して、十月十日に帰国された。第一次世界巡回は、モーセの時、カナン復帰のために四十日間、エリコ城を偵察したように、世界的カナン復帰のために四十カ国を連結しなければならない摂理的意義をもって、行われたのである。

1 「世界基督教統一神霊協会」を創立し、政府に登録するとともに、民族的基盤を立てました。今後は、世界的な祭物の立場を立てなければなりません。神様がアダムに「万物を主管しなさい」と語られたみ言を、お父様を中心に韓国で実現し、それを世界に連結させていかなければなりません。

お父様は、堕落以前の基準で祝福の条件を立てました。ですから、霊界は堕落する前の天使長の立場を探して立て、地上は堕落する前のアダムの立場を探して立てたのです。この基準を立てることにより、霊界は地上を協助することができます。堕落していないアダムに、天使が協助したという条件を立てるためです。

それで、世界四十カ国を巡回し、二百五十六日目に帰ってきました。四十掛ける六の二百四十に、四掛ける四の十六を加えれば二百五十六です。四数と六数を復帰しなければならないからです。ですから、世界巡回を終えて帰ってきた日の十月十日は、意味があるのです。

2 一九六五年の内に、十二カ国に宣教に行かなければなりません。それに無理があることは分かっています。しかし、復帰の時期はいつでもあるのではありません。それは、海の真ん中の一点の水しぶきのようなものです。粟一粒のような基準が海全体の価値に相当するような時が、復帰の時期です。その時期は一度しかありません。

人とお金はいくらでもあり、また、あすでも千年後でも、いつでもあります。しかし、時はいつもあるのではありません。この時期に宣教に出ていくことには無理があるというのはもっともです。無理をしないで復帰することはできません。犠牲は当然のことなのです。復帰は、使って余ったものでするのではありません。血を天の側に捧げなければなりません。自らの血と力の原動力、これをもって復帰するのです。

3 カインとアベルが立てなければならない天的な位置と中心を、韓国で蕩減して立てなければなりません。このような分野に向かって総進軍しなければならないということが、七年路程での使命です。今や氏族基準と民族基準を立て、国家基準を立てて、世界的な時代に越えていくべき時が来ました。今は、一つの国家の思想がその国に局限される時代ではなく、世界的な問題になる時代です。ですから、統一教会に対する天的な意義がどれほど大きいかをよく知らなければなりません。

私たちは今まで、堕落した世の中に橋を架け、摂理的な基盤を築いて上がってきました。一九六〇年から一九六七年までの七年路程が終わると同時に、統一教会は世界的なカナン、すなわち世界的なイスラエルに向かって進軍しなければなりません。ですから、これに対する準備のために、お父様は四十カ国を歴訪する際、十四カ国に統一教会の宣教部を設置したのです。

4 一九六五年から、ドイツの統一食口たちがその近隣の国々に配置され、開拓伝道に出るようになりました。宣教国が十四カ国を超えなければなりません。一九六七年には四十カ国以上の基盤をつくり、世界的な作戦を立てようとすれば、そのような材料と計画が必要なので、その国々を訪問したのです。

私たちの本郷、私たちの祖国、私たちの世界を成し遂げるために、これは私たちが求めていくべき最後の目的地です。私たちが行くこの道は、間違いなく神様のみ旨に役立つ道であり、伝統を残すことができる歴史的な基盤を築く道になることを知って、ためらうことなくこの道を行かなければなりません。世界的な舞台で血と汗を流すことを本望と思って行かなければなりません。

5 お父様は、第一次世界巡回の期間に、歴史上、最も多くの波瀾、曲折があることを予想しました。そうでなければ、お父様が行くべきみ旨の道とは違います。押し寄せてくる台風の中で道を築き、安息をもたらすことができなければならないからです。静かな所で道を築けば、その人は台風を知らない人になります。一気に押し寄せてくる台風と怒濤の中を、かき分けていくことができなければなりません。

六千年間、その波がうねり、人類を襲って死亡の世界に追いやる苦役があったので、その波を静めて、遮ることができなければなりません。ですから、きょうも骨身にしみる心情で、心の真ん中に強い衝撃を受けながらも歩んでいるのです。

6 第一次世界巡回路程で、私が世界を見て回って帰ってくる時、心で深ぐ感じたことがあります。今日、世界について「ああだこうだ」と言う人は多くいます。しかし、そのようなことは問題になりません。天が志す目標が重要です。ですから、私たちは、天が願われる立場に立ち、アベル的な基準でカインに代わって祭物になり、民族的な責任と世界的な責任を果たす世界的な祭物にならなければなりません。国のためにカインを屈服させ、世界のために祭物になろうという立場に立たなければなりません。そのようにしてこそ、天国がつくられるのです。

7 お父様は、世界を巡回するとき、多くの十字架を目にしながら、私の使命はあのすべての十字架をなくすことであると再確認しました。子女たちを通してでも、なくしてしまうでしょう。キリスト教は、十字架の道理ではなく、復活の道理です。そのような意味で、イエス様は祭物を捧げず、未来の希望の条件として(自らが)ゲッセマネを越え、カルバリを越えていったのです。

8 統一教会は、多くの困難に遭い、今後、三千万民族(韓民族)が遭遇する困難の峠を先に越えていかなければなりません。それが祭物の道です。祭物となって犠牲になることによって、死ぬしかない民族を生かすことができ、贖罪することができるのです。祭物になった人が困難な峠を越えながら、先に打たれ、先に犠牲になり、神様のみ前に血を流すことにより、その恩賜を受けて民族が復帰されるのです。また、それによって、祭物になった人は恩賜を受け、復活することができます。統一教会員たちは、そのような道を行かなければなりません。このような使命を若い人々が果たさなければならないのですが、やりたくないと思っています。

今回、民主世界を中心として世界を巡回しながら見てみたことは、ほかでもありません。どの国に神様はいらっしゃることができるのか、どの民族を神様は愛することができるのか、ということを考えながら見て回ったのです。どの民族も、神様を愛さなければなりません。今は、環境的に神様を忘れてしまいやすい社会的条件がそろっています。

9 お父様は、第一次世界巡回路程で、四十カ国を回りながら、大韓民国のためにたくさん祈りましたが、世界のためにもたくさん祈りました。ある国を訪ねていけば、その国の人々は、お父様を大韓民国の人とばかり考えます。彼らのそのような考えが何カ月、何日、何時間続くか、それが最も気になりました。歴史的・文化的背景が異なる環境で生きてきた人を、どのように感じるのか、日本に行く時に最も心配したことがそれでした。

お父様が、「私は韓国人であり、あなたたちは日本人だ」という感情をもてば、彼らもそのような感情をもつというのです。そのようになれば、いくら世界主義を主張しても、世界主義について実感できません。ですから、正にこのような問題に対して多くの祈りを捧げました。他の所に行ってぶつかるのは問題ではありません。最も原則的なことが問題です。日本に行っても、アメリカに行っても、どこに行っても、「他の国」という観念から抜け出さなければなりません。

四十カ国、百二十カ所の聖地を選定

真の父母様は、一九六二年十月五日から七日まで、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会を中心として、ソウル一円に五つの聖地を選定されたあと、そこの土と石を採取され。一九六五年に世界四十カ国を歴訪しながら各国の聖地を選ばれた際、そこに韓国から持ってきた土と石を埋められた。これは、韓国の首都ソウルの聖地を世界に連結し、精誠と勝利の基盤を同等な基準で分配するためであった。そして、真のお父様は、「三十六家庭、七十二家庭を探して立てて民族的中心をつくり、世界国家型である百二十家庭を立てたため、世界国家摂理時代に入る中で、四十カ国に百二十の聖地が必要だ」と語られた。聖地の選定は、人間が堕落する前に天地万物を創造した基準と同じである。それゆえ、アダムの勝利圏における心情基準で、天の子女の立場である宣教師を各国に派遣できるようになり、世界的活動基盤が整ったのである。

10 お父様の前には、神様の主権、神様の民、神様の地を探し出すべき世界的な使命が残っています。これを中心として忠臣になり、孝子になることが第二の使命であり、聖別をしなくても活動できる環境をつくることが第三の使命です。

この三つの使命を中心として、奉献式をしなければなりません。このために、聖地をつくらなければなりません。そうして、これを中心として一つになり、天と連結できなければならないのであり、そのためにお父様は、神様に代わり、イエス様と聖霊に代わる基準を探して立てなければなりません。そのあとで初めて奉献式をすることができるのです。

11 これから、統一教会の運勢は、国家を経て、世界的な運勢へと成長していくでしょう。もしこの国、この民族が受け入れなければ、世界が受け入れるでしょう。これから世界万民がもろ手を挙げて歓迎する歓声が、三千万の民族の胸に響く日が必ず来ることを確信します。

このような日を迎えるために、韓国に勝利の基盤を整える聖地を選定するようになったのです。聖地の選定は、蕩減復帰の原則によって、または神様の創造法度に従って行うのです。

12 統一教会がしようとすることは、イエス様がこの地に来てしようとしたことです。イエス様が探し出そうとした個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成の基準、すなわち神様が探し出そうとされた家庭と氏族と民族の基準を、私たちが広げてきました。そして、百二十四家庭を韓国の各地に配置しながら、聖地を選定してあげたのです。

その聖地を中心として、一体的な関係を備えていきながら、使命を果たすことを要請しました。このようにすれば、個人的な使命を果たしたことが基準となり、世界史的な全体の責任を中心として、世界と連結される勝利の時代が訪ねてくるようになります。それで、ソウル地域に東西南北の四大聖地と中央聖地まで、五つの聖地を選定したのです。

このようにして、世界と連結される勝利の時代が来たので、一九六四年十二月三十一日と一九六五年一月一日を期して、ソウルの五カ所の聖地から土と石を採って、外国に持っていく準備をしました。この土と石は何でしょうか。アダムが堕落することによって、神様はアダムだけを失ったのではなく、世界をすべてサタンに奪われました。しかし、今や神様が訪ねてくることができる勝利釣な基盤が整えられたので、地を取り戻せる時代圏内に入ってきました。ですから、聖地にある土と石は、神様か臨在される基盤になるのです。ですから、聖地を宣布したのです。

13 聖地を条件にして、三千里半島を愛さなければなりません。この地で暮らしたいと思い、この地で汗を流したいと思わなければなりません。この地に血のにじむ歴史の伝統があることを知って、父を記憶しなければならないというのです。祝福を受けるのは、途方もないことです。祝福を受けた人は、神様に代わって、「私が決めれば天宙も従う」という思いをもち、主人として振る舞える人にならなければなりません。このような条件が具備されて、天が私たちを中心として生活理念を立てることができるのです。

聖地と聖物を守ることができなければなりません。これらを守ることに総力を傾けなければなりません。祝福を受けた家庭を貴重に思わなければならないのです。祝福家庭は、皆さんが守らなければならないというのです。高潔に生きて死ぬことができる、神聖な地を探し求めなければなりません。聖地と聖なる民を、早く復帰しなければならないのです。

14 神様と人間と聖地が一致すれば、どのような関係が広がるでしょうか。堕落する前のアダムとエバが復帰された基準を立てることができるようになります。聖地を選定することは、エデンの園で失われた人と地と万物を復帰できる地を備え、人を探し出し、神様と向き合える焦点を決定することです。

また、聖地を決定すれば、どのようなことが起きるでしょうか。アダムとエバが堕落する前は、霊界が正に天使世界でした。天使世界は、アダムとエバが早く完成し、神様の愛を受けられる生活圏内に入ることを願っていました。天使世界は、アダムとエバを協助し、アダムとエバが神様の子女となり、神様を中心とした家庭を形成して、神様の愛を受けられる平和の基盤を築くことを願ったのです。ですから、聖地は神様から祝福を受けた家庭のように聖別された所なので、そこに霊界が協助することができるのです。

15 今後、民族的な運勢とともに、世界的な運勢が歩調を合わせていく時が来ます。ですから、韓国の首都ソウルで選んだ聖地を、世界的に連結するのです。国内だけでなく、世界的に連結するのです。このように聖地を選んだ基盤の上に、神様が愛する息子、娘を送れば、神様をお迎えできる基盤を築けるようになります。そのようになれば、霊界が協助しなければならないのです。

世界の国々を歴訪しながら聖地を選定しておき、統一信徒たちを一日も早く配置しなければならないと考えました。ここに配置される人々を、復帰されたアダムとエバの基準に立て、今まで霊界が接し得なかった基準を蕩減させるでしょう。そうすれば、地上で横的な闘いを展開できるようになります。天使が堕落させたので、天使たちがこの地に来てサタンを追放するために、協助しなければなりません。これが蕩減復帰の原則です。霊界を動員し、地上からサタンを追放しなければなりません。

第一次世界巡回で百五カ所の聖地を選定しました。聖地を百二十カ所、選定しなければなりません。これによって天の領土が生じるのです。このように聖地を祝福することによって、国家主権が天の側に越えてくるようになるのです。

16 人を探し出したあとは、地を探し求めなければなりません。お父様が四十カ国を巡回した理由は、聖地を選定するためでした。韓国で堕落前の基準を立てたので、聖地を選定することができたのです。世界四十カ国で百二十カ所の聖地を選ばなければなりません。百二十家庭は、百二十カ国を象徴します。韓国では七十数を中心として、七十二カ所を探し出して条件を立てなければなりません。アメリカよりさらに多くの聖地がなければなりません。聖地が選ばれたということは、人間を創造する前に地を造ったのと同じ立場です。ここに聖徒が立てば、人間と地が創造されたのと同じです。ですから、天使世界と霊界か協助せざるを得ません。それゆえ、百二十カ所の聖地をもつことは、百二十カ国の領土をもったことになるのです。

17 百二十四家庭を祝福することによって、イエス様が願われた相対的な理念を取り戻した基盤ができました。それによって、人間をすべて取り戻した基準ができたのです。その次に、万物を取り戻すべき立場に立ちました。このような立場で、四位基台を中心として、世界の国家を代表した四十カ国に百二十カ所の聖地を定めました。

四十カ国を中心とした百二十カ所の聖地は、百二十カ国を象徴します。それは、お父様が四十歳の時、すなわち一九六〇年に聖婚式を行ったので、四十年を代表したものです。その四十歳を基盤として、世界的に百二十カ国と連結させたのです。四十カ国で百二十カ所の聖地を選んだということは、世界的百二十カ国と私たちのみ旨が、物質的関係において一致したことを意味します。万物を復帰できる条件を立てたというのです。

それによって、統一教会は、神様が取り戻そうとする息子、娘を探し出し、氏族と民族を代表する代表者を探し出し、世界を代表する人を探し出し、万物を代表する聖地を探し出したので、ここから天の国の運勢は、統一教会を中心として回り始めるようになったのです。

18 世界的に百二十カ所の聖地を選定しましたが、その時、お父様と崔元福(チェウォンボク)、金永雲(キムヨンウン)、崔奉春(チェボンチュン)がそこに参加しました。摂理的に見れば、崔奉春はエバ国家である日本を代表し、金永雲は世界的な天使長国家であるアメリカを代表する立場で、アダム国家を中心として四位基台の型が備えられたので、この四人が世界を巡回することになったのです。

そこにおいて、男性がエバ国家の立場になり、女性が天使長国家の立場になりました。このように、互い違いになったというのです。それは、内的なアダムとエバを象徴的に合わせておいたのです。

このように重要な巡回が第一次世界巡回路程でした。その時、世界を巡回しながら、主にその国の中央官庁や博物館を訪問しました。歴史と現実の主権とを結びつけて見てみようとしたのです。

そのようにしながら、韓国から持っていった石と土を聖地の至る所に埋めて、その国の石と土を持ってきたのです。韓国から土と石を持っていったというのは、み旨を中心として「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を定めた勝利的基盤全体を持っていったのと同じ結果になります。それをそこに埋めたというのは、その国に福を運んであげたのと同じです。また、そこから持ってきたというのは、韓国がその国とやり取りできる恵沢圏内に入る道を開く基盤になるというのです。

19 お父様は、なぜ世界を巡回したのでしょうか。今まで勝利した基準を、世界的に分配してあげなければならなかったので、世界巡回を行ったのです。韓国で成し遂げた使命は、韓国を中心とした勝利的基準なので、それを世界の全人類に分け与えなければなりません。

聖地を決定すれば、堕落する前の天地が生じた基準と同じです。人間を創造する前に、万物が生じたのと同じです。ですから、霊界が地上に役事(働き)する基台が成立し、そこにアベル格であるアダムの勝利圏、堕落していない心情基準をもった私たちの天の子女を送れば、その人を中心として、み言の実体再創造と心情基準の出発が成し遂げられます。それで、世界的に宣教師を早く送ろうとするのです。

20 お父様が聖地を選び、祈ることができる地を定めておきました。追われ追い回されるとき、祈る所がなかった私たちにとって、神様のみ前に訴え得る聖地が選定されたということは、歴史的であり、世界的な勝利の立て札を立てたことになります。このような基準を拡大するために、一九六五年に世界を歴訪しながら、四十カ国に百二十カ所の聖地を選定しました。多くの経費を使いながら、様々な国に聖地を選定し、そこの石と土を韓国に持ってきたのですが、(それは、)そのようにしなければならない神様の摂理があるからです。このようなことは、歴史にないことです。

このようなことをするのは、天地の運勢に拍子を合わせ、神様の摂理的なプログラムに合わせるためです。四十カ国、百二十カ所の聖地は、神様の選民圏を守ってくれる地です。この地は、肉身をもった人々が守れないとしても、霊界の霊人たちが守ってくれます。神様が共にいらっしゃることのできる立て札を打ち込んで闘える基盤をつくり、民族復帰運動の闘いを勝利に導く基点を立てるためのものなのです。

21 私が聖地を探し出すのに一番難しかった所は、レバノンのベイルートでした。ベイルートの海辺は、軍隊が守っていました。軍隊が守っているのに、午前三時に月と星が輝く天を見ながらそこに向かい、ベイルートの海岸地帯に聖地をつくりました。中東で聖地をつくった所が、レバノンとシリアです。

シリアの聖地とレバノンの聖地をつくるために、夜にこっそりと、誰にも分からないように四人が入って聖地の選定をしました。そして、イスラエルのエルサレムまで行って聖地をつくりました。闘いの中でも、これほどの闘いはないという激戦の途上で、聖地の境界線をつくったのです。

22 シリアに行って聖地を選ぶときは、七時間以上かかりました。ですから、世界の聖地の中で最も印象に残っている所がシリアです。そこに行った時、東ヨーロッパを中心とした国際博覧会が開かれていました。そこで、ソ連の衛星国家が自国の産物を展示していました。私はソ連の展示館に入ったのですが、その時の印象が忘れられません。

昼には聖地を選ぶことができず、夜に選んだので、多くの時間を消耗しました。昼に道で立って祈るキリスト教徒がいれば、人々が石でたたき殺そうとするのです。それで、一緒に座っていたセルビア人の助けを借りて聖地を選定しました。このように聖地を選んだのが、ついきのうのことのようです。

23 お父様は、私たちの教会がある所に行くたびに、「これからアベル的な存在の基盤を復帰しなければならない」と祈ります。このための摂理的な計画によって、聖地を選定してきました。

聖地を選定することは、環境復帰の基盤を整えることでもあります。ですから、それぞれの場所にアベル的な財政支援をしなければなりません。それで、訪ねた国ごとに貯金をしてあげました。アメリカに行けばアメリカのお金で、日本に行けば日本のお金で、ドイツに行けばドイツのお金で、預金通帳をつくってあげました。

その通帳に預金できるというのは、子女が、万物と向き合える心情的な関係に同参(一緒に参加すること)できる特権を父母から付与されたのと同じです。皆さんがお父様の行く道に同参するのは、世界史的な誇りです。それは、物質復帰のためのアベル的な祭壇を築くときに重要な条件になります。

24 世界四十カ国の百二十カ所に設定した聖地では、火が消えてはいけません。そして、韓国が一つの放送局になり、世界に電波を送らなければなりません。韓国から電波を送れば、世界の聖地でその電波を受信し、天のみ前に感謝と頌栄を捧げることができるのです。聖地は、神様の地上の哨所(先鋒の施設)であるにもかかわらず、その哨所を守る人がいません。統一教会の預言者や食口たちは、神様のみ前に悲しみの群れとなってはいけません。聖地に対する神様の思いはこの上なく深いのに、子女たちが現れないので、神様の心はどれほど悲しいでしょうか。聖地に対する神様の悲しい気持ちに対しては、皆さんが謝罪することもできますが、神様のみ前に忠孝の道理を立てると約束しておいて、その約束を履行できず、神様がそれによって悲しみを感じるようになるときには、取り返しがつかなくなります。このようになれば、再び忠臣、烈女になることができないのです。

日本第一次巡回

真のお父様御一行は、一九六五年一月二十八日、第一次世界巡回の最初の地である日本の羽田空港に到着し、日本の食口たちから熱烈な歓迎を受けられた。この日、日本の本部で歓迎大礼拝が行われた。翌日、真のお父様は、統一旗を日本教会に授与され、統一教会の印を押したハンカチを全員に下賜された。その後、東京と名古屋などの地を歴訪しながら聖地を選定され、二月十二日の午前、アメリカに向かわれた。

25 お父様は、日本を離れてから二十年ぶりに日本に来ました。日本についての思い出がたくさんあります。命を懸けてこの道を出発し、今まで歩んできました。何度死ぬ覚悟をしたか分かりません。悲惨な死の状況に直面したときに、どのような態度を取るかを決定してから出発したのです。私が韓国で今までこのようなことをしてきたのは、食べるものがなかったからではありません。名誉に駆られてではありません。誰かが慕わしくてではありません。ただ、神様と神様の心情を知っているからなのです。

26 世界の人類全体ができないことを、日本の国民が先頭に立って行えば、日本の国民は世界をリードする国民になります。そのような人格にふさわしく、そのような理念をもって、神様の心情を体恤しながら暮らす人は、神の国に残り得る天国の民です。

まず、日本を復帰しなさいというのです。お父様以上に国を愛してください。お父様が愛する以上に世界を愛してください。お父様が愛する以上に父なる神様を愛しなさいというのです。もし、皆さんの前でお父様が倒れても、泣いてはいけません。お父様が愛する神様を誰が愛し、お父様が愛する人類を誰が愛し、お父様が愛する天宙を誰が愛し、お父様が担っている責任を誰が担うのかというのです。そのように愛することができない立場で、神様に嘆いてはいけません。これが、皆さんに残したい言葉です。

27 お父様は、皆さんに会い、皆さんの苦労をたたえ、涙で「立派だ」と言ってあげたいのですが、まだ言うことができません。闘って疲れている皆さんに、「さらに行かなければならない」と言いたいのです。私たちの道は、世界的な城壁を積み上げていくものです。それは、私たちの血と肉で積み上げなければなりません。(ですから、)皆さんに「十字架を背負いなさい」と言うのです。死ぬ場に出ていきなさいということです。神様が闘志に満ちた心情をもつ勇士を送り、打ってまた打っても終わらないサタン世界です。六千年の怨讐です。人類の怨讐であるサタンをこの手で屈服させなければなりません。私たちが神様の子女として生活してきた忠孝と、私たちが残した功績に対して、すべての万物が公認しています。その公認の価値は、いかなるサタンでも讒訴できません。このような立場に立って闘う一人の人が日本にいるとすれば、神様は日本を捨ててでも、その一人を選ぼうと言われるでしょう。世界にそのような一人がいるとすれば、世界を捨ててでも、その一人を選ばれるのです。

28 お父様は、日本の地に足を踏み入れたとき、心の中で「神様の心情にふさわしい、真をもった私を迎え入れる人がいれば、その心情を神様が記憶してください」と祈りました。私は、いまだに行かなければならない十字架の道を残しています。この十字架の道で、兄弟たちの迎え入れる心が衰えることはないと感じました。

私たちは、神様の世界、希望の一つの世界、神様が理想とされる目的の地を建設するまで、涙で歩まなければなりません。歩む道には、蕩減もあり、茨の道もあり、崖道もあるでしょう。一発の砲弾となって敵中に飛び込んでいかなければならないこともあるでしょう。しかし、私が逝ったあと、「誰がこの心情を引き継いで歩んでくれるのか」と尋ねる神様を刺激できる勇猛な心をもって歩む人がいるとすれば、その人は人生路程における勝利者です。私たちはいつでも、「神様の目的に応えているか、その真ん中に立っているか、すべての生活がその目的に向かっているか」と、自らを分析してみなければなりません。

そこには、神様の願われる世界だけが存在しなければならず、神様との関係だけが存在しなければならず、その意味だけが存在しなければなりません。神様に対する希望、神様に対する事情と心情だけが存在しなければなりません。神様を中心とした独立性と融合性、統一性だけが存在しなければならないというのです。そのような人間になれば、その人は世界をリードすることができます。

29 私たちは、日本に与えられた使命に対して、責任感をより強くもたなければなりません。天を代表する人に、「平安に暮らしたい」という考えは決して許されません。神様がどんな願いをもっているのか、直接体験しない限りは分かりません。自分が死ななければ、その心情を知ることはできず、苦労を通してのみ、それが初めて分かるのです。神様の心情の中に生きる人にならなければなりません。お父様は、全世界が反対しても、必ずこの道をかき分けていくでしょう。一人でも闘うという決心が既にできているのです。

北米巡回

真のお父様は、一九六五年二月十二日、アメリカのハワイ、ホノルルを経由し、十三日にサンフランシスコ国際空港に到着された。そして、三月二十九日までの四十三日間、アメリカの四十八の州を走破される旅程の中で、五十五の聖地を選定された。また、三月三十一日に再びワシントンDCに到着したのち、三カ月間の滞在中、アメリカ全域にわたる宣教基盤の確立と、世界十二カ国の宣教地のために陣頭指揮を執りながら、具体的な方法を練られた。そして、二十一日修練会などに参加した食口たちに、多くのみ言を語られた。六月二十五日には、ペンシルベニア州のゲティスバーグで、アイゼンハワー元大統領を表敬訪問し、会談された。

30 お父様は、外国人はあまり泣かないと思っていました。ところが、アメリカに行ってみると、むしろもっとよく泣くというのです。私が何時に到着するか分からないのに、その日に来るという知らせだけを聞き、飛行場に来て一日中待っていたのです。待ちわびて気持ちが高ぶっていたのか、お父様が到着して飛行場にゆっくり現れると、待っていた人々の中には、泣く人、笑う人など、様々な人がいました。

文化が違い、歴史が違いますが、同じ統一教会員になってみると、笑うのもみな同じであり、泣くのもみな同じでした。笑うときに歯が見えて、泣くときに涙を流すのも、韓国人と大差なかったというのです。

31 私はアメリカにおいて、四十三日間で四十八の州を巡回しました。一日に七百キロメートル以上、車で走らなければなりませんでした。サンフランシスコでは、ツインピークスという名の聖地を選定しました。母の聖地と父の聖地です。アメリカ全体で、五十五カ所の聖地をつくりました。その聖地を守る人がいません。聖地を守る人がいないので、統一教会が発展できないのです。

一週間のうちに、東部で大会を行い、西部でも行いました。三日に一度ずつ、東西を行き来しながら行ったのです。車に乗って、ロッキー山脈を一週間に一度ずつ越えました。アメリカに愛国者がいたとしても、私に学ばなければなりません。私の記録を破ることはできないのです。

エピソードもたくさんあります。ホテルに行って眠るのではなく、車の中で眠り、砂浜があれば砂浜で眠ったりもしました。眠りから覚めて、寝袋から顔を出すと、星が光り輝きながら「ぐっすりお休みになりましたか」と言うのです。そのような時でも、夢を多く抱いていました。

32 アメリカの四十八の州を回る時、食パンとベーコンだけを持って回りました。それを一食に一切れずつ食べたのです。パンとベーコン、それからキムチです。若い人なら一食に三つずつ食べても足りないのですが、一つずつしか食べませんでした。逸話がたくさんあるのです。

夜十二時頃になると、早朝五時に起きなければならないので、三時間眠るためにホテルに行くことはできません。ですから、「車が故障した」と言って、道端に車を停めて休むのです。道端で一眠りすればよいのです。四人なので、ホテル代が一人、八十ドルだとすれば、三百二十ドルを節約できます。それだけあれば、一週間食べて暮らせるというのです。そのように節約しました。

そのようにしながら、いくら大変でも、一日に七百キロメートル走らなければなりません。千三百キロメートルまで走ってみたこともあります。そのようにして、四十三日間で四十八の州を巡回したのです。

33 お父様は、アメリカに行った時、民主主義思想を基盤としてつくられたアメリカ文化を見て回りながら、「全世界に号令をかけることができる中心本部が正にここだ。これから創建する新しい文化世界は、ここを踏み上がることができる世界でなければならない」と考え、そのために祈りました。

なぜ、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルを誇るのでしょうか。これは、流れていく一時代の自慢の種にはなり得るかもしれませんが、新しい世界を創建するときには、一つの立て札にも、塔にもなれないのです。新しい福地の文化を中心として、新しい世界、新しい歴史を創建しようとされる神様の願いは、それよりもっと高い境地にあるというのです。

34 アメリカがいくら暮らしやすいといっても、神様の本然の心情を中心として見るときには、神様の喜びの資料になることができず、栄光の象徴に近づくことができずにいます。このように、アメリカの天地が悲しみと嘆息のどん底に引き込まれていくのを神様が見るとき、唖然としてしまうというのです。

ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルに行って祈ったことがあります。アメリカの燦爛たる文化として造り上げた、世界で最も高いというビルです。「このニューヨークの地で、お前を中心として天と縁を結ぶ人々がどれくらいいるのか。お前にも蕩減の道を歩ませよう」と考えました。ニューヨークの地をいくらくまなく探しても、神様と本然の心情に通ずる真の父母がこの地上に来られるとき、真の血縁的な絆を結んで息子、娘になれる人がいませんでした。ニューヨーク市民の中で、一人でもいるかというとき、いなかったのです。アメリカ国民をくまなく探し回っても、いませんでした。

アメリカ人が住む前から、アメリカの主人は神様です。インディアンが住む前から、神様が主人なのです。したがって、神様が最も愛する人が、アメリカの主人になるのです。

35 今日のアメリカ合衆国は、二千年前のローマ帝国と同じ立場にいます。「二十世紀のローマ」と言えるアメリカは、自分たちの文化ばかりを誇っていた一世紀のローマのようになってはいけません。また、他国を支配するためだけに苦心する国であってもいけません。

神様の祝福は、絶対的に公的なものです。その祝福は、ある個人だけのためのものではなく、またある家庭だけのためのものでもなく、ある国家だけのためのものでもありません。また、世界だけのためのものでもありません。神様の祝福は、宇宙全体のためのものです。アメリカの兄弟姉妹の皆さんは、神様がこの地の上に大きな祝福を下さり、この場を準備されるまで、どれほど多くの苦難に遭ってこられたのかを知らなければなりません。今や、偉大な理念が本当にこの地上に誕生しなければなりません。世界人類は一つの兄弟であるという、偉大なイデオロギーが誕生しなければならないのです。

36 私は、韓国を愛しています。しかし、私の使命は、韓国よりもっと大きく、世界的なところにあります。私の祈りと関心は、韓国を越えて全世界に集中しています。同じように、アメリカの兄弟姉妹たちも、アメリカだけのために祈ったり、あるいはアメリカに対してのみ関心をもったりしてはいけません。

皆さんは、アメリカの人々だけのために十字架を背負ってはいけません。全世界のために十字架を背負わなければならないのです。アメリカだけのために泣いてもいけません。涙を流すならば、世界のために涙を流さなければなりません。皆さんは、全世界のために血と汗を流さなければならないのです。世界を愛するがゆえに、アメリカを愛するという立場に立たなければなりません。

37 一九六五年にアメリカに行った時、アイゼンハワー元大統領に三大条件を実践しなさいと話しました。歴史的な問題、宗教的な問題、そして、思想的な問題をどのようにするのかについて尋ねました。初めは、面会時間が五分間と定められていました。ところが、二十分超過したのです。「帰る」と言うと、彼は名残惜しそうにしながら、私を二階に連れていき、自分の生活館を見せてくれました。そして、彼は、自分の一世一代の忘れ難い記念品をくれました。また、チャーチルやスターリンのような人たちとどのようにしたということなどを誇ったりもしました。

統一教会は、アメリカを第一飛行場にしなければなりません。そして、統一教会の一人の青年が現れ、全世界に向かって何かを語ったとき、「事実がそうである」と人類が共感すればよいのです。

38 私はアイゼンハワー元アメリカ大統領に会い、「六・二五動乱」の参戦問題を中心として話をしました。「民主世界が作戦を立てて共産世界を防ぐ立場に立たなければ、民主世界が共産世界に勝ったとしても、共産世界はイスラーム圏を通して、再び民主世界に対抗してくる」と言ったのです。

サタン側である左翼は、外的な共産世界と内的な宗教型(イスラーム原理主義)を中心に一つになっているのですが、神側の立場にある右翼は、外的な民主世界と内的なキリスト教が一つになれませんでした。神様が六千年間計画した人を送るために準備したアメリカが、右翼的な立場で天を擁護しなければならないにもかかわらず、カイン圏と手を結んで同調するというのはあり得ないことです。

アメリカは、民主世界の主導的な責任を担って今まで歩んできました。アメリカ国民は、神様がアメリカを二百年間、無限に祝福してくださったことを知らなければなりません。サタン世界のものを奪い返して与えたのです。サタン世界を凌駕できる力を与え、次に、怨讐の国民よりも大勢の国民をもたせました。その次に、物質主義が問題になることを御存じの神様は、物質主義を防止できる祝福をアメリカに下さいました。アメリカは、右側の強盗の責任を担当し、どんなことがあっても神様を擁護し、キリスト教を擁護し、物質中心の生き方になることを防ぐために最後まで責任をもたなければなりません。

中南米、ヨーロッパ、中東巡回

真のお父様は、一九六五年七月三日にパナマ、四日にコロンビア、五日にチリ、七日にアルゼンチン、八日にブラジルなど、中南米の五カ国を歴訪された。そして、七月九日にブラジルを出発し、アフリカのセネガルを経由して、十日、ポルトガルに到着され、八月二十四日までヨーロッパの十七カ国を巡回された。続いて、八月二十四日にギリシャのアテネを出発し、エジプトのカイロに到着したあと、九月六日まで中東六カ国を歴訪し、世界の食口たちを激励された。特に八月三十一日、エルサレムの聖地巡礼の際、イエス様がゴルゴタの山頂まで十字架を背負って登られた路程を回想しながら、哀切なその事情を酌んで深く慰労された。

39 お父様がブラジルに行ったとき、現地の言葉も話せないある日本の食口が、神様のみ旨を伝えるため、若い年齢でありながら、自ら進んで十字架を背負うのを見ました。その荒地のような場所に行って苦労しているのを見て、心が痛みました。

心情の世界は、国境と武力で遮ることはできず、いかなる思想も遮ることができません。その人は、既に日本人ではありませんでした。韓国人より、もっと心情的でした。たそがれ時の飛行場に立ち、飛び立つお父様を涙で見送るその忠誠にあふれた姿を、私は今も忘れられません。世界に向かって祭物として訪ねていく、その涙の基盤の中で統一の役軍(担い手)に出会うことができなければ、このみ旨と使命は民族的なものにしかなれないというのです。

40 ヨーロッパを巡回しながら祈って考えてみましたが、アルプスを越えるのは問題ではありません。ヒマラヤを越えるのも問題ではありません。それ以上の困難な所、最前線に行って闘うのです。これがお父様の作戦です。この道は復帰の道なので、原理原則に合わなければ解けません。私たちは、切迫した時を迎えています。

共産党がどうして「自分たちの怨讐は宗教である」と言ったのかというのです。「宗教の怨讐は共産党である」という世界的命題のもと、私たちは闘っているのです。

41 ローマのバチカン宮殿の前で神様に祈りを捧げました。「神様、二千年の歴史をもち、六億以上の信徒をもつ教会がここに建っています。しかし、彼らがどのようになるかを考えるとき、心配せずにはいられません。数え切れないほど分裂した教派と教団を、父なる神様が願われるとおりに、一つに統一いたします」と祈ったのです。

そこは、ヨーロッパ文明の総本山の地であり、また集結地です。ヨーロッパ文明の真髄が集まっている所です。しかし、神様が私と共にあるので、今に見ていなさいという気持ちで祈りを捧げました。真と偽りがぶつかれば、偽りが砕けるのが原理です。

42 ナセルを中心として軍部が治めているエジプトを訪問した日は、エジプト軍創設記念日でした。それで、その国の軍事規模など、いろいろなことを調べたのですが、エジプト軍も最新型の武器で武装していることが分かりました。それから、エジプトの首都カイロでは、彼らの工業や産業の発展状況を見ることができなかったので、カイロから四十里以上離れたアレクサンドリアに行って、彼らの産業と工業の発展状況を見たところ、エジプトがいくら大きなことを言ってもかなわないだろうと思いました。

見てみると、その時のエジプトは、イスラエルより十年ないし二十年は遅れていました。ですからお父様は、「エジプトが東西冷戦を利用して計画したことが、第一次は的中して発展したが、今や方向転換しなければならないだろう」と思って帰ってきたのです。

43 お父様は第一次世界巡回の時に、シリア、イスラエル、ヨルダンを中心として、中東一帯を注意深く調べてみました。それは、彼らの背後にいる霊人たちがどのように動いたかを知りたかったからです。

また、新たに入ってきたイスラエル民族には、「野営地」とも言える彼らの収容地があります。この民族は、主権を復帰しようという復古思想をもち、昔アブラハムが祝福を受けた地を再び訪ねてきたのです。

このようなことを見るとき、イスラエル民族からその選民思想を抜き取ることはできないと感じました。彼らの選民思想は、彼らがどのような環境に追い込まれても、終始徹底しているというのです。

44 お父様がエルサレムを訪問した時、イエス様がゴルゴタの山頂まで登っていく途中で倒れたという所に、立て札が立っていました。三回も転んだというその場所を見つめながら、「イエス様は、このような蕩減の道を通っていったのだ」と思いました。

その場でお父様は、「暗黒のような二千年前に、新しい天的な使命を背負い、砂漠と荒野のような、このまっただ中に訪ねてこられたイエス様の事情は、どれほどやるせなかったでしょうか。しかし、大きく豊かな多くの民族をすべて押しのけ、このようにひどくみすばらしく、ひどくやせたイスラエル民族を訪ねてこられたのは、民族復帰の恨を一日も早く解こうとした父の事情があったからだということを知りました」と祈ったのです。

そこを訪問する人はみな、イエス様が抱いた事情を深く慰めてさしあげる祈りをしてこなければなりません。そのようにしてこそ、その場でサタンは気をもみ、神様は慰労をお受けになることができるのです。ですから、サタンは悲しくて泣き、神様はうれしくて泣くことができなければなりません。アダムが堕落することによって、神様が痛哭し、サタンもアダムも涙を流しました。復帰の道では、神様とサタンに涙を流させなければならないのです。「私」の涙が神様を泣かせ、サタンまでも泣かせられなければ、復帰することはできません。

45 お父様は、エルサレムに行った時、多くのことを感じました。そこに行ってみれば、半分は砂漠地帯です。らくだを見て、あの大きな体格でおなかいっぱい食べることができるのだろうかと思うほど、草のない半砂漠地帯でした。そこを眺めながら、韓国は福地の中の福地だと悟りました。

そこのぶどうのつるは、一抱えにもなりません。昼には太陽の熱で、三分の一が枯れてしまいます。その葉があまりにもしおれて、ぶどうのつるなのか、何のつるなのか分からないほどです。他のつるのようです。ところが、昼が暑い分、夜と明け方には露がたくさん降ります。その露で、植物が再び生気を取り戻すのです。このように、イスラエルの地、ユダヤの地で育っている植物のごとく、ユダヤの民たちも明け方を待ち、その静かな早朝に、神様のみ前で絶叫して祈ってきた民族であることを切々と感じました。

また、彼らの目をじっとのぞいてみると、何かあるのです。感動のようなものがあります。感動して歌う歌が最高の叫びであり、心霊のこもった祈りなのです。ですから、「ここから新しい歴史が始まったのだ」と感じました。

アジアおよび日本第二次巡回

真のお父様は、一九六五年九月七日、インドのニューデリーに到着したのち、アジア八カ国を歴訪しながら聖地を選定された。七日から十一日までニューデリーに滞在していた元サラワク王のアンソニー・ブルック卿からは、特別な案内を受けられた。十二日からインドのコルカタ(カルカッタ)を回られ、二十八日まで、シンガポール、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン、香港、台湾などを歴訪された。九月二十九日、日本に到着された真のお父様は、十月一日に日光、五日、六日に箱根、熱海を訪問され、エバ国家である日本の使命などについて語られた。そして、真のお父様は、出国から二百五十六日ぶりとなる十月十日、韓国に戻ってこられたのである。

46 お父様がアジアの南方国家を歴訪しながら、最も大変だったのが暑さでした。暑い所で宣教をするのが一番難しいというのです。インドのコルカタ(カルカッタ)に行って約一週間滞在したのですが、温度が摂氏四十一度まで上がりました。ここで伝道をしようとすれば、本当に大変だろうと思いました。

皆さんの中で、そこに行く人はいますか。アジアでどこに人がより多く住んでいるかと考えてみるとき、極東地方より熱帯地方にたくさん住んでいるのです。中国でも、全人口の半分が暑い地方で暮らしています。割合で見れば、アジアでも、北より南に人が多くいるというのです。

47 皆さんは、日本統一教会の最も困難な立場に立つことができ、困難なことに責任をもつことができる人にならなければなりません。私たちの目的を達成するためには、果てしなく前進しなければなりません。皆さん一代で成し遂げることができなければ、二代、三代の子孫を通してでも、必ずやその目的を達成しなければなりません。世界的な波が打ちつけてくるとき、その中に飛び込む人の数によって、民族的な勝利が決定されます。統一教会の食口たちは、目に見えない世界的な運動をしていますが、それはある一時になれば、この地上に現れ、問題になるでしょう。そのような時期が間違いなく来るでしょう。その時になって、日本が一番目になれば、日本は世界の中心になるのです。

48 今後の問題は、世界を動かすことです。そのためには、第一に理念の徹底化、第二に組織の強化、第三に共同活動で一致しなければなりません。ですから、私たちは共産主義に対して、共産主義以上に強い組織力と活動力をもって対決しなければなりません。さらに進んで、組織化しなければならないのです。私たちには夜も昼もありません。食事も忘れてしまうのです。私は、そのような人々をたくさん育てようと思います。

日本もそうです。近いうちに日本でも、政府が統一教会に対して注目しなければならないようになっています。そのような時期が来るというのです。皆さんによって日本は救われるのです。その基盤が立てられれば、ある峠を越えてからは、組織運動をしなければなりません。

第二節 第二次世界巡回

世界宣教に拍車を掛けた第二次巡回

真の父母様は、一九六九年二月二日から五月二日まで、世界二十一カ国を対象に、第二次世界巡回を行われた。二月二日、日本の東京にある本部で地区長会議を主宰し、三日には名古屋に到着して、リトル・エンジェルスの日本における最終日の公演を参観された。二月四日、アメリカ巡回に出発された真の父母様は、三月十六日からはポルトガル、スペイン、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、スイス、オーストリア、イタリア、ギリシャ、エジプト、キプロス、イスラエル、イランなどの地を巡回された。そして、イランのテヘランを出発し、インドのニューデリー、タイのバンコク、香港を経由し、四月十八日午前零時頃、日本の東京に到着、五月二日に帰国された。

1 一九六九年は、失われた世界を取り戻すために、民族の運命から国家の運命、すなわち最高の峠を越えなければならない非常に重要な時期です。アジアで、さらに最高の峠を越えていかなければならない時です。父母様は、このような覚悟で約百日間、世界を巡回しようと思います。

新しく入ってきた統一教会員たちも、過去、どのように生きてきたにせよ、この途方もない思想を中心として、伝統を立てなければなりません。年を取った人は、過去を否定して犠牲になり、年の若い人は、統一教会の未来のための役軍にならなければなりません。そうして、この思想をこの民族と国家の前に一つの基点として立て、その目的が達成される瞬間まで総進軍しなければなりません。

ですから、民族を愛し、国を愛する中で、神様に侍って生きていける三千里半島になり、三千万の民族がもろ手を挙げて神様を歓迎するようになって、この国の主権全体が神様をたたえる世界的な事件が起こる三千里半島になるようにしなければなりません。そのようにして、世界を統一するだけでなく、指揮することができ、二十世紀だけでなく、数十世紀以降にまで新しい歴史時代を開く、源泉的動機となる基盤を整えようというのです。これが統一教会員たちの行く道です。

2 一九六八年に入ってから時代が変わりました。「神の日」を設定したというのは、エデンの園で失ってしまった本然の基準を、勝利的に探して立てたことを意味します。ですから、今までは神側の人々を犠牲にして救援摂理をしてきましたが、今からは蕩減歴史の方向が変わったので、反対の現象が起こります。神側の人を犠牲にして祭物にするのではなく、サタン側の人を打つことによって蕩減する時代に入ったというのです。ですから、国際情勢を見ても、東ヨーロッパでも新たに西欧の思想が芽生えるようになったのです。そして、世界的に優れていると誇る人々の勢いが、それ以上に上がらず、(勢いを)そがれて下がっていきます。最高の基準で世界を動かしてきた彼らの勢力が、今や下がっていかなければならない運命の時代に入るようになります。父母様は、一九六八年から一九七〇年までの三年の期間を、摂理的に一つの過程として見ています。したがって、摂理的に見るとき、この三年の期間は、私たちが全体的に一つの過程を革新して清算し、越えていかなければならない期間です。アジアの情勢も慌ただしい状態に置かれています。その上、韓国を中心として見るとき、韓牛島の情勢は、今年、一九六九年が危険な峠なのです。

3 今の時代は、相当に緊迫した時です。世界を巡回しながら感じたことは、全世界が私たちの(目指す)み旨を緊急に求めているという事実です。一九六五年と一九六九年では、天地の差があります。世界には想像もできないほど、多くの変化がありました。アメリカやヨーロッパなど、世界のどこに行っても、今や私たちの(目指す)み旨でなければ世界は収拾できないことを、目の前の事実として感じられました。歳月が流れれば流れるほど、私たちの(目指す)み旨は広がっていき、世界はだんだんと死亡圏内に落ち込んでいくようになるでしょう。

4 これから、皆さんは、統一を中心として祈らなければなりません。また、聖地を中心として祈るのですが、父母様が世界巡回を終えて帰ってくるまで、男女を問わず、時間ができ次第、聖地で祈りなさいというのです。早朝に行けなければ、昼や夕方に聖地に行って祈るのです。父母様が草創期に、この聖地で涙を流しながら祈ったことを考えてください。これまで聖地を選定し、「父母の日」、「子女の日」、「万物の日」を定めるまで、どれほど苦労の道を歩んできたかを考えてください。それを中心として、一九六八年一月一日、「神の日」を定めるまで、どれほど苦労したかを知らなければなりません。

神様もかわいそうだったのであり、父母様もかわいそうだったのであり、統一教会員たちもかわいそうでした。今や、統一の起源を全世界に打ち立てなければならない責任が皆さんにあります。たとえ硬い石の上に座って祈るとしても、石が涙を流し、山や川が頭を下げるほど祈らなければなりません。私が世界巡回をする間、皆さんは、本当は昼食を抜かなければならないのですが、そのようにさせたいとは思いません。その代わりに、聖地祈祷を熱心にしなさいというのです。「統一の歌」を一生懸命に歌い、その心が民族感情と人類および神様の復帰摂理に対する統一的な感情をもつようにして、万民が手本とすることができるよう、聖地を中心として精誠の限り、祈りなさいというのです。また、父母様が帰ってくるときには、数多くの民族に統一の起源を立てる責任を果たして帰ってくることができるように、祈らなければなりません。

5 お父様が世界を巡回しながらエルサレムに寄った際、オリーブ山に登って、古いオリーブの木が立っているのを目にしました。二千年前にイエス様がペテロ、ヤコブ、ヨハネの三弟子を率いてゲッセマネの園に登り、三度の祈りを捧げた時、その三弟子が、恐らくその木の下で居眠りしたのでしょう。そこは、イエス様に叱責を受けた場所であり、弟子のユダが来てイエス様を売り渡した場所ですから、口では言い表せない所です。ところが、そこに来る人々はみな、「私たちの主は、死ぬためにここに来られ、私のために死んでくださった。よくぞ死んでくださった」と考えるというのです。本当に口では言い表せない所なのです。

6 一九六九年に二十一カ国を歴訪しながら、一九六五年に四十カ国を歴訪した時とは、世界的な情勢に多くの違いがあることを感じたのですが、神様の復帰摂理を中心として見るとき、今や、神様が目指すみ旨と、この世界の情勢が一つになる時が近づいたという結論を下すことができました。一九六五年にお父様がアメリカに行った時、アメリカ人の社会生活を見て感じたことは、民主主義の先導国家として、自分たちの国でなければ世界を収拾できないという自負心を、いつももっているということでした。それを、彼らの社会の中でかいま見ることができたのです。

しかし、今回行って感じたことは、アメリカ自体の力では、アメリカはもちろん、民主世界全体の問題を収拾できないことを、全国民が認識しているということでした。このような社会的状況と社会的流れを全般的に推し量ってみるとき、私たちが果たすべき使命の時期が差し迫ってきていることを切実に感じました。

東南アジアと、その他のアジアは言うまでもなく、ヨーロッパ一帯のすべての国が、アメリカと同じだというのです。ですから、このような時に、「統一理念」を中心として、世界的な使命を果たすべき統一勇士たちの世界的な任務は、極めて重大だというのです。

7 私はアメリカの食口たちに、「アメリカという国が太平洋の遠くにあるからといって、ベトナムから手を引いてうまくいくと思いますか。共産党はアメリカの中にもあります。もしベトナムから手を引いてしまえば、ブラジルやメキシコのような国がそばにあるではないですか。私が一九六五年に南米一帯を調査してみた結果、南米の大部分が反米思想をもっていました。ここで、キューバの近隣諸国のうち、一国だけでも共産圏に加担し、メキシコのような国に火をつければ、アメリカの鼻の先でベトナム戦争のようなことが起こるのが、なぜ分からないのですか。十年以内に共産党がそのような政策をもって、アメリカの地に火を放つことを考えないのですか。アメリカはそのようになっています」という話をしました。間違いなく、そのようになっているのです。

ですから、アメリカが対共作戦で後退することはあり得ないというのです。それで、私がこれに備え、アメリカにおける防衛網を張るために全力で活動するように強調してきました。

8 神様の六千年の歴史を通して解けなかったすべての歴史的な問題を、お父様の一代で解きました。もはや死んでも、「統一原理」は世界を制覇するようになります。いくら日本の一億の国民が反対しても、「統一主義」には勝てません。神様は、日本自体だけを求めるのではなく、世界を必要とするからです。霊界と地上世界、天宙を必要とするからです。神様は、環境を先に造られました。今は、少しだけ動けば、世界がすぐに動く時代圏に入ってきています。統一教会の青年たちは、「神様がいない」ということを夢にも考えることができません。神様は、観念的な神様ではなく、生活圏内に実存される神様です。神様の心情は、感傷的な心情ではなく、実証的な心情です。復帰の路程を完全に通過しなければ、言い換えると、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙のあらゆる圏内に入ってサタンに讒訴されない基準を立てなければ、祝福の条件を立てたと言うことはできません。

強行軍の中で世界の食口を激励

真の父母様は、第二次世界巡回の期間を強行軍で歩み、各国の宣教師と食口たちを激励して新たな指針を下さった。特に、第二次世界巡回の期間にアメリカ、ドイツ、日本において、十カ国、四十三双の祝福結婚式を主宰された。

9 世界を巡回しながら外国の食口たちに、「願いは何か」と尋ねてみると、皆が「韓国に送ってほしい」と言いました。実際は、父母様が送ってあげるのではなく、自分たちで、自ら来ればいいのですが、来るときは、ただ来るのではなく、条件を備えていなければなりません。その条件とは、韓国語ができなければならないということです。今は英語が世界共通語になっていますが、これから見ていなさい。父母様が生きている間に伝統を立てておけば、今後、世界語は間違いなく韓国語になるでしょう。

第二次世界巡回路程中、ドイツで十一カ国の宣教師を集めて会議を行いました。少なくとも一九七〇年四月までには、聖地を選んだ四十カ国に宣教師を派遣する計画です。そして、三年後には百二十カ国にまで宣教師を派遣するでしょう。今や私たちの時が近づきました。皆さんは、私たちの思想が途方もないものであるという事実を知らなければなりません。また、私たちの民族がこれから世界的に誇り得る民族になることを知り、統一教会に入ったことを誇りに思わなければなりません。

10 世界各地を回るたびに、外国の人たちがお父様にすがって涙を流すのを見るとき、うれしい反面、悲しい心情にもなりました。数多くの人々の中で、彼らが私を慕い、私が行ってしまうといって涙を流すその絆は、どこから出てきたのでしょうか。六千年前から出てきたというのです。

アダムとエバが罪に対して全責任を背負って神様の懐を離れるとき、(絶望の)涙を流していったので、そのときの絶望によって分かれていった人類が、歓喜の希望の中で出会うためには、この地上に涙の海ができなければなりません。そうでなければ、それを蕩減復帰することができないのです。

民族と国家を越え、東洋と西洋の文化を超越し、その方が涙の交差路を行くとき私も行き、その方が死ぬとき私も死ぬという決心をしなければなりません。そうすれば、たとえ自らが滅んでも、自分は勝利者であるということを感じるでしょう。

11 私が数十カ国を巡回しながら、数多くの民族に願ったこととは何でしょうか。その人々は、韓国人のことを取るに足らないものと思っていました。それなのに、韓国にいる私という人の何が良くて、従わなければならない運命に置かれているのかというのです。私が願うことは、私に従うのではなく、神様に従うことです。私を愛そうとするなら、神様を愛してから愛しなさいというのです。

このような人々と向き合うとき、私が責任者として、一つ忘れないことがあります。それは、彼らに負債を負っていくのか、負債を負わせていくのかということです。私は絶対に負債を負いません。彼らが夜を徹して精誠を捧げたとするならば、私も夜を徹するというのです。ですから、眠気に襲われ、疲れていても、それが問題ではありません。この国を経てきた数多くの恨多き霊人たちが、私を仰ぎ見ているとすれば、彼らのために悩まなければならないのです。彼らの心情とどのように一致するかが問題です。絶対に負債を負わないというのです。ですから、私が行った国で与えたものに対しては、蕩減しなければなりません。

12 父母様は、第二次世界巡回をしながら、各地にいる私たちの宣教師に指示をしました。そうして「一九六九年六月一日から四カ月間は、全世界的に信仰の祖国である韓国のために精誠を捧げなさい」と言ったのです。世界の食口たちが、朝になれば韓国に向かって切実に祈っているというのです。

今回の世界巡回の期間は、父母様にとって本当に大きな闘いの期間でした。疲れも限界に達しました。彼らは数年間、父母様が来るのを心から待ち望み、ようやく会ったのですから、時間制限というものがありませんでした。夜十二時になろうと、一時になろうと、父母様が少しでも長くいてくれることを願う彼らの気持ちが分かるので、それを無視して、疲れたからといって思いどおりに休むことはできませんでした。アメリカから、ドイツをはじめとするヨーロッパ、日本を経て帰ってくるときには、それこそ精神力で持ちこたえることができたのであって、そうでなければ倒れていたでしょう。本当に無理をしました。

13 第二次世界巡回路程中にも、父母様はアメリカと日本とドイツで、多くの人を祝福してあげました。祝福家庭でも他の家庭でも、男性と女性が一緒に暮らすのは同じです。それでは、何が違うのでしょうか。一番貧しい人と一番のお金持ちの人を互いに比較してみると、何が違うのでしょうか。同じように目があり、鼻があり、口があり、耳があるというのです。韓国で一番のお金持ちでも、乞食の服を着せておけば、乞食と変わらないように見えます。乞食ではなくても、乞食の振る舞いをすれば、乞食に見えるというのです。しかし、たとえ乞食の服を着たお金持ちが死んだとしても、世の中の人々は「お金持ちが死んだ」と言うのであって、「乞食が死んだ」とは言いません。

このように、表に現れた姿は同じだとしても、その内容が違うのです。これと同じように、統一教会が違うのも、その内容が違うというのです。神様を中心とした家庭は貴いのです。

第三節 第三次世界巡回

世界的宣教基盤を築いた第三次巡回

真の父母様は、一九七一年十二月五日から七二年五月八日まで、十五カ国を対象に第三次世界巡回を行われ、この期間、特にアメリカ、イギリス、ドイツの三カ国の主要都市で講演会を主宰された。真の父母様は、アメリカのビザの問題で日本とカナダを経曲し、十二月十八日、紆余曲折の末、アメリカに入国したのち、巡回譴演をされるなど、目覚ましい活動を展開された。そして、一九七二年三月十六日にイギリスのロンドンに到着し、二十日から二十二日まで巡回講演を行われ、三月二十三日にはドイツのエッセンに到着して、二十八日から三十日まで巡回講演を行われた。三月三十一日、オランダに到着された真の父母様は、フランス、オーストリア、イタリア、ギリシャ、イスラエル、イラン、インド、タイ、台湾、日本などの地を経由して、帰国の途に就かれた。真の父母様は、第三次世界巡回を通してアメリカに滞在しながら、その間、個別的に行われていた宣教活動を組織化し、食口たちを直接、教育することによって、宣教の新しい時代を開かれた。

1 第三次七年路程が一九七五年から出発するので、三年前から基盤を築かなければなりません。その基盤を築くことができなければ、世界的な第三次七年路程で、有効かつ適切な勝利を収めることができないのです。それで、一九七二年から三年間を準備期間に定めたのです。三年の間に、この峠を乗り越えなければなりません。

父母様は、第三次七年路程を通して、大韓民国を世界に連結させる責任を果たさなければならないので、今まで大韓民国で築いた基盤を中心として、一九七二年にアメリカなど、世界の重要な国家に相対的な基盤を築いて帰ってこなければ第三節第三次世界巡回ならないのです。その基盤を築くのが第三次世界巡回路程です。

2 一九七〇年、十カ国が参加する中、韓国で七百七十七双の祝福結婚式が行われました。それは、第三次世界巡回を準備するためのものでした。また、韓国で築いた基盤をその国々に連結させるためのものであり、その基盤を他の国々に横的に拡大するためのものでした。したがって、この祝福結婚式に参加した人々は、韓国に来なければならなかったのです。

3 お父様は、第三次世界巡回路程において世界的な計画を立てています。今までは韓国のキリスト教を救おうとしましたが、これからは韓国のキリスト教よりも、世界のキリスト教とアメリカを救ってあげなければなりません。ですから、新しい角度に方向を定め、国際的な活動を準備しようと思います。そのようにするためには、相当な資源が必要です。そして、講師たちや若い人々を準備しておかなければなりません。

遠くない将来に、韓国を代表する世界的な復興団が出現する時が来るでしょう。全世界を代表する復興団が世界を歴訪するでしょう。そして、国家を代表する復興団が世界を歴訪できる組織を、遠くない将来につくります。そのようにして、何カ国かの復興団が一つのチームとしても活動し、あるいは何カ国かにおいて同時に活動する作戦も実施しようと思います。

4 今からは、世界的な基盤を築くための準備をしなければなりません。国内外で統一教会が追われる時は過ぎていきます。私たちが世界に旋風を巻き起こさなければなりません。共産党が新たな整備をして世界進出を夢見るのと同じように、これに備えて天の側も新たに整備し、外的な世界に影響を及ぼしていかなければなりません。ですから、世界本部を建てようと汝矣島の土地を買い、世界的な修練所を造らなければならないので、清平の土地を買うのです。世界的な大学を建てるためにも土地を買いました。外的に備えて世界に進軍しなければならない時になったので、このような準備をしてきたというのです。ですから、今回、世界巡回に出れば、少なくとも四十カ国以上に宣教部を設置して帰ってこなければならないという使命を感じています。そして、数年以内に百二十以上の国に宣教部をつくらなければなりません。

5 「六・二五動乱」は、北朝鮮が韓国を打つことによって起きた戦争です。この時、民主世界が韓国を支援し、北朝鮮の侵攻を防いでくれたため、韓国を守ることができたのです。ここには十六カ国が参戦したのですが、これは四数に四数を掛けた数です。それでは、なぜ民主世界の代表国家が韓国に来て戦ったのでしょうか。摂理的な次元から見るとき、韓国は彼らの祖国のような立場なので、彼らが祖国光復のために血を流さなければ、民主世界が生き残る道がないからです。それによって、民主世界がお父様を助けてくれたことのようになり、国を助けてくれたことのようになりました。

言い換えれば、お父様が獄中から出てくることができるようにしてくれ、国が滅びるところを助けてくれたので、その両方を助けてくれたのと同じ立場になったというのです。ですから、民主世界が再び福を受ける道が開かれるようになったのです。

今、アメリカも落ちていき、イギリスも落ちていっています。このような時に、私がその恩を返す活動をしているのです。アメリカも引き上げてあげなければならず、イギリスも引き上げてあげなければなりません。統一教会が神霊を中心として、霊的基準において勝利できる完全な内外の基盤を築いたという立場に立ってこそ、霊的民主世界のキリスト教圏を協助し、このように引き上げることができるというのです。統一教会がそのような立場で世界を連結させるためのものが、第三次世界巡回路程です。

6 一九七一年は、第二次七年路程の中間の年です。この年に父母様は、第三次世界巡回をしているのですが、これには大きな意味があります。韓国を出発して日本に行き、カナダに寄ってアメリカに来ました。アメリカに来るまで多くの障害物と闘わなければなりませんでしたが、そのような困難は次第に減っていくでしょう。

カナダは、アメリカに対してエバの立場にあります。カナダはエバの立場にあるイギリスの延長だからです。父母様は、韓国で収めた勝利的な基盤を、日本、カナダ、そして、アメリカに連結させようとしていました。カナダを経由してアメリカに来たのですが、カナダがアメリカに対してエバの立場にあるので、そのようにすることができたのです。

父母様がアメリカにその勝利的基盤を連結させようとしたので、サタンはそれをさせないようにしようと全力を尽くしたのです。ここに来るのに多くの困難があった理由が、そこにあります。また、アメリカの国務省もじっとしてはいませんでした。そのような条件を打破することによって、天が韓国で復帰した勝利の基盤を皆さんが相続できるようになったのです。

アメリカの次は、ドイツに行く予定です。イギリスを経由して行かなければなりません。それが成功すれば、そのような条件はなくなるでしょう。復帰摂理は、公式なくしては成し遂げられません。徹底的に公式に従わなければならないのです。

7 アジアで、韓国、日本、台湾の三カ国を中心として連結してこようとしたのがお父様の作戦でした。それが今や、世界時代に越えていきます。アジアで防ぐことができなかったため、それが世界にまで及ぶのです。これを、第二戦線であるアメリカが防がなければなりません。アメリカで防げなければ、第三戦線はドイツになります。

一九七七年は、一九一七年に共産国家が出発してから六十年がたつ年です。それで、お父様はアメリカに行き、「一九七七年、七八年になれば、アメリカは共産世界の脅威を防ぐことができなくなるだろう」と話しました。

そのようになる前に、統一教会員たちは三年間でそれを準備しようというのです。三年間準備して完全に防御戦線を拡大することが、お父様の第三次世界巡回の中心的計画でした。

アジアの日本と韓国と台湾に続き、第二防御線を準備しなければならないので、西洋で自由世界を代表する国家を中心として、アダム国家型、エバ国家型、天使長国家型を備えなければなりません。これらの国が、アメリカとイギリスとドイツです。

ですから、今まで韓国が築いてきた基盤を、そこに植えてあげるのです。連結させるのです。今や、父母様が韓国だけに住まなくてもよい時が来ました。第三次世界巡回路程を終えて韓国の地に帰り、責任を果たせば、韓国の(国家レベルの摂理)時代は過ぎていきます。

8 キリスト教は、霊的救いの宗教です。実体を失ってしまいました。今までは僕復帰の歴史、言い換えれば、天使長復帰の歴史だったのです。今までの霊界の役事がそうです。

イエス様は、亡くなって霊界に行っていますが、愛を受けられる息子の使命を担いました。息子になれば、父の家に行かなければならないのですが、父の家に入ることができずに楽園に入っているので、天使長復帰の使命に責任をもってきたのが、キリスト教の霊的救援摂理です。ですから、これから統一教会が霊肉を中心として、イエス様が追われていったとき以上の基準さえつくっておけば、天使長世界は屈服するようになっています。

イエス様が父の家に入れなかったのは、国家基準で勝利できなかったからです。国家基準を抜け出すことができる基準さえ立てば、天使長世界は地上に絶対服従するようになるのです。そのようになれば、霊的アダムを中心とした本然の世界圏が形成されます。その基準を立てるためのものが、第三次世界巡回路程です。

9 統一教会は、霊肉を中心として、国家基準で、いまだにアベル的な勝利の基盤を築くことができていません。しかし、霊的な基準で国家基準と世界基準を見るとき、思想的な面では私たちが先頭に立ちました。私たちの理論は、誰にも負けません。宗教で言えば、統一教会が内外に公認される時が来ました。ですから、外的にはまだですが、内容ではそのようになったというのです。霊的基準で、国家を越えたアベル基準を復帰したというのです。

霊的基準でアベル復帰を完成したので、霊的基準でカイン復帰の完成に向かって出発できるのです。お父様社第三次世界巡回路程で、霊的カイン世界であるキリスト教文化圏に「悔い改めよ、天国は近づいた」と宣布しました。アメリカはカイン国家の代表国なので、その代表国に宣戦布告をしたのです。

昔、イエス様の時代には、霊肉を中心としたアベルの立場を宣布して、イエス様は命を奪われました。したがって、国家に対して霊的な立場で宣布をしたのですが、命を奪われることなく、反対されずに帰ってくるとき、そして、歓迎を受けたという立場に立つときには、肉的復帰の出発時代に入っていくというのです。原理がそうなっています。そのために行ったのが第三次世界巡回路程です。そのようにして帰ってくれば、韓国は肉的復帰の内的基盤がつくられていくというのです。

10 今回、アメリカで大衆集会を開くようになれば、それはお父様の生前において初めてのことになるでしょう。少なくとも、七カ都市でこのような集会を行う計画です。各都市で三日間ずつ行い、二十一日かかるでしょう。これは、公的にみ言を宣布する路程の最初の出発です。皆さんは、この計画に対して責任感をもたなければなりません。反対や迫害があるでしょう。また、歓迎する人もいるでしょう。ですから、ラジオと新聞を利用しなさいというのです。そうして、皆さんが各都市の細部計画と日程を立てれば、お父様がみ言を語るでしょう。また、ドイツとイギリスでも集会を開催します。これは、歴史的な事件です。今回が第三次世界巡回なので、お父様が自ら語らなければなりません。お父様は、この日を待ってきたのです。

11 父母様が韓国を出発する時には、霊的基準で既に韓国を越えていたのです。韓国が統一教会の方向に従ってこざるを得ない霊的基準を、既に設定してきたというのです。それは、現政府やキリスト教が、統一教会の活動と行く道を標榜せざるを得ない段階に入ってきたということです。霊的基準では、キリスト教の権威を越えて、国家基準を越える蕩減条件を成就することができました。一九七二年、七三年、七四年の三年路程の期間に、韓国を離れ、民主世界の中心国家であるアメリカを中心として、全世界に連結させなければなりません。キリスト教民主世界について見てみれば、アダム国家型がアメリカであり、エバ国家型がイギリスであり、天使長国家型がドイツです。ですから、霊的な面でこの三カ国を連結させる運動のために行ったのが、一九七二年の三カ国を中心とした講演会でした。これは、イエス様の当時に、ユダヤ教を中心としてローマまで連結させなければならなかったように、その相対的国家を中心として連結させる、新しい福音宣布の戦争なのです。

12 アメリカの七カ都市をはじめ、イギリスとドイツで講演会を開催しました。なぜアメリカで七カ都市を選んだのでしょうか。アメリカは世界的主導国なので、世界に影響を与え得るこれらの地域を選ぶことによって、イギリスやドイツにとって一つの基準になるため、そのような作戦をせざるを得ませんでした。これは、どこまでも霊的な運動です。ですから、肉的基準を連結しようとすれば、このようなことを通して、韓国と連結しなければなりません。一九七二年に入り、そのような基盤を中心として私が新たに出発し、日本食口とドイツ食口、そしてイギリス食口たちを動員したのです。アメリカを中心として、アメリカ食口はもちろんのこと、イギリス食口、ドイツ食口、日本食口など、主導的な国家の食口たちが動員されました。お父様が築いたその霊的な一次基盤の上に、一九七二年から七四年まで、全世界の統一教会員たちを連れてきて、この基盤と一致させる運動をしてきたのです。霊的にするのであって、肉的にするのではありません。お父様だけが霊的基盤を築けばよいのではなく、食口たちが相対的に霊的基盤で一つにならなければなりません。

世界宣教の基盤造成

真の父母様は、一九七二年十一月二十一日に韓国を出発し、日本を経由して、二十三日にアメリカに到着された。第四次世界巡回というタイトルで韓国を出発したが、実際には、アメリカに滞在して宣教活動を集中的に展開し、八カ月後の一九七三年七月二十二日に帰国された。このときのアメリカ訪問の目的は、世界宣教の基盤造成と世界統一十字軍(国際伝道機動隊)の再教育てあった。第三次世界巡回当時に編成された世界統一十字軍の実績を検討し、国家を超越して世界的な舞台で活動ができるように、拡大、改編したのである。また、真のお父様は、一九七二年十一月二十三日から二十六日まで、ニューヨークで開かれた第一回「科学の統一に関する国際会議」において、「世界の道徳啓蒙に対する統一科学の任務」というタイトルで基調演説をされた。

13 お父様は、国家なら国家を中心として、統一の一族であれば統一の一族を中心として、成し得る限界まではすべてやりました。今からは、皆さんがお父様のために生き、み旨のために生きることにおいて、より大きな範囲で責任をもち、全世界的に活動しなければならない時になっていきます。

言い換えれば、今までは皆さんがお父様についていきながら活動してきましたが、これからは、それではいけないのです。反対に、皆さんが(自ら)訪ねていって活動できる立場に立ってこそ、お父様が定着することができます。

今、お父様個人を見れば、いまだに定着できていないのです。環境的にもそうです。父母様の家庭が定着してこそ、祝福を受けた家庭が順番に定着していくのです。祝福を受けた家庭が、すべて定着しなければなりません。そのような基盤が広がり、このような一つの国家さえ成立すれば、世界復帰は短期間のうちに成就されるというのです。

14 皆さん自身が、お父様の使命を引き継ぎ、責任を果たせるかが問題です。お父様が国のために闘い、国のために迫害を受けたのであれば、皆さんは国のために迫害を受けるより、世界のために迫害を受ける覚悟をしてこそ、国が保護を受けられる圏内に立つようになるのです。言い換えると、お父様が個人的に侵犯を受ける問題が生じるようになれば、それを皆さんが世界的に責任をもって防げるか、守れるか、ということが問題になります。

父母様の第三次世界巡回路程と同じように、皆さんも世界に対して巡回路程のような新しこを、三回以上行かなければなりません。個人的にも行かなければならず、家庭的にも行かなければなりません。父母様の家庭が直面する受難の道や、外的に直面する何かがあるとすれば、そのすべてに責任をもち、サタンから守ろうという決意をもった家庭がなければならないのです。

15 今の世界の国々を見るとき、アメリカも共産党に襲われやすい状況であり、日本も、韓国も、ドイツもそのようになっています。すべて、サタン圏に追われる立場にいるのです。その闘いの標的、目的を失い、いかなる方向に進んでいるのかを、自由主義国家圏では誰も知りません。そのような時が来れば、その時が終末です。

その反面、統一教会は、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰、国家復帰、このように復帰の基盤を広げて、条件的には既に世界の横的基盤までつくりました。父母様は、三次の世界巡回路程を中心として、韓国で二十年以上闘って収めたその実績を、そのまま横的に世界に連結させる運動をして帰ってきたのです。

16 私たちは、外的な世界時代に向かって前進しなければなりません。ですから、「死線を越え、命を懸けて行きなさい」と言えば、無条件に行かなければなりません。このようにして、韓国だけでなく、世界的な機動戦線をつくらなければなりません。一つは共産圏であり、一つは民主圏ですが、世界を中心として、このような内外の戦線を守護すべき責任があるので、一九七二年は「統一戦線守護」という目標が出てきたのです。

このようなことを私がアメリカでしようとするのですが、そこでも、サタンがどれほど反対するか分かりません。アメリカの食口たちに一次、二次と話をし、三次まで話をしても、信じなかったというのです。信じないようになっています。ですから、父母様が自ら先頭に立ち、経費を出してその基盤を築いてあげて帰ってきた路程が、第三次世界巡回路程でした。今度は伝道機動隊を再教育するために行きます。これが第四次世界巡回路程です。再教育をして強い組織をつくり、徐々に世界的な舞台に拡大していくでしょう。

17 お父様は、第三次世界巡回路程中、時間がないにもかかわらず、一週間でアメリカの上院議員十人に会いました。そして、下院議員十五人にも会いました。今や、お父様は有名になりました。「ニューヨーク・タイムズ」と、「ワシントン・ポスト」の一面を使って記事が出ました。アメリカの七大都市で復興会をし、リンカーン・センターを借りて、彼らもできないことを今までしてきたので、お父様が「会おう」と言えば、上院議員も好奇心からでも会うようになっているのです。

会って、これからのアメリカの展望について話をしました。また、今後、共産党に引き込まれてはいけないと警告したことが問題になっています。上院議員百人のうち、十人に会ったのですから、十分の一に会ったことになります。その人たちに会って国際情勢について話したため、お父様の言葉は、すべてうわさになるようになっています。ですから、第四次世界巡回中にアメリカに行けば、またどのような影響を及ぼすだろうかと、あらゆる人が注目しています。

大韓民国では、国会議員を一人も門の中に入れず、訪ねていくこともしなかった私が、なぜアメリカでは、そのようなことをしなければならないのでしょうか。それは、今後の作戦のためです。大韓民国が問題ではないというのです。

18 父母様はそう遠くない将来、第四次世界巡回路程に出発するでしょう。これからニューヨークに行けば、一九七二年十一月二十三日に、「科学の統一に関する国際会議」で講演しなければなりません。それは、私が創設しました。世界的に優秀な人々を、韓国に呼び集めなければなりません。そのようにしてこそ、韓国を生かせるのです。統一教会員たちが、今後、世界に行く道も築いておくのです。

世界的な環境ができるのも、そう遠いことではありません。父母様は、世界巡回に出発すれば、何カ月間か滞在し、また帰ってくるでしょう。韓国を完全に離れるのではありません。アメリカに早く統一教会の食口をたくさんつくり、韓国人を家庭ごと連れてきて一緒に住みたいと思うような状況にしておけばよいのです。ですから、そのような基盤を造成しなければなりません。

第四節 世界巡回中に送られた真の父母様の手紙

真のお父様は、第一次世界巡回の路程中、韓国にいらっしゃった真のお母様と真の子女様、劉孝元協会長、食口たちに自筆の手紙を送って励まされた。休む間のない旅程においても、一九六五年二月十五日にサンフランシスコから最初の手紙を送られ、それ以降、数十回にわたって手紙と絵葉書などを送られたのである。真のお父様は、それらを通して当時の巡回状況とその時々の感慨を披歴しながら、活動を督励された。手紙からは、特に真のお母様と真の子女様、そして、食口たちに対する深い愛と期待、巡回路程に対する感慨をかいま見ることができる。本部の幹部たちもまた、手紙を通して真のお父様に活動報告を行った。

真のお父様が真のお母様に送られた手紙

1 お母様へ。故国を離れてから、もう二十日になろうとしています。この期間、多くの歴史を残しながら、日本を経由し、アメリカのサンフランシスコまで来て、新しい文化の生活をたどり、また、多くの名勝地を見物しながら、お母様のことを思い出します。み旨のための複雑な生活の中で、一人、どれほど気苦労が多いだろうかと思います。経験が浅い中では、感動することも、励まされることも多いのは当然ですが、今回の期間、多くの祈りを捧げながら、環境に勝利することをただただ願っています。

アメリカに来て、離れてみると、私たちが互いにどれほど貴い存在かを改めて感じ、互いがどれほど大きな使命を担っているかを、多くの点で体験して、感謝するばかりです。天地の責任と歴史的運命を解決しなければならないという、誰にも代わることができない一組の夫婦であることと、私たちの良し悪しによって全体が左右される、その焦点の上に立っていることは、どれほど重大な生涯の職責でしょうか。

ですから、天に対しては忠孝の道理を果たし、地に対しては努力の限りを尽くし、歴史的な願いに対しては解怨成就しなければならないという立場を、末永く輝かせる夫婦にならなければなりません。この重大な責任を果たそうと、私は日本の食口の前でも、アメリカの食口の前でも、天のみ前でも、精誠を尽くそうと、ただただ努力するのみです。食口たちの切なる表情と誠心を尽くす姿を見るとき、やはり天の子女たちは違うことをひしひしと感じます。その分、真の父母の立場が恐ろしいことを感じます。

考えている多くの問題(の解決)にも、だんだんと慣れてきています。日本の食口とアメリカの食口は、本当に対照的です。詳しい内容は次に持ち越すことにして、省略します。心の中に天国を所有し、それを分けてあげなければなりません。多くの付き添いの人々を慰め、母らしい姿を大きく育んでください。私も、故国が今置かれている立場と外国に対する使命を案じつつ、新しいあすを描きながら、力いっぱい、今回の旅を終えようと思います。

それでは、伝えたいことはたくさんありますが、再会して伝えることができる日を待ち望みつつ、紙面ではここまでとします。いつも平安であることを祈りながら、これにて失礼します。一九六五年二月十五日、サンフランシスコにて。

2 お母様、多くの日々が、数える間もなく過ぎ去っていきますね。もうひと月になろうとしています。この間、故国の山河も、思いの中に描く、はるか遠くの異国の地のように感じます。手紙に書かれているとおり、ラスベガスという都市にいます。ここは、世界でも有名な賭博場として知られている所です。朝にロサンゼルスを出発し、アメリカ(本土)で最も高いホイットニー(Whitney)という山で聖地を選びました。そして、一帯の盆地になっていて、東半球で最も低い場所としで有名なデスヴァレー(Death Valley)という所を訪ねて聖地を定め、三時間走って、今ホテルにいるところです。

あすの朝八時にはここを出発し、定めたコースに従って巡回することになるので、そのように承知しておいてください。手紙で連絡する時間もなさそうです。便りがなくてもあまり気にせず、決めた時間に従って、勉強と、自分が直面している多くの重大な問題のために祈りながら、責任を果たしてくれるようにお願いします。

先日、サンフランシスコの住所に(お母様が)送った手紙がロサンゼルスに送られてきたので、しっかりと読ませていただきました。孝進、譽進の便りがうれしかったですよ! やはり、遠く離れると思い出されてしまうのは、どうしようもないですね。妊娠中ですから、気をつけて養生してください。

私は、既に出発した路程なので、アメリカの地でも自らの責任を果たさなければならないという使命感から、きょうとあす、時間を短縮してアメリカ大陸の南部に向かっています。大きな天的使命を果たす日まで、誠心を尽くそうと思います。これまで、アメリカに来てサンフランシスコとロサンゼルスに寄りながら、アメリカの食口たちと大変親密に、特に違和感もなく過ごしてきました。やはり食口ですから、本国と比ベてもあまり支障を感じないので、安心してください。これから、アメリカは努力次第です。非常に大きなアメリカ大陸に、天の炎が燃え立つことを心から祈るばかりです。

歴訪の同伴者として、永雲(ヨンウン)、崔(チェ)、アメリカの青年二人の合計五人で出発し、ただただ広こ、どこまでも続く道を、三月の一カ月間かけて走り、ようやくワシントンDCに到着する予定です。ネバダ州のほかに、いくつかの州は砂漠地帯になっていて、一週間は砂漠の地を通らなければならないというので、しっかりと気を引き締めているところです。特に

アメリカで切実に感じたことは、今後の統一教会の運命は、アメリカの地と闘わなければならないということです。高い文化施設と発達した交通機関には、本当に驚かされます。

ですから、私たちの運動の本格的な世界発展は、アメリカを抜きにしては成し得ないというのが、事実として体得されます。韓国はあまりにも小さな国であると感じます。しかし、摂理的な見地から見れば、それも一理あると思いながら、荒廃した故国にもう一度思いをはせ、私たちの使命が大きいことを感じつつ、祈るばかりです。私たちの理念に加わったアメリカの食口は、私が本国で伝えたのと同じです。本国の教会食口たちとその他の問題も、み旨の中で変わりない立場であることを思いながら、現在の立場をしっかり守っていこうと思います。

そのほかに、お母様が苦労して育てた近くの大勢の食口たちからも、責任感が感じられます。どうか、しっかりと面倒を見てあげてください。みな、み旨のための祭物であることを、誰が知っているでしょうか。お母様、本当にありがとうございます。大きな使命のために責任を担っても、変わらずに接することができる素質をもっていることを、本当に天のみ前に感謝します。それをさらに発揮して、大きな発展を実らせる良い期間になることを願うばかりです。

天と私たちの関係がどれほど貴いかを深く体験する機会であると思っています。子供たちにも、お父さんは元気でいると伝えてください。食口たちにもよろしく伝えてください。旅の途中、時間をつくって少しばかり綴りました。どうか体に気をつけて、責任を果たしてください。それではこれで失礼します。一九六五年二月二十五日、ラスベガスにて。

3 孝進オンマ(「孝進のお母さん」の意)、教会の便りも気になります。この間、子供たちと共に何事もなく過ごしていることと思います。復興団の成果はどのようになっているか、知らせてくださったらと思います。か弱い体で責任を果たしているのを見るとき、天はさらに貴く感じられるだろうと思いつつ、遠く、太平洋を越えて韓国の地に思いをはせます。離れれば会いたくなるのが、人情の常のようです。

私は異国の地でも、よく適応するほうなので、万事においてそれほど支障はありません。アメリカ大陸をさらに力強く巡回しています。きょうは、もう三月六日の午前一時五分です。今ちょうど、数百マイルを走り、アーカンソー州のリトルロック(Little Rock)という州庁所在地にあるローズモーテルを宿に定め、しばしこの手紙を書いています。私は、つい何時間か前、他の州で夜八時に聖地を定めました。アメリカに来てちょうど十番目の州に聖地を決定したのです。今回の巡回をしながら、一九六〇年になる前に(韓国を)巡回した時のことが思い出されます。「アメリカの地よ、お前はこの大きな体をかがめ、いつ天に侍ろうというのか」、正にその使命のために、私は力強く天的プログラムを進めています。始めたからには、勝利を収め、世界復帰の基盤を願うばかりです。手紙は書かないと言ってやって来ましたが、もしかしたら期待しているかもしれないと思うと、心が落ち着かず、急いでペンを走らせています。

私たちの使命はますます大きくなります。異国の食口も、本部の食口も同じです。先生に対する態度から、非常に大きな責任を切実に感じています。ですから、お母様が担う重責を案じざるを得ません。一生懸命に勉強しなければなりません。体も健康でなければなりません。たくさん祈らなければなりません。私としては、本当に申し訳なく思っています。か弱い身でありながら、しっかりと付いてきてくれて感謝しています。お母様を連れてアメリカの地を再び訪ねることを思いつつ、しっかり養生してくれるようにお願いします。すべてを天に委ねていきながら、大きく勝利した自己を天のみ前に立てることを願います。いつも安らかであってください。手紙は書けませんが、協会長によろしく伝えてください。それでは失礼します。一九六五年三月六日、リトルロックにて。

4 お母様へ。今、アメリカの首都ワシントンDCでペンを執っています。一カ月余りが過ぎました。私は何度も変化の境地を通過してきました。つまり、巡回の路程で毎日忙しいスケジュールをこなしながら、今までにない大きな地形的変化を経験したのです。今回は主に聖地を定めましたが、きょうの十一時までにワシントンDCの聖地を定めることにより、二十一カ所を決定したことになります。あとで写真を見せてあげることができるでしょう。

西部から東部まで回ったので、今度は北部に向かって出発する路程が待っています。大きな大陸を一周しながら、人知れず全米の各州に聖地を定めることにより、アメリカにおいて今後、発展があることを願っていますし、またそのようになることを知っています。今回、アメリカの食口たちは、初めて私に会い、様々な面で印象的なことが多くあるようです。いろいろなことを体験しながら、一緖に来ることができなかったことを本当に申し訳なく思いました。しかし、私が道をならしておき、次の機会に一緒に来ればなお良いと思い、またみ旨がそのようになっているので、ただすべてに感謝するばかりです。

人は、離れ離れになっていても、再会することに思いをはせる時間が、大きな助けになると思います。お母様も、多くのことを回想しながら、今後の決意をしたことと思います。

私たちがさらにみ旨に孝を尽くす者として、多くの人々の手本になることを決心する良い期間になることを祈るばかりです。さらに、子供たちを連れて苦労が多いと思いますが、感謝しながらそれに耐え、あすを準備し、真のお母様の責任において末永く光を発してくれることを願ってやみません。体に気をつけて、勉強もして、多くのことを祈りながら、気高

い責任に対して末永く光り輝いてください。子供たちに会いたいですね。「お父さんを待っているだろうな」と思うたびに写真を見ています! お母様もですよ! 子供たちに「お母さん、大好き」と言われる貴いお母様を、私も貴く思います。父親がいない間にたくさんの体験をして、うれしい便りを聞きたいです。

アメリカにいる食口たちも勇ましいです。本部の食口たちが、一生懸命に責任を果たさなければならないことを感じます。きょう、十四日は日曜日なので、夕方、集会をします。十二日には六十数人来たので、夕方もそのくらい集まるでしょう。アメリカも努力次第で将来が決まります。本部の近況を教えてください。すぐ、北米の州の巡回に出発しようと思います。家族と地区長たちや食口たちに、手紙を書けなくて申し訳ないと伝えてください。ワシントンDCの気候は、韓国の気候に似ています。きのうは多くの場所を見学しました。ホワイトハウスにも入ってみました。国会議事堂にも入って見学しました。いろいろな面で非常に参考になりました。将来の希望を描きながら、都市を回りました。それでは、また次の機会に。お元気で。一九六五年三月十四日、ワシントンDCにて。

5 孝進オンマ、重大な責任と忙しい生活の中で、み旨に対する使命にどれほど苦労が大きいでしょうか。最後まで忍耐を通して、あすの目的のために力いっぱい努力してくださることと思います。ありがとうございます。きのうはニューヨークを出発し、道を急いで、バーモント州のブラトルボロ(Brattleboro)にあるホーリーモーテルに泊まり、今、出発直前にペンを執りました。きょうは、オハイオ州のクリーブランド(Cleveland)に向かう準備で忙しくしています。その時間を利用して便りを伝えることを申し訳なく思います。四月二日になる前にワシントンDCに戻り、「父母の日」を迎えようとしているので、本当に忙しいです。北部地方は今、冬の季節で本当に寒いです。

先日送ってくれた手紙を、ワシントンDCで受け取りました。便りを受け取り、言葉にできないほどうれしく思いました。離れて連絡を取り合う事情にある中で、より深い感情と重大さを感じます。さらに、子供たちと食口たちと共に、ソウルで過ごしていたすべてのことが、いつも思い出されます。このようにして過ごしている間に、いろいろと苦労をかけることがあれば、それが私たちの間により大きな力をもたらし、絆を深く結んでくれることになると感じます。ですから、生きていく中で、大きなみ旨のために耐えて歩んできた過去もまた貴いことを、お母様も十分に体験するだろうと思います。この世にいる間、大きな責任と使命に涙しながら、勝利のために行進することが本当に貴いと改めて思うとき、お母様に対して本当に感謝することが大きく、また多いことを感じます。大きく気高いみ旨ですから、それに比例する苦労にも耐えていきましょう。

近くにいる多くの食口たちの無事を祈りながら、子供たちと共に体に気をつけて、私が子供たちと会う時まで、勇ましく闘ってください。あすの希望と世界の舞台を夢見ながら、今、準備を一生懸命にして、巡回の日を描きつつ、喜ぼうと思います。どうかしっかり闘って、責任を果たす貴いお母様になってくださることを、心から願っています。会いたくなったら、家族が写った写真を時々見ながら、もう一度会える日を楽しみにしています。

譽進が学校に通い始めて、もう随分大きくなったと思うと、お母様の責任がさらに大きくなるだろうと心配になります。孝進も、私のことを捜しながら、しっかりと育っていると思うと、慕わしくなります。本当にお母様は立派にやり遂げて、私にとって最も貴く、誇らしい女性の中の女性になるだろうと思いながら、本当に私は幸せ者であると心から感じつつ、歩んでいこうと思います。どうか気高く貴い勝利したお母様になってください。私も真の父になり、天地のために生きようという一片丹心を抱くばかりです。それでは、お元気でいてください。一九六五年三月二十日、ブラトルボロにて。

6 孝進オンマ、一晩過ごし、三月二十五日になりました。もう別れてからあと三日で満二カ月ですね。その間、ソウルで忙しい生活を送りながら、多くの体験をしていることと思います。み旨を中心として、大衆の前でいつも気をつけ、公的な生活館の中で気を抜いて過ごすこともできない生活を、遠くから同情してやみません。さらに、多くの人々を前にして、今はもう自分一人の体ではないのに、大変申し訳なく思います。毎朝、聖地を訪ねるその姿を心から心配し、一方では貴く思っています。多くの人の手本になってくれていることに、感謝するばかりです。他の人とは違って、心情的十字架を越えていこうとするその大きな使命は、私だけが知るところであり、さらに広く、高く、貴く敬愛を受けるお母様になってくださることを、心から祈るばかりです。皆によろしく伝えてください。手紙を一つ一つ書けない事情を理解させてあげてください!

子供たちに対しても、気苦労が多いでしょう。今は、皆の成長した姿を想像しています。私は毎日のように、忙しいアメリカ北部巡回路程を送っています。南部と違って、北部は寒い季節です。気候も変化して雪の降る日が多くあり、自動車の運転に気をつけなければならなこが多くあります。非常に遠このりを訪ねて回る、その大きな意義を思いつつ、復帰の路程の悲しみを体験することも多くあります。州ごとに異なる風景を見ながら、天の大きな摂理がある地だということを切実に感じます。天の復帰摂理の苦労を改めて思います。お母様が、私の行く先々に心で同行しながら祈ってくれていることを思うと、本当に有り難いです。大きな責任に対して私も深く敬愛しながら、今後のみ旨に対する誠心を大きく期待します。いつか、お母様と一緒にアメリカとヨーロッパを歴訪する日を願いながら、多くのことに思いをはせています。いつも健康に気をつけ、今後の道を固めるために、さらに努力してくださることを願ってやみません。天の威信と責任を重く受け止めながら、あすの希望を高めていくようにお願いします。

気になることが、日を追うたびにしきりに増えていきます。きょうは、コロラドの州庁所在地のデンバー(Denver)で書いています。恐らく手紙を見て、この場所を探してみることと思います。朝食を食べたら、(ユタ州の)ソルトレークシティー(Salt Lake City)に行って、相哲(サンチョル)氏に会う予定です。木曜日なので、気になっているかと思い、忙しい中ですが少し書いています。来週のうちにワシントンDCで「父母の日」を迎えるため、路程を急いでいます。そこで便りを受け、また連絡します。どうか体に気をつけ、勉強を頑張ってください。生活の中で、時間をつくる余裕が常にあるでしょうか。一度過ぎれば戻ってこない青春の良い時期を、み旨のために大事にして捧げましょう。手紙を書くたびに、念を押すかのように何度も書いてすみません。それは、夫としての責任もあり、のちのち感謝することになると思いますので……。また、ほかに誰が勧めるでしょうか。時間の貴さをよく御存じでしょうから、申し訳ありませんが、心に留めて努力し、私が驚くほど忠実に過ごしてくれることを願うばかりです。心深くお父様を思い、それを体恤することも必要です。み旨を中心とした高貴なお母様を慕い求める私であることを、よく御存じだと思います。死のうと生きようと、私たちの使命となったみ旨を、私たちが成し遂げていかなければなりません。どうか元気で過ごしてくれることを祈りながら、これでペンを置きます。一九六五年三月二十五日、デンバーにて。

7 お母様へ。「父母の日」を迎え、報告を兼ねて書いてくださった手紙を読みました。御苦労様でした。やはり、お母様の貴さに対して改めて感謝しました。私がいない間、二回の行事のために苦労が大きいことがよく分かります。しかし、天の願いの前に責任を果たしたことを、私はうれしく思います。この「父母の日」が私たちの暮らす地球上に顕現したという事実を考えるとき、私たち真の父母の立場がどれほど恐ろしい立場であるかを切実に感じます。

六千年前に神様が造られた本然の世界で、神様が喜ばれる中で成就し、行うべきだった祝典の儀式を、今日の私たちが責任をもつという、途方もない使命の前に、身の引き締まる思いです。数多くの預言者と先祖が犠牲と悲惨な歴史路程を綴りながら、天地のためにどれほど多くの涙と汗と血を流してきたでしょうか。数えることのできない、天のみぞ知る曲折の多こを歩んでくる中で、私は体験とともに蕩減路程を経る悲しみの道を耐えに耐え、お母様一人を迎えて平和の勝利を誓っています。そのようにしながら、暮れゆく青春を我が生活とし、たそがれの道をたどって果てしなく遠い夜明けに向かい、四十数年の生涯を歩み、天地の悲しみを体験しながら、天の勝利の一日として成し遂げられた「父母の日」であることを思えば、千里遠程の恨多き過去とともに、お母様を貴く思わずにいられるでしょうか。しかし、六回目を迎える「父母の日」を過ごしながらも、責任と使命を再び勧告しなければならない私の心情は、残された世界的な父母様の成就のためであることを思うとき、お母様に多くの苦労を再び残し、一緒に行かなければならない運命に対して深く同情します。

しかし、最後まで、私たちの恨を解くまで前進することが、私たちの目指すべき目標として残っています。様々な十字架の上で、お母様の責任がどれほど大きいかを知っている私が、海外で心から深く祈っていることを知って、妊娠中ですから体に気をつけ、あすの責任が輝かしいものとなるようにしてください。天地が貴く思い、万民が喜ぶ日である「父母の日」の中心が、実体をさらに貴く慕うことを思えば、すべてを祭物とするようさらに輝かせなければなりません。若い心に気高い誠心、天の責任と世界を抱きながら、幸福な歴史的生活の勝利圏を創造する神聖な主人公の責任を完遂し、天地が共にその懐を慕う、貴いお母様になられることを祈るばかりです。私たちのために命を懸けることを覚悟した人々が本当に多いことを、まず忘れてはいけません。

また、私たちを見つめながら、生命の灯台として侍る、そのような人に生命を与えようと思えば、光の本体にならなければならないという厳粛な命令を受けているのです。韓国と日本とアメリカのほか、多くの国の人が、いや、さらに多くの民族が、私たちのためにそのようにするというのであれば、負債を負って、私たちの歴史的背後にこの暗闇の一点を残してはいけません。ですから、責任を負った人の苦しみを、私が分からないでしょうか。神聖な「父母の日」、ハレルヤ、その実体の栄光を仰ぎつつ天に心から侍ります。復帰の喊声が鳴り響く中、聖なる徳を高く積み、父母の使命を越えましょう。今書いている手紙とともに、協会長の手紙の内容を考えると、大変、苦労が多いことが分かります。感謝しながら、勝利するよう心で願っています。どうか健康に気をつけて養生し、責任を果たしてください。旅の途中で、今ワシントンDCで「父母の日」を過ごし、今後の整理のために忙しくしていました。訪ねてくる人がいたり、考えなければならない問題もあったりして、今になってペンを執りました。

ここでも初めて迎える「父母の日」であり、先生を迎えてアメリカで初めて迎える「父母の日」です。ですから、忙しい全国巡回路程を終え、サンフランシスコを経由して、飛行機でアメリカの首都ワシントンDCに三月三十一日に到着し、「父母の日」を過ごしました。ワシントンDCの食口たちの誠心誠意により、私はアメリカに来て、歴史的な式と行事を行うことができました。多くの地方の食口たちも参加しました。神様が共にある中、三日間、昼夜を分かつことなく時間を過ごしました。良い集会を体験できました。ソウルを思いながら椅子を置き、大陸と大洋を越えて、お母様を思う瞬間を心に記憶しながら、厳粛に執り行いました。アメリカの食口たちも礼服を着て敬拝を捧げ、天のみ前に栄光となるように祈りました。五色人種(すべての人種)が一つになって行う式は、私の生涯でも初めてでした。しかし、もう少し広く、全世界に広げていかなければならないと決意しながら、無事に執り行いました。

恐らく、ワシントンDCにとどまる間は、そのような日程で過ごして日本に行く予定です。その他の人々にも会わなければなりません。七月中旬までにはヨーロッパに出発しなければならないでしょう。次の旅程は、追ってお知らせします。いつも、安らかでありますように。一九六五年四月七日、ワシントンDCにて。

8 お母様へ。過ぎし日々は多くの思い出とともに新たに、また新たに繰り返され、もう七十日が過ぎました。生活、風情が変わるとともに、遠く故国の山河を慕う思いをもつのは、人情の常のようです。多くの声援と忍耐の中で、過去を築いてきた地、涙で訴える地、多くの希望の土台を築こうと情熱を燃やした地、それが正に私たちの故国であるという深い回想の中で四十五年を振り返ってみれば、すべてがほかには知る者のないみ旨のための道でした。私の生涯はみ旨のためのものですから、天の苦労の前に再びあすのための覚悟をもち、忠誠を尽くすことを新たに決意するものです。

これまで多くの苦労と忍苦の中で、はるか遠い千里の道を築いてきた過ぎし日が再び思い出される四月十七日(陰暦三月十六日)の前日です。お母様を天的な使命の前に立て、天と地が案じる中で歩んできた日々を、勝利で越えて築いてきたその大きな心性の前に、この異国の地から感謝を捧げます。今や多くの子女の母親としての立場を、また案じなければならない苦労の道を遠くから同情しながら、四月十七日を過ごすと思います。私たちの過去に曲折が多ければ多いほど、み旨と歴史の前に、力強いやり甲斐となることを体験するとき、その過ごしてきた価値を賛美し得るのではないでしょうか。また耐え、また決意し、また越えていくべき復帰の路程を、力強く越えて走っていきましょう。私たちの天国、私たちの世界と私たちの福地のために、精誠を尽くし、努力しましょう。定められた生涯の路程で、一つだけの貴い人生において、その誰かのために走り、ただ目的の前に心からの感謝をお返しし、高貴な真の父母様の使命を高く賛美しながら、あすまたあすと、勝利で歩みましょう。五年後のことを思えば、お母様はよく歩んできてくれたと思いながら、今後のお母様がさらに慕わしくなります。

十年が過ぎ、またさらに過ぎれば、私たちの過去がさらに高く、貴く表されることを期待します。その時には、私たちのみ旨と家庭も様々な形に変わり、天が願う真の手本となる本郷の家に到達してさしあげられるよう、さらに決意する次第です。お母様も過去を回想しながら、十六日を過ごすと思います。歴史的な聖婚日だったことを、誰が知っていたでしょうか。ただ天だけが喜び、サタンは悲しみに浸った日ではなかったでしょうか。天は福を与えようとし、サタンは讒訴しようとする中での新天地の家庭出発だったことを思うと、私たちがもう少し深い精誠と高い徳を備えていればと思わされ、改めて考えることが多くあります。

そして、幼い子供たちのことを思います。会いたいです。時々、写真を見たりしています。ここも春です。韓国の山河も春だろうと思います。時間をつくって、春の陽気を浴びに一度出掛けるのもよいと思います。先生(お父様)と一緒に楽しむように万物を愛し、深く慰労されることを願います。私も食口たちと一緒に、ワシントンDCのいろいろな場所を見学しようと思います。忙しい生活の中で、心を楽に保ち、妊娠中の健康に気をつけて、ビタミン摂取に励んでください。昨晩、電話で声を聞いて感激しました。様々な事柄をたくさん残し、会った時に記念として聞かせてあげます。それでは、乱筆で失礼しました。一九六五年四月十六日、ワシントンDCにて。

9 孝進オンマヘ。四月三十日に出発してニューヨークに向かい、四日目の五月三日夜十時半に到着しました。帰途の自動車の中で、多くの場所に手紙がたくさん来ているだろうと話しつつ、同時に心でそのように願いながら、到着するやいなや尋ね、協会長とお母様からの手紙を受け取って封を開け、驚きました。前回、手紙を受け取ってからすぐに返事を書き、送るように普煕(ボヒ)に渡したにもかかわらず、まだ受け取れていないというのは、間違いなくどこかでなくなったのだと思います。その返事を思い返しながら、また書いてみます。便りを伝えるのが、電話で話してからは初めてになります。

妊娠期間で疲れがあるとのこと、申し訳なく思います。便りのない期間が十五日を越えましたね。私は安心して、再び来る手紙ばかり待ち望んでいました。この期間は、ワシントンDCで主に多くの人々に会っていました。詳しい内容は、あとで知もせようと思います。恐らくお母様にも会っていれば、私をさらに敬ってくれるだろうと、時々思うこともあります! そして、願い、祈るのは、健康でいてくださいということです。

出産のことは心配しないでください。その時が近づいてきたので伝えようと思います。お母様が好きなように定めて、お産をしてもよいでしょう。ニューヨークに行って、お母様をこれから世界の舞台の上に立たせようとすれば、アメリカに来て生活を習得し、一緒に住む必要があると切実に感じました。しかし、今は状況的にそのようなことができないので、申し訳なく思いました。ニューヨークを訪問し、毎日のように同行できないことを思うたびに、お母様を考える回数が増えました。このことを思うとき、この期間が私たちにとってさらに大きく役立つ時間であることを、天のみ前に感謝します。

二十五人の食口と同行し、ニューヨーク市の重要な要所を回ってみました。あとでまた写真を送ります。文明の力が、これから天国建設に大きく貢献しなければならない、絶対的要因であることを切実に感じました。きょう、ロンドンとローマから手紙が来ました。そこに、私たちの教会が建ちます。オランダにも行き、フランスも行く予定です。今回の在米中に、多くの宣教国を定めて実行していきます。期待しながら、たくさん祈ってください。疲れているようです。許してください。それでは以上にします。お元気で。協会長にもよろしく伝えてください。皆も元気で過ごしているでしょう。近い人に手紙を書くなら、このような内容を伝えてもよいと思います。一九六五年五月四日、ワシントンDCにて。

10 孝進オンマヘ。歳月があっという間に過ぎていきます。もう別れてから、あと数日で満四カ月です。本部の便りを伝え聞くたびに、平安であることを感謝しています。ただ無事で、大きな使命の前に忠誠を尽くすことを祈るばかりです。この期間も、一人重責を負い、深慮していることを知るたびに、私は心強く思います。天約な責任に忠孝の道理を立て、万世に追慕されるお母様をしきりに思い描いています。純潔なその身の上に、平和と平安が永遠に宿ることを願います。

本当に、過ぎし多くの行事に苦労が多かったことを心から慰めてあげたい思いでいっぱいです。ぐっすりと眠りについたその姿の上に、ますます平安があるようにと祈るばかりです。私は心から心配しながら、挙行されるその式典に福があることを願っていました! 深く慕う心もよく知っています。人生航路において深く体験するあらゆることが、のちのち私たちの家庭に福をもたらす重要な動機となる、そのような期間になることを待つばかりです。

今、時刻は夜の一時四十分です。こちらは静かな夜です。故国の夜が懐かしくなります。この時間、故郷は昼でしょうから、少しおかしくはありますが、夜だと思って送ります。お母様は、どのように眠っているのでしょうか。アメリカのことをいつも考える、その気持ちをよく知っています。早く来てくださればと思うその崇高な心情に、安らかな深い眠りを与えてくださいと、私は願うばかりです。遠い他国の地に、隔てられ、思うすべての事情が、香り高く、誇らしい条件になることを、今夜も私は思い描いています。

妊娠中ですが、おなかの子もますます健康であることを願います。私たちの家庭の上に天の大きな保護があることを、お母様も感謝してください。天地の運命を輝かしいものとする家庭であるようにと、私はどれほど願っているでしょうか! 天も、私たち統一信徒も、そのように考えていますので、今後、ますます子女の教育に力を注がなければならないことを感じます。復帰の路程は悲しみと痛みであり、その重荷を成就の大きな栄光に変えることを喜びとして思い描きながら、私はどれほど耐えなければならないだろうかと思い、決心するものです。お母様をどのようにして天の孝女にするかと考え、私のために生きる烈女よりも、天のために生きる烈女になりなさいと忠告する私の心を、一人で振り返ってみると胸が痛みます。天に行って誇り、あらゆる女性の中の勝勢者となったお母様の姿を、私が万天宙に賛美するその日を願いながら、再び勧告をする私の心も痛みます。

率いている側近の皆にも会いたいですし、気掛かりです。共に歩む運命を天地と共にして、静かな香華のごとく咲くよう、その血と汗と涙を肥やしとしなければならないその方(お母様)を私は仰ぎ慕いながら、愛顧したいという思いを、安らかに受け止めてください。私が帰国したら、またみ旨のために行こうとばかり勧める私に同情してください! 天もそうであり、地もそうなのですから、すべてはお母様の貴さを立てるためであることを思い、最後の心情の十字架を立派に越えましょう。女性の貴い生涯に同情する、本当に尊敬されるお母様になり、歴史において功徳の手本となって、私よりもお母様の気高さと貴さを表すお母様の生涯にならなければなりません。

ソウルに、この忙しさを伝えようとするたびに、皆に感謝します。努力に比例し、成果が見えてくるでしょう。送ってくれた血書を受け取り、二十一日を守ろうと、準備の沐浴をしてペンを執りました。アメリカの便りが大変気になっているかと思い、紙面がとても長くなっていきます。生活を見れば、食事は韓国と変わらず、足りないものはありません。忠誠を尽くすスッキとギスクがいるので、不便なことなど考えたこともありません。時間があれば英語の本を手に取り、格闘しています。本当に、時間がたくさん必要です。お母様も、会話の練習をしてください。結局のところ、暗記するのが一番良い方法のようです。それ以外では、主に人に会うことです。思いどおり進展が見られます。遠くない将来、お母様と一緒にアメリカで生活することも考えています。良いものを見れば、そのようなことを考えます。

それから、体に気をつけて、あまり憂鬱にならず、朗らかな一日を歌い、食口たちと天を慰めてください。それでは、元気でいることを祈りながら、ペンを置きたいと思います。食口たちによろしく伝えてください。一九六五年五月二十一日、ワシントンDCにて。

11 孝進オンマ、どれほど苦労が多いでしょうか。早産になるかもしれないと心配したという知らせを聞いて、本当に申し訳なく思います。しかし、安定したということで幸いです。また、譽進、孝進がよく遊び、愛嬌を振りまくことを聞き、心から故国に思いをはせます。また、八月上旬が予定日だと思いますが、その時までに私が故国に帰ることができなくてすみません。

しかし、天が共にあることを思いながら、七月上旬にはカナダと南米大陸を経て、七月十五日にはイギリスの首都ロンドンに到着予定となっています。そのように過ごしてから、ヨーロッパ大陸を一カ月ほどかけて巡回し、ギリシャ、エジプト、ヨルダンを経由してアジア大陸に渡り、九月下旬か十月上旬には故国を目にする予定です。期待の思いでとても待ちきれないことを、よく知っています。特に体に気をつけて、健やかに過ごしてくれることだけを祈っています。また、この複雑な事情でいくら苦しくても、少し耐えれば良い方向に行く日が来るでしょう。

今、ワシントンDCでの生活は韓国と変わりませんが、食事の時や、眠りから目覚めるたびに、故郷への思いに浸ることがあります。そして、便りをそわそわと待ち望む思いを禁ずることができません。そのたびに、お母様も毎日のように、配達員が来るのを待っているだろうと思うと、便りを毎日のように伝えられないことを、心から申し訳なく思う時が何度もあります。

それで、今は八日の四時十五分ですが、外出準備の時間を利用し、待ち望むお母様に、急いで短い手紙を書いています。これまで、多くの人と対面しながら過ごしてきました。そして、時間さえあれば英語の勉強をしようとしていますが、能率が上がりません。しかし、続けています。お母様も、英語だけは勉強しなければなりません。アメリカに来て、さらに切実に感じました。少しずつでも続けてください。流れていく歳月を遮り、み旨のための精誠を乗せて送ります。いつも安らかであることを祈りながら、終わりにします。一九六五年六月八日、ワシントンDCにて。

12 お母様へ。今しがた、送ってくれた譽進の絵を見て、育ってゆく子供たちの知恵に、より一層心が満たされています。絵を見ると、本当にとても上達しているので、大きく成長しているのだろうと思います。とても会いたいです。孝進も、かわいい盛りのようですね。私をしきりに捜す姿が目に浮かびます。大きくなったでしょう。早く帰って会いたいです。新たに生まれる赤ん坊を思いながら、八月七日頃を一人で指折り数えたことが、一度や二度ではありません。大変心配しているようですが、すべてを天のみ前に委ね、心配しないでほしいと思います。私は、そばにいなくても、心だけはずっと一緒ですから、天のお父様を仰ぎ、祈るばかりです。今、とても大変でしょうから、気をつけてください。譽進の手紙から、不安な気持ちを窺うことができました。出産は、お母様の計画どおりにするのもよいと思います。平安な気持ちで過ごせるように願うばかりです。

それから、時が訪れ、私たちの忠誠が求められる時期になりました。精誠の限りを尽くして、本部でも国外でも、努力が必要であることを切実に体験しています。本国がよくやってくれるので、うれしく思います。報告書を見るたびに、感謝するばかりです。すべて、天の苦労のお陰です。私たちは真の天的使命に、さらに深い責任を覚悟しなければなりません。日本の便りを聞いても、本国と同じく発展しているという報告です。アメリカも発展しています。先生が通ってきた所は、時の運が共にあることが分かり、感謝に堪えません。

早く目的とする「神の日」を成就させなければなりません。そこに向かって、また前進しなければならないでしょう。よく耐えて、勝利へと越えていくお母様の貴い姿が栄光を受けるように、私はすべてを尽くし、助けたいと思います。これから行く道に光明が宿ることを願って進みましょう。ぜひとも、体に気をつけてください。

食口を率いて未来の建設のために準備し、幸せな家庭を成就して天のみ前に捧げましょう。そうして、天宙復帰の聖業を高々と輝かせましょう。

普熙(ボヒ)から、旅行計画書が届くと思います。それに従って旅する予定です。これからの道に天的意義があることを祈り、み旨に従っていこうと思います。アメリカの食口たちの苦労が、物心両面で大きいです。み旨に従って忠誠を尽くす食口たちの貴い姿を覚えていてください。これまで、私は多くの人々に会いました。とても気になっていると思います。ここの食口と、同行者たちも元気です。

世界を連ねて聖地を選ぶことが基台となり、全体の運動に天の恵みが宿ることを願いながら、忙しい旅に出発する日を

望みつつ、整理しています。一九六五年六月二十二日、ワシントンDCにて。

13 孝進オンマ、この数日間も無事に過ごしたと思いつつ、また平安を祈ります。世界の変遷を促す歳月は、矢のように過ぎ去っていきます。既に、出発してから六カ月が過ぎました。あすが七月一日ですから、今、正に忙しく出発のための準備をしています。アメリカでの生活はきょうで終え、あすから再び休む間もない世界巡回で忙しくなります。きょうはアメリカの上院議員二人に会い、帰ってきてからすぐにペンを執りました。アメリカの状況は、ほぼ見当がつくようになりました。その他、二十五日にはアイゼンハワー元アメリカ大統領に会い、その何日か前にも上院議員に会いました。現代の世界的指導者たちに会ってみました。そのあと、いろいろと考えることが多くあります。私たちの大いなる理念を中心として、今後の世界宣教のためにいろいろと参考になることが多くあります。お母様は、韓国での使命がどれほど大変でしょうか。ありがとうございます。み旨のため、天に向かって孝女の責任を果たしてくださることを願うばかりです。今、孝進と譽進の写真の前で手紙を書いています。彼らに見られている気分です。早く帰って会わなければと、写真を見て思いながら書いています。本当に会いたいです。さらに予定日が迫ってきていますが、私が一緒にいてあげられなくて申し訳ありません。出産に関しては、協会長とよく相談して行ってください。食事に気をつけ、栄養を考えてください。孝元氏の報告に、生活が思いどおりにいかず、その影響がお母様にまでいっているという言葉があり、一方で心配していますが、節約すると報告にあったので、感謝しています。天が責任をもてるように皆が精誠を尽くし、ただ忠孝の道理を立ててください。こちらはみな元気でいます。そして、今回は、アメリカ食口の物心両面での苦労が大きいと思います。将来、天が助けてくれることを祈るばかりです。送ってあげた旅行日程をまた送りますから、受け取って安静にしてください。保護の中、無事に帰国できることを待ち望んでいます。子供たちを連れて、苦労が多いと思います。

四十数カ国を歴訪するつもりです。出発したあと、連絡先をお伝えします。韓国の現在の事情をよく知っている私としては、そのために祈るばかりです。今の旅も、将来の韓国の道をならすためのものだと思いながら、民族の前に申し訳なく思う気持ちをなだめようと思います。旱魃がひどいということで心配です。そのような時ほど、統一の役軍(担い手)はさらに発奮しなければなりませんね。暑い夏の季節、苦労させることを申し訳なく思います。四方を見ながら、手本となる立場に立とうとしていることに同情します。責任を負った者たちの重大さを、さらに切実に感じると思います。いつも平安を祈りながら、忙しい中での乱筆、失礼します。十月中旬にはまた会えることを願いながら、安らかで健やかに過ごせるよう、祈るばかりです。それでは、元気でいてください。一九六五年六月三十日、ワシントンDCにて。

14 孝進オンマ、今ちょうど、スペインの首都マドリードの飛行場から、イギリスに向かって出発しました。十四日の午後八時十五分です。太陽がスペインの山野を照らしています。もう少ししたら、たそがれが訪れるでしょう。農業国ですが、それほど農地が肥沃には見えません。山にも木が多くありません。飛行機からは、遠くに白みがかった霧がかかり、天と地が薄らいで見えます。二時間だけ飛べば、西欧文明の中心国家であるイギリスの首都ロンドンに到着し、金永雲氏に会う予定ですが、そこの様子はどうなのか気にしながら飛んでいます。二カ月余りで何人伝道したのか、新しい食口たちと一緒に迎えに来ているだろうと思います。

太陽が西の雲の中に隠れ始め、山野には暗闇が訪れます。ドーバー海峡を飛び越えていくこの道が、み旨の道を高める道になることを願っています。イギリスまで行けば、本当に故郷に帰る気分になると思います。きょうは、スペインで観光バスに乗り、宮殿と博物館を見学しました。王宮は二十六年間かけて建築したもので、ヨーロッパ文明を総合した芸術品が驚くほど積まれていました。博物館を見ても、三千点以あるという絵の中に、有名な傑作がたくさんありました! 今、飛行機は雲の中に包まれていきます。日の光は、空を紅色に染めながら、横の窓にペン先の影をまだらに映しています。客室乗務員が促す夕食のため、仕方なくペンを置かなければならないようです。故郷の便りを、イギリスに行けば受け取れると期待しながら飛んでいます。食口全体が無事で、お母様の体の健康と子供たちも無事であることを思いつつ、遠く心の中で慕わしさがつのります。全体の活動状況を知りたいですし、また、会える日が待ち遠しいです。私たち一行はみな無事なので、安心してください。近くにいる食口たちにも、よろしく伝えてください。白い雲に乗り上げてはまた通り過ぎ、山野を広い庭園にして飛ぶ騒音とともに、展望の一景を思い出としながら、ひたすら通り過ぎていきます。日の光も黒い雲に遮られ、明るかった機内も少し暗くなります。それでは、ここまでにします。元気でいてください。一九六五年七月十四日、イギリス行きの機上にて。

15 孝進オンマ、今ドイツに来て、数日がたちました。ドイツは国民性が勤勉な国民であることを、戦後の復興の様子を見てさらに感じました。全国的に六〇パーセントも破壊されて廃墟になった土地を、新しい国土に造り変えたのを見ると、韓国に対する私たちの立場を改めて思い、今後の私たちの責任が大きいことを切実に感じます。

ドイツに来て、本部の便りを待っていたのですが、何の知らせもないので気になっています。きょうは八月四日です。お母様のことを思い、追憶の日であることを、遠く離れて記憶しながら、昨年のこの時(一九六四年八月四日、惠進(ヘヂン)様の聖和)のためにお祈りします。もう八月ですから、臨月に入り、どれほど心配しているかと思いつつ、すべての面において委ね、やり抜いてくださるようお願いします。今、ちょうど外出の準備をして応接室に来てみると、新たに変更された巡回旅程を韓国に送るというので、急いで書いています。

新しい赤ん坊の名前ですが、男の子なら「興」の字、女の子なら「仁」の字にしてくれればと思います。皆が祈ってくださったお陰で、私たち一行は無事に過ごしています。あすはドイツを離れます。十八日頃、イタリアに到着する予定です。そちらに手紙を送ってください。その頃には、出産が終わっているでしょう。皆によろしく伝え、体に気をつけてください。しきりに心が故国を訪ねていきます。子供たちは元気ですか。それから、協会長に相談して、私がアメリカに出発する時に持っていったのと同じハンカチを二十枚用意し、同じはんこを押しておいてください。お土産を買っていくのは、重くて不可能だからです。帰ってから、お土産の代わりにするようにしてください。皆の平安と健康を願いながら、これで終わります。旅行スケジュールで、イタリアの宿所が変更してあります。一九六五年八月四日、ドイツにて。

真のお父様が食口たちに送られた手紙

16 孝元氏と食口の皆さんへ。この期間、みなお元気でしたか。皆のことを遠くから慕っています。もう、お別れをしてから二十数日がたちました。金浦空港を出発した日、多くの食口たちの大々的な歓送を受け、過去と今と未来を心の中で思いつつ、感慨無量でした。千人以上の若者たちが、一人の師に誠心のこもった歓送の思いを表してくれたことに対し、天のみ前に感謝すると同時に、それがただ天の栄光になることを願い、心で申し訳ないという思いを抱きました。食口たちの前で手を振りながら、振り返って別れを告げる時の決意は、今も心の中にみなぎっています。立派に闘うことを願う思いと、今回の巡回に天が定めた高い意義を心に抱きながら広場を回り、デッキに出て手を振ったことが鮮やかに心に残っています。最後に搭乗台に上がる時、故国の地を見つめながら、「四十数年の歳月を共にした故国の地よ、元気でいなさい!」と思い、感謝しながら、何とも言えない感慨を覚えました。

「故国の地よ、食口たちをしっかり養育し、しっかり守ってほしい!」と心から念を押しながら、搭乗台に上りました。同時に、食口たちの歓声の高まりに対して、心の中の祈りで答えながら飛行機に乗り込みました。もう少し、食口たちのほうを向いて眺めようとしたのですが、乗務員の勧めに従い、そのまま中に入ってしまいました。席に着き、小さな円形の窓から外を見ながら、二カ月間、元気でいることを祈るばかりでした。出発時間になって飛行機が動き始め、食口たちの姿が見えなくなって数分後、離陸しました。

飛行機は、金浦空港を離れて次第に高く上がり、一万メートル以上の上空に高度を定めて東京に向かいました。韓国という故国の地を通り過ぎ、日本の地が見え始めると、すぐに時間となり、東京着陸の信号とともに到着しました。大勢の日本食口の歓迎を受けながらデッキを降りる際、深まっていくたそがれに、羽田飛行場のネオンサインと赤い電気の光が刺激的でした。次の瞬間、日本の食口全体が先生に気づき、大きな歓声で迎接エリアの前のほうに押し寄せる中、返礼の意を表し、空港の税関を通って出口に進むと、食口全体の出迎えに囲まれてしまいました。その後、高速道路を走り、四十分で東京の教会本部に到着しました。道路の周辺を見回してみると、二十数年前からは見違えるほど発展した様子を窺うことができました。

食口全員が参加する中、歓迎集会に臨み、初めて日本語で所感の一端と日本食口たちの新たな覚悟を深めるみ言を伝え、十二時過ぎになって東京での生活に入りました。その後、十五日間は巡回期間として忙しい日程を組み、日本全国を巡回して、十二日にアメリカに向かいました。到着は、十二日の朝五時頃でした。

異色な風情を感じながら、歓迎に出てきたアメリカの食口たちと喜びの中で会い、自動車で空港をあとにして教会に着き、食口の前で挨拶の言葉を述べて歓迎和動会を終え、アメリカでの生活を始めました。多くの名勝地と重要な都市を選び、数日が過ぎて、ようやく遠く韓国を思い、食口たちの名を呼びながらペンを執りました。

天の加護があることを祈るばかりであり、複雑な日程を送り、多くの苦労をしながら過ごしていると思いますが、心配はしないようにします。十九日からサンフランシスコを発ち、全米のすべての州を巡回する路程を出発して、ワシントンDCには三月二十四日か二十五日に到着する予定です。アメリカの巡回に四十日近い日程が必要になるでしょう。この期間の日程表はサンフランシスコから送りますから、便りを伝えようとするときは、そこの住所に手紙を送らなければなりません。そのあとの日程は追って知らせますので、そのように承知して、苦労が多いと思いますが、耐えながら、大きな使命に誠心を尽くしてくださるように願います。食口の皆さん、お元気で。一九六五年二月十五日、サンフランシスコにて。

17 食口の皆さんへ。故国が平穏であることを、皆さんが伝えてくれた知らせを通して、よく知っています。先生が出発する時、故国の山河は冬の季節でしたが、今は春も過ぎ、夏の季節になりました。既に六カ月がたちました。自然が移り変わっていくように、み旨の道も移り変わっているだろうと思いながら、はるか遠い三千里の山河、故国を慕わしく思います。四十年以上の生涯を涙と血と汗でぬらしながら手にしたその地と民族、その中でも、食口たちをどうして忘れることができるでしょうか。将来の平安な祖国と食口たちの安泰を、夢にも忘れることができません。いくら外国の文化が優れ、偉大だとしても、心情を通して連結したその崇高な力の前には、自然と頭が下がる思いがします。共に苦労しながら交わした情と、何にも増して強い力は、時代と世界を超越して存在することを痛感しています。そのような私が、どうして故国の山河を忘れるでしょうか。

以前に先生が全国を巡回しながら祈っていた心情と、いかなる他国でも見いだせない痛切な思いを、様々な国々を訪問するほど体験するだろうと思います。日本とアメリカを訪ねていくとき、私たちの先祖たちが責任を果たせなかったことを感じれば感じるほど、子孫である私たちの時代にその責任を蕩減しなければならないことを思いながら、現在の統一食口の立場がそうであることを知っています。

しかし、どれほど長く忍耐して闘っていかなければならないのかを思うと、私たちの行く道で、再び十字架を目標としなければならないことを、より一層感じます。けれども、私たち民族の悲惨な歴史より、天の悲惨な歴史がもっと大きいことを感じます。天宙のための役軍である統一信徒たちが行く道を見つめるとき、私たちの哀れさも大きいですが、私たちを指導し、導かれる天のお父様の苦痛と悲しみがどれほど大きいかを、誰が推し量れるでしょうか。天と地に大きな過誤をもたらした人間の責任が私たちにあることを思えば、心苦しく、焦るような思いで喉が締めつけられ、思わず涙したくなります。

しかし、再び行かなければならなこで、上がるか下がるかの運命を決しなければならない祭物的立場にいる私たちは、四方を見渡すのではなく、祭壇から離れてはいけない犠牲の祭物であることを忘れてはいけません。韓国の困難もありますが、世界のより大きな困難が残っていることを知らなければならない私たちなので、国家的十字架も私たちが忍耐して背負い、世界的ゴルゴタまで越えて意気揚々と前進しなければなりません。私たちに残された国家的十字架と世界的十字架に向かって勇進する若き闘士たちにならなければなりません。

私は、外国を巡りながら、今後の計画のために世界的基盤を準備しなければならないことを痛感し、日本とアメリカから青年たちを各国に派遣するつもりです。今年中に十二カ国以上にならなければならず、さらには、早く二十カ国に広げなければなりません。外国の青年食口たちが本国の青年食口たちに負けないと決意するのを見て、天のみ前に感謝しています。私は今、ワシントンDCでブラジル宣教師の任務を携えてきた日本の青年を見てうれしく思っています。彼は二十一歳の青年で、言語も全く分からない中、命を懸けて他国に向かうのですが、その統一青年の勇気をうれしく思うのです。

本国にいる食口の皆さん、本国の威信と体面を立てるためには、国内だけでも天的な要求に臨む責任を果たしてくれることを、外国の食口たちは切に願っています。本国は、苦労の汗と涙と血を流した十字架の道を行く手本を、全世界の統一青年たちに伝統として残してあげなければなりません。私たちには、それ以外に必要なものは何もないのです。しかし、これ以上に貴い宝がどこにあるでしょうか。忍耐して、また忍耐して歩んでいけば、光明のあすが私たちを待っています。本国の旱魃が厳しいようですが、私たちは、そうであるほど忠誠を果たすべき道が訪れてくると思って越えていかなければなりません。ですから、先生は最も暑い季節に出発しようとするのです。外国の地で熱い汗を流しながら、故国の地で苦労する食口たちの汗と困難を体験したいと思います。

あすは七月一日ですが、これからアメリカでの生活が半分くらい残っています。私は食口たちの将来と天の責任を通じた忠誠を、世界の至る所で輝かせてみようと思います。外国歴訪は、全体が共にあることを手紙で伝えて出発します。天の保護が私よりも食口の皆さんにあることを願うばかりです。手紙を書いてみると、また苦労しなさいと書いてしまいました。しかし、行くべき運命なのですから、どうすることもできません。師の道と父の道を相続する人たちの世界は、私たち韓民族に向かって訪ねてきているではないですか。耐えていきましょう。精いっぱい忠誠を尽くしましょう。

また、夏季伝道期が訪れます。三年路程と四年路程が私たちに何をもたらしてくれるのでしょうか。今、韓国の事情と世界の事情を見て、耐え忍び、死なずに残って、称賛される人になることを願います。これから出発すれば、十月の中旬くらいに祖国に到着します。大勢の食口たちから手紙をもらいましたが、返信できないことを理解してください。外国の知らせを伝えることができないことを了解してください。書きたいことはたくさんありますが、送別の時間になり、先生の登壇を告げる賛美の声が聞こえてきたので、これで筆を置くことにします。

ソウルの報告によれば、食口たちが一生懸命に活動しているとのことですが、そのように一生懸命に活動する食口たちに感謝します。再会する時まで全員が健康であることを願い、天的な使命に忠僕となることを願います。乱筆をお許しください。常に平安であることを願います。食口の皆さんへ。先生より。一九六五年六月三十日、ワシントンDCにて。

真のお父様が興進様に送られた手紙

18 興進! 気品があり、熱い心をもっている私たちの興進。お父さん、お母さんに会いたいだろう。お父さん、お母さんは興進のことを一番愛しているよ。だから、本当に会いたいな。今はアメリカで、韓国に一番近いサンフランシスコに来ている。二十六日にはニューヨークに行くよ。兄弟姉妹同士で愛し合いながら、元気にしていることだろう。お父さん、お母さんが帰る頃には、随分大きくなっているだろうね。勉強を一生懸命にして、お兄さん、お姉さんに自慢しなければならないよ……。ハンサムな興進だから、そのようにすればどれほど格好いいだろう! クリスマスと新年に、たくさんの福があるように。本当に会いたいよ。それでは、元気でね。一九七二年十二月二十四日、サンフランシスコにて。

真のお母様が孝進様に送られた手紙

19 孝進、会いたいな。いつでも呼んで、思い出し、走っていって抱き締め、放したくない、良い子でかわいい、大切な、愛する息子。あなたたちの父母を愛する天の心もまたこれと同じなのですから、孝進、少しの間、離れ離れですが、あなたたちは幸せな天の息子であり、娘です。寝ても覚めても、いつも小さなものから大きなもの、小さなことから大きなことについて天と相談し、天を前に立てて生活するあなたたちになってこそ、さらに大きな祝福と愛が共にありますよ。私たちの孝子、孝進! 天の孝子であり、地の孝子であり、全宇宙の孝子、孝子の手本になる私たちの善良で賢い孝子である孝進、愛しています。

この前の子供の日、電話でだったけれど、あなたの凛々しく成長した姿を感じることができました。お父さんとお母さんは、み旨に従っていつも忙しい生活で、あなたたちと過ごす時間が少なくてとても残念だけれど、お母さんもお父さんもあなたがいるから、頼もしく思います。孝進、あなたは普通の子たちとは違います。ほかの子たちと一緒にいても、あなたの根本を、天の品位を損なってはいけません。ですから、他の人よりもさらに一生懸命に学び、努力して、あなたの実力を豊かに育まなければなりません。そのようにしようと思えば、他の人が眠る時もあなたは努力しなければならず、一分一秒が惜しいことを感じなければなりません。世の中の有名だというあらゆる博士たちを、越えなければならないでしょう。孝進なら、やれば何でもやり遂げることができますよね。お父さん、お母さんは、いつもあなたを誇らしく思っています。近いうちにまた会ったとき、お父さん、お母さんをたくさんたくさん驚かせてくれますか。

孝進、写真を何枚か送るので、興進と一緒に見てね。興進のことを、たくさんたくさん愛してあげてね。あなたはお兄さんだから、お父さんの代わりでしょう。おいしいものがあったらまず興進にあげ、良いものがあれば弟を思って……。世の中にまたとないお兄さんであり、弟でしょう。「お父さん、お母さん、僕よりも弟の興進をもっと愛してください」と言えなければならないでしょう。格好いいお兄さんになるよね。すてきな服を着て、ハンサムなだけが格好いいことではありません。これはすべて殻です。心が、心のもちようが立派であってこそ、本当に格好いい人です。孝進はよく分かっていると思います。

お父さん、お母さんはあなたに対して、大きな夢をもっています。格好いい人、本当に格好いい孝子、孝進になってほしいという夢です。お母さんは待ちながら、いつも祈っています。健康でいてください。元気でね。一九七三年五月十二日、ベルベディアにて。

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第六篇 第二章 真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演

第六篇 第二章

真の父母様のアメリカ摂理と巡回講演

第一節 真の父母様のアメリカ摂理出発

困難を経て実現したアメリカ路程

第三次世界巡回は、真の父母様がアメリカに滞在しながら世界宣教活動を主導するために推進されたが、序盤から難関にぶつかった。韓国出発から、日本を経由してカナダ、アメリカ到着に至るまで、多くの困難が伴ったが、紆余曲折の末にアメリカに到着され、アメリカを中心とした世界宣教の陣頭指揮を執られるようになったのである。

1 一九五九年に、世界的基盤を築くため、アメリカに宣教師を配置しました。宣教師たちが責任を果たしていれば、相当な影響を及ぼしたでしょう。私がアメリカに行って、三年路程を通して血を流す路程を経なくても、難なく勝利できる基盤を築いていたのです。急がれる天のみ旨と天的な使命を知っていましたが、アメリカにいる宣教師たちを中心としては、アメリカを手際よく処理できませんでした。彼らはアメリカを相手にすることができないというのです。それで、一九七一年にアメリカに行く時、神様と約束をして出発しました。韓国と日本を突破したので、アメリカを突破しなければならないと考えたのです。

2 私たちが最初、韓国から日本に出発しようとした時が、韓国政府が国家非常事態を宣言(一九七一年十二月六日月曜日)する正に前日でした。よくよく見れば、事態が切迫しているというのです。それで、出発しようとしたのですが、日曜日で手続きができないのです。外務部旅券課課長の決裁を受けておかなければならないのですが、受けていませんでした。日曜日だとしても出発しなければならないのに、認証書がないので出発できなかったのです。ところが、出国三十分前に旅券課の課長と会うことができました。それは天の役事です。

3 一九七一年に、私がアメリカに出発する時には食口たちに話しませんでしたが、神様の特別な命令があり、三年間で、アメリカに対する世界史的な使命を果たさなければならない責任を感じて、アメリカに向かいました。アメリカ国民に対して、どのように三年間で新しいキリスト教、新しい信仰の道へと向かうように方向を設定してあげるかということが、神様の求めるみ旨であると知ったので、単独でその巨大な国に行ったのです。

行く道がどれほど大変だったか、金浦(キムポ)空港を出発する時から問題が起こりました。その時、出発できなかったはずなのですが、特別な縁が結ばれて出発できました。そして、日本に寄ってみると、そこでも問題が起きました。アメリカに入ろうとすれば、ビザがなければならないのですが、ビザが出なかったのです。入らなければならない神様のみ旨があったので、どのような冒険をしてでも、アメリカに入らなければなりませんでした。

それが思いどおりに行かないので、カナダに入ってその道を開こうとしました。それで、カナダにいる統一教会の食口たちを前に立てました。私に対して、アメリカ国務省が何を理由に入国許可を出さないのかを、カナダにあるアメリカ大使館に行って調べたのです。

アメリカ国務省から来た報告は、「レバレンド・ムーンは一九六七年以降に、共産勢力と一つになって協助した前歴があるので、入国させることはできない」というものでした。誰かが、統一教会の文某という人は共産党と手を組んで協助したという報告をしたのです。それで、それに対して抗議しました。アメリカの上下両院議員たちに電話で連絡を取り、彼らを通してカナダにあるアメリカ大使館を四方から攻めたのです。

ですから、彼らは国務省に連絡したのですが、その時、かなり大きな問題になりました。韓国大使館まで問題になったのです。このようにして、自分たちの報告が事実でないのが明らかになることによって、仕方なく私にビザを出し、アメリカに入れるようになりました。

4 カナダで数日だけでも延長されたとすれば、入ることができません。それを見て、悪の勢力、見えないサタンの勢力が、神様のみ旨を成就しようとするその道に、あらゆる手段で反対していることを如実に感じました。そうして、カナダからワシントンDCに行こうとするのですが、希望する時間に飛ぶ飛行機がありませんでした。

当時、「リトル・エンジェルス芸術団」が、一九七一年十二月十八日にケネディセンターで公演するその時間までに、そこに行く約束をしていました。何としてでも、その時間に合わせて到着しなければならないのですが、飛行機がないので、仕方なく双発機に乗って非常に低く飛び、山合いを通りながら六時間もかかって到着しました。このようにしてアメリカに入ったのです。

アメリカを中心とした世界宣教摂理の背景

一九七一年十二月十八日は、真の父母様がアメリカに入城され、世界摂理の路程を本格的に出発された歴史的な日である。そして、一九七二年から七四年まで、アメリカで活動された三年間は、真の父母様が神様のみ旨を中心としてアメリカを立てるため、渾身の力を注がれた期間である。特に、天の側のアベル国家であるアメリカを中心に、世界宣教の堅固な基盤をつくられたのである。

5 氏族(的)メシヤ圏を立てようとすれば、国家的基準と世界的基準を探し求めなければなりません。神様の代わりにメシヤを派遣するためには、家庭的基準を越え、国家的基準を越えて、世界的基準まで行かなければなりません。神様は。一度選んだ人が失敗すれば、二度と再び用いることはありません。二度と使うことはないので、イスラエルの民も四十年間、二世を通して役事をしたのです。失敗した一世を再び立てることはできません。キリスト教がお父様と一つになれないことにより、四十年を中心として、蘇生旧約時代と長成新約時代をサタンにすべて奪われたので、基盤がありません。旧約イスラエル圏、新約キリスト教圏ができあがってこそ、成約完成圏が立てられます。蘇生と長成が立てられたあとに完成が立てられ、旧約と新約の上に成約が立てられるのです。ところが、それが完全にサタン世界に行ったので、再び取り戻してこなければならないのですが、それを一人ですることはできません。アメリカを奪ってくるためには、闘わなければなりません。なぜなら、父母様がアメリカを天の側のアベル国家に定めたからです。父母様がアメリカを選んだので、その期間にアメリカを解放してあげなければなりません。現代のローマであるアメリカを、大韓民国を中心として世界に連結させて、世界的版図を立てなければなりません。アメリカはイスラエルとローマの延長である世界版図なので、国家基準と家庭基盤を中心として、全国的な版図を私たちが拡大しなければなりません。

6 第二次七年路程の期間は、国家的基準です。第三次七年路程は世界的基準です。ですから、私は世界復帰路程を行くのです。したがって、世界を回りながら、韓国に寄れるなら寄るのであって、私が韓国に来て闘わなければならない時代は過ぎました。

その代わり、韓国で闘った以上に、世界の舞台でこの三年の期間に熾烈な闘いをしなければなりません。アメリカの朝野を動かさなければなりません。韓国で方向を提示したのと同じように、民主世界を主導するアメリカが今後の行くべき道を見失ってしまったので、私が三年間で基盤を築くのです。統一教会と父母様の家庭を中心とした二十一年路程がアメリカで終われば、統一教会の家庭を中心とした勝利の版図が世界的に現れるでしょう。家庭を中心として編成したので、家庭的世界圏を拡大できる時代に入るというのです。

7 一九七二年から残りの九年を越えれば、統一教会は世界的な宗教として登場するでしょう。これは、皆さんだけがするのではなく、父母様も一緒にするのです。全員が一緒にしなければなりません。

父母様は、今まで杭を打ち込み、縄を掛けておきました。そして、旗を掛けておきました。今年も、アメリカを中心として伝道をするために、ニューヨークに家を買い、今後、ワシントンDCにも家を買って、大々的に世界的な教育を行うことを計画しています。そのようにして、アメリカの上院議員たちや著名な人士たちと連結させるための活動をしているのであり、大学教授たちを中心にアジア協議会から世界協議会をつくるのです。今後、アメリカが共産勢力の活動舞台になることを防備するための準備をしていくのです。

8 復帰は、外的なことからしていかなければなりません。いくら心的な基準ができていても、外的な基準、体的な基準を収拾しなければ復帰ができません。旧教は外的な基準である体の部分であり、新教は反対を受ける立場である心的な基準です。新教のアメリカが、旧教のヨーロッパのすべてのものを、二百年間で受け継いだのです。完全に移して世界の新教と旧教を連合し、外的世界と内的世界を統合して起きたのが第二次世界大戦ですが、ここでキリスト教文化圏が勝利したのです。

歴史始まって以来初めて、内外を統一しました。神様を中心として内外を統一した時は一度しかありません。この時、統一基盤をもったのです。外的世界と内的世界を初めてキリスト教の名で統一した時は、第二次世界大戦終結直後しかなかったというのです。ですから、アメリカの願いは、「神様のもとの一つの国」でした。これは、イエス様が抱いた願いです。イエス様が願っていたのは、イスラエルの国を中心とした「神様のもとの一つの国」だったのですが、失敗したので、カインとアベルであるユダヤ教とイスラエル民族を一つにして、国を取り戻そうとしたのです。これを成し遂げることができなかったので、世界的舞台で国を探し求める立場に立つようになり、「神様のもとの一つの国」という言葉が出てきたのです。

9 私が国を背にし、韓国の食口たちのもとを離れてアメリカの地に一人現れる時のその悲壮な心情は、誰も分かりませんでした。しかし、「あなたのみ旨により、このアメリカ大陸を私の手中に渡してくださり、私の手に握らせてください。私は強く雄々しく歩みます。私の栄光のためではなく、民主世界のために、この国を父のみ前に復帰しなければなりませ」と祈ったのです。

ここに暴風雨が吹きつけ、受難の道が何重にも横たわっているとしても、これを回避するのではなく、直行するでしょう。既に、手錠をはめてFBI(連邦捜査局)とCIA(中央情報局)の鉄格子の中で眠ることを覚悟したのです。

10 私は、アメリカに行くやいなや、一九七二年からアメリカで有名な上院議員たち、私が必要だと思う人にすべて会ってみました。彼らを中心として、ホワイトハウスをどのように動かし、上下両院の議員たちにどのように影響を与えるかという問題について祈りながら、今まで信仰の道を開拓してきたのです。アメリカ全体を思想武装させなければなりません。なぜなら、巨大な全世界の共産勢力が、今日、アメリカを最高の敵とみなし、四方から矢を放つ立場にいるからです。アメリカがそれを防ぐためには、神様を中心として、国家的に確固たる精神武装ができていなければなりません。

共産党は神様を否定しますが、マルクス共産主義理論を中心とする経済体制の世界観を中心として現れる一つの宗教形態と同じです。その時代において、物質的に神様のような権威をもって現れるのが共産党です。彼らは、所願成就のためであれば悪魔サタンと同じように行動するので、彼らが行く道には許しがありません。自分にとって妨げになれば、切り捨ててしまうのです。この。ような共産勢力に備えるためには、天の側でも、すべての国家を代表するアメリカが確固たる精神武装をしなければならないというのです。ですから、彼らに会ってそのようなことを主張したのです。

11 お父様は、韓国で活動していたときも、アメリカで活動するときも同じです。特に変わることはありません。心が同じです。アメリカに来ていますが、大韓民国の一人として来ているのではありません。観点が違うというのです。「私がたとえ髪は黒く、肌の色は黄色人種で、アジア人の顔であっても、私の心だけは、天のために生き、世界のために生きる純粋なアメリカ人である」と考えるのです。

ですから、アメリカの中に属している私ではなく、アメリカのために生きる私だというのです。観点が違います。そのため、アメリカでのあらゆる受難を、甘んじて受けようというのです。アメリカでのすべての困難を、他人事ではなく、自分のこととして責任をもつのです。

12 私が一九七一年にアメリカの地に渡った時、「あなたたちアメリカを神様が祝福してくださったのは何のためか。それは、アメリカが民主世界を代表し、来られる主を迎える一つの世界を準備するためである。そのようなみ旨の中で神様が祝福したのだ。ところが、アメリカは滅ぶようになった」と強く主張しました。「もはや、アメリカのキリスト教は希望をもつことができない。私は韓国の地で生まれ、哀れに追いやられている立場だが、あなたたちには私が必要ではないのか。気に入ろうと気に入るまいと、私のするとおりにしなさい」と言いながら、孤独な身でアメリカ大陸に足を踏み入れたのです。

民族をあとにし、追われる立場の身ですが、このアメリカの民を自分の民よりもっと愛さなければならない運命にあることを私は知りました。私は、自分のために生まれたのではありません。夜も昼も自分のために生きようとはせず、自分のために死のうとはしませんでした。「神様と人類のために生きることができる場が私の前に来たのだから、歓喜で迎えなければならない」と考えたのです。

13 私はアメリカに行って、「イエス様が三年の公生涯路程の中で、ローマを動かし、世界平和の基地を形成しようとしてできなかったことを、アメリカで私が形成しよう。三年以内にアメリカで、私のことを知らない人が誰もいないように、幼子の中にもいないようにしよう。イエス様が民族の反逆者として死んだのと同じように、アメリカ国民が私に対して、殺してしまおう、と言うところまで行くだろう」という話をしました。それが一番早こなのです。ですから、すべて計画どおりにしたのです。

14 私たちには、韓民族を抱え、世界の共産圏を抱えて、神様を中心に談判祈祷しなければならない三年路程が残っています。このような切迫した問題があるので、私たちの活動基盤を世界的に拡大しなければなりません。ですから、一九七二年の秋には、十二カ国以上の国で(伝道)機動隊をつくるでしょう。そのようにして、彼らを直接管理するのです。国内に長くいることはできないでしょう。

私は、この大韓民国の息子として生まれ、大韓民国の誰にも負けないほど国を愛しました。愛国者たちにも恥ずかしくないほど忠誠を尽くしました。第二次七年路程が終われば、苦労した人々をすべて世界的な人物にするのです。アメリカに行って活動しながら、ヨーロッパ一帯の先進国家を指導できる巡回師を育てなければならず、監督要員たちを育てなければならない責任があるのです。

15 時が差し迫るように巡っていき、時間が切迫しているので、お父様が命令したことに対して必ず結果が付いてこなければなりません。それをしなければ、赦しよりも叱責を受けるようになるでしょう。皆さんは、世界史的な犠牲(を払い)、皆さんが想像できず、皆さんの先祖ができなかった歴史的な犠牲を払う覚悟をしなければなりません。そして、絶対服従しなければなりません。そのようにしながら、謙遜にすべてを受け入れなければならないのです。

今、皆さんは、ここベルベディアに来てお父様に会っていますが、お父様は、最前線で皆さんに会おうと思います。巡回に出なければならないというのです。今回、アメリカの上下両院の議員の中で有名な人、私が会いたかった人には、ほぼ全員会いました。次は、何人かの世界的な学者に会おうと思います。その次に、最前線にいる皆さんに会わなければならないというのです。皆さんは、寝ても覚めても、一切をお父様に合わせなければなりません。

16 アメリカが霊界を動かす基盤を築くために、アメリカの指導者たちに会っています。上院議員たちを中心としてアメリカを動かすためには、彼らの先祖を動員しなければなりません。彼らは国の各州の指導者ですから、言うならばカイン的存在です。

彼らが私の動きに関心をもつようにしてこそ、霊界が相対になり、私たちのみ旨を展開できる霊的基盤が造成されるというのです。アベルに屈服する人が一人でもいれば、そこから基盤が定まるようになります。それで今、トップの人々にすべて会っているのです。

17 イエス様を中心として見てみるとき、イスラエルの国の人が一つにならなければならず、その次には、ユダヤ教が一つになって、イエス様と一つにならなければなりません。ところが、国が反対し、教会も反対しました。ですから、今、アメリカの責任者たち、イスラエルの主権者のような人々が、み旨に対して反対しない基盤を築くことが最も急務なことです。

それで、アメリカの最高責任者に会い、次には教会の責任者に会うのです。国の最高責任者に会ったあとは、アメリカで最も有名な教会の責任者を呼んで会うでしょう。その時は、政府の権威ある人々の後援を受けて推進される計画を立てなければなりません。そのようにすれば、霊界が地上に協助できる基盤がつくられます。

言い換えれば、教会と国が一つになり、通じる道ができるので、霊界は地上と連携できるのです。カイン・アベルが連携するのと同じです。それが、お父様によって成し遂げられたため、結局、蘇生、長成、完成が平面的に形成されるというのです。そのようになれば、旧約時代、新約時代、成約時代の霊界全体が協助することができます。そのような基盤を築こうというのです。それを今、しなければなりません。お父様は、それを最も重要な問題と見ています。

18 一生を中心として見れば、お父様がアメリカで過ごした期間が一九七二年からなので、年数で二十七年です。お父様の一生において四十年復帰路程の半分以上をアメリカで過ごしたのです。自分の国を離れて、なぜアメリカに来て、このように重要な時を過ごしたのかというのです。

この時期が、お父様にとって最も重要な時です。基盤を築いて実を結ぶ時に、なぜアメリカに投入したのか、ということが歴史的な質問です。それは、キリスト教のためです。キリスト教は、イエス様が残した世界的な実績基盤です。イエス様が残した実績基盤であるこのキリスト教のために、アメリカに来たのです。

キリスト教は、旧教と新教に分かれています。これが一つにならなければなりません。聖霊の役事が母の役事であり、イエス様の役事が父の役事です。イエス様と聖霊が父母の立場でつくっておいたキリスト教なので、兄弟が一つにならなければならないのに、分かれているというのです。

19 今年、アメリカで大復興会をしようと思います。九月から来年四月まで、ですから、満七カ月にわたって行おうと思います。それを一九七四年まで行いながら、アメリカの重要な責任者たちと教会の重要な責任者たちが、父母様について関心をもてるようにし、彼らをすべて横的に連結させなければなりません。アメリカを動かす動機になるので、それをしなければならないというのです。

ですから、上院議員たちも、父母様と関係を結べば皆さんにつないであげます。地方につないであげるのです。そのようにすれば、自然に地方はカイン・アベル復帰の基盤になります。

アメリカ定着と「勝祝日」宣布

真のお母様は一九七三年二月二十六日、真のお父様は四月三十日、アメリカの永住権を取得することにより、アメリカを中心に世界宣教を展開できる基礎を整えられた。特に、「一九七二年から七四年までの三年期間は、イエス様の三年路程を世界的な舞台で連結させる期間である」と語られ、一九七三年七月一日、アメリカのベルベディア修練所において、韓国、日本、アメリカ、台湾、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、世界十カ国の代表が参加する中、第二次七年路程で世界的勝利の足場を築いたことを祝う記念日として、「勝祝日」を宣布された。

20 皆さんは、世界のために生きなければなりません。ですから、世界の途上、皆さんを前に立てて苦労させなければなりません。これがどれほど悲惨でしょうか。皆さんには分からない事情があるのです。お父様は原理を知ったので、死なずに生きてこのことをしているのです。

一九七二年から三年間、このようにすることによって、何を蕩減できるのでしょうか。イエス様は、公生涯の三年間で父母になることができず、子女をもてなかったことが恨になりました。それを収拾する基準が、この三年の期間に立てられるのです。皆さんは、イスラエルの国に代わり、民族に代わる家庭的基盤として登場できるので、父母様は世界的出発をすることができるというのです。そのような基盤のもとに、父母様はアメリカの地に入ったのです。

21 ドイツ人、日本人は、アメリカ人と怨讐関係です。ところが、日本人がアメリカに来て命を懸けて「アメリカを救おう」と言い、ドイツ人が来て命を懸けて「アメリカを救おう」と言うのです。主にドイツ人と日本人をアメリカに連れてきて、旋風を巻き起こしています。このようにしているので、反対派の人たちがその知らせを耳にするようになりました。

私は既に、すべて知っています。一年半以内に基盤を築くことができなければ、日本とドイツから来た統一教会の人々が追放されるというのです。私も追放されます。しかし、追放されるわけにはいきません。ですから、第一次、第二次の巡回講演が終わったあと、一九七三年四月三十日に永住権を取得しました。そのようにして一年半以内に完全に基盤を築き、アメリカ人を(リーダーとして)代わりに立てるようになったのです。そして、経済基盤をつくりながら、怨讐関係の日本とドイツの人々を教材として、アメリカの青年たちを教育しました。

22 一九七三年、父母様の永住権取得を中心として、それこそ霊的基盤、世界のキリスト教版図を復活させる基準を立てました。それは、霊界全体のすべての勝利的基準を立てたことになるのです。韓国から世界舞台にキリスト教文化圏を連結した基準の上で、勝利的な実体の実績基盤を連結しなければなりません。そのために、父母様が韓国で祝福家庭を動員して成し遂げたことを基盤として、一九七一年にアメリカに行き、七三年に定着するための準備をしたのです。そのようにしようとすれば、アメリカで勝利した基盤がなければなりません。勝利的基盤がなければならないのです。そのような霊的基盤を築き、一九七三年四月にアメリカの永住権を得て、七四年十二月二十四日に、韓国に帰ってきたのです。ですから、十八カ月の間に決定的な基盤を築きました。

23 アメリカを中心とした摂理を推進させるのは、キリスト教が統一教会に反対することにより、世界の霊的基盤であり、世界的キリスト教の中心であるアメリカまでも侵食されたからです。しかし、一九七〇年代の初めに統一教会がアメリカに行き、反対を受けずに歓迎されることによって、キリスト教を復活させることができました。大韓民国は国家的立場で反対しましたが、アメリカが世界的立場で歓迎したという条件を立てることにより、再び韓国に帰ってきて、国家的に失敗したことを連結させられるのです。そのようにしなければ、生きる道がありません。ですから、一九七二年にアメリカ全域にわたって巡回講演を行い、ヨーロッパにまで連結させる大会をしながら、外的世界の基盤を築いてきました。アメリカのキリスト教や、その国の誰一人としてできなかったことを、短期間のうちに席巻して果たさなければなりません。アメリカを中心とした全自由世界が、ここで旗印を高く掲げて歓迎すれば、世界的圏内で統一教会を中心に祝福を受けることができる場に再び進んでいきますが、反対すれば、被害が大きいというのです。それで、復興会を始めながら、一九七三年四月三十日に永住権を取得したのです。

24 お父様は、この地上に再臨主、新郎として来て、新婦となる母を迎え、アダムとエバが堕落した、その位置から出発しなければなりません。「統一原理」から見るとき、アダムとエバが長成期完成級で堕落し、その位置で愛の関係を通して子女を繁殖したので、お父様は間接主管圏を完成した基準、すなわち直接主管圏内から出発することができません。完成基準を残した長成期完成級から出発することによって、七年路程を前にしてサタン圏内に降りていき、家庭をもって激しい風霜を経なければならないのです。

父母様の家庭が祭物となる時代になるというのです。アメリカで、数多くの迫害を受けました。み旨を成し遂げることができずに亡くなったイエス様が生前に遭った立場を再現させ、それを民族、国家、世界の基準を総合した基盤の上で蕩減しなければなりません。ですから、サタンを除去したという条件を立てなければ、天理の道を道理にかなった基準に連結させる道がないのです。そのため、父母様は摂理史的な運命を背負い、アメリカに向かわざるを得なかったのです。誰かと相談して行ったのではありません。神様とお父様以外には、誰も知りませんでした。

一九七一年、アメリカの地に降り立つ時、お父様は無名の一人の青年のような姿でした。しかし、三年でアメリカをひっくり返しておかなければならず、十二年以内に天の側に向かわせなければならないという使命を背負っていたのです。

私がアメリカでしたことは、何だったのでしょうか。人類歴史を代表して、誰よりもアベルを愛しました。実践路程で勝利的覇権を握らなければならなかったのです。神様のために、地のために祈ることにおいて、私以上に心情的な祈りをした人はいません。神様を痛哭させる一人の息子の姿で人類を抱き締め、解怨成就という怨恨の基盤をつかんで闘わなければなりませんでした。

25 一九七三年七月一日、アメリカで「勝祝日」という歴史的な記念日を制定しました。今まで様々な記念日を韓国で制定しましたが、世界で勝利を祝う日を制定したのは、今回が初めてです。統一教会の歴史に、新たな起源を備えた日です。「勝祝日」は、第二次七年路程における残り三年のうち、半分の峠を無事に越えたので、制定することができました。峠をすべて無事に越えたので勝利を祝うのです。

今からはいくらサタンが反対しても、反対するほど(逆に)崩れ落ちていきます。昔と違うというのです。遠くない将来、統一教会が全米で台風のような旋風を巻き起こすでしょう。アメリカのいかなる主権者でも抜き取ることのできない基盤を築いたのです。

26 父母様は、アメリカに来るやいなや手を付けて、一年以内にアメリカ教会自体の中に整備基盤を築きました。私たちが活動できる体制を備えた基盤を築いたので、一九七三年七月一日に勝利を祝う日、「勝祝日」を制定したのです。神様の心情を中心として、この世界に足場を築くことのできる勝利の焦点を成立させたというのです。

神様の心情世界に内的な勝利基準を立てるためには、必ず外的に勝利の結果が現れなければなりません。それで、一九七三年にアメリカ全土で活動を展開したのです。一九七三年と七四年に、四十カ都市で大講演会をすることによって、お父様がとても有名になりました。そのようにしながら、国家基準でアメリカの大統領と関係を結ぶところまで連結させておいたのです。

第二節 世界統一十字軍の活動

世界統一十字軍の編成

真の父母様は、一九七二年の第三次世界巡回の期間に、アメリカ(五十人)、イギリス(十五人)、ドイツ(オーストリアを含む、六十人)、日本(六百人)、韓国(三百六十人)の五カ国を対象に、世界統一十字軍(国際伝道機動隊)を結成された。世界統一十字軍は、神様のみ旨を伝える前衛部隊として、若い人々を中心に出発した。真の父母様は、一九七三年、新年の初めから修練会を開き、世界統一十字軍の組織編成および活動方針を立てられた。一月三十一日には、ヨーロッパ食口の世界統一十字軍の班編成を指揮して九十九人を十の班に分け、二月一日にアメリカの各地に配置されるなど、世界統一十字軍の活動に全力を投入されたのである。

1 統一教会は、世界的な教団の立場で犠牲にならなければなりません。全世界のキリスト教徒と全世界の人類に代わって、アベルの使命を果たさなければなりません。ですから、一九七二年一月八日にアメリカで、新しく世界統一十字軍という名称の世界的組織を結成したのです。この世界統一十字軍の本部は、韓国ではなくアメリカです。世界の十字軍だというのです。

十字軍というのは本来、中世時代に様々な国のキリスト教徒たちが、ムスリムと闘ってイスラエルを奪還するために出発した遠征軍です。同じように、私たちも新しいイスラエル圏を奪還する運動を始めようというのです。統一教会がこの公式的な原則に従って行動するとき、統一教会は滅びず、世界を制覇するようになるというのです。これは、神様のみ旨を中心とした結論です。

2 一九七二年から三年路程の期間は、世界最後の統一戦線を守護しなければならない時です。国家もこの三年路程を経なければならず、世界も三年路程を越えていかなければなりません。三年路程を越えていくべき世界的運勢圏内に来たので、この時に私たちは総結集しなければなりません。霊界が総動員して協助できる時なので、地上で世界的に総動員命令が下される時に備えて準備してきたのですが、それが国際伝道機動隊の編成です。

3 韓国でもお父様を恐れ、日本や中国の高位階層の人々も、お父様をとても恐ろしく思っています。このような基盤を、誰の協助も受けず、お父様一人、素手で築いてきたのです。誰かからの後援や援助もなく、相談する相手もいませんでした。その代わり、私が何かをしようと思えば、神様は喜ばれるのです。私が相対できる方は神様お一人しかいませんが、最も頼もしいお方です。

今後は、お父様が何かしようと言うことに対して、皆さんが同調するかしないかによって、世界的事件を起こせるか起こせないかという問題が左右されます。神様の願いを成就し、今までの人類の願いを成就して、歴史的な希望の国を開門できる人は私たちしかいないという信念をもって、これに反対するサタンの先鋒である共産世界を打破して勝利の基盤を築く勇士になろうと決意しなければなりません。「私たちが天国を開門しなければならない」という信念をもった勇士として団結し、総進軍しなければなりません。このような平和的十字軍を編成するために、第三次世界巡回を行っているのです。それで、その名を「世界統一十字軍」と名づけました。アメリカ十字軍、ドイツ十字軍、イギリス十字軍、この三カ国が一つになり、共産世界を防御できる時を早く準備しなければなりません。

4 お父様は、超民族的、超国家的な立場で世界的な十字軍を編成して(韓国に)帰ってきました。世界統一十字軍です。天が選び立てたイスラエルの国、天の国の聖殿を守り、天の国の聖殿を争奪するために数多くの民族を糾合し、イスラーム圏と戦った軍隊が十字軍です。

そのような戦いを、もしイエス様の時代に、イエス様を中心として行っていれば、失敗したでしょうか。その時は、地上の国が許されていない状態で戦ったために失敗しましたが、私たちの時代には、そうではないというのです。韓国が包囲されれば、お父様はアメリカに行って基盤を築き、アメリカの青年たちを動員して「韓国を奪還せよ」と命令するでしょう。そのようにして十字軍を編成し、北朝鮮以上に動員すれば、問題なく勝利するのです。

この国の解放のため、韓半島の怨恨のどん底である三十八度線を撤廃するためには、韓国にいる韓民族が団結しなければならないことはもちろんですが、それとともに、世界の民族が加わって、大韓民国を協助できる基盤を広げようというのがお父様の考えです。ですから、その遠征部隊が間もなく編成されてやって来ます。

歴史始まって以来、「世界統一十字軍」という名をもって、天の直接的な命令に従い、軍隊を編成して横的な自分の国と民族に対し、「天に帰りなさい」と言いながら闘いを展開した教会、あるいは宗教はありませんでした。大変な時に最前線に出ていった軍隊を、自分の生活よりもっと重要視する民族になれば、その国は滅びません。世の中が大変になっているにもかかわらず、「十字軍とか機動隊などと言うが、何が軍隊だ。やりたければやり、やめたければやめればよい」という無関心な人々は、滅びるようになっているのです。

5 一九七四年まで、霊的三年期間を中心としてキリスト教文化圏を連結させたとすれば、今からは肉的三年期間を中心として、肉的世界基盤を連結させなければなりません。ですから、一九七八年までのこの期間に、霊的、肉的に世界的な基盤を築かなければならないのです。そうして、第三次七年路程の期間に、霊肉を中心とした世界的な蕩減復帰の基盤を西欧社会に築かなければなりません。これがお父様の使命です。霊肉を中心とした世界的基盤を完結しなければならないというのです。

ですから、この三年間に、アメリカですべての基盤を築かなければなりません。肉的基盤までも、築かなければならないのです。これが、どれほど難しいことか分かりません。これが終われば、そのまま世界に押していくのですが、霊的には一九七五年から、世界に押していくのです。それが国際(伝道)機動隊です。それが、アメリカから世界に向かって一歩を踏み出す運動です。

世界統一十字軍の組織と活動

世界統一十字軍(国際伝道機動隊)は、世界復帰の使命を果たすため、超国家・超民族的に活動する天の国の平和軍である。世界統一十字軍は、アメリカの各州に派遣されて伝道活動を展開したことはもちろん、アメリカとヨーロッパ、日本、韓国などの地で開催された各種集会、特に「希望の日」晩餐会の成功のために、先頭に立って活動した。アメリカで開催された四十カ都市の大講演会を勝利した勢いに乗って、三百人の隊員が一九七五年一月十五日、日本に到着して活動したのちに、二十六カ国から六百七十三人が下関からフェリーに乗って釜山港に入り、韓国に入国した。ここには、日本の隊員三百人以上が加勢していた。三月二十七日、真のお父様は釜出港に直々に来られて、彼らを迎えられたのである。

6 韓国で一九七〇年から七三年までは、最高の峠を越えていく期間です。この期間さえ越えていけば、国際情勢が変遷し、国家的に北朝鮮が行動できる時が過ぎていくのです。北朝鮮が韓国を侵犯できる運勢は、行き違うようになります。サタンの世界的な時は、一九七七年と七八年です。ですから、今や、アメリカに力を注ぐべき時が来ました。世界的な防御線を張らなければならないというのです。

そのため、私はアメリカで八十五人を動員し、新しい復興団を組織して、バス二台で全国的に旋風を巻き起こす運動をしています。一九七三年にはバス十台を、七四年には五十台を用意して、(伝道)機動隊員二千人を動員しようと思います。このように、アメリカ全域に防御線を張らなければならない時期に来たというのです。

このようにして、アメリカの上下両院を通して共産勢力が入ってくるのを、私たちが防がなければなりません。これは、アメリカ自体も知らずにいるのです。私たちがしなければなりません。アメリカが私たちのみ旨を中心として、私たちと一致しさえすれば、世界の共産勢力を防ぎ止めるのは問題ありません。

7 一九七二年に、アメリカの若い青年たちを動員して(伝道)機動隊をつくりました。彼らは個人的に、この国で誰よりも犠牲になることを覚悟し、世界人類のために誰よりも犠牲になることを覚悟した立場で、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的に思想が欠乏したアメリカ国民に、新しい私たちの思想を注入しようと立ち上がったのです。今の計画では、一九七三年に四百人、七四年には二千人を何としてでも動員し、各州に少なくともバス一台を中心とした(伝道)機動隊をつくろうと思います。そのようにしなければ、一九七七年、七八年のアメリカの危機を防ぐことができないと考えるのです。

言い換えれば、アメリカのキリスト教を糾合しなければならないということです。一つにならなければなりません。アメリカ国民は、キリスト教思想を中心として新しい伝統を確立しなければなりません。ここに、今後アメリカが死ぬか生きるかという問題がかかっています。アメリカ一国が滅びることが問題ではありません。ここに世界の運命がかかっているのです。み旨を知り、天のために生きる気持ちがあるので、国家と国民を超越し、皆さんに対してこのようなことをしているというのです。

8 アメリカにいる食口を中心として、国際(伝道)機動隊が活動する基準を、ごく短期間のうちに平準化するでしょう。今から、五十州で一カ月に一人を立てることを標準として活動するので、相当飛躍的な発展をするでしょう。七百人を動員して、一年に十二人ずつ拡大するようになれば、八千四百人です。ですから、一番先にこの(伝道)機動隊を走らせなければなりません。そうして、十二人ずつ目標を立てて、活動させるのです。その基準を中心として、アメリカ全土にいる食口たちに「ここに付いてきなさい!」と言って、優秀な人を引き抜き、(伝道)機動隊を編成するのです。一九七四年の間に、これを完成します。そうして、訓練された責任者を育て、各州で七十人単位で(伝道)機動隊を編成し、そこで核心となり得る食口たちを育てておけば、その次からは、その州自体を中心として、都市で活動するのです。一つの州の四つか五つの都市で(伝道)機動隊をつくり、一カ月ずつそのようにして、繁殖させるのです。このような急進的な対策を取って基盤を築き、三万人を突破しさえすれば、アメリカ全体を動かすことは問題になりません。

9 今、国際(伝道)機動隊が動くのは、実際に無理なことです。アメリカで活動できる人員が不足している実情で、精鋭部隊である国際(伝道)機動隊三百六十人を引き抜くのは、アメリカにおける活動に莫大な被害を与えます。しかし、アメリカだけを中心とすることはできません。世界の様々な国でも、アメリカで動いているように、平均化活動をせざるを得ないのです。ですから、宣伝しておかなければなりません。アジアでは日本と台湾と韓国、その次に、ヨーロッパに入り、イギリスを中心としてイタリア、フランス、ドイツ、オランダの五カ国で活動することによって、アジアとヨーロッパ一帯にうわさが立つようにするでしょう。アメリカでうわさが立ったそのごとくに全世界にうわさを立て、宣伝しておかなければなりません。このようにすることにより、ヨーロッパにいるすべての食口たちも刺激を受けるようになり、自動的に、アメリカで動いていることを標準型として、世界の各宣教国が受け入れるようになるでしょう。また、その原則を中心として、これから組織的な体制を強化し、宣伝やすべての面において、その基準を中心として強力に訓練することができます。ですから、これは避けられない作戦なのです。

10 アジア人を通して、アメリカの人を積極的に後援したという伝統を立てなければなりません。これが父母様の今後の作戦です。そのようにしようとすれば、アジア人の中で誰を用いなければならないでしょうか。韓国人は、経済問題で苦しんでいます。また、国家的条件で外国に出ていこうとすれば、ビザやパスポートが問題になります。韓国政府は、経済的にドルが消耗するので、できるだけ外国に送り出さないようにしています。しかし、日本は招請状さえ来れば、三日以内に四年期間のパスポートが出てくるので、日本人が出ていかなければならないのです。

日本はエバ国家ですから、世界の人々のために母の使命を果たすべき責任があります。母が手を掛けてこそ、発展するというのです。ですから、アジア人を代表する日本を前に立てて伝統を立てようというのが父母様の計画です。

11 お父様は、イギリスに行っても(伝道)機動隊をつくりました。そして、イギリスにもセンター(教会施設)を買ってあげてきました。また、ドイツに行っても、ミニバス六台を買ってあげました。それから、八人乗りで移動トレーラー式のキャラバンを六台買ってあげました。それを並べれば、百メートルくらいになるでしょう。壮大です。ここまで支援してあげたのですから、彼らが動かずにいられるでしょうか。

今、イギリスとドイツに火がつきました。ドイツ人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言い、イギリス人たちにも「アメリカ人に負けるな」と言うと、互いに負けまいとするのです。また、日本に行って、「あなたたちはドイツ、イギリス、アメリカの人たちに負けるか、負けないか」と聞くと、「負けない」と言うのです。

12 ドイツのエッセンにある協会本部に行ったところ、正門の大きなガラスドアに銃痕がありました。それで、なぜこのようになったのかと聞くと、二週間前に共産主義者たちがやったというのです。統一教会は世界的に憎まれています。共産主義者たちは、あらゆる威嚇と恐喝、脅迫を行い、裁判所を通してもろもろの謀略を立てて、統一教会をたたき潰そうとしています。

しかし、裁判所に引っ張られていきながらも、今まで闘ってきたのです。そして、私たちが行く一週間前に、最高裁判所の判事から、「これから、統一教会のいかなる活動も法的に保障してあげるから、どこででも活動してよろしい」という判決文が出ました。それまでは、共産主義者たちが数多くの中傷謀略を行いました。それでも聞く耳をもたないので、脅迫と恐喝を行い、のちには銃弾を正門に撃ち込んで、見境なく命を奪おうとしたのです。

このようなことを見る時、彼らはみ旨のために死生決断をして闘っているというのです。そのような深刻な立場に立っているので、私たちは生死を懸けて歩むというのです。ですから、その責任者は一日が忙しいのです。朝に出掛けて、八時間以上活動しなければ、帰ってくることができません。自分の責任分担をすべて完遂するまでは、絶対に帰ってくることができないのです。このように強烈に活動しています。

13 私たちには世界的な(伝道)機動隊があるので、これから優秀な成績を収めた人がいれば、彼らを連れて歩こうと思います。世界各国にいる(伝道)機動隊員を激励するために、世界巡回をさせようと思うのです。今、(伝道)機動隊がアメリカに編成され、イギリスに編成され、ドイツが三番目です。日本と韓国にも、(伝道)機動隊を編成するでしょう。そのようにして、お父様が世界を旅行するときは、(伝道)機動隊を激励するために優秀な人々を連れていくかもしれません。

今、韓国では大学を買収しようと計画しています。そのようにして、成績の良い人は韓国に留学させようと思います。皆さんは、世界の舞台を私たちの足場にして活動できる、本当に素晴らしい時代に生まれたことを知って、立派に闘わなければなりません。

14 (伝道)機動隊は、韓国にだけあるのではありません。日本にもあり、アメリカにもあり、ドイツにもあり、イギリスにもあります。少なくとも、今、五カ国の(伝道)機動隊が参加しています。そのように参加して闘う目的は、五カ国を天のみ前に復帰してさしあげるためです。このような闘いをしています。闘いにおいてどの国が一等になるかは、闘ってみなければ分かりません。

皆さんはそれでも「韓国が一等になるだろう」と思うかもしれませんが、うさぎが先に走っていっても、昼寝をすれば亀に負けてしまうというのです。最初にやって来たからといって、「他の人々が裕福に暮らしているから、自分も裕福に暮らそう。息子、娘と豊かに暮らそう」ときょろきょろよそ見していれば、うさぎの立場になるのです。

15 国際伝道機動隊は、天の国の平和軍団です。国のために、自分の目的のためではなく神様の目的のために、全国を回りながら、大韓民国の若者たちが今後行くべき道を示してあげるために編成された(伝道)機動隊だというのです。

世界の行くべき道を新たに示してあげなければならないので、この一カ所を中心として、国が違い、民族が違っても、超国家的で超民族的な立場で、このような活動をしなければなりません。世界の新たな運勢を受け入れられるように、道をすべて開いておかなければなりません。(伝道)機動隊の皆さんは、国家の運命を左右する選抜隊です。皆さんが、統一教会の古い教会員たちよりも先頭に立ったのです。

16 (伝道)機動隊は、一週間に一カ所ずつ巡回します。最初は、郡庁所在地を一括して巡回しなければなりません。統一教会の人々がいなくても、巡回しなければなりません。宿所がなければ、どのようにするのでしょうか。「私たちは国民運動を起こすために出発した隊員たちです」と、全市民に宣伝すればよいのです。村の人々に、「親善を図るために来た(伝道)機動隊です」と宣伝するのです。家がなければ、(伝道)機動隊長が「朝何時までに、どこどこに集合しなさい」と命令を下します。そのようにして、一人ずつ村の班長の所に行くように配置するのです。(伝道)機動隊員の皆さんが村に行けば、まず班長を訪ねていって、宣伝しなければなりません。「国民たちが互いに助け合う運動をするよう指導するために、この班に来ました。班の中の誰かの家に行って、一晩寝なければなりません」と言って、訪ねていった家の片隅で眠るのです。

皆さんが訪ねていったその家の正門を通るとき、庭の掃除がされていなければ、ほうきを持って掃除してあげます。そして、その家の床を拭いてあげ、トイレ掃除もしてあげるのです。絶対に世話になってはいけません。その家に入ったからには、そこにいる人々に考えさせる何かを残して出てきなさいというのです。眠って朝起きれば、どの家でも、起きてきたお客さんを冷遇できません。冷遇すれば、その家にとって良くないことが分かるのです。一晩寝たお客さんには、御飯を食べさせて送り出すのが韓国の家庭礼法になっています。御飯を恵んでもらって、ただ出てくるのではなく、食事代の価値を残して出てきなさいというのです。

第三節 アメリカ主要都市の巡回講演

旋風を巻き起こした巡回講演

真の父母様は、第三次世界巡回の期間中、アメリカ、イギリス、ドイツの主要都市で講演会を主宰された。一九七二年一月二十八日には、「ニューヨーク・タイムズ」と「デイリーニューズ」に、講演会を知らせる型破りの全面広告を掲載した。特に、「イエス・キリストと十字架の苦難、それは神様のみ旨だったのか、人間の失敗だったのか」をテーマとした小説の懸賞公募は、国内外のマスコミに大々的に紹介されるなど、関心が集まった。これを通して、真の父母様の活動が世の中から注目を浴び始めた。

第三次世界巡回が出発してから六十日目の一九七二年二月二日、歴史的な大講演会の開幕行事として、「神様大会」がニューヨーク・ウォール街の広場で開催された。そして、二月三日から三月十一日まで、アメリカのニューヨークをはじめ、フィラデルフィア、ボルティモア、ワシントンDC、ロサンゼルス、サンフランシスコ、バークレーなど、七大都市で講演が行われた。講演会の宣伝ポスターのテーマは、「きょう、神が語られる」であった。講演者については、「新たな精神的覚醒を呼び起こす、東方から来た新しいクリスチャン・リーダー、文鮮明先生」と大きく紹介されていた。統一教会は、短期間のうちにアメリカで旋風を巻き起こすことにより、若い人材と強い組織力など、強力な活動基盤をもった団体として浮上したのである。

1 一九七一年十二月にお父様がアメリカに行った時、アメリカの食口たちは、「お父様はアメリカの実情に疎いので、アメリカに来ても今まで自分たちがしてきたことを中心に、ただそのまま推進すべきだ」と言いました。アメリカで大復興会を開催するとか、大問題を起こす活動をするということは、夢にも考えられない時でした。また、アメリカに行っている宣教師たちも、アメリカの実情に合うように進めていかなければならないという意見でした。しかし、お父様は「あなたたちは私の指示に従わなければならない。私が決めたら、決めたとおりに動くべき立場にいるのだから、あれこれ言わずに私が提示するとおりの方向に動きなさい」と言いました。

ところが、このように指示したにもかかわらず、見ていると、彼らは自分たちの国の実情をよく知っているので、お父様の言葉を頭の中に入れず、活動することに躊躇しているのです。それで、私が自らニューヨークに行き、リンカーン・センターなどと契約して、一九七二年二月六日からアメリカ七大都市巡回講演会を始めました。それは冒険的なことです。そのようにしてから、イギリスを経て、ドイツを経て韓国に帰国し、一九七二年十一月に再びアメリカに渡って、二年目の一九七三年に大講演会を開催しました。そのようにしなければならない責任を担っていたので、七三年に二十一カ都市を選定し、大講演会を開催したのですが、これが七四年一月二十八日に、ようやく終わりました。

2 一九七二年から三年の期間を中心として、アメリカの七カ都市で三日間ずつ、原理的な三数を中心として二十一数に合わせて巡回講演を行い、その次に、イギリスとドイツまで合わせて、九カ都市の巡回講演を行いました。さらに、一九七三年にはアメリカの二十一カ都市で講演会を開催し、七四年までに四十カ都市を中心として、作戦を終えるのです。この期間に、何としてでもアメリカ国民に知らせなければなりません。悪いうわさが立つなら立ち、良いうわさが立つなら立てばよいというのです。それでも大丈夫です。イエス様がそうであり、お父様も今までそうでした。アメリカ国民に、どのようにして知らせるかが問題です。もしうわさを聞けば、神様が選んであらかじめ立てた人々が、霊的に連結されて集まってくるようになります。神様は、既に滅びるしかない国だとしても、七千以上の群れ、七数はいつでも残しておくのが原則なので、神様の新しい摂理を望み、新しい世界が展開されることを願う人々は、統一教会の動きに必ず方向を合わせなければならないというのです。

3 第二次七年路程が終わる三年前に、世界基盤を築かなければなりません。イエス様が三年路程を終えて世界に行かなければならないのと同じように、お父様はこのような過程を連結させるために、第二次七年路程の期間に世界路程を連結させる使命があるのです。ですから、一九七二年にアメリカから準備を始めて、第二次七年路程が終わる七四年の四月二十日までに、アメリカ全域に父母様を知らせなければなりません。

アメリカ全域に、父母様のことを知らない人がいてはいけません。この三年間は、何としてでも父母様を知らせなければならない時です。このように知らせようとあのように知らせようと、悪く思おうと良く思おうと、知らせなければなりません。ですから、「ニューヨーク・タイムズ」と「タイム」、「ニューズ・ウィーク」など、世界的な言論機関を通して問題を提起しているのです。

4 私たちは、一九七二年から七四年まで、アベル的な基準でアメリカ国民に何を与えるべきなのでしょうか。神様の内的な生命と外的な面の何かを与えなければなりません。内外で与えなければならないのです。ですから、この三年間では、お父様が自らみ言を与えようと思います。

お父様の一生で、大衆に対し、公式集会に現れるのはこの時が初めてです。メシヤが行くべき道は、国家基準から世界基準に行くものであって、それ以下では行くことができません。私たちは世界的時代に向かっているので、このようなことを始められるというのです。ですから、この三年間は貴い時です。これは、歴史始まって以来の、霊界と人類が注目する重大な事件です。この期間には、十カ国の人々が加わって活動をするのです。

5 お父様は、一九七二年二月六日、ニューヨークのリンカーン・センターの巡回講演から、ワシントンDC、ドイツのエッセンまで、原稿を持って講演をしたのではありません。どこかに行って即席で話をしても、聴衆をつかむことができる訓練をしなければなりません。「私が語ることについては問題ない」という信念をもって行わなければなりません。

そこにおいで、どのようにして感情を立体的に一体化させるかが最も重要な問題です。これは、お父様が長い間生きてきて経験した結果です。大衆に影響を与えることのできる感情に、自分がどのように浸るかが問題であって、語る内容だけが問題ではありません。そのような境地に入っていけば、いつの間にか、言葉は普段と同じように出てくるのです。作文もその場でするのです。千万の群衆を魅了してしまう雄弁家は、聴衆とその時の感情によって、すべての言葉の方向が変わり得るため、その環境をよく収拾しながら、そこに拍子を合わせて力を加えてあげることができなければなりません。

6 民主主義をもって、アメリカを生かし、指導することはできません。キリスト教思想をもってしても、アメリカを生かし、指導することはできません。共産世界も、その共産主義理論をもって世界を一つにすることはできません。そのような時は、既に過ぎ去りました。ですから、一九七二年に父母様がアメリカに来るやいなや、アメリカの教会に対して攻勢をかけたのです。アメリカの歴史上、初めてのことをやりました。

結局のところ、キリスト教に対して攻勢をかけたということです。それでも、彼らは反対できずに見つめているのです。かえって、神様のみ旨を思い、心配しながらキリスト教を見つめ、望みを抱いていた人々が、父母様に対して新たに関心をもって見つめる段階に入ってきました。

7 一九七二年から七八年までの七年間が、アメリカの危機です。このような期間に、アメリカで世界的な基盤を築いてこそ、七四年までの三年路程を中心として、初めて世界的な第三次七年路程を勝利の結果として完成し、神様のみ前に束ねてさしあげることができるのです。新しい時代を中心とするときは、いつも三年が必要ですが、この三年の期間が終わる時が一九七四年です。三年の期間を通して、新たな時代に進もうというのが摂理観です。

いつも、三年先駆けて準備しなければなりません。モーセが三年間準備したのと同じように、この三年に該当する期間を中心として、新しい時代に越えていかなければなりません。その時まで行けば、アメリカは私たちについてこなければならなくなります。ですから、私たちが主体的な使命を果たさなければならないというのです。

8 お父様は、僕の基盤と、養子の基盤と、息子の基盤と、父母の基盤を築いて上がってきました。私がアメリカにまで来て活動できるのは、国家的基準を中心として、その基準を完結したからです。その基準を今、アメリカを中心として世界的に連結させようとするのです。それが、皆さん、ヨーロッパの人々と合同で歩む一九七四年までの、この三年路程の期間です。

韓国を中心として見れば、第一次イスラエルとして、僕の国の失敗を復帰した基準を立てておき、世界的な基準で養子の使命を果たさなければならないキリスト教の使命を受け継ぎ、世界的代表の基準を立てたという条件を、霊的な基準で立てました。そのため、世界的なキリスト教国家であるアメリカに来てそれを延長させ、世界的にその基盤を拡大できるのです。

僕の基盤を失い、養子であるキリスト教の基盤を失ってしまったので、それを再びつくっておかなければなりません。ですから、結局、イエス様が霊的に再臨し、霊的な基準ではあっても国家を保護できる基盤を築いたので、国家的基準を中心として世界に発展できたのと同じ立場を連結させることによって、今日、世界伝道をすることができるのです。世界復帰運動ができるというのです。

一九七二年から七四年までの三年路程の期間に、皆さんに何を教えてあげようというのでしょうか。お父様が勝利した基盤です。僕の国家基準までに失敗したことを復帰した勝利基盤と、養子の世界的基盤まで失ったことを復帰した勝利基盤を、皆さんと世界の各民族に相続させてあげるための闘いが、この三年路程です。

養子にはなりましたが、養子より息子にならなければなりません。皆さんは、息子にならなければならないのです。イエス様が三年路程で民族と世界に向かっていこうとしたことに代わって、皆さん自身が世界的な基盤を迎えなければなりません。その期間がこの三年の期間です。それによって、皆さんが養子の時代から息子の権限を引き継げる時代に越えていくのです。結局、私たちの運動は、イエス様が語った新郎、新婦を探し出すための世界的運動と同じなのです。

アメリカの主要都市大講演会

アメリカの二十一カ都市講演会は、一九七三年九月七日、「ニューヨーク・タイムズ」に全面広告を掲載することをもって始まった。真の父母様も自ら著名人士にコンタクトを取りながら大会の準備を急がれ、全国五十州とワシントンDCに派遣された五十一の世界統一十字軍を中心に、大々的な活動を展開された。その基盤の上で、一九七三年十月一日から七四年一月二十九日までの四カ月間、「キリスト教の危機と新しい希望」をテーマに、アメリカの二十一カ都市で「希望の日」大講演会を主宰されたのである。講演内容は、「人間に対する神の希望」、「アメリカに対する神の希望」、「キリスト教の将来」などであった。真の父母様は、講演会の期間に、各界の有力者たちからの支持を引き出し、市長から幸運の鍵と感謝状、激励文、名誉市民証を授与された。また、三十二の大都市講演会は、一九七四年二月十六日から四月二十日まで、「キリスト教の新しい未来」をテーマに、先の二十一カ都市を除いた残りの地域で延長して開催された。

9 お父様は、一九七三年の末に二十一カ都市で大講演会をしようと思います。以前に行った七カ都市も加えるのです。ですから、十四カ都市だけ選べばよいのです。今後、ニューヨーク(にある修練所と同)水準の修練所を、ワシントンDC、セントルイス、デンバー、シカゴ、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ダラスに造らなければなりません。できれば、食口たちが集中する所に力を注がなければなりません。十月一日、ニューヨークから行うのです。来年は五十州で行います。そうすれば、もはやアメリカの人たちは、誰もお父様の話を聞いたことがないとは言えません。その次には、皆さんが進み出るのです。これをするためにも、皆さんが基盤を築かなければなりません。伝道しなければならないのです。一つの州で五十人以上にならなければなりません。基本の食口がいなければなりません。ですから、十月まで、一生懸命にやらなければならないのです。

10 アメリカにおいて、一九七三年十月、二十一の州の代表都市を通して攻勢をかけるでしょう。このようにして反対がなくなれば、五十州でそれを行い、その次には、皆さんが毎日のように公開講義を行うのです。このようにして、一九七八年までにアメリカ全域にこのブームを起こし、キリスト教指導者たちが「これからは統一教会を研究しなければならない。統一教会を探らなければならない」と言って、全体が一つの垣根の圏内で、世界に向かって動くことができるようにしておいてこそ、アメリカが復帰されます。今後、国家的な基準では、キリスト教の再復興と共産主義の脅威からの防衛、この二つの問題が、次第に切迫した問題として登場するだろうというのが、お父様の観点です。間違いなくそのようになるでしょう。ですから、それに対する準備さえしておけば、間違いなく、このアメリカがそのような立場に立つようになるので、私たちを前に立てざるを得ない時が来るだろうと考えるのです。ヤコブが天使に勝ったあとにエサウを訪ねていったのと同じように、皆さんはキリスト教会との闘いで勝ったあとに、共産主義と闘わなければなりません。言い換えれば、皆さんが教会基盤を築いたあとには、共産主義に勝てる理念によって武装し、全世界に進軍しなければならないというのです。ですから、「民主世界、キリスト教、共産世界の誰が反対しても、問題ない」という信念をもたなければなりません。「神側に私が立っているので、神様は私たちを祝福してくださる」という信念をもちなさいというのです。

11 アメリカには、韓国、日本、台湾、イギリス、フランス、イタリア、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、十カ国の人が集まっています。十カ国の人々が、民族と国家を超越し、神様のみ旨と超民族的な心情を中心として、新しい起源をつくることのできる、厳粛で驚くべき瞬間です。私たちはここで、一つの目的のために共に死ぬことができるという信念をもっています。今や三年路程は、一年半が残っています。この三年の期間に、アメリカが世界的な責任を果たせるようにするため、今、イギリス、あるいはアジアから、大学院生たちを連れてくるのです。一九七二年と七三年に、六十人近い上院議員と下院議員たちに会ったのも、これを準備するためです。お父様が、アメリカで七二年に七カ都市、七三年に二十一カ都市、七四年に五十カ都市を中心とした復興会を計画したのは、アメリカの人々に知らせるためでした。お父様の話を聞いたことがないという言葉が出てこないように、知らせるためだったのです。言い換えれば、新しいイスラエル、カナンの福地に向かう出動のためのものなので、この三年間にすべて知らせてあげなければならないというのです。イスラエル民族がカナンに復帰するとき、その民族がどこにいるとしても、一人残らず知らせてあげなければならなかったのと同じように、この三年間は、新しい世界的な第三次カナン復帰路程に向かって出発できるようにするための宣布をしなければならない期間です。ですから、モスクワに向かって進軍しようというのです。皆さんは、このような信念をもたなければなりません。共産世界は今、アメリカに向かって進軍してきているのですが、私たちは反対に、モスクワに進軍しなければならないのです。

12 一九七八年までには、アメリカにも共産党が脅威となる時代が来ます。これは、摂理上、避けられないことです。その時までに、統一教会の思想を中心とした基盤を、アメリカの中にしっかりと定め、すべての分野に影響を及ぼすことのできる活動体制を備えなければなりません。ですから、二十万人のアメリカの指導者たちに対し、三年以内に「統一原理」と「勝共理念」と「統一哲学(思想)」についての本を三冊ずつ、六十万部を無料で配布する計画を立てています。そして、一九七三年十月一日から三年間、アメリカで大講演会を始めなければなりません。二十一カ都市を中心として、大々的な講演を実施するでしょう。十月一日からカーネギー・ホールを借りて、講演を行う準備をしています。ですから、千人を動員しなければならないというのです。

13 一九七四年二月十六日からは、アメリカで再び巡回大講演会を出発しなければなりません。ですから、四十カ都市を定めて、韓国に帰ってきました。このようなことを始めるのは、一個人の欲望や、統一教会の復興のためではありません。神様が格別に愛するアメリカで、今後行くべき新しい信仰的な路線を提示しなければならないみ旨があったからです。それを今までやってきてみると、全国的な問題が起きたのです。アメリカ国民に、お父様のことが広く知らされたと思います。言論界が動員された問題や、想定外の問題が起こって全国的な問題となり、さらにウォーターゲート宣言は、実に歴史的な大きな旋風を巻き起こしました。国内だけでなく、外国にいる統一教会の食口たちが、お父様の指示に従って歩調をしっかり合わせてくれることにより、正にアメリカの言論界や社会的に地位の高い人々が、私たちの活動に対して過小評価したことについて、電話、あるいは紙面上で謝罪してきています。私たちが今まで活動してきたことが、彼らに相当の影響を与えたことを感じて帰ってきました。

14 一九七四年の「希望の日」巡回講演会の期間に、私たちに対して積極的に反対するその背後には、必ず共産勢力がいて操っているはずです。路傍伝道隊が活動する所には、共産主義者たちが来ていると思います。ニューヨーク集会の時から全国で反対し続けているのは、そのような動機からだと、摂理的に考えるのです。今、キリスト教を見れば、私たちに反対する人たちもいて、支持する人たちもいますが、彼らはいずれにしても、反対する人のほうに傾くと見ています。

共産勢力を蘇生級とすれば、キリスト教が長成級で中間なので、これはイエス様の時代のユダヤ教に相当するのです。ですから、キリスト教は、イエス様の時代に反対したユダヤ教と同じなので、必ず反対します。

原理的に見れば、蘇生圏と長成圏はサタンの支配下にあり、私たちは完成圏の基盤をもって世界的基盤を越えることができる時になりました。ですから、私たちが完全に民族を超越し、強力に一つにさえなれば、サタンは退くというのです。このような原則が原理観です。蘇生圏と長成圏はサタンが恩いどおりにできますが、完成圏に入れば、思いどおりにできないのです。

15 私はアメリカに来て、皆さんが信じられないことを、今までたくさん行ってきました。年数では三年ですが、一年八カ月にしかなりません。このように見れば、今後、私たちはどれほど影響を及ぼすことができるでしょうか。これは、既に韓国で証明され、日本で証明され、台湾でもそのような基準を認定する段階に入ってきました。一九七三年七月一日に「勝祝日」を定め、一年以内に「勝恨日」を決定しました。それらの日は、西欧文明世界において、天から記念することのできる一番目の日であり、二番目の日です。アメリカですべきことを韓国に行ってしたのは、韓国にも世界的運勢を結んであげなければならなかったからです。それは、皆さんが初めて聞くことであり、考えもできなかったことです。私たちが実践してこのような基盤を築き、「世界が私たちの舞台である」と自信をもって私たちの視野で見つめられるようになったのは、驚くべきことです。私は、アメリカに来て、今や成功しました。それは、私がしたのではありません。神様がしたのです。

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン「希望の日」フェスティバル

真の父母様は、一九七四年九月十七日から十二月二十三日まで、アメリカの八大都市で「希望の日」大講演会を主宰された。先立って行われた三十二カ都市と合わせて、アメリカの四十カ都市における大講演会の最後の日程であった。初日は晩餐会、二目目は講演会が開かれた。特に、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれた「希望の日」大講演会は、当時のアメリカの宗教集会としては新記録を樹立した大会であった。九月十七日、ウォルドルフ・アストリア・ホテルで開かれた前夜祭の晩餐会では、千七百人以上の著名な人士が参加し、六つのテレビ局をはじめとするマスコミの熱気を帯びた取材競争の中、アメリカの有名な霊能者であり、予言者であるジーン・ディクソン氏が真のお父様を証した。十八日の講演会では、指定席二万五千席のほかに、五千席の臨時座席を追加で設置したが、二万人以上が入場できないほど、大盛況を呈した。真のお父様は、「キリスト教の新しい未来」というテーマで熱弁を振るわれた。

16 今日の民主世界について見てみると、アメリカと韓国は、ローマ帝国とイスラエルの立場と同じです。イエス様の当時には、ローマ帝国とイスラエルが一つになってイエス様を打ちましたが、今の時は韓国人とアメリカ人が一つになって、お父様を打つようになります。打たれることによって、蕩減復帰されるのです。アメリカは民主主義の国なので、ローマ帝国とは違います。キリスト教を捕らえて滅ぼすことができる基盤ではなく、何を語ったとしても、命まで奪うことはできない民主主義の国です。

また、共産勢力が旗を掲げてやって来て、お父様に反対します。これは世界的事件です。お父様には、韓国のキリスト教はもちろん、アメリカのキリスト教も反対し、アメリカ人も反対し、共産勢力も反対するので、これは世界的なすべてのものが反対する条件になるのです。しかし、いくら反対しても、お父様を訪ねてくる人々の気勢にすべて押されて倒れてしまうのです。それが正に一九七四年九月十八日、マディソン・スクエア・ガーデン大会です。

これは、キリスト教に代わる民主世界と統一教会が真っ向からぶつかって、統一教会が越えていく時間です。このようにして、世界的峠を越えました。ユダヤ教がイエス様の命を奪い、ローマがイエス様の命を奪いましたが、そのような立場にいる統一教会とお父様の命は奪うことができないのです。追い出すことができません。ですから、勝利したというのです。これは、歴史的な起源が始まる瞬間です。

17 マディソン・スクエア・ガーデン大会は、摂理的な観点から見るとき、歴史的意義があります。アメリカにおける一九七二年から七四年までの三年期間は、イエス様当時の三年期間に該当するのです。ですから、この大会は、イエス様が亡くなることなく成功したとすれば、ローマ帝国に行って、大講演会をしようとしたその基準に相当するのです。ローマがイエス様を歓迎し、イエス様と一つになれたとすれば、そこから世界的に、天の国のみ旨が展開するようになっていたでしょう。ローマの支配を受けるイスラエルの国のような立場にいる国が、現在、アメリカの援助を受ける韓国です。同じです。そのようなアメリカの中心都市がニューヨークであり、ニューヨークの中心部の集合場所がこのマディソン・スクエア・ガーデンなので、ここに爆発的な火をつけなければならないというのは、摂理的な観点で歴史的な意義をもたざるを得ません。ローマはイスラエルと怨讐の立場にあり、今日、アメリカはキリスト教を中心として、ローマのような国ですが、昔のイエス様の時代とは違う環境です。すなわち、アメリカは、神様が二千年間苦労して、この一時のためにつくっておいた、歴史的基盤だというのです。

18 私たちは、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会に二万五千人(を動員し)、超満員にしようと思います。道端で一度会っただけでは、いくら精誠を尽くして出会ったとしても、流れていってしまいます。一度出会ったその人に再び会って同じ効果をあげようとすれば、もう一度同じくらい努力しなければなりません。家を訪ねていき、通り過ぎる道端の人に対して精誠を尽くすぐらい精誠を尽くせば、その人は逃げていかないのです。二回、三回訪ねていって精誠を尽くせば、その態度や純粋性、現在のアメリカが必要とする青年らしさを見て誰もが感動するので、若者がそのように切実に求めることを聞き入れざるを得ないというのです。自分の息子のようであり、娘のような人たちなので、そのようになるのです。

自分の息子、娘はヒッピーになり、家を出ていってぶらぶらしているのに、「この世の中で、あの人はあそこまで純粋でいられるのか。あのような人と私が親しくなることによって、私の息子、娘も良い方向に向かわせる一つの道ができるだろう」と考えるようになれば、同意するのです。必ず関心をもって、この若者の勧めに応じるようになっています。

19 私たちがマディソン・スクエア・ガーデンの競技場を借りて講演するということを、アメリカ社会が低く評価することはできません。その上、私たちは、一般の広告会社を通して、アメリカのニューヨークで三十万ドルにも及ぶお金を宣伝費として使っています。外部の会社を通して宣伝すれば、費用は五倍ないし七倍もかかるというのが、一般的な慣例になっています。ビリー・グラハム牧師のときでさえも、各教派が協助して行うのに、お父様は単独で三年以内にすべてやってのけました。そして、私たちはみな、若者たちです。今回、アメリカの青年六百人以上が断食祈祷をしましたが、この事実を志ある人々は相当高く評価しています。それから、組織力が強いことを認めています。また、お金をもっていることを認めるでしょう。このように、数百万ドルをかけて大会をするのを見るとき、アメリカのどんな財閥も無視できないのです。それにもかかわらず、「マディソン・スクエア・ガーデン大会は失敗するだろう。人が集まらないだろう」と思っています。私がそれを完全にひっくり返すでしょう。これをひっくり返すようになれば、私たちが今回活動した全体が、その人々の研究材料になるのです。世界的に有名な人が、たくさん問い合わせてくるでしょう。

20 アメリカは世界的な中心国家なので、ここで私が巡回講演を行っているのです。そうして、三年間で随分と上がってきました。最初、私が「リンカーン・センターで集会をする」と言ったときには、誰も鼻先で笑うことすらしませんでした。「お父様は、集会を一度して逃げ出すだろう」と言ったのです。その次に、カーネギー・ホールでするときにも、「半分、三分の一も埋められないだろう」と言いました。しかし、一カ所だけではありません。アメリカ全域で、講演を一九七三年から行いました。カーネギー・ホールから二十一カ都市、一九七四年には三十二カ都市を回り、アメリカ全土を席巻しました。このような活動は、膨大な資源がなければ不可能です。お父様の移民問題が生じると思って、瞬時にしなければならないと考えました。そのようにして、集会を成功裏に終えたのです。ヨーロッパの食口たちがアメリカに来て、三年間、お父様と一緒に活動をしたのですが、彼らが歩調を合わせることができなければ、アメリカに基盤を築くことは絶対にできませんでした。

21 第二次七年路程を終結して第三次七年路程に越えていき、韓国と日本とアメリカが世界的な事件に引っ掛かり、上がったり下がったりするこのような時に、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会を行いました。私たちがアメリカまで来る際には、霊的な国家的基準を中心に連結させてから来たのです。キリスト教が霊的世界の基盤なので、霊的な国家的基準を越えることによって来ることができましたが、肉的基台が成立していなかったので、これをどのように連結させるかが問題でした。これが一週間の期間内に連結される条件として提示されたということは、驚くべき事実です。

韓国とアメリカ、韓国と日本がいくら分かれていくとしても、この統一教会はアメリカと一つになることができるというのです。

摂理的に、キリスト教圏内に霊肉を中心とした国家的基準形態の条件を立て、霊肉を中心とした世界的な第三次七年路程を出発できる起源を確定できたのが、マディソン・スクエア・ガーデン大会でした。これを蘇生として、長成と完成の大会をすることにより、一九七六年、七七年、七八年までのこの三年の期間で、アメリカを貫いて世界を越えていける一つの起源をつくらなければなりません。この三年間で、霊肉を中心として世界的な基盤を築かなければならない分野が残っているというのです。

22 マディソン・スクエア・ガーデン大会を通して天の国を取り戻し、その場を通して万民を解放しようとする神様のみ旨が成就されることを知らなければなりません。そこがジャンプできる一つの基盤になり、歴史的事件になります。ここで、数多くの民族が同じ心をもち、同じ努力をして、同じ汗を流し、顔立ちや感情は違うかもしれませんが、皆が一つの体のように動けば、このニューヨークを見つめながら絶望するしかなかった神様が、ようやく皆さんを見て、希望をもつ良い機会になるというのです。

23 一九七二年にニューヨークのリンカーン・センターで講演を行い、七三年にはカーネギー・ホールで講演を行い、七四年にはマディソン・スクエア・ガーデンで講演を終えました。お父様は、三年の期間に、心の中で誰も分からない神様の作戦を定めました。ですから、アメリカに来る時は深刻だったのです。三年間で、必ずアメリカ人全体にこれを伝えなければならない責任があるというのです。そのようにしなければ、神様の摂理に支障があることが分かったので、この機会をどのようにしてつかむかと、今まで苦心してきました。

最初に問題になったのは、人がいないということでした。三年の期間でこのマディソン・スクエア・ガーデンを満席にして余りある人員を準備しなければならないのですが、それをどのようにするかを悩みながら、目標にしてきたのです。

24 アメリカを中心とした第二次七年路程までは、サタンが天を攻撃する時でしたが、第三次七年路程からは世界的基準を越えていく時代に入るので、アメリカに向かって攻勢をかけなければなりません。

昔はカインがアベルを攻撃しましたが、今はアベルがカインに攻勢をかけるのです。今まではサタンが攻撃しましたが、第二次七年路程で一九七一年までに蕩減条件を立てて越えてきたので、今やサタンが屈服しなければならない時に入りました。サタンが攻勢を受ける時に入ったというのです。ですから、世界的基準を中心として、アメリカで攻勢をかけ始めたのです。

一九七二年に、父母様が「アメリカで七カ都市講演会を行う」と言った時、誰も成功するとは夢にも思いませんでした。それは、アメリカの食口たちも、信じなかったのです。一九七二年に講演会をすることも、アメリカに来て初めて発表し、始めたのです。誰も知りませんでした。

その次からは、二十一カ都市を攻めました。その時は、「カーネギー・ホールを埋められるわけがない」と言われました。しかし、カーネギー・ホールをすべて埋めたので、アメリカ人たちが「素晴らしい」と考えるようになり、結局は、まともに見つめるようになったのです。その次には、三十二カ都市で引き続き講演会を行いました。

第四節 「希望の日」韓国大会と救国世界大会

韓国「希望の日」フェスティバル

「希望の日」韓国晩餐会が、一九七五年一月十六日、著名な人士七百人以上が参加する中、ソウルの朝鮮ホテルで開催された。真のお父様は、「ために生きよ」というテーマで講演され、この日の晩餐会で、指導者層の人士たちを集めた韓国の公式的な席上に初めて登場されたのである。そして、四月一日から五月十六日まで、韓国九大都市の「希望の日」大講演を主宰された。この大会は、アメリカでの勝利を韓国に連結させるためのものであり、真のお父様は「人類の新しい未来」というテーマで講演された。「希望の日」大講演は、世界統一十字軍が先頭に立って活動し、キリスト教の反対にもかかわらず、成功裏に行われたのである。

1 第二次七年路程完結まで三年を残し、お父様は一つの時代を先駆けていかなければならない使命があるので、アメリカに渡りました。キリスト教が築いた基盤は世界的基盤ですが、統一教会に反対することによって、完全に崩れざるを得なくなりました。この世界的基盤を再び収拾して統一教会に連結しなければならない天意(があり)、霊的にでも世界的に連結させなければならない天意があるので、お父様はアメリカに渡ったのです。

アメリカは民主世界を代表する国家であり、世界のキリスト教を代表する国家なので、お父様は民主世界の国家の代表であるアメリカに渡り、三年間、攻勢をかけました。キリスト教を中心として韓国では攻勢を受けましたが、世界的舞台では攻勢を仕掛けたというのです。天が優位に立ったという事実を展開してアメリカ全域を席巻する際、彼らは反対しましたが、私たちが行く道を妨げることはできず、私たちは勝利の旗を掲げ、一九七四年十二月二十九日を期して韓国に帰ってくることができました。

このような事実は、それこそ世界的な霊的運勢を一手に集めて握ったことを意味します。この国家と民族の前に、国家的基準を代わりに立てて帰ってきたというのです。そこから、この民族に霊肉を中心とした世界的事件を展開しなければなりません。

2 今は、天運が大韓民国に押し寄せてきて、私たちが責任を果たすことを願っています。天運が大韓民国に来たのですが、どこにも行くことができず、ぐるぐる回りながら、竜巻を起こしているのです。ですから、方向を提示することが、私たちの使命です。現在の時点は、このような時なのです。天運の方向を私たちが受け継いでいける道を提示すべき時になりました。統一教会で三百人の(伝道)機動隊が実際に活動するようになれば、数十万人が押し寄せてくるでしょう。このように、自ら願って共産党を打ち倒す先鋒隊だとすれば、これは世界的です。そのようになれば、日本も統一教会を立てて国家的に後援し、アメリカも後援するでしょう。全世界に、共産党を防ごうとする国があるとすれば、「統一教会、どうぞいらっしゃいませ!」と言うでしょう。統一教会は嫌いですが、共産党が憎いので、「どうぞ来てください」と言う時代になりました。百二十カ国に私たちの道を開いておいたのです。彼らは、韓国で開催される「希望の日」フェスティバルに対しても、関心をもって見守っています。

3 イエス様当時の三年路程では、ユダヤ教がイスラエルの国と合同で反駁する立場に立ちましたが、今日、アメリカを中心とした統一教会の作戦は、ユダヤ教の立場のようなキリスト教に向かって攻勢をかけていくのです。私は、韓国では攻勢を受けましたが、反対に、世界舞台で攻勢を仕掛けて勝つようになれば、韓国で被ったすべてのものを蕩減復帰することができます。ですから、三年路程を中心としてアメリカ全域を回りながら、攻勢をかける闘いを展開したのです。これが波紋を起こして、三年の期間で一大勝利を収め、すべてのキリスト教徒が認める環境を造成し、韓国に帰ってきました。韓国に帰ってきて、勝利的キリスト教文化圏を霊的に引き継いで、連結しておきました。このように連結するとともに、家庭を中心として、主体と対象の関係基盤を韓国に連結しなければなりません。今や、国際(伝道)機動隊が韓国に入ってきて一つになり、国を挙げた活動をしなければなりません。

4 世界的なキリスト教文化圏を吸収し、韓国を中心として、帰結させなければなりません。ですから、一九七四年、お父様が全世界のキリスト教の中心国家であるアメリカに行って、一つの州ももらすことなく、隅々まで巡回しました。すべて巡回しながら旋風を巻き起こし、大勝利の旗をもってくるのです。

私は、韓国では反対を受けましたが、アメリカに行って勝利しました。韓国は国家的基準ですが、アメリカは世界的基準です。国家は世界的基準に含まれます。ですから、国家を越え、世界的基準を築いたのです。今までは国家圏内で私が攻勢を受けましたが、今からは世界的基準で私が攻勢をかけるのです。反対です。蕩減するのです。勝利したので、天運を集めて韓国に来たのです。

5 お父様がアメリカで勝利した基盤を総合した一つの材料が、マディソン・スクエア・ガーデン大会です。これが一九七四年までの三年期間の実りです。

それを中心として、七五年一月十六日の「希望の日」韓国晩餐会の時、お父様自身が、初めて韓国の公の席上に現れました。そこには、社会的に地位の高い人々がたくさん来ました。民主世界文化圏の影響を受けた人々が韓国で主導的な役割を果たしていますが、彼らが外信を通して調べてみると、文先生という人は普通の人ではないというのです。そのような人々が晩餐会に参加しました。

そうして、一九七五年を中心とした一つの作戦が始まったのです。それを起点として、お父様が登場しました。聴衆の中で、反対していた人が顔を赤くし、事前に理解できなかったことを恥ずかしく感じながら、「そうでなければならない」と言わざるを得ない立場に立たせた日が、正に一月十六日です。

その次には、統一教会の祝福家庭を立てなければなりません。それが一九七五年二月八日の千八百双の祝福結婚式です。統一教会の祝福家庭が国際的に結ばれることによって、この民族の前に確固不動たる基盤が築かれたのです。千八百双の祝福結婚式を開催することによって、全世界を一度、揺さぶっておきました。

その次には、国民の前に影響を与えなければなりません。世界の統一教会員とこの国民のうち、どちらがより強いか見てみようというのです。誰が主体かというのです。それを示してあげたのが、「希望の日」フェスティバルと七百人近い国際(伝道)機動隊員たちの活動でした。ですから、天的運勢から見ても、統一教会は勝利するようになっていたのです。

6 誰がいくら反対しても、統一教会は勝利しなければなりません。それは、原理観がそうであり、神様の摂理のプログラムがそうだからです。今まで誰もできなかった歴史的な旋風を巻き起こすという所信を、お父様はもっています。私が打てば、キリスト教は反対しようとするのですが、いくらしてみたところで、付いてくることができないというのです。このような闘いが、予想したとおり釜山から起きました。大邱(テグ)でも反対しました。ソウルから、仁川、全州(チョンヂュ)、光州(クァンヂュ)、大田(テヂョン)でも同じでした。そして、汝矣島広場にまで来て、反対をしたのです。そのような闘いを汝矣島広場でもしましたが、勝利を収めました。国家と民族を動かせるようになったのです。私たちには内的な力があるというのです。イエス様の時代の氏族的基盤を、皆さんが各分野で築き上げ得る根が、全国にすべて張られるようになりました。まだ芽は出ていませんが、ここに接ぎ木すれば、一気に大きな木になることができると考えます。結局、汝矣島広場を中心として、国家を凌駕し得る基準を成し遂げたのです。これは、人間の力でしたのではありません。天運がそのような竜巻をこの韓半島で起こしたのだと考えるのです。

7 韓国は国家体制を備え、ある基準で共産世界を凌駕できる経済的基盤を立てましたが、思想的な面では凌駕できる何の対策もありません。このような精神的武装に、今日、キリスト教が責任をもつことはできないというのです。そのようなことが私には分かったので、統一教会が精神的武装をする責任を果たさなければならないという思いで、今まで世界舞台と連結させ、準備してきたのです。そのような事実が、外的、内的に現れた結果を見ることができるのが、「希望の日」フェスティバルの大会です。

救国世界大会

韓国の歴史上、類例を見いだせないほど大規模な勝共大会である救国世界大会が、一九七五年六月七日、六十カ国から来た千人以上の代表をはじめ、全国各地から百二十万人がソウルの汝矣島広場に詰めかける中で開催された。真のお父様は、「世界の中の韓国」というテーマで講演された。特に、世界各国の代表が、信仰の祖国であり、聖域である韓半島を保護するために国際義勇軍を編成し、有事の際には参戦することを宣言するなど、救国の喊声と熱気が天をつく大会となった。

8 国際(伝道)機動隊がアメリカから日本を経由して韓国を訪れたのですが、摂理的な流れがそのようになっているので、そのような作戦をするのです。復帰時代なので、お父様がアメリカに行って旋風を巻き起こしたそのすべてのものが、日本を経て韓国にまで入ってこなければなりません。そのように、世界的な第一次霊的世界イスラエル圏と第二次キリスト教イスラエル圏を、肉的な第三次世界的イスラエル圏に結びつけなければ、第三次国家的イスラエル圏が第三次世界的イスラエル圏に発展することはできません。これは、摂理上における必然的な帰結であり、歴史的な帰趨です。

9 韓国は、摂理史的な立場から見るとき、総合文明圏を形成して統一しなければならない使命が残っています。兄弟同士では一つになれません。父母が来てこそ、統一することができます。兄弟たちが争うのを、韓国が「統一思想」によって統一できるというのです。このようになることにより、神様を中心とした理想的な祖国が創建されます。そこから世界は、初めて平和の世界、一つの世界、統一の世界、勝利の世界に収拾されていくでしょう。そうして、地上に天国を形成すると同時に、神様と一致しなければなりません。天上天国の主体であられる神様を地上にお迎えし、統一された一つの天国を形成しなければなりません。これが、統一信徒たちが果たすべき使命です。そのような基盤のもとで、初めて父母と子女が一つになることにより、平和の天国生活が始まるでしょう。「希望の日」フェスティバルを勝利に導いたので、汝矣島での救国世界大会も勝利に導かなければなりません。ここで勝利した内容と材料をもって、日本とアメリカと自由世界に影響を及ぼさなければなりません。この大会は、霊界が総結集し、世界の人が総結集して、未来において私たちの子孫が希望の基盤として眺めながら、祝福を待ち望む大会にならなければなりません。ですから、神様の解怨成就、人類兄弟の解怨成就、今後の希望的な後代の解怨成就をすべて完結できる大会が、正に救国世界大会なのです。

10 一九七五年四月一日から全国九カ都市で「希望の日」フェスティバルをすることによって、統一教会と統一教会の人々が表に出たので、キリスト教ではそれを憎むのです。霊界から啓示を受けた人が、「今回、統一教会に負ければ、キリスト教は終わりだ」と言ったというのです。「ひたすらがむしゃらに闘って統一教会を滅ぼさなければならない」と言いながら、ありとあらゆることをしましたが、私たちは滅びませんでした。完全に圧倒してしまったのです。蘇生の釜山から長成の大邱、完成のソウル、そして、仁川を経て全州、光州、このように九つの都市に付いて回りながら反対しました。とにかく、彼らは、もはや思い残すことはないでしょう。

そして、六月七日、汝矣島広場の救国世界大会の時には、「雨よ、降れ」と祈り、「雨が降らないなら、その代わり、反対に太陽が燦々と照りつけるようにしてほしい」と祈ったというのです。このような闘いをして、結局、統一教会が表に出たというのです。そうして、個人として現れ、家庭として現れ、私たち全体として現れ、その次に民族として現れなければなりません。

11 統一教会自体で見れば、汝矣島広場の救国世界大会は一つの冒険です。大きな冒険です。その広場を満たすというのは冒険ですが、私たちがこのような大掛かりなことを行うのは、この時代の運勢に合わせることになるのです。神様の摂理から見るとき、この時がどのような時かが分かるので、この時代に合わせて、このような大会をしなければなりません。

今、韓国は全世界が注目する情勢に直面しています。韓国の動きは、韓国自体だけでなく、全世界に影響を及ぼすことができる段階に入ってきました。韓国が直面していること自体を見れば、民主世界が勝利へと進む道を模索するか、もしくは共産世界が勝利する道が形成されるかという、分かれ道に立っているのです。

ここで、誰が道案内をするかが問題になります。誰が先に、ここで天運に合わせられる旗手の使命を果たすのでしょうか。民主世界が勝利するためにも、ある動機となる個人なら個人、団体なら団体、国家なら国家が存在しなければなりません。

歴史は、個人を中心としたり、団体を中心としたり、あるいは国家を中心とするなどして、必ず新しい次元に転換されて発展していくのです。このような緊迫した実情において、もちろん大韓民国が天の運勢に合わせようとしなければなりません。しかし、大韓民国自体は、天がどのようにして、大韓民国を通して世界に行こうとしているのかが分かりません。

ですから、ひとえに、これを知っている、宗教を代表したある団体が責任をもたなければならないというのです。その宗教団体の中でも、統一教会がそのような旗手の使命を果たさなければなりません。このような責任を統一教会が果たそうといって進み出たのが、ソウルの汝矣島における救国世界大会です。

12 韓国政府打倒が、全世界の共産勢力の宣伝目標になっています。アジアで最後に残った西欧文明圏の基地が、まず韓国です。共産勢力は次に、日本解放を主張するでしょう。その次には、アメリカ解放を主張するでしょう。これが、公式的に展開されるのは間違いありません。ですから、内的に韓国の統一教会と、日本の統一教会と、アメリカの統一教会が完全に結束し、韓国と日本とアメリカを席巻して、主導的な旗印を掲げなければなりません。今や、そのような時が近づきました。韓民族は、塗炭の苦しみの中で死ぬか生きるかという時点にいます。そのため、今、私たちは国を挙げた「希望の日」フェスティバルを掲げて現れました。こうして、宗教的基準で統一教会にはかなわないという勝利的実績を見せてあげたのです。これが、国民運動として、国を挙げて同胞とソウル市民を糾合し、世界に宣布する救国世界大会です。

13 私は、今まで日本の国を動かすために努力し、アメリカの朝野で、新しい文明圏を形成できる雰囲気をつくるために努力してきました。韓国は、韓国自体だけでは、今後、生きていくことができません。三千四百万が団結して北朝鮮の共産党を打倒したとしても、その後ろに残った中共とソ連を克服できないのです。今日の共産主義は、神様に代わり、悪魔を中心とする宗教形態を背景として登場しました。神側の宗教を中心とした統一文化圏の世界国家を形成して、共産主義を屈服させなければ、世界に希望はありません。統一教会の信徒たちが、国家と国民を代表し、民主世界において神側の宗教を代表し、結束して進み出るべき時が、正に今です。韓国の統一教会員たちは、今回の救国世界大会によって、世界に精神的姿勢と誇りを植えてあげなければならないことを忘れてはいけません。正に今、この活動において、韓国の統一教会の食口たちを中心として、世界の統一教会の食口が結集しています。ここで一つとなり、歴史にない、神様のみ旨による一つの「統一思想」を中心とした勝利的旗印を、初めて表すべき場が汝矣島広場における大会です。ここで勝利すれば、世界文明圏において、神様が西欧大陸、ナイル川を中心として地中海、ローマ、イギリスを経て、アメリカ大陸で形成した文明圏を、太平洋文明圏に移すようになるのです。

14 汝矣島広場は歴史的な広場なので、今回の救国世界大会は、神様のみ前に歴史的公義の審判を受ける立場に立つのです。統一教会は、それこそ世界史的な神側に立った団体か、民族を生かすことのできる団体か、そうではない団体かというのです。

統一教会の家庭は、民族的家庭を代表して導くことのできる主体性をもったのか、統一教会の人々は、この民族と向き合って主体性を生かし得る個人個人になったのかを、救国世界大会で見せてあげなければなりません。そのような天からの公義の判定を受ける良い機会だというのです。

これだけではなく、世界人類の前に公義の判定を受けた権威を立て得る時であり、民族の前に今まで悲しく恨めしかった歴史的なすべてのものを清算し、新しい受難の代価として善意の功績による恵沢、恩徳を受けられる時だというのです。ですから、この瞬間こそが深刻なのです。

15 救国世界大会には、大勢の人々が集まるでしょう。そして、霊界から数千億が集まるというのです。皆さん一人で一万人にもなれるという決意(をもち)、六十カ国を代表する皆さんの国の国民全体が集まったというのです。皆さんの先祖と霊界が動員して、どれほど注目するでしょうか。

皆さんは、「私はフランス人だ」、「私はドイツ人だ」という感情を抜き取ってしまわなければなりません。超民族的な感情をもたなければなりません。神様の名のもとには、そのようなものがあり得ません。ですから、皆さんは、六十カ国を代表する代表者として参加したという誇りをもたなければならないのです。

16 一九七五年六月七日、国際(伝道)機動隊を中心として汝矣島で救国世界大会を行った時、キリスト教と統一教会の間に大きな争いが起きました。私たちの(伝道)機動隊は、全世界の若者が参加し、祖国光復のために入城して、反対するキリスト教、反対する主権、反対するその何ものかに対して闘ったのです。

その時は、蕩減復帰をする時です。主権的な基準の前に、今や家庭を取り戻したので、国とぶつからなければなりません。そうして、父母様を中心として、政府と一つにならなければなりません。政府と一つになり、すべてを動かさなければならないのです。国家版図を中心として、釜山、大邱、大田、ソウルの四大都市でキリスト教と統一教会が正面衝突をしました。それで、「今、国際的に後援を受ける中で復興会をしているのに、なぜ反対するのか」と言って、完全にキリスト教を降参させました。このようになって百二十万が集まったのです。

その時、韓国政府も驚きました。六十カ国以上の人々が来て、「私たちの信仰の母国を侵犯する時には、私たちが守護する」と宣布したのです。それで、実質的な面において、国と霊肉を中心として私が主導的な位置に立つのです。

17 皆さんが軍隊の訓練を受けるときには、「大韓民国のために」という観念をもって受けましたが、今からは違います。これから皆さんは、伝道して義勇軍をつくらなければなりません。支署長と面(ミョン)長、郡守(クンス)を動員して義勇軍を編成し、何としてでも彼らを教育しなければなりません。

今後、有事の際には、村に代わり、郡に代わって一つの義勇軍を編成して、何千、何万の人を指導できる自分にならなければならないという気概をもってください。お父様は、この緊急な時に、国際義勇軍をつくって有事の際に備える主導的な基盤が必要なので、指示を下したのです。

今後、統一教会を中心として、キリスト教徒たちとすべての宗教者たちまで糾合し、「義勇軍編成運動をしよう」と主張するのです。その際、郡守と警察署長まで招請し、「これは統一教会のためではない。実権は皆さんが握り、訓練だけ私がしてあげよう。幹部たちの精神武装まで私がしてあげよう」と言いなさいというのです。このようなことをしなければならない時が来ました。

18 イエス様が十字架で亡くなったのは、三年の公生涯路程の二年目の時からかみ合わなかったからです。そうして、イエス様は逆さまに落ちていきましたが、今は二年目の過程から、かみ合わずに反対に上がっていきます。一九七五年、七六年、七七年の三年の期間は、世界的な霊的勝利の基盤の上に、肉的勝利の基盤を連結させる時です。ソウルの汝矣島広場で救国世界大会を通して、国家基準を中心として霊肉勝利の条件を立てたので、それが可能なのです。そのような勝利の条件を立てたので、誰がいくら反対しても、私たちを追い出すことはできません。私たちをいくら打っても、彼らは勝利できないという原理的な絶対権限を私は知っているので、腹を決めて今闘っているのです。

19 大韓民国は、世界の運勢を迎えられる時が来たので、反対してはいけません。民族的な出動をする時が来たので、一九七五年に初めて世界の若者たちを韓国に連れてきて、韓国の若者と一緒になって、「希望の日」フェスティバルという、歴史にない、国を挙げた大行事を挙行することができました。ですから、「希望の日」フェスティバルには、我知らず、勢いに押されて数多くの人々が集まりました。どんな宗教の集会もかなわない歴史的な記録を破ったのが、一九七五年の「希望の日」フェスティバルでした。このような基盤を基にして、国家的な勝利の基盤に連結したのです。イエス様の時代に、霊肉を中心として国家と世界を連結できなかったので、一九七五年に霊肉を中心として、国家基準と世界基準を完結しなければなりません。

このような摂理観があるので、一九七二年から父母様が本格的にアメリカで活動したのです。韓国の統一教会が、霊的基準では国家より高い位置、主導的な立場に立ちました。キリスト教が反対しても、統一教会が問題の中心となり、すべての人々の関心を呼び起こせる宗教となって、霊的な国家的勝利基盤の上に、霊的世界基準のキリスト教を連結するためのものが、アメリカにおける三年間の作戦でした。そうして、一九七五年に勝利の霊的基盤を世界的に連結し、ようやく大韓民国に来て、霊肉を中心とした勝利の基準を決定する闘いをしたのが、汝矣島広場の救国世界大会です。

第五節 アメリカ建国二百周年の記念大会

ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会

真の父母様は、アメリカの建国二百周年記念行事を二度にわたって開催された。その一回目が、一九七六年六月一日、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会である。五万人が参加する中で開かれたこの大会は、悪天候と反対勢力の蠢動の中で行われたが、真のお父様は「アメリカは神の希望」というテーマのもと、「私は病に蝕まれていくアメリカに、医者として、消防士として来た」と訴えられた。この講演は、アメリカの誰も成し得ない歴史的宣言であった。完成路程である第三次七年路程の決戦を、世界の中心であるアメリカ、それもアメリカの中心的都市であるニューヨークで行うことにより、世界史的な善悪の分岐点において、総蕩減的な基準を立てられたのである。六月十四日付の「ニューズ・ウィーク」誌は、表紙に真のお父様の写真を掲載し、「一九七六年の人物」として報道した。

1 イエス様は、ユダヤ教を中心としてイスラエル民族を糾合するための三年の闘いで失敗し、十字架で亡くなりました。ですから、統一教会は、霊的キリスト教世界の中心国家であるアメリカに、霊肉を中心として勝利した韓国の国家的基準をもってきて、くっ付けるのです。霊的基準は世界型であり、肉的基準は国家型です。肉的基準において、国家型の基準を世界型の基準まで拡大しなければならないのが、イエス様の三年の公生涯に該当する世界的時代です。ですから、一九七六年は、イエス様の三年の公生涯路程において、二年目に該当する年です。イエス様が十字架で亡くなるようになった動機は、一年目ではなく、二年目に決定しました。一九七六年は、イエス様の公生涯の二年目、イエス様が十字架で亡くなるか否かが決定される、その期間に該当するのです。

第三次七年路程の三年路程において、二年目である一九七六年こそ、世界史的な決着をつける期間です。蘇生を経て長成数に該当します。長成数は中心数です。一、二、三の中心数です。上下、前後、左右において該当する中心数なので、復帰摂理は、常に二数を中心として決定打を加え、ここで勝利しなければならないのです。イエス様が国家的基準で勝利するか否かを決定する三年路程の二年目に十字架を負うことが決定し、その余波によって十字架を背負ったというのです。それと同じように、アメリカでお父様がこのような闘いをしているのですが、アメリカの朝野が大騒ぎです。アメリカはまた、二千年を蕩減する二百年の歴史に該当します。二百年の二数と二年目がぴったり合ったのです。今日、この二百年を二年目に蕩減し、霊的世界基盤だけを備えたところに、霊肉を中心とした世界基盤を結成できるか否かという、最後の戦線が私たちの前に残っているのですが、その戦線が、一九七六年のヤンキー・スタジアム大会です。この大会は、空前絶後の戦争なのです。

2 ヤンキー・スタジアム大会で、お父様が失敗するか成功するかという問題は、宇宙史的な意義があります。これは、神様とイエス・キリスト、また、キリスト教はもちろん、全世界の人類と統一教会、そして、統一教会の文先生の命を懸けた闘いです。このようなことをサタンは知っているので、アメリカの言論機関と私たちに反対する人々を通して、私たちを攻撃するのです。お父様が幼い頃から願い、待ち望んだその日が、ほかでもない一九七六年六月一日です。

その日が来るのは、この上なくうれしいことですが、勝利できなければ、この上なく悲惨になるのです。そのため、その日は、うれしい日であると同時に恐ろしい日です。ですから、私が壇上で勝利の旗を立てるか、敗者の旗を立てるかが問題です。もし敗者の旗を立てるようになれば、統一教会が行く道と人類の前に、悲惨なことが起きるでしょう。そのようになれば、神様のみ前に私は顔を上げることができなくなるのです。

また、皆さんはもちろん、神様と霊界のすべての霊人たち、そして、全世界の宗教が、共産世界の侵略の嵐に見舞われ、やがてこの世界は荒地になり、今までの宗教はすべて消えてしまうでしょう。共産党に踏みにじられるというのです。そのようになれば、一九八〇年にならないうちに、アメリカもすべてひっくり返ります。このようなことを知っているので、私たちはヤンキー・スタジアム大会を中心とした歴史的な責任を背負い、この戦線に立ったのです。

3 統一教会の時代圏にも、蘇生時代、長成時代、完成時代があります。蘇生時代は父母様を中心とした家庭時代であり、長成時代は大韓民国を中心とした時代であり、完成時代は世界を中心とした時代です。第三次七年路程は完成時代に該当する時なので、世界的中心であるアメリカで決戦を行うのです。それが、ヤンキー・スタジアムを中心とした一九七六年六月一日の闘いです。サタン世界の六数を蕩減し、七数に越えていく時だと考えるので、六月一日が良いとして、この日に決定したのです。

4 一九七四年までに第二次七年路程を終え、一九七五年から七七年までに第三次七年路程の三年路程が終わります。ですから、一九七六年が三年路程で中心となる年です。その年がアメリカ独立二百周年と完全に一致したのです。その決着をヤンキー・スタジアムでつけます。この場における勝利は、カインの失敗を蕩減復帰できるものであり、ノアの失敗、アブラハムの失敗、モーセの失敗、洗礼ヨハネの失敗、イエス様の失敗、今まで誤ったキリスト教のすべての失敗を、一つの世界的国家を代表してすべて結実させ、清算するのです。

ここで私たちが破格の勝利をもたらすようになれば、アメリカの宗教界と、アメリカの各界、各層で問題になるでしょう。そのようになれば、もはや父母様に対して反対するのではなく、研究しなければなりません。皆さんに対しても研究しなければなりません。宗教界でもどこでも、すべて頂上を見つめて登っていくというのです。

5 皆さんはきょう、一九七六年四月一日から六十日間、ヤンキー・スタジアム大会を支援するための全国特別復興伝道集会を行うのですが、どのようにしなければならないのでしょうか。六千年の歴史を代表して生きなければなりません。アダムとエバが堕落して落ちたことを、ここで復帰しなければなりません。ですから、縦的な六千年の歴史を、横的に六十日間で私たちが総蕩減しようというのです。

それゆえ、歴史時代におけるノアよりも、さらに一生懸命にしなければなりません。アブラハムやイサク、ヤコブよりも、さらに一生懸命にしなければなりません。そして、モーセ、洗礼ヨハネ、イエス様よりも、もっと一生懸命にしなければなりません。この期間には、父母様と韓国の食口よりも、さらに一生懸命にしなければならないというのです。そのようにすれば越えていきます。このままアメリカを放っておけば、滅びるようになっています。

この六十日間が、私たちがアメリカを生かせる期間です。滅びる民主世界を復活させ得る期間です。共産勢力の脅しを防ぐ堤防を造れる期間です。青少年たちの倫理的破綻を防ぎ得る期間になるのです。さらには、キリスト教が滅亡するのをここで防ぎ、新たに復活させることができる期間です。この期間さえ過ぎれば、神様が初めて摂理のみ旨を新しいヤコブ時代に転換させる、大宇宙史的な時代が訪れるのです。

6 今まで皆さんは、ヤンキー・スタジアム大会を支援する全国特別復興伝道集会のために六十日間活動してきましたが、五月三十日からの最後の三日間に行う作戦次第で、運命が決定します。ですから、今回の三日の期間に統一教会が運命を懸けざるを得ません。イエス様のときも、十字架の死の三日間ではなく勝利の三日間をもたなければなりませんでした。しかし、勝利の三日間をもてずに死の三日間をもつことによって、今日の霊的な世界のキリスト教が出発する歴史的転換点になったのです。

統一教会でも、世界史的なアメリカの三年路程で、ヤンキー・スタジアム大会を中心としたこの三日の期間こそ、世界の運命を決定する歴史的な期間です。ですから、皆さんと天がこの三日の期間を勝利することによって、反対していたニューヨークの境界線を越え、解放の旗を掲げて世界に出動できる起源が整うというのです。

7 ヤンキー・スタジアム大会が始まる前に、これ以上ないほどの風が吹き、雨が降りました。雨にぬれながらも、逃げることを知らず、バンドを動員してラッパを吹き、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」の歌を歌う時、どれほど痛ましい思いだったでしょうか。口では歌っているのですが、目からは涙があふれ、雨と涙が混ざって流れたのです。そのような中で、「雨がやめばどれほど有り難いだろうか! 雨よ、早くやんでくれ!」と叫びたかったでしょう。そのように考えなければ、人ではありません。心が完全に統一されたというのです。

二十分間でそのように教育できる能力は、神様だけがもっているので、私は「ああ、私の愛する神様!」と言いながら、感謝の祈りを捧げました。アメリカの若者たちに神様の心情を(十分に)理解させてあげられなかったのに、今回の行事で理解させてあげることができたのです。ですから、有り難い雨でした。

「雨よ、やめ」という心情で統一され、世の中を愛することができるその場が、神様の心情圏の場だと考えるのです。数千人がこのような思いを学んだとすれば、偉大な贈り物をもらったというのです。皆さんがその時の思いをもって、一生の間、何かに取り組めば、成功せざるを得ないのであり、神様が協助せざるを得ないでしょう。ですから、神様が、ニューヨーク市民や反対する人々よりも、愛する統一教会にプレゼントを下さるために、そのような時間を与えたと考える時、感謝しなければならないというのです。そのような意味で、きょうは「大勝利の祝福」という言葉がふさわしいのです。

8 私は、ヤンキー・スタジアム大会の三日前に、「この三日間は、イエス様が十字架で亡くなり、地獄に行って伝道する三日間に該当する期間である」と言いました。ですから、「ああ、私が話したように、三日間、雨が降った」と思うのです。イエス様が十字架で亡くなることによって、霊と肉が分かれました。み旨の半分は成就され、もう半分は成就されていないため、そのような結果と同じことがこの大会に現れるだろうという予感がありました。そのため、統一教会が肉的復活を成し遂げるためには、外的な肉的基準を中心として、打たれなければならないのです。ですから、「ここで、何かがあるはずだ」と思いました。

イエス様が、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ二七・四六)と祈る時、天にすがったのと同じように、私たちも神様にすがり、帰っていける出来事が起こらなければならないというのです。大会の日、雨が降ってみな、ばらばらになるはずなのに、私たちは団結して父を呼び求めたため、父と一つになることのできる良い機会になったのです。

9 ヤンキー・スタジアム大会で、「神様は無情だ。なぜ雨がこの時間に降ったのか」と言うこともできるのですが、お父様は、「神様! これは何でしょうか」と言ったのではなく、「ありがとうございます」と祈りました。ある日本食口の父親が霊界に通ずるのですが、彼が見たところ、雨はすべて霊人体たちだというのです。イエス様が十字架で亡くなる時、神殿の幕が裂け、死んだ霊たちが復活して下りてきたのと同じことが起こったというのです。

ですから、ここから霊界が協助するようになり、ワシントンDCに向かうのです。霊界から地上を協助できなかった時代から、地上を協助する時代に入ることにより、イエス様が霊的にこの地上に再臨復活し、キリスト教の霊人たちに働き掛けて、今後、キリスト教の運勢を集めて統一教会に結合させる時が訪れるのです。

10 ヤンキー・スタジアム大会に、七百人近い皆さんの父母、兄弟が来て、さらには韓国の同胞たちが来ていました。これを聖書の歴史で見れば、カイン・アベルと全く同じ立場なのです。今まで彼らは、すべて自分なりの観点をもって、批判的で不平を言う立場から見つめてきたのですが、この時間だけは一つになったというのです。これは驚くべき事実です。

歴史はカインとアベルの闘いの歴史です。カインとアベルの闘いで分立され、一つになれなかったのですが、ここでカインとアベルが外的、内的に一つになりました。ここに世界史的な原因があるというのです。これを見るとき、父母様は韓国と一つになる立場を代表し、皆さんは皆さんの家庭と一つになる立場を代表しているので、これさえ一つになれば、ここから世界を動かせる起源が芽生えると考えるのです。ですから、世界的な新しい出発ができるというのです。

11 一九七六年から、統一教会をなくすために、共産主義者たちが捏造をしたり、わざと共産主義の専門家たちを投入したりして、内部分裂工作をしようとするでしょう。そのような人々がたくさん入ってくると私は予想しています。先日、「デイリーニューズ」の記者が来て、三日間、スパイ活動をしたのと同じように、いくらでもそのようにできるのです。ここは公開された所なので、制裁がありません。私の一生で、アメリカに来てこのように生命の脅威を感じながら闘うのは、最初であると同時に最後です。アメリカの地におけるヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会のような闘いが、神様の願いであり、イエス様の願いであり、人類の願いであり、また、過去に来ては去った先祖たち、現在の世界、未来の子孫たちの願いだからです。すべての願いの峠がここにあり、ここで判決を下さなければならないので、このことをせざるを得ません。「希望の峠を越えよう。望みの峠を越えよう」というその峠が、正にヤンキー・スタジアム大会です。マディソン・スクエア・ガーデン大会は蘇生であり、ヤンキー・スタジアム大会が長成で二番目なので、この時が一番難しいのです。三番目は問題なく越えていくと思います。

ワシントン大会

アメリカの建国二百周年を記念するワシントン大会が、一九七六年九月十八日、三十万人が詰めかける中で、成功裏に開催された。

この大会は、アメリカの国と宗教・言論界などが総攻勢をかける中で開催され、注目を集めた。この日、真のお父様は、「神のみ旨とアメリカ」というテーマのもと、「神様は、この国に新しい啓示を伝えるために、そして、特に退廃していくアメリカの青年を救い、未来の指導者となる若者を導くために、私を送られた」と宣布された。ワシントン大会は、短期間で三十万人を動員し、アメリカの宗教集会史上、最多動員数を記録した。

12 ワシントン大会を行うその時は、六千年歴史の交差点が生じる瞬間であり、世界を懸けて天地の蕩減が生じる瞬間です。息詰まる緊迫した時間が私たちの目の前に待っているというのです。それで、ワシントンDCを攻めるのです。これを世の中の人々は理解できません。お父様は命を懸けて行うのです。私のためではありません。神様が勝利するためにするのです。人類が反対したことを完全に蕩減復帰し、収拾して越えていくために、全世界が反対し、神様が協助しなくても、私は行くのです。お父様は、「私だけが残った」と思いながら、息詰まる時間に向かって越えていくというのです。かわいそうな人です。孤独な人です。神様が協助することもできません。

皆さんは、お父様の手によって仕方なく引かれていくのです。皆さんが行かなければ、皆さんの国と皆さんの先祖が滅び、皆さんの息子、娘が滅びます。ですから、イエス様が十字架で亡くなる時、「わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい」(ルカ二三・二八)と言ったのです。皆さんは、お父様のためではなく、皆さんの国のために、皆さんの子孫のために行くというのです。私のために行くのではありません。私のために行く必要は一つもありません。

私は皆さんの世話にはなりません。私がやらなければ、皆さんの国を滅ぼし、皆さんの先祖と子孫を滅ぼすだけでなく、世界を滅ぼし、神様を滅ぼすことを知っているのです。私が行かなければ、世界が滅び、神様が滅びるというのです。ですから、死んでも行かなければなりません。お父様が六十一歳になるまでに、世界的路程を蕩減する夢を実現できる最後の峠がワシントン大会です。これは、生きてゴルゴタを越える峠だというのです。

13 ワシントン大会を中心として、アメリカの国務省、法務省、すべてが反対しました。世界全体が反対し、お父様に対する追放運動が起こったのです。その期間に、私は世界に宣教師を送り、完全に相手になって取り組むことができ、全世界からの反対に立ち向かえるようにしました。全世界から総攻撃を受ける中で、ワシントン大会を中心としてつばぜり合いをしたのです。

ここから個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な蕩減条件を中心として、完全に清算して越えていきました。統一教会が現れて以来、全世界、サタンが統一教会を押し出そうとした最後の戦争でした。

14 ワシントン大会は、お父様や統一教会のためにするのではありません。統一教会にとっては損害が大きいのです。人的資源において犠牲になり、経済的に犠牲になり、すべての面において犠牲になっています。お父様は死を覚悟して行っています。

ヤンキー・スタジアム大会の時には、十二の団体が私の殺害を企てたという知らせを聞きました。ワシントン大会にはもっと来るでしょう。反対派たちも、ワシントン大会が最後の峠なので、私自身が総力を注ぐことを知っているのです。彼らも今、持てる力を尽くしてクラブをつくり、謀議をしています。「暴動を起こすなど、どのようなことをしてでも、これを失敗させなければならない」と言いながら、共産勢力まで謀議に加わっているのです。国務省など上部機関を通して、お父様が会場に来られないようにしようと、ありとあらゆることをしています。

15 一九七六年を中心として、統一教会は世界的に迫害を受けました。その中でも、三十七カ所に宣教師を送りました。最大の迫害期間に、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会を行いました。ワシントンDCの三十万人大会もそうです。ヤンキー・スタジアム大会が終わったあと、私たちはワシントン大会の許可を受けました。アメリカ政府は許可せざるを得なかったのです。四十日で歴史的な大会を行うというのです。ですから、アメリカ政府は非常に慌てふためきました。アメリカ政府としても、手がつけられなかったのです。後退せざるを得ませんでした。神様は、世界的に宗教の自由がある民主主義制度をつくりました。再臨時代のみ旨を保護するための方便としてつくった主義が、民主主義です。

16 ワシントン大会のために、私は原稿を四回も書きました。何度も祈り、精誠を尽くしても整理できませんでした。神様はなぜ、そのような作戦をされるのかというのです。その日はだんだんと追ってくるのに、語る内容が決まらなかったので、私の心は言い表せない境地に入りました。それで私は、一週間前までこの状態が続くだろうと思いました。天は、私のことを知らずに、そのようにするのではありません。私が語るその時間には、天が必ず働いてくださると考えました。そのようになればなるほど、必ずその言葉には不思議と引き寄せる力が生じ、不思議と愛の心情が溶け出し、不思議と人々が巻き込まれてくるだろうと考えたのです。それで、ワシントン大会をするその時間に、人々が霊的な雰囲気に巻き込まれ、我知らず歓声を上げたのではないかと私は思います。

17 一九七六年九月十八日、ワシントン大会の時、私は死刑宣告を受けた人が刑場に出ていくよりもっと深刻な心境でその場に出ました。その前は、朝を夕方と勘違いしたことが何度もあり、夕方を朝と思ったことが何度もありました。それは、私と神様だけが知っているのです。

それを、お父様にとって歴史上最高の精誠を尽くす一つの転換点と定め、万民のための祭祀の日として神様のみ前に設定していきました。神様はこのような時間を迎えようと待っていたため、その時間に出ていく私自身は、「祭司長の責任を負い、世界に代わり、数多くの宗教に代わり、神様の心情を地上に引き下ろさなければこの世界が滅びる」と考えたのです。その日、あそこまで大勢の人々が集まり、整然と事故なく大会を執り行えたのは、お父様がしたことではなく、神様がしてくださったことだというのです。

18 アメリカで、お父様が個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的な蕩減条件を立てて上がっていったという話は、皆さん

には分からないでしょう。言葉では何となく分かるのですが、よくは分からないというのです。ですから、世界的な蕩減条件を皆さんに強調するのです。ワシントン大会には、そのような意義があります。

私の一代で最も深刻だった時が、ワシントン大会だと思います。その時の心境は、天地と全人類を前にして、刑場に出ていく人の心情でした。絞首台に上がる気分だったというのです。それほど霊界も深刻であり、地上も深刻でした。

19 一九七六年に行ったニューヨークのヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会は、世界的事件です。ですから、アメリカの人々がお父様を、良かれ悪かれ、すべて知るようになっています。私の責任は果たしました。それゆえ、西洋で生きて霊界に行った霊人たちや、アフリカで生きて霊界に行った霊人たちが、私を讒訴することはできません。そして、地上で生きている人類も、私を讒訴することはできないのです。

ですから、一九七六年は、お父様と統一教会の年だと結論づけることができます。「ニューズ・ウィーク」では、お父様を一九七六年に「今年の人物」として記事を出しました。その人々は、私のことが好きで記事を出したのではなく、それが事実なので出したのです。

お父様は、霊界にいるすべての霊人たちと、地上の人類に対して責任を果たしました。アメリカの国民に対して責任を果たし、悪い人ではなく良い人であると言えるよう、ワシントン大会を通してすべて成し遂げておいたのです。反対していた人も称賛せざるを得ず、「お父様は傑出した人だ」と言わざるを得ないように、結論を下しておきました。

20 ワシントン大会を中心として、私がアメリカに来てこれまでしてきた闘いが一段落したことを宣布します。私が一九七一年十二月十八日、ワシントンDCに着陸しながら考えたことは、「昔、イエス様はローマで闘うことができなかったが、私は民主世界を代表するアメリカの地で闘い、勝利に導くことができるか」ということでした。その時の思いが、今も鮮やかによみがえってきます。

これまで、アメリカの言論機関と全国民が統一教会と私に反対しましたが、その反対を突破し、今日、私たちがこのような大会まで執り行ったという事実は、神様が生きていらっしゃるという証拠を如実に見せてくれたものだと思います。

アメリカの三大大会勝利とモスクワ大会宣言

ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会、ヤンキー・スタジアム大会、また、ワシントン大会の三度にわたる大規模集会は、蘇生、長成、完成の三段階の勝利を意味し、摂理史のすべての失敗を、世界的国家を代表して清算するという意義もある。真のお父様は、ワシントン大会の翌日の一九七六年九月十九日、共産世界の解放のために、次の大会はモスクワで開催することを公表された。モスクワのクレムリンを切り開いてこそ、神様と人類の解放が起きると語られ、真の愛を通して世界の隅々に自由の鐘を響かせようと力説されたのである。

21 今日、アメリカは世界の縮小版です。アメリカの運命は、世界の運命と神様の摂理を左右するでしょう。神様は、この国で展開しようとする明確な計画を立てていらっしゃいます。私はヤンキー・スタジアム大会で、「もし皆さんの家庭で病が発生すれば、外部から医者を連れてくる必要がないでしょうか。もし皆さんの家から火が出れば、外部から消防士を連れてくる必要がないでしょうか。神様は、私に医者と消防士の責任を任せてアメリカに送られたのです」と語りました。

一九七六年九月十八日のワシントン大会でも私は、「神様は、この国に新しい啓示を伝えるために私を送られました。そして、特にアメリカの未来の指導者となる若者たちを御自分のもとへ導くようにと、私を召されたのです」と宣言したのです。

22 一九七五年六月七日、六十カ国の代表たちが参加する中、韓国で百二十万の救国世界大会を開催しました。これは、国家と国民、実体を中心として、勝利の立て札を立てたことになります。今やアメリカで三年路程と連結すれば、霊肉の実体を中心として、アメリカが新しい一つの希望の国へと前進することができると考えるのです。これが摂理観です。ですから、アメリカのニューヨークにあるマディソン・スクエア・ガーデン、ヤンキー・スタジアム、ワシントンDCにおいて、三次にわたる国を挙げた大会を行うことにより、韓国で築いた勝利的結果を、アメリカの地で実体として成し遂げるのです。それにより、世界的な一つの中心型をつくり上げて、新しこを開くことができるのです。

23 ワシントン大会までは、激戦を繰り広げなければなりません。マディソン・スクエア・ガーデン大会によって、初めてアメリカ国民が驚き、「いやあ、レバレンド・ムーンはこのような人なのだなあ!」と言ったのです。大会の前日、私たちが開いたバンケットにCBS放送編集部の副責任者が来て、私に「レバレンド・ムーン、自信はあるのか」と尋ねるので、「自信がある」と答えました。「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」などが不可解な出来事として捉え、「その会場をどのようにして満たすのか」と言いながら、懐疑的な目で見ていたのが、ほんの数日前のことのようです。

彼らとしては、アメリカの言論機関で実施した今までのあらゆる調査を通して考えてみるとき、それは不可能だと思えるのですが、「自信がある」と言うので、不可解でありながら、それが非常に新鮮だというのです。

しかし、私が知っている天は、彼らがコンピューターで出した統計を凌駕できる能力があると確信していました。そうして、想像を絶する意外な破格の勝利を収め、その時から世論の注目の的になり始めたのです。「この団体は、強力な団体である。レバレンド・ムーンは問題の男である」と言いながら、世論が総攻撃し、集中砲火を始めました。一九七二年からの三年間で、お父様が世界的にうわさとなりました。アメリカの全国民が知らなければならず、自由世界の国民全体に三年間で知らせてあげなければならない責任があったのです。

24 最初は、アメリカの食口全体を糾合し、国際(伝道)機動隊を編成して全米を巡回しながら、マディソン・スクエア・ガーデン大会からヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会まで行うことを内密に話しても、誰もが「信じられない話だ」と思いました。

まず、統一教会員たちが信じることができませんでした。ですから、アメリカの一般大衆が信じてくれることを願っても、それはあり得ないことです。そのため、一般の言論機関や有識者たちは、「アメリカのことを知らない一人の男がアジアから現れても、何日かすればいなくなる」と度外視したのです。しかし、彼らが見つめるのは平面的な観点からであり、私が見つめるのは立体的な観点からです。横的に見つめる全体の力よりも、縦的に見つめる全体の力が常に強くなければならないという信念を、お父様だけがもってきたのです。

25 一九七五年から七七年までの三年の期間に、世界の統一教会は受難の道を歩んでいます。ですから、ヤンキー・スタジアム大会は、アメリカだけでするのではなく、全世界が一緒にするのです。この三年間の世界的な受難の道のうち、二年目の一九七六年に、ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会で勝利し、その次に、ワシントン大会で勝利するようになれば、三年の峠を越えるのです。もしヤンキー・スタジアム大会とワシントン大会に勝利し、一九八一年まで通過すれば、共産圏は私たちの門の中に入ってくるのです。そのようにさえすれば、七年間のうちにモスクワまで到達するだろうと、私は考えます。これが原理観です。万一、ここで誤れば、また二十年延長されます。共産勢力を押しのけることができなければ、多くのキリスト教徒が虐殺されるでしょう。血を流すようになるというのです。このような恐ろしい歴史的時代が待っているのです。これは、漠然とした話ではありません。歴史は、原理観的な立場で発展してくるのです。

26 統一教会で祝福を受けた家庭全体が動員され、民族を感化しなければなりません。このようにしていけば、必ずプラス的な立場で世界に前進できる舞台が現れるのです。間違いなくそうです。自由世界であれば自由世界を一つにしたあとに、プラス、すなわち主体となり、ソ連や共産世界に必ず影響を及ぼすようになるというのです。

そのような観点で、お父様はワシントン大会後、モスクワ大会を宣言したのです。ですから、今、モスクワ大会のために激しい勢いで準備をしています。皆さんが知らないソ連の衛星国家の地下で、この時間にもみ旨のために命を懸けた闘争が繰り広げられているというのです。

27 ワシントン大会後、モスクワ大会を宣言しました。そのため、共産主義追放運動を私が展開し、文化使節を通して共産世界のすべての文化活動にブレーキをかけるでしょう。今、その運動を始めています。共産主義者たちを追放するのです。ですから、皆さんは共産主義者たち以上にやらなければなりません。サタンは、力が弱いときに占領し、攻撃してくるのです。今まで私一人の開拓時代には、そのようなことを物ともせず、沈黙と無言で歩んできました。

第一回の三次にわたる七年路程が終わり、子女たちが第二回の三次にわたる七年路程を出発するときには、万全の準備をして、強い信念と強い体力を備え、その伝統を残さなければなりません。共産世界は、皆さんが引き受けて闘わなければなりません。私が父母の立場で闘うことはできません。また、銃剣を持って、力で闘うことはできません。愛をもって闘わなければならないのです。共産主義者たちは、民主世界を滅ぼして共産世界をつくろうとしますが、私たちは民主世界も救い、共産世界も救ってあげる体制をつくらなければなりません。

「天勝日」と「地勝日(天地勝利の日)」宣布

真の父母様は、一九七六年十月四日、アメリカ、ニューヨークのベルベディア修練所において、ワシントン大会の勝利記念集会をもたれ、この日を「天勝日」と宣布された。ワシントン大会を通して、霊肉を中心とした世界史的勝利基盤が整ったことを宣布されたのである。そして、真の父母様は、一九七七年二月二十一日、ニューヨークの世界宣教本部において、十一カ国七十四双の祝福結婚式を主宰された。続いて、二月二十三日、真の父母様の御聖誕日に新しい時代の宣布と「地勝目」を制定、宣布されたのである。

28 私は新しい時代、新しい真理を宣布するために、アメリカに来ました。人々が私を受け入れようと受け入れまいと、それを宣布することが、神様から与えられた義務です。それは、神様が私に現れ、「アメリカに行って真理を伝えなさい」と語られたからです。アメリカでの巡回講演を通して、私はこの宣布の任務を多少なりとも完遂しました。「希望の日」フェスティバルを行った期間に、五十州を歴訪しました。それは。一般的な概念の伝道集会だということだけではありませんでした。それは、神様の摂理であり、霊的な面でも、大きな意味があります。霊界についてどれほど洞察し、理解しているか分かりませんが、統一教会の運動では、その世界があまりにもはっきりとしています。統一教会の運動は、横的な運動だけでなく、神様との縦的な運動でもあります。統一教会が行うすべての活動は霊界に反映され、また、霊界の出来事は私たちを通して反映されるとともに、この二つの世界が共に働くのが、私たちの運動の特徴です。横的な見解からすれば、私たちの活動は、恐らく意味がないでしょう。時には、時間と財力と精力を浪費しているように見えるかもしれません。しかし、時として、私たちが地上で行うことが、霊界を助けることになります。また、聖霊が地球上に満ちあふれるようにするための条件を造成しているのです。

アメリカのキリスト教と宗教団体は、一般的に、世俗的な考え方に傾いており、世俗的な文化に汚染され、斜陽の一途をたどっています。しかし、統一教会は違います。私たちは、統一教会の運動の中で、いかなる精神的退歩も感じません。私たちは開拓者であり、私たちの意志は活火山のようです。私がワシントン大会以降に行った様々な演説の中で、「全霊界が協力する時が正に今である」と語ったことを、皆さんは聞いたでしょう。霊界は、私たちの運動に協力する準備ができています。

私はワシントン大会ののち、一九七六年十月四日を「天勝日」として宣布しました。これを契機に、新しい時代が幕を開け、霊界では宗教間の障壁が、事実上、崩壊しました。実際に、霊たちが地上世界を協助しています。このような現象は、様々な様相を呈しながら起こっているのです。

29 今まで霊界は、すべて塀で塞がっていました。仏教を信じていた人は仏教圏に入り、儒教を信じていた人は儒教圏に入り、キリスト教を信じていた人はキリスト教圏に入り、イスラームを信じていた人はイスラーム圏に入るのです。このように、宗教ごとの系列に分かれた霊界になっていました。そうして、世界的な一時、すなわちメシヤが来る時まで自分の宗教のために準備をするので、塀を積み上げてきたのです。

人間の堕落によって生じた神様の恨とイエス様の恨、お父様の今までの恨を、すべて霊界と肉界で解ける基準が立つまでは、その塀を崩すことができません。ワシントン大会で勝利することによって、そのような恨を解くことができるようになったのです。ですから、霊界が統一されます。霊界が今や一つの組織体になり、それに従って地上も相対的に一つになるのです。

30 一九七六年十月四日は、お父様にとって忘れることのできない解放の日でもあります。私が韓国で西大門刑務所に入ってから出てきた日でもあるというのです。そこから始めて、アメリカに来てワシントン大会まで勝利し、解放を記念する一日として、この意義ある日をもったこと、二つの解放を祝うこの日を迎えたことを、有り難く思います。まずは、神様のみ前に感謝し、それから、皆さんに感謝いたします。

それで、きょうという日は、ワシントン大会の勝利を祝うと同時に、膨大な内容と天的な意義をもっているので、この日を統一教会で歴史的に守るべき記念の日として定めました。天が勝利した「天勝日」という祝祭日として定めたのです。

31 ニューヨークのヤンキー・スタジアム大会のとき、「私はアメリカが病気になったので、医者として来た。また、アメリカが火事になったので、消防士として来た」と言いました。ワシントン大会では、「退廃していくアメリカの青年たちを救い、あすの希望の若者として導くために来た」と堂々と宣布したのです。その言葉が、「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」によって宣伝されました。それでも「私はレバレンド・ムーンのことを知らなかった!」と言うとすれば、それは話にならないのです。私は自分の責任を果たしました。そのような意味で、この大会がどれほど歴史的な大会であり、一九七六年がどれほど歴史的な年であったか分かりません。歴史的な転換の年でした。

このようになって、霊界のすべての霊たちが、お父様歓迎ムード一色になりました。分かれていた霊人たちがお父様によって一つになり、歓迎するムードをつくったのです。ですから、一九七六年十月四日に「天勝日」を定めることができました。霊界には、今までは、仏教、キリスト教、儒教、イスラームの集団に分かれて多くの境界線があったのですが、それをすべて統一したのです。ですから、「天勝日」、神様が勝った日だと宣言したのです。

32 今までの神様の摂理運動の歴史において、重要な年が一九七六年です。ワシントン大会を中心として、神様が統一教会を保護し、支持して、大勝利を収めました。韓国の谷間からお父様が現れ、自由世界の中心国家であり、全世界が羨むアメリカで、ゴリアテの前のダビデのごとく、内的闘いを繰り広げたのです。皆さんも信じませんでした。しかし、事実です。このように闘うとき、天が介入し、歴史が介入し、人類が介入し、未来が介入して、「私たちが勝利した」と宣布できる日、それが「天勝日」なのです。

33 「天勝日」は、サタン世界で神様の血統を中心として、血縁関係において転換期をつくり出した世界的に代表となる日です。その次には、死亡の世界で死ぬしかなく、地獄に行くしかないこの人々に接ぎ木(の役事)をして、永遠の生命に転換させることのできる世界的な基準を立てた日です。また、死亡世界の塗炭の苦しみの中で呻吟していた人類が、神様の愛を中心として解放圏で喜ぶことができるその日を、全世界を懸けて選び出し、勝利の杭を打ち込んだ日です。

それでは、「天勝日」は、天の側を中心として、どの基準になったのでしょうか。サタン世界の個人が反対することは問題になりません。家庭的サタン反対圏、氏族的サタン反対圏、国家的サタン反対圏、世界的サタン反対圏が、真の父母の前では対抗することができず、背を向けて地獄に向かっていく時代に転換される時です。

34 私たちは、サタンの血縁世界から解放されました。サタンの生命圏から解放され、サタンの愛圏から解放され、サタンの文化背景を中心とした国家と民族、伝統から解放されたというのです。そのすべてのものがサタン側だったのですが、これから、新しい伝統を受け継いだ私たちには、個人もありますが、家庭もあり、氏族もあり、民族もあります。世界の五色人種を編成して、国家、民族解放時代に越えていっているのです。闘わなくても解放されるようになっています。「解放の世界に前進すべし!」、これを標準として誇る日が「天勝日」です。その伝統を中心として、「私たちは、一つのアダム文化圏、一つの真の父母、真の神様の文化圏を創造する勇士として生きるべし! アーヂュ!」という群れが、統一教会員です。

35 一九七七年からは、アメリカにおける私たちへの反対はすべて過ぎ去ります。三年間、国税庁から来て調査し、AP通信が大騒ぎし、国会でも大騒ぎでした。私たちは、既にそのような峠をすべて越えました。お父様とぶつかったのです。そのようにしなければ、条件が成立しません。もしワシントン大会を終わらせなければ、すべてが崩れてしまいます。上がれなくなるのです。(もし失敗すれば、)お父様が再臨することを遺言で残して死ななければなりません。キリスト教が数多くの犠牲的代価を払ったのと同じように、統一教会も数多くの代価を共産勢力に払うことになったでしょう。

しかし、ワシントン大会を終えることによって、一九七七年二月二十三日、お父様の誕生日を中心として、新しい時代に入っていくという「地勝日」(天地勝利の日)を発表するのです。今までは霊界と肉界との間がすべて塞がっていました。そのように塞がっていたものを、今や壊すのです。個人復帰、家庭復帰、氏族復帰をして破壊し、条件を立てて上がっていくのです。

もしワシントン大会がなかったならば、霊界と肉界との間が塞がってしまっていたので、霊界が肉界に降りてくる道がありません。人間の世界に来て、定着して働くことができず、少し協助しては、また行かなければならないのです。行ったり来たりしなければならないというのです。これが開かれることによって、数多くの善の霊たちが、自分の子孫の家庭、個人にまで訪ねていける領域ができました。

善の霊人たちが地上に降りてきて何をするのでしょうか。サタンと霊的に闘わなければならないので、霊的境界線ができ始めるのです。このような時代に入るので、世界が二つに分かれる現象が起きます。キリスト教も分かれ、共産主義も分かれ、家庭も分かれて、すべて分かれるのです。

一九七六年以前は、闘えば悪の側が勝ちました。悪の側が優勢だったのです。カイン側が勝っていたのです。霊界と肉界が塞がっていて、また、すべてがサタン圏内にあったからです。しかし、これからは道が開かれ、無制限に霊人たちが協助するので、闘えば闘うほどアベル側が勝利するというのです。

第六節 アメリカ議会招請講演とウォーターゲート宣言

アメリカ議会招請講演

真のお父様は、アメリカ議会の招請により、二度にわたって講演をされた。当時、真の父母様に対する関心が高まる中で、上下両院議員が招請したのである。一九七四年十月八日、真のお父様は、国会議事堂のダークセン上院ビルにて「神様の摂理の中にあるアメリカ」というテーマで講演された。この日は、上下両院議員百八十五人が参加し、み言を傾聴した。この講演は、九月十三日、上院外交分科委員長などが、上下両院議員十二人の連署による招請状を真のお父様に送付し、上下両院議員全体に公文を送ることによって実現した。二回目は、一九七五年十二月十八日、上下両院議員たちの招請を受け、アメリカ国会議事堂のコーカス・ルームで、二百人が参加する中、「アメリカを中心とした神様の計画」というテーマで講演された。

1 私は、アメリカ国会に行って講演する準備を今まで(渉外チームに)させてきました。これまで六カ月間訓練してきたのは、その目的のためです。それで、一九七四年十月八日に、私が国会に行って講演をすることになっています。ところで、アメリカ社会では、「レバレンド・ムーンは神秘の存在だ」と言っているのです。国会の上下両院議員たちも、一度も私の講演を聞かないまま、どこかに行ってお父様に関する話が出たとき、答えることもできずに口を閉じていれば恥をかいてしまう、そのような段階に入ったというのです。

今回、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン大会で、そのような雰囲気が相当に高まりました。上下両院議員が来ることができなければ、その補佐官でも必ず送ることにしたというのです。「どのような話をしたのか知らなければいけないので、送ることにした」という報告を聞きました。ですから、「レバレンド・ムーンに対して、上下両院議員の皆さんが協助してください」と言えば、間違いなくワシントン大会のために協助するだろうと思います。

2 ホワイトハウスから、国会の上下両院議員たちとアメリカ国民たちが統一教会の思想をもって武装すれば、どのようになるでしょうか。建国の中心に当たるキリスト教が没落するこの時に、キリスト教を再起させることができ、破綻しかけている家庭と倫理を再起させることができ、青少年を再起させることができ、すべてのものを復活させることのできる原動力になるでしょう。

個人的にそのような人になれば、世界的代表者になり、家庭的にそのようになれば、世界的代表家庭になり、アメリカ国民がそのようになれば、数多くの国家を代表する歴史上になかった国民になり、アメリカがそのようになれば、世界はその圏内で一つにならざるを得ないと考えるのです。

この国会にいらっしゃる上下両院議員の皆さんは、この思想がレバレンド・ムーンの思想であるとは、夢にも考えないでください。これはレバレンド・ムーンの思想ではありません。これが、神様のみ旨の中で人類に通告しなければならない、一つの深奥な真理であることを知り、これを国会に適用し、この国家、国民に対して国民思想として適用すれば、アメリカがそれこそ「神様のもとの一つの国家」という言葉のように、名実共に世界の主体的国家になることは間違いないと思います。

そうすれば、その国こそ、地上天国に違いありません。そこに、真の理想と真の愛と真の幸福と真の真理が存在できるのです。

3 何としてでも、韓民族の将来のためにアメリカの朝野に影響を及ぼし、私たちの基盤を拡大していかなければなりません。ですから、ニクソン大統領を支持した問題を経て上下両院の基盤をつくり、国連の舞台で活動し始めたのです。何としてでもアメリカ議会に足を踏み入れておこうと、彼らの前に行って講演までしました。それとともに、政治(家)だけではなく、政治的影響力をもった人々を通して国民との関係基盤を確保し、世論全体の基盤が必要だったので、そのような世論基盤を築き、今やアメリカで私は相当に有名になりました。

私が最初に彼らに会った時、「二年間でこのような旋風を巻き起こすが、あなたは信じるか」と言うと、「信じられない」と鼻で笑いました。アメリカで自分こそが実力者だと考え、二十年以上の功績を積んで、今や上院議員の立場にいる人々なので、「外国から来た青二才のレバレンド・ムーンという人物が、アメリカで二年間に何をどうするのか」と、鼻先でせせら笑ったのです。

しかし、今や彼らが信じるほどになりました。私が話すことは、うそではないと考えているというのです。この間、私がしたことは、大したことではありません。しかし、彼らに同情される統一教会の文某になっては絶対に発展できません。私が助けてあげなければならないのです。ですから、何はともあれ、助けになることをたくさんしたのです。

ウォーターゲート事件とアメリカの覚醒

一九七二年六月、ニクソン大統領再選のための秘密工作班が、ワシントンDCのウォーターゲートビルの民主党全国委員会の本部事務室に、盗聴装置を設置したことが発覚した。これにより、ニクソンは、大統領職を辞任する一九七四年八月まで、苦境に立たされた。真の父母様は、アメリカの精神と信仰、価値観が一大危機に直面したと判断され、一九七三年十一月三十日、「許せ、愛せ、団結せよ」という旨の「ウォーターゲート宣言」を、「ニューヨーク・タイムズ」と「ワシントン・ポスト」の全面広告で発表された。この事件によって、アメリカの経済的危機が招来し、世界的な指導力が喪失することを憂慮され、この隙を狙った国際共産主義が勢いを増すことがないように警告されたのである。そうして、真のお父様は、一九七四年二月一日、ホワイトハウスの大統領執務室で、ニクソン大統領と会談された。

4 一九七二年と七三年を中心として、アメリカの大統領が気勢をくじかれました。お父様は、ニクソン大統領に対するウォーターゲート宣言を行いました。そこで、お父様と一つになれば、生きる道があるというのです。ですから、お父様は上院議員と下院議員たちに対して、一人残らず、すべて手紙を書きました。これは偶然の事件ではありません。二年目にホワイトハウスと私たちが交差する点をもったという事実は、歴史的な事件です。ウォーターゲート事件を論じるときは、必ず歴史的に、お父様の名前が残るようになっています。これは、いくら否定しようとしても否定できません。

5 アメリカが、ウォーターゲート事件を中心として混乱した時、私は「神様に帰ろう」と叫びました。神様に帰るためには赦しを受けなければなりませんが、赦しを受けようとすれば、アメリカ国民も赦しなさいというのです。これが「ウォーターゲート宣言」です。赦しなさいというのです。他人の罪を赦せなければ、自分も赦しを受けられません。個人的に、教会的に、挙国的に、ニクソン一人を条件とし、「あなたたちもそのような姿の罪人なのだから、まず悔い改めて、ニクソンも赦しなさい」と言ったのです。

お父様がアメリカでニクソンの赦免問題を呼び起こしたのです。民主世界が没落するようになるのは、キリスト教が没落するからです。キリスト教が没落するのは、すべての国家の問題、すべての世界の問題を神様に談判して対処せず、自分の意向によって進めているからです。エデンの園で堕落する状況と同じなのです。

6 お父様自身が一人でアメリカの地に進み出た時は、一個人として現れました。天の命令を受け、三年という期間のうちに、二億四千万近い国民に、お父様の意思を伝えなければなりません。聞こうと聞くまいと、うわさを立てて知らせてあげなければなりません。それをどのようにするのでしょうか。基盤はなく、協力者もいない上に、反対までされる状況でした。そのような環境をどのようにして切り開いていくのでしょうか。直行しなければならず、心臓部を貫いていかなければならないというのです。ですから、行くやいなや有名な上院議員たちに会いました。下院議員たちにも会い、それから著名なアメリカの人士たちにもたくさん会いました。

その次は、ホワイトハウスをどのようにして切り開いていくかということでした。そこからしなければならないと考えたのです。そのような時、ウォーターゲート事件が起きました。ウォーターゲート事件を中心として、私が手を付けることになったのです。全国民が反対し、全国民が希望をなくして落胆する立場にいるので、ここでキリスト教思想を中心として、一つの方向を提示しなければならないと考えたのです。

7 私は長い間、数多くの宗教と宗教者たちを訪ねてみました。数多くの地方議員、有名な人士たちに、みな会ってみました。そして、その国の名士たちにもみな会ってみました。彼らの胸の内には、世界を救おうという考えは全くありませんでした。ウォーターゲート事件の時も、まかり間違って転べば、アメリカはどん底に落ちてしまうというのです。

数多くの宗教指導者、ビリー・グラハムのような世界的に有名な人々が、国の先頭に立って国民運動を起こし、それを防がなければならない立場であるにもかかわらず、彼らは、夢にもそのような考えをもつことができずにいたのです。ですから、東洋の一角で生まれた文という人が責任をもったのです。しかし、それは適当にやってできることではありません。命を懸けて神様に談判し、神様が願われることが何であるかを探ったのです。私は政治家ではありません。神様のみ言に従って行動する人です。国を守り、世界を守り、進むべき方向を誰かが言わなければならないようになっているのです。それを知ったので、冒険の道を覚悟しました。統一教会は、最後の決断を下したのです。

8 お父様は一九七二年、アメリカの七大都市で初めてみ言を宣布しました。その基盤の上で、一九七三年に二十一カ都市を掲げて、闘っていきました。この期間に、ウォーターゲート事件を中心として、六十日前にこれが提示され、二十一カ都市巡回路程を一月二十八日に締めくくりました。その後、ワシントンDCに来て、ニクソンにまで会うことになりました。

私が会おうと言って会ったのではなく、ニクソン大統領がその日にちを決め、自ら会うことを求めてきたのです。偶然に会ったのではありません。どこかの国の元首がニクソン大統領に会おうとすれば、一年半も前にあらかじめ、すべて約束しておかなければならないのに、私とこのように会ったのは歴史的な事件でしょう。一月三十日に国会に送る教書を発表するため、二週間、誰にも会わずにスケジュールをすべて空けておき、教書発表が終わって二月一日、あらゆる国家の代表者たち、いかなる大使たちも押しのけて、お父様に会ったのです。

会った時、お父様は、ニクソンと向き合って、「一緒に祈りましょう」と言いました。ニクソンも頭を垂れて祈りました。歴史的なその会見の直前に祈りを捧げたというのは、歴史的な事件です。劇的な会談をもちました。お父様が話をする中で、彼は、この国で誰よりも自分を愛し、自分のために心配している人がお父様であることを知って深く感謝しながら、本当に心を激しく揺さぶられ、喜んでいることを、如実に感じることができました。これを見れば、歴史的な事件に違いありません。ローマ皇帝がイエス様を招待して会うのと同じ立場だというのです。

9 アメリカ自体が、ウォーターゲート事件によって真っ逆さまに落ちていくのを、お父様によって止めることができるのです。お父様によって、キリスト教に新しい方向を提示し、アメリカを中心とした民主世界に新しい方向を提示して、彼らが志を立てるようになりました。私がニクソンに会ったので、このことが可能なのです。お父様は、神様のみ旨によってニクソンに会いました。ですから、彼に会って祈りを捧げたのです。それは偶然の出来事ではありません。人々は知りませんが、その摂理時代において、大きな峠を越えることが既に決定されていたのです。

10

私は、ニクソン個人を見て支持したのではありません。大統領職を支持したのです。これは、アメリカ国民が今後、知らなければならない問題です。国の主権者が新しい政策を立て、その国の運命を決めるときには、特権をもたなければなりません。そのような意味で支持したのです。

ニクソンがいたならば、ベトナムとカンボジアがあのようにはなりませんでした。私が予想したとおりになったのです。数十億ドルに達する武器を共産世界に丸ごと渡してしまう、国家的な恥になることをしたというのは、民主世界を指導する国家として惨敗だというのです。私がニクソンを支持したのは、ベトナム戦争をアメリカの勝利で終わらせるという目的があったからです。早く終わらせなければならないというのです。そうすれば、アジア防御圈が延長されると考えたのです。ですから、ニクソン・ドクトリンを修正しなければならないという結論に達しました。ニクソン・ドクトリンのとおりになれば、韓国の安全保障の問題は自動的に下火になっていくのです。アメリカとアメリカ大統領が一つになり、アジアと一つになる道を神様が願っていらっしゃるのに、アメリカと大統領を分立させ、これを破綻させようとしているというのです。

ですから、私は、「許せ、愛せ、団結せよ」と主張しました。そうすれば、そこでキリスト教がニクソンと一つになり、全国民と一つになるでしょう。私が主張したことが動機となってそのようになれば、お父様と一つになるのです。お父様がアメリカを救い、一つにした功労者として登場するというのです。そのようになれば、ニクソンは私に相談するようになります。そのようになっていたならば、このウォーターゲート事件は即刻、解決したでしょう。

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第六篇 第三章 日本特別巡回と世界宣教師の派遣

第六篇 第三章

日本特別巡回と世界宣教師の派遣

第一節 エバ国家、母の国である日本の責任

日本がエバ国家となった背景

真のお父様は、一九四五年八月十五日、韓国が光復を迎える中、キリスト教を基盤として神様のみ旨を本格的に展開しようとされた。そして、このような構想が実現する場合、第二次世界大戦の戦勝因であるアメリカ、イギリス、フランスを中心に、世界へ進出しようとされたのである。これらの三つの国が、アベル国家、エバ国家、カイン国家として一つになれば、世界復帰は難なく実現されるだろうと考えられたのである。

しかし、キリスト教の不信によって、このような構想が現実化されなくなると、神様は、イギリスの代わりに日本をエバ国家として立て、新しい摂理を展開された。母が子女を生み、お乳を飲ませて養育するように、日本がエバ国家として、アジアをはじめとする世界を養い、育てる国になれるよう、日本を祝福されたのである。

1 第二次世界大戦の直後に連合国と枢軸国が一つになり、新婦圏、すなわちキリスト教文化圏が新郎であるお父様に侍っていれば、四十年の悲哀の歴史はなかったでしょう。その時は、真の父母のモデル的な基準を中心として、世界的な勝利基盤の上で、すべての家庭を七年以内にここに直結させることができる摂理的な時でした。ところが、エバ圏、言い換えれば、新婦のキリスト教文化である西欧文明圏が、来られる再臨主であるお父様に侍ることができず、一つになれなかったために失敗したのです。一つになれなかっただけでなく、反対することにより、完全にサタン世界に戻りました。

ですから、お父様は荒野に追われた立場に立ち、再び上陸することによって、個人から家庭、氏族、民族、国家を形成しました。そうして、今まで世界的な迫害の過程で、世界の反対圏に蕩減条件を立ててきたのです。世界的な迫害圏、世界を代表した家庭圏、民族圏、国家圏、世界圏、天地のすべての反対を、四十年間、通過してきたというのです。

2 第二次世界大戦後のイギリス、アメリカ、フランスを見れば、エバ国家であるイギリスは、島国として、いつでも大陸を恋い慕います。アメリカは、イギリスが生んだアベルです。旧教が新教を生んだのです。フランスは、連合国側のカインです。その反対のサタン側は、日本、ドイツ、イタリアです。このように、連合国と枢軸国が対峙したのです。このように二つに分けて植えたものを、総合的な収穫期を迎えて清算しなければなりません。サタンを完全に屈服させなければならないのです。しかし、イギリス、アメリカ、フランスがお父様に反対したため、すべて失敗しました。そのようになっていなければ、当時、日本やドイツが神側に立つ道はありませんでした。アメリカを再び選択したのは、蘇生、長成がなければ成約時代が完成されないからです。再臨主が立っためにも、アメリカを復帰すればユダヤ教とキリスト教、旧約と新約を復帰したことになるので、これを再び整理しなければならなかったのです。ですから、アメリカを再び選んだのです。第二次世界大戦後に、アメリカと日本とドイツが世界的な権限をもつようになりましたが、それは、お父様がアベル国家とエバ国家、カイン国家として、それぞれ選択したからです。

3 世界を一つにするためには、民主世界圏内にカイン・アベル国家、その次には、アダム・エバ国家がなければなりません。それで、世界的に、韓国がアダム国家です。アメリカを中心としたキリスト教文化圏がお父様を受け入れていたならば、エバ国家はイギリスになるのです。

イギリスと世界のキリスト教文化圏を中心として一つにするのですが、キリスト教が反対することによってそれができなかったので、アジアに帰ってきて、韓半島を中心として怨讐の国である日本が登場したのです。復帰時代に入り、日本がエバ国家の立場なので、世界の終末時代に経済圏を整える母の責任を担うのです。エバによって失われたものを、日本が取り戻さなければなりません。

4 過去には、韓国と日本が互いに怨讐関係にありました。しかし、蕩減復帰をしようとすれば、一番愛する人と一番憎む人、一番愛する国と一番憎む国を、天のみ前で互いに相対的な立場に立てなければなりません。そのようにしなければ、天地を復帰することができません。

韓国を中心としては日本、アメリカを中心としてはドイツが、相対的な立場です。したがって、韓国はアダム型国家であり、日本はエバ型国家です。また、アメリカは天使長型国家であり、ドイツはサタン側の天使長型国家です。ですから、韓国が一つになれば、この四つの国を復帰することができるのです。この四つの国が一つになれば、世界が復帰されます。このようになることにより、霊界と肉界を復帰できるのです。天宙と世界を復帰するためには、この四つの国が祭物にならなければなりません。この四つの国を復帰するためには、韓国が祭物にならなければならないのです。

5 イエス様は、霊的勝利の基台だけをつくりましたが、父母様は霊肉を合わせた世界的な統一圈摂理によって、ここまで上がってくることができました。一九七二年から三年間、私たちが結束し、日本でも一生懸命に動けば、日本は世界的に認められる国になるでしょう。なぜなら、日本がエバ国家だからです。

今から日本は発展するでしょう。三年の期間が過ぎれば、発展するようになるというのが原理観です。ですから、それを迎えるために、特にそれを成就するために、(伝道)機動隊を編成したのです。早く人材を養成しなければなりません。

エバ国家から母の国へ

新世紀の到来を目前に控えた一九九四年から九七年まで、約一万二千人の日本女性宣教師が、世界宣教のため、約百五十カ国に派遣された。真の父母様は、世界巡回のたびごとに、彼ら宣教師を激励された。そして、このような基台の上で、一九九八年一月一日、「日本をエバ国家から母の国に昇格させる」と発表されたのである。

6 これから、アメリカは長子権の国、日本は母の国、韓国は父の国になります。韓国と日本とアメリカ、この三国は一つの国です。一九九八年四月十七日、きょうから一つの国であると考えればよいでしょう。この三つの国が一つにさえなれば、全世界をコントロールするのは問題ありません。この三つの国が一つになれば、残りの国々はすべて、あとから付いてくるようになっています。統一された平和世界が、この地上に現れるようになるのです。それが正に地上天国です。

7 父母様が選んだエバ国家が、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で父母様の命令に従う以上、長子の国であるアメリカが父母の国と一つにならなければなりません。母の国日本、息子の国アメリカが一つになって、父母様に付いてこなければなりません。すべて怨讐です。韓国と日本が怨讐であり、日本とアメリカが怨讐であり、アメリカとドイツが怨讐です。怨讐の国が一つになるには、愛によってために生き、塀をすべて崩してあげなければなりません。そのようにしてこそ、そのあとから付いてくるのです。それが摂理の清算原理です。

8 エバの国である母の国と、アダムの国である父の国が出てこなければならず、長子権の国が出てこなければなりません。アダムとエバは、堕落していなければ長子権です。その次に、父母権、その次に、王権です。個人的長子権、個人的父母権、個人的王権と国家的長子権、国家的父母権、国家的王権と宇宙的長子権、宇宙的父母権、宇宙的王権、このようになります。ですから、アダム家庭では、長子権がカインであり、父母権がアダムとエバであり、それが将来、王権になります。その次は、先祖です。神様を中心として先祖になるアダムとエバなのです。それを失ってしまったので、これを蕩減復帰しなければなりません。ですから、世界的な長子権がアメリカになっており、世界的なエバ権が日本になっており、世界的なアダム権が韓国になっています。共に暮らさなければなりません。それゆえ、アメリカも自己所有ではありません。息子の所有ではないのです。また、エバの所有、母の所有ではありません。息子の所有、母の所有がある前に、まず父の所有がなければなりません。

9 世の中には、父の国や母の国、長男の国というものがありません。父母様が韓国と日本とアメリカを、父の国と母の国、長男の国と定めました。ですから、エバは、母と父と兄の三者を思慕しなければなりません。エバにはお兄さんが必要であり、お母さんとお父さんが必要です。今から日本は、長男を養育しなければなりません。そして、母の国として、父の国と一つになる環境をつくっていかなければなりません。エバが堕落することによってすべて壊れてしまったので、それをまたつくり、元どおりにしておかなければならないのです。

10 韓国人は、韓国にだけいてはいけません。日本やアメリカに行って、(生活環境を)切り替えて暮らすのです。また、世界の人々が韓国、日本、アメリカに入籍するのです。入籍すれば、国家観をすべて忘れるようになります。アフリカの人々が入籍するようになれば、アフリカ人ではありません。歴史的環境であるとか、貧富の格差であるとか、伝統的なすべてのものが変わるのです。

ですから、韓国と日本とアメリカの三国を中心として、父の国、母の国、長子の国の伝統を受け継がなければなりません。父と母と長子を通して循環が起きるのです。

11 エバ国家である日本は、タマルとマリヤの世界的な結実体です。世界的な結実体というのは、国家を中心としたマリヤとタマルの立場にいるということです。タマルは民族的な解放、マリヤは国家的な解放の立場にいました。お母様は、天宙の解放のための立場にいます。そのような責任があるので、サタン側の長子である世界だけでなく、サタン的なすべてのものを否定して、反対に、天の側の宗教圏を抱いたのです。

そのように神様に付いていくためには、世界的なサタン圏を完全に切ってしまい、一八〇度、反対側に回っていかなければ、エバ国家、母の国の国民として、責任を果たすことができないというのが原理観です。これは、救援摂理の最終的な結論です。母の国としての責任を果たすためには、民族的なタマルの使命圏と国家的なマリヤの使命圏を越えていかなければなりません。そのようにしなければ、母の国として定着できないのです。

12 日本は母の国です。いつでも、父の国の意向に従っていける母の国にならなければなりません。アメリカが長子権に立っているなら、父母の国の意向に従っていく国にならなければなりません。また、母の国が日本であるとすれば、父と天の父母の幸福のために祭物の道を行かなければならず、すべてを犠牲にし、祭物として捧げることのできる奉献の伝統が立っていなければなりません。父に侍って暮らすことのできる生活的な中心国家にならなければならないのです。父の国のための母の国であり、母の国のための長子の国にならなければなりません。その次に、万国があれば、万国全体が父の国の安寧のために歩調を合わせなければなりません。

第二節 真の父母様の日本特別巡回

真の父母様家庭の日本特別巡回

真の父母様は、一九六五年の第一次世界巡回(真のお父様のみ来日)と、一九六九年の第二次世界巡回、一九七一年の第三次世界巡回の際に日本を訪問され、それ以外にも、数回にわたって日本を訪ねては、食口たちを激励された。特に、一九六七年六月十二日から八月十日まで、真の子女様と韓国の幹部を帯同し、日本を訪問された。

この日本訪問は、真の父母様の伝統相続に焦点を合わせたものであった。具体的には、第一に真の父母様のみ言、特に『原理講論』の相続、第二に信仰の相続、第三に祝福の恩賜の相続、第四にエバ国家としての使命完遂などであった。真の父母様は、六月十七日から二週間にわたって、中心幹部修練会を開催されたのに続き、七月八日から二十一日まで、地方巡回をされた。

1 私(お母様)は、皆さんに会った時、言葉で表現することのできない切実な心情でした。心は皆さんといつもつながっていましたが、言葉が通じないことが残念です。言語の疎通問題が今後、日本の統一教会内で問題になると思うのですが、ひとまず心を通じ合わせ、親しくなる期間をもって、似ている面を探し出していくように努力したいと思います。言いたいことはあまりにも多くあるのですが、この胸の高鳴る思いを、言葉ではすべて表現することができません。

2 お父様が一九六七年六月十二日、日本に行った時に感じたことは、信仰の本国に対する日本の食口たちの心を単一化しなければならないということでした。今までは、外国に出ていって宣教活動をする宣教師を中心に動いてきたので、一つの方向に向かって一定に進むことができませんでした。これをそのままにしておけば、時間がたてばたつほど、食口全体に良くない影響を及ぼすだろうと思わされ、また心配にもなりました。

今回、本部の幹部たちを日本に連れていったのは、地方ごとに派遣して、日本の食口たちと心情的な絆を結ばせるためでした。それで、日本に到着して二週間、修練会を開催し、その次は地方を十三日間、巡回しました。そのように過ごしたのちには、日本の重要な工場にほぼすべて行ってみたのです。なぜなら、私たちが宗教的な問題を中心として信仰運動を行うことも重要ですが、今後、韓国の国家発展という遠大な目標を念頭に置いて計画を立てなければならないからです。

それで、現在、日本産業界の実際の状況がどのようになっているのかを見ようと、十カ所以上の工場を訪問したのです。そこで感じたのは、韓国もこれからは国を挙げて団結しなければならないということでした。

3 一九六七年に日本に行った時、日本の食口たちの祝福問題について考えました。ところが、日本の食口たちは祝福を受けることは夢にも思っていませんでした。彼らは、もう二年ないし三年してから祝福をしてほしいとのことでした。それで、お父様は非常に満足しました。「自分たち個人のためよりも、心から日本のために生きることができず、心から活動することができなければ、神様のみ前に立つことができない」と言うのです。それはもっともな話です。

このような一つの事実だけを推し量ってみても、今、皆さんに新たな姿勢がどれほど差し迫って求められているかが分かります。したがって、神様が皆さんに対してどれほど大きな期待と願いをかけているかを、はっきりと知らなければなりません。

4 統一教会は、今まで日本民族から弾圧を受けてきました。しかし、お父様は一九六七年に日本に行き、大きな旋風を巻き起こしました。お父様が日本に行くというので、日本の新聞記者たちが私に会見を申し込んできました。国家の高官や首脳たちも、「会おう」と言えば快く応じてくれるので、私も会ってくれるだろうと考えたのです。

彼らはお父様のことを知りませんでした。私は、彼らに会ってあげませんでした。門前で追い払ったのです。すると、彼らは悔しく思い、あることないことを言いながら、統一教会について騒ぎ始めたのです。結局、一九六七年の日本言論界で話題の中心になりました。統一教会に関する内容がトップ記事になったのです。

5 お兄さんはお父さんの代わりであり、お姉さんはお母さんの代わりです。そのような気分をどれほどもつかが問題です。兄弟姉妹の間では、自分を中心として相手を批判しやすいからです。このような限界をどのように克服するかが、日本を離れるに当たり、心配されることの一つです。どのようにすれば、教会の指導者を父母様の分身として感じられるのでしょうか。教会の責任者を自己中心的に見つめず、神様と同じ立場から見つめなければなりません。教会責任者の成長過程や学歴などを見るとき、自分より優れていないこともあるかもしれません。ある面では、教会責任者が自分に学ぶ立場に立つべきときもあります。そのようなとき、普通の人々は、責任者を一から十まで批判するものです。お父様はそのような文化になることを憂慮しています。日本の教会に、父母のような心情をもった食口がどれほどいるかが重要です。お父様は、そのような食口たちが多くなることを願っています。

6 共産党が問題です。まず先に、韓国が立ち上がり、共産主義に対して精神武装をしなければならないので、徹底的に教育させました。今や韓国が勝共の基準を確立したので、日本も今後、勝共問題を解決する出発点をつくらなければなりません。日本は様々な面で、重要な位置にあります。摂理的に見れば、韓国と日本はアダム国家とエバ国家です。堕落は。二人のうち、エバが先にしました。エバが先に、サタンにだまされたのです。現在、日本はそのような立場に立っています。したがって、日本が自分を中心とした思いで動いてはいけません。エバが、エバ自身だけのことを考えて動くのではなく、アダムと相談しなければならなかったのと同じです。日本の若者たちの中には、何も知らずに、共産党や左翼に友好的な人々が多くいます。そのような見解からすれば、私たちは重大な責任を担っています。私たちは共産党に対して、理論的に正面から立ち向かわなければなりません。共産主義に対して、民主主義が優秀であることを見せてあげなければなりません。今までは、ずっとアメリカが後方を守ってくれたために安全でしたが、今後、いつでも無防備状態に置かれ得るのです。そのようになれば、いつやられるか分からないというのです。中共がいて、ソ連がいるので、日本としても、きちんとした計画をもって、至急に対応しなければなりません。

7 東京に行ってみると、日本共産党の看板が赤い文字で書かれ、堂々と掲げられているのを街で目にすることができます。また、彼らは真昼にも東京駅の前や渋谷駅の前で、自信をもって共産党の宣伝をしています。日本の国会でも、共産党員たちは社民党と手を結び、自民党に対して闘争を展開しています。自民党が発議したものにはすべて反対するなど、国会でも共同作戦を行っているのです。彼らがそのようにするのは、日本の共産主義者と労働者、農民全体を扇動して、彼らを一つの道具として利用し、地下基盤を強固にしようというところに、その目的があります。共産主義者たちは、そのようなことに血眼になっているというのです。

8 お父様が日本を巡回するとき、どんなことがあったでしょうか。日本の原理研究会の学生たちが、学校まで辞めて「日本を救わなければならない」と言いながら、開拓伝道の活動をしているのですが、このことについて新聞ごとに大きな話題になっていました。彼らの父母たちが、それについて新聞社に、一方では反対する投書を行い、一方では賛成の投書をしていたのです。特に、ある新聞では、統一教会に反対する内容ばかりを報道しました。

それで、私たちは、「この新聞は左翼新聞なので、勝共路線をとる統一教会が思想的に自分たちと敵対する立場であるがゆえに、私たちの教会を謀略にかけようとしている」と主張しました。すると、また違う新聞は、「統一教会に反対する報道内容は、すべて事実とは相反する」と報道したのです。このように、言論機関にも私たちに反対する側と支持する側があります。

私たちを支持する新聞は、父母たちが私たちに賛成する投書の内容を報道しています。その内容は、「青年男女たちを必ず統一教会に送らなければならない。今まで統一教会に反対した新聞の記事は、すべて偽りだ。私たちの息子、娘は、そこに行って、これこれこのような点が良くなった」というものでした。それで、お父様の名が毎回、出てくるようになったのです。

一九七三年、三度にわたる日本訪問

真の父母様は、一九七三年七月八日に日本を訪問され、七月二十二日まで滞在された。この期間中、真のお父様は、七月十一日に狭山公園で静岡以北の食口たちを対象にみ言を語られたのに続き、十二日には兵庫県の宝塚研修センターで、名古屋以西の食口が集まる中、集会を主宰された。また、真の父母様は、八月七日から十日まで、二度目の日本訪問をされた。そして、十一月十七日から二十四日まで、この年、三度目の日本訪問をされ、第二回「科学の統一に関する国際会議(

ICUS

)」で演説をされるなど、多くの行事と集会を主管された。

9日本は、二年以内に運命の審判を下さなければなりません。私たちは、いくつかの道を行くべき、重要な時点に立っています。後退することはできません。死を覚悟して、前進しなければなりません。作戦を変えなければならず、方向を転換しなければならない緊急事態に入っているのです。

改めて、決意を固めなければなりません。目的に向かって突進しなければ、日本は危険です。お父様が話したとおり、日本の情勢は流れていっています。アジア情勢も同じです。時間がさらにたてば遅いのです。一時間が惜しいのです。一時間、努力しなければ、数千年が飛んでいってしまう、悲惨な運命に置かれます。この一時間、一瞬が、危機に直面しているのです。皆さんにすべてがかかっています。

10 日本はアジアに連結される大陸を慕っています。その梯子であり、根拠地は韓半島しかありません。しかし、韓半島の上の方には北朝鮮があり、周辺ではソ連と中共が待ちかまえています。日本が被害を受ける瞬間、アジア全体が被害を受ける可能性があるのです。日本の使命は、エバ国家の使命です。自分が飢えても、アジア民族に経済援助、心情的援助をすることのできる国にならなければ、日本の将来はありません。それは当然の話です。「統一思想」を受け入れれば、日本民族は世界的な民族になることができます。日本は世界の先頭に立つ民族になるでしょう。新婦がお嫁に行ってよく尽くす場合、家のすべての世論(支持)が集中する主人になるのと同じです。ですから、日本は真の父母様と天に忠誠を尽くさなければなりません。それしかありません。使命を果たせば、日本は滅亡しないのです。

11 お父様が神様であれば、ここに集まった日本の若者たちを死ぬほど追い立てるでしょう。日本のために死ぬとすれば、その人によって、日本が本当に祝福を受けられるからです。神様は、万民のために死んだイエス様のように、犠牲となる人を祝福することができます。皆さんは歴史始まって以来、誰よりも深刻な立場で、強い愛国心と忠誠心をもって公的な立場に立ち、日本民族のために先頭に立つことを願います。どれほど素晴らしいでしょうか。どのみち一度は死ぬ人生をそのように生き、それ以上の真心を尽くした愛の心で死ぬという人がいるとすれば、永遠にこの一人を通して、神様は日本を祝福せざるを得ません。神の国は、皆さんの中からよみがえるでしょう。

12 日本は、アメリカ、フランス、イタリアなど、西洋文明圏に対して新しい先駆者となる東洋の代表国家になり得るでしょうか。日本は、「エコノミックアニマル」と呼ばれています。これは、気分の悪い言葉です。世界の多くの国が、世界の中に多くの名前を残してきましたが、日本は何を残しているでしょうか。日本は、日本のために生きています。このような日本人が、日本のために生きるのと、世界のために生きるのとでは、どちらが素晴らしいでしょうか。

日本人が世界のために生きようとすれば、過ぎ去った歴史を蕩減し、新しい伝統をつくらなければなりません。先祖たちが誤ったすべてのことを正していかなければなりません。ですから、皆さんは歴史的に先祖が犯した罪を蕩減復帰しなければなりません。現代の日本が犯した罪も、蕩減復帰しなければなりません。そのようにしてこそ、私たちの時代が来るのです。過去を蕩減できなかった人は、自分の理想的な現実を迎えることができません。日本がために生き、血と汗と涙を流しながら真の基準に符合する実績をもつことが重要です。完全投入しなければなりません。

一九七四年、四度にわたる日本訪問

真の父母様は、一九七四年二月一日、アメリカのホワイトハウスでニクソン大統領と会談されたのち、イギリスのロンドンを経由し、五日に日本を訪問して、二月八日まで滞在された。そして、四月二十二日には、二度目となる日本訪問をされ、四月二十五日まで滞在された。続いて五月六日から十三日まで、三度目となる日本訪問をされ、七日に東京の帝国ホテルで「希望の日」晩餐会を主宰された。この日の行事では、大蔵大臣と農林水産大臣などの閣僚と、四十人の国会議員をはじめとする千八百人以上の各界主要人士が参加する中、真のお父様は、「ために生きる」というタイトルで講演をされた。また、アメリカで四十カ都市大講演会を終え、この年の十二月二十五日から二十九日まで、四度目の日本訪問をされた。

13 世界の問題は、各国が互いに求める中心的基準が立っていないために生じます。もし、世界万民が慕い、求める核心を得られるとすれば、そこから新しい方向を見いだすことができます。統一教会は、日本で最も難しいことに責任をもとうとしています。動揺する日本で、動揺しない希望をもち得る基準を今、立てなければ、もう遅いのです。

ソ連やアメリカも解決できない問題を解決できる道を探し出した人が、正にお父様です。今から何十倍の数を、どのように集めますか。個人伝道も必要ですが、団体伝道も目標に定めて行わなければなりません。今、どれくらい緊急にキリスト教を動かせるでしょうか。団体を動かさなければなりません。日本の将来は、待ってくれません。日本を中心に、伝統の基準をどれほど積み上げるか、世界の中心を誰が養成するかが重要です。日本の若者を立て、世界の中心的伝統基準を立てようというのが、お父様の考えです。

14 今まで、日本の教会では信仰基準が間違って整理されていました。カインがアベルに屈服すればよいのでしょうか。もちろん、絶対服従させるのはよいのです。しかし、それだけでは通じません。カインを服従させようとするなら、自分自身(に投入すること)の三倍以上を投入しなければなりません。そのようなときに、一つ復帰されるのです。これが原理原則です。なぜなら、蘇生と長成はサタンがもっていて、完成基準が神様の基準として復帰の基台になっているからです。三倍投入すれば一つ戻ってくるのが、復帰路程の原則です。

15 父母様が地区長、あるいは教会長に任命した人が、「私はアベルであり、あなたたちはカインだ。直ちに服従せよ」と言ってはいけません。父母様が公職者を任命すれば、「アベルになりなさい」ということであって、アベルになったから任命するのではありません。人事措置は、「アベルになることを期待」する任命であって、「アベルになった」という任命ではありません。そのような理由ゆえに、日本教会が発展できなかったのです。多くの人々が心情的に傷つき、離れるからです。このような現実的問題を確かな原理的観点で解決しなければ、取り返しのつかない問題が起きるでしょう。私たちの行くべき道は忙しいのです。死ぬ前にこの蕩減の道を清算していかなければ、神様の元に行くことができません。まず信仰の基台を勝利した土台の上で、実体基台を勝利しなければなりません。実体基台は、サタンを自然屈伏させなければ、勝利できません。神様が旧約時代、新約時代、成約時代の三時代を通して得ようとされたアダムの実体を、現実世界で成し遂げたという基準を立てようとすれば、迫害を受けても離れない三人の弟子をもたなければなりません。

16 なぜ、日本の統一教会が発展しないのでしょうか。皆さんの信仰姿勢がよく確立されていないからです。地区長たちの観念的意識は、天的に通じる基準に立っていません。地区長は、命令だけしてはいけません。寝るときも、食口たちをまず寝かせる父母の立場に立たなければならないのです。良いものがあれば、食口たちにまず与えなければなりません。良い服があれば、自分が着てはいけません。これが原則です。食口のために真心を尽くして与えたのか、涙を流してみたのか、手を握りながら自分が責任をもって救ってあげようという心情圏に立ってみたのか、反省しなければならないのです。原理的な指導方法をいつも考えなければなりません。カイン・アベルの原理を誤って適用すれば、とんでもない結果が現れるのです。原則的方法を適用し、原則的な発展をするのが原理です。基準を立てなければ、原理的結果が現れません。そのようにするためにも、食口が必要です。

17 皆さんは、氏族メシヤにならなければなりません。氏族を救うメシヤになることが重要です。開拓伝道をする以上に真心を込めて、父母と兄弟に侍り、必ず一家と一族を復帰しなければなりません。数を増やす重要な位置に立っているのは、青年ではありません。

壮年たちは、社会的基盤をもっています。親族をいつでも導ける基盤があります。男性は男性の親族、女性は女性の親族と基準を合わせれば、数百人まで集められる条件をもっているのです。このような基盤は、青年に期待することはできません。統一教会の使命を果たすためには、これを守り得る数が重要です。数が少なければ、国に影響を及ぼすことができず、十分に防備することもできません。

今後、日本を動かすためには、社会的影響力のある壮年を伝道しなければなりません。ですから、原理を学ぶ以上に、氏族を復帰するために努力しなければならないのです。

18 祖国を離れ、他国でいろいろと環境的に困難な立場で、韓国の同胞の学生である皆さんが闘ってきたことを、お父様も知っています。学生時代、日本で勉強したので、誰よりもそのような心情がよく分かります。主権を失った国の国民が感じる悲しみを、ここにいる人々はよく分からないでしょう。

光復以前に生まれた皆さんの父母たちは、自分なりの考えを通すことのできない苦しい立場に置かれ、環境的にも主体的なビジョンをもったり、主張をしたりすることのできない不遇な立場で、様々な苦労をしてきたことを、皆さんは知らないでしょう。しかし、お父様はよく知っています。お父様は日本統治時代、日本の帝国主義に反対して地下運動をした経歴もあります。

国を愛せない人は、神様を愛することができません。国を失った人は、神の国を継承するようになっても、結局、それを失わざるを得ないことを、学生の時から考えていました。

皆さんは韓民族の血統を継承した人々ですが、この日本の地で暮らしています。皆さんの人生は、疎外され、苦しい生活の連続だったので、本国の韓国人とも少し違うでしょう。日本の中で信頼される人にならなければなりません。

韓国人同士で集まった場合、建設的な話よりは、悲観的で批判的な話ばかりすることが多くあります。そのような不平を口にする前に、まず自分が熱心に働き、周囲から尊敬を受けられるように努力しなければなりません。死の境地を越えても、神様の信頼を受けられる青年になるように、訓練しなければなりません。

一九七五年以降の日本訪問

真の父母様は、一九七五年一月二十日から二十二日まで、千八百双の祝福式に参加する日本食口たちのマッチングのために日本を訪問されたのに続き、二月十日から、日本の東京にある武道館で開かれた「希望の日」フェスティバルで演説するために日本を訪問された。

特に十二日には、世界宣教師会議を開催し、九十五カ国に宣教師を派遣することを決定された。そして、一九七八年九月二十日から二十五日まで日本を訪問され、当時の埼玉県の神川村で、千六百十双のマッチングと約婚式を主管された。

また、一九八三年当時、アメリカ政府は、真のお父様を社会的に葬り去るため、脱税容疑で起訴していた。そのような深刻な時に、日本教会の食口たちを激励するため、真のお母様がお一人で日本を訪問され、三月十三日から二十五日まで滞在された。一九九二年三月二十六日、真の父母様は、日本の「北東アジアの平和を考える国会議員の会」の招請により、十四年ぶりに日本を訪問された。特に三月三十一日、東京のホテルニューオータニで、午前は国家的指導者らと会談するなど、過密なスケジュールをこなし、四月一日に帰国された。

19 家庭教会は、父母様が世界的に勝利し、すべての氏族・民族・国家的基準を統合して縮小した世界を代表する基盤です。それは、世界の主権を縮小した基盤であり、世界人類を縮小した基盤であり、各民族を縮小した基盤です。ですから、ここで勝利した場合は、カイン圏家庭だけでなく、民族、国家、世界まで通じるのです。故郷に帰っても、それは世界まで通じるアベル圏、勝利圏になります。

家庭教会は、今から三年間、皆さんが完遂すべき目標となります。今回、父母様が日本を訪問したのは、そのようなシステムをつくるためなのです。父母様には、これをはっきり教えてあげるべき使命があり、皆さんには、はっきり知るべ

き使命があります。三百六十家庭の基盤を中心に、氏族復帰、民族復帰へと拡大していかなければなりません。

20 皆さんは、神様のみ前に、果たして面目を立てられる人だったのかを、考えてみなければなりません。復帰の世界的な開拓の道を父母様が步んでいるのに、自分はどんな基準で父母様に向き合ってきたのか、冷静に批判し、今日の位置をはっきりさせなければ、あすの勝利を迎えることはできません。

国家的な側面で、日本がアダム国家に対応するエバ国家の位置に立っているとするならば、父母様が何らかの嫌疑を受けたり、苦難の道を歩んだりしてはいけないという観念をもっていなければなりません。堕落したエバが歴史的な過ちを犯したことを考えれば、その生涯全体を懸けて、世界を代表し、父母様の心情にたった一つの点でも傷を与えたりしないという思いをもたなければならないのが、エバ国家である日本の立場です。不平を言ってはいけないという意味です。完全否定の姿勢で、伝道の最前線に立たなければなりません。このような原則があれば、今すぐに完成することはできないとしても、未来においては完成できます。それは、父母様が保証することができます。皆さんは、歴史を延長して完成するのがよいでしょうか、父母様が生きている時代に完成するのがよいでしょうか。父母様が生きている時に完成するためには、必死に身もだえして力を養わなければなりません。

今日まで、歴史的に宗教を信じて霊界に行った人々は、いくら努力しても、現代に再び生まれることはできません。今の時代は、他のどの時代とも換えられない価値ある時代です。それを考えるとき、私たちは、この地上で父母様に直接お会いし、このように教育を受けながらみ旨を成し遂げていくという事実に、感謝しなければなりません。

21 今まで、皆さんが父母様のみ意を受け入れ、内外的に様々な方面で努力しながら苦労してきたことを、日本をよく往来する指導者たちの話を通してたくさん聞いています。私は本当に、どのようにすれば皆さんを慰労し、励まして、少しでも力になれるのか、たくさん考えてみました。

人類歴史は栄光で出発しなければなりませんでしたが、アダムとエバの堕落によって、恨多き復帰歴史として出発しました。このような歴史を考えてみるとき、一人の生涯が、迫害と苦難と絶え間ない受難の路程を経て、今日の世界の統一教会の基盤として広がるまで、言葉では表現できない隠された事情が多くあったというのです。一言で言って、涙が止めどなく流れる中で、身の置き場もない血と苦痛の歴史であることを、皆さんは体験したでしょう。サタンは私たちに余裕を与えません。少しも譲歩することがありません。今回、アメリカにおける裁判を、皆さんは詳細に知っているでしょう。必ず、天が勝利されるというのです。

22 一九九二年に父母様が日本を訪問したのは、韓国と日本、アダム国家とエバ国家が一つになり、アメリカとドイツが一つになるようにするためです。それ以外のすべての国々は、地上天国の一族王国です。今まで、長子権、王国権をもっていませんでした。直系の長子権をもって、万人の歴史を指導して余りある伝統的な基準を立てなければならないというのです。天的な愛、真の愛を植えて定着することにより、一万年を越えても変わらない基盤を残すことが、神様の理想です。そのことを日本国民に再教育しなければなりません。

日本は国にとどまらず、真の父母と一つになって、世界に跳躍することができなければなりません。日本が今から、経済的に祝福を受けた基盤の上で、精神的な内容を備えるようになれば、心身分裂の悲劇の歴史が終わり、心身が統一されて完成実体を成し遂げた国になるでしょう。

第三節 世界宣教師の派遣と受難

世界宣教国の拡張

一九五八年に日本、五九年にアメリカで開拓伝道が行われたのに続き、世界宣教が本格化したのは、六五年の真の父母様の第一次世界巡回以降であった。第一次世界巡回をきっかけに、イギリス、イタリア、ドイツ、オーストリア、オランダ、ヨルダン、ブラジルなどの地に宣教師が派遣された。その後も宣教師の派遣は続いたが、一九七五年二月、日本巡回中に日本の教会本部で開かれた世界宣教師会議で、真の父母様は、世界九十五カ圏に宣教師を派遣することを決定された。これにより、五月五日付で本格的に宣教師が派遣され、百二十七の宣教国が確定し、その後、百九十五カ国に統一教会が設立されるなど、世界宣教の歴史に新たな記録を打ち立てたのである。

1 私たちは、世界を救わなければなりません。一九七四年までに、百二十カ国に宣教師を派遣しなければなりません。これは必ずしなければならないのです。それを準備するために、お父様は世界四十カ国に百二十カ所の聖地を定めました。第二次七年路程中に、そのようなことを果たさなければなりません。

誰が派遣されるのでしょうか。祝福家庭を送れば、迫害がより少ないでしょう。ですから、他の食口たちよりは、祝福家庭を送らなければならないと考えています。しかし、もしふさわしい祝福家庭がいなければ、その国で生まれた父母や祖父母がいるなど、その国と特別な関係がある食口を選抜して送るでしょう。その国と何かしらの血統的関係を結んでいる食口がいれば、その食口を派遣します。

第三次七年路程に入れば、私たちはこの百二十カ国を基盤として、世界に進んでいかなければなりません。ですから、この第二次七年路程の間に、第三次七年路程を準備しなければならないのです。

2 一九七五年には、百二十カ国に三百六十人の宣教師を送るでしょう。今までは一人で送り出しましたが、これからは三人ずつ送るでしょう。一人は日本人、一人はヨーロッパ人、一人はアメリカ人で構成します。ヨーロッパ人千人で一チーム、アジア人千人で一チーム、その次に、南北のアメリカ人千人で一チームとして、国際(伝道)機動隊をつくります。そうして、三千人の国際(伝道)機動隊が回りながら、一つの国に一カ月ずつ行って、千人ずつ伝道する運動を強力に推し進めるでしょう。一チーム千人ずつですから、三千人が一カ月に一人ずつ伝道しようというのです。少なくとも、三カ月に一人ずつは問題ないと考えます。いくらできなくても、三カ月に一人ずつは伝道できるのです。ですから、急進的に統一教会の食口が増えていきます。

そうして、現在、国際(伝道)機動隊の中で、ドイツ人であるとか、フランス人であるとか、優秀な人々を、今後、国際的な宣教事業に輩出できるように準備しています。彼らは三年間、宣教活動をしなければなりません。三年あれば、完全に基盤を築くことができるというのです。

3 宣教師を送るとき、一国の人だけを送るのではありません。ドイツ人、日本人、アメリカ人、三カ国の人を一度に送って問題を起こす宣教運動は初めてです。ですから、その国で問題になれば、これは世界的な問題になります。その国が日本人に反対すれば、日本人もその国の人に反対するのであり、ドイツ人に反対すれば、ドイツ人もその国の人に反対するのです。全世界的に引っ掛かっていくというのです。ですから、全人類の讒訴条件から免れることができません。私は人類を救ってあげ、人類に希望を与え、善の運動を展開するために送るのです。ところが、それに反対するようになれば、反対した人が引っ掛かるのであって、善のために生き、善を支持するように導いた人は、引っ掛からないというのです。

4 イエス様が百二十門徒を中心として出発した基盤のもとで、キリスト教が世界的な出発をしたのと同じように、統一教会も百二十カ国に三人ずつ宣教師を送って、世界的な出発をしなければなりません。一九七五年四月、遅くても五月中旬までには、すべて送り出すでしょう。イエス様を中心とした三弟子のような四位基台の形態を形成したものを、全世界に広げておく作戦をするために、一九七五年に、百二十カ国に宣教の道を開かなければなりません。

そのようにしてこそ、今から国家基準を中心とした基盤と世界の横的基盤が相対的関係を結び、すべての霊が再臨して世界に協助できる基盤ができるのです。ですから、国家基準がなければなりません。そのようなことをここで総括的に蕩減してあげてこそ、すべての霊たちが地上全体を自らの活動舞台にして、自由に活動できるのです。

5 世界のキリスト教全体が一つになり、強力な組織を整えて国をコントロールできる基準になってこそ、神様のみ旨が成されます。神様のみ旨の前に立てるのがアベルなので、アベルの立場にさえ立てば保護を受けるのです。ですから、そのキリスト教を中心として神様のみ旨を成就できるのですが、そうでなければ神様は離れてしまうというのです。

神様が打つとすれば、キリスト教を先に打ちます。今がそのような時です。カイン・アベル問題を中心として、世界の問題がこのように解決されていかなければなりません。それが神様の観点です。滅びてはいけないので、神様は、一つの団体がこのような使命に責任をもつことを願うのです。その団体が統一教会です。

このような実情が私たちの目の前に迫ってきたのですが、この事実に体と心でしっかりとぶつかり合って防ぐ責任を、誰が負うのかというのです。私たちが世界百二十カ国に宣教師を送り、このことをしようというのです。ですから、アメリカを中心として、強力な体制を形成していかざるを得ないのが私たちの立場です。アベルの世界的版図を再確保しようというのです。

6 統一教会は、今まで国家的な使命を目標としてきましたが、これからは世界的な使命をもって展開する時なので、私たちの本部にいる祝福家庭の皆さんが責任を果たさなければなりません。ですから、三十六家庭から七十二家庭、百二十四家庭は、可能な限り第三次七年路程で、世界を代表して十字架を負うための先頭に立たなければならないのです。

三十六家庭、七十二家庭、百二十四家庭は、イエス様を中心とした国家的基盤の十二使徒と七十門徒、百二十門徒を象徴するのです。七十門徒は国家代表であり、百二十門徒は世界代表なので、百二十四家庭までは世界的責任が内外に連結されています。ですから、世界的な受難の途上で先頭に立って進まなければなりません。それゆえ、世界宣教は、み旨から見れば、本来、百二十四家庭、七十二家庭、三十六家庭が行かなければならないというのです。

7 なぜ日本人、アメリカ人、ドイツ人を宣教師として送るのでしょうか。今、統一教会が大韓民国を中心として、平面上で復帰すべき国家があるとすれば、それは日本、アメリカ、ドイツです。これらの国家を連結させれば、共産圏までも世界から追放できると考えるのです。

ですから、このような世界史的な責任を背負わなければならない国々が日本、アメリカ、ドイツなので、これらは今まで、復帰の使命において家庭が備えられなかった、言い換えれば、三十六家庭ができず、七十二家庭ができず、百二十四家庭ができなかったことを、世界的に出ていって代わりに蕩城しなければなりません。そうして、今後、それらの家庭が立つ位置のために、犠牲を覚悟して、代わりに進み出なければならないというのです。

国家が違い、民族が違いますが、彼らが私たちの家庭を代表して宣教の最前線に立ったという事実を知って、第三次七年路程が終わる時まで、皆さんの家庭が一致団結し、彼らと一つにならなければなりません。そうして、世界の運勢を回しておかなければならないのが、摂理的な観点から見た第三次七年路程です。ですから、できれば、彼らを代表し、彼らを総括的に指導できる体制を三十六家庭からつくらなければなりません。

韓国で、世界の六大州を巡回できる巡回師制度をつくり、それを次第に拡大して、その宣教部が発展するに従って三十六家庭を代表として投入し、七十二家庭を代表として投入し、百二十四家庭を代表として投入して、七年路程で、内外で一つになるようにし、世界復帰の運勢を回しておかなければなりません。これが、皆さんの家庭を中心とした第三次七年路程です。このような緊迫し、息詰まる歴史的な転換期に置かれているというのです。

8 私たちが世界的基盤を築くために、百二十カ国に宣教師を派遣する時、日本人、ドイツ人、アメリカ人を送りました。韓国人を送れば良かったのですが、その時、韓国はパスポートを取得するのが難しく、外国に送り出すことができませんでした。統一教会で「何々をする」と言えば、「駄目だ」と言われるのは明白です。ですから、仕方なく日本人、ドイツ人、アメリカ人を送ったのです。

彼らはすべて、第二次世界大戦の時には、互いに怨讐関係でした。彼らは、世界各国に派遣されていくのですが、煉瓦造りの家や豪華なビルに住むようにはなっていません。小さなテントで身をかがめて暮らすのです。「あなたたちがその国の民族の生命を指導しようとすれば、彼らよりもっと苦労しなければならない。あなたたちはいかなる困難があっても、一つにならなければならない」と話しました。そのようにして、その三人のうち一人は教会の責任者、一人は経済の担当者、一人は言論界の責任者として活動しなさいと訓示して送ったのです。

9 皆さんは、世界に行ける主導的な運動を起こすべき、主体的な一つの団体をつくらなければなりません。これが、一九七五年を中心として出発する国際(伝道)機動隊です。

これから、(伝道)機動隊を先頭に立てて全世界を席巻していくでしょう。イエス様の時代において、百二十門徒は世界的代表の国家型なので、百二十カ国に宣教部を設置しなければなりません。ですから、一九七五年からは、その数に該当する私たちの宣教部をつくります。

今までは、外国に宣教に行くとき一人で行きましたが、これからは三人ずつ一緒に送り出そうと思います。日本人、アメリカ人、ドイツ人を送りますが、お父様を中心として見れば四人と同じです。このようにして、私たちは超民族的であり、新しい国家の民族になるのです。なぜかというと、既に世界的時代を越えたからです。

私たちは、国家的基準の前に、アダム国家、エバ国家、天使長国家をもてる圏内に立っているので、世界が共同で出発できる時を迎えました。ですから、宣教師を三人ずつ送るのです。天使長国家であるアメリカから出発して日本に行き、その次には韓国で活動をするのです。アジアの天使長国家である中国、ヨーロッパのエバ国家であるイギリスと、天使長国家であるドイツなど、七カ国さえ連結させれば、どんな国でも私たちが自由に往来できる道が開かれると見るのです。

10 日本の若者たちにとって、アメリカは第二次世界大戦のときの怨讐国家です。ドイツの若者たちも、やはり同じです。ですから、日本とドイツの若者たちを、最も多くアメリカに来るようにさせました。日本人とドイツ人が、怨讐の国であるアメリカにおいて、自分の国よりもアメリカをさらに愛するようになれば、ここから世界の超民族的な新しい国が誕生するからです。全世界のために、誰かがこのような目標を立てて働かなければならないようになっています。

日本の若者たちが、日本を超越してアメリカでそのようなことをやり遂げることを考えるとき、これは日本の誇りとなるに違いありません。歴史的に、日本とアメリカの関係は非常に複雑です。ところが、彼らが今していることが歴史に残るようになるとすれば、これは将来、日本とアメリカを一つに束ね得る動機となります。このようなことを目標として、日本の若者たちが先頭に立ち、「ために存在する世界」建設のために活動しているのです。これは、皆さんと日本人全体の誇りに違いありません。そして、韓国人と日本人と台湾人、この三カ国の人々を、アメリカで一つに束ねるのです。そうして、東洋に影響を与え、アメリカを抱えて動き始めるとすれば、日本が救われる道が開かれるかもしれません。台湾や大韓民国の現況を考慮するとき、そのような道を模索する以外には、共産圏から追われる緊急な立場にいるアジアを再生させる道はないと考えるのです。

11 アメリカは天使長国家です。アメリカは、堕落した世界で失ったものをすべてもってきてくくりつけなければならない復帰的天使長なので、すべて抱えているというのです。アメリカは、ヨーロッパを中心として、アベルの立場にあります。ですから、アメリカを中心として、韓国、日本、アメリカ、ドイツの四カ国を一つにするのが、神側にとって最も容易な道だという結論が出てきます。それゆえ、お父様が、韓国ではこれを一つにすることができないので、世界的舞台を中心として、自由世界の中心であるアメリカに来て基地を築かざるを得ないというのが原理観です。

私はここに来るとき、日本人を連れてきました。その次には、ドイツ人を連れてきました。その次には、お父様とアメリカ人です。ですから、四カ国を連結させる作戦をせざるを得ません。ところが、ドイツ人、アメリカ人がするのではなく、日本人がするのです。日本人がすべてしなければなりません。エバがしなければならないのです。日本は母の立場です。日本が二人の息子の国家を復帰しなければなりません。その国々の中で、アメリカは天の側であり、ドイツはサタン側です。ですから、アメリカで、日本の食口たちがアメリカの人たちとドイツの人たちを抱いてあげるのです。お父様はアダムの立場です。日本はエバの立場です。これは自動的なペアです。(アメリカ人とドイツ人を抱いた)そののちに、アダムとエバが一つになるのです。そのようになれば、アダムであるお父様が、その三人を抱くのです。そうして、二人の息子の立場にある国々を抱いてこそ、私たちは本郷に行くことができます。それが原理観です。お父様が百二十七カ国に宣教師を送り出すときも、アメリカ人、ドイツ人、日本人を送ったのですが、「あなたたちは一つにならなければならない。日本人を中心として一つになりなさい」と言いました。それは、命令されてするのではなく、自動的にしなければなりません。日本人宣教師は、アメリカと一つになり、ドイツを一つにしなければなりません。

12 今や全世界は、秋の季節の収穫を待っています。今までは統一教会に反対しましたが、これからは統一教会に反対してはいけません。統一教会に反対する雰囲気が、完全に消えています。世界は収穫の役軍を呼び求めています。神様は今回の機会に、収穫の役軍を動員することを願っています。人類は収穫の役軍を待っており、神様は収穫すべき役軍を送り出すことを願っています。ですから、皆さんの決心の上にお父様の決心を連結させ、代わりに行こうという決意をしてほしいというのです。お父様の伝統的な思想を受け継いで、新しい第二のレバレンド・ムーンになろうという決心をしなければなりません。そうすれば、お父様はいなくなっても問題ありません。ですから、全世界の統一教会の責任者たちと、宣教部で生活している宣教国の代表たちが、皆さんのような決意をすることにより、天地と霊的世界が連結されるという事実を宣布します。このような契機が設定されたという事実は、世界史的なことです。これは目に見えませんが、世界史的な出来事です。今からは、皆さんが第二のレバレンド・ムーンです。ですから、迫害を受け、困難なことがあるとしても、自分を中心として考えるのではなく、お父様を中心として考えなければなりません。第二のレバレンド・ムーンとして、「お父様はこのような立場で、どのようにされただろうか」と、常に考えなければならないのです。これが生活様式です。

13 世界に広がっている数多くの統一家の子女たちは、天の父母様を中心として、心情的な絆を結束させなければなりません。ここで与え合うその思いは、人間世界のいかなる心情の内容よりも、国家や天宙を中心とした膨大な心情的絆によるものでなければなりません。そのようになれば、自分を中心として神様と与え合うその心情的基盤は、「万民が通過しても、その方向が交わることはない。進み行く途中で切れることがない」と言える確固たる場になることができます。言い換えると、韓国と外国の宣教本部を中心として見れば、韓国を通した摂理の関係がその宣教本部を通して伝達されるときには、支障がないというのです。そのように伝達されることを願い、また伝達されれば、それを自分の国の全土に拡張させたいと思うのです。このように確固不動たる心情の橋が連結されているとすれば、その橋を通して、歴史と世界に新しい天運を引き入れることができます。このような点で、韓国であれば韓国を中心として、摂理的な立場から見るとき、中心は一点しかありません。その中心の支え、あるいは基盤が傾いてはいけません。これが傾けば、かえって破綻の要因になるのです。

宣教師たちの試練

世界の至る所に宣教師が派遣されるとともに、迫害も伴った。特に共産圏国家では、宣教師たちが地下で命を懸けて闘った。一九七六年一月二十三日、フランス・パリのヴィラ・オブレ教会で爆破事件が発生し、多くの食口が重軽傷を負った。フランスの食口たちは、エッフェル塔からトロカデロまで力強い抗議行進を行うなど、ヨーロッパの各教会の支援を受けて、三月まで講演と屋外集会を開催した。このような渦中で、一月二十九日、三百人以上の市民デモと襲撃により、一つの伝道所の器物が破損したこともあった。一方、一九八〇年十二月十八日には、笹本正樹・タンザニア宣教師が殉教するなど、宣教師たちが各国で相次いで苦難を受けたのである。

14 一九七六年(当時)、アフリカまで百二十七カ国に宣教師が出掛けています。しかし、四カ国からは追放されました。それは、共産党と闘ってそのようになったのです。ほとんどが共産国家です。ですから、百二十三カ国に行っているのですが、出ている最前線の宣教師たちは、困難なことに遭うときに涙を流して祈れば、すべて啓示で教えられるのです。

皆さんも啓示を受けますか。そのような体験がなければ、統一教会員ではありません。一〇〇パーセント、教えてくれるようになっているのです。統一教会を信じない人は、いくら説明しても分かりません。

15 一九七五年と七六年は、私たちに最高の迫害があった時でした。七五年に宣教師をすべて送り出しました。このようなことが摂理を短縮させるのです。一九八一年までにすべきことを、七六年までに短縮させるのです。その時は、全世界が統一教会に反対しました。百二十七カ国に宣教師を送ったところ、父母様が反対を受けると同時に、宣教師が監獄に行くという出来事も起きました。

16 お父様が皆さんを苦労させればさせるほど、神様は助けてくれます。霊界が助けてくれるというのです。外国の宣教師たちが監獄に入れば、神様が教えてくれます。それは本当です。事実です。私はよく知っています。私が一生の間、そのような困難にぶつかるたびに、神様が現れて、助けてくれました。その時が、私には誇らしい時であり、黄金時代でした。私には最も秘密めいた時でした。それは、私だけが知っているのです。

17 一九七五年に全世界的に派遣された宣教師たちが迫害を受けましたが、それは、一気に越えていくための出来事です。「統一教会はアメリカだけにあると思っていたのに、私たちの国にもあるのだな」と言われ、話題になりました。日本人、アメリカ人、ドイツ人、この三カ国の人々は、互いに怨讐です。彼らが一つにならなければなりません。また、今や新しい時代において、摂理的な立場から、その人々が使命を果たさなければなりません。ですから、世界を代表して、迫害を受けるのです。アメリカで立ったうわさが、各国に伝わります。アメリカで「良い」と言えば、みな「良い」と言う時代になりました。ですから、今や、一九七七年からは、すべて方向を変える運動をするのです。このようにして方向を変えれば、伝道するのは簡単です。そのようになれば、八十四人ほどなら、私であれば一週間以内にみな伝道してしまいます。一週間、修練さえすれば、すべて終わるのです。できるだけ、そのような時をつくり、皆さんが伝道を簡単にできるようにするために、今、このことをしているのです。

18 一九七六年まで、世界が統一教会に反対しました。世界全体が反対しなければなりません。ユダヤ教からキリスト教、その次にはイスラーム、ヒンドゥー教など、すべての宗教とすべての国の国民、共産世界までがそこに力を合わせ、総攻撃を仕掛けなければならないのです。そのようにしなければ、全体から勝利したという条件を探し出すことはできません。それが、一九七六年を中心として、アメリカで統一教会が繰り広げた一大闘争の歴史です。

一九七五年に世界の百二十七カ国に宣教師を送ると、世界がくるっとひっくり返りました。アメリカが大使館を通じて各国で反対させることにより、世界の統一教会の宣教師たちは、十字架の試練を受けるようになるのです。追いやられ、ありとあらゆることをされるのです。それは、サタン世界を否定することになります。私が否定しなくても、サタン世界が私を攻撃することによって、否定された立場に立つようになるのです。

その場で、どんな人も、どんな国も恐ろしく思ってはいけません。神様を絶対視し、神様を愛する立場で、堂々と進み出なければなりません。宣教師たちは、ゴリアテと闘ったダビデのように、「世界万邦の怪しげな反対の黒雲よ、神様の名で進む私の前に来なさい! 攻撃しなさい! 打ちなさい! 思いどおりにやってみなさい!」と言いながら進まなければなりません。そのような闘いは、歴史始まって以来、統一教会にのみ存在するのです。

19 アメリカの(キリスト)教会を見ると、若い人々がいません。ですから、若い人々を私たちのような人々に育てて、その教会に送らなければならないと思います。その次に、共産主義の脅威に対する防備に、誰かが責任をもたなければなりません。私たちの兄弟が今、鉄のカーテンの中であるとか、共産圏国家の地下で命を懸けて闘っています。彼らの中の一人がお父様に遺書を送ってきたのですが、「お父様、最期の時が迫ってきました。いつか霊界でお目にかかります」という内容の手紙でした。このような闘いをしているのです。誰が共産主義を防ぐのですか。私たちしかいないというのです。

20 一九八〇年十二月に、アフリカで私たちの宣教師が犠牲になりました。その報告を聞いて、「君は、自らの行くべき道を行ったのだ。その国の統一教会の先祖になるだろう」と言いました。「君がもし、私のような立場で、世界のためにそのように死んだのであれば、世界の先祖になるだろう」と思うのです。私も、そのような道を歩んでいます。その人のために同情しなくても、彼は誰よりも公的な人生を生きたのです。

21 ある宣教師が、アフリカで暗殺されました。今まで拠点となる地がなくて、多くの苦労をしました。共産勢力が、父母様に従う人々を見たところ、すべて問題だったので、暗殺したというのです。暗殺するとき、「お前の願いは何か」と尋ねたところ、「願いはない。私は、私たちの父母様がいらっしゃる所に向かって敬拝をしてから逝くことができれば、何の後悔もない。私は勝利者として、父母、親戚、故国を離れて、アフリカの奥地で一人逝くとしても、悲しむことはしない。愛の道理である天道を明らかにして逝くのだから、死ぬとしても、恐ろしいことがあるだろうか」という遺言を残して逝きました。その人は日本人です。

愛が慕わしくて、「愛の天国に行く」と言って国境を越え、世界の孤独な場で死の道を行くとしても、死を恐れることなく行けるその男性は、どれほど歴史的な人物でしょうか。そのように行動したのは、父母様を通して愛の道を知ったからです。愛の道において教えてくれる教育が、本当の教育です。愛の場において約束したことは、千年、万年たっても忘れないのです。霊的な体があり、肉的な体があれば、霊肉の細胞がすべて共鳴する場で愛の心が通じる過程では、そのようになるというのです。ですから、愛を中心として、愛し合う間柄で約束したことは、千年、万年たっても忘れません。

22 皆さんが宣教に出て困難にぶつかるたびに、お父様が獄中生活をしながら迫害を受け、今も法廷闘争をしていることを思えば、相当な力を得ることができるでしょう。それが困難でも克服しなければならず、自分が責任を果たさなければならないことが分かるでしょう。

皆さん自身が、お父様の生涯を通して影響を受けたのと同じように、皆さんの生涯を通して、後代が影響を受けるというのです。同じです。そのようなことを、今後、歴史に記載する材料にしなければならないのですが、誰にでもあり得る普通の材料は、歴史に残りません。悲惨で唖然とするような材料が、歴史に残るというのです。

アフリカや南米など、このような開放されている社会は問題になりません。しかし、閉鎖された社会にいる私たちの食口の中には、今、監獄に入っている人もいて、あるいは死刑になった人もいるのです。このような事実は、これからの歴史に非常に大きな影響を与えるでしょう。

23 開放された社会に宣教師が出掛けていますが、一般の統一教会員たちが知らない間に、閉鎖された社会にも宣教師が入っています。そのような人の中においても、国際祝福結婚式に(直接)参加すべき人がいるのですが、そこでこの日を記憶しながら、国際祝福結婚式(の日)に臨んでいるのです。

そのような人々によって伝道された人たちは、どれほど父母様に会いたいと思うでしょうか。しかし、父母様に会うことができずに帰っていくのです。このような大衆集会の場に参加することを願うのですが、参加できないというのです。道端で会ったり、どこかで会い、互いに指示をしたり、受けたりして行かなければなりません。そのような事実がいくらでもあるのです。

皆さんが苦労した記録もあると思いますか、閉鎖された社会の背後で、このような過程を経てきながら宣教をした記録も多いということを、いつも覚えておかなければなりません。開放された社会に行っている宣教師たちが大変だとしても、そこに行っている宣教師たちほどではないというのです。彼らはそこにいる間、一瞬も気を抜くことができません。真理の言葉を語っても、その一言ゆえに、自分のすべてが破綻することがあるというのです。

24 共産世界で暮らして霊界に行った人々が、「統一教会が世界的な使命を担ったとするなら、共産世界にまで入ってきて伝道をしなければならないのに、なぜしないのか」と讒訴する可能性があります。今も、共産治下の監獄に私たちの食口がいることを知らなければなりません。

一九七六年にアメリカのベルベディアから全世界に宣教師を送り出したのは、世界から迫害を受けようというものでした。お父様が問題になる中で、宣教師たちが全世界的に迫害を受けるのです。ですから、霊界や世界の人々が、「レバレンド・ムーン! そのような真の道があるならば、その道を私たちの国民に知らせなければならないのに、なぜ知らせてくれなかったのですか」と讒訴することはできません。宣教師たちが出向いているので、讒訴できないというのです。お父様が言ったことが事実であるとすれば、統一教会に神様の祝福の日が待っていることは間違いありません。

左翼勢力の組織的反対

フランスの統一教会爆破事件は、共産勢力が介入していたことが明らかになった。この事件に対しては、アメリカの国会議員と朝野の人士たちまでもが問題視した。また、あるときはベルベディア修練所も爆破するという情報が入り、消防署と警察が動員されたこともあった。ニューヨークでは、真の父母様に対する反対デモが起こった。このような反対勢力は、大部分、国際左翼勢力がその背景に存在していた。

25 一九七六年一月二十三日、フーフンスのパリにあるヴィラ・オブレの統一教会で爆破事件が起きました。これは摂理的に見るとき、相当な被害だと考えることもできますが、私はそのようには考えません。かえって、良い兆候であると見るのです。統一教会、少数の人々が属しているこの団体を、全世界の共産勢力とキリスト教が攻撃するという事実は、強者が弱者を攻撃するものだという結論が出てきます。

「ニューヨーク・タイムズ」の記事を見て分かるように、共産勢力と保守主義のカトリックやプロテスタントの信者たちがデモをするなど、私たちに反対していると言いますが、それは全体的な傾向から見るとき、大衆が私たちに同情する良い内容だと思うのです。強者が弱者をたたけば、弱者が間違っていたとしても、一般の人々の心理は、弱者に同情するのです。統一教会は一つも間違っていません。

今回も、統一教会をなくそうという声が上がったとき、フランスの警察は、「国家に被害をもたらすことをしていないので、宗教の自由を許す国として、何もすることはできない」と言いました。このようなことを見ても、一般の人々がそのような観点で統一教会を詳細に理解するようになり、それは弱者を陥れるためにしたことだという認識さえもつようになれば、大衆は完全に私たちの側に付くようになると考えるのです。

26 フランスの教会爆破事件によって、男性食口と女性食口が負傷しましたが、彼らは英雄になりました。そして、フランス人ではなく、オランダとノルウェーから来た人が負傷したというのは、さらに歴史的なことです。

外国人たちが犠牲になったというのは、国際(伝道)機動隊の伝統がしっかりと立つ良い歴史的材料だと見るのです。私たちがフランスのために、ヨーロッパのために活動していてこのようになったことをフランス国民が知れば、フランス国民は、オランダにも頭を下げなければならず、ノルウェーにも頭を下げなければなりません。

国際(伝道)機動隊にアメリカ人が多くいて、フランス人、ドイツ人が多くいるとしても、他の国から来た一人がこのようになれば、その一人のゆえにその国は、世界的な尊敬を受ける国家になるというのです。このような観点から、これは驚くべき事件です。

この爆破事件によって、国際(伝道)機動隊は命を捧げるとともに、死ぬまで天のために闘ったという伝統を立てることができ、輝く新しい歴史的な基準が残されるという事実を考えるとき、彼らは世界の歴史における英雄になったというのです。

27 今までは、サタン側が統一教会を打つとしても、言葉で打ってきました。言葉で打っただけであって、暴力を行使して統一教会を破壊することはありませんでした。ところが、フランスで起きた爆破事件は、蕩減をして天が踏み越えていくに当たって、かえって良い条件になったのです。

フランスで統一教会が爆破されたという事実は、統一教会が歴史的な蕩減条件を立てるに当たって、一つの条件になったというのです。サタンが、打ってはいけない領域を打ったというのです。それは、私たちが攻勢をかけていける一つの条件になります。ですから、反対し、迫害するすべての出来事は、偶然に起こるのではありません。結局は、統一教会が勝利できる、外的条件を天が立てていくのです。

28 一九七六年六月のヤンキー・スタジアム大会を中心として、大きな闘いが起きるでしょう。反対勢力があらゆる方法で私たちを包囲することも知っています。ありとあらゆることをしようとするでしょう。そして、一九七六年のワシントン大会さえ越えれば、歴史的な転換時代に入ります。

今から約四カ月残りました。残ったこの期間を中心として、ひっくり返す段階に越えていくと見るのです。自分たちが不利な立場に追いやられることが明らかなので、最後の発悪をするのです。

パリの統一教会がテロに遭ったのもそうです。アメリカでもそのような現象が起きる可能性があります。ベルベディア修練所も爆破すると言われ、消防署から人が来たり、警察が動員されたりすることがありました。フランスでそのようなことが実際にあったので、信じざるを得ないのです。

それは、保守的なキリスト教と共産党が共謀して行ったというのです。それを「ニューヨーク・タイムズ」が正式に報道したので、もはや「共産党が背後で操っている」と私たちが白昼に宣伝しても、アメリカ国民は反対できなくなりました。今や、有利な条件を中心として、越えていく段階にあるのです。

29 一九七五年、アメリカのニューヨークで、お父様に対する反対デモが起きました。ありとあらゆる人々が来て大騒ぎになりました。「デイリーニューズ」は、五日間、四面にわたってシリーズで私たちに関する記事を載せました。トップを走る新聞社でそのようにしたとすれば、これは衝撃的な事件です。それほど、私が問題になっているのです。これからは攻勢をかけて越えていきます。天倫の時になれば、アメリカではなく全世界が何を言っても、天のみ前に押し寄せるようになるのです。

30 統一教会に、なぜ若い人々が入ってくるのでしょうか。白人の若者が徐々にたくさん入ってきています。サタンの側で統一教会のレバレンド・ムーンを最も憎むのですが、憎んでいる人々の息子、娘たちが入ってくるというのです。それはあだ討ちです。恨を解くことです。

サタンは神様の息子、娘を捕まえて殺しましたが、天の側は怨讐サタンの子女たちを連れてきて、殺すのではなく、生かしてあげるのです。それが違います。それで、「反対父母の会」ができました。

歴史始まって以来、自分の息子、娘を拉致するという出来事がどこにあったでしょうか。二十世紀に、先進国の代表国家と言われるアメリカで、最も極悪なことが起きています。これは歴史にないことです。

31 「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」が統一教会に反対し、全面的な攻勢を仕掛けてくる際に、記事を見てみると、「反対父母の会」というものがあります。若者たちがお父様に付いていくので、統一教会の洗脳工作によってみな狂ってしまったと悪宣伝するための「反対父母の会」、若者たちを拉致していって逆洗脳するという「反対父母の会」があるのです。その「反対父母の会」がある一方で、私たちはそれに対処するための「賛成父母の会」という組織をもっています。

ところが、言論機関は、「反対父母の会」に三百五十人が集まれば、丸をさらに一つ付けて三千五百人と伝え、三十五人集まれば三百五十人と報道するのです。私たちはその時、七百人近く集まって「賛成父母の会」の会議を行ったのですが、これは丸を一つ抜いてしまい、七十人だと書いたのです。

これは、アメリカの言論界に、既に共産勢力が浸透していることを意味します。共産勢力によって完全に左右されるアメリカの言論界だと見なければならないのです。そのような闘いをしています。これは、すべての言論界を結集して、お父様打倒運動をしようということを示しています。一九七六年が最大の激戦の時期でした。

32 統一教会では、孝の道理を教え、忠の道理を教え、聖人の道理を教えています。神様の息子になろうとすれば、国家主義的愛国者の名をもっているだけではいけません。世界のために生きた愛国者の名をもたなければなりません。孝子にしても、世界のために生きた孝子の名をもたなければなりません。一般社会の父母たちが見る観点や国家が見る観点とは異なるので、統一教会は反対されるのです。反対する父母たちが出てくるのは、共産勢力が操っているからです。父母たちが世界的な反対活動をするのは、現在の日本の反対父母たちがしているのではありません。日本共産党などが、世界的共産党の背景を中心として反対しているのです。

33 アメリカで裁判があるので、ドイツとイギリス、フランスでも裁判が起こっています。共産党がそのように操っているのです。世界に連合戦線を展開しながら、共産勢力が私を捕まえてしまおうとしているところに、民主世界が協助しています。私は、本当に素晴らしいことが起こったと思います。法廷闘争で負けてはいけません。勝てば、統一教会の宣教歴史で、血を流すことはなくなります。イエス様がローマの元老院に行って、闘って勝ったという証拠、そのような事実を残していたならば、キリスト教は殉教の宗教にならなかったでしょう。それを私は知っています。後代の子孫たちが行く道で血を流すことを防ぐ責任を、私が果たそうと身もだえしているのです。

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第七篇 第一章 日本統治下と北朝鮮共産治下での受難と勝利

第七篇 第一章

日本統治下と北朝鮮共産治下での受難と勝利

第七篇 真の父母様の受難路程と勝利

真のお父様は、生涯で六度にわたり、無辜の獄中の苦難を味わわれた。日本統治下で一度、北朝鮮の共産治下で三度、大韓民国で一度、そして、アメリカで一度の監獄生活をされ、その期間だけでも五年に及ぶ。六度の監獄生活は、天のみ旨を成し遂げるための苦難の路程であるが、監獄は、精神と肉体の活動が制限された所である。特に興南監獄では、寒さと飢えは言うまでもなく、窒素肥料の硫酸アンモニウムをかますに入れて運ぶという、苛酷な重労働に苦しまなければならなかった。さらに、西大門刑務所とダンベリーでの受難は、自由世界で行われた言われなき迫害であった。蕩減復帰の道は、かくも遠く険しいものだったのである。

真のお父様は、絶体絶命の危機の中でも、苦難を大きな義のための試練と捉え、神様を慰労された。特に、打たれて奪ってくる天の摂理歴史を御存じの真のお父様は、かえって監獄が神様の愛を最も深く体恤できる避難所であると語られた。このような逆説的な論理が、果たしてどこにあるだろうか。結局のところ、人類が受けるべき蕩減を代わりに背負われ、人類の救援摂理のための勝利の条件を立てられたのである。

神様が準備してきたキリスト教が責任を果たせないことにより、真のお父様は、北朝鮮の共産治下での受難を通し、新しい出発の基台を築かれた。特に、再臨主に出会うために精誠を尽くしていた神霊教団の腹中教を通して、真のお母様と縁を結ぶ機会をおもちになった。真のお父様が大同保安署で受難に遭われていた当時、共に拘束されていた腹中教の指導者は、真のお父様のみ言を受け入れなかったが、真のお母様が六歳の時に腹中教団から祝祷を受けたため、結果的に真のお父様と連結されるという奥妙な摂理的役事(働き)だったのである。

真のお父様の受難は、新たな摂理を進める契機となった。特に興南監獄での受難は、イエス様の十字架での死を蕩減復帰する摂理的条件を立てられたもので、出獄して南下したのちに行われた「世界基督教統一神霊協会」創立の基盤となった。そして、ダンベリーでの受難を通しては、アメリカのキリスト教聖職者を一つに束ねる奇跡を生み出された。併せて、真のお母様は、心情的にお父様と一体となってダンベリーの受難路程を共に歩み、世界的蕩減復帰摂理を勝利へと導かれた。このように恨と迫害の歴史を越えて勝利されるまで、真の父母様は血と汗と涙の「天路歴程」(天国に向かって歩む道)を歩まれたのである。

第一節 独立運動と京畿道警察部での受難

地下独立運動と収監

真のお父様は、一九四一年四月から一九四三年九月まで、日本で留学生活を送られた。そして、この期間、国を愛さない人は天を愛することができないという信念により、地下独立運動をされたのである。一九四三年十月中旬に帰国された真のお父様は、留学当時に独立運動をしたことが露見し、一九四四年十月、京畿道警察部に拘束され、翌年二月まで苦難に遭われた。

1 お父様は、日本統治下で地下運動をしました。そこから私の行く道を決めたのです。日本に行っている時には、お金持ちやあらゆる人たちからの誘惑もたくさんありましたが、お父様は誰とでも友達になることができました。

その人たちは、私が何者かは知りませんでしたが、自分たちが必要なときにはいつも私を仲間に入れました。そうしながら、私に対して、自分の胸の奥にある秘密を我知らず、ありのままに話したのです。

2 お父様が日本留学に行った時、上海臨時政府を中心として地下運動をしました。日本の特高警察の資料の中に、お父様の名前が出ているのを誰も知りませんでした。先日、日本からその資料を持ってきました。お父様が韓国を中心として三カ国を往来しなから独立運動をしたというのが、特高警察の記録に残っているので、今では誰もが認めるのです。

3 昔、お父様が日本の東京での勉強を終えて帰ってくる時、二十一年後にまた会おうと祈って渡ってきました。その後、二十一年ぶりに再び日本に行きました。当時、日本で地下運動をしながら、共産主義者と組んで合同作戦を行ったこともあります。ありとあらゆることをしました。

お父様の後ろには、いつも刑事たちが付きまといました。私が韓国に行くとなると、彼らは韓国にあらかじめ連絡をし、「誰々が今、韓国のどこどこに行く」と知らせるのです。このようにして、お父様が駅の改札口を出ると、会いたくない人たちがやって来て、「今、来たのか」と言うのです。今まで、そのようなことがたくさんありました。

4日本で地下運動をした代表的な人がお父様です。二重橋のある東京の近郊に住みながら、地下運動をした人なのです。日本のことを誰よりもよく知っています。貧民窟からすべて研究したのです。日本の大臣の秘書室に入り、秘書として文書を作成する仕事をした経験もあります。その時、日本の将来は長くないと見たのです。

若い学生時代から、地下運動を奨励しながらそのような活動をしたことを、お父様は語らないので、誰も知りません。関釜連絡船に乗って往来しながら独立のための秘密交渉をしたり、釜山から新義州(シニヂュ)と中国の安東(現在の丹東)まで「ひかり」号に乗って往来しながら、独立運動の背後の人脈をつなげ、地下運動をする内部人士たちに連絡する活動をした人がお父様です。

5お父様は、韓民族が日本統治下の四十年の受難の中にあったとき、獄中生活をしました。監獄に行ったのです。民族の解放のために監獄に行きました。ありとあらゆる口車で、「出世させてあげよう、優遇してあげよう」と言ってきましたが、お父様は苦難の道を選んできました。天が、怨讐の日本に対して関心ももたせないようにしたのです。神様が監獄に入れたのは、日本に対して完全に断ち切るための作戦でした。今考えるとそうなのです。日本政府を支持する人は、上の人たちから下の人たちまで、すべてお父様に反対する立場に追い込んだというのです。苦難の道を選んで越えてきなさいということです。

6神様との心情関係を経て神様の保証人となり、サタンの公認を受ける立場まで開拓するために、統一家が出発しました。これは誰も知らないことです。その背後には、あまりにも多くの悲惨な道があります。私は、日本統治時代から監獄を出たり入ったりしました。血を吐き、十本の指から血を流す場でも、「これが十カ国の血に代わり、十の民族の血に代わる祭物として捧げられるとすれば、どれほど光栄でしょうか」と祈りました。私が救われるよりも、私一人が死んで国が解怨成就され、国が解放されるなら、どれほど良いだろうかと考えたのです。

7万民が共通に願ゐる最高の希望であり、万民が探し求めるべき本然の目的基準は、本然の父母を探し出すことであり、本性が指向する故郷、すなわち本性の世界を探し出すことです。したがって、過去の人も、現在の人も、未来の人も、これらを勝ち取らなければ、その国に幸福が宿ることはできません。これが天理原則です。

お父様は、このために他のすべてを投げ捨てました。父母も捨てました。お父様が監獄に入った時は、日本帝国主義時代でした。ですから、その当時、お父様は、国を裏切る逆賊の立場に立つことがなくなったので、むしろ監獄に入るようになったことを感謝しました。お父様が追求していたのは天の国の主権だったので、その当時、主権があった彼らの立場からは、(独立運動を)許すことができなかったのです。日本の圧制圏内にいたので、この世的なことに対しては、一切関心をもつことができませんでした。ですから、父母を捨て、家庭を捨て、出世できる環境をすべて捨てて、失われた国を捜し出すため、この道に進み出たのです。

8私が二十代の若者として夢を膨らませ、批判されながら歩んでいた時、母は「ああ、あの子は、勉強をさせたのに、あのようなことをしている」と言いました。私は、賢いと言われていました。次男として生まれましたが、文氏の家門では期待が大きかったのです。ですから、母は私のためにあらゆる精誠を尽くしました。ないお金を集めて外国にまで送って勉強させたのに、監獄に引っ張られていったのです。日本統治下の頃、監獄に訪ねてきて涙を流す母のことを考えても、そのようなことはしないほうがよかったのですが、そのように生きました。このような境遇にいることに対して、母は言葉を失っていました。「私は、母の息子として間違ったことはしていません。文某の家に生まれ、その家門を汚したことはありません。大韓民国の伝統的思想を中心として批判してみても、良心に呵責を受けるものはありません。私が牢屋暮らしをする身になったからといって、この息子がかわいそうだと涙を流す母は願いません。ここで忠告をして、激励してくれながら、あすの希望のために、韓民族が解放されてアジア全体の主導権を握れる道を開拓するために、いかなる冒険にも堂々と挑みなさいと勧告できる母が私には必要であって、それ以外は必要ありません。私は神様の息子であると自負する人です」と言いました。

9私の手で大勢の人に家も買ってあげ、背広もあつらえてあげましたが、両親にはハンカチの一つも買ってあげませんでした。親不孝をしたのです。親不孝と言っても、これほどの親不孝はありません。

日本統治時代に、日本から帰ってきて監獄に入っているとき、母が訪ねてきて涙を流すと、私は青天の霹靂のように怒鳴りつけました。「あなたの息子である文某という人は、小心者ではありません。私の目に映っているのは、母よりも、世界と神様の悲しみです。だから、それを晴らすためにこの道に来ているのです」と言いました。

怨讐を愛する道を行く

京畿道地域とソウルの四つの警察部を管轄する日本の京畿道警察部は、悪名高いことで有名だった。真のお父様は収監されていた期間、ありとあらゆる激しい拷問を受け、血を吐くほどむち打たれた。そして、刑事たちは、地下独立運動を行った同志の名前を言うように要求したが、真のお父様は最後まで口を開かなかった。義理と約束を果たすために、肉身の苦痛を越えられたのである。

真のお父様は、死が目前に迫る中でも、同情を求める祈りはされず、むち打たれる場でも、かえって拷問する人々を赦し、彼らの福を祈られた。

一九四五年二月に京畿道警察部から釈放されるまでの監獄生活は、将来の公的活動に備え、真のお父様と天が深く交流する期間であった。

10 お父様は、手錠もたくさんかけられました。監獄に入れば、「文某が入ってきた」とうわさが広がります。すると次の日、日本入たちがぷしつけに入ってきて挨拶をするのです。しかし、それは歓迎の挨拶ではありません。ここに来ているのか。いないのかを見るためなのです。学生時代にも、普段から警察部を出入りしていました。また、拷問台で少しも動じずに振る舞ったことのある人です。そのような歴史がたくさんあります。

お父様は、日本人から何度も拷問を受けました。彼らの拷問はとてもひどいものでした。今の若い人たちを捕まえて、あの時のように焼きごてを当てながら拷問すれば、していないことも「した」と言ってしまうでしょう。

11 日本統治下で、お父様は軍靴を履いた足でおなかを蹴られる拷問も受けました。二人が左右で手をつかみ、もう二人が上から踏みつけるのです。そのようにされれば、おなかの皮はどうなりますか。そうしてトイレに行き、一度座って立てば、どれほど苦しいでしょうか。しかし、落胆はしませんでした。「いやあ! 素晴らしい!」と思ったのです。神様のためにそうなったというのは、世の中にはないことです。

それでも、釈放されて出る時には、彼らに親切に接して出てきました。五、六時間の間、激しい拷問を受けて気絶し、ばたっと倒れるとき、むしろ拷問をする彼に対して同情心が生まれるのです。その時の思いは本物です。「あの時の、あの誰々はどこにいるだろうか」と思い出されます。享楽を追い求める人たちには、このようなことをいくら説明しても絶対に理解できません。

12 忠臣とは、どのような人でしょうか。国のために誰よりも多くの犠牲を払った人が、より輝く忠臣になるのです。孝子とは、どのような人でしょうか。生涯を捧げて、その生命が尽きるほど父母のために生きる人が孝子です。生命を捧げた人と捧げていない人のうちで、どちらがより孝子かというと、生命を捧げていない人は、孝子になる資格がありません。そして、国のために生命を捧げた人が忠臣です。生命を捧げていない人は、忠臣として扱いません。私たちは生命を捧げる覚悟をして歩むのです。

お父様は、正義のために、命を既になげうっていたのです。小心者ではありません。私は、日本統治下で学校に通いながら闘った人です。私が監獄に入れられ、口を割ってしまえば、七十人の同志たちの首が飛ぶようになっていました。しかし、答えませんでした。約束をしたら、その約束を履行する人なのです。あらゆる手段、方法を動員して加えられる拷問を受けながら、たとえ死ぬとしても、口を開きませんでした。

13 日本統治時代、私はありとあらゆる拷問を受けても、白状しませんでした。京畿道警察部の主任がいくら拷問しても、白状しなかったのです。「話さない」と言えば、それでおしまいです。三百六十五日、いくらでもやってみなさいというのです。何度気絶して意識が戻ったとしても、「なんだ。ちょっと眠らせてくれ」と冗談を言うのです。「もっと寝ていたいのに、どうして起こすんだ、こいつら」と言うのです。そうしているうちに、拷問とも友達になりました。誰が来ても、「おいおい、そうやったら痛くない。こうやって、こうやりなさい」と言いました。明らかに解決できそうにないので、一言言ってあげるのです。そうして、「お前たちが無理に印を押させたことを、公判廷に出たら私が話す」と言いました。男なら、自分が決意したとおりにしなければなりません。このような男です。そのような人なので、今まで迫害を受けてきても滅びませんでした。

14 お父様は、決して寂しいとは思いません。寂しく思ってはいけないのです。日本統治下の時から監獄に入って、たくさんの拷問を受けました。頭が切れて体が血だらけになるほど、ありとあらゆる拷問を受けたのです。そのたびに神様は、耐え抜ける秘法を教えてくださいました。

ある時は十二時間取り調べを受け、拷問を受けて這って進むこともできないほどになり、何度も気絶しては意識が戻る、そのような過程を繰り返しても、私は口を開きませんでした。サタンが世界を占領して天の秘密を探り出そうとしましたが、私は何も言いませんでした。

すべてが私の一言にかかっているので、死んだとしても絶対に口を開くことはできませんでした。角材で身の毛がよだつ拷問を受けても、話さなかったのです。

義理を果たすことができなければなりません。一度約束をしたら、自分が滅びたとしても守らなければなりません。このように拷問を受けたあと、一晩過ぎれば、その日は悲しい日であると同時に、忘れられない日として残るのです。

15 お父様は、むちで打たれ、血を吐き、皮膚が腫れ上がるような場でも、「この血は、歴史を裏切った先祖の血です。私にはまだ行く道が残っていますので、背負う十字架があるならば、もっと背負わせてください」と祈りました。これは、どれほど男らしい祈りでしょうか。今までそのような路程を歩んできました。

「耐え忍んで進みますが、いつの日か報いる日がやって来るでしょう。ですから、父よ、耐えてください。韓民族を審判しようとされるならば、最後の審判をされる前に、私に通告して審判してください。また、世界を審判しようとされるならば、最後に私に通告して審判してください」と言ったのです。

自分の不運を嘆いたり、自分の身の上について愚痴をこぼしたりするような人に比べれば、どれほど立派な男でしょうか。歴史時代に一度現れ、霊界に行っても、世界的にあがめられる人になってみなさいというのです。どれほど素晴らしいことでしょうか。

そのようにできる時は一度しかありません。この時を逃せば、もうないのです。その機会をつかまなければなりません。

16 運動がどれほど素晴らしいことか分かりません。疲れてつらいときは、用を足しに行って、きっかり五分間だけ運動すればすっきりします。そのようなことを学んだので、獄中でも死にませんでした。拷問を受ける場に行ったとしても死ぬことはないのです。

拷問を受けるときには、必ず血を流していかなければなりません。水を飲ませて、おなかでもどこでも、ぎゅっぎゅっと踏みつけるのです。ですから、それに耐えるためには、まず浣腸をして、小便の代わりに後ろから抜くように、抜け道をつくらなければなりません。そのためには、血を流していかなければならないというのです。

神様はどれほど知恵の王か分かりません。非常に疲れると鼻血が出るでしょう。鼻血が出なければ脳出血になるのです。鼻血が出るのは、その防止策です。疲れたときには血圧が高くなることを知っているので、噴出するのです。

それと同じように、拷問を受けるときには、抜け道をつくるために必ず血を流さなければなりません。ですから、唇をかむか、舌をかむかして血を流し、穴を開けておかなければなりません。そのようなことを私が教えて、多くの人を助けてあげました。私のような人の生涯路程は、楽な道ではなく、簡単な道ではありません。今まで数多くの死の道がうねって続いてきましたが、その峠をすべて越えました。

17 お父様は、日本統治時代の末期に刑事たちから無数の拷問を受けました。国を愛することを知らない人は、神様を愛することもできないのです。ですから、日本で独立のための地下運動をしました。そのような闘争をして故郷に行くと、誰それが帰ってきた、ということを日本の警察は不思議なくらいによく知っていて、付いて来るのです。

警察に捕まって取り調べを受けるときには、血を吐きながら、何度も死の境をさまよいました。しかし、共に活動した同志たちに対する責任と義理のために命を懸け、「私一人で闘った」と言いました。殺すと脅かされても口を割りませんでした。「言わない」と言ったら言わないのです。(日本の統治から)解放された時、すぐに京畿道の警察部に勤務していた人たちを整理することもできました。しかし、滅んで涙を流しながら行こうとする彼らだったので、そのまま送り出してあげました。

18 植えなければ刈り取ることはできません。怨讐を生かすために、夜に逃がしてあげた歴史が残っているので、日本の若者たちは、お父様に対してその恩を返さなければなりません。日本の国が返さなければなりません。ですから、二十代に監獄生活をしたことに対して、神様に有り難く思うのです。

日本の監獄に入ったので、韓民族の悲惨さが分かりました。すべて教育です。日本がどれほど悪いかを、監獄に入って知ったのです。いくら愛国者の話や本を通して知ったとしても、実感が湧きませんでした。それを信じることができなかったのです。本は勝手に考えて書くことができます。

しかし、監獄に入り、拷問を受けて血を流す過程で、その同志たちと共にいながら、初めて韓国の悲惨な状況が分かるようになりました。このような民族を誰かが解放しなければならないという義務感をもつようになったのも、監獄に入ってからでした。監獄が、お父様にとっては偉大な先生になったのです。復帰摂理路程で、誰一人として触れることができない礎石を据えられた一時でした。

19 お父様は、我が民族が日本統治下で、日本人たちにどれほど虐殺されたかをよく知っています。ですから、日本人たちのことを考えただけでも(怒りと悔しさで)身震いがします。しかし、アジアで日本を無視することはできません。アジアで三国路線を広げるためには、敗れはしましたが、日本は必ず必要な国だというのです。民族性から見ても、間違いなくドイツ民族以上の団結力が生まれるでしょう。

復讐してはいけません。復讐で始めればまた復讐で終わり、そうして、結局は滅びるのです。それゆえ、統一教会は新しい世界をつくるために、「統一理念」を中心として、まずこの国と民族を救わなければならないという新しい糾合運動をしたのです。

20 世の中がいくら反対しても、私は滅びません。私を監獄に閉じ込めても、私の心と私の理念は、閉じ込められません。私を打ちなさいというのです。打てば、今まで私が神様のみ前に歩んできた道と、神様が築いてこられた道とが連結されるのです。

ですから、「打つなら打て! 私がお前を憎むか憎まないか」と言いながら、怨讐を愛する心がどれだけ強いかを鑑定しなさいというのです。むちで打たれ、血を吐きながらも、「ああ! よく打たれた。歴史的な怨恨の人類に代わって打たれた。私は打たれて忘れ、記憶にとどめておくことはしない」と言い、「神様! 彼らをお赦しください」と言いました。その立場を通過しなければなりません。そのためには、自らを犠牲にする立場に自分を立てなければならないのです。そうすれば簡単です。

日本統治下で、私は十二時間近く拷問を受けて血を吐いたこともあり、十五分間で人を狂わせる、生涯忘れられない拷問も受けました。それでも、奇跡的に生きて出てきたのです。

しかし、私は、彼らに対して怨讐のように接することはしませんでした。彼らに福を祈ってあげてから行く責任が私に残っているので、彼らの何を見て福を祈ってあげるかを、その監房で悩み、研究したのです。

それでも、人には良心があるので、私を拷問した人が、朝、人々がすべて出ていったあとで、誰にも分からないように謝罪するのです。それを見ると、人間は誰もが同じです。彼らも、良心はだますことができないというのです。

第二節 平壌大同(テドン)保安署での受難

大同保安署収監の背景

真のお父様は、天が備えられた韓国のキリスト教指導者の不信により、新たな基盤を築くため、一九四六年六月六日、北朝鮮の平壌に到着された。真のお父様の伝道集会は神霊的な恩賜に満ち、多くの信者が押し寄せた。すると、キリスト教の指導者たちによる密告と共産政権の宗教弾圧がかみ合い、平壌到着から二カ月後の八月十一日、真のお父様は、韓国政府のスパイであるなどの容疑で、大同保安署に収監された。当時、許浩彬(ホホビン:孝彬)をはじめとする腹中教の幹部たちも大同保安署に収監されていた。

1 お父様が二十七歳の時は、共産世界の平壌に行って闘った時期です。その時代と今の時代とを比較してみれば、皆さんは幸福な人たちです。その時だけでも、七十人以上のキリスト教の牧師が団結してお父様に反対しました。北朝鮮の共産治下でキリスト教がキリスト教連盟をつくり、共産党と一つになって反対する環境で、彼らと向かい合って闘いました。私たちの理念さえもてば、どこに行っても核心要員を引き抜ける力がつきます。その時、私は平壌の景昌里(キョンチャンニ)という所にいたのですが、それぞれの教会では「景昌里に行くとハンサムな異端の男がいるが、彼の話を聞いただけでだまされてしまう」といううわさが立ちました。特に「女性たちは行ってはならない」と、大々的に宣伝されたのです。

2 お父様は、共産党の統治下にある北朝鮮に入っていったのですが、すぐに捕まりました。私が南側から来たので、李承晩(イスンマン)の手先だというのです。しかし、いくら調査をしてみても、根拠をつかむことができませんでした。それで、「男のムーダン(霊媒)である」とか「社会を乱す」などと言って捕まえ、閉じ込めたのです。

その時、本当に何度もむちで打たれました。拷問もたくさん受け、ひどい扱いをたくさん受けました。そのような道を歩んできた人です。とても劇的な場面が数多くありました。それらを、希望に満ちたあすを築くための一つの過程だと考えれば、貴重な時間だったのです。

3 サタンは、個人を使って私を攻撃させ、家庭を使って最も憎むように仕向けます。国家をも使って、どうしたら命を奪えるかと、その方法を探し求めています。イエス様の命を奪ったように、どんなことをしてでも命を奪おうとするのです。

ですから、私に反対するために、すべてが動員されました。共産治下の北朝鮮に入って、監獄暮らしをしました。私を韓国のスパイに仕立て上げ、「李承晩政権の手先だ」と言いながら、あることないこと、ありとあらゆる言葉を浴びせかけました。「北朝鮮政権を略奪するための回し者だ」と言うなど、ありとあらゆることをしたのです。命を奪おうとして放り込んだというのです。

その時、「ああ、神様のみ旨も何も、大変でできそうにもない。すべて放棄しよう」と思っていれば、そこで終わっていたでしょう。しかし、「世界が滅びる前に、私が滅びる立場に行くことはできない。世界が残っている限り、生き残らなければならない。いかなる拷問を受けたとしても、死の境地に出くわすことがあっても、神様のみ名によって、神様のみ旨を成し遂げるために闘うのだ」と考えました。

4 私は平壌で共産党に捕まり、手錠をかけられて監獄に引っ張られていきました。日本統治下の時には、日本の警察官に引っ張られて監獄に行ったこともあります。

私は、希望に満ちた心をもって監獄に行きました。なぜなら、監獄に行けば、ある人に会う約東になっていたからです。霊界を通して、ある人に会うように予定されていました。その人に会うために喜んで入っていったのです。そこに行けばこのような人に会えると思うと、それが正に希望の出発になるのです。

5 腹中(ボクチュン)教の許浩彬氏は、一生涯あらゆる精誠を尽くして信仰の道を歩んでいきました。その背後の歴史を見ると、皆さんには想像のつかなこを歩んだのです。宗教者を怨讐のように扱う共産党の圧制下で激しい拷問を受けても、自分たちの信仰心を守っていきました。

その拷問を受けた内容は、言語に絶するものです。蒸し暑い夏の季節に、彼女たちは苧麻(からむし)のチョゴリ(薄手の服)を着た身でどれほどむちを打たれたのか、その服が穴だらけになったという話を聞きました。数十回も気絶し、彼女の弟は拷問に耐えられずに死んでいきました。四十人以上の責任者も投獄され、悲惨な状況で拷問を受けました。お父様もそのような立場で、同じ団体の一員とみなされて、投獄されたのです。

6 蕩減復帰原理によって、お父様は、私を待って準備していた集団に会いに行くことはできませんでした。イエス様が亡くなられた理由は、彼が新婦を迎えられなかったからです。イエス様を迎える新婦が準備されていなかったからです。それが、イエス様の亡くなった原因でした。

ですから、再臨主が来る時、その準備された集団は、新婦の位置で準備したものをもって訪ねてこなければなりません。もし、その準備された集団の指導者だった許浩彬氏が、主がいらっしゃる所を知るために神様に祈っていたならば、神様がその人にその場所を教えてあげていたでしょう。ですから、お父様は彼らが来るまで待っていました。彼らのいる所に行くことはできないというのです。

その期間にお父様は、アンナのような女性に会いました。その女性は、二つの立場の業をしていました。彼女は、時には天の側で業をし、時には中間の立場で業をしたのです。天の側でなければ中間の立場です。お父様は、その年を取った女性に出会ったのち、許浩彬氏に人を送り、お父様が誰なのかを祈ってみなさいと伝えました。しかし、許浩彬氏は、一つの大きな兆候を期待したのであって、一人の若い男性などは期待してもいませんでした。お父様は、許浩彬氏に特別な人ではなく、普通の人を送ったのです。許浩彬氏は、その人が大きな使命をもっていることを悟れず、彼を送り返しました。そのあとにも、一人の若い女性をその集団に送りましたが、許浩彬氏からは何の反応もありませんでした。その時、許浩彬氏は、自分の集団の幹部たちが一堂に会したとき、自分か受けた「春香(チュニャン)が監獄で彼女の夫に会ったように、お前も監獄で主に会うだろう」という啓示を説明していたのです。

7 お父様が平壌で許浩彬氏に会おうとした当時、北朝鮮は共産主義者たちが占領していました。その時、共産主義者たちは、許浩彬氏の集団が人々からたくさんの寄付金を集めて、良い服を作り、良い家を買ったことを知るようになりました。それで、彼らはこの集団の指導者たちを宗教的詐欺師として告発し、彼らを監獄に放り込んだのです。

そして、その時にお父様も、その集団と関係があると告発されました。実際には、何の関係もありませんでしたが、そのように告発されたのです。そうして監獄に入ることになり、その集団の指導者と同じ部屋に閉じ込められました。

許浩彬氏のもとでその集団を率いていた一人の男性が、同じ部屋にいるという状況になったのです。その日が一九四六年八月十一日です。

その集団の指導者たちは、共産主義者たちによって、とても苛酷な拷問を受けました。共産主義者たちは、あらゆる宗教を抹殺しようとしたのです。

大同保安署での受難と釈放

真のお父様が大同保安署で受けた拷問は、非常に苛酷なものだった。一週間眠らせない、棍棒で袋だたきにするなど、特殊な拷問が加えられた。真のお父様は、百三日日となる一九四六年十一月二十一日、半死半生の状態で釈放された。信徒たちは、お父様が多くの血を吐いて、瀕死の状態に陥っていたため、亡くなられたあとの問題まで議論していたが、奇跡的に回復された。その後、集会所を移転され、引き続きみ言を伝えられた。

8 お父様は、共産党から一週間眠らせないという拷問も受けたことがあります。拷問を受ける時は、「こいつ、お前が耐えるか、私が耐えるか見てみよう」と思い、おもしろい時間だと考えました。普通の人たちは、一週間眠ることができないと、うつらうつらしながらすべてを話してしまいます。

お父様は、目を開けていてもよく眠ります。それを研究しました。その時、訓練をしたので、今も眠気がすると、その方法を利用するのです。また、拷問を受けて、あざができたり、痛いところがあったりすると、それをほぐす方法を研究したので、疲れた時にはその運動をします。私は今でも、普通、一日に一時間だけ眠れば、持ちこたえられるのです。

9 平壌で開拓する時、キリスト教の牧師と長老の夫人たちがお父様のところに押し寄せるので、七十人以上の牧師が投書して、お父様を監獄に放り込みました。南側から来たスパイとみなし、ソ連の共産党まで来て取り調べをするのですが、ひどい拷問を受けました。彼らは真っ赤な部屋で一週間眠らせません。三日眠れなかったら人は狂ってしまいます。

真っ赤な部屋に一人で入れておき、白い座布団に座らせて、三日から一週間、睡眠を取らせないのです。お父様は、「お前が私を眠らせないようにできるか」と思いながら、目を開けて眠りました。眠る訓練をしたのです。目を開いたまま眠るのです。当時、「文某は男のムーダンで妖術まで使うので、聖書に出てくるような奇異なことがそのまま起こる」とうわさになっていたので、横に見張りがいました。

10 お父様は、力もあり敏捷です。できない運動がありません。私が運動するという時には、何をしても三等以内に入らないものがありません。そのような能力のある男でしたが、袋だたきに遭ったのです。

東西南北の十二方位すべてから打たれても、ただ黙って打たれなくてはならない時が一度や二度ではありませんでした。ありとあらゆる拷問を受けました。そのような拷問を受けて打たれても、「打て! こいつら!」と言って耐え抜きました。棒でたたかれても、「打ってみろ! こいつら!」と言ったのであって、情けなく「ああ、助けてくれ!」とは言いませんでした。机の脚(の角材)でたたかれても、「お前が折れることはあっても、私は折れるものか」と思いました。たたかれて歯が半分ほど欠けてしまったこともあります。

お父様がそのような恥辱の場で流した汗は、何の汗でしょうか。大声を張り上げたとすれば誰よりも張り上げ、血を流したとすれぱ誰よりも流しました。涙を流したとすれば、誰よりも流したというのです。

第三節 平壌刑務所と興南監獄での受難

平壌刑務所収監と公判

共産治下の宗教抹殺政策は極限に達した。真のお父様は、キリスト教団の嫉みと誣告(故意に事実と異なる内容で人を訴えること)により、一九四八年二月二十二日、平壌内務署に拘束され、四月七日の公判では社会秩序紊乱などの罪で、五年の刑を言いされた。しかし、判決文の中に出てくる「虚構」という表現については異議を提起し、修正するようにされた。真のお父様が伝えた真理は、決して虚構ではないからである。真のお父様は、法廷を出られる際、悲しむ食口たちに手を振って、彼らを慰められた。

1 お父様が教会運動をすると、すぐに食口たちが増えました。当時、北朝鮮当局の政策は、すべての宗教を抹殺することでした。また、キリスト教の牧師たちは、自分の教会の信徒たちがたくさんお父様のところに来たので、私を告発しました。その結果、三回目の投獄に遭うことになりました。平壌の内務署に拘束された日が一九四八年二月二十二日です。

2 一九四八年四月七日は、お父様にとって忘れられない公判の日です。キリスト教団の嫉視と共産党当局の宗教抹殺政策によって、二月二十二日に平壌内務署に拘禁され、二月二十五日には髪を刈られました。共産治下で宗教公判が行われるというのは、あり得ないことです。公判は、四月三日から四月七日に延期されました。四月三日は、拘禁されて満四十日になる日でした。

3 私が平壌の内務署で公判廷に立つことになった時、北朝鮮にいるキリスト教の牧師たちが来て、ありとあらゆる罵声を浴びせました。それで、「あなたたちの子供と私の子供のうち、どちらが立派になるか見てみよう。あなたたちの教える教会員と私が教える教会員と、どちらが優れているかを見てみよう。死んでも私のほうが優れているだろう」と考えたのです。

そのような、人が知ることができず、人が感じられない衝撃を、いまだに忘れていません。寝ながらも、そのようなことを考えるのです。その場で、天のみ前に私が孝の道理、忠の道理を尽くそうと誓ったその誓いを、どのように実践するのかというのです。疲れようにも疲れていられません。くたびれようにも、くたびれている暇がありません。忙しいというのです。ですから、彼らが考えもつかないことをするのです。話もせず、じっとしているからといって、意気地がないのではありません。私の行く道が忙しいので話さないのです。正しくないことを見たら我慢ができない人です。

4 お父様が平壌の刑務所に入っていくとき、食口たちは自分の夫が死ぬよりももっと切実に心配しながら、「先生、今行ってしまったら、いつまた来られるのでしょうか」と言いました。しかし、お父様は、「私が行って会わなければならない人がいる」と答えました。その時、そこに行けばある人と出会うだろうと約束されていたのです。足が震え、嘆息し、痛哭する怨恨の道であるにもかかわらず、その道を行きました。それは、希望する天国に行く道だからです。このように喜びの心で行けば、地獄も天国に変わるのです。神様もそのような心をもっているでしょう。それで、そこで出会わなければならない人たちとすべて会い、新しく決意しながら第二次の出発をしたのです。

5 平壌刑務所にいる時、裁判を受ける日が、本来は一九四八年四月三日でしたが、共産党が教会を弾圧する口実をつくろうとして期日が遅れ、四月七日になって受けました。その日は、食口たちが一緒に集まりました。しかし、彼らはその時から分裂し始めました。

刑を受けて監獄に行く時は、かえって希望に満ちた足取りでした。なぜなら、刑務所にも神様があらかじめ準備した人がいるからです。

監獄には午後三時頃に入り、入ってから三日目となる日に、金氏という青年に会いました。彼はもともと、日本統治時代に陸軍士官学校砲兵科を卒業し、日本軍砲兵大尉として服務していた時に終戦を迎えた人です。終戦後、彼は北朝鮮人民軍に入隊し、砲兵司令官の腹心の部下として服務していましたが、その時に国家機密漏洩罪で死刑宣告を受け、死ぬ日を待つのみでした。その上、自殺を企てたものの、それが発覚し、鎖でつながれていました。

彼の話によれば、ある日、夢の中に白髪の老人が現れ、自分の名前を呼びながら、「お前は絶対に死なない。お前は南から平壌に来た青年を迎える準備をせよ」と教えてくれたそうです。しばらくして砲兵司令官の保証のもとで、彼に対する処罰は死刑から四年八カ月に減刑されました。それから再び夢の中にその老人が現れ、「教えたとおりに信じていない」と叱責しながら、「幾日もせず、南韓から来た若い先生に会うだろう」と教えてくれたというのです。

6 平壌刑務所で、天から直接の命令を受けた人に会いました。彼は、霊界からの教えを通して、私に関する証を直接受けていました。私に会うことが既に一年前から、天の約束として準備されていたのです。このように真を追求し、大きな希望の基盤を築かせようとするので、ここまで天が根を張るのです。

このような天の事情を考える時、私がこの道を排斥し、この道を遠ざけようという気持ちがあれば、天倫の前に立つことができない反逆者になることを徹底して信じました。私が考える前に、天はそこで大きな関係を私と結ばせるために準備していたのです。しかし、(その人が)我知らず反逆する立場に立つことを悟れていないのを見るとき、とても興味深いことでした。

7 お父様が入った監房に、金氏という人がいました。その時、お父様の年は二十九歳で、彼も二十九歳でした。一九四八年四月二十八日の明け方に、愛する息子が死刑宣告を受けるや、心を痛めて病にかかった上に、交通事故に遭って死んだ金氏の父親が夢の中に現れ、彼を連れて、宮殿のような所に行ったそうです。そこには階段があったのですが、階段を上るたびに聞いたことのない音が聞こえたといいます。階段を三段上るたびに三拝をしながら上がっていくと、そこにはまぶしい玉座があり、その上に一人の青年が威厳をもって座っていたというのです。彼の父親が「顔を上げてあの方を見なさい」と言うので、そちらの方を見上げたのですが、さしてくる光彩があまりにもまぶしくて、はっきりと見ることはできなかったそうです。金氏は、お父様に初めて会った瞬間から心が引かれ、お話を少しでも聞いてみたい衝動を感じていたのですが、三日目にしてようやく、「お話を聞かせてほしい」と懇願しました。お父様は金氏に、今まで歩んできた路程を「ロレンス」という仮名で、三日間、聞かせてあげました。そうしながら、ここに神様が約束した人がいることを知りました。その人が正に、監房長の金氏だったのです。

お父様は彼に「あなたは誰にも言えない自分だけの心配事をもっているでしょう?」と言いながら、その心配事が何か尋ねてみました。その問いに彼は驚き、それまであったすべての内容を詳細に打ち開けて、自分が夢の中で見た、玉座に座っていた青年が正にお父様だったことを初めて悟るようになりました。

8 お父様が平壌刑務所にいる時には、私が男のムーダンであるといううわさが立ちました。相手が話す前に既に分かって、尋ねるので、そのようなうわさが立ったのです。このようなうわさを共産党当局も耳にして、お父様のことが恐ろしいのか、取り調べをする時も、三人以上の看守が見守っていました。

お父様は平壌刑務所から興南監獄に入る時に、サタン世界から神様の世界に越えていける一つの結果をもたらすために、このような現象が起こるのだと思いました。そのような所に行っても、正体を明らかにせず、内外で変わってはならないと考えたのです。イエス・キリストが万邦に、世界の前に、人類の胸の中で灯火になることができたのは、自分の生命を左右する環境でも、消えることのない心情をもって死の関門を突破したからです。

それが今日の歴史と文化の起源になりました。すなわち、文化世界を創造する起源になったというのです。統一教会も、そのような基盤から出発したということを知らなければなりません。

獄の中の獄、興南監獄に移監

真のお父様は、一九四八年五月二十日、平壌刑務所から、獄の中の獄と呼ばれる「興南特別労務者収容所」(通称、興南監獄)に移監された。収監番号は五百九十六番であった。興南監獄は、寒さと飢え、重労働を伴う途方もない作業量ゆえに、普通の人には耐え難い所であった。特に、監獄内のアンモニアガスと粉塵が汗と反応して、肌がむけてただれる皮膚病と肺病により、一年で収監者の四〇パーセントが死にゆく現実の中でも、真のお父様は肉体の健康を維持され、同僚たちよりもはるかに多くの労働量をこなされた。死の影がちらつくこの場所で、真のお父様は知恵と愛で苦難を克服されたのである。

9 お父様が興南の監獄に手錠をはめられて行くとき、平壌に残る食口たちが手を振りながら見送ってくれたことが忘れられません。私は涙を流しませんでしたが、彼らは子供が死んでいくのでもなく、夫が立ち去るわけでもないのに、ひたすらすすり泣いて涙を流しました。それがどれほど悲壮だったでしょうか。それを見ながら、「天を訪ねていく人は不幸な人ではない」と思いました。

私がどんなに鉄格子の中で苦難を受けたとしても、私を訪ねてくれる旅人、監獄を訪ねてくれる彼らは、自分の血族を越え、民族愛を越えて、天上の心情圏を地上の監獄と連結させるに当たって、恥辱を物ともせずに行動した人たちです。これは驚くべき事実です。

10 興南は、潮風が吹くと砂利が飛ぶような所です。ですから、肌が出ているところは、何でもいいので覆いたくなります。突き刺すように入ってくる風が、どれほど怨讐か分かりません。朝早く九百人以上の囚人たちが労働に動員されて出ていくとき、出掛ける前に検査をします。単衣(ひとえ)の服を着た人たちを、明け方五時から七時頃まで二時間以上、その寒い所に座らせておくのですから、どうなるでしょうか。「ウォウォウォウォー」と声を出して震えます。それは本当に痛ましいです。我知らず「ウォウォウォー」と震えるのです。いくら声を出すなと言っても、そうなります。

お父様が過ごした部屋には三十人以上いました。夏には、下から水がしみ出てきます。そこでも私は、一番暑い所、一番臭いがする最低の場所で過ごしました。そこで、寒はのことを考えるのです。冬の主人になれる人が夏を支配することができ、夏の主人になれる人が冬を支配することができます。困難を支配できてこそ最高の富を支配できるのです。天はそのような富む者をつくろうとするのです。

ですから、苦労しましたが、それが祝福でした。そのように反対の実績が得られたのは、蕩減復帰において一致したからです。そのような祝福の実績を残さなければならないというのです。

11 興南は、冬に零下二三度まで下がる所です。そのような所でお父様は、単衣の服を着ていても寒いとは考えませんでした。その場で、「もっと寒くなれ。もっと寒くなれ。もっと寒くなれ」と思いながら、それを克服する闘いをしました。寒ければ寒いほど、綿入れのズボンと上着はすべて人にあげ、単衣の服だけを着て仕事をしました。厚い服は人に与え、単衣の服を着ようとしたのです。

また、最も困難な仕事はどこにあるのかと考えて、その場所を訪ねていこうとしました。ほかの人たちは最も易しい仕事を求めるのですが、最も困難な仕事を探し回ったのです。これを越えられなければ死ぬと考えました。そうでなければ、共産党やこの世界を制覇するという考えをもつことはできないのです。

12 お父様の歯を見ると、割れているところがあります。監獄で針を作ろうとして割れました。監獄では針が本当に貴重です。手に入れることができないので、作って使わなければなりません。その時、肥料工場に肥料を入れるかますを結ぶために使う手かぎがありました。その手かぎの端を非常に軽く、百回でも千回でもたたくのです。突然強くたたいてはいけません。軽くたたくと平らになります。その平らになったところを、ガラスで裂くのです。

その次に、それを研いで針を作ります。その時、穴が丸いといけないので、歯でぎゅっとかんで細長く作るのです。その次には、これを切らなければならないのですが、切る道具がないので、歯でかみ切るのです。そうしようとしたところ、歯がこのように割れました。今でもこの歯を見るたびに、監獄での生活が思い出されます。

そのようにして針を作っておくと、そのうわさが監獄全体に広まり、土曜日になると針を借りに来るのです。すると王様のように座って、「あなたも受け取っていきなさい。あなたも受け取っていきなさい」と言いながら貸してあげるのです。そうしてから朝、出ていくとみな挨拶をします。そのような時には、針も作れなければなりません。私が精誠を込めて作った針なので、世の中で作った針よりもよく縫うことができると考えました。

13 皆さんは、共産党の監獄での生活がどのようなものか、よく知らないでしょう。ソビエト革命後、多くのソ連人が強制労働に苦しみました。共産主義理論では、彼らの前に、何らかの有産階級や反共産主義分子たちがいてはいけません。共産党は反対者たちをすべて粛清したいのですが、世界の世論のゆえにそうすることができないのです。そこで共産党は、彼らを強制労働に動員して、厳しい労働によって彼らが死ぬ時を待つのです。

北朝鮮で監獄にいた時、お父様は強制労働収容所に収監されました。北朝鮮の共産党は、ソ連の経験に倣って、すべての囚人たちを厳しい労働に動員し、彼らが死ぬまで放っておきました。

14 重労働をさせて死なせるのが共産主義の作戦です。興南の監獄に入ってから三年過ぎると、ほとんどがみな死んで出ていきます。間違いなく三年以内にそうなります。食べ物をろくに与えずに重労働をさせるので、ここに入ってきた人は、まず死んだも同然です。

この世の普通の人の基準では、一日三食、脂気のある食べ物を食べて精いっぱい仕事をしても、十人で一日に七百かますしかできません。しかし、この工場では、その倍近くの量をしなければならないのです。食べる御飯は少なくて、大きな口で、三口も食べれば終わってしまいます。そうして重労働をするので、朝食を食べて工場に向かうその道で、既に足がふらつきます。そのような足を引きずっていって、朝から仕事をするのです。その姿は、本当に悲惨極まりないものです。

15 私が仕事をした興南の硫酸アンモニウム肥料工場に、大きな広場があります。白い硫酸アンモニウムが生産されて出てくると、ベルトコンベアを通ってその大きな広場の真ん中に積もるのですが、滝の水が落ちるように、白いものが落ちてきます。その高さが二十メートルほどになります。そのように高い所から広いコンベアを通って落ちる様子は、滝のように壮観です。それが地面に落ちると冷めるのです。

熱いと固まりになるので、固まらない程度に冷ますために、そのように高い所から落とさなければなりません。落ちて積もった大きな肥料の山はピラミッドのようですが、それをすくって入れるのです。

しかし、時間がたったものは、熱で溶けて、岩山のように固まってしまいます。まるで氷山のように青白くなるのです。そのような肥料の山を中心として、それをすくって袋に入れる作業をします。大きな広場に八百人から九百人が出ていって仕事をするのですが、大きな山を二つに分けて積み上げるのと同じようなことをするのです。

16 お父様は、北朝鮮の共産政権の(興南)監獄に入って、二年五カ月の間、重労働をしました。何の労働かというと、肥料工場でする仕事です。硫酸アンモニウム肥料工場で、肥料がベルトコンベアに載せられて、広場の真ん中に落ちるようになっています。その肥料をかますに入れて秤に掛け、貨車に積む仕事をするのです。熱処理をして作るものなので、生産されて出てくる硫酸アンモニウムは熱いのです。それが冷めると塊になります。それを何年もの間放っておくと、岩のようになってしまいます。本当に大変な重労働でした。

一日八時間の労働時間に、一人一人の責任分担があります。十人一組になって仕事をするのですが、一組の一日のノルマは千三百かますです。これを八時間以内に終わらせなければ、食事が半分に減らされることになっていました。

17 硫酸アンモニウム肥料工場で仕事をしたのですが、そこはアンモニアガスが充満しています。ですから、硫酸アンモニウムが皮膚に溶け込み、絞ると水が出るほどです。どこを絞っても水が出てきます。細胞が、半分は死んでいるというのです。そのような環境では、精神力でなければ持ちこたえられません。

そこでは、いくらしっかり食べている人たちでも、三年も仕事をすると肺病になります。ならなければうそです。そのようなアンモニアガスが工場の中に満ちているのです。ですから、大体六カ月過ぎて咳をすれば、血の混じった痰が出ます。必然的に、そうなるようになっています。そこできつい仕事に疲れ果てず、自分の精誠の基盤を築き、蘇生した体をもってこそ持ちこたえられるのですが、普通の若者たちはそれを知りません。ですから、お父様が経験を通して、それを指導し続けてきたのです。

18 肥料工場でする仕事は、かますに肥料を入れ、秤に掛けて縛り、引っ張っていって貨車に積むことです。どんどんと肥料をすくい出すので、肥料の山の近くに場所を取ってはいけません。およそ十メートル、十五メートル離れた所からしなければなりません。ですから、その距離の分だけ、引っ張っていかなければなりません。

そうやって、それを港で待っているソ連の船に積み込むのです。数万トン積み込むのですが、それを毎日計算しながら、行わなければなりません。それが間違った場合は、大きな問題になります。国家間の外交問題がかかっているからです。ですから、ノルマは絶対に完遂しなければなりません。

そのような中で、仕事ができなければ二級に落ちるのです。かますを縫う仕事をする二級に落ちると、御飯は半分しかくれません。その次に、それもできなくなれば、縄をなう所に行くことになります。縄をなう所に行くと、御飯は三分の一にしかなりません。それは死ねということです。

結局、一握りの御飯をもらうために、必死になって働きに出るのです。夕方、帰ってきて、ほかの人と同じように一握りの御飯をもらうことが一番の希望なのに、その半分や三分の一をもらうことになれば、茫然とするのです。ですから、死に物狂いで、御飯のために死ぬまで働かざるを得ないというのです。

19 お父様は、監獄でマラリアを患っても祈りませんでした。かえって、そのような時には断食をしました。「ようし、やるぞ!」と言って、薬も飲むことができずに二十四日間患っても、責任量の仕事を完遂していきました。朝、働きに出掛ける時に、監房から出るように言われます。広場に全員集めておいて、不法な所持品を持っていないか、すべて身体検査をします。そうすると、そこで一時間から二時間が費やされます。こうして九時に作業が始まるとすると、一里以上の道のりを歩いていくのに一時間から一時間二十分かかります。御飯を食べる時間を入れれば、二時間以上はかかるというのです。

ですから、働きに出るとなると、普通明け方の四時半に起きて、九時に作業場に到着するのです。そうやって出掛けて座り込むと、頭が非常にくらくらします。頭がくらくらして、立つことができません。ですから、横の人の肩をつかんで立ち上がるのです。作業場に行っても、自分の力で働くのではありません。

限度を超えた冷酷な監獄の食事

収監者たちには、少量の雑穀御飯と塩の汁物が配給された。御飯は粘り気がなく、大口で食べると、三口ほどにしかならなかった。それでも、仕事をしなければ配給量が半分に減るため、具合が悪くても作業場に出ていかざるを得なかった。御飯を食べながら死んだ人の口の中から、御飯を取り出して食べることもあった。正に、興南監獄は冷酷さの限界線を越えた場所だった。このような所でも、真のお父様は、最初の二、三週間、配当された給食の半分を収監者たちに分け与えられたのである。

20 監獄でお父様は、決して一言も話しませんでした。共産主義者たちの組織を知っていたからです。お父様にとって最も大変だったことは、虚偽の演説を聞いたあとに感想文を書くことでした。監視員たちは監視の目をお父様に集中させて、告発する条件を探し求めていました。共産主義者たちは、お父様の部屋にスパイを入れておきました。ですから、お父様は一言も話さなかったのです。

監視員たちは、一人の囚人に御飯を少し多めに与えて、その囚人を手先として利用しました。これは、とても簡単にできることです。共産主義の世界では、御飯で人々を操るのです。皆さんが御飯を食べながら、時々、石が入っているときがあると思いますが、ある人はそれを吐き出すでしょう。しかし、囚人たちは、吐き出したものまでも、ことごとくなめて食べるほどでした。このような状況が続いたのです。

21 お父様は、一九四九年十二月十七日から二十一日までの期間を、一生忘れることができません。当時、監獄に入っている人には、大概とうもろこし御飯や燕麦(えんばく)御飯、それから豆かすのようなものが与えられました。殺すことができないので食べさせるのです。

その期間には、そばを半分しかひいていないもので作られた御飯が与えられました。そのようなものを配給して食事にしたのです。それを最初に食べたときは、肌がむくみました。そばの御飯だけを食べると腫れるのです。その御飯を食べるとき、御飯に気をとられた人たちは、胃がどうなろうと食べます。胃のことを考えません。おなかがすいているので、それが食べづらくても、そのままごくりとのみ込んでしまい、病気になったのです。

お父様はそのことを既に知っていました。ですから、普段、御飯を食べる時間よりも三倍ゆっくり食べました。すべて一つ一つ皮を剥いて食べたのです。ほかの人たちは、その食べ物を食べて、消化できないので顔が腫れました。ですから、食べる時は、唾を倍以上も出すようにして、長時間かんで食べなければなりません。その時、そば一粒一粒、すべて皮をむいて食べたのですが、それが一生忘れられません。

またその上、仕事は重労働をしました。その時、この世で御飯がどれほど貴重なものかを知りました。米一粒がどれほど貴いかを、その時に知ったのです。食膳が出されると、その時のことが思い出されます。

22 興南の肥料工場でする仕事は重労働です。一般社会の人でも、一週間に一度ぐらいは豚肉を食べなければなりません。豚肉は脂が溶けていきます。牛肉は脂が固まりますが、豚肉の脂は流れ落ちるので、細胞を洗浄する作用があるのです。肥料の成分が体の中に入って固まってはいけません。ですから、人々は、一週間に一度くらな肉の脂身を無性に食べるのです。しかし、そこに肉があるでしょうか。「御飯でもたらふく食べられたらよい」と思うのです。

朝御飯は、お父様なら三さじも食べれば終わりです。口を大きく開けて食べれば、三さじにしかならないというのです。それを食べて八時間、重労働をするのです。

収容者たちは、朝御飯を食べて工場に出掛けるのですが、工場まで一里以上の道のりです。一里を超える距離を歩いていけば、足もふらつきます。そのような状態で八時間労働をしなければなりません。

23 食べることができずに病気になり、死にかかっている人にとって、御飯は救世主です。一握りの御飯は、この世の一軒の家と取り替えても余りあるのです。ですから、御飯を食べている途中で息絶えると、その人の口にある御飯を取り出して食べるほどになります。狂気の沙汰といっても、そのような狂気の沙汰はありません。食べている御飯の中に石があって吐き出したものに御飯が一粒付いていれば、他の人がその石に付いた一粒を拾って食べるのです。生き地獄です。

そうしながら、反動分子を音もなく除去するのです。千人いたら、死んで監獄の後門から出ていく人が、一年で四百人近くになります。三年から四年もすれば、すべて死ぬということです。脂気がすべて抜けて死ぬまで仕事をさせるために、そのような政策を取るのです。無慈悲という程度ではありません。無慈悲なことにも、ある程度の限度があります。冷酷なことにも限度があるというのです。これは、限度をはるかに超えたことです。

24 私が興南の監獄に入っている時、千人近くの人がいました。その千人の中で、一年だけ過ぎると、四〇パーセントほどが死んで出ていきます。ですから、毎日葬式を行うのです。毎日、後門から棺が出ていくのを見なければなりません。自分の部屋にいる人たちも、そのように死んでいくのです。三十人いれば、十人以上死ぬことになります。

看護する人がいて、御飯を食べて死んでいくのではありません。病気になって苦しむことよりも、おなかがすく苦痛のほうが上回っているのです。病気になった人でも、仕事をしなければ御飯は半分しかもらえません。監獄で大きな一握りの御飯をもらうのと、半分をもらうのを比較してみると、大きいのをもらう時は天国のようで、小さいのをもらう時は地獄のようです。いくら話しても、皆さんには理解できないでしょう。

結局、仕事に出掛けて帰ってきて、やっと御飯がもらえるので、病気でも仕事をするのです。門を出る時に座り込んでいたとしても、這ってでも仕事に出掛けます。仕事をするふりでもしなければなりません。もう半分の御飯のために、あがきながら、仕事が終わるまで我慢するのです。帰って御飯をもう半分もらうことが、最高の理想だというのです。

ですから、御飯をもらう時間には、具合の悪い人はいません。自分のノルマに相当する御飯は、すべてしっかり食べるのです。そのように御飯をもらって戻り、死に物狂いでその御飯を食べている途中で、結局スプーンを落とし、目を閉じて死んでいく人が一人や二人ではありませんでした。

25 今でもお父様が一番忘れられないことがあります。私が興南の監獄にいるとき、母が一カ月に一回、面会に来ながら持ってきてくれたはったい粉を、監房にいる囚人たちと分け合って食べました。一つの監房に三十人以上いたので、たくさん分けてあげることはできず、新聞紙の切れ端に一さじずつ盛って、分けてあげたのです。

それは、牛カルビなど問題になりません。そこでの豆一粒は、外の世界での大きい雄牛十頭に勝るのです。いくら体面をつくろって威信をかざしたてる人でも、一粒の豆が落ちれば手を伸ばすようになっています。三十人以上が一斉に手を伸ばし、互いに豆を拾おうとするのです。恐らく皆さんは、そのような境地を想像することもできないでしょう。

26 監獄にいる時、はったい粉を分けてあげる日は、正に祝宴の日です。お父様は、それをあげるのが惜しいからといって一人では食べません。絶対に一人では食べないのです。このはったい粉を水でこねて、はったい粉餅を作り、新聞紙に包んで作業場に持って出掛けます。食べたいのを我慢して、昼食の時間まで耐えなければならないのですが、その食べたい思いがどれほど切実か分かりません。それでも、それを分け合って食べたいので我慢するのです。汗を流して仕事をしながらも、一日中、そのことしか考えません。そうこうするうちに、昼食の時間になれば、それを分けて食べるのです。

私たちが働いていた肥料工場は大きいので、第一作業場と第二作業場に分かれていて、大きな肥料の山がそれぞれいくつかあります。作業時間にはそこで仕事をしますが、休み時間の十五分間は、それこそ天国です。その世界の生活というものは、体験してみたことがない人には分かりません。このような体験は、億万のお金とも交換することができません。それは血の涙で染まっているからです。自分の生涯のすべてを投入しなければならない世界が、正にその世界です。

27 監獄にいると、みな、おなかがすいて死にそうになります。肝油はどれほど生臭いでしょうか。その生臭い肝油に御飯を混ぜて食べても、生臭さが感じられないのです。それをコップに一杯そのまま注いで飲んでも、生臭くありません。それだけ体に脂気が不足しているということです。それがどれほど芳しいか分かりません。それだけ飢えているのです。ですから、(普通の人なら)仕事をしていても御飯が恋しく、自分が死ぬことも知らずに、ただ御飯ゆえに苦労して働くのです。働かなければ御飯を半分しかくれませんでした。御飯を半分しかもらえないというのは、死ぬほどつらいことです。そのような世界で彼らを慰労してあげ、彼らを教育してあげなければなりません。

私はたくさんの人を生かしました。「この工場で働けば、何カ月間はこのような症状が起き、また、このような症状も起きる。何カ月間はこれこれこのようになるが、この峠を越えられなければ必ず死ぬことになる。だから私の言うことを聞きなさい」と話し、大勢の人がお父様の言葉どおりに生活したおかげで、死にゆく環境の中で生き残りました。その人たちか弟子になったのです。ですから、監獄に行っても、教えてあげなければなりません。

28 興南の監獄にいる時、人々は御飯が恋しいので、どんなに具合が悪くても仕事に出掛けます。そうして帰ってきては、御飯をもらって三さじも食べられないまま、口に入れてかみながら死んでいく人もいます。すると、周りにいた人たち同士でけんかが起こります。口に入っていた御飯粒までも取り出して食べるのです。

お父様はそのような中でも、二、三週間も(御飯の)半分を人に分け与え、半分だけを食べて生きました。三年ではなく、五年、十年でも生きるのです。自然の中には目に見えない波長があります。自然が私を生かすために何かをあげたいと思うのです。私が自然を好むからです。近くの丘にりんご畑があれば、そのりんご畑から香りが漂ってきます。その香りをりんごのように感じて、ごくりとのみ込めば、本物のりんごを食べるのと同じなのです。

29 お父様は、りんご一つを握り締めて本当に感謝したことがあります。共産圏の監獄にいた時のことです。一年に二回、五月一日と一月一日には果物をくれます。りんごが一つ配給されるのですが、自分で良い物を選ぶのではなく、順番に分けてくれるのをもらうのです。虫食いの物でも、どんな物でも、ただ配給してくれる物を受け取らなければなりません。りんごを分けてもらうと、普通の人たちは受け取るなりむしゃむしゃと、一分もかからずにすべて食べてしまいます。

しかし、お父様は、「この色は、どれほどきれいなのだろう! この色を味わおう」と考えました。そして、「色を味わい、それから味を味わってみよう」と考えました。そうすると、口を開けて食べようという思いが湧かないのです。食べずに取っておいてこそ、目の保養にもなり、匂いも嗅いだりできるので、食べようという思いをもつ自分になれないことを感じました。

かといって、それを持って行き来するような状況でもありません。ですから、食べることは食べるのですが、食べる時は、神様のみ前に祈りながら、「りんごを食べますが、私が世界で最初にこのような思いをもって食べます」という自負心をもって食べたことがありました。

30 お父様は、監獄で御飯をもらっても、「おかずがない」と不満を言うことはありませんでした。水を置き、おかずのない御飯を食べても、天の父を呼びつつ「あすの希望をもって歩んできたお前ではなかったか」と言って食べました。そこでは、おかずがあったとしても御飯と一緒に食べることはできません。

監獄の中は、食事をする人が千人近くいるので、お汁と御飯を一緒に与えることはできません。一時間以内に御飯を食べなければなりませんが、お汁は向こうで、御飯はこっちでと、別々にくれるので混雑するのです。御飯だけ受け取るのに三十分かかります。そのように御飯とお汁を受け取っていれば、食事の時間が過ぎてしまいます。また、食事の時間が終わるやいなや、三分以内に作業場に出発しなければなりません。ですから、一方の手にお汁を受け取り、もう片方の手に御飯を受け取って、このようにそろえて食べる余裕がありません。手当たり次第に、お汁はお汁で、御飯は御飯で列に並び、受け取ってすぐに食べるのです。御飯を先にもらえば御飯から食べます。おかずなしの御飯を食べるのです。

そこで、おかずなしで御飯を食べる方法を学びました。御飯だけでも本当においしいのです。私は昔から、おこげがとても好きです。神様はよくぞ私を訓練してくださったと思います。昔、私が食べたおこげの味が、その御飯の味です。そこにこげた昧が少し加われば、普通の御飯には見向きもしなくなるほどおいしくなります。いつもそのように、お汁はお汁だけで、御飯は御飯だけで食べました。そのような場でも、私はみ旨を中心として生命を捧げる覚悟をし、神様のために孝の道理、忠の道理を尽くすのだと思って生活しました。

第四節 模範的な監獄生活と勝利

獄中の聖者

興南監獄の収監者たちにとっては、御飯と休憩ほど大切なものはなかった。しかし、真のお父様は、忠母様が面会の際に持ってきた服と食べ物を、他の収監者たちに分け与えるなど、困難な状況でも、かえって神様を慰労し、蕩減復帰路程を歩むべき孝子、忠臣、聖子としての道を歩んでいかれた。真のお父様は、獄中で最も困難な仕事を一手に引き受けて行うなど、模範的な監獄生活を送られたため、共産党から三度にわたって模範労働者賞を受けられた。サタンからも認定されたのである。

1 興南の監獄で囚人たちは、少量の食事と重労働で、常に栄養をきちんと摂取できずにいました。胃は常に働かなければならないのですが、次の日の朝、起きると、自分のおなかが板のようになっていることに気づきます。それが共産党の労働者収容所の生活です。

監獄から作業場までの距離は、一里以上の道のりでした。毎朝監獄から作業場まで歩いていく時は、手をつないで四列に並ばなければならず、横には小銃と拳銃で武装した警備員たちが監視しています。もしも、列が乱れたり、手をつないでいないことが発見されたりすれば、その人たちは脱出をたくらんでいるとみなされるのです。ですから、自分の頭をまっすぐに上げることができません。いつもこのような状況でした。

お父様はそのような環境の中で、どのようにして生き残ることができたのでしょうか。人間は肉身だけではありません。もしも囚人たちが、食べ物だけを食べて生きるようになっていたならば、彼らは死んでいたはずです。精神力が重要です。

2 お父様は、興南の監獄にいながら、ほかの人の二倍まで仕事をしようと決心しました。仕事をするたびに、常に試験を受けていると考えたのです。より一生懸命に仕事をするとき、私の肉身がどのような影響を受けるのかを分析し、研究しました。時々速度を上げると、私の体が変化しました。もし普通に仕事をしていれば、私の体はどのように反応していたでしょうか。

私の組の十人の中には、何人か体の弱い人もいました。ですから、自分のノルマを完遂できない人たちの分を補うために、私のノルマ以上の仕事をしました。毎日そのようなことを続けました。作業をする間に御飯のことを考えていれば、働くことができません。ですから、仕事をする時、御飯のことは考えませんでした。常に、そうするような運命に定められている、そのような仕事をするために生まれてきたと考えました。まるで復帰摂理を行うかのように、常にすべての心情と誠意をその仕事に注いだのです。

3 お父様は監獄で作業する間、常に霊界で経験したことを考え、後日、子孫たちや従う人々に見せてあげる映画の主人公であると考えました。お父様に従う人々や子孫たちは、私が仕事をするのを見ながら感動するだろうという思いをもって働きました。

作業は、午前九時から始まり、十時過ぎに十五分間の休憩時間があるのですが、その時間にトイレに行きます。しかし、お父様は決してそのことを考えませんでした。休憩時間を告げるベルが鳴っても聞こえませんでした。周りに誰もいないことに気づいて、初めて休憩時間であることを知りました。体は仕事をしていましたが、霊は休んでいたのです。そのような精神で働いたので、体重が減らず、ほとんどそのままの体重を維持しました。体重がほとんど減らなかったというのです。ですから、看守たちはとても驚きました。

また、働きに行くたびに、常に最も困難な仕事を探して、それをしました。数カ月後、最高の労働者と呼ばれるようになりました。脱出の陰謀を企てることができないように毎日組み替えをしたのですが、組を新しく編成するたびに、囚人たちはみな、この最高の労働者と同じ組になることを願ったのです。お父様の後ろには多くの人たちが並んでいました。

4 お父様は、青春時代に疲れ果てそうになる時も多かったのですが、疲れ果てないようにしようとどれほど気をもんだか分かりません。それは、ただ何もせずにできることではありません。囹圄(牢獄・獄舎)の身になったときも、「神様、私に同情なさらないでください」と言いました。困難な状況でも、絶対に祈りませんでした。深刻でした。一週間でも、一カ月でも話をしません。これは何を意味するのでしょうか。難しければ難しいほど、「私の最高の知恵を絞り、最高の精誠を込めて、私によって神様がこの難しい環境を打開できる道を、いかにして模索するか」と考えました。

私によって、私が救いを受けようと考えたのではありません。「この難しい心情的動機をつなげて、いかにして神様が痛哭し、悔しさと無念な思いをもちながら、これを強く打つことができるようにするか。怨讐の敵陣を撃破できる心情の爆発力をいかにして刺激させるか」という面を考えたというのです。そして、「早くここから出なければならない」とは考えませんでした。おなかがすけば、「腹よ、空腹になるならなってみよ」と思いました。これから世界が行かなければならない蕩減復帰路程を掲げて、空腹以上に深刻な立場で、神様を強く抱き締めて涙を流した時はありましたが、その場を免れるための努力はしなかったというのです。

5 千万の男がみな後退してしまうような峠がいくらでもあります。監獄に入って、「私がこの死の場で生き残るためには、御飯を半分だけ食べても生きようという決心をしなければならない」と思い、二、三週間、私の御飯の半分を他の人に分けてあげました。他の人の半分だけ食べて生きようというのです。ですから、いつでも心理的に御飯を食べなければなりません。半分しか食べられない境遇で、さらに半分もらって食べられるという心理的余裕が、生命を引っ張っていける力になることを発見しました。数カ月もすると体に変化が起こる理由が何か、すべて分かるので、死にゆく若い青年たちをたくさん生かしてあげました。

6 自分の体力を保全するためには、運動をしなければなりません。お父様が興南の監獄にいる時に考案した運動法があります。この運動をすれば、とても効果があります。そのようなことを続けたので、私は食べるのは少しですが、精神力で補充しながら体を鍛錬してきました。今の体とそれほど差はありませんでした。少しやつれていただけです。その時、監獄にいても、約七十二キログラムはありました。他の人たちは、ただ骨と皮ばかりになり、背中がやや曲がって、屍のように感じるほどでしたが、私は絶対に、そのようにはなりませんでした。

7 興南の監獄にいる時、普通の人たちは日曜日には休みます。あのきつい重労働をして日曜日になると、どれほどうれしいことか、それこそ安息日だというのです。ただありったけの力を振り絞って土曜日の夕方までは、どうにか我を忘れて働きます。正気ではありません。肥料工場に出掛け、仕事をして帰ってきたあとは、骨の髄から参ってしまいます。ただぐったりとするのです。御飯さえ食べたら、そのあとは倒れて起き上がることもできません。土曜日の夜と日曜日は、それでも自由が与えられるので、その場で食べて寝るのです。

しかし、寝るのが災いのもとです。お父様は三年近くその監獄にいましたが、昼寝を一度もしませんでした。絶対に昼寝をしないのです。心に決めた睡眠、心に決めた食べ物以外は欲しませんでした。

8 人は死ぬ時に、王子なら王子の権威を備えて死ななければならず、忠臣なら忠臣の姿勢を備えて死ななければなりません。のたれ死にすることはできません。お父様は、興南の監獄にいる時も、体を拭き、毎日のように冷水浴をしました。一日中肥料の山で仕事をしたので、硫酸アンモニウムが体に付いていて、皮膚がただれる可能性があります。そのような体を、夕方に飲むように与えられる水を飲まずに、明け方に起きてその水で手拭いをぬらし、冷水浴をしたのです。「出役(働きに出掛けること)!」という声がして準備するその時間に、サッサッサッサッと拭きました。

収容者たちに、便所で使うような水で沫浴させていましたが、私は死んでもその水ではしませんでした。ですから、水を飲むことが問題ではありません。自分の体を保護しなければならないのです。私は監獄にいながらも、ふくらはぎを人に見せたことがありません。いい加減な生活はしませんでした。興南の監獄で「獄中の聖者」という名前を残した人物なのです。

9 天に侍る人は、監獄にいるからといって、体をなおざりにすることはできません。これ以上ないほど疲れる労働をしても、座る場所を選んで座り、土曜日や日曜日には昼寝をしたことがありません。他の人たちは、重労働をして帰ってくると、御飯を食べるやいなや寝てしまいますが、私はそのまま寝たことがありません。監獄で一緒に生活する人たちは、重労働で疲れて先に寝るので、お父様の寝る姿を見たことがないという話が出たのです。そして、明け方には誰よりも早く起きます。また、夜は必ず一人で運動をします。そこでは飲み水がどれほど貴いか分かりません。一口の水が命と同じです。

そして、小さな部屋に数十人がいるので、夏の暑い時には、汗をかき、服を脱いで絞れば汗水が出るのです。ですから、ひしゃくで何杯も水を飲まなければ生きられません。自分の体を清めた、その立場で天に侍るのが道理です。

そこでは、どんなに暑くても自分の肌を見せませんでした。肥料工場から出てくる肥料が窯で熱せられて出てくるので、どれほど暑いでしょうか。そのような暑い所でも、下半身を見せませんでした。貞節を守る女性以上の訓練をしてきたのです。いくら監獄での生活が険悪でも、私の行く道を遮ることはできません。

10 興南の監獄に入って肥料工場で仕事をするとき、とても暑い陰暦五月から六月の盛夏でも、お父様はズボンの裾を締めるひもを結んで仕事をしました。すねも出しませんでした。最近は半袖の服も着ますが、昔はそのような服が本当に嫌いでした。私の体を神様のみ前に捧げなければならない神聖な道が残っているので、神様のために精誠を尽くすところでは、誰にもこの体を見せたくないと思ったのです。ですから、一人で寝る時も、手足を広げて眠りませんでした。上に神様がいらっしゃるというのです。寝る時にも礼法があるのです。

11 私が共産党の統治下で監獄生活をしていたときは、要注意人物でした。その監房には、誰々を監視せよという命令を受けた二、三匹の犬がいました。その犬というのは、動物ではなく、「臭いを嗅ぐ人間」だというのです。それが分かったので、私は話をしませんでした。半月たっても話をしませんでした。そして、日曜日は寝ないことで有名でした。また、明け方に起きて冷水摩擦をすることで有名でした。

いくら困難な環境に置かれていても、天に侍る責任があります。地獄に行っても、そこで天国人としての生が光り輝かなければなりません。いくら薄手の服を着て寒くても、いくら追われる哀れな立場にいたとしても、自分が選ぶべき天との関係を優先させてきました。

12 監獄では、夕方に御飯を食べてしまえば、することがありません。ただ座って時間ばかりやり過ごさなければなりません。話すことしかすることがないので、世間話から何から、話題にならない話がありません。一番初めは自分が罪を犯した話から、自分の親の話など、すべて出てきますが、それから何カ月か過ぎると、話すことがありません。何も話さなかった人は私しかいないのです。ですから、私に話をしてくれとせがむようになっています。

それで、「どんな話をしてもいいのか」と念を押したあと、短編小説、長編小説を作って話をするのです。毎日のように小説を一編ずつ語るのです。誰の小説でもなく、どこかの文学作品に既にある内容ではありません。私が題名をつけて創作するのです。私には、そのような頭があります。長編小説を一晩でも何編もつくり出すことができます。顔を見ながら三日くらい話をしてあげれば、どんな話をしても、しきりに「おもしろい」と言うようになります。そのあとは、私が一番隅の狭い所に座っていれば、何度も引っ張り出されるのです。「嫌だ」と言っても、監房長が何度も引っ張り出すのです。私はどこに行っても最も悪い場所、便器の横で過ごしていたのですが、私が「出ていかない」と言えば、監房長が「私がそこに座るから、あなたはあそこに座りなさい」と言うのです。それが、本然の世界です。

13 収容者たちにとって最もうれしいこととは何でしょうか。監獄でも一度、思う存分に休みたい、仕事をする時間でも一度休みたい、というのが切実な望みです。ですから、作業する組を編成するときに、互いに仕事が上手な人同士で組になって超過達成をしようとします。仕事をすれば、私は誰にも負けません。何でも上手にやります。肥料かますを縛って運ぶにしても、何の仕事をするにしても、やれば、誰かに負けたりしません。ですから、私と同じ組に編成され、私が指示するとおりに働きさえすれば、組のノルマを早く終えます。そのようにして普通、午後一時半から二時には終えてしまうのです。それは誰も付いてくることができません。

御飯のことを考えていては、御飯が人を捕って食べてしまうのです。御飯のことを考えてはいけません。仕事をするなら、その仕事をおもしろく思って、「きょうは私が昼食時に一かますでも多く縛ろう。人よりもたくさんやろう」という一念で、一かますでもより多く縛ることに楽しみを感じながら働けば、疲れません。そうしてこそ、体を保っていくことができます。かますをいくつか片づけただけで「御飯を食べよう」と考える人は長続きしないのです。

14 肥料をかますに入れて秤に掛け、かますを運ぷのに、私たちの組は五分から十分かかりますが、私は平均五分間でやってのけます。他の組は十五分かかります。このように時間がかかっていては、責任分担を果たすことができません。山を崩していきながら秤を移動させるのですが、秤を四、五メートル以上移していれば遅れます。ですから、ほとんど動かさずに行う方法を研究しました。誰もこの方法のとおりに従わないので、仕方なく一人でしました。そのようにして、お父様が千三百かますのうち半分以上を一人でやっていると、みな良心があるので付いてくるようになるのです。

お父様は模範労働者でした。共産党から毎年、模範労働者賞をもらいました。その頃は体重が七十二キログラムでした。外見からはそれほど体重はないように見えますが、骨が重いのです。ほかの収容者たちはやつれていくのですが、私はやつれませんでした。ですから、あらゆる人の研究対象でした。

15 興南の肥料工場の硫酸アンモニウムには硫酸が入っているので、肌に付くとひび割れして、毛が抜けるようになります。肌が肥料かますに触れるので、ひび割れるのです。朝、血がぽたぽた流れます。硫酸アンモニウムがひび割れたところに入り、朝になって血が出たりすると落胆しかねません。それでも、「お前たちがいくらそのようにしても、私は生き残らなければならない」と思いながら、それを克服しなければなりません。これよりひどくなったとしても、やらなければならないというのです。

そこで人間の精神力がどれほど偉大かを知りました。そのような環境に少しも屈せず、堂々と最高の位置に立つことができたのです。ですから、監獄にいる人たちまでも、あとからお父様のことを尊敬するようになりました。仕事ができる誰それといって、賞をもらいました。そのようなことが起きたのです。結局は切り抜けたというのです。どんなに困難な監獄でも切り抜けていく余力がなければなりません。それを克服できなければならないということです。

空腹と寒さを克服しなければなりません。暑さはそれでも克服しやすいのです。また、睡眠を克服しなければなりません。たとえ死んだとしても、「お前は負けずに、勝利して死んだ」という思想を残さなければならないと思いました。このような基盤を霊的に残さなければ、再び地上で活動できる基盤を失ってしまうと考えたのです。

16 私が精誠の限りを尽くし、涙で勧告しながら教えた人たちが、興南の監獄でたくさん死んでいきました。そのような所でも私を呼びながら、「私の両親に、私はこのように死にますが、あなたと共に良い日を過ごしたと伝えてください」と言って、死んでいった人たちがいます。その時は、どれほど空腹だったか分かりません。御飯を口に入れて、かみながら死んでいく人もいます。するとその横にいる人たちが、先を争ってその御飯を取り出して食べるのです。それは、皆さんには理解できません。

そのような場所で、父母にならなければならず、そのような場所で、兄にならなければなりませんでした。そのような場所で、「私がこのようにしているのだから、あなたたちも倒れてはいけない」と言って、私が見本にならなければなりませんでした。ですから、そのような環境で、お父様は毎年表彰を受けました。他の人たちが「難しくてできない」という仕事があれば、私が行って、その仕事をしました。互いに易しい仕事をしようとする中でも、私は最も難しい仕事を探し回ったのです。

17 私は学生時代に、共産主義の理論を勉強した友達と理論闘争もしてみましたが、その理論どおりにしてはいけないと思い、共産主義者たちと闘ってきました。共産主義がどのようなものか、詳細に知っています。(興南)監獄の組織は、共産党の組織の中で最も緻密な組織です。そのような中でも、お父様は自己批判をしませんでした。二年五カ月の間、自己批判書を書きませんでした。それで、要注意人物になったのです。

そのような中で、黙々と一等の労働者にならなければなりませんでした。生き残る方法は、それしかありません。少しでも後退し始めれば、生き残れないのです。ですから、すべてのことにおいてチャンピオンです。誰も私にかないません。肥料を詰めることにおいても私が一番であり、運ぶことにおいても、縛ることにおいても、また貨車に積むことにおいてもそうです。ですから、毎年、表彰されたのです。

監獄で花咲かせた真の愛

真のお父様は、最悪の場でも天に背くことなく、かえって天を慰労された。そのため、監獄の囚人はもちろん、ひいては共産党員たちまでも、真のお父様を尊敬し、従ってきた。特に、監獄で勝利する道は、ために生きて自らを犠牲にする道しかないと考え、真の愛を実践された。真のお父様は、死の道でもイエス様の恨を解き、再臨主の使命を果たそうとされたのである。

18 私が監獄にいる時、はったい粉をもらっても、一人では食べませんでした。すべて分けてあげました。そのように分けてあげてみると、私の食べる分がなくなり、横の人たちが集めて私にもってきてくれるということが起きたのです。ですから、そこにいる人たちは、お父様に対して何も言えません。

また、三十人以上が一つの部屋で寝るのですが、私が最も悪い場所で眠りました。寝ている途中で起きて用を足しにいこうとすれば、便器が隅にあるので、人を踏みつけていくことになります。あまりにもぎゅうぎゅうに詰めて寝ているので、強く押しても駄目なら、足で蹴りつけるのです。そのようなことがよく起きました。

しかし、その人たちが、私に足蹴りをしてしまったとしても、次の日の朝に来て、「すみませんでした」と言います。ほかの人であれば、「きのうの夜、なぜそんなことをしたんだ」と言ってけんかが起きるのです。また、急ぎの時には、私のおなかを踏んで越えていったとしても、私であることに気づけば、「気がつかなくてすみません」と言います。お父様はそのように生きました。

19 私が興南の監獄にいる時、母が定州から興南にまで来て私に会おうとすれば、証明書を十八枚ももらわなければなりませんでした。母がそれをもらって、息子のためにと、はったい粉を持って訪ねてくるのです。はったい粉を作る米や麦があるでしょうか。あとで知ったことですが、村中を回りながら、物乞いをしたそうです。遣い親戚の所に行って、「息子がこのようになってかわいそうなので、哀れに思ってください」と涙を流しながら物乞いをして、はったい粉を作り、毎月持ってきてくれました。また、冬には凍え死ぬのではないかと思って、母が服も作って持ってきてくれました。

そのようにして持ってきてくれたはったい粉を、その場ですべて分けてあげました。私一人で積み上げて、食べることはできません。良心が許しません。服は、囚人服を着ることはあっても、面会に来た時に持ってきてくれた綿入れのズボンの服は着ることができません。何年監獄にいても、面会に来る人がいない人がたくさんいます。彼らの前でそれを着て自慢する立場には立てません。その服も、もらったらすぐにすべて分けてあげました。そうして、破れた囚人服、肌の見える服を着ました。そのように風になびく服を着ている姿を見るとき、母はどれほど唖然として言葉が出なかったでしょうか。聖子の行くべき道は、このような道です。聖子の道理、愛国者の道理、忠臣の道理を果たそうとすれば、このような道を行かなければなりません。

20 興南はどれほど寒いか分かりません。「冬の風が吹くと、砂利も飛ぶ」と言われる所です。面会に来た母が息子を見ると、冬に下着も着ずに、ほとんど破れた単衣の囚人服をそのまま着ているのです。ですから、「持ってきてあげた下着はどこにやったのか。持ってきてあげた綿入れの服はどうしたのか」と尋ねました。母から見れば、はらわたが煮えくり返るのです。

私は母に、「自分よりもかわいそうな境遇の人にあげました。震えても一緒に震え、飢えても一緒に飢えようというのに、それが悪いでしょうか」と言いました。堂々としているというのです。天地の何人の前でも堂々としています。

そうすると、母が来て私に忠告します。「お母さんの事情も知らず、そんなことができるのか」と言うのです。「お母さんがお前のためにこのように準備してきたのに、それを誰が人にあげなさいと言ったのか」と言うのです。ですから、私が母に向かって、「私はそのような金某の息子ではありません。私は、そんなお母さんをお母さんと思っていません。むしろ(お前は)母親よりも立派だと褒めながら、「欲しい物があればもっと持ってきてあげよう」と言うべきなのに、それが忠告だと言うのですか」と言うと、母はただただ大粒の涙をぽろぽろとこぼしました。そのことを、私は忘れることができません。

21 朝食を食べてから昼の十二時まで、どれほどおなかがすいたか分かりません。舌がすれて高熱が出た時のような臭いがします。そのような環境で、私もおなかがすくのですが、同じ囚人たちを慰労するために、一場の長編小説を話し続けるのです。そうすると、一カ月もたたないうちに、彼らが差し入れてもらったものを私のところに持ってきて、「先生の好きなように処理してください」と言ったのです。それは驚くべきことです。

原理は簡単です。ために生きる愛をもって完全投入すれば、そのようになるのです。天理の根本がそのようになっているので、その根本を私が抱き締めていくところには、それを破壊する人がいません。私がそのように行動すれば、出力は強くなります。悲壮な決意と涙が交差する誓いをして、代わりに死の道を行くという旗印を掲げて進み出る群れが現れました。ですから、これは間違いなく真理の道です。

22 私が監獄にいる時、忘れられない出来事がありました。私の誕生日でした。監獄は殺風景な所です。そこに平壌の人がいたのですが、その人が私の誕生日であることを知って、朝、自分が食べ残しておいた一杯のはったい粉をくれたことが、生涯忘れられません。いつか、何千倍にして返してあげなければならないと思います。

私は世話になるのが本当に嫌いな人です。世話になったら、必ず返さなければならないというのです。私は世話をするために来たのであって、世話になるために来たとは考えません。私が「やる」と言って進み出た道では、絶対に最下位にはなりません。

23 私が興南の監獄にいる時、私に従った人たちがいました。その人たちは、食べる物があれば、私に持ってきてくれました。はったい粉を紙に包み、汗の臭いがする股のところに入れて、分け合って食べようとして持ってくるのです。検査をするので、見つかったら大変なことになります。それが、どんなに豪華な晩餐よりも印象的なのです。

生きてきてみれば、それが一生の間、記憶に残ります。すべての認識器官がそこに浸らなければならず、そこで体恤された感覚をもって霊界に行かなければなりません。それが祝福です。自分のために生きるのではありません。自分よりも全体のために生きるのです。

24 私は、北朝鮮の興南の監獄にいる時、共産党の要員たちや囚人など、ありとあらゆる人たちを愛するために先頭に立って闘った人です。ですから、その監獄の共産党要員たちが、私を保護するために気遣ってくれるのが分かりました。自分たちが犠牲になったとしても、お父様の秘密を保護しようとしました。共産世界の極悪性が集約された組織が監獄ですが、そのような監獄の世界でも、私を保護する道があることを発見したのです。そのたった一つの道は、犠牲になって愛する道です。これを私は発見してきました。

その監獄で共産党の幹部だった人は、家からはったい粉が送られてくると、それを練って餅を作り、股の間に隠して、仕事をする所まで一里以上の道を歩いてくるのです。うっかりすると落ちて出てきてしまうので、隠していることが見つかる可能性があります。見つかれば大変なことになるのです。

お父様と一緒に分け合って食べようとして、そのようにしたというのです。そのように自分の命まで懸ける危険なことがいくらでもあります。そうしながら、昼食時まで汗を流して働くのです。落ちて見つかると大変なことになるので、股間の奥深いところに隠します。そうすると、汗がしみて臭いがします。新聞紙のような物で包んだからといって、はったい粉に汗がしみ込まないでしょうか。汗がしみたからといって、それを捨てるわけにはいきません。

それを分けてくれるその時は、億万の宇宙を買って余りあるほどの愛の爆発が起こるのです。活火山が噴火するのです。そこでも、天の同志が蘇生するのをはっきりと見ました。ただその愛の道だけが、この世界を消化できることを知ったのです。

獄中の弟子を立てて蕩減復帰を勝利

真のお父様は、獄中の苦難を踏み越えて勝利された。監獄では、自らみ言を伝えて伝道することは不可能だったが、愛を実践することによって夢や啓示など霊界の協助を導き出し、十二人以上の獄中の弟子を立てられた。真のお父様は、イエス様が十字架にかかられるとき、イエス様に背いた十二弟子を復帰する蕩減条件を立てることによって、再臨主としての新しい出発のための基台を造成されたのである。

25 監獄には、私が「脱獄しよう」と言えば、命を懸けて付いてくる人たちがいました。死地においてイエス様の十二弟子が逃げたことを復帰しなければなりません。自動的に復帰しなければならないというのです。私が口を開かなくても、霊界が動員されて伝道してくれました。

お父様の囚人番号は五九六(韓国語の発音では、オ・グ・リュク)番でした。ある意味では、「悔しい(オグル)」という言葉に聞こえる香号です。ある人には、夢に先祖が現れ、差し入れのはったい粉を、少しも手を付けずにお父様のところに持っていくようにと命令をしたこともありました。それで、その人がはったい粉の袋を持ってとぼとぼと歩いてきて、「ここに五九六番はいますか。誰ですか」と言うのです。このように霊界が動員されて、食べる物を持ってきてくれたりしました。

その後、私が何も言わずに、平壌を経由して韓国に避難する際、四人の人が付いてきました。四位基合の復帰です。教会を中心とした四人を連れてきたのです。このように歴史は、復帰の原則を外れることはできません。

26 お父様は監獄で、極悪な死刑囚たちにも天の哀れみがあることを願いました。イエス様は、十字架で亡くなるとき、右の強盗に「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」(ルカ二三・四三)と言いました。お父様は、涙が重なり合う事情をもった人々に、新しい望みと希望を与えるために闘ってきました。監獄に入っても、そのようなことをしたのです。

その人たちを慰労してあげ、私が監獄を出る時に、親が自分の元を去るよりもさらに切ない気持ちで涙を流す場を、彼らに残してあげなければなりませんでした。そのようにしなければ復帰の使命に責任をもてないことを悟り、そのような気持ちで生きてきました。ですから、監獄を出る時、私にしがみついて痛哭する人たちをたくさん見ました。そのようにしたので、私が興南の監獄を出て韓国に来るときに、四人の人が、自分の親や妻子を捨てて私に従ってくるということが起きたのです。

27 お父様の監房から離れた他の部屋に、私に従う人が十二人以上いました。そのように離れて過ごしていても、工場への出発命令が下れば、十五分間ですべて行列をつくるのです。その時は、出てきてトイレにも行ったり来たりするのですが、ほかの人たちと一緒に大勢で行くとトイレが満員になります。それで、監房別に座るのですが、看守が見張っているので、お父様がいる所に行こうとしても行けません。境界線を越えられないのです。

その人たちにとっては、お父様に会うことが一日の中で最も光栄なことであり、生命の道でした。ですから、看守が立っているその下を腹ばいになり、這いつくばるようにして通過しながら、会いにくるということが起きました。見つかった場合には、逃走を企てたとして銃床の端でたたかれ、独房生活を一週間から三週間しなければなりません。三回見つかれば刑罰が重くなります。問題が複雑になるというのです。そのような中でも彼らは、お父様に会って挨拶をしていくことを一日の栄光と思い、そのように行動しました。また、自分たちに食べる物があれば、自分も空腹なのに、私のところに持ってきて分け合って食べるのを光栄なことと思ったのです。そのような心情的絆が、皆さんの知り得ない歴史的背後の伝統として残っているという事実を知らなければなりません。

28 お父様が共産治下の興南の監獄に行って、残忍な圧制と虐待を受けるようになったのは、実体的な復帰の天命を帯びていたからです。サタンの銃剣の前でも、この獄門を開けて出ていくことができる天の人を、天は探し出せるようにしてくれました。直接語らなくても、霊界の霊人たちが伝道して、お父様に従わせました。私は口を閉じていましたが、自分の先祖たちが直接現れて伝道したのです。そうして、お父様は、イエス様を捨てて逃げていった十二弟子以上の弟子を監獄で探し出したのです。監獄から工場に出発する時間になると、共産党の物々しい監視の中でも、彼らはお父様に会おうとしました。すべての人々が仕事に行くために外に出て、ざわざわとしているのですが、そこで看守たちが銃を持って見張っているにもかかわらず、床を這って私を訪ねてきたのです。天が選んで会わせてくれた人たちは、そのように這ってきてでも、まず挨拶をしようとしました。神様はそのように役事(働き)されます。そこで蕩減基準、四位基台復帰の基準を立てたのです。

第五節 興南監獄解放と食口収拾

六・二五動乱と興南監獄解放

一九五〇年六月二十五日、六・二五動乱が勃発した。国連軍が結成され、連合軍が参戦した最初の戦争であった。この戦争は、民主世界と共産世界の対決の場であり、アベル型の人生観を集約した神本主義の唯心思想とカイン型の人生観を集約した無神論の唯物思想が対立した戦争であった。真のお父様は、国連軍の爆撃によって、戦争の勃発から百十二日日の十月十四日、興南監獄から解放された。国連十六カ国が参戦した六・二五動乱は、摂理から見れば、再臨のメシヤを神様が救出されるための聖戦であった。

1 六・二五動乱は、世界十六カ国の人々が血を流しながら、勝利を主張し、標榜した戦争です。そのような出来事は、神様の摂理に従ってきた人類の歴史上、初めてのことでした。

一国の内乱のようですが、神様の摂理歴史の中で、このような戦争は初めてでした。それがお父様と連結されれば、天のメシヤ精神と連結されるのです。ですから、この戦争の歴史を明らかにすることで、全世界が受ける影響がいかに大きいかというのです。そのような意味で、メシヤが生まれた所が祖国です。人類の祖国になる韓国を保護し、祖国光復を成し遂げるために、六・二五動乱に多くの国を動員したのです。

2 お父様が興南の監獄にいる時、六・二五動乱が起きたので、共産党は、監獄にいるすべての囚人を、最前線の三十八度線に立てて殺害する計画を立てました。事態がますます緊迫してくるので、そこにいるすべての囚人たちの中で刑期の長い人たちは、より遠い場所に後退させ、残りの約三分の二は最前線に送り出そうとしました。人海戦術を行うために、良くも悪しくもすべて引っ張っていったのです。命令に従わない時には、すべて銃殺してしまう計画でした。

その時、八百人以上を興南から定平(チョンピョン)まで引っ張っていきました。本来、興南から元山(ウォンサン)までは汽車が通っていましたが、その時は国連軍の爆撃で線路が寸断され、十二里ほどを歩いていかなければなりませんでした。七十人余りしか残さずに、すべて連れていったのです。その時、お父様も連れていかれましたが、夜八時に出発し、夜通し歩いて夜明け頃には八里ほどの所まで行きました。昼は爆撃があるので歩くことができませんでした。汽車もまた夜の時間を利用しなければならないので、早朝四時前に到着するようにしたのです。一日では着かないので、二日かけて行く計画で、初日の夜は夜通し歩き、朝方に立ち止まりました。

ところが、中央から私たちを乗せるために下ってくる汽車に途中で事故が起き、仕方なく数日間そこに停車して留まることになったのです。そこにそのまま滞在すると、かなりの支障を来します。この囚人たちを連れていく途中で、万が一事件でも起きれば、問題が生じるような状況になったというのです。そうして、看守たちはほんの数人しかおらず、囚人たちはたくさんいるので、問題が起きるのではないかといって戻ることになりました。戻ってきてから、また三日後にその八百人以上の囚人を連れていったのですが、その時は、私は残ることになり、監獄から出てくるようになったのです。

3 興南の監獄から解放されて出てくる時、私の後ろに四人の人が付いてきました。「先生が行かれるところに付いていきます」と言ったのです。妻も子もすべて捨てて、私に付いてきました。その中に、文氏の姓をもった人が一人いました。文氏の中にカインが一人できたのです。「自分たちの故郷には帰らない」と言って、出てくる時に四人の人が平壌まで付いてきましたが、その文氏はある所に連絡を取りに行き、その間に私たちが南に下ることになったため、離れ離れになってしまいました。

彼はカインとして以北に残り、私はアベルとして以南に来たのです。私が北朝鮮に行くことになったとき、彼が死んでいなければ訪ねてくるでしょう。もしも死んでいたなら、私が彼の墓を訪ねていって、石碑を一つ建ててあげなければならないと思っています。「あなたの精誠が途絶えることがなければ、韓国と北朝鮮がこれから出会う日があるだろう」と思って、今も祈っています。私は、父や母のためには祈りませんが、彼のためには祈っているのです。

4 興南の監獄から出てくる時に、監獄から私のあとに付いてきた人の中に文氏という人がいます。この人は、咸興(ハムン)にある咸鏡南道(ハムギョンナムド)の道庁で課長をしていた人ですが、名前を文正彬(ムンヂョンビン)といいました。部下が過ちを犯して捕らえられたのです。私と同じ監房にいたのですが、霊界から教えを受けて、お父様と縁をもった人です。

興南から平壌に出てくる時、私の後ろに付いてきました。彼には妻がいて、息子、娘がいました。私は監獄から出て、彼の家に立ち寄り、別れの挨拶をしてきたのですが、彼が付いてきたのです。これから平壌から南側に行こうとする時でした。金元弼の母親が教会の食口だったのですが、その母親が順安(スナン)に商売に行っていて不在でした。数日後には出発しなければならないのに、戻ってこないので、仕方なく金元弼の母親を連れてきなさいと、文正彬を送りました。

ところが、そこは、歩いていったとしても一日、二日もあれば戻ってくる距離なのに、戻ってこないのです。事態はますます緊迫してきて、中共軍に完全に包囲されそうだったので、このままでは駄目だと思い、仕方なく先に出発しました。ですから、それこそ「先生のために命を捧げる」と言って付いてきたその文氏という人は、出てくることができませんでした。金元弼の母親を連れてこようとして、南の方に出てくることができなかったのです。

5 私が監獄から出てきて平壌に行く時、付いてきた人がたくさんいました。「自分の故郷には行かない」と言ったのです。監獄から出たら、すぐに自分の故郷に帰らなければならないはずですが、帰らないというのです。彼らをみな帰し、四人だけ連れてきました。平壌に着くと、「自分の故郷に行ってきなさい」と言って、全員送りました。「何日何時まで来るように」と言いましたが、わずかにその日に間に合わずに後退したので、みなが従ってくることはできませんでした。

いつか、その人たちにまた会うでしょう。天のために忠誠を尽くし、天のために精誠を尽くす人は滅びません。天はお父様のことを愛しています。世の中の誰も知らない中で、寂しい時に天がそのように協助してくださった事実を体験しています。そのようなことが一度や二度ではありません。一度や二度ではないそのような過去を回想してみれば、その恩を忘れることはできないというのです。

6 私は、興南の監獄だけでも二年と五カ月間いました。そこから出てくるとき、労働しながら着ていた服を持ってきました。服の中で、作業着、ランニングシャツ、パンツ、このようなものはすべて木綿でできたものです。硫酸アンモニウム肥料工場で働いたので、木綿にそれ(硫酸アンモニウム)が付けば、木綿が溶けるのです。木綿は酸に弱いので、引っ張るとすべて破れてしまいます。ですから、長く着ていると穴が開いたり、ぼろぼろに腐食したりして、それを着ると乞食の中の乞食になります。臭いがして、どうしようもありません。服をこすると粉になってしまいます。それを捨ててはいけません。これが統一教会の歴史的な財産として宝物になるのです。

これを捨てることができないので、すべて布団の中にぎゅうぎゅうに詰め込みました。すべて布団の中に詰め込んだのです。そして、寝る時にはそれを敷いて寝ます。布団の綿を抜き取って、二年半の間着ていたぼろの包みを代わりに詰め込んだのです。監獄から出てくる時、持ち出す財産が何かあるでしょうか。興南から平壌までの十日間、それを背負ってきたのです。他の所帯道具はすべて投げ捨てて、それを持って出てきました。

そのようにして出てくる時、それをある食口に預けながら、「絹のチョゴリ、スカート、高級な絹の布団をすべて捨てたとしても、これだけは間違いなく私のところに持ってきなさい」と言ったのですが、それを先に捨てて自分たちの物だけをまとめて持ってきたのです。それで、それをなくしてしまいました。もしも今、その(歴史を証する)材料があれば、私が説明をする必要はないでしょう。天下とも交換できない貴い材料です。

7 私が興南の監獄から出てくる時に、それまで着ていたそのぼろを持って出てきました。それを売ったところで一銭にもなりません。廃品回収業者にあげても、見返りに飴の半分もくれないのです。三年近い歳月を送りながら、絹のズボンとチョゴリは人にあげてしまい、その囚人服だけを着て暮らしていました。触るとぼろぼろと綿のように崩れていくそのぼろが、何のために必要だったかというのです。それは、十年、一世紀、あるいは数十世紀が過ぎたのちには、億万のお金を出しても買えない宝物になるのです。

今、エルサレムにイエス様が使っていた箸が一膳でもあるとすれば、それはたとえイギリスを渡すといっても買えず、アメリカを渡すといっても買えないでしょう。このような言葉を、今日の若者たちが聞けば笑うかもしれませんが、千金、万金よりもさらに貴いので、困難な環境を克服してまで、それを持って出てきたというのです。

平壌で四十日間、弟子を収拾

興南監獄を出られた真のお父様は、十日後に平壌に到着され、多くの人々が避難の途に就く状況でも、四十日間、散り散りになった弟子たちを一人一人捜し求められた。故郷の定州(チョンヂュ)はそれほど遠くなかったが、父母や兄弟に会いに行かれなかったのは、アベルよりもカインを先に愛さなければならないという、蕩減復帰の道を行かなければならなかったからである。そして、金元弼と朴正華を連れ、南下の途に就いて、ようやく新しい出発をされたのである。

8 考えただけでも身震いをするほどの平壌でしたが、興南の監獄から出てきて、平壌を訪ねていきました。そこに食口たちがいたからです。世の中の人であれば、当然、自分の故郷を訪ねていくでしょう。私が監獄に入ったとき、私のことを考えてくれた何人かの食口が残っていることを知り、また、私がこのような生活をするようになったのは、天が動機となっていたからです。

そうして、以前、平壌にいたときに関係のあった食口たちをすべて捜してみました。反対していた人や離れていった人まで捜してみたのです。その人たちは、私が監獄に入ったから離れてしまったのであって、私がいる時に離れたのではありません。監獄に入る前に、私のことを信じると誓った人たちです。私に「離れる」と報告もせず、通告もしていないので、私には師としての責任があるというのです。彼らは裏切るとしても、天のみ前に「信じる」と誓い、約束した基準があります。その人たちに自ら会って、彼らが冷遇する時は、天もまた諦めるのですが、天がいまだに私に関心をもっている以上、それまでは師として誓った責任を取らなければなりません。

ですから、散らばっているすべての食口たちを捜したのです。私が自ら行くことができなければ、金元弼を遣わして会わせたりしていたので、故郷に行くことができませんでした。一週間、捜し回ったのに見つけられない人もいました。9お父様が興南の監獄から出てくる時に付いてきた人は四人です。イエス様は一人で逝きました。しかし、お父様が監獄から出てくる時は、四人が一緒に出てきたのです。咸鏡南道から平安(ピョンアン)南道まで、最も険しい山岳地帯を歩いてきました。東海岸を中心として、金剛山(クムガンサン)、雪嶽山(ソラクサン)の太白(テベク)山脈、江原道(カンウォンド)、咸鏡道、平安道の三角地帯を越えてきたのです。

その時、北朝鮮の人民軍が太白山脈を通って逃げていきました。軍隊があちらこちらにいる巣窟を経由してきたのです。人民軍は逃げていくのに、私たちは南の方に行こうとしていたので問題になりました。迂回しようとすれば、四日、五日を無駄にしてしまうからです。(軍隊は、)連れていった囚人たちを銃殺して逃げていく状況でした。そのような危険地帯を経てくる時にも、「監獄から出てきた人にとっては、すべてが危険地帯だ。行けない所がどこにあるか」と言いながら、わざわざそのような所をたどってきたのです。そのようにして平壌に着きました。

避難民生活をしながら、平壌で伝道した時に集まっていた人たちを捜しました。「私が監獄に行く時に涙を流したその人たちを忘れずに捜すのだ」と思って捜したのです。中共軍が平壌に入城するという報道を耳にしましたが、会えずにいた一人のおばあさんを捜しに行きました。そのおばあさんが亡くなったことを知ってから、避難してきたのです。10 北朝鮮で共産党があらゆる宗教団体を迫害してなくそうとしましたが、最後まで残った団体が私たちでした。当時は統一教会という名前はありませんでした。お父様が教える一つの集団だったのです。監獄から出てきてやるべきことは、教会の活動を続けることでした。ですから、まず平壌にいる昔の食口たちに会ってみました。お父様が三年近く監獄にいて、共産党が迫害をするので、あからさまに宗教生活ができる環境ではありませんでした。そのため、だんだんと地下に入っていったので、監獄から出てきてからも、そのようなことが全くできませんでした。

その時、以南に下る前に、昔、関係を結んでいたすべての食口たちに会ったのです。監獄に入るとき、彼らが涙を流して悲しんだことが鮮明に思い出されます。私が手錠をかけられ、五年の刑を宣告されて、「五年の間、元気に暮らしてまた会おう」と言った時、涙を流したそのことを思うと、今でも(その場面が)鮮明に浮かびます。監獄から出てきて、み旨の中で結ばれた食口たちを再び糾合するために、年老いた人から若い人に至るまで、思いつくすべての人たちを捜しました。

11 私が興南の監獄から平壌に出てきたのちに、三度も人を送って訪ねた人がいます。最初に行った時も門前で断られ、二回目に行った時も、三回目に行った時も門前で断られました。私としては、「背を向けよ」という神様の指示があるまで、最高の精誠を尽くさなければなりません。見捨てることはできないのです。ほかの人たちはみな以南に避難していくのに、十二月二日の夕方まで人を送って連絡させました。

そこで私が果たすべき責任は、すべて果たしました。天下のどこに行っても恥ずかしくないというのです。心情の理念をもって歩み始め、心情に受けた傷、私の胸中に植えつけられたすべての傷を抜き取り、新たな心情を神様のみ前に連結させ得るという自信を得てから、初めてそこを離れました。ですから、夜、平壌を出発したのです。

指導者はこのように、慎重に責任を負わなければなりません。死ぬような立場においても、神様が任せてくれた責任分野を終結させていかなければ、その人の行く道が塞がってしまいます。ですから、そのときに関係を結んだ人に対して、結論を出さなければならないのです。そうして、私が天地を前にして、現世や来世で、彼らの先祖が同情し、子孫が同情し得る場に立たなければなりません。そのようなことを考えたため、その人々を訪ねていったのです。

12 私は、八人の兄弟をすべて捨てた人です。北朝鮮で監獄生活をする時、これからの情勢がどうなるかを予想していた人です。平壌に行って、四十日間滞在していましたが、そこから二十八里だけ行けば私の故郷です。二日あれば故郷に行ってくることもできましたが、故郷にいる親兄弟たちには会いに行かず、み旨と向き合っていた人たちを一人残らず訪ねていきました。天のみ前に誓った人たちに会うために歩き回ったのです。故郷にいる父母や親戚を顧みず、食口一人のために命を懸けて捜し回りました。

13 私が平壌に行っている時、二日だけ歩けば、兄を連れてこられました。しかし、兄以上に国を愛したという条件を立てておかなければ、連れてくることができないのです。父母以上に国を愛するという条件を立てておかなければ、父母を連れてくることはできません。これが完全な蕩減復帰です。

アベルになるためには、カインを愛さなければなりません。その次に、真の父母を迎えるためには、まずサタン世界の父母に侍らなければなりません。ですから、私はそのような役事をしたのです。それで、おばあさんたちを連れて出てきました。原則がそのようになっています。おばあさんたちを三位基台として結び、母子協助をすることができるサタン世界の三人の息子、娘を立ててきたのです。皆さんもこの原則どおり、そのようにしなければなりません。

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第七篇 第二章 梨大・延大退学事件と西大門(ソデムン)刑務所での受難

第七篇 第二章

梨大・延大退学事件と西大門(ソデムン)刑務所での受難

第一節 梨犬・延大退学事件

キリスト教の二世糾合と梨大・延大事件

一九五四年の協会創立とともに、摂理の主流は、キリスト教の一世圏から二世圏に移された。大学において、学生たちを中心に「統一原理」が伝播し始めた。その中で、梨花(イファ)女子大学と延世(ヨンセ)大学は、キリスト教系の学校として、二世の典型的な代表格であった。しかし、政権と結託したキリスト教の反対と迫害により、一九五五年の三月から七月の間に、いわゆる「梨大・延大事件」が発生し、社会問題に飛び火したのである。

1 キリスト教は新婦の宗教です。キリスト教は、再び来られる新郎の前に、新婦一人を準備するために、ローマ(帝国時代)から数多くの迫害を受けてきました。このような歴史を経て、初めてキリスト教文化圏時代に新郎が来て、統一天下を築こうとしたのです。それが、第二次世界大戦の時です。第二次世界大戦以降に、キリスト教を中心として世界が統一されなければなりませんでした。世界が一つにならなければならなかったのです。争ってはいけません。

第二次世界大戦で、連合国であるイギリス、アメリカ、フランスが、枢軸国である日本、ドイツ、イタリアと戦って勝利しました。そのような勝利的基盤の上に、エバ国家とカイン国家とアベル国家が、来られる再臨主を迎えなければなりません。その時に再臨主を迎えていれば、この世界は統一天下をつくり上げていたはずです。お父様に会わなければならなかったということです。そうしていたならば、お父様が全権をもって、この世界を収拾していたはずです。中国、ソ連、日本、アメリカをはじめとして数多くの国々を、すべて収拾していたのです。

しかし、お父様を迎えることができなかったので、梨花女子大・延世大事件が起きました。延世大と梨花女子大、これは(キリスト教における)二世の男性と女性の最高の代表でした。そこでみ旨が成就していたならば、この国のすべての組織の中心になっていたでしょう。

2 韓国での延世大と梨花女子大の事件は、二世を中心として連結されていきます。キリスト教の一世と二世は、縦的には父子関係です。縦的に見れば父子関係になり、横的に見れば相対的関係になります。梨花女子大と延世大は、それ自体を相対的に見ると横的関係です。横的関係がアダムとエバのような立場になれば、縦的関係に当たる父母である一世と子女である二世が自然に一つになるというのです。原理原則において、一世と二世が完全に一つになれば、カインは屈服するようになっています。

二世が天の側に立っているからです。サタン側ではありません。神様の保護圏に入っているので、二世のアベル圏が一つになれば、一世たちは自然と一つになるようになっています。イスラエル民族において、一世は荒野で死にましたが、今は天の側の保護圏にあるので、一世は二世と共にカナンの地に入ることができます。そのような道理です。そのような環境を中心として、韓国で連結させようとしましたが、梨花女子大・延世大事件が起きたのです。

3 お父様は、日本統治下で地下に潜っていった神霊的な指導者と一つになり、解放後、それまで神社参拝をしたキリスト教の指導者と国まで収拾すべき責任がありました。しかし、彼らのもっている信仰観が異なっていたので、決裂してしまいました。その時、地下に潜って活動していたあらゆる指導者たちが、より一層反対しました。国と一つになって、当時、日本の帝国主義に協助していた人々も反対する立場に立つことにより、問題が起きました。一世に対する摂理は、一世である当時のキリスト教指導者たちを一つにすることでしたが、彼らが神様のみ旨に完全に反対する立場に立ったので、再び、二世たちを中心とした糾合運動が起きたのです。梨花女子大と延世大の事件は、それゆえに起きました。

4 お父様が生きているうちにすべきこととは、一世たちが反対するので、二世を中心として糾合することです。ですから、梨花女子大と延世大を中心として摂理が始まりました。その時、梨花女子大は、朴マリヤ(副総長であり、李起鵬[イギブン]副大統領の夫人)を中心として李承晩(イスンマン)大統領の夫人とつながっていました。彼らが、宣教師の基盤を中心として、政府と完全に一つになっていたのです。これはアダムとエバと同じです。

一世たちが誤ったことを、二世を糾合して完全に一つにしなければなりません。その二世の中には、神霊的な人の息子、娘もいて、神社参拝をした人の息子、娘もいて、それから、宗教を信じない人の息子、娘たちもいて、すべて入っていました。すべてがまとまっていたのです。この二世たちと完全に一つになったとすれば、そこから一世たちが誤ったことを復帰して、国と教会を収拾し、世界の舞台へと進んでいったはずなのです。

5 韓国に主が来るようになれば、その当時のキリスト教では駄目で、さらに跳躍でき、飛躍できる新しい次元の道を歩まなければなりません。国家の独立が問題ではありません。世界を生かし得る思想的な何かがあれば、完全に一つになるのですが、それがありませんでした。解放直後の三年半の間に、お父様がそのことを果たそうとしましたが、すべてから反対され、私は一人、追い込まれました。そうして、アメリカ軍政時代が始まったのです。

その後も、梨花女子大事件が起きずに、支持されてさえいれば、宗教は自由なので、梨大の総長と李承晩政権を中心として、カインとアベルの位置の頂点に上ることができました。

梨花女子大・延世大事件によって、それが成就されなかったのです。そこにお父様を立てていれば、李承晩大統領とアメリカを中心としたカインとアベルの上に立ち、天下にまたとない飛躍をしていたはずです。お父様が四十歳の時には、天下統一が成就されていたでしょう。

6 キリスト教を基盤として出発しなければならないのが統一教会の運命ですが、キリスト教を失ったので、キリスト教と対等な教団を再びつくらなければなりません。それで、キリスト教の二世たち、キリスト教から追い出された二世たちを集めて基盤を築き、苦労させながら歴史的なすべてのものを蕩減していかなければならないのです。

すなわち個人的な垣根を崩し、家庭的な垣根を崩し、氏族的な垣根を崩し、民族的な垣根を崩しながら、キリスト教が世界史的な基準を中心として責任を果たせなかったことによって怨讐になったので、これに代わる霊的、肉的な基盤を築くために、統一教会は犠牲的代価を払わなければなりませんでした。

7 アダムとエバを中心として見ると、延世大と梨花女子大は堕落していない若い青年男女のような立場なので、父子関係で一つになれば、家庭的な四位基台圏を造成した形と同じです。その中には個人もあり、家庭もあり、氏族もあって、民族編成ができるというのです。そうして李承晩政権と完全に一つになれば、キリスト教を中心として国が一つになるので、国家的基準で父母が立てる位置が決定されるのです。そのようになっていれば、韓国を中心として、真の父母の理想は堅固な基盤をもって出発していたでしょう。

この国とキリスト教の背後に、宣教師とアメリカがいました。国を代表するアメリカ軍政の責任者である駐韓米軍司令官がいて、教会を中心としては宣教師たちがいましたが、この宣教師たちが反対することによって、すべてが行き違ってしまいました。イエス様の時代にユダヤ教が反対したことと、全く同じようになりました。これによって、お父様は、とんでもない異端者として追い込まれ、追放されたのです。荒野に追い出されたのです。四千年の間、天が準備したすべてを失ってしまいました。

これを再び収拾して上がっていかなければなりません。そうするためには、お父様が、キリスト教とアメリカが果たせなかった責任、大韓民国とキリスト教が果たせなかった連帯的な責任を負わなければなりません。大韓民国のキリスト教と政府は国家的基準です。世界的な時代を迎えてからは、世界的基準でキリスト教と国を収拾しなければなりません。

梨大・延大退学事件の波紋

一九五五年の三月から七月の間に、梨花女子大学と延世大学は、統一教会に通っているという理由で、教授と学生たちに「学校か、教会か」という二者択一を迫った。このとき、梨花女子大学の教授五人と学生十四人が、毅然と退職、退学の道を選んだ。そして、延世大学でも、教授一人が退職処分を受け、学生二人が強制退学になった。マスコミは、大学の対応について非難する記事を掲載した。当時、キリスト教と政府が統一教会を受け入れていたならば、国家的基準で新たな出発ができる基台が造成されるはずであった。8一九五五年に起きた梨花女子大事件は、挙国的でした。キリスト教と一つになった李承晩政権の五大長官(大臣)たちが、統一教会をなくすために総動員されました。

しかし、その闘いの舞台を克服したのちに、統一教会は暗々裏に内外の基盤を固めたのです。そこで勝利して現れ、キリスト教を否定し、大韓民国を否定して、新しいキリスト教の基盤を代わりに置き、すべての国家の国民を代わりに置ける再編成運動を繰り広げました。言い換えると、二世によって新しい統一教会、新しい国民の形成が可能になったというのです。

9お父様は、神様を中心として、「人類の代わりに祭物となり、激しくむち打たれたとしても、人類を手放すことはできない」と言いながら、闘いに一人、責任をもってきました。

キリスト教が統一教会の言うことさえ聞いていれば、うまく回っていくようになっていました。七年以内に韓国がみ旨の中に立てば、世界のキリスト教を一つの方向に向かわせて、地上天国の理念世界と一致させるのです。キリスト教がお父様を迎えていれば、どのようになっていたでしょうか。梨花女子大と延世大は、アダムとエバと同じです。キリスト教の二世たちです。二世の核心を完全に握るのです。一世は堕落世界に半分が蝕まれています。昔はサタンが貴いものを取りましたが、今は神様が貴いものを取るのです。

10 梨花女子大と延世大事件の時、三カ月の間に梨花女子大がひっくり返るような出来事か起きました。三カ月の間に百人以上の学生が統一教会に通ったのですが、学校側が反対して通わせないようにしたため、「お風呂に行く」と言っては統一教会に行くようなことまで起きました。ですから、学校側が緊急対策を立てて防がざるを得ませんでした。それで、「統一教会か、梨花女子大か、二者択一しなさい」と言ったのです。どれほど切迫していれば、そのようなことを迫るでしょうか。統一教会に通う学生たちはみな、「退学する」と言いました。お父様が制したので、十四人だけか退学しました。その時、黙っていたならば、四十数人が退学していたでしょう。そうなれば、歴史的に問題を起こしかねないのです。そのような環境にありました。

11 梨花女子大の事件当時、あと六カ月あれば、三百人以上が暮らしていた寮が完全にひっくり返るようになっていました。燎原の火のごとく広がっていくのを防ぐすべがなく、学校全体がどれほど切迫していれば、学生たちに「二者択一しなさい」と言うでしょうか。二者択一を迫るなどということが、あり得ることでしょうか。ありとあらゆる子供たちがみな通っているにもかかわらず、「統一教会はいけない」と言ったのです。サタンが働いたということです。

それで、金活蘭(キムファルラン)総長が「統一教会について調査しなさい」と言って、そこの社会事業課長を務めながら神学や宗教問題について全権を握り、責任をもっていた金永雲(キムヨンウン)博士を送りました。そのようにして金永雲が来たのですが、一週間で一八〇度ひっくり返ってしまいました。それで、学校に戻っていって話をするので、またキリスト教徒たちが来て、ひそひそささやくのです。じっと見ていると、み言さえ聞けば、すべてひっくり返るのです。ですから、一斉にひっくり返ってしまうことを恐れて、反対したのです。

12 梨花女子大の事件当時、寮にいた三百人以上の学生の中で、大勢の頭の良い学生たちが統一教会の原理のみ言を聞きました。このように、そっくりそのまま移ってしまいかねない状況になったので、梨花女子大が、あたかも火山が噴火したようになりました。ですから、大変なことになったというのです。

アメリカのメソジスト教会の財団から一年に数十万ドルずつ、それ以外のところからも様々な支援を受けていたのですが、その支援が打ち切られそうなので、これを歓迎することはできないというのです。ですから、政府を通してお父様をたたき潰すために、大統領まで動かしたのです。

13 六千年の春は一度だけ訪れます。いつでも訪れるわけではありません。アダムとエバを中心として、思春期というのは一度だけです。婚姻を決定する時まで春の風が吹くのですが、復帰摂理を中心として、数千年、数万年の歴史を経て、ついに韓国の地にその春の風が吹いたのです。梨花女子大事件もそうなのです。三百人以上の女子大生たちに風が吹き込んだのです。ですから、学校の塀を乗り越えたり、「お風呂に行く」と言って飛び出したりしたのです。

14 韓国は、厳しい日本統治下四十年の受難の道を経て、解放を迎えるとともに、アメリカを中心として宣教師たちと完全に一つにならなければなりませんでした。梨花女子大学と延世大学の事件が起きなければ、そのようになっていたでしょう。その大学生たちは二世です。お父様は復帰歴史をよく知っています。二世から逆に上がっていったというのです。梨花女子大・延世大事件が起きなければ、その時、景武壹(キョンムデ:当時の大統領官邸)と連結され、キリスト教全体が連結されていたのです。当時、金永雲氏は梨花女子大の社会事業課長でした。重要な教授たちがみな復帰されていたので、そこでは金活蘭総長が反対するようにはなっていませんでした。ところが、金永雲が報告をしたにもかかわらず、キリスト教の何人かの人たちが反対して、このような状況をつくったのです。

当時、梨花女子大と延世大さえ復帰され、反対していなければ、韓国のキリスト教はすべて復帰されるようになっていました。そして、その時、梨花女子大の五人の教授が退職させられ、十四人の学生が退学処分を受ける、歴史に類を見ない事件が起きたのです。復帰歴史はそのように大変なのです。その習慣化された伝統というものが、どれほど恐ろしいかを知らなければなりません。習慣化された伝統をもっているという事実が恐ろしいというのです。社会で暮らしてきたその風習や習慣がすべて残っています。神様は、それを認めません。新しく生まれた基準から出発するのは大変だというのです。

15 韓国で梨花女子大と延世大が統一教会をなくすために立ち上がるように、誰が操ったかというと、宣教師たちです。梨花女子大と延世大が、その時にお父様を中心として復帰されていれば、朴マリヤと李承晩大統領などの最高のリーダーを中心として、世界的な旗を掲げて登場できるように命令を下せたはずです。そうなっていれば、五千年の歴史を通して犠牲になった民族の上に訪れた天運を中心として、たった一度だけ受けた福をもって、国家創建とともに世界に号令できる盟主の立場に立つようになっていたでしょう。ところが、これをひっくり返してしまったのです。

16 梨花女子大騒動の張本人である金活蘭総長はどうなったでしょうか。それこそ患難(ファルラン)を受けました。学校の教権という看板をもって、他の宗教団体を犠牲にしようとし、学生たちを犠牲にしました。正義に立脚したことではありませんでした。不義に立脚していたので、その代価を追及されるのです。

その時、金活蘭が統一教会を歓迎していれば、韓国は世界のすべての国家を踏み越えて、世界を動かす国家になっていたでしょう。四十年の歴史の重大な峠が、キリスト教を中心とした梨花女子大・延世大事件です。その四十年を失ってしまいました。

第二節 西大門刑務所での受難

流言飛語から始まった受難

梨花女子大学と延世大学の教授および学生たちの退職・退学事件は、真のお父様の受難へと続いた。キリスト教団体は、統一教会で起きた神霊の役事を、様々な流言飛語で妨害した。一九五五年七月四日、真のお父様が兵役法違反と徴発特別措置令違反の容疑で警察に連行、拘束される、いわゆる「七・四事件」が起きた。その後、教会幹部の四人も相次いで拘束された。

1 韓国の全国民が統一教会に反対しました。反対しない人はいませんでした。政府から教会、学校、宗教団体はもちろんのこと、家庭がすべて反対しました。お父様が悪く、統一教会が悪いために反対を受けたのではありません。

歴史時代の誤ったことや悪いことをすべて私たちにかぶせて、反対する要因をつくりました。キリスト教が私たちを憎み始めたのです。賢い人なら、統一教会の原理を聞けば、一週間以内にみな復帰されます。

当時は、原理のみ言をお父様が指導しました。ですから、来る人来る人、みな霊的現象を体験するようになりました。もし教会に行かなければ、霊的に気合を入れられたりしました。このようになったので、大変な問題になったのです。理論的に聞いてみると、賢い人たちはみな統一教会に行くので、どうすることもできず、私たちをたたき潰すためにありとあらゆることをしたのです。

2 キリスト教徒たちは統一教会に対して、最初はキリスト教の歴史における邪教集団を悪く言いながら、「彼らと同じだ」と言いました。すべてをなすりつけるのです。そのようにして十年ほど過ぎると、情報機関で調査するようになりました。しかし、十年以上にわたって広がったうわさを、四十日しか調査しなかったのです。四十日間調査をして、「何もない」と言いましたが、それは、その機関が知っているだけであって、国家的に「統一教会の文某は何の問題もないので、これまでの話はすべてうそである」と言ったわけではないというのです。お父様が無罪判決を受けた時、新聞記事には数行しか載りませんでした。そのように全国的に広まった否定的な印象を何によって変えられるというのでしょうか。

ですから、統一教会の宣伝をしても反対し、そのうわさをひっくり返そうとしてもみな反対しました。それで、法的問題になって闘争が起き、警察部で私たちを調査した内容をもって「統一教会はそのような所ではない」と発表しても、信じないというのです。また、警察がそのように言うとすれば、すぐに「統一教会員たちが買収したのだ!」と言っているのです。

3 夫婦で仲良く暮らしながら息子、娘をしっかりと養育し、「夫がいなければ生きていけない」と言っていた女性たちが、統一教会に入ってきたあとに変わったのです。教会に来て、午後五時になれば、家に帰って夕飯の支度をしなければならないのに、み言が始まると再び座り込んで、夜通しみ言を聞くというのです。当時は、明け方の四時まで語りました。平均二時間睡眠でした。

家で「教会に行ってはいけない」と言っても行くので、問題が起きました。「死んでも行く」と言うので、教会の牧師たちが中心となって反対したのです。篤実な信徒たちが病気になったというのです。そのようになると、ありとあらゆるぬれぎぬを着せられました。しかし、お父様は「かまわない。すべてかぶせてみよ」と言って弁明しませんでした。西大門刑務所の事件が起きた時にも、調査の結果、無罪で釈放されました。しかし、私が無罪で釈放されたことをキリスト教で言及するのを、一言も聞いたことがありません。

4 統一教会員たちが激しく反対され、迫害されていた頃は、おばさんたちが、買い物かごを下げて「市場に行く」と言って出ていくのですが、気がついてみると統一教会に着いているのです。そのようなことが普通に起こりました。珍しいことでもありませんでした。ですから、狂ったとか、何か電気装置を仕掛けたと言うのです。そのようなことが起きました。

実際の生活に影響を及ぼすというのです。そうならざるを得ません。催眠術のようなものも、そのような体験を通して可能になるのです。神様を中心として神霊的な道に通じれば、そのようにならざるを得ないというのです。祈りの能力がどれほど偉大かを、皆さんは知っているでしょう。その境地で、そのようなことが起きるというのです。

5 梨花女子大と延世大の事件の時にも、政府の五大長官(大臣)が出てきてお父様をたたき、統一教会を全滅させようとしました。罪状がないので、兵役忌避でたたこうとするのです。兵役忌避でたたこうとして、彼らは、「年齢を二歳も上げて兵役を逃れようとした」と言いました。ところが、いくら調査してみても、引っ掛かるものがないので、無罪で釈放されたのです。

6 私が、梨花女子大と延世大を中心として、六十日間ほど伝道をしてみると、二つの大学が大騒ぎになりました。放っておけば大変なことになりそうなので、お父様を異端として追い払い、ぬれぎぬを着せましたが、いくら調査しても罪がなかったのです。家庭を破壊し、人妻を強奪したとして調査してみても、何もありませんでした。ないというのです。

それでは方かないので、今度は「兵役逃れをした」と言ったのです。私が兵役忌避をしたでしょうか。六・二五動乱のとき、私が頭を刈っていたために、初めは人民軍だと思われました。私が「軍隊に行く」と言ったにもかかわらず、「軍隊は駄目だ」と言われ、兵役免除に該当する「丙」の字を押されたのです。ですから、引っ掛かるところがありませんでした。そのように引っ掛ける罪状がないので、三カ月間騒いだ挙げ句、無罪で釈放したのです。

大部分の人は、私が無罪放免になったことを知りません。キリスト教の牧師たちは、お父様が無罪で釈放されたことを知っていますか。無罪と言っても、新聞はその記事をとても小さく載せたのです。統一教会員たちが「声明を出しましょう」と言いましたが、反対声明が問題ではありません。監獄に入ったことが問題になるのです。大韓民国が私を裏切りました。私はこの国を怨讐視すべきところですが、この国を復帰するためには、世界を経由して帰ってこなければなりません。蕩減復帰をしなければならないのです。

西大門刑務所での収監生活

真のお父様は、囚人番号三百九十番を付け、金元弼、劉孝元、劉孝永(ユヒョヨン)、劉孝敏(ユヒョミン)など、幹部四人の弟子と共に西大門刑務所に入監された。記録に残る面会の行列をつくった食口たちに対し、真のお父様は、決して動揺しないことを願われた。一方、看守をはじめとする刑務所の幹部と監房の囚人たちの中には、真のお父様の人格に感化され、敬意を表する者もいた。

7 一九五五年に西大門刑務所に入ったことがあります。その時、「統一教会の文先生はああだこうだ」と言って、大変なうわさになりました。私が手錠をかけられて入ると、拘置課長が私を呼び、気合を入れようと乱暴に振る舞いました。私は心の中で、「あなたが一カ月以内に私に屈服するかしないか、今に見ていなさい」と思いました。

最初、入る時には、動物園の猿でも見物するかのように、猿扱いしようとしたのです。ですから私は、「どれ、あなたたちがやりたいようにやってみなさい! 私はあなたたちのようなつまらない男ではない」と思いました。こうして一週間以内に、そこにいる看守たちをすべて意のままにしました。監獄でも「先生」という言葉を聞くようになりました。出所する時には、所長まで出てきて、「文先生!」と言ったのです。

8 私が西大門刑務所にいるとき、そこの拘置課長が、私のことをあざ笑いました。そのとき、私は相当に気分が悪く、一言、釘を刺しておいて、「ここで必ず所長まで屈服させて出ていこう」と考えました。何日か過ぎると、その人が朝、私の所に来て、「ぐっすりお休みになりましたか」と言いました。ある時は、じっとしていると、朝やって来て、そのままさっと通り過ぎます。「あなたはただ通り過ぎていくが、行く途中でまた戻ってこなければならない」と考えると、案の定、振り返るというのです。そうして、こちらに来てから、また行くのです。私が「あなたはもう一度来て、挨拶をしなければならない」と考えていると、また、そのようにするというのです。ある日、拘置課長が私のところに来て、「朝、餅を作って食べたのだが、餅が喉に引っ掛かってのみ込めない」と言うのです。餅がなぜのみ込めないのでしょうか。先祖が引っ掛かるようにしているというのです。彼の先祖たちが、お父様を冷遇すれば大変なことになると知っているので、そのようにするのです。ひそかに餅を作って食べたら、ひどい目に遭ったというのです。

私はそのようなことを既に知っていました。ですから、そのような話をしてあげたところ、私を見て「先生」と呼ぶのです。そのようなことがあってからは、お父様の言うことをよく聞いてくれました。そうこうするうちに、私が出る頃には、所長まで訪ねてきて、夏だからといっては、まくわうりを買ってくれたり、すいかを買ってくれたりするようになりました。そのようにしながら、兄弟の間でもできなかった話をするのです。お父様と一緒に生活する数カ月の間に、自分が(今まで)経験したことを話すのです。私が証をしてもらおうとして、彼を伝道するでしょうか。お父様が伝道しなくても、伝道されるというのです。

9 西大門刑務所で監獄暮らしをするとき、お父様に会おうと食口たちが必死の思いで面会に来ました。監獄暮らしをするお父様と面会すれば、それは歴史に残ることです。その時の面会証を持っている人たちに対して、あとで表彰します。それを持っている人がいれば、結婚する時に胸に抱いていき、その家庭の宝物として大切に保管しなければなりません。

監獄から出てくる時は、看守たちや所長まで出てきて見送り、看守たちの中には、お父様に従って教会に通うようになった人もいます。このように、天が行く道には怨讐が現れますが、必ずその道は開拓されるというのです。アベルになるためには、必ず神様と一体にならなければなりません。どのような受難の道を行くとしても、自分一人で行くと考えてはいけません。神様は、サタンの讒訴を受けない場で、アベルを決定するのです。

真の宗教は監獄から出発します。サタンも嫌う人間たちの集まったその世界でも、普通の人間がもつ、それ以上の希望と望みをもつようになれば、そこから新しい世界の歴史が出発します。そのようにしてこそ、サタン世界の讒訴を受けることなく、また高い位置に上がっても干渉されません。そこから、新しい世界まで連結される新しい出発の起源が生じます。そこから神様と一つになるのです。

10 すべての人が「死ね」と言い、「滅びろ」と言ったにもかかわらず、私は滅びませんでした。なぜ滅びなかったのでしょうか。人々が罵れば罵るほど、私が孤独であれば孤独であるほど、涙を流して私を慰労する人が次第に増えたからです。

私が刑務所に入っていれば、我先にと刑務所に面会に行こうとするのです。また、統一教会員たちは、午前八時以降に面会ができるのに、夜中の一時から列をつくって座りながら待っているのです。それが、西大門刑務所での記録です。ですから、人々が「人々を狂わせるにしても、どうやったらあそこまで狂わせることができるのか」と言ったのです。午前八時が過ぎてから面会ができるのに、夜中の一時から列をつくっているというのです。前日から来て座っている人もいました。

11 私が西大門刑務所に数カ月間いた時、人々は私を「統一教会の文某」と呼びました。おかしな話のようですが、刑務所に入ってみると、自分を王様のように思っていない人がいません。すべての人が横柄に振る舞うのです。

しかし、私は、私を見て何と呼はうと、何も答えずに黙って座っていました。入ったその日から黙っていました。一カ月でもそうしていることができ、二カ月でもそのようにしていることができます。しかし、一、二週間ほど過ぎると、彼らが私に気兼ねするようになりました。朝、起きてみると、私が祈っているのです。それをどうして止めることができるでしょうか。私は、彼らの中で一番の厄介者と言われる人、みなから「死んでしまえばよい」と思われているその人を連れ、一言、二言、言葉を交わしながらよく諭しました。「以前はあれほど厄介者だった人が、文という人が来てからその人が変わった」と言われるようになりました。こうしてしばらくたつと、人が話したわけではありませんが、監房の人たちの間で、その人が文某の言うことをよく聞くと、うわさになったのです。なぜなら、私も彼らのことを思う立場に立ち、大韓民国に代わり、大統領ももち得ない心情をもって、現在の韓国の運命と未来の韓国の運命、そして、この民族がもつべき国民思想を中心として、彼らのために涙を流し、祈ったからです。心情の主人になっているからです。善なる責任者の前には頭を下げなければならないのが天理原則であることは間違いありません。

12 刑務所でお父様を苦しめた人たちの顔が今も目に浮かびます。監獄の中でお父様についてのうわさが広まっても、一言も語りませんでした。西大門刑務所にいる時、監房の中にいるすべての人たちが、お父様のことをとても慕っていました。ですから、訪ねてくる人がたくさんいました。私を冷遇していた人たちが会いに来れば、すぐに彼らの心を看破して、「これからはそのような気持ちで私の前に来てはいけない」と叱りました。

また、そこにいた、牧師だという人は、お父様が異端であり、怨讐の立場だといって、最初はものすごい剣幕で、「あなたが主張する教理とはいったい何だ」と言って食ってかかってきました。しかし、最後には決まった時間に訪ねてくるようになり、とても親しくなりました。うわさが大きく広がったので、刑務所の所長までが会おうとしたのです。

一緒に監獄に入った弟子たちも、熱心にお父様に従って侍るので、人々が「世の中があれほど罵り、反対していても、あそこまで徹底しているとは。なるほど、統一教会の文先生はただ者ではない」と言いました。お父様の立場は、このように、卑しいように見えましたが、最高に貴い立場であり、誰かに「代わりになりなさい」と言っても代われない立場です。どんなに大口をたたく人でも、絶対にできないのです。

13 人々は、「文某は不気味な人だ」と言って、色眼鏡をかけて見ますが、過去を考えてみても、私は恥ずべきことは一つもありません。誰かがそうなるように仕向けたか、でなければ、私がそうだったのか、二つのうち一つのはずです。誰かがそうなるように仕向けたとすれば、それは、そのように仕向けた人の責任です。そのようにさせた人は滅びますが、そのようにされた人は栄えるのです。悪なるものは滅びるのであり、善なるものは栄えます。純粋で、天下の歴史が公証する真の立場に立った場合は、滅びることはありません。手錠をかけられて歩いていくとき、通りがかりの女性たちまでも、横目で見ながら顔をしかめるのを見て、「よし、あなたたちが歩くその足取りは高潔に見え、ここにいるこの男は哀れに見えるが、まだ比較する基準が現れていないから分からないだけだ。しかし、その立場が明らかになる時には、正否の判決が下るだろう」と考えて、今まで歩んできました。

14 お父様は、統一教会を中心に大韓民国を率いて出発すべきでしたが、監獄に入りました。監獄に入ってからも、「いつ出られるのだろうか」とは考えませんでした。監獄で十年間暮らそうと、あるいはそこで死のうと、み旨のための道であると考えて、泰然としていました。ほかの人とは違いました。その場で修練をしたのです。

何の修練をするのでしょうか。このすべてのことをいかに是正して、今後、生き甲斐のある道を行くかを考えました。泰山が幾重にも立ち塞がっていれば、トンネルを掘って高速道路を造ってでも行くのです。そうして倒れれば、神様が責任をもちます。しかし、気力が残っているうちは、神様の助けは要りません。それまで、自分のために祈る必要もありません。そうして、私の気力が尽きたにもかかわらず、み旨に私が必要であれば、「協助しないでください」と言っても神様は協助されるのです。

15 今日、統一教会が前進していく立場で、皆さんの一日一日の生活全体を、どれほどその時間圏内で、実感をもって全体化し、展開させるかが問題です。その深さ、あるいは高さを、キリスト教が出発した当時と比較してみた場合に、私たちのほうが大きければ、私たちは急進的な発展、急進的な勝利を成し遂げるでしょう。それから、敗者の悲しみを味わわなければなりません。顔を上げられないほどに羞恥を覚えてみなければならず、恥もかかされてみなければなりません。お父様にもそのような時がありました。西大門刑務所に行く前に法廷に立った時、かつてお父様に従っていた人が、「北朝鮮でも監獄暮らしをして、ここに来ても監獄暮らしをするのを見ると、まだその癖を捨て切れていないのだな」と言いました。その言葉を、私は今も忘れずにいます。

私は一生の間、監獄を出入りしながら闘ってきました。このすべての怨恨を集めて進んでいけば、その怨恨をすべて解いて余りある時が来るはずです。ですから、疲れようにも、疲れることができません。いくら唇が腫れ上がり、体の調子が悪くても、得意げになっている怨讐の背中を、私が両足で踏み越えていくまで、私は行くつもりです。サタンに対して最後まで闘っていくのです。

第三節 西大門刑務所からの無罪釈放

無罪で終結した「七・四事件」

一九五五年十月四日、真のお父様は、ソウル地方裁判所で無罪判決を受け、釈放された。食口たちは、喜びと感激で真のお父様を迎え、三日後、奨忠洞(チャンチュンドン)から青坡洞(チョンパドン)へ教会を移転し、十日に出獄歓迎会を行った。真のお父様は、平壌で自ら作詞された「聖励の新歌」を歌われ、新たな決意をされた。

1 一九五五年、梨花女子大事件などによって、国家全体が騒ぎ立て、私を捕まえて監獄に入れようとしました。李承晩政権を中心として、そのようなことをしたのです。罪を暴こうとしたところで、私には罪がありませんでした。あらゆるひどいぬれぎぬを着せようとしましたが、罪として引っ掛かるものはなかったのです。その時は、北朝鮮から下ってきたので、頭を刈っていて、私が軍隊に入隊しようとすると、人民軍ではないかと疑われ、調査の結果、軍隊に入れなかったのです。ですから、軍隊に行きませんでした。環境のためにそのようになったので、罪には引っ掛かりません。ですから、無罪で釈放されたのです。その事実を、キリスト教徒たちは全く知りません。その時、今のように宣布していればよかったのですが、そのような時ではありませんでした。私が行く道には、世界的基準を中心として背負うべき十字架があります。

個人的十字架の道で敗者にならず、勝者になったといって、誇ってはいけません。その個人的勝利基盤の上に、家庭的十字架が訪れてくることを忘れてはいけません。

2 お父様が監獄に入ったことは、新聞に特筆大書してうわさを立てておきながら、無罪で釈放されたことは、とても小さな一段の記事を書きました。(それで)今までそのことを知っている人がいなかったのです。その時、監獄から出てきて闘っていれば、どれほど格好が良かったでしょうか。(しかし、)闘わないことによって、根まで引き抜いてしまったのです。

歴史上でお父様に反対した人は、根まで引き抜かれます。(彼らの)子女たちは、自分の父母が正しい牧師であり、正しい忠臣だと思っていたのに、実は逆賊の立場にいたことを知るようになるでしょう。(自分の)父母が、天の道理を尽くした天地の大父母(真の父母)に反対した逆賊の立場にいたことが分かった時、その子女が、父母の墓を掘り起こす日が来るでしょう。うやむやにする話ではありません。

3 自由党政権の時代に、五大長官(大臣)が私をたたき潰そうとしました。当時、文教部、内務部、外務部など五つの政府機関に、李承晩博士が特命を下し、「統一教会をなくしてしまえ」と通告したのです。調査したところで、何があるでしょうか。自分たちがうわさをすべてでっち上げたのです。白白(ペクペク)教の教主の話をしながら、ぬれぎぬを着せておいて探ったのですが、何の罪状も見つかりませんでした。裁判をしても何もないので、約九十日後に出てきたのです。

当時、世の中はみな、(私のことを)罪人だと思っていました。私は世界でも、そのことで罵られながら歩んできました。それでも、なぜ四十年間、黙っていたのでしょうか。打たれて奪ってくるのです。最も悪い人だと思って私をたたき潰そうとしてきても、「あなたたちのほうが滅びる。私を一度打ってみなさい。打てば自分たちが窮地に追い込まれ、木っ端みじんになるだろう」と考えながら歩んできました。私は何も間違っていません。

4 一九五四年に、統一教会という看板を掛けて出発するようになりました。その時もやはり、韓国において国家的な反対が起こりました。全体が反対しました。監獄に入る事件が起きたのです。三年間は、常に蕩減をしなければなりません。原理がそのようになっています。蕩減復帰がそのようになっています。間違いなく、公式は公式どおりに適用されていくのです。当時、大韓民国がお父様をたたいて踏み潰そうとし、キリスト教と政府が一つになって、ありとあらゆることをして葬り去ろうとしました。しかし、公判廷で無罪の判決を受けて釈放されることによって、統一教会は存続できたのです。

5 無罪で釈放とは何でしょうか。無罪で釈放されたならば、大韓民国が私に補償しなければなりません。大韓民国は有罪だと宣布し、お父様は無罪だと言うのです。神様の法から見ると、「罪のない人に苦労をさせたとすれば、大韓民国、お前は有罪である。そして、文先生は無罪だということが分からないのか」と、このようになるのです。

大韓民国で反対する核心要員はキリスト教徒です。キリスト教徒は、神様を信じる群れでしょうか、神様に反対する群れでしょうか。「家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ一○・三六)という聖書の聖句が成就しなければなりません。キリスト教が罪を犯してしまったというのです。罪を犯した人をかばう人は、関係者となり、その犯罪の共犯者になります。ですから、大韓民国が滅び、キリスト教が滅びることはあっても、お父様は滅びないのです。

西大門刑務所での受難の意味

真のお父様の五度目の監獄となる西大門刑務所での受難は、一部のキリスト教指導者たちの扇動と、否定的な世論を背景にした李承晩政権が引き起こした宗教弾圧と見ることができる。天が下さった、大韓民国からキリスト教を基盤として世界的に広がっていく機会を失い、統一教会は再び荒野路程を経ていくようになった。

6 お父様は滅びませんでした。大勢の人たちが、「統一教会の文某は裸になって踊る」と言いますが、私が本当に裸になって踊って批判されたのなら、恨むこともないのです。裸になって踊るのを見物したこともないのに、裸になって踊る魁首にさせられています。そのようにして、大韓民国の国民が福を受けられるなら、いくらでもしなさいというのです。私という一人の人間を打って呪うことによって、この民族が福を受けられるなら、それは善いことです。

ですから、すべてを甘受しようというのです。彼らが民族を愛し、国を愛する愛国心の発露からそのようにしたのであれば、私がそれを神様のみ前に神聖で義なるものとして紹介してあげましょう。

7 再創造の摂理は、お金によって成されるのではありません。権力によって成されるのではありません。知識によって成されるのではありません。真の愛によって、初めて成されるのです。

私は西大門刑務所に入りましたが、「大韓民国よ、滅びよ」とは言いませんでした。「キリスト教よ、滅びよ」とも言いませんでした。「彼らが気づかずにいる罪をお赦しください。哀れな大韓民国が犯した罪を蕩減するために、私にすべてを負わせてください。私を批判して福を受けられるのなら、どれほど良いでしょうか」という思いをもちました。そのような思いをもっているうちに、時代が過ぎ、一つの峠が過ぎました。

種を蒔けば、それを刈り取る時は、何百倍、何千倍になったものを刈り取るように、これからは、何十倍、何百倍も大きな愛の救いにつなぐことができるのです。天理の愛の道理を通して、生命の根が繁殖する原則に従って種を蒔けば、何百倍、何千倍のものを刈り取ることができます。この宇宙の愛の懐で、そのようなことが起きるのです。

8 お父様は、三千万の民族が「異端の魁首だ。滅びよ」と言っても滅びません。理由もなく打たれたのなら、損害賠償を受けなければなりません。このようなことをしようとするので、時にはみすぼらしい姿にならなければならず、時には後ろ指をさされなければなりませんでした。

この道を開拓しながら、あらゆる苦難に遭いました。そのたびに、「神様はこれよりもひどい風霜を経てこられたのに、私がどうしてこれしきの風霜を経ずにいられるだろうか!」と考えました。公的な立場で受けた、そのような事情が多ければ多いほど、人が手にし得ない宝物を倉庫いっぱいに満たすことができるのです。

9 韓国においても、監獄から出発したのが統一教会の歴史です。呪いと背反と迫害の道から始めました。私は骨のない男ではありません。西大門刑務所に入っていた時、拘置課長という人が私を見て言った言葉を忘れません。死んでも忘れられません。一カ月もたたないうちに、彼らが私を訪ねてきて、「昔、聞いていた統一教会の文某と、今、(実際に)知った文某は違う」と言って謝罪するのを、この目ではっきりと見ました。

正義は、どんなに残酷な迫害の鎖の中でも勝利することを見てきたのです。ですから、正義の道は大変ですが、神様が求めているその群れの道に責任をもっていく道なので、落胆するのはやめようというのです。私は、落胆しませんでした。受難のむちの跡があまりにもたくさん残っているとしても、その時に受けた傷は、何ともないというのです。

10 平凡なことをも、絶対的な価値の基準に上げるのは、受難の境地でのみ可能です。皆さんが、獄中生活の中や、厳しい飢饉の状況に立たされれば、分かるでしょう。試練や受難は悪いことではありません。試練や受難の中で、生命の価値を立てていく力と希望と欲求をもった人にとっては、その試練と受難の困難が、困難としてだけで終わるのではなく、未来における喜びの刺激となり得るのです。また、未来の喜びだけでなく、希望の国を訪ねていくことができます。

困難を克服しようとする希望をもっていれば、その場から喜びの天国を成就することができます。困難を克服しなければ、どんな希望も成就されないので、愛の神様は、この先に迫りくる試練の舞台を克服できるように、人間を鍛錬させるのです。ですから、その鍛錬の過程は、鍛錬自体で終わるのではなく、喜びの刺激をより価値あるものとして感じられる。一つのプレゼントとして下さった受難の道だというのです。このように考えるとき、その受難は悪いことではなく、困難も悪いことではありません。それが、私たちの幸福の基盤となり、あすの幸福を相続できる要因になるのです。

11 孤独な道を一人、開拓者の使命と先覚者の使命をもってたどってきても、お父様は、孤独な立場でぶつかる出来事について、一切話しませんでした。命を懸けてきましたが、私は孤独な人ではありません。皆さんの同情も要りません。私は幸福な人です。

天地の大主人であられる神様が、私を理解してくださるので、いくら拷問で血を流し、身が引き裂かれ、筋が断ち切られる立場になっても、私は不幸ではありません。愛する息子をこのような立場に立てられた神様の心情は、それ以上に切ないことを知っているので、不幸ではないのです。その場で天をつかみ、天を慰労できる国を探し出そうと苦労しているので、どんなに拷問がひどくても、それが問題ではありません。重なり合う十字架の道が立ち塞がっていたとしても、その十字架の道が私を敗北の困難と絶望の環境に追い込んだとしても、お父様はそこで、新たな決心と新たな希望をもって歩むことを決意するのです。

12 今までの歴史の過程を見る時、歴史の主人公は、その時代で受難の峠を克服しながら、その国の希望を抱いて闘ってきた人たちです。そのような人たちが、歴史の主人公です。聖賢たちは、天意に従い、人間の世の中で肯定するものを否定するのみならず、世の中の方向を変え、希望の世界に向かって自分の一身を捨てて、その理念とともに環境の試練を克服してきた人です。

その聖賢の人生は悲惨ですが、その心の内で受けたすべての苦しみが、かえって喜びの世界と関係を結ばせる動機になったのです。

これまで統一教会が受難の道を歩んできたのは、統一教会を滅ぼすためではありません。あすの春の日を迎え、世界によ眼光となる統一教会へと発展させる神様の愛があったからです。

13 私は、西大門の通りを、刑務所に向かって手錠をはめて歩いても、恥ずかしいとは思いませんでした。天地を見る時に、恥ずかしいことはありませんでした。堂々としていたというのです。出所する時になって、四人ほどの看守たちが、「統一教会を信じます」と言ってきました。所長も私と何回か会いました。「世間で悪いと言われている男がこのような人だとは」と思ったのです。統一教会員たちが面会しようと、先を争うようにして門前に列をつくっていました。元気な青年男女たちが、明け方から列をつくって私に会おうとするのを見て、「ああ、よく知らなかったのだな」と感じたというのです。私たちは、そのような道を歩んできました。

14 皆さんは、過去に統一教会に反対していた教会と国から追い詰められ、追い出されて、囚人服を着ていたお父様を忘れてはいけません。囚人服を着て手錠をはめられ、裁判長の前に立ったお父様を忘れてはいけないというのです。今や無念なその時期を越え、私たちにも時が来ました。芽が出る春の日が来たので、地に種を蒔けば、芽が出るでしょう。

しかし、反対するところには芽が出ないでしょう。私たちが民族と同胞に代わって、これまで歴史的に築き上げてきた生命の偉業、愛の偉業をそのまま継承して立てるようになるとき、現在のキリスト教は今のところは私たちと怨讐になっていますが、その背後にいる数多くのキリスト教徒たちの行く道が、ここから開かれるのです。

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第七篇 第三章 ダンベリー刑務所での受難と真の父母様の勝利

第七篇 第三章

ダンベリー刑務所での受難と真の父母様の勝利

第一節 真のお父様の脱税容疑での裁判

脱税容疑に関連した声明書の発表

真の父母様がワシントン大会をはじめ、アメリカで活発な活動を展開するや、これに反発する動きが組織的に起きた。その代表的な事件が、アメリカ下院の国際関係小委員会(委員長:ロナルド・フレーザー議員)聴聞会である。一九七八年三月二十二日から、四回にわたって朴普煕宣教師を証言台に立たせたこの聴聞会は、韓国政府がアメリカの議員たちに巨額のロビー資金を提供したという疑惑、いわゆるコリアゲートと結びつけ、統一教会の活動を阻止しようという政治的野心から起きたものである。

また、真のお父様は一九八一年十月十五日、脱税容疑でニューヨークの連邦地方裁判所に起訴され、数回にわたって法廷に出頭された。真のお父様は、そのたびに声明書を通して、アメリカを誰よりも愛しているが、いまだに人種差別と宗教的偏見が残っていると反論された。そして、アメリカと世界人類のために犠牲と奉仕の人生を生きてきたため、少しも恥じることはなく、潔白であることを言明されたのである。

1 統一教会は、日本で共産党を屈服させることにおいて、勝利の主軸になっています。これが国家的基準を越え、アジア基準を越えて、世界基準であるアメリカでも接戦になっていくので、全世界の共産勢力がお父様を攻撃するのです。ですから、あらゆる反対の嵐が全世界に吹いていきます。この嵐の影響を誰が受けたのでしょうか。今日の自由世界はもちろん、アメリカ自体も、キリスト教全体も、すべてがこの嵐を受けてお父様を総攻撃しています。お父様を擁護してサタン側に反対し、防御しなければならないにもかかわらず、反対の立場に立ってお父様と天の側に反対するというのです。

お父様は一人ですが、韓国までアメリカの影響を受けて、内的には支持するものの、外的には支持できない立場にあります。さらには、アメリカのカーター政府がコリアゲートと関連させ、フレーザー議員を立てて統一教会をたたき潰そうとしたのです。

2 ワシントン大会の会場に向かう時には、死刑囚が刑場に出ていくほうが易しいというくらい、本当に悲惨でした。しかし、神様の加護により、夢のようなことが起きました。地獄から復活したのです。ですから、このワシントン当局も突然、手を付けられなくなったのです。いつ市民と少数民族を通して、このような基盤をお父様が築いたのかというのです。

それで、彼らは延長作戦を取りました。徹底して世界的に締めつけていって、首を取らなければならないと考えたのです。フレーザー議員が代表してその仕事をしました。共産勢力とユダヤ人、キリスト教、アメリカ政府が一つになって攻撃を加えたのです。

アベルはいつも守勢に回り、カインはいつも攻勢をかけていたのですが、(それが)逆になりました。その時から、「フレーザー議員を攻めなさい!」と言ったのです。私が攻めていくことができるというのです。彼らが私たちを打つことによって、私たちが守勢から攻勢に転換しました。

3 アメリカでフレーザー議員と闘うときに、お父様が躊躇して「後退だ。世界を支配するその国と、どのようにしてぷつかれというのか」と、臆病者のように行動していれば、神様のみ旨を成就できず、完全に掃き捨てられてしまいます。

ゴリアテと戦ったダビデのように、何も恐れずに正面から攻めたのです。飛んでいく砲弾、飛んでいく矢のように、心臓部を突破していくという決意をもって、「お前が突破されるのであって、私が突破されるのではない」と言いながら進みました。このような闘いをしたので、アメリカが突破されたのです。今やどの角度から見ても、私たちが勝利しました。

4 お父様がアメリカで活動するのを見て、国会や国務省では大騒ぎです。そして、フレーザー議員が国務省と国会、共産勢力、ユダヤ教、キリスト教に代わって、統一教会に反対する旗手となって闘い、自分の力を過信して倒れたのです。全世界に知れ渡るほど大騒ぎをしました。ですから、国会議員たちがすべて私たちのPRチームになり、「ああ、おめでとうございます!」と言いながら、電話をかけて訪ねてくるようになりました。

それで、「勝った」と言って万歳を叫び、興奮している時、私は「あまり興奮せず、静かにしなさい」と言いました。負けた人は弱者ですが、天は弱者を打つようになっていないという話です。弱者を保護してあげるのが天の行く道ですから、「統一教会は、フレーザーに勝つたといってあまり喜ばないようにし、通りに出て踊ったり、自慢したりしないようにしなさい」と言いました。それはフレーザーに勝つと同時に、フレーザーの子孫にも勝つことなのです。その子孫たちが、お父様は素晴らしいと称賛するでしょう。

5 今回、フレーザー議員が選挙で負けたのは、お父様と闘って負けたからだということを、世の中はすべて知っています。一日に新聞の四面にわたって記事が出たのは、世界の歴史上、記録的なことでしょう。それが言論界の最後の攻勢だというのです。「フレーザーが勝つ」と言って喜んでいた共産勢力を、すべて一掃してしまいました。最後の闘いで、彼らが負けたのです。

ヤコブは天使と闘うとき、互いに組み合っていましたが、天使は、勝てそうにないので、ヤコブのもものつがいを外したのです。それでも、ヤコブは手を放しませんでした。そのようにして祝福してもらったのです。そのような闘いをしました。お父様は、その人々がいくら反対しても負けないというのです。神様が助けてくれるのかもしれませんが、お父様は頭が良いというのです。「文先生と闘っては利益にならない」として、「最も恐ろしい人」という名札を付けられました。

6 古今東西を問わず、義のために生き、神様のために献身してきた人々は、必ず険しい茨の道を行かなければならず、当代に大きな苦難を味わわなければなりませんでした。その代表的な方が、イエス・キリストであり、そのほかにも、世界の歴史時代に、その実例を数多く見いだすことができます。私は一生を捧げて、神様と世界の前に献身することを決心して以来、六十年の生涯を生きながら、多くの苦難を経てきました。このような歴史的教訓を知っている私が、どうしてこの時点まで来て、茨の道、苦難の道を嫌だと思うでしょうか。私はこのたび、アメリカ政府が私を告訴したことについて、無念であるとか、腹立たしいとか、恨めしいとは思いません。この機会が、誰よりも無念さを味わわされ、誰よりも恨めしさを味わわされ、誰よりも寂しさを味わわされた神様の苦痛に同参(一緒に参加すること)する機会だと考えれば、かえってこれが栄光の試練になることを主張したいと思います。私は、良心の呵責を感じません。私が歩んできた一生を振り返ってみるとき、真実に、神様のために生きてきた生涯であり、人類と世界の前に犠牲となり、奉仕する生活を送ったという確信があるため、私は世界のどのような法廷も、それ以上のものも恐ろしいとは思いません。私は今まで十年間、アメリカで、すべての心血を注いでアメリカを愛し、アメリカの精神と道徳の復興のために、血と汗を注いできました。歴史は、この事実を否定できないでしょう。

7 今日、神様の摂理から見るとき、アメリカが心を入れ替え、真実に神の国にならなければ、世界を共産主義の魔の手から救う道はありません。私がアメリカで手にしたものは何もありません。私は、世界の統一教会運動の総力をアメリカに傾注してきました。アメリカは、お金持ちの国、援助をする国として知られています。しかし、統一教会の場合だけは、それと正反対に、アメリカは統一教会から精神的、物質的に援助を受けてきた国なのです。もし私が、アメリカを愛し、このようにしてきたことが罪ならば、私はためらうことなく、断罪を受け、十字架の苦難を拒否することもありません。

8 今日、美しいアメリカ、偉大なアメリカに二つの弱みがあるとすれば、それは宗教的偏見であり、人種差別です。特に、人種差別の問題は、リンカーン大統領が血の代価を払ったにもかかわらず、いまだ未解決な部分として残っています。また、アメリカの現代史で、あの有名なマーテイン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は不義と闘い、高潔な祭物となりました。今やこの闘争は、統一教会の闘争になりました。東洋から渡ってきた統一教会の運動は、今日、アメリカで排斥されているすべての少数民族にとって代弁者となり、チャンピオンとなりました。私はこの機会に、アメリカで少数民族連合会を創設するに至りました。私は、今回の帰国に先立ち、その基金まで準備して帰ってきました。今、アメリカで燎原の火のごとく盛り上がっている少数民族連合の人権運動は、今後、一九八〇年代を走るアメリカにとって義なる運動になるでしょう。神様が生きていらっしゃり、真理があるとすれば、歴史はこの方向に流れていかざるを得ないのです。

脱税容疑の裁判経過

ニューヨークの連邦地方裁判所は、一九八二年、真のお父様を脱税容疑の裁判にかけるための事前段階として、十二人の陪審員団を構成した。当初、教会側の弁護人は、裁判の公正性を理由に、陪審員による判定の代わりに判事による裁判を要求したが、ニューヨークの地方裁判所はこれを受け入れなかった。アメリカ政府の思惑どおり、一九八二年五月十八日、有罪評決が下された。ニューヨーク地方裁判所は、七月十六日、陪審員たちによる有罪評決を基に、献金百六十万ドルの利子十一万二千ドルに対する所得税と、五万ドルに相当する株式の配当金に対する税金として、一九七三年から七五年までの三年間で、七千三百ドルの納付義務があるにもかかわらず、これを脱税したとして、懲役十八カ月と罰全二万五千ドルを宣告した。弁護団は、十一月三日、連邦高等裁判所に控訴し、アメリカの宗教界と民間団体は無罪請願書を相次いで提出した。アメリカの法廷でこのような評決が下されるや、アメリカでは、真のお父様の裁判に抗議する各キリスト教指導者たちによる「宗教の自由」大会が開催され、多くの良心的な人々が、「これは宗教弾圧である」と抗議デモを展開した。弁護団が控訴したが、一九八三年九月十三日、連邦高等裁判所で原審が確定し、八四年五月十二日、最高裁判所において上告が棄却され、刑がそのまま確定した。これにより、八一年十月十五日の起訴以降、八四年七月二十日の入監に至るまで。二年九カ月間続いた裁判は、事実上、幕を閉じたのである。

9 学校で、二人の学生が争うのを聞いてみると、互いに「自分が正しい」と言います。そうすると学校の先生は、どちらが公的かをもって判断するのです。簡単です。より公的なものを正しいと見なければなりません。私が裁判の法廷に出ていくとき、統一教会員たちが悲しむことはないのです。

アメリカ政府はアメリカのためだけに動きますが、私はアメリカ政府よりもっと次元の高い公的な道を歩んでいるのです。アメリカが私を批判し、私に何かの刑を負わせても、天の公法によって、私は勝利者として残るというのです。それが事実です。ですから、私は法廷に何回も立ちましたが、少しも恐れませんでした。統一教会は、神様だけを中心として、神様の心情世界のために行くのです。

10 今、アメリカで、お父様が脱税したと言って大騒ぎしています。私がこの国のためにどれほど多くのお金を使ったか分かりません。それは、アメリカが自由世界の中心国家だからです。衛星国家を犠牲にしても、アメリカを保護することによって、世界に公的な基盤を築くためです。アメリカが自由世界の中心なので、自由世界の一部を犠牲にしても、中心国家を生かすことにより、全世界が助かるというのです。

歴史はどちらに従っていくでしょうか。アメリカ国民も、行政府が行く道に従っていくのではなく、法廷闘争の道であっても、お父様が行く道に従ってくるだろうと考えるのです。アメリカの行政府がお父様の行く道についてくるというのです。現在のアメリカ国民の考え方よりも、さらに公的な考え方をもったアメリカ国民が出てくれば、彼らはすべて、お父様の後ろに従ってくるでしょう。ですから、私たちは勝利の道を歩んでいるのです。

11 お父様がアメリカのニューヨーク連邦地方裁判所の公判廷に立ったように、皆さんも今後、この宇宙の公判廷に立つ日が来るという事実を知らなければなりません。もし、お父様に対して一審の法廷で「罪がある」と言い、二審でも「罪がある」と言い、三審でも「罪がある」と言っても、天の国の法廷で「無罪だ」と言うときには、これがすべて否定されてしまうというのです。

天の国の法廷は、最高の歴史的最高裁です。アメリカ国民は、高等裁判所と最高裁判所まで上訴し ますが、お

父様には歴史的最高裁が残っています。皆さんも、いつかはこの法廷に立つようになっています。お父様がもし歴史的最高裁判所に立つとすれば、生きてこの法廷で判決を受けるという事実がどれほど光栄でしょうか。死んでからその公判廷に立たなくても無事通過するので、どれほど光栄ですか。どれほど素晴らしいかというのです。皆さんは、死んでからそのような場に立ちたいですか、生きてそのような場に立ちたいですか。正義の道は、強く雄々しい道です。

そのように見るとき、お父様の思想がどれほど偉大で、どれほど素晴らしいでしょうか。どれほど驚くべき思想かというのです。このような何かがあるために、誰もが恐れるアメリカ政府を相手に、一人で闘っているのです。

12 お父様が脱税をしたという話が出た時、アメリカの食口たちさえも、火のないところに煙は立たないと考えました。アメリカの検察が、ありもしないことをお父様にかぶせて捕まえようといくら頑張っても、何も出てこないというのです。それでも、アメリカ国民はみな、事実のとおりに信じていません。お父様が、うそをついて詐欺を働く人だと考えているのです。一万ドルにもならない税金を納めなかったということで、今、調査をするために数百万ドルのお金を使いながら大騒ぎしています。どれほど愚かで、どれほど厚かましいでしょうか。第三者が、「百万ドルをあげるから、それを調査してほしい」と言えば、調査するでしょうか。罪があるのならば分かりませんが、罪がないのに、(罪を)なすりつけて大騒ぎしているというのです。

それは、イエス様の十字架の心情、怨讐を愛する心情をすべて感じることができる場だという結論が出てきます。そして、私は法廷闘争をしても、死にはしないだろうと考えました。イエス様の時代のローマとイスラエルの国のような立場に、アメリカと韓国があります。イエス様がローマの元老院に行って闘って勝ち、勝利の旗を立てていれば、キリスト教は血を流さなかったでしょう。ですから、ここで私たちが勝利すれば、世界の統一教会の宣教師が血を流す歴史は絶対にないと考えるのです。このような役事(働き)が起きます。

これを見るとき、今や私たちが闘える戦場、活動できる場が目前に迫ってきました。ですから、皆さんは総力を傾け、聖人の精神と義人の精神をもって突進しなければなりません。

13 私は陪審員を信じません。「陪審員制度は望んでいない」と言いました。それで、「陪審員は必要ない」と言ったのですが、アメリカの裁判所が無理やり採択したのです。お父様に対して「有罪だ」と言うので、全世界の統一教会員たちが一つになりました。このように見るとき、お父様は全体を歴史的に束ねるのです。そのように、束ねる一つの起源をつくって越えていく時です。

白人も涙を流し、黒人も涙を流し、黄色人も涙を流し、五色人種(すべての人種)が今回の脱税容疑で公判を行う期間に涙を流したでしょう。それは驚くべきことです。自分の国のために涙を流したのではありません。お父様と神様と世界のために涙を流したというのです。お父様一人のゆえに、世界人類が神様のために涙を流すことになり、お父様一人のゆえに、統一教会員たちが人類のために涙を流すことができたというのです。これは驚くべき歴史的な連結です。摂理史的に、すべてのものが連結されたというのです。今回のことは、神様とお父様と全世界の人類が同じ場に立つことができる機会だというのです。ですから、歴史的な一つの転換期です。心情的に一つの高地を占領し、越えていく時だというのです。

14 今、法廷闘争をしながら「ワシントン・タイムズ」をつくっています。数千万ドルかかるのですが、そのお金を、世界とアメリカのために投資するのです。共産党を防ぎ、アメリカを救うために投資するのです。その次に、映画「おお! 仁川」に五千万ドル以上を投入しました。お父様のためにしたのでしょうか。自由世界とアメリカのためにしたのです。それなのに、一万ドルにもならない所得税を出さないために、陰謀を企てて脱税をしますか。話にもならないというのです。

今後、アメリカは、この歴史的な恥をどこに行って覆い隠すのでしょうか。大変なことになったのです。顔も上げることができなくなりました。すべて記録が残っています。お父様の法廷闘争を中心として、アメリカはいつまでも批判を受けるでしょう。

アメリカにいる食口の皆さんは、このような国家的な恥と未来の歴史的な恥を防ぐために、一九八二年七月十四日の裁判まで、大同団結して、精誠の限りを尽くさなければなりません。皆さんは未来に責任をもち、今後、アメリカの恥を防ぐために全国で正義を叫びながら、アメリカ国民を正しい方向に向かせる機会にしなければなりません。皆さんの口が動かなくなるほど、疲れて目が開かなくなるほど、体が動かなくなるほど、前進に前進を重ねなければなりません。

15 私がアメリカ政府に引っ張られていくことはありません。アメリカ政府を教育し、アメリカの人たちを教育してでも、そのようにするでしょう。お父様が歩む生涯には昼だけがあり、夜はありません。夜はジャンプして越えていくのです。ここで私が何を求めていくのか、何を満たしていくのか、何を残していくのかが問題です。

私が脱税容疑で法廷に立つことによって、天が私のために悲しめば、私は「私のために心配しないでください」と言って天を慰めます。「日々、未来を確定させる時間をもっています」と言って天を慰めるというのです。天と地のことを考えてあげるのです。天を思い、人類を思うのです。

私が悪であれば、結局は下がっていかなければならず、アメリカ政府が善であれば、アメリカ政府が上がっていくでしょう。そのようなときは、上がっていくアメリカ政府をたたかずに、従っていかなければなりませんが、私が善のときは、アメリカ政府を捨ててでも、私は、私の道を行くというのです。ですから、昼夜なく最も困難な時に天を慰め、人類を愛せる人が聖人です。その道が、聖人の行く道なのです。

16 お父様が法廷の過程を経るからといって、アメリカに悪いものを残すことはできません。より良いものを残してあげなければならないのです。アメリカ国民に新しい精神を植えなければなりません。お父様のことを研究した人がこの法廷に来て、そこで(研究を)停止するでしょうか、跳躍するでしょうか。これは問題が大きいというのです。

私たちには希望があります。アメリカが公義の天理に従っていかなければならないのであって、公義の天理がアメリカに付いていくことはできません。公義に従っていく人は上がり、反対の道に従っていく人は下がっていきます。取り除くとすれば、誰が取り除くのでしょうか。宇宙が取り除くのです。この公法、公義が取り除くのです。お父様は一生の間、反対を受けました。この国を生かしてあげ、この国の未来の若者たちを生かしてあげるために、自由世界を生かすことのできる人をつくるために努力して、裁判にかけられたのです。

17 お父様には世界のために行く道が残っています。アメリカのほかに、行く道がまだあるのです。それでは、アメリカはどのようになるでしょうか。皆さんが公判廷に立って、お父様以上に犠牲になって働こうという決意を固めなければ、アメリカの行く道、アメリカの将来が暗澹としたものになるというのです。

この国がお父様とこのように向き合うのであれば、どのようにして世界の国家の前に立つのでしょうか。既に傷を負っています。公義の天理はそのように教えるのだと、お父様は教えました。お父様に責任がないというのではありません。責任を負っているので、このようなことを言うのです。皆さんがこのような荷を負わなければならないことを知るとき、皆さんに対する思いはもっと深刻になります。子女たちの将来を祝福しようとするのが父母の心です。公義の道は、そのような法度の道です。ですから、法度の道を踏んでいくべき道が残っているというのです。

18 公義の天理を皆さんが引き継いで、お父様と共に監獄生活をするという思いをもち、世界が歓迎する時まで行こうと考えてください。脱税容疑でアメリカの法廷で闘争する期間は深刻でした。「私はこのように行く」と決めて出発したのです。私は悪意をもってアメリカを呪ったことはなく、アメリカの検事と判事を呪ったこともありません。

私は、神様のみ前に行っても堂々としています。アメリカの善なる先祖たちの前で堂々としているというのです。彼らは私の味方です。これからの子孫たちはお父様の味方です。その時、自分の子孫たちが知れば、どのようになりますか。ですから、善なる人、義人が行く道は決まっていますが、悪人が行く道は定まっていません。悪人は、いつでも滅亡するのです。

19 キリスト教がローマにおいて四百年で蕩減したことと、ヤコブから今までのユダヤ教を中心とした四千年間の蕩減路程を、お父様が四十年で帰結させようというのです。イエス様の三年路程の期間に該当するのが、この三年間の法廷闘争を中心とした総攻撃時代です。逆さまに蕩減するのです。蕩減路程は、逆さまになるというのです。ユダヤ教の時代を蕩減できるキリスト教が、父母様を迎えた今、この時がそうです。お父様がアメリカの法廷で闘争する三年間は、イエス様が世界的舞台でローマと闘って築かなければならなかった勝利基盤を、(再臨の)メシヤとしての三年路程において民主、自由世界で築く期間に該当します。今が勝利によって越えていく時だというのです。

その期間にイエス様が十字架に打ち付けられたように、お父様がアメリカに来て十字架に打ち付けられるのです。打ち付けられる出来事が法廷闘争です。

ですから、第一次ニューヨーク地方裁判所を経て、第二次ニューヨーク連邦高等裁判所まで行ったのは、イエス様が死んで生き返ったのと同じです。主審判事は私の味方でしたが、副審判事二人が反対したのです。それは、長成時代に該当します。第三次の連邦最高裁判所を中心として闘うときは、世論が動いて、「先生を釈放しなければならない」と主張しました。世界的基準で自由世界全体が完全に一つになり、キリスト教全体が一つになるのです。お父様が十字架を背負う場で、アメリカ国民と自由世界、キリスト教が一つになり、右側の強盗のようにお父様を支持したのです。

20 アメリカが反対していますが、お父様はアメリカを越えて、アメリカ(が願うこと)以上の願いをもって歩んでいます。きのうよりもあすが大きく、あすよりも一年後がもっと大きいでしょう。神様の願いである、世界人類が一つになる道を整えることができるとすれば、その道を選んで行こうとするのが、お父様の思想です。最高裁判所の判決が下りたとき、「神様! 次は何を下さろうとするのですか」と言ったのですが、キリスト教が統一教会のもとに帰ってきたというのです。今回、法廷闘争で監獄に行くことにより、これから受け継ぐことになる大きな祝福は何かというのです。世界人類が、お父様の側に回ってくるでしょう。

私が行く道には、世の中にない統一された家庭が付いてきており、統一された民族と統一された国、統一された世界が付いてきています。ですから、この峠を越えて立つとき、その場では、統一された世界の群れが私を待っているというのです。

私が行くこの道は、希望の道だと思います。それゆえ、お父様は十字架の道を希望と歓喜の道として行こうと思うのです。きょうという日があるがゆえに、統一の伝統が父母様から息子、娘、祝福家庭、キリスト教、アメリカ、世界へと列を成して連結されるという事実を、私は知っています。これは、次第に大きくなるでしょう。

そのように素晴らしい道を出発しているこの日に、皆さんが涙でお父様を見送るということを、私は望んでいません。涙を流すなら、お父様以上に十倍、百倍、この国とこの世界のために涙を流しなさいというのです。心が痛み、悲しいというなら、私が出てくる時に、千人を一つにし、一万人を一つにすることのできる統一の役軍(担い手)にならなければなりません。

21 み旨の道を歩みながら監獄生活をたくさんしましたが、私の生命が絶えない限り感謝して行こうという立場で歩んできました。ですから、それを喜びとして迎え、その結果は天のみ前に委ねるのです。私は死ぬしかないとしても、み旨を立てられた神様のかわいそうな立場を考えるのです。そうして、私にこのような苦痛を与えて峠を越えさせ、かわいそうな神様の摂理を継承するようにさせたと考えるのです。

今の時も同じです。この世界、精神世界が、お父様を中心として一つに統合されていくこの時に有終の美を飾るためには、犠牲を覚悟していかなければならないというのです。そのような伝統の道が残っていることを知らなければなりません。

第二節 文興進様の聖和と「愛勝日」の宣布

祭物として逝った文興進様

真の父母様は、一九八三年十二月十四日から二十三日まで、北朝鮮の赤化統一の野心を退けるために、韓国の八大都市で勝共決起大会を主管された。当時、真の父母様を暗殺しようとする群れが、最後の大会の場である光州に派遣されたという情報により、緊張が高まる中で行われた講演の時間に、次男である文興進様がアメリカで交通事故に遭い、一九八四年一月二日、聖和された。キリスト教国家が反対し、共産主義の脅威が増大する状況で、真の父母様に代わって蕩減の祭物になられたのである。

1 一九八三年十二月、韓国で、全国八大都市勝共決起大会を通して、全国民を完全に一つにする運動を行いました。また、世界とキリスト教を代表する七十二カ国の「世界平和教授アカデミー」の代表たちを集めて一つにしました。そのようにして、全国を完全に席巻したのです。サタンと激戦を繰り広げました。ですから、韓国全体がお父様の運動によって完全に沸き立ってしまいました。このようにして、サタンを治めようというのです。

その時、父母様の家庭は混乱時代でした。父母様の家庭が全世界を代表し、家庭的攻撃を受ける時だったのです。ところが、サタンはお父様を直接、攻撃できそうにないので、興進君を攻撃したのです。最後の光州勝共決起大会で講演する時間に、興進君の自動車事故が起きました。

2 私が一九八三年の十二月に韓国へ行くことに、アメリカも関心をもち、日本も関心をもっていました。三カ国が一つの方向に引っ張られたのです。サタンがお父様をいくら侵犯したくても、蕩減条件を立てて越えたので、お父様が勝ったのです。民主世界が統一教会に反対しましたが、その反対する人たちに対して私が蕩減条件を立てて勝ちました。しかし、お父様の子女はまだ皆さんの代表の立場なのです。それで、興進君がそこで相対になったというのです。

サタンはいつも、最後にたたきます。全国八大都市勝共決起大会が成功裏に終わるその時間に、興進君の自動車事故が起きました。最後の光州大会の時、お父様が講演をするその時間です。十一時に始まるのに、十時には会場がぎっしり埋まってしまいました。お父様に危害を加えようとする工作員が活動できないよう、超満員になってしまったのです。動くこともできないほど、ぎっしりと埋め尽くされていました。工作員たちを自然に防ぐ、良い環境になったのです。ですから、サタンは仕方なく、お父様が最も愛する息子を連れていったのです。

3 お父様が韓国に帰ってきて勝共決起大会をするのですが、最後に残った所が光州でした。その時、霊通する人々は、お父様に対して「光州には行ってはいけない」と言いました。共産党がすべて集まり、お父様を隅に追い込んで一気に捕まえようとしているので、行ってはいけないというのです。「行ってはいけない」と言われて、行くのをやめるでしょうか。公的な人は、命を差し出して行くのです。ところが、天が役事しました。座っていた人が立ち上がれないほど、会場が超満員になったのです。それが、保護を受けられる道だったというのです。その時に多くの問題がありました。正にその時間に、興進君の自動車事故が起きたのです。

4 興進君の犠牲により、多くのことが成し遂げられました。彼は一番の孝行息子でしたが、今や真実で清い神様の子女として、神様の懐に抱かれたのです。もし興進君の犠牲がなかったならば、二つの不幸な大事件が発生していたかもしれません。北朝鮮が韓国を武力で侵犯したかもしれないし、お父様が地上における生涯を終えていたかもしれません。

しかし、韓国で勝共決起大会を通して勝利したため、サタンがお父様をこれ以上侵犯することはできなくなりました。ですから、韓国で勝利を収めるのと同じ時刻に、興進君を犠牲の祭物として要求したのです。

5 興進君は、二番目の息子として生まれ、お父様の保安問題に対して誰よりも心配した人です。お父様の前にもし悪者の頭が現れて銃を撃つならば、自分がその銃弾を代わりに浴びなければならないと考えていました。

イースト・ガーデンで祝福家庭を動員して、その訓練をしました。夜、祝福家庭を四方に配置し、秘密裏に襲撃させるのです。このようにして、警護員が本当に警護員としての仕事をするかということまで試験しながら、お父様の保安問題について心配したのです。

さらに、シカゴの「科学の統一に関する国際会議」では、警護員と共に夜を徹して警護をしたこともあります。警護員を信じることができないというのです。子女が父を思う心情的基準とは程遠いと考えていました。もし銃弾を浴びなければならない場面に立てば、その人々は逃げていくけれども、「私は違う!」と言うのです。そのような精神的訓練を祝福家庭に行い、そのような行動ができるようにする訓練までしました。お父様のために命を捧げようというのです。

6 私は、興進君の車の事故が起きた現場を見に行きました。丘の道からトラックが下ってくる途中でブレーキを踏んだのですが、車がくるっと回ったのです。くるっと回ったので、直線で止まったのではなく、斜めに道を塞いだというのです。そして、興進君の車は右側を走っていて、興進君は左側で運転していました。運転する人は、自律神経の自動的な反応によって、瞬間的に危険を避けようとハンドルを切るのが原則なのですが、そのようには切らずに、車が斜めになっていたというのです。運転していて、なぜ反対にハンドルを切ったのかというのです。反対に切って、正面から突っ込んでいったのです。

それは、興進君が、一緒に乗った祝福二世の兄弟を愛していたからです。「あの兄弟たちには父親がいない」と言って、本当に愛したのです。夜、勉強する際にも、冷蔵庫から食べる物を探してきては一緒に食べたりしました。そのように愛したのです。「父親がいないから、私が愛さなければならない」と言っていました。その兄弟を意識して、ハンドルを反対に切ったのです。それで、興進君が代わりに犠牲になったというのです。私はそれを見て本当に感謝しました。

7 イエス様が十字架で亡くなる時、右の強盗と左の強盗がいました。それは、民主世界と共産世界です。共産主義は「神はいない」と言い、民主主義は「いる」と言います。今回、車の事故が起きて興進君が死にましたが、一緒に乗っていた二人の子供は助かりました。興進君は、本当に良いことをして逝ったのです。いくらでも車を回すことはできたのですが、なぜ興進君は車を自分の側がぶつかるようにしたのかというのです。それが問題です。トラックの角にぶつかったのです。同乗していた二人は、「自分たちを意識してハンドルをそのように切った」と言いました。民主世界と共産世界を代表する犠牲の祭物として逝ったという理論的根拠を、ここで知ることができます。車に乗っていたその二人は、民主世界と共産世界を代表する、イエス様の右の強盗と左の強盗のような立場ですが、興進君は彼らの身代わりになって逝ったというのです。

イエス様の時代にはすべて死んでいきましたが、お父様の時代には興進君一人が祭物になったため、二人は助かり、民主世界と共産世界の道が開かれるのです。

8 興進君は、国家的蕩減基盤の上で、自由世界と共産世界のために犠牲になりました。国家的基盤で共産世界と民主世界、この二つの世界を連結したのです。アメリカで事故が起きましたが、埋葬されるのは韓国でした。体は祖国に帰ってきて埋葬されたのです。それによって、興進君は、国家的基盤を築いた真の父母の勝利的基盤の上に立ったので、国家的な次元でいつでも霊界にいることができ、地上にも定着できる霊的基盤が与えられるのです。

イエス様が国家基盤を完成できなかったことを蕩減復帰すると同時に、イエス様自身が地上の国を訪ねてこられる基盤が、興進君によって連結されるというのです。

9 お父様が最高裁判所で法廷闘争をするのは、イエス様が十字架にかかるのと同じです。しかし、今は十字架にかかって死ぬのではなく、十字架を背負って進む時です。イエス様の時代には、イエス様に反対してユダヤ教が砕けていき、ローマも砕けていきましたが、今は法廷闘争を中心として、キリスト教とアメリカがお父様と直接衝突するのではなく、一つになったので、イエス様の時代に失敗したことを蕩減復帰した時代に入ってきたのです。

なぜ興進君が蕩減条件に引っ掛かったのかが問題です。父母様が十字架を背負っている時ですから、興進君も自動的にその圏内にいるというのです。神様とイエス様の立場を見ると、神様は父であり、イエス様は息子です。神様が十字架を背負っていくのではなく、息子が十字架を背負わなければなりません。

このような時代に、神様の代身の立場が父母様であり、興進君がイエス様の立場なので、息子であるイエス様が世界的な十字架を背負わなければならない蕩減的内容とぴったり一致しているというのです。

イエス様をサタンが打ったあとに神様が復活させたのと同じように、興進君をサタンが打ったあと、世界史的な内容として父母様が復活させたのです。ですから、イエス様は亡くなって霊的な門を開きましたが、興進君は肉的な門まで開きました。

イエス様の時代の五旬節の時と同じように、今は世界的な新しい霊肉を合わせた五旬節の時代だというのです。蕩減復帰です。キリスト教が反対したために失敗したことを、蕩減しなければなりません。イエス様が五旬節に聖霊と共に再臨し、百二十門徒と共に二千年間、キリスト教を中心としたキリスト教文化圏をつくって再臨主のみ前に奉献したならば、五句節は必要ないというのです。ところが、反対したので、すべてが崩れたのです。

「愛勝日」宣布

真の父母様は、一九八四年一月三日午前四時、アメリカ、ニューヨークのベルベディア修練所で、文興進様が聖和された一月二日を「愛勝日」として宣布された。文興進様が祭物路程を行くことにより、死亡圏に勝つようになったことはもちろん、今までサタンが支配していた愛を神様が主管できる新しい出発の基準が立ったため、「愛勝日」と命名されたのである。

10 父母様が共産世界と民主世界の頂点で、興進君に責任をもち、一九八三年十二月三十日(現地時間)に病院を訪問して統一式をしてあげました。その場は、並大抵の深刻さではありません。誰よりも愛した立派な息子が突然、霊界に逝くのですが、涙を流すことはできません。統一式をしてあげたあと、葬儀を執り行う三日間にも、涙を流せないのです。その期間に「愛勝日」、(愛が)死に勝ったという式をしたのですが、父母様がそこで悲しんではいけないのです。

アダムとエバが誤ることによって死亡の谷間と死亡の地獄、天上世界の地獄と地上世界の地獄をつくり、神様と人間を分け隔てたこの峠を切り開くのです。その頂点に立ち、整備して息子を捧げました。ですから、どれほど深刻でしょうか。時間を遅らせることができるならば遅らせたいのが父母の心ですが、既に起きたことなので、そのようなときは、ためらうことなく、父母として天のみ前に喜びの心をもって送ろうというのです。お母様にも、「涙を流したら大変なことになる」と言いながら、「涙を流してはいけない」と言いました。そのように韓国で聖和式を行い、送り出してから、父母として涙を流したのです。すべて送り出してから、その行く道に対して祝賀の涙を流したというのです。

11 皆さんが自分の生命より以上に父母様を愛する限り、サタンはこれ以上侵犯できません。興進君が、皆さんに代わって逝ったからです。その上で、興進君以上に父母様を愛する皆さんになれば、サタンは身動きできないのです。今までサタンが愛を支配しましたが、これからは、神様が愛を支配するというのです。ですから、そのような基準で天と一つになり、「愛勝目」を宣布しました。

今や、皆さんが活動することに比例して、サタン世界が早く崩れ落ちていきます。ですから、「愛勝目」を中心として三年間は昼夜なく走らなければなりません。昼夜なく走りなさいというのです。そうして、興進君が昼夜なく、休むことなく民主世界の若者たちと共産世界の若者たち、霊界のあらゆる先輩、後輩たちを動員して活動しているので、それに負けないように活動しなければなりません。そのような決意をしなければなりません。

「愛勝日」が出てくることによって、カインがアベルを歓迎できる時になりました。昔は、愛すれば蕩減を受けなければならなかったのですが、今は、愛すれば福を受けるというのです。昔は、カインがアベルを愛すると、サタンに命を奪われて苦労しましたが、今ではもう、そのような時は過ぎ去りました。神様が福を下さる時が来たというのです。

12 一九八四年一月三日、「愛勝日」を設定してあげることにより、原理結果主管圏と直接主管圏内で、サタンの愛によって塞がっていたものを取り除いてしまいました。そのように取り除いてしまい、神様の愛をもつようになれば、地獄でもどこでも、境界線がなくなるのです。どん底まで思いどおりに降りていけます。そのようにして、上がってこなければなりません。天の世界の人に、サタン世界の人が屈服するようになっているからです。ですから、「愛勝日」です。

天の愛が過去・現在・未来圏まで身代わりして、サタン世界の死亡圏を取り去り、一掃してしまわなければなりません。そのようにしてこそ、それが勝利したことになるのです。「愛勝日」です。その場は、祭物になった息子を前にして、その息子に対して悲しい思いを抱いてはいけない難しい場です。その道を行かなければなりません。ですから、責任者たちは、興進君のようにしなさいというのです。皆さんが興進君のように仕事をしなければなりません。興進君はお父様に似ているといいます。神様が今に至るまで休んでいないように、お父様には二十四時間、復帰の一念以外はありません。実践しなければなりません。きれいに整備しなければならないというのです。興進君のようにしなければなりません。

13 あの国(霊界)では、興進君が愛の主体になっています。これは直接主管圏内です。堕落圏内を抜け出して逝ったので、神様が「私の息子である。サタン世界を越えた私の息子である」と言って愛することができる息子だというのです。ですから、お父様が幼かった時に愛せなかった歴史も蕩減するのです。

神様が興進君を愛するのは、真の父母を愛することなのです。今まで愛せなかったことに対しても、愛したという条件を立てることによって、すべてのことが解けて越えていくというのです。ですから、イエス様を解放し、お父様が過去に神様の愛を受けられなかったこと、完成級の位置で愛を受けられなかったことを、解怨成就できる基準になるのです。

イエス様が三十三歳で亡くなったので、三十三歳以下の若者たちは、イエス様の恵沢を受けられずに霊界に行きましたが、興進君が行くことによって、十代圏全体が愛の圏内に入っていけるようになるのです。十代圏が長成期完成級に連結されたので、原理結果主管圏がサタン圏の干渉から抜け出す時代に入ってきたというのです。

長成期完成級が、アダムとエバが堕落した年齢ですが、それを連結させることにより、十代はもちろん、幼かった時から、堕落していない圏内に越えていくようになるのです。それを蕩減してあげたのです。原理結果主管圏内にいるサタンが地上で権限を行使できず、後退する時代に入ってきたということです。

原理的に見るとき、真の父母様の息子をサタンに引き渡す条件はありません。犠牲になってはいけないのです。同じように、神様の息子であるイエス様を渡す必要はなかったのです。しかし、イスラエルの国とローマとユダヤ教を救うために、引き渡したのです。このように、父母様が興進君をサタンに渡さなければならない何の条件もありませんが、キリスト教、自由世界、全世界のために、興進君を渡したのです。

14 霊界にいるキリスト教の霊たちが、イエス様を中心として地上に降りてきて協助しようとすれば、どのようにしなければならないでしょうか。地上に存在するキリスト教が統一教会に反対するところでは協助できません。祭物を捧げた団体を通して、地上世界で横的に発展していくところに協助するのです。

今まで、霊界に行っているすべての霊たちと、真の父母の血族が霊界に行って、直接的に関係を結んだことがありませんでした。そして、霊人たちの願いは、真の父母と心情的絆を地上で結ぶことです。それができないので、地上にいた真の父母の息子を送れば、霊界に行ったその息子と関係を結ぶことによって、興進君を通して地上に降りてきて、キリスト教を協助し、消化する運動に協助できるというのです。それによって、イエス様を中心としてキリスト教の霊界が地上に再臨し、霊界全体が再臨できる環境が広がっていくのです。

文興進様の祝福結婚と霊界の総司令官

真の父母様は、一九八四年二月二十日、アメリカ、ニューヨークのベルベディア修練所で、文興進様と朴薫淑(パクフンスク)様の祝福結婚式を挙行された。聖和五十日目に開かれた文興進様の聖婚式により、天上と地上が一つになる契機が整った。真の父母様は、統一式と「愛勝日」の基盤の上に、文興進様に祝福結婚と養子を約束され、この土台の上で、霊界を解放するための真の愛の全権大使であり総司令官であると祝福してくださった。

15 イエス様は三十代で亡くなりましたが、興進君は十七歳で逝きました。それは、世界史的な原理結果主管圏が直接主管圏に連結される条件になります。父母様の愛を神様の愛の代わりに受けられる位置にいるというのです。ですから、サタンの干渉圏を越えるのです。

もちろん、天使長の保護も、保護ではありますが、原理結果主管圏内にいても、真の父母の保護のもとにあるというのです。そのため、地上で結婚させてあげられるのです。イエス様は、地上の真の父母の基準に通じる道を願います。地上では真の父母の基準の上でその蕩減条件を立て、復活する時にも真の父母の愛の圏内で復活するので、サタンの干渉を受けないというのです。それを地上に連結し、五十日目に祝福してあげたことは、驚くべき事実です。二千年後にイエス様が来て、成し遂げようとしたすべてのことを、一度にすべて成就したというのです。それは、第二アダムが原理圏内で祝福を受けたことを意味し、第一アダムが未完成だった基準を中心として、完成基準を立てたことを意味します。アダムが堕落する時は、長成期完成級ですが、これは、完成級の真の父母と直接連結される時なので、直接主管圏に入っていくというのです。ですから、今や霊界は、自動的に順応する時代に入るようになります。

16 一九八四年二月二十日は、興進君の聖和後、五十日になる日ですが、これはイエス様の当時の五旬節と同じです。百二十人がマルコの家の屋上の間(屋根裏部屋)で聖霊降臨とともに火を受け、世界的役事が起きたのと同じように、きょう興進君と薫淑さんが結婚することによって、百二十カ国の王たちがこの地に来て復活し、世界的役事を展開できる運動が起きると見るのです。

これは五旬節を代表したものです。霊界にある百二十の王権が臨むことができ、地上と一つになるのです。そうして、百二十カ国の中で、父母様に侍ることのできる一つの国さえできれば、そこから天国が開門されるのです。

17 興進君の新婦である薫淑さんが、一人で暮らしても神様のために忠誠を尽くし、真の父母のために精誠を捧げる孝女、孝婦となる立場に立つとき、祝福を受けた家庭は、三年路程や七年路程に対して不平を言える条件がなくなるのです。皆さんがサタンの讒訴条件を抜け出せる一つの起源と伝統が地上に現れるということです。これが、皆さんにとって最もうれしい知らせです。

皆さんが地上で相対をもっているのに、不平を言うことができるかというのです。サタンが讒訴できない基準を、私が皆さんにプレゼントとして与えるのです。皆さんが霊的に薫淑さんと一つになる時、サタンは皆さんの家庭を侵犯できなくなります。ですから、薫淑さんに代わって生き、興進君に代わって生きるという思想をもてば、サタンを除去できる途方もないことが起きるというのです。それで、祝福家庭に対して、三年路程に出発しなさいと厳命を下しました。

18 興進君の結婚式の日であるきょう、三年路程に出発しなさいという厳命を受けた祝福家庭は、夫と妻が今晩、互いに手を取り合って悔い改め、あすから新しい道を行かなければなりません。

ここで重要なことは、第一に、興進君に新婦がいなければ王国圏が成立しないということであり、第二に、霊界は天使世界と同じ立場にあるので、王権をもったその王と民がアダム世界である地上に来て、サタンの組織を奪い返し、天の国の王国圏を相続しておかなければならないということです。天使世界に相当するその天使たちが、アダムとエバが堕落する前に保護、育成していたのと同じその原理原則に従って、この地上世界を保護、育成しなければならないからです。

ですから、神様と神様に侍る天使たちが、神様に反対する天使たちを追放するのです。私たちが占領し、私たちが操ることのできる、真の父母の愛を中心とした原理結果主管圏だと主張できる時になったので、これが可能なのです。

その次に、第三は、皆さんに福をもたらすことができる灯台ができたということです。そうして、真の愛の橋になるのです。薫淑さんと興進君を中心として、真の愛の橋が架かったのです。ですから、もはやサタンは干渉できません。それが原理観です。

19 心情圏を中心としてイエス様と興進君を見るとき、興進君が兄です。霊界に先に行ったイエス様は、長子の立場にいますが、その権限を次子に渡して、心情圏の基盤の上で真の父母の愛を中心とした本然の基準と通じなければなりません。そのようにしなければ、天国に入っていける門に連結されないのです。楽園の門が天国と通じる道が現れないというのです。ですから、五十日目に興進君と薫淑さんの結婚式を地上でしてあげて、地上に往来できる立場に立てたのです。結婚させて地上と連結させました。

20 興進君を祝福してあげることによって、その相対が地上に残っているので、地上と天の国に愛の橋梁が架かり、イエス様が来て父母様の家庭と統一教会に協助できるようになりました。この道を開いてあげたので、イエス様を中心としたキリスト教は、地上の統一教会と一つにならなければなりません。

ですから、キリスト教を信じて先に逝った霊人たちは、天を協助する天使長のような立場で、地上の再創造過程を経るアダムとエバを協助するのです。天使長がアダムとエバを協助しなければならない道理に従って、統一教会とキリスト教が連合運動をするところに協助するというのです。そのため、地上の連結とともに天上の連結、心情圏の統一が起きることにより、今までキリスト教をよく信じて逝ったすべてのキリスト教の先君、先王が、霊界で各国家と区別されていたのが、すべて連結されるようになったのです。

神様の愛の心情圏を中心として国家を超越し、一つの統一圏を形成するという目的達成のために跳躍することが不可能だったのですが、今や、地上の心情圏と天上の心情圏を連結して統一圏を設定することによって、相対圏を形成できる恵沢の時代に入っていくというのです。それは、興進君と薫淑さんを結婚させたからです。

21 今まで来ては逝った統一教会の協会長や他の人々は、教会基準であって、国家や世界を蕩減する基準にはなれませんでした。しかし、興進君の場合は違います。国家的次元です。ですから、天の国の名分を身代わりできる司令官、霊的世界の主体が現れるというのです。地上と霊界を連結できる主体が現れるというのです。

結婚した人ではできません。結婚しなかったので可能なのです。霊界の人々は、まだ結婚していません。私はこのようなことを知っているので、今回、興進君に、「君に養子を選んであげよう」と約束しました。国家的基準で養子を選んであげることができるのです。

養子を設定してあげるというのは、理想相対を備えた父母と同じだということです。ですから、霊界は、未婚の女性と男性のように、結婚したいと思う人々が暮らす所ですが、結婚していない人々が暮らすその霊界の司令官になり、中心になるのです。

統一家では、世界のすべての運勢を集めて祭物的な立場で捧げるようになりました。ですから、興進君を愛さなければなりません。

22 興進君が霊界に行く前の一九八三年十二月三十日(現地時間)、統一式を終えてから祈祷をして、「君は地上を離れても、地上にいるのと同じように、君に養子を選んであげ、息子の隊列に同参させてあげよう」と約束しました。そのためには、地上で祝福をしてあげなければなりません。そのようにしなければ、そのことは不可能なのです。

神様は地上世界を救うためにメシヤを送りましたが、真の父母は霊界、霊的世界を救うために、父母様の代わりに全権大使として愛の王子を送りました。イエス様もその位置に行けませんでした。しかし、神様が、歴史始まって以来初めて、「私の息子」と言って愛することができる十代(の人)をもったというのです。

23 イギリスで、責任者が報告した内容があります。ある婦人が、霊界で興進君と共に活動している背景を教えてくれたのですが、聖フランチェスコはイタリアで死んだにもかかわらず、一度もイタリアに行けなかったというのです。ところが今回、興進君が霊界に来て配置することによって、初めてイタリアに行けるようになり、「どれほどうれしいか分からない」と言っているというのです。

また、ドイツの南部にいた一人の主教は、ドイツで死んだにもかかわらずドイツに行けなかったのですが、興進君に「ここで監督しなさい」と言われ、ドイツに来て働くようになり、「真の父母様に協助できる驚くべき恩賜を受けた」と言って喜んでいたというのです。その報告はすべて、お父様が語ったことと一致するのです。

霊界にいる人々は、興進君のことが分かりませんでした。「あの東洋の少年は誰だ。イエス様がそわそわしている」と言って不思議そうにしているので、興進君が「私が興進である」と言ったそうです。するとイエス様が、「自分はオールド・キリスト(Old Christ)であり、興進君はヤング・キリスト(Young Christ)である」と言ったというのです。

第三節 ダンベリー刑務所での受難と獄中生活

聴聞会での証言とダンベリー収監

一九八四年七月二十日、アメリカのコネティカット州ダンベリーにある連邦刑務所に収監された真のお父様は、収監の前日に発表した声明書を通し、この事件の発端は脱税問題ではなく、政府の権力濫用による宗教迫害であると主張された。これに先立ち、六月二十六日には、アメリカ国会の上院司法委員会憲法小委員会の聴聞会で、堂々と無罪であることを証言された。

1 私は潔白です。私はいかなる過ちも犯していませんし、ただ、政府の権力濫用と迫害の犠牲者にすぎません。アメリカ全域の数千の聖職者たちが、私に対する政府の迫害について抗議し、宗教の自由守護という名のもとに一週間ずつ、私と入監することを決意しました。

神様は一九七一年、私に対して、「アメリカに来てキリスト教信仰の復活運動を展開し、この国の霊的基盤を回復させなさい」と命令されました。アメリカで信仰なき生活の暗い霊的雰囲気と宗教的な偏狭が現れる時期に、霊的覚醒を起こすために私を送られたのです。私自身は、共産政権の監獄で、死ぬ直前の状況まで耐え抜きました。私は、アメリカを霊的な死から目覚めさせる神様のみ旨のためであれば、むしろ監獄に行くことを願います。皆さんが私の活動を理解するならば、本当に私が税金を詐取するためにアメリカに来たと信じられるでしょうか。

事件の発端は、税金問題ではなかったのです。これは、政府による教会内の問題に対する侵害でした。私が有罪判決を受けたのは、私の宗教的な信念と活動以外に、いかなる理由もありません。これから私は、教会の世界本部を、この国のために祈り続けるダンベリー刑務所に移すでしょう。私が神様に感謝することは、人類の歴史上、最も困難な時期に、私を宗教の自由守護のための指導者として、アメリカの霊的な覚醒運動に火をつける道具として用いていらっしゃるということです。神様の祝福がアメリカに臨むことをお祈りします。

2 私がダンベリーを訪ねていく時、世界の統一教会員たちは、「お父様が行かれたらどうなるのですか」と言いましたが、「今から新しい世界が始まることが分からないのか。ダンベリーの向こう側に天が何を準備しているか皆さんは知らないが、私はきょうそれを目にしている。アメリカの全国民が頭を下げ、世界の人類が屈服する希望の土台を築く太鼓の音の響きが、皆さんには聞こえないのか」と答えました。夢を抱いてダンベリーを訪ねていったというのです。

監獄に入る時は、アメリカの朝野に影響を与える力をもった男が、敗者の悲しみの道を行くかのような姿でしたが、私は敗者ではありません。「あすの朝が明け、この門を開いて出てくれば、あなたたち(アメリカ政府)は秋を迎え、私は春の園を迎えて、新しい芽を出すだろう。あなたたちは、この青い園に足を踏み入れることができないという千年の恨を抱くだろう」と言いながら、堂々と夢の道を歩んだのです。

3 一九八四年七月二十日は、本当に永遠の歴史の中から抜いて消し去りたい日でした。お父様はダンベリーに出発する瞬間にも、皆さんを激励し、皆さんに希望を吹き込んでくださいました。二十日の夜十時にイースト・ガーデンを出発し、ダンベリー刑務所までお供いたしました。何回も唇をかみながら、固く決心しなければならないと自ら念を押しましたが、我知らず流れる涙をこらえることはできませんでした。車から降りる前にも、御自身に差し迫ってくることについては少しも心配されず、かえって私(お母様)を慰めるため、とても気を遣われる姿を目にしながら、私はただただ、どうすればよいのか分かりませんでした。

お父様は出発する前に、「私は監獄まで解放しに行く」と語られ、「私のために泣くのではなく、み旨成就のために祈りなさい」というみ言を何度も繰り返されました。そして、二十二日のきょう、早朝にお父様が私に電話を下さり、皆さんに「神様の召命を受けた者として、キリスト教を燃え上がらせよ」と伝えてほしいと言われました。お父様の自由を保障できるかどうかは、皆さんにかかっています。今は、神様が私たちに下さった最後の機会だと思います。今までしてきたことと、また、今指示しているすべての内容を、あらゆる精誠と積極的な活動によって、必ずや成就してください。皆さんの精誠に神様が感動し、サタンは手を挙げ、歴史は新しい時代を迎えるでしょう。

4 お父様の恨がいくら多いといっても、神様の恨に比べることはできません。「(天の恵みを)そっくりそのまま与えよう」と思っていたら、監獄に行くことになったのです。日本帝国主義の統治下でも監獄に行き、北朝鮮に入っても監獄に行き、大韓民国に来てからも監獄に行き、アメリカに行っても監獄に入ったのです。ソ連、中国の監獄まで見据えながら行動しました。死ななければ、監獄に行くのです。

しかし、私は死ねません。監獄に行くようになっても、滅びることはできないというのです。私が監獄に行けば、監獄の壁を貫いて出てくるのです。アメリカのダンベリーの監獄に入る日、世界の統一教会員たちが来て、止めどもなく涙を流すのを目にして唖然としました。「皆さんはダンベリー刑務所の鉄の門だけを見つめている。ダンベリーの塀の向こう側の世界は見ることができずにいるが、私はそれを見つめている」と言いながら監獄に行ったのです。

解放のラッパの音が聞こえ、刈り入れの収穫の歓声が聞こえてきます。見ていなさいというのです。間違いなく跳躍が起きるのです。跳躍が起きなければ、跳躍が起きるように指導して教えなければなりません。今や、アメリカが私の世話にならなければならない時が来たのです。

5 神様が人を愛するとき、愛のふろしきを倉庫に残しておいて、八〇パーセントだけ愛したとすれば、欲深い人はじっとしていません。倉庫をすべてかき分け、なめ尽くすように探してみて、間違いないというときに、初めてこちらに振り向くようになるのです。人間はそのように欲深いというのです。神様は、神様の愛を残らず受けさせるために、そのように欲張りな人間を造りました。ですから、愛に乗っていく欲心は、千年の歴史が歓迎するのです。それゆえ、私は、愛に乗ってアメリカに行ったのです。

今、前面では反対していますが、また裏面では歓迎するのです。上は反対しますが下は歓迎し、現在は反対しますが未来には歓迎するというのです。それはどれほど素晴らしいでしょうか。ですから、私は心配しませんでした。監獄に入って横になっていても、どれほど気持ちが楽だったか分かりません。よく消化できます。どれほど気楽か分からないのです。他の人々は「死ぬ」と言って大騒ぎなのに、私はよく眠ることができ、よく食べることができました。監獄が問題ではありません。

尊敬を受けたダンベリー刑務所での収監生活

真のお父様は、世界的なゴルゴタの峠を越えるときも、決して挫折されなかった。罪なき監獄生活ではあったが、かえって模範的な生活を通し、刑務所にいる人々に大きな感動を与え、アメリカのために祈られた。アメリカに対する神様のみ旨があるがゆえに、アメリカを愛さざるを得なかったのである。真のお父様は、ダンベリー連邦刑務所に収監されている期間も、中断することなく摂理を率いられ、真の愛の生活を通して、囚人たちからも尊敬を集められた。特に、刑務所の雰囲気を一新して愛の環境をつくられた。

6 ダンベリー刑務所の囚人たちは、慕わしさに飢えた人々です。私は言葉を一言語るにしても、彼らのことを思う心で語りました。ですからみな、私の近くに来ようとしたのです。御飯を食べるとき、最初は私一人で食堂の隅に行って食べました。ところが、約三カ月後には、食堂に行けば、私がよく座る場所をあらかじめ把握し、他の人々が座っているのです。座ってみると、私が座る場所もないほど人が集まってしまうのです。私が他の場所に行って座れば、元の場所を離れてまた訪ねてきます。このようなことが起きました。

それは、嫌いだからそのようにするのですか、好きだからそのようにするのですか。人心は天心に通じます。人は霊的な存在なので、自分を思ってくれ、自分のために尽くしてくれ、自分の行く道を明示してくれようとする、そのような正しい心が分かるというのです。ですから、言葉をもって伝道するのではありません。愛の心情があふれて流れれば、そこには花が咲くのです。冷たい風が吹いても、岩の間から花が咲きます。北極の氷山世界でも花が咲き、氷の中でも花が咲くというのです。

7 アメリカの監獄に行って愛そうという心をもった人が、監獄にいる一人の人を愛すれば、それはアメリカの国民全体を愛したという条件的立場に立つのです。その場には天地が同伴します。ですから、私はアメリカを愛したというのです。誰よりも愛しました。誰もが嫌だと思う監獄の囚人たちを、私は誰よりも愛したのです。そのような(愛の)表題を掲げて出てきて叫んでも、それに対して、「違う」と言うことはできません。そこにいた人々が証するのです。

差し入れをもらって、良いものがあれば、私のところに持ってきてくれようとするのです。そのような監獄生活を送るのは簡単なことではありません。人のために尽くしてあげなければなりません。ために生きるところから新しいものが創造されるのです。そして、ために生きる人が、その創造されたものを所有するのです。天理原則がそのようになっています。ですから、神様の創造は、ために生きる心情圏の園から始まったというのです。

8 ダンベリー刑務所に入っている時、どのようなことがあったでしょうか。統一教会を信じたのち、出ていったという人が、手紙を送ってきました。その人は七年間ファンダレイジングをしながら苦労し、あることがきっかけで離れたのですが、離れてみると、その七年間に学んだことによって、空腹の時には稼いで生きていける人になり、困難な時も自分が同情されることを願うのではなく、同情できる人になったそうです。

また、「統一原理」は、天下において合わない所がないというのです。その人は大学院を出たのですが、大学に行っても、そこの先生が未来のための道を示してくれたことはなく、自分の父母も、誰も、未来のために道を示してくれなかったそうです。しかし、たった一人、東洋から来たお父様からこのようなことを学べたので、心から感謝しますと書いてありました。

私はその手紙を監獄で読みながら、「よし! レバレンド・ムーンは死んでいない」と思いました。お父様は、死にゆくアメリカの人々を復活させ、新芽が芽生えるようにしているというのです。国を愛する若者たちを、アメリカの新しい未来のために支柱となる核心的な要職に配置したので、このアメリカは刷新されるでしょう。

9 私がダンベリーから出たあと、そこの責任者が、「一人の影響がここまで大きいとは思いませんでした」と語っていたという話を聞きました。お父様が監獄にいる間、酒を飲んでいた者たちは、酒を飲むとき陰に隠れて飲み、大麻のようなものを吸うときもお父様の目に映るかと思い、森の中に入って隠れて吸い、けんかをしていても、お父様が来るとやめたのです。なぜ囚人たちが、それほどおとなしくなったのか分からないというのです。

ところが、お父様が出ていって三日もたたないうちに、昔のとおりに戻ってしまったというのです。それを見て、「このような監獄世界で、語ることなく影響を及ぼして帰っていくとは、あの一人の人がどれほど偉大な力をもっていたのだろうか!」と話し、それが話題になったというのです。それは、私がした話ではありません。法務省の調査官たちが行って調べ、私に報告したのです。

私は監獄に行っても、どこに行っても、愛を中心として何かを残そうと身もだえしています。そのようなつらい人生行路を歩んでいくというのです。そのような世界の歴史的な代表者がお父様です。

10 私がアメリカに行って、ダンベリーでの監獄生活をしていなければ、アメリカのことがよく分からなかったでしょう。ダンベリーは小さな社会ですが、その国の一番悪いものと一番良いものがすべてありました。一番良い人と一番悪い人に会うことができました。私が彼らを心情的に一致させ、ひざまずかせて訓示できる立場に立ったのです。それは、未来にアメリカ国民を教えていける心情圏の蕩減条件基盤になりました。ここでアメリカを完全に学び、知ることができました。その囚人たちは、ため息しか出ないのです。アメリカに対して、自分たちは間違ったことをしていないと思っています。

そこの監獄にいる賢い囚人たちは、会議をして、私がそこに入って間違ったことをすれば、私の命を奪おうと約束していました。そこでは、一晩のうちに人一人の命を奪うのは簡単です。普通なのです。それを私は知っています。その社会と闘うことなく、同化させていかなければなりません。結局、六カ月後には、彼らがみな、私を尊敬するようになりました。それがお父様の能力です。

11 ダンベリー刑務所にいる時、私は昼食時間にもよく仕事をしました。そのように過ごしているので、刑務所の炊事場の責任者が私の所に来て、「もう昼食の時間ですから、早く食事をしてください」と声をかけてくれました。人は、そういうものなのです。私が昼食時間や朝食時間を逃してしまうのではないかと、私のところに来ては促して食事をさせてくれ、自分の物をよく分けてくれたりしました。人の良心は監獄でも同じです。そのように生きれば、監獄に行っても友達ができ、私を擁護する人が現れるというのです。皆さんは、このことを忘れてはいけません。これは最も貴い話です。

天からそのように受け取ったので、受けたとおりに、その伝統を伝授しなければならないのです。他のために生きようとする人は滅びません。(そのようにして)滅びの道に進めば、宇宙が保護します。死の道に進めば、反対に命を奪おうとした人が死ぬのです。うまくいかないように思え、滅びるように思え、消えてしまうように思えるのですが、生き残り、栄え、発展するというのです。反対なのです。それは、神様が保護するからです。宇宙が保護するからなのです。

12 私は監獄生活もたくさんしましたが、全体のために生きる生活をしたところ、監獄で私のために命を差し出して従う人々をたくさん目にしました。工場で働くときも、彼らはお父様のそばに来て働こうとします。

ダンベリーでもそのように過ごしていると、ある人が「お父様と親しくなりたいのだが、近づき難くて話ができない」と言ったそうです。何度も私の所に行ってみたのですが、口が開かなくて話ができなかったというのです。それが不思議だというのです。お父様にはそのような何かがあります。

荒々しく拳を振り回していた人々が、なぜそのようになったのか分からないというのです。それでも、私に対して好感をもつのです。お父様には不思識な力があるということです。神様の心情と、神様はどのようにいらっしゃるかを知り、全体のために生きようとしていくと、話をしなくても自然に権威がつくのです。

13 ダンベリー刑務所にいる人々の年齢の割合を見ると、三十歳前後の人が多くいました。それを越えると、だんだん少なくなっていきます。そこに入ってきた人の中の相当数が、麻薬のゆえに来た人々です。そして、大概、キリスト教の信仰をもっていた人々です。ほとんどがプロテスタントかカトリック信者の家庭の人々なのです。

そのような若者たちがそのようになったという事実は、プロテスタントの指導者である牧師やカトリックの神父たちが、責任を果たせなかったことを意味します。彼らが悔い改めなければならないと切実に感じました。私がアメリカで新しい旗を掲げて現れて、そのように腐敗し、死の道に落ちていく若者たちにどれほど影響を及ぼしているのか、良い面で影響を及ぼしているのか、悪い面で影響を及ぼしているのかという問題を中心として、深刻に分析せざるを得ませんでした。

14 私が監獄に行っている時、本当におもしろかったのは、必ず天が相対する者を連れてきてくれたということです。本当に不思議です。ダンベリーに入ると、あるイタリア人がいたのですが、彼は私に会うと、訳もなくうれしくなるというのです。なぜそうなるのか不思議だというのです。御飯を食べて働きに出れば、お父様がいるかいないか一度来て確認してこそ心が安らかになるのですが、それはなぜかというのです。自分の妻と初めて愛する時も、このようなことはなかったと言いながら、本当におかしいというのです。

お父様といれば天下万事に心配がなく、一人で離れていれば、だんだん心配になるというのです。それで、私が寝るとき、その人が夜を徹して護衛をするということが起きました。それは、命じたからといってやりますか。お父様を保護しなければならないことが分かるというのです。自分は眠らなくても、守ってくれました。それは、自分から願ってするのであって、強制ではありません。自分の心がそのようになるのです。

15 お父様は、一度決定して実行したからには、その結果が悪かったとしても、不平を言いません。私はアメリカに来て迫害を受け、ダンベリーに行ってきましたが、それに対して不平を言わないのです。それがアメリカ社会を知り、アメリカ人を知り、西欧社会の制度を知るのに役に立つことはあっても、損害にはならないというのです。ですから、アメリカの人たちが知らない監獄の世界まで、私は知っているのです。アメリカの実情を誰よりもよく知る人です。監獄まで知っているというのです。その監獄まで、これから天国化しなければならないのですが、その使命は簡単ではありません。

私が監獄にいた時、監獄にいる人の中で私に従ってこようとする人が本当にたくさんいました。だからといって、私が説教をしたわけでもありません。話はしませんでしたが、毎日過ごす生活を通して彼らに影響を与えたのです。ダンベリーにいた人々に、私が「集まりなさい」と言えば、恐らく監獄から出てきた人は、みな来るだろうと思います。多くのアメリカ人たちは、(お父様のことを)「嫌だ、嫌だ!」と言うのですが、監獄にいる人々はお父様を歓迎したというのです。

16 ダンベリーの監獄に大きな岩があるのですが、今も懐かしく思うのが、そこに座って休めたことです。土曜日と日曜日は休まなければなりません。かといって、寝てばかりいられません。夏は部屋に座っていると息苦しいので、山のやや小高い場所にある岩の所に行って寄り掛かって座り、グウグウいびきをかきながら居眠りをして、はっと目を覚ましたことが何回もあります。それがどれほど懐かしいか分かりません。今まで私は、そのように寝てみたことがありませんでした。心置きなく、四肢を伸ばして眠ることができますか。公的な人は大変なのです。

17 アメリカの監獄に入っても、心配はしませんでした。監獄がどれほど気楽か分かりません。私は、以前は三時間しか寝なかったのですが、そこでは八時間寝なければ御飯をくれないのです。ですから、眠れなかったことをすべて蕩減しました。遊ぶこともできないほど忙しく生きてきたのですが、そこでは、休みの日になると、終日二十四時間、遊ぶしかありません。一日中、本を読んでも、誰も恨み事を言いません。ですから、「神様、ありがとうございます」と言ったのです。反対のことが起きるというのです。

分かってみれば、こちらからあちら側に行かせるための天の作戦でした。私がすることを、サタンはできないのです。私は二つの面をすべてこなしましたが、サタンは二つの面をこなすことができません。一つの面の専門家にしかなれないので、両面の専門家には負けるしかないのです。解放圏に向かっていくときにサタンが付いてくることができないので、アメリカが屈服し、世界が屈服するのです。今や、私に反対する人はいません。

18 イエス様も、十字架上で「怨讐を愛しなさい」と語り、お父様も、ダンベリーでアメリカ国民に対する愛の基準を立てました。お父様は、ダンベリーで怨讐を愛しました。ダンベリーに入ってみると、囚人たちが何人か集まって座れば、みな刑務所の職員たちを批判し、政府を批判していました。ところが、お父様は批判をせず、同情して彼らを感化させました。結局は、彼らが尊敬できる愛の環境で束ねたのです。お父様の愛に同化させました。愛はすべてのものを治めるのです。お父様は監房にいるのですが、彼らは我知らずお父様を尊敬し、お父様の愛に包まれていくようになったのです。

第四節 獄中での平和運動とキリスト教指導者たちの糾合

「共産主義の終焉」宣布と多様な勝共運動

真のお父様は、一九八五年八月、スイスのジュネーブで開かれた第二回「世界平和教授アカデミー世界大会」で、ソ連帝国の滅亡を預言した「共産主義の終焉」を宣布するようにされた。そして、中南米の赤化防止のため、「ワシントン・タイムズ」を通してニカラグアの支援活動を行われるなど、獄中でも、世界平和のために休むことなく多様な活動を展開された。

1 ダンベリーの獄中で、「共産主義の終焉」を宣布しました。私が監獄にいるとき、「世界平和教授アカデミー」の国際会議の責任者であるカプラン教授が三度も訪ねてきて、「終焉」という言葉をやめて、「ひょっとしたら(maybe)そうなるかもしれない」という言葉を使おうと言いました。ですから、「五年以内に事が起きれば、どうするつもりか」と尋ねました。五年以内にそのようになったのです。共産世界が滅びることを知っていた人は、お父様一人しかいません。言論界や宗教界をはじめ、誰も分かりませんでしたが、世の中が反対するお父様だけがそれを知り、「共産主義の終焉」と天の国の開門を宣布したというのです。

2 アメリカは私に反対しましたが、私はアメリカを愛しました。アメリカ人以上に国のために生き、国を愛する位置に上がっていかなければなりません。そのようにしなければ、復帰歴史が成就されません。アメリカの国民の中で、自分の国を愛し、そのために尽くす愛国者たちよりも、私がその人々以上にアメリカを愛したという条件を立てられなければ、帰る道がありません。

ですから、「ワシントン・タイムズ」を造る時、最初に支払うお金を法廷のテーブルで決裁したのです。私をたたき潰そうと、すべてが追い立てるその中で、アメリカを生かしてあげるために「ワシントン・タイムズ」を造りました。

3 お父様がもっている武器は、愛です。アメリカも、私がダンベリーにいながら生かしてあげたのです。ダンベリーにいる時、「ワシントン・タイムズ」に「インサイト」誌と「ワールド・アンド・アイ」誌を創刊するように指示し、六つの団体をつくりました。それをつくったので、今日、世界的な基盤を築くことができたのです。

4 アメリカのレーガン大統領が、ニカラグアに対する千四百万ドルの支援案を国会に提出しましたが、拒否されました。だからといって、アメリカに住む二億四千万の民がいくらでもいるのに、神様は何かもどかしくて、ダンベリーにいるお父様を夜中に起こし、呼び出して命令を下されるのでしょうか。「あなたがすぐにしなければならない」と言われるのです。それで、すぐさまお母様に電話をしました。「『ワシントン・タイムズ』が生死を懸けて、ニカラグアの支援問題を解決しなければならない」と言ったのです。これは、言論界ではあり得ないことです。

その時は、レーガン大統領はドイツに行っていて、アメリカに不在の時です。責任者たちを呼び寄せ、「『ワシントン・タイムズ』が中心となってアメリカ国民を通じて千四百万ドルの募金を集めよう」と言ったのです。「私たちが責任をもとう」と言って立ち上がりました。それをしなければ、一カ月以内に、私が即刻、現金で支払うつもりでした。それで、「論説を書きなさい。宣布しなさい」と言ったのです。偉大な指導者は、先頭で宣布して、後ろに消えていくのです。「編集局長に直接電話をかけて伝えなさい」と言いました。そうして、「ワシントン・タイムズ」がこの募金運動を行って、ニカラグアを後援したいと思うすべての国民を動員したのです。

お父様の立場を神様が助けてくださり、巨大なアメリカの世論が七週で完全にひっくり返りました。このようになって、国会で二千七百万ドルの支援案を再度審議して、通過させたのです。

5 神様が、ニカラグアをはじめとする南北米を中心として、地上天国の基地をつくろうとアメリカを祝福してくださったにもかかわらず、南米を失ってしまいかねない状況に置かれるようになりました。神様が、アメリカには大統領もいて、牧師をはじめとするありとあらゆる人がたくさんいるのに、監獄に入っているお父様を訪ねてきて、「アメリカを救いなさい」と指令を下さなければならない悲惨な事実を、皆さんは考えてみたでしょうか。

その時、皆さんがお父様の指示を疑うのと同じように、「これは神様の命令なのかどうか分からない。少し待ってみよう」と考えていれば、どうなるでしょうか。お父様に直接命令を下したので成功したというのです。一日か二日遅れるだけでも駄目なのです。その時は土曜日の夜で、次の日が日曜日なので、アメリカの政府機関がすべて休む日です。その時は、仕事をしていないことを、神様はすべて知っているのです。もし月曜日の夜にそのようなことをしていれば、「ホワイトハウスと組んでやった」と言われる可能性があるのです。

6 神様は、お父様が監獄にいる時も休まず指示を出しました。ニカラグア問題を解決するために、ありとあらゆることをしなさいと言ったのです。お父様のゆえに、アメリカの世論がニカラグア問題を中心として沸き立つので、国会で棄却されていた支援案を再び通過させたのです。

お父様が「ニカラグアに二千七百万ドルの支援をしなさい」と言いました。もしそのようにしなければ、ニカラグアは共産勢力の手に渡り、メキシコからグアテマラ、ホンジュラスなど、五カ国も共産化され、本格的な戦闘態勢に入ったでしょう。国会でも、自分たちがしなければお父様が一人ですべて支払ってしまうことを知っているので、恥ずかしいこともあって支援案を通過させざるを得なかったというのです。そのようにせき立てたのです。

7 ダンベリーの監獄で六つの団体をつくりました。信仰の自由のために、九日間でつくったのです。そのような役事を一気にすべてしてしまいました。このように怨讐国家を救うためにつくられた体制が、今や厳然たる現実的社会の中枢的な場で問題になったのです。それに対してアメリカ国民は、反対するのではなく、付いていかなければなりません。そのように歓迎できる条件をつくっておきました。

それは、根本に帰っていける道をサタンが塞いでいるからです。自由世界を主導するアメリカをサタンが阻んでいるので、天のみ前に、アメリカ国民がアメリカを愛する以上にアメリカを愛したという条件を立てて、神様の判定を受けるのです。神様のみ前に愛を中心として、どちらがより秀でているかという価値基準を決定し、ダンベリーでの勝敗を競ってきたのです。

アメリカのキリスト教聖職者の糾合と原理教育

真のお父様に対する宗教弾圧に抗議する集会が、アメリカの四十教団の聖職者たちが参加し、一九八四年五月三十日、ワシントンDCのローズ会館で聞かれたのに続き、六月十一日にはニューヨークのシェラトン・ホテルでも開催された。このような宗教の自由と和合のために集まった聖職者たちを中心に、アメリカのキリスト教再復興のための活動が展開された。併せて、真のお父様は、ダンベリー刑務所に収監中の一九八五年二月二十八日、三十万人以上のアメリカの聖職者たちに、宗教の自由と和合を促す親書と原理講義のビデオテープ、そして、『原理講論』をはじめ。み言集を送られた。また、キリスト教の聖職者七千人に対する教育を指示され、彼らを韓国と日本などに招請して、「統一原理」公聴会を実施された。

8 カナンの福地に入るのは、アメリカ政府に対して勝利するとき、可能になります。簡単です。裁判をする前にこのようなことが分かったので、万全の準備をして、アメリカ政府の背後の深い所まで動かせる基盤を築いてきたのです。昔のモーセのように失敗するお父様ではありません。カナンの福地に入ることもできずに死んだモーセと同じではないというのです。

イエス様が十字架で亡くなって失ったものを復帰できる時が来たのです。キリスト教は、ローマ帝国を中心としたユダヤ教と同じです。そして、今、お父様はその時のイエス様と同じです。イエス様が十字架を背負う時は、ユダヤ教とローマ全体が分かれていきましたが、お父様が十字架の過程を越えていくこの時、統一教会員たちは逃げていきませんでした。十二弟子は逃げていきませんでした。キリスト教が反対する立場ではなく、歓迎する立場で、キリスト教の四十の教団が一丸となって宣誓をしたのです。ですから、アメリカ政府が「レバレンド・ムーンを支持し、協力する」と一言だけ言えば、すべて終わるというのです。

9 イエス様は、ユダヤ教とユダヤの国の歓迎を受けられなかったことを収拾し、反対の立場を中心として、再びユダヤの国とユダヤ教が協助できる基準を復帰するため、第三の舞台に進み出た時、迫害を受け、闘っている中で十字架を背負いました。

これと同じように、お父様も今日、国家的基準である韓国から、キリスト教と世界基準においてまで歓迎を受けられなかったことによって、第三者(無関係)の立場で追われるようになりました。ですから、そうならないためにアメリカに来たのですが、アメリカでもやはり反対を受けたのです。反対を受けながら、最後にはダンベリーの十字架まで掲げて立て直さなければならない運命の道を行きました。洗礼ヨハネがイエス様に侍ることができなかったことによって、ユダヤの国とユダヤ教の反対はもちろん、そこにローマの反対まで加わったことは、恐ろしい事実です。

統一教会が韓国で基盤を築けず、反対を受けることにより、キリスト教とアメリカの反対はもちろん、さらに世界的基盤をもった共産主義の反対を受けているという事実は、イエス様の時と全く同じ立場です。ローマが反対したのは、自由世界のアメリカが反対したのと全く同じです。ですから、アメリカの監獄に入って何としてでも教会を動かし、連合運動を起こさなければ、問題が大きいというのです。

10 私がアメリカに来た目的は、キリスト教を救うためです。キリスト教の牧師たちを何としてでも動かして、アメリカを神様が願われる方向に導いていきながら、世界のキリスト教を連合し、世界の国家を神様のみ旨の真ん中に引っ張っていこうというのが、神様のみ旨です。ですから、アメリカの教会の牧師たちに対して、神様のみ旨の方向に向かわせることが、私がアメリカに来た目的です。

荒野四十年路程を経て、今やイスラエル民族が新しい地域に大移動をするとともに、定着しなければならない時が来るというのです。統一教会は、どこに行って定着するのでしょうか。神様が願っているアメリカに定着して、新しいアメリカをつくらなければなりません。新しいアメリカ、理想的なアメリカをつくることを神様が願われていると知っているので、お父様はアメリカに来たのです。新しいアメリカをつくるためには、共産主義に対して勝利しなければならず、家庭破綻と青少年の淪落を防がなければならず、キリスト教の新しい復興を起こさなければならないというのです。そのようにしなければ、アメリカを生かす道がありません。

11 アメリカは、キリスト教というものが名前だけ残り、人本主義と拝金主義と共産主義が表面に立って国を動かしている立場にあります。今になってようやくアメリカ政府は、これがキリスト教にとって怨讐となり、キリスト教に反対するものになることが分かりました。国会では、宗教に有利な法の条文を何度もひっくり返し、自分たちの側に立って神様とは遠い立場に引っ張っていくことが分かりました。

ですから、お父様のダンベリー事件は、このような問題を掲げて、信仰の自由化運動による統合運動を提示できる良い機会でした。それで、監獄に入る前から信仰の自由化運動をするとともに、監獄に入ってからもキリスト教徒統合運動のための準備をしたのです。アメリカが持て余す共産主義に対処するための南北米統一連合運動と、キリスト教再復興運動を中心にした神霊運動を連結させたのです。これがお父様の運動であり、統一教会の運動でした。

12 今までアメリカは、自分の国だけのためのアメリカだったのですが、それではいけません。世界のためのアメリカとして、世界を救い、世界をリードしなければなりません。ところが、世界をアメリカの支配下に置くことを願い、アメリカの利益を追求するために、神様も何もすべて放り投げたというのです。世界人類のための平和の世界創建ということを忘れてしまい、アメリカだけのための勝利的基盤を(国民に)相続させようとする態度をとってきたので、ここから神様の役事が離れてしまいました。神様が世界的に活動できる基盤が現れなかったというのです。

そこから、アメリカはだんだんと落ちていきます。それにより、カインが再び侵犯するのです。カインは、世の中の習慣性を中心とした伝統的な思想によって動きます。アメリカであれば、アメリカの生活を中心とした伝統があります。その習慣化された外的な世界基盤を中心として、そのもとにキリスト教をすべて追い込もうとするのです。ですから、その時からアメリカ政府がキリスト教に反対し、宗教の自由権を侵食して、学校で祈りを捧げることを問題視したり、キリスト教の学校に対する支援策を撤回したりするなど、次第に多くの問題が現れ、それが、お父様がダンベリーに入る時に最高潮に達しました。そのような状況でダンベリーに入ることにより、初めて、そのようなことに対する覚醒が起きたのです。

13 イエス様の時代には、すべて失ってしまいました。弟子を失い、教会と国と世界と天地を失ってしまったのです。その失ってしまったものを、お父様がダンベリーから出てくることによって、すべて取り戻せる運勢圏になりました。これから世界を主導でき、リードできる実権をつくらなければなりません。

皆さんは八段階の蕩減路程について学びましたが、いつ誰が蕩減しましたか。皆さんができなかったので、お父様が長子の使命を果たすのです。アベルの証し人として、長子の使命を果たすというのです。このように、長子であるお父様を中心とした統一教会が、次子の位置から長子の位置に上がっていきます。昔の長子が次子の位置に立たなければなりません。逆さまにならなければならないというのです。

言い換えれば、長子だったサタン側のキリスト教が次子の位置に立ち、長子となった統一教会に順応してこそ、天の道理に従って回っていくことができるのです。蕩減復帰をしてこそ、長子権と次子権の基盤の上で父母様が世界的によみがえることができます。原理がそのようになっているので、この位置がなければ、世界を主導できる父母の世界圏が出てきません。サタンと闘って長子権を取り戻してくるのです。お父様が長子権を取り戻したので、長子と次子が回っていくのです。

ダンベリーに入った日は、一九八四年七月二十日でした。その時、黒人の代表と白人の代表が、お父様を中心として一つになりました。イエス様が十字架についた時は、イエス様を中心として二人の強盗が争いましたが、お父様の時代に彼らが一つになったという事実は、白人世界と黒人世界が連結される最上の橋が架かったことを意味します。

14 キリスト教の信者たちの中から、「神側にあるキリスト教が、政府や外的な人本主義思想、共産主義、唯物思想をもった人から指導を受けてはならない。キリスト教思想を中心として、アメリカを完全に元の体制に戻さなければならない」という覚醒が起きました。お父様がダンベリーに入ることによって、そのような運動が起きたのです。その運動も、組織も、お父様が始めたものです。

その時、七千人以上のアメリカの牧師たちを韓国に連れてきて教育しました。彼らは韓国に来て、「神様を中心としたキリスト教運動は、アメリカが一番ではない」ということを知りました。アメリカが一番だと思っていたのに、韓国のキリスト教が、外形的にではあっても、発展していたというのです。

15 私は、ダンベリーの獄中にいながら、七千人のキリスト教牧師の連合運動をしました。これは、旧約時代の七千の群れ、エリヤのところに残った七千人の群れと同じです。イエス様の時代にも、イエス様を中心として七千人が一つになっていたならば、イスラエルの国を動かしたでしょう。それを現実的自由世界の舞台で再現するのです。その時は国家基準でしたが、今は世界的基準なので、七万人の牧師を結集する運動を行うのです。

16 イエス様の前に、洗礼ヨハネを中心として七千の群れが結合していたならば、イエス様はあのように死ななかったでしょう。ですから、アメリカで七千人以上の牧師たちを中心として、三十二万人の聖職者に「統一原理」に関する内容を通告したのです。『世界への神の警告』という冊子を作って配布しました。そこには原理の秘密がすべて入っています。私の責任を果たしました。次子のアベル圏を中心として、長子圏を屈服させたのです。

監獄に入って、出てきてみると、「レバレンド・ムーンでなければキリスト教に新しい方向を提示してくれる人はいない」というのが、神学界の結論として出てくるようになりました。アメリカの朝野が、もはやお父様の思想でなければアメリカを収拾できないという結論を下しました。これからのキリスト教が行くべき方向、アメリカが行くべき方向を提示したのです。

17 イエス様の十字架路程の世界的な蕩減的同時性の時代を迎えたお父様は、仕方なく追われてダンベリーの監獄に入りました。それは、エリヤが祈った立場と同じです。アメリカのキリスト教が反対し、政府が反対しました。(お父様を)何とかしようと謀議し、自分たちのためにお父様が終わりになることを願ったのです。彼らは私の命を奪うことができなかったから奪わなかったのであって、奪える方法があったならば、ありとあらゆることをしてでも奪ったでしょう。しかし、自分たちの思いどおりにできなかったのです。

そこでお父様は、キリスト教の牧師を七千人以上集めて教育しました。原理の本から「勝共理論」と「統一思想」、今まで語った重要な内容を抜粋して獄中で作った『世界への神の警告』という本も送ってあげました。

お父様が監獄に入ることによって、アメリカのキリスト教界では「政府が宗教を弾圧している」と言って、四十の教団が団結する運動が起きました。それで、お父様がいる獄中に入り、一週間ずつ自分たちも苦難に同参しようという「同苦の会」というものをつくって運動を展開するようになり、アメリカ全域で問題になったのです。

18 お父様は、ダンベリーにいながら、キリスト教の指導者七千人以上に対する教育を始めました。そのようにしてから、南北米統一連合運動を活発に展開し、また、キリスト教の牧師七万人を教育しました。四年間でそのようにしたのです。これが、キリスト教に基盤を築くための計画でした。

私たちがアベルの立場であり、キリスト教はカインの立場です。アメリカでキリスト教指導者たちと統一教会が一つになることによって、アベルとカインが一つになるのであり、キリスト教指導者たちと統一教会が一つになることによってアベルの立場になり、アメリカ政府はカインの立場になるのです。

これらを、神様の思想、真の父母の思想をもって一つにするのです。これが神様の目的です。このような基盤を築いたあとに、アメリカは本然の神様の側になるのです。アメリカの最後の目的は、神様の理想世界です。本然の地上天国です。それが最終的な目標です。それは、アメリカの目標であると同時にキリスト教の目標であり、統一教会の目標でもあります。このような基盤を築けば、世界人類を教育することは問題ありません。

第五節 ダンベリー刑務所出監と真の父母様の勝利

「開天門の日」宣布

真のお父様は、一九八五年二月一日早朝、ダンベリー連邦刑務所からイースト・ガーデンにいらっしゃる真のお母様に電話をかけられ、霊界と肉界の門を大きく開いて連結する「開天門の日」を宣布された。そして、「これを通して地獄から天国にまで上がれる高速道路を築いた」と語られた。

1 お父様は、一人でゴリアテの前に現れたダビデのようにアメリカと闘っています。現在、闘い始めて十三カ月目です。十三数は、アメリカでは一番悪い数です。十三カ月間闘って終わらせるのです。四百日近く闘ってきているのです。

監獄に入り、天上にまで上れる道を開いておきました。地上地獄から天上まで高速道路を造ったのです。ですから、父母様として立ち得る条件を、監獄にいる期間にすべて立てました。

2 お父様は、一生を経ながら、父母の立場で子女たちが行くべき道に責任をもち、すべて築き上げました。皆さんが父母様を愛するその愛で、人類を愛する立場に立つようになれば、皆さんは父母様と一つになり、(父母様と)水平に立つようになります。そのようになれば、堕落した心情圏はその下に位置するようになるので、サタンが皆さんに手を出すことはできません。皆さんは、天の国に直通できるというのです。そのようなことを始めるためのものが、「開天門の日」宣布です。

私がダンベリーにいる時にしたのです。一九八四年七月から翌年一月まで、十三カ月の監獄生活の半分となる七カ月の期間に、監獄の一番どん底、地獄のどん底に入っていって門を開きました。その門を開いたので、心情圏を中心として、サタン世界を解放してあげられるのです。

3 一九八五年二月一日に、天上世界と地獄の門を開く「開天門の日」を宣布しました。極と極の位置に立てておいて連結したのです。平衡の極ではなく、垂直的な極です。これを連結する場で、初めて解決点が生じるのです。霊界と肉界を連結させるのです。神様の心をもって、愛の力が連結される業をしなければなりません。

4 地獄を解放しなければ、天国が完成しません。堕落する前は地獄がありませんでした。サタンの血で汚された根を天の血で清め、本然の根の形態を備えて再び実を回復するようになる時、天国の門が開かれるのです。

そのようなみ旨を知っている私たちが見るとき、天国の門が開かれる前に地獄が生じたというのは、悲惨な話です。「地獄がある」という話自体が悲惨なのです。堕落によって地獄ができました。地獄ができたので、地獄まで天国にしなければならないのです。真の父母は、地獄解放まで提示できる心情圏を、すべて展開させておかなければなりません。世界が切迫しているというのです。

5 霊界に行っている先君の王権を中心とした忠臣烈女たちが地上に降りてきて、「真の父母の王権を中心とした理想圏で、父母様にみな従っていきなさい」と言いました。霊界でも、父母様の知らせをすべて聞くのです。これからは良い知らせが入ります。みな「有名だ」と言うようになっています。ですから、「悪い」という言葉は消え、「良い、良い」といううわさが立って、霊界にいる自分の先祖たちがしきりに来て、教えてくれるのです。

霊界にいる善なる先祖たちが地獄にまで入っていって教育するのです。その門を私がダンベリーで開いておきました。一九八五年二月一日の午前三時に、監獄で、お母様と共に、地獄と天国に高速道路を造っておいたのです。

高速道路は通りましたが、準備をしなければなりません。車がなければならず、運転を習わなければならず、ガソリンがなければなりません。それは、皆さんにはないのです。自分の先祖たちがもってくるのです。自分の先祖たちが車をもってきてガソリンを入れ、運転を教えてくれて、善なる霊界に引き上げる運動を始めたというのです。

6 統一教会によって天国の門は聞かれたのですが、まだお父様が行っていないので、天国に入った人はいません。私が探しに探し、底まですべてかき回して合わせてみると、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、霊界、天の国の玉座まで直通できるたった一つの道があるというのです。その道には、愛の旗で信号を送らなければならないのであって、それ以外の信号では通じません。行くことができないのです。天国に行く自信がありますか。愛の自動車を運転していくのです。そのようになれば、天使は愛の自動車に信号を送り、天国に案内するのです。そこは高速道路になっています。

お父様はダンベリーで、お母様はイースト・ガーデンで、初めて天と地が通じる門を開きました。ですから、天上世界に何千年も前に行った人々が天国に行こうとすれば、自分の子孫たちを通して、地獄を経由し、地上の位置に来なければなりません。天国に行こうとすれば、地獄に勝たなければなりません。地獄に勝った人が天国に行くのです。

7 私は、アメリカのどんな先祖よりも、血の涙を流しながら神様を紹介しました。ところが、彼らは反対に、自分たちの野心のために血を流させたのです。このようにして監獄に入って出てきたので、世界の長子権復帰が成立したのです。すべて、打たれて奪ってくる作戦を取りました。そこから世界復帰、天宙復帰時代になるのです。地獄世界解放のための闘いをしました。

アメリカで、一九八五年二月一日午前三時を中心として、開天門の役事を行ったのです。私が自分自身のことをまず考え、統一教会を考えたならば、監獄に入りません。アメリカのことだけを考えるのではありません。地獄の門を開き、霊界に行っている歴史的カインを消化しなければなりません。そのようにしなければ、長子権の個人を復帰するための長子権の門を心情圏で開くことはできないというのです。

長子権の個人からすべて開いたので、世界史的な長子権を中心として出ていくとき、反対することはできないという結論が出るのです。

出監と真の父母様の勝利

真のお父様は、第二百十回アメリカ独立記念日の一九八五年七月四日、ダンベリー連邦刑務所を出所され、ニューヨークの外れにあるブルックリン、ハーフウェイ・ハウスに移監されたのち、残りの刑期を終えられ、一九八五年八月二十日午前零時、完全に出監された。模範囚に選定され、刑期が五カ月短縮されたのである。真のお父様はダンベリーでの受難を通して、真のお母様と一体となられることにより、世界的蕩減復帰路程を勝利に導かれたのである。

8 お父様がダンベリー刑務所から出てくる時には、多くの囚人たちが歓送しようとしました。そうして、私が何日の何時に出所するかを彼らがあらかじめ把握したあと、「道に出ていって見送りしよう」と言っているのを刑務所の所長が知って、大変なことになったと考えたのです。文某が出ていく時、二百人近い人々がみな出てくれば大騒ぎになりそうなので、「午前八時に出所する」と言っておいて、七時に他の所から送り出したのです。

私が出発したあとに囚人たちがそれを知り、「全く、なぜそのようなひどいことができるのか」と騒ぎ立て、抗議したというのです。通りすがりのお客さんだと思っていた一人のアジア人が、荒々しく凶悪なその社会に入って、一年間で彼らと涙の交流をしたのです。

9 私がアメリカのダンベリーにある監獄に一年一カ月の間いた時、ダンベリーの多くの囚人たちが私を尊敬しました。彼らは、監獄から出ることになったら、自分がもっている貴い物を私にすべて預けて出ていき、統一教会を訪ねていくと言ったのです。今でも「訪ねてきなさい」と新聞に広告を出せば、訪ねてくる人たちが多いでしょう。

彼らに、「統一教会に行きたければ、監獄で訓読会をする時に参加しなければならない」と言うと、互いに「参加する」と言ったのです。そうすると、刑務所で問題になるというのです。七人以上集まらないように制限されているので、互いに先を争って集まろうとする環境がつくられました。そのように暮らして監獄から出る時、その人々はお父様を見て泣きました。男性の囚人たちが、お父様のことが慕わしくて涙を流すとすれば、監獄生活を正しく送りましたか、送れませんでしたか。お父様が行く所は、どこでも問題になるというのです。

10 一九八五年は、アメリカ独立二百十年目になる年です。二百十回目の独立記念日の七月四日にダンベリーから出所したというのは、新しい歴史的次元、国家的次元に飛躍できる時代に越えていくことを示しています。独立記念日に解放されたというのは、新しい出発の表示だというのです。摂理史的な意義が大きいのです。ユダヤ民族がバビロンから二百十年目に解放されて故郷に帰ってきたという事実もそうです。新しい聖殿を造り、新しい国家理念をもって出発し、新時代に越えていくことを意味するのです。

ですから、一九八五年七月四日のアメリカ独立記念日は、お父様の日だというのです。そこには、そのような意味が込められています。年代的な期間で見てもこのような意義があり、このような摂理歴史が伴っていることを考えなければなりません。

今後、一九八六年七月四日になれば、お父様のことを思う人がアメリカに徐々に増えてくるというのです。そして、「統一原理」と「統一思想」を知る人々にとって、お父様がアメリカに来て監獄で過ごし、解放された日は、一生を通じて忘れようとしても忘れられない日になるのです。既に、独立記念日と言えば、お父様が監獄から出てきた日、解放された日であることを記憶せざるを得ないというのです。

11 イエス様が十字架で亡くなったあと、三日と四十日を合わせて四十三日の期間に、イエス様が死の中から復活するなどの役事がありました。本来は、一九八五年七月八日にダンベリーから出てくる予定でしたが、七月四日に出てきました。七月八日からきょうの八月二十日までが、正に四十三日になる期間です。

イエス様が復活したのと同じように、イエス様が取り戻すべき復活圏、キリスト教文化圏を実体的に取り戻すためには、この期間にすべて、統一教会員として完全に立たなければなりません。アメリカ国民も、この期間にすべて回らなければなりません。ですから、この期間にお父様が復活するのです。昔、イエス様の時にはイエス様の弟子たちだけが復活の栄光を受けましたが、今や実体的にアメリカ国民まで合わせて、その栄光に参与できる基盤ができなければなりません。

お父様のことをサタンだと思ったのですが、分かってみれば天の人であり、私たちが反対すべき人ではなかったことをアメリカ国民が知るようになりました。そうして、キリスト教が悔い改めて立ち上がるということが、アメリカの中で今始まっているのです。

お父様がダンベリーにいた十三カ月の十三数というのは、イエス様を中心として十二弟子を合わせた十三数と同じです。この十三数は蕩減復帰数です。けれども、西欧社会では十三数が一番悪い数になっています。しかし、今や完全に蕩減復帰をしたというのです。

12 私が監獄に入る時は命懸けでした。そこでは、人を一人片づけてしまうことは簡単なのです。神様にとって、私の命が奪われては大変なことになるので、行くやいなや天が配置した人々がいました。そのような謎めいた内容が多くあるのです。夜になり、私が寝床に入って眠るときは、私を守ってくれる人がいました。夜十二時から早朝四時まで、眠らずに守るのです。それは、人間がしてくれるのではありません。

私がダンベリーを出て、社会に出ていくための中間訓練場であるハーフウェイ・ハウスに行ったときもそうでした。出る前に、既に霊界通信網を通して、私を保護できるように一週間前から準備していたのです。黒人一人と中国人一人が待っていました。私が夜十二時から早朝五時まで寝るとすれば、その人々は交替でテレビを見ながら、ドアの所でしっかりと守っているのです。見張るのです。誰が保護したのでしょうか。神様が保護してくださったのです。

13 私が監獄から出てくると、アメリカの立派な牧師が十二人来て、私をつかんで抱きかかえたりして大騒ぎでした。私は会ったこともなかったのですが、その人々は、なぜそのようにしたのでしょうか。挨拶もしたことがなく、一度も会ったことがないお父様に対して、なぜ涙を流しながら喜んだのかというのです。

それは、アメリカという国自体に対する羞恥心と、お父様が宗教者として偉大な実績を積んで、善の道を中心として闘争したその価値を考えたからです。

自分たちの一生と比較するとき、みな頭を下げざるを得ないというのです。話をしなくても、老いたその人々が涙ぐみ、その青い目から大粒の涙が落ちるのを見ました。自分が監獄から出てくること以上に喜ぶのを見ながら、「善の世界はこのような所から、このようなチェーンがつながって発展するのだな」と思いました。滅びるしかないアメリカに、私によって新しい輪ができたのです。難破して流されるしかなかった船に、錨の綱をくくりつける輪を、私がつくってあげたというのです。取り除く者がなく、切る者がない錨の綱でくくりつけるとき、アメリカは生きるのです。お父様が正義の綱でアメリカを愛したので、断ち切ることはできず、アメリカは復活してよみがえると考えるのです。

14 私がダンベリーに行くことによって、世界的な総蕩減をしました。ダンベリーに行ったのは、地上世界の全体から反対されるのを代表する立場で、十字架を背負っていったのと同じです。その十字架を背負った目的は、霊界の統一と地上の解放のためです。統一が目的だというのです。ですから、私がダンベリーに行く時には、アメリカをはじめ、地上のすべての団体が動員されました。ユダヤ教からキリスト教、宗教すべてが、その次にはアメリカから世界各国、すべてが動員されました。何しろ、中央情報局(CIA)を通して二十五カ国を調査したのです。このようにして、条件があれば引っ掛けて押し込めようとしました。そのように、世界的に自分たちのもてる力を尽くして反対したのです。

私たちがそのように反対を受けたのは、霊界を奪い返すためです。霊界を奪い返すことが目的です。私たちの統一基盤を打って倒し、破壊しようとしたのです。そこでは、お父様とアメリカ政府は一対一でした。言い換えれば、アメリカ合衆国が原告になり、私が被告になって闘ったのです。そうして、これをひっくり返しておきました。この事実は、霊界が統一圏に入ってきたことを意味します。ですから、一九八五年から約三年間、霊界が地上と歩調を合わせていかなければなりません。霊界の統一圏が広がったので、地上と歩調を合わせていかなければならないというのです。

15 歴史時代の宗教者の中で、世界的に最も迫害を多く受けた代表的な路程を歩んだアベル的な一人の人物が、二十世紀後半に現れたお父様です。そのような路程を歩みました。ダンベリー刑務所に放り込んで「滅びよ、死ね」と言ったのですが、神様が助けてくださり、滅びることもなく、死ぬこともありませんでした。分かってみれば、人類全体を救うための義人だったというのです。それでみな、頭を下げるのです。

16 神様が今まで、サタンを屈服させられなかった原因はどこにあるのでしょうか。そして、人類が今まで、サタンを屈服させられなかった原因はどこにあるのでしょうか。たった一つ、サタンが主張することがあります。「私が堕落したとしても、本然の原則的基準における父母の心情から見れば、神様は私を愛するようになっていて、神様の息子も私を愛するようになっています。そのように愛してこそ、天国に行くようになっているのが原理原則ではありませんか」と言うのです。このように言ってくれば、神様はどうすることもできません。ここにすべて引っ掛かるのです。

「天国に入れる資格をもった者になり、完成した人間の位置に上がろうとすれば、私(サタン)を愛したという条件を立てなければなりません。そのようにしなければ、完成の位置に上がっていける道はありません」と主張するサタンの言葉に引っ掛かっているのです。ですから、イエス様も十字架上で怨讐を愛しなさいと語り、お父様もダンベリーでアメリカ人全体のために祈って、愛の基準を立てたのです。

そのようにして、その愛の軸に、世界の数多くの民族が水平線で連結されています。アメリカに連結されたのです。アベルがすべて連結されたというのです。そのように連結された思想的基準の上では、サタンに侵害する権限はありません。

17 皆さんが復帰の道を行く過程では、豊かに暮らそうと考えることはできないようになっています。苦労しなければならないというのです。そして、夫まで監獄に送りながら、その夫のために精誠を捧げ、一家までも犠牲になろうとしなければなりません。そのような決意を固めるその場でのみ、天倫の歴史が連結されてくるのです。

今回、お父様は、お母様に対して有り難く思いました。ダンベリーを中心として、お母様はたびたび心情的に深い次元の谷間を経験しただろうと思います。そのように暮らしたので、基準が次第に上がってくるのです。今回、ダンベリーを通して、お父様の貴い価値がさらに分かるようになったというのです。

18 お母様が、私のゆえに苦労しました。監獄を信じることができますか。世界の共産党が狙っている状況なのに、そこは裸になって野原に横たわっているのと同じ立場なのです。お母様が涙を流しながら、そのダンベリーに毎日のように通いました。

イースト・ガーデンで生活しながら、涙を流さなかったと思いますか。日曜日の朝五時の敬礼式を行い、祈る時は涙を流しただろうと思います。子女たちも涙を流したでしょう。何のために、そのような涙を流したのでしょうか。

お父様はお金もあり、権威もあり、知識もあります。人々を指導することもできます。しかし、なぜ私がアメリカに来たのかというのです。なぜお父様が、争いを好む人になったのかというのです。それはひとえに、神様のみ旨のためなのです。

第六節 獄中での受難が示す教訓

復帰路程は蕩減の道

真のお父様は、準備されたキリスト教と中心人物たちが責任を果たせないことにより、六度にわたって獄中での受難を通して蕩減の道を歩まれた。そのような蕩減の道は、神様の恨を解怨成就しようという血と汗と涙の「天路歴程」(天国に向かって歩む道)であった。そして、真の父母様は、蕩減復帰摂理の縦的・横的八段階の過程を成功裏に締めくくられるのである。

1 復帰の道は、蕩減しなければなりません。復帰の道は、蕩城の道です。そこには、自分一身を中心として考え、「私はこのような立場でこのように生きなければならない」という観念がありません。全体的な観念がない中で、「天が残された受難の道を私が歩めずにいる」という事実を感じながら、一歩でも、より早くその受難の道を消化していかなければなりません。批判したり、難しいと思ったりすれば、消化できません。感謝の心をもって消化していかなければなりません。

皆さんと天の違いは、天は高く、皆さんは低いということです。ですから、自分はどのように天の掲げる位置に行くかを常に考えなければなりません。個人と天の違いは大きいのですが、どのようにして平準を取っていくかというのです。天は「私」を訪ねてこなければならず、私は天を訪ねていかなければなりません。私が天まで行くには、困難が大きいというのです。このようにして蕩減するのです。

2 堕落したあとからは、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界まで、サタン王国になっています。この世界をどのように復帰するのでしょうか。個人を中心として、別々にここに植えるのです。反対になって引っ張っていかなければなりません。脱出しなければなりません。ですから、仏教のような高次的な宗教では出家をするのです。

そして、父と母を愛してはならず、兄や姉を愛してもいけません。「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイ一〇・三七)という聖書の言葉は、逆説的論理ですが、それは、天の道を訪ねていく当然の道理的論理として受け入れなければなりません。ですから、お父様は、この世の中でこのような蕩減法を知って、個人から愛の焦点を合わせ、家庭的愛、氏族的愛、民族的愛、国家的愛の焦点を合わせてきました。そうするたびに、サタンがこれを撃破するためにあらゆる力を使うのです。

ですから、宗教は迫害の道を行きます。社会で良いと言われる道を行ってはいけません。涙と血を流さなければならないのです。頂上に登ってはいけません。目立たない場所にこもらなければなりません。そこが安全地帯です。サタンは傲慢なので、困難な所を嫌います。ですから、最も悲惨な場所が安全地帯です。

3 お父様が二十代から四十代まで過ごしてきた期間は、涙のにじむ闘争期でした。皆さんはそれを知りません。監獄を自分の生活舞台のように思い、拷問を受けるその道を一生の蕩城路程、代価を払うべき当然の路程と思って歩んでいきました。お父様は、国家と宗教界の反対を受け、三千万の民衆(韓民族)が反旗を翻して、反対しない人はいないほど、悲しい立場に追い込まれた歴史を残しています。

4 神様が創造する時、すべての心情を万物に投入し、人間に投入しました。ですから、すべての物質を神様に捧げようとしなければなりません。それで、統一教会の標語が出てきたのです。「涙は人類のために、汗は地のために、血は天のために流しなさい!」です。

そのように生きましたか。そのように生きていなければなりません。深刻な問題です。このように多事多端な蕩減路程です。個人のこの曲折を経ながら、零点をつくらなければならず、(そのために)障壁を壊さなければなりません。それをお父様がすべてしたのです。ですから、一生において重要な時には、監獄に入ったのです。

5 お父様の生涯を見てみれば、監獄にもたくさん行き、拷問もたくさん受けましたが、「ここで死ねば大変なことになる」と考えました。体に拷問の跡を残した立場、呻吟するその立場で死ぬとすれば、問題が大きいというのです。

このような蕩減復帰の道に誰が責任をもつのかというのです。その立場で死を越えることができる感動と衝撃の涙を流せば、天がすべてを収拾してくれることを何度も感じました。拷問が問題ではなく、自分の苦痛が問題ではありません。使命を残して死ぬよりも、恐ろしいことはないというのです。

6 お父様は一生の間、自分を主張して生きてみたことがありません。監獄暮らしをするのと同じです。監獄に入った人は、御飯だけ食べ、おなかがすくときは我慢すればよいのですが、これはそうではありません。

そうして、地上では人がどんどん死んでいくのですが、それは、自分の手が切られるのと同じだというのです。それを感じなければなりません。涙なしに見つめることができない世の中であり、涙なしに神様と向き合うことができない世の中です。お父様は、冬に祈れば、綿のズボンがすべてぬれるほど涙を流しました。

7 お父様は、蕩減路程を開拓してサタン世界を克服し、勝利の基盤を築きました。それは、言葉は簡単ですが、実際は簡単なことではありません。想像もできない複雑な内容が絡み合っているというのです。一秒として失うことのできない緊張の生涯を掲げて越えてきたので、それ以上に深刻になれない人には、これを覆すことはできません。

8 お父様は、アダムに代わって来たので、世界的な蕩減路程を行かなければなりません。一対一の清算です。条件的な清算ではありません。皆さんは、条件的な清算をすることに問題はありません。

また、条件的な清算だけでなく、これからは歓迎できる条件です。自分の家庭が孝子の家庭になることを願い、国が忠臣の国になることを願い、世界が聖人の世界になることを願い、天地が聖子の天地になることを願うのです。

そのようになることができる教育をして、そのように導ける所は統一教会しかないので、世界がすべて願っていることをしなければなりません。このようにして、解放圏をすべてつくっておき、地上に定着できるその時から、「蕩減時代を越えた」と言うことができます。

9 父母は、死の境を越えている子女を見れば、じっとしていることができません。最後まで死力を尽くし、一言でも付け加えることによって復活するようになるならば、父母は万歳を叫ぶようになるでしょう。その境地にならなければ分かりません。

お父様は、一人でも生かすために生死を懸けて闘っています。人類の生命をめぐって闘ってきた生涯でした。それは霊界が知っています。そのような人は、天運が打つことはできません。

そして、いくら監獄に入ることになっても、むしろ反省するというのです。「私が果たすべき投入の限界までまだ至っていないので、このようなことが起きた」と考えるのです。それ以上にしなければならないと考えたときは、後悔がありません。後悔せず、忘れてしまいます。父母はそのような子女を見て涙を浮かべ、永遠を掲げて祝福するのです。心情圏には、そのような背後があります。

10 お父様は今まで、一生の間、蕩減復帰の峠を越えてきました。個人の峠を越え、家庭の峠を越え、氏族の峠を越え、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階の峠を越えてきました。

世界が、これまでお父様に反対しました。そして、家庭的に父母たちが動員されて反対したのです。その次には、氏族、民族、国家を越えて世界が反対しました。すべての宗派が反対しました。しかし、除去することはできませんでした。

今になっては、そのように攻撃した側がみな、落ちていくのです。神様が公認します。攻撃して除去できなかったことによって、屈服するのです。ここで、お父様は戦いませんでした。神様の戦略戦術は、打たれて奪ってくるのです。神様の創造理想には、打つという論理がありません。

11 サタン世界を蕩減復帰していくとき、一番の近道は、その国で最も迫害を受ける道を行くことです。その国の監獄のどん底に、この直線の道が連結されています。垂直に通じる道は、受難の道であり、死の交差路のような監獄の道です。その道は、直線と通ずる橋と同じです。ですから、お父様は監獄を訪ねていくのです。それゆえ、天は監獄に追い込むのです。

イエス様も、監獄を経て死にました。その国の主権者の怨讐になる立場が、監獄の底です。頂上に上がろうとすれば、監獄を貫いて上がっていく道が一番早いというのです。主権者を越えていく道で、義なる立場に立って(監獄に)追われるようになれば、主権者が悪なる立場に立つようになるときには、そこから出てくるやいなや、主権者の上に上がるのです。善なる人が監獄に入れば、その人の周辺全体が擁護し、押し上げてくれるようになっています。垂直線の段階に上がっていく一番の近道は、監獄の道を通して訪ねてくるのです。

ついに勝利者となる

真のお父様は、日本統治下で一度、北朝鮮の共産治下で三度、自由世界の大韓民国とアメリカでそれぞれ一度、合計六度にわたって、何の罪もなく監獄に入られた。打たれて奪ってくる蕩減復帰の原則を御存じであるがゆえに、耐えて、また耐えながら、ただ神様の摂理を一段階ずつ進めるため、監獄でもあらゆる受難を克服された。至る所に巣くうサタンの代表勢力に堂々と立ち向かいながら、暗闇の世を導く灯台の光となり、さらには、太陽の役割をされたのである。そして、ついに真の父母様は、あらゆる反対と迫害を乗り越え、勝利された。

12 お父様が地上で監獄に行ったことがどれほど無念な事実か分かりません。皆さんと皆さんの先祖の体面と威信はどうなりますか。すべて首がかかっているというのです。この途方もない内容が連結されるのです。

何ゆえに六度も監獄に行ったのでしょうか。監獄に一度だけ行っても、赤線が引かれるのです。六度も行けば、それは、世の中に足を踏み入れて歩くことができない恥ずかしい姿になるのです。しかし、私は恥ずかしいと思いません。恥ずかしい国がそのようにしたのであり、死んではならないので私は生き残ったのです。監獄から生きて出てきたというのです。

13 私は、私自身を管理し、天のみ旨を選別していく正当な人生を、日陰のもとで送りました。サタン世界より、もっと日陰である監獄に入っていっても(そのように)暮らしたのです。むしろ監獄が避難所になりました。

私が監獄に入った時、私の父と母がどれほど泣いたか分かりません。私が「勉強をしたら、国を生かす」と言って、父と母が世話をしてくれたのに、学校を卒業してから監獄に入るとは、どういうことかというのです。

私は監獄を訪ねていきました。共産世界に入っていって、誰よりも共産主義を分析しました。アメリカの監獄、日本の監獄、韓国の監獄、北朝鮮の監獄をすべて経験したのです。

14 北朝鮮に行って、三度も監獄暮らしをしました。共産主義に対して少しの未練ももたせないための天の作戦であり、共産圏内にあるキリスト教に関心をもたせないようにしようとする神様の作戦でした。共産圏内にある教会も信じることができないように、すべて切ってしまう作戦であり、その国も信じられないように切ってしまう作戦でした。一切を否定させるための作戦だったのです。韓国で反対を受けさせるのも、アメリカで反対を受けさせるのも「未練をもってはいけない」ということです。すべて切ってしまうのです。

今やすべての峠を越え、過ぎし日を振り返ってみれば、これはすべて、天がより貴いものを与えるための作戦だったのです。より大きいもの、より貴重なもの、より無限なものを与え、祝福の道を開拓するための神様の祝福だったというのです。ですから、今後は、定着したものを誰も占領できません。それこそ、このような受難の道を通して、サタンが占領していたすべてのものを完全に取り戻し、引き渡そうとする天の愛だったというのです。

15 今まで、私は、迫害を受けるのが好きで、このことをしたのではありません。悪口を言われるのが好きで、このことをしたのではありません。嫌ですが、嫌な味よりもっと良い味があるので、このことをしてきたのです。霊界に一度行ってみれば、どこの誰に対しても羨む必要のない味があるので。このことをするのです。このみ旨の味を知り、この世界を棒で打てば粉々になってすべて砕けるという実感が湧くので、このことをするのです。

皆さんは、お父様が生来、体が鋼鉄のように丈夫で、健康だからそのようなことをするのだと思うかもしれませんが、そうではありません。嫌なことをどうしてするのですか。一年、二年だけしてみなさいというのです。死んでしまうでしょう。それを良いものと思うから耐えられるのであって、疲れてやりきれないと思えば耐えられません。これを全うすれば、素晴らしい何かがあるので、このことができるのです。

16 神様は、私を愛していらっしゃいます。それを、私はよく知っています。しかし、私は生涯を捧げて神様を信じてきましたが、神様のみ前に抗議したいと思う時が一度や二度ではありませんでした。私が死地に入ると、神様は「知らない」とおっしゃるのです。

しかし、分かってみれば、「知らない」と言う父母の心は、どれほど胸が痛むだろうかというのです。助けてあげられるのなら、手足をおとなしく縛られたままにしておくのではなく、動いて千回でも、万回でも助けてあげたいでしょう。しかし、そのようにしてしまっては、統一教会の文という人が行く運命的な道を解決できないので、神様はそのような場で、第三者の立場に立たざるを得なかったのです。

17 私が道を歩む中で孤独なときに、神様が私を呼んで、「誰々よ、私がいるではないか」と言って勧告してくださったことを思い出します。そうすると、孤独な立場が問題ではありません。「私一人だと思ったのに、あなたが私と共にいらっしゃるのですね」と言って、力強く歩いていくのです。

ある時は、道を行く乞食を見ながら、「あの乞食が、私を訪ねてきた(天の)お父様の姿であれぱどうするか」と思って、痛哭に痛哭を重ねたこともあります。このような心をもって、どんなにみすぼらしい服を着た乞食だとしても、その手を取って人知れず痛哭できる皆さんにならなければなりません。私はそのような立場を何度も経てきました。

苦痛の中に一人いる孤独な立場で、「お父様は薄情な方でもあられるな。お父様は無慈悲な方でもあられるな。責任だけ任せておいて面倒は見てくださらない」と考えることもありました。ところが、そのたびに神様は、「誰々よ、お前が乞食を抱きかかえているとき、私が共にいた。誰々よ、お前が塗炭の苦しみの中で哀れな人と共に涙を流しているとき、私が共にいた」とおっしゃいました。

ですから、この道を行かずにいられますか。それで、イエス様も、「空腹のときに食べさせ、かわいたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し」(マタイ二五・三五)、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである」(マタイ二五・四〇)とおっしゃったのです。

18 神様の戦法は、打たれながら奪ってくるというものです。サタンは先に打って滅ぶのです。第一次世界大戦の時も打った側が滅び、第二次世界大戦の時も打った側が滅びました。第三次世界大戦は思想戦ですが、共産主義が世界を打っています。

ここで私は、最も代表的に打たれています。大韓民国が私に反対し、アメリカが私に反対しました。また、日本が私に反対し、中国が私に反対し、世界が一つになって私に反対しましたが、反対した悪なる世界の福を引き継いでくるのです。悪魔は、天地のすべての福を引き継ぐことができません。「終わりの日」になって、サタンはこの福を真の人に引き継いであげなければならないのです。

19 お父様は、神様のみ旨を疑ったことがありません。さらに、神秘的な未開拓の地を知りたいという気持ちで訓練しなければ、その時まで知っていたすべての基盤が流れていってしまうのです。次元の高い基盤を相続するためには、必ずその基盤に相当する蕩減を払わなければなりません。ですから、追害を受けるようになるのです。しかし、その迫害は悪いものではありません。それは、自分を完成させてくれるためのものです。ですから、監獄に行くことが問題ではなく、生死が問題ではありません。そのように生きて死ぬようになれば、霊界で何十倍、何百倍貴い所に行くことを知っているので、何の不平も言う必要がないのです。

20 監獄に入っていき、むち打たれて血を吐きながら倒れる時にも、神様のみ前に自分自身を心配する祈りはしませんでした。「お父様、私は、昔の預言者たちやイエス様と違います」と、心の中で誓いながら耐えてきました。「神様、私を助けてください」というような、つまらなくて男らしくない、弱々しい祈りはしませんでした。ただ神様のためにだけ祈り、それ以外には祈らなかったというのです。神様が期待と希望をかけているのに、囹圄(牢獄・獄舎)の身になったと言って泣き顔で「助けてください」と祈ることはできません。日本統治下で、日本人たちに追われ、北朝鮮でも共産党に追われ、民主世界でも追われました。しかし、追われたとしても、世界に進んでいくのです。いくら迫害して追い立てても、行くのです。

21 イエス様は、十字架を前にしてオリーブ山で祈るとき、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」(マタイ二六・三九)と言いました。私の思いというのがどこにあるでしょうか。(弟子たちは眠りました。)このことでサタンに引っ掛かったのです。イエス様の思いと神様のみ意が一つにならなかったというのです。

そのことを知っていたので、拷問を受けて血を吐く場でも、「私はイエス様と違います。私の血は神様のみ意のためのものです」と言いました。神様のために血を根こそぎ捧げようと考えたのです。私は困難なことがあっても祈りません。天が知っているのに、「神様、私を助けてください!」と祈ることはできません。全体が生きることができる方向を、私の体で教示するのです。そのような目標を中心として、今まで絶対信仰、絶対愛をもって歩んできました。一生の間、血の涙が流れる谷間を越えながら、神様を愛し、一体の心を抱いて進むのです。

22 お父様は一人です。夜の灯台のようなことをしています。夜、船に乗っていく人には灯台が貴重ですが、昼は、誰も灯台を重要視しません。灯台守を好む人はいません。その灯台守の役割をするのです。昼には分かりません。ですから、どのようにして灯台を昼間の太陽に変えるかというのです。それが蕩減復帰です。人間を中心として光を放ち、永遠に、神様の本然の太陽のように変えてしまおうというのです。灯台を太陽に変えなければならないのですから、それがどれほど難しいでしょうか。そのようなことを考えてきたのです。

監獄に入っていても、「第二の監獄はどこだ。第三の監獄はどこだ」と考えながら歩んできました。第六の監獄に行きながら、第七の監獄まで考えた人です。ソ連と中国の監獄に向かっていくべき道が残りました。それを準備していましたが、神様が守ってくださいました。その代わりに、死ぬ前に監獄以上の国を訪ねていくのです。ですから、ソ連に行きました。ソ連に行く時も、周囲から「どうか行かないでほしい」と反対を受けました。夜の監獄を解消するために、昼の監獄を訪ねていくのです。私が監獄に行き、私によって助けになったならば、昼になるのです。

23 お父様は今まで、一生の間、迫害を受けて追われましたが、滅びませんでした。本質的方向があるからです。自分を中心としてこのようにしたのではありません。より善なる人のために、より善なる位置のために、より未来に近づくことができる事情を標準としてそれを主張し、それを中心としてそこに合うように教育し、そこに合うように生きようとしてみたところ、迫害は受けるのですが、天地すべてがお父様を擁護するのです。

男性なら男性が行くべき道、家庭なら家庭が行くべき天理原則があります。その原則に一〇〇パーセント符合するときには、天地がすべて協助するようになっているのであって、破綻させることはできません。破綻させれば、天地のすべてが壊れていきます。この自然のあらゆる原則基準が混乱し、崩壊してしまうのです。

24 天国に入るためには、完成したアダムの位置、天使長が最後まで保護できる祝福の位置に立たなければなりません。そのような原理基準があるので、サタンの讒訴を越えて、怨響を愛したという条件を立てなければ、天国に入れないのです。怨讐を愛さなければ、行くことができません。私も一生の間、このことをするのです。

ダンベリー刑務所に入っても、そのことをしました。私がダンベリーに入る時、アメリカの朝野で歓呼しましたが、私はダンベリーで彼らを愛しました。本然の愛をもって愛したので、サタン世界は頭を上げることができません。それを克服していきました。そこから新しい世界が開かれるのです。

25 世界各国が方向を失ったとき、お父様が中心になって、昼夜なく行くべき方向を開拓してきました。お父様が蕩減の道を経てくる時には、自分という意識がありませんでした。イエス様も十字架に釘打たれたとき、自分という意識がありませんでした。イエス様はローマ兵士らについて、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」(ルカ二三・三四)と祈ったのです。そのようにして、未来にローマを占領できる条件を立てたのです。お父様も同じです。日本の監獄、北朝鮮の監獄、韓国の監獄、アメリカの監獄まですべて通過してきましたが、そのたびに忘れなかったのは、愛の綱を切ってはいけないということでした。獄中にまでも、愛の綱を引き入れたのです。電線はどこを通ろうとも、それを連結すれば、発電所の電気が切れない限り、電気がつくようになっています。神様の愛の電気も、電線さえ連結されていれば、どこでも電気がつくようになっているというのです。皆さんもそこに連結されれば、その電気によって復活すると同時に、新しい生命を得ることができます。

このように、はっきりとした希望の道があるというのです。それが私たちの幸福です。そうして、十字架の道を笑って越えていく立派な人間になるとき、サタンは後ろを振り返ることもなく、逃げ出していくというのです。このような人になるとき、復帰完成という結論が出てくるのです。

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第八篇 第一章 南北統一運動と北朝鮮訪問

第八篇 第一章

南北統一運動と北朝鮮訪問

第八篇 南北統一と世界平和の実現

真の父母様は、人類始祖の堕落によって生じた地上地獄と天上地獄を撤廃し、創造本然の地上・天上天国を創建するため、生涯にわたってすべてのものを捧げられた。実に、その路程は人類が行くべき永遠の典型路程であり、鑑とならざるを得ない。この路程を踏んでいくことにより、地上と霊界で、神様と人類が夢見てきた平和な理想世界が実現されるのである。

真の父母様は、世界平和の実現のためには、無神論を掲げる共産主義勢力の拡大を防がなければならないと考えられ、南北に分かれた韓半島の統一のために、「国際勝共連合」や「南北統一運動国民連合」など、多くの機関を立てられた。

そして、共産主義の心臓部であるモスクワでゴルバチョフ大統領に会い、無神論を捨てて神様の元に再び帰るよう勧告された。続いて、北朝鮮を発ってから四十年以上を経て平壌を訪問し、金日成主席との会談を通して南北交流の扉を開かれた。

特に、真の愛と「頭翼思想」を根幹として南北統一と世界平和のビジョンを提示され、一九八五年八月、スイスのジュネーブで開かれた第二回「世界平和教授アカデミー世界大会」で「共産主義の終焉」を宣言し、共産主義と民主主義の理念戦争の幕を下ろすよう導かれた。

真の父母様は、世界平和実現のためには国際的な勝共運動が必要であると考えられ、日本とアメリカなどの地で多くの活動を展開された。特に、南北米の平和のために「南北米統一連合(CAUSA)」と「中南米統合機構(AULA)」を結成し、蒙古斑同族を世界平和運動の中心に立てるため、「蒙古斑同族世界平和連合」を創設された。さらに、世界平和のためには国連が改革されなければならないと考えられ、「世界平和連合」と「世界平和超宗教超国家連合」、「天宙平和連合」などを立てられたのち、宗教を上院とする平和国連のもとに世界が結集しなければならないことを強調された。

また、真の父母様は、実質的に世界を一つに結び得る国際平和高速道路の建設を提案され、日韓海底トンネルとベーリング海峡トンネルの建設のために、各種の国際会議と学術・広報活動などを展開された。そして、国境の撤廃を通して、神様が何よりも願われた「神様のもとの一つの世界」が、この地に実現されると考えられ、地球村を一つに連結し、円満に交流させるために尽力されたのである。

第一節 勝共啓蒙運動と「国際勝共連合」

韓民族覚醒のための啓蒙運動

真の父母様は、一九六〇年七月二十日から四十日間、韓国全土の四百十三の地域に、七百人以上の人々を派遣して行った啓蒙運動を皮切りに、国民教育を大々的に展開された。神様の復帰摂理から見れば、世界の中心国家である韓民族の運命は、世界の運命と直結しているため、韓民族に対する啓蒙運動は、世界人類を覚醒させる前哨戦のようなものであった。それゆえ、若者を動員し、韓民族の摂理的使命に目覚めさせる国民運動として、勝共活動を始められたのである。勝共運動は、既存の反共政策が限界に至ったことを認識した土台の上で始まり、共産主義理論の限界と虚構性を論理的に批判し、その代案を提示することにより、国民思想運動として大きな役割を担った。

1 韓民族はかわいそうな民族です。長い歴史路程を経てきましたが、他の民族の前に豪語して進み出られるいかなる内容ももち得なかった民族です。もっているものもなく、誇るものもありません。

しかし、この民族が二十一世紀の新文化時代に、神様が願われる心情を抱き、人類の悲しみと苦痛を抱き締めて身もだえする民族になれば、さらには、神様の悲しみと苦痛を抱いて身もだえする民族になれば、世界を指導し、天の愛を受ける民族となるでしょう。

2 今日、韓民族のことを世界で一番哀れな民族だと言いますが、お父様は韓民族に一番の希望をもっています。民主世界と共産世界が対峙していますが、韓民族は絶対に哀れな民族ではありません。この韓民族に天的な動きがあるとすれば、韓民族は生きるのです。歴史は韓民族の歴史に、世界は韓民族の世界になってしまうでしょう。これは、私の言葉ではありません。分かってみれば、そのようになっているので話すのです。

歴史の背後から付いてこられる神様の解怨成就は、悲しみの路地裏から成し遂げられてきました。そこから喜びの基盤がつくられ、足場ができてきたのです。ですから、韓国は世界で問題になり、全世界のキリスト教の中で問題になるでしょう。これからは、統一教会が世界的な問題として台頭するでしょう。それは、自慢ではありません。よく祈る人は分かるでしょう。霊通した人は、証するのです。しなければ、天上の法に引っ掛かります。ですから、皆さんもしっかりと覚悟しなければなりません。途中でやめてはいけません。私たちの前にいかなる迫害が来ても、問題視しないという信念をもたなければならないのです。私たちが倒れたとしても、天のみ前に立てようとする忠孝の伝統を立てなければなりません。忠男、忠女の伝統、烈男、烈女の伝統、孝子、孝女の伝統さえ立てておけば、統一教会は使命を果たすのです。

3 三千万の民族(韓民族)が神様を知らなかったとしても、神様は韓民族の歴史と共にいらっしゃいました。義の心情を抱き、忠臣の道理を立てるために刑場の露と消えた、ある忠臣がいるとすれば、神様はその人の足跡とその人の心情、またその人が属している民族と共にいらっしゃったのです。

今日の「私」は、負債を負った者です。韓民族は、負債を負った民族の中(でも、より多く)の負債を負った民族です。かわいそうな人を救おうとする神様であり、堕落した子女を抱いて痛哭される父母の心情をもった神様であれば、豊かに一暮らす民族よりも、貧しい民族を見つめながら、より哀れに思われるでしょう。韓民族は、他の民族に誇るものは何もありません。持つべきものを持てませんでした。すべて奪われてしまい、すべて失ってしまいました。

ここで、再び私たちが何かをもつことができるとすれば、私は「血が沸き立ちながらも、行くべき道が分からずにさまよっている青年男女たちの心の中に、イエス様が神様に対して父と呼んだ燃え上がる心情をもたせてください」と願うのです。彼らがそのようになれば、この韓民族を他の民族が支配することはできないでしょう。私たちを哀れに思って御覧になる父の心情の前に、「(天の)お父様!私はこのように活動しました」と進み出る息子、娘が多くいれば、神様はこの世界と主義、思想を新たに生まれ変わらせるでしょう。そのような青年男女、そのような民族がいるとすれば、彼らは世界を支配するのです。

4 神様の願いが私たちの肩にかかっています。私たちは、天の主権を民族と人類と天宙に立てなければなりません。神様は、皆さんが自覚し、勝利の実績を残すことを待ち望んでいらっしゃいます。それはほかでもない、失われた天の民族と国土と主権を回復することです。

韓民族は、自覚することができずに眠っています。自分がどのようになっているのか、国土がどのようになっているのか、主権がどのようになっているのかを知らずにいるのです。私たちは彼らに、失われた民族と国土、主権を天宙に立てなければならないことを悟らせてあげなければなりません。命を懸けて回復させなければなりません。私たちは、天の民族と国土と主権を取り戻すために悔い改め、天の勇士として闘志をもって勇進すべき使命を帯びていることを、自覚しなければならないのです。

お父様も、責任を自覚してからは、寝ても覚めても、食べるときも、ただこれだけのために生活しました。自覚できない韓民族を自覚させる責任を負ったので、自負心をもって進むようにお願いします。

5 この地球上で最も大きな事件が起きたのですが、その事件が正に、共産主義の出現です。これがなぜ大きな事件なのでしょうか。厳然と生きていらっしゃる神様に対して、「死んだ」と言うからです。言い換えれば、共産主義は、神様が厳然と生きていらっしゃるにもかかわらず、「いない」と言うのです。罪の中で最も大きな罪とは、明らかにいるにもかかわらず、「いない」と言うことです。目をらんらんとさせて生きているのに、その人のことを「死んだ」と言えば、怨讐の中の怨讐になるのです。

自分の父母が生きているのに、「父母は死んだ」と言えば、それ以上の不孝はありません。それと同じように、神様が生きていらっしゃるにもかかわらず、「神は死んだ」と言うならば、それ以上の怨讐はないのです。この怨讐の主人公が共産主義です。ですから、共産主義に関するすべてのものを打破してしまわなければなりません。それゆえ、「勝共思想」で思想武装しなければならないというのです。

6 自分が最も愛するものは、自分だけでなく、家族全員が愛し、民族も愛し、さらには、全世界の人類が愛し、天と地、すべての存在が愛するものでなければなりません。それは、自分が愛する息子でもなく、夫婦でもなく、父母でもありません。それは、正に神様です。心情の流れる道筋の根として連ねることができ、誰も動かすことがてきず変更することができず、引き離すことができない、そのような中心的心情の主体である神様だというのです。

神様を愛するときには、民族的な隔たりも、いかなる伝統的な隔たりもありません。民族を超越し、伝統を超越し、環境を超越した立場で、万民が共通に愛し得る主体が神様です。人間が神様と自分との関係を知って、縁を結ぶ立場に進むようになれば、神様を愛さざるを得ないようになっているのです。ですから、神様は一体の場をつくるために、この世界を収拾してきています。それで、まず希望の一点を探し出すために、今まで思想と理念を中心として闘ってきたのです。これが今日、民主と共産の対決にまで至りました。

しかし、この世界は民主主義でも駄目であり、共産主義でも駄目だというのです。この二つは、より優れた一つの理念で糾合されなければなりません。全世界の人類は異口同音に、「一つの理念を追求し、(それを)謳歌できる時代に越えていかなければならない」と言っています。ですから、私たちは、神様と人類を一つにすることを一つの希望として、その途上に立っているのです。

7 今日の世界は、民主世界と共産世界に分かれています。ところが、民主世界が共産世界に追われている状況です。それは、民主主義に共産主義を凌駕できる思想的な内容がないからです。ですから、私たちがこれから、共産主義を凌駕できる主義と思想を立てなければなりません。それが天宙主義です。

天宙主義を中心として共産主義を批判できる道を模索しなければなりません。このことを一九六二年から準備し、一九六五年に始めました。共産主義に勝てる団体は、正に全国で大きく成果を収めている勝共啓蒙団です。

8 私たちは、世界的に拡大している共産主義を打倒するために闘っていかなければなりません。共産主義が世界の三分の一をのみ込み、民主主義の宗主国であるアメリカまで、その組織に引き入れようとしています。ところが、統一教会が、「共産党を打ち倒そう」と言いながら立ち上がって闘っているのです。このような私たちに対して、世の中の人々は関心がありませんでした。しかし、彼らは誤解していたのです。

最近、立場が逆転しました。今や「統一教会の講師でなければ駄目だ」と言って、車で探し回りながら、先を争って講師を連れていこうとしています。彼らは、統一教会が「共産党に勝とう」と言っているので、「勝共啓蒙団」という名前まで付けてくれました。ヤコブには、天使がイスラエルという名前を付けてくれました。ヤコブがそのように勝利したのと同じように、私たちも実権を握っていかなければなりません。共産党を自然屈伏させるのは、私たちでなければならないようになっています。思想的な面で、「統一思想」でなければならないというのです。

9 皆さんは、統一の理念をもって壁を越え、境界線を越えて、三千里半島と三千万の民族(韓民族)の前に進み出なければなりません。道端にいる青年たちであっても、連れてきて「統一理念」で教育しなければなりません。今、韓国の実情は、そのようなことが起きなければならない時です。そうでなければ、滅びるようになるというのです。

そして、この道を行くには、父母の心情をもち、僕の体で、涙は人類のために、汗は地のために、血は天のために注がなければなりません。そのようにしてこそ、皆さんの涙と汗と血の価値を、人類と地と天が分かってくれるのです。

神様は祭物の足場に乗ってこられます。ですから、統一教会の信徒は、個人的な祭物時代を経て、民族的な祭物の責任を果たし、世界的な祭物の道に進んでいかなければなりません。

10 民主世界の主体国であるアメリカを中心とした国々が、「神は死んだ」という内容をもって、一九六七年に世界を大きく騷がせました。歴史上に恨を残す出来事です。「神は死んだ」と言うのですが、三年以内に復活する時が来るというのです。イエス様は三日目に復活しました。死んだので、再び生きる時が必ず来るというのです。

それでは、このような役事(働き)を誰がするのでしょうか。今日の民主世界のキリスト教ではできません。世界的な思想をもつた共産主義を凌駕できる理論を、キリスト教は備えることができていません。共産主義を凌駕できる理論をもった統一教会がしなければならないのです。ですから、統一教会は反共思想だけでなく「勝共思想」を掲げてきたのです。「共産党に理論で勝たなければなりません。「共産主義理論は、これこれこのような所が間違っている」と批判するだけでなく、その代案までも提示しなければなりません。

現在、統一教会が「勝共思想」をもって先頭に立っていますが、統一教会はまず、世界に向かって「神様は生きていらっしゃる」と宣布しなければなりません。今日の世界は、神様の運勢がそがれていく、最後の峠道に直面しています。そのような運命の道で、新しい理念を中心として、共産主義の無神論思想を退け、民主世界を神様の側に導いていく使命を、統一教会が果たさなけれはなりません。

11 一九六五年十月、江原道で民間人家族がスパイに殺害される事件が起きましたが、その事件によって、与党と野党が口をそろえて、「江原道を反共模範道に指定し、反共闘争を強化しなければならない」と言っています。江原道が反共の模範道になり、これが次第に他の道にまで拡大していかなければなりません。そうして、十九歳から五十五歳までの男性たちによって反共組織を編成しなければならず、統一教会も反共闘争を強化しなければならないのです。このような局面なのですが、政府には反共闘争に対する理念的な代案があません。

私たちの勝共運動が、江原道から起きるようになった原因がここにあります。一列になって進んでいた群れ全体が回れ右すれば、一番後ろにいた人が先頭になるのと同じように、江原道は私たちの国で一番後れた道ですが、摂理的に見るときには、一番近い道になるのです。

また、江原道には軍の部隊がたくさんいますが、私たちが願うとおりに、これから統一教会の思想によって韓国軍を思想武装させることができます。そうして、北朝鮮までも思想的に押して上がっていくのです。

12 神様を身代わりし、民族のために立ち上がった皆さんが反共講義をするのは、幾人かの人のためではありません。復帰途上で、共産主義は必ず打ち破らなければならないサタンの勢力だからです。神様が、勝利する民族を立てようと苦心されているので、民族全体が歓迎するその日が来るまでは、自分たちが歓迎を受けることはできないという考えをもたなければなりません。

民族が歓迎するとき、皆さんが前に立つよりも、先祖として来ては逝ったすべての義人たちを前に立てて、神様を喜ばせてさしあげようという謙遜な心をもって向き合わなければなりません。もう皆さんは、歓迎を受ける場にいてはいけません。それは過程的な現象です。まだ皆さんには、越えていくべき峠がたくさん残っており、駆けていくべき道がたくさん残っています。その道を行くのに妨げとなる要件があっても、それを必ずや越えていこうという皆さんにならなければならないのです。

13 最近、地区長たちの報告によれば、地区長たちが道で人気者になったというのです。道知事が表彰しようとし、内務部の長官(日本の総務大臣に当たる)が表彰しようとするというのです。それは、理念的に見て、国が私たちを失ってはならないと認識したからです。昔は、お父様が少しでもどこかに出れば監視をしていた各警察局の情報課が、今や「統一教会でなければ駄目だ」と言う段階に変わりました。日陰が日向になり、日向が日陰になるのと同じ道理です。

彼らは、ますます急変する世界情勢のもと、さらには反共体制を強化すべき国家的な危機に直面した時点で、自分たちの生命と財産を失うことを恐れ、少し間違えば自分たちが死ぬだけでなく、親族や氏族まで死んでしまうこともよく分かっているのです。

14 ある地域長が、反共講師としてある地方に行った時のことです。講演会場には町の有志たち、警察署長から郡守に至るまで、公務員たちがみな集まっていました。ところが、「反共思想講座に責任をもった先生が来る」と言っていたのに、その先生は来ないで、どういうわけかぼさぼさ頭の青年がとぼとぼと歩いてくるというのです。最初は、彼のことを講師の使いをする人かと思い、「君、どこから来たのかね。講師の先生はいつ来られるのかな」と尋ねてくるので、彼は当惑するしかありませんでした。「きょう、講師として統一教会の誰々が来ると言っていたのだが、どうなったのか」と聞いてくるので、「私がそうです」と答えると、そのぼさぼさ頭の青年が講師だとは思わなかった彼らは、ひそひそと話し始めたというのです。自分の息子と同じ年頃の若い青年が講師とは、これ以上に恥ずかしいことはなかったでしょう。

しかし、自分たちが公文で招請したので、壇上に立たせないわけにはいきません。それで、二時間半にわたって講演をしたところ、仰天したというのです。反共講師である私たちの地域長たちは、大体が二十代の青年です。このような人々が群守や警察署長の友達になりました。

いくら理念が良いとしても、実績がその理念の基準に及ばなければ、その理念は価値を表すことができないのです。しかし、実績が理念の基準を越えるときには、その実績以上に、理念の価値が上がっていくのです。私たちは実績をもって闘わなければなりません。私たちは何ももたずに出てきましたが、忍耐心をもって実績を積み、近隣の人々を糾合しなければならないのです。

「国際勝共連合」の創設と勝共運動の展開

真の父母様は、国民啓蒙運動として、一九六五年十一月十日、反共啓蒙団を公式的に発足された。そして、一九六八年一月十三日、韓国全土の各道に組織された反共啓蒙団を一つに統合し、「国際勝共連合」を創設された。「国際勝共連合」の設立目的は、内的には韓国の国民を「勝共思想」によって思想武装させるためであり、外的には世界的に拡大する共産勢力に対処するためであった。

15 なぜ「国際勝共連合」をつくったのでしょうか。権力構造の、ある象徴的な一つの目標にするためにつくったのではありません。終局の目的達成のため、韓国に必要であり、世界に示し得る実績基盤に連結できる思想をもった団体がなければならないと考えたのでつくったのです。

私たちは、いずれにせよ思想戦の関門を通らなければなません。何らかの主義をもったと誇る国でも、民主主義を追求しているアメリカでも、これから思想戦の関門で落伍する立場に立つようになれば、流れていってしまうのです。

私は、そのような面で終始徹底している人です。これから迫りくる世界の思想戦で、誰が主役になるのでしょうか。深刻な問題です。

16 私が今まで韓国で、教団を後援して超教派運動を進め、勝共活動をしているのは、南北統一のためです。南北の統一は、世界統一の起源になることを私は知っています。南北の解放は、世界の人類解放の起源になります。その根は一つです。その根が韓国にあるというのです。ですから、韓国解放のために生涯を捧げて闘ってきたのです。

今や、影響を及ぼし得る世界的な基盤を築きました。南北の分立は、私たちの民族が求めて起きたことではありません。強大国によって起きたことなので、これを解くことも、強大国の頂点を追い立てながらしなければならないのです。このように操ることができる背後をもたなければ、解放は不可能です。

17 私たちは、共産党を韓半島から追い出さなければなりません。韓国の歴史は、世界の歴史を縮小させたものです。ですから、韓半島は北朝鮮と韓国を中心として、民主世界と共産世界の最前線になっています。休戦ラインにある板門店は、世界で一つしかない討論の場です。これは、神様とサタンが対立している門と同じです。ですから、今や韓国が世界的な主導権を握ることができる新しい時代が来たのです。

ここで、共産主義を凌駕できる理念をもって、休戦ラインを押して越えていくことができ、キリスト教の腐敗性を抑制して新しい世界に駆けていける力の母体、団結の母体になれるのは、統一教会しかありません。ですから、統一という名前を中心として、世界的な新しい理想をつかんで前進していくのです。

18 お父様は、反共という言葉が好きではありません。しかし、反共をしなければ勝共が出てきません。反共をしてからさらに準備して、勝共をしなければならないというのです。

今からは、私たちが共産党に対して攻勢をかけなければなりません。お父様がこのための挙国的な団体を組織しようと計画し、かなり進んだのですが、世の中から反対を受けるようになり、今に至るまで延期されています。大変ですが、私たちは何としてでも、この段階を越えなければなりません。そうして、韓国を動かし、ひいては日本と中国を含むアジア全体を動かさなければなりません。今後、韓国とアメリカに世界的な反共団体をつくろうと思います。そうして、他の反共関連団体をすべて吸収し、新しい思想と理念で武装させて、反共指導要員を養成しようと思うのです。

19 私たちは、神様が喜ばれる道を求めながら、迫害を受ける道を歩んできました。それで、お父様は、今まで歩んできた道について考えてみました。ある時代の一時を思って神様に祈ったことが、そのとおりになりました。北朝鮮に入っていって祈ったその内容が、的中したというのです。韓国に来て、困難な峠を越えながら神様に談判祈祷をした、その時のことが思い出されます。神様が私をこのように苦労させるのは、滅ぼすためでもなく、死に追い立てているのでもありません。大きな誘惑と波風から抜け出し、希望の一時を迎えさせるための神様の摂理であることが分かりました。

私たちは寝ても覚めても、統一を考えなければなりません。第一次七年路程を歩みながら、私たちでなければならないという言葉が広まり始めました。国だけでなく、アジアが生きようとするなら、共産党を屈服させなければならないというのです。

20 「国際勝共連合」は、文字どおり、共産主義をこの地球村から追い出すことよりも、共産主義に勝利して消化できる運動をする連合体です。連合というのは、組織体を意味します。一人だけではできません。必ず組織体が必要だというのです。

共産主義は、世界的な組織基盤の上に立っています。その組織基盤が国家です。ですから、共産主義者たちは、世界のいかなる主義も消化できると考えるのです。「今日の民主主義も、私たちが行く道の前には必ず終わりを告げる。私たちだけが勝利する」と言うのです。共産主義は世界的な基盤、すべての国家を合わせたその基盤の上にあります。世界に向かって前進するそれ自体にもやはり、国々だけではなく、国家を連結させた世界的基盤があるからです。

ですから、共産主義を防ぐためには、私たちもそれ以上の組織的基盤が必要です。個人に連結された関係から、家庭を越え、氏族を越え、民族を越え、国家を越えなければなりません。それを克服し、それ以上の目的に向かって、一つの連結体をつくっていかなければなりません。そのように、切っても切れない関係の上で、世界的な共産主義、国家の上に立っている共産主義を防ごうというのです。

21 これから「国際勝共連合」の活動は、教会より先に立たなければならず、国より先に立たなければなりません。私たちは今、宗教の次元を超え、国家の次元を超えて、どの団体よりも先頭に立つことができる活動をしています。ですから、私たちの幹部たちに講義をするように指示しています。皆さんは「国際勝共連合」の活動を中心として、挙国的に新しい方向を定め、闘っていかなければならないのです。そのような段階に入ってきています。

統一教会の活動を通しては、国を率いていくことができません。キリスト教や数多くの教団が反対するというのです。しかし、「共産党に勝利しよう」と主張することに対しては、すべてがもろ手を挙けて歓迎するのです。私たちが勝共教育をするようになれば、宗派を超越することができます。

22 お父様は、一九六〇年代から勝共活動を展開しようと考えていました。その時から、法務部(日本の法務省に当たる)の対共関係の部署を通して、刑務所のスパイたちに勝共教育をしました。それを見ても、時は必ず訪れてくることが分かります。

一九六〇年から十年間、統一教会が歩んできた道は受難の道でした。しかし、これからは変わるでしょう。国家のために活動する統一教会なので、統一教会が発展できる外的な環境を国家がつくってくれるでしょう。私たちが勝共教育をしてきたのですが、勝共修練会で修練を受けてきた人々を見てください。なぜ、それほど変わるのかというのです。わずか数日間の教育を受けて、どのようにしたらそのように変われるのかというのです。

地方の有志たちを集めて教育したときにも、最初は自分たち同士で争い、ありとあらゆることが起きましたがあとから、「なぜ、五日間の教育を受けてこれほど変われたのか」と、彼ら自身もそれを不思議に思い、感嘆するほどでした。明らかに、理解できない何かがあるというのです。いくら尋ねてみても、彼らも「なぜそうなのか分からない」と言うのです。

23 「国際勝共連合」の活動が良い成果を収めているという事実を、大韓民国の人たちはみな知っています。ですから、内務部(日本の総務省に当たる)や情報機関では、自分たちの情報要員を秘密に送り込み、勉強させています。すなわち、国家観を担当する教授や、共産主義批判を担当する教授たちに教育を受けさせて、立体的に分析、報告させているというのです。

ところが、彼らが「これからはこのような教育を、国を挙げて行わなければならない。今まで、共産主義に対する批判はすることができたが、それを克服できる代案が分からなかった。しかし、今ようやくそれを学ぶことができて痛快だった」と報告するので、情報機関が驚きの目で見つめるようになったのです。

24 私たちは、反共闘争をしてきました。ところが、韓国政府は私たちを歓迎しませんでした。政府に隸属した多くの団体が、私たちの前で押されていき、勢いを失っていく環境になるので、かえって私たちに反対したのです。その機関長たちは、ありとあらゆる圧力を加えて私たちを消そうとし、当局と歩み寄って数多くの迫害を加えました。しかし、真理と公義は勝利するのです。

韓国では、一九七一年の一年間だけでも、千人以上のキリスト教牧師たちに勝共教育をしました。過去五年間に、合わせて六百五十万人を教育したのです。今になって、韓国における反共戦線の橋頭堡が統一教会であることを知り、すべて押し寄せてきています。今や、大学でも私たちが中心になっており、思想界でも既に中心になって、公務員、あるいは教育機関の思想講座は、私たちが担当するようになりました。

一九七一年にも「統一思想」を中心として、韓国の著名な教授四百人を教育しました。内的にはキリスト教を擁護し、外的には共産主義を防がなければならないのですが、それをする人が、私たち以外にはいません。反共戦線では、日本と台湾など、アジアの最先端で闘っています。

25 一九七九年十月の大統領殺害事件以降、統一教会は何をしたのでしょうか。金日成主席が韓国を侵犯できる良い機会だと考えたので、「国際勝共連合」を中心として七十万人の会員を確保し、団結大会を行いました。命を懸け、莫大な資金を投入しました。政府がこのようなことをしなくても、国民が何と言おうとも、これを抱き、基盤を築いて闘わなければなりません。

神様のみ旨によって、そのようにしたのです。反共戦線を構築し、韓国の地から共産主義を防ぎ止めなければならず、青少年たちの淪落を防がなければならず、没落していくキリスト教を復興させなければならないというのです。もしキリスト教が受け入れなければ、キリスト教を差し置いて、統一教会の基盤をもってしなければならないというのです。

26 一九八三年にお父様が韓国の為政者と関係者たちに会った時、彼らは非常に驚きました。それは、お父様が常に永遠の真理の側に立っていることを知ったからです。その時、韓国の国民は、大韓航空機撃墜事件とミャンマーのラングーン爆破事件によって、大きな苦痛を受けていました。しかし、彼らと会った時、彼らは、一筋の希望を見いだしたという表情で、お父様を迎えたのです。

国民は士気が大きく低下し、落胆した表情をしていましたが、共産主義に勝つ方法をお父様から見いだせるのではないかという希望を抱いていました。全国勝共決起大会の時、「共産主義に勝てる」というお父様の明快なメッセージに接し、すべての国民が歓迎しながら拍手で応えてくれたのです。お父様は、絶望の中で怒りを静めようとしている彼らに、希望を次き込んであげたのです。

27 私が勝共運動をする目的は、共産主義者たちを滅ぼそうということではなく、真の真理と真の愛によって彼らを解放して生かしてあげるためです。これが目的なので、今、水に溺れて苦しんでいる共産世界を、私心なく犠牲になって助けてあげようとするのです。

一九八九年十月十二日に開催された「世界平和教授アカデミー・ソ連重鎮言論人招請懇談会」に、私の招請でソ連の著名な言論人たちが韓国に来て参席しました。そして、帰国する時、彼らは断ろうとしたのですが、私が説得して彼らを平壌に送り、金日成主席にメッセージを伝えさせました。

そのメッセージの内容は、第一に、私は彼の怨讐ではないということであり、第二に、韓国赤化の野心を捨てなさいということであり、第三に、世界的な趨勢に逆行せず、真理に帰り、門を開いて手を広げれば、私たちは兄弟になって、みな一緒に繁栄し、幸せに暮らせるというものでした。

28 金日成主席を生かしてあげ、一人の証人として立てなければなりません。お父様はやはり偉大だと証する証人が必要です。私は、反共指導者ではなく勝共指導者です。共産党を滅ぼそうとするのではありません。共産党を救ってあげようとするのです。神様は善なる人を中心として救うので、(善の人を)滅ぼそうとする人は滅びていき、善の立場で打たれる人は栄えていくのです。これが天理の行く大道です。

第二節 南北統一運動国民連合

第2節「南北統一運動国民連合」

「南北統一運動国民連合」創設の背景

一九八七年五月十五日、ソウルのリトル、エンジェルス芸術会館において、「南北統一運動国民連合」が創設された。これに先立ち、五月四日から韓国の十大都市で、南北統一運動国民大会が開催された。真の父母様は、「国際勝共連合」の活動基盤を南北統一運動に転換させるため、汎国民運動である「南北統一運動国民連合」を立てられたのである。

1 お父様は、光復直後にキリスト教とキリスト教文化圏を中心とした国、カイン圏とアベル圏の世界的な国家が一つになれなかったことに代わって、一つになったという条件を立てるとともに、韓国が南北に分かれてお父様を追放したので、韓国に戻ってきて再び国民を収拾して蕩減復帰するのです。それで、「南北統一運動国民連合」をつくりました。

カナン復帰路程で、イスラエル民族がヨルダン川を渡ってカナンの地に入るのと同じです。結局は、北朝鮮に入っていかなければなりません。カナンの地にはカナン七族が暮らしていました。共産圏を中心として、そのような怨讐たちが私たちを狙っているというのです。私たちが入っていって、彼らを消化しなければなりません。

2 お父様が行く道は、新しい祖国を求めていく道です。定礎石を据えるべき最後の息詰まる帰着点に向かって前進しています。この国で行われた一九八七年の「四・一三護憲措置」から「六・二九民主化宣言」までの多事多端な環境の中で、「南北統一運動国民連合」というタイトルのもと、ここに鉄柱を差し、「あなたが退くか、私が退くか」という闘いを繰り広げたのです。

お父様はたった一人で走ってきました。一介の男として、個人を代表し、一族の族長を代表し、一国の民族を代表し、世界の万民を代表する立場で、それだけでなく、歴史時代に来ては逝ったすべての聖人、賢哲たちを代表して神様の愛の恨を解いてさしあげることにおいて、「私を手本にしなければならない」という権威をもち、追われてもこの道を死なずに走ってきました。

この事実は、私が優れていたからできたのではありません。神様もお父様を持ち上げて、誇りたいというのです。怨讐たちが自然屈伏し、自分の息子、娘よりも、自国の国民よりも先にたたえる歓声が、地上から湧き上がることを願う神様なので、お父様が試練の舞台を克服するとき、助けるのではなく激しく追い立てたのです。そこに、歴史にない賞を与えるための神様の愛があったというのです。それを知ったので、私は死ぬことなくこの場まで来たのです。

3 北朝鮮の人々は、金日成主席が命令さえすれば韓国を侵攻できる武装を完備しています。しかし、武装完備したその力、すなわち欲心によって押す力と、統一教会が愛によって押す力があるとき、宇宙の力はどちらを協助すると思いますか。天運は、私たちを協助するというのです。

ですから、「私の家庭を祭物の立場で犠牲にしてでも、北朝鮮にいる数千、数万の家庭を救おう」という真の愛の心をもたなければなりません。そのような心が芽生えるときに、北朝鮮は崩れるようになります。自然に根の下のほうから腐るようになります。生命の要素はすべて(根から)上がってくるので、そこでは死、死亡の世界が始まるのです。結局、統一教会が準備できていないために、北朝鮮が残っているのです。ですから、これを準備するために、お父様は「南北統一運動国民連合」をつくりました。

4 韓国を統一するというのは、世界全体を統一するのと同じくらい大変なことです。しかし、これが摂理的な焦点になっているので、すべてが一つにならなければなりません。一つになるためには、二つになるという過程を経なければなりません。そのようになってこそ、二つをすべて消化できる能力をもてるのです。その基盤の上に、一つの存在として残るようになります。

ですから、皆さんは罪悪に満ちたこの世界を統一しなければなりません。罪悪の世界を統一するためには、まず罪悪の世界で麴にならなければなりません。麴になろうとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。それは、力でするのではありません。愛でするのです。涙と血と汗を通してしなければなりません。

ですから、私たちは責任を果たさなければなりません。その責任を果たせば、統一の理念がこの地上に立てられるのです。したがって、私たちがやらなければならないことは、私たちの理念を基盤として、三千里半島から共産党を追い出すことです。アジアから追い出さなければなりません。この地から追い出さなければならないのです。

5 韓半島の韓国と北朝鮮さえ統一されれば、民主世界と共産世界が一つになるのです。これは、ユダヤ文化とギリシャ文化が一つになるのと同じです。これが一つになれば、東西が統一されるのです。宗教世界と文化世界、神本主義と人本主義、すべてのものが統一されます。

北朝鮮では金日成主席を「父」と言い、韓国では私を「父」と言って、二人の父が闘っています。一人はサタン側のメシヤであり、もう一人は天の側のメシヤです。二人のメシヤが闘うのです。そうして、お父様は上がっていき、金日成主席は下がっていきます。このようになることによって、世界の問題はすべて終わるのです。

6 今日、私たちは北朝鮮と対峙しています。ですから、常に北朝鮮が韓国にスパイを浸透させようとするのですが、どこに浸透させるのでしょうか。統と班に浸透させるのです。それを点として線で結び、それに乗って中央にまで上がっていくのです。中央の頂上は指導体制が一つです。そこに向かっていくのです。それで、ある程度まで数が確保されるときには、地下組織を上部から編成し、統一的体制を形成します。そのようにして編制一元化を企てることが共産主義の戦略です。

ですから、私たちが注目すべきことは、敵がどこから浸透してくるかということです。統と班を通して浸透してくるというのです。それゆえ、この統と班をどのように組織化するかが問題です。私は「南北統一運動国民連合」をっくって、統一教会の組織、「国際勝共連合」の組織、「南北統一運動国民連合」の組織、新たにこの三つの組織に編成しました。

統一教会が頭であり、国民連合は足です。しかし、復帰時代には、頭からするのではなく足からするのです。大韓民国の国民が同じ軸を中心として回らなければなりません。そのような意味で、国民連合を中心として一つになりなさいというのです。国民連合を中心とするのですが、統と班に行って、一つになりなさいということです。

統一に備えた組織強化および教育

真の父母様は、韓国の経済成長と八八ソウルオリンピックなどにより、南北間の格差がますます広がり、北朝鮮の韓半島赤化統一に対する野心が大きくなるにつれ、汎国民的な勝共および統一運動の発展が、より一層、切実な問題になると語られた。特に、北朝鮮が韓半島での総選挙を提案してくることに備えて、徹底した「勝共思想」教育を実施しなければならないことを強調された。このため、末端の行政組織である洞、統、班、また面、里、班まで組織を緻密にし、強固にすると同時に、共生、共栄、共義の「神主義」すなわち「頭翼思想」を根本理念とする思想武装教育を本格的に展開された。

7 アメリカやソ連、日本は、韓国と北朝鮮が闘うことを願っていません。どのようにしてでも平和が持続することを願っています。中国も、一九八八年以降には方向転換し、自由世界と連結される道を開いていこうとしているのに、韓国と北朝鮮の間に紛争が起きれば、自由世界と関係を結ぼうとしていたことが一大打撃を受けるようになるので、紛争を願わないというのです。

世界情勢がこのようになっているので、北朝鮮は、間違いなく韓国と北朝鮮の総選挙を提案してこざるを得ないと思います。そうして、北朝鮮は「できる限り短い期間、四十日以内に総選挙をしよう」と言うでしょう。このように提案してくれば、韓国政府は受け入れざるを得ません。ところが、北朝鮮は、韓国の行政機関に対処するすべての組織から、市、郡と面、里、統、班まで、二重に組織しています。韓国の面、里、統、班まで二重編成をしておいて待っているのです。自分たちの計画どおり、ただそのまま全面的な宣伝攻勢に出てくるというのです。

韓国では、このような北朝鮮に対して備えておいたものが何もありません。神様の摂理から見るとき、悪魔は最後まで、限界に至るまで攻撃して、ようやく後退します。彼らが総攻勢に出るとき、韓国はそれを防ぐことができないと考えたので、お父様は解放後の四十年間、これを防ぐための準備をしてきました。

8 八八ソウルオリンピック大会を中心として、北朝鮮は隅に追いやられ、本当に困難な立場にあります。ですから、危険だというのです。金日成主席の性格から見るとき、「中国もソ連も信じることなく、行動を起こして韓国を急襲し、拳で握ってしまえばよいではないか」と考えるというのです。しかし、そのような攻撃ができなくなれば、必ず、「韓国と北朝鮮の総選挙をしよう」と言ってくるでしょう。「韓国と北朝鮮の総選挙をしよう」と言えば、ソ連も喜び、中国とアメリカ、日本も喜ぶようになります。不可避的に、そこに引っ張られていかざるを得ないというのです。

ですから、重要なことは、南北統一の雰囲気を造成することです。それで、韓国に「南北統一運動国民連合」をつくったのと同じように、世界に「東西南北統一運動連合」をつくらなければなりません。東洋と西洋の問題は、文化の格差です。文化的背景が違います。それが東西問題であり、南北問題は貧富の格差です。世界のいかなる国であろうと、ここにすべて引っ掛かっているので、「東西南北統一運動連合」をつくるしかありません。

9 自由民主主義の体制と共産主義の体制は、根本的に違います。自由民主主義体制は選挙によって大衆が指導者を選びますが、共産体制は労働者、農民、すなわちプロレタリアートの独裁政権です。ですから、反対する人は消してしまいます。共産党が指名すれば、いつでもその人は一〇〇パーセント当選するのです。独裁体制を永続化する方便として、そのようにしているというのです。

それゆえ、統一された体制をどのようにつくるかが問題です。そのようにするためには、思想的な面で民主体制と共産体制を越えることができ、消化できるもう一つの統一的な思想がなければなりません。そのような理論的基盤の上で統一体制を形成しなければならないというのです。統一体制の形成には、韓国が一つのモデルです。韓国を中心とした「南北統一運動国民連合」の形態をかたどってつくったのが、世界の「東西南北統一運動連合」です。韓国が正に世界のモデルになります。それに世界が付いてくれば、すべてが統一的世界体制に越えていくのです。

10 南北統一のために、どのように活動しなければならないのでしょうか。面と洞の単位を中心として活動しなければなりません。第一は、地方の面を中心とした里と班の強化、里と班をすべて教育しなければならないということです。面を中心とした里と班の教育です。第二は、都市の洞を中心とした統と班の教育です。

第三は、会館、教育場所の確保です。面単位を中心として教育できる場所を決定しなければなりません。第四は、後援会を結成しなければなりません。後援会さえ結成すれば、すべてのことが解決します。このように後援会をつくり、後援会に加入したすべての会員たちは、北朝鮮解放のために毎月、いくらかの会費を出すようにする運動をするのです。そのようになれば、これを中心として、里長と統長と班長を通して全体会議を行い、準備資金を集めることが可能です。最後に五番目は、後援会を中心として基金を確保しなければならないということです。

11 統一教会が一九六八年に「国際勝共連合」をつくってから、二十年間で、三泊四日の正式教育を受けた人たちが九十万人を超えます。誰ももつことができなかった、このような人的財産を連結させたというのは、誇るべきことです。

「国際勝共連合」だけでなく、私たちの教会が教育した人も、二百万人を超えます。二百万を超えるこの人々は、統一教会員にはなりませんでしたが、全国津々浦々に私たちの人脈として連結され、脈を打ち、血が通う基地になっているというのです。このような事実を政府も知らず、どの党も知りませんでした。

お父様が、一日でどこかの大会場、どこかの体育館を用意して大会をすると宣伝すれば、私に会うためにすぐに駆けつける隠れた人々がたくさんいるというのです。私たちは、これまで統と班の組織を結成してきましたが、お父様が話したこのような背後の人的資源が多くあるのです。これを基盤として、下部構造と上部構造を連結できる中枢的、中間的橋梁の基盤を拡張させるために行ったのが、韓国の指導者たちのアメリカ研修です。

韓国で政治家たちが地方自治制について議論し、大きなことを言っていますが、お父様の基盤を凌駕できるいかなる団体、いかなる政党もないと考えるのです。韓国だけでなく、日本とアメリカでも、このような実質的基盤を築いています。

今や行動を開始し、韓国から北朝鮮に潮水が流れ込んでいける力の橋頭堡を形成しなければならない時になりました。それができる人は、お父様しかいません。

12 「統一原理」と「頭翼思想」は、悪魔の世界では恐ろしいものですが、神様の世界では驚くべき武器です。韓国と北朝鮮の住民すべてに「頭翼思想」、神様の思想、「神主義」を教育するのです。

これが統一の最も早い答えになることは間違いありません。今、中東で起きているユダヤ教とイスラームの根深い争いを和解させることにも、「統一原理」」が必要です。シリアとエジプト、イエメンのイスラームの核心指導者四十人が、既に四十日教育を終えました。これは、兄弟ではできません。父だけができるのです。父母が来て、お互いが兄弟であることは間違いないと教えてあげるときには、一つになるのです。その父母が神様です。(父母なる)神様を教えてあげれば、すべて統一されるのです

13 私は、一生を通して共産主義と闘ってきた人です。私は、共産主義者たちから何度も命を脅かされ、一触即発の危機から命を守ってきました。しかし、私は、ある特定の共産主義指導者に反対したのでもなく、また社会主義に対して反対したのでもありませんでした。私は、創造主であられる神様を否定する唯物論に立脚した共産主義哲学が、真理でないことを知った人です。私は、神様の実存に対する徹底した体験と所信をもった者として、私たちの世界と人類が神様を求め、神様のみ前に帰らなければ、究極的に、人類は滅亡せざるを得ないと固く信じた人なのです。

そのような意味で、今日の自由主義世界、または資本主義世界が正しく進んでいるとは絶対に考えていません。かえって物質万能の資本主義世界の中に、唯物論と無神論の澎湃(ほうはい:物事が勢いよく起こるさま)が、過去の共産主義に劣らず、世界と人類の将来を脅かしていると考えています。

もし、宇宙の根本であられる神様がいらっしゃらないとすれば、この世の中に絶対価値の基準はあり得ません。そうなれば、人間の道徳と倫理の基準が成立せず、その社会は、人間が万物の霊長となり得る何の哲学的根拠ももち得ないのです。正にこのような無神論的物質万能主義から今日の世界のあらゆる難問題が派生し、世界に氾濫する民族紛争の悲劇、各宗教間の戦争と殺傷、麻薬による犯罪、フリーセックスによるエイズのような病気がもたらされているのです。

私は、このような問題を解決するための根本的な治癒策を見いだそうと苦心してきた人であり、その解答を神様から啓示を通して得た人です。すべての人間が、唯一なる天地の大主宰であられ、父母であられる神様を知り、その子女になることが、世界平和のための急務だと考えます。私は、左翼でもなく、右翼でもありません。私は、中心に立って頭主義、すなわち「頭翼思想」を宣布し、「神主義」がすなわち「頭翼思想」であることを宣布しました。

第三節 真の父母様の北朝鮮訪問と金日成主席との会談

第3節 真の父母様の北朝鮮訪問と金日成主席との会談

故郷定州の生家訪問

真の父母様は、北朝鮮を離れてから四十年十一ヵ月ぶりに、北朝鮮政府の公式的な招請により、一九九一年十一月三十日、北朝鮮の地を再び踏まれた。十二月五日、定州の生家を訪問して親族にお会いになった。そして、「生家は世界の人々が巡礼する聖地になるだろう」と語られた。北朝鮮訪問は、国内外のマスコミの大きな関心の中で実現し、十二月六日、平壌のソジェゴル招待所で開かれた歓送式では、「愛は血よりも濃い」とされながら、「統一の原動力は真の愛である」と力説された。

1 私は北朝鮮を訪問し、故郷に行くのに、二機のへリコプターに分かれて乗り、二十八里を四十分で飛んでいきました。学校の運動場に降り、私の家があった所に向かったのですが、そこも車が走れるようにきちんと道が整備されていました。およそ十日間でその道を整備したというのです。自分たちの主席が来るとき以上に準備をしたのです。

私の父母の墓にも芝を植え、碑石を置いて、そこに文字を刻んで赤く塗ってあったのですが、みなよくやってくれました。また、私が暮らしていた家に行ってみると、すべてペンキが新しく塗られていました。金日成主席がそれを指示したのでしょう。

そこに土間があるのですが、その土間には石を積んでセメントを塗ってありました。庭には砂が敷いてありました。きれいに整えられていたのです。王のようなエサウが、弟を王のように迎えようとして、やったというのです。

2 金日成主席に、「私の故郷を開放しなさい」と言いました。私の故郷は、世界の人々が修練を受けながら参観できる場所になるので、差し出しなさいというのです。このような思いで押しまくりました。いくら反対しても、そこに引っ掛かるのです。天が垂らす公義の釣り針には、掛からないものがありません。私の父母の墓に台石を据え、芝を植えておいたのです。ほかの人がしたのではなく、金日成主席がそのようにしたのです。

私の故郷に行く道には二車線の自動車道が敷かれ、墓地まで行く道も、自動車が通れるように整備されていました。ですから、昔、イスラエル(民族)のヤコブを迎えたエサウより立派だというのです。なぜ立派なのでしょうか。

イスラエル民族は、第一の蘇生的イスラエルであり、キリスト教は長成的イスラエルです。アメリカは、私の故郷を聖地として開拓することは夢にも考えられませんでした。ところが、金日成主席がそのようにすることによって、第三イスラエルの民として権威を備えるようになったというのです。

3 私が金日成主席と会談した時、金日成主席が「文総裁、生家に行かれたそうですね」と尋ねるので、「行きました」と言いながら謝意を伝えると、(金日成主席は)「そこは今後、有名な場所になるでしょう。私がすべて考えて収拾します」と言いました。すると、その横にいた人々が、「はい、かしこまりました。主席様!」と言うのです。金日成主席の言葉は、神様の言葉のように実効(力)があります。

そこに私が一つ条件を付けました。「昔、私が住んでいた故郷のように造ってほしい」と言ったのです。その最初の形どおりに、ここはこのようにし、あそこはあのようにするようにと、すべて指示してきました。そのようにしておけば、世界万国に散らばっている統一教会員たちの巡礼地になり、私が昔、話したことを、生き生きと現実的な舞台で見て、感じることができるでしょう。

4 私が故郷に行った時、姻戚の八親等まですべて来ていました。私は言葉を一言も話しませんでした。皆が挨拶をしてすがりつき、放そうとしないのですが、私は共産党の世界をすべて知っているので、話をしなかったのです。

妹や姉に会うのですから、どれほどうれしいでしょうか。言葉を交わせば、その日にすべて上部に報告しなければなりません。妹の報告と姉の報告が異なれば問題になるのです。どのようにして全く同じように報告することができるでしょうか。甥も報告し、来ていた人々がみな報告書を出すので、その報告書が互いに合わなければ、大変なことになるのです。虚言になり得るというのです。

このようになれば、私が再びそこに行く道も塞がり、彼らが今後、生きる道も塞がるのです。

北朝鮮では一家族全体が報告をします。夫が報告し、妻が報告し、幼稚園児から祖父母まで、すべて報告するルートが違います。だからといって、一家族が全く同じように書いても問題です。「お前たち、口裏を合わせて書いたな!」と言われて問題になるのです。ですから、一言も語ることができません。そこは、話をすれば問題が生じるので、口があっても話ができない世界です。

5 私は、故郷の地、北朝鮮の地をすべて失ってしまいました。父母が惨事に遭ったことをすべて知りながらも、金日成主席を愛し、「私の父母を保護してくれてありがとう」と挨拶した人です。(父母の惨事を)知らない人ではありません。ですから、どれほど悲惨でしょうか。その母の墓の前に立つとき、痛哭が出てくるでしょうか、出てこないでしょうか。歯を食いしばっても涙をこらえることができないほどつらいのですが、この怨讐たちの前で私は涙を見せないようにしたのです「父母の墓参りのために来た」という言葉を残さないために、歯を食いしばって耐えたことを、私は忘れません。その問題が自動的に解決するまで、自らの精誠を尽くして南北統一を完成しようというのです。

6 私が北朝鮮の故郷の父母の墓を参拝した時、姉や妹は悲しみにあふれた心情で痛哭しました。「お母さん、お父さんが待ち望んでいたお兄さんが帰ってきました、弟が帰ってきました」と言いながら痛哭したのです。哀切なその痛哭の声を聞けば、人間なら涙を流さざるを得ません。

しかし、私はそこに文氏の息子として行ったのではありません。南北を統一できる主役として行ったのです。墓に埋められている人々の中には、悲惨な死に方をした人たちが多いのです。ですから、自分の父母の墓だけにしがみついて、かわいそうだと涙を流すことはできません。

姉と妹がそのように痛哭しているのを見ながら、「お父さん、お母さん、すみません。私は公的な人として来たので、泣くことはできません。南北統一をしてから来るときは、天下が、万国がひれ伏す中で、お父さんとお母さんが眠る場所と、お父さん、お母さんにお参りする場所を定め、孝子の責任を果たします。神様に侍り、万民の祝福を祈ってあげられる統一王国を建設してから、お父さんとお母さんにお参りします」と祈ったのです。

7 母は、私をとても愛しました。誰よりも愛したことを家族はみな知っています。自分たちを育てる中で、姉も(母が)弟をもっと愛したと思い、妹も(母が)兄をもっと愛したと思っていました。その母が、そのように愛する息子と死ぬ前に一度会いたいという恨を抱きながら悲運の道を行ったとも考えるのです。北朝鮮当局が、ありとあらゆることをしたと思います。私は、そのような北朝鮮を救ってあげるために行ったのです。

8 私の母は、本当にかわいそうです。息子、娘を十三人生み、五人を天に送って、八人の息子、娘を育てたのですが、私を一番愛し、私には何であれすべてしてくれた母でした。しかし、その母に対して、足袋の一足も、ハンカチの一枚も買ってあげたことがありません。それにもかかわらず、「私のために奉仕せよ」と言ったのです。

母に何も功がなくても、私のために尽くしてきたその功を、復帰摂理の最後の場に行ってすべて表そうと考えているので、その時までは、そのようなことをしなければなりません。実際、唖然とすることです。母が私を前にして、とてもやりきれず、鼻水や涙を流しながら声を上げて泣いていたことが、今も目に浮かびます。北朝鮮に行き、父母の墓の前に立って考えてみれば、不孝者だというのです。世の中では不孝者なのです。

9 皆さんも、お父様の故郷に行ってみたいでしょう。一九九一年にお父様が故郷に行って、失望しました。五十年前には、そこの山に木もたくさんありました。おおかみの鳴き声も聞こえたりしたのですが、今は木もありませんでした。その荒涼とした風景に失望したのです。むしろ「来なければよかった」と思いました。そのような状況を目にすると、過去の印象がすべて消えてしまうのです。

過去よりもっと素晴らしい環境を見て過去を消すのであれば、過去の記憶が簡単に消えるのですが、反対の立場で消そうとすれば、かえって昔の記憶がすべてよみがえるというのです。ですから、故郷に帰り、世界にいる統一教会の勇士たち、若い精鋭部隊を集めて、昔、お父様が目にした本当の故郷の姿を再創造しようと考えています。

金日成主席との歴史的会談

一九九一年十二月六日、咸鏡南道(ハムギョンナムド)興南市の麻田(マヂョン)主席公館にて、南北の懸案などについて真の父母様は金日成主席と会談をもたれ、その場で、韓半島の非核化と南北頂上会談、離散家族再会、金剛山開発などに関して合意した。真のお父様と金日成主席のこのような南北の懸案に対する合意は、それまで滞っていた南北関係が和らぐ契機となった。また、金主席との会談では、三万双の国際祝福結婚式を北朝鮮で開催する問題が議論された。真のお父様は、怨讐としてではなく、兄弟の愛で金主席を抱き、帰還されたのである。

10 一九八七年に金日成主席がソ連のゴルバチョフと共謀して、私を暗殺するために、二十五人の赤軍派を派遣した菊村事件の裁判がまだ終わらず、進行中でした。そのような怨讐と向かい合うに当たって、離れ離れになっていた兄弟を何千年ぶりに訪ねていくという兄の心、弟の心をもって、そのような(怨讐という)考えをすべて越えられる立場にどのようにして行くかが、私の悩んだ問題でした。それさえ越えれば、いら悪党でも屈服するというのです。

自分の息子、娘よりも、自分の妻よりも、自分の弟子よりも、自分の部下よりも、さらに愛するという心が必要です。ですから、私が行って、そこで再創造役事の奇跡が起きたのです。ゴルバチョフに会ったあとに世界が変化し、金日成主席に会ったあと、南北会談が難航していたことなどのすべての問題が即刻解決しました。このような事実は、そこに天が働いていることを立証しているのです。新しい世界が創建され始めるというのです。

11 私がいる限り、韓国は滅びません。南北統一をするためには、韓国と北朝鮮だけではできません。南北はアベルとカインです。神様の側と悪魔の側です。今やカイン圏はすべてなくなりました。中国(毛沢東)やソ連(スターリン)など、共産圏はすべてなくなり、残ったのは北朝鮮の金日成主席だけです。アベルが弟で、カインは兄です。カインである金日成主席を生かしてあげなければなりません。

韓国では金日成主席を殺そうとするのですが、そのようにする必要はありません。良い車と良い飛行機に乗せて世界に連れていきながら、自分が今までしてきたことの過ちについて、悟らせてあげなければなりません。そのようにして、怨讐を愛し、韓国を愛する立場に立てて、韓国は万国の王の中の王が来られる国であり、韓民族は善なる民族の中の善なる民族であると宣布させるのです。韓国を善なる国、善なる人たちが暮らす本郷だと宣伝させるのです。

12 私は金日成主席に会いに行きましたが、彼が私に対して、今までどれほど多く非難しましたか。私もそうです。金日成主席に対して批判し、「引っ込めなさい! 何が主体思想だ」と言いました。マフィアは悪いことを教えても、永遠に残そうとは考えないのですが、彼は永遠に残そうと、主体思想を掲げてきたのです。お父様が主張する主体思想と、金日成主席が主張する主体思想は、根本的に違います。

北朝鮮に行って金日成主席に会えば、彼の父母以上の思いをもたなければなりません。敵という概念をもっていけば、(こちらの)版図が崩れます。水平にならないのです。ですから、金日成主席のことを、あたかも四十年前に失った兄のように考える弟の立場に立ち、天のみ前で互いが敵愾心なく、歓談できるようにしなければなりません。

そのようにするためには、忠告すべきときは忠告もしなければならないのです。兄が誤ったのに、「お兄さん、大丈夫です!」と言っては、天が正義の立場に立てることができません。ですから、万寿台議事堂に行って、「主体思想では駄目だ。『神主義』でなければ世界の平和を実現することはできない!」という話をしたのです。

自分が赤い王になり、今まで銃剣を持ってやってきたのですが、今や最後の崖から落ちてしまいました。しかし、お父様は、崖から出発して、反対の位置に上がってきたのです。金日成主席は韓半島の北側にある手のひらほどの地で主体思想を主張していますが、お父様は全人類が暮らす地球星全体に「神主義」を主張して、公認を受けました。今ではもう統一教会が行く道から迫害の黒い雲は消え去り、歓声と歓迎一辺倒のムードだけが残りました。

13 私は「頭翼思想」について、北朝鮮の祖国平和統一委員会の委員長に話をしました。「頭翼思想」は「神主義」です。それで、人がなぜ生まれたのかという宇宙の根本問題から考えてみようというのです。哲学とは、人間の知性を通して神様を探し出そうというものです。神様を失ってしまっては、宗教も哲学も混乱するばかりです。最後に人間が求めるべものは、宗教を通してであれ、哲学を通してであれ、神様なのです。神様を中心として生きようというのです。今までの歴史を見るとき、人間は神様、根本を探し求めてきましたが、失敗しました。

それでは、「統一思想」を主張するのであれば、どのように統一するかというのです。その統一は、世界的な次元で始まるのではありません。統一の根本は、神様と人間です。神様が願われる理想と、人間が願う理想は同じです。しかし、何を中心としてその理想を実現していくのかというのです。神様はなぜ人間を造られたのでしょうか。ここで、進化論が問題になります。神様の創造論は、進化論より進んでいるのです。

人間の根本を見れば、男性がいて女性がいます。これは否定できない事実です。動物世界を見れば、雄と雌がいて、植物世界を見れば、雄しべと雌しべがあります。鉱物世界、分子世界を見れば、ブラス・イオンとマイナス・イオンがあります。原子世界を見れば、陽子と電子があるのですが、本来そのすべてが、一つになることを前提にして創造されたものであると言うことができます。

14 私は北朝鮮を訪問して、万寿台議事堂に行った際、そこに集まっている党の幹部たちに話をしました。「何が主体思想だ。人間の生涯を見れば、八十年も生きられないではないか。四十年の歴史を通して立てたものが正義になり得るのか。手のひらほどにもならない所で、いくら主体思想を通して強制的にすべてのことを解決しようとしても、そうはいかない!」と、堂々と話したのです。「『神主義』が正しい」と堂々と宣言しました。命を懸けたのです。

その国の真ん中に一人で入っていっても、恐怖感に包まれて躊躇してはいけません。神様の権威と体面はどうなるでしょうか。ですから、堂々と語ったのです。勝つか負けるかとい天下分け目の一大決戦のようなものです。そこでは、度量のある人が勝ちます。金日成主席は、やはり男らしい男でした。自分の秘書陣が三度も、「文総裁は危険な人物です。会ってはいけません」と報告したにもかかわらず、そのたびに金日成主席は、「だから私が会わなければならないのだ」と指示したというのです。

15 韓国がアベルであれば、北朝鮮をカインと考え、ために生き、投入しながら、神様のように忘れてしまわなければなりません。韓国の国民が北朝鮮の住民の二倍になるというのですから、二家庭が一家庭ずつ消化するだけでよいのです。国民同士、兄弟のように一つにならなければなりません。そのようにしてこそ、統一された国が出てくるのです。統一方案は、このような原理原則から出てくることが可能なのです。私に任せれば問題ありません。私の言葉どおりにしたならば、頂上会談のようなものはすべて終わっていたでしょう。

金日成主席が私と約束しました。(私が)「あなたと私は今や兄弟の間柄として、あなたを兄とし、私を弟としましょう。弟は文鮮明、兄は金日成、このようにしますか、しませんか」と提案し、そのようにすると約束しました。

接見室から玄関まで百メートル以上になります。そこから出てくる時、「お兄さん、手を出してください」と言いました。その手を誰も握ったことがなかったのですが、私が握ってこすり、焦げたとしても不平を言うなということです。

16 金日成主席と私が会った姿が収められた映像を一度見てください。私と金日成主席の顔と姿勢を見れば、誰がより堂々としており、誰が主体かというのです。私が彼を引き回したのであって、金日成主席の案内は受けませんでした。彼は手が少し震え、四肢が不自由でした。私より七歳年上で八十歳を越えていたので、兄の立場になりますが、私がつかんで引っ張り回したのです。

このようにするので、その周辺にいた保安の責任者たちがどれほど緊張したか分かりません。金日成主席の体が傷つきでもしたら、死刑だというのです。即決処分です。ですから、周辺の人々の神経はどうだったでしょうか。私が引き回したのであって、引き回されたのではありません。

17 金日成主席は、私についてよく知っていました。私が北朝鮮に行く八ヵ月前から情報をすべて収集したというのです。彼は度量も大きいですが、率直でした。「このような報告を受けました」と、私に率直にすべて話しました。ですから、私も率直に話しました。「度量が大きいと思ったのに、これは何だ」とパンマル (対等もしくは目下に対する言葉遣い)で語り、最後には、兄、弟と呼ぶようになったのです。

金日成主席は、今まで誰かに会って写真を撮る時は、いつも手を後ろに組み、「自分が一番だ」と言うように、白頭山の絵が飾ってある所に立って撮ったそうです。その部下たちが言うには、金日成主席が相手の手を握って写真を撮るのは、北朝鮮の歴史始まって以来、私が初めてだというのです。これは歴史的な記録です。「どのようにしたら、あのように一つになれるのか」と、党でも問題になり、北朝鮮全体でも問題になったのです。

18 金日成主席が八十歳になるまで、これほどの度量をもった人に会えなかったというのです。彼が私に会うとき、「怨讐に会う」という思いは少しもありませんでした。兄弟に会うとか、昔、最も親しかった友人に会うような感覚を覚えたというのです。共産主義理論では、神様を否定します。しかし、自分の心の世界がなぜそのようになるのか、分からないというのです。それを説明する方法がありません。(彼は)今も(私に)会いたいと思っているのです。

19 私が北朝鮮に行った時、サタン世界の再臨主型の人物である金日成主席を条件的に屈服させてきました。今や私が願えば、どこにでも行くことができます。金日成主席が私に、「文総裁が来ると言うなら、文総裁の故郷に、私が住む家よりもっと良い家を造りましょう」と言いました。それが自分だけの思いではないというのです。それで、私が「本当ですか」と聞くと、金日成主席は「もちろんです」と言ったのです。だからといって、私は金日成主席に利用される男ではありません。歴史がどのように流れていくのかを知っているのです。

20 金日成主席は、サタン世界の再臨主です。ですから、父母の位置に来ているのです。北朝鮮では、金日成主席を「父」と言います。金日成主席が父母の位置にいるというのです。それを、兄弟の位置に立てました。そうして、屈服させたのです。長子権を復帰して屈服させたので、父母権復帰が可能なのです。長子権復帰の基盤の上で金日成主席を屈服させることによって、父母権が復帰されます。

父母権を復帰することによって、王権が復帰されるのです。南北が統一されれば、新しい王権が成立するというのです。そのような次元に入ってきています。それによって、王権を中心として皇族が地上に現れるのです。真の父母である完成したアダムとエバが、王権と皇族圏を備えられていないので、それに向かって前進しなければなりません。

21 私が北朝鮮に行って金日成主席に会った時、彼に「あなたを兄とし、私は弟になりましたが、弟の言葉を聞かなければなりません」と言いました。「お兄さんの思想では、世界を料理することはできませんが、弟の思想なら世界を料理することができます」と詰め寄ったのです。北朝鮮より私のほうが、ソ連や中国にもっと大きな勢力基盤をもっているというのです。アメリカも同じです。韓国は私に反対しても、金日成主席自身は私のことが好きだというのです。

22 私は北朝鮮に行き、金日成主席と会ってきましたが、驚くべき事実とは何でしょうか。金日成主席のいとこの子供に当たる人が私に語ったことによれば、私が来る前に北朝鮮にいる霊通人たち、占い師たちに(私の)写真を鑑別してもらったところ、「この方は絶対に裏切らず、北朝鮮に利益になる」と言ったというのです。

有名な人がこのように話すので金日成主席が歓迎し、このように会うようになったと言いました。金日成主席が幹部たちを通してそのように報告を受けたので、金日成主席も(このことを)よく知っていると言いながら「最高幹部たちが文総裁を尊敬できる環境になりました」と誇っていました。

23 金日成主席の部下たちは、お父様のことを本当に特別な方だと思っているのです。ですから、「神様はいないとは言えない」と言います。金日成主席には、私が監獄生活をしていた興南の地で会いました。金日成主席の一人の部下が「神様はいないとは言えない」と言った言葉は当たっているというのです。「自分は興南で会っては駄目だと反対したのに、どうしてそのように願うとおり、興南に行って会うことになったのだろうか」と言いながら、「神様はいないとは言えない」と話したのです。そこで会ってはいけないと(その人は)思ったのですが、その真ん中に行って会ったのです。それはすべて蕩減復帰です。北朝鮮の地で苦労したすべてのこと、今まで天の摂理のすべてのことが、蕩減復帰されるのです。

24 私が北朝鮮に行った時、金日成主席が言うには、「あなたが言うカイン・アベル問題を中心として見るとき、アベル圏の韓国が責任を果たせず、北朝鮮が責任を果たすようになれば、韓国の福まで受けられるというのが、文総裁の理論的観点ではないですか」と言うのです。

それに、私がどのように答えなければならないでしょうか。驚くべきことです。「文総裁、あなたが来るというなら、何でもすべてしてあげます。私が生きるためにも、そのようにしなければならないことを知っています」と言ったのです。ですから、どのようにしますか。それで、私が個人的に誓約書を書いたものがあります。それが、私の手帳にすべてあります。そのようにしながら、サインをすべてもらってきたのです。

25 中国にいる韓氏という人が、お父様と一緒に北朝鮮に行きました。北朝鮮に行ってきたあと、中国にある韓国大使館がその人に様々な質問をしたのですが、その答えを聞いて、大使館が驚いたという報告がありました。大使館が「文先生が北朝鮮で、史上初の大きなことをされたというのですが、そのように度量をもって話をしたのは事実ですか」と聞いたというのです。お父様は、そこで党の幹部たちを教育したというのです。北朝鮮で、今まで偏見をもって対してきたのですが、もはやお父様に反対する人はいないと誇っていました。そして、北朝鮮がお父様に対してもっている否定的な認識を変えるために教育材料をつくり、四日間、教育したという報告も受けています。お父様に対して悪く思わないよう、そのようにしたというのです。

26 私は、先に中国の門を開き、ソ連の門を開きました。今や北朝鮮の門さえ開けばよいのです。三万双国際祝福結婚式を話題にして、私が「日成兄さん、三万双を連れて北朝鮮に入ることになりますが、休戦ラインを開く自信はありますか」と聞くと、「あるとも、あるとも!いやあ、それは素晴らしい」と言ったのです。これは歴史的な秘話です。

金日成主席が、「三万双を連れて北朝鮮に入ってきてください」と言いました。それで、「ホテルがないではないですか」と言うと、「元山の松島海水浴場は世界的に有名な所ですが、その松林に数十万人が入ることができます。だから、十人当たり一つずつテントを持ってくれば、万事解決です」と答えました。それは、もっともな話です。そこに食べ物を運べばよいというのです。「元山港を開くから、船にすべて積んで運びなさい」と言うのです。これはうそではありません。

これについて韓国政府と折り合いをつけようとしたのですが、当局の人から「大変なことになります。国の威信はどうなるのですか」と言われました。彼らは統一よりも、国の威信が先でした。そのようにブレーキをかけるので、かえって互いの威信が立たないというのです。それで仕方なく、(三万双のうち)百数双だけ訪問してきたのです。

27 金日成主席は、「本当に三万双国際祝福結婚式をするのですか」と言いながら、好奇心をもっていました。どのように三万双を結婚させるのかというのです。それで私は「三万双は何でもない」と言いました。その後、三万双の結婚式をしてから、その写真を一度見せてほしいと思っていることを私は知っているので、「今回の三万双の結婚式の写真を持っていって、金正日総書記と金日成主席に見せてあげなさい」と言って、人を遣わしました。とにかく早急に、休戦ラインを開かなければなりません。金日成主席は度量も大きいのですが、よくできた男だというのです。金日成主席を説得して休戦ラインを開かなければならないのですが、その武器とは何でしょうか。(それが)祝福結婚式だと考えたのです。

金日成主席は、私と義兄弟の契りを結びました。ですから、私が「日成兄さん!」と言いながら、三回も念を押しました。食堂から送別の広場まで手をつないで歩きながら、「兄さん、弟を無視したら駄目ですよ!」と言うと、(彼は)「ああ、私もそれぐらいの約束は守れる人間です。何を願うのか、一度言ってみてください」と言ったのです。

第四節 北朝鮮投資事業と平和公園の提案

第4節 北朝鮮投資事業と平和公園の提案

金剛山の開発事業計画

金日成主席との会談を通して、金剛山(クムガンサン)の開発事業が合意に至った。金剛山は、韓半島で最も美しく、素晴らしい景観を誇り、世界的な名勝地として遜色のない所である。真の父母様は、このような金剛山を開発し、世界の人々が訪ねてくれば、北朝鮮の経済発展に役立ち、南北統一と世界平和にも大きく寄与すると考えられた。

1 お父様は、世界的に有名な人士たちを観光地に招請し、世界的な懸案について対話をしようと思います。金剛山をそのような場所として定めています。金剛山は、世界で最高の観光地になるでしょう。そこは途方もなく大きいのです。済州島も大きいのですが、その半分ほどの土地に鉄条網を張り、北朝鮮の人もむやみにそこに入っていけないようにしておいて、通行証を作って出入りするようにしているのです。これから私たちが金剛山に行き来するときは、ビザがなくても自由に出入りできるようにするでしょう。

そこは地上天国です。そこに民族村を造り、その民族村に入ってきて暮らす人々に管理させます。世界の有名な人々が定年になれば、そこに別荘地帯を造って素晴らしい邸宅を建て、生活できるようにするのです。そのようにすれば、自分の国の観光地はさて置いてまずそこに来るようになるでしょう。そうして、先を争って自分の地域を素晴らしく造ろうとするでしょう。そのようになれば、自分の地域は自分たちで管理するのです。ですから、保安問題は心配ありません。悪い事件も起きません。その基準に世界の各民族が合わせて調和を形成するのです。

世界の各分野の最高の人々が来て、晩餐会もし、セミナーも開き、歌も歌い、踊りも踊り、何でもすることができるのです。世界の有名人が演説をし、セミナーを開けば、先を争ってその演説会とセミナーに参加しょうとするでしょう。そのような文化活動を展開することによって皆が親しくなり、理想的な場所になるというのです。今、そのような所を造ろうとしています。お父様がそのような地上天国のモデル的な場所を造るのです。

2 世界的な事業家や経済人など、多くの人々が金剛山に行ってきたでしょう。しかし、彼らは自分の利得を越えて、金剛山全体の美化を考え、未来の理想的な観光地を目的として開発しようとはしません。地面を掘って金塊が出てくれば、自分たちが持っていこうとするというのです。

そのような面があるので、北朝鮮政府はそのような人々を信じることができず、いくら見ても私しか信じられる人はいないと考えるのです。

訪ねてきては去っていった人々の経歴や態度、利権問題を中心として私と比較してみるとき、どのように考えるでしょうか。その人々を相手に金剛山を開発すれば、すべて台無しにしてしまうと考えたのです。ですから、今まで神様の保護によって金剛山が保存されてきたと考えるのです。それは驚くべきことです。しかし、私には欲心がありません。

国家次元で入っていかなければなりません。これさえするようになれば、ロシア、中国、アジア諸国まで束ねて飛行場を造るのです。観光のためというよりも、今後、アジア諸国を連結させる飛行場が自動的に造られるというのです。中東地域でもどこからでも、観光客が飛んでくるようになっているので、飛行場を造ることによって、アジア全域、ひいてはヨーロッパ地域やアメリカまで、全世界の航空路が開発される可能性が大きいというのです。

3 金剛山を開発すれば、世界一の観光地になり得ます。もちろん、お金はいくらでも入ってくるのですが、お父様はお金もうけとして考えているのではありません。そこを、中国とロシアをはじめとするアジアを動かす場所にしなければなりません。

お父様が特権をもつようになれば、金剛山に入る人は誰でも、一週間ほど原理教育をしてから通すのです。そこは二重、三重に谷ができていて、一週間ほどでは七ヵ所くらいしか見ることができません。ですから、二週間から三週間予約をした人には、原理教育をしながらきちんとしてあげるのです。

4 今すぐ、金日成主席が「統一教会員たちだけは入ってきて、聖地巡礼ができるようにしなさい!」と言えば、どのようになるでしょうか。それが観光になるのです。

定州を中心として私は幼少期に学校に通い、また、興南監獄にも行きました。平壌の景昌里にも行っていました。そのような以前の記録を探し出してそこを観光地にし、まず統一教会員たちだけでも巡礼するようにしようというのです。そのようにしておけば、その人々が十人であれ百人であれ、連れてくるのは問題ありません。

聖地巡礼をするようになれば、韓国にもそのような所が釜山や大邱など、何ヵ所もあるので、お父様が韓半島で苦労した所を訪問できるのです。私たちは韓国で二、三番手の観光会社を運営しているので、私たちの会社のバスを利用するのです。北朝鮮に来た観光客の中で、帰らない人がいたら互いに困りますが、私が指導する人々はそのような心配がありません。そして、金剛山から妙香山(ミョヒャンサン)、白頭山(ペクトゥサン)まで観光できるようにするのです。世界の統一教会の信者たちは、自分の故国より定州をもっと愛しています。ですから、そのようにすれば、得られる利益がどれほど大きいでしょうか。北朝鮮はこのような宝物をもっているのです。

ところが、それが光復後、四十六年間、延長されてきました。南北が一つになり、観光分野から協力していれば、数千億ドルを手に入れていたでしょう。戦争によって廃墟になることはなく、それこそ福地の中の福地で、幸せな国民として暮らすことができたでしょう。このようなことを考えるとき、北朝鮮全体が動いて、私を活用しなければなりません。そのようにできることを願っています。

「平和自動車」と普通江ホテル

真の父母様は、金日成主席との会談で、自動車工場の合弁投資事業にも合意された。一九九八年一月七日に出帆した「平和自動車総会社」は、統一グループの「平和自動車」が七〇パーセント、北朝鮮の機械工業専門会社である朝鮮連峰総会社が三〇パーセントを負担する合営会社であった。総面積三十三万坪の敷地に建てられた「平和自動車」は、北朝鮮の基幹産業を南北合営で設立し、南側が主導するという点で大きな意味がある。「平和自動車」はその初期に、イタリアのフィアット社の製品を組立生産した。また、平壌の繁華街にある普通江ホテルを一九九三年十一月に引き継ぎ、運営した。

5 私は北朝鮮に対して、兄の立場と父の立場ですべきことをするのです。利益は一銭も受け取りません。二〇〇二年四月六日に「平和自動車」の工場落成式をしますが、私はそこで一銭のお金も手にするつもりはありません。さらに投入しなければならないと考えています。そこに投入するとしても、私が自ら投入するのではなく、アメリカに投入させるのです。だからといって、周辺国家のロシアと中国をそこから撤退させるのではなく、アメリカを通して一緒に後援させるのです。そのようにしてこそ、ロシアと中国も生きるというのです。カインとアベルが一つにならなければ、滅びるようになっています。その原則はどこでも公式ですが、その公式によって解いていくのです。

6 現在の立場から見れば、北朝鮮は、私を抜きにしてはやってゆけません。今、「統一重工業」の技術を中心として、平和の看板を付けた自動車を造りました。北朝鮮で今「フィパラム」や「ボックギ」などの自動車を造っているのですが、平壌では、私たちの工場から出てきた自動車に乗るようになっているのです。これから三千台を造ってほしいという注文があったというのですが、三千台を造ろうとすれば、現在の施設では話になりません。

また、中国で一番良い車、一番良い機械の修理を北朝鮮でできるように準備しています。北朝鮮の産業を復興させるために自動車工場を造っておいたので、私たちの技術で自動車や船も修理してあげられるようにしようというのです。ですから、私一人で、誰もできなかったことをしたのです。

7 北朝鮮に自動車工場を造ったことや、ベトナムに自動車工場を造ったことは、冒険でした。ベトナムに自動車工場が入ることにアメリカが反対しました。しかし、ベトナムに入って開拓し、基盤を築いて、イタリアの会社と技術提携をすることになりました。そのようにして、私たちの工場が発展するので、ベトナムは「自分たちの国益に支障を来す」と言って、自分たちでイタリアと再び契約したのです。結局、私たちの自動車工場を閉鎖するように仕向けました。そのような様々な厳しい闘いをしながら造ったベトナムの自動車工場を移し、北朝鮮の「平和自動車」工場に連結させてきました。

ベトナムで自動車を造り、今まで損害ばかり出しましたが、これから赤字を克服できる基準で北朝鮮と手をつなぎ、中国まで連結させれば、相当に希望的な産業基盤の扉が開かれるのです。この基準を私が開拓したので、北朝鮮を中心として、中国まで連結させることができます。

技術を導入し、反対に流すことができます。それで今、「平和自動車」の技術を中心として、中国の安東県にある大きな自動車工場と姉妹結縁をし、技術的に助けてあげながら安い製品を造るのです。安い物をさらに安く造れる所が中国です。そこで造った物を「平和自動車」の製品として市場に出そうと思います。

8 北朝鮮で自動車工場の設立許可を受けたというのは、本当に驚くべきことです。世界の自動車産業の傾向は、どのようになるでしょうか。これから、世界的な自動車工業の主導権を握ることができる国は、アメリカではありません。アメリカは太平洋の向こうにあります。また、ヨーロッパでもありません。ヨーロッパ自体は工業技術が平準化されていて、競争が熾烈なため、そこでは経営を円滑にしていくことができません。

自動車産業が生きていくためには、他の国の基準を求めなければなりません。自分自体内で消耗(消化)できる基準ではないのです。そのように考えるとき、世界的に訪ねていくべき市場はどこでしょうか。中国があり、ロシアがあり、イスラーム圏があります。ここを販売市場にできる国が、世界の代表的な自動車会社をもつようになるというのです。

このような基準を中心として定着さえすれば、世界のすべての自動車会社の部品まで供給できるのです。北朝鮮は人件費が安いです。また中国と近いため、中国人たちをいくらでも用いることができます。国際的な技術さえもっていればよいのです。このように要件を備えて、ここで自動車工業を始めるとすれば、世界でかなう所がありません。ですから、北朝鮮に自動車工場を造ることに、世界のすべての専門家たちが焦点を合わせて注視するというのです。

9 北朝鮮の「平和自動車」工場は、金日成主席が直接命じ、許可を得て造りました。金剛山観光と自動車工場は、金日成主席が私に頼んだのでやったことです。ですから、これは遺訓事業として引き渡さなければならない立場にあります。そして、それに対する様々な内容も、金日成主席が私と共同決議をして発表した内容に入っています。そのようなはっきりとした内容を金日成主席が公開せず、沈黙を守ってきたのは、本当に有り難いことです。私には「世界平和連合」という世界的組織を中心として各国に基盤があるので、自動車工場を造る能力があることを知っているのです。

10 北朝鮮の平壌の普通江近辺に、日本の食口たちが運営する普通江ホテルがあります。そこでは、アメリカ、日本、韓国のテレビ放送をいつでも見ることができます。(そのような所は、)北朝鮮でたった一ヵ所だけです。お父様をどれほど信じていれば、そのようにさせるのかというのです。外国からの訪問客たちが普通江ホテルを訪ねてくるので、ほぼ満員です。今は、赤字ではなく黒字を出しています。

北朝鮮では、ホテルに寄っていく客だろうと何かの団体だろうと、全く信用しませんが、普通江ホテルで働く十五人の日本の統一教会員たちは、本当に信用するというのです。彼らの中で子供を生んだ十二人は日本にも行ったり来たりしますが、ある限界内にいながら思いどおりに行き来できない環境で生活しても、不平を言う人は一人もいません。間違いなく法を守り、間違いなく約束を実行するので、信じられる人は彼らしかいないというのです。

誰が日本人をそのように育てたのかというのです。何の不平も言わずに生きていく人たち、そのような道を行く人々を見て、北朝鮮の人たちが共産主義社会と比較するとき、千里、万里の隔たりがあることを感じるのです。ですから、統一教会の人々が北朝鮮に入ってくれば、どこでも無条件に受け入れます。韓国政府の人々は駄目なのですが、統一教会員たちは、誰でも入っていける立場にあるのです。

11 お父様が北朝鮮を訪問したのちに、北朝鮮に経済基盤を築いてあげ、自由世界と通じる通信基盤をつくってあげました。普通江ホテルに衛星アンテナを設置して人工衛星と通じるようにして、自由世界の放送を視聴でき、自分たちが放送できる準備を私がすべてしてあげました。また、貿易ができる組織体制をつくって教育してあげたのです。

休戦ライン一帯に平和公園の造成を提案

真の父母様は、二〇〇〇年八月十八日に、アメリカのニューヨーク国連本部第二会議室で開かれた「世界平和超宗教超国家連合」の年次会議において、国連が韓半島の休戦ライン一帯の非武装地帯に、平和公園を造成する事業の先頭に立ってくれるよう促された。そして、「非武装地帯は、歴史の痛みを抱えた所であるが、ここに平和公園が造成されれば、韓半島の葛藤と緊張が解消され、統一を実現する契機となり得るだろう」と語られた。

12 今や、お父様がしなければならないことは、国連を導き、韓国の「板門店(パンムンヂョム)」を「金門店(クンムンヂョム)」にして、平和の基地を造ることです。

アメリカのラスベガスには、世界各国の財産が投入されています。フランス、アメリカ、ドイツなどが自分たちの国家の精髄をもっていき、注いでおいたのです。自国の文化的基盤を誇るための要件を中心として、カジノを大きく造りました。そのような競争は滅びる競争です。

ですから、お父様はその反対の立場で、板門店を金門店にして、宗教が誇る文化の精髄をもってこなければなりません。イギリス文化、アメリカ文化、フランス文化、ドイツ文化のいかんにかかわらず、宗教文化圏で誇っていたすべてのものを、この平和の基地にもってきて植えるのです。そこに、ルーブル博物館よりもさらに良い博物館を建てなければならず、宮殿を建てなければなりません。

13 休戦ラインを撤廃しなければなりません。休戦ラインの緩衝地帯を国連の所有にして、撤廃しなければなりません。韓半島に国連が入ってきて干渉できるようにすることによって、平準化しなければならないというのです。そこで直接交換もして、一国のように扱えば、すべて解決します。

それは、国連しかできません。それをするために、土地を買って、緩衝地帯と国境地帯、山岳地帯と川をすべて国連の所有にするのです。それが国民の願いです。それを早急にしなければなりません。国連がすべきことは平和世界を造ることですが、戦争をなくすためには、国境地帯を撤廃しなければなりません。国境は主に、高い山と川になっています。それを誰も干渉できないように、国連の所有にしなければなりません。その国境線をどのように自由に往来するかが問題なのですが、その国境の観念をなくさなければなりません。そうするためには、国境を越えて祝福結婚をしなければならないのです。交叉結婚さえするようになれば、あっという間に平和世界になります。国連がその道を保障してあげなければなりません。国境を撤廃して入っていけるようにしなければなりません。

14 国連とアメリカが一つになって、真の父母のための宮殿を、韓国の平和地域、板門店に建設しなければなりません。休戦ラインの緩衝地域には地雷が埋まっています。これから、北朝鮮と共に、地雷除去運動を急いでしなければなりません。国連が助けなければなりません。国連が韓国を独立させるために来たのですが、いまだに休戦ラインの問題を解決できていないのです。

第五節 真のお母様の大学巡回講演と大学生・青年統一運動

第5節 真のお母様の大学巡回講演と大学生・青年統一運動

真のお母様の大学巡回講演

真の父母様の世界的な勝利圏を韓国に伝授し、これを南北統一と世界平和運動に連結させるため、一九九三年十月四日から三十一日まで、真のお母様の全国四十大学巡回講演会が開催された。

これを契機として、大学における運動圏(政治運動に積極的な人々のこと)勢力と「全国大学原理研究会」の葛藤関係が緩和され、互いに対話をして理解する契機が整えられ、南北の大学生と教授たちの交流およびセミナーが開かれるようになった。

1 これから世界の若者たち、二世たちを誰が指導するかが、世界的問題です。荒野四十年路程を歩んだイスラエル民族の一世は、荒野で倒れましたが、二世が(カナンに)入り、望んでいたものを探し出したのと同じように、世界がそのような時に越えてくるというのです。その二世は、新しい建国の思想と世界平和の思想で、国と世界を建設しなければなりません。イスラエル民族は、それができませんでした。このような蕩減復帰を、統一教会がしなければならないのです。このあらゆる問題が女性にかかっています。母親にかかっているというのです。ですから、母親が重要です。

2 これからは、母親が子女を教育しなければなりません。イスラエル民族はカナンの福地に入り、(現地の)既存の家庭とその息子、娘の影響を受け、イスラエルの王権を樹立することに失敗してしまいました。

これを蕩減復帰する意味で、私たちの二世と母親たちは、大学の二世たちがサタン世界に染まらずに地上天国を建設するよう、伝統的な思想を植えられるようにしなければなりません。逆さまです。母親と息子、娘が一つになり、どのようにして未来のイスラエル王国を建設するかというのです。それが使命です。

イスラエル民族の母親たちは、そのようなことを考えられませんでした。息子、娘と一つになってカナン七族に付いていったのです。彼らの家庭と息子、娘に付いていったことが問題でした。今、私たちはその反対にならなければなりません。母親と息子、娘が一つになって、未来の天国を建設しなければなりません。

母親が息子、娘を教育して、大学に影響を及ぼさなければなりません。ですから、世界の女性たちがお母様の分身になり、息子、娘を強制的に抱いてでも、一八〇度回らなければならないのです。そのようにするため、お母様が一九九二年から二年間、二百五十六ヵ所で精力的に巡回講演をされたように、皆さんもそのような活動をしなければなりません。そうして、国を救い、自分の親戚を救わなければなりません。

これは漠然としたものではなく、現実問題です。お父様が四十年間闘ったのは、現実問題です。天の国を取り戻さなければなりません。お父様がアメリカで講演するのも、お父様を中心としてお母様にバトンを渡し、大学まで動かしていくためなのです。今や、二世を母親たちが救わなければなりません。

3 お母様を中心として、大学原理研究会はアベルであり、大学の運動圏はカインです。カインとアベルの闘いを、お母様が収拾しなければなりません。韓国の右翼と左翼が一つになってアベルの立場に立ち、カイン側の北朝鮮の学生たちと統一を実現すれば、終わるのです。主権者たちがいくら反対しても、青年たちがお母様と一つになれば、統一の運勢がこの地上に訪れてくるのです。それが天運なので、このことを実行せざるを得ません。皆さんの燃え上がる若い心に、消えることのない火をともすべき時が今なのです。

4 お母様が、アメリカの国会で歓迎を受ける中で講演を行い、国連総会でも講演を行いました。国連は、自由世界の国会(と同じ立場)です。ここで歓迎を受け、エバ国家の日本に行っても勝利しました。韓国の大学では、左翼系の勢力が原理研究会を追い出しましたが、全国でお母様が、これを入れ替えておきました。長子権復帰です。キリスト教と運動圏が一つになって統一教会を打ちましたが、今からは入れ替わります。右側が左側になり、左側が右側になるのです。天のみ前に回って入っていくことにより、共産勢力が統一教会の側になるのです。先の者はあとになり、あとの者は先になるというのです。

5 一九九二年から九五年までの三年間で、お母様が果たすべき責任が大きいのです。お母様が先頭に立たなければなりません。三数は分別数です。その期間は、分別する期間です。ですから、お母様がアメリカから国連、日本、世界まで、すべて分別するのです。韓国では、四十の大学を中心として、巡回講演を行いました。四十の大学と世界四十ヵ国を連結するのです。これが、父母を中心として、カインとアベルです。そうして、初めて、お母様がお父様と対等な位置に立つのです。お父様のすべての勝利の覇権は、お母様に伝授されます。全世界が、第二次世界大戦後に父母様の家庭を歓迎できずに追い出したことを、父母様の家庭が二次的に全世界で歓迎を受けることで蕩減復帰するのです。

6 これからは、自分の一族と大学生、中高生を中心に伝道しなければなりません。今は二世時代です。イスラエル民族は、モーセの言葉を聞きませんでした。そして、カナン復帰作戦をするときは、モーセも死に、一世はみな滅びました。しかし、私は二世と共に入るのです。この地は、二世の地です。ですから、二世に責任をもつというのです。父母様の家庭の息子、娘とお母様を中心として、アメリカの百の大学で講演をしています。百の大学だけではありません。世界的に、今から三千三百の大学講演を始めるのです。日本の大学を始め、世界各国の大学生と中高生を収拾しなければなりません。アダムとエバが堕落する時の歳である十六歳から二十一歳まで、ここに三年を加えて、二十四歳までの青少年たちを収拾しなければなりません。それに私が責任をもつのです。そのような時が来ました。

7 キリスト教に対して、統一教会はアベル圏です。ですから、キリスト教は、長子権を奪還するために勝利してきた統一教会を打つことはできないというのです。ヤボク川の川辺で天使と闘って勝利したヤコブを、エサウが打つことができないのと同じような立場です。お母様がアメリカの国会で講演し、大学を抱きました。アベルである大学原理研究会を、運動圏の学生たちが暴力で追い出しましたが、お母様がこれを転覆させ、完全に同等にするのです。北朝鮮と韓国の関係が悪化した状況で、お母様が四十の大学で講演をすることにより、カインとアベルが取り戻されたのです。大学で反対する状況を変えておいたのです。それが、この上なく難しいことなのは分かっていましたが、せき立てました。これをきっかけにして、カインとアベルが一つになったので、北朝鮮の学生と交流するようになったのです。そうして、モスクワでの国際大学生指導者セミナーを皮切りに、ワシントンDCでの韓国大学生指導者研修、北京での韓国・北朝鮮大学生セミナーを大学原理研究会が開催することによって、北朝鮮のカインの学生たちと韓国の運動圏の学生たちを、原理研究会がリーダーとなり、父母様の名によって追い込んだのです。

8 お母様が、韓国の四十の大学で巡回講演をする目的は、大学を動かすためです。そうして、大学を中心として、運動圏を教育しなければなりません。彼らをソ連に連れていこうとしているのです。ソ連には、私たちの食口がたくさんいます。そこで二十一日修練をするのです。モスクワに連れていって、私たちが三週間だけ連れて回りながら、見学をさせてあげ、教育をすれば、すべてが回ります。そうして、韓国と北朝鮮の学生たちと、ソ連の学生、中国の学生たちが一つになり、アジア地域で共産主義思想に対峙できる連合会をつくるのです。いずれにせよ、共産主義は崩れるようになっています。ソ連がそうでしたし、中国も崩れています。「『統一思想』は、共産主義に代わる思想である」と言って教育するのです。北朝鮮の学生たちに、道を開いておかなければなりません。一番早いのがそれです。摂理的に見るとき、韓国と北朝鮮の学生たちは、カインとアベルです。そのようにすれば、父母は自然に一つになるのです。

9 韓国の四十の大学でのお母様の大講演会は、キリスト教と運動圏が分立され、私たちと一つになるきっかけとなりました。摂理史的に見るとき、これは蕩減路程で、この上なく必要な条件です。お母様を中心として、運動圏の学生たちと大学原理研究会が、大学で再び基盤を築かなければなりません。韓国の運動圏の学生たちをアベルとみなすなら、北朝鮮の学生たちは完全にカインです。韓国にいる運動圏の学生たちは、表面は赤いのですが、中は白いというのです。しかし、北朝鮮にいる学生たちは、完全に赤いのです。

今から、韓国の運動圏の学生たちと北朝鮮の学生たちを、モスクワに連れていって教育します。ここに、日本の朝鮮総連と民団の学生、日本の学生が加わるのです。韓国の学生たちを中心として、アメリカと中国、ソ連の学生たちが連合し、北朝鮮の学生たちを同化させなければなりません。ですから、私たちは最善を尽くして、北朝鮮にこれを知らせたのです。今、モスクワで世界平和青年運動の組織を編成しようとしています。そうして、超国家的に思想を超越して、青年運動を展開するのです。これは、大学原理研究会だけではできません。社会基盤がないので、大学を中心として、同窓生たちを束ねるのです。同窓生と学生は、カインとアベルです。彼らを束ねて組織をつくり、世界的に大運動を展開しさえすれば、急進的な発展を遂げることができます。ですから、お母様と「世界平和女性連合」と学生連合が、一つにならなければなません。

二世を中心とした大学統一運動

真の父母様は、戦争を経験していない二世の大学生と青年を中心に、「頭翼思想」を理念とした南北統一運動を継続して展開された。一九八六年五月十五日に結成された「南北統一全国学生総連合(統学連)」と、十月十一日に発足した「全国大学教授学生南北統一運動連合(教学統連)」を中心に、活発な南北統一運動が展開された。大学教授と大学生に正しい南北統一の理念と座標を提示されたのである。

10 今は二世の時代です。二世を収拾する時だというのです。誰が彼らを収拾して、新しい理念を教育するのかというのです。韓国には、彼らを教育する団体がないと考えなければなりません。それは、現実的に現れ、歴史的に現れた事実です。

ですから、大学で「南北統一全国学生総連合(統学連)」と教授たちも動員しなければなりません。世界にないことが起きたのです。そのようにするのは、縦的なカインとアベルを一つにするためです。師弟関係も父子関係も縱的なカインとアベルです。強力な体制を中心として、進むべき時が来たのです。

11 南北を統一するのは、お父様でなければできません。教授と学生が連合し、その社会の有志と連結して、二世の若い青年たちを一つに束ねなければなりません。道なら道の大きな会場で大会をして束ねなさいというのです。そして、組織編成をしなければなりません。一つにならなければならないのです。

ですから、「全国大学教授学生南北統一運動連合」をつくりました。全国にいる教授と学生が一つになりなさいというのです。このような組織は今までなかったのですが、お父様によって初めて、歴史にないことが起きたのです。

12 一九八六年一月二十四日、漢南国際研修院に教授たちが集まり、新たな決意をしたのちに対社会活動を始めました。二月十七日から全国百六十六の地域で大学教授巡回講演会をするという、驚くべき歴史的一ページを記録するようになったのです。また、それから五ヵ月後には、世界の碩学たちを中心として、皆さんが協力し、全国二百三の地域で歴史的な新しいみ言の砲門を開きました。

これは、世界を越えて、歴史的に記念できる一つの記録になるでしょう。そこに名高い学者たちが動員され、先頭に立ったという事実は、驚くべきことです。このようなことができる団体をつくったのですが、その名称が「全国大学教授学生南北統一運動連合」です。お父様はこれに対して、多くの希望をもっています。

13 お父様は、一九八六年二月から「世界平和教授アカデミー」に所属する教授を立てて、全国で講演会を開催しました。それは、最高の知識人たちがお父様のために一つになったことを宣布する式です。この教授たちを中心として、お父様が地方にいる教授たちの所に行って教えるのです。お父様が教える際には、彼らが反対せずに歓迎しなければなりません。このようにすることによって、上は教授たちから、下は村人まで、完全に外的な基盤が一つになる立場に立つようになるのです。

「国際勝共連合」を中心として、カイン圏である国とアベル圏である統一教会が完全に一つになったというときには、政府も統一教会に付いていかなければなりません。このようになれば、世界的見地から、南北統一の運勢圏が私たちに訪れるというのです。

皆さんは、統一教会と勝共連合を中心に完全な国家組織として一つになり、南北統一をしなければなりません。神様の側ですべてのものが一つになれる環境を韓国につくったので、サタン側のカイン圏を吸収しなければなりません。今や、韓国を中心として、アメリカと日本、さらには中国まで連結させることができる垣根を巡らせたのです。

14 お父様が「全国大学教授学生南北統一運動連合(教学統連)」をつくり、教授たちと学生たちを束ねておきました。この時、韓国では学生たちが民主化を求めるデモをして大騒ぎしていました。私たちは彼らを収拾するために時局(に関する)講演をしたのですが、その時、運動圏の大学生たちが民主化を求める勢力と共に私たちに反対し、キリスト教もこれに加勢して反対しました。ですから、教学統連が先頭に立って、大学生と一般国民を教育しなければなりません。最後に私たちが立てなければならない所が、統、班、面、里です。

私たちがその闘いで勝利するか失敗するかという問題は、どこにかかっているのでしょうか。今後、若い二世たちを動員して、一世たちを収拾しなければなりません。これは、イスラエル民族が四十年後にカナンに復帰し、二世たちを中心として国を建てたのと同じです。ですから、二世圏が主動となって建国の歩みをしなければなりません。それが正に大学です。

二世は大学生と中高生です。二十歳前後の青少年たちを糾合しなければならないというのです。二世たちと教授たちが一つにならなければなりません。これは縦的なカインとアベルです。兄弟は横的なカインとアベルです。このようにして、教学統連が縦横に一つにならなければなりません。一つにならなければ、影響を与えられないのです。

15 一九九四年に入り、運動圏の学生たちがデモを起こしているのですが、ここに宗教界が影響を及ぼしています。このような運動圏を、大学原理研究会を中心として収拾しなければなりません。そのようにして長子権復帰をするのです。最近、運動圏の学生たちが原理研究会に協助し、大学でのサークル登録を手伝っています。去る二月にモスクワ、六月に北京で世界平和のための国際大学生指導者セミナーをした時、私が金日成主席を動かし、北朝鮮の大学生たちをそこに参席させて、韓国と北朝鮮の学生たちを会わせました。私がそのようにしてあげたのです。

自分たちがいくら会おうとしても、会うことはできません。南北統一を主導する人はお父様しかいません。これまで、北朝鮮の学生たちと韓国大学総学生会連合の責任者たちが会おうと苦心したにもかからず、会えなかったのですが、私が会わせてあげたのです。このように、統一のための主導的な役事を、お父様が行っています。

今までその基盤を築き、国家を超越して、韓国と北朝鮮を統一できる学生大会を糾合した立場に立ったので、これを後押ししてあげなければならないというのです。それで、全国の二百の大学に原理研究会を再び登録して、共産党以上のブームを起こせる活動をするようになりました。

「世界平和青年連合」の創設と南北セミナー

一九九四年七月二十六日、百六十三ヵ国の代表たちが参加する中、アメリカのワシントンDCで「世界平和青年連合」創立総会が開催された。韓国で、一九九五年二月二十二日に社会団体として登録された「世界平和青年連合」は、左翼と右翼の理念を超越し、和解と利他主義的精神に基づいた真の共同体を志向している。「世界平和青年連合」は、中国の北京で韓国と北朝鮮の大学生たちが参加する中、数回にわたって平和セミナーを開催するなど、韓国と北朝鮮の青少年交流に大きく寄与した。また、世界各国に支部を置き、青少年純潔キャンぺーン、エイズ予防教育など、多様な活動を展開している。

16 モスクワで世界平和のための国際大学生指導者セミナーを行ったのが一九九四年二月でしたが、この大会をやろうと言った時、皆が「来年の春になるまでは寒くてできません」と言うので、私が「国が滅んで死ぬというのに、冬が何だというのか!滅亡と死は冬でも訪れてくる。モスクワがいくら寒くても、急がなければならない!北京大会も陰暦の六月を過ぎてしまえば大変なことになる」と言って、大会をしたのです。

「世界平和青年連合」も、本来は急いで一九九四年六月に創立しようとしたのですが、延期して七月二十六日に創立するのです。

そして、アメリカでは大学と連結し、三千の大学で講演をしました。大学原理研究会の組織圏内に放り込むのです。韓国でも、二百の大学を大学原理研究会の組織圏内に入れなさいというのです。その目的は南北統一です。北朝鮮の大学生と韓国の大学生だけではできません。アメリカの大学生とロシアの大学生、中国の大学生、日本の大学生を動員しなければ、できないというのです。

17 「世界平和連合」の創設大会で、アメリカの元国務長官のアレクサンダー・ヘイグが演説したのですが、その時、彼を私の部屋に呼んで話をしました。「私がロシアの賢い青年たちとアメリカ最高の大学の学生たちを教育して、世界青年連合会をつくろうと考えているので、あなたも協力しなさい!」と言うと、いかにも軍人出身らしく、「間違いなくそのようにします」と言いました。それで今、それに対する計画を立てています。

アメリカの大学生たちとロシアの大学生たちを中心に、自由世界と共産世界として、思想的に対峙してきた代表的な二つの国家の若い青年たちで隊列を組んでおくのです。そのようにしてから、長期休みの期間になれば、世界各国の大学に行って教育するのです。そうすると、これが世界的な問題になるので、いくつかの代表的な新聞に感想文を掲載すれば、必ず多くの大学生が押し寄せてくるのです。そのようになれば、各国の一流大学を中心として、「世界青年連合」や「大学生連合会」をつくることができるのです。

18 「世界平和青年連合」には、大学生と中高生、十七歳(数え)以上はすべて入ります。そうして、大学を中心としてすべてのことを実践するのです。ですから、女性連合は、今住んでいる町の息子、娘たちが通う中学、高校、大学を訪ねて回りながら、教育しなければなりません。二世たちを収拾しなさいというのです。そうして、女性連合を前に立てて、大学と中学、高校の思想的な理論教化(を行い)、キリスト教文化圏の理論教化運動を展開するのです。

19 四十五歳から五十歳の年齢の人たちは、大学を卒業したあと社会に出て、最も活動している重鎮たちです。彼らさえ掌握すれば、世界は回っていくのです。大学生までは横的に家庭に縛られています。今からこの小学生、中高生、大学生たちを縦的に束ねなければなりません。彼らと社会人、大学卒業者たちまで、国家的に束ねなければなりません。そうしてこそ、世界と一つにまとめることができるようになります。

小学生、中高生、大学生たちは、家庭の母親の懐を出たり入ったりします。大学卒業者たちは、国家の懐に入った立場です。これは縦的です。小学生、中高生、大学生たちは、国家基盤です。彼らを世界基盤で、「世界平和青年連合」に連結し、すべての国家を率いていかなければなりません。

そのためには、二世を伝道しなければなりません。ですから、全世界の統一教会は、大学を基地にして伝道しなければならないのです。その次には、大学を中心として、同窓会を動かす活動を展開しなければなりません。それが、今後、私たちが世界を収拾できる一番の近道だと考えるのです。

20 「世界平和青年連合」の会員は、縦的な家庭、国家、世界、天宙を連ねる伝統を真の父母様から受け継ぎ、地上天国の根幹となり、環境全体に模範となって、発展的歴史を維持していかなければなりません。

人類の上中下時代を連結し、直線的な縦的伝統を生活圏で確立しなければなりません。上中下時代とは、老年時代、中年時代、少年時代を言います。老年層の信頼を得て、青少年層の模範にならなければなりません。青年たちは家庭と学校を離れるのではなく、新しい家庭と新しい学校教育の結実体として、家庭と社会で責任をもち、教示する人にならなければなりません。青年たちは、家庭天国理念を完成し、道義的世界の具現に生涯の中心を捧げなければならず、心身一体生活の中心的標本となって、国家の公益を常に追求しなければなりません。

21 「世界平和青年連合」が重要な団体になります。青年たちは卒業生です。ですから、学校とは距離があります。社会に出ていっても、学校の後輩たちが誇ることができる組織をつくらなければなりません。そのようにしてこそ、正しい卒業生となり、称賛を受けられるのです。そうして、原理研究会と卒業生が一体にならなければなりません。また、同窓たちを同化させなければなりません。自分の村に同窓生がいれば、その村の主力部隊にして啓蒙し、民度を高める活動をしなければなりません。そして、左翼思想に対峙できる徹底した教育をしなければなりません。北朝鮮と対峙しているので、これから思想闘争をしなければならないのです。統一が成し遂げられたとしても、思想闘争は避けられないため、準備しなければなりません。ですから、共産主義に対抗できるよう教育を急がなければならないのです。

22 国家を新たに発展させる方法は、青年の再教育、家庭倫理の確立以外にはありません。ですから、国連大学をつくろうとしているのです。そして、大学連盟をつくって、どの教団を中心とした大きな大学であっても今回コディアクに呼び、「すべて同じ学制で編成して、希望する大学の卒業証書を何枚でもあげられるようにし、世界的指導者に育てよう」と話しました。国境、民族、人種を超越した場で、世界を神様の代わりに改革できる指導者をつくろうという運動が、「世界平和青年連合」です。

23 長い間、世界平和を実現するために、多くの機関を創設してきました。「世界平和女性連合」、「世界大学原理研究会」、「世界宗教会議」、「世界平和のための頂上会議」、「科学の統一に関する国際会議」、「世界言論人会議」、そして、「世界平和教授アカデミー」がそれです。

今や、今日の人類の救いの先鋒に立つために、「世界平和青年連合」を創設するのです。私は、若者が神様と家族と国家を愛し、最高の道徳的基準によって生きていけるようにするため、私のすべての清熱を尽くします。より具体的に「世界平和教授アカデミー」と衛星システムを連結し、国際教育高速道路をつくります。これは、世界のすべての若者たちに、最高の教育の機会を提供してくれるでしょう。私は、百六十四ヵ国のすべての会員国が、若者の精神道徳の回復のための教育プログラムに同参することを促します。「世界平和青年連合」を代表し、私たちはみな、愛と平和の世界創建のために精進していきましょう。私は皆さんの支持を通して、神様の祝福が永遠に共にある、第三の至福千年を成し遂げることができると確信します。

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第八篇 第二章 世界勝共運動と共産主義の終焉宣言

第八篇 第二章

世界勝共運動と共産主義の終焉宣言

第一節 日本の「国際勝共連合」

日本の重要性と勝共運動

真の父母様は、共産主義の拡大を防ぐため、世界的に勝共活動を展開された。特に、日本を中心とした勝共活動は大きな成果を収めた。

韓国と日本は、地政学的な関係を越え、復帰摂理を担当するアダム国家とエバ国家として、切っても切れない責任と使命をもっている。そのため、真の父母様は、日本を共産主義の脅威から保護するため、早くから多くの支援活動をされ、日本の青年学生たちも献身的に勝共活動を展開して、大きな勝利を収めたのである。

1 韓国と日本がみ旨の中で、どのように一つになるかが重要な問題です。韓国政府も日本の「国際勝共連合」に対して、とても大きな期待を寄せています。一九七〇年九月に開かれる第四回世界反共大会が、日本にどのような影響を及ぼすでしょうか。現在、韓国の情勢を見るとき、一九七二年までが重要な時点です。ですから、み旨を知る私たちとしては、そこに備えて、一九七〇年に、より確固たる基盤を築かなければなりません。そのような意味で、世界反共大会は重要な使命を負っています。

ですから、まずお父様を中心として内的に団結しなければならず、その次には、外的に韓国食口と日本食口が団結して一つにならなければなりません。私たちは同じ運命に置かれています。このような問題を解くためには、右の方に回す内的な力が左の方に回す外的な力より強くなければなりません。そのために、私たちは千倍、万倍、精誠を捧げなければなりません。私たちに反対する無数の数の力を凌駕しなければならないのですが、私たちの力だけでは不足なので、神様の協助を受けなければなりません。

2 お父様の関心の対象が韓国だけに限定される時代は過ぎました。世界のために準備すべき時が来たというのです。ですから、世界的な試練と迫害の十字架を背負おうと努力しています。そして、最近は、国際情勢や共産党の動きに対して、大きな関心をもっています。このような世界的な問題を解決するために、私たちは霊的に闘い、まず霊的に責任をもって進まなければなりません。

神様のみ旨に責任をもった人が行くべき公式的な方向は、ある絶対的な基準を中心として進まなければなりません。神様が目指す道がこのようになっているので、その基準を中心として行く道には、わずかな違いもあってはいけません。そこには、個人の私的な感情が介在してはいけないのです。

3 韓国の立場から見るとき、もし日本が容共国家になれば、韓国は生き残れません。ソ連、中国、日本など、世界の強国の間で生き残れないというのです。ですから、エバ国家の日本を立てようとするのです。

アダム国家の韓国が、日本で「国際勝共連合」を中心として救国活動を支援しています。お父様は、日本を救ってあげたという立場に立たなければなりません。日本が反共国家になれば、韓国も生き残ることができます。韓国を救ってくれるのです。エバ国家の使命は、このように大きいというのです。

4 統一教会員たちは、共産主義の唯物史観に対する批判を徹底的にしなければなりません。そうして、韓国と北朝鮮の総選挙が実施されるとき、「統一思想」を中心として北朝鮮を完全に圧倒し、勝利の結果をもたらす功を立てなければなりません。そのようになれば、世界を復帰できる基盤が準備されるのです。ですから、忙しいのです。そのため、国家的な問題点を提示して、それを解決していくのが、統一教会員が負っていくべき責任と使命です。

現在、日本とアジアで共産主義が非常に大きな問題の焦点になっています。共産主義革命はソ連から出てきましたが、共産主義の行動は、労働者と農民を中心として広がっています。非常に組織的に動いているのです。

これから日本を治めようとする政治家にとっては、共産主義者たちとどのように闘うかが問題になります。今、日本は、思想的な再武装をする時間をもたなければなりません。思想的に再武装をしなければならない時が来たというのです。

5 共産党に対して、先頭に立つ立場で責任を果たすことによって、日本のすべての指導者が私たちに憧れることができるようにしなければなりません。ですから、共産主義の批判と克服に関する本を早く出版して各学校に普及させ、講義をすることによって、韓国で行っているように共産主義に対する批判精神を植えなければなりません。それで、反共教育ばかりをするのではなく、学問的にきちんと批判するのです。私たちの数が多くなり、大衆が歓迎すればよいのです。

共産主義者たちは自分たちの理想を成就するために、手段と方法を選びません。暴力までも用いるのです。ですから、歓迎を受けることができません。しかし、私たちは違います。戦法が根本から違うのです。彼らは、信じていた人の九〇パーセント以上が不信状態に陥ります。しかし、私たちは、信じ始めれば、ますます信じるようになるのです。これが違います。

6 一九六八年四月に日本の「国際勝共連合」を発足させました。その時、日本の幹部たちを集めて、「私たちは、これから日本のこの自由天地で反共、勝共活動をしなければならない」と言ったところ、彼らの中で誰一人として歓迎しませんでした。「お父様は、日本にどれほど共産党の基盤があり、彼らがどれほど極悪で熾烈な闘争をしているのか御存じないので、あのように言われるのだ」と言いながら反対したのです。

それで私は、歴史的なすべての内容を中心として、「このような運命が訪れてくるにもかかわらず、あなたたちはこれをしないのか!」と言って説得しました。その前に、すべて勝共理論で武装させました。勝共講義ができるように思想武装をさせ、街頭に送り出したのです。共産主義者たちがうようよいる中で、先頭に立ちなさいというのです。

そして、朝鮮大学校に派遣しました。男性を派遣しては駄目だと思い、肝の据わった日本の女性を思想武装させて、「これから三年半の間、死ぬ覚悟をして朝鮮大学校の前で勝共講義をしなければならない!あなたたちが行く道には、死の交差路が間違いなくある!覚悟せよ!」と言いました。そこにはエピソードが多くあるのです。朝鮮大学校は、日本の外務省を通して私たちに圧力を掛けようとしました。しかし、私たちは、根気強く、命を懸けて闘争してきました。東京駅や全国の有名な街頭で、共産主義者たちと積極的な闘争を繰り広げたのです。

7 日本の「国際勝共連合」は、共産党と闘争をしています。「朝鮮大学校の前で講義をするから、命を奪えるものなら奪ってみよ」と言って、朝鮮総連の人々がいるにもかかわらず、入っていくというのです。彼らは、私たちの活動を妨害しようと、引っ張り回したりします。それを見て他の人々は笑うかもしれませんが、それが大きな問題になるのです。またあるときは、一気に押し寄せてきて、一人の上に乗って首を押さえたりもします。そのようにして一週間ほどたてば、私たちに同情する人が出てくるのです。

そのように同情する人が何人か現れさえすれば、彼らの内部に分裂が起きるようになります。彼らが黙って見てみると、言葉に間違ったところがなく、行動に間違ったところがなく、道義的な面で間違ったところがないというのです。ですから、そこにおいて自分たちの言葉と行動が違うことを悟る人は、必ず良心が目覚めるのです。

そのようになれば、彼ら自身が「共産党によって犠牲になった」という思いを抱くようになります。このように、彼ら自体が暴発するように導ける間接的な戦法がいくらでもあります。私たちは今このようなことをしているのです。

8 私たちは日本で勝共活動をしていますが、共産主義が五十年間で世界の半分近い国々に莫大な影響を及ぼしました。アメリカ社会にまで共産主義が影響を及ぼしています。このように、世界的な版図をもった共産主義に対して、勝共というタイトルを掲げて少数の群れが立ち上がったことを一面的に見れば、「愚かで世の中を知らない者たちの行動だ」と言うかもしれませんが、それは見誤っているというのです。日本では、一九六九年十月七日に全国勝共国民大会を東京の日比谷公園で行ったのですが、ここに五千人以上が参加し、拍手をしながら歓迎したといいます。

共産党は今まで、日本が自分たちの思いどおりに間違いなく赤化されると信じてきました。それで、昼も夜も活動しながら、赤化するために努力してきたというのです。

ところが、彼らの前に私たち少数の統一の群れが反旗を翻して立ち上がったという事実は、日本の共産党にとっても問題になり、日本政府にとっても問題になりました。全国民が新しい角度から自らを批判し、将来を再検討できる立場に立ったというのです。私たちの行動は微々たるものでしたが、これは日本に一つの波紋を起こす結果をもたらし、この波紋は、アジア全域に及ぶ事件となったのです。

9 一九七〇年九月十五日から、世界反共大会が日本で開かれましたが、日本の歴史始まって以来の国を挙げての行事でした。ですから、人々の関心がそこに集中せざるを得なかったのです。一言で言って、挙国的な事件に間違いないという話です。したがって、日本共産党も統一教会の動きに対して恐怖を感じざるを得ないのです。背後を考えざるを得ず、心配せざるを得ません。その心配の度数が自分たちの備えた環境よりもさらに強くなるときには、彼らは第二戦線を準備し、第三戦線を準備するというのです。

10 お父様は反共主義者ですが、反共だけでなく勝共を主張しています。韓国で「国際勝共連合」をつくり、七百万人に勝共教育を行ってきました。これは、すべてお父様が指示して行ってきたのです。その上、今、日本の「国際勝共連合」は、自由民主主義を主張する人々にとって唯一の希望になっています。日本の各界の指導者は、異口同音に「『国際勝共連合』こそ日本の希望である」と語って、私たちに助けを求めています。すべて、お父様がそのようにしたのです。

お父様は日本の「国際勝共連合」に対して、「共産主義者たちと公開討論会を開きなさい」と言いました。「ラジオやテレビなど、すべてのマスコミを通して、大衆の前で討論会をしなさい」と言ったのです。そうして、共産主義理論と私たちの理論のうち、どちらの理論が正しいか白黒をつけようと言いました。それに対して共産党は、私たちの要請を拒絶するのはもちろんのこと、全国に「『国際勝共連合』とは絶対に討論してはいけない」と指令を下しました。彼らは実質的に敗北を認めたのです。

日本における「国際勝共連合」運動の拡大

日本は、左翼の学生運動および朝鮮総連系の学生の活動により、共産主義の脅威にさらされていたため、これに対応する「国際勝共連合」の活動は摂理上、重要な意味をもっている。「国際勝共連合」の会員たちは、印刷物の配布や街頭キャンぺーンなどの活動を通して、共産主義者たちの偽装戦術に国民が惑わされないよう警告した。そして、日本共産党を対象に、マルクス主義理論について公開討論を行うことを粘り強く要求したが、彼らは応じなかった。

11 私たちは革命の隊列に参加しました。革命戦線というものは、千里の行軍や万里の行軍で終わるのではありません。その行軍は、生涯をかけて何代にもわたって続くものなのですが、今行軍している戦線よりも、今後迫ってくる戦線がさらに熾烈でしょう。その熾烈さに拍子を合わせ、固めた決意が倍加されなければならないのですが、それが減少するようになれば、敗北するのは当然です。自ら包囲されてしまうというのです。

私たちは今、このような局面で闘いを展開しているのです。今まで私たちが日本で勝共活動を行った内容が、日本共産党の機関紙「赤旗」に掲載され、全世界の共産国家にすべて伝わりました。この新聞は、ソ連はもちろん、中国にも送られます。このように見るとき、統一教会の活動は、民主世界より共産世界に多く知られているというのです。私たちは、新しい角度から共産党に条件を提示しなければなりません。共産党は、私たちの訴えに引っ掛かって、自ら釈明しなければならない時が来るでしょう。

12 ソ連帝国の共産主義理念を広げるための本部が、六大州の各国のどこにあるのかを私が探索しました。最高の言論機関と、第二次世界大戦前後の名のある政治家たちを中心として自ら調査団をつくり、数百万ドルの費用をかけてこれを暴露させた人がお父様です。

日本がアジアの基地になっているので、(共産主義者たちは)日本共産党の機関紙「赤旗」を中心として、会合を行いました。お父様の理論が共産主義を手も触れずに吹き飛ばしてしまったので、二十七ヵ国から「勝共理論」に対抗するために集まったのです。しかし、いくらやっても道がないというのです。

お父様は、かかしではありません。理論的に妥当な論理があるので、それを阻(はば)める理論体系はあり得ません。それを考えようとすれば、夢のまた夢です。そうなると、彼らは、ありとあらゆることをしました。国会においてまで問題になると、すぐに日本の東京大学やアメリカのカリフオルニア大学バークレー校で集会を行い、お父様を攻撃しました。しかし、公開された席上でも、お父様に戦略的に屈眼してしまったといのです。

13 日本共産党は、自分たちの新聞である「赤旗」を中心として、連続シリーズの形で統一教会と「国際勝共連合」を暴きたてるなど、様々な方法を通して攻勢をかけてきました。しかし、そのような攻撃では私たちの動きを押さえつけることはできませんでした。

反対があれば、その反対以上のことをすることによって、大衆は反対するほうに注目するのではなく、私たちの活動に注目するようになります。そのように推進することによって、「赤旗」が取材して発表するのは、「国際勝共連合」が恐ろしいからだという結論に達しているのです。

統一教会と「国際勝共連合」は、わずか十年か二十年以内に、日本全国に影響を及ぼすことができ、すべての分野で主導的な責任を担うことができると見るのが、日本の著名な人々の判断です。

14 日本共産党は、「今後、日本を赤化するに当たって、一番の癌のような存在が『国際勝共連合』と統一教会だ」と言います。ですから、日本で行うすべての勝共活動は、全世界の共産党に伝わるというのです。

「国際勝共連合」の理論体系を打破するために、一九七四年十二月に共産世界の十二ヵ国から最も理論的な学者を糾合し、「国際勝共連合」の反共理論を打破するための会合がもたれたことがあります。ところが、「統一教会の思想は、自分たちが理解できない深い宗教的背景に基づいているので、手を付けることができない」と言って後退したという報告を私は聞きました。

統一教会の思想は、自分たちには許容できない危険なものであり、恐ろしいものであるという判断を下さざるを得なかったのです。ですから、日本の共産党は、「統一教会員と会ってはいけない。勝共要員と会ってはならず、論争もしてはならず、闘ってもいけない。私たちが損をする。私たちがすべきことは、混乱させて退治することだ」と言っているのです

15 日本では勝共運動を中心として、昼には全食口が動員され、挙国的な活動を始めるでしょう。また、夜には全国的に復興会を開催します。全国巡回復興団によって、一ヵ月に一度ずつ復興会をしながら、食口たちの原理の実力を向上させ、信仰心を高揚させようとしています。また、「食口たちを至る所に配置し、講義しなさい」と言いました。

アジア反共大会を通して、日本にいる華僑と韓国の同胞を連結させます。日本に留学に来た数多くの学生たちを大会に参加させ、勝共連合の基盤をつくるのです。特に、留学生たちは、卒業後に本国に帰るので、日本で彼らを教育し、アジアに私たちの拠点を連結する計画を立てています。このような大会を、一次、二次、三次まで継続すれば、その基盤ができると考えています。韓国や日本の政府ができないことを私たちがしなければなりません。

16 私は、日本の「国際勝共連合」に対して、全国にいる警察と中学・高等学校の先生たちを連れてきて、教育しなさいと指示しました。中学・高等学校からすべて教育する計画です。韓国でもそのようにしています。中学・高等学校の三千人以上の校長を教育しました。

朝鮮総連の学校が二百校ほどになるのですが、民団の学校はわずか十校未満です。ですから、今後、日本の中学・高等学校を中心として、全面的に「国際勝共連合」が後援できる基盤を築かなければなりません。それによって、民団の人々に対する思想教育をしなければならないのです。その基盤のもとに大使館を連結させて、アジアで基盤を築かなければなりません。

今、朝鮮総連が朝鮮大学校で思想要員を育てている以上の基盤を、早急に築かなければならないのですが、私たちが学校を造ってそのようにするのでは追いつかないので、緊急作戦を行っているのです。

17 一九六五年に、お父様が日本に寄った時、日本で高い地位にいる、ある人物に会って話をしたことがあります。その時にお父様は、「あなたたちが今のように弱々しい態度を取っていたら、決して共産党に対抗できない」と強烈に主張しました。

既に共産党は、一九七〇年を期して、大学を中心に革命を起こそうと準備しています。彼らは、自分たちの組織基盤である労働組合を前面に出さず、現在、大学生たちを立てて事を起こしているのですが、これは、彼らが一九七〇年代を前にしてすべての計画を立て、大学を通してテストをしているのです。したがって、日本政府は、このような内外の問題によって、非常に切迫した立場に置かれています。

このような状況で、統一教会は、反共路線の先頭で、勝共を叫びながら現れました。私たちが勝共運動を宣布して立ち上がってから一年にしかなりませんが、これまで私たちの青年男女は一生懸命に活動してきました。それによって、官庁や自民党のすべての幹部は、反共戦線では大学原理研究会に頼らなければならないことを認めるようになったのです。

18 日本にある五十六の大学に、統一教会の大学原理研究会が登録されており、修士、博士たちがその背後で「統一理念」について研究するという出来事が起きています。また、左翼の学生たちと原理研究会に参加している学生たちが闘争していますが、この闘争で、ある大学の左翼系の学生たちがそっくりそのまま統一教会に入ってしまうという出来事が起きました。

共産党が、自分たちの活動を強化するため、要所要所に配置した地下団体の中の一つが、統一教会に丸ごと入ってしまったのです。これが問題になり、共産党員たちが統一教会に来て、内偵をしたり反旗を翻したりしながら騒ぎ立てました。そうして、東京大学と京都大学、東北大学など、あらゆる大学で問題になりました。原理研究会が大会をするたびに、騷ぎが起きたのです。

19 日本の東京大学の大学院生ら百二十人を、サンフランシスコに連れていって教育しました。今後、日本で共産化を防ぐことができる活動を、日本政府はできないのです。統一教会がそれを知ったので、その責任を果たさなければなりません。それで、お父様が自ら命令をして始めることになりました。

(それを聞いた人は)「もう遅いから無駄だ」と思ったのですが、「やってみなさい」と言ったのです。できなければ、命を懸けてするのです。共産主義者たちが入り込んできて反対するなど、ありとあらゆることが起きました。それで、東京大学の総長が日本の教会長と協議したのです。毎日のように会って協議するので、今や親しくなりました。大部分(の学生たち)が「行く」と言って自ら志願し、名前を書きました。ですから、東大の大学院生たちも、身を引こうにも引けなくなったというのです。

この大学院の学生たちは二十五歳以上ですが、四十歳もいます。それくらいになれば、社会で自分の意志と判断力をもって、堂々と知識人と自負できる立場です。ですから、結局、みな出発することになりました。

20 私は日本に寄って、国会議員たちに「韓国の国会議員、台湾の国会議員、日本の国会議員、この三国の国会議員たちが集まり、勝共セミナーをしなさい」と指示したのですが、それをそのままやって、成功裏に終わりました。国でもできないことを私たちがしています。そのような実績をもっているのです。

ですから、日本政府も勝共連合でなければならないと考え、韓国政府も勝共連合でなければならないと考え、台湾政府も勝共連合でなければならないと考えているので、今や、互いに私たちをつかもうとしているというのです。日本は私たちをつかんで韓国と台湾に影響を与え、韓国もまた私たちをつかんで台湾と日本に影響を与え、台湾も私たちをつかんで日本と韓国に影響を与えようとしています。

21 今や、韓国と日本とアメリカを中心に、自由世界をどのように連結するかが課題として残っています。言葉だけではいけません。どのように一つにまとめるかが問題です。これを一つにまとめるために、既に日本の「国際勝共連合」と韓国の「国際勝共連合」の姉妹結縁運動を行っています。

今回、私は日本の重要幹部の婦人たちを集めて訓示をしました。もちろん、幹部の男性責任者たちはみな知っていますが、女性たちも協助しなければならないというのです。「今や七百五十万になる『国際勝共連合』の会員の背後にいる婦人たちを結束させ、これから韓国の七百万家庭の婦人たちと連合する運動をしなければならない。何としてでも、日本の婦人たちを結束させなければならない。そのためには、家庭対家庭の結束を急がなければならない」と話しました。

このようにして、日本がいくら反対しても、私たちは神様の摂理の方向に従っていける確固たる体制を、日本と韓国につくらなければなりません。そのようにしなければ、アメリカを引き入れることができないのです。

22 今後のアジア政策で、一番の要となる国が日本です。今は経済戦争を始めている立場です。しかし、あくまでも日本を除いておいては、アジアを導くことはできません。今はアメリカが親中政策を取っていますが、その文化水準から見て多くの違いがあるので、これをアメリカの文化基準と連結するのは不可能です。ですから、いくら身もだえしても、アメリカは日本を中間媒介体にせざるを得ないと考えるのです。それゆえ、その前に早く、韓国は国家的基盤を世界的に連結しなければなりません。これが、韓国が生き残る道です。

韓国の七百万の勝共会員の家庭が連結されれば、アメリカの牧師家庭を中心として、団結して入ってくるキリスト教の影響圏を結束させる道が自動的に連結されます。これは、国家的次元よりも国民的次元、家庭的次元で基盤を固めていくのです。その家庭の上でこの基盤を拡大し、私たちの要員を、国を動かせる要員として立てるようになれば、韓国と日本とアメリカが、新しい世界摂理史的な使命を果たすことができる位置に進むと考えるのです。

朝鮮総連と民団、そして南北統一運動

韓国は、地政学的に中国および北朝鮮と日本の間に置かれている。それゆえ、真の父母様は、日本が共産化する場合、韓国の保安が危うくなると語られ、朝鮮総連系の在日同胞を対象に行う勝共教育を強化する一方で、彼らを南北統一運動の先頭に立たせられた。このために、一九七二年五月一日、「国際勝共連合」の在日韓国人会が結成された。真の父母様は、特に在日同胞から先に一つにしなければならないことを強調され、朝鮮総連系に属した同胞たちを招請して、一九七五年九月、秋夕墓参団母国訪問を斡旋された。彼らは光復後、初めて故国を訪問し、家族や知人たちと感激的な出会いを果たした。この行事は、その後も数回にわたって行われ、当時、北朝鮮の偽装広報に惑わされて、韓国について誤って認識していた朝鮮総連の同胞たちに、新たな視点をもたせることになった。

23 お父様は、一九六五年から、日本で民団を中心に「国際勝共連合」の組織をつくろうとしていました。しかし、七年という歳月を失い、一九七二年になって「国際勝共連合」の在日韓国人会を組織したのです。それ以前は、民団の行くべき道がありませんでした。(今では)「勝共思想」をもたなければならないというのが一般論になっています。

日本にある朝鮮総連と日本共産党、そして、中国共産党、この三つの共産党と対決できる強力な韓国系団体があるかと言えば、ないのです。日本に大使と公使、情報員何人かが行っているのですが、その人々を中心としては彼らと対決できません。とんでもないことです。好むと好まざるとにかかわらず、統一教会の基盤を利用しなければならない立場になってきたというのです。統一教会は、「国際勝共連合」を中心として、朝鮮総連に備えることができる思想的な基盤をもっているだけでなく、朝鮮総連と一つになった日本共産党に備えることができる基盤をもっているのです。

24 日本の「国際勝共連合」は、日本人の団体ではありません。その団体の人々は、三千里半島に住む韓国人たちより、もっと韓国人らしいのです。その人々は、お父様が命令さえ下せば、とんなことでもします。

朝鮮総連の朝鮮大学校認可取り消し運動を一九六八年から始めて、四年目です。ですから、朝鮮総連では大変なことになっているというのです。彼らは最初、私たちを軽く見ていました。吹けば飛んでいくと思ったのですが、見誤っていたのです。私たちは範囲を広げているので、もう少しすれば、朝鮮総連系(の人たち) をつかむことができます。三年だけ過ぎてみなさいというのです。私がその対策を講じてきました。

そして、民団に私が手を付けなければならないので、それに対する特別措置を取ってきました。ですから、政府では「統一教会が民団にまで手を付けている」と批判しています。ありとあらゆる侮辱を受けながらも、このことをしているのです。

25 北朝鮮は、一九七〇年代後半からは、「七・四南北共同声明」を中心として統一方案を模索するでしょう。休戦ラインで分断された思想体制圏内にいるので、訓練され、基盤ができている韓国内では、それが不可能です。それで、彼らは今、日本でその方案を模索するために総力を注いでいます。

朝鮮総連によって民団を吸収し、また、民団の韓国青年団体協議会を吸収して、自分たちの一括的な組織圏内に放り込めば、名実共に朝鮮総連を中心として統一が成し遂げられたと、全世界に宣伝できる良い舞台になるのです。もし、民団が朝鮮総連に吸収されるとすれば、日本政府も四方が共産圏なので、共産圏に対する進路を模索せざるを得ません。そのようになれば、韓国は直接的な影響を受けるようになります。

これを防ぐために、今、日本に人を派遣して、全国的なブームを巻き起こし、民団を収拾しているのです。朝鮮総連が民団を吸収してしまえば、高い地位にいる政府の要人たちが北朝鮮に協力することが決定的になり、日本の情勢は北朝鮮一辺倒に進まざるを得なくなります。このようになれば、アジアは共産圏内にすべて包囲され、脅かされるようになるでしょう。統一教会員はもちろん、あらゆる人が日本共産党によって滅びるのです。

情勢的に見て、韓国にこのような危急の時が迫ってくるので、お父様が一人、これを防ぐために千辛万苦、背後で苦労しているのです。これから民団を再構成して、私たちの体制内で教育し、「国際勝共連合」の民団支部を結成して、全国にその組織網を広げていこうと思います。

26 日本にある民団が、朝鮮総連によって崩れ始めました。民団だけでなく、韓国青年団体協議会もすべて崩れました。ですから、私が一九六五年から、その幹部たちに「間違いなく今後、民団がこのようになるが、それを防ぐためには日本に『国際勝共連合』をつくって、それと一つになり、ここに防御線を張らなければならない」と話したのですが、彼らは鼻先で笑うばかりでした。そのように言ってから七年もたたないうちに、民団がそのまま落ちていくようになったのです。大使館もお手上げで、民団もお手上げになると、その時になってようやく、彼らは「国際勝共連合」に「後援してください」と言ってきたのです。

ですから、「いいだろう!闘いは我々が引き受けよう!」と言いました。しかし、むやみに闘えばすべて逆賊の墓に埋められてしまうのです。立場をはっきりさせようというのです。それで、お父様は「民団の責任者たちは、それに対して歓迎しなさい。大使館の公認を受けなければならない」という意見を提示しました。このように、私たちは日本で冒険的な活動を開始し、このばらばらになった民団を糾合して、精神姿勢を正してあげているのです。

27 お父様は、駐日韓国大使館と民団を訪ねていき、韓国で活動していた反共講演に関する実績を提示しながら、日本でも同胞を中心として反共講演をしなければならないと強く求めました。すると、大使館側は、国家の代表という立場で高飛車な態度を取り、民団側は同胞を代表する立場なので、団長以下幹部たちが、韓国のいかなる長官も問題にならないという態度で、特に反応を示しませんでした。

しかし、天はそこに韓国の地区長を一人送りました。まず、日本の四十七都道府県にある婦人会の代議員たち四百五十人以上が集まった所で、地区長が講演することになりました。それで、二十分間講演したのですが、実に十二回の拍手喝采を受けました。その集会の進行責任者と民団の責任者たちも、「衝撃的な感銘を受けた」と言いました。それが、私たちが心置きなく活動できる良いきっかけになりました。そうして、毎日のように民団を訪ねていって反共講演会の開催について交渉したのです。

また、反共講演をするときに、自首したスパイや北に送られたのちに帰ってきた人々が北朝鮮の実情を暴露することも必要ですが、それは一時的な効果にすぎません。また、その人々が「金日成主席はこうで、北朝鮮の実情はこうである」と話すとしても、それは日本の実情から見て、信じることができない暖昧な言葉にすぎないのです。ですから、そのような旧態依然の反共態勢では駄目だと主張しました。そうして、理論的な面で共産主義を根本的に暴き、共産主義はこうで、またこのように悪いので、歴史的に、あるいは時代的に必ず滅びざるを得ないという内容を赤裸々に提示しながら講義しなければならないと、積極的に説明したのです。

28 お父様は、一九七四年から七五年まで、力を尽くして大韓民国に対して責任を果たしました。「終わりの日」に、敗者の悲しみの苦い杯を飲むことが分かったので、(そうならないよう)お父様は精誠の限りを尽くしたのです。日本との国交断絶の悲運が訪れかねない、その背後で、私が血のにじむ闘争をしてきたことを、国民は知らずにいます。

この朝鮮総連問題を中心として、共産主義を防がなければ、韓国が生きる道がないことを知ったので、朝鮮総連問題を中心として六百人の若い青年たちを糾合し、教育しました。それをきっかけに、祖国訪問墓参運動が起きたのです。

29 朝鮮総連と民団を一つにしなければ、エバ国家の日本は立つことができません。彼らすべてがお父様を大歓迎することによって、お父様と一つになるのです。そうして、アダム国家の韓国とエバ国家の日本が一つになります。民団と朝鮮総連が一つになることによって、韓国と北朝鮮が自動的に一つになり、それによって北朝鮮の偽りの父と韓国の真の父母が条件的に転換されるので、エバが自動的にこれを抱いていき、その伝統を韓半島に連結させれば、韓国と日本の統一圏が広がるのです。これが摂理観です。

30 エバ国家の日本が使命を果たすためには、外的にもカインとアベルを消化し、内的にもカインとアベルを消化しなければなりません。そのために、日本が四十年間、包容しなければならないカインとアベルが、朝鮮総連と民団です。朝鮮総連は、日本から見るとき頭の痛い存在です。この朝鮮総連と民団を、日本が一つにしなければなりません。深刻な問題です。お父様が日本で朝鮮総連と民団を一つにすれば、日本政府は苦しい立場に追い込まれることもあり得るのです。

ですから、彼らを一つにするのは、お父様がするのではなく、日本自体がしなければなりません。今までこのように復帰路程を歩んできたことを、神様しか知りませんでした。それは、霊的な基準だったからです。肉的な基準で、その秘密を知る人はお父様以外にいません。霊的には神様、肉的にはお父様、このように二人しかいないのです。ですから、日本はまず、朝鮮総連と民団を一つにしなければなりません。そのようにしなければ、日本はアジアに出ていけないのです。

31 エバ国家の日本にある民団と朝鮮総連は、カインとアベル、エサウとヤコブ、ゼラとペレヅのような立場です。エバの腹中で二つの群れが争うのです。それがなければ、エバ国家になれません。ところが、日本は争いを助長しています。それでは、日本はエバ国家の使命を奪われてしまいます。ですから、統一教会員たちが彼らを一つにする活動を行うのです。どのようにして一つにするのかといえば、柳寛順思想を中心として一つにするのです。一九九〇年以前から、お父様はそのことを始めました。

これを統一するためには、日本にいる統一教会と女性たちを一つに束ねなければなりません。それで、「女性連合」を中心として、外的に有力な関係者の夫人、国会議員夫人、教授夫人などを連結したのです。父母様と縁をもった人々が、すべてそこに入っています。上流層にいる女性たちです。彼らと統一教会はカイン・アベルです。このカイン・アベルの女性基盤を中心として、お母様が立たなければなりません。お母様も、カイン・アベルがいなければなりません。このためには、エバの腹中にいる立場の民団と朝鮮総連を一つにしなければならないのです。そうして、日本がこれらを一つにするようになれば、朝鮮総連の代表と民団の代表が日本にいるので、南北統一の機運が芽生えるのです。

32 タマルの腹中でゼラとペレヅの双子が争ったのと同じ状況が、日本でも起きなければなりません。それが、北朝鮮の朝鮮総連と韓国の民団です。それを日本が消化しなければならないのです。消化するのは、日本自体だけではできません。お父様と一つにならなければなりません。タマルの腹中にいるゼラとペレブのように、一つの民族を代表した二つの団体を一つにしなければならないのです。

韓半島が南北に分断されたのは、日本にも責任があります。ですから、根本に入っていって、影響を与えることができます。それで、お父様は左翼と右翼を統一し、新郎の立場に戻ってくるのです。戻ってきて、金日成主席までも向きを変えさせておかなければなりません。左翼と右翼は息子です。長子権復帰をしたあとは、父母権復帰をするために、金日成主席までもお父様が束ねたのです。ですから、韓半島で統一圏さえ広がれば、西洋文明とアジア文明、この左右が一つになるのです。

第二節 「南北米統一連合」と「中南米統合機構」

カウサとアウラの創設と千万会員の確保

一九八〇年十月、南北米大陸の統一と協力を通した世界平和実現のため、元国家首班を中心に「南北米統一連合(CAUSA)」が創設された。アメリカのカーター行政府の人権政策により、南米で左翼政党が政権を握るなど、共産主義の浸透が露骨になってくるや、真の父母様は、南米の指導者たちを対象に「統一思想」教育を実施され、これが大きな反響を呼び起こした。このような基盤の上で創設されたカウサは、南米大陸の赤化を防ぐ先頭に立った。これとともに、一九八三年に中南米の国家が参加する中南米統合機構(AULA)」も結成された。

1 統一教会では真の父母に侍っていますが、それは国家と世界を越えていません。ですから、真の父母を迎えたことを、国家と世界と霊界にまで拡大する運動をするのです。これが、今日の統一教会の運動です。時が近づいてきています。

国家が統一教会、国家が真の父母を迎え入れる環境が、今迫ってきているというのです。その国は、どのような国でしょうか。最も悲惨な国から始めます。共産世界と民主世界によって患難を受ける国から始めるのです。それが南米のエルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラのような国です。それで、南米で「カウサ(「南北米統一連合」:CAUSA)」活動を国家次元で展開しているのです。南米二十六ヵ国に組織をつくったのちに、北米においてまでカウサの活動を行っているのです。

2 カウサを中心として、南米のあらゆる分野の復興のために、これから大統領たちを動かし、国会を動かして導いていこうと思います。お父様は、国もなく、追われた人です。しかし、そのようにできる内容を備えているので、私が真ん中に立てば、南米を一つにできるのです。お父様が真ん中に立てば、南米の指導者たちを一つにできると考えるのです。

アメリカでお父様の脱税容疑に関して論争が起きると、この国々は各国の大使館を通して、「アメリカ式の調査ではなく、私たちの情報機関を通してレバレンド・ムーンを調査しよう」と言い、お父様に対してすべて調査しました。お父様がアメリカで、何の罪もなく迫害を受けているという事実を彼らが調査し、結論を下したのです。「アメリカは間違っている。カーター政府は、反共主義者であり天のみ旨が必要とする人を迫害した政権だった」と判定しました。そして、「その時、先頭に立って闘ったレバレンド・ムーンは、私たちの同志の中の同志だ」という結論を下しました。南米が共に歩むことのできる同志だというのです。

3 南米の地位の高い人々に対し、カウサを中心として教育を終えました。一国で五百人ずつすれば、その五百人の中に、閣僚と州責任者など、あらゆる要人が入ります。そこは、私たちの版図圏に入っています。それで、私はウルグアイのモンテビデオに多くの予算を投じて、大きなホテルを造っています。ウルグアイは南米のスイスのような所です。その国の海岸線が美しいことで有名なので、世界の大富豪たちが途方もないお金を出して、ここに土地を購入しようと互いに競争し合っています。

ですから、この土地を売ってしまうと国家の将来にとって貴重なものを奪われてしまうと考え、法的に規制しました。「誰が購入しても、二十五年以上所有することはできない。二十五年後には返還しなければならない」としたのです。私がそれを百年に延長させました。お父様がホテルを造れるように、新たに法を通過させて許可が出るようにしたのです。この国は、お父様と「統一思想」を引き入れれば、南米が生き、自分の国が復興すると考えているのです。

4 今までは、アメリカが教会と政治を分立する立場で来たので、私たちは教育を中心として歩んできました。これからは、この影響圏を拡大しなければなりません。底辺に影響圏を拡大して、カウサの会員を千万人以上に突破する運動をするのです。それを始めて、四千五百万人ないし五千万人をキリスト教圏から吸収しなければならないというのが、お父様の計画です。

そのようになれば、私たちが苦労しなくても、すべてのクリスチャンはもちろん、全宗教界を吸収することができます。そのように、新たにキリスト教が私たちと一つになることによって、ローマ教皇庁を中心として、南米やラテン文化を背景に、世界のキリスト教圏を完全に再復興させ得る道が開かれると考えるのです。

5 南北米で行っているカウサ運動は、勝共活動と同じです。アメリカは、連邦政府に上下院があり、また各州も、上下院の両院からなっています。ですから、中央政府が思いどおりに支配できません。各州に法があり、その州法によってすべての施策を展開していくようになっているのです。

ですから、政治界の大物たち、有名な人をすべてまとめておかなければなりません。そのような作戦を終えているので、今お父様は、アメリカの政界に相当な基盤をもっているのです。

6 アメリカで、千万人の勝共連合の会員を募集しているのですが、皆さんが祈ってあげなければなりません。アメリカでは「国際勝共連合」のことを「カウサ」と言います。カウサ会員一千万人募集運動が、一九八六年九月一日を期して始まりました。

アメリカ人たちは、ある団体にサインをして加入することに対して、自分の全生命と全財産が連結されていると考えるのです。その人々にとってサインをすることは、私たち東洋人とは違います。彼らはすべての責任を負うという気持ちで慣例的にサインをしてきたので、サインをして加入するというのは、普通のことではないのです。

ですから、これを始めるとき、アメリカの統一教会のすべての食口たちは、不可能だと考えました。今まで統一教会とお父様は、可能なことをしてきたのではありません。不可能なことを今までしてきたのです。生涯を通して行ってきたことは、その当時の人々の眼識を通して測定できる、ある限界内でしたことではありません。その眼識を越え、測定できない限界以上の範囲を通して摂理される神様のみ旨があったので、今まで統一教会を指導するお父様は、人々の想像できないことをしてきたというのです。

7 アメリカの一般人や中央情報局(CIA)、連邦捜査局(FBI)では、「サインをもらってカウサメンバー募集運動をしたが、それはすべて名前だけだろう。そのあと、どうするのか。それをして何をするのか」と言いながら、私たちを眺めています。しかし、私たちは何としてでも(一千万人の会員を)消化しなければなりません。

皆さんに「サインをもらいなさい」と言ったのは、消化するためです。(ですから)皆さんは、サインをもらう活動がすべて終わったからと言って、手を休めて何もしないでいてはいけません。私が一九八六年十一月二十四日、アメリカに到着したその日の夕方に、千万人の会員募集がすべて終わりました。日付も合いました。その時点に達したので、お父様がアメリカに戻ってきたのです。

これからどのように千万人を消化するかが問題です。彼らを何としてでも、私たちが消化しなければなりません、彼らを消化するために、お父様は既に全米にいるキリスト教の牧師三十万人以上を中心として連合運動を行い、その牧師たちを韓国に連れていくのです。

8 アメリカのキリスト教が、二百年間でヨーロッパの旧教文化圏のエキスを抜き取ってきたのと同じように、私たちも新しい地上天国理念をもって、全世界のキリスト教文化圏、統一されたその世界のエキスを抜き取り、新しい天国を造らなければなりません。それは、長くかかりません。あっという間です。南北米を中心とすれば一瞬なのです。

新教文化圏も捨てられず、旧教文化圏も捨てることができません。神様が理想とされる地上天国の実現が、旧教と新教を中心として一次、二次と失敗したので、この地を代表して成功しなければなりません。中世にカトリックを中心として成し遂げようとしたことを、成し遂げられませんでした。二つの世界です。ですから、真の父母の時代に旧教と新教を一つにして、地上に神の国を成し遂げられるモデル国家を立てなければなりません。

9 一九九二年八月にすべてを終え、真の父母を宣布することによって真の父母が設定され、地上に着陸時代が訪れたというのです。イスラエルの国とユダヤ教が失ってしまったものと、アメリカとキリスト教が責任を果たせなかったもの、そのすべてのことが蘇生し、定着できる時代に入っていくというのです。そうして、母と父が横的に立つのです。

イエス様の時は縦的に立ちました。縦的(なもの)には中心の一点しかありませんが、横的(なもの)には三六〇度(の広がり)があるのです。ですから、父母様はどの国にでも行けるのです。すべての国が歓迎します。

また、私は中南米を束ねて「中南米統合機構(AULA)」をつくりました。中南米のカトリック圏を一つにするのです。そして、北米の新教と南米のカトリック圏を一つにしようとしています。中心に立ってすべて消化するのです。そのような核心的な真理をもっています。そのように強力な武器をもっているのです。

アメリカの予備役将軍と国会議員教育

アメリカの指導者のためのカウサ教育は、予備役将軍と牧師、国会議員などを中心に実施された。共産主義の危険性を知らせ、アメリカ人の覚醒を促すこの教育は、カウサ一千万会員募集運動とともに展開された。その当時、アメリカの有識者と言論人に流行していた左寄りの進歩思潮は、背後にソ連がいる国際共産主義の世界赤化運動とかみ合い、自由世界全体を脅かしていた。真の父母様は、この問題を深刻に考えられ、全力を尽くして「勝共思想」運動を指導されたのである。そのような努力の結果として、共産勢力の拡大が阻止され、衰退するようになった。

10 共産主義に勝とうとすれば、まず思想戦で勝たなければなりません。思想戦で勝とうとすれば、大国と言われるアメリカで、それをすべて踏み越えて上がらなければなりません。

ですから、七千人のアメリカの州上院議員のうち、一九八六年の六月前までに、三千人の教育を終えるつもりです。アメリカの上下両院議員たちがカウサ教育を受けます。統一教会の思想を学ぶのです。「神主義」を学ぶのです。

また、アメリカの退役将軍、陸・海・空軍の四つ星将軍たちが、カウサ教育を受けています。一九八六年三月になれば、五十州で大勢の将軍たちが在郷軍人会の顧問になって、在郷軍人たちを教育できる体制ができます。

世界の共産党を一日も早く取り除くための最前線で、熾烈な闘争の旗手になっているというのです。皆さんが思想戦の先頭に立ち、敗者にならず、今まで勝者の旗手の立場を維持してきたというのは驚くべき事実です。

11 私は、アメリカで在郷軍人連合の運動をしています。それで、米軍の退役将軍たちを集めて教育するのです。在郷軍人会長団の人々を顧問団にして、地方別に五十州から陸・海・空軍の退役将軍たちを集め、「自分の故郷を中心に郷土防衛のための活動を強化しなさい」と言いました。年を取っているからといって、ただそのまま流れていくのではありません。「『私は年を取っていても、国のためにこのように生きて余生を送る』と言えば、それに誰が反対するだろうか。国を愛さなければならない」と言ったのです。

私はダンベリーの監獄にいながら、一九八五年、「国際郷土防衛連合」を創設しました。

その時から始めて、アメリカの退役将軍たちの教育がすべて終わる段階にあります。共産主義を防ぐためには、「勝共思想」でなければならないことが、既に決定的な段階に入ってきました。そのようになるので、行政府が影響を受けるようになり、その次には、政治家たちが影響を受けるようになるのです。

12 南米を救うために、アメリカの将軍たちによって構成された軍事顧問団を南米に配置するのです。共産党を防がなければならないので、この軍事顧問団を中心として、軍事情報とゲリラ戦に対して訓練させなければなりません。今日、自由主義世界の著名人たちは、お父様の影響圏内にあります。

それで、この計画を国際的に実現するため、「国際郷土防衛連合」を創設したのです。それがいつでしょうか。一九八五年六月七日、ダンベリーの監獄にいる時です。神様のみ旨、選民歴史観を終結させなければならない天命があることをお父様は知っているので、このことをするのです。

13 アメリカで、空軍、陸軍、海軍の傷痍軍人、将軍クラス以上の人は、既に私たちのカウサ教育を受けています。大将から、誰彼を問わず、有名な人はみな、カウサ教育を受けているのです。そこに、アメリカの在郷軍人全体の組織の長まで連結させる運動を促進している状況です。そして、「中南米統合機構 (AULA)」という機構を創設しました。

今まで、アメリカの権威ある将軍たちが中南米を指導してきましたが、中南米のことを考える将軍たちはいませんでした。これからは、中南米のために生きることができるアメリカの四つ星将軍出身者を、三十一ヵ国に派遣するつもりです。お父様が月給をあげてでも派遣するのです。

共産主義ゲリラを撲滅するために三十一ヵ国を連合し、ゲリラ訓練とともに情報責任者たちを教育して、超中南米的軍隊を編成しなければなりません。そのようにしなければ、中南米が生きることはできないと考えるのです。

既にアウラ組織が編成されてきたので、それさえできれば、経済問題はこの連合機構を通して自動的に解決されます。共産主義を南北米基準で防がなければ、世界を赤化の危機から救うことはできないと考えるからです。

そのようにしながら、ヨーロッパ連合機構とアジア連合機構を編成しなければなりません。共産党が存在する時が、世界的機構を編成できる絶好の機会だと考えるのです。

このようにお父様は、他の人々が夢にも思わないことを今までしてきました。

第三節 共産主義の終焉宣言とモスクワ大会

共産主義の終焉宣言

真のお父様は、ダンベリー刑務所に収監中、世界の碩学の前で「共産主義の終焉」を宣言するように指示された。ちょうどスイスのジュネーブで「ソ連共産帝国の滅亡」をテーマに、一九八五年八月十三日から五日間、第二回「世界平和教授アカデミー世界大会」が開かれることになっていた。当時、大会を前にして、大会の議長を任されたシカゴ大学の政治学者であるモートン・カプラン博士に向かって、真のお父様はこのような宣言をするように指示されたのである。カプラン博士は、政治学者として、遠回しに「滅亡するかもしれない(maybe)」という表現を使うのはどうかという見解を表明したが、真のお父様は譲歩せず、「共産主義の終焉」を宣言するよう強く求められた。この預言どおり、一九八九年十一月九日、東ドイツの東べルリン国境にある五十余りの検問所が順次、開放され、二十八年ぶりに冷戦の象徴であるベルリンの壁が崩された。また、一九九一年十二月には、一九二二年から存続してきた、巨大な共産国家であるソビエト連邦の解体が宣言されるに至った。これにより、共産主義体制の終焉が現実となったのである。

1 お父様が「世の中がこのようになる」と言ったことは、すべて当たりました。世界は公式に従って発展します。「世界はどのようになる」と言えば、間違いなくそのようになるのです。「共産主義は、始まってから七十三年を越えられない」と言いました。これを四十年前から宣布したのですが、七十三年目に共産主義がきれいに吹き飛んでしまったのです。

お父様が予言をして、そのようになったのでしょうか。天地の大道の法度がそのようになっているというのです。それが正しいので、そのようになるのです。私が話をするとおりに世界は回っていきます。

2 ソ連帝国の滅亡をお父様は宣布しました。お父様がダンべリー刑務所にいる時、ジュネーブで開かれた「世界平和教授アカデミー」の世界大会で宣布したのです。その時、有名な政治学者であるシカゴ大学のカプラン博士が議長だったのですが、彼をダンベリー刑務所に呼んで、「ソ連帝国の滅亡を宣布しなさい」と言いました。

ところが、彼はリベラルな立場で本を十七冊書いたのですが、「自分がこのようなことを言えば、それらの本がすべて無効になるので言うことができない」と言うのです。そのように言いながら、「ソ連帝国が滅亡するかもしれない」というように、「するかもしれない(maybe)」という言葉を入れようというのです。

しかし、お父様は「駄目だ!」と言いながら、「見ていなさい。五年以内に共産党がどのようになるか。行って話しなさい!」と言いました。宣布をしてこそ、共産主義世界が崩れるのです。結局、五年もたたずに崩れました。

世界の学者たちは、お父様のことを理解できないと言いましたが、宣布してこのようになったので、「このようになるとは思わなかった」と言っています。最近になってようやく、「偉大な師です。尊敬して余りあり、私たちが知り得ない極秘の事実を、実践するための基盤を現実に築いた驚くべき、かつ歴史的な方です」と言っているのです。

3 共産主義を崩すことの先頭に立った人がお父様です。共産世界が倒れるようになったのも、お父様の功労であることを、世界の人々が知っています。日本の功労でもなく、アメリカの功労でもありません。

思想的に闘うには、思想をもって倒さなければならないのです。そのようにするためには、中国やソ連のような所で地下運動をしなければなりません。統一教会は数十年前から、中国とソ連で地下運動をしてきました。

それは、ソ連のKGB(国家保安委員会)や、中国の情報当局も知りませんでした。倒れてから「文先生の地下組織がロシアにあったのか」と言っているのです。そのようなことをしてきました。そういった背後の活動を人知れず今までしてきたのですが、結局、そういった結果になったのです。世界の情勢に合わせて準備したというのです。

4 ソ連共産党まで、お父様が解放しようと思います。闘いではなく、愛の論理をもって解放するのです。それが「神主義」であり、お父様の思想です。

その思想をもっているので、天下に羨むものがありません。孤独が占領することはできず、死亡の波はその前に色あせるのです。共産世界が総団結してお父様(に対する)除去運動をしていますが、お父様は行くべき道を知っています。この混乱した世の中を収拾する代案がどこにあり、生きる道がどこにあるのかというのです。

この世界を代表した一人の男性と女性が、神様の愛に従ってその良心が夢中になり、体が酔いしれて引かれていくというとき、人類がその男性と女性に従っていけば、すべて解決されます。それが大きくなれば、国が生じるのです。

5 お父様がダンベリーの監獄に入っていた一九八四年までのアメリカでの十二年間は、完全に共産化される方向に向かっていた期間でした。その流れをお父様が変えたのです。

共産勢力がアメリカを完全に足の裏で踏みつける限界の時が、一九八四年です。サタンはその時、お父様を監獄に放り込めば、自分の思いどおりになると思っていました。しかし、そのようにはならないというのです。お父様は法廷闘争をしながら「ワシントン・タイムズ」をつくり、「ソ連は滅亡するしかない」ということを発表したのです。

モスクワ大会

真の父母様は、一九九〇年四月九日から十三日まで、ワシントン大会の直後に宣言されたモスクワ大会を開催された。モスクワ国際貿易センターで開催されたこの大会では、元職・現職国家首班四十数人をはじめ、六十ヵ国から来た言論人、政治家、学者など、六百人以上が参加する中、第十一回「世界言論人会議」と第三回「世界平和サミット」、第九回「中南米統合機構」会議などが行われた。

6 ソ連の国民に一番必要なものは神様です。無神論によって敗北者となったので、今からは神様のことを知らなければならないというのです。神様がそのように導き、お父様を立てて「通告せよ」と言われるその心情を知ったので、きのうは怨讐でしたが、自分の愛する父、母、兄弟に接する以上の心をもって、彼らに接したのです。

七十三年間別れていた親不孝者が、放蕩息子の身の上になって父母を訪ねてくるのと同じです。その放蕩息子と向き合った父母が、指輪と服を準備してはめてあげ、着せてあげたのと同じように、お父様がそのようなことをしたのです。

7 お父様はモスクワ大会を宣布したので、モスクワに行くための準備をしています。それで「科学の統一に関する国際会議」、「世界言論人会議」、「弱小民族協会」を設立し、その次に元首相協会を構成して、ソ連を訪問しようと思います。

訪問するときは、五十人以上の元国家首班および総理を連れて、お父様が団長として行くのですが、手を差し出せば、共産党の書記長が握手せざるを得ないのです。その時、私たちのヨーロッパ伝道機動隊員数千人を連れていって、モスクワ大会ができるのです。そのために準備をしています。

8 ゴルバチョフが改革・開放政策を標榜したのちに、ソ連のモスクワを大きく揺さぶる大会を行うのは、一九九〇年四月に行う「世界言論人会議」と「世界平和のための頂上会議」が初めてです。ソ連の外務省、KGB、ノーボスチ通信社などを中心として摇さぶるのです。

ゴルバチョフの重要な側近の一人が、お父様に話したことがあります。お父様は四十年間迫害を受けながら苦労したのですが、(その人が言うには、)自分がソ連に帰って『原理講論』を分かりやすく翻訳し、党を通して三千万冊だけ若い人々に分け与えれば、統一教会が四十年間で伝道した以上の若者たちが一瞬のうちに伝道されると思うということでした。

9 お父様はソ連に行って、ソ連を称賛したり、グラスノスチ(情報公開)とペレストロイカ(改革)に対して称賛したりしたのではありません。「神様を知らなければ、ソ連は滅亡する」と言ったのです。

神様が見つめていて、すべての霊人たちが今、「どのようになるか」と見つめている息詰まる局面なのに、そこに行ってソ連を称賛すればどうなるでしょうか。「私の話を聞きなさい!天に仕えなさい!」と言わなければなりません。そのようにしてこそ、霊界で「OK!」と言うのです。

10 モスクワ大会について、ノーボスチ通信社が「予想より十倍以上、成功した」と言っています。想像を覆したというのです。ソ連の歴史上にない、記録破りの大会でした。また、今回のことで、ソ連のKGBや政治局、ノーボスチ通信をはじめとする言論界などの各界の機関長たちが驚いたというのです。どのようにして、あのようなことをやってのけるのかというのです。共産党が一番だと思っていたのですが、覚醒したのです。

そのような意味で、お父様を本当に尊敬していたというのです。ノーボスチ通信社の貴賓として正式に招請され、プレゼントを贈呈されました。非常に感謝していたというのです。そのように、ソ連を一度揺さぶってきました。ですから、蕩減条件は余るほど立てたのです。

11 共産党を私の手で溶かしました。それは、世界がすべて公認するのです。民主世界も、今やお父様の手で救ってあげなければなりません。また、ソ連のゴルバチョフを救ってあげなければなりません。その冒険を顧みず、放蕩息子のような立場に立った人を、父母の心で救ってあげるのです。

金日成主席もそうです。一九八七年に、ゴルバチョフと金日成主席がお父様を亡き者にしようと暗殺計画を立てました。そのような、怨讐の中の怨讐です。その事件の調査もまだ終わっていないのに、白昼にモスクワに行き、北朝鮮に行ったのです。アメリカのCIAとFBIが驚いて、「どうか行かないでほしい」と言ったのです。しかし、宗教指導者としての責任があります。お父様が行って、その人々を救ってあげられるように舵を切っておかなければなりません。

12 一九九〇年四月九日から十三日まで行われたモスクワ大会を勝利したあと、私たちは全国的に真の父母歓迎大会を開催しました。モスクワ大会を勝利したなら勝利したで、その勝利が韓国の国民と何の関係があるのでしょうか。

モスクワ大会を勝利したのは、お父様個人のためではなく、統一教会のためでもありません。それは、韓国に勝利をもたらし、アジアに勝利をもたらし、世界に勝利をもたらしたのです。いくら大きな世界的勝利も、世界から始まって降りてくるのではなく、個人から始まって世界に上がっていくのです。今まで形成された歴史がいくら大きくても、その始まりは個人からです。

モスクワ大会を始めたお父様は、いったい何者なのでしょうか。摂理を経綸される神様のみ旨は、自由世界、民主世界を一つにすることです。神様のみ旨は、韓半島を一つにすることです。神様のみ旨は、分かれて争う宗教を一つにすることなのです。

ゴルバチョフとの会談とソ連に対する指導者教育

モスクワ大会の期間である四月十一日、クレムリン宮殿で開かれた真の父母様とゴルバチョフ大統領の歴史的会談を通し、韓国との修交、韓半島統一、ソ連内における宗教の自由拡大の問題などが議論された。真の父母様はこの場で、無神論的唯物論の未来は滅亡しかないため、唯物論を廃棄し、宗教を中心とした霊的価値観の復活を試みるよう勧告された。そして、真の父母様の提案により、鉄のカーテンによって閉ざされていたソ連と独立国家共同体の大学生および指導者クラスの人士を、アメリカなどの海外研修に送るプロジェクトが始まった。一九九〇年七月一日から八月十九日まで、四回にわたって三百八十人のソ連の大学生が、アメリカの統一神学大学院で開かれた国際指導者セミナーに参加した。そして、一九九一年一月から二月、ハンガリーの三ヵ所で七百人が参加する中、セミナーが行われ、一九九一年七月から八月には、大学原理研究会の主催により、バルト海沿岸の四ヵ所で二千人以上の学生が参加する中、二十四回にわたってセミナーが開催された。一九九二年一月二十六日から二月九日までは、ウクライナのクリミア半島の十八ヵ所で三千百六十人の学生のため、二十七回にわたるセミナーが開催された。一九九二年三月二十日から四月一日までは、高校教師と独立国家共同体の学生のための「統一原理」セミナーが開催された。このセミナーは、二十三ヵ所で四十回にわたって行われ、七千二百二十九人が参加することにより、それまでの修練生参加入数の最多記録を打ち破った。その年の夏には、八週間にわたって独立国家共同体の五つの地域の二十六ヵ所で開かれた百二十九回のセミナーに、一万八千四十二人が参加した。

13 ソ連が生きる道は、お父様が「やろう」と言うとおりにすることです。KGBは恐ろしい組織です。私たちは言論界を中心として活動をしてきたのですが、モスクワ大会は、KGBが背後で操り、身元保証はノーボスチ通信社が行いました。お父様が調べたところ、そのようになっていたのです。ですから、強大な勢力基盤になるのです。

その人々と私たちが共同で「世界言論人会議」を主催したという事実を、ソ連の人々は理解できません。これが三大不可思議の中の一つです。

三大不可思議とは何かといえば、第一は、お父様がオクチャブリスカヤというホテルに滞在したということです。そのホテルは、キユーバのカストロや北朝鮮の金日成主席のような人々が行って滞在する所です。そこにお父様が泊まっていたという事実が、不可思議なことです。

第二は、お父様がゴルバチョフに会ったということが不可思議です。お父様を捕まえて命を奪おうとひそひそ話し合っていた人たちが、なぜそのようにできるのかというのです。言い換えれば、ゴルバチョフがどうしてお父様に会うことになったのかということです。

第三は、ノーボスチ通信社と私たちが共同で言論人大会を主催したという事実です。これは、ソ連共産党の七十三年の歴史であり得ない事実なのです。

14 ソ連訪問の一週間の期間に、ソ連の内部が完全にお父様と連結されました。ゴルバチョフを中心として、核心要員、重要なメンバーたちが連結されたのです。ですから、ソ連に行っているアメリカ大使館、自由世界のすべての大使館が束になっても、お父様がしたことはできないというのです。そのような段階まで、すべて成し遂げておきました。

この次に、お父様がゴルバチョフに会って握手しながら、「私の言ったとおりにやらなければ、ソ連を救えない」と言えば、「そのとおりです」と言える段階にまで来たというのです。私の話を聞かざるを得ません。

なぜゴルバチョフがお父様に会えば喜び、幹部たちもお父様を好むのでしょうか。ソ連を生かしてあげるために来た人だからです。そのために借金を背負っている人がお父様です。借金をしても、その国を生かしてあげようとする人、借金をしてでも、ゴルバチョフを生かしてあげようとする人は、歴史時代にクレムリン宮殿を訪問した政治家や外交官の中にもいないでしょう。

借金をしながら行うのです。ですから、良心があるすべての人は戻ってくるのです。そこは怨讐の国です。私たちにどれほど反対したでしょうか。そこには、今も反対する人が大勢います。しかし、お父様はその国に、愛をもって、天国の理想をもって行ったのです。

15 お父様がソ連に行く時、共産主義系列の大統領を七人も連れて入りました。キューバの元大統領とイエメンの元大統領、私を紹介したコスタリカの元大統領などがそうです。「頭翼思想」を中心として左右を率いていくので、ゴルバチョフが無視できないのです。自分が一番頭を痛めている国が、その国々なのです。

このようなことを既にすべて収拾し、お父様を中心として集まっているので、その雰囲気をしっかりと利用するのは、自然の法則です。

事が実現するように追い立てていくのです。仕事が上手な人は、そのようにするのです。お金を持っているからといって、実力があるからといって、仕事が上手なわけではありません。環境に合わせて、それに乗じていくようにするのが、上手ということなのです。

16 モスクワに行って、お父様ははっきりと宣言しました。ソ連が生きる道は、ただ宗教的な道しかないというのです。お父様は、生涯を宗教指導者として過ごしてきました。共産主義世界の真ん中であるモスクワで、はっきりと宣言したのです。ですから、共産主義の指導者たちが驚きました。ゴルバチヨフもそれを聞いて同じように驚いたのです。

最後のバンケットでは、「ソ連は絶対に神様を知らなければならない。その新しい道を発見することが、ソ連が新たに復活する道である。再び帰らなければならない。そのようにしなければ道がない!取り除かれてしまう!」と、さらに強烈に話したのです。「神様を受け入れなければ終わりだ」と言いました。

「ソビエトの共産主義圏内にいるすべての人々は、共産主義を嫌っている。だから、皆さんは七十年前に戻らなければならない。原点に帰るべきである。ロシア帝国がどれほど繁栄していたことか!」と、このように宣言したのです。共産主義の中心に向かって対抗したのです。

17 お父様がソ連を訪問し、モスクワ大会を通して、共産主義を根本的にひっくり返しておきました。ゴルバチョフに会って、「マルクスとレーニンの銅像を撤去しなさい」と言ったのです。

「これを撤去しなければ、あなたが、これから世界的な歴史に記録を残す指導者だと言ったとしても、共産主義の名によって侵害されたすべての傷を埋める功を立てることはできない」と話しました。その功を立てられる条件になるので、彼は銅像を壊し、撤去してしまったのです。モスクワからマルクス、レーニン、スターリンの銅像を降ろさせた人が、正にお父様です。

18 お父様はソ連に行って一週間滞在し、帰ってくる時には涙を流しました。「モスクワよ、元気でいなさい。いずれまた来よう。あなたたちが待ち疲れる前に、私は来よう」と言ったのです。そうして、出発する時に歓声が聞こえました。ソ連から霊界に行った数多くの霊人たちの歓声が聞こえてきたというのです。「どうか、また来てください」と言う声でした。ですから、普通の人ではありません。それゆえ、統一教会には希望があるというのです。

今後、ソ連における統一教会の基盤と活動は、劇的に拡大されることを体験してきました。皆さんも、ソ連の衛星国家とソ連に対して関心をもたなければなりません。既に一九七〇年代から密使を送りました。アメリカ、イギリスなど、ヨーロッパの先進国の若者たちを教育して送ったのです。その人が、不意に消えてどこに行ったかと思っていたのですが、今見てみると、ソ連の宣教師になっており、その衛星国家の宣教師になっていたというのです。みな離れてしまったと思ったのに、そのようなことをしていたというのです。そのような歴史を経てきた師です。皆さんも、そのような道を行くべき責任の時代が来ました。

19 お父様は、ソ連のゴルバチョフと偶然に会ったのではありません。会わざるを得ないようにして、会ったのです。その夫人にまで会い、その指揮下にいる重要な人々にすべて会ってきました。十二年前からそれを計画しました。彼らは、ソ連の衛星国家を啓蒙した人がお父様であることを知っています。ソ連の共産主義が、お父様によって今そのようになったことを、すべて知っているのです。

一九八八年にゴルバチョフがアメリカに来た時、国会で演説することになっていたのを、誰がさせなかったのですか。お父様が背後で「ワシントン・タイムズ」を通してさせなかったのです。二年前にそのようにしたのですが、その人が、お父様を自分の奥の間まで親切に案内せざるを得ないことを理解したのです。

今やお父様が黙っていても、ソ連はお父様に付いてこざるを得ません。それで、ソ連政府の重要な幹部二百人をアメリカに連れてきて、教育することを計画してきました。有名な教授たち、経済学の博士たちを連れてきてプログラムを組み、教育することを約束してきたのです。

20 私は、モスクワで飛行機が離陸する十五分前に、ゴルバチョフが遣わした文部大臣に会いました。彼はお父様に、「あなたは共産主義を滅亡させるために先導的な立場で闘争歴史を残しましたが、宗教者であれば、滅ぶのを見て喜ぶ人ではないでしょう。共産主義が生きる道とは何でしょうか」と尋ねました。それで、「必ず、もう一度神様を崇拝しなさい」と答えました。

それを手伝うために、三千五百人から四千人近いソ連の青年指導者をアメリカに連れていき、数ヵ月間にわたって教育したのです。時がいつでもあるのではありません。

CIAは、お父様に対して、「共産主義者たちを連れてきて教育し、アメリカに広めようとしている」と騷ぎましたが、結局はお父様を信じました。ソ連を料理し、アメリカを先導して指導した実績基盤があったので、反対する名目がなかったのです。KGBの副委員長まで来て、教育を受けて帰りました。野党の党首も来ました。

そのような中、ゴルバチョフ政権の時に三日間のクーデターが起きたのですが、三千人の大学生のうちの有志が戦車の前に横たわり、動員されたクーデター軍を阻んだのです。のちに、ソ連の文部大臣がお父様に、感謝するという内容の手紙を送ってきました。そのような歴史を経てきたのです。その背後に、どれほど多くの苦しみがあったか分かりません。

21 一九九〇年十二月十三日に、ソ連とその衛星国家の党首たち五十八人が、アメリカを訪問しました。ソ連と衛星国家は互いに怨讐です。ところが、彼らが教育を受けてからは、互いに完全に一つになり、ムーン・パーティー・クラブ(Moon Party Club)、文党をつくって帰っていきました。

ヨーロッパの衛星国家をソ連と一つにし、共産圏を一つにできるのは、お父様の思想しかないというのです。このクラブをつくって、衛星国家が連合戦線を広げ、世界的にお父様の思想を中心として、国策、国家の施政方針を定めていけるように宣布するという覚悟をして、帰っていったのです。

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第八篇 第三章 国連刷新運動と「天宙平和連合」

第八篇 第三章

国連刷新運動と「天宙平和連合」

第一節 国連刷新運動

宗教国連と「超宗教超国家平和協議会」

真の父母様は、宗教を通した世界平和の実現のために、宗教者たちが主導する宗教国連の創設を提案された。二〇〇〇年八月十八日、アメリカ、ニューヨークの国連本部で開かれた「世界平和超宗教超国家連合」の総会で、真の父母様は、「世界と国連が行くべき道」というみ言を通し、今後、国連は宗教界の指導者たちを中心とした上院と、世界各国の代表者たちを中心とした下院によって構成し、国連を両院制で運営することを力説された。二〇〇三年十月三日、アメリカ、ニューヨークのマンハッタンセンターで超宗教超国家指導者約千五百人が参加する中、「超宗教超国家平和協議会(IIPC)」創設大会が開催された。真の父母様はこの日、「新しい国境線撤廃と世界平和」という題名で講演をされ、「地上天国完成は天地開闢完成」という揮毫を下さった。そして、特に、希望の中で創設された、新しい国連に当たる「超宗教超国家平和協議会」のために最善を尽くすことを参加者たちに願われたのである。

1 私は、宗教者たちを中心として宗教国連をつくろうと計画しています。彼らに出した提案は、宗教が世界平和を実現するに当たって先頭に立とうということです。神様は唯一です。絶対的です。ですから、いくら宗教が多く存在していても、一つの中心と連結されなければなりません。いくら四大宗教の教主がいるとしても、その教主の中に中心がなければならないというのです。

天が絶対唯一だとすれば、絶対的な一つのみ旨の前に、一人の代表者がいなければなりません。その代表者が現れれば、代表者の言葉を聞かなければなりません。宗教世界が一つになり、世界平和をもたらし得る活動をしなければなりません。それをしなければ、宗教は歴史的糾弾を受けるようになるのです。

2 これから、世界を神様のみ旨のもとに結束させなければなりません。そのように結束できる舞台が国連総会です。国連総会は、政治世界を代表する世界的な連合機構です。原理的に見れば、体を代表するのです。ところが、それが心を代表する宗教と闘っています。

体を代表するそれが、サタン的勢力圏を中心として、心の世界である宗教といつも闢争するのです。体と心が闘うのと同じです。それが世界的に連結されて、世界的な宗教圏と政治圏が闘うというのです。それを摂理的に見るとき、一つにしなければなりません。政治を代表する世界的機構が国連なのですが、そこに宗教国連が結合されなければならないのです。分かれた体と心が一つにならなければならないというのです。

3 神様の復帰摂理において、心と体が闘ってきたことを収拾しなければなりません。ですから、このことのためにお父様を中心として、良心を拡大した世界の終着点である「世界平和宗教連合」をつくらなければならないのです。

今後、争う宗教は、すべてなくなります。体の立場である国際連合を中心とした百八十二の国々は、自国の利益だけを考えるのであって、世界平和のことは考えません。互いが利用して、自分の国だけが豊かに暮らそうとしてはいけないのです。政治圏と宗教圏を中心とした心身紛争の歴史が世界的に終息し、闘っていた無神論と有神論を一つの代表機構で収拾しなければなりません。国連で収拾しなければならないというのです。ですから、宗教国連が出てこなければなりません。

4 人は体と心の二つでできているので、心を中心とした宗教国連のようなものが必要です。肉身を中心としたものは、政治国連です。数多くの国を中心として、サタン圏内に基盤ができているのが政治国連です。

ここに対置できるものとして、心の国連のようなものが現れなければなりません。分かれた体と心を一つにしなければならないのです。これをするために、「世界平和宗教連合」をつくりました。国連は体の基盤によってのみ構成されているので、心的基盤である宗教国連を編成し、体と心が一つになれるようにしなければならないのです。

5 今の国連は身体的なもので、精神的なものがありません。ですから、精神的なものをつくらなければなりません。それを一つに連結しなければならないのです。ですから、国連に良心を中心とした宗教圏の大使を立て、政治世界を正さなければなりません。

どのようにしてそれを正すかが問題です。ですから、私たちがアベル国連をつくるのです。神様を中心とした愛の世界、愛の主権世界をつくろうというのです。それは宗教圏が願うことであり、私たちの心の世界が目指す本然の道なので、万民がここに和合できるのです。

6 平和の世界をつくるのは、政治圏だけではできません。宗教者が加担しなければなりません。宗教者が手本を見せてあげなければならないというのです。国連であれば、国連自体が下院となり、現在の国連に上院ができなければなりません。これから上院は宗教圏が支配すべきです。野党と与党という立場から見れば、宗教圏が与党にならなければなりません。

そのようなことが一つになっていないのですが、誰が一つにすべきでしょうか。偽りの父母から分かれた世界的版図を、真の父母が統合しなければなりません。今、国連は浮いています。定着できていないというのです。国連は国ではないのです。ですから、ここで宗教圏が政治的内容まで備えなければなりません。そうして、父母国連、女性国連、宗教国連、青年国連、学生国連を創設し、国家形態をつくることによって、世界平和に向かう、あらゆる組織をすべて準備するのです。

7 宗教者を中心として、アベル国連をつくらなければなりません。今の国連は体に代わるものです。心に当たる国連がないというのです。堕落によって心と体が闘うようになりました。絶えずこの二つが争ってきたのが、人間の歴史です。この闘いをどのように終わらせるのでしょうか。休戦したり、終戦を迎えたりすることはできませんでした。それで、心の側を中心として、「世界平和女性連合」と「世界平和青年連合」、「世界平和宗教連合」、「世界大学原理研究会」が出てきました。これらの団体を中心として、新しいアベル国連をつくるのです。

8 私たちの目標は国連に加入することです。統一教会は、すべての組織基盤を備えているので問題ありません。国家を形成しようとすれば、土地が必要です。また、各国の大使館があります。それはカインの大使館ですが、私たちは政治世界の大使館ではなく、精神世界の大使館が必要だというのです。

ですから、都市も開発し、ローマの教皇庁のように条件さえ整えれば、国を建てることができます。国家を形成しようとすれば、国土がなければならず、国民がいなければならず、主権がなければなりません。そのようにして、国連に加入するときは、単独でするのではありません。宗教界が一つになって加入するのです。ですから、宗教国連をつくらなければならないというのです。

その次に女性国連、その次には青年国連、学生国連をつくるのです。そのように宗教連合をつくり、女性連合をつくり、青年連合をつくり、学生連合をつくって、これらが国連に加入すればよいというのです。

9 カトリックの教皇庁があるバチカン市国が国連に参加しています。そのようなものが宗教国連です。世界の宗教国連と共に連合国をつくり、宗教者たちがお金を出して一つの国、宗教文化圏国家を建てるのです。そうして、大使館を中しとして宗教者たちが協力し、基地を建てることによって国連に加入させれば、国連は完全な思想武装をすることができ、新しい方向を提示できるというのです。

また、世界に戦争や紛争が起きるのを防止できる宗教的背景、思想的背景が垣根になることによって、その中で家庭理想を実現することができます。すなわち、父母、夫婦、子女たちが一つになるというのです。真の父母を中心として、国連の上に一つの国、統一天国が形成されるのです。それを今、準備しています。

10 国連に上下両院の議会のようなものをつくると同時に、宗教圏の国々が国連に大使たちを派遣できるようになれば、宗教圏があらゆる面で先頭に立つようになるでしょう。そうすれば、共産勢力は自動的に退きます。そのようになってこそ、人本主義思想によって決裂した自由世界を束ねていくことができるのです。それを総会で決定すれば、即刻解決されるのです。そのような重大な仕事が残っています。

11 民族と国家、東洋と西洋を一度に祝福できる時が来ました。天地を一日で解放させることができます。釈放も一日、二日、一週間以内に決定して、発表できるのです。世界の人類を一週間以内に祝福できます。個人救援時代ではありません。家庭救援時代でもありません。「超宗教超国家平和協議会」が、天の側のアベル国連の象徴です。

12 神様の祖国と平和王国時代を宣布しました。ですから、既に平和王国時代が始まったのです。父母様を中心として、霊界のすべてが公式的に現れるまでには、数年間かかりました。二〇〇〇年を越えて、二〇〇一年から今まで四年間、その整備をしてきたというのです。私たちが「超宗教超国家平和協議会」を設立する時、「アベル圏国連」ということを言いました。天の側を中心としてアベル圏と言えば、個人時代、家庭時代全体のことを言うのです。アベル圏というのは、今までサタンが支配していたその世界を超えて、楽園と天国に至る道を開いておき、地獄から八段階を超えたアベル圏国家の形態が内的に設定されたということです。ですから、「超宗教超国家平和協議会」は、アベル圏国連として、カイン圏国連を包摂しなければなりません。カイン圏国連には、主人がいません。主人になり得る人を立てるために今まで活動しましたが、反対されました。ですから、それを越えて始めたのが、平和国連です。カイン国連とアベル国連が一つになったものが平和国連です。

13 今や、「超宗教超国家平和協議会」、すなわち、平和国連時代なので、カイン国連時代は過ぎ去ります。平和国連時代だというのです。平和国連時代のために立てたのが平和大使です。世の中には、平和国連もなく、平和大使もいませんでした。そして、平和の祭司長、平和の民族という概念もありませんでした。

14 憲法がなければ、機関別の法を立てることができません。「平和国連時代なので、立法、司法、行政、教育法を立てなさい」と言いました。今までの政教分離をひっくり返さなければなりません。それで、国連に上院のような宗教議会を立てずに、「超宗教超国家平和協議会」をつくったのです。カイン国連に代わって、アベル国連をつくりました。アベル国連は、カイン国連に優らなければなりません。国連には、相対がいません。宗教圏がないので、飛び越えることができるのです。ですから、アベル国連の名を掲げて、「平和国連」と看板を付けても、讒訴する人がいないのです。

アベル国連と国連刷新の方向性

真の父母様は、世界平和は自国の利益だけを代弁する既存の国連では不可能であると考えられ、「超宗教指導者たちを中心とした上院を置く組織に改編しなければならない」と語られた。既存のカイン圏の国連を補完するアベル国連の創設を提唱されたのである。そして、二〇〇七年九月二十三日、アメリカ、ニューヨークのマンハッタンセンターで、元国家首班など、会員国の代表千二百人以上が参加する中、アベル国連創設大会を開催された。真の父母様は、カイン国連と対比されるアベル国連として、女性国連、青年国連、学生国連、宗教国連などを提示された。そして、特に、真の父母の心情をもち、真の父母国連をつくって人類を抱くとき、地球村一家族理想の具現が早まると考えられたのである。真の父母様は、二〇一二年七月十六日、京畿道加平郡雪岳面の清心平和ワールドセンターにおいて、アベル女性国連を創設された。

15 今から、私がアベル国連をつくります。「世界平和島嶼国家連合」、「世界平和半島国家連合」、「世界平和大陸国家連合」までつくりました。ここに加入した国の指導者たちが、「国連を信じないで、私たちがアベル国連をつくりましょう!」と言えば、世界はどこに付いていくと思いますか。

その目的は、青少年と家庭を教育することです。世界を生かさなければなりません。そのように教育することによって、平和が広がるのです。政治をするのではなく、教育をするのです。

16 アベル国連を宣布しなければなりません。迫害があっても何があっても、アベル国連の旗を掲げて立ち上がるのです。天下の津々浦々で、主人のいなかった所に主人が一時に現れ、主人を嫌う人々を連れて峠を越えていくのです。そうして、天国に行けるようにする訓練場に放り込むのです。今や、命令を聞かざるを得ません。そのように広く、大きな門を開いておき、歓迎してもてなす、そこに入ってきて修練を受けなければならないというのです。

17 世界を収拾できる人は、お父様しかいません。お父様が数年間でそのようにしたのではありません。神様が数千年前から計画してメシヤを送られたように、再臨時代を見つめながら、その準備をしたのです。ですから、世界がお父様を否定できません。霊界までコントロールするのです。そのように完璧な準備をしたあとに、国連を収拾するのです。お父様は、国連やヨーロッパの先進国を通してアジア全体を動員し、その準備をしています。それが終われば、アベル国連が現れるのです。

アベル国連は、第二次世界大戦の時に世界が一つになったのと同じような新しい世界を中心として、宇宙を越え、神様をお迎えする団体になるのです。ですから、十分な準備をしてあげれば、一つの方向に収拾されて、世界が天宙と共に一つにならざるを得ません。

18 これからはアベル国連が必要です。アメリカが(このまま)じっとしていることはできません。日本と韓国、中国、ロシアも、じっとしていることはできません。ですから、アベル国連の決定的な基盤を築かなければならないというのです。それを築こうとすれば、最も効果的な所はアメリカのワシントンDCではなく、ヨーロッパのスイスにあるジュネーブです。

スイスは小さな国です。政府の体制も、連合的な責任者たちが一年ずつ責任をもち、交替しながらうまくやっています。「いやあ、このような所もあるのだな!統一教会員たちも学ばなければならない。そして、訓練場所に適した所がここだ」と思いました。

これまで、交叉結婚をして連合体制をつくることができる所、そのような主人になれる所を探し求めていたのですが、ジュネーブがそのような所です。怨讐関係にある人々も、額を突き合わせ、互いに挨拶をしながら生きているというのです。ですから、交叉結婚さえすれば、本当に一つの家族になるだろうと感じました。

19 アベル国連は、カイン国連に対して闘争を仕掛け、打ち倒すのではなく、精誠の限りを尽くして、付いていかざるを得ないようにしなければなりません。今、国と国がすべてカインとアベルの二つの群れになっていますが、カインは、アベルである天の一族に付いていきながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をして万物を造ったその基準の上に上がらなければなりません。

統一教会よりもさらに忠誠を尽くさなければならないのがカイン世界です。カイン国連がせざるを得ないのです。今までどれほど誤っていたかを理解し、アベルのために血を流しながら、アベル個人時代、アベル家庭時代、アベル氏族時代、アベル民族時代、アベル国家時代、アベル世界時代まで、ために生きなければなりません。

唯物論者や共産主義者たちが現れて、「神は死んだ。神はいない」と言いながら、唯心世界を追い出そうと、ありとあらゆることをしました。しかし、追い出すことはできませんでした。それを防ぐ父母様がいるので、できなかったのです。それを真の父母が来て収拾したので、真の父母の血統をそのまま受け継ぎ、未来の国家と世界がさらに繁栄できる起源をつくらなければなりません。皆さんの家庭がつくらなければならないのです。

20 私たちは、各国から国連に派遣された要人たちと一心一体となって、国連に協助すると同時に、彼らから「アベル国連に加入する」という決意文と決意書を受け取らなければなりません。

父母様は、アベル国連とすべての平和機構を中心として、韓半島に平和地域をつくるための準備をしています。北朝鮮の困難な情勢を鎮めるためには、早急にアベル国連を韓国につくらなければなりません。そうすれば、韓国と北朝鮮の境界線全体が、全世界の国々が保護できる地域になるのです。

21 アベル国連をつくらなければなりません。これを、板門店の平和地帯内に設定するのです。父母様は、第三イスラエルである韓半島に立てることを準備してきました。

その最後を締めくくるためのものが、二〇〇三年八月十五日「世界平和のための頂上会議」で発表したソウル平和宣言、すなわち第三イスラエル宣言です。第一イスラエル、第二イスラエル、第三イスラエルが定着する時代なので、アメリカまでもそれに協助し、周辺国家も協助しなければならないというのです。

22 アベル国連とカイン国連を一つにしなければなりません。そうして、平和国連を中心として、統一的な大家族を拡張した一つの国家形態の世界に戻ってこそ、地上・天上天国が成就されます。アダム時代の、堕落の痕跡がない愛の定着時代を、世界の頂上の位置で回復して合わせる場なので、天地の解放圏時代になるというのです。

23 アベル国連の設定は、カイン国連を包摂するためのものです。今、国連自体が私たちに反対していますが、知らないのでそのようにしているのです。

私たちは、国連の行く道を保護しなければなりません。アベル国連が兄の立場に立って、父母様がもったすべての権限を譲り渡すことができ、兄のものまでも譲り渡すことができる心さえもてば、一瞬にして世界的なものになるのです。そうして、その峠を越える活動をして、平和国連を設定しなければなりません。

平和国連というのは、一つになったものを意味します。「国連」という言葉には国家という概念が存在しますが、「アベル国連」という言葉には、国家の概念、国家連合の概念はなくなるというのです。ですから、平和統一世界に越えていくのです。

地上には国が一つでなければなりません。今、世の中には王権の制度もありますが、大統領制もあります。サタン世界の王権が倒れて兄弟時代に入り、今や家庭を中心とした王権時代から、国家・世界・天宙王権時代に越えていくのです。そのため、平和王権世界を望む統一教会のすべての制度は、これからアベル国連圏に入っていくのです。

24 平和国連は、カイン国連とアベル国連が一つになったということです。カイン国連は、既に無力な国連になりました。神様のみ旨の中で、世界に平和の基準を立てられる条件がありません。そのような時が来たので、初めてカイン国連とアベル国連が一つになった平和国連が現れたのです。カインとアベルが一つになり、真の父母を中心として、滅びる国連ではなく、世の中を救い得る国連の位置に来たので、平和国連が現れるのです。

25 国連というのは、遠い国のことではありません。「私の国」です。その上に「私」が立たなければなりません。国連の主人です。アダムとエバが国連の主人です。神様もそうです。その位置に上がらなければなりません。

平和国連を父母様が主張していますが、皆さん各自のものとして受け入れなければなりません。父母様が苦労してサタン世界に自然屈伏の環境をすべてつくったので、そのつくってあげた環境に秩序を立て、自由平準化させて幸福の礎となり得る世界の代表機関をつくらなければなりません。それが平和国連です。天の国にある王権の中心基盤です。それを父母がつくったのではなく、自分がつくったと考えなければなりません。自分のこととして受めなければならないというのです。

26 平和国連のためには、まず家庭が結束しなければなりません。家庭がなければ、サタン世界のカイン国連基盤を対等の立場で越えていくことができません。ですから、家庭が連合した国家形態がなければなりません。単位が家庭だというのです。それゆえに、祝福家庭、世界の家庭を中心として、国家を越えた基準で平和国連を立てたというのです。これは、驚くべき事実です。

27 アベル国連は、父母国連にならなければなりません。カインとアベルが一つになって、統一されなければならないのです。和合、統一、平和が実現されなければなりません。和合できない人は、統一がありません。そのような意味で、アベル国連ではなく、父母国連にならなければならないのです。父母国連の王が真の父母です。

28 これからカイン国連時代を通過し、アベル国連時代を通過して、真の父母国連の時代に越えていくのです。二つの国連が闘う時代ではありません。真の父母を中心とした、新しい平和統一のための真の父母国連時代です。

29 今や個人から全世界が父母国連を中心とした、新しい世界に越えていかなければなりません。その時は、天の国の法が出てこなければなりません。憲法時代に人るのです。法のない暮らしをして、自分勝手に行動していた時代では駄目です。

ですから、それを実践しなければなりません。父母様が歩んできたその道を中心として、皆さんも同じ歩み、同じ峠を越えて、同じ世界に入らなければなりません。開門した天国の世界で、地獄の門と天国の門の二つの門ではなく、一つの門に決定されるのです。

30 今や、カイン・アベル国連ではなく、父母国連の時代に越えていかなければなりません。父母国連は、カイン・アベル国連を知ってこそ、父母国連の役割を果たすことができます。その教育を今、始めました。

ですから、責任分担解放・釈放圏宣言教育です。責任分担解放圏宣言を教育しなさいというのです。それゆえに、神様が神様の役割を果たし、真の父母が真の父母の役割を果たし、神様と真の父母と一つになって、真の家庭の役割を果たすことができるのです。真の氏族、真の民族、真の国家、真の世界に進むことができます。

真の父母様の「真の愛平和統一祖国光復」は、「父母国連天国の国実現」だということです。その一言に、すべてが含まれます。神様の祖国がありませんでした。真の父母様が探し求めている平和統一祖国光復は、真の父母様の国連天国です。その国のために、総動員しなければなりません。

31 私たちがしなければならないことは、「世界平和連合」、「世界平和宗教連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和青年連合」を国連に加入させることです。これらを国連に加入させれば、統一の世界に越えていくのに問題がないというのです。「世界平和女性連合」は強力な団体です。一つしかありません。したがって、お母様を中心として完全に一つにならなければなりません。お母様が中心なので、女性連合が国連に入っていけば、これは問題ないのです。

ファーストレディーたちが女性連合の会員として国連に入っていくようになれば、統一国連は問題ないというのです。国連は根がなく、国もありません。お母様が、指導者世界、政治世界、大学世界、そして、若者の世界を率いています。世界のファーストレディーたちが女性連合の会員になれば、そのファーストレディーを自動的に国連大使として送るのです。

32 女性国連が展開すれば、世界から争いがなくなるのです。本来、女性は争いを好まないからです。その争いを防ぐ指導者が、お父様です。争いをしてはいけないという論理をもって解説してあげられる能力のある男だというのです。そのようにできれば、一つになるのです。ですから、これから女性国連ができれば、各国の大統領夫人、総理夫人たちがその国の女性国連の代表者になります。

第二節 国家メシヤと分捧王

国家メシヤは真の父母の代身者

真の父母様は、一九九六年一月一日、アメリカの世界宣教本部で挙行された「神の日」の記念式典で、三十三年在任の公職者と、二十一年在任の海外宣教師を表彰され、清平四十日修練の期間に教育をされた。そして、その後、教育を終えた彼らを国家(的)メシヤとして任命されたのである。国家メシヤは、真の父母の分身となり、世界各国を復帰する使命を遂行することになる。(真の父母様は、)「国家メシヤは、真の父母様が血と汗と涙で探し出された心情とみ言と血統転換という幸福の知らせを伝えなければならない」と語られた。

1 エデンの園で失ったすべてのものを、どのように復帰するのでしょうか。故郷に帰らなければなりません。それで、氏族(的)メシヤと国家メシヤを派遣しました。神様は、イエス様という一人のメシヤを送りました。

しかし、お父様は神様の立場で、百八十四ヵ国に国家メシヤたちを派遣しました。その国家メシヤは、イエス様の時の氏族メシヤより次元が高いのです。その違いとは何でしょうか。イエス様は結婚ができませんでした。家庭がありませんでした。ですから、お父様を中心として、祝福家庭が派遣されたのです。このような次元で派遣されるのは、直接主管圏です。

家庭がなければ天国が出発できません。それで、お父様は世界の人々を祝福したのです。そして、国家メシヤを派遣しました。彼らには家庭があります。彼らの定着地は直接主管圏です。直接主管圏は、サタンが侵犯することができません。

2 国家メシヤは、イエス様の解怨成就をしなければなりません。アダム家庭が失敗したことを、イエス様が解怨成就しなければならないのです。イエス様は、家庭的メシヤを立てて国家を統一し、ローマを消化しなければならなかったのですが、責任を果たせませんでした。お父様は、世界のローマ格であるアメリカや南米を中心として先導する立場に立ったので、彼らが反対できる時代的運勢は過ぎ去りました。世界を収拾できる立場に立っているので、世界的メシヤの立場で国家メシヤを派遣したのです。

国家メシヤが責任を果たせず、一つや二つの国がないからといって、神様のみ旨が成就されないわけではありません。イスラエル選民の一国をもって成就しようとしていたものが、百八十四ヵ国の全体均衡的なイスラエル圏になったのです。

ですから、万民が一緒に天の祝福を受けられる対等の位置に上がっていくのです。このようなことをする橋梁を架けるために派遣された人が、国家メシヤです。

その国の困難には、その国のメシヤがまず責任をもたなければなりません。誰かに責任を負わせてはいけないというのです。自分の家を売り、一族を売ってでも、その国を生かせるようにしなければなりません。

お父様は、もてる財産やあらゆるものを動員して、南北米を統一しようとしました。それと同じように、お父様のような精神をもって、統一的な一線を画さなければなりません。同じ計画のもと、同じ形態で成し遂げてこそ、天が協助します。そのようにしなければ、天が協助しないのです。国家メシヤはその国の総督と同じです。全権をもって治め得る時代が来ました。

3 韓国、日本、アメリカ、ドイツ、この四ヵ国の祝福家庭が百八十四ヵ国に入ります。この主要な四ヵ国の家庭が一つの国に配置されるのです。百八十四ヵ国に四人ずつであれば、七百三十六人です。ここで、アメリカの家庭が足りなくなれば、イギリスとフランスの家庭から補充させるつもりです。ドイツにはイタリアが加わるのです。七ヵ国の大使館に対応できる家庭が行くのです。

その七ヵ国の人々が行って、真の家庭運動をします。真の家庭運動は純潔運動であり、真の愛の運動です。アダムとエバが家庭で純潔を失い、真の父母を失い、真の愛を失ってしまいました。それを蕩減しなければなりません。このすべての家庭が一人の責任者、一組の父母のもとで一つになり、世界とその国に影響を与えなければなりません。この国の代表は、氏族メシヤや家庭的メシヤではなく、国家メシヤの立場で派遣されるのです。これが、国家メシヤの家庭グループになります。ですから、国家メシヤを百八十四ヵ国に配置したので、これが復帰されれば、自動的に世界的メシヤ圏は解放が始まります。王権復帰、地上天国が地上に顕現できる出発の運動が始まるというのです。

4 お父様は、世界解放の立場にまで上がってきました。個人的メシヤ、家庭的メシヤ、氏族的メシヤ、民族的メシヤ、国家的メシヤ、世界的メシヤ、天宙的メシヤ、神様まで解放して、上がってきたのです。皆さんを国家的メシヤの位置に上げてあげるので、お父様と神様がするように、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をしなさいというのです。ですから、出発するときには家を売り、土地を売って、そのすべてのものをその国に持っていって植えるのです。お父様のようにすべてのものを投入しなければなりません。

皆さんが投入できるものが少ないので、氏族的メシヤとして、家庭的メシヤ百八十家庭を中心にして、行かなければなりません。皆さんが行くときは、彼らを大移動させるのです。その国に主体的メシヤの資格をもって行き、その国を救えばよいのです。

ですから、メシヤはカインとアベルを屈服させなければなりません。その国の元大統領と現職大統領を一つにし、閣僚たちを一つにしなければなりません。プラスとマイナスを完全に一つにして国家的転換点をつくり、一時に国家をつなげるようにしなければなりません。そのようにすれば、国家解放が実現されるのです。

お父様は、既に環境をすべてつくっておきました。お父様は、アダム完成、イエス完成、再臨主世界の完成まで、すべて成し遂げました。お父様の中には、イエス様も入っており、アダムも入っています。アダムが失敗し、イエス様が失敗したことをすべて完成したというのです。ですから、地獄から天の国まで梯子を掛けました。

サタンが梯子をへし折ろうとしましたが、もはや完全に屈服しました。サタンと闘って、屈服させたのです。ですから、今や高速道路ができ上がったのです。それは一つしかありません。お父様が四十年かかって勝利したところまで、皆さんは四千年かかっても上がっていけません。その勝利した梯子を、皆さんに貸してあげるのです。

5 国家メシヤは、歴史上初めて存在する肩書きですが、世の中で万年にわたって大統領をするより、もっと価値のあることです。その国の先祖になります。天の国建国の先祖になるのです。

6 国家メシヤは、国の父です。国民を教育しなければなりません。その国の大統領を教育し、閣僚たちを教育しなければならない責任があるというのです。そして、その国の人々を教育して、国会議員から閣僚、大統領にまでなれるように育てていくと考えなければなりません。そのような準備もせず、大統領に会って何かをしようとするのは、間違ったことです。

7 国家メシヤは、その国の人々が自然に感動できるように、手本を見せてあげなければなりません。人と同じように食べ、寝ていてはいけません。父母であれば、そのようにはできないのです。

手本を見せてあげなければなりません。問題は、指導者一人にかかっています。手本を見せずに語る人は偽善者です。「ために生きなさい」と言ったのなら、ために生きなければなりません。そのようにしなければ偽り者です。死ぬ瞬間まで、ために生きなければなりません。み旨をすべて成就できずに逝くというときには、身が切られる痛みを感じ、涙で悔い改めながら逝かなければなりません。死んでからも、ために生きる世界に行かなければなりません。

その膨大な拡大世界に歩調を合わせていこうとすれば、多方面の構造的形態がパート別に分立されている所で影響を及ぼさなければなりません。それをすべてカバーできる愛を中心として、生きなければならないというのです。

8 国家メシヤは、神様の代わりに投入すべき立場にいます。個人として投入するに当たって、自分の家庭でも何でも、すべて自分が責任をもった国以上に考えてはいけません。その国でお金を稼いで帰ろうとすれば、罰を受けます。帰れません。ですから、環境創造をしなければなりません。そのためには、命令をするとしても、愛を投入し、生命を投入しながら命令しなければなりません。そうすれば、サタンの血統をもったその人々が頭を下げるのです。そうすることによって、サタンの血統を根絶しなければなりません。強制的に根絶することはできません。自然屈伏させなければならないのです。再創造歴史がそうなのです。絶対的主体であられる神様が投入して忘れるところにおいて、神様の環境創造、神様の創造の偉業が成立するのと同じです。皆さんも同じです。

国家メシヤは、国家のために投入する真の父母です。ですから、そこにすべてのものを投入しなければなりません。自分のものはないというのです。自分の家や自分の土地を残しておいて、「今度、帰ったら住もう」という考えをもってはけません。帰る所がないのです。

9 国家メシヤは、その国で真の父を身代わりし、真の母を身代わりできる立場です。ですから国家メシヤの夫婦は、その国の大統領から、国家を代表した夫婦たちと縁を結ばなければなりません。その縁は、先祖から今の時代まで、また未来にまで連結されています。善なる先祖たちが多ければ、善なる先祖たちを中心として縁をもった全員が、地上と接触してくるのです。善なる先祖たちが、縁のある子孫たちを通して地上に連結されているのですが、その人々は現在、その国に責任をもった人々と比較するとき、高い位置に立った人々ではないというのです。

今まで、世界はサタン世界だったので、悪なる人々が、国を動かすに当たって先導的な立場に立っていました。しかし、善なる人はその反対の立場にいます。ですから、霊的な天使世界が先祖の善なる実績をもった子孫を訪ねてきて協助しようとするのですが、協助するその対象が高い位置の人ではなく、反対の位置の人であることがあり得るというのですそれゆえ、国家メシヤは地位の高い人ばかりを考えてはいけません。国家メシヤは、一国の大統領であれば大統領、王であれば王を身代わりした立場なので、国民全体を等しく考える心をもたなければなりません。そのようにしなければ、天の運勢全体がその国を訪ねてくるのを塞いでしまうことがあるというのです。

10 国家メシヤは、その国に宗教指導者がいれば、その宗教指導者が精誠を尽くす以上の精誠を尽くさなければならず、その国に愛国者たちがいれば、その愛国者たちに負けてはいけません。彼らよりさらに精誠を尽くす立場を取らなければならないというのです。それが国家メシヤの課題です。

神様のみ旨から見るとき、高い地位にいる人々に責任があります。ですから、重要な立場に行くほど、重要な分野、多くの分野に投入して忘れなければなりません。それゆえ、お父様の一生は辛苦の生活です。自分を中心として生きるよも辛苦の生活をするのです。つらくても、つらいとは考えません。

ですから、国家メシヤがどれほど重要な立場にいるかを知らなければなりません。お父様の代身、父母様の代身家庭として立てたので、そこに合わせて活動しなければなりません。

それゆえ、皆さんの家庭と統一教会を中心として、神様がその地に訪ねてきて活動できるようにするためには、皆さんが再創造できる主人の位置にいなければならないのです。神様の力をもらって、再創造できなければなりません。

11 国家メシヤという立場は、お父様と神様のみ前に条約を掲げて立てられた、条件的な責任です。自由な伝統に浸って生き韓国で暮らしていたその習慣性をもって、そこに立てることはできません。新しくならなければなりません。時代的な平準化基準で条件を立てなければなりません。そのような条件もすべて忘れて、昔のように自分勝手に行動していては、大きな審判が下るというのです。一族が滅ぶのです。いくつかの氏族が減べば、その国が行くべき道を行けません。国まで滅ぼしかねないことが起きます。

ですから、お父様はそれを知っているので、疑心を抱きません。一生の間、疑わずに生きるのです。私が信じ、私が約束したことは、訪ねていってでも必ず成し遂げてあげるのです。

ですから、サタンの条件から抜け出し、私を讒訴できないように、天にしかるべき条件を立てることによって自由解放の立場に立ってこそ、神様が私を守ってくださるのです。祭祀をきちんと執り行えば福を受けます。ですから、国家メシヤが条件的な責任を果たすのです。お父様の代わりに責任を背負っていったので、お父様の指示に従って、その国に福を分割してあげなければなりません。

12 国家メシヤは、自分が所属する国のどの食口たちよりも、朝早く起きなければならず、寝るときは遅く寝なければなりません。父母の立場だというのです。食口たちが服を着ることができずにいれば、自分の服を脱いで、与えなければなりません。そのようなこともせず、食口たちのことは気にも留めないで、自分に任せられた国家的な全権行使のみを行おうとしてはいけないのです。

13 国家メシヤは、心を中心として体を管理できる人にならなければなりません。経済分野で負けない経済人にならなければならず、宗教分野では、心霊世界について議論し、あらゆる信仰の伝統を議論するとき、誰も皆さんを負かすことができない、主体的存在にならなければなりません。そのようになれば、国家の大統領や国家首班が、皆さんを訪ねてこざるを得ないというのです。

14 国家メシヤは、お父様が歩んだ生涯路程をそのまま歩まなければなりません。自分の国を捨て、世界に行かなければなりません。私は「お金をあげる」とは言いませんでした。千辛万苦して稼ぎ、自立、自足しなければなりません。

国家メシヤは、氏族メシヤを配置しなければならず、家庭的メシヤをその国の一族を中心として配置しなければなりません。ですから、一族は、自動的に大移動するようになるのです。百八十家庭が連結されているので、祝福してあげれば、自分の後継者として氏族メシヤの立場に立て、その相対になる国を生かしてあげ、世界を代表するカインの国として広げておいてから、帰ってこなければなりません。ここに神様がその一族を中心として一国を設定できるのです。これは、しなければならないようになっています。

15 国家メシヤは、氏族メシヤ圏を確保しなければならず、家庭的メシヤの完成を中心として、サタン世界の家庭をこの地で整備しなければなりません。サタンの血統を断切しなければならないのです。それによって、霊界と地上が完全にひっくり返るのです。ですから、新しい本然の世界で、神様を中心として真の父母が付いていくことができ、真の父母を中心として国家メシヤが付いていくことができ、国家メシヤを中心として氏族メシヤが付いていくことができ、氏族メシヤを中心として家庭的メシヤが付いていくことができる、統一された構造的形態を形成しなければなりません。これが地上天国と天上天国の理念です。

今まで空いていた天上世界のすべてのものを、このように一度に合わせておいてこそ、神様の創造理想を完成することができるのです。アダムとエバを造られた本然の心と愛の実体圏を再び探し出し、この愛の実体を通して愛の実を収めなければなりません。そのような家庭的基準を中心として、国家形成の基準を立てることができる本然の位置に帰ってきたという条件を成立させ、神様の全体、全般、全権、全能の時代に行進するのです。その時には、何でもすることができます。そのような途方もない課題を抱えているのが国家メシヤだというのです。国家メシヤはアベル王です。その国のすべてに責任を負わなければなりません。

16 霊界の解放された国に向かわせ、国民を祝福してあげることによって天国に行けるようにするため、国家メシヤを配置しました。その国の大統領から国民の一人一人に至るまで、祝福しなければなりません。国家メシヤは、国家に送った真の父母です。真の父母は、天国に入っていける資格を賦与するのです。

17 国家メシヤ時代が過ぎれば、何の時代が来るのでしょうか。国家メシヤたちが責任を完遂すれば、地上天国時代が到来するというのです。目の前に迫ってくる途方もない時代を迎えるべき責任者たちが、勝手に行動してはいけません。その国のすべてのもの、始まりも終わりも自分を中心として、その一国の政治、経済、文化というすべての分野が影響を受け、回っていくようにしなければなりません。そのような厳しい責任を果たさなければなりません。メシヤにはそのような責任があります。

家庭的メシヤ、氏族メシヤ、国家メシヤという言葉は、過ぎ去っていく言葉ではありません。すべての動機が真の父母です。真の父母を中心としない家庭はあり得ず、兄弟はあり得ないのです。真の父母の血肉を通して生まれた子女が、真の父母を除外することはできません。ですから、真の父母がすべての出発であり、過程であり、結果です。

国家メシヤは、お父様が指示する内容に従っていかなければなりません。今まで行動してきたすべての習慣的体制、あるいは自分なりのやり方でやってはいけないというのです。今や公式的な路程に合わせて進まなければならない時代に入るので、その公式に従って動かなければならないのです。

分捧王

真の父母様は、二〇〇八年四月十三日、国家メシヤの中から、一部を分捧王として初めて任命された。真の父母様は、世界各地に派遣される分捧王たちに、新天新地、すなわち天一国を完成する役割を任せられた。分捧王とは、イエス様の時代にイスラエルを統治していた地域の総督である「分封王」を、このように称したものである。真のお父様は、「もし、イエス様が十字架にかかって亡くなっていなければ、当時、強盛であったローマを通して、世界全域に分捧王たちを派遣することによって、解放・釈放の平和王国、すなわち天一国が既に実現していたであろう」と語られ、分捧王たちには、各国の最高指導者を教育し、み旨の前に立てる使命があることを強調されたのである。

18 天宙平和連合祖国郷土還元大会に、父母様と共に子女たちを同参(一緒に参加すること)させました。父の代わりに母、父母の代わりに息子、娘が一つになって、大会を開催したのです。血統を清めるのは、父だけではできません。卵子と精子を中心として二つが一つになってこそ、血統が清まるのです。ですから、父が母の行く道を築いてあげなければなりません。

イエス様が国家的基準で百二十ヵ国に分捧王を配置しなければならなかったように、その国の人たちを探し出すために行くのが百二十ヵ国の巡回路程です。ローマ時代のイエス様のように、分捧王になれる人を探し出すためのものです。その分捧王は、天の総督です。自分の国の大臣として、総督の位置で血統を清める権限をもち、カインとアベルを中心として、サタンの血統を断ち切るのです。ですから、母と息子、娘が一つにならなければなりません。

19 分捧王は、今まで王(の立場)を経験した人々を一つにしなければなりません。その王たちが六人いれば、その中で模範的な人を選ぶのです。二人を選んで、抽選するのです。ここに、人間の意向が介在してはいけません。家庭でも、父一人ではできません。父と母の二人を立てて、抽選をするのです。神様を中心として神様の承認を受けてこそ、その人が家庭でも主人になります。

自分勝手にやってはみ旨が成就されません。厳格な公式と原則に従って秩序世界が形成されているので、今まで大宇宙がぶつからずに運行しているのです。はるか遠い地の果てにいても、その法度に順応しない人は脱落し、消えていくのです。

20 国家メシヤは、昔のローマ時代の分封王と同じです。総督であり、アベル王だというのです。ですから、各国で分封王のように国家メシヤとなる人は、大使を任命し、完全に天の側ですぐにその国を指導できる立場になります。

21 これから、百九十四ヵ国に分捧王を任命しなければなりません。分捧王は、その国で、誰が次期大統領になるかという問題まで決め得る人のことを言います。ですから、カイン・アベルの王権の上に父母王権を立てなければなりません。天の立場からは、アメリカ大統領より分捧王がもっと貴いというのです。

22 天一国、平和王国の基金で、各国に大使館を造らなければなりません。そして、統一家の分捧王がそこに行かなければなりません。分捧王は、ローマで言えば総督です。皆さんが長兄となり、分捧王としてそこに派遣される時が来ました。皆さんは、世界の先祖の立場で国民を指導すべき使命をもって現れた群れです。原理を知らない人は、ここには参加することができません。ですから、神様の平和王国は、祝福家庭の真の祖国です。

23 国家メシヤは、ローマから派遣された分封王と同じです。分捧王は、ローマで言えば総督です。総督は、その国の国民を生かしてあげるアベル的王です。国家メシヤがその国の大統領を中心として、分捧王の立場で、総督の立場で一つにならなければならないのですが、一つになりませんでした。今や、条件的にでも帰って、み旨がこのようになっているので、このようにしなければならないということを、通告しなければなりません。

その国に行って、祝福家庭や食口がいれば、その国の責任者と一つになり、その国を復帰しなければなりません。そして、最下層に住む貧しい村の人々までも「知らない」と言う人がいないように、お父様が再臨主であり、救世主であり、真の父母であることを、知らせなければならない責任があります。

24 百九十四ヵ国に分捧王と平和大使たちがいます。各国に国家メシヤとして割り当てられた責任者たちは、分捧王としての責任を果たさなければなりません。その次に、分捧王は平和大使たちを直接管理して、天の国の眷属として生きていけるように教育すべき責任があります。時が迫っているので、早くそれを終わらせなければならない召命的責任が分捧王にあるというのです。

25 国家メシヤは、分捧王として、その国の国民を教育しなければなりません。国家メシヤがその国の王を教育し、その国の王だった人々を呼んで指示できる責任者にならなければなりません。

お父様は、そのような資格をもつ人になって余りある実力を備えることができる教材を、すべてつくってあげ、今まで教育しました。ですから、お父様は平和の王なのです。

王の中の王が、平和の王です。お父様は平和の王になり、神様をお連れして回るのです。ですから、王の王であると同時に、万国の王です。万王の王です。それゆえ、神様も共にいらっしゃるのです。数千、数万年の間、閉じ込められて身動きすることもできなかった神様を、私が門を開けて解放してさしあげました。

第三節 「蒙古斑同族世界平和連合」

プリチャッキ(ルーツ探訪)運動と真の父母様

一九八九年六月二十三日、韓国プリチャッキ連合会は、真の父母様を総裁に推戴した。真の父母様は、各姓氏が真の父母様の教えに従い、祝福結婚を通して真の愛、真の生命、真の血統を受け継げば、それだけ人類の復帰が容易になると考えられ、この団体にも多くの支援をされたのである。そして、プリチャッキ運動は、全人類が神様の血統を相続し、真の子女として生まれ変わるまで継続されなければならないと語られた。

1 私たちには、「プリチャッキ連合会」という組織があります。科学であれば科学の根、哲学であれば哲学の根、宗教であれば宗教の根がありますが、すべての分野で根を探し求める「プリチャッキ連合会」をつくろうというのです。プリチャッキとは結局、何でしょうか。平和、愛、統一、理想、奉仕というものの根は、絶対的な神様です。絶対神に帰るのです。ですから、人本主義思想が撤回されてしまうというのです。この根本の根を知らずにいます。その運動を展開しようというのです。

2 「プリチャッキ連合会」の中には、入らない系列がありません。世界に影響を与えようと動くすべての分野、歴史や科学や宗教など、すべてが「プリチャッキ連合会」に入るのです。政治家や経済人、科学者など、そのすべての根は一つしかありません。ですから、プリチャッキ運動を世界化させなければならないというのです。

「プリチャッキ連合会」は、まず蒙古斑同族を蒙古斑血族にしようというものです。そうして、血族を探そうというのです。血族が根になることはできません。血族の先祖が根になるのです。蒙古斑血族の先祖は、神様のほかには、地上の真の父母しかいません。すべて、そこに帰結せざるを得ないのです。

3 根が二つになることはできません。中心の根は一つです。それを紹介できる真理と理論的な世界観は、宗教から探し出さなければなりません。宗教の中で統一的な運動、平和運動として、一つの根の根源は人格的な神様であると同時に、儒教思想や仏教思想など、すべてのものを超越した単一的な根であることを結論づける内容が備わっていなければなりません。ですから結局、「統一原理」で決着をつけざるを得ないというのです。

4 祝福家庭の皆さんは単一同族です。北から来た人も、南から来た人も、すべて同族です。韓国で言えば、金氏、朴氏、文氏など、二百八十六の姓氏は単一氏族です。単一蒙古斑同族を束ねて新しい血族にするためには、地上統一血族圏を形成しなければなりません。

祝福結婚を通して一つの血族をつくれば、世界人類の七〇パーセント以上、三分の二以上が蒙古斑同族なので、世界には争う人がいないというのです。そうして、所有権と境界線のない、一人の主人である父の所有になるときには、世界平和の王土が始まるのです。根の根本が神様なので、神様を知らなければならないというのです。

5 アジア国家の大多数が蒙古の血族です。中東も半分は蒙古の血族であり、白人世界もそうです。蒙古斑同族と結婚すれば、蒙古斑同族になります。イスラエル人と結婚すれば、イスラエル民族になるのと同じです。それと同じように、今や真の父母によって血統が連結されたすべての血族を中心に、血統が同じ選民圏として「プリチャッキ連合会」の活動をするのです。先祖の「プリチャッキ連合会」に連結できる時代を準備しなければなりません。

解放と釈放時代を越えなければならないので、太平聖代、永遠なる一つの王国時代に前進していかなければなりません。今からすべきことは、血統を連結させることです。蒙古斑の血統が世界的に広がっているので、祝福を一瞬のうちに行わなければなりません。

「蒙古斑同族世界平和連合」の創設

二〇〇四年九月二十三日、ソウルで「蒙古斑同族世界平和連合(MPFWP)」が創設された。この機構は、全世界の七〇パーセントに及ぶ蒙古斑同族を束ねる汎世界的な平和連合体である。真の父母様は創設宣言文において、「人類歴史は、宗教や理念などの障壁が撤廃される大転換の時代を迎えている。真の愛、真の家庭の価値を中心に、和解協力、共生共栄、原形回復を通し、平和世界具現の先頭に立つため、『蒙古斑同族世界平和連合』を創設する」と言明された。そして、世界人類をいち早く救い、祝福してあげるため、人類の絶対多数を占めるモンゴリアンたちがまず団結し、その先駆となる使命を果たすことを促された。共通点があれば、それだけ容易に親しくなることができ、一つになることもできるため、蒙古斑という共通点を通して、人類を兄弟姉妹の絆で結ぼうとされたのである。真の父母様は、特に「蒙古斑同族が神様の善なる血統を清く継承、保存すべき主役であり、『蒙占斑同族世界平和連合』が長子としての使命を遂行しなければならない」と語られた。

6 堕落した世界を革命しなければなりません。ですから、国連に対して父母様が国境撤廃を宣言しました。国連がそれをしないので、「蒙古斑同族世界平和連合」をつくりました。蒙古斑同族は、世界で七〇パーセント以上になるというのです。歴史がそうなのです。

ですから、彼らが皆さんのように、父母様のみ言を聞いて「結婚しよう」と考えれば、天下に統一的な連帯関係が設定されるでしょう。また、蒙古斑同族が、父母様のみ言どおりに一つになって王権即位式と戴冠式を行えば、国境がなくなるでしょう。

7 蒙古斑同族は、世界のどこにでもいます。国境を超越し、南米の最果ての地にも蒙古斑同族はいるのです。また、南極を占領するために互いに競争しているその国々の間にも混じっています。ですから、同族同士が通じ合う道を妨げる方法はありません。

同族と言えば、一つの村や一つの家庭で互いに交わって暮らす人々のことを言うのですか、そこでは国境という言葉が入り込むことができません。そのため、内的・心的分野の統一教会の人々と、外的・体的分野の蒙古斑同族が、統一教会の信仰と価値観を中心として一つになり、世界を完全に束ねる同族形態の舞台が展開されるのです。

8 地上で国を一つにし、世界を一つにする方法はありません。それで、「蒙古斑同族世界平和連合」をつくったのです。これは国際連合と同じです。その道に従っていけば国境がなくなるのです。そこには、反対したり讒訴したりする人がいません。解放圏の平和世界を連結する橋がつながった場合、平和の国が現れるようになり、そのことゆえに、地上天国と天上天国が新たに出発するのです。

9 人類の七〇パーセント以上が蒙古斑同族です。「蒙古斑同族世界平和連合」が国連の上に立つようになれば、誰であっても、この連合会の総会で呼ぶときには、来ざるを得ないでしょう。その位置に至るようになれば、国連総会の基準を越えるので、アベル国連をつくる必要もありません。国境がなくなるようになり、そのように国境がなくなれば、どこでも通ずるようになるのです。蒙古斑は同族です。同胞は同族ではありません。血統が違う人も含めて協助するときは同胞になりますが、同族ではありません。同族は先祖の髪の毛から足の爪まで、すべて連結されているのです。皆さんの顔は様々ですが、その顔が先祖の顔とよく似ている人は、その先祖の後援を受けられる連帯関係があります。

同族は、血統を中心として見れば、数千年、数万年の歴史の結実なのです。数千、数万の先祖の血統が連結され、遺伝の法則に従って、ある時代には現れるようになります。白人の家庭でも、黒人の赤ん坊が生まれることがあり得ます。そのような実りとして結ばれているので、「自分は自分だけのものである」とは言えないのです。先祖を身代わりした「私」であり、連帯した一つの細胞を連結するようになれば、現在と未来の子孫まで、血統を通して連結される媒介体の私だというのです。血統さえ引っ張れば、すべて引かれてくるのです。

10 全世界的に血統転換を早くするために、「蒙古斑同族世界平和連合」をつくったのです。血統転換をする前に、まず(条件的にでも)所有権転換をしなければならず、所有権転換の前に、心情圏転換をしなければなりません。今は、それが反対になっています。心情圏転換をしなければ、所有権転換も、血統転換も意味ありません。最も難しいのが、血統転換、所有権転換、心情圏転換です。皆さんがいくら先進国で、お金持ちの国のアメリカや日本の人だとしても、心身が争っている人は天国に行けません。

お父様は、体がどこでどのように葛藤し、紛争しているのかという内容を論理的に教えています。サタンの愛で始まって堕落したので、それを蕩減復帰しなければなりません。自分の所有権は一つもありません。自分の体も自分のものではなく、良心も自分のものではありません。皆が革命をして、次元を一段階超越し、神様に連結しなければならないのです。偽りのオリーブの木に真のオリーブの木を接ぎ木しなければならないというのです。

11 第四イスラエル解放圏では、血統が一つにならなければならず、根が一つにならなければなりません。そうすることによって、第四次イスラエル国、すなわち統一され、解放された善なる万王の王の主権を中心として家庭を拡大した国家、家庭を拡大した世界を成し遂げなければなりません。家庭理想によって一元化された国々を糾合して、世界に連結するのです。

天地を中心とした家庭的な国家形態の姿が連結されることによって、神様を父母とする、祝福を受けたすべての血縁は、子女の立場で安息、太平聖代の本郷、本然の国の構成員になるのです。

12 再臨主が千辛万苦の末にイスラエル選民圏を回復し、イエス様の十字架の恨を取り除いて、復活の実体として現れました。この世のすべてを遮って、真の愛、真の生命、真の血統の絶対的な基準に立ち、今までのすべての愛と生命、そして、血統の起源を整備するだけでなく、消化、吸収しなければならない責任を負ったのです。血統転換のための祝福の知らせをこの地上にもってきた真の父母にサタン世界が反対し、天上世界と地上地獄に置かれている全人類が反対するその立場で、個人的な聖別圏として祝福をつなぎ、家庭、氏族、民族、国家、世界まで祝福をして成し遂げられた聖別圏の上で、初めて個人の祝福家庭王から氏族の王、民族の王、国家の王、宗教圏を中心とした超宗教超国家的王を身代わりするようになりました。

第二イスラエル圏であるアメリカの上下両院を中心として、宗教の創始者たちと宗教の地上代表者たちが心を合わせて一体になり、「真の父母」という名を失った真の愛の主人、真の生命の主人、真の血統の主人を中心として、サタン世界の数多くのカイン的王権を屈服させ、神様を中心とした永遠不変の平和の王権を樹立し、信仰界の一致圏で勝利の覇権を備えて、カイン圏の代表国として「蒙古斑同族世界平和連合」を創設しました。その場で初めて、失ってしまった兄弟権全体の一体圏を形成して、王権を奉献できる時代になりました。

真の父母様は、その期間に世の中を愛するために、カイン世界の個人、家庭、氏族、民族、国家、世界と天地だけでなく、地獄まで壁を崩し、平衡基準に共同の価値の位置を立てて、血統を中心とした祝福解放圏を備えて越えていけるようになったのです。そうすることによって、アダム家庭からひっくり返ったあらゆる血肉をもう一度立て直すようになりました。そうして、天を代表した平和の王として、天が立てられたその王権とカイン世界の「蒙古斑同族世界平和連合」を中心として、地上と天上世界の解放的勝利の覇権を受け継ぐことができる時代を迎えました。

13 平和の王は神様であり、また平和の故郷と平和の祖国は神様が暮らす国です。その神様を知らなければなりません。最も重要なことは、どのようにして絶対的な神様を理解するかということです。一つの地球星で暮らす人類なので、みな兄弟であり、一つの血統であり、一つの同族です。

神様の摂理観は、今まで隠されていました。そのように隠されていた事実を、いつかは明らかにしなければなりません。そのような内容を中心として、「蒙古斑同族世界平和連合大会」を行いました。この大会は、神様の息子、娘の大会、神様の家庭の集まりにならなければならないというのです。それが私たちの目的です。

14 蒙古斑のある人同士が結婚したとしても、世界の東西南北から押し寄せてきて結婚したので、そこには血統が混ざっています。五大洋六大州に拡張する過程で、血統が混ざったのです。同族と言っても、血統が違います。これを完全に整備するために、国家を越えた祝福基準の上で、蒙古斑同族圏を蒙古斑血族圏にするのです。血族は、血統が同じです。一つなのです。

15 私は、宗教者たちが一つになれる連合会をつくって、蒙古人たちも結束させることによって、一つの道を行くようにしています。彼らがカインとアベルです。彼らはお互いに争い合ってきましたが、初めて平和の勝利の旗をこの地上に立てたのです。

父母様に侍り、アダムとエバの恨を解怨したあと、神様のみ前に「神様、帰ってきました」と言いながら、大声で痛哭しなければなりません。神様と涙で離別したのですが、涙で蕩減復帰して、天の本然の場所に入宮するのです。そうして、神様が定着し、その民が満天下の主人になろうと宣誓する場で、初めて永遠の神の国が始まるのです。

16 蒙古斑同族を祝福によって結束させるのは、国境を撤廃する運動です。アジアの三十七ヵ国はすべて蒙古斑同族です。そこには、韓国、日本、中国はもちろんロシアまでも入っています。途方もないことです。アメリカの初代移住民のうち、三〇パーセントは蒙古斑同族が占めています。彼らを「統一原理」で束ねれば、世界平和は問題ありません。

アダム家庭で、カインがアベルの命を奪いました。この道を抜け出させるために宗教を立てたのです。神様が宗教を通して、カイン世界を吸収する時が来ました。善なる王権が始まったので、今から求めるべきものは、超宗教圏、超世界圏です。

アダム家庭で長子が次子の命を奪うことなく、父母の代身者となる長子権が成立していたならば、家庭が完全に定着できたでしょう。ところが、これが今、逆さまになっているので、(定着)できないのです。ですから、最後には蒙古斑圏を同族化して兄の立場に立て、兄の権威を立てて弟たちが自分の立場を訪ねていくようにしてこそ、天使世界、サタン世界と地獄にまでも解放が広がります。

解放の原則として、カイン世界を兄の位置に迎えようとしなければならないのです。そのようにしてこそ、平和の世界になります。今や、接ぎ木(の役事を)して、失ってしまった血統的根源をつなぐことによって、完全解放の位置をつかむようになるというのです。

第四節 「天宙平和連合」

「世界平和のための頂上会議」と「世界平和連合」

一九八七年五月三十日から六月四日まで、二十人の元国家首班が集まる中、ソウルのロッテ・ホテルで第一回「世界平和のための頂上会議」が開催された。「世界平和連合」の中心には、元職、現職の国家元首と世界の著名人による会議と討論の場である「世界平和のための頂上会議」がある。真の父母様は一九九一年八月二十八日、ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館で「世界平和連合」を創設された

一九九〇年の、真の父母様とミハイル・ゴルバチョフ・ソ連大統領の会談がこのきっかけとなったのである。真の父母様は創設大会において、「各国が利潤追求だけのための経済中心政策を行うことは控えなければならない」と明言され、世界の首班たちが集い、相互理解と信頼関係を深める新しい次元の会合を提案された。これを受け、頂上会議では各国の利害関係を越えた議題を中心に、世界平和実現の問題を議論してきた。

1 再臨主として来られる真の父母は、第三イスラエルの統一圏を形成しなければなりません。ここにアメリカが協助し、イスラエルが協助しなければなりません。誰もそのことを知らずにいます。ですから、これを知っている統一教会が責任をもたざるを得ないのです。また、父母様と関わりのある世界的なすべての人脈を連結しなければなりません。そのような意味で、「世界平和のための頂上会議」を結成したのです。

2 世界で問題になるのは、第一に共産主義、第二に宗教の没落、第三は青少年の淪落だと考えています。今、全世界の国家指導者たちが最も苦心しているのが共産主義問題です。世界の指導者クラスを大きく分ければ、一つは外的世界の国家指導者たちであり、もう一つは内的世界の宗教指導者たちです。

全世界の宗教指導者たちにとって問題となるのは、疲弊したこの宗教をどのようにして再復興させるかということです。その次が青少年問題です。お父様は、これらの問題を解決するために立ち上がりました。世界の学者たちを集め、この世界の多くの国の大統領や首相たちを中心に頂上会議を設立し、高い次元で未来の世界が行くべき道を提示しようというのです。そのことに既に着手しています。それが可能な線を越えて実践段階に入っています。

世界の学界でも、共産主義を退けられる人はお父様しかおらず、世界の指導者層でも、この世界を共産主義から救える人はお父様しかいないと見ているというのです。ですから、既に外的世界は、絶対価値を中心として世界の知識人たちを糾合することにおいて一段落したのです。

3 「世界平和のための頂上会議」を設立し、最高の学者たちを連結して、その国のトップを動かす基盤を築かなければなりません。今や頂上会議を設立しておけば、一つの国当たり、少なくとも元大統領や元首相が三人以上は入るので、彼らが集まり、現地でどんな人に対しても、「私たちの話を聞かなければならない」と言えるようになるのです。そうすれば問題は簡単です。その国の最高の学者たちと最高の権威ある人と、その国の元職・現職大統領たちがお父様のことを「良い」と言いさえすれば、世界が回っていくのです。

4 一九九五年の「世界平和のための頂上会議」に参加していたのは、各国の首相や大統領を務めた人々です。カイン圏です。新しい王権を約束するために来られる父母様の前には、カイン的な立場です。各国で大統領と元大統領はカインとアベルです。いかなる国でも、元大統領が三人以上います。七人までいる国もあります。その元大統領たちは、その国の大統領を動かすことができるのです。私は、そのような背後の基盤をすべて組みました。

ですから、この人々を中心として、大統領を動かし、お父様を国賓以上に歓迎できるようにするのです。お父様はこのような国を相手にします。その国の国民の三分の一以上を祝福の隊列に同参(一緒に参加すること)させるという約束を取りつけてから訪問するのです。

5 お父様は、世界的に「世界平和宗教連合」を中心として宗教界を連合し、「世界平和連合」を中心として政治を一つにする運動をしています。このような運動は、神様の摂理を知る人や、天の側の国家がしなければならないことです。まだ、そのような国家がないので、これを知っている人がしなければならないというのです。それがお父様の立場です。このようにして、個人から世界までさっと進んでいくのです。共産主義に対して勝利したお父様です。

6 旧約時代から世界的な新約時代の終結まで迎えようとすれば、イエス様の十字架の死によって生じたすべての争いを清算しなければなりません。父母様は、右翼と左翼、心と体が分かれたものを一つにするために、「世界平和宗教連合」と「世界平和連合」を創設したのです。右翼と左翼の問題は父母様の手によって解決され、イスラーム世界も父母様を中心として祝福し、一つにまとめる活動をしています。

再臨主は、再び生き返ったイエス様の立場に立っています。ですから、思想界と宗教界を収拾しなければなりません。「世界平和宗教連合」は心の世界全体を統一したものであり、「世界平和連合」は体の世界を統一したものです。分かれた体と心を、世界的に実りを刈り入れて統一しなければならないというのです。

7 ヨーロッパでは、これからキリスト教文化を中心として一つの文化圏が形成されます。ところが、新教と旧教が闘っていることが問題です。新教と旧教を誰が一つにするのでしょうか。彼らを一つにできる人は、私たちしかいません。ヨーロッパが統一されれば、南北米も一つになります。北米は新教独立国家であり、南米はラテン文化の旧教国家として、これらが互いに闘っているのです。これらも、ヨーロッパが一つになれば、自然に一つになります。

ヨーロッパと南北米さえそのようになれば、アジア圏はそこに従っていかざるを得ません。アジアを代表し、統一教会を中心としてすべて連合していくのです。ですから、早急に日本と中国、そして、ロシアを一つにまとめておかなければなりません。そのような意味で、一九九四年三月の「世界平和連合」ソウル大会が必要だというのです。文化圏をもって価値観を設定し、一つになることができなければならないのです。

8 韓半島の周辺にアメリカ、日本、中国、ロシアの四大強国があります。この四ヵ国の重要な要人たちを組織して、世界平和会議を開催しようと思います。百二十ヵ国以上の代表を集めて国連をアベルに立て、世界平和会議を主唱し、四ヵ国の代表四人がサインして世界に発表するのです。そのようにすれば、いかなる国でも参加せざるを得ません。

ここには、アメリカ、ロシア、中国、日本などの経済界の最高クラスがすべて集まっています。ですから、その指示する方向に応じなければ、今後の貿易問題、外交問題など、すべての面で損害を受けるようになります。

それで、お父様は、「世界平和連合」をつくったのです。平和世界を成し遂げるためには、周辺のいくつかの列強だけが集まってはいけません。このような基盤をもって、今後、世界が行くべき方向を指導できる人はお父様しかいないというのが、最高の為政者たちが下した結論です。

9 今まで、世界に各種の平和会議が多くありましたが、知ってみれば、すべてが自分、あるいは自国の利益を優先させる会議なので、利己主義に目がくらみ、真の世界平和の道を探し出すことはできません。

私は「世界平和連合」のほかにも、「世界平和女性連合」、「世界平和宗教連合」、そして、「世界平和青年連合」まで創設し、二十一世紀を、ために生きる利他主義の新世界に導くための人類を代表する中央機構、すなわち民間国連のような汎世界的機構をつくろうという夢をもっています。言い換えれば、明けてくる二十一世紀を見越しつつ、互いにために生き合う世界と真の愛を実践する新しい世界秩序の確立に邁進しようとしているのです。私が創設したあらゆる機構と組織は、正にこのような世界的な愛の実践の場として設立された組織です。そして、「世界平和連合」は、創設してからまだ三年たっていませんが、このように多くの世界の指導者の同志をもつようになったことに、私はとても満足しています。皆さんは、私がこのような世界平和運動を起こした動機がどこにあるのかを正確に理解してくださり、私と共に真の平和世界建設に向かって邁進しましょう。

「天宙平和連合」の創設

二〇〇〇年八月十八日、アメリカ、ニューヨークの国連本部で開かれた「世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)」総会において、真の父母様は、世界平和の具現のために国連を上下両院に再構成し、韓半島の軍事境界線を含む世界のすべての国境地帯を平和地区に指定することを提案された。続いて、二〇〇五年九月十二日、国連に代わる新たな平和機構として「天宙平和連合(UPF)」を創設された。真の父母様は、この日の基調演説において、「『天宙平和連合』はカイン的な既存の国連の前にアベル的な国連の使命を果たすようになる」とされ、「国連ができなかった限界を克服し、宗教と霊的覚醒に基づいて地球村の紛争と戦争を防ぐに当たり、民間国連の役割を果たすようになる」と強く主張された。そして、真の父母様は、「天宙平和連合」の創設直後から十二月二十三日まで世界百二十ヵ国を巡回し、創設記念大会を開催された。この期間に、ブルンジ、タンザニア、アルバニア、パラオ、ソロモン諸島などの現職大統領と総理など国家首班十人が、平和大使として活動することになるなど、各国の指導者たちが積極的に同参した。また、フィリピンとウルグアイの大統領、アルバニアの総理、カンボジアの皇太子など、各国の最高指導者たちと会談し、「天宙平和連合」を通した世界平和運動を積極的に推進することに合意した。

10 アベル国連である「天宙平和連合」を創設しようと思います。これは、国際連合と同じです。国際的な平和連合をつくろうとしているのです。ここに「天宙」という言葉が入らなければなりません。ですから、「天宙平和連合」という名前を付けました。天地の平和を中心として連合した一つの天宙平和統一国、すなわち天一国になるのです。ですから、「『天宙平和連合』を中心としてアベル国連を編成する」と、公式的に発表するのです。

11 天は平和と統一であり、サタンは闘争と分裂です。滅びるか栄えるかはそこで分かれます。サタンは天と共にいることができないので、悪はなくなり、善は残るというのです。ですから、「天宙平和連合」です。サタンが地からいなくなるので、地球星は、完全に栄える平和の境界内に抱かれるのです。私たちの活動目標は、「天宙平和連合」の創設とともに、祖国の地を回復することです。今や、これを私たちの生涯の目標として定めて、進まなければなりません。

12 天宙とは、宇宙の家を意味します。大きな家庭です。「天宙平和連合」は、大きな家庭を平和にする連合体です。大きな家庭に平和が訪れるので、地上・天上天国になるという意味です。その中心は神様です。

父母様が責任をもつのではなく、今からは神様が責任をもつ時が来たというのです。自分が中心になってするのではなく、神様に委ねなければなりません。霊界に委ねると、霊界で主導する内容と私たちが相対的関係さえ結べば、み旨は自然に成就されるのです。

ですから、皆さんの心は、どこに行き来しようと「天宙平和連合」に関心をもたなければならず、その世界に一歩でもより近づいていくために、神様にすべて委ねることができなければなりません。私たちが神様にあらゆることを委ねれば、神様が中心になるので、できないことがないのです。蕩減もなく、サタンの反対もないので、神様が思いどおりにできます。そのような時代が来ました。神様が思いどおりに、主人の役割を果たすことができるので、私たちが神様の背中に背負われていくという思いをもって進めば、迫害も飛び越えることができるのです。そこに「天宙平和連合」を立てた重要な意義があります。

13 「天宙平和連合」はアベル国連です。父母様は既にアベル王権までも発表しておきました。アベル王権、「天宙平和連合」、そのアベルの国は、兄を滅ぼすのではなく、兄を協助することによって、世界の問題に対し、和合の伝統を立てて解決していくのです。

韓国と北朝鮮、ロシアと中国、ロシアとアメリカの問題も、結局、真の父母が入っていけば、争うことなく解決されるのです。共産主義の父母が現れ、民主主義の父母が現れたのですが、父母のことを知れば、この父母に反対できないのです。そこに絶対信仰、絶対愛、絶対服従することによって、天地統一連合が生じ、それは、「天宙平和連合」時代からアベル国連時代を経て、アベルがカインを収拾し、天宙平和王権に越えていくのです。

14 父母様は、「天宙平和連合」の看板を掲げて、批判されようと、むちで打たれようと、冒険をしようと思います。きれいに有終の美を飾っていこうと考える人です。苦労で始まったので、苦労で終わらなければなりません。自分の欲心をもって終わってはいけません。息子の時代や孫の時はもちろん、何十代以降にも、再び補う必要がないようにするのが父母様の願いなので、一つの表題を、一年ではなく、十年、千年までも掲げていくのです。

15 アメリカで「天宙平和連合」の創設大会をするやいなや、百二十の国家を巡回しました。父母様が一生の間、蕩減しながら勝利したものを、百二十ヵ国にもっていって植えてあげたのです。まだ統一教会に反対する人がいますが、皆さんは少しも恐れることなく、推し進めていきなさいというのです。

統一教会の人々が、百二十ヵ国に出ていって、「父母様は、私たちの国に一度来るだろうか」と考えていたのですが、初めて百二十ヵ国を巡回しました。父母様が勝利したものを植えてあげるのです。ですから、一つも反対できませんでした。百二十ヵ国に、反対する人がいなかったのです。島国から半島、大陸まで、反対する人がいませんでした。

そして、勝利したものをすべてお母様に渡して、「カインとアベルを一つにしなさい」と言ったのです。それで、お母様が百八十ヵ国を巡回しました。お母様を立ててしたのですが、神様を中心として、いつでも父母様をお迎えしていくのです。

16 お父様は、二〇〇五年九月十二日から、イエス様が立てることができずに断絶されていた血統を立てるため、世界百二十ヵ国を巡回しました。血統を転換するのです。そして、お母様と一緒に巡りながら、お母様が行く道を開いてあげるのです。エバが堕落するときに血統を汚したので、それを正さなければならず、カインがアベルの命を奪ったので、それを正さなければなりません。お母様と息子、娘が一つになり、お父様が残しておいた道を行かなければならないのです。

イエス様が母(妻)を立て、その母と共に、息子が百二十ヵ国を巡りながら家庭理想を植えなければならなかったのですが、それができませんでした。今回の二度目の百八十ヵ国巡回では、分かれたカインとアベルを束ねるのです。個人、家庭、氏族、民族など、分かれたものをすべて一つにまとめるのです。そうして、お父様がサタンの血統を断ち切ってあげ、お母様が代わりにそれを受け継ぎ、世界的に息子、娘、カインとアベルの問題を解決するというのです。

平和大使

二〇〇一年七月三日から十二日まで、韓国の主要十二ヵ都市で開かれた神様祖国定着大会以降、世界平和運動の旗手として平和大使が任命されるようになった。平和大使は、各国の社会指導層の人士はもちろん、多様な階層によって構成されている。平和大使は、世界の隅々に真の父母様の心情を連結する毛細血管のような使命を遂行するのである。

17 神様王権即位式を行ったのちに、神様が「文総裁は、愛する息子の中の息子であり、忠臣の中の忠臣であり、聖人の中の聖人である。王権を樹立したのであれば、王座に上がらなければならないが、その場はどこか」と言いました。そのような場がないことが、神様には悲痛なのです。神様の息子として、本来立つべき位置に立てていないことが、唖然とするというのです。神様のそのような立場を知っているお父様も、神様王権即位式一周年記念礼拝で、祈りながら神様に「申し訳なく、恥ずかしい限りです」と申し上げました。地球星を一つにし、霊界を一つにし、神様の王権を樹立してお迎えしなければならないのに、そのようにできていない環境で、霊界に送った責任者である息子と地上の父母様が一つになり、霊界と肉界を生かそうと総動員命令をして教育しているのを見るとき、神様も面目が立たないのです。

神様が「私に天上世界の解放圏をもって王権即位式を捧げてくれたその息子が、今も悲しみの場所を歩いており、夜道を歩いているのに、その道に明かりをともす国がないことが恨である」と言われるというのです。神様のこの恨を解いてあげられる代表者が、天の国の平和大使です。天の国の密使です。

18 平和大使は、天の密使です。密使は、前線に出ている最高の全権大使、特権大使と同じです。平和大使は王を身代わりします。彼が決定したことは国家全体を代表するものとみなすため、密使なのです。国家の秘密を誰にも通報することはできません。平和大使は、特権大使よりさらに高い立場です。ですから、王宮にも行き来できる権限をもつのです。

19 平和大使たちは、これから一つの公的な名義を守らなければならない責任をもっています。神様の祖国光復のみ旨と、故郷光復のみ旨を知る一人の師として、最高の位置に行って、すべての国を最後に整理しなければなりません。整備ではなく整理です。そのように、国を整理できる責任が、平和大使の重責を担った人々にはあるのです。

特に、国家の最高指導者たちに、天の憲法を扱える指導者として、教えてあげなければなりません。言い換えれば、その国に万王の王、分捧王という王権を身代わりした大使として行き、これを教えてあげなければならない責任があるというのです。平和大使は天使世界を代表する責任者なので、所有権をもって行くことはできません。すべてのものをきれいに天のみ前にお返しし、いかなる所有権ももたない公的な基準で行かなければなりません。

20 平和大使たちは、自分の勢力基盤よりも天のみ前に忠誠を尽くし、天国に直行できる道を行かなければならないことを教えてあげるのです。平和大使の召命的時代が来たというのです。特に、平和大使たちは、絶対「性」を完成しなければなりません。エデンの園で先祖たちが絶対「性」を守ることができずに堕落した、その根を抜いてしまわなければならないというのです。

21 この地の平和大使は、天使世界のことを意味します。これは、堕落したルーシェルの兄のような立場であり、親のような立場です。地上で真の父母と絶対「性」を中心として解放の土台を越えましたが、霊的世界が二分されています。霊界にいる天使世界と神様の新しい世界が分かれているのを、連結させなければなりません。その中間に現れたのが平和大使たちです。

この分かれたものを一つにしなければならないというのです。そうして、地上で絶対「性」によって築かれた家庭と全世界が一つの家庭の土台に従う伝統によって一元化された世界になれば、サタンまでも屈服するようになるのです。そのようにして、平和大使は天使世界と霊界を一つにしなければなりません。

22 平和大使たちは、天使長ルーシェルの兄のような役割を果たし、父のような役割を果たさなければなりません。ですから、政治世界の根本を中心として、正さなければなりません。それをするために、私たちが準備したのが「教正堂」です。「教正堂」は、教えて正しい家を造るのです。そこに入って教育を受け、様々な種類の組織を再びつくらなければなりません。このために、国連軍(平和軍)が再び現れなければなりません。そのようになれば、国家の軍隊がなくなり、国連軍が現れるのです。国連軍が、代わりにその役割を果たさなければなりません。

23 父母様がソロモン諸島に、自由世界の海洋圏平和大使本部を造るための準備をしています。日本は島国ですが、オセアニアに属さず、アジアに属しています。台湾も島国ですが、アジアに属しています。その次に、フィリピンも太平洋の真ん中にありますが、アジアに属しています。インドネシアも太平洋の中で一番大きな国になっていますが、やはりアジアに属しています。この国々を、父母様が一つにするための運動を今までしてきたのですが、大会を終えて、新しい島嶼世界の総合的な平和大使本部を造り始めています。ソロモン諸島にオセアニア平和大使本部を造ろうと思います。これらの国を一つの国にしなければなりません。

24 幼稚園に通う平和大使もいなければならず、小学校と中学、高校、大学、大学院に通う平和大使もいなければなりません。神様の代わりに、父母様が数多くの国に平和大使を立てて祝福したのと同じように、皆さんも父母様の代わりに、そのようにしなければなりません。平和大使がいる所は、どこでも行く先々で歓迎を受けられる基盤をつくればよいのです。そのようにして祝福が終われば、地上天国になり、解放・釈放の世界になるのです。

25 幼稚園児たちまでも、平和大使にしました。今や、二世を中心として行うのです。二世時代です。平和大使の息子、娘まで平和大使になれば、現在の二倍になります。彼らは天使長(の立場)であり、その家庭の息子、娘です。皆さんはアダム家庭の国連大使と同じなので、彼らを教育して、逆さまに引っ張って、飛んでいかなければならないというのです。ですから、幼稚園児、小学生、中高生、大学生、そして、大統領まで平和大使にしておけば、新しい世界が開かれるようになるのです。

「国連平和軍聖戦追慕連合会」、「平和軍」、「平和警察」

真の父母様は二〇〇四年十二月十三日、アメリカのワシントンDCで、六・二五動乱に参戦して世界平和と自由の大義のために生命を捧げた国連軍の将兵たちをたたえ、その犠牲の価値を広く知らしめるため、「国連平和軍聖戦追慕連合会」を創設された。そして、二〇〇六年六月十二日、「天宙平和連合平和軍・平和警察」の出征式を主宰された。真の父母様は、その場で彼らに対し、「人体の白血球と赤血球が、外部から病原菌が侵入するのを退けて健康を維持するように、世界の平和を守り抜く警備隊の責任を果たさなければならない」と語られた。「平和軍」と「平和警察」は、真の父母様の思想を中心として組織された平和共同体を守り、保護しながら教育する役割を担い、特に、サタン世界に浸透した悪の文化を浄化して、善の文化を定着させる使命をもっている。

26 天の国の「義勇軍」と「義勇警察」をつくるため、「国連平和軍聖戦追慕連合会」を創設しました。六・二五動乱に参戦した国連の十六ヵ国の在郷軍人が、ここに加わることができるのです。十六ヵ国に軍人たちがいるとすれば、その軍人たちは、参戦して戦死した人々の後継者になります。彼らをアベル、参戦した在郷軍人をカインとして、彼らを束ねてあげるのです。

27 「平和軍」をつくらなければならず、「平和警察」をつくらなければなりません。六・二五動乱のとき、十六ヵ国が参戦しました。六・二五動乱は、神様がサタンと闘った戦争です。聖戦だというのです。国連とアメリカが一つになり、韓半島の統一のためにやって来て、途中で失敗して帰ったので、これを収拾しなければなりません。それで、二〇〇五年七月二十六日に、「国連平和軍聖戦追慕連合会」の大会を行うのです。

28 韓半島の聖戦で戦死した勇士たちを中心として、「国連平和軍聖戦追慕連合会」という組織をつくり、生き残った人々を束ねようと思います。そうすれば、世界的な規模になります。各国の外務大臣や国会議員たちを立てて、「平和軍」をつくる前に、平和大使をつくることができます。

平和大使をつくれば、「平和軍」であると同時に、「平和警警察」になるのです。この人々は、軍隊に行っても教育することができ、警察に行っても教育することができます。その国の軍隊教育と警察教育まですれば、自然に「平和軍」、「平和警察」にまでなるのです。これは国境を超越しているので、どの国でも、闘争的概念を克服することができます。イスラエルとアラブ圏が今も戦争をしていますが、それを止めなければなりません。

29 二〇〇五年十月二十日、「天宙平和連合」創設記念世界巡回大会の当時、ウクライナで「平和軍」と「平和警察」の創設を宣言しました。ソ連が、相当な量の原子爆弾をウクライナに持っていって貯蔵しました。この爆弾があれば、世界を滅ぼせるのです。ボタンさえ押してこの原子爆弾が爆発するようになれば、その膨大なものが熱を放出し、数十里内にある第二の原子爆弾の基地の二つか三つだけが爆発しても、人類が滅亡するというのです。そのような危険千万な世界に私たちは生きています。ですから、聖書で強調しているように、早く武器を農機具に作り替えなければなりません。

30 「平和警察」と「平和軍」は、人間の体で生命の力を保護してくれる赤血球と白血球のようなものです。赤血球と白血球が互いに助け合って人体の生命を保護するのですが、天国に入城して開門できる境界線を越えるときまで、変わらずに絶対的な自らの姿をもたなければなりません。そうして、そのような姿をもって、絶対的な主人である神様が主管される、絶対、不変、唯一、永遠の天国に入っていかなければならないのです。

31 皆さんの体と心が闘ってはいけません。これが問題です。どのようなことがあっても、体と心が一つにならなければなりません。体が愛の種を先に植え、心を蹂躙して、性解放やフリーセックス、ホモというものが出てきたのです。酒とたばこと麻薬を中心として酔わせ、混迷させて、男性も女性も互いを占領するための混乱した戦場になっているのが、この世の中です。これを完全に清算してしまわなければなりません。そのようなことを担当する「平和軍」にならなければなりません。国連軍が韓国を中心として動員され、韓半島を解放しようとして失敗しましたが、再び私たちが「平和軍」を編成しなければなりません。

32 皆さんの各国に「平和警察」と「平和軍」が必要であるのと同じように、この宇宙にも、霊界と肉界の一つの独立した世界にも必要です。

平和を中心とする警察、もしくは軍隊は、天の天使世界にも必要なのです。二重だというのです。

地上で完璧であってこそ、天上でも完璧になります。全体が解怨された立場で、解放と歓喜を共に享受するために警察が必要であり、軍隊が必要なのです。

エデンの園で神様が保護装置をつくることができませんでした。保安装置をつくれなかったというのです。

33 「天宙平和連合」はアベル的国連です。天の国の国連と同じです。それに実効性をもたせるために、基盤をつくるのです。ですから、軍隊の力と警察の力が重要です。戦争が起きる所には、必ず軍隊が行って駐屯するのです。

私たちは行って、教育しながら消化しようというのです。それは問題ありません。

「平和軍」は、武器をもってどうにかするのではありません。ひとえに教育を通してするのです。「平和警察」も簡単な防御体制を備えて活動します。そのようにしておいてこそ力の背景ができるので、軽く見ることができなくなるのです。既に組織編成をしておきました。

第五節 祖国郷土還元大会による百八十ヵ国巡回

祖国郷土還元大会、百八十ヵ国巡回

二〇〇六年三月二十五日、鮮文大学で開かれたソウル圏大会を皮切りに、四月三日までの十日間、主要な地域圏で百万人の市民たちが参加する中、「天宙平和連合」祖国郷土還元大会が挙行された。この場で真の父母様は、「神様の理想家庭と平和理想世界王国」というテーマのみ言を宣布され、続いて、祝福式を執り行われた。そして、四月二十八日から五月十日まで、「天宙平和連合」祖国郷土還元大会をアメリカとカナダの十三の主要都市で主催されたのに続き、八月十九日まで、真の子女様が同参(一緒に参加すること)する中、世界百八十ヵ国で世界巡回大会を開催された。

1 今までお母様は、私より多くの世界巡回をしました。公式的なみ言を中心として、お父様の実体を身代わりしたみ言をもち、女性を代表して、堕落したエバができなかったことを成して、その上で責任完成を完結しなければなりません。お父様が夫の立場で真理を探究し、サタンに勝っておいたのですが、その勝った基盤は世界的基盤です。

(ですからお母様は)百二十ヵ国を巡回し、百八十ヵ都市を抱いて、お産の苦労をしなければなりません。それで、血と汗を流しながらお産の苦労をしてきたのです。その次に、お父様の実体的勝利を受け継いで、エバとして果たすべきことがあります。エデンの園でエバが、夫に侍って愛することができませんでした。ですから、世界の誰もが知るお母様の名で世界を一周し、家庭に戻ってきて、定着しなければなりません。そのような時代に入るのです。

今日、歴史上に初めて夫婦と神様を中心として家庭が定着したのは、今回のこの期間しかありません。そして、お母様を中心として、女性たちがお母様の分身となり、世界の全人類を生んであげなければなりません。一人ではできないのです。

2 二〇〇六年三月二十五日から天宙平和連合祖国郷土還元大会を開催しました。それでは、どのようになるのでしょうか。国を祝福したので、今やすべての人が入籍をしなければなりません。全世界に、アダムの代わりに真の父母が一代として、そこから世界的な先祖の幹が出てくるのです。そこから枝が出て、一本の木のようになるというのです。

3 世界のすべての統一教会の人々が、祝福を受けて故郷を訪ねてきています。世界が、祖国郷土還元の世界だからです。ですから、どの国の食口であっても、その国が本郷ではなく、祖国ではありません。韓国が祖国であり、韓国が本郷の地です。

それゆえ、大移動が起きなければなりません。そのようにして、本郷の地に入籍しなければならないのです。入籍することによって、天の国の先祖になります。入籍ができなければ、恨になるのです。あとで入籍するようになれば、問題が起きます。きょう、ここに一緒にいても、何百代、何千代の差が広がるのです。

4 天宙平和連合祖国郷土還元大会は、何を意味するのでしょうか。「天宙平和連合」がアベル国連なのですが、皆さんはアベル国連の位置に上がっていますか。

その場に上がれば、自分が空っぽにならなければならないのです。ひたすら「私」の体全体が、復帰された絶対信仰の実体、絶対愛の実体、絶対服従の実体にならなければなりません。神様が創造するときの創造の対象物と実体が一つになった実体圏を備えてこそ、神様の愛が永住するのです。皆さんがそのような場に立っているかというのです。

5 二〇〇六年五月二十九日にお母様が講演する所が、インドネシアの首都ジャカルタです。霊界を総動員して、海洋圏と半島を中心に、海と陸地の文明を懐胎しなければなりません。そうして、祝福完成が成し遂げられるようになります。カイン圏である蒙古斑同族圏を、血族として連結しなければなりません。四方に散らばって暮らしている蒙古斑同族圏を血族として祝福して、一つの血統に束ねなければなりません。

国の祝福をしてあげるのです。もはや国で反対したり、世界で反対したりすることはできません。世界人類が黙っていないのです。今までは、父母様がしてきましたが、今からは祝福を受けた家庭が立ち上がらなければなりません。サタン世界の力よりも、宗教圏と国家圏が一つになって大きなアベル圏になり、蒙古斑圏を消化しなければなりません。力でするのではありません。神様の真の愛で一つにしなければならないのです。そのようにすることによって、新しい地上天国と天上天国の統一が実現し始めるというのです。

6 二〇〇六年六月二日、お母様がインドの大統領にまで会いました。インドの大統領は、「レバレンド・ムーンの家庭理想は、大変偉大なものだ」と言ったそうです。普通の人は、家庭を収拾して、一つの血統圏を形成するという考えができません。歴史的な記録を破ったのです。最高の指導者たちは、そのようなことがすぐに分かります。何のためにするのかが分かるというのです。

今まで一生の間、迫害を受けてきた父母様が、国家を越え、宗教圏も超越して、公開して祝福結婚式をするようになりました。今、家庭と青少年の問題が世界的に大きな問題になっています。これを解決するのは、父母様だけの特権です。

7 二〇〇六年六月二十九日に、お母様がイスラエルのエルサレムで講演をしたことに対して、アメリカの食口たちの間で大きな問題が起きました。「そこは今、戦争の本拠地なのに、なぜ行くのですか」と言うのですが、自分たちで決めることではありません。自分が現地に行って盾になろうとは考えもせず、言葉だけで心配していてよいのでしょうか。

責任者が私に電話をかけてきて、「このようになっているのですが、どのようにすればよいでしょうか」と言うので、「何をどのようにすると言うのだ。死ぬことが問題か、生きることが問題か。生きることが問題になって死の場に行ったとすれば、死の道も行かなければならないだろう!直面している問題に、自分たちが責任をもたなければならない!」と言いました。歴史とともに、自分が中心の位置に立ったならば、いつでもその中心の位置を守らなければなりません。

8 アフリカであと数ヵ所だけ大会をすれば、お母様の世界巡回は終わります。今回、世界ですべての人々を復活させる生命の祝福行事を挙行しました。そのすべての事実は、永遠に消えません。毎日のように成長して、年ごとに大きくなり、世界を覆って余りあるようになるでしょう。これから、次第にそのようになります。

お母様の美しい姿と美しい声、美しい天の恩賜の内容が、再創造の力です。ですから、お母様も巡回講演をしながら、聴衆の中に素晴らしい人々が多く集まるのを見れば、「天の恩賜にたっぷりと浸り、後代に尊敬される先祖になり、国々になってください!」という思いをもって、喜んで前進しなければなりません。

9 愛はお金よりも貴く、知識よりも貴く、権勢よりも貴いものです。ですから、お父様は、お母様がいなければかわいそうだというのです。お母様は今、アフリカ大会を終え、ウルグアイに移動している途中です。ウルグアイまで行くには、十六時間かかります。お母様がいなければ、地がないのと同じです。いくら世の中に良いものがあるといっても、それが貴いものではないというのです。

男性も女性も、相対がいなければなりません。互いに与え合える相対がいてこそ、下りていっては上がることができ、上がっていっては下がることができます。天地の道理がそのようになっているのです。

10 天宙平和連合祖国郷土還元大会がすべて終わったので、これからは世界的に一元化しなければなりません。それだけが、国家と世界を連結できる最後の私たちの使命です。真の父母の血族として霊界と肉界に責任をもち、地上にいる祝福を受けた家庭と霊界の祝福を受けた家庭が、同じ恵沢圏内で神様に侍り得る時代に入っていくのです。

今までは真の父母に従って、神様に侍るための本然の家庭を求める時でした。家庭を探し出したあとは、天地が父母に侍る侍義時代、侍ることによって救われる時代だというのです。信じる時代ではなく、実践する時代です。今やすべて成就したので、侍らなければなりません。還元時代が終わりました。

真の家庭三代圏四位基台四十ヵ国世界巡回

「天宙平和連合」の創設記念世界巡回講演は、真の父母様を代表する真のお母様と、真の父母様の家庭の子女様、そしてお孫様の四家庭など、三代圏を中心に、二〇〇六年八月三十一日から十月十四日まで、四十ヵ国において十二ヵ都市ずつ、四百八十ヵ都市で行われた。真のお父様は九月五日、ソウルの青坡洞一街の旧本部教会で、真の家庭三代圏世界巡回路程勝利祈願特別集会を行われた。そして、十月十八日、天正宮博物館において、巡回大会勝利帰国歓迎集会も主宰された。

11 私は二〇〇四年、アメリカと韓国の国会で平和の王として推戴され、戴冠式を行ったあと、二〇〇五年九月十二日には、アメリカのニューヨークで「天宙平和連合」を創設しました。その勝利的基盤の上に、二〇〇六年六月十三日には、実体的天一国創建のための天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮式と戴冠式を挙行しました。

「天宙平和連合」の創設直後から始まった私の世界百二十ヵ国み言巡回の勝利を受け継いだ韓鶴子総裁は、真の父母様を代表した立場で、去る六ヵ月間、全世界を駆け回りながら、百八十ヵ国のみ言宣布による巡回を勝利することによって、歴史的な母子協助の摂理を完成しました。真の父母の立場で真の子女たちを直接帯同し、彼らをみ言宣布と祝福行事の主管に同参させることによって、人類の最初の家庭で母格のエバが失ってしまった血統権とカイン・アべルの統一権を復帰、還元させたのです。

二〇〇六年八月二十日は、私が一生を通じて経てきた六度の無辜の監獄生活のうち、その最後であるアメリカのダンべリーの監獄で世界的次元の獄苦を堂々と勝利し、解放・釈放権を勝ち取った出監記念日の二十一周年でした。この意義深い日を慶祝し、また歴史的な世界巡回を勝利して到着する韓総裁を歓迎する意味で、去る八月二十日、私は世界的次元の平和大会を開催しました。世界百二十ヵ国、百二十万人の平和大使の指導者たちを代表する核心指導者三万人以上が韓国に集まり、平和世界実現のための決意を固める意味深長な大会でした。

このような摂理的な勝利圏の基台の上に、私は今や「天宙平和の王」の資格で、真の父母の家庭三代圏と共に世界の津々浦々を駆け回りながら、この後天開闢時代に天が人類に下した、天の秘密のメッセージを伝えています。

12 私はいつの時よりも深刻な心情で、二〇〇六年九月十二日の「天宙平和連合」創設一周年を迎えています。創設直後から始まった私の世界巡回は、昼夜を分かたず、安らぐ日もない強行軍でした。「天宙平和連合」の創設を期して天が下さった特別メッセージを、一人でも多くの人に相続させてあげたいという一念で、自ら願って犠牲の道に進み出たのです。

今回の世界巡回路程も同じであって、八十八歳になろうとする老齢で、いつ、どこで倒れるか分からない巡回の道でしたが、私は命を懸けてこの道を出発しました。もしかすると、今回が私としては最後の世界巡回路程になるかもしれません。天から印を押されて顕現した真の父母として、人類に残してあげる最後の遺言になるかもしれない天の秘密を明かすのです。どうか心の門を大きく開き、この貴い天のみ言を心に刻んで皆さんの生涯の基準とし、氏族と子孫に相続させてあげる知恵深い指導者の皆さんになってくださるようにお願いします。

13 世界百二十ヵ国で、堂々と祖国光復を宣布しました。また、百八十ヵ国に愛する妻と子女を送りました。戦場に送り出したのと同じです。これは、常識的に考えられることではありません。祖父と祖母の立場で子女たちを訓練し、二代の峠を越え、三代の峠を越えていきました。

今回、四人の孫と孫娘を祝福した基盤の上で、四十ヵ国に子女たちと孫と孫娘を送りました。旧約時代、新約時代、成約時代、三時代を代表する立場で、最初の祖父圏で失敗したことを開門するために、三代が旗を掲げて進み出たのです。

14 神様と真の父、真の母、カイン・アベルを中心として、最後まで世界を巡回しました。個人の体と心の争いから、男性と女性の争い、夫婦同士の争い、父母と子女の争い、氏族の争いなど、歴史のすべての事実を蕩減しようとするので、父母様が百八十ヵ国を巡回したのです。イスラエルのような国が、一度に百八十ヵ国になることはできません。初めて父母様の孫たちまで、三代が四十ヵ国を中心として巡回したのです。

まず、イスラエルが四十ヵ国と一つになっていれば、イエス様が死ぬことはありません。十二ヵ国だけでも一つになっていれば死ななかったというのです。それができなかったので、イエス様も引っ掛かり、イスラエル民族まで引っ掛かっているのです。第一イスラエルが誤ったのですが、そのすべてのことを赦してあげるのです。それで、三代が動員されて一つになり、代表的な四十ヵ国を巡回したのです。二代以上動員すれば、反対できないようになっています。このように三代が巡回するようになると、大統領以下、労働者も農民もすべて歓迎したのです。

15 韓国を中心として、地球星の軸を連結させてみるとき、裏側にあるのがウルグアイです。それで、父母様は数十年前にウルグアイにホテルを造り、必要なものをすべて準備してきました。お母様が行って巡回講演をするとき、ウルグアイ政府が国会議事堂を差し出し、大統領夫人を中心として、お母様と一つになって動きました。その背後で神様が役事(働き)したのです。大成功でした。ですから、父母様が「天宙平和女性堂」の名で、ウルグアイに一千万ドルを寄付しました。それは偶然の出来事ではありません。

16 今や天に侍って生きていける時が来たので、私たちは二〇一三年一月十三日までに、すべてを収拾して天のみ前に捧げなければなりません。ですから、三代が出動し、早く世界を回らなけれはならないのです。多くのチームが同じタイトルを掲げて一気に巡回するので、長くかかりません。三チームなら百二十日、四チームなら九十日かかります。

そして、祝福家庭も、父母様がしたのと同じように、三代を中心として世界を回らなければなりません。三代が一人のように、天の国に入っていかなければならないのです。

第六節 祖国郷土還元大会世界巡回での真のお母様のみ言

真のお母様は、二〇〇六年四月二十八日、アメリカのプリッジポート大会を皮切りに、八月十九日まで世界百八十ヵ国を巡回され、「天宙平和連合」祖国郷土還元大会を主宰され、多くのみ言を通して食口たちを督励された。真のお母様は、二〇〇五年の百二十ヵ国巡回講演の勝利を受け継いで、真の子女様を直接帯同し、み言宣布と祝福行事を主管することにより、人類の最初の家庭で、母の立場にいたエバが失ってしまった血統権とカイン・アベルの統一権を復帰・還元することに寄与された。新しいみ言の宣布とともに、血統を転換する恩恵が世界に広がったのである。

アメリカ・アジア巡回

1 皆さんは、祝福の時代を生きています。二千年前のイエス様の時代とは違い、今は未来に対するはっきりとした確信をもつことができます。ですから今日、私たちは、いかにして行くべきかを知っています。真の父母様のみ言は、皆さんの指針書であり、教科書です。ところで、皆さんは、このみ言の本体であられるお父様が、なぜ毎日訓読をしていらっしゃるのか、知らなければなりません。真の父母様が今日、皆さんに提示するビジョンは、夢ではなく現実です。必ずやそれを成就すべき責任が、私たちにあります。皆さんは常にみ言に接しているので、知らなくてできなかったという話は、口にすることができません。

将来、子孫たちから、「私たちの先祖は立派だった」と言われる立場に立てるようにお願いします。特にアメリカのマイアミ地域は、北米と南米を連結する非常に重要な地域です。二つの地域が一つになり、真の父母様のみ旨を実体的に成し遂げるに当たって、皆さんが中心になるようにお願いします。

2 お父様は、一九九六年六月十六日、島嶼国家の連合活動を通して世界平和を実現するために、「世界平和島嶼国家連合」をつくられました。島国を連合して、何をしようというのでしょうか。今まで、太平洋に散らばっている島嶼国家は、大陸国家に隸属してきました。これらの島嶼国家が力を合わせて、海洋時代に自らの声を上げ、世界平和実現のために先頭に立とうというのです。今や、島国が本当に重要な時期に差し掛かっています。大陸とは違い、海では移動が自由で、どこにでも行くことができます。

魚は自由に動き回ります。海は、それと同じように、すべての人がいかなる障害もなく、自由に行き来できる象徴的な地域だと考えることができます。真のお父様は、特に海を愛されて、この時間も、韓国の麗水で釣りをされながら、今回の大会の場面を映像で御覧になったでしょう。二〇〇六年五月二十八日、フィリピンのマニラで、天宙平和連合祖国郷土還元大会を執り行いました。

今回の百八十ヵ国巡回、天宙平和連合祖国郷土還元大会は、人間が真の父母様と真の子女を通して、真の血統を伝授される、特別恩賜の期間です。神様は、すべての人間が国境と人種、宗教を超越し、平和に生きていける世界を念願されています。フィリピンの食口の皆さんは、このような神様のみ旨を成し遂げてさしあげるために新たに決心し、どの国よりも先頭に立って、実践しなければなりません。

3 お父様が計画されることは、必ず成就するでしょう。インドは地理的に見るとき、アジアの平和を実現するに当たって、重要な位置にあります。世界の様々な国を巡回しながら感じたことは、中国の影響力が及ばない国がないということです。中国とともに、今後、世界の強国として浮上できる国がインドです。今、強大国が神様のみ旨とは関係なく、自国のことだけを考えて勢力を伸ばしているというところに問題があります。このような点を考えるとき、世界平和を実現するに当たって、インドの役割が大きいと考えるのです。この国がみ旨の前に立たなければなりません。今や、皆さんが実績を現さなければならない時になりました。ですから、み言を聞いて、流れていくような信仰生活を送ってはいけません。皆さんが熱心に活動をすれば、世界各国が皆さんを助けてくれるでしょう。特に、今晩の集会に来た人々を、皆さんが導かなければなりません。彼らを温かい心と愛で包み、抱くようにお願いします。そうして、彼らが皆さんに会いたくてしきりに訪ねてくることができるように、心情の固い絆を結んでおくようにお願います。

4 カンボジアにおいては、二世に多くの期待をしています。皆さんは、大学で一生懸命に勉強をすることももちろん重要ですが、純潔がどれほど重要なことかを知らなければなりません。そして、皆さんの同僚たちにも純潔キヤンぺーンを展開し、祝福結婚にたどり着けるようにしなければならないのです。また、皆さんは学校で、ために生きる生活を実践し、模範的な生活を送らなければなりません。お父様は食口たちに毎日み言を語られますが、いつもみ言を訓読されます。それは、み言が重要だからです。世界人類が、真の父母様を知らずに霊界に行くとすれば、どれほど悲惨でしょうか。カンボジアは宣教の歴史が短いのですが、皆さん一人が十人、百人を生かすために先頭に立ち、短期間のうちに根を下ろして、枝を張ることができるなら、この国は遠からず復帰されるでしょう。カンボジアとタイは、似たような文字を使っています。ここにはタイから来た食口たちもいますが、皆さんは神様のもとの同じ兄弟姉妹です。これから二つの国が互いに手を取り合って協力すれば、神様が喜ばれる実績を必ず収めるようになるでしょう。

5 モンゴルは、女性たちの活動が目立っています。様々な方面で、男性を凌駕する素晴らしい女性たちがたくさんいます。ですから、女性の皆さんが先頭に立って、真の父母様を知らない人がこの国にいないようにしなければなりません。女性の皆さんが勝負しなければならない時期になりました。特に、モンゴルの女性たちがさらに発奮すれば、この国が短期間のうちに神様のみ前に復帰されるでしょう。そして、み言に「夫は天であり、妻は地である」とありますが、男性たちも発奮しなければなりません。この国を復帰するために男性と女性が互いに協助すれば、その期間をさらに短縮させることができます。皆さん全員が発奮してくれるようにお願いします。

6 世の中でも、ある目镖を定め、それを成し遂げるためには、他の人より十倍、百倍、さらに努力する必要があることを、皆さんは知っているでしょう。皆さんは、周囲にいるすべての人々にこのみ言を知らせてあげることを目標として、それを成功させるために努力しなければなりません。特に、皆さんの血族がみな祝福を受けられるよう、最善を尽くさなければなりません。皆さんの活動によって、この国がどれほど早く発展するかを考えてみてください。み言を通して、キルギスが立ち上がることができるとすれば、それ以上の祝福はないでしょう。今までキルギスは、ソ連帝国に押さえつけられ、名もなく生きてきましたが、これからはそのように生きることはできないというのであれば、真の父母様を国民全員に知らせなければなりません。

二〇〇六年六月十八日の大会は、十分だとは言えませんが、種を蒔いたのです。皆さんは最善を尽くし、短期間のうちに豊かな実を大きく収めなければなりません。そのようになるとすれば、それよりもやり甲斐のあることはないでしょう。時間がありません。ですから、短期間のうちに真の父母様のみ前に素晴らしい実績を捧げなければなりません。

7 カザフスタンの皆さん一人一人が、みな革命家であり、創造主のような立場に立てる、途方もない祝福の立場に置かれていることを忘れてはいけません。真の父母様のみ言の中に、「堕落した世の中は野生のオリーブ畑」という言葉が出てきます。祝福を受けた皆さんは、真のオリーブを接ぎ木したのです。ですから、世の中のたくさんの野生のオリーブをそのままにしてはいけません。その野生のオリーブを切って、真のオリーブを接ぎ木しなければなりません。皆さんが正々堂々と祝福家庭としての責任と使命を果たすためには、精誠を尽くし、多くの人が祝福の隊列に参加できるように、努力しなければなりません。神様は、天一国を迎えるまでどれほど苦労されたか分かりません。お父様は、いかなる過ちもないのに、六度の獄苦を味わわれました。そのようにされても、最後まで摂理を導いてこられたのは、皆さんのためです。そのような点でも、祝福家庭は、神様と真の父母様のみ前に多くの負債を負っています。人間の本心は、百を受けたならば、返すときには一〇パーセント差し引いて、九〇パーセントだけ返したいと思うのではありません。一〇〇パーセント以上、一二〇パーセント以上返したいというのが本心です。今までは、真の父母様がすべての蕩減を払い、勝利的な基盤を築いてくださいましたが、今からは祝福家庭が立ち上がるべき時です。皆さんは、このみ旨を知らない人がいないようにしなければなりません。世の中の人々に、真の父母様を知らせなければなりません。真の父母様がこの時代に顕現され、私たちがこのように共に生きているこの時代が、どれほど重要な時であるかを知らせてあげなければならないのです。

中東・ヨーロッパ・アフリカ巡回

8 中東地域は、情勢が非常に複雑な地域です。ですから、世界巡回をするとき、周囲の人が「危険です」と言いながらやめさせようとする場合が多いのです。しかし、真の父母様は全世界を生かしてあげなければならない立場なので、危険であっても、訪ねていかざるを得ません。いまだこの地域が、互いに反目して争っているのは、神様のみ旨を受け入れられなかったからです。今や、互いの利害関係を飛び越え、神様を中心に手を取り合わなければなりません。神様の目には、黄色人、白人、黒人というものがあり得ず、宗教の壁、民族の壁、文化の壁があり得ません。二〇〇六年六月三十日のヨルダン大会で、このような内容を強調しました。この中東が生きる道は、過去よりも、現実を正しく見て進むことです。今、神様のみ意がどこにあるのかを正しく知り、真の父母に侍る生活をするとき、中東に永遠の平和が訪れるでしょう。神様のみ前に、私たちは同じ兄弟です。そして、神様は私たちの永遠の真の父母であることを、皆さんは忘れてはいけません。神様は、ヨルダンを立てられました。ヨルダンのすべての兄弟姉妹たちが、ヨルダンを立てられた神様のみ旨を知り、そのみ旨を実現するために努力しなければなりません。

9 皆さんは、真の父母様を誇り、知らせなければなりません。そして、真の父母様に似た者となり、真の父母様のみ旨を実践するために努力する皆さんにならなければなりません。皆さんがそのような人生を送れるようにしてくれる教科書であり、指針書が、真の父母様のみ言です。祝福家庭の皆さんにとって今、重要な使命は、氏族メシヤの使命を完遂することです。皆さんもいつかは霊界に行きます。皆さんが地上でそのような責任を果たせなければ、のちのち、皆さんと同じ時代を生きていた皆さんの氏族たちが讒訴するでしょう。皆さんがその讒訴を受けないようにするためには、一人残らず、彼らにすべて、真の父母様を知らせてあげなければなりません。特に、マルタの食口たちは、霊界から協助できる基盤を築かなければなりません。善霊たちがこの国に再臨して役事できるよう、相対基準を備えなければならないのです。これから皆さんは、生活の中で変化した姿を見せてあげなければなりません。皆さんがこの上ない精誠を捧げるべき時だという意味です。私たちは幸福な人間です。私たちは、世の中の人がもち得ない真の父母に侍って生きているからです。神様が私たちと共にいらっしゃることを忘れてはいけません。

10 二〇〇六年七月二日、ポーランドの天宙平和連合祖国郷土還元大会を成功裏に終えました。この場に集まった人だけでも、ポーランドを神様のみ前に立てるに当たって十分な人的資源になると思います。ですから、皆さんが彼らを中心にさらに拍車を掛け、ポーランドを復帰するために努力しなければなりません。その期間を短縮することは、皆さんの手にかかっています。ポーランドが祝福を受ける国になるためには、神様のみ旨を受け入れなければなりません。今回、集まった人々がみな感動を受けたので、今後も彼らにより多くの幸福を分けてあげ、より大きく育ててあげるようにお願いします。

11 ルーマニアを見れば、ローマに劣らない歴史をもっています。今まで皆さんは野生のオリーブとして生きてきましたが、これから、どのように真のオリーブとして完成したかによって、神様が皆さんの国に対してさらに多くの関心を注がれるようになるのです。善意の競争は、激しいほど良いのです。ここには何ヵ国かの人が集まりました。どの国が先に神様のみ意に添うかが重要です。

二〇〇六年七月三日、ルーマニアの天宙平和連合祖国郷土還元大会を、平和大使たちと皆さんの苦労によって、盛況裏に執り行いました。今からが始まりです。皆さんが生きて動けば栄えますが、じっとしていれば後退するでしょう。今、この国はヨーロッパ全体から見るときには、多くの面で発展が遅れていますが、み旨を中心として先頭に立てば、神様が見る基準では、先進国以上の位置に上がっていくでしょう。

12 真の父母様のみ言は、スロバキアを健康な国にする薬です。このみ言以上の薬はありません。この国にも家庭問題、青少年問題をはじめ、多くの社会問題が起きているという事実を知っています。

二〇〇六年七月四日の大会を成功裏に終えましたが、今回の大会で終わるのではありません。今からが始まりです。皆さんがみ言で武装し、み言を実践する生活をするとき、スロバキアはさらに強く、豊かになるでしょう。

13 天宙平和連合祖国郷土還元大会をしながら、国家単位の祝福行事をしたことは、全人類にとってどれほど大きな喜びになるか分かりません。特に、東ヨーロッパ地域にはロシア正教のゆえに祝福の恩賜を受け入れられない国もあります。それは、神様の立場から見ても、人類の本心から見ても、神様のみ旨に逆行することです。しかし、彼らを祝福することによって、生かしてあげなければなりません。

皆さんが、天一国時代に、真の父母様に侍り、このような行事に参加できるというだけでも、奇跡のようなことです。また、スロバキアが歴史的な行事に同参(一緒に参加すること)したことも、奇跡に違いありません。今回の行事に同参できなかった国のことを考えれば、皆さんは幸福な人々です。

その恩恵に対し、どのようにして神様にお返しできるかを研究しなければなりません。皆さんが一人で享受する幸福は、本当の幸福ではありません。幸福は分かち合うほど、より大きく返ってくるのです。皆さんは、受けるよりも与える立場がどれほど幸せかを感じながら、実践しなければなりません。

14 神様は、すべての人がこの世の中で真の愛を実践しながら生きるように創造されました。ところが皆さんは、そのような生活をしていますか。皆さんは、家庭と氏族、国のために、そのように生きていますか。今から一生懸命にみ言を勉強して、そのように真の愛を実践しながら生きようと決心しなければなりません。

多くの国から、今回のボスニア大会に参加しました。この国に種を蒔きました。しかし、ボスニアの皆さんには、この種を健やかによく育てなければならない責任があります。ですから、皆さんは隣国と密接な関係をもち続け、より大きく発展できるように努力しなければなりません。

15 あらゆる果実は、中身がしっかり詰まっていてこそ、「よく熟した」と表現されます。アルバニアが強く豊かな国になるためには、経済力も重要ですが、精神的に強い国にならなければなりません。アルバニアがみ言で武装すれば、数年以内に豊かな強い国にすることができます。真の父母様が、一九五〇年代、韓国で最初に出発するときは、食口たちが百人にもなりませんでした。アルバニアは三百人にもなるので、十年以内にこの国を何倍も強く豊かな国にすることができるというのです。アルバニアの将来は、皆さんの手にかかっています。

16 私(お母様)はケニヤに来るまで、多くの国を経由してきました。真の父母様のみ言が多くの奇跡を生んでいるのを目撃しました。今までアフリカは、大変な中を生きてきましたが、今やこのみ言を通して、皆さんが新たに生まれれば、さらに強く、豊かになり、世界に大きく寄与できるでしょう。しかし、皆さんがこの機会を失ってしまえば、永遠に発展途上国にとどまるしかありません。

ですから、もはや先進国を羨ましいと思う必要はありません。聖書にも、「先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう」(マタイ一九・三〇)とありますが、そのような時代に皆さんは置かれています。神様の祝福を逃してはいけません。

17 タンザニアに、様々な困難があることを知っています。エイズや家庭問題によって、父母を失った孤児たちが多いと聞きました。アフリカの様々な国も、このような状況に置かれています。ですから、純潔運動と真の家庭運動が切実に必要な所がアフリカです。皆さんが純潔運動と真の家庭運動によって、アフリカを新たに浄化していかなければなりません。

戦争を経験した一九五〇年代の韓国は、皆さんの国よりもっと難しい実情にありました。その時、お父様は少数の群れを動員して、国家復興の土台をつくられたのです。お父様は困難だった草創期に、中高生を中心として全国的に啓蒙運動を実施されました。そうして、地方で文字を教え、農村運動に力を注がれたのです。そのようにして基盤を築いたので、今日、韓国は先進国の隊列に加わることができました。

その時の韓国と今の皆さんの立場は違います。皆さんの周辺はみな同じ立場であり、また、助けを差し伸べられる立場にある国々もたくさんあります。皆さんが、この国の主人であるという意識をもち、この国を新たに復興させようという覚悟のもと、一日、二十四時間は短いと考えながら一生懸命に動けば、この国にも希望があるでしょう。

18 皆さんは、エチオピアを復帰し、強く豊かな国にするに当たって先頭に立たなければなりません。そのためには、国民の啓蒙運動から展開しなければなりません。この場に集まった平和大使たちも同じです。皆さんの家庭と皆さんの周辺から、この運動を実践しなければなりません。そして、全国民が平和で幸福に生きていくためには、皆さんから真の愛の生活を実践しなければならないのです。私たちは、とても幸福な人たちです。お父様は何もないところから、一人で出発しました。誰からの助けもない中で始めたのです。そうして、世界的な基盤を築きました。これは、奇跡と言わざるを得ません。もちろん、神様が共にいらっしゃったがゆえに、可能だったのです。神様が皆さんと共にいらっしゃることを忘れないようにお願いします。

南米・オセアニア巡回

19 私(お母様)はアフリカを歴訪しながら、真のお父様が、六・二五動乱によって韓国が廃墟になった状態から、何人にもならない食口を動員して国民啓蒙運動を展開されたことを紹介しました。

その時は、教会に成人した人が多くなかったので、中高生までも動員し、国民啓蒙運動を一生懸命展開しました。これを契機としてセマウル運動が全国的に拡大するきっかけをつくられ、それが、韓国を今日の豊かな国に導くことにおいて大きな役割を果たしました。原理のみ言を中心としたセマウム(新しい心) 運動まで並行して行い、韓国が今日、先進国の隊列に加わることができるようになったのです。韓国が精神的、経済的に中心国家になることができた背景には、真のお父様の非常に大きな功労があったのです。

アフリカは、一九五〇年代や一九六〇年代の韓国より良い立場にあります。土地がどれほど肥決か分かりません。何でも、植えさえすればよく育つのです。それなのに、なぜ飢え死にする人が出るようになり、なぜ疾病に苦しむ大陸になったのでしょうか。本当に自分の国だという思い、自分の家族だという思い、主人意識をもった指導者たちがいなかったために、発展がなかったのです。

今日、下さったこのみ言は、私たちが生活するに当たって必ず必要な指針書であり、教科書です。このみ言のとおりに実践すれば、実現されないことがありません。どのように生きるべきかを、すべて教えてくれます。それなのに、なぜ貧しく、なぜ伝道ができず、なぜ発展できないのか、深く反省しなければなりません。

私がウルグアイに来て、モンテビデオ市内を回ってみたところ、廃墟のように感じられました。人が住む都市のようには見えなかったという話です。ウルグアイの皆さんは、反省しなければなりません。皆さんは途方もない祝福を受けました。皆さんが真のオリーブであれば、いまだ復帰されていない世の中は野生のオリーブ畑です。皆さんが繁殖できなければ、結局、数に押されるようになります。

すべてのことを、自分自ら解決しなければなりません。誰かがしてくれるだろう、誰かが助けてくれるだろうという考えを捨ててください。これは自分の仕事です。自分が動かなければ、自分の子女が死ぬこともあり得ると考えて、一生懸命にやってください。

20 アルゼンチンは、一時は豊かな国でした。アルゼンチンが再び豊かな国になるためには、皆さんの精神から変えなければなりません。そのためには、全国民を原理のみ言で武装させなければなりません。

祝福家庭の皆さんと平和大使たちが一つになり、新しい国を建設するに当たって、先頭に立たなければなりません。二〇〇六年七月三十日の祖国郷土還元大会で皆さんがそのような決心をすれば、私(お母様)がここを訪問したことが意味をもつでしょう。アルゼンチンと競争する国がたくさんあることを肝に銘じなければなりません。皆さんがどのような成果を収めるかによって、一等になることも、最下位になることもあり得ます。アルゼンチンの復帰は、皆さんの双肩にかっていることを肝に銘じるようにお願いします

21 ボリビアを神様のみ前に立てるためには、皆さんの責任が何よりも大きいと思います。食口の皆さんにはチャンスがあります。天宙平和連合祖国郷土還元大会の祝福行事を行うように、多くの人をみ旨の前に立てればよいのです。今回、アフリカ大陸を巡回しながら感じたことですが、人間の努力によって、いくらでも豊かに暮らせる国にすることができるというのです。肥沃な土地をもっていながらも貧しく暮らすのは、人間が無知だからです。真の父母様のみ言は、成熟した人間をつくり上げてくれるだけでなく、ボリビアを祝福される国として復興させてくれるでしょう。

22 二〇〇六年八月一日、祖国郷土還元大会のみ言をすべての国民に広く知らせ、真の父母様を知らせれば知らせるほど、希望をもつようになるでしょう。今や、そのような時になりました。天運が到来したのです。ですから、皆さんの責任が重要です。コロンビアにも祝福家庭の二世たちがたくさんいます。祝福家庭の皆さんは、彼らが自由な環境で真の愛を実践して生きていけるように、環境を築いてあげなければなりません。

多くの国々が、家庭問題や麻薬問題などで苦しんでいます。コロンビアも、麻薬、暴行、青少年問題、エイズなどで頭を悩ませています。このようなすべての問題を解消できるのが、真の愛・真の家庭運動です。ですから、コロンビアのイメージを刷新しなければなりません。今や、皆さんが行動で示してあげなければなりません。この国の隅々まで、真の父母を知らない人がいないようにしなければなりません。真の家庭、真の血統、真の愛の伝統を植えなければなりません。そのためには、大学原理研究会、青少年純潔運動など、すべての活動をしっかりと展開し、コロンビアが神様に記憶されるようにしなければなりません。

23 私(お母様)がアフリカに行ったとき、そこの人々に話したことがあります。「半砂漠地帯で富を享受している中東のイスラエルと比較すれば、アフリカは神様が祝福した土地です。それなのに、なぜ貧しい発展途上国に転落したのでしょうか。それを悟らせるために、真の父母様のみ言を伝えなければなりません」と言いました。アフリカを生かすためには、このみ言を伝える道しかないと考えるのです。

そして、彼らに「新しい理念を受け入れて新しく生まれ変わり、真の父母様の真の愛を自分の家庭から隣人、さらには国に拡大していけば、私たちのみ旨は早く成就するでしょう。そのようになれば、皆さんの国も、先進国に劣ることなく、先に進むことができます」という話をしてあげました。真の父母様のみ言を中心として内的に生まれ変わり、新しい人になる運動が切に願われます。

皆さんの中で、韓国に行ってみた人は分かると思いますが、韓国は先進国に劣らないほど発展しました。特にインターネットの分野は、世界のいかなる国よりも進んでいます。皆さんがどのように決心するかによって、皆さんの国、ジャマイカは、急速に発展し、変わっていくことができます。

真の父母様が世界を変え得る土台をつくったように、皆さんはジャマイカを変え世界を動かすことができます。この国にも祝福家庭が大勢います。皆さんの決心によって、ジャマイカが神様のみ旨の前に復帰される期間を短縮できるのです。

24 中央アメリカのカリブ海に位置する島国のバハマは、一四九二年にコロンブスが新大陸を発見し、最初に上陸した国です。これまで、スペインから植民地として支配され、イギリスの領土となり、一九七三年の七月に独立しました。

約七百の島によって構成されたバハマ諸島において天宙平和連合祖国郷土還元大会が開催できるのは、神様の大きな祝福に違いありません。今回は長い巡回旅程でしたが、新しい場所で、神様が長い間準備してこられた人に出会う喜びを味わいながら、二〇〇六年八月四日、バハマのナッソーまで来ました。

今回はみ言を伝え、祝福行事を行う巡回でしたが、ここバハマが神様のみ前に再び立つためには、このみ言と真の父母様を熱く受け入れる道しかありません。神様の祝福がバハマに共にあるように、皆さんが一生懸命に活動することを期待します。

25 私(お母様)は、十年前にベネズエラのカラカスを訪問し、二〇〇六年八月七日に再びやって来ましたが、その間、ほとんど変わっていませんでした。それで、み言をすべての国民に紹介することに、さらに積極的に取り組まなければならないと思ったのです。

スイスに行ってみた人は感じたと思いますが、その国も周辺の強国に押さえつけられ、自立するのが大変な状況にありました。しかし、スイスは、思想的な面や政治・外交的な面で問題のある人々が様々な国から訪れて定着するには良い国でした。例えば、レーニンもそこで暮らし、宗教改革者たちもそこに住みながら活動をしたといいます。その国には未来を見通した善なる先祖たちがいたので、自然をそのまま保全しながら、強く豊かな国を造ることができたのです。

ベネズエラも預言者のような人々がいれば、スイスに劣らない美しい環境をもった国として、世界の前に登場できるだろうと思いました。世界の五大資源国の一つであるべネズエラが、なぜ貧しくなったのか理解できません。方法は一つです。為政者から国民に至るまで、真の父母を受け入れて新しく精神運動を起こさなければなりません。まず、皆さんだけでも決心して、一日二十四時間は短いと思いながら、平和と未来、そして、この国の永遠なる発展のために努力すれば、希望があるでしょう。

26 皆さんがペルーを復帰しようとすれば、大学生伝道に心血を注がなければなりません。そうして、彼らをこの国と統一教会の未来の指導者として養成しなければなりません。今までの誤ったすべての社会風習を、彼らを通して浄化し、教育すること以上に早い道はありません。

彼らが大学を卒業すれば結婚適齢期に入るようになり、そこで祝福を受ければ、真の家庭を築いていき、また、そのようにして社会に出ていけば、国全体が浄化されるでしょう。皆さんの二世たちが定着するためにも、まず大学生を伝道しなければなりません。国家メシヤの指導のもと、大学生伝道と二世教育をきちんと整えなければなりません。

27 チリが発展するためには、大学原理研究会が活性化しなければなりません。大学生の皆さんは、将来、この国の指導者と教会指導者として成長できる良い年齢です。大学生の皆さんの責任が重要です。ですから、皆さんは大学に通う間、勉強も他の人より良くできなければならず、すべての面で模範にならなければなりません。皆さんと同年代の学生たちが、皆さんと友達になりたいと思い、み旨を共に歩みたいと思える風土をつくらなければなりません。

私たちの教会の未来のためにも、大学原理研究会の活動が重要です。母親がカインとアベルを抱かなければならないように、教会全体が心を合わせ、彼らを抱かなければなりません。母親の立場である教会が、大学原理研究会を積極的に助けなければならないのです。大学生をよく教育しなければなりません。

28 オセアニア州を摂理的に見るとき、ニュージーランドは母の国の使命を果たさなければなりません。オーストラリアと一つになり、多くの島国を支援して教育すべき責任があります。それが母の国の使命です。今まで、ニュージーランドは眠っていました。今や、目を覚まして飛び立たなければなりません。真の父母様のみ言があり、世界的に築いておいた私たちの基盤もしっかりとしています。皆さんが見聞きしたことを、そのまま伝えさえすればよいのです。今から皆さんは、これまで真の父母様から代価なく受け取ったものを、世の中に回してあげなければなりません。皆さんも新たに決心し、二世たちも責任を果たさなければなりません。

29 オーストラリアに来る前、イスラエルと中東地域を経由してきました。平和大使たちが先頭に立って、天宙平和連合祖国郷土還元大会を成功裏に終えました。良い成果を収めてそこをあとにしたのですが、しばらくしてから戦争が起きました。そのことを考えると平和大使たちが目に浮かび、心が痛みました。

世界的なすべての問題を解決し、宗教と人種と文化の壁を越えようとすれば、真の父母を迎える道しかありません。それを啓蒙し、知らせてあげる人が祝福家庭の皆さんです。皆さんも中東の事態に対して、責任を感じなければなりません。皆さんが暮らしている地域や国で、真の父母様を広く知らせるべき責任があるというのです。私たちがこのように、真の父母様を中心として幸福と希望を論じ、平和を論じながら生きているこの時代に、そのようなことを全く知らずに死んでいく人類がいることを考えてみてくたさい。皆さんが責任感をもって、彼らをみ旨の前に立てるために先頭に立たなければなりません。

30 韓国の農村では、啓蒙活動をしながらセマウル運動が始まりました。皆さんは、お父様を中心として草創期に韓国教会が発展できたことに、関心をもたなければなりません。この国、ソロモン諸島は、韓国から見れば、いまだ草創期と変わりません。真のお父様を中心として、神霊と真理によって礼拝を捧げていた時期を手本として、復興の炎が燃え上がるようにしなければなりません。

そして、今日、物質文明時代の弊害のうちの一つが、自然を破壊し、公害を起こしているということです。皆さんの国は、天が下さった天恵の美しさをよく育み、整えなければなりません。自然保護運動に、さらに積極的に乗り出さなければなりません。ですから、皆さんは真の父母様のみ言を中心に、国民に対して精神運動を展開していかなければならないでしょう。

31 パラオが大きな国々と競争して、同じ隊列に立つためには、原理のみ言を伝えなければなりません。

神様が創造される時のその心情と、真の父母様が、堕落した人類を復帰するためにこの地に来られ、勝利的基台を築かれたその事情多き内容を、皆さんは詳しく知らないでしょう。それを知れば、皆さんはこのみ言を愛さざるを得ず、このみ言の中心である真の父母様を愛さざるを得ません。そのように愛する心で、皆さんの国であるパラオを愛さなければなりません。

皆さんに反対するキリスト教徒たちは、心からこの国を愛する人ではありません。皆さんはこれから、このみ言を中心として真の愛を実践することにより、パラオが神様の愛する国になれるよう、先頭に立つようにお願いします。

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第八篇 第四章 環太平洋文明圏時代と韓半島

第八篇 第四章

環太平洋文明圏時代と韓半島

第一節 環太平洋文明圏時代の到来と韓半島

環太平洋文明圏の背景

真の父母様は、韓半島を中心とした環太平洋文明圏時代が到来することをいち早く宣言された。東洋と西洋の文明が韓半島で結実することにより、世界平和が定着できると見通されたのである。そして、「環太平洋圏の国家が復帰摂理の完成と完結のために、先駆的使命を果たさなければならない」と語られた。

1 人類歴史の発展過程を調べてみれば、人類最初の文明のうちの一つであるエジプト文明は、ナイル川を中心として形成された河川文明でした。すなわち、エジプト文明は、ナイル川を母体として発祥した文明だというのです。

そのエジプト文明は、どのようにして発展したのでしょうか。エジプト人たちは、「川の向こう側には何があるのだろうか」と関心をもっていました。いつも、川の向こう側に行ってみたいと願っていたのですが、そのような思いが、エジプト文明を発展させる精神的な背景になったのです。

河川文明時代が過ぎ去ったあと、地中海文明が形づくられました。彼岸を眺める切実な思い、希望の心情が動機となって、人類社会が発展してきました。彼岸に向かう切実な心情が、文明の革命を起こしたというのです。

2 文明は、河川文明から地中海文明に、その次は大西洋文明に、その次は太平洋文明に、その次は宇宙時代文明の順に発展するのです。大西洋文明時代は、白人たちが島嶼を中心として、足場を定めた文明時代です。

地中海文明は、ローマ封建時代の文明です。インドやエジブト、シリアは、昔の古代文明国家です。インダス川やナイル川、黄河を中心とした古代文明は、すべて河川文化でした。今は太平洋文明圏時代です。そして、宇宙時代と連結されています。

3 本来、キリスト教は東洋の宗教です。しかし、イエス様が亡くなったのちに、西欧を中心として発展したので、「西欧のキリスト教」という言葉が出てくるようになりました。逆さまに回ってくるのです。ローマを経て、イギリスを経て、アメリカ大陸を経由し、今や極東まで一周回ったのです。蕩減復帰は、歴史的環境と似た環境をつくって蕩減するのが原理です。そうだとすれば、「復帰歴史の中で蕩減しようとすれば、主はイスラエル民族のところに来なければならないのではないか」と考えるかもしれませんが、それはできません。

そのような観点で、必ず西欧文明と連結され得るアジアのある国、アメリカとやり取りができて関係をもち得る国、長い歴史をもった単一民族の国が必要だというのです。ですから、島国を経て逆さまに回っていくのです。

島国として、イギリスに相当する国が日本であり、イタリアに相当する国が韓国です。それゆえ、韓国は、霊肉を中心として、西洋文明と東洋文明を連結できる一つの見張り台になるのです。半島は、海と陸地が接し得る良い条件を備えているので、これは必ず文化の交流地になります。ギリシャやイタリアも半島であり、スペインやポルトガルも、半島を中心として連結されるのです。文化の移動は、半島を通して行われるというのです。

4 イエス様が体を失ったので、その本舞台の基台がなくなり、アジアの基盤を失ってしまいました。ですから、反対方向に進むのです。ローマに反対に引っ張られてしまったのです。アジアから西洋に行き、西洋から逆さまに回っていくので、蕩減の道に一致して血を流し、犠牲になりながら歩んだのです。そのようにして、ローマを中心としてイギリスとアメリカを経て、再び太平洋文明圏に一周して戻ってくるのです。

なぜかというと、イエス様の体を世界的に失ってしまった所がアジアだからです。ここで霊と肉が分かれてしまいました。ですから、西洋文明、すなわち物質文明が逆さまにずっと巡って、アジアに連結されるのです。

5 太平洋には黒潮という潮の流れが、四千マイルを中心として周期的に巡っています。太平洋に、このような主流があるのです。天運も同じです。太平洋に黒潮のような主流があるのと同じように、この人間世界にも黒潮のような思想的流れが存在し、全人類がその思想的主流に従って理想世界に進んでいける世界にならなければなりません。

このように見るとき、現世では、民主世界の中のアメリカを中心とした流れも黒潮になることができず、共産世界の中のソ連を中心とした流れも黒潮になることはできません。それは、人間による主義、思想の結果によってできているからです。

それでは、のちのち残って、黒潮のような主流になり得るものとは何でしょうか。すべての思想的世界を超越し、新しい宗教や思想を束ねて、大洋の中の黒潮のような役割を果たす運動になるのは何かというのです。それは、神様を中心とした新しい思想的運動、新しい思想的体系、新しい思想を中心とした歴史の出発になるのではないかというのです。

その新しい思想がこの地に暮らす全人類を幸福の大洋、理想世界に導くのです。アフリカやインド洋の波だからといって、太平洋に来ることができないということはありません。すべて混ざるのです。そうして、一つになるのです。

6 半島は、男性の生殖器と同じです。ですから、文明は半島から始まるのです。生命の理想的な起源は半島で設定されるというのが調和の原則です。進行法度の順理(道理にかなった)的過程を備えた中間に置かれているので、半島を中心として文化が発達したのです。ギリシャ半島やイベリア半島のように、そのすべての理想的基準が地中海を中心として形成されました。

男性と女性が一つになる愛が作動できる母体型がイタリア半島です。ですから、イタリア半島の文明圏は、歴史を支配するのです。イタリアの気質が陰陽の調和になっているので、そのような立場になっています。太平洋を中心としてそのような立地的立場にあるのは、韓国しかありません。日本がぴったりと包んでいます。

太平洋を中心として、愛の波動がこの大洋を動かし、大陸を動かし、天下を動かし得る調和の文化世界を創建できる所は、アジアにおいてイタリア半島に相当する韓国しかありません。すべてのものが象徴的になっているのです。

7 地中海は、女性の子宮と同じです。女性の子宮の一番深い場所、それがイスラエルの国です。ここで主が生まれました。生命の根源が出てきた、ここで問題になるのです。それが世界的版図を形成して、半島を中心に地中海を経て、大西洋と太平洋を経由し、そのような半島文化圏を中心として、世界統合が実現されなければなりません。本来は、イタリアを中心として統一されなければなりません。

ところが、イタリアがなぜ統一を成し遂げられなかったのでしょうか。ローマにおいてキリスト教文明を中心として教皇庁を造り、全世界を支配したのは、ローマのためではありません。それが分かりませんでした。ローマを犠牲にしてでも、中世の時代に全世界を統治できるように愛で抱いていたならば、その時に統一が成し遂げられていたでしょう。それができなかったので、その使命がイギリスに移っていきました。半島から島国に流れていったのです。

イベリア半島のスペインを中心として、海洋圏占領運動が十六世紀の初頭から始まり、海上路開発を中心として、イギリスと競いました。キリスト教思想を受け継ぎ、イギリスを中心としてローマ教皇庁に反対したのが聖公会です。そのような歴史的事実が、すべて道理に合うのです。

イギリスを中心として、そこで生まれた息子のような宗教が清教徒ですが、彼らが追い出されました。そのように追い出された新教がアベルの立場です。次子の側のこの清教徒が、新教文化圏を受け継ぐことができる新しい大陸に来て、新教の独立国を建てたのですが、その国が今のアメリカです。

太平洋文明圏時代の到来

人類文明史は、ギリシャとイタリアを中心とした地中海文明圏から、イギリスとアメリカを中心とした大西洋を経て、世界人口の過半数を占める太平洋文明圏に結実している。特に、韓半島は、環太平洋文明圏域において、過去のイエス様の時代における、イタリア半島のローマのような位置に置かれているため、大陸文明と海洋文明、東洋・西洋文明、精神文明と物質文明が出会い、大統一和合を成し遂げなければならない所である。また、太平洋沿岸と連結された国家は、六十数ヵ国に及ぶ。真の父母様は、「海が生命を懐胎し、養育するように、これらの国家が母の役割を果たすことによって、世界平和の実現に寄与しなければならない」と語られ、一九九六年六月十六日、日本の東京で「世界平和島嶼国家連合」を創設されるなど、島嶼国家連合運動にも多くの関心を傾けられた。

8 世界情勢を見れば、今の時代は太平洋時代に差し掛かってます。河川文化圏から地中海文化圏、そして、大西洋文化圏から太平洋文化圏時代に移動してきているのです。大西洋文化圏時代から太平洋文化圏時代に移動してくるのですが、ここで「主役をしよう」と言って出てきているのが、ロシアとアメリカです。

しかし、これから世界を指導するためには、アジア人を消化しなければなりません。それができなければ、世界を指導できないのです。アジアの人口が、世界の人口のうちで五分の三を超えます。ですから、アジア人を消化できない主義は、世界をリードできません。

9 太平洋文化圏を中心として、西洋文明と東洋文明がシルム(朝鮮相撲)をし、西洋文明が東洋文明の下に入ります。今、そのようなシルムをしているのです。東洋の文明は愛の宗教と愛の真理をもっています。ですから、神様は父母様を送って、人類を抱き得る新しい天の世界をつくるための、神様の真の愛を中心として天の懐に抱くための運動を行うのです。

10 物質文明を発展させたのは西洋人たちです。西洋世界は、知識を通して版図を拡張したのです。しかし、東洋では反対に、物質に背を向けました。ですから、精神的基準と物質的基準が一体化するとき、統一が起きるようになります。物質文明がアジアを訪ねてくるのです。太平洋圏で西欧文明とアジア文明が連合し、新しい世界に越えていく文明時代が訪れます。それが太平洋文明圏時代です。

11 アジア文明は男性文明であり、西欧文明は女性文明です。宗教はアジアから出てきました。ですから、西欧文明はアジアを訪ねてくるようになっています。なぜ西欧文明が相対文明であり、アジア文明が主体文明なのでしょうか。

主流の宗教は、アジアから始まりました。神様が先に造ったアダムが主体であり、あとに出てきたエバが対象で相対的なので、アダム圏を中心としたアジア文明圏が、代表文明圏だというのです。イエス様がメシヤとして来た所もアジアです。イエス様の失ってしまった体を再び取り戻し、霊的勝利圏と連結させるためには、キリスト教文明を中心として、新しい体の版図であるアジアを統一しなければならない立場にあります。ですから、太平洋文明圏時代が訪れるのです。

12 摂理の基盤を中心として、文明は次第に世界を一周し、アメリカ大陸から太平洋文明圏時代に渡ってきました。言い換えれば、地中海文明圏から大西洋文明圏を中心としたイギリスに、その次にアメリカ文明圏から太平洋文明圏を中心として一周して、イギリスに相当する立場にある日本に渡ってきたのです。

日本が近代文明を中心として百二十年以上の間、歴史的な発展をしたのは、日本民族が優れているからだけではありません。神様の摂理がアジアで花咲かなければならないみ旨があるので、日本が発展したのです。イギリスのような島国が相対的な立場で発展しなければならないので、日本が西欧文明を引き継ぐ中間の役割を果たしたのです。ですから、日本文化はイギリスと同じです。

二つの国は、自動車も左側通行です。すべてのことにおいてイギリスの文明をそのまま引き継ぎました。ヨーロッパを回り、アメリカを回って入ってくる現代文明圏を一〇〇パーセント吸収できる基盤を築いたのです。それは、アメリカを中心とした文明圏を代行する立場に立って、アジアに連結させるための神様のみ旨です。神様が文明を発展させたのは、一つの理想世界を必ずや実現するためでした。ですから、ヨーロッパ文明は、必ずアジア文明と手を結ばなければならないというのです。

13 混乱と絶望と塗炭の苦しみの中で地獄に墜落しなければならない悲惨な運命が人類の前にあるとすれば、神様はどのような道を築いてこられるのでしょうか。統一の道だというのです。その統一は、天の側の文化圏の結成を通して実現されます。このように見るときヨーロッパの統一圏や南北米の統一圏は、キリスト教文明圏から形成されるのです。

今やキリスト教文明を統一的内容として消化し、ヨーロッパを一つに和合させ、南北米を和合させなければなりません。そのようにすることができるのは、キリスト教文化圏しかありません。そのような中で、この西欧のキリスト教文化圏がアジアに越えてくるのです。

それでは、神様がキリスト教思想を統一的な方案として、キリスト教思想を通してこの世界を収拾してくるとすれば、アジアはそれをどこで迎えるのでしょうか。日本は様々な神に仕え、中国とロシアは共産化され、たった一つ残っている韓国がキリスト教という垣根の圏内にあります。言い換えれば、太平洋文明圏時代が目前に迫ってくる環境を直視しながら、アジアで民族を挙げてキリスト教文化の背景を備え、受容態勢を準備した国があるとすれば、その国は日本でもなく、中国でもなく、ロシアでもなく、韓国しかないというのです。

14 アジア大陸とアフリカ大陸は一人の人間と同じであり、南北米大陸が一人の人間と同じです。アジア大陸が主体です。ここからすべて分かれていったのです。南北米は、アジアの地から分かれていったのです。(これを)一つにしなければなりません。

ハワイを中心として、アメリカと日本の間にある太平洋で一つにするのです。ですから、お父様が、お母様を通してアメリカを吸収させる業を行うのです。太平洋で一つになれば、西洋に傾いていたアメリカが、お母様を通してアジアと一つになります。

イエス様は、東洋で体を失ってしまいましたが、父母が一つになることによって、西洋文明が太平洋文明圏時代を経て、アジアに戻ってきて初めて一体になるのです。失った体がそこで一体になります。母子協助時代を通過し、父子協助時代の基準を中心として、環太平洋時代が来るのです。

15 東西文明が交流できる時代圏を迎えて、アジア文明を中心として西欧文明を消化できる文化圏を形成することにより、西欧文明とアジア文明が交流できるようにしなければなりません。東洋と西洋の文明の一つが男性であれば、もう一つは女性です。また、一つは精神文化圏であり、一つは物質文化圏です。

二つの文化が一つになってこそ、世界的な新しい統一文化圏時代が訪れるので、そこに拍子を合わせて生活を営むためには、内外の民族同士が一つにならなければなりません。物質文明を代表する西欧文明と、精神文明を代表するアジア文明が、互いに一つにならなければならないというのです。一つになりなさいというその命令は、私がします。実際にそのような世界文明圏をつくってみようというのが、統一教会が今まで活動してきた方向です。

16 アジアの宗教文化圏を中心として統合した所は、韓国しかありません。イエス様が亡くなっていなければ、ユダヤの国を中心として、インドと中国の文化を統一したはずです。インド文明を代表して韓国に連結されたのが仏教であり、その次に中国文化を代表するのが、結局は儒教です。その次に西欧文化を代表するのがキリスト教です。

キリスト教がローマに行って、ローマの国力を中心として勝利することにより、これが韓国で世界的な宗教として実を結び得る代表的基準を備えたので、韓国がユダヤ民族を越え、神様の祝福の基地にならざるを得ないというのです。インドから出てきた仏教が韓国に植えられ、中国の儒教が韓国に植えられ、キリスト教が韓国に植えられることによって、イエス様の時に成し遂げようとした文化の統一が、ここで実現されるようになるのです。

ローマ教皇庁を中心として西欧社会の統一世界をつくったのですが、すべて壊してしまいました。ですから、西欧世界の統一とともに、アジアまで統一できなかったというのです。それゆえ、そのローマの教皇庁のような新しい統一教会の教皇庁を中心として、西欧とアジアを連結する統一文化圏が形成されなければなりません。半島を中心として、新しい世界的文化圏が出てこなければならないというのです。

17 アダムとエバが堕落することにより、数億年の歴史過程という、長い期間を通して蕩減してきました。血肉を流しながら蕩減してきたのです。

今日、お父様が理論的な歴史の背後を隅々まですべて明らかにし、裂かれたものは縫い、穴の開いたものは継ぎ合わせて、堕落していない本然的姿を備えて越えなければなりません。ですから、神様を中心としてアダム、エバ、三天使長を復帰しなければなりません。それが韓国に来て実を結ぶのです。

韓国と日本を中心として、イタリアとイギリスが半島と島で誤ったことを蕩減復帰しなければなりません。ローマ教皇庁を中心として、半島文明が世界を支配したことを蕩減するために、新たにアメリカを中心としてつなぎ合わせてきたのです。

イエス様がアジアで亡くなったので、イエス様の体を取り戻して、万国解放とともに地上天国理念のラッパの音を、このアジア地域で響かせなければならないのです。そのようにしようとするので宗教圏が問題になっています。大部分の宗教圏(の発祥地)が、アジアにあります。イスラーム圏と仏教圏、儒教圏、キリスト教文化圏がアジアにあります。大部分の宗教の発祥地がアジア地域です。ですから、来られる主は、アジア統一のために宗教圏の統一を急がなければなりません。

18 太平洋文明圏の主役は、アメリカでもなく、日本でもありません。国連を導くことにより、太平洋文明を完成すれば、イエス様を中心として、分かれていた霊界と肉界が、初めて一つになるのです。ですから、ローマ(イタリア半島)に代わる韓国を中心として、日本とアメリカが一つにならなければなりません。半島国家の韓国を中心として、島嶼国家と大陸国家が一つにならなければならないというのです。島嶼国家と大陸国家を東洋で探し出してきて、再び合わせるのです。

韓国と日本とアメリカを中心として、イエス様の体を失った太平洋、アジア地域に戻ってきて、霊界と肉界が分かれて争っていた世界を合わせることによって、初めて統一世界の基準が成し遂げられるというのです。ですから、ここから海洋圏還元、陸地圏還元、創造理想圏還元、第四次アダム圏出現が展開します。

その基盤ができるためには、ハワイを中心として南米と北米が一つになり、またアジアとアフリカが一つにならなければなりません。これは双子の体です。双子になったその基準で、分かれていた西洋と東洋、天と地が、すべて海から結合しなければなりません。アダムとエバが海のような腹中から生まれ始めたので、ハワイを中心として、新しい海洋に結合するのです。

19 環太平洋文明圏時代を発表したので、今や環天宙平和文明圏の王権時代を発表しなければなりません。「環天宙平和文明圏王国時代」、そして、天一国です。大宇宙を中心として連結させる還元の道路が現れるのです。そうして、「環天一国平和文明圏帝国時代」です。国連に加入した多くの国がありますが、今や一つの国になるのです。

「環天一国平和文明圏、私の国時代」です。「私の国」を求めるのです。今から「環天宙平和文明圏王国時代」だというのです。天一国というのは、二人が一つになった国です。東西が一つになり、南北が一つになるのです。「天一国平和文明圏、私の国時代」です。それにより、神様解放、天上世界解放、地上世界解放、万宇宙解放、平和の王国時代になるのです。

ですから、真の父母の名によって、「天宙平和文明圏王国時代」と「天一国平和文明圏、私の国時代」を発表するのです。天地を抱き、世界の海を抱いて、すべてのものを根こそぎ天のみ前に捧げなければなりません。自分の国と自分の世界を捧げ、天地を捧げて、一つの存在になることを決心して生きなければなりません。

20 ハワイで行った宣布が「環天宙平和文明圏王国時代」であり、ハワイで行った大会のみ言の題目が「神様のみ旨から見た環太平洋時代の史観」です。副題は「アメリカを中心とする国連と自由世界の方向」です。太平洋の海の世界と陸地の世界が一つになっていないので、一つにするために環太平洋文明圏時代の大会を行ったのです。それは、陸地を捨てるのではありません。

太平洋に摂理的基盤を築いたので、それを陸地にもっていって植えなければなりません。それが今回の二〇〇七年四月三日から行う大会であり、題名は、「天宙平和神文明圏開闢宣布」です。文化が出発するとき、海から出発して半島に行き、陸地に上がってきたので、その過程を経るのです。

半島国家であれば半島で太平洋の海を抱かなければならず、半島を中心として大陸を抱かなければなりません。その位置に立ったのです。

21 太平洋文化圏時代になったのですが、太平洋にある国々を中心として、背負っていかなければなりません。

この国々をすべて束ねるために、済州島でワールドカップ釣り大会をしました。その国々を連結させるためです。国連が管理できる体制をつくろうと、そのようなことをしているのです。ですから、趣味産業や、このようなすべてのものを、国連の部署に入れようと思います。

そのようにしようとすれば、難しい問題が一つや二つではありません。国連の安全保障理事会や経済社会理事会の幹部たちを中心として築かれた世界基盤を私たちが消化するための方法は、教育をすることです。

韓国が北朝鮮を消化するためには、教育をしなければなりません。神様をはっきりと知らせてあげ、霊界をはっきりと知らせてあげ、血統が変わらなければならないことをはっきりと知らせてあげなければなりません。知ることによって、すべての問題が解決します。

そのような意味で、太平洋文化圏にある発展途上国を含む五十二ヵ国が、「世界平和島嶼国家連合」に入っています。この国々を束ね、一つの国家体制を中心として、国連に連結させなければなりません。

22 世界で最も複雑なのが島嶼国家です。島嶼国家は太平洋の中にあるので、強大国がどこに行くにしても一隻の軍艦さえ向かわせれば、完全に占領して戦場になります。ですから、小さな国々が力を合わせて一つにならなければならないのです。

そのように一つになるためには、生活と文化的伝統、言葉や文字が同じでなければなりません。

23 一九九六年七月一日から、島嶼国家の代表者、その国を動かし得る重要な人物を十人ずつ日本に連れていき、二週間教育することになっています。この人々が自分の国の中心となり、その国の大統領や総理を中心として、放送を通して教育できる運動を行うために準備しているのです。

ここに参加する国は四十ヵ国です。重要な国々です。ですから、その人々を中心として、その国家の放送局と大統領、閣僚たちをすべて教育しようというのです。これは、夢ではありません。その人々は、私がもっている科学技術と実力を羨ましいと思っています。その背景を中心として、日本やイギリスのような島嶼国家の発展した経済力を投入し、助けてあげるのです。

24 太平洋の島嶼国家を解放する準備をしています。ハワイを中心として、日本とアメリカ政府の協助を受けて、大学のような教育機関をつくるための準備をしているのです。一連の連帯的関係を中心に、自由解放圏としてどこの誰でも、超国家的な面でいくらでも世界に飛躍できる基盤をつくるのです。そのような父母様のみ旨の足場ができつつあります。

25 海は無尽蔵な資源の宝庫です。海はお金持ちだというのです。海以上のお金持ちはいません。アメリカにある金銀財宝が問題ではありません。途方もない資源が海に埋蔵されています。神様が、その海を人間に譲ろうとして造ったというのです。太平洋のその深い海には、何かないものがあるでしょうか。

私たちは太平洋を定着地として定め、早く島嶼国家に学校を造ろうと急がせています。そうして、約六十ヵ国の島嶼国家から連れてくれば、島嶼国家の統一国家をつくることができます。そこに日本やアメリカのような国さえ同参(一緒に参加すること)するようになれば、世界島嶼国家連邦制をつくることができるのです。

昔の植民地国家は、奴隷概念から抜け出せなかったのですが、兄弟概念をもてば、イギリス連邦のようなものをつくり、「五大洋六大州に太陽の沈む日がない」と言える統一天下をつくって余りあるのです。

26 私が行く道は、蕩減するための道です。蕩減の道です。神様のゆえに行くのです。ですから、南米に行ってもどこに行っても、神様が責任をもたなければなりません。最近は、ハワイを中心として島嶼国家を束ねるのです。自分のために行くのではなく、蕩減するために行きます。死を覚悟して行くのです。私は、誰かに私の行く道を相談する必要がありません。私は、私なりに、行く道をすべて整えておいて進む人間です。

第二節 国際平和高速道路と日韓・ベーリング海峡海底トンネル

国際平和高速道路と日韓海庭トンネルの提案

真の父母様は、一九八一年十一月十日、ソウルで開かれた第十回「科学の統一に関する国際会議」において、国際平和高速道路の建設を提唱された。国際平和高速道路は、中央分離帯を中心にそれぞれ四車線で建設し、高速道路の両側面に沿って幅一キロを国際中立区域に定め、国境を超越する地域にしようという構想である。そして、インターチェンジに出入国管理事務所を置き、ノービザ出入国制度を導入して、武器を載せた車両の通行を禁止し、軍隊の移動を制限して、正に平和の公道となるようにしようという提案であった。そして、国際平和高速道路建設の一環として、日韓海底トンネルに関する構想も発表された。真の父母様は、日韓トンネルが建設される場合、日本の東京からイギリスのロンドンまで自動車や高速列車で走ることができ、これを通して世界平和が早まるものと予見された。これを具体化するため、一九八二年四月に、日本で国際ハイウェイ建設事業団が設立され、一九八三年七月には、日本の九州にある佐賀県の唐津と壱岐、対馬の陸上部と海域部の調査を開始し、一九八六年十月には、佐賀県鎮西町の名護屋から、日韓海底トンネルの掘削工事を開始した。

1 私たちは、長く続いた苦しみの世紀を締めくくり、迫りくる二十一世紀を迎えるに際して、本当の新しい文化を創造するためには、争奪と反目一辺倒の自国の利益ばかりを追求することから脱皮し、汎世界的次元の新しい価値観を確立することが、切実に求められる時点に到達したと考えます。合わせて、すべての隣国の幸福と平和なくして、自国だけの本当の平和が維持され得るのかと反省してみるとき、国籍を超越した人類愛のない世界平和というのは、考えられないのです。

このような観点から、既存の社会構造および経済構造に対しても、新しい学説が確立されなければならない時期も、正に今、この時代だと思うのです。さらに、新しい国際経済機構を創設して、過ぎし日の莫大な経済的浪費と損失を防ぎ、また全世界の国土利用計画を「世界と人類」という次元で新たに推進することによって、全人類に平和と幸福を共に享受できる権利を付与しなければならないのです。そうして、理想世界が到来し、永久平和が実現され、人間は誰もが幸せで豊かな生活を享受できるようにしなければなりません。

私はこの場で、「人類は一つの家族であり兄弟」という大命題のもと、このような理想を実践に移す一環として、東西諸国を連結する国際平和高速道路の建設を提案するものです。

2 日本と韓国と中国大陸を経て、南アジア、中東、ヨーロッパを経由し、ロシアまで連結するもの(ルート)を一次案として出発し、全世界の国家と国家の間の陸地と海底を一直線に貫通させます。そして、国際高速道路の中央部には、ニューマチック・チューブ・システムを設置して貨物輸送を担当させ、大都市では空港も兼ねる一方、インターチェンジの一端には出入国管理事務所を置き、ノービザで簡単かつ迅速な出入国制度を実施するようにするのです。国際高速道路の左右両側には、それぞれ一キロメートル以上の中立緩衝地帯を設置し、国境を超越した地域に設定して、超高速乗用車および観光バス利用者のための休養地を造成することにより、「超高速化」で一つの世界を束ねる地上天国案を提唱するものです。

このような試案は、今後の理想世界を一日でも早く短縮させて実現しようとする具体的方案の一部であり、これを通して科学者たちもまた、全人類の幸福と世界の平和のために貢献させることによって、世界を一日生活圏に束ね、新しい文化世界を創建するところに、その意義と目的があります。

3 世界情勢から見て、アジアで中国が問題ですが、この中国をどのように引き入れるかというのです。ここに、アジアで韓国がいかに生き残れるようにするかという重要な内容があります。

ですから、私は一九八一年の第十回「科学の統一に関する国際会議」を通して、国際高速道路の建設をあらかじめ宣布したのです。そして、すぐに日韓トンネル掘削のための準備をしてきました。今やあと一年だけあれば、このすべての設計が終わり、北朝鮮や中国に行くことができる世界高速道路(の建設)に着工するのですが、ここで日本が先頭に立つならば、アジアを連結させ得る新しい道が生じると考えるのです。

4 お父様は、一九八一年に国際平和高速道路の建設を提案しました。すべての国家の為政者たち、その次に教育責任者たち、そして、行政の責任者たちに数十年前に発表したことは、学界で有名な事実です。お父様が「日韓海底トンネルを中心として世界にまたとない高速道路を造る」と言ったのですが、ドーバー海峡の海底トンネルにも、私が影響を与えたとみなすことができます。

それで、そのトンネルの出口に近い所に土地も買いました。お父様が買っておいた土地が、ドーバー海峡の海底トンネルを掘るときに、基地になったのです。日本も、今まで掘削作業をしてきて中断していますが、これまで約十年間、私たちがお金を出して穴を掘りました。ですから、日本政府はそれを無視することができず、韓国政府も無視できないのです。

一つの世界、一つの文化圏を築くための神様のみ旨の中で、神様が統治する世界が実現されなければならないとすれば、この国際高速道路の理想は、避けられない計画です。必ずそのような時が来るというのです。ですから、世界平和のために国境を撒廃しなければなりません。そうして、各国が交流できる道が生じることによって、平和を中心としてバランスを取ることができるようになり、そこで縱的理想を立てて、世界を動かすことができるようになるのです。

5 日本人はトンネルを上手に掘ります。ドーバー海峡の海底トンネルを、日本人たちが通しました。日本の四つの島を連結し、また、ドーバー海峡の海底トンネルも通したのです。

今は韓国人がトンネルを一番速く掘ります。韓国人がそれほど上手に掘るとは知りませんでした。どの国よりも、韓国人ほど熱心に取り組む人はいません。韓国人たちが、中東の建設をすべてしたのです。中東で橋を架け、トンネルを掘り、ビルを造ったというのです。ですから、技術面で日本に負けません。

6 日韓トンネルを造っておけば、西洋や東洋から物資が日本を通して入ってきて、韓半島を経て大陸に運搬することができます。ロシア北部に行き、その次に中国の南部に行き、中国の真ん中を通って、中東とロンドンまで行くのです。その莫大な輸送物がすべて、韓国を通して運ばれるのです。

経済的な側面で、今の版図を数倍広げて、日本を越えてアメリカまで、アメリカを越えてヨーロッパまで連結されることによって、第二次世界大戦当時のイギリスとアメリカとフランス、日本とドイツとイタリアの六ヵ国を中心として、世界経済を動かすことができます。韓半島を中心に、世界最高の先進国の貨物とともに人が往来するようになるのです。

ですから、物と人が往来する過程で、すべての輸送路と交通路の中で、世界にまたとない便利な駅を開発し、発展させておけば、韓国の地はそれこそ、世界的な交通基地になるのです。

7 太平洋を船で通過していくより、汽車で何百もの車両をつなげて運転していくことができるように、アメリカから出発してカナダを通り、アラスカのアンカレッジを通過してロシア大陸に連結する鉄橋を架けなければなりません。そのように大陸を連結する鉄橋を架けて、汽車でどこにでも行けるようにするのです。

そのようなことを考えれば、日韓海峡は問題ではありません。その短い距離しかないそこにトンネルを掘ることは、朝飯前のような時代に入っています。近いうちに、海底トンネルが通ることになるでしょう。先端機械をもってすれば、それはそれほど難しいことではありません。

8 新義州(シニヂュ)を経て、中国の丹東(たんとう)を経て、北京を通り、ミャンマーに通ずる国際平和高速道路を造ることを構想し、その提案書を全世界の大統領たちに送るように言いました。中国を何としてでも引っ張り出さなければなりません。それは私がします。その時に発表した内容がそのようなものです。

満州には、韓民族が三百万人近く暮らしています。日本の同胞、アメリカの同胞、ドイツの同胞たちを私が糾合し、それをしようというのです。技術を動員させる能力があります。ですから、ドイツのすべての最高技術を結合させて、中国を後援しようというのです。

9 韓国の地政学的な位置を見れば、不思議です。どの国でも、アジア諸国に対して防御線をつくるためには、韓半島がなければならないのです。島国は既に、防御圏内に入ってきています。これは、陸地と連結されなければ、大きな問題になります。海上で運送するというのは困難なことです。ですから、陸地と連結できる最も近い所に韓半島があるので、中国やロシア、アジア諸国のすべての問題を収拾し、日本が物資を輸入するためには、この韓半島と連結できる橋がなければなりません。韓半島は大陸に通じ、太平洋につながる所です。アジア諸国で生産される品物を、近距離にある国々に普及できる十分な施設を備えています。ですから、中国やロシアが資源を海上で送るのは不便なので、韓半島を通して日本に送るようになるのです。そして、日本は外国と輸出入をたくさんするので、韓半島を経由して大陸に物資を移動させるのが便利だというのです。ですから、韓半島と日本の間にトンネルさえ通れば、簡単に陸地と連結されます。そうすれば、ロシアまでも連結できるのです。

ベーリング海峡海底トンネルと平和世界のビジョン

二〇〇五年六月二十五日から二十八日まで行われた、アメリカ四ヵ都市の巡回講演において、真の父母様は、北米大陸とロシア大陸を隔てているベーリング海峡の八十五キロ区間に海底トンネルを建設することにより、国境と人種、宗教、理念などの壁を超越した地球村一家族の平和世界を実現することを提案された。そして、これを具体化するため、二〇〇八年一月十八日、「財団法人・世界平和トンネル財団」を設立されるなど、積極的な支援に乗り出された。ベーリング海峡は、アメリカとロシアの二つの強大国が鋭く対立し、一時は民主と共産の両陣営を隔てた理念の壁でもあった。そのような点で両地域を連結することには、大きな象徴的意味がある。真の父母様はこれについて、「世界を一日生活圏にし、人種、宗教、文化、国家の壁を崩して、神様が願ってこられた世界平和をこの地球星に創建すること」と説明された。そして、特に国境は、人間の利己的な欲望ゆえにつくられたものなので、世界平和は国境を撤廃するときにのみ訪れることを強調されたのである。

10 父母様がアメリカで発表したのが、ベーリング海峡の国境線撤廃です。それが有名な事件になりました。これは万国が願うことです。国際平和高速道路を八車線で造り、世界平和の緩衝地帯を設定するのです。そのようにして、一日生活圏内に入ろうというのです。また、今後、飛行機で七時間あれば、地球を一周できる時代に入るようになります。そのような文化を主導し、準備しているのです。それで、皆さんは、世界のためにすべてのものを投資しなければなりません。

11 アメリカのアラスカとロシアの国境になっているベーリング海峡に、日付変更線が通っています。その境界線をなくし、二つの群れに分かれた地球星を一つにすることを決心して、アメリカでベーリング海峡に橋梁や海底トンネルを建設することを発表しました。これは、ロシアとアメリカだけの仕事ではありません。全世界の仕事であり、天地の仕事です。

12 もどかしいことに、いまだ神の国、神様の地がありません。ですから、現在のような国もあってはいけません。

国をなくそうとすれば、国境がなくならなければなりません。境界線がなくならなければならないというのです。それをなくそうと思うので、ベーリング海峡に平和の王の道路とトンネルを開通させようというのです。

国境をなくさなければなりません。今後、平和を愛する人々は、家を捨てて巡回しながらこの地で暮らすのです。百二十マイル圏内に緩衝地帯をつくって、そこで暮らすことができます。国境がなくなるとき、神の国ができるのです。

13 ベーリング海峡に橋梁を架けたり、トンネルを通したりして北米とロシア大陸を連結し、善なる目的で使用される物だけが行き交う道にしなければなりません。闘争と戦争の物資を移動させてはいけないのです。

神様の祖国の境界線を中心としてサタンを追い出し、神様の息子、娘たちが精誠を尽くして、これを建設しなければなりません。

神様の祖国光復のために、誰彼を問わず、しなければなません。兄ができなければ弟がしなければならず、弟ができなければ兄がしなければなりません。父ができなければ息子がしなければならず、息子ができなければ父がしなければなりません。夫ができなければ妻がしなければならず、妻ができなければ夫がしなければならないというのです。

14 世界を一日生活圏にしなければなりません。そのためには、世界各地にピースキング・ブリッジとピースキング・トンネルを造らなければなりません。今までピースキング・ブリッジがなく、ピースキング・トンネルがありませんでした。これは、神の国と神様の故郷を探し出せる最後の橋であり、最後のトンネルです。

15 現在の世界の高速道路は、天の国の高速道路ではなく、サタン世界に属した高速道路です。ですから、ベーリング海峡を中心として、この地球星を包囲し、神の国にしようというのです。百二十マイルを緩衝地帯のようにし、八車線ずつで往来できるようにしておくのです。

そのようになれば、その下にある国々は自動的に、どこでもすべて通ずるようになっています。このような平和の王権を中心とした道路なので、この道路では争いをする武器のような物は運搬できません。軍需物資、戦争物資は通過できないようにするというのです。

16 二〇〇七年一月三日に、十二支派を編成しました。これは、ベーリング海峡を中心として世界的な公路を造るためです。神様が地球星にお出ましになるために必要なので、水と地、海と陸地の境界線を中心として、それを造らなければなりません。その公路は、平和の統一高速道路であって、戦争の統一高速道路ではありません。目を閉じても走れるように、八車線、十六車線で造るのです。このように、八車線と八車線で十六車線にしておけば、どれほど幸福な道路になるでしょうか。

宗教者たちがその公路を造るために、精誠を尽くして準備しなさいというのです。宗教者たちが一つになって、その道路を造ろうというのです。そこに、搾取したお金や、汚れたお金は、持ってきて使ってはいけないというのが、お父様の哲学です。

17 なぜベーリング海峡の問題を解決しなければならないのでしょうか。なぜ東洋と西洋が分かれたのでしょうか。ロシアとアメリカがなぜ分かれたのかというのです。ベーリング海峽がなかったとすれば、ロシアとアメリカが連結されるのです。そして、「統一思想」さえ知れば、自動的に国境がなくなります。問題はそこにあるのです。

水はどこにでも行くことができます。空気にも境界がありません。太陽の光も、隙間さえあればどこにでも入り込んでいくのです。このような生命の三要素である水、空気、太陽の光は、どこにでも流れていきます。どこでも、深い所を訪ねて入っていくのです。また、水は木のてっぺんにも上ります。毛細管を通して上がったり下がったりするのです。そのような要素と同じように、人々は便利に暮らさなければなりません。

一日生活圏をつくろうというのです。自動車に乗ってロンドンを出発し、ヨーロッパでもどこでも行ったり来たりして、行きたい所にはすべて行けるようになれば、どれほど便利でしょうか。今は、国境があるので、ビザの手続きだけでも複雑です。サタンがそのようにしておいたのであって、神様がしたのではありません。大宇宙で理想的な法度を通して動くときは、国境があっても、その国境を越えるのです。大宇宙が一つの宇宙として動くのです。ですから、境界線が問題です。

18 太平洋に柱を立て、土台を築いて橋を架けなければなりません。そのように橋を架けて、思いどおりに太平洋も渡って行き来できるようにしなければなりません。ベーリング海峡を中心としても、思いどおりに往来できるようにしなければなりません。ですから、地球星に国境があってはならず、天地にも国境があってはなりません。

対立しているイスラームとキリスト教、ユダヤ教は、一つの根から分かれたので、これらを再び一つの根として収拾して、神様のみ前に整理し、堕落していない本然の位置に立てなければなりません。ですから、宗教がなく、政治がない、一つの家庭の兄弟の友愛をもって、与え合いながら生きなければならないのです。

19 真の父母は、中東と韓半島、ベーリング海峡の三つの患難地域をすべて解放しなければなりません。ですから、必ずベーリング海峡に海底トンネルを設置しなければならないのです。旧約時代にはアダム圏家庭を築けずに破綻させ、イエス様の時代には国を築けずに破綻させました。

真の父母の時代には、ベーリング海峡を中心として、天地の統一世界を成し遂げなければなりません。そのために、来られる真の父母が責任をもち、三つの地域に向かって平和の旗を掲げ、立ち上がったのです。この歩みがどれほど息の詰まる歩みだったか分かりません。韓国が父母様の代わりに立ち上がるようになれば、祝福を受ける国になることができるのです。

20 本来、神様の理想の実現は、神の国、神様の家庭の上で成し遂げられます。それと同じように、日韓トンネルやべーリング海峡トンネルを私たちが造るのです。そのようなことをするのは、一日生活圏内に入るためです。この巨大な世界が、国境線を中心として複雑な環境と複雑な闘争の歴史を残すことによって、どれほど混乱した環境になるかというのです。

ですから、否が応でも、一つの世界をつくらなければならないというのが、人類の前に最後に残された課題です。そのことを私たちが引き受け、責任を果たさなければなりません。このような天の摂理的総整備の責任を、私たちが果たさなければならないというのです。

21 今後、日韓トンネルとベーリング海峡トンネルを、統一教会を中心として世界の十三の教団が連合して開拓しなければなりません。宗教界が担当して開拓すると発表しなければなりません。私たちは「万王の王神様解放圏戴冠式」を終えました。神様が顕現したのです。

釜山を中心として、南海全体に基盤ができています。島嶼国家を連結できる太平洋を中心としたハワイの基盤、世界の島と半島と大陸を連結できる基盤が、すべてできているというのです。その基盤を通して、私たちはアベル国連も宣布しました。その次は、父母国連を宣布しなければなりません。

万王の王の神様、お一人しかいない王の解放圏戴冠式が終わり、神様が顕現できる時代なので、恐れるものがありません。私たちが躊躇することはないのです。ふたをすべて開けることのできる、天の国の秘密と地の秘密をすべて現し得る基準まで来たので、これを一ヵ所に集めて、世界から注目と関心を集められるのです。経済問題、政治問題、国家と国家の間に絡み合った事情を解かなければなりません。

22 私はいち早く、日韓トンネルとベーリング海峡の開発に着手すると宣布しました。「ワシントン・タイムズ」にもこれに関する記事が出ました。このために今後、宗教者が先頭に立つのです。「ワシントン・タイムズ」が、統一教会の背景を中心として、日韓トンネルを造り、ベーリング海峡に橋梁を架けたりトンネルを掘ったりすることに、莫大な資金を投入することも意に介さないと発表しました。

政治家たちと金持ちたちがこの問題を巡って争っていては、何年かかるか分かりません。それで、宗教者が団結して、このことに責任をもつと発表したのです。

23 ベーリング海峡の「ワールドピース-キング・ブリッジ・アンド・トンネル」は、今後、人類史の和合と統一のための大役事、最も大きな記念碑的事業になるでしょう。人類のために、これをしなければなりません。

お金をたくさんもっている人がお金さえ出せば、技術を誇る人が来て、橋を架けたりトンネルを掘ったりすればよいのです。日本人やアメリカ人が一つになってトンネルを掘った、橋を架けたりしなければなりません。ここに教会と平和大使、NGOも参与しなければなりません。

24 ペーング海峡の道路は、地球星の平和の公的な道路として空中を連結させ、海を連結させ、陸地を連結させなければなりません。飛行機で飛び、船で往来し、車で動くところは、すべて公的な道路になります。特に、平和の王が設定した道路なので、この道路では戦争物資を絶対に通過させることはできません。

この公的な道路は私たちが管理するので、すべての交通手段に対して、軍需物資、戦争物資を載せては、一切往来できないようにするのです。戦争のために準備する世界各国の経費の消耗は、どれほど大きいでしょうか。平和理想を実現するためには、何でもすることができるというのです。

25 ベーリング海峡の開発のために、私は財団をつくって準備しています。そして、日韓トンネルも既に一九八一年に準備をして、工事をしてきているのです。いくらやっても、それを誰かが奪っていくことはできません。

そうなれば、世界が一日生活圏内に入るのです。このようにすることによって、時差を感じなくなり、世界が一つの村落のように志のある人が集まって教育もできサッカーもでき、オリンピック大会もできるのです。

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第九篇 第一章 統一思想と国際学術活動

第九篇 第一章

統一思想と国際学術活動

第九篇 心情文化世界のための言論、教育、芸術活動

神様が理想とされた世界は、心情文化が一つに調和した神中心の共同体である。創造理想は、個性完成、家庭完成、万物主管の三大祝福を成し遂げることであり、その世界はすなわち、神様の心情が人類文化の中に具現された心情文化世界である。真の父母様は、サタン文化圏を一掃し、天の文化圏、真の父母文化圏を再創造するために尽力され、その世界を成し遂げるために様々な活動を展開された。

真の父母様が目指された心情文化世界は、全人類が国境、宗教、人種など、すべての障壁を超越し、真の愛を根幹にして生きていく共生・共栄・共義主義社会である。そのような社会を建設するためには、心情文化世界の基になる思想の確立が優先されなければならないと考えられた真の父母様は、「統一原理」に基づいた「統一思想」を体系化し、その「統一思想」の絶対価値を人類文化に適用するため、様々な学術団体を創設、運営してこられた。

特に、碩学たちを中心に「世界平和教授アカデミー」を創設し、宗教と科学の統一を模索するため、「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」を継続して開催された。この会議は、「絶対価値観による心情文化世界の創建」を主要な議題として扱った。

また、真の父母様は、平和世界を成し遂げるに当たって、尺度と通路の役割を担う言論媒体を創設され、「世界言論人会議」を通して言論人教育にも関心を傾けられた。特に、韓国とアメリカ、日本などの主要摂理国家に総合日刊紙を創刊し、世界的な言論基盤を築かれた。これとともに、世界の人々に対する教育にも心血を注がれ、韓国とアメリカに大学を設立し、愛天、愛人、愛国の精神を基に、若者たちを未来世界の指導者として育ててこられた。そして、韓国には小・中・高等学校も設立するなど、教育に多くの投資をされたのである。

さらに、真の父母様は、心情文化を実体的に花咲かせることのできる、各種の文化芸術団体とスポーツ団体を創設された。「リトル・エンジェルス芸術団」と「ユニバーサル・バレエ団」は、世界中で公演を展開し、国威の宣揚はもちろん、南北文化交流などにも大きく寄与した。また、サッカーチームも創設し、サッカーを通した世界平和の実現に尽力してこられた。このような真の父母様の高貴な足跡は、ひとえに、地球村に自由と平和と統一と幸福の理想世界、心情文化世界を実現するためのものである

第一節 「統一思想研究院」

「統一思想研究院」と「統一思想」

真の父母様は、「心情文化世界を創建するためには思想と価値観の統一が必要である」と語られ、一九七二年八月二十日、「統一思想研究院」を創設された。特に、二十世紀の冷戦時代に際立って対立してきた、唯物論中心の共産主義と唯心論に基づいた自由民主主義の二大思想を批判、克服できる代案思想として「統一思想(頭翼思想)」を提示され、これを深く研究、発展させて、平和世界の具現に寄与するため、「統一思想研究院」を立てられたのである。

1 今後、新しい統一史観、新しい統一哲学の確立と、新しい文化世界の創建が、アジアの韓半島を中心として成し遂げられなければなりません。これは、神様が創世前から理想とされた最終的な希望の基点であり、心情の基点です。また、堕落世界を解怨成就できる基点です。

2 今後の世界は、私たちに包囲されるようになっています。このようになってこそ、多くの犠牲を払わず世界を短期間のうちに神様の懐に導いていくことができるのです。今、そのような計画を立てています。ですから、皆さんか理解できないことを展開しているのです。

それで今、「統一思想研究院」をつくっています。現代文明は、学問的な面で哲学を中心として左右されるので、このような学問的根拠を中心として体制を強化し、世界の新しい文化・思想界に影響を及ぼすだけでなく、主導権を握ることのできる基盤を築かなければなりません。

3 「国際勝共連合」のメンバーたちは、立派な講師になるために錬磨しなければなりません。そして、勝共連合の組織は、班組織を強化しなければなりません。このことに、勝共連合と統一教会全体が総力を挙げて取り組まなければならないのです。また、「世界平和教授アカデミー」と「全国大学原理研究会」、「(国際)基督学生連合会」も総力を挙げて取り組まなければなりません。そうして、まず十万人の班長を擁するようにしなければなりません。これからは精神武装をしなければならないのです。そして、「統一思想研究院」は、各組織の責任者たちが講義をするときに、横道にそれているかいないかを正しく指導、監督しなければなりません。彼らが講義したものを録音して、いつでも点検し、それが間違っているときには、すぐに正さなければなりません。私たちの団体が大きくなってきた以上、公認された内容を発表しなければならないのであって、私的な内容を発表して問題になってはいけないというのです。「統一思想研究院」は、思想的な体制整備の総責任を負わなければなりません。

4 日本とアメリカと韓国の「統一思想研究院」が会合を開いて歴史観を確立し、どのように宗教と思想を連結させるかを明確にしなければなりません。それを明確にしなければ、問題になります。派閥が生じるというのです。宗教と思想の問題とは、思想が先か、神様が先かということです。それをどこから定着させるかが問題です。互いに主張が異なるようになれば、分裂しやすいのです。ですから、アメリカのブリッジポート大学の研究員と、日本と韓国の専門家たちが議論し、評価を下さなければなりません。神様が先か、思想が先か、原理が先かというのです。思想というものは対象であって、主体になることはできません。また、思想の起源が問題になります。神様がいなければ、思想は空中に浮いてしまうというのです。根源を一つに規定できる論理的な核を中心として、思想を展開しなければなりません。思想の起源に対して答弁できなくなれば、将来において二つに分裂するので、問題が大きくなるというのです。本筋をつかんで決着をつけなければなりません。

5 この世界に誰が責任をもつのでしょうか。特定の個人の思想では、いくらやっても責任をもてません。歴史始まって以来、既に探究された材料をもう一つ余計に残す廃棄物になるだけです。そのように見るとき、この世界に誰が責任をもって導いていくのでしょうか。物本主義と唯物思想は、すべて失敗しました。また、人本主義思想は、享楽主義や退廃思想と直結します。ここで必要なものとは何でしょうか。

もし神様がいるとすれば、その神様は、この世界をどのように考えるかという問題を再検討しなければならないでしょう。これを理論的に追求しなければなりません。お父様は長年、歴史的な思想体系を検討しながら、これから民族が進むべき方向を考えてきました。そして「神様が見るとき人間世界に絶対必要な価値のある内容があるはずだ。歴史が追求し、人間が到達すべき最後の目的点があるはずだ」と考えたのです。

6 世界を動かそうとすれば、思想的な面で王座に上らなければなりません。これが最初の課題です。その次には、科学技術において、世界の王座に上らなければなりません。次に、経済的な組織編成において、世界の王座に上らなければなりません。その次は、言論界で世界の王座に上らなければなりません。このようにすれば、世界をすべて動かすことができます。

第一に思想、第二は科学技術、次に経済、その次に言論です。この四大分野で覇権を握る基盤を築けば、世界を動かすことができる精神的基調の前に、相対圏が形成されると考えるのです。そのようにしておけば、政治的基盤は自然にすべて解決します。今までお父様は、生涯を捧げてこのようなことをしてきました。原理的主体の前に対象圏の世界基盤を築くため、今まで一人で歩んできたのです。

7 今後、国家は必ず思想戦を迎えるようになるでしょう。思想戦に直面するという事実を、大韓民国の為政者たちは知らずにいます。私は特別な天の恵沢を受けた人です。未来について予感することができ、測定できる知能的な能力をもっています。そのような私が見通したことは、今後、世界史の路程の上に起きる思想戦で生き残る人にならなければ、世界を指導できないということです。

ですから、人が反対し、迫害しても、「私が行く目的は違う」と考えたのです。ほかの人々が、少年時代から青年時代の、花のような青春を誇ることができる時代をすべて無為に過ごして遊ぶ所を訪ねていくとき、私はその反対の道を行きました。「あなたたちはそのように行くが、私は思想戦を突破するこの道を行かなければならない」と思って、歩んできたのです。

8 「統一思想」とは何でしょうか。この宇宙の根本問題に対して、唯物史観と唯心史観という二つの史観が展開されたので、根本的で哲学的な問題を扱って解決するための方案を講究し、体系化したものが「統一思想」です。すべてのものを統合して新しい世界観と新しい人生観を提示する目的で新たに確立し、新たに体系化したものが「統一思想」です。

9 この世の中には多くの思想がありますが、「統一思想」は主体的な思想です。「統一思想」は神様の思想に通じるので、主体的な思想なのです。民主世界と共産世界を一つにする思想です。その次に、宗教者と非宗教者を和合させます。ですから、その目的は、統一世界、一つの世界をつくることです。

10 「統一思想」は、主体と対象の観念を基盤としています。統一は、二つが一つになって初めて成し遂げられます。男性と女性が一つにならなければならず、父母と子女が一つにならなければならず、家庭と社会が一つにならなければならず、社会と国家が一つにならなければならず、国家と世界が一つにならなければなりません。この統一観に基づいて、思想や理想という言葉が出てくるのであって、一つになり得る目的がなく、道がないとすれば、すべて砕けていくのです。そして、主体と対象の観念を入れれば、目的観は自然に出てくるので、共産主義の弁証法は砕けていくのです。

弁証法は、「発展するためには主体と対象が闘争しなければならない」と言います。矛盾したものが、互いに闘争しながら統一されるというこの論理は、完全に砕けていくというのです。それは目的を認めていません。主体と対象がなければ、存在を形成することは不可能です。これが一つになってこそ、完全なものになるのです。

11 本来、神様は、天地を創造するとき、神様のために創造したのではありません。神様は、自分のためである前に、まず相対のために天地を造りました。相対に完全に与えたあとには、その相対のすべてのものが自分に戻ってくるのですが、戻ってくるときは、与えたものにプラスされて、アダムとエバにまで戻ってくるのです。ですから、神様は億万長者になります。それゆえ、「良(善)し」と言われたのです。

完全に与えれば、その圏を占有するのです。与える方法には千万の種類があります。言葉でも与えることができ、行動を通しても与えることができます。その方法は無数です。そのような立場で、相対のために生きる世界観をもって出てきたのが「統一思想」です。聖書のすべての道理は、ここからすべて解けるようになるのです。

いかなる経書も、この原則に置き換えれば、その核を正確に知ることができます。そのような点から見るとき、「統一思想」の内容をもって進めば、驚くべき内的統一が成し遂げられます。外的統一ではなく、根本的統一が成し遂げられるというのです。神様の心情を掲げて現れてきたのが「統一思想」です。

12 私たちは今、国のために血と汗を流しながら活動していますが、国だけのためではありません。未来の世界のためなのです。超国家的であり、超民族的であり、超人種的な立場で、国境を越えて互いが愛し合い、生命までも交換できる大家庭をつくろうというのです。言い換えれば、神様を中心として血が通じ、生命が通じ、愛によって結束できる一つの大家庭をつくろうというのです。これが「統一思想」です。統一教会の思想であり、世界的な思想です。

13 私たちが福地天国を見つめて歩む統一の行路で、怨讐視すべきものとは何でしょうか。国境が問題です。民族感情を超越しなさいというのが「統一思想」の主張です。ですから、私たちは民族を超越しなければなりません。アメリカやアフリカの人々が問題ではなく、彼らを同族以上に愛する実践者になれるかが問題です。そのようにしなければ、世界を救える主導的な責任者になれないというのが「統一思想」です。

したがって、愛の道には犠牲と克服が伴うものです。その愛の本質と核心は、犠牲になり、自分を克服するところにあります。ですから、宗教では「犠牲になれ、奉仕せよ」と言うのです。それが愛の行く道だからです。犠牲になって泣くのではなく喜ぶのです。

「統一思想」は「頭翼思想」、「神主義」

真の父母様は、長きにわたる祈りと瞑想の生活を通し、絶対真理である「統一原理」を探し出された。これを通して体系化した「統一思想」は、社会に適用すれば社会の問題が解け、世界に適用すれば世界の問題が解けるようになる。これは、いまだかつてなかった新しい世界観であり、宇宙微であり人間観であり摂理観であり、歴史観である。また、すべての宗教の教理や哲学の特性を生かしながら、全体を一つに包容できる統合原理でもある。このような「統一思想」に立脚した「勝共理念」は、共産主義を批判、克服できる明確な代案を提示する。左翼と右翼を一つに束ねることのできる代案思想が、正に「頭翼思想」、すなわち「神主義」なのである。

14 今日の宗教界を覚醒させ、世界的な思想界を新たに覚醒させる使命を果たすために、一つの目的観を提示したものが「統一思想」です。「統一思想」は、漠然とした立場を取るものではありません。神様を中心として、垂直的な方向を取っていくのです。その垂直的な方向とは、心情の基盤です。父母と子女の間の心情関係は、歴史が変遷したり、時が過ぎて歳月が長くなったりしたからといって、薄らぐことはありません。歴史が長くなれば長くなるほど、時間がたてばたつほど、薄らぐのではなく、かえって情が厚くなります。より深く結びつくというのです。もし父母と子女が離れ離れでいるとき、息子のいる所から父母に便りが来たり、あるいは父母が息子に便りを伝えたりすれば、その便りは、今までのあらゆる願いを充足させることができる刺激になります。その便りが、第二の出発の要因になり得るのです。これを、父子関係の心情世界を通して体得することができます。私たちが神様を「父」と呼び、この地に暮らしている人々を「子女」と言うとき、天の父母と地の子女たちが歩む道でも、それはやはり同じことなのです。

15 「統一思想」、「神主義」は、「頭翼思想」です。右翼でもなく、左翼でもなく、頭翼です。人類の真の平和は、右翼でも実現できず、左翼でも実現できません。その根本の理由は、右翼も左翼も、利己主義を解脱できないからです。自分を中心とし、自国の利益を中心として進むときには、永遠になくなることのない利害の衝突ばかりが存在するのであって、統一もなく、平和もありません。したがって、利己主義を打破する新しい世界主義が現れなければなりません。自分より他のために生きる利他主義は、ただ神様の理想からのみ出てくることができます。それは、神様が愛の本体であられ、愛の本質が自分を犠牲にして他を生かす利他主義だからです。したがって、「神主義」の本質は愛であり、この思想は、人間の四肢五体を動かす頭のような中心思想です。ですから、「頭翼思想」です。右腕も左腕も、実際、一つの体にぶらさがっています。頭がなければ、右腕と左腕は互いに赤の他人となって争いますが、頭が中心に定着していれば、右腕も左腕もすべて、頭の命令に従って、体全体のために働く、一つの協同体になるのです。

16 民主世界は唯心圏であり、共産世界は唯物圏です。民主世界は内的で天の側であり、共産世界は外的でサタンの側です。唯物と唯心は一つです。唯物と唯心が一つであることが分からずに、分かれて闘っています。高い頂上から見れば、「あなたも人であり、私も人だ」というのです。それが「統一思想」です。頂上では闘うことができません。

二本の手があってこそ完全です。一方の手だけではいけません。目も二つ、腕も二本、脚も二本ですべてペアです。道を歩くのを見れば、腕や脚が互いに反対に動きますが、それが正しいのです。互いに反対ですが、それが正しいというのです。ところが、何かをつかむときは、一緒に動きます。反対になるのも良く、一つになるのも良いのです。反対だからといって、すべて悪いのではありません。両方とも良いのです。ですから、「統一思想」は偉大なのです。

17 民主主義は兄弟主義です。兄弟主義を経て父母主義を求めていかなければなりません。そのためには、父母主義の教えと世界観がなければなりません。それが「統一思想」です。「頭翼思想」を中心とした「神主義」です。この論理的内容は、歴史とともに比例的基準で「相応相和」する主張であって、「相反相克」する内容ではありません。ですから、神様が立てる理想的な完成の時を中心として、カインとアベル、ソ連とアメリカ、左翼と右翼が、父母様を中心に回っていかなければなりません。回れ右をして本然の地に行かなければならないのです。

その道を行くために数多くの道人たちが現れましたが、その道人たちは、行くべき道を知らずにいるのです。神様とは何かを知りません。曖味なので混乱するのです。混乱した宗教を収拾することはできません。統一教会はあまりにも理論的です。理論を知っても、実践をしなければ駄目です。誰よりもそれをよく知っているお父様は、それがどれほど恐ろしいかが分かるので、走っていても、さらに速く走るために自らをむち打ったのです。そのようにしなければならないのが、天運の行く道です。

18 「神主義」とは何でしょうか。真の愛を中心としなければならないのですが、偽りの愛によって家庭が統一できませんでした。それが悪魔主義です。偽りの愛によって、統一されなかったのです。体と心が分かれ、夫婦が分かれ、息子、娘が怨讐になってしまったというのです。そうして、神様までも怨讐になってしまいました。そのように偽りの主人である悪魔主義が出発したので、「神主義」が出てこなければなりません。

偽りの愛によってこのようになったので、「神主義」は真の愛を中心として、真の個人、真の夫婦、真の家庭をつくらなければなりません。分離ではなく統一するのです。神様の真の愛で統一しなければなりません。これが「神主義」であり、「頭翼思想」です。

偽りの愛を中心として、すべてが怨讐になり、分離されてしまいました。統一がなく、家庭と家庭が分離されてしまったというのです。家庭を中心として、数十万の民族に分裂する様相を呈し、世界を戦場にしたのです。サタンが、神様のみ旨が成就されないように、混乱した世界をつくっておきました。偽りの愛によって分裂した世の中をつくったのが、悪魔主義です。これは分裂主義であり、地獄主義です。このように分裂した個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を、真の愛と真の父母を中心として統一するのです。これは、悪魔と対峙する主義なので、「神主義」です。

19 「頭翼思想」とは何でしょうか。根がどこなのか分からずに混乱している枝葉のように、ばらばらに動いている四肢五体を、頭を中心として統一体にし、完全な人格をつくるための主義です。「神主義」は、真の愛を中心として統一する主義であり、麻痺したあらゆる細胞的な内容を「頭翼思想」を中心として統一する主義です。

サタン主義は分裂させ、細部をすべて麻痺させます。そのように分裂させたものを、神様の真の愛を中心として統一、連合し、完全なものにする主義が「神主羲」です。悪魔主義は、偽りの愛を中心として、自分だけのために生きる愛をもって、人間を戦場のような混乱の麻痺状態にしましたが、「神主義」は、真の愛を中心として、すべての麻痺を解いて完全に正常な人間にし、神様を父として侍ることのできる息子、娘にする主義です。

20 サタン主義によって分離され、「神主義」によって統一されるのです。体や精神だけを統一するのではなく心身を統一しなければなりません。精神自体が麻痺していて、体自体が麻痺しているため、体と心を完全に統一させ、正常な人間にして、神様を知り、悪魔を知る人になるようにしなければなりません。神様と悪魔を完全に知って、神様と悪魔を分立させることのできる主体的な人間を再び取り戻すためのものが「神主義」であり、「頭翼思想」です。ですから、「神主義」は、「統一思想」とも同じです。「統一思想」は、真の愛を中心として投入し、投入して忘れるものです。本然的な人間は、愛によって完成するようになっています。神様が無限に投入したその愛を通して、心身一体の統一圏を成し遂げるとき、ここから理想的な男性と女性が生まれるようになります。そうして、その男性と女性が結婚して家庭を築くようになるとき、その家庭から天下統一が始まるのです。真の愛の神様を中心として、体と心を統一し、家庭を統一して、神様の息子、娘になり、神様の愛の相対になるためのものが「神主義」であり、これを教えるのが「頭翼思想」です。

21 「統一思想」は、心情哲学です。心情哲学と言うときには、人と関係していることを意味します。思想や原理との関係より、人間と関係が結ばれていてこそ、人間の問題を解決できるのです。ですから、人格的な神様という規定は、本当に驚くべきことです。人格的な神様と言っても、相対がいなければ存続することはできません。人格的な神様が人間を造った目的は、愛の対象が必要だったからです。

「統一思想」と理想世界実現

「統一思想」は、今日の混乱した世界の様相をつくり出した、すべての誤った哲学と主義、思想を暴き、神様を中心に結束できる思想体系である。民主主義と共産主義の理念問題を克服し、国境と宗教、人種の問題などによって生じた各種の境界線を撤廃することにより、平和世界を実現できる思想として注目されている。一九七三年六月一日には、「統一原理」を思想的に体系化した理論書、『統一思想要綱』が発刊された。

22 三千万の民族(韓民族)を統一しようとすれば、三千万の民族全体を「統一思想」で武装させなければなりません。「統一思想」とは、お父様の思想です。この思想を三千万の民族全員に入れて、思想武装をさせなければなりません。今までは国家が統一教会に反対してきました。しかし、私たちは、「好きなだけ掘り出してみなさい」として、放っておくのです。彼らが掘り返すとしても、「統一思想」がこの国、この民族にあがめられる日が来るでしょう。世界万民が欽慕し、思慕する国をつくろうというのが「統一主義」です。必ずそのような時が来るでしょう。

23 今日、この世界は東西に分離されていますが、一つの中心を中心として互いに愛し合わなければ、世界が一つになることはできません。自分自体の国より、相手のほうが本当により貴く大切であるという、相対を尊重できる善の基盤が地上に現れるとき、初めて神様が願われる世界的な創造理想時代が訪れざるを得ません。この基準を通過したあとに、霊界を訪ねていかなければなりません。そのような道を教えてくれるのが「統一思想」です。

統一教会は、宗教という過程的な概念を超越して、良心と共に、心と共に、体と共に行動することによって、天倫の法度に一致して理念化できる、遠い将来の世界的基盤を築かなければなりません。「私」の家庭と氏族を経て、民族を越え、国境を越えて、自由な環境と世界への平面途上において歌を歌うことができ、神様を私の父として侍り、愛することができる善の王国をつくらなければなりません。世界万民がこのような善の王国が到来したことをたたえ、その国の国民になったことを天宙に永遠に賛美できる日を迎えなければなりません。それが、人類が願う幸福の理想世界を営むことであり、統一教会が模索していく終着点なのです。

24 今まで数千年綴られてきた文化史は、悲惨な歴史でした。今までの歴史は、サタンが神様に背反した歴史でした。しかし、神様が残すことのできる歴史の記録を、父母様の一代から始めるのです。父母様が今まで歩んできたものが、「統一思想」を中心とした伝統になっています。

父母様が成し遂げようとするその世界、父母様を中心として成し遂げられたその伝統の歴史を、皆さんがそっくりそのまま引き継ぎ、未来に残しておかなければなりません。父母様を中心として成し遂げられたことが、世界をすべて統一するのです。その母体が真の父母思想です。真の父母の伝統なくして、真の子女たちの歴史が出てくることはできません。文化の出発は父母から始まります。この短い期間が宇宙歴史の尺度になります。そのため、お父様は深刻です。

ですから、今に至るまで「『統一思想』の伝統的基盤を成立させなさい」と願っているのです。それを築いた基盤の上で、家庭が成立しなければならず、国家が成立しなければなりません。その主流思想は、自分を中心とした思想ではなく、全体を中心とした思想です。そのようにしながら、自分は全体のために犠牲になる道を行かなければなりません。これが「統一思想」の主流です。

25 地上で「統一思想」、「頭翼思想」を中心とした第一主義を中心に生きることが、結局は天上の完成主義の生活になります。地上で生きるとおりに天上世界に移され、完全に定着するようになるというのです。地上第一主義と天上完成主義の生活です。地上で幸せに生きてこそ、天上でも幸福だというのです。「人間の欲望は達成できない」と言うのですが、それは違います。真の愛をもてば、達成して余りあるのです。ですから、地上第一主義と天上完成主義の生活は、結局、真の父母を中心として、王権を中心として生活することによって成し遂げられるのです。真の父母の王権を中心として生活すれば、天上世界を完成するだけでなく、この地においてもあの地においても、永遠に保障される生活になるというのです。

26 個人の立場で世界的な十字架を背負い、ふらついても倒れてはいけません。倒れるとしても、家庭の基盤の上で倒れ、死ぬとしても、家庭の基盤の上で死ななければなりません。これが「統一思想」です。家庭は死ぬとしても、そこから家族を連れて氏族の垣根を越えなければなりません。また、氏族は滅びるとしても、民族の垣根を越えなければなりません。民族の肥やしにならなければなりません。あらゆる矢をすべて受け、あらゆる屈辱をすべて受けても、その悲惨な矢は天の栄光が約束されるものであり、悪の群れである怨讐の主権下にいる民がそのような事情を克服して立ち上がるときには、神様が誇れる民の伝統を立て、サタン世界に勝利の王国を建てることができる条件になるのです。

おなかをすかせながらも、腰の帯を締め、目の前にある怨讐の陣営を凝視して、一歩、二歩とよろめきながら歩んできた統一教会です。たとえ統一教会が滅んだとしても、統一教会が訪ねていくその国は滅んではいけません。ですから、皆さんを無慈悲に受難の道に追い立てているというのです。

27 今まで、人間世界では個人の相対観が異なり、家庭の相対観が異なっていました。この異なる相対観を総括的に収拾できる主流的な能力をもっているのは、神様の愛だけです。「統一思想」は、神様の愛と心情を中心として個人統一、家庭統一、民族統一、国家統一、世界統一を成し遂げ、最後には神様統一を経て、相対観を超越する世界を成し遂げようというのです。その時には、主権もありません。主権者が高いのでもなく、相対者が低いのでもありません。主権者は相対者のための存在であり、主体は相対のための存在です。そのような世界が来てこそ、今日、世の中で言う支配者や被支配者というようなすべての対立概念が解決するのです。

それは、ほかのいかなる論考を通してもあり得ません。ただ、神様の愛のほかにはないという結論が出てきます。今は、人間の愛にも相対観があります。「私はお金のゆえに愛する。何々のゆえに愛する」と言う人がいるのですが、それは純粋ではありません。ですから、相対観を超越できる神様の愛を尋ね求めていこうというのが「統一思想」です。これから民主主義世界も、共産主義世界も、この愛の基準に吸収させて一つにしなければなりません。そのようにしなければ、理想世界が訪れないのです

28 今日の世界が願うものがメシヤ思想です。民主世界と共産世界を一つにするのが、正にメシヤ思想です。カインとアベルが一つにならなければ、父母は復帰されません。誰がカインとアベルを一つにするのでしょうか。アベルがカインを一つにするのであって、カインがアベルを一つにするのではありません。アベルがこの世界を一つにするのです。私たちは民主主義の良い面と悪い面をよく知り、共産主義の良い面と悪い面もよく知っています。

「神主義」の良い面が、共産主義の良い面より、どれほど良いかを知らなければなりません。ですから、私たちはキリスト教を中心とした民主世界と、共産理念を中心とした共産世界について学んでいます。「統一思想」を中心として、これを統一しようというのです。メシヤ思想を代表するものは、中心的な真理であり、中心的な愛です。ですから、個人が行けば、個人的にメシヤ思想をもち、真理と愛によってどこにでも行かなければなりません。現在の困難と現在の混乱状態を心配するのではなく、これを克服しなければなりません。

そうして、真の真理と真の愛を拡張しなければなりません。それが、神様が願い、お父様が願い、人類が願う事柄です。それが私たちの義務であり、責任なのです。

29 どの国であれ、鎖国主義に進んだり、帝国主義を目指したりしてはいけません。その国家は世界に進まなければなりません。

大韓民国が統一された国として出発したとすれば、大韓民国で終結してはいけません。大韓民国一国から出発しましたが、世界が従っていける方向に進む、思想的な起源にならなければならないのです。そのような思想があるとすれば、それは人間の思想に一致するのではなく、神様の思想に一致するのです。

そのような観点で、統一教会は「統一思想」を主張します。この思想は、人から出てきたものではありません。その思想の骨子は愛です。私たちは愛を掲げて現れました。その愛は民族を越えた愛です。自分を中心とした家庭一元化運動ではなく、神様を中心として家庭を愛することにおいて、世の中のいかなる家庭を愛する度数よりも高い次元の愛を強調して出てきたのです。

これが可能になれば、これによって、新しい家庭を中心として歴史上になかった倫理観が形成されるでしょう。強い愛によって結合した倫理形態で、家庭の連帯が横的に発展すれば、これは氏族を越え、民族、あるいは国家を形成し、世界に影響を及ぼすことのできる主体的な心情的愛の起源をもって現れるでしょう。それは、全世界が公認するに違いありません。

30 「統一思想」を最初に書いたときは、本体論を中心に書きました。これを、お父様が「原相論に直しなさい」と言ったのです。原相論には、神相と神性に関することが出てきますが、それは宗教的な術語ではありません。学問的な術語として書いたのです。哲学は神様を知らないので、否定します。根本である神様が本来どのような存在かという内容が原相論です。「統一思想」には、理想家庭論と霊界論、天国論がありません。現在、十一の項目から成っていますが、それを入れて十三項目にしなければなりません。十三数に合わせなければならないのです。

第二節 「科学の統一に関する国際会議」

「科学の統一に関する国際会議」提案の背景

真の父母様は、絶対価値を中心に世界平和の実現を模索する「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」を開催された。この会議は、一九七二年以降、世界の碩学たちが参加する中、継続して開かれた。第一回「科学の統一に関する国際会議」は、一九七二年十一月二十三日から二十六日まで、「現代科学の道徳的方向性について」というテーマで、アメリカ、ニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルで開かれ、第二回会議は、一九七三年十一月十八日から二十一日まで、日本の東京にある帝国ホテルにおいて「現代科学と道徳価値」というテーマで開催された。特に第二回の会議には、著名な物理学者を含むノーベル賞受賞者五人が参加した。その後、「科学の統一に関する国際会議」では、「絶対価値」をテーマに掲げて世界の懸案を議論し、真の父母様が大会ごとに創設者として基調演説をされた。

1 お父様にとっては、天の召命を受け、世界をどのように収拾して神様が願う理想世界に導いていくか、その近道とは何かが問題でした。それで、教授社会を結束させ、「科学の統一に関する国際会議」をつくったのです。一九七一年に、アメリカを訪れた時、荒涼とした野原に立った孤児のようでした。周辺にはおおかみが群れをなしているのに、裸の孤児のような立場に赴いたのです。「この地に来て、三年半の間にこの国をひっくり返さなければならない。問題を起こし、激しく動かしてしまわなければならない」と考えました。そこでどのように基盤を築くかが問題でした。

2 私が初めてアメリカに行ったとき、アメリカの教会本部の一年の予算が、二万六千ドルでした。十年近く過ぎた今は、一ヵ月に使う経費が三百五十万ドルから四百五十万ドルになります。夢のような話です。何百倍の経済基盤を築いたというのです。このようになる過程で、ビザの問題が出てきて、アメリカ政府が日本食口とドイツ食口を追い出すという出来事が起きるようになったのです。しかし、すべて基盤を築きました。

このような闘いをして、何をするのでしょうか。世界的な反共戦線を確立しなければならないというのです。そのためには、若者たちだけではできません。ですから、ここに必要な最高の知識人、世界的な学者たちをどのように集めるかが問題になります。それで、「科学の統一に関する国際会議」を創設することになったのです。

3 「科学の統一に関する国際会議」が出発するとき、私は町役場の給仕のような姿でした。だからといって、それが悪いというのではありません。私はそれをすべて受け入れました。それに抵抗していれば、既にすべて崩れてしまっていたでしょう。私が基調演説をしたあと、世界的な物理学者の一人が、それに反対し、声を上げて飛び出していったということもありました。そのような扱いを受けたのです。

しかし、私は言うべきことを言ったのです。そのようなことを意に介さず、すべて忘れてしまいました。高い山になれば、風にもまず当たらなければならず、夏でも雪をかぶっていなければなりません。だからといって、その位置を守らなければ、どのようになるでしょうか。名山がすべて砕けていくのです。ほかの人々が豊かに暮らしているとき、そのように高い山の頂上で白い雪をかぶり、一人孤独に歩んできました。しかし、白頭山(ペクトゥサン)、あるいはヒマラヤのエベレストの山頂に登攀(とうはん:よじ登ること)する勇士たちの前には、それが希望峰になるのです。

4 お父様がアメリカに来て、すべて調査してみると、共産勢力が今まで政治と外交問題を中心として、政府に対して反対運動をしてきたというのです。これから大学を中心とした活動が急変するのは間違いないので、共産勢力が地下から上がってくる前に、私たちが頂点に行って彼らを防がなければならないのです。これは、国がしなければなりません。

しかし、国ができないので、私たちがしなければなりません。アメリカを救うためです。ですから、日本と中国を連結させて、これから膨大な連結体をつくろうと計画しています。科学者大会や政治学者大会のようなものを構想して、今後、国連で共産勢力が主導権を握るのを防止できる世界的な活動を展開しなければなりません。国がしなければ、私たちがしなければなりません。私がしなければならないのです。そのようなことをするための万全の準備を、皆さんが知らない間にしているのです。

このようなことを、なぜするのでしょうか。直接的にできる立場に立てないので、間接的にでもして基盤を広げ、私たちの正しい基盤を選別するためです。アメリカに新しい方向を提示し、民主世界に貢献できるやり甲斐のある使命を彼らにそのまま引き継がせて、それを天意に結びつけようという目的で、このようなことをしているのです。

5 「科学の統一に関する国際会議」の各分科ごとの専門委員たちは、専門的な学者であり、それぞれの分野で影響を及ぼした人たちですが、互いに統合して、全世界に影響を及ぼすためのプロジェクトを構想して推進することが、今日まで学界にはありませんでした。

私たちがこのようなことをしたことは、今後、統一教会が一目置く存在になることができる良い機会になるでしょう。これを続けていけば、お父様がアメリカで活動するすべての分野に対して、後援し同調する基盤が、最高の知識人たちを通してできるだろうと考えています。今まで、国際会議の中で学術会議は、分科別に専門分野の学者たちだけが集まり、行ってきたので、制限されていたのが実情です。しかし、(この会議は)膨大な全体分野の集会を開催するので、国際的な水準を代表するノーベル賞受賞者だけでも、七十人以上が糾合されるのではないかと考えています。

そのような観点で、この学術会議は、世界にない歴史的な記録を残すようになるでしょう。今やアメリカは、有名な十大学であれば、十大学のノーベル賞受賞者たちを中心として、その人々が主導して、今後の方向を提示していくようにしたり、人選をして学校別に組織化して、すべての教授たちに方向を提示したりすると同時に、学生たちを動かす運動を組織化しなければならないというのです。これが、お父様が「科学の統一に関する国際会議」にかける願いであり、観点です。

6 一九七二年、第一回「科学の統一に関する国際会議」をアメリカ、ニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルで開催しましたが、三十二人が集まりました。当時、お父様は使い走りと同じで、隅っこにいるのかいないのか分からないように座っていました。ところが、拙い英語でしたが、私が設立者として話をしました。そうして、一年がたち、二年がたつと、その成果が良いので、お父様に対して「よくやった」と言うのであって、議長に対して「よくやった」とは言わなくなりました。

今になって、世界の学者たちはお父様を尊敬していて、当然、目上の人として接待しなければならないことが分かっているというのです。私が世界各国を回りながら、この「科学の統一に関する国際会議」に参加した学者たちを集めてバンケットをするとすれば、数百人が集まる中で、開催することができるのです。そのような世界基盤がすべてできたというのです。

7 世界的な碩学たちを動かすことのできる基盤を築くためにつくったのが、「科学の統一に関する国際会議」です。第二回大会は東京で開かれたのですが、東京大学を中心とした有名な学者たちを前に立て、世界の碩学たちを集めて大会を行いました。私はこの大会の創設者なので、挨拶の言葉を語ろうと考えていました。ところが、主人が挨拶するのは組織世界における常識であるにもかかわらず、私が講演し、挨拶をする式順がすべて抜けていたのです。それで、これを一晩でひっくり返しました。私を見くびって、(逆に)一発たたかれたのです。

その時でさえ、私に会ったことがなかった人は、私が何かの王冠やかぶり物をかぶり、修行服を着て出てくるものだと思っていました。「誰が統一教会の教主、文某なのか」と言って、私が登壇しても、私を見るのではなく、ほかの所を眺めていたというのです。そのひっくり返しておいた局面で、笑いながら、「私はアジアと世界の運命を懸けてここに立っている」という思いで、講演を行いました。堂々とその場に立ったというのです。

8 「科学の統一に関する国際会議」は、ニューヨークで第一回大会、東京で第二回大会を行いました。今度、第三回大会はロンドンで行います。第四回大会は、またニューヨークで行います。このようにして、世界の舞台にいる巨星たち、学界の巨星たちを糾合する運動をするのです。このように第四回までやって、世界的な著名人、言い換えれば、ノーベル賞を受賞した学者たち数十人がここに加担するという事実が明らかになれば、これは世界の舞台に向かって大々的に宣伝しても、言論機関に対して恥ずかしくない基盤ができるのです。そうして、ニューヨーク大会まで経たあとに、本格的に世界の学者たちを組織しようと考えています。その時までは、私たちが引っ張っていきながら、背後を押してあげるのです。

このようなことをするのは、これから世界を動かすためです。世界の専門分野の著名な学者たちをどのように動員するかが、今後の世界を動かすに当たって基礎になり、基本となるのです。

9 一九七五年十一月に六十ヵ国の碩学たちを集め、「科学の統一に関する国際会議」を開催しました。ノーベル賞受賞者や、世界で権威のある学者三百五十人を招請し、ニューヨークで大きなバンケットを行いました。これが既に、年数で五年目に人ったのですが、六年目になれば、世界の有名な学者たちの中で、知らない人がいなくなるでしょう。それに伴い、大学原理研究会の組織を世界的に強化させ、この人々と一つにしようと思います。

世界を動かそうと思えば、まず大学を動かさなければなりません。世界的な大学を動かす人が、これから世界を指導することができます。そして、言論界と経済界を動かす人が、世界を動かすことができるのです。

10 博士だからといって、自分の専門分野以外のことを知らないのではいけません。ですから、私が「科学の統一に関する国際会議」を創設し、学者世界の壁を崩したのです。科学を研究する人々は、自分の専門分野でなければよく知りません。経済学や政治学など、みな知らないというのです。ですから、私が「科学の統一に関する国際会議」を創設して、それを平準化したのです。

11 お父様は世界の有名な科学者たちを集めて、「科学の統に関する国際会議」を創設しました。最初は公の席で、彼らが「自分たちのことを利用しようとしている」と言いました。あなたたちを利用したからといって、滅びるものがどこにあるのかというのです。学界の壁を崩してしまった人は誰かというのです。有名な科学者たちと政治、経済、哲学の学者たちが、同じ大学で顔を合わせていても、互いに話しかけもしません。彼らを兄弟の関係にして、最高の学者たちを中心に連合運動を展開し、民族感情を越えて超国家的な民族心情圏と超国家的な統一的歴史を啓発できる活動を行ったのです。歴史的な事件の中でも、偉大な事件です。その大会のテーマも、私が決めました。そうして、彼らがお父様に対して最高の基準で侍ったのです。お父様が偉大な貢献をしたという事実に対して、歴史的にたたえることのできる記録として残しておいたというのです。

12 「科学の統一に関する国際会議」と関連し、私たちの使命は、第一に、重要な要人たちを選抜しなければならないということです。ここで選抜するようになれば、皆さんが推薦してくれなければなりません。重要な学者たちを選抜しなければならないのです。

第二は、長期的な関係づくりです。一時的にだけするのではなく、一度関係を結べば、維持していかなければなりません。皆さんは、長期的な関係を築くために努力しなければならないというのです。「科学の統一に関する国際会議」に一度出たきり、関係が切れてしまってはいけません。

第三は、これからアメリカであれば、アメリカの州から来る教授たちの費用に対して、すべてその州が責任をもち、各国から来る教授たちの費用に対して、すべてその国で責任をもつことができる組織をつくらなければなりません。そのようにしてこそ、世界的に発展するのです。

第四は、彼らが論説委員として活躍できるようにすることです。私たちが国際的な新聞社を造るとき、この人々が論説委員としてどれほど能力があるかを把握して、彼らが活躍できるようにするための準備を今からしなければなりません。そのような責任を、皆さんがもたなければなりません。「科学の統一に関する国際会議」を中心として、重要な人物の選出、長期的連帯、資金負担、大学や言論に活用する問題、このようなことに対して、今から皆さんが関心をもちなさいということです。

科学の役割と絶対価値

真の父母様は、宗教と科学、そして、思想の統一をはじめとする世界的難題の解決のためには、神様を中心とした絶対価値観が定着しなければならないと考えられ、これを「科学の統一に関する国際会議」のテーマに掲げられた。第三回の会議からは、「科学と絶対価値」、「科学の求心性と絶対的価値」、「科学の調和と絶対価値の探求」、「変遷する世界における絶対価値の探求」、「既存価値の再評価と絶対的価値の探求」、「絶対価値の探求と学界の責任」、「絶対価値と人類平和のための模索」、「絶対価値の探求と新しい世界の創造」、「絶対価値と新しい文化革命」、「絶対価値と現代社会の再評価」、「絶対価値と科学の統一起源と人間の責任」など、「絶対価値」が会議の共通テーマとなった。

13 私たちが必要とするのは、産業革命や技術革命だけではなく、より大きな人間意識の革命です。社会問題の解決は、自然科学だけに局限されるものではありません。法規を超越しなければならず、社会科学や芸術、あるいは宗教などの領域にも影響を及ぼさなければならないのです。このような問題は、ある一国や一世代に局限されるものではなく、過去、現在、未来に影響を与える人類歴史の究極的な事柄です。このような人間意識の革命を通して、創造的で生産的な方法で、全人類の平和的共存のために、研究結果を使用するように導かなければなりません。

人間の理想は、個体目的と全体目的を完全に調和させるときにのみ、実現することができます。ほかのすべての研究分野と同じように、自然科学分野でも、一時的な個体目的は、長期間にわたって成し遂げられる全人類のための分野や、ほかの様々な分野を統合した幅広い全体目的とともに達成されなければなりません。そのようにすることによって、私たちの研究結果の真の意味を発見することができます。すべての特殊な研究分野を統合するために、私たちはより大きな設計と青写真を必要とします。それを通して、私たちが統合していこうとする共通理想が実現するようになるでしょう。

14 第四回「科学の統一に関する国際会議」の主要目的は、特殊な研究分野を統合するための青写真を作り出すことです。

人間は、その心が時間と空間に制限されない最高次元の根源に由来していることから見て、それ自身の中に生命をもっていることを知っています。このような根源は、宇宙的な心、あるいはすべての存在の第一原因と呼んでもよいでしょう。人間は、その生命を意味あるものにするために、宇宙における絶対価値の求心性を理解できなければなりません。

世界の全人類が、国家や氏族を超越した兄弟姉妹たちであり、一つの人間家族として生きていく新しい世界秩序を確立することによって、真の平和と幸福の理想世界を享有することができます。このようなことを実現するために、科学はその領域の外側から検討されなければならないのです。

15 科学(に関する)政策は、社会を全体として扱う中で決定されなければなりません。科学は、それ自体だけのためのものではなく、全人類の福祉のためのものであるという、全体目的の中心点を失ってはいけません。言い換えれば、科学の発展が人間の日常生活で意味をもつようにするために、人間は全体的な立場から価値の基準を討議し、また確立しなければならないというのです。

科学は、目に見える外的な事物に対する研究から始まります。しかし、科学は、目に見えない分野や、精神的次元の内的なものを理解するのに役立ちます。最後に、この二つの領域は統合されなければなりません。したがって、私たちは、外的な世界に置かれている中心点を捉えられなければならないのと同時に、最高次元の形而上学的世界の中心点を捉えられなければなりません。そうして、後者を不変の軸として、前者が授受作用によって永遠にその周囲を回るようになれば、時空のあらゆる存在に絶対的な意味と価値が与えられるのです。

16 皆さんが、ワシントン大会やヤンキー・スタジアム大会、汝矣島救国世界大会のようなものを見れば、「素晴らしい」と考えるのですが、それは大概、一時で過ぎていくと見るのです。しかし、世界的な大学者たちが集まって、すべての学問を超越し、一つの方向に向かうことができる伝統をつくったという事実は、地上世界で永遠にたたえられる材料として残るのです。

ですから、今後、その記録映像の一場面は、永遠に貴重な宝物として残ると考えます。そのようなものをこれから映像で見て、その伝統を考えるたびに、「レバレンド・ムーンはこれこれの思想をもって行い、その思想によってあのような反応が起こった」と言うようになるでしょう。それが世界的な動機となり、すべてがよみがえるのです。そのようになれば、この思想は結局、この教授たちによって、のちの時代を治めることができる若い青年たちの思想の中に入るようになるというのです。

17 私は宗教指導者として、また、科学者として、長い間、科学の問題や宗教と哲学の問題について関心をもってきました。ある一人の人が永遠性に関するどんな内容を追求しているとしても、またほかの人がいかなる事実を観察しているとしても、互いに異なる学術分野の間には一つの関係があると、私は信じています。実際、超越的な存在と関係なく、時間と空間の中で起きている何らかの事実を認知するというのは、不可能なことです。

宗教と哲学は、長い間、人間の良心を占領している抽象的で道徳的な問題を扱ってきました。私たちはいったいどこから来たのか、なぜ苦痛が存在するようになったのか、善悪とは何か、死後の世界は果たしてあるのか、このような疑問は、学術問題とは関係なく、すべての人がもっています。

科学は、宇宙の規則性と時間と空間における事物に対する理解に局限されています。科学は、過去数百年の間、目覚ましい発展を重ねてきました。しかし、価値観が確立されていない科学は、破壊的にならざるを得ません。核戦争(勃発)の可能性がこのことを物語っています。神学から物理学に至るまで、すべての知識は、その知識の目的と方向性を知らなければ、無意味なものであると言わざるを得ません。そして、価値基準の追求は、この目的のための追求になるのです。

18 私は「科学の統一に関する国際会議」を中心として、絶対価値を主張しています。十年、十五年、二十年、このように時間が過ぎていくほど、絶対価値に対して議論することは、「科学の統一に関する国際会議」を抜きにしてはできなくなるでしょう。ですから、第十二回大会からは、確固たる組織を編成して、新しい文化革命を起こさなければなりません。

仏教であれば仏教も、このような絶対価値を中心として、仏教事典を新たに作らなければなりません。キリスト教も、絶対価値を中心として、今までの神学体系を新たにつくって、事典を発行しなければなりません。経済分野でも、絶対価値の基盤の上に立った経済体制をつくらなければなりません。哲学もそうであり、すべての学問でそのようなビジョンを誰かが先導しなければならないのです。その誰かが、新しい文化革命の旗を掲げなければならないというのです。

このような途方もない背後を中心として、今後、韓国に希望の波が押し寄せるようになるとき、太平洋と大西洋を越えて、世界の歓呼の声を浴びながら前進できる一日が来るでしょう。それは、このような基盤を通してこそ成し遂げられると考えるので、私は迫害を受けてもそのような夢を描き、今まで歩んできたのです。

19 お父様は、「科学の統一に関する国際会議」を第十九回まで開催しました。学問は、相対的価値を認めなければなりません。その相対的価値は、単独ではつくり上げることができません。数多くのものの属性はそれぞれ違いますが、全体の中心的属性の内容とは何でしょうか。「絶対性」があるとすれば、「絶対性」だけでどのように相対を迎えるのですか。「唯一性」がなければなりません。それで、相対ができるのです。内的、外的には見えませんが、一つの核をつくり上げることによって、運動が起きます。主体と対象がなければならないのです。絶対、唯一、不変、永遠、これが四大原則になっています。変わらないからといって、それが一瞬にしてなくなってはいけません。ですから、「絶対性」は「唯一性」を備えなければなりません。絶対というのは天のことを言いますが、(それは) 唯一的な存在です。「絶対」、「唯一」という言葉は、二つの存在が一つになったということです。これは、互いに内容を入れ替えることができるのです。自分のものであると同時に相手のものであり、相手のものであると同時に自分のものです。永遠に持ち続けて補充できる内容について言っているのです。

20 父母を愛の主人として決定づけてくれるのは、赤ん坊です。そして、夫を愛の主人にしてくれるのが妻です。絶対価値の決定は、相対がすることができます。神様がこのような原則を中心として創造し、宇宙が出発しました。その世界と反対の立場に立った人間が、自分を中心として出発したので、その人間がつくった世界は、「終わりの日」になれば、必然的になくならなければなりません。したがって、相対の価値を絶対視する理想だけが、新しい天地に定着できるのです。そのような理想だけが、家庭であれば家庭、愛であれば愛、平和であれば平和、すべてのものの基地にならざるを得ません。時になっていなかったので、私が「科学の統一に関する国際会議」で、そのような内容を中心とした「統一思想」の結論を下せませんでした。この世の中の教育界は、相対的価値を語るだけであって、絶対価値はありません。

21 私は「科学の統一に関する国際会議」で、絶対価値論を中心に、世界の有名な教授たちを教育しました。絶対価値の結論を出したのが、二〇〇四年です。ようやく先天時代と後天時代が転換する時になって、絶対価値を教えてあげました。父母が「愛の主人である」と言える資格は、赤ん坊が決定します。赤ん坊が、生まれるその時間に、父母を愛の主人にしてくれるというのです。また、女性と男性は、結婚して初愛を感じながら、(相手が)その愛の主人にしてくれるのです。夫を愛の主人にするのは妻であり、妻を愛の主人にするのは夫です。今までそのよな概念がありませんでしたが、絶対価値論を中心として、思想的な基調が成立したのです。

第三節 世界平和教授アカデミー

「世界平和教授アカデミー」創設の目的

真の父母様は、世界的な碩学たちを中心に、平和世界建設のための各分野の研究と活動を支援するため、「世界平和教授アカデミー(PWPA)」を創設された。「世界平和教授アカデミー」創立総会は、一九七三年五月六日、教授招請「統一原理」セミナーや大学原理研究会の活動などを通してつながった教授など、百六十三人が参加する中、ソウルで開催された。「世界平和教授アカデミー」は各国に支部を置き、各国の会員は「世界平和のための学問的寄与」という共同目標のもと、相互交流および協力をしている。特に、世界平和をテーマに多様な学術セミナーを開催し、一九八六年一月二十一日には、真の父母様の指示により、「世界平和教授アカデミー」の付設として、韓国各地の百ヵ所以上で郷土学校が設立され、恵まれない青少年たちの教育を支援するなど、対社会的な活動も展開してきた。

1 私たちは、統一科学という問題を中心として、全世界的に教授たちを招請し、年次行事を行っていますが、みな、ここにどれほど多大な関心を寄せているか分かりません。最初は批判もしましたが、最近になって、「レバレンド・ムーンが取り組んでいることは、すべてが深刻な問題だ」と言っています。このような段階に入って、推し進めていくのです。ですから、何としてでも教授たちを一つに糾合しなければならないと考えました。そのように教授たちを糾合するための作戦を韓国で展開しなければならないので、「世界平和教授アカデミー」を結成したのです。

言い換えれば、「全世界の教授たちが、この平和世界の建設のために、各分野で実際に行動することはできなくても、頭を使い、文章を書いて、方向を提示することにおいて先頭に立たなければならない」と言って、「世界平和教授アカデミー」という集まりをつくったのです。韓国では、既に成功しています。今後、韓国と日本と台湾を中心として、世界的に「世界平和教授アカデミー」が結成されるでしょう。

2 「世界平和教授アカデミー」の名で、「広場」という月刊誌を作っています。これを全世界の大学に発送したので、韓国でこのような運動を行っていることを、既に名のある教授たちはみな知っています。ですから、アジアで著名な教授たちを糾合し、「アジア平和教授アカデミー」を発起さえすれば、これがヨーロッパにも連結されるのです。それだけでなく、アメリカの東部と西部の重鎮となる教授たちを、「世界平和教授アカテミー」の核心要員にすることができます。この人たちは、お金を払っても心を動かせる人たちではありません。

このように、世界的に組織を編成して、何をするのでしょうか。父母様はこの「世界平和教授アカデミー」を中心として、ノーベル賞受賞制度のような制度をつくる計画をしています。ノーベル賞以上の賞金を設定して、世界記録を破る表彰制度をつくろうとしているのです。

3 世界を動かすのは、学者たちです。政治家たちが動かすのではありません。その国の政策を樹立するすべての分野で、主導的な頭脳の役割を果たす人は、有名な教授や学者たちです。その国の政策を遂行する人たちは、彼らの頭脳によってつくられたプログラムに合わせる人々なのです。

学者と大学生を見れば、学者たちは先頭に立ち、大学生たちはこの時代の後ろに立っています。彼らを連結させてこそ、中枢になります。背骨です。ですから、今まで統一教会は、反対を受けても彼らを連結させようとしました。ところが、そうするのは簡単なことではありません。ましてや、統一教会を指導しているお父様が世界的に論争の対象になっているので、彼らを連結させるというのは、簡単なことではないのです。

そのようなことを見ながら、私はアメリカで活動する将来のことを考えたのです。このことは、お金があるからといってできることではなく、それこそ、精誠を尽くして世界を愛する心をもたなければ、できないのです。

4 人間個人の体と心が分かれることにより、人類歴史はサタンの版図と天の版図に分離され、闘争の歴史を経てきました。個人から分かれて、家庭、氏族、民族が、歴史時代を経てきながら数多くの戦争をしたのです。歴史的に見るとき、宗教圏と政治圏が争ってきましたが、いつも政治圏が宗教圏を打ちました。また、科学世界と宗教圏が争ってきましたが、科学世界がいつも宗教圏を打ってきました。しかし、父母様の時代には、政治圏と宗教圏、また、科学世界と宗教圏の一体を成し遂げなければなりません。ですから、父母様が世界の学者たちを糾合してきたのです。

今まで科学者たちと宗教圏が、怨讐になっていました。これを統一しようとすればまず世界の学者たちを糾合しなければなりません。ですから、「科学の統一に関する国際会議」と「世界平和教授アカデミー」を編成したのです。これらの学者と統一教会が一つにならなければなりません。そうしてこそ、宗教圏と政治圏が統一されるのです。

5 私たちは、学界を収拾しなければなりません。学界を収拾するために、「科学の統一に関する国際会議」を開催してきました。この会議は、世界的な学者を一つにまとめるための、唯一の集まりになりました。また、世界の有名な学者たちを中心として、国家と国家を連結する「世界平和教授アカデミー」があります。二重作戦を行うのです。

世界的な一つのモデル型と国家的な一つのモデル型をつくることによって、国家的に成果のある人は、世界に行くことができるようになります。世界に進出できる道が開かれるのです。世界の有名な学術機関に影響を与えることのできる足場を整えようというのです。ノーベル賞受賞者を選定するときにも、私たちが背後で推薦します。頂上の位置に上がっていけるように支援するのです。

6 私たちが「科学の統一に関する国際会議」を主導しているので、教授たちに「このような世界的教授アカデミーがあるので、あなたたちもここに加入してください」と言えば、嫌だとは言いません。そうすれば、世界の十ヵ国なら十ヵ国の科学界の重鎮と手を結ぶことができます。

教授アカデミーに世界的な学者たちを加入させなければなりません。今後、アジアから始めて、世界の学者たちを教授アカデミーに連結させるためです。世界的な教授たちを一つに束ねてあげれば、今後の世界のために世界政策を樹立したり多方面の専門分野で世界的に影響を及ぼしたりすることができるのです。

そのようにするために、分野別に世界にない刊行物を作ろうというのです。そうして、経済分野、農業分野、科学分野など、各分野の雑誌は世界的に有名な人々が作るので、世界的に知られるようになっています。今後の世界政策を決定するときに影響を及ぼすことのできる、首脳部のようなものをつくっておこうというのです。

7 世界的な教授アカデミーを構成するようになれば、その名声が広く知られることになるでしょう。そのようになれば、どこに行っても私たちの基盤があるので、そのような人々を招請し、巡回教授団をつくろうと考えています。一つの大学だけで講義していてはいけないというのです。世界的に有名な大学を中心として、六ヵ月であれば六ヵ月間、巡回講演をさせます。その費用は、私たちが出そうというのです。このように世界的な巡回教授団をつくって、世界を一周させます。

そのようにしたあとは、どこの大学に行っても、関わりのある学者や学生たちが関心をもって押し寄せてくるでしょう。有名な人の主管のもとで学位をもらえば、その門下生たちも世界的に有名な人になるのです。そうして、約五、六年後に、一回りしながら学位を与えるようにするのです。このようになれば、この大学にノーベル賞を受賞した教授をはじめ、専門家たちが押し寄せるようになっています。

8 今後、世界的な教授アカデミーをつくって、約五百人の教授たちが大韓民国に入ってきたとすれば、大学が動くようになります。

これから私たちが世界的な大学を造れば、教授アカデミーから推戴を受けた世界的な大学教授たちを、私たちの学校に連れてくるのです。そのようにして、世界的な碩学たちを一ヵ所に集中させれば、世界的な大学になります。そうして、その大学を動かし、社会制度がそこに相対的な基盤を備えるようになれば、この国は世界的な文化国家になるのです。アメリカが近代に世界的な主導権を握るようになったのは、世界的な人材を抱くことのできる大学があったからです。そのような大学が民主世界で主導的な役割を果たせる人材を育て、各国で長官や局長になるようにしたので、アメリカが世界的な主導国になったというのです。

9 アメリカで大学を包摂するための間接的作戦を行うために、「世界平和教授アカデミー」をつくりました。この平和教授アカデミーを日本にもつくり、台湾にもつくったのですが、それをなぜつくったのか分かりますか。世界的にこの平和教授アカデミーを連結させ、今後、世界大学連盟をつくろうと考えています。世界的な大学を建てて、国際的な人材を養成しようとしているのです。

10 「世界平和教授アカデミー」をつくる時のエピソードがたくさんあります。当時、情報当局では、「政府の力で総力を注いで動いても十三人の教授しか集まらなかったのに、文某が教授アカデミーをつくるというのか」と言いました。それで、私は、「彼らは、大韓民国という国家的見地からそれをするが、私はアジア的見地からするのだ」と言ったのです。

それを準備するために、多くの人々が縦横に往来する基盤をすべて備え、韓国で「世界平和教授アカデミー」の編成を始めました。その次に、日本までは可能でしたが、アメリカはその当時、まだ基盤ができていませんでした。それで、アメリカを中心として「科学の統一に関する国際会議」を足場にして、ヨーロッパ諸国で「世界平和教授アカデミー」を段階的に編成したのです。

11 教授の皆さんは、「世界平和教授アカデミー」に籍を置いています。その間、多くの迫害も受け、ありとあらゆる困難な環境を経て働いてくださったことを、有り難く思います。しかし、それで終わってはいけません。今から、韓国を代表する学者たちを日本の学者たちと連結させる運動をしなければならないのですが、学者たちがそれをしなければなりません。日本がその運動をする段階に入り、アメリカがその段階に入り、イギリスがその段階に入ってきました。ですから、これを早急に連結させて、韓国を救い、共産陣営から防備しなければなりません。

このような巨大な連結体をつくり、韓国が今後行くべき道、すなわち南北統一をしてアジア諸国に影響を及ぼせる領域を標準として動かなければなりません。そのようにするために、学者たちが動員され、経済人たちが動員され、政治家たちが動員され、各分野が動員されて、結集できる基盤を編成しなければなりません。それは、学者たちしかできないのです。

12 韓国最高の知性と権威をもった学者の皆さんは、今や、この国が進む方向を教示してあげなければなりません。そのために研究をしなければならないのですが、個人の研究時代は過ぎ去りました。これからはグループ研究時代です。それも、国家内のグループ研究時代は過ぎ去り、アジアの学者たちを糾合したグループ研究時代、ひいては世界の学者たちを中心としたグループ研究時代が到来したのです。このような方向を備えなければ、世界に方向を教示できる道がありません。

ですから、大韓民国の風土ではできません。アメリカが絶対に必要だというのです。このような背後の基盤を築くために、私が韓国人の一人として、このようなことをしたのです。このような事実は夢のような話ですが、私は天意によって今後の世界が行くべき方向性をはっきりと知ったので、そこに少しでも役に立てることを願いながら努力してみると、このような結果が成し遂げられたのです。これは、全世界の知識人たちが一つになってすべきことです。

13 「世界平和教授アカデミー」を中心として、アジアの学者たちが力を合わせれば、アジアを代表する新しい百科事典であろうと何であろうと、作ることができます。ですから、多方面でやることが多いというのです。そのような意味で、教授の皆さんが一心同体になって協助できるなら、微力ながら私のもてる力を尽くして、皆さんの背中を押そうと考えています。

皆さんがそのような研究をするためには、研究室や会館も必要でしょう。ですから、私がそれを用意しようと考えています。しかし、皆さんはアジア的な主体性に責任をもつことができるでしょうか。日本の教授たちを教育することのできる、その何かをもっているのかというのです。ですから、「統一思想」や「統一原理」などをまず準備しなさいというのです。そうすれば、彼らを完全にリードしていくことができるのです。

14 今、一番問題になっているのが、二世です。二世、大学生たちを収拾しなければなりません。大学を収拾しなければならないというのです。これをしなければなりません。それで、私が教授たちを連れてきたのです。今や、世界の大学を指導する人々を、国家体制を中心として、南北統一の時代が来る際には、先頭に立たせなければなりません。彼らが先頭に立たなければならないのです。

二世をつかみ、お父様のように涙を流して、南北統一の思想を共有するのです。それで、私がその基地を教会につくってあげます。面の責任者になって、そこにいる中学・高等学校と小学校の先生たちを前にして、涙を流しながら愛国思想を植えてあげなさいというのです。そのようにすれば、南北統一は問題ありません。

教育を受けた人々が行って、郷里を整理しなければなりません。郷土がない人はいません。ですから、郷土学校をつくって、今からこのことをしていくのです。

これは、一時的にやったり、興味本位でやったりしていくことではありません。摂理観に合わせてしているのです。

教えてもらって、蕩減復帰歴史を進めるのではありません。私一人で進めてきたのです。私が理解し、そのようにするので、神様が協叻したというのです。偶然になったのではありません。

15 大学教授たちを中心として、全国の大学を動かし、教授を動かさなければなりません。また、地方の中学・高等学校を動かさなければなりません。その次に、小学校を動かさなければなりません。共産勢力が左翼色を帯びた教材を中心として学校に浸透してくるのを、今までは放置してきました。教育当局が責任を果たせなかったというのです。ですから、何としてでも地方で大学の総長を動かさなければならず、中学・高等学校の校長を動かさなければならず、小学校の校長を動かさなければなりません。

環境的に誰の制裁も受けず、自由に動ける権限をもっている人が教授です。お父様が統と班に郷土学校をつくったのは、この運動のためです。郷土を愛そうというのです。愛国は郷土から始まります。ですから、郷土学校を造って、かわいそうな人々を教育しなさいというのです。自分の血と肉が愛国心に燃えるのならば、夜を明かして村のかわいそうな人々を抱き、涙を流して教育しなさいというのです。

世界議長団の「一二・一八宣誓決意文」

第一回「世界平和教授アカデミー世界大会」が一九八三年十二月十八日、世界七十二ヵ国の議長団七十数人をはじめとする五百五十人以上が参加する中ソウルのリトル・ンジェルス芸術会館で開催された。この日、真の父母様は、創始者として、「世界平和教授アカデミーと我々の決意」という題名で激励の辞を述べられた。七十二ヵ国の議長団は、真の父母様と共に、「神様の正義の善主権」、「神様のもとの一つの民」、「神様のもと、一つに統一された平和世界」、「宗教による新しい人格変化を受けた人類」、「神様の心情と愛に基づいた新しい文化世界の建設」などの目標を実現するための宣誓決意文を採択した。また、彼らは、十二月十四日から二十三日まで、韓国の八大都市で開催された勝共決起大会に参加した。

16 私たちが一九八三年に勝共決起大会をする際、アメリカのシカゴで「科学の統一に関する国際会議」を終えた教授たちを動員しました。

彼らは十一月二十八日から帰る予定だったのですが、韓国を訪問するようにしたのです。彼らに何をするのか説明もしないままそのようにしておいて、どれほど動くか見ていました。その時、世界に「世界平和教授アカデミー」の七十二の支部があったのですが、その代表たちが韓国に来ました。年末なのでスケジュールがあったにもかかわらず、みな参加したのです。

そうして、その人々を中心に勝共決起大会を行いました。それほどの基盤を学界にもっているのです。

17 一九八三年、第一回「世界平和教授アカデミー世界大会」に参加した議長団が、勝共決起大会決意文を採択しました。その時、七十二ヵ国の「世界平和教授アカデミー」の議長団が韓国に来て、決意文を採択したのです。そして、彼らを集めておいて、全国八大都市で勝共決起大会を行いました。十二月十八日の決意文は、歴史的な記録です。

今後、歴史時代にこの教授アカデミーが何を誇るのでしょうか。平和世界を建設するとき、世界を指導しようとすれば、資料がなければなりません。ですから、このような資料を私がつくってあげなければならないというのです。

18 お父様は、韓国に南北を統一できる基地をつくりました。アメリカと日本、全世界の運勢を集め、韓国に連結しておきました。今回おもしろかったのは、イスラエルで高い地位にある人がお父様のところに来て、国に影響を及ぼす役割を果たしてくれるように願ったことです。また、アメリカで将来の運命を懸けた運動をしている人々も来て、お父様と一つになって世界の問題を解決することを願いました。その基盤の上に韓国が立つのです。そのようにしながら、全世界の知識人たちを、「世界平和教授アカデミー」を通してすべて集めたのです。世界七十二ヵ国の碩学たちを集め、世界の運勢をもっていって韓国に連結したというのです。

「六・二五動乱」の時、十六ヵ国の国連軍が韓国統一のために闘いましたが、統一させることはできませんでした。しかし、今日、全世界の自由世界の国民たちが一つになって総結束し、統一成就のために協助しなければならない世界的時代に入ってくるというのです。ですから、この七十二ヵ国の学者たちが韓国に行って、勝共という命題の前に宣誓して決意したことは、歴史的な事実です。

19 一九八三年に韓国で開催された「世界平和教授アカデミー世界大会」は、イスラエル民族の中でイエス様が失った国家と教会の基盤を蕩減すると同時に、七十二門徒が一つになれないことによってイエス様が亡くなったのを蕩減することになります。ですから、世界七十二ヵ国の「世界平和教授アカデミー」議長団を韓国に連れていき、韓国民族が協助せざるを得ないようにしたのです。その大会では、メシヤ宣布をするとともに、「民主世界であろうと共産世界であろうと、私の言うとおりにしなさい」と言いました。

七十二ヵ国から来た議長団は、私に対する証し人たちでした。アメリカが反対するのに、自由世界の指導層にいる人々、顧問の立場にいる人々が一つになって支援するというのは、世界的な事件です。その基盤の上で、サタンが今まで原理結果主管圏内を中心として支配していたすべての事実、今まで国と世界が行く道を、国で塞ごうとし、世界で塞ごうとしていたことを、取り除いておいたので、サタンは永久に地球星から退くようになるのです。今や、このみ旨は、真の父母と統一教会の能力でなければ成就されない運命に置かれたのです。

20 国家のトップたちの組織である「世界平和のための頂上会議」と教授組織である「世界平和教授アカデミー」を中心として、既に数十年前から彼らと関係を築き、世界の多くの学者たちと国家のトップたちを束ねてきたので、彼らがお父様を宣伝してくれるのです。今になってはその国の大統領たちがお父様を歓迎する段階に来ました。また、その国の大学総長や言論界の代表たちがお父様を歓迎する段階に入りました。世界的に今、いかなる分野でも、世界のトップの人々と接触していないところがありません。政治、経済、文化など各分野で、いくら有名な大学を出て、博士号をもっているとしても、お父様が指示した方向に従うようになるのです。

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第九篇 第二章 「世界言論人会議」と言論媒体の創設

第九篇 第二章

「世界言論人会議」と言論媒体の創設

第一節 「世界言論人会議」

言論の役割と責任

真の父母様は、心情文化世界の実現のため、言論媒体の重要性について語られ、多くの投資をされた。特に言論は、立法、司法、行政の三権に続く第四権力であり、世界平和の実現と自由民主体制の守護者としての使命が大きいことを強調された。このため、真の父母様は言論媒体を設立され、「世界言論人会議」を創設し、積極的に支援されたのである。

1 私は、四権主義時代を主張しました。立法、司法、行政の機関を越えていける主導的な役割を、第四権力である言論が果たさなければなりません。お父様は以前から分かっていました。それは、言論界しかないと考えたので、お父様は困難を顧みず、言論機関を創設して、世界の頂上の位置に上がってきたのです。アメリカで最高の中心の位置に立っているのが「ワシントン・タイムズ」です。

2 これからは、第四権力として、世界の言論機関を束ねて方向を提示しなければなりません。そのようにしなければ、世界は行く道がありません。そのために、お父様がずっと以前から準備してきました。言論を通して、神様と霊界を中心に、現在の生活と比較しながら正しく教育をするようになれば、人本主義思想や物本主義思想はすべて壊れていきます。フリーセックスやホモなどというものが完全に消え去るというのです。ですから、教育をしなければなりません。

3 今から世界は、三権時代が過ぎ去ります。第四権力である言論を中心にして、世界を正さなければなりません。お父様は、既存の「世界言論人会議」のことを考えているのではありません。大革命的なものを提示しなければなりません。ですから、「超世界言論界連合韓国大会」をしなければならないのです。超世界言論界連合の「超」とは何でしょうか。霊界を知らなければなりません。神様を知らなければなりません。神様を知って、霊界を知れば、世界の共産主義問題、政治問題がすべて解決されるのです。お父様は今まで世界と闘いながら、言論界の基盤を築きました。

今や「ワシントン・タイムズ」は「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」が問題ではありません。私たちが行く方向に合わせざるを得ないのです。この前、ロンドンの「世界言論人会議」で、「ワシントン・タイムズ」が保守系の主役を担ってほしいという要請を受けました。インターネットではトップの位置に上がってきています。そこにUPI通信まであるので、今や内外の内容を完全に備えました。

4 四権時代には、すべての面で私たちが方向を定めてあげなければなりません。その方向を定めることは、国ではできません。国連でもできません。言論界がしなければなりません。

韓国で、言論機関が選挙問題を左右するのを見てもそうです。言論界を悪用すれば、世の中を滅ぼしかねないのです。公正な立場で世界を指導するためには、天を背景にしなければなりません。宗教の世界的指導圏を背景にしなければ、世の中を滅ぼしかねません。ですから、言論という第四権力を中心として大会を行うのです。

5 今後、世界を何によって指導するのでしょうか。大学でもできません。政策でもできません。軍事力でもできません。それは、既にすべて実験済みです。共産主義でもできず、民主主義でもできません。四権時代を迎え、言論は共産主義について暴かなければなりません。正しいか間違っているかについて、言論界が掘り下げて調べる際に、答えられなければ退かなければならないのです。民主世界も同じです。言論界以上に短期間のうちに検証できる実力基盤をもったものはありません。言論はそのような力をもっているので、正しい言論機関にならなければならないのです。

6 現在のアメリカは、リベラルな人たちが三権の大部分を支配しています。第四権力の言論機関も同じです。アメリカに千七百以上の言論機関がありますが、「ワシントン・タイムズ」が彼らと闘っています。今や、千七百以上の言論機関の中で、三分の一が私たちに付いてくる環境になりました。「ニューヨーク・タイムズ」も、昔は統一教会のことを悪く報道し、「ワシントン・ポスト」も自分たちの思いどおりに報道しましたが、今や体制が変わりました。政府もそのようにできず、リベラルな側もそのようにできません。彼らが歪曲して報道したことが公になったのです。

「世界言論人会議」と言論人現地調査団の派遣

第一回「世界言論人会議」が、一九七八年十月十九日、アメリカ、ニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルで開催された。「世界言論人会議」は、全世界の主要な言論機関の発行人、編集者、論説委員、記者、言論学者など、言論界の人士たちが参加する中、言論の責任と役割について議論し、真の言論像を確立するために毎年開かれた。特に、第十一回「世界言論人会議」は、一九九〇年四月九日から十三日まで、六十五ヵ国六百人以上の代表が参加する中、ソ連のモスクワで開催され、真の父母様は、四月十一日、クレムリン宮殿でゴルバチョフ大統領と、韓ソ関係の新たな幕を開く単独会談をされた。一方、真の父母様は、世界の言論人によって構成された言論人現地調査団が言論の死角地帯を取材できるよう、支援された。

7 アメリカで私たちを中心として、内的な環境と外的な環境が備えられてきたので、新聞社を造りました。新聞社を造るやいなや、四十の大新聞社の編集局長たちと発行者たちを、モスクワに訪問させました。これが大きな問題になりました。自由世界、民主世界で有名な「ワシントン・タイムズ」の代表であるお父様がこのようなことをしたと言って、ソ連では相当に敏感な反応を示しました。このような環境を中心として、これから言論界を動員し、頂上会談を開催しなければなりません。

そして、先進国では、ドイツならドイツ全体の省庁が二十あれば、その二十の省庁に対して取材団をつくらなければならないというのです。このようにして、ヨーロッパ全体の利益を追求させるのです。ヨーロッパ地域の一つの国家が、ヨーロッパ地域の平和のために進むに当たって支障となる政治風土を改善する運動を行い、成功すれば、他の国々まであとに続きます。このように、言論が取材し、紹介をすれば、有名な言論人たちが間違いなく糾合されると考えるのです。

8 私は「モスクワ大会」を宣言しましたが、モスクワに行くようになれば、ソ連の言論に質問をして攻撃するつもりです。共産主義について、何でも質問するのです。そして、「私が質問することに答えなさい」と言います。

そのようにしておいて、ソ連の言論界の代表と自由世界の言論界の代表が、アメリカの大統領とソ連共産党の書記長による頂上会談を取り持つのです。ですから、言論が必要です。既に言論が世界をコントロールできる時代になってきました。それで、そのような世界的な責任者たちを教育するために、今まで「世界言論人会議」をしてきたのです。

9 言論機関は、公正な立場で国民たちを日々、指導できる体制を備え、それが一つの目印となって、正しく選別してあげなければならないのですが、この言論機関自体が利益を追求しています。自分の会社の利益を追求した結果、社会の利益を無視し、それ自体の利益をより重要視するようになって、バランスが取れない段階に入ってきました。そして、背後では政治的に悪用され、お金さえあれば、思いどおりに動かすことができるというのです。ですから、社会の公的機関としての指導的な体制を備えて、いつでもバランスを取れるようにしなければならないのが、正道に立った世界的な言論機関です。

その次には、情報問題です。ソ連は、アメリカや自由世界に不利な方向を標準として、情報を収集します。今、ソ連と民主世界の政策樹立者たちが対峙している状況では、絶対にこれを是正することはできません。共産主義は、共産主義絶対理念の標準のもとで、共産主義の利益基盤の拡大を通して、自由世界の基盤を弱体化させようとしています。

情報の偏りを正してあげるのは道義的な教育です。ところが、今、道義的な教育をすることができません。ですから、影響を与えることができる世界的な言論人たちが一つになって、アメリカやソ連が自体の利益を中心として進んでいくことに、ブレーキをかけなければなりません。そのように世界に公布して、そのバランスを取ることができる方法で宣伝しなければならないのですが、それができずにいます。それが問題です。それで、私が言論界を教育しているのです。それが「世界言論人会議」です。

10 私は、アメリカで「ワシントン・タイムズ」を発行しています。アメリカに保守的な日刊紙がなければならないというのです。一九八二年の創刊以降、五年が過ぎましたが、今やアメリカで四大日刊紙の一つになり、世界的には唯一、世界の人たちの希望の新聞になりました。今、「ワシントン・タイムズ」が日刊紙として信望を集められるレベルに入ってきました。

また、今まで私は「世界言論人会議」も行ってきました。一九八七年九月二十日、数百人が集まる世界的な大行事をソウルで行います。このようにして、世界に方向を提示していくのです。ですから、この国際的な集まりに反対していた極左も、今に至っては、ここに加担しなければならない段階に入ってきました。そのようにしなければ、孤立するのです。今は、世界がそのように動くというのです。

11 科学の世界では、必ず結果を追求していくので、その原因と結果が一致しなければならないと言われます。これに相反する価値ある存在、価値ある実存はあり得ないというのです。そのようなものを追求し、神様の絶対的な基準を立てておいて、その基準と人間の思想的全体基準を連結させなければなりません。これが今、学者たちがしなければならず、宗教家たちがしなければならず、政治家たちがしなければならず、思想家たちがしなければならず、あらゆる分野の世界で先頭に立った人たちがしなければならないことです。

そのような意味で、私は思想的基準を中心として、言論人たちを社会の道義的な教育センターに束ね、方向性を提示するのです。中国人が見つめる方向と、アメリカ人が見つめる方向、フランス人が見つめる方向、ドイツ人が見つめる方向、ソ連人が見つめる方向が異なってはいけません。すべて一致した方向性をつくっておかなければなりません。それを私が、この世界でつくっておこうとするので、言論機関を中心として学者たちを束ね、指導させるのです。

12 お父様が創設した言論機関が、共産世界の言論界が問題視するほど大きくなりました。「ワシントン・タイムズ」をつくり、「世界言論人会議」を開催し、言論人現地調査活動を始めました。このようなすべての活動によって、今、言論界がお父様の影響圏に入ってくることのできる段階になったので、共産世界が極度に脅威を感じています。

そうして、一九八四年五月十二日にアメリカに来るやいなや、直撃弾を撃ったのです。アメリカの歴史に、このようなことはありませんでした。共産勢力と組み合って闘ったのです。彼らはありとあらゆる非難の言葉を私たちに浴びせました。しかし、普通の団体であれば、当然なくなっているはずなのに、そのような悪宣伝の中でも、大きくなってきたのです。

13 「ワシントン・タイムズ」を中心に、「世界言論人会議」や言論人現地調査団活動を通して、世界の言論界に新しい方向を設定できる基盤を築いておきました。共産世界も最も問題視し、また、アメリカで進歩主義的な傾向をもつ言論機関が最も問題視しているのが、お父様の言論機関です。

このような言論機関をもっていることによって、世界の情報に関して最先端のあらゆる秘密が私たちのものとして入手できるのです。今の時は、情報戦争時代です。そのような世界で私たちが一つの基盤をもち、対処しているという事実は、驚くべきことです。

14 「ワシントン・タイムズ」が、レーガン・ドクトリンに多くの影響を与えました。それがなかったならば、ソ連の改革、開放は成功しなかったでしょう。そして、「ワシントン・タイムズ」は湾岸戦争の時、キリスト教とユダヤ教が分裂してはいけないと主張しました。結局、宗教戦争が起きれば人種戦争になり、人種戦争が起きれば数多くの白人たちの命が失われるのです。仏教と儒教は東洋圏の宗教であり、キリスト教は西洋圏の宗教なので、人種戦争が起こるというのです。

15 言論人たちは、普通の人たちと違います。世界の言論人たちがソ連を訪問するとき、当局では「自分たちが案内するとおりに付いてきなさい」と言いましたが、その言論人たちは、「ばかなことを言ってはいけない」と言いました。記者たちが、彼らの案内するとおりに付いていくわけがありません。連れて歩いてみれば、塀を登って越えたりして、三分の一はどこかに消えてしまいます。みな、周辺を駆け回りながら取材をし、完全にソ連の封鎖的政策の背後を暴露するのです。

それで、ソ連政府は、「大変なことになった。このようなことはあり得ない」と言うのですが、「それはうそだ」とは言えないのです。見て語ることだからです。言論人たちがソ連を一度訪問してからは、左寄りから右寄りに回ってしまいました。「ソ連は偽装作戦を行って人類をだましている。理論自体もそうだ。政治体制を通して、七十年歴史の背後がそのような偽装戦法によってできている。人類をだまし、国々をだまし、侵略して独裁基盤を世界につくった」ということをよく理解したのです。ですから、彼らは今や、これ以上行く所がありません。保守派を今までたたいてきたのですから、仕方ありません。お父様に付いてくることになるでしょう。

16 お父様は、世界の言論界を通して、モスクワにまで「言論人現地調査団」を投入しました。ソ連を引きずり出せるほかの道はありません。ソ連が政治局を中心として自由世界を上下に攻撃してくるのですが、それを防げるものは何もありません。もしお父様がいなければ、大変なことになるでしょう。共産勢力は、一九八四年までに世界赤化が可能だと考えていました。それをお父様が知って防いだので、ついに彼らは降参したのです。

ソ連を引きずり出すには、言論界を通じる方法以外に、ほかの方法がありません。ソ連自体が言論人たちを動員して、外交的に接触するための門戸を開放しているので、これを通して逆襲しなければならないのです。それで、お父様は「世界言論人協会」を創設し、ソ連に対して今まで十五年以上、活動してきました。言論を動員するしかありません。

アメリカには新聞社が千七百ほどあります。今までは、これらの言論社がソ連の外交政策に歩調を合わせてきました。ですから、アメリカは言論のゆえに崩れるのです。大統領選挙のときも、背後に集まって世論を自分たちの思いどおりに操作します。そのようなことに、お父様がブレーキをかけ始めたのです。そのようにして、今に至っては、すべての秘密世界を打ち砕く作戦を行うのです。それで、「言論人現地調査団」という記者団を構成して、世界の至る所に派遣するのです。

17 保守世界の王者の立場に立って、保守世界を復活させなければなりません。お父様が夢見た世界が、今、目の前に開かれました。ですから、「世界言論人会議」を始めて、今まで率いてきたのです。神様を中心とした世界の版図をつくっていくべきその道で、世界のトップたちを束ねつつあります。世界のすべての分野で「代表だ」と言える王者の位置に上がろうとしているのです。

ですから、私たちか百八十五ヵ国に新聞社をもつかどうかが、世界の多大な関心事です。また、百八十五ヵ国で有線テレビ改送奇をもつことも同じです。インターネットを束ねることは、自動的に可能です。その次に、束ねた事実を政治体制に連結させる道が必要です。流通路が必要なのです。情報を通して、そのような流通路をつくることが、私たちの急ぐべき課題です。

それにより、世界を頂上で指導できる道がつくられるのです。そのため、情報と報道の体制を世界的な基盤の上に設定するために、言論機関と有線テレビ放送局とインターネットを連結するのです。そのようになれば、私たちが主張したい内容を一気に伝えることができ、一ヵ所から世界に出ていくのです。

第二節 日本の「世界日報」とアメリカの「ニューズ・ワールド」

日本の「世界日報」

真の父母様は、日本で国際共産主義の脅威に対処する必要性を切実に感じられ、一九七五年一月一日、総合日刊紙「世界日報」を創刊された。

特に、「世界日報」は、冷戦時代の反共の旗印として、先頭に立って共産主義の脅威を警告し、冷戦終息以降は、自由と人権という人間の基本価値を守ることに力を注いだ。「世界日報」は、新聞やテレビなどの左翼系マスコミを批判し、責任ある報道を目指した。

1 これから、言論界に対して私がブレーキをかけなければなりません。何をもってかけるのでしょうか。私が言論機関をつくって、独自的な面から攻めていくつもりです。

この世界を滅ぼすのは言論界です。言論界が共産主義の手先になっています。遠くない将来に、「ニューヨーク・タイムズ」以上の新聞社を私が造ります。今、日本で日刊紙を創刊する準備をしています。共産党を早く凌駕しなければなません。アメリカでもすることができます。私が命令さえすればよいのです。

今、新聞社にとって大変なことは、配達問題です。新聞を配達しなければならないのに、配達する手段がないために、次第に消えていくのです。私たちはこれから、いかなる新聞社よりも良い組織を備えることができます。「地方まで走りなさい」と言えば、走っていける基盤をもっているのです。

2 日本の私たちの日刊紙が「世界日報」です。一九七五年一月一日に創刊したのです。四ヵ月前から新聞の発刊を準備させました。四ヵ月前に、「新聞社を始めるから準備しなさい」と言ったのです。彼らは、新聞社を見たことがあるでしょうか。見てもできないのに、これをどのようにするのかというのです。ですから、最初は誰もが、「いやあ、どうするか」と言いました。しかし、「一九七五年一月一日に新聞が出なければならない」と、お父様が厳命を下しました。

そうしてついに、「世界日報」が出発したのです。創刊当時、人々は「日刊紙を作るというが、何ヵ月もつだろうか。六ヵ月ももたないだろう」と言いました。しかし、一年半が過ぎましたが、滅びることなく完全に体制を整えました。もはや完全な体制に入ったというのです。

3 私が日本の各地域に責任者を置き、「『世界日報』を毎日無料で分けてあげなさい」と言いました。誰にでも、いつでも無料で分けてあげなさいというのです。ですから、どれほど有り難いでしょうか。

その次に、「あなたたちには新聞を無料で差し上げます。広告を出すものがあれば、私たちの新聞に出してください」と言うのです。その地域全体、東京のある地域であればある地域全体のニュースを新聞に出してあげるのです。そして、広告を出せば、その圏内にある家はその広告を見るので、有名な新聞に広告を出すよりも、もっと効果的でしょう。

4 「世界日報」をつくっておいて、国際言論人指導者大会を始めました。初めての試みでしたが、成功しました。日本の左翼新聞の代表者たちまでも、「その会議は本当におもしろい会議であり、成功を収めた会議だった」と言いました。しかし、一方では「レバレンド・ムーンがこれをするのだから、間違いなく世界的に言論界を二つに分けることになる」という評価をしています。そこに参加した人々が驚いたのは、「世界日報」をお父様がやっているという事実です。

5 お父様は「統一思想」を中心として、世界的に経済とマスコミ、大学を動かせば、世界を動かせると考えています。皆さんは「世界日報」の記者という肩書をもっていくのです。皆さんを各分野で調査をしながら回るようにさせるつもりです。また、アメリカで働いている人も、特別な資料があれば、日本の「世界日報」に送るのです。そうして、日本の「世界日報」さえ定着できれば、アメリカの若者と日本人を訓練させ、世界の各地域で新聞社を造ることができます。そして、百三十ヵ所にニュースを供給できる通信社を造るのです。そのようにしなければ、共産世界から、言論基盤を中心として宣伝して入ってくる道を防ぐすべはありません。

アメリカの「ニューズ・ワールド」

真の父母様は、一九七六年十二月三十一日、アメリカでは初めて保守言論の旗印を掲げ、総合日刊紙「ニューズ・ワールド」を創刊された。この新聞は、一九八三年四月四日、題号が「ニューヨーク・シティ・トリビューン」に変更された。

6 今まで、言論界は正義の言論界ではなく、不正義の言論界だったので、私たちは正義の言論界のために立ち上がらなければなりません。これを正すことができなければ、アメリカを救うことはできません。直接的問題に引っ掛かっているので、私が手を付けるのです。宗教指導者が新聞社を造って、何をするのでしょうか。新聞が世の中を減ぼす元凶になっています。ですから、私の目が新聞に向かい、私の耳が新聞に向かい、私の鼻が、私の口が、私の手が、私の足が、私の心が新聞に向かっているのです。このような重要な基点、分岐線が新聞社になっているというのです。それはお父様の方針です。

その次には、伝道をしなければなりません。この二つが問題です。これをしなければ、アメリカが滅びます。世界が滅びるのです。それで、私は世界の宣教師たちに、あらかじめ新聞記者の訓練をしなさいと、特別に指示しました。各宣教師に特別措置をしました。「宗教を中心として世の中をつかみ、引っ張っていかなければならない」と言ったのです。これが私たちの言論機関の精神です。それが最も貴く、最も大きいのです。

7 私が「新聞社を造る」と言ったとき、「ニューヨーク・タイムズ」も「ワシントン・ポスト」もすべてあざ笑いました「レバレンド・ムーンが新聞社を造るというのか」と言いながら、あざ笑ったというのです。新聞社というのは、誰もが造れるものではありません。実力基盤がなければなりません。

言論機関というのは、そのように簡単ではないというのです。そこには、多方面に素質のある人的資源がなければなりません。それは、月給をあげてもできないのです。日本の「世界日報」を造るとき、四ヵ月前に組織を編成して造りました。「ニューズ・ワールド」を造るのは、四ヵ月もかからなかったのです。

8 私たちには、この国が危機に瀕しているとき、協助しなければならない責任があります。そのような観点で、天意に従って未来の防波堤を造らなければなりません。私たちは目に見えない闘いをしているのです。そうして一線を引き新しい基点と方向を定めていかなければなりません。私が個人と家庭と氏族を中心として転換点を形成したので、今や国家を中心として転換点を形成しなければなりません。今日、アメリカが保守的な右翼のほうに帰っていくようにしなければなりません。そのようにしなければ、神様のみ旨が成就されません。

み旨から見れば、今がこのような時だというのです。私がここで門を開けなければなりません。そうして、天意を受けて、そのようなことをしてみると、予想外の結果が起きました。私たちの「ニューズ・ワールド」が、世界的に有名な新聞になったのです。レーガンとカーターが大統領選挙を行うとき、「レーガンが選挙人団三百五十人以上を突破するだろう」と予測したのですが、その時は「カーターが勝つ」と言われている時だったのです。「ニューズ・ワールド」はそのような記事を全国に送りました。ですから、どれほど「狂っている」と言われたか分かりません。「恥をかくのを見よう」と言われたのです。

9 レーガン大統領は、私と何の関係もありませんでした。アメリカが世界のキリスト教の中心国家なのに、その伝統思想を忘れてしまいました。そうして、アメリカは今、共産勢力が乱立している実情にあります。それで、私が助けてあげたのです。大統領選挙の開票前日、「レーガン、地滑り的勝利」と「ニューズ・ワールド」で特筆大書しました。アメリカにある新聞社は千七百を超えます。そのような新聞社が「レーガンには見込みがない」と言っていた時でした。そのような状況で、「レーガンが勝利する」と発表したのです。

10 レーガンが大統領に就任する時、私は「強く雄々しくあってこそ、神様が共にいらっしゃる」と手紙を書いて送りました。これから、アメリカでデモがたくさん起きるでしょう。

また、世界的に、レーガン行政府を攻撃するための戦略が多く展開されるでしょう。共産勢力は、エルサルバドルにゲリラを送り、レーガンに痛手を負わせようと計画しています。

そのような世界的な戦略的計画のもとで、エルサルバドルで左翼のゲリラ戦が起きるというのです。これは間違いない事実です。ですから、この前、私たちの「ニューズ・ワールド」が「ニューヨーク・タイムズ」を攻撃しました。「ニューヨーク・タイムズ」が左翼系の勢力を支援しているのです。本当に痛ましい話です。言論界では、初めて「ニューヨーク・タイムズ」を打ちました。南米と中東にも新聞社を造り、ヨーロッパにも新聞社を造ろうとしているのはそのような理由からです。

11 一九八三年四月に、「ニューズ・ワールド」を「ニューヨーク・シティ・トリビューン」という名前に変更したのですが、その名前が本当に良いのです。これにより、初めてニューヨークに来る人は、「ニューヨーク・タイムズ」と「ニューヨーク・シティ・トリビューン」を見るようになります。アメリカ人たちの通念がそうです。

「ニューヨーク・シティ・トリビューン」と言えば、それは「ニューヨーク・タイムズ」と対等な立場だとみなすのです。また、「ワシントン・ポスト」と「ワシントン・タイムズ」を、一般の人々は対等に見ます。タイムズやトリビューンというのは、新聞世界における王の名前です。ニューヨークは、観光客がたくさん行き来する所です。ですから、彼らが時事に関する内容を知ろうとすれば、必ず新聞を買って読まなければならないのですが、このときには、「ニューヨーク・タイムズ」と「ニューヨーク・シティ・トリビューン」を買って読むようになるというのです。

12 今や「ニューズ・ワールド財団」に、韓国の「世界日報」が入らなければならず、アメリカの「世界日報」、日本の「世界日報」、「ワシントン・タイムズ」が入らなければならないというのです。その次には、「ニューヨーク・シティ・トリビューン」、「ウルティマス・ノティシアス」、「ミドルイースト・タイムズ」も入らなければなりません。これらすべての言論機関が、「ニューズ・ワールド財団」の中に入っていなければなりません。

アメリカの「ワシントン・タイムズ」がある程度の成功基準に達すれば、強大な力になります。これがある軌道さえ越えれば、その収益性は大変なものになるでしょう。また、これと関連する機関、行政機関であれば行政機関を中心として、どんなことでもできます。膨大な事業をすることができる強大な力をもつというのです。

第三節 「ワシントン・タイムズ」

創刊の背景と主要な編集方針

真の父母様は、一九八二年五月十七日、アメリカのワシントンDCで総合日刊新聞「ワシントン・タイムズ」を創刊された。「ワシントン・タイムズ」は、左翼系進歩主義の攻勢からアメリカを保護する保守言論を目指した。「ワシントン,タイムズ」は、進歩派の言論の代表格である「ワシントン・ポスト」と共に、ワシントン地域の二大日刊紙として、アメリカ政府の政策に対する論評により名声を得た。特に一九九二年四月十二日、金日成主席に単独インタビューを行うなど、多くのスクープによって注目を浴びた。また、「ワシントン・タイムズ」の姉妹誌として真の父母様は、一九八五年に総合月刊誌「ワールド・アンド・アイ」と時事週刊誌「インサイト」を創刊された。

1 アメリカという国は、自由世界を主導しているので頭です。この頭が麻痺すれば、すべて死にます。ですから、仕方なく、お父様は世界の終末時代が来ればどうなるかを知ったので、これに対処するために、ほかの人が考えないような準備をせざるを得ませんでした。それで、「ワシントン・タイムズ」をつくったのです。

ワシントンDCにある、たつた一つの新聞である「ワシントン・ポスト」は、左翼思想に染まっています。その新聞を毎日のように見る人々は、どのようになるかというのです。それで、五大財閥がこれを防ぐために連合して新聞社を造りましたが、失敗してしまいました。毎月、多くのお金を投入しなければならないからです。そのようにしなければ、ワシントンDCで進歩的な波を防ぐことはできません。

保守的な思想の新聞が一つもないというのです。その当時、アメリカに千七百以上の新聞がありましたが、保守紙、神側に立つた新聞は、(ワシントン DCでは)ただ一つ、「ワシントン・タイムズ」しかありませんでした。ですから東西南北の四方で、真っ暗な夜中の世界に、彼らだけが毎日のようにサーチライトを照らしている局面なのですが、不意に保守の灯台が現れるとはどういうことかというのです。

2 私に反対するアメリカを生かすために、私は「ワシントン・タイムズ」をつくりました。そして、アメリカの将来のために政党を教育し、指導者たちを教育したのです。真の愛は、怨讐を愛して余りあるものでなければならないというのです。ですから、このアメリカに建国の伝統を新たに立てなければならず、この国の国民が忠誠を尽くす以上に忠誠を尽くさなければなりません。韓国人である私が、韓国を愛する以上の愛国心をこの国に植えなければ、天の国の出帆ができないというのです。

3 一九四五年の光復以後から七年間で天が世界を収拾し、メシヤ圏世界に進出しなければならないのですが、(キリスト教の不信により)サタンが世界をすべて滅ぼしました。韓国を引き裂き、ドイツを引き裂き、全世界を二つに引き裂きました。そうして、サタン側が優勢になったというのです。その中で闘争した代表者がお父様です。アメリカに行き、旗をなびかせて、ソ連と衛星国家にブレーキをかけたのです。ソ連があのように崩れたのは、ゴルバチョフのゆえではありません。天のみ旨を中心として、お父様が「ワシントン・タイムズ」をつくり、反共体制を強化して世界的にブレーキをかけることによって、ソ連が敗れたというのです。

4 「ワシントン・タイムズ」は、家庭破綻を防止し、道義的な世界を目指しています。ですから、新聞の編集でも「家庭」という特別なぺージを設けて有名になりました。また、統一教会は、ワシントンDCで世界的な祝福結婚の行事を挙行します。アメリカでこのような喜ばしい知らせがどこにあるでしょうか。

外交の舞台や政治の舞台で名声をはせている人々が、統一教会の家庭運動の前には頭を下げるというのです。貧民は貧民なりに、上流層は上流層なりに、ここに関心をもっています。アメリカでその風が吹き荒れ、台風圏内に入るようになれば、すべての過去の出来事は過ぎ去り、新しい春が訪ねてきて、新芽が出てくる時代を迎えるのです。そのような希望をもって、このようなことをしているのです。

5 「ワシントン・タイムズ」が、アメリカを生かす旗手にならなければなりません。言論人たちをはじめ、誰が反対しても、今後、第二の憲法改正を通して、建国思想を是正しなければならないのです。

憲法を中心として、アメリカ国民が一つになっていません。新しいピューリタン精神を中心として、それ以上の天国の民の憲法をつくらなければならないというのです。キリスト教思想を離れては、それをすることができないので、そのような発表をしなければなりません。

6 「ワールド・アンド・アイ」の内容は、一般の新聞記者たちが書いた内容とは異なります。「ワールド・アンド・アイ」は、記事を書く場合、未来に対する方向を提示するのです。ところが、一般の新聞記者は、そのようなことはできません。学者たちの膨大な知識を通して、「アジアの状況はこうであり、アフリカの状況はこうであり、アメリカの状況はこうであり、ヨーロッパの状況はこうだから、このような結果になる」と、言論界を未来追求の方向に導いていくのです。

最初はそれが分かりませんでしたが、年がたつにつれて、そのような方向に学者たちが意見を集め、結論を出したすべての内容が、そのまま実現されます。ですから、世界の様々な方面の政策に多大な貢献をしてきたのです。

7 有名な学者たちが研究したことが、大学の図書館に埋もれています。ですから、世界の人類にとってどれほど損害でしょうか。それを即刻発表し、すべての知識人たちが活用できるようにしなければなりません。

世界的な研究資料は万民のものです。特定の学校の図書館の隅にのみ保管すべきものではありません。それを一九八五年十一月、「科学の統一に関する国際会議」の時に宣布しました。今、八十二ヵ国に「世界平和教授アカデミー」が編成されており、数万人の学者が連結されています。ですから、学者たちは、三ヵ月に一度ずつ原稿を送るのです。自分が所属する専門分野の系列で研究したもの、世界の問題を解決するに当たって役に立ち得るすべての資料を、即刻「ワシントン・タイムズ」の「ワールド・アンド・アイ」編集部に送るのです。この雑誌を私が一九八五年十二月から始めました。そうして、先頭を走る世界のすべての碩学たちが寄稿するので、教育界でこれを即刻、教えなければなりません。時代の先端で、世界の碩学たちを束ねて方向性を提示して前進しなければ、世界が滅びます。それは、アメリカにいるどの学者、どの言論人も、夢にも考えなかったことです。

8 私は、アメリカと法廷闘争をするテーブルの上で、「ワシントン・タイムズ」を創刊する資金の決裁をしました。「インサイト」と「ワールド・アンド・アイ」もつくりました。アメリカを生かすために、これらのことをしたのです。お父様がアメリカに責任をもつ立場に立ったことを知らなければなりません。アメリカを保護する立場に立ったというのです。いくら金城鉄壁のような悲哀の関門が迫ってきても、それを踏み越えるための、責任者としての使命と任務を全うしました。中心存在は、責任を負わなければなりません。また、保護する責任があります。アメリカを保護しなければならず、その次には、指導しなければなりません。自由世界の数多くの国家の運命が、ここにかかっているからです。

9 「ワシントン・タイムズ」は、時事解説を通して、アメリカが共産主義に対処できるように方向を示してあげ、「インサイト」は、国会議員たちが日々発言する内容に関して一〇〇パーセント、統計を出して発表します。どの国会議員がどのようなことを言ったかを、毎週紹介するのです。そうして、国会議員の左翼的な発言と国家にとって害になる発言を防止するのです。そして、「ワールド・アンド・アイ」は、世界の有名な学者たちを中心として、分野別に未来の方向性を示してあげ、アメリカが進むべき方向を指導しています。このようにして、一つの世界に進めるように努力しているのです。

保守世界の灯台

「ワシントン・タイムズ」は、アメリカ社会の伝統的な価値に基づいた保守的な論調を固守しながら、アメリカが進むべき政策の方向性を提示してきた。また、「ワシントン・タイムズ」は、冷戦時代の激動的な変化を、偏見なく掘り下げた報道をすることにより、ワシントンの政界で最も影響力のある言論としての地位を確立し、忌憚(きたん)のない論評によって好評を得た。「ワシントン・タイムズ」は、言論報道部門のほかに、編集部門でも言論界に革新的な旋風を巻き起こした。一九八八年十月十五日世界新聞編集協会は、アメリカとヨーロッパ、南米およびカナダの主要な新聞が応募した国際新聞編集大会において、「ワシントン・タイムズ」に最高賞を授与したのである。

*忌憚のない:遠慮のない

10 アメリカ議会から行政機関にいる官吏など、未来においてアメリカの中核になるべき人々が、進歩主義思想、進步世界の風潮に打ちひしがれて、方向を定められずに嘆きの極地に追われるようになりました。そのため、レーガン大統領が五人の富豪たちを集めて保守派の新聞をつくろうと決めました。しかし、アメリカ人たちが損害を被ることをしようとするでしょうか。やる人が誰もいないのです。

それで、アメリカが「怨讐だ」と言い、アメリカが追い出そうとしているお父様が、そこに足を踏み入れたのです。一九八二年一月一日に準備を始め、三月一日に新聞を作りました。一月一日に二百人を選定し、「三月一日に新聞を作りなさい!」と言って、五十八日で新聞を作ったのです。そのような歴史はありません。このようにして出発した「ワシントン・タイムズ」が、今に至っては、保守世界の灯台になったのです。

11 アメリカの行政府や情報機関も、「ワシントン・タイムズ」が世界を保護し、平和世界のために尽くしていることを知っています。今までの伝統から見るとき、統一教会は、アメリカでそのように反対を受けても争わず平和を追求し挙国的な国民教育とともに、正常な新しいキリスト教思想に根ざして歩んでいることを理解して、信任するのです。

アメリカの国民も、複雑な問題が起きれば、「ワシントン・タイムズ」がそれを正してくれることを知っているというのです。「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」は違います。しかし、「ワシントン・タイムズ」は一方通行です。キリスト教思想、保守派の伝統を中心とした新聞です。また、保守派だけではありません。右だけでなく、左まで抱いていくカインとアベルの思想をもっているので、ここで与党側の記事を三回出せば、必ず野党側(の記事) を一度、ないし二度まで載せて比重を合わせるのです。ですから、不平を言うことができません。

12 「ワシントン・タイムズ」は、世界の言論界の最先端を行っています。名実共に、保守世界随一の新聞になりました。今や、アメリカの言論界、「ワシントン・ポスト」や「ニューヨーク・タイムズ」も、「ワシントン・タイムズ」が保守世界のトップの新聞であることを、みな認めています。インターネット新聞とともに、保守世界の結束運動をしています。ですから、保守世界を率いていくのです。保守世界は、キリスト教思想の延長です。キリスト教思想を導いていかなければならないのです。

キリスト教思想を導いていくというのは、教派的な基準ではありません。根本的な面で、旧教も新教もすべて一緒に導いていくのです。既に学界や、私たちを知っている人々は、統一教会でなければ滅びると考えています。私たちが導いていくようになっているのです。この言論界が一〇〇パーセント包括し、方向さえ転換するようになれば、いくらでも消化して余りある時代になりました。

13 今日、戦略防衛構想(SDI)が問題になっています。ソ連とアメリカが誘導弾の問題を中心として、原子爆弾が九対一の割合に広がった状態で、アメリカがソ連を防ごうとするのがSDI開発問題です。そのSDIは、私が「ワシントン・タイムズ」を先頭に立てて樹立させました。これは政府の政策にもありませんでした。

お父様は、追われていても、「ワシントン・タイムズ」を中心として背後をコントロールし、レーガン行政府が政策として受け入れるようにしました。レーガン大統領が会談のためにジュネーブに行く時、私たちの編集局長を送って、「SDI開発計画において後退してはいけない!」と説明させました。お父様が、それを決定するように約束させたのです。

14 「世界言論人会議」のロンドン大会で、言論界最高の編集局長とオーナーたちに会って何の会議をしたのでしょうか。保守世界の言論界が自分たちの利益のために行ったり来たりし、新聞がいくつもあれば、かえって国家の政策方向を立てるのに妨げになるというのです。そうして、世界の世論が空中に浮かんで飛んでいく雲のようになってはいけないというのです。

ですから、「ワシントン・タイムズ」が保守世界を代表し、インターネットを中心として世界の保守系新聞に記事を提供するために準備をしてきました。そうすれば新聞が一つになるのです。「ワシントン・タイムズ」は、インターネットを通して新聞の特級秘密や、通信社から入ってくるものよりも次元の高い記事を提供できるのです。そのため、超国家的な面で言論界の人々が関心をもち、「ワシントン・タイムズ」をまず参考にするようになっています。そのような水準にまで上がってきました。

15 言論は、行政機関に影響を与えることができなければなりません。そのような知識的な資料を、言論機関が供給してあげなければなりません。それは政府ではできないのです。ですから、政府が言論機関の記事をすべて集めて要約し、供給してあげなければなりません。そのような資料が政府から毎週出るのです。

ところが、その六五パーセントから七五パーセントは、「ワシントン・タイムズ」が取材したものです。この事実は、世界のあらゆる行政機関の方向を「ワシントン・タイムズ」がコントロールしているという話です。「ワシントン・タイムズ」の記事を中心として要約した内容が、公報機関を通して全世界に連結されていくのです。ですから、世界に莫大な影響を及ぼしているのです。このように、「ワシントン・タイムズ」が知識世界はもちろん、これから発展する世界的な潮流に貢献することは、偉大な功績です。このような基盤がつくられることによって、共産主義が衰えていくというのです。

今までは共産主義と民主主義の対峙問題を中心として歩んできましたが、これからは、キリスト教思想の再建と家庭倫理の確立を標準として進んでいくのです。

16 「ワシントン・タイムズ」は、膨大な資料を保有しています。コンピューターで特定の人を調査しようと思えば、即時にその人に関する内容をすべて選び出して見ることができます。そのようにしなければ、世界を動かすことはできません。アメリカの国防総省と国務省、ホワイトハウスと多くの図書館が、世界的な秘密に関しては「ワシントン・タイムズ」に問い合わせなければならなくなっています。このように、「ワシントン・タイムズ」は世界一の情報紙として知られているのです。ですから、「ワシントン・タイムズ」が書いた記事は、世界にその名をとどろかすことができ、世界に影響を及ぼすことができる力をもっています。

17 「ワシントン・タイムズ」には、北朝鮮問題に関する専門家たちがいます。国務省の北朝鮮担当官が「ワシントン・タイムズ」と関係を結び、情報を交換しながら問い合わせてきています。彼らは、これから摂理が進む方向を知りません。私たちに頼るようになっているのです。言論界や政治家まで、「ワシントン・タイムズ」を訪ねています。最高の情報が集まり、神経のように統合された所が新聞社です。「ワシントン・タイムズ」は、上位クラスにいる数十の新聞と競争しています。世界のあらゆる情報機関と、六大州で影響を及ぼす先進国の代表の国々が、「アメリカで最も保守的でありながら信任を受ける新聞は『ワシントン・タイムズ』である」と考えています。

18 情報世界から脱落すれば、世界のトップにはなれません。情報が重要だというのです。ですから、私は新聞社を造ったのです。「ワシントン・タイムズ」の素晴らしいところとは何でしょうか。「ワシントン・タイムズ」はアメリカにある新聞ですが、お父様は一国のために働くことはしなかったというのです。神様のみ旨のために生き、世界のために働くのです。ですから、「ワシントン・タイムズ」はアメリカで一番の新聞になり、最高の位置に上がるようになりました。

19 一九八五年に、アメリカの言論界で三百の新聞を選び、その中で言論界に最も大きな影響を与え、話題となり、特ダネをたくさん扱ってきた代表的な新聞を選定したのですが、「ワシントン・タイムズ」が選ばれました。私はアメリカから罵られ、共産勢力から「ワシントン・タイムズ」について脅迫、恐喝を受ける状況で、自由世界のために生き、神様のみ旨のために生き、神様が願う路線のために、受難の道を歩んでいるのです。

私たちは、その脅迫と恐喝に正面から立ち向かい、世界の癌のような基盤を爆破するのに、勇士となって走っています。正義の道理を訪ねていくべき歴史はもちろん、天は、このような団体を立てて、主人の位置に、中心の位置に置こうとするのです。天運がそのようにしているというのです。ですから、「ワシントン・タイムズ」を中心として、アメリカの言論界は自然に屈服せざるを得ないというのです。

20 「ワシントン・タイムズ」は、世界の八千の新聞社が集まったレイアウト大会で、百項目のうち、三十八項目で賞を受けました。それは、最優秀賞です。その大会では、世界的な大手新聞社の芸術・美術分野の専門家十二人が審査委員として集まり、審査を行いました。その審査委員の全員が、「一等」という評価を下して表彰されたことが一九七一年に一度あったのですが、一九八八年に、「ワシントン・タイムズ」が(そのような形で)表彰されたのです。

21 今、「ワシントン・ポスト」と「ニューヨーク・タイムズ」は、「ワシントン・タイムズ」の新聞編制に追従しています。レイアウトのようなものは、私がコーチしました。お父様は、そのような面で芸術的感覚が優れています。線を引くことから、レイアウトをすべて教えてあげました。それが十年間新聞の展示会で常に一等を取ったのです。

第四節 韓国の「世界日報」

創刊目標と理念

真の父母様は、一九八九年二月一日、韓国のソウルで総合日刊紙「世界日報」を創刊された。「世界日報」は、「愛天・愛人・愛国」を社是に、「祖国統一の正論、民族の気概の発揚、道義世界の具現」を理念に掲げ、保守正論新聞としての地位を確立した。また、「世界日報」は創刊以降、世界の主要地域に特派員と通信員を置くなど、国際的ネットワークの構築を通して、国際ニュースに強い側面を見せてきた。

1 「宗教指導者が何ゆえに莫大な資金を投入して言論事業に力を注ぐのか。その本当の動機は何なのか」などと気にかけている人々が多くいます。それに対する答えを一言で要約すれば、今日の世界が平和か戦争かを決定するのに、言論の責任があまりにも重大であることを、私がよく知っているからです。

二十世紀の後半は、言論によって支配されている時代です。ですから、言論の力と責務が、原子爆弾や軍事力よりさらに大きくなっています。したがって、言論が一貫した真の価値観に立脚して正論を展開するとき、その言論は世界平和の旗手になり、無責任と誤導と扇動によって国民を幻惑するとき、その言論は世界平和を破滅させる道具になるでしょう。

2 私は、韓国を宗主国とし、世界百六十ヵ国に宣教基盤をもっている統一教会の創始者です。宗教指導者である私が、宗主国の韓国で総合日刊紙「世界日報」を創刊したのは、私たち人類すべてが理想とする平和と自由、そして、神様の創造理想が実現した、真の愛が花咲く人類共栄の世界を建設するために、言論の役割が必要不可欠であることをよく知っているからです。

3 「世界日報」が、産声を上げてこの地に誕生しました。「世界日報」は、自由言論の表象であり、責任言論の鑑になることを闡明して、皆さんの前に現れました。「世界日報」は、正義には多くの涙を流し、不義には赦しがないでしょう。「世界日報」は政党を超越し、ある特定の宗派のために存在するのではなく、国民と国家と世界のために、血と汗を惜しまないでしょう。

一言で言えば、「世界日報」は韓民族の矜持であり、世界の人々の誇りになるでしょう。「世界日報」は、アメリカの「ワシントン・タイムズ」と共に、東西にそびえ立つ真理の灯台となって、真実と偽りを明確に区分する知性紙、真の自由民主主義の灯火(ともしび)となるでしょう。「世界日報」は、正に皆さんの新聞です。皆さんの声であり、皆さんの代弁紙です。「世界日報」はすなわち、皆さんの良心宣言なのです。

4 統一教会は、神様の摂理を立てようとするところです。人類を救おうとするところです。私たちは新聞を作りますが、統一教会の機関紙を作るのではなく、神様のみ旨における機関紙を作ると考えなければなりません。神様のみ旨を中心とした摂理史的機関紙だと考えなさいというのです。統一教会の機関紙として考えてはいけないというのです。そのような観点をもってはいけません。ですから、毎日のように教育しなければなりません。み旨は、世界的なみ旨であって、統一教会の中のみ旨ではありません。これは、神様のみ旨です。

5 「世界日報」が私の話を聞けば、早く発展するでしょう。今まで言論人たちがもってきた、「言論人はこうでなければならない」という習慣性は、絶対的なものではありません。知識のために絶対性があるのではないというのです。今後、「世界日報」が発展するためには、どのようにすべきでしょうか。発展の根本動機とは何でしょうか。団結しなければならないというのです。上から下まで団結しなければなりません。

「世界日報」は、誰の会社でしょうか。自分の会社です。共通分母は何でしょうか。国を生かすことが共通分母です。国を生かすための自分の会社だというのです。ですから、職員たちは、愛国者たちが国のために一つになった以上に、ここで一つにならなければなりません。国と人類を中心として、そのようにならなければなりません。そうすればすべて終わるのです。

6 私が「世界日報」を創刊した目的は、会社の理念で明らかにしたとおり、「祖国統一の正論、民族の気概の発揚、道義世界の具現」にあります。これは、国家的立場から、誰もが願わざるを得ない内容です。さらには、人類文化史的な観点から、「世界統一の正論、人類の気概の発揚、平和的道義世界の具現」となるでしょう。私は天意に従って、国家と世界が平和世界になるように努力してきました。

7 食口たちが早朝三時、四時に新聞を持って家々を回りながら、大韓民国統一のために祈っています。そうでない食口は、(それぞれの立場で)先頭に立って、彼らに手本を見せてあげなければなりません。新聞によってたたかれ、新聞で損害を被った恨をもつお父様であることを知らなければなりません。「世界日報」の理念を見てください。お金を稼ぐために造ったのではありません。お金を奪い取って稼いでいる人たちをこらしめようと思います。歴史の伝統と未来の希望の行路には、このような誤ったすべてのものを清算してこそ、進めるようになっています。そのようにしなければ、連結されません。

世界の問題を早く解決しなければならない責任が、私たちにあります。そのようにすることによって、皆さんの生きる道を模索するのです。

8 私たちは、「世界日報」を越えて、大韓民国の言論界で社会の道義的な面を鼓舞し、未来の世界に希望を懸けた民族精神を見つめて、道義の刀を振るうことができる人にならなければなりません。

言論人として、正義の筆を手にすれば、刀よりも恐ろしいのです。刀で勝敗を競えば、敗者と勝者が早く決定しますが、文章はそうではありません。甲論乙駁(こうろんおつばく)して、何世紀も、何千年も正否を判断できないのです。ですから、皆さんは出発から終わりまで、はっきりとした姿勢で、責任的立場、深刻な立場に立って文章を書かなければならないというのです。「世界日報」の職員たちは、内外を一つに合わせるために、深刻な人々にならなければなりません。

9 南北統一をしようとすれば、隠れた人材が必要です。新聞を出すのは簡単なことではありませんが、民族を代表する新聞社を造らなければなりません。南北を統一しようとすれば、新聞社がなければならないのです。これから各市と道に月刊誌を作ろうと考えています。それで、今その準備をしています。この国をこのまま放っておいてはいけません。

私が千辛万苦の末に、これほどの基盤を築いてきたのは、天理を仰いできたからです。ですから、私はただそのまま歩んでいくことができません。南北統一に向けた正論紙として創刊された「世界日報」を、皆さんがいる村ごとに普及させなければならないというのです。商売をするための新聞ではありません。お金のために闘う新聞ではないのです。

10 韓国統一ができる雰囲気をつくらなければなりません。津々浦々、家ごとに出入りしなければならないのです。「世界日報」という新聞を持って、そのようにしなければなりません。「世界日報」を持っていく人は、天宙日報の主人です。愛の日報を持っていくのです。愛の安息所に運んであげるための天の国の使者たちです。そのような意味で、門前で迫害を受けても、沈黙しなさいというのです。口を開いてけんかをするようになれば、その次は(そこに再び)行くことができません。沈黙して自分の使命を果たすために一〇〇パーセント以上投入すれば、真の愛のひもは次第に太くなって縄になり、縄が集まって縄の束になります。このようにすることによって、韓半島は韓民族の始祖が成し遂げられなかった本郷になるのです。したがって、沈黙し、忍耐しながら、黙々と前進しなければなりません。そこから、み旨は自動的に完成するでしょう。

責任言論、道徳言論を目指す

真の父母様は、「言論はすなわち、真理の代弁者であり、良心でなければならない」と語られ、正統正論紙として「世界日報」が進むべき方向性を提示された。特に、世界が価値観の没落によって混乱している状況で、社会を指導する教育の責任を担わなければならないことを強調された。また、姉妹メディアである「ワシントン・タイムズ」「UPI通信社」などとの交流を通して、同際的ネットワークを強化しなければならないと語られた。

11 「世界日報」の「世」の字は、この世の中のことです。「日報」の「日」の字は、日にちの「日」です。ですから「世界日報」は、世界の日を報告するのです。どのような日かと言えば、悪い日ではなく良い日です。それでは、大韓民国にとって良い日とは何でしょうか。「世界日報」は、良いことをたたえ、悪いことはたたかなければなりません。それが正道です。責任をもつ言論人にならなければなりません。その信念に自分の命を懸けて責任をもたなければならないのです。

12 皆さんは国民の前に、新聞記者としての実績を残さなければなりません。その実績とは何でしょうか。皆さんの息子、娘に、「私は正義の道を歩んだ」と言って立て札を書いてあげ、遺言を残すことができる自信をもった新聞記者が何人いるかというのです。深刻な問題です。これが現実的な問題です。知識で世界を動かすのではありません。お金で世界を動かすのではありません。権力で世界を動かすのではありません。真をもって世界を動かすのです。真によって動かすのです。結局、「世界日報」は、正義の日々をいかに立てるかという闘いをするのです。

13 「世界日報」は、全世界の最も良いものを記録して、社会に指標を立てなければなりません。そのような立場で国を批評し、アジアを批評し、世界を批評しなければなりません。「これがキーポイントである」と自分が確定して発表したものが神様の絶対的な目から見るとき、何パーセント合っているでしょうか。新聞記者として記事はうまく書いても、それが神様の目から見るとき、何パーセント合うかというのです。問題はそこにあります。良心を欺いてはならないというのです。

14 言論機関は、社会教育の標準を立ててあげなければなりません。言論が世界を滅ぼしています。大学の御用学者のようになってはいけません。大学の二世たちを自分以上に貴く育て上げる責任を果たさなければなりません。教育を受けた大学出身者たちが社会に出ると、腐敗してしまいます。誰がそのようにしたのでしょうか。言論人たちの責任が大きいというのです。

言論人たちは、現実的生活の利益を追求することをより考えるのであって、公的なことや民族の将来は考えないというのです。ですから、責任言論、信義言論を主張しながら進めています。このようにして社会教育をするのです。

15 「世界日報」は、「セゲ(世界)イルボ」というからには、正義に立脚して「強烈に(セゲ)」進まなければなりません。どれほど強烈に進むのでしょうか。私よりも、さらに強烈に進まなければなりません。息子、娘、子孫が自分の先祖よりもさらに立派であってこそ、今後その家も、会社も、国も、滅びずに栄えるのです。私よりさらにがむしゃらに、さらに強烈に進みなさいというのです。瞬間を中心として闘う時は、生命を懸けるだけではいけません。「お父様が生命を懸けたならば、私は愛も懸け、生命も懸け、知識も懸け、お金も懸け、権力も懸け、お父様以上にもっと強烈に進もう!」と言って内外に一つになれば、世界が統一世界へと進む、新しい扉が開かれるでしょう。

16 これから「統一思想研究院」を、「世界日報」の研究機関として位置づけなければなりません。そして、今後、編集局長と論説委員と主筆、編集局の部長以上の人々は、幹部として、もちろん文章を書くことも必要ですが、思想的な面やあらゆる面で、堂々とした理論をもって、国家指導者たちを教導できる責任者にならなければなりません。

今まで私がしてきたすべてのこと、「科学の統一に関する国際会議」や「世界言論人会議」のようなものは、再教育することを標準にして全般的に準備してきたので、今や、この頂上の基準を韓国の言論界に結んでおかなければなりません。教育というものは、一定の教科書によって、国家の施政方針、すなわち教育部が定める法規内で動きますが、言論界はそうではないというのです。ですから、この言論界を中心として、新しい教育の方向を強化するためには、思想的な面を重要視しなければなりません。しかも、北朝鮮と対峙している立場なので、思想的な面に関心をもたなければならないのです。

17 私たちの新聞社には、モニター要員が必要です。五年から十年後に新聞社を動かすことのできる人を、誰がたくさん育てるかが問題です。ですから、モニター要員制度を活性化させなければなりません。これから、「新聞記者は学校の先生よりも高い位置に上がる!」という思想を入れるのです。そのような点で、私たちは道義教育と社会浄化、人倫や道徳の問題を扱う新聞を作らなければなりません。

18 「ワシントン・タイムズ」では千人以上が働いています。白髪交じりで額がはげ上がり、目の青い人々が、私を心から尊敬しています。

「世界日報」を、その「ワシントン・タイムズ」と連結させてあげようと考えています。「ワシントン・タイムズ」の人を、「世界日報」にいる人といつでも交換できるようにしなければなりません。「世界日報」の記者たちが特派員として仕事をしていては、役に立たないと考えるのです。交換要員として行って特派員ができるようにしてこそ、どこに行っても「ワシントン・タイムズ」新聞社を活用できるのであって、付いて回りながら、自分の仕事が生じたときだけ働いていてはいけません。みな一緒に交流できる体制をつくって、日本の「世界日報」や「ミドルイースト・タイムズ」も、この基準で編成しなければなりません。

一人か二人を抜いて、人が足りなくなれば、何人かで手伝いながら編集をしてでも、外国に行ってくることができるように編制してみなさいというのです。「百聞は一見にしかず」なので、様々な場所を通して交流できる道を用意しなさいというのです。そうして、一つの家庭のようにしながら、新聞社の徹底した方向を中心として、今後、希望的な「世界日報」にならなければなりません。

19 皆さんが記事を書くときには、自分の名前をかけて、責任をもって書かなければなりません。私がアメリカで「ワシントン・タイムズ」を造って出発するとき、「『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』を踏襲してはいけない」と言いました。それは宣言です。私たちは独自的です。独自的な標準を私が立てたのです。

日本の「世界日報」も、今や基準に達しました。部数を増やしてはいけないというのです。配達の部数を少なくして、新聞社に来て新聞を持っていくようにするのです。今や、分かる人たちは分かってくれるようになりました。政府でも分かってくれるのです。なぜでしょうか。時事分野では、世界情勢について誰も付いてくることはできません。情報において、私たちが世界の先頭に立ったからです。アメリカのような国は、新聞が進歩的です。ソ連の間接的な宣伝紙のようになっています。すべて敗北的で、退廃主義的な思想を鼓吹(こすい:励ますこと)する刺激的な論説を書いています。しかし、私たちは違います。ですから、目を皿にして勉強しなさいというのです。

20 「世界日報」を世界的なモデルケースとして、これから「ワシントン・タイムズ」のように、世界と通じるアジアの代表言論機関にしようと考えています。そうするためには、ワシントンDCで作った六十ページの「ワシントン・タイムズ」の記事すべてが、ここの「世界日報」に入ってくるようにしなければなりません。このようにするためには、世界のニュース紙面を今より倍に増やさなければなりません。

「ワシントン・タイムズ」に文化部や宗教部、家庭部があれば、そこから出てくる記事の内容を、ここで翻訳できる実力がなければなりません。英語版「ワシントン・タイムズ」の記事内容を読んで、すぐに韓国語に翻訳して、韓国の実情とアメリカの実情を混合させ、新しい新聞を作るのです。

21 AP通屠やUPI通信から、今まで特派員を派遣した場所は、世界各国で百ヵ所を超えません。しかし、私たちは、百八十ヵ所からあらゆる写真や専門的な記事の内容が送られてくるので、一国の記事をただそのまま韓国に紹介することができ、各国のものをいくつでも新聞に出すことができるのです。このように増やしたり減らしたりしながら、何ヵ国かの記事を用いて一気に作るようになれば、いくらでもこの新聞を見るようになっているのであって、ほかの新聞を見るようにはなっていません。部数のために、ほかの新聞に追従しながら作ってはいけないというのです。

22 世界が価値観の没落によって混乱状態に陥っているので、誰かが旗手にならなければなりません。それが必要な時です。共産主義世界が崩れ、民主主義世界が崩れるこの時に、誰が旗手になるのでしょうか。私たちしか、お父様しかいないではないかというのです。

今からは、自主的な時代となり、自主性を確立させなければならない責任があります。そのようなことを教育していかなければなりません。徹底的に教育しなさいというのです。もはや、私たちが追従していく必要はありません。「ワシンン・タイムズ」もそのようにしたので、非常に短期間のうちに、世界的基準をつかんで上がってきたのです。追いかけていってはいけないというのです。私たちは私たちの論調を中心として、堂々と進まなければなりません。

23 「世界日報」は、韓国にある十大新聞社を絶対に追いかけてはいけないというのです。私が「ワシントン・タイムズ」を造るときに訓示したことも、絶対に既成の新聞を追いかけてはいけないということでした。新聞は、国家的基盤における公認された立場で、国家や主権に影響を及ぼすことができます。そのような状況で新しく出てきた新聞が、既成の新聞を追いかけては、いくら(世の中の)空気を変える記事を書いても、関心を集めることはできないのです。

第五節 週刊紙、および通信、映像、出版のメディア

週刊新聞の創刊

真の父母様は、一九八九年十月三日、韓国で「世界平和教授アカデミー」所属の教授たちを執筆陣に迎え、教授と学生を対象にした「全教学新聞」を創刊された。そして、一九八〇年四月二十一日、アメリカのニューヨークで中南米系の住民を対象に、スペイン語新聞「ノーティシャス・デル・ムンド」を、一九八三年三月一日、エジプトのカイロで、「ミドルイースト・タイムズ」を、一九九六年十一月二十三日、アルゼンチンのブエノスアイレスで「ティエンポス・デル・ムンド」を創刊された。一九九〇年九月七日「ワシントン・テレビジョンセンター」を開館されるなど、映像・放送メディアにも多くの関心を傾けられた。また、アメリカの有力な通信社であるUPIを二〇〇〇年五月十五日に引き継がれた。

1 「全教学新聞」は、教授と大学生を中心とした思想新聞です。これが、週刊紙として出ていたのが日刊紙になれば、社会にまで影響を及ぼす国民教育の資料になるのです。ですから、これから「世界日報」を読む人々は、この「全教学新聞」を読まなければなりません。お父様の思想を知らなければならないのです。統一教会員以上になるためには、お父様を中心として、実戦の場で経験を積まなければなりません。

2 「全教学新聞」は、各政党が建設的で進歩的、前進的に発展できるように影響を与えなければなりません。私が党をつくり、それらの政党と闘わなくても、党が正しい道を行けるように、指針と目標をつくっておかなければなりません。そのようなことをする人は、私しかいません。ですから、「全教学新聞」を作りました。

「全教学新聞」は、学生たちが作る新聞ではありません。新聞を作る人は教授たちです。ですから、「全教学新聞」を、言論人たちは軽く見ることはできません。ここにはパンチ力のある言葉が無限にあります。ですから、名前も「全教学新聞」です。「全国教授学生新聞」ではなく、「全国教授学問新聞」だというのです。教授たちが学問的に批評する新聞です。

3 言論界、学界、「世界平和のための頂上会議」、「世界平和連合」、「世界平和宗教連合」の人々を総括して、社会の道義教育に力を注げるようにしようというのが、お父様の計画です。今まで言論界が世の中をめちゃくちゃにしてきました。私は何をするために教授たちを支援してきたのでしょうか。それをするために、韓国では「全教学新聞」を作り世界的には「ワールド・アンド・アイ」を作ったのです。

4 アメリカ内で、スパニッシュと黒人たちは、お父様に希望をもっています。ですから、黒人はワシントンDCを中心とし、スパニッシュはニューヨークを中心としているのですが「ワシントン・タイムズ」と「ノーティシャス・デル・ムンド」が、彼らを中心に連結されてきています。そして、ニューヨークでは、白人ではないすべての人種を糾合するための運動を、ニューズ・ワールド」がしています。

ユダヤ人も私たちに反対しますが、(その人たちまで)包括するための運動をするのです。南米がアメリカに対する宣伝を必要とすれば、私たちを通してしなければならず、スパニッシュや黒人たちがアメリカで全国的な活動をしようとすれば、お父様を前に立てざるを得ない段階に入ってきました。そのようにしながら、今に至るまで、科学者たち、世界の知識人たちを集めて、大学で大学原理研究会を中心として動いています。これらすべてのことが、全体的で世界的な観点から見るとき、内的強化のための不可避的な行動だというのです。

5 「ティエンポス・デス・ムンド」を造った目的は、家庭破綻を防ぎ、青少年を教育するためです。それを論題の中心として書いていくのです。それは、マフィアやギャング、政治家、スパイとして謀略を巡らす人も必要とする課題です。

これをどのように解決するかを今までお父様が考え、この版図を拡張することを一番の目的としてきたので、大きな文字で刷って強調してきました。それを重ねて強調しました。家庭破綻を防ぎ、青少年を教育することができるのは私たちしかいないので、これを先導し、正義の社会を具現するためにこの新聞社を造ったのです。

6 私たちは、学界組織をもち、新聞社組織をもっているので、新教と旧教を和合させる人は、私しかいないというのです。今、北米は北米自由貿易協定 (NAFTA)を通じてアメリカの新教を中心に集まり、南米はヨーロッパ派のカトリックを中心に一つになっているのですが、この新教と旧教が争っています。ですから、争う新教と旧教を連合する運動を、私がしているのです。これを連結させるためには、新聞社が必要です。そうして、思想的な世界の情緒を中心として、南米の新聞社を一段階、復活させてくるのです。それをしているのが、皆が反対していた「ティエンポス・デル・ムンド」という新聞です。取材内容や編集においてトップを走っています。

7 中南米の三十三ヵ国は大部分がカトリックの国家ですが、お父様が南米に行くというので、みなが反対しています。そのような渦中で、お父様が「ワシントン・タイムズ」を中心として、南米に新聞社を造りました。アメリカの財閥たちが十年間、合同で造ろうとして造れなかったものを、九ヵ月で私が造ったのです。ブラジルよりアルゼンチンのほうがローマ教皇庁の直系です。ブラジルはポルトガルの影響下にあり、アルゼンチンはスペインの影響下にあります。ローマ教皇庁の直接的な影響下にあるアルゼンチンを中心として、私たちが「ティエンポス・デル・ムンド」という新聞社を造りました。それで、その国の秘密プロジェクトをすべて把握しているのです。三十三ヵ国がどのように動いているかを知っています。最高の情報の鍵をお父様がもっているのです。

8 放送できるように教育し、放送できる資料を作るシステムをワシントンDCに備えました。ですから、ドキュメンタリー映画のようなものを編成することでは、今ナンバーワンです。お父様がそのようなものを標準として、世界最上の施設を備えました。

ニューヨークやワシントンで一番であれば世界で一番です。日本の資材や機材の中でも最高、最上の資材や機材を投入して、世界にない施設を造りました。そうして、これに「アトランティック・ビデオセンター」と名づけたのです。「Aビデオセンター」という名前で有名です。

9 ワシントンDCには、「ワシントン・テレビジョンセンター」があるのですが、これは世界的な電子通信社です。映像通信社を造ったのです。今までは文字通信社でした。これは、記事をAPやUPIのような通信社を通して全世界に文字で送るのではなく、衛星を通して映像プログラムとして送るのです。送ってきたものをそのまま切り取って放り込み、回せばいいようになっています。視聴覚教育時代に入ってきたのです。万全の準備をしてそのような施設を備え、先日、落成式を行いました。

これから内的体制の人的構成は、教授たちを中心として行います。「世界言論人会議」と「世界平和のための頂上会議」などに関わりのある世界最高の知識人と学者、言論人、元大統領を中心として、後援会をつくるのです。そうして、世界の有名な国は、すべて私たちのこの通信番組を見ざるを得ないようにするのです。十五分のもので、その骨子だけ作っておけば、自分の番組を中心に放送し、中間にそれを揷入できるようにスイッチを押せば、入れ替わるのです。韓国であれば、韓国の放送局で作ったもののように制作し、世界的なニュースの材料を作って販売するのです。

10 今までは文字通信社を通した言論時代でしたが、これからは映像、テレビ通信社時代が来ます。それを私が最初に始めました。全世界の人々がこれを見ざるを得ないようにして、方向を収拾するのです。若い青年男女たちが、(退廃的な)ロックミュージックや、フリーセックスの内容を中心としたありとあらゆる騷がしい退廃的な雑誌によって腐敗していくのを、清算しなければなりません。

ですから、傑作映画を毎週一編ずつ作って世界に送るのです。また、時事解説など、時事に関するすべての内容を収め、一週間に映像を一編ずつ作って送るのです。そのようにすれば、それを見ざるを得ません。その主題歌を流行させ、暗黒の世界に落ちていく今日の方向を「回れ右!」と言って、新しいところに向けるのです。そのように放送するのです。アメリカでは、二十四時間、毎日のように普及させられる万全の準備をしておきました。

11 アメリカに「ニュー・フューチャー・フィルム」という私たちのビデオテープの工場があるのですが、そこから一日に五万本のビデオテープが出てきます。今まで全世界で作った映画を複製して分野別にするのです。教育映画、スポーツ映画、舞踊映画など、分野別に分類し、図書館のようにしておくのです。その次には、世界的に私たちと連結されている有名な学者たちを中心として、すべての専門分野のビデオテープを作ります。三時間もの、十時間もの、三十時間もの、五十時間ものを作るのです。五十時間あれば、すべて終わります。

有名な学者たちの講義をビデオテープに収めておけば、いつまでも使い続けることができます。このようにして、毎日のように私たちが出す教育的資料を見ることができるようにするのです。そうして、健全なビデオテーブを一年くらい見るようになれば、風潮が変わります。流行が変わるのです。このようにしなければ、世界的に乱舞する、この退廃的風潮を防ぐ方法がありません。

み言および摂理歴史の記録

真の父母様は、生涯にわたって、多くのみ言と業績を残された。これを保存し、記録、編纂して、後世に永遠の資料として残すため、成和出版社と歴史編纂委員会、「平一企画」などを設立され「成和」誌や「統一世界」誌など、多くの媒体を創刊された。一九六一年十一月一日に出発した歴史編纂委員会は、歴史編纂と資料の収集および保管などを担当している。二〇〇四年十月一日に設立された「平一企画」は、各種の映像メディアを制作してきた。

12 今後の新しい文化世界創建のための伝統的資料を、どのように設定するかは、お父様に侍って生きる側近の人たちが重要視しなければならない中心問題です。

今までの責任者たちは、歴史的伝統を知らずにいます。これからの後代の子孫たちにとって、お父様が生きているこの当代、この当時の資料がどれほど貴いかを知らずにいるのです。お父様の説教集を編成することもそうです。火事になれば、このみ言がすべて吹き飛んでしまいます。ですから、歴史編纂委員会でもそれを知らなければなりません。私たちの行事で重要なものを、一級、二級、三級、四級、このように定めて、これを歴史の伝統的資料として残さなければなりません。

このみ旨は、統一教会だけで動かすことができるものではありません。統一教会を中心として、国家とアジアと全世界に影響を及ぼした、その伝統内容を編成していかなければなりません。そうすることにより、これから統一教会について調べようとする人がいれば、直ちにここに接して調べることができるのです。この文献を通して、歴史的伝統を追求することになるのですが、その追求する内容は膨大だというのです。自分たちのある一国家や一団体ではなく、世界的団体と世界的国家が入っていて、自分たちの一つの宗教的な団体ではなく、総合的な数多くの宗教団体が入っています。このようなものを見れば、若者たちは興奮せざるを得ません。ですから、資料が必要だというのです。

13 統一教会員たちは、歴史的資料についてよく知りません。現実と関係を結ぶことや、現在の環境で歩調を合わせることに汲々としているので、歴史というものを考えることができなかったのです。ですから、説教集を作るように、お父様がすべてしてあげました。奨忠洞(チャンチュンドン)時代の歴史や、梨花女子大学退学・退職事件のようなことを知らなければなりません。その当時の、転換時期における韓国の実状がいかなるものかを知らなければならないのです。宗教的背景に従って摂理をまとめてきたお父様は、すべて反対ではなく、和合できるようにまとめてきました。そのように関係を結んでいるのが個人的時代でしたが、家庭時代に連結できる思想的内容がなければなりません。ですから、説教集が必要なのです。過去、現在が必要です。ところが、過去のことはあまり知りません。復帰と言えば、旧約時代のエデン復帰派、新約時代のエデン復帰派、その次に、成約時代のエデン復帰派に分かれてくるのです。そのようなことを学問的に整理できる体系的な基準を立てなければ、関連性をもつのが難しいというのです。摂理史全体を知らないからです。ですから、過去、現在、未来を経ながら、これを再び補強してあげなければなりません。そのようなことを、歴史編纂委員会でしなければならないのです。

14 ある人がいれば、その人には小学校から中学・高等学校、大学まで出てきた歴史があるように、お父様にもそのような歴史があります。お父様がソウルを中心にして活動していた壮年時代が重要なのですが、誰もそのことについて詳しく知りません。一緒に釣りをしに通ったり、魚取りをするために付いて回ったりした人々の記録は多いのですが、それを連結させられる経験者がいません。歴史編纂委員会で、その人々を中心として連結できるように、インタビューでもしておかなければなりません。新たにしておかなければならないというのです。その人々が、詳細に自分たちの歴史を書かなければなりません。大概は同じ時代ですが、指示した命令によって、活動した内容が違うというのです。それを時代別に編纂すれば、文化史が出てくるのです。そのように整理しておかなければ、混乱が生じます。そのためには、すべての材料を再びつくってでも、説明したとおりに結果が連結された事実を総合して、観察できる記録を残さなければなりません。記録があってこそ博物館を造ることができ、博物館があることによって、補充材料をもってきて、表れていないものを二次的に復元できるのです。現在と過去を連結するものや、何段階かの証拠物をもって連結しなければならないのであって、突然、十年、二十年飛び越えてはいけないというのです。ですから、材料が必要です。

それで、日記を書きなさいと言っているのです。船であれば、船に関する日記、車であれば、車に関する日記、どこに行ったかをすべて記録しなければなりません。ここの主流的人物や核心メンバーが誰かなどを綴り、記録をもって博物館のようにしなければならないというのです。

15 韓国の歴史編纂委員会は、様々な本を制作できる基盤ができています。電算装置が整っていて、膨大な資料を瞬時に検索できます。「平壌」と打てば、お父様の説教集、すべてのみ言選集の中から、「平壌」と関連した内容を検索することができます。そのように検索できるシステムができているので、新しい冊子を編集するのは時間の問題だというのです。一瞬にして抜き取ることができます。そうして、体制を整えて本を作ることができるのです。

16 成和出版社では、早急に、お父様が講演したすべての内容をシリーズで編成しておかなければなりません。み言もそうであり、歴史の編纂もそうです。一九五七年に伝道に行ったときに書いた感想文のようなものを冊子として記録しておかなければなりません。特定事項のようなものを冊子にし、資料が多くあるものを整備しなければなりません。第一次整備、第二次整備、第三次整備、このようにしておいて、その次には博物館に積んでおかなければならないのです。

17 統一教会の歴史を明確にし、統一教会の現在の時点を明確にし、統一教会の未来を明確にしなければなりません。そのためには、お父様が語ったことをすべて整理しておかなければなりません。いくらすべてのことに通じる人だとしても、お父様の心については分からないのです。生きている間にそれが何のことかをお父様に尋ねて、答えをまとめておかなければなりません。後代のことを考えるのであれば、そのようなことを考えなければなりません。

み言集は子孫万代の宝物です。財産として譲ってあげなければならない宝物です。伝統を引き継ぐことができない人は流れていきます。いくら騷々しい世の中の環境でも、そこに流れてはいかないお父様です。今、文化時代を中心として、これを整備しなければなりません。

18 天の国にも電波があります。天には「天波」があるというのです。地にも「世波」があります。その次に「人波」があって、人間が暮らす実情はどうかということも、インターネットを通して、電波を通して連結するのですが、この電波を統一して送る会社が「平一企画」です。それを始めたので、天の知らせと地の知らせ、体と心が願う知らせを中心として表題をつくり、生活舞台に近づけるようにしなければなりません。そのためには、芸術分野や技術分野など、あらゆる活動分野に力を注いで、発展していかなければならないのです。

19 音は、独自に出すことはできません。相対的関係がなければなりません。波長は単体では出てきません。相対的関係から出てきます。電波には「天波」があり、地上にも相対的運動をする存在が波長を出す「世波」があり、心の世界から出す人格教育を中心とした道徳的観念の「心波」があり、そして、体には自分の個人主義的欲望、自分第一主義を主張する退廃的な思想の「肉波」があります。

「肉波」は、邪悪な世の中で、どれほどよく変わるでしょうか。「肉波」は、世の中を変化させるのではなく、世の中の変化に付いていき、「心波」も霊界の変化に付いていっています。ですから、「天波」と「世波」を主導する心と体の世界にならなければなりません。したがって、「心波」を完成した波動がインターネットで主流になり、完全に両世界を統括して、統一和合、平和統一をする「平一企画」にならなければなりません。多様な映像世界の実体像をどのように感覚器官に反映させ、知覚によって意識構造の世界で悟らせるかというのです。

20 コンピューターは秘密の宝箱です。大きな図書館が一つ入っているのと同じです。作業をしながら、何でも抜き出して使えるようになっています。統一教会が社会的に何か問題になったという場合、放送局を通してそのように問題とする背後を明らかにしたのち、それまでに蓄積された秘密の包みをほどき、原理の根本から詳細に統一教会の実像を紹介するのです。そのような競争時代に入ります。そのようになれば、一瞬にして世の中がひっくり返ります。それを今、準備しているのです。

ですから、最高の施設を造りました。現在の放送局にない最高の施設を備え、いつでもその資料を中心として、質の良いドキュメンタリーを作り、映画のように編集するのです。これからインターネットを通して、新聞社が競争しながら資料を抜き取って使うことができる最高のセンター(施設)を造るのです。そのため、日本とアメリカと韓国で資料ができれば、「平一企画」にすべて送るようになっています。ですから、世界のすべての新聞社は、プラグさえ差せば、ここの秘密がすべて流れていくのです。そして、個々人だけでなく、今まで言論界や政界、文化活動を行う世界で「統一思想」を危険視してきましたが、これから扉が開いていけば、世界はすべて一つの方向に追われていくのです。このような道をつくってあげなければなりません。

21 私たちの報道資料は、世界のいかなる新聞社も問題ではありません。「ワシントン・タイムズ」やUPI通信など、世界に広がっている新聞社の組織を中心とした膨大な資料があるのです。逐一取材して書くのはごく一部です。ですから、その内容のすべてを用いて、APやUPI通信社が報道する以上のものを「平一企画」で作らなければなりません。

この(APやUPI通信社の)人々は、ある大陸で事件が起きたとすれば、その大陸の中心機関に「あなたたちはどのように考えるのか」と尋ねて資料を作り、現地踏査もせず、議論をして評価したのちに記事を書きます。私たちは、国連加入国にすべて支部があり、現地踏査や現地でインタビューした内容を中心とした詳細な報告が入ってくるので、それを記事にして、最高の技術で特別に放送するのです。インターネットを通してこれを放送するようになれば、世界の新聞本部として、先端本部になるのです。

そのような基準を中心として、原理講義を紹介し、原理の内容を中心として、今まで埋もれていた秘密を知らせるのです。今までは、キリスト教や外部の世界が、このような内容が明らかになるかと思い、すべて押さえつけて消してしまおうとしました。そのような時代は過ぎ去ったというのです。

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第九篇 第三章 教育機関の設立と人材育成

第九篇 第三章

教育機関の設立と人材育成

第一節 教育機関設立の趣旨教育の真の意味

教育の意味

真の父母様は、生涯にわたって教育事業に多くの情熱を注がれた。特に、真の父母、真の師、真の主人の立場で無知に陥った人間を悟らせるため、昼夜なく努力された。真の愛を中心とした教育を強調し、自らこれを実践されたのである。

1 善は、一瞬にして実現されるものではありません。善なる人になろうとすれば、過去から受け継がなければなりません。ですから、教育が必要です。学校に行って学ばなければなりません。何を学ぶのでしょうか。歴史の過程で善の道をつくるために犠牲になった人々は、裕福に暮らして死んだのではありません。そのように犠牲になって死んだ人々の思想を受け継がなければならないのです。

2 教育や倫理というものは、善を標準にして進みます。善を標準にして行く道は、易しい道ではありません。苦痛の道です。「私」の体が願うすべてのものは、本質において相反する逆理的な路程です。その道を行かなければ、善の結果を探し出せないというのが、今日、私たちが社会生活で教えられる標準です。

3 今日、学校問題が、緊急な社会問題として、アメリカや日本など、全世界で台頭しています。師は、父母の代わりに、愛で教え子たちを教育しなければなりません。永遠の愛をもって教育しなければならないのです。教室で会う時の縁だけではありません。自分が教えてあげた教え子たちを、一生の間、忘れてはいけません。そのような愛の絆を結ぶために努力しなければならないのです。

自分のすべての知識を、愛とともに連結する師が真の師です。生活の方便として、月給をもらうために教えるのではなく、愛の思いを抑えることができずに教えてあげざるを得ない師、生活が困難になるとしても教えなければならないという師にならなければなりません。夜も昼も訪ねていって、自分のもてる知識を愛で伝授してあげ、また、それを受けたいと思う師弟関係にならなければなりません。そのようにする師が真の師であり、そのような教え子が真の教え子なのです。

4 真の愛を中心として、社会や国家に必要な要件は三つあります。一つは、父母が必要です。もう一つは、先生が必要です。教育が必要だというのです。その次には、主人が必要です。師は、愛を教えてあげなければなりません。神様のように再創造の主体格をもつことができる人を育てなければならないのです。知識は一代で終わりますが、愛は永遠なのです。師は、父母の心をもって、自分の後継者になることができ、自分の家門、自分の国を任せられる人を育てる、という心をもたなければなりません。

5 真の師は、父母に代わって教え子を愛さなければなりません。学費を出せない学生がいれば、師が支援しなければなりません。募金運動をしてでも、学費を出してあげる学校にならなければなりません。もし学校でできなければ、そのクラスの学生たちの父母と先生が心を合わせ、教育していこうと考えなければならないのです。自分の家庭第一主義は滅びます。天国に行けません。

6 父母は、子女を教育するとき、自分の息子、娘としてのみ愛してはいけません。世界の人々のための祭物的な息子、娘として愛する父母にならなければなりません。そして、子女を懐に抱き、お乳を飲ませるときは、この地球星の人類を代表する母親の立場で、人類を代表する幼子にお乳を与えるという思いで飲ませなければなりません。そして、他人の子女も、自分の子女だという心情で接する母親になってみてください。

そのような母親のお乳を飲んで育つ赤ん坊は、偉大な人になるでしょう。すぐにはならなくても、一代、二代を経ていく間に、必ずその子孫の中から世界を治めることができる人物が誕生するでしょう。これは公式です。

7 神様はアダムとエバ、子女を教育してみることができませんでした。子女の道理に関する教育ができなかったのです。兄弟愛はいかなるものかという教育ができませんでした。それが恨です。そして、夫婦はどのように生きなければならず、夫婦の天理はいかなるものかということ、神様の愛を中心として見つめる道理を教えてあげることができませんでした。また、神様の代わりに横的に立てる父母教育ができませんでした。

アダムとエバは、神様の息子、娘であり、兄妹でした。その兄妹が大きくなって、夫になり、妻になるのです。彼らが息子、娘を生めば、父母になるというのです。そのアダムとエバが(十分に)教育を受けられないことによって、神様の創造理想を中心とした家庭を完成できませんでした。ですから、その家庭が完成するように、真の愛によって再び子女を教育しなければなりません。兄弟教育、夫婦教育、父母教育を再びしなければなりません。

教育事業を行う理由

真の父母様が多くの教育機関を立てて教育事業に乗り出されたのは、個人よりも国家と世界のために生きる指導者を育てて神様の創造理想である心情文化世界を創建するには、何よりも教育が優先されるからである。そのため、それぞれの教育機関に共通して「愛天、愛人、愛国」の建学理念を掲げられ、人格と専門性を育むために、惜しむことなく多くの支援をされた。

8 この世界的環境をどのように収拾するかが問題です。ですから、教育が重要です。徹底した教育を行わなければなりません。祝福家庭の男性と女性が、原理原則を中心として完全に一つになり、一つになった父母が子女と一つになり、子女と一つになった一族が、七代を束ねて一つになり得る強力な教育体制を、どのようにつくるかが問題です。

教育体制と言えば、二つです。一つは内的な教育であり、一つは外的な教育です。内的な教育は、人格教育からすべての価値観の教育として、家庭から行わなければなりません。家庭を中心として、そのような教育ができる外的な学校を造らなければなりません。(ここに、)ブリッジポート大学や鮮文大学を造った理由があるのです。

世の中の学校全体が否定しても、それを支持できる教育体制をつくらなければなりません。一つの大学だけではできません。一元化された教育基準を中心として、いかなる大学よりも素晴らしい未来像がなければならないのです。社会のすべての疲弊したものを防ぎ、立ち上がって、夜も昼も、どこに行っても批判を受けず、支持を受けられる環境を、どのようにつくるかが問題です。

9 若い人々は、三ヵ国以上の言葉を話すことができなければならない時が来ました。ですから、忙しいというのです。皆さんの時代にできなければ、皆さんの息子、娘でも、そのような世界に同参(一緒に参加すること)させるべき父母の責任があります。私は、全体に責任をもった父母の立場で万民と向き合うのです。

ですから、世界的な大学を造らなければなりません。清平に超宗教神学大学院を建てる計画をしています。世界民族村を中心として文化の殿堂を造り、世界万民が訪ねてくるとき、自分たちの故郷の香りを感じ、本部に来て天の国の宮殿からすべての教育と訓練を受けて、世界に帰っていけるようにしなければなりません。

10 もし、父母が子女に対して、「私がお前を愛し、お前のために苦労しながら汗を流すのは、私のことを考えるのではなく、この国をもっと愛しなさいという思いからである」という愛国の志士の心情をもって教育すれば、そのような父母のもとで愛の教育を受けた子女は、父母が願う愛国の志士になるために努力するでしょう。その子女は、父母の愛を思い出すたびに、三千万民族(韓民族)のことを考えるでしょう。そして、民族のために生きる立場で勉強し、自分の民族が悲惨な状況に直面したときは、自分の父母以上にその悲惨さを感じるでしょう。

しかし、だからと言って、愛国者になるのではありません。そのような立場に立って築いた基盤がなければならないのです。そうであってこそ、それが千年、万年、国民が欽慕できる要因になるのです。そうでなければ、それはすべて過ぎ去ます。

学校において、何としてでも教え子たちに正しい思想を引き継がせようと苦心する師がいるとすれば、その人は大韓民国という国家の運命を心配しながら、教え子たちの手を握り、涙を流してこのように勧告するでしょう。「私に従うのではなく、国に従いなさい。私のために立派な行いをするより、国のために立派な行いをすることを願う」と言うのです。このような教えを受けた教え子たちは、その師が果たせなかった志を果たすでしょう。このように、師は自分の生涯を捧げて教え子たちのために精誠を尽くし、父母は自分の価値よりも国家と世界の価値を貴く思いながら子女のために精誠を尽せば、その師の教え子と、その父母の息子、娘は、国の中心人物になるでしょう。

11 神様が、教会という教育機関をつくっておいた目的とは何でしょうか。ここにすべての人種を集めて教育し、訓練しなさいということです。ここは訓練場所です。精神的な訓練場所、未来の国民と家庭のための訓練場所だというのです。教会が家庭の行くべき道、氏族の行くべき道、国の行くべき道を正しく教育しなければなりません。神様は教会を中心として、未来の家庭と氏族と国民をつくろうとするのです。

12 自分の国のためだけに生きる教育をしてはいけません。国境を越え、世界のあらゆる人を導いていくことのできる教育をしなければなりません。「世界は一つだ。勉強するのも世界のためにする」と言わなければなりません。いずれにせよ、世界は一つにならなければならないようになっています。ですから、結局は一つになるのです。

そのような点で、教育内容の中に宗教教育が必要です。それは、国境を越えることができます。その次に、思想的な教育が必要です。それは世界的です。国境を越えられるというのです。ですから、思想的な内容と宗教的な内容を兼ねた教育にならなければなりません。今後、どのような国家でも、世界のための教育理念に支えられた国家でなければ、世界人類の前に立つことはできません。

第二節 主要な教育機関

統一神学校と鮮文大学、清心神学大学院大学

真の父母様は、一九七二年四月三日、京畿道九里市水澤洞の中央修練所に統一神学校を開校され、大学設立の基礎を据えられた。そして、一九八五年十二月、政府から四年制の各種学校として成和神学校の設立認可を受け、一九八六年三月、神学科の学生四十人を募集して開校した。その後、一九八九年十月に、政府から成和大学への改編認可を受け、一九九四年三月一日、校名を鮮文大学に変更した。真の父母様は、建学理念を「愛天、愛人、愛国」と定められ、「天地開闢鮮文学堂」という揮毫で鮮文大学の設立精神を標榜された。特に、一九九八年十月十九日、純潔学科を新設されるなど、特化された教育を通して、摂理の主役と世界的指導者を養成することに、学校運営の焦点を合わせられた。二〇〇四年一月二十八日には、清心神学大学院大学の設立認可および奉献式において、「奉徳訓行萬福興盛萬歳」という揮毫を下さった。

1 韓国の主要な人士たちが日本を訪問しました。彼らが日本の原理研究会と統一教会の人たちに会ったのち、大変感動していました。この前、私たちが神学校を建てようとしたとき、その人々が反対したのです。ところが、今回彼らが日本に行って感動し、私たちの責任者たちに、「神学大学を早く造れるようにしてあげよう」と約束しました。その約束を取りつけてきたのです。これから、四年制の神学大学が設立されます。哲学科や社会事業科、農業科の系統もつくることができます。そして、物理や工科の大学などに拡大すれば、総合大学になるのです。総合大学を造らなければなりません。

2 これから、韓国では若い青年組織や、大学の学生たちを中心として活動しなければなりません。これが今まで、中枢的な組織の編成から抜け落ちていました。ですから、私たちは、二世を育てることにおいて莫大な損害を出しています。大学を建てて二世たちを養成しようとしているのですが、政府が今まで阻んできたのです。様々な言い訳をして反対してきましたが、今や、そのような時代は過ぎ去りました。韓国の学校の中で、一番の施設を造るのです。今後、この学校には誰でも入れるのではありません。世界で有名な碩学たちが来て教えるのです。

3 「成和神学校の学生たちを、夜十二時以前に寝かせてはいけない」と言いました。「二年生からは英語で講義しなさい」とも言いました。私が彼らに、「聞き取りなさい!聞き取れなければ、落第だ」と強調したのです。英語が分からなければなりません。最低限、三ヵ国語ができなければならないのです。私は今も英語の勉強をしています。外国語を勉強しているのです。勉強をしなければなりません。

4 鮮文大学は知性世界の殿堂ですが、世界的な知識人たちの立場から見るとき、後れていてはいけません。ですから、私は、徹底して教育しなければならない責任を感じました。そのような意味で、徹底的に教育しなければならないというのです。そのような基準を中心として、今後、大学を建てるに当たり膨大な資源を投資するつもりです。その資源を教会に投資すれば、どれほど発展するでしょうか。それを私はよく知っています。

いずれにせよ、教会というものは長い期間を通じて発展します。急速に発展するよりも、長期的な発展をするほうが、質的な面や内的な面で強固になると考えるのです。しかし、教育は、変遷する社会で、全体が統一された知識基準をどのように立てるかが問題です。そのように変遷する社会に後れを取らない基準を立てることが、今後、大学が発展できる原動力になると考えるのです。

5 私が一九五〇年代に、「世紀末的な時代になれば、一日生活圏内で世界が動く」と話したとき、誰も信じませんでした。「コンピューターシステムが構築され、電話も座ってどこにでもかけられ、遠く離れた所とも会議をすることのできる一日生活圏内で、世界が同化し得る時代が来る」と話しました。

統一教会がその水準に上がっていくのですが、天は、発展的な相対世界を連結してくれているというのです。ですから、鮮文大学が停止していてはいけません。二十一世紀を踏み越えて進み、二千年、三千年、五千年の歴史を立てていける基盤を築かなければなりません。そのような準備をしようとすれば、皆さんの考えや方向が一つにならなければなりません。

6 造船所に行ってみれば、小さな鉄のかけらでもすべて使い道があります。そのようなものをすべて細分してもってきて、合わせるようになっています。人の体のようなものを作るとすれば、手を別に作り、足を別に作り、目や鼻を別に作り、持ってきて組み立てるのです。それが大変です。溶接が一ミリメートル違っただけでも、全体を捨てなければなりません。これから、そのような世界になります。

鮮文大学もそうです。伝統を中心として計画を立てなければなりません。実務に責任をもった人々は、計画を引っ張っていく人にならなければなりません。そのようにしてこそ発展します。現在、責任をもっている所で(あらゆる面で)際立っていなければなりません。学生たちを教えることにおいて模範になり、生活的な面で模範になり、教授たちからも公認を受けられる基盤を確保しなければなりません。

盲目的であってはいけません。思想的な基準で、価値観の基調がなければならないのです。根があってこそ木が育ちます。思想武装をしなければ何もできません。中心の根は、まっすぐに下りていかなければならないのです。

7 「愛天、愛人、愛国」という鮮文大学の建学理念で標榜したように、私がこの大学を設立するようになった動機は、神様を愛する愛天理念でした。愛天で意味する神様は、特定の宗教や宗派の教理の中に閉じ込められている神様ではありません。生きた根源者でいらっしゃる神様は、真の愛の本体であられ、人類にとっては無形の真の父母であられ、天道とすべての教えの根源であられます。私は早くに、生きていらっしゃる神様を知ってから、一時もその神様の願いを忘れたことがありません。

神様の真の愛の理想である平和世界を実現するために、一生を献身的に歩んできた私は、未来を導いていくビジョンある人材の養成を、重要な宿願事業の一つとして感じてきました。今後、近づいてくる地球村時代、人類大家族社会を導いていく人材は、まず天と人類、国、世界、万象を愛する人でなければなりません。真の父母、真の師、真の主人の三主体の人格は、神様に似た愛の実践の中で形成されるからです。大学は、創意力の啓発を通した専門家を養成する教育機関です。しかし、普遍的真理の根源である神様とつながった人格教育を通して、三主体人格者である健全な指導者を養成する普遍教育は、何よりも優先されるのです。

8 鮮文大学では、天理に従う愛の実践と体恤の手本になる教授と指導者たちが、全体の学生に真の父母、真の師、真の主人の人格を教育しなければなりません。人類が念願する自由と平和、統一と幸福は、知識や力、あるいは物質の豊かさだけでは実現されません。人間の道徳性と霊性の啓発が前提にならなければならないのです。

新たに到来した二十一世紀は、摂理完成の世紀として、人間が不可避的に霊界と近く通じ合いながら生きなければなりません。鮮文大学は、私の行跡研究とともに、世界の碩学たちが押し寄せてきて、霊界について研究するセンターになるでしょう。また、本大学は、人間の知性と専門性の啓発だけでなく、心霊の啓発を通して人格を完成する大学、すなわち道徳的で霊的に完璧な指導者たちを育成する世界一の大学になるでしょう。

9 鮮文大学は、世界の碩学たちと世界を導く指導者たちが最も喜んで訪れる共同研究と討論の場になり、未来の理想実現に連結されることを確信しなければなりません。これから鮮文大学には、世界から天才的で最も優秀な若者たちが、雲霞のように押し寄せるでしょう。

この大学は、韓国人たちだけのための大学ではありません。世界の人々はもちろん、天上にいる霊人たちの願いまで包括する摂理史的な大学です。世界の志ある若者たちが、摂理の祖国である韓国を知り、世界平和のための真の愛のビジョンを共に分かち合う国際化教育の揺籃です。

ここで学ぶ学生たちは、世界市民、ひいては天一国国民としての素養を備え、善民となり、未来世界の指導者になることができる品格を備えなければならないでしょう。そして、教授と役職員の皆さんは、この大学を、専門的な知識と技術はもちろんのこと、知恵と道徳性、そして、霊性を研磨しながら、真の愛の人格を形成する学堂にしなければなりません。

10 鮮文大学は、神様と天意に従った設立者が願う、清く高尚な二世たちが学ぶように準備された所です。ですから、純潔教育の世界的な揺籃にして、国と世界が信じて任せられる訓育、および実践の場となり、明るい未来に連結されなければなりません。

真の愛の心で隣人のために何でも分かち合い、施すことができる奉仕の人格を研磨する、金の卵たちとして育てなければなりません。天宙が願う、超国家、超人種、超宗教的に開放された教育を通して、あらゆる人種の人たちが一つの兄弟の理想を学ぶ、和合の学舍にならなければなりません。世界を健やかに、美しく育むことのできる、多様な知識と技術の専門家の養成所として育つことを願います。鮮文大学が世界の若者たちに真の愛と平和の生きた知識を悟らせ、奉仕し、研究する教育機関として、日々発展することを願います。

11 今、世の中は、父母が子女を信じることができず、子女が父母を信じることができません。妻を信じることができず、夫を信じることができず、兄弟を信じることができず、祖父母を信じることができません。不信の風潮の世の中です。これは、悪魔が地上地獄を膨張させたものであることを知らなければなりません。

誰が家庭を救ってあげるのかというのです。救う人は、真の父母以外にはいません。真の父母の家庭編成理念は、天の国の秘密食庫に入っている教科書です。エイズは、私たちの手によって、大韓民国でブレーキをかけて追放しなければなりません。アメリカの風潮に付いていってはいけないというのです。

12 純潔大学を造らなければなりません。単科大学を造るつもりです。男性と女性の純潔大学にならなければなりません。純潔大学の出発とともに各学科をつくっておき、男性たちまで編入させるのです。これから、世界的な名門校になります。大臣や学者など、国の有名な人々はみな、純潔大学を卒業した女性を嫁に迎えようとし、男性を婿に迎えようとするでしょう。

13 絶対「性」を守れなくなれば脱落します。そのことゆえに人間が堕落し、神様が今まで苦労しているのです。神様の胸に大きな釘を打ち込んだのは何でしょうか。アダムの生殖器とエバの生殖器です。二人が誤ったために、天下がすべて崩れたのです。天下を造っておいたのですが、それゆえにすべて崩れたというのです。

それをよみがえらせなければならない責任があります。ですから、アダムとエバが堕落する時に神様が深刻だった以上に、皆さんは性の問題を中心として、(絶対「性」を)絶対視しなければなりません。そのため、鮮文大学に純潔学科をつくったのです。

14 二〇〇四年一月二十八日、午前十一時五分を中心として、清心神学大学院大学を奉献するこの記念の時間を迎えています。この日を期して、天がこの場所とこの環境とこの全体を引き受けて主人となられ、万世に誇り得る教育の殿堂となるようにお許しくださることを、お願い申し上げます。

韓国において、鮮文大学と同じように、ここの神学大学院を中心として、今後、超宗教超国家として、新しい神様の理想的世界において、天を知り、地を知り、人間を知り、天のみ前に主人がいらっしゃることを知って、その主人を万世の理想的創造主として、真の父母として、真の師として、侍ることのできる人材をこの殿堂で教育することを願いますので、お父様が引き受けてくださり、一切の奉献された事実を快くお受けください。ここに所属する一切の機関ごとに、そして、師と教え子が一つになって、「清心」というこの文字に恥じることがなく、燦々(さんさん)と朝の太陽の光を浴びるように、喜びの中ですべての思いが一つになり、天の本然の垂直的な中心を備えて、体と心が一体になった世界の主人と、横的な実体と一つになるようにしてください。

15 清心神学大学院大学は、超宗教の神学大学院です。有名な博士たちを連れてきて、自分が所属した教団の教理を紹介し、統一教会と比較させるのです。統一教会に所属した博士が批判したものや、自分たちが批判したものが同じようになるときには、超宗教全体の立場から、一つの道を探し出して教えてあげなければなりません。それは、天地が願う宿命的な課題です。

16 アメリカの統一神学大学院は、超宗教の神学大学院です。超宗教です。ここには仏教徒も入ることができ、儒教やイスラーム、キリスト教を信じる人もみな、入ることができます。ここを卒業した人は、超宗教的に、どこにでも行って、牧師や指導者として活動できるのです。そのような神学大学院になります。清平には、清心神学大学院大学を造りました。清心神学大学院大学はアベルであり、アメリカの統一神学大学院はカインなので、一つにならなければなりません。

統一神学大学院、ブリッジポート大学と世界大学連盟

真の父母様は、一九七四年四月三十日、アメリカ、ニューヨークのハドソン川の川辺、ベリータウンにある敷地七万坪(五十八エーカー)のカトリック神学校を引き継ぎ、一九七五年十月二十日にアメリカの統一神学大学院として開校された。そして、一九八六年十一月二十一日に認可を受け、神学科と神学教育科の修士号課程を新設し、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教などから教授たちを招聘して、超教派大学院として運営された。続いて、一九九二年四月十五日にブリッジポート大学を引き継がれた。アメリカのコネティカット州、ロングアイランド海峡沿いに位置するブリッジポート大学は、一九二七年に設立された由緒ある大学である。真の父母様は、世界の大学が国家や理念、宗教の壁を飛び越え、人類が追求する共同価値の実現に当たって先頭に立たなければならないと考えられ、一九九六年一月、ウルグアイのモンテビデオで世界大学連盟の結成を宣言された。そして、国際的な人材を養成し、国連を通して世界の指導者クラスの人脈ネットワークを構築するため、国連大学の設立を提唱された。また、「これからは、学校という空間より、誰もがそれぞれの場所で教育を受けられる映像通信教育時代に入るようになる」と語られた。

17 私がベリータウンに神学校を造ったのは、統一教会に神学が必要だからではなく、キリスト教のためです。ですから、ユダヤ教の教授、カトリックの教授、長老派教会の教授などを連れてきて優待するのです。それゆえ、不思議だというのです。統一教会の「原理」を教えず、干渉もしないで、自分たちの好きなように教えるようにしているというのです。

18 統一神学大学院がアメリカで有名になっています。アメリカの神学界で問題の神学校として注視しているのです。施設や学究的な実力では、どの大学院にも劣らない水準に上がりましたが、政府が政治的な背景を中心としてブレーキをかけています。しかし、アメリカの神学者たちが関与しているので、政府も仕方なく認可を出さざるを得ない段階に来ています。

19 ベリータウンの神学大学院に対し、一九八六年十一月二十一日に設立認可が下りました。統一神学大学院です。そのために十一年間闘いました。ニューヨーク州の教育委員会を相手に、行政訴訟を起こしたのです。学校設立の規定に従って、施設から教授と学生たちまで、すべてのものを備えたのに、なぜ認可してくれないのかというのです。アメリカでは、そのようなことはあり得ません。

訴訟を起こし、私たちが一審で勝ちました。向こうの控訴で二審に進んだのですが、二審でも勝ったというのです。三審まで進みました。ニューヨーク州の立場からすると、三審でも負ければ国の面子が立たないので、そこで棄却したのです。「ニューヨーク州の教育委員会と統一神学大学院が話し合って、良い方向に向けて解決しなさい」と言って棄却してしまったのです。それが棄却されてから四年目に認可が下りました。

20 お父様が神学校を建てたのは、アメリカを救うためです。企業体を発展させるために建てたのではありません。現在の神学校は、アメリカを救う能力がありません。今後は、私たちの神学校の出身者たちが、この国に影響を及ぼすでしょう。大学教育もそうです。現在教育しているものでは、アメリカの進路を変えることができません。再教育ができるのは、私たちしかいません。キリスト教自体が、神様のみ旨を知らないのです。それを知っている人は私たちしかいないので、私たちが新たに教育しなければなりません。

今までお父様がこの神学校の設立を急いだのは、アメリカを再教育するためです。キリスト教を新たなものにして、新しいアメリカ、新しい自由世界をつくるのです。

21 私は、ブリッジポート大学を引き継ぎました。アメリカで外国人として総合大学を引き継いだ人は、私しかいません。初めてです。これは記録です。ですから、四方からどれほど反対を受けたか分かりません。あらゆる大学で、「今、レバレンド・ムーンがアメリカの教育分野を占領するのは、未来のアメリカを滅ぼすためだ」と言って、ありとあらゆるうわさが立ちました。

「ニューヨーク・タイムズ」や「ワシントン・ポスト」などの新聞も、あらを探して非難しました。私はアメリカに来て、悪いことは一つもしていません。夜も昼も、堂々としているというのです。堂々とした男として生きてきました。

22 お父様が生きていく生活の天理、鉄則があります。私は、天の福があれば、福のパイプをつなげてあげようとするので、お父様が苦労した所に祝福があるのです。ブリッジポート大学はコネティカット州にあります。私が入って苦労した刑務所がある州です。そこが祝福を受けたというのです。

ブリッジポート大学を私が引き継かなければその州は不渡りを出すようになっていました。私が困難な学校を引き継ぎ、今や誇らしい都市になりました。注目の対象になったというのです。その周辺の州の中で、注目の都市になりました。アメリカに対しても、私は「うまくいくように」と祈るのであって、「滅びよ」とは祈りませんでした。苦労した所です。私が手を放して去ったとしても、アメリカは滅びないというのです。

23 学問とは、国境を超越しなければならず、歴史まで超越しなければなりません。そのような観点から、全世界の学者たちが一堂に会して教育をするのですが、民族の限界線に支配される教育制度を私たちは克服しよう、越えていこうというのです。アメリカであればアメリカのための教育制度、イギリスであればイギリスのための教育制度ではなく、それを超越して、私たちが新たに構想する一つの世界、平和の世界を建設できる教育制度を整えなければなりません。

このような目標を立てておき、そこにふさわしい教育施設を備えなければ、完全な教育をすることができないので、そこにふさわしい大学を造ろうと考えています。それで、国際大学理事連盟をつくろうとしているのです。

24 今後は、誰でも統一教会の責任者になれるのではありません。責任者になろうとすれば、世界が共通に公認する試験過程を経なければなりません。「韓国の郡の責任者だ」と言えば、アメリカにも郡があるので、その責任者と釣り合う資格を与えるのです。そうすれば、どこに行っても、「あなたは何の責任者ですか」と聞かれるとき、「郡の責任者です」と言えば、どのレベルかが分かるようになります。言い換えれば、「小学校の教師だ」と言えば、どこに行ってもすべて通じるのと同じです。そのように制度化しなければなりません。

それで、私がアメリカに行って急いだのが、教育の制度化です。それは、人の数で制度化するのではなく、教育の基盤の上でしなければなりません。ベリータウンで急いだことがそれです。今や、本格的な教育の段階に入るのです。

25 世界的に有名な教授たちと各分科の専門家たちを集めて、新しい百科事典を編纂しなければなりません。今後、各分野で価値基準を中心とした新しい百科事典を編纂するつもりです。すべての分野で革命を起こすためには、まずその原書となる百科事典を編纂しなければならないというのです。それで、それに該当する全般的な問題を中心として日刊紙を発刊し、世界の若者たちを教育しようと考えています。

そのためには、連合的な教育機関が必要なので、大学を中心とした連盟を編成しなければなりません。一国の大学をもってしてはできません。大学を連結させて、世界に影響を及ぼすことができる方向性を提示するための準備をしなければならないというのです。

26 一九九六年一月、ウルグアイのビクトリア・プラザ・ホテルで、世界大学連盟の設立を宣言しました。大学連盟を中心として、世界の大学が共同価値の信念を認定する方向に進まなければならないというのです。

国家の権益が問題ではなく、自由が問題ではありません。学問の世界では、人種を超越し、伝統とすべての国境を超越して、実力のある人は、いかなる大学でも、文化的背景に妨げられず、自由に活動しながら心置きなく実力を発揮できなければなりません。ですから、どんな大学でも訪ねていって教えてあげることができ、影響を及ぼすことができる道を開こうとしているのです。

27 南北米大学連盟を中心として、アジアから南北米とヨーロッパ、アフリカまで連結します。そうして、専門分野を中心として世界的に推戴できる人は誰かを、毎年評価していくのです。そのようにすることによって、大学が社会を動かす基盤になります。精神的な面、倫理的な面、道徳的な面で基準を立てることができるのが教育です。その教育基盤の上で、神様を教えてあげればよいのです。

ここに言論機関が連結されるのです。そうして、内的、外的に歩調を合わせるようになるときには、世界が違う所に行こうとしても、行くことができません。学校を経た人々が社会に出て、教える人々が影響を及ぼし、また家庭が一つになれば、世界が一つの方向に進むのです。

28 これから、共産主義世界の理論家たちと民主主義世界の理論家たちと統一思想家たちを連合し、国際セミナーをたくさん開こうと考えています。そのためには、アメリカ政府と国連をここに加担させなければなりません。アメリカ政府が自ら、この混乱した時代に方向性を設定できるようにするのです。そのようにして、大学連盟を通し、その方向どおりに追求していくようになれば、一つの主流思想圏に統治される世界となる時代に越えていくと考えるのです。

29 私が計画するのは、大学連盟をつくり、国連大学を設立することです。そのためには、アメリカのアイビーリーグの大学総長たちが推薦しなければなりません。今、そのようなことをしています。私たちが教育するという意味で、五〇パーセントの学生たちを集め、アイビーリーグの大学から五〇パーセントを引き抜いて、国連大学を創設しなければなりません。国際的な人材を教育するために、アメリカから始めますが、教育は韓国でしようと思います。そのようなことを実現しようとすれば、膨大な計画を立てなければなりません。

30 国連には超国家的な理念がありますが、それを実践する人脈がありません。そこには、自国の利益のために働く人々ばかりがいるのであって、世界の利益のために働く人がいないというのです。それを私が編成するために、ブリッジポート大学とアイビーリーグの十大大学をまとめようと考えています。そうして、世界的な人材を創出し、国連を通して全世界の指導的人脈体制をつくる計画です。

31 今後は学校が必要なくなります。映像通信教育時代に入るのです。私がそれを始めています。世界的な学者たちを私がたくさん知っているので、各分野の学者たちを招請し、映像を作るための準備をしています。今、私たちの「ワシントン・テレビジョンセンター」を中心として行っているのです。今までは文字通信の社会でしたが、これからは映像通信の社会に変わるのです。

32 これからは、家を造り、そこに集まって暮らす必要がなくなります。今までは生活の利便性の問題、すなわち交通手段の利便性の問題、教育の利便性の問題、そのような問題のゆえに集まって暮らしました。ところが、これからはテレビやラジオを持って、どこの谷間に行っても暮らせるようになります。今後は学校がなくなります。すべて映像で教育するのです。既に、そのような時になりました。

国際的な管理体制のもとで、小学校課程を映像で教育するのです。ですから、六年ずつ勉強する必要がありません。頭の良い人は、二年以内に卒業することもできます。大学までも、映像を通して勉強し、国家が公認する試験にパスさえすれば、どこに行っても公認されるのです。

第三節 「圓母平愛財団」と鮮鶴平和賞

「圓母平愛財団」と「愛苑銀行」

真の父母様は、一九九四年三月二十五日、「愛苑銀行」(一九九六年に「自願奉仕(チャウォンポンサ)愛苑」に名称変更)を創設された。「愛苑銀行」は、恵まれない人々のための社会奉仕団体であり、無料給食所「愛苑の家」と南北統一奉仕団、国際救護奉仕団など、十八の奉仕団を設置している。また、真の父母様は、二〇一一年八月十六日、「圓母平愛財団」の設立を提唱され、二〇一三年二月二十日、京畿道加平郡の天正宮博物館において、真のお母様をお迎えして出帆式が行われた。「圓母平愛財団」は、世界が必要とする優秀な人材の養成支援、および真の父母様の平和思想とビジョンの宣揚、奉仕と分かち合いの実践などの事業を展開している。何より、平和の夢をもった国内外の人材に奨学金を支給し、良質の教育を受けさせることにより、今後、国際指導者として成長できるように支援することに大きな志をもって出帆した。

1 「圓母」とは、根本を意味します。「圓母」が平和の根本になり、真の愛の根本になります。真の愛の上に財団が設立されるので、太平聖代の上に支柱が立てられ、天地が永遠、無窮なものになることができるのです。そのような世界が真の父母から始まります。

2 「圓母平愛財団」の「圓母」は、「圓」の字と「母」の字です。人は誰でも、角をなくして丸くならなければなりません。様々な性格をもった家族を愛で抱き、和睦した家庭をつくる母のようにならなければならないのです。圓母は、母の中の母という意味です。どこかに引っ掛かるものがあれば、自らを伸ばしたり縮めたりしながら、あちこち転がして円形をつくり、本然の位置に帰るのです。そうしてこそ、天の父母様に似ることができます。

「平愛」は、真の愛で、低い所にいる恵まれない人たちの世話をすることによって、高低のない水平が形成され天宙が真の愛で満ちているという意味です。真の愛の種を蒔いてこそ、真の愛の平和の木が芽生え、育ちます。「圓母平愛財団」は、天の父母様を中心に平和の世界を成し遂げるというビジンをもって、一生懸命に走らなければなりません。優秀な人材を支援し、奉仕と分かち合いの文化をつくり、そして、社会貢献プログラムを運営して、心情文化世界を実現する先頭に立たなければなりません。

3 お父様は生前に、「『圓母平愛財団』はお母様に残す最高の贈り物である」と祝福してくださったことがあります。ですから、この財団はより特別なのです。私 (お母様)は、この財団を通して永遠なる天の父母様に侍り、真の愛で分かち合いを実践し、平和世界を実現していこうと思います。皆さんも、「圓母平愛財団」がもつ平和世界のビジョンと理想を胸の奥深くに刻み、同参して勝利者になることを願います。

4 皆さんは、歴史の主人にならなければなりません。そのためには、主人意識はもちろん、父母の心情をもたなければなりません。私(お母様)は今後、真の父母様の伝承事業の中で、その一部を担当するようになる「圓母平愛財団」をより大きく、広く育てていくつもりです。全世界の人類が等しく恵沢を受けることができる財団として育てていきます。

それは、私一人だけの力で可能でしょうか。皆さんが同参し、力を合わせていかなければなりません。そうして、この社会とこの国、私たちの周辺のあらゆる国家が必ずや必要とする未来の指導者たちを養成し、分かち合うことを実践しなければなりません。

5 お父様は今まで、国家を動かせる団体を三十以上つくりました。皆さんは、どの国でもこの三十以上の団体の支部をつくりなさいというのです。これらをすべて整理して引き継ぐのです。これらの団体の基金をつくり、毎月会費を出すようにするのです。今まで私がお金を出しましたがこれから大会に参加するときは、各自がお金を出して参加する体制をつくらなければなりません。基金をつくって、その銀行の利子で毎年いくらでも大会を行うことができ、息子、娘に奨学金を出して勉強させることもできます。そのようになれば、世界の有名な人たちが祝福家庭になるのです。それが世界を生かす道です。

6 最も価値のあるものは、目に見えず、永遠に存在します。ですから、愛は最も絶望的な状況の中でも、希望と勇気を呼び起こし、永遠に変わることなく人々の心の中に息づき、最後の瞬間にも、始まりを語ることができる力をもたらしてくれます。

道徳と価値観の崩壊、人間性の喪失と物質万能主義の病弊の中で呻吟している、私たちの社会のもどかしい実情は、自分自身だけでなく、人に配慮し、ために生きることができる真の愛によってのみ、治癒されるのです。真の愛は、与えても忘れ、また与えようとします。寒さに震える隣人に、心をこめて、一足の靴下をはかせてあげること、時には、見ず知らずの人のために自らを完全に犠牲にすることが真の愛です。人間の価値は、外的または物質的価値基準によるのではなく、その精神と人格にあることを信じる真の愛の心が、人に対する尊重と配慮を生むのです。

私たちには、不遇な家庭環境、物質的な貧困、または身体的障害を理由に疎外される隣人たちが大勢います。彼らに温かい父母の愛、兄弟の愛、子女の愛を分けてあげるために「自願奉仕愛苑」は誕生しました。自らに可能な限りの時間、努力、物質を、苦労している隣人のために投入し、施すことは、明らかに意味があり、やり甲斐のあることです。自願奉仕(ボランティア)とは、人のために自ら行う真の愛の実践です。さらに、自願奉仕は、人間個人の人生にのみ影響を与えるものではなく、一つの国の生活水準を表す指標にもなります。

隣人と共に生きている今日の地球村文化は、人間の尊厳性、愛への信念と社会共同体意識を切実に求めており、これは国境と宗教と思想を超越した絶対価値、すなわち変わらない真の愛を実践しなければならない、人間性回復の時代に入ったことを悟らせてくれます。

7 後天時代の主人は皆さんです。ですから、私が残したものを手本にして、実践しなければなりません。そのようにすれば、皆さんの子孫たちが、「私たちの御先祖様、ありがとうございます」と挨拶するようになるでしょう。そのように、皆さんの子孫が、皆さんに有り難く思いながら天に感謝できるようになれば、神様も天地を抱き、「私の世界になった」と語ることができるようになるのです。そうして、そこから永遠の安着と永生の生活が始まります。

皆さんは、子女教育に関心をもち、子女たちを正しく導いていかなければなりません。その次に、息子、娘、子孫たちを愛さなければなりません。父母は、子女にあらゆるものを与えて死ぬのです。ですから、私は、多くの基金を援助して「圓母平愛財団」をつくりました。愛しているがゆえにつくった財団です。愛は与えることなのです。

8 皆さんは復帰の過程にいるので、自分の息子、娘のためだけにお金を使ってはいけません。世界のために、世界の二世のために使いなさいというのです。それでこそ、世界的な運勢の版図が開かれるようになります。自分の息子、娘のために使おうとすれば、世界の運勢圏が完全にへし折られてしまうのです。父母様も、祝福家庭の息子、娘たちのために奨学基金をつくりました。それをつくって祝福家庭の二世たちの教育のために援助してあげるのです。

9 お父様がラスベガスで様々な事業に関心をもつのは、そこから入ってくる収入の半分を奨学金として使うためです。カイン世界の貧しい息子、娘たちが学校に行けない場合がたくさんあります。学校に行けないので、徐々に脱落するのです。ですから、国々を連合して奨学制度をつくるのです。アベル国連が第一にしなければならないことは、奨学会をつくることです。奨学会の基金は、どこから調達するのでしょうか。世界がアベル主管圏内に入ってくれば、思いどおりにすることができます。

10 私(お母様)は、「圓母平愛財団」の事業をさらに大きく発展させるつもりです。初めに、お父様の聖和基金の全額を「圓母平愛財団」に元金として入れました。全人類に等しく恵沢を与え、本来の天のみ旨と天地人真の父母のみ旨が何かを知らせるのです。無知には完成がないと言いました。まず、人々を教育しなければなりません。言葉だけでなく、行動で見せてあげなければなりません。ですから、愛苑銀行も創設し、愛で分かち合いと奉仕を実践しながら、恵まれない子供たちと隣人を助けてあげています。しかし、これだけで満足はせず、さらに多くの隣人に愛を施していくでしょう。

11 「圓母平愛財団」は、「多文化(国際)家庭」を支援しています。一九七〇年代の初めから国際祝福結婚式を始め、今や大勢のカップルが誕生しました。その元祖は真の父母様です。韓国と日本、ドイツとフランスなど、怨讐の国の人同士を祝福した家庭は、怨讐関係を心から和解させる架け橋の役割をするようになりました。また、東洋と西洋、人種間で交叉祝福を行い、「多文化」として花咲く平和世界の基盤をつくりました。

12 あらゆることは人にかかっています。ですから、優れた人材は、平和世界建設の大黒柱です。どの家庭や組織、あるいは国家でも、優れた人材がいてこそ発展します。優れた人材とはどのような人なのか、という基準が重要です。原理では、三大祝福を完成した人を指します。三大祝福は、生育し、繁殖し、万物を主管しなさいという天の祝福であり、私たちには、その三大祝福を完成した人が必要なのです。そのような人は、家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子であると言うことができます。

真の父母様は、天の祝福を完成する人を教育することに、一生の間、力を注がれました。「原理」を探し出すために、ページが檫り減るほど聖書を読み込み、天の悲しい心情を感じてどれほど泣かれたか分かりません。一日中そのようにされるときもあり、十時間以上汗を流してみ言を語られるときもあました。皆さんは、一時間か二時間、渾身の力を込めて誰かにみ言を語っただけでも、倒れるかもしれません。これから皆さんも、真の父母様が見せてくださった真の父母、真の師、真の主人の生涯路程を学び、従うことに力を注がなければなりません。「圓母平愛財団」は、真の父母様のこのような志を生かし、人材育成のために積極的に努力しなければならないのです。

13 皆さんは、勉強し、学校に通う目的を、良い大学に行き、お金をたくさん稼ぐ職場に入ることにおいてはいけません。神様が下さった三大祝福を完成し、愛天、愛人、愛国を実践する人になることが、最も大きな目的にならなければならないのです。その目的の上に知識と技能と実力を積んでこそ、大きな夢を成し遂げることができます。

「圓母平愛財団」は、皆さんが自分の夢と天の父母様の夢を一致させ、さらに優れた人材になれるように積極的に支援するでしょう。

鮮鶴平和賞

真の父母様は、二〇一三年二月二十日、鮮鶴平和賞を制定された。真の父母様の平和思想を宣揚するために制定された鮮鶴平和賞は、世界平和のために高貴な犠牲を払い、献身してきた人物たちに授与されるものである。二〇一四年八月十一日、ソウルのプレスセンターにおいて、公正かつ透明性をもって受賞者を選定するため、世界の著名人士たちが参加する中、「鮮鶴平和賞委員会」が出帆した。

14 二〇二〇年まで、私(お母様)が天のみ前に約束したことがあります。それが必ず成就するよう、多方面で環境創造をするつもりです。そのような遠大な夢を成し遂げるために、人類が三十億の時から拍車を掛けてきましたが、今は七十億を超えました。遠くない将来に、七十億の人類に、私たちのみ旨をすべて知らせてあげたいと思っています。ですから、「圓母平愛財団」を通して、多くの人材と、平和のために努力する各界、各層の人たちが、より大きな役割を果たせるよう力になってあげようというのです。

私たちがもう少し努力して動きながら、分かち合う生活で真の愛を実践すれば、私たちの未来は、より明るく幸福な世界になるでしょう。私たちは、私たちの子孫が苦労することなく、何の蕩減もない世界で幸福を享受して生きることを願っています。

15 「科学の統一に関する国際会議」に参席する人たちは、アメリカでも有名な人たちです。ノーベル賞の受賞者たちもたくさんいます。

このような人たちがお父様と一度会えば、なぜかまた会いたいと思い、自分が大会に行かないと体のコンディションが悪くなるというのです。大会に来れば気分が良いと言いながら、互いに喜んでいます。

過去数年間、私が彼らにお金を出してあげながら会議をコーチしてあげ、名誉と威信まで立ててあげたのです。ノーベル賞のような賞までつくろうと、第一回、第二回、第三回まで、二十万ドルずつ賞金を授与しました。

16 今、世の中では、黙って私を尊敬する人たちが大勢います。そのような環境をつくっておいたので、アメリカのために奉仕をしようというのです。それで、私が「アメリカ奉仕連合(united to Serve America)」をつくりました。頭文字を並べるとUSAになるこの組織をつくり、アメリカの二百五十の都市で復興会を終えました。そして、キリスト教徒たちの中で、人知れず功労を立てた人たちに、私たちが表彰するのです。これを「ダイヤモンド賞」と言います。

そのような賞をつくって連合運動をするのですが、これは超教派的です。国を生かそうというのです。滅びていく家庭と青少年たちを保護するための運動は、キリスト教文化圏がしなければなりません。この目的が良いというのです。ですから、今まで静かに生きてきながら、自分のすべてを犠牲にしてきたキリスト教の核心要員たちと組織要員たちを表彰するのです。

17 私たちは、平和のビジョンと思想を子孫万代にまで相続させ、伝承させなければなりません。このために平和賞を制定し、真の父母様の平和ビジョンと思想を宣揚していくつもりです。私(お母様)は、「圓母平愛財団」を中心に真の愛を実践し、世界平和のために犠牲になり、奉仕する個人や団体に授与する「鮮鶴平和賞」の制定を準備しています。この賞を通して、真の平和理想世界の実現のために献身する人たちを激励して支援し、この賞を人類歴史で最高の価値をもつ平和賞として定着させるのです。

18 「圓母平愛財団」は、世界的にノーベル平和賞を凌駕する「鮮鶴平和賞」を制定します。この賞を受ければ、天のみ旨と人類の平和のために大きく貢献した人、または団体として、世界の人たちが仰ぎ見る歴史的な立場に立つようになるでしょう。「圓母平愛財団」が推進している大いなる聖業に皆さんが多くの関心をもち、全員が協働者、同参者となって、歴史に末永く残ることを願います。

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第九篇 第四章 文化・芸術団体の活動

第九篇 第四章

文化・芸術団体の活動

第一節 「リトル・エンジェルス芸術団」

リトル・エンジェルズの創団と公演

真の父母様は、一九六二年五月五日、「リトル・エンジェルス芸術団」を創団された。リトル・エンジェルスは、子供たちだけで構成された韓国伝統芸術団であり、韓国の美しい文化芸術と韓民族の平和愛好精神を世界に知らせることにおいて先頭に立った。リトル・エンジェルスは一九六五年九月、アメリカのゲティスバーグでアイゼンハワー元大統領のための特別公演を起点に、今まで六十回以上にわたり、六十数ヵ国を歴訪しながら公演を行ってきた。特に、六千回以上の国内外での舞台公演と、五百回以上のテレビ出演記録を立て、四十数ヵ国の首班たちとの面会を通し、「平和使節団」としての役割を十分に遂行した。また、一九九〇年四月七日から十七日までのソ連のモスクワ公演、一九九八年五月四日から七日までの北朝鮮平壌公演、二〇一〇年六月から二〇一一年十一月までの、国連平和軍聖戦追慕連合会とともに行われた、六・二五動乱参戦二十二ヵ国巡回報恩公演などは、特別な関心の中で実施された。

1 お父様はオリニ(子供)舞踊団をつくるときに、多くの反対を受けました。私たちは、他の人がお米の御飯を食べているときに麦だけの御飯を食べ、一銭一銭貯めたお金を貧しい人々に分けてあげました。そして、ありとあらゆることを言われても、お父様は国を愛しました。それだけでなく、アメリカに行って大韓民国を紹介することを考え、オリニ舞踊団をつくったのです。

2 お父様は、韓国で謎の人物になっています。世の中の人々は、世界を動かし、戦闘のためにお金を使いますが、お父様は一銭もなしに数千人を動かしています。億万長者ができないことを、一銭もかけずに一日でやってしまうのです。

お父様がやろうと思えばできます。大きなことをするというのです。

舞踊団のことも、誰も知りませんでした。「三年間練習しなさい。昼も夜もしなさい」と言って、現在の基準に到達したのです。一年六ヵ月で、「よし。このくらいなら、世界の注目を集めるだろう」と自信をもちました。これは、韓国本土の兄弟たちも知りません。

宗教団体と芸術団体は違うのです。社会悪を解決する最先端にいる統一教会が、なぜ芸術団体をもっているのかというのです。本質において違うものなのです。

3 今や、二十世紀の後半期に、文化国家を建設しようという先進国が「統一思想」に注目する圏内に入ってきました。ですから、世界人類に韓国文化を誇ることができる一日を迎えるために、私たちは仙和オリニ舞踊団を創設したのです。多くの資金を借り入れてこれを進めてきましたが、同調する人はいませんでした。

しかし、結局はお父様が正しいことが分かったのです。それをするのがいくら大変だとしても、それを推し進めていく実力があり、神様が同調できる絆があれば、絶対に滅びないことが分かりました。数十年間訓練した芸能団体も、アメリカの文化世界に入って公演をしては、彼らから批判を浴びて倒れていきました。しかし、私たちは幼い子供たちを集めて、三年という短い期間に訓練をさせたあと、神様が役事されることを信じ、アメリカに行ったのです。そして、最初の公演をしたときから、大歓迎を受けました。これは歴史的な奇跡です。

4 私たちは、子供たちが公演する前に一ヵ所に集まり、涙を流しながら、「天のお父様、今回、公演するこの子供たちの姿が、子供の姿としてだけ映らないようにしてください。この子たちは天の民としての天命を受けている神様の使者ですから、アメリカの社会でも歓迎されるようにしてください」と祈りました。このように天を慕ったために、彼らはこのような厳粛な使命を背負い、天命を遂行するために立ち上がったというのです。この子供たちが言うには、不思議なことに、祈祷をしてから舞台に出れば、踊りもよく踊ることができ、失敗もしなくなるというのです。ですから、世の中の芸術団体が、私たちより大きいとしても、私たちに勝つことはできません。

5 リトル・エンジェルスが(他と)違う点は、祈ってから舞台に出て歌い、踊りを踊ることです。

ですから、踊りを踊っていても、もはや考えることが違うというのです。踊り全体にそのような背景があって反射鏡のような作用をするので、聴衆は知らないうちにそこに夢中になるというのです。

子供たちの踊る技術がどんなに素晴らしいからといって、聴衆がそれに感動し、拍手をして大騒ぎするだろうかというのです。そのような何かがあるからです。そのような背景があって、そこから放射される目に見えない宇宙線のようなものが照らされて、心をつかむというのです。

しかし、これは一瞬にしてできることではありません。長年、精誠を尽くした背景がなければなりません。一般の人にはそれがないのです。そのような背景をもってこそ、このようなことが起きるのです。

6 一九六九年に入って、「リトル・エンジェルス芸術団」が日本で大歓迎を受けています。ところが最初は日本の責任者が、お父様に「リトル・エンジェルスの公演を最小限に減らしましょう」と言っていたのです。韓国のオリニ舞踊団が来て公演をしても、日本人が関心などもつだろうかというのです。だからといって、お父様の特命によって始まったのですから、しないわけにもいかず、何とかして公演の回数を最小限に減らそうと考え、顔色を窺っていたのです。自分の大変な事情を話して、お父様が「良きに計らえ」と言えば、初めから何ヵ所かだけで公演をするようにして、一週間以内に公演を済ませてしまおうと考えていました。それで、お父様は、「相撲でも、試合をしてみて初めて勝敗が決定する」と言って、公演を始めたのです。

7 日本の同胞社会が主導し、韓国の舞踊団を招請して公演をするときは、主に無料公演をしてきました。このように無料で公演をしても、大人たちは来場せず、幼い子供たちが来てわいわい騷いでは、「来ました」とか「行きます」という挨拶もなく、いつの間にか帰っていたというのです。このように、招請した韓国の舞踊団が今まで芳しくなかったので、「リトル・エンジェルス芸術団」も、日本で成功できないと思ったというのです。ところが、どこからともなく日本人たちが先頭に立ってこの活動をしたので、同胞たちの立場は果たしてどうなったでしょうか。

一九六九年一月の公演は、日本政府や財界にいる人々を動員し、日本で私たちの権威を表すことのできるきっかけになりました。そして、日本政府と日本に住んでいる同胞たちは、多くのことを悟るようになりました。今回の特別公演は、日本の著名人たちの協助を受けて行えるほど、日本で大きな成功を収めたのです。

8 「リトル・エンジェルス芸術団」の日本公演は、大きな冒険でした。私が組織を組んで一つ一つ指示しました。二ヵ月以内に全国的な大会をするために、推し進めていったのです。

「私の言うとおりにやりさえすれば、人々が統一教会に押し寄せ、大盛況になるだろう。お父様にそのような作戦がある」と言ったのですが、責任者たちも信じませんでした。「私を信じなさい!滅びるなら私が滅び、死ぬなら私一人が死ぬ」と説き伏せてきたのです。そうして、何であっても、個人の主観に従ってやればすべて失敗し、お父様がしなさいというとおりにやれば成功することを見せてあげました。

9 「リトル・エンジェルス芸術団」が、公演のために、東京の日劇を四十日も借りたというのは、前例がないことです。四十日、昼に夜に劇場を借りて公演するというのは、歴史にない記録を立てることです。

日本の芸能分野では、私たちのことを「理解できない人々だ」と評しています。専門家の立場からしても、一週間超満員にするのも大変なことなのに、四十日の間、昼に夜に公演するというのですから、正常な人々ではないと判断しているいうのです。

ですから、やり甲斐があります。すべてが反対し、そのような評価をしているので、私たちはやり甲斐を感じるのです。これをひっくり返そうというのです。そのような時に、これをひっくり返すというのは、私たちの底力を誇示することになります。このような世論を踏み越えて、日本だけでなく、アジアで基盤を築かなければなりません。

10 統一教会は、リトル・エンジェルスを通して、世界的に、黙々と大韓民国の宣伝をたくさんしました。今もそうです。日本の東京の銀座で一番大きな劇場を借りて、四十日間、昼と夜に公演をしています。

これは、韓国のためにしているのです。統一教会のためではありません。民団は、金日成主席の主体思想を宣伝する朝鮮総連に巻き込まれています。このようなときに、韓国は文化民族であり、日本人までも感動して敬服する古代文化があることを知らせて、韓国の権威を高めるのです。私たちは、そのようなことをしてきています。ですから、私たちのすることはうまくいかないように見えましたが、神様が助けてくださり、今まで冒険の道を経ながら成功を収めてきました。私たちのためにしたことではないからです。それで発展したのです。私たちが犠牲になり、善のために生きたからです。

11 私は一九七一年にアメリカに渡りましたが、アメリカに行く前に、既に多くの基盤を築いておきました。ですから、アメリカにお父様が現れるやいなや、直ちに CIA(中央情報局)が問題とし、FBI(連邦捜査局)が問題としたのです。アメリカに初めて来た人としては、膨大な活動基盤があったからです。それでは、いつから基盤を築いたのでしょうか。

「リトル・エンジェルス芸術団」をつくって、海外公演をする前から築いたのです。リトル・エンジェルスを後援する「韓米文化自由財団」をつくる時、その財団の理事に、アメリカの政府を動かしてきた人物たちを投入しました。トルーマン元大統領、アイゼンハワー元大統領など、百四十人以上がその時に加入したのです。彼らを通してリトル・エンジェルズが活動するようになりました。

例えば、普通、ホワイトハウスで公演をしようとすれば、一年半前から準備しなければならないのですが、リトル・エンジェルスは、わずか一週間でホワイトハウスでの公演を実現しました。なぜそのようなことができたのでしょうか。私たちの後援財団の顧問だったアイゼンハワー元大統領の協助があったからです。アメリカに行く前に、既にそのような基盤を築きました。

12 「リトル・エンジェルス芸術団」は、今や有名な団体になったので、アメリカのニクソン政府を中心として、ホワイトハウスで公演をします。そして、イギリスでも、女王の前で公演をします。日本でも、内閣官房を中心として公演をするようになっています。このような実情なので、既に芸術界で世界的に公認を受けた立場に立っているのです。

今回、ヨーロッパに行くに当たっても、イギリスから二ヵ月間、特別な要請を受けました。ドイツやスペイン、フランスでも、芸術家たちが私たちを歓迎しても損をしないことを知って、私たちに公演を要請してきたのです。それで、イギリスを中心に、今回二ヵ月間、最高の芸術家たちにも会い、公演をすることになりました。

ところがイギリスは、子供たちが四十日以上は公演できないようになっているので、四十日間と定め、残りの期間はスペインに行って公演することになったのです。このように、私たちの舞踊団は、既に世界的な基盤を築いています。公演を通して膨大な人的基盤を連結するのです、

13 大韓民国を代表する、平和と友情の使節であるリトル・エンジェルスが、ここソ連公演を行うようになったことは、私にとって途方もない喜びです。

私が皆さんにお知らせしたいことは、四千万の大韓民国の国民も、やはりリトル・エンジェルスと共に、皆さんと皆さんの祖国に大韓民国の友情と親善の気持ちを伝えたいと思っているということです。

昨晩、私たちは全世界的に有名なボリショイバレエを観覧する時間をもちました。私たちは、ボリショイバレエ団の優雅な美しさと完璧な演技に、ただ感嘆するばかりでした。その時、私たちが切実に感じたことは、文化・芸術の世界には国境がないということです。芸術は国籍と人種と理念の壁を自由に飛び越えます。今晩、ボリショイとは全く異なる公演を鑑賞しましたが、私たちが感じたのは同じことでした。

このように、韓国の子供たちが見せてくれた美しい芸術の世界は、皆さんへのプレゼントであり、東方の芸術の美しさと伝統に、私たちは魅了されるしかありませんでした。これは正に、国家間の文化・芸術の交流が、世界平和を実現する日を早めるに当たって、どれほど重要な役割を果たすかを見せてくれているのです。

14 一九九八年五月、「リトル・エンジェルス芸術団」が北朝鮮に行きます。お父様が計画したことが、すべてぴったり合うのです。一九九八年三月に、「ユニバーサル・バレエ団」がワシントンをはじめ、アメリカとカナダの十二ヵ都市で公演をしました。リトル・エンジェルスが北朝鮮にも行くということは、天の側に立ったということです。

韓国がプラスであり、北朝鮮がマイナスであれば、お父様がこのプラスとマイナスを統一するというのです。これは誰もできません。政府もできません。お父様が東洋の踊りと西洋バレエを合わせて、東洋と西洋を代表する最高のバレエ団と、最高の「リトル・エンジェルス芸術団」をつくったのです。東洋と西洋でそのような最高の公演をするようになれば、統一的な文化芸術世界が現れると考えるのです。

15 平壌で南北頂上会談をする前に祝賀公演をしなければならないのですが、リトル・エンジェルスが十日間準備して、公演をしました。二週間もかかりませんでした。夢のような話です。これは、政府が十年かけてもできないことです。リトル・エンジェルスがなければ、どうなっていたでしょうか。北朝鮮からは、平壌少年学生芸術団が韓国に来ました。リトル・エンジェルスがなければ、それが可能だったでしょうか。北でもそのような内容を知っています。むしろ、私に対して「本当に有り難い」と言っていました。そして、「南北統一をするに当たって、先導する立場に立ってくれることを願う」と言ったのです。また、リトル・エンジェルスの公演を祝賀し、感謝する意味を込めて、五色の石粉で描いた絵を送ってきました。それは、千年、万年、変わらないものです。

リトル・エンジェルス芸術学校の設立

真の父母様は、一九七三年三月二十七日、子供舞踊団の養成と芸術家教育のために、リトル・エンジェルス芸術学校の起工式を行われた。リトル・エンジェルス芸術学校は、この年の十二月一日に学校の設立認可を受け、一九七四年三月五日、「愛天、愛人、愛国」を建学理念として開校した。一九七七年二月八日に第一回卒業式を行い、一九七七年二月十六日、校名を仙和芸術学校に変更した。

16 今日、思想的な世界観において、共産主義が主軸になり、民主世界もそこに対峙して付いてきましたが、完全に崩れてしまいました。ですから、人を中心として最も根本となる問題は、「愛とは何か。惰緖とは何か」ということなのです。しかし、このような問題を収拾するのは、ほかでもありません。正に文化、芸術を中心として収拾するのです。最も短い時間で大衆に衝撃を与え、若い人々の方向に新しい刺激を与えることができる道は音楽世界です。これが文化・芸術です。ですから、一九七四年にリトル・エンジェルス芸術学校を造りました。

17 リトル・エンジェルス芸術学校を造ったのは、統一教会の理想を世界に連結させ、文化創造の基本となる文化・芸術を普及させて、互いに協力し合えるようにするためです。この学校の教育目標は簡単です。天を愛する愛天、人を愛する愛人、国を愛する愛国で、世界人類を一つに連結することを教育理念としています。この学校は、韓国で有名な学校です。日本でもそうですし、アジアでもそうなのです。

18 皆さんが勉強をするのは大変ですが、勉強をすることによって、人生の問題をめぐって、天の息子、娘の道、神様がいるのかどうかを知らずに死んでいった私たちの兄弟たちが今、「来なさい」と皆さんを呼ぶ、その声が聞こえるというような感覚をもたなければなりません。ですから、「希望のあすがあなたたちを訪ねていくから、その時まで私を待ちなさい」という思いをもって、夜を徹して勉強しなければなりません。より一生懸命に勉強しなければならないということです。

もしリトル・エンジェルスの皆さんがそのような思いで勉強するようになれば、このリトル・エンジェルスは、子供の王宮だけでなく、青少年の王宮、壮年の王宮が始まる所であり、老年の王宮に拡大して、全世界を代表するようになるでしょう。これは、世界のすべての子供たち、世界のすべての青少年たち、世界のすべての壮年たち、世界のすべての老年たち、すべての人々が、韓国にいるリトル・エンジェルスの出身者たちを王のように迎える時が来るだろうということです。

それは、愛を中心として神様の息子、娘を造ったので、それ以上に有り難いことがないからです。すべての人を愛することが、王のすることなので、万民が皆さんを仰ぎながら愛するでしょう。そのようになるとき、リトル・エンジェルスの皆さんは、世界に責任をもたなければなりません。

19 私たちがもっているものは世界的です。「リトル・エンジェルス芸術団」もそうです。「リトル・エンジェルスをアメリカに送る」と言ったとき、あらゆる人たちから滑稽に思われました。アメリカで公演できる選抜隊を教育したのですが、仕上げで三ヵ月間、教育をして、アメリカ公演に出発させました。団員たちは寝ている間、夢の中でも教えを受けて学びました。霊界からコーチを受けたのです。

また、私たちの館がありませんでした。リトル・エンジェルス学校がなく、舞踊ができる場所がなかったというのです。ですから、当時はお金がありませんでしたが、リトル・エンジェルス芸術会館を造りました。

第二節 ユニバーサル・バレエ団

「ユニバーサル・バレエ団」の創団

真の父母様は、文化芸術を通した理想的平和世界である心情文化世界の具現という趣旨で、一九八四年五月十二日、「ユニバーサル・バレエ団」を創団された。「芸天美地、天上の芸術によって世の中を美しく」をビションとして創団された「ユニバーサル・バレエ団」は、韓国で最初の民間によるプロのバレエ団である。

第一回公演の「シンデレラ」を筆頭に、韓国内、そして、世界十七ヵ国で千八百回以上の公演を披露し、アジアの代表的なバレエ団に成長した。

1 バレエは西洋舞踊ですが、西洋はキリスト教文化圏です。キリスト教文化圏は新婦文化です。主を新郎として、家庭と国に定着することを願ってきたのです。

新婦が願うのは新郎ですが、新郎と新婦が出会って歴史的な恨、神様の恨を解き、解放された踊りを踊ることによって、天地を振動させようという、決意に満ちた皆さんになることを願うものです。ですから、名前も「ユニバーサル」としました。

2 バレエと言えば、西欧社会、キリスト教文化圏では最高の芸術と考えています。これが、ロシアで最高の位置をつかみました。お父様は、一九八四年に「ユニバーサル・バレエ団」をつくり、世界の頂上に向けて鍛錬させ、準備してきました。そうして、「リトル・エンジェルス芸術団」は東洋文化を中心として、「ユニバーサル・バレエ団」は西洋文化を中心として、芸術世界のトップに立つようになりました。このような驚くべき事実は、歴史的にたたえるべきことです。新しい文化世界の創造に、輝かしい一つの礎石を据えたというのです。

3 お父様には、見えない力があります。それで、芸術分野で「ユニバーサル・バレエ団」をつくったのです。西洋世界がいくらバレエ文化を誇っても、今、お父様がその先頭に立っています。西洋世界の人々は自分たちの文化をもって誇りますが、「さらに大きく発展できる希望的な内容があるか」と言えば、ないというのです。西洋世界のバレエは次第に下がっていきます。霊的な概念がありません。個人主義的な傾向に変わるので、統一がなく、伝統的なバレエの精神が消えたのです。

それをお父様が知って、先頭に立ちました。人種が異なり、宗教と習慣が異なり、国家が異なりますが、そのようなものをすべて飛び越えて一ヵ所に集めるのです。伝統を立てるのです。一九八四年の創団以降、十四年が過ぎ、それが事実として証明されるので、西洋世界が付いてきます。霊的な面でも文化的な面でも、最高の位置に上がってきているというのです。

4 お父様は、世界に出発する時、絶対に疑いませんでした。心は一つでした。ありとあらゆる人が来ては去り、ありとあらゆることがありました。しかし、一つの目的に向かって駆けてきました。ですから、皆さんがこれから行くための、すべてのものを準備したのです。世界の先進国家群に入っていける万全の準備を、すべてしたというのです。

「ユニバーサル・バレエ団」だけを見てもそうです。その内容がどれほど感動的か分かりません。どれほど感動的であれば、「ニューヨーク・タイムズ」が一ぺージを使って三回も紹介してくれるでしょうか。そのような歴史はありません。ここから飛躍して、トップガン(Top Gun)になったのです。

5 お父様は、踊って歌う「リトル・エンジェルス芸術団」と「ユニバーサル・バレエ団」をつくりました。西洋でも東洋でも、笑顔で歌い、笑顔で踊れる最高の芸術団体をもっています。そのようになるためには、何回も反復して練習し続けなければなりません。数百回、数千回、同じ動作を絶え間なく反復し、練習を行う人がチャンピオンになるのです。

自由世界やアメリカは、個人主義の王国になったので、伝統的なバレエの精神は消えてなくなったと考えたのです。しかし、「ユニバーサル・バレエ団」は、縦的な伝統を重視し、困難な過程を経てきたので、ナンバーワンの位置に上がりました。だからといって、驕慢になりなさいということではありません。これからが始まりです。

実際の世界が皆さんを待っています。ですから、最高になるために、絶え間なく反復し、訓練しなければなりません。そうすれば、のちに驚くべき基盤を備えるようになるというのです。舞踊も、文化的背景と精神の結果として生まれるものです。それが芸術世界です。私たちは、東洋の芸術と西洋の芸術を占領するのです。東洋の芸術を代表したものがリトル・エンジェルスであり、西洋の芸術を代表したものが「ユニバーサル・バレエ団」です。

6 皆さんは、「ユニバーサル・バレエ団」に希望をもたなければなりません。西欧社会の上流層の婦人たちは、バレエに対して評価できる実力がなければ、上流社会の女性として威信が立ちません。その水準に合わせるようになれば、ロシアからこの西欧社会全体、アメリカだけでなく南米全体の女性たちを一つに束ねることができます。そのようになれば、最高の女性たちを束ねることができる膨大な組織になります。

「世界平和女性連合」を通して、韓国から日本、日本からアメリカとヨーロッパまでつなぐのです。その背後の人脈を、UBC(ユニバーサル・バレエ団)やUBA(ユニバーサル・バレエ・アカデミー)と共に関係を結んで束ねておけば、万年続く組織になるでしょう。一度、この最高水準のバレエ団と連結されれば、家門の自慢の種になり得ます。全世界の名家の家門をこのように束ねるのです。

7 「統一原理」をテーマにしたバレエをつくらなければなりません。お父様が経てきた厳しい監獄生活のようなものを中心テーマにするのです。それができる振付師として、世界最高のチャンピオンのような人が、「ユニバーサル・バレエ団」にいます。

バレエ作品の中で、「ラ・バヤデール」は公演するのが非常に難しい作品です。群舞も難しいのですが、個人の技術面で最高基準の舞踏家にならなければなりません。個人の技術を中心として、専門家の立場から、直ちに評価されるのです。その次には群舞です。それが本当に大変なのです。全体が歩調を合わせなければならず、ペアを組んで一つにならなければなりません。足を上げるとき、ほんの少し高く上げてもいけません。その五十人、百人が跳ぶ音が、一人が跳ぶ音のように響かなければならないというのです。その公演を見ながら「まだもう少し訓練をしなければならない」と思いました。

8 私たちの舞踊団は、これから男女問題に対して徹底しなければなりません。芸能人たちがそのような問題で、世の中において良くない立場に陥り、脱落していった事実を正し、革命しなければなりません。私たちの「ユニバーサル・バレエ団」も、いくら実力があっても、そのような問題に少しでも引っ掛かれば、追い出すようにしなければならないのです。そのような面で世界的な大革命をしなければなりません。そのためには、み旨的な立場から手本を示さなければなりません。

芸能界が風紀を乱し、社会悪を助長する基盤になっているので、これを清算する代表にならなければなりません。それを知っている人々が革命をしなければならないのです。知らない人々では、革命をしても何の効果もありません。理論的な面でも行動的な面でも、内外を合わせ、彼らが公認できる立場で正々堂々とした路線をつくらなければなりません。私は、このような点から芸能分野に関心をもったので、リトル・エンジェルスもつくり、「ユニバーサル・バレエ団」もつくって、今や世界の頂上に上がってきたのです。

UBA開校と未来の芸術の課題

真の父母様は、一九八九年三月二十五日、アメリカのワシントンDCにユニバーサル・バレエ学院を開設された。そして、一九九〇年九月五日、正式に「ユニバーサル・バレエ・アカデミー(UBA)」を開校された。真の父母様は、「今後、文化芸術は、神様を賛美し、青少年を正しく指導できなければならない」と強く主張された。

9 芸術団体として、東洋を代表して「ユニバーサル・バレエ団」があるとすれば、西洋を代表しては「キーロフバレエ団」があります。世界的水準にあるソ連の「キーロフバレエ団」の団長が今、「ユニバーサル・バレエ・アカデミー(UBA)」の学長です。今、「キーロフバレエ団」の重要な先生たちが、ワシントン DCのUBAに来て教えてくれています。

西洋の女性たちには、バレエが最高の関心の対象です。大統領の夫人や長官の夫人たちは、大概、バレエを鑑賞できる感覚をもっていて、バレエについて知らなければ、ヨーロッパ文化の価値を知らない人と思われるのです。ですから、有名なバレエ団が来れば、先を争ってチケットを買おうとします。お父様は、私たちのバレエ団をそのような最高水準にまで成長させました。

10 一九九〇年九月五日、アメリカのワシントンDCで私たちのUBA開館式を行います。ブッシュ行政府が懇請し、ソ連政府が許可して、UBA学長誘致が成就したのです。ブッシュが手紙を出し、ソ連政府が回答して、「キーロフバレエ団」の団長をUBAの学長に任命することになりました。それで、「キーロフバレエ団」の重要な先生たちを連れてくるのです。彼らも、ソ連の舞台だけでは希望がありません。自由世界の舞台で公演しようと考えて、開館式をすることになったというのです。

11 UBAの学長であるオレグ・ヴィノグラードフは、霊界から「あなたはソ連のためにキーロフを守るか、レバレンド・ムーンと働くか」と言われた時、「レバレンド・ムーンを中心として働くことを選ぶ」と答えました。どのようにして、オレグ・ヴィノグラードフという人がお父様と手を結んだのかが、西欧世界では謎なのです。ソ連政府も知らず、西欧社会も知りません。それは、神様と私とその人、私たちの中の数人しか知らないことです。

彼が、私たちのUBAに入るためにドアを開けようとしたとき、「ここは神聖な所だから靴を脱いで入りなさい。あなたが今から余生を捧げて働く所である」という天の啓示を受けたのです。ですから、このような天の命令に逆らうことができるでしょうか。完全に、本家に来たときのように振る舞うのです。

12 文化と言えば、芸術文化です。芸術には絵画も入りますが、舞踊は総合芸術です。特に、バレエのようなものは総合芸術です。美に関するものを、ただの絵ではなく、生きている絵画のように表現しなければならないのです。ですから、舞踊は、その国の民族文化の背景を代表した芸術です。

バレエにおいて、爪先で立ち上がるのは、神様を賛美することです。そのような伝統的思想を背景にした西欧文明の最高の芸術がバレエです。ところが、これがどのようになりましたか。音楽も、退廃思想、快楽主義に陥ったのです。それを、私が退廃思想に染まっていない本来の姿へと再現させました。それが今や、本格的な軌道に乗りました。世の中が何と言っても、お父様が数十年前から文化面でこのような独創的な基盤を築いてきたという事実は、称賛せざるを得ないことです。それに反対する人がいません。

「ニューヨーク・タイムズ」が「UBAはバレエのハーバード」と書きました。UBAが「バレエのハーバード」という名称をもらったのです。「ワシントン・ポスト」もそのように書きました。事実がそうなのです。アメリカとソ連の両国に橋を架けて、その覇権を握った人がお父様です。

13 韓国には「リトル・エンジェルス芸術団」と「ユニバーサル・バレエ団」があります。今は、西洋文化と東洋文化が転換される新しい起源の時です。その拍子に共鳴できる響きを天地に残すということは、韓国が、上は天から、下は地獄の底にまで、自然と垂直になって流れ出てくる道になるということです。それで、世界に一つの柱のような流れが生じれば、その柱を眺める周辺は、きれいにその影響圏に入るようになるのです。ですから、皆さんは感謝し、拍子を合わせながら、自分の生涯をそこに一致させられるようにしなければなりません。それを希望として生きる民族になるとすれば、韓民族は、神様の祖国のために、民族の位置と価値を堂々と結実させられる立場に進むことができるのです。

14 アメリカでは、テレビを通して二十四時間、映画を見ることができます。アクション映画を見ようと思えば見て戦争映画を見ようと思えば見て、恋愛映画を見ようと思えば見ることができます。ありとあらゆる映画がすべて出てくるのです。成人映画まで出てきます。ですから、青少年たちは一気に、そこに惹かれていってしまうのです。

青少年たちは、思想や伝統的な価値観がないので、行動に直接移すのです。青少年はそのようなものを見て、刺激的な面を追求しますが、伝統的にそれを制限できる環境条件もありません。ですから、即刻、見るやいなや行動するというのです。そのようにしていれば、この世界は近いうちに、完全に滅亡するのです。

男性と女性がしがみつき、一緒に滅亡してしまいます。また、麻薬に酔って、人類は、それこそ魂の抜けた、人間として価値のない人に落ちてしまうというのです。ですから、このような環境をどのように立て直すかが、深刻な問題です。これから理想世界を創建しようと主張するなら、根本に入っていって、このような世界的な問題を解決しなければなりません。このようなすべてのことを評価し、これから芸術分野を中心とした新しい文化創建の伝統基準をいかに早く立てるか、という問題が深刻だというのです。これが、世界を統一するに当たって、一番の緊急問題です。

15 私がアメリカに行って考えたことは、民主世界の先導国であるアメリカの若者たちが、映像メディアを通して急速に悪化の一路をたどっているのを、どのように防ぐかということでした。ですから、テレビが大きな問題です。アメリカでは、テレビ放送が二十四時間映るようになっています。映画や音楽のようなものも、二十四時間続けて放送されるので、そのような分野に関心のある子供たちは視聴するのです。現代の思潮の先端を率いているのが映像メディアですが、アメリカの若者たちがここに陶酔しているというのです。

このままでは、世界の若者たちが完全にサタン世界に落ちていくと考えるので、それに備えなければなりません。これを防ぐことができるのは、先端の映像メディアを通じる道しかないというのです。お父様が今まで「リトル・エンジェルス芸術団」もつくり、「ニューヨーク・シティ・シンフォニーオーケストラ」も引き継ぎ、「ユニバーサル・バレエ団」もつくり、先端を走るロックミュージックグループまでつくったのは、このような問題に備えるためでした。

16 お父様は、時間があれば、ラスベガスの芸能人たちに会おうと考えています。そうして、世界的に有名な人々を動かそうと思うのです。(そのために、)マンハッタンセンターに有名なオペラハウスを造ろうとしています。ニューヨークに一つ造り、ロンドンと東京にも造って、世界の有名な人々を引き入れるのです。私が会社をつくり、素質のある人は世界的に有名な人にしてあげるつもりです。私たちには新聞社もあり、広報組織までもっているので、新しい流行をつくることができます。万民に、清くて、人格的に推戴を受けられる素晴らしい芸能人たちに育てるのです。

それで、お父様は「リトル・エンジェルス芸術団」をつくり、「ニューホープ・シンガーズ」をつくり、「ニューヨーク・シティ・シンフォニーオーケストラ」を引き継いで世界的な水準に上げようとしているのです。

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第九篇 第五章 スポーツを通じた心情文化世界の実現

第九篇 第五章

スポーツを通じた心情文化世界の実現

第一節 八八ソウルオリンピックと「世界文化体育大典」

和合と統一の八八ソウルオリンピック

第二十四回夏季オリンピックが、一九八八年九月十七日から十月二日までの十六日間、ソウルをはじめとする主要都市で開催された。百六十ヵ国、一万三千人以上の東西両陣営の選手団が参加し、陸上競技をはじめとする二十三の正式種目と二百三十七の細部種目に分かれ、勝敗を競った。真の父母様は、「十二年ぶりに東西両陣営がすべて参加した八八ソウルオリンピックは、摂理的に大きな意味がある」と語られ、オリンピックの開幕式に直接参加された。また、百二十ヵ国の宣教師を十人ずつ動員して、各国の選手団を応援するようにされた。特にメッコール飲料を提供し、お土産を渡しながら、各国のオリンピック選手団を激励された。

1 一九八八年は、一九四五年から四十三年を越える時です。四十年路程を通過し、七年路程のうち三年半を越えるのです。一九八九年は、一九四五年から四十年路程を経て、七年路程のうち四年目となる年です。この時に決着をつけなければなりません。そのため、一九八八年からは摂理的に、すべてぴったりと合わなければなりません。民主主義と共産主義の冷戦体制、両極体制ができたのが「六・二五動乱」の時です。そこで分かれたので、そこで一つにならなければなりません。ですから、八八ソウルオリンピックを中心として、ソ連とアメリカが一つにならなければなりません。民主世界を代表するアメリカのロサンゼルスオリンピック大会と、共産世界を代表するソ連のモスクワオリンピック大会のとき、民主世界と共産世界は、互いに相手国での大会には参加しませんでした。これがようやく、韓国を中心として一つにならなければならないというのです。これに備えて、百二十ヵ国の統一教会の宣教師たちを呼び集め、彼らと一つにするようにしたのです。

2 韓国は、民主と共産の両極勢力によって二つに分かれ、一九五〇年の「六・二五動乱」を起点に、韓国をはじめ、世界は、両極の闘争期に入るようになりました。このように広がった両極の世界が、八八ソウルオリンピック大会を通して一つになり始めたのです。八八ソウルオリンピックの時、体の世界を代表してオリンピックに参加したカイン的二世選手団が、真の父母を中心としてアベル的な立場に立っている心の世界を代表する統一教会の宣教師たちと、完全に一つになったという条件を立てました。

百二十ヵ国から帰国した統一教会の宣教師たちが、百二十ヵ国を代表する立場で真の父母を中心に参加し、韓国政府を代表する大統領が、サタン世界のカイン二世格のオリンピック選手たちと外的に一体になりました。彼ら宣教師がオリンピックの参加者たちと一体になるために、ヤコブがエサウにしたように、メッコールをはじめ、食べ物だけでなく、多くの物を提供してあげたのです。そうして、完全に一つになりました。お父様は、世界的基盤とその新しい方向をつかんで動かしてきたというのです。

3 八八ソウルオリンピックの時、不思議なことが起きました。韓国は何位でしたか。一位と二位を取った国がソ連と東ドイツです。アメリカと韓国は三位と四位でした。共産世界のソ連と東ドイツが一位と二位を取り、民主世界のアメリカと韓国が三位と四位を取ったというのです。それは、縦的なカインとアベルと同じです。このように、縦的なカインとアベルになって、横的にカインとアベルをつくることにお父様が貢献したのです。その時、ソ連の選手が、自分の取った銅メダルを感謝のしるしとしてお父様に送ってきました。

4 八八ソウルオリンピックの時、韓国は四位を取りました。私は、テレビを三台つけて観戦しながら、夜を徹して精誠を尽くしました。八八ソウルオリンピックの前までは冷戦時代でした。冷戦なので、すべて凍りついたのです。民主主義も凍りつき、宗教も凍りつきました。オリンピックも凍りついたのですが、八八オリンピックの時、韓国で溶けたのです。冷戦時代の終局をつくり出した、その背後にいたのが正に私です。私がしたのです。「リトル・エンジェルス芸術団」がそこで公演できたのも、すべてその背後に何かがあったからです。

5 八八ソウルオリンピック大会を観戦するのに、一番熱心だった人が私でしょう。内的には、天を代表し、宗教界を代表して精誠を尽くしながら、三台のテレビを設置してスポーツ競技全体を観戦しました。大会が終わるまで見続けたことに関しては、私が世界で記録をつくったでしょう。

霊界でも一緒に観戦して、応援しました。世界百六十ヵ国の二世たちを霊肉において束ねたのです。韓国に対する思いから抜け出そうにも抜け出せない、背水の陣を敷いてその期間を過ごしました。ですから、大韓民国の大統領と国民も国家的な縦的立場に立ち、世界を代表して、お父様と同じペースで統一的心情をもって集中したというのです。

韓国統一は世界の統一を代表するのです。そのため、韓国の国民が真の父母と一つになるということは、内的、外的に一つになるという意味です。韓国政府と国民は、ほかのすべての国々の中心です。これにより、すべて一つになったのです。ですから、この時が世界史的な転換の時期だというのです。

6 民主世界の勝利基準を八八ソウルオリンピック大会と連結させて、新しい国家的基準と世界的基準に連結させ、一九八八年九月二十七日、摂理的統一転換式を挙行しました。そして、十月三日には「世界統一国開天日」を宣布しました。このようなすべてのことが大きな問題だったので、オリンピク大会を中心として、摂理的統一転換式と開天日の宣布式をすることによって、歴史は新しい方向に転換されるのです。

「世界文化体育大典」

真の父母様は、ソウルオリンピック大会の期間である一九八八年九月二十七日、百二十ヵ国の代表が参加する中、ソウルの漢南国際研修院で、神様を中心とした心情文化世界を目指す「世界文化体育大典(WCSF)」の開催を提唱された。「世界文化体育大典」は、人間がつくった障壁を崩し、超国家、超人種、超宗教的に和合一体を目指す文化祝典である。このような背景のもと、一九九二年八月十九日から三十日まで、ソウルで第一回「世界文化体育大典」が開催された。

7 新しい時代が開門するこの時点において、八八ソウルオリンピック大会の大勝利とともに、「世界文化体育大典」の開催を宣布しました。それにより、お父様が広げておいた様々な問題(提起の場)を初めて一ヵ所に束ね、世界が新たに回っていける一つの中心軸をつくるのです。ここにすべてのものが巻き込まれていけば、世界が、サタン世界ではなく、天の世界に変わるようになるというのです。ですから、一つの世界に向かう促進剤として活用するのが「世界文化体育大典」です。

8 今や、教会祝福時代が過ぎ、国を代表して祝福を受けるときが来ます。文化時代を中心として、これを整備しなければなりません。文化体育大典を中心として、父母様が祝福結婚をさせようと考えています。世界的版図を中心として、祝福を壊さない人々を立てるためのものです。

ですから、百二十ヵ国から来たすべての責任者たちは、各国から善男善女を選出しなければなりません。スポーツと学術大会を通して、チャンピオンたち、若い二世たちを選出し、祝福チャンピオン圏内に導きなさいというのです。皆さんが審査して合格した人々を、この大会に参加させるのです。国家大会でチャンピオンになってこそ、オリンピックに参加できるのと同じように、善男善女たちを選出する活動をしなさいというのです。

そこで合格すれば、この人が出世できる道を全世界の人々が開いてくれるのです。これにより、若者たちは、新しい希望の世界に、理想の園に、安息の住み家に基盤を定め、その基盤で、千年、万年、新しい理想の夢を描き、歌いながら天国に向かって前進するようになるでしょう。

9 本来は、世界文化オリンピック大会と言わなければならないのですが、国際オリンピック委員会(IOC)から、「その名称を使えば問題になる」と言われ、「世界文化体育大典」としたのです。一九八八年のソウルオリンピック大会は、冷戦時代の国々が和合して参加してきた大会でした。

オリンピック大会がソ連とアメリカを中心として、一つになれずにいましたが、一九八八年になってようやく冷戦の峠を越え、和合が実現したのです。しかし、体を和合しただけであって、精神的な統一圏はできませんでした。オリンピック大会は体だけを中心として、世界の二世たちが結束する場です。宗教や精神的な内容を中心としたものではないというのです。

ですから、ここに精神的内容を結びつけなければなりません。そのような意味で、このオリンピック大会のような「世界文化体育大典」を中心として一つになるのです。

10 第一回「世界文化体育大典」は、早くに天命を受けて復帰歴史の流れを看破してきた私が、生涯を通して主導してきた各分野の集まりをすべて網羅し、唯一の神様を中心とした一つの絶対価値基準を基盤として集まる最初の大典です。五大洋六大州において、多様な文化圏に四分五裂していた伝統、文化、価値観などが、様々な特色を生かしながら、全体的な調和を通して新しい統一文化を創造していくのです。

このようなすべての土台である原理運動は、新しい生命の運動であり、新しい真の愛の運動です。肉体と精神の調和と統一を通し、本性に基づいた神様中心の新しい人間、新しい家庭、ひいては新しい国と新しい世界を創造する運動です。

11 「世界文化体育大典」は、全世界の学者、宗教指導者、言論人、政治家、青年指導者、体育人などが、神様を中心とした地球村家族の一員として出会う祝典です。神様を根源とした人類和合の知恵と経験を結集し、平和理想世界を目指す天宙史的な行事です。本然の理想世界は、神様の真の愛と、真の生命、真の血統を中心として、アダムとエバが真の子女、真の兄弟、真の夫婦、真の父母の心情圏を完成することによって形成される世界です。

12 第二次世界大戦直後、キリスト教文化圏を中心として登場し、七年以内に世界を統治できる基盤を失ってしまいましたが、私はこれを自力で復帰しました。ソ連とアメリカが私を歓迎して支持する段階に入ってきたというのです。第二次(世界)大戦直後に失ってしまった神側のオリーブ畑であるキリスト教文化圏を、初めて父母様を中心とした統一教会の基盤を通して神側に復帰したので、ここに接ぎ木(の役事)さえすれば、全世界は復活するのです。

それで、一九九二年から祝福を公開するのです。それが「世界文化体育大典」です。四十日修練を受け、真の父母を認め、神様を絶対に信じ、真の父母に従って永遠なる神様の愛と生命と血統の新しい種を授かるという誓約をして進み出れば、天に帰っていけるのです。

13 摂理の一環として始まった「ハンマダン体育大会」は、神様を中心とした新しい青年文化創建運動として、天の側に立った心が悪魔側の体を治める統一的心情圏を回復し、ばらばらになった世界を一つに統一して、神様の恨を解いてさしあげる若者たちの広場にならなければなりません。皆さんは未来の主人公として、ひいては天の王族として、強く雄々しくなければなりません。暗闇を退け、悪を審判する正義の旗手にならなければなりません。

大学原理研究会が中心になり、世界的に蔓延している淫乱と暴力の波を清算し、新しく神聖な善の革命を成し遂げなければならないのです。神様を中心とした世界の青少年たちが中心となり、本然の子女、兄弟、夫婦、父母の心情圏を回復し、過去の王、現在の王、未来の王として、三大王権を復帰した真の天の王族になって、永遠なる生命の道を行かなければなりません。

14 統一教会が主張することは、政治世界でも問題を起こし、宗教世界でも問題になっています。ですから、いつでも先頭に立たなければなりません。政治圏でもカインとアベルが一つになり、宗教圏でもカインとアベルが一つにならなければなりません。そうして、ここで一つになったすべてが、歴史的ないかなる勢力圏よりも強くなければならないのです。このすべてのものを、個人では束ねることができません。家庭で束ねなければなりません。このような面において設けたのが、第一回「世界文化体育大典」です。

そこには、二世たちとすべての分野の世界最高の指導者たちが来るのです。彼らと二世たちは、縦的な面から見れば、カインとアベルです。世界のすべての指導者たちが、カインの立場だというのです。長子権復帰をするために、次子と長子をひっくり返すのが(今回の)祝福行事です。一九九二年八月二十五日の祝福式をする前日にすべての人の前で真の父母とメシヤ宣布を行いました。大韓民国と日本、アメリカで宣布をしたのです。ですから、真の父母を中心としてカインとアベルが一つになり、宗教圏と政治圏が一つになるのです。文化圏全体が一つになります。世界は混乱していますが、統一教会の新しい統一文化圏は、今まで世界に向かって、個人から世界が行くことのできる道をつかんできています。

15 今後、世界に残された最も恐ろしい戦争は、人種の戦争です。皆さんは「イエローパワー」というものを知っていますか。これは、真の父母が現れてアジアを動かし、人種の戦争を防止しようということです。世界を救わなければなりません。そのようにしなければ、平和の世界を探し出すことはできません。ですから、世界平和を強調するのです。それが神様の目的です。このすべてのものを中心として、「世界文化体育大典」をするのです。

この大典は、オリンピック大会を凌駕しなければなりません。なぜなら、オリンピックは体を中心とした大会だからです。神様がいません。しかし、「世界文化体育大典」は、世界に文化を植えるのです。すべての文化の中心が宗教なので、宗教を中心として行うのです。宗教を中心として精神を強くし、体を率いていくことができてこそ、正常な人間に戻ります。そのようになれば、新しい文化が創造されるのです。それを真の父母が行うのです。

16 主要記念日には、世界的に有名な芸能団体を呼んで、大会を行わなければなりません。祝賀式自体が、世界的な芸能団体の競演大会になるのです。そのように競演大会をして、一等を選ばなければなりません。学術分野から始まり、各分野のトップを選ぶのです。世界のトップたちを参加させて表彰するのです。そのようにすれば、世界の関心を集めざるを得ません。それが、「世界文化体育大典」です。文化オリンピックだというのです。一週間、各分野で競演するのです。ですから、世界が注視できるように、最高クラスの人々を立てて表彰しなければなりません。

17 「世界文化体育大典」は、文化オリンピックです。オリンピックですが、スポーツだけを競うのではありません。学術分野であれば学術世界のオリンピックチャンピオン、物理学であれば物理学世界のオリンピックチャンピオン、文学であれば文学世界のオリンピックチャンピオン、数百種類の種目を中心として、選出していかなければなりません。お父様は、オリンピック大会やサッカー大会に関心をもち、また芸術世界にも関心をもっています。今やみな、頂上の位置に上がりました。この「世界文化体育大典」を宗教者オリンピック大会にしようと考えています。

第二節 サッカーチームの創団と運営

一和天馬サッカーチーム創団

真の父母様は、一九八九年三月十八日、サツカーを通した世界平和の実現を旗印に、一和天馬サッカーチームを創団された。一和天馬サッカーチームは、一九九三年から九五年まで、韓国プロサッカー大会で三連覇を記録し、九五年にはアジアクラブ選手権優勝、九六年には、アジアスーパーカップとアフロアジアクラブ選手権のチャンピオン大会で優勝することにより、アジアサッカー連盟から、九五年と九六年のアジア最高クラブ賞を受賞した。また、一九九〇年代の三連覇に続いて、二〇〇一年から〇三年まで、再びKリーグで三連覇を果たすことにより、サッカーの名門チームとして定着した。

1 私たちのサッカーチームの名前は一和です。なぜ「一和」としたのでしょうか。その名前が良かったので、私がサッカーチームの名称にしました。一和とは、一つに和する、統一されるという言葉です。化学の「化」の字は、その本質が変わます。材木が燃えてほかの物(灰)になるとき「化学作用」と言います。一和の「和」の字は、本質が変わりません。千万種類の素性と個性がありますが、和合するのです。

2 一和天馬チームをつくったのは、良いことでしたか、良くないことでしたか。宗教指導者がほかのことに手を出したのです。私と何の関係がありますか。韓国民族の気概を高めるためには、仕方がありませんでした。世界にそのような力を誇り得るモデルとして、先頭に立たなければなりません。サッカーはそのような面で代表的な種目です。

もしサッカーチームをつくらなかったならば、韓国サッカーは見る影もなくなっていたでしょう。サッカーチームをつくり、韓国で三年連続優勝し、その次にはアジアチャンピオン、アジア・アフリカチャンピオンになって、有名になったのです。南米に行ってブラジルチームともゲームをし、アルゼンチンチームともゲームをするのです。

3 若い人々は、未来の世界に向かって前進していくべきなのですが、どのように刺激して気迫をもたせてあげるかが問題です。このような意味で、体育が必要なのです。体育というのは、一気に気迫を創出する偉大な力をもっています。それで、このことを考えながら体育に関心をもつたのです。昔からそうでした。

スポーツ選手たちが、ほかの人より少し勝って、すべての競争者を押さえて勝利した時に感じるその気迫、気分というのは、経験してみなければ、いくら説明しても分かりません。ですから、体育はそのような面で必ず効果があるというのです。それで、スポーツを奨励するのです。文化オリンピック大会や宗教団体を中心とした体育大会のようなものを、お父様は今までリードしてきました。それでは、なぜサッカーに関心をもつのでしょうか。サッカーには、複雑で多様な妙技があるからです。

4 若い女性たちもサッカーについて知り始めれば、とても味をもつようになります。イギリスやイタリア、ドイツのような国のサッカー場に行ってみれば、本当に素晴らしいのです。サッカーは国民の熱気を刺激します。そのような運動は生きているので、若い人々を連合して衝撃的な爆発を起こすことができます。それがサッカーだというのです。そのような意味で、サッカーに関心をもつのです。

ここに一年でどれほど多くのお金がかかるか分かりません。たとえお金がかかっても、これは私たちが社会に向き合うときの足場になります。今までは、宗教が社会とは隔離されていました。社会から逃避してきたのですが、私たちは社会に向き合うのです。宗教が体育を中心として、特にこのサッカーを中心として社会に向き合おうというのです。

5 気持ちを奮い立たせるにはスポーツがいいのです。ワールドカップサッカー大会のようなものがそうです。一つのゴールが決まるのを見て、十万の観衆が熱狂するのです。それを考えてみてください。バレエや舞踊のようなものも同じです。感動するので「拍手をするな」と言っても拍手をするのです。誰かが「拍手をしなさい」と言うのでしょうか。心から湧き出て、自らするのです。

「ゲームをしているのはどこのチームだ」と言うとき、「統一教会のチームだ」と言えば、統一教会のことを考えます。また、「そのチームは誰が率いるのか」と言うとき、お父様がするといえば、統一教会のことを好きになるでしょう。

そのようにして、世界を巡回しながら、いつでもサッカーのゲームをするのです。春夏秋冬、同じサッカーをしても、季節によって気分が違います。このように、一つの目的の世界へと大衆を動かし、率いていくことができる気分をいつでも創出できるのが体育であり、芸術だと考えるのです。

6 私たちは、サッカーでお金を稼ごうというのではありません。そのお金で、サッカー界の教育機関をつくらなければならないのです。芸術団体の教育機関、その次に、スポーツ界の教育機関をつくって、徹底した思想を入れなければなりません。道義的な面で基盤を築かなければならないのです。

セネ・サッカーチームとソロカバ・サッカーチーム

真の父母様は、サッカーは全世界の人々が好む運動競技であり、平和世界実現のために必ず必要であると考えられ、二〇〇〇年四月四日、サッカーの強国であるブラジルのソロカバ・サッカーチームを引き継がれた。一九九一年二月二十一日に創団されたソロカバ・サッカーチームは、引き継ぎ後、ブラジルの一部リーグに昇格するなど、大きな成長を遂げた。セネ・サッカーチームは、一九九九年十二月十五日、ブラジルのジャルジンで創団され、幼少年のサッカーチームも運営している。

7 ブラジルでは、サッカーが産業基盤と同じです。ブラジルはサッカーに対して、国全体が熱意をもっています。また、中南米三十三ヵ国全体が、一つの国のような熱意をもって取り組んでいるのです。そこで誰が一つの国に勝つかというのです。

ですから、ブラジルが世界最強チームとして有名ですが、ブラジルでプロサッカーチームをもつというのは、空の星を取る(非常に難しいことの例え)くらい大変なことなのです。また、私がその時、サッカーチームをつくらなかったならば、どのようになっていたでしょうか。

そのあと、ブラジルサッカー協会は、外国人がブラジルに入ってきてサッカーチームをつくれないようにしました。法で定めてしまったというのです。なぜでしょうか。私がそのようにして一気にブームを起こせば、問題になると考えたのです。自分たちが世界の特権的立場でビジネスをしていたのに、外国人たちが入ってきてこのようになれば、問題が大きいので、最初から法で定めてしまいました。今、外国人としてお父様だけがブラジルにサッカーチームをもっています。

8 私がブラジルでセネとソロカバというサッカーチームを運営しているのですが、問題になりました。「レバレンド・ムーンが突然、一年間でこのようなことができるのか」というのです。ブラジルはサッカー王国です。産業復興や経済復興を通して得る収益より、サッカーを通した収入がもつと多いというのです。ですから、(私が)サッカーチームを引き継ぐやいなや、非常事態になったというのです。それが、私たちの文化祝典にまでも関係を結べる道です。

9 サッカー王になって何をするのでしょうか。国を探し出さなければなりません。中南米に三十三ヵ国ありますが、誰がその国々を束ね、一つの国にするのかというのです。ペレを中心としてできるなら、ペレを中心として束ねるのです。

世界の六大州を束ねることができる最も早い道、世界を代表して国家を越えることができるのがスポーツです。オリンピックやサッカー大会のようなものです。そのようになっています。ですから、私がサッカーを重要視するのです。今、ブラジルで私がソロカバとセネ・サッカークラブを運営し、問題になっています。天が助けてくれるというのです。天が同調してこそ上がっていくのであって、そうでなければ上がっても引っ掛かってしまいます。

それを通して、お金を稼ごうとするのではありません。サッカーを通して南米を一つに束ね、世界六大州の一州として、アメリカよりも先に天のみ前に捧げれば、アメリカを追い越していくようになります。スポーツによって連合した連合国家を天のみ前に捧げれば、そのスポーツ選手たちが国家の主流思想を引き継いでいくのです。

第三節 鮮文ピースカップと圓球

ピースカップピースカップとピースクイーンカップ

真の父母様は、心情文化世界の具現のため、二〇〇二年六月、ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館において、鮮文ピースカップサッカー大会を創設された。ピースカップは、「鮮文平和サッカー財団」が開催する国際クラブサッカー大会であり、二〇〇三年から二年ごとに大会が開かれた。第一回、第二回、第三回の大会は韓国で開催され、二〇〇九年の第四回大会はスペインのマドリードとアンダルシア、第五回大会は二〇一二年七月、韓国の水原で開催された。一方、二〇〇六年からは、国際女子サッカー大会であるピースクイーンカップも二年ごとに開催された。

1 鮮文ピースカップは、どこから来たのでしょうか。お父様から来たのではありません。天から来ました。それゆえ、いい加減に考えてはいけないというのです。いい加減に考えれば、問題が生じます。

摂理がそうだから、そのようなことをするのであって、それをして利益になることはありません。皆さんのように考えれば、利益になることは一つもないというのです。

2 お父様はサッカーに関心をもって、一和天馬チームをつくり、ブラジルでも有名なソロカバ・チームを引き継いで運営しています。平和の世界になれば、スポーツが問題になります。スポーツの強い国が、世界に影響力をもつようになるのです。ですから、二〇〇三年に宗教オリンピック大会を行うつもりです。日韓ワールドカップサッカー大会が開催されている真っ最中の六月十二日に、「鮮文ピースカップ大陸連合協会」というサッカー協会をつくりました。既に有名になりました。サッカー王国と言われるブラジルから有名なペレを連れてきて、「FIFA(国際サッカー連盟)を刷新しなければならない」と言いました。

3 アメリカの人々は、アメリカンフットボールやバスケットボール、野球など、ボールを中心として行う競技を好みます。サッカーはイギリスから始まったので好ましく思わなかったため、今まで無視してきました。しかし、サッカー大会がオリンピックよりも人気があるので、今や対等な位置に立ちました。

対等な位置に立って平準化されるのです。平準化されたこの世界を中心として、南北米を私がまとめようとしているのです。

南北米の力さえあれば、ヨーロッパはいつでも相対的に付いてきます。世の中を平準化するため、二〇〇三年にサッカー大会を行うのですが、それが鮮文ピースキングカップです。

4 今後は、スポーツと芸術で、若い人たちがエネルギーを発散させなければなりません。私たちは、既にそれを準備し、行っています。これから、ピースカップサッカー大会を二年に一度ずつ行うつもりです。クラブ大会なので、国家代表を超越しています。上手にやれば、喜んで楽しむことができるのです。一年間で私たちが基盤を築いたことは、驚くべき大事件です。

国家代表を何ヵ国かから一人ずつ選ぶようになれば、互いに競争して、送り込もうとするでしょう。国際的な権威を立てるには、絶対に必要なことなのです。

5 私がピースカップ、ピースキングカップサッカー大会をつくりました。FIFAに「ピースキングカップ大会を私が創設する」と言うと、「FIFAよりも有名になってはならない」と言うのです。女子サッカーを中心としても、「女子ピースカップ、ピースクイーンカップ大会をつくる」と言うやいなや、また大騒ぎです。

私はピースクイーンカップ大会で、「この時間、女性世界から平和の旗を掲げるサッカークラブが登場するので、これから希望をもってください!ピースクイーンカップ大会を出発します」と宣言するでしょう。

6 芸術分野と体育分野が、今後、世界を指導できます。それで、私たちは「世界文化体育大典」を行うのです。そこにオリンピックという名前を使おうとしたのですが、IOCに反対されて使えずにいます。芸術分野と体育分野を束ねるに当たって、オリンピックという名前の代わりに、新しい名前をつくらなければなりません。それで、鮮文ピースカップ大会をつくるのです。

太陽と月のカップ、父母のカップ、天地父母のカップです。そのカップは、芸術分野とスポーツ分野が合わさったものです。体育だけをするのではなく、芸術分野、音楽や舞踊のような分野の世界チャンピオンをつくるのです。

カイン・アベル圓球ピースカップ

圓球ピースカップは、国境、人種、宗教の壁を越え、人類の平和と和合を図るために準備された祝祭の場である。二〇〇九年八月十五日、京畿道の城南総合運動場で「東西南北圓球ピースカップカイン・アベル天宙連合大会」が開催された。続いて、二〇一二年三月二十三日、「カイン・アベル圓球ピースカップ天宙連合大会」が、京畿道の南揚州(ナミャンヂュ)体育文化センター総合運動場で開催された。圓球は、一つの中心を基準に、上下、左右、前後が九〇度で完全に一つとなり、どこにも偏らない均衡を形成することを意味し、圓球ピースカップは、真の父母様を中心に完全に一つとなって開催する平和の祭典を意味する。

7 圓球ピースカップ大会は、オリンピック大会よりも偉大です。オリンピック大会の花であるマラソンは、ギリシャの兵土がペルシアと繰り広げた戦争の勝利報告を国に伝えるために、約四十キロメートルを走ったことを記念するためにつくった競技種目です。こうして、この体を中心として、国に捧げられる最後の峠を越えるに当たって貢献したことが、オリンピックの伝統歴史になりました。それ以上にしなければなりません。ですから、圓球ピースカップは、オリンピック大会以上の行事として出発することを、既にお父様が発表しました。

8 ワールドカップやオリンピックを凌駕できるのが「圓球」です。それが「圓球」というものです。「圓」という字は、四角(国構え)の中に各々の人(員)が入っています。個々人、個性真理圏のすべてのものを包括するというのです。個性真理体が「圓」の字の中に入ります。入らないものがありません。圓球とオリンピック大会さえ支配するようになれば、世の中のすべての人間の趣味や楽しいことは、この圏内にすべて包括されるのです。「圓」という字がそうなっています。個人(員)という言葉が入っています。二つの四角(国構えと口)と「貝」の字です。「貝」という字は、「目」を支えています。

カインとアベルが神様を持ち上げなければなりません。絶対の中において、唯一、不変、永遠が支えなければ、絶対という言葉自体が成立しないのです。すべて道理にかなった言葉です。圓球ピースカップ、その名前自体を見るとき、オリンピック大会は問題ではありません。「圓球ピースカップカイン・アベル天宙連合大会」は、決着をつけることができる表題です。

9 父母を中心として、父子関係だけでなく、前後関係がすべてつながることができます。カインとアベル、これが公式的な原理です。ですから、圓球ピースカップです。ピースカップは一人ではできません。二人でなければなりません。圓球も、ピースカップがアベルなので、アベルに付いていこうとすれば、一つにならなければなりません。肉界だけでなく、霊界まで一つにならなければなりません。

統一教会が霊的な事実をはっきりと知らなければ、どうして圓球になりますか。地球のアベル的基準を前にして、霊界がカインの立場に降りてきて、アベルに侍らなければなりません。これが一つになるのです。神様までも、誰が解放するのでしょうか。アベルが解放するのです。降りてきて一つになるので、解放されるのです。ですから、カインとアベルをあらゆる方面に編成すれば、一瀉(いっしゃ)千里で世界は一瞬にして回っていくのです。

10 平和の王と女王は父母の位置であり、平和の子女はカインとアベルの位置です。その下は千万に枝分かれしても、定着できるのです。安着ではなく定着です。その種は、どこに持っていって植えても、芽を出すことができます。そのような種を残していかなければなりません。それが総論になります。ですから、圓球ピースカップです。子女を代表しては、カインピースカップとアベルピースカップです。王と女王、二人が一つになって和合し、一体になる家庭の定着は、永遠に天の国の種として発展していけるのです。

アダムとエバの位置が王と女王の位置であり、カインとアベルの位置は息子と娘の位置です。一代と二代が一つになって定着する家庭さえ形成されれば、そこに定着したものが永遠の種になります。理想家庭といえば、王と女王、そして息子、娘によって形成された種のような基盤であり、その基盤の上で、千や万に分かれた個性真理体が出てくるのです。

第四節 「世界平和武道連合」と「統一武道」

武道の重要性と教育

真の父母様は、一九九七年三月二十三日、アメリカのワシントンDCにあるヒルトン・ホテルで、「圓和道」を中心とした世界の武道家たちが参加する中、「世界平和武道連合」を創設された、「世界平和武道連合」は、全世界四十ヵ国以上で基盤を整え、平和の社会、国家、世界の構築に貢献するための様々な活動を展開してきている。二〇一二年二月二十五日には、韓国にその本部を移し、出帆式が行われた。真の父母様は、この地に平和世界を実現するためには武術が必要であるとされ、特に「青少年の体と心を訓練することに、武術が寄与しなければならない」と語られた。

1 今後、世の中で戦争が終わるようになれば、スポーツと芸術に関心が注がれるでしょう。血気盛んな世界の若い青年たちの力を発散させる道がありません。スポーツだけが、これを発散させることができます。スポーツの中でも、武術をしなければなりません。なぜ武術が必要なのでしょうか。悪魔が力をもって世界を支配したので、今からは天の力を中心として、武術のチャンピオンにならなければならないのです。そこに思想まで一致した体と心をもって、天の権威を中心として家庭で定着し、氏族、民族、国家まで定着しなければなりません。

ですから、毎年チャンピオンを選ぶ大会をしなければなりません。武術大会で小学校チャンピオン、中学・高等学校チャンピオン、大学チャンピオンが出れば、その武術のチャンピオンは、先生になることができるのです。大学のチャンピオンになった人は中学・高等学校の先生をし、国を中心として、大統領まで教育することができます。そのようにすることによって、武術を中心として、悪魔に破壊されるこの世界を守らなければなりません。

2 若い人たちが最も好むものは体育です。スポーツと芸術、その次には武術です。文化が発展するほど、スポーツ種目も発展していきます。ですから、同時に、自分の体と心を訓練することに標準を合わせて平面に一元化すれば、あるレベルに到達してからは跳躍しなければなりません。一遍に自分の願いどおりになることはありません。段階を経ていかなければならないのです。

3 お父様は、思想的な面でも肉体的な面でも、世界的に勝利できる、才能ある人を育てなければならないと考えています。私たちは、善を備えた、歴史にない強い勇士にならなければなりません。善は停止しているのではなく発展していきます。発展するためには、底力がなければなりません。

韓国には正道術という武術があります。その武術には、十三メートルの高さから飛び降りる訓練もあります。落下しながらあお向けに倒れるのではなく、落下していても攻撃しなければなりません。皆さんに、そのような訓練をさせたら良いと思っています。例えば十三メートルの三倍以上、四十メールのてっぺんから落ちても死なないというぐらいの自信と思想をもたなければなりません。お父様が皆さんを訓練させるとすれば、非常に厳しい訓練をさせたいと思います。

4 今すぐに「圓和道」をしなければならない時点に置かれています。これを急いで世界化しなければなりません。そのためには、皆さんが強烈に活動を展開できる人々にならなければなりません。「圓和道」は天から始まりました。

「圓和道」は今後、第一に、外的体育の武術的基台を造成しなければなりません。あらゆるスポーツ分野で、武術に通ずることにより、完全な基台を造成しなければなりません。

第二は、内的・霊的価値の涵養です。人間世界には、心、内的なものがあり、その次には霊界があります。内的・霊的価値の涵養とは何でしょうか。「圓和道」を通して肉体運動をすることによって、その時々に学ぶすべての動作を通して、原理の深い所を次第に掘り下げていくことが可能だというのです。

第三は、世界統一です。二つの世界を統一するのです。二つの世界とは霊と肉の世界のことを意味するのですが、圓和道を通して精神武装が可能です。肉的世界と霊的世界の精神武装も可能だというのです。

第四は、民主と共産、両世界の青年の(精神)武装を定着させられるということです。どこに行っても、この武術をするようになれば追い出されません。この「圓和道」を習ってみれば、すべてが自然なのです。自然でありながら、すればするほどおもしろくなります。それを連結するようになれば、体育にもなり、すべてのスポーツの根本動作と連結されると考えるのです。ですから、民主と共産、両世界の青年の(精神)武装を定着させられるのです。昔の花郎道(ファランド)と同じように、武術自体を学ぶことが霊的教理に精通する道になるのです。

「圓和道」と「統一武道」

世界の武道の中で、「圓和道」は、真の父母様が教えられた授受法による原理と円環運動を中心として、原理的内容と一致し得る体育としての武術である。真の父母様は、「圓和道」ついて、「多くの円の調和、すなわち圓和を通して愛の人格者となるよう訓練する武術である」と語られた。また、「圓和道」と「統一武道」は、「統一思想」、平和思想を基に発展させなければならないことを強調された。

5 「圓和道」は武術です。武器を持って闘うのではありません。体自体で運動をすることによって最高の気力をもつことができ、いかなる武術にも対処できる防御のための武術が「圓和道」です。これは直線運動ではありません。直線運動には調和がありません。水切りをするとき、腰のところで石を握り、このように回して素早く投げれば遠くにジャンプしていきます。この運動は、宇宙が運動をするのと同じで、その拍子に合わせ、度数に合うように相対的立場ですれば、最高の武術基準を体得して、何でも防御できる勝利者の権限を備えることができるのです。

6 統一教会員たちは、教会に入れば、霊的体験をするようになります。霊的な体験をしなければなりません。そして、お父様の教えを霊的にたくさん受けなければなりません。そのような体験を一〇〇パーセントしなければならないのです。皆さんがそのような基準で専門的な分野を研究するようになれば、その分野で無限に発展できるように教えてあげるのです。

私は正道術が一番だとは思いません。それ以上に発展できるように教えてあげる道があるというのです。正常な軌道に入れば霊界から教えてくれ、お父様が現れて教えてくれるようになります。それ以上に教えてくれるのです。それが誰も知らない、目に見えない統一教会の長所です。

7 私たちは、大学をつくり、中学・高等学校をつくっています。ここで「圓和道」を教えて、世界的な武術圏に発展させるようになれば、この「圓和道」はテコンドーや正道術、柔道、レスリングを越えていくようになるでしょう。

「圓和道」さえ習えば、すべてできます。これにより、若者たちを中心として、健康や体育、すべてのスポーツ文化を収拾し、私たちの原理の内容を中心に教えることができる基盤になるのです。完全なマイナスは完全なプラスを誘発し、完全なプラスは完全なマイナスを創造します。外的な武術を中心として心身が一致する理論的体制を備え、それを体育の形態として展開させれば、その体育を通して学ぶ過程で、自動的に原理を習得するようになるのです。

8 これから、二世たちは、オリンピック思想の伝統を受け継ぎ、外的には健康で、内的には愛に満ちあふれていなければなりません。愛が満ちあふれるようになれば、父母の愛、夫婦の愛、子女の愛を代わりに担うことができます。

愛国、愛世、愛天を代わりに担うことができる愛に満ちあふれた人格者にならなければなりません。そのためには、思想も、統一的な理論を通して統一の心情圏を形成するのと同じように、運動も、原理的内容と一致する武術基盤を確保しなければなりません。それで、「『圓和道』を始めなさい」と百二十ヵ国に指示したのです。お父様も長年、自分の体力を保つために、この円和運動をしています。授受法的円和運動、円滑に行う運動をしているのです。

9 「統一武道」は、既存の武術全体を一つにし、特殊なスポーツとして定着できなければならないのであって、一つの分派になってはいけません。「統一思想」と平和思想を基本とした武術として発展させなければなりません。スポーツもそうであり、すべての分野がそうでなければなりません。芸術も、そのようにしなければなりません。霊界に基盤ができ、バックグラウンドができて押してくれるようになれば、即座に発展します。霊界が協助するため、発展するのです。その基礎を築くのが難しいのです。

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第十篇 第一章 環境創造のための経済活動

第十篇 第一章

環境創造のための経済活動

第十篇 環境創造と海洋摂理、中南米摂理

神様は、堕落した人類を救うための復帰摂理を進めてこられた。神様の復帰摂理は再創造摂理であるため、サタン世界に奪われた環境を復帰しなければならない。真の父母様は、草創期から環境創造のために、経済基盤を造成する多様な活動を展開された。特に、科学技術の平準化運動を通して、世界的懸案である先進国と発展途上国の両極化を緩和させるため、先進技術をもった企業体を引き継ぐなど、多くの努力を傾けられた。

真の父母様は、神様が太初に構想されていた人類共同体の実現のため、草創期から直接、船で海に出られ、全身で荒波を越えながら精誠を尽くされた。そのような中で、海洋ビジョンを提示し、多くの投入をされたのである。特に、韓国の麗水と巨文島、アメリカのアラスカとハワイなどの地を海洋摂理の中心基地とし、海釣りを通して人材を訓練しながら、海洋資源の開発に対する構想を明らかにされた。

まず、真の父母様は、海洋の水産資源を開発し、人類の食糧問題を解決するために、魚類とオキアミを利用した高タンパク質の食糧である魚粉を生産し、飢餓で苦しむ開発途上国を援助された。同時に、海洋趣味産業を積極的に推進し、沈まない船の開発や世界釣り大会も開催された。

人類共同体の実現のため、摂理的に重要な地域が中南米である。真の父母様は、プロテスタント圏の北米とカトリック圏の中南米を一つに束ねることにより、平和世界の建設を早めようとされた。そのために世界のすべての組織と経済力を動員し、中南米の国々を積極的に支援されたのである。特に、ウルグアイにホテルと銀行など多くの企業体を立て、「南北米統一連合(CAUSA)」と「中南米統合機構(AULA)」を設立して南北米の統一運動を展開し、また、中南米の指導者たちを教育された。

真の父母様は、ブラジルのジャルジンを中心に新しい希望農場を建て、パンタナールとプエルト・レダ地域をモデルとして開拓し、理想的な共同体を建設しようとされた。ジャルジンに世界平和理想家庭教育本部を建てて世界祝福家庭四十日修練を実施される一方で、レダ地域に日本人の国家(的)メシヤたちを派遣して、理想村の建設を推進された。また、真の父母様は、南米でサンパウロ宣言、ジャルジン宣言を発表するなど、復帰摂理の終結に向けて様々な儀式を執り行われた。

第一節 環境創造のための経済基盤の造成

環境創造と経済基盤造成のビジョン

真の父母様は、神様の復帰摂理の基盤を造成するために、環境創造が必要であると考え、世界の至る所に数多くの企業を設立するなど、経済活動を展開された。環境創造とは、再創造の役事のために、物質をサタン世界から神側に取り戻し、神の国創建のための外的環境を造成することを意味する。

特に、世界人類がすべて等しく物質的恵沢を受けるためには、特定の個人や企業、国家の利益を離れ、資源の効率的な活用と技術の平準化が成し遂げられなければならないと考えられた。

1 神様が再創造歴史を導いていくには、環境創造をしなければなりません。環境には必ず主体と対象があります。その環境の中には、人間の堕落ゆえに、自らを再創造できる資源がありません。サタンの側に奪われたというのです。これを再び取り戻してこなければなりません。再創造しなければならないというのです。

資源がサタンの所にすべて行ってしまったので、これをそのサタンの側から取り戻してこなければならないのです。「門前乞食」(家々を回って物乞いをすること)をしながらでも、すべて取り戻さなければなりません。僕の僕の道、僕の道、養子の道、庶子の道を経て、復帰の道を行かなければならないのです。

2 天は、この地上に真の父母の伝統、王権の伝統を立てるみ業をしてきました。天がそのようなみ業をしてきたので、私たちを生かすためにその方が来たのです。真の父母がそれをしてきたので、その伝統の恨の峠が残っているこのすべての村を訪ねていき、皆さんを再創造できる資源を求めるために、三年半の間、天にすべてを捧げる心情で活動しなければならないのです。

(その間は)一銭も、自分のためだけに使ってはいけません。一銭でも加えて、天のみ前に献金しなければならないのです。三年半の間は、社会的底辺の人や、長官の家、大統領の家の門前まで行って、否定されてでも歩まなければなりません。そのようにすることによって、失われた再創造の資源を天のみ前に預け、これによって再び造られる条件を立てて蕩減することにより、入れ替えるのです。

3 愛国者は、国のために命を懸けようと考えなければなりません。死の峠に到達するときまで、すべてを投入する立場に立たなければなりません。生命を投入できなければ、愛国者としての生命を得ることはできないのです。それが真理です。適当にやってはできません。これは公式です。

環境創造をするためには、どのようにすべきでしょうか。環境には、太陽の光、水、空気、土があります。皆さんが愛と生命体をもって神様の代わりに歩むようになれば、そのような環境的条件で、必ず皆さんが主体となって投入し、対象を創造しなさいというのです。平安な所にいながら福を受けることはできません。つらくても、自分がつらさを忘れてしまえば、無限の成果が出てきます。それが再創造の公式です。

無限に投入し、また投入して、忘れてしまわなければならないのであって、「私はどれくらい投入した」と、(投入したことを)覚えていてはいけません。お金もなく、何もないので、愛の涙、生命の涙、血統の涙、良心の涙を流しなさいというのです。そうすれば、神様が同情してくれます。「私」が絶対マイナスになったので、絶対プラスである神様が共にあるのです。

ですから、何かをしながら、利用しようと考えてはいけません。そのように考えること自体が間違っています。世の中の人がお父様を利用したとしても、その人と共に復興し、共に生きるために事業をしていると考えなければならないのであって、私が利益を得ようとしてはいけません。そのようにして得たものは、いくら集めてもサタン測に戻っていくのです。

4 皆さんが大きくなろうとすれば、自分自体を投入しなければなりません。これが真理であり、すべての現象世界の発展原則です。拡張し、発展しようとすれば、投入しなければなりません。純粋な投入は、純粋な発展と純粋な拡大が可能です。いい加減に投入すれば、いい加減な結果が出てくるのであり、深刻に、純粋に投入すれば、深刻で純粋な結果が出てくるのです。

これを簡単に表現すれば、「真に犠牲になりなさい」ということです。これは、真に犠牲になる道においてのみ可能です。その犠牲とは、自分自身を投入することです。「真に犠牲になりなさい」という言葉は、投入しなさいということを意味します。

5 原理は非常に膨大です。原理を通して考えれば、世の中に解けないものはありません。世界万有の百科事典のような内容を備えています。天倫の根本的なものを中心としているので、公式と同じです。このようにすべてに当てはまるのが原理です。この原理は、現代哲学や心理学にも当てはまります。また、物質世界の原則にもすべて当てはまります。企業を発展させようとすれば、経営と施設と技術の三大要素が一つにならなければなりません。すべて、このように三大原則になっています。

6 今後、世界の経済圏を誰が握るのでしょうか。それは、原料をもっている国でもありません。生産国でもありません。皆さんが知っているように、石油を中心として世界情勢を見れば、石油の生産国が完全に首をつかんで引っ張っています。発展途上国、消費国、販売市場国も、世界経済圏を握ることはできません。ですから、これらの国々が共同体制を構成しなければならない時が、遠くない将来に来るというのです。

原料を世界的に共同管理するよになれば、生産も共同管理しなければならず、販売も共同管理しなければなりません。結局は、これを全世界の人々にどのように平等に補給してあげる組織基盤をもつかによって、これからの世界経済が左右されると考えるのです

7 今までは、先進国や生産をする国が主導権を握ってきました。しかし、今や生産が問題となる時代は過ぎました。生産は誰でもみなできます。科学技術の、発展によって、生産が平準化されました。今に至っては、資源の供給が問題になります。生産国が全権を握って動いていた時代を越えて、今では資源が(主導権と)結びついているのです。どこもたくさん生産しようとするので、資源を中心とした体制になりました。ですから、石油問題が深刻なのです。

それでは、生産と資源、そして、供給市場の三大原則から見るとき、今後、経済の権限をどのような国が握るのでしょうか。生産国でもなく、資源をもっている国でもありません。これからは、市場を掌握する国が、経済圏を掌握するというのです。

8 国々が互いに争い、民主主義と共産主義が闘う立場にあれば、世界の経済圏を誰が握るのでしょうか。生産国でもなく、消費国でもなく、原産地国でもありません。販売組織を世界化して、思いどおりにコントロールできる思想的な団体や国家、宗教が、世界経済園を握ることのできる時が来るというのです。

今後、全世界にそのような組織が出てくれば、この組織を管理する人には誰がなるでしょうか。これには、不変の理念運動を通して歴史を動かし得る思想的な団体がなり、民族がなるでしょう。

9 「科学の統一に関する国際会議」を開催して世界科学者協会をつくり、その次に、世界経済人協会をつくろうと考えています。それで、今まで新しい理想世界、理想的な経済世界を夢見てきたある経済学者にお父様が会い、これからの世界経済全般の問題点について話しました。

彼らにとって最も難しい問題の骨子は、人権問題と思想問題、すなわち人の問題と思想の問題をどのように扱うかということです。国と国が競争すれば、互いに自国が主導権を握ろうとし、利益を取ろうとして権力闘争をします。

ですから、自国を中心とした立場をどのように超越するかが問題です。その問題は、新しい思想でなければ解決できないのです。

真の父母様の経済観

真の父母様は、物質というものは、神様が子女である人間に下さった贈り物であり、人間の生活に必須の要素であると考えられた。そして、人間は、誰もが差別なく、神様の下さった物質を等しく使用しながら、物質の真の所有主となるべきであり、特定の国家が科学技術と経済力を独占して、他の国を隸属させてはならないと予見され、経済的平準化を主唱された。このような経済観に基づいて、神様を中心とした共生、共栄、共義の人類共同体ビジョンを提示されたのである。

10 お父様が事業をしてお金を稼ごうとするのは、そのお金を貧しい人々が豊かに暮らせるように使うためです。それで、経済的な基盤を中心として、お父様が築いた最高の科学技術を世界の万民解放のために分け与えるのです。それが平準化です。

先進国が弱小国を自国の下に引き入れようとするのですが、そのようにしてはいけないというのです。横に連れてきて、くっつけなければなりません。平らに連結しなければならないというのです。このようにするので、先進国の人々は、お父様に対して「先進国を破壊しようとする者」という烙印を押して、反対するのです。お父様は、世界の平準化を主張している人です。私がすべての国を対等な位置に立ててあげようというのです。

今までヨーロッパはアフリカを搾取し、万年にわたって僕の立場に立てるための政策を展開し、またアメリカも、南米を隸属化するための政策を用いてきました。これを私が打破してしまおうとしているのです。

11 統一教会が今まで天に捧げ、祈り、精誠を尽くしてきたのは、国を生かそうとしてやったことであって、統一教会を生かそうとしてやったことではありません。

食口たちはみな、「お父様は事業をするといって、むやみやたらに『統一産業』を造り、私たちを苦労させる」と言いましたが、それは苦労ではありません。国を探し出さなければならないので、そのようにしたのです。国を生かすために、最高の技術力をもって始めたこの目的は、国と関係を結び、将来、それ以上に発展できる航空、宇宙工学など、科学技術世界にまで連結させるものだったので、正しいことだというのです。それは、個人の力ではできないことです。

12 ニューヨークをはじめとする、全世界で私たちが所有している財産は、神様の祝福の一部です。すべての物質は、子女たちに与えようとするプレゼントとして、神様が創造されたのです。

人間は堕落によって、本当の神様の息子、娘になれませんでした。しかし、彼らは神様の血統に復帰され、相続人としてすべての被造物を直接主管し、これを神様の栄光のために和用するようになっています。そのような時が来ます。

私は、物質をサタンのものだとして、悪いようには考えません。その物質を管理し、使用するのは人間です。それを誰が所有し、どのように使用するかが重要です。物質を所有した人が神様を中心として、善なる目的で人類の利益のために使用すれば、神様は、喜んでその人に所有権を与えられるでしょう。

13 私たちは、様々な企業体をもっています。将来、子女を教育できる教育機関もつくる予定です。そして、事業はより拡張され、組織も大きくなっていくでしょう。

私は、多くの場所に理想的な都市と村を造る計画をもっています。私たちは、経済的に相互扶助を行い、生産して働く社会を建設するでしょう。その雰囲気は、外部世界とは違います。

お金が主な目的ではありませんが、そのような事業体を立てることによって、統一教会員たちは、神様に対する責任と奉仕を共に遂行していくでしょう。

14 誰彼を問わず、過去、現在、未来を中心として、多くの人々が生きていく中で、概して貴いと考えるものとは何でしょうか。今までの歴史路程では、経済問題が登場しました。お金の問題は、日常生活から離れることのない事柄です。

経済問題というのは、家庭でもそうであり、社会生活でもそうであり、国家生活でもそうであり、あらゆる生活から離れることができないのです。常に経済が問題になってきました。経済問題を論じるときは、世界的次元で考えなければなりません。今、家庭で使うお金も必要ですが、それを広げ、国家的な経済問題や、世界的な経済問題を考えなければならないのです。

第二節 総生畜献納と経済的平準化

総生畜献納と所有権転換

世界は、人間の堕落によって、神様の主管からサタンの主管へと変わるようになった。言い換えれば、堕落の結果、神様を中心とした心情圏と血統圏、所有権が、サタンを中心としたものに変わってしまったということである。そのため、神様は、復帰摂理を通してこれを取り戻す役事をしてこられた。特に、すべての摂理を終結するために来られた真の父母様は、総生畜献納を条件として、サタンの主管圏にある物質を神様の主管圏に戻そうとされた。総生畜献納とは、誰もが自分名義になっているすべての財物のうち、一定額を天のみ前に捧げる条件を立てることであり、真の父母様は、「これがこの地において、神の国が実現し得る基盤になるという点で、絶対信仰よりさらに重要なことである」と、その重要性を強調された。

1 人間の堕落によって、神様の所有とサタンの所有に分かれました。悲痛な事実です。サタンの所有が、神様の所有に帰らなければなりません。旧約時代の万物、新約時代の子女、成約時代の父母が、天に帰らなければならないのです。旧約時代は万物の祭物時代、新約時代は息子の祭物時代、成約時代は父母の祭物時代でした。二つに裂いたものを、すべて一つにしなければなりません。そのようにすることによって、所有権がなくなります。皆さんの家庭を中心として見ても、万物は旧約時代、息子は新約時代、夫婦は成約時代ですが、この全体が天に移されなければならないというのです。

ですから、総生畜献納をしなければなりません。個人の所有権を否定し、天のみ前に捧げなければなりません。全体を神様の側に捧げることによって、天宙のすべてのものが一緒についていくので、完成圏に到達できるのです。そのように、神様の所有とサタンの所有に対するすべての境界線を分別するのが、総生畜献納です。所有権自体が転換されるのです。ですから、総生畜献納を通して、所有権意識を転換しなければなりません。神様の所有、神様の息子、娘、神様の夫婦としてお返しするとき、堕落せずに完成したアダム家庭の出発基準に立つことができるのです。

2 総生畜献納は、死亡圏を取り除き、生命圏に一体化させることです。総生畜献納祭の「祭」というのは、所有権を決定するための条件を立てることです。祭祀を執り行うのです。しかし、総生畜献納のもの自体は、生きているものなので、自分自体も生きているのです。人間が堕落せずに暮らしていたエデンの園では、すべてのものが生きていました。それらは、神様のものです。それらが死亡の圏内にひっくり返ったため、逆さまにしておかなければなりません。ですから、天のみ前に所有物を捧げるためには、自分の名前までも消せるようでなければなりません。自分の国までもなくさなければなりません。根こそぎ神様に捧げてこそ、根こそぎ神様のものになるのです。神様が相続させることのできる相対圏がないので、真の父母の前にそれを相対的条件物として与えるのです。その条件物は、死なずに生きています。その生きているものを家庭に連結し、氏族、民族、国家、世界全体に連結して捧げることによって神様のものになるのです。そこには、祭物時代がありません。そのようなものが総生畜献納です。

3 宇宙を縮小させた自己の所有権を、生きたそれ自体として、真の父母を通して神様のみ前に献納しなければなりません。自分の息子、娘を考え、将来を考えるのではなく、完全に否定しなければなりません。絶対否定圏を越えるためです。

蕩減の歴史時代には、祭物を捧げました。半分に裂けば死んでしまいます。ですから、霊界と肉界、地獄と天上が分かれているのです。生死の圏で分かれているのですが、これを一つにするためのものが総生畜献納です。生きているもので祭物を捧げるのです。生きているものを献納するのです。旧約時代も生きており、新約時代も生きており、成約時代も生きています。すべてが生きているものとして、総生畜献納をするのです。

4 愛の関係を結んでこそ、所有権が広がります。堕落した圏内の所有権は、サタンを中心とした所有権です。神様と真の愛を中心とした愛の主人になったあとに、万物を主管することができます。ですから、サタンを中心とした所有権全体を清算するために、総生畜献納をしなければならないというのです。これは、絶対信仰よりもさらに偉大なことです。絶対信仰が一代に局限されたものだとすれば、これは永遠を中心として、絶対的な基準になります。深刻な問題です。愛の主人になってこそ、霊界と肉界を管理することができます。神様も、愛の関係を結ぶことができず、血統を連結させられなければ、霊界と肉界の主人になることができないのです。

5 今までは、天が復帰の過程にあるので、サタンが所有したものを裂いて祭物を捧げました。血を流さなければならなかったというのです。これからは、血を流してはいけません。神様が、生きているすべてのものの主人にならなければなりません。ですから、総生畜献納祭です。献納祭の「祭」というのは、献納財産のことを意味します。祭物というのは、財産です。所有権をつくるための条件物です。ですから、祭祀を捧げるようになれば、サタンと神様のものに分けるようになっているのであって、それは自分の所有ではありません。アダムの所有にならなければ、すべて失ってしまうのです。それゆえ、総生畜献納をしなければならないのです。それでこそ、根こそぎ、神様が主管することができます。

神様が主管できるようにしたのです。そうして、家庭全体を国の所有として登録させなければならないのですが、国がないので、教会の所有としてすべて登録しなさいと言ったのです。それが、そのまま国の所有に越えていかなければなりません。それまでは、アダムとエバの所有権はありません。国家基準で全体を生畜献納してこそ、国家の上にある天が白由に活動できる地上天国理念が連結されるのです。ですから、「自分の所有である」という慨念をもってはいけません。

6 サタンの所有と神様の所有が混ざっているので、それを分けなければなりません。完全否定をしなければならないのです。自分が世の中で生きていた習慣、あるいは伝統に浸るようになれば、それが壁となり、塞がってしまうというのです。ですから、完全に清算しなければなりません。それゆえ、お父様が歴史を代表して、総生畜献納をするのです。そして、分けた世界を一つにして、神様のみ前に捧げようというのです。個人で束ね、家庭、氏族、民族、国家、世界、天地を束ねるのです。

7 総生畜献納祭の祭物は、所有権を分別する条件として立てるものです。何であれ、神様の所有になる前は、「自分のものだ」と主張してはいけません。エデンの園で、サタンが神様のものを盗んでいきました。そのように盗んでいったものを、一日も早く神様の側に返さなければならないのです。そのように返せば、神様はすべてのことを赦し、それを倉庫に入れるでしょう。

お父様も一生の間、自分のものがありませんでした。天の国の民がどれくらいになるかによって、お父様の所有権が決定されるのです。その前に所有権をもてば、違法者です。

8 統一教会の年を取った人々は、自分の子女にお金を譲り渡さず、国に寄付して逝かなければなりません。それが総生畜献納物です。教会の名前にしておいて、その教会に行って、暮らしなさいというのです。そうすれば、天の教会にある財産で暮らしたことになります。個人財産時代は過ぎ去り、共同財産時代に入ります。いずれは、相続税がなくなります。相続税否定時代に越えていくのです。

天は、世の中の人が国に納めず、大衆から集めておいたお金を、一銭も彼らの子孫に渡してはいけないと言われるのです。公的財産にしなければなりません。個人の財産は教会に行き、教会の財産は国の財産に上がっていくのです。その次には、天一国を通して、天の国に行くのです。

9 万物時代の旧約時代、子女時代の新約時代、父母時代の成約時代、三つの祭物を中心として、自分の家庭と息子、娘と、万物と共に、この世界を神様のみ前にお捧げしなければなりません。それが総生畜献納物です。世界的に家庭が糾合して、万物と子女、自分の家庭を天のみ前に捧げるのです。そして、神様の真の愛と、真の生命と、真の血統だけがすべてなので、神様と真の父母の愛のほかには、何も考えてはいけません。そこから宇宙が生じたので、総整理して束ね、捧げなければならないのです。真の父母を中心として、天の所有権として決定しておかなければなりません。天のみ前に捧げたすべての聖物は、神様が愛する家庭の所有として、再び受け継がなければなりません。そこから、私たちの所有権をもつことができるようになり、天国が始まるのです。

10 神様は、息子、娘のために宴の準備をして待っています。すべての人にみな分け与えることが幸福だというのです。このように、父母はすべて与えても、また与えたいという思いがあるので、霊界はいつでもそれを補充できる道があるのです。同じように、自分がすべて与えて喜び、さらに与えたいと思えば、その人は永遠なる世界の無限の福を受け、無限に与えて余りある世界が訪ねてくるというのです。お父様は働きながら、財布にお金があるとしても、私が何かを買って食ベ、息子、娘に良いものを買ってあげようという考えはもちません。み旨のために使います。お金があれば、「み旨のために使おう」と考えるのです。自分のためにそのお金を使えば、お金が泣くというのです。そのお金を自分のポケットに入れて、使ってみてください。自分の肉をそぎ、骨を削ってしまいます。それが恐ろしいのです。公金略取というのは大きな問題になるのです。総生畜献納をするのもそうです。自分たちがすべて投入し、忘れてしまわなければなりません。自分の所有権をもって誇る人が、世の中で最も愚かな人です。

11 所有は、神様の愛による血統を通して、神様の愛を受けることができ、神様の代わりに愛することのできる立場に立って、初めて決定されます。そのようになってこそ、相続権が与えられるのです。そのようにしなければ、相続を認めてくれません。社会主義社会や共産主義社会は、個人の財産を認めません。そのように国家財産をつくって、今後、主が来れば、主のみ前に、そして、神様のみ前に世界を根こそぎ、丸ごと捧げさせ、その次に再分配するのです。その時になってこそ、皆さんの所有時代に入ります。このような原理を、財閥に教えてあげなければなりません。今後、統一教会の時代になれば、世界の財閥に会って、私の講義を三、四時間、聞かせるのです。そして、「皆さんの財産は皆さんのものですか、神様のものですか」と尋ねれば、「神様のものです」と答えられるようにしなければなりません。そして、「だとすれば、神様にすべてお返ししますか、お返ししませんか」と尋ねるのです。もし返さなければ、雷が落ちるというのです。ですから、一朝一夕で世界が一ヵ所に集まってきます。

それまでは、良く暮らしなさいと、ひもを緩めてあげるのです。ひもをつるべの綱のように垂らして、風が吹くままにぶらぶらと動き回るようにしておくのですが、私が握っているのです。そこに食べる物があり、拾って食べては喜んでいますが、あとで手繰り寄せるときには、みな主人を訪ねてくるというのです。世界は一ヵ所に集まるようになっています。

12 父母様が今まで犠牲になったのは、神様に侍るためでした。これが伝統的な歴史です。ですから、自分の物質は旧約時代であり、息子、娘は新約時代です。それゆえ、犠牲にならなければなりません。夫婦も犠牲にならなければなりません。その過程を経てこそ、神様に侍ることができるのです。蘇生、長成、完成を越えて、愛の理想圏に一体化し、天上と地上の一体化圏を備えなければ、完成にならないのです。責任分担を果たさなければなりません。結論は、原理が教えてれた基準のとおりです。

私は世界の人々に、すべて分けてあげました。私の名義になっているものは一つもありません。所有権がないのです。神様に、所有権がないからです。今、サタンがもっているものをすべて神様のみ前に捧げ、神様は今まで受け取ったその財物を再分配してこそ、地上天国が顕現するのです。

13 今や、時になったので、主人を決定しなければなりません。自分が手にした物の主人になろうとすれば、自分の物をすべて天のみ前に捧げ、再び分配を受けなければなりません。自分の所有権を維持していては、祝福を受けられる立場に立てないというのです。アダムとエバが堕落せずに祝福を受けたのち、所有が決定されるようになっているのであって、所有権を与えられてから祝福を受けるのではありません。祝福を受けたのちに、自分の息子、娘を生むことができる取り分として、天からすべての万物の所有権を移譲されるようになっているのです。

ですから、皆さんも、移譲を受ける前に祝福を受けてから、祝福を受ける前に所有していた物を蕩減復帰しなければなりません。そのためには、取り戻す過程で、一時的に私たちの所有になった物を天の物として返還してから、再び分配を受けなければなりません。返還は、真の父母がします。偽りの父母がすべてひっくり返しておいたので、真の父母が返還してから、その次に、全世界の人々を祝福してあげた基盤の上で、全世界の所有権を相続させるのです。再分配です。その時から、所有権の設定が始まります。これが原理観です。

富の平準化と神の国

宗教の究極的な目的は、すべての人が神様のもとで一つの家族となり、誰もが差別なく生きていけるようにすることである。真の父母様は、多くの企業を起こし、海洋開発を通して飢餓で苦しむ人々を生かし、富の平準化と技術の平準化を通して、世界のすべての国が豊かに暮らすことのできる環境創造に尽力された。特に、「裕福な人は、自分が取得した富を貧しい人に分け与え、裕福な国は貧しい国を助けて、富の平準化を成し遂げなければならない」と強く主張された。このように、真の愛に基づいた共生・共栄・共義主義が実現された世の中をつくり上げることが、すなわち神様のみ意であり、社会正義であると考えられ、一生涯、すべての人が幸せに生きていける神の国をこの地に定着させるため、渾身の力を振り絞り、努力されたのである。

14 人は、自分よりも低く、劣悪な立場にいる人を考えながら生きることができなければなりません。それだけでなく、自分よりも大変な境遇に置かれた人がいれば、その人を哀れに思い、自分の境遇に対して感謝しなければなりません。感謝するだけでなく、その人々を助けてあげなければなりません。そのように生きる人は、自分の国だけでなく、他の国からも歓迎を受けることができます。

今日、忠臣や聖人と呼ばれる人々を見れば、裕福な家の息子として、よく食べ、よく暮らしながら聖人や忠臣になった人は多くありません。彼らは、国や社会、家庭が混乱の渦中に追い立てられ、あすを見つめることができない暗澹たる混沌時代に置かれていても、その国に生まれたことを誇りとし、そのような父母をもったことを誇りとしました。そうして、誰よりも国と父母を愛しながら、自分よりもさらにかわいそうな人を救ってあげようとしたのです。そのような思いで同志を糾合し、より良い道をつくるようになれば、問題が広がるのです。そのような歴史は、国を愛した立場から出発し、父母を愛した立場から出発し、師を愛した立場から出発しました。ここから、新しい歴史は横的に国家と国家を越え、世界的に伸びていくのです。このような人々によって、歴史は発展してきました。裕福な人が、自分が豊かになったことに対して感謝することを知らず、お金をさらに集めることにばかり苦心していれば、その人は結局、滅びるようになります。「これくらい稼いだからもういい」と考え、国と民族に深く感謝しながら人を助ける裕福な人は、さらに裕福な人になることができます。裕福な人になったのに、感謝することも知らず、一人で欲を張っていては、結局、自分が掘った穴に落ちて滅びるようになるというのです。

15 聖書に、「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」(マタイ一九・二四)とあります。世界を愛し、国を愛し、民族を愛し、家庭を愛さなければならないのですが、裕福な人は、そのようにしないというのです。ですから、天国に行けないのです。

その裕福な人のお金を、私がもってきて使おうというのではありません。私は今まで、借金を背負っている状況でも、国が「助けてあげよう」と言ってきたことに対して拒絶しました。国家の財産をつくるためには、個人の財産を天に捧げなければなりません。そうすれば、個人の財産の上に国家の財産がつくので、その民族は滅びません。その家庭は滅びないというのです。精誠を踏み越えて大きくなっていくのです。そうして、統一的な国になります。天地のために、自分の国のすべてのものを捧げなければなりません。世界を捧げなければなりません。

16 世界が一つになれば、自分たちだけが良い所でよく食べ、よく暮らすようにはなっていません。平準化されなければならないのです。そのためには、裕福な人は収入の七〇パーセント、そうでない人は三〇パーセントを税金として納め、バランスを取らなければなりません。そうすれば、不平を言う人は誰もいません。キリスト教は十分の一献金を集めて発展してきましたが、次は十分の三献金をしなければなりません。

世界を救うためには、裕福な人が資金を銀行に預けて、アフリカの未開の地に施設を建てられるようにしなければなりません。一度にすべてすることはできないので、抽選制で行うのです。抽選制で行えば、不平を言いません。

17 地上の第一代の祖が完成したアダムです。真の父母です。真の父母の血統を受けて、今から入籍する順番になります。総生畜献納物を捧げることにより、神様が「ありったけの私の愛だ」と言わなければなりません。今までは祭物を裂きましたが、これからは裂きません。総生畜献納物です。自分の収入の十分の三を捧げることにより、教会を越え、国を越えて、世界まで行かなければなりません。そのため、十分の一は教会発展のために、十分の一は国のために、十分の一は世界のために捧げるのです。世界版図まで解放圏を連結させるためには、避けられないことです。

自分のすべての収入の三〇パーセントを、一生の間、天国に入って解放される時まで、捧げなければなりません。この十分の三献金を捧げることにより、十分の三が天の圏内に完全に連結されるのです。蘇生の上に長成があり、長成の上に完成があるので、完成基準を解決することにより、全体をすべて取り戻してくることができるのです。

18 東西の文化の格差と南北の貧富の格差は、今世紀に必ず解決すべき課題です。それを、何によって解決するのでしょうか。お父様が教える「ために生きる主義」によってです。「自分のために生きよ」という主義は堕落した世界のものであり、「他のために生きよ」という主義は、天の国のものです。ですから、北にいる裕福な人は、南にいる弟、妹のために生きなければなりません。弟、妹のために自分の財産を売り払い、彼らが豊かに暮らせるようにしてあげなければならないというのです。自分の弟、妹を自分以上に豊かに暮らせるようにしてあげてから、自分の息子、娘にまた投入しなければなりません。そのような場に、永遠の理想が宿ることができるのです。

西洋の人々は、今に至るまで、自分たちが万世の主体国として永遠に続くと思っていますが、天はそれを願っていません。西洋文明は先導的な立場に立ちましたが、未開の地域を開発するために、西洋文明の最高の基準を投入することには反対しました。ですから、終わりが訪れるのです。

自分が損をしても、国に投入しなければならず、世界に投入しなければならず、天に投入しなければなりません。自分の気力が残っていて、投入できることに感謝し、生きる余力をもっていることに感謝しながら、最後まで最低の立場で投入するとき、その人の子孫の中から、万国を治めることのできる富の相続者が現れるというのです。

19 地上で天の国を実現して暮らすことができなかった人は、天上世界の天の国に入っていくことができません。これが原理です。ですから、神様は、個人の家ょりも国の家を探し求めています。神の国をつくることのできる国を持ちたいと思われるのです。今日、社会主義の国家が私有財産を認めずに共有財産を願うのも、蕩減復帰時代のプログラムによって、人間が知らない間に進めていくことなのです。裕福な人が思いのままに包みをもって歩き回っていては、それを保管するのが難しくなるのです。すべて、共有物に変えていかなければなりません。エデンの園では裸で暮らしたので、最後には、自分のものもない立場に立たなければなりません。自分が持っているものをいち早く清算して、天の宝物として返しておかなければならないのです。

20 アベル国連が定着するようになれば、自分の不動産や動産を問わず、すべて同じ銀行に預けます。自分の財産を、指定した銀行に預金しておき、そこから出てくる利子の何パーセントかは、貧しい人に分けてあげるのです。お金がたくさんある人々は、貧しい兄弟たちに分配してあげ、助けてあげられるようにするのです。

不正な財産をたくさんもっている人々は、どろぼうをしたのと同じです。それを分けてあげなければ、先祖たちが平準化されません。行く道が四方で塞がっているので、これを開いておかなければなりません。地上で開いておいてこそ、霊界でも四方で解放されるというのです。ですから、解放、釈放です。地上では解放されましたが、天上では釈放されていません。天が釈放され、解放が必要ない世界になれば、人間たちがすべて天国に直行できるようになるでしょう。

21 皆さんが結婚するとき、父母が分け前を決めるのですが、そのような過程を経ずに物をもっていったとすれば、どろぼうした物になります。それは、十年であれば十年、百年であれば百年、利子までつけて、そっくり返還しなければなりません。そのようにして分け前をもらうとき、平準化されるのです。父母様も、神様の許しのもとで、分け前を分けてあげなければなりません。そのように分けられた分け前をもたなければ、その一族が霊界で引っ掛かるのです。国が引っ掛かるのです。

22 これから世界が一つになれば、移動が起きます。自分の祖国がありません。これから祖国ができるのです。砂漠になるか、どこになるか分かりません。豊かに暮らしていた国の人は、ゴビ砂漠のような所に行かなければならないかもしれません。そのような所を平原地帯にしなければならないのです。自分の本国にある土地と財産を売って、平準化させなければなりません。一つの場所で生まれ、死ぬようにはなっていません。皆さんの一生で、四ヵ国を経なければならないというのです。二十代と四十代、六十代、八十代に、一ヵ国ずつ通過するのです。四ヵ国を経て、東西南北に移動しながら暮らさなければなりません。そのような制度ができます。そのときには、自分の身内だけという意識はあり得ません。家庭単位で天に侍って、三代圏が組織化できる時代になるのです。

第三節 釜山ボムネッコル時代と草創期の経済活動

肖像画と切手収集、販売

真のお父様が南下し、避難生活をされていた釜山凡一洞(ボミルドン)の土壁の家の時代には、金元弼がアメリカ軍を対象に肖像画を描き、活動費を準備して、困難な食口たちを助けていた。そして、協会創立の初期には、一般食口が消印の押された切手を収集して販売したり、白黒のブロマイドをカラーにして道端で販売したりする事業を通して、伝道活動のための経費に充てた。

1 お父様は、釜山の凡一洞(ボミルドン)で暮らしていたとき、米軍部隊の兵士たちの肖像画を描きました。その時、布一枚に枠を作って絵を描きました。絵を描こうとすれば、ただの布ではできません。絵を描く布に塗る糊があるのですが、この糊を煮て、布に完全に塗って乾かすと布かひんと張ります。布がぴんと張り、その布の穴がすべて塞がってこそ、絵を描けるのです。その時、一枚描いてあげて四ドルもらいました。

アメリカの兵士たちは、一年半か二年半ほど滞在して帰還します。自分の故郷に帰るとき、何も持たずに帰ることはできません。ですから、持っていくお土産がなければならないのです。(それで、)「妻の肖像画をプレゼントする」と言いながら写真を持ってきて、「描いてくれ」と言うので、描いてあげたのです。

2 肖像画を、どのように早く描くかが問題でした。最初は、写真を一枚か二枚持ってきましたが、お金が必要なので、一日に二十枚から三十枚まで持ってくるようにしました。兵士たちはその部隊に一週間くらいとどまるので、その間に描いてあげなければなりません。ある時は、一日に三十枚まで描いたことがありました。ですから、お父様があらかじめ枠の中に線をすべて引いておくのです。

金元弼は、4Bの鉛筆で、枠内に書かれた線と同じように線を引いて描くのです。そのように線を引いておけば、人の形をつかむとき、その線に従って描けばよいのです。そうすれば何倍も早くなります。そのようにして唇を描いておけば、私が赤く塗り、頭も描いておけば、頭の色も私が塗ってあげました。そうしているうちに、私はそれをすべて習得してしまいました。

絵は描けなくても、やっていればすべて習得できるのです。最初は後ろから助言だけしていた立場でしたが、一つ一つ習得し、最後には頭の形だけつかんでくれれば、服のようなものはすべて私が描いてあげました。そのようにして、一日に百ドル近い大金を稼いだのです。

3 釜山のボムネッコルで避難生活をしながら、金元弼が米軍の兵士に肖像画を描いてあげたのですが、一晩で三十枚まで描きました。そのように描こうとすれば、あらかじめ私が準備してあげなければならないのですが、夜を徹しながら準備したのです。私も一生懸命しました。そのようにお金を稼いで、伝道の経費にし、開拓をしたのです。皆さんには夢のような話がいくらでもあります。そのようにして稼いだお金を、私自身のためには使いませんでした。一銭も使わなかったのです。神様も同じです。「私のために生きよ」と言われるのではありません。「人類と世界、後代のために使いなさい」と言われるのです。

4 今に至るまで、全国的に切手収集行事に参加していますが、単に小さな切手一枚を剥がしても、それはわずか数銭にもなりません。しかし、一枚の切手を剥がすという事実は、崇高な努力、崇高な行動だとみなすことができるのです。切手の収集によって賞をもらった人々を見れば、大概、若い人たちです。中学生や高校生たちがたくさんいます。これは恥ずかしい事実です。

お父様が一時、「統一教会員は誰でも、一ヵ月に三回ずつは食口同士で手紙を書きなさい」と言いました。皆さんが手紙を書くとき、四十ウォンの切手を一枚貼るのではなく、一ウォンの切手を(四十枚)貼れば、事業部に対して二倍の後援をするという結果をもたらします。このように、私たちが取るに足らない、くずになるような切手を使用したことが、このような効果をもたらすというのです。私たちの動きはささいなことのようですが、国家的に見るとき、莫大な利益をたらすようになるというのです。このようなささいな問題について関心をもつことが、統一信徒にとって今後、重要な一つの自慢の種となるでしょう。

5 今に至るまで、切手収集を通して、伝道に莫大な貢献をしています。皆さんが一枚、一枚、このように集めてくれた切手によって、昨年得ることができたお金が百万ウォン近くになりました。ですから、お父様が百万枚、二百万枚を標準にして、切手収集をしようと話したことがありました。切手を収集して収益を得るという一面ももちろんありますが、このような行事によって、互いが一つの共同目標を中心として精神を統一し、同じ生活感情をもつようになるのです。

鋭和(イェファ)散弾空気銃の製作と「統一産業」

真の父母様が世界的な経済基盤を造成するために、最初の一歩を踏み出したのは、鋭和散弾空気銃工場の設立と経営であった。協会が創立されたのち、一九五九年五月二十日、鋭和散弾空気銃製作所の認可を受けて仁川に工場を建て、これを基盤に「統一産業」を設立されたのである。真の父母様は、韓国の産業を復興させるためには、基礎となる機械工業が重要であると考えられ、「統一産業」を設立して、機械工業の世界的技術を蓄積された。「統一産業」に込めた精誠は、「統一産業」だけのためのものではなく、韓国の未来と世界のためのものであった。小規模で始めた「統一産業」の優秀な機械工業技術は、自動車と軍需産業をはじめとする韓国の基幹産業の発展に、重要な役割を果たしたのである。

6 私たちは、教会活動をするのですから、若い青年たちが関心をもって愛用できる物とは何かを考えなければなりません。そのような要点に最もかなっているものが、散弾空気銃です。これは、技術的に見てもそうであり、韓国におけるこれからの実績を見てもそうであり、私たちだけが研究している物なので、これさえきちんと発展させれば、必ずある時にヒットするというのです。

最初に私たちが特許を取得して製品を造るようになりましたが、新しい製品を造る際には、直ちに素晴らしい製品を造ることはできません。お父様もこの工業系統について勉強した人なので、それがどのような発展段階を経ていくのか分かります。新しく発明した製品を造って、その年にそれを成功させるのは絶対に不可能です。最低限、三年以上の経験が必要です。このように考えて始めたのです。

仁川に工場を造りましたが、その時は工場に何もありませんでした。助手が一人いて、工作機械だけがありました。そして、何個かのカツターとのこぎり、かんなしかありませんでした。それが散弾空気銃工場の始まりです。

7 最初に散弾空気銃を作るとき、材料に真鍮パイブを使おうとして失敗しました。それで、「ステンレスパイブを購入して使おう」と言って、その時からステンレス銃を作り始めたのです。最初は三十丁ほど作って売り始めました。ところが、散弾空気銃を売ることは売るのですが、ずっと続けようとしたところ、その費用が本当にたくさんかかりました。それで、約七年間は常に投資ばかりしました。七年が過ぎて、一九六四年から本格的に販売するようになりました。

この期間は、私たちがこれを製作するに当たって、どのような部分にミスが出てきたかという問題点を専門的に、完全に把握する期間でした。それを把握せずに大量生産をして問題が起きれば、莫大な損害を被るというのです。そのような専門分野に該当する部分を、私たちが完全に把握するまで、七年ほどかかったのです。今や、大量生産をしても問題ないという自信をもって始めました。このように、十年の歴史を経て、銃を大量生産し始めたのです。

8 散弾空気銃を初めて製作する時には、協会にいる幹部たちや食口たちも、ひそひそ話をたくさんしました。お父様の心情を心から理解する人はいませんでした。また、これに責任をもった人たちも、そのような状況でした。ですから、私が一日に二回まで仁川工場に行き来したのです。毎日のように行くので、仕事をしないわけにいきますか。

今となっては、これが企業化され、韓国で特許製品の生産に成功した会社として、一番、もしくは二番に選ばれるようになりました。このようにして発展させてきたのです。皆さんは銃を売っていますが、この銃はとても機転が利いた物です。韓国は反共国家なので、時代の気風に合ったのです。

9 基盤ができている企業体は、技術者と資金があり、また経営の経歴があります。私たちは、彼らと厳しい競争をしながら会社を発展させてきました。私たちは、資金も、技術者も、経営の経歴もないのが実情でしたが、このような実情で私たちが韓国産業界の一分野に入り込んでいくというのは、大きな冒険と言わざるを得ません。私たちがそのような状況で、世界で探し出すことができない特許品を作るために手を付けたのが散弾空気銃です。

霊的にはそれが分かったのですが、本当に奇抜なアイデアです。昔の空気銃は、作ってからかなりの時が過ぎているので、これ以上発展がなく、売っても利益は多くありません。

しかし、散弾空気銃は、これから発展性があるので作ったのです。使ってみた人たちは、「散弾空気銃が一番だ」と言います。ですから、これを販売できるのです。これは私たちに組織があるからできるのです。

10 今や軌道に乗り始め、これから二年だけ空気銃と射撃銃を作れば、外国に市場を拡大して輸出するでしょう。私が実質的に、そのような世界市場の事情をすべて調査しました。

一年に輸出できる量を最少で百五十万丁、多ければ二百五十万丁や三百万丁と考えるのです。私たちは外部の経済的援助を受けず、自力で押していける基盤を築いておかなければなりません。そのようにしなければ、この国を完全に復帰することはできないというのです。ですから、経済基盤を造成しなければなりません。これは絶対的な条件です。

11 工場を運営するに当たって最も重要な問題は、計画を立てて管理することです。その次には、組織です。工程、過程です。一つの製品が作られるためには、数十の工程を経なければならないのですが、その順番をうまく組まなければなりません。組織をうまく組もうとすれば、そこに該当する設備をきちんと整えなければなりません。ですから、完璧な組織にするためには、完璧な設備が必要だというのです。その次には、技術者です。これが三要素です。

今後、私たちは、世界のどの工場にも引けを取らない工程を備えなければなりません。競争するときは、この三つをきちんと整えなければならないのです。計画管理、組織、技術力が完全に一致してこそ、一つの製品の生産時間を短縮することができます。

特製品だとしても、それを作る工場が多くて競争の激しい事業になるときは、互いに安く作ろうとし、良い製品を作ろうとするというのです。ですから、施設と技術をしっかり備え、経営管理をうまくやらなければなりません。そこで事業の成敗が左右されるのです。

12 善なる行いをするためには、血と汗を流しながら精誠を尽くし、温柔謙遜で、兄弟に対する友愛をもち、地を愛さなければなりません。誰が反対しても、善をもって向き合うようにすれば、一〇〇パーセント、屈服するようになります。ですから、驕慢になってはいけません。まず与える人が主体です。お父様はすべてのことに対して、アベル的な責任を果たしてきました。これが私の生活哲学です。

より大きい公的なものの前に立つときは、謙遜でなければなりません。思想的な面で、お父様は霊界でも闘い、地上でも闘いました。商業的な面から見ても、精誠を尽くした面が大きくなければなりません。工場の基盤を備えるときまで努力しなければなりません。私たちがいまだ、そのように努力すべき部分が残っているので、天のみ前に「お金を稼がせてください」とは祈らないのです。

13 今まで、私たち韓国の教会は、外国に十分な援助をしてあげることができずにいます。これから皆さんが外国に十分な援助ができるようになるまで、推し進めていこうというのです。お父様は、工場を造るまで数多くの反対を受けてきましたが、そのようなところまで考えています。

ですから、第一線、第二線に分けて自力基盤を固めなければなりません。今までは、私たちが涙と血と汗を流しながら神様の心情を学びましたが、これからは経済的な基盤を築いていかなければなりません。世界を復帰するためには、世界的な経済基盤が必要だというのです。ですから、工場を経営しようとするのです。

14 青坡洞に「統一産業」を造る時は、日本人が住んでいた家屋から出発しました。家の裏に、練炭を積んでいた半坪ほどの場所があるのです。当時は旋盤がなかったので、日本人が使っていた古い旋盤を、貨幣改革の前に七十二万ウォンで買ってきました。その時、私はそれを見て、「これが七千台、七万台の機械に増えるだろう。大韓民国の軍需産業や自動車工業にまで次々と発展させる。信じなさい!」と言いました。その当時、それを信じると思いますか。多くの人たちが、「とんでもない話をしている」と思ったかもしれません。

15 韓国の自動車工業の出発当時、「統一産業」が大きく寄与しました。私は技術世界の全権をもって、その時から韓国が産業復興できる基盤を築いたのです。当時、お父様の考えでは、そのようにするためには、「統一産業」で特製品を作るしかなかったというのです。

韓国で有名になったとしても、大したことはありません。特許品を作らなければならないのです。研究開発をして、国が必要とする物を作らなければならないというのです。だからといって、直ちに機械工業をすることはできません。それで散弾空気銃を作ったのです。散弾空気銃の開発には、お父様のアイデアがたくさん入っています。

16 日本で機械の展示会をするとき、「統一産業」が開発したシステム機械ラインをもっていって展示しました。日本は、これまでコンピューターチップのような物を作るのはファナック(FANUC)が一番だと思って誇っていたのに、その会社の社長が来て見学し、驚いたというのです。「統一産業」は何でもないと思っていたのですが、大したものだというのです。また、ドイツに私たちは四大工場をもっています。その四大工場の旋盤のような物は一番です。世界で何万トン級の船や戦艦、航空母艦などのスクリュー軸だけでも、五十メートルにもなるものがあるのです。そのような物は、どこの工場でも造れるわけではありません。

韓国の自動車工業が今日、このようになれたのは、「統一産業」があったからです。韓国の主要な自動車会社に、「統一産業」の製品が入っています。

17 私たちは、専門の機械分野で多くの経験を積まなければなりません。機械工業のための良い経験を積まなければならないのです。そのために(いろいろな所を) 訪ねて回るのです。お父様は、ドイツやフランス、イギリスなどにある工場をすべて見て回りました。日本はもちろん、アメリカも同じように、すべて見て回りました。

それでは、なぜ一番大変な機械工業をしなければならないのでしょうか。早く世界的な位置に進むためです。答えは簡単です。これが最も難しいので、これを解決すれば、世界のすべての分野でチャンピオンになるのです。それを長い期間ではなく、短い期間で成し遂げようというのです。

今、「統一産業」は、あらゆる機械の自動化ができる段階に入ってきました。

18 水澤里に「統一産業」を造ってから、私は忘憂里(マンウリ)峠を越え、一日に二回通ったことは言うまでもなく、三度通った日もたくさんあります。毎日、一度は通うようになっているのです。

なぜそのようにしたのでしょうか。世界の工業界を掌握するためには、精誠を尽くさなければなりません。血の涙を絞って捧げたその精誠が天にしみ渡って、霊界に行ったすべての工業人たちがその精誠に感動し、地上にいる人々がその精誠にひざまずくようになってこそ、天の所有権になると考えたのです。ですから、そのように精誠を尽くしたのです。

私は、できる限り、清平にも毎日のように通います。精誠を尽くすためです。世界最高の指導者になるためには、いかなる面でも主人にならなければなりません。難しいからといって行かないわけにはいきません。お父様は一人で数十年間、そのことをしてきました。ですから、天が祝福するのです。これは、サタンが讒訴できないようになっています。

19 「統一産業」の工場にいる人々は、「お父様はお忙しいのに、何をしに毎日のように工場に来られるのだろうか」と思うのですが、そのように考えてはいけません。昨晩見たものと、けさ見るものには大した違いがないかもしれませんが、きのうよりもきょう、発展したものがあれば、その違いに興味を覚えるのです。同じ機械を造っても、きのうよりどれほどうまくできたかを見て、少しでも発展したことがあればわくわくするのです。これは、私たちの旗を立てることです。そのようにしてこそ、神様のみ前に賛美を捧げることができ、何らかの条件を立てられるのです。

ですから、ある基準までは、お父様がそのようにしなければならないというのです。このように進むとき、私たちが計画することに対して妨げとなるものがあれば、切られてしまうか、何かの事件が起きて、道が開かれるようになっています。皆さんの協助次第で、道が開かれたり、塞がったりするようになっているのです。皆さんは、お父様の行く道を理解できません。お父様は今、冒険をしているようですが、のちのちすべて成就されるのです。

20 私が工場に対して精誠を尽くしたのは、水澤里工場一つだけのためではありませんでした。そこに大韓民国の運命と世界的運勢を連結して祈ってきたのです。

今や、私たちの工場で生産する製品が、一つの重要な産業品目として登場し、国家と契約して生産過程に入るようになれば、お父様の責任は終わります。韓国のいかなる産業体よりも重要な産業体にすることが、お父様の願いです。これがしっかり定着すれば、急速に発展するでしょう。

21 私はこの国をつかんで、身もだえしています。国のために生きているのです。私の一族を投入し、犠牲にするのです。私は今に至るまで、大韓民国の未来のために、負債を負いながら働いています。

私は、ドイツの科学技術を移転するために、一九八〇年から一九八五年まで、ありとあらゆる侮辱を受けました。そうして、世界の先端科学技術を「統一産業」に連結し、この国、この民族が未来に進んでいける土台をつくっておきました。そのためにあらゆる風雪を経てきたのです。

ある学者はそのような内容をすべて知って、「今、韓国の自動車工場がこのように発展するようになったのは、『統一産業』を中心としたレバレンド・ムーンの功労が大きい」言ったのです。

第四節 企業体の設立と経済基盤の拡大

「一和」

真の父母様は、環境創造のための経済基盤を確立するため、国内外に数多くの企業体を立てられた。その中の一つが、一九七一年十二月に設立した「株式会社一和」である。

一和は、韓国人だけでなく、世界の人々の健康のために、韓国の特産品である人参製品を開発して普及した。真の父母様は、一九七三年八月、京畿道(キョンギド)九里市(クリシ)水澤洞(ステクドン)に社屋を竣工するとともに、「誠心誠意」という揮毫を下さった。一和は、食品部門において「メッコール」と「椒井里(チョヂョンニ)鉱泉水」、人参部門において「人参茶」と「ジンセンアップ」、「サムジョントン」、製薬部門において「牛黄清心元(ごおうせいしんげん)」などを開発、販売している。

1 国内外にない人参製品工場を造ったというのは、私たちの誇りにもなります。一和という旗のもと、新しい人参製品分野の仕事が始まりました。これからの展望は、相当に明るいと考えるのです。

「統一産業」が水澤里で長年、基盤を固めていますが、和製薬は「統一産業」よりも次元の高い立場で、新たに世界的な経済問題を解決するに当たって、私たちになくてはならない重要な基盤になると考えます。そのため、どのようにしてこの製品を世界市場に販売するかが問題ですが、外国の食口全体が一つになって販売に力を注がなければなりません。私たちが計画することが、今後、統一運動が発展していくに当たって、経済問題を解決する土台になることを願い、ここに力を注ぐのです。

2 人参は、韓国の特産物です。人間を中心として万物を見れば、一番高価な物が人参です。ですから、人参は植物界の王者だと言えます。このような点で、「統一思想」と相対的関係にあることは、言うまでもありません。韓国の特産物であり、誇りである人参に対して、私たちが報いているかというとき、報いることができていないと考えるのです。

天が人参を与えたのであれば、韓国の国民のためだけに与えたのではありません。これは、世界の人類のために与えたものです。したがって、世界の人類がたたえ得る本場の産地に住んでいる韓国の国民は、人参の価値を知らなければならず、その価値を韓国だけのものにしてはいけないというのです。これを世界の人が互いに愛し、互いに貴く感じられるようにしなければなりません。

3 いくら工場が良く、いくら資材や機材が素晴らしくても、素晴らしいこの環境を動かす主体になる人が素晴らしくなければなりません。人は一人だけではありません。一和グループ全体が合わさって一つの体制を形成し、ここから各自が「高く上がっていこう」と言わなければなりません。各自が代表的な立場で引き上げる立場になれば、左手や右手も上がるようになり、頭も上がるようになり、体も上がるようになります。そうすれば、一和は自然に国家に認定されざるを得ず、アジアに登場せざるを得ず、世界に登場せざるを得ないのです。一和グループの要員たちは、メッコールの主人にならなければなりません。「メツ(脈)」とは、「魂」のことを意味します。天運を動かせる主流のことを意味するのです。

4 メッコールは健康飲料です。国民の健康のためにメッコールを作ったのです。また、これから全世界にメッコールを販売しようと考えています。大韓民国で基盤を築けば、間違いなく百発百中、ただそのまま人類にメッコールを飲ませることができ、一和製品を飲ませることができるのです。

ところが、このような伝統的価値が眠っています。まだ目覚めていないのです。私たちの生活における莫大な経済的機運が眠っているので、これを起こし、万民を解放する飲み物として、トップに立たせなければならない責任が私たちにあるのです。

「世一旅行社」と「龍平リゾート」

真の父母様は、一九八五年一月、国内外の観光を専門とする「世一旅行社」を設立された。特に、人類歴史は失ってしまった神様の民を探し求めてきた摂理歴史であるが、互いに異なる文化圏と交流することにより、神様中心の文化圏を創造する使命を果たすことを、「世一旅行社」に願われたのである。また、韓国最大規模のスキー場と三つのゴルフ場を備えた四季を通じての総合リゾート施設である「龍平リゾート」を、二〇〇三年三月に引き継ぎ、韓国民の健全なレジャー文化づくりを先導する企業として育てる計画を発表された。特に、今後、冬季オリンピックを執り行えるようにするというビジョンを提示されたが、それから八年後の二〇一一年、国際オリンピック委員会(IOC)は、平昌(ピョンチャン)を二〇一八冬季オリンピックの開催地として選定し、真の父母様が愛情と関心をもって準備された龍平リゾートは、世界の人々の祝祭、オリンピックの中心舞台となった。合わせて、真の父母様は龍平と麗水、順天を束ねて、世界的観光産業の聖地として育てるという構想を発表された。そのみ意に従い、現在、「龍平リゾート」と「麗水ジ・オーシャン・リゾート」は、趣味産業の二つの柱として成長、発展している。また、真の父母様は、世界的な流通・販売組織が必要だと考えられ、「幸世物産」、「セイロ(世一路)」、「ハッピーマインド」などの会社を設立された。

5 これから、経済的基盤を築くことのできる良い時代が訪れます。レジャー産業時代、第三次産業時代が来るのです。レジャー産業、観光産業が発展するようになるというのです。金剛山を訪れる人々は、金剛山よりまず、釜山や済州島に立ち寄っていくでしょう。ですから、観光客を誘致する際、釜山と済州島、白頭山を経由させるとすれば、中間基地が必要です。ホテルや全国的な組織が必要なのです。そのような面で、「世一旅行社」は重要な拠点地域に支店を造り、他の観光会社と連結できる基盤を築かなければなりません。

6 「世一旅行社」が一番になるためには、会社のすべての人が一つの焦点に向かわなければなりません。そのようになれば、いかなる観光会社もかなわないでしょう。必ず大韓民国で一番の観光会社になれるだけでなく、世界に進出していけるでしょう。天運は、強力な相対がいれば、強い力で保護するからです。固く結束すれば結束するほど、そこに比例した宇宙力が保護するのです。宇宙力が保護するときには、誰も侵犯できないので、永遠に進むのです。そうして、大韓民国を越え、アジアを越え、世界を越えて、偉大な一つの結束体になるのです。大概、旅行社というものは風紀が良くありません。ですから、風紀が乱れたこの世界を善導し、一つの面でも整備していこうというのです。それゆえ、そのような「世一思想」を入れて観光事業をしたとすれば、いかなる世界的美人がいたとしても、誰も誘い込めないというのです。そのように、この暗い世の中で灯台のような会社になれば、「世一」という名前を輝かせることができるでしょう。

7 北朝鮮の青年と、韓国、日本、アメリカ、中国、ロシアの青年たちを、何としてでも教育しなければなりません。世界各国の人々と交流させながら教育しようというのです。北朝鮮の青年たちを世界各国に連れていって、その国の青年たちと交流させながら教育するということです。ロシアに行っても教育し、中国やアメリカ、フランスに行っても教育することができます。これは、既に国際的基盤ができているので、問題ありません。そして、アメリカと日本、中国、ロシアを教育しなければなりません。韓国が中心になって、世界の強大国を教育しようということです。それで、これからその方案を準備して、実施するのです。パスポートの問題やビザの問題などは、「世一旅行社」で準備しなければなりません。お金を稼ごうとして「世一旅行社」を造ったのではありません。神様がお出ましになれる道を築くために造ったのです。

第一に、交流教育をしなければなりません。韓国を中心とした交流教育です。第二に、アメリカ、ロシア、日本、中国の協力教育を実施しなければなりません。互いに協力して、教育することができるのです。

8 冬季オリンヒックを開催できる「龍平リゾート」を引き継ぎました。龍平は繁忙期が冬なので、夏が問題になります。夏はゴルフと釣りをするのです。大関嶺(テグァルリョン)を中心として、峰ごとにへリコプターが降りられるようにします。自然農場を造り、季節に従ってオーガニック料理を作って接待し、ホテルを造って訪問客を迎えようというのです。冬の景色が良く、夏の景色も良いので、夏でも冬でもいつでも活用できます。そこに、今後、山に野生する朝鮮人参の種を蒔き、栽培しようと思います。ヘリコプターで遊覧する人々に、それを販売しようと考えているのです、千四百五十八メートルの発旺山(パルワンサン)の頂上に上がってみれば、どれほど神秘的か分かりません。そこがへリコプターの基地になれば、活用できる基盤になるのです。ですから、龍平は海洋公園と陸地の公園を連結させる所になるのです。

9 現在の龍平スキー場を活用して、オートバイのレース場や自転車に乗る所にします。数キロメートルの地点にオートバイや自転車を数百台停めておき、ゴンドラに乗って上がり、オートバイや自転車で降りてこさせるのです。上っていくときは自動車に載せていき、自転車やオートバイに乗って降りてこさせることもできます。中高生たちの間でブームを起こすことができれば、閑散期を埋めることのできる相当に良い運動になります。その次には、釣りです。麗水、順天で釣り大会をしていますが、季節によっては清平でもすることができます。龍平の貯水池で魚を育てて釣ることもできます。

また、狩猟場を造らなければなりません。龍平は、狩猟場を造っても、競争できる条件を備えています。狩猟場には大勢の人が来るので、今後、スキー場に取って代われるほど、いくらでも開発できるというのです。

10 お父様は世界的に趣味産業を主唱してきたので、お父様について語れば、趣味産業と関連させて考えます。趣味産業という名前を付ければ、南北米とヨーロッパはもちろん、世界と通じる連絡網ができるのです。すべての経済の流動的な環境を見ても、世界経済圏の七〇パーセント以上を動かす国と連結させなければなりません。また、年を取った人々が今後活動できる所は、ゴルフ場しかありません。ですから、龍平も、ゴルフをはじめ、国際観光ができるようにしなければならないのです。

11 セイロは機械を中心として、神様を中心とした経済復帰のための闘いをするのです。機械工業界を占領するためです。世界の機械工業を勝ち取るためのものです。

お父様が「世界に出発しよう」と言えば、アメリカを越え、全世界に向かわなければならないのですが、セイロは何をすべきでしょうか。今、セイロは小さいのですが、私たちの食口は弱くありません。最も強いのです。皆さんはどんなことでも成し遂げられます。私たちは、世界に行って、世界のために生きなければなりません。(今は、)そのような環境になってはいませんが、私たちがそのような環境をつくろうというのです。そうしてこそ、一つずつ、一つずつ、世界の帰着点に到達できるのです。

12 私たちが世界的な経済圏を握るためには、まず世界的な販売組織の一元化が必要です。その販売するすべての責任機関のアイテムを全国に交差させるのです。ある品目があれば、季節によって価格が調整されます。価格が変わることによって、その季節に価格が高い品目があるときは、その品目を全国に配送するのです。全国に通ずることができる訓練をするのです。

季節によって価格が上がったり下がったりするので、ある季節に特別高い品物があれば、それを即座に販売できる組織編成をしなければなりません。百五十の会社があれば、その百五十社がもっている品目の価格が季節によって違うので、価格の良い品物を選び、それを全国に販売できる活動を展開していくというのです。このような訓練を世界化しなければなりません。

13 今後、都市定着時代は過ぎ去ります。都市に留まって暮らす時代は過ぎ去るのです。気の合う人同士、世界舞台を自分の庭園のように考えて暮らせる時が来るようになります。ですから、人々は電話で物を注文しさえすればよいのです。人がいなくても、電話を通して(コンピューターが)注文を受け、連結させてくれるようになります。

電話で、「この品物をいくついくつ」と注文すれば、「合計いくらです」、「(税金が)何パーセント上がりました」と知らせてくれるのです。デパートで店員たちが話してくれること以上です。店員たちは間違うこともありますが、コンピューターは間違いません。どんな所でも配達します。

このようなシステムさえ整っていれば、商品はどこでも配達できるのです。これを「レバレンド・ムーン・システム」と言います。このようになれば、デパートや商店は必要ありません。

航空産業と字宙工学時代

真の父母様は、水準の高い航空技術と宇宙工学技術を確保するため、「ワシントン・タイムズ航空」を設立された。韓国には、二〇〇四年十一月、「韓国タイムズ航空」を立てられ、二〇〇六年六月、金浦空港産業団地起工式を行われた。この「韓国タイムズ航空」は、アメリカにあるヘリコプター製造会社のシコルスキー・エアクラフトと技術協約を結び、協力関係をもつようになった。

14 お父様は、科学を知り、これから産業界がどのようになるかを知っているので、技術の最先端の場に立つ基盤を、今まで築いておきました。世界的に先端技術に乗せておくことができなければ、世界を指導することはできません。

思想的王座に上ってきたので、技術分野で科学的王座圏を連結するために、機械の原材料と自動車の原材料を作る工場を造ったのであり、へリコプターに対してもお父様は関心が高かったので、「ワシントン・タイムズ航空」という会社を造りました。

15 現代文明の利器として誇ることができるのが自動車です。その次に、飛行機です。ですから、「ワシントン・タイムズ・アビエーション」という航空会社を造りました。南北米を連結し、航空宇宙工学の科学技術を誰が握るかが問題ですが、それを今、準備しているのです。最高に優秀な飛行機を購入し、フランス、アメリカ、カナダが競っているその技術をつかもうと考えています。カナダの飛行機会社が有名ですが、その会社が、できれば今後、私たちと手を結んで働きたいと言っています。ですから、アメリカを動かすことができるというのです。

16 機械技術より何十倍難しいのが航空技術です。宇宙を占領できる技術、そのような最高の技術をもっているのが、シコルスキーのへリコプター会社です。それの別名は、アメリカの技術協会です。

そのような最高の技術を中心として、私たちとアメリカが共同投資をすることができるようになりました。そうして、アメリカが新しい宇宙技術、航空技術を用い、私たちと共に協力して機械を造れば、全世界が付いてくるので、これからは飛行機が故障をしても、修理して使うのです。修理ができれば、新しい飛行機を造ることもできます。

17 アメリカの技術協会が航空宇宙技術をすべてもっています。それで、韓国にシコルスキー・ヘリコプター工場を造り、これが軌道に乗れば、韓国とアメリカの会社自体が、韓国の会社であると同時に世界の会社になります。そうして、人類の会社になるべき貴いものなので、「韓国タイムズ航空金浦航空産業団地起工式のみ言」を、「平和メッセージ」に入れたのです。

皆さんがここに貢献できる技術を、どのように学ぶかというのです。若い人々は、十年だけ決心すれば、何でもできる技術世界が待っているので、努力を惜しまずに投入しなければなりません。

第五節 科学技術平準化のための努力

科学技術平準化の必要性

真の父母様は、一九八一年十一月、第十回「科学の統一に関する国際会議」において、技術平準化運動を提唱された。科学技術は、人間の万物主管のための道具として、神様が下さった人類共同の資産であるため、人間は誰もがこれを活用し、その恵沢を享受できなければならない。真の父母様は、少数の国が科学技術を独占し、それを利用して他の国を支配しようとしてはならないと語られ、科学技術の平準化を通して、全人類が等しく豊かに暮らせるようにしなければならないと強く主張された。

1 本来、科学技術は、神様が人間に「万物世界を主管しなさい」と言って下さった祝福を実現するための道具です。人類は、誰もがこれを活用し、またその恵沢を受ける権利があります。へリコプター産業のような先端科学技術に関してはおのずと経済問題や産業開発と関連させて話さなければなりませんが、今日の現実を見るとき、科学技術を使用している人間の精神的姿勢、すなわち愛や価値的側面を強調して話さざるを得ません。

本来、万物世界は、人間に喜びを感じさせ、人間を助けるべき対象の位置に創造されました。そして、人間は、万物世界を造られた真の愛の主体であられる神様と一体になり、真の愛の実体になることによって、その対象として造られた万物世界に対する真の主体となり、主管者になるのです。ですから、人類は、万物世界を造られた神様に代わって、自然や環境を愛して保護しながら、人類にとって有用なものとなるように活用しなければなりません。

2 先進国が、南米の経済を動かしています。政治の力や軍事力で支配しているのです。その次に、経済力です。銀行を通してすべてコントロールしています。そのような力の背景によって、南米のすべての資源を思いどおりにコントロールしているというのです。これを撤廃しなければなりません。そのような意味で、科学技術の平準化を主唱するのです。

3 世界的に、科学技術を中心として平準化することを、お父様は主張しています。「科学の統一に関する国際会議」の時、ドイツの最高技術と私たちの統一産業を中心として、技術平準化の問題を取り上げました。電子と機械の分野では、私たちが最高水準まで上がってきています。それを世界的に平準化しなければなりません。自分に集めるのではなく、世界的に平準化しなければなりません。統一教会は、神様の思想を世界的に平準化しようとしています。思想平準化と科学技術平準化、その次に、経済の平準化と言論の平準化、このように四つの分野さえ平準化すれば、世界は自動的に平準化されるのです。

4 私には国家主義の観念がありません。アメリカが反対しても私の思いどおりにし、韓国が反対しても私の思いどおりにし、日本が反対しても私の思いどおりにするのです。お父様が一度決心すれば、技術平準化は間違いなくするというのです。

技術平準化がどれほど大変か考えてみてください。科学技術を平準化するのは、国家間では絶対に不可能です。誰も、そのように与えようとはしません。自国の利益を中心としてすべての技術を守ろうとするのであって、そのように苦労してつくったものを、分け与えようとはしないというのです。

5 最高の技術は、最高の知識人たちが受け継がなければなりません。それは、人類に天が賦与した贈り物です。ところが、これを特定の民族を中心として、人間たちがこれを操作したというのです。

それで、私が一九八一年から、世界の科学技術を中心とした平準化運動を叫んだのです。ですから、これまで多くの迫害を受けました。平準化運動をするようになれば、アメリカの科学技術を南米に分け与えなければならず、ヨーロッパの科学技術を開放しなければならないのです。ヨーロッパ諸国は、資源確保のために奴隷化しておいたアフリカに門戸を開放しなければなりません。ですから、先進国が「自分たちの道を塞ぎ、首を絞める」と言って強く反対したのです。

しかし、これを開いておかなければなりません。同じ立場で開いておかなければならないのです。学校もそうです。同じ立場で勉強させなければなりません。黒人であろうと黄色人であろうと白人であろうと、人種を超越して、実力のある人々は平等に、すべて一緒に勉強させなければなりません。

6 思想的平準化、科学技術平準化、その次に、経済的平準化、またその次には、すべての情報の平準化運動をしなければなません。今までは、先進国の数人が座り、発展途上国の生死を自分たちの思いどおりにしてきました。私はそれを許すことができません。

私には、この世界を守る責任があります。そのためには、その基盤を築かなければなりません。夜が来ても、雪が降っても、私は準備しなければならないのです。このようにして、反対を受けても、お父様が生きている間にこれほどの基盤を築いたのです。

科学技術平準化の実践

真の父母様は、多方面に科学技術平準化運動を展開された。「世界全体が科学技術を共有しなければならない」と考えられたからである。特に、先進国と発展途上国間の科学技術平準化運動のため、科学技術分野の先進国であるドイツの主要な機械工場などを引き継ぐことにより、技術平準化のための基盤を築かれた。言い換えれば、先進国の主要な科学技術を確保された目的は、これをアフリカと南米、アジアの発展途上国に分け与え、世界的に科学技術の平準化を成し遂げることにあった。そして、食糧が不足しているアフリカにソーセージ工場を建設し、ソーセージを生産する機械を提供して、農業の方法と家畜を育てる方法も教えられた。また、中国に大規模な自動車工場を建設するパンダ自動車プロジェクトを推進された。これは、中国の科学技術を先進国の水準に発展させ、世界平和を実現するという趣旨で始められたものである。

7 技術を平準化することが、先進国にとってどれほど恐ろしい作戦か分かりません。アメリカのような国は、技術の平準化をするようになれば、持っている技術を南米にすべて引き渡さなければなりません。

アメリカが今、南米を経済植民地として引き続き存続させているのは、政治力と軍事力によるのです。政治、経済、その次に科学技術です。主に科学技術のようなものは、渡してしまうと困るというのです。もちろん、南米にも軍事力、経済力、すべてありますが、科学技術が不十分なのです。(アメリカは)すべて教えてあげるとしても、科学技術だけは教えてあげません。私が今、先進国の最高の科学技術の基盤を備えているので、これを分け与えようというのです。

8 今、世界のトップにいる人々が、私たちを助けてくれています。お父様を助けようという環境に入ったので、その道に付いていけば、経済的資源をいくらでも引き出すことができるのです。

それを引き出すことによって、先進国が発展するよりも、発展途上国が発展するようにしてあげなければなりません。発展途上国が発展できる道を開いてあげるのです。そして、私がアジアの数ヵ国から資源をもってきて、二十年の間に、技術平準化とともに生産平準化をしてあげるのです。二十年間で、そこに欠如した資材を補給しながら、完全にその技術を移転するのです。世界最高の技術を、無条件に提供するのです。

私が主体であれば、対応的・順理的相対圏を形成することによって、理想的愛の相対基台が造成されるようになります。相対基準を越え、相対基台が形成されて、互いに与え合うことが、互いの利益になる世界に前進すると考えるのです。

9 ドイツ最高の科学技術を私がもっています。一九八〇年代にドイツの四大工場を購入しました。私は、世界の技術平準化を主張する人です。なぜでしょうか。

ヨーロッパがアフリカを侵略して搾取しました。自国の(利益を考えて)資源を確保するために、アフリカの人々を未開人にしておいたというのです。私たちの宣教師がアフリカに行ってみると、ヨーロッパから来た人々は農業をする方法も教えてあげず、大学はもちろん、中学・高等学校も造っておかなかったというのです。

神様がヨーロッパを祝福したのは、彼らだけが豊かに暮らすようにということではありません。その祝福は、万民のための祝福です。ですから、何としてでも分配してあけなければならないというのです。それで、一九八一年から技術平準化を主唱したのです。

10 お父様は、ドイツに行けばドイツ人になります。よく適応するのです。そのような歴史を話せば、実際に神様が生きていらっしゃることを実感します。そのようにドイツが、お父様をその国の工業界に少しも足を踏み入れられないように門を閉じていましたが、ドイツ政府が最も重要視する工場、すなわち政府が経営していて一九八四年に民営化したものを、お父様が手に入れました。それは謎なのです。誰がそのようにコントロールしたのでしょうか。霊界がしたというのです。

その工場は、ドイツ技術の粋を集めた、二十世紀の科学技術の総合的な工場と同じです。ライン生産の機械を造る工場です。一つの国で一番の基幹産業になるのが機械工業です。そのような大きなラインを製造するのです。

11 ドイツにお父様が足を踏み入れ、様々なことを調査しました。すべて立ち寄ってみたので、どの工場に行ってもすぐに分かりました。工場を買うときは、どれがより良く、どれがより悪いかを鑑定しなければなりません。しかし、毎日行ってみることはできないので、すぐに調査をしたのです。

少なくとも、一九八〇年から五年間は、ドイツ工業の転換期でした。人力で作っていた時代から、自動化時代に転換した時期でした。それで、そこに歩調を合わせる中で、多くの会社が倒産してしまいました。小さな会社は不渡りを出して倒産してしまったのです。そのような時代になるだろうと予想していました。ちょうどその期間に工場を買わなければ、買うのは難しいと判断したのです。それで、自動車ライン生産の基幹産業、そしてボーリング工場など、四大工場を購入したのです。それを購入したのは、先進国と発展途上国の間の技術平準化運動を展開するためでした。

12 アフリカの七ヵ国にソーセージ工場を造っています。ソーセージ工場で最も有名な所がドイツです。ですから、私たちの宣教師たちがその有名なドイツのソーセージ工場の助けを借りて、アフリカにソーセージ工場を造るのです。

今後、「統一産業」に一つの部署をつくり、ソーセージを生産する機械を大量生産させるつもりです。アフリカの人々にとって最も恐ろしいのが栄養失調です。タンパク質が不足した食事をして暮らしています。そのため、ソーセージを作るのです。そうして、畜舎や牧場で豚を育てる方法、牛を育てる方法を教えてあげます。それとともに、農業の方法、野菜を育てる方法などをすべて教えるのです。コンゴ民主共和国のような所には、農業専門学校も造りました。その仕事は、私たちがするのではありません。そこで働ける人を立てて、代わりに任せるのです。互いのために生きようということです。互いのために生き、助け合いながら開発するのです。

13 中国にバンダ自動車工業団地を造成するために、三千二百万坪の土地を契約しておきました。それは、ワシントンDCくらい大きいのです。中央政府、広東省とすべて契約を終えました。私は当時、中国の事態が芳しくないので、一九八九年の六月を越えてはならないと考えました。そこは、香港から海上で四十分の距離にある恵州(けいしゅう)という所です。中国は一九九七年にイギリスから香港を引き継ぐようになっています。それを引き継ぐ基地として、恵州と接している深圳(しんせん)を計画しています。

14 私は、中国の門も開きました。天安門事件が一九八九年六月四日に起きましたが、六月二十七日にパンダ工場の起工式を行いました。本来は、起工式をいつすることになっていたのでしょうか。九月二十三日までに、香港にある中国銀行にお金を送り、中国政府が「良し」と公認したのちに、起工式をすることになっていました。そのようにしようと思えば、十月になってから起工式が可能になるのです。

ところが、どうして「六・四(天安門)事件」の直後の六月二十七日に起工式をしたのでしょうか。その時、韓国大使館が「安全のために中国を離れなければならない」と知らせてきたのですが、私たちはふろしきも包めずにいた状況でした。先発隊がタイに避難して様子を見ていた時でした。ところが、起工式のために中国に入ったので、北京と広東省が驚いたのです。起工式は、バンドが動員され、花火を打ち上げる中で行われました。ですから、新聞に記事が大きく出たのです。

15 私は、中国にバンダ自動車工業都市の建設をするために、多くの投資を行いました。他の人より先に中国に入って、一獲千金を狙おうという計略ではありません。中国で出る収益は、一銭も外に持っていかないというのが、私の原則です。その利益をそこに再び投資して、国際平和高速道路を造り、他の先端技術も平準化させ、十三億の中国人たちが豊かになるようにしてあげようというのが、投資の動機でした。世界人口の四分の一にもなる中国を無視しては、誰も世界平和を云々することはできないのです。

16 パンダ計画の一番の目的は、東洋の平和のためということです。これは、お金を稼ぐためではありません。その重要な内容は、東洋の平和のためなのです。世界平和を成し遂げることを目的にして、東洋の平和を結束するためのものです。

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第十篇 第二章 海洋摂理と海洋資源の開発

第十篇 第二章

海洋摂理と海洋資源の開発

第一節 韓国を中心とした海洋摂理

野牧と済州島に注いだ精誠

真のお父様は、教会の初期から水産事業に関心をもたれ、一九五九年七月二十日から始まった第二回全国伝道師修練会において、京畿道華城郡(ファソングン)梅松面(メソンミョン)野牧里(ヤモンニ)の池と海辺を中心として、魚を捕まえる方法を食口たちに教育し、訓練された。一九六三年六月二十六日には、仁川で船を造り、「天勝号」と命名され、一部の食口たちを漁労に送り出された。このように、野牧から始まった海洋摂理は、済州島と麗水を経て、巨文島にまで連結されたのである。

特に、真の父母様は、済州島を摂理的に重要な島と考えられ、造船所と養殖場、みかん農場を造られるなど、多くの精誠を尽くされた。また、済州島は、韓国の海洋の関門として、日本海と東シナ海、太平洋まで連結できる位置にあるため、海洋事業の要衝として開発する必要があると考えられた。さらに、西帰浦(ソグィボ)の沖合に位置する地帰島(チグィド)も、摂理的に重要な場所と考えられ、これを購入して釣り事業を計画された。

1 統一教会が最初に出発するとき、今後、水産事業を営むために、若者たちを連れて教育し、訓練をさせました。野牧という所に湿地がたくさんありました。そこには千年も生きている怪物がいるとか、一度入ったら出られなくなるなど、ありとあらゆるうわさがありました。

そこの池には、いないものがありませんでした。ありとあらゆるものがいたのです。野牧での修練を経た初期の食口たちの間では、雷魚を獲る方法はこうで、鯰(なまず)や鰻を獲る方法はこうだったと、どこに行ってもその話が出てくるのです。

2 野牧には池がありました。そこには水草がたくさんあって、水中に生息する蛇が、水の中に入らずにその草の上を行ったり来たりするのです。

また、その池がどれほど深いのか、深さがよく分かりません。そこにコウホネが自生しているのですが、コウホネは三尋(約五・四メートル)の深さからでも葉が出てきます。コウホネがあるからといって、そこが浅いと考えることはできないのです。その池の魚を獲るための網を作りました。その網が三百メートルにもなるのですが、百メートルずつ網を張ると、そこにいる魚がすべて掛かるのです。

(獲った魚を)まとめてトラックに載せて持っていき、村の人たちに「持っていってください」と言っても、「そこで獲ったものは食べない」と言って、持っていかないのです。鮒(ふな)、鯉、雷魚、鯰、鰻があふれるほどいたのですが、それをまた放してあげたことが忘れられません。

3 お父様が昔、野牧の池に行って、服を脱いで泥まみれになったことが思い出されます。その時、そこに巨大な網を張りました。水が入ってくると、その中に魚が入ってきて、どっさり獲れるのです。

その時はみな、顔が泥だらけになり、年を取った人も若者も全く一緒でした。みな真っ黒で目だけパチパチさせながら、日が沈むのも忘れて、魚を獲ろうと無我夢中でした。その当時、皆が忘れることのできない思い出となりました。国を思い、み旨を思いながら過ごした、忘れることのできない生涯の一場面です。

4 一九六三年に韓国で船を造ったのですが、その名が「天勝号」でした。天が勝利する、神様のみ旨を成就するという意味です。「天勝号」を造り、「世界の海を占領しよう」と語ったのです。

しかし、誰もが船に乗るのを嫌いました。「このように波が荒れているときは出られません」と言うのです。漁夫がそのようなことを言っていられますか。命懸けで出ていかなければならないのです。私は漁夫になりました。雨が降っても雪が降っても、意に介しませんでした。夕立があっても釣りをしました。雨が降っても、夕方までしたのです。

5 お父様は、一九六三年に船を造りました。それが「天勝号」です。船の名前を「天勝号」としました。それには、すべて意味があったのです。天が勝利したという基準を立てるために、そのように名付けたのです。

アメリカに来て、一九七三年から船を造り始め、今に至るまで船に乗っています。アラスカでは、夜も昼も船に乗りました。一片丹心、船に乗ったのです。

6 お父様は、一九六〇年代に入って、韓国の有名な山はすべて回りました。狩りをしながら歩き回ったのです。陸地を訪ねて回ったのです。その次には、海に行って魚を釣りました。

本来、審判を受けたのは陸地です。魚は審判を受けませんでした。ですから、陸地のすべての蕩減を消すことができるのは、審判を受けていない魚たちです。それらは、神様が造った本然の姿のままで存在しています。それを愛さなければなりません。そのために、二〇〇〇年まで、二十七年以上の期間、海で船に乗る生活をしました。

水を訪ねていったのです。韓国で船を造ったのが一九六三年でした。それを海洋事業と連結するのです。その時のみ言を聞いてみれば分かるでしょう。船の名前は「天勝号」だったのですが、天が勝つという意味です。

船が必要なのは、陸地と連結するためです。海を占領するために、「天勝号」から始めて、海洋事業と造船事業を継続していくのです。

7 お父様は、時間さえあれば済州島に行って精誠を尽くしました。済州島は、大韓民国で、忠臣たちを島流しにした島です。歴史を否定することはできません。済州島に行き、帰ってこなければなりません。「チェヂュ(済州、祭主)」と言えば、「祭祀」を行う「祭司長」という意味です。

また、「渡っていった世界(「済」の字には「わたる」という意味がある)」、すなわち「復帰された世界」という意味にもなります。「チェヂュ」の「ヂュ」は、「州」の字です。渡っていって、エバを探し求めるのです。神様が陸地を離れ、島国を訪ねていって、再び帰ってくるのです。ですから、この島を中心として、一生の間、私は精誠を注ぎました。

8 「済州島」と言えば、「祭祀を行う主人(チェヂュ:祭主)たちが暮らす所」と言うことができます。「祭主」たちが集って暮らす所なので、神聖な島です。済州島の人たちは、海神によく仕えます。漢拏山(ハルラサン)の山神にも仕えるのです。神様に仕える人々が、神様に祭祀を捧げるときは、精誠を供えて準備します。そこにも、一人の主人がいます。祭祀を執り行うときは、祭主の言葉を、絶対に信奉しなければなりません。他の人の言葉を聞いてはいけません。

私が済州島について関心をもったのは、なぜでしょうか。済州島は、韓国の最南端に位置しています。陸地が男性を意味するとすれば、済州島は女性を意味します。ですから、島の人は、いつも陸地を慕いながら暮らすのです。いつも陸地を思慕するというのです。

陸地を思慕する人たちは、寂しい人たちです。この寂しい人たちは、どこで慰労を受けるのでしょうか。自分たちが自由に生きていける道、自分たちの愛をつないでくれるものに慰労を受けるのです。ですから、すべてのものがいつでも自由になる陸地と連結されることを願うのです。

9 済州道に地帰島という島があります。地帰島を見て、「ああ、復帰の業がここから始まるのだな」と考え、その島を買いました。私たちの土地です。そこの海岸から百メートルだけ出れば、水深が深くなります。地帰島に行って、「白頭山(ペクトゥサン)天池(チョンヂ)の生命体をもってきて、この地帰島の地に植えれば、宇宙が新しい種として蘇生する。解放される」と考えました。それで、私が済州島を世界一の観光地にすることを考えたのです。

10 地帰島(チグィド)は、釣りをするのに最高の地域として知られています。ですから、地帰島にたくさんの人々が釣りをしに来るようにしなければなりません。そのようにしてやって来た人々に、私たちがボートを貸してあげ、何の魚が釣れるのか教えてあげるのです。「ここは鱸(すずき)が釣れ、鯛が釣れる」と話してあげるのです。そうすれば、釣り人たちは、他のものも釣りたいと思います。

専門家たちには、自分の好きな魚があります。地帰島の周辺には、あらゆる種類の魚がいます。ですから、船で案内するのです。そのようになれば、船は船で活用することができ、お客さんたちは、私たちがホテルを造るとすれば、そこに泊めることができます。

そのためには、ここを開発しなければなりません。そのように始めなければ、事業にならないというのです。ですから、(そのようにして開発することが、)地帰島が釣り場としてよみがえることのできる最良の道だと考えるのです。

11 済州島は、韓国の海洋関門として重要なアジアの要所になっています。東海(日本海)と東シナ海に連結し、太平洋まで連結できる位置にあるので、軍事要塞地として非常に重要な所です。そして、摹瑟浦(モスルボ)の横の港は、世界的に有名な軍港になる水深だと言われています。そのようになり得る所です。そのようなことに鑑みるとき、済州島は今後、香港のように国際自由都市としての機能を果たすことができるのです。ですから、事業基盤を築くためには、釣り場から始めなければならないというのです。

12 済州島をアメリカやヨーロッパのどんな観光地よりも次元の高い観光地にしなければなりません。漢拏山が問題ではありません。漢拏山が母の体だとすれば、そこに子供たちが寄り添わなければなりません。それが摂理です。

漢拏山は女性を象徴します。ですから、息子、娘が母親のお乳を吸うのと同じようにならなければなりません。そこには、惜しむものがないというのです。ですから、アジアで最高の観光地にすることができます。そのようになれば、日本や中国、ソ連も動かすことができます。そのようにできる基地が済州島です。

ここは、これから観光地になるのです。釣り場だというのです。釣り場は、済州島だけではありません。高速艇に乗って出ていって、甘鯛でも何でも釣ることができ、日本近海にまで釣りに行けるのです。中国近海までそのようにしておけば、どのようになるでしょうか。「済州島に観光に来てはいけない」と言っても来るのです。日本人はもちろん、中国人、ロシア人も引っ張り出すことができます。このような基地を造ることができる魅力的な場所が済州島なのです。

麗水を中心とした海洋圏の開発と巨文島の海洋天正宮

真の父母様は、将来的に海洋圏と陸地圏を一つにできる場所は、世界的にも釜山から木浦間の海洋圏しかないと考えられ、麗水と順天を中心に海洋時代を開拓しようとされた。麗水を中心とした韓国の南海を、韓国と日本、中国、アメリカの資本を引き入れて海洋公園として開発しアジアの名勝地にしようとされた。このような目的のため、まず、麗水の華陽(ファヤン)団地に清海ガーデン修練所を建てられ、麗水の蘇湖洞(ソホドン)に「ジ・オーシャン・リゾート」とホテルを建てられた。このプロジェクトを通して、韓国を海洋レジャー産業の先進国に成長させ、ひいては麗水を中心に環太平洋圏を結束させて、韓半島の統一と世界平和を実現しようとされたのである。特に、真の父母様は、清平に第一天正宮博物館を建て、宗教圏を糾合できる場所であるスイスに第二天正宮を建てようとされ、巨文島には海洋圏を代表する海洋天正宮を建設された。そして、平和メッセージを完成した二〇〇六年十一月十五日から、巨文島は聖地であると宣布された。巨文島は、聖所と至聖所のように祈って精誠を捧げる所であり、そこに入って出てくれば、赦しを受けることができる避難所であると強調された。また、真の父母様は、巨文島で釣りを中心とした摂理を進めながら、済州島、楸子島(チュジャド)、巨文島、草島(チョド)、麗水を一つに束ねて開発しようとされた。

13 将来、海洋圏と陸地圏を一つにできる所は、世界的に、釜山から木浦の間の海洋圏しかありません。ここの景色が素晴らしいのです。この麗水と順天近辺の海は特別です。かつて、この周辺の山々は平地でした。平地が岩石に囲まれた中で、地面が動き、次第に中間の土地がなくなってこのようになったのです。ですから、ここは釣りをする所として、世界的に有名な場所です。

海洋で暮らしている魚が餌を捕って食べるには、このような島のような所が一番です。ですから、海洋圏で大きな魚を釣ろうとすれば、小さな魚が多い海岸の近場で釣りをすればよいのです。一番の底は、海洋の最も深い所と通じるからです。

海洋で一番深い所に棲んでいる魚は、餌が多い所と、その周りに集まってくるのです。小さな魚は浅い所、大きな魚は深い所に集まっています。魚の種類が多く、大きさも次第に大きいものが釣れるので、釣り場としては、麗水と順天の近辺が世界的な場所だというのです。

14 「麗水」という言葉は、「水が清い」という意味です。麗水の海は水が澄んでいるので魚もよく育ち、養殖において韓国で一番の基地です。ここには、貝類や魚が多くいます。

陸地から少し海に出ると、水深が深いのです。島の周りの岩の隙間には虫がくっついているので、それを捕まえて食べようと小さな魚たちが集まり、また、大きな魚が集まるのです。太平洋に棲む魚、その次に、済州島地域に棲む魚、水深の深い世界や浅い世界に棲む魚たちがここに集中しています。ですから、釣り場として最も適した、天恵の基地なのです。

15 麗水の地に造船所も造り、海洋公園も造らなければなりません。韓国には島が三千以上あります。南海岸地域に行けば、主人のいない島々がたくさんあるのです。韓国の南海岸は、日本と中国の三角地帯にあるのですが、ここに公園さえ造っておけば、日本人たちも中国人たちも、みな来るでしょう。それでなくても、日本人と中国人が済州島を第一観光地に選んで動いているのです。そのようなことを考えれば、急がなければなりません。

それを進めようとすれば、ゴルフ場からホテル、その次に釣り場を準備しなければなりません。観光地に指定されれば、飛行場も造らなければならず、ヘリポートも造らなければなりません。麗水でワールドカップ・フィッシング大会をしようと思います。ですから、私たちが訓練して、そのような施設を造り、活用しなければなりません。そのようにしてこそ、世界の六大州に発展させることができるので、急がなければならないのです。

16 私は最近、韓国の海洋レジャー産業発展のための礎石として、麗水で華陽団地の開発のために盛大な起工式を行いました。数兆ウォンを投入することで、韓国の海洋レジャー産業の新しい地平を開き、大韓民国が海洋レジャー産業強国として成長するに当たって、大きな一助になると信じてやみません。

この開発プロジェクトは、環太平洋圏の摂理的結実が成就しなければならない麗水を通して大陸に広がり、韓半島の統一と世界平和を実現することに大きく寄与するのはもちろん、世界万民の幸福を増進させることができるでしょう。

世界人類の福祉と平和のために貢献しようとする私の努力は、多方面で持続的に実践されてきました。アベル国連を発展させ、世界万民を和解と平和の場に導き出し、共生、共栄、共義の平和理想世界を創建する天命を遂行しているのです。ベーリング海峡プロジェクトや光陽(クァンヤン)湾圏経済自由区域、華陽地区開発も、究極的にはこのような努力の一環であり、環太平洋圏に平和を定着させることにおいて中枢的な役割を果たすようになるでしょう。

17 太平洋地域で教育ができる基地を、麗水と順天に移してきました。大海洋圏内に五色人種(すべての人種)が集まって暮らしているのですが、彼らをここに連れてきて教育しようと思います。麗水が有名になるでしょう。

ここに、日本とアメリカと韓国の人々が一緒に暮らす村を造らなければなりません。ですから、モール(mall)のようなものも、日本式、韓国式、アメリカ式で造るのです。世界にない大きなモールを、どのように造るのかというのです。世界にないモールを造らなければならないと考えています。世界の既存のモールとは違う形で造らなければなりません。

18 麗水と順天は、良い地です。海岸時代の開拓を、そこから始めたのです。大韓民国の周辺都市と周辺国家を越え、初めて天と関係を結んだ麗水・順天開発の先覚者がお父様になりました。そこに、私たちの理想的なコンドミニアムを中心として、これから行われる海洋博覧会の主要都市のモデルを建てているというのです。

19 平和メッセージを完成した日、二〇〇六年十一月十五日から、巨文島が聖地になります。巨文島に行って、精誠を尽くさなければなりません。これからは、誰もが霊界に行く前に一つの表題を残していかなければならない、皆さんの宿命的課題を清算すべき所だというのです。

20 巨文島に王宮を造るつもりです。ですから、お父様は韓国を訪れれば、巨文島に行くのです。大きな文氏(巨文)の道です。「島」の字ではなく「道」の字です。海にも道があるというのです。そのような道です。

世界の人々が船に乗ってやって来ては休息をとることができ、精誠を尽くすことができる祈りの場所です。聖所と同じであり、至聖所と同じです。そのような所を造ってあげようというのです。皆さんと世界の兄弟たちが来て休息し、祈れるようにするためです。そこに入って出てくれば、赦しを受けることができるのです。避難所であり逃避城です。

21 麗水観光のための一つの礎石が白島(ペクト)と草島(チョド)、巨文島です。巨文島は、大きな文氏の道ですから、そこに行って定着しなければなりません。そこには、鱸(すずき)と鰤(ぶり)など、海の深い所に棲む魚たちがたくさんいます。山ができたあと、崩れて沈んだ所なので、島のそばに魚がたくさんいるのです。断崖になっています。

そのような断崖に生えている松の木に縄を縛りつけて、ベルトにロープをくくり、足で支えて釣りをするのです。楽に座る場所もありません。しかし、釣りをしながら眠っても海に落ちないのです。そのような所で鯔(ぼら)を釣るのですが、私が記録を打ち立てました。

22 巨文島に、新しい南方の国の基地を造らなければなりません。本来、お父様は「天勝号」を造り、楸子島(チュヂャド)に行って魚を釣ろうとしました。それが鰆(さわら)です。これを一年中、釣れる所は、済州島の楸子島、そして、巨文島です。この魚たちがそこに棲むのです。鰤(ぶり)もそこに棲み、鱸(すずき)もそこに棲み、鲻(ぼら)もそこに棲むのですが、これが、夏にだけ釣れるのではなく、冬でも釣れるのです。

季節を克服できる魚を釣って、卵を産ませ、万国に広げなければならないというのです。今や、重要な海岸地帯に博物館を造らなければならず、修練場を造らなければならず、水産大学を造らなければなりません。その基地として巨文島が一番です。

港は見た目も良く、地政学的な面から見て、台風が吹いても釣りができるのです。ハワイ島を中心として見れば、北側と南側でコーヒーができる地域は、四季を通じて釣りができるのですが、正に巨文島がそうです。四季を通じて釣りができます。

そこでは釣れない魚がありません。それを中心に、モデルとして、魚を釣る訓練をし、餌についての事柄やすべての技術を教えてあげるために、船を造るのです。済州島、楸子島、巨文島、草島、その次に、麗水が一つのコースになっているのです。

23 巨文島に土地を買い、南方の国に海の王宮を建てるのです。海の宮殿です。私が南米に行って、源焦聖地、根源聖地、勝利聖地を発表しました。そのようにして、南米に水中宮(スヂュングン)、水の中の宮を建てようとしたのですが、巨文島に移してきました。水が清く、島がたくさんある中で、一つの島を通して国を造ろうというのです。

24 天の国の王宮のモデルが、地上では天正宮です。ここ、清平は第一天正宮博物館であり、第二天正宮は宗教圏を糾合できる所なので、これから第二天正宮をスイスに建てることを話しました。そうすると、海を代表する宮殿がなければなりません。

私たちが海上の根拠地となる王宮、王土を造ろうと思うのですが、その場所が巨文島です。巨文島は、十九世紀後半に、イギリスがロシアの南下を防ぐために軍隊を駐屯させた所です。それを考えれば、イギリスは責任を果たしました。イギリスはエバ国家ですが、韓国において、ロシアを防備できる基地を巨文島に造ったのです。そこに基地を造り、イギリス大使たちが来て、エバとして世界の摂理を担ったというのです。そのような歴史的起源をもったその資料を土台として、海洋宮を建てます。海洋世界の代表的な宮になるのです。

第二節 アメリカを中心とした海洋摂理

グロスターのマグロ釣り

真の父母様は、アメリカでグロスターとアラスカ、ハワイを中心に海洋摂理を展開された。特に二〇〇〇年六月十七日、「海のすべてのものを神様に還元する」という意味の「海洋還元」をアラスカのコディアクで宣布するなど、アメリカを中心とした多様な海洋ビジョンを発表された。グロスターは、世界的に有名なマグロの漁場である。その漁場で真の父母様は、自らお造りになった「ニューホープ (New Hope)」という船に乗り、早朝から海に出て、マグロ釣りをしながら多くの精誠を捧げられた。そして、「レバレンド・ムーン・システム」という卓越したマグロの釣り方を開発され、マグロ釣り大会を開催された。

1 グロスターのマグロ釣りは、世界的に有名です。アメリカにいる資産家で豪華なボートをもった人は、一度はマグロ釣りをしているので、私たちの「ニューホープ(New Hope)」を知らない人がいません。「ニューホープ」がニュージャージーに行けば、そこに船をもっているすべての資産家たちが訪ねてくるようになっているのです。フロリダやニューオーリンズなど、どの港に行っても、船を見に訪ねてきます。ですから、友人になるのです。

今から三年前の一九七七年でさえ、マグロ一パウンドが十セントだったのですが、今は一ドル七十セントに上がりました。私がそのように、マグロの値段を上げたのです。五ドルまで上げるつもりです。このようになれば、マグロ一匹で五千、七千ドルになるので、アメリカにいるお金持ちたちは船を買い、マグロ釣りに総出動するでしょう。それにより、グロスターとハーバータウンの人々は、これからお金持ちになるのです。今から、数千、数万隻が押し寄せるでしょう。ですから、私たちが造船所を造ろうと、今準備をしているのです。

2 私は先頭に立って、「ニューホープ」という船に乗り、マグロ釣りをしながら七年間、グロスターにいましたが、その間、私が誰なのか分かる人は一人もいませんでした。私のことを、王冠をかぶり、絹の服を着ている人だと思っていたのです。飛行機に乗って空中から視察して巡回すると思っていたのであって、「ニューホープ」に乗って真っ黒に日焼けした姿をしているとは夢にも思いません。

ですから、「ニューホープ」にいる人に、「なせレバレンド・ムーンは来ないのか」と尋ねるのです。それは素晴らしいことです。周辺にいる人々が七年間、私がレバレンド・ムーンであることを知らなかったというのです。私が横に立てば、生臭さがプンプンし、服を見れば漁夫以上(に漁夫らしいの)です。それはどれほど素晴らしいことかというのです。

3 釣りをするとき、大きな船でするより、小さな船でしなければなりません。一般大衆は、大部分が釣りに関心をもっていますが、網を用いて魚を獲る漁業には関心がありません。未来においては、大きな船を使って網で魚を獲ることには関心がなくなるというのです。それで造ったのが「ニューホープ」という船です。

「川でも魚を釣ることができ、海に出て釣ることもできる船を考案しなければならない」と考えて造った船です。今、私たちの「ニューホープ」が有名です。釣りをしたり、海で案内をしたりするとき(の船として)有名だというのです。

4 船に乗り、海に出て、マグロ一匹を釣るために、一日中、待たなければなりません。それでもマグロが釣り針に掛からないときがあり、ある時は三週間も掛からないときがあります。そのように、数百隻の船がマグロを待っているのです。ところが、釣れるマグロは一日に十匹ほどです。こうなるので、百隻だとしても十分の一しか釣れないのに、数百隻が出ているのですから、五十分の一、三十分の一しか釣れません。

しかし、私の乗る「ニューホープ」というマグロ釣りの船はどうでしょうか。餌からすべて科学的なデータによって私が研究し、開発した「レバレンド・ムーン・システム」によってマグロを釣るのです。ですから、他の数百隻で釣るマグロの三分の二を、私たち「ニューホープ」が釣るのです。

5 私は、船に乗ることにおいても一番です。また、魚を釣ることにおいてもそうです。マグロを釣る方法を私が開発しました。今まで何十年と釣ってきた人々は、「自分たちが一番だ」と言うのですが、その方法では駄目だというのです。それで、結局、私が三年間研究して、新たな方法を開発しました。そのようにして、マグロ釣りに「レバレンド・ムーン・システム」ができたのです。

餌をどのように通すかということに関する方法です。それがまた経済的です。すべて組み立て式になっています。マグロ用の糸が一本切れると、百五十ドルが飛んでいきます。釣り糸が引っ掛かったといって切れば、そのように損害が出るのです。ところが、準備された物を組み立てて使うので経済的です。良い釣り糸が一本あれば、長い間、使えるのです。

6 お父様がグロスターでマグロ釣り大会に出て、一等を取りました。マグロ釣りに新しいシステムをつくり出したのですが、それが「レバレンド・ムーン・システム」です。

雄牛よりもっと大きいマグロを釣るためには、一・五ミリメートルの釣り糸では駄目です。そのように大きいものはロープで釣らなければなりません。私が構想して作ったものでマグロ釣りの記録を立てたので、現地の漁夫たちがそれを学び、最近はみな、そのようにしているのです。

7 グロスターやボストンの海域で釣れるマグロには、ジャイアント・ツナ、ブルーフィン・ツナ(クロマグロ)があるのですが、私が釣ったマグロの記録は、千二百七十二パウンド(約五百七十七キログラム)です。長さが十八フィート以上ですから、五メートルを超えます。虎は七百パウンドぐらいになり、雄牛は千パウンドになりますから、それよりも大きいのです。

私たちは普通、二百パウンドのものを釣るのですが、私の記録はその六倍です。それくらいやれば、かなりすごいことです。そのようなマグロを釣るのは、第二次世界大戦のときに、何かの将軍になって勝利するよりもっと素晴らしいことです。それこそ、男として生まれて、釣りにかけては王者になった気分ですが、(それは)やってみなければ分かりません。

8 「グロスターでマグロ釣り大会をしてそこで釣ったマグロを売り、十万ドルずつ預金しなさい」と言いました。そうして、そのお金をアフリカのかわいそうな人々のために使わなければなりません。この運動を全世界的に行わなければなりません。お父様を中心として何十年もそのようにして、預金した金額が何百万ドル、何千万ドルになればなるほど、世界を救うことのできる道が生じると考えるのです。

最近は、早朝、海に出るとき、若者たちが数人出てきて、「五時に出なくても大丈夫です。六時、七時に出ても大丈夫です」と、私を説得しようと一生懸命に口をそろえて話します。しかし、魚を釣るには精誠が必要なのです。海に出れば、魚が私にたくさん付いてきます。他の人には付いていかないのです。

アラスカの自然環境と開発

真の父母様は、アラスカでも海洋摂理のために多くの精誠を注がれた。アラスカは、世界的漁場として、魚類と資源が集中しており、世界的な交通の要衝である。真の父母様は、「国際アラスカ水産会社(ISA)」を立ててアラスカを開発し、人類の食糧問題を解決しようと努力された。また、アラスカで釣りを通して、海について食口たちを教育し、訓練された。

9 海に勝つ人が、世界を支配します。海は陸地の三倍になります。すべての金銀財宝が海に埋まっています。それが、主人を待っているのです。海を占領して克服しようというのがアラスカ精神です。

10 アラスカ精神とは何でしょうか。早朝五時に起き、御飯を食べて海に出て、夜十二時に帰ってくるのです。深夜の一時や二時に帰ることもあります。責任量を果たせなければ、帰ってくることができません。

事情を酌んであげるのではありません。修練過程では、責任を果たせなければならないのです。魚を釣るのを見物するのではなく、訓練するのです。魚釣りの訓練をするのは、これから世界のどこに行っても働ける指導者にするためです。誰でも魚が釣れるのではありません。専門的でなければできません。多くの経験をして学んでこそ、魚が釣れるのです。

11 お父様はコディアクで、早朝五時から夜十二時まで、雨が降っても風が吹いても、いくら天候が悪くても海に出て、精誠を尽くしました。それと同じように、韓国人の代表、日本人の代表、アメリカ人の代表たちに、「精誠を尽くしなさい」と言いました。ここを修練場所として、今後、世界のすべての若者たち、世界の統一教会の精鋭部隊が、コディアク精神を相続するための修練を受けるのです。各国の代表を選んで教育します。

お父様が今までやってきたように、雨が降っても雪が降っても、修練しなければなりません。人々の胆力を鍛えるのに一番良い所は、山ではなく海です。山は、風が吹いても、千年たっても、その姿、その形のままです。陸地では、道にさえ沿っていけばいつでも思いどおりに行けますが、海はそうではありません。

きのうまでは穩やかな湖のようで、そこに毛布を広げて寝たいと思うほど静かな海だったのに、けさは、見るのも恐ろしい姿に変わるのです。千変万化です。それを、静かな海や湖のように感じられるようにするための訓練が、男には絶対に必要なのです。

12 イエス様はぺテロに、「人間をとる漁師にしてあげよう」(マタイ四・一九)と言いましたが、魚は人を象徴しています。ですから、魚を釣って海洋圏を握れば、陸地圏まで握ることができるというのが摂理観です。

したがって、アラスカを占領すれば、すべての海洋圏を占領することになります。アメリカの水産資源の八五パーセントがアラスカで獲れます。一〇パーセントは太平洋で獲れ、それから、五パーセントは大西洋で獲れるのです。

13 魚たちは、寒いアラスカ地方になぜ訪ねていくのでしょうか。暑い所にいた魚が寒帯地方に訪ねていくことは、陰陽の調和と言うことができます。主体と対象が和合する所に行って卵を産もうとするので、すべて流動するのです。

また、淡水にいた魚は、塩水を飲んでこそ、卵を産むことができます。中国藻屑蟹のようなものがそうです。理想的な姿になって、繁殖するためには、プラスとマイナスが和合しなければなりません。

14 アメリカの人々も、アラスカのことをよく知りません。これからは、ツンドラ平原の時代が来ます。ツンドラとは、北極とアラスカ、カナダ、ロシアの草原地帯のことを言います。その時代に、誰が主役になるのでしょうか。これが問題です。このアラスカは、海を中心としてすべてのものが連結されています。海の資源や魚類が集中している所がアラスカです。多くの水産資源がアメリカにあるのですが、アメリカの水産資源の約八割がアラスカにあるのです。次の資源の獲得地は、このツンドラ平原しかありません。アラスカから飛行機でモスクワ、ロンドン、ニューヨークまで行けます。ですから、ここは交通の要地です。

今後、人間の力でアラスカの平原に農作物を栽培することは問題ありません。今も温宋栽培をしていますが、バナナもそこから収穫できるのです。それが可能な時代が来ます。食べて暮らすための産物がアラスカから出てくるようになれば、どのようになるか考えてみなさいというのです。面積はカリフォルニア州の四倍だと言いますが、それほど膨大な地域です。そこには無尽蔵の資源があります。そこの主人は、ロシアでもなく、アメリカでもありません。これからは、誰が資源を支配するかが問題です。お父様は、それを準備しているのです。

15 アラスカは、観光客を誘致すれば世界的な名所になります。一九九四年の韓国はとても暑かったのですが、そのように暑い時には、お金があればアラスカに行くのです。

アラスカは、韓国から飛行機で約六時間かかります。夕方に飛行機に乗り、飛行機で一晩寝て朝降りる、一日生活圏内に入るのです。金曜日の夜に飛行機に乗って行き、土曜日と日曜日に釣りをして、夕方、帰ってくれば、月曜日の朝に出勤できるのです。その地方に行けば、周辺の山の頂上には雪がかぶさっています。雪をかぶったその丘の下に、青々とした緑地帯があり、そこには花園があります。花が咲いているその下には、青い海、美しい湖のような海があって、釣りができるのです。どれほど仙境のような所か、考えてみてください。四方を見れば、塀風のように高い山に囲まれていて、まっすぐに伸びた木で山林が生い茂っています。その下の茂みの中には、見たことのない花々がたくさんあります。それが、湖の近くにあるのです。また、水辺を中心に、獣たちがたくさん棲んでいます。

16 お父様は、北極地域を訪ねていきました。北極は、水が凍りついた地です。アラスカのコディアクを中心として、アメリカの海洋事業の中心地に行ったのです。「国際アラスカ水産会社(ISA)」を中心に、南極を連結するのです。人類の食糧を確保するためです。今後、食糧問題は、海と水を中心にしなければ解決されません。今も、一年に十五平方キロメートル以上、土地が砂漠化しています。木が次第になくなることにより、水が浸透できず、だんだんと土地が砂漠化しているというのです。これは現実的な問題です。

ですから、砂漠を克服しなければなりません。砂漠を克服するのは、力ではできません。これは水で克服しなければならないのです。ですから、海水や淡水を確保しなければなりません。アメリカは、アラスカの油を数千マイルのパイプを通して移送しています。同じように、海水を数千マイル運ぶこともでき、淡水を数千マイル運ぶこともできます。地球星の砂漠にパイブさえ設置すれば、海洋世界に生えているすべての草をいくらでも培養することができ、それを開発して、養殖場を無限に造ることができます。人々が農業に使う土地が三千坪であれば、この三千坪の十分の一である三百坪でも、養殖をして暮らせるのです。人類の食糧問題と生活問題の解決は、必ず水を通さなければなりません。ですから、海洋事業を始めたのです。

ハワイ摂理

アメリカを中心とした真の父母様の海洋摂理において、もう一つの中心地域がハワイであった。真の父母様は、環太平洋摂理時代を発表したのち、ハワイにたびたび立ち寄り、精誠を尽くされた。そして、「日本のハワイ侵攻によってアメリカと日本が戦ったが、今やアメリカと日本がハワイにおいて、真の父母様を中心に一つとなり、これを土台として南北米、そして、アジアとアフリカが一つにならなければならない」と語られたのである。

そのため、海洋の蕩減解怨と陸地の蕩減解怨、天宙の蕩減解怨を、ハワイを中心として宣布されたのであり、ハワイのキング・ガーデンにおいて「環太平洋神文明開闢宣布大会」を開催された。また、コナ・コーヒー農場を購入され、マウナ・ケアに訓練所と学校を造って、海洋世界を治めることのできる人材を養成する計画を立てられたのである。

17 ハワイのコナ地方には、四千二百メートル以上の山がありますが、頂上には雪がかぶさっています。そこに良い狩猟場を造るために、熊を飼うこともでき、エルクや虎、うさぎ、きつね、おおかみなどを飼うこともできます。趣味産業を興すのに適した地域がコナです。

三千メートル以上の深い海があるので、カジキ類をはじめ、大きな魚を、四季を通じて釣ることができます。気候が暖かく、静かな環境なので、魚の種類が多いのです。餌がたくさんあるので、太平洋にいる魚たちは、そこを生息地にするのです。

18 天国村を造るためにハワイに土地を買いました。家も建て、船ももっていきました。そこは、一年を通じて雨があまり降らないので、釣り場としては世界にない良い所です。そして、そこでは春夏秋冬の季節が、一つの谷間ですべて交わります。向こう側は毎日のように雨が降り、雷が鳴っていますが、こちらは一年中、雨が降らないのです。世界でこのような所が、お父様の来るのを待っていたことが分かりました。

19 韓国と日本とアメリカが太平洋の沿岸にありますが、アメリカは天使長国家です。海洋圏内にあるのです。ハワイは、人口全体の半分近くがアジア圏の人々です。彼らを連合させなければならない責任があります。ですから、環太平洋摂理時代を発表したあとは、できる限りハワイに立ち寄るのです。ここに四千二百メートルの山があるのですが、それも兄弟の山です。

ハワイは、太平洋の中の一つの灯台と同じです。ここを中心として、連合運動をしています。西洋と東洋を連合するのです。南北米とアジア、アフリカまで、太平洋を中心として連結されています。太平洋の海で、(母親の腹の中において)二人の兄弟が一つになり、解放の出産を迎えなければならない時代に入りました。

アメリカと日本が、エバと天使長として闘うのではなく、一つにならなければなりません。真の父母によって、争っていた二人の兄弟が一つになり、お産を迎えなければなりません。そうして、地上天国と天上天国に連合できる「初源地」(根源地)になるので、ハワイが中心島として重要なのです。

20 ハワイを中心として、海洋の蕩減解怨と陸地の蕩減解怨、そして、天宙の蕩減解怨を行いました。第二次世界大戦のとき、太平洋をめぐって日本とアメリカが争いました。日本がハワイに侵攻したのですが、今や日本がハワイを保護して、天のみ前に捧げなければなりません。怨讐関係である日本とアメリカが一つになり、海洋圏の国々を天のみ前に捧げることのできる基盤を築いて、今までの海洋圏摂理完成を宣布しようというのが、ハワイ摂理です。

南米と北米、アジアとアフリカは、大きな海の島々と同じです。母親が子宮に男性と女性、男の子と女の子の双子をはらんだのと同じです。それを生まなければならないというのです。

21 南北米が一つになり、アジアとアフリカが一つにならなければなりません。スエズ運河やパナマ運河は、人間が切り離したものです。そのように切り離されたものを、連結しなければなりません。そうして、南北米が一つになり、その次に、アジアとアフリカが一つにならなければなりません。二つの双子が四つに分かれたので、太平洋を中心とした腹中で再び一つにしなければならないのです。

そのようにして、真の父母は、太平洋の中で、南米と北米、アジアとアフリカが一つになったものを束ねて、再びお産の使命を果たさなければならないのです。

日本とアメリカを中心として一つになり、海洋圏結成、半島圏結成、その次に大陸圏を結成し、国連を中心として勝利することによって、地球星のどこでも管理できる勝利の霸権を立てることができるというのです。これが、復帰摂理の地政学的な最後の結論です。

22 ハワイに行ってみて、「世の中にこのような所もあるのだな!」と思いました。そこは、日本人が三〇パーセントであり、白人は二九パーセントにしかなりません。「三〇パーセントになる家庭と、二九パーセントになる家庭が結婚すれば、完全に統一される」と考えました。「そうして、アメリカ大陸にすべて移譲させれば、どれほど復帰摂理がたやすいだろうか」ということも考えました。私がハワイで暮らそうと、基地を造り、船も買って準備をするのです。太平洋文明圏時代が訪れてくるからです。

23 私は、太平洋の中でも深い所の一つであるハワイのコナの近海を訓練場所にしました。そこは、太平洋の中でも深い所です。そこに行って訓練をするのです。深い所に樓む魚を釣る訓練をします。浅い所はたやすいのです。ですから、魚を浅い所で育てて遠方の海に送り出してあげます。今後、養殖場を造り、小さな魚と大きな魚をすべて養殖するのです。

24 ハワイのマウナ・ケアに、世界的な天文台があります。四千メートルを超える山があるその島を中心として、新しいことをするのです。そこに訓練所を造り、学校を建て、教育をしようと思います。海洋国の十六ヵ国の学生たちを連れてきて、海洋世界を治める人材をどのように教育するかというのです。アメリカに連れてきて教育し、アメリカだけでなく、日本と歩調を合わせて進むようにしなければなりません。

今まで、海の世界が蹂躙されてきました。太平洋戦争を中心として見ても、いつも陸地が海を占領してきたのですが、その歴史時代を蕩減復帰しなければなりません。

ですから、海から天才的な人材を育てなければなりません。そうして、島嶼国家の子孫たちが、陸地の人々を指導しなければならないのです。陸地がいくら大きくても、海の島にしかならないというのです。アジアとアフリカの大陸、南米と北米の大陸は、双子と同じです。太平洋の真ん中にあるマウナ・ケアを中心として、新たに大学で訓練を受けた人々が、陸地の人々を引っ張っていかなければなりません。

25 神様にアジア大陸で侍り、海でも侍ることができるように考えています。ですから、海洋摂理を重要視するのです。それゆえ、ハワイを中心として私たちが大会をしたのですが、その名称が「環太平洋神文明開闢宣布大会」です。それをハワイのキング・ガーデンで行いました。

26 ハワイにコナ・コーヒーベルトがあります。世界でそこしかないのです。それは特殊品目です。そのブランドが統一教会に渡ったと言えば、世界のコーヒーを飲む人々、コナ・コーヒーの愛好家たちは驚くでしょう。「私たちが好きなコナ・コーヒーの畑を買って売ろうとするのか、商売をしようとするのか、何をしようとするのか」と言うでしょう。

教育費を創出しようと考えています。中学・高等学校を造って、多くの人々がそこで生活しながら、農作業ができるようにするのです。そのようにする中で、科学的な農業の方法をすべて教えてあげるつもりです。海洋で養殖できる方法も、すべて教えてあげようと思います。

27 数千、数万の泉があり、数多くの支流がありますが、最後にとどまる所は、一ヵ所しかありません。そこがハワイです。ハワイにマウナ・ケアという山があるのですが、その周辺は、コナ・コーヒーが生産される地域です。

その地域は、四千メートル以上になる二つの山並みに囲まれています。白頭山の天池から水が流れてどこに行くのかといえは、コナ島を中心として回るのです。

北極から流れてきた氷、何千年も前にできた氷が、溶けていて海の底に沈んでいます。その水は薬水で、千年前、万年前の水と同じです。神様が創造された水を飲むのです。私は、その水の主人になるために準備しています。

28 ハワイのコナの海底には、何千年も前からの北方の水が溶けた、非常にきれいな水があります。そのコナの海底の水を抜いて、売らなければなりません。何千年も前の水がそのまま生きています。それ以上に良い水はありません。その水を使って養殖をすれば良いというのです。

また、その海底に埋まっている鉱物を採掘すれば、人類に途方もない恵沢をもたらすでしょう。コバルトという貴重な物が、太平洋の一番深い所に埋蔵されています。重いので、流されてはそこに着き、一ヵ所に集まっているのです。そのようになっている所が太平洋なのですが、私たちの言う摂理の解放圏時代が来ました。その深い海に金銀財宝が隠されています。

29 六大州が侍る、海の先祖のような王土がハワイです。そこでは四季を通じて釣りができます。一年中、自由です。春に花が咲き、蝶が飛ぶのです。冬も寒くありません。冬にも大根の花が咲きます。野菜農業をすることができる所です。春夏秋冬、人間が食べられる野菜と果物を供給できる土地です。

その地に橋を架けて島々を連結することができます。それをするための王土の後援地として残したのが、ハワイ本島です。その本島で私が船を造らせ、海洋圏の八つの島に二隻ずつ分け与えたのですが、釣りの王たちが、お父様が来るのを待っています。ここに旅費がなかったとしても、船で寝泊まりできる基盤をつくり、海の王宮の基台をつくったのです。

アメリカ水産事業の発展

真の父母様は、アメリカで沿岸警備隊がいる三十カ所にオーシャン・チャーチをつくって訓練し、アメリカの水産事業、趣味を兼ねた海洋観光事業を準備された。また、セイロ組織の全米化と水産事業販路の世界的基盤を築こうとされた。

このような海洋摂理のために、造船所と水産物加工工場を建て、若者たちに販売の訓練をされた。五大洋で獲れる魚を一時に供給するための組織を編成して、アメリカの水産市場を主導しようとされたのである。また、「国際海洋産業(IOE)」という水産物運輸事業も始められた。

30 私たちは、アメリカで沿岸警備隊がいる三十ヵ所に基地を造り、「オーシャン・チャーチ」という名前で新しい教会組織をつくって活動しています。そうして、その地方に行き、魚を獲るすべてのことを革新するのです。改革をしようというのです。

座って他の人に付いていく人は改革ができません。立ち塞がって、「私の話を聞いてみなさい!」と言える人が改革をするのです。そのようにしようとすれは、そのような人を育てなければなりません。

31 私が、アメリカで海洋を開拓するために、アメリカにないものを一つつくったのですが、それがオーシャン・チャーチです。最も重要な所に、三十のオーシャン・チャーチをつくりました。

そうして、水産事業もするのですが、海洋観光事業をしようと思います。これから世界的に観光事業を行うつもりです。趣味を兼ねた観光事業、それをするために、オーシャン・チャーチをつくって訓練させたのです。

32 アメリカで経済基盤を築くに当たって、選択した二つの事業は、セイロ(世一路)組織全米化運動、その次に水産事業販路の世界的基盤を築く運動です。これを、どのようにしてすべて行うかが、現実的問題として登場しました。機械工業が現在、西欧文明の中心だとするならば、水産事業には主人がいません。これが内容において、主体と対象の関係になっています。そのような意味で原理的です。

ですから、私は、損害を受けても水産事業に投資をし、セイロの発展のために投資をするのです。教会が犠牲になっても、ここに投資して、基盤を再創造する努力をしなければならないというのです。

33 「ニューホープ」という私たちの船は、アメリカ東部においてマグロ釣りで有名であり、南米でもうわさになりました。私がそのようなことをするのも、水産事業を開発する人材を育成するためでした。そのままではできません。私が自ら、二十四時間、船に乗って回りながら若者たちを教育したのです。最初は、「船に乗りなさい」と言えばみな逃げ出し、言うことも聞きませんでした。ところが、私が時間さえあれば話をし、四年、五年が過ぎ、七年たつと、女性たちまでも「私がキャプテンになる」と言うのです。そのような雰囲気をつくりました。

そのようにしながら、造船所を造り、水産物加工工場を造り、そして、販売できるように訓練させました。移動バンを中心として、販売訓練をさせたのです。一年間で、網を作り、船を造り、魚を釣って、その次には魚の販売までしたのです。釣った魚が売れなければ、加工工場を中心として処理しなければなりません。シーフード・レストランまで造らなければなりませんでした。そのようなものを中心として、水産事業の基盤を築いたのです。

34 私はベリータウンに行って、鯉を数千匹獲りました。池の水をくみ上げると大きな亀が六匹も出てきましたその亀たちを、ハドソン川に放してあげました。また、最初に獲った鯉も放してあげました。鯉を前にして、「君たちは愛を通して生まれ、愛のために死ぬのが道理なのだから、愛する人々のために生きるのが良いか、死ぬのが良いか」という問題について考えたのです。

(そして、)「このように見れば、君たちは犠牲になるのだが、将来、アメリカの水産業を発展させ、統一教会の人々がこれから君たちを通して、神様のみ前にさらなる忠誠を尽くし、人類をより愛することのできるエネルギーとなり、肉になると思う。君たちは魚として生まれたが、私の息子、娘と同じように、アメリカ国民と同じように考えてあげられる肉になり、心になる。そのようになれるように愛してあげるのだが、それも嫌か。君たち鯉は、愛する息子、娘、アメリカ国民の血となり、肉にならなければならない」と言ったのです。

35 アフリカ人が喜び、南米の人が喜び、アジア人が喜ぶ五大洋の魚を、私たちが一時に供給できる組織を編成して、アメリカ市場を占領し始めました。例えば、アフリカ人がレストランに行って魚を食べるとき、自分が食べてきた魚、自分の味覚になじんだ魚を求めます。ところが、レストランにその魚がなければ、その客は帰ってしまうのです。ですから、今、五大洋で獲った魚をレストランに補給できる運動をしようというのです。

アメリカの人々は一日八時間働くので、午後五時になればレストランの門をすべて閉めますが、私たちは二十四時間、営業するのです。また私たちと関係のあるレストランに品切れになった材料があれば、私たちと関係のある他のレスランから補給してあげるのです。ですから、誰も私たちにかないません。それで、水産業界では、お父様の評判が高いというのです。

36 アメリカにおいて「国際海洋産業(IOE)」は、アメリカの水産事業家たちが競争の対象として注目する会社になりました。魚も獲りますが、今や運輸事業までしなければならないというのです。それがある基準にさえなれば、ハワイと東京の間を直行し、ヨーロッパと南米を巡回できる船ができます。

現在、世界に多くの国々がありますが、問題はアメリカです。輸出入をするに当たって、アメリカが世界的な代表なので、このアメリカを中心として連結しなければなりません。各国が往来しながらアメリカに品物を降ろし、帰るときは空の船で帰ります。そのように空の船がどの港にでも行けば、私たちのメンバー数百人が出てきて、一瞬にして品物を載せてあげられる組織を備えるのです。そのように、「運輸事業で世界人類を生かすための奉仕活動をする」と言えば、全世界の国家が後援するようになるのです。

第三節 釣りと精誠

釣りは精誠を尽くすためのもの

真の父母様は、二〇〇四年四月二十四日から八十五日間、麗水の海と貯水池で、昼夜なく釣りをしながら特別精誠を捧げられた。釣りには、堕落した人間を救おうとされる真の父母様の一念と精誠が込められている。特に、真の父母様が釣りをされるのは、釣り自体のためではなく、神様の摂理をかけて、最高の精誠を捧げるためであった。そして、真の父母様は、釣りをされながら精神を集中し、瞑想しながらみ旨の成就のための構想を練られた。このような過程を通して、心と体が一つになって神様と連結されることによって、霊的に深い対話も交わされた。その一方で、多くの経験を通して体得された釣りの要領を食口たちに教育し、伝授されたのである。

1 お父様は、魚を釣ろうと思って釣りをするのではありません。精誠を尽くせば、行く道に光がさしてくるのです。一人で、世界的な仕事を抱えて処理しなければなりません。世の中に相手がいません。精誠を尽くすことが、精神を統一することなのですが、これは恐ろしいことです。精誠を尽くし、最高に努力する人が、頂上を占領できるのです。

2 世の中の人ができないことをしてこそ、霊界から協助するのです。並外れたものでなければ、サタン世界と変わらないので、天が役事できません。並外れていてこそ、役事するのです。

お父様も、訳もなく精誠を尽くしながら、このようにしていると思いますか。世の中の人が海に行ったり、陸地に行ったり、高い山に登ったりする、その基準以上にしなければならないと考えるので、天が協助するのです。お父様は、その基準を失わないようにするために、釣り竿を持ち歩くのです。釣りが目的ではありません。

3 私たちが海に出て釣りをするのは、世の中を釣るということです。精誠を尽くすのです。皆さんも海を愛さなければなりません。精神を集中するには、釣りが一番早いのです。お父様が経験したことです。釣り竿を仕掛けて峰を眺めながら考えるのです。「あの峰が、天のみ前に精誠を尽くした人と焦点を合わせる、その日が来ることをどれほど期待しただろうか。それが正にこの時間である。ここに精神を集中し、この釣り竿を動かして万民の救いの道を開いていくのに同調することにより、お前たちも解放される」と考えます。そのように、万物を中心として考えるのです。飛んでいくかもめを見ても、話しかけながらそのような決意をするのです。「ぶれることのない中心、統一基準において摂理的なみ旨の終結を願う志の前に、お前たちが協助し、万物全体が真の父母の代わりに一つの標的の対象となって、精誠を尽くした代身者として動きなさい」と考えます。雨が降ろうと雪が降ろうと、関係ありません。暴風が吹き、雷が落ちて騷がしい中でも、 i釣りをするのです。それを忘れてしまおうというのです。そのような生活をします。昔、グロスターで「ニューホープ」に乗ってワシントン大会成功のために精誠を尽くしたことが,忘れられません。「ニューホープ」の二階に座り、二十一日間、釣りをしても魚が一匹もかからなかったのですが、それでも心は変わりませんでした。自分の思いではありません。空中に浮かんでいるかのようでした。みな深刻でした。そのようにしていたところ、神様が助けてくださり、奇跡が起きたのです。

4 海で船に乗りながら、一人で話をするときがあります。心が話すことを聞くのです。我知らず独り言を言うのですが、それを聞いてみると、預言になっています。きょう起きることあす起きることを、自分がぶつぶつ語るというのです。船に乗っていれば、自分も知らないうちに独り言を言うようになります。それが預言になるのです。啓示の言葉です。

心と体と、いつでも一緒に友達になれるのは、船に乗るときです。船に乗れば、海に私一人しかいません。水平線しかなく、船と私一人しかいないのです。主体がどこにいますか。体と心しかありません。ですから、そこで九〇度を探し求めれば、神様もそれを願うので、すぐに連結されるのです。体と心が一つになれば、直接霊界と接触できる近い距離になるので、そのようなことが可能なのです。

神様が地上を訪ねたいと思う所は、体と心が一つになった所しかありません。そこから神様の役事が始まるのです。心が体と一つになって言葉を話すのです。そのようなことが、どのような地域でも可能です。祈るときより、もっと早いと思うのです。

5 陸地では、風の吹く音、木の枝が揺れる音、人の声、ねずみが通る音など、ありとあらゆる音がします。しかし、海には水の音一つしかありません。音がしても、すべて同じ音なので気にならないのです。遠くに出ていけば、はえが飛び回る音もしません。人間はいないというのです。ですから、どれほど素晴らしいでしょうか。修養において、これ以上に良いものはないと考えるのです。修養は、瞑想と訓練の過程です。精神世界では、これを和合することが修養です。

ですから、お父様は家にいないで、小さな「ワン・ホープ」という船に乗り、風が吹く海に出ていきます。船は楽ではありません。しかし、精神的姿勢においては、中心をつかむことができるのです。

6 人々は、船に乗って海に出て、釣りをするなら、天気が良く、気分の良いときに出掛けようとします。それは普通の人が考えることです。特別な人になるためには、にわか雨が降り、雷が鳴る環境でも釣りをしてみなければなりません。雨が降るとき、周辺の水がどのように変わり、その水が動くことによって、魚にどのような影響を与えるかは、豪雨が降り注ぐ場で釣りをしてみなければ分からないのです。

7 お父様は「天勝号」を一九六三年に造りましたが、アメリカに行ってその伝統を受け継ぎ、「ワン・ホープ」という船を造りました。「トゥー(two)・ホープ」ではなく、「ワン(one)・ホープ」です。一つの希望です。絶対希望、絶対愛、絶対唯一の中で、お父様が考えていた思想的誇りとその目的と方向性の一致、三位一体圏を中心として、一方通行をするのです。

数十年間、船に乗りました。朝五時から日が沈むまで乗ったのです。麗水に来て見てみると、私が昼の十二時に出れば、皆さんも付いてきてその時間に出ようとします。それはよいのです。しかし、皆さんの一代でお父様のすべての伝統を引き継いでいかなければなりません。お父様は、朝五時から海に出て、魚がいないのに精誠を尽くしました。

8 アラスカで魚を釣るとき、私たちが早朝に船に乗って出掛けるのを見て、沿岸警備隊が、「魚釣りを何かの訓練のようにしている」と言っては訪ねてきて、「どのようにしたらそのように生きられるのか」と感服し、称賛して帰っていきました。海に行っても、私が一番上手に釣りをするのです。今、鯨を獲ろうとすれば、一日に数頭は獲れるでしょう。鮪から何から、獲ってみたことのない魚がないのです。太平洋、大西洋、地中海をすべて回り、獲ってみたことのない魚がありません。ですから、世事に通じているのです。

9 世界の人々が、お父様のことを神秘的な男だと思っています。神秘的な話も上手です。そして、神秘的な行動もよくします。私は船に乗って海に出れば、漁夫の王様です。「あの人は統一教会の教主なのに、何が分かるのか」と思うかもしれませんが、現場に行って監督すれば、十年や二十年してきた人々も感嘆するのです。農場に行けば、農作業も上手です。学者たちは、自らのことを神秘的な人間だと思うのですが、お父様に会えば、お父様を見て「もっと神秘的な人だ」と言うのです。何が神秘的にするのでしょうか。真の愛がそのようにするのです。

10 釣り人が魚と闘うのは、最高の闘いです。射撃手が射撃をするとき、そのような精神をもってすれば百発百中でしょう。そのような態度が、本当に必要です。釣りをしてみると、良い点がたくさんあります。夜、静かに座り、波を眺めて変化する姿や、雲を眺めて変化する様子を観察しながら、そのように千変万化の中で一晩を過ごしてみると、それが本当に良いというのです。それが必要です。そのようなときにも、悲喜がたくさんあるのです。

釣りをしながら、魚を釣るときは、「やあ、これがかかったな」と言って、最初にかかったものをこの上なく愛するようになります。「私の手を通して釣るのだ。じっくり見てみよう。どのような魚が現れるか」と考え、どれほど真剣か分かりません。自分の主観的な考えや思想によって、その相対的価値は高く、深く、千態万象の価値として上がったり下がったりするのです。

11 海を知らなければなりません。海の底にうつ伏せになって、王の振る舞いをするのがハリバットです。それはうつ伏せになって暮らします。目がアンテナのように飛び出ていて、海の底に棲むため、ちょうど苔の生えた岩のようです。そのようにうつ伏せになっているので、小さな魚たちがにおいを嗅ぎつけて集まるのです。その魚たちを、ハリバットは体をよじらせて捕まえ、のみ込みます。うつ伏せになって暮らすのです。

それが、釣り針に掛かって引き上げられても、「世の中で誰が俺に手を出すのか」と言いながら身じろぎもせずにいるのですが、そのうち「いやあ、大変なことになった!」と思うのです。そのようなハリバットが、お父様に雷を落とされました。コディアクで八十パウンド以上のものを釣った人かほとんどいなかったのですが、お父様が二百パウンド、三百パウンドのハリバットを釣ったのです。

12 お父様は、鮭を好むのですが、なぜ好きなのでしょうか。このような種類の魚はいないというのです。鮭は勇敢です。五大洋を泳ぎ回ります。水がある所は、どこにでも行くのです。そして、おいしいのです。他のものは、食べるときに十分に火を通して食べるとか、調味料をかけて食べなければならないのですが、これはそのまま食べてもよいのです。

その次に、愛のゆえに鮭が好きなのです。四年ないしは六年ぶりに自分が生まれた故郷に帰ってくるのですが、どのようにしてタイミングを合わせて帰ってくることができるのかというのです。やって来て二週間以内に、約束していたかのように雄と雌が出会うのです。アダムとエバが本然のエデンの園を離れ、六千年の歳月を経て再び戻ってきて、愛し合うのと同じです。それ以上にならなければなりません。そして、鮭は子供のために死ぬのです。愛して死ぬというのです。愛が生命より重要です。これが復帰摂理において、統一教会員たちが行くべき道です。統一教会員は、愛の氏族なのです。

13 鮪の季節になって海に行けば、集まっている五百隻の船がすべてライバルのように感じられます。私一人で釣りができたら良いのにと思うのですが、そのような日はありません。

それで、ある時は、暴風警報が出ているのに海に出掛けようとしました。ですから、みな、「出てはいけない」と言うのです。それでも海に出ました。近い所に行くのではありません。二時間以上かかるので、夜一時に出発するのです。四時に到着しようとすれば、一時には出なければなりません。暴風雨が吹きつけるので、倍の時間がかかるため、夜の十二時に出航しました。生涯路程にそのようなことが多くあるのですが、その材料は億万のお金を払っても買えないのです。そのような天気なので、海に出ている船は一隻もありませんでした。

そこに行って、釣り糸を垂らすやいなや、魚たちが争うようにして食いついてくるのです。(普段は)何隻もの船が垂らしていた釣り針に数十匹が食いついていたのですが、(この日は)釣り針が一つしかないので、飢えた魚の群れが押し寄せてきて、食いつくようになっています。ですから釣り糸を入れると、さっと食いついたのです。暴風雨など、吹くなら吹き、やむならやめばよいのであって、私が暴風雨を気にするでしょうか。ただ汗を流しながら、釣りをしたのです。

14 釣り針を入れれば魚が釣れると思っていますが、とんでもないことです!魚たちが戯れる水温はそれぞれ違うのです。魚の大小によって戯れる所の水温が変わります。夏は水面に近づくほど、水温が高くなります。ですから、小さな魚たちが水面に棲むのです。海水の温度によって魚たちが移動するというのです。魚は、縦に動くのを一番嫌います。いつも横に移動しようとするのです。釣りをしようとすれば、そのようなことを知らなければなりません。

鮭も、どこで釣るべきかを知らなければならないのです。ですから、専門家にならなければなりません。専門家になろうとすれば、勉強が必要です。専門家にならなければ、魚を釣れません。お父様は水温に合わせて釣りをします。水温がどのくらいならどのような魚がいるかということが分かるのです。

15 私は、釣りに行けば、魚のいる所が分かります。朝と夕方は、魚たちが食べる物を探し回ります。

その次に、昼時には既に何かを食べ終わったあとなので、遊び回るのです。水深が深くてはいけません。ある所は深く、ある所は平らでなければなりません。魚たちは隠れるために、深い所に逃げていきます。水深が浅い所に出てきて遊ぶとしても、平らな所に出てきて遊ぶのです。午前はそうです。

午後にはまた食べるものを探し求めるので、水面を見て、「ここにはこのような魚がいるようだ」ということが分かるのです。

16 釣りをするなら、今、自分の釣り針が水面から何メートル下にあるのかが分からなければなりません。底から一フィートくらいの所が、魚が餌を取って食べるのに良い所です。そこで生活しているので、二フィート以上の所には行けないというのです。そのように釣り針を垂らしておけば、毎回釣ることができます。

そうして、糸が少し引っ張られる感触があれば、思い切り引き寄せなければなりません。それが技術です。鮪は、海で自分が天下一であるかのように、自由に生きている魚ですから、小さな餌には掛かりません。掛かるようにしなければならないのです。それを研究しなければなりません。

17 大きな魚を釣ろうとすれば、釣り針が底の近くに行かなければなりません。魚の中で、飛び跳ねるものは小さな魚です。大きな魚は飛び跳ねません。「飛び跳ねてどうするのか」と言うのです。釣り糸を垂らして、釣り針を海底から指尺で一つ分ほど浮かせて匂いを漂わせておけば、魚がゆっくりと近寄ってきます。魚が泳ごうとすれば、ひれを動かさなければなりません。ですから、魚たちは水平に進むとき、(ひれが海底に)引っ掛からないように、(海底から)指尺で一つ分以上、浮かんだ高さで泳がなければならないというのです。それを計算して釣り針を投げれば、間違いなく大きな魚がかかるようになっています。

私が近頃、最後に釣った鮭は、十五・三パウンドでした。今まで私たちが釣った鮭の中で、一番大きいものです。最後にそれを引っ掛けました。それは、どれほど力が強いか分かりません。網でそれをすくわなければならないのですが、夕日で照らされて魚が見えませんでした。網の中に三分の二が入っていて、頭だけが出ているのに、ものすごい力で跳び出そうとしていました。そのような時、間違えば糸が切れるのです。

18 釣り糸には長さによって数多くの種類があります。たくさんの釣り糸がかかっています。ところが、釣り針が水に入るやいなや、食いつく場合もあります。だからといって、それを引っ張り始めれば大変なことになります。糸が長く、釣り針が遠くに行くほど、深い大洋になっているのです。

それで、本当の釣り人であれば、小さなものが食いついてきても、そこに気を取られてはいけません。「お前が食いついたのか!お前たちの群れはどんどん集まりなさい」と言って待ってこそ、一番大きな魚が遠い所からやって来るのです。その遠い所にいた一匹の大きな魚を釣らなければならないということです。お父様は、釣りがかなり上手です。四十日以上続けて、昼も夜も釣りをやったのです。

19 狩りは、要所を見張っておいて、銃を撃って動物を捕まえるので、道義的ではありません。しかし、釣りはそうではありません。自分で来て、食いついてくれるのです。また、釣りは五歳から死ぬまですることができます。

いくら釣りのチャンピオンだとしても、他の地方に行けば、地方ごとに魚が違うので、釣る方法も変えなければなりません。その地方のやり方でやらずに、自分一人だけのやり方で釣りをすれば、魚が食いつかないのです。ですから、どこに行っても釣りのやり方を習わなければならず、また、どこに行っても教えてあげられるということです。誰もが先生になり、生徒になることができるのです。そのように平等です。

同じ種類の魚でも、食べる物が場所によって違い、釣りをする人が何の餌を与えるかによって違ってくるのです。違う地方に行けば、すべて学ばなければなりません。万国がすべて違います。ですから、釣りに対する楽しみも多様です。

飢餓解決のための釣り教育

真の父母様は、「飢娥で苦しんでいるアフリカの人々を生かすためには、釣りと狩りを教えてあげなければならない」と語られた。昔、祭司長たちが祭物を捕まえて天に捧げたように、真の父母様が釣りと狩りについて教えるのは、祭司長の役割を果たせるようにするためであった。真の父母様が釣りをしながら注がれた精誠と成し遂げられた海洋摂理の実績、そしてその心情を、今後、百年後にも、千年後にも、世界万民が相続し、全人類が差別なく、等しく分かち合い、幸せに生きていく共同体の典型をつくろうとされたのである。

20 熱帯地方には、獣たちがたくさんいます。ですから、狩りができなければなりません。また、釣りもできなければ駄目です。飢え死にする人々を生かすためには、魚の獲り方を教えてあげなければならず、狩りをして生き残る方法を教えてあげなければならないのです。

昔、祭司長たちは祭物を捕まえて、祭祀を執り行いました。私が動物を捕まえるのは、統一教会員たちを祭司長にするためです。それは神聖なことです。釣りと狩りを習えば、これからチームをつくってアフリカに行き、助けてあげるようにするのです。アフリカへ狩り宣教に送り、釣り宣教に送って、貧しく暮らす人々を助けてあげることにより、これを全世界に広めなければなりません。どこに行っても釣りをし、狩りをして、飢え死にする人々を生かす道もあるというのです。

21 釣りは簡単です。アフリカの奥地でも、女性たちはみな、針を持っています。ろうそくをともして針を熱し、釣り針を作るのです。昔、私はそのように作って (釣りを)しました。釣り糸も買う必要がありません。ナイロンの糸はいくらでもあります。この釣り糸は、絹糸が問題ではありません。そして、重りは鉛の塊を切ってぶら下げ、浮きはきび殼を切ってぶら下げればよいのです。そのようにして餌を通し、釣り竿がなくても、それを投げておけばいくらでも魚を釣ることができます。

無尽蔵なのが魚です。魚は、水があればどこにでもいるので問題ありません。女性たちが釣りのやり方を知らないので問題なのです。今までそのようなことを教えてくれる指導者がいませんでした。ですから、お父様は釣りをせざるを得ず、狩りをせざるを得ないのです。

22 飢え死にするアフリカの人々や第三世界の人々は、釣りのやり方が分からなくて死ぬのです。釣りさえすれば、絶対に飢え死にしません。至る所に川があり、湖があります。魚がいくらでもいるのです。ですから、獲る方法を教えてあげ、養殖する方法を教えてあげなければなりません。そのようなことを、既にお父様がしています。

釣りは糸さえあればよいのです。針はどこにでもあります。ろうそくをともしておいて針を熱し、釣り針を作って釣りをすれば、いくらでも魚を獲ることができます。そして、餌はどこにでもあるのです。一人で、十人の赤ん坊を毎日養っていくことも問題ではありません。人の背丈ほどの魚が釣れるのです。そのような環境的条件にもかかわらず、指導者がいなくて、それができずにいるのです。

23 世界で一年に約二千万人が飢えて死ぬのですが、その人々をどのように救うのでしょうか。お父様は、釣りが好きなので釣りをして回っているのではありません。釣り針を眺めながら、大洋を越え、その二千万人のことを考えるのです。真の父母の血と肉を投入してでも、助けてあげられる道を開かなければならないというのです。それを誰も考えていません。それを忘れないようにするための作戦です。ですから、たくさんの魚を獲って、海を通して流通させるのです。海でなければ、この人々を生かすことはできません。

お父様は八十の老人ですが、雨が降っても雪が降っても、時間を惜しんで釣りをしようとしているのに、私たちの指導者たちはみな、言い訳を言って逃げ出そうとし、何としてでも私が釣りに行けないようにしようとしています。それは、私がなぜそのようにするのか分からないからです。

その休んでいる時間にも、多くの人々が死んでいきます。お父様が統一教会の責任者たちとそのような活動をしたことによって、その地は、これから聖地になるのです。今後、多くの人々が、このようなみ言を通して釣りの精神を受け継ごうとすれば、それが後代に世界の救いの道を拡張し、高速道路を走っていける動機になると考えるのです。百年、千年を考えてそのような活動をしているというのです。

24 宣教師の皆さんも、事業感覚を備えなければなりません。そうして、一年に世界で二千万人も飢え死にしていく生命を、生かすことができなければなりません。土地がある所では農業の方法、水がある所では養殖の方法を教えてあげて、飢え死にしないようにしなければなりません。婦人たちと子供たちが釣りのやり方を知っていれば、どうして飢え死にするでしょうか。水があり、魚がいくらでもいるのに、なぜ死ぬのかというのです。ですから、私は釣りをするのです。

皆さんが釣りを教えてあげなければなりません。また、狩りも教えてあげなければなりません。そこには鳄(わに)やら何やら、獣たちがどれほど多くいるか分かりません。ですから、「世界平和観光狩猟連合会」も世界平和のためのものです。

なぜこのようなことをするのでしょうか。飢え死にする世界の人々に、真の父母が責任をもたなければなりません。全世界の人類が兄弟なのに、放棄することはできないというのです。毎年、二千万人が統一教会員になると考えてみてください。このようなことを統一教会が主導して世界的に行えば、どれほど多くの人を救えるでしょうか。

ですから、農業をする方法、釣りをする方法を一刻も早く学びなさいというのです。飢え死にする人々を助けてあげるためです。それゆえ、その方法を相続して帰りなさいというのです。

第四節 海洋資源の開発と人類の食糧問題の解決

海洋事業に対する真の父母様のビジョン

真の父母様の海洋に対する関心は、韓半島だけでなく、アラスカとハワイを越えて全世界を対象にしている。そして、海洋を未来の人類の生活の中心地域として、また、人類の食糧問題を解決できる場所として考えられ、海洋事業に多くの関心をもたれたのである。特に、人類の未来の生活空間は海の中にも拡大されると考えられた。そのため、海洋ホテル、水中住宅、漁場ビルなど、海洋時代に備えた多くの構想を語られた。また、北極開発も必要であると考えられ、北極地方に文化都市を建設する方案も提示された。真の父母様は、神様を中心とした海洋観光産業と趣味産業を構想し、推進されたのである。

1 今後、陸地は人でいっぱいになるので、船に乗って海に出なければなりません。海で暮らす時代が、遠くない将来に訪れるでしょう。私たちは、海で何をしなければならないのでしょうか。世界の海洋基地さえ確保するようになれば、世界のすべての文化を思いどおりに(楽しむことが)でき、世界の海岸を活用できるのです。

2 海は無限の世界です。水の世界は、無限の世界です。水がない所はありません。その世界には、人々に必要な高次元の栄養をもった魚がいます。ですから、魚を養殖して販売する市場も縮小することはないでしょう。今後、海洋産業時代が来ると考えているので、お父様は今まで多くのことをしました。多くのみ言も語り、それに備えて多くの準備をしました。これを、世界に拡張すべき時になったのです。

3 海洋には、魚をはじめ、無尽蔵な資源があります。アメリカは、アラスカの魚を加工して売ることを願うのですが、売る所がありません。反面、日本の人たちは魚を手に入れたいと思うのですが、魚がいないというのです。ですから、アメリカの魚を獲って、日本に売るのです。日本はアメリカの魚が必要であり、アメリカは日本の技術が必要なので、互いに力を合わせて投資しようというのです。ですから、私たちはアメリカ人と日本人が結婚して、アメリカと日本で活躍できるようにするのです。

力を合わせて投資する際、アメリカではアメリカ人の夫が社長になって、妻が副社長になります。そして、日本に行とすれば、副社長をしていた妻が社長になって、アメリカ人の夫が副社長になるのです。そうすれば、合弁投資は、そのままできるのです。非常に便利です。そのようにすれば、誰かが来て争うことはできません。乗り込んできて、横取りしようとすることはできないというのです。

4 水産資源は無限です。一般の資源、原材料は制限されています。魚は本来、食物連鎖になっているので、小さな魚は大きな魚に食べられます。一匹が卵を産めば、多くて五十万個以上産むのです。この卵が自然状態で孵化すれば、食べられて一パーセントも生き残れません。しかし、それを人工的に一〇〇パーセント孵化させて管理すれば、どうなるでしょうか。

餌は、草を粉にしてまき、食べさせるのです。そのように魚を捕食させないようにすれば、資源を無限に保障することができます。海にそのようなものがたくさんあれば、養殖をするのです。陸地で魚を育てれば、一家の生活は簡単です。二百坪あれば、一つの家庭が食べて暮らせます。魚をたくさん育てれば食糧になるのです。魚には、栄養がたくさんあります。タンパク質が豊富だというのです。

5 今後、陸地の資源を必要とする時代は過ぎ去ります。水中資源を誰が世界的に管理するか、そのような技術を誰がもつかという問題が、これから重要です。海洋世界を誰が支配するかによって、今後、世界を支配できる新しい時代が来ます。無限にある原料の根本の地が海です。ですから、これから海の魚を獲って食べる時代は過ぎ去ります。海洋養殖をしなければならないのです。

6 地球の三分の二が海です。今後、食べる物が地上からなくなれば、人々は海で何かを獲って食べなければなりません。海を中心として、生きる道を解決できる方案を模索しなければなりません。

私が一九七三年から船を買ったのは、今後、水産事業を興すためでした。そのようにしながら、アメリカのニューヨークやボストンなど、東部の漁場がどのようになっているかをほぼ調査し、事業計画はどのようになっていて、これから海運産業の法規がどのようになるかを調査したのです。

7 これから、海洋世界を誰が占領するかが問題です。海は無限です。そのような海を占領し、冒険できる人にならなければなりません。今や、服を合わせて着て、酸素ボンべだけ背負えば、一ヵ月間、何もなくても生きていける時代に入るというのです。

8 人は誰もが、良い所で暮らしたいと思います。ですから、私は今、潜水艇を研究しているのです。どこが一番素晴らしい場所でしょうか。マンションが良いのではありません。海の真ん中の深い所に入っていって暮らすのです。そこで、どのように暮らすのでしょうか。

その時、必要なのが潜水艇です。ボタンさえ押せば、涼しい所に降りていきます。エアコンは必要ありません。そこでは、ありとあらゆる魚が多彩な泳ぎをし、数限りない様々な色をした美しい光景が広がります。そこには塞がった所がありません。昼も夜も、どこにでも行くことができます。そのようにしながら暮らすのは、どれほど安らかでしょうか。霊界に行く前に、そのような所で一度暮らしたいと思うのです。私一人のためにするのではなく、全体のためにするのです。ですから、研究もしています。

9 今から人が暮らすビルではなく、漁場ビルを造るようになれば、お金持ちの中でも最高のお金持ちになるでしょう。そのような時代が来るのです。これからは都市も分散化しなければなりません。都市で暮らせば、人糞や小便をどう処理するかが大きな問題です。自然の中で暮らすようになれば、どこでもそれが肥料になりますが、あまりにも多ければ問題になるのです。小便も肥料であり、人糞も肥料です。ですから、都市の分散化のために、どこであろうと、その場で処理できるようにして、分散させなければなりません。そのようにすれば、人々は自然に山岳地帯を訪ねていくようになります。

その次に、山岳地帯にだけいれば、暮らしが退屈になるので、海に行って暮らすのです。これからは海の中に入って暮らさなければなりません。私が学者たちを通して、そのような潜水艇を研究させています。海面から三十メートル下に潜れば、台風が吹いても静かです。いくら風が吹いても、波が起きても、三十メール下に行けば、風浪はありません。ですから、三十メートル下、百メートル下というボタンさえ押せば、自動的にそこに潜って、反射鏡で海の風景を見ながら暮らせるのです。

水中でも養殖をすることができます。自分が食べるときに必要なものだけをぶら下げていけばいいのです。どこどこにはどの種類の魚が生息しているので、そこで一ヵ月暮らし、約十メートル上がれば、どの種類の魚が生息しているから、そこで一ヵ月暮らすというように、あちこち移動して回りながら暮らせるのです。このようなことも考えています。そのように、水中生活時代を開拓するのです。

10 私が計画しているのは北極開発です。万年雪の地面の下に、万年都市を造るつもりです。そこに文化都市を造れば、地球にいる人なら、一度は来るでしょう。大学のようなものも、三分の一を地下に建てるのです。

そのようにすれば、暖房装置が必要ないからです。夏は涼しく、冬は寒くありません。そうすれば燃料を焚かなくても、学生が何十人かだけ入れば、自然に熱が出るのです。人体の熱は約三七度です。普通は一〇度あればよいのですが、三七度なので、何人かだけ地下にいれば、熱が分散されるのです。学生が入れば、一気に全体がぽかぽかするというのです。そのような時代に入ります。

そのようになれば、すべてのものが、現代文明に歩調を合わせることができる経済的な生活形態を求めていくようになります。私たちがそのような最高の理想的な世界に向かって、体制の革新を決意しなければならない時になったというのです。

11 お父様は、現在のような水産事業時代は過ぎ去ると考えています。これからは養殖をして、水産事業に従事するとしても、観光と趣味を兼ねなければ、一生を懸けてこの事業に従事するのは難しいことが分かりました。すべてのことには、お金と資源がなければなりませんが、必ず人材として人を育てなければなりません。人がいなければならないのです。水産事業を自分の天職と考えることのできる人を、どのように育て上げるかが問題です。青年時代、壮年時代、老年時代も海が好きで、自分が死ぬ時には、息子、娘、孫たちにも、「海を愛しなさい」と教えることができる人が必要です。

12 将来は、レジャー産業が相当に発達するでしょう。なぜなら、人々が都市生活をするのでストレスがたくさん溜まり、それを解消するためには、刺激的な運動が必要になるからです。何によってこのストレスを解消するのでしょうか。お父様は三つあると考えています。一つは狩り、一つは乗馬、そして、釣りです。

狩りや乗馬をするには、多くの制約があります。乗馬はお金がたくさんかかるので、特定の階層だけがすることができます。誰もができるものではありません。また、狩りも四十歳前後までならできるのですが、五十歳を越えると大変でできません。特定の階層だけができるのです。しかし、釣りは少年時代から老いて死ぬ時まですることができます。ですから、これから釣り事業は、世界的な事業になるだろうと考えているのです。

13 趣味産業は趣味を目標とします。「お金のある人がするのであって、お金のない人は、どのようにしてするのか」と言うかもしれませんが、それは違います。今もみな、バカンスに行きます。ですから、一年に一回でも二回でも、それをすることができるのです。

これから、それに対する世界的な組織をつくって主導権を握ることが、世界の金融界をはじめ、すべての分野を平和世界に導いていく一つの近道だと思うのです。それで、海に対して数十年間計画し、今まで海洋産業のすべてのことを開拓してきたのです。

14 これからは、海における趣味産業とともに、農業も趣味農業をしなければならないと思うのです。今後、人々は、遊べる時間が多くなれば、遊ぶことも心配になります。ですから、庭園のような所に約二百坪ほどの空間を造り、趣味農業をして生活できるようにリードするのです。鹿のような動物も育てて放し、魚も育てて放し、その次に穀物も、自然に人工の物を代わりに入れて育てるのです。それはどれほど素晴らしいでしょうか。

神様が創造したすべてのものは何であれ再生させ、それを眺めて神様のことを思い、自然と調和して、すべての面で互いに助け合いながら、趣味をもって生き、霊界に行くのです。そのようにすることによって、都市集中の社会を分散させることができます。

15 今後は、どのような時代になるでしょうか。太平洋の海の中に鉄の柱を打ち込んで、ホテルも造るのです。ヘリコプターの機能がどれほど多様でしょうか。ボタンさえ押せば、思いどおりに飛び回ることができるのです。

三時間以上飛び続けると、飽きてしまうこともあります。ですから、二時間くらい飛んで海上ホテルに行き、眠ったりもするのです。どれほど良いでしょうか。そのようなことができるように、太平洋にホテルを造るのです。そのようになれば、二時間や三時間ほど行って昼食を食べ、家族たちと船に乗って釣りもするのです。

16 これから小型飛行機時代が来て、自動車時代は過ぎ去るでしょう。景色が良い所は、大きな都市ではなく深い山中にあるので、そこに飛んでいき、個人のプールと釣り場を造って、水泳もし、釣りもするのです。飛行機はいくらでも借りることができます。飛行機を借りても事業ができる時代に入ったので、お父様は飛行機会社を造っているのです。

海軍の航空母艦や艦艇のような大きな船に、数十隻の潜水艇と数十機の小型へリコプターを載せていくのです。船はゆっくり進むので、船に載せてあるへリコプターを利用して先に移動し、釣りをしてから船に戻り、また、小さい船で先に島のような所に渡って、再び帰ってくることができる時代が来るというのです。

一つの船でも、進む航路が分かれば、一週間前に行くことができます。私たちの飛行機で行くのです。お金がある人は船に乗りどんな仕事でもするのです。コンピューターがあるので、船の中でも事務の仕事をすることができ、旅行をしながら働いて暮らすことのできる時代が来るのです。

食糧問題解決のための構想と実践

真の父母様は、人類の食糧問題を解決できる最善の方案は、海で魚を大量に養殖し、食糧として供給することだと考えられ、魚の大量養殖事業を推進された。陸地でも魚の大量養殖が可能な地域では、これを通して食糧問題を解決しようとされた。特に、魚などを粉にした高タンパク質の食糧であるフィッシュパウダー(魚粉)を開発し、アラスカのコディアクにこれを生産する工場を建てられた。また、真の父母様は、南極にいるオキアミを捕まえて、パウダーをはじめとする加工食品にし、発展途上国に提供する事業を始められた。この事業のために、オキアミを捕まえるこのできる船と、オキアミを食品に加工できる工場、それを供給できる販売組織をすべて整えられた。統一運動の世界的な組織網は、開発途上国にオキアミパウダーを供給する通路にもなったのである。

17 地球の三分の一が陸地であり、三分の二が海です,海に棲むすべてのものは、人々が食べることができます。草も、海で生える草は、大概食べられるというのです。しかし、陸地の草と木は、すべて食べられるわけではありません。

海には、陸地にあるものは、すべてあります。海牛(マナティー)、海馬(とど)、海驢(あしか)、鯱(しゃち)、海蛇などもいます。また、魚の種類がどれほど多いでしょうか。アメリカ人たちは、陸地の肉を食べるのであって、海の魚は「臭いがする」と言って食ベません。ところが、最近は「長生きしよう」と言って、自然食品を好むというのです。

この前、私がマイアミに行って、牛一頭がいくらかと尋ねたところ、「二十五ドルから七十ドルあれば買える」と言っていました。これは、ニューヨークのような所では四百ドルです。ところが、鮪は一匹で四千ドルにもなるというのです。鮪は一匹から子供が百五十匹以上、育ちます。しかし、牛は子供を一年に一頭だけ産むのです。ですから、海はどれほど豊かでしょうか。鮪を一匹だけ釣れば、一年は暮らせるというのです。

18 将来、食糧問題の解決策は海しかありません。魚を食べる道しかないというのです。そのような準備をしなければなりません。そのような基盤を世界的に築くために、誰もお金を出さないので、私がお金を稼がなければなりません。

ですから、フィッシングスポーツ、フィッシングツアーを準備するのです。世界的な上流層の人々をすべて束ねて、それをしようとするので、膨大な経済的基盤が必要です。それを準備するために、私はすべてを知らなければなりません。そのようにして、どの海にはどの魚が、どのように生息しているかを教えてあげ、観光フィッシングをすべてコーチしなければならないのです。

人々がバカンスに行っても、三日もあれば、遊ぶのは終わってしまいます。しかし、船に乗って海に出れば無尽蔵です。無限の秘密の世界、無限の魚類を中心として相手をするようになれば、休暇シーズンで終わる問題ではありません。本当に魅力的なのです。船を止めて、釣り糸を海の底に垂らしてみなさいというのです。大きな魚が上がってくれば、素晴らしく気分がいいというのです。

19 人類には、太初から三つの敵が存在します。飢餓と疾病、そして、人間の無知です。世界の民族たちは、そのような敵と闘って勝つために、力を合わせる必要があります。特にこのような問題は、アフリカ、中米、南米に深刻に現れています。正にそれゆえに将来、大洋の資源を産業的に開発する必要があるのです。

私は、漁業のすべての面を包括する大きな漁船の建造から、漁獲道具と漁場建設に至る多様な事業体をつくりました。未来において、海は世界の数多くの民族に食糧を供給するでしょう。したがって、海の開拓こそ、私たちの世界で飢餓を終息させることができる望ましい方法なのです。

20 今後、人類の食糧問題が深刻です。私はその問題を解決するために、万国に基地を造るための海洋事業に着手しました。そして、養殖問題を中心として、世界を回って教材を作り、教えてあげています。人類の食糧問題を解決するためには、海洋を開発しなければなりません。

海に出て角釣りをすることにおいては、私がチャンピオンです。有名な人々の中には、魚をよく食べ、釣りが好きな釣り人たちが多くいます。彼らを教育しようとすれば、海に一度、二度連れていって教えることがなくなるようではいけません。無尽蔵でなければなりません。魚の種類によって、どのように釣るかという、その方法をよく知らなければならないのです。

21 真の父母が地上に来て、飢え死にする人々に対して無関心ではいられません。私が海洋事業をするのは、それを通して彼らを助けてあけるためです。

ですから、アラスカを中心としてツンドラ大平原、シベリア平原、水に囲まれた北極圏で、これから人類の食糧をどのように供給するかを考えています。温室栽培を専門化して、アラスカを通して交渉し、指令を下しています。何千万ものアジア人を投入できる基地が、アラスカにあります。まず、温室で果物栽培ができるように、温度を調節するのです。そのようにして、魚と農産物の生産問題が解決すれば、人が定着できる基地になるのです。

22 今後、小さなビルを一つだけ造って養殖をすれば、数十万坪の牧場で牛を育てて売ったり、牛乳を搾って売ったりするよりも、何十倍の利益が残ります。

今は、どこからでも海の水を引いてくることができます。何十里、何百里離れた所からでも引いてくることができる時が来ました。パイプさえ敷いておけば、水はどこからでも引き入れることができます。お金もあまりかかりません。海の水を引いて、谷間に養殖のビルを造り、どんな魚でも養殖することができるのです。

数十階建てのビルを造って養殖するのです。それを、座ってすべて見ることができるようになっています。ボタンさえ押せば、自動的に餌もあげることができ、成長したものは自動的に下に降りてくるようにすることができるのです。

23 魚の養殖場を造らなければなりません。卵を孵化させて何一ヵ月か育てたあと、それをビニール袋に入れて穴を開け、飛行機に載せていきながら、水のある所に落としておけば生きるのです。今後、このように、世界に養殖場を造ることができる時代に入ります。

アラスカには、二万坪以上の湖をはじめ、湖が三百万もあります。この二万坪の湖で魚を養殖するようになれば、二百世帯、三百世帯が暮らすことができます。もし、それが三百万あれば、六億以上の人が暮らすことができるというのです。そして、アフリカの湖のほとりに養殖場さえ造れば、六億五千万のアフリカ人を養って生かすことができます。ですから、人類の食糧問題を解決できるのです。

24 人類の食糧問題を解決しようとすれば、陸地だけではできません。海を開発しなければなりません。神様は創造するとき、春夏秋冬に従って、その地方の温度やその水に合う魚たちをすべて造っておきました。それを総合して、供給してあげなければなりません。それは自分の生活を中心としていては不可能なことです。皆さんは、神様のみ旨や公的なみ旨を中心として、そのようなことをすべてしなければなりません。

25 お父様は、アラスカに行ってキングサーモンについて研究しています。キングサーモンは鮭科ですが、鮭は五種類います。魚の中で最高の魚がキングサーモンです。ところが、これは卵を産むと死んでしまいます。もちろん、神様が子孫のためにそのようにつくったのですが、今や人工的に、母親の鮭が稚魚たちの餌として自らを犠牲にせずに、生きられるようにすることができる時になりました。この鮭が死なずに、海に行っては帰ってきて、卵を産むようになれば、人類を養うことができる食糧の中で、これほど便利な食糧はないのです。養殖場に行けば、昼食は問題ありません。昼食も、これほどおいしい昼食はないのです。鮪の刺身も比べものになりません。キングサーモンは、それほどおいしいのです。

最近、公害問題が深刻ですが、火を起こして食事を作れば、どれほど問題が大きいか分かりません。ですから、すべて生で食べる道に導かなければなりません。これが将来の人類にとって緊急の問題です。南極などのオゾン層が破壊され、大きな問題になっています。そのような問題を中心として見るとき、人類の食糧問題の解決策としては、魚しかありません。魚の資源である、卵は無尽蔵です。

26 お父様は数十年前から、食糧問題の解決のために海洋産業に関心をもってきました。魚粉を開発したのです。これは高タンパク質の食品で、どんな動物にもない栄養分があります。そのように粉にすることにより、保管と運搬が便利になります。それは、九八パーセントがタンパク質です。今まで先進国がそのようなことを解決しなければならなかったのですが、解決できませんでした。

27 カナダからロシア、アメリカ、日本、ドイツが、今、私たちがしている海洋産業に関心をもっています。本来、海で獲れる魚の相当な部分を、人は食べることができません。その大部分を捨てるのです。そのように捨てるものを集めて粉にして、人が食べることができる栄養剤にして発展途上国に送ろうとしているのです。それがうわさになり、全世界の発展途上国の人々が、統一教会に対して多大な関心をもっています。

28 今後の世界で、最も深刻な問題は飢蛾です。ですから、食糧を確保することが問題です。その解決方法は、南米にしかありません。アメリカにもないのです。

ここでは一へクタールほどの土地を利用して作物を植えることができます。三千坪程度なら、誰もが活用できるような所です。どこに行っても、境界線では広い土地が空き地になっていて、遊んでいます。それを開墾するだけでも、皆さんは飢え死にしないというのです。その次には環境問題と養殖問題です。陸地の食べ物だけでは、良質のタンパク質が不足します。ですから、必ず魚の養殖をしなければなりません。魚を食べなければならないというのです。

29 第三世界の人々は、お父様が自分たちを助けるために苦労していることを、みな知っています。ジャルジンに農場を造り、魚粉工場を造るための準備をしていることを知っているのです。第三世界で貧しく暮らしている人々は、お父様の味方になっているというのです。

もし世界の難民たちに、私たちが魚粉を供給して、食糧問題を解決できるようになったとすれば、多くの人々が統一教会員になります。そのようなことをしておけば、真の父母の偉大さは、地が消え去り、天が崩れ去っても永遠に残るというのです。それにより、統一教会の子孫たちが、どれほど堂々と神様のみ前に賛美をお返しできるだろうかと考えています。そして、世界の人々がジャルジンを訪れ、魚を養殖し、人類を生かすために苦労したその功績の基盤を中心として、賛美するようになるでしょう。

30 南極海に行ってオキアミを獲り、食糧問題の解決において、人類に影響を与えることができる時代に入ったので、今後、世界の三分の二の人々は、統一教会を注視するのです。統一教会のみ言と海洋摂理を中心として、食糧問題解決のための全般的な準備をしてきているので、全世界が希望をもっているというのです。今や黎明を過ぎて、希望の太陽が昇ってくる時になったので、誰も遮ることはできません。

31 南極海にはオキアミが無限にいます。人類の食糧にして余りあるオキアミが、そのまま死んでいくのです。これをどのように急いで獲って粉にし、百八十五ヵ国に組織編成をして販売するかを計画しています。

国家メシヤは、その国のアベル大統領と同じです。その国を養って生かすためには、これ以上に必要な材料はありません。ですから、これを供給して利益を残すよりも、損害だけは出ないように組織編成をしなければならないというのです。その国に、どれくらい細密な組織をつくるかが問題です。

32 オキアミを獲って粉にしなければなりません。普通は、これを粉にするのが大変です。粉にして健康食品として売るのですが、私たちが大量生産して、三十分の一の価格で売ろうと思います。それこそ、奉仕するのです。ですから、私たちの船四隻でオキアミを獲れば、大きな関心が集まります。そのようにすれば、アフリカの奥地で飢え死にする人の半分は、助けることができるでしょう。

自分たちを助けるために、お父様がそのような活動をしていることを、第三世界の発展途上国はすべて知っています。それを研究、開発するのに、お金がたくさんかかりました。今や、実験がすべて終わりました。

魚粉を作る工場を、付帯施設まで合わせてウルグアイに造ったのです。そして百八十五ヵ国の宣教部が国と協助し国家の力を通して販売市場を築くのです。栄養失調にかかっている人々を助けるためのものなので、国家が後援するようになっています。私たちの教会基盤を中心として魚粉を持ち込めば、その国家と販売できる市場を築くのです。

33 魚粉の話をすれば、希望があります。この魚粉を作るために、お父様は七千トン級の船を四隻購入し、南極のオキアミを獲るために投入しようと思います。これが、世界的な食糧問題の解決策です。これを早くしなければなりません。今、世界がお父様のすることに注目しています。一年あれば、すべて付いてくるというのです。

躊躇していては彼らと競争が起きます。世界の連合戦線を通して、大富豪たちがこれを奪取するために出てくれば、競争するようになっているのです。ですから、彼らが付いてくることができないように、一気に越えていかなければなりません。ですから、百八十五ヵ国の国家メシヤの中から四ヵ国以上の人々が集まり、一人を立ててそこに三人ずつ付け、この事業のために今から本格的に教育訓練をしなければなりません。

34 釣りの餌を研究しなければなりません。餌を売ることは驚くべき事業です。これは世界的な事業です。今、私たちは魚粉を作っていますが、オキアミには人間にとって良い栄養素がたくさん含まれているので、魚にも最高の釣りの餌になるのです。それを段階的に、十段階、二十段階に分けて作るのです。死んで腐敗する前の魚も、持っていって餌にすることができます。そのような物を好む魚もいます。多種多様です。そのような物を粉にして、いくらでも餌を作ることができるというのです。数十種類のものを作ることができると考えるのです。

南米のパクーという魚も、食べる物が地域によって違います。サロブラ川では、ゴムの木の実を餌として使います。魚がゴムの木の実には食いついても、蟹にはあまり食いつきません。ところが、パンタナールのアメリカーノ・ホテルがある所で釣りをしてみると、ゴムの木の実には食いつかないのです。そのように、地域によって食べる物が違うので、数十種類のものを作ることができるというのです。高タンパクのオキアミを餌にすることができるのです。

35 人間が、海の魚の餌をいくらでも作れる時代に入りました。それぞれの魚の種類によって、ビタミンのような様々な成分を配合し、餌にするのです。人も、魚が食べる餌によって魚を区別し、食べることができます。餌の種類に従って、魚粉を作らなければなりません。私たちが、この魚粉を作ることにおいて記録をつくりました。南極のオキアミは、サイズが小さいのです。そこから栄養素を抜き取り、食糧にできる基盤をすべてつくっておきました。それを国家が支援しないので食糧化できなかったのです。

一年に、南極のオキアミ五億トンが、そのまま死んでしまうというのです。今、水産業界を通して漁獲するのが、一億トン程度です。五億トンのオキアミが毎年死んでいくのですから、これさえ獲れば、人類をいくらでも養って生かすことができます。これ以上の資源はないというのです。また、この上なく健康に良い栄養素がたくさんあるので、そこにペンギンやあしか、おっとせいがたくさん棲むのです。少しだけ食べても、一食だけ食べても、一週間、生きることができるというのです。

36 お父様は、海洋産業を中心として、南極でも北極でも、どこでも行けるようにしました。私たちは今、南極海に行ってオキアミを獲っています。先進国がそれを食糧にしようとして失敗したことを、私たちが研究して連結したので、海洋産業の中で、私たちの南極オキアミ事業は、世界の最先端を走っています。世界の頂上の位置に上がっているというのです。そうして、七千トン級の船二隻から始めて五隻になりました。今後、二十隻まで増えれば、世界の国々と競争できる段階を越えて、世界の栄養欠乏者たちにタンパク質を十分に供給できるようになるというのです。

37 私たちが船を一隻ももっていなかった時、その一隻の船を買うために、一生懸命に努力したのが数日前のことのようですが、ボストンに近いグロスターから出発した水産事業が、アラスカを越え、南米を越えて、南極まで進出し、世界が無視できない位置にまで進みました。神様が保護し、反対を受ける中で海洋を開拓して、今や世界が無視できないほど定着するようになったことを、神様に感謝いたします。

私たちが水産事業をする目的は、お金を稼ぐためではありません。海洋産業の開発のために努力していくと、歳月がたつにつれ、神様が保護して、今や世界が無視できない海洋産業の発展を成し遂げました。大きな船舶を五隻造り、ただ死んでいく南極のオキアミを漁獲して、食糧問題解決の先頭に立ったのです。そうして、世界の海洋産業を開発する国家と会社の注目を浴びるようになりました。ボストンに近いグロスターから始め、お父様がそのような基盤を築いたというのは、神様がついて回りながら保護してくださった結果だというのです。

第五節 海洋指導者の養成と世界釣り大会

海洋指導者養成のための修練

真の父母様は、人類が今後開拓すべき生活拠点として海洋に注目し、多くの精誠を注がれた。特に、海洋指導者養成のために特別修練会も開催され、平和な世界を建設するために、釣り大会も主宰された。海洋訓練の目的は、一方では深い瞑想を通して信仰を成長させ、胆力を養うことであり、もう一方では、海の水産資源を開発する技術を身につけることである。特に、摂理的に母の国である日本の女性たちを海洋指導者として訓練し、太平洋文明圏時代に備えられた。二〇〇四年十一月から六十八回にわたり、清海ガーデンを中心に麗水・順天地域で四十日間行われた海洋指導者修練会には、韓国と日本にいる日本出身の女性たちが参加した。

1 海には研究すべきことが本当にたくさんあります。見える世界より、見えない世界に、より神秘的なものが多いのです。世界のどんな高い所でも、ヒマラヤ山脈のエベレスト山頂まで、今はいつでも連結されているので、頂上やその周辺の山にある草木、動物まで調査すれば、すべて知ることができますが、海はそうではありません。海にはエベレスト山の高さよりもっと深い所があるのですが、最も深い所では、世の中で価値がないとみなされる物はすべて腐ってなくなり、貴い物だけが残っているかもしれないのです。

水深一万千メートル以上の深い海の中には、エベレスト山があるヒマラヤ山脈も入ってしまいます。海の底にはそのような所が存在するのです。人は母親の腹中にいるとき、羊水の中に浮かんでいますが、それと同じようになっています。生物は海を起源として生まれたというのですが、神様が造った秘密の場所である海に、一番近くで接することができるということは、驚くべき事実です。

2 海に対する訓練ができなければなりません。訓練をして、今後、私たちが教えてあげなければなりません。アフリカや未開地域の人々が、食べる物がなく飢え死にするというのは話になりません。水がある所には魚がいて、獣がいるものです。水があれば、野菜でも何でも栽培することができ、獣もいて魚もいるので、すべての動物たちが暮らせます。万物の霊長であれば、水があり、草があり、動物と魚がいれば生きることができるのに、どのようにして生きるかという方法を教えた人がいないので、そのように飢え死にするというのです。

統一教会員たちは、発展途上国に対して、先導者としての責任を果たさなければなりません。そこに行って幼稚園の先生、小学校の先生、中学・高等学校の先生、大学の教授にならなければなりません。そうして、文化水準を上げながら、飢え死にする人を助けてあげなければならないのです。そのようにするためには、釣りをすることができなければなりません。

そのような意味で、百六十ヵ国に船を四隻ずつすべて分け与え、その準備をしようとしたのですが、皆さんの頭が目覚めず、「それが何の役に立つのか」と考えているというのです。これは、やらなければならないことです。

3 信仰生活をするのに、最も深く瞑想できるのが釣りです。早朝、川に出て、星を眺めながら釣りをするときは、真っ暗なので魚が食いついたのか食いついていないのか分かりません。そのようなときは、釣り糸をつかんだり、釣り竿を握ったりしていれば、食いついたかどうかが分かります。本格的に魚が食いついたのか、来て触っているのか、すべて分からなければなりません。そのようにすれば、真っ暗な中でも魚を釣ることができるのです。手の感覚を中心として餌を釣り針に通し、夜に明かりがなくても、いくらでも釣りをすることができます。

土砂降りの雨が降り注いでいるのに座って釣りをしていれば、狂人扱いされかねませんが、それがどれほど素晴らしいか分かりません。ぬれないようにするために、小さなレインコートにくるまって座っていても釣ることに関心をもつのです。心は釣りに行っています。釣りをするときは、その考えから抜け出すことができません。御飯を食べても、その考えを中心として御飯を食べるのです。そのような姿勢が、信仰生活に必要なのです。

4 アラスカは、夏になれば夜がありません。ここで言えば、日が沈んだあとは暗くなるのですが、そこは七時、八時くらいになってもすべて見えるのです。ですから、いくらでも釣りをすることができます。それゆえ、そこでは寝る時間もありません。そのような生活を続けたので、私が海に出ていくことに対して、「海が好きだから出掛けるのだ」と思うかもしれませんが、海のどこが良いというのですか。誰もが、そのようにならなければならないのです。もう私は、これから船に乗らないつもりですが、死ぬ前に、誰かにこれを伝授してあげなければなりません。

私が伝授できずに死ねば、すべてストップします。誰かにこれを伝授したからといって、続ける人がどこにいるでしょうか。志があるからこそ、そのようにするのです。そのような時間は多くないと思うので、忙しいのです。配置して、訓練させなければなりません。教育をしなければならないというのです。女性はやめて、男性だけしなければなりませんか。女性も一緒にしなければなりません。

5 私は、一九九二年にコディアクで行われた世界指導者教育の期間、朝は五時に起き、夜は十二時前に眠ることができませんでした。修練生たちを昼に連れて出ていき、夜まで訓練しました。訓練をするときは、海に出てしたのです。海は堕落した世の中を意味し、魚は人間を象徴します。そのような訓練を、雨が降っても、雪が降っても行いました。

そうして、あることが言われるようになりました。私たちの責任者に、その日の天気を調べてくるように言うと、風が吹くことはチェックしても、雨が降ることはチェックすらしないのです。それで、「なぜ雨が降ることはチェックしないのか」と尋ねると、「いくら雨が降ることをチェックしても、もう何年も、それによって船を出すかどうかが左右されることはなかったので、チェックしてもしなくても関係ありません」と言うのです。そのような伝統を立てました。

雨が降るなら降り、やむならやみなさいというのです。風速の強弱は、船に乗るに当たって問題になりますが、降雨量は問題になりません。台風が吹くと大きな船は出られませんが、私たちの小さな船は出ていくのです。「私たちは出掛けよう!」と言うのです。そこで約一週間だけ過ぎれば、魚を釣ることに味を占めます。一度その味を覚えれば、再びやってみなければ気が済みません。それが魅力的なことなのです。

6 船に乗って、修練生たちを太平洋の広い海に連れていき、延縄(はえなわ)漁をしながら教育します。朝出れば、昼食の時間を越えるまで同じ速度で走っていき、釣り針を垂らすのです。このように準備して、訓練させています。そこに鮫(さめ)でも何でも、どんな魚でもすべてかかります。目梶木(めがじき)でも鰆(さわら)でも鮪(まぐろ)でも、かからない魚がありません。その餌を何にするかということで、私が餌を研究しています。

魚の獲れない海はありません。アフリカのケープタウンは、一番波の強い所です。そこにも船を送って訓練させています。歴史に記録し、後代の資産として、海洋産業の伝統的教科書を作ることができる資料として残してあげなければならないと考えるのです。

7 太平洋文明圏時代に入ったのですが、ハワイとオーストラリア、インドネシア、フィリピン、台湾、日本まで束ねるのです。第二次世界大戦のとき、南太平洋の島国で日本の軍人がたくさん死にました。そこで生き残った人々の中で、妻を迎えて子女をもうけた人もとてもたくさんいます。彼らを日本の国が救ってあげなければなりませんか、放っておかなければなりませんか。日本の国がそれをしないので、統一教会の人が行って助けてあげなければならないのですが、日本の統一教会の人々を送らなければなりませんか、他の国の統一教会員たちを送らなければなりませんか。

お父様はそれを知っているので、日本の食口たちを動員して、お母様の代身として教育し、助けてあげなさいと命令するのです。それで、日本の賢い女性たちを選んで、海で訓練させるのです。日本の女性たちが海の勇士となり、その息子、娘たちを救ってあげるための活動をするなら、どれほど良いかというのです。日本の人たちが捨てた自分の同族を救ってあげることが、神様の愛です。怨讐を愛しなさいという神様のみ旨があるので、日本の女性たちを動員するのです。動員されて、学校の先生をし、船に乗って出掛けて魚を獲るチャンピオンになって、食べて暮らせる自主的な生活圏をつくってみなさいというのです。

8 日本の若い女性たちをハワイに投入し、ハワイと日本を中心として、世界の六十二の島嶼国家を連合する運動をしています。船を造って訓練をしているのです。日本の女性たちは、船の訓練をはじめ、万全の準備をして、今後、島嶼国家に行って、大統領や国会議員たちを指導しなければなりません。お母様の代わりに、その国の大統領と地位の高い人々を教育すべき責任があります。ですから、日本の女性たちをたくさん配置したのです。

9 韓国人は冒険を好む性格をもっているので、ケープタウンのようなアフリカの南端も開拓し、世界の最先端に立つようになりました。その代表者がお父様です。

今、麗水と順天で、日本の女性食口たちに対して、海洋圏を愛する最高の訓練を始めました。そこに参加する人々は日本の女性食口たちであり、それがエバ国家の解放に最も近い道であることを忘れてはいけません。

アメリカや世界宣教に出た日本の女性食口も、すべて麗水に来て訓練を受けるように、お父様が措置を取りました。韓国にお嫁に来た日本の女性食口たちだけではありません。日本で熱心に活動していた統一教会の女性食口たちがこの麗水と順天の海に来て、韓国の海と山野を愛さなければなりません。韓国人よりももっと愛さなければなりません。そのような女性食口たちが精誠を尽くすことにより、日本民族の未来の解放圏が韓国と連結されるのです。

韓国を連結し、夜の世界を昼の世界にしなければなりません。そのような使命があるので、お父様は生涯にわたって、日本を愛さざるを得ないというのです。昼の世界だけでなく、夜の世界に対しても太陽が地球を照らすように、日本の国がしなければなりません。

10 船乗りの妻として苦労してきた日本の女性たちがいるとすれば、彼女たちが船乗りの妻の使命を完了した場合には、母の世界の先祖になるのです。海から文明が発展しました。お父様はアメリカから韓国に戻るやいなや、日本の女性食口たちを連れてきて修練をしています。アメリカに行ってもそこにいる日本の女性食口たちが修練会に来るようになるでしょう。外国に宣教師として出ていった人をすべて、世界的に修練を受けさせるのです。

そのような時に、韓国にお嫁に来た婦人たちが修練をせずに残っていたならば、自分の体面を保って姿を現すことができません。恥ずかしいことだというのです。そのような人になってはいけないと思うので、韓国にお嫁に来た人たちを教育するのです。ですから、韓国の麗水と順天の海と自然を愛し、喜びにあふれて涙を流さなければなりません。

11 私が急いでいるのは、海洋圏を早く生かさなければならないからです。日本の女性たちに対して、四十日、七十二日、百二十日修練を一度にしなさいと指示しました。早く終わらせなければなりません。

人の体の三分の二は水です。ですから、水を愛さなければなりません。水を愛する人が主人になります。空気も水のためにあり、生命のためにあります。

麗水で試験にパスした人々は、七十二日修練をしなさいというのです。そうして、百二十日修練をします。百二十日さえ修練すれば、船について大概のことは分かるのです。自分が何をしても、大洋に対するすべてのことを常識的に知っているので、どのように生きるべきかが分かるというのです。分かるべきであって、分からないでいてはいけません。

12 これから修練をする日本の婦人たちが、海洋世界の母になるでしょう。出動命令を出せば、きょうの夕方にでもふろしきを包んで出動できる人々です。誰が日本人をそのように育てることができますか。韓国人と結婚したので韓国の女性になったのです。今後、彼女たちが指導者になるでしょう。これから村に行って韓国の男性を動員し、平和の警察官、平和の軍隊をつくらなければなりません。

釣りワールドチャンピオンカップ大会

真の父母様は、世界の釣り人たちの親睦を図り、釣りを通して世界平和を実現するため、二〇〇一年十月十七日から二十日まで、二十七ヵ国の代表たちが参加する中、日本の長崎で第一回スポーツ釣りワールドチャンピオンカップ大会を開催され、大会期間中、世界スポーツ釣り連合を創設された。この釣りワールドカップは、韓国の麗水と台湾の台北、オーストラリアのゴールドコースト、スペインのマルべラなと、世界の各地域で毎年開催された。

13 今後、釣りオリンピック大会を開催するつもりです、世界的に、釣りをする人々が約四億人います。釣りは五歳から老いて死ぬ時までできるのです。それは途絶えることがありません。多くの人々が趣味や楽しみとして釣りをしています。これ以上におもしろいことはありません。ですから、今から釣りオリンピック大会をつくるのです。

私たちには世界的な新聞社があり、UPI通信社もあるので、私たちの組織を中心として、釣り大会を宣伝するときが来ました。そのような時代に入ったのです。ですから、私たちが祝福結婚式を、人工衛星を通して世界的に行うのと同じように、釣り大会も、いくらでも中継できるのです。そうすれば、世界の果ての村に住む人も、そこに私たちの責任者がいて管理さえすれば、魚を釣って釣り大会に参加することができます。そのように、世界的に釣りオリンピック大会に参加できるというのです。

14 日韓米三ヵ国の代表百二十人を集めて、真の父母様の聖婚四十周年記念の釣り競演大会をするのです。競演大会をすれば、国家代表として出るので、国家意識が生じます。しかし、一つにならなければなりません。私たちは、闘い終えたあとには、闘う前よりもさらに一つになることができる気風をつくらなければなりません。歴史的に見ると、ここに来るまでは、日本人、韓国人、アメリカ人が怨讐の立場でしたが、ここで釣り大会をしたあとは、そのような壁を蹴飛ばしてしまわなければなりません。

この大会をアメリカだけでするのではなく、世界百八十五ヵ国、私たちの基地がある所であれば、どこででもしなければなりません。一ヵ所で春夏秋冬、一年に四回ずつするのです。春も夏も状況が違うので、季節ごとに釣り大会を行うのです。

15 平和国連と平和王国のために釣り大会をするのです。天地が願う平和王国と、天地が願う平和国連をつくって、解放の世界を実現するために釣り大会を行うのです。二〇〇三年十月二十一日のきょう、麗水で開かれる釣りワールドカップ大会も、そのような意味で行うというのです。

昔、麗水と順天で大きな事件が起きましたが、今やここから国を生かすことができる新しい出来事が爆発的に展開していかなければならないというのです。そのような意味で、ここで釣り大会を始めるからには、市民たちがよく協助しなければなりません。神様が平和国連と平和王国を願っています。そのために、釣り大会のようなたくさんのことをしています。ここに参席した人々の前に、爆発的な起源を立てることにより、世界が後援する出来事が生じるという事実を宣布するのです。

神様が大韓民国にこのようなことを願うので、平和国連と平和王国のための、世界にまたとない伝統を立てるために、この場に来たというのです。麗水・順天事件以上の爆発的な天の役事を提起できるという点で、二〇〇三麗水釣りワールドカップ大会が大きな意味をもっています。

16 アフリカの宣教師たちも分かると思いますが、アフリカの母親たちが私のように釣りのやり方さえ知っていれば、息子、娘を飢え死にさせることもなかったでしょう。水がどれほど多く、魚がどれほど多く、獣がどれほど多いでしょうか。どこにでも川があります。魚を一匹だけでも釣れば、大きなものは一週間も食べられるのです。鰐(わに)を一匹だけ獲れば、一ヵ月でも食べられます。河馬は一年食べられます。その次に、狩りをしても食べて暮らせます。それで、「世界平和観光狩猟連合会」と釣り連合会をつくりました。水と土地があればよいのです。土地では農業をすればよいのです。

ところが、アフリカで白人たちがそれを教えてあげなかったというのです。農業をする方法も教えてあげず、搾取ばかりしました。ですから、すべて追い出されたのです。私たちの宣教師は、そうではありません。すべてが歓迎するというのです。その人々のために生きるからです。それで、私はテキサス農場を造り、釣り場を造って、農業の方法も訓練させるのです。

第六節 新工法の船舶建造と造船事業

「ワン・ホープ」と「天艇(チョンヂョン)号」

真の父母様は、海洋産業の発展のため、造船事業に関心をもたれ、一九六三年六月二十六日、初めて漁船「天勝(チョンスン)号」を進水されたのに続き、沈まない船「ワン・ホープ」を建造された。「ワン・ホープ」は、優れた性能をもつ釣り船として認められ、高い名声を得た。また、真の父母様は、短い時間で船を造ることのできる石膏モールド新建造工法を開発され、この工法によって船を造る「マスターマリーン造船」という船舶会社を韓国の木浦に設立された。二〇一一年二月十七日、真の父母様は、石膏モールド工法とグラスファイバーの材質を利用して初めて建造した「天艇号」の進水式を麗水で挙行され、この新しい船舶建造技術が、韓国の造船産業の発展に大きく寄与することを期待された。

1 「ワン・ホープ」は、海の一番の希望という意味です。他の船はみな、長さが三十フィートから五十フィートで、大きくて豪華な船です。そのような船を、みな誇らしげに乗り回しているのですが、「ワン・ホープ」という私たちの船は小さくても速いのです。あっという間に走り去っていくので、みな「あんなに小さな船が来る」と見下して、「あれでは危険だ。死ぬつもりなのか」と言いました。どうして死にますか。沈まない船であることを知らなかったというのです。

2 水産事業は、やはりお父様でなければ開発できないことを、世の中の人々が分かりました。網も船も、お父様が新しく造りました。「ワン・ホープ」というのは、本当に有名な船です。その船は、波によく乗ることで非常に有名な船です。小型の釣り船としては、世界にその上を行くものがありません。それを設計し、九年間で造りました。

その船は沈みません。田舎に住む人は、海の波を見るだけでものみ込まれそうに思うので、うなるライオンよりももっと海を恐れます。船の底が問題です。底に穴がぽっかりと開けば、死ぬようになっています。そのような恐れを克服するために、沈まない船を造りました。常識的には、船が沈みそうになるとき、船から遠く離れなければならないというのが教訓です。ところが、この船は浮くので、しがみついていれば死なないのです。

3 海洋圏で、世界的な人物であるお父様を凌駕できる人はいない、という評判が立ちました。「ワン・ホープ」という船を私たちが造ったとき、アメリカの海軍から将兵が七人来て一週間調査したのですが、「ワン・ホープ」が世界で記録的な船であることが分かるようになりました。

そのような船を造るためには、私たちの承諾を得なければなりません。アメリカも認めざるを得ない覇権をもった立場まで上がってきたというのです。また、韓国の私たちの造船会社がヨーロッパから受注し、三百二十メートル以上の船を造ります。世界の頂上の位置に上がったのです。

4 グラスファイバー(ガラス繊維)の船を建造するに当たって、外国との関係ゆえに、特に北朝鮮のゆえに、これを素材として快速艇のような船を造ることを政府が禁止してきました。しかし、今や南北統一のために開放すべき時になったので、快速艇も造ることができるようになり、私たちの「ワン・ホープ」のような速い船を建造して販売できる時代に入るのです。このような船を、韓国で私たちが初めて造っています。これが今後、かなり有望だというのです。

韓国で造れば、北朝鮮を経て、中国、ロシアや日本までもカバーできます。特に、この船は安く造れるので、日本にまで進出できると見ています。小型船舶建造分野で、アジアで覇権を握ることができると考えているのです。

5 私たちが乗る「ワン・ホープ」は、大洋を渡ることができる立派な船です。沈まないので、大勢の若者たちがそのような冒険をします。海といえば、一番恐ろしいのが船(の沈没)です。船に乗ることを一番嫌うのです。しかし、沈まないので、大西洋に面したボストンとグロスターで鮪釣りを開拓するとき、この船に乗って行ったのです。その世界で私がチャンピオンです。

6 「ワン・ホープ」は、一風変わったボートです。風が吹いて大きく波打っても、その波を貫いて進むのです。太平洋も渡ることができます。小さいと言って、軽く考えてはいけません。この「ワン・ホープ」は、沈まないのです。いくら速く進んでも舵を切ればすぐに回ります。そのようなことを、世の中の人々はいくらやっても分かりません。それを、お父様は知っているのです。グラスファイバーで造れば、船が百年以上もちます。工場に持ち込んで清掃し、不備な所を補強したあとにペイントさえ塗れば長くもつのです。

7 私は、船に数十年間乗りました。毎日船に乗って座り、その船がどのように走るのかを見るのです。船の前方が上がったり、沈んだりするのを見ながら、正常な浮力帯の使い方を知るのです。浮力帯を正常に用いずに深さを浅くしても駄目です。浅ければ、海面に何度も打ちつけてしまうのです。深ければ、今度は逆さまになります。それをきちんと調整できなければ、曲がるときに問題が生じます。

大きな船は徐々に曲がらなければならないのであって、急に曲がることはできないのです。そのようなときは、どのようにするかというのです。潮の流れがどのようになっているのかを知り、風が吹けば風浪がどのように起きるのかを知らなければなりません。そのようなときは、徐々に舵を切りながら力を入れれば、さっと回ります。片方に回り、四方に回っていけるのに一ヵ所で回る必要はありません。

また、船の底で水を受ける場所が竜骨(キール)ですが、これがどのようになっているのかを知っています。ですから、この竜骨をどのようにすれば船の速度が遅くなり、どのようにすれば船をさっと回せるかが分かるのです。それで、私たちの「ワン・ホープ」という船を造ったのですが、その船は速いのです。今はすべての造船会社が、みなそのように造っていますが、私がまず沈まない船を造り始めたのです。

8 「ワン・ホープ」以上に、釣りに適した船はありません。釣りをしてみた人は、これが素早く、敏捷であることが分かるでしょう。魚を簡単に追っていけるのです。

魚がどれほど速いか分かりません。魚が速くても、間違いなく付いていけるのです。ですから、釣りをすれば、誰もが惚れ込むようになっています。そのような船をたくさん売って、皆さんの生活基盤を築いてあげようとしているのに、関心のある人がいません。「その船を私たちの国で造ろう」という人を、一人も目にすることができませんでした。

9 これまでお父様がしてきたすべてのことを展示すれば、大変なものになるでしょう。木浦では、大きな船も造っています。輸送船でもトロール船でも、すべて造るのです。また韓国政府が使うフェリーボートや遊覧船など、何でも造るというのです。タンカーも造ります。図面さえあれば、どのような船でも造ることができるのです。今、韓国で造っている私たちの船は、質が良く、真心を込めて造るので、性能が良いのです。

韓国で数十万トン級のタンカーや大きな船を造っていますが、そのような船は、これから価値がなくなるでしょう。物をたくさん載せることはできますが、そのような船が入港できる港がわずかしかないので、流通構造に大きな支障があるのです。ですから、小さな船をたくさん活用する時代が来ます。そのような時が来るのを知って、既にすべて準備したので、今、韓国では私たちの会社が全体を代表し、これから希望があるというのです。

10 石膏モールド工法で造った船は、沈みません。死なないというのです。波が十メートルの高さで押し寄せてきたとき、これに逆らって十メートル跳ね上がり、あっという間に下に落ちてひっくり返っても沈まない船が、石膏モールド工法で造った船です。この船を購入して乗らなければ、津波に逆らって越えていく道がないというのです。

11 私たちが造った船は沈みません。軽いのです。船が岩にぶつかっても壊れず、沈みません。そうすれば、お金が問題ではありません。息子、娘、愛する人々と共に、良い船に乗って楽しく暮らしたいと思っても、死ぬのが心配で船を買えないのに、そのような船があるとすれば、自分の家の財産をはたいてでも買うというのです。

海で、この船さえもっていれば安全です。津波が起きて、十メートル以上の山のような波になっても、この船はそれに乗っていくのです。また、私たちの船は自動車より速いのです。普通に走れば、時速八十マイル以上で飛ぶように進んでいきます。八十マイル以上、百マイルになれば、飛行機のように浮かぶようになります。八十五マイルにさえなれば浮かぶので、船が飛ぶように進みます。その速度で上向きに方向さえつかめば浮かぶのです。空に向かって浮かべるので、雷が落ちても壊れません。

12 木材や他の材料で船のモールドを造るのは、世界的に禁止しなければなりません。石膏でなければならないというのです。石膏の原料は、石の粉です。地球星自体に、このモールドを造れる資源が無尽蔵にあるというのです。ですから、計算すれば利益になります。お父様の石膏モールドで造った船に乗るとすれば、百年後にはどれほど誇りになるでしょうか。無限の価値があるのです。モールドを一つ造るには、非常に長い時間がかかるのですが、石膏モールドにすれは、十二日で船を一隻造ることができます。

百二十ヵ国でモールドを造り、何万隻でも造れる材料が無尽蔵にあるというのです。石灰質の鉱物は、砂のようにどこにも散らばっているので、この地には無尽蔵の資源があるのです。そして、何万トンもの船も造ることができます。大勢の人が暮らせるよう、陸地のように造ることもできるというのです。そこに動植物が暮らすようになれはノアの船が問題ではありません。

13 救命ジャケットは、空気が漏れないようにしてあるので、それを着て水に入れば、人がプカプカと浮くのです。石膏モールドで造った船は、鉄板の間に空気を何百倍にも圧縮して入れてあるので、浮かぶというのです。いくら重くても浮かびます。簡単です。最初は、「石膏モールドでは駄目だ」と言っていましたが、必死に取り組んで「天艇号」を造ったのです。

遠洋漁業の前哨基地、トップ・オーシャン

真の父母様は、「トップ・オーシャン」という船を造り、人類の食糧難解決のための魚粉を生産するため、オキアミを獲る操業を南極海一帯で始められた。そして、他の魚類も獲りながら、南極の漁業活動を開拓していかれたのである

14 南極を開発するために「トップ・オーシャン」という船を造ったのですが、この船が間もなく南極に出発します。この船のほかに、さらに最新式の船を二隻造りました。アメリカは今、南極で漁労作業ができる人がいません。一旦、船に乗って出発すれば、八ヵ月から一年ほどは帰ってくることができません。家庭問題ゆえに、船に乗る若者がいないのです。ですから、私たちが代表として南極に大きな船で進出するのですが、アメリカ政府が全面的に支援しています。南極のすべての情報を、私たちのメンバーが調査してくれるからです。

15 「トップ・オーシャン」という船が南極海に行って、オキアミを獲っています。オキアミには良質のタンパク質があるので、万物を育てるための資源になるのです。すべての動物を子供のときから養って生かすことができる飼料になるというのです。それは結局、人類のための飼料です。万物のための飼料として、私たちが供給していかなければなりません。ですから、このようなことを継続していくことによって、海から人類の食糧問題を解決するのです。

16 今、南極海で操業する船が七千トン級です。ロシアの船を私たちが引き継いだのですが、二隻のうち一隻が操業に行きました。最も寒く、最も風が強く、氷山が漂っている所で操業するのです。

そこの魚たちは、氷の下に生息しています。氷の下が安心だからです。また、海の中はすべてのものがよく見えますが、氷は影ができ、隠れ家になるので、大きな氷山の下に魚が群れをなして集まっていて、オキアミの群れもそのような所にくっついて回るのです。それを剥ぎ取るように捕まえなければならないので、どれほど冒険か分かりません。

そのように大きな船は、魚倉が相当に大きいのです。今まで普通の船を買っていたのですが、魚倉が五倍以上の大きさで造られています。他の人たちはどれだけ多く獲っても一日に八十トンですが、これは一日に三百二十トンまで獲れるので、四倍です。

17 大洋では、梶木などの大きな魚を獲らなければなりません。南極に行く「トップ・オーシャン」に一度乗って、行ってきてこそ、南極と北極の状況がよく分かります。北極と南極で捕れる魚は何かが分かるというのです。南極は海が深いので危険です。氷山と闘うのです。魚たちがじっとはしていません。氷山があれば、氷山の下が魚たちの隠れ家です。ですから、魚たちが氷山に付いていくのです。

沖にいれば、通り過ぎる大きな魚たちに食べられてしまうので、氷山の下にくっついて回るのです。ですから、オキアミもそのような隠れ家である氷の下にくっついて回り、また小さな魚たちもそこにいるのです。そのためその下に網を入れなければなりません。ですから、危険なのです。この船は、氷山を砕きながら進みます。氷山をある程度砕いて近づき、魚を獲るのです。

第七節 ラスベガスとフーバーダ厶の摂理

歓楽の都市から平和の基地へ

真の父母様は、賭博と歓楽の象徴都市であるアメリカのラスベガスを善なる都市に変化させてこそ、世界を復帰できると判断され、ロサンゼルスからグランドキャニオンとフーバーダム、そして、ラスベガスまで行き来しながら、この地域を天のみ前に復帰するため、多くの精誠を尽くされた。特に、ラスベガスは、淫乱と歓楽の象微的な都市であるが、ここを、天を中心とした健全な趣味産業の本拠地に変化させることにより、アメリカと世界を復帰するための重要な基地にしようとされたのである。

1 ラスベガスでは、時計を気にする必要がありません。そこに入れば、二十四時間、電気がついていて昼と同じなので、時計が必要ないというのです。お金を持っていけば、八〇パーセントは失うようになっています。

このラスベガスは、グランドキャニオンとフーバーダム、そして、ロサンゼルスによって、淫乱の王国になってしまったのです。ここを放っておいて、どのように天国を築くことができますか。グランドキャニオン、フーバーダム、ラスべガス、ロサンゼルスがアメリカ文化の主流的な谷間であり、基本の文化なのですが、ここをサタンが所有しているのです。これをすべて占領しなければなりません。

2 ロサンゼルスからグランドキャニオン、フーバーダム、ラスべガスの遊興団体を消化できなければ、平和世界が実現されないのです。ここを完全に一八〇度違う方向に目的を立て、消化できる道に着手し始めることを決定しました。世界的運動において、神様が背後にいるので可能なのです。

ここで、皆さんが自信をもって立ち上がれば、すべてのことをつないでいけます。趣味産業は、遊興団体と関連しています。これをすべて消化できなければ、天国を築けません。この世の中を、どのように解放するかが問題なのですが、その答えをもっているのは私たちしかいないのです。そこにまで手を付けなければなりません。

3 アメリカが世界の頂上の指導国家として、強い力をもつようになった三大要素が、グランドキャニオンとフーバーダム、そして、ラスベガスです。神様が造られた創造物として、グランドキャニオンのような所はほかにありません。その次に、人間の力で開発し、どの民族でも来て暮らせるようにしたのがフーバーダムです。そして、ラスペガスは、フーバーダムを中心として砂漠の中に造った都市で、世界に誇り得るすべての実力を移し、貯蔵しておいた倉庫のような所です。

その次は、ロサンゼルスです。そこは俳優学校があり、新しい文化をつくる本拠地として有名な所です。世界的な終末時代になって、誰であってもその地域を知らなければ、新文化、新しい開拓時代を知ることができないのです。さらには、これから天の国の文化がここに連結されるのです。

4 ラスベガスは今、文化の中心地になっていますが、フーバーダムを建設しなかったならば、砂漠によって人々は水も飲めなかったでしょう。フーバーダムを造ったので、七つの州の飲料水問題が解決したのです。百年間飲んでも、水が涸(か)れないフーバーダムができました。また、電気が生産されるのです。

コロラド川の端にロッキー山脈があります。そこはトルネード(竜巻)が発生する危険地域で、深い谷間になっています。そこに接している五つの州は沃土のような州になり、最大の電気生産量を中心に、南部の文化都市が造られたのです。その地域を総合して、「すべての環境条件を一ヵ所にまとめ、文化世界を創造しよう!」と言って造ったのがラスベガスです。今や宗教が、ここに定着して影響力を発揮できなければなりません。ここを再び生み変えなければならないのです。

5 アメリカでロサンゼルス、グランドキャニオン、フーバーダム、その次にラスベガスを知らなければ、アメリカ文化の盛衰の道を知ることはできません。滅びる人の後ろには栄える人が付いて回り、栄える人の後ろには滅びる人が付いて回って、二人がカインとアベルのような関係になっているのです。そこでカイン的なものは、正してあげるのです。

絶対「性」を主張する看板を付け、淫乱な人は来ることができないようにしなければならず、アルコールや女性やばくちに溺れる人は来ることができないようにしなければなりません。そうして、健全な趣味産業機関を動かすのです。ここに流入するお金は、アメリカのお金だけではありません。世界的な秘密資金が底に流れ込んできて、頂上から流れ出ていっています。それが、世界を滅ぼす悪の動力によって動くので、そのまま放っておくことはできません。

6 アメリカを滅ぼす本拠地がラスベガスです。ラスベガスの首根っこをしっかりつかみ、天の機関として使用すれば、平和の王国がそこから花を咲かせ始めるのです。腐敗の本場で、摂理の花が咲く基盤が生じるのです。

私は、ラスベガス、ロサンゼルスを二十年間、研究しました。そこで何が悪いのか、隅々まで知っているのです。それに手を付けるなら、きれいに整理するのです。知った以上は、整理しなければなりません。

教育と難民のために使うべき収益金

ラスベガスには、途方もない額の金銭が行き来する。真の父母様はラスベガスを、天を中心とした健全な地域にし、ここから出てくる莫大な経済的利益を、全世界の貧しい国の人材教育と、飢餓救済事業のために使おうとされた。そして、このような計画を実践できる指導者たちを育てるために努力されたのである。このような摂理のための基地として、ラスベガスに建物を購入され、天和宮と命名された。

7 ラスベガスは淫乱の王土です。これを消化しなければなりません。お父様は、ロサンゼルスとラスベガスがどのように悪いのかをよく知っている人です。賭博場に行っても、親分にならなければなりません。淫乱の世界に行って、無知であれば、いつもだまされるのです。マフィアたちが望遠鏡をのぞいて、すべてのことを調べていて、一つもだますことができない環境になっています。

それを消化し、そこから得られる収益の半分をカイン世界の息子、娘たちを教育する費用として使わなければならず、その次に、世界で毎年飢え死にする二千万人を助けてあげることができる平和の基地に転換させなければなりません。そのようにしてこそ、この地上に神様のみ旨の基盤ができるのです。

8 皆さんに募金運動をさせるつもりです。国連で募金運動をするのです。大富豪たちからも募金してもらいます。韓国にはお金持ちがどれほどいて、平均的な財産がいくらかを評価し、寄付金として捧げてもらうようにするのです。そのようにして、これからその半分は貧しい生活をするカイン世界の息子、娘たちを勉強させるために使わなければならず、残りの半分は避難民のように食べられずに死んでいく約二千万人を助けるために使わなければなりません。

そのために、世界の賭博場、カジノのようなものだけでなく、ラスベガスまでも天が引き継ぐのです。主人に銀行の利子以外は返さず、利益金の半分はカイン世界の貧しい人々を教育することに使わなければなりません。超民族、超国家的な面で天才たちを勉強させて、人材として用いることができる時代が来るのです。そして、飢餓で死んでいく二千万人のためにラスベガスに関心をもつのです。

9 私一人では、世界にすべて責任をもつことができませんが、人々を呼んで、指導者の訓練さえすれば可能なのです。どこに行っても、主体的な位置にいれば、相対世界はいくらでも選定して消化し、指導できるのです。そのような道も、いくらでもつくることができます。皆さんがそのようにできる実力者になっていないので、特別教育を再びしなければならないというのがお父様の計画です。

西部において、シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルスとサンディエゴまで四大都市を中心として訓練さえすれば、観光産業とレジャー産業で、指導層としての経歴をすべて備えることができます。ラスベガスに行って、グランドキャニオンからフーバーダムまで連れて回りながら教育すれば、天下にそれ以上の実力者がいなくなるのです。お父様が訓練すれば、そのようになるので、誰でもできないことがありません。

10 ラスベガスに家を買いました。その家に「天和宮」という名前を付けました。「天和」の「和」は、和合の「和」の字です。のぎへんに「口」と書きます。この文字の意味のように、一日に三食を食べられない人がこの宮殿に来れば、御飯を食べさせてあげるのですが、お金を出したい人は出し、出したくない人は出さずに、ただ食べていきなさいというのです。

11 ラスベガスのレジャー産業を、アジアとどのように関連づけるかが問題です。アジアの発展と連結させることを考えて、お父様は行き来しながら、そこに寄るのです。観光産業の一つの脈としてそこを生かすためには、どのようにするかというのです。それを誰も考えません。世界がそこのすべてのものを流れていく文化と考え、消えていくものと考えていますが、そのように考えてはいけないのです。

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第十篇 第三章 ジャルジン宣言と真の家庭理想共同体教育発

第十篇 第三章

ジャルジン宣言と真の家庭理想共同体教育発

第一節 パンタナールと新しい希望農場

源焦聖地として奉献したパンタナール

ブラジルのパンタナールは、神様が創造されたすべての生命体が、アマゾン川を中心に本然の状態で存続してきた所である。真の父母様は、パンタナールを源焦聖地、根源聖地、勝利聖地として奉献することによって、神様が創造された本然の自然を愛する基準を立て、第四次アダム圏時代に、創造本然の地上・天上天国を建設するための新たな出発地にしようとされたのである。また、ブラジルのジャルジンを中心に新しい希望農場を建て、自然と人間が調和して暮らしていく共同体実現のためのモデル的な空間にしようとされた。中南米摂理は、プロテスタント中心の北米とカトリック圏である中南米を一つに束ね、世界平和を実現するという目的で推進された。

1 パンタナールは、源焦的自然環境が整っています。魚から動物、植物が模範的な立場で備えられているので、アダムとエバが創造されたあとの地球は、正にこのような場所だろうと考えるのです。

ですから、そのような創造理想的な摂理のみ旨を抱いていた神様のみ前に、今、堕落した人類の先祖のゆえに生じた受難の道を通過して完全に抜け出し、解放されて最初の出発をすることができ、完成した第四次アダム時代を迎えるための新しい天地、新しい地上・天上天国を連結して着地させる出発基地が、このパンタナールにならなければならないというのです。

恐らく、アダムとエバも寒い所では暮らせなかったでしょう。ですから、神様は、アダムとエバのためにすべての万物も造り、この愛の家庭のために、千秋万代の後代において、これらを愛し、これらを管理、育成して暮らせるように、このような環境を祝福したと考えるのです。それゆえ、ここが、神様が最初に出発する聖地だというのです。源焦的な聖地です。最初だというのです。その次には、成約時代を出発し、地上・天上天国を開門する家庭的出発地になるというのです。

2 パンタナールを中心として、昆虫博物館、動物博物館、植物博物館、魚族館(水族館)を造らなければなりません。今まで神様が造ったものの中で、どれ一つとして絶滅していない本然の基準を中心として、愛することができるようにしようと考え、このパンタナールを源焦聖地、根源聖地、勝利聖地と言いました。愛したのです。結論を下せば、魚も「私」のために、樹木も私のために、緑地帯も私のために、動物も私のために創造したというのです。ために生きる愛を中心として、私のために生まれたので、私がために生きるときに、初めて平和の世界が訪れるのです。

3 真の父母様と統一家が行くすべての道を前にして、全体の先頭に立ち、今やサタンを屈服させて、天使長に命令できる時代を迎えました。そのような最初の出発基地として、このパンタナールが源焦的な基地にならなければならず、根源的な基地にならなければならず、勝利の聖地の場所にならなければなりませんので、万民がここを追慕しながら精誠を捧げ、天の福を集めて、一家、一国家、一世界の前に、自分たちによって伝授できる真の父母たちになることを約束する基地になるよう、お許しください。

ここを愛し、ここを守り、ここを自分の体のように、家庭を中心として国家全体が、神様の体の相対的存在としての出発基地をもてるようにしてくださったことを感謝いたします。

全体、全般、全権、全能によって主管してくださり、天に直行できる祝福の基地をここに選んで、父のみ前に奉献いたしますのでこの場を貴いものとして御覧になってください。

天の祝福の恩賜を根づかせ、万世の地上・天上天国をカバーして余りある精誠の血がにじんだ心情が連結され、新しい血統を通して御自身の愛を中心として、千秋万代、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を果たせるようにしてください。祝福を受けた子女の家庭が一つになるようにしてくださり、先祖の伝統を受け継ぎ、余すところなく忠孝の道理を決意できる万世の後代、子孫たちになれるようにお許しくださることを、切にお願い申し上げます。この時間、この場を源焦聖地、勝利聖地、根源聖地として選定し奉献いたします。

4 サロブラとパンタナール、その次にジャルジンは、これから世界的な観光の名勝地になるでしょう。霊界と肉界が連合できる内容を、ここで宣布しました。水陸、水と地が連結される所です。水陸が連結され得るすべてのものを決定していくのです。

5 私が今回発見したのは、南米、特にブラジルを中心としたその膨大な地域が、険しい山ではないということです。徐々に平地から連結され、千メートル以上の高地になっています。雨が降れば、丘のような所から四方に水が流れていくので、川がどれほど多いか分かりません。これが山脈になっていれば、大きな山脈に従って川がいくつか形成されるのですが、同じ平地になっているので、川筋がたくさんあるのです。

川が流れては合わさり、また分かれて進むのです。そして、高地によって気温が違います。海に棲む魚たちは、温度によって棲む種類が違います。ですから、あらゆる川の中で、自分たちが棲んでいる温度に該当する地域を中心に訪ねていって生息し、卵を産むのです。東側や南側、北側など、地域が異なっても、同じ温度であれば、何百メートル高い所にも同じ種類の魚が暮らしています。ですから、数多くの種類の魚がいるのです。

6 心を一方向に二十四時間集中させて、精誠を尽くすことができるのは釣りしかありません。ですから、二十五年間、船に乗りました。目さえ開ければ、海に出ました。今や真の神様の解放圏を成し遂げたので、釣りを終えるのです。それで、コディアクに行って「四・四節」を宣布してからは、釣りをするのではなく、今からは魚を愛さなければならないというのです。

魚を捕まえることが問題ではありません。魚から愛し、万物を愛して、種の絶滅を防ぐ責任が、父母様と統一教会員にあるというのです。

源焦的なすべての万物がいる所がパンタナール、アマゾン川流域を中心とした地域です。ここには、神様が創造したものがそのまま残っています。これをそのまま放っておけば、すべていなくなってしまいます。無知な人々がここに来て、「釣りをしてはいけない」と言っても釣りをし、網でも魚を捕まえます。それを制限しなければなりません。これを誰かが保護し、愛さなければならないというのです。お父様は、ここの生物の絶滅を防ぐために、海の魚を代わりに祭物とするのです。神様を解放するために、祭物が必要なのと同じです。犠牲にならなければなりません。

7 神様は、怨恨の歴史を経ながら、すべてのものを審判しましたが、魚の世界には審判がありませんでした。ノアの時に洪水審判をしたと言いますが、魚は死んだでしょうか。山の頂上にまで水が満ちるやいなや、水が流れる谷間にいた魚が、その世界のすべてのものを餌として吸収できる自由天地になったのが、ノアの審判の時だというのです。

人間の根本は、水中から発展してきました。そのような基準を中心として神様が創造したので、お父様もパンタナール、水の世界の南米を訪ねてきたのです。南米には、神様が創造した源焦的なものがそのままたくさん残っています。他の所では絶滅したものも多いのですが、ただ一つ、パンタナールを中心とした地域とアマゾン川流域には、多くの種がそのまま残っているのです。

8 天理の道理は、良いものは必ず悪いものを消化し、永遠の権威となり得るその何かをもって生きる人は、人生の永遠の勝利者になるということです。それが真の愛です。谷間も好み、頂上も好まなければならないというのです。お父様は、谷間を嫌い、頂上だけを好むのでしょうか。違います。ですから、パンタナールを訪ねてきました。

水深が深いその場に、世界のすべての深い所に棲むものたちが展示されています。ですから、おもしろいのです。北半球で見ることができない、あらゆる種類の生物がいるというのです。それが魅力的なのです。このようになっているのに、海へ行って海の魚を釣るのですか。海の魚は、いくら釣っても歌を歌えません。ここに来て見てみると、歌を歌えない魚がいないというのです。魚を釣ってみると、その歌が千態万象です。オーケストラ以上に美しい歌を魚が歌うのを聞くと、どれほど神秘的か分かりません。

9 ジャルジン付近にあるペルジードは、農業をしたり、果樹園をしたり、植樹をしたりするのに最も理想的な土地です。ブラジルで一番良い土地であり、南米で一番良い土地だというのです。

南米には主に野原だけがあるのですが、ここには山もあります。韓国の風土です。山が多く、水が澄んでいます。澄んだ湖のような川が流れています。南米では澄んだ川を見るのが本当に難しいのですが、ここだけは、きれいな川があるのです。その澄んだ川が流れる所に、二十二の滝があります。これが、私たちの土地にすべて入っているというのです。イグアスの滝はその一つですが、ここは観光地としてこれ以上良い所はありません。水泳もすることができます。

そこにはドラドという魚をはじめとして、たくさんの魚たちがいます。ただでさえ、釣りをすればよく食いつくのに、食べる物を与えれば、飛んできて食いつくというのです。子供たちが一度来さえすれば、そこで暮らそうと大騒ぎするでしょう。周囲の人々は、「レバレンド・ムーンはなぜジャルジンに関心があるのか」と言いますが、そこに来て見てみれば、「いやあ!ここは天国のようだ」と言っているのです。

10 私が南米に行って驚いたことが一つあります。数千、数万匹の鳥が集まって音楽会をしているのか、「チェッチェチェッ」と同じ声を出しているのですが、拍子を合わせて鳴くのです。それが素晴らしいというのです。「鳥のオーケストラとは、あのようなものなのだなあ!」と思いました。昆虫オーケストラ、鳥オーケストラ動物オーケストラ人間オーケストラ、このようなオーケストラが一緒に交わって演奏するのが、この世で最高に素晴らしいオーケストラでしょう。神様はそれを聞きながら酔いしれ、気分が良くて喜ぶのです。

また、南米に行って私が発見したことは、歌を歌えない魚がいないということです。北半球の魚たちは、歌を歌えません。南米はいつも春か夏であり、いつでも花が咲き、いつでも食べる物が多くあります。ですから、歌を歌うしかすることがないので、魚も歌うのだと思います。しかし、北のほうでは、四ヵ月の間、冬眠しなければなりません。ですから、歌を歌えないのでしょう。

水のある緑地が、人間が暮らせる理想地帯であると同時に、動物やすべての生物が棲める理想地帯です。そのような緑地に幸福を感じられる天国をつくり、人間として、動物と共に踊りを踊りながら人間オーケストラ動物オーケストラ、自然オーケストラがあるその環境で楽しんで暮らす人が、天国で最も良い所に行くでしょう。

ジャルジンの新しい希望農場

真の父母様がブラジルのジャルジンを訪ねられたのは、一九九四年十二月八日のことである。この時、ここで釣りをされながら、新しい希望農場を建て、神の国を建設する実践道場とされた。真の父母様が、生態系がきちんと保存されているジャルジンに新しい希望農場を建てられたのは、神様が太初に創造しようとされたエデンの園、すなわち、理想共同体を実現するに当たって、この地域が適合していると考えられたからである。そのため、世界の人々が集まり、兄弟愛を体恤しながら、自然と共に生きていくことのできる共同体訓練をこの場でされたのである。昔からジャルジンは、「主が来られる場所」という預言が伝えられていた。

11 ジャルジンで世界を一つにする活動をするのは、万国平等主義の思想的基盤を急いで必要とするからです。超民族的な環境を必要とするので、ジャルジンで行うのです。ジャルジンというのは、本来、ガーデンです。ガーデンとは、エデンの園のことを意味します。昔、預言をする神父たちが、「ジャルジンに主が来る」と言ったというのです。ですから、多くの人が、この新しい希望農場がある所は、福を受ける場所だと預言したのです。ここは海抜九百メートルの所にあるので、熱帯地方の榖物と寒帯地方の植物が、どこにでも育つ良い地域です。稲でも何でも、簡単にできるというのです。

12 地を愛してこそ、万物を愛することができ、万物を愛してこそ、すべての動物と万物の霊長である人間を愛することができ、人間を愛してこそ、神様を愛することができるのです。皆さんは、地と万物と人を愛するとき、どこに行きますか。ブラジルにある私たちの新しい希望農場に行かなければなりません。そこは世界、天地を代表します。世界百六十ヵ国のすべての動物たちを代表します。

その地域には、鳥と昆虫、魚、名前も知らない木がどれほど多いか分かりません。それで、「いやあ!愛を交わすとすれば、本当に素晴らしい愛を交わすだろう!」と考えました。朝は鳥のさえずりで眠りから覚めます。様々な色の鳥がいるのです。

アメリカでは、秋になると昆虫たちのオーケストラがあると言いますが、南米には鳥のオーケストラがあり、魚のオーケストラがあります。歌を歌えない魚がいません。そのような意味で、私たちは地を愛さなければなりません。

13 万物がノアの箱舟に入ったのと同じように、新しい希望農場にすべてのものが入ってくるようにするつもりです。そこには博物館もあり、動物園と植物園はもちろん、湖を中心とした養殖場もあり、山を中心としては狩猟場もあるのです。

その次には、大洋にまでも通ずるようにします。ですから、世界のあらゆるものを備えるのです。今後、世界のあらゆる博物学者、植物学者、農学博士、科学者は、ここに集まるでしょう。世界一の工場を移してこようと思います。ですから、ここが理想的な国になります。創造以来、理想的なすべてのものがここに集中して、万民の教材としてエデンになるのです。

14 新しい希望農場に、世界にない一番の牧場を造るつもりです。そうして、世界の牧場を運営している人々が、「新しい希望農場に行って学ぼう」と言えるようにします。それから、博物館を造ろうというのです。博物といえば、石と植物と動物がすべて入ります。そうして、新しい国を創建するために、建国の支えとなる家庭を築き、そのような村をつくり、都市をつくり、国をつくっていくのです。それが、歴史になかった「天国」という名をもつことになる、私たちの国です。

15 お父様は、海を愛しています。水を愛しています。水はすべての生命の根源です。水は、すべてのものを抱き、消化するのです。

ジャルジンに行けば、ミランダ川とラプラタ川があるのですが、その二つの川は陰陽の関係です。ラプラタは澄んだ水ですが、ミランダは泥水です。ミランダ川では泥水になっていても、渦によって澄んだ水が流れ込んでくれば、ためらわずにぐるぐる回って入っていきます。泥水なので色が変わるのですが、流れ流れて時がたてば、再び元の色を取り戻し、澄んだ水になれる力をもっているのです。

神様と真の父母様の思想とは何でしょうか。水は、成長する生命体の端まで上る力があります。数千メートルの地中にも入り込める力があるというのです。関係をもたなかった所がないので、神様の所有圏になります。そのような思想を引き継いだのが統一教会なので、統一教会員たちが行く所では、神様を身代わりできる水のような使命を果たさなければなりません。

すべてを抱き、消化して、万物の前に誇り、その次に、すべてのものを激励して、新たに変化させられる力にならなければなりません。

16 ジャルジンにある川の名前は、ミランダとラプラタです。金の水と銀の水です。水の中で一番だというのです。この世の土地は黄土色です。金色です。霊界に行けば、銀色や白金色です。その二つの川が一つになる所に私が釣り場の王宮、水王宮を造ろうと思います。

人の体は、三分の二が水です。すべての万物は、水を使っています。生命体は、水によって存在するというのです。それが公式です。地上の生命体すべてが、水によって生きるのです。ここは、そのような表示的条件に適合した土地です。父母様と世界の人々がこの水の流れを抱くようになれば、世界、天地のすべての生命が抱かれることを象徴しているのです。

第二節 サンバウロ宣言とジャルジン(Jardim)宣言

サンパウロ宣言

真の父母様は、一九九五年三月三十一日、第三十六回「真の父母の日」を迎え、ブラジルのサンパウロにおいて、「世界基督教統一神霊協会」を創立した一九五四年以降の四十年を締めくくり、新たな四十年路程を出発するという意味の「サンパウロ宣言」を宣布された。これを基盤とした「ジャルジン宣言」が、八度にわたって発表された。

「サンパウロ宣言文」

真の父母様は、過去四十年間、個人から天宙まで、また僕の僕から神様まで段階を上げながら、犠牲と真の愛によって蕩減復帰路程を勝利してこられた。第三十六回「真の父母の日」を期して、全世界の統一教会員たちが真の父母様のこの勝利の基台を相続し、私たちの責任分担期間となる第二次四十年路程を出発することを宣布する「サンパウロ宣言」を発表された。

み旨の道には「自分」というものがあってはならず、ゼロ、すなわち無の境地に入っていかなければならない。驕慢や個人主義は禁物である。真の父母様の伝統的な生活は、神様のみ旨を成就してさしあげるという一念で、地を愛し、万物を愛し、人を愛し、神様を愛してきた、すなわち真の愛を投入してきた生活である。このような真の父母様の生活伝統を相続しなければならない。それゆえ、私たちはみな、地と万物と人と神様を愛しながら、氏族(的)メシヤの使命を完遂する真の愛の

実践伝統を継承しなければならないのである。

第二次四十年路程の出発は、第三十六回「真の父母の日」である一九九五年三月三十一日であり、(これは)二世中心の、また祝福家庭ごとに成就すべき、私たちの責任分担期間である。真の父母様が縦的、横的に勝利された基台を相続する私たちの責任分担は、天宙復帰までではなく、氏族メシヤの使命を完遂した家庭が心を合わせて一体となり、国家を復帰するところまでである。したがって、四十年期間がすべて必要なのではなく、各自の信仰と責任分担をどのように果たすかによって、四年や七年で成就することもできるのである。

このような時点において、真の父母様が南米で理想村と理想的な国のモデルを造る活動を始められた摂理的意義は非常に大きい。南米摂理は、神様が立てられたアベル圏の勝利と祝福をカイン圏にまで移し、広げる摂理である。アベルの位置にある北米のプロテスタント圏の基盤を南米のカトリック圏に移し、一つにする摂理である。その次に、その一つになったアベル圏の勝利をユダヤ教圏に連結して一つにし、さらに、一つになった広いアベル圏の勝利をイスラーム圏に連結させて大きくし、その大きく広がったアベル圏の勝利と祝福を他の宗教圏にまで連結させるのが、未来の摂理の方向である。北米をはじめとする世界の統一教会は、精誠を尽くして南米を支援しなければならない。真の父母様の勝利圏を私たちが相続するように、私たちは、私たちのカイン圏が神様の祝福を受けるように、範囲を広げながら精誠を尽くさなければならないのである。

1 サンパウロ宣言とともに、南米前線に大移動するのです。ですから、「アメリカを離れると発表しなさい」と話しました。父母様はアメリカを離れ、南米に移動するというのです。ですから、すべての制度と機関を縮小するのです。アメリカに投入していたすべての経済力と人材を南米に投入します。今や、理想的な国をつくらなければなりません。理想的な家、理想的な村、理想的な都市、理想的な国家をつくらなければならないというのです。

ジャルジン第一宣言——絶対信仰、絶対愛、絶対服従

真の父母様は、一九九五年四月三日に発表した「新しい希望農場宣言」がジャルジン第一宣言であると語られた。この宣言には、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を基に、真の父母様の生活に倣い、理想的社会、理想的国家のモデルを立てる方案が含まれている。

「ジャルジン第一宣言」

今日の世界は、性道徳の紊乱(びんらん)と家庭破壊、そして、個人主羲の澎湃(ほうはい)により、深刻な人間危機に直面している。また、一つしかない地球の環境汚染と公害は、人類の存在自体を脅かしている。全人類は、いつどんな時よりも、他の人と共に協力し合い、愛し合う実践運動を必要としている。また、万物と自然を愛し、大切にすべき環境保護運動が切実に求められている。特にこの運動は、宗教者たちが率先して取り組まなければならない。真の父母様は早くから、「人間のために創造された自然万物を愛さなければ、人間を愛しているとは言えず、神様の実子として造られた人間を愛さなければ、神様を愛しているとは言えない」と教えてこられた。

神様を愛する人が、その神様によって子女として造られた人間を愛するのは、当然のことである。さらには、神様が人類のために造ってくださった自然を愛することなく、どうして人類と神様を愛していると言えるだろうか。理想的な社会や国は、すべての人が国境と皮膚の色を超越し、互いに協力して調和を形成し、幸福に生きていく社会である。この社会は、人々が唯一なる神様の息子、娘であることを自覚し、真の父母を中心として皆が兄弟となった大家族社会である。そこは、血統と所有権と心情を復帰した祝福家庭が、真の父母の言語、真の父母の文化のもと、自由と平和と統一の世界を実現する所である。

人々は、神様の心情文化の中で共生、共栄、共義の生活をするようになる。それゆえ、この世界は、腐敗や不正、そして、戦争や罪悪と無関係であり、人類は地球環境に対する公害の要因を取り除き、万物に対しては真の主人として愛し、保護しながら暮らすようになっている。その世界において、生活のための活動と作業は、他のために生き、愛する心情に基づいた喜びの奉仕であり、実践である。したがって、構成員の生活水準は平準化される。教育は、すべての文明の利器を活用して受けるが、知識教育、体育教育、技術教育はもちろんのこと、祝福家庭を土台とした心情教育と規範教育を優先することにより、天道に従う善民を育てる教育となる。このような理想の実践は、真の父母の思想、すなわち、「ために生きる」真の愛の理念でなければ不可能である。

アダムの堕落によって信仰を失い、復帰の道を運命的に行かなければならない人類は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従が必要である。神様が宗教を立てて摂理されるのも、この目的のためである。ノアのような勝利的人物の絶対信仰が貴いのも、このことゆえである。真の父母様は、地上だけでなく、霊界における壮絶な霊的闘いにまで勝利してこられながら、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の実体になられたのであり、その勝利基盤を今や私たちに相続させてくださるのである。私たちは、実践によって真の父母様のこのような伝統に倣い、また地と万物と人と神様を愛してきた真の父母様の生活に倣って、そのごとく生きてこそ、理想的な国のモデルをつくることができるのである。

新しい希望農場は、正にその実践のための訓練場である。投入し、また投入しながら、地と水と自然を愛し、万国の人々が一ヵ所に交わって兄弟となり、神の国を創建する実践道場である。ここで成果を収め、万民に示してあげることにより、人類が皮膚の色と文化と国家を超越して、どのように愛の共同体を築くのかを教育するであろう。また、自然万物を愛して大切にする模範を示すとともに、すべての地球環境をこのような思想によって、国際管理しなければならないことを悟らせるであろう。人類が戦争と飢饉と犯罪をなくし、平和に生きていける手本をここで見せるであろう。世界百六十ヵ国の宣教国から人的・物的支援を行い、祈りによって声援を送るであろう。世界の青年たちがここで訓練を受け、実践経験を得て自国に帰り、その国を理想的な国につくり上げることの先頭に立つであろう。まず各大陸別に支援を行い、また、四十ヵ国からは第一次として五人ずつ派遣するが、一九九五年五月一日からそれぞれ二人ずつ先に送り、この歴史的な運動に同参させるであろう。

2 第二次四十年路程を、ジャルジン農場で宣言しました。ジャルジンはこれを宣言した所なので、今まで四十年間に経てきたすべてのことを再編成して、新しい時代に越えていくために、歴史的材料を残さなければならないのです。

お父様を主体として、このジャルジン農場を中心として活動し、この南米で新たに伝統をつくろうとするすべてのことの先頭に立った人々は、スペイン系でもなく、アングロ・サクソン系でもなく、ゲルマン系でもない、東洋人たちです。東洋人たちが来て、このことをするのです。

統一教会は、今まで歴史上、東洋にもなく、西洋にもなかった団体です。

この統一教会は、個人を革命し、家庭、氏族、民族、国家、世界を革命しようとする団体です。堕落した世界とは違う、新しい世界を形成、創造しなければなりません。

創造をするときには今まであったものを創造するのではありません。ないので、再び創造しなければならないというのです。再び創造する材料は、新しいものではありません。今まであったものをつくり直して、再創造しなければならないのです。

3 ジャルジン宣言は、第二次四十年路程で守るべき絶対信仰、絶対愛、絶対服従について発表したものです。エデンの復帰です。エデンに帰ってきたというのです。エデンに帰って、神様の絶対信仰、絶対愛、絶対服従の相対平衡基準に立たなければなりません。そのためには、私たち自身もすべての万物を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をする自らにならなければなりません。神様に似ることができるように、与えなければなりません。受けたので、完全に、絶対的に与えなければなりません。絶対的に犠牲になり、与えることができてこそ、この運動が広がるのです。愛は授受作用を続けます。それで、ジャルジンで「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」の宣布をしたのです。それにより、堕落していない万物全体、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の上に造られたこの世界をすべて管理することができ、同一圏において接触することができるのです。

統一教会の祝福は今、十二の峠を越えました。三億六千万双まで十二の峠を越え、地上に着陸する時になりました。三億六千万双まですべて行ったので、サタンの血統を根絶できるようになったのです。それにより、神様が願う理想的な真の家庭、神様と共に暮らせる栄光の真の家庭を築いて、生きることのできる時代に入ったのです。

ジャルジンでは何をするのでしょうか。祝福を受けた家庭が、縦的には上がってきましたが、横的基準に立つことができていないので、今からは横的基準で神様と共に生きていける家庭を築かなければなりません。そのために、世界平和のための理想家庭教育センターを造り、今まで祝福を受けた家庭を新たに教育するのです。神様の絶対的栄光の家庭に同参できる内容を、再び訓練しなければならないのです。それがジャルジンの家庭訓練です。

4 絶対信仰、絶対愛、絶対服従という概念は、神様から生じたのです。神様御自身が、絶対信仰をもって創造しました。また、神様が、他の体としてではなく、一つの体のように思う一体理想をもって創造したのです。神様御自身が完全に服従したのです。この理想的実体に対して、完全に投入しました。投入して忘れ、永遠に投入して忘れてしまったのです。完全服従の概念の上に立っていた主体者が、神様だったというのです。

皆さんは、「絶対信仰、絶対愛、絶対服従」と言えば「ジャルジン宣言だ」と言いますが、それは父母様を中心として、皆さん自身が絶対に信じなさいということではなく、そのような主体に、皆さん自身がならなければならないということです。皆さん自身が、絶対信仰の実体、絶対愛の実体、絶対服従の実体にならなければなりません。そうしてこそ、神様の対象になるのです。それが公式です。神様がそうなので、その相対になる人も、自然にそうならなければなりません。

5 ジャルジン第一宣言は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。神様が天地を創造するとき、この三つの概念の上で創造したのです。

統一教会員たちは、お父様の進むところに対して、どのような疑いももってはいけません。批評をしてもいけません。絶対愛の道です。どのように出発をしても、結果的に答えは一つです。永遠に一つです。昼と夜が過ぎ、季節が過ぎ、生命が尽きても、永遠に神様の答えは同じだというのです。

ジャルジン第二宣言 - 絶対、唯一、不変、永遠の神様に似た者となろう

真の父母様は、一九九八年八月七日、神様の四大属性である絶対・唯一・不変・永遠性に似た子女、夫婦、父母となり、地上天国の永遠なる基地である真の家庭を完成しなければならないという内容のジャルジン第二宣言を発表された。

「ジャルジン第二宣言」の要旨

神様は、絶対、唯一、不変、永遠なるお方である。私たちは神様の子女なので、神様の属性に似て、絶対子女、唯一子女、不変子女、永遠子女にならなければならず、絶対夫婦、唯一夫婦、不変夫婦、永遠夫婦として生きなければならない。そして、絶対父母、唯一父母、不変父母、永遠父母にならなければならず、絶対家庭、唯一家庭、不変家庭、永遠家庭として完成しなければならない。神様は、絶対なる真の父であり、唯一の真の父、不変の真の父、永遠の真の父である。そのような父は、絶対、唯一、不変、永遠の息子を探し求める。そのような息子、娘たちは、絶対夫婦、唯一夫婦、不変夫婦、永遠夫婦にならなければならない。そうして、彼らが安着するための家庭が、絶対家庭、唯一家庭、不変家庭、永遠家庭である。そのような家庭が、神様と共に生きることのできる地上天国の永遠なる基地なのである。

6 第二次ジャルジン宣言は、絶対、唯一、不変、永遠の父母、夫婦、兄弟、子女と家庭を完成しなければならないというものです。これが第二次ジャルジン宣言です。これは、家庭だけではありません。絶対、唯一、不変、永遠の氏族、絶対、唯一、不変、永遠の国家、絶対、唯一、不変、永遠の世界、絶対、唯一、不変、永遠の地上天国を完成しなければならないというのです。それが、神様の本来意図していた創造理想です。家庭から出発し、氏族を連結するのです。そうして、絶対氏族、絶対国家、絶対世界、絶対地上天国、絶対主人であられる神様まで連結するのです。

神様は、真の父母、真の師、真の王です。人間にとって最も貴いのは、父母であり、師であり、王ですが、神様はそのような三つの格をもっていらっしゃり、その上に絶対、唯一、不変、永遠の性稟をもっていらっしゃるのです。皆さんは、そのような神様の子女として立たなければなりません。そうすれば、神様が上から直接降りてくるのです。神様と同じ価値をもつというのです。

ジャルジン第三宣言——第一創造主、第二創造主、第三創造主になりなさい

真の父母様は、一九九八年八月二十一日、ジャルジンの世界平和理想家庭教育本部において、第一回四十日修練会の修練生に対して二世教育の重要性について語られ、「第一・第二・第三創造主になりなさい」という旨のジャルジン第三宣言を発表された。

「シャルジン第三宣言」の要旨

神様は、第一創造主としてアダムとエバを創造され、アダムとエバは第二創造主として私たちを創造した。それゆえ、私たちは第三の創造主になる。神様にとっては息子、娘(アダムとエバ)を失った悲しみも大きいが、孫をもつことができなかった恨もある。三代が第一創造主と同じ心情をもち、一つの家で一緒に暮らさなければならない。

7 ジャルジン第三宣言は、神様は第一創造主であり、アダムは第二創造主であり、アダムの子孫は第三創造主だというものです。第三創造主は、神様の完成を実現できる人のことを意味します。神様の解放と父母の解放を成し遂げてさしあげられる人だというのです。ですから、その第三創造主、アダムの子女は、第三次実体王国を創造する主人です。人間にはそのような価値があるのです。

8 ジャルジン第三宣言は、第一創造主、第二創造主、第三創造主に関するものです。創造主は堕落できません。神様は堕落することはできないというのです。神様は無形の創造主であり、アダムは有形の創造主ですが、愛の理想である四位基台を造成することができませんでした。アダムとエバの四位基台を造成することができず、アダムの息子、娘の四位基台を造成できなかったので、実を結べなかったのです。実が腐ってしまったというのです。

9 ジャルジン第三宣言は、第一創造主、第二創造主、第三創造主に関するものです。無形の神様御自身が創造したというのです。無形の神様は第一創造主、アダムは第二創造主であり、アダムの息子、娘は無形と実体の両方の父母の愛を受けて、霊肉界の統一的な実を結んで完成することにより、霊界と肉界の完成圏をもたらす第三創造主の基盤をもつことができるのです。

創造主は、永遠に堕落することができません。神様が堕落できますか。第一創造主の愛に、第二創造主が永遠に一体になれば、堕落することはできず、その息子、娘も堕落することができません。そのようになる時代が来たのですが、いまだに神様と宿命の父子関係が結ばれていません。夫婦関係も結ばれていません。子女関係を結ぶことも宿命的課題です。

ジャルジン第四宣言——宿命的提案解怨

一九九八年八月二十八日、ジャルジンの世界平和理想家庭教育本部で挙行された第二回「七・八節」の敬礼式において、国家メシヤと四十日修練生が参加する中、真の父母様は、ジャルジン第四宣言である「宿命的提案解怨」を宣布された。

「ジャルジン第四宣言」の要旨

神様と私たちは父子関係である。父子関係は宿命である。父母のすべての恨と問題は、子女だけが解いてさしあげられる。それをすることが子女の道理である。入籍した家庭において、不信や背信は二度とあり得ない。神様と私たちは父子の関係として共鳴し、統一されなければならない。

10 天地父母天宙安息圏を願ってきた神様です。これは宿命的な使命です。運命的な使命であれば、子女の使命を父母が代わりに担うことができます。夫の使命も妻が代わりに埋めることができます。しかし、父子関係は宿命的な問題です。父子の関係を誰が代わってあげられますか。神様も変えられません。永遠に変えることができないのです。そのような宿命的解怨をしてさしあげられなかったというのです。神様は父子関係を結んでみたことがありません。かわいそうな神様です。

そのような理想的な家庭を願い、出発命令をされる神様の悲惨な状況を、はっきりと知らなければなりません。宿命的な夫婦です。アダムとエバの二人しかいません。宿命的な夫婦の関係を解決できなかった神様は、かわいそうだというのです。アダムとエバが実体的な夫と妻にならなければなりませんでした。神様は王です。ところが、その宿命的な夫婦の解怨ができなかったのです。そのような神様です。理想的な結婚ができませんでした。そのような宿命的な恨を解怨できなかった神様を、慰労しなければなりません。宇宙の本然の主体であられる神様にそのような恨があるのに、歴史上にお父様が生まれていなければ、どのようになっていたでしょうか。永遠にその恨を解いてさしあげる人がいなかったでしょう。

11 父子関係は宿命的です。神様は今まで、父子関係を感じたことがありません。理想的な祝福の場に行くまでは、それを感じることができないのです。宿命的父子関係、宿命的兄弟関係です。兄弟を変更できますか。死んでも変えられません。死んでも完成しなければならないものが、宿命的な目的です。宿命的な兄弟、宿命的な夫婦、宿命的な父母、宿命的な家庭、宿命的な国家だというのです。

宿命は変えることができません。宿命的な世界、宿命的な地上天国を成し遂げて、解放しなければならないのです。それが、自分の家庭から出発するのです。ですから、宿命的な子女です。子女は四大属性である絶対、唯一、不変、永遠の属性を備えなければなりません。神様は絶対の父であり、唯一の父であり、不変の父であり、永遠の父です。そこに相対的な子女として、神様の伝統的なすべてのものを一〇〇パーセント以上、相続しなければなりません。それが神様、父母の目的だったのです。

12 ジャルジン第四宣言は、宿命的提案解怨です。これを掲げて現れることにより、サタンの血統を断ち、それを解放できる時代にまで来たというのです。父子関係とは、父と息子の関係です。息子にならなければならないのに、僕になり、庶子になり、養子になっています。ここには神様の本然の血統的基準がありません。ですから、宿命的課題として、これをすべて清算しなければなりません。

父子関係というものは、どこの誰も、神様も引き離すことができません。神様が引き離すことができたならば、復帰摂理をする必要もなく、再び造ればよいのです。宿命的関係なので、これは取り替えることができません。父子関係や夫婦関係を思いのままに引き離せば、サタンの籠絡に完全にたぶらかされて、祭物になってしまいます。宿命的父子関係、その次に宿命的夫婦関係です。

アダムとエバには、取り替えられる存在がいませんでした。アダムとエバ以外に、女性がもう一人いて、男性がもう一人いたのではありません。宿命的関係です。やり直すことはできません。子女は宿命的子女です。宿命的父母、宿命的夫婦、宿命的子女、宿命的兄弟の愛が連結されているので、それが家庭理想の伝統として千年、万年、その基準を続けて連結されたものが神様の家庭であり、神様の氏族であり、神様の民族であり、神様の国であり、神様の世界であり、地上・天上天国にほかならないというのです。

13 宿命的な課題として解放した夫婦にならなければならず、兄弟にならなければなりません。兄弟を取り替えることができますか。血統が連結されています。宿命的なのです。完成したその家庭がすべての家庭の願いなので、その宿命的家庭の願いを解怨成就しなければなりません。それが祝福家庭の使命です。お父様がつくり出した言葉ではありません。一つの宿命的な、秘密の内容を表現したのです。

皆さんの実体圏の価値を同等な価値として認定するための教示内容なので、そこに順応し、相対的基準に完全に入っていけば、神様と苦楽を共にすることができ、解放圏だけでなく相続権まで引き継げる自由天地が訪れるというのです。そのようにすべて宿命的な願いを果たしたので、アダム家庭の四位基台の完成です。明確な提案です。宿命的提案は、神様もできないのです。真の父母がするのです。サタンもできません。堕落しないで天の国の祝福を成就できる基盤に帰ることにより、地上・天上天国の開門が始まるのです。

14 ジャルジン第四宣言は、宿命的提案解怨です。その提案を、神様はできません。神様ができたならば、アダムとエバの時、堕落したことを一瞬にして復帰できました。摂理歴史は、そのようにはいかないのです。できないというのです。神様は、怨讐の愛の血族が連結されたものは、手を付けるのも、見るのも嫌なのに、どのように干渉するのですか。血統が変わったのです。これを断たなければなりません。血統を転換して、解放圏が広がらなければなりません。そして、解放時代に神様の宿命的提案解怨をするのです。

歴史始まって以来、絶対父母、絶対夫婦、絶対兄弟、絶対子女、絶対家庭を中心に宿命的課題として塞がっていたものを、お父様がすべて清算しなければなりません。それを完成したアダムがすることによって初めて神様と父子関係、絶対、唯一、不変、永遠の関係を結ぶのです。

ジャルジン第五宣言——「四・四節」宣布

真の父母様は、一九九八年九月八日、アメリカのアラスカ・コディアクにおいて、家庭的「四・四節」を宣布された。そして、一九九八年九月二十日、ベルベディアにおいて「摂理的総整理」という題名でみ言を語られる際、家庭的「四・四節」の宣布をジャルジン第五宣言と命名された。

「ジャルジン第五宣言」の要旨

神様がアダム家庭を失ったのは、第一代四位基台を失ったことである。その次に、アダムとエバの息子、娘である孫、孫娘を失ってしまった。ゆえに、真の父母様がこの地に来られ、アダムの代身家庭として第一代四位基台を取り戻し、アダム家庭の息子、娘の四位基台を天のみ前に探し立てられたのである。それにより、地上に天が探し求めていた第一代四位基台と第二代四位基台を一度に取り戻した。そうして、南北統一が成就でき、全世界が統一され、天地が統一される条件が成立した。ゆえに、神様が失った第一代四位基台と第二代四位基台を取り戻したことを記念して、「四・四節」を宣布することになったのである。

15 (天の)お父様、今や三億六千万双を祝福することによって、サタン世界の血統断絶のために、韓国では青少年の純潔教育が既に終わり、日本とアメリカを通して全世界に拡張できる教育をしておりますので、その教育があなたのみ旨の前に日進月歩し、勝利の権限とあなたの解放的全体・全般・全能・全権の行使ができる時代が結実するようお許しください。四数を中心としたアダム家庭の四位基台と、アダムの息子、娘の四位基台を中心として、歴史的伝統を世界化できませんでしたが、きょう、真の父母の四位基台とともに、すべての家庭がそのような立場に立ってサタンを取り除き、汚されたすべての血統を消して越えていける全体解放時代を迎えるようにしてくださった恩賜に感謝いたします。

一九九八年を中心として九数もサタン数であり、十九数もサタン数ですが、ここに八数を連結させることにより、この日、九月八日、新しい解放の出発を宣言できる四・四数の基盤を踏み締め、地上の四数と天上の四数を中心として、解放的な天宙に向かってすべての家庭が前進し、入籍できる天国時代を迎えるようにしてくださった恩賜に感謝いたします。

きょうを起源として、数においてもサタンが讒訴する条件がないようにするために、このことをあなたのみ名と真の父母の名とともに、全天宙と全体の前に宣布することを願いますので、この日、あなたの権限をもって、全体、全般、全能、全権の能力を中心として行使できる解放の時代を迎えられるよう、祝福してくださることを切にお願い申し上げます。

きょうこの時間、真の父母の名と神様のみ名とともに、連結された喜びの解放の宣言とともに、万民解放圏を継ぎ合わせることができる勝利の宣布をしようと思いますので、受け取ってくださいますことを切にお願い申し上げます。今や、「四・四節」の解放の日を宣布したことを、地上と天上に、神様と真の父母様が重ねて宣言してくださることを願いながら、真の父母の名によって、「四・四節」を宣布いたします!아주、アーヂュ、アーチュ!

16 「四・四節」が宣布されることにより、天が全体、全般、全能、全権の時代に入るのです。天が計画するすべてのことが地上に成し遂げられる、直接的な結果が現れる時が来るというのです。サタン世界は、体制がすべてできています。様々なものが複雑に絡み合っていますが、一体化し、一つの方向に全体が全般的な基準で一つにならなければなりません。その次に全能です。天が思いどおりにできるのです。サタン世界には全能がありません。今まで、立てられた国家的な基準で全権の時代になっていたとすれば、それを過ぎて全能の時代になります。何であっても、国家と世界に影響を及ぼす自由奔放な世界に越えていくというのです。

17 「四・四節」の宣布以降は、世界が変わります。国家的基準にあるサタンが、世界的基準に対して干渉することはできません。

今までは神様もお父様も、サタン世界に対して「滅びなさい」と祈ることができませんでした。「怨讐を愛しなさい」と言っていたのに、「怨讐よ、滅びなさい」と言うことができますか。ですから、怨讐を愛さなければ、必ず蕩減を受けるのです。それゆえ、怨讐を愛さなければなりません。

しかし今、私たちは、サタン世界の国家的基準を越え、神様が国家と世界を越えて、全世界の家庭も越えたので、サタンは離れていき、神様がエデンの園でアダム家庭から始め、天国全体を管理していた時代が開門されました。それにより、神様の全権時代が来たのです。神様がしたいとおりにできる時だというのです。

18 三億六千万双を祝福するに当たって、半分以上、目標を達成したので、神様が思いどおりに管理できる時代が来ました。家庭全権時代です。蘇生、長成を越えました。一つの国を建てて、平和の世界に行くことのできる大転換期だというのです。三分の二を越えたので、長成圏を越え、完成圏内に連結されることにより、神様が思いどおりにできるというのです。地上世界と霊界が分かれ、個人、家庭、氏族、民族が分かれていましたが、一つになることによって、本然の完成したアダム家庭とアダムの息子、娘の家庭ができたように、全世界の家庭が大転換するのです。ひっくり返るのです。天の側の家庭完成基準から見るとき、神様、アダム、その次にアダムの息子、娘、三代圏の家庭が完成するのです。それが四位基台完成です。三対象目的を完成するのです。これにより、神様がその中で直接主管することができます。

真の父母を通して、天と連結させる宣布式が「四・四節」です。霊界と肉界を連結させるのです。神様の創造理想的なその国と分かれていたものを一つにし、天の国の宮に入っていくのです。偽りの父母が破壊したものを、真の父母が継ぎ合せて天のみ前にお返しするのです。それが「四・四節」宣布です。

これから、皆さんには蕩減が必要ありません。歴史を中心として蕩減してきたものが、即決処分される時代が来るというのです。アダムとエバが堕落したことを何千万年もかけて蕩減してきたのですが、今や自分が誤れば、自分が天の国の法の規制によって処分を受けるので、監獄にも行き、ありとあらゆることが起きるというのです。ですから、誤れば即刻、処分を受けるのです。

19 皆さんは、百六十家庭を整備しなければなりません。これが必要です。なぜ百六十家庭を整備しなければならないのでしょうか。十六数に合わせるのです。また、四数の四倍数なので、「四・四節」を宣布したのです。

六・二五動乱の時、韓国を助けてくれた国連軍も十六ヵ国でした。また、韓国と北朝鮮がソウルオリンピック大会を契機として国連に加入したのですが、百六十番目と百六十一番目の加入国です。百六十数はサタン分立数ですが、これで終わりです。これを見るとき、新しい出発ができる希望が残っているというのです。韓国が初めてそのような時に合わせ、世界的な摂理のプログラムを中心として越えていけるのです。

ジャルジン第六宣言 - 総霊界霊人解放式

真の父母様は、一九九八年十月五日、秋夕を迎え、ブラジルのサンパウロにおいて、国家メシヤが参加する中、「総霊界霊人解放式」を宣布された。真の父母様は、この宣布をジャルジン第六宣布と命名された。

「ジャルジン第六宣言」の要旨

真の父母様は、総霊界を解放された。その霊人たちは、神様のみ前に解放されることにより祝福を受けることができるのだが、祝福をただそのまま受けてはいけない。地上に再臨し、地上天国の建設に協助しなければならないのである。

20 アダムが堕落することにより、サタンの体を受け継いだ基準で人類が誕生しました。ですから、サタンの子孫ではなく、神様の子孫になるためには、天の国に入らなければなりません。ところが、天の国に入ることを決定するのは、霊界ではありません。地上でしなければならないので、地上に完成できる真の父母が来て、世界的な舞台の上で解放しなければなりません。そのためには、国家基準を越え、世界基準を越えることができる立場に立って、世界的な祝福をしなければなりません。

人類の解放圏を迎えることができる限界線を越えてこそ、霊界にいる先祖たちが祝福を受けられるようになるというのです。天使長が、地上でアダムとエバが祝福を受けられないようにしたことが堕落だったので、これを蕩減復帰するためには、霊界に行っているすべての霊人たちが祝福を受けなければなりません。今やその霊人たちが祝福を受け、祝福を受けた天使長の立場で、祝福を受けた地上の子孫、アダムの立場にある子孫に降りてきて協助できる時代が来たというのです。

21 家庭で結婚を誤って地獄が生じ、天上世界に楽園と中間霊界、地獄が生じました。このすべてのものは、堕落によって生じたのです。神様の祝福を受けていたならば、家庭的基盤の上で神様の完成した愛の血統的関係を受け継ぎ、自動的に天国に直行したはずですが、これが切れてしまいました。ですから、サタンの血統によって汚されたすべての歴史を断って完全に取り消し、なくしてしまわなければなりません。これを再び、本然のアダムとエバが祝福を受けられなくなった位置で、接ぎ木(の役事を)してあげなければなりません。

天使長が、アダムと共に天国に入れるようになっていたのと同じように、地上で祝福を受けた家庭が天国に直行するようになるとき、天使長の立場にいる先祖たちも、一緒に入っていかなければならないというのです。これが整備されなければ、霊界と肉界に残された地獄、地上地獄と天上地獄の門を開くことができません。この門を開くことができなければ、地上に神様が願う理想的な個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、地上天国と天上天国は連結されないのです。偽りの父母の愛、生命、血統によって残されたものなので、これを清算することには、神様もサタンも手を付けることができません。どこまでも完成したアダム、来られる再臨主が、真の父母の立場で、天の秘密、サタンの秘密、歴史の秘密を解いて解決しなければなりません。

ジャルジン第七宣言 - 真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布

真の父母様は、一九九九年一月八日、ウルグアイのプンタ・デル・エステにおいて、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布式」を挙行され、「この宣布は、天宙的四・四節である」と語られた。また、この宣布をジャルジン第七宣言であると語られた。

「ジャルジン第七宣言」の要旨

地上天国を建設しようとすれば、天上に恨をもった霊が一人もいてはいけない。特に未婚の霊たち、結婚できなかった人々、あまりにも幼くして死んだ人々も祝福してあげなければならない。その霊人たちもみな、成長するための教育を受けるようになる。幼い時に死んだとしても、成長したあとに教育を受けて、未婚の青年男女として祝福を受けられる恵沢を受け、その次に、地獄の殺人鬼までも、聖人たちと共に祝福が受けられる門を開いてあげたのである。

22 一九九九年一月八日、午前七時半を越え、八時に向かう四・四数の立場で、「四・四節」とともに家庭と国と全世界が天国に入ることのできる解放的起源を備え、真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布式をすることによって、全天宙がこれを認識し、それによって地獄や善なる霊人たちの前を塞いでいた塀を崩し、完全に解放いたしました。ですから、光明の天国を眺める地上の蕩減路程を早く解消し、本然の基準において真の父母がこの地上にいる間、地上に来て共に侍って暮らしたという条件を残すことによって、完全解放圏を備え、すべてが天国行きの祝福を受ける家庭の群れになれるようにお許しくださることを切にお願い申し上げます。

この時間、この式典を、(天の)お父様、喜んでお受けくださることを切に願い、望みながら、このことに同行し、成就して、宣布してくださるようにお願い申し上げます。アーヂュ、アーヂュ、アーヂュ!

23 霊界にいるすべての先祖たちを解放してあげなければなりません。サタンも解放してあげなければなりません。皆さんが祝福してあげた百六十家庭が、カイン圏の一族になるので、彼らを自分の一族と連結させて、献納式をしなければならないのです。総生畜献納式をすれば、その基盤の上で百二十代の先祖を祝福してあげることができます。そして、百二十代の先祖と共に、百二十代の王と大統領たちを祝福することによって、その国民と息子と王が主流に対して横的に傍系の皇族圏になるのです。

彼ら全体を祝福することができるよう、解放してあげなければなりません。百二十家庭は、イエス様がイスラエル圏の国を中心として解放してあげようとしたものですが、霊界でそれをすべて解放してあげなければなりません。キリスト教圏をすべて解放してあげなければならないのです。真の父母の時代なので、百二十代さえするようになれば、自動的に統一天下圏に越えていきます。百二十代をすれば、天国に入るのです。これを、真の父母と神様が許諾します。

24 神様は、「地獄の門を開いて、殺人鬼まで祝福してあげなさい」と言うことはできません。神様もそれをしないのです。ところがお父様は、大胆にも地獄の門を開き、「天国に早く来なさい」と言うのです。死んだ人々の中で、統一教会に反対していた人々に対しても霊肉結婚(霊肉界祝福結婚)をさせ、地上で三日式 (三日行事)までさせました。霊肉祝福一体圏を形成して三日式までするようになったので、地上で結婚もできずに霊界に行っている哀魂(哀しみをもった霊人)たちと、年齢が十六歳以上のすべての人たちまで解放してあげるのです。その人々まで祝福してあげます。

ですから、地獄の門を開き、霊界に行ったすべての人々を祝福してあげることによって、神様の血族的権限を認定するのです。それゆえ、サタンは完全に後退せざるを得ません。これは革命です。堕落によって死んだすべての霊人たちが天国に行ける環境をつくっておいたのです。すべての先祖たちが祝福を受けた圏内で霊界に入ることのできる環境をつくり、天国に行ける高速道路を造っておいたのです。そのような基盤をすべて蕩減復帰したということです。

神様が造られた霊界には、堕落した人間が住むようにはなっていません。その霊界では、完成した祝福家庭たちだけが暮らすことができるのです。アダムが完成したのちに生活する天国のような環境です。ですから、神様が全権をもって、世の中のすべての小さな所から大きな所まで、思いどおりにできるのです。祝福を受ければ、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」が成就します。打ち砕くのです。あらゆる地上の一族が天国に向かう、出エジプトのような地上世界の出発が始まります。モーセが八十歳で出エジプトしたのと同じように、これからは真の父母、家庭王として、世界、地球星の出発をするのです。

ジャルジン第八宣言 - 天宙真の父母連合」宣布

真の父母様は、真の父母様の御聖誕八十周年記念行事の一環として、二〇〇〇年二月十三日、ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館において、「天宙真の父母連合」を宣布され、「天宙平和統一家庭堂」を創立された。また、天宙真の父母連合の宣布はジャルジン第八宣言に該当すると語られた。

「ジャルジン第八宣言」の要旨

真の父母様が今までしてきたことは、個人完成、家庭完成、国家完成、世界完成、神様解放、真の父母解放、サタン解放、地獄解放であった。真の父母が、天宙のすべてのものを連合した「天宙真の父母連合」の中心になる。「天宙平和統一家庭堂」で国を建てれば、国民は改めて戸籍を届け出て入籍しなければならない。

25 神様が囹圄(牢獄・獄舎)の身になっているので、息子、娘が解放してさしあげなければなりません。ですから、祈りなさいというのです。神様の安息所を拡大させるためです。そのような意味で、「天宙真の父母連合」をつくりました。「天宙真の父母連合」は、霊界と肉界の連合です。

26 天宙全体が真の父母連合体です。真の父母は、天宙と国家の連合体です。真の父母が完成しなければ、万物である生物・鉱物世界はすべて、完成できません。霊界もそうです。魚や獣や植物や鉱物までも、すべて真の父母の名を再びもらわなければ、解放されないというのです。そのような意味で、「天宙真の父母連合」です。天宙自体が既に一つになったのです。神様を中心として一つになっているので、地上でも必ず一つにならなければなりません。国々は、今に至るまで統一天国になっていないのです。国家メシヤたちが国と国を一つにしなければなりません。カイン・アベルが一つにならなければならないのです。

27 お父様は今まで、個人完成、国家完成、世界完成、神様解放、真の父母解放をしてきたのです。サタンまでも解放して、地獄を解放するために歩んできました。本然のエデンの園ではアダム家庭一つでしたが、世界時代において、すべての人々が天国に入るようになるのです。今や家庭の価値が同等になるというのです。

今までお父様が闘って成し遂げた価値が、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的価値となったので、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をすることにより、一切異なるものがない純粋な立場で吸収、統一されれば、真の父母の愛と生命と血統と良心基盤がそのまま連結されるので、サタンは関係なくなります。

神様が私たちの家庭から世界まで、自由自在に活動できる時代に入ったというのです。そこには、日本もなく、アメリカもありません。そのようなものは否定するのです。そのようなことをするために、「天宙真の父母連合」をつくりました。真の父母がすべてのものをもっています。真の父母の前に行けば、すべて入っているというのです。個人完成、家庭完成、すべて入っています。

28 「天宙真の父母連合」をつくったのは、天の問題や地の問題を中心として、全権をもって結束したからです。

周辺のすべてが分かれています。カイン・アベルが分かれ、父母が分かれ、国が分かれ、世界が分かれているというのです。外的にそのようになっています。体と心が分かれて個人が分かれ、家庭が分かれ、氏族が分かれ、民族が分かれ、国家が分かれ、世界が分かれ、天地が分かれたのです。

外的にそのようになっているのですが、それをどのように統一するのでしょうか。この根本において、すべてが一体圏にならなければなりません。ですから、「天宙真の父母連合」です。真の父母が、天宙のすべてのものを連合した中心なのです。

第三節 世界平和理想家庭教育本部と四十日修練

世界平和理想家庭教育本部

真の父母様は、一九九八年七月一日、ブラジルのジャルジンに世界平和理想家庭教育本部を建て、全世界祝福家庭四十日修練を実施された。そして、すべての祝福家庭が子女と共に教育を受けなければならないことを強調された。

1 ブラジルのジャルジンに、世界平和理想家庭教育本部を建てています。平和の世界を築くためには、理想家庭が連結されなければなりません。理想というものは変わりません。ですから、理想世界も、変化する世界ではありません。理想世界は、変わらない世界だというのです。そして、その理想世界は、二つではありません。一つです。「理想的な人」と言えば、一つのモデルのような人のことを言うのです。その理想という言葉には、絶対の概念、唯一の概念、不変の概念、永遠の概念が存在します。

2 ジャルジンに修練所を建てています。ジャルジンで一週間の修練を計画し、その修練を受けなければなりません。ここの収容人数は五千人が定員ですが、大講堂の周辺に楽に座って聞くことができ、寝ることのできる施設を造れは、一万人を収容できます。そうして、小学校から中学・高等学校、大学まで、何でもできるようにすべて造っておくのです。ですから、修練所が一つの都市になるでしょう。そのようなものを見れば、お父様の構想は素晴らしいと言うでしょう。

教育するための準備ができているので、核心要員の基地を造らなければなりません。そうして、国家の人脈を掌握しなければなりません。そのようにしなければ、国家を動かせないのです。人脈さえ掌握すれば、国を動かせる環境条件をすべてつくっておきました。

3 ジャルジンに修練所があります。ここで祝福家庭四十日再教育をするのです。それが伝道だと思わなければなりません。子女が十七歳、十八歳になれば、家庭教育をしなければならないのです。南米の祝福家庭は、全体が四十日修練を受けなければなりません。このようにして、新しく定着できる家庭として、モデルに合うように再教育をしなければなりません。それにより、家庭の定着が実現されます。そうして、杭を打ち込み、網を新たに編まなければなりません。そのようにしなければ、すべて流れていってしまいます。

4 お父様は、世界平和理想家庭教育本部をブラジルのジャルジンに建てました。韓国の裏側に建てたのです。そこを経ていかなければなりません。日本食口と韓国食口たちは、すべてそこで教育を受けなければなりません。

四位基台が教育を受けなければならないのです。父母と息子、娘が行って教育を受けなければ、戻ってくる道がありません。ここで家庭教育をするのです。ですから、一人で来た人は、四十日修練を終えても認めません。自分の妻や夫と一緒に来なかったのに、なぜ認定するのかというのです。妻が来ることができなければ、息子、娘を連れてきなさいというのです。本来は、父母と子女までみな来て教育を受けてこそ、一つになるのです。徹底して根本を教えてあげるのです。

5 家庭教育が終われば、一族教育を指示するつもりです。ですから、家庭教育時代は過ぎ去るのです。行かなければむち打ってでも、ジャルジン教育を受けさせなければなりません。ジャルジンを経なければ巡っていくことができません。この世を巡っていかなければならないのです。

お父様は、頂上にいたところを世の中から追い出され、地上・天上天国を成就できなかったので、右側のキリスト教文化圏を中心として収拾するのです。失ったものを荒野で、個人、家庭、氏族を中心として、家庭的に連結し、サタン側の家庭の上に上がって、家庭的代表である父母様と神様をお連れして、この地に降りてくるのです。この環境に行こうとすれば、ここから巡っていかなければなりません。このような教育をしなければならない所が、ジャルジンの世界平和理想家庭教育本部です。

6 祝福は四方で受けましたが、天国に入るときの出発線というのは一つです。そこが南米のジャルジン修練所です。世界平和理想家庭教育本部という名前を付けました。天国に入る理想家庭です。ですから、家庭的教育をするのです。それゆえ、一人で来てはいけません。夫婦だけで来てもいけません。本来は、息子、娘、四位基台を中心として教育を受けなければなりません。

これからは、国家が世界復帰時代に入ろうとすれば、自分の息子、娘だけではなく、一族が再び教育を受けなければならないのです。その過程を経て、全体が祝福を再び受けなければなりません。教会祝福、その次に国家祝福を受けなければなりません。国家祝福を受ければ天国に入るのですが、その祝福を前にして、天国に入っていけるようにするために行う家庭教育が、今のジャルジン教育です。

7 お父様がすることは、お父様の思いどおりにしているのではありません。縦的な全体の内容が横的に拡大することができ、環境的条件に合う主体と対象を等しく合わせていくのです。皆さんは、今の時代にこのような現実を見ていますが、このみ旨がどのように出てきたのかというその複雑な内客を知りません。今や皆さん誰もが、み旨の完成と、み旨を中心として解放の位置に君臨できること、皆さん各自が置かれている位置で世界がどのようになるかということを知り得る時代になったというのです。

これを知ったので、これから定着の問題が起きます。永遠の個人的定着の場がどこかというのです。このすべてのものは、家庭にあります。ですから今、ジャルジンに世界平和理想家庭教育本部を造り、家庭教育を行っているのです。この地の果てから地の果てに回って入っていくのです。それが復帰です。地球星を回って入っていくのです。祝福家庭は、ジャルジン教育を経なければなりません。

祝福家庭四十日修練の意義

ジャルジンの世界平和理想家庭教育本部で行われた祝福家庭四十日修練は、全世界の祝福家庭が家族単位で参加する修練であり、天国に入ることのできる理想家庭を実現するための再教育である。真の父母様は、「すべての祝福家庭が神様に似て、絶対家庭、唯一家庭、不変家庭、永遠家庭になってこそ、地上天国と天上天国を成し遂げることができる」と語られた。

8 ジャルジンで行う教育は、完全に天国を無事通過できる家庭をつくるための教育です。ジャルジンに家庭教育訓練所ができて、ここから理想家庭が出発するというのです。天国に直行するのです。天国には家庭が入らなければなりません。ですから、四位基台の四人が来て教育を受けなければなりません。父母だけではなく、家庭全体が来なければならないというのです。

この教育を受けなければ、入籍でも何でも、父母様に付いていくことができません。そこから、転がりおちるようになります。祝福を受けたとしても、ジャルジンで教育を受けなければなりません。家庭が天国に入っていけるチケットを与える場所なのです。

9 それぞれの国には、古くからいる祝福家庭がいます。この人々をジャルジンに呼んで特別修練をしようと思います。四十日修練をするのですが、自分の息子、娘と一緒に来なさいというのです。各国の元老祝福家庭四十日修練を始めます。この人々を、これから世界的にすべて派遣しなければなりません。この新しい世界を知らせて、新しく定着できる地域に大移動させようと思うのです。ですから、先に祝福を受けた祝福家庭は四十日修練を行うのです。

これは世界的修練です。今まで、自分の国しか知らなかったのです。日本人は日本の国しか知らなかったのですが、世界的な母の責任を果たそうとすれば、世界を知らなければなません。そのためには、南北米が連結された南米に来て、教育を受けなければなりません。

10 成約時代を迎え、家庭全体が教育を受けるというのは、歴史時代において初めてのことです。ですから、教育を受けるこの四十日間に、新たに決意しなければなりません。祝福を受けて生活していた過去の内容を反省し、現在の立場でみ旨に対して、成約時代にふさわしい家庭として、新たに決意しなければなりません。そうして、全世界の祝福家庭と連結され、全世界の祝福家庭と連結されたものが、今後、地上天国を実現できる基盤にならなければなりません。

今や神様の願う国を探し求めなければなりません。その国が設定されれば、自動的に地上天国と天上天国が連結されるのです。最後に私たちがすべきことは、国を探して立てることです。

11 神様の属性は、絶対、唯一、不変、永遠です。神様の属性というのは、神様の人格を構成する要素です。その四つの要素が主体になっているので、その主体圏に合う相対的な存在を引っ張ってくっつけなければなりません。ですから、家庭では絶対父母、唯一父母、不変父母、永遠父母にならなければならず、絶対子女、唯一子女、不変子女、永遠子女にならなければなりません。皆さんも、そのようにならなければならないのです。絶対夫婦、唯一夫婦、不変夫婦、永遠夫婦、絶対家庭、唯一家庭、不変家庭、永遠家庭にならなければならないというのです。そのような家庭を築くことによって、地上から永遠の天国を築く基盤が完成します。それが重要なことです。

そのようになれば、神様のすべてのものが自分のものと同じです。創造したすべてのものが、その父母、子女、夫婦、そして、家庭に属するのです。これらについて覚醒させることが、ジャルジン教育の目的です。

これをはっきりと骨髓に刻んで帰らなければならないというのが、このジャルジン世界平和理想家庭教育本部(で行う修練会)の鉄則です。地球の果てまで行っても、ここで決心したことが変わってはいけません。

第四節 南北米統一運動の課題と実践

南北米統一の方向性

真の父母様は、「南北米が一つになるためには、北米がアベルの立場で、カインの立場にいる南米を助けてあげなければならない」と強く主張された。そして、南北米を統一できる各種機構をつくり、各国の首班たちに会って、その必要性を力説されたのである。特に、真の父母様を中心に南北米が一つになれば、歴史的にカトリックとプロテスタントが争ってきたキリスト教文化圏のヨーロッパも、真の父母様を中心として一つになることができ、ひいてはユダヤ教とキリスト教、キリスト教とイスラームも、真の父母様を中心として一つになることができると考えられた。このため、「交叉祝福結婚を通して、南米のカトリックと北米のプロテスタントが一つにならなければならない」と語られたのである。

1 キリスト教を中心として、アメリカがアベルであれば、南米はカトリック圏としてカインです。ラテン文化圏、カトリックはカイン圏です。兄と同じです。兄であるカトリックは、プロテスタント、弟を通さなければなりません。弟は、このカトリックを助けてあげなければなりません。

父母様が今までしたこととは何でしょうか。アメリカで新教、弟のアベル国家圏である北米を一つにし、その上に父母様が来て、アメリカにできたすべての勢力基盤を通し、この南米諸国、カトリック文化圏を消化しようというのです。父母様は、カトリック文化圏に付いていくために来たのではありません。また、統一教会がカトリック文化圏に付いていくのではありません。統一教会が現れれば、カトリック文化圏は統一教会を通して行かなければならず、ブラジル人は父母様を通して行かなければなりません。

2 南北米が一つになれば、一つの国になります。ヨーロッパは一つの国のようになっていますが、連合体制に向かうのです。今後、問題になるのはドイツとフランスです。この二つの国が怨讐国家なので、今後、問題が多いのです。これをどのようにするのでしょうか。ヨーロッパの歴史と文化的背景が同じだった時代に遡れば、キリスト教文化圏になります。結局、南北米さえ一つになれば、ヨーロッパが一つになるのは問題ではありません。ヨーロッパが一つになったあとは、ユダヤ教とキリスト教、キリスト教とイスラームが一つになることが可能になります。ですから、問題は南北米がどのように一つになるかということです。

文化的基準でキリスト教文化圏になっていて、現代社会を動かすことのできる主導的な役割を、アメリカが中心となって担っています。南米は今まで、そのようなアメリカに反対してきました。これが一つにさえなれば、強大な勢力になります。そのようになれば、ヨーロッパも自然にキリスト教文化圏、南北米もキリスト教文化圏、その次に、アジアもキリスト教文化圏になるのです。ですから、お父様は南北米のキリスト教文化圏を一つにして、アジアまで連結しなければなりません。アジアと南北米さえ一つにすればよいのです。そのようにしなければ、生きる道がありません。

3 アメリカ人は南米に行って訓練し、南米の人はアメリカに行って訓練しなければなりません。二ヵ国語を話せるようにして、これから一つにするのです。

南米伝道と北米伝道をして、プロテスタントとカトリックを一つにするために、交叉結婚をさせるのです。そうすれば、一つの国になるのです。交叉結婚をすれば、父母様の話を聞くようになっています。キリスト教文化圏は、すべて兄弟と同じです。韓国人と日本人は怨讐関係にありますが、怨讐の国の人とも私が交叉結婚をさせてあげたので、カトリックとプロテスタントの交叉結婚は問題ありません。交叉結婚をすれば一つになるのです。

4 南北米さえ一つになれば、ヨーロッパは自動的に統一され、ローマの失敗とユダヤ教の失敗と、ヤコブ家庭における失敗まで復帰するのです。十支派と二支派に分かれて闘った、そのような分立された歴史から、エデンに帰ってアダムとエバ、体と心が分かれたその縁まですべてはんだ付けして埋めるのです。ここから世界的家庭まで、堕落圏内のすべてが含まれます。世界レベル、ヨーロッパレべル、ローマレべル、ユダヤ教レべル、アダム家庭レベル、これが二つに分かれました。すべてがカイン・アベルに分かれてきたのです。

それが反対に、一つになるというのです。統一がここから始まります。総蕩減しなければなりません。今や摂理史的な全体をすべて蕩減したので、全体大勝利です。八段階勝利、全体勝利という標語になります。南北米が一つになれば、キリスト教文化圏を中心として、ヨーロッパにおける旧教と新教の争いが終わり、統一されるのです。

5 お父様がキリスト教以上のアベル教団をつくったので、アメリカはこの統一教会に従わざるを得なくなるでしょう。カイン・アベルが一つになるというのです。カイン・アベルが一つになるので、アメリカがプラスになります。南米はカトリックですが、兄なのでカインになります。これを一つにすれば、世界が統一されるのです。

イエス様の時代にイスラエル民族と世界が分かれたのてすが、それがどのようになっていますか。ローマはイエス様に反対しましたが、イエス様の死によってキリスト教が世界的新婦圏に発展したあと、その中間に出てきたのがイスラーム圏です。それで、イスラエルと紛争するのです。中東では宗教的に、イスラエルとイスラーム圏が紛争中です。極東では金日成主席と統一教会がカイン・アベルの立場です。これが一つにさえなれば、天下がすべて一つになります。

世界的代表国家型であるアメリカがアベルの立場に立ち、南米はカインの立場になるのですが、これを一つにしなければなりません。そのようにしてこそ、統一天下が訪れるのです。逆に、世界圏内にあるヨーロッパを代表し、国家を代表し、氏族を代表するアベル圏とカイン圏に分かれたものが一つになることができ、体と心が統一されるモデルになります。逆さまにもってきて、すべて合わせることができます。ですから、アメリカを引き入れて、南米を協助できる基盤を築いたというのです。

6 北米がアベルの立場に立って、カインの立場にいる南米を救わなければなりません。そのためには、すべてを投入しなければなりません。アメリカの人々がお父様の精神を受け継ぎ、自分の生命と財産を南米のために投入すれば、南米を救うことは問題ありません。高気圧があれば、自然に低気圧に向かっていって埋めてあげるのと同じように、高い段階にいるアメリカが南米を救わなければなりません。

アメリカ人たちは、「私たちには貧しい南米は必要ない」と言うかもしれませんが、南米のためにすべてを投入しなければなりません。統一教会の人々は、そのようにしなければならないのです。その長子圏を代表した南米と一つにならなければ、真の家庭と連結される道がありません。皆さんが真の家庭と連結されなければ、真の地上天国の道はないのです。

7 プロテスタントがアベルの立場に立ち、南米の旧教と一つにならなければなりません。これが最後です。南米をすべて失ってしまいました。ブラジルとアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの中心がありません。

個人の中心がなく、家庭の中心がなく、国家の中心がなく、世界の中心がないのですが、父母様が来て、個人の中心を見せてあげ、家庭の中心、氏族、民族、国家の中心を見せてあげるのです。そのような国々と世界の国家を代表することができ、国連が願う形態をつくりあげるようになれば、全世界がそれをアベル国家基準として敬拝することにより、統一が実現されるというのです。カイン・アベルです。

アメリカは反対しましたが、南米は反対しません。自動的に統一教会がアベルになるのです。統一教会で長子権復帰、父母権復帰、王権復帰ができる時代なので、これを推し進めていっても、反対できる勢力がないというのです。

8 アメリカを見ても、韓国を見ても、統一的な運勢に方向を整えつつあるので、統一教会がキリスト教と一つになれば、アメリカはアベル国家になります。そうして、南米を一つにしなければなりません。

南米を一つにすれば、ドイツを中心として分かれた旧教と新教が、自然にこの影響を受けて統一的文化圏になることにより、ヨーロッパの多くの国が統一される道が広がるのです。これがユダヤの国を中心として回るようになれば、イスラームとユダヤ教がカイン・アベルを中心として統一されるのです。その公式的な路程が、どこにでも連結されます。

父母様は、原理で教えているように、昔のアダム家庭となり、ノア家庭を経てきました。そのように、世界的に反対を受けながら道を造ったのです。今や南北米を統一して、父母様に従って再び回るようになれば、世界は一つになります。原理的に見るとき、父母様はアダム家庭が血統的な基準で失敗したことを復帰することによって、勝利したというのです。ノアからアブラハム、モーセ、イエス様の時代から再臨時代まで、すべて勝利したのです。

今や南北米さえ父母様を通して一つになれば、韓半島の南北統一はもちろん、イスラエルとイスラーム圏、ヨーロッパまで、統一することは問題ありません。一度にすべて成就するのです。

9 真の父母が南米に訪ねてきたこの時は、転換の時期です。キリスト教文化圏が争った過去がどれほど悲惨だったか、私はよく知っています。そのような哀しい事情をすべて忘れて南米を訪れたのですが、この人々は何も知らずにいます。父母様を中心として築かれた統一教会の基盤があるので、ブラジルの人々はただ、絶対服従、絶対従順さえすれば、すべて終わります。それを願うのです。アダム家庭の絶対不信、絶対心情不一致圏を越えていこうとするので、絶対信仰、絶対統一が必要なのです。

南北米統一運動と十七ヵ国巡回講演

真の父母様は、「中南米統合機構(AULA)」と「南北米統一連合(CAUSA)」を創設し、中南米三十三ヵ国の指導者たちを対象に思想教育を行うことにより、南米が共産化されるのを防ぎ、真の父母様を中心として一つになれるよう導かれた。

特に、南北米を統一する運動のために、韓国の反対側にあるウルグアイに銀行、新聞社、教育機関、ホテル、デパートなどを建て、南北米活動の拠点にしようとされた。一方では、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジル、アルゼンチンの四ヵ国を経済的に連合させることによって、南米が一つになるように導き、もう一方では、北米が南米を助けるようにすることで、南北米を一つの大陸にしようとされたのであった。

また、真の父母様は、一九九五年五月から七月まで南米十七ヵ国を巡回し、「真の家庭と私」というテーマで講演をされ、この期間、八ヵ国の大統領にお会いになった。

10 南米は、共産革命によってクーデターが起きる局面にありましたが、お父様はそこに入っていってそのような局面に立ち向かい、「中南米統合機構 (AULA)」をつくり、「南北米統一連合(CAUSA)」をつくって、支援をしながら思想教育をしました。アメリカの共産勢力を打ち倒した人なのです。

11 アメリカは、私のことを歓迎できずに追い出しましたが、南米は私を歓迎しています。ですから、アメリカでは僕のように一番底から上がってきましたが、南米では最高の位置から始めるのです。南米各国の五百人に上る優秀な人たちに対して、教育を始めています。それを大統領が願い、大学の総長と新聞社が願うのです。

皆さんは、その優秀な人々を消化できる立場にいません。結局は、南米でお父様が教育した優秀な人々が、北米を指導できる日が来るでしょう。

プロテスタントの代表国であるアメリカより、カトリックの国家は家庭制度が強固です。アメリカだけでは、理想が実現されません。ですから、その相対がいなければならないのですが、どこを相対とするのでしょうか。ヨーロッパはいつも分かれていますが、南米はそうではありません。南米は、アメリカのようにキリスト教が文化的な背景になっています。お父様は、この二つの大陸をどのように一つの大陸にするか考えています。ですから、そこにすべてのものを投入したのです。

12 お父様は、中南米の三十三ヵ国を一つにしています。そのようにしているので、アメリカが私を助けてくれるのです。アメリカが助けてくれるので、ブラジルも私が必要です。アメリカが助けてくれる道をお父様がもっているので、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチンも、私が必要だというのです。

お父様以上に南米の人々が、個人的中心を求め、家庭的中心を求め、氏族、民族、国家的中心を求め、世界的中心を求め、天宙的中心を求めて、神様が自由に往来することができ、神様に侍ることのできる南米になれば、南米が先に地上天国になる見込みがあるのです。

13 南米を中心として見るとき、ブラジルがカインであれば、パラグアイはアベルです。パラグアイは東洋人の血が混ざった混血国家なのでアベルです。言い換えれば、神様の側から見るとき、超国民的、超人類愛をもった国なので、パラグアイはアベルの立場にいるというのです。

家庭教育をすれば、パラグアイやウルグアイ、ブラジル、アルゼンチンは、自動的に吸収されます。そのようにして、四ヵ国の経済統一圏を形成して、アメリカを防備するようにさせるのです。そして、北米と南米間の紛争の中間圏に真の父母様が立ち、祝福によって旧教と新教を統一しているので、南米と北米が統一される大転換期に入るのです。

祝福をしてあげるのですが、旧教信者も新教信者も、南米の人も北米の人も祝福してあげるのです。そのように、統一圏で祝福をしてあげることによって、一つの文化圏が生じるようになるので、そのような条件で、南米と北米、旧教と新教が一体圏を形成するのです。

14 お父様は、南米の本部を建てる計画をしています。ウルグアイは、直線で軸を立てれば、韓国の反対側に位置しています。軸を立て、この頂上で回らなければなりません。ですから、第二の韓国です。

地球星を貫いて、そこに水をこぼせばウルグアイに出るのです。ですから、ウルグアイに銀行を造り、新聞社を造り教育機関をつくりました。南米にお父様が多くの投入をしましたが、そこに中心的に投入をしたのです。それを政府がひっくり返しながら、私たちを追い出そうとして、ありとあらゆる困難をすべて経験しました。ウルグアイにある私たちのホテルが、南米では一番のホテルです。中南米三十三ヵ国の指導層を教育したのも、私たちのホテルで行ったのです。ホテルがなければ、そのようなことはできません。

15 南米に行ってみれば、昔、私が幼いときに故郷で空を眺めていたときと同じように感じます。空が低く見えるのです。日光が良く、空気が良く、水が良く、草木が良いのです。南米のブラジルやアルゼンチンの地域が、地上の理想天国になり得る所です。すべての動物たちがそこにみな棲んでいます。既に五十年前から、私が巡回しながらその地に注目してきました。

環境が許さなかったのでこのようにしてきましたが、今や彼らがいくらお父様を追い出そうとしても、追い出すことはできません。築かれた基盤が、彼らに必要なものであり、お父様が立ち寄りながら歴史に残したすべての偉業や実績が、彼らの子女を育てるに当たって教育の材料になり、文化の材料、政治の材料、理想的材料になっているのです。否定できない内容が、自分の周辺を包囲して余りあることを理解すれば、歓迎せざるを得ないのです。

16 南米に天国をつくろうというのです。この天国は、地上天国、天上天国のことであり、一緒に暮らせる同族、親族、民族よりもっと良いものです。家族が一緒につくろうというのです。それを嫌だと思う人はいません。お父様が、自分の国を助けてくれることを願っています。ですから、私が願うとおりにできる環境に追い込み、地上に天国をつくろうというのです。そこに、世界人類を養って生かすことができる土地が眠っています。これを解放しなければなりません。人類の食糧問題や難しい問題を解決しようというのです。

17 パラグアイは、南米で貧しい国に属します。かわいそうな国です。この国が危機のジャングルに陥っているので、お父様が一番の底に行って、これを救い出さなければなりません。また、最も危険な所です。既にウルグアイをアベルとして立てておいたのですが、このアベルの相対をつくっておかなければなりません。カイン・アベルです。

ここで、母が中心にならなければなりません。カインとアベルを母が一つにしなければならないのです。聖霊が来て、カイン・アベルを生み、育てなければならないのと同じように、母がこのカイン・アベルを一つにしなければなりません。ウルグアイとパラグアイを一つにしなければならないというのです。

18 イエス様の一生を解怨成就しなければなりません。イエス様が築かなければならない家庭・氏族・民族的基盤を中心として、統一的主導国家を形成し、ローマを消化できる位置を失ってしまったので、これを蕩減復帰しなければなりません。イエス様の恨を解こうというのです。

お母様が、南米の三十三人を中心として十七ヵ国を連結し、上下の国家的核心要員たちを動員して、イエス様が国を動かせなかった恨を解いてあげようとしているのです。洗礼ヨハネの家庭と一派を中心として、失ってしまった新しいイスラエル建国理念を取り戻さなければならないので、お母様がこれをすべて引き継いで南米を巡回するとき、三十三人が核になって各国の上下両院議員を動員し、十七ヵ国連合運動をしました。そうして、アメリカを経て、韓国と日本を経て、世界版図に連結するのです。

19 サタン世界の国家的基準を越える家庭の足場を、世界に広げておきました。ですから、真の父母時代を過ぎ、王権時代に入るのです。カイン的王権時代が、アベル的王権時代に移譲していく時です。父母様の時代から、世界王権時代、アベル王権時代に越えていくというのです。父母権時代を過ぎ、王権時代に越えていきます。サタン側の王権時代から天の側の王権時代、カイン王権時代からアベル王権時代に越えていくというのです。ですから、世界の指導者たちに会いました。それが十七ヵ国巡回講演でした。

第五節 中南米を中心とした理想共同体の実現

中南米の環境資源の保存と開発

ブラジルのジャルジンと隣接したパンタナールには、太初に神様が創造した万物が、手付かずのまま残っている。真の父母様は、世界で最も大きな湿地であり、ユネスコの世界自然遺産に指定されたパンタナールが、八〇パーセント以上、本来の姿そのままで保全されていることから、ここが理想郷を建てることのできる源焦的で根源的な基地になり得ると考えられ、多くの精誠を尽くされた。そして、南米大陸で獲れる魚を急速冷凍して、世界の各地域に販売する構想も立てられ、同時に、南米に大規模な養殖場を建設しようとされた。南米は、北半球と気候が反対であるため、これを活用した釣り観光事業も構想された。

1 死の道を生命の道に変えていくのが、復帰の道です。自分を犠牲にしてこそ、生きる道が生じるのです。そのようにしようとするので、悲惨なのです。投入して忘れる神様の相対になろうとするので、仕方がありません。天は、投入して忘れてしまいました。

現在の自分を捧げて、未来の復活体を求めていくのが信仰の道です。ですから、み旨の道で最も恐ろしいのが、責任者の道です。責任者は、自らを投入しなければなりません。

真の父母様がアメリカでこのようにして成功したので、上院議員や世界的に有名な人の中に、私に会おうとしている人がたくさんいることを知っています。ですから、誰も顧みない南米の谷間や農村に行って過ごすのです。水がある所、草がある所、神様が創造した時と同じ原始的根源を訪ねていきました。自然に帰るのです。復帰です。その水を愛し、草を愛するのです。

神様がそれを一つ一つ造るのに、どれほど苦労したでしょうか。川にはありとあらゆる種類の魚がいますが、神様はそれを造って、悲しんだのではなく、喜んだのです。統一教会の皆さんは、一ヵ月間、魚を獲って食べたならば、その代わりに榖物や餌を一抱えずつ持ってきて、養ってあげなければなりません。それが循環法度です。

2 南米に二千へクタールほどの土地を買い、今、農場を営んでいます。そこで暮らすようになれば、自給自足をすることができます。現在の農場を経営しながら、自給自足をするのです。そこで本当に驚くべきことは、熱帯地方の果物の木は、育たないものがないということです。私たちはその農場を買う前、農場の主人がいないときによく行ったのですが、庭に熱帯の果物の木々がすべて植えられていました。鶏たちが歩き回る庭に植えてあったのです。パイナップルの甘い香りが豊かに漂っていました。しかし、そのまま放置していたのです。

「パイナップルなのに、なぜこのように放っておくのか」と聞くと、「ただ放っておくとは、どういうことか」と言うのです。食べられるようになれば、切って食べるというのです。また、非常に小さい種類のバナナが実るバナナの木ばかりがありました。そこでは、大きいバナナには目もくれません。「おいしいバナナを持ってきなさい」と言えば、小さな物を持ってくるのです。熟したバナナの木の下に行けば、どれほど香りがするか分かりません。そこで自然にできたその実を取って食べるだけでも、飢え死にしないのです。そのような環境で飢え死にするというのが不可解なのです。それは指導者がいないからです。

3 南米に行ってみて驚くことは、普通、松の木のようなものを使おうとすれば、五十年以上たたなければならないのですが、そこで育つ木は五年たっただけでも非常に太くなるので、使うことができるということです。高さが十五メートルほどになります。それを見て驚きました。その木は、質も悪くありません。

黒檀(こくたん)は、南米の熱帯地方に生える高価な木です。その木で杭を造って打ち込んでおけば、百年から百五十年はもちます。それは喜ばしい知らせです。そのような木を、五年ないし十年で一度切って売ると考えてみてください。そのお金はどれほどになるでしょうか。

現在、原始林が生い茂っています。それが九億坪を超えるのです。十億坪に近いその土地に、完全に原始林がびっしり生えています。そして、製材所を造って、木を切るやいなやすべて製材してしまうのです。そのようにして、三ヵ月以上たてば、完全に住宅用の材木として使うことができます。ですから、組み立て式でちょうど良い理想的モデル住宅を造っておき、あとから煉瓦(れんが)を焼いて貼り付けさえすれば、現代式住宅をいくらでも造ることができるのです。

4 ブラジルで使う木材は、パラグアイから運搬してきています。この原始林の木の値段だけでも大変なものです。済州島の三倍以上になるその土地に、木がいっぱいに生えています。その木さえ切って家を建てるようになれば理想的な家を立派に建てられるのです。自分たちで、組み立て式で建築して、それを売ることにより牧場も造れるほど、すべての資源が十分にあると考えるのです。

5 神様が環境を創造しました。ですから、統一教会も伝道するときには、まず環境を創造しなければなりません。それで、お父様が南米に来て、環境を創造するのです。理想的農地、理想的山林基地、理想的水産業基地、理想的産業基地をすべて準備して、それを収容するために三万坪を超える土地に家を造るのです。これは、世界の統一教会の皆さんが行くことのできる標本です。

アフリカに行っても、どこに行っても、働かなければなりません。水がある所では養殖をしなければなりません。土地があれば、木を植えなければならないのです。世界は今、酸素のことで問題になっています。アマゾン川流域の樹木を伐採しようとすると、ヨーロッパが「酸素不足が問題になる」と言って伐採をさせないので、アマゾン川流域を開発するブラジルは、「それに対する弁償金が欲しい」と言って、甲論乙駁している状況です。ですから、この土地に、空き地がないように木を植えるべき時が来ました。山林を育てておかなければならないというのです。

6 自然環境の恵沢を受けられる所が南米です。南米のすべての地域を知って、次第に着地し、水に対する管理問題、地域に対する開拓問題を解決して、新文化都市ではなく、農村と連結した自然文化村を造らなければなりません。そうすれば、公害問題はありません。ですから、水源地、水がある地域を占領する人が、今後の世界をリードするというのです。

7 ウルグアイに牧場を造ろうとするのは、何のためでしょうか。ブラジルやウルグアイには、牧場を運営して自給自足できる豊富な資源があるからです。ここで繁殖した子牛たちを世界百六十ヵ国に分け与え、そこで育てて自給させるのです。お金であげれば、使ってしまってなくなりますが、牛はどんどん増えていきます。そのようにして、ある峠さえ越えていけば、世界が生きるというのです。

ですから、皆さんも牧場の主人になり、農場の主人になれます。その次に、水産業もすることができ、釣りのような趣味生活を、どこに行っても楽しめる世界版図になるのです。私たちが初めてパンタナールに行ったとき、千へクタールの土地が七十万ドルでした。牛七百頭に農場まで合わせて七十万ドルだったのです。そのような所がパラグアイです。鶏も育てながら、みなそのようにしています。理想的な故郷や国を造れるように、私がすべてコーチしようと思います。

そこの農場の中で幼稚園を造り、中学・高等学校を造り、大学を造ることができるのです。そのようにすれば、それこそ、五色人種(すべての人種)が一緒に暮らせます。そうして、百六十ヵ国の人々が来て訓練を受けたあと、各国に帰り、故郷の郷土を開発すれば、再創造が起きるのです。そこで釣りも、狩りもすることができます。そのような世界的なものを準備しているのです。

8 私は、養殖場を運営しようと思います。今、(私たちが)日本で活魚料理をするようになったのは、私がコーチしたからです。私のアイデアです。ろ過装置をつけて、水槽の水を長時間使用できるようにしたのも、私たちが研究したのです。そして、アラスカで釣ったキングサーモンやシルバーサーモンのような高価な魚たちを、殺さずにどのように生きたまま日本の市場にもってきて売るかという問題を研究中です。活魚は、死んで冷凍された魚より、三倍ないし五倍は高く代金を受け取ることができます。

養殖場がなぜ必要なのでしょうか。人々が活魚を願うからです。海で獲るものだけでは、すべてを供給することができません。釣りをして、生きたまま供給することもできますが、養殖をして活魚を補給しなければなりません。このようになれば、これからは家庭や村にまで私たちのタンクを造って配置し、そこに責任者を立てて、一年に魚を何パウンドもっていったのか、それだけ計算し、代金は半年に一度ずつ、銀行を通して決済するようにするのです。そのようにしておけば、その次からは、人々が「魚を買って食べてはいけない」と言っても、買って食べるようになります。負担があまりないというのです。そのような組織をつくることによって、経済的な流通構造ができると考えるのです。

観光公園のような所に、そのようなものを大きく造っておき、責任者を一人立てて任せておけば、商売になるようになっています。それだけではありません。刺身にして、いくらでも売ることができるのです。

9 パラグアイ川で魚を釣れば、すべてを食べることもできずに、腐らせてしまいます。ですから、そこの川を中心として、私たちのメンバーが釣り観光を案内しながら魚を買い、川辺の大きな冷凍室に集めて、日本やヨーロッパ、中国に売ろうというのです。急速冷凍をするので、解凍すれば、それは現地で釣った魚と同じです。一万トン以上になる船で、太平洋と大西洋で釣った魚だけでなく、六大州に百六十ある私たちの基地で育てて捕まえた魚も四方に運び、反対側の地域に送るのです。魚がここにいる時は北にいなくて、北にいる時はここにいないので、交替で分配して、いくらでも経済的基盤を築くことができます。

10 南米の山がない地域では、水で完全にコントロールすることができます。井戸は、地下水が流れる所を掘らなければならないのであって、他の所を掘れば、いくら掘っても水が出てきません。ですから、水を売るだけでも暮らしていけるのです。海水を水蒸気にして、水をいくらでも作ることができます。

今の科学の力、エンジンの力を中心としてトンネルを掘り、一里、十里、百里離れた所に養魚場のビルを造ることができます。ニューヨークの貿易センタービルより高いビルを建てて、魚の養殖をすることもできます。パンタナールには魚が数百種類いますが、それをビルで養殖し、コンピューターにデータを入れてボタンさえ押せば、通り過ぎる人がいつでも、望みどおりに買って食べられるようにするのです。ピチピチ跳ねる魚を刺身にして食べられる場所を造るのです。

11 お父様は、南米に特別な関心をもっています。ですから、冬の季節に魚がどのように動くかをチェックしています。観光産業を誘致しようとすれば、四季をどのように活用できるかが問題です。特に、いつも冬が問題です。

四季さえしっかり連結できるとすれば、本格的に観光産業として展開させなければならないと思うのです。さらに、アラスカのコディアクとここは、反対の地域なので、一方は避寒に行く反面、もう一方は避暑に行きます。入れ替わるのです。どのように北半球と南半球を交差させ、季節を克服するかが問題です。

釣りをしても、夏にしていたことが冬には滞ります。これを一年中するには、どうすかというのです。それで、コディアクにいる人々を連れてきて、チェックしようと思います。例えば、韓国では夏が暑い時期です。ですから、コディアクに行ってもよいのですが、「南米は夏ではなく冬だ。だから行ってみよう!」と言うのです。そうして、比べてみるのです。韓国人に、春夏秋冬を入れ替えて感じさせられる、そのような基盤を築こうというのです。そこに合わせて、このような観光施設を運営するようになれば、春夏秋冬、どこででも活用できます。

医療・教育支援とレダ文化都市の建設

真の父母様は、南米のパンタナール地域に道路を造って、二十九台の救急車を寄贈された。パンタナール地方に暮らす人々は、道路事情が悪く、病気になっても病院に行けないことを知り、道路を造ってあげ、救急車を支援されたのである。また、ジャルジンに学校を建設して人材を教育され、さらには、アメリカの優秀な教育コンテンツを、テレビとVTRを通して教育することにより、南米の教育水準を高めようとされた。真の父母様が南米でシャルジンに次いで精誠を捧げられた所が、チャコ地域である。チャコは、ボリビアとパラグアイ、アルゼンチン、ブラジルにまたがるグラン・チャコ地域の一部で、面積は二十五万平方キロメートル(七百五十億坪)に及ぶ。真の父母様は、一九九九年八月、日本の国家メシヤたちに対して、チャコ地域のプエルト・レダ開拓を指示された。特にレダは、チャコでも、人が住んでいない場所だが、そこを人間と自然が共存できる美しい居住地に変え、すべての人々が暮らしたいと思う理想郷にしようとされたのである。それゆえ、レダに八万へクタールの土地を購入し、開発を始められた。また、レダを中心にモデル農場とモデル水産事業施設を造り、文化都市建設を計画されたのである。

12 南米のパンタナール地方に住む人々は、道ができていないため、自由に往来できません。ですから、道を整備して自由に往来させ、世界に進んでいき、飛んでいけるように環境をつくってあげる活動を、お父様がしなければなりません。そこでは赤ん坊が病気になっても、母親が赤ん坊を抱いて病院に行けないので、ただじだんだを踏みながら泣くしかないという話をたくさん聞きました。ですから、そのような地域に救急車を一台ずつ備えさせてあげました。何の関係もない人が、このようなことをしてあげたのです。その時、その地域の州知事、警察署長、市長、病院長たちが来て集まった中で、五十万ドルに該当する寄付を私が手渡し、適切に使うようにしました。今や警察署に電話をすれば、即刻出動して病院に連れていってくれるのです。

このような運動を継続して行おうと思います。五十台から始めましたが、今後、五百台、数千台まで膨らんでいけば、自動的に家庭に医者を呼ぶことができる時代が来るというのです。

13 アメリカでしていたとおりに、南米の人々を教育することができます。南米でも、テレビとVTRさえ備わっていれば、アメリカの放送を見て、その教材を用いて、アメリカで行っているとおりに勉強することができます。自ら勉強できる機会を与えるのです。そうして、一週間に一度か、二週間に一度ずつ集めて、勉強したことを問答して指導できる体制をつくればよいのです。そのようにするために彼らが集まるとき、車が必要であれば、救急車を中心として学校に案内までしてあげるのです。救急車を二重の目的に使用することができます。

その州の人口に従って、幼稚園と小学校を造り、中学・高等学校を造って、大学に連結できる教育体制を備えるのです。小学校の四年生から、農業の方法や木を植える方法、原野を開墾する方法、養殖をする方法をすべて教育します。そうして、高校を卒業するときには、その分野の専門的な人材になるのです。大学まで出れば、その地域の先生になり、指導者になることができます。そのような体制をつくらなければなりません。そして、高校生たちには牧場を守る仕事をさせます。そうして、牧場を開発し、運営するすべての内容を教えてあげるのです。

高校を経て、大学を卒業する十六年間、博士コースまで合わせて二十年間に、牧場でこのような専門的な教育を行うのです。一旦、私たちの体制に入ってくれば、自分たちの家で食べる物を心配する必要がありません。すべて、自給自足することができるのです。

14 ジャルジンに学校を造っておきました。小学校から中学・高等学校全体を収容することはできないので、本部では特殊な素質のある人々を連れてきて教育します。幼稚園は各都市で運営し、その次に、小学校、中学・高等学校を造って教育するのです。そこで優秀な人々は、これから私たちの大学に送って勉強させます。ここでは水産事業の方法、山林を育てる方法、農業の方法、工場で物を作る方法など、全般的なことを教えるのです。

そして、ジャルジンに造ったものを拡大して、そのようなシステムを備え、単科大学を中心として総合大学を造る計画をもっています。そのような建物をすべて建てることができるようにするのです。

その次には、中南米三十三ヵ国の三十三ヵ都市に、そのように教育できる小学校と中学・高等学校を造ります。教室を二つ造るのに七十坪あればよいのですが、五百人を収容できるようにするのです。そのような講堂を造ります。教室の仕切りを引き戸にすれば、二つの教室を六つにも七つにもして、いくらでも使えるのです。そうすれば、私たちの観光客が何百人行っても、その家一棟にすべて収容できます。観光用の宿所にもなり、その次には、教育できる場所にもなり、その次には、訓練場所にもなるのです。

15 私が南米に渡って、涙を流したことがあります。アルゼンチンとウルグアイの境界線を越え、アンデス山脈の峠を越えながら、太陽がだんだんと沈んでいく中、ブラジル宣教師と話をしていて涙を流したのです。「後日、私が訪ねてきて、開発します。(天の)お父様、お忘れにならないでください」と祈りました。

日本は、どこに行かなければならないのでしょうか。韓国の代わりの国として定めたパラグアイに送ろうと思ったのですが、日本の食口たちが南米に行ける状況にはなっていませんでした。反対したりしていました。仕方なく国家メシヤたちをパラグアイのプエルト・レダに送ったのです。

八万へクタールになるそこに配置したのですがその土地を奇跡的に購入し、開発することになりました。疲弊した都市形態を、新しい都市、自然と和合した文化都市の形態にしようというのです。レダからビクトリア農場までは六時間かかります。それを連結するのです。「インディオの十九の部族が暮らすその村に広場を造り、病院、学校、その次に、運動できる体育館などに代わる総合センターを造りなさい」と言ったのです。「土地も買いなさい」と言いました。そのような準備をさせるために、二時間かかる距離ごとに基地を設定したのです。その基地の代わりに、パラグアイ川とアマゾン川に、五十キロメートルごとに百八十二ヵ所の歩哨所(見張りの兵士が立つ所)のようなところを造るのです。

日本人が歩哨所のようなところを造って観光案内をするのです。そうして、人々が訪ねてくれば、主人の立場で、新しい家庭出発の教育ができる基地を造るために、杭を打ち込みました。そのような歴史を経てきたので、皆さんは、それが他人事ではなく、自分のことであると思わなければなりません。父母様が、行くべき峠を越えるための平地化作業をしたことを考え、いつでも涙を流しながら、その地域を巡回しなければなりません。

16 天宙のすべての復帰の中心的使命がエバ国家にあります。このパンタナールの地で、誰が汗を流し、苦労しなければならないのでしょうか。日本は海水に囲まれています。塩水に囲まれているのです。水というのは、もともと海水でした。それが蒸発して循環運動をし、淡水によって山川草木が育まれているのです。

それと同じように、ここで精誠を尽くし、雲をつくって世界に新しい水を分け与えることが皆さんの仕事です。苦労するのは、自分たちが豊かに暮らすためではありません。未来の幸福の基地を造るためです。犠牲にならなければ、未来の幸福の基地は永遠に造れません。皆さんはお父様以上に苦労して、パンタナールにおいて世界の母のような立場で、世界にお乳を分け与えなさいというのです。

17 皆さんをパンタナールに四十日間派遣しました。四十日を条件として、四十年、四百年でも行うのです。クリスチャンは四百年、カタコンべで迫害を受けながら、勝利の天国を着陸させました。日本人も、このように世界の福地を建設するために、四百年でもしなければならないというのです。四十年だけではありません。世界を生かすためには、喜んでしなければなりません。

この地をそのような基準に上げておけば、未来において観光王国になります。世界の万民がここを通過しなければなりません。ここは、神様が創造したすべてのものが、そのまま残っています。美しい地球星をつくらなければなりません。そのようなことをするために、日本人に責任を与えたのですが、不平を言ってはいけません。日本が母の国として、その使命を果たさなければならないのです。

18 日本の国家メシヤたちに、「早くパラグアイのプエルト・レダで農場を開拓しなさい」と言いました。エバ国家が一つの農場でもモデルを造って、世界の人々を教育できる場所を準備しなければならない責任があるというのです。

19 ペルーのような国では、鰯(いわし)が無尽蔵に獲れます。それで、鰯を獲る人々に、「私たちがパウダーにしてあげよう」と言いました。すべての条件が、私たちに有利になってきています。天がすべてそのようにするのです。このようなことを抱えて仕事を処理する人がいません。

海洋還元をするためには、私たちが海洋事業に関心をもたなければなりません。それを準備するために、日本人たちを通して、レダを中心としたパンタナールに定着し、その活動を行うのです。アマゾン地域で最も重要なことが自然保護です。公害を防止しながら、食糧問題を解決できる事業を行うのです。

20 ブラジルは黒人とスパニッシュの混血が多く、パラグアイはアジア人とスパニッシュの混血が多い国です。それで、私は一九九五年五月十六日、中南米十七ヵ国の巡回講演をパラグアイから始めたのです。

グアラニー族、インディオたちを包摂しなければなりません。この周辺にいる人々に船を出してあげて、燃料代がかかっても、聖日のような日に、一ヵ月に一度ずつは教会に集まれるようにしなければなりません。それで、レダ農場に大きな家を建てているのです。そこで集まりをもとうと思います。ですから、韓国食口たちをみな呼んで一つにしなければなりません。日本食口たちは別に行うのです。別途に韓国人が開拓し、その次に日本人が開拓し、その次にアメリカ人が開拓するのです。その次には、六大州の責任者たちが開拓して、自分の地域に関連させて配置すれば、世界化ができるのです。

21 パンタナールに冷凍会社を造って、現地人たちが獲った魚を世界に売ることを計画しています。それをするためには、冷凍コンテナが必要ですが、その冷凍コンテナを貸してくれる会社があるので、初めはそれを借りて使っても大丈夫でしょう。私たちは百八十の基地を造ろうとしているのですが、レダ農場で日本人たちがそれを準備しています。冷凍コンテナを借り、そこに獲った魚を冷凍保管しておいて、売ることができます。新鮮度をどのように維持するかが問題です。そのようにすることができれば、世界のどこであっても販売市場を開拓するのは問題ありません。

22 陸地の資源は、これから五十年ももたないと考えています。ですから、問題が起きます。百年以内には尽きるというのです。それゆえ、海洋圏を私たちが開拓しなければなりません。それで、日本食口たちに、パラグアイ川流域に、レダ農場を中心とした模範農場や、模範水産事業の施設や、模範文化都市の形態を造る活動をさせているのです。

23 南米に日本の国家メシヤたちが入り、レダ農場を中心としてパラグアイ地域を開拓しています。「三年間、そこにいなさい」と言ったのですが、三年ではありません。「パラグアイ全域を開発しなさい」と言いました。お父様は、天のみ前に祈ったとおりに行うのです。ですから、日本の海洋技術で、世界を開発する以上に、パラグアイとウルグアイを中心として開発するのです。

メルコスール四ヵ国を中心とした摂理

ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチン、ブラジルの南米四ヵ国は、メルコスールと呼ばれ、関税を撤廃し、共同市場を形成した。真の父母様は、これらの国家を中心に、南米で平準化されたモデル国家をつくり、それを南米全体に拡大しようとされたのである。

24 現在、南米では、メルコスールと言って、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチン、ブラジルの四ヵ国が共同市場開発のために関税を撤廃し、すべての物資の交流をしています。そのように、一つの国になるのです。そのように四ヵ国が一つになって、経済的に一つの国のようにしようとしているのですが、パラグアイの大統領やウルグアイの大統領に会って話をしてみれば、大きな国の狭間で潰れそうだという話をするのです。

25 平準化されたモデル国家をつくらなければなりません。そのモデル国家を、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジル、アルゼンチンを中心としてつくろうと思います。パラグアイとウルグアイがプラス・マイナスであり、またアルゼンチンとブラジルがプラス・マイナスです。これをまた、左右にプラス・マイナスとして、この国々を中心とした計画を立てなければなりません。

この四つの国は、すべての関税がなくなったので、一つの国のような形態になっているのです。ウルグアイには私たちの銀行があり、コンベンションセンター、デパート、ホテルがあります。ですから、この四ヵ国に、銀行の支店を設置しようと思うのです。そうすれば、中南米の三十三ヵ国にまで通ずることができます。アメリカと南米が、今やプラス・マイナスとして一つにならなければなりません。

26 メルコスールのブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイのこの四ヵ国さえ一つになれば、南米全体の五分の四になるでしょう。南米の大部分が一つになるのです。ですから、これから免税措置をして、物資が自由に通ることのできる時代が来るのです。近いうちに、一つの国になるというのです。遠からずこの南米は、世界的趨勢において、一つの国にならなければならないようになっています。また、文化圏が同じなので、結局は一つになるのです。

ところで、ブラジルやアルゼンチンでは膨大な土地が眠っています。国が主人になっていますが、管理ができずにいるというのです。牧場が造られているのですが、牧草さえあればうまくいくというわけではありません。これから私たちが酸素をたくさん排出する木を植えて、完全に緑地帯にしなければならないというのです。

27 メルコスールの四ヵ国を団結させて人材を育てれば、これから南米に統一的な人脈を育成するようになります。鮮文大学とブリッジポート大学、その次に、リバテイー・ユニバーシテイーとジェリー・フォルウェル大学を連合して、私たちが四つの大学をメルコスールに造りますが、これを、アメリカのすべての財力とすべての知識を移動させ、ヨーロッパ地域からも動員し、これが一番になるようにするつもりです。そうして、その大学から世界の発展途上国を中心として、百六十ヵ国の人々を連れていき、平面的にすべての文化を統一するのです。世界の平和基準をつくり、世界を指導できる人材を育成する学校を造ろうというのです。

そして、その地域を中心として、百六十ヵ国と連結できる文化を展示する世界展示村を造ります。そうすれば、全世界の人々がこの大学を中心として観光ができる観光基地になるというのです。その次に、ここに留学施設を造っておけば、全世界の人々が移動してくることができます。理想世界がそこで展示されるのです。それで、そのための交渉をしようとしているのです。

28 南米に中央銀行を造ろうと思います。ブラジルとアルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの大統領を通して造るつもりです。ウルグアイには私たちの銀行があり、パラグアイの銀行では権利の一部を私たちに譲ろうと言っています。アルゼンチンも準備できています。そのようにして、四ヵ国に支店を造っておき、これを中心として南米の最高の銀行家たちを集め、中央銀行を造るのです。どんな国の銀行よりも大きな銀行を造って、連合体制として流通構造を自律化しようというのです。そうして、私たちの事業を行うのです。

29 私たちは、大学と言論界と思想界と金融界を束ねなければなりません。金融界にどのように基盤を築くかが、南米における銀行問題です。パラグアイ、ウルグアイ、アルゼンチンとブラジルに銀行を造らなければなりません。世界の最先端を走るようになった証券市場を管理できる組織をつくらなければなりません。

金価格や銀価格を決定する所が、イギリスと日本と台湾です。今後、ブラジルをはじめとするメルコスール四ヵ国で、これを行わなければなりません。私がここに定着したのは、そのような条件で、世界の先端的な証券街をコントロールできる基盤を築くためです。ですから、既に一九八〇年から銀行家たちを教育してきたのです。

30 パラグアイを中心として、私が指示したとおりに行い、三十万へクタールに理想郷を造れば、パラグアイ国会を通し、言論と放送を通して、全国に宣伝するのです。このようになれば、全南米が知り、その次に、それがプラスとなってウルグアイと一つになり、二つの国で「やりなさい」と言えば、ブラジルとアルゼンチンは税関を中心として流通構造が開放されるので、完全に一つの体制で動くことができる基盤になるのです。

パラグアイとウルグアイの政府が、「レバレンド・ムーンの理想郷に対する計画が、この世界に平和の基盤を築くに当たって最も貴いものである」と宣布し、宣伝活動をしているのです。完全に一つの方向を向くようになりました。

31 韓国が北だとすれば、南の果てがウルグアイです。世の中では、私たちがウルグアイに多くの経済的支援をすることに対して嘲笑しました。アメリカの責任者たちも、「アメリカにもっと投資すべきなのに、なぜそこを支援するのか」と言いました。

しかし、ウルグアイの大統領はお父様を信じています。そこに銀行を造り、ホテルを造り、コンベンションセンターを造りました。その次にはデパートを造って、すべてのものを処理しています。南米を中心として、銀行、ホテル観光事業、デパートを連結できる経済的流通基準をつくり、その次に、思想的基準で、カトリックを消化できる基盤をすべて築いておきました。

32 アメリカでは、一番底から上がっていきましたが、今や南米は、上から降りていくので早いのです。南米のウルグアイには、既に一九八〇年から私が銀行も造り、ホテルも造り、新聞社も造りました。地球を見れば、ウルグアイが正に韓国の裏側です。極と極です。軸になっているのです。

私が南米に対して計画しているのは、中南米三十三ヵ国を免税地域にすることです。関税を撤廃して経済流通路を連結させ、一つの新しい開発国に設定するのです。ローマ教皇は、カトリックが今まで新教と争ったことに対して悔い改め、一致運動を展開することを宣布しました。ですから、摂理的な方向と外的な方向がすべて一致してきているというのです。

33 お父様はパラグアイ政府に、「与党と野党、カインとアベルが一つになって、お父様に向き合わなければならない」と建議しました。その二つが一つになって、真の父母様に侍れば、その国は世界で、天の国の祝福を受けられる国になります。祝福の国になるでしょう。天の国の中心的国家として、南北米を代表する国になるのです。

ウルグアイは、既に私が手を付け、今、アルゼンチンに手を付けています。パラグアイにも手を付けています。パラグアイと韓国は、カインとアベルです。結局、二つが一つにならなければなりません。パラグアイは、メルコスールの軸です。ですから、私がブラジルとウルグアイ、アルゼンチンを中心として、連合運動をするのです。四大国家は、東西南北です。ウルグアイとパラグアイさえ一つになれば、その軸を中心として、アルゼンチンとブラジルも一つになるのです。

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第十一篇 第一章 超教派運動と宗教連合運動

第十一篇 第一章

超教派運動と宗教連合運動

第十一篇 超宗教平和運動と霊界解放の摂理

人類は、人間先祖の堕落により、神様との心情的関係が切れるとともに、霊的世界に対して全く無知の状態で生きてきた。神様がこのような人類の霊的無知を打開し、救援摂理を完成するための核心的な手段として立てられたのが、宗教であり、宗教は、時代と地域によって、聖人たちの教えを中心に人類を覚醒させてきた。そして、ついに真の父母様がこの地に来られ、「父母の宗教」時代を開き、すべての宗教が一つになって神様のみ旨を実現するように導くため、宗教の連合と一致運動に生涯を捧げられたのである。

真の父母様はいち早く、一九六〇年代の中盤から超教派運動を展開し、統一教会とキリスト教団の和解と一致のために努力された。また、一九七〇年代には、韓国宗教協議会を中心に、宗教連合運動の先頭に立たれた。超教派運動と宗教連合運動は、宗教者たちを和合と統一に導く二つの軸として、一九八〇年代からは、同家的段階を越え、世界的な超宗教平和運動に発展した。このために、真の父母様は「国際宗教財団」と「世界宗教議会」、「世界平和宗教連合」、「世界平和超宗教超国家連合」などを立てられた。

真の父母様のこのような宗教連合活動は、全人類を神様の子女として生み変えることに、その究極的目標がある。そのため、真の父母様は、宗派を超越した超宗教祝福結婚式を通して、これを具体化された。二〇〇二年には、アメリカのワシントンDCを中心として、世界で「十四万四千双超宗教聖職者祝福結婚式」を挙行するなど、数回にわたって超宗教祝福式を主宰されることにより、宗教間の壁を崩し、世界を神様のもとの一つの家族として束ね、世界平和を実現するために努力された。

真の父母様がこのように、超宗教平和運動を導いてくることができたのは、神様の心情を誰よりも深く体恤する場で、霊界全体の実相を自ら経験することにより、今後実現すべき天一国に対する確信をもっていらっしゃったからである。真の父母様は、霊肉界にわたって蕩減復帰摂理路程を勝利していかれ、堕落の歴史により霊界と地上において、幾重にも囲まれた障壁を崩して地上天国と天上天国の基盤を築き、霊界解放の道を開かれた。そうして、神様が地上と霊界を思う存分に治めることができ、霊界の霊人たちと地上人たちが自由に通じ合える霊肉界一体圏の時代を宣布されたのである

第一節 宗教の真の意味

神について正しく教えるべき宗教

真の父母様は、一九四五年の光復とともに公式摂理路程を出発し、宗教を前に立てて、救援摂理と世界平和を主導しようとされた。そのため、宗教の役割について多大な関心をもたれ、一生涯、宗教間の和合のための努力をやめることはなかったのである。真の父母様は、無形でいらっしゃる神様の存在を強く認識させ、神様がどのような方かを正確に教えられる宗教が、真の宗教であると語られた。

1 今まで、世界的に多くの宗教がありましたが、その諸宗教は、何を教えなければならないのでしょうか。すべての宗教は、まず神様について正しく教えなければなりません。神様について教えるとき、漠然と教える宗教は、あやふやな宗教です。

神様がいらっしゃるならば、どのようなお方としていらっしゃるのか、神様の愛とはどのようなものかなどについて教えてくれる宗教が、真の宗教です。世界的な宗教の中で、このような、内的で深い事情をもって歩んできた宗教がキリスト教です。

キリスト教では、神様は父であると教えてきました。イエス様がこの地に来られて、「私は神様のひとり子である。人間の世の中に神様の息子として生まれた人は私しかいない」と宣布したのです。父の息子として生まれたというのは、父の骨髄、父の血肉を受けて生まれたということです。そのような父子の関係は、世の中のいかなる公式や法度でも断ち切ることができず、いかなる権勢や名誉でも否定することができません。

このような観点で、イエス様がこの地上で神様を父と呼んだのは、万代を治めることのできる特権的な中心使命をもってきたという事実を、万有の前に明らかにするものでした。

2 今日まで、人間は目に見える物質だけを追求してきた結果、二十世紀の物質文明を形成しました。しかし、見える物質世界だけを研究し、その価値だけを追求することが、人間の本来の欲求ではありませんでした。物質世界を超越した目に見えない世界と、無形の神様が存在するという事実を教えてくれるのが宗教です。

ですから、このような宗教理念によって、無形の神様のみ前に進み出ることを望み、神様のみ意を尋ねていく群れ、そのような民族、国家、人類がいるとすれば、彼らを中心として、二十世紀の物質文明を超越した新しい神様の世界、見えない世界が価値の中心となる新しい世界が成し遂げられるでしょう。

結局、人間が物質世界を追求していけば、物質の第一原因となる力の世界を経て、見えない世界に到達せざるを得ません。そして、究極的には、見える世界を主管する神様の世界に到達するようになるでしょう。

このように、見える世界は、見えない世界と相応的な関係を結びながら存在しています。そのため、一生懸命に祈り、精誠を捧げ、見えない世界に代わって、神様の胸の中に隠されている深い内的心情を体恤し、イエス様と聖霊の心情を体恤するようになれば、天上のすべての秘密を解き明かすことができるでしょう。

3 宗教とは、絶対に人間だけを中心にして語るものではありません。神様を母体とした教えが宗教です。これが宗教の発源であり、本源なので、神様を抜きにした宗教というものはあり得ないのです。そして、宗教を中心とした圏内でのみ、聖人になることができます。聖人になるためには、天意に従わなければならず、天情を紹介しなければなりません。

私たちがたたえる四大聖人たちは、教祖、または預言者です。そうだとすれば、聖人たちを誰がそのようにさせたのでしょうか。もし人間がさせたとすれば、人を中心とするはずですが、天意を中心としているのを見れば、神様が聖人たちを立てたとみなすことができます。そのようにしてつくられたのが、宗教文化圏世界です。

4 真の宗教は、架空の理想や架空の人類愛を説明するよりも、本然の問題に入っていき、人間が絶対に否定できないよう、神様に対する認識を何よりも強く植えつけられる宗教でなければなりません。それ以上に真の宗教と言えるものはありません。その価値は、今日この世界で最も貴いと言われるものを一千個、一万個渡しても、取り替えられないのです。歴史上のいかなる偉人や聖賢たちを統合しても、取り替えられないというのです。

そして、神様の実存に対する自覚をもった人がいるとすれば、歴史はその人から発展するようになります。そのような自覚された境地における個人的な認識観、国家観、世界観、宇宙観などが問題になるのです。

統一教会では神様の心情を語っていますが、これより次元が高いものはありません。心情問題は生活圏内で起きます。父母の愛、夫婦の愛、兄弟の愛というものは、すべて生活圏内で始まるのです。ですから、神様の心情を語るとすれば、次元が違うというのです。

5 世界のあらゆる文化の歴史を見れば、その思想的な裏づけとなるものが宗教です。人類歴史と宗教は、運命を共にする関係にあります。ある時は時代を先取りしたり、ある時は後れたりしながら、今まで続いてきたのです。ですから宗教は、神様が理想世界と理想天国を築くための基盤です。

その宗教で教えてくれることは、たった一つです。神様を教えてくれるのです。神様を愛しなさいと教えます。人間の本心は、人類を創造し、この宇宙を創造した神様を尋ね求めていきたいと思うのです。ですから、宗教は、神様の原理を教えてあげなければなりません。

「宗教」の「宗」の字は、屋根の棟(むね)を表す「宗」の字です。宗教というのは、棟になる教え、すなわち、大梁(おおはり)になる教えです。そうだとすれば、神様の愛を教えてくれる以上に、何があるというのでしょうか。これ以上のことを教えてくれるところがありますか。

人間の欲望や人間の良心が最高に願うのは、神様を占領し、神様の愛を占領することです。人間が最高に希望するその頂上を教えてくれるのが宗教です。次元の高い宗教であるほど、神様を強調し、絶対者であるこの宇宙の創造主を畏敬し、その愛を教えるのです。

6 絶対的な神様がいるかいないかということは、この上なく重大な問題です。これは今世紀だけでなく、歴史を前にして、いかなる識者層や、いかなる聖人たちを通してでも解決すべき人類の課業です。時代的な課業であり、歴史的な課業だというのです。

そのため、思想的な面で神様を探し求めていく哲学的な世界の観点がありますが、それとは異なり、神様に出会って、神様から出発する神学的な世界観もあります。神様に出会って、神様と共に生活をするところから始め、世界の人類力どのようにして幸福に生きるかという問題を探究してきたのが宗教です。

宗教は、神様と共に生活する環境から出発しました。その生活舞台は、個人の生活だけでなく、家庭から社会、国家、世界の生活圏まで発展していきます。神様の生活理念を世界化するためには、全人類が文化的に異なり、地域的に異なり、歴史的な背景が異なり、また習慣が異なるので、そこに適応する宗教的な内容を中心として、神様と共に生活しなければならないというのです。

シャーマニズムを見てもそうです。神様と人間が関係を結ぶことにおいて、方向性を提示できなかったので、シャーマニズム化したのです。もし、そこに方向性があったとすれば、私たちが生きていく個人生活圏、家庭生活圏、民族生活圏、国家生活圏、世界生活圏を通して、偉大な宗教に発展してきたでしょう。

7 宗教は、真理だけで形成されたものではありません。宗旨というものは、真理だけではないのです。主義と思想は、真理を中心として進んでいきますが、宗教は、真理以外に心情が内包されるのです。これが違います。主義と思想には心情がありません。しかし、宗教は、子女と父母が言葉なくして愛し合うのと同じように、その何かが絡み合っています。論理的な条件を越えて動く、ある内容を備えているのです。しかし、主義はそうではありません。主義は組織的な結合です。心情的な結合ではなく、組織的な結合なのです。

私たちは、目標に向かって走る競争者として、その歴史的なコースに関する知識を備えなければならず、時代的な実情をよく把握しなければなりません。その次に、未来的な内容、その計画をある程度までは知っていてこそ、目標に向かって走っていけるのです。

このように、天に向かって自分の生命を懸けて進んでいくことにおいて、天の歴史的な心情、時代的な心情、未来的な心情まで備えた人がいて、神様が今までこのコースを立て、築いてくるためにどれほど苦労されたかを感じる人がいるとすれば、その人はいかなる困難にぶつかっても、難なく突破して進んでいくだろうと見るのです。

8 人間世界に天宙的な理念をもった主義や主張があるとすれば、それは宗教です。宗教以上の主義や主張はないというのです。目に見えない創造主について、「そのお方が私たちの父であり、私たちはその息子、娘である」と言うことができる関係、すなわち、離そうにも離すことができない父子の関係と、その価値を土台として出発したものが宗教です。

したがって、真の宗教は、単にある民族的次元にとどまっていることはありません。未来の国家、未来の世界、ひいては、天宙を見つめることができなければなりません。また、創造主は、創造理想を中心として造られた地と人間を、三位一体的な関係で一つにするという目的をもって働いてきました。正にこのような関係を回復しようとするのが宗教なので、宗教は今まで主従関係を重視し、何が先で何が後かという前後関係などの秩序的関係を結んできました。天倫がそのようになっているのです。

9 真の父母は、永遠に一組しかいません。アダムとエバ、最高の先祖は、二組ではなく、一人の女性と一人の男性です。彼ら人間の先祖が真の父母にならなければならなかったのですが、堕落することによって偽りの父母となりました。ですから、絶対的な父母を再び探し出さなければ、神様の創造理想を実現することはできません。このような論法に照らしてみれば、愛し合う新郎と新婦を中心とした真の家庭、真の理想国家、真の理想世界をつくろうという内容を教えてくれる宗教でなければ、真の宗教ではありません。真の宗教とは、真の父母が現れなかったので、真の父母が現れてこそ、真の家庭を築くことができるという理論をもった宗教です。

宗教は堕落人間の修理工場

宗教の使命は、堕落した人間を神様の子女として復帰し、神様が本来、構想された創造本然の世界を実現することである。真の父母様は、「堕落した人類は、あたかも故障した機械のようになってしまったため、宗教は故障した人間を直す修理工場の使命を果たさなければならない」と語られた。

10 宗教は、天地創造の原則に符合する天倫の道理に従っていきます。すなわち、唯一の神様が天地万物を創造され、一つの目的の世界に向かって摂理してこられるので、その方向に向かって進むように教えるのが宗教です。

ですから、宗教は肉的生活全体を否定します。仏教もそうであり、キリスト教もそうです。次元の高い宗教であるほど、「否定しなさい」というものが多いのです。聖書の言葉も、そのようなことを教えてくれています。堕落した人間は、神様とそのままでは一つになれません。完全な解放を受けなければなりません。一つの目的を追求する人間につくり変えられなければならないのです。そのため、宗教が必要だというのです。

私たちは、盲目的な宗教生活をしてはいけません。神様は必ず公式的な法度を通して摂理されるので、その公式を知らなければなりません。このような公式的な法度を教えてくれる所が統一教会であり、このような公式的な法度が入っているのが統一教会の教えです。統一教会の教えは、過去から現在まで、復帰摂理歴史がどのようにつながってきたかを、はっきりと教えてくれています。これが統一教会の教えの中で最も重要な内容です。

11 宗教は何をする所かと言えば、人をつくり変える所です。どのようにつくり変えるのでしょうか。体と心が永遠に争わない平和の場で、天宙の大主宰を代表する一つの相対的資格と、実体的神様のような人格的資格をもって、永遠無窮に変わらない人間としての価値をもつ生涯を享受できる人間をつくろうというのです。これを、人間だけがするのではなく、神様と合同作戦を行って完遂しようというのが宗教です。

12 人間の本来の主人は、絶対的で統一的な神様です。そして、人間の心は神様に属しているので、磁石のように自然に主体の前に引っ張られていくのです。そのため、人間は高い所をあがめ、絶対的なものを欽慕できる心を啓発してきました。この分野の使命を担ってきたのが宗教です。体よりも強い心の主体性を備えて、この体を完全に主導するようにさせることが宗教の使命です。

13 真の愛さえ臨めば、体と心は自動的に一つになります。神様の愛が臨むようになれば、体と心が完全に一つになるのです。神様は、このような原則を中心として人間を救うために、宗教を立ててきました。宗教世界は、間違った人間を修繕する修理工場です。部品を作り、故障したものを直すためのものが宗教です。

宗教の教えは、体と心を一つにすることに主眼を置いています。いくら修道をし、研究をしても、体と心を一つにしなければ、すべて壊れていくのです。十年どころか、千年努力したとしても、水泡に帰すのです。このような人間の体と心を、どのように統一するのでしょうか。それを教えてくれた聖人がいませんでした。

「私」の体と心を一つにできるのは、真の愛です。神様の真の愛と、なぜ接することができなかったのかが深刻な問題です。

14 人間は、神様の創造理想を実現したのではなく、理想世界を見つめて進む途中で堕落することにより、故障した存在になりました。そのため、人間は自分がどこに向かい、どのような主人に従って、どのような世界に行くべきかが分からず、右往左往しながら生きています。これが現世の人類社会です。

僕がいるとすれば、その僕よりも劣り、万物があるとすれば、万物よりも劣る価値の位置に落ちたのが人間です。これを回復するには、ただ盲目的にすることはできません。再創造原理を通してあらゆる歴史を収拾し、修理工程を経て、再びつくらなければなりません。堕落した人間を再び収拾し、故障した人間を再創造するために修理工場としてつくっておいたのが宗教です。

15 皆さんは、正に故障した人たちです。ラジオが故障すれば、「ピーピー」と鳴るばかりで本来の音は出ません。そのように故障した人間なので、心が行こうとするにもかかわらず、行くことができないのです。このように故障した人間を修理することができるならば、神様は存在されるのであり、それができないとすれば、神様はいらっしゃらないのです。

神様がなぜ、故障した人間たちを修理するための工場を造ったのか、また、修理できる技術者をなぜ送ったのかが問題になります。その修理工場が宗教です。宗教は、人間が堕落したのち、シャーマニズムなどから発展してきました。小さな修理工場から始めて、世界的な修理工場に造り上げてきたのです。

16 世界の文化圏は、宗教思想圏と宗教文化圏から成り立っています。すべての文明の発源地は、宗教です。文明は、宗教を基盤として出てきたというのです。この宗教が、修理工場の責任を担ってきました。そのため、世界は、四大宗教文化圏内にすべて包含されています。この修理工場で腕と脚と首と頭を造ったとすれば、組み立てなければなりません。ですから、この全体を組み立てる総合工場がなければならないのです。その総合工場が、統一教会です。

今日、このような状況で、宗教を統一しなければならないという看板を掲げて現れただけでも、素晴らしいことです。ですから、統一教会に、仏教を信じていた人も入り、キリスト教を信じていた人も入り、儒教を信じていた人も入るのです。また、宗教を信じていなかった人も入ります。それゆえ、統一教会は総合宗教です。総合的に組み立てるのです。名実共に、総合修理工場になったのです。

体と心の統一と自己主管

真の父母様は、人間の堕落によって分かれた心と体の闘いから、人類の葛藤と紛争が始まったと考えられ、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ」と強く主張された。そのため、宗教は、体と心を統一した基盤の上で、すべての人間が真の愛を通した犠牲と奉仕の生活を実践することにより、神様のもとの一つの世界を実現することを、最高の目標に置かなければならないのである。

17 皆さんは、体と心を統一しなければなりません。これは歴史的な叫びです。福音の中の福音です。このことが実現されなければ、愛もすべて無駄になるのです。人間の定義を論じることができる、論理的起源の基盤がないというのです。その起源の基盤がない論法というものは、現実と関係ありません。ですから、「私」の心と体において、「完全に統一された」と言えるようにならなければなりません。神様は、「真の愛を通して心と体を一つにしなさい」と言われます。

神様御自身の体と心が一つになっているのは、互いにために生きる愛をもっているからです。体は心のために生き、心は体のために自分以上のものを投入しようとするので、永存できるのです。投入し、さらに投入できるので、理論的な永生の論理が出てくるのです。

18 宇宙主管を願う前に、自己主管を完成しなければなりません。キリスト教徒や宗教を信じる人々は、それを知らなければなりません。誰もが優れた人になることを願いますが優れているとは、どういうことでしょうか。優れた人になる近道は、まず自分から正すことです。体と心が毎日のように争っていて、休戦できずにいます。(このままでは)祖父から自分、自分の息子、娘、孫、千年、万年たってもこの争いは続くでしょう。数多くの聖人たちが来ては去りましたが、解決できませんでした。

しかし、お父様がこの問題を解決したのです。ですから、真の愛によって一つになり、共鳴の境地に至れば、修道を通さなくても、すべて分かるのです。私はこれまで、迫害を受け、追われる身の上になりましたが、その渦中で生き残ったのは、私自身が行く道を知っていたからです。

神様の垂直下に入れば、行く道が分かるのです。方向を知っているので、いくら大騒ぎしても、私の行くべき道を行くのです。お父様は、「滅びるだろう」と言われましたが、滅びませんでした。

19 皆さん個人の体と心が分離しています。しかし、アベル的な立場に立っている心は、体のために今まで犠牲になってきました。投入して忘れ、また投入して忘れることを、一生の間続けるのです。ですから、心を中心として、体が一つにならなければなりません。体と心が一つになったところに天が共にあるのです。そのような男性とそのような女性は、カイン・アベルと同じ立場に立っているので、その二人が一つになるとき、神様が臨在できるのです。

愛の関係を中心として、一つになったカイン・アベルの立場を探して立てなければ、発展することはできません。個人時代から家庭、氏族、民族、国家時代までそれを整理して、勝利的基盤を成立させなければ、神様の解放、アダム・エバの解放、子女の解放圏は成り立たないのです。

20 宗教がすることは二つです。第一は、心に強い力で刺激を与えることです。宗教を信じれば、精神が引き込まれるほどの刺激を受けます。体のあらゆることを忘れてしまえるように、心に強い衝撃を与えることによって、神様がいることを初めて知って、「ああ、主人は神様なのだなあ。この体と関わりがある悪魔ではなく、神様なのだなあ」ということが分かるように、心に強い力を補給しなければなりません。皆さんは今、心と体の力が同等なので争うのです。心に三倍から五倍くらいの力さえ吹き込めば、心が体に勝つことができます。

第二は、体を打つ力を強化することです。これと、心に強い力を補給することが、宗教の二大役事(働き)です。心を強くしようとすれば、三年間だけ、体を引っ張っていき、心の思うとおりにすればよいのです。

心と体の力が同等なので、体が屈服できるようにひたすら苦労させるのです。宗教では「断食をしなさい。温柔、謙遜でありなさい」と言います。体は「温柔、謙遜になろう」とはしません。ですから、「温柔、謙遜でありなさい!犠牲になりなさい!」と言うのは、二つのうち一方を強調するためです。(それで)宗教では、苦労しなさいと教えるのです。

21 主体と対象である心と体が、一つにならなければなりません。私が修養しながら、最も苦労したことがそれです。体と心は、簡単に一つにはなりません。一番の問題は、眠ることと食べることです。おなかがすけば、精神が乱れます。眠気に襲われれば、目が言うことを聞きません。その次には、男性として、女性に対する問題です。これが三大怨讐です。

この問題をすべて清算し、きれいにしなければ、天の国に行けません。そのような問題にぶつかるので、標語が「宇宙主管を願う前に、自己主管を完成せよ」だというのです。私がいくら天下を牛耳り、天下を統一すると言っても、私自体の統一を果たせなければ、すべてが一時に崩れるのです。

22 世界が必要とする宗教とは、いかなる宗教でしょうか。平和を提示する宗教です。そのような宗教になるには、自分を重要視し、また、自分を中心とした所有観念や所有欲をもっていては不可能です。それは、歴史時代に、自分の祖国と自分の民族を中心とする主体的観念に支配されていた形態を抜け出すことができません。これを抜け出させるために「自分を犠牲にしなさい」と言うのです。

しかし、自己の利益を追求する世界の歴史に付いていけば、戦争歴史それ自体から抜け出せません。それを知る天は、「自分を犠牲にしなさい!自分を否定しなさい!」と言うのです。また、「自分が主体の立場に立っても、主体である自分の利益を追求するのではなく、相対の利益を追求する道を選びなさい」と言います。そうして、犠牲を強調し、奉仕を強調し、自分自らを否定する道を尋ねていくのが宗教の道です。

第二節 宗教を通じた人類救援と神様の解放

宗教の目的は人類の救い

宗教は、救援摂理を通して人類を創造本然の姿に復帰し、創造目的を完成するところに目標がある。真の父母様は、このために、対内的にはみ言と愛によって食口たちを教育され、対外的には宗教連合運動を通して、救援摂理を拡大していかれた。

1 人間が最も願うこととは何でしょうか。人間に何らかの欲望があれば、それは自分のための欲望ではなく、神様につなげて、神様と関係のある欲望として、新たに出発できる欲望の道を探し求めていかなければなりません。そして、自分が絶対的な価値を追求するとしても、それを自分の立場ではなく、絶対的なお方と関係を結んだ立場で追求しなければならないのです。

堕落した人間は、そのような立場を経なければ、堕落の因縁から抜け出すことができません。そして、この因縁から抜け出さなければ、私たちがいくら幸福の要件を手にしたいと思っても、それは私たちと関係がないのです。ですから、この環境よりも強く、この環境を造り出した者(サタン)よりも強いお方と共に、強い人にならなければならないのです。そのようにしなければ、これを解決する方法がありません。神様は、人類がこのようにかわいそうな立場にいるので、そのような道を教えてあげるために、歴史時代に責任をもち、救援摂理をしてこられるのです。

2 歴史は、必ず愛の道に従っていくようになります。人間は神様の愛を中心として出発したので、愛で統一された目的世界に越えていって勝者と敗者が決定されるのです。これが、人倫生活の道理です。そのようなことを知っているので、私がこのことに対して命を懸けて闘いながら実践した経歴を、自信をもって報告するのです。このような事情を経ていく人類歴史の中で、宗教の歴史を見れば、長い歴史とともに「終わりの日」まで神様の救援摂理は続くので、主流的宗教形態がなければならないというのです。神様の愛の道を歩んで愛の家庭を築くことにより、愛の氏族を形成し、愛の国を築こうとすることが主流宗教の最終目的です。

3 この世は、悪なる世の中、悪が占領している世界です。このような世の中で、どのようにして善なる人を育て上げるのでしょうか。この天地を創造した主人がいるとすれば、これは、そのお方にとって重大な課題にならざるを得ません。それゆえ、善なる人を育て上げることが、今まで神様がこの地に対して成してこられた摂理でした。そして、この善なる人を育て上げる手段として立てられたのが宗教です。

ですから、堕落したその日から、人間には宗教が必要でした。人間は堕落しましたが、人間の本心の深い所には、宗教をもつことのできる心の根、すなわち信仰をもつことのできる心の根があるのです。それは本来、悪が生じる以前から、人間に善民の基準、神様の創造目的を完成できる基準が設定されているからです。すなわち、創造目的を成就していける本性をもっているというのです。その本性は、いつでも神様が志向する善の目的に向かわせるようにしました。それは、自動的な現象として現れます。そして、私たちの良心は、私たちが善に向かって動かざるを得ないように作用しているのです。

4 宗教の目的は、救うことです。争いの場所から救うのです。紛争する世界を越えて、平和の世界に行こうというのが救いです。「救い」という言葉自体について考えてみるとき、本来、人間はそのように争いをする姿ではありませんでした。皆さんは、病院に入院して、すっかり回復して出てくれば、「助かった」と言います。「その人を救おう」というのは、「状況が悪くなったので本然の状態に戻そう」ということです。ですから、堕落したので、堕落していない本然の位置に帰らせようということです。本然の位置に帰れば、どのようになるのでしょうか。神様と人間の関係が、新たに結ばれるというのです。

5 神様が宗教を立てた目的は、全世界の野生のオリーブをなくすためです。野生のオリーブを真のオリーブとして完成させるのが宗教の責任であり、宗教者の使命です。ですから宗教は、「神様から離れて罪人になったので、善人になって神様に帰ろう」と言うのです。神様に帰る運動が宗教です。したがって、宗教の目的は、人類を救って神様に帰らせることです。

これまで、宗教者たちが信仰生活をする目的は、「私が宗教を信じて救いを受け、私が幸せになろう」というところにありました。しかし、世界の人類を救い、人類を連れて神様に帰ろうというのが正しい信仰者の道です。

ですから、真の宗教者は、「私が宗教を信じるのは、この国を神様にお返しし、この世界を神様にお返しするためである。そして、私の息子、娘、私の子孫をまず救うのではなく、国を先に救い、世界を先に救おう」と言う人です。このようにして、国家が救いを受ければ、「私」の家庭と息子、娘がみな、救いを受け、世界が救いを受ければ、私の国も一度に救いを受けるのです。それゆえ、真の宗教は、人類を救おうという宗教であり、人類を救い、その人類を連れて神様に帰ろうという人が真の宗教者です。

6 神様のみ旨、神様の願いは、キリスト教を統一したのちに、その残りのすべての宗教を廃品のように掃き捨ててしまうことでしょうか。そうだとすれば、神様が世界を救おうという、その救いの概念が変わってしまうのです。世界を救おうという神様なので、キリスト教を統一してから、その次にはその周辺にある宗教を収拾しなければなりません。

神様の救援摂理は、この地球星だけでなく、天宙までも救わなければなりません。過去、現在、未来の人間を救わなければならないのです。この地球星に生きては死んだ、すべての人まで救わなければならないというのです。地獄があるとすれば、地獄にいる人までも救わなければなりません。

神様が本当の主人であり、本当の愛と慈悲をもった主体であるとすれば、宗教を統一したあとは、必ずこの世界を一つにして、世界全体を救わなければならないというのです。

7 宗教が求めようとするのは、天の国です。神様を中心として天の国を建てるのです。歴史路程で人間が求めてきたのも天の国です。天の国とは、この世界のことです。ですから、神様を中心とした世界をつくろうというのです。そのような世界をつくるために生まれ、そのために生き、そのために死んでいった人は、その国の民の中でも、忠臣にほかなりません。それだけではなく、父母の前には孝子にほかなりません。ですから、私たちはそのような教えを中心として全人類の前に手本となり得る近道を提示してあげなければなりません。その道は、万民が共通に欽慕し、従っていくべき道なので、その道から統一が始まるでしょう。

個人救援から家庭救援の時代へ

真の父母様は、人間社会の基本単位が個人だけではなく家庭であることを明らかにされ、「神様を中心とした家庭を正しく立て、その家庭から救いの版図を全世界に広げていかなければならない」と語られた。このために、宗教は個人だけではなく家庭を救うことにより、世界復帰の先頭に立たなければならないというのである。一九五四年に「世界基督教統一神霊協会」を創設したのち、四十周年となる一九九四年に「世界平和統一家庭連合」を発表したのも、家庭救援の重要性を強調されたものである。

8 今までの宗教は、個人を救うための宗教でした。これが歴史始まって以来、今まで宗教が越えようとした一つの峠でした。この個人の峠を越えれば、家庭の峠があります。統一教会は、個人の救いを目標とする教会ではありません。六千年間、個人の救いを中心としてきた宗教形態から抜け出し、家庭を救うための宗教にならなければなりません。これが今後、統一教会が解決すべき歴史的課題です。

今まで、家庭の救援を目標にしてきた宗教はありませんでした。今まで歴史過程を経てきた数多くの宗教は、国家を建てる位置に上がることができませんでした。救いの目的が個人の救援だったからです。(家庭の救いに基づいた)社会の救援、国家の救援を目的としたのではありませんでした。ただ個人の救援を宗教の目的としてきたのです。

しかし、統一教会が行くべき道の前には、家庭の峠があります。この家庭の峠を越えるには、自分一人で越えては駄目なのです。必ず二人(夫婦)が一緒に越えていかなければなりません。一緒に越えていくのですが、前後関係で越えていくのではなく、左右関係で越えていかなければなりません。エバは天使長、アダムはエバに従っていくことで堕落が起きたからです。左右に同じ立場、平等な立場、同等な立場で行ってこそ、相対的な救いが成立するのです。

9 今まで教会は、個人救援時代でした。今からは、祝福を受けた家庭を中心とした家庭救援摂理時代です。家庭が連合するようになれば、氏族救援摂理、国家救援摂理時代に越えていくようになります。氏族が祝福を受ければ、氏族が救いを受けるのです。国が祝福を受ければ、国が救いを受ける時代に入っていくのです。次元が飛躍するというのです。ですから、教会(を中心とした摂理)時代は過ぎ去ります。

アダムとエバの個人が堕落することによって家庭をひっくり返したので、これを復帰しなければなりません。体と心が一つになり、家庭が一つになり、国が一つになり、世界が一つにならなければなりません。統一しなければならないというのです。

アダム家庭では、サタンによって偽りの血統が連結されることにより、すべて分裂しました。今や、真の父母が来ることにより、体と心が一つになった夫婦を中心として家庭が一つになった基盤の上で、全世界が復帰される平準化時代、統一時代に入りました。真の父母様が真の血統をもってきて、個人の体と心を連結することにより、完全に一つになった男女が、家庭を中心として完成し、結合するようになります。そうして、このような完成家庭が拡大し、自動的に横的拡張を成した世界が、神様の統治される天国です。

10 今までの宗教は、どこまでも個人の救援を目的としながら、個人を悪から救うという内容を教えてきました。しかし、これから世界が必要とする宗教は、個人を中心としたそのような宗教ではなく、家庭の土台を整える宗教です。

天意によって保障を受けることができ、人意によって公認を受けることができ、天情と人情が合わさった場で、いかなる試練にも耐え忍ぶことのできる家庭の救援運動が新たに現れるようになるとすれば、そのような宗教運動は世界的に広がるでしょう。それは、韓国という特定の国を中心としたものではなく、超国家、超民族的な基準で、家庭の理念を中心として現れる運動になるでしょう。そのような運動をする宗教があるとすれば、その宗教は今後、この世界に絶対必要な宗教になるでしょう。

11 私たちは、個人の救援を目標として行くのではありません。家庭救援の土台を立てなければなりません。家庭は、社会形成の基礎になり、国家形成の基盤になります。ですから、真の家庭が現れなければなりません。真というものは、「真なるもの同士で一つになってはいけない」と言っても、一つになるのです。しかし、水と油はいくら一つにしようとしても分離します。一つにしようとすればするほど、分かれるというのです。

本質的に、和合できる内容を備えた家庭、統一の要件を備えた家庭になったとすれば、そのモデル的な家庭によって、氏族形成が可能になるでしょう。

その家庭は、今まで私たちが習慣的に生活してきた家庭とは内容が異なります。今までの現実的な社会制度や世界情勢に観点を置き、そこに一致させて、新しい方案を模索していく家庭とは異なります。

モデル的な家庭が一致させようとするのは、今日、私たちが暮らしているこのような社会ではなく、このような環境ではありません。これを超越するのです。

12 今まで人々は、自分一人が救いを受けるために信仰してきました。私たちの信仰は、そのような信仰とは根本的に異ならなければなりません。内容が異ならなければならないのです。「私一人の救いのためであれば、世界を捨て、国家を捨て、氏族を捨て、家庭を捨てよう」というのが、今まで宗教が追求してきた道でした。

しかし、今日、統一教会が行く道は、これとは異なります。個人を必要とするのは、家庭をつくるためです。家庭を必要とするのは、氏族をつくるためです。氏族を必要とするのは、民族をつくるためです。民族を必要とするのは、国家を形成するためです。その国家をつくるのは、国家自体のためではなく、世界をつくるためです。根本的に違うというのです。

ですから、国家形成の基本は家庭です。したがって、私たちは、個人の救援を目的とするのではなく、家庭の救援を目的としなければなりません。過去に、私たちは神様と縦的な立場で相対的関係を結びましたが、この時代には、縦的な立場でのみ相対的関係を結んではいけません。それは、どこまでも自分に限定されたものです。

今までの信仰生活は、自分に限定されたものでした。縦的な内容を備えて自分が主体となり、縦的な一つの実体となって、その実体は横的な一つの相対的基盤を決定しなければなりません。これは、今まで信仰者たちが信仰生活をしてきたものと異なります。

今までの一般の宗教が願う立場と、今日、統一教会が願う立湯は全く違うというのです。

13 この世には数多くの人がいますが、大きく二つに分けてみれば、男性と女性に区分されます。彼らが一つになることのできる秘法を模索することが、私たちの根本目的です。今までそのような結実的な家庭の起源が出てこなかったので、私たちはそれを模索していくのです。そのような起源が現れて種を蒔けば、新しい木になるでしょう。これが統一教会の祝福です。

知恵深い人は、個人的な頂上から家庭的な頂上に、いかに飛び越えるかを考えます。また、どのように家庭的頂上から氏族的頂上に飛び越えるかを考えるのです。そのために歩む人がいてこそ、家庭が救われ、そのような家庭があってこそ、氏族が救われるのです。また、その氏族は、民族の頂上を越えていかなければならず、その民族は国家的頂上を越えていかなければなりません。その次に、国家が世界的な頂上を乗り越えれば、世界復帰は簡単に実現されます。

このように、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙の七段階を越えていかなければなりません。この七段階を越えて八段階に上がれば、神様と通じ合うようになるのです。

14 イエス様は、「神様は私の父である。私は神様のひとり子である」と言いました。そのひとり子は、父の愛を根こそぎ受けるようになります。イエス様は、神様と人間の関係をはっきりと明らかにしました。天地の核心を説いたのです。また、「神様のひとり子として、その初愛を受けた」と言いました。そのような神様の愛を中心として論じれば、イエス様以上の人はいないという結論が出てきます。

その次に、イエス様は御自分のことを新郎、信徒のことを新婦と言いました。相対がすべて新婦になるというのです。実際、新郎と新婦以上に近いものはありません。また、イエス様は「私はあなたがたと兄弟である」と言いました。それは、神様を中心とした神意による家庭と、人意による家庭について語ったのです。

人間が願うのは家庭です。男性も女性も、成長すれば家庭を築きます。人情の安息所は、家庭から始まるのです。天情の安息所も、家庭から始まります。イエス様は、神様を中心とすると同時に人間を中心とした、すなわち、神様と人間が一つになった家庭を模索しました。理想的な世界は、神様と人間が合一した家庭が出てきてこそ、実現されるのです。

神様の解放と父母の宗教

宗教の究極的目標は、人類を罪悪と苦痛から解放し、神様が構想されていた創造本然の世界を回復することにより、神様を解放してさしあげるところにある。そのため、真の父母様は、一生涯、子女を失った神様の恨を解怨するために全力投球され、ついに二〇〇一年一月十三日、神様王権即位式を挙行されることにより、実体的に神様を解放してさしあげたのである。また、世界には数多くの宗教が出現したが、これらの宗教は復帰摂理歴史の進展に従って、異なる時代的使命を担ってきた。真の父母様は、「僕の宗教、養子の宗教、息子の宗教時代を経て、父母の宗教が登場する」と語られ、統一教会が父母の宗教の役割を果たさなければならないことを強調された。そして、父母の宗教は、神様の愛を中心として創造本然の父母を探し出すことにより、すべての宗教を統一し、人類を一つにできる最後の宗教であると説明された。

15 宗教を信じるのは、「私」が救いを受けるためではありません。イスラームを信じ、キリスト教を信じるのは、私が救いを得るためではないのです。神様を解放するためです。ムハンマドも、自分より人類と神様を愛することを願い、イエス様も、自分よりも人類をより愛し、神様をより愛することを願うというのです。お父様も、自分よりも人類を愛し、神様をもっと愛しなさいと教えています。

自分以上に人類を愛し、また人類より神様をもっと愛するというのが鉄則です。宗教者たちの目的は、人類を解放し、神様を解放することです。

16 復帰路程は、個人復帰にのみ該当するものではありません。個人を種として家庭を復帰しなければならず、家庭を種として氏族を復帰しなければならず、氏族を中心として民族、国家、世界、ひいては天宙復帰を完成してこそ、神様の解放が起きるのです。神様が今まで解放されなかったというのです。御自身の創造理想を通して立てた経綸が、天宙史的な立場で完成を見ることのできる立場に立てなかったため、今まで神様が計画したすべてのものが失敗した立場に落ちたのです。それゆえ、神様も今に至るまで、解放された立場にいらっしゃらないというのです。そのように失敗したことから解放されるようになるとき、初めて神様の解放が起きるのです。

ですから、宗教の使命は、正に人類を解放することです。その人類を解放する目的は、人類の解放だけで終わるのではなく、神様までも解放しなければならないからです。人類が完成するとき、神様のみ旨が完成し、人類的で天宙史的な幸福の起源が、神様を中心として出発するのです。このような原則が国家にも適用され、氏族にも適用され、家庭にも適用され、個人にも適用されるのです。

17 今まで、救いの目的とは何かを誰も知りませんでした。定義を下すことができませんでした。このような混乱した世界で、統一教会は救いの定義を明確にしました。それで、救援摂理は復帰摂理だというのです。「復帰」という言葉は、偉大な発見です。アダムとエバが罪を犯す前、神様の愛を直接受けることができるその世界に帰ろうというのが、救援摂理の究極的な目的です。ですから、神様の救援の目的やメシヤの救援の目的、私たちが救いを受ける目的は一つです。すべて同じだというのです。

私たちが宗教を信じる目的は、罪のない世界、神様と本然の世界を訪ねていくこと、それしかありません。そして、兄弟である世界人類が一つになり、共に神様の愛の世界に帰ろうというのです。皆が神様に帰ろうというのが理想です。ですから、神様の目的と、メシヤの目的と、人類の目的は一つです。私たちは、この三つをすべて統一することができます。これが統一という命題です。

神様を解放し、メシヤを解放し、人類が解放され、皆が喜ぶ愛の世界をつくろうというのです。統一教会は、そのような観点を中心として出てきました。統一教会を通して、宗教を統一しようというのです。いかなる宗教でも、地上でこのような神様のみ旨に一致する宗教にならなければなりません。

18 私の生涯は、それこそ形容し難い茨の道であり、闘争と逆境の道でした。死の境に立ち、「これで最期だ」と思ったことも、一度や二度ではありません。事実、私が今も生きていること自体が、むしろ奇跡であると言わざるを得ません。私は、生きていらっしゃる私の父なる神様を知ってからは、一分一秒も他のことを考えることなく、ただただ天にいらっしゃる私の父のみ旨を成し遂げてさしあげなければならないという一念で、一生を貫いてきました。

神様は、人類をこの上なく愛していらっしゃいますが、この地上には、神様の愛を本当に知っている人は多くありません。神様は、この地上の全人類を幸福にしようという思いと、地上に天国を建設しようという思いに燃えておられます。神様の本性は真の愛であられ、本来、神様と人間の関係は父子関係でした。しかし、歴史を通して、人間はその神様を知らずにいるばかりでなく、その神様の胸に不孝の釘を打ち続けてきました。

天にいらっしゃる人類の父は、子女を失った父母と同様の断腸の思いと悲しみの恨を抱えていらっしゃることを、私は発見しました。私の人生の目標は、神様の積もり積もったその恨を解いてさしあげることです。神様を、悲しみと寂しさと苦悩から解放してさしあげることが、私の生きてきた目的でした。

19 最後の心情世界を連結させることができる宗教とは、神様が一番かわいそうだということを詳細に教えてくれる宗教です。(今日まで)神様は、素晴らしくて偉大だとばかり言われてきたのですが、そうではありません。かわいそうで、無念な神様、悔しくて恨があふれる神様です。ですから、これを詳細に教えてくれる宗教が出てこなければなりません。悲しみの神様を知らなければ、解放してくれる神様、審判する神様(という本当の意味)も分からないのです。

それゆえ、歴史的な神様の心情に通ずる宗教が出てきてこそ、歴史的な宗教の使命を果たすのであり、時代的な神様の心情を教えてくれる宗教が出てきてこそ、時代的な宗教の使命を果たせるのです。そして、未来的な神様の心情を教えてくれ、そのような心情に通ずるようにし、その心情に代わって神様を慰労できる宗教をつくってこそ、その宗教が「終わりの日」に残る宗教になるでしょう。

20 宗教には様々な種類があります。僕の宗教があり、その次には、養子の宗教があり、息子の宗教があります。そして、最後には父母の宗教が出てこなければなりません。人間が堕落したので、宗教が必要であり、救世主も必要なのです。人間が堕落していなければ、救世主も宗教も、すべて必要ありません。直ちに神様と一つになり、永遠なる神様の愛を中心としてこの地で暮らし、そのような父母から生まれた息子、娘と子孫が、すべて天の国に入っていくのです。地上天国から天上天国に入るのです。

ですから、最高基準の宗教を、何によって決定するのでしょうか。人間が堕落していない本来の善なる立場で、創造主である神様と、その対象である人間が出会うことのできる、原則的な内容を基準として選択せざるを得ないのです。それが、神様の息子になることであり、神様と一体になることであり、創造の能力を行使することであり、創造の偉業を受け継いで喜びを感じるようになることです。これが四大要件です。これに符合する内容に従って宗教の等級が決定するというのです。

21 数多くの宗教がありますが、宗教の中で最後の宗教は、神様の原理を中心として、完全に一つにしてくれ、私たち自身を再び生んでくれる父母の宗教です。

統一教会は、父母の宗教の使命を完結し、僕の宗教でできなかったこと、養子の宗教でできなかったこと、息子の宗教でできなかったことを、代わりにすべて完成する使命を果たそうというのです。これが神様のみ旨の中から出てきたので、この宗教のみを中心として、人類は願いを成就することができるのです。そこから統一が可能です。

また、堕落した父母によって、私たち人間が悪の血統を受け継いだので、これを完全に蕩減復帰した善の父母が出てこなければなりません。そうして、神様の本然の血統に復帰してあげることができなければなりません。そのような基準を完全に備えなければ、本然の完成した人間、体と心が争わない完全な人間が出てくることはできません。

22 宗教は、どこに行かなければならないのでしょうか。真の父母との関係を尋ねていかなければなりません。神様の愛の門を通過して、本然の関係、すなわち、本然の真の父母を中心として、神様の子女の立場を復帰しようとするのが、今までの宗教の最終目的なのです。このような目的を追求する宗教が、正にキリスト教です。それゆえ、キリスト教が名実共に世界的な宗教になり、「終わりの日」に世界の文化を支配できる宗教になることができなければ、神様はいないという思想が出てくるようになるというのです。

統一教会は、神の愛を中心とした本然の男性と女性になることによって、失われた父母の関係を決定する責任を果たそうというのです。これができなければ、いくら世界を統一するとしても、本当の意味での統一とは言えません。

私たちは、神様の愛を中心として、堕落前の本然の男性の姿を探して立てなければなりません。神様の内的な心情が連結されたその男性を中心として、神様が喜ぶ中で女性を探して立て、一組の真の父母をこの地上に誕生させることができなければなりません。このような宗教にならなければ、この宇宙のすべての宗教を統合することはできず、全人類を統一することはできないのです。

23 旧約時代までは物質を祭物にした時代であり、新約時代は愛する息子、娘を祭物にした時代でした。言い換えれば、旧約時代までは物質を祭物にして息子、娘の生きる道を築いてきたのであり、新約時代は息子、娘を犠牲にして、再臨主が来る道を築いてきたのです。再臨主は父母様なので、父母様が来る道を築いてきたというのです。また、父母様が今まで歴史的路程で犠牲になってきたのは、神様をこの世にお迎えするためでした。この道が、宗教を通した救援摂理の道だということを、初めて解き明かしたのです。

宗教が行く道には、僕の宗教があり、養子の宗教があり、庶子の宗教があり、直系子女の宗教があります。その基盤の上に父母の宗教が出てきて、平和の天国に向かって進んでいのです。

第三節 超教派運動とキリスト教との対話

神様は唯一であられる

キリスト教は、絶対者であられる神様に従いながらも数多くのの教派に分かれてきた。超教派運動は、すべての教派が互いの利害関係を離れ、唯一なる神様のもとに手をつなごうというものである。真の父母様は、教派を超越して共に神様に侍って暮らすことこそ、すべてのキリスト教徒たちが実現すべき本質的道理と使命であることを強調し、超教派運動を展開された。

1 天地を創造された神様は、二人ではありません。もし二人の神様がいらっしゃるならば、創造目的も二つにならざるを得ません。創造目的が二つであってはいけません。ですから、神様はお一人でなければならないのです。唯一の神様が造られたすべての被造万物が、二つの目的をもっているというのは、あり得ないことです。

唯一の神様が一つの創造目的を立てられ、その一つの目的を完成するために、すべての存在物を造られたのです。そして、万物が一つの目的を志向するようにされました。唯一の神様が一つの目的を中心としてすべての天地万物を造られたので、この歴史がいくら興亡盛衰を繰り返したとしても、一つの目的に向かって前進するのです。

2 今日、人類が信じている神様は、「私」の神様であると同時に、人類の神様です。私たちの神様であると同時に、世界的な神様であり、世界的な神様であると同時に、天地の神様です。それと同時に、宇宙的な父母です。

世界には、神様を唱える教派が多くあります。しかし、教派圏内で唱える神様は、もはや必要ありません。教派を超越して、全天地の中心として信じ、唱えることができ、全体に代わって神様を「私の父」と呼べる資格がある存在が集まってこそ、この地上に神様を迎えることができるのです。

3 神様は、必ず地上に宗教を立てて世界の救援摂理をされるのですが、その宗教は、世界性を帯びるようになります。ですから、一つの宗教を模索しなければなりません。その宗教の教理には、一つの世界をつくるという内容がなければならないのです。その一つの世界は、神様と関係ない一つの世界ではありません。神様を主体として、天と地が完全に一つになった宗教的教理の内容をもっていなければならないのです。そして、すべての主義や思想と闘うのではなく、それを自動的な立場で消化できる主体的な能力がなければなりません。

そこでは、自分に味方する人や自分の民族、自分の文化背景と一つになるだけではなく、自分と反対の内容をすべて吸収し、消化できる能力がなければなりません。自分が好きな人とだけ一つになるのではないのです。自分の怨讐は取り除いてしまい、自分の味方とだけ一つになるための主張ではなく、怨讐までも漏らさず、一つになろうという宗教の内容がなければなりません。

このような宗教を神様は願い、イエス・キリストもそのような宗教を目標にしてきたのです。ところが、今日のキリスト教は、数百の教派に分かれています。キリスト教がもし、この大宇宙とともに世界を救うという目標をはっきりともっていたならば、このように分裂することはなかったのです。

4 皆さんは祈るとき、「神様は世界的な神様であるがゆえに、世界を最も愛されるので、神様の息子である私も世界を愛します」と言わなければなりません。すべての国の人々が、自国だけのために祈るとすれば、神様はどれほど困るでしょうか。そのようになれば、神様が何百人もいらっしゃらなければならないでしょう。神様は、全世界の神様です。

神様は、世界を一つの愛の圏内に抱こうとされるお方なので、たとえ大韓民国を愛さなくても、私は恨みません。神様は、大韓民国だけの神様ではないというのです。大韓民国を捨ててでも世界を取ろうとする神様だというのです。ですから、世界を愛し、世界のために身もだえする人は、自分の国が滅びても、その国を再び復活させて世界を相続できるのです。

5 神様が世の中を救われるとき、善人は救い、悪人はすべて捨てるのではありません。善人を遺わして悪人を救われるのです。もし、神様がキリスト教だけを残し、残りはすべて葬り去ってしまうとすれば、その神様は、暴虐で残忍な神様です。神様は真理の本体であられ、道理に合うお方です。それなのに、キリスト教徒たちは、自分たちだけの神様だと思っています。神様は、万民の神様です。どこの誰かだけの神様ではなく、私たち全員の神様です。

超教派運動の必要性とその方向性

真の父母様は、アベル圏である統一教会とカイン圏であるキリスト教団を一つにさせることにより、神様に侍ることのできるアベル型国家として大韓民国を立てようとされた。このような趣旨のもと、一九六〇年代の中盤から本格的に展開された超教派運動は、教派間の和合と一致運動の典型として定着しながら、韓国の宗教界において大きな新風を巻き起こした。

6 アベルはカインを屈服させ、実体基台を立てて子女を復帰すると同時に、父母を復帰する条件を立てなければなりません。その条件を立てようとすれば、アベル一人ではできず、カインと一つになって立てなければなりません。そのような面で、アベル的教団である統一教会とカイン的教団であるキリスト教が一つにならなければなりません。

このように、互いが協助し、サタンを完全に屈服させることができる時が来るのです。ですから、私たちは、カイン・アベルが一つになる条件を立てるために、超教派運動をしています。

7 私たちの前には、今、超教派運動が次第に急迫した問題となっています。統一教会は今まで、アベル的な基準に立ち、エサウに排斥されたヤコブや、兄弟に排斥されたヨセフのような立場で歩んできました。しかし、今の時は、私たちが排斥された基準から次第に上がっていくのです。

ヤコブで言えば、還故郷をしたとき、自分が離れる前の故郷を再び回復できる時代に帰ってくるのです。

ヨセフで言えば、自分の兄たちが訪ねてきた時、彼らは怨讐の立場にいたのですが、飢えてかわいそうな境遇にいるので、養ってあげなければならないのです。そして、その兄弟たちの難しい環境が、ヨセフによってすべて解放されなければなりません。そのためには、エジプトの物、すなわちヨセフの管轄圏内の物を持ってきて、与えなければならないというのです。

また、ヤコブがもっている物もすべて持ってきて、与えなければなりません。このように財物を与え、ヨセフは父親から天の相続を受けようとし、(かつて)ヤコブも父親から祝福を受けようとしたのです。それが目的です。これを、兄たちが喜ぶ立場で受け取るようになれば、この世にある物質は問題ではありません。兄さえ訪ねてくれば、サタン世界の物質は根こそぎ入ってくるというのです。そのようにすることによって、すべて蕩減復帰されるのです。

8 兄のカインに会える時が来ました。キリスト教に会える時になってくるので、超教派運動をしなければならないのです。ヤコブが物質を中心として犠牲になり、自分の兄を生かすために苦労したのと同じように、私たちは、大韓民国を生かすために、物質を基準として、この国で奉仕しなければなりません。原理的な条件を明確に立てて蕩減していかなければ、押されていくのです。ですから、超教派運動をするのです。

キリスト教を兄のように思って接するのです。キリスト教は兄と同じです。ハランに避難したヤコブは、故郷に帰ってくる時、自分が二十一年間、精誠を尽くして集めた僕と財産をエサウにすべて捧げようとしました。そうして、エサウは物質を手にし、神様の祝福を受けました。私は、たとえ負債を背負うことになるとしても、そのようなことをするでしょう。

9 今や、いかなる教団も、世界的な宗教と連結されなければならず、哲学も、世界的な哲学基準に連結されなければならず、政治も、世界的な政治と連結されなければなりません。私たちは、このような基準を国家的次元で築いておかなければなりません。そのようにしなければ、天が守勢の立場から攻勢の立場に変わることができないのです。

そのようにしようとすれば、キリスト教を中心として、統一教会が多くの宗教を糾合しなければなりません。そのために、一九六六年から超教派運動を展開しているのです。

言い換えれば、キリスト教を中心として超教派的活動を展開して、彼らと私たちが共通の立場を取っていることを自他共に公認し、国家的な次元でも、統一教会の教理がいかなる宗教の教理よりも優れていることを公認させなければなりません。

10 私が今まで天宙史的な責任を背負いながら苦心してきたこととは、この民族とキリスト教と私たちが一つになるその一日を、どのようにして迎えるかということでした。この民族とキリスト教と私たちは、一つにならなければなりません。今まで復帰摂理において、神様が時代的な使命を背負った人々を送るときは、どのようにして既成宗教と国を収拾し、一つになる基点を立てるかということが常に問題でした。ですから、既成宗教に歓迎される一つの方向を模索しなければならないのです。一つにならなければならないというのです。

11 超教派運動は、すべての教会を救ってあげるためのものです。その昔、弟アベルの命を奪ったカインを復帰しなければならないのです。アベルが打てば滅びます。愛によって抱いてあげなければなりません。これが統一教会の運動です。ですから、借金をしてまで、この運動をしているのです。

宗教をどのようにして糾合するかが問題です。これが私たちの課題です。ここには、皆さんが分からない苦しみがあります。

そこにお金が必要になれば、私が借金をしてでも、足場を築かなければなりません。そして、私の子女を愛する前に、彼らを愛によって屈服させなければなりません。愛する子女をあとにして、まず怨讐のために尽くさなければならないのです。自分の子女よりも、怨讐をもっと愛したという立場に立たなければならないというのです。そのようにするとき、解放の門が開かれます。統一教会は、今までそのために努力してきました。

12 本来、メシヤは、実体基台を完成し、教会と民族圏を中心として来られる方です。ユダヤ教とイスラエル民族がイエス様を迎えることができる基準は、長成期完成級に該当します。ですから、統一教会は、国だけでなく、キリスト教に対しても新たな影響を及ぼさなければなりません。そうして、ユダヤ教とイエス様が一つになり、イエス様とイスラエル民族が一つになるべきだった基準に立たなければなりません。

ユダヤ教とイスラエル民族はイエス様を打つ立場に立ちましたが、今は、そのようになってはいけません。イエス様がユダヤ教とイスラエルの国に影響を及ぼすことのできる位置を完結しなければならないのです。そのようにしなければならない使命が、私たちにあります。これを合わせるために、超教派運動と宗教協議会の活動をするのです。

13 私たちは、キリスト教徒たちに、「私たちは等しく、神様を父と信じているのは間違いないのではないか。ぶどうの木ややまぶどうの木のように、枝が少し違うだけで、形は一緒ではないか」と言って、説得しなければなりません。そのようになれば、私たちの教会は超教派運動もすることができ、宗教協議会の運動もすることができます。このように、キリスト教と一つになって、宗教を信じない人々が神様を信じるように導かなければなりません。

私たちが主動的な立場に立って、信仰をもっていない人々を伝道しなければなりません。そのためには、キリスト教が復興会をするとき、統一教会員たちが行って、伝道もしてあげなければなりません。私たちがそれこそ、親和を図る行動をしなければならないというのです。

14 超教派運動をしている人々は、もともと私の怨讐だった人たちです。私たちは麦だけの御飯を食べて貧しくしていますが、彼らに同情することができるので、どれほど偉大かというのです。そのような人々に対して悪口を言うのではなく、同情し、慰労して、彼らのために祈る人は、どれほど偉大かというのです。宗教者でなければ、誰がこれをするのかということです。

そうして、神様が「歴史始まって以来、私が愛することができる人に出会った」と私に言われるならば、私は「畏れ多いお言葉です。私は後ろに退きますので、統一教会の群れを愛してください」と言うのです。これがお父様の思想です。「私は愛を受けなくても大丈夫です」と言うのです。これが神様の思想であり、イエス・キリストの思想です。

15 私たちは、善悪の分岐点に立っています。このことをいつも考えなければなりません。私は、(ここから)転換していきます。それでは、どのような道が最も早い道でしょうか。怨讐を愛する道は、一八〇度で転換することができます。それを見れば、イエス様は、このような世界を知っていた方です。私が霊界からすべてのものを探し求め、人生のどん底や高い所をすべて調べてみると、その方は正に真理、真の世界の深い内情を知っていた方でした。

ですから、統一教会のためよりも、キリスト教のために、超教派のために、経費をより多く使っているのです。皆さんが飢えても、皆さんを苦労させても、そのようにしています。

なぜでしょうか。統一教会が、既成教団を愛することによって端から端に、国の怨讐を愛することによって端から端に、転換する幅が広がるのです。

16 キリスト教から見れば、ユダヤ教が兄の立場にあり、統一教会から見れば、キリスト教が兄の立場にあると私は信じ、主張しています。キリスト教とユダヤ教が一つになったならば、今日、この世界は、このような悲惨な世界にならなかったでしょう。

イエス様のみ旨を中心として見るとき、再臨という言葉をめぐって、今日の歴史は数多くの犠牲的代価を払い、現在の世界的な情勢、思潮圏内に入ってきています。

この時代に新しい宗教である統一教会が出てきて、キリス教にとって問題になり、世界にとって問題になっていますが、これがある個人の一念から始まったものであるとは、微塵も考えることができません。間違いなく、背後で神様が役事(働き)したというのです。私の生涯を通して、成し遂げることができないような様々な出来事を経験するたびに、天との直接的な解決方策に従って順応することにより、困難な峠道を経て、今日の名声をもつ統一教会になったのです。私たちは、神様を中心として、神様のみ旨を成就するために、ユダヤ教とキリスト教、そして、統一教会がその道を行くと考えるのです。

多様な超教派活動

統一教会と長老派教会、メソジスト教会の代表が講師となった連合復興会が、一九六六年八月十五日から三回にわたり、真の父母様は、一週間ずつソウルで開催された。これをきっかけに、一九六六年十一月七日、「基督教超教派運動本部」を創立され、これは、一九七四年、「超教派基督教協会」に改称された。また、一九八一年三月二十八日には、「国際クリスチャン教授アカデミー(ICPA)」を、一九八一年十一月十四日には「国際基督学生連合会(ICSA)」を創立された。

17 一九六八年九月九日、クリスチャン・アカデミーハウスにおいて、「新興宗教研究の集い」という名称で、統一教会がキリスト教界と正式に対話をするようになりました。その時には、キリスト教界の最高指導者など、私に反対していた指導者約四十人が参加しました。私たちは時期的に見て、このような時を迎えなければなりません。

彼らは数年前から反対してきた人々でした。彼らから見れば、私たちはみすぼらしい姿でしたが、時が過ぎてみると、彼らが考えていたものとは違うというのです。今や彼らに対し、同情の思いをもって現れる立場になりました。結局、その人々が私を迎え、統一教会の真理を推挙できるようになったということは、彼らが頭を下げるような段階に入ってきたことの傍証となるのです。

私たちは、韓国で多大な関心を呼び起こしてきました。「統一教会は恐ろしい。キリスト教も手を付けることができない。理論的に到底かなわない」と言うようになりました。統一教会は、そのような迫害の中でも、復帰の道を開拓してきました。天下のすべてのものが立ち上がって反対しても、私は海のような包容力をもって、そのすべてのものを迎えようというのです。

18 統一教会がアベルであれば、カイン教会を復帰しなければなりません。私たちは、アベルのために全力を注ぐのではなく、カインのために全力を注がなければなりません。それゆえ、統一教会は一九七一年に入ってから、キリスト教の牧師たちを対象に、「統一原理」公聴会を開催してきたのです。完全なアベルになるためには、カイン圏を復帰しなければなりません。そのようにしなければ、アベルとして勝利の位置に戻ってくることはできません。ですから、今日の統一教会が、統一教会のためだけに存在することはできません。それは歴史的運命です。

カインとアベルによって、そのように堕落の癌が生じたので、それを解消してあげなければ帰れない私たちです。それゆえ、統一教会はアベル教団として、カイン教団を屈服させる限界線を越えなければなりません。このようにカイン・アベルが和合し、同じ方向に進むようになるとき、大韓民国はアベル型の国家として吸収されるのです。キリスト教と統一教会が一つになった基盤の上で、民族と国家を中心にして、アベル的使命に責任をもち、進んでいくことができるのです。

19 統一教会は、これまで反対を受けてきましたが、一九七一年の末になって、昔の祭司長のような人々が原理を学び、秘密文書を書く状況にあります。「協会に加入する」と言う人々が大勢います。キリスト教が変わったというのです。

昔は、統一教会員が現れるだけで、目を三角にして大騒ぎしていた牧師たちが、今では統一教会員たちに、「来なさい」と言います。歓迎する人々が多くいるのです。それで最近は統一教会の牧会者たちが、「キリスト教の牧師だけを対象にするのではなく、長老たちまで対象にして原理公聴会をしてほしい」と言っているのです。

20 キリスト教の牧師たち、百人以上が統一教会の原理を聞きました。彼らは原理を聞いて感化され、「これまで、統一教会の文先生がどのような人なのか、知らなかった」と言いながら、昔は何も知らずに「文某を追い出そう」と言っていたというのです。

世の中が変わりました。今や、牧師たちも壇上に立って、「統一教会に行ってはいけない」という話ができなくなりました。名のある牧師たちは、すべて参加しました。自分たちが統一教会の原理を聞き、学んでおきながら、信徒たちに対して「統一教会に行ってはいけない」とは言えないというのです。

21 韓国の有名な神学者の一人が、ソウルのある教会で(「統一原理」を評価するような)講演をすることによって、統一教会は到底取り除くことができないものとして認識され、統一教会に対して恐怖を感じる群れまで現れました。

また、私たちの超教派運動に対して、キリスト教指導者たちの関心が高まりました。そのような立場になったので、私たちは対キリスト教の活動と大学生の運動を活発に展開しなければなりません。思想的な面では、統一教会でなければならないことを全国的に認識させなければなりません。今から、世界のどこに行っても、統一教会の歌声が聞こえるようにしなければならないのです。

22 全国的に、私たちを歓迎する局面に入ってきています。ですから、新しいブームを起こすことができるように努力しなければなりません。一番の近道は、復興会をすることです。ソウルですれば、全国をカバーできる起源になります。ソウルでできなければ、各地方ででもしなければなりません。一つの道ででもすることができれば、そこに集中して、キリスト教徒たちと統一教会員たちの和合運動をしなければなりません。そのようにしてこそ、国が生き、世界が生きます。摂理の方向が、そのようにある一点から解けていくのです。その一点が韓国になるとすれば、世界的に祖国の使命を果たしたというしるしが付くのです。

23 クリスチャンの学生たちは、原理を一度でも聞けば先発隊になります。一般人がそのようになるためには、原理を聞いて六ヵ月から一年半はかかりますが、クリスチャンの学生たちは、一週間だけ原理を聞けば、先発隊になるのです。

今、大学にいるクリスチャンたちを誰が動かすかが問題です。「全国大学原理研究会」の学生たちと「世界平和教授アカデミー」の教授たちでは動かせません。しかし、大学にいるクリスチャンたちを中心として、クリスチャンの教授とクリスチャンの学生が一つになれば、一般の教授までも動かすことができるのです。

24 キリスト教の最高責任者たちに、私が「聖地巡礼をさせてあげよう」と言いました。ですから今、キリスト教が大騷ぎしています。私がキリスト教を復興させてあげるために行うのです。長老や牧師たちが八時間だけ私の話を聞けば、完全に私たちの側につきます。彼らが反論せず、すべて「良い」と言うというのです。

既に夕方になり、日も沈んで真っ暗になってきているのですが、明かりは統一教会の上を照らすのです。否応なく、そのようになります。そのような意味で、キリスト教と統一教会にとって転換期になったというのです。この転換期は、キリスト教を中心として見れば、歴史的で重要な時期です。霊的基盤しかなかった時代から、肉的基盤を相続できる時代に入るのです。

第四節 宗教連合運動と世界平和

神様を中心とした宗教連合運動

真の父母様は、各宗教において信奉する中心存在はすべて、唯一なる神様に帰一することを明らかにされ、神様を中心とした宗教連合運動を展開された。特に、「世界平和を実現するためには、宗派主義を克服し、宗教の背後で役事される神様を正しく知らなければならない」と語られた。

1 今日、世界的な大宗教として、キリスト教、イスラーム、仏教、儒教があります。これらの宗教は、文化背景が異なる各地域を収拾して、一つの世界に連結させることのできる道を形成してきました。そのような宗教文化圏を背後にして、一つの世界に前進していかなければなりません。ですから、絶対的な神様の摂理を中心として、「終わりの日」が近づけば近づくほど、宗教連合運動に連結されていくのです。

2 この世界では、一つの世界、平和の世界を追求する理想主義者たちが現れて、これを主張しています。それにもかかわらず、宗教者たちはいまだに宗派主義を脱皮できずにいます。これは、神様のみ旨から見るとき、この上なく後退的であり、分別のない立場です。

神様は多くの宗教を必要としません。神様は、宗教が神様のみ旨に依拠して互いに一つとなり、世界の解放のために生きて、この地上の悪を撤廃し、善の世界をつくるために前進していくことを願っています。宗派的な立場で争う宗教は願いません。

このように見るとき、次元の高い文化が次元の低い文化を吸収したのと同じように、次元の高い宗教は次元の低い宗教を吸収するようになるのです。無理やりそのようにするのではなく、自然にそのようにならざるを得ないのです。なぜなら、それはより良い世界に発展していくために、避けられないことだからです。

3 神様が願う世界は、二つではありません。一つです。神様は絶対的なので神様が計画し願う世界は一つです。そうだとすれば、その神様が始めた創造時代から今に至るまで、人類を中心として綴っていくすべての歴史的な方向は、一つでなければならないはずですが、一つではありませんでした。これは、何ゆえでしょうか。

人間が堕落したので、このように多様な方向を経ていく人類の姿になったことを否定できません。このように多様な方向を、いかに一つの目的に向かわせることができるようにするかが、今に至るまで混乱と苦痛の中に置かれている人類を救おうとする神様の摂理なのです。

宗教で信じる神様は、様々な名前をもち、その表現が違います。しかし、その宗教で信奉する中心存在は、唯一の神様に帰一します。その宗教が教える方向と目的は、いつでも一つです。宗教は、それを標準として進んでいます。ですから最後にはすべての宗教が自分なりの道を収拾し、一大変革時代を迎えなければなりません。

4 この地上には数多くの宗教があります。人類が分散されているので、人類を収拾しようとすれば、自然と各民族に合った宗教が必要になります。それぞれの歴史と環境、文化の背景と風習、習慣が異なるので、このような様々な形態を一つの目的に収拾するためには、数多くの宗派がなければなりません。例えば、川を見ると、上流には数多くの支流があります。この数多くの支流が降りてくれば降りてくるほど、互いに合流しながらその数が次第に減ってきて、結局は一つの川になって大海に入っていくのです。同じように、数多くの宗教も一つの流れに合わさり、最後には神様を心の中に迎え、神様の愛を占領する所にとどまるようになるのです。

5 宗教の目的は、ただ神様のみ旨の完成にあります。宗教はそのために貢献しなければなりません。数多くの宗教が善を語り、愛を語りますが、その善と愛は、国家や民族、宗教圏内にとどまるものではなく、これを超越して世界的基盤を越え、人類に向かう善と愛を論じるところまで連結されなければなりません。

今まで宗教自体の中の世界を追求する人はたくさんいましたが、宗教自体を一つにし、それから抜け出して、世界に責任をもって救わなければならないと考える人は多くありませんでした。宗教は国家を越えなければなりません。

これが神様のみ旨であるにもかかわらず、宗教は国家内に位置し、国家内だけでなく、文化圏内からも抜け出すことができずにいます。また、その宗教の教理を抜け出すことができない立場で、自分自身の救いや完成を目標として、今まで歩んできているのです。それゆえ、神様は世界を外的に収拾し、宗教を内的に収拾して、一つの世界へと歴史発展の方向を指導せざるを得なかったのです。

6 エベレストの山頂を中心として見るとき、一つのエベレストの山頂を造っておくことによって、その連峰として造られた山脈が存在するようになるのと同じように、宗教も、今まで生き残って歴史時代に貢献してきたという立場に立たなければなりません。エベレスト山に連結された峰々が一つになってその山頂を仰ぐことのできる基準に属しているように、宗教圏もそれと同じであってこそ、霊界に行って、解放が始まるというのです。主峰のない状況で、連峰がいくら自己主張をしても、それは無価値なのです。

ですから、すべての宗教圏を束ねて、神意の時代に進んでいける新しい宗教は、歴史とともに、そして、時代とともに、漠然とした観念的な神様を主張するのではなく、実際の生活で主導的な役割を果たすことのできる、生活の裏側にある動機的要素として生活行動を制裁し、主導できる宗教背景を備えなければなりません。このようになることにより、宗教解放が成されるようになります。宗教という名前がなくなるのです。そうして、宗教の理想的結実を実現した生活圏に越えていかなければなりません。そのような世界が、一つの方向を備えるようになるとき、地上天国が実現されるのです。

7 神様は、良心基盤を世界的に拡張させて、終着点を中心として糾合する統一的良心基準を確定しなければなりません。ですから、誰かが宗教連合運動、宗教統合運動をしなければならないのです。しかし、プロテスタントはプロテスタントを中心として一つになろうと主張し、ローマ・カトリックは、カトリックを中心として一つになろうと主張しています。神様を中心として一つになろうと主張しなければならないのですが、このことが分からずにいます。神様を中心として、すべて一つになろうと主張しなければならない原理を、彼らは忘れてしまっているというのです。

8 神様は、世界をすべて収拾して統合する運動をしてきています。サタンにとって一番の問題は、一つの世界になることです。一つの世界に帰っていくようになれば、人類がすべて奪われてしまうので、サタンはこれに対して無神論、「神はいない」という否定的思想を主張し、その次に、宗教を崩壊させようとする宗教戦争を計画しているのです。現在は、共産主義という思想体系を中心として、世界を風靡しています。共産主義が背後でコントロールし、宗教を分立させ、宗教戦争を助長しているというのです。特に、主流文化圏であるキリスト教文化圏の核心である白人が世界を支配しているので、黒人と白人の問題、すなわち人種差別問題を提起し、宗教戦争を誘導してくるでしょう。これが今後の世界的危険性です。

そのような時代的環境に追い立てる歴史時代を御存じの神様は、必ず宗教を統一する運動をされるのです。キリスト教を連合し、すべての人種を糾合し、思想的に共産主義の浸透を防いで、宗教戦争と人種戦争を起こそうとすることに対して防御する準備をせざるを得ません。この世界を一つにする統一運動を、神様がせざるを得ないというのです。世界的共産主義侵略からの防衛(運動)と、キリスト教のすべての宗派を超越した超教派運動、そして、宗教を超越した超宗教運動がこの「終わりの日」に出てこなければ、天の側が世界を収拾できる道はあり得ないのです。

韓国宗教協議会とアメリカ聖職者連合運動

統一教会は、一九七〇年四月十五日、韓国宗教協議会に加入するとともに既成教団と手を取り合って宗教連合運動に乗りり出した。真の父母様は、超教派運動とともに、多くの教団が参加する宗教協議会の活動を通して、宗教を中心とした内的統一基盤を造成し、これを、勝共運動を通した外的統一基盤に連結させることにより、国家と世界的統一の土台を整えようとされたのである。また、第二イスラエルであるアメリカのキリスト教の教派が一つにならなければ、世界的な宗教圏の統一は成し遂げられないと考えられ、アメリカのキリスト教聖職者たちの糾合のために、多くの精誠を傾けられた。特い、二〇〇〇年五月、キスト教聖職者百二十人を中心に、「米国聖職者指導者会議(ACLC)」を創設し、アメリカのキリスト教が超宗教圏を通して世界平和実現の先頭に立つようにされた。

9 統一教会は、一九七〇年四月十五日を期して、韓国宗教協議会に加入しました。ここには、七大宗教が加入しています。この過程で、初めは三つの宗派が分裂しました。それでも私たちは、「反対するなら反対してみなさい」という姿勢を貫いていくと、反対していた宗派がすべて戻ってくるようになりました。そうして、七大宗教と関係を結ぶようになり、統一教会は八番目として入ることになったのです。

私たちは、この協議会をどのようなことがあっても前面に立て、この協議会を通して対社会活動を展開していかなければなりません。

10 私たちが「宗教協議会」や「国際勝共連合」の活動をする理由とは何でしょうか。宗教界にとって最も緊急な問題が、数多くの教団が一つになることであり、国にとって最も緊急な問題が、反共運動をすることだからです。この国のために、統一教会が反共運動をしています。

このように、統一教会が内外に活動しているというのは、大韓民国だけでなく、全世界の人類も認めざるを得ない事実です。宗教を中心とした統一運動も、私たちがしていきます。もちろん、そこには様々な困難が伴うでしょう。物質的損害や人的損害があるでしょう。しかし、私たちはそれを覚悟しています。これは、統一教会のためだけのことではありません。国のためにすることであり、世界のためにすることなのです。

11 一九七〇年に韓国宗教協議会の三大目標を定めるとき、救国を中心思想にしました。その救国の方向とは何でしょうか。勝共思想で武装しようというのです。そのようにして、共産党に反対し、闘って勝とうというのです。このようにすれば、私たちが今まで韓国宗教協議会を中心として築いてきた内的な基盤が、各教団の宗教者を中心に外的な基盤となっていくのです。

結局、「国際勝共連合」の基盤を中心とした外的な国家基準と、宗教協議会を中心とした内的な教会基準が互いに一致すれば、内外がぴったり合うようになります。その次には、修練をさせれば、人が増えるようになります。私たちは、韓国宗教協議会を中心として、世界的に発展していくでしょう。今、キリスト教が復興している以上に成長するでしょう。

ですから、私は今、「国際勝共連合」の活動を中心として外的な活動を行い、内的には、韓国宗教協議会を中心として救国を教えているのです。これは国民的な願いであり、民族的宿願である南北統一をしようということです。南北統一は、宗教者たちが立ち上がってしなければなりません。

12 一九六〇年代は、個人で蕩減する時でしたが、一九七〇年代は家庭で蕩減する時です。家庭的アベルを立てるべき時だというのです。そうして、家庭的アベルを中心として氏族的アベル圏をつくろうとするので、家庭的カイン圏にある既成教会を愛しなさいというのです。

ですから、私は、他の人が知らないところで、キリスト教のためにたくさんのお金を使うのです。妻子に食べさせることができなくても、統一教会員たちを養えずに苦労させたとしても、彼らを愛さなければなりません。自分が愛する最高のものをすべて与えたという条件、自分の生命までも彼らのために与えたという条件を立てなければ復帰ができないので、このようなことをしてきているのです。

それで、数多くの宗教を糾合し、韓国宗教協議会の活動を主導するのです。数多くの宗教団体を一つに糾合しようとすれば、どんな宗教よりも愛したという立場に立たなければなりません。自分の最も貴いものを祭物にして与えることのできる立場で、愛さなければなりません。そのように愛すれば、天命によって一つになるのです。引っ張られてくるようになるのであり、屈服するようになるのです。

13 私たちは、み旨のために前進しなければならないのであって、後退や停止をすることはできません。前進のための一時的な停止や整備するための停止はあり得ますが、停止するための停止はあり得ません。統一教会は前進しなければならないというのです。

今、キリスト教が、統一教会のために大変なことになっていると大騒ぎしています。彼らに対して「後退せよ」と言っているのではありません。統一教会によって、キリスト教がすべて刺激を受けて前進しなさいというのです。そのような意味で、神様とキリスト教に貢献していると自負しています。

また、韓国宗教協議会が統一教会を加入させたので、社会問題になったと言いますが、キリスト教は私と統一教会に刺激を受けたので、昔の宗教よりも、新たな宗教として前進することができるのです。

そのような意味で、経済的な消耗はありましたが、良いことをしていると考えているのです。

14 統一教会は、韓国宗教協議会や「週刊宗教」を中心として、宗教の最高責任者たちを一つにするための作戦を行っています。その風土がある程度造成されれば、すべての宗教団体は超宗派的な立場で、宗教の怨讐である共産勢力の脅威から国家の運命(を守ること)に責任をもつ思想的基盤になり得るようにしなければなりません。

ですから、私たちが宗派を超越し、超宗教的な立場で反共の姿勢をどのように確立するかが、何よりも緊急な問題とならざるを得ないのです。

それゆえ、私たち個々人の使命ももちろん重要ですが、全体に責任をもった立場で、このような問題を急いで解決しなければならないので、超教派運動をしながら韓国宗教協議会まで導いてきたのであり、また、それを中心として「週刊宗教」までつくっておいたのです。

15 週刊宗教社は、統一教会の週刊紙を作るために設立したのではなく、宗教の週刊紙を作るために設立したのです。これに関するたくさんの計画があります。今後、何をしようとしているのでしょうか。

今、宗教界は、自分の宗派でなければならないと言って、「独不将軍(トクプルチャングン)」(何でも自分の考えどおりに一人でする人)の振る舞いをしています。そのようにしていては、何もできません。休戦ラインで北の共産圏と対峙している韓国の立場から見れば、なおさらそうです。神様が嫌う共産主義であり、人類が嫌う共産主義です。宗教者同士で心を合わせ、決着をつけなければならない第三の怨讐であり、大きな怨讐が残っています。それは、国内にいる怨讐より、さらに大きな怨讐です。

ですから、宗教者たちがまず合同作戦を行わなければなりません。合同作戦を行うためには、誰かがそのような風土をつくらなければならないのです。

16 ソウルには、韓国宗教協議会に属している教団の集会所がたくさんあるのですが、何としてでもその場所を活用して、それらの教団が一緒に集まることのできる体制をつくろうと考えています。ですから、私が韓国宗教協議会の創立二十二周年の総会の際に、そのような提議をしました。その時、「自分たちが後援する」と言ったので、韓国宗教協議会の議長が本格的に推進しています。仏教の布教所でキリスト教徒たちが集会をし、キリスト教の集会所で僧侶たちが布教する、交換活動を展開させようと思います。宗教全体が連合して共産主義を防ぎ、無神論者たちを導かなければなりません。

17 今まで、歴史時代において、国家と世界は関係がありませんでした。これが第二次世界大戦以降、一九六〇年代を中心として冷戦体制に入って世界的な角逐戦をすることによりブロックが形成されて今の時代に入りました。

昔は、自分の国を中心として生きればよかったのですが、今は国を越え、世界と共に生きなければならない時代です。このことは、国を治める政治家だけでなく、宗教界でも問題になります。

四大聖人によって世界的な版図を備えた宗教圏でも、問題になっているのです。宗教も、自分の宗派的、あるいは地域的な文化背景を中心として進んではいけない時代になったので、宗教間において和解をしなければならないと考え、私は今まで数十年間、超教派運動と韓国宗教協議会の活動をしてきました。今や、世界的に宗教連合体制を構成することができなければなりません。

18 イエス様も、十字架で亡くなるとき怨讐を愛されました。ローマは大怨讐でしたが、彼らを愛されたのです。その怨讐を愛さなければ、天国に入ることができないので、「愛しなさい」と言いました。そのようにすることによって、サタンの計略から抜け出したのです。私にとって、アメリカは怨讐です。しかし、あだを討つのではなく、愛するのです。ですから、神様は打たれて奪ってきます。そのように、統一教会は迫害を受けながら、発展してきたのです。私は、滅びゆくアメリカを救うためにアメリカに来ました。ですから、サタンが私を讒訴する何の条件ももち得ないのです。私はアメリカで、「アメリカ自由協会(AFC)」と「世界聖職者会議(ICC)」、「統一神学大学院(UTS)」をつくりました。このアメリカを愛するがゆえに、つくったのです。

19 私たちはアメリカで、教会の十字架を外す運動をしています。連合教会を中心として、教会の十字架を外してこそ、イエス様がイスラエルの国の救世主の名で帰ることができる道があります。十字架を外せば、連合教会へと進まざるを得ません。教派が根こそぎ十字架を外してみてください。十字架を外して連合教会の看板を付ければ、アメリカはよみがえるのです。

20 アメリカの四十四の教団から、重要責任者百二十人が清平修練所に行きます。清平に行って、統一的な連合教会を模索するのです。教会を一つにするのです。教会を一つにすれば、アメリカを生かすことができます。

分裂した教会では、国を愛することができません。国を探して立てることはできないというのです。争っているので、一つにならなければなりません。ですから、連合教会の形態をつくるのです。このようにして、統一教会のカイン教会をつくります。十四万四千の教会をつくるための作戦が出発するのです。

21 アメリカの五十州をどのように取り戻すのでしょうか。このために、司教(主教)クラス以上の百二十人の人々が韓国に行って、十四万四千の連合教会をつくるための宣言をしてこなければなりません。そのようにしなければ、教派の争いゆえに、家庭も失い、息子、娘も失い、社会も失ってしまうというのです。すべて、教派の争いのために台無しにしてしまいました。

アメリカが滅びるようになれば、教派の争いゆえに滅びたと考えるのです。また、宗教が滅びるのは、宗教の争いゆえです。教派の争いと宗教の争いゆえに、神様の摂理を破壊し、サタンの前に再堕落させた結果となったので、これを砕いてしまわなければなりません。

22 「米国聖職者指導者会議(ACLC)」と、韓国に行ってきた牧師たちの十二教派を中心に連合して、十四万四千の教会をつくれば、その牧師たちを中心として政治と教会が一つになって、アメリカを救うことができます。アメリカが再びよみがえることができるというのです。アメリカがそのような基盤を築けば、次は、アメリカのキリスト教が超宗教圏を中心として、先導的な立場で世界を救うことのできる準備をするのです。

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第十一篇 第二章 超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式

第十一篇 第二章

超宗教平和運動と超宗教祝福結婚式

第一節 「国際宗教財団」と「世界宗教議会」

「国際宗教財団」の創設と「世界宗教議会」の活動

真の父母様は、一九八三年四月二十五日、世界宗教の統合のために「国際宗教財団 (IRF)」を創設されたのに続き、一九八五年十一月十五日から二十一日まで、「国際宗教財団」の主催でアメリカのニュージャージー州にあるアメリカーナ・ジョージ・グレート・ホテルにおいて、「世界宗教議会」の創立総会を開催された。この日、真の父母様は、「急変する世界の中で人類を正しい方向に導くためには、宗教が互いに和合し、神様のみ旨を地上に実現するために努力しなければならない」と語られた。

1 一ヵ国体制時代は過ぎ去りました。連合国家体制を取らなければ生存することができません。宗教も同じです。また、社会は科学技術を中心として急変しています。このような急変する社会に対して、一つの教団の教理では到底歩調を合わせることができません。どんどん落ちていくというのです。様々な教派が垣根となって、東西南北に大きく重なり合っていてこそ残るのであって、そうでなければ、変遷する社会に押され、立つ位置がなくなります。ですから、宗教界が連合戦線を組まざるを得ないのです。

世界の趨勢がこのように流れています。いくら一番だと自分を主張し、伝統的教派、教団だと主張しても通じません。どんどんと若い人々や知識人たちが雛れていくのです。宗教をしきりに追い出すというのです。ですから、退廃思想除去問題や共産主義の侵略からの防衛問題のような世界的な諸問題を前にしている立場で、連合戦線を組んで新しい方向の路線を取らなければ、生存できない段階に追いやられていくのです。それゆえ、連合せざるを得ません。それで、私が「国際宗教財団」をつくったのです。

2 私たちは、宗教世界を収拾しなければなりません。それで、「国際宗教財団」をつくり始めました。それを見て、人々は「狂ったことをしている」と言いました。「世界が数千年間、キリスト教一つすら統一できなかったのに、レバレンド・ムーンは宗教をどのようにして統一しようというのか」と言って、ありとあらゆる悪口を言いましたが、その結果は驚くべき出来事として現れました。

これは、世界的事件です。ところが、言論機関がこれを聞き流してしまいました。これは、糾弾されなければなりません。今から、皆さんは宗教連合運動を大学から始めなければなりません。教授たちから大学生、中高生たちを中心として、この運動をしなければなりません。

今や、二世時代です。私たちが二世を中心として宗教連合運動の烽火を上げなければ、今後のすべての宗教が、世界的な基盤をもち、人類に貢献できる道を失ってしまいます。ですから、(彼らを)抱えるための大きな垣根は、他の教団が提示する目的よりもさらに明確でなければなりません。それでこそ、その目的に向かって宗教が進むのです。

3 私が強調してきたことは、世界平和のための必須条件が、正に宗教間の和睦だということです。今までどれか一つの宗教が、神様を完全に代弁することは不可能だったので、各宗教がもっている多様な見解は必然的な産物です。しかし、私たちはみな、唯一なる天の父母の子女であるがゆえに、一つの大家族の中の兄弟姉妹です。したがって、宗教間の葛藤と憎悪は不要なのです。

私は早くに、霊的探究の道で神様と何度も対面し、世界宗教の創始者たちとも霊的に会いました。今も続けて、神様の臨在と、そこから来る霊感による交信を生活の中で体恤しています。神様がいらっしゃらなければ、抑圧され、搾取されてきた弱小民族の地にある僻村に生まれた一人の人間が、どのようにして無理解と迫害の中、世界的な霊的基盤を築くことができ、世界の宗教指導者たちのこの高い水準の会合を主催して、このような演説をすることができるでしょうか。統一運動の目標と手段は、神様が下さった指針によって設定され、採択されてきました。私が明らかにした内容や活動は、私的なものではなく、正に神様に由来したものなのです。

「国際宗教財団」は、一九九三年に「世界宗教議会」を開催しようと計画しています。この行事は、一八九三年にシカゴで開かれた「世界宗教議会」の百周年を記念するためのものです。この行事は、世界的に超宗派の広場を整えるように準備されており、その目的は、すべての生命体に内在している普遍的な原理を明らかにして、その原理の多様な発現を十分に促そうとするところにあります。「世界宗教議会」は、全人類が希求する世界平和の成就も模索するでしょう。

4 シリアのグランド・ムフティ(イスラーム律法解釈最高権威者)であるアフマド・クフタロは、既に四十年前からユダヤ教とキリスト教とイスラームを一つにするために努力してきました。その中で、反対を受けて何度も監獄に行きながら、志を果たせずに落胆していたところ、私が宗教議会を中心として活動しているのを見て驚き、私を訪ねてきました。

そして、面会したあと、「この方が先頭に立てば成し遂げられる!」と言ったのです。そうして、イスラーム圏の指導者たち二万五千人が集まった場で、「私が四十年間努力してきた宗教統一の方案を、レバレンド・ムーンが既に実践躬行しているので、私に従うすべての人々は、レバレンド・ムーンを協助するために、私と共に立ち上がりましょう!」と発表してしまいました。世の中がそのように変わりつつあります。

5 ユダヤ教とキリスト教とイスラームが一つになるのは、簡単なことではありません。一つになろうとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。イエス様、ムハンマド、ユダヤ教のモーセとアブラハムよりも、さらに大きな愛の心、父母の心情をもって耐えることができなければなりません。そのように耐えられるか、という問題が重要です。

あとから、「ムハンマドも愛し、イスラームも愛した。イエス様も愛し、キリスト教も愛した。モーセも愛し、イスラエルも愛した」と言うことのできる結果的存在が出てこなければなりません。そのような存在が出てこなければ、一つになれません。

一九九〇年八月十六日、第二回「世界宗教議会」を開催しましたが、私はいったい何ゆえに宗教議会をつくり、宗教界に問題を起こすのでしょうか。一つの教派でも一つになれないのに、超宗派的な面で一つにしようというのは正気を失った話です。いくら統一教会の責任者としてそのように步んでいるといっても、世界に散らばっている統一教会の人々が、そのようにできるのかというのです。ですからそれを教えてあげなければなりません。

一つになるためには、理論的にこうでなければならず、思想的な面と宗教的な面で一つのキーポイントはこうでなければならず、出発点はこうでなければならず、内容はこのようなものを備えなければならないという理論を整えて、実践舞台で困難を克服できる信念をもたせてあげなければなりません。このような準備をしながら、お父様は思想的な面で王座に上るようになりました。

「新超教派研究協会」と「神様会議」、「世界宗教青年セミナー」

真の父母様は、世界的な超教派運動のため、一九八一年一月、著名な宗教学者と神学者二百八十人をアメリカのニューヨークに招請し、「新超教派研究協会(NewERA)」を創設された。また、同年十二月、ハワイにおいて百六十四人の神学者と宗教学者、哲学者が参加する中、「神様会議」を開催された。「神様会議」には、正しい神観が確立された土台の上で、初めて宗教一致運動が成功し得るという真の父母様のみ意が反映された。そして、真の父母様は、各教団の二世圏を教育し、教団間の理解と和合を増進させ、宗教連合運動の新しいブームを呼び起こすという趣旨のもと、一九八二年から十二の教団を代表する青年たちを招請し、「世界宗教青年セミナー」を開催された。また、一九八五年には、各教団の若い指導者たちによって構成された「世界宗教青年奉仕団(RYS)」を通し、世界の各宗教の聖地を共に巡礼しながら、奉仕活動を展開するように導かれた。

6 アメリカでは「新超教派研究協会(NewERA)」という組織をつくり、運動をしています。それこそ、超教派運動です。そうして、有名な神学者たちを集めてみると、数えることもできないほど大勢いるのです。彼らをすべて活動させなければならないので、千人ほど集めておいて、選別しています。

アメリカには、アメリカ全体の神学者大会があります。一九七五年と七六年には、そのような大会に統一教会の学者たちが顔を出すこともできませんてした。そのような舞台の上に、既に統一教会の神学が定着し、数十冊の本を販売できる基盤ができているという事実を、今日、反対する韓国の神学界の人々は、知る由もないのです。なぜこのようなことをするのでしょうか。

この宗教界について、神様に「あなたの願いは何でしょうか」と尋ねるとすれば、「争う神学者たちをすべて一つにして、私のみ旨に一致する道に進むように収拾してくれたら有り難い!」と返答せざるを得ないのです。そのような事実を知ったので、異端と言われて、追われ、追い出されても、このようなことをしてきました。これを連結する道を開放する人間が、神様の必要とする人だというのです。

7 私は、一九八一年に「神様会議」を始めました。「神様会議」というタイトルを中心として、神様について自信のある人はみな来て、話をしなさいというのです。仏教、儒教、イスラーム、ヒンドゥー教、ユダヤ教など、全体が集まって、神様についてすべて話してみなさいというのです。

神様の摂理完成の道は、宗教を超越してこそ行くことができると分かったので、「神様会議」をするのです。宗教界が通じ合うことのできる穴を開けようというのです。超宗教的な立場で壁を取り壊さなければなりません。超宗教、超教団的な基準を連結させ、世の中を救うための神様の摂理完成を期することができる終着点に向かって、一つの道に前進するためには、これが必ず経なければならない過程であることが分かりました。

また、私がいくら愚かだと批判されても、神様のみ旨の中で誰かがこの道を開拓しなければならないということが分かったので、莫大な犠牲を覚悟して開拓してきました。そのようにしたところ、今や宗教界でも私が有名になったのです。

8 統一教会は、世界を救うための宗教です。キリスト教とアメリカを犠牲にしてでも、世界を救わなければならないという伝統的思想をもって現れたのです。統一教会で教え、語るすべてのことが神様の伝統です。

皆さんは、神様の伝統と父母様の伝統を受け継がなければなりません。これは運命です。この伝統の道を通して天国に行くのです。キリスト教がいくら「イエス様を信じる」と言っても駄目なのです。いかなる宗教ても駄目です。ですから、私は莫大な投資をして、キリスト教連合運動を行い、宗教連合運動を行うのです。

これをしなければ、教団の教主たちが讒訴し、すべての宗派や霊界が讒訴するので、地上でそのようなことをしているのです。数多くの民族を糾合し、数多くの学者たちを糾合して、このようなことをしています。

9 一九八一年の年末に、私たちは「神様会議」を行いました。世界の数多くの宗教や宗派を超越するのです。キリスト教、ヒンドゥー教、イスラーム、仏教を問わず、世界的な大学者たちを集めました。それは歴史上、初めてのことです。共同目標が「神様会議」だというのです。

そうして、私が提言した「宗教議会」というタイトルを中心として今まで行ってきながら、「ヒンドゥー教の宗派が分かれて争っているが、統合運動をする大会があれば、私がお金を出してあげよう!仏教も、儒教も、イスラームも、キリスト教もそうである」と言ったのです。このように、支援を受けて大会をするのに、自分たち同士で争うというのは、顔を上げることができず、話をすることもできない恥だというのです。

そのような大会をしながら、超宗教的に青年たちを指導して、世界的活動をする青年組織を、一九八二年の夏休みの期間につくるのです。中東に行けば、イスラームの最も有名な学者たちを集めておいて講義をし、アジアに来れば、仏教や儒教の最も有名な学者、アメリカに来れば、アメリカで最も有名なキリスト教の学者たちを動かすのです。このような運動が始まれば、宗派や教派の争いはすべて終わるというのです。このように、世界最高の学者たちを集めて宗教大会に参加させたというネームバリューをもつようになれば、もはや自体内の分派闘争時代は過ぎ去るというのです。

10 今まで「科学の統一に関する国際会議」のような学者大会をしてきたので、世界の有名な学者の中で、私のことを知らない人はいなくなりました。私が有名な学者たちを活用できる基盤をすべて築いたのです。彼らの中で、各宗教の有名な宗教学者たちを集めて、「神様会議」を開催しました。世界宗教の最高の神学者たちを糾合する運動をするのです。ですから、神様に関することで学者たちが言いたいことがあれば、話しなさいというのです。

神様を再び探し出さなければなりません。「神様はいるのか」という疑問から始めて、歴史的な過程を摂理史とともに批判し、「現世においてこのような実情にあるのは、神様がいるからだ。たから、このようにせざるを得ない」ということを理論的に裏づけ、「神はいない」と言う神学者たちを再教育するのです。それゆえ、そのような宗派の最高の学者たちを連結させることができる基盤を、「神様会議」を通して築くのです。

その次には、若い青年たちを束ねます。彼らが今後、指導者になるのです。ですから、青年たちが重要です。今後、世界を引き継ぐ後継者は、若い知識人たちです。そして、数多くの宗教の中で、八つの教団で最も優秀な人、その学者たちが推薦し、その教団が推薦する人を二十人ずつ選び、全体で百六十人に、自分の教団だけでなく八つの教団の聖地を巡礼させて教育するのです。

11 私は、アメリカの統一神学大学院を中心とした二つの一致化運動として、「新超教派研究協会(New ERA)」と「神様会議」を創設し、これらを通してキリスト教内の教派間はもちろんのこと、他宗教間の調和と統一に対する可能性と必要性を見いだそうと試みた結果、このような調和と統一は、忍耐と犠牲、真の愛の貴い結実によって実現することを確認しました。

そして、各宗教間の真摯な対話と調和を実現することにより、地上で神様のみ旨が成就するよう促進し、世界平和を実現しようと、私は「世界宗教議会」と「世界宗教会議」を始めたのですが、現在、このような集まりは、停滞した宗教界に奇跡を起こしています。

また、私は、青少年たちの人種紛争および宗教戦争を防ぎ、神様の名のもとに理想的平和世界を建設することに積極的に寄与する機構として、「世界青年会議」と「世界宗教青年奉仕団」を設立しました。私は、このようなすべての機構を通して、宗教界に新しい代案を提示しているのです。

12 宗教連合運動を大学から行わなければなりません。大学の志ある青年男女たちが一つになって、宗教を連合させるように、主導していかなければなりません。「世界宗教青年セミナー」に参加した人々を第二回「世界宗教議会」に立てておいたので、教団の指導者たちはどうすることもできなかったのです。

今回の宗教議会の表題は、「社会および後世に対する宗教伝統の伝承」でした。社会が宗教を受け入れられる立場に立っておらず、後世が宗教を受け入れられる立場に立っていません。それを誰が受け入れられるようにすべきなのでしょうか。それを教えてあげるべき責任は、誰にあるのでしょうか。教団の指導者たちではありません。宗教者たちと宗教圏内の二世たちです。

そのため、私たちが一九八二年から八年間、「世界宗教青年セミナー」を通して動かしてきた有望な人々を、それぞれの要所要所に配置したのです。

今や各教団に、私たちと関係のある人がいます。一つの方向性が設定されているのです。

13 人種戦争を防止するために、一九七七年に「世界宗教会議」を開催しました。そうして、二世たちを教育してきたのです。一九八二年には「世界宗教青年セミナー」を行い、それぞれの教主の故郷、教主の出生地のような聖地を巡礼するに当たって、どの教団に行っても、一週間ずつ教育を受けるようにさせました。そのような運動から始めたのです。

ここに参加した二十代、三十代の青年たちは、今後、その教団の後継者になり得る有望な人々です。この人々は、十年間参加しながら、これを私がしていることをすべて知りました。ですから、少なくとも宗教指導者であれば、私のような心をもたなければならないというのです。

14 「世界宗教青年セミナー」は、十二の教団を中心とした超宗派的な連合体ですが、一九八二年から八年が経過する間に、何をしたのでしょうか。教団の責任は世界を救うことである、ということを理解させたのです。

ここですべての教団の若い知性ある人たちが、八年が経過する間に悟ったことは、「私たちの教団の指導者も、教理と教派は違うが、レバレンド・ムーンのように教団を越えて、世界を救おうという思想をもつべきだ」ということです。このような基盤をつくってあげたので、宗教議会にまで発展するようになりました。

宗教が結束すれば、今後、不信の風潮を完全に追い払い、平和の世界に移行させていけるのです。絶対的な神様のみ旨は一つです。二つではありません。それが平和の世界です。神様を中心とした理想家庭を実現することにより、天の国のような統一された家庭形態を地上に残そうというのです。

『世界経典』発刊

『世界経典』は、世界の有数な神学者と宗教学者たちが、編集委員や編集諮問委員として参加し、各宗教の経典に共通して収められている百六十余りのテーマを選別して、これを集め、一つの統一された経典として編纂したものである。一九九一年八月十五日に、まず英語版が発刊され、(真の父母様に)奉呈されたのち、一九九四年五月一日の韓国語版に続き、日本語版が発刊された。また、真のお父様のみ言選集から抜粋した内容を中心に編纂された『世界経典』第二編が、二〇〇九年一月二十八日に発刊された。

15 一九九〇年八月十六日に、第二回「世界宗教議会」を開催します。この宗教議会では何をしようというのでしょうか。宗教界や国々が一つになり、一つの統一的な国の形態をつくって、兄弟のように暮らそうというのです。宗教議会でビザさえ出してあげれば、どこにでも行けるようにします。そのような運動をするのです。

それで今、何をしているのでしょうか。一つの経典を作っています。そのためには、そこに歴史観が必要です。哲学的内容から、すべての理論的体制を整えて、人間の根本問題を究明できる一つの教理を編成しなければなりません。

16 宗教には国がありません。世界的国家がないというのです。宗教が主人となっている国はどこでしょうか。それをつくっていこうとしているので、「世界宗教議会」を通して超宗教的立場から、宗教理論に排他的な共産主義と、人倫道徳を破綻させる邪悪な人本主義思想を消化しようと提唱したのです。逆さまにならなければなりません。このように大きな理想があります。

ですから、一つの経典が必要なのです。みな経典のゆえに争いが起きています。各経典において天理大道の核が何かを明らかにし、それを基盤として大きな教団の教理の核心を抜き取って、一つの経典を編成しようというのです。

17 宗教の争いを防ぐために、一つの経典を作らなければなりません。経典を一つにしなければならないというのです。ですから、一九八五年から今まで六年の歳月を送りながら、あらゆる教団の有名な神学者たちを集めて自分たちの教理の核心を抜き出させ、一つの経典として作るための準備を四年前に終え、編修のための鑑定要員として学界の専門家を動員し、監修を行っています。このような人々が監修したその標本のもとで、一つの経典を発表するつもりです。

経典が多くてはいけません。イスラームは、イスラームだけ知っていてはいけません。イスラーム圏も、キリスト教文化圏を知らなければなりません。宗教圏の人口は人類全体の三分の二以上です。神様が世界を統治できる時が来たことを知らなければなりません。そのような世界を早くつくらなければならないというのです。

18 一つの『世界経典』を作ることを主張しました。これは、一九八五年の第一回「世界宗教議会」で決定し、九一年に出版されます。イスラームの指導者である皆さんも、他の教派を知らなければなりません。イスラームだけを知っているのでは駄目です。キリスト教も知らなければならず、儒教も知らなければならず、仏教も知らなければならず、統一教会も知らなければなりません。

それでは、なぜ統一教会の教えをまず聞かせるのでしょうか。私がこのようなことを提唱し、理論的な側面や、見つめる観点においてリードしているので、それをまず聞きなさいというのです。皆さんを教化させて統一教会員にしようという考えは微塵もありません。統一教会員になるという人がいても、必ず送り返そうと考える人です。

一つの経典を作ることが簡単だと思いますか。各宗教の世界的な学者たちで委員会をつくって、「皆さんの宗教の教理から、一つの世界的な経典を作るに当たって提出できる内容をすべて抜き出しなさい」と言って編成したのです。そうして、共同会議を四回も開いて世界的な大学者たちの審議過程を経ました。誰が見ても妥当だと言える内容を中心に、『世界経典』を編成したのです。

19 一九九〇年八月十六日、アメリカのサンフランシスコで開かれた第二回「世界宗教議会」において、『世界経典』を確定しました。経典を一つにするのです。神様を中心とした目的は、絶対者の目的であり、絶対者の目的は、二つではありません。み旨が二つにはなり得ないというのです。一つだというのです。そのような観点で、絶対者である神様を中心とした理想郷を追求していくのが摂理観だというとき、ここには必ず教育が必要になります。経典は、教科書と同じですが、その教科書が二つにはなり得ないのです。

ですから、これを今まで準備してきました。六年ほどかかったのです。六年間、世界的な大学者たち、イスラームの学者から、ヒンドゥー教の学者、仏教の学者、カトリックの学者、プロテスタントの学者まで、すべての宗教の学者たちに対して、「自分たちの経典を中心として、世界に残すことができ、今後出てくる『世界経典』にこれが抜けてはいけないという最高の内容を抜き出しなさい」と言ったのです。深い内容は大慨みな同じです。

20 経典は、人間のために存在します。私が『世界経典』を公認するまで、教団の指導者や世界的に有名な教団の博士たちが審議をしました。そのようにして、数回ずつ直し、一つの経典を作ったのです。仏教であれば仏教、儒教であれば儒教など、十二の宗教の代表となる経典をすべて集めて作りました。

今までの経典は、出発がはっきりしておらず、終わりもはっきりしていませんでした。統一教会の教えを中心として、これを再び作ったのです。創世からあらゆる史観的な論理を備えているのが統一教会の教えなので、統一教会の教えを入れないわけにはいきません。世界の有名な神学者が編成の責任者になって作り、一九九一年八月十五日に、私に献納したのです。

第二節 「世界平和宗教連合」と「世界平和超宗教超国家連合」

「世界平和宗教連合」の創設

真の父母様は、宗教界を統一し、人類を平和の道に導くため、一九九一年八月二十七日、三十四ヵ国から来た二千人以上の宗教者が参加する中、ソウルで「世界平和宗教連合(IRFWP)」を立てられ、その翌日、五十一ヵ国の元・現職大統領、総理などを招請し、「世界平和連合」を創設された。

そして、「宗教圏を代表した『世界平和宗教連合』と、政治圏を代表した『世界平和連合』が、あたかも人間の心と体のように一つとなり、世界平和実現の先頭に立たなければならない」と語られた。

1 私たち人間には分かりませんが、世界を救うための神様の摂理から見るとき、民族と文化背景の違いによって、宗教も僕の宗教、養子の宗教、庶子の宗教、直系の子女の宗教があります。これらの宗教は、父母の宗教に一致しなければなません。ですから、僕の宗教も、主人の家庭に一致できるように教えなければならず、次に、養子も息子なので、父母を中心とした宗教時代が来れば、養子の宗教も父母の宗教時代に一致できるように教えなければなりません。また、庶子の宗教も、直系の子女の宗教も同じです。ですから、神様を父母として、侍ることができる準備をしなければなりません。それで、教主たちを神様の代わり、父母の代わりとして、侍ることができるように、準備させてきたのです。

教理の根本に入っていけば、すべて同じなので、古い宗教が一番だという考えを砕いてしまわなければなりません。世界を収拾できる新しい宗教時代が来るので、真の父母の宗教が顕現するようになります。ですから、すべての宗教の信徒たちが教主に侍ってきたのは、父母に侍るための訓練でした。このような内容を提示したので、これは宗教界に次元の高い革命が起こり得る一つの主体的な観点です。

そのような内容を中心として、父母様が真の父母の宗教のみ旨を代表した天の召命を受けた人であると、宣布してしまいました。このようにして、宗教の代表たちが、「世界平和宗教連合」創設のための声明書にサインをし、決意大会をしたのです。今まで誰も、宗教圏を一つの枠組みに入れて束ねるということは考えることもできませんでした。このようなことが行われたという事実は、歴史的な事件です。

2 今まで、政治と科学が宗教に反対してきましたが、初めて父母様を中心として統一の形態が広がるのです。宗教圏と政治圏と科学世界が一つになって入ってくるのです。

反面、政治世界では、外的な面で左右が闘争しています。民主世界と共産世界、カイン・アベルが闘争するのです。カイン・アベルの闘争圏が統一される時代に入るので、宗教圏を中心として「世界平和宗教連合」、政治圏を中心として「世界平和連合」を創設するのです。

3 み旨の立場から見れば、父母様がすべきことは、ほぼすべてしました。今や残ったのは、外的な世界の「世界平和連合」と、内的な世界の「世界平和宗教連合」です。「世界平和宗教連合」は心的基準です。この体と心が一つにならなければなりません。神様の摂理において、宗教圏と政治圏を中心として、戦争の歴史を通し、数多くの犠牲者を出すことで目的達成に向かって進んできた歴史は、必ずや一つに終結するでしょう。今やこれが目前に迫ってきました。

この宗教界を糾合しなければならず、政治界を糾合しなければならないのですが、これを誰がするのでしょうか。誰かがしなければなりません。そのような立場に立った人と国家がなければなりません。このことをどこかの国がするか、あらゆる宗教団体が一つになってするなどしてやらなければならないというのです。今やすべきことはそれしかありません。

4 世界の宗教界に、父母様がいなければなりません。イスラームとユダヤ教が争い、仏教は教団同士争い、キリスト教は教派同士が争うのですが、私たちが行けば、争っていた人々も一緒に集まって礼拝を捧げることができ、修練をすることができるようになったというのです。

しかし、私たちを抜きにすれば、そのようなことはすべて不可能だというのです。ですから、教団世界の有名な学者や有名な行政責任者たちも、結局、父母様を抜きにしてはうまくいかないというのが、一つの標準になりました。

その標準を中心として結集できる世界的な宗教クラブになったというのです。それで、これを総合して、世界的な一つの機構をつくったのですが、それが一九九一年八月二十七日に創設した「世界平和宗教連合」です。

5 宗教は、僕の宗教から養子の宗教、庶子の宗教、息子、娘の宗教、母の宗教から父母の宗教に上がってきました。母の宗教がキリスト教ですが、これが父の宗教を中心として一つになって出てきた父母の宗教が統一教会です。ですから、統一教会は真の父母の宗教だというのです。それを理論的に教えてあげて、教団の指導者たちを収拾しなければなりません。そのような超宗教的な面で「世界平和宗教連合」をつくったのです。

これを、思想的見解において行くべき道を知らないすべての国々に教えてあげ、トップクラスにいるすべての為政者たちにも教えてあげなければなりません。それが「世界平和連合」を中心として行われています。体を代表した政治版図と心を代表した宗教版図が、人間が堕落することによって体と心が分かれて争うのと同じようになったので、これを一つにしなければ世界平和の道はありません。

6 父母様は、人間の堕落によって体と心が分かれたことを収拾するために、心を代表した宗教を経てきたのであり、今や政治世界に力を及ぼすようになったのです。体が心を打ったのと同じように、政治が宗教を犠牲にしてきましたが、その終末を世界的に告げる集まりが、一九九一年八月二十七日に創設された「世界平和宗教連合」です。この「世界平和宗教連合」において、統一が成し遂げられるのです。

今まで体の世界が心の世界に影響を及ぼしてきましたが、今からは心の世界が体の世界に影響を及ぼさなければなりません。心の世界が体の世界に影響を及ぼすことのできる新しい時代が来ます。変わってくるというのです。

今後の世界は、心を中心として体を管理し、平和の時代に進んでいける道が目の前に広がっていて、私たちの生活圏内で、これが入れ替わってきているという事実を知らなければなりません。今までの歴史過程では、宗教と科学、宗教と政治、政治と科学、それらが一つになりませんでした。これを一つにできなければなりません。

7 平和の世界に進むに当たって、方向が二つになってはいけません。政治の方向、宗教の方向が統一された方向でなければならないというのです。そのためには、宗教が指導しなければなりません。心が体を支配するのが原則なので、心的宗教圏を結成するのが、一九九一年八月二十七日の「世界平和宗教連合」創設大会です。

そこには、十二の宗派がすべて入っています。その次に、四十ヵ国以上の国が入っているのです。そのようにして、平和の世界に進む道を模索するための「世界平和宗教連合」の出帆をしなければならないというのです。

8 体と心が分かれた歴史的な恨を解くためには、世界的な分野で民主世界と共産世界を連結させ、一つにしなければなりません。心の世界を代表したものが宗教であり、体の世界を代表したものが政治です。この体と心が分かれて争っていたものを一つにして、天理の大道をはっきりと明らかにすることにより、心を中心として絶対統一的人間性、統一的価値観を立て、そのような価値をもった完成したアダムを中心として、完成したエバと一体観を立てるのです。

そのような家庭の主体観を中心とした氏族観、氏族観に連結された民族観、民族観に連結された国家観、国家観に連結された世界観を中心として、愛の絆で天宙を束ねようというのです。このようなあらゆる理論の体制(整備)を締めくくり、規範を通して社会生活制度まで、すべて公法として制定することを構想しています。

「世界平和超宗教超国家連合」の創設

真の父母様は、超宗教的基盤を、国連を中心とした超国家的基盤と連結するため、一九九九年二月六日、「世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)」を創設された。超宗教超国家のビジョンは、既存の国連に代わる機構創設へと続き、二〇〇三年十月三日には「超宗教超国家平和協議会(IIPC)」二〇〇五年九月十二日には「天宙平和連合(UPF)」が創設された。

9 父母様は、一日も休める日がありません。国連まで消化しようと思います。国連NGO(非政府組織)世界連合から、万国平和賞という世界的な表彰を受けました。四十年間、彼らが見守った結果、父母様を尊敬せざるを得ないので、そのようにしたのです。ですから、彼らが自ら志願して迎えるようになったのが、二〇〇〇年八月十七日に行われた「世界平和超宗教超国家連合国連大会」でした。

「世界平和超宗教超国家連合」の超宗教とは、宗教以上の基準を立てなさいということであり、超国家とは、国家以上の国連になりなさいということです。ですから、最高の世界的な宗教者と政治家たちを集めて教育するのが父母様の願いです。そのようにして、間違いなく素晴らしい宗教者と政治家たちにするのです。

10 超宗教というのは、今までの宗教ではいけないということです。新たに、世界の宗教の行くべき道を提示しなければなりません。超国家というのは、今までの政治風土や国連を中心としてはいけないということです。超国家超宗教です。そこに、今後つくろうとする超言論機関と超金融機関を中心として、これさえできれば、世界が進んでいける方向を定めてあげることができると考えたので、それを準備してきたのです。そのような意味で、国連に定着するための一つの機関をつくったのですが、それが「世界平和超宗教超国家連合」です。

今や、私たちが様々な分野のNGOを糾合して、国連を刷新しなければなりません。国連は今、私たちを消化し、リードすることができません。学術的な大会やすべての大会で、国連が私たちに付いてくるようになっているのであって、私たちを指導できる立場ではないのです。

11 国連に、下院制度としての政治圏と上院制度としての宗教圏を構成しなければなりません。この上院と下院は、野党と与党のように対決するのではなく、連合しなければならないというのです。

国連に上院と下院ができれば、宗教圏は自動的に政治圏内に入るようになります。今は、宗教と政治が分離されています。政教分離です。しかし、このようになれば、自動的に政教一致になります。これからは選挙がなくなります。教育を通して、一つになるようにしなければならないのです。超宗教と超国家です。宗教と国家は怨讐の立場ではなく、互いに愛し合い、一つにならなければなりません。

12 国連に、上院のような機関をつくらなければなりません。国連が国家主義の環境から離れることができずにいます。宗教的限界を越えることができずにいるのです。それは、真の父母の思想でなければできません。「神主義」、「頭翼思想」でなければできません。今後、国家主義的で宗教的限界を越えることができない国連は、自然に機能しなくなります。それを越えることができなければ、越えさせるのです。

ですから、アベル的な「世界平和島嶼国家連合」、「世界平和半島国家連合」、「世界平和大陸国家連合」をつくりました。これらを中心として、アベル国連をつくるのです。

13 今や「神様のもとの一つの国」ではなく、アベル国連をつくったので、「神様のもとの一つの世界」という表題を掲げて進まなければなりません。そのようになれば、自然に包括されます。「神様のもとの一つの国」は、民族主義、国家延長主義だというのです。

第二次世界大戦の勝利の覇権を中心として、制度をもって世界に影響を及ぼそうとしましたが、その制度というのは自国に限定されるので、超国家的な面では駄目なのです。それで、私たちが「世界平和超宗教超国家連合」をつくりました。私たちは、超国連を主張しなければなりません。「世界NGO連合 (WANGO)」の理念は、超国連主義です。国連が一つの家庭主義、大家庭として、神様が創造理想とした家庭主義で一つになるのです。私たちの思想は、それを連結させることができます。

14 新千年紀の開幕とともに、世界は急速に一つの世界を指向しています。「神様のもとの一つの国」を越え、「神様のもとの一つの宇宙」になりつつあるのです。私が早くから説いてきた地球村大家族の世界が現実になるのです。

しかし、ここに深刻な障害物があります。それは、人種間の差別と宗派間の葛藤、対立です。これは、神様のみ意ではありません。特に、人類が平和世界を目指していくに当たって、宗教間の葛藤はより深刻な現実です。神様は教派や宗派をつくりませんでした。宗教自体が堕落の副産物です。

私が国連で既に明らかにしたことのある、世界平和を目指す各種の国境線撤廃運動が活発に展開されています。「世界平和超宗教超国家連合」が先頭に立ち、NGO連合団体である「世界NGO連合」を中心として、国連本部から急激に五大洋、六大州に拡大しつつあるのです。

15 世界に、どれほどたくさん非政府組織があるか分かりません。多い所では一国で三千を超えるといいます。ですから、数万に上る団体の総会を結成して、「超宗教超国家連合」を中心として活用するのです。「世界NGO連合」は超国連です。「世界平和女性連合」をはじめ、四大団体の名前で二〇〇〇年に教育を行いました。それで、「世界NGO連合」、「世界平和超宗教超国家連合」、「世界平和女性連合」、「世界平和統一家庭連合」が行く所には、反対する国がありません。百六十ヵ国を超えたというのです。そのような幕を張ったのでそれを誰も否定することはできません。

第三節 中東平和のための努力と超宗教祝福結婚式

シリアのイスラーム指導者四十日修練と平和大行進

一九九〇年八月十六日、アメリカのサンフランシスコで開かれた第二回「世界宗教議会」において、真の父母様は、世界の宗教の内的結束のため、連合教育を提案された。その一環として、一九九〇年十二月二日から九一年一月十日まで、アメリカ、ニュークのニューヨーカービルにおいて、シリアのイスラーム指導者四十数人が参加する中、四十日修練が開催された。真の父母様は、ユダヤ教とキリスト教、イスラーム間の長きにわたるわだかまりを解き、中東地域における平和実現の先頭に立つことを彼らに願われた。そして、真の父母様のみ意に従い、世界の宗教指導者など二万人以上が、イスラエルとパレスチナ地域の平和安着を祈願するため、二〇〇三年十二月二十二日、エルサレムに集まり、歴史的な平和大行進を行った。真の父母様は、前日の二十一日、平和大行進のために精誠を尽くされる中で、第一、第二、第三イスラエルが一つの勝利圏において統一定着したことを宣布する「一体統一式」を挙行された。

1 一九五四年に統一教会が出発する前から、私は、共産主義が七十三年以上はもたないと教えてきました。共産主義が問題ではありません。共産主義が終わったあとは、イスラームを含む宗教圏が問題になるというのです。ユダヤ教とキリスト教の争いを誰が止めるのかという問題について、既に五十年前から話してきました。これを防ぐための準備を、その時から始めたのです。

聖書に「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ五・九)とあります。人類歴史が始まって以来、このような宗教圏、国家圏、民族圏をすべて網羅して、迫害を受けてもこれらを和解させようと努力し、一生を捧げて闘った人は、私一人しかいません。

しかし、私は一人ではありません。今まで神様と共に、宗教界一致運動のためにその基礎を築いてきました。そうして、宗教統一の結実をもたらしたチャンピオンになったのです。これは観念ではありません。これは訓練課程ではなく現実です。歴史的事件なのです。

2 アメリカのサンフランシスコで開催された第二回「世界宗教議会」において、私たちが連合して教育をすることにしました。内的結束を固めなければならないという趣旨で、そのようにしたのです。それを私が中心となって行いました。そのようにするための内容を、あらゆる教団の代表たちが手を挙げて決意しました。そのように決意したならば、行動しなければなりません。

その最初の事例が、シリアのイスラーム圏の代表を教育することです。一九九〇年十二月二日から、ニューヨークで四十日修練を受けています。これは、イスラームの約千五百年の歴史を中心として見るとき、途方もない事件です。イスラーム圏の国家を代表する重鎮指導者たちが、世界が反対する統一教会に来て教育を受けているというのです。彼らは私に向かって、「ファーザー・ムーン」と言います。私はそのように教えてはいないのですが、「ファーザー・ムーン」と言うのです。統一教会員たちよりも優秀です。教育を受けるために来た彼らに、「皆さんが教育を受けるに当たって教理的なことは問題ではない。み旨が問題なので、皆さんがもし統一教会の教えを聞いて感化され、私の弟子になるとしても、歓迎する」と言いました。

3 私は、歴史をよく知っている人です。イスラム帝国とキリスト教は、十字軍戦争の時から互いに怨讐です。これを収拾しなければなりません。なぜシリアのイスラーム指導者の統一原理修練をしたのでしょうか。このようにしなければ、世界が滅亡するというのです。

今、イラクが問題ですが、イラクを中心としてイスラームが一つになってキリスト教と戦えば、世界戦争になります。国境戦争の次は、宗教戦争が来ると考えるのです。これをいかに防止するかが、生涯の使命だと考えています。

イラク問題を中心として、「キリスト教は私たちの怨讐だ。今から、十二世紀の十字軍戦争でやられたことを復讐するために出ていこう」と言えば、イスラーム圏が一つになるのです。世界の頂上が交差し、危険水位にまで至るこの時、私たちはこのような教育をしています。平和を定着させるに当たって、このように偉大なことが底辺に敷かれているというのです。

4 キリスト教の中心が、イスラエルではなくアメリカなので、アメリカを中心として、今まで三十三年間活動してきました。今や三十四年目に入ります。イエス様が三十三歳、三十四歳から四十歳まで、王権を中心として世界を支配すべきだったのと同じような、この上ない大変換期に備えなければなりません。このように、摂理の時がどのようになっているかを知っているので、そこに合うようにすべての処理を終わらせておいて、今、平和国連を中心として活動しているのです。イスラームやユダヤ・キリスト教は、すべてアブラハムの子孫ですが、イエス様お一人の命を奪うことによって支障が生じたのです。

本来、イエス様は、イスラエルの国の王にならなければならなかったのですが、それができずに死ぬことにより、霊肉の二つの世界に分かれるようになりました。このようになることによって、イエス様が再臨して、地上で肉的世界の平和の王権を立てるべきみ旨が残っているので、来られる再臨主が雲に乗って来ては、何にもならないのです。ですから、イエス様が失敗した内容、成就していないすべてのことを再び収拾して探し出し、蕩減しなければなりません。蕩減復帰です。恨を解いてあげなければなりません。それで、二〇〇三年十二月二十二日に、ガザ地区とイスラエルを中心として、平和大行進を行ったのですが、その時、統一教会員三千人が東西南北から入っていったのです。集会をもつのが最も難しい年末に、四方から三千人が入っていって大会をすることができたという事実は、驚くべきことです。

5 神様とアダムの国が縦横に一つになって定着できる基盤を、第三イスラエルにまでつくろうとして失敗しました。ですから、第一イスラエルの立場、その次に第二イスラエルであるアメリカの立場、第三イスラエルである韓国の立場を定着させるためには、南北統一をしなければなりません。このようになれば、紛争地域は自動的に平和の地区に転換されざるを得ないのです。これが結論なので、ガザ地区でユダヤ教とキリスト教、イスラームの人々を集めておいて、平和大行進をしたのです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラームが私と何の関係があるでしょうか。しかし、み旨から見るときは、一つの血統で連結された先祖の責任があるというのです。アダム、エバとイエス様を中心として天国に入っていける覇権的主権を立てられなかったことを蕩減するために、このことをしているというのです。

また、第二次世界大戦の時、アベルの位置にいるアメリカと天使長の位置にいるフランスが一つになり、日本とドイツ、イタリアのサタン側に対して勝利して屈服させ、その上で韓国を中心として、平和の王国を定着させなければなりませんでした。ところが、それができず、歴史時代において、神様がサタンと闘って勝つことができなかったのです。そのすべてを蕩減復帰して、勝利の覇権時代を迎え、平和の王であるイエス様は失敗しましたが、ガザ地区での平和大行進を通して、実体的に地上で第一、第二、第三イスラエルの基盤を連結させることにより、再臨主が初めて真の父母の位置に立つようになったのです。

超宗教祝福結婚式とその意義

真の父母様は、「宗教間の障壁が消えてこそ、平和世界が訪れる」と語られ、超宗教祝福結婚式が、そのような障壁を一時に崩し、平和を定着させ得る最も効果的な方法であることを強調された。これに伴い、二〇〇二年四月二十七日、アメリカのワシントンDCを中心として「十四万四千双超宗教聖職者祝福結婚式」を挙行するなど、数回にわたって超宗教祝福結婚式を主宰された。

6 一九九三年二月一日、インドのニューデリーで開かれた「世界平和宗教連合」の会議で、「すべての宗教が一つになって結婚させよう」という運動をしなければならないと宣布しました。

私が代表になり、これから世界的な家庭倫理を立てることにおいて、宗教が先発隊になろうというのです。したがって、すべての宗教が力を合わせ、この公式的な原理にさえ合わせればよいのです。ですから、「各教団が合同結婚式を、私の名をもって何万双でも何百万双でもやろう!」と私が提案しました。そのようなことを世界的に宣布することにより、「世界平和宗教連合」をつくった者としての責任を果たすのです。

7 天一国時代という新しい時代が開かれました。これは、地上天国を意味します。霊界と肉界、右翼と左翼、イスラームとキリスト教のすべての人々が、一つの家族として生きていく時代です。これが天一国の意味です。平和の世界は、宗教間の境界と障壁がなくなる時、成し遂げられます。私たちの子女たちは、超宗教的な国際結婚を通して、平和世界を建設することができます。

ユダヤ人たちの子女とムスリムの子女たちが結婚し、共産主義者たちの子女と民主主義者たちの子女が結婚して、すべての人が結局、一つの家族にならなければなりません。

カインがアベルの命を奪った瞬間のことを考えてみてください。その結果として、今まで神様の心情は苦痛と涙でしみたものになりました。本来、長子は、弟を愛してあげなければなりませんでしたが、反対に殺人事件が起きたのです。その当時、神様の心情は凄惨だったというのです。

神様は、宗教の終焉を御覧になりたいと思いました。ユダヤ教が、人類のための最後の宗教にならなければならなかったのです。しかし、イエス様が十字架にかかって死ぬことにより、キリスト教が出現して、現在まで続いています。第一次と第二次であるアダムとイエス様の時代は、過ぎ去りました。

今や第三次のアダムの時代である再臨主の時代であり、完成の期間です。再臨主の使命というのは、真の愛、真の生命、真の血統を中心として三代を完成することです。ですから、再臨主が全人類の血統を清めるために、祝福を通して真のオリーブを接ぎ木するのです。

8 神様のもとに一つの家庭を中心とした世界を築かなければならないのですが、そのような世界を築くことのできる最も単純な方法は、いわゆるユダヤ人とムスリム、共産主義者たちと民主主義者たちの間の交叉結婚です。

例えば、北朝鮮の指導者の子女と韓国の大統領の子女が結婚するとすれば、その結婚を通して怨讐関係が取り除かれるだけでなく、韓半島を中心として平和世界を成し遂げることができるのです。もし、国連が超宗教、超人種、超国家的な結婚のチャンピオンである父母様を招請し、「全人類を祝福してあげよう」と言えば、全人類を復帰するのに一週間もかからないでしょう。

すべての問題の解決策は、遠くにあるのではなく、正にここにあるというのです。私たちが祝福家庭になれば、親戚の息子、娘や甥、姪たちを祝福に導くことができます。そのようになれば、祝福が燎原の火のごとく広がっていくでしょう。今や、私たちの親戚の息子、娘たちを強制してでも祝福に導かなければなりません。なぜなら、そのようにしてあげることが、本当の意味で彼らのために尽くすことになるからです。のちのち、彼らが祝福の真の意味を知るようになれば、皆さんに感謝するようになるでしょう。

もしここで皆さんに、ユダヤ教指導者、イスラーム指導者、そして、キリスト教指導者たちの間で交叉結婚をするように提案するとすれば、従うでしょうか。皆さんが確信をもつことができなければ、皆さんの代身者たちを送ってください。彼らを四十日間教育して、一〇〇パーセント同意するように導きます。それは、神様が願われ、皆さんの先祖たちと宗教の創始者たちが願うことなのです。

9 宗教によっては、独身生活をしなさいと教えてきました。独身生活をしなさいというのは、今まで歴史を通して現れた主流宗教の教えです。天国には、個人で入ることはできません。血統を中心として、三代圏の完成を実現して入らなければなりません。ですから、祝福をするのです。祝福を受けて、真の神様の真の愛、真の生命、真の血統を中心として、三代を完成した基盤をもってこそ、天国に入るのです。地上世界を祝福し、天地を束ねて公式的に祝福するのは、統一教会のほかにはありません。

この世的に見れば、アラブ圏と私に何の関係があるでしょうか。韓国人とアラブ人に何の関係がありますか。(それは)神様のためです。神様の願いがそのようになっているので、自分が信じられないことも信じなければならず、できないことでも行わなければならず、迫害なども受けなければならないのです。

「世界平和超宗教超国家連合」で行う中東平和セミナーに来た人々の中で、私を最初から信じた人がどこにいるでしょうか。すべて、反対した人々です。宗教指導者たち、ムスリム、ユダヤ教徒がどれほど統一教会を憎みましたか。キリスト教徒がどれほど憎みましたか。神父や修道女たちがどれほど憎みましたか。

平和の世界は、国境を中心として怨讐同士、その息子、娘を交叉結婚させてこそ、実現されるのです。そのように交叉結婚をさせられる価値観をもっている団体が、宗教界にはありません。統一教会しかないのです。ムスリムとユダヤ教徒が交叉結婚をするようになれば、中東戦争はなくなるのです。

10 百八十九ヵ国の選ばれた宗教指導者十四万四千双が、一心、一体、一念になって、天から許される祝福の恵沢を与えられたことを、心から感謝申し上げます。

(天の)お父様、今や統一教会を中心として、あなたの創造理想の園であったエデンで失われた、真の愛と、真の生命と、真の血統の関係を備えなければなりません。あなたの血統的基盤を中心として、創造理想的家庭完成を標榜し、アダムとエバを造って天宙の愛の理想を十分に抱き、理想的父母になり、夫婦になり、夫婦を中心とした子女たちを繁殖して、神様を中心とした一代、二代、三代、神様の家庭において孫と孫娘を備え、愛と生命と血統によって一体となった家庭的基台の定着を願ったことがあなたの創造理想でしたが、人類始祖が成長過程において失敗の一日を迎えることにより、堕落という怨恨の罠をこの地上に残しました。

それによって人類の先祖はもちろん私たちも解放的喜びの世界を失い、悲しみの中にとどまるようになりました。このような私たちのために、蕩減という復帰路程である旧約時代、新約時代、成約時代を立て、六千年の歳月を費やしながら、解放された復帰勝利の一つの版図であるエデンの基準を取り戻すために、お父様がどれほど苦労されたかという事実をよく知っております。

ここに立っているすべての宗教指導者たちと共に、天と地の統一的な祝福の恵沢によって、一心、一体、一念の一つの血族を備え、父のみ前に失った個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、本然の心情圏を尋ねて復帰しなければなりません。

11 個人の体と心の統一と、夫婦の統一、父子間の統一、兄弟間の統一、氏族、民族、国家、世界の統一のために、サタンによって塞がっていた塀を崩し、境界線を撒廃して、怨讐の立場を飛び越え、また飛び越えて、アダムとエバが堕落していないときの兄弟の友愛をもった子女たちとして、一つの家庭的基台の上で真の父母であられる神様を中心に真の一族の姿を備え、超民族的、超国家的、超世界的、超天宙的祝福の行事を断行いたしました。

このようにすることにより、地上の統一圏と天上の統一圏を立て、霊界と肉界の境界線を撤廃し、サタン世界と天の世界の境界線を撤廃することによって、理想的な家庭、真の愛の血統関係を中心として、世界人類が一兄弟、堕落する前のアダムとエバを中心として望んだカイン・アベルの兄弟、子女たちとして、国家を越え、宗教的基準を越えた家庭的愛を完成できる祝福の時代を迎えました。それにより、超国家的であり、超民族的であり、超氏族的な基準で、一心、一体、一念をもって祝福行事を挙行し、(天の)お父様のみ前に奉献するこの時間となりました。

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第十一篇 第三章 霊肉界一体時代と霊界解放

第十一篇 第三章

霊肉界一体時代と霊界解放

第一節 真の父母様と霊界

実存する霊界を明らかにされた真の父母様

真の父母様は、早くから霊界の構造と実相を明らかにされ、霊界解放のために一生涯、精誠を尽くされた。特に、霊界における四十三日間の闘争を通して、神様の御印(ぎょいん)を押されるなど、地上と霊界の統一と救援に向けた天宙的摂理を導かれた。

1 本来、宗教は神様から出発します。統一教会もそうです。統一教会も、伝道して集まったのではありません。私が伝道して、このように多くの人が来たのではないのです。霊的に高い霊力をもった人々が集まってきました。霊界が案内してきたのです。このようにして来た人々は、「神様はいない」とは言えません。そのような経験のない人が神様を否定するのであって、経験がある人は神様を否定できないのです。

自分たちが信仰生活を長くしながら、現実の中ではっきりと神様を体験し、認める人々が大勢います。彼らは、神様を否定することができません。そのような人々は、「神様はいない」とは夢にも口にしません。そのような霊的アンテナが高い人々は、一つの場所を知っているのです。中心を知っています。そのような人々が、自動的に中心のほうに集まるようになって、統一教会を始めたのです。統一教会は、神様との直接的な関係から出発したのです。

2 皆さんは、永遠の世界があること、すなわち霊界があることに対して絶対に否定できません。なぜなら、それは少しだけ努力すれば体験するからです。少しだけ努力すれば、難なく体験するというのです。長く統一教会にいる人たちは、みなこれを体験して、統一教会に入ってきたのです。

体験しなかったとすれば、人々が反対し、迫害する統一教会を誰が信じるでしょうか。ところが、体験するので、信じなければ居ても立ってもいられないように、霊界から押し出すのです。それで信じてきたのです。ですから、霊界があることに対して否定できません。

3 私は、皆さんが想像もできない背後をもっています。世界史的な内容をもっているというのです。本然の世界に入って体験したこともあり、どこの誰が「神もいないし、霊界もない」といくら弁明しても、弁明できない実証的な材料をいくらでももっています。

このような材料は、皆さんが今に至るまで習慣的に生きている生活圏内の関係の中から出てきたものではありません。誰よりも切迫した立場、目が涙でぐしょぐしょになる立場から出てきたのです。膝をついて地面にひれ伏し、何日間も訴えた精誠の底から出てきたのです。

4 私は、いくら霊界の事実を知っていても話しません。知らない人のようです。ところが、私が行くべき道の問題に入っていけば(冷静)沈着です。無慈悲に方向を選別できる何かがあるので、今日、混乱した霊的過程を克服し、混乱した時代過程を克服できるのです。

いくら波風がぶつかってきても、その波風が私にぶつかって、私を押し出すのではなく、その反対になります。このようにして、個人的混乱時代を経て、家庭的混乱時代を経て、国家的混乱時代を経て、今、世界的混乱過程において進軍しているのです。全世界が混乱したこの過程で旗手になろうというのです。

5 自分の素質が神霊的な面に合う人々は、霊的なことについて関心をもちます。私はもともと、そのように生まれつきました。神様に関する話をすれば、非常に気になるのです。御飯を食べずに二十四時間聞いても、聞くほどおもしろくなるのです。そのようなときは、それを一方的にするのではなく、真理で補強しなければなりません。このように、両面を選別していかなければならないのです。自分の素質、自分がどのようなタイプの人間かは、各自が分かるでしょう。そうすれば、その反対の分野を啓発するために努力しなければなりません。

真理を探究したり、神霊的な面での体恤をしたりしなければなりません。必ず祈りと真理の探究が必要です。神霊的なタイプの人は、既に霊的に感じたことを真理で消化できる基盤を築かなければならず、知性的なタイプの人は、その知性的な面に神霊的な面を補強できる体恤的な基盤を築かなければなりません。そうすれば、それは必ず、自分が落ちていくことのない永遠の基盤として発展できる基礎になります。

自分一人では大変なので、必ず自分と相対的な素質をもつ人を友達にしたり、師にしたりして、指導を受け、協助を受けていかなければなりません。それが一番正しい道なのです。

6 霊界に行って神様まで認定するようにしなければなりません。それは、原理を学べばすべて分かるようになります。霊界をすべて暴いて体系をつくらなければなりません。私がそのような体系をつくったのです。その世界はあまりにも膨大で、手を付けることができません。

ぼろぼろの布の包みをすべてほどいて、王が着てお出ましになる服まで作れるほど、膨大なその世界を整理することができなければなりません。そうして、神様が「あなたは歴史始まって以来、私よりも優れている」と言えるようにしなければならないのです。そのようにして御印を押され、勝利した人は私しかいません。

7 自分の心の声を聞ける境地を尋ね求めていかなければなりません。神様との対話は、祈祷を通してするのではありません。そのような境地に入れば、翌日、もしくは次の週に行う会議の内容まで、あらかじめ語るのです。夜なのに眠らず、心の深い所では会議をしているというのです。お母様はそれを知っています。

汽車に乗っていくとしても、独り言を言うのです。その境地に行けばそうです。ラジオ放送の音を聞くのと同じように、心の根元から響いてきて、大宇宙に共鳴するようになるのです。他のものは聞こえません。その周波数、波長が合わなければならないのです。

8 霊界にいる大勢の霊人たちと、四十三日間、闘ったことがあります。十二使徙とイエス様までも私を見分けることができませんでした。霊人たちは、私が霊界を滅ぼそうとしている、というのです。ですから、誰が正しく、誰が偽りかを明らかにする闘いが、四十三日間繰り広げられました。

その時、神様は判決を下しませんでした。神様は、誰が正しいか闘ってみなさいというような立場でした。霊界も譲歩せず、私も譲歩しなかったのです。ですから、千年、万年、闘いが続きそうなので、神様が判決を下さなければならないという立場にまで行きました。神様は天理の公法によって判決を下したのです。

その闘いで、私が勝ちました。それで、霊界にいる大勢の霊人たちも、私の話を聞くようになったのです。今や霊界も、私によって左右されます。そのように霊界を統一した条件を立てたので、地上の統一をするのです。

真の父母様は霊界の専門家

真の父母様は、講演を通して御自身のことを「霊界を最もよく知るチャンピオン」であると語られたように、霊界の最高の専門家であられる。霊界との交流を通し、人間先祖の堕落以降の神様の恨と人間の恨を隅々まで明らかにし、神様を解放へと導かれ、永生のために人間が地上の人生をどのように生きるべきかを提示されたのである。

9 皆さんは霊界についてよく知らないのですが、私は霊界の専門家です。恐らく、「霊界を開門するに当たって、理論的基盤に基づいて霊界を教示し、体系的内容で明らかにしてくれた元祖が文総裁である」という記録が残るでしょう。

私を指して「真の父母」と言うのですが、その「真の父母」という言葉は恐ろしい言葉です。真の父母になったならば、真の家庭を率いなければなりません。ここに一族がくっつけば、真の一族を率いなければならず、これが民族に拡張されるときには、民族を率いなければならず、国家と世界に拡張されるときは、国家と世界を率いなければならず、天地、霊界と肉界に拡張されるときには、それを率いることのできる能力がなければなりません。

10 世界は真の父母を必要とします。地上世界だけでなく、霊でも同じです。霊界に愛の宮殿を造らなければならないのに、そのような人がいないからです。霊界の宮殿は、神様も造ることができず、霊人たちも造ることができないというのです。真の父母が造らなければなりません。

霊界において、愛の宮殿は真の父母から始まります。真の父母が霊界に行って、「ここを宮殿にします!」と宣布すれば、その宣布を中心として全霊界が定着するのです。

そのような責任が残っているので、霊界でも私を絶対に必要としています。

11 皆さんが霊界に行き、どこからでも「お父様!」と呼べば、直ちに会えるのです。すぐに会うことができます。心配することはありません。

愛の心情に合わせるようになれば、同参(一緒に参加すること)権、同位権、同居権をもつので、私を呼べば、すぐに会えるというのです。そのような人々には、私がすべての霊界を見物させてあげるでしょう。

12 私は、死後の膨大な本国の活動舞台を知っています。向こうの国(霊界)では、何億マイルをあっという間に通過することも問題ありません。飛行機も必要ありません。愛の力は最高の速度です。真の愛をもって慕う人を呼べば、すぐにその場に現れます。何億万里あっても、問題にならないのです。

霊界に行ってみれば、どこに行っても花でいっぱいです。ところが、その花が笑い、踊りを踊るのです。自分の愛の価値観の完成基準によって、それぞれ声を出しながら踊ったり、声を出さずに踊ったりと、様々な姿で迎えてくれるのです。その時になって、「お父様が教えてくださった愛というものは、このように偉大なものだったのだなあ。あの時に理解できていれば良かった」と言っても、既に通じません。その世界に合格させ、その世界に周波数を合わせ、そして、そこに調和するように教育しているのです。

13 私が誇るべきことは、神様を知っているということです。私は、霊界で知っていること以上に知っています。神様の心情を知っているので、神様が一番好まれるのです。ですから、神様は、私が行く先々に付いていきたいと思うというのです。神様が私に付いていきたいと思うので、霊界にいるすべての人々も付いてくるのです。

私は、霊界に行けば霊界の頂点に座ります。私がそれを願わずに低い位置に行って座ると、頂点まで連れていかれるというのです。皆さんがこのようなみ言を聞いているという事実は、歴史的な事件です。

14 私は、時について知っている人です。ですから、世界の誰もできない冒険もするのです。時について、どのように知るのでしょうか。皆さんがもつことのできないアンテナをもっています。それゆえ、霊界に通じ、立体的な体験をする人々は、私を無視できません。それは専門家だからです。一言語れば、その十倍の事情をはっきりと分かっています。そのような面については、皆さんは知りません。知らない人々は、知っている人に付いていかなければならないのです。指導を受けなければなりません。生きる道は、それしかありません。

15 科学は仮説から始めます。実験を通して結果が合えば、「科学的だ」と言うのです。統一教会は、それよりもさらに確実です。仮説ではありません。内容と結果を事実としてもっているので、行動できる宗教です。

私は、行くべき道をはっきりと知って行きます。これから世界はどのようになるか、ということも知って行くのです。それゆえ、どのような哲学者たちでも、理論的な面ですべて相手にすることができます。神秘の世界に対しても、はっきり知っているのです。霊界の専門家です。ですから、統一教会は、言葉のとおり、教会を統一することができ、宗教を統一することができるのです。

16 地上の一人には、数多くの霊人たちが連結されています。今後、その霊人たちが地上に降りてきて協助するでしょう。そのような霊人たちが、私のために総動員されています。高い霊界と通じる人に私の三文字の名前を示して、「この方について祈ってみてください」と言ってみてください。祈ると、「ああ!」と言いながら敬拝するのです。そのようになっています。私は専門家なので、はっきり分かります。

霊界を統一できなければ、地上統一ができません。ここに立っている人は、霊界を統一できる能力をもっています。そのような能力があるだけでなく、既に霊界を統一しておきました。ですから、霊人たちがみな、私を協助するのです。仏教徒が一人訪ねてきて、「お釈迦様が文先生のために二十四時間祈りなさいと言った」と言って敬拝をしたこともあります。協助しなければならないというのです。

17 皆さんは、神様の代身の立場で万物を創造し、息子を創造し、さらには、父母の位置を創造しなければなりません。そのような運命の道が、再創造の道であり、復帰の道です。新しく買ってきた物が故障すれば、修理工場に送って修理するか、再びつくるかしなければなりません。それと同じ道理です。神様は、キリスト教が信じるように、「ああ!空中で宴をしてみ旨を成就しよう」と考えたでしょうか。それは妄想です。絶対にできないというのです。私は、イエス様に会い、神様に会ってみました。霊界について隅々まで知っている人です。

18 「果たして霊界があるのかないのか、天国があるのかないのかということは、死んで初めて分かる」と言う人がいます。死んでみれば、間違いなく霊界があるということが分かります。皆さんは、霊界を体験できなかったので、霊界がどのようになっているか知りませんが、私は天の特別な恵沢を受けて、霊界についての専門家になりました。世界のいかなる霊通人でも、私の所に来れば屈服しました。霊界の専門家になったので、今日、統一教会をつくって、世界を駆け回っています。間違いなく、そのような世界があります。

そのような特別な恵沢を受けて向こうの世界(霊的な世界)を探索してみながら、果たして天国の組織はどのようになっているのか、これが気掛かりな問題でした。それをかき分け、突破し、探し求めてみると、天国の組織は簡単だったというのです。天国は、ために生きた人だけが入って暮らすようになっている所です。

19 私は、サタンのすべての秘密武器を爆破するに当たって、先導的な役割を果たしました。悪魔サタンが今日まで、この地球星を蹂躙してきたのですが、それをすべて隅々まで暴きました。サタンが行く先々、隅々にまでくっついていって問い詰めるチャンピオンです。

それだけではありません。今に至るまで、霊界はすべて混乱していましたが、その世界に入っていって、すべてまとめておきました。また、霊的世界で教主たちに会い、原理的な闘争をして勝利したのです。

20 私に地上で会い、誰より慕って共に暮らした人は、私と近い霊界に行きます。ですから、家庭が反対して教会と遠くなった人々も、収拾してあげなければなりません。真の愛の心情は永遠なので、彼らが離れているとしても、みな呼んで解放してあげなければなりません。そして、殺人鬼までも探し出して解放してあげるのです。

本来は、エデンにおいて、天使長もアダムとエバを愛したのではないでしょうか。それを回復してあげようという思いがあるので、殺人鬼と聖人、カインとアベルを同じ場で解放してあげるのです。夫婦のような対等な価値の位置に立てたいと願った家庭理想を中心として出発した基準があるので、サタンとカインを愛さなければならないというのです。真の愛を実践してこそ、すべてのものが解放されます。真の愛がなければ、救援摂理は成立しないのです。

霊肉界一体時代と真の父母様の直接主管

真の父母様は、霊肉界を統一することにより、霊肉界一体時代を開かれた。それにより、霊界と肉界は神様と真の父母様が直接主管される時代に入ったのである。そうして、真の父母様は、霊肉界が互いに一体化できるようにするためには、多くの精誠を尽くさなければならないと語られた。

21 霊界が統一されなければ、地上統一をすることはできません。今まで私がこの道を歩んでくるに当たって、霊界がそのような背景からすべて協助しました。ですから、いかなる宗教も、すべて私を証しています。

本来、第二次世界大戦以後に、統一されたキリスト教文化圏の世界において一つになれば、その時から霊肉が一体になるのです。これが実現されなかったので、四十年路程で統一的基盤を合わせるための業を今まで繰り返してきました。そのようにして、これがすべて終わったというのです。

霊界の基準を地上に一体化させることによって、霊界と肉界が交流することができます。今までは、すべて塞がっていたのです。

22 霊的世界を動員しなければなりません。霊界を動員しようとすれば、何においても霊界の先祖より、自分が上回っていなければならず、精誠を尽くさなければなりません。そして、孝子、孝女、忠臣であると自覚する立場で動かなければなりません。ですから、一人でいるのではなく、三時代を代表して、先祖はもちろん、自分の父母と一つにならなければなりません。そうして、子孫に影響を与えなければならないのです。霊界をはっきりと教えてあげなければなりません。

霊界と肉界が合同する時です。それゆえ、必ず自分の先祖たちを動員して、動かさなければなりません。そして、霊的に先祖たちが教えてくれるその環境に従っていきながら、地上でも一体化運動をしなければなりません。

23 監獄生活をして最も印象的なことは、苦労をしたことです。そのようなことがあるほど、霊的な心との共鳴圏が鋭敏になるというのです。普通の人であれば耐えられない重労働をするときでも、体は労働をしていますが、心は労働をしないのです。このようなことをすれば、霊的な体験が本当に早くなります。そのような体験をすれば、体の疲れはすべて吹き飛びます。必ずそのような体験をしなければなりません。この体験をしなければ、霊界に行って共鳴体になりません。

そのような体験をもてるように、努力しなければならないのです。そうすれば、夢うつつの中で私に会う回数が次第に増えるのです。そのようになればなるほど霊眼が開きます。皆さんが座っていても、私が何をしているのかがすべて分かるのです。皆さんは家にいても、父母に侍って暮らすその生活圏内で、一緒に生きることができる圏内に入るのです。本当に来て、暮らす、その姿を見るようになります。

そのようになれば、霊界は自動的に開きます。これは、妄想ではなく現実的問題です。このようになってこそ、皆さんが活動するときに、霊界が自由自在に協助し、行う事柄が横的に拡大されるのです。

24 今までの宗教は、教主が霊界に行き、地上と関係を結びながら発展してきました。しかし、統一教会は父母様が生きている間に、世界を神様のみ旨に連結してきました。これが違う点です。イエス様や各宗教の教主たちは、霊界に行ったあと、霊人体が地上に来て協助しましたが、私たちは違います。

父母様が生きながらにして、霊界に行った霊人たちと皆さんを通してみ旨を展開しているのです。ですから、統一教会は地上で実体をまとい、霊界をコントロールして、その目的を完成することができます。それは、神様と父子の関係があるからです。

父子の関係が成立するには、生活的な環境が共通していなければならず、感情までも互いに共感できなければなりません。そうでなければ、父子の関係を結ぶことができません。感情と環境が同じ生活圏で共生することが、父子の関係を中心とした生活なので、皆さんも生活圏で、そのような密接な関係をもって祈らなければなりません。

食口の中で、父母様の近くで侍って暮らす人が言うには、まるで天国で暮らしているかのように錯覚するほどだというのです。実際、皆さん全員が、そのような境地にまで進まなければなりません。現在、統一教会の食口たちの中で、そのような人が多くいます。そのようになるためには、熱心に祈って精誠を尽くさなければなりません。

25 皆さんは、絶対に不平を言わず、感謝の心をもたなければなりません。そのように感謝の心をもって働き、帰ってきて祈るときには、必ず夢の中に父母様が現れて教えてくれるようになります。霊的な目が開かれるのです。そのようになれば、どのような現象が起きるのでしょうか。父母様に会いたくて、御飯を食べるのも忘れてしまいます。また会いたくて、心の中で呼ぶ声が聞こえます。御飯を食べられず、眠れないほどです。そのように精誠を捧げれば、霊眼が開きます。その境地を過ぎれば、その次には、父母様が皆さんと一緒に暮らすのです。そのような現象が起きます。

そのようになれば、百万長者や億万長者を羨ましいとは思いません。これは、夢のような話ではありません。そうして、三百六十五日、一年中教えてくれます。そのようなことを知っているので、私も、このことをしているのです。あすどのような人に会うのか、推測してすべて分かって仕事をします。そのような世界があるというのです。ですから、皆さんは、そのようになることを願ってばかりいるのではなく、精誠を尽くせば、間違いなくすべてその世界になるので、父母様がするとおりに、その世界のために精誠を尽くさなければなりません。心から精誠を尽くさなければなりません。そうすれば、皆さんがするとおりに返してくれるというのです。

26 愛は永遠です。愛は永遠なので、神様と一つになったその愛をもてば、永生するというのは理論的であり、自然な結論です。神様は永遠であられるので、永遠の初愛を結んだ人は、神様のように永遠に生きるようになるというのです。アダムとエバも永遠に生きてこそ、その息子、娘も永遠なる愛の根に到達するので、永生するというのです。理論的です。それが統一教会の力です。

根に行けば行くほど、あるいは距離が遠くなれば遠くなるほど、父母様に対する思いが、さらに切実になるのです。そのようになれば、霊界で教えてくれます。地の果てと地の果てで離れて暮らしていても、夜眠ることができず、御飯を食べるのを忘れてしまうほどになれば、霊界に通じます。父母様が何をするのか、すべて見るようになるのです。

27 父母様を本当に慕わなければなりません。そうすれば、夢や啓示の中で出会うでしょう。これは、この世の中にはないことです。国境と時空を超えて、父母様がコントロールしています。どこを通してするのでしょうか。神様を通してするのです。アンテナの中で、最も高いのが神様のアンテナです。アンテナが高ければ、世界のどこにでも通じるのです。神様が霊界を通して、皆さんに伝えています。

宣教師たちには、一〇〇パーセント教えてくれます。迫害の中では、ことごとく教えてくれるのです。「ある人が調査しにくるから、どのように答えなさい」と教えてくれるというのです。そのような経験をした人は、死んでも神様がいないとは考えられません。そのように実体的体恤圏で経験をした人は、神様と共に生きることができるのです。

第二節 霊人救援と霊界解放

地上・天上天国の門を開かれた真の父母様

真の父母様は、この地に来られて、堕落した人類の偽りの血統を断絶し、復帰摂理のすべての段階を勝利することによって、地上と霊界の間を隔てていたすべての境界線を撤廃し、地上世界から天上世界に至る高速道路を築かれた。それゆえ、真の父母を愛し、真の父母以上に人類を愛せば、地上から天上に至る直通路を誰もが行けるようになると語られた。そして、神様の創造理想を実現できる本然の中心の位置に、真の父母様が安着することにより、地上天国と天上天国の門が大きく開かれるようになったことを強調された。

1 神様は、霊界から直接働き掛けることはできません。天使や聖徒たち、善なる先祖たちを遣わして役事するのであって、神様が直接役事することはできないというのです。直接役事できたならば、堕落もありませんでした。直接役事できるように橋を架けるのは真の父母です。真の父母がこの地に来て、偽りの父母のすべての実情を根本から完全に解消するのです。そうして、個人から天宙まで浄化させた基盤の上で、神様が地上世界に降りてきて、完成した基盤を中心として活動するのです。

2 来られる再臨主は、完成したアダムです。そうして、エバは完成したアダムを中心として、絶対的に一つになってこそ、完成したエバになります。

お母様がそのことを身代わりして蕩減歴史を歩んできました。アダム創造完成とエバ創造完成を世界的な基準で成し遂げたので、すべての男性たちは男性の位置に、女性たちは女性の位置に立って、愛を中心として平等、平準化された家庭理想時代に入るようになります。

天と地、世界の東西に塞がっていたあらゆるものが本然の基準に帰ることにより、今や行くべき道は一つしかありません。真の父母に従って、天国に入る道しかないというのです。そこにサタンがすべて屈服し、サタン世界のすべての妨害がなくなったので、皆さんが一つになって国を動かし、天のみ前に捧げることによって、地上天国と天上天国が成就されるのです。

3 アダムとエバは、神様のみ前に万代の一人息子と一人娘です。世の中でも、七代の一人息子と一人娘が死んだとすれば、国までも贈り物を送って慰労するのです。ところが、今まで万代の息子、娘を失った、その神様を慰労した人がいましたか。ただお父様だけが、堕落の悲しみを抱いている神様に対して、「私に付いてきてください。私の行く道に付いてきてください」と言いながら慰労するのです。その道を開拓し、地獄の門を打破して、天国の門を開門できなければなりません。神様が自由自在に往来できるようにしなければなりません。地獄という、恨に満ちた敷居を、すべて取り壊しておかなければならないのです。神様を解放しなければならないというのです。

それで、お父様が、地上世界と天上世界の地獄まで、塞がっていたものを崩してしまいました。今から高速道路を造らなければなりません。平準化しなければなりません。それは、地上だけではありません。霊界がすべて平準化されなければならないのです。家庭的平準化、氏族的平準化、民族的平準化、国家的平準化、世界的平準化、天宙的平準化が実現されなければなりません。それは、男性と女性の家庭形成によって実現されるようになっています。

4 祝福の恵沢圏が上から下まで、地にまで及んだので、霊界祝福時代に連結されるのです。それを連結してこそ、復帰することができます。今までは地上で愛する妻と夫が暮らしてから霊界に行けば、分かれていきました。霊界に行くとき、自分の度数に従って入っていくのです。霊界に行ってビデオのボタンさえ押せば、自分が地上でどのように生きてきたのか、すべて出てきます。すべて記録されているのです。天使が来て、そこに連れていくのです。家庭に十人いても、心霊基準が違うので、みな別れなければなりません。会うことができないのです。

今やそこから解放されます。地上で愛していた人が霊界に行っていれば、その人と祝福してあげることができるのです。ですから、霊界の人々を祝福してあげたのです。その門が開かれました。それゆえ、地獄解放が可能です。そうしてこそ、「堕落していない本然の世界、天国に一方通行で入れる天国編成を完成した」と言える基準が立つようになります。そして、地で分かれたすべての個人と家庭をかき分けて、世界的に編成するのです。これを一時にもってきて合わせることによって、地上・天上天国の統一圏が形成され、神様が解放される時代が来たのです。

5 一生の間、怨讐を愛しました。個人の段階でそれを行い、家庭の段階でそれを行い、氏族、民族、国家、世界の段階、その次に天宙の段階においてまでそれを行いました。ダンべリーにはなぜ入ったのでしょうか。霊界と肉界とが塀で塞がっています。堕落した父母によってずれてしまったものを解消するために、霊界と地上に道を築いておかなければなりません。ダンベリーにいるとき、お母様と特別祈祷をすることにより、そのような条件を立てました。その時から地獄のすべての塀が崩れて、誰でも努力すれば、天上世界に上がっていける道ができました。

また、霊界において自分の親戚の中に善なる霊がいれば、教育して引っ張っていくこともできるようになりました。霊界の救世主の役割が始まったというのです。救世主の役割は、この地上にのみあったのですが、このような道を築いてあげることにより、向こうの国(霊界)の善なる霊たちが、地獄にいる悪なる霊たちを教育し、善なる先祖が救世主の役割を果たしながら、発展して上がっていける道が開かれるようになりました。

6 お父様の一代で、個人から世界、霊界まで高速道路を開拓しました。それが一九八五年二月一日、ダンベリーにおける「開天門の日」宣布です。地上世界から天上世界まで高速道路を連結させて、門を開いておかなければなりません。それは、最も難しい所、最も難しい底辺からしておかなければなりません。

ですから、すべての歴史の新しい起源は、獄中から始まるのです。世の中でもそうです。革命家たちは、監獄から新しい道を開いていきます。それと同じように、獄中の一番底から高速道路を築いてこなければなりません。そのようにすることによって、地獄であれば地獄でも、男性と女性が行く道ができるのです。地上世界もすべて同じです。偽りの父母によって仕切りで塞がれたものが、真の父母によって開かれるというのです。偽りの父母の愛による血統的因縁で塞がったものが、真の父母の愛により、新しい祝福の血統を受け継ぐことによって、開かれるようになるのです。

7 ダンベリーを中心として地獄と天上の門を開け放ち、地上の地獄の門までも開け放ちました。そうして、ダンベリーから出てくるときには、統一家とお父様を中心として、東西南北の四方に万国を連結することができました。そのような基盤を築こうとしたので、真の父母の息子である興進君を霊界に送り、霊界を救わなければなりませんでした。天地を中心として、祭物的立場で真の父母の愛の圏内において霊界に行った人は、興進君しかいません。

イエス様を中心として教派が分かれました。民族別にもすべて分かれているのです。このような塀をすべて崩して、一列に集まれるように綱を張っておきました。水がたまっている所に穴を開けておけば、水が流れて一ヵ所に集まるのと同じように、イエス様と興進君の愛の道を通して、霊界と地上を往来するのです。本来、霊界に行った善なる先祖たちは、愛の道、本然の愛の綱を渡らなければならないのですが、その愛を通して往来できる橋ができたのです。

8 本然の世界において天国に行く道は、真の父母が導くのではなく、天使たちが導きます。真の父母が皆さんを導くのは、原理ではありません。真の父母が道を築いておいたので、真の父母を愛すれば、この道に従っていくようになっています。

その道に従っていきながら、真の父母を愛する立場で、人類を真の父母以上に愛するようになれば、皆さんが行く道は万事亨通(すべてが思いどおりにいくこと)です。滞る道がなく、狭い道がないというのです。高速道路で、直通する主流の心情路線を行きます。ですから、皆さんは地上から天国まで直行することができるのです。

9 霊界に行く時、神様のみ前に何のプレゼントをもって行くのでしょうか。それがお父様の問題です。神様が願う国と世界のために働き、今後、訪れる理想的な社会と理想的な世界を築くことができる二世のために生きてきました。神様のように愛したのです。それゆえ、霊界に行っても自然です。そのまま延長です。そのことをするのです。神様がそのみ業をしているので、私も神様の近くに行って、それを一緒にせざるを得ないという結論が出てきます。ですから、神様も「私の国は、あなたの国だ!」とおっしゃるのです。

10 真の父母は、偽りの父母がつくっておいたすべてのものを生み変えていきます。真の父母が霊界に入っていくとき、より良い条件をつくっておいてから行かなければなりません。地上世界と天上世界の監獄にいる囚人たちをすべて解放してあげなければなりません。地上世界の監獄の門を開いて、天上世界に行ける道を開いてあげなければならないのです。

自分の信仰の程度と良心に従って天上世界に上がれば、教育をするのです。原理のみ言と理想世界の内容を教育できる体制を霊界につくらなければなりません。互いに知っている人々に対しては、自分たちのクラブを中心として教育すれば、短期間のうちに復帰されます。そうすれば、統一天下になるのです。そうして、地上天国が始まり、天上天国が始まるのです。サタンまでも解放してあげなければなりません。

11 歴史的な怨恨の塀を、真の父母が押しのけてしまわなければなりません。それは、国の王権をもって玉座でするのではありません。人類が地上地獄に生きていて、霊人たちが霊界の地獄で苦痛を受けているので、地上地獄と天上地獄の門をすべて開いて、地上の個人から国家と世界を連結し、その次に、地上から天上世界まで通ずるように道を連結しなければなりません。高速道路を連結しなければなりません。主流と通じる、たった一つの道に連結しなければならないというのです。

ですから、皆さんの心と体が一つになり、その一つになった基準で家庭を経て、氏族を経て、民族と国家を経て、世界を越えて、天上世界に行っても、塀があってはいけません。すべて、押しのけてしまわなければなりません。最後の問題は、塞がっている霊的な地獄の門と、天国の門を開くことです。地上地獄の一番端に行って地上地獄の門を開き、天上地獄の出発点に立って、天上地獄の門を開かなければ、天国に入ることはできません。地獄に勝った人だけが、天国に行くことができます。

何によって勝たなければならないのでしょうか。祈りによって勝てるのではありません。神様の愛をもって勝たなければなりません。そのようにしなければ天国に入れないので、私は神様の愛を中心として、地上を経て天上世界の地獄の門まで開き、地上から天上まで行く道を築いておきました。

12 歴史的につながってきた皆さん自身に対する根本問題を解決する道は、父母様の教え以外にはありません。永遠にありません。私がうそを言っているか、霊界に行ってみてください。すべて知って成し遂げ、勝利して教えているのです。良心はそれを知っています。「真の父母と成約時代」を宣布したということは、それを成し遂げたということです。サタンと対決して屈服させたので、父母様が向かう世界、展望する世界には、サタンがその姿を現すことができません。

それを個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、霊界の天国まで平面化しています。それを平面化して連結すれば地上天国です。地上天国で生きた人とその一族が、そのまま天上天国に移行するようになっています。天上天国は本家なのです。

13 霊界と肉界を一つに統一できる真理が、原理です。本然のプラスは天であり、地上はマイナスの立場です。これが一つになる場で全体的発展が可能です。今までの歴史全体が、摂理的観点の世界歴史だという概念を誰も知りませんでした。真の父母様がこの地に来て、初めて堕落したアダム世界をきれいに掃除し、完成させて、天国に連結されるようにしました。本然の基盤は、アダムと神様が連結されるところです。これが選民イスラエルを決定します。

イスラエルが拡張され、全人類にまで広がらなければなりません。そこから、家庭が出てくるようになります。アダム家庭が確定すれば、堕落家庭は滅びるようになるのです。そのように転換できるのは、祝福しかありません。

同じように、祝福家庭がこの地上に定着すれば、その先祖と父母たちが祝福に同参するようになります。そのようになったあとに、地上に理想家庭が定着し、理想家庭が全世界に広がるようになれば、それが地上天国です。そのような地上天国が完成すれば、自動的に天上天国ができるのです。

14 真の父母だけが、霊界と地上世界を清算することができ、理想的な地上天国と天上天国を完成することができます。それが可能です。そのような全体、全般、全権、全能を行使できる時代が来ました。世の中の組織、多くの国の組織全体が一般化されます。

全体・全般的にすべての能力をもったサタン世界は、完全に天の権限の前に無能となり、神様の全権時代、全能時代に越えていくのです。それができる人が、真の父母です。真の父母から始まるのです。

15 天地父母に侍って暮らさなければなりません。霊界と肉界は異なる世界ではなく、私たちの心と体が和合して生きていける世界なので、地上天国が形成されることによって、天上天国は自動的にできるのです。私たちが入っていくときに、私たちの家庭が入り、私たちの国が入っていけるので、私たちの世界の数多くの国が解放されることにより、神様を国の主人として、侍って暮らすことができるのです。

16 真の父母の活動範囲は、この地球星だけではありません。膨大な霊界、その世界の果てまでも関与して、サタンの影があれば清算しなければなりません。そのままでは蕩減ができません。真の父母は、実体蕩減をします。アダムとエバの失敗、イエス様の失敗、宇宙的な失敗、サタンに汚されたものを、すべて清算しなければなりません。サタンを屈服させて、それを清算する命令を下し、整備された基準に従って、天の国の再建、地上天国と天上天国完成の出発が可能になるのです。それは、真の愛の論理でなければできません。

17 「神様王権即位式」を行ったということは、宗教世界の願いがすべて果たされたということです。また、神様の救援摂理のすべての目的が終わったことになります。そして、創造理想を立てて万物を造り、人を造って愛の家庭、神様が祝福した家庭を築いて、初めて堕落していない地上天国と天上天国の理念が実現するというのです。

個人と家庭ではありません。世界人類が同じ解放的祝福中心家庭の位置に立つことにより、今まで空いていた天国に、一度に合わせることができるのです。失敗した歴史のすべてを、水平基準で神様が理想とされたその基準に継ぎ合わせたり、鏠ったり、どのようにするとしても、その空いた場所にもっていって合わせることができるというのです。ですから、今や地上と天上には理想天国が実現します。神様が霊界全体を闊歩することができ地上も思いどおりに闊歩なさることができるのです。

悪霊分立と霊人の解怨および祝福

真の父母様は、天宙的勝利圏を土台にして、霊界の文興進様と大母様を中心に、一九九五年一月十九日から始まった清平役事を通して悪霊を分立させ、九九年二月十二日から、霊人解怨の恩賜、九九年十二月十二日から先祖祝福の恩賜を施された。このように、堕落の血統を清算する祝福の恩賜を霊人たちにまで与えることにより、全人類は天宙的な解放の時代に生きるようになったのである。

18 すべての人に、霊がたくさん入っています。清平の役事は、真の父母様がこの霊を引っ張り出すのです。そして、真の父母様が、その霊たちが霊界の地獄から上がっていけるように、サーチライトの光を発するのです。誰でも、その光に従っていくことができます。善なる霊は、すべてそのようになっています。上がっていける道を開いてあげるのです。塀や条件があったものを、完全になくしてしまうのです。そのような解放の塀を開いてあげなければなりません。ですから、短期間のうちに天国に行くことができます。今、人々が悪霊たちに接して被害を受けているので、これを断ち切ってしまわなければなりません。すべての悪霊たちを払いのけてあげるのです。アダム家庭が堕落することによって悪なる家庭になったので、再創造の役事をしなければなりません。先祖たちを再創造するのです。ですから、天使長の立場の家庭を用意しておかなければなりません。そうして、大量祝福、霊界解放祝福時代に入るのです。

19 清平修錬苑は、皆さんを悪霊から解放してくれる本拠地です。霊界にも修練所があります。その修練所を通して、地上で犯した罪に対する蕩減ができていないことを解決しなければなりません。真の父母と一つになって罪に対する蕩減をするようになれば、霊界の修練所にも行かず、直接、天国に入っていくというのです。皆さんは、天国に入っていける息子、娘を生む父母にならなければなりません。それでこそ、直接、天国に行ける人が出てくるのです。今や、蕩減復帰時代をすべて清算しました。

今から生む息子、娘は、天国に直行しなければならないのですが、そこに行けなければ、皆さんは天国の敷居の外で待たなければなりません。その罪が完全に蕩減される時まで、待たなければならないのです。それが問題です。地獄の代わりに、霊界に祝福家庭の監獄が生じ、祝福家庭が天国に入るための敷居を越えられずに、待機する楽園ができるというのです。ですから、自分の子女たちが犯した罪を霊界で解放する時まで、待たなければならないのです。祝福を受けたとしても、罪がある人は天国に入れません。きれいに罪を蕩減しなければなりません。霊界についてはっきりと話しました。私たちがどのように生きなければならないかがはっきりしているので、言い訳はできないのです。

20 皆さんは、清平修錬苑に行って先祖の解怨式と祝福式をしなければなりません。早く先祖たちを解怨して、祝福を受けさせてこそ、天使世界の(立場の)祝福家庭として、地上の祝福家庭を保護する活動をするのです。そうして、家庭に患難がなくなり、サタンが侵犯できる圏内を抜け出せるようになるのです。そのようにしなければ、抜け出せません。サタン世界にそのままとどまるのです。

21 祝福家庭の皆さんは、氏族(的)メシヤです。霊界と肉界の自分の一族をすべて解放しなければなりません。そのような責任があります。先祖たちのために、皆さんが結婚する時のような蕩減条件を立てなければなりません。そのようにしなければ、霊界の天使たちを動員して、先祖たちを呼び出すことができません。地獄にいる人々を引っ張り出してくるのです。天使を送って、引っ張り出すのです。

22 興進君が霊界から送ってきた報告内容は、皆さん自身が霊界に行って報告するものとして考えなければなりません。興進君が代わりにしてくれているということです。

地上で興進君と皆さんが兄弟として一つになることによって、霊界も解放され、地上も解放されます。地上が貴いのです。興進君が送ってきた霊界の事実を皆さんが知って、地上できれいに清算しなければなりません。それは、蕩減は地上でしなければならないということです。ですから、霊界も「私」のものであり、地上も私のものだというのです。

皆さんの時代になって、初めて父母様と興進君が一つになり、皆さんが興進君と兄弟として一つになって定着するのです。地上の皆さんと父母様が一つになることによって、霊界を整理してあげなければなりません。神様と興進君と霊界が一つになって、初めて地上に着陸することにより、祝福家庭が着陸して、地上天国の大家族になるのです。

23 皆さんは、先祖たちを解怨し、祝福してあげなければなません。これを急がなければなりません。そうしてこそ、先祖たちが興進君のように地上に再臨して協助できるのです。天使世界は、堕落前のアダムの十六歳までの血統的基準があるので、先祖たちを祝福することによって復帰されると同時に、堕落した世界が完全に解放されます。ですから、天使長が兄の位置で失敗して、家庭を破壊させたことをひっくり返し、蕩減の立場を経ていくのです。霊界から協助を受けなければなりません。兄と弟をひっくり返さなければなりません。兄が弟になるのです。

24 霊界にいる霊人たちは、すべてアダムの子孫ですが、堕落することによって、天使長の血統をもって霊界に行っているのです。カインの形態として広がった霊界を、そのままにしておいてはいけません。すべて祝福してあげなければなりません。祝福をしてあげて、水平になるようにしなければならないというのです。ですから、結婚できずに死んだ霊たちを集めて祝福してあげるのです。また、生まれてすぐに死んだ赤ん坊の霊たちが成長しています。十六歳以上で、結婚できずに霊界に行った人々を、すべて祝福してあげるのです。

父母様が、幼い子女たちや結婚できずに死んでいったすべての未婚の男女たち、十六億双を結婚させてあげました。四十億双、百億双、百二十億双、このように祝福しています。そして、地上のすべての未婚の男女たちを中心として祝福をするのです。悪霊たちが地上の人に入ってきてくっついているのと同じように、善なる霊たちが人に入ってコーチするのです。今まで入っていた霊たちをすべて追い出してしまい、祝福を受けた善なる霊たちが、地上に来て取り囲んでいます。ですから、若い青年男女たちが祝福という言葉を聞くだけでも、祝福を受けたくて走ってくるというのです。そのように、心が感動し、引っ張られてくる環境をつくらなければなりません。

25 清平役事は、エデンの園で天使長とアダム、エバが分立されていたので、これを統合するものです。堕落したサタンの血統をすべて浄化する運動を行います。ですから、清平役事を経た人々は浄化されたので、祝福をしてあげるのです。霊的な祝福をしてあげるのです。今回、三百六十万双の祝福が終わり、清平修錬苑で大母様と興進君がすべて祝福をしてあげました。それは、霊的な父母の立場でしてあげるのです。イエス様が失敗したので、霊的基準を実体的に、霊的な基準で堕落したアダムとエバのすべてのものを清算して、実体的な天使長圏で復帰するのです。実体的な天使長圏というのは、アダムの体が十六歳の時にサタンの体になったことを蕩減してあげるものです。真の父母の体をもってきて接ぎ木(の役事を)してあげます。愛を通して接ぎ木(の役事を)してあげるのです。歴史的に、否定的な愛が広がったのですが、肯定的な愛の基準を立てるのです。興進君がそのことをするのです。イエス様は、真の父母の愛の絆をもつことができませんでした。ですから、真の父母の息子、娘が行って、イエス様が結婚できずに分かれたので、これを連結させられる内的な立場に立ち、大母様はイエス様を生んだマリヤのような立場で、母子協助を通してそのことをするのです。マリヤが責任を果たして、イエス様を助けてあげなければなりません。

26 天地父母天宙安息圏を宣布したので、この地上に家を建て、暮らすことができるのです。個人の家、家庭の家、氏族の家、民族の家、国家の家、世界の家、天宙の家になっているので、やって来て暮らすようになっています。世界版図を築いて暮らすことのできる解放圏を地上でつくっておこうという決意と行動をすれば、すべてが降りてくるようになっています。安息圏を中心として、神様がこの地上に降臨するのです。その次には、天使世界が降臨します。その次は、善なる先祖たちを率いてきます。善なる先祖たちは、天使(の立場)で兄(の立場)です。天使は体をもっていません。家庭がありません。堕落したサタンは、家庭がないのです。しかし、皆さんの現在の先祖たちは、天使長とは違います。アダムの体を継承できるので、家庭をもつことのできる時代に入ったというのです。ですから、地上の祝福とともに、天上の先祖たちの祝福をしてあげているのです。

第三節 霊肉界一体時代の主要な宣布儀式

主要な宣布儀式とその意味

真の父母様は、生涯を通して、数多くの実体的蕩減条件を立てて勝利し、霊界を解放して統一された。この過程で行われた多くの段階的な宣布の儀式は、復帰摂理を締めくくり、神様を解放してさしあげるところに重点を置いて成し遂げられたものである。特に、一九九一年七月一日の「神様祝福永遠宣布式(七・一節)」以後、神様と一心、一体、一和を成し遂げるまでの路程は、それこそ、血と汗と涙の「天路歴程」(天国に向かって歩む道)であった。

一九九七年十一月二十九日の四千万双国際祝福結婚式を通して、霊人祝福式を挙行することにより、この年の十二月一日、霊界祝福開門を宣布され、一九九八年五月十五日、地獄解放と天国開門を発表された。それとともに、この年の六月二日、「霊界で原理を教育できる体勢を整えなければならない」と語られ、六月十三日の三億六千万双の一次祝福式を期して、聖人と殺人鬼を一緒に祝福してくださり、霊肉界統一祝福式を宣布されたのである。これにより、一九九九年二月十二日、直系先祖解怨式を始められ、三月二十一日のサタン自然屈伏の日宣布と五月十四日の天宙解放式に続き、九月九日、天地父母天宙統一解放を意味する「九・九節」を宣布することにより、サタンによって塞がっていた地上と天上の塀を崩された。そして、翌日の九月十日十時十分、すなわち「三・十節」を通して、「天の側に一から十までの数を奉献することにより、旧約・新約・成約時代を蕩減復帰し、完全に清算する」と宣言されたのである。続いて十月二十三日に総天宙祝福解放日、十月二十四日に第四次アダム圏時代到来を宣布することにより、神様と一体になった完全なアダムの位置で、十一月七日に天城旺臨宮殿を奉献し、一九九九年十二月十二日には先祖祝福式を始められたのに続き、二〇〇〇年六月二十九日に天宙還元式を宣布された。そのような基盤の上で、二〇〇一年一月十三日に神様王権即位式を挙行するようになったのである。

また、二〇〇四年四月十日の天使世界解放釈放宣布と、五月五日の「双合十勝日」を通して、後天時代の出発を宣布したあと、二〇〇五年九月十二日に「天宙平和連合」を創設し、二〇〇六年六月十三日に天宙平和の王真の父母様天正宮博物舘入宮および戴冠式を挙行された。真の父母様は、このような基盤の上に、二〇〇七年四月三日から世界巡回講演を通して、天宙平和神文明開闢時代を宣布され、二〇一〇年七月八日以降、数十回にわたって進められた天地人真の父母定着実体み言宣布大会で、神様の実体として神様と完全一体を成し遂げ、神様の完成を実現できるようになったことを宣言された。

また、二〇一一年天暦七月三日、「摂理的最終目的成る」という発表とともに、この年の十一月十七、十八日を「天一国最大勝利記念日」として宣布することにより、すべての神様の復帰摂理を完成、完結、完了したことを、満天下に公表されたのである。

1 イエス様がローマの元老院に行って、「私がメシヤだ!」と宣布したならば、迫害を受けません。ローマから反対される以上の世界的版図ができるので、反対できないのです。反対すれば、それ自体が制裁を受けます。ですから、宣布をしなければなりません。宣布をしなければ、上がる途中で落ちていきます。それゆえ、お父様の生涯はいつも宣布です。塞いでおくのです。水が出てこないように、塞いでおかなければなりません。

「天地父母天宙勝利祝賀宣布式」をしたので、「神様が解放された!」と言うことに反対できません。その特権がお父様にあります。真の父母解放、万民解放、神様の全権時代に入ると宣布したので、サタンはその宣布を否定することができません。神様のみ前に讒訴できないのです。原理結果主管圏以下にいるサタンの全権とは、何の関係もありません。それゆえ、全体、全般、全権、全能の時代に越えていくという言葉が成立します。ですから、宣布が必要なのです。

2 父母様は、神様が愛によって主管する時代を宣布しなければなりません。そのようにしなければ、サタンに奪われたものを取り戻してくることができません。サタンが主管していた原理結果主管圏を、神様が愛によって主管するというキーを差し込んでおかなければならないのです。里程標を打ち込んでおかなければ、帰ることができません。偽りの父母によって破壊されたものを、真の父母が天の愛の主権基準に戻すというのです。そのような日を立てなければ、神様が蕩減させることのできる立場に立てないのです。アダムとエバが偽の愛によって堕落したので、真の父母の愛を中心として、サタンの主管圏から天の主管圏に転換したことを宣布しなければなりません。

3 神様は、摂理歴史の発展路程において勝利したという立て札を立てて、宣言しなければなりません。宣言をしなければならないのです。二つの国の間に国境を宣布してこそ、国境が設定されるのと同じように、神様とサタンが争うところに真の父母が来て、杭を打ち込まなければなりません。その杭は、サタンも抜けず、神様も抜けないのです。天運は、それを中心として浄化運動をすることにより、環境を整備できるように霊界を動員し、この地上の宗教圏を動員するのです。そうして、歴史的な体制の変化を起こしていくのです。

4 今まで、父母様は多くの宣言をしてきました。そのように宣言することによって、サタンが入ってくることができなくなります。多くの宣言をして、中心にまで来たのです。天と地を束ねて宣布をしました。それは、神様もできないことです。神様ができることならやっていたというのです。アダムが責任を果たせなかったので、アダム完成者として来られる真の父母が、その責任を果たすのです。真の父母がネームバリューを付けておけば、それを剥がす人はいません。

5 お父様が宣布したことは、サタンが遮ることはできません。それは、公認された事実として認めなければなりません。それを宣布すれば、必ず限界線に入ってきて、サタン世界が自分勝手にできなくなります。神様が保証するというのです。私が多くの宣布をしたので、終わりになったのです。

総解怨式(一九七五・五・一、天宙清平修錬苑)

6 国家と世界が連結される時が来ました。そのような世界的基準を中心として、霊的基準が世界基盤に連結されるときに、初めて霊界も連結されるのです。

霊界は、大韓民国の霊人も、日本の霊人も、すべて連結されていません。各国の霊人たちは、すべて自国にのみ連結されているのであって、世界的な一つの道に集めて「どこどこに行きなさい」と言っても、全体が動員されるようにはなっていないというのです。地上で解決してあげるまでは、霊界で整理ができないのです。それゆえ、霊界では日本人と韓国人が怨讐になっています。日本人と中国人も怨讐だというのです。ですから、国家間にどれほど、そのような怨讐の霊たちが多くいるでしょうか。

それで、一九七五年五月一日に総解怨式を行いました。全体を解放してあげ、全体を赦してあげる解怨式をしたのです。サタンまでも解放される道を開いてあげました。

総解怨式をすることによって、怨讐を怨讐として対することができず、すべて赦すようになるのです。ですから、もうこれ以上怨讐はいないというのです。今や統一される時が来ました。

地上と霊界が一つになれば、どのようになるのでしょうか。堕落によって、霊界と地上が分かれました。神様とアダムとエバが分かれたのです。神様とアダムとエバの間に心情的決裂が起きたのです。それゆえ、地上と霊界が一つになった場で、アダムとエバの家庭と、氏族、民族、国家、世界を中心として超民族的な形態が広がれば、世界的な統一圏を形成できるという論理が成立します。

7 今は、神様が思いどおりに地上に降りてこられるので、全霊界が地上に直行できるようになりました。ですから、反対するものがありません。今までは、「教派が違うので行くことはできない」と言ってすべて遮りました。上から解決されて通牒が行ってこそ、門を開いて横的にも進むことができ、縦的にも進むことができるのですが、それができていなかったというのです。

しかし、総解怨式をすることによって、神様がお出ましになると同時に、真の父母が来て、その次には、霊界にいる先君たちや善なる教主たちが来るのです。今まではサタンが悪の側でしたが、これからは違います。反対するものは地獄に行くので、みな反対せずに天の国に行こうとするというのです。ですから、みな銃の柄を逆さまに握り、サタンまでも解放しようというのです。それゆえ、悪の主権が我知らず瓦解していく時代へと越えていきます。

そうして、私が第三次七年路程の期間にアメリカを席巻し、霊的世界のキリスト教の運勢を集めて韓国に戻ってきました。霊的な国家的基準を越えて世界的基準まで行き、運勢を集めて戻ってきたので、肉的な国家的基盤を連結させ、霊的な世界的勝利の基盤の上に肉的な世界的基盤を結束させることによって、霊肉を完全に蕩減できる世界史的な起源を整えて、新しい次元に登場するというのです。

統一式(一九七六・一・三一、青坡洞一街、旧本部教会)

8 一九七六年の陰暦一月一日、韓国で統一式を行いました。復帰の路程を歩んでいくに当たって、個人完成をし、家庭完成をし、氏族、民族完成をし、国家完成をし、その次に世界完成をしなければならないのですが、これが直線で連結されなければなりません。

地上で父母様が個人基準、家庭基準、氏族基準、民族基準、国家基準を中心としてそれを行いましたが、霊界と連結されていませんでした。霊界とも連結されておらず、統一教会の家庭を中心としても、連結されていなかったというのです。道は築いておいたのですが、連結されていなかったので、この道を中心として、霊界と連結しなければならず、その次には地上と連結しなければなりません。そのようにしてこそ、統一式ができるのです。

9 一九七六年の一月に韓国に来たのは、すべての歴史を蕩減するためです。それで、去る陰暦一月一日に統一式をしたのです。今まで霊界と肉界を中心として、国家が勝利した基盤から出発できる統一的起源をもつことができませんでした。その式を行うために韓国に来たのです。

今日、「天の国の民である」とか「天の国の息子、娘である」と言いますが、父母様の誕生日を迎えることができませんでした。父母を中心として誕生日を迎えることができる資格がありません。霊界に行った霊人たちも、真の父母の誕生日を迎えることができずに行ったのです。それでは、天の国の民としての振る舞いができません。天の国の天使世界があっても、父母様の誕生日を迎えて祝ったならば、アダムが完成した圏内に同参できる権威がありますが、そのようにできませんでした。それゆえ、霊界と肉界の万民が、真の父母を中心として誕生日を記念できる、特権的契機を整えてあげる式をしたのです。その契機を整えてあげたのが、父母様の誕生日です。

文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式(一九七八・一一・二、天宙清平修錬苑)

10 今まで、私は、霊界を塞いでいた数多くの塀を崩しました。また、地上の数多くの民族や人種の間を塞いでいた塀を、神様の愛を中心として崩しました。それをしてきたのです。そうして、一九七六年の陰暦一月一日、霊界にあるすべての教派、宗教の門を開いておきました。国家間のすべての門を開く時になってくるのです。それで、一つ残っているのが氏族の門です。今に至るまで、氏族の門を開くことはしませんでした。

ですから、仕方なく、文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式を行ったのです。それにより、数多くの宗教の世界の門を開き、この地の数多くの氏族圏の門を開くことになりました。

氏族の門を開いておけば、国家的な門は自動的に開くようになります。そのような時が来るというのです。門を開いておいたので、昔の道人たち、宗教を信じて逝った霊たちが、地上の復帰摂理において、天使長のような立場でアベル圏に協助することができるのです。そのようなことが、特定の宗教だけにはあったのですが、今日、地上で塀を崩し、その範囲を広げておくことによって、宗教を信じていた人も信じていなかった人も関係なく、すべての霊人たちが地上に来て、自分の子孫たちを善なるほうに導くことができる道が開かれたというのです。

11 世界を代表した蕩減歴史を、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的、世界的に拡大するのです。夫婦を中心として蘇生、その次には家庭を中心として長成、氏族を中心として完成、三段階で展開するようになります。そして、家庭教会を中心として見るとき、氏族は蘇生、民族は長成、国家は完成です。ですから、家庭教会のメンバーたちはみな、国家を復帰しなければなりません。

その次に、国を中心として見るときには、世界と霊界までが三段階です。三段階圏として、世界を復帰しなければなりません。原理は、三数の三段階を中心として十数を越えていくのです。真の父母は、そのような使命を中心として、復帰摂理を蕩減していきます。蕩減してから戻ってくるのです。ですから、韓国を中心としてこのような役事(働き)をして合わせていくのです。

それで、一九七八年十一月二日、文氏氏族解放と世界氏族解放宣布式、統一解怨式を行って、すべて連結させました。それにより、塀がすべてなくなって、どこにでも行けるのです。境界線なしに、どこにでも思いどおりに通ずることができます。そうして、すべて相対的関係が結ばれるのです。

ですから、地上で霊界を動員するのは、皆さんにかかっています。地上の人々はアダムと同じであり、霊界の霊たちは天使長と同じです。今や、皆さんの先祖の中で善なる霊たちは、天使の責任を担っていることを知っているので、命令しなければなりません。その先祖たちの先祖が、正に皆さんです。これが先祖復帰です。皆さんから始まるのです。先祖ですから、これに責任をもたなければなりません。過去にも責任をもち、現在にも責任をもち、未来にも責任をもつのです。三時代の責任者です。

霊肉界統一式(一九八二・二・二二、アメリカ、イースト・ガーデン)

12 お父様は、一九四八年二月二十二日、北朝鮮の獄中生活から出発して一九五〇年十二月に韓国に入り、キリスト教圏内を中心として一九八二年二月二十二日まで、三十三年かかって、霊肉界統一式を行いました。三十三年になる年に行ったのです。そうして、ここから出発するのです。

この三十三年は、イエス様の三十三年の生涯に相当します。これを蕩減して、霊的基盤と肉的基盤が世界の上に立たなければなりませんでした。この霊肉を中心とした所に蕩減基準を連結しなければならないというのです。国家的基準を越えて世界的基準で行わなければなりません。その日が、一九八二年二月二十二日です。三十四歳圏は、イエス様が死なずに生きて出発する時です。復活圏に入っていくというのです。これをすべて蕩減したので、迫害はいくらも残っていないということです

13 一九八二年から七年間に、すべてのことが終わらなければなりません。ですから、共産世界まで越えていかなければならないというのです。民主世界では、キリスト教の再復興が起き、道徳と倫理の再建運動が起きるでしょう。皆さんは知ませんでしたが、それが可能になるように万全の準備を今までしてきたのです。

それでは、統一教会員が心情的に一つになることができる良い時がいつかというのです。アメリカの法廷闘争を中心として、すべての統一教会員たちが心を一つにし、志を一つにしなければなりません。それ以降は、反対されても私たちが攻勢に出る時代に入ります。私たちが主体になることができるのです。

「開天門の日」宣布(一九八五・二・一、アメリカ、ダンベリー連邦刑務所)

14 アメリカが、私をダンベリーの監獄に放り込みました。それで、監獄で一九八五年二月一日、「開天門の日」を設定しました。私がアメリカに行っていなければ、地獄と天国の門を開くことのできる道が生じなかったでしょう。また、監獄に行かなければ、それをすることができなかったでしょう。サタンが私を押し込めて、自分の願いを成就できると思ったのですが、反対に私は、死なずに地獄と天国の門を開き、地獄と天国が通ずる道を開いておきました。

だからといって、地獄にいる人が天国に思いどおりに入っていけるのではありません。天上にいる自分の善なる先祖たちが来て、地上地獄にいる子孫たちを教育し、引っ張っていける道ができたというのです。

今までは、天上の善なる先祖たちが地獄に行こうとしても、行くことができないように、塀ですべて囲まれて塞がっていたのですが、その道を開いておきました。塞がっていた塀を開いたのです。個人において、体と心を中心として塞がっていた塀、男性と女性を中心として塞がっていた塀、サタンの愛が根となってすべて塞がっていたものを、私が本然の神様の愛を中心として押しのけたというのです。

ですから、家庭の門、氏族の門、一家、一族の門が開かれたのです。

「世界統一国開天日」宣布(一九八八・一〇・三、一和龍仁(イルファ・ヨンイン)工場)

15 自分の故郷にいる兄弟姉妹を各国の兄弟姉妹と連結させれば、世界は自動的に連結されます。そこにおいて、一番目がどこかというと韓国と日本です。アダムとエバが一つにならなければなりません。統一が始まるには、日本と韓国が一つにならなければならないのです。アメリカと韓国とドイツとソ連が一つにならなければなりません。この四ヵ国が世界的結実体として、真の父母を中心に、支障を来さないようにカインとアベルの両面の基盤を完成させたので、初めて勝利的天国基盤を築くことができるというのです。

第一は韓国と日本の統一開始であり、第二はアメリカと韓国とドイツとソ連の統一開始です。その次に、アメリカのキリスト教と韓国の統一教会による統一世界が始まるというのです。これが三番目です。四番目は、キリスト教とキリスト教文化圏がアベルになって、唯物史観の共産世界と唯心世界の統一を成し遂げるのです。五番目は、地上世界と天上世界の統一です。それが連結されることによって、初めて天上世界と地上世界の統一が始まるというのです。

六番目は、摂理史的蕩減責任完遂です。摂理史的責任完遂がすべて終わったというのです。責任が完遂されたので、完成した家庭が出発するとともに、サタン世界は存在できなくなります。このように解放された世界基盤の上で、初めて完成した家庭体制が生じ、家庭だけでなく、氏族、民族、国家、世界体制圏が生じることにより、サタンの存在価値がなくなるのです。それは、解放世界になるということです。

それゆえ、七番目は地上天国世界が出発し、八番目は家庭、国家、世界、地上天国、天上天国の実現が始まるのです。天地に初めて、愛の一体理想世界が展開されるというのです。それで、統一誓約と関係している前後のすべての内容を中心として、きょう一九八八年十月三日に「世界統一国開天日」を宣布するのです。

天地父母宣布式(一九九〇・二・二七、漢南国際研修院)

16 父母様の家庭は茎です。ですから、茎の根から茎の芽を中心として、皆さんが一つになって進まなければなりません。そうして、これから他のものに接ぎ木するのではなく、同じ種類のものに接ぎ木しなければなりません。

同じ種類とは誰かというと親族です。過去においては、カインとアベルは違う種類でした。天の側の種のもとに、カインを切ってしまってアベルをつないだのです。ですから、血族も違いましたが、今の時代は、血族が同じです。息子が自分の父母に接ぎ木(の役事を)するのです。ですから、簡単です。反対しなければ、直ちに一つになります。今までは木の種類が違ったので、接ぎ木するのが大変でしたが、同じ種類の木同士(親族)は簡単だというのです。自動的に通じます。ですから、一九九〇年二月二十七日に天地父母宣布式をしたのです。

このようにして、全国を経てきたあとには、王権宣布式をしなければなりません。定着するのです。定着しておけば、これからは驚くべきことが起きます。

祝福を受けた家庭を中心として見れば、天使世界と同じである霊界の先祖が素早く来て協助するようになっています。来て守ってくれるようになっているのです。天の国、本来、神様の創造理想の国では、天使長がいつでもアダムを協助するようになっています。それと同じように、天の国の王権を宣布したあとは、善なる霊人たちが王権一族に対していつでも協助する時代に入ります。ですから、私たちの周辺にサタンがいなくなるというのです。

霊界解放圏宣布(一九九〇・一一・一七、漢南国際研修院)

17 一九九〇年十一月十七日、第三十一回、三十周年の「子女の日」を迎え、祈った内容とは何でしょうか。今や、すべてのことが解放だというのです。霊界解放圏を宣布しました。父母様が宣布すれば、それが問題になります。

今まで霊界は、カインがアベルを利用できる時代でした。ですから、霊通する人々、霊界に接した人々が、地上のアベル圏を中心として利用してきました。しかし、父母様が蕩減復帰の原則によって、勝利の基盤を築いてあげることによって長子権を復帰したので、今やアベルが兄の位置に立ちました。天使長が先に生まれたのですが、本来はアダムに屈服し、アダムを保護すべき立場だったのです。

しかし、人間が堕落することによって、今まで長子権を中心として、悪魔がこの地の未熟な人間世界を自分の思いどおりに料理してきました。それゆえ、霊界に通じる人々が、この地上の子孫たちを逆利用したのです。カインがアベルを祭物として、命を奪ったというのです。

今やその時代が過ぎ去ります。長子権復帰時代が過ぎることによって、霊界はアダム圏に屈服しなければなりません。そのためには、理論的体系と実戦的基台を中心として、神様のみ前に祭祀を捧げなければなりません。その祭祀を捧げる式が、きょうの「子女の日」の敬礼式で執り行った、霊界解放圏宣布でした。この場で祈った内容がそれです。

時が満ちたので、今まで天上世界と地上世界に逆さまに流れていた潮流が、今や正しく流れなければならないというのです。

天が長子権を復帰したので、これから生まれる次子たちと今のすべての次子たちは、天の統治圏内にいます。ですから、長子権復帰以降の次子権時代には、悪魔の活動舞台を天法において許すことができません。

霊界に行ったすべての霊たちが、今まで地上のアベル圏を利用しました。長子が次子の命を奪って祭物にしたのと同じように、逆利用していたものが、今からは長子権が復帰されたので、長子が霊界までコントロールするのです。

これからは、私たちに協助してこそ、自分たちが福を受けるようになっているのであって、反対すれば反対するほどどん底に落ちていきます。天運が急変していくのです。

神様祝福永遠宣布式(一九九一・七・一、漢南国際研修院)

18 アダムを中心として、天使長が略奪した長子権を復帰することによって、天使世界がアダムを育て、成熟するときまで養育すべきだったその本然の世界に入ります。今や、霊界が人間世界を利用できないというのです。今までどれほど利用し、食い物にしてきたでしょうか。アダムとエバを堕落させた、そのようなことをしたのです。ですから、これを統合しようと思います。これを統合することによって、霊界が勢力を振るう権限がなくなります。水平になってしまうのです。

上に上がっていける存在は、真の父母と神様しかいません。それゆえ、権勢を振るう力がなくなるのです。力を出して、無理やりやってみなさいというのです。そうすれば倒れます。ですから、神様祝福永遠宣布式をしなければなりません。これを、父母様を中心として処理しておかなければなりません。偽りの父母として統治したので、今や真の父母としてこのように束ねて、宣布しておかなければならないのです。神様祝福永遠宣布式を行った日が、正に一九九一年七月一日です。

19 霊界と肉界が今まで、自分勝手に行ったり来たりしました。しかし、今からは一つの道を行きます。正統還元時代が来るというのです。サタンを赦してあげたので、神様が主管する時代に入るということです。霊界と肉界は、完全に正統、正道に還元し、神様の世界に入っていくというのです。ですから、神様の勝利と真の父母の栄光の世界到来を宣布するのです。それで、一九九一年七月一日、神様祝福永遠宣布式を行いました。

このようなすべての内容を備えたので、神様の勝利と真の父母様の栄光の時代が到来することを宣布しました。神様が勝利したので、真の父母様の栄光の時代だというのです。宇宙の前に宣布したため、それが一つの法になるので、これを中心として霊界を統治するのです。

天宙統一宣布(一九九二・一〇・二六、アメリカ、アラスカ)

20 イエス様が三十三歳の時に、天と地が一つになり、国が一つになって、新しい出発が成し遂げられなければならなかったのですが、それが実現されませんでした。新しい世界の出発ができなかったので、一九九二年に、それと同じことが第三十三回「子女の日」を中心として起きたのです。

それゆえ、父母様の解放とともに、この地上でお父様を中心として行ってきたすべてのものが蕩減時代を勝利し、その基盤の上にお母様を立てるのです。その大会が、世界平和女性連合大会として現在、韓国と日本とアメリカを中心に行われています。

今、お母様はロサンゼルスにいて、お父様がいる所は北の方です。互いに相対になって、お父様を中心としてアジアと連結できるので、きょうは、主体と対象、東洋と西洋が連結される一つの表象的な日を祝うという意味もあります。きょう祈った内容の最後に、霊界と肉界、すべてのものの統一を宣布しておき、父母様もこの地上で統一されることを、すべて宣布したのです。

21 今や、子女たちまで、イエス様を中心として摂理の世界的途上を越えていきます。そのすべての実体的なものを、祝福家庭を中心として宣布するのです。ですから、一九九二年十月二十六日は、天地が記念できる重要な日です。この日は、天の父母と地の父母が、イエス様の三十三年を中心として一つになる日です。イエス様を代表する子女の基準をもって、国家的基盤、世界的基盤の上に、天地を代表できる方向性をもったことを宣布するのです。

天宙統一を宣布することによって、家庭が混乱し、世の中のすべてのことが混乱し、自分勝手に生きていた人々が一つになって、新しい理想世界の完成に向かって進むのです。春が訪れる瞬間は誰にも分かりません。いつの間にか始まって全体に春が訪ねてくるのと同じように、歴史の前にそのようなことが起きるのです。

真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放宣布(一九九九・一・八、ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

22 一九九九年の標語は、「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」です。祝福したすべてのものが、天地のどこにおいても完成的基盤になり、どこにでも伸びていき、どこにでも連結されることを意味します。その次は、「サタン血統根絶」です。体と心が一つにならなければ、根絶ができません。

今までは切断でした。枝を切断し、葉も切断し、木の三分の一を切断したのです。今回は根絶です。根を抜いてしまわなければなりません。根は、家庭で抜かなければなりません。体と心の統一、夫婦統一、子女統一をして、絶対家庭が形成されるのです。これがジャルジン宣言の第二宣言です。第三宣言と第四宣言があり、その次に「四・四節」宣言があります。アダム家庭で、四位基台を完成して定着できませんでした。その次には、息子、娘が定着できませんでした。「四・四節」を越え、ジャルジンで家庭訓練をして、天国に入っていくのです。

そのようにできるこの一年に向かって、前進に前進を重ねることを誓わなければなりません。勝利の完成をしなければならないのです。そうして、「神様万歳。私たちの家庭万歳」と言わなければなりません。最後の万歳をし、神様と共に一緒に暮らす全体、全般、全権、全能の時代を迎えて、何でもできるようになるのです。

23 真の父母様が行く道の前には、サタンの痕跡がなく、サタンがいなくなった地獄解放圏世界です。天国に入っていける門を開いておきました。門を開いておいたからといって、そのまますべて入るのではありません。ですから、霊界でも原理教育を受けなければなりません。霊界でこのようなことが始まるのです。それゆえ、お父様が霊界に行き、霊界の誤ったものを一時に破壊して、押しのけなければなりません。革命をしなければなりません。

一九九八年六月十三日、第一次三億六千万双国際合同祝福結婚式において、聖人と殺人鬼を一緒に祝福してあげることにより、真の祝福天宙化とサタン血統根絶完成解放を宣布することができました。それは、世の中にあり得ないことです。アダム家庭でカインとアベルが争って、カインがアベルの命を奪ったとき、神様の悲痛な思いと、アダムとエバの悲痛な思いは、どれほど大きかっただろうかというのです。世界の頂上の基準で、殺人鬼と聖人が一つの家庭として父母様の前に来たのと同じです。

これを罰することはできません。罰すれば、サタンを追放しなければならず、木っ端みじんにしなければなりません。しかし、サタンが木っ端みじんになれば、創造理想の本然の形態が完備されません。愛によって抱き、解放して、最端の所から人間に付いて回るようにさせ、人類を保護できる立場に立てなければならないのです。

天宙解放宣布式(一九九九・五・一四、ブラジル、パンタナール)

24 サタンが屈服した日が、一九九九年三月二十一日です。ルーシェルが神様に屈服し、真の父母に屈服し、人類に屈服しました。なぜでしょうか。神様が暗示を与えたのです。「お前は、千年、万年、嘆く墓の中で消え去る存在だが、その時が来る前に悔い改めるのが良いだろう」と、神様が暗示したというのです。命令はせずに、目配せでそのようにしたというのです。サタンがそれを知って屈服したのです。

そうして、第二次世界大戦の魁首であるヒトラーの一党や、共産主義者であるスターリンのような霊人たちを祝福してあげたので、彼らを立ててサタンを金城鉄壁のごとく防ぐのです。侵犯することができません。天下に誇るべきものは祝福家庭です。祝福家庭であることを誇れば、サタンは祝福家庭に侵犯する道理が永遠にないのです。ですから、霊界のすべての超宗教的な祝福家庭を中心として、地上にいるサタンの勢力を防ぐ闘いが起きています。天宙史的な戦争が起きているのです。

25 私たちが地上を中心として祝福したのが四億双です。四数を中心として、四億双祝福式をしたのですが、サタン世界のすべての家庭は、完成したアダム家庭圏内に入りやすくなります。祝福圏内に入るのです。祝福を受けていない人々は、アダム家庭の堕落以前のアダムとエバと同じ立場になります。彼らが真の父母を通して結婚させてあげられる位置に越えていくことによって、堕落した父母たちは、これからどのようになるのでしょうか。

この祝福時代以降に、第四次アダム圏時代が来るのです。堕落していない本然の血統的関係を自分の直系の息子に伝授することを、縦的な真の父母である神様と横的な真の父母である父母様が初めて承諾するのです。それによって、地上に本然の基準、堕落していないアダムの本然の基準を世界的舞台で連結させることができます。そうして、地上世界と天上世界において、地上天国と天上天国が完結することにより、アダム以降、空いていた天国が一度に満たされるのです。天国や地獄というものがすべてなくなるのです。それで、私が霊界に行く時は、この世界に堕落の痕跡がないように、これを清算してから行かなければなりません

そうして、嘆息していたすべての万物が、真の父母を賛美するようにならなければなりません。偽りの父母がこのようにしておいたので、真の父母の勝利を賛美しなければなりません。サタンまでも、天地のすべてのものも、神様までも、真の父母を賛美しなければならないというのです。なぜでしょうか。偽りの父母が神様まで引っ掛けて越えていったというのです。この根を完全に抜いて解放するためには、神様までも、宗教圏までも、今までの第三世界圏のサタン世界までも、その次には霊界にいる聖人、賢哲たちとその子孫たちまでも、真の父母を賛美しなければなりません。それは、アダムの子孫、イエス様の子孫、再臨主の子孫として、三時代の子孫と同じです。

26 アダム(の使命)を完成した再臨主は、イエス様(の使命)を完成し、家庭を完成した立場なので、その息子、娘たちまでも解放できる権限があります。そうして、全体解放を宣布したので、今や残った問題は、霊界をすべて、祝福家庭の霊界にすることです。それで、皆さん祝福家庭、氏族メシヤを中心として、最初は霊界にいる先祖たちを四代まで祝福してあげましたが、七代まで延長しました。七代まで先祖解怨成就をして、祝福の道を開いてあげるのです。

真の父母時代、成約時代は、百二十代だけではありません。百八十代まで祝福することによって、全人類は解放されるのです。先祖がすべて解放されるのです。それが今、摂理のみ旨が分からないために、これを世界と共に行うことができずにいますが、ラジオやテレビ放送、インターネットを通して、急いでこれを伝えるようになれば、地上・天上天国として一つになることができる距離に短縮されるというのです。

総解怨秋夕節(二〇〇〇・九・一二、アメリカ、イースト・ガーデン)

27 「二〇〇〇年総解怨秋夕節」とは何でしょうか。本来は、自分の先祖たちを崇拝し、先祖の運勢を受けてそれを横的に広げていくことが創造理想です。これが堕落によって逆さまになりました。そうして、墓ができたのです。平面的立場のふたができました。

聖書を見れば、「終わりの日」には、「キリストにあって死んだ人々がよみがえる」とあります。彼らが解放されなければなりません。これは、そのような式です。霊界も上、中、下になっており、地獄も上、中、下になっていて、横的にすべて分かれているのですが、堕落することによって塀ができました。これをすべて撤廃しなければなりません。ですから、私が八十歳になって初めて迎える秋夕に、この先祖たち全体を解放してあげなければなりません。

28 再臨主は、サタン世界から見れば最後に出てきた天の人です。アベルの中で、長子権、父母権、王権をもった最後の人だというのです。この方がすべてのみ旨を成就したので、霊界から肉界まで、墓のようなものを取り除かなければなりません。縦的にもそうであり、横的にも八段階、八定式を中心として、塞がっていたすべてを総体的に開け放ってしまわなければなりません。それで、八十歳になる二〇〇〇年の秋夕であるきょうを期して、全体を代表する一つの限界線をもって、これを連結するのです。祝福を受けた家庭を中心として連結するのです。

偽りの結婚をすることによって覆われたものを、真の父母の祝福を受けた恵沢圏を中心として、個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、旧約時代、新約時代、成約時代を過ぎ、地上と天上の統一的な祝福圏を完成して、解放圏を広げておくことによって、この全体を開いてあげなければなりません。

第四次アダム圏心情世界が祝福家庭を中心として、父母様により出発するのです。ですから、今からは祈祷時代ではなく、報告時代になります。

霊界統一解放式宣布(二〇〇〇・一〇・一四、天宙清平修錬苑)

29 二〇〇〇年十月十四日、霊界統一解放式を挙行してからは、霊界祝福を受けた人々の相対となる人々が地上に来ることもでき、地上で祈れば、霊界と通ずる時代に入るようになります。一緒に生活することを許したのです。そのためには、志が同じでなければならず、思想が同じでなければなりません。ですから、祝福家庭を中心とした霊界と肉界が一つの体制になるのです。真の父母が地上において成し遂げたものを霊界に連結させることによって、そのようになるのです。先祖である霊界の人々は、天使長の立場だからです。

本来なら、堕落した天使長圏内の先祖たちは祝福を受けることができません。しかし、祝福を受けた家庭は、地上にいるアダムの子孫、地上の完成したアダムである真の父母を中心とした血族の関係を中心として見るとき、同じ血統の関係になったのですが、霊界の人々は先に逝ったので、天使長の立場にいる祝福を受けた家庭になるのです。

ですから、これから統一的な儀式をすることによって、どのようなことが起きるのでしょうか。霊界の先祖たちが地上に来て、祝福を受けた家庭を協助できる時代に入ってくるのです。天使長がアダム家庭を育て、天に侍りながら入っていくのと同じように、霊界祝福を受けた先祖の家庭が地上に来て、祝福家庭を保護するようになるというのです。それゆえ、祝福家庭の個人や家庭、氏族を、世界圏内のサタンの子孫たちがむやみに打つことはできないのです。

30 今や、ずたずたに裂かれた霊界と肉界が、一つになって関係を結びます。以北(北朝鮮)の興南監獄出監五十年を越えながら、峠を越えていくのです。それゆえ、霊界統一解放式をしました。これは、霊界に行った父母様の子女たちが祝福を受けた家庭として、祝福を受けた五大聖人の家庭と一つになり、解放の新しい地上天国の大革命時代に入ることを宣布した内容です。五大聖人と父母様の子女たちと祝福家庭が和合して、霊界統一解放式を行いました。家庭を築かなければ、統一ができません。

楽園・地獄撤廃と天国入籍宣布の日(二〇〇〇・一二・三、ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

31 天のみ旨に従って編成された家庭の連体(有機的に連帯し合っている関係)がどれほど貴く、自分たち個々人は個人のために存在するのではなくて、天地全体のために存在する代表的な家庭として、天の祝福の縁が、万世の自分の血族を通して関係していることを知らなければなりません。そのような祝福の縁を通して、近親や遠戚を一つにして、神様御自身の愛の一つの肢体になると同時に、一つの愛の木となるのと同じように、根と幹と芽を中心として、万民がすべての枝になり、愛の花を咲かせて実を結ばなければなりません。

この結実を全天地いっぱいに満たし、解放の天国を完成すべき家庭理想が、神様の名と真の父母の名を中心として、天上世界と地上世界に定着するに当たって、影のない「正午定着」という標語を中心として、今や地上世界と天上世界に神様の悲しみの基盤となっていた楽園と地獄を撤廃するこの時間をもちますので、(天の)お父様、喜んでお受けください。

真の父母と真の父母の家庭、一族、聖人たちと、聖人たちを中心としたすべての宗派の解放を宣言し、サタン世界の魁首だったルーシェルが屈服することによって、その勢力が反対していたすべての基地を、宗教圏内のあらゆる祝福家庭が受け取るようになりました。そうして、天の方向を中心として、一つの主流に従い、神様の心情を中心とした玉座から地上の王宮まで連結させることができる祝福の時代を迎えた解放の恩賜を手にすることによって、地上世界と天上世界の楽園と地獄を解放し、天国に連結できる直行の行路を開拓するこの時間になりましたので、お父様、祝福してください。

32 殺人鬼たちの祝福を断行したお父様は、偉大な知略家です。それを断行することは神様もできません。誰も考えなかったことを、原則を中心として行うのです。私が砕けていくか、誰が砕けていくか、このままうまくいくかいかないかを見てみようというのです。そのようにしたので、うまく行くのです。それで、二〇〇〇年十二月三日に、楽園と地獄を撤廃しました。

それをどのように撤廃したのでしょうか。地獄の門をすべて開いておき、楽園の門、天国の門まですべて開いておいたのですが、その群れが遮られてしまっているので、彼らをすべて祝福してあげました。祝福してあげたので宗教圏が撤廃され、宗教圏が撤廃されたので、その底にあった地獄圏が楽園に上がってくるのです。楽園も撤廃してなくなるので、天国と通ずるという話になります。

ですから、お父様が先頭に立てば、神様がためらわずに、地獄でも天国でも、どこでも思いどおりに行くのです。縦的基準でのみ行ったり来たりしていた神様が、お父様に付いて世界を思いどおりに回ることができるというのです。そのように、思いどおりに行ったり来たりできるように道を開いておいたので、愛によって水平になります。天国の理念も地獄の理念も、天国の愛を中心として水平に浸れる時が来たのです。水がたまって占領する時が来たというのです。自由解放圏に来たので、神様までも解放しなければなりません。神様までも、本然の位置に定着しなければなりません。

33 二〇〇〇年末までに、霊界の宗教圏をすべて祝福してあげるようになっています。そのような基盤があるので、地獄を解放することができるのです。また、楽園を解放することができます。楽園と地獄をどのように、いかなる道理で解放するかというのです。宗教圏を解放し、地獄までも門を開くのです。真の父母には地獄の門がありません。真の父母には楽園がありません。真の父母は天国にのみ行くことができるのですが、反対する基準は、ある限界線の圏内にあります。サタンの権限内にあるときは反対しますが、その権限を越えるようになれば、サタンが力を行使できないのです。それが国連です。

国連は、世界国家の頂上クラスです。ですから、超宗教・超国家・超国連主義を主張するのです。それが「真の父母主義」であり「神主義」です。真の父母がサタンの宗教圏の下にいなければならないのでしょうか。真の父母が国家圏の下にいなければならないのでしょうか。真の父母が国連圏の下にいなければならないのでしょうか。ですから、超宗教、超国家、超国連主義です。一番頂上に上がってきたというのです。真の父母と「神主義」を一つにした主義が、絶対的にために生きる愛主義です。そうすれば、すべて終わるのです。絶対的にために生きる父母主義、「真の父母主義」です。そうすれば世界は、すべてその懐に溶け込んでいくのです。すべて消化されるのです。

霊界・肉界総統一宣布式(二〇〇二・三・一、アメリカ、ハワイ)

34 父母様が地上だとすれば、興進君は霊界です。霊界と肉界が、新しい時代の終着点を越え、未来において、杖であれば杖、武器であれば武器が必要だというのです。そのようなものを準備しなければなりません。今まで、霊界は霊界で分立して役事し、地上は地上で役事しましたが、今や天一国を中心として、自主国勝利圏解放時代を迎えたので、すべてが共通目的を中心として一つになり、一緒に協力する時代が来ました。

ですから、今まで霊界と肉界が分かれて反対になっていたものが、今や兄弟圏、アダムが上に立って天使長が下に立つ、そのような立場になりました。霊界の祝福家庭もそのような意味で、アダム世界、地上の天一国を助けるべき時が来ました。ところが、天使世界は堕落したので、祝福を通した血統的関係をもつことができませんでした。それで、地上の祝福家庭を助けることによって、一体化するのです。

35 清平修錬苑で興進君がしていることとは何でしょうか。聖人たちを代表して霊界の司令官になり、今までセミナーを行って中間媒介の基盤を築きました。これを直接的に地上に連結させるための活動をしなければなりません。それで、皆さんが直接的に連結できる行事が、アメリカで挙行する十四万四千双の祝福です。この祝福は、地上だけでなく、地上と天上世界が力を合わせて行うのです。

霊界は別の国ではなく、別の血族ではなく、私たちの家と私たちの国です。私たちの家と私たちの国のこととして、これは、私が今まで加担して行うことであると同時に、永遠なる神様のみ旨を成就する過程に私たちが加入してすることです。これが、自主国勝利圏解放時代の活動です。自主国勝利圏解放時代を迎えたので、霊界や肉界が今や一つの道を行かなければなりません。ですから、皆さんが霊界に影響を与えなければならないのであって、霊界の支配を受けるようにはなっていないのです。

霊界の司令官は興進君です。イエス様の時代と正反対です。神様の位置に父母様がいて、興進君はイエス様の位置にいます。イエス様の位置にいる興進君が霊界に行って、現在、父母様のみ意に従う活動をしているのです。ですから、本来の関係にならなければならないというのです。地上に来て、天に対して霊界と肉界が分かれた立場ではなく、父子関係の一体圏で、自主的勝利の覇権に向かって前進すべき時に入ってきたので、これを宣言してあげなければなりません。その宣言は、ここの責任者もできず、清平修錬苑でもすることができません。

全体の責任は、神様がもつことはできません。父母様が神様にお願いして宣言することにより、そのような行事で開門が可能だというのです。

六千年役事大解怨式(二〇〇二・四・四、アメリカ、イースト・ガーデン、天宙清平修錬苑)

36 交叉結婚をすることによって、水平線、平衡線を中心として、個人と家庭も塞がったものがなくなってこそ、大きくなって上がっていき、世界まで包括できるのです。ところが、すべて塞がっています。サタンがそのようにすることによって交叉血統をつくったので、平衡線血統圏を中心として、個人解放圏から家庭解放圏、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様解放圏まで、八段階の解放圏を形成しなければなりません。

そうすることによって、自分個人を蕩減して祝福を受け、家庭解放から神様解放まで八段階の基準を立てておけば、本然の基準を中心として、天地が和合できる時代に入るようになるのです。そこにはサタンがいないので、自動的に統一できる時代です。その時代を連結させるためのものが、二〇〇二年四月四日に行った六千年役事大解怨式です。

六千年役事大解怨式、大役事解怨総蕩減式を執り行ったので、サタンは後ろに退かなければなりません。サタンは、人類世界から去らなければならず、天のすべての祝福を受けた人は人類世界に訪ねてきて、故郷の地と国を探し出すために先頭に立たなければなりません。アダムとエバの家庭を中心として見るとき、アベルが兄になるべきなので、皆さんが先頭に立って進まなければならないのです。小隊長の年が幼くても、命令をすれば絶対服従しなければなりません。そうして、すべて一つにならなければならないのです。

絶対信仰、絶対愛、絶対服従できる心、一心、一体、一念にさえなれば、天が思いどおりに動くことができます。天運と天が思いどおりに動くのです。天地父母様の勝利基盤と条件、すべての主流思想の方向が目的地まではっきり連結されているので、走りさえすればよいのです。高速道路が連結されているので、すべて通じることができます。どこに行っても道は塞がっていないので、運転さえ上手にすれば、速く走っていくことができます。冒険が問題ではありません。

天地父母統一安着圏宣布(二〇〇二・六・一一、天宙清平修錬苑)

37 天地父母統一安着圏を宣布すれば、その天地父母によって祝福を受けた人々も安着し、安着した場に国家と世界が一つになれる橋が架けられることによって、大建設が始まるのです。霊人たち、聖人たちが来て、自分の祖国を中心として、天上世界と地上世界が一つになった立場で世界を救うための橋を架け、一つの国をつくるのです。

体と心が一つになったごとくに、一つの国を造らなければならない時が来ました。

38 皆さんが天地父母を中心として定着する時が来ました。皆さんは家庭で孝子、国で忠臣、世界で聖人、天宙で聖子の道理をすべて受け継がなければなりません。「家庭盟誓」の二番に出ています。皆さんは「家庭盟誓」を、ただそのまま唱えてはいけません。皆さんの骨肉から響いてくる最後の絶叫の言葉として、記憶しなければなりません。

今やすべての面で、天地父母と共に生きるのです。天地父母と生きなければなりません。一切を主体と共にして暮らすのです。縦的、横的天地父母を中心とした真の愛、真の生命、真の血統を受け継いだ祝福家庭、神様が共に同居できる祝福家庭の貴さを、新たに悟らなければなりません。

その祝福家庭は、今まで国がないので、アダム家庭で結実すべきその基盤を築かなければなりません。各自が分別された立場で結束し、そこから金氏であれば金氏、朴氏であれば朴氏を束ねて祝福が行われなければなりません。自分の一族を中心として、行わなければならないのです。

民族と言えば、十二氏族以上が入ります。大韓民国も長い歴史を経てきながら、様々な国の人の血が混ざっています。単一民族ではありません。戦争という悲惨な出来事を通して、あらゆる血統が混ざっています。ですから、十二民族を結合させてこそ、国家が形成されるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家というように、五段階目に国家が連結されるのです。

39 神様の血族と地上の真の父母の血族が、祝福によって霊界祝福統一、地上祝福統一の基盤になっているので、天地父母が統一され安着するのです。地上・天上天国が出発するというのです。ですから、今から新しい時代に入ります。

それで、天地父母統一安着宣言なのですが、金氏であれば、自分の金氏だけではありません。天地を中心として霊界がすべて、聖人、賢哲たちがすべて一つになるのです。ソクラテスまで、五大聖人を中心としてすべて一つになるのです。

その次には共産世界、その次には韓国と日本とアメリカの先祖たち、王たちの伝統をこれから発表するでしょう。ですから、全世界の伝統の標準を中心として、祝福中心家庭は、常に霊界を考えなければなりません。今は天の国が主体です。堕落した世界ではありません。本然の世界になったので、堂々と主体になるのです。

天宙平和統一解放聖火式(二〇〇二・一〇・一八、漢南国際研修院)

40 愛の主人、真の愛の主人にならなければなりません。神様の代身です。お父様はそれを知ったので、死ぬことが問題ではありませんでした。どんなことがあっても、その位置に進まなければなりません。ですから、霊界と肉界がすべてメシヤ、救世主、真の父母として侍ると決意しました。お父様によって、その道が開かれるのです。

神様もそうです。神様まで八段階で上がっていってこそ、天宙の主人になります。そうして、「あなたが創造したすべてが私にくっついてきました」と言いながらお捧げしたあとに、返していただくのです。神様が「本来の創造の世界はあなたたちに相続させよう。御苦労だった」と言って、再び受け取らなければなりません。そのようにしなければ、自分の(本来の)所有権はないというのです。

家庭もそうであり、国もそうです。サタン世界に勝たなければなりません。サタン世界から抜け出さなければなりません。そのようにしてこそ、愛の主人、生命の主人、血統の主人、家庭の主人、国の主人、世界の主人、天宙の主人である神様を主人として、侍ることができます。それで、総蕩減復帰、解放の聖火式をするのです。解放聖火式は、生きているときにします。生きて復活するのです。

41 第四次アダム圏解放時代の上に、地上・天上天国が連結される時代になっていきます。どれほど途方もない内容であり、どれほど貴いかを皆さんが肝に銘じなければなりません。天上・地上和合統一大会というのは、天上世界・地上世界平和統一解放聖火式のことを意味します。これが最後です。ですから、新しい天地が生じるということを考えなければなりません。皆さんの心に決心することが、皆さんの生涯路程と歴史に同伴すると考え、そのとおりに進まなければなりません。

42 二〇〇二年十月は、天の国の復帰摂理を整理した基準から見るとき、すべてを清算することができる時です。それが、天上・地上和合統一大会です。霊界と肉界が一つになって、天上と地上が和合して統一されるのです。父母様を中心として、霊界の五大聖人と、そこに従属している数億の霊界人たちと、地上の祝福を受けた人すべてが、神様を中心として決意大会を行って一つになるのです。

ですから、皆さんに過去の包みがそのままあれば、すべて燃やさなければなりません。父母と息子、娘と万物を合わせて、エデンで失ったものをすべて清算した上で、「私の物はなく、全体が天の物である」と言わなければならないのです。

父母様の家庭の三代と皆さんの家庭の三代が一つにならなければなりません。国がなければなりません。一つにするための基準において、いかなることがあっても、これをしなければならないのです。そこにはカインが協助し、天使長が協助し、霊界が協助するようになっています。

国家を中心としては、国家が一つになるための出来事が起きます。父母様は、サタン世界、カイン世界の国を取り戻す時代を越えていきました。分かれたものを統一された世界にする時代に入ったのですが、それを総決算したのが天宙平和統一解放聖火式です。

43 神様の解放圏を成就できるように、条件的なものはすべて築きました。それで、二〇〇二年八月五日、天地父母統一安着生活圏大会を行い、霊界と肉界の和合統一を記念する鮮文大学大会を中心として、天宙平和統一解放聖火式を行いました。世の中を燃やして越えていくのです。そして、霊界と肉界が同じであるという天一国平和統一平定国家を宣布したので、地獄の門も、楽園の門も、天国の門もなく、祝福を受ければ四方に入っていける道ができているというのです。そこには、個人は入ることはできません。サタンが主管するその国を取り戻して捧げ、国と共に入っていかなければならないのです。

一体統一式(二〇〇三・一二・二一、漢南国際研修院)

44 一体統一式とは何でしょうか。第四次イスラエル国が、第一、第二、第三イスラエルと一つになっていません。第一イスラエルの国がありません。キリスト教によって、アメリカが第二イスラエルになりました。そして、第三イスラエルである韓国を独立させたのはアメリカです。アメリカが第二イスラエル圏ですが、霊界を知りません。霊界と肉界を統一できませんでした。霊界と肉界を知っている人、アダムとエバが失敗した位置を知っている人が初めて真の父母の名をもってきて、統一しなければならないというのです。

真の父母は、世の中を救うことができます。どのように病気になったのかが分かっているのです。その次に、皆さんは、宗教の病気とは何かを知らずにいます。心情世界を知らないというのです。イエス様はイスラエルの国に来て、十字架で亡くなりました。十字架で逝ったので、十字架で来なければなりません。死の場をつくっておいたので、来られる再臨主が天下の平均基準を定着させるためには、この泥沼の場所に行って柱を立て、定礎石を据えなければなりません。そうすることができるよう決着をつけなければならない平和宣言の瞬間を迎えています。

その時間に先立ち、二〇〇三年十二月二十一日に一体統一式を宣布することによって、神様がこの争いの場の中で植えようとした第四イスラエル国が植えられました。それにより、亡くなったイエス様を、第四次イスラエル国の前に復活したイエス様として、王権を身代わりして守り得る位置に立てることができるようになったというのです。

45 二〇〇四年からは一切が統一されたという立場で、神様が思いどおりにできる時代に進んでいくことを知らなければなません。神様の祝福を受けた私たちの家庭が、天国に入っていくことのできる特権をもち、天国の中で完成すべきものが天一国なので、天一国を代表して何をしなければならないのでしょうか。

今まで歴史的な旧約時代、新約時代、成約時代を経て、霊界に行っているすべての霊人たちと天使世界、地上にいる祝福家庭と天上世界の祝福家庭が一つにならなければなりません。地上の皆さんが神様のみ前に第三代の孫、孫娘の家庭のような立場に立ち、新しい血族を中心として、真の父母が一代であれば、皆さんは二代であり、皆さんの子女が三代ですが、この三代を中心として祝福することによって、霊界と肉界が一つになるのです。

解放的天宙統一国開天日宣布(二〇〇四・一〇・三、九里中央修練院)

46 二〇〇四年十月三日からは、「世界統一国開天日」ではなく、「天宙統一国開天日」になります。世界ではなく、天宙です。天宙・天地・天地人父母とは何でしょうか。無形の神様の実体をまとったアダムとエバが、成熟して結婚式をすることによって定着できる基準を失ってしまったので、これを真の父母を中心として蕩減復帰して成し遂げたということです。

神様は、二性性相の中和的存在であり、格位においては主体格です。そこに、アダムとエバの実体が現れました。エバは、アダムのあばら骨を抜き取って造られました。分かれたのです。分かれて生まれたものが成長しなければなりません。霊的世界の天宙的統一圏の父母は、心自体を中心として、体自体の実体的真の父母が結婚式をしたならば、完成したはずですが、そのようにはならなかったというのです。

アダム自体がいくら主体格になっているとしても、その相対格が完成しなければ駄目なのです。相対格も完成できませんでしたが、主体も完成できなかったので、この地に定着できません。ですから、この地上の祝福を受けた家庭は天国に入っていくはずなのですが、天国に入っていける門がすべて塞がったのです。それで、これを解放しなければならないというのです。楽園解放から地獄解放、霊界全体解放のために、祝福全体化を中心として、神様が宣布しました。

天地解怨秋夕節(二〇〇五・九・一八、アメリカ、イースト・ガーデン)

47 天地の天総官、天を代表した興進君が、真の父母様の前にきょう、二〇〇五年九月十八日を祝い、記念する場で霊界メッセージを報告したので、皆さんはその内容を知り、代表者として、この天地解怨秋夕節を受け取ってくれることを願います。天総官興進君が報告した内容は、皆さんを身代わりし、霊界と肉界を身代わりして宣布する言葉であり、その宣布された内容は、興進君と皆さんが一つになって、祝福家庭の一切、地上・天上世界のすべて、また残りの全人類が、そこに同参できる特別な恩恵を許す宣布であることを知らなければなりません。天が勝利したその基盤の上で、天地父母が万世の勝利の覇権をもたらして、全体、全般、全権、全能の行使を完結できるときに、皆さんがこの上ない精誠、一心、一体、一念をもって、内外の家庭と国と世界を公開した立場で、皆さんが代わりに生畜の、祭物の一団体として奉献し、天の解放と地の解放を宣布する記念の日のこの儀式に参加したことを、永遠に記憶し、その責任を完遂しなければならないのです。

48 天地が一つになり、世界が一つになり、国家が一つになった基盤の上で、言い換えれば、サタンの痕跡がない基盤の上で、初めて皆さんが神様の創造性と所有権を相続し、責任分担を完成することによって、境界線、国境線の撤廃が成し遂げられ、自由奔放の解放・釈放圏を成し遂げることができます。

神様が、堕落のない本然の創造をしたその立場で、太陽を再び造り、また月を再び造り、地を再び造り、その次に水を再び造り、すべての万物を新たに再創造した、新しい朝の日を記念できるこのような式が、二〇〇五年九月十八日の天地解怨秋夕節です。天宙全体、天上天下、地上世界と霊界を一つにして、境界線がなく、国境線がない解放・釈放圏です。

皆さんが所有権をもった物、教会の財産ではなく、他の財産があれば、境界線が存在します。まだ私たち人類には、国境線と境界線があるのです。国境線と境界線なしに、どこにでも自由奔放に行って暮らすことができるためには、皆さんに血統を汚した基盤があってはいけません。同じ血族にならなければなりません。

天地父母完成血族圏が成し遂げられた場に立って、皆さんが自ら主張できる天地の王子、王女の名で、代わりに復帰されたという名義をもたなければなりません。それが本来の天の皇族です。アダムの息子、娘であり、皇族です。

皆さんは、心情的に皇族圏に一致することによって、天宙解放、地上世界、天上世界解放、釈放の時代を迎え、国境線と境界線がない天宙平和の王国を宣布するのです。この天宙平和の王国は、天一国になります。天一国は、第一次のアダム、第二次のアダム、第三次のアダムの境界線と国境線を解消したのちに、それを受け継いで第四次アダム心情圏時代に越えていくのです。

第四節 「霊連世(れいれんせい)協会」時代と霊界大革命

「霊連世協会」時代の意義

真の父母様は、霊肉界一体時代の開幕に合わせて、永遠に天地人真の父母様に侍り、霊肉界と自由に通じ合いながら暮らすことのできる「霊連世協会」時代を、二〇〇九年に宣布された。そして、「これにより、霊界と肉界は、神様と真の父母様の管轄のもと、直接交流し、主管を受ける時代に入った」と語られた。

1 霊連世とは何でしょうか。霊界と地上界を一つにするのです。霊界と世界を結びつけるのです。神様と断絶されていたすべてのものを、断絶されないようにすべて結びつけて一つにするというのです。そのため、神様に侍る「霊連世協会」と名づけました。そのように平和の国と血統を分かつことのできない時が来たので、このような言葉が存在するのです。

今まで「神主義」を主張してきた韓国の民は、どの国も侵略しませんでした。歴史始まって以来、平和の伝統をもって、神様に侍ってきた国は、韓国しかありません。ですから、平和の主人が現れるのです。そして、血統を一つにできる能力は父母様にしかないので、血統の主人です。平和と血統が一つになった主人になれば、祖国光復を成就できます。地球星自体が、神様の祖国と故郷の地であると同時に、神様の祖国に所属した息子、娘たちが誇ることのできる故郷の地になるのです。

2 今まで平和の主人がいたとすれば、その主人は神様です。その神様だけを知って、仕えてきた国は韓国しかありません。韓民族は歴史始まって以来、他の国を侵犯したことがありません。闘ってどこかを蹂躙したことがないというのです。平和を主張してきました。真の平和の主人は神様です。その神様に仕えてきたので、文化の終着地も神様が統治する膝下(しっか)であり、そこに行って集まらなければなりません。神様の膝下に集まらなければならないので、「霊連世協会」です。そうして、霊界と連結されるのです。「連合」ではなく「協会」す。

3 神様のことを知らなければならないので、「霊連世」という言葉を教えてあげました。「連(聯)」の字は、耳へんに「絲」と書きます。連結する「連」の字ではなく、糸でくくることを意味する「聯」の字です。霊界と世の中を糸で編んでつなぎ、一つにするのが「霊連世」という名前です。神様のみ前で霊界と世の中が連結されることによって統一教会ができたのです。それをつくることができるのも統一教会、その上に上がるのも統一教会です。

その次には、「神愛人」です。真の神様と、真の神様の愛、そして、真の人のことを言うのです。二つに分かれて争っている霊界と世の中が、身動きできないように連合体制をつくったので、これからは神様が出てくるのです。神様の位置が現れ、真の愛の主人が現れます。それで「神愛人」なのですが、その真の愛を管理できる人が現れるというのです。「神愛人」、その次に出てくるのが真の愛です。

4 霊界は、見えない無限大の空間世界であり、終わりがありません。神様が私たちを連れて、そのような世界で暮らそうというのです。体をもってはできません。何千年の間に死んだ人々も、お父様が命令すれば、全員がそのまま息子、娘の祝福圏に入ってくることができます。それゆえ、すべてが地上に再臨します。それで「霊連世協会」と言ったのです。

5 神様が絶対、唯一、不変、永遠なる主人の位置に帰らなければなりません。その位置を韓民族が外的に準備してきたのですが、統一教会が宗教圏を一つにして「霊連世協会」をつくりました。その次に、祝福を受けた家庭が宗教を根幹として霊肉界を統一し、韓国の伝統を中心として連結するのです。その「霊連世協会」と地上・天上天国の万王の王が一つになって、神様が完全に霊肉界の条件から抜け出すことができる基盤になるのです。

教本と教材ができているので、強力な体制を中心として、越えていけばよいのです。神様の祖国と故郷の地なので、平和の世界だけが残って、子孫万代に勝利した覇権の位置が続きます。地上と天上が一つになり、神様と人間、そして、天使長が一つになった神様の祖国と故郷の地であると同時に、万国の祖国と故郷の地です。そこに忠孝の道理を尽くし、家庭の道理を奉献して捧げれば、すべてのことが終わるのです。

6 今まで韓国の民が神様に侍ってきたのは、平和の王に侍るためでした。父母様は、堕落以降の摂理歴史全体を蕩減しました。カイン・アベルの血統が変わったので、これを正しておかなければなりません。天の頂上から地の果てまで、神様が完全、完結したのと同様に、真の父母が完全、完結、完成しなければなりません。平和の王は神様ですが、平和の王になるためには、どのようにしなければならないのでしょうか。

カイン世界に勝利して、アベルが犠牲になってきた代わりに、カインがアベルに絶対的に侍り、分かれていた真の父母と神様を連結しなければなりません。もはやカインではありません。弟の血を流させたカインの歴史を洗い流してしまい、弟を、堕落する前の兄の位置に迎えなければなりません。兄であるカインが、弟を真の父母の代身、真の神様の代身として、侍らなければなりません。

そうして、お一人しかいない平和を中心とした神様の勝利的覇権と、勝利した真の父母の前に立てなければならないのが、「霊連世協会」です。神様を中心として勝利したアベルが、カインと一つになり、追い出してしまった真の父母と神様をこの地上に迎えるのです。このように、兄が弟の立場で侍ることのできる時代に急変するのです。

真の父母様を中心とした霊界大革命

真の父母様は、地上における摂理を完成、完結、完了されたが、このような摂理は霊界においても続いていくようになる。

地上・天上世界の完成は、ただ真の父母様を中心としてのみ可能であるという点で、いち早く地上ですべきことを締めくくられた真の父母様は、「霊界に行って、霊界整備のための大革命をしなければならない」と語られた。

7 余生が長くないことを知っているので、(霊界に)行く前に、地上ですべきことの終着地を明らかにしなければならず、天の国に人が暮らすことのできる新開拓地を準備してから行くべきことを、皆さんは知らなければなりません。ですから、お父様は、このみ旨に対して熱心に取り組むことよりも、未来において、霊界に行って大革命をするための準備をしなければなりません。

数千万年積もったその世界を、本然の形態に整えるための革命をしなければならないのですが、その革命は神様もできず、天使世界もできません。聖人や賢哲が行っても、身動きができず、囹圄(牢獄・獄舎)の身として生きてきたその環境を、どのようにして天上天国に、平和な福地の灯台のような世界にするのかというのです。そこには、世の中よりさらに多くの複雑な革命的基台が待っています。

8 五十年前にお父様に会った人々は、今までの五十年間に、お父様がしたこと以上の変化をもたらすことはできませんでした。しかし、皆さんの二世、三世たちは、このみ言をつかみ、霊界の実相を知るようになれば、夢中になるでしょう。今や手を振り払って(霊界に)行っても、私に対して「地上に帰ってきてください」とは言えない基盤を築きました。韓国が回っていき、アメリカが回っていけば、お父様の仕事は終わるので、霊界に行って再び第二革命をしなければなりません。

堕落していないアダムとエバ、直系の一代祖を中心として、万国の中心メシヤのような立場で責任を果たすすべてのことや、神様に侍って孝子、忠臣、聖人、聖子の家庭の道理を果たせなかったのですが、再びそれ以上の伝統をつくらなければならない責任があります。地上に対する革命をしておいてから行かなければなりません。不完全なものを残しておいて、霊界に行くときにそれが付いてきてはいけないので、また、新しい革命課題が残っているので、行くべき道を急がなければならない立場にいるというのです。

9 興進君をはじめとする四人の息子、娘を霊界に送りましたが、彼らは今、お父様が霊界に来ることを願うでしょうか、自分たちが地上に行くことを願うでしょうか。お父様は、彼らが地上に来ることを願うでしょうか、父が上がっていって、神様に侍ることを教えてあげられれば良いと思うでしょうか。どのようなことを願うと思いいますか。

息子の位置は息子の位置であって、父母の役割はできません。地上を見つめ、成し遂げられることを願って協助しています。息子が天上世界で、地上のゆえに天の父母に侍ることができませんでしたが、父と子女が一つになって侍ることのできる道をつくらなければ、神様の解放、再臨主の解放圏が天上世界では成就されないという結論になります。

ですから、私は皆さんのために、早く霊界に行かなければなりません。霊界に行けば、そのような内容を知っているので、革命を起こすでしょう。サタンは、蕩減復帰して霊界に入ってきた家庭に、何の条件も提示することができません。したがって、お父様の命令一下、すべて革命を起こすことができます。地獄に行っている人々を、天国に連れていくことができるというのです。

10 霊界ではみな、お父様が早く来て、霊人たちを収拾してくれることを願います。みな待っているというのです。皆さんは、私が長く生きれば良いと思うのですが、霊界ではそのようには考えません。今や仕事は終わりました。霊界もよく知っています。地上はいずれにせよ、通過装置です。私が霊界に行けば総動員です。

地上を整備しておいたので、今からは天上を整備するのです。地上整備はすべてしたので、いつ逝っても問題ありません。天上では私を迎える準備を、一〇〇パーセントして待っているでしょう。地上の完成も、天上の完成も、お父様によって可能なのです。夢のような話をしていますが、それは事実です。

11 霊界に行ってすることとは何でしょうか。堕落する前に果たせなかったことを果たした立場に立って、新しい天地に統一天宙世界をつくるためには、霊界に行ってまた革命をしなければなりません。

そのためには、皆さんが地上で間違いなく一つになって、真の父母と共に一体化しなければなりません。そのようにしてこそ、二つを中心として分かれていた父子の間が、完全に一つになります。天上世界でも、分かれ得る立場において一つになることによって、サタンは完全にいなくなり、統一的創造本然の理想の位置に行って継ぎ合わせることができるのです。傷はありますが、合わせて、新しい出発ができるというのです。

12 私は、いつ逝くか分かりません。私は自分の行く道に対して、八〇パーセントは目星をつけています。どのように生きなければならないかについてです。二〇パーセントに対しては、教えてくれなくても、私が開発し、摂理の道を正してきた内容があるので、心配もしていません。

霊界に行けば、複雑なすべてのこと、忘れてしまった人々まで探し出して、再び教育しなければなりません。そのようにしなければ、霊界で怨讐視するのです。真の父母ではなく、偽りの父母だったと宣伝するというのです。彼らを忘れてしまうのは、ある一時において、私がより価値あるものとして記憶するためです。世話になったことを、私は忘れません。自分が置かれる立場のことはすべて忘れることができますが、世話になったことは何百倍、何千倍、返してあげようとするのです。

13 霊界を知らない人は、かわいそうな人です。限りなくかわいそうです。それを知れば、批判することができません。幾重にも塞がったその道を、どのようにかき分けていくのですか。

私が霊界に行けば、霊界を大革命するでしょう。切ってしまうものは切ってしまい、道が塞がっていれば道を造り、トンネルも通すでしょう。霊界では、私が来ることを願っています。行けば、何千年もの歴史が飛んでいくのです。知らずに生きる人は赦しを受けますが知っているのに知らないふりをした人は、そのみ言に対して責任を負わなければなりません。天が見つめている度量、見つめる観点がどれほど高く貴いかと思うとき、それと比べて自分自身はどれほど卑しいでしょうか。その差を埋める道がないというのです。

14 皆さんは、霊界、今後行く所について何も知りません。私が霊界に行けば、革命を起こすでしょう。今まで地上で(お父様に)付いていくことができませんでしたが、そのようなことは問題にもなりません。何段階、何百段階、飛び越えていかなければならない、そのような革命が待っているのです。ですから、霊界に行っている人々を地上に送るでしょう。地上を経てきなさいというのです。

15 私が霊界に行けば、霊界をそのままにはしておきません。大革命が起きます。革命が起きれば、霊界にいる人は、どのようになるでしょうか。皆さんが先頭に立って、そのような風を起こしておきなさいというのです。どれほど重大な問題か分かりません。

統一教会員たちの中で誰が熱心か、霊界で選出するのです。「あの人よりも前に立とう」と言って競争するのです。競争が起きなければなりません。国家基準を越えていける環境になり、摂理的に見るとき、七〇パーセント以上、私たちが思いどおりに主管できる時代に入りました。ですから、自分の一族を祝福してあげるのです。

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第十二篇 第一章 「世界平和統一家庭連合」の創立

第十二篇 第一章

「世界平和統一家庭連合」の創立

第十二篇 「世界平和統一家庭連合」の創立と女性時代の摂理

真の父母様は、「世界基督教統一神霊協会」を創立されてから四十年目となる一九九四年五月一日に、世界平和統一家庭連合時代を宣言され、すべての家庭が守るべき指針である「家庭盟誓」を制定し、宣布された。真の父母様は個人救援時代を過ぎ、家庭を通した天国実現の時になったと考えられ、「世界平和統一家庭連合」を発表されたのである。そして、一九九六年七月三十日には、アメリカのワシントンDCにおける「世界平和統一家庭連合」創立世界大会を通して、満天下にこれを宣布された。また、一九九七年十月十三日には、訓読会を制定され、訓読会を通してみ言の伝統を相続し、生活化することを願われた。

真の父母様は、一九四五年、公式路程を出発されて以降、蕩減復帰を通じた救援摂理を導いてこられた。しかし、一九八九年、愛援摂理時代と八定式を宣布されることにより、世界人類は蕩減の必要がない時代に進入したと語られた。これによって、長子権を復帰した八定式の基台の上で、「天父主義」時代が開かれた。このように、恨に満ちた歴史的蕩減路程を歩まれ、一九九一年七月一日、「神様祝福永遠宣布式(七・一節)」を挙行することで、全人類に永遠の祝福を宣布されたのである。さらに、新千年紀を前にして、一九九三年一月三日、新約時代の完成と成約時代の出発を宣布され、成約時代の出発とともに、還故郷を通した氏族(的)メシヤ活動を本格化し、祝福家庭が摂理の先頭に立って導いていく時代を迎えたことを明らかにされた。

また、真のお父様は、一九九〇年三月二十七日、アメリカで挙行された第三十一回「父母の日」の記念礼拝で、「女性全体解放圏」を宣布され、真のお母様を第二教主として発表された。

その上で真の父母様は、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会を開催し、「世界女性時代の到来」を宣布された。このときから、初めて全人類の前に公に登場された真のお母様は、韓国と日本、アメリカなど、世界の至る所を巡回しながら「世界平和女性連合」創設大会を主宰し、女性解放を宣言されたのである。また、一九九九年六月十四日、世界八十ヵ都市で真の家庭世界化前進大会を終えたのちに、真のお父様は、真のお母様に表彰牌を授与された。これは、真のお母様が真のお父様と共に、すべての摂理を共同で導き、復帰摂理を締めくくっていくに当たって大きく寄与し、勝利したことを公表されたものである。

第一節 「世界平和統一家庭連合」の創立とその背景

創立の背景と意義

真の父母様は、一九九四年五月一日、韓国の「世界基督教統一神霊協会」の創立四十周年を迎えて「家庭盟誓」を宣布され、続いて十月九日、「世界平和統一家庭連合」を結成すると発表された。一九九六年七月三十日には、アメリカのワシントン DCで「世界平和統一家庭連合」創立大会を開催された。そして、一九九七年四月十日から、「世界基督教統一神霊協会」を「世界平和統一家庭連合」へと名称変更することを指示された。創造本然の理想世界は、宗教を基盤とするのではなく、理想家庭を通して成し遂げられることを闡明(せんめい)されたのである。

1 「世界平和統一家庭連合」の創立は、アダム家庭で失敗した母と息子、娘を糾合し、祝福の位置に導くためのものです。祝福の家庭的時代を中心として、これから氏族的時代、親族時代に越えていくのです。「世界基督教統一神霊協会」の時代は、アダム家庭を復帰してくるための時代でした。そうして、アダム家庭を一元化して、宗親連合を求めていくのであり、宗親連合が連結されれば、国家連合を求めていくのであり、国家連合は世界連合を求めていくのです。そのような大転換期に入ったので、統一教会はなくなり、「世界平和統一家庭連合」に転換するのです。

2 今の時代は、統一教会が個人を収拾し、家庭、氏族、民族、国家を収拾する時です。一つの国を収拾すればよいのです。それが国連国です。私たちが国連機関を収拾すれば、すべて終わるのです。韓国の南北統一も重要であり、アダム・エバ国家が一つになることも重要ですが、そのような時代はすべて過ぎ去ります。

「真の父母と成約時代安着」という言葉を語るのは、世界のどこに行っても反対できない本然のアダム家庭が、世界的代表家庭として登場したからです。それによって、父母様の家庭を主体として横的に一つになる運動を起こすことができるからです。一時に地上で個人、家庭、氏族、民族、国家を編成することによって、堕落していない本然の天国が実現されるのです。

アダム家庭が失敗したことを、イエス様が国家的基準で成し遂げようとして失敗することによって、世界的に延長されました。ですから、再臨時代に真の父母様が来て、偽りの父母から拡大した世界を、真の父母の門を通るようにするのです。今まで蕩減条件を通してサタンを除去したので、この門を通して、反対に家庭を編成できる段階に入っていくのです。家庭さえ編成すれば、氏族、民族、国家、世界の編成は、一時に自動的に成し遂げられるようになります。そのような時だというのです。協会創立四十周年を越えたので、「世界平和統一家庭連合」を創立するのです。

3 「世界基督教統一神霊協会」がなくなったことを寂しいと思うのではなく、「世界平和統一家庭連合」ができたことをたたえなければなりません。今までは個人救援でしたが、これからは、家庭救援から親族救援と国家救援が成就するようになります。これは必然的な結果であると言わざるを得ません。私たちは、家庭教会時代である成約時代に入ってきました。旧約時代と新約時代は、家庭がありませんでした。ですから、家庭連合が必要なのです。高次元の宗教です。

家庭基盤が全世界人類に連結され、自動的に氏族的家庭教会、国家的家庭教会、世界的家庭教会へと大きくなりました。天国、理想家庭がここにあります。理想氏族、理想国家、理想世界、理想天宙、神様の創造理想が地上と天上で完成したのです。すべて終わりました。ついに神様まで解放されたのです。

4 小さなことから始めたとしても、天的に締めくくらなければなりません。そのようになれば、過ぎ去っていっても、損害になることはないのです。これまで「世界平和連合」と「世界平和宗教連合」、そして、「世界平和女性連合」を立てたのですが、これらの組織を編成して「世界平和統一家庭連合」に進むのです。そのようになれば、その家庭の息子、娘まで付いてきます。家庭をモデルとして、愛を中心として全体を着陸させるのです。そうして、創造理想的な定着地として、男性が定着でき、女性が定着できる定着地をつくらなければなりません。

子女たちが経ていくことのできる基盤を築いておくことによって、あらゆる闘争歴史の原理的な道を経ていきました。今まで、万民が渡るべき数多くの橋を前にして道を築いてくることによって、家庭が自然に顕現できる目的地に行って、帰着せざるを得なくなったのです。

5 「世界基督教統一神霊協会」から「基督教」を抜いてしまい、「世界平和統一家庭連合」をつくりました。旧約と新約を中心としてこそ、成約が成立します。イエス時代に完成できなかったことを、再臨主がこの地に来て、再び型をすべて整え、旧約時代と新約時代を中心にサタンが讒訴できない条件をつくっておき、その上で成約時代が出発しなければならないからです。キリスト教が反対する中で、それでも仕方なく、キリスト教を背負って歩んでこざるを得ませんでした。

6 アダムとエバが堕落する前は、その体も神様のものであり、愛も神様のものであり、所有も神様のものでした。心情圏も、今後、天を中心としてもつようになっています。したがって皆さんは、結婚する前に、血統復帰、所有権復帰、心情圏復帰をしなければなりません。そのようにしたあとに、結婚するのが原則です。

それを今から四十年前に話したとすれば、「文総裁は洗いざらい、丸ごとのみ込もうとする」などのうわさが立つので、今まで保留にしていたのです。それで、家庭連合をつくることができませんでした。今では世界が信じることができ、何を話しても理解できるようになったので、家庭連合を通してこれをすべて譲り渡そうと思うのです。ですから、「世界平和統一家庭連合」をつくらなければならないということを知らなければなりません。

祝福家庭のすべての人は、家庭連合要員にならなければならないのです。「家庭盟誓」に引っ掛からないよう、もう一度姿勢を正さなければなりません。それは、父母様もできず、神様もできません。皆さん夫婦、それぞれの責任です。アダムとエバの家庭自体を収拾して復帰の勝利圏を形成し、天の国の血族圏に加入しなければなりません。これは、堕落した人間として復帰していくべき原理的な結論です。

7 家庭は根です。根がすべての原則にならなければなりません。家庭を平面的に見れば、サタン側の(天使長)家庭と天の側の天使長家庭があります。(このままなら)地獄に行く天使長家庭と天の側に戻ることができる天使長家庭の形態があるのですが、これがアダム家庭に伝授されなければなりません。ですから、これからは家庭連合に加入することが、堕落した人間としての希望です。また、真の血統を伝授される祝福の基盤をもつことが、堕落した人たちの最高の希望なのです。何代目にその位置に立つかということは、皆さんの公義の基盤を通して決定されるでしょう。

8 人類は、歴史時代を経てきながら平和時代を探し求めてきましたが、「統一」を知りませんでした。「平和」だけができてもいけません。中心がないのです。ですから、「平和統一」にならなければなりません。それで、「世界平和統一家庭連合」が出てきたのです。

その家庭は、世界を代表し、天地を代表します。平和という水平だけができても、中心をつかむことができないのです。中心というものは、九〇度に合わなければなりません。そのような全体の内容の複合的な結論が「世界平和統一家庭連合」です。

平和だけでは何の評価も出てきません。主体がなければなりません。ですから、愛する孝子の道、忠臣の道、聖人の道、聖子の道を行かなければならないのです。これを成し遂げなければ、父母が解放されず、国が解放されず、世界が解放されず、天地が解放されません。その上に水平が形成されてこそ、そこから解放が始まるのです。

9 今、争いをしているすべての国、先進国と発展途上国の間には、とても大きな国境線が存在します。東洋と西洋には、文化の違い、精神文明と物質文明という違いがあります。南北間には、貧富の差があります。この違いによって谷間ができました。谷間ができたので、こちらと向こうに分かれたというのです。谷間と言えば、この山であるとかあの山であるとか、必ず二つの山を中心として谷間ができます。ですから、その谷間をどのように水平線にするのかというのです。また、山は大概、国境線になっているのですが、これをどのように平地にするのかというのです。統一教会では、「世界平和統一家庭連合」を語っています。世界を一つにしようとすれば、まず平和が成し遂げられなければなりません。「平和」は、平たくなって和することを意味します。北方に暮らす人、南方に暮らす人、東方に暮らす人、西方に暮らす人はもちろん、先進国であれ発展途上国であれ、優れていようといまいと、老若男女を問わず、すべて水平にならなければなりません。水平から始まるのです。

そして、水平になるだけではいけません。平和世界になるだけではいけないというのです。必ず相対がいなければなりません。平和の世界と統一の世界にならなければならないのです。世界は、平和を願い、統一を願います。世界平和統一をして、行くべきところは「家庭連合」、すなわち、家庭に定着しなければならないというのです。

真の家庭運動と家庭連合の活動方針

「世界平和統一家庭連合」は、真の家庭を基盤として、人類の救いと世界平和を実現するために創設された。それゆえ、真の父母様は、創造本然の理想世界である地上天国と天上天国を実現するために、祝福結婚を通した真の家庭運動を、世界的に展開されたのである。さらには、宗教間の葛藤と紛争が世界平和の実現において最も大きな障害物になると考えられ、宗教間の和解と連合運動を継続的に展開された。

10 祝福を受ければ、「世界平和統一家庭連合」に加入しなければなりません。それが氏族メシヤの責任です。それで、「世界基督教統一神霊協会」はなくなり、「世界平和統一家庭連合」になるのです。それは、堕落する時に(本然の)家庭を失ってしまったからです。家庭がサタン側の地獄に回りました。今のこの時に、真の家庭を中心として直接主管圏に連結されます。真の父母を中心として完成するのです。ですから、祝福家庭と真の父母の家庭が一つになるのです。何によって統一されるのでしょうか。それが氏族メシヤです。

国家と連結されて、神様と真の父母と一つになることによって、間接主管圏から直接主管圏に連結されるのです。一つの路程です。そのようになることで統一が起きるのです。祝福を受ける前までは、堕落した世界の血統です。しかし、統一教会の名で祝福を受けるようになれば、「世界平和統一家庭連合」に移行するのです。間接主管圏と直接主管圏は異なります。心情的変化と生活的変化を起こして、地獄世界をすべて清算して越えていかなければなりません。

11 祝福結婚式は、三十六、七十二、百二十四、四百三十、七百七十七、千八百、六千、六千五百双に拡大し、三万双まで行いました。これによって、横的に全世界を祝福できる時が来たのです。それで、三万双を祝福したのちに三十六万双を祝福し、今は三百六十万双を越えて三億六千万双まで祝福するのです。これが、家庭を取り戻してくるための十二の真珠門、十二の峠です。今や、失った家庭を取り戻してくるための十二の峠を越えて、世界の家庭の平準化が成し遂げられ、堕落のない自由祝福圏の時代に入ってきました。

今は世界次元の時代です。世界家庭時代が開かれたというのです。家庭と家庭が、すべて平面的に同じ価値をもつのです。ここには境界線もなく、国境もなく、すべて水平です。ここには、(天のものではない)何かの習慣や、異なる文化や、異なる伝統はありません。サタンの反対がないのです。今までは、父母様が世界的な家庭を祝福してあげれば、すべてが反対しました。

家庭を収拾することは、政治、経済、文化、教育をもってしても不可能です。軍事力でも不可能です。それを解決できる人は、父母様しかいません。今や、いくら私たちに反対したくても、できないのです。ですから、誰でも超階級的に歓迎できる環境ができたので、歓迎するのです。「世界基督教統一神霊協会」は、サタンを除去する時まで必要です。今ではもうサタンがいなくなるので、「世界平和統一家庭連合」は、世界の青少年と家庭を再び糾合し、本然の世界に向きを変えておこうというのです。

12 父母様が立てておいた全体の組織は、真の家庭を中心として、家庭祝福をするための活動に、すべての力を注がなければなりません。私たちの総目標は、家庭祝福です。全体の方向性、全体の団体の一つの標準は、家庭連合拡張運動、挙国的な拡張運動です。

私たちがここで氏族的基盤さえ解決すれば、挙国的編成が自動的に成し遂げられるようになります。そうすれば、民族が生きることができる道が存在するのです。国が滅び、思想の伝統が崩れても、(本然の)家庭さえ生きれば問題ありません。今は、そのような時です。

13 最近は「地球村」という言葉を語ります。地球家庭時代に向かっていくのです。地球村ではなく地球家庭です。今日、「家庭連合」が出てきたことに対して、相対的な世界を形成しているのです。神様のみ旨を中心として「家庭連合」が出てきたので、世界の環境が相対的に形成されなければなりません。これが対等な時代に入ってきたので、始めさえすれば一時に世界化されるのです。夢のような話ではありません。この死亡の世界は、行く道がありません。しかし、統一教会は、中心がきちんと組まれているので、栄えていくのです。

それでは、栄えていく世界を受け継ぐことができる家庭的姿勢を備えるためには、どのようにしなければならないのでしょうか。神様の愛の対象圏を備えなければ、その世界と関係を結ぶことができません。ですから、これを追求するに当たって、一つ一つ分析して、至らないものは除去し、ここに家庭と国家的な内容を備えて、進んでいかなければなりません。これが家庭生活の信条です。

14 皆さんの家庭は、天地の王に侍る標準的な伝統を立てなければなりません。これは、家庭連合から始めなければなりません。言葉だけではないのです。ですから、入籍した家庭は、天地父母が苦労した創造理想をそのまま丸ごと受け継ぎ、自分の家庭に定着させなければなりません。ここから、千代、万代、国と天宙に連結される愛の泉が始まるのです。そのような意識をもって生きなければならないというのです。

原理のみ言と父母様の生涯のあらゆる記録を天理の根本と考え、そこに符合する生活をしなければなりません。自分の日常生活、家庭生活から、世界のどこに行っても、その本源的事情やその姿が乱れてはいけません。家庭の王になったので、家庭の王に侍り、氏族の王から国の王、世界の王、天地の王の位置に王権を解放することによって、その上に君臨してこそ、天地父母の王権が全体解放されるのです。個人・家庭・氏族・民族・国家・世界・天宙・神様時代の解放圏が広がるのです。それで、(韓国では)統一教会の看板を下ろしました。これからは「世界平和統一家庭連合」です。

15 もはや宗教圏時代ではありません。それで、「世界基督教統一神霊協会」を解消しました。これからは「世界平和統一家庭連合」の時代です。

宗教ではなく、神様の家庭を探し求めようというのです。これに対して否定する人はいません。

お父様は、一対一で整備して蕩減路程を行ったのです。何百倍、何千倍になる蕩減の道を開拓してきました。そうして、神様を解放することができました。愛の鎖を結びつけて、断ち切ることのできない連帯関係にしたのが「世界平和統一家庭連合」です。

16 宗教が定着する所は、神様の家庭です。エデンの園で失った家庭を取り戻すために、宗教が出発しました。それで、統一教会で、神様と連結させる真の愛、真の生命、真の血統を中心として、祝福式を行ってきたのです。そのあとからは、宗教圏を越えていくのです。ですから、「世界基督教統一神霊協会」はなくなり、「世界平和統一家庭連合」を中心として進むようになります。真の愛、真の生命、真の血統を中心として、家庭が定着するようになれば、宗教の責任は完結するのです。

17 「世界基督教統一神霊協会」の看板をなくし、「世界平和統一家庭連合」を創立しました。平和は、統一がなされなければなりません。それで、「世界平和統一家庭連合」です。神様の核心的な思想が定着するのです。そして、統一しようとすれば、和合しなければなりません。平和は、水平になって和合しなければならないというのです。

キリスト教の教派の和合ではなく教団の和合です。キリスト教は一つの群れではなく、互いに争い、そして、仏教と儒教が争っています。教団の和合、国家の和合の基準は、統一教会が安着を願っている家庭です。その世界の平和統一家庭だというのです。

国と国、教派や教団の争いに火を付けにいくのではなく、いくら苦労をしても、一つにしようとしています。教派と教派が一つになるようにするのです。そのように一つになれば、世界が一つになるというのです。

18 「世界平和統一家庭連合」が宗親連合と国家連合へと大きくなっていかなければなりません。家庭連合と宗親連合さえ終われば、その中には国もあり、世界もあります。ですから、宗親連合が重要です。

これから宗教も必要なくなります。神様に侍って暮らす家庭なので、宗教は必要ないというのです。ですから、神様の創造理想的な家庭が定着しなければなりません。

19 お父様は、谷間の道、険しい道、困難な道を崩し、神様を安らかにお迎えできる平地と高速道路を築いてきました。ですから、これから宗教がなくなるのです。真の家庭で終わります。真の家庭が生じ、真の父母がいて、真の夫婦がいて、真の子女がいればよいというのです。神様が訪ねてきて、「あなたたちと一緒にこの家で、永遠に暮らそう!」と約束してくださり、玉璽を押してくださることのできる家庭になれば、宗教は必要ありません。いかなる宗教も必要ないというのです。

20 霊界と肉界が今まで分かれていたので、これを埋めて、息子、娘から三代を中心として霊界と地上を動員し、祝福恵沢圏内に立ててあげるのです。それにより、霊界と肉界の一体圏をつくるのがイエス様の願いなので、それを代わりに実体として立ててあげる業をしているという事実を知らなければなりません。宗教は、家庭が安着することを最高の目標にしなければなりません。家庭が安着すれば、宗教という名前自体も外してしまわなければならないのです。それで、一九九七年四月八日に、「世界基督教統一神霊協会」の看板を外し、「世界平和統一家庭連合」の名称を四月十日から使用しなさいと言ったのです。家庭の定着です。

父母様が教えた内容で、心情的一体圏を中心として地上で安着する家庭は、天上に直接行くことができます。堕落のなかった世界、解放の世界、天国に入っていけるというのです。それは蕩減復帰の原則によってできるのであって、そのままではできません。その伝統的な縁、父母様が引き継いでくれた伝統思想を、自分の一族と子孫に残さなければならないというのです。

第二節 真の父母様のみ言と訓読会制定

真の父母様が残されたみ言

真の父母様は、生涯にわたって多くのみ言を残された。み言は、人類に残された貴い教えである。そのみ言には、神様の人間創造と救いの秘密をはじめとする偉大な原理が収められている。真の父母様は、一九九七年十月十三日に訓読会を制定され、み言を読んで生活化することを願われた。

1 お父様は歴史時代を経てきながら、たくさんの話をしました。個人についての事情、家庭についての事情、国についての事情、あるいは世界についての事情、天の国についての事情をすべて語りました。その語ったことがどこに行ってとどまっているかが問題です。神様の言葉は、必ず創造的な実体をつくっておかなければならないのですが、その語ったことの実体的対象がどこにあるのかが問題です。

それでは、語った人は、その言葉を自分の言葉として語ったのでしょうか、世界の言葉として語ったのでしょうか。その言葉は、自分のために語ったものではなく、世界のために語ったものです。その世界のための言葉が世界的な実体をもってこそ、世界のための言葉として、語った人も関係をもつことができます。それが成し遂げられなければ、関係をもつことができません。言葉は必ず主体的な根源となって、相対的実体と共に一つになってこそ、言葉の目的が成し遂げられるのです。ですから、語ったことが実体として成し遂げられなければなりません。

2 お父様のみ言は、一人で語ったものではありません。神様の代わりに語ったのです。ですから、教本と教材には個人の言葉は一つも入っていません。私が霊界と共鳴した立場で、天が語ったのです。その話を聞いて、私も悟るのです。私がみ言を語るとき、神様と霊界が協助し、天使世界が協助します。

3 解放後、最も多事多端だった政治、経済、文化の変化時代に、四十年間闘って、倒れることなく生きてきたあらゆる内容が、み言集に入っています。将来だけでなく、歴史時代のそのいかなる問題も、父母様が経てきたその道と比較すれば、何でもありません。

「ここには、百科事典のように、あらゆる勝利の方法が入っているので、この本を学べば、社会科学を学んだ王者になれる」と言うとき、学ぶでしょうか、学ばないでしょうか。科学技術から政治、経済、宗教、文化等々、語らなかったことがありません。今まで語ったことは、すべて意味があって語ったのです。このように見るとき、政治世界、経済世界、知識世界など、すべてのものが将来と通じなければならず、世界と通じなければならず、一つの理想世界と通じなければならず、権力構造もそこに通じるシステムを備えなければなりません。そのようにすることができなければ、いくらうまくやっても、滅びてしまうのです。水も、とどまっていれば腐るというのです。

4 真の父母を知らなければなりません。真の父母とは誰でしょうか。真の父母をみな知らないというのです。皆さんは真の父母を知らないので、み言集を読まなければなりません。そこには、途方もない内容があります。その内容を、どのようにしてすべて自分のものにできるのでしょうか。既にあらゆることを教えてあげました。み言集を読まなければなりません。皆さんの生命以上に、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙以上に必要だと考えなければならないのです。

ハーバード大学の図書館の本にもありません。いくら探し求めてみても、そこには統一教会で教えてくれる内容のようなものはありません。そのような価値はないということです。そのようなものは、消えなければなりません。

しかし、み言集が残っていれば、いつでもその内容を反復して読むことができます。ですから、一生懸命に学ばなければなりません。そうすれば、高い次元に連結されるのです。

5 お父様のみ言を見れば、五十年前に語ったみ言も、今語ったみ言も、同じです。それが驚くべきことなのです。青春時代から老年時代まで、波瀾万丈な受難の道を経てきましたが、その時の、そのみ言を成し遂げていくのです。お父様の言葉は流れていきません。永遠に問題になります。文人世界でも問題になり、芸術世界でも問題になります。

お父様は、多角的な面で素質をもった人です。文学的な面では、長編小説を毎日一編ずつ書くことができる能力をもっている人です。監獄に入っていって、そのようなことをしました。詩的感情が豊かなのです。

また、革命的な言葉を使うことができます。み言集を読んでみると、想像できない言葉がぽんと飛び出して連結されていきます。革命的です。理論的なだけではありません。いくつかの峠を飛び越えていって、連結させておいたのです。そのようなことをすべて知っている人です。

6 五十年前に語ったことも、今語ったことも、すべて同じです。同じ内容で話しました。神様は永遠です。ですから、何億万年が過ぎても、語ったその内容は同じです。同じ基準を中心として語ってこそ、歴史的な神様、過程的な神様の悲しみを解怨できる息子の相続権をもって、神様を解放できるのです。自分勝手に語った言葉ではありません。

私の思いどおりに語ったのではありません。み言を語るときは、絶対に私一人では語りませんでした。神様が先に語るまでは、口を開かなかったのです。ですから、このみ言が偉大なのです。このみ言を語れば、本心が湧き出てきます。

お父様自身が昔、話していたその境地に入っていくようになれば、その時の心情とその時に霊界から協助していた霊力が縮小されて入ってきます。その縮小されたものを全世界の家庭がそのような思いをもって霊界に送ることによって、縮小された心情が世界をカバーできる拡大心情圏、核心圏が連結されるのです。そこには、再創造の能力が介在した力があるという事実を知らなければなりません。訓読会を嫌だと思う人々は、その心霊状態が欠如しているのであり、病弊が生じて堕落し得る根源が不用なところに出てくるというのです。

御飯よりもおいしく、何よりもおいしくなければなりません。時間がないので、そこまでやりませんが、たとえ二十四時間、何年続けるとしても、「これを一気に、一さじの御飯のようにのみ込んでしまわなければならない」という思いをもって、訓読会に臨む姿勢を整えなければなりません。

7 お父様は、どこに行ってみ言を語ろうと、その環境に合ったみ言を語ります。ですから、あらかじめ説教の準備をしてみ言を語るのではありません。その場で、霊感によって語るのです。それが違うというのです。今までの記録を読んでみれば分かるはずです。み言は、すべて同じ内容のようですが、前後が違うのです。行く道が違います。ですから、ある面から考えてみれば、難しいと言えば難しいのです。

今後、み言を勉強しようと思えば、精誠を尽くしながら勉強してこそ、よく解けるのです。そのようにしても、ある題目に来ると解くことができず、ある題目では理解できないほど飛躍したり、ストップしたりします。皆さんがそのようなものを理解しようとすれば、祈らなければなりません。

8 私は、原稿を書いて語る人ではありません。原稿なしで上手に語る人です。神様がそのように訓練させました。どこに行っても新しい創造をするのです。創造できる原本が神様なので、神様と共に一つになって発表したのです。ある時は、語っていて間違うと、舌が回らなくなります。間違えば分かるのです。挙動が不自然になります。そのようにして発表したみ言です。誰もそれを占領できません。

ですから、聖日に説教をしても、五分前まで題目を決めさせてくれません。それは、どれほど苦しい境地か分かりません。死刑場に出ていくのと同じです。ですから、深刻なのです。何も準備せずに出ていき、口を開き始めると、天下のあらゆるものが夢中になるのです。そのような役事をした原本の記録がみ言です。

9 お父様自身は、いい加減にみ言を語りませんでした。聖日のような時に話をすれば、五分前まで題目が見つかりません。本を見て参考にしたり、歴史的な人物たちが語っていたことを題目にもってきてつけたりしてはいけないというのです。純粋に天のものとして残さなければなりません。

ですから、訓読のみ言は生きています。そこに一致さえすれば、復興するのです。夜であれ早朝であれ、時間と季節を克服し、時代と世紀を克服して、み言が生きているというのです。活火山と同じです。きっかけさえあれば、炎が噴出するのです。

10 皆さんがみ言を聞けば、そのみ言に同化しなければなりません。悲壮な話を聞けば、心で痛哭しなければなりません。春になれば、芽が再び出てくるのと同じです。み言には、そのような能力があります。普通の言葉とは異なります。お父様がそのような心情的圏内に、周波をつくっておきました。そこに入っていけば、その何かが存在します。普通の人の言葉とは違うというのです。心に響いてきます。心に響けば、私自身がそこに占領されます。

お父様自身も、自分が語ったみ言を訓読すれば、数十年が過ぎているのですが、その境地にすぐ入っていきます。真っ暗な夜中に朝の太陽の光を願うのと同様に、四十年前、明るい太陽の光を探し求めていたのですが、今や正午に至り、影もない世の中になったのです。明るい天下になったというのです。世界を必ず天の国に変えることのできる力を、み言はもっています。

そのような時代が世界に広がれば、世界にはサタンがいなくなります。暗い世界はなくなるのです。地上・天上世界が光明の世界となり、神様の光を中心として愛することができる、愛の天地が連結されるというのです。そのような再創造の造化の能力をもっているみ言を発表したことが偉大なのです。

11 統一教会を創立したのが三十五歳の時です。み言集が六百巻を超えますが、統一教会を立てたその時のみ言も、数十年を経た今のみ言も、すべて同じ内容であって、そのみ言が上下したり、変化したりしたものがありません。それが偉大なのです。神様を中心として宣布したそのみ言の内容が、変わる世の中の曲折の中で、正面から衝突しようとしたのであって、逃げ出したり回避したりはしなかったので、お父様が有名になったのです。

12 皆さんがみ言集を読まなければ、霊界に行っても、お父様に会いにくることができないでしょう。地上で私がしてきたこと、関心をもって見渡して調査してみた内容が、み言集にすべて入っています。それを読まなければ、私が歩んできた蕩減復帰路程を発見することは不可能です。

イエス様について深いみ言を語りました。それをキリスト教の牧師が読んだとすれば、口を開いてお父様を「異端だ」と言うことはできません。そのような内容が入っています。一九六〇年代にそのようなみ言をすべて語ったのですが、今でも反対しています。お父様に対して反対する罪を犯すことは、二千年の歴史の勝利圏を形成したあらゆることに対して妨害するような、恐ろしいことなのです。

絶対視すべき訓読会の伝統

訓読会は、絶対視すべき生活の伝統の中の一つである。真の父母様のみ言を読み、生活の中でそのまま実践する決意と動機づけの機会だからである。特に、真の父母様が提示された家庭教会は、訓読会が中心となるため、訓読会を通してみ言を絶対視し、生活化する伝統を立てなければならないことを強調された。

13 霊界も肉界も、すべての家庭が祝福を受けたその時になれば、万国は、真の父母様のみ言の訓読会を通して、一つの地上・天上天国になるでしょう。神様が最も好み、神様が最も立てたいと思うみ言が、真の父母様のみ言です。国をつくり、あらゆる人に教育したいみ言が、真の父母様のみ言だというのです。

そうだとすれば、誰が訓読会を一番喜んだでしょうか。神様が喜び、お父様が喜ぶ訓読会なので、神様が訓読会のチャンピオンの中のチャンピオンであり、長子王の中の長子王であり、家庭王の中の家庭王であり、国王の中の国王だというのです。

ですから、そのみ旨に従うお父様は、神様に続いて二番目として、地上世界で訓読会の長子権、父母権、王権まで神様に代わって備えるのです。また、あらゆる人たちは、お父様に代わって家庭の長子権、父母権、王権を継承することができ、平面的に対等で公平な地上天国が形成されることを願っているので、誰もが喜ぶというのです。

14 統一教会で訓読会を一番熱心にする方が神様です。次がお父様であり、その次がお母様です。お父様が語ったみ言なので、すべて知っているのに熱心にするのは、皆さんと和合するためです。完全な主体の前に対象をつくってあげ、父母様がしていたことを皆さんもできるようにしてあげるために、訓読会をするのです。

いつも神様と共に訓読会をするのです。ですから、皆さんの父母たちと共に訓読会をし、兄弟たちと共に訓読会をすることが、どれほどの福か分かりません。それが、神様に侍って暮らすことなのです。

15 お父様が、み言を中心として審判されています。神様が裁判長になり、検事の論告を通じた、その論告に相違があるのかないのかという立場で、私が審判を受けていると考えるのです。あのみ言を実践したのかという問題をめぐって、そのようにしているのです。そこに引っ掛かる内容かあれば悔い改めなければなりません。

今は、六千年を総決算して越えていかなければならない時です。ですから、霊界に関するみ言を今、訓読するのです。これを中心として、お父様がそのような位置を越えていこうとしている以上、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で一つになって越えていく時間にならなければならないので、再びこれを読んでいます。地上については私がすべて語りました。私が語ったことは、すべて行って語ったのです。実践して語ったので、その言葉がいつでも審判するのです。霊界に記録として残ります。

16 私は最近、み言を訓読しながら、感動するときがたくさんあります。誰かの話を聞くよりも感動するときが多くあります。私が語った内容をすべて知っているのに、涙を流すまいとしても涙が出てくるというのです。鼻を塞ぎ、涙をこらえようとすれば、目が泣き、目を塞げば心が泣き、心を塞げば全身が泣きます。口を塞げば心に血が流れ、心を塞げば四肢が感動するというのです。

その時は、私が泣きながら話をしましたが、今は笑顔で話をすることができます。そのような悲壮な峠を往来したのです。その幅がどれほど広いかと、感動したというのです。

17 私が語ったみ言を、私は知っています。どれほど深刻な歴史を経てきたか分かりません。血が沸き立つというのです。そのみ言は死んでいません。そのみ言を語った当時のことを思えば、今も痛哭するしかない神様です。そして、霊界にいるすべての指導者たちが涙を流す環境なのに、そのみ言の前に来て感動を受けない人がどこにいるかというのです。

18 統一教会の教会員たちは、訓読会の時間が慕わしくなければなりません。お父様自身がそうしています。訓読会の時間を慕わしく思っているというのです。すべて私が話したことであり、すべて知っていることなのですが、慕わしく思うのです。それは、千年、万年の生命の要素です。ですから、み言を抱き締めて夜を明かさなければなりません。一生の間、抱きかかえて読んだとしても味があり、そこに入り込んでそれを手離せないので、背負って歩かなければならないというのです。

19 霊界と肉界を統一したものがお父様のみ言です。訓読会のみ言です。これからは、霊界も肉界も、毎日のように訓読会のみ言を中心として、討論会をしなければなりません。訓読会は、毎日やらなければなりません。天地がそれを中心として、すべてがみ言の相対、み言の実体圏をどのように完成するのかが問題です。

それで、そのみ言に照らして、父親が誤れば息子が忠告しなければならず、妻が誤れば夫が忠告しなければなりません。上と下がありません。父母様の前に兄弟なので、兄弟圏で忠告できる時です。どの場においても、一人が出てきて、統一させるために訓読会をしなさいというのです。お父様が五十年前に語った話がそれです。毎日のように平準化教育です。み言を中心として、一生をそのように生きなければなりません。

その次に、自分が霊的体験をして、霊界を見て先祖たちに会って、霊界と交流できる環境をつくらなければなりません。ですから、み言を知らなければ通じません。み言をもって問い合わせてこそ、直接的に霊界や肉界が連結されるのであって、自分の考えが入れば通じないのです。

20 皆さんは、一生を生きていくとき、心情的にどのような家宝を残そうと思いますか。家宝を残さなければなりません。皆さんは、家宝を霊界に残さなければなりません。深刻です。秤に掛けているというのです。ですから、安心して生きることができる生涯ではありません。つらく、唖然とするようなことがあるのです。

お父様が霊界に行って、(地上に)いなくなれば、どうなるでしょうか。み言しかありません。皆さんは、私と出会うことによって、情緒的な面が激動して絡み合い、主体的な立場と相対的な立場がきちんとできていますが、み言は、そのようになっていません。み言を、実体として成し遂げておかなければならないのです。実体がありません。主人が死ねば、すべて分かれます。それで、このように訓読会を世界的にするのです。

なぜ訓読会を強調するのでしょうか。み言の本当の味を感じるようにするためです。お父様と向き合うときよりも、もっと感じなければなりません。私に会うのは一、二時間ですが、このみ言には永遠に会うことができます。その深さを感じてこそ、これから統一教会が天下を一瞬のうちに染めてしまうことができるのです。

21 お父様は、どれほど深刻に訓読会をしているか分かりません。何人もいない中で、み言を語ったこともありました。どれほどもどかしい思いで、何人かの人に対してそのようにみ言を語ったでしょうか。数千人ではなく、数十人を前にして雄大な話をしたのです。そのつらい心情が、どのようなものであったかを考えてみてください。訓読会をすれば、その心情の世界に通じるので、自然と涙が流れ、自然と喉が詰まるのです。訓読会には、そのような力があります。電気で言えば、蓄電されているというのです。誰の言葉でも、そのようになるのではありません。

お父様は死ぬか生きるかという生死の境で語りました。み言が出てくれば、そのみ言は世の中にないみ言であり、天のみ言なので、霊界はそのみ言を中心として、どこに行っても復活の役事を起こすようになります。どれほど深刻な事実かを知らなければなりません。流れていく言葉ではありません。後代の子孫たちに残さなければならない遺言なのです。

22 皆さんが地上で行っている訓読会は、絶対に必要です。ここに合わせて着地をしなければなりません。霊界は、既にそれを行っています。霊界は、一週間以内ですべてのものが定着できるというのです。ですから地上ですべきことがとれほど急がれているか分かりません。訓読会を通して、家庭が定着できる時代に入ってきました。それで、訓読会が重要だというのです。

これは、霊界にいる自分の先祖を解放し、今後の自分の子孫を解放するためのプログラムです。過去、現在、未来は一つだというのです。また、これから皆さんの父母が祖父母の立場に立てば、皆さんと皆さんの二世たちを中心として、三代になります。三代を中心として、地上に橋を架けて越えていくのです。

23 なぜ訓読会をするのですか。訓読会をするのは、み言を語っていたその時が、今よりもっと深刻だったからです。生死の境で、死ぬか生きるかという境地で語ったのです。どれほど深刻で、どれほど精誠を尽くして語った言葉か分かりません。今は、その心情的基準に到達できないのです。その時の心情を回想できる言葉として(み言を)聞くのです。その時に語っていた心情を回想するので、どこかの助詞が一言違っても分かります。そのように深刻です。

それでは、語ったとおりに成し遂げられたのでしょうか、成し遂げられなかったのでしょうか。私自身が成し遂げることができていなければ、成し遂げられなかった責任を負って、延長してでも死ぬ前にそれをやらなければならないと考え、その道を求めているのです。整備しなければなりません。み言だけを残して逝きたいとは思いません。み言以上の実体を残さなければならないのです。

24 訓読会は、涙なしにはできません。父母様のあらゆる心情世界を、皆さんの家庭に安着させるためにも、訓読会は絶対に必要です。これから、家庭的訓読会、教会的訓読会、社会的訓読会、国家的訓読会、世界的訓読会が広がらなければなりません。父母様が闘ってきた過程で霊界が協助しましたが、皆さんも条件さえ立てれば、霊界の協助を受けてサタンが讒訴できる環境を越えていけるので、訓読会は絶対に必要なのです。

25 訓読会は驚くべきものです。み言は生死の境の絶頂で語ったものです。天下に向かって炸裂する心情で語ったものなので、天の心情が湧き出て、霊界が協助するのはもちろん、(その内容が)すべて生きています。

時間圏を超越した永遠のものです。きのうと同時にきょう生きているみ言なので、お父様も、訓読会でみ言を聞けば、それはお父様の言葉ではないことを感じます。その境地に引き込まれていくのです。それが必要です。

26 朝に太陽が昇れば、無限に変化しても、常にその光であり、その世界であり、その力があるので、宇宙が太陽の光の恵沢を受けることに対して、永遠に有り難いと思うのです。それと同じように、訓読会を中心として、天が生きていて、永遠の世界の縁が時間と空間を超越して継続できる、感動的な縁を結ぶことができます。それをどこで結ぶかと言えば、生死の境で結ぶのです。

死なんとする人は生きるのです。死ぬことは「私」がすることであり、生かすことは神様がすることです。そのような深刻な立場に入ってみたことがない人は、流れていくのです通り過ぎてしまいます。根がなければなりません。

27 訓読会を重要視しなければなりません。御飯を食べることよりも重要視しなさいというのです。そして、訓読会に喜びや趣を感じなければなりません。「私は今、どこに向かっているのか、どのように生きているのか」と考えるとき、何点になるかというのです。すべて点数をつけなければなりません。自分自身のことは自分がよく知っているというのです。

その次には、百六十家庭、百八十家庭を祝福して、一つの氏族が入籍するようになるときには、皆さんの姿勢を重要視しなければなりません。

御飯を食べることよりもっとおいしく、今生きることよりも現実的でなければなりません。御飯を食べることは忘れても、訓読会をすることを忘れてはいけません。朝にもやり、昼にもやり、夜にもやらなければなりません。夜に御鈑を食べて時間があれば、またしなければなりません。一日に四回はしなければならないのです。朝起きてやり、昼食の時に御飯を食べてやり、夕食を食べてやり、寝る前にもう一回やりなさいというのです。

そのようにすれば、霊的な生命が成長します。やらなければ、真っ暗で雨の降る日のようであり、霧がかかったように重苦しいというのです。祈る時間よりも、訓読会の時間をより一層重要視しなければなりません。これは、自分を完成させる道です。父母様が完成させる時間だというのです。

28 どのように訓読会をしなければならないのでしょうか。世界的に先に訓読した人たちは、世界の訓読歴史創建時代において、代表的な一つの地域なら地域、国なら国の中心指標、中心支柱になるというのです。世界平和理想家庭教育本部に来て教育を受けた人は、全世界に広がって教育する責任があります。

皆さんは、生活の心配をしてはいけないというのです。たとえ家をすべて売り、土地をすべて売ってしまい避難民のように放浪したとしても、皆さんは、世界の主導的な訓読会の先祖の位置に定着するのです。このようにすることによって、世界化が可能です。祝福世界化が可能だというのです。そのような驚くべき未来があります。谷間ごとに統・班組織のような組織をつくり、それに責任をもった人たちが教育しなさいというのです。自分の部署が霊界の一つの部署のようになり、霊界と差がない一体的基準に合うように教育しなければなりません。

29 訓読会ができる人がいれば、誰でも来てしなさいというのです。み言を聞いて心に感動を受け、自分の行路を正すことができる教えがあるとすれば、訓読会をしなければなりません。できなければ後退するのです。口をいい加減に開いてはいけません。今や、せざるを得ないのです。

面から統、班まで動かせる運動を始めました。世界的です。世界の国々が、韓国を信仰の祖国と思っているのですが、その祖国の領土にいる本国の人たちが、誰よりも訓読会のチャンピオンにならなければなりません。それゆえ、この挙国的なことをするのです。

第三節 「家庭盟誓」の制定

「家庭盟誓」制定の意義

真の父母様は、一九九四年五月一日に、「世界基督教統一神霊協会」の名称を「世界平和統一家庭連合」に変更することを予告し、祝福家庭が守るべき指針である「家庭盟誓」を制定して宣布された、「家庭盟誓」は、当初、七節からなっていたが、一九九八年二月三日に八節が追加された。「今や個人時代ではなく家庭時代であるため、『家庭盟誓』は個人的な誓いとは異なる」とされ、家庭の使命と責任を具体的に明示されたのである。

1 「家庭盟誓」が出てきたという事実が、どれほど有り難いことか分かりません。誰の前に誓うのですか。創造主である神様、天の父母のみ前に誓うのです。また、嘆息の場で恨を抱いていた地上の父母を解怨成就し、縦的な神様と横的な真の父母様のみ前に誓うのです。その次に、万民のすべての家庭に向かって「手本にしなさい」と言って唱えるのが「家庭盟誓」です。体と心を一つにして唱えなければなりません。夫婦が一つになって「家庭盟誓」を唱えなければなりません。息子、娘が一つになって、唱えなければなりません。一つになっていなければ、悔い改めて祈らなければならないのです。

2 統一教会は、今まで国を取り戻すために活動してきたのではなく、家庭を取り戻すために活動してきました。家庭が万世界、万国の組織編成の単位です。その単位がなければ公式をつくることができません。ですから、家庭を中心としてきたのであって、「国家を取り戻しなさい」とは言いませんでした。

「統一原理」の中には闘うという概念がありません。八項目の「家庭盟誓」がありますが、闘うという概念がないのです。以前の「私の誓い」には闘う概念がありましたが、今の「家庭盟誓」には、闘いの概念がありません。

3 「家庭盟誓」は、個人的な誓いとは違います。私たちがする誓いは、「個人盟誓」ではなく「家庭盟誓」です。家庭が公式であり、根本です。ですから、家庭を代表して誓いをするのです。父も家庭全体を代表し、母も家庭全体を代表し、息子、娘も家庭全体を代表して誓うのです。

第一に、心と体が一つにならなければならず、第二に、夫婦が一つにならなければなりません。第三に、子女が一つにならなければなりません。エデンにおいて神様を失ってしまいました。アダムとエバを中心として、個人を失い、家庭を失い、子女を失ってしまいました。これを復帰しなければなりません。ですから、「家庭盟誓」は、心と体が一つになってこそ、唱えることができます。夫婦が一つになり、子女が一つになってこそ、唱えることができるのです。

4 「家庭盟誓」を唱えることができる人は、完成した家庭の位置に立たなければならないので、心と体が一つにならなければなりません。心と体が一つになっていない人は、「家庭盟誓」を唱えることができません。堕落のゆえに、心と体が分かれました。偽りの父母、偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統なので、これをすべて清算しなければなりません。

真の愛、真の生命、真の血統を復帰しなければならないのです。その三つが心と体を完成することができます。誰もその三つを否定できません。何よりもまず、真の愛を中心として、心と体を一つにしなければなりません。これが、神様の願う個人に対する目標であり、復帰の目的、摂理の目的です。

5 今から家庭を中心として誓うのです。他のものは必要ありません。幸福も、自由も、平和も、天地のすべてが家庭から出発するのです。今、家庭を中心とした誓いが必要です。ですから、家庭を失ってはいけません。家庭さえ一つにすれば、世界が統一され、天国ができるのです。

6 「家庭盟誓」を愛し、それを中心として団結することが、私たちの家庭の光となり、永遠の歴史の保証を受けることができるのです。

「家庭盟誓」はなくなりません。堕落したことを回復するために、避けられないものです。家庭で堕落して血統が変わったので、根源に戻るのです。深刻なことです。父母様が「家庭盟誓」を作るとき、真の父母、神様の実体対象という立場で作りました。「家庭盟誓」は、真の父母が責任をもって作ったものです。それをなくすことはできません。

「家庭盟誓」は天国の絶対的規約

真の父母様は、生涯をかけて残された数多くのみ言の中から核心を抜き出し、「家庭盟誓」に収め、全人類に指針として残された。そして、「『家庭盟誓』は、天一国主人として、人間が創造本然の世界である地上天国と天上天国の創建、心情文化世界の完成、神様との一体理想の実現などを決意する絶対規約であり、家庭の絶対指針である」と語られた。

7 「世界基督教統一神霊協会」の創立四十年を越えるとともに、「世界平和統一家庭連合」に変更し、それを完成するための絶対的規約、憲法のような「家庭盟誓」を制定しました。「家庭盟誓」という言葉は、歴史にありません。天国に向かい、天国を完成する「家庭盟誓」です。これを見れば、蕩減復帰の内容を中心として、完全に解放される内容になっています。ですから、これを唱える人は、堕落世界の家庭圏内ではなく、完成した家庭圏内に入ります。真の愛を中心とした家庭圏が形成されるので、偽りの愛で分立された心身の統一が起きるのです。

8 創造原理を見ると、原理結果主管圏と直接主管圏があります。これが連結されて、絶対創造原理時代に入っていくようになるのです。神様は、原理に背いて堕落したアダムとエバを地獄に投げ込んでしまいました。統一教会員にも、そのような時が来るというのです。法的な時代です。「家庭盟誓」は、天地の憲法です。

皆さんは「家庭盟誓」の一ヵ所だけ完成しても、天国の民になることができます。そのような価値を知らないので、空念仏のように、ただ唱えているというのです。皆さんが「家庭盟誓」を唱えたなら、誓ったとおりに暮らさなければならないのですが、そのようになっていません。うわべだけです。人の姿をしているのですが、中身のない人になっているので、中身を満たさなければなりません。それゆえ、本然の理想的直接主管圏内に入ったので、「家庭盟誓」は、法を立てて整理するための表題です。

9 「家庭盟誓」は、お父様が成し遂げて作ったものです。お父様が成し遂げていったものです。そのように成し遂げられた清い「家庭盟誓」を、皆さんが生命を懸けて憲法のように守らなければなりません。そうすれば、間違いなく天国に行くようになります。お父様が行く所に行くのです。

10 「家庭盟誓」の内容を分析し、解剖してみれば、途方もない事実、個人的に推し量ることもできない事情が綴られています。

家庭の基盤という要素を種として植えるようになるとき、そのまま拡張されるのです。そのようになれば、宗教がなくなります。

「家庭盟誓」は皆さんが生命を懸けて守っていくべき秤です。毎日のように皆さんの生活を比較しなければなりません。皆さんの生活の秤竿(の基準)が上がっているか、下がっているか、比較しなさいというのです。み旨のために、より精誠を尽くせば上がるのです。

11 皆さんは、「家庭盟誓」がどれほど途方もないものかを知らなければなりません。「家庭盟誓」は、どれ一つとして取り除くものがないのです。八節で、絶対信仰、絶対愛、絶対服従を強調しています。三大絶対条件の上に、性の完成が成就されなければなりません。真の父母時代になって、性の完成を発表できるのです。

人間が十六歳で堕落することによって、神様の創造本然の性がなくなりました。『平和神経』は、天の国の家庭と天の国を完成するための、憲法の草案です。ここに外れる憲法はあり得ません。「家庭盟誓」は『平和神経』の骨子です。天上世界や地上世界において完成した人々の「家庭盟誓」です。

12 皆さんが唱える「家庭盟誓」は、皆さんのための誓いの文章です。

皆さんは、先祖を代表し、現在の氏族を代表し、未来の子孫を代表するのです。皆さんが先祖の位置に立ったので、伝統を正しく立てなければ、皆さんの子孫たちの前でも堂々と立てません。「家庭盟誓」が中心です。神様の創造理想は、家庭です。「神様のもとの一つの家庭」です。あらゆることが、これを根として越えていかなければなりません。引っ掛かっては駄目だというのです。ですから、絶対「性」の上で「家庭盟誓」を唱えなければなりません。

総意に対する結論が「家庭盟誓」にかかっているので、「家庭盟誓」を唱えるときは、先祖と氏族、子孫と共に唱えるのです。絶対「性」の上で「家庭盟誓」を唱えなければならないというのです。

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第十二篇 第二章 八定式と「七・一節」宣布

第十二篇 第二章

八定式と「七・一節」宣布

第一節 八定式と「天父主義」宣布

八定式の宣布とその背景

真の父母様は、一九八九年八月二十日、アメリカ、アラスカのコディアクにあるノース・ガーテンで、ダンベリー出監四周年を記念し、愛援摂理時代を宣布された。この日、真の父母様は「救援摂理の完結と愛援摂理」というテーマのみ言を通して、「今までは蕩減復帰救援摂理時代であったが、これからは統一教会に反対する勢力がなくなり、愛によって摂理する時代に進入するようになる」と語られた。また、一九八九年八月三十一日、八定式を宣布することにより、蕩減が必要のない時代を開かれた。八定式の八段階は、縦的には、僕の僕、僕、養子、庶子、直系の子女、夫婦、父母、神様であり、横的には、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の八段階である。八定式は、真の父母様がこの縦的八段階と横的八段階の蕩減復帰路程において、勝利的な基台を立てたことを意味するのである。

1 愛援摂理時代を宣布した日が、一九八九年八月二十日です。愛援摂理というのは、血を流して蕩減の役事を行う救援摂理が終わるということです。愛の時代に入っていくのです。父母が現れ、愛の時代に入っていくというのです。ですから、愛援、愛を中心とした救援摂理を主張するのです。その次に、八月三十一日に八定式を宣布しました。縦的蕩減、横的蕩減をすべて清算しておかなければなりません。それで、アラスカという一番北の地域に行って、宣布したのです。次に、九月一日、天父主義時代を発表しました。その次に、一九九〇年二月二十七日、天地父母を宣布しました。天地父母も王権設定も同じです。それは、王権設定を発表する式です。ですから、天地の王権が着地することにより、真の父母が権勢を振るう時代に入るのです。

2 愛援摂理時代とは、神様が主管する世界に入るという意味です。二〇〇三年七月十三日に蕩減時代撤廃を宣言し、愛援摂理時代に入るのです。創造理想主管圏大転換の時期に、堕落したものを取り除き、神様を中心として新しい世界に越えていくのです。国連の刷新さえ終われば、救援摂理はすべて締めくくられます。宗教と国がなくなるのです。宗教の争い、国の争いがなくなるのです。愛の家庭時代だというのです。神様の真の愛を中心として、真の生命が結合することによって、真の血統をもつようになります。それは、どこまでも父子関係において成し遂げられるので一つの家庭制度です。

世界万民が兄弟だというのです。この根源をどこで探し求めるのでしょうか。家庭で探し求めるのです。はるか遠くにいる世界の万民が、何千年も前には一番近い兄弟だったのに、その兄弟を失ってしまいました。遠くに行ったので、何千年もかかる距離が生じて、一番近い兄弟を失ってしまったのです。ですから、東西が一つにならなければならず、南北が一つにならなければなりません。それゆえ、大家族時代だというのです。

3 天の摂理時代は、父母の時代、愛の時代に入ってきました。定着です。今ではもう、宗教が前進するに当たって、死を迎えることはありません。涙を流すことがないのです。今は、教育を受けて従っていけば、博士になるのと同じように、原理の道をそのまま踏んで一生懸命に行けば、天上の人格完成、地上の人格完成ができる時代になったのです。それで、愛援摂理時代に入るようになります。

原理で見るとき、原理結果主管圏を越えて直接主管圏内の神様の愛と一体になった基準に入っていき、子女と父母が共に連結されて父母権復帰時代になるので、氏族メシヤを発表せざるを得ません。

神様が六千年にわたる摂理のために犠牲になり、お父様までも犠牲になって、ついに堕落したアダム家庭を復帰するようになりました。そうして、自分勝手に結婚した人が復帰された蘇生アダムになり、皆さんの氏族は長成アダムになり、お父様は国を中心として完成アダムになるのです。ですから、自動的に世界的なものになります。

それで、父母様の相続権を譲り受ける偉大な時代に入ったのです。父子が一つになっているというのです。サタン世界は、それに手を出すことができません。

4 今、父母様が皆さんに「天が特権を下さった」と言えば、それは皆さんを生んだ父母より、もっと高いメシヤの位置に上げてくださった、ということです。皆さんは氏族メシヤになって、イエス様の代わりに皆さんの父母を、アダムとエバの代わりの位置に立てるのです。堕落したアダムとエバが、復帰された自分の一つの家庭の正しい父母として立つことによって、家庭、氏族、民族、国家、世界的メシヤの親権を相続するようになります。

原理に立脚して言えば、原理結果主管圏と直接主管圏です。原理結果主管圏では、長子権復帰によって責任分担を完成しなければなりません。世界的にサタンに打ち勝ち、勝利の旗を立てて、「もうあなたは天の子女なので、私は天使長としてあなたに侍らなければなりません」という基台を復帰した上で、原理結果主管圏を直接主管するようになっています。長子権復帰によってそうなるのです。

最初に生まれた子女も、次に生まれた子女も、アダムとエバの子女です。神様の子女です。それで、父母を中心とした子女が、神様を中心として家族、血族を連結する摂理時代に戻ってきたので、愛援摂理時代と言うのです。

5 堕落したアダムの子孫たちを復帰するために、イエス様が二番目の父母として来られ、世界を救おうとしましたが、それができませんでした。それで、再臨主が三番目の父母として来られるようになったのです。キリスト教が使命を完遂できなかったので、真の父母が来て四十年間、再び蕩減復帰をして勝利の基盤を立てることによって長子権を復帰し、イエス様ができなかったあらゆることを復帰し、アダムが果たせなかったあらゆることを復帰しなければなりません。

したがって、父母様によってアダム家庭が復帰され、イエス様の家庭が復帰され、各国が復帰されるのです。韓国が復帰されれば、世界的中心国になります。ですから、再臨主、すなわち真の父母を中心として、世界的父母、国家的父母、氏族的父母、家庭的父母が立てられれば、自動的に国家はなくなるようになります。国家を見ようとしてもないというのです。

家庭的メシヤ、氏族メシヤである祝福家庭が国を救わなければなりません。イエス様が復活したのと同じ家庭的立場で、国を救わなければならないのです。イスラエルの国とローマ、そして、世界を連結するのがイエス様の使命でした。世界は内外、すなわちカイン・アベル問題で分裂したのですが、それを愛で連結させなければなりません。

6 お父様自身が、僕の僕の位置から始めました。お父様は、日本で廃品回収をするなど、どんなことでもすべてやりました。三年以上にわたって誕生日に断食をし、説教をする時にも、継ぎはぎの衣服を着て話をしたりしました。復帰です。僕の僕としても世界的な迫害を受けました。

僕の僕の位置から僕の位置、その次には養子の位置に行かなければなりません。養子は血統が違います。そして、アダムが伝統を立てるべきその責任分担を、完成しなければなりません。

伝統を立てるときには、失敗したアダムの責任があるので、つらいことにも耐えて越えながら、責任分担を完成しなければならないというのです。そして、エバの基盤を完全に子女と一致させなければなりません。エバを通して天宙復帰のための長子権を立て、その長子復帰の責任を与えられたエバは、長子や次子と一つにならなければなりません。

7 再臨主は、縦的な基準をすべて備えて、平準化の基準に上がってきたので、蕩減が必要ありません。ですから、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族復帰、国家復帰、世界復帰、天宙復帰、神様復帰までの八段階を連結しさえすればよいのです。

神様の圏内で反対がないようにキリスト教文化圏を準備しておいたのですが、そのキリスト教文化圏の目的は、来られる主に侍ることです。

ところが、あらゆることを縦横に蕩減復帰して成し遂げておいたのですが、それをすべて失ってしまいました。世界版図で縦横に蕩減した基準をすべてつくっておいたのですが、大韓民国とキリスト教がお父様に従うことができなかったために、これをすべて失ってしまったのです。

ですから、天の側のカイン・アベル・エバ国家、サタン側のカイン・アベル・エバ国家と韓国まで、七ヵ国が怨讐になりました。サタンは、この七ヵ国を駆り立ててお父様を葬ってしまおうとしたのです。

そのため、国家基準を越える時まで、祝福の版図を中心として七百七十七家庭までの祝福家庭の婦人に対して三年間の伝道命令を下し、この基準の版図を築いたのちに、お父様がアメリカに行ったのです。こうして、世界的版図を収拾する時まで、再び八段階を蕩減したのです。

8 私たちは、僕の僕から僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母を経て神様まで、八段階を経ていかなければなりません。これが縦的八段階です。そして、横的に個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様までの八段階を経ていかなければならないのです。これを一つにまとめて定着したと宣布したのが八定式です。これを一九八九年八月三十一日、アラスカで宣布したのです。

ですから、世界の人類に蕩減が必要ない時代に越えていきます。それは、お父様が行く所や統一教会員たちが行く所においては迫害時代が過ぎ去るということです。これからは、私たち同士でどんなことをしたとしても、誰も讒訴できません。それで、その基地として定着する式が八定式です。

この八定式を基盤として、一九八九年九月一日、「天父主義」を宣布しました。八定式が終わる時までは長子復帰時代ですが、長子権が天の側に完全に復帰されることによって、サタンが反対できない世界的頂上圏に立つのです。

9 神様の世界には、女性がいませんでした。お父様が八定式を宣布しましたが、神様の復帰摂理は、僕の僕から僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母を経て神様までの八段階を経ていかなければなりません。これが女性を取り戻してくる論理です。新郎である主がこの地上に生まれ、勝利した女性を取り戻してこなければなりません。アベルがアダムの代わりに取り戻してくるのです。何千年にも及ぶアダム理想が完成し、新郎のみ旨が成し遂げられるためには、地上で新婦圏が世界統一圏基盤を備えなければならないのです。そのような基盤をもたなければ、勝利した新郎として地上に現れることができません。国家圏で勝利したとしても、世界圏のサタンがしがみついて、たたき潰そうとするというのです。ですから、世界解放圏を越えていくことができる時まで、新郎を準備しながら新婦圏も備えなければなりません。神様が一人のアダムを造ることは簡単ですが、アダムの再創造は、歴史的に見るとき、堕落以降、今まで続いてきたというのです。

10 八定式です!神様の摂理で八数が定着できませんでした。八数(8)は、天でも円であり、地でも円です。「世界統一国開天日」を宣布したのち、最初の年である一九八九年の八月が重要です。その年の八月の末に天宙的な定着を発表したというのは、重要な内容です。

摂理時代においては、長子権復帰とともに父母権復帰が成し遂げられ、父母権を復帰することによって王権復帰が成し遂げられます。民主主義時代は過ぎていき、愛の世界が訪れます。民主主義で神様と真の父母を買うことができますか。選挙で選ぶことができますか。愛の道は、ただ一つしかありません。そのような発表をするとしても、祈らなければなりません。そうしなければ、八定式が地上にも、天上にも定着できません。統一教会の全食口を代表し、人類全体を代表して、各国家の代表、天上世界のあらゆるものの代表となった立場でお父様が祈って、これを宣布したのです。

11 北極星と近い、最も北にあるアラスカのコディアクで八定式を挙行しました。天の国と地上地獄を縦横に塞いでいたあらゆる壁を崩し、人間世界の個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙まで塞いでいる壁をすべて崩して片づけるのです。この壁によって塞がれている限り、サタンが寓居できる地になります。

霊界から地上世界にまで寓居するサタンを見て、「お前は私に世界的に反対した。私はお前よりも人類を愛し、お前よりも人類に正しい神様の天道を教えてあげたが、お前は人類に敗亡の道理を教え、滅亡の道へと引っ張っていった」と告げるのです。サタンは愛の主導権の前に頭を下げます。強盗の一味のような親不孝な子女を、義人の道へと改めさせようとするのが母の愛です。愛だけが罪悪の中にいる悪魔を屈服させることができます。ですから、愛を強調するのです。

12 アダムとエバが堕落する前には、すべてのものが彼らの所有であり、神様の所有でした。それで、祝福の前に国と世界を捧げるのが原則ですが、復帰路程では、そのようにすることができません。そのため、今日、統一教会の祝福は、教会内の祝福です。今後、国と世界の祝福をするようになる時は、本然の基準に転換して、一つの国になるまいとしてもならざるを得ない過程を経ていかなければなりません。

そこから「天父主義」が始まるのです。世界が神様のもとで一つの価値をもち、結婚式をすることによって越えていくのです。それが「天父主義」の内容です。「六・二五動乱」のゆえに世界が両極時代になりました。しかし、ソウルオリンク大会を中心として、一つになったのです。モスクワオリンピック大会とロサンゼルスオリンピック大会のときも分かれ、両極になっていたのが、ソウルオリンピック大会を中心として一つになったのです。そのとき、祝賀公演に、リトル・エンジェルスが参加しました。また、「モスクワに二千台の自動車を寄付するので、もっていきなさい。もっていくときは、韓国から北朝鮮を通っていきなさい」と言いました。このように、物質面と精神面で統一できる内容を提案したのです。

サタン世界の若い人たち、カインの立場の若い人たちと統一教会の若い宣教師たちが、オリンピック大会で一つになりました。それで、韓国に大使館もない国々も、統一教会員たちがその国の旗を掲げて応援しました。一つになって応援したのです。そのような条件的な基盤の上で、一九八九年八月三十一日に八定式を宣布しました。そのような世界的な若者たちの理想的な基盤をつくり、その基盤の上にこのような日を設定したのです。

13 八月三十一日は、八定式宣布の記念日です。八定式の宣布日は、八月の最後の日ですが、貴重な日です。個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代、天宙時代、神様までの八段階と、血統的復帰の基準では、僕の僕の段階から上がっていきます。真の父母が現れることによって、真の父母を中心として一つになり、世界に定着し始めるのです。それで、八定式が重要な行事なのです。これをコディアクで宣布したので、コディアクが出発の基準です。

コディアクは、ロシアとアメリカを中心とした境界線です。海にある島です。海から始め、半島を通って陸地に上陸し、初めて世界的な出発をしたのです。僕の僕から、僕、養子、庶子、直系子女、夫婦、父母、神様まで、八段階を中心としてそれが内外に蕩減され、縦横に接触することによって、「天父主義」が九月一日に宣布されたのです。

14 「天父主義」は、神様と真の父母の主義です。ついに、真の愛を中心として天と地が一つになり、この宇宙が家庭から世界に出発する新しい起源の日です。そのような意味になるのです。八定式は、真の父母が縦的なすべての恨の道、横的なすべての恨の道を経ていくことによって宣布されました。

天が縦的にも来ることができず、横的にも来ることができなかったのですが、真の父母によって横的、縦的に連結され、新しい家庭を中心とした、神様が願う世界に発展できるようになりました。この八定式がなければ、「天父主義」が出てきません。家庭を中心として、世界的な拡大は、祝福家庭を中心として行うのです。三万双から三十六万双、三百六十万双を中心として、家庭的世界版図ができることによって、真の父母の家庭が進むに当たって縦横を経ることなく、神様がこの地上に住むことのできる時代圏を迎えたので、天地父母天宙安息圏を宣布しました。

三万双、三十六万双、三百六十万双、蘇生、長成、完成が成就することにより、世界の統一家庭が動くに当たって、障害物なく歓迎を受けられる時代になったので、神様がどこに行っても休むことのできる時代が来たというのです。

15 八定式が終わることによって、「天父主義」、父母権の解怨成就が起きました。この時が来ることによって、父母様が父母の位置で、氏族的なメシヤ、イエス様の位置を解怨成就し、アダム家庭を解怨成就できるので、皆さんの一族を通して、皆さんの父母の失敗の基盤をすべて解消するのです。

あらゆる人の故郷が初めて天の国の故郷の地に転換されるのです。一つの国の形態を中心として、父母様と連結され、父母様に治められる故郷の地となり、自分の父母が生まれた所が天の国の父母の位置に選定されるのです。ですから、皆さんの故郷が天の国の故郷として認められる時代に入ってくるというのです。これにより、地獄から解放されます。

今、地獄にいる人は、みな再臨するのです。そうして、氏族メシヤを中心として三代になってこそ、天のみ前に条件として成立するのです。氏族メシヤを中心として祖父、父、兄です。これが復帰歴史の根源です。神様解放、父母様解放、自己解放をするのです。

「天父主義」と長子権、父母権、王権復帰

真の父母様は、八定式を宣布した基台の上で、一九八九年九月一日、アメリカ、アラスカのコディアクにあるノース・ガーデンにおいて、「天父主義」を宣布された。これをもって、堕落人間が真の父母を迎えるようになり、真の父母もやはり、カインとアベルをみな愛することができるようになって、天の父母主義、天父主義時代が開かれたのである。「今や長子権、父母権、王権が復帰されることにより、サタンが反対できない世界的頂上圏に上がってきたため、強く雄々しく押していけば、共産世界までも押されていく時が来た」と語られた。

16 「天父主義」は、何を中心として成し遂げるのでしょうか。家庭を中心として成し遂げるのです。家庭を中心として見るとき、家庭は堕落していないアダム家庭、堕落していない氏族家庭、堕落していない民族家庭、国家家庭、世界家庭などによって、代をつないでこなければなりません。一人の先祖から長孫(韓国では、長男の長子を指し、祭祀をつかさどる人を意味する)を通して下りてきて、今まで拡大してきたのです。

このように拡大した基準を成し遂げて霊界に行くようになれば、世界的な一番の宗孫(宗家の一番上の孫)になる人が王ではなく復帰されたアダムか王です。ですから、アダム王権という言葉がそこから出てくるのです。今まで堕落せず、数千年および数万年、長孫を通して下ってきて、現代において統一された世界王権が成立していなければなりませんでした。

17 縦的・横的八段階を上がっていかなければなりません。八定式がそれを成し遂げたというのです。その次に、「天父主義」を発表しました。「天父主義」は家庭主義です。「神主義」は家庭主義なのですが、真の父母を中心として、真の民族、真の国家、真の世界へ拡大していく中で、世界的迫害を受けました。サタン世界は、上がっていくことに反対します。しかし、天と地、神様と真の父母、男性と女性、子女がすべて上がっていきました。

18 サタンの主権下にいるのを、どのように解放するのでしょうか。(皆さんの)父母たちは、アダムとエバが堕落したのと同じ位置にいますが、堕落していない完成の位置に立ててあげることによって、アダムとエバが堕落せずに完成した価値の位置に立つというのです。そうして、神様が直接主管できるアダムとエバになったので、そこで生まれたその息子、娘が暮らす故郷の地まで天国になります。それで、氏族メシヤを派遣し、家庭を教育するのです。

真の父母がこの地上に来て、四十年間したことは何でしょうか。一つのメシヤ圏を中心とした個人的な版図ではなく、世界的な版図圏を中心として、数万双の祝福家庭をサタン世界に配置しました。神様を中心として祝福し、数万双を家庭的メシヤ圏として配置したのです。

ですから、個人伝道時代は過ぎていきます。家庭伝道時代です。ここで失っていた個人の心と体を中心として、「私」を取り戻さなければなりません。主体と対象を中心として、対応する私を取り戻すのです。男性や女性を取り戻さなければならないというのです。男性と女性は、主体と対象です。女性は、主体である男性の前に、絶対対象として一つにならなければなりません。一つになって、夫から真の愛を受け継ぐのです。真の完成の資格をもとうとすれば、真の愛で男性と女性が一つにならなければなりません。

結婚することによって、東西が一つになって水平を形成するようになるので、垂直的な神様がここに臨在するのです。神様が降りてきて、父母、夫婦、兄弟、子女の四大心情圏の統一圏が成し遂げられるのです。このように見るとき、歴史は長子権、兄弟を取り戻してくる闘いです。それ以後に残される時代は、父母主義時代です。

19 長子権を復帰し、八定式を宣布したので、今や天父主義時代です。父母主義の時代に入ってきました。分水嶺を越えたいうのです。ですから、もはや迫害はありません。そうして、この完成圏は、蕩減条件を中心として形成されたので、これからはアダム圏が横的基準に入ってこなければなりません。蘇生アダム、長成アダム、完成アダム、このようになるのです。今までの歴史で見れば、蘇生アダムは堕落したアダム、長成アダムはイエス様、完成アダムは再臨主です。

旧約時代までは物質を中心とした祭祀時代です。新約時代は、息子が犠牲になる時代です。その次に、天地の父母を復帰するために、再臨主の立場である父母様がこの地上に来て祭物になるのです。祭物となって神様を地上でお迎えするのです。旧約時代までは万物を犠牲にして息子を迎えるための時代だったのであり、新約時代は息子を犠牲にして父母を迎えるための時代でした。解放直後に父母が来て、統一天下ができたその基盤の上ですべてが一つになっていれば、神様が臨在されたでしょう。それができなかったので、再び蕩減復帰して父母が苦労し、神様を地上に再びお迎えするための準備をしたのです。

20 民主主義では世界を収拾することができません。共産主義と民主主義は何が違うのでしょうか。共産主義はサタン的な共産主義であり、アメリカの民主主義は天使長的な民主主義ですが、父母がいません。人類歴史は出発するとき、兄弟が血を流すことから始まったので、民主主義世界も血を流すことをしています。最初にそのような種を植えたので、収穫する時が来れば、両側に分けられるのです。

共産世界を見ても、民主世界を見ても、何も収穫するものがありません。本当の民主世界になることができていません。アメリカの若者たちが嘆いています。アメリカの政府も、アメリカの指導者層の人士たちも、見ているばかりで手を付けられません。誰も滅びゆくアメリカを解放することができないのです。現在のアメリカの境遇がそうです。

誰がこの悩みを解決することができますか。神様でなければ、誰も解決することはできません。ですから、民主主義ではできないのです。父母主義、「天父主義」がなければなりません。

21 「天父主義」によって、「頭翼思想」を中心として民主世界と共産世界を連合的に統一することにより、王権復帰時代が訪れるのです。神様は、縦的な基盤がなければ活動できません。皆さんの良心がまっすぐになり、本然の基準の前に鏡のようになるとき、そこに縦的な神様が訪れるというのです。

神様は、そのような基盤に従って共にいらっしゃるのです。そのようにしなければ、横的基盤を拡張させられる道があません。原理結果主管圏内には神様が入っていくことができません。それは、地上に完成の基盤ができていないからです。

22 八段階の縦的な蕩減と横的な蕩減が終わったので、一九八九年八月三十一日に、アラスカで八定式を宣布しました。そして、九月一日には「天父主義」を発表しました。愛援主義であると同時に父母主義です。父母主義は「愛そう」ということです。愛することにサタンは反対できません。

今は定着地がありません。定着はカナン復帰を通してしなければなりません。カナン七族が頭を下げなければならないのです。このため、一九八九年から私たちは祝宴を行いました。泣きながら故郷の門前から追い出されたその道を、「錦衣還郷」(故郷に錦を飾ること)の立場で、歓喜の勝利の旗印を掲げていき、父母をはじめとする一族を中心に祝宴を行ったのです。このような基盤をすべて築き、氏族メシヤを宣布して、一族をすべて天の国の眷属に復帰するのです。

23 真の父母様と心情圏が一つにならなければ、長子権復帰の位置に行くことができません。長子権が復帰された位置だとしても、真の父母様と心情が一致しなければ、氏族メシヤの位置に行くことができないのです。

真の父母様と心情圏が一致すれば、堕落していない立場なので、そこには神様が縦的に介在します。神様と真の父母様の心情圏に一致できる真の愛は、直短距離を通ります。ですから、上に連結される愛は垂直しかありません。垂直の前に一番の直短距離は、横的な面に九〇度で接する角度しかないというのです。

天地合徳できる心情的結合点はどこでしょうか。それは、九〇度の中央線、この一ヵ所以外にはありません。これを縦横、前後、兄弟の愛を中心として数えれば一、二、三、四、五、六、七です。七数というのは、愛の核を総合した位置を意味するのであり、愛の完成を表示するので、完成数だというのです

24 お父様が兄弟権を復帰しました。第二次世界大戦のとき、キリスト教を中心として兄弟権を復帰しておいたにもかかわらず、それを失ってしまったので、四千年の歴史を復帰したのです。

お父様が長子権を復帰したというのです。私にはそのような力があり、全世界に組織もあります。そして、アメリカを中心として兄弟権を復帰すると同時に、ソ連までも復帰しなければなりません。

25 「天父主義」を通して父母主義を復帰したので、「皆さんの父母をすべてアダムとエバの位置に立ててあげよう」と言いました。皆さんはイエス様の位置に立ててあげ、お父様は再臨主の位置に立つのです。平面的に見れば、父母が同じ位置に立つことができます。

そうして、皆さんの故郷が天の国の故郷に属するようになります。皆さんが生まれた故郷がそのようになってこそ、天の国が成し遂げられるのです。ですから、三代が一つにならなければなりません。祖父母、父母、子女の三代が、一つにならなければならないのです。

26 皆さんの兄弟を復帰し、父母を復帰して、家庭の王権を取り戻さなければなりません。そうしてこそ、永遠なる大宇宙の王権も皆さんと連結され、そのように連結されることによって、小さな勝利の基盤が大きな勝利へと連結されて、幸福な皆さんになります。それで、氏族メシヤが必要なのです。

今やお父様が皆さんを連結させ、皆さんが皆さんの家庭と一つになれば、皆さんもお父様の位置に入っていくことができます。そのようになる時、皆さんの氏族メシヤとしての使命が終わるのです。そのようになれば、皆さんが氏族的な王権をもつようになります。お父様ではなく、皆さんがもつようになるのです。そのようにしておいてこそ皆さんの故郷の地が天国になります。

共産世界と民主世界にいまだに残っているサタンを消化するために必要なのが「天父主義」です。全世界の多様な文化的背景を、「神主義」、「天父主義」と真の愛で消化するのです。その次に、王権を創出するのです。消化する側が、王権をもつことができます。その主義というものは、杖と同じです。王権を求めていくのです。杖を探し求めていくというのです。整理して王権を求めていかなければなりません。このようにすれば、復帰歴史はきれいに終わります。

27 兄弟権復帰が終わり、父母権復帰が終わりました。その次には王権復帰です。父母権を復帰したので、神様が再臨主を送り、イエス様を送ったのと同じように、氏族メシヤを送ってすべて収拾するのです。ここで縦的にアダム時代、イエス様時代、再臨主時代の三つの基準をすべて築きました。これをすべて私が勝利して築いたので、このあらゆるものを再臨主時代に、ここから伸ばしていかなければなりません。そうして、皆さんの家庭を立てれば、円形が広がるのです。

第三次のアダムが来たのは、第二次のアダムと第一次のアダムを救うためです。ですから、その次には、自分の父母がアダムの位置に上がっていきます。そのようになることによって、宗教が必要なくなり、全世界が選民圏に入っていきます。それによって、全体が一組の父母を通して連結された位置に立つようになるのです。それゆえ、自分が生まれた故郷の地が天の国、天国になります。そして、自分の故郷の父母が真の先祖になるのです。

28 家庭が天の側に立てば、いずれ父母様を中心として世界的版図が連結されます。本来の故郷は、お父様が生まれた所ですが、定州がすべての氏族の故郷になることはできません。それは、皆さんの生まれた所がならなければなりません。

皆さんの故郷で天を中心とした父母が生まれるので、そこがエデンの園です。そうして、堕落していない本然の園を中心として生まれた皆さんの善の子孫は、世界に向かって広がっていくのです。

お父様の一族を中心として、皆さんがすべて連結され、束ねられていくというのです。ですから、縦的なものを自分の一族よりもっと愛さなければなりません。そうすれば、サタンが占領できません。このようなことが成立することによって、今や王権復帰が可能なのです。

29 統一教会は、教会だけではありません。統一教会を中心として、真の人、真の夫婦、真の家庭、真の氏族、真の民族、真の国家、真の世界、真の新しい天宙を創造するのです。皆さんがその一員になり、個人救援だけを完成したからといって、この天宙が解放されるのではありません。天宙救援を完成することによって、世界か解放され国家と民族と家庭と個人が解放されるのです。逆さまです。今までの信仰世界とは、根本的に異なるというのです。

個人的な基盤では天国に行くことができません。天国の中には、世界が入っていて、天宙が入っています。今まで信じていた天国は、理想的な天国ではありませんでした。本来、理想的な天国は、どこでつくりあげるのですか。皆さんの個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙を経て行く所が天国です。これを再びこの地上に再現し、世界的な摂理の中心を決定しなければ、皆さんが解放されないことを知らなければなりません。

30 あらゆる人たちは、いつも「私は、すべてのものの中で最高になりたい!」と言いますが、その最高というものは、あらゆるものを代表することができなければなりません。もし、皆さんがあらゆるものの代表として立つことができれば、神様の対象の位置に立つのです。

神様はプラスとして主体であり、私たちはマイナスとして対象の立場です。皆さんの心が願う基準は、そのような創造本然の姿です。神様は、このような偉大な贈り物を人間に与えてくださいました。

しかし、個人が中心ではありません。皆さんが祝福を受け、夫婦がきちんと教会に出てきても駄目なのです。皆さんは氏族の代表にならなければならず、民族の代表にならなければなりません。それで、氏族メシヤだというのです。

その次に、長子権復帰、父母権復帰、天父権復帰、王権復帰という言葉を必要とするのです。それは、個人の観ではありません。摂理全体が世界的であり、歴史的です。父母主義から「天父主義」まで行かなければなりません。ここから、天国の王権まで成し遂げなければなりません。それは皆さんの責任です。

お父様は代表として、サタンが讒訴できない摂理的条件を立ててあげたにすぎないのです。皆さんが行くべき道は、皆さんが行かなければなりません。

第二節 七・一節宣布と還故郷摂理

「七・一節」宣布の背景とその意義

真の父母様は、一九九一年七月一日、「神様祝福永遠宣布式」を挙行され、この日を「七・一節」と命名された。そして、「この日が歴史的転換期である」と語られ、アダムの堕落によって失ってしまった長子権を復帰することにより、アダムが成熟するときまで、天使世界が教育しなければならなかったその本然の世界に入ることを強調された。また、「霊界と肉界は、完全に正統の道に還元し、新しい世界に入るようになるため、神様の勝利と真の父母様の栄光の時代が到来する」と語られ、「それゆえ、民主世界と共産世界だけでなく、宗教界に向かって、永遠の愛を中心として永遠の祝福を宣布したのである」と説明された。

1 一九九一年七月一日は、いつもの年と同じ七月一日ではありません。摂理史から見るとき、一九九一年は歴史的な転換期です。今、世界の情勢もそうであり、歴史の流れもこれからは変わらなければなりません。民主世界も共産世界も方向を失い、宗教界も方向を失いました。人間が優れていると思っていたあらゆる基盤が崩れました。それは、そのようにならざるを得ません。

秋になれば、すべての実は、真の実か偽りの実か分かるようになります。そして、真の実だけが収められるのです。復帰摂理や救援摂理の観点から見るとき、収めることができる実は複数ではありません。宗教が求めていく結実、すなわちその実りというものは、複数ではなく一つなのです。このような観点から、神様は何を願うのでしょうか。何かの教団の実りを願うのでしょうか。

天の血族の実りを求めるのです。血族です。天の血統を立てようとするのです。他のものではありません。天の血統を立てるためには、神様を中心として、愛の関係を経ていくことができる伝統を連結しなければなりません。

2 きょうは、一九九一年七月一日です。一九九一年は、摂理史的転換期において、最後の峠に位置する年です。正月から六月までの多事多端な環境を越えて、一九九一年の半分を過ごし、新たに迎える後半期は、摂理史における頂上を越え、新しい希望の平原に向かい、自由と平和の世界に進入できる分水嶺となる期間です。

東西の紛糾によって歴史的な恨を残したあらゆる闘いの苦痛も、真の父母を中心として解消され、真の父母を通して勝利的収穫を備え、共産世界と自由世界、北朝鮮と韓国が一つになることができる時代が訪れてきました。

この日を期して宣布式をすることによって、摂理史を代表していたあらゆるもの、天が立ててきた諸条件を清算し、勝利と解放と栄光の日を自ら祝える日が近づいてくることを知り、家庭を収拾し、氏族を収拾して、天の父母をその氏族圏内に迎えることができるように準備してきました。

氏族メシヤの使命を果たさなければ、その家庭とその国を連結することはできません。このような摂理史のみ旨全体を推し量ってみるとき、既に氏族メシヤを宣布して、一九九一年七月一日、全世界的に、自分自ら「氏族メシヤになる」と宣言できるようになりました。ですから、真の父母を中心とした真の愛の絆に従って、汚された血統を分別し、天の眷属として立てたすべての祝福家庭と祝福家庭の後世を代表して、真の父母の一族を宣布できるようになったのです。

3 一九九一年七月一日を中心として、恨多き歴史的蕩減路程を取り除き、新たに創造主である神様と、本然の父母となる横的真の父母をお迎えして左右が一つになり、南北が一つになり、宗教圏と政治圏が一つになって、長子権を受け継ぎ、父母権を受け継ぎ、王権を受け継ぐことにより、本性世界の解放圏を取り戻そうという宣言が必要なことを知っています。本性の真の愛を中心として、個人的中心であり、家庭、氏族、民族、国家全体の中心である真の愛の道理に従って、絶対的な一つの方向、絶対的な目的の帰結である本然の天国は、地上で生活した家庭が基盤にならなければならないことを知ったので、統一教会は今、氏族メシヤを宣布し、統班撃破という厳粛な使命的課題を前にして、前進することを天から命じられました。

4 イエス様は、メシヤ宣布式をすることができませんでした。ユダヤ教とイスラエルを中心として宣布できなかったのです。メシヤ宣布は、自分の家庭を中心として一族を率い、民族と共に行わなければなりません。一族がいてこそ、宣布をするのです。お父様は、その道をすべて経てきました。ですから、民主世界ではお父様のことを「世界的な英雄だ」と言っています。そのような伝統を皆さんが、皆さんの親類一族で輝かせることができなければなりません。お父様から東西南北に芽が出てきて、美しく育ったとき、茎の芽の代わりにその枝の芽を持ってきて植えれば、同じ茎になるのです。

そのようなことが分かるとすれば、きょう一九九一年七月一日、神様祝福永遠宣布式をするこの式典が、どれほど重要かというのです。神様も、このような式典を願いあらゆる宗教と国々も、このような式典を願っていたのですが、この式を挙行することによって宣布をしたので、あらゆる問題がこの基準を中心として収拾されていくのです。

5 一九九一年七月一日、父母様が完全解放を語りました。愛を中心として全権を発表したのです。民主世界と共産世界だけでなく、信仰界(宗教界)に向かって、永遠の愛を中心として永遠の祝福を宣布したのです。

神様はアダムとエバを祝福しましたが、責任分担を果たせず、愛の理想を果たすことができずに崩れていきました。ですから、父母様が愛を中心としてこの三大祝福の愛を再起させ、永遠祝福を宣布したのです。それは、今や人類世界において、蕩減圏を人間がすべて抜け出すことを意味します。

6 後世の人たちがとても知りたいと思うことは、父母様はどんな手と足をしていたのかということです。体は大体分かりますが、手足については知らないので、きょう「七・一節」に、このように写真を近くで撮るのです。ですから、この神様祝福永遠宣布式の行事は、父母様の手足など、あらゆる部分を天に捧げるものと考えればよいのです。適当に手の写真を撮ってしまうと、ありとあらゆる詐欺師がみな出てきます。ですから、公式的に服を着て写真を撮っておかなければなません。足も片方ずつ撮り、両足を合わせても撮らなければなりません。お母様の手を撮り、足を撮り、服もすべて撮らなければなりません。

父母様の顔や体は、たくさん写真を撮ったので知っていますが、手足については知りません。ですから、これが絶対に必要です。歴史的に一度流れていけば、それを知りたいと思い、気掛かりになるというのです。それで、手足についてのあらゆるものを残さなければならないと考えたのです。

きょうの「七・一節」は意義のある日であり、「真の父母と成約時代」を宣布したこの時は、峠を越えたのです。峠を越えたので、全体を天のみ前に奉献してさしあげる意味があります。手は天を象徴し、足は地を象徴します。そして、このすべての実体は万物全体を総合した実体相なので、それをすべて天のみ前に奉献する意味で意義のあるこの第三回「七・一節」に、このようにするのです。

還故郷摂理と氏族メシヤの派遣

真の父母様は、一九九一年九月一日、統一教会の祝福家庭に還故郷を指示された。「今まで真の父母様が世界を復帰するために、血の涙を流したのと同じように、自分の一族を救うために故郷に帰って精誠を尽くさなければならない」と語られたのである。これに先立ち、「七・一節」を期して、すべての祝福家庭が氏族メシヤとして氏族復帰活動に邁進することを指示された。

7 「七、一節」を宣布するときに、「氏族メシヤの登録をしなさい」と言いました。家庭的メシヤを越えて氏族メシヤになるのです。氏族とは、父と母、夫と妻の二つの姓氏を合わせたものです。二つの姓氏を合わせた氏族のメシヤです。メシヤとは、真の父母のことを言います。一人の個人的な姓氏だけでは、メシヤになることはできません。家庭的メシヤは氏族メシヤ候補であり、氏族は二つの姓氏が合わさったものなので、一つになれば氏族メシヤに上がっていくのです。

その次に、氏族だけではいけません。民族編成をしなければなりません。民族は、十二の氏族が入っていかなければなりません。十二支派が一つになってこそ、国の形態が備わるのです。

8 私が、北朝鮮に対する蕩減条件をすべて立てました。ですから、天の側で皆さんを故郷に送るに当たって、どのようにしても復帰摂理に支障はありません。父母様が統一天下を宣布したので、この統一天下の運勢を後代に残してあげ、先祖たちにその恩徳を施したいと思うのなら、早く行動するのがよいというのです。

金氏なら、金氏一族の統一教会員の中で充に行って、氏族メシヤの立て札を打ち込んでおかなければなりません。早く行ってそれをしなければならないのです。死ぬことがあれば「私」が先に死に、むち打たれることがあれば私が先にむち打たれ、非難されることがあれば私が先に非難され、おなかをすかせることがあれば私が先にすかせようと思わなければなりません。そのような覚悟のもとで、その村の人たちを呼んでおいて、氏族を中心に氏族メシヤの立て札を打ち込まなければならないのです。

9 イエス様の氏族が一つになれなかったことを蕩減するために、皆さんに氏族メシヤ権を許して、「還故郷しなさい」と言いました。大韓民国にお父様が現れて、数千、数万の村々に、氏族メシヤ、息子、娘を配置しました。今やイエス様の時代とは違い、メシヤが命を奪われることはありません。お父様に対する迫害時代がすべて過ぎ去ったというのです。

アダムとエバが父母の位置で責任を果たすことができないことによって歴史的な罪状が広がり、万民を塗炭の苦しみの中に陥れて地獄に行かせ、死の中に落としました。

彼らを解放するのも、父母の責任です。父母が彼らを解放してあげるのですが、そのすべての恵沢は、無償です。しかし、受け取るときは、無償で受け取ることができません。ただでは越えていけないのです。サタンが生きているというのです。サタンが讒訴する条件をもっていては、この時代を越えていけません。ですから、皆さんは、サタンの讒訴を受けないように、とん底からあの頂上まで上かつていきなさいというのです。皆さんの一族を中心として、村からそのようにしなさいということです。

10 故郷に帰っていくときには、アダムが堕落しなかったという条件を受け継がなければなりません。そのようにして、故郷に帰っていかなければなりません。アダムは堕落した愛を中心としてあらゆるものを失い、落ちていきました。しかし、今は、神様のみ旨を中心として、真の父母との縁に従う、祝福された家庭がいます。ですから、皆さんの位置は、堕落の家庭を出発したアダムとエバの位置とは違います。

アダムが堕落した位置は長成期完成級ですが、今、祝福を受けている家庭は、復帰時代に父母様を中心として完成期完成級を越えることのできる段階に入ってきました。そのような位置に立っているので、サタン圏の家庭から讒訴される何の内容もありません。そのような位置から抜け出したというのです。

ですから、皆さんは家庭を率いて父母様に侍り、還故郷しなければなりません。イスラエル民族がモーセに従って還故郷したのと同様に、皆さんも父母様に従い、父母様の名によって故郷に帰りなさいというのです。

皆さんが故郷に帰る基準は、堕落したアダムの基準である長成期完成級ではなく、完成期完成級の基準です。そのような条件的な立場で、故郷に帰るのです。実体ではありません。そのような実体を復帰しようとするので、今も私たちには、分かれた南北を一つにしなければならない道が残っています。そのようにしようとすれば、皆さんが韓国の故郷を中心として、今まで外部に出ていって迫害されていたことの三倍以上、涙と血と汗を流して精誠を尽くさなければなりません。そのようになるとき、サタン世界は自動的に後退するようになるのです。

11 還故郷をして、何をしなければならないのでしょうか。統一教会員たちは、イエス様の解怨成就をしなければなりません。歴史時代のすべてのものを解怨成就しなければならないのです。イエス様の解怨成就をしなければならず、お父様の解怨成就をしなければなりません。

お父様は、自分の一族を抱いて愛することができませんでした。三十三年間、父母と親族、妻子を捨てて、外国の人を愛そうとしたのであって、自分の父母と自分の一族、妻子を抱えて愛する時代をもつことができなかったのです。

皆さんは、お父様に従ってきた位置で祝福を受けました。ですから、お父様の若い時代の氏族的版図を受け継ぐことができる立場に立ったということを知らなければなりません。私が皆さんより、一歩前で国家的基準に立ったとすれば、皆さんは氏族的基準に立つのです。私が国家的基準で大韓民国を訪ねてきた立場なので、皆さんは氏族的位置に立ったのと同じです。

12 一九九一年九月一日、統一教会の全祝福家庭に還故郷を命令しました。祝福家庭は、父母様が愛する人たちです。かわいそうな人たちであることを私は知っています。彼らを助けてあげることができず、荷物をまとめさせて避難民のように追い立てたのです。「還故郷しなさい」と言いました。

還故郷しなければ、母を解放することができず、姉を解放することができず、妹を解放することができません。その人たちのために還故郷しなければならないのです。そうすることによって、皆さんが母、姉、妹を中心として進めば、太平王宮の基盤ができるのです。それを中心として、氏族メシヤという勝利の王権基地が設ーされます。この準備をするためなのです。

13 今からは、国を訪ねていくことができる還故郷の時代になります。それで還故郷を発表したのですが、それが父母様の場合は還国です。ですから、今から運勢がどのようになるかというと、南北が回っていくのです。それで、時が忙しくなります。

それでは、どこで福を受けるのでしょうか。今、訪ねてくる世界的な運勢を、個人と家庭が受けると同時に、それを自分の氏族に分けてあげなければなりません。それが還故郷です。

今まで、韓国に来る世界の運勢を、摂理のみ旨とともに、祝福を受けた家庭を中心として一族に分けてあげるのです。ですから、氏族メシヤは、横的に見れば、I穌生、長成、完成、アダム時代、イエス時代、再臨時代を象徴的に意味する三数を経るのです。

この氏族メシヤが故郷に行き、自分の父母を復帰しなければなりません。自分の父母が今まで統一教会に反対することによって、歴史に罪を犯し、神様を知らなかったのですが、これからは一緒に行かなければならないのです。

14 地獄を一八〇度後ろにおいてサタンを見据えつつ、神様をお迎えして、子女たちと共に天の国の故郷に帰れる時になったので、還故郷命令が出るのです。統一教会の食口たちに氏族的還故郷を命令しようとすれば、父母様が還国しなければなりません。北朝鮮に行かなければならないというのです。それで、一九九一年九月一日から九十日を過ぎて北朝鮮に行くようになりました。神様は、原理の神様です。このようになって還国するのです。

15 お父様にとって最も無念なことは、父母、兄弟にこの原理を教えてあげ、涙を流させることができなかったことです。これがお父様の恨です。しかし、皆さんは、父、母、兄、姉を伝道しなければなりません。彼らを伝道できなければ、すべて地獄に行くようになり、永遠に滅びるしかない運命に置かれるようになります。私たちが暮らす所に引っ張り出さなければなりません。ロープでも、自分の服でも、自分の手足でも何でも、あちこち縛りつけてでも、彼らを地獄から引っ張り出してあげるべき責任があります。

そのためには、皆さんが今まで国のために涙を流した以上、世界のために涙を流した以上に、涙を流さなければなりません。お父様に会いたいと思う以上に民族と氏族と親族と父母を慕い、彼らのために祈ってあげる心をもたなければならないのです。

16 父母様は、皆さんに最高の贈り物、礼物を与えました。氏族メシヤの権限を与えたのです。イエス様が四千年を経てメシヤとして来た勝利的祝福基台を中心として、イスラエルの国とローマが反対できる環境的条件をすべて解消してしまった基準の上で、世界に波及する自由な環境で父母が皆さんを迎えてくれるようになるとき、皆さんの一族が行く所には迫害がありません。そのような世界舞台に走っていける道を、特権的な贈り物として皆さんに与えたのが氏族メシヤです。

17 皆さんは、昼夜なく故郷で氏族復帰をしなければなりません。今まで、父母様が世界を復帰するために血涙を流したのと同じように、皆さんは故郷で氏族復帰のために精誠を尽すのです。自分の一族を救う責任を、全世界の祝福を受けた家庭が果たさなければなりません。今、祝福を受けた家庭が全世界に広がっています。

神様は、イエス様をメシヤとして送るとき、息子一人だけを送りましたが、父母様は、祝福を受けた息子、娘だけでなく、結婚した家庭とその息子、娘たちまで送り、氏族メシヤ圏を発表したのです。ですから、悪魔は、この地上世界で既に失敗したので、荷物をまとめて自分が行くべき所を訪ねていかなければならないことを知っています。それで、最後部に立って救われることを願っているのです。それゆえに、地獄も解放しなければならず、悪魔も救済してあげなければなりません。神様の復帰摂理を知っている人は、そのようにしなければならないのです。

18 お父様はイエス様に代わる再臨思想をもっているので、イエス様のイスラエル圏に代わる再臨思想を、皆さんが引き継ぐことができます。皆さんは、イエス様ができなかったことと、お父様が今まで闘って勝つたことを代わりに行う位置に立ちます。宇宙的な基準を皆さんが相続するのです。イエス様の失敗と、イエス様が十字架の道に行ったことを蕩減しなければならず、お父様の十字架の道を蕩減しなければなりません。

ヤコブが行った道は、イスラエルの家庭が行くべきだった道であり、モーセが行った道は、イスラエル民族が行くべきだった道であり、イエス様が行った道は、キリスト教徒たちが行くべき道であり、お父様が行った道は、統一教会員たちが行かなければならない道です。同じ立場です。

皆さんのその権限とは何でしょうか。氏族メシヤがイエス様の時代に果たすべき責任さえ全うすれば、私が皆さんに引き継がせてあげるのです。皆さんが氏族メシヤになるところには、反対がありません。国家復帰、世界復帰が一度に成し遂げられるというのです。

19 祝福を受けた家庭の前には、世俗というものはあり得ません。アダムの前に世俗というものがありましたか。自分が率いる家庭と神様に侍ること以外にはありませんでした。それと同じ立場です。妖しげな悪の世界を中心とした習慣性をきれいに清算し、解放された姿をもって本然の時代の長子権を純降に受け継ぐことのできる息子、娘としての自負心をもたなければなりません。その息子、娘がもつことのできるのが父母権復帰です。長子権を経て家庭を築き、息子、娘をもってこそ、父母権が復帰されるのです。

氏族メシヤを中心として父母権を復帰することによって、皆さんの本郷の地を設定できるようになるのです。皆さんはそのような天の祝福を受けました。氏族メシヤを軸として王権が連結され、国が連結されるのです。世界と国の基準をすべて立てておきました。垂直に立っています。そこに皆さんが東西南北を連結するときには、個人が蘇生であり、家庭は長成であり、氏族は完成です。そのように連結して、国家に連結させなければなりません。個人的基盤の上に家庭があり、家庭的基盤を中心として、東西南北にすべての氏族が連結されるとき、国が形成されるのです。

20 父母様は霊界に行くようになります。そうなれば、この人類はどのようになりますか。父母様の使命は、誰が受け継ぐのですか。その位置はどのような位置ですか。子女たちが受け継ぐようになっています。天運が永遠に保護する位置です。いくら世の中の人たちが皆さんのことを、父母様の子女ではないと否定しても、この関係を断ち切ることはできません。皆さんは、そのような概念をもちましたか。父母様の使命を一〇〇パーセント引き継がなければなりません。

氏族メシヤとは、真の父母の子女の位置に立ったことを意味します。真の父母の完成した子女の位置です。それを贈り物として相続させてあげるのが氏族メシヤです。何よりも重要なものは、真の父母様に対する概念です。本然の存在です。心と体が真の父母様の概念を中心として生きなければなりません。それがアダムの位置です。

最初の概念は、「私の父である」という概念です。「神様」と言えば、心と体に「あなたは私の父です」という概念が共に浮かんでこなければなりません。失ってしまったこの概念を再び取り戻さなければならないのです。真の父母様が心と体にぎっしりと詰まっていなければなりません。そこから出発するのです。基本概念です。皆さんの概念が、その段階にまで進まなければなりません。

氏族メシヤ活動の方法

真の父母様は、氏族メシヤとして定着するためには、まず入会願書をもらい、その次に、各家庭で真の父母様の写真と教会の旗を掲げ、侍るようにしなければならないことを強調された。また、「氏族メシヤは故郷に帰り、制度化と平準化のため、共同生活ができる組織を整えなければならない」と語られた。特に、四人が基台を築いて、兄弟のように過ごしながら活動することを願われたのである。

21 祝福を受けた家庭は、父母を知り、師を知り、王を知って一います。父母と師と王は、愛を中心として一体だというのです。その基点は家庭です。父母の代わりに愛を延長した師、『父母の代わりに愛を延長した王、これは、引き離すことができません。誰もが、このような愛の環境を願うのです。会社一に行ってもそのような主人を求め、学校に行ってもそのような師を求めるのです。そのようなものが、地上天国の組織です。このようになるとき、歴史上初めて、この地上に神様を中心とした伝統が立つので、習慣性が確立されます。この習、慣性は、変更することができません。この地上でそのような一心情圏をもち、天の側の習慣基盤を築いた生涯路程を経ていった人は、霊界に行っても走る汽車のようにそのまま無事通過であり、自由解放世界に入っていくのです。

この習慣性は、どこまで訪ねて降りていかなければならないのでしょうか。家庭まで訪ねていかなければなりません。今、父母様は、世界の習憒性を打倒し、国家の習慣性と闘って勝ち、これを大韓民国の家庭に連結しています。家庭で堕落したので、家庭で真の父母様の写真に侍りなさいというのです。写真は象徴的なものです。実体の影です。写真を掲げておけば、過去、現在、未来の統一が起きることによって、霊界にいる先祖たちが早朝三時になるとやって来て、敬礼式をするというのです。地上にいる自分の一族の世話をしながら、地上で一緒に暮らすのです。これからは、真の父母を中心とした心情圏的条件が成立することによって、霊界でその家庭を協助するようになります。

22 今までは、アベルがカインのために儀牲にならなければならない蕩減的時代圏内にいました。ですから、天使圏を代表した霊界がアダム圏を代表する地上世界を利用してきたのです。そのようなことが、父母様が現れて長子権を復帰し、地上世界と天上世界の秩序を整えておくことによって、地上世界のアダム圏に霊界の天使長が屈服するようになりました。天使長圏がアダム圏に、弟のように順応しなければならない段階に入ってきたというのです。

ですから、父母様の写真を掲げれば、天使圏がまず侍らなければならないのです。アダムとエバを育てるための伝統的な歴史を、天使世界がまず教えてあげなければならなかったのと同じように、早朝三時を過ぎると、父母様の写真の前に先祖たちが行列をつくり、取り囲んで霊的に敬拝をするというのです。このようなことー起きるようになれはその周辺にいる悪霊は、自動的に退いていくようになります。

23 四十年間、四千三百年の歴史を収拾してきたのと同じように、皆さんには、夜も昼も遊ぶ假がなく、御飯を食べる暇もなく走りに走り、さらに走らなければならない千里遠程が待っているのです。足が疲れて倒れる場、血を吐く場でも、どんな困難も恐れることなく峠を越えなければなりません。死ぬとしても、故郷に向かって死になさいというのです。

「私」の家庭から長子権の本然のアダム家庭を求めていくのです。失ってしまった長子権の主体家庭を求めていくというのです。勝者のアダムとエバの息子、娘は、堕落した子孫ではありません。王孫(王位継承者の長子)の子孫として故郷の村に行くというのです。ですから、どれほど深刻か分かりません。国と世界をすべて失わせた怨讐を前にして、それを取り戻すために、故郷の地に来たというのに、眠ることがよくできますか。

すべてを引き継いで相続し、立て札を立て、旗を差し、そうの王権をもった父母様の写真に侍って旗を掲げ、異なる戸籍に入籍させなければなりません。三つのことをしなければなーりません。入籍させ、その次に王権の主人の写真を迎えさせりなければなりません。その次には、旗を掲げさせなければなりません。このようになれば、サタンは離れます。そのようーになったあとには、皆さんの先祖たちが来て、早朝三時になると、父母様の写真を見て天の「帰礼式」をします。出動命令とともに、一族を平定するための天使長のような兵士の立場で、皆さんの行く道を開拓し、保護するのです。

24 故郷に帰って原理観的組織をつくらなければなりません。一族を導こうとすれば、ただそのまま大雑把な計算でしてはいけません。制度化し、平準化しなければならないので、共同生活ができる組織が必要だというのです。天の国の組織を見れば、三段階に連結された組織になります。三段階は一つです。一つの運命圏にあります。

今後、面、里、班の中で、どれか一つでも過ちを犯せば、全体が被害を受けかねない結果になるのです。三段階がきちんとくっついていなければなりません。そのような関係になっているので、原理観を中心とした生活訓練をしなければならないのです。ですから、即刻、班と通じなければならず、統と通じなければならず、面、洞と通じなければなりません。三段階が同じ効果をもつことができる内容を中心として、班で活動しなさいということです。そうしてこそ、すべて連結されます。班・里・面、班・統・洞、その次の三段階は面・郡・道の組織です。

25 氏族メシヤとして故郷に行くようになれば、一人で基盤を築くのは大変です。生活的な面でも、子女たちを連れて暮らさなければならないのに、家もないので難しいのです。避難生活のようです。

それで、四位基台の家があれば、その家で粥を炊いて食べるなら、一緒に炊いて食べながら、合同生活をしなければなりません。そのように出発するのです。一人でするのは難しいので、四人が兄弟のように活動しなさいというのです。四人兄弟が一緒に、東でも西でも南でも北でも、どれか一つの方向を受け持ち、どの方向が先に撃破できるのかという目標を中心として、重点的に教育するのです。

その次に、人か足りないときは、十二人でこのことをするのです。一人が基盤を築くに当たって、三人、四人が、また十二人が一つになり、一つ一つ基盤を築いて進んでいきなさいというのです。そうすれば、一度に席巻することができます。

26 再臨主が氏族メシヤを派遣し、家庭的メシヤとして堕落していないアダム家庭と同じ価値を認定することによって、皆さんの故郷は神様が共にいらっしゃることのできる故郷になるのです。そのようになれば、そこは自分が生まれた故郷になり、父母自体が自分の先祖になります。

氏族メシヤの重要な三大使命は、第一が先祖を復帰することです。第二が故郷を復帰することであり、第三は、人類始祖であるアダムとエバが堕落することによって神様も追放されたので、その神様と同居することです。それが氏族メシヤの三つの使命です。

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第十二篇 第三章 成約時代の開幕と成約摂理の展開

第十二篇 第三章

成約時代の開幕と成約摂理の展開

第一節 成約時代の宣布と氏族メシヤ活動の強化

「真の父母と成約時代」宣布の背景

真の父母様は、一九九三年一月三日、ソウルの青坡洞二街の前本部教会で、「摂理史的回顧と成約時代」というみ言を通し、新約時代の完成と成約時代の出発を宣布された。そして、一月十日、アメリカのベルベディア修練所でも、第二次世界大戦直後の七年期間の失敗によって再び出発した、一九五二年から一九九二年までの四十年間の再蕩減路程を勝利した基盤の上に、初めて成約時代が出発したと宣言された。続いて、一九九三年四月十日を期して、世界百六十ヵ国に「真の父母と成約時代」というテーマのみ言を一斉に宣布することを指示された。

1 旧約時代は希望を見つめながら実践してきた時代であり、新約時代は信仰を求めて実践してきた時代です。したがって、これから訪れる成約時代は、愛を求めて実践していく時代です。希望を探し出すための摂理時代だった旧約時代には、割礼を通して選民の条件を立ててきたのであり、新約時代には、水の洗礼と火(聖霊)の洗礼を通して神様のみ前に信仰を立ててきました。その次の成約時代には、神様の愛の印を押してもらうことによって、神様と愛の縁を結んでいくことができるというのです。

2 旧約時代は僕の時代であり、新約時代は養子の時代です。統一教会が主張するのは、成約時代です。新約時代には、養子となって息子の位置に上がっていってこそ、父母に出会うことができます。しかし、成約時代には、養子ではなく直系の子女になるのです。養子は血統が違います。父母と(血縁的)関係はありません。ただ、一つの目的をもって、すなわち養父母としての父と、養子としての息子になるという目的をもって、父子関係を結ぶのです。したがって、息子がいないために養子を迎えるようになるとき、養子としての息子が入ってきても、養父の願っている目的と一致しなければ、養子として選ぶことができません。

しかし、直系の子女になれば、そのような目的も必要ありません。直系の子女は、生まれながらにして、父はこちらに行き、息子はあちらに行ったとしても、分かれることは全くないというのです。どの道を行っても、その道が悪いと感じれば、二人で一緒に良い所を求めていけばよいのです。そのようになっています。それが養子と違うのです。養子はある一時を中心として会うのであり、直系の子女は父子の関係の中で、永遠を中心として会うのです。ですから、養子は血統的関係においても、血統が違います。血統は、歴史の起源から歴史の果てまでつながっていくのです。数千万代が流れても、数千万代前の血統をすべてもっているのです。

3 復帰摂理を見るとき、成約時代は新約時代を完成しなければならず、新約時代は旧約時代を完成しなければなりません。旧約時代にみ旨を完成できなかったことによって、そのみ旨が新約時代に移ってきたのであり、新約時代にみ旨を完成できなかったことによって、そのみ旨が成約時代に移ってきました。このような点で、成約時代は歴史的なすべての使命を果たさなければならない時代なのです。

4 旧約時代までは物質の時代、新約時代は息子の時代、成約時代は父母の時代です。家庭には父母が入り、息子も入り、万物も入ります。このように見るとき、蘇生は物質、長成は子女、完成は父母です。家庭を中心として、父母と息子、娘と万物があります。神様がアダムとエバのために、エデンの園に天地万物を造ってくださいました。これを取り戻すために、六千年間、僕や養子というものを立てて摂理してきたのです。

旧約時代までは僕の僕、僕の時代です。僕の僕は万物よりも劣るものとして扱うのです。新約時代は養子の時代です。息子を立てて役事していたのがイエス様の時代です。成約時代は、父母が苦労する時代です。ですから、祭物を捧げるに当たって、旧約時代までは物質をもって祭物を捧げ、新約時代は息子を祭物として捧げ、成約時代には父母を祭物として捧げるのです。成約時代は、父母が蕩減しなければなりません。

5 旧約時代までは、万物を復帰するための世界的な条件を立てておく時代であり、新約時代は、世界の万民を復帰するための基盤を世界的に築く時代であり、成約時代は、世界を一つの主権で統一するための時代です。このように、使命分担があるというのです。

主権を復帰しようとすれば、その国土を思いどおりにできるようにしなければならず、民を思いどおりにできるようにしなければなりません。その次に、民と一つになる位置で、神様に代わって立たなければなりません。それが主権復帰です。国土と民、言い換えれば万物と人が、神様に代わる一組の父母を中心として、完全に一つになったその場が、天の国を代表する地上の主権だというのです。神様が求めていく主権とは何でしょうか。その主権は、この世の中の主権ではありません。

旧約時代までは万物を復帰する時代、新約時代は子女を復帰する時代、成約時代は父母を復帰する時代です。国家と世界を見てみると、旧約時代までは万物である地、すなわち国土復帰時代に該当します。新約時代は国民復帰時代に該当します。成約時代は主権復帰時代に該当するのです。

6 お母様が「真の父母と成約時代」というみ言を発表したのですが、成約時代とはどのような時でしょうか。神様が生活を始めるということです。愛の生活を始めるというのです。神様の創造の役事は、まだ終わっていません。創造理想とは、愛の理想を完成することです。つまり、四位基台の完成、人間の責任分担の完成を意味するのですが、神様と人間の愛を中心として生活できなかったので、それをこれから歴史時代に新しく始めるというのです。

神様を中心として生活を始めるというのは、神様の家庭が出発するということです。それで、人間と神様が愛を中心として一つになり、家庭が出発するのですが、私たちの家庭だけが出発するのではありません。天の国の家庭出発とともに、並行していかなければなりません。その世界は、神様の全権時代です。ですから、このような真の父母の理念を宣布し、成約時代を宣布することによって、サタン世界はその下に入るようになります。

7 神様は、私(お母様)の夫を選ばれて、韓国のキリスト教徒に新しい真理のみ言を伝えるようにされました。しかし、キリスト教界の指導者たちは、当時、一介のみすぼらしい青年にすぎなかった私の夫が、そのような新しい真理を伝えるように選ばれたかもしれない、という可能性を黙殺してしまいました。

新約時代は旧約時代の延長なので、当時のユダヤ人たちがイエス様の顕現を不信したように、韓国のキリスト教の指導者たちも、再臨主が人の姿で地上に生まれたという事実を信じることができなかったのです。もしその当時、キリスト教が夫と一つになっていたならば、地上世界はもちろん、天上世界においてまでも天国ができあがったはずです。一九四五年から五二年までの七年間に、神様の摂理に従って全世界が一つに統一されていたでしょう。

しかし、その当時、宗教指導者たちは、夫に盲目的に反対しました。神様は、キリスト教を育てて発展させ、再臨主のための道を整えさせるために、アメリカのようなキリスト教絶対権の国家を育成しました。彼らがたとえ悟れなかったとしても、その当時、韓国の牧師たちは、全世界のキリスト教を代表する位置に立っていました。

しかし、第二次世界大戦後、アメリカと世界のキリスト教が夫と一つになれなかったので、アメリカとキリスト教はその時から下り坂に差し掛かり始め、道徳的権威も失墜し始めたのです。

第二次世界大戦後、アメリカとキリスト教は、カインとアベルが一つになった勝利的な基台の上に立ち、再臨主を迎える機が熟していました。しかし、彼らは再臨主を迎えることに失敗し、それに同調して、世界が夫の活動に反対しました。それで、夫は荒野へと追い出され、どん底まで追い落とされましたが、再び上がってきたのです。

8 キリスト教文化を根として立てられたアメリカを新約時代に例えれば、(それまでの)韓国は旧約時代に例えることができます。ですから、最初の二十年間、夫は韓国において、イスラエル国家の立場と同じ韓国と、ユダヤ教の立場と同じ統一教会を中心として、旧約時代を蕩減する路程を歩みました。この基台の上で、私たちは一九六〇年に、国家的な次元で真の父母の聖婚式を成し遂げました。

その後、一九七一年に、私(お母様)は夫と共にアメリカに渡りました。そうして、過去二十年間、私たちは、アメリカで新約時代を完成し、成約時代を出発するための蕩減路程を歩みました。その結果、神様を中心とした真の愛、真の生命、真の血統の根源となる真の父母の家庭を探して立てることができたのです。

9 今日、復帰摂理歴史の転換点において、真の母の位置にいる女性は、真の父を迎えることのできる基盤を造成しなければなりません。キリスト教が新郎を迎えることができなかったあと、神様の摂理は四十年延長し、一九九二年まで来ました。この期間、私(お母様)は失った世界的新約時代を探し立てるために、韓国、イギリス、アメリカ、フランス、日本、ドイツ、イタリアを一つにしようと祈りながら、努力してきました。

そうして、一九九二年四月、夫と「世界平和女性連合」を創設し、世界的に女性時代の到来を宣布しました。その基盤の上に、一九九二年の一年間、私は真の母の心情で、先に列拳した七ヵ国はもちろん、ロシアと中国、オセアニアまで訪ねていき、そこの女性たちを動員して「世界平和女性連合」の支部を創設しました。

このようなことを中心として、第二次世界大戦の時から、カインとアベルの関係で分かれていた国々が真の母を迎え、戦後に失っていた新婦の基台を復帰し、真の父を迎えることのできる基盤ができました。このように、勝利した世界的な基盤の上で、真の父母になったことを初めて宣布したのです。

10 新約時代は、再臨主を迎えることによって終わります。新約時代に再臨主が顕現され、家庭、氏族、民族、国家を七年間で収拾すれば、その時から成約時代です。再臨主が来て、地において、世界的な版図圏の基盤の上で、失ったアダム家庭型を清算し、定着して出発する時が、約束を成就する成約時代だというのです。荒野に追い出されてこれを失ってしまったのに、その成約時代がどうしてやって来るのでしょうか。

ですから、仕方なく旧約時代と新約時代にイスラエルが準備した新婦圏を、アメリカが代表するようになったのです。したがって、アメリカがこれを逃してしまえば、旧約時代と新約時代を放棄しなければなりません。そのようにすれば成約時代の基盤が崩れてしまいます。旧約時代、新約時代の基盤を中心に、それを条件として残さなければ、蕩減できる基盤がなくなるからです。ですから、アメリカをアベルの位置に再び立てたのです。

11 成約時代は、霊肉を中心とした時代なので、霊を中心とした新約時代それ自体では、成約時代に越えていくことができません。この時代に来られる方が再臨主です。この時、キリスト教が世界的にあらゆる蕩減をして再臨主と一つになれば、成約時代にそのまま越えていくのですが、一つになることができなければ、再蕩減が展開されるのです。言い換えれば、基盤が崩れれば、崩れたこの基盤を代わりに築かなければ、定着して立ち上がることができないというのです。

それでは、メシヤがメシヤとして登場しようとすれば、第一に何をしなければならないのでしょうか。新約時代の霊的な事実を完全に引き継がなければなりません。洗礼ヨハネからイエス様が洗礼を受けたのと同様に、霊的世界であるキリスト教が今日の世界的な舞台まで備えているので、それを霊的にイエス様から引き継がなければならないというのです。再臨主が霊的な引き継ぎをするとき、そのまま受けるのではありません。その方は、すべてに勝たなければなりません。サタンに勝たなければならず、霊界にいる大勢の霊人たちがすべて自然屈伏する基盤を築かなければならないのです。そのような最高の勝利基盤の上に立ってこそ、引き継ぐことができます。

第二に、霊的に引き継いだものを、地上で実体として完成しなければなりません。旧約時代に完成されなければならない摂理が新約時代まで延長されてきて、いまだに霊肉ともの完成が成し遂げられていないので、成約時代を出発するためには、これをすべて霊的に蕩減復帰しなければなりません。そのようにしなければ、成約時代に越えていくことはできないのです。言い換えれば、イエス様が霊肉共に成し遂げようとしたすべてのことを、再臨主が再び蕩減してあげなければ、成約時代の出発をすることができないという結論が出るのです。

12 メシヤは真の父母です。偽りの愛、偽りの生命、偽りの血統、偽りの良心の基準で出発した歴史を清算するためには、真の父母が出てきて本然の完成したアダム、すなわち神様と一致できる理想的な男性を中心として、失った母と息子、娘を連結させなければなりません。

第二次世界大戦終結直後、エバ、母の代表国家のイギリスとアベルの代表国家のアメリカ、そして、カインの代表国家のフランスを中心として、キリスト教文化圏が統一天下を成就したのですが、その時にお父様と一つにならなければなりませんでした。お父様と一つになっていれば、共産圏は出てきません。これを四十年で蕩減復帰するのです。新婦圏を失ったので、お母様を中心としてアベル国家のアメリカを収拾しなければなりません。

お父様の妻は、世界を代表した真の母にならなければなりません。そのためには、失ったイギリスを取り戻さなければならず、失ったアメリカを取り戻さなければならず、失ったフランスを取り戻さなければならないのです。失った連合国の基盤、統一世界の新婦圏の基盤を取り戻さなければなりません。それで、世界と闘って平定し、世界的勝利の基盤を築いて、その上にお母様を立て、「真の父母と成約時代」を発表したのです。

偽りの父母が、「成約」ではなく約束の失敗、約束を成し遂げられない「破約」時代に導いたので、そこから神様と真の父母を中心として、初めて破約ではなく、成約時代に入っていくのです。「真の父母と成約時代」です。創造理想の約束の上に、世界的版図でこれを宣布したのです。

13 真の父母が定着することによって、女性解放とともに、「真の父母と成約時代の到来」を宣布しました。キリスト教文化圏が新婦として立つことができなかったので、お母様が再び女性を束ねて、一九九二年にお母様の大宣布運動を展開したのです。それが女性解放運動です。お母様が解放を宣布し、「真の父母と成約時代」を発表したので、もはやサタン世界は終わるのです。

家庭を収拾し、国を収拾できる所は、統一教会しかありません。真の父母様の家庭の伝統を新たに編成することによって、真の氏族、真の民族、真の国家、真の世界、真の天地、真の天の国が成し遂げられるというのです。このように、公式的な発展をしていくのです。

14 統一教会で言う「真の父母と成約時代」とは、転換期を意味します。それで理想的家庭編成、理想的氏族編成をしようとするので、家庭連合が出てこなければなりません。統一教会の祝福は、長成期完成級で天の側の天使長(の立場の者)が結婚することです。このようにして完成圏を越えてこそ、直接主管圏であるアダム家庭に入っていくのです。

それで、お父様も一九六〇年を中心として、長成期完成級を通って完成期に越えていく過程で、世界的迫害時代を迎えたのです。その迫害時代を越えて定着しなければなりません。本来、一九五二年には定着しなければならないのですが、延長して一九九二年に、お母様を中心とした女性時代を発表し、女性解放とともに、新たに父母様が同じ位置で天のみ前に立てるようになりました。

女性解放をしなければ、アダム解放圏を備えることができません。アダムとエバの愛を中心として、失ってしまったアダム家庭の夫婦の基準を立てるまでは、すべてが兄弟です。神様の子女の位置を備えた基盤を通して、新たに理想的家庭を編成して越えていかなければなりません。

15 お父様は、すべてを実践してから教えてあげます。今ではもうすべて成し遂げたので、第二次世界大戦直後の統一的な世界と失った新婦圏を再び収拾するためにお母様を立て、一九九二年の「世界平和女性連合」の創設とともに、一年間活動してきました。お父様が一生の間に蕩減した内容を、一年間ですべて伝授してあげ、お母様を同じ位置に立てて、キリスト教文化圏の相続というものを蕩減復帰するのです。

このように、解放された本然の位置に立つことによって、神様も解放され、父母様も解放され、万民も解放され、新約時代全体が完成するようになったので、これから成約時代を出発することができるのです。

16 再臨の時までは再臨主一人で来ましたが、再臨主がこの地に定着することによって、数万人の氏族メシヤを横的に配置しました。したがって、これを取り除ける悪魔の勢力はありません。既に完成した立場で、長成期完成級を超越した完成期完成級ですべて配置したので、これから統一天下が現れるようになっています。これをどこに行って定着させなければならないのでしょうか。家庭に帰って定着させなければなりません。これが重要な内容なので、「統班撃破」という言葉を中心として、家庭教会活動を教示してきたのです。

女性たちを立てて、これを再び整備しています。公式的な基準、最後のプログラムを各家庭に適用させ、家庭で失ったエバとカインとアベルを取り戻し、種として植えるのです。そうすることによって、本然的な故郷で善なる支派の族長になり、先祖になります。その世界は、サタンと関係のない世界であり、そこから地上天国が顕現するのです。

成約時代における氏族メシヤの責任

真の父母様は、成約時代の宣布とともに、全世界的に救援歴史を締めくくるため、氏族メシヤ活動を本格化することを指示された。氏族メシヤは、家庭を復帰し、さらには氏族と民族、そして、国家を復帰すべき使命を帯びた人々であると明かされ、先頭に立って真の父母様を世の中に知らせることを強調されたのである。

17 これから世界的に、すべて還故郷しなければなりません。氏族メシヤを配置したというのは、父母が地上に着陸したということです。新約時代に来られる主は一人です。この一人の主が再び来て、縦的に真の父母となり、この地上に着陸することによって、息子、娘を生んで横的に数万双の氏族を配置したのです。これが成約時代の出発です。

一九九三年からは、世界に向かう南北統一の運勢なので、これからは本格的な成約時代に出発するのです。歴史始まって以来、アダム・エバ、カイン・アベルが定着できないことによって成し遂げられなかった世界的な版図を、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会および世界既成家庭祝福結婚式を中心として、右翼と左翼とバラバ圏を統一しました。

その時、イスラーム圏の八ヵ国の指導者たちを呼んで祝福してあげたのです。今までは蕩減の道が多かったのですが、今や万民解放とともに、サタン世界で反対していた父母、功のない人たちも、無条件に祝福してあげ、完成したアダムの位置、父母の位置に立ててあげたのです

18 今までの歴史には、宗教の志のために、世界を捨て、国を捨て、先祖を捨て、郷里を捨て、父母や妻子まで捨てて出家しなさいという言葉がありましたが、今や蕩減復帰時代がすべて過ぎ去ったので、世界を抱き、国を抱き、民族を抱き、氏族を訪ねていかなければなりません。

イエス様を中心として見れば、蘇生、長成、完成ですが、これをひっくり返せば、真の父母が先祖になるのです。蕩減復帰は、このように逆さまになります。旧約時代と新約時代を経てきましたが、成約時代が完成すれば、成約時代が先祖になるのです。新約時代である二代目は、イエス様の時代に該当します。その次に、三代目が成約時代に該当するので、氏族メシヤを中心として、家庭を収拾しなければなりません。

ヨハネの黙示録を見れば、「キリストと共に千年の間、支配する」(黙示録二〇・六)とあります。今、支配しているのです。万王の王として来るキリストと共に支配するというのは、父母の位置に上がっていくということです。そのような氏族的責任の中心者を、統一教会では「氏族メシヤ」と言うのです。この時代は、成約時代の門が開かれる時だというのです。

19 お父様は闘って基盤を築きましたが、皆さんは闘わずに上がることができます。お父様は故郷に背を向け、世界に背を向けて、追い出されて再び取り戻してきましたが、皆さんはお父様が勝利した世界、国、民族まで(の勝利圏を)相続できるので、ここに氏族さえ連結させれば、その氏族たちが民族と国家と世界の福を受けるようになります。皆さんが氏族たちに、それ以上に与えることができる福はありません。ですから、氏族メシヤは、王の権威を備えた先祖の位置に立つのです。

これは誰もがやらなければなりません。例外はありません。イスラエル民族がカナンの福地に入っていくとき、一人でも残していけば、それを知っている人が責任をもたなければなりません。もうカナンの福地に入ったので、建国理念を求めなければならないのです。統一教会も同じです。国を求めなければなりません。南北を統一しなければならないのです。

20 氏族メシヤになろうとすれば、家庭的メシヤを探し出さなければなりません。氏族メシヤの活動をしなければ、霊界にいる先祖たちが降りてきて打つというのです。霊界の先祖たちは、天使長の位置です。完成したアダムの位置ですべて生かしてあげなければならないのに、これを妨げているので、霊界の先祖たちが打つというのです。旧約時代までのように万物にすべて蕩減させ、その次に、新約時代のように息子に蕩減させます。成約時代には、父母が蕩減するのです。

自分の実体が激しく打たれます。そのような恐怖の世界が霊界から不意に襲撃してきます。これが起きる前に、早くやって入籍しなければなりません。そのため、イエス様の時代に、イエス様が氏族メシヤと家庭的メシヤを率いて国に入籍しようとしたのですが、できなかったので、再臨時代に世界的版図圏内で入籍して国をつくらなければなりません。

氏族メシヤになれず、家庭的メシヤになれなければ入籍できません。氏族メシヤになろうとすれば、家庭的メシヤを完成しなければならないのです。家庭的メシヤも、なぜメシヤというのかといえば、サタンと関係がないからです。

21 今まで宗教は、出家を命令し、(聖職者に対して)結婚を否定しました。しかし、統一教会は、「還故郷をしなさい」と言います。「世界統一国開天日」を宣布し、「真の父母と成約時代」を発表したので、家庭を求めていかなければなりません。そして還国です。国を求めていかなければならないのです。

アダム家庭では世界を統一できません。アダム家庭の基準と同じ英米仏が、世界的国家を代表し、カインとアベルが新婦国家と一つになって、来られる新郎の再臨主、真の父に侍り、神様と一つにならなければなりません。そうすることによって、平面的に、再臨主の完成圏が氏族メシヤの完成圏に延長されるのです。

第一次先祖のアダムが堕落によって失敗したことを、第二次先祖のイエス様が復帰しようとしたのですが、再び失敗したので、第三次先祖が来てイエス様の失敗を復帰してこそ、成し遂げられます。祝福家庭は、家庭的メシヤであるアダム家庭を復帰しなければなりません。このようにして、平面途上で同等な価値を認めるのです

22 今日の統一教会は、荒野四十年路程を終え、カナンに上陸しました。これから真の父母を宣布し、国を復帰しなければなりません。還国とサタン圏整備です。国に帰らなければなりません。ですから、建国思想をどのように立てるかが問題です。今は、イスラエル民族がカナン復帰したその時と同じなのですが、世界版図、それ自体がサタン側と天の側に分別されます。国家ではなく世界です。国家の限界線を越えた世界的版図で、同じ位置に立っているのです。

23 成約時代の開幕とともに、全世界的に救援歴史を完成するメシヤの分身となる氏族メシヤの時が来ました。皆さんの家庭を復帰し、さらには皆さんの氏族と民族、そして、国家を復帰しなければなりません。このような使命を帯びた人々を「氏族メシヤ」と呼ぶのです。

既に私たちは、数万組の氏族メシヤ宣教師を全世界に派遣しました。遠からず、世界的な次元で理想的な家庭が立てられるでしょう。成約時代には、母の役割が大変重要です。堕落した時とは正反対に、母が子女たちと一つになり、(皆さんの)夫を復帰し、真の父母様の祝福を受け、神様のみ前に戻っていかなければなりません。

24 皆さんの家庭を中心として誇るべきものは、真の父母しかありません。皆さんが神様の息子、娘になり、真の父母の息子、娘になったという事実は、歴史時代において勝利者の中の勝利者であり、救援摂理の中でサタンを退治した大将の中の大将だということです。世界的に真の父母を宣布したのと同じように、父母様の伝統を誇り、宣布しなければなりません。村に入って「真の父母の息子、娘になった」と言い、皆さん自身を村の人々に誇らなければならず、皆さんの家庭を彼らに誇らなければならず、氏族に誇らなければならず、国家に誇らなければならず、世界に誇らなければなりません。

そのようにすることによって、村のどこでも真の父母を誇らなければ、皆さんの行く道が塞がるのです。真の父母を誇り宣布する人たちは、行く道が万事亨通(すべてが思いどおりにいくこと)に開かれるというのです。ですから、「私」が家庭から氏族、民族、国家、世界を巡りながら真の父母を宣伝することによって、解放された勝利者になれるということを知らなければなりません。

第二節 主要な宣布式と成約摂理の展開

真の父母様は、一九九三年一月三日、成約時代の開幕を宣布されたのち、「八・一節」の宣布、「世界平和統一家庭連合」定着と蕩減解消宣布、天地父母天宙安息圏(七・八節)宣布、成約時代と天上・地上天国完成宣布、天地父母天宙勝利祝賀宣布、天地父母天宙統一解放圏(九・九節)宣布、天地父母天宙統一解放式(三・十節)宣布、自分の家庭の名前で報告祈祷する時代宣布、「双十節」宣布、総天宙祝福解放日宣布、真の父母様の摂理観的責任完遂宣布を通し、成約摂理を完成、完結、完了された。真の父母様は、このような一連の宣布を通し、新千年紀を迎えて展開される天宙平和統一国の摂理を準備されたのである。

「八・一節」宣布

(一九九三・八・一、アメリカ、ベルベディア修練所)

1 家庭が第一です。家庭には三代がいなければなりません。祖父母と父母は、王と女王の位置です。次の世代は、将来、王になる王子と王女です。真の父母の理想を中心として家庭を立てるのです。何ものも、それを動かすことはできません。永遠に定着するのです。なぜでしょうか。太陽が昇れば、あらゆる被造物は、その昇る太陽に向かうようになっています。同じことです。

アメリカの万物が真の父母を仰ぎ、一つになろうとするのです。言葉だけではなく、実際にそうです。それで、アメリカの五十の州に勝利の基盤を築き、神様が祝福したあらゆるその根、個人基盤、家庭基盤、氏族、民族、国家、世界、天宙の基盤を、けさ神様と真の父母が一つになってイースト・ガーデンに向けさせるのです。そのように一つになる式が、八月一日のこの式です。八月の八数は再出発数です。記念日です。今から統一教会の時代だということを宣布するのです。

2 イスラエル民族がカナンの福地に入るとき、責任を果たせなかった一世たちは、すべて荒野で倒れました。お父様が今まで四十年間したこととは何でしょうか。統一教会や世界全体が未完成圏内にとどまっているのですが、「完成の立場に立った」と言えるようにしようとすれば、すべて掃いてしまわなければなりません。第一次イスラエル民族を掃いてしまったのと同じように、そのような立場で、お父様が先頭で責任をもって、失ったキリスト教文化圏を復帰したのです。天使長がエバを引っ張って地獄に行き、天使長とエバが一つになってアダムを引っ張っていったことを世界的版図で蕩減復帰しました。

キリスト教文化圏がお父様と一つになれなかったのは、洗礼ヨハネがイエス様と一つになれなかったことと同じです。ですからお父様は、荒野に追われ、四千年の歴史、創世記以降のあらゆる歴史を蕩減したのです。ヤコブ家庭から民族を中心としたモーセ、イエス様を中心とした百二十門徒その次にお父様を中心とした百六十の宣教国、このすべてのものを蕩減復帰しなければならないというのです。

お父様が全体に責任をもったので、このような立場で、天がキリスト教を失い、自由世界を失ってしまったことを、責任をもって取り戻さなければならないのです。それで、これを「還国時代」とし、八月一日を「還故国の日」と宣布しました。このような時になるので、戻っていくためには、必ず失ったキリスト教文化圏、新婦圏を取り戻さなければならないのです。

「世界平和統一家庭連合」の定着と蕩減解消宣布

(一九九六・一一・一、ウルグアイ、モンテビデオ)

3 一九五二年から四十年間ですべてのことを蕩減し、一九九二年に女性解放の基盤の上で、お母様をお父様の横に、対等な位置に立てました。その時からお父様の権限を、お母様に譲り渡すのです。三年から四年以内にお母様に譲り渡すというのです。その道を歩んでいます。

一九九七年までに、すべて清算しなければなりません。それで急ぐのです。やり残せば問題が起きます。このようにして「世界平和統一家庭連合」が定着できる基盤を築き、蕩減解消宣布式までしなければならないのです。

4 お母様が世界的メシヤ基準で、氏族メシヤ基準と家庭的メシヤ基準を連結できる地がありません。ですから、イエス様が洗礼ヨハネによって失った三十三年の生涯を代表する三十三人を立て、その国の主体と対象を結びつけるのです。このようにして、お母様が、行くことのできる橋を架けるというのです。それで、お母様が南米からアメリカ、日本、韓国まで行くに当たって、三十三人を中心として、広々とした大平原のようになっていたものを連結させました。

お母様をお迎えするのに、あらゆる精誠を尽くしたので、南米ですべてのことが成し遂げられるようになりました。南米が問題だったのですが、そのように成し遂げられました。北米には今、私たちが築いた基盤があるので、いつ行っても、集会(をすること)は問題ありません。カイン・アベルの十六ヵ国を中心として、これが三十二数なのですが、お母様まで含めれば三十三数と同じになります。家庭的メシヤ圏、氏族メシヤ圏、国家(的)メシヤ圏をすべて成し遂げて、世界的メシヤ圏が地で循環できる基準ができているので、世界の家庭が初めてこの地上に着地できる時が来たというのです。

ですから、一九九六年七月三十日、アメリカのワシントンDCで、「世界平和統一家庭連合」の創設大会をするようになりました。八月一日以降、三ヵ月と一日目である十一月一日に「世界平和統一家庭連合」の定着と蕩減解消宣布式を行いました。このようにすることによって、全世界の家庭は、放っておいても統一教会を訪ねてきて、「祝福を受ける」と言う運勢に入るのです。

5 今まで私たちは、エデンを復帰してきました。言い換えれば、エデンにおいて、家庭を中心として、失った長子権、父母権、王権を世界的に拡大させて、均衡な平準化と水平線を形成した中で、神様を中心として家庭を再度編成し、個人時代から家庭時代、氏族、民族、国家、世界、天宙時代まで、直線上に立ててきたのです。体と心が一つになるのと同じように統一されなければなりません。そうすれば、神様が個人時代から家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、どこでも自由に往来できるのです。

ところが、サタンが反対できる条件が成立しているので、父母様が「世界平和統一家庭連合」の定着、数多くの家庭の定着と蕩減解消式を宣布したのです。

6 (皆さんの)父母以上に真の父母に侍り、真の父母から祝福を受けることによって、初めて真の父母が勝利したものを相続することができます。真の父母が勝利したものをその息子、娘が相続できる権限は、サタンも、神様も否定できないというのです。それが蕩減解消です。「世界平和統一家庭連合」が定着して、真の父母を父母として侍り、絶対家庭で孝子、忠臣、聖人、聖子になり得る愛をもって一体になった息子、娘になるとき、初めて、真の父母が完全に勝利したもの、すなわち、神様の全権を相続できるというのです。

「天地父母天宙安息圏(七・八節)」宣布

(一九九七・八・九、九里中央修練院)

7 東洋と西洋の文化全体を失い、南北の統一世界を中心として、万国の中心国家であるべき祖国の地を失い、祝福を完成して、あなたの一族が天の一族とならなければならない、その血族の子女たちが、二分されなければならない立場に立ちました。それゆえに、再び共産主義と民主主義を中心として二分された闘いを経て、四十年間、再び復帰の道を歩むしかなかった歴史的な事実を、統一の群れは知っております。

この四十年の期間は、摂理史の四千年に代わる期間であるがゆえに、キリスト教とキリスト教国家、あるいは宗教と宗教信仰を中心としたあらゆる人々に主権を行使し続けてきたサタン世界と全世界が一つになって、主権国家とあなたのみ旨に反対し、来られる真の父母を攻撃した、四十年歴史に対する(天の)お父様の悲しみを誰も知りませんでした。ただ一人、ただ一人、ただ一人この道を開拓してこられたお父様の指導のもと、あなたの個人的な安息所を備えるための闘い、夫婦の安息所を備えるための闘い、家庭的な安息所を備えるための闘い、氏族的な安息所を備えるための闘い、国家的、世界的、天宙的な安息所を備えるための闘いに勝利し、あなたが自由自在にお過ごしになることのできる、創造理想的な自由環境を開拓するための受難の四十年歴史を経てきて、今や峠をすべて越えました。そのことによってきょう、真の父母を中心として、天宙安息圏を宣布できる驚くべき時代を迎えました。

8 きょうこの日は、この息子が七十七歳を迎えた日であり、一九九七年七月七日七時七分七秒を中心として、七数を八回連結させることのできる焦点を合わせて、七数と八数を越えることができ、安息年と再出発の数を連結させることができる日です。ですから、統一家のすべての群れは、今から天の権威と愛の伝統を受け継いだ家庭を中心として天に侍り、国家を中心として天を安息させ、世界を中心として天を安息させ、天宙を中心として天を安息させることによって、神様と真の父母様が自由に顕現できる安息的基盤が、家庭から天宙まで立てられました。そうして、神様と一体となることのできる一つの地上天国と天上天国の王権が、一時に樹立される限界線を越える時を迎えさせることによって、これを成就するようになりました。

9 今や真の父母の家庭から、悲しみの涙を流したその涙の跡が消える時代がやって来ました。あなたの解放を願い、父母様の家庭から万国に顕現なさるときに、滞りなく行き来できる、愛する子女たちと、愛する国と、愛する世界と、愛する天宙を、創造理想の特権的な最高の頂上で自由に備えられる顕現を、真の父母のみ名によって宣布するとともに、あなたの解怨成就の全幅の解放を宣布いたしますので、受け入れてくださることを切にお願い申し上げます。そうして、天地父母天宙解放圏を宣布するこの時間を喜んでお受け取りください。天からこれを宣布してください。天上世界と地上の統一圏に勝利の旗を高くお掲げください。

10 神様は安息の家を失ってしまいました。ですから、堕落した人類の理想家庭を探し求めるのは、神様の安息の家を取り戻すことです。この安息の家は、何を中心として形成されるのでしょうか。真の愛を中心とした、真の父母と真の子女、すなわち真の家庭を中心として形成されます。それで、家庭が中心だというのです。

家庭を中心として一族ができなければなりません。統一教会員たちは、家庭を中心とした一族のメシヤ、氏族メシヤにならなければならないのです。家庭では、家庭的メシヤにならなければなりません。家庭的メシヤ、氏族メシヤになり、国家を形成すれば国家メシヤになり、世界的メシヤに連結するのです。そこから地上天国が形成されます。

安息は個人から全世界、天の国の果てまで、神様が行ってどこでも休むことができなければなりません。休むためにとどまる所が家庭であれば、そこで個人と夫婦と息子、娘全体が神様をお迎えして喜ぶのです。

11 天が安息圏を宣布したので、世界的な三万双、三十六万双、三百六十万双を中心として三千六百万双、三億六千万双の祝福をするのです。三億六千万双が分水嶺でした。ですから、この峠を越えることによって、世界の全人類は一つの家庭になるのです。

アダム家庭でそれを成就できずに失ったので、国家でこれを成し遂げようとし、世界でこれを成し遂げようとしたのですが、父母様を中心として家庭で勝利し、国で勝利し、世界の版図で勝利したすべてのものを中心として、初めて全人類が解放圏に入るのです。

ここで重要なのは、これから世界的家庭時代を迎えて、世界的家庭が天地を代表できる家庭の時代に入っていくということです。これは、真の父母が個人的に勝利し、家庭、氏族、民族、国家、世界的にサタン世界と闘って勝ったので、天が自由版図の上に立ち、どの村に行っても、どの国に行っても、祝福が自由化される時代が目の前に来たということです。

成約時代と天上・地上天国完成宣布(一九九九・四・一一、アメリカ、イースト・ガーデン)

12 アメリカは、父母の前に長子ではありませんでした。一番反対する放蕩者の立場にいたアメリカですが、父母様が第二次世界大戦で勝利したイギリスとアメリカの位置を取り戻してあげることによって、長子権を回復しました。ですから、父母と長子が一つになりました。この基盤の上で行われるのが、真の家庭世界化前進大会の巡回講演です。

それで、聖人たちも地上に任地を決めて配置しました。真の父母の名で、彼らを任地に配置したというのです。その霊人全体を動員して、韓国もみ旨の前から遠ざかり、日本もみ旨の前から遠ざかり、アメリカもみ旨の前に未完成段階にいるのを、一九九九年二月七日に韓国で三億六千万双の国際祝福式をすることによって、初めてここですべて父母様が責任をもつのです。

霊界で失敗したあらゆることと、地上の選民国家が果たせなかった責任のすべてを、父母様が直接責任をもち、韓国と日本とアメリカを結束して着陸させたのが、一九九九年二月七日の国際祝福式でした。そうして、再び定着できる基盤を世界的に拡大するために、お父様が韓国の八ヵ所で巡回講演をして、その次に、日本とアメリカはお母様が責任をもって巡回講演をしたのです。ですから、日本で十六ヵ都市、アメリカで二十四ヵ都市など、世界で合わせて八十ヵ都市での大会をすべて終えました。

13 父母と子女が失敗したすべてのことを、初めて父母様が再び責任をもって成し遂げました。神様もできず、キリスト教もできなかったことを、初めて父母様が責任をもち、再び着地できる基盤を築くために歩んだのです。

ですから、韓国の勝利、日本の勝利、アメリカの勝利をもって、長子権を中心として、キリスト教文化圏が一九四五年に責任を果たせず、今までの荒野四十年家庭カナン復帰路程においても失敗したので、そのすべてのことに父母様が責任をもち、全権を握って処理して、カイン文明世界三十四ヵ国を中心とした地上に定着させるのです。このような決定をするためのものが、一九九九年の「真のお母様真の家庭世界化前進大会」の巡回路程です。

これを、世界に植えなければならないというのです。韓国まで合わせれば三十四ヵ国です。イエス様は三十四歳で国を探し出して世界に越えていくべきでしたが、失敗したので、これをすべて清算し、世界に基盤を拡張する時だというのです。

天地父母天宙勝利祝賀宣布(一九九九・六・一四、ソウル、オリンピック公園体操競技場)

14 自分自身を中心として、心と体が一つにならなければなません。体は横的で、心は縦的です。それが正分合です。心と体が分かれているので、この分裂した心と体を一つにしようというのが統一教会です。これが、私たちがまず何よりも完成しなければならない目的です。心と体を一つにすることが蘇生の正分合です。

その次に、夫婦が一つになることが長成の正分合であり、父母と子女が一つになることが完成の正分合です。そのようにならなければ、天の国に行くことができません。

祝福を受けた家庭でも、それが一つでも欠如すれば、霊界に行ってから、天国ではなく楽園に行って訓練を受けなければならない過程が残るのです。これをしなければ、霊界に行って何千年、何万年かかるとしても解決しなければなりません。家庭の楽園が生じるのです。父母様がこのようなことに責任をもち、障害になり得るものを縦的、横的に清算しました。ですから、真の父母を中心として絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。

そのようにするために、一九九九年六月十四日に「天地父母天宙勝利祝賀宣布式」を行いました。そのような祝賀をしたので、あらゆることが終わったのです。

15 「天地父母天宙勝利祝賀宣布式」をすることによって、初めて天国の起源になることができる基地をつくりました。それで、一九九九年七月二十七日に、南米に行って聖地をつくったのです。それが、第一に源焦聖地、第二に根源聖地、第三に勝利聖地です。

神様や父母様や祝福を受けた家庭が、源焦点である源焦聖地を失い、根源聖地を失い、勝利聖地を失いました。しかし、完成家庭を成し遂げてこれを回復したのです。ここは、歴史の出発から終わりまで整理できる聖地です。また、ジャルジンに世界平和理想家庭教育本部をつくりました。そこから天国が出発するのです。そこで教育を受けて、この場を経て天国に行かなければなりません。

16 一九九九年六月十四日午後一時十五分を期して、真の父母の名をもって、五月十四日、ブラジルのパンタナールで「天宙解放宣布式」を行い、五月三十日には、ベルベディアで「真の父母様東西洋(地球星)勝利祝賀宣布」をしたその基盤の上に、天地を代表した真の父母の勝利圏を中心として、勝利歓迎宣布ができる驚くべき歴史的な時点を迎えました。

天のみ前に、人類の先祖が罪を犯し、悲しい歴史を残したすべてのことを胸に抱えたまま、誰も解けない恨の心情を抱いてこられた(天の)お父様であることを知っています。そのようなお父様のみ前で、讒訴し、呪いながら嘲弄していたサタンを見つめるお父様の心が、どれほど曲折の多いものだったかを知っています。堕落していない本然の完成したアダム家庭を中心として、神様の血統が連結された愛の氏族圏を編成し、民族と国家を経て世界の上に、地上・天上天国の出発を御覧になろうとされたあなたの理想は、完全に水泡に帰してしまいました。

神様がエデンにおいて成し遂げなければならない、堕落していない本然のアダムとエバの完成的家庭倫理がなくなり、家庭基盤がなくなってしまったこの世の「終わりの日」に、ついに真の父母がやって来ました。真の父母の理念を引き継ぐために、青少年から壮年時代の受難の環境を経てきながら、神様の家庭的青少年倫理基盤を中心として、神様の愛による血統を連結させる世界化祝福結婚をするようになったのです。そうして、血縁的関係が五色人種(すべての人種) を越えて、兄弟の心情関係を結ぶことができる版図が、四億双を超える段階にまで来ました。

天地父母天宙統一解放圏(九・九節)宣布(一九九九・九・九、九里中央修練院)

17 (天の)お父様。(私の)七十九歳の九数に、一九九九年九月九日九時九分九秒を中心として、天地の恨で塞がっていたサタンの完成数である九数圏を越えるようになります。

天上世界から地上世界に至るまで、堕落の因縁によって拘束された全体は、サタンを中心として連結されていることが、原理によって解き明かされました。その内容は、腹中時代から幼児時代、兄弟時代、約婚時代、結婚時代、父母時代、祖父母時代と王時代までのあらゆるものが塞がっているということです。それで、男性世界と女性世界が共に血統を中心として連結されなければならない一体的な理想圏が、サタンのゆえに成し遂げられなかったので、腹中圏から幼児圏、兄弟圏、約婚圏、夫婦圏、父母圏、祖父母圏、王圏まで塞がり、善と悪が闘ってきたのです。

そうして、天の側のアベル的な兄弟圏が多くの血を流してきました。そのアベルを中心として、カインを逆に屈服させ、天の国の長子権を取り戻してサタン世界を自然屈伏させなければ、汚された神様の善なる血統関係を立て直すことができません。これが恨の救援歴史です。

このように、人類の根本的な主流の道がどのようになっているかを明らかにできたというのは、この地上に真の父母が現れることによって可能になったのです。

18 偽りの父母によって成された全体は、九数に該当します。その九数を神様が支配しなければなりません。ですから、神様は、旧約聖書で十分の一条圏を中心として、サタン数である九数を清算するための摂理歴史をしてきたのです。

サタン数の頂上数であるこの九数を、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的に屈服させるだけでなく、地上世界と天上世界が真の父母を中心として整備され、地上地獄と天上地獄を塞いでいたあらゆる垣根が縦横に崩されて、地上の愛を中心として天国にまで直行できる道が連結されるようにならなければなりません。

19 「七・八節」を中心として、天地父母天宙安息圏を宣布してから満二年が過ぎました。サタン世界に塞がっているあらゆるものを完全に清算しなければ、二〇〇〇年代に越えていくことができません。一九九九年九月十日に十数を加えることによって、一九九九年が二〇〇〇年代を迎えられる数になることで、堕落のない本然の創造理想が完成し、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界のあらゆる次元で、地上世界と天上世界が連結されるのです。それによって、球形的な統一世界を求めようとする、その本然のみ旨が成就する天地の解放圏を成し遂げなければなりません。一九九九年六月十四日を中心として、「天地父母天宙勝利祝賀宣布式」をもった基盤の上で、きょうの「天地父母天宙統一解放圏」を宣布できるようになったのです。

20 一九九九年九月九日から神様が宣布するこの宣言の前に、絶対服従、絶対屈服することによって、今まで天に反対していたものが、善の方向に一八〇度転換し、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の関係を備えなければなりません。それによって、エデンの園で天使長が絶対信仰、絶対愛、絶対服従で天倫の大主体の父母、相対の父母、天地の父母に従えなかったことを蕩減復帰し、全人類と万物を絶対信奉すると同時に、絶対愛と絶対解放圏に従って絶対的に服従することによって、堕落した天使長だけでなく、地獄まで解放されることを、この「九・九節」に真の父母の名によって宣布します。

天地父母天宙統一解放式(三・十節)宣布(一九九九・九・一〇、九里中央修練院)

21 一九九九年九月十日十時十分を期して、天地父母天宙統一解放式を宣布しました。「九・九節」を宣布したのは、「七・八節」に天地父母天宙安息圏を宣布したその日以降、天地父母天宙勝利祝賀宣布式が終わることによって、父母様を中心として地上のあらゆる家庭の兄弟の縁を経て、子女の縁を経て、夫婦の縁と父母の縁と王権の縁を代表できる父母が、この地上に出発したからです。

そうして、天地父母宣布をすると同時に、勝利を賛美できるようになりました。このような天地の大変革時代を宣布したその基盤の上に、今、「九・九節」を設定するようになりました。

「七・八節」は、神様を中心とした善の境界線でした。これを限界として、サタン世界で活動していたすべてのものと、反対の方向になっていたすべてのものを正し、天のみ前に帰依させることのできる一日である「九・九節」を立てました。それによって、一九九九年九月十日十時十分を選び、天地父母天宙統一解放式、「三・十節」を迎えることができるようになったのです。

22 真の父母のみ名によって、天地父母天宙統一解放式を迎えさせる「九・九節」の上に、今、「三・十節」を立て、神様を中心として、天地父母があらゆる頂上の位置で、万宇宙を抱くことのできる祝福の恩賜を受けるようになりました。

反対の道を進んでいた「九・九節」が「三・十節」圏内に立てられることによって方向を定め、神様の主管圏内で、天の境界線とサタンの境界線の緩衝地帯のようなものが、統一的基準で一つになった圏内で、七、八、九節として設定できる日をもつようになりました。それによって、一、二、三、四、五、六、七、八、九まで、サタン圏内にあるものを再び収拾し、神側で一、二、三、四、五、六、七、八、九、十の基準を一つにして奉献してさしあげるようになったのです。

23 個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙全体に、統一的なすべてを中心として、「九・九節」を宣布したので、「七・八節」と「九・九節」と「三・十節」を中心としてすべての時を越えるようになりました。

それによって、十数、百数、千数、億万数を自由自在に往来できる勝利的覇権をもつようになり、数理の何千代もの権限を備えた万宇宙の存在を、主人の位置で統治するようになりました。

この「三・十節」を中心として、(天の)お父様が通告するすべてのことを父母様が受け、宣布の日として定め、永遠の宣布といたしますので、全万象がそこに順応することのできる伝統が始まることを、真の父母と共に、縦的な神様のみ名とともに、この時間、全天宙の前に宣布いたします!

24 今、一九九九年九月十日十時十分ですが、この時間、「三・十節」を宣布しました。その十が三数になります。九月十日十時十分から九数を抜いて三十(十、十、十)数になりました。

復帰摂理においてあらゆるものが、三数を基盤としてOKです。旧約時代OK、新約時代OK、成約時代OKです。十数は帰一数なので復帰の完結数になるのですが、十を三数で連結させて、サタンの頂上数である九数を越えた三段階の十数です。この天の十数をもったというのは、歴史的なことです。これは、旧約時代の完成、新約時代の完成、成約時代の完成です。それゆえ、南北統一の運勢、東洋と西洋の統一の運勢を迎えて、南北の文化格差と貧富格差が平準化された本然の創造理想により、愛の主権下で統治される時代に越えていくのです。

25 一九九九年九月十日を期して、アダム家庭が完成します。天の国のアダム家庭完成を、氏族、民族、国家、世界版図に連結できる時代に入っていくのです。ですから、サタンはもう「無用之物」(役に立たない物や人のこと)です。反対に向かっていたものが転換されたのです。転換されたので、頭は頭同士で向き合うことのできる基準になりました。

ですから、「七・八節」を中心として、九数と十数が一つになるので、境界線と緩衝地帯がなくなるのです。境界線と緩衝地帯がなくなり、すべて神様の主権内に入っていくのです。

26 「三・十節」はどのような意味があるのでしょうか。主なる神様が全体摂理を代行できるアベル的立場で、個人から氏族、民族、国家的時代にメシヤを送りました。このメシヤはアベル的であり、国家中心の長子権です。再臨時代までは、世界舞台を中心として、真の父母完成のための出発でした。

そうして、真の父母の祝福を通して、世界舞台で「真の祝福天宙化とサタン血統根絶」を完全に成し遂げてしまったのです。ですから、全体解放圏を宣布せざるを得ません。それゆえ、もうサタンの境界線はなくなり、天の国の境界線だけが設定されたというのです。

天の国の境界線が設定されたので、これが平準化され、平面世界と立体的世界の子女たちと一つの帰着点を中心として、父子関係、夫婦関係、兄弟関係において妨げるものがなく、障害もなくなりました。このようになって本然的血統の家庭形態が世界的に拡大され、勝利の一つの標的として決定されるようになります。その日が、一九九九年九月十日だというのです。

自分の家庭の名前で報告祈祷する時代宣布(一九九九・九・一四、アメリカ、イースト・ガーデン)

27 今まで皆さんは、祈るときに「何々をしてください。成し遂げてください」と言いました。すべて成し遂げてあげました。そのように成し遂げてあげたものを皆さんが受け継ぎ、父母様が今まで肉的サタン世界に対して、身をもって闘って勝ったのと同じように、そのようにしなければなりません。すべて知っているのに、何を祈るのですか。そのような祈りをする時代は過ぎ去ったというのです。

「私はこのようなことを知りましたので、私がいたします」という自己責任時代に合わせて、祈らなければなりません。そして、「真の父母の名によって」ではなく、「真の父母の名によって祝福を受けた誰々の名によってお祈りいたします」と言わなければならないのです。「真の父母の功労によって真の息子、娘となった誰々の名でお祈りいたします」と祈らなければなりません。祈るのではなく、「報告いたします」という祈りをしなければなりません。

何かのために祈り、何かを下さいと祈る時代は過ぎていきます。すべて与えました。

これからは、「真の父母の勝利的基盤を知り、私もそのような実績をもって、息子となった責任を果たそう」と言わなければなりません。「個人、家庭、氏族、民族、国において、息子の責任を果たそう」と言わなければなりません。

そうして、孝子と忠臣の家庭にならなければならないというのです。

28 真の愛は、誰でも相続することができます。ですから、祈祷が変わらなければなりません。自分の息子、娘を中心としてする祈祷は、統一教会ではしてはいけないのです。地上天国と天上天国のために祈らなければなりません。個人的な地上天国、家庭的な地上天国、国家的な地上天国です。そのために祈ることによって、民族の境界線、国家の境界線がなくなります。それが神様の願うことです。

まず祈るよりも、実践してから報告しなければなりません。報告することがなければ、ひざまずいて悔い改めなければならないのです。不正な行いについて、悔い改めなければなりません。

「ここまでいたしました」と報告し、約束しなければなりません。アメリカに来てから、私は祈りませんでした。祈るよりは行動したのです。実践したというのです。

29 真の父母を通して自分の名で祈る時代です。祈った内容には責任をもつということです。その実体にならなければなりません。いい加減には祈れません。イエス様は誰の名で祈ったでしょうか。息子の名で祈ったでしょう。ひとり子である息子です。しかし、家庭をつくらなければなりません。家庭の名を外すことはできないのです。家庭には、夫と共に一家族が入るのです。

「双十節」宣布(一九九九・一〇・一〇、ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

30 きょうは一九九九年十月十日ですが、「双十節」です。天の十数と地の十数が一つになる日です。ですから、これからは祈るとき、自分の名で祈るのです。自分の名で祈るということを、一九九九年九月十四日に宣布しました。

それは、堕落圏を抜け出したということです。それゆえ、これからは、皆さんが皆さんの息子、娘を祝福しなければなりません。息子、娘たちを祝福してあげなければならないのです。すべての祝福家庭が自分の名で祈るようになることによって、自分の息子、娘を祝福できるようになりました。

信仰基準ができておらず、いまだ条件が満ちていないだけであって、祝福を受けた人たちが自分の息子、娘を祝福してあげることによって、第四次アダム圏に越えていくのです。

31 「双十節」は、天と地が完全に一致する日です。今まで絶対信仰、絶対愛、絶対服従の実体を中心として、堕落した家庭が完全に解放されることによって、第一次、第二次、第三次アダム圏を越えて第四次アダム圏になるのです。第四次アダム圏に越えていこうとすれば、自分が自立的な立場であらゆる罪を蕩減し、自主的に神様に報告できなければなりません。ですから、今から自分の名で祈るのです。今から自分の名で祈る家庭は、自分の息子、娘たちを祝福しなければなりません。

32 第四次アダム圏にならなければならないと、一九九八年に宣布しました。「双十節」に、第四次アダム圏の峠を越えたのです。ですから、十月は栄光の月になるのです。十月は、四日が、お父様が西大門刑務所から解放された日であり、十四日は興南監獄から解放された日です。

私は、天宙的「四・四節」を宣布しました。コディアクで家庭的「四・四節」を宣布したので、ウルグアイで天宙的「四・四節」を宣布したのです。ですから、神様の四位基台理想が連結されれば、サタンの峠を越えていきます。それで、サタンを屈服させることができるあらゆることを整備して、これから第四次アダム圏時代、蕩減が必要ない時代に越えていくのです。蕩減復帰ではなく、自然復帰時代に越えていくのです。

総天宙祝福解放日宣布(一九九九・一〇・二三、アメリカ、イースト・ガーデン)

33 一九九九年十月二十三日は、去る十月十日、ウルグアイのプンタ・デル・エステで「双十節」を宣布して十日が過ぎ、三日目になる日です。それで、「総天宙祝福解放日」を宣布しました。

きょうは、十、十、十を足した三十に三数を加えた三十三数に該当する日です。このような日なので、全体の摂理観的な立場で、今まで父母様が発表したあらゆる内容を終結しなければならない時が来ました。父母様が発表したものが、旧約時代、新約時代、成約時代を経て、第一次、第二次、第三次アダムを通して、霊的、肉的に分かれたものを再び取り戻し、四十年ぶりに実体圏全体を蕩減して越えていくのです。越えていくだけではいけません。越えていき、堕落していない本然の実体、堕落がない永遠の勝利圏に立つことができるアダム勝利の版図をこの地上に立てなければならない時代が、既に発表した第四次アダム圏時代だというのです。

第四次アダム圏時代には、世界の祝福を受けたすべての統一教会員たちを、アダムとエバが堕落せずに祝福を受けた位置に立ててあげるのです。その祝福を受けた位置に立ち、第一次、第二次、第三次アダム圏のあらゆる勝利圏の上でそれを相続することによって、初めて自分が絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心情圏を中心として、天地父母と一つになったその基盤を通して、あらゆることを清算しなければなりません。

アダムとエバが堕落することによって、創造主をはじめ、実体圏全体が嘆息するようになりました。したがって、あらゆる宗教圏の蕩減条件を越えて、万物解放の主人、子女解放の主人、その次には、アダムとエバの家庭解放の主人、神様解放の主人の位置を決定することによって、すべてのことが終わります。ですから、ある一日を設定してこれを清算しなければならないのですが、その日が正にきょうです。それで、父母様が、蕩減条件として家庭を中心に総生畜献納祭を行ってきたのであり、「双十節」を中心としては、祝福を伝授してあげる日として定めたのです。

34 万物が今に至るまで嘆息しています。万物は、真の父母を中心として、神様の愛の世界に入っていって主管を受けることができなかったのです。ですから、万物嘆息圏を解放しなければなりません。

皆さんの子女たちも同じです。皆さんの子女たちが解放的恩賜圏内にいることができないので、皆さんの子女たちの解放圏が広がらなければならないのです。

その次に、皆さんの家庭が、いまだに条件を越えることができませんでした。蕩減の条件を越えていくことのできる祝福、父母様が勝利したものを与えてあげることによって、越えることができます。

その次には、皆さんの家庭を中心として、氏族、民族、国家が越えることができませんでした。今までサタンが国家基準で全権を行使したので、これを踏み越えて、天の全権行使として連結させることのできる蕩減条件をすべて立てました。コディアクで全体、全般、全権、全能の時代に転換されるという日を発表しました。あらゆるものを、この宣言を中心として越えてきたというのです。

それで、一九九九年十月二十三日を期して、四大心情圏の一致、万物解放、子女解放、夫婦解放、天地父母解放圏を宣布するのです。これによって、このような勝利の基準を中心として信じているその位置は、神様が思いどおりに活動できる神様の絶対所有圏内に入っていきます。それで、絶対万物の解放、絶対子女の解放、絶対夫婦の解放、絶対家庭、一族、一国の解放圏が展開することによって、サタン世界が終わりを迎える日は遠くないというのです。

35 一九九九年十月二十三日は、万物解放と子女解放、夫婦解放、真の父母の地上圏解放、天上世界の創造解放圏を宣布し、新しい時代への転換を宣布できる日です。「九・九節」と「三・十節」を宣布した基盤の上に、真の父母の代わりに天の祝福を求めることができ、天のあらゆる開拓的な路程を建議できる基準まで立てて、すべてを相続いたしました。それによって、真の父母の勝利圏を天上世界と地上世界に委譲する式として、サタン圏全体をなくしてしまい、新しい天の世界で、万物・子女・夫婦。父母圏全体が栄光の出発を宣言できる新時代を迎えるようになりました。

この時間から、このすべての式を経て、万物解放、子女解放、夫婦解放、真の父母解放、天上の創造主天宙父母解放とともに、天上と地上の統一的な、あなたの理想的愛の主権世界として前進を誓うことができるよう、真の父母、主なる真の天地父母の名を通して宣布いたしますので、一体勝利の一方通行で、あなたの愛の主権世界へ前進あるのみです!

真の父母様の摂理観的責任完遂宣布(一九九九・一二・二六、アメリカ、ベルベディア修練所)

36 「摂理観的責任完遂」と言えば、すべて終わります。それでは、誰が責任を完遂するようになるのでしょうか。神様です。今まで神様が、救援摂理という、願わないことをしてきたのです。本来、救援摂理はなく、摂理観的完成のために創造理想を立てていたのですが、私たちの人類始祖がサタンの侵入によって別の世界をつくることによって、摂理史的責任分野はなくなり、救援摂理観的責任召命を今までしてきたというのです。

37 今までの歴史は、摂理観的な歴史ではなく、救援摂理観的な歴史です。神様が主人になっていたならば、偽りの主人は現れなかったでしょう。被造世界のあらゆる存在は息子のためにつくったので、父と息子の関係において神様の摂理観的なすべての歴史は解読することができ、完全に現れるはずでした。ところが、他の主人が入ってくることによって、それが現れることができず、未知の摂理史と思ってきました。それで、人間は何も知らないのです。堕落圏内に入っていったので、あらゆる根本に関する問題、神様と摂理観に関する問題が全く分からないというのです。

38 「真の父母様の摂理観的な責任完遂」と言うとき、その責任完遂の内容とは何でしょうか。摂理観のすべてのことを解明し、未知の事実を明らかにし、その未知の内容がもたらしたすべてのことを清算して、創造を始めた本然の基準を連結させることができる役事をするようになりました。神様を中心として、真の父母様がそのようなことを完遂したのです。

今まで人類歴史がどのようになり、なぜこのようになったのか、誰も知りませんでした。しかし、父母様は、神様と創造理想によって立ててきた息子、娘の関係がどのようになり、地上世界にどのように連結されるのかを知りました。個人から家庭、氏族、民族、国家を中心とした天上世界と地上世界の天国をどのようにすれば完成できるのかという、理論的な内容を知ったというのです。

39 神様の摂理観的なすべての理想が完成したならば、神様が父として動くとき、息子である人間も共に動くようになり、息子のための象徴的な形象体である万物もすべて一つになっていたでしょう。そのようになっていたならば、神様と一体となり、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、永遠の世界までも完全な実体として動くはずでした。

神様と一体になるならば、すべてのものは完全、完成したものとして、完全、完成した価値をもち、一つの実体圏、一つの理想的な局面が展開したでしょう。人間と神様が一つになっていれば、その下のすべての万物は、人間を養育し、人間を保全し、人間が便利に暮らせる環境的条件になります。それが実体万物創造の世界です。

40 真の父母様の摂理観的責任完遂とは何でしょうか。宇宙の自然の結婚が、私たち人間の結婚と天の国の結婚と通じることがてきるという、その観と責任について教えてあげた人が父母様であり、その責任を完成するために努力する人が父母様だというのです。

そのような観の主流は、絶対、唯一、永遠、不変の愛です。そのような愛は一つしかありません。そのような愛が連結される存在も、自動的に絶対、唯一、永遠、不変の存在になります。愛によってのみ、そのような存在になることができるのです。

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第十二篇 第四章 「世界平和女性連合」の創設と真のお母様の世界巡回

第十二篇 第四章

「世界平和女性連合」の創設と真のお母様の世界巡回

第一節 「世界平和女性連合」の創設と女性時代の宣布

「アジア平和女性連合」の創設と真のお母様の最初の講演

「アジア平和女性連合」の創設大会が、一九九一年九月十七日、七千人以上の日本の女性代表が参加する中、東京ベイNKホールにおいて開催された。真のお母様はこの日、「アジアと世界を救う真の愛運動」というテーマで、初めて講演をされた。

また、「アジア平和女性連合」の韓国支部創設大会が一九九一年十月三十一日、女性指導者二千人以上が参加する中、ソウルのリトル・エンジェルス芸術会館において開催された。この日の大会を通して、韓国の女性たちと日本の女性たちが一つになり、アジアと世界の平和を実現する先頭に立つことを決意した。特に、真のお父様は、アダム国家である韓国とエバ国家である日本の女性たちが、真のお母様を中心に、世界復帰のために尽力することを願われた。

1 一九九一年九月十七日に日本で「アジア平和女性連合」の創設大会をしました。そして、十月三十一日に、ソウルで「アジア平和女性連合」韓国創設大会をしたのです。その時から、六ヵ月以内に「世界平和女性連合」の大会まで終えました。そのような大会ができるとは、誰も信じませんでした。日本も同様でした。

日本は、「アジア平和女性連合」を中心として、五年も準備して大会を行いました。そうして、十一月二十日にオリンピック公園フェンシング競技場で全国大会を開催したのですが、「その短い期間に、一万人を大会に参加させることができるのか」と言いました。ところが、二十日間でたやすく一万五千人を満たしたのです。そして、その時から四ヵ月を経て挙行された「世界平和女性連合」創設大会に、十六万人が参加しました。お母様がこのように講演することによって、お父様の横に立つようになったのです。

天の国に入っていくときには、二人で一緒に入っていかなければなりません。そして、子女たちがその後ろに付いて入っていかなければなりません。それを手引きしてあげなければなりません。解放してあげなければならないのです。今までの蕩減復帰過程に、女性の恨がたくさんあります。

2 韓国の女性たちと日本の女性たちを連結させて戻ってくることのできる時になったので、「アジア平和女性連合」を通して、日本の女性たちと韓国の女性たちが一つになりました。国家を越え、お母様を中心としてアベル・カインの基準を三回で立てたのです。

一九九二年四月十日、ソウルで開かれた「世界平和女性連合」創設大会にも、日本から五千人以上が来て参加しました。こうして、韓国が姉の立場になりました。復帰された姉を中心として一つになることによって、国家的にカイン・アベルの立場で一つになるのです。日本がカインの位置で一つになることによって、二つの国の女性が、統一圏をもったお母様を中心として、母になれる代表的基準に立ったので、「アジア平和女性連合」を中心として、「世界平和女性連合」の創設が可能だったのです。これを宣布することによって、天に帰るに当たって、今まで後ろから付いてきたエバがお父様の横に立つようになり、父母圏が立てられたのです。

3 一九九一年九月、アラスカにいる時のことです。日本がエバ国家なので、日本の女性たちを糾合し、韓国の女性たちと一つになることができる準備をしなければならないのですが、道がありませんでした。私しかやる人がいません。ですから、お母様が日本に行って、七千人大会をしなければならなかったのです。

その話を最初に聞いたときは、青天の霹靂のように思ったでしょう。日本の国家指導者の夫人まで出てきて座っているのに、その前に行って演説しなければならないというのは、普通のことではありません。しかし、それを断行したのです。それを連結させて韓国に戻ってきて、「アジア平和女性連合」から始めて、「世界平和女性連合」の大会まで行ったのです。韓国が主体国なので、アジア平和女性国家ではなく、世界平和女性国家にならなければなりません。

4 世界的な時が来れば、お母様は大衆の前でお父様の代わりに講演しなければならないので、日本語を勉強しなさいと言いました。日本に行ってエバ国家を和合させようとすれば、韓国語ではできません。日本で生まれたわけでもなく、日本語の勉強を始めてからいくらもたっていないお母様が流暢な日本語を語れば、日本がぺちゃんこになるのです。それで「日本語を勉強しなさい」と言いました。何の条件もありません。そのように従順にしながら、お父様の後ろを影のように付いてきたのです。そのような面で、お母様は偉大なのです。

5 お母様が初めて大衆の前に立ったのは、日本の東京ベイNKホールで開かれた「アジア平和女性連合」の七千人大会の時でした。初めてにもかかわらず、堂々とした姿勢でやり遂げました。なぜそのようにできたのでしょうか。お父様に付いていって国際会議に何度も参加し、大勢の有名人士たちから注目される立場にいたのです。そして、お父様が語ることを聞きながら分析をしました。そこで、大衆が感化されるよう抑揚をつけながら演説をすると、大衆は真摯に聞くのです。すらすらと率直に解かれていく内容を聞いて、感化されるのです

6 お母様が初めて壇上に立ったのは、日本で開かれた「アジア平和女性連合」創設大会の時でした。その時、七千人の聴衆が集まりました。その人たちは、すべて上流層の人たちです。日本の女性たちの中で、それなりに有名な人たちが幾列にも並んで集まったのです。初めて壇上に立ち、一度見渡して聴衆をすべて把握し、みな感動させました。その次は、東京ドームで五万人を対象に演説をしなければなりませんでした。

ところが、お母様は日本語がよく分かりませんでした。それでも、「日本語で演説しなさい」と言いました。ですから、夜寝る時間もありません。十五日しか残っていなかったのです。日本の聴衆の前に出ていって、母としての権威を立てなければならないというのです。

それほど大勢の人たちの前で演説しようと思えば、男性でも足が震えるのです。それなのに、女性が五万人の聴衆の前で演説するというのは、簡単なことではありません。それだけお母様も深刻だったでしょう。しかし、東京ドームの五万人大会は大成功でした。

7 お母様が日本で大会を成功裏に行ったので、その次からは、四十ヵ国を巡回しました。今は、英語で、長子圏のアメリカで勝敗を決したいという思いをもっているでしょう。英語だけでなく、どんな言葉でも、すべて話すことができます。

ですから、今からは、「スペイン語で語りなさい」と言ったり、「何々の言葉で語りなさい」と言ったりしても、四十日以内に可能なのです。そのような自信をもっています。何であっても、努力する人にはかないません。

8 日本の女性たちを韓国の女性たちと一つに結び、お母様と一つになるようにしなければなりません。それが復帰です。お父様は男性として長男と次男を復帰し、それと同時に、お母様は女性を中心に長女と次女を復帰しなければならないのです。そのように復帰して神様のみ前に戻っていくのは、アベルを通してカインである長子を復帰するのと同じ歴史過程における闘いでした。

お父様としては、もうすべて終わりました。長子権が復帰されたというのです。アメリカとソ連を中心として長子権復帰が成し遂げられたので、次はお母様が復帰すべき立場です。それで、代表的な国家である日本と韓国の女性を結んであげるのです。結局、お父様はメシヤとして大勝利をした基盤の上で、エバの勝利基盤をつくってあげるのです。

9 これから女性時代が来ます。女性時代が来るので、婦人たちを動員しなさいと言ったのです。アダム国家の前にエバ国家として選ばれた国が日本なので、日本から始めるのです。お母様が日本のすべての女性たちを一つにまとめなければなりません。外的女性と内的女性を完全にまとめなければならないのです。

それで、私が日本の女性たちを済州島の修練所に呼んで、これまで不完全だったものをすべて指示して、日本の一つの県に百人ずつ女性を配置しました。日本は島国であるがゆえに、島から上がってこなければならないので、韓国の島を通して陸地に上がってくるようにするのです。

そのようにしようとすれば、お母様が橋を架けなければなりません。お母様が橋を架け、統一教会の女性たちが日本の女性たちを受け入れるようにしなければなりません。そのようにしなければ、大変な騷動になります。受け入れようとすれば、収容態勢を整えなければなりません。収容態勢を整えれば整えるほど、日本の女性と韓国の女性が早く一つになるのです。

10 女性連合運動を韓国と日本から始めたことは、爆発的で歴史的な記録を破った事件でした。天の火を投じるものだったので、その余韻が永遠に生きているというのです。そのみ言を聞いた人は、写真を見ただけでも恩恵があふれます。そのような境地です。過ぎていくものではありません。母の愛が心から消えますか。また、父母の愛が心から消えますか。愛する人との愛が心から消えないのと同じように、天の愛によって縁を結んだみ言を聞き、感動した心をもった人は、その写真を見ただけで恩恵を受けるのです。

ですから、聖賢の教えが貴いのです。そのような深い心情的な関係を中心として語った言葉なので、その言葉は歴史を超越し、常にその価値が連結される位置にあります。そこに新しい蘇生の力が共にあるのです。

11 日本がエバ国家だとすれば、韓国の女性たちはどのようになりますか。韓国がアベルの位置に立ちます。日本はカインの位置です。そのため、アベルの伝統的な精神を日本に連結しなければなりません。エバは十六歳の時に堕落しました。ですから、韓国で愛国心をもった純潔な女性、国を愛することにすべてを捧げることができる伝統的精神をもった女性が必要だというのです。そのような女性の精神を、日本の女性たちは相続しなければなりません。そうでなければ、日本が連結される道がありません。

それで、日本に人を送って、誰にも分からないように柳寛順宣揚運動をさせました。お父様が、「日本の女性たちに柳寛順烈士の伝統的な精神を植えつけなさい!」と言ったのです。そのようにできる人は、お父様しかいません。誰もそのようなことはできないのです。

その思想をもっていって日本の女性たちに植えつければ、日本が韓国と一つになるというのです。そうしながら、一九九一年九月にお母様を日本に送り、「アジア平和女性連合」をつくったのです。

「世界平和女性連合」の創設と女性解放宣布

真の父母様は、一九九二年四月十日、ソウルの蚕室オリンピック主競技場において、「世界平和女性連合」創設大会と「アジア平和女性連合」ソウル大会を開催し、「世界女性時代の到来」を宣布された。世界七十二ヵ国の女性代表および韓国全土の女性十六万人以上が参加する中で開かれた創設大会において、「世界平和女性連合」の総裁に真のお母様が推戴された。真のお父様は、「韓鶴子総裁は、私と共にこの苦難の道に同参した、全世界の女性の代表者であると言わざるを得ません」と語られ、「今まで男性が主導してきた戦争と暴力、抑圧と搾取、そして、犯罪の世界を終結させ、平和と愛、そして、自由があふれる理想世界を実現する真の働き手が、正にこの時代の女性たちです」と語られた。真のお母様は、世界女性時代の到来宣布とともに、世界を巡回しながら指導者たちを激励され、世界的に女性運動を展開された。

12 歴史的な四千年のすべての内容を整備して、世界的な個人の怨讐、世界的な家庭の怨讐、世界的な民族の怨讐、世界的な国家の怨讐、世界全体の怨讐をすべて屈服させて帰ってきて、南北統一と神様の解放を主張する時を迎えたというのです。第二次世界大戦以降に統一天下を成し遂げなければならなかったことを四十年間蕩減して、勝利の覇権を再びつかむ日を迎えました。キリスト教は、エバの宗教、新婦の宗教ですが、新婦の使命を果たせなかったので、お母様が韓国を復帰しなければなりません。キリスト教ができなかったことを蕩減してあげなければならないのです。韓国と日本、アメリカ、ヨーロッパの「世界平和女性連合」が、それをしなければなりません。韓国、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアの七ヵ国です。

第二次世界大戦の時、怨讐の国々まで統一圏が形成されたのですが、これを失って失敗したので継ぎ当てをしなければなりません。蕩減しなければならないのです。光復以降にイギリス、アメリカ、フランスがお父様に侍ることができず、新郎を失ってしまったのち、再び取り戻してきました。韓国、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアの七ヵ国のために、お父様は四十年間祈ってきました。これは、誰も知らないことです。これに責任をもつために、七ヵ月間、お母様を立て、第二次世界大戦直後、統一王国に進展していた基盤を統一教会で身代わりするようにし、この世の中を指導するあらゆる代表者に代わって勝利した位置に立つようになりました。

そうして、世界統一圏に向かって勝利の闘いに出発する時代になりました。それこそ女性の時代になったのです。それで、「世界平和女性連合」を一九九二年に創立したのです。

13 韓国が長子権を復帰したので、韓国の女性は長女の立場です。その次に、日本の女性は次女の立場です。彼らが一つにならなければならないのですが、真のお母様が世界的な母の立場に立つので、「世界平和女性連合」創設大会をソウルオリンピック主競技場で、韓国と日本が一緒に行いました。日本と韓国の祝福家庭の女性たちが合同作戦を行い、一体となった基盤において、お母様がアダム国家、世界国家の女性代表として、カイン・アベル、主体・対象圏を成し遂げ、再創造歴史の過程におけるプラス・マイナス環境を備えたため、お母様が立つことができるのです。

14 お母様が先頭に立っていかなければならないのと同じように、今からは、女性の皆さんが先頭に立って進まなければなりません。ですから、女性たちを中心として「世界平和女性連合」をつくったのです。

それゆえ、女性たちは、母として息子、娘を教育しなければなりません。「世界平和統一堂」というのは、教育できる家を意味します。これを村ごとにつくらなければなりません。母は息子、娘を教育して、何をしなければならないのでしょうか。

母と息子、娘が一つになって、家庭の主人である男性たち、すなわち天使長の立場である男性たちをアダムの位置に立て、彼らがサタン世界の天使長の立場である世の中の人たちを教育するようにしなければならないのです。

15 「世界平和女性連合」という組織をつくったので、神様の側ではあらゆる女性が一つになるのです。本然の家庭基盤が縦的、横的に拡大したものが世界の人類です。いくら大きなものでも、中心は家庭です。それを復帰するために、氏族メシヤを派遣するのです。家庭的メシヤの基盤は蘇生、氏族メシヤは長成、国家メシヤは完成、このように横的に三つの位置です。このすべてを連結しなければなりません。

横的に形成された、このあらゆるものを縦的に受け継ぎ、世界的基盤を築いていくのです。お母様がそれを七ヵ国に連結させなければなりません。韓国が中心となって、再び横的にエバの基盤をつくりました。このように築き上げた基盤の上で、真の父母を宣布したのです。

16 真の父母の基準を中心として、これから天の国の世界的王権版図をつくってこそ、世界のあらゆる氏族圏、国家基準の新しい一族たちが、世界版図を中心として、北朝鮮の金日成主席を屈服させることができます。それによって、韓国と北朝鮮の国民を中心として、真の父母と偽りの父母の立場が初めて入れ替わるのです。それは、男性だけではできません。ですから、母の時代にこれを早く入れ替えてあげなければなりません。

一九九一年からそのような摂理をして、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会をすることによって、お母様を中心にアダム国家とエバ国家が完全に一つになったので、金日成主席は自動的に退いていくようになるということです。堕落した世界で勝利したエバが出てきていなかったのですが、勝利したエバが出てくるようになったので、サタン世界、堕落した世界はなくならなければなりません。

17 一九九二年四月十日に、私たちが願っていた「世界平和女性連合」創設大会を開催しました。私たちの歴史始まって以来の春が訪れました。一九九二年の春は、私たちの春です。

それまで、お母様はお父様が行く所に付いてくる立場でした。アダムがエバにそのまま付いていって滅びたので、アダムがそれを蕩減復帰するのです。そうして、エバが今や世界から自分の場所に帰ってきて、還故郷し、登場する準備を整えて定着できる時になったというのです。

今までは、お父様が一人で闘いましたが、これからは、故郷に入ってきて自分の相対を迎え、登場する準備をして隊列を整えなければならないので、お母様を中心として、世界の女性解放を宣布するのです。

18 一九四五年から七年の期間を経て、一九五二年に統一世界が完成するはずでしたが、これを失ってしまいました。そのため、一九九四年から二〇〇〇年までの七年間に、再びそれを果たさなければなりません。言い換えれば、世界を一つにしなければならないということです。

第二次世界大戦以降、新婦文化圏であるキリスト教文化圏が新郎と一つになれなかったので、七年間で世界的に女性たちが完全に一つになり、家庭から社会、世界にまで影響を及ぼすことができる完成したアダムを迎えなければなりません。

言い換えれば、家庭、氏族、民族、国家、世界に勝利したアダムを立て、エバが家庭、氏族、民族、国家、世界的版図で失っていたすべてを清算することによって、第二次世界大戦以降の統一的天国理念を復帰できるのです。ですから、女性解放時代を宣布するのです、

19 一九九二年はお母様の年でした。全世界の女性を解放したのです。一九九二年四月十日、七十二ヵ国の女性代表者たちが参席する中、ソウルで開催された「世界平和女性連合」創設大会を成功裏に終えました。そこで「世界の女性たちを解放しよう!」と宣布しました。その方向は、お母様の後ろに従う道、ただこの道しかありません。心の色をお母様と同じ色に変えるのです。

お母様は、中心の根、中心の幹、中心の芽です。世界の女性を連結しなければなりません。一年という短い時間に、「世界平和女性連合」という歴史上、最も強力な女性組織をつくったのです。このような女性組織をつくったというのは、神様の最後の摂理観が、女性の側を連結するものであることを教えてくれるのです。

20 世の中の家庭の女性たちを中心として、背後の様々な波風を私がかき分けてこなければなりません。そこに引っ掛かって倒れてはいけません。解放されなければならないというのです。そのようにしながら、彼女たちを妹のように正しく指導しなければなりません。兄の立場で妹のように指導し、夫の立場で妻のように指導し、父の立場で娘のように指導しなければならないのです。このようなことを教えてあげて対等な位置に立ち、女性解放を宣布した時が一九九二年四月十日です。

その時、全世界に女性解放を宣布したというのは、統一教会で四十年間の迫害がすべて過ぎていったことを意味します。個人的世界の迫害、家庭的世界の迫害、氏族的世界の迫害、民族的世界の迫害、国家的世界の迫害、世界的な迫害まで、迫害する環境をすべて越えたというのです。国家的次元を超え、世界的次元でキリスト教文化圏ができなかったことを、統一教会を中心として、キリスト教文化圏を代表する洗礼ヨハネ的版図を再編成したのです。

21 第二次世界大戦以降、七年で果たすべきことをさらに四十年延長し、一九九二年、真の父母様が解放圏を成し遂げて、あらゆることを終えました。ですから、全世界が父母様と向き合える時が来たというのです。今までは反対があったので、お母様はお父様の後ろに付いてきました。しかし、これからは、あらゆる反対がなくなり、解放の場で自由に父母が出会える時が来たというのです。

第二次世界大戦以降に、自由世界を代表するアメリカが、新婦の教会を準備して新郎を迎えることができる時と同じ、自由な環境が再び形成されたのです。その峠をすべて越えたので、お母様がお父様と対等な位置に立つようになりました。そうして、お母様が、世界的に女性解放運動を展開していくのです。

世界の垣根がなくなり、サタンがいなくなって神様に直接出会うことができ、神様のみ前に横的に立てる時が来たので、お母様が女性解放を宣布することができたというのです。

22 旧約時代にイスラエルの国が真の母を立てられず、新約時代にも真の母を立てられなかったので、一九九二年に、左翼と右翼を抱くことのできる勝利的覇権を握り、真の母が登場する宣布式をしました。女性解放を宣布することによって、一九九二年四月十日、「世界平和女性連合」創設大会を通して真の母が登場し、七ヵ国が韓国の女性と一つになることができたのです。

「女性たちだけで十六万人を集める」と言うので、すべての人が夢のような話だと思ったのです。旋風を巻き起こして、女性という女性はすべて動員しました。我知らず動員されました。夜眠ることができないのです。このようにして超満員にしました。そうして、「世界平和女性連合」が誕生したのです。世界的に女性解放を宣布しました。失った六千年の恨の峠を一年間で越えて、六千年を経て初めて、女性の統一的平均時代を迎えることができる解放圏を宣布したのです

23 女性解放時代が宣布されるまで、お母様はお父様を中心として、後ろに従ってきました。お母様がそのようにすることによって、お父様と一つになるので、お父様の勝利がお母様の勝利を導くのです。

しかし、まだサタン世界の最後の絶頂を越えることができていません。ですから、いつも危険な位置にいたというのです。それゆえ、そのサタン世界を越えることができる時を迎えて、初めて解放圏を形成しなければなりません。真の母が、真の父と対等な位置に立たなければならないのです。

お母様は今まで、横的にお父様の後ろを付いてきましたが、堕落せずに完成して初めて、神様を訪ねていく位置、平面的に同じ位置に立たなければならないというのです。ですから、初めて女性解放を宣布できるようになりました。

24 お母様を前に立てることによって、エバが復帰され、天使長がその後ろに付いてくるようになります。途方もない運勢がお母様に訪れるのです。天使長は、真の父母の血肉と関係がありません。再び生んであげなければならないのです。生んであげるには、お母様が一人ですべてをすることはできません。ですから、お母様の分身として、全世界の女性を動員するのです。そのようにすることによって、この時代が女性時代に入ってくるのです。

25 お母様は、天使長である男性たちと闘うことはできません。自動的に屈服せざるを得ないように女性たちが一致団結し、この三千里半島に女性の旋風、台風を起こして、男性たちに有無を言わせないようにしておかなければなりません。そうしてこそ、大韓民国が統一されるのです。それを外的に支援するために、「世界平和女性連合」を中心として、世界の国々を一つにまとめていくのです。

お母様のみ言、聞いて祝福を受ければ、一つになります。今や女性を前面に立てる時が来ました。今からはお母様、天の側のエバの言葉を聞くことによって復帰されるというのです。

26 世界的女性時代を宣布すると同時に、お母様を前に立て、初めて歴史的な個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天地、地獄にまでぶら下がっていたこぶをすべて切ってしまい、すべて蕩減してあげるのです。偽りの父母が来て世界的なこぶを地獄にまで付けておいたので、これを真の父母がきれいに清算し、万民の家庭を堕落していないアダムとエバの家庭と同じ立場に立てて、真の父母様が接ぎ木(の役事を)してあげます。そのようにすることによって、勝利したすべての条件を伝授してあげるのです。

27 一九五二年からみ旨を成し遂げなければなりませんでしたが、それが成就できずに四十年延長され、一九九二年にすべてのことを清算するのです。これを成し遂げるためには、アジアから連結させなければならないので、「アジア平和女性連合」を中心として、エバ圏を引き継がなければなりません。女性で言えば、韓国は日本に対して姉の立場にいます。長女権を復帰しようとすれば、エバ国から引き継がなければならないというのです。そうして、「世界平和女性連合」を中心として一つにすれば、世界が反対する環境圏をお母様がすべて引き継ぐのです。そのようになれば、アメリカが父母様に反対できず、ソ連が反対できず、金日成主席が反対できません。反対する版図をすべて収拾したので、これを中心としてお母様が出てきたのです、イエス様が死ぬことによって、キリスト教が二千年間、成し遂げられなかったすべてのことを蕩減復帰して、右翼と左翼、イスラーム圏を収拾しました。これを一九九二年四月十日、お母様を中心として連結させてきたのです。キリスト教文化圏が統一される環境をつくったのです。キリスト教文化圏は新婦文化圏なので、お母様の登場とともに、四大文化圏が一ヵ所に連結される条件的な基盤を越えなければなりません。これが一九九二年四月十日、イスラームの八ヵ国の代表と日本、アメリカ、韓国、ヨーロパ代表の世界既成家庭祝福結婚式です。この既成祝福を通して連結し、その峠を越えたのです。共産圏、中国まで参加しました。第二次世界大戦直後にイギリス、アメリカ、フランス、エバ国家とカイン・アベル国家を中心として、一つになった基盤を受け継ぐことができ、新婦圏を再び取り戻せる基準が成立しました。ですから、お母様が立ち上がるのです。お母様を中心として、女性解放を叫ぶのです。お母様がキリスト教文化圏を代表した新婦圏をすべて解放し、「世界平和女性連合」に糾合するので、お母様の分身のように、世界が連結されたのです。それゆえ、韓国の女性たちにも台風が吹きます。その次に、日本、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、ロシアにまで、女性の風が吹くというのです。

28 一九九二年に女性解放時代を宣言しました。その日、お母様が演説文を読むとき、どしゃぶりの雨が降りました。お母様の祝宴に私が招待され、揮毫し、夫の立場に立って後援する講演をしました。「世界女性時代到来」と揮毫してあげました。その時、お母様が初めて世界舞台に立ったのです。そうして、百二十ヵ国の巡回から今まで、重要な大会のたびにお母様が苦労しました。それをしてからは、韓国に戻り、大学を中心にみ言を宣布したのです。

第二節 真のお母様の世界巡回

韓国・日本大会

「世界平和女性連合」の韓国二十一市・道大会が、一九九二年五月十一日、仁川を皮切りに、六月二日まで、二十一ヵ都市で開かれ、続いて、全国的な基盤造成のための韓国全土の市・郡・区大会も、六月十日から三十日まで、四十ヵ地域で開催された。真のお母様は、大会で「理想世界の主役となる女性」という題名の基調演説をされた。続いて、一九九二年九月二十四日から十月六日まで、日本の主要十ヵ都市で「世界平和女性連合」の大会を開催された。

1 私は、七十年の生涯をかけて基盤を築いてきました。私が築いたそのすべてのものを、七ヵ月間でお母様に相続させてあげるのです。お父様が築いた基盤を、女性解放とともに、お母様に伝授してあげるのです。七十年の間に築いた実績を、七ヵ月の間に伝授してあげるというのです。一九九二年四月十日から始めて、五月、六月、七月、八月、九月、十月、十月になれば、「世界平和女性連合」の大会が終わります

すべての女性を解放してあげようとしているのです。女性が解放されなければなりません。

2 「世界平和女性連合」創設大会を行った一ヵ月後の五月十一日から、「世界平和女性連合」韓国二十一ヵ市・道大会を行っているのですが、「二十一ヵ都市の体育館という体育館は、すべて満員にしなければならない」と言いました。その時は、誰も信じることができませんでした。「これから農繁期なのに、田舎に行って誰に恥をかかせようと、あのようにするのか」と言ったのです。

しかし、祝福家庭の十家庭が一万七千人を集めた地域もありました。それは自分たちがしたのではありません。霊界でしてくれたのです。畑を耕して種を蒔かなければならない春の季節です。この時をよく利用しなければなりません。もう種をすべて蒔いておきました。今は、門前の肥えた土地に種を蒔いておいたのと同じです。

これからは、山の頂上や谷間にある田畑にも種を蒔こうというのです。それは、皆さんにもすべてできることです。一区画でも土地があれば、そこにも種を植えなければなりません。

3 「世界平和女性連合」の大会を、今まで二十一の地域で開催しました。市、郡、区の二百五十ヵ所の中で、お母様が四十ヵ所で大会をします。お母様を中心として四十日間、大会をするのです。お母様が四十ヵ都市を成功裏に終えたならば、残りの都は、皆さんが死力を尽くして成功させなければなりません。国を救うためには、そのようにしなければならないのです。そのままで国が救われるわけではありません。救うことができるように犠牲的代価を払わなければなりません。

4 お母様は、天使長である男性たちの目には美の対象です。エデンの園で、天使長がエバに付いていったのと同じように、男性たちが反対できない位置に入っていくのです。ですから、お母様が二十一ヵ都市を含め、六十数ヵ都市を巡回するとき男性たちの中でお母様に反対する人はいませんでした。そのお母様を歓迎する立場に立てば、天の側の天使長、反対しない天使長圏の環境に接することができるようになるのです。さらに、お母様に対する素晴らしい評判が立ったというのです。

そして、壇上に立てば、互いにたたえるのです。お母様が「世界平和女性連合」の総裁になったというのは、お母様が全世界の前に女性の代表として登場したということです。これによって、霊界にいるすべての女性と、地上にいるすべての女性が、お母様を女王として迎える運動が起きるのです。

5 神様が「女性解放運動をやりなさい」とおっしゃったので、お父様がお母様に侍って回りながら「世界平和女性連合」の大会を行いました。アメリカから帰ってきて家に入ってみると、夜の十一時になっていました。そして、食口たちを集めて話をしていると、十二時二十分になったのです。疲れていてもその時間に出発し、大会が開かれる場所に、早朝三時半に到着しました。

それは、僕が行く道であって、主人が行く道ではありません。家で休んで朝に出発しても余裕があるのに、なぜ夜中に行ったのでしょうか。車の事故が起きて転がり落ちそうにもなりました。何の得があってそのようにするのでしょうか。

私がするように、世界の男性たちも妻に侍りなさいと教えてあげるのです。これからは、女性たちが定着しなければならない時が来るので、そのような伝統を立てるために、そのようにしたというのです。

6 一九九二年九月二十四日、日本の東京ドームで「世界平和女性連合」の大会をするとき、五万人以上が集まりました。韓国ではありません。日本の真ん中に入っていって日本語で講演するというので、食口たちは信じませんでした。ところが、お母様が日本語で講演するのを聞いてみると、発音がとてもはっきりしているというのです。

ですから、一、二行読むと拍手をするのです。日本語がよく分からない人が(講演を)すると思っているので、「どこが違うか、どこが違うか」と思いながら、一言一言読んでいくたびにすべて復唱していくのです。全員が一つの心情になって講演を聞き終えると、「とても上手だった」と感服する声が上がり、聴衆が立ち上がって拍手を送るのです。それが最初の大会でした。その次に、十ヵ都市を完全に席巻しました。これが感動的だったのです。

7 「世界平和女性連合」の大会で、何のためにお母様が日本語で演説し、英語で演説したのでしょうか。真の父母が息子、娘と通じ合おうとすれば、日本語でなければ通じないので仕方がありません。準備をしなければなりません。英語圏では、英語で通じなければなりません。代表的な息子、娘に会わなければならないのです。

孤児という名がなくなります。孤児が母親を探し出したことになるのです。孤児になり、盗賊に引っ張られていってその世界に染まっていたのですが、お母様に出会うことによって救われるのです。ですから、お母様が日本語で講演したのは、驚くべきことです。

天の側から見るとき、日本の国民は称賛しなければなりません。孤児になった息子、娘が知らないことを、お母様が日本語を学んででも伝えようとするのは驚くべきことだというのです。それは、本然の母でなければ不可能です。偽りの母であれば、言葉が通じないとき、それができるでしょうか。自分の息子、娘であることが分かれば、言葉を学んででも、それを教えてあげなければなりません。それが父母の愛の心情圏です。

8 「世界平和女性連合」の日本・東京ドーム大会において、「アジア平和女性連合」創立の代表者が出てきてお母様を紹介しました。日本の特記事項とは何でしょうか。あらゆる国が先進国の行く道に従っていこうとするので、日本で起きることは、全世界のテレビ放送で伝えられます。自分の国だけが世界から遅れてはいけないと考えるからです。

それで、日本の女性連合の大会には、世界各国が多大な関心をもったのです。最高の先進国で女性連合運動をするので、各国が注目しました。党をもっている人や政治に携わる人が選挙基盤を築こうとするとき、女性連合のような団体はもっていません。ですから、すべて連絡を取らざるを得ないのです。お母様の大会のニュースがAP通信を通して世界的に伝わりました。そうして、六大州で、すべて知られるようになったのです

アメリカ・ヨーロッパ・アジア・オセアニア大会

真のお母様は、一九九二年十月二十日から二十七日までアメリカの八大都市で、十一月十一日から十八日までドイツ、イギリス、フランス、イタリアの八ヵ都市で、十一月二十二日にはロシアのモスクワ、十一月二十九日にはオーストラリアのシドニー、十二月二日にはニュージーランドのオークランド、十二月八日にはフィリピンのマニラ、十二月二十三日には中国の北京で、「世界平和女性連合」の大会を主宰された。アメリカ大会からは、「世界平和における女性の役割」という題名で基調演説をされた。

9 第二次世界大戦以降に、イギリス、アメリカ、フランスがお父様を迎えて、キリスト教文化圏が新婦として全世界の統一圏を形成しなければならなかったのですが、これを失ってしまいました。ですから、それを蕩減してこの峠を越え、新婦圏であるキリスト教文化圏に対して連結しなければなりません。

それで、一九九二年の一年間に、お母様が世界百十三ヵ所で大講演会をしたのです。連結する内容です。それが蕩減されたので、お母様を中心として一緒に立つのです。一緒に立って神様をお迎えし、回れ右して世界を越え、国家を越えて故郷に帰ってくるのです。人間が堕落していなかった時、神様がエデンの園で自由に往来できた基盤を再び取り戻すというのです。それを取り戻すために故郷に帰らなければなりません。

10 お母様が日本で行った「世界平和女性連合」の大会をアメリカの州責任者たちが聞き、そのまま相続しました。日本でのお母様の巡回講演を、アメリカの州責任者と「アメリカ自由連合(AFC)」の責任者たちが毎日のように聞いたのです。これをアメリカ五十州の地方組織でも聞かなければなりません。

そして、アメリカでお母様が巡回したことについては、世界の宣教師たちが来て、すべて報告を聞かなければなりません。アダム国家の伝統はエバ国家が受け継がなければならず、エバ国家の伝統は天使長国家が受け継がなければならず、天使長国家の伝統は世界のあらゆる国が受け継がなければなりません。異議はありません。それこそ、世界的な修練会になったのです。

11 一九九二年、「世界平和女性連合」のワシントンDC大会を通して、お母様についての評判が大きく広がりました。そうして、行く先々で互いに表彰牌を授与するブームが起きたのです。

ロサンゼルス大会では、「世界の母」という賞牌まで授与しました。彼らは、原理について知らない人たちです。アメリカの全女性を代表する機構の会長が出てきて、「世界の母」の賞牌を授与し、一大演説をするという出来事が起きたのです。

12 一九九二年十一月から、ヨーロッパの四ヵ国を中心として、「世界平和女性連合」の大講演会を出発することになります。お父様は一緒に行きません。お母様に完全に侍ることができるよう、前に立てるのです。そのようにして、世界の女性たちに門を開いてあげなければなりません。それで、「ロシア講演まで準備しなさい」と言いました。中国と北朝鮮にまで一瀉(いっしゃ)千里で進んでいくのです。女性たちは、争いをしようとしていても、涙を流して帰ってきますが、男性たちが行けば、闘争が起き、血が流れます。ですから、女性を立てて行うのです。平和の世界は、愛を出発点とするので、女性を立てざるを得ないのです。

13 「世界平和女性連合」の大会をアメリカの八ヵ都市で行い、ヨーロッパでも八ヵ都市で行います。アメリカが西欧社会の主体だとすれば、ヨーロッパは相対です。そのような事実を知らないので、「四、五ヵ所でやろう」と言うのです。

ヨーロッパは、何ヵ国でも一つの国と見なければなりません。ヨーロッパといっても、イギリス、フランス、イタリアだけが入るのではありません。アメリカが八つの州でやったのなら、ヨーロッパもそれに相対的に合わせて、八ヵ都市でしなければなりません。一九九二年は、ロシアまでもつかまえて、入っていかなければなりません。この怨讐の国々が一つになって、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を果たした立場で、祖国光復の基盤を整えなければならないのです。怨讐の世界に向かって闘争歴史を綴ってきた、すべてのことにおいて新しい伝統を立てることによって、天が君臨できるようになるのです。

14 一九九二年、「世界平和女性連合」の講演会をしながら、お母様が世界的に旋風を巻き起こしました。ローマ大会では、四つの団体から大きな賞牌をもらいました。今や、お母様を中心として、女性たちが完全に一つにならなければなりません。全世界が一列に貫かれるというのです。そのようにして、新郎として来られたイエス様を中心として新婦教会であるユダヤ教が一つになれなかったことを、今日の世界で一つにしなければなりません。

15 本来は、お母様を中心として、韓国と日本とアメリカで長子権を復帰すれば、ドイツはそのまま付いてくるようになっています。ヨーロッパはそのままアメリカに付いていくのです。しかし、ヨーロッパでお母様が「世界平和女性連合」の大会をするのは何のためでしょうか。

第二次世界大戦以降、エバ国家であるイギリスを中心として、アメリカとフランスはアベルとカインですが、これらの国が真の父に侍ることができなかったことによって、世界的な勝利の出発ができませんでした。ヨーロッパのイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、摂理上の四つの国でなぜ大会をしなければならないのでしょうか。

第二次世界大戦の時、枢軸国だった日本とドイツを祝福すれば、イタリアも祝福してあげなければなりません。イタリアを抜けば、背後のあらゆるものが一つにまとまらないのです。ですから、彼らにも整地作業をしてあげなければなりません。それで今回、お母様がヨーロッパまで巡回するのです。摂理史において、お母様を中心とするカイン・アベルとして、復帰の責任をもつ立場で世界的な清算をしなければならない基本的な位置にいるので、これらの国で大会をするのです。

16 個人伝道時代は過ぎ去りました。私たちの祝福の論理を中心として、家庭の方向を変えなければなりません。家庭の方向を変えようとすれば、女性から変えなければなりません。

エバから始まって家庭がサタン世界になったので、蕩減復帰の原則によってこれを反対方向に変えようとすれば、お母様が先頭に立って女性を世界的に編成し、一つになるようにしなければなりません。それで、お母様の「世界平和女性連合」の大会を通して韓国を席巻し、日本を席巻し、アメリカを席巻し、ヨーロッパを席巻しました。これから、その周辺国家と六大州の重要な都市を、女性を中心として席巻するのです。

ですから、世界平和を提唱した女性はお母様しかいないという評価が出てくるのです。息子、娘はお母様に連結されているので、お母様がそのようにすれば、サタン世界は一八〇度向きを変え、お母様を中心として進むのです。

17 お母様が「世界平和女性連合」のヨーロッパ大会のために、各地域で着る服を準備して行きました。ところが、帰ってきた時に見ると、一着も残っていませんでした。食口たちにすべて分けてあげたのです。誰かにあげたのか、指輪までありません。それで聞いてみると、「よく分からない」というのです。そのように、与えて、忘れてしまわなければならないというのです。自分の生命を与え、愛を与えて忘れてしまう人が、神様の最も近い所に行くのです。

18 「世界平和女性連合モスクワ大会をやりなさい」と一週間前に指示した人も、「荒れ地のような所に行かなければならない」と言いながら行くお母様も、人々から見れば理解できなかったでしょう。

三年前のことを考えてみてください。モスクワはどのような場所でしょうか。一週間前に、モスクワ大会を指示したのです。それが摂理史です。ロシアに行くには、そのようにしなければなりません。そのようにして二週間以内に、すべてやってしまったのです。

19 私以上にロシアのために働いた人がどこにいますか。私はロシアの地位の高い人々の息子、娘たちをアメリカに連れていって教育を受けさせ、今はその人たちが父母様の側にいます。それで、(お母様の「世界平和女性連合」の)イタリア・ミラノ大会が終わるとき、モスクワ大会を指示したのです。一週間前に指示したのですが、その大会場所が準備できなくなり、大会の正に前日、十六時間前からすべて準備したのです。

十六時間の間にパンフレットを作り、講堂を借り、舞台を設置して大会を終えました。四千人が入れる会場に七千人が集まったというのです。三千人は入ることもできず、外にいました。そのように困難があったにもかかわらず、成功裏に大会を終えたのです。

20 お母様が「世界平和女性連合」の中国大会を行うために中国に出発します。共産体制の中国で大会をするというのです。そこで「神様」という言葉を語ることができますか。それは、党が許さず、軍部が許さないのです。

党がこの大会の原稿を検閲するのに一週間かかりました。今までお母様の大会で、神様を中心として語ったその骨子をすべて入れたのです。共産国家で、それが夢ではなく、事実として成し遂げられました。

21 お母様が中国に行って、「世界平和女性連合」の大会をすることになっています。それはどれほど大変なことでしょうか。政府もできません。ありとあらゆることをすべてやり、私たちがすべて消化して、間違いなく共産党が全党大会を行う人民大会堂に行って大会をするのです。

中国の最高の女性たち、英語ができる女性たちを参席させようと思います。そして、既にロシアでも大会を行い、中国でも大会を行うことになったので、今や北朝鮮でも大会をしなければなりません。女性たちがしなければならないのです。

22 「世界平和女性連合」の中国大会は、最初から問題がたくさんありました。「宗教的な内容をもって大会をするので、軍部でも問題になり、党でも問題になる」と言いながら、困るとして中国当局が妨害したのですが、そのまま押し切りました。講演文に「神様」という言葉が、一回ではなく数十回出てくるというのです。私たちが人民大会堂でこのような講演をしたこと自体が、どれほど革命的なことか分かりません。若い人たちはみな講演文を読むでしょうし、そうすれば全国で評判にもなるはずです。これは革命的な事件です。

23 鄧小平の息子の一人は障害者で、五十万の中国障害者協会の会長です。一九九二年十二月二十三日、「世界平和女性連合」の大会が開かれる前日、その人の直属の部下たちが私たちの代表団を招請して歓迎会を開催したのですが、彼らはとても喜んでいました。お母様に会い、今まで進められてきたことについて話をしながら、非常に和気あいあいとした雰囲気で、すべての人が喜んでいたというのです。

そして、夜には、中国の全国婦女連合会から招請を受けました。十三億を超える全体人口の半分がここに属しているのですから、ものすごい団体です。婦女連合会は四十年になるというのですが、今が絶頂の全盛時代だというのです。そのレベルであれば背景も大変なものです。共産党は、主に副責任者が全体を調整します。その招請晩餐会に副責任者が来てお母様を歓迎するなど、招請晩餐会はとても良かったというのです。宗教について知らない立場で、最初は互いにぎこちなかったのですが、最後はとても仲良くなり、歌も歌うなど、良い雰囲気でした。きょうの大会にも、大きな関心と期待をもって参席したでしょう。

24 アメリカとドイツを含めて七ヵ国で「世界平和女性連合」の大会をしました。そして、ロシアでも大会を終え、これからオセアニアでも大会をしなければなりません。お父様が行かなくても、オセアニアまで連結させるのです。お母様がこのようにすることによって、四十七年前にキリスト教文化圏が新郎の前に責任を果たせなかったことを、新郎と新婦が責任を果たした勝利的な基盤を中心として再び連結させることができます。そうすることによって、自由世界が生き返るのです。

25 「世界平和女性連合」のフィリピン大会は、全国的な規模でした。機関要員たちとフィリピンの中心メンバーたちを含めて、五百人が参席しました。元長官や現職の長官、長官夫人なども七十人以上参席したというのです。フィリピン全体が動いた大会でした。

その人たちは、今までの私たちの活動をすべて知っていたのです。日本で開催された「世界平和女性連合」の大会から始まり、今まで私たちがやってきた各国の大会について、自分たちの大使館を通して全面的に研究したはずです。今や、そのような時代に入ってきました。

26 フィリピン大会の日程に合わせ、ニューヨークからロサンゼルスへ行き、マニラ行きの飛行機に乗りました。飛行機の中で少し眠りについたのですが、私(お母様)が赤ん坊にお乳をあげている夢を見ました。とても目鼻立ちのくつきりとした、かわいい子でした。夢の中で「私はもう赤ん坊を生む年齢ではないのに」と思いましたが、赤ん坊がお乳を欲しがるのであげたのです。

空港に到着して飛行機を降り、その夢のことをすっかり忘れていたのですが、ちょうどその日がカトリックの記念日でした。そこでは、聖母マリヤが顕現すると信じています。正にその日が、「あなたはみごもって男の子を産むでしょう」(ルカ一・三一)とマリヤが天使ガブリエルから啓示を受けた日だとして、カトリック教徒たちが記念していたのです。ちょうど、大会が開かれる日が、その日でした。この日、大会に参席した貴賓の中の一人は、市内に貼られたポスターに載っていた黄色いチョゴリ姿の私の写真を見て、「この方がマリヤの使命を果たす方だ」と思い、深く感動したというのです。

第三節 真のお母様の責任完遂と勝利

真のお母様の責任完遂

真のお父様は、一九九〇年三月二十七日、アメリカで挙行された第三十一回「真の父母の日」記念礼拝において、「女性全体解放圏」を宣布され、真のお母様を第二教主として発表された。これは、真のお母様が真のお父様と共に、すべての摂理を共同で導いてこられ、復帰摂理を完成するに当たって勝利されたことを天下に公表するものであり、真の母として完成実体を備えるようになったことを意味する。

1 第四次アダム圏時代を発表しましたが、カインとアベルを中心とした母の責任は果たしました。ですから、お父様のあらゆるものを連結してあげなければなりません。それが母子協助時代です。

母子協助時代から父子協助時代に連結してこそ、祝福を受けた家庭が父母様の家庭に従って入っていくことができます。ですから、母子協助、父子協助をして解放されるのです。

男性たちは、今まで天のみ前に協助できずに反対しました。国を踏み越え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従することによって、世界を越え、天上まで越えていくのです。今まではそのような立場に立てませんでした。母子協助時代にお母様を中心として勝利した基盤の上に、父子協助時代を迎えなければなりません。今、このような位置にまで来たというのです。

2 お母様は苦労しました。今ではもう、どこに立てても心配がありません。これまで多くの苦労をしました。世界を巡りながら、難しいこともたくさん感じたと思いますが、峠をすべて越えました。それがすべて教材になりました。また、私が多くの大会をしましたが、真のお母様は、日本の集会を模範的にやり遂げました。かなり良い成果を挙げたと思います。

もともとお母様は、そのような何かがあります。おとなしく見えても、大胆なところがあります。お母様がそのようにためらうことなく、聴衆たちを包み込んでまとめてしまうとは思わなかったでしょう。お父様の代身の第二教主という名を付けてあげたのですが、「その名を訳もなく付けたのではないのだなあ! お父様はよく分かって付けたのだなあ!」と感じるでしょう。数年かかる基盤を、一気に築いたのです。皆さんも、お母様以上にしなければならない責任があります

3 今ではもう、お父様が一人でいても父母様の代身であり、お母様が一人でいても父母様の代身です。「お父様が七十を越えたので、後継者が出てこないのか」という話はやめなさいというのです。父母が生きていて、私の息子、娘たちがいます。心配することはありません。お母様や息子、娘たちは、統一教会の食口たちより、神様の絶対愛を中心としてために生きることにおいて先頭に立たなければなりません。これを今から肝に銘じなければならないのです。そのような観念をもたなければなりません。

それで今後、私たちの後代に過ちがあったり、原則から外れたりすることがあれば、私たちの家庭会議を通して新たに決定を下し、これを立て直すシステムができるでしょう。もう心配ないというのです。ですから、お父様が第一教主であり、お母様は第二教主です。今までは女性たちが男性に付いてきましたが、これからは水平です。

4 今まで「七・一節」、「七・八節」、「七・九節」、「七・十節」を宣布し、二〇〇三年七月十三日に蕩減時代終結宣布をしました。そうすることによって、復帰摂理のあらゆるものが完結したのです。神様が霊肉を中心として、父母の位置に出ていくようになったということです。

今回、蕩減時代の復帰を通して(勝利を)お返しすることによって、お母様が現れたのです。霊肉を中心とした一体的創造理想が地上と天上で完結し、父母の聖婚式と入籍式が可能になることによって、地上世界も聖婚式と子女の出生届が可能だというのです。まだ創造理想が完結していないので、再臨を霊的にしてはいけません。今から、お母様が現れなければなりません。

体をまとって、霊界で父母の位置に立つことによって、初めて父母が入ります。神様は心的な父母になり、真の父母が体的な父母になって、神様の実体をまとって天の国に入ってくとき、その息子、娘がすべて付いて入っていくのです。

5 神様には、超宗教、超政治、超国家、超NGO、超世界のつの国を成し遂げようというみ旨がありました。そのみ旨のためにメシヤを送ってくださったのですが、それはイスラエル民族に対する天の約束があったからです。そのメシヤは、アダム完成者として来て、失ってしまったエバを取り戻さなければなりません。そのために、国家的基準でアダム家庭が失敗して失ってしまったエバの基準を立てなければならないのです。そのような基準を立てることによって、家庭基盤の上で民族を越え、国家的基盤の上で勝利の覇権を立てるようになったのです。

エデンで理想としていた神様の愛の主権を復帰しようというすべてのみ旨が、このように悲しく暗い世界へと転がり落ちてしまいましたが、ただ一人、真っ暗闇の中にいても、僕の僕の立場から僕の立場、養子の立場、庶子の立場、直系の子女の立場まで経て、母を捜して立て、父母の立場まで備えました。そのようにして、カイン・アベルの共産圏と民主世界を収拾し、これを抱いて、本然の父である真の父母に奉献してさしあげなければならないのが、母であるエバの使命です。

そのようなエバの使命を中心として、すべての民主世界の自由環镜を破綻させるサタン圏の主権と闘い、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の克服までしました。世界的限界線を越えてそのように克服することによって、お母様が再び出産の苦労をして、この天地間に勝利した母として完成した実体を備え、天の国の王権を受け継ぐことのできる天一国を開門するようになりました。

真のお母様に表彰牌授与

真の父母様は、一九九九年五月三十日、世界八十ヵ都市で真の家庭世界化前進大会を終えられ、アメリカのベルベディア聖地において、「真の父母様東西洋(地球星)勝利祝賀宣布式」を挙行された。そして、六月十四日、ソウルの漢南国際研修院で第三十七回「真の万物の日」敬礼式を終えたあと、ソウルのオリンピック体操競技場で「真の父母様天宙勝利祝賀宣布式」を挙行された。これは、真のお母様が世界八十ヵ都市巡回講演を勝利することにより真の父母の使命を完遂したことを宣言する意味で行われた。真のお父様は、この日、真の父母様天宙勝利祝賀宣布表彰牌を、真のお母様に授与された。この表彰牌には、人類の真の母の使命をもって来られ、一九六〇年の聖婚以降、真の子女、妻、父母の使命を果たし、世界巡回を通して万民に真の父母様の生涯の教本を伝授したことに対してたたえる内容が記されている。

6 あなた(お母様)は、神様の特命と復帰摂理歴史の実りとして結ばれた本然の神様の子女であり、人類の真の母の使命をもって、この地に来られました。天だけが記憶される中、蕩減復帰の苦難の路程を絶対信仰、絶対愛、絶対服従で勝利し、永遠の伝統を立てられました。一九六〇年に聖婚されたのち、天のみ前に真の子女の使命、夫の前に真の妻の使命、そして、子女の前に真の父母の使命を完遂されました。神様の復帰摂理と真の父母様の復帰の聖業が、霊界と肉界において勝利的に締めくくられる一九九九年の「真の家庭世界化前進大会」を通して、世界八十ヵ所で「真の父母が伝授する生涯の教本」を万民に伝授されました。私は、創造本然のアダム、人類の真の父として、あなたの労苦と業績を褒めたたえ、天のみ前に感謝申し上げ、霊界と肉界と子孫たちの前でその治績をたたえるために、本表彰牌を捧げます。

7 お父様が、お母様を表彰しました。さらに、統一教会が表彰しなければならず、創造主が表彰しなければなりません。「私たちのお母様だ!お父様と同じだ!」と言わなければなりません。神様の右側にお父様がいましたが、左側にお母様を設定したので、「七・一節」、「七・八節」、「七・九節」、「七・十節」を中心として、解放の時代に越えていくことによって、七・十数を中心として蕩減時代の終結を宣布できるようになりました。神様は、今まで象徴的に現れていましたが、実体のお父様の相対としてお母様が現れることにより、実体的地上・天上天国ができるのです。実体父母、天の国の真の愛、真の生命、真の血統を中心として、完全な女性と完全な男性が一心体、一念となり、息子、娘を中心として種を受けなければなりません。それでこそ、家庭が完成します。完成できなかった家庭は霊界に入れないので、厳しい恥辱と苦難を通して埋めなければならない期間が待っているというのです。実体で通過しなければ、天国に入っていけません。

8 お母様がサタン世界の最高クラスを中心として、世界八十ヵ都市で真の家庭世界化前進大会の巡回講演を行い、勝利の覇権をもって戻ってくることによって、お母様は、お母様としての責任を果たしたので、初めて神様が公認した位置、サタンが公認した位置、人類が公認した位置に立つようになりました。

そうして、キリスト教をはじめとする人類の宗教圏を越えて勝利の版図圏に立ったので、アダムの前に失敗したエバが復帰された価値として、同じ位置に入籍し、行動できる資格をもつようになったことを天地に宣布するのです。

この「真の父母様天宙勝利祝賀宣布式」で、お父様がお母様に対して表彰するのです。ですから、お母様が今からは対等な位置に立つようになりました。男女平等圏時代が訪れたのです。愛を中心として、男女平等圏時代だというのです。それゆえ、これから女性たちを結束させて、男性たちを教育する時が来ました。

9 お母様が世界を巡回して真の家庭世界化前進大会を開催したのは、お母様の責任が重要な時期だからです。中国では大会を行うのが難しい状況でしたが、天が役事して行うことができました。様々な条件が一致して、後援せざるを得なかったのです。そうして、サタンまで神様のみ前に屈服し、真の父母と人類の前に降服する基準が成立したので、父母様が帰ってきて、勝利の行事を行うのです。それが「真の父母様天宙勝利祝賀宣布式」です。

10 一九九九年六月十四日に、お母様に表彰牌を授与したのは、どういうことでしょうか。エバたちが三時代のアダムたちをすべて犠牲にしましたが、今やお母様が三時代の母の役割を果たすことができる資格を条件的に備えたので、お父様と対等な位置に立ち、天の祝福を受ける位置に入ってきたことを意味するのです。

四位基台の完成、三対象目的の完成をしなければ、天国に入っていくことができません。それゆえ、再臨主は成約時代の完成を意味し、成約時代の完成は、神様の創造理想を完全に越える立場に立つのです。ですから、再臨主の命令は、アダムを完成した基準の命令であり、イエス様が国家理想を成し遂げたその基準の上での命令です。

そして、サタン世界である外的世界に対して、内的な宗教圏が天宙史的な勝利を収めて世界圏を形成できなかったので、再臨主が闘って勝ち、それをすべて成し遂げたというのです。それを皆さんに伝授してあげました。ですから、皆さんが民族に代わり、国家に代わり、世界に代わる相対圏にならなければ、天国に入っていくことができる資格がないというのです。

第四節 日本女性十六万人特別修練会と姉妹結縁

16万人特別修練会の意義

日本の女性指導者特別修練会が、一九九三年八月九日からアメリカ、アラスカのコディアクで開催されたのち、一九九四年十一月二十日まで、アメリカ、ニューヨークのイースト・ガーデンと韓国の済州国際研修院、京畿道九里市の中央修練院などの地で、十六万人の女性指導者たちを対象に、三泊四日修練会が七十数回にわたって行われた。真の父母様は、特別修練会の期間、延べ千六百時間にわたる直接の講義および、み言を通して、日本復帰のための女性の役割はもちろん、母の国としての日本の使命と責任などについて、多くのみ言を語られた。特に、済州国際研修院の場合、千人を収容するのも困難な環境であったにもかかわらず、第二十五回修練会では、四千八百人が参加した。さらに中央修練院における最後の修練会では、参加者が七千人を超えるという驚異的な記録を打ち立てた。

1 父母様は、統一教会のために活動しているのではありません。世界と天宙、神様のために活動しているのです。ですから、相対圏が消えていきません。いくら消してしまおうとしても、天が保護します。それゆえ、だんだんと大きくなり、天宙の頂上に立つのです。神様がいらっしゃるので、必ずそのようになります。垂直に上がっていくのです。ジグザグではなく垂直です。

四十年間に四千年の歴史を復帰できる実績基盤を残して立つようになるのです。それが「真の父母と成約時代」宣布です。それは言葉だけではありません。その基盤が世界的なものにならなければなりません。そのように「真の父母と成約時代」を宣布したからといって、「真の父母なのだから、すべて絶対服従しなさい!」と言うことができますか。そのようにはできません。

時になれば、より天的で神秘的な内容を教えるのです。今まで誰にも教えなかった神秘的な内容、親戚や韓国の女性たちにも教えなかった内容を、日本の女性たちに初めて教えてあげるのです。母の国として世界と連結させるために、自分の国とアジアを越え、世界最高のものを教えてあげるのです。それが日本女性指導者特別修練会です。

2 日本女性指導者特別修練会を継続して行っているのですが、既に五万人が参加しました。これは特別修練です。普通の女性ではなく、特別な日本女性です。新しく来た人たちは、このような表題を見て不思議に思うかもしれません。「初めて来たけれども、特別修練とはどういうことだろうか」と思うでしょう。初めて来た人は不思議に思って当然です。このように教育するのは初めてです。

一九五四年に韓国協会が出発して今年で四十年になります。しかし、これまで代表的な講師たちを養成するために努力し、本も出版して教育するように中心を立てたのですが、このように、日本の女性たち五万人を集めて教育するのは、歴史になかったことです。このようなことは、日本の歴史にもなく、世界の歴史にもありませんでした。

3 イギリスでは、旧教と新教が闘っています。それを消化しなければなりません。日本がそれと全く同じ立場に立たなければ、エバ国家にはなれません。それで、日本には異質な二人の息子、娘がいるのですが、それが北朝鮮の朝鮮総連と韓国の民団です。

エバ国家の日本の腹中に異質な双子が入っているのです。それを、日本政府や国民は悪いものと考えてきました。エバ国家の使命を果たすためには、この双子を生んで一つにしなければなりません。このような時代になったので、朝鮮総連と民団を一つにする活動をすることを、済州島の修練会が終わる前に指示しました。

4 今から祝福家庭を中心として、国際的な連帯を結ぶときが来ました。ですから、日本の家庭と一つにならなければなりません。世界を代表する女性国家が日本だからです。日本と韓国が一つになるべき時が来ました。大韓民国の女性は、長女と同じです。日本は次女の立場で、長女の伝統を受け継がなければならない時になりました。

独立運動の期間に烈士として名前を残した女性は、柳寛順しかいません。韓国女性の代表者が柳寛順なので、日本の女性たちは、柳寛順の伝統に従わなければ、お母様に会うことができません。そのためには、日本全国で民団と朝鮮総連が一つにならなければなりません。エバの立場にいるタマルの腹中で、ペレヅとゼラが争いました。母である日本の女性がそれを一つにしなければならないのです。そのようにして、韓国の南北統一を成し遂げなければなりません。

韓国の女性と日本の女性、姉と妹が、お母様を中心として一つになって復帰路程を進めば、一方通行です。そのように一つになって日本を従え、アジアを従えて、世界を越えていかなければなりません。このような召命のみ旨に従って行動する、驚くべき時代に同参できる栄光のために尽力しなさいというのです。

5 日本には統一教会が二万ヵ所なければなりません。教育した人は膨大な数になりますが、信仰教育ができる基盤がありませんでした。それで、天が準備していた人たちを大勢送ったにもかかわらず、すべて流れていきました。天が時に合わせて準備していたその人たちは、日本の生死を左右する人たちでした。彼らは、教会を復興させる基幹要員になることができた人たちなのですが、その人たちをすべて逃してしまったので、仕方なくお父様が手を付けたのです。

男性たちを前に立てては何もできません。女性たちを前に立てて、男性たちまで引っ張っていかなければなりません。男性たちは見物人になってしまいました。それで、十六万人の教育を計画したのです。ですから、副作用が多くありました。順理(道理に従うこと)を通して行われたことではありません。逆理的立場で、このことを推進させなければならなかったのです。それが十六万人の(日本女性)教育です。

6 日本の女性を七百人ずつアラスカ教育に参加させようとしましたが、飛行機の便が合いませんでした。それで、仕方なく済州島に数万人を連れてきて教育しようとするのです。本来、「一度に二千人ずつ連れてくる」と言ったのですが、それも飛行機の便が手配できないのです。

個人もそうであり、団体もそうであり、国家も準備しなければ流れていきます。歴史は無情なのです。歴史に合うものだけが残ります。そのように歴史に合うものになろうとすれば、あらかじめしっかりと準備しておかなければなりません。

7 統一教会の日本の女性たちが済州島に修練を受けるために来たのですが、お父様に一度も会ったことがない人が三分の一から半分近くになりました。私は、人知れず涙を流しました。「私は大罪人だ。隣国にいながら、私が訪ねていくことができず、会うことができなかったのだなあ!」と思ったのです。師の命令に従い、雨が降ろうと雪が降ろうと、二十年以上、いつも迫害と嘲弄を受けつつ、ありとあらゆることを経ながら活動してきたこの人たちに対して、師として責任をもたなければなりません。そのようなことを知っているので、私は一日も平安な日を過ごそうとは思わないのです。

8 済州島で教育するとき、一番多く集まったのが四千八百人でした。そこの教育場所は二百六十坪ほどですから、六百坪の九里中央修練所の半分にしかなりません。そのように、半分にしかならない場所で、四千八百人まで修練しました。そこは拷問をする場所よりもひどい状況でした。

しかし、人は追い込まれれば何であってもできないことはない、と考えてしたのです。全員立たせて、「ぎゅうぎゅうに詰めて座りなさい」と言いました。仕方がありません。死ぬ前までは座っていなければならないのです。それがどれほど話題になったか分かりません。そこで教育を受けた人は、「そのような教育をもう一度受けたい」と言います。歴史にそのようなことはありませんでした。

寝るときは、階段もどこもすべて寝床でした。寝床は特別なものではありません。眠れば寝床になるのです。トイレにまで、寝袋をもって入っていって眠ることができれば、ホテルの部屋よりも良いと考えたのです。

そうして、「誰もが済州島に行かなければならない」と評判になりました。ですから、雪崩のように人が増えていったのです。それで、ここにもっと修練所を造って教育しなければならないと考えました。

日韓女性の姉妹結縁

真の父母様は、一九九三年十月六日から九四年十一月二十日まで、済州島と九里で開催された日本女性指導者特別修練会において、日韓両国の交流と摂理的な責任を強調された。特に、韓国と日本が一つになり、アジアと世界復帰のために立ち上がることを力説されながら、姉妹結縁を通して姉妹のように愛する訓練をしなければならないと語られた。そして、「無限に速結されている膨大な世界におけるテキストブックとして、型と公式に一致させるため、このような運動をするのであり、ここには天宙的な縁が連結されている」と説明された。

9 日本と韓国は、摂理的に一つの国とみなします。一般の人たちは、このような話を聞けば「気分が悪い」と言うかもしれませんが、ヨーロッパを見なさいというのです。ヨーロッパ共同体(EC)からヨーロッパ連合(EU)になりました。一つになっていくのです。一つになるその基台は、男性ではなく女性です。

そのような観点から、特別修練会をしているのですが、この教育期間は大変動をする期間です。このように来て感動するとすれば、父母様に対して関心をもつようになります。ここは、韓国の九里市水澤洞です。水澤洞修練所で感動すれば、自分との関係が徐々に深くなります。それで、忘れることができなくなるのです。

また、このような期間に姉妹結縁をするというのは、重大な一つの機会になります。このような機会はありません。

姉妹結縁をする人たちは、すべて統一教会員ではありません。韓国の村々から連れてきた人たちです。「世界平和女性連合」を通して連結された女性をはじめ、あらゆる女性たちがいます。

世界を一つにするためには、東洋から一つにする運動をしなければなりません。それは姉妹結縁しか道がありません。韓国と日本の二つの国が、アジアと共に歩調を合わせなければ、世界で生き残ることができません。そのような時代が来ました。

10 国家的な次元での外交は、国家の利益を目的としてまとめるものですが、民間外交は、国家の利益だけでなく、個人の世界で双方の利益を考えるようになります。そして経済問題より思想問題を中心としてお互いに交流すればするほど、双方の利益が大きくなります。そのような面で、統一教会で行っている姉妹結縁は、サタン世界が見るとき、非常に問題の事件です。

11 日本と韓国を姉妹関係として結べば、世界に通じる道が連結されます。このようなことは、誰であっても願うことです。それが成し遂げられるようになった場合には、素晴らしいことになります。大勢の人々が往来することによって、文化の交流、思想の交流、物質の交流が起きるようになるのです。そのようになるので、それは世界的に奨励しなければなりません。そこで結婚する人が出てくれば、親戚になるのです。

12 日本の女性は、復帰された妹であり、韓国の女性は、復帰された姉です。ですから、姉の立場である皆さんが新たに教えてあげなければなりません。韓国を訪ねてくる日本の妹たちに、皆さんが昼食だけでも接待してあげなさいというのです。

姉妹結縁をするのです。姉妹結縁をしなければなりません。これから、息子、娘を結婚させるところがありません。あらかじめ姉妹結縁をして、アダム国家とエバ国家の息子、娘たち同士で祝福を受けるのが福なのです。

13 日韓両国は、数千年間、互いに離れ、悲哀の歴史を生きてきました。その悲哀の歴史を終結させるための出会いの瞬間を、神様と宇宙、万物、歴史も願ってきたのですが、皆さんが姉妹結縁をすることによって、それが可能になったとすれば、それ以上にたたえるべきことはありません。そのような考えをもって姉妹結縁をしなければなりません。

世の中の女性たちは、最初は「姉妹結縁は一人で個別にするものであって、体育館で数千人が一度にするものなのか。それが私たちと何の関係があるのか。私たちの得になることはない。行かないほうがよいだろう」と考えたかもしれませんが、その場に来てみると、みな興奮し、互いに抱き合って盛り上がりました。

それは希望の瞬間だったのです。ここで数時間の修練ができなくても、そのようなことを早く世界的に行わなければなません。

14 全国的に組織を整えて、日本の女性たちを受け入れることができるようにしなければなりません。その人たちを受け入れて、一つにならなければならないのです。

韓国の女性と日本の女性のうち、どちらが前に立たなければなりませんか。姉がどちらかというと韓国の女性です。韓国の女性が姉の立場なのですが、昔は怨讐でした。しかし、今は怨讐ではありません。(日本の女性を)妹だと思わなければならないのです。同じ家の家族になったと考えなければなりません。ですから、姉の役割を果たさなければならないのです。それをしようとするのでここでも早く挙国的な組織をつくらなければなりません。

15 韓国の女性と日本の女性を姉妹関係にするのですが、一方はレアであり、一方はラケルです。どちらがレアであり、どちらがラケルでしょうか。最初に生まれた姉、「アジア平和女性連合」を先に創立した日本がレアです。ラケルは韓国です。ですから、長子復帰をしなければなりません。

レアとラケルは、ヤコブの家庭で争いました。しかし、今からは争ってはいけません。レアはラケルを先頭に立てなければならないのです。「よく分かりました。よろしくお願いします。何があっても侍ります」と言って、一つにならなければなりません。母子協助において、天下統一は女性から始まるのです。これが原理的な公式です。

16 韓国の女性は、日本の女性に対して姉の立場にいるので、お母様を中心として、復帰時代に世界の運勢に乗ったエバ圏を通して次子を復帰することにより、長子を救ってあげなければなりません。お母様は、次女の立場である日本を復帰して、長女の立場である韓国を復帰してあげなければなりません。お母様はエバ国家の代表として立ち、日本を年下の娘として立て、長女である韓国の娘と一つにすることによって、長女圏の姉と次女圏の妹を神様の懐に抱かせるのです。そのような時が来ました。日本食口と韓国食口が、そのような交差的立場で兄弟になったのです。この兄弟を、誰よりも愛さなければなりません。離れ離れになっていた群れが六千年ぶに出会ったので、韓国人よりも彼らをさらに愛さなければならないのです。

17 早く女性連合を結成して、北朝鮮まで加担させようと思います。北朝鮮の女性たちまで加担させ、日本で会議をするのです。韓国から五百人、北朝鮮から五百人が日本に行き、女性たちの統合運動をするというのです。そのようにしておいて、一家庭ずつ任せるのです。今、北朝鮮が大変なので、日本の家庭にある服や生活必需品など、使っていないものを北朝鮮に分けてあげようというのです。

昔、アメリカから韓国に救援物資を援助してくれたのと同様に、姉妹結縁をして助けてあげれば、どのようになるでしょうか。もし、日本にそのような百万人の基盤があれば、北朝鮮の百万人の女性たちと連結されるのです。そのように、百万人の女性が連結されれば、一人の女性を中心に家族が四人だけいるとしても、四百万人になります。そのようにして、あと四、五回だけ継続すれば、二千万人がすべて入るのです。そのような連結を日本でしなければなりません。

18 韓国にいる二千万人の女性たちが私の言うことを聞けば、北朝鮮の二千万人の住民たちを養うことができます。ですから、休戦ラインを開いておきなさいというのです。北朝鮮に行って姉妹結縁をするようになれば、韓国の二人が北朝鮮の一人を養うのは問題ありません。空腹であれば米を持っていって食べさせ、着るものがなければ、古着などを分けてあげるのです。そうすれば、飢えて死ぬよりはいいと思うでしょう。今、北朝鮮では、貧しく暮らしています。

19 父母様がコンドミニアムを造り、韓国人、日本人、ドイツ人、アメリカ人など、四ヵ国の人たちが一緒に生活をしながら暮らす伝統をつくろうと思います。三年間一緒に暮らせば、自分たちは言葉が話せませんが、息子、娘たちは三年以内にすべて話せるようになります。そのようにしておけば、小学校から中学校に通うとき、ビデオテーブをかばんに入れて通いながら一人で勉強できるのです。そうすれば、学校が必要ありません。

その次には、国家と国家同士で姉妹関係を結ぶのです。祝福家庭が連結されれば、いつでも世界を旅行しながら暮らすことができる環境になります。問題は、文化背景と言語です。文化と言語を統一することは、平和世界をつくるに当たって絶対に必要な条件です。

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第十三篇 第一章 神様王権即位式と解放圏戴冠式

第十三篇 第一章

神様王権即位式と解放圏戴冠式

第十三篇 復帰摂理の完結と天一国の定着

天宙平和統一国、すなわち天一国は、神様を中心に、人類一家族の理想が実現された地上と天上の天国を意味する。神様は、人間始祖の堕落によって天一国を成し遂げることができないまま、恨に満ちた復帰摂理を導いてこられた。罪悪の歴史を清算するための復帰摂理は、中心人物たちが責任を果たせないことによって、延長に延長を重ねた。ひとり子であるイエス様も、ユダヤ民族の不信によって、再臨を約束して十字架で亡くなられるとともに、神様のみ旨の成就はまたもや延長された。

このような中で、真の父母様は一九六〇年の「小羊の婚宴」、すなわち聖婚式を通してこの地に顕現され、救援摂理を締めくくるために渾身の力を注がれた。特に、新しい真理を全世界に宣布され、救援摂理の最終目標である真の愛、真の生命、真の血統の相続のために、祝福結婚を大々的に展開された。

真の父母様は、言い表せないほどの蕩減と精誠によって、ついに二〇〇一年、神様王権即位式を通して、神様と人類の解放の土台を築かれた。そして、基元節までの十三年間、真の父母様は、一日を千年のごとく、千年を一日のごとく、寸陰を惜しんで全力投球され、後天時代と天暦を宣布し、地上の天正宮博物館を奉献して、神様がこの地上に安着できる基盤を万世の磐石の上に立てられた。これによって、メシヤ、真の父母、平和の王の復帰路程を勝利された真の父母様は、金婚式(数え)を迎える二〇〇九年、全世界に向かって、神様を解放してさしあげる「万王の王神様解放圏戴冠式」を、全天宙が見守る中で成功裏に挙げられたのである。

さらに真の父母様は、二〇一〇年、天暦五月八日と十五日に、神様の実体対象として御夫妻の最終一体を宣言なさった。そして、真のお父様は、すべての摂理的使命を完成、完結、完了し、「すべて成し遂げた」と宣布されたのち、二〇一二年天暦七月十七日、基元節を約六ヵ月後に控える中、聖和された。真のお母様は、二〇一三年、天暦一月十三日、天一国基元節を満天下に宣布され、天一国定着のため、真のお父様と一心、一体、一念、一和、一核の立場で、天一国の三大経典の編纂と天一国憲法(教会法)の制定、グローバルな人材の養成など、数多くの業績を残されている。このように、真の父母様を中心として、地上と天上で天一国を定着させる大役事が広がっているのである。

*寸陰(すんいん):わずかの時間。

第一節 神様王権即位式

神様の王権回復のための摂理歴史

二〇〇一年一月十三日、天宙清平修錬苑で神様王権即位式が挙行された。真の父母様は、神様が失ってしまった真の家庭を探し出された基盤の上で、長子権、父母権を復帰して、神様に王権を奉献してさしあげたのである。これをもって、神様が人間の先祖の堕落によって失ってしまった王権を回復することにより、地上と天上に天一国を宣布できる基盤が整った。真の父母様が、神様を地上に迎えて神様王権即位式を開催することによって、初めて神様は地上と天上の二つの世界で王権を手にしていかれたのである。

1 旧約時代は兄弟が一つになる時代であり、新約時代は父母と一つになる時代であり、その次に、成約時代は王権と一つになる時代です。長子権復帰、父母権復帰、王権復帰です。イスラエル民族がイエス様を父母として侍っていれば、王権復帰まで一度に成就されたはずですが、それを成就できなかったので延長され、成約時代に入って王権復帰時代に越えていくのです。

2 旧約時代までは万物を犠牲にしました。万物を犠牲にして、息子、娘が行ける道を築いたのです。その息子がメシヤです。そのメシヤをこの地上に降臨させるための準備として、祭物、万物を選んだのです。反対に上がってきました。その次には、息子がこの地上に来て血を流しました。息子が十字架で亡くなったのです。当時、イスラエル民族が一つになっていれば、その息子が亡くなることはなかったでしょう。彼らが不信したので、息子が血を流すようになったのです。ですから、その息子がすべきことは、この地上に真の父母が来ることのできる道を築くことです。のちには母が来なければなりません。新婦の立場で世界を収拾し、来られる新郎を迎えなければなりません。

そのためには、失われたカインとアベルを収拾しなければならないのです。エデンの園のカインとアベルから、国家的イエス様の時代のイスラエル民族とユダヤ教のカインとアベル、「終わりの日」における共産主義と民主主義のカインとアベルを、世界的な王権を中心としてすべて収拾しなければなりません。

3 旧約時代は兄弟主義の時代でした。ユダヤ教はアベルの立場であり、イスラエル民族はカインの立場でした。この二人の兄弟が一つになった基盤の上で、父母主義と連結されるようになっていたのです。その兄弟が母を中心として一つになり、その次に父と連結されれば、イエス様を中心として家庭を形成することができました。ところが、それができずに長子権を失ってしまったのです。旧約時代は長子権、新約時代は父母権、成約時代は王権を復帰する時代ですが、それをすべて失ってしまいました。この旧約時代と新約時代、そして、成約時代を完成しなければなりません。

旧約時代までは祭物として物質を犠牲にし、新約時代であるイエス様の時になって息子と国を定着させようとしましたが、できなかったので、息子が祭物にならなければなりませんでした。そうして、父母の祭物時代まで来たのですが、天に侍るためには、父母にも祭物の過程が残っているので、神様をこの地上にお迎えするための四十年の受難の道を経て、越えていかなければならないというのです。そのようにして、神様を地上にお迎えするのです。地上と天上の二つの世界が連結され、神様が自由に役事(働き)なさることができるようになります。そのあとに、地上と天上の解放が始まるのです。

4 イスラエルの民がメシヤを中心として一つになっていたならば、その当時に長子権復帰が成就されたでしょう。兄弟間の統一は、同じレベル、同じ価値、同じ基準で成就されます。メシヤなしには統一が成し遂げられません。メシヤが長子の代表です。ところが、イスラエルがメシヤと一つになりませんでした。イエス様と一つになっていれば、メシヤの家庭が出発することによって、選民の国を中心として祝福が展開したでしょう。

このように見るとき、イエス様は「小羊の婚宴」、結婚をしなければなりません。結婚を通して父母にならなければならないのです。そうして、メシヤの家庭が長子家庭になり、世界人類は次子家庭にならなければなりません。そのようになってこそ、父母権復帰が成就されます。全世界が祝福を受けた家庭になり、メシヤを中心として国家基準を越えて、キリスト教文化圏が第二イスラエル圏として「神様のもとの一つの国」を求めれば、世界の代表国家を探し出すことができます。それが可能だった時期が、第二次世界大戦終結直後でした。その時までは「神様のもとの一つの国」でしたが、今や祝福家庭の世界化基盤の上で、全人類が一つの焦点に合わせ、神様を王として侍ることのできる立場に立たなければなりません。そのために再臨主が来るのです。

5 再臨主が来るのは、長子権を完成できなかったからです。イエス様がそれを成し遂げることなく亡くなったため、再臨主が来て長子の権限、家庭的真の父母の権限、世界的な王の権限を立てて、すべて神様にお返ししなければなりません。真の父母からすべての所有を受け取るのです。それは本来、神様のものだったので、蕩減時代を越えて奉献しなければなりません。堕落した人間は、所有権をもつことができません。自分のものがないというのです。再臨主と一つになり、再臨主のものとして結着させて、神様にお返ししなければなりません。アダムが完成できなかったので、神様が主管されるようになっていなかったのです。ですから、再びお返ししなければなりません。堕落しないですべてのものを解怨成就したので、返してもらわなければなりません。

そのように返してもらったその日からは、天地の王権を誰もが相続し、天地父母の権限、天地の長子権の権限が平面的に成就されるのです。それゆえ、長子権の上に父母権、その上に王権です。そのようなものが世界化され、皆さんの家庭でも長子権、父母権、王権を完成するのです。そのような基盤の上に皆さんが立ってこそ、地上・天上世界の完全な解放になります。神様も解放されるので、解放された主人に侍り、永遠に地上・天上天国で暮らすのです。永遠の世界になるというのです。そうして、長子権と父母権を勝利した家庭が、イエス様を世界の王として侍らなければなりません。全体が、王として侍らなければならないというのです。

6 お父様は、サタン世界の王権を中心として代を継いできたすべてのものを除去してしまわなければなりません。天に背き、天のみ旨に背いたことを蕩減し、勝利的覇権を取り戻さなければならないのです。個人時代から氏族時代、そして、今までサタンの王権によって侵食されていたすべてのものを払いのけなければならないというのです。そのためには、長子権を復帰しなければなりません。長子権復帰、その次に、父母権復帰をしなければなりません。本来は父母が主人なのですが、サタンが主人になり、王になっています。ですから、次子として天の側で長子権を復帰し、父母権を復帰して、それから王権を復帰していくのです。

神様王権即位式のための基台造成

真の父母様は、神様王権即位式のための基台を造成するため、海洋還元と陸地還元、天宙還元を宣布され、二〇〇〇年九月二十六日、天宙清平修錬苑で、三時代大転換四位基台入籍統一祝福式を挙行された。

これに先立ち、一九九八年六月十三日、三億六千万双の祝福結婚式の時、霊界の聖人と殺人鬼を同じ立場で祝福してあげることにより、霊界と肉界が一つになり、地獄が撤廃される基台を造成された。

さらに二〇〇〇年八月十八日、国連本部で国境撤廃を宣布することにより、天一国入籍の基台を準備されたのである。

7 一九六三年から出発した(統一運動の)海洋事業が、今や世界的な版図を中心として、頂上の位置を望むことができるようになりました。そのようなすべての準備をしておき、過去の日々を回想するとき、海を抱いて主人の位置で愛して守ってくれる息子、娘がいませんでした。今や、ようやく真の父母が現れてそのようなことを知り、それをするために五大洋を中心としてさまよい、海洋圏であるコディアクで統一教会が忘れることのできない「八定式」を発表し、「天父主義」を宣布いたしました。

その日から、世界に大変革をもたらした歴史的な起源を形成し、再び世界的な大混乱を収拾して、海洋世界と陸地世界を連結し、今や天の主人が海洋の主人を越え、陸地の主人まで連結できるようになりました。

8 二〇〇〇年六月二十四日、韓国で南米と北米を連結させる海洋還元を決定するようになりました。そうして、今や大陸の南端にある韓半島で、アジア大陸を中心として全世界の六大州を連結する、大陸還元ができるようになりました。創造理想の中で造られたあなたの本然の園にあった海洋と大陸が、海と陸地の還元を中心として天地父母様に連結されたことを、きょうこの時間を期して、真の父母の名をもって全天地に宣布いたします。

9 真の父母は、済州道(チェヂュド)の地帰島(チクィド)から船に乗り、漢拏山(ハルラサン)を望みながら白頭山(ペクトゥサン)を越え、ヒマラヤ山脈のエベレスト山を越えて、平原の世界に連結し、海洋世界と陸地世界の還元とともに、海洋と陸地を連結させることができる最終的還元の宣布をいたしました。これをするために今回、韓国を訪問いたしました。

今まで縁をもったすべてを、済州島に代わる地帰島のこの場において、お父様のみ前に宣布し、万宇宙の前に宣布いたしますので、この日を記憶してください。二〇〇〇年六月までに私が計画していたことのすべては完結できませんでしたが、条件的な八〇パーセント以上の基準を立てることによって、サタンとは何の関係もなく、あなたが所願成就の一念をもって、万事を勝利の決定的な覇権の位置に移しておける権限をもつようになりました。これを真の父母様の相対的基準で奉り、成就、成就、成就、解放圏の世界に転換されることを、この時間、全天宙全体還元式に代えて宣布いたします。

10 二〇〇〇年九月二十六日、修練会全体の表題は「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」です。三時代大転換四位基台入籍祝福圏、四位基台転換入籍一体圏時代だというのです。転換する時代です。入籍が実現されてこそ、一体圏が生じます。霊界と肉界の一体圏、入籍一体圏時代です。四位基台が先です。神様のみ旨を完成する創造理想の完成は、四位基台の完成です。四位基台の完成は、「ために生きる」愛を中心として神様に侍る場で実現されるのです。その場で定着するのです。それが公式になっています。

11 聖人と殺人鬼を同じ立場で祝福してあげることによって、霊界と肉界が一つになり、地獄が撤廃されるのです。楽園と分かれていたものが、すべて水平になっていくのです。本格的な世界化段階として、国境撤廃を既に国連で宣布したので、二〇〇〇年が過ぎる前、十二月三日に楽園・地獄撤廃と天国入籍宣布をするようになりました。楽園と地獄を撤廃したのです。それらは偽りの父母によって生じたのです。真の父母が蕩減圏を越えて勝利したので、撤廃されなければなりません。これを撤廃する前には、神様を即位させてさしあげることができないのです。

12 二〇〇〇年十二月一日、この日から歴史的な二〇〇〇年を中心として、新千年紀を迎えることのできる新しい年を準備しようと思います。この日は、天上世界と地上世界の恨の峠を越え、あなたが願われていた創造理想世界を、愛を中心として個人完成と家庭・氏族・民族・国家完成、天宙完成のための土台を整えるために、歴史的な全体を整備するための期間が始まる日です。今から二〇〇一年一月十三日まで、四十三日の期間を中心として、新しい出発の限界を定めておきました。ですので、整備すべき摂理史の一切を、あなたの心の中で恨になったすべてを整備し、解放の日が来たと宣布できる家庭の王、国家の王、世界の王、万王の王、主人の位置に即位できる記念の期間として定めました。

(天の)お父様、その日を予告する宣布の日であるきょうから、四十三日を通過し、すべての死亡の権限を踏み越えて、再び解放の世界に飛躍できるようにしてください。そのような天運を抱き、お父様のみ前に、真の父母が一体理想を成し遂げるための家庭的祝福を中心とした覇権が成立する時代を迎えさせてくださった恩賜に感謝いたします。きょうから源焦・根源・勝利聖地圏を中心として、四十三日を踏み越えて整備できるすべての準備の一切を備えるよう、許諾してください。

13 人間の先祖が偽りの先祖になることによって、王権からすべてをひっくり返して地獄をつくりました。これを父母様と統一教会の祝福家庭が共に収拾し、神様を真の王位にお迎えしなければなりません。神様がその権限をもって、家庭理想、国家理想、天宙理想に代わり得るものを真の父母に相続させなければなりません。これをするためのものが総生畜献納です。

自分の国や、自分に属したものはあり得ないというのです。ですから、所有権転換をしない人はすべて引っ掛かるのです。絶対的な神様が、すべてのものの主人の位置にいてこそ王権を維持できるのですが、愛まで失い、血統まで失ってしまいました。そのような神様が、どのようにして王権即位をすることができるでしょうか。それをすべて収拾し、世界万国が協助する場で、神様を真の王位にお迎えしなければならないのです。そのようになれば、神様が全体、全般、全権、全能の行使をするので、サタン世界の地獄を、サタンをはじめとする手下たちを、一瞬ですべて整理してしまうことができます。

誰が神様の王権即位式をしてさしあげると言いましたか。真の父母が一人でできますか。入籍した祝福家庭たちを中心として、してさしあげるのです。

14 父母様は、一生の間迫害を受けながら、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の八段階を通過して、勝利の基盤を築きました。それによって、神様が解放されるようになりました。このような立場で、最後にすべきことは、怨讐を救ってあげることです。それが創造理想を実現することなのです。

父母様によって北朝鮮が救われ、イスラエルとパレスチナの問題が解決するでしょう。アメリカはイスラエルとパレスチナの問題に関与したいと思いません。父母様はイスラーム世界も抱いてあげました。怨讐であるアメリカも助けてあげたのです。すべてのものをかき抱きました。ですから今は怨讐がいません。キリスト教圏、イスラーム圏、黒人世界と白人世界だけでなく、霊界の地獄にまでも怨讐がいないのです。堕落していない本然の家庭基盤の上ですべて兄弟です。そのように神様を解放したので、神様が主管権をもつことができるようになりました。

今や王座まで解放してさしあげるのです。ですから、二〇〇一年一月十三日には、神様を王の位置に即位させてさしあげる行事をするのです。偽りの父母が神様の位置を占めたので、これを真の父母が復帰して地上天国を成し遂げるのです。それが平和の世界です。

人間が神様を天地の王座に座れるようにしてさしあげる特権をもったので、天国に行って思いどおりにすることができます。ですから、国連を包摂しなければならず、世界平和の基準である国境撤廃をしなければならず、怨讐国家の人同士、祝福をしなければならないという結論まで、すべて下しているのです。

15 二〇〇一年一月十三日に、父母様が神様に王権即位式をしてさしあげます。神様を王の位置に即位させてさしあげるというのです。その式をします。

王権復帰の礼式を大きく二度行いました。蘇生と長成をしたので、完成をしなければなりません。神様を王位に立ててさしあげなければならないのです。

人間として、神様にできないことをしたことが誇りです。神様ができなかった地獄と楽園の撤廃を行い、神様が手を付けられなかったことに手を付けるのです。サタンが神様の王権を破綻させました。ですから、真の父母が神様を本然の位置に立てて、全体、全般、全権、全能の世界に越えさせてさしあげるのです。

16 楽園と地獄の撤廃をきれいに行ったので、真の父母様が築いたすべての道には、今までのような蕩減路程がありません。地上・天上天国の解放圏が広がることによって、偽りの父母と天使長がひっくり返して打ち込んだものを、真の父母様を中心として天使長を追放し、本然の神様を王の位置に即位させてさしあげるのですが、神様一人ではできません。偽りの父母が滅ぼしたので、蕩減原則に従って真の父母が侍り、その位置に立ててさしあげなければ、永久に神様は王位に上がることができないというのです。人間が神様を王の位置に即位させてさしあげなければなりません。

救世主、真の父母として、あらゆる天の国の伝統を立てることができる新しい愛と生命と血統によって、地上と天上に祝福を受けた権限を立てたがゆえに、これが可能なのです。神様の祝福圏に立った人々は、神様と直系の血統的な関係を結んだので、サタンと関係がありません。偽りの父母と天使長が一つになってひっくり返したので、真の父母がサタンを除去して地獄と楽園を撤廃し、天国だけが残ったその上で、天の国の中心である神様を王位に立ててさしあげるのが、神様王権即位式です。

17 きょう、二〇〇一年一月一日を期して、過ぎ去った歴史時代は一つの夜の期間でしたが、三〇〇〇年に向かうこの期間は昼の期間となり、愛の心をもって遮るもののない縦横の自由圏を備え、天地大主宰の愛の主権、祖国光復を成就することを、真の父母の名によって切に願います。

そして、家庭の王として天地父母に侍り、国の王として天地父母に侍り、天宙の王として天地父母に私たちの家庭から侍って、天の高速道路が直通したという事実を知り、心と体ではばかることなく自主的な権限をもって登場し、前進できるように、万世に太平聖代を成就してくださることを、真の父母の名をもって宣布いたします。

18 神様王権即位式を挙行したため、全体、全般、全権、全能を行使され、あなたが願うすべての宗教圏の霊界を動員して、地上で完成できる「自主張(自分の主張どおりにすること)」時代を迎えました。その自主張の権限をもって真の父母が来て、地上と天上の世界の歩調を合わせ、勝利の大解放時代を見つめています。

今や新たに、二〇〇一年一月から地上と天上世界の祝福を受けた家庭が一心一体となり、地上定着のためのアダム圏の地上基盤を中心とした長子の位置と父母の位置と王権の位置を、天上世界が代をつなぐ基準で長子権復帰と次子権復帰が成就されることによって、次子の権限が長子の権限に代わる天地開闢時代を迎えるようになりました。

神様王権即位式と神様の解放

神様王権即位式は、人間始祖の堕落によって失ってしまったすべてのものを還元してさしあげるための儀式である。すなわち、サタンに占領されていた天宙を復帰し、神様が王権を回復したことを意味する儀式である。人間の堕落によってサタンの手中にあった地上と天上世界を取り戻すことにより、神様の恨が解け、解放される瞬間である。神様の解放と人類の解放のために、一生涯、全力投球された真の父母様の勝利の結果である。神様王権即位式によって、神様の創造理想が実現される天一国基元節に向けた路程が始まったのである。この日、純潔な血統の保存と人権蹂躙の禁止、公金略取の禁止、真の家庭の模範を打ち立てることなど、天法の四項目が宣布された。これは、創造本然の理想世界である天一国を完成する新しい時代の民が備えるべき基本徳目である。

19 今や、何より祝福家庭として、天の王権を守ることができる皆さんにならなければなりません。祝福中心家庭には、神様の王権を守るべき重大な責任があるというのです。ですから、いつでも祝福家庭が誇るべきものは神様王権即位式です。それが第一の標的であり絶対標的です。

皆さんは、神様の主権をたたえて誇り、主権のためにすべてのものを投入しようという決意をしなければなりません。どのように神様の王権を保護し、拡張するのかを、絶対、唯一、不変、永遠に記憶しなければなりません。祝福家庭は一生の間、それを保護しなければならないのです。

20 皆さんがもつべき概念は、絶対的な神様の主権です。第一の概念は、神様の主権だというのです。そして、その主権が個人、家庭、氏族、民族、国家と世界に連結されなければなりません。すべての被造万物も、完成したアダム家庭に連結されたいと思うのです。そのような概念を皆さんがもたなければなりません。皆さんにとって最も誇らしいものが神様の主権です。

ところが、今摂理していらっしゃる神様は、喜びの神様ではなく、悲しみの神様です。どのようにして、そのような神様を本然の神様として復帰してさしあげるかということが、「終わりの日」にすべての宗教と国家、そして、メシヤ、真の父母が果たすべき責任です。すべてのものの唯一の定着地が、神様の主権なのです。ところが、神様がそのような主権をもつことができなかったので、絶対的な神様、全能の神様になることができていません。

今から、神様がそのような主権を取り戻すようになります。神様が王権即位式をすることによって、すべての被造世界の中心になるのです。いくら取るに足らない微々たるものでも、それを創造できる存在は神様しかいません。人間の堕落以降、神様がそのような位置を失ってしまったのですが、今からはその本然の位置に帰るのです。それが、すべての祝福家庭によって可能になります。ですから、皆さんがもつべき概念は、神様の絶対、唯一、不変、永遠の主権だというのです。

21 神様御自身も解放されなければなりません。神様は解放されていないのです。ですから、神様も解放を願われるのです。誰のゆえにそのようになったのでしょうか。アダムとエバです。偽りの父母によって、そのようになったのです。(それゆえ真の父母が)正しく歩んで解放し、最後に上がっていくときには、神様を王として即位させなければなりません。

偽りの父母が偽りの血統によって天宙をひっくり返したので、真の父母が再びひっくり返して、地獄まですべて埋めました。聖人と殺人鬼まで祝福してあげたのです。統一教会と私たちに反対していた宗教圏の人々も、祝福してあげました。父母様の息子、娘と、祝福を受けた聖人をすべて束ねて、解放圏、統一圏を許諾したのです。

22 父母様は、神様を解放しなければなりません。神様が父母になることができなかったので、父母の位置を確定してさしあげなければなりません。そして、師になることができなかったので、師の位置を確定してさしあげ、主人になることができなかったので、主人の位置を確定してさしあげ、神様がこの地上に故郷と祖国をもって定着できるようにしなければなりません。そのために、神様王権即位式を行ったのです。

23 神様王権即位式を父母様の思いのままにできるでしょうか。天の国を知らなければならず、プログラムに合わなければなりません。そのようにしなければ、王権即位式ができないのです。天の国の王権即位式の内容に一致するので、天上世界で囹圄(牢獄・獄舍)の身となり、心と体の仕切りとなっていたものが初めて解放され、思いどおりに地上に行き来できるのです。

24 神様も真の父母が解放してさしあげてこそ、解放されるようになっています。偽りの父母が台無しにしたものを、真の父母が直しておかなければなりません。父母様は、今やすべきことをすべてしました。神様王権即位式をしてさしあげたので、これ以上、何をするのでしょうか。人間としてこの世の中でできる最高のことをしたのです。神様の血族をつくり、神様の血統を連結させるために、四億双を祝福しました。

25 悲惨な歴史に、誰が責任をもつのでしょうか。知らない人は、責任をもつことができません。知っている人が責任をもたなければなりません。病気を治す医者には、手術室に入り、メスをはじめとするすべての器具を用いて、自らの生命を懸けて手術し、患者を救う責任があります。そのような医者が真の父母です。

個人も、家庭も、国も、天地も、堕落した世界圏内の監獄に閉じ込められています。それを誰が解放してあげるのでしょうか。再臨主が真の父母として来て、真の王の家庭から氏族・民族・国家の王を編成し、神様王権即位式を行ったのです。

第二節 天地父母天一国開門祝福聖婚式と祝福家庭王即位式

天地父母天一国開門祝福聖婚式

天地父母天一国開門祝福聖婚式が、二〇〇三年二月六日、真のお父様の八十四歳(満八十三歳)の御聖誕日、真のお母様の六十一歳(満六十歳)の還暦を迎え、天宙清平修錬苑で挙行された。神様の人類救援に対する念願は、真の父母様の聖婚とともに出発した祝福結婚式を通して成し遂げられてきた。特に、天地父母天一国開門祝福聖婚式をすることにより、天一国の民として入籍できる道が開かれたのである。この日、真の父母様は、全人類が天宙を相続するのに不足のない天一国の民となることを願われた。

1 今、国家がありません。国家基準以上の世界に通ずる道で、サタンがいない環境まで祝福をして、取り戻してこなければなりません。偽りの愛を交わしたので、真の愛を通して偽りで愛したものを取り戻し、個人祝福、家庭祝福、氏族祝福、民族祝福、国家祝福をすることによって、国家を形成しなければなりません。

また、国家形成だけで終わるのではありません。堕落した父母が世界にまで、霊界にまで地獄をつくりました。偽りの父母がそのようにしたので、真の父母は個人を取り戻し、家庭を取り戻し、氏族、民族、国家、世界、霊界まで、天上世界の天使長の血統まですべて接ぎ木して野生のオリーブをなくし、真のオリーブの実として一元化しなければなりません。皆さんは国家基準を越えることができていませんが、父母様は霊的世界まで統合運動をするのです。霊界まで祝福しました。

先祖たちはカインの天使世界の立場ですが、この相対理想がない天使(の立場の先祖)まで祝福してあげるのです。祝福をしてあげることによって、祝福した一族が入る所が天一国です。

2 神様は、国がなくて聖婚式ができませんでした。そのため、子女たちが入籍できませんでした。アダムが堕落することによって、神の国が失われ、神様が結婚式の手続きができる国がないので、結婚式ができなかったのです。結婚式ができなかったので、息子、娘を子女として入籍させることができませんでした。ですから、この地が、サタンが全権を利用できる家になったことは間違いありません。

これを闘わずに消化して、自然屈伏させることができる位置に行ってこそ、神様の愛を中心として天地を創造した理念的基盤に再び帰り、拡張に拡張を重ねることによって、世界の果てまで勝利の覇権を取り戻してつかむのです。アダムから落ちていったので、完成したアダムが神様の王権即位式をしてさしあげなければなりません。そうすることによって、天一国を中心として開門祝福聖婚式をしたあとに、霊界と地上の祝福が一度に出発するのです。

3 天宙を抱き、天地父母天一国開門祝福聖婚式をすることによって、夫婦の絆を備えて天上世界と地上世界に真の父母様の伝統を、本然の創造理想であった心情的欲求の希望を完成することができ、天地の解放以降、初めて祝福家庭が入る国の土台を出発できるようになりました。

真の愛、真の生命、真の血統の絆を伝授された地上にいるアベル的祝福家庭を、天上にいるカイン的祝福家庭と私たちの先祖が協助し、天上世界の神様と聖人、聖子のすべてが協助して弟の位置で兄に侍る、一体的地上完全勝利の覇権の前に、一体となるようにしてください。そうして、万世の解放と勝利の覇権、愛の主権をもって至極小さなものから大宇宙全体を抱いて愛し得る父母様の血肉的関係を、被造万物全体が相続し、本然の生命の喜びと本然の幸福が満たされるようにされました。

神様から生命が出発した真の父母の体まで吸収統一、完成し、真の父母の愛を中心とした祝福家庭と万宇宙の存在を一体化させ、祝福解放圏の天一国に結束できる被造物として、再び父のみ前に奉献できる出発の時を迎えさせてくださったことを感謝いたします。

この日の祝福は、天上世界の喜びであり、地上世界の喜びであり、天地父母の解放的喜びであると同時に、天宙父母の勝利解放的喜びです。天一国祝福、地上・天上の家庭が一体となり、一心、一体、一念、一和のみ意を抱いてあなたが願う故郷を出発し、理想的な祖国に向かって神様の創造理想の本性的基準で祝福を受けた、天宙を相続するのに不足のない完成解放、勝利完結ができる天一国の民となることを、この時間、特権をもって天地父母と天宙父母の名で宣布いたします。

4 きょうは二〇〇三年二月六日、この時間を期して、天上世界の祝福を受けた家庭と地上世界の祝福を受けた家庭が、天一国に入国するようにしてください。そのために、家庭が入国できる天理の道理に従って、天上世界と地上世界が兄弟の絆を立て、カイン的兄の位置にいる先祖たちも祝福を受け、アベル的弟の位置にいる地上の家庭も祝福を受けて、父母様の血統を通して対置させる功によって、兄の位置の先祖たちが弟になり、弟の位置の地上の家庭たちが兄になって、天地開闢の歴史が展開し得る、希望の出発である天一国開天日をもたせてくださったことを感謝いたします。

5 天一国の門を大きく開き、どんな家庭であっても、真の父母様の伝統に従って、そのみ名と、そのみ言と、その実績と、その成し遂げた勝利のすべてのものを相続するために、孝の道理を果たし、忠臣の道理を果たし、聖人、聖子の道理を果たす人たちに、自由地上圏内で相続させることを願いますので、天宙父母と天地父母様が願うとおりに成就してくださることを切にお願い申し上げます。

このすべてのことが、あなたの創造理想の一念を解放させる地上・天上天国の統一国入国全体解放圏として、本然の王権祝福圏を相続できる後継者たち、子孫たちとなるように祝福してくださることを切にお願い申し上げながら、真の父母の名によって心から御報告申し上げます。

6 皆さんは今や、結ばれた実と同じように、天の国で婚姻届を出し、真の父母に従って出生届の看板をもったので、真の父母の息子、娘として、どこに行っても完全な種となり、天の国の実を結ばせることのできる直系の息子、娘の位置に進むことができます。そのようになったので、天一国主人だというのです。アダムが堕落することによって、個人的堕落から家庭、氏族、民族、国家、世界まですべて堕落しましたが、真の父母が、イエス様のできなかったことまで連結させることができる条件を立てて入籍し、婚姻届を出すことによって、父母と同様にまた相続できるように許しを受けるのです。そのような時期に入ったため、同じ位置に立った皆さんが国連までも動かすことができれば、どこに行っても皆さんは、天国に入るのです。再び蘇生天国、長成天国ではなく、それを越えていける時代になりました。ですから、神様と父母様がいなくても、皆さんが接ぎ木して、完全な種を結ばせることができ、真のオリーブの木の実として入っていくことのできる資格を与えられたというのです。それで、天一国主人という言葉が成立するのです。

何千年間も空いていた天の国を、第一代先祖、第二代先祖、数千代が、天の国の民として満たすのです。これから第一代先祖、第二代先祖、第三代先祖というように代数が出てきます。先祖が生じるというのです。

7 今や救援摂理から解放されたので、皆さんは天一国主人、祝福中心家庭として、父母様に代わり、神様の助けを受けることなく進めます。祈りが必要ありません。対等な位置に立っているので、「天一国主人、私たちの家庭」だというのです。ですから、今後、皆さんを助けずに放っておいたとしても、皆さん自身が天国をつくらなければなりません。父母様が天国をつくっていったのと同じように、皆さんもそのようにしなければなりません。国を探し出し、世界まで祝福してあげて、復活圏、永生圏まで連結すべきその峠を、皆さんは越えなければなりません。父母様は既にすべて越えました。真の父母と、真の父母の息子、娘も、間違いなく今や同じ一つの実、天一国主人となった実なので、皆さんの家庭にその種を蒔いておくことによって、自動的に王族を生み、王国を建設することができるので、天一国主人に違いないというのです。

8 天一国入籍祝福です。入籍という言葉を入れてこそ、天一国の民になるのです。天の国から落ちてしまったので、再び帰るのが入籍結婚祝福式です。それでこそ、すべてのことが解決されるというのです。

9 今、この時代が入籍をする時です。東洋と西洋、天と地、上下、左右はもちろん、父子、男女、夫婦、兄弟など、世界がすべて自分勝手に分かれたので、これを一度に連結するのです。真の父母様の祝福を通して血統を連結することによって生まれるのです。数千年前の家庭も、継母、継父ではなく、実の母、実の父を中心として逆さまに生まれて入籍をすることにより、空いていた天上世界を一度に埋めることができるのです。ですから、神様が愛したいと思い、真の父母が愛したいと思う兄弟のように、怨讐を愛したという基準を越えて愛することができる立場に立たなければ、天国に入れません。

天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式

二〇〇三年二月六日、天地父母天一国開門祝福聖婚式の直後、天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式が挙行された。真の父母様は、家庭王に即位されることにより、氏族、民族、国家、世界、天宙平和の王、万王の王に進む基盤を築かれたのである。実に、六千年の復帰摂理史の結実であり、新しい時代、天一国の実質的基盤を造成したと言うことができる。それ以降、真の父母様は、蕩減復帰救援摂理時代を完了し、実体的な神様の祖国、天一国創建のために全力投球された。

10 今まで祝福したのが四億双であり、霊界においても祝福してあげました。

三時代大転換四位基台入籍統一祝福式の手続きをしなければ、天国に入ることができません。それが準備です。その時に宣布したのは、正午定着時代に入らなければならないということでした。太陽の光が朝も正午(定着)、昼も正午(定着)になって影がないというのです。夕方にも影がなく、夜にも影がありません。二十四時間、春夏秋冬、一年中影のない正午定着時代に入ってこそ、天の国の王子、王女になるのです。神様は一年中、正午定着の位置にいるので、「私」もそのようになってこそ、その一族になることができるというのです。

11 二〇〇三年、真の父母様の誕生日を中心として、天地父母天一国開門祝福聖婚式、天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式を行いました。父母様はどこに行かなければならないのでしょうか。頂上に上がって、越えていかなければなりません。中間から越えたとしても、越えたことにはなりません。頂上から越えていかなければなりません。二〇〇〇年を越えて、どこに行かなければならないのでしょうか。頂上が神様王権即位式です。

そのように王権即位式をしたのですが、神の国がありません。天一国のために、二〇〇〇年九月二十六日、三時代大転換四位基台入籍統一祝福式を挙行したのです。入籍しなければなりません。国において入籍しなければならないのです。それで、「天一国の証明書を作りなさい」と言いました。それを父母様のように考え、神様のように貴く思えば、どこに行っても万事が通じるのです。それはダイヤモンドのように、夜光石のように光るというのです。

12 天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式をすることによって、初めて歴史時代において神様と真の父母が天地人父母の位置で家庭を従え、氏族、民族、国家、世界が一つになることができる神様の王権の国が始まりました。

今まで霊界に、神様の形状がありませんでした。霊界の実相を報告した内容を見れば、無形の神様は見えないのですが、神様が現れる時、その右側に真の父母が現れ、火の柱のようになっているというのです。

13 神様がお父様に賞を与えなければならず、そのもらった賞をお母様にあげなければなりません。お母様が勝利したことに対して、天地にいる祝福を受けた家庭、統一教会の食口も、お母様を褒めたたえなければならないというのです。これから天宙・天地父母様真の愛平和統一祝福家庭王即位式を行うことによって、無形の神様が有形の実体、真の父母の形状をもつようになり、地上世界にいる真の父母が天上世界の無形の父母の位置に登極するようになります。本来は、アダム家庭が完成してそのようになるべきでした。

全世界の祝福家庭全体が、父母様の登極とともにその国の王子、王女の位置に立つことによって、霊界と肉界に神様が定着されざるを得ないのです。

14 神様王権即位式をして天一国をつくり、天地父母天一国開門祝福聖婚式を行い、引き続き、天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式を挙行しました。神様が言うとおりに救世主、メシヤ、再臨主、真の父母だとすれば、そのような内容が合わなければならないというのです。アダムとエバは、神様を中心として、家庭の王になることができませんでした。神様家庭の王になったという宣布ができませんでした。それをしなければならないのです。

15 天地父母天一国開門祝福聖婚式を行い、その次に天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式を挙行しました。天一国を開門したので、家庭が初めて出発するのです。十二の真珠門をすべて開いたので、堕落のない開門を中心として、再臨主が初めて家庭王として出発するのです。それが二〇〇三年二月六日でした。

家庭王になったので、氏族王にならなければなりません。サタンが三段階の蘇生、長成、完成圏の愛を中心として頂上を占領したので、それを抜け出すためには、必ず主人であるアダムが来て、開門しなければなりません。

開門は一人ではできません。国の門を立てるためには、祝福家庭が世界の中で反対を受け、十二の峠を乗り越えていけるようにならなければなりません。そうして、開門をして、その次に家庭王即位式をすることによって、初めて家庭王が現れるようになりました。そこで父母様が家庭生活を皆さんと共にするので、父母様が世の中をすべて取り戻して、息子、娘だけでなく、孫まで見ることのできる家庭になってこそ、天宙父母、天地父母、天地人父母になるのです。

16 天一国を開門したので、その国に入籍するためには、登録をしなければなりません。霊界も、興進君が「それを許可してほしい」と言うので、すぐに父母様が、入籍できるように許可しました。

皆さんはそのように入籍したすべての人々に、堕落性が残るようにしてはいけません。霊界はだますことができません。天国生活をするに当たって、そのような痕跡を見せてはいけないというのです。それは、すべて切ってしまわなければなりません。自分のすべての所有権を撤回しなければならないのです。

それゆえ、聖火式を通して皆さんの服を一度に積んで燃やし、時を越えていかなければなりません。「世の中よ、さらばだ。未練をもつものは何もない」と言わなければなりません。

ロトの妻は、未練ゆえに後ろを振り返り、塩の柱になって歴史の恨の象徴になりました。

自分の兄弟たちも、姉妹たちも、すべて忘れてしまい、新たに出発して、「他体自覚(他のために生きようとする自覚)」の一念で全体を越えた位置に立たなければ、その場に入れないというのです。ですから、父母様は深刻でした。

17 第四次イスラエル国を創建することによって、天一国が現れるのです。天一国が現れることにより、父母様が聖婚式をすることができました。国が生まれたというのです。アダム時代から、イエス様時代、再臨主までは、霊肉一体圏を中心とした天一国ではありません。ですから、霊肉一体圏の天一国をつくるために、不可避的に第四次イスラエル国を発表せざるを得なかったのです。

その時が二〇〇二年十月二十日です。そうして、聖火式を終わらせたのです。霊界と肉界、すべての一体式をしてみな燃やしてしまい、初めて定着できるのです。そのような時代を迎えたので、聖火式が終わった翌日に第四次イスラエル国を発表し、その基盤の上に、父母様が聖婚式を行うことができました。

神様王権即位式を通して、二〇〇三年二月六日、天地父母天一国開門聖婚祝福式を行い、その次に、天宙・天地父母平和統一祝福家庭王即位式を行いました。家庭王になるのです。

18 家庭王だけでは神様の祖国を宣布できません。父母様は、神様の祖国を宣布するために、地獄の底から天上まで、死の淵をさまよう受難を経ながら歩んできました。そうして、二〇〇三年五月四日を中心として、すべてのサタン主管圏を大転換するという創造理想主管圏大転換宣布をしたのです。その時からすべて動員し、祖国を設定しなければならないので、死力を尽くして蕩減復帰摂理時代を撤回するという蕩減時代撤廃宣言をしました。それが二〇〇三年七月十三日です。八月になる前でした。七数を越える前に、蕩減復帰救援摂理の撤回を宣布したのです。

国も、世界も、宗教圏も、すべてなくなるのです。堕落のゆえにサタンの国が生じ、堕落のゆえに宗教が生じたので、蕩減救援摂理を撤回する以上、宗教時代がなくなり、政治時代がなくなるので、神様の祖国光復の時代が来るというのは、原理観を中心として正々堂々とした理論的結論です。

第三節 「双合十勝日」と後天時代の開幕

「双合十勝日」宣布

真の父母様は、二〇〇四年五月五日、全南・麗水の清海ガーデンで、「双合十勝日」を宣布するとともに、以前の時代を先天時代、以後の時代を後天時代であると宣言された。「双合十勝日」は、天と地が入れ替わり、上下、前後、左右が入れ替わる時であり、暗闇の悪の世界が消え、光明な善の世界を取り戻すことのできる日である。また、これに先立ち、真の父母様は四月十九日に、「安着侍義の日(安侍日)」を制定された。

1 二〇〇四年五月五日、きょうを期して、「双合十勝日」を宣布しました。五月五日は、五と五を合わせれば十数です。左手の五本の指で先天時代をつかみ、また右手の五本の指で後天時代をつかんでひっくり返し、一つにして十になるようにするのです。時計の針は右向きに回らなければなりませんが、サタンが左向きに回るようにしました。時計の針が左向きに回っていましたが、「双合十勝日」に合わせて右向きに回っていくというのです。ですから、先天時代を越えて、統一的理想の後天世界になりました。

神様の祖国と平和王国時代が発表されたので、すべての存在、すべての植物と動物から人間まで、そして霊界の霊人たちまで、神様の祖国と平和王国が設定されることによって、すべてが主人である神様のものとして帰っていくというのです。サタン世界はなくなるということです。ですから、神の日でないものがありません。今や自分の先祖や霊界に行っている宗教の教主たちは、ここに反対する人々や、教派分裂と家庭分裂をする人たちをすべて整理します。ここに反対するものも、祝福を通して完全に根まで引き抜くのです。

2 「双合十勝日」を定めることにより、天と地が入れ替わり、上下が転換し、左右が入れ替わり、前後が入れ替わって、悪の暗闇が先に始まったのを、善の光明として取り戻せるようになりました。そうして、光明の勝利が永遠に消えない正午定着の時として、天地人父母に侍ることができる勝利的本然の時代を迎えるようになりました。

そのようになって、人間の堕落によって平和王国ではなく闘争の悪なるサタン王権時代となっていたものを清算し、真の愛を中心とした平和の王国時代に正すことのできる最後の決戦をする日です。先天時代と後天時代がきょうを中心として入れ替わり、十三数を中心として天と地が一つになることによって、神様の玉座の権限が地上と天上で中心となり、あなたの真の愛、真の生命、真の血統の絆で一族が拡大された世界の場に立つようになりました。

また、その場であなたの統一的な天下の愛の王国を宣布することができ、祖国を宣布できる大勝利の日が、入れ替わるようになりました。

3 「双合十勝日」を中心として、旧時代と新時代が転換されるのです。左手の指五本と右手の指五本で十数、双合十数です。この双合十勝数が一つになることで、飛んでいくことができるのです。解放と釈放が起きる動機になります。旧約時代と新約時代の四千年を蕩減するのです。

イエス様の時代に、四十年にわたる蕩減復帰を通して王権を樹立しなければなりませんでしたが、それを失ってしまったので、これを探し出すために、第二次世界大戦以後に再臨主が再び現れるのです。そのように再臨主が来られて、失ってしまった国と世界、天の国と天宙まで再び探し出し、四十年を中心として天上・地上世界の祝福を完了しました。

そうして、十勝日を探し出すことによって、初めて神の国を中心として、後天時代の春夏秋冬を再び取り戻したのです。四千年、四百年、四十年、四年、四十ヵ月、四十日を中心として、すべてのものが蕩減され、越えていくのです。ですから、日数の解放のために「双合十勝日」が必要です。神様が初めて赦すことができる釈放の権限をもつので、地獄を撤廃し、天国化できる本然の地に戻してあげるのです。

4 二〇〇四年五月五日、「双合十勝圏の日」の出発を宣布し、天と地、人間と万物、先天と後天、陰と陽、そして、東洋と西洋の和合と統一を完成すべき時代が後天時代であることを、満天下に公表しました。堕落の後裔である人間の目では見ることはできませんが、天の摂理のみ旨は一寸の誤差もなく、今日、私たちが体に属して生きているこの時代を後天時代と命名し、宣布するようになりました。

このように、歴史上空前絶後の貴い天運の時代を開き、天は今、私たちに新たな時代に合う新しい絶対価値的生活を送りなさいという天命を下されるのです。

5 帰一数である十数を中心として、すべてのことを清算するのです。一、三、四、五、六、七、八、九数が、神様のものではありませんでした。今や一つの時代を越え、次元の高い一段階上がった帰一数である十数から出発するので、サタン世界を凌駕し、新しい天の世界に入門できる交差点をつくり、ここで「双合十勝日」を中心とした後天時代の出発を宣布したのです。そのようにすることによって、カイン圏が完全に屈服し、サタンの影があったすべての数の日々を踏み越えて、十勝の上に立つようになります。

今やカイン世界は過ぎ去り、先天時代の血統が変わった、後天時代のアベル的勝利の覇権を、兄の位置に代わって実行できる時代になったというのです。

6 二〇〇四年五月五日から暦が切り替わります。七日間隔の安息日の暦が、八日間隔の安侍日の暦に切り替わるのです。神様が日にちを占領できなかったので、春の季節を手にすることができませんでした。春夏秋冬の主人になれなかったのです。

今や、初めて後天時代を迎え、五月五日の十勝日を迎えました。これにより、神様がサタン世界の先天時代を左につかみ、後天時代を右につかんで、ぐるりと回るというのです。それで「双合十勝日」です。双合十勝圏だというのです。

7 二〇〇四年五月を迎え、「安侍日」を定めました。そうして、五月五日、十三日、二十一日を中心として、安侍日を三回終えることによって、新しい後天世界を迎えております。新しい勝利の世界を中心として、そして、神様の愛を中心として、真の愛と、真の価値観の一体理想圏を、万宇宙の中で成就すべき責任的召命の前に立っております。真の父母の名をもって全体を代表し、「双合十勝日」、双合十勝圏を形成したすべての日々が、一から十以下の日々と、四季と四年、八年、九数、十数を中心として、あなたが主人となられ春夏教冬を迎えることのできる新しい歴史時代を迎えました。新しい日と、新しい季節と、新しい年と、新しい十数を中心として、百、千、万の全体をあなたが主管できるようになりましたので、「安侍日」を制定したすべてのことが、あなたのみ意の中で日進月歩、発展することを切にお願い申し上げます。

後天時代の開幕

真の父母様は、「双合十勝日」から「すべてのものが解放時代、完成時代に越えていき、神様の所有権内に入るようになる」と話され、後天時代の開幕を宣布された。そうして、新しい天と新しい地が始まるこの日は、人間の堕落によって春を失ってしまった神様が、蕩減復帰を通して最初に春を迎えられた日であると語られた。そして、裨様が千年、万年、主人となることのできる日であると明かされた。言い換えれば、後天時代は、蕩減の時代が過ぎ去ることによって創造本然の世界が到来するようになるということである。

8 二〇〇〇年が過ぎ、新しい三〇〇〇年に向かう二〇〇一年一月十三日、神様王権即位式を挙行し、先天時代と後天時代が分立された二〇〇四年五月五日から、新しい世界が始まるのです。新しい天と新しい地は、終末であると同時に新たな出発です。

9 イエス様は、家庭において孝子、忠臣、聖人、聖子として立つべきだった世界統一の王の位置、本来のその位置で、全体解放・釈放の世界を発表しなければなりませんでした。今まで一家庭もそのような家庭になっていません。私たちが「家庭盟誓」を完全に消化、解放した立場に立つようになれば、どのようになるでしょうか。父母様がそのようにして、後天時代、神様の世界を解放し、地上・天上天国が始まるのです。堕落世界と復帰世界は違います。麗水・順天地域で後天時代を発表しました。

新しい天上・地上天国を中心として、過去の時代の撤廃、そして、僕の僕から八段階を越えて復帰しなければならない直系の子女の法的な基準において、解放の相対、実体愛の基盤をもたなければならないのです。そうでなければ、神の国に直行することができません。天理、天の原理、天法によってそのような公式路程がはっきりと定まっているのに、それを無視して、祝福を受けたからといって、すべて同じだと考えてはいけないのです。

10 二〇〇四年五月五日に、先天時代と後天時代が入れ替わることを宣布しました。その次に、絶対価値観というものを発表しました。父母を愛の主人にするのは、祝福を受けた息子、娘でなければ永遠に不可能なので、父母を祝福してあげ、兄弟の位置に立てなければならないというのです。ですから、皆さんが兄の位置で父母と一族を従え、天国に入らなければならないというのが、原理による解決の結論的な基準です。そのため、霊界が地上に再臨しなければならないというのです。

先祖たちがサタン以上に「病を与え、薬を与える」(損害を与えたあとになだめたり、慰めたりすることの例え)ことをして連れていくのです。なぜ連れていくのでしょうか。そのままにすれば、一人ではなく一族とその姓氏が滅びるので、天上世界の祝福を受けた彼らが連れていくというのです。そのように連れていって訓練させ、サタンまで呼んで立ち去ることができないように監督させるのです。そのようにできる時代が来ました。

11 先天時代はカイン時代であり、後天時代はアベル時代ですが、後天時代が今、現れています。後天時代は、神様の理想家庭が実現し、平和のモデルになるとき、完成します。そのような家庭から平和が始まります。

アダム家庭を失ったという事実は、何を意味するのでしょうか。神様の理想家庭を失ってしまい、神様の理想的平和の世界観、地上・天上天国の理想的な構造がすべて破壊されたということです。それを、堕落した人間、堕落した人類の子孫では直すことができません。神様が直接、これに責任をもつのです。理想家庭の主体となる神様と真の父母が中心になるのです。神様を縦的な父母とすれば、真の父母は横的な父母ですが、縦横の父母が一つになって家庭を築き、四大心情圏の基盤を取り戻してこそ、平和が始まるのです。

12 最初から完成した先天時代を実現して出発したとすれば、すべての個人の主人は神様になるのであり、夫婦の主人も神様になるのであり、家庭の主人も神様になるのであり、民族、国家、世界、天宙だけでなく、天の国の主人まで神様になったでしょう。そうして、神様の祖国、神様の平和王国の上ですべてのことが始まるはずでしたが、堕落によってひっくり返ったので、正さなければなりません。今ようやく、神様が宇宙創造の父母であると同時に、師と主人の位置を完全に立てておき、天の国の忠臣と烈女の家庭を中心として、地上と天上の基盤を完結できる時を迎えたので、先天時代を通過し、後天時代を迎えるようになるのです。

13 先天時代が過ぎ去れば後天時代が訪れるのですが、後天時代は神様が占有できる時代を意味します。悪魔が占有する時代ではありません。そのような時代は過ぎ去ります。天が占有する時代である後天時代が来るというのです。そのような後天時代を立てるべき責任が、救世主、再臨主、真の父母にあります。

世の中を救う救世主は、どのように世の中を救うべきかといえば、祝福によって救わなければなりません。神様の血族として束ねてあげるためのものが祝福です。ですから、自分の一族を祝福してあげなければ、責任追及を受けるのです。「祝福を受けたのなら、お前の兄弟姉妹たちも祝福してあげたのか」と言うというのです。ですから、無理やりにでも祝福してあげなければならないというのです。

14 先天時代と後天時代は違います。ですから、後天時代の生活は、先天時代の生活とは異ならなければなりません。それゆえ、皆さんに、先天時代から後天時代に越えなければならないという課題が残っているのです。それは父母様のみ言が自分のものにならなければならないということです。父母様がいなくても、み言が生きて働く皆さんにならなければ、父母様が開いておいた後天世界を相続できないというのです。

15 野生のオリーブからは、真のオリーブの実を取ることはできません。ですから、野生のオリーブを切って、真のオリーブにしなければなりません。そのようにできる時になってこそ、神様がサタンの権限の上で主管できる時代が訪れるのです。そのような時代が後天時代です。

先天時代には、人間が堕落したために蕩減復帰をしなければならず、罪を犯したことから抜け出さなければなりません。体が汚れたときには、きれいにするのと同じです。そのため、後天時代が訪れるようになります。蕩減のすべての内容が過ぎ去り、罪がなく、サタンがおらず、悪の権限の影もない世界になることによって、神様が、堕落していない本然の世界の心の父になり、夫婦の父になり、国の父になり、世界と天地の主人になることができる位置に、初めて出発するのです。

天宙平和神文明開闢宣布

真の父母様は、二〇〇七年三月十七日、アメリカのハワ・コナにあるキング・ガーデンで、「環太平洋摂理の新しい出発大会」を開催されたのに続き、十九日、ハワイのワイコロア海洋リゾート・マリオット・ホテルにおいて、「環天宙平和文明圏王国時代および環天一国平和文明圏超国家私の国時代」を宣布された。そして、真の父母様と真の子女様が参加する中、この年の四月三日から、韓国と日本、アメリカの主要都市をはじめとする世界二百ヵ国以上で、天宙平和神文明開闢宣布大会が開催された。真の父母様は、講演で「神文明時代は、神様と人間、そして、自然が一体を成し遂げ、どこにも争いと断絶がない疎通と平和の時代」だと宣言され、「この地のすべての生命は水を基にしているので、二十一世紀は環太平洋海洋時代であり、神文明平和の時代である」と語られた。

16 神様の所有権を完全に占領している血統と、カイン・アベルのアダム家庭における禍根を取り除き、真の父母と一つになって、堕落がなかった本然の世界に越えていける時代になりました。地上でこのような基盤を宣布したので、それを信じ、霊界の聖人と皆さんの先祖たちを動員して、皆さんが行く道の前にサタンが行き来するのを遮ることができるように城壁を造り、防ぐことのできる条件を立ててあげるのです。そのような条件を備えて祈祷するようになれば、霊界にいる信仰の先祖である四大聖人、そして、宗教圏内で活動し、奉仕をして犠牲になった歴史時代のすべての功臣たちと、皆さんの善なる先祖たちが来て協助できる時代を迎えたので、天宙平和神文明開闢宣布をするのです。二〇〇七年四月四日からこの宣布内容が始まります。ですから、皆さんは「先祖を解放できる私になろう」と決心して、力いっぱい努力してサタン世界を滅ぼし、平和の王国を築くことのできる王子、王女にならなければなりません。

17 きょうは、四十八周年となる「真の父母の日」です。これから七年間が問題です。七年、八年、九年、十年、十一年、十二年、十三年の一月十三日までです。

七年という期間を中心として皆さんが個人から天宙まで、堕落の結実によってもつれた歴史的な内容を整理しなければなりません。そうして、神様が天地万物を造って初めて迎える春、そのような時代を迎える環境と同等の立場を、どのようにつくってさしあげるかが問題です。今や摂理の時においても、春が訪れました。ですから、環太平洋摂理時代を迎え、天宙平和神文明開闢宣布をしたのです。

18 神文明というのは、神様を中心とした文明です。神的な文明です。神文明開闢です。歴史のすべての内容が、未知の事実として完全に覆われてきました。公開されていません。これを公開させなければならない時になったのです。

皆さんが知らなければならないことは、父子関係です。「父子一体」は、一つの体であることを意味します。「夫婦一身」も一つの体を意味します。その夫婦から生まれた息子、娘は、兄弟が一身にならなければなりません。一つです。自分を中心として、上には祖父母、父母、その次に、自分自身です。三代を中心として、これが一つの家庭にならなければなりません。この三代が一つの家庭を築いて暮らしたならば、その実は神様の家庭をつくりあげることができるのです。その三位、三段階のすべての夫婦たちは、いかなる立体的な世界や平面世界に連れていっても、同じ価値として残ることができるのです。家庭を築こうとすれば、祖父母、父母、自分の夫婦がいなければなりません。それだけが必要なのではなく、四代圏を越えなければなりません。祖父の種、父の種、自分たち夫婦の種をそのまま内在させて、実を結ばせることのできる道を開いておくのが血統です。

19 二〇〇七年が特別なのは、環太平洋神文明開闢時代を発表したことです。父母様が勝利したすべてのものを、ハワイに行って再び世界に植えつけ、峠を越えるのです。天地父母はもちろんのこと、天地人父母、また、天地人父母の家庭だけでなく、全体の解放を宣布できる自由解放の時代、法的時代に入るのです。今や、赦しがありません。救いの歴史が終わるのです。エデンの園に帰ることによって、宗教圏は必要なく、政治圏は必要ありません。その上に上がっていくので、今や法的時代に入るのです。

第四節 天宙平和の王即位式と万王の王神様解放圏戴冠式

イエス様と真の父母様の平和の王戴冠式

イエス様の平和の王戴冠式が、二〇〇三年十二月二十二日、二万人以上の世界の各宗教代表者たちが参加する中、イスラエルのエルサレム独立公園で開催された。真の父母様がソウルの漢南国際研修院でインターネット生中継を通して見守られる中、二千年以上、維持されてきたユダヤ教、キリスト教、イスラーム間の反目を清算し、三つの教団の指導者たちが一つになって、イエス様を第一イスラエルの平和の王としてお迎えした。

第一イスラエルの勝利圏は、第二イスラエルのアメリカ、第三イスラエルの韓国に連結された。二〇〇四年三月二十三日、アメリカのワシントンDCにあるダークセン上院議員会館で、アメリカの上下両院議員と国連大使など、全世界の各界指導者四百五十人以上が参加する中、平和の王戴冠式が挙行された。真の父母様は、その年の八月二十日、韓国のソウルにある国会図書館で開かれた「真の心情革命と真の解放・釈放天一国入籍祝福式」および「真の父母様第四イスラエル平和の王戴冠式」において、平和の王に推戴された。その後、韓国では、全土で各氏族天一国入籍祝福式および平和の王戴冠式が続けて行われ、各氏族は平和の王冠を真の父母様に奉献した。

1 イエス様が王権を立てることができなかったので、兄の位置にいるイエス様をイスラエルに連れていき、王権即位式をするようにしました。それが二〇〇三年十二月二十二日です。一人ではできません。興進君が連れていって、したのです。真の父母の息子、娘が行ったのは初めてです。イスラエルの王権即位式をしておき、その次にアメリカに行って、挙行したのです。これまで霊界と肉界が分かれていました。興進君がイエス様を中心としてイスラエルの王権即位式を行うことによって、霊界と肉界を一つにしたのです。

2 霊界が一体圏を中心として協助しなければ、神様のみ旨は成就されません。ですから、霊肉界の超宗教的な基盤の上で国の王権を立てなければ、宗教を一つにする道がありません。それで、イエス様の万王の王戴冠式を行いました。イエス様だけではなく、ユダヤ教圏とイスラーム圏の後援のもとで戴冠式を行ったのです。一つでも反対すればできません。ユダヤ教とイスラームとキリスト教を中心として、イエス様の戴冠式をしてあげるのは、霊界で統一圏ができたからです。

今や、教派やサタン世界の堕落した国家の権威を、天が無視してしまうというのです。解体してしまうのです。宗教は必要ありません。国は必要ないというのです。それをすべて解体してしまい、血統を転換させて全世界が一つの家庭形態となり、単一国家を形成してこそ、心情世界ができるのです。

3 父母様がアメリカの上院議員会館で平和の王戴冠即位式を行い、韓国の国会(図書館)で平和の王戴冠即位式を行いました。父母様は血族の王にならなければなりません。蒙古斑家庭の王です。

次に、アダム家庭においてカイン一族、すなわち世界の救世主の王です。

その次に、アベル一族はキリスト教のことを言います。キリスト教の王です。宗教圏内にイスラエルがあるので、再臨主を中心としてイスラエルの国の王です。最後に、天の国と地上世界が統一されなかったので、心情的に統一した結実の解放的世界が、後天新天新地安息太平聖代時代になるのです。

4 第一次、第二次、第三次、第四次イスラエルは、血縁的関係において跳躍がありません。それゆえ、連関関係としてつながるように、イスラエルの国でイエス様の万王の王戴冠式を行い、その次に、興進君とイエス様が二〇〇四年二月四日、アメリカの議員会館で平和の王冠奉献式を行いました。そのような状況の中、カインとアベルの王権を父母様のみ前でつないでおき、議会の上院を中心として、実体父母が王権を樹立したというのです。なぜ興進君とイエス様が、アメリカでそのような式をしなければならないのでしょうか。イスラエル民族と国が分かれて二つになったので、これを一つにしなければならないのです。

霊界の総司令官である興進君が、イエス様をイスラエルの国の万王の王として迎える戴冠式を行い、次に、霊肉実体相続権がないので、アメリカに来て、第二イスラエル圏を中心として父母様を迎える戴冠式を挙行したのです。その次に、ワシントンDCの国会(ダークセン上院議員会館)で、実体平和の王戴冠式を三月二十三日に挙行しました。そして、実体平和の王戴冠式を、八月二十日、ようやく四度目に本国の韓国で行ったのです。

5 二〇〇三年八月二十日は、お父様がダンベリーから出てきて十八年になる記念の日です。お父様が天地を代表して十字架を背負って監獄に行き、解放されて出てきたこの日、第四次イスラエル国出発宣布式を行いました。第四次イスラエル国です。旧約時代に、神様が相対できる国があったでしょうか。天地にそのような国がありませんでした。その次に、アメリカが第二イスラエル圏ですが、そのような国があるでしょうか。ありません。第三イスラエル圏は韓国ですが、そのような国があるでしょうか。国もなく一人さまよっているというのです。追いやれば追いやられ、追いかければ追いかけられる立場です。国がないというのです。

しかし、第四次イスラエルが出発しました。ですから、今や否が応でも、私たちがその国を守るために精誠の限りを尽くし、生命を懸けて立ち上がらなければなりません。生命よりも国を大事に思わなければならないというのです。

6 第四次イスラエル国は外的であり、天一国は内的です。イエス様は、祝福を国とともに挙行できませんでした。兄弟を越え、氏族を越え、民族を越えて、祝福一元化を成し遂げることができませんでした。イエス様がそれをしていたならば、イスラエルの王の中の王となっていたので、イスラエルも滅びることはないというのです。イエス様が国家と世界で勝利できなかったので、再臨主は天地、天宙で成功しなければなりません。ですから、超民族という問題が起きます。地上・天上解放と地獄撤廃、楽園撤廃をすることによって、天国だけが残るようにしなければなりません。

天の国の王権を樹立することによって、サタンが血統を中心として、父母の位置、師の位置、王の位置を占領していたものを再び蕩減し、高速道路を築かなければなりません。それが統一教会の使命です。皆さんは、家庭から天の国の宮殿まで、高速道路を走っていかなければなりません。

7 きょうは、春を迎える二〇〇四年二月二十二日です。二〇〇四年の四数を中心として、二、二、二の六数が共に一つとなる日です。春を迎えたこの地では、天宙父母、天地父母、天地人父母が定着できる時代がきょうから始まります。ですから、無形の神様は霊界に現れたのですが、今や父母様の実体相を中心として、霊界だけでなく、地上でも自由に活動できる基盤が連結されるのです。

四数蕩減、六数解放数を備えた日なので、天宙・天地・天地人父母定着解放が成し遂げられたと祈りました。神様の実体相を中心としてこの地上に父母様を送り、蕩減復帰を解消して、エデンの園で個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代、世界時代、天宙時代を塞いでいたすべての塀を平準化し、四位基台の基本的家庭の型の上に六数を蕩減する日を迎えたので、この日を期して、天宙・天地・天地人父母定着の日として祈ったのです。

ですから、今や、天宙・天地・天地人父母定着の家庭になりました。それゆえ、父母様が地上にもいらっしゃり、霊界にも実体相をもって、共に侍ることができる解放的地上・天上、天界が開門するというのです。

8 お父様のことを、大韓民国を愛する愛国者だと感じて、愛する人が多くいます。そのような立場なので、国も料理することができ、南北統一もすることができ、アジアをはじめとする全世界の伝統を意のままにできる基盤ができたというのです。そこにおいて、宇宙を中心として国土をつくり、宇宙と霊界にいる人々を民にして、国を中心として主権を立てなければなりません。

今や主権的基盤を中心として天地が生じ、天地の民が生じたので、王権が必要なのです。それで、二〇〇四年八月二十日に平和の王戴冠即位式を挙行したというのです。

戴冠式とは、敬って侍るということです。戴冠式だけをしたのではなく、戴冠即位式を挙行しました。今や王の名をもったので、天下、宇宙がその王権の所有であり、天地の民がその王権の国民です。その王の礎と国土と国民が一つになり、永遠の神様を中心として、無形の父母、有形の父母、実体父母の息子、娘の王国を建てるので、そこで生んだ息子、娘は即刻、天国に入ることができるため、解放・釈放世界から安着太平聖代に越えていくのです。

9 アダム家庭でカインがアベルの命を奪ったので、兄の立場がカイン側です。カイン側の個人時代、家庭時代、氏族時代、民族時代、国家時代まで出てきたのです。天の側でも三番目の息子であるセツを選び、神様の真の愛、真の生命、真の血統の国家基準を探し求めてきました。セツを選んで、失われた全体を復帰するためには、セツ自体がサタンに勝てる位置に上がっていかなければなりません。

国家基準以上に越えたというその位置に行くためには、天が愛と生命で直接主管して、絶対信仰、絶対愛、絶対服従することができ、その上に上がっていける息子として育てていかなければなりません。個人から家庭・氏族・民族・国家基準まで進むのです。そのようにして、四千年を経て、イスラエル選民圏の国にイエス様が来て、真の父母の血族の国を築き、この国を中心としてカインの国を吸収しなければなりません。そのため、ユダヤ教とイスラエルの国をカインとアベルに分けておいたのです。この二つが一つにならなければなりません。両者が闘ってはいけません。四千年の時を経て、来られたイエス様は、国を身代わりしたセツの王子として来ました。セツの王権を身代わりしているのです。

再臨主は、三時代において天地を中心として、カインとアベルを一つにしなければなりません。再び来て主人の役割を果たすためには、超宗教圏と超国家圏のアベルとカインを一つにしなければなりません。すべてのカインとアベルの基準を中心として、超宗教圏のアベルとして勝利し、超国家圏をひっくり返して屈服させなければなりません。それによって、弟が兄の位置に立ち、兄が弟の位置に立つようになって、天に上がっていくのです。

それが二〇〇四年八月二十日、「特赦・真の心情革命と真の解放・釈放天一国入籍祝福式、真の父母様平和の王戴冠式」です。先天時代が過ぎ去り、後天時代が訪れます。新しい天と新しい地が到来するのです。天一国です。

10 皆さんは国家基準を越えなければなりません。イエス様は祝福を受け、国家基準を越えなければなりませんでしたが、結婚もできず、国家基準も越えることができませんでした。天の国は、祝福を受けた家庭が入るようになっています。天国は、神様の真の愛、真の生命、真の血統、神様の直系の血統を受け継いだ子女が、家庭を築いて入る所です。それゆえ、神様の真の愛、真の生命、真の血統の絆を受け、家庭を中心として家庭的メシヤ、氏族(的)メシヤ、国家(的)メシヤの基準まで越えなければならない責任があります。

父母様がそれをすべて越えて霊界まで連結し、天地を一つにしました。霊界と肉界に境界線がないように、一つにしたというのです。これは国家的基準ではありません。アダムとエバが堕落する時の家庭的基準ではありません。

霊界と肉界、天上と地上の最高基準で反対がなく、歓迎する場に行くことができる道を開いておいたのが、「真の心情革命と真の解放・釈放天一国入籍祝福」の行事と「真の父母様平和の王戴冠式」です。

11 第三イスラエルの主人である真の父母が平和の王即位式をすることによって、初めて地上世界に天宙父母と、天地父母と、天地人父母の王国が設定されるのです。皆さんも、第三イスラエル圏まで、旧約時代、新約時代、成約時代に失敗したことを、血統を転換させて、天地人父母を中心として、第四イスラエルを中心とした国家圏内に入ります。第四イスラエル国は、イスラエルの国とアメリカと韓国が一つの国になったものです。霊界と肉界が分かれていましたが、戴冠式をすることによって地上に来て、イスラエルの旧約時代は過ぎ去るのです。イスラエルの国が、今後、戴冠式をしたイエス様を信じることによって新約時代を経て、戴冠式をしてあげた真の父母を通して成約時代を越えて一つの国の民となり、天一国に加入することによって、初めて全世界が一つの大家族の血族になるのです。彼らが一つになり、大家族が連結された新しい第四次イスラエル圏になります。この外的世界を中心として、政治世界とイスラエルの血統を清めたものが一つになり、本然の心情文化革命を起こすことができるのです。

神様の愛を中心として、三代圏が初めて天国に入っていける、天地父母の聖婚式と入籍式ができる天一国に加入することにより、すべての摂理が終わり、サタンは完全に屈服して、本然の創造理想の解放圏と釈放圏が形成されます。そうして、すべてが高速道路を通って天国に入り、真の愛、真の生命、真の血統を受け継いだ一族を中心とした統一世界になるのです。

天宙統一平和の王戴冠式と天正宮博物館入宮天宙平和の王戴冠式

真の父母様に対する平和の王推戴式は、韓国とアメリカを皮切りに、全世界百九十数ヵ国で、一年以上にわたって行われた。その後、真の父母様の御聖誕日である二〇〇五年二月十四日、韓国の天宙清平修錬苑で天宙統一平和の王戴冠式が開催されたのに続き、二〇〇六年六月十三日には、天宙平和の王戴冠式が挙行された。特に、二〇〇六年には、天正宮博物館入宮式と戴冠式を慶祝する祝祭が一週間、天宙清平修錬苑一帯で行われた。真の父母様は、入宮式の前夜、天正宮博物館において、釜山のボムネッコル聖地でともされた聖火で聖火台に点火されたあと、世界各国から持ち寄った土を混ぜて水を入れられた。新しい天と新しい地を再び造られたのである。世界の指導者たちは、真の父母様から天一国を象徴する花であるバラとユリを頂いた。天正宮博物館の広場で開かれた戴冠式では、世界百九十四ヵ国の旗を持った旗手団が列をつくり、世界各国から、平和の王として推戴するという意味で送られてきた王冠が壇上の両側に陳列され、慶祝ムードを盛り上げた。真の父母様は、天正宮博物館を聖別されたのに続き、天宙平和の王として登壇され、「天一国は太平聖代の理想天国」というみ言を宣布された。

12 私たち夫婦の誕生日と天宙統一平和の王戴冠式の記念行事が、ある一個人のための一度限りの行事であれば、貴くありません。神様の創造理想と人類救援摂理のための代表的な公的行事なので、その意味が深いのです。

神様と霊界と世界と全人類を背負って歩まなければならない救世主、メシヤ、真の父母の道は、最も近い肉親である家族、親族から犠牲にしなければならない茨の道です。この荷は、兄弟や子女や最も愛する妻に、代わりに負わせることもできず、きょうすべきことをあすに持ち越したり、やり過ごしたりすることもできません。メシヤは、霊界が公認し、神様の御印を押してもらわなければ、なることができないのです。

13 神様は、アダムとエバの家庭を通して真の愛の理想を完成し、子孫を繁栄させることによって、天上天下に平和統一の王国を実現しようとしました。神様の純潔、純血、純愛の真の愛、真の生命、真の血統は、アダムとエバを起点として横的に拡大し、子孫たちを通して家庭、国家、世界、天宙に展開されるようになっていました。そうすれば、アダムとエバは自然に真の父母、真の師、真の主人、真の王の位相をもつようになっており、真の血統を中心とした天宙平和統一の王国になるのです。

私は、二〇〇一年に神様王権即位式を奉献し、二〇〇四年には神様の祖国と平和王国時代、そして、後天時代を宣布しました。先天時代は対立、闘争、相克、不和の時代でしたが、後天時代は調和、協力、相応、和解、平和統一の時代です。先天時代には葛藤を助長し、分裂を起こして支配しましたが、後天時代には、これ以上そのようなことが許されないようになるのです。

14 天宙平和の王真の父母様天正宮博物館入宮戴冠式を期して、父母様が今や平和の王として、アベルの勝利の覇権の上に立つことのできる戴冠式が決定されるのです。ですから、皆さんは、父母様に付いてくるより、これからは敬って侍り、前進しなければなりません。父母様に付いて回っていた時とは違います。

王の代わりに全体の表象になっているので、皆さんも王の表象に対して、全体の前に表象的な代表にならなければなりません。そのようになってこそ、王と共に一つになれる時代に入るので、いい加減に向き合うことができず、いい加減に生きることができない時代が、現在この瞬間に展開しているというのです

15 第三アダムが来て、旧約時代、新約時代、成約時代を完結し、第四次アダム心情の解放世界に越えていくとき、地上・天上天国が一つになります。そうして、神様が再臨主を中心として、アダム時代に付いていくだけでなく、初めて再臨主が勝利の位置で神様に侍ることによって、偽りの父母が塞いでいたものを開き、定着できるようになったので、完全解放・釈放時代になるのです。

神様が愛と生命と血統の根本なので、皆さんはその根本を中心として、愛と生命が一つになった血統の結実体にならなければなりません。そのように、「私は父母と一つになった」という一体の心情が、すべてのものを克服して余りあるものでなければなりません。そうすれば、神様が訪ねてきて、愛をもって自ら対されることができるのです。

万王の王神様解放圏戴冠式

神様王権即位式以降、八年余りの間、真の父母様は、生死を懸けて、神様の心情圏までも解放するための摂理を展開してこられた。血と汗と涙によって開拓した天宙的勝利圏の上に、罪悪の先天時代を終結させ、後天時代を開幕されたのである。そして、国連の刷新を通した一つの世界のために「天宙平和連合」を創設され、世界百八十数ヵ国を巡回して後天開闢時代を開門するみ言と祝福を下さった。寸陰を争う摂理の大長程の中、二〇〇八年七月十九日、真の父母様が搭乗されたヘリコプターが、天候が悪化する中で着陸しようとしたとき、京畿道加平郡の長楽山 (天聖山)に墜落し、爆発する事故が起きた。しかし、真の父母様は、爆発の直前に脱出して、サタン勢力の最後の攻勢からも無事に生還されたのち、全人類に重生、復活、永生の祝福を下さった。その後、真の父母様は、二〇〇九年一月十五日と一月三十一日、韓国とアメリカで万王の王神様解放圏戴冠式を三度にわたって主宰された。これは、真の父母様の五十回目の聖婚記念日と真のお父様の卒寿の年を迎え、神様の心情圏までも解放し、東洋と西洋において、神様が万王の王として登極される天宙史的な行事であった。

16 ヘリコプター事故が起きた二〇〇八年七月十九日の午後四時四十三分を中心として、万有の存在を、堕落していない圏として解放、釈放させておきました。神様の懐に入ってきた万物が、どれほど真の父母様に侍り、真の父母の栄光の世界で一つの分子として吸収されることを願ってきたか、というのです。

真の人類の先祖が犠牲になり、奉仕してきたのと同じように、自分たちが千万回、犠牲になったとしても、真の父母の実体完成に同参したいと思うというのです。細胞までも、真の父母に似ることを願っていた万有の存在が、真の父母の完成に同参しなければなりません。その栄光と尊貴を共にたたえることのできる場に入るのです。

17 サタン世界が統一教会をなきものにしようとしましたが、今回のヘリコプター事故によって、再び重生、復活、永生できる出来事が起きたのです。地獄を英語で「ヘル(hell)」と言います。ヘリ(ヘル)の事故は、地獄の事件です。天の理想圏を一度に一つの器に詰め込み、ひっくり返そうとしたのです。しかし、サタンが最後に天地のすべての権勢を支配できる最高の終着点に向かうその場で、天とすべてのアベル的な理想世界が、なくなったのではなく、重生、復活、永生できるようになったのです。

18 空中の権勢を悪魔の勢力が支配しているので、天と地が完全に分立しています。これを連結させる責任は、神様にあるのではありません。神様もそれを成し遂げることはできません。このことをするに当たって、神様の創造理想を失わずに、真の愛の道理を立てなければならないのです。根源が、悪であってはいけないというのです。真の愛から出発したので、真の愛の上で慕い、思慕し、実践して、この穴を埋めるためにどれほど苦労したか分かりません。その事実の中で、私がいまだ、体験しても語ることのできなかったことが多くあるのですが、人間の世の中に展開させられずに胸に抱いていた願いまでも破壊させるため、最後の天宙的な決定を下そうとしたのが、今回のへリコプター事件です。

サタンが最終攻撃をしたのですが、天が防いだのです。その炎の穴から大きな傷もなく、全員が出てきて生還することにより、この地上にいる人と霊界にいる人々が真の父母の顕現を叫ぶその歓声とともに、今日、このような場を迎えるようになったことを、真実に、真実に、真実に感謝いたします。万有の存在は、大きくても小さくても、真の父母様の完成の分身体として現れなければなりません。神様の出発とともに、息子、娘の出発が成され、家庭、国家、世界、天宙が神様を水平の主体にし、その相対的な圏として、美しい愛の花の園が生じ、そこに新しい芽が出ることによって、新しい幹、新しい枝、新しい葉が生じて、新しい花が咲き、結実を手にすることができるようになります。

ところが、そのようになっている最後の障壁を崩し、神様だけが億万歳を叫ぶことのできる場を、最後に攻撃したのです。天上世界の全体を動員し、地上世界の全体を動員したのです。悪魔世界が全体を動員して、「勝利は我々のものだ」と自信満々に振る舞いました。しかし、神様は真の父母を保護したのです。

19 二〇〇八年七月二十二日のけさを中心として、一つの峠を越えます。天宙全体を餌にしようとしたサタンが蕩減の峠を立てたとおりに、イエス様が家庭を築くことができなかった環境に代わり、父母様が生き、全体が生き残ることによって、地上再臨の完結時代になりましたので、神様が主管できる勝利の覇権国家に向かって前進することをお誓いいたします。天地のすべての霊人たちも、今や父母様の恵沢圏内ですべて祝福を受け、天の一族として帰っていけるようになりました。天上天下の何よりも、祝福を最高に貴い標的として残し、神様の懐に帰っていけるように祝福し、宣布いたします。

20 イエス様は死後、(三日目に復活され)四十日以降に昇天しました。私もへリコプター事故が起きて、四十日を中心に、重生完成と復活完成、そして、永生完成を果たすのです。四十日の期間に、重生完成、復活完成、永生完成をすることができる記録を立てました。

21 皆さんは、自分の一族と氏族を従えて、どこに行くとしても、国を代表し、世界を代表して、神様に侍ることができる準備をしなければなりません。そうすれば、神様が万王の王として行使できる超創造世界の基準に合わせることができるので、初めて愛の創造理想が完結した地上天国、神様の統一された国になるのです。それは、神様の祖国と平和王国時代の宣布ではなく完了です。それゆえ、神様の祖国と地上にある人間の祖国が、愛によって一つになるのです。母と父が一つになった統一世界は、地上・天上天国になります。解放ではなく、家庭の釈放までできるのです。

22 二〇〇九年一月十五日、万王の王神様解放圏戴冠式を行いました。神様が万王の王です。父母様の教えのとおりにすれば、すべて終わると考えてはいけません。血統は、父母様から始まるのではありません。神様から始まります。神様を解放していない立場では、血統をつなぐことができません。神様の愛を中心として家庭を築くことができなかったので、神様の祖国の出発と神様の故郷の出発はあり得ないのです。それが原理であり天理です。順理(当然の道理)であると同時に天理です。人類最高の希望であると同時に、新しい目的世界の実として収穫し、倉庫に入れなければならないのです。

第五節 天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会

天暦宣布と真の父母様の金婚式

二〇一〇年、これまで陽暦の元旦に遵守されてきた「真の神の日」の行事(第四十三回)が、初めて陰暦元旦(陽暦二月十四日)に挙行された。この日、真の父母様は、天暦を宣布され、「天一国基元節の準備の一環として、既存の陽暦と陰暦は今やカインとアベルの立場に立ち、新しい摂理を記憶して明示する『天暦』を補助する役割を果たすようになる」と語られた。一九六〇年の真の父母様の聖婚は、神様の立場からは創造理想実現のための再出発であり、人類の立場からは救いの起点となる。真の父母様の金婚式は、聖婚五十回と五十周年を迎えた二〇〇九年と二〇一〇年の二年にわたって挙行された。それほど天宙史的な意味が込められているため、二年にわたって慶祝することになったのであり、金婚式を期して、主要な摂理的変化も続けて起きるようになった。特に、二〇〇九年、陰暦三月十六(陽暦四月十九日)、金婚式とともに天地父母天宙カイン・アベル(善悪)平和安着大会が開催されたのに続き、二〇一〇年、天暦三月十六日(陽暦四月二十九日)には、アベル国連定着戴冠式および五十周年の金婚式が挙行された。

1 一秒の間に世の中が変わることを、私たちはみな知らずに生きています。絶対信仰の個人的存在、絶対愛の個人的存在、絶対服従の個人的存在が、すべて一秒間で分かれたことを知らないのです。陰暦を使うか、陽暦を使うかによって、二つの世界が分かれました。西洋と東洋が分かれたのです。先祖は同じなのですが、どのようにして西洋と東洋に分かれ、国と国々が分かれ、兄弟まですべて分かれたのかを知りません。

2 陽暦と陰暦は分かれることができません。陰暦は、陽暦より一年に十一日、短いのです。ですから、陰暦には、陽暦に比べて足りない日数を埋めるため、約三年に一度ずつ、十二ヵ月が、十三ヵ月で一年になるときがあります。

十三数の起源を受け継ぐことができるのは、陰暦しかありません。陽暦には、十三数という一ヵ月を中心として、十二ヵ月が引っ張られていく時がありません。陰暦は、小さいものに全体が順応することができます。そのように、一つの小さな数が全体を消化できなければなりません。言い換えれば、悪魔の世界を一度にのみ込んでしまうことができなければならないというのです。

3 真の父母様の金婚式、真の師、真の主人の金婚式というものは、歴史の中で永遠に一度しかありません。真の父母の金婚式は、二度とないのです。また、真の師の金婚式も二度とありません。真の王の金婚式も二度とありません。二〇〇九年を中心として、金婚式が二〇一〇年まで入るのです。重要な期間です。この期間にすべてを終えて越えていかなければなりません。一度しかないのです。

4 金婚式をする今年、二〇〇九年に、すべてのものを完結、完成、完了、結実と完成と終了をするのです。完結、完成、完了するのです。蘇生、長成、完成、完了し、永生福楽の世界に向かって前進しなければなりません。

天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会

天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会が、二〇一〇年七月八日に天正宮博物館、七月二十四日にアメリカ、ニューヨークのマンハッタンセンターなど韓国とアメリカにおいて数回にわたり開催されたのに続き、二〇一一年四月二十四日には、仁川の松島(ソンド)コンベンシアにおいて、韓国の公職者と食口、平和大使など、一万二千人以上が参加する中で挙行された。真の父母様は、この大会を通して、神様の祖国と故郷が韓国であることを闡明(せんめい)された。真の父母様は、この日の早朝にアメリカを出発し、長旅の末、韓国の仁川空港に到着して、休む間もなく数時間後に大会を主管されたのである。そして、その翌日には、ヨーロッパ巡回大会のために長時間、飛行機に乗ってヨーロッパに向かわれた。真の父母様は、肉身の限界を越えて、すべての摂理を終結させ、人類を生み変える心情で、ヨーロッパ八ヵ国アメリカのラスベガス大会に至るまで、悲壮な覚悟と決断の中、十ヵ国の世界巡回を断行された。

真の父母様は、天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会を通し、最終一体を成し遂げて復帰摂理を完成、完結、完了し、この地に来たすべての責任と使命の完成を宣布された。そして、すべてのことを成し遂げたその基盤の上で、万王の王天地人真の父母様の立場と権威をもって、定着完了されたのである。この大会を通して、本然のエデンを復帰した時代、堕落がなかった時代、サタンがいなかった時代が到来したことを宣布されたのである。

5 み言が先でしょうか、実体が先でしょうか。今日の宗教では、実体に関することには確信をもつことができず、教えを重要視するので、実体と教えが一体になるというのは、本当に難しいことです。統一教会では、み言が先ではありません。実体があって、その実体が行った事実をみ言で証するので、内外が一致し得る内容を知ることができるというのです。今まで、宗教界や学問世界において真理を探究するに当たって、問題となっていた焦点を解決するために、実体み言宣布大会が始まったのです。

6 「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」は、み言を宣布する大会ですが、み言の前に実体をもってきました。個人から天地を連結させ、最終的な内容が完結するものとして、天地人真の父母定着と実体み言宣布と天宙大会があってこそ終わるのです。天地を連結させるというのは、和合統一を意味します。和合が先でしょうか、統一が先でしょうか。和合が先です。和合しなければ統一されず、自分勝手に進みます。和合統一しなければなりません。体と心を統一できない人が、統一の主体になる道理はありません。二人が一つになってこそ、息子、娘を一つにすることができます。二つが一つにならなければ、三と四の存在もありません。

7 天地人真の父母が定着しました。そのため、実体み言を宣布しなければなりません。真理の実体、定着した実体が語る言葉が、宇宙を解放できるのです。それが実体み言宣布です。天地人真の父母が定着したというのは、実体が定着したということです。ですから、実体み言宣布なのです。

8 真の父母様が祈り、願うことは、地に落ちません。天の父母が解放された立場で守っており、それを再び、くじく者がいないので、いずれにせよ成し遂げられるのです。そのように考え、皆さんはみ旨の路程で躊躇する哀れな群れにならないようにしなければなりません。

氏族的な世界メシヤの責任を代表する立場で語ったこのみ言は、解放の勝利覇権的自由天地の、自主張(自分の主張どおりにすること)と堕落がなかったそれ以前の世界の勝利の栄光を宣布するものです。最初と最後まで一つにしてその結末をつけるための内容を、真の父母様の生涯全体の結実として宣布するみ言です。それが、「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」のみ言です。

9 天宙父母は無形の神様であられ、天地父母は実体の父母のことを言うのですが、二つの父母が一つになってこそ、人格的な父母になり、天宙・天地・天地人父母になります。人格的な神様にならなければ、真の父母になれないというのです。神様も、体をまとい、息子、娘を生むことができる人格的な神様にならなければなりません。

10 天宙父母、天地父母、天地人父母という言葉は、言い換えれば、天宙天地人父母です。人にならなければならず、人の父母にならなければなりません。すなわち、人間が神様の代わりに体をまとい、見える神様、見える実体になるのです。

神様も体をまとわなければなりません。そのため、無形の天宙父母と天地父母をそのまま受け継ぐのです。霊的な闘いで勝利し、神様と一致するための復帰的な過程を経て、天宙天地人父母になるのです。

11 天地人父母は、天宙父母と天地父母が愛を中心として喜びながら、一緒に生活できる無形実体と有形実体が合徳(和合)したものです。霊的神様と実体の神様に侍る夫婦が先祖になります。先祖は二つではありません。父母は二つにはなり得ないのです。絶対に一つです。父も一つであり、母も一つであり、先祖も一つ、孫たちも一つです。神様に似て、神様の体と心を展開させて、実体の形状をまとったのです。体をもってこそ、繁殖できます。体をもった天地人父母の家庭は、天の国の民を相続し、この地から直接天国に入れるように定着して、堕落や復帰という傷跡のない息子、娘、天国に直行できる息子、娘を生んで育てるべき召命的責任を担っています。

12 祝福家庭は、蕩減革命、良心革命、心情一体圏を中心として、八段階を経なければなりません。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的王の位置で、神様を中心として相対になり、縦横に与え合う実体にならなければなりません。地上世界で種を蒔き、天上世界で実を収めるのです。この地上では種であり、霊界では実です。その愛の実を倉庫に納入させる所が天上天国です。その倉庫に入るために準備する所が地上世界なので、地上世界が完成してこそ、天の国が完成するのです。ですから、天一国主人だというのです。

天宙父母と天地父母が完成したものを、皆さんが相続できるので、孝子の王にならなければならず、忠臣の王にならなければなりません。そのようになることができる位置に天は立たせるので、これを固着させて、万世の太平聖代、祖国光復を成し遂げてこそ、解放時代になるのです。

13 すべての存在は神様に似ました。神様の愛の実体圏である真の父母の完成のためのものです。ですから、霊的神様と実体の神様が一つにならなければなりません。この実体圏を求めるために父母様は苦労したのです。個人、家庭、氏族、民族、国家など、八段階のすべてが反駁しましたが、砕けませんでした。自分たちが砕けていったのです。彼らは自分を中心とした自我自覚圏を中心として現れましたが、父母様は他我自覚面を中心として、ために生きて投入し、自分のことを考えなかったので、堕落世界のすべての因縁を抜け出してしまい、神様の体を定着させることができたというのです。

そうして、個人的な体定着、家庭的な体定着、氏族、民族、国家、世界、天宙的な体定着、八段階の体定着を通して、聖子の家庭を中心として神様に似なければなりません。また、真の父母の家庭的形態を受け継ぎ、腹中時代から結婚時代まで再び体験して、神様の心情圏を受け継いで体を完成させて天の国に入るのです。

14 実体時代には、体を知っているだけではいけません。実体の体と神様まで知らなければならないのです。実体時代は、本然のエデンを復帰した時代、堕落がなかった時代、サタンがいなかった時代だというのです。

天使たちの世界もアダムの命令どおりに動く時代です。神様のみ意のままに動く時代です。その意向に反対することはできません。そこに相対になろうという息子、娘たちになってこそ、永遠の父子関係が結ばれるのです。

15 二〇一二年までに家庭的エデン復帰時代を蕩減し、天国に入籍しなければなりません。第四次イスラエル国を中心として、国家圏と宗教圏の一致圏を連合し、真の父母を中心として天地人父母の安着をもって、無形の世界と有形の実体世界が一つになり、人間を中心としたすべてを完成、結実する天地人定着、天宙天地解放世界を中心として、地から天に直行できる天国理想の実現を終結することのできる時を迎えました。

この時を迎え、宣布したすべてのものが父のみ旨と一致し、私たちが宣言したものが天のみ旨と天宙・天地・天地人父母様の一体理念と一致して、安着できる一和統一の世界に前進するようになりました。

16 神様を中心とした家庭には、誰もが安着します。すべてが平安、幸福で、理想のユートピアだという言葉が必要ないので、気掛かりや心配なことはないというのです。生きさえすればよく、すべて成就するのです。

ですから、今からは祈るとき、「解放・釈放時代を完了しました。私は安着太平時代を生きなければなりません」と、自信をもって報告しなさいというのです。

17 安着という言葉は、すべてのものがぶつからず、永遠に平和で幸福だということです。太平聖代です。その世界がユートピアです。私自身の体と心が争っているとすれば、太平時代があるでしょうか。ありません。根本に入って、無条件に父母様の言葉が正しいと信じ、その場に立って、「私はそうである。天地が変わっても、太陽が落ちても、私は変わらない」と言わなければなりません。「天変地異が起きても、私は変わらない」と言わなければならないのです。

星が落ち、太陽が落ちても、つかの間です。その上に立っていなさいというのです。安着してこそ、そこに太平時代が訪れます。その時代は、個人生活圏ではなく、歴史を超越したものです。すべての人が神様の代わりに安着太平圏時代を迎えてこそ、幸福な理想世界になります。ユートピア世界になるのです。それ以上はありません。

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第十三篇 第二章 天一国の基元節と真の父母様の伝統相続

第十三篇 第二章

天一国の基元節と真の父母様の伝統相続

第一節 天一国時代の開幕と基元節

天一国宣布の背景

天一国は、天宙平和統一国の略称である。真の父母様は二〇〇一年、蕩減復帰歴史の勝利圏の上に、神様王権即位式を举行され、その年の十月三日、第十四回「世界統一国開天日」を期して、天一国の意味について語られた。天一国は、神様のもとの人類一家族の実現のために生涯を捧げた真の父母様のビジョンが結実した神の国である。真の父母様は、「天一国は二人が一つになる国である」と説明された。全人類が神様を縦的真の父母として、天地人真の父母様を横的真の父母として、侍り、同じ兄弟姉妹として暮らす共生、共栄、共義の理想世界なのである。

1 天宙平和統一国、そのような名前があるという話を聞いたことがありますか。神の国があるという話を聞いたことがありますか。神様が願われる地上天国、理想世界、ユートピア世界があるという話を聞いたことがあるかというのです。そのような話は聞いたことがありませんが、誰でもそのようになり得る世界が現れることを願うのです。それは妄想ではなく、実相です。老若男女を問わず、環境を越えて、時空を超越した霊界と肉界があるとしても、そのようになり得る平和の国、神様が願われる国が天宙平和統一国、天一国だということは間違いありません。

それでは、天一国は誰から成就されるのでしょうか。神様が人間を創造されたとすれば、その人間は神様の息子、娘ですが、その息子、娘から成就されなければなりません。そうすれば、その国は神の国であると同時に、神様の息子、娘の国です。その国は、神様を中心として、息子、娘が永遠に誇ることのできる国です。そして、神様が夢にまで描いた理想の国です。その国では、個人や家庭、氏族、民族、国家、世界も、幸福にならざるを得ないのです。

2 私たちは、死ぬ前に体と心を一つにして、妻は夫以上に神様を愛し、夫は妻以上に神様を愛さなければなりません。そして、神様の息子、娘たちを神様のように愛することのできる家庭にならなければなりません。そのような家庭が合わさって氏族になり、氏族が合わさって国になり、国々が合わさって世界になり、世界が合わさって天地、天宙平和統一国になるのです。その国は、神様が主権者となり、人類が国民となり、地球星が国土になるのです。

3 皆さんが行く国は、天宙平和統一国です。そこはサタンと関係がありません。皆さんはサタンとの関係を切ってしまい、メシヤの位置に進まなければなりません。個人的メシヤ、家庭的メシヤ、氏族的メシヤ、国家的メシヤの位置に進まなければならないのです。そして、解放された天の国で「私」自身の心と体が一つにならなければなりません。そのように心情的に一体となることによって、地上で新しい天宙国家、天一国が私の国になるのです。

私個人の国、次には、自分たち夫婦の国です。夫婦の国も、二人が一つにならなければなりません。体と心も一つにならなければなりません。個人的に一つ、夫婦も一つです。このようになることによって、完成的祝福基準を代表する分別的基準になるというのです。そのため、この分別的基準が天の祝福圏と地上の祝福圏のような立場で、父子祝福圏が広がるのです。

4 国境を越え、永遠の世界に越えていける国が天宙平和統一国です。蕩減法を解消し、天上まで案内できる国が天一国だというのです。地上と天上の統一国です。地上世界と天上世界の二つです。その二つが一つになった国が天一国です。

何によって一つになるのでしょうか。真の愛によって一つになります。その次に、平和は何の平和でしょうか。天の平和と地の平和です。

5 神様の本然的な愛を中心として、サタンまでも愛して天国に入っていける堂々とした基盤を築いたので、サタンは「あなたが行く世界は解放であり、あなたの願いで成就されないものはない!」と祝福しなければなりません。「どこに行っても、あなたが願うことは成就されないものはなく、あなたの願うことで、あなたのものにならないものはない」と祝福しなければならないというのです。「神様の名で、真の父母様の名で、真の家庭の名で、世界は解放されるべし!」と言えば、「아주」と言うようになっています。

春が来ました。雪がいくらたくさん積もっていて、氷がいくら厚く凍っていても、春になったので、すべて溶けるようになっています。春の季節には種を蒔かなければなりません。サタンが悪の種を蒔いた世界の果てまで、良い種を蒔かなければならないというのです。良い種とは家庭です。サタンはたった一つだけ植えました。それが堕落したアダムとエバでした。今や私たちは、新しい家庭の種を蒔かなければなりません。

6 天宙平和統一国の民は、大韓民国の国民だけではありません。世界の人類全体を越えて、霊界の数千億になる先祖たちと天使世界までも解放することが神様の願いなので、そこまで行くべき道がこの上なくつらくても、行かなければなりません。愛の相対を失ってしまった父母の心情、夫の心情、妻の心情、兄弟の心情を忘れてでも、すべて投入して進まなければならないのです。そのような人は、「天国に行くな」と言っても自動的に行くようになっています。

7 今まで迫害を受けたのは、国がなかったからです。神様が迫害を受けるのも国がないからです。それゆえ、神様がもつことのできなかった国、祖国をどのように探してさしあげるかという考えしかありません。

ですから、五色人種(すべての人種)を束ねて、世の中が批判する中でも祝福結婚式をするのです。そのようにして、一つの氏族と民族を編成していくのです。これはどれほど大変でしょうか。だとすれば、無形の神様がこのように人間世界を造るには、どれほど骨が折れるでしょうか。私がすることのほうが、それでも神様がされることより易しいと思うので、国を探し出そうというのです。それで、この道を歩んできました。

8 今や、父母様が新しい家庭、新しい氏族、新しい国を編成できる運動さえすればよいのです。そのようにすれば、韓国だけでなく、国連と世界がどこに行くべきかを知って、付いてくるようになります。そうして、父母様から新しい家庭編成が始まります。サタンが汚した家庭を築くのではありません。堕落していない聖別された国家を拡張させる使命が残っています。再創造するのです。サタンが汚した愛の痕跡が残っている場では、神様は愛されないというのです。その使命を果たしてこそ、皆さんが天の国に行って、アダムの完成した子孫として面目を立てることができます。

イスラエル民族は、四十年の荒野路程を通過して祖国創建をすることができませんでしたが、父母様は世界的な荒野路程である四十年路程を中心として、イスラエル民族を再び編成して、世界の王国を創建できるようになりました。

9 モーセが八十歳で故郷と国を求め、イエス時代を準備しようとしたのですが、失敗したので、今や祝福家庭を中心としてそれを復帰するのです。ですから、祝福家庭を中心としたカナン復帰四十年路程があるのです。これは、天上と地上が一つになることができる期間のことを意味するのですが、祝福家庭のカナン復帰路程においてひっくり返しました。そうして、一つの民族にするために、ブラジルのジャルジンで祝福家庭を一体化させる業をしたのです。

一心一体で定着できるようにして一つになったので、祝福家庭は天や地をひっくり返しても、ぶつかることなく回っていけます。そのようにできる準備が完了し、新しい次元の上陸をしたので、境界線を越えるのです。モーセが民族的な基準で故郷と国を探し出そうとして探し出せなかったものを、今日、お父様が地上・天上天国と家庭理想の完結を目標としたすべてが、八十歳になるこの時に境界線を越えるのです。

10 キリスト教が、第二次世界大戦以降に、アメリカを中心として一つになることができず、真の父母まで追い出しました。ですから、四十年間、荒野に追い出され、イスラエル民族と同じになりました。韓国歴史の四千三百年を中心として、カナン復帰、地上・天上天国を完了すべきものが、延長されたのです。それを再び総整理するために、第一、第二、第三イスラエル、旧約時代、新約時代、成約時代の完結をしなければなりません。これが完結し、定着基盤の上に立ってこそ、天一国が始まるのです。

11 「天一国」という言葉は、真の父母によってできた言葉です。神様の王権を樹立し、天地父母安着生活圏を経て、地上・天上和合統一大会を経て地上・天上平和統一解放聖火式が終わったので、新しい国が必要だというのです。真の父母様が天一国を宣布しましたが、「家庭盟誓」も天一国を完成させるところにその目的があります。「私」をはじめとする父母兄弟、国、世界、聖人、聖子、天上世界のすべてが、「家庭盟誓」を中心として同じ立場で成し遂げられなければなりません。ですから、結論は簡単です。

何のために神様王権即位式をしたのでしょうか。天一国のためにしました。何のために天地父母統一安着生活圏大会をしたのでしょうか。天一国の国民たちが安着して暮らせるようにするためにしたのです。現在、天の国と地上で決意文を採択しています。全く同じように歩調を合わせて、一体的環境条件をつくっていくのです。個人的決意から八段階の決意をするのです。世界的平準化基準で共同の目的を中心として、越えていかなければならないと決意をするのです。

基元節とその意味

基元節は、実体天一国の出発であり、基元の日として、神様王権即位式以降、十三年目に公式的に宣布された。摂理史的に見れば、六千年を経て迎える天宙史的な慶事の日であった。真の父母様は、天一国を建てるため、父母の心情で、僕の体を用い、汗は地のために、涙は人類のために、血は天のために流されながら、「天路歴程」(天国に向かって歩む道)を歩まれた。一九六〇年の聖婚以降、真の父母、真の師、真の主人の路程を勝利し、祝福を通して霊肉界に数億双の天の民を探し立てられた。そして、世界平和を実現するため、全世界のすべての分野にわたり、多くの団体を創設するなど、内外のあらゆる基盤を築かれたあと、天一国の基元節を宣布されたのである。

12 父母様は、二〇〇一年十月三日の「世界統一国開天日」から、十三年の期間に生涯を総評し、その標本どおりに歩んでいます。二〇〇一年というのは、三〇〇〇年に向かう出発の年です。そして、人類歴史は男性と女性をそれぞれ三千年で計算すると、六千年になります。この男性と女性の六千年で果たすべき責任を、父母様の生涯を総評した十三年間で終わらせなければなりません。アダムが責任を果たせなかったことを、父母様がその十三年間で解決しなければならないというのです。神様がサタンに血統を奪われてしまったので、その血統を取り戻してきたのです。二〇一三年一月十三日が、私たちのDデーです。父母様が十三年間に、すべてきれいに片づけてしまうのです。

13 堕落した世界は、マル(〇)の世界ではなく、バツ(X)の世界です。マルには、数億のバツが入ることができますが、バツの世界にはマルが入る場所がありません。二〇一三年一月十三日は、天が宣布したDデーです。このDデーまでに、どのようにしなければならないのでしょうか。

本来、サタンが神様に属したものを盜んで暮らしたので、すべて天のものとしてお捧げしなければなりません。すべて収拾して捧げるためには、どのようにしなければなりませんか。それは、神様御自身もできないのです。ですから、真の父母がするのです。偽りの父母、偽りの主人、偽りの王になって、偽りの血を残したというのは途方もないことです。それゆえ、神様が分からないのです。霊界が分かりません。根本の出発がどこなのか、分からずに生きているのです。どこに行くのか分からずにいます。結果というものは、必ず原因を中心として、一つの道を行くのです。その道は二つではありません。一つの道なのです

14 一年、十二ヵ月が回るためには、中心がなければならないのですが、その十二数の中心が十三数になります。イエス様が十二弟子たちの中央に入って、十三数として核にならなければならないのですが、なることができませんでした。それで、イエス様は亡くなったのです。それを取り戻さなければなりません。お父様は幼い頃から分かっていました。十三数の位置に行くことができる核を探し求めるのです。それゆえ、「基元節」は二〇一三年一月十三日です。十三数に合わせなければなりません。

15 天はこれから、基元節まで新しい摂理をしなければなりません。天国理想と解放理想のすべての問題を、天が願うとおりに終わらせなければならないというのです。その時まで、内外の摂理的なみ旨と世の中の意向を解決すべきすべての教育が終わらなければなりません。一つの世界に進むべき時代に入るので、その期間に教育をすべて終わらせなければならないのです。

二〇一〇年一月十九日、きょうから基元節までにすべてのプログラムを終えて、神様を中心として、カイン・アベルの問題とサタンの血統問題を含めた、すべての内容を解決しなければなりません。また、解放の世界に越えていくために、天が願う教育を完全に済ませなければなりません。摂理のDデーを中心として、皆さんがその内容に合うようにしていかなければならないのです。国連問題と国家問題を含めたすべてを終わらせなければなりません。神様のプログラムを完了するためには、きょう参加したすべての人々が決意して、そこに合わせるように努力しなければならないというのです。そのように努力すれば、世界が滅びずに残ることができます。今や父母様のプログラムは、すべての摂理を締めくくるのです。

16 「基元節」は、新しい歴史が始まる日であり、起源となる日です。人類歴史以来、必ずなければならず、来なければならない日です。しかし、簡単にこのような日が成就されるわけではありません。神様の天地創造は、真の愛のゆえでした。聖書には、六日間創造し、七日目に安息されたと記録されています。

しかし、「基元節」を十三日に設定したというのは、神様が十二日という期間を経て天地を創造し、十三日目に神様の夢が成就される日として立てられたと考えることができます。(神様は、)微生物のアメーバから高等動物まで創造し、最後にアダムとエバを造られました。そのようにしてから「良(善)い。美しい」と言われました。そして、新しい世界が出発する十三日目となる日を待たれました。その日が正に、神様の夢が成就する日だったのです。

17 神様も、無形の実体では完成できません。無形の神様の実体である天地父母が、天地人父母にならなければならないのですが、人として完成した人間が現れませんでした。アダムも責任分担を完成できませんでした。天地人父母がいなかったので、父母という基準はあり得ないのです。宙に浮いたのです。天地父母が一つになるとき、安らかに休むことができる家、堕落がなかった家に来て、絶対「性」が出てきます。

天地人父母になって、絶対「性」という言葉を語るようになるのですが、その性は個人的な性ではありません。全人類の半分が女性ですが、一つの性と同じです。二つの目が相対性を形成できなければ、体全体が完成しないのです。鼻もそうであり、全身がそのようにぴったり合わなければなりません。完全な一人の女性と完全な一人の男性を中心として、合わなければなりません。結婚するというのは、完全な男性と女性が一つの体になることです。そのように一体にならなければならないのです。

天地父母天宙安息圏の「安息圏」というのは、第一次アダム時代、第二次イエス様時代、第三次再臨主時代、第四次アダム心情圏の時代になってこそ、安着するのです。争うことなく和合できるので、そこで祝福を受けるのです。そのDデーとなる二〇一三年一月十三日までに、祝福を中心として、大きな門に入らなければなりません。

18 今や、新しい時代が開かれました。皆さんは福の多い人々です。全人類の中で、私たちだけがこの歴史的空前絶後の「基元節」を迎えたというのは、夢のようです。福を多く受けた人たちは、福を分け与える生活をしなければなりません。そこには責任が伴うからです。これまで、祝福家庭は、天の父母様や天地人真の父母様に、あまりにも多くの負債を負いました。皆さんは、代価なくこの祝福を受けたのです。堕落した人間がどうして天の父母様に侍ることができるでしょうか。

今まで来ては去った天上の私たちのあらゆる先祖たちは、この日を待ち望みながら逝ったのです。そこには、私たちよりもさらに、摂理のみ旨のために本当に血のにじむ努力と精誠を捧げた方々がたくさんいます。それに比べれば、私たちはあまりにも足りないのです。

天地人真の父母天一国即位式および基元節入籍祝福式

六千年を経て、ついに新しい天と新しい地が開かれ、新たな日が明けた。二〇一三年天暦一月十三日、天一国基元節が宣布されたのである。この日、京畿道加平郡雪岳面の清心平和ワールドセンターには、天に栄光、地に祝福を賛美する歓喜のファンファーレが響き渡った。全世界にインターネットで生中継される中、天地人真の父母天一国即位式が挙行された。復帰摂理のすべてのことを完成、完結、完了して神様と一体となった、天上にいらっしゃる真のお父様の聖袍と聖冠が備えられた。続いて、紫色の王衣をまとい、王冠をかぶられた真のお母様が、天上天下の祝賀の中、美しいバラとユリを持ったお孫様四人を率いて、入場された。神様と天地人真の父母様の権能と権威を象徴する天皇寶(ほう)、み言で統治することを表す天一国経典『天聖経』・『平和経』、そして、天皇棒が真のお母様に奉呈された。真のお母様が、天一国の象徴と天一国元年を宣布されるとともに、儀式は頂点に達した。実体的天一国が始まるこの基元節をもって、「天一国元年」が出発したのである。

天地人真の父母天一国即位式に続き、真のお母様は、霊肉界の善男善女たちが、天一国の民として入籍する祝福の恩賜を施された。真のお母様の切実な祈りと聖婚問答は、天一国完成に向けた決意であると同時に、神様の恩賜を切に求める祈りであった。入籍祝福式は、天上と地上が一体化した新時代が開かれるという実感とともに、大きな歓呼の中で幕を閉じた。基元節慶祝午餐は、天地人真の父母様の勝利をお祝いする場であると同時に、天運天福を相続する貴い時間であった。真のお母様は、特別な賞を祝福家庭の代表千二百人に授与された。真のお父様と真のお母様の霊璽(れいじ)の模様が四方に刺繍された袱紗(ふくさ)が入っているこの賞の箱には、天運天福をすべての人に分け与えることを願われる真の父母様のみ意が込められている。天一国元年、基元節を前後して、圓母平愛財団が設立されたのをはじめ、世界平和頂上会議など、多様な行事が、国内外のトップクラスの指導者たちと統一家の指導者、そして、世界の食口の代表たちが参加する中、清平を中心に挙行された。真のお母様は、真のお父様の聖和式以降、四十日礼拝の際、各大陸会長たちに聖酒を下賜され、全食口たちが過ぎし日の罪をきれいに清算し、基元節を迎えることができるように特別恩赦を施された。

19 〈天一国宣布〉敬愛する天の父母様、万王の王であられる天宙真の父母様、平和の王よ、聖恩の限りでございます。天の父母様に申し上げます。国号を「天一国」、国花は薔薇と百合、国鳥は鶴と定め、天一国の旗と天一国の歌を制定し、天のみ前に奉呈いたしました。きょう、二〇一三年、天暦一月十三日を期して、天一国元年を宣布いたします。

20 〈入籍祝福問答〉敬愛する天の父母様、天地人真の父母様に感謝と栄光をお捧げいたします。天上天下のすべての祝福家庭と全世界の人類を代表してここに集まった祝福家庭は、今や新しい歴史の天一国を迎え、天地人真の父母様が立てられた伝統を受け継ぎ、絶対信仰、絶対愛、絶対服従で統一家の伝統を立てることはもちろん、天が全世界の人類を抱く時まで、総力を挙げて前進することを約束しますか。

21 〈入籍祝福宣布〉天の父母様、天には栄光、地上には賛美と讃揚が隅々にまで満ちあふれることを願います。天地人真の父母様、本当に感謝でございます。本当にお疲れ様でした。きょう、私たちがこのように大きな祝福と恩賜の日に立ち得ない不足な身であることを知っておりますが、天は広く、大きく、再び抱いてくださいました。お父様、この恩恵を、この感激を、どうして私たちだけが受けられるでしょうか。

天の父母様に申し上げます。私たちの生命が尽きる日まで、天一国の完成に向かって総進軍することをもう一度誓い、約束いたします。天の父母様、私たちをお助けください。私たちは、あなたのみ前に、愛され、誇りとなる子女として立ちたいと切実に思っております。天よ、この場をお借りして天の父母様に切にお願い申し上げますので、私たちを最後までお守りくださり、あなたのみ旨を全世界に大きく広げてください。アーヂュ!

第二節 真のお父様の聖和と伝統相続

真のお父様の聖和

真のお父様は、聖和に備えられるかのように、天暦時代を発表された二〇一〇年から、過酷とも言えるほど、聖体に途方もない無理を強いる路程を歩まれた。世界巡回をしながら講演を十数回も行われ、毎日、訓読会を通して急迫する摂理について、食口たちに一つ一つ教育された。そうしながら、世界復帰と、国連摂理を締めくくるかのように、二〇一二年、天暦五月二十七日(陽暦七月十六日)、アベル女性国連を創設された。これが生涯において最後に創設された団体となった。聖和の約一ヵ月前である天暦六月十五日(陽暦八月二日)、真のお父様は、故郷の定州からソウルに移転した五山学校を訪ねて昔を回顧され、天暦六月二十五日(陽暦八月十二日)、天正宮博物館で「天よ、祝福してください。終わりを結べるようにお許しくださることをお願い申し上げます」と祈祷されたあと、翌日、「復帰摂理の使命をすべて成し遂げた!」という最後の祈りを、真のお母様と共に捧げられた。真のお父様は、二〇一二年、天暦七月十七日(陽暦九日三日)午前一時五十四分、九十三星霜の摂理を勝利で締めくくり、聖和された。

聖和以後、十三日間、世界各国に焼香所が備えられ、数多くの弔問客が訪れるとともに、各国の首班たちが弔花を送って哀悼の意を表した。特に、北朝鮮からは「文鮮明先生は逝去されましたが、民族の和解と団結、国の統一と世界平和のために傾けた努力と功績は、永遠に伝えられるでしょう」という弔電が送られたのち、真のお父様に「祖国統一賞」が授与された。APとロイター、CNNをはじめとする国内外の主要メディアが真のお父様の生涯と業績を大きく扱うなど、世界の人々が真のお父様の聖和を哀悼し、世界平和のために一生涯を捧げられた真の愛の人生を、特集記事として掲載したり、番組として放送したりした。この期間、全世界から訪ねてきた食口たちは、清心平和ワールドセンターで毎朝、訓読会をしながら精誠を捧げた。天正宮博物館には、元職・現職国家首班と食口たちの参拝の行列が途絶えることはなかった。

真のお母様は、聖和式の前日に挙行された入殿式で、「命が尽きる日までに、天一国をこの地上に定着させます」決意され、天暦七月二十九日(陽暦九月十五日)、清心平和ワールドセンターで挙行された聖和式を主宰された。聖和式は、国内外の三十一の教団指導者たちと世界各国のトップクラスの指導者、祝福家庭の代表など、三万人以上が式場の内外をはじめ、天宙清平修錬苑の野外式場を埋め尽くす中、厳かに執り行われた。聖和式に先立ち、真のお父様の聖体をお乗せした車両が、午前十時に天正宮博物館を出発し、四十数分後、式場に到着した。真のお父様の聖体は、尊影を前に立てた真の子女様と十二人の奉送委員たちに続き、真のお母様と真の子女様、お孫様たちがあとに続くなか、式場の中央に準備された通路を通り、バラとユリで飾られた式壇に迎えられた。哀悼の思いが(会場全体に)波打った。国内外の貴賓たちは、送辞で「文総裁は一生涯、人類が継承し、発展させるべき多くの業績をこの地に残されました。文総裁は、超宗教運動の勝利者であられ、私たち皆に、神様のみ旨に従って生きるよう教えられました。崇高な業績は永遠に記憶されるでしょう」と述べながら、その業績をたたえた。インターネットを通じて二時間にわたって、全世界に生中継された聖和式は、真のお父様のみ言と愛と業績を振り返り、その生きざまと教えに従って天一国を定着させることを決意する新しい出発の時間であった。「愛しています。お疲れ様でした。永遠に従ってまいります」と、式場が割れんばかりに叫ぶ食口たちの喊声をあとにして、真のお父様の聖体をお乗せした車両は聖和式場を離れ、再び天正宮博物館に向かった。

「お父様、み旨を必ず成し遂げます」、「お母様に侍り、中断することなく前進いたします」。天聖山に向かう通りには、統一旗とバラとユリを持ちながら涙ぐむ食口たちの叫びと決意が響き渡った。真の父母様の聖体は本郷苑に到着し、原殿式が挙行された。原殿式は、「実存する霊界」についてのみ言の訓読に続き、真の家庭と各界の代表たちがバラを一輪ずつ献花し、献土をしたのち、億万歳をするという順序で行われた。「天一国眞聖徳皇帝億兆蒼生萬勝君皇、天地人真の父母天宙原殿式億万歳!」と叫ぶ参加者たちの億万歳で、聖和式と原殿式は「十三日葬」として締めくくられた。

1 天の事情を、皆さんは知りません。私はある程度分かったので、このように座っているのです。九十三歳で、何か手に入ることを願うでしょうか。願いません。私にあるものを、もっとはたいて与えなければなりません。話していると喉が詰まります。後ろに目があれば、顔を覆い、逃げ出す道しかありません。一緒に行って、その道を守り、その道を開拓しなければならない息子、娘の召命的責任は、恐ろしいものです。大韓民国がなくなります。アジアがなくなります。世界がなくなります。死んでみなさいというのです。

私が今、行きたい所はどこでしょうか。私が少年時代にみ旨を知って痛哭した場所も慕わしいのです。木をつかみ、「私の事情を分かってくれる者がいない」と言って痛哭したその場所に行ってみれば、その木もなくなり、すべてなくなりました。再びその姿のとおりに、私が改築しなければなりません。皆さんが私の歩みに従って、感謝の涙を流しながら共に動くことができてこそ、お父様が解怨される祖国が蘇生し始めるのです。

私はその希望を見つめて逝きますが、皆さんはその世界で暮らすことができます。私は過ぎ去っていきますが、その世界を皆さんに任せるのです。青春の歳月を失い、苦労したその生活に代わって、私が息子、娘と子孫たちに福として残してあげられなかったものを、皆さんの後代の子孫に残してあげられる先祖になってくれることを願う気持ちしかありません。それが願いです。(2011/09/02)

2 神様の怨恨に私が責任をもつために、早く霊界に行かなければならないと考えています。私が行って孝子の姿になり、王の服を着て出発するのです。

神様が、私に対して、「赤ん坊の時から、王子、王女以上に愛した」と言ってキスをするのです。「あなたを、千年、万年、永遠に苦労させない」とつかんで涙を流しながら、何千回も誓いたいと思う父母の心情を、私は知っています。その前に立って、「私がこのようなことをすべてしました」とは言えません。

霊界に行って、私が「父なる神様、私が参りました」と言うとき、数千段もある階段の上の玉座にいた神様が降りてきて、私を抱きかかえて涙を流すようになる、その父の愛を私は知っています。(463-216; 2004/08/02)

3 今や、私が皆さんを追い出してしまう時が来ました。皆さんの基盤をもちなさいというのです。お父様が霊界に行くとき、皆さんの基盤を築いてあげるでしょうか。お父様は霊界に行かなければなりませんか、行ってはいけませんか。霊界に早く行かなければなりませんか、遅く行かなければなりませんか。神様が抱いていた理想の完成時代の出発が、いまだに実現されていません。霊界もまだ、教育ができていません。私が教育しなければなりません。今からは、たたいて追い立てるのです。

語れば、即座に憲法のようになります。膨大な霊界が、どれほど汚されたか分かりません。それを整理できる人は、お父様以外にはいないというのです。ですから、霊界ではお父様が来る時を待っています。この地上は、通り過ぎる停留場です。本郷の地に行って、定着させてあげなければなりません。 (564-289; 2007/06/04)

4 お父様は、聖和されてから四十日の期間に、霊界をあまねく渉猟(しょうりょう)されました。特に、摂理史に現れた人物たちにも会われ、また、神様が天地を創造されるときの状況も、御自分で体恤されました。私(お母様)は四十日間、天正宮博物館を往来されるお父様と同じ心情で、対話をしながら過ごしました。お父様の思いであると同時に私の思いであり、私の思いであると同時にお父様の思いでした。(564-289; 2007/06/04)

真のお父様と私は、一心、一体、一念、一和で、神様の最後の摂理歴史を締めくくるでしょう。特に、私が「韓国教会を神霊と真理によって新たにします」と言ったことに対して、お父様は一二〇パーセント、賛同されました。きょうは、新しい摂理の出発点となります。お父様が霊界で新しい出発をされるこの時なので、私たちも地上でお父様と歩調を合わせ、天のみ前に栄光をお捧げし、天一国定着のために全力投球、死生決断をしなければなりません。(真のお母様; 2012/10/25)

5 お父様の聖和以後の四十日の間は、お父様と私(お母様)が一心一体となって新たな摂理的出発をするための準備期間です。

家を一軒買ったと考えましょう。まずその家に入れば、何からしますか。まず明かりからつけるでしょう。そして、要所要所にあるべき物を配置するでしょう。

すべて整理されれば、その時から生活が始まるのです。私も、お父様も、聖和以後の四十日間は本当に重要な期間です。

私が「神霊と真理によって草創期の教会に戻ります。生きた教会運動をします」と申し上げると、お父様は「オンマ、本当に、本当にありがとう!」とおっしゃいました。(真のお母様; 2012/10/05)

6 真のお父様の聖和を経てみると、やるべきことがあまりにもたくさんあります。一から十まで皆さんは理解できずに成し遂げることができませんでしたが、今や、私たちのすべきことが分かったので、変わらない愛と精誠でそれを完成できるよう、各分野で助け合い、皆さんが受け持った責任を全うしなければなりません。

私たちは、この時代にお父様に侍り、祝福を受けた子女として、お父様のみ言を直接聞いて成長しました。

み言どおりにすべて成し遂げてさしあげることはできませんでしたが、今からでも十年を一年のごとく考えながら、死生決断、全力投球、毎日毎日そのような生活をしていかなければなりません。(真のお母様; 2012/09/17)

真のお父様の伝統相続

真のお母様は、聖和式後、三日目となる二〇一二年天暦八月二日(陽暦九月十七日)、清心平和ワールドセンターで挙行された三日礼拝兼、世界指導者特別集会において、参加者たちに「中断なき前進」を指示された。特に、真のお母様は、真の父母様の伝統伝承、祝福家庭の理想完成、氏族メシヤの使命と責任完遂、心情文化共同体の実現など、今後、統一家の行く道を提示された。真のお母様は、聖和式後、四十日礼拝まで、真のお父様の霊前に一日三回、食事を準備してお供えし、天上の真のお父様と一つになって、天一国実現のために精誠を尽くされた。そして、四十日礼拝の直後、一九七〇年代に真のお父様が歩まれた、アメリカのラスペガスからニューヨークまでの五千六百キロを横断する聖地巡礼を行われたのち、基元節の準備と天一国経典の編纂、天一国憲法の制定、グローバルな人材の育成など、伝承事業を展開された。

7 皆さんは、天国に行くのが大変でしょう。私が皆さんに責任をもつことはできません。(ですから、)教えてあげてから逝くのです。そして、服でも何でも、もっていた物をすべて広げて、分け与えてから逝こうと思います。私が残すものは、遺物とみ言です。実体は霊界に行きます。皆さんはどのようにして付いていくのですか。遺物とみ言が梯子です。私が愛していた以上にその物を愛し、そのみ言を愛し、実体を愛さなければなりません。そして、家庭を愛し、国を愛し、天地を愛さなければなりません。(399-672; 2002/12/19)

8 私は既に、この生涯を苦労で出発したので、苦労によって終えようと決心しました。私が享受できる福を、統一教会と息子、娘に残してあげてから逝くのです。この残してあげる福の上に、千年、万年、未来の歴史とともに、愛の根を下ろすように祈りました。

この伝統が続く限り、この恩賜の福が続く限り、統一教会は滅びないと見るのです。お父様は千年の歴史に責任をもち、身もだえする男です。ですから、私が動ける限り、安らかに横になって死ぬという考えはもちません。どこに行っても、途中で客死するとか、壇上で倒れるつもりです。その場が天上世界に帰る一つの基地になるでしょう。そのように決めたのです。(264-185; 1994/10/09)

9 私(お母様)は、お父様と約束しました。「どんなにみ旨が大変でも、自分の代で終わらせます」と言いました。そして、お父様に「神様の創造目的を、創造理想世界を成し遂げてさしあげます」と言いました。「私が必ず成し遂げてさしあげます」と言ったのです。そのために、私は変わらないでしょう。

お父様が逝かれる前、お父様は私に「本当にありがとう」とおっしゃいました。「本当にすまない、本当にありがとう」とおっしゃいました。私は、皆さんと一緒に、お父様が残されたみ旨を成し遂げてさしあげたいのです。落伍者となる息子、娘がいないことを願います。それが私の願いでもあります。お父様も願われることです。

お父様を送ってさしあげながら、私の心が痛んだのは、このように苦労して逝かれるべき方ではないからです。救世主、再臨主、真の父母として来られた方が、監獄から出発されてはいけません。天はすべて準備したのに、人間の目が見えず、耳が遠く、その準備した環境を失ってしまったために、地獄の底から始められたというのです。今まで、お父様以上に大きな業績を残した人はいません。一つの心情文化世界、統一された一つの世界、それが私たちの夢です。それを必ず成し遂げなければなりません。(真のお母様; 2012/09/03)

10 皆さんには、誇るべきものがありますか。お金を誇りますか、学識を誇りますか。何を誇りますか。お父様は、聖和後、本郷苑にいらっしゃいますが、私(お母様)は毎日参拝しています。

韓国の名家では伝統的に、父母が亡くなれば、その墓の傍らに小屋を建てて三年間暮らします。家に行ったり来たりするのではなく、山の中でまともに食べることもできず、きちんと着ることもできずに暮らすのです。寒い冬にも火を焚かずに暮らすのです。韓国では冬に雪がたくさん降ります。そのような所で、土に埋められた父母と共に三年間暮らすのです。そうしてこそ、孝子だと言われるようになります。皆さんはどうですか。皆さんは、真の父母様に侍るように、み言を毎日訓読しながら、真の父母様が残してくださった伝統を受け継いでいかなければなりません。(真のお母様; 2012/10/27)

11 私たちが死を覚悟せずに、いつこのみ旨を成し遂げてさしあげるのでしょうか。これまで、多くの人たちは、待遇を受けることばかり願いました。お父様にお返ししたものがあまりにもありません。皆さんも麻の服を着て、贖罪の祈りを捧げなければならないでしょう。

きょう、お父様にもう一度誓ってください。お父様も、霊界で新しい出発をされるこのとき、私たちも地上で相対にならなければなりません。「地で解けば、天でも解かれ、天で解けば、地でも解かれる」とあります。今は、お父様から受けた愛に対して報いることのできる期間です。(真のお母様; 2012/10/25)

12 皆さんは、生涯を終える前に、父母様と同じ時代に生きていた弟子、または祝福家庭として責任を果たす立場にならなければなりません。人類が待ち望み、天が待ち望んでいた真の父母様が来られて、摂理歴史を完成、完結、完了され、また新たな時代を切り開いてくださったということを、一目で見ることができる生涯博物館である「天地鮮鶴苑」を造らなければなりません。私(お母様)はそのようにすると決心しました。

皆さんは幸いにも、新しい時代、新しい歴史の天一国時代において、先祖の位置に立つことのできる特別な恩恵を受けました。ですから、今後、父母様と縦的基準を立て、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の位置で、皆さんがどのように人生を生きたのかという記録が地上にも残るようになり、霊界にも残るようになるでしょう。

父母様がいらっしゃる間には、父母様が新しい歴史を出発されたので、すべてのものを開拓してくださいました。私が地上で生きている間に、お父様の遺業を磨き上げて、後代まで光を放てるように伝統を立てるつもりです。特に、お父様が残されたみ言を完璧に整理、整頓しようと思います。そのようにすることが、お父様の意志であり、私の意志です。(真のお母様; 2013/05/13)

13 私(お母様)はお父様が聖和されたあと、生涯博物館を造ろうという計画を明かしたことがありますが、その名称を「天地鮮鶴苑」に決めました。この「天地鮮鶴苑」博物館は、超現代的で多目的な文化空間として造り、誰でも入場して、全体を一度見て回り、出るときには入会願書を書くことができるように造らなければなりません。それだけ、ここには感動的なコンテンツを備えなければなりません。一日が二十四時間では足りないと言えるほど、真の父母様の生涯を振り返ることのできる空間にしなければならないのです。

天の父母様の願いは、一つの世界、すなわち、天の父母様を中心とした平和な地上・天上天国を実現することです。真の父母様は蕩減復帰を勝利した基盤の上で、地上・天上天国を実現できる新しい時代を開いてくださいました。今や祝福家庭の皆さんは、一つの生命を誕生させるために母親が十ヵ月、苦労しなければならないように、人類が神様の懐に帰ってくることができるよう、多大な努力を傾けなければなりません。皆さんは新たに誕生した生命が、この「天地鮮鶴苑」を経ていけば、自ら成長することができるように、力を合わせなければなりません。(真のお母様; 2014/11/12)

14 天の伝統を立てなければなりません。常に真の父母様のみ言を訓読しながら生活する皆さんにならなければなりません。皆さんが生活し、皆さんが働く場所で、父母様にどれくらい絶対的に侍って生活するかによって、その結果が違ってくるという事実を知るでしょう。絶対信仰、絶対愛、絶対服従で、ために生きる生活をするようになれば、天の大きな祝福があるでしょう。(真のお母様; 2013/03/22)

15 皆さんは今後、お父様が霊的に共にいらっしゃることを体恤するようになるでしょう。お父様が約束されました。お父様にお目にかかりたければ、多くの実績をもってきて、お父様にお会いしてください。お父様は普段、手足を人にお見せになることはありませんでした。「監獄でも自分の体を保護した」と語られました。どこでも、どんな人の所にでも行って、霊的な役事をされると思いますか。一糸乱れず、心を一つにし、志を一つにして、原理を中心として進みましょう。基元節を前にして、すべての統一家の食口たちは、自らを再整備しなければなりません。(真のお母様; 2012/10/25)

第三節 天一国三大経典の編纂

天一国経典の編纂と伝統確立

天一国の三大経典は、真の父母様が一生涯、語ってくださったみ言を主題別にまとめた天一国経典『天聖経』、真の父母様の生涯路程と業績を収めた同『真の父母経』、そして、世界平和を実現するために、地球村の至る所で宣布された講演文をまとめた同『平和経』のことを言う。真のお母様は、真のお父様の聖和直後、真のお父様の伝統と遺業を伝承するための最も重要な課題として、経典の編纂を指示された。後代に永遠に指針となる教材教本にしようとされたのである。このように、天上の真のお父様と一心、一体、一念、一和、一核の立場において摂理を経綸される真のお母様は、天一国経典の編纂を通し、神様と真の父母様の伝統を確立するためにこの上ない精誠を尽くされた。

1 お父様のみ言を早急に整理、整頓しなければなりません。多くのみ言がありますが、それが整理できていないままになっています。あらゆる書籍がそうです。二千年のキリスト教の歴史を見ても、聖書一冊でこのように全世界にイエス様のみ旨を広げてきたわけですが、お父様のみ言が整理、整頓されなければ、未来に混沌が訪れるでしょう。

後代の人が見ても批判できない原理原則によって、根も一つであり、幹も一つであり、実も一つである永遠のみ言として残さなければなりません。すべての人々がその日その日を生きていくうえで、み言が生活基準になり、標柱になり、生活指針にならなければならないのに、いまだに整理、整頓されていません。ですから、とてももどかしかったのです。

例えば、原石があるとしましょう。いくら貴い原石でも、磨いて光が出るようにしなければなりません。お父様のみ言は、一言で言って、原石は原石ですが、精製されていない原石と同じなのです。私(お母様)までそのままにしておけば、誰がこれを磨きますか。皆さんはもちろん、誰にもこのことはできません。私がしようとしていることは、天を栄えさせようとして行っていることであり、み言が永久に保存されることを願って行うのです。後代にいくら有能な人が現れたとしても、このみ言には手を付けられないようにするためです。それは、私にしかできません。(真のお母様; 2013/01/07)

2 皆さんは、私(お母様)くらい摂理歴史を知り、原理を知っていますか。既に成し遂げられた状態しか分からないでしょう。ですから、私がするとおりに従ってきなさいというのです。すべて皆さんの後代のためにしているのです。

皆さんが天命を全うして霊界に行く時に、この(天一国経典)『天聖経』を抱いて行くようにするために、新たに出版しました。そうして、お父様に、「私が生きている間、お母様の教育を受け、お父様のみ言を愛して抱いてきました」と申し上げなさいというのです。私は地上できれいに完成、完結、完了しようというのです。(真のお母様; 2013/01/07)

3 私たちは、真の父母様に感謝しなければなりません。私たちは、み言を通じて蕩減の原則を知ったのであり、その蕩減を通じた復帰の原則を通過しなければ前に進めないことを知りました。ですから、皆さんも父母様と同じ心情圏に立たなければならず、さらには同じ心情圏で生きなければなりません。

真の父母様の立場から見れば、真の家庭の子女たちも、この点では皆さんと全く同じです。今後、私(お母様)が生きている限り、私は、皆さんと真の家庭が真の父母様と同じ心情圏に正しく近づけるように天の伝統を立てていくでしょう。その伝統を立てるために天一国経典を編纂するのです。(真のお母様; 2013/04/20)

4 み言は真理です。原理です。そして、皆さんは、真の父母様に愛をもって心情文化世界を築いてさしあげることができなければなりません。そのために、皆さんが最善を尽くしてくれればと思います。皆さんは、どのような生活が、天上にいらっしゃるお父様の教えどおりに生きることなのか、よく知っているでしょう。皆さんは、お父様のみ前に成熟した息子、娘として立とうと誓わなければなりません。(真のお母様; 2012/09/03)

経典の編纂過程と摂理的意味

天一国経典の編纂は、第一に、蕩減復帰摂理路程を歩まれた真の父母様のみ言と生涯路程および行跡を、永遠の歴史的遺産として伝承し、第二に、天一国のビジョンとその民たちの生活指針を立てるというところに大きな意味がある。最後に、訓読を通して人格化が成され、その地平が世界と天宙まで拡大されることを意味する。三大経典のうち、二〇一三年の基元節に天一国経典『天聖経』・『平和経』が奉献された。日本語版は、その年の真のお父様の聖和一周年に奉献され、英語版は二〇一四年の聖和二周年に発刊された。スペイン語、フランス語をはじめとする他の言語での発刊の準備も、続けて進められた。『真の父母経』韓国語版は、二〇一五年の基元節に奉呈された。

5 お父様の業績は、堕落した人類の前に宝石のような真理の「真のみ言」を下さったことです。このみ言が散り散りにならないで美しい宝石になり、(天一国経典)『天聖経』という本の中にひとつなぎになっていることを思うとき、あまりにもうれしく、感謝です。今、私たちは、天一国時代に拍車を加えるべき立場ですが、このみ言こそ、天一国の実質的な中心になります。結実です。柱です。このみ言と一つになり、皆さんが与えられた立場で責任と使命を果たしていくならば、天はどれほど喜ばれるでしょうか。

私たちには、今なお天が願われるみ旨の前に果たすべき責任が残っています。全世界の人類を一日も早く天一国の民として導いてあげるべき責任が、私たちにあります。先に来た者としての責任があるというのです。天一国の孝子、忠臣の位置、主人の位置にみな立つことができます。しかし、皆さんが現実において怠けていれば、天は待ってくださいません。

皆さんがどのように実践躬行すべきかを再度決意し、(天一国経典)『天聖経』・『平和経』の出版記念式を期して、天が私たちに下さった宝石のようなこのみ言を中心として、全人類の救援に総力を尽くしてくれることを願います。(真のお母様; 2013/06/10)

6 み言は私たちの根本です。私たちの人体で言えば、脊椎です。脊椎に問題があれば、すべての臓器がゆがんでいきます。そして、病気になります。とても重要だという話です。天一国経典が出てくることによって、私たちはお父様と共に生活するようになるのです。正に神霊と真理で一つになって生かされるようになるというのです。ですから、これが、どれほど皆さんにとって生命のみ言となるでしょうか。

渇いた人がいてはいけません。皆さんの子孫のために、このみ言が皆さんの中で息づいていなければなりません。そして、皆さんだけがそのようになるのではいけないのです。「私たちは環境創造をしなければならない」と言いました。私たちによって善の版図が大きくなれば、暗い影は自然に消えるでしょう。なくなるようになります。(真のお母様; 2013/08/24)

7 皆さんか生きている時に一人でも(多くの人に)真の父母様を教えてあげなければなりません。私たちが生きている理由は、天地人真の父母様を教えてあげるためです。それを忘れてはいけません。それがなければ皆さんの生命もないのです。それを思うと、私(お母様)は一日が千年のようです。お父様の歴史的な全生涯を中心として、後代のために残すべきことが重要です。

私は、お父様のみ言を天一国経典として整理して、皆さんが毎日持ち歩くようにしたいと思っています。キリスト教徒たちが聖書を毎日持ち歩くように、私は、お父様のみ言である(天一国経典)『天聖経』・『真の父母経』・『平和経』を、皆さんの懐から離すことのできない本にしたいと思いました。この本を通して多くの生命を救うことができるので、これは道具です。どれほど貴い道具か分かりません。人類を生かすみ言が出てきたので、これを、生命を生かす道具として活用しなければなりません。(真のお母様; 2013/04/15)

8 皆さんの先祖たちを解放してあげなければなりません。先祖を解怨し、すべての蕩減から抜け出すことができる環境をつくって熱心に伝道しなければなりません。伝道するときには、死生決断、全力投球をしなければなりません。そのようにするために、み言のエキスのような(天一国経典)『天聖経』・『平和経』を私がつくりました。今、「一人でも多くの人に、真の父母様を知らせなければならない」と言って、夜寝なかったとしても努力する皆さんにならなければなりません。そして、実践躬行しなければなりません。(真のお母様; 2013/06/23)

第四節 天一国憲法(教会法)の制定

天一国憲法の理念

真の父母様は、二〇〇一年、天一国宣布に関するみ言を語られて以降、天一国を治める憲法の必要性について強調された。そして、憲法がどのように制定されなければならないかについて詳細に説明された。天一国憲法は、神様と真の父母様を中心とした内容でなければならず、数多くのみ言のうち、核心を収めた「家庭盟誓」が、その基本精神となる。真の父母様は、「家庭盟誓」が成約時代を越え、天宙平和統一王国を成し遂げる絶対基準であり、憲法のようなものであることを強調された。したがって、天一国憲法は、神様の真の愛と、真の父母様のみ言の核心が要約された「家庭盟誓」を最優先にして制定された。

1 国家法を見れば、すべて「何々をしてはならない」というものです。何かの過ちを犯せば、「刑法何条何項によって何年の懲役」だとしながら罰を下すようになっています。善は自由と解放が宿っていて、宇宙が保護、育成するものであり、世界と共に権限と権勢が共にあるものですが、悪は制裁を受けるのです。宇宙の公義の前に制裁を受けなければならず、国家の制裁を受けなければならず、社会全体の制度の前に制裁を受けなければなりません。悪を歓迎する存在は一つもありません。ですから、万宇宙に悪が存在することはできないのです。

今日の世の中の法は、制裁の法度です。堕落した世の中には、善に対する報賞法がありません。最後に、公義によって裁きを受ける日が来れば、神様は悪の法を片づけてしまい、善の法を立てるようになります。その時は、善なる人に賞金を与える時代になるのです。皆さんは悪なる世の中で排斥され、悲しみを味わっても、善なる法と価値を中心として活動しなければなりません。

いつかは天法、すなわち天的な憲法を中心として、善に対する報賞を定めた法ができるでしょう。天理の公義に従って、そのような法が出てこなければなりません。その世界が、正に地上天国です。地上天国が成し遂げられる時、皆さんは報賞を受けるでしょう。(016-134; 1966/01/02)

2 統一教会は今後、善なる法を作る運動をしなければなりません。善なる人々が一ヵ所に集まり、国際的な法を作って、善なる行いをした人を選定し、賞金を与える時代が来なければならないのです。そして、悪は制裁を受けなければなりません。善は保護、育成されなければなりません。そこに自由と解放が宿っており、真理が永遠に共にあるのです。人類に希望を宿らせ、天国を築くようにさせるのです。(そのようにすることによって)神様と対応でき、神様と同席できる権限が生じるのです。(016-135; 1966/01/02)

3 善は、原則によって回っていきます。善は原則に立脚したものです。憲法が定めた基準に従って善悪を区別するのと同じように、人間と神様の関係にも、一つの原則があるというのです。アダムが行かなければならない第一の道は、神様と一つになることです。その次には、エバと一つにならなければなりません。そのように一つになったアダムとエバが神様と一つになったあとに、その家庭が一つにならなければなりません。それが、正に法だというのです。

法は、人間が守るべき道理を意味します。神様とアダムが一つになり、アダムとエバが一つになり、その次に息子、娘と一つになるのが法です。私たちの原理に出てくる三対象目的が、神様の法度です。それが原則です。この原則に合わないものは悪です。(073-085; 1974/08/04)

4 神様のみ旨には摂理の法があり、その法の統治を受けるようになっているのであって、ただ大ざっぱな計算でするようにはなっていません。その法が天法です。

これは、万民、誰に対しても共通に適用されます。世界を一つと考え、そのような法を適用するので、その法に統治されるのです。ですから、いくら反対を受けても、その法の基盤を広げるために、このようなことをするのです。皆さんがこれをやめて、「私は神様を愛する」と言っても、絶対に通じません。天法を知らなければならないのです。父母様と約束しておいて、「それはしてもしなくてもよい。適当にやろう」と言えば、通じません。途方もないみ旨であればあるほど、途方もない法があるというのです。天法をいつも考えなければなりません。天命です。社会の何かの名誉や体面、威信では通じません。天命によって生きなければならないのです。

神様のもとに帰ることに対して、不平を言う人は誰もいません。神様のもとに帰るに当たっては、「そうです。正しいです」という賛美があるだけです。それが原則であり、理想です。

皆さんは神様のもとに帰っているでしょうか。神様に願いがあるとすれば、人間たちに何を願うでしょうか。「昔のような原則に立ち返りなさい」と言うでしょう。ですから、皆さん自身がその原則に立脚して生きなければならないのです。(103-240; 1979/03/01)

5 堕落した人間の世の中には、天の父母から受け継いだ家法がありません。すべて、堕落した家法です。数多くの民族であれば民族が、すべてまだら模様の文化圏を中心として引き継いできた、習慣的で伝統的なものです。ですから、神様が喜ぶことができる、単一文化圏を中心とした歴史的伝統が立てられなければなりません。

それゆえ、皆さんが家庭をもてば、家法による統治を受けながら生きていかなければなりません。その時は、言語も一つではありません。言葉も、これからはすべて革命をしなければなりません。アダムとエバが神様の息子、娘であるとすれば、神様を中心として学んだその言葉をアダムとエバは話し、アダムとエバの息子、娘は、アダムとエバが話す言葉を学ぶので、言葉が自動的に統一され、文化も自動的に統一されるのです。歴史も二つはあり得ず、一つです。 (065-196; 1972/11/19)

6 み言が今後、憲法になります。み言はお父様が勝手に語ったのではなく、神様の指示に従って語ったのです。私の思いのままに語ったものは、一つもありません。

神様は、お父様に対して無慈悲なお方です。天法を永遠の法として立てるために、霊界にいるすべての人々が注目する中、お父様が代表的な道を行くとき、一点一画でも手加減できる過程があるとすれば、そのようなことは指示しないというのです。十回実践するとしても、百回試験します。そのように、この道を歩いてきました。(360-174; 2001/11/15)

7 神様が願う天法とは何でしょうか。神様の創造理想の法です。そして、神様の理想を完成するためには、四位基台を完成しなければなりません。そのようにしてこそ、愛が生じるのです。神様の創造理想を中心として、その理想を実現できるみ言があります。そのみ言が真理です。統一教会の原理のみ言は、堕落した世界において絶対的な天法です。

法というのはみ言です。何章何条という、その何条の言葉が法だというのです。その次に、法は、人としてできているかを判断するのです。法は判断するものです。み言のとおりになったのか、実体になったのか、人としてできているのかを判断するのです。皆さんがそのようになれば、法がある国はどこでもはばかりなく通ることができるのです。(103-234; 1979/03/01)

8 統一教会にも法があります。第一の法が、統一教会のみ言です。原理のみ言が法だというのです。皆さんは法をすべて、守っていますか。断食をし、約婚をして三年間は離れて暮らし、結婚して四十日間聖別するなど、複雑な法があるのです。国の法を破れば、捕まって刑務所に送られるのと同じように、統一教会の法を破れば、報いを受けることを知らなければなりません。

家庭教会は、人間が家庭を求めて越えていくに当たって、一つの法度になるのです。その法に、このようにしなさいとあるのに、したければして、したくなければしないというのであれば、それは通じないというのです。(103-235; 1979/03/01)

9 神様はお父様に、愛は直短距離を通るということと、宇宙の根本は父子関係であるということ、この二つしか教えてくれませんでした。それをもって、すべて解かなければなりません。この父子関係の父子は、世の中の血統をもった父子ではありません。新しい根源から解いていかなければならないのです。堕落を知らなければ分かりません。

私は根本をすべて明かしました。それが宇宙の法です。天法です。お父様が祝福家庭をつくったのではありません。宇宙本来の公式的な法度です。法度に合うので、天国の神様のみ前に行くことができるのです。お父様のみ言を絶対に実践し、絶対に遵守して、基盤を築かなければなりません。(376-315; 2002/04/29)

天一国憲法の制定とその必要性

二〇〇〇年の序盤から、真の父母様のみ言に従い、憲法制定のための基礎作業が進められた。二〇一三年の天一国基元節宣布とともに、天一国が創建されたので、天一国の憲法が出てこなければならないという真のお母様のみ言により、制定作業が本格化した。真の父母様のみ言は、天宙的勝利の報告であり、生涯路程は、すべての人間が従うべき人生の典型である。これに伴い、天一国憲法(教会法)制定の原則は、天一国理想の地上実現、真の父母様のみ言を中心とした制定、天一国国民の信仰確立とビジョンの提示、超国家・超人種・超文化・超宗教的普遍性、満場一致制の指向、ボトムアップ式無給奉仕制の採択など、九つに定めた。このような原則に従い、み言選集と「家庭盟誓」などのみ言研究を通し、天一国憲法の概念と体系を整理して、天一国国民の生活指針と規範を導き出したのである。真の父母様は、憲法の必要性について、様々な観点からみ言を語られた。

第一には、神様王権即位式を挙行して天が王権を手にしたため、法を中心として治めなければならないというものである。第二に、天一国を宣布したため、国権を立てる法を制定する時が来たと考えられた。第三に、天一国の統治と定着のためのものとして、新しい国を中心とした理想の実現は、法を通して成し遂げられるため、法が必要であるというものである。

10 二十世紀の文明の発展は、知識の上で、公式の上で、法度の上で実現されました。最後に残るのは法度です。信仰だけで救いを得るのではありません。国の憲法を中心として部門法ができていて、国がその法の上に立っています。このような法がなければ、裁判ができないのです。ところが、神様の憲法がなく、天の国の憲法がありません。天の国の部門法がありません。ですから、サタン世界を審判することができないのです。

今、この地に生きている神様の息子、娘は、天の国の憲法を知らず、部門法を知りません。自分勝手です。あちこちに戦場がつくられていますが、これをどのように収拾するのですか。ですから、天の国の憲法によって、国の形態はどのようになっており、家庭から氏族、民族がどのように拡大されてきたかという、理論的にはっきりとした法が立てられなければなりません。(456-166; 2004/06/28)

11 再臨主は何をもってくるのでしょうか。法をもってきます。審判の公法をもってくるのです。審判権をもってくるというのです。そうして、それによって審判するのです。サタンが誇っていた国家基準以上の国が、神様を中心として建てられなければ、そのような天の国の憲法を立てることはできません。世の中の国に憲法があるように、天の国にも憲法がなければならないというのです。(065-195; 1972/11/19)

12 天の国を治めることのできる憲法を地上で作らなければなりません。地上で完成できる解放的条件を設定しなければならないのです。ですから、実体的体制を備えなければなりません。家庭的体制、氏族的体制、国家的体制を、実体的な圏内で保護できる法が出てこなければならないのです。神様のみ言を通して実体が出てくるのと同じです。み言が中心です。法が中心です。

法を中心として、絶対に順応できる世界に越えていかなければなりません。地上と天上世界にサタンが残した歴史的なすべての法と実体を否定し、天国に一元化しなければならないのです。(325-160; 2000/07/01)

13 大統領も、憲法が制定されたあとは、大統領の思いのままにできません。その憲法をけさ制定したのに、翌日の夕方に「放り出してしまえ」と言う人は、大統領になれません。千年にわたって王でいようとすれば、千年法を立てて、それを実践できなければなりません。これを一瞬にして覆い隠して行動しようとする人物は、愚かな王です。その日暮らしの王にしかなれません。天宙を統一して大法度を立てたそのお方が、ある日、気分が悪いからといってすぐに変更することができますか。大道、大義によって立てられた天法に従って行わなければならないというのです。(0745-234; 1974/12/31)

14 天の国の憲法、天の国の各部門の法を中心として、体制を完全に再構成することができます。法の絶対権限を立てなければなりません。法の上に家庭が立ち、法の上に国が立つので、法を絶対に守護し、絶対に実践する世界に越えていかなければなりません。裁判長は、法廷で法をもって裁くのです。部門に誤った部分があれば、該当する法に従って裁かれるのです。

六法全書があれば、六法全書によって各部門に対するすべての法が存在するようになります。法を中心として、その部門の善悪を選び分けていきます。何かが誤れば、法廷で解決できる方法を取っていくのです。ですから、法を絶対に守護しなければなりません。原理のみ言も絶対に守護しなければなりません。法の中の法が原理のみ言です。(324-140; 2000/06/18)

15 家庭が平和になるためには、絶対真の愛の憲法を中心として、あらゆることが公式化されているので、そこに順応しなければなりません。ある人が主張して、変えるようにはなっていません。ですから今後、政治体制は管理体制に移行していきます。いかにして、世の中のすべての人々が平均的に、格差なく豊かに暮らせるかという問題を中心に、管理体制によって回っていくのです。

ですから、個人的管理、家庭的管理、氏族的管理、民族的管理、国家的管理、世界的管理まで、すべて愛を中心として成し遂げられるのです。これは、家庭が拡大されたものです。家庭を中心として、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の八段階と同じように、公式的に発展していくので、既に行く道はすべて整っています。ですから、政治の方向を通して、闘争や排斥がない中で安着できる、公式化された管理体制に転換するというのです。 (303-194; 1999/08/25)

16 天の国があれば、天の国の王宮法があります。縦的基準として、天の国の王宮法があるというのです。天の国の王宮法を中心として、縦的な理想的基準に従って、国の憲法が制定されなければなりません。聖子は、天の国の王宮法を守れる人です。その国に王宮があれば、王宮法を守らなければなりません。天の国の王宮があり、神様を中心とした直属の隊列に通ずる皇族圏の法があるとすれば、この法を守ることができなければならないというのです。(168-184; 1987/09/20)

17 憲法であれば憲法を中心として、各部門に対する法があります。憲法を中心として、部門法がすべて連結されているのです。今後、み言の骨子を中心として、天の国の憲法が制定されます。建物の建築であれば、建築に関する法があるのです。電気であれば電気、機械であれば機械に関する法があります。そのような法がなければ、その部門が生じません。法があってこそ、それに従って正誤を判断することができ、国家の水準も、世界の水準も、最高の法的基準によって、相対的に照らし合わせ、合っていてこそ認定するのです。

今までは法を立てずに生きましたが、今や天のみ旨を中心とした法的時代に入ります。神様が創造理想的な法を立てたのですが、人間が法のとおりにせずに堕落したので、これから本然の時代に帰れば、法絶対体制になるのです。それは、個人の利益のためのものではありません。平和の利益のための法です。世界平和、天地を一つにできる平和の理想を中心とした法であって、個々人の利益のための法は、今後存在しないのです。(515-032; 2006/01/21)

18 国家時代を通過して世界時代に進み、祝福を受けるようになれば、報告書を書かなければなりません。そうして、そこに合格してこそ、初めて天国入籍となるのです。父母様の家庭でも、全員が集まり、誰が原則に一致した生活をしたかを、公的な議論によって決定するのです。家庭全体のためにより犠牲になり、よりために生きる人でなければならないというのです。自分を中心としてはいけません。

それは統一教会全体が知り、父母様の一族がすべて知っているというのです。それが決定されたあとは、世界がすべて法的時代に入ります。天の国の憲法時代に入るので、いくら天に近い人でも、法に引っ掛かれば法的処罰を受けるようになります。その法に相反しない後継者を探して立てるために、歴史は永遠に続くのです。(128-112; 1983/06/05)

19 神様の王権時代は過ぎていったので、皆さんは国家王権を求めなければなりません。皆さんの王権、皆さんの国です。神の国は、世界を越えて天宙です。その位置にまで連結させなければなりません。それで、皆さんは、何があっても国を探し出さなければならないというのです。今や入籍時代になりました。入籍をするときは、内容と外容が一つにならなければなりません。その国が天に入籍しなければならず、大統領や長官、局長まで入籍できる位置に立ってこそ、国家基準を越えていくようになります。

これから皆さんの心と体は、どのようにしてでも一つにならなければなりません。強制的にでも一つにしなければならないのです。今や、強制的に行うことができる時が来ました。憲法ができたのです。法があります。以前は法がなかったので、神様が治めることができませんでした。創造の法だけがあり、堕落して破壊されたものを処理できる法がなかったので、治めることができなかったというのです。今や、そのようにできる法が出てきたので、恐ろしい時代が来ます。皆さんに対して責任を追及するのです。(356-056; 2001/10/08)

20 摂理のみ旨は、韓国を中心として祖国光復をすることです。神様の祖国と神様がこの地上に出発させた故郷の地の光復が実現されるのです。神様の祖国と神様の新しい摂理の出発が展開します。

エデンの園の堕落していない新しい出発と連結されてこそ、すべての歴史が清算されます。整備されるのです。ですから、救援摂理時代は過ぎ去ります。その時代が過ぎれば、法的時代に入ります。天の国の法的時代に入るので、何千年、何万年たっても、一分一秒違わない役事を行うのです。救援摂理時代は過ぎ去り、本然の創造理想世界が新しい出発をします。天の国の憲法を中心とした法的時代に入るのです。(611-024; 2009/05/04)

21 これからは法的管理に入るので、昔のような、赦すことができる時代とは違います。過ちを犯したアダムとエバを直接処断したのと同じように、即決処分される時代になるというのです。今、新たに入ってきた人々も、世の中の法をすべて知っているのですから、今設定された、世の中の法より何百倍も恐ろしい天の国の憲法を守るべきことを知らなければなりません。今まで別の国に対して忠誠を尽くした自分の先祖たちを代表し、その何百倍、何千倍、さらに忠誠を尽くさなければならないというのです。

ですから、自分のすべての所有物や国、息子、娘まで、自分が勝手に管理することはできないというのです。アダムとエバが神様に管理されたのと同じように、神様の息子、娘に戻り、神様が直接管理する時代に入るので、自分勝手に計画したものをそのまま進めていっては、その子女たちの行く道が塞がります。そのような恐ろしい時代が来るというのです。(511-286; 2005/10/14)

22 霊界で今まで問題になったことをすべて引っ張り出して、父母様が解放したので、霊人たちが地上に降りてくることに対して矛盾はありません。すべて祝福を受けました。地上に残った人々には天使圏の家庭が降りてきて、一対一で責任をもつのです。ですから、地上の家庭を収拾するのは問題ではありません。皆さんが話を聞かなければ、霊界が連れていくのです。そのような大変革時代が訪れるというのです。それゆえ、今までは皆さんを保護しましたが、これからは(天法を守らなければ)保護しません。

天法が成立したので、その天法を中心として、憲法と法によって天と地、地獄と天国を分けるようになっているのであって、蕩減法を適用して分けるようにはなっていません。新しい法によって治める新しい国の形態を備えるべき時になったというのです。王権時代が訪れたので、今や天の国を編成しなければなりません。超民族、超国家、超世界の一つの国を築かなければならないのです。(346-204; 2001/07/01)

天一国憲法の制定目的

天一国創建の摂理史を明らかにした憲法の前文は、憲法の制定目的とは何かを明らかにしている。天一国憲法(教会法)は、天一国の国民がみな、真の父母様が生涯を通して示してくださったみ言を実体化していけるように導く法度、規範、指針であり、天一国を定着させ、完成できる普遍的で実質的な生活体制、家庭体制、国家体制、世界体制を備えるために制定された。そして、天一国憲法は、神様と真の父母様に侍り、国境、人種、性別、文化、宗教などにおける、すべての障壁を超越する真の愛の心情文化を燦爛と花咲かせる中で、理想家庭を通した心情文化世界を定着させることを目的にしている。

23 神様のみ旨が成就された世界になれば、その時の法は、世の中の法であると同時に、天の国の法になります。ここで用いる憲法は天の国の憲法になり、天の国の憲法はここで用いる憲法になります。そのような法を神様はもっていらっしゃいますが、私たちに適用できない立場にいらっしゃるので、悲しい神様になっているのです。

それでは、いつその憲法の宣布式をするのでしょうか。これが今、私たちのモットーです。そのためには、世界を舞台にして天の国を探し出さなければなりません。今、皆さんの国はありません。この場は、この上なく制限された場ですが、皆さんだけを中心とした場ではなく、数千億になるすべての霊界の霊人が注目する場です。数多くの民族と数多くの歴史時代の功臣たちが望むその天の法度をもって、皆さんを評価していることをいつも考えなければなりません。そのような観点から見れば、皆さんが動いたり座ったりする、すべてのことが法制化されなければならないというのです。(066-298; 1973/05/16)

24 アダムとエバが永遠不変の天道に背いたために、法を適用して処罰されたのと同じように、法に背いた人は、必ずその法の統治を受けるようになります。刑法の統治を受けざるを得ないのです。恐ろしい時代が来ます。そこには父子の関係もありません。それをきれいに選別することができなければなりません。

サタンのものになり得るもの(罪)はすべて燃やし、なくしてしまわなければなりません。粛清と同じように、(罪を)きれいに整理しなければなりません。整備ではなく、整理してしまわなければならないのです。灰までなくなり、影まで見えないように、きれいに整理しなければなりません。そうして、その安息圏の上に絶対「性」を中心とした真の愛の血統を連結させるのです。お母様の体を通して再び生まれてこそ、天の国の息子、娘になることができます。そのようにするとき、歴史的結実体が収穫されるのです。

その息子、娘をもって国を建て、天地に堕落の影もなくなった世界にならなければなりません。そのようにしてこそ、父母様も定着し、神様と苦楽を共にしながらみ旨を完成して、真の父母の位置を完結し、万事亨通(すべてが思いどおりにいくこと)の解放、釈放の王権を相続することができるのです。そうすれば、万事が思いどおりに運びます。そのようになれば、天国について説明する必要もありません。(606-224; 2009/01/13)

25 愛の力、愛の生命力を保護するために、すべての法が活用されざるを得ません。宇宙は、存在圏のためであれば、すべてのものが和合し、一つになろうとするのです。法はそれを保護し、一つになるためのものです。和合するためのものなのです。善なる世界は、変わらない世界なので、神様がとどまることのできる世界です。また、その世界は、愛を中心とした生命力をもった世界なので、その世界こそ、神様がとどまることのできる世界なのです。

愛という言葉は、自分のためのものではなく、相対のためのものであることを知らなければなりません。神様が宇宙を創造したのは、神様御自身のためではありません。相対を造るためです。ですから、神様が相対のために宇宙を造ったとすれば、その神様の相対になることができるのが人間なので、人間のために宇宙を造ったという話になるのです。(111-171; 1981/02/15)

26 天運の終着点はみ旨の完成世界にあるので、完成した人々が暮らす所は、神様が法を中心として絶対的に保障する世界にならなければならないのです。そのためには、善主権が私自身を通じ、家庭を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じて、天宙まで連結されなければなりません。

そのような世界で、「私は道理に順ずる法の統治を受けることができる人である」と言える人にならなければなりません。そして、家庭、氏族、民族、国家、世界的にそのようにならなければなりません。神様の摂理は、そこに向かっていくでしょう。天運の方向も同じです。天運は、一つの善の主権世界に向かっていくでしょう。

行くときには、ただジャンプして行くのではなく、個人を通して越えていくのです。家庭を通して越え、氏族を通して越え、民族を通して越え、国家を通して越え、その次に世界を通して越えて、霊界と肉界が一つになるようにし、善の主権を中心とした善の憲法を宣布するでしょう。そのあとは、後代の人々が個人を越え、家庭を越えるとき、争うことなく道理に従って進むことができます。その時が、地上天国時代です。(078-139; 1975/05/08)

27 神様は、天上世界と地上世界を主管する主人であり、王なので、その国と世界は神様に主管される国と世界に違いありません。それゆえ、そこは地上では地上天国であり、天上では天上天国に違いないのです。これは当然の結論です。このようになったとすれば、この地上に、人類歴史に悲惨な歴史はなく、今日、アメリカ人や韓国人、あるいは黒人、白人、黄色人などという、民族や人種の分裂は起きず、この世界はアダムの子孫として、単一民族、単一文化、単一世界になったでしょう。その世界は、今日、私たちが暮らしている民主世界でもなく、共産世界でもありません。神様が、永遠の主権者として、天の憲法によって永遠無窮に統治する世界です。(074-173; 1974/12/09)

28 今まで神様の救援摂理において、旧約の法など、統治してきた多くの法がありましたが、救援摂理を越えた完成摂理時代に、神様のみ旨、神様の目的が果たされた善なる世界で統治できる法はありませんでした。ですから、今後、法が顕現する時代が来るのですが、これは一個人が順応すべき法であり、一家庭が順応すべき法であり、国家が順応すべき法であり、全世界が順応すべき法です。

この法は、地上でのみ順応すべきものではなく、永遠なる天の世界でもそのまま順応しなければならない法です。この法の統治を受け、この法によって訓練された人は、霊界に行っても自動的に生活環境の保護を受けることができます。そのような法の時代が来るというのです。

その法が設定される時が、善主権時代です。その世界は、次元の高い世界です。それは、私たちが平面的な世界観で見る法ではなく、立体的な面において見る法です。その世界まで私たちは行かなければなりません。(078-136; 1975/05/08)

29 自分自身の利益だけのために生きる態度を取れば法に引っ掛かりますが、自分の利益のためではなく、全体の利益のために行った結果に対しては、どこからも手を付けることができません。神様も天国と地上も認めざるを得ないのです。そのような公認を受けるので、数千年が過ぎてもその法は変わりません。

絶対的な法の正義を立てていく生活をするようになれば、蕩減復帰や地獄というものはあり得ません。完全に解放圏と、釈放圏になるので、その基台の上で動く人は、永遠に神様と共に天宙が保護し、育ててくれます。相続権を伝授するのです。同居権、同楽権のすべてのもの、共同の価値として認定するすべてのものを伝授して、相続を受けるようになるのです。(545-050; 2006/11/18)

30 主権者と国民によって国家の善悪の基準が決定されるとすれば、この宇宙の善悪の基準は何によって決定されるのでしょうか。

神様は宇宙の主権者であり、主人公です。その次が、世界の人になります。国民を代表しているのと同じように、世界の人になるのです。ですから、その主権者と世界の人が合わさって、一つの憲法が出てこなければならないという話が成立します。それゆえ、この宇宙の善悪を分ける憲法が出てこなければならないという話も、妥当なのです。

各国の法は、その国の主権者と国民の意思によって設定されていますが、この大宇宙の世界の人々と大宇宙を主管する主権者が一つになった共同意思によって、宇宙の不変の憲法は設定されていません。人類の良心が変わらず、人間の理想と希望が変わらない限り、人類の生活を保障することができ、神様と人類が喜ぶことのできる憲法が出てこなければならないのです。(079-175; 1975/07/27)

31 皆さんの先祖と一族の前に、恥ずかしくない堂々とした皆さんにならなければなりません。判事である神様から称賛され、愛される自らの姿にならなければなりません。耐え難いことを耐え、困難な立場を克服し、環境を収拾するために自分を犠牲にしたという事実を、神様のみ前に証してもらうことができなければなりません。神様のみ前に誇ることができるその何かを、何としてでも勝ち取らなければなりません。

皆さんは宇宙において、どこにも行くことができません。自分勝手にどこかに逃げていくことはできません。宇宙の法と秩序圏内から抜け出せない人間だというのです。道に従っていかなければならないのです。中心思想と愛の秩序、人倫、家庭、社会、国家、世界、天宙、神様全体に通じる、公式的な憲法基準を中心とした、宇宙法の統治下に生きている自分であることを知らなければなりません。自然をはじめとするすべての法が支持し、擁護し、解放圏を手にできる道は、愛し、ために生きる道しかないのです。(117-313; 1982/04/11)

32 永遠なる故郷の地、永遠の国に行って、一日だけ暮らすのではありません。永遠なる世界の生活法度を学ばなければならないというのです。一ヵ月の生活も同じです。男性と女性が暮らし、父母が暮らし、子女が暮らし、孫と孫娘が暮らし、氏族が暮らし、民族が暮らす伝統的なすべての事実を知らなければなりません。

皆さんの一身と一族が暮らすその国の民として生きなければならないのですが、そうでなければ、どこに行っても制裁を受けます。国境があって、この国境を越えることができないのです。国でも何でも、どこに行っても引っ掛かってしまいます。犯罪的条件に引っ掛かって、四方に絡み合い、生きる道を求めていくことができないのです。ですから、本郷の地を中心として、生活の訓練を徹底的に受けていかなければならないというのです。(310-112; 1999/06/15)

33 「家庭盟誓」で「天一国主人」と言うことができるのは、中心の根となる父母が、超民族的であり、超国家的な霊界と肉界、過去、現在、未来のすべてを一代で清算して、開拓したからです。アダムとエバが一代で滅ぼしたものを、真の父母が一代で清算し、天の国の憲法を中心として家庭と国を構成する内容になり得る三六〇度圏の方向を新たに制定しました。それゆえ、その新しく制定したものは、どこかの国の憲法や国権、伝統では評価できません。ですから、その内容は新しい文化と、新しい伝統と、新しい歴史の上に立てておかなければならないというのです。(493-021; 2005/04/18)

天一国憲法の制定方針

天一国憲法(教会法)は、天一国国民の権利と義務を規定しており、実体的天一国を定着させ、完成するための天一国生活規範と、天一国の運営に関する内容を収めている。真の父母様は、二〇〇一年、神様王権即位式で血統を守ること、人権を蹂躙しないこと、公金を横領しないこと、そして真の家庭を築くことの重要性を強調され、「これが天一国憲法の基礎になる」と語られた。また、天一国の憲法には、運営組織として、行政を担当する天政苑、立法を担当する天議苑、司法を担当する天法苑、財政を担当する天財苑、民意の取りまとめと報道および広報を担当する天公苑の五院を置いている。

34 今や、天が王権を手にしたので、法を中心として治めなければなりません。神様王権即位式の時、天の国の憲法三ヵ条に関する概要が発表されました。そして、家庭に関する憲法が発動したのです。そのとおりに生きれば、宗教は必要ありません。家庭が一つになり、神様に侍って暮らすのです。

エデンの園で堕落したというのは、何でしょうか。アダム家庭を中心として、神様と共に暮らせなかったということです。父母として侍ることができませんでした。ですから、父母に孝行しなければならず、その父母が願う国の忠臣、世界における聖人、天地における聖子の道理までも果たさなければなりません。そうすれば自動的に成就されるものなのですが、それを成就できなかったというのです。(349-100; 2001/07/14)

35 これから皆さんが守るべき鉄則があります。第一に、死ぬようなことがあっても、血統を汚してはいけないということです。

第二に、人事措置を誤って人権を蹂躙してはいけないということです。男性も女性も、黒人も白人も平等です。人権を差別し、人権を蹂躙してはいけないというのです。自分と気が合わないといって、自分勝手に人事措置をしてはいけません。そのようにいい加減に人事措置をすることはできません。自分よりも善なる先祖をもつ人たちはいくらでもいます。何代もせずに大統領になる人が出てくる人の首を切ってしまえば、自分の先祖がすべて音を立てて崩れるのです。人権を正しく指導するには、真の愛、ために生きる愛をもってしなければなりません。そのように生きる人が主流です。神様の天地創造はそこから始まりました。その主流思想をばらばらにしてしまうことは、赦すことができません。これが罪の中の二番目の罪です。

第三に、公金を盗んではいけないということです。公金を思いのままに使ってはいけないというのです。この三つです。(342-298; 2001/01/13)

36 心に恥ずかしくない自分自身にならなければならないというのが、第一条件です。

天の国の憲法が必要であり、国法が必要であり、家庭的な法が必要ですが、まず自分の心を治めなければなりません。心を治めることができなければ、天下が正しく立つことができないのです。これが一番の問題です。

心の基が水平にならなければなりません。それにより、「私」の心がどこを歩き回っても中央に立てば、これが全体の水平の中心になるのです。そのようにして、個人的中心から八段階まで上がっていかなければなりません。(516-236; 2006/02/07)

37 神様と霊界についてはっきりと教えてあげ、天一国時代の法を適用する時が来たので、救援摂理は適用されません。父母様が教えてあげたあとは、皆さんと寄り添って一緒に暮らすことはできません。はっきりと見せてあげ、すべて教えてあげたので責任を負わないのです。

父母様がこの地上に天の道理を立ててあげ、蕩減をすべてしてあげ、教えてあげたのに、それも信じることができずに霊界に行ってどうするのでしょうか。

霊界の実相をくまなく記録して送ってきたものも、すべて教えてあげました。霊的な真の父母である神様も、実体の真の父母も、責任を果たしたというのです。そうして、天一国を宣布しました。さらに、憲法についてのことも話しました。(365-196; 2002/01/08)

38 真の父母、真の師、真の王の代身者として、無形の神様のみ前に皆さんの家庭が実体になってこそ、天国に入ることができます。それでこそ、神様の創造理想が完結するのです。そのため、天の国の新しい憲法を設定したというのです。すべての霊界の実相は、み言と一致した内容です。ですから、皆さんの家庭がこれを地上で結実させて収め、天の福をいっぱいに積んでおく実体にならなければなりません。このみ言のすべてが、その背後に行かなければなりません。

実体を完成した家庭になることによって、地上と天上に神様がとどまれない所がない、また主管できないものがない、全体、全般、全権、全能の時代になります。神様が考えるとおりに、一方的にすべてのことを成就できる完成の世界になるというのです。(602-257; 2008/11/16)

39 立法、司法、行政と、言論、金融まで合わせて、五つの機関を中心に、国連の憲章を改正するための準備をしています。立法、司法、行政、次に第四権として言論界が入ります。その次に第五権が金融界です。

それに関する憲法を作らなければなりません。最も恐ろしいのが言論界です。私が自分の髪の毛についてすべて知り、産毛一本についてもすべて知っているのと同じように、世界に隠すものがありません。そのような透明体のような、六つの角がはっきりとした水晶体のような世界にならなければなりません。その世界は、うそが通じません。秘密がなく、すべて表れるのです。(426-107; 2003/11/19)

40 五権分立の統合的な一つの平和世界が開門されることを宣布するようになれば、天の国の憲法を制定するのです。私たちは、天の国の基礎的な憲法の草案をすべて準備しています。それまでも国連に持っていって証しながら、採択できるようにするのです。その憲法の草案はカイン世界の内容を重要視しましたが、私たちだけが適用できる憲法を備えて、天の国の憲法を制定しなければならないというのです。

そのあとに、四十日間、総会を開いて整理し、国連総会の決議をもって宣布してこそ、天の国の憲法制定が可能なのです。そのような諸々のことを集約させて、この期間に行わなければなりません。また、一つしかない天の国の憲法宣布まで行ってから、五権分立の時代として、平和世界の出発を宣言しなければなりません。(606-091; 2009/01/07)

41 アベル国連をつくって憲法を制定することにより、天下を思いどおりにできるようになります。その憲法がある限り、構造的な実体を形成するに当たって、その法に合うようにすれば、公認せざるを得ません。このような段階に入りました。

ですから、今、三権分立に関する法的な条件を備え、その次に言論界と金融界まで加えれば、五権時代になるのです。五権時代になれば、完全に世界を抱くことができます。天の国の行政組織をもって世界を抱き、神様の園の主人の役割を果たしてみようというのです。それは夢ではありません。現在、完成時代を越えているのです。(588-073; 2008/04/12)

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第十三篇 第三章 真の父母様の生活哲学と公的生活

第十三篇 第三章

真の父母様の生活哲学と公的生活

第一節 真の父母様の生活哲学

真の愛に基づいた生活哲学

真の父母様は、人間が行くべきサタン屈服のための典型路程を歩まれた。蕩減復帰路程は、誰も行かない道を開拓し、地獄の底まで降りていかなければならない苦難の歩みである。真の父母様は、誰もが避けたいと思う状況でも、神様と人類の解放のために、真の愛を実践された。また、御自身の生命を狙った怨讐までも赦して抱かれ、人並み外れたその苦労は、神様までも感動させた。真のお父様は、常に投入し、忘れてしまわれた。死の脅威が常につきまとう興南肥料工場で強制労役をする時も、生命に値する握り飯を他の囚人に分け与えられ、人の重荷まで代わりに背負われた。真のお母様も、困難な食口たちの事情に接すれば、いつも温かい愛のみ手を差し出された。真の父母様は、いつどこでも、御自身の最も貴いものを惜しみなく与える生活をされたのである。

真の父母様のこのような生きざまは、神様を中心とした真の愛の生活哲学を示すものであり、天一国時代を生きていく私たち人間が守るべき生活原則でもある。

1 父母様の生活哲学は、「ために生きること」です。どこに行くにしても、ために生きるために行くのです。ですから、一つにするために精誠の限りを尽くして投入します。一〇〇パーセント以上投入すれば、一つになるようになっています。自分の父母の愛よりも、兄弟の愛よりもさらに大きい天の愛に触れれば、サタン世界の愛の圏内から離れて、天の側に移動していくのです。そのような原則的な力が倍加する、天の再創造の摂理観が現実的生活舞台に連結されることによって、神様の息子、娘の権勢を備え、全体を相続するようになるのです。一つになるためには投入しなければなりません。また、受けた人は、損害を与えてはいけません。必ずそこに感謝の行為を加えることによって、永続的な循環運動が可能になり、大宇宙世界と「私」が関係を結ぶことができるのです。

2 皆さんは、二つのものがあるとき、良いものは自分がもち、父母にはあまり良くないものをあげようと思ってはいけません。自分が直接比較して、二つのうち良いものをもとうとすれば、それは堕落した世界の伝統によるものなので下がっていき、二つのうち良いものをあげようとすれば、前より上がっていくのです。間違いなく上がります。それゆえ、神様を愛し、息子、娘を愛さなければなりません。そうすれば、地獄はなくなります。二つのもののうち、良いものを父母にあげることができ、良いものを息子にあげることができる世界は、正午定着の光り輝く世界になります。これが生活哲学の基本になっていなければなりません。父母様もそうです。貴いものがあれば、天のみ前に、子孫たちに譲ろうとするのであって、(自分が)使ってしまおうとは考えないのです。

3 皆さんが父母様を愛していることを知っています。私も皆さんを愛しています。皆さんを愛していますが、神様を中心として、神様の愛を通して愛しているのです。その神様の愛は、世界の人類の中にとどまる愛であって、統一教会の中にとどまる愛ではありません。世界にその愛を残してあげ、その愛を植えてあげるためには、皆さんを立たせて、そのようなことをせざるを得ないのです。皆さんを犠牲にし、苦労させるのは、世界を代表した愛の結実をもたらすことに貢献することによって、神様の愛を受けることができ、人類の愛を受けることができる統一教会の人にするためです。

神様の愛を受け、人類の愛を受ける人を育てるのが、統一教会の目的です。皆さんは、統一教会内で愛を受ける人ではありません。統一教会内で愛を受け、統一教会内で愛の欽慕を受ける人ではなく、神様の愛と人類の愛を受ける人にならなければなりません。ですから、私は皆さんを統一教会の中でだけ愛するより、人類と神様の愛の中で愛そうというのです。そのような師になろうというのです。このような観点を今までの宗教は提示できませんでした。このような志を立てそのように指導しようとする私自身が模範にならなければならないというのが一生の哲学です。

4 私はスーツを着るのが嫌いです。ネクタイを締めないで生活します。なぜでしょうか。ネクタイを締めてスーツを着る費用の十分の一を節約しようというのです。飢えて死んでいく大勢の人を助けるために、夜も昼も身もだえしているのです。このような人がたった一人いるというだけでも、この地上の人類の前に希望的な痕跡ではないかと考えて生きる人です。

水安堡(スアンボ)に行くと、私の泊まる部屋があり、浴室もありますが、きれいに造られています。浴室に入ると、いろいろなタオルがあるのですが、私がタオルを使うときは、いつも小さい物を使います。大きなバスタオルを使ったことがありません。なぜなら、そのタオルの代金を節約しなければならないからです。

そうして、一銭でも残し、飢え死にする人々を助けてあげなければなりません。私が家に入れば、靴下を履かないのも、それによって精誠を尽くし、その人々を助けてあげ、その人々が行く道を開拓しなければならないからです。真の父母の名は、恐ろしいのです。

5 お父様は、人間が本来行くべき道を行く人、すなわち、神様が願う人、神様が同情でき、神様のみ前に今まで流してみることのできなかった新しい涙を流せる人が、自分の生涯においてどのようになるかを考えてきました。

「今まで流せなかった新しい涙を流して死のう」というのが、生活哲学です。他の人のためではなく、お父様のために死んだ人がいるとすれば、お父様は、千年、万年、歳月が流れたとしても、その人を忘れられないでしょう。死ぬとしても、そのような心情と内容をもって、そのような場で死ななければなりません。

そのようにむち打たれ、血を吐きながら死ぬのが神様のためであるとすれば、神様はその人よりさらに深い悲しみの涙を流し、もどかしく思われるでしょう。そうすれば、そのとき神様は、歴史時代の誰よりも、私を通して悲しみ惜しむ事情を残すのではないでしょうか。

お父様は、今までこれを、畢生(ひっせい)の願いとして歩んできました。そのような意味では、このような道を行く人が世界万民の中に多くいるとしても、お父様ほどになっているでしょうか。そのような人はいないというのです。

6 自分のためだけに生きる人、絶対的(に重要な)環境を尊重できない人は、無限なる発展の世界で、限界を露呈します。無限なる限界を自分が越えようとする前に、その本体である神様を立ててこそ、限界の基準を越えて無限なる発展の世界に越えていくのであって、そうでなければ越えることができないのです。今や最後まで来ました。何をもって生きるのでしょうか。愛をもって生きるのです。それが環境創造です。

環境を備えることができなかった人は、どこに行っても自分がとどまる場所すらありません。自滅する道を行くというのです。力が出ません。周辺の環境が喜ばず、力が伴わないのです。環境が次第に遠く離れていきます。昔は慕わしく思っていても、嫌うようになるのです。もっと慕わなければならないのですが、もっと慕うことができる道がありません。それは、自分自身を中心として境界線を張ったからです。「私」を中心として動こうと思えば、そこで定着し、その峠を越えられないので、宇宙との相関関係、相応関係の位置に入っていくことができないのです。原則に一致していない相対的存在は消えてしまいます。父母様は、そのような哲学をもって生きるのです。

7 完全な主体と完全な対象が一つになったものは、天理が保護しなければなりません。人間の事情と歴史的変遷が、これを動かすことはできません。いくら大韓民国の国権をもってしても、完全な主体の前に完全な対象となり、垂直を守っていく人は、打って倒すことができません。その人を打っても、天地が根と芽をしっかりとつかんでいるので、打って倒す存在がいないというのです。いくら大きくても、打った人が砕けるようになっています。それが生活哲学です。

神様を上にお迎えし、その下の垂直の位置で軸となって侍っている限り、それを神様がつかんで放さない限り、これを打った人が砕けるようになっているのです。これは家庭を代表し、氏族、民族、国家、世界、天宙を代表する柱になっていて、柱を保護できる天運が支えているため、打つ人は必ず砕けていくというのです。

8 父母様の生活はそうです。お金ができても自分が使おうという考えはありません。いくらおなかがすいても、私よりもっと空腹な人がいるので、そのような人のために残したいと思い、一時間、二時間、三時間、耐えて耐えるのです。他の人がおなかをすかせていれば、私よりその人に与え、その人が食べられるように、福を祈ってあげるのです。その人が食べられるように福を祈ってあげれば、その人が食べて福を受ける際に、同参(一緒に参加する)者になります。カインのために生きる人は、カインの福を相続できるのです。カインは変わりますが、私は変わらないので、しきりに上がっていくというのです。

み旨のために生きる人は、ヒマラヤ山脈のエベレスト山より高く上がり、太平洋の一万メートル以上の深さの所に根を下ろすというのです。

9 お母様は、自分が良いと思うものがあれば、それを食口たちにすべて分け与えようとします。どこかに出掛けなければならないとき、着る物がないことがたくさんありました。自分だけを中心として喜んではいけないと考えるのです。

第一に、霊感が鋭いことについて天に感謝し、第二に、み旨に対して絶対に従順であろうとすることに感謝し、第三に、自分のものを、自分のものではなく世界のものとして、そのままためらわずに分け与えようとすることに感謝します。しきりに与えるので、かえって神様が心配されるほどの天性に恵まれているというのは、母としての性格を備えているということです。

それで、今考えてみれば、これまで私たちの家庭に多くの子女を下さったことや、これらすべてのことは、神様が私たちの家庭を祝福してくださったからだと思うのです。ですから、皆さんは自分を中心とした考えをもってはいけないというのです。

10 今まで、私は誰にも負債を負いませんでした。精誠を尽くすことにおいても、祈ることにおいても、負債を負いません。負債を負わないというのがお父様の哲学です。楽な生活をしようとは思いません。このような面に、誰よりも多くの神経を使うのです。統一教会の誰よりも、時間と精誠の量において何倍にもなる内容をみ旨のために投入しています。そのような面で、皆さんに負債を負わないというのです。

11 み旨の道を歩む時に、世話になろうという人は、父母の肉をえぐる人であり、骨を削る人です。私は、天のみ前に負債を負おうと思いません。負債を負わせようとするのです。神様が私の前に現れて、「そろそろ少し休みなさい」と言うそのような場でも、どんなことをしてでも行こうとします。それでも休まない私を見て、一人座って泣く神様を父として、侍ろうとするのが、生活哲学であり、志操です。それを誰かが教えてくれたのでするのではありません。

神様の心の底からにじみ出る感謝の応えとして、「一度会おう。会いたい」と言える父子関係のために、そのような絆のために、今まで生きてきてみると、天の保護を受けたのです。ですから、滅びませんでした。だからといって、私が立派だというのではありません。知れば知るほど、ますます下がっていかなければならないのです。

12 中心存在になれば、負債を負ったものはすべて返さなければなりません。また、中心存在は責任を負わなければなりません。私が一つ一つ見て回ることができなくても、道端で皆さんに会えば、私の財布にあるお金をすべて取り出してあげるのです。一銭も残さずにあげるのです。その一人は、一個人ではありません。統一教会員全員に、そのようにあげることはできないので、条件としてその人に与えるのです。私の精誠に従い、私が行く道を助けようという人は、私以上に福を受けなさいというのです。そうすれば滅びません。

私は三十代まで、み旨のためにそのように生きました。学生の時、父母がお金を送ってくれれば、かわいそうな人にすべてあげ、歩いて通いました。その時は電車賃が五銭でした。和信(ファシン)百貨店から鷺梁津(ノリャンヂン)に行くときは、必ず積善をしていきました。このように、万民の恨を抱き、「お父様、道端で乞食の生活をするこの民に、私が今与えるお金はいくらにもなりませんが、あなたの心の中において、民族解放とともにこの地の上に富が訪れ、万民が仰ぎ見る国になるようにしてください」と祈りながら、涙を流した生活が忘れられません。

13 お父様は、天のために同情してくれた、忘れることができない人々には、最高のものをもって報いようとする人です。み旨に従っていく道で皆さんに苦労をさせますが、お父様は無責任な人ではありません。苦労をさせれば、責任を負うというのです。地上で責任を負うことができなければ、霊界に行ってでも責任をもつというのです。ですから、お父様とそのような誓約をして行く人は、幸せな人だと思うのです。私は絶対に裏切ることができない人です。少しでも世話になれば、(それを返さない限り)気が済まない人です。根がそうなのです。神様がそうです。神様は、世話になったままでは我慢ができないお方です。自分のために十のことを尽くしてくれれば、その何百倍、何千倍にして返してあげようとするお方です。皆さんもそのような性分でなければなりません。

真の主人の人生と家庭生活

真の父母様は、孤独で寂しい御自身の人生を「ホルロアリラン」の歌詞に比喩されたこともある。原理を探し求めるときも、困難を窮める復帰摂理の路程を開拓しながら一歩一歩前に進むときも、ただ一人で闘い、勝利されたのである。また、真の父母様の万物愛は、この上ないものだった。堕落以来、真の主人を迎えることができなかったその恨と悲しみを知り、万物と交流しながら創造本然の愛と美を与え合う喜びを感じられたからである。そして、神様の創造理想は家庭を基盤として実現されるため、真の父母様にとって家庭は何よりも貴いものであった。真の父母様は、常に手をつないで歩かれ、公的、私的な場でいつも共に過ごされた。しかし、生涯全体が公的な生活だったため、忙しい日程の中で子女様と一緒に過ごす時間はほとんどなく、家庭を祭物にして人類一家族の理想を成し遂げることに全力投球されたのである。

14 お父様は、鉱山でトンネルを掘るチャンピオンです。坑木(こうぼく)まで設置できる人です。私は石炭を掘る人になっても、追い出されて監獄に入り囹圄 (牢獄・獄舎)の身になったとしても、死ぬ前にこのような世界を通してみ旨の版図を築いておいてから逝こうと考えたのです。ですから、炭を焼くことまですべて知っています。それゆえ、商売でも何でも、すべてに精通しているのです。

いくらヘリコプターに乗せられ、パラシュートで動物たちの棲む谷間に投下されても、飢え死にしません。動物たちが棲む所にも、食べる物はすべてあります。毒きのこはどのようなもので、草はどのようなものが食べられるか(を知っていて)、魚がいれば、釣り竿を自分で作れるので釣りもすることができます。魚を三匹だけ捕まえれば、一日は食べて暮らせます。このようにして、いくらでも生きていけるのです。そのため、生活の恐怖がありません。ですから、統一教会員は、「三十三歳まで苦労しなければならない」というのが生活哲学です。

15 お父様は、空を掛け布団にして、どこに行っても幸せに暮らします。友達がたくさんいるのです。自然すべてが神様の被造物ですが、その自然を友達にして暮らすことができるので、寂しくありません。ですから、幸福な生活をし、どこに行っても一人で生きていくこともできるというのです。それゆえ、幸福の先祖になることができ、血統の先祖になることができます。血統に似なさいと言い、生活方式に従いなさいと言うのです。そのようにしなければ、天国に行けません。それは、経験と実験を済ませた結論なので、正しい結論にならざるを得ないのです。

16 お父様は、何も持たずに南米に行きました。すべての人が「行ってはいけない」と言いました。アメリカに私を愛する人がたくさんいます。行けば追い出されると思って、行ってはいけないと勧告した人が多くいるのです。そのような学者たちもたくさんいました。

「行けば滅びることもある」と思って行った人が、滅びましたか、栄えましたか。滅びるとまで覚悟して行けば、滅びません。このような普遍的な思想をもち、それを自分の生涯の哲学として活用できる人が、知恵深い人です。これが生活哲学になっています。

ですから、できないという思いをもったことがありません。他の人ができないということも、私が手を付けさえすれば、三年以内にすべて成し遂げるのです。そのようにしないからできないのです。釣り場に行けば、世界的な記録を打ち立て、運動をしても、すべての面でチャンピオンです。

17 私は、家に行って部屋に入れば、靴下を脱いでしまいます。ネクタイも、特別な日でなければ締めません。締めずに節約して、飢え死にする世界の人々を助けてあげようというのです。空気が澄んでいるときは、服を一日着ても襟が汚れません。ですから、服を一日だけ着て洗濯しようとはしないのです。

ところが、脱いでおくと、持っていって洗ってしまいます。私は、服を脱ぐとしても、そのようにできないようにしておくのです。また、洗濯かごに入っていれば、取り出してまた着ます。そのように生きなさいというのです。節約して残し、世界の飢え死にする人々を助けてあげようと考えているのです。

18 きょう、私は公式の席上にワイシャツを着て、ネクタイを締めて出てきましたが、これはナイロンですから、いくらもしません。このように暮らすのです。今着ているこの上着は十三ドル、ズボンは七ドルを出して、この前買ったのです。合わせて二十ドルです。このベルトも、値段は安くても、わに皮でできたものよりもっと丈夫です。まさかこのように安物を着ているとは、夢にも思わなかったでしょう。このようなことまで話すのは、皆さんが「お父様の生活の内面を知りたい」と言うからです。このような素朴な生活をしています。自分に対しては質素なのです。

19 私には、自分の所有になっているものは一つもありません。すべて教会を建てるために使いました。私のように節約する人はいません。私のように、自分には無慈悲なけちん坊はいないでしょう。きょうは皆さんが来るというので、スーツを着て出てきましたが、ネクタイをしないでスーツを簡単に着れば、どれほど節約になるでしょうか。これは上と下を合わせて五十ドルあれば買って着ることができます。私はそのようにして暮らしています。そのようにして、どこにでも行くのです。なぜでしょうか。真の父母の名をもった人として、負債を負って生きることはしないというのです。夜も昼も時間を超越して生きるのです。

雨が降る日には、世界の統一教会の宣教師たちが、軒先を眺めて涙を流しながら、食事もできずに夜を明かし、父母様の「万寿無疆」を祈っているはずなのに、私が大の字になって眠り、御飯を食べることができるでしょうか。その思想は、高貴な思想です。そのような思想をもって、一族のために苦労し、投入して、忘れてしまいなさいというのです。そうすれば間違いなく中心存在になります。中心存在は、責任をもたなければなりません。

20 人は、言葉と行い、このすべてが端正でなければなりません。言行心事、言葉と行い、その次には、考えて働くことが端正でなければなりません。模範にならなければならないというのです。それでこそ、すべての環境に適応できるからです。

私たちはいずれにしても、「私」一人が生きていくのに、このようなすべての過程を経なければならないので、自分自身の生活と教会生活と社会生活を貴重に思うことができなければならないと考え、このような内容を伝達するのです。

今は昔とは違うからです。時が変わりました。そのようなすべてのことを備える時が来ました。これからは、実績をどのように表すかに力を注がなければなりません。今からの実績は、蕩減の実績ではなく、皆さんにとって利益となる実績として残るというのです。

21 物は、どこにあるか、いつでも分かるように片づけておかなければなりません。皆さんは、美しく手入れをし、整頓することができなければなりません。

私は、「日本がなぜ祝福を受けるのだろうか」と考えたのですが、それは日本人たちが環境をきれいにし、整理が上手だからだと思います。悪い霊人は、 (環境が)悪くなるようにさせ、良い霊たちは、「きれいにして神聖に整備しなさい」と言うのですが、良い霊たちがたくさん来て助けてくれるので、日本がそのように早く発展したと考えるのです。私たちは忙しく活動をするとしても、今後、そのような面を生活化しなければなりません。

22 お父様は、人々が夫婦で生活をすることについて、いつも興味深く考えています。二人が一生涯、愛し合い、子女を生み、苦労を乗り越え、共に励まし合いながら、生涯にわたってマラソン大会を続けているのを見るとき、「何が、あのようにさせるのだろう!」という思いが湧くのです。それはお金でもなく、女性の力でも、男性の力でもありません。それを可能にするのは愛の偉大な力です。愛は、眠っている子女が、舌を出して母親のお乳を欲しがるのと同じです。子女が、泣きながらでもお乳を吸うように母親の懐を慕う心をもった幼子の立場と同じです。それは貴重なことなのです。

23 私はいくら忙しくても、毎日、一日も欠かさずに、眠っている子女たちの所に行って祈ってあげます。貴い生命の前に、父母の役割を果たすのは簡単ではないというのです。「私がお前にあげられるものは何だろうか。お前に負債は負わない。お前が寝る時間、私が福を願い、しっかりと抱いてキスしてあげよう。私には時間がなくて、いつもお前の手を握って歩くことはできないが、私が申し訳ない思いをもってお前を抱き、キスしてあげる、このようなことは永遠に残るだろう」、このように生活しているのです。

24 父母がけんかしながら、涙を流して争い、子女たちが泣きわめくようなことがあってはいけません。それは父母としてすべきことではありません。子女たちに対して恥ずかしいことです。子女たちは未来の神様です。神様の理想を未来の後継者たちが相続していかなければなりません。未来の神様にならなければならないというのです。そして、神様の実体対象にならなければなりません。

彼らは未来の神様なので、師の中の師です。子女たちはだませません。絶対にだませないというのです。既に、父母がうそをついているのを、言葉にはしなくても、すべて知っています。ですから、父母は師の中の師にならなければなりません。父母は第二の神様の位置に立って、師の中の師にならなければならないのです。彼ら(子女たち)の情緒的な標準にならなければなりません。「僕もうちのお父さんのような夫になり、うちのお母さんのような妻を迎えよう。もし駄目なら、育ててでもそのように導こう」と言えるようにしなければなりません。心情的教育は、そこからしなければならないのです。

25 私とお母様は、息子、娘の前では絶対に涙を流しません。彼らの前で涙を流す姿を見せてはいけないのです。その子女たちは神様です。父母は、自分の息子、娘に絶対に涙を流すところを見せてはいけません。幼い時は父母が一番です。世の中で最も貴い存在であり、神様の次に偉い父母だと思っているのです。国の大統領よりも、世界の聖人よりも、誰よりも一番貴いというのです。家庭がそのような心情のもとで進まなければなりません。

今まで、天国を築こうと歩んできた私たちですが、国を通しては絶対に天国を築くことはできません。家庭を通して天国ができるのです。その家庭は、父母様がいつでも行って暮らしたいと思う家庭であり、神様が暮らしたいと思う家庭です。その国の主権者であれば、主権者が暮らしたいと思う所なのです。

26 父母は、幼子のおむつを洗いながら、臭いがしても、赤ん坊がにこにこ笑う姿を考えながら、ただ喜ぶのです。考えるだけで、もう目に浮かびます。子女を愛する父母の心はそうです。

皆さんが神様を愛するとすれば、どのくらい愛しますか。神様を愛する場合、神様のものであれば、良くないものがないのです。いくら難しいことでも、難しいと感じません。深い谷間に埋まっている愛の綱がうなりを上げて出てくることのできる一つの動機になります。母親が苦労して働いていても、子女をさっと抱き寄せ、乳房が痛くて気が遠くなるほどお乳を飲ませる姿は、本当に素晴らしいというのです。

第二節 真の父母様の公的生活と精誠

公的な生活姿勢

神様のみ旨とは創造目的を成し遂げることである。真の父母様は一生涯、そのみ旨のために生き、そのみ旨のために死のうとされた。ただ、天のみ旨だけを考え、み旨だけのために生きてこられた。夜も昼もなく、ゆっくり眠ることもできなかった。世界を巡回されるときも、いつも強行軍をしながら、食口たちを激励された。真の父母様の生涯は、神様の解放と人類の救いのための公的な路程であった。個人の生活を顧みられないまま、公的なことのために自らのすべてを犠牲にされたのである。

1 お父様は、どこに行っても聖別して暮らします。どこかに行って座るときも、聖別して座るのです。そして、その場から出てくるときは、必ずそこに盾を立てて (サタンから守る対策をして)おいて、出てくるのです。「ここのどんな環境よりも高い場所に座ってから行く」と考えてこそ、サタンは付いてきません。座る場所、見る場所、どこが居心地がいいか、それを見るのです。このような生活をすれば、神経が最高に鋭敏になるので分かります。良くない環境に入れば、すぐに全身がぞくっとするのです。どこがどうだというのが分かるというのです。その時は、その場を避けなければなりません。それが生き残る道です。

それを知りながらその場に行けば、露見するようになっています。ですから、いつも明かりをつけて回るのです。電気で言えば、昼が千ワットの明かりだとすれば、私は千ワット以上に明るくして回らなければなりません。太陽の光の下で、さらに明るければ、日の光の中でも影ができます。それゆえ、絶対的に「ために生きる」愛を実践しなければなりません。そのようになれば、百ワット、千ワットが天から直接来るのです。発電所から直接ここに来るのです。いつもそれを考えなければなりません。

2 お父様に、自分のことを考える思いがあれば、今日、このような位置にまで来ることはできず、流れてしまったでしょう。どれほど人を慕ったかというのです。教会の引導者であれば、夜十二時になっても、別れることを嫌わなければなりません。別れても、「家に入る前にまた来たらよい」と考えなければなりません、愛の気持ちが途切れず、続かなければならないというのです。

人を慕わなければなりません。うれしくて、涙が先立つ生活をしなければなりません。涙なくしては天の国に入れません。その道は、よく食べ、豊かに暮らす道ではありません。天はそのような事情を抱えている人がいれば、天の秘密とあらゆるものを運んであげようとするのです。父母様は、神様の解放のために走っていますが、皆さんはそのみ旨の前に、どのように一つになれるかを考えなければなりません。

3 今まで私が苦労したとは考えません。鮭は、産卵して死んだあとに、子供に自分の体を食べさせようとします。最後には、自分にあるすべてのものを根こそぎ食べさせて逝こうとするのです。何も残さないで逝きます。私も、所有物を残そうとは思いません。私の所有権があれば、後代の万国の子孫たちに、所有権を用意してあげようと思います。自分のものにして隠しておき、使おうという考えはありません。誰かが献金をすれば、絶対にそのお金を使いません。そっくりそのまま補充して世界のために使うのです。

4 私は、お金があっても、良い家を建てたり、自分一身の享楽を夢見たりはしませんでした。しかし、民族のためにお金を使うところがあれば、借金を背負ってでも使うという信念をもって歩んできました。なぜでしょうか。

世界を愛される神様のみ旨を愛したという条件を残すべき使命を背負った統一教会の指導者だからです。指導者が生活の中でそのような条件を立てなければ、皆さんを教育できる教材を残すことはできません。その教材を残すべき責任があるので、悲しくても悲しい表情をすることができず、悔しくても悔しさを表すことのできない立場で、今まで開拓者の使命を果たしてきているのです。

5 世界で多くの人が飢えて死んでいきますが、それに誰が責任をもつのでしょうか。その息子、娘たちは勉強もできずにいます。そのように流れていくことによって、ごみを燃やすための燃えぐさにもなれずに終わりを迎える場合が多いのですが、そのような子供たちを、金持ちの家の息子、娘以上に勉強させなければならないというのです。

学費がなくて勉強できなかったり、人々が飢え死にするのを防止することが、終末時代に人類が解決すべき最も重大な問題です。その問題を解決しようという人がいないので、父母様は、別動部隊をつくってでも、飢え死にする人々を助けてあげようとするのです。それが生活哲学になっているので、そのようなことを続けています。誰も、そのようなことを好みませんが、父母様は助けてあげようとするのです。

6 献金というのは恐ろしいものです。毒薬より恐ろしいのです。国のために血と汗を流して用意した、天に記憶される礼物を、自分の息子、娘と自分のために使えば、一族が滅びます。献金が入ってくれば、すぐ誰にあげるかを先に考えるのです。世界のより大きなもののために、国のために、どこに使うかを考えれば引っ掛かりません。それを正しく使う方法が分からずに、みな滅びるのです。

7 お父様は、自分のためにはお金を一銭も使いませんでした。お金について、正確に報告してきました。国税庁でも、「公的なお金は一銭も使わない。お金に関して間違いない人だ」と言っています。

皆さんが苦労して集めたそのお金を、欲しいと思うことはできません。真の父とは、そのような人ではありません。日本の女性食口が七年間、同じ下着を着て活動したという報告を聞き、痛哭しました。そのような日本民族を、忘れることはできません。そのような条件をもっているので助けたいのです。そのように苦労しているのを知っています。

8 統一教会に入ってきて、統一教会に頼って暮らそうという心をもってはいけません。統一教会にマイナスになり、世話になるのではなく、教会とこの運動にプラスになる皆さん自身にならなければならないのです。み旨の前にプラスになることができず、天のみ前に心配の対象になれば、行く道においてどれほど支障をもたらすか分かりません。お父様が一生において定めた標準はこれです。このみ旨が世界に越えていくまでは、自分の国や自分の親戚など、み旨の前に妨げになり得る人々は立てないと決心したのです。

9 今まで、父母様の目から涙の乾く日はありませんでした。今もそうです。公職にいる人は、足を安らかに伸ばして寝ることができません。心置きなく、一杯の御飯を食べることもできないのです。そのような立場で過ごしながら、ありとあらゆることを言われましたが、弁明しませんでした。神様が六千年間、弁明してきていたなら、この天地は残っていなかったでしょう。

神様の内的な心情をたどってみるとき、今日、私たちが受ける試練と苦痛は、あまりにも軽いのです。神様のみ前に自分を掲げて現れ、弁明するには、あまりにも不足だというのです。かえって、私たちは神様を慰めてさしあげ、神様のみ前に頭を垂れて恥ずかしく思うべき者たちです。困難な環境に追われれば追われるほど、自分自身を隠そうとし、恥ずかしさを感じなければならない立場であるにもかかわらず、弁明して進み出ようとしています。そのようにしてはいけないというのです。

10 困難なときであるほど、神様を中心として、絶対信仰、絶対愛、絶対服従しなければなりません。完全な主体を中心として、零の位置に立たなければなりません。零の位置に立つとはどのようなことかというと、太陽の光が射すとき、ちょうど垂直の位置に立てば、影が生じないのと同じです。正午になって、太陽の光の下に立てば、影が生じません。太陽が一番高い所にあれば影がなくなります。影がなければ、そこから新しいものが生じるのです。零の位置に立つので、そうなるのです。そこで心配しながら暮らす人は、失敗に終わります。

しかし、失敗したとしても、心配をしなければ、その人は次元の高い所で定着するのです。他の人々はみな倒れ、みな後退していなくなった場でも、心配をしないようになれば、また違う次元で、より高い次元で発展するのです。それが父母様の生活哲学です。統一教会は今まで否定を受けてきましたが、否定を受ければ受けるほど、その否定される場では低かったものが、より高い次元で成就されるようになるのです。ですから、完全な主体は完全な対象をつくり出すという原則を中心として、進まなければなりません。

11 お父様は、休みの日にも眠る暇がありません。無理をし続けています。話し始めれば、途中で終わらないからです。一生のうち、昼寝をしたことは数回しかありません。一九九〇年を越えてからは、疲れた場合に昼寝をしましたが、寝るとしても、一時間以上は寝ないのです。一時間以上寝れば、夜、眠れません。ですから、いくら疲れても昼寝はしません。それが習慣のようになっているのです。お父様は、普通、早朝の三時半になれば起きます。年は取っていますが、青年たちにも負けません。健康維持法を知っているからです。

12 天の国では、お金を持って暮らすことはできません。知識でも駄目です。愛の涙をたくさん流さなければなりません。宗教指導者は涙がなければ駄目なのです。お父様は、誰かが一言だけ話しても、痛哭する心情をもって一生を送っています。ここで抱いていたその思いが成就されなかったとすれば、霊界に行っても、休まずに働かなければなりません。仕事が山のように幾重にも積み重なっているのを知っているので、きょう一日を過ごしながら、一時間でも残っていれば、あすの一日を得るために、夜でもその仕事を終わらせようとするのです。

そうして、あすはもっと大きなことを、その次の日は、さらにもっと大きなことをしようとします。天のために天の塔を築くのです。天の塔を築くための煉瓦を、誰かが一個でも多く載せなければなりません。一生の間、自分のことを忘れてこのように生きてきてみると、今や、世界の頂上を越えたのです。

13 皆さんは、統一教会の発展をその国、その民族に連結させるために、数多くの同志が血を流し、夜も眠れずにいるという事実を知らなければなりません。私はそれを知っている人です。また、それを命令した人なので、夜も昼も負債を負わないように努力して生きるのです。

夜十二時を過ぎれば、「彼らが祈る時間になった」と思い、寝ずに彼らに対する負い目から抜け出そうと努力します。ですから、統一教会は発展するのです。

精誠と祈祷生活

真のお父様は、数多くの漢字の中からたった一字だけ選ぶとすれば、「誠」の字を挙げられるというほど、精誠の重要性を強調された。精誠とは、み言を生活の中で成し遂げることである。それが、天を感動させ、人を感化させることのできる信仰生活の基本となるからである。真の父母様は、精誠を尽くす人や、精誠を尽くした物を、常に何よりも貴く思われた、そして、祈れば神様が必ず成就してださるという信念をもって祈ることと、祈りに先立って実践することを強調された。

14 お父様は、監獄に入れば、監獄生活をする人々の親になり、労働現場に行けば、労働者たちの親になりました。アメリカのグロスターで七年間、船に乗りましたが、そのような思いで乗ったのです。「ニューホープ」に乗って回るとき、全員が昼寝をしていても、私は寝ませんでした。朝になって航海をしなければならないのに、船長が居眠りをしていれば、起こしたのです。船に乗っているとき、船室にベッドがありました。しかし、頭が痛くて一度横になったことはありますが、それ以外、横になったことはありません。そのように大変なのです。大海原を切って走るすべての船員たちの伝統を立てるべき責任があるというのです。親としての責任があると考るのです。

統一産業をつくったとき、青坡洞の本部から水澤里まで行ったり来たりしようとすれば、三時間、四時間近くかかりました。そのような距離を、一日に二回行ったことが無数にあり、三回行ったことも数えきれないほど多くありました。ベリータウンの神学校にも、三年間、そのように通いながら暮らしました。行きたければ、毎日行くのです。どこかに行っていて遅く帰ってくれば、その翌朝に行きます。精誠を尽くしに行くのです。

15 精誠とは、錨綱がない所に天の国の錨綱を降ろすようにすることです。一つ、二つと引っ掛けて、錨綱が伸びるようにするのです。精誠を捧げれば、錨綱がそのように降りてきます。降りてくるその錨綱に乗って、天の国へ自由に上がっていけるのです。なければ上がることができません。ですから、精誠を捧げて、錨綱をつないでおかなければならないというのです。錨綱をつないでおけば、これに乗っていくらでも上がっていくことができます。このようになれば、祈りの門が開き、精誠を捧げれば、それが錨綱を中心として横的に広がります。

祈り続ければ、次第に広がるのです。これが次第に広がれば、錨綱ではなく梯子になります。そこからさらに精誠を尽くせば、この梯子が山になるのです。そうして、その高い山の頂上で天の国と接し、連結されます。そうすれば、私が高くなるか、天の国が降りてくるか、するようになるというのです。そのように梯子を高くし、また霊界のすべての人が私を中心として精誠を尽くすことによって、地上に再臨できる道が近づきます。また、地上で私のために精誠を捧げれば、それによって高い山ができ、恵沢を受けることができる領域に上がるのです。

16 精誠を尽くすことができない人は、弁明が多いのです。精誠を尽くす人は、度数をより大きくして尽くすべきことがいくらでも残っているので、弁明できないというのです。ですから、神様は沈黙を守ります。創世以来、今まで一言も語らず、精誠を尽くしているのです。神様は、全体のために、どんな存在とも関係を結んでいないものはないと言える位置に立つために、低い世界がより高い世界に進めるよう、今もさらに多くの精誠を尽くし、さらに多くの忠誠を尽くしているというのです。

今、父母様が行く道も、それと同じです。いつも新たに出発するというのです。それは、新しい精誠が加重されなければならないということです。そこには敗者の悲しみが伴うことはありません。勝者の喜びだけが伴うのです。

17 民族と世界に残る経済基盤を築いて、万民解放のための蕩減条件を立て、神様とサタンに公認される立場に立とうとすれば、途方もない精誠を捧げなければなりません。お父様はそのように生きてきました。ですから、清平にも毎日のように行ったのです。夜十二時になって帰ってきては、その地が見たくて、翌朝に再び行くのです。いつも精誠を捧げました。精誠を尽くさなければなりません。精誠を束ねて、天のみ前にお返ししなければなりません。私の血と汗と共に精誠を捧げ、お返ししてこそ、天は、国と世界を再創造できるように材料を供給する主体者として、恥ずかしくないというのです。お父様は原理どおりに生きてきました。

18 統一教会の思想は恐ろしいのです。私たちは南米で、誰一人に対しても被害を与えようとは思いません。そのような活動をしながらも、疲れることはできません。疲れていられないというのです。南米が復活し、世界を助けることができる一つの大陸になることを願っているので、世界を助ける希望を神様が捨てない限り、南米は捨てることができません。精誠を捧げる人がいれば、そうだというのです。

お父様も八十歳近い年齢になっていますが、毎日のようにプラスさせるのです。汗を流すにしても、きのうよりもきょうさらにもう一滴流し、歩くにしても、動作をするにしても、さらに一つ加えるのであって、マイナスにはしないというのです。発展するのです。お父様に、停止という言葉はありません。停止は敗退と死亡に連結され、発展は繁栄と天国に連結されるのです。

19 お父様は、説教の題名をあらかじめ定めたり、研究したりしたことはありません。なぜなら、縦的世界がまっすぐに立っているからです。水がまっすぐ垂直になれば、最も速く流れるように、平面が九〇度になってこそ、最も速く流れるというのです。

水道の蛇口をひねれば水が流れるように、聴衆を見れば、その時、その時に必要な人がいるので、様々な話が出てきます。たくさんの話をするので、長い時間がかかるのです。その話によって、何人かが蘇生します。それを知っているので、十時間以上も話すことができるのです。何のためにそのようにするのでしょうか。子女を蘇生させるためです。

20 お父様は道を歩くときも、残り一時間半かかる道を一時間十分もあれば行くことができます。二十分節約できるというのです。他の人々は一歩一歩ゆっくり歩きますが、お父様は足を離す高さがーインチから三インチを越えません。ですから、他の人より一歩で七センチメートルから十五センチメートル先に、もっと進むのです。それゆえ、他の人々が見るとき、非常に速いのです。二里の道を行けば、二十五分から三十分は速いというのです。忙しい世の中なので、速いぺースに合わせなければならないのであって、忙しい世の中なのに遅いぺースに合わせれば後退していくのです。

21 神様は、素晴らしい教育材料を真摯に、漏れなく準備しました。それを知りませんでした。お父様もそうです。復帰の真理や、死や霊界などを知るに当たって、ただ何となくできたのではありません。何も食べずに十七時間祈り続けたこともあります。十時間、十二時間は普通です。それで、膝頭がすべて固まりました。今は長く祈らなくても、神様が近くにいらっしゃるのですぐに通じます。膝頭に、そのような痕跡があるのです。世の中に真理を知らせてあげなければ、万民解放、人類解放は、どうなるのかというのです。そのように苦労して、ついに探し出したのですが、それを明らかにしてみると、すべて神様が準備していたというのです。

22 お父様が祈るときには、松の木の根が抜け、岩が転がっていくほど力を込めてします。陰暦の五月、六月に、綿入りのズボンをはいて血と汗と涙を流しながら祈り、ズボンから汗と涙を絞り出したことが何度もあります。腰が折れ、骨が砕ける環境でも、神様のみ旨を解怨成就してさしあげるために、身もだえして祈るときには、神様が訪ねてこられて慰労してくださるのです。

23 お父様が祈るときには、この世界の頂上をつかみ、この地球星を回す闘いをします。そうすれば、五分以内に汗が出ます。闘いの中の最高の闘いだというのです。イエス様は十字架を前にして祈るとき、汗を血のしたたりのように流す祈りをしたのですが、それは闘いです。最高の闘いだというのです。皆さんは祈りの必要性を知っていますか。祈って効果がありましたか。そのような体験がなければなりません。祈れば必ず成就するという信念をもたなければなりません。祈っておいて、「神様は聞いてくれるだろうか」としきりに疑ってはいけないというのです。

お父様が指示したとおりに信じ、「成就する!」と言えば、成就するというのです。十年、百年たっても、上がっていくなら上がっていくが、降りていくことはできないと思えば、いつでも神様が助けてくれるのです。いつでも助けてくれるというのです。神様は、何年か活動すれば成就される、そのようなみ旨を成就しようとするのではありません。何億万年かかっても、間違いなく成就しようというみ旨です。そのみ旨に従って、何億万年たっても変わらないという信念をもたなければなりません。神様はそのような人を願うのです。神様が立てようとするみ旨は、そのようなみ旨です。

24 神様は、世話になろうとしません。投入した分以上に返してあげようとするのです。待つのが少し長く感じられるだけです。私が受け取れなければ、私の息子、娘が受け取るのです。ですから、皆さんは千年、万年を見据えて祈りなさいというのです。今、父母様は千年以後のことについて祈っています。万年以後に世の中は、このようにならなければならないという祈りを深刻にしているのです。教主から教会員たちが深刻にそのような祈りをしておけば、その祈りの基準が天上に残っている限り、統一教会は滅びないのです。

誰もが「滅びよ」と言っても、絶対に滅びません。「統一教会は滅びろ」と祈る人がどれほど多くいるでしょうか。そして、そのような祈りをしたならば、その時代がどのような時代かを予測しながら、その時代の責任者としてふさわしい人になるために努力しなければなりません。そのために、神様のように投入して忘れ、投入して忘れてしまうのです。その道一つしかありません。分かってみれば、その道だけがすべてのことを解決する秘法だというのです。

25 今まで標語を立てて祈ってきたことが三つあります。一つは信仰に対する祈りです。神様のみ前に進み出るときは、世の中の人が信じられないことを私が信じなければならないというのです。神様を中心として語る言葉は、どんな言葉でも信じられないものがないというのです。

次は、知恵のために祈りました。物事の判断に対する明確な主体性をもたなければ、指導者になれません。「ソロモンの知恵以上の知恵を下さい!」と祈りました。

その次には愛です。民族を超越して、どんなことをしてでも、数多くの民族の前に私が愛をもって現れるときは、私にそれを願わない人はいないという思いをもって生きるのです。誰もが、その愛に引っ張られてくるというのです。「終わりの日」は愛が冷えた時代なので、その世界で新しい運動をするためには、その愛が何よりも必要です。この三つが、今まで祈った内容です。そのように祈っていくと、いつの間にか、すべて成し遂げられていたのです。

第三節 真の父母様の健康生活

真の父母様の健康管理

すべての生命現象は、天理に従う。真の父母様は、天理法度に従った生活と運動により、健康を維持された。塩分の消耗を考えて水の摂取量を調節し、間食や過食をほぼされなかった。特に、創造本然の生活をすれば病気にもならないと教えられた。病気になっても、神様のみ旨と心情に没頭し、天運の保護によって健康を回復されることが多かった。

1 私は、自分自身のことを知っている人です。体のコンディションもそうです。一日に食べて寝るすべてのことは、誰のためにするのでしょうか。

ために生きる立場にいれば、病気も、ふろしきを包んで出ていかなければなりません。なぜでしょうか。天運が訪ねてくるからです。そのことを考えるのです。一生の間、そのように生きてきました。

2 お父様は朝、七分間だけ運動をすればよいのです。他の人々は三、四時間ずつしますが、七分もかかりません。数十年間、毎日そのようにしました。監獄や学生時代に、運動をしなかった日はありません。ですから、今持ちこたえているのです。目から肩から、すべての部位の運動をします。自分の体の管理をしなければなりません。原理は偉大です。原理を知ったので、監獄に入ってそれほど食べなくても、呼吸によって健康を維持してきました。

生命の要因として吸う酸素が貴いのです。呼吸をするのですが、新鮮な空気を中心として、太陽の光を浴びなければならず、水を飲まなければなりません。監獄にいて、働いているときも、太陽が昇ってくれば、トイレに行って太陽を眺めていたのです。新しい水と、空気と、太陽の光を取り入れなければなりません。これが生命の三大要素です。太陽の光と水、その次に、空気を新たに取り入れなければならないのです。

3 お父様は、できるだけ間食をしません。間食をすれば、多くの面で良くないというのです。自分が食べる標準の量を越えて食べてはいけません。そして、食べ物を食べるときは、おいしく食べなさいというのです。食べ物は、甘みが出るように食べなければなりません。たくさんかめば、甘みが出ます。

監獄に入れば、普通の人々は「おなかがすいた」と言って、一気に早く食べてしまいます。そうすると、一瞬にして消化され、栄養素の三分の一は排泄物に混ざって出ていってしまうのです。ですから、できるだけ長くかんで食べなさいというのです。そうすれば、甘い味がするのです。赤ん坊が甘い味を好むのと同じように、ちょうどそのようになります。御飯を食べるとき、焦って食べようと思わずに、甘みが出るように食べなければなりません。甘い味がおいしいのです。甘みの中に、栄養素があります。食べ物をたくさんかめば、水のようになって、栄養がよく吸収されるのです。

4 お父様は、今も疲れたという思いをもちません。疲れたと考えないので、疲れないのです。十二時間、二十四時間立っていても、何ともありません。お父様は二十時間でもびくともしないのです。健康だから、そうなのではありません。精神力で持ちこたえるのです。

自ら「年老いた」と思えば、それで終わりです。そうなれば、年老いた老人のようになるのです。年を取っていても、精神が萎縮しないように仕事をつくり、働かなければならないという思いをいつでももっています。そのような精神的な基台が崩れないので、健康を維持しながら、どんな困難も越えていけるのです。精神力は偉大です。

5 お父様が二十代の時は、しなかった運動がありませんでした。運動をしたので、私の体のどこかが悪くなれば、治療できる方法を悟って、今日の健康を維持していると言えます。その次には、精神的信念です。高い所に行くときも、高いとは考えず、低い所に行くときも、低いとは考えません。精神的安定点をつかむのです。

6 お父様は、疲れたら肩をほぐします。手すりがあれば、そこに行ってほぐすのです。眠気を感じても、トイレに行って五分だけいれば、眠気が逃げていきます。眠気よりもっと強い力を吹き込めば、すべて後退してしまうのです。風が吹けば、雲がすべてなくなるのと同じです。精神力でバランスを取るのです。間食をとりません。妨げになります。水もむやみに飲まず、果物が置いてあっても、むやみに食べません。

御飯を食べるときは、おいしく食べなさいというのです。どのように食べるにしても、おいしく食べなさいというのです。ですから、おかずはあまり必要ありません。三種類以上は必要ないというのです。人は老いれば、膝から下が問題になります。座っていて立ち上がるときが問題です。それで、運動するのです。ぴたっと立って支え、中腰になってまた立ち上がるのです。

7 お父様には、運動する方法がたくさんあります。春夏秋冬で変わるのです。春にする運動と、他の季節にする運動は違います。気候が違い、湿気が違うからです。運動をすれば、菌が生じても、菌が死んでしまいます。監獄でも、私が開発した運動をして生き残りました。今もそうです。私がする運動は、時間が長くかかりません。三時間、四時間運動する人も、私が健康を維持する基準に付いてくることはできません。

骨髄の頂上からするのです。精神的に行うのです。目が痛ければ、その痛みより、何倍もの力を目に込めれば、良くなります。今もそうです。二十四時間、寝なくても持ちこたえることにおいて、誰も私にかないません。いくら具合が悪くても、車に乗りながら運動をするのです。

真の父母様の健康秘法

真のお父様は、六度の監獄生活をするなど、身体的に耐え難い苦難を体験したが、特別な健康管理を通してこれを克服された。特に、獄中で授受作用の原理を適用した呼吸法や体操など、多様な健康法を開発された。持って生まれた丈夫な体力もあったが、このような健康管理は、超人的活動を行うにおいて、大きな力となった。真のお母様は、主に食事療法とウォーキング運動を通して、健康を管理された。

8 呼吸をするときは、深く吸わなければなりません。呼吸をするとき、「フーッ!」と吐けば、(肺が)空っぽになります。空っぽになるので、健康になるのです。歩いてこそ、健康になると思っている人がいますが、私は歩かなくても健康になる方法を知っています。一里を行くとすれば、百里の道を行く力を、一里の道を行くためにすべて注ぐのです。たくさん吸い込み、たくさん吐くのです。そうすれば、肺でたくさん吸収されて、新しい血が心臓に行きます。短く息をすると、心臓に回るものがありません。お父様はその運動をするのです。

監獄に入っても、その運動をしました。力を入れて踏ん張り、「うーっ!」と息をするのです。力を入れてそうすれば何倍になるでしょうか。運動の中で、それ以上の運動はありません。七分から十三分あれば大丈夫です。力を入れて、肺をぎゅっと閉じ、息をしないのです。そのような時は、ひよめきを狭めなさいというのです。そのような運動が肺運動です。

9 鼻をつかみ、口をぎゅっと閉じながら、息を力いっぱい吐き出せば、目からも空気が出て、口からも空気が出て、耳からも空気が出ていきます。そのようにして、詰まったものを掃除してあげなければなりません。そのようにしてこそ、老いても耳が遠くならず、目がかすまず、死ぬまで健康なのです。そのような運動をすれば、首の運動まですることになるので、筋肉が丈夫になります。そのようにしてこそ、鼻が四方に通じるのです。朝、鼻をつかんでこの運動をしてみてください。このような運動をする人は、風邪も引きません。お父様が健康なのは、そのような運動ができるからです。

10 息を一度「スーッ」と吸い込めば、これがどれくらい続くでしょうか。肺活量を増やすためには、水に潜ったり出たりしなければなりません。百メートル走を朝夕にすれば、呼吸が健康的で、バランスの取れた自分のぺースを維持するようになります。それが、健康状態を維持するための秘訣です。肺活量が増え、息を長く吸うこともでき、水の中に入っても長い時間、耐えることができるのです。肺活量が多ければ、空気がたくさん入って酸素が多く補給されるため、自然に長くいられます。それはすべて、科学的なのです。

道を歩くときの自分の癖は、地面を見つめながら歩くでしょうか、遠い所を眺めながら歩くでしょうか。道を歩くとき、胸を張って歩きなさいというのです。顔で一番貴いのが鼻です。鼻が標準になっています。何をするとしても、ここに合わせなければなりません。

11 へその運動をしなさいというのです。急所という所は、すべて隠されています。すべてへこんでいるのです。それを押せば、本然的な力、強大な力が連結されます。人体の中で、一番へこんでいるのがへそです。ですから、重要な神経はすべてここに連結されているのです。朝起きて他の所の運動をするのではなく、ここの下のへこんだ所、へそに力を入れなさいというのです。へこんだへそが、ぼこっと出てくるように力を入れてみなさいというのです。そのようにすれば、病原菌で塞がったすべての細胞が通じるようになるのです。

12 皆さんは、呼吸とともに、末梢神経のための運動をしなければなりません。人は年を取れば、呼吸が乱れることによって末梢神経が鈍くなります。そのことで体のバランスが崩れ始めるのです。バランスを取るためには、安着、定着のための運動をしなければなりません。踊るのも、歌うのも、武術をするのも運動です。すべて、健康のために、人間らしい生活をするために、精神分野にまで連結させて、安着させるためのものなのです。武術の技術も、困難な環境から保護するための、自らの護身の次元で絶対に必要なものなので、外すことができません。

13 お父様は顔を洗うとき、水で目から洗ってあげます。きれいに手を洗い、目を洗ってあげるのです。目を洗ってあげ、そっと押しながら運動をしてあげるのです。このようにすれば、目覚めた時より爽快です。運動したので、意識がはっきりします。そのようにしてからどこかを見つめれば、違うのです。焦点が合います。

鼻も同じです。水で目を掃除し、次に、鼻を掃除してあげます。このように鼻をつかんで、「フッ」と空気を吹くのです。その次に、喉の運動をします。一生の間、話をたくさんしたからです。目から鼻と喉は、通じている器官です。これを掃除して、そのような運動をしなければなりません。そのためには、呼吸をしながら運動するのです。短くして、このように運動をすれば、喉がかれても、ほぐれます。

その次は、肩も運動します。プラスとマイナスの感度が強くなれば、低気圧は出ていき、高気圧が占領します。同じです。その運動をしなければなりません。なぜ運動をするのでしょうか。呼吸による新陳代謝が、拍子を合わせて円滑に円形の軌道を走るので、疲れが解消し、健康に、よく育つのです。お父様がする運動は、屈伸運動のような運動です。末梢神経を中心として、自分の体のバランスを取るのです。このように立って、体を支えることができます。

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第十三篇 第四章 天一国の定着と私たちの行く道

第十三篇 第四章

天一国の定着と私たちの行く道

第一節 草創期の信仰回復と環境創造

教会復興と草創期の信仰回復

草創期の教会は、真の父母様を慕う食口たちで常にあふれ、新しい食口のために昼も夜も原理講義が途絶えることはなかった。神霊によって礼拝を捧げ、真理によって伝道する、愛に満ちあふれた教会であった。真のお母様は、このような草創期の信仰を回復し、生き生きと息づく教会を築いて、天一国の定着に拍車を掛けようと食口たちを激励され、荒野時代を越えて天一国定着時代の信仰姿勢を提示された。

1 教会を復興させなければなりません。お父様の生前に、全人類がお父様のことを本当に真の父母と知ったならばどれほど良かったか、このような恨がとても大きいのです。しかし、方法はたった一つ、原理のみ言でそのようにする道しかないというのです。

全人類には、原理のみ言が薬です。私たちが行動することによって、原理のみ言で教会を復興させ、さらには天一国の定着を早めることができるのです。

2 お父様は、草創期に、み言によって、愛によって、強い心情世界の絆によって、食口たちを育ててこられました。今後、韓国の教会と世界の教会はそのようになるべきだと私(お母様)は考えています。全体的に韓国の教会をそのような方向に導いていくつもりです。世界も同じです。

私たちは、何の説明がなくても、天を中心として結ばれた絆と情ですべて感じることができます。一つになれば、すべて通じるというのです。そのような深い情で結ばれた祝福家庭です。皆さんはそのような面で、すべて協助しなければなりません。

心情的な教会になろうとすれば、公職生活をしたり、公職生活をしなかったりという立場の違いはあっても、皆さんの行動や言葉、態度が、まず相手と環境、隣人のために配慮するものにならなければなりません。

3 私たちにとって今、最も急を要する問題は、統一教会がいかに草創期の心情に戻っていくかということです。真理、み言と神霊が一つになって躍動する教会にならなければなりません。どうすれば毎日毎日、原理のみ言を絶えず新しい人々に伝え、七日修練、二十一日修練、あるいは四十日修練を経て祝福の場まで行くように導くことができるかというのです。統一教会員をたくさん輩出して、生き生きと躍動する教会になるようにしなければなりません。

4 統一教会に本当に食口と言える人たちが、どれくらいいるかが問題です。原理をきちんと知っている食口が、どれくらいになるかというのです。礼拝にどれくらい参席したかという、この数が問題ではありません。

教会では原理講義を続け、食口たちはみ言で生まれ変わらなければなりません。そのように、み言で生まれ変わることによって、真の愛を実践する個人、家庭、氏族、社会、国になるとき、天一国ができるのです。それが地上天国です。そうすれば、一人一人が自ら心の平和を取り戻すようになるでしょう。

5 統一教会は、本来、神霊と真理によって出発しました。ところが、現在の私たちの姿を見れば、教会や食口たちが心情的に発展したと見ることはできません。

草創期には、食口たちが教会に訪ねてくれば、(その場から)離れたいと思いませんでした。父母様と夜を明かしながら一緒にいたいと思い、父母様が願われることなら何でもしてさしあげたいと思いました。誰かが強要するのではなく、自ら進んでしていたのが草創期の信仰生活でした。小さな教会でしたが、教会は真の愛であふれ、お互いに一つになって、とても困難な時代を克服していきました。

韓国の教会には、多くの祝福家庭を輩出する中で、忘れることができない逸話がたくさんあります。草創期には、食口たちが開拓伝道に出ていかなければならない立場だったので、子女を孤児院に預けて出掛ける婦人たちもいました。

そのようにして韓国教会は、三十六家庭から四百三十家庭が出てくるまで、多くの犠牲を払いながら摂理を成し遂げてきたのです

6 草創期に劉孝元(ユ・ヒョウウォン)協会長は、不自由な身で一日中講義をしました。健常な人が一、二時間するのも大変なのに、そのようにしたというのです。しかも、その時は私たちの教会が貧しかったので、栄養の補充も十分にできませんでした。そのようにして復帰され、立てられたのが三十六家庭です。私たちが三十六家庭を貴く思うのも、心情の根がその土台から育ったからです。

ですから韓国も日本もアメリカも、熱い愛であふれていたその草創期のように、新たに出発しようというのです。原理講義が途切れることなく、修練が継続する教会にしなければなりません。

7 皆さんは、み言で生まれ変わらなければなりません。草創期には、何かの条件や理由を問わず、ただ父母様にお会いすればうれしく、感謝で、また離れていれば会いたい、来たい、み言を聞きたいと思いました。

自分中心の考えがありませんでした。「私がこのように努力すればどれくらい報いがある、私がこのようにすれば褒められる」、このような計算はありませんでした。そのような時に戻らなければなりません。私(お母様)は、そのように愛があふれ、生き生きとした統一教会をつくろうと思うのです。

8 短期間のうちに自分の地域の人々を復帰しようとすれば、教会から明かりが消えてはいけません。皆さんは本当に固く決心しなければなりません。この時代に生きてお父様に侍っていた人々としての名誉を失墜させてはいけないのです。

皆さんは、霊界でお父様に記憶される人にならなければならないのではないですか。そうなるためには、どうしなければならないでしょうか。休んではいけません。生き生きと躍動する教会をつくらなければなりません。私たちは生きています。人が生きているというのは、動き続けるということです。死んだ人はじっとしているのです。

9 計画だけが重要なのではありません。実践が重要です。皆さんは、実践をしなければなりません。今は実証してあげる時代です。皆さんは、夜寝ずに常に起きて、明かりの消えない教会になるようにしなければなりません。そうであってこそ、お父様が全世界を見て回られる途中で、その明かりに引かれて来てくださるのではないですか。お父様が素通りしていかれるような所になってはいけないというのです。

10 私たちは、お父様が普段からおやりになりたかったことを、成し遂げてさしあげなければなりません。内的、外的に秩序と伝統を立てることが急がれています。早く、世の中の人々に統一教会が健在で、継続して成長し、発展していることを見せてあげ、彼らが自ら訪ねてくるようにしなければならないからです。

皆さんが伝道しようと努力することも重要です。摂理的に成し遂げられた実績を見て、「ああ、私が最後に身を寄せなければならない所はここだなあ!」と言いながら、心によって導かれ、自ら訪ねてくるようにしなければならないのです。そして、彼らを祝福家庭に連結しなければなりません。

11 私たちは、霊界と一つになった立場にいることを実感して生きています。皆さんが霊界と相対基準さえ合えば、一〇〇パーセント役事(働き)するという話です。皆さん自身が責任感をもって生き生きと活動しなさいということです。そのようになれば、霊界が一〇〇パーセント協助します。

霊界の願いとは何でしょうか。私たちの願いとは何でしょうか。地上・天上天国です。天一国です。それを私たちの当代に成し遂げることができるというのは、どれほど興奮し、うれしく、感謝なことでしょうか。皆さんがこれを実感して生きているとすれば、どうしてじっと座ってばかりいられるでしょうか。どうして、皆さんが努力をせずにいられるでしょうか。

伝道と環境創造

伝道は、天の民を探し求めることである。天の民が増えれば増えるほど、天の主権が拡張され、神様のみ旨である天一国定着の環境がつくられるのである。人類は、神霊と真理が共にあるとき、伝道される。神霊と真理は、罪悪の世の中に勝つ鎧と槍である。神霊の鎧を着て、真理の槍を持って出ていってこそ、堕落した世の中に勝ち、真の父母様の栄光を全世界に輝かせる環境創造が起きるのである。

12 私たちには、真の父母様がいらっしゃり、真理のみ言があります。原理があります。今や、お父様の生涯と生きざまを全世界的に知らせなければなりません。私たちの未来は明るいのです。私(お母様)は、地方の教会まですべて復興させるつもりです。韓国は、教会が生き生きと躍動しなければなりません。祝福家庭が行動し、実践することによって、隣人と氏族がついてくるようにしなければなりません。

13 皆さんの中で、教会に入ってきてから五十年、六十年になった方たちが大勢いるでしょう。どこで皆さんが入教したにせよ、統一教会を訪ねてきたその時代が懐かしいと思います。お父様にお会いし、み言を聞いて、うれしいと思わず、有り難いと思わない時がありましたか。皆さんは、「新しい人生と新しい生命を与えてくださる主に出会った!」と言って、みな興奮したというのです。

そして、「世界に多くのキリスト教徒たちがいて、また、多くの宗教者たちがいるが、ただ独り、私が先に天の摂理を知るようになり、主に出会ったというのは、どれほど感謝なことか!」と言いながら、一人でとどめておくより、分かち合いたいと思いました。伝道したいと思ったのです。

実際、私たちが天から受けた恩賜と祝福はあまりにも多くあります。堕落した人類としては想像もできない恩賜と祝福を受けたというのです。まず、サタンを分立できたことだけでも、途方もない祝福を受けました。五十年前、六十年前の草創期の環境と今の環境は違います。ですから、草創期に本郷を慕いながら活動していた皆さんの心をもう一度燃え上がらせ、実を結ばせてあげたいというのが、私(お母様)の気持ちです。

14 皆さんが、お父様を再臨主、メシヤ、万王の王、真聖徳皇帝として、侍るとすれば、どのように行動しなければならないでしょうか。

民のない皇帝というものがあり得るでしょうか。私たちだけでよいのですか。世界の人類がそのように侍ることができなければなりません。今から皆さんは、お父様を証し、お父様の業績を紹介し、お父様を世の中に知らせ続けなければなりません。それが伝道です。

15 全人類に、すべて祝福を受けさせなければなりません。天一国の民をつくらなければならないのです。そうするために、皆さんはどうしなければならないでしょうか。きのうときょうに大きな差がなく、ただそのまま言われたとおりにだけしようというような態度では、霊界の協助を受けることができません。

死生決断、全力投球という言葉に実感が湧かなければなりません。ですから、実践しなさいというのです。毎日、天のみ前に報告し、天と共に動く皆さんになりなさいというのです。

16 皆さんは、祝福を受けて子女たちがいると思います。一つの生命が生まれる時、どれほど神秘的で待ち遠しいでしょうか。天の祝福を感じるはずです。

皆さんの努力いかんによって、一日に一人ずつ誕生させることもできるというのです。伝道してどれほど多くの生命を救ったかによって、皆さんが受けるべき賞の大きさが決まります。自分で決めるのです。それを避けていく皆さんにならないことを願います。

17 霊界は、愛で呼吸する所です。愛の空気で息をする所です。皆さんがどれだけ多くの愛を植えたかというのが伝道です。たくさん伝道すると、必然的に付いて回る条件が万物を復帰することです。それを必ずしなければなりません。それはすべて、皆さんが福を受ける位置なのです。

どのようにより大きく福を育てて、皆さんが後代に譲り渡すことができるかという位置は、皆さん自身がつくらなければなりません。皆さんの努力が必要です。精誠が必要です。誰もやってくれません。すべて教えてあげたので、今から皆さんがしなければなりません。

18 私たちは、天が念願し、人類が願う平和世界、幸福な世の中をつくることができます。お父様がそのことを先頭に立って実践し、手本を示してくださいました。お父様は、「無知には完成がない」とおっしゃいました。まず教育をしなければなりません。誰もが理解するようにしなければなりません。行動で見せてあげなければなりません。

このような遠大な夢を成就するために、人類が三十億の時から拍車を掛けてきたのですが、今は七十億を超えているではないですか。一日も早く、全人類に、神様のみ旨を知らせてあげなければなりません。

19 メシヤ、再臨主、真の父母様が、この地で多くの摂理歴史を展開してこられたのですが、私たちが不足なため、世の中にすべて知らせることはできませんでした。それがあまりにも恨めしいのです。

私たちが責任を果たせなければ、私たちの子孫たちが大変になるのは当然です。ですから、皆さんは何としても、今まで待ち望んできたメシヤ、再臨主、真の父母様が来られたことを、人々に知らせなければなりません。

これまで、どれくらい生命を取り戻すために努力しましたか。生きてきた生涯よりは、今から霊界に行く時までの時間のほうが短いのです。

私たちと同じ時代に生きていた人々が、真の父母も知らず、このみ言も知らずに霊界に行くことになれば、どれほど痛哭するでしょうか。「なせあなたは、私が生きている時に、これを知らせなかったのか」と讒訴するでしょう。皆さんが責任を果たせなければ、子孫を通して蕩減するようになります。皆さんは、原理とみ言をすべて聞いて知っているでしょう。今から、皆さんが責任を完遂しなければなりません。

20 神様の祖国であるこの国を、どのように復帰しますか。伝道する道しかありません。伝道して、人を転換しなければなりません。すべての機関企業体と団体が、今からは一ヵ所に向かわなければなりません。今や新しい時代を迎えるので、皆さんの態度が明確にならなければなりません。私(お母様)は、その日のために、すべての扉を開いておきました。

今後の世界摂理に関しても、私は多くのことを構想しています。少なくとも、私たちの目に見え、手につかむことができる実績を収めなければならないでしょう。私は、それが可能であることが分かりました。必ず役事してくださいます。

天の父母様が自ら治められる時を迎え、万王の王として登極されたのですが、民のいない王としていらっしゃるようにすることはできません。ですから、私は、皆さんをすべて忠、孝、烈の隊列に同参させたいのです。歴史に一度しかないこの時です。皆さんが忠、孝、烈の隊列に同参しようと思えば、すべてのことを転換しなければなりません。

21 私(お母様)が言う富者とは、どのような人でしょうか。私は皆さんに、「伝道を一生懸命にしなさい」と言いました。

肉身をまとって生きる地上生活には制限があります。長く生きても、健康的に百年を生きることはできないというのです。私たちは、永生について知っています。私たちが一つの命、十人、百人、このように伝道すれば、彼らの永生を私たちが引き受けるのです。皆さんは富者になります。永遠の世界で記憶される私たちになるというのです。

世の中では、富者は一生で終わりますが、霊界における富者は永遠です。それでは、若い皆さんはどのような道を選ぶのでしょうか。そのようなことには、欲をもってもかまいません。

22 富者になることを嫌う人はいません。最も早く富者になる道は伝道です。堕落した世の中は索漠としています。しかし、真の父母様に侍った私たちは、幸せな人たちです。私たちが伝道をたくさんして、誰もが真の父母様を知っている世の中にすれば、それ以上の富者はいません。霊肉でどれほど感謝の生活と安らかな生活を送ることができるでしょうか。

外の世界では、毎日毎日戦争を考えなければならず、利害や打算を考えなければならないので、複雑です。どれほど差がありますか。ですから伝道をたくさんして霊界のお父様や天の父母様が願われるものを所有できるようにしてさしあげることは、今座っている祝福家庭の皆さんがやるべき仕事です。一言で言って、皆さんは幸福な人だというのです。

23 私(お母様)は皆さんに、「環境創造をきちんとしよう」と言っています。しっかりと環境創造ができた所では、み言を一言語っただけでも、その十倍のみ言として理解するようになります。

太初に神様がアダムとエバを創造された時、彼らは神様と通じましたか、通じませんでしたか。神様と一問一答をしました。同じです。祝福家庭がそのように環境を創造するなら、皆さんが少しだけ努力しても、伝道ができないはずはありません。

24 私たちにとって、真の父母様が来られたことを全世界の人々に知らせることが急務です。真の父母様が既に来られたことを人類に知らせることは、未来における私たちの大きな責任です。キリスト教徒たちは、今なお再臨主、メシヤを待っています。私たちは、既に成約時代を越えて天一国を開きつつありますが、その人たちは、摂理的な時を知らずに生きています

私たちがじっとしていることはできません。あらゆる方法を動員して、真の父母様が来られたことを知らせなければなりません。メシヤが来られたことを知らせなければならないのです。さらに真の父母様が来られて、生涯を通して築いておかれた人類救援のための実績を、世の中に知らせなければなりません。

このようなことは、口で「やる」と言ってすべて成し遂げられるものではありません。宣布したからといって成し遂げられるものではないのです。実践し、活動して、実りを収めなければなりません。

25 今は、堂々と皆さんが、真の父母様が何者であるかを明かさなければなりません。真の父母様によって南北統一、世界平和が訪れることを知らせてあげ、見せてあげ、またそのための生活をする皆さんにならなければなりません。ですから、きのうときょうが違わなければなりません。

一日に一つの生命を生かすと考えてみてください。皆さんは先祖の位置に行くことができ、彼ら(生かされた人たち)は天一国の民になるのです。みな同じように祝福の位置を与えたのですが、その責任を果たすか、果たせないかによって差が生じるのです。

この時代を生きる人として、皆さんの先祖や後代を前にして、このような途方もない祝福を受ける位置にいるのですが、この位置にどのような姿で皆さんが立っているかが重要です。皆さんの中心には、常に父母様が共にいらっしゃいます。皆さんは一人ではありません。

26 ハワイには、バニヤンツリーという木があります。この木は大きく、生い茂っているので、熱い太陽を遮ってくれます。ですから、木の下が休息所になるのです。この木は天に向かって伸びていくだけではなく、枝が地面に降りてきて、数多くの根を張り、次第に本体が大きくなりながら育ちます。天の父母様が創造した自然を見ながら、多くのことを感じます。お父様はバニヤンツリーのように、地球星の奥地まで探査され、そこに御自身の精誠と愛の根を下ろされました。

真の父母の名をもって、六千年の時を経て初めて、人類の前に勝利的な基盤を築いてこられましたが、全世界を見ると,いまだに私たちの精誠と努力を補わなければならないことがたくさん残っています。今、世の中は混乱状態にあります。行くべき方向が分からず、右往左往しているのです。寸時を惜しんで、一つの生命でも多く救うことができる方法を模索しなければなりません。天は多くのことを準備し、私たちを待っていらっしゃいます。世界の至る所には、自分なりに善良に生きようと努力する人々がたくさんいます。その人々は、摂理については知りませんが、正しく善良に生きようと努力しているのです。そのような人々に私たちがみ言を伝えれば、どれほど感謝して受け入れるでしょうか。

私はバニヤンツリーを見ながら、「それでもこの木は、天が祝福してくださったその役割を果たしているな!」と思いました。この木のように、私たちを祝福してくださった天の貴いみ意を知って、その祝福を世の中に分け与える祝福家庭、青年たちにならなければなりません。皆さんの残された生涯を、名もなく、輝きもないまま流れていくように放っておいてはいけません。私たちは世界の人類にとって、夢であり、希望なのです。

27 今、外的につくり上げられている世界は超スピードです。

今、私(お母様)はここで話をしていますが、これが、まばたきする間に全世界に連結されます。天は、人類のためにこのような文明の利器を発達させてくださいました。皆さんはそのような文明をよく活用して、氏族メシヤの使命を果たし、国家復帰、世界復帰の先頭に立たなければなりません。それが今、皆さんが生きている目的です。そのようになれば、皆さんの二世、三世、子孫たちが、幸福を享受することができるのです。

28 今や、インターネットやモバイルの発達によって、全世界が一秒圏内にあります。皆さんが、父母様のいらっしゃる所に向かってアンテナを立てていれば、父母様が何をしていらっしゃるか、すべて分かるでしょう。皆さんを教育し、皆さんが責任を果たせるように、すべての資料と実績を全世界的に共有できるよう、体制を整えました。皆さんは、真の父母様を通して祝福家庭になりました。祝福家庭としての責任があるというのです。誰も、「知らなかったので責任を果たせなかった」という言葉は言えなくなりました。皆さんの責任を一〇〇パーセント以上、果たせるように道を開いてあげたのです。どのように努力し、実績を収めるかによって、名門の家としての伝統が立つか否かが決まるでしょう。

29 国家メシヤと大陸責任者、特命総使たちは、責任意識を強く感じ、その国とその大陸をどのようにすれば天の側に復帰できるかを考えなければなりません。これは不可能なことでしょうか。可能です。

キリスト教の歴史を通しても、私たちは知っています。一人の最高指導者がキリスト教を受け入れるようになって、その国の国教になったのです。

今、全世界は混沌としています。方向性がありません。私たちが立ち上がらなければなりません。私たちは一分一秒を惜しんで、一つの生命でもさらに救う道を模索しなければなりません。天は、私たちの知らない中で、準備してこられました。その準備した天のみ手を、私たちがつかんでさしあげなければなりません。天と人類の前にどれほど大きく貢献できるか、その結果は、私たちにかかっています。そのような点で、皆さんは時間を浪費してはいけません。

30 今、この瞬間にも、真の父母様を知らずに死んでいく人類が世界の至る所にどれほど多くいるでしょうか。私たちと同時代圏に生きたにもかかわらず、六千年を経て初めて迎える天の驚くべき恩賜を受けることができず、悲惨に流れていってしまう私たちの兄弟がいることを考えなければなりません。私たちは両袖をまくりあげ、力強く立ち上がらなければなりません。真の父母様を堂々と宣布しながら、真の父母様によらなければ、この国と世界は生きられないことを証しなければなりません。

今この瞬間は、私たちがこの場にいることを天のみ前に感謝し、報いてさしあげるべき時だと考えます。それで、私(お母様)は、世界の大陸を言語圏で分け、特命総使を任命することにしました。

世界の全人類が、一秒圏で共に摂理歴史に同参する機会を与えようと思います。彼らは第一線で、皆さんと世界の人類と共に、真の父母様を証するようになるでしょう。

31 天の父母様が願われる一つの世界を、私(お母様)の当代にいかにしてお返しできるかを考えながら、世界地図を見つめました。そうして、言語圏で宣教地域を分けることにしました。世界がすべて、英語圏であるわけではありません。英語のほかに、スペイン語とフランス語、アラビア語に大きく分類されます。そして、世界の人口の三分の二がアジア地域にいます。世界の大陸を全く同じように分割しては、得よりも損失のほうが多いのです。アジアに力を注がなければなりません。

現在の、各大陸の大陸会長たちは、主に教会を発展させ、食口化を進めることに総力を挙げてくださるようにお願いします。そして、特命総使は、世界的な基盤をもっている「天宙平和連合」と「世界平和女性連合」などを基盤として、政府と交渉をしなければなりません。各国の最高指導者たちをみ旨の前に立ててこそ、国家復帰ができます。「私たちの時代にはできない」とは言えません。特命総使は大陸会長と一つになり、内外において共に進まなければなりません。

32 天正宮博物館に世界本部を設置しました。今や、天の父母様が自ら治めるのです。わずかな力や小さな精誠でも、真の父母様と一致できる一瞬一瞬を、皆さんは逃してはいけません。皆さんの残された生涯を、ただ名もなく、輝きもないまま流れていくように放っておいてはいけないというのです。私たちだけが、この世界の人類にとって夢であり、希望です。皆さんが行く先々で、幸福な環境をつくらなければなりません。そこにおける中心は、真の父母様です。

第二節 祝福家庭の責任と未来の指導者養成

天一国の未来と祝福家庭の責任

真の父母様は、天宙的勝利圏を祝福家庭に価なしに相続させてくださり、韓国を神様の祖国として奉献することを強調された。真のお父様の聖和以降、真のお母様は、地球星の全人類に一時でも早く真の父母様を証し、み言を伝えて、永遠なる天の国を地上に定着させる責任を果たそうと、繰り返し力説された。このような天の摂理において、先頭に立たなければならないのが祝福家庭である。真の父母様は、祝福家庭を氏族メシヤとして立ててくださり、「唯一なる神様のもとの人類一家族」の天一国理想を成し遂げるに当たって、先頭に立つことを願われた。

1 二千年の摂理歴史を締めくくり、新しい摂理時代に入りました。今や、現れなければならない時です。ですから、お父様は特別に、二〇〇〇年以降の十二年間、「韓国が神様の祖国にならなければならない」と言いながら摂理してこられました。

皆さんは、「お父様がおっしゃったので、そのようになるだろう」と、ただ軽く考えてはいけません。お父様が語られたので、地上にいる私たちが必ず成就してさしあげなければならないのです。成し遂げてさしあげなければなりません。そのような使命が、私たちにあります。

2 私たちの願いは、自由、平和、統一、幸福の世界です。神様も同じです。蕩減復帰摂理を完成、完了する真の父母が現れなかったので、このように長い時間がかかりました。しかし、私たちは真の父母様に侍って新しい時代を迎えました。

けれども、私たちだけが幸福であればよいのでしょうか。私たちの隣人と国と世界がすべて共に真の父母様と天の父母様に侍って、幸福な地上天国と天上天国を開いてさしあげるべきではないでしょうか。

そのみ旨を成し遂げてさしあげるために、歴史に誇らしい孝子、忠臣、聖子の位置に立つことができる祝福家庭になり、全世界に真の父母様を誇らしく知らせる責任を全うする祝福家庭にならなければなりません。

3 私たちは、私たちを解放してくださる真の父母に出会いました。私たちは真の父母によって再び生まれなければならないのですが、それが祝福です。このように貴いものを、真の父母様は皆さんにすべて代価なしに与えてくださいました。ですから、皆さんは、固く決心して実践躬行しなければなりません。今や、真の父母様を家庭にお迎えし、祝福家庭と天一国の民として、行動すべき時であることを肝に銘じなければなりません。

4 私たちは、真の父母様によって、人類歴史において初めて祝福家庭になりました。真の父母様によって「基元節」を迎え、天一国の民として入籍できるようになったのです。世界の人類は七十億いますが、この驚くべき天宙史的な途方もない秘密を、私たちだけが知っています。皆さんは幸福にも、先祖の位置に立つことができます。

皆さんが知っていることを分かち合わなければなりません。世の中の人たちに真の父母を知らせなければならないのです。真の父母様の在世時にこのことに同参できなければ、皆さんは立つ位置がありません。「祝福を受けたので天国に入るだろう」と考えてはいけません。私たちが行くべき所は、永遠の世界です。

皆さんが知恵のある人ならば、どのように決定し、行動すべきでしょうか。真の父母様の在世時に、祝福家庭として誇ることができる実績をつくらなければなりません。

5 人類歴史は、なぜこのように難しく展開していくのでしょうか。人間は、悠久の歴史を通して、良心作用によって善を追求してきましたが、今日の世界は、人種問題、宗教問題、思想問題、領土問題などで複雑な状況に置かれています。私たちは、じっと止まっていることはできません。

神様は、休まずに摂理歴史を展開してこられました。人間が軌道を脱線したので、本来の軌道に戻ってくることができる蕩減摂理の歴史が必要でした。メシヤはこのような人間の過ちを正してくださる方です。メシヤは、真の父母として来られなければなりません。人間を再び生んでくださらなければならないという話です。このような過程なしには、この複雑な人類歴史は収拾できません。

しかし、驚くべきことに、また有り難いことに、この地上に真の父母様が顕現されたのです。皆さんは、真の父母様のみ前に真の孝子、真の孝女にならなければなりません。

6 天の父母様が願われた故郷を取り戻してさしあげなければなりません。天の父母様の故郷はどこでしょうか。真の父母様の故郷です。日本と韓国が一つになって、祖国統一、南北統一へと向かう道に協助できなければなりません。必ずそのようにしなければなりません。そうなれば、全人類の前で中心の位置に立つようになります。自然に整理されるのです。

現在、人類にとって問題になっている宗教問題、政治問題、思想問題、国境問題などが解決するのです。皆さんが先頭に立ち、日本の全国民と為政者たちがアジアから尊敬され、一つになる道に行くようにしなければなりません。小さなことに執着してはいけません。この時代には、すべての歴史の真実が明らかになるのです。

7 皆さんは、故郷を探し出してさしあげる孝子、孝女になることを決心したでしょうか。このような責任をすべて果たすには、私たちに残っている時間があまりにも短いのです。ですから、どのようにすべきでしょうか。私(お母様)は、真のお父様が天上で、失った子女を一人でも多く捜して立てようと、御自身の体を顧みず、苦労しながら活動される姿を目にしました。そのようなお父様のお姿が、私の脳裏から離れません。あまりにも哀れなお姿でした。

今、地上にいらっしゃれば、東洋と西洋を駆け巡りながら活発に活動されるでしょう。地上の私たちが、その責任を担ってさしあげなければなりません。

聖書でも、天国の鍵をぺテロに授けたとあります。なぜ、授けたのでしょうか。地上で天国を築かなければならないからです。私たちの責任は極めて重大です。私たちは祝福を受け、どのように生きるべきかも知っているのですが、堕落圏の世界で暮らしているうちに、自己中心的な生活に染まり、自分の周辺の環境を押し分けて出てくることができなくなるというのです。

8 ある国がお金持ちで、強大国だからと言って、世界を一つにすることはできません。互いに一つになることができる同質点、同じ分野が必要です。天の摂理歴史を中心として、真の父母様以上に世界平和のために実践をした方はいません。そして、真の父母様以上に、摂理的に成功した方もいません。ですから、まず皆さんは、原理を知り、み言を知らなければなりません。いつ、どこでも、真の父母様に侍って生きなければならないのです。

9 お父様は、大韓民国を神様の祖国であるとおっしゃいましたが、私(お母様)は、皆さんと共に、この国を奉献してさしあげたいと思っています。そのためには、地位の上下を問わず、この厳粛な命令に服従しなければなりません。皆さんは、「上の位置から降りてきなさい!一番下で働きなさい!」と言えば、そのとおりにできますか。それが絶対信仰、絶対愛、絶対服従です。神様と人類のために、み旨のために、そうすることができなければなりません。それがお父様のみ旨を完成してさしあげることです。

神様の祖国であるとおっしゃいましたが、実際にそのようになっていません。この時代に、お父様と共に呼吸し、働いた皆さんが、その実を結んでさしあげなければなりません。それを後代に先送りすることはできません。私たちがしなければならないのです。

10 私たちは、天一国を出発する時点にいます。天一国は、私たちが天の父母様に侍り、その方の子女となって生きる国です。私たちにとって、神様は父母であり、万王の王であられます。万王の王であられるその方が、私たちを天一国の民として抱いてくださいました。

まだ世界人類は、すべてを知ることができていません。皆さんは、本当に福を受けた方々です。何ゆえに、このように摂理歴史に同参できたのでしょうか。真のお父様は、常に「無知には完成がない」とおっしゃいました。多方面で、地位の上下を問わず教育されました。理解できるようにされました。個人から家庭、氏族、民族、国家、世界が一つになることができる道は、この道しかありません。

11 私(お母様)は、天の父母様と真の父母様の伝統を、確固たる磐石の上に立てるつもりです。私たちが責任を全うするとき、天一国の民として、永遠に仰がれる位置に立つようになるでしょう。

そのために、私たちは前進しなければなりません。寸暇を惜しまなければなりません。もっている知恵とすべてのものを動員して、必ず短時日のうちに全人類を天一国の民として、天がすべて抱くことができるようにしてさしあげなければなりません。

12 神様の願い、真の父母様の願いとは何でしょうか。六千年前に失ってしまった子女を取り戻したいのが父母の心、父母の心情です。

天地人真の父母様によって、全世界に祝福家庭がたくさん輩出されました。彼らが真の父母様の教えに従って、その国と世界において一つになれば、できないことはありません。皆さんは、できる限り短時日のうちに、真の父母様の願いである神様の祖国、神様の故郷を取り戻してさしあげなければなりません。

13 今、時間がどれほど重要か分かりません。寸暇を惜しまなければなりません。皆さんが生きているということ、皆さんの時間と生命は、誰のためにあるのですか。誰のために、どのように使うかによって、皆さんは歴史に残る英雄になることもでき、孝子になることもでき、聖子になることもできます。このように価なしにすべて下さる天のみ前に、皆さんはそれに合った器にならなければなりません。そして、座ってずっとみ言だけを聞くより、実践し、行動しなければなりません。

私たちがこの国を復帰しようとすれば、どのようにすべきか、目標を設定しておいて実践しなければなりません。このような計画を立てなければならないのではないですか。一日三食を食べますが、御飯を食べることを忘れてしまうほど、一つの生命を取り戻すために、皆さんは一生懸命に努力しなければなりません。その結果によって、皆さんに永生が与えられることを知らなければなりません。

「私たちの先祖は本当に偉大だった。先祖に恥じない私にならなければならない」と、子孫たちが言えるように環境をつくってあげなければなりません。そうなれば、皆さんの二世たちは、み旨を前にして自然によく成長するのです。そのような点で皆さんは、変わらなければなりません。そうして、お金をたくさん稼ぐよりも、人に多く接して生命を生かすほうが、より貴いことを知らなければなりません。

14 春は希望の季節です。私たちの夢を大きく、広く、高く育てることのできる貴重な季節です。しかし、この美しい季節に、この国と世界から聞こえてくる知らせは、あまりに惨憺たるものです。まるで世界は、航海士と船長がいない、羅針盤のない船に乗っているような状態です。いつ、どのようにして風浪や暗礁に出くわし、沈没するか分からない不安な状態です。

このようなことを見ながら、全世界の統一家の勇士たちが立ち上がらなければならないと考えるのです。いつまでも傍観し、待っていることはできません。私たちに与えられた祝福が、私たちだけのものになってはいけないのです。孤児のような世界の人類に、天の父母様と真の父母様が役事されていることを悟らせなければなりません。

真の父母様を堂々と宣布しなければならず、真の父母様によってこの国と世界に希望がもたらされることを証しなければなりません。これこそ、世界人類に新しい春の日が訪れるようにすることです。今や世界のすべての食口たちは、実を刈り取るその日まで、総決起しなければなりません。

15 現在の皆さんが、み旨の前に立っている農夫だとすれば、皆さんに与えられた氏族メシヤの使命を果たすことによって、沃土をつくらなければなりません。やせた地を沃土にすることは、皆さんにかかっています。この良い季節を迎えて、皆さんが怠けて行動すれば、秋に皆さんが手にする収穫はとても微々たるものになるでしょう。祝福された位置というのは、そのようにじっと座って成し遂げられるものではありません。

皆さんは、父母様に出会えなかったならば、どのような人生を生きていたでしょうか。それぞれの国と家庭、置かれた環境で、ただ食べて生活していくのに執着しながら生きていたでしょう。国のために生き、世界のために生きようと考える人は、少ないはずです。真の父母様に出会った皆さんは、どのようなことを考えていますか。考えが大きいとすれば、どれほど大きいでしょうか。

また、どのように行動しなければならないでしょうか。皆さんが春を迎えて、どのように苦労し、精誠を尽くして育むかによって、摂理歴史の秋を迎えるその日に、どのような姿で、どのような実績をもって父母様のみ前に立つかという結果が現れるのです。

16 祝福家庭は、どのように進まなければならないかというお父様のみ言を、すべて聞きました。今や残っているのは、皆さんの責任です。皆さんが責任を果たせば、皆さんの氏族、皆さんの後代が自由で幸福な世界で暮らせるようになるでしょう。

既に環境は随分整えられているので、今後、皆さんが残された生涯で、皆さんの周辺をどのように環境創造するかによって、国家復帰、世界復帰を早めることができるか否かが決まります。口先ばかりを先立たせるのではなく、今は実践躬行すべき時です。新しい時代が開かれました。お父様が語られたそのみ言を、「私」の周辺を通して、私の家庭を通して大きく成し遂げてこそ、皆さんの子孫たちの蕩減が少なくなるというのです。責任を果たせなければ、自然と蕩減を払わなければなりません。

皆さん個人の人生があり、祝福家庭として各々の生活があります。それに、真の父母様がすべて関与することはできません。真の父母様が模範を見せてくださったのですから、そのように生きなければなりません。すべての人々が、み言どおりに生きようと努力しなければならないのに、そのみ言を歪曲して、自分を中心として生きていく哀れな群れもいます。皆さんは賢明な人々になってほしいと思います。

私(お母様)は、皆さんが完璧に伝統を立てた高速道路を行くことができるように、今すべての面でそのような環境を整えてあげています。皆さんに与えられた責任さえ全うすれば、自由で平和な統一世界、天の父母様に侍る一つの世界は、間違いなく成し遂げられるようになります。

17 皆さんは、短い生涯で、「どうすれば父母様と一心、一体、一念になることができるか」を常に考えて実践する生活をしてこそ、皆さんばかりでなく、皆さんの子孫が福を受けることになります。「私」が七〇パーセントしかできなかったとして、自分ができなかった三〇パーセントを、愛する子女と子孫たちに蕩減させるものとして残しておきたいと思う父母はいないはずです。

世界は、ますます一つになっていくしかありません。世の中の人々を正しく教育すべき人々は私たちしかいません。お父様が立ててくださった平和大使たちがいて、「平和軍」と「平和警察」がいます。乱れているこの世界を整理し、教育する人々が、「平和軍」であり、「平和警察」です。武器をもって闘うのではなく、み言をもって教育するのです。

皆さんは、祈りの精誠をたくさん捧げてください。天のみ言、真の父母様のみ言が地に落ちないで実を結べるように、祝福家庭の皆さんとすべての摂理機関が一つになって成し遂げてさしあげなければなりません。それが、今日を生きている皆さんの責任です。

18 真の父母様が提唱した「神様のもとの人類一家族」のビジョン、すなわち私たち全員が神様の子女だという真理が、南北米大陸を中心として展開した事業の中心に置かれています。このようなビジョンを実現するために、今まで全世界的に様々な平和基盤をつくっておきましたが、今、神様の恩恵によってそのビジョンが実現化しています。

南米でも、新しい希望の花が咲き、実を結ばなければなりません。この偉大な大陸を中心に、美しい自然の中で、誰もが自由に、平和に、神様を父母として侍る兄弟姉妹として一つになって幸福を享受する、新しい世の中を夢見てきました。それは、神様の希望であり、人類の念願であり、子々孫々にまで受け継がれることを願う夢です。その夢を実現するための挑戦は、偉大なことだと思います。

現在、気候の変化と貧困によって、地政学的な緊張と紛争が高潮する中で、全世界が苦痛を受けています。南北米の多くの国々も、様々な面で困難な状況を経験しています。しかし、南北米は、新世界創建の無限な可能性をもった大陸です。このような南北米大陸に天運が押し寄せてきています。世界の耳目が南米に集中しています。皆さんは、天の声に耳を傾けなければなりません。閉じた耳を開かなければならないのです。

19 南北米の共同発展と世界平和実現のために、いくつかの提案をしようと思います。

第一に、自然環境を積極的に保護するに当たって先頭に立とうということです。今、世界は、地球温暖化と自然環境破壊によって途方もない災難を受けています。自然は、神様が私たち人間のために下さった家であり、繁栄するための環境です。人間が万物を大切に扱い、主管するとき、自然も同様に、人間に必要なものをもたらしてくれるのです。自然と人間は、神様が創造された有機体であるという価値観をもたなければなりません。

第二に、今や、国境と人種、宗教の壁を崩して、「神様のもとの人類一家族」の理想を実現するに当たって先頭に立とうということです。「世界平和統一家庭連合」は、交叉祝福結婚を通じた理想家庭の実現のために努力してきました。怨讐同士で和解し、世界を一つに結ぶことができるのは、祝福結婚しかありません。祝福結婚は、「理想家庭を通じた平和世界の実現」という目標のもと、数億双がここに参加し、実際に人類が直面している高い障壁を崩しています。

第三に、皆さんは、南北米の宗教和合と一致のために先頭に立たなければなりません。一つの世界は、何よりも宗教の和合と一致から始まらなければなりません。歴史の中で神様は、宗教を通して人類を導いてこられました。天運が押し寄せてくる今、南北米の宗教間の調和と協力が、いつの時よりも切実に求められています。南北米の宗教指導者たちと皆さんが、宗教の和合と対話の先頭に立たなければなりません。

第四に、皆さんは、ブラジルのジャルジンとパラグアイのプエルト・レダを中心として展開している理想村建設プロジェクトを具体化することに同参しなければなりません。神様が願われる新しい国、新しい世界は、超宗教、超国家、超人種の世界です。国境のない自由と平和、統一と幸福の世界です。神様がいらっしゃるので、南米に注いだ精誠は、決して無駄にはならないでしょう。それをどのように具体化し、短縮させるかは、皆さんをはじめとする私たち全員にかかっています。今や皆さんは、理想共同体を実現し、新世界を実現する合同指針をつくらなければなりません。

女性の役割

女性は、復帰摂理歴史において重大な責任を与えられ時代ごとに摂理の一線で大きな役割を遂行してきた。統一家の女性たちは、真の父母様のみ言に従い、神様に侍る真の娘、真の妻、真の母の責任を果たすため、地球村の至る所で真の愛を実践しながら汗を流した。特に、後天時代の開幕とともに、女性の役割がより一層、重大なものとなった。真の父母様は、天一国完成のためにカインとアベルを一つにし、カイン圏を復帰する氏族メシヤの使命を、女性たちが先頭に立って遂行することを願われた。

20 今は、女性たちが先頭に立つべき時です。個人はもちろん、家庭と氏族、国、世界で、女性たちが母性愛をもってお互いに愛する心で、不遇な隣人を助けてあげながら、私たちの夢が成し遂げられることと、私たちは明確な目標をもっている天の真の息子、娘であることを、心に刻んであげなければなりません。

そのためには、どうしなければなりませんか。原理のみ言を聞かせてあげなければなりません。ですから、個々人が新たに生まれて、このみ旨のために本当に全力投球、死生決断できる「私」と、私の家庭と、私の隣人と、私の国と世界にしなければなりません。

そのためには、女性たちが先頭に立たなければならないというのです。「偉大な男性がいれば、その背後には偉大な女性がいる」と言います。男性たちが責任を果たせなかったと、そのように言っているのではありません。お父様も、男性がさらに完全になるように助けてあげるのが女性であるとおっしゃいました。ですから、妻がいなければ、夫も完全になることができないというのです。完成した男性になれません。素晴らしい男性になれません。ですから、妻が絶対に必要なのです。女性も同様です。しかし、平和を愛するのは、男性よりも女性です。ですから、女性たちが先頭に立たなければなりません。

21 女性の役割はどれほど重要でしょうか。今は、母の使命を果たさなければならない時代です。母は生命を生んであげなければならず、養育しなければなりません。お父様が大きな家を立ててくださったので、私たちが整理、整頓をして、家の中の状態をすべて整えなければなりません。それは私たちの責任です。

22 お父様は、女性時代の到来を宣布してくださるとともに、女性の重要性を強調されました。母から生まれる生命は、母から受け継ぐものが九九・九九九パーセントであり、父の精子は〇・〇〇一パーセントにしかならないとおっしゃったお父様のみ言を、記憶していると思います。そのみ言を何度も語られました。また、私(お母様)はそのみ言をもって何度も世界巡回講演をしました。

しかし、女性たちは、どれくらい子女たちや夫から、きちんとした待遇を受けていると思われますか。自分が受けるべきもてなしをきちんと受けられなかったという人がたくさんいます。今、すべての女性が差別なしに生きていけるようにすることはもちろん、(彼女たちを、)母の使命を全うする女性指導者として立ててあげたいと思います。

23 周易で陰陽の原理を語っているのですが、これは、時間的に見る時には、先天時代と後天時代に分けることもできます。今までの先天時代は陽の時代であり、男性たちが多く主導してきました。

今は陰の後天時代、すなわち女性の時代が出発する時です。神様は天地を陰陽、プラス・マイナスで創造されました。しかし、今までは片方に偏っていたというのです。人間始祖が堕落することによって、陰と陽は並んで行くことができませんでした。それで、陽の時代が世界を主導したのです。しかし、今は、陰の時代が現れる時です。女性たちが先頭に立たなければならない時になりました。

このような驚くべき摂理は天だけが知るところですが、時をぴったり合わせて、二〇一三年に新しい道を開いてくださる天の奥妙な摂理を、皆さんも知らなければなりません。ある一ヵ所に偏らずに均衡が取れるようになるのが、本来の神様のみ旨です。地上天国と天上天国がそのように成し遂げられるのです。

24 女性の皆さんは、座っても立っても、寝ても覚めても、二十四時間が短いと思うくらい、天一国の民をつくることに渾身の力を注がなければなりません。天のみ前に実体的にこの国を奉献して、世界の摂理を早める勇士にならなければなりません。

皆さんがよく知っているイスラエル民族の例を挙げてみましょう。彼らは、神様の摂理歴史や蕩減というものを知りませんでした。ただ「私たちは神様が祝福してくださった選民である」という、その一つだけを守ったのです。結局、イスラエルは、イエス様をあのように悲惨に送るとともに、民族的に蕩減を払うことになりました。二千年間、孤独に流浪する民族、国のない民になったのです。そのような中でも命脈をつないでこられたのは、母親たちが役割を果たしたからです。ですから、私は、摂理のための環境創造を強調するのです。

25 私たちは歴史を通して、成功と失敗のすべての典型路程を見てきました。今のイスラエルを見てください。女性たちも、軍隊に行って国を守るために、男性たちと同等に行動します。

今は国を救い、世界を救うことにおいて、女性が先頭に立って立ち上がるべき時です。女性の責任が重大であることを、皆さんは知らなければなりません。私たちは奇跡を創出しなければなりません。このような摂理的な隊列に私(お母様)と共に同参できなければ、子孫たちが皆さんを讒訴するでしょう。「知らなくてできなかった」と言うことはできません。私がすべて話してあげ、教えてあげました。

26 教会において、女性たちの役割が重要です。韓国の歴史においても、母、妻、嫁たちが重要な伝統を受け継いできました。私たち「世界平和統一家庭連合」も同じです。

今から、婦人食口たちを一線に立たせなければなりません。私たちが、立てた目標を中心として、どのように実践躬行するかによって、天一国完成の成敗が左右されます。この目標に向かっていくに当たって、女性の役割が重要です。皆さんが、摂理の目標を中心として一線に立つ女性として、死生決断しなければならない時です。

二世教育と未来の指導者養成

真の父母様が天一国の開門をなしてくださったので、祝福家庭と子女たちは、天一国の定着をなさなければならない。天のみ旨と心情、そして、真の父母様の伝統は、真の父母様のみ言と生涯路程を学び、真の父母様を証し、真の愛の生活を実践するときに伝承される、真のお父様の聖和以降、真のお母様は、二世たちを、天一国を率いていく立派な人材として養成するため、天宙平和士官学校を開校し、二世特別修練会を開催するなど、多くの精誠と努力を傾けられた。

27 いまだに私たちが生きている世の中はサタン世界なので、皆さんが二世たちを育てるに当たって、まず心情的に原理が入らなければなりません。そうして、中心が立って絶対「性」を守る立場では、踊ってもよく、音楽をしてもよいのですが、成長して祝福を受けるまでは、よく面倒を見てあげなければなりません。

私(お母様)は、教会の復興と二世教育について強調しました。「祝福家庭の二世と世の中までも包括して、指導者たちを養成するために私が奨学金を出す」と話したのです。

28 統一家を導いていき、未来の責任者になるべき二世たちを見るとき、心配なことが多いのです。結論的に言えば、私たち全員が、責任を果たせなかったということです。このようになった現実に、私(お母様)が一度に責任を負わなければならない立場です。そうしようとするので、私がどれほど大変か、皆さんは分かりますか。内的なことから外的なことまで整備しなければならない立場なので、簡単なことではありません。

新しい家を建てるなら簡単です。しかし、建てられている家を再び直して修理し、きれいにするには、さらに多くの努力とお金がかかります。これを私が引き受けました。ですから、皆さんがそれぞれ責任を全うして、私を助けてくれなければなりません。

29 私たちの教会は六十年の歴史をもっていますが、二世たちのための環境ができていません。二世たちが、み旨の前に大きな役割を果たせるようにしなければなりません。子女がみ旨の中で育っていける環境を父母がつくってあげなければなりません。新しい歴史が出発している天一国時代に、二世を世の中から保護し、天一国の未来を担える指導者たちとして養成しなければなりません。

30 お父様が乗っていらっしゃったヘリコプターを売却する計画です。それで、お父様に報告しました。「私はこれを売って、後代のための指導者を養成し、二世を養育するための奨学金として使います」と申し上げました。すると、「お母様の思うとおりにしなさい」とおっしゃいました。

ところが、いざそれを永久保存できずに売らなければならないと思うと、とても心が痛みました。それでも、お父様をこの国と全世界に知らせ、統一教会が力強く栄えていくのを、人類と天のみ前に見せてさしあげたいと思うのです。

31 二世の皆さんは、学校でも、どのような所でも、真の父母様の子女であることを堂々と示さなければなりません。それが伝道です。学生は、学校で最高の学生にならなければなりません。一番にならなければならないのです。どのような環境にいようと、皆さんは最高にならなければなりません。

世の中の人々が二世たちを見つめていることを知らなければなりません。ですから、そのような中にいる皆さんは、どのようにしなければなりませんか。一生懸命に勉強し、またしっかり成長して、天のみ前に大きな人物にならなければなりません。真の父母様が成し遂げようとされているそのみ旨を、二世たちが共に成就できる位置に立つとき、世界の人が何と言うと思いますか。皆さんは勝利者になるのです。

32 人間の生は有限です。しかし、私たちが父母様のみ旨に従って実践躬行する生活を送るとき、永遠の世界で私たちは祝福される位置、愛を受ける位置、中心人物になる位置に立つようになることを肝に銘じなければなりません。このように見るとき、私たちの二世は、希望的で幸福な人々です。

皆さんが一生懸命に行動し、実践すれば、新しい生命を得る人が多くなるでしょう。そうなれば、真の父母様は「すべて成し遂げた」とおっしゃるでしょう。神様を中心とした自由、平和、統一、幸福があふれる世界には、世の中の法は通じません。弁護士、検事、判事が必要ない世界です。

それでは、私たちはどのようにしなければならないのでしょうか。その幸福な世の中に全世界の人類がすべて同参できるように、彼らに真の父母様を紹介し、教育しなければなりません。そのようにするときにのみ、この時代を共にした誇らしい祝福家庭、誇らしい統一家の指導者になるでしょう。

33 今は、教育に重点を置こうと思います。ですから、未来の指導者養成はもちろんですが、各界、各層のすべての指導者の位置にいる人々から教育していくつもりです。それは、世界平和のための最も早い道です。神様を中心とした一つの世界を成し遂げようとする活動です。

私たちが力を合わせて、自由と平和と統一と幸福があふれる真の愛の世界、すべての人が自ら考えて行動できる、真の愛の世界をつくらなければなりません。それは、私たち個人の心と体を一つにする運動から始めなければならないでしょう。

34 二世たちを良い環境で育つようにしなければなりません。み旨の中で、純潔で美しく、良く育つことができるようにするためには、父母が環境創造をしてあげなければなりません。ですから、学校でも、社会でも、堂々と真の父母様の二世、三世であることを誇れるようにしなければなりません。誇り高く育てなければなりません。彼らが私たちの希望です。

35 指導者は、「宇宙主管を願う前に自己主管を完成せよ」ということを常に念頭に置いて生活しなければなりません。二世たちを集めた場でも、これを中心として特別教育をしました。若い時には血気によって判断が曇りやすいのです。ですから、お父様もこのみ旨の道を歩んでこられる中で、体を打つ祈りの精誠をたくさん捧げられました。十数時間、汗を流しながら祈りの精誠を捧げたというみ言を、皆さんは聞いたと思います。

その上、お父様は火のような性格の方なので、不義を見ては我慢できない性格です。しかし、サタン世界を屈服させるために耐えてこられました。そのような忍耐が必要です。精誠が必要です。そうしようとすれば、自分自身を修めることができなければなりません。今後、私たちが進んでいくに当たって、一世と二世を分けることはできません。二世が中心になったとしても、一世に侍って共に進んでいかなければなりません。

36 天宙平和士官学校の士官学生は、摂理歴史に自らの名前を刻むことができるように、多大な努力を傾けなければなりません。それゆえ、きょうのこの場を、どれほど天が待ち望み、人類が待ち望んできたかを知って、一生懸命に勉強する皆さんになることを顧います。

天は、皆さんを助けるでしょう。皆さんは天と人類に負債を負う人にならないでください。皆さんの若さと覇気は、天国定着の礎と柱になるでしょう。私たちの目標は明確になりました。

私たちは必ず、命が尽きる日まで、この摂理の完成に向かって進まなければなりません。それで、皆さんを新しい時代、新しい歴史の天一国完成のための最初の実として結ばれる位置に立てました。有り難いことではないですか。皆さんが宣誓し、誓ったとおりに、一生懸命に活動してください。そうすれば、天地人真の父母様が常に皆さんと共にいらっしゃるでしょう。皆さんは、光ある者になるでしょう。皆さんによって、暗い世の中が明るくなるというのです。

37 皆さんは、天一国の民たちとして、全世界の人類を救わなければなりません。そのためには、皆さんの後継者を育てなければなりません。私(お母様)は皆さんに、名門の家を育てることを強調しました。名門の家は、自分よりも優れた後継者を育てなければならないのです。特に、家庭では父母よりもさらに立派な息子、娘を育てなければなりません。皆さんよりも立派で、さらに信頼することができ、より忠義を尽くす孝子、孝女をたくさん育てなければならないというのです。それでこそ、私たちの未来には希望があるのです。

第三節 天一国国民の生活

感謝する生活

天一国は、真の愛を中心として、天上と地上が一つになり、体と心が一体となり、自然と共に生きていく世界である。天一国の国民は、言葉のとおり、創造本然の生活をしなければならない。天一国が完成するときまで、神様が常に「私」と同行、同苦、同楽するのを感じることができなければならない。そのためには、常に喜び、祈り、万事に感謝する生活をしなければならない。感謝する生活には、天運と天福が共にある。真のお母様は、心を無にするとき、感謝する生活が始まると教えてくださった。

1 私(お母様)の生涯の座右の銘は、いかにしてきのうよりきょう、さらに感謝の気持ちをもって生きていくかということです。きのうよりきょう、さらに感謝し、あすはきょうよりもっと感謝しながら生きるために努力してきました。日ごと、感謝の気持ちをもつことが、私の人生の目標でした。お父様はダンベリーに出発される直前に、「不平を言ってはいけない。立てられた立場で感謝し、感謝することによって完全に一つとなったとき、大きな奇跡が起きる」と語られました。

2 皆さんは心を無にしなければならず、悔い改めなければなりません。高い位置にいる人は心から低い位置に降りていき、毎日の生活において天に感謝し、自分自身についても、「このように新しい出発をすることができて感謝だ」と言わなければなりません。

「きょう一日も、これまでできなかったみ旨のための活動に、最善を尽くすことのできる一日となるように導いてください」と言いながら、感謝の気持ちをもって生きるようになれば、周囲がすべて美しく見えます。そして、幸福になります。自分だけで大事にしまっておくことができないので、伝道をせざるを得なくなるのです。

3 本当に一〇〇パーセント感謝するとき、心と体が統一されます。そして、皆さんの周辺が幸せになります。皆さんが、天の下さった祝福に感謝する心をもって生活すれば、周辺をさらに幸せにすることができ、祝福を家庭と社会と国と世界に広げていけるだろうと思います。歴史始まって以来、一度しか来られない天地人真の父母様と共に活動した皆さんは、幸福な人です。

4 皆さんが責任を果たせなければ、蕩減というものが残ります。それはどうしようもありません。驕慢な態度を取らず、感謝の気持ちをもって生活しなさいというのです。本当に天に対してや、兄弟に対して感謝できる思いが湧けば、平和が訪れます。自分が自由になるのです。拘束を受けなくなるのです。

5 私たちは常に感謝しなければなりません。まず神様に感謝し、その次に、夫に感謝し、妻に感謝し、隣人たちに感謝しなければなりません。感謝すればするほど、より深い愛が連なって流れ込んできます。たくさん感謝をすればするほど、その感謝に比例して、神様の愛の量がさらに増えるでしょう。ですから、私が死ぬときには、感謝の言葉を世の中に残し、愛だけをもって父のみ元に帰ります。愛の中で永遠に生きるのです。そのときには、どれほど神様をあがめ、感謝しながら生きるだろうかというのです。それが夢です。

私たちは、愛の祝福の場に行くために、感謝する生活をしなければなりません。不幸にぶつかれば、神様もそれを御存じです。世界で最も不幸な状況にぶつかったとすれば、神様がそれを記憶せざるを得ません。その場で感謝することによって消化するようになれば、神様が「信じられる人だ」と言われるのです。それを越えていけば、世界にまたとない福を受けます。このような原則があるというのです。

6 今まで神様が苦労されたのは、結局、「私」のためであり、これから行くべき世界的な開拓路程の九五パーセントの使命も、私のために既に担っていらっしゃることを考えれば、私たちは神様に感謝せざるを得ません。ですから、信仰生活の本質は、神様に感謝することです。そのような気持ちが存在するとき、神様と一つの絆で結ばれる基になるのです。

自分がこの世で良い立場に置かれたときにのみ、感謝しなければならないのでしょうか。違います。神様は今まで、良いときにだけ私たちのために苦労してこられたのではありません。困難なときほど、さらに苦労することを決意してこられたのです。ですから、私たち自身も、神様を自分の父として侍るためには、私の代わりに働きながら闘ってこられた神様に対して、良い立場で感謝するよりも、困難な立場でさらに感謝しなければなりません。

赦し、愛する生活

真の父母様は、神様のためであれば、赦せないことも赦され、人類のためであれば、怨讐までも愛された。赦しと愛には、偉大な力がある。赦しは人の心を開き、愛は人を動かす。真の父母様の奇跡のような生涯の業績は、赦しと愛の生活によって成し遂げられたものである。真の父母様は、赦し、愛するようになれば、争いがある所に和解があり、紛争がある所に和合が広がり、戦争がある所に平和が訪れるようになると語られた。

7 お父様は、怨讐の名前を覚えていません。一日だけ過ぎれば、すぐに忘れます。すべて忘れてしまいました。ですから、怨讐がいないのです。怨讐の息子、娘が御飯を食べることができずにいるとすれば、私が米を買ってあげ、お金がなくて学校に行くことができずにいれば、学費を出してあげました。そのようにしてきてみると、滅びなかったのです。

ですから、お父様の名前を見るだけでも、サタンは後ろに退くようになるというのです。それゆえ、統一教会は発展するのです。統一教会が反対を受けながらもどのようにして発展できたのかというと、そのような愛の道理に従って原則を守ってきたので、神様が保護してくれて、そのように発展したというのです。神様が守ってくれ、サタンも破壊しなかったので、発展したというのです。

8 お父様は、日本統治下で独立運動をしたとして捕まり、死ぬほど拷問を受けられましたが、誰よりも日本のために祈り、日本の食口たちを愛されました。それで、私たちの教会には日本の食口たちが多いのです。また、世界各国のNGO(非政府組織)にも日本の食口たちが出向き、大活躍をしています。光復以降には、共産治下の平壌に行き、み言を伝えながら、無実の罪で二度も投獄されました。それにもかかわらず、「死の労働収容所」と言われた興南肥料工場で「監獄の中の聖者」という呼び名を得たのです。一九五〇年十月十四日は、北朝鮮の人民軍が撤収しながらお父様を処刑する日でしたが、その日、九死に一生を得て、脱出することができました。

四十年が過ぎた一九九一年、私たち夫婦は、金日成主席に会うため、当時の興南監獄を通り過ぎ、咸興の主席公館に向かいながら、万感の思いが胸に迫りました。そのときに、南北統一の新たな礎石を据えたのです。天の父母様は、赦し、愛する所に奇跡を起こされることを、改めて確信しました。

韓国でも無実の罪で獄中の苦労をされましたが、父母様は世界で愛天、愛人、愛国の精神と文化、そして、韓国語を教えられました。一九七〇年代、八〇年代には、アメリカやイギリスなどの地で、西洋の食口たちが「愛国歌(韓国の国歌)」を韓国語で歌う姿を目にし、感動の涙を流したという話もたくさん聞きました。

アメリカでも、ダンベリーの監獄に無念にも行かれましたが、アメリカを動かし、世界を救うために、あらゆる努力を傾けられました。その結果、多くのアメリカの指導者たちとキリスト教の牧師たちが冷戦を終息させるために先頭に立って歩み、それ以降も、超宗教平和運動のために共に力を合わせています。お父様は一言で言って、赦しと愛の人生を送られたのです。

9 ダンベリーにおける十三ヵ月間の言うに言えない受難は、もう一度父母の立場で、世界の前に、赦し、愛で抱かれる手本の生活となったことを皆さんは知っています。天は、愛によって人間に向き合ってこられながら、常に打たれて奪ってくる作戦を取られることを、(私たちは)知っています。歴史始まって以来、お父様以外に、自ら愛の化身となり、実践して行動した方がどこにいたでしょうか。ですから、天ですら感動せざるを得ず、いくら邪悪な人間だとしても、その愛の前に溶けざるを得ないことを、私たちは目撃しました。

お父様は、韓国社会の知識層である教授たちをはじめ、「国際勝共連合」の幹部たちから班の支部長たちに至るまで、全国的に教育を施しました。天を中心とした真の父母様の真の愛の理念が、全国にこだましています。「ただ、この真の愛だけが人類の希望である」と語られたのです。自分個人においては、心と体が真の愛を中心として一つになり、また、家庭においては、妻と夫が真の愛を中心として一つになり、さらには、氏族と国家、世界が、真の愛を中心として一つになることだけが、私たちの生きる道であることを力説されました。

10 お父様がダンベリーにいらっしゃったその一年間は、言葉に言い表せない出来事が私たちの内外でたくさん起きました。それらの事件は、摂理的に見るとき、決して損害を受ける出来事ではありませんでした。神様の憐れみと赦しと愛を人類が受けることのできる、そのような道を開かれたのです。

興進君の聖和と「愛勝日」の宣布以降、お父様がダンベリーで「開天門の日」を立てられるまで、どれほど多くの内的闘争があり、摂理的な勝利をもって終結するための努力と苦痛がいかなるものだったかを、皆さんは想像すらできないでしょう。私(お母様)もやはり、ダンベリー刑務所に共に入りたいという思いを数千回以上も抱きながら、お父様が経ていらっしゃる苦しみを推し量るばかりでした。

11 皆さんはこの時点、この瞬間が、どれほど貴いかを知らなければなりません。ヨシュアとカレブは、どちらも名門の家の子孫でした。年を取るまで、天のみ前に忠義を尽くしたのです。カレブの立場からすれば、不足しているものは何もなかったにもかかわらず、ヨシュアと一つになったというのです。「自分のほうが優れている」とは言わず、ヨシュアを立てたというのです。カイン・アベルが復帰されたこのような基台を立てた上で、イスラエル民族を通してメシヤが来ることができたのです。

私(お母様)は、私たちの指導者たちを見ながら、このような面に思いをはせています。互いに愛し合い、誇りに思う文化が定着していません。私たちは、互いに大事にし、愛し合う気持ちが、世の中のどの団体よりも強くなければなりません。真の父母の子女なので、違わなければならないのです。今からでも、皆さんを通して、私が環境創造をしたいと思います。

高くなろうとばかりするのではなく、互いにために生き、育て合い、誇り合うようになれば、全体が大きくなれるのです。自分だけが優れていると考え、自分が最高であると考えて、自分の考え以外にはないと思う団体や個人は、発展しません。自己中心的に進めば衰退していき、ために生きる生活を実践すれば発展するようになります。絶対に、自分によって苦しむ人がいてはいけません。私たちは、生命を生かす人々です。兄弟と食口とすべての人々を、愛で抱かなければなりません。

12 お父様は、一九七一年にアメリカに行き、「私は医者として、消防士として来た」と語られました。天がそれほどまでに準備され、自由世界の砦として立てておかれたアメリカは、本来の天のみ意に従う方向とは違う、家庭破壊の退廃文化と共産主義思想によって、存亡の岐路に立たされていました。天がアメリカを、どのように苦労して育ててきたかをよく御存じのお父様は、もう一度第一線に立って、宗教と思想問題において共産主義の脅威にさらされているアメリカを救おうと、孤独な身で向かわれたのです。

そうして、到底、人間には成し得ない多くの業績を残されました。アメリカを生かそうとしたのは、天の父母様のみ意に従い、世界の人類を救うという目的があったからです。そして、揺れる自由世界、民主主義が揺らぐその国で、お父様は「許せ、愛せ、団結せよ」というみ言を下さいました。アメリカのすべての善なる人々の目を覚まさせてくださったのです。自ら、愛を実践されました。

しかし、アメリカは、そのようにために生きる生活を実践してこられた方を、ダンベリーに追いやりました。ダンベリーに向かわれながら、お父様は「一つになりなさい」とおっしゃいました。「私が向かうあの後ろに、どのような天の祝福があるか分からないから、あなたたちは強くありなさい。堂々としていなさい」と叫ばれました。世界の摂理歴史において、アメリカを救い、世界を救った方が、真の父母様であられます。

13 お父様は、人種間の統合と理解を促進するために、あらゆるものを捧げてきました。お父様は、御自身に反対する者たちを愛しています。お父様は、昔、御自分を罪ある者として追いやる人々を赦し、今までの誰よりもアメリカを愛しています。お父様は御自分が、偏見によるあらゆる形態の抑圧に対抗して闘っているアメリカの人々に勇気を与える、一つの道具として用いられたと考えているので、神様に感謝しているのです。

お父様は国際的に、宗教間の和解と一致、そして、人種間の調和のために努力してきました。イエス様は私たちに、一つの愛する人間家族として、働き、学ぶように教えてこられましたが、その思想は、正にお父様の信念なので、あらゆる形態の宗教的偏見と不寛容性、そして、人種差別を終わらせるために、献身的な生きざまで、聖職生活に一生を捧げているのです。

一つになる生活

人間は、二重目的をもつ個性真理体であるため、連体(有機的に連帯し合っている関係)的な存在であることを自覚するとき、一つになる道が開かれる。「私と人はつながっている」という自覚は、無知と堕落性によって阻まれている。無知と堕落性を真理と愛で克服すれば、人間の本性が啓発される。その場に神様が臨在されることを戦慄が走るように感じなければならない。神様に常に侍り、真の父母様のみ意を推し量り、愛と知恵によって人生と世の中を経綸すれば、私から天宙まで、一心、一体、一念で一つになる役事が起きるであろう。

14 私たちは、どのようにして一つになることができるでしょうか。何より、天の父母様に出会わなければなりませんが、それは簡単なことではありません。人類始祖が堕落したからです。堕落によって、人類は無知に陥り、創造本然の本性が隠されてしまいました。無知の壁は六千年間、積もりに積もって、高く、分厚くなり、堕落性の川は広く、深くなりました。人間の力だけでは、この壁を越えたり、この川を渡ったりするのは困難です。愛の本体であられる天の父母様は、常に私たちを助けてくださる準備ができています。すべてのことは、自分自身にかかっています。良心を目覚めさせなければなりません。良心は、第二の天の父母様です。神霊と真理によって常に目を覚まして祈り、万享に感謝する生活をすれば、天の父母様の声を聞くようになり、戦慄が走るように感じるでしょう。

ここからさらに進み、すべての人は、天の父母様の代身者に出会わなければなりません。人類歴史は、一つの中心を立てるための復帰摂理歴史です。二千年前、天のひとり子としてイエス様が立てられましたが、イスラエル民族の不信によって、十字架で亡くなられました。天の摂理は、再び再臨の時まで延長されざるを得なかったのです。ついに人類は、再臨主がこの地に来られ、天の新婦であるひとり娘を探し出し、真の父母として顕現された祝福の時代を迎えています。人類は、天の父母様の代身者であられる真の父母に出会い、侍って、従わなければなりません。そのようにしてこそ、六千年間、続いてきた原罪を清算できるのです。愛と知恵に満ちあふれた創造本然の人間に、生まれ変わることができるのです。

15 私たちは歴史を通して、選ばれた民族と責任者、国々が責任を果たせなくなるとき、いかに大きな蕩減を払ってきたかを見てきました。大きな祝福を受けた位置は、自分だけの位置ではありません。世界全体が一つになれるよう、責任を果たさなければならないということです。

地政学的に見ても、日本は韓国と一つにならなければなりません。一国が豊かに暮らすとしても、アジアの他の国々と一つになれなければ、永遠には続かないでしょう。一つになる道だけが、生き残ることのできる道であり、また、深刻になっている地球の環境問題や、様々な問題を改善することのできる道です。日本も多くの問題があるのですが、真の父母様に侍って一つになるとき、すべての問題点が一つ一つ取り除かれていくでしょう。日本の祝福家庭と国民が、真の父母様と一つになって、アジアを救い、世界を救う活動の先頭に立ってくれることを願います。

16 私(お母様)は先日、アルプスの十二の霊山を上り下りしました。もう一度皆さんを赦し、抱こうとしたからです。お父様は、「一つの世界になれば、判事や検事、弁護士が必要ない世の中になる」と語られましたが、私たちがそのようにしなければなりません。万王の王であられる真の父母様に対して、私たちはそのような環境をつくってさしあげなければなりませんでしたが、その責任を果たすことができませんでした。足りなかったことを悔い改め、反省しながら、最善を尽くして天の期待の前に栄光をお返ししようという気持ちをもたなければなりませんe

もはや、私たちの教会にサタンが入ってくることのできる隙間を与えてはいけません。一つにならなければならないのです。それぞれ自分の主張ばかりしてはいけないというのです。声を一つにそろえるのです。そうしてこの国と世界の前に見せてあげなければなりません。生きていらっしゃる天の父母様、真の父母様の権威を立ててさしあげなければならないのです。父母様と一つにならなければなりません。指導者たちも食口たちも、互いに心を一つにし、このみ旨成就のために、もう一度決意して立ち上がらなければなりません。

17 多くの国々にはみな、彼らなりの夢があります。特に、その国を指導しているリーダーたちや責任者たちは、国民を成功に導き、豊かに暮らせるようにしたいという思いがあるでしょう。しかし、自国の利益だけを追求し、幸福と自由と平和を謳歌するというのは、今の状況では不可能です。今日の世界には、多くの国境線があります。また、人種紛争をはじめ、宗教紛争など、到底言葉にすることのできない紛争が起きています。

しかし、創造主であられる天の父母様に侍るようになるとき、世界人類がどのように進まなければならないかを、私たちは知るのです。その進むべき道を教えてくださった方が、真の父母様です。真の父母によって、すべての国々が兄弟国として一つになれます。全世界が心を一つにし、志を一つにして動くとき、今、人類が悩んでいるすべての問題が解決されるのです。

18 皆さんが何よりも急いですべきことは、「一つになろう」という運動です。もちろん、個人においては体と心が一つになった立場で、み旨を中心として一つになることが重要です。子女の皆さんの立場で考えるとき、兄弟間で一つになるのは難しく、大変ですが、必ずしなければならないことだと思います。そうして、皆さんが真の父母を中心として、三人が完全に一つになった立場で、その基台を広げていくならば、み旨は成就するでしょう。世界の縮小型であると考えることのできる四位基台において、横的な数は三人です。四位基台の横的な三人が真の父母を中心として一つになれば、世界を一つにするのは易しいことだと考えます。

これを世界的に広げてみるとき、世界は三人が一つになって成し遂げる四位基台の拡大的形態で成り立っていると考えることができます。この世の中を眺めるとき、優れた頭脳をもった知的な人、権力や力をもった人、また、経済的な力をもった人を無視することはできません。この三つの部類の力が世界を支配していると考えることができます。そのような力を縮小して考えれば、自分一個人に集約させて考えることができるのですが、皆さんが互いに、対話を通して理解し、愛し合いながら協助していけば、一つになれないことはないと思うのです。

19 真の父母様のみ前では、無条件にみな孝子、孝女にならなければなりません。そして、兄弟たちが真の愛によって一つにならなければなりません。父母は、優れた子女よりは、足りない子女に対して、より心配をするようになります。子女たちを育ててみれば、みなそのような心情が分かるでしょう。それと同じように、困難な状況にある兄弟たちに対して、さらにために生きる心で愛するようになれば、私たちの基盤はもっと大きくなるでしょう。

私たちには、真の父母を中心とした、真の家庭の固い絆があります。皆さんが、み旨を中心として、環境を広く、深く、高く創造するに従い、私たちの基盤は、より一層、大きくなるでしょう。私たちの目標は一つです。天の父母様と天地人真の父母様を中心とした一つの世界、統一世界をつくることです。

20 兄弟間の争いは、父母の気持ちが分からず、父母の深い心情をよく推し量ることができないために起きるのです。真の愛を中心として心情関係を結んでこそ、父母の気持ちが分かるようになります。また、真の父母様と一心、一体、一念、一和を成し遂げるようになります。考えと感情と言葉と行動が一つになって現れるのです。そうして、真の父母に似た真の子女の生活をするようになれば、相手と自分が別々ではなく、一つの血統であり、同じ兄弟姉妹であることを感じるようになるでしょう。

誰もが願う幸福な人生と平和な世界を、私たちは築くことができます。隣人を自分の体のように愛し、怨讐までも赦しながら、世界平和のために一つにならなければなりません。天の父母様に侍る一つの世界、人類が同じ兄弟姉妹として大家族になるその日まで、力強く、勇ましく進まなければなりません。

21 祝福結婚とは、堕落した人類が真の父母様によって新しい生命を受けるようになることを意味します。堕落世界が、汚染され、混濁した所であるとすれば、祝福家庭は澄んだ水、生命水と同じです。しかし、澄んだ水も、よどんでいれば腐ります。大海に向かって流れていかなければなりません。生命水が流れていくところでは、死にゆく生命体がよみがえるのです。澄んだ水、生命水によって、混濁した世の中を清くしなければならない責任が、氏族メシヤにあります。今、氏族メシヤ運動が巨大な波となり、タイとフィリピンを越え、アジア諸国を経て、ヨーロッパ大陸、南北米大陸、アフリカ大陸、オセアニア、中東を経て大海に押し寄せています。この波が通過するところには、無数の生命体が新たに誕生するでしょう。

今、世の中には、私たちが期待できるものが何もありません。私たちが世の中に、真の父母を知らせてあげる道しかないのです。「私」の家庭と氏族、国、そして、世界が、摂理のみ旨の前において真の父母様と一つになり、巨大な波をつくって、五大洋六大州を駆け巡るとき、天の父母様が願い、人類が願った、「神様のもとの一つの世界」、すなわち地上天国が実現されるでしょう。その日のために、世界の祝福家庭は、天の父母様はもちろん、真の父母様と一心、一体、一念、一和になり、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の心情で、世の中に堂々と真の父母様の顕現を知らせ、世界人類が天一国の民になるように導く美しい孝子、孝女、忠臣にならなければなりません。

第四節 天一国定着の道

真の愛、真の平和の道

愛と平和は、真の父母様の生涯にわたるテーマであった。そのため、真の父母様は、真の愛の道を歩まれながら、個人、家庭、氏族、民族、国家と世界を塞いでいた塀を撤廃し、超国家、超人種、超宗教活動などを通して、世界を一家族にし、永久的平和を定着させるためのビジョンを提示されたのである、真の父母様が歩まれた真の愛、真の平和の道を誰もが行くとすれば、神様と人類の願いである天一国が定着するであろう。

1 私は、神様のために愛の道を行きました。愛のために夜を明かし、愛のために痛哭し、愛のために千里の道を走り、愛のために大洋を渡り、愛のために異民族を愛そうともがき苦しみました。それは、どれほど困難な道でしょうか。皆さんは易しいと思うかもしれませんが、とても困難な道です。唖然とする時がたくさんあります。すぐに荷物をまとめて立ち去りたい時がたくさんありました。私がしなければ、また別の誰かがしなければならないので、私がするのです。

2 真の愛の道は、開拓の道です。踏んでいくのです。父母が行った道を、「私」も行かなければなりません。神様が何億万年前に行った道を、私たちの縦的な一代の先祖たちが厳然とたどっていかなければならなかったのです。それが原理の道です。

知らずに堕落したので、復帰の道を訪ねていくのです。父母様が原理を知って復帰の道を訪ねていくためにどれほど苦心し、サタン世界の困難な個人的、家庭的な讒訴の道を越えるためにどれほど苦心したか分かりません。これは、原理原則的な足場がなければ越えることができません。しかし、父母様は原理の道をたどり、サタンの個人的讒訴条件を原理原則で越えたので、サタンの讒訴が離れていきます。家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的基準まで、原理の道をたどってきているのです。

3 真の愛は、生命を投入して忘れてしまうところから始まります。そこに神様が臨在します。それが父母の愛です。投入して忘れてしまい、投入して忘れてしまうのです。堕落以後、神様はそれを継続してきました。全人類が救援されるまで行うのです。どれほどかわいそうな神様でしょうか。そのような神様を父母として、侍らなければならないことを知ったので、一生の間監獄に入り、ありとあらゆる悪口を言われても変わりませんでした。

4 人間始祖が堕落したのちに、多くの壁が立てられました。個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的、世界的、天宙的な壁が生じました。その七段階の壁が、皆さんの道を塞いでいます。それらをどのように崩すのでしょうか。その壁が立っている基盤が体です。それゆえ、常に体が問題です。個人的な壁、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙的な壁、すべてのものが体を基盤としています。体は、その数多くの壁を崩すことができません。ですから、残っている壁は、常にサタン側に属するようになるのです。皆さんも、それを否定できないはずです。父母様はそのような事実を知りました。

ですから、父母様にはいかなる迫害が来ても問題ではありません。「道をまっすぐに行かなければならない!」といことが問題です。ジグザグに神様の道を行くことはできません。真の愛の道は直短距離です。直線で行くのです。それゆえ、父母様は一生の間、サタンの迫害を受けました。

5 真の愛は、作用をすればするほどマイナスになりません。入力より出力が大きくなるのです。自然の力は、入力より出力が小さいのですが、真の愛は、入力より出力が大きいというのです。このような内容で、それが持続します。ですから、父母様は生涯を通して、すべて投入して忘れてしまいました。

それでは、真の愛の結果はどのようになるのでしょうか。世界が集まってきます。父母様が一生の間、このような公的な道を代表して、苦労しながら歴史をたどってきたことを思えば、皆さんも、我知らずに涙がぼろぼろ流れます。誰がそのように泣かせるのですか。真の愛には、万民を越え、宇宙を越えて感動させる力があります。

6 真の愛は、どのような悲惨な状況も克服させます。そこには不平がありません。完成、成功、成就があるのみです。私たちは賢い人々です。私たちは、その概念をすべて把握して自動的に従っています。天が開かれるのです。

このようなことを父母様は構想しながら、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界的に迫害される環境をすべて経て、個人的な勝利、家庭的な勝利、氏族的な勝利、民族的な勝利、国家的な勝利、世界的な勝利の版図をつくり、今日まで宗教界で最高の頂上の位置、政界でも最高の頂上の位置、文化面やあらゆる面で、最高の頂上の位置に立ちました。迫害を受けることにおいても、歴史上、最高の迫害を受けましたが、最高の位置に到達した人は、歴史始まって以来、父母様しかいないというのです。

7 復帰というのは再創造ですが、救援というのは「改造」です。病気になった人が、ただそのまま治ればよいのです。それが救援です。堕落したので再創造、蕩減復帰をしなければなりません。皆さんは、ただそのままでは救われません。

再創造の過程を経なければなりません。ですから、父母様を絶対に信じなければなりません。神様を知る道で、自分の考えをもってそのようにしたのではありません。「このような原則によって、このような動機から出発しなければ、真の愛ではない」と思いながら、原則を明らかにしていったのです。真の愛を知ったので、すべて明らかにしたのです。真の愛は直短距離を通ります。このような原理を探し出すために、お父様がどれほど身もだえしたか分かりません。冬の三ヵ月(陰暦の十月、十一月、十二月)にはいていた綿のズボンが濡れて絞らなければならないほど涙を流す、苦痛の道を経てきたのです。人類を子女として救うために、全身の皮を剥ぎ取って売り、肉を剥ぎ取り、骨を削って、骨髄まで絞って犠牲になっても、行かなければなりません。

神様の心情を知ったので、自分には無慈悲なのです。サタンの後継者になって、サタンの血統を残しておいてはいけません。自分のすべてのものを否定しなければなりません。

8 愛は神秘的です。そして、終わりがありません。終わりがなく、どんどん進んでみると元の位置に来るというのです。そのように継続していく人は、成功するようになっています。億万年進み続けることのできる力の動機、そのような源泉をもつことができる何かがあります。これは、いくら投入しても嫌気がさしません。

私がそうです。今まで一生の間、毎日のように、ほかの人と同じように眠ることはしませんでした。人と同じように、時間を守って御飯を食べて生活することができませんでした。人と同じように楽に暮らしてみたことがなかったというのです。ひたすら、せわしなく駆け回りながら生きていますが、それでも私は疲れを知りません。愛の心は青春です。心は老いることがありません。

生涯を通じて、愛を中心として苦労するほど、そこには爆発力があるというのです。ですから、世の中で最もハンサムで、最も代表的な若者がいるとすれば、その方は神様であり、その次にはお父様でしょう。

9 ダンベリーでいつも忘れなかったことが愛の道でした。どんなに困難でも、大きな愛の道を願ったというのです。過去に私たちの信仰の先祖たちがそうだったように、イエス様が死を覚悟して行ったのと同じように、お父様も命を懸けてそのようにするのです。その愛は、命以上のものだからです。生命は愛から出発します。ですから、その愛の道を訪ねるためには、命以上のものとして訪ねなければなりません。そのようにしなければ、真の愛の道を訪ねていけません。死の道を行ったとしても、愛の道を選ぶのです。これは絶対的です。

そのような人は、歴史始まって以来、お父様しかいないというのです。このような内容をもって実践躬行するために、歴史時代に四十年間、あらゆる辱めや受難を受けても、死の峠を越えても、この道を捨てませんでした。それは、真の愛というこの絶対的な宝物を知ったからです。このように歩んでみると、今や世界的に有名になりました。何かの栄光をつかむことや成功を願いながら歩んだのではありませんが、人々から「滅びる」と言われる立場で歩んでみると、私も知らないうちに、このように成功したと結論を下せる世界的版図ができていたというのです。

10 宗教と政治は別のものではありません。別のものになっていれば、平和の世界は成し遂げられません。二つに分かれては、平和の世界になることができないのです。平和の世界は一つです。理想世界は二つではありません。一つなので、一つの方向に収拾しなければなりません。

世界的に、宗教と国々を収拾する人は、父母様以外には誰もいません。父母様に従ってくれば、世界平和に至る一番の近道を行くことができます。父母様は、新しい理想世界、第三の世界を願っています。父母様以外には、共産世界と民主世界を動かして一つの理想世界に進むことのできる道を知っている人はいないのです。

孝子、忠臣、聖人、聖子の道

真の父母様は、人倫と道徳の根本として忠孝思想を強調された。「孝誠は、家庭で子女が父母によく侍る徳目であり、これを訓練し、世の中の父母たちにまで、その愛の範囲を拡張していかなければならない」と語られた。そして、国家を越えて世界を爱する人が聖人でありさらに世界を越えて神様にまでその愛が到達すれば、聖子になることを強調された。

イエス様は聖子の道を歩まれ、その使命を二千年ぶりに真の父母様が引き継がれ、聖子の生きざまを人類に見せてくださったのである。

真の父母様は、神様を中心に侍り、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を果たし、神様から骨の中の骨、肉の中の肉、心情の中の心情であるという証を受けられた。生涯をかけて、言葉で言い尽くせない受難と茨の道を経て救援摂理を締めくくり、聖子の称号を受けられたのである。

11 私たちは、孝子になり、忠臣、烈女にならなければなりません。しかし、孝子は、困難の中から生まれるのです。忠臣も同じように、その国が平安な立場では出てきません。(忠臣は)国と国民が泰平で安らかなところから現れるものではありません。

国の事情が最後の峠にぶつかり、全体が死ぬか生きるかという逆境の場で、自分の生命を懸け、すべての精誠を尽くして国運を変え、国難を解いてあげる責任を果たした人であってこそ、「その国の忠臣である」と言うことができます。困難な時に忠という言葉、困難な時に孝という言葉、困難な時に烈という言葉が歴史に記録されるのです。

12 天の皇族になるためには、孝子、忠臣、聖人、聖子にならなければなりません。その訓練場所が家庭です。完成した家庭が拡大すれば、理想的な王国になります。常に家庭が中心です。したがって、男性と女性、二人の問題です。理想的男性と理想的女性が夫婦になって家庭をつくれば、すべてが完成します。理想家庭が拡大して国家になり、世界になるのです。「私」が家庭で奉仕し父母を敬うことによって孝子になるように、国の王に侍って、ために生きれば愛国者になるのであり、全人類のために生きれば聖人になるのです。

しかし、聖子は違います。聖子は、天上天国の法を全うした方であり、地上天国の法を全うした方です。霊界の法まで全うしたので、誰も讒訴できません。霊界をコントロールすることは問題にもなりません。地上をコントロールすることも問題ありません。どの国もすべて歓迎します。障害がないのです。自由です。そのような人が聖子です。

13 義人とは、国のために僕の僕の立場のような悲惨な立場で命を懸ける人のことを言います。自分が死ぬとしても、国のために死ぬ人が愛国者です。父母のために、僕の僕の位置でも感謝して父母のために生きようとするとき、その人に孝子という名称がつきます。これが、人間世界の道徳の骨子であり核心です。

神様のために、公的により僕になることが、義人となり得る道であり国のために僕よりもっと深刻な僕になることが、忠臣となり得る道であり、父母のために、より僕となった位置で犠牲になっていくことが、孝子となり得る道です。

14 愛国者の中には、数多くの孝子が入ります。孝子になれなかったとしても、愛国者になれば、自動的に孝子の位に上がるのです。忠臣は、偉人にはなれますが、聖人にはなれません。

聖人は、人類のために生きる人です。民族を越えて怨讐の国まで愛そうとした人です。聖人は、国の愛国者を従えることができる人です。聖人の位置に上がるようになれば、愛国者を治めることができるので、愛国者よりも聖人の道理を越えなさいというのです。

統一教会では、さらに一段階上の、聖子の位置について語ります。聖子は、神様の息子として、天の国の法を守るすべを知っています。人間世界の法だけでなく、天の国の宮廷法まで守らなければなりません。天の国の宮廷法を聖人たちは知りません。そのような意味で、聖子の位置に進むようになれば、聖人たちを治めることができるのです。

15 人に絶対に必要なものが、孝子の道理、忠臣の道理、聖人の道理、聖子の道理です。自分を主張することはできません。まず、父母を誇らなければなりません。王を誇らなければならず、神様を誇らなければなりません。自分を主張してはいけないというのです。ですから、国にいる、家庭をもったすべての民は、王や大統領の近くに行こうとします。家庭全体が行こうとするのです。そうして、神様のみ前に行こうとします。神様の永遠の愛、絶対的な愛をもとうというのです。神様の愛をもつようになれば、永生が可能です。

神様は縦的なので、家庭が絶対に必要であり、国が絶対に必要であり、世界が絶対に必要です。その次には天の国が必要です。ですから、自分を主張するようになればすべて塞がってしまいます。

父母を愛するのは、「私」が父母の愛の化身になるためであり、国を愛するのは、王の権限を中心として、そこにおいて対等な化身になるためであり、天の国を中心として相対になって一体になろうというのは、天の国の化身、代身存在になるためです。ですから、神様のすべての相対圏は、私から天、世界、家庭にまで連結できるというのです。それが、人間が生きている間に成し遂げて、そこに合わせていかなければならない道です。完成する道なのです。

16 父母を愛する人を孝子と言います。それは、初めも愛であり、過程も愛であり、最後の結論も愛です。それゆえ、家庭の核は孝の道理です。家庭の核の上には、国がなければなりません。国の核は忠臣の道理です。それは国を愛しなさいということです。国の忠臣は、聖人の道理に従わなければなりません。聖人は世界を愛する人です。聖子は神様の息子、娘です。

孝子、忠臣、聖人、聖子、このすべてものが、核は核なのですが、愛を根拠にして核になっているのです。これを、漠然とそのように語ってきたのは、今後、終わりの時代に定着できる安定点は、愛以外にはないことを意味しています。ですから、男性と女性、夫婦同士で愛し合う人であってこそ孝子になります。孝子になって忠臣になるのです。忠臣になって聖人になるのです。聖人になって聖子になります。聖子になってすべての相続権をもつのです。

17 真の聖子、神様の息子、娘は、神様のために生きるのと同じように、神様に属するすべてのもののために生きようとする人です。私は、そのような聖子の道を行く人です。私は、神様も愛していますが、人類も愛しています。ですから、神様が「私の息子よ!」と言うのです。神様が「私の息子よ!」と言うことができる人は、神様のために生きるように、人類のために生きる人だからです。そのような人が神様の息子です。

自分のことを忘れて人類のために生きる神様なので、自分のことを忘れて人類のために生きるのが孝子だというのです。私たちは、孝子の道から忠臣の道、聖子の道を訪ねていきます。そのような内容を中心とした孝子の道理を通して、忠臣の道理を通して、聖子の道理を完成しておけば、その国が地上天国です。これが、そのまま天上天国に移されるのです。そのように移されるようにするためのものが、神様の創造理想でした。

18 誰も、父母様の行く道をまねることはできません。これを山で言えば、ヒマラヤ山脈のエベレストの山頂です。歴史始まって以来、神様の心に通じる孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を経てきたのです。神様の愛を完成させることができる存在は父母様しかいません。神様御自身が感謝の涙を流しながら、「すべてを失っても、探し出したお前は、世の中のあらゆるものの何百倍も価値がある存在である」と言って愛することができてこそ、釘が打ち込まれた神様の心情を解放してさしあげることができます。この上なく途方もない深刻な自分だというのです。

19 どの国の忠臣や烈女も、サタン世界の血統関係を越えることができませんでした。すべて塞がっています。神様の心情的愛、真の愛を中心として、神様と真の父母様が復帰路程で苦労したその道に皆さんが引っ掛かっているというのです。ですから、天地父母の心情を中心として、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を備えることができる「私」にならなければ、伝統を受け継ぐことはできません。

また、孝子の道を教えられた神様であり、その孝子となった人が真の父母だというのです。神様が愛国者として育て、それから聖人の結実体、聖子の結実体として育てたので、このすべてのものが伝統の位置だというのです。

20 良心は父母に優り、師に優り、国や全宇宙の主人に優っています。良心は、神様が願った愛の定着地だからです。神様は、父母の中の父母であり、師の中の師であり、王の中の王です。そこに定着できる良心に、そのように貴く侍って生きる人が義人になり、聖人になり、聖子になるのです。その道を外れては、孝子、忠臣、聖人、聖子の行く道がないというのです。

お父様が苦労してみると、結論は簡単でした。すべて私の中にあったというのです。神様のみ前で恥ずかしさを感じました。これを知って、脱力感を覚えたのです。

その位置を探し出すためにどれほど苦労したかを知れば、そこで涙で向き合わざるを得ない自分を見いださなければなりません。そして、皆さんは、涙で向き合える夫と妻にならなければならず、涙で向き合える民にならなければなりません。ですから、涙なしには復帰の道を行けないことを知らなければなりません。

21 私は、今まで孤独な道を歩んできました。今も孤独です。愛する人に会えなかったからではありません。妻子のいない人でもありません。皆さんのような同役者 (一緒に仕事をする人)もいます。しかし、世界を中心として、神様を愛して解怨成就をしておくことができず、孝子と忠臣の道理を果たせなかったので、孤独な道を行かざるを得ません。今も、その道を行くのです。

一生が終わっても、その道が残っているとすれば、どうしますか。それでも、行かなければなりません。皆さんが老いて死ぬまでその道に従っていっても、み旨を成し遂げることができないかもしれませんが、それでも行かなければならないのです。世界のための道なので、永遠に行かなければなりません。神様が永遠なので、神様を中心とした愛の道も途切れることがないのです。

その道は、死んでも行かなければならない道です。霊界は時空を超越した世界なので、千年の期間でも、霊界では一日と同じです。ですから、私たちがこの地で千年かけて成就したことも、一年かけて成就したのと同じだと思って行かなければなりません。その道は、真の愛の道です。

22 天宙の勝利者になろうとすれば、神様を解放しなければなりません。私たちが神様を解放しなければならないのです。ですから、自分の願いを中心として祈ってはいけません。お父様は、自分の志のためには祈りません。神様のみ旨のために祈るのです。

神様が願うのは、「私」自身の救いではありません。神様御自身の解放を願うのです。それでこそ、私自身の救いの道理が始まります。これは根本問題です。

23 お父様は、生涯をみ旨の解放のために生きてきました。メシヤはみ旨の解放のために生まれ、み旨を中心として、生涯を通してみ旨を完成し、解放圏を成し遂げなければなりません。解放圏は、天の国の解放であると同時に、神様の解放を意味します。その次には、堕落した父母によってサタンの血統をもち、囹圄(牢獄・獄舎)の身となっている人類を、このサタンの監獄世界から解放し、さらに、嘆息している万物まですべて解放しなければなりません。今までパンタナールを訪れ、釣りをして山を訪ね回るのは、そのような心情的連帯を、自然と共に結ぶためです。神様を愛する心、人類を愛する心、万物を愛する心で、終着点にこれを結束させ、このすべての蕩減歴史と、すべての経済基盤を造成すべきみ旨を中心として、今まで歩んできました。

神様に侍る一つの世界

真の父母様のみ言と生涯の業績は、空を巻物にし、海を墨汁にして書いてもすべて記録することはできない。真の父母様は、聖婚以前に「統一原理」を探し出して摂理の出発を準備され、聖婚以降、基元節までの歩みにおいて、復帰の道を締めくくられた。人間始祖の堕落によって失ってしまったすべてのものを探し出して神様に還元し、新天新地の後天時代を迎えたあと、天一国の基元節を宣布された。筆舌に尽くし難い苦難を越えて、復帰摂理を完成、完結、完了されたのである。

基元節以降、天上の真のお父様と地上の真のお母様は、天一国経典の編纂、天一国憲法(教会法)の制定発布、グローバルな人材の養成、神氏族メシヤ活動などを通して、この地に天一国を定着させることに尽力された。

真の父母様が立てられた平和創建のためのビジョンと業績は、国境線のない一つの平和世界を成し遂げる礎石となり、人類に下さった真理のみ言は、神様と人間、宇宙の秘密を明らかにした新しい生命の道となり、生涯を通じて見せてくださった真の愛の路程は、孝子、忠臣、聖人、聖子の典型となった。

真の父母様は、天一国の太陽と月として、神様に侍る創造理想世界を永遠に照らしているのである。

24 全世界の統一家の祝福子女たちは、天地人真の父母様が生きてこられた伝統を絶対信仰で相続し、氏族メシヤの使命を全うしなければなりません。そうして、氏族と社会、国家、世界でその責任を必ず完遂し、天の父母様が願われ、天地人真の父母様が待ち望まれるように、全世界の人類を天一国の民として抱かなければなりません。そうしてこそ、この時代を生きている皆さんが、後代に恥ずかしくない先祖の位置に立つようになるのです。

天の父母様と天地人真の父母様が六千年間の蕩減復帰摂理歴史を完成、完結、完了され、新しい時代、新しい歴史の天一国を開いてくださいました。天の父母様の願いであり、天地人真の父母様の願いであった天一国が創建されたというのです。

皆さんはどのように、天の父母様と天地人真の父母様に、感謝と頌栄を捧げるのですか。皆さんを天一国の先祖の位置に立ててくださろうとする大いなるみ旨があることを、皆さんは知っていますか。真の父母様がこの地に来て生命のみ言を宣布され、天一国を開いてくださったことを、この国はもちろん、全世界の人々がみな知ることができるように証すべき責任が、皆さんにあります。

皆さんは、天の父母様と天地人真の父母様のみ前に、地上天国と天上天国を必ず開いてさしあげようと誓わなければなりません。その道に向かって全力投球、死生決断、中断のない前進をすることだけが、今の時代を生きている私たちの使命であり、責任です。

25 私たちの誇りと喜び、そして、幸福は、真の父母様なくしては、意味がないというのです。祝福家庭の願いは、地上天国の建設であり、神様と真の父母様に共に侍って生きることです。私たちの時代にできなければ、私たちの子孫を通してでも、必ずその日をこの地球上に迎えることが、私たち父母の責任です。

統一運動は、真の父母様と共に、必ずやみ旨を完成させます。ですから、それを見た後世の人々か本当に誇らしく思うことのできる皆さんの家庭となり、私たち自身になることを切に願っています。私たちは、既に決心して立ち上がった人たちです。私たちは、お父様が成し遂げようとされた天のみ旨を、この時代にすべて実現できるようにしてさしあげなければなりません。

26 お父様は、遅く寝床に就かれても、朝早く起きて、熱心に祈られます。風が吹こうと雨が降ろうと、夜も昼も、統一教会の子女である皆さんのために祈っていらっしゃいます。み旨を成し遂げるために深く瞑想されているお父様のお姿を目にするたびに、私(お母様)は本当に、神様が愛さざるを得ない方だと思うのです。皆さんもどうか、原理で武装し、主人と僕の閼係ではない、父と息子の関係としてしっかりと連結された心情世界において、変わることなく生きてくださるようにお願いします。つらいときは、いつでもお父様のお姿を思ってください。

27 人類歴史が始まって以来、誰もが平和で幸福な世界を追求してきました。しかし、そのような理想世界は成し遂げられませんでした。このような根本問題を解決してくださった方が、天地人真の父母様です。お父様は、九十年の生涯を通して、天の摂理を握り締め、全世界的に多くのことをしてこられました。

聖和される前に、二〇一三年一月十三日を基元節として立てておかれ、特に十三年間は、全力投球してこられました。まず、天の父母様の立場を立ててくださいました。苦痛と戦争と悲惨な歴史の中から抜け出すことができない人類にとって希望の灯台となられました。そうして、内的には神霊と真理によって教団を導き、外的には真の愛を実践しながら、多くの運動を展開してこられました。

28 私(お母様)の人生は海のようです。海は、空を抱くことができる十分な懐があり、空と一つになって、空の色と似ています。一番低い所で世の中のすべての水を受け入れます。海はすべてを抱き、すべての生命を宿します。

海の中には、あらゆる生命体が棲んでいて、恵み豊かに育てられます。月の引力に応じて潮の満ち引きの差をつくり節気を変えます。日ざしに呼応して水蒸気をつくり、気候を調節します。

静かな海は、表向きは平穏です。しかし、深い所では、大洋を動かす巨大な水流が滔々(とうとう)と流れています。一度荒波が起きると、津波のようにすべてをのみ込んでしまったりもします。人々は深い海の中の渦巻きを見ることができません。天の摂理はもちろん、私の生涯もこのように展開されてきました。台風のように吹きつける摂理の中心で、私だけが知っている、語ることのできない事情がたくさんあるのです。私は、その渦巻きに巻き込まれることなく、乗り越えながら勝利し、蕩減復帰摂理歴史を、お父様と共に終わらせることができたのです。

29 天の父母様は、(私を)ひとり娘として育ててくださり、真の父母の位置に現れるまで、多くの逆境と苦難の中においても守ってくださいました。真の父母としての歴史路程には、あなただけが御存じであり、あなただけが記憶される曲がり角ごとに、越えなければならなかった多くの事情がございます。しかし、天の父母様、感謝申し上げます。本来、あなたが願われた創造理想を成し遂げるために、真の父母を探し求めてこられる路程が、どれほど困難で寂しく、苦痛に満ちていた力を私たちは知っております。この地に天一国を宣布するまで待ってくださった天の父母様に、無限の感謝をお捧げいたします。

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