神様王権即位式

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目次
  1. 第一章 神様王権即位式の準備
  2. 2.神様の王権には縦的、横的二つの王権がある
  3. 3.王権の実際は、神様の体をもった真の御父母様
  4. 二 神様の王権回復が摂理の主流思想
  5. 2.イエス様もその国を回復するために来た
  6. 3.第二次大戦以後における神様の摂理の展開
  7. 4.真の御父母様の生涯の願いも王権復帰
  8. 三 神様王権即位式をすることができる背景
  9. 2.万民祝福によって血統的天民を復帰
  10. 3.国連の国を連結してアベル圏国家基台をつかむ道
  11. 4.神様王権即位式は誰がしてさしあげるのか
  12. 四 神様王権即位のための真の御父母様の準備
  13. 2.四十日特別精誠期間、真の御父母様の準備のみ言
  14. 五 二〇〇一年一月十三日の摂理的意味
  15. 第二章 神様王権即位式
  16. 2.第二式・実体神様王権即位
  17. 二 王権即位式の主題、真の御父母様のみ言
  18. 第三章 神様王権即位式以後
  19. 2.民主主義は終わり、王権時代へ移行していく
  20. 3.民主主義の政治体制
  21. 4.最高の政治は愛の政治
  22. 5.宗教摂理の終結と家庭時代の定着
  23. 二 王権即位式以後、どのように生きていかなければならないか
  24. 2.祝福の中心家庭、自分の名によって祈祷する時代
  25. 3.第四アダム圏、心情圏の意味
  26. 4.自然と調和して趣味的に生きる生活
  27. 5.これからは許しのない法の即決時代
  28. 三 天国人が守らなければならない生活規範
  29. 2.心情を蹂躙してはならない
  30. 3.公金を略取してはならない
  31. 4.天国憲法一、二、三条
  32. 四 私たちの実際の祖国光復は今から
  33. 2.還故郷と還国、そして祖国光復
  34. 3.「私の国は私が取り戻す」と決意して行こう

第一章 神様王権即位式の準備

神様王権即位式
 


第一章 神様王権即位式の準備



 

一 「神様王権」の意味と実際



  

1.神様の王権は愛の王権


 神様は、どのような方でしょうか。天宙の主人であられる万有の王の中の王です。それでは、その方は、誰のためにいらっしゃるのでしょうか。この世界全体の大小すべてのもののためにいらっしゃるのです。彼らのためにいらっしゃり、彼らのために生きていかれるというのです。本来神様は、宇宙のためにいらっしゃり、今まで宇宙のために投入してこられた方です。宇宙のためにすべてを投入しても忘れてしまうことができる愛の主人でいらっしゃいます。
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 神様は、どのような方ですか。天地すべての万物の大主宰、すなわち主人でいらっしゃいます。天地を造られた方であり、永遠無窮に王の中の王としていらっしゃる方であられます。ですから、どれほど偉大でしょうか。皆さんが形容できないほど気高く偉大であられます。
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 天宙をおいて見れば、天宙の中心存在は神様です。その神様は、どのような方ですか。宇宙的な父母であられ、全体の父母であられます。このすべての被造世界において、目的としたところを間違いなく経綸していかれる創造主であられます。
 その創造主から、父母の心情圏を受け継いでこの地上に生まれた人類の先祖が、地上の父母です。
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 天地の大主宰であられる神様は、最高の王のような父母であられます。ですから、神様と人間が一つにならなければなりません。神様は、私たち人間がもちたいと思った最高の王権をもった王です。
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 天地を創造した大主宰であられ、王の中の王が神様ならば、その息子、娘、長男、長女は何になるのですか。神様が天上の王ならば、その息子、娘は、地上の王になるのです。
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 神様がいらっしゃるとすれば、その方はどのような方でしょうか。この全宇宙の中心存在として創造主であるその方は、中心にいながら何をされるのかというのです。保護の責任を感じて保護してくださるのです。保護しながら育成してくださるのです。正しく育ててくださるのです。それだけではありません。良いことと悪いこと、すべてに責任を負われるのです。逃げる道理がありません。
 それゆえに、天地の大主宰であられる神様は、すべての責任を負って保護、育成なさるのです。その方を中心として、すべての存在が一つになろうとします。
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 神様は誰かといえば、私たちの父母です。人間の一番の中心先祖です。その神様は誰ですか。宇宙の永遠から永遠まで、ただお一人しかいらっしゃらない王です。王であられることを知らなければなりません。
 それでは、皆さんは何ですか。神様の息子、娘です。宇宙を支配する王の息子、娘です。王子、王女だというのです。それでは、その王子、王女とは、何をするのですか。その王権が統治するところで、愛を中心として教育を受け、そこで生活しようというのです。それがその世界の理想なのです。
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 神様の願いはただ一つです。愛の王になることです。愛の王になって、愛の王権を立てることができる王国になるためには、領土がなければならず、民族がいなければなりません。今、その領土の版図を世界の舞台の上に、霊界の舞台の上に創建しており、その国民、天国の民を世界人類の中から選択し、その王権と民族を編成していく道にいるのです。
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 神様は、天地の大主宰者であられ、愛の中心であられ、人類全体の父母になられ、先生になられ、王になることができる愛の王権の主人であられます。
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 永遠に変わらない思想的主体が神様です。その神様は、個人的絶対価値の中心であり、家庭的絶対価値の中心であり、氏族・民族・国家・世界・天宙史的な絶対価値の中心です。永遠に変わらないのです。それでこそ、この人類の統一と平和の世界、一つの世界の出発が始まるのであって、そうでなくては出発することができません。
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 天地を創造された神様は、限りなく善の方であられ、すべての万物の根本となる方であられ、愛の主体となられる方です。ですから、その神様は、自分自身が真に信じることができ、愛することができ、すべてのものを任せることができる人がいれば、最も貴いものをそっくり残してあげたいのです。
 このことによって、私たちは、自分の最も貴いものを真に与えたいと思う心が天理の原則であり、人間の本然の心だということを知ることができます。
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神様は、どのような方なのか分かりますか。神様とはどなたでしょうか。どのようなお方ですか。真の父である神様です。真の父たる神様となって、真の子女と一つになるとき、真の愛が成り立つのです。ですから、まず真の父です。真の愛の父だというのです。だとするならば、誰の父でしょうか。人類の父だというのです。そうなると、人間は何であり、人間と歴史の関係は何であり、神様がいるならば、人間と神様との関係は何かということが分かったというのです。
神様は私たちの父ですが、どのような父でしょうか。知、情、意を兼ねた真、善、美の父です。こうなるのです。人格的な神様です。これを知らなければなりません。人格的神様、人格的な父だというのです。人格的な神様であると同時に、人格的な父だというのです。そうしてこそ、人間と関係を結ぶことができるのです。
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 神様も生きていらっしゃるので、生活されるはずですが、生活するにおいて何を中心として生きるのでしょうか。真の愛の心情圏をもって生きてこられました。これを知らなければなりません。環境的な条件を全部愛で治めながら生きてきたというのです。神様が父となって動くようになれば、息子たる人間も共に動くようになり、息子のための象徴的な形状体も全部一つとなって、神様が動かれるとおりに、一体となって、個人的に動くにおいても、完全であり、家庭的に動くにおいても完全であり、氏族、民族、国家、世界、宇宙、永遠の世界にまで発展したとしても、完全な実体として動くはずだったというのです。
 神様がいる限り、すべてのものが完全、完成したものとして、全体が完全、完成した価値をもち、一つの実体圏、一つの理想圏が広がるはずだったというのです。人間と神様が一つになったその以下のすべての万物は、人間を養育し、人間を保存し、人間が便利に暮らすことができる環境的条件となるのです。それが実体万物創造の世界です。
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 神様にどのような権力が必要ですか。神様は天宙の大主宰であられ、一番の頂上にいらっしゃるのですが、何の権力が必要ですか。それは、サタン世界のすべての権力者、サタンを屈服させて、天国の王権の組織圏内に同参する資格をもつことができる私をつくるための権力です。それは何ですか。その権力は、堕落した人間のために必要なものであって、神様には必要ありません。
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 神様は、何の王の中の王になりたいと思われるのですか。それは、愛だというのです! 創造主が、この地に対して願うこととは何ですか。創造された目的とは何ですか。愛というものは、いくら優れていても一人では成すことができないのです。
 これは、主体と対象との関係において設定されるものなので、いくら全知全能の神様でも、自分を中心として愛を成すならば、刺激と衝動を感じることができません。
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 神様が誰かといえば、真の愛を中心として根だというのです。根は、トランク(注:幹)を通して芽と通じるのです。そして、枝は東西南北に伸びるのです。東西南北に伸びれば伸びるほど、芽も育ち、幹も育ち、根も育つのです。
 それで、神様は、私たち人間世界に、真の愛を中心とした縦的なお父様だということを発見することができます。縦的な真の愛を中心としたお父様が創造主であられるのです。
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 レバレンド・ムーンの理想とは何ですか。愛の王権を中心として、宇宙に愛の世界を完成させようというのです。愛の因縁を結べば、同等な位置に入っていくのです。誰もが愛するようになれば、愛の関係を結んだ時は、対等な位置、同位権に同参することができる特権が生じるのです。
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 神様はどのような方ですか。父母の中の父母です。人類の父母の中の父母であられ、先生の中の先生です。神様は、知らないことがありません。私たち統一教会では先生が真の父母なので、今まで父母の立場で、先生の立場で宇宙の万真理の秘密をすべて教えてあげたのです。神様は、父母の中の父母であられ、先生の中の先生であられ、そして主人であられ、王の中の王であられます。















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2.神様の王権には縦的、横的二つの王権がある

神様王権即位式
 


  

2.神様の王権には縦的、横的二つの王権がある


 神様は、人間に対して真の愛をもった縦的父母です。その縦的父母、垂直というものは一つしかないのです。絶対的です。二つあることはあり得ないのです。その一つの縦的父母だけをそのまま置いた時には倒れてしまいます。大変なことでしょう。
 したがって、横的父母を探し立てて連結しなければなりません。それを説明するとすれば、創造主は真の愛の縦的父母であり、創造された人は子女の立場であり、また神様の体となる横的父母の立場に立ちます。その内外が一つになることにより、内外の共鳴体となったところで授受作用をすれば、中心が生まれるのと同時に、その内外の共鳴圏の中心が植えられます。それが皆さんの生まれる生命の根源です。
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 神様が人類の先祖になるためには体が必要なので、アダムとエバという体を造られたのです。その体は、内的な心の体である霊人体と外的な肉身から成っているのですが、この二つが一つにならなければなりません。どのように一つになるのですか。心は縦的です。創造主である神様は、縦的な真の愛を中心とした真の父母だというのです。神様は、縦的な真の愛を中心とした真の父母であられ、アダムとエバは、横的な真の愛を中心とした真の父母です。
 創造主は縦的な真の父母であられ、創造主の体のようなアダムとエバは横的な真の父母であり、これが愛を中心として一つになるのです。
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 真の愛を中心として、創造主である神様が縦的な私のお父様です。心は何かといえば、縦的な私だというのです。体は何かといえば、横的な私です。
 体をもったアダムとエバが堕落しないで真の父母になり、そこで生まれた息子、娘は、この世界を築き上げることができる父母の血肉を受け継いで生まれたのです。
 ですから、真の愛を中心とした真の父母となり、縦的父母と横的父母の愛を中心として、生命と血肉が一体となって生まれたのです。それゆえに、心は、縦的な神様を身代わりして受け継いだものであり、体は、横的な父母である完成したアダムとエバ、理想的な夫婦を身代わりして受け継いだものです。ですから、心は縦的な私であり、体は横的な私だというのです。この二つが一つにならなければなりません。
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 縦的な父母とは、いったい誰ですか。真の愛を中心として見れば、創造主が縦的な父母になります。横的な愛は、その父母が真の父母になるために授け受けしたものです。
 真の愛を中心として、人間に与えられた責任分担五パーセントを完遂するようになれば、原理主管圏と直接主管圏を一体化させる力が生じるのも、そのような完全な愛のためです。
 ですから、神人一体です。これもまた愛の問題です。神様と人間は、何によって一つになるのですか。これもまた同じです。すべて同じです。
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 なぜ神様は、愛を中心として造らなければならないのですか。神様御自身が父母の位置に立った方であられるからです。天地です。人間は、地の神様として立ち、神様、創造主は、天の神様として、縦的な神様として立つのです。これが天地合徳です。「合徳」という言葉があるでしょう。このようにして、愛によって生きてみようというのです。神様も一人では孤独なのです。
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 アダムは誰ですか。アダムは、絶対創造主の体です。体として造られたのです。無形の実体では、実体の刺激の世界に対することができません。人間自体が無形で造られていたならば、他のものに対することができますか。
 それで、神様御自身がアダムの心に入ってアダムが成熟することを願われ、神様御自身がエバの心に入ってエバが成熟することを願われました。神様が成熟することを願われたその時に堕落したのです。堕落していなければ、私たちは、間違いなく神様の直系の血統を受けることができる息子、娘を生んでいたのです。神様の根になっているというのです。神様が愛の根だというのです。
 しかし、堕落したために、今日の人類歴史の創造理想世界において、神様の愛を基台にした根が生まれなかったのです。これが分かりませんでした。
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 神様、創造主は誰ですか。垂直に立っている私たちの縦的なお父様です。そして、堕落していない本性の父母は、横的な父母です。縦横が九〇度を備えて、天理の本源的な一つの起点において合徳したその場に、すべての面に一致し、上から見ても下から見ても、どこにでもすべて一致することができる、そのようなモデル型の規格を備えた位置にいる父母です。九〇度に合わせれば、すべて合うでしょう。下のものを上に合わせても合い、西側を東側に、東側を西側に、南側を北側に、北側を南側に、前後、左右を換えて合わせてもすべて合います。ここにはロスがありません。
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 神様は、真の愛を中心とした縦的な真の父母の位置にいらっしゃる方であり、創造主です。既成神学では、創造主は神聖であり、被造物は俗なるものだといいました。被造物を罪人扱いしました。
 しかし、それは間違った考えです。なぜ神様が創造されたのかといえば、愛ゆえにされたのです。神様が縦的な愛の主人ならば、縦的な愛だけでは一点にしかなりません。一点しかないものになるのです。縦的な神様の愛をもったその方が繁殖しても、長い一本の線にしかならないというのです。これをどのように横的に展開させるのですか。
 ですから、赤ん坊を生むのは、神様が生むのではありません。真の父母を通して生むのです。横的な真の愛の父母の位置に立ったその方が誰かといえば、今日の統一教会でいう真の父母です。神様の前に、縦的な愛を中心とした真の父母の前に九〇度を備えた横的な愛をもった方が真の父母なのです。
 それゆえに、二つの父母の愛が必要なのです。一人の方は創造主である父母であり、もう一人の方は被造物の、神様の対象として理想を描きながら造られた体的な父母です。それゆえに、神様は心的な父母の位置にいて、真の父母は体的な父母の位置にいます。このように縦的な愛と横的な愛を中心として生まれるべきものが人間でした。
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 神様は、絶対的な真の愛を中心とした縦的なお父様です。創造主が私のお父様であることを知りました。真の愛を中心とした縦的な真のお父様です。茎は一つしかありません。
 すべての人間たちは、真の愛を中心として、神様の愛、神様の生命、神様の血統を受け継ぎました。そのような縦的な血統を受け継ぐことができる立場に立てておいたものが人間なので、私たちの心は、神様の縦的な血統を受け継いだ縦的な私です。これが分からなかったというのです。
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 堕落していない人類の先祖は、何をつくろうとしたのですか。神様の愛の対象をつくろうとしたのです。愛の対象なのですが、何の対象ですか。縦的な主体である創造主の前に、横的な主体です。それで、東と西を結んでいくことができる横的な主体者になり、九〇度を合わせて中央線で定着しようとしたのです。
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 創造主は、縦的な真の愛を中心とした父母であり、アダムとエバは、真の愛を中心として、九〇度に合わせた位置に立った真の愛を中心とした横的な父母だというのです。この二つの父母は、どこに行って一つにならなければならないのですか。この中央で、これがぴたっとくっつくようになれば、宇宙はそこから永遠です。神様の愛を中心として九〇度に合わせたものを、誰がその角度を崩すでしょうか。
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 人間において、皆さんの心と体を完全に統一することができる本然の愛の基準とは何ですか。創造主としての縦的な神様の真の愛と、創造主の愛の対象として造られ、縦的な愛に九〇度を備えた横的な真の父母の愛と一つになり、そこから生命と愛を中心として出発した血統的な基準に連結していたならば、その息子、娘は天国に行くのです。地獄に行く心配もないというのです。行こうとしても行くことができないのです。純金が偽物になることはできません。純金は純金です。そのような血統的起源を正さなければ、復帰することはできません。根が変わるのです。本然の創造主は、縦的なお父様です。
 それから、アダムとエバが堕落しないで完成したならば、横的な父母として一つになり、愛を中心として一つになった血統を通して子女が生まれていたならば、その子女は、縦的な父母に似て、横的な父母に似た真の父母の愛の化身体となるのです。そのように生まれた息子、娘は、神様の代身であり、真の父母の代身だというのです。
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 私たち人間の先祖は誰ですか。神様は、私たちの心のお父様、縦的なお父様だというのです。創造主が私たちの縦的なお父様になり、そして、アダムが完成したとするならば、横的なお父様になるのです。それゆえに、二人の父の血筋を通じているというのです。
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 本来の縦的な創造主の愛と、創造された被造物が理想的な存在として成熟し、縦的な愛と九〇度に合わせることができるところにおいて、神様も「良い」と踊ろうとされ、人間始祖も「良い!  幸せだ!」と言い、このような良くて、幸福で、うれしくて、楽しい出発をしていたならば、そこには永遠の統一圏が成立していくのです。
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 真の愛の格位とは何ですか。縦的神様の愛と横的真の父母の愛ですが、これは内的な愛であり、これは外的な愛です。このような内的な愛と外的な愛の二つの愛を通して生まれた人間なので、私にも内的な私がいて、外的な私がいます。
 それで、内的な私がいつも私に命令します。創造主が、外的な私と同じアダムとエバに命令されるのです。私にも、そのような内的な私がいて、この外的な私である体に命令するのです。それは理論的です。今までそれが分かりませんでした。今まで宗教人は、これが分かりませんでした。
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 堕落していなければ、本来神様が私たちのお父様です。神様とは何のお父様なのかといえば、縦的なお父様です。創造主は、真の愛を中心として縦的な父母です。今までは、創造主が誰なのか分かりませんでした。そこに文総裁が現れて、そのことを明らかにすることによって、天上と地上が連結することができる公式的な整理が設定されたのです。
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 万物創造は、神様の愛の対象者をつくるという立場でされました。最近の既成神学では、創造主と被造物は相関関係を結ぶことができないといいます。
 創造主は神聖であり、被造物は俗なるものだといいます。俗なる人間と神様との愛は、どのような愛でしょうか。どうして「お父様」と言うことができますか。その主張に対してそのことを尋ねてみれば、その主張自体が矛盾です。それは、正しいことではありません! なぜ神様が人を造られたのですか。創造されたその出発の動機とは何かというと、愛の対象を探し出すためなのです。
 神様はお一人なので、縦的におけば一つにしかなりません。ですから、縦的においたとしても、これは何の存在意義もありません。横的な父母である真の父母を立て、横的な天地を中心として、この縦的基準に応じることができる対象圏を広げて世界国家に繁殖し、そこで横的な父母を通して生産するようになっているのです。神様は、どのような姿で生産できるのですか。なぜ夫婦が必要なのでしょうか。神様の息子、娘を、この天地いっぱいに満たすためなのです。

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3.王権の実際は、神様の体をもった真の御父母様

神様王権即位式
 


  

3.王権の実際は、神様の体をもった真の御父母様


 長子が結婚するようになれば、それが真の父母になるのです。また、真の父母は、何になるのですか。地上世界の王になるのであり、天上世界の王になるのです。その王の内的な主人は神様であり、その王の外的な主人は、私たち人類の最初の先祖であるアダムとエバです。完成したアダムとエバです。真の父母の位置に立ったアダムとエバだということを、論理的に否定できません。
 それゆえに、人類は、真の愛の皇族から始まるのです。それは、理論的に否定することができますか。アダムは誰かといえば、真の愛を中心とした王子であり、エバは誰かといえば、真の愛を中心とした王女です。これが初愛の結実であり、最初の家庭の父母になるのであり、最初の王権の伝授者になるのです。それは、縦的に王権を受け継ぐのです。直系の子女、長孫、長子になるのです。そして、このようになれば、兄弟を中心として、そこに王族の伝統を備えた立場で、水平的に一つになることのできる立場を立てるのです。そのようにして、一つの国、一つの世界になることによって、そのまま王族の伝統に従って、天国のすべてが受け継がれていくようになるのです。それが神様の創造理想です。そのようなことは理解できません。
             *
 霊界と肉界は、何を中心とするのでしょうか。霊界の代表は神様であり、地上の代表はアダムとエバですが、これが連合しなければならないというのです。それで、アダムが生きている間、そのもっている形態は、地上における地上の国の王です。永遠の王です。永遠の王権をもって現れたのです。では、エバは誰かといえば王侯です。永遠の王侯圏を代表する王侯として登場するのです。その永遠の王権を代表したその夫婦が、そのまま霊界に行って神様の代身の役割をするのです。
 なぜ、二重構造にせざるを得なかったのかというのです。無形の神様と同じになろうとするので、心と体が一生を生きてあの国に行く時までに、一つになったという基準を立てなければならないからです。それができずにあの国に現れれば、その形状が神様と一つになりません。実体的王権をもった父母が、無形の父母である神様と一体になり、永遠の天上世界に体をもった王権を顕現させるためにアダムとエバを二重構造で造りました。また、なぜアダムを造ったのですか。神様が体をもつために造られたというのです。
             *
 見える体をもつために、アダムのような体を備えて、そして、そのアダムの体が永遠の人類の先祖として天国に入っていき、王権をもった主人として登場するようになる時に、アダムが神様であり、人類の先祖であり、宇宙の王になるのです。王なのですが、神様の体をもった王になるというのです。
 ところが、堕落することによって、その体をもつことができなかったというのです。
             *
 エデンの園のアダムとエバは誰ですか。神様が王の王なので、その方の息子、娘ですから、堕落していなければ天国の王孫です。天国の神様が王ならば、その王であられる方の長子、長女ですから王子、王女です。その王子、王女が正しく育てば、王権を受け継ぐのです。王になるのです。
 アダムとエバが地上で完成して真の父母になり、王権を受け継いで暮らしたのち、霊界に行って主人になる時に天国の王になるのです。アダムの体は、天国の王の体になっていて、そして、その位置には神様が来ていらっしゃるのです。
 それで、神様とアダムが内的・外的、縦的・横的な実体になって、神様が地の世界や宇宙の世界を支配されるようになるのです。
             *
 堕落していなければ、本来のアダムは何かというと、アダム家庭の王であり、アダム一族の王であり、アダム民族の王であり、アダム国の王であり、アダム世界の王であり、アダム天宙の王なのです。これが、王権思想です。
             *
 無形の神様は、体がありません。体をもたなくては、霊界の世界や地上世界を治めることができないというのです。ですから、神様がいらっしゃっても、神様が人間の父母として現れるためには、体をもたなければならないのですが、その体をもった代表が誰かといえばアダムとエバだというのです。堕落していないアダムとエバの体をもって現れるのです。
 したがって、アダムとエバは、人類始祖であると同時に天地を支配する神様になるのです。実体をもった神様、すなわち永遠の無形世界の神様の形状を身代わりして現れた位置で、また父母の位置で世界を統治する責任がアダムとエバにはあるのです。
             *
 体をもったお父様になることによって、見えない無形と見える有形が一つになるのです。それは、宇宙が一つになることを象徴します。それゆえに、神様の形状に似た体を備えることができる姿でアダムとエバを造られたというのです。
 そして、アダムとエバを天国の王宮に、王座に上がるようにして、その王と王侯の心の中に神様がいらっしゃって地上世界と無形世界を統治されるのです。神様の王国をつくるのです。その王国は、愛の王国だというのです。愛の王国です。愛を中心としてのみ、霊と肉が一つになるようになっているのであって、他のものでは一つになることができないのです。
             *
 本来、アダムとエバは何ですか。神様の長男、長女です。神様は、天宙すべてを創造された万能の王であり、アダムとエバはその王の子女です。王の息子と王の娘が、絶対者である神様の愛を中心として一つになり、神様と一つになったその基準に立たなければなりません。それがアダムとエバの位置です。
 言い換えれば、アダムとエバは、地上天国と天上天国の王にならなければならないというのです。神様の姿は、霊界に行っても見えないのです。姿が見えません。神様の創造目的は何ですか。自身の形をもつことです。姿形をもちたいと思われたというのです。
             *
 無形の神様は、実体がないので、その形体の代わりとなるのが真の父母だというのです。
 真の父母は、個人的な父母であり、家庭的な父母であり、氏族的な父母であり、民族的な父母であり、国家的な父母であり、霊界に行ったならば、真の父母の形状で神様が現れるのです。統一教会が偉大なのはそのことです。
             *
 神様の創造理想時代は、アダムが父母であると同時に、アダムが氏族の酋長であり、アダムが民族の酋長であり、アダムが国家最高責任者であり、アダムが王です。王権をもつのです。
 人は、誰もが「私たちの父が王になれば良い」と願う欲心があるのです。そうではないですか。それは、理にかなった話です。それは、すべての家庭が願うのです。神様が私たちのお父様であると同時に王です。
             *
 愛を中心として、アダムとエバに霊的な神様が入ってきて、その霊的な神様は内的なお父様になり、肉的な神様は、アダムの体をもって神様の体となり、そのアダムは、内外の神様になるのです。
 神様は、宇宙を創造された内的な神様であり、人間は外的な神様です。彼らが夫婦になって天国の王宮を創設することが創造の遺業だというのです。その創業を成し、宇宙の王権を中心とした王宮を設定して、アダムとエバを中心とした皇族編成が成されなければなりません。
             *
 アダムの心は至聖所と同じであり、アダムの体は聖所と同じです。その中に神様がいらっしゃるのです。そのようになっていたならば、神様を中心として、アダムは神様の体になるのであり、エバも神様の体になるのです。
 神様の男性格位的性稟に似たものがアダムであり、女性格位的性稟に似たものがエバになるのです。この二人の結婚式が宇宙の王権を立てる式になるのではないですか。それは何の王権ですか。愛の王権です。
             *
 完成したアダムは、すなわち長子権を完成したアダムです。完成したアダム夫婦は、真の父母権を完成したのです。それゆえに、完成したアダムの家族は王族になるのです。それが王権復帰の基台になります。そうでしょう。堕落していなかったならば、アダムは神様の何ですか。王子です。エバは王女です。これは、間違いありません。それが成長して父母になれば、神様と一つになった人類の真の父母になるのです。その真の父母の基盤が自動的に拡大されることによって、真の王宮の基地になるのです。
             *
 天国の王宮で、まず最初に暮らさなければならない方は誰ですか。天国の王宮の位置に座って統治する方が誰かというのです。本来、神様は、二性性相の実体であるアダムとエバの中に入っていって一つになり、神様と真の父母になったアダムとエバが、天国の王権を支配することができる位置にいなければなりません。堕落していなければ、そのようになるはずだったのですが、堕落することによって、再び真の父母が現れて、そこに移らなければなりません。
             *
 神様のみ旨の中で、一代先祖は、千年、万年たっても王として侍らなければなりません。完成したアダムになっていたならば、アダムは、家の王であると同時に氏族の王であり、民族の王であり、国家の王であり、世界の王として、永遠に王権を中心とした勝利的な覇権者になるはずだったのです。
 そして、その治下にいるすべての人類は、一つの世界を築いて暮らすのです。天上世界に行っても、すべて一つになることを願うのであって、別れることは願いません。真の愛を中心として、すべて一つに統一されて暮らすことができるのです。
             *
 神様は、父母の中の一代の父母であり、王の中の一代の王であり、この天地を一人で主管することができる方であり、理想を形成することができる一代の先祖である方です。その方を中心として孝誠を尽くして、その方を中心として忠誠を尽くして、その方を中心として聖人の目的を達成することができる息子、娘になり、神様の天地創造の大偉業を相続されるに恥ずかしくない位置に立とうということが統一教会の目的です。

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二 神様の王権回復が摂理の主流思想

神様王権即位式
 


 

二 神様の王権回復が摂理の主流思想



  

1.神様の復帰摂理は王権復帰の歴史


 今までの神様の復帰歴史は何かというと、王権復帰歴史なのです。
             *
 神様の願いとは何ですか。サタンに奪われた人間を、奪われる前の本来の位置に戻し、サタンの王権をたたきつぶして神様の王権を回復することです。
 神様がそれをなさらなければ、誰もする人がいないのです。
             *
 もしアダムとエバが堕落していなければ、どのような人になっていたのですか。アダムとエバは、神様が求めようとされた絶対的な個人の伝統を立てていたのです。そのようになっていました。神様が願う息子、娘になっていたのです。彼らは、神様が願う理想的な家庭をつくっていたのです。そして、理想的な族長になっていたでしょう。
 そして、その次には王になっていたのです。あの国に行っても、その方は永遠の王になっていたのであり、人間世界でも最高の王権をもっていたのです。
             *
 人間の始祖であるアダムとエバが堕落することによって、王権と父母権と長子権を失ってしまいました。それで、どのような悲惨なことが展開したのですか。家庭を失ってしまったのです。真の個人の基盤、真の家庭の基盤、真の氏族の基盤、真の民族の基盤、真の国家の基盤、真の世界の基盤、真の天宙の基盤をすべて失ってしまいました。
 それを誰がすべてもっていってしまったのですか。サタンがもっていったのです。サタンがすべてのものを占領しています。本然の主人は神様です。すべてのものは、神様に属するのですが、堕落によってサタンのものになってしまったのです。今まで、神様は、一度も主人になってみることができなかったのです。一度も所有権をもってみることができませんでした。すべてのものを神様の所有権に復帰させなければなりません。
             *
 神様が万国を創造して王の王をつくられたとすれば、王の中の王です。ところが、その方がもつことができる国がどこにありますか。ないというのです。神様の国がありません。その方の一族がいません。一族がいないのです。神様がアダムとエバを息子、娘として造ったにもかかわらず、その息子、娘を中心として、神様が愛することができる家庭を中心として、氏族を中心として、民族を中心として、国家、世界、天地を中心として、膨大な霊界の国民を地上で生産して移動させようというその目的が、すべて破壊されてしまったのです。誰がそれを破壊したのですか。サタンがすべて破壊しました。このことを、キリスト教は知らないのです。
             *
 神様の復帰摂理は、悲しい復帰摂理の歴史だというのです。神様がアダムとエバを失ってしまったことが悲しいことです。ところが、アダムとエバを失ってしまうと、その二人で終わるのではありません。
 アダムとエバを失ってしまったということは、アダムとエバの一族を失ってしまったということです。その一族が拡大されて民族になり、一つの国家を成し遂げ、一つの世界へ拡大されていくべきだったのですが、それを失ってしまったのです。
 ですから、アダム一人を失ってしまうことによって、天国の王権を中心とした王国を失ってしまい、天国の民族を失ってしまい、天国の氏族を失ってしまい、天国の家庭を失ってしまい、天国の男性と女性、ひとり子とひとり娘まで失ってしまったのです。
             *
 サタンがこの世界の王になっているので、神様を中心とした本来の王権を回復しなければならないというのが神様の使命なのです。ですから、選民を中心としてこれを再び成し遂げるためのものが救援摂理です。それで、神様が個人、家庭、氏族、民族、国をつくっておかれました。
 また、国をつくっておいて、中心存在であるメシヤを送ると預言をされ、イスラエル民族は、数千年間その日を期待していました。メシヤを送るには、国の中に送るのであって、個人の中に送るのではありません。
             *
 サタンという存在は何ですか。サタンがサタンになった動機を知らなければなりません。サタンは誰ですか。神様は、宇宙を造っておかれ、宇宙の王権を立てるために、霊的世界と肉的世界の大王就任式をしようと決めてアダムとエバを造られました。そして、そのアダムとエバが成人することを願われたのです。
             *
 悪魔というものはいったい何ですか。宇宙の大王様として君臨すべき私たちの人類始祖の基盤を、悪魔が、神様の僕が、王権を中心とした王と王侯の位置を強奪したのです。このような驚くべき犯罪を行ったというのです。宇宙大王の権限を中心として、即位の一日を神様は待ち焦がれていらっしゃったのですが、邪悪なエバの行動によって、王侯と王権にサタンが座り込んでしまったというのです。何を通してですか。愛を通してです。
             *
 サタンを追放しなければなりません。サタンゆえに堕落するようになったのですが、サタンの何ゆえにですか。サタンの愛、サタンの生命、サタンの血筋ゆえに、神様の息子、娘が悪魔の審判を受けているのですから、神様が息子、娘を救援することができますか。それを見て呆然とするというのです。本来、思いどおりにできる自らの直系の息子、娘が怨讐の側になり、神様を打つ矢となって帰ってくる立場になったのです。
 ですから、愛によって消化して、世界的基準を越えて長子権、父母権……。これは、個人の父母ではありません。人類の父母です。それから、王権は何の王権ですか。がらくたのような数万の民族を中心として、王権が分かれてしまったでしょう。三六〇度以上に分かれてしまったものを、統一的王権基準にするのです。一つにするのです。一つの愛と一つの生命と一つの血統圏で、天国の長子権、天国の家庭父母権、天国の王権基準が一箇所に着地した世界が出てこなくては、地上天国の出発が展開しないのです。
 それゆえに、王権を訪ね求めていかなければなりません。王権に侍り、その国の主権を中心として、その国の憲法を中心として、神様の愛と神様の生命と神様の血統に絶対保護され、絶対従順して、永遠に保障を受けることができる希望の世界を成し遂げることが人類の希望です。平和の世界、幸福の世界、私たちの希望の世界へ行くようにするものは何かというと、正に神様の愛、神様の生命、神様の血統圏です。
             *
 神様は、愛の対象として人類始祖を造られたのですが、その対象圏を失ってしまった神様の悲しみを、誰が慰労するのですか。それ以上の存在が現れて、「あなたのこれこれこのような事実を知っています。このような歴史的な恨を積み重ねていきながら、かくも寂しかったあなたであることを知りました。
 あなたが訪ねてこられる道は、このように曲折が多かったのですが、千年、万年の歳月を、気の遠くなるほど長いその歳月をたどっていかれるために労心焦思(注:心を痛め気をもむこと)なさったという悲痛な歴史的事実は、私一人を愛によって解放するために、創造主として、救道主として備えることができる姿勢だったということを知っています」と言いながら、千年、万年賛美して慰労しても解く道がない、そのような神様の本然の愛を失ってしまったのです。それを誰が取り戻してあげるのですか。神様を解放しなければなりません。
             *
 アダムとエバは、未完成基準で堕落したために、完成基準に行くことができる真の長子権、真の父母権、真の王権の位置に到達できなかったのです。アダム家庭が堕落することによって、完成しなければならない長子権と父母権と王権は、完成基準にとどまることができる位置に行くことができずに戻っていったというのです。神様の懐へ戻ったのです。
 アダムとエバが完成的長子権、父母権、王権を失ってしまったので、サタン世界が悪なる長子権をもち、悪なる父母権をもち、悪なる王権をもったのです。それゆえに、真の神様の理想の長子権と父母権と王権は、神様の懐へ戻ったのです。立つ位置がありません。
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 全世界の人類を中心として、神様がすべて主管され、神様の王権をこの地上に立てましたか。サタンが王権を握っています。そのようにしなければ、神様が計画どおりにできずに、神様は、失敗する神様になります。計画を覆せば、神様が失敗する神様になるのです。誰のためにですか。サタンゆえにです。それでは、サタンにも及ばないという結論が出るのです。
 それゆえに、イザヤ書第四十六章十一節を見れば、「わたしはこの事を語ったゆえ、必ずこさせる。わたしはこの事をはかったゆえ、必ず行う」という言葉があります。

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2.イエス様もその国を回復するために来た

神様王権即位式
 


  

2.イエス様もその国を回復するために来た


 イエス様が来たのは、ローマ帝国から東方の帝国をすべて一つの王権のもとにおくようにし、天下を一つの愛圏にして、悪魔を地球星から追放するという目的で来ました。
 それなのに、悪魔を一方に残しておいて、イスラエルの国を愛するために来たのですか。それは、神様が願われる歴史観、世界観とは違うというのです。
 それは、民族観やイスラエル国家観によって、その時までは成り立つものですが、メシヤが来て世界観に越えていくべき時にそれを越えていくことができなければ、めちゃくちゃにされるのです。それゆえに、イスラエル民族は、イエス様が来て逝かれたのちの二千年間、流浪孤客(注:一人でさまようこと)してすべての人に冷遇されたのです。
             *
 イエス様がこの地に来て、イスラエル国から歓迎されるようになれば、イエス様自身は、妻をめとるようになっているのです。そして、イスラエルとユダヤ教と一つになって神様の未来の王権を成功させることによって、これを千年、万年継承して、歴史時代に伝授して世界人を消化していかなければなりません。
 自然屈服させて国家圏をもっても、世界があれば世界と闘わなければなりません。その時、ローマ帝国とイスラエル国は怨讐でした。怨讐でしたが、一つになることができるのです。その時のローマは、政治的状況から見れば衰退していた時でした。そのような環境に乗じて、イエス様のみ言を中心としてユダヤの国が完全に一つになれば、アジア圏を中心として統一し、ローマまでも消化することができたのです。皆さんは、そのことを知らなければなりません。無条件にイエス様を信じたからといって天国に行きますか。
             *
 イスラエル民族がモーセに絶対服従していたならば、イスラエルの王権が設定され、中東で世界統一圏が展開して神様のみ旨が解怨成就されていたのです。そのようになっていれば、イエス様は死にません。そうではないですか。歴史的に見ても、モーセに服従しなかったことが、イエス様が十字架で亡くなることの遠因となったのです。火の蛇をつくったそのような事実が、すべて遠い後日、イエス様が十字架で亡くなる起源となったのです。同じように、皆さんが責任を果たせなければ、皆さんの後孫が引っ掛かっていくのです。同じだというのです。
 ですから、このようにはっきり教えてあげるのです。これは、歴史に一度しかありません。世界的なすべてのものをまとめて教えてあげるのです。ここで皆さんが、自分の一族を中心として、灯台のように天上世界を輝かせてくれることを願っているのです。ところが、皆さんにおいては灯台自体ができていません。配線もできておらず、準備もできていないというのです。
             *
 神様は、メシヤを送られる前にすべて準備されたのです。東方には、中国を中心とした儒教文化圏をつくられ、ヒンズー教と仏教に通じた人道的版図をつくられたというのです。それで、この東洋を中心としてメシヤが来ることによって、そのメシヤの選民国を中心として、選民国の王を中心としてメシヤと一つになり、世界王権を訪ねていかなければなりませんでした。世界の悪なる王権をすべて統治しなければなりません。
 それゆえに、神様が宗教圏を立てられ、その中に送られたのがメシヤの使命をもってこられたイエス様という方です。イエス様が来て、国家的な基準で勝利の王権をもち、アジア的勝利の王権基盤を築いていたならば、どのようになっていたでしょうか。その時のローマは、問題にならなかったのです。そのような選民史観を中心とした世界史的使命、世界観的使命をもってメシヤの王権国家基準の上でアジアをすべて一つにし、その時から勝利したアジア圏、選民アジア帝国圏が、神様の送られた一人の息子を中心として一つになっていたならば、ローマのような国は、既にその時すべて吸収統一されたのです。なぜそうなのでしょうか。愛の哲学をもっているからです。
             *
 イスラエル民族が東洋の天地を中心として、世界の主導的王権をもって天下に号令していなければならないはずなのに、どうしてこのように悲惨な民族になったのですか。メシヤのみ旨を受け入れることができなかったからです。
 メシヤを知らなかったのです。メシヤが誰なのか分かりませんでした。固有な旧約の法を中心として、旧約の歴史そのままの法を中心として、メシヤが来て教えてくれると思っていました。旧約の目を通して見る時、ぴたっとかみ合うと思っていました。旧約聖書は、イスラエル民族の利益圏を中心として教えてあげたのですが、ここで知らなければならないことは、神様の摂理は、世界の王権回復ということです。これが分からなかったというのです。
             *
 ユダヤ教とイスラエル民族が一体になったとすれば、ローマの王は問題ではなかったのです。彼らが一体になって国家を立て、ローマを併合して地中海全域にわたるローマ文明圏をイエス様の指揮のもとに入れるようにすれば、世界統一は問題がないのです。神様は、それを基盤として全世界を復帰して、イエス様を中心として地上天国の理想を成し遂げようとされましたが、そのみ旨が成し遂げられなかったのです。そして、数千年間死の犠牲を払い、今やっと世界的な第二イスラエル圏を成し遂げました。
 しかし、第二イスラエル圏のキリスト教には、地上に昔のような国がありません。それは、イスラエルがイエス様を殺した罪を贖罪する期間として、二千年間放浪しながら世界万民から虐待を受けてきたからです。このように、蕩減の鉄則には許しがありません。
             *
 その当時、地中海文化圏を中心として、ローマ帝国が世界的な版図をもって号令することができる基盤を築くようになったのは、サタン世界のカイン型代表国家としてローマ帝国を立てておいたからです。ここに、イスラエルをアベル型国家として立て、カインであるローマ帝国を屈服させることによって国家と世界を蕩減復帰して、願ってきた天国を築くことが神様のみ旨でした。それが二千年を経て、今日のアメリカがそのような立場にいるというのです。しかし、イエス様が死んだのは、死ぬべくして死んだのですか。
             *
 本来、神様のみ旨は、アジアを中心として世界を統一することでした。そのようなことが、ユダヤ教を中心としてイエス様を殺すことによって、その福を誰がもっていったのですか。ローマがもっていったのです。それを取り戻そうとするので、ローマを中心として、再び世界を一周してアジアに行くべきだというのです。ローマが福をすべてもっていったからです。
 ユダヤ教が受ける福を、ローマがすべてもっていったのです。それがローマ、イタリア半島を中心として、イギリスを中心として、太平洋を渡ってアジアに行く道です。そのようにしながら、第二次大戦によって、アジアの全域をすべて掌握することができました。全体を掌握することができたというのです。
             *
 イエス様を中心としてイスラエルが教会と一つになり、その上でイエス様を父母様として侍ることができたなら、イエス様は、国家的父母になり、その次には、イエス様が王権を立てたのです。
 そして、その時に国が立てられていたならば、その国を中心として、ローマが抱き込まれ、中東にある十二支派のアラブ圏が完全に一つの国になるのです。
             *
 旧約、新約、成約とは何ですか。神様を中心として愛の家庭を定着させることができなかったので、旧約が生まれたのです。堕落したアダム家庭は、神様の安息できる基盤になることができなかったのです。結婚を間違うことによってそのようになったので、結婚を表象として真の男性と女性を準備された民族的解放圏に立て、その解放圏の中で家庭が定着するのです。そして、そこからイスラエル国の王権を中心として、イスラエルの主権国家を中心として、ローマと代替するための出発が展開するはずだったのですが、イエス様が家庭をもつことができなかったのです。
 ですから、家庭を連結させて天が立てることができる氏族がなく、民族がなく、国家がないので、すべてのことが失敗しました。それゆえに、今まで延長されて、旧約時代から新約時代を経て、成約時代にまで下ってきたというのです。














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3.第二次大戦以後における神様の摂理の展開

神様王権即位式
 


  

3.第二次大戦以後における神様の摂理の展開


 家庭的基盤にならなければならない、そのような出発とともに、氏族、民族、国家、世界にまで行かなければならず、すべてのみ旨の理想的な踏み台にならなければならないイスラエル民族が、イエス様を殺すことによって、ここにおいてアダム家庭で失ってしまったそれ以上の悲しい堕落の痛みを感じたという事実を知らなければなりません。
 このようにして、イエス様がこの地に来て、み旨を成し遂げることができず、再臨という二千年後に延長された歴史を約束したのです。そして、新しい選民圏をつくるために霊的世界と肉的世界を分割し、霊的地上天国理想を成すためにイエス様と聖霊が代を引き継いで始めたこととは何でしょうか。失ってしまったイスラエル圏、その霊的世界のみを連結させてきたのが今までのキリスト教文化圏世界です。
 イエス様が体を失ってしまったために、また体を中心とした家庭的基盤をこの地上に残しておくことができなかったことによって、霊的な第二イスラエル圏だけが形成されたのです。
 また、霊的イスラエルを中心として世界的版図を成し遂げて、全世界に行くことができ、天が創造理想時代に願った個人的完成圏を中心として、家庭と氏族、民族、国家、世界の形態に連結させることを目的として、再臨という歴史を、再臨という標準を立てておきました。そして、二千年間キリスト教は、多くの蕩減路程、多くの殉教路程を通して、個人的な勝利圏、家庭、氏族、民族、国家、世界へ出てきたのです。それとともに、この地上で天のために生きるすべての人々は、いかなる地でも、いかなる人間たちでも、その人たちが暮らしている所に血の痕跡を残さざるを得ないという、このような悲惨な歴史過程を経てきました。
             *
 今日、第二次大戦以後一九四五年まで、神様を中心とした選民圏の霊的世界を中心として、この地上のキリスト教文化圏が初めて天の側を身代わりすることのできる霊的基盤となったので、実体的中心存在であるメシヤが来て、イエス様が残しておいたすべての霊的な基盤をそっくりそのまま相続しなければなりません。
 洗礼ヨハネがイエス様にこれを相続してあげたのと同じように、霊界から地上に来られる再臨主に相続させる、霊的基盤一体圏と肉的基盤一体圏を備えて、世界的版図の上でカイン、アベルの基準を代表することができるのがキリスト教文化圏です。旧教がカインであり、新教がアベルとなり、一つになったその基盤の上でお母様をお迎えして、新しい世界に向けた家庭編成をしようとしたのが第二次大戦直後の神様の摂理でした。
 その時、もしキリスト教文化圏が先生を迎えていたならば、その時から七年ですべての問題を解決することができる地上基盤が完結されたのです。その問題の解決点とは何ですか。すべての家庭が、アダム家庭を完成した真の父母の資格を備えることができる世界一流の家庭を築いて祝福を受けることによって、今、私たちがしていることと同じように、祝福家庭が世界的に広がったのです。今までに、四億以上の祝福をしておきました。
             *
 その時、キリスト教文化圏は八億です。キリスト教の人口が約八億になるのですが、八億という人口が祝福を受けたなら、そして、旧教と新教が一つになっていたならば、その当時、この世界は、七年以内で今日の私たちが願った長子権が世界化された家庭と共に、父母権が世界化された家庭と共に、王権が世界化された家庭と共に一体理想を成して、一時にこのすべてのものをひっくり返して地上・天上天国を築いたのです。そのような神様の摂理のみ旨が、このように延長してきたというのです。
 このような摂理歴史を成し遂げようとしたのですが、キリスト教が反対することによって、すべてのものが壊れていったのです。それが壊れていくことによって、アダム家庭の失敗よりも、イスラエル民族が反対してイエス様が十字架で亡くなったことよりも、もっと無念で悔しく、もっと悲しみの歴史を経てこられた神様であることを、皆さんは知らなければならないというのです。
             *
 第二次大戦以後、キリスト教文化圏を中心として、宗教文化圏を代表したキリスト教文化が、初めて世界を統一することができる一時をもったということは、イエス様が神様の保護による主流的心情圏を代表したために、神様がその息子を立てて統一天下を成すようにしたというのです。
 それでは、イエス様の聖願成就である統一天下を成して何をするのですか。それは、統一天下を成して、統一王権を樹立することです。
             *
 神様のみ旨には、石碑を二度つくる道理がありません。ですから、モーセは、カナンの地に入っていけないのです。カナンの地を見つめながら死ぬのです。責任を果たせなかった人は、天の前に行くことができません。
 それで、ヨシュア、カレブを立てて入っていくのです。このように、カナン復帰をして新しいイスラエル王権樹立のための準備をしなければなりません。イスラエルは長子権でしょう。長子権を中心として、今後来る父母権の行事を行わなければなりません。父母権があるというのです。父母と共に王権が戻ってくるのです。長子権勝利の版図の上に、イスラエル民族がカナン復帰してカナン七族を消化しなければなりません。これが分からなかったというのです。
 それで、イスラエル民族は、イスラエル国の建国理念をもって、エジプト以上のものをつくらなければなりません。ヨーロッパ文明圏であるカトリックに冷遇された新教文明圏にいるキリスト教徒が、ヨーロッパの文明国家以上のものをつくろうとしたので、アメリカがキリスト教における世界的指導国になったのです。
 同じことです。旧教に反対することによって追い出された清教徒が、アメリカに来て自分たちに反対した旧教をすべて吸収し、それ以上のものをつくろうとしたので、二百年間で新しい文化世界を創造して、世界を指導することができる位置で神様の祝福を受けたのです。それと同じように、二世は、カナンの地に入っていって何をしなければなりませんか。伝統的長子権、伝統的王権を樹立しなければなりません。
             *
 メシヤが来るようになれば、イスラエル国を中心として、一時に世界が一つになり、イスラエルの王権を中心として世界を指導すると思っていました。それが違うのです。神様のみ旨は、イスラエルを犠牲にさせて、アベルの位置にいるイスラエルを犠牲にさせて長子権を復帰するのです。しかし、イスラエルは、イスラエル国とユダヤ教を通して来られる主と一つになって、世界を救わなければならない責任があるということを分からなかったというのです。ちょうど今日のキリスト教と同じです。
 それで、彼らが神様を背信したので、神様は、ローマ王権を中心として、万国で競争することを許諾されたのです。そこで闘争が展開されます。歴史において人本主義思想が現れ、これがフランス革命まで、政治革命まで展開して、キリスト教の破綻が起きたのです。この人本主義思想とともに、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』という本一冊によって、進化論を通して神様はいないという否定圏が出てきました。そして、啓蒙思想が出てきて共産圏となり、無神論の最高の起源がつくられたのです。
             *
 帝国主義時代までは、王権時代を中心として頭(王)が支配したのです。その次には、人本主義が生じるのです。神本主義には絶対に帰ることができません。このような歴史の流れを知らなかったために、ローマ教皇庁が再び分かれるのです。
 歴史と伝統を見れば、最初は頭が支配して、その次には力です。ニーチェが神様を否定しながら、力がすべてのものを支配する時代になったのです。
             *
 イギリスから世界救援を始めました。宣教運動は、イギリスからアメリカに拡大させて、全世界に神様が主管することができる版図を拡大してきたのです。
 そして、アメリカ自体がそのような基盤を中心として、第二次大戦時には、長子権勝利の位置で次子が王権をもったでしょう。王権をもってローマの長子権を吸収し、長子権完成の位置に行ってアメリカを中心として世界を制覇するのです。イギリスが母の位置であり、フランスまで、すべて長子権を動かさなければなりません。そうでしょう。
             *
 アメリカは、栄えるのですか、滅びるのですか。イギリスを通して新生国家として登場したアメリカの責任は、神様の摂理を中心として、世界のために生きなければなりません。このような観点に立たなければ、アメリカは滅びます。イエス様が十字架で、自らの横腹を槍で刺す怨讐に対して祈祷したのと同じように、アメリカに怨讐がいてはいけないのです。怨讐を抱くことができる神様と同じ立場に立つのです。
 アメリカが霊的基準で、十字架で勝利したイエス様の代わりをするためには、世界を包括して抱かなければなりません。そのようにすれば、アメリカは、永遠に滅びないで神様のみ旨を成すことができる王権を代表した王国になるはずなのに、アメリカはこのことを知らないのです。
             *
 それで、キリスト教が生きることによって右翼と左翼が収拾されるので、再臨主が再びアメリカを中心として右翼を統合するのです。復活して、再臨主として再び来て、共産圏の前に右翼圏を一つに統合するのです。イエス様は死んでいないというのです。頭をもっており、神様の垂直と連結して右翼を収拾したのちに、左翼圏を収拾するのです。
 このように進展したことが右に回って、今戻る時になりました。世界長子権、父母権、王権復帰の条件的勝利基盤をつくって戻ってくるので、右側が左に、左側が右に変わっていくのです。それゆえに、左側も神側に属する時代になってくるというのです。分かりましたか。
             *
 今まで統一教会は、左側から出発したでしょう。最も悪いものとして扱われたではないですか。統一教会をこのように扱った者たちが、すべてついてくるのです。今、優れているという者たちが左側になり、統一教会が右側になり、神様が前になられ、それから、すべての宗教圏とバラバ圏が一つになるようになるのです。これをしようと宗教連合をつくり、世界の国家を連結させようと平和連合をつくったのです。これは、回り回って元に戻らなければなりません。どこに戻らなければなりませんか。回り回って戻るには、アダム家庭を通して戻っていかなければなりません。長子権、父母権、王権がすべてここから生じるのです。
 今現在の皆さんの立場からアダム家庭へ帰らなければなりません。アダムが失敗することによって、一次アダム、二次アダム、三次アダムが顕現したのです。三次アダムは、一次、二次アダムの失敗を蕩減しなければなりません。また、一次アダムを収拾する立場が二次アダムですが、二次アダムは完成しませんでした。霊的な完成しかできなかったというのです。実体を失ってしまったので、再臨してこれを再び復帰しなければなりません。
 今では、三カ国に対して教育し、彼らが祝福まで受けると約束しました。話は終わりました。問題なく後ろを向くのです。後ろを向けば、神様を前に立ててその後ろに立つようになるのです。これは、すべて天の側です。左右が天の側であり、バラバが天の側であり、宗教圏が天の側です。今では、アダム家庭の長子権、父母権、王権を中心として、血統転換をしなければなりません。今、祝福を受けなければなりません。あちらですることができなければ、こちらでしなさいというのです。
             *
 モーセが祭司長ならば、モーセの前に王がいなければなりません。その時にサウル王がいたように、アメリカの地で先生が祭司長の立場にいるとすれば、今後一九八八年に入って大統領になる人を先生が任命しなければならないという結論が出てくるというのです。
 モーセからサウル王まで、どれほど闘いましたか。その時は闘っていましたが、今ではもう闘わずに、すぐにサウル王国、王権を中心とした世界的編成が可能な時代に入ったというのです。このような原理観が分かりますか。原理観から見た四十年、過ぎた四十年を回顧する時に、再創造歴史をどのようにするのかといえば、神様を身代わりした父母様が現れて、心情圏を中心として個人心情圏、家庭心情圏を再創造するのです。
 その次には、民族心情圏に拡大して国家心情圏を越え、世界心情圏拡大化運動を中心として、今日カナン復帰をするのです。アメリカの地を立てなければなりません。
 そして、このすべてを屈服させて、神様と先生を中心として、先生が主張する王権まで回復しておくことなくしては、神様の摂理の基地を地上で完結することができないのです。これが原理観です。四十年間の神様のみ旨を中心とした再創造蕩減過程の原理観です。
             *
 民主世界と共産世界を一つにして、神様の前に捧げなければならず、父母と息子、娘、父母と子女が一つになって、天の側と愛を中心とした世界的王権、天国の王権を成し遂げなければなりません。その前には、天に王宮が生まれないというのです。初めてそのお父様が出てきて、世の中の国の王権をすべて受け継いでいけば、サタン王権時代、民主主義世界は過ぎます。物権が蠢動する時、詐欺、投機、恐喝、恐迫、淫乱、このような邪悪なものをすべて武器として闘って選出した大統領時代は過ぎるというのです。













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4.真の御父母様の生涯の願いも王権復帰

神様王権即位式
 


  

4.真の御父母様の生涯の願いも王権復帰


 統一教会の文先生という人は、何をする人ですか。地上に天地が喜ぶことができる愛の王権を立てようという人です。他の何者でもありません。神様に侍ることができる愛の王権がありません。国がないのです。神様に侍ることができる民がいません。すべて掃き捨ててしまっても惜しくない者たちです。掃いて捨てようにも捨てられず、皆さんもまた必要だというのです。子女が多いことが幸福なのです。一人の息子をもって孝行されるより、十人の息子から孝行される父母がもっと幸福なのです。
 今日、神様の王権がどこにあり、神様の主権がどこにあり、神様の民族がどこにいますか。キリスト教徒ですか。それは違います。絶対に違います。私が知っている神様の民族は、それではありません。宇宙を愛して、自分の氏族と家庭と自分の一族を愛することができ、民族を愛することができる心、その愛することができる切実な心の愛は、天上世界の神様を持ち上げることができる余力をもった力のある愛です。もつことができず、すべて落ちてしまう愛ではありません。
             *
 真の父母が来る目的とは何ですか。神様をこの地上にお迎えしてこなければなりません。文総裁が今しなければならないことは、真の父母の名前をもって神様をこの地上にお迎えすることなのですが、その真の父母という名前は、貴いだけではありません。難しくて深刻なのです。神様をこの地上に接ぎ木しなければなりません。
 創造理想の神様の愛と人間の愛が、縦横の合徳理念を中心として、個人から家庭、氏族、民族、国家に新しい血統的基準を引き継いだ氏族圏をもったという立て札を立て、勝利の王権をもって意気揚々とするようにならなければなりません。通り過ぎる人がその旗を呪えば罰を受けます。ですから、旗を掲げなさいというのです。
             *
 神様を中心として見る時、神様の民がいないというのです。霊界では繁殖がありません。地上が生産地なのです。それゆえに、直系の息子、その次には信仰の息子、二人の息子を治めなければならないのが神様の立場だというのです。今までサタン世界の息子を扱ってきたのです。
 それとともに、そこに新しい位置をつかんで、自分の息子、娘、直系の子女を立てて本然的長子権、父母権、王権を中心とした、天上世界王国と地上世界王国を築かなければなりません。それが信仰の息子、娘だというのです。今までの堕落した後孫ではいけません。出発が違います。種を間違って植えたというのです。ですから、新しくメシヤ思想を中心として再び植えなければなりません。メシヤは、父母ではないですか。メシヤは真の父母です。キリスト教では、「イエスはひとり子だ! 聖霊によって身ごもった!」といいます。そのようなたわごとはやめなさいというのです。
             *
 このようにすることによって、初めてアダムを通してすべてが神様の前に帰るようになるのです。神様に帰り、愛によって導きながら、「神様、どうぞ来てくださいますように。サタンの讒訴圏がなくなりました」と言うのです。
 「父母様、早くこの地に来たりませ。サタンの讒訴圏がなくなりました。長子権が回復したので、地上に着陸して神様の愛圏の家庭を設定しても、サタンが永遠に讒訴することのできない愛圏基盤ができました。そのことによって、ここから地上天国と天上天国が連結するので、神様、地に臨在してくださいますように! 父母様、千年、万年地の王権をもって暮らしてくださいますように! サタンは悲しみ、天国の人々は喜んで称賛するでしょう、アーメン!」と言うのです。言葉で聞くには簡単でしょう。このように犠牲になって長子権を復帰した先生は、もう死んでも思い残すことはありません。
             *
 神様、創造主を解放して、救援摂理の創造主と地上の被造主が一体化することができるまで復帰するのです。それ自体だけではありません。その創造主と、創造主を身代わりした地上にいる人間の最高の先祖が願うことができる理想が、真の愛だというのです。そこにすべて入っているのではないですか。これは、どれほど膨大かというのです。
             *
 私の道は、神様を解放することです。神様は、今まで苦痛の中にいらっしゃったというのです。神様の解放です! 神様を解放し、神様が平和の中心として、苦痛から解放された位置で、平和の王権を主張することができる王の位置に立つことなくしては、世界は収拾できないというのが結論です。それは、歴史観において理論的に当然の結論です。
             *
 神様がアダム一人を造って地上に完成した標柱を立てられ、勝利の主権、王権を立てようとされたすべての希望が、一時に水泡と消えたのです。その時の神様の心情は、どのようなものだっただろうか、考えてみてください。アダムを失ってしまった時の無念で悔しい心情、イエス様を十字架に送った時の無念で悔しい心情、再臨主が来て、天下統一の基盤を失って追い出された時の悲痛な心情を考えてみなさいというのです。神様の心情はどれほど虚脱したでしょうか。
             *
 アダムは、神様、天地の大王陛下の長孫であり、エバは長女です。この長女、長孫を通して、王宮を支配することができる長子の王権をこの地上に永遠に残すために採種しようとしたのですが、すべて亡国の種になったのです。サタンの血を受けたというのです。これを清算するために、神様がどれほど苦労されたかということが分かりますか。
             *
 自分の財産と息子、娘と自分たち夫婦を投入してでも、この天の王権を探し出さなければなりません! 歴史は、このように宣言しているのです。自分の国まで投入しなければなりません。神様の国と神様の家庭と神様の父母と子女、そして、神様の財産に入れ替えなければならないというのです。皆さんの所有ではありません。アメリカの所有でもなく、キリスト教世界の所有でもないのです。すべて天国に返してこそ、本然の神様の愛を中心とした本郷が堕落した世界に定着するのです。
             *
 今誰も先生に反対できないのです。長子権、父母権、王権を復帰したのです。いくら反対しても処理するのです。今から神様の全権が及ぶ時代が来ます。
 イスラエル民族がカナン福地に向かって入っていったのですが、今四十年荒野路程を経て私たちが行くべきカナンはどこでしょうか。すべての地が荒野です。ここに王権を立て、地上天国をつくらなければなりません。
             *
 神様の指先に刺さったとげまで抜かなければなりません。父母の血筋を受けて生まれた人は、一人残らず祝福の位置に行かなければなりません。腹中で重生式をして、生んで幼稚園では復活式をして、それから永生式である祝福をしなければなりません。
 血統根絶ということを目標として前進する私たちの責任は、神様の代身であり、真の父母の代身であり、イエス様の代身です。氏族的メシヤ、国家的メシヤ、世界的メシヤ、天宙的メシヤ、家庭の王、氏族の王、国家の王、世界の王、天宙の王権をすべて設置しました。
             *
 何千メートルにしかならないヒマラヤ山頂に登っていくにも、命を懸けて登っていくのに、天国の王権を回復して神様の息子、娘になるためのその道において、命を懸けなくてよいのでしょうか。博士の学位一つをもらうために、夜を明かしながら御飯も食べずに命懸けで学ばなければならない可能性があるのに、神様の息子、娘になるために、命の一つも懸けずになれると思いますか。それがそのような安物ですか。
 それならば、文総裁のような人が、一生の間悪口を言われることはなかったのです。東西南北、前後左右、私につばを吐かなかった人がどこにいますか。最近では、「あの人は流れていくと思っていたのに、気がついてみると、ますます大きくなっていく!」と、このように言っています。
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 金メダル一つで、全員が喜んで一つになるのですが、天地の王権が復帰されて、天国が開門されるその瞬間に出会ったとすれば、どれほど喜ばなければなりませんか。その時は、真っ裸になって踊っても、それが見えないというのです。
 全員が一度真っ裸になって踊ってみなければなりません! 狂って、喜んで、踊ってみると、裸になったことを知らずに踊ったとすれば、それは、本当に天国で暮らす人だということができるのです。そのように踊ってみるならば、神様が黄金の服、ダイヤモンドの服を着せてくださるのです。本当です。
             *
 錦衣還郷(注:故郷に錦を飾る)でしょう。錦衣還郷ですか。金の服を着ますか。錦国還郷しなければなりません。錦天地をもって還郷しなければなりません。堕落して、そのことが分かりませんでした。安物の金の服、金をもうけて還郷するのではありません。国を取り戻して還郷しなければならず、世界を取り戻して還郷しなければなりません。
 神様の故郷に帰る時は、天宙を取り戻して還郷しなければ、神様のみ前に行くことができないのです。
 万国を統治する神様の前に、敬拝してさしあげることができる王権相続の息子、娘になれない、神様の永遠のひとり子圏、ひとり娘圏であることを知らなければなりません。
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 この歴史時代において、神様に苦痛を与え、人類に苦痛を与えたサタンを追放して、神様の国と神様の王権を立てて、神様を世界を支配する王として立てなければなりません。それが私たちの使命であることを知って、そのために総進軍しなければならない義務が、現在の私たちの責任だということを知らなければなりません。
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 統一教会の文先生という人が出てきたので幸いなのです。人間の百五十万年というこのような歴史的な恨が、誤り、絡まり、混ざったことを正すのに、どれほど苦労が多かったか分かりません。際限なく転げ落ちていくこの歴史的な悲惨さの中で、誰が天の前に帰ることができる道を築くのかということが問題です。
 統一教会の何年かの歴史上に数千年の歴史が展開して、数十万年の歴史が背後に連動して動作するというのです。悲しい歴史を、統一教会が蕩減の悲運をもって尋ね求めてきたという事実を忘却してはなりません。
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 さあ、先生と神様が出会ったとすれば、笑って会いますか、痛哭して会いますか。考えてみなさいというのです。私は、昏睡状態に落ちるだろうと思います。涙を流すなら体面があり、死ぬなら体面があるためにそのようになるのです。体面がありません。
 四十年間、「やります」と言ってきましたが、誇ることが一つもないのです。恥ずかしいというのです。そのように考えるのです。
             *
 神様は、今でも創造の能力をもって環境の条件を追いやって新しい環境をつくろうとされます。そのようなことができる能力をもった方です。ただそれが不可能なのは、堕落圏だからです。ある条件の提示が成立することなくしては不可能なのです。
 それゆえに、しないのであって、できないのではないということを私たちは知らなければなりません。環境的条件さえ提示されるようになる時には、天が活動することができる内容さえ提示されるようになる時には、新しい歴史と新しく創造することができる環境は、いつの時でも、いかなる時代でも連結することができるという事実を知らなければなりません。
 創造当時の神様も、歴史過程を経てきた今日の神様も、未来の神様も、創造主としての権限は、いつももっているということを皆さんは知らなければなりません。














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三 神様王権即位式をすることができる背景

神様王権即位式
 


 

三 神様王権即位式をすることができる背景



  

1.天地解放の基盤の上に神様王権即位


 十二月三日に楽園と地獄を撤廃しました。それは、どのように撤廃したのですか。地獄の門をすべて開けておいて、楽園の門、天国の門まですべて開いておいたのですが、そこにいる群れがふさがれています。それをすべて祝福してあげたのです。祝福してあげたので、宗教圏が撤廃され、宗教圏が撤廃されたので、そのどん底にあった地獄圏が楽園に上がってくるのです。楽園も撤廃されてなくなるので、天国と通じるという話になるのです。
 文総裁が先頭に立てば、神様が躊躇されずに、地獄でも天国でも、どこでも思いのままに行かれるのです。縦的基準によってのみ行ったり来たりされていた神様が、先生に従って世界を思いのままに行くことができるというのです。思いのままに行くことができる道を開いておいたので、愛の水平になるのです。天国の理念も地獄の理念も、愛の水平に浸る時が来たというのです。水がたまって占領する時が来たというのです。自由解放圏に来たので、神様までも解放しなければなりません。神様までも本然の立場に立たなければなりません。
 それゆえに、神様御自身も即位を願うのであり、真の父母も願うのであり、サタンも願います。すべてが願うのです。万民も願うのです。焦点がすべて合います。これさえしておけばひっくり返るのです。それは、すべて理論に合うのです。
             *
 興進君と兄弟を中心として、祝福を受けた聖人たちとすべての宗教の三分の一を中心として、さる六月十三日前までに祝福してあげ、それ以後に残ったすべてのものは、十二月のきょうまでに全体祝福するように命令しました。ですから、霊界は、祝福を受けた群れが全体を支配することができる環境になったのです。
 また聖人と悪人を祝福したので、その系列すべてが一つの方向、主流に向かって統合されることができる基準になっているのです。それゆえに、そこの問題は楽園と地獄の垣根がまだその形態が残っているというのです。それを十二月三日に霊界の楽園と地獄解放を宣布してしまいました。
 ですから、今ではもう地上の個人から氏族、民族、国家のどこでも、海水の深いところから浅いところまで、満水になれば覆われてしまうのと同じように、高低がなく、統一的な天の愛の恵沢圏を成したというのです。そこでは、愛だけが中心になることができるのです。愛の海なので、愛だけが中心になることができ、愛によって一元化できる世界をすべて成し遂げました。
 その中心の主人が神様なので、悪魔がつくっておいた悪魔の愛の主義をひっくり返して打ち込み、血統を完全に転換して、本然の基準の解放的「神主義」で湖のようにしておいたというのです。
             *
 今年(二〇〇〇年)末まで、霊界の宗教圏をすべて祝福してあげるようになっています。そのような基盤があるので、地獄を解放することができるのです。また、楽園を解放できるのです。
 楽園と地獄をどのように解放するのでしょうか。それは、何の理致で解放するのですか。宗教圏を解放して地獄までも門を開けるのです。真の父母には地獄の門がありません。真の父母には楽園がありません。
 真の父母は、天国にだけ行くことができるのですが、反対した基準が限界線圏内、サタンの権限にある時は反対できますが、その圏を乗り越えるようになればサタンが行動できないのです。
             *
 これから知らなければならないことは、今後宗教圏、キリスト教ならキリスト教圏内で、旧教においてすべてが統一されて、霊的世界の代表的な何人かの人、十二人とか七十二人、新教においての歴史的な人物の中で十二人が・・七十二人はあまりにも多すぎます、仏教でもそうです・・霊的に自分が発展して恩恵を受けた所に感謝して、真の父母に侍ることを一方通行で決定することができ、それを宣言して証すという事実が、実際に霊界で現れなければなりません。
 仏教圏にいる人々のすべての生活的背景や歴史的背景が、自動的に本人を通して紹介され、それが現世の地上の歴史にすべて合わなければなりません。それを地上に紹介して、今後、仏教撤廃、儒教撤廃をしなければなりません。それが助けになることはできません。真の愛の道の前に支障が多いというのです。
 それを収拾するために、来年(二〇〇一年)からそれをしなければなりません。霊界の事実を間違いない事実として教育することができるためには、仏教圏や儒教圏、イスラム教圏、キリスト教圏で、世界で歴史的に有名なすべての聖人を中心とした記録を地上世界に発表して、霊界で祝福を受けたことに対する統一的な感謝の内容と、環境がどのようになったかということを証しなければなりません。それを一時に編成しなければなりません。国連に、それを公認することができる基準さえ立てば、法的基準として地上に体制変更を宣言できる時代に入っていきます。今後、総生畜献納する時まで自分の所有圏をもてば、その記録によって問題が起きるのです。統一教会の食口たちは、伝統を立てなければならない時に、何の伝統を立てたのかというのです。
             *
 霊界と肉界は怨讐圏ですが、一体圏をつくりました。それをすべてつくったでしょう。それで地獄を撤廃したのです。楽園撤廃、地獄撤廃です。聖人と殺人魔を一緒に祝福してあげるという世の中にないことをしました。天上でもないことをしたのです。先生が原理原則の観を中心として行い、実体圏を中心として勝利の版図を築いたのであって、自分勝手にいい加減にしたことではありません。
 何十年前、五十年前から語ってきたことを、そのまますべて先生が実践してきたという事実を知らなければなりません。
             *
 楽園世界と地獄を撤廃したということを誰が信じましたか。「レバレンド・ムーンは人間なのに、数千年間天を支えてきた、そのような楽園と地獄をどのように撤廃してしまうというのか」と言ったのです。撤廃すればどのようになりますか。撤廃すればどのようにならなければなりませんか。(門が開かれます)。
 門が開けばどのようになりますか。(天国に入っていきます)。門が開く前に祝福をすべてしてあげました。祝福した人は、楽園にいるようにはなっておらず、地獄にいるようにはなっていないので、その地獄は退かなければならない地獄です。祝福を受けた人、地獄に行って祝福を受けた人々は、天国に直通で行くことができるということが伝統になり、地獄は後ろの方に退くということを知っていますか。そのようになれば撤廃されるのです。
             *
 仏教圏、儒教圏、イスラム教圏等、宗教圏を祝福してあげなければならないでしょうか、してあげてはならないでしょうか。してあげなければなりません。天使世界、地獄までも解放してあげなければならないのです。
 ですから、楽園と地獄を撤廃して解放時代に来たので、神様が恨を解いて、今から王の振る舞いをすることができる本然の時代になるのです。そのようになれば、先生の責任、救援摂理は終わるのです。救援摂理はありません。救援摂理は終わり、第四次アダム圏、本然の世界に入っていくのです。そのような第四次アダム国家、心情圏本然の世界に入ろうとすれば、神様が王権即位されて統治することができる時代にならなければなりません。
 それで、万民がすべて祝福圏内に入っていくのです。その圏内に入っていき、先生の思想を中心として教育し、万国の王から閣僚、上院と下院が、すべて先生の思想を中心として、「世界と国はこうでなければならない!」という計画さえすればよいのです。その計画が新千年を迎えて十年間、七年以内に、三年以内にできなければ四年、それでもできなければ十年、遅くても十二年まで延長されると見ているのです。
             *
 既に国境撤廃を世界的に国連で宣布したので、完全にこの年が越えていく前に、十二月三日を中心として楽園と地獄を撤廃したのです。それは、偽りの父母によって生まれました。
 真の父母が蕩減圏を越えて勝利したので、撤廃しなければなりません。撤廃する前には、神様を即位させることができないのです。それを徐々に行えば、天国を再び移動し、堕落した前の世界と関係のないのちの世界、二千年以前の世界は堕落した前の世界であり、それ以後の世界はそれと関係のないのちの世界といい、以後の世界は、新しい制度と新しい風土によって、異なる天上、地上組織をつくることができるというのです。
 ですから、皆さんは、第四次アダム圏になるので、文化的背景や習慣において、サタン世界のものは一切ありません。そのためには愛の伝統、「ため」に生きる真の愛の伝統、絶対信仰、絶対愛、絶対服従して「ため」に生きる愛の伝統だけがここに移されるのです。前の世界になかったものを立てて越えることによって、サタンがここから越えてくることができないというのです。
 先生が行く時に、地獄のようなものがあってはいけません。撤廃していかなければなりません。そのような途方もない問題が左右されるのです。地獄にあるすべての、あらゆるものを訪ね求めて、すべて祝福してあげたのです。
             *
 国境線を撤廃してから、左側と右側で怨讐だった人々は交差結婚するのです。アメリカが交差結婚するとすれば中国としなければならず、ソ連としなければなりません。日本が交差結婚するとすれば、中国ともしなければならず、ソ連ともしなければならず、アメリカともしなければならず、韓国ともしなければなりません。交差結婚すれば、父母が怨讐で、刀を前にして闘い、血を見なければ許すことができなかった者たちが、自分の息子、娘が愛することができるように祝福してあげなければならないのです。そのようにしてこそ、この地球星には境界線がなくなり、平和の世界が連結するのです。それゆえに、方案まで出てきました。国境を撤廃して交差結婚し、父母が自分よりも幸せに暮らしなさいと祝福してあげる所から平和の世界は始まるのです! アーメンです。(アーメン!)。
 皆さんは、心と体を中心として、そうでなければなりません、心と体を中心として同じです。体を心に絶対屈服させなければなりません。心がしようというとおりにしなければならないのであって、体がしようというとおりにすれば、ひっくり返るのです。今ではもう完全にみ言を知り、天を知り、真の父母を知ったのですから、それを中心として、完全に一つにしなければなりません。強制的にでも一つにしなければなりません。交差結婚と同じです。
             *
 数多くの国境が霊界にまで横たわっているのですから、これをすべて撤廃し始めなければなりません。それゆえに、霊界と肉界、サタン世界と地上世界の国境を撤廃してから、結婚式を一緒にしなければなりません。それで、聖人と殺人魔を一緒に祝福をしてあげるのです。それでこそ、血筋が汚されて人間世界に原罪が生まれたことを個人から天地まで、すべて根本的に抜いてしまうことができます、それゆえに、楽園の撤廃、その次には地獄の撤廃をするのです。
 その次には、サタンが屈服したので、手下の者たちは宗教圏が祝福を受ければ……。サタンの手下の者たちを清算するのが難しいでしょう。この前も、ルーシェルは降参したのですが、その手下の者たちがすべて反対したといっていたでしょう? それで、宗教圏の祝福を今年の末までにすべてしなさいと言いました。祝福してあげれば祝福圏内に入るので、祝福を受けた血筋となり、それは神様の所有になるのです。それゆえに、その血筋が連結した境界線は、サタンが永遠に侵犯できません。
 ですから、楽園と地獄を撤廃して祝福さえ一元化される時には、それがすべて天国に連結することができるという、そのような時代に入ったというのです。
             *
 「神主義」とは何ですか。絶対解放圏で思いどおりにできるのが「神主義」です。神様御自身も解放されなければなりません。神様が解放されなかったのではありませんか。そのようなことを考える時、神様も解放を願うのです。誰がそのように解放されないようにしたのですか。アダムとエバです。そうでしょう。偽りの父母に従って反対に行きました。正しく行って解放し、最後に上がっていく時は、神様を王として即位させてさしあげなければなりません。
 それが事実ならば、どれほど深刻か考えてみなさいというのです。偽りの父母が偽りの血統で神様の天宙をひっくり返して打ち込んだので、真の父母が再び行って地獄も埋め、すべて埋めたのではないですか。聖人と殺人魔を結婚させて埋めたのです。私たち統一教会と私たちに反対した宗教圏を、この前祝福しました。
 先生の息子、娘と祝福を受けた聖子をすべて結んだでしょう。このようにして解放圏、統一圏を許諾したのです。
             *
 神様が怨讐を愛する心をもっていなければ復帰されません。堕落した人間から堕落した天使世界まで復帰されないというのです。
 それで、先生は、聖人と殺人魔を同じ位置で祝福してあげたのです。その恵沢圏内にすべての万物が入っていくことによって、蕩減条件、救援摂理が終わる時代が来るのです。悪なる世界の父母によって成されたすべての血統的関係によって、人類が埋められており、サタンまで埋められているので、その血統から抜け出した人類が現れる時には、怨讐の中の怨讐であるサタンまでも救ってあげなければなりません。
 創造以後に神様が理想としていたすべてのものが、サタンに侵犯されて地獄圏内を中心として呻吟してきたのです。これを撤廃して、神様が心配なさるすべての分野をけ散らして、新しい世界へ帰ることができる時が来たので、神様王権即位式をするのです。
 この中間のサタン世界圏というもの、分かれた人間を、宗教圏を中心として、メシヤを中心として連結させるのです。真の父母が来て神様が心配されるすべてのものを解消させておき、偽りの父母の愛によってひっくり返されたものを、本然の位置で真の父母の愛によって復帰するのです。
 それが復帰されたので、神様を本然の王権の位置に即位させてさしあげなければなりません。天宙を創造された主人の位置を侵害されたので、それを真の父母が取り戻しておかなければなりません。これが最後です。
             *
 先生が四十年間に四千年、四万年以上、何千万年です。歴史の峠を解いて、解放の位置に行きますか。アダムとエバが堕落して、今まで苦労して人類救援をし、心配してこられた神様の心以上の心を知らなければなりません。それゆえに、死ぬほど力を尽くして先頭に立つことを知らなければなりません。
 自らのすべての皮が泣き、肉が泣き、骨が泣き、骨髄が泣き、骨髄から汗が出てきて、涙が出てきて、出血してきたのちに復活するというのです。皮と肉と骨と骨髄に染み渡り、そのすべての皮の涙、皮の汗、皮の血、肉の涙と汗と血、骨と骨髄まで流れ出てこなければなりません。
 サタン世界において、神様の心情は、そのように狂うほどなのです。自らの体、先祖から全体、万代の先祖の血筋を通して皮が生じ、血が生じ、骨が生じ、骨髄が生じたところにおいて悔い改め、骨髄の涙、骨髄の汗、骨髄の血を流して、神様が「それでよい」とおっしゃってこそ、解放されるのです。
















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2.万民祝福によって血統的天民を復帰

神様王権即位式
 


  

2.万民祝福によって血統的天民を復帰


 本来、統一教会の祝福家庭は、一国家の形成を目標に始めたのではありません。神様を中心とした善の世界を目標に出発したのです。統一教会の祝福家庭は、全民族的であり、全国家的です。
 神様のみ旨を中心として出発したので、皆さんの家庭がたとえ一つの家庭であり、皆さんが金なにがし、朴なにがしという個人だとしても、統一教会の祝福家庭は、個人だけを代表した家庭ではなく、全世界人類を代表した家庭です。別の言い方をすれば、国家を超越して、民族を超越して、氏族を超越して、全体を代表した家庭だというのです。
             *
 今日、全世界をおいて見る時、二千年前の国家のように疲弊していきつつあります。このような国の中にも、イスラエルのような国家として韓国を立て、ローマのようなアメリカを立てて摂理していらっしゃいます。この二つの国家さえ一つになれば、世界を一つにすることができる基盤が築かれるようになっています。霊的なキリスト教の世界的基盤の上に共産世界を吸収して地上天国の完成が成されるのです。
 それゆえに、再臨主には、共産世界と民主世界を一つにすべき責任があります。それでは、今はどこまで来たのかという時、既に世界的基盤を越えたのです。それで、私たち統一教会は、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界の完成基盤をすべて築きました。
 それゆえに、五色人種が一つの家族になっているというのです。第三イスラエル民族は、世界的な国の基盤の上に霊界と肉界を中心とした天国をもつことができる民族なのです。それで、私たちは、新しい第三イスラエル民族になっているというのです。
             *
 統一教会という教団は氏族です。氏族だというのです。私の血が共に動じるのです。私が涙を流せば涙を流さなければならず、私が喜べば喜ばなければなりません。血族です。五色人種を超えて、文化背景が異なるすべての国家基準を越えて壁を崩し、一つにまとまった新しい天国創建のための民族です。
 この民族が神聖なものとなる時、天国の創国が顕現するのであり、そのような神聖な創国の民族として生きていく時、創世界が展開するのであり、その世界の上に、天宙的な地上天国と天上天国が連結するのです。
             *
 祝福家庭の版図が広くなるということは、神様を中心とした主流の家庭圏が拡大されるということであり、そのようにして神様の氏族が形成されるというのです。このように、真の父母の因縁と天倫の内的な心情を受け継いだ家庭が生まれ、それが横的に拡大されるということは、神様を中心とした氏族が形成されるということであり、民族、国家が形成されるということです。さらには、一国家の形成で終わるのではなく、神様を中心とした世界を形成するのです。
             *
 真の父母の名前を中心として、神様のみ旨の平和境が展開して統一圏が展開する、ここにおいて家庭的に入籍するという事実は、国家があっという間に回っていくことができるということです。入籍した氏族的メシヤが十二家庭になったと考えてみてください。その国はどのようになりますか。あっという間に回っていくのです。
 日本や、他のすべての国が問題ではないのです。完全に一度に回っていくというのです。それは何かというと、神様を中心として、アダム家庭以後に堕落したすべてを愛によって許してあげ、すべてを抱いてくださるという意味です。
             *
 血筋が違います、血筋! サタンの血筋は、地獄と通じて楽園と通じるのです。抜け出すことができません。先生が言うことは、血筋が違います、血筋! 幹が違うのです。サタン世界は反対に行くのですが、先生がすることはまっすぐに行きます。その千倍、万倍あっても、まっすぐに流れる水を防げません。
 それゆえに、偽りの父母が神様を追い出して天国に楽園と地獄をつくっておいたのですが、真の父母は、地獄を撤廃していってこそ神様を王として侍ることができるのです。真の父母の後孫が王としてお迎えして立てなければなりませんか、立ててはなりませんか。蕩減復帰原則がそうです。
             *
 世の中が一度に変化するのではないのです。道が築かれて河川の水のように流れます。河川の水が流れるようになる時、上からの水が絶えず多くなれば、川は自然に広くなるのです。善の霊たちがどんどんどんと霊界でそのようになるのです。興進君と大母様、忠母様、先生の兄弟、先生の親戚を中心として集まって拡大させていき、ますます祝福を受けて多くなることによって、この狭い川が大きい川になるのです。その全体がすべての環境条件を克服することによって、水が水平になる世界と同じようになるのです。水が完全に水平になれば、霊界には垂直の基準、中央が生じるのです。
 中心が生まれて個人的中心、家庭的中心として、個人、家庭、氏族、八段階を中心として、水平となり、完全に神様の愛の圏内に接ぎ木されることによって、神様が地のどこでも、天上のどこでも関係をもつことができるのです。
 このような時代が発展することによって、暗闇の中にいた人々が光を見ることによって・・光の中ではすべて見えるではないですか・・東西南北、高いもの低いもの、すべてが分かるのと同じように、そのような明るい世界が自動的に訪ねてくるのです。夢のような話ですが、それは事実です。
             *
 先生は、国家主義者ではありません。世界主義、超国家的であり、超宗教主義的です。ですから、そのような権限をもって彼らを統治することができるのです。すべて同じ運命です。神様も哀れで、真の父母も哀れで、人類も哀れで、サタンも哀れなのです。
 ですから、そのかわいそうな人間同士で殺さなければなりませんか。「怨讐を愛しなさい」という一言で、それが神様のみ旨ならば、問題なくすべて解決するのです。「それが神様の願いではないですか」と言えばどうしますか。それが神様の願いなのに、サタンが反対しますか。真の父母が反対しますか。救われる人類が反対しますか。聖人が反対しますか。殺人魔が反対しますか。すべて歓迎するのです。その願いとは何ですか。このようになったのはどうしてですか。結婚を間違ったからです。それゆえに、根を抜いてしまうのです。
 ですから、祝福を断行した先生は、偉大な知略家です。それを断行することは、神様もできず、誰も考えないことをぴたっと原則を中心として行ってしまうのです。先生が壊れていくか、誰が壊れていくかというのです。「どれ、このままできるかできないか見てみよう」というのです。それゆえにできるのです。
             *
 祝福を受けて神様の血統が生じたところには、サタンが永遠に共にいることはあり得ないのです。堕落した血統の因縁をもった堕落人間やサタンの残党、ルーシェルの残党たちは、そこには同参できません。自然的に分離されなければなりません。
             *
 今はどのような時ですか。祝福を無制限にすべてしてあげなければなりません。金氏なら金氏一族の人たちを、強制的にでも捕まえて祝福してあげなさいというのです。サタンは殺して地獄に連れていきましたが、皆さんは殺すのではありません。強制的にしてでも天国に連れていくというのです。連れていったとしても、一代の環境しか穴があかないので、それは氏族圏でいつでも埋めることができます。そのままおいておけば、氏族において点ではなく線ができるというのです。その線が越えていくことができない幹になってしまうというのです。それで、病を与えてでも、薬を与えてでもする時が来ました。
 また、み言を聞けば、良心的な人は和合するようになっていて、先生がしたことを知るようになる時には、誰も反対する道理がないのです。全体霊界がそのように協助してきたのであり、霊界にいるすべての人々がそれを知ることができる時になったので、霊界が地上を協助することができる立場にいれば、地上はその影響圏に入っていくので、自分たちも分からずに心がさっと回っていくのです。
             *
 蕩減時代は過ぎました。この蕩減時代を越えるために、神様が苦労され、すべての聖人が苦労して、歴史過程の何千年前から今まで苦労したすべての犠牲の代価を先生が払ったというのです。それを考える時、皆さんもサタンの血統に今まで浸っていたのです。抜け出すことができなかったのです。それを知らなければなりません。連結した根がぐらぐらするというのです。
 アメリカならばアメリカという観念、ドイツならばドイツという観念、サタン世界のぼろきれとナイロンひもをすべてぶらさげているというのです。それを切ってしまわなければなりません。完全に切ってしまわなければなりません。自分がハーバードを出たとか、何がどうだということは、すべて「ぺっ!」とつばを吐くのです。それは、サタン世界の汚されたものであるということを知らなければなりません。
















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3.国連の国を連結してアベル圏国家基台をつかむ道

神様王権即位式
 


  

3.国連の国を連結してアベル圏国家基台をつかむ


 今、国家を越え、世界へ越えていく時であり、イエス様が国を取り戻すことができないでいたことを、取り戻すことができる時代なので、入籍が可能です。先生が国連を中心として、国連の主権と国連の民族と国連の地まで用意しておいて、国家において南北が統一されれば越えていくようになっています。今、国連の国がありません。
 どのように国連の国を建てるのですか。いくらアメリカ、ロシア、中国のような大きな国々があったとしても、国連の国とは何の関係もないのです。神様の国もないでしょう。今まで神様の国がありませんでした。それで、神様は先生を愛していますが、保護してあげることができなかったのです。
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 国連は、世界国家の最上級です。それで、超宗教、超国家、超国連主義を主張するのです。それは何かというと、「真の父母主義」と「神主義」です。真の父母がサタンの宗教圏下にいなければなりませんか、真の父母が国家圏下にいなければなりませんか。真の父母が国連圏下にいなければなりませんか。
 それゆえに、超宗教、超国連だというのです。頂上に上がっていきました。真の父母と「神主義」を一つにした主義とは何かといえば、絶対「ため」に生きる「愛主義」です。それで、すべて終わるのです。絶対「ため」に生きる父母主義、「真の父母主義」です。
 そして、世界は、すべてその懐に溶け出すのです。すべて消化されるのです。悪なる人も許されて、悪だったことの何百倍も感謝すればよいのです。分かりますか。何百倍感謝して、何百倍忠誠を尽くそうとすれば、すぐに越えていくというのです。行くペースが変わります。自分がいた水平基準の何百倍になれば、ペースが変わるでしょう。角度が分かれるためにサタンがここから分かれていくのです。手を出せないと考えるのです。理論的に手を出せないと思うので、そのようなことを断行するのです。
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 真のお父様が国連国家を立てようとするのです。神様の主権と民族を中心とした国家を立てるというのです。ところが、今、土地がありません。統一教会の本部がある韓半島も、二つに分かれています。今の世界が東西に分かれているのも、アダム家庭でカインとアベルが分かれたことから始まったのです。そこから二つの文化圏に拡張されたのです。
 どのようにして、それを一つにするのですか。政治や宗教の力をもって一つにすることはできません。今まで政治と宗教は怨讐関係でした。それで、先生がアメリカに来て迫害を受けたのですが、これからは変わるのです。外的な世界は、どんどんと降りていきながら社会を失ってしまい、家庭を失ってしまい、夫婦の愛も失ってしまいました。ところが、内的な世界においては、先生を中心として、個人、家庭、社会、国家、世界が一つになっています。
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 今、環太平洋時代、大洋圏時代が来たのですが、大洋圏時代が来たというのはどういうことですか。ここにある国の中には、人口が二千人ほどの国もあります。これをすべて結んで、一つの国として国連に加入させるのです。これが六十カ国を越えます。それから、南米とアフリカを一つにすれば、八十カ国以上になるのです。
 そうです、百九十一カ国で百五十カ国から百六十カ国が先進国以外の国です。この人たちは、自動的に私たちを支持するのです。先進国が私たちに反対するからといって心配するなというのです。強力に反対すれば、後進国は、すべて私たちを支持するようになっています。
 祝福家庭が暮らしている所には、国境がなくなるのです。先生に反対すれば、全世界の祝福家庭が結束します。「どこどこに集まりなさい!」と言えば、国境を越えて、はいつくばってでも訪ねていかなければなりません。なぜですか。神様を解放するために、地上・天上天国を築くためにです。
 そのように神様が宿命的な摂理をしてこられながら、恨の道を歩んでこられたのです。真の父母もそのみ旨を成すために生涯を捧げましたが、それを完全に終結させることができないのは皆さんのためなので、皆さんがこのことを終結させなければならない決死時代に入ったということを知らなければなりません! 分かりますか。
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 国連を中心とした国をつくらなければなりません。世界の頂上に立った先進国家がすべて反対しても、それをしなければなりません。主人がいないので、先進国家が主人の役割をしながら島嶼国家をかじり取って食べ、盗んで逃げたのです。お互いが「昔は私の土地だったのに……」と考えていて、再び闘うようになっています。
 私は、共産党と闘い、キリスト教とも闘い、アメリカとも闘いました。
 しかし、私が版図をすべて占領するとは考えませんでした。アメリカも歓迎して、闘う宗教圏も歓迎して、教派主義者たちも歓迎して、国家主義者たちも歓迎して、すべてのものが歓迎することができる環境になったので、レバレンド・ムーンが行けば、「その方は、平和のために一生を生きたのであって、他の欲望はない」と言うのです。皆さんもそのように考えますか。
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 「ワン・ネイション・アンダー・ゴッド(One Nation under God:神様のもとの一つの国)」ではなく、国連になったので「ワン・ワールド・アンダー・ゴッド(One World under God:神様のもとの一つの世界)」という表題をもって行かなければなりません。そのようになれば、自然に包括されるのです。「ワン・ネイション・アンダー・ゴッド」は、民族主義、国家延長主義だというのです。
 第二次大戦勝利の覇権を中心として、制度をもって世界に影響を及ぼそうとしたのですが、制度というものは、自分の国家に限定されるものなので、超国家的な面においては役に立たないのです。それで、私たちは、超宗教超国家連合をつくったというのです。私たちは、超国連を主導しなければなりません。WANGO(世界NGO連合)理念は、超国連主義です。
 国連が一つの家庭主義、大家庭、神様が創造理想とした家庭主義で一つになるのです。そうです、私たちの思想は、それを連結させることができる思想です。その思想は、私たちにしかありません。そのようにしなければ、世界がその使命に入ってこないというのです。
 今、国連がしなければならないことは、難民国家を一年にいくらずつ支援する、そのための挙世的な募金運動をすることです。これをWANGOがしなければなりません。このようにしておけば、今国連自らの運営費や教育費は、いくらでも出てくるのです。アメリカが国連にお金を出して、しっぽを揺さぶり、首を振ってしっぽを振っているのですが、それができないようにするのです。
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 国連を中心として、一つの政府を、一つの国を、世界的な一つの国を建てるのです。このようにすることによって、分かれた地上世界と天上世界が連結するのです。これを一つになるようにするために、今まで先生が分かれた霊界と肉界を整備してきたのです。 
 皆さん、天地祝福を知っているでしょう。このことをして分かれた霊界と肉界を一つにして、地獄に行っている者たちを訪ねて祝福してあげるのです。統一教会に入れば、国家基準を越えるのです。世界的圏内の使命をもつことによって、国家で罪を犯して地獄に行っている者を抜いて祝福するのです。地上の母や親戚、血統的関係にある人々、その人々を中心として解放運動をするのです。今、そのように展開しています。
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 国連が一つになるためには、国連の国家がなければなりません。そのような国がないので、環太平洋圏が一つの国になって国連の国を構成しなければなりません。それは、間違いなくそのようにならなければなりません。それが終われば、六大州が加入するのです。そして、国連が六大州の教育問題など、すべての問題を解決しなければなりません。今後は、教育が問題です。思想的な教育をしようとすれば、人間の思想ではできません。神様を知らせてあげなければなりません。
 今後、私たちの統一教会本部が国連の大使館にならなければなりません。すべての国の大使館を身代わりすることのできる大使館にならなければなりません。弱小国家ではありません。全体国家の大使館本部にならなければなりません。そのようにしなければならないのです。
 情報といえば、私たちが早いのではないですか。UPI通信や「ワシントン・タイムズ」のような新聞社等の言論機関をもっているので早いのです。それゆえに、一つの方向を中心として引っ張っていくことができます。
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 環太平洋圏時代を中心として、国連の地をつくろうとするのです。韓国の地より大きくつくるのです。分かりますか。そのような価値で、先生が生きた地に国連が国をつくるのです。国の基地をつくるのです。
 世界基準で統一天下になる時は、国連ならば国連を中心として、真の父母が永遠に事務総長のような立場に立たなければなりません。事務総長を誰がしますか。全体を管理することができる指導方法を誰も知らないではないかというのです。ですから、真の父母が永遠に定着する、それが一つの国家圏に拡大されるのです。そうではありませんか。
 これからこのような時になるので、それに対する背後の準備をするために、どれほどひっくり返るか分かりません。どれほど複雑か分かりません。世界がいくら広くても、一つの国だという時は、そこに王が設定されて発表すれば、その王が生まれたところがその国の中心になるのです。そこの人々が中心になるのではありません。それで、永遠の国が設定されれば、永遠の国の開門をすることができるようにした人が功臣になるのです。同じことです。
 それゆえに、国家観念があるとか、自らの学問的観念があれば、これから支障が多いというのです。
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 今ではもう、国連も先生の後ろに従ってきています。いくら彼らが立派な立場にいるとしても、先生を必要としています。内的な価値を必要としているのです。外的な価値だけでは、世界をコントロールできません。国連もそうだというのです。皆さんも同じです。外的な肉身をもって心をコントロールすることはできないではないですか。ですから、心と体が闘っているのです。
 そこから出発する男性と女性も闘っているのです。父子間にも境界線があります。国家の間にも数多くの国境線があります。それをどのように撤廃するのかということがメシヤの責任です。その境界線を撤廃することができるのは、真理しかありません。真理を知らなければなりません。ですから、皆さんがモデルです。皆さんから境界線撤廃が始まって拡張されていかなければならないのです。それを知らなければなりません。
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 先生は、長子権を復帰して、父母権を復帰して、王権を復帰して、皇族圏復帰をすべてしました。先生がこれを自由自在に宣布することができ、祝福することができるのです。その権限が神様にあるのではなく、先生にあるというのです。サタンがアダムによって世の中を処理したことに干渉できないように、地上の処理方法でも、アダムが真の父母の全権をもって処理するようになっているのであって、神様が「ああしなさい、こうしなさい」と言うことはできないようになっています。
 それで、長子権復帰、父母権復帰、王権復帰、皇族圏復帰を中心として、四大心情圏と三大王権は、家庭を基準とするというのです。この公式が出てきたので、これを絶対視してその基準に合わせていかなければなりません。ここに今までのアメリカなどという第二コンセプト(観念)があることを最も嫌うのです。「私はアメリカ人だ、日本人だ」、そのようなことは認めません。今後、そのような意識をもった人は、ここに入っていくことはできないのです。
















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4.神様王権即位式は誰がしてさしあげるのか

神様王権即位式
 


  

4.神様王権即位式は誰がしてさしあげるのか


 神様は、今まで、天地を造られた王の位置にはいらっしゃいましたが、堕落した父母によってその権限を失ってしまいました。サタンによって失ってしまったので、今まで王権行事を一度もできなかったのです。それで、今メシヤを通して真の父母が来て、偽りの父母によって失脚した神様の本来の王の位置を、初めて……。神様を推戴することは、真の父母がすることであって、神様がされるのではないのです。真の父母でなければ、それを復帰する人がいないというのです。そして、神様が天地を創造された本然の基準の王権を占領されたのちに、家庭を収拾して氏族、民族、国家、世界、地上の王権時代が訪れるということを知らなければなりません。
 人間とサタンが一つになって、神様の王権をひっくり返して打ち込んだというのです。ところが、真の父母が来て、サタンを除去してしまい、神様の摂理に完成の基準、天上世界と地上世界の地獄を撤廃して堕落がなかった位置に立ち、神様を王権の位置に立てて即位させてさしあげるのです。
 それから、二〇〇三年から二〇一〇年までの七年過程を経て、地上の王権を完全に処理するのです。摂理の観がそのようになっています。
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 真の父母が成し遂げたすべての道の前には、今までの蕩減路程はすべてありません。地上・天上天国の解放圏が展開することによって、真の父母を中心として天使長を追放し、本然の神様を王の位置に即位させてさしあげるのですが、誰が即位させてさしあげるのかといえば、神様一人ではすることができません。偽りの父母が殺したので、蕩減原則において、真の父母をお迎えしてその場に立ててさしあげなければ、永遠に神様が王位に上がっていくことはできないのです。
 これは、とてつもないことです。人間が神様を王の位置に即位させるのです。救世主であり、真の父母として、すべての天国の伝統を立てることができる新しい愛と生命と血筋を成し、地上と天上を祝福したという権限を成したので可能なのです。
 神様の祝福圏内に立った人々は、神様直系の血統的関係を結んだので、サタンとは関係がありません。その解放圏によって初めて、偽りの父母と天使長が一つになってひっくり返して打ち込んだものを、真の父母がサタンを除去してしまい、地獄と楽園を撤廃してしまって天国だけが残されたその上で、天国の中心である神様を探し立てるのが、今回の「神様王権即位式」だというのです。
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 真の御父母様が神様の即位式をしてさしあげるのです。真の父母だけでするのではなく、入籍した祝福家庭を中心として(即位式を)してさしあげるのです。神様は国を失ってしまいました。国がないのです。
 それでは、皆さんは入籍したのですが、どこに入籍しましたか。先生の名前の上に入籍したということを知らなければなりません。国もありません。先生は、天国の主権と地の主管がどうだということを知っています。天国の民は、天国に行くことができる祝福を受けた血筋が一つになっていなければなりません。それをすべてつくっておきました。
 彼らの血の値以上、その国民以上、その国の主管以上の出発の基地が神様の創造した地球星です。この地球星の上にすべての津液を集中させて国連の国を建設することができる基地です。
             *
 先生が王権即位式をするのですが、先生が即位するのではありません。神様が即位されるのです。人間の先祖が偽りの先祖になることによって、王権からすべてをひっくり返して地獄がつくられたので、これを統一教会の祝福家庭と先生が一つになって神様を真の王の上にお迎えし、その方が権限をもって、家庭理想、国家理想、天宙理想を身代わりできるよう、再び真の父母の前に相続してあげなければなりません。
 それゆえに、これをするためのものが総生畜献納です。自分に属したものはあり得ないというのです。ですから、所有圏をもった人はすべて引っ掛かるのです。着る服も自分のものではありません。私のものという名前をつけたものが恥ずかしいということを知らなければなりません。すべてのものが、絶対的な神様が主人となった位置にあってこそ、王権が維持されるはずですが、愛まで失ってしまい、血筋まで失ってしまったその方が、どのように即位するのですか。
 それをすべて反対以上の立場で収拾して、世界万国が協助する立場でそのことを成してさしあげなければなりません。そのようになれば、神様が全体、全般、全権、全能の行事を行うために、サタン世界の地獄でも何でも、サタンでもその手先でも、一瞬ですべて整理してしまいます。
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 先生が神様の即位式をしてさしあげなければなりません。人間がそのようなことを考えること自体が、どれほど不敬なことですか。どれほど罪を犯しましたか。その場が恐ろしいのです。良いものではありません。その式が恐ろしいのです。全天宙が見つめるのに、地上の責任者としてその場に、四方に影を残しておいては、そのことをすることはできないのではないかというのです。監獄に入っているほうがかえって楽でしょう。
 この四十日期間は、本当に深刻なのです。過去を反省しなければならず、過去に教えた内容の中に過ったことがあれば、それをすべて埋めなければなりません。私が埋めてあげなくても神様が埋めてあげなければなりません。そうでなくては、その場に行けないのです。先生は、そのように考えるのですが、皆さんはどうですか。今まで生きてきた習慣そのままで、その場に参加しようとする人がどれほど多いでしょうか。自分たちによって天地に影が生じるのです。
 責任者たちはなおさら問題が大きいのです。引っ掛かれば、全体が日陰になります。影が濃くなって雲の世界になれば、夜のようになります。そのようになれば、神様が離れるのです。
             *
 神様も何に絶対服従されるのかといえば、知識でもなく、お金でもなく、権力でもなく、真の愛だというのです。男性もそうではありませんか。真の愛に服従するでしょう。女性もそうです。いくら優秀でもそうなのです。
 神様も絶対的なお方ですが、真の愛を主体として侍ってこそすべての面において絶対なのであって、真の愛でなければ半分にしかなりません。真の愛の前には、神様もどうしようもありません。
 それゆえに、神様が思いどおりにはできないのです。思いどおりにできるのならば、なぜ世の中を思いのままにすることができないのですか。愛の道を通して、すべてのものを統治することができるのに、愛の相対を探し出すことができなかった神様は、千年、万年思いのままにすることができない立場にいらっしゃるというのです。
 真の愛で絶対権限を行使されるはずですが、真の愛がないためにできないというのです。真の愛の原則的な主体的人格者として、行くべき道があるのですが、真の愛がないために、もつこともできません。出発もできなかったのです。
 それで、神様は、堕落以後今に至るまで、囹圄(注:牢屋)に閉じ込められているのです。何の話か分かりますか。絶対的神様が無力な神様になったのです。無力なだけでなく、嘆息されているというのです。そうではありませんか。失ってしまったその愛を探し出すことができなければ、かわいそうな存在としていらっしゃり、嘆息して恨の歴史が展開されるのです。その恨を解こうとすれば、どのようにしなければならないでしょうか。真の愛のために恨を抱かれたので、私たちは、真の愛をもって恨を解いてさしあげなければなりません。
             *
 神様を私の前に立てて即位させてさしあげ、「この位置から動かないでください」と言い、闘ってきたすべての恨を代わりに相続して生きていかなければならない時が来るというのです。世の中がすべて変わるのです。朝と夜が違います。夕焼けを朝だと思って夜中を迎えるようになるので、自分勝手に考えたというのです。天理の循環度に従って、上下、前後、左右、朝ならば朝、夕方ならば夕方、順理に合うように考えなければ脱落するのです。
 悪とは何か知っていますか。右に行くべきものが左に行き、上に行くべきものが下に行けば悪になるのです。悪の主人が別にいて、天の主人が別にいるということを知らなければなりません。はっきりと知っていながら、どうにかこうにか越えていこうとします。
 今、家庭を見ても、責任者という者が、教会にも出てこない者を祝福に推薦をしました! この者たち、自分の息子、娘を餌にして蕩減しなければなりません。無責任に男性と女性を推薦して、他人の一生と天が採択して育てた息子、娘を蹂躙して歴史に汚点を残すそのような群れになり、功績を積まずに食い物にするという者は盗賊になります。
 ここもそうです。何の責任者だと胸を張って私の前に現れるなというのです。私は、今そのようになっています。天国を守らなければならない責任があり、保護しなければならない責任があります。憎らしいものは、見向きもされずにつばを吐かれ、足でけ飛ばされなければなりません。そうではありませんか。昆虫世界もそうです。自分と合わないものは、闘ってかみ殺してしまいます。自分と同じ種でも、血筋が違えば取って食べるのです。
















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四 神様王権即位のための真の御父母様の準備

神様王権即位式
 


 

四 神様王権即位のための真の御父母様の準備



  

1.神様王権即位のための四十日準備期間


   ◎即位式四十三日前〈二〇〇〇・一二・一〉
   ①神様王権即位式のための宣布祈祷(アメリカーナ・ホテル、ブラジル、パンタナール)

 《祈祷》
 愛するお父様! きょうは、二〇〇〇年十二月一日、歴史的な二〇〇〇年を中心としたこの年を中心として、新しい千年を迎えることができる新しい年を準備するための、すべての蕩減復帰の歴史と、天上世界と地上世界の恨の峠を越え、あなたが理想とされていた創造理想世界の愛を中心とした個人完成、家庭・氏族・民族・国家完成、天宙完成の基台を用意するための、一つの歴史的な全体を整備する期間でございます。
 先々月の十月十四日以後を中心として、きょうで満四十八日を迎え、日数では四十九日を迎える日でございます。この日は、歴史的に韓国の記念の日である四十九日を代表することができる期間を越える日なので、新しい月の十二月を中心として、これからの四十三日期間を中心として新しい二〇〇一年の正月十三日まで、新しい出発の限界を定めておきました。
 すべての整備と天国の王権と家庭の勝利圏とすべての子女の勝利圏を備え、天国の本然の軌道を備え、天上世界の父母を中心として、長子権大王であり、父母権大王であり、天宙の大王であられる神様を中心として、一体理想を中心とした個人、愛を中心としたモデル家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙史的な愛のモデルを中心として、公式的な主人の位置に立つようになりました。
 また、真の父母と共に一体理想をもって心身一体、この地上に正午の期間に定着することによって、一切のものが整備、解怨成就、蕩減解怨されることによって、天の主権と地の主権と天国の勝利的栄光を中心として、万国を統治できる覇権的時代を迎えることができる深刻な四十三日の期間を、これから残しております。
 それゆえに、整備することができる摂理史のすべてを、一切をお父様が定められ、あなたの心の中で恨になったすべてを整備して「解放の日が来た」と宣布することができる家庭の王であり、国家の王であり、世界の王であり、王の中で王の主人の位置に即位することができる一つの記念期間としてお定めいたします。
 お父様! この日を予告することができる宣布の日として、四十九日を過ぎてすべての死亡の権限を踏み、再度解放の世界へ飛躍することができる天運を抱いて、真の父母がお父様の前に帰って一体理想を成すための、すべての愛の悲しみと、すべての子女の悲しみを中心とした家庭、氏族、民族、国家、あなたが願った家庭的孝子、国家的孝子、世界的孝子、天宙的孝子だけでなく、忠臣、聖人、聖子の道理に、家庭的祝福を中心とした覇権を成立することができる時代を迎えるようにしてくださった恩賜を感謝いたします。
 きょう、源焦、根源、勝利の聖地圏を中心として、今四十九日を踏み越えて整備することができる四十三日のこの期間を通じて、新しい天の王権時代を発表することができるすべての準備、一切を備えるように許諾してください。続いてきた民主世界の王権が最後を迎えて、父母の全権時代に交差することができるこのような期間を設定することによって、すべてに勝利的覇権を天が備えるように祝福してくださることを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
 新しい月を迎えるこの十二月は、峠を越えた期間として三十一日と来年一月十二日を中心とした十三日とを一つにし、十月十四日を中心として、天地の王権樹立を宣布することができる天地の王を中心とした勝利的長子の王であり、勝利的家庭の王であり、勝利的国家の王であり、勝利的天宙王権に即位することができる時間として宣布いたしますので、その日のためにすべての統一家と、天のすべての天軍天使、祝福家庭たちは、再度整備と、再度悔い改めと、再度祝福の恩賜を感謝することによってこの日を迎えることができるように祝福してくださることを、懇切にお願い申し上げます。
 今回、海洋還元式と大陸還元式と天宙還元式と四大心情圏還元式を発表して、今、真の父母を中心とした勝利的基盤の上に、エバ圏国家と共に、国連と結託して解放の天国を建設することができる時代に進入することを宣布いたしますので、お父様の願いの中で、全体、全般、全権、全能の行事を期してくださいますように。
 あなたの願いの一念であるすべてのものを成就することができる基準のもとで、全体を整備完成することができるようにこの期間を定めましたので、統一家の食口、祝福を受けた天上世界と地上世界、天使長世界までも、すべて家庭を中心としたあなたの祝福圏内には、一家庭も残らずここに加入して、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準として、サタンを立てられ解放圏に同参することができる恩賜も賦与してくださることを懇切にお願い申し上げます。
 きょう、十二月一日になるこの日を期して源焦・根源・勝利聖地で、このような新しい世代に合わせることができる整備的最後の宣言を、王権樹立全体権限を、あなたの愛によって地上・天上天国に平定することができる期限として定めて、あなたの愛の主人として億千万歳勝利の太平時代を迎えることができるよう、祝福してくださることを全天宙、全体世界の上に親しく天地父母の名前をもって宣布してくださることを懇切に祝願しながら、真の父母の名によって宣布いたします! アーメン! アーメン! アーメン! 

   ◎即位式四十日前〈二〇〇〇・一二・三〉
   ②楽園と地獄撤廃および天国入籍(ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

 《祈祷》
 きょうは、二〇〇〇年十二月三日、十二月最初の安息日を迎えて、このウルグアイを中心として早朝の敬礼式を挙行させてくださいましたことを感謝申し上げます。六十六名がこの日を記念し、サタン数と一致する六十六名と、今から一月十三日まで四十日を残すというこのサタン数のすべてを合わせたこの場において、北方の韓国を代表して、南方を代表するウルグアイの地で十二月最初に迎える聖日の敬礼式を、お父様、祝福してください。
 天と地が注視し、神様と真の御父母様を中心として、愛の理想家庭完成のために個体と家庭の夫婦と父母と兄弟、子女たちが一体となった、み旨を中心とした祝福の家庭を連結させ、氏族、民族、国家、天宙を編成し、天の父母とこの地の父母を中心とした解放の世界を宣布することのできる日を四十日前にしたこの日において、霊界にある楽園と地獄を神様のみ名と真の御父母様のみ名によって新しく解放することを宣言いたしますので、祝福してください。
 十二月三日を中心として見るとき、今年最後の月を迎えて三番目となるこの日を中心として、今宣布するこのすべてのみ言を中心として、霊界と肉界が天地父母様の宣言のみ言を中心として、上下が一つとなり、左右が一つとなり、前後が一つとなった天地のすべてを、天地父母を中心とした大家族理想圏として移譲することを宣言いたしますので、お父様、受け入れてくださることをお願い申し上げます。
 そして、今まで霊界にあった数多くの階級と数多くの障壁と国境線を撤廃し、真の御父母様と天地父母が一つとなり、その愛の血統を通して一族の権限を確定するという驚くべき入籍の祝福をすべての祝福家庭が受け、三時代の大転換四位基台入籍全体統一祝福式を挙行した基盤の上において、解放の恩賜を万民に見せてくださる、あなたの恩賜に感謝いたします。
 天のみ旨に従って編成されたこの家庭の連体がどれほど貴いのかということを知り、自分たち個々人は、個人のためにいるのではなく、天地全体のためにいるという代表的な家庭として、天の祝福の因縁を自分の血統を通して万世に連結して定着させ、近親、遠親を一つにしてあなたの愛の一個体となると同時に一つの愛の木になるのと同じように、根と幹と芽を中心として万民が枝となり、愛の花を咲かせて実を結ばなければなりません。
 その結実を全天宙いっぱいに満たして解放の天国を完成しなければならないという家庭理想が、神様のみ名と真の父母のみ名を中心とした天上・地上世界に定着できるところにおいて、影のない正午定着という標語を中心として、今、地上世界と天上世界に神様の悲しみの基盤となっていた楽園と地獄を撤廃する時間をもちますので、お父様、喜んでお受けくださることをお願い申し上げます。
 真の御父母様と真の御父母様の家庭がいる一族、聖人たちと聖人たちを中心とするすべての宗派の解放を宣言し、サタン世界の頭であったルーシェルが服従することによって、その一族と手下たちが反対していたすべての基地が祝福を受けた宗教圏内のすべての祝福家庭に伝授され、そのようにすることによって、天の方向を中心として一つの主流に従い、神様の心情を中心とした玉座から地上の王宮まで連結させることのできる祝福の時代を迎えたという解放の恩賜を受けましたので、地上世界と天上世界の楽園と地獄を解放して天国に連結することのできる直行航路を開拓するこの時間となりますので、お父様、祝福してください。
 このプンタ・デル・エステを中心として、訪ねてくるたびに天が祝福されたすべてのものが、あなたのみ旨の前に日進月歩、地上から天上世界まで心情的因縁を結び、家庭から氏族、民族、国家、すべての国境を越え、全人類の心と心の障壁を崩して血統的基準の統一圏を成し、お父様を中心とした、真の父母を中心とした眷属(注:親族)として堂々と天の国を代表することができる家庭となり、国家を代表することができる家庭となり、世界と天宙を身代わりした家庭となるようにしてください。
 神様が永遠に定住なさることができる理想的な家庭圏が一つとなって天の国の主権を立て、天の国の民を立て、天の国の地をお父様の前に奉献することができる総生畜献納の日を終結できる日として立ててください。
 天上天下にあるすべての地獄と楽園を解放し、天の国の出発の基準があなたの主権圏内において愛の心情から出発し、すべての峠を越え、国境を越えて解放圏を備えることによって、万民解放であり、万国解放であり、万天宙解放の基盤の上において、今から四十日以降に神様の即位と真の御父母様が地上で設定した即位の基準にそった王権を立てることのできる時代を宣言しようと願っております。
 このようなことを、み意の中において、この四十日期間ですべて整備して統一させてくださり、あなたのみ手の中に入れてくださり、あなたが望んでいらっしゃった希望のみ旨であり、嘆息がなく、解放と喜びと栄光の恩賜として万天宙まで、個人から、祝福家庭から確定されるように許諾してくださることを、お父様、懇切にお願い申し上げます。
 この日を期して、地上、天上のすべてを統一することのできる特権をもった真の父母を中心として、孝子の道理を果たすことができず、忠臣の道理を果たすことができず、聖人、聖子の道理を果たすことができなかったすべてのことを真の御父母様が完結させ、地上に残っているすべての失った悲しみの条件をお父様の前に総献納することができる条件を立て、お父様の新しい出発と解放の地上・天上天国の日を成し遂げようと準備する日となるようにしてください。
 この四十日間を中心として、四十日前に、このすべてのことを天上・地上世界の楽園と地獄を撤廃し、神様が直接、解放圏で主導なさることができる恩賜の世界として、恩賜の世界として、恩賜の世界として、真の父母のみ名と共に前進することを願いながら、地上、天上の楽園と地獄を撤廃することを願いますので、受け入れてください。
 勝利と栄光と賛美が永久に続き、万世の解放的主権の上で永遠であられるあなたの勝利の栄光と勝利の花が天宙いっぱいに満ちあふれることによって、サタンの権限を踏み越える祝福家庭たちが主導することができるように許諾してくださることを懇切にお願い申し上げます。
 今から天国は、統一教会の教会員だけが行く所として設定してくださり、解放を宣布してくださることを懇切にお願い申し上げながら、真の御父母様と天地父母を代表した心情的勝利の基盤の上で宣布申し上げます! アーメン! アーメン! アーメン! 














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2.四十日特別精誠期間、真の御父母様の準備のみ言

神様王権即位式
 


  

2.四十日特別精誠期間、真の御父母様の準備のみ言


   ◎即位式三十七日前〈二〇〇〇・一二・七〉
   ③神様の王権がこの地に立てられなければならない

 来年の一月十三日は、天地父母王権即位式、王権即位式をするようになります。本来神様は、王の中の王であり、父母の中の父母なのですが、子女となった人間の堕落によって、一度もそのような位置に上がられたことがないのです。
 しかし、真の御父母様の実体的勝利基盤の上で、全人類の過去の過ちをすべて清算して、十二月一日から来年一月十三日までの四十三日間を特別精誠期間として定め、天のお父様を創造主としての神様の位置に上げてさしあげなければなりません。

 堕落した人間が、救援摂理をすべて清算して神様を即位させてさしあげるということは、夢のような話です。原理でこそ解かれるのです。偽りの父母がひっくり返して打ち込まれたものを、真の父母が清算するのです。地獄と楽園を撤廃し、天上世界と地上世界の統一圏を成して、真の父母が指示するところにおいて絶対信仰、絶対愛、絶対服従する人は、誰でも天国に入っていくというのです。統一的な世界が展開したので、救援摂理の終わりと第四次アダム圏時代を中心として、三時代大転換四位基台入籍祝福式なのです。その一言に、すべてが入っているというのです。
 皆さん、祝福を受けた人々は、真の父母の血統が連結しているので、祝福を受けて神様の血統が連結している限り、サタンは近づくこともできないのです。本然の基準に立ったからです。それで、今霊界で祝福を受けたすべての先祖は、霊界にいることはできないのです。地上に降りてきて、祝福を受けた家庭と一つになり、すべて整備してあげなければなりません。先祖(天使長家庭)たちは、天使長が失敗したことを蕩減復帰して、祝福を受けた家庭と共に、地上の祝福を受けた家庭をすべて一つにして連れていかなければなりません。それゆえに、先祖が来て、病を与えて薬を与えることができる時が来ました。
 今まで、サタン世界の血統をもった先祖が人類を滅びるようにして、病を与えて薬を与えて地獄に連れていきましたが、今では、真の父母の血族になり、神様の血族になって病を与え、薬を与えようとするのです。
 そのままおいておけば落ちていくので、即刻処断して、その部分だけ先祖が埋めてくれて、自分たちが影響されないように処理する時が来たというのです。

 全世界に散在している統一教会の食口は、四十日期間に全体を蕩減しなければなりません。祈祷の精誠を捧げる時です。そのような重要な時なのです。これからは、救援摂理時代ではありません。皆さんも、今祝福を受けた中心家庭です。アダム完成家庭に立っているので、神様の王権と神様の国と神様の家庭を守らなければならない責任があります。
 皆さんが信じようと信じまいと、神様のみ旨は、このように成されていくということを知らなければなりません。それを信じていても信じていなくても、み旨は成されます。み旨が成されれば、その成されたみ旨に制裁を受けます。み旨のとおりにしなければなりません。国が設定されれば、憲法ができ、法ができ、国権を立てていくのと同じことです。そのような時代に入ります。

 先生が蕩減世界のすべてのものを、霊肉を通して地獄まで、楽園まですべて解放したので引っ掛かるものがありません。今皆さんがもっているすべての財産を捧げなければなりません。国もなく、地獄もなくなり、楽園もすべてなくなりました。
 これから新しく出発するのです。アダムが堕落する前は、すべてが神様の所有であると同時に神様の息子、娘の所有でした。血筋が一つになっているのでお父様に似て、お父様と同じ位置に立たなければならないので、そのことを真の父母が身代わりして、世界の数多くの人類の先祖をすべて蕩減し、個人時代蕩減完成、氏族、民族、国家、世界、霊界まで、すべて蕩減して地獄までも解放したのです。すべて解放して本然の世界に帰ってきました。
 本然の位置に帰ってきたのですが、この位置、この全体圏内は、神様の所有であり、勝利したアダムの所有です。勝利した真の父母の所有です。このようになっているにもかかわらず、父母様の所有にして、神様の所有にして、天国と天の家庭の所有にしておかないで、今まで私の所有だという自分を中心とした所有圏は、自分が行くべき国を破綻するものになるのです。罰を受けるものになります。
 家庭が国を越えて、世界を越えて、天国に直行し、父母様を絶対信じていかなければならないのに、それがすべてふさがることによって国の道を破綻させるのです。国を中心に考えて、「私の国の所有圏だ」というようになれば、その国自体が破綻して、世界が天国に行くことができる道を破綻させるのです。神様を中心として、真の父母が備えたすべての所有圏を破綻させることになるので、許すことができないのです。

 アダムとエバが祝福を受ける前には、所有がありません。神様の愛と血筋を受け継いで所有を受けるはずなのに、皆さんが所有をもったということは、サタンの継代に汚されたそのひもがぶら下がっているということですから、それを切らなければなりません。すべて神様に返さなければなりません。完全に真の父母のあとに従い、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の血筋を中心として、その中では、個人所有や、自分の国や、自分の何の名誉などというものはあり得ないというのです。そのすべてが、自分の行く道を完全に破綻する結果になるということをはっきり知って、それを処理しなければなりません。それで、来る時に立てておいて、結論を下してあげてから来たのです。
 祝福を受けてこそ所有権をもつようになります。これが逆さまになりました。それをひっくり返して打ち込まなければなりません。愛を中心として失ってしまったので、愛を中心として探し出さなければなりません。今もっている自分の所有、自分の家庭に属し、国に属しているすべてがサタン側です。これを完全にひっくり返して打ち込まなければならないということを知らなければなりません。
 所有圏はすべて怨讐です。サタンが残っていて、問題になり、皆さんの首を絞めて妨げるので、これをきれいに清算しなければなりません。
 恨の多かった神様は、王権を失ってしまい、今まで王座に上がっていくことができなかったのです。真の父母が来て、神様を王座に上げてさしあげるその当事者となった私たちは、きれいに聖別して神様が王座に上がることをあらゆる心、あらゆる精誠を尽くし、称賛して喜ばなければならないというのです。そのような準備をする四十日期間に入ったということを知らなければなりません。
 永遠に一度しかないのです。もう二度とありません。そのような日、そのような時を迎えているという事実、真の父母から直接聞いているという事実が驚くべきことだということを知らなければなりません。人はすべて同じです。千年以後に出てくる人も同じはずですが、皆さんは、ある特定の恩賜を受けて、天地をひっくり返して打ち込むという世の中の人ができないこのプログラムに、なぜ同参することができたのかというのです。感謝しなければなりません。

 父母様が神様を即位させてさしあげるということは、皆さんが即位させてさしあげるというそのような心情をもち、自分の家で幸福で楽しい歳月を迎えたという心情をもって、世界の祝福家庭が心を一つにし、この四十日間で自分が過ったことをすべて許してもらえる特典を受けたのですから、そこに加担することができる謙遜な姿勢で、すべてのものを神様にお返しして素手で受けなさいというのです。
 真の父母が血筋一つを明らかにするために、すべてを犠牲にさせたのです。それしかないのです。それで、すべて神様にお返しして、真の父母のあとについていかなければなりません。再び影をつくってはなりません。先生の後ろで透明な影のようになって、共に行かなければなりません。
 家庭しかありません。家庭と愛と血筋です! このようにして、世界の国の王になったので、王の前にすべて捧げて、そして、王座に立ててさしあげることによって、真の父母と共に万物を受けるのです。これから十年です。二〇一〇年までに、世の中をすべて解決しなければなりません。
 その時、先生は何歳になりますか。九十歳です。サタン数を越えていく峠です。それを越えなければなりません。九というのは、十数に入っていくのです。一、二、三、四、五、六、七、八、九、帰一数に入っていくのです。その時までに、霊界や肉界に地獄がないように、世の中をすべて整理しなければなりません。

   ◎即位式三十四日前〈二〇〇〇・一二・一〇〉
   ④今から祝福家庭の世界化を加速化させなさい

 二〇〇一年一月十三日には、神様を王の位置に即位させる儀式をするのです。誰によってそのようになるのですか。レバレンド・ムーンによってそのようになるのです。レバレンド・ムーンは誰ですか。真の父母です。偽りの父母が占領した神様の位置をレバレンド・ムーンが復帰して地上天国を成すのです。それが平和の世界です。そのような世界さえ成し遂げられれば、すべてのものが終わるのです。
 人が神様を天地の王座に立てることができる特権をもったので、天国に行って思いどおりにできるのです。それでは、神様はどのようにされますか。レバレンド・ムーンをそのままにしておきますか。ですから、国連を抱き込まなければならず、世界平和の基準である国境撤廃をしなければならず、怨讐国家間で祝福をしなければならないという結論まで、すべて出しています。

 国境を向かい合わせにしている国の人間で結婚しなければなりません。交差結婚をしなければなりません。兄弟なので、そのようにしなければなりません。それでは、アメリカは誰と結婚しなければなりませんか。ドイツ人や日本人としようとするのです。ソ連や中国としようとするのです。そのようにしなければ統一できません。ブッシュが私の話さえ聞いて、若い人々が、ソ連の三分の一、中国の三分の一、日本の三分の一が結婚さえすれば、世界は統一されると思うのです。アメリカが上になるのです。長子になります。
 そのようにしてこそ平和が成されるのであって、そのままではできません。そのようになれば平和になりますか、なりませんか。それゆえに、そのような時になれば、銃刀が必要なく、原子爆弾も分解してほかのところに利用することができるのです。軍事拡張の費用を平和に回して使うならば、世界の人が食べていっても余りあります。豊かに暮らして余りあるというのです。

 国境を越えることができなければなりません。この若い人々を教会で処理するようになれば、どのようにしようと、冒険をしてでも世界の地の果てまで行ってこなければなりません。行ってくることができるお金がないのですか。お金がなくて行くことができないとはどういうことですか。自転車に乗ってどこにでも行ってくることができるでしょう。そうですか、そうではありませんか。昔は、中国まで歩きながら国の仕事をしたのですが、自転車にも乗ることができて、バスにも乗ることができて、どこでも行くことができるでしょう。
 自分の国にしがみついていてはいけないというのです。ですから、世界化時代です。国家化時代、世界化時代に入っていくのです。国家を中心として、神様を解放して自由天地になることができる活動舞台に、神様の統治指導圏内に行かなければなりません。それで、大韓民国で南北を統一するにおいて問題となることは何ですか。主権が問題であり、民族が問題であり、その次には地が問題です。
 統一教会の先生は、天国の主権と地上の主権、主権の準備をすべてしました。神様と真の父母が分かれているでしょう。それが一つになれば主権になります。
 それから民族は、祝福を受けた家庭が数千億連結しています。ところが、土地がありません。土地は、この韓国の地ではありません。世界的なので、世界的な地を中心として、韓国の地以上に連結さえさせれば、解放が展開するのです。

 今、南北統一運動をしているのも、国境を越えるためなのです。南北統一をしなければ、神様の国がありません。父母様の国がないために反対されたのではないですか。国がないためです。しかし、先生がしたことは何ですか。この地上で出発しながら、既成教会を祝福してあげ、世界万民が祝福を受けることができる基準において、霊界や肉界の半分以上の領域を備えたというのです。それが四億三千万双を祝福する基準です。
 それをすべて越えたので、今からは、霊界に着手して天地祝福をするのです。その次には、霊界の先祖を解怨して祝福してあげるのです。今、祝福してあげているでしょう。先祖の中で善の先祖がいれば、その善の先祖が願うまま、母が善であれば母が願う夫を迎えることができるのです。

 今ではもう教会時代が過ぎました。国のために生きなければならない時なので、皆さんが税金を捧げなければなりません。ありったけ捧げなければなりません。総生畜献納物を捧げなければなりません。それで何をするのですか。私が良い生活をするためではありません。霊界の事実をよく知っているのです。どのように暮らすのかということを知っている人です。
 それによって何をしようというのですか。今後、神の国において政府庁舎を建てるのですが、フランスのルーブル博物館が問題ではありません。ソ連の昔の宮殿が問題ではありません。神様を称賛するために、それ以上に造らなければなりません。お金があればそのように考えるのであって、自分が良いものを食べて良い生活をしようということは、夢にも考えません。
 それから、何をしようというのですか。庁舎を建てて、それから何をするのですか。学校を建てて、そのあとは教会を建てるのです。教会も、教育を中心として世界の下にいなければなりません。その次は、自分たちが住むための家を建てるのです。
 ですから、世界を愛するのですが、世界の機関庁舎を、あなた方の国以上につくりなさいというのです。それが先生の哲学です。神様がそのように願いますか、願いませんか。男性たち、答弁してみなさいというのです! 目をすべて掘り出してしまわなければなりません! 何を見て歩き回っているのですか。千年、万年恨を抱いて、私が死ぬ前に庁舎を建てることができなくても、コーナーストーン(注:定礎石)でも置くことができるように、土地だけでもつかんでそれを碑石の代わりに残し、私たちの万代の子孫を通してそれをすると祈祷すれば、万代の子孫までいかずに一代ですべて終わります。

   ◎即位式二十一日前〈二〇〇〇・一二・二二〉
   ⑤王権即位式は、私たちの家庭すべてがしてさしあげること

 今回、先生が王権即位式をするのですが、先生が即位するのではありません。神様が即位されるのです。人間の先祖が偽りの先祖になることによって、王権からすべてをひっくり返して地獄がつくられたので、これを統一教会の祝福家庭と先生が一つになって神様を真の王の上にお迎えし、その方が権限をもって、家庭理想、国家理想、天宙理想を身代わりすることができることを再び真の父母の前に相続してあげなければなりません。
 それゆえに、これをするためのものが総生畜献納です。自分に属したものはあり得ないというのです。ですから、所有圏をもった人はすべて引っ掛かるのです。着る服も自分のものではありません。私のものという名前を付けたものが恥ずかしいということを知らなければなりません。
 すべてのものが、絶対的な神様が主人となった位置にあってこそ、王権が維持されるはずですが、愛まで失ってしまい、血筋まで失ってしまったその方が、どのように即位するのですか。それをその反対以上の立場からすべて収拾してきて、世界万国が協助する立場で、そのことを成してさしあげなければなりません。そのようになれば、神様が全体、全般、全権、全能の行事を行うために、サタン世界の地獄でも何でも、サタンでもその手先でも、一瞬ですべて整理してしまいます。

 神様を王位に即位させるということを望み、千年の恨を抱かれた神様を解放すること、それ一つしかありません。神様がその中で、どれほど邪悪なことが多く、どれほど無念で憤りを感じられたか分からないというのです。今ではもう、すべて経てきて二十一日が残っています。今日から二十一日です。
 即位式は、先生がしてあげるものではないのです。すべて皆さんがするのです。中心家庭がするのです。そうでなければならないのではないですか。結実は、すべて私たちの家庭のためにあります。家庭的完成解放というものは、天下に対して、水平的基準において障害がなく、解放された位置において神様と共に関係を結ばなければなりません。これは、避けられない結論です。

 今、正月初日から祈祷が変わります。祝福の中心家庭です。李京ヂュンの名によって祈祷いたします! 自信がありますか。そのような時が来ます。
 第四次アダム圏時代には、宗教がなくなります。解放圏に入っていかなければなりません。祝福の中心家庭、神様が創造されて以来、祝福の中心家庭は、アダム家庭しかないのです。そうでしょう。完成したアダム家庭として祈祷します! 報告するので、祈祷という言葉もなくしてしまわなければなりません。
 毎日、毎日、一つでも足して祈祷するようになっているのであって、できなければ祈祷できないのです。それでは、うそでも一つ足して祈祷しなければなりませんか。うそをつくことを一つでも少なくすれば、祈祷する条件になるのです。また、良いことも、きのうより一つ足さなければなりません。道端を歩いている途中で、言葉でも一つ足したという条件を残さなければ祈祷できない時が来ます。祈祷ではありません。報告です。報告をするのです。
 今では祝福の何家庭ですか。(中心家庭です!)。数多くの人類がいますが、その中心家庭です。先生の家庭を身代わりして、すべて相続してあげるのです。すべてしてあげるのです。そのようにしてこそ、神様を即位させてさしあげることができるのです。私の家があり、私の国があるので即位させてさしあげることができる資格が成立するのです。

 血筋が違います、血筋! サタンの血筋は、地獄と通じて楽園と通じるのです。抜け出すことができません。先生が言うことは、血筋が違います、血筋! 幹が違うのです。サタン世界は反対に行くのですが、先生がすることはまっすぐに行きます。その千倍、万倍あっても、まっすぐに流れる水を防げません。
 それゆえに、偽りの父母が神様を追い出して天国に楽園と地獄をつくっておいたのですが、真の父母は、地獄を撤廃していってこそ神様を王として侍ることができるのです。真の父母の後孫が王としてお迎えして立てなければなりませんか、立ててはなりませんか。蕩減復帰原則がそのようになっています。

   ◎即位式二十日前〈二〇〇〇・一二・二三〉
   ⑥原則どおりにしなさい、影があってはならない

 今、新年の一月十三日に即位式をしなければならないので、どれほど深刻ですか。私がどこかに出ていっても、精神が乱れればすぐに戻ってきます。遊びでするのではありません。柱を立てなければならないでしょう。定礎石を置き、柱を立てるのに一パーセントだけ違っても、高層に上がっていくほど風が吹けば倒れていくというのです。深刻です。
 きのうの夕方に、私が二〇〇〇年を越えていく標語として何と言ったのですか。父母の心情で僕の体をもちなさい! どのような父母の心情ですか。神様を中心とした真の父母の心情です。そういうことです。父母の心情で僕の体をもち、汗は地のために、そのようにしなければなりません。その次には、涙は人類のために、そして、血は天のためにです。
 それが個人時代、家庭時代……。そして、皮から肉から骨から骨髄まで、八段階の峠を行き来される神様であることを知らなければなりません。
 骨髄がすべて溶け出しても、神様の解怨成就が成せなければ、何度でも死の峠以上の苦痛を感じる涙を流す、そのような神様の前に解怨成就をする孝子がいなかったのです。
 先生が新年一月十三日にそれをする時、私がその方法を考えることはできません。計画を立てることができないのです。「このようにしなさい、あのようにしなさい」と言うことはできないというのです。「霊界に行って、大母様と相談して行いなさい」と言ったのです。精誠が不足ならば、私の精誠を付け加えてするのです。
 神様の願う基準に達し得ない時は、痛哭してでも埋め、罪人の中の罪人の姿をもって、刑場に何十回でも行くことができる心をもって、それを埋めたいという心だけです。その時間が恐ろしいのです。そのように考えるのです。

 これから、二〇〇〇年が過ぎます。三〇〇〇年に向かって新しく出発するのですが、今、神様を王位に上げなければなりません。即位式をしてさしあげなければなりません。誰がですか。真の父母です。皆さんが、私が、私たちの家庭が、私たち一族がするのです。先生も同じです。同じ位置に立っています。私が苦労して原理のみ言を復帰したのは、すべて人類のためであり、子孫のためです。神様も、私のために因縁をもたれたのではありません。万民のためです。通過装置です。そのような考えをもたなければなりません。
 それゆえに、木がいくら大きくても、春になれば青い葉がいっぱいに出てこなければなりませんか、出てきてはなりませんか。いっぱいに出てきて、花も咲かなければならないでしょう。実を結ばなければならないのであって、落ちてはいけないのです。柿の木のようなものを見れば、どれほどたくさん落ちたかということを見る時、その主人が精誠を尽くさず、肥料を与えず、栄養を与えなければ、たくさん落ちるのです。
 木も、死ぬ時まで主人の愛を受けて、管理を受けなければなりません。保護されなければなりません。
 教会祝福は、まだら模様の祝福です。国家祝福は、息子、娘を中心として、本物の自分の家庭から生まれて、国家時代の境界もなく、天地の境界もないように生きなければなりません。神様と共に、父母が愛することができる息子、娘の伝統と、血筋を連結させたという主人の位置を相続されなければなりません。八段階の主人の位置を、神様はもつことができなかったのですが、私たちがその主人の位置を相続されなければなりません。
 そのようにしてこそ、その血統が永遠不滅な天の血統として、万世の解放を備えることができる主体的血統になるというのです。八段階の愛とは何かを知らなかったでしょう。はっきり知りなさいというのです。サタンと共に、国境が国を中心として絡まっています。八段階の愛の主人を破綻させたので、国境を越えて再度祝福を受けることによって、その腹中から生まれた息子、娘は、このような八段階の神様の愛を受けることができる息子、娘として育つのです。
 その息子、娘を、私も神様の代身として育てて、愛の一体的位置に立ってこそ、天国の一族になることができるのです。

 今、祝福を受けた者たちがどれほどでたらめですか。どうですか。でたらめの反対は何ですか。本物なのか、偽物なのか分かりませんが、今からしっかりと決意しなければなりません。第四次アダム圏心情基台の還元だというのです。どれほど恐ろしい言葉ですか。そのような基準になっているので、地獄と楽園を撤廃することができるというのです。
 それゆえに、偽りの父母がそのような家庭を通して、神様の天上世界と地上世界のすべての国権を破綻させたので、真の父母によってそのような家庭を連合して即位式をするということが、清平で行われる一月十三日の神様即位式です。
 悲しいことがあれば、先生がすべて責任をもちます。先生と興進君が責任をもつというのです。先生と興進君が責任をもてば、身代わりした皆さんもそのことに責任をもたなければなりません。ですから、絶対信仰、絶対愛、絶対服従以外には、その峠を一つも越えていくことができません。今後、越えていくべきこの日から……。きょう帰ったら、公文を出さなければなりません。
 所有権というものは、自分がもって残すことができるものがありません。今まで、越えていく時は、天の所有権によって越えたのですが、条件的な基準で越えていかなければなりませんでした。今まで私の背後にいたサタンが汚させたその痕跡は、ナイロンのひも一本でもぶらさげて越えていってはいけません。そのようにして越えなければなりません。
 自分の歯にある金歯も抜いてしまわなければなりません。エデンで金歯をしていたのですか。どれほど深刻ですか。今まで神様が、どれほど深刻な立場で所有権の分配をしてこられたでしょうか。個人的、家庭的伝統ができていないので、石の峠を何千年も巡りました。そのような恨の窮地が自分の底で腐って崩れていくのに、それをカバーして覆い隠そうと考えるなというのです。

 皆さんは、神様のアダム家庭の代身ではないですか。千万の家庭があっても、兄弟の位置にいるので、長孫(注:初孫)を残しておいて同じ民族になるのです。深刻でしょう。そのような結実体として私が子女を愛したのかと、今先生が考えるのです。そのような愛を歴史的に一度でもしてみたことがありません。
 孫の時代でも、そうでなければならないというのです。皆さんは、孫の時代に直接祝福を受けた家庭として、アダム家庭の代身の息子、娘をそのような心情的基準で育て、神様を主人として、真の父母を主人にしなければなりません。神様と真の父母が主人になるところにおいて、三番目の主人が自分なのです。

 先生がますます恐ろしくならなければならないでしょうか、もっと好きにならなければならないでしょうか。天下を整備するために、もっと好きにならなければならないという論理が必要ですか、恐ろしくならなければならないという論理が必要ですか。全員、恐ろしさの中から抜け出さなければなりません。罪があれば、首を打つものは打ち、耳を切るものは切り、目を抜くものは抜いて定着しなければなりません。神様が影なく定着しなければなりません。
 「正午定着」と言うことを聞きましたか。そのようにしなければなりません。影があってはなりません。影が出てくれば、その部分を切り捨てなければなりません。切り捨てなければならないのです。それが恐ろしいのです。良いことですか。ですから、先生自身が深刻です。

 今、報告をするとしても、間違ったことを先に報告しなければなりません。百のこと、千のことを報告するとしても、悪いことを先に報告すべき時に、悪いことが一つ残るようになればひっくり返るのです。
 今、二〇〇一年からは良いことから先に報告しなければなりませんか、悪いことから先に報告しなければなりませんか。上手くやったことを報告しなければなりませんか、失敗してできないことを先に報告しなければなりませんか。答弁してみてください。どのようにしなければなりませんか。(悪いことから先に報告しなければなりません)。
 それは、なぜですか。どうしてですか。影になってはいけません。影があれば天に入っていけないというのです。影があることを先に発表すれば、良いものとして一つ、二つずつ許されて、そこに付加して賞金を与えることができる道があるので、影がなくなるというのです。良いものだけ見ていて、悪いものがあれば、そこに影があるので移動することができません。影があるものは、天国では移動することができません。そのような意味で、良いことよりも悪いことを報告する人が知恵深い人です。
 なぜ悪いことを先に報告しなければならないというのですか。影が生まれるというのです。影があってはなりません。皆さんが先生の前に恥ずかしくなれば、心が先生を見るのが恥ずかしくなるのです。そうでしょう。影をなくさなければなりません。そのまま越えていって報告してみたところで、その影はなくなりません。

 今ではもう、誰も入ることができません。原則を中心として考えなければなりません。死ぬのも、原則を中心としてこそ天に向かって横になって死ぬことができるのです。そうでなければ、逆にかぶせて埋めてしまわなければなりません。そのことを知らなければなりません。自分がしたとおり、その基準に合うように霊界は取り扱ってくれます。

 九〇度は明確でなければなりません。九〇度には七〇度というものはありません。線を引けば、水平を引かなければならず、垂直を引かなければなりません。ここで垂直も、水平になればぶつかりません。そして、円形が展開されるのです。垂直を中心として、円形が描かれるのです。平行線にならなければ破壊が展開します。自分勝手にすれば、破壊が展開するというのです。
 今年から、それを調べます。息子、娘が何人で、すべてどのようにしたのか……。じっと見てみると、していることが自分勝手です。先生が自分勝手にしなければなりませんか、原則どおりにしなければなりませんか。
 今後、この統一家で、最も頭の良い人々を神学校に送らなければなりません。それで、ブリッジポート大学に神学部をつくりました。そのような何かがあれば早く報告するのです。教会でも、自分勝手にした人々は、いくら長くても別の扱いをしなければなりません。
 これから苦労した人々には、家を買ってあげなければならず、基盤を築いてあげようと考えています。
 私が国連の土地をもっているので、それさえもてば、私のすることはありません。税金を捧げる伝統を立てなければならないということしかありません。世界的に税金が入れば、何をしますか。
 皆さん、古い人々を幸せに暮らすようにするのではありません。伝統を守る人々が、地のくぼみに埋められていれば、掘り出して碑石とともに銅像を立て、その息子、娘に良い待遇をしてあげなければならないと考える人です。

   ◎即位式十九日前〈二〇〇〇・一二・二五〉
   ⑦真の愛だけが神様を解放することができる

 きょうは何日ですか。(二十五日です)。今、何日残っていますか。二〇〇〇年が過ぎるのです。二〇〇一年は、三〇〇〇年の出発です。三数は、蘇生、長成、完成の完成数です。キリスト教を中心とする二千年が長成です。アブラハムを中心とする二千年と二千年で四千年です。それで、二千年の三段階に新しく越えていくのです。
 イエス様時代、四千年目にできなかったので、信仰の先祖アブラハムを中心としての四千年を越えて、六千年に合わせて越えていく時に向かって出発するようになったのです。四次アダム圏も、そのような意味で発表したのですが、四次アダムは、皆さんのようなでたらめな人々ではありません。先生より何十倍苦労しようとしても、先生の何十倍忠誠を尽くすとしても不足なのに、すべてずうずうしいというのです。
 旧約時代のように、目には目、それから新約時代のように、息子を祭物として祭事を行わなければなりません。犠牲にならなければならず、犠牲になるその過程を経てこそ愛が連結するのです。それゆえに、息子を殺して父母の愛圏を取り戻そうとするのです。
 殻を脱いでしまい、服を着替えなければなりません。服を着替えるということは、今までの堕落した世界の皮を自分の手で脱ぐことです。それは、肉までもサタンの血を受けたので、三分の一を自分の手で脱がすのです。肉までもサタンの血を受けたので、三分の一を自分の手で落としてしまって、新しい肉が出てくるようにしなければなりません。再び肉が出てくる痛みに耐えて……。全員、それでも復帰されるかされないかという者たちです。
 真の父母を知ることで救われるのではありません。真の父母と一つにならなければなりません。一つになろうとするなら、血筋が同じでなければならず、骨の構成から肉の構成から皮、生まれたすべてのものが、歴史的父母の血筋を中心として、連結することができる実体に間違いない、いくら分析してみても間違いないと言うことができなければなりません。
 そうではないですか。血統は、一度O型になればO型なのであって、変わりません。その息子が、「息子ではない」と言っても、その血を分析すれば、父母が誰なのかすべて出てくるのと同じように、父母に似るようになっているのであって、似ないようにはなっていません。
 これから五日間、虎の皮に着替えて、猫だったことを悔い改める心をもって過ごしなさいというのです。千年、万年、どうしてもこの恨を解く道がなかったのですが、虎の皮に着替えてこそ、虎の穴に行くのです。
 それゆえに、今まで先生の近くにいた人々を、今回すべて送り出したのです。すべて追い出すのです。周辺にいたすべての人々、お母様を身代わりできる人々を立てておいて、すべて追い出しました。追い出したのではありません。自分の家を訪ねていきなさいとしたのです。先生が行く道の前に何かがあってはなりません。清潔で神聖な道を行かなければならないというのです。影を現すなというのです。
 それで、精誠を尽くしてそのように行かなければなりません。前で死んで、耐えられないあらゆることが起きても、当然行くべき道を行かなければなりません。自分が結婚する道を行く途中で、昔通った酒場に立ち寄って酒を飲んでよいのですか。賭博場に入っていって賭博をしてもよいのですか。ありとあらゆることがすべてあっても、それを見ても見なかったようにして越えていってこそ、宴のお膳を前にするのが恥ずかしくないというのです。同じことです。
 先生も同じです。今、終わりの時が来るのですが、「もしや一歩でも自分のために生きたという条件があるのではないか」と思って心配しているのです。それゆえに、今回、負債を清算しなければならないこと、皆さんが土地を売って、体を売って埋めることができなかったので、それに私が責任をもたなければならないこと、きのう、おとといからそのようなことをすべて私が考えていたのです。

 では、純金信仰ですか、銅信仰ですか、真鍮信仰ですか。変わらないからといって、すべて同じではありません。質が問題です。外形的な面において、偽物たちは質が違います。出発が違うというのです。出発が違えばすべて偽物です。いくら外的に美しくしても、それは比較の相対圏に立つこともできない存在です。そのようなものは、かえってないほうがいいのです。なかったとすれば、主人が鑑定する苦労をしなくてもよく、気分も悪くないというのです。先生を騙して食い物にしようと、偽物を置いておいてあらゆることをすべてしたのです。許してあげて越えていったからといって、「ああ、よかった」と言うことではありません。霊界に行けばすべて現れます。逆さまにひっくり返るのです。がたっとひっくり返るというのです。

 真の愛とは何ですか。「ため」に生きて投入して忘れてしまうのです。それゆえに、怨讐まで愛さなければなりません。どれほどあぜんとしますか。万宇宙全体がサタン圏内に入っていって怨讐になりました。創造する時は、愛の理想をもって愛の元素としてつくられたにもかかわらず、堕落することによって、反対に怨恨の元素になったというのです。
 そのような怨恨の元素を消化するための再創造過程の中心位置に立っている神様が、どれほど悲痛で、どれほど呆然とする受難の中にいらっしゃるのかということを、皆さんは知らなければなりません。その方の協助を受けて皆さんが救援摂理に立ったという事実が、神様が怨恨の絶頂に立っているということです。
 気がついてみると、その方の救援摂理を受けて、その方を解放してあげなければならなかったというのです。何をもってですか。知識をもってですか。権力をもってですか。お金をもってですか。より大きい愛、より「ため」に生きるという愛だけが、それを可能にするのです。それが理論的です。より「ため」に生きる絶対愛をもって現れなければなりません。
 それゆえに、神様を父と考えれば痛哭するのです。愛する夫を失ってしまえば、夫人も痛哭するでしょう。子女がそうなれば父母が痛哭して、父母がそうなれば子女が痛哭するのです。自分が痛哭の絶頂に立って涙を流しながらも、涙を流すことを忘れて死ぬ境地にまで行かなければなりません。
 死ぬほどの力を尽くして涙を流し、涙を流すことを忘れてしまって死んでいくことができる、そのような場にまで行ってこそ、神様を立てて振り向かせてさしあげ、神様が求めようとされる孝子や忠臣の道理が出発できると思うのです。それは理論的です。妄想ではありません。
 
 神様の恨はどのようなものですか。絶対、唯一、不変、永遠であられる神様が、絶対権限をもてないものは何ですか。他のものは、すべてもつことができますが、真の愛はもつことができません。息子を失ってしまったその父母の前に、何が慰労になりますか。
 お金、子女、国で慰労されますか。それ以上の子女の価値を求めていくことができる道があり、死んだという息子が生きていたという時は、どのようにしますか。飛んでいきたいでしょうか、走っていきたいでしょうか。飛んでいきたいというのです。それ以上に早く、それ以上に高いものはないというのです。
 それゆえに、堕落した人間たちも、愛して息を吹き返してこそ神様も息を吹き返すのです。そのような因縁の中に結ばれて、今苦しんでいるのですが、誰がこれを解いてあげますか。これは、真の愛でなければできません。怨讐を愛する心でなければできないのです。理論的な体系を出発させることができません。

 私が本当に愛した人を、昔一度怨讐に奪われたというのです。自分が王の立場で皇后に決めてあげたにもかかわらず、国が滅んで皇后となるその人が敵の国に行って皇后になったという時、その皇后が幸福になることができ、その皇后を失ってしまった人が幸福になることができますか。その世界に、いくら花が満開で、香りがいっぱいに満ちていても、それに何の意味があり、その喜びの環境に何の意味があるのかというのです。すべて怨恨の条件です。この花が私を打ち、拘束し、刺すというのです。そうではないですか。それは、抽象的ではありません。事実だというのです。
 それゆえに、神様が怨讐を愛するその道以外には、そこから抜け出す道がないのです。怨讐を愛して、神様が自分たちを愛する時まで、訪ねてきたその逆説的な路程を消化させてそれを越えることができる怨讐への愛が出発してこそ、神様の息子、娘を取り戻すことができる道が生じるのです。
 怨讐が生じて悲痛な思いをした以上に自分の罪を悔いながら痛哭して、千回、万回死んでも感謝することができるその場に立ってそれを返還しなければ、本然の愛の基準を探すことができず、恨が結ばれた歴史の傷を消すことができないのです。そのようなことを考えてみましたか。

 神様も真の愛に狂った方です。首が絞められているというのです。すべての万有の存在が、創造されたすべてがそれを解いてあげなければなりません。怨讐を愛するための心、それ一つだけで救援摂理を行ってこられたのです。それを離せば歴史の輪が切れるので、節が生まれます。継続的にそのような心をもってこなければならない神様がどれほど呆然としますか。
 自分が愛した妻や夫や子女が死んで何年痛哭したとしても、神様の心情に至ることはできないのです。堕落した世界の情をもっては、そこに至る道理がありません。堕落の血筋を受けた天使長級以上の位置に上がっていくことはできません。
 神様が即位式をしようとするなら、そのような心情をもって万物から編成していかなければなりません。天使世界、サタン世界、怨讐世界から、万物世界から編成して、このような過程を経てこられた恨の神様を解放しなければなりません。偽りの父母が誤ったことを、真の父母は、そのような心をもって解放しなければなりません。
 最近、先生の心には、そのような考えしかありません。お母様と済州島に風に当たりに行くという、そのような考えをする余地がないというのです。本当にそのようなことがあるのかないのかというのです。考えではありません。私の行動で、そのようなことを我知らずすることができる位置を復帰しなければなりません。
 
 それで、小さな虫のような動物から全体の万物世界、その次には天使世界、アダム世界をつくられたのですが、これがすべて崩れました。つくられた何百倍、あるいは何千年を待ったとするなら、その待ったことを圧縮させて、「一瞬でそのようにした」ということのできる愛の中心にならなければなりません。そのような心情をもたなくては、神様を解放するという考えをもつことはできないのです。
 神様が王権を失ってしまったのですが、その即位式を……。先生がいくら一生の間苦労しても、それは問題にもなりません。その場をどのような姿で経ていくのかということが大きな宿題です。
 神様が怨讐の中の怨讐を愛によって救援してあげた以上、サタンを愛する神様のそれよりもっと深い位置にまで行って、神様を慰労することができる息子はどのような息子なのかということが問題です。
 孝子はどのような孝子、神様の体を身代わりして伝授してあげるその実体はどのような実体なのかというのです。その境地を越えていかなければなりません。その境地を越えていってこそ、神様王権即位式をすることができるのです。ですから、どれほど深刻ですか。それが何の話か理解できますか。

   ◎即位式十六日前〈二〇〇〇・一二・二九〉
   ⑧楽園と地獄撤廃、本然の時代に

 きょうは何日ですか。(二十九日です)。神様即位式の日まで何日残っていますか。きょうまで入れて十六日残っています。それが事実ならば、どれほど深刻か考えてみなさいというのです。
 それは理論に合うのです。偽りの父母が偽りの血統によって神様の天宙をひっくり返して打ち込んだので、真の父母が再び戻して地獄も埋めて、すべて埋めたでしょう。聖人と殺人魔を結婚させてしまいました。
 今、私たち統一教会と私たちに反対した宗教圏とを祝福しました。先生の息子、娘と祝福を受けた聖子たちは、すべて結んだでしょう。このようにして解放圏、統一圏を許諾したのです。霊界では、今混乱が起きています。すべて祝福してあげたのです。知らなくても祝福を受けました。

 偽りの父母がすべてのものをひっくり返して打ち込んだので、真の父母が来て正しく立てなければなりません。偽りの父母が天国の王権、天国の玉座までひっくり返して打ち込んだのではないですか。今まで、神様も囹圄(牢屋に捕らわれ)の身になっています。軟禁状態になっているというのです。思いどおりにはできません。そのような軟禁状態にあるのですが、鍵がどこにあるのかを知って、それで開ければすべて開くはずですが、それを開くことができるように暗号を教えてあげるのが宗教圏です。
 それで、宗教圏を高めて高めて、メシヤ圏を中心として再臨時代に来たので、真の父母を中心として真の愛、「ため」に生きる愛を中心として、絶対的に一つにならなければならないと結論を下しておいたのです。
 それは、話だけではありません。それが事実なので、レバレンド・ムーンは、すべてそのようにしたのです。ですから、すべて宣布したでしょう。宣布すればサタンが入れません。門さえ開けておけばよいのです。ぴたっとそのようになっています。

 今年の末までに、霊界の宗教圏をすべて祝福してあげるようになっています。そのような基盤があるので、地獄を解放することができるのです。また、楽園を解放できるのです。
 楽園と地獄をどのように解放するのでしょうか。それは、何の理致で解放するのですか。宗教圏を解放して地獄までも門をあけるのです。
 真の父母には地獄の門がありません。真の父母には楽園がありません。真の父母は、天国にだけ行くことができるのです。反対した基準が限界線圏内、サタンの権限にある時は反対できますが、その圏を乗り越えるようになればサタンが行動できないのです。
 それが国連です。国連は、世界国家の最上級です。それで、超宗教、超国家、超国連主義を主張するのです。それは何かというと、「真の父母主義」と「神主義」です。真の父母がサタンの宗教圏下にいなければなりませんか。真の父母が国家圏下にいなければなりませんか。真の父母が国連圏下にいなければなりませんか。それゆえに、超宗教、超国連だというのです。

 真の父母と「神主義」を一つにした主義とは何かといえば、絶対「ため」に生きる「愛主義」です。それで、すべて終わるのです。絶対「ため」に生きる父母主義、「真の父母主義」です。そして、世界は、すべてその懐に溶け出すのです。すべて消化されるのです。
 悪なる人も許されて、悪だったことの何百倍感謝すればよいのです。分かりますか。何百倍感謝して、何百倍忠誠を尽くそうとすれば、すぐに越えていくというのです。行くペースが変わります。自分がいた水平基準の何百倍になれば、ペースが変わるのでしょう。角度が分かれるためにサタンがここから分かれていくのです。手を出せないと考えるのです。理論的に手を出せないと思うので、そのようなことを断行するのです。
 楽園と地獄を撤廃して解放時代が来たので、神様が恨を解いて、今から王の振る舞いをすることができる本然の時代になるのです。そのようになれば、先生の責任、救援摂理は終わるのです。救援摂理はありません。
 救援摂理は終わり、第四次アダム圏、本然の世界に入っていくのです。そのような第四次アダム国家、心情圏本然の世界に入ろうとすれば、神様が王権即位されて統治することができる時代にならなければなりません。
 それで、万民がすべて祝福圏内に入っていくのです。その圏内に入っていき、先生の思想を中心として教育し、万国の王から閣僚、上院下院が、すべて先生の思想を中心として、「世界と国はこうでなければならない!」という計画さえすればよいのです。その計画が新千年を迎えて十年間、七年以内に、三年以内にできなければ四年、それでもできなければ十年、遅くても十二年まで延長されると見ているのです。

 世界のトップクラスを押さえて教育しなければなりません。教育しましたか、していませんか。十二月末までにすべてしなさいと言ったのですが、それはしなければできません。三分の一、二分の一では百二十カ国になりません。半分を越えなければなりません。そのようにしてこそ、意のままにしても引きずられていくのです。半分が越えていけば、越えていけるでしょう。半分を越えなければなりません。同じです。
 それをすべて終えたので、神様王権即位式をするのです。即位式をするということをいつ宣布しましたか。(十二月一日にされました)。

 神様御自身も即位することを願うのであり、真の父母も願うのであり、サタンも願うのです。すべて願うのです。万民も願うのです。焦点がすべて合います。これさえしておけばひっくり返るのです。それがすべて理論に合うというのです。合いますか、合いませんか。誰かが尋ねてくれば、どのように答弁しますか。きょうみ言を聞いたので、答弁が明確でしょう。これが分からなければ、みな死ぬようになっています。
 ですから、そのようなことができる方案を立てて何をしようというのですか。「神様の背中に乗って、神様が願う最高速力、最高の力、あなたがそのような内容を提示するのですか」、「します!」。「それは何ですか」、「万民解放祝福です」と言うのです。
 そのようにしてきたので、仏教圏、儒教圏、イスラム教圏等、宗教圏を祝福してあげなければならないでしょうか、してあげてはいけないでしょうか。解放しなければなりませんか、してはいけませんか。天使世界、地獄までも解放しなければなりませんか、してはいけないでしょうか。解放してあげなければなりません。

 神様が怨讐を愛する心をもっていなければ復帰されません。堕落した人間から堕落した天使世界まで復帰されないというのです。それで、先生は、聖人と殺人魔を同じ位置で祝福してあげたのです。その恵沢圏内にすべての万物が入っていくことによって、蕩減条件、救援摂理が終わる時代が来るのです。悪なる世界の父母によって成されたすべての血統的関係によって、人類が埋められており、サタンまで埋められているので、その血統から抜け出した人類が現れる時には、怨讐の中の怨讐であるサタンまでも救ってあげなければなりません。

   ◎即位式十五日前〈二〇〇〇・一二・三〇〉
   ⑨真の血筋が連結することができる愛を行わなければならない

 息子とは血筋が連結します。父子の関係だというのです。血筋が連結しなければ、父子の関係はありません。真の血筋は、真の父と母が受け継がなければなりません。真の父と母でなければ、真の愛が関係をもつことができないのです。ですから、神様は、真の愛の主人なので、真の父母であるアダムとエバを愛そうとされたのです。そうでしょう。
 神様の愛を中心として、実体の体である父母を通して神様が愛することができる血代が展開するのです。血代です。血統が連結するというのです。血統の中には、神様の愛があり、父と母の生命が連結するのです。
 神様の愛と父母の生命が連結して血統を連結させなければなりません。血統をぎゅっと握らなければなりません。神様の血筋が父母の血筋と一つになって連結するというのです。血統が何よりも貴いということを知らなければなりません。

 祝福を受けたのは、何千万年の歴史の悲しみを切ってしまい、主流的な血統を連結させて受け継いだということなので、そこには、神様の苦痛と人類の苦痛がすべて入っています。このようにしてひっくり返しておいたのです。堕落したのちにそれを受け継いだのですが、ひっくり返しておいたので、地獄の門、楽園の門を通過して天国に直行することができるというのです。絶対信仰、絶対愛、絶対服従すれば無事通過です。
 それで、真の父母が来て、真の父母の愛をもってする時に、その愛に一致できないものは審判を受けるのです。それは、必ず地獄に落ちていき、一致する時には空に昇るのです。真の父母に乗って天に飛翔するということが、本来、創造された人間たちが相続することができる道であり、また神様は、天上世界に彼らを入国させて愛することができる道だというのです。そこで同参、同居、同楽が展開するので、相続権が生じるのです。公式になっています。
 今、皆さんが入籍して、父母が入籍するのですが、入籍とは何ですか。鉄ぐしに通して手も出させずに燃やし、雑巾の切れ端のように燃やしてしまうことができる者たちです。それでも統一教会で苦労して祝福を受け、天地がなくなっても天の血統的条件が残る何かがあるので責任をもつのです。霊界は興進君が責任をもち、地上は私が責任をもち、これまでも霊界に行って残してあげるのです。これを皆さんにしてあげることによって、私が霊界に行って整備しなければなりません。このような責任を負っているにもかかわらず、そのことを分からずに、生きながらまたそこに罪を付けるのですか。
 抜くときには、逆にさして抜いてしまいます。芽から枝を経て中心の根が中間で断ち切られるように抜いて整理しなければならない、このような決意をしているという事実を知らなければなりません。先生は恐ろしい人です。
 この韓国の地にある高い山で、行かなかった所がないのです。ハンティングをしながら猪を捕まえ、鹿を捕まえれば、パイプを心臓に刺して心臓の血を吸い込む訓練までしました。
 私には怨讐はありません。神様が「怨讐だ」と言われ、誰かが「怨讐だ」と指名して復讐するならば、それ以上にするというのです。そのような訓練まですべてした人です。はっきり気を引き締めなさいというのです。

 最も恐ろしい罪が血筋を汚す罪です。浮気をするのは、血筋を保護することですか、汚すことですか。そのような人々は、今後、男性の生殖器をやっとこで抜き取り、女性はセメントで埋めてしまわなければなりません。天は、そのような息子、娘の血族を残さないという決意、決心をしているということを知らなければなりません。先生も、それに対処する方案をすべてもっていますが、話をしません。一日ではできません。
 愛は一代であり、生命も一代ですが、血筋は永遠です。メンデルの遺伝法則を知っているでしょう? 黒人と白人が結婚すれば、必ずある一時に黒人が生まれてくるのです。そのことは知っていますか。その話は何かというと、先祖たちの生命の血筋は死んでいないということであり、細胞が死んでいないので出てくるのです。
 皆さんは数千代の先祖の結実として生まれ、皆さんには数千代の先祖のすべての血筋が連結されており、細胞が連結されています。先祖たちは死んでいないのです。堕落していなければ、「一箇所に集まるな」と言っても、血筋に従って集まるようになっているのです。

 先生の性格で、どこに容赦がありますか。かわいそうな神様を知っているのでそうなのです。これから、きれいに整理してしまうのです。ろくでなしまで整理します。今、私が郭錠煥から問答しなければなりません。
 この前、私に報告した内容がそうです。自分でそのような時が来ていることを知っているようですね。私が尋ねてもいなかったのですが、自分で「これこれこのように生きました」と言うのです。先祖をすべて呼んで、統一教会員一人をおいて良いか悪いかと尋ねて、「良い」という時には、先祖も国家基準を越えます。門が開かれるのですが、子孫が引っ掛かる時には、国家基準を越えたとしても、自分の子孫がそうなので、そこに行って待たなければなりません。子孫を越えることはできません。天地開闢です。
 千代、万代、アダムとエバがいても、再臨主は最後です。再臨主は、堕落した世界から回れ右してくるので最後です。上がっていくには、これをすべて蕩減しなければなりません。
 それで、すべての人々に祝福で橋を架けて上がっていくようにするのです。それで、真の父母の聖婚式とは恐ろしいのです。ここから上がっていくことができるのです。
 今から過ちを犯せば、許しがありません。蕩減復帰救援時代は容赦がありましたが、今からは、怨讐を愛しなさいという言葉が成立しません。今ではもうすべて終わったのです。「怨讐を愛しなさい」と言ったのですが、これからは、法を通じてするのです。
 怨讐を愛することができるならば、なぜ神様がアダムとエバを容赦できなかったのでしょうか。矛盾した結論ではないかというのです。愛することができません。血筋が違います。
 しかし、今からは、神様が自主権をもたれて、アダムとエバが堕落した時に即決処分したことと同じように、神様の解放圏が展開すれば、天上世界と地上世界の法に引っ掛かると即決処分するのです。今からそのような時が来るというのです。
 アダムとエバを地獄に送ったのと同じように、皆さんの霊人体が呼ばれていきます。天使たちと善の先祖が、地獄を拡張する危険性をもつようになれば連れていくというのです。連れていって霊界で統治するのです。天使世界やサタンまでも「こいつ!」と責め立てるのです。サタンまでも足でけ飛ばして訓示することができる時が来ました。
 ですから、世の中に暗い影がなくなりますか、なくなりませんか。なくなります。自然になくなるのです。そこに引っ掛かるなというのです。

 この原理を知らなければなりません。心と体が一つになって国を愛するそのような時代ではなく、天地を愛することができる心の基準を中心として、そこに差があることをどのように一体化させることができるのか、そしてそれを自らの環境から世界までどのように連結させるのかということが、成約時代の聖徒が行くべき道です。

   ◎即位式十四日前〈二〇〇〇・一二・三一〉
   ⑩正午定着をしなさい、影があってはならない

 今、新年(二〇〇一年)の一月十三日に即位式をしなければならないので、どれほど深刻ですか。私がどこかに出ていっても、精神が乱れればすぐに戻ってきます。遊びでするのではありません。柱を立てなければならないでしょう。定礎石を置き、柱を立てるのに一パーセントだけ違っても、高層に上がっていくほど風が吹けば倒れていくというのです。深刻です。

 きのうの夕方に、私が二〇〇〇年を越えていく標語として何と言ったのですか。父母の心情で僕の体をもちなさい! どのような父母の心情ですか。神様を中心とした真の父母の心情です。そういうことです。父母の心情で僕の体をもち、汗は地のために、そのようにしなければなりません。その次には、涙は人類のために、そして、血は天のためにです。
 それが個人時代、家庭時代……。そして、皮から肉から骨から骨髄まで、八段階の峠を行き来される神様であることを知らなければなりません。骨髄がすべて溶け出しても、神様の解怨成就がなせなければ、何度でも死の峠以上の苦痛を感じる涙を流す、そのような神様の前に解怨成就をする孝子がいなかったのです。
 先生が新年一月十三日にそれをする時、私がその方法を考えることはできません。計画を立てることができないのです。「このようにしなさい、あのようにしなさい」と言うことはできないというのです。「霊界に行って、大母様と相談して行いなさい」と言ったのです。精誠が不足ならば、私の精誠を付け加えてするのです。
 神様の願う基準に達し得ない時は、痛哭してでも埋め、罪人の中の罪人の姿をもって、刑場に何十回でも行くことができる心をもってそれを埋めたいという心です。その時間が恐ろしいのです。そのように考えるのです。
 「正午定着」と言うことを聞きましたか。そのようにしなければなりません。影があってはなりません。影が出てくれば、その部分を切り捨てなければなりません。切り捨てなければならないのです。それが恐ろしいのです。良いことですか。
 ですから、先生自身が深刻です。そのような父母の前に、そのような統一教会の伝統の前に、どれほど恥ずかしいかを悟り、知らなければならないというのです。そのことを、二〇〇〇年を越えていきながら訓示として立てると話したのです。言葉だけだったのであって、どこかにそのように暮らしてみた人がいますか。

   ◎即位式九日前〈二〇〇一・一・四〉
   ⑪国家基準を越える聖酒式をすべて挙行しなさい

 きょうは何日ですか。四日でしょう。四日なので、今から九日が残っています。私が神様の即位式をしてあげなければなりません。人間がそのようなことを考えること自体が、どれほど不敬なことですか。どれほど罪を犯しましたか。その場が恐ろしいのです。良いものではありません。その式が恐ろしいのです。全天宙が見つめるのに、地上の責任者としてその場に、四方に影を残しておいては、そのことをすることはできないのではないかというのです。監獄に入っているほうがかえって楽でしょう。
 この四十日期間は、本当に深刻なのです。過去を反省しなければならず、過去に教えた内容の中に過ったことがあれば、それをすべて埋めなければなりません。私が埋めてあげなくても神様が埋めてくださらなければなりません。
 そうでなくては、その場に行けないのです。先生は、そのように考えるのですが、皆さんはどうですか。今まで生きてきた習慣そのままでその場に参加しようとする人がどれほど多いでしょうか。自分たちによって天地に影が生じるのです。
 先生が祝福してあげたすべてが統一の一族です。真の父母の一族ですが、堕落行動をしても、誤って報告して二度、三度と繰り返して、あらゆることをすべてしているというのです。本来、これは、再び整備しなければなりません。今から世界祝福をしてあげる時は、全員自叙伝を書くのです。祝福家庭が書くのです。間違えば、先祖が何代になったとしても、さっと抜いてしまわなければなりません。家庭で抜かなければなりません。家庭地獄が生まれると言ったでしょう。天国にいることができますか。抜いてしまわなければなりません。
 それゆえに、楽園と地獄がなくなったことと同じように、天国で楽園、地獄の境界線がなくなって通じることができる時です。それは、別棟として制裁を受けるのです。制裁を受ける時、その環境で生きることはできません。父母の親戚のように生きることができず、他の所に行って隔離され、自分が行動した代価によって服役しなければならないというのです。復帰が服役ではないですか。

 皆さんは、今回、帰るや否や、再び聖酒式を挙行しなければなりません。これは、国家基準を越えるという自信をもって挙行しなければなりません。聖酒式を挙行した人々は、イエス様が願った国家基準、民族編成以上の位置に越えていくことができる時になり、国連まで連結させて国連にひもを結び、はしごをおいて上がっていくことができる時になったので、国の基準を放棄して今から国連活動に命を懸けていかなければならない時になったというのです。
 今、世界の国連の峠を越えていって天下が一つになる時、その時に聖酒を飲むようになれば、完全に皆さんは旧約時代、新約時代、成約時代、結婚理想を成すことができなかった三時代を完成するのです。旧約時代は万物が血を流すようにして、新約時代は息子が血を流すようにして、成約時代は父母まで追放したのです。このすべてのものを再び取り戻してきて、現時点で、一代で完成するのです。
 現時点と一代で、真の御父母様がこのすべてのものを連結させて勝利の覇権を握り、一月十三日になれば、東西南北、四方に障害となるものがない位置で、偽りの父母が神様の王権までひっくり返したことを真の父母がすべて正し、祝福家庭から天国に直行することができるすべての解放圏を成しておくことができる立場にいるので、躊躇しないで神様王権即位式を挙行することができるというのです。

 今回、すべての祝福家庭が、再び聖酒を飲むということは、神様を解放することに同参することができるということであり、国を建てる式が出発するということです。
 今までしてきた清平入籍式は、国がない状態でしたのです。国連基準を中心として、峠を越えていくことができる条件であって、男性と女性が共に暮らすことができる立場になっていないのです。まだ、天使長の位置の体が、根が途絶えていません。それをしたのちに、国境を越えて国連に勝利的基盤を築いて行われるのです。今年にかかっています。今年にかかっているのですが、それを決定するにおいて、国連に私たちが思いのままに動くことができる基盤を築かなければならないというのです。

 それゆえに、環太平洋圏時代を中心として、国連の地をつくろうとするのです。韓国の地より大きくつくるのです。分かりますか。そのような価値で、先生が生きた地に国連が国をつくるのです。国の基地をつくるのです。
 世界基準で統一天下するようになる時は、国連ならば国連を中心として、真の父母が永遠に事務総長のような立場に立たなければなりません。事務総長を誰がしますか。全体を管理することができる指導方法を誰も知らないではないかというのです。ですから、真の父母が永遠に定着する、それが一つの国家圏に拡大されるのです。これからこのような時になるので、それに対する背後の準備をするために、どれほどひっくり返るか分かりません。どれほど複雑か分かりません。
 世界がいくら広くても、一つの国だという時は、そこに王が設定されて発表すれば、その王が生まれた所がその国の中心になるのです。そこの人々が中心になるのではありません。それで、永遠の国が設定されれば、永遠の国の開門をすることができるようにした人が功臣になるのです。同じことです。
 それゆえに、国家観念があるとか、自らの学問的観念があれば、これから支障が多いというのです。共産党の、以北を見れば労働者と農民が英雄です。今、心情圏で最高に「ため」に生きる人が英雄です。あの国に行けば、子女も、お金も、権力でも何でも、それは何の光にもなりません。「ため」に生きた人だけが光を放つのです。
 太平洋は女性の子宮と同じです。水の中で浮いているでしょう。太平洋というものは、最も深い海を中心にしてアジア大陸とアフリカが連結しているのです。これは一つの地です。また南・北米もパナマ運河で分かれているのですが、一つの地です。これは双子です。
 それで、キリスト教文化圏の南北を一つして、アジアに接ぎ木しておいたというのです。接ぎ木して、真の父母の国、そして、母の国を接ぎ木しておきました。アメリカが長子です。キリスト教文化圏です。キリスト教文化圏を消化しなければなりません。なぜキリスト教文化圏を先に考えるのでしょうか。キリスト教は、神様を父として侍るというのです。神様を父として侍るのです。また、その次には、神様を父として侍ろうとするので、その息子であるイエス様はひとり子です。天のお父様の前に初愛を受けて生まれたひとり子だというのです。
 そのひとり子が「私は新郎である」と言いました。エバを失ってしまったでしょう。ですから、新婦を取り戻さなければなりません。新婦を求めて、イエス様と聖霊が父母の位置でキリスト教を取り戻すのと同じように、父母様が現れて、霊肉を一つにした実体子女を立てなければなりません。それが祝福であり、皆さんに新しい思想を注入するのです。これが、学校よりも恐ろしい位置だということを知らなければなりません。

 皆さんは、今回入籍祝福を受けたのですが、入籍祝福とは何ですか。国の上で行われるのです。国はありませんが、先生が国連を中心としてWANGO(世界NGO連合)の組織まで連結し、世界六十億人類に方向を提示して、すべて教えてあげるので、民族が統一教会の何十倍、何百倍になります。それゆえに、皆さんが行くことができる道を中心として、ふさがった国家基準を立てたのです。
 ところが、土地が問題です。それで、南・北韓以上の土地を私が買ったのです。七千万民族を食べさせることができる土地です。日本までも食べさせることができる土地です。

 ですから、昨年、それを国連に加入させると宣布したのです。そのようなことが条件です。事実そのようにするのです。今考えていることは、百二十万ヘクタールではありません。二百万ヘクタール以上をもてば、日本人までも食べさせて生かすことができます。
 南米は、一年に一度農作業をするのではありません。四毛作が可能です。一つの所に植えれば、他の所では刈り入れをします。三毛作、二毛作は問題ありません。ですから、世の中で、土地を中心とした富者は先生です。分かりますか。
 それで、ウルグアイ、ブラジル、パラグアイ政府が大騒ぎするのです。国をつくろうとしてそのようにしているというのです。韓国の国をつくるのではありません。太平洋を中心として国連の国をつくるのです。

   ◎即位式四日前〈二〇〇一・一・九〉
   ⑫今からは、み旨にふさわしくなければそのままにしておかない

 四日後に何をするというのですか。神様王権即位式です! 神様です、神様。堕落した人類の先祖が王権をひっくり返して打ち込んだので、真の父母が来て復帰しなければなりません。このようになれば、神様の全体、全般、全能、全権の時代、神様が願うままに整備するのです。それは、真の父母の願うとおりにします。真の父母が責任をもつというのです。神様が思いのままにすることはできません。
 皆さんは、原理を通して、左側なのか右側なのか、はっきり知っているというのです。自分の心が知っているので、心がしなさいというとおりにすれば、悪なる世界の分子たちは必ず現れてくるのです。順応していたその道にも背を向けることができる時が来たので、すべて見いだされたそのような位置に神様が立たれることによって、神様御自身が本然の位置に行かれるのです。それを偽りの父母がつくっておいたので、真の父母がその場をつくらなければなりません。これは、神様も思いどおりにはできないのです。

 先生が革命します。楽園と霊界を解放して、天使長世界と地獄とを分けているものと国境を撤廃するのです。偽りの愛によるものに対して、真の愛を中心として線を引けば、真の愛は、真の愛と真の生命と真の血統を通して連結するので、引かれた線によってサタン世界では血筋が変わるというのです。そこには関係できないために、完全に隔離されるのです。これが昼ならば、あちらは夜なので、極の位置にとどまるがゆえにサタン世界を分離することができるのです。
 ですから、皆さんが、今後み旨にふさわしくなければ、そのままほっておかないというのです。霊界で自分の先祖が祝福を受けたので、その先祖を通して地上で祝福を受けた家庭や祝福を受けていない家庭を処理するのです。サタンを屈服させてその圏内に入っていったので、いずれ天の権限を中心として、処理することができる時が来るので、立てた法に従ってすべてのものを処断するのです。

 今まで世の中で、自分勝手に生きてきたすべてのものが崩れていきます。宗教でも、国家でも何でも、すべて崩れていきます。ですから、超宗教時代、超国家時代、超国連時代です。宗教も行く道を知らず、国も行く道を知らず、それから国連も行く道を知らないのです。人間同士で関係をもっていて、堕落した天使長の子孫になっているこの人たちは、神様の位置に上がっていくことができないのです。
 今まで、蘇生・長成期で国家圏以下の世界は主管することができましたが、国家圏以上の世界は蘇生・長成・完成期なので、堕落したサタンとは関係を結ぶことができないのです。再臨主という方は、世界のために生きてきたので、国家圏内の支配を受けるようにはなっていません。今日の宗教圏は、祝福というものをすることができなかったというのです。結婚することができなかったのですが、これは、世界時代において、堕落していない本然の位置に上がり、アダムとエバが長成期で堕落した以上の位置にまで上がっていったので、それをひっくり返して正しく引っ張っていくのが祝福です。

 祝福を受ければ、天国に行くことができる道がすべて開かれます。祝福を受けた家庭でも、堕落行動した人がいるのですが、祝福を受けた家庭の中に楽園が生じます。祝福を受けた家庭の楽園、祝福を受けた家庭の地獄が生じるというのです。それは、神様の主管圏内にあるので、善の天使が助けたのと同じように、すべての霊界が祝福を受けるようになっているために、祝福を受けた霊人たちが先祖の立場にいれば、先祖の立場でこの地を助けるのです。今後、先祖の子孫が地に出てくれば、地で祝福を受けるようにして、その直系子女を保護するようになっているのです。そのようにして、サタンと関係のない新しい世界へ越えていくというのです。
 春が来れば、いくら硬く固まった雪でも溶け、氷も溶けるでしょう。春から溶け始めて夏にさえなれば、氷や水というものは、その元の姿を顧みることができなくなります。そのような時代が来るというのです。堕落がなかった本然の世界へ、戻るまいとしても戻らざるを得ません。これを越えたならば、必ず神様が動かれる方向が分かるのです。人の心に光があれば、光があるところに向かって私たちの視覚が合わせて従っていくことと同じように、従っていくというのです。天は、私たちの心の世界の光と同じです。自然に天がいらっしゃるところを、光と同じように感じることによって、そこにすべて入っていきます。
 そこに入っていけば、暗闇を越えて光の世界になるので隠せないのです。サタンのすべての行動や、悪なることに従っていくことはできません。夜に虫たちが小さな電燈を見て集まるのと同じように、私たちの本性の心は、その光に従って集まるのです。明るい光、もっと明るい光に従っていくようになっているので、神様の前に行くようになるというのです。

 一つの国境を越える時代、そこにいて主人が主人の立場に立って行われるのです。神様の王座と国権をひっくり返して打ち込んだのですが、メシヤが、真の父母が来て、これを真の愛、真の生命、真の血統にひっくり返して国境を越え、永遠の光の平和世界に向かって千年、万年続くのです。そのようにすれば、それが地上・天上天国だというのです。
 それゆえに、先生が革命すべきことが多いのです。この前、聖人と悪人を祝福してあげたでしょう。それをどのように説明することができますか。聖人と殺人魔を、どのようにして一つのところで同じ福を与えることができるのかというのです。それを尋ねれば、解説しなければならないのではないですか。
 潮水が入ってきたら、出ていかなければなりません。潮水が入ってくるのですが、入ってきたのが聖人であり、少しあとでこの潮水が出ていくのです。一日に二度ずつ出たり入ったりするでしょう。潮水が入ってくる時は、聖人が一番高い位置にいました。それでは、潮水が入ってきて出ていくときになれば、聖人が世の中に出て伝道しなければなりません。聖人がしなければならないことは、地上世界の悪人を救うことです。出ていって活動しなければなりません。一番あとで引かれてくるものは何ですか。一番底にある汚い水です。それが悪人です。

 この水の流れは、善なる人と悪なる人に別れているのではありません。つながっています。ですから、善なる人が先に流れていって悪なる人はあとから出ていったのですが、それでは、水が入る時、どこから入ってこなければなりませんか。一番あとに出ていった水が入ってくるのです。そのように、時代的恩恵によってすべて入ってくるようになります。さーっと入ってくれば、悪なる水が先に入ってくるのです。入ってくるのですが、聖人の水と一緒に入ってきました。そして、満水になる時は、水平になって回ります。
 回るのですが、例を挙げれば、神様もここまで水が来ました。水に例えれば、サタンもここまで来て、聖人もここまで来て、悪人もここまで来ました。それでは、誰がこれをすべて救ってあげるのかというのです。神様も思いのままにすることはできません。サタンは、もっと思いのままにすることができません。崩れるようになれば、サタン世界の根が完全に抜かれてしまうからです。そして、聖人も思いのままにすることができません。悪人も思いのままにすることができません。そこに神様や、誰か救ってあげることができる一人の方がいるならば、その中にひもを下ろすか、橋を架けてあげるか、このようにすることができればすべて救われるのです。
 そのことを誰がするのかといえば、神様もできないというのです。聖人も誰もできないのです。それをする方が誰ですか。真の父母がしなければなりません。原理を中心としてできているので、原理観を中心として、今までサタンが成し遂げたすべてのものが破綻するのです。完全にサタン一族が滅亡します。
 それでは、みな死になさいと言うのでしょうか。聖人も死んで、悪人も死んで、それからサタンも死んで、天使世界も死んで、神様はどうなりますか。愛の相対がいなければなくなるのです。相対がいなければ、いてもいなくても同じです。ですから、愛の相対となることができ、主人になることができるそのような方がいなければなりません。神様も、あとからそれを願うことはできないのです。
 愛の相対を願うことによって、聖人も、悪魔も、神様も、共に救ってあげることができる特権が来られる真の父母にあるので、真の父母だけが彼らを同じ位置で生かしてあげることができるのであり、それが祝福です。神様も祝福を受けることによって解放されるでしょう。人類によって解放されるのです。聖人も解放されるでしょう。天使世界も解放されるでしょう。そして、悪人も解放されるのです。

 血筋が変わったのです。血筋が変わったので、今まで救いの歴史がこのように長くかかったのです。血統が重要です。統一教会で祝福する時、血統転換式というものがあるでしょう。これは、根を抜くことです。
 祝福を受ければ、地上から霊界まで、地獄の門も天国の門もすべて開くのです。真の御父母様が指示するとおりに従っていくようになれば、永遠のあの世界に間違いなく行くのであり、自分の考えでいけば、ふさがって垣根が生じます。それを自分で解く道理がなく、霊界が解く道理がないために今までふさがっていたのです。
 統一教会の家庭もそうです。「原理」のみ言を聞いて一度信じないで、通じていた心情がふさがれば、電気線がショートしてくっつくようなものです。それは使えないので、切り捨てなくてはなりません。ちょうどそのようになるのです。本然の位置に帰ることが、どれほど難しいか分からないというのです。
 ですから、それをするために、先祖や善の父母が自分の骨を切って引き継いであげるのです。代わりに先祖の骨や兄弟の骨を引き継いであげてこそ、再び息を吹き返すのと同じように、すべての一族が先祖に協助して……。悪なるものは、長くおいておけば病原菌が生じて広がるというのです。それを早く処断しなければならないために、地に長い間おいておかないのです。
 先生が祈祷する時が来るというのです。神様が今まで願わなかった悪の影までも、地獄までも光明の太陽の光を照らそうとするのです。今、そうではないですか。電波の半分は引っ掛かってしまうのですが、衛星ができて、あの反対に太陽のように配置され、それを通じて角度をつけて地球まで通じるようにするのです。それと同じことをするのです。それでこそ、暗い世界がなくなるというのです。電子メールとインターネットによって、どこでも通じることができる時代が来たのです。地上と霊界は、相反した世界のようですが、対応的な世界になって一体のようになります。暗闇がなくなり、光だけが支配することができる、それが理想世界であり、地上天国、天上天国世界です。
 それゆえに、霊界に行っても変わりません。ここで自分たちが生きながらすべて見て暮らせて、またこの地において夫婦で暮らしていけば、一緒に行って暮らすのです。千回、万回、億万回、犠牲になっても、そのような恩賜を受けることができない堕落した人間たちです。驕慢になることはできません。

   ◎即位式二日前〈二〇〇一・一・一一〉
   ⑬祝福家庭は真の父母を王として侍りなさい

 皆さんに総生畜献納祭を命令しました。今から国が生まれるので、全世界の国家に私たちの行政機関が必要です。ビルを建てる時、いかなる国の庁舎より以上のものをつくらなければなりません。学校もいかなる大学にも負けない学校をつくらなければならず、それから教会も、いかなる歴史にもない宗教をつくらなければなりません。ですから、公金が必要です。迫害されて寂しい神様を解怨してさしあげるのに、全体を割いてサタンと取り分を分けたもので解怨することができますか。旧約時代は万物を割きました。新約時代は息子を割きました。成約時代には父母を割きました。
 父母様と聖進の母、二つの家庭の形態を中心として、はざまで先生が受難の道を歩んできました。荒野に追い出されて、ありとあらゆる迫害を受けて受難の道を通過し、これをすべて結び合わせて、今ではもうすべて上がってきました。
 祝福された位置があまりにも多いのです。第四次アダム圏の心情圏を発表したので、神様を直接王として侍る本然の時代まで、祝福家庭は真の父母を王として侍りなさいと訓示しました。
 長子権復帰、父母権復帰されてこそ王権になるのです。そのような時が来たので国を越えるのです。国を越えるべき時が来ました。国連に対する土地を私が用意するのです。天と地を統一させることができる権限をもっています。そして、天国に入っていくことができる民族(祝福家庭)をもっているのに土地がありません。韓国の土地と北韓の土地以上の土地を買い、そのまま国連の土地として準備するのです。

 今後、太平洋が問題です。すべての原資材は、太平洋の水中に保存しておきました。その主人が私です。強大国が島国を占領して、原子爆弾や水素爆弾が爆発して人類が滅亡するかもしれない時代が近づいているので、環太平洋時代を中心として、ここに防衛策をおくのです。遠からず地球の温度が上がって水があふれるというのです。二尺だけ高くなっても水に入っていく国が多いのです。
 危険水位に来て、今、国連環境部に「私たちの土地がないので土地を下さい、助けてください!」。 このように言ってきています。十年もたてば、根こそぎなくなる国が多いのです。それが珊瑚の島です。地球の温度が変わっただけでも、すべて溶け出します。いずれ移動しなければならないと考えているところへ、「あなた方が水に沈んでいく土地で死ぬことを防止するために、南米のこのような土地に今以上の土地を買って生かしてあげることができます。この土地を国連に加入させるつもりですが、今、あなた方の国は、サインだけしてください。十六カ国がサインしてください」。このようにしてこの海洋圏を一つの国にするのです。

 六大州の大陸があるでしょう。大洋州、一つの国です! 一つの国をつくるようになる時は、ロシアが見下すことができず、中国が見下すことができず、アメリカが見下すことができず、日本が見下すことができません。台湾までも、インドまでも、インドネシアも見下せません。このようにすることによって、六大州の国連を中心として、国家形成の土地を私が用意して寄付することを宣布したので、南北統一が問題ではありません。
 それゆえに、皆さんを入籍させることができるのです。入籍は国がなければできません。国連で、今回の十二月までにNGO(非政府機構)教育がすべて終わりました。一つの国に三百六十名ずつです。賢い天才的な学生たちが百二十名の中で三分の一、四十名、三×四で十二、三分の一は教授、それから宗教界百二十名、政治界百二十名を教育するのです。
 その国で核心的な指導者を中心として、百六十一カ国を完全に教育するのです。あす、あさってまでにすべて終わるかもしれません。それが容易なことですか。がらくたのような問題が多いNGO、共産党のリベラルな者たちです。NGOの一つのクラブにしがみついて、自分たちの生活補助を受けて助けてあげるので、お互いにそれで良いといって、隠れてそのようにしてきたのです

 幸福とは、どのようなものなのかというのです。結果が悪ければ、いくら幸福でも不幸になるのです。始まりが悪かったとしても、堕落して始まりが悪かったとしても、結果が良ければ天に飛翔するのです。
 最初に若くして悪いことをして問題が起きました。今のブッシュ大統領が三十歳まで浮気者だったことを知っていますか。ジョージ・W・ブッシュ、大統領になったという人が、三十代まで遊び人でした。しかし、自分の妻がメソジスト派の徹底した信者だったので、その誠意に勝てずについていってみると、キリスト教の情熱分子になって大統領になりました。
 今日まで、世界を統一して神様まで解放するという教主がいなかったのです。私しかいないでしょう。今ではもう、すべて神様まで解放したので、する役割がないので寝ていなければならないでしょう。体は、動かせば疲れるのです。三時間寝ていたのに十時間寝れば、朝寝坊の人になります。今では、車に乗って行きながらも絶えず眠たくなります。私のすることがありません。それで、何をするか考えています。どろぼうをしても、神の国にもっていくものをどろぼうするはずです。私が手を付けることは、ただのようですが、ただではありません。
 それで、私が生きている間に、地球星を完全に国連の国の領土にするのですが、後援したいですか、したくないですか。先生は老いたので話だけをして、実践は誰がしなければなりませんか。実践は私が一人でして、皆さんは全員話だけを聞きました。実践がないでしょう。反対です。み言は間違いなく正しい言葉なので、今、霊界のすべての聖人たちもそれに従っていこうとして、刀を練り上げて一本勝負に落第しないと言っています。
 統一教会の膝の上で教育を受けた優秀な者たち、先生が何時間ずつ講義もしてあげたのですから、どんどん入っていって王子になるべきはずなのに、静かに座って目が見えなくなっている者たちを一太刀で飛ばしてしまおうと襲撃する時が来るのです。どうすると思いますか。その人々に学ぶのですか、その人々に教えてあげるのですか。訓読会を一生懸命にしなければなりませんか、してはならないでしょうか。訓読会のみ言は、他の人はすべて知りません。私たちだけが知っているのです。先生が天国に出発して照らしてこそ、輝くようになっています。秘密文書です。

   ◎即位式一日前〈二〇〇一・一・一二〉
   ⑭千年、万年の恨を抱いて取り戻してきたこの道である

 先生は、あす(一月十三日)が来ることを喜んだでしょうか、恐ろしく思ったでしょうか。日付を中心として、最も恐ろしい期間です。心配することがないので、監獄で暮らすことのほうが楽でしょう。その恨を解くことは、その方の前に私が四十代でこのことをして余りあるこのような環境をつくり、四十年を経て初めて……。その四十年間で数十億人が地獄に行きました。それを蕩減するためには、アメリカやソ連を復讐蕩減してけ散らしてしまわなければならないのですが、彼らを救うために苦しんだのです。一人で苦しんだ人です。

 天宙という言葉は、どのような言葉ですか。神様が暮らすことのできる家ということです。皆さんの家がそうです。先生は祝福家庭の王です。王は、縦的な王が神様であり、横的な王が真の父母です。これは世界的であり、天宙史的です。この霊界は、真の父母の管理権内に入っています。堕落した父母によって連結されたものを完全に取り消してしまったので、真の父母の全権を中心として、「神様王権即位式」までしてあげることなくしては、世の中を正すことはあり得ないのです。
 千年、万年の恨を抱いてきたその恨の窮地を埋めて平地をつくります。平地だけではありません。高いヒマラヤ山頂よりもはるかに高い山をつくってこそ、神様が臨むことができるのです。神様が臨むことができる高い定着地が地上にあり、深い谷が地上になければなりません。それで、先生は、地獄のどん底から地上世界の人間が暮らすことのできる地球星まで、知らないことがないのです。

 神様の即位式がいつあるか分かりません。それを自分で悟らなければなりません。悟らなければならないのであって、神様が頼むことはできません。神様が頼むことができないというのです。頼んでも、神様が考える期間があります。それより先にして、その残りの困難なことは、私が責任をもつのです。前倒しするのです。縄が切れない程度まで引くのです。それを限界線まで、切れないところまで引っ張ってこれを解かなければなりません。
 ですから、四十日間、先生が平安だったでしょうか、どうだったでしょうか。負債を負った生活です。孝子の役割を一度しようとするのですが、父母が死んだのと同じです。忠臣の役割をしようとするのですが、国王が逝ってしまいました。聖人の役割をしようとするのですが、神様の前に離別を告げた主人の息子の立場です。そのような立場で収拾しなければなりません。最も恐ろしい期間です。
 神様の即位式をしてさしあげるにおいては、興進君がお連れするのです。先生の息子、娘と聖人がお連れするのです。その指揮下にあるすべての者たちが、旗を掲げて歓迎しながらその位置を確定してさしあげなければなりません。ですから、全世界の人たちは、三日間断食をしなければなりません。私が断食して即位式をすることはできないのです。本然のエデンで、断食して即位式をするはずだったのですか。
 ですから深刻なのです。影があってはなりません。先生の生命が正午にぴたっと立って影が現れないようにするには、どのようにするかというのです。先生が許してあげた過去のすべてのものを、そのままカバーしてするのではありません。ペイントを塗るか、灰をかぶって汚れたものを覆わなければなりません。それで、そのようなものがないようにするための責任を、私が引き受けておいて、霊界の興進君と共に、父子が責任をもってそのことをしようと考えるのです。

 あすは何の日ですか。(神様王権即位式の日です)。創造以後に神様が理想としていたすべてのものが、サタンに侵犯されて地獄圏内を中心として呻吟してきたのです。これを撤廃して、神様が心配なさるすべての分野をけ散らして、新しい世界へ帰ることができる時が来たので、神様王権即位式をするのです。
 この中間のサタン世界圏というもの、人間と分かれたものを、宗教圏を中心として、メシヤを中心として連結させるのです。真の父母が来て神様が心配されるすべてのものを解消させておき、偽りの父母の愛によってひっくり返されたものを、本然の位置で真の父母の愛によって復帰するのです。
 それが復帰されたので、神様を本然の王権の位置に即位させてさしあげなければなりません。天宙を創造された主人の位置を侵害されたので、それを真の父母が取り戻しておかなければなりません。これが最後なのです。

 神様が見えたらよいでしょう。神様は見えません。先生の目に神様が見えるでしょうか、見えないでしょうか。皆さんは愛が見えますか。良心が見えますか。生命が見えますか。血統が見えますか。最も貴いものは見えないのです。最も貴いものが見えるようになれば、いくらにもなりません。誰に売り飛ばしますか。私一人しかいないではないですか。売り飛ばそうとしても自分しか売り飛ばすところがないではないかというのです。見えないので、誰に売ってもどのような値段でもつけられるというのです。
 ですから、そのように考えれば、神様が知恵深い王になり、本当に頭が良い大王陛下になろうとするなら、見えなければならないでしょうか、見えてはならないでしょうか。見えてはいけません。
 それでは、「さあ、それでは、自分が最も愛する人として神様が現れれば良い」と言えば、正確に現れます。自分が最も喜ぶ人、世の中で最も喜ぶ人は誰ですか。この世でもあの世の中でも、真の父母の顔です。「やあ、真の父母の顔と神様の顔が似ているはずだ」と言えば、似ているように見えるのです。
 また、先生が「神様は父親の名前をもつので、見えませんが、私の上で冠のようになってください」と言えば、それを感じるのです。そのような時、手を見れば、手から光が出ます。自分が寝台に横になる時は、黄金の台に横になるように思うのです。そのような世の中になるというのです。

 今まで誰にも言っていない事情が、まだ残っているということを知らなければなりません。ですから、いつも孤独単身です。
 独島(竹島)の歌を知っていますか。歌ってみてください。一緒に歌います。

  あの遠い東海(日本海)の孤独な島
  きょうも荒々しい風が吹き荒れるだろう
  小さな顔に風を受けるが
  独島(竹島)よ、昨夜は無事に越えたのか
  アリラン アリラン 一人アリラン
  アリラン峠を越えていこう
  行きながら苦しくなれば一休みして
  手を取り合って行ってみよう 一緒に行ってみよう
 
 それが天の身の上と全く同じです。先生は、そのように生きました。文総裁をなくそうと世の中が、天地がすべて動員されました。そのような父母様に侍った息子、娘は、いくら困難でも孝子にならなければなりません。神様がそうです。むちで打たれて血を吐く立場でも、神様を慰労しなければなりません。













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五 二〇〇一年一月十三日の摂理的意味

神様王権即位式
 


 

五 二〇〇一年一月十三日の摂理的意味



 新千年の意味は、聖書歴史で七〇〇〇年であり、イエス様以後三〇〇〇年を開く時代です。これは、聖書に預言された旧約と新約の約束が成就されて、霊界が完成することによって、天上と地上に天国が築かれる成約時代の完成を意味します。私は、蕩減復帰摂理歴史のすべての条件を勝利的に立て、去る一月十三日に「神様王権即位式」を挙行しました。これは、人間先祖の堕落によって、囹圄(注:牢屋)の道にいらっしゃった天の父母様を解放してさしあげるという、全摂理歴史の中で最も大きな慶事の日でした。

 今回、三〇〇〇年を出発しながら十三日です。十三日は十三数であり、十三数はイエス様の位置であり中心数です。十二カ月を中心として、中心数が十三数だというのです。西洋ではサーティーン(thirteen:十三)と言えば、最も悪い数です。それがなくなりました。それで、三〇〇〇年を中心として、新しい千年の十三日を中心として神様を即位させることによって、三〇〇〇年全体は、天が主管することができる時代です。サタン世界は影も形もありません。その影は、闇は、光の世界と関係をもつことが千年、万年、億万年の願いです。
 十四人とは誰ですか。十二弟子とイエス様と誰ですか。神様です。このようにして縦が決定し、横の十二弟子が決定するのです。神様は上の軸であり、イエス様は下の軸です。これが十三数になるのです。西洋で「十三」と言えば、最も悪い数ですが、これは、十二の四方数を中心として、男性と女性が一つの心になったことを意味するのです。「合徳」という言葉をこのように分析してみれば、漢字は本当に啓示的だというのです。
             *
 イエス様にも三弟子がいたでしょう。これを平面的に見れば、イエス様が東側ならば、西側、南側、北側の四方性を備えようとするので、イエス様を中心として一つにならなければなりません。また、三弟子を中心として十二弟子がいるでしょう。イエス様まで入れれば十三でしょう。四方を中心とした中心数は十三です。西洋では、十三数といえば悪い数なのですが、十三数は第一の中心数です。東西南北を中心として中心数なのですが、その中心の位置に立つことができなかったので、悪い数扱いされてきたのです。しかし、今後は、良い数になるはずです。
             *
 なぜ十三数が悪い数になるのか知っていますか。イエス様が相対的理想を成すことも、定着することもできなかった怨恨の数なので、十三数は悪いというようになったのです。結婚するのは、十三歳が最も良いのですが、これを失ってしまうことによって、個人を失ってしまい、家庭を失ってしまい、国、世界、すべてを失ってしまいました。どれほど悪で悪い数かというのです。最も願った数だったというのにです。
             *
 今、四十年という歳月を経て、第二次大戦直後に旧教と新教が一つになることができなかったこの舞台と、東洋と西洋が一つになることができなかったことを蕩減した基準を立てて再び蕩減復帰し、失敗した第二次大戦直後のキリスト教文化圏において、カイン圏とアベル圏である旧教と新教が一つになって信奉することができなかったことを、今この時、八十歳を越えながら二〇〇〇年を越えて、新しい三〇〇〇年に向かって出発するこの年の一月十三日、イエス様の十二弟子と中央数の十三数、イエス様の失敗した恨の歴史を踏み越えて、ローマだけでなく、世界だけでなく、地上、天上天国の解放圏を備えて十三数の中心の日を定めて、このような神様の即位式を挙行するようになりました。
             *
 今年は七〇〇〇年の出発です。六〇〇〇年を越えて七〇〇〇年の安息年に入っていくので、十三日に王権即位式をするのです。十三数とは何ですか。イエス様が十二弟子と中央数を失ってしまったその数字です。それで、四十日前の十二月三日から一月十三日まで、その四十日間で完全に霊界と肉界の統一を整理して、「神様の解放式」までしてあげれば終わるのです。














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第二章 神様王権即位式

神様王権即位式
 


 

第二章 神様王権即位式



 

一 神様王権即位式



  1.第一式・神様王権即位
         (二〇〇一年一月十三日午前九時、天宙清平修錬苑)


 (王権即位式には、太陽と月と不老長生の象徴物が描かれた十長生図を背景に、神様が臨在される上座席と礼物を捧げる壇が準備され、その下に真の御父母様が陪席される下座席と各種の万物が整えられた膳が上座席と下座席に用意された)
 (付添い人の入場に続いて真の御父母様が入場される)
 (真の御父母様は、入場途中、付添い人の中間に立たれ、そのまま祈祷される)

   ① 神様への最初の祈祷

 《祈祷Ⅰ》
 新千年を迎えて十三日目を迎えるきょう、真の天上父母の王権即位式を挙行しようと思います。全天宙の万象とすべての存在が、そしてまた、祝福を受けた天上の先祖たちと地上の後孫たちが一心一体となって、歴史的な恨の蕩減期間を越えることにより、第四次アダム圏心情時代を迎え、新しい天上世界において、地上と天上が連結された天国を開門することができる時代を迎えるようになりました。
 偽りの父母によって誤った結婚をし、真の愛に反対し、真の生命と真の血統に反対する恥ずかしい歴史が始まり、その恨の歴史を経てこられることに苦労された万軍の主、天のお父様であられ、師であられ、王であれられる御主人を、今まで蕩減と受難の道に追いやっていました。
 真の父母がこの地上に来て、偽りの父母のすべての過ちに責任をもち、蕩減の役事を経てその解放を願いながら八段階の勝利の権限を立てました。このようにすることによって、偽りの父母の実践の場となっていたすべてのものを天が引き継ぎ、そして、その勝利圏を中心として真の父母が最高の基準において血統を転換する祝福儀式を通して万国と全天宙を連結させ、その愛の祝福の恩賜によって解放的基盤を連結させました。
 心身紛争の解放、夫婦の解放、父子関係の解放、兄弟関係の解放、国と国の解放を経て、天上世界と地上世界をふさいでいる壁と国境をすべて崩し、この勝利した蕩減基盤の上に本然の創造理想として願われた自由解放的世界を立ててくださり、御覧になるすべての世界は、今から新しい天国が地上から天上世界まで一元化されました。
 真なる家庭、真なる氏族、民族、国家、世界、天宙、あなたの解放された地上天上天国を連結した勝利を、真の父母の権限と真の師の権限と真の王権のすべてを代表した天地の大創造主であられる御主人のもとに結束させ、すべてのものを再び奉献しようと願うこの式典を喜んで受けてくださることをお願いいたします。
 天上世界にいるすべての天軍天使たちと祝福を受けた家庭、そして地上にいる真の父母と連結されたすべての中心家庭を連結した祝福家庭が、地上を中心として兄弟の因縁である長子権を復帰した中で地上が長子の隊列に立ち、真の父母の特権的権限を中心として、堕落した世界を個人から天宙まですべて転覆させた勝利の解放圏を迎えました。
 天地の真の父母を中心とした解放的真の父母と地上の解放的真の子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のあなたの願いであるみ旨を蕩減、解放することによって、今から真の父母があなたをお迎えして、本然の基準に即位することができる喜びの式典を奉献しようと願っております。
 お喜びの心をもって歴史を忘れ、解放された勝利の基盤の上に立ってくださり、創造本然の心情を備えた愛の理想に一体化することができる勝利圏を中心として、万宇宙にあなたの国の権限を行使することができる全体、全般、全権、全能の解放式の祝典を奉献し、あなたが本然の立場に即位なさることができるこの式を奉献いたしますので、喜びの中で受け入れてくださることを願いながら、真の御父母様のみ名によって懇切に報告いたします。アーメン! アーメン! アーメン! アーメン!

   ② 神様王権即位宣布の祈祷

 [み言]
 では、行って準備しなさい。さあ、出発!
フン スク ヨ ナ こん りょう ほう きん しゃく
 (薫淑様と雅様が神様御夫妻に王冠と袞龍袍〔注:王の正服〕を捧げ、金笏を奉献)
 すべて準備できましたか。
 それでは、今から天上にいらっしゃる興進君と先生の祝福を受けた家族たちと聖人たちの家族が神様をお迎えし、地上に臨在されて御座に定着されます!
 (七歩を歩まれて目礼、七歩を歩まれて目礼、また七歩を歩まれて目礼をされたのちに、神様の前に行って立たれる)
 (続いて聖なるろうそくに点火し、一拝されたのち、神様王権即位式宣布の祈祷をされる)

 《祈祷Ⅱ》
 愛するお父様、アダムとエバの堕落によって失ってしまったものを取り戻すために、地上の真の父母が個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、八段階の蕩減の峠を乗り越えました。イエス様が願った国家を越え、世界を越え、今では国連を中心として、神様が旺臨なさることができる全人類を代表したNGO(非政府機構)の基盤の上で教育を終え、WANGO(世界NGO連合)の組織を中心として「世界平和超宗教超国家連合」と連結し、地上に天の国を代表した主権を立て、国民を立て、地を立て、天上と地上にあなたの祖国光復のための基台を準備しました。
 このような基盤が成されたのち、今この清平においては、祝福を受けた地上の家庭が先祖の代を受け継ぎ、入籍という祝福の恩賜を受けることによって、南北統一の限界線を越えて世界へ行くことができる世界的入籍をなし、イエス様のイスラエル圏勝利が備えられました。万物を中心とした分立の役事を通して旧約時代を踏み越えていき、息子、娘を中心とした分立の役事を通して新約時代を踏み越えていき、そして、祝福家庭を中心としてサタン世界と区別し、個人的家庭から八段階すべての家庭が天の血族としてあなたの愛の標準を中心としたモデル的基準の主人の立場に立つことができる時代を迎えるようになりました。
 そのことにより、偽りの父母によってゆがめられた地上のすべてのものが蕩減復帰され、地上と天上世界をふさいでいた数多くの壁がこの基準まで開放され、解放的権限を備えました。そして、万個人と万家庭、万氏族、民族、国家、世界が今、一つの帰結点と真の父母との心情因縁を備え、失ってしまったすべての被造万物を蕩減復帰し、真の父母の名とともに総生畜献納という名を中心として、お父様の前にすべてを奉献できる新千年の十三日を迎え、このように奉献することができるようになったことを感謝いたします。
 神様は、もうお座りになってくださり、あなたの権限を行使され、全被造万物を主管することができる主人の立場に、主人だけでなく王権の基準にお立ちください。そして、アダム家庭において成し遂げようとされたあなたの創造理想をすべて飛び越え、霊界と肉界、過去の三時代をも越えた自由自活の立場にお立ちください。そして、このすべての天地が一つとなった世界的基盤の上で、祝福家庭が一時にあなたの愛の権限に属し、王権即位式とともにあなたの国に属することによって、自己主張することができる時代へと入城いたします。
 ですから、お父様、万世にあなたの栄光をもたらし、勝利の栄光が全天宙に満ちあふれるよう、許諾してくださることを懇切に、懇切に、懇切に真の父母の名によってお願い申し上げます。
 この時間、真の父母が再び蕩減復帰して取り戻した神様王権即位式の即位権限を、あなたの本然の基準である権威の位置に奉献いたしますので、お父様、この日を期して、真の父母が約束し、宣言したすべての基準の上で行使なさることができる自主的な解放的天下をあなたの愛の圏に連結してくださることをお願いしながら、この式を奉献することができることを感謝いたします。
 このすべての式典を喜んで受け入れてくださったことを感謝しながら、霊界で祝福を受けたすべての家庭と、地上で祝福を受けたすべての家庭が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨を成す伝統を中心として、継続する真の父母の血族が、万代の血統を中心として、そして人脈、人を中心として、公的な万物を中心とした三大要件を神様の直属の前に付加いたしますので、その上で万世を太平盛大に導くことができる王の中の王、神様王権即位式の主人となられることを、真の父母は千万年歴史を越える心をもって宣布いたしますので、宣布したとおりに成就されたものを受け入れてくださることをお願いいたします。
 真の父母の懇切な心と懇切な心情ですべてを報告しながら宣布いたします。アーメン! アーメン! アーメン! 
 
 [み言]
 一緒に、感謝します。感謝します! 
 (感謝します!)。
 真の父母と共に万世の王権をもって主人となってください!
 (献杯)















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2.第二式・実体神様王権即位

神様王権即位式
 


  2.第二式・実体神様王権即位
          (二〇〇一年一月十三日午前九時、天宙清平修錬苑)


 (聖なるろうそく点火)
 (献杯)
 (真のお母様の真のお父様への敬拝、霊界の真の御子女様と地上の真の御子女様の敬拝)
 (新約・旧約・成約時代の代表、神様の摂理の中心国家代表、主要宗教代表、霊界の代表など、各代表の敬拝に続き、家庭盟誓斉唱)

   ① 実体神様王権即位宣布の祈祷

 《祈祷Ⅲ》
 愛する天の真の御父母様の前に、地上にいる人類が一つになり、地上の真の父母と天上と地上の祝福を受けたすべての家庭が一心一体となって、二〇〇一年を中心として三〇〇〇年に向かって出発する年頭に語ったみ言の内容と同様に、きょうの栄光の日を宣布いたしました。
 「解放された天地父母と解放された子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」という年頭の標語とともに、神様と地上の真の父母が一体の心情を備えて新千年すべての人類の前に宣布した言葉として、万有の存在が標語を受け入れ、今から地上において神様が即位することができ、根となる時代を迎えましたので、今日の祝福を受けた家庭は、天地の王権に侍る直系のアダム完成の立場に立つようになり、万国万象を代表した立場で天の前に報告するときにも、「祝福の中心家庭誰々の名によって懇切に報告します」と言う新しい歴史時代を迎えました。
 振り返ってみれば、旧約時代においては、物質を両分してサタンと神様が分けなければならなかったという恨めしい事実があり、新約時代にイエス・キリストを中心として心と体が分かれ、心に当たる霊界の整備と体に当たる肉界の整備を残したという事実がありました。その霊肉が一つになることができる時が第二次大戦後でしたが、霊肉を統一してすべてを蕩減復帰し、この地上に本然の理想世界を完成して、地上の真の父母の名をもって天上の真の父母を解放する立場で神様王権即位式をすることができなかったという事実が残ったのです。
 今、四十年という歳月を経て、第二次大戦直後に旧教と新教が一つになることができず、東洋と西洋が一つになることができなかったことを再び蕩減した基準を立てて蕩減復帰し、第二次大戦直後に、キリスト教文化圏においてカインとアベルである旧教と新教が一つになって受け入れることができなかったことを今この時に、八十歳を越え、二〇〇〇年を越え、新しい三〇〇〇年に向かって出発する今年の最初の月の十三数、イエス様の十二弟子と中央数、イエス様が失敗した恨の歴史を再び歩んで整備し、ローマだけでなく、世界だけでなく、地上・天上天国の解放圏を備えて十三数の中心の日を定めることによって、このような神様の即位式を挙行するようになりました。
 今から、二〇一〇年、あるいは二〇一二年までのこの期間に、神様の前に総生畜献納物を奉献するものを再び戻して受け取ることができ、地上の統一天下と、地球星はあなたの故郷であること、そしてあなたの祖国光復を宣布することができるその時まで、あらゆる精誠を尽くすために、南・北韓の統一を中心として、国連の統一と天上・地上世界統一の一線上に立って、平均、平面上で連結させなければならないという切迫した最後の整備時代を迎えました。
 神様王権即位式を挙行いたしましたので、全体、全般、全権、全能を行使なさり、あなたが願われるすべての宗教圏の霊界を動員してください。地上において平和の世界を迎えることができる自主張時代を迎えましたので、その自主張権限を地上と天上世界の歩調に合わせ、地上の真の父母が天地に成した勝利の大解放時代を望みつつ、新しく一月から全世界と天上世界の祝福を受けた家庭が一心一体となって、地上定着のためのアダム圏地上基盤を中心とした長子の位置と父母の位置と王権の位置を復帰し、天上世界においては、代を受け継いでいく基準において長子権復帰、次子権復帰が成し遂げられ、次子の権限が長子の権限を身代わりすることができる天地開闢時代を迎えました。
 最後尾にお立ちになった神様が、真の父母によって、最後尾ではなく先頭に立つことができる即位式を挙行いたしましたので、あなたが願われるみ言の内容はすべて宣布され、天の国の構成において、個人の統一問題、家庭の統一問題、氏族、民族、国家、世界、天宙の統一問題、すべての問題を知っておりますので、今からは実践躬行(注:自分で実際に行動すること)してその実体圏を地上に成し、真の父母の名と天の真の父母の名を奉り、最後の勝利的権限をすべて備えた祝福家庭、中心家庭としてすべてを終結させることができる天宙の永遠な解放の時代に前進することを許諾してくださいますように。
 そのようにすることによって、天の真の父母と地の真の父母の主権国家を中心として、万万世の太平盛大な王権を勝利し、あなたが理想とされる、万民皇族圏と神様に侍る天上直系の子女たち、すべての地上と天上の祝福家庭たちの上に一律的な恩賜を分け与えてくださることを、真の御父母様はこの日を期して願いますので、特権をもたれた王権王座にいらっしゃる神様の権限として、このすべてのことを約束とともに実践してくださることを懇切に、懇切に、お願い申し上げます。
 今、この一年から、あすから出発するすべてのことは、統一家のすべての祝福が勝利の覇権的旗を掲げ、万国を治めることができる天の国の大使と天の国の総督の名をもち、一方通行、勝利、勝利、万世に前進することができる解放者となることを許諾してくださることを懇切にお願い申し上げ、天の真の父母と地上の真の父母が共に一体となるこの場を通して懇切に報告、報告、報告、宣布、宣布、宣布いたします。アーメン! アーメン! アーメン! 感謝いたします。

 (祝電と感謝牌および礼物の紹介、花束贈呈、祝賀ケーキ点火およびカッティング、万歳三唱)
 (神様が、供えられた膳を受けられる)
 神様が地上と天上で王権即位式をなさることによって、地上と天上の天国が完成するのです。分かりますか。
 (餅を配られる)
 (真の御父母様が、供えられた膳を受けられる)















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二 王権即位式の主題、真の御父母様のみ言

神様王権即位式
 


  

二 王権即位式の主題、真の御父母様のみ言



  

宗教を通した人類救援摂理歴史


 きょうは、「神様王権即位式」の日です。「神様王権即位式」は、真の御父母様だけでできますか。天と地にいるすべての人たちが国をもち、祝福を受けて一族となり、血筋が一つとなった単一民族を成した基盤の上で初めて、このような式をすることができるのです。
 「神様王権即位式」のために、今まで数多くの宗教圏の中でキリスト教を中心として、ユダヤ教の第一イスラエルからキリスト教の第二イスラエルを経て第三イスラエル圏である韓国に至るまで、旧約時代、新約時代、成約時代として越えてきました。
 「成約」という言葉は、すべてが祝福を受ける時代だということです。神様が造られた被造万物は、人類始祖の堕落によって祝福圏に立つことができませんでした。しかし、神様は、救援摂理の道を通してキリスト教を中心とした数多くの宗教を立てて万民を教育することによって、段階的に引き上げながら成約時代を迎えるようにされたのです。
 しかし、主流思想ではない系列に属する宗教は、その全貌を知ることはできません。ユダヤ教とキリスト教を中心として、神様を人類の父として侍ることができる道を築いてきたのです。そして、イエス様がいらっしゃることによって初めて「ひとり子」という名前をもつようになりました。神様が失ってしまったこの歴史時代、アダムとエバが失敗した歴史時代において、初めて神様の愛を受けることができる血統的内容を中心としたひとり子が、初めて地球星に生まれました。神様の長男が生まれたというのです。
 しかし、ひとり子は生まれたのですが、ひとり娘がいません。神様は、四千年間の救援歴史を通してアダムを再び創造されたのと同じです。神様は、アダムをまねてエバを造られました。アダムの相対となることができるように、アダムを造られた原則、青写真を基礎として、それをまねて造られました。
 聖書を見ると、男性のあばら骨を取って女性を造ったと記録されています。それはどういうことですか。骨子をまねて造ったということです。ですから、アダムは、地上で失ってしまったものを取り戻すことができるひとり子です。しかし神様は、直系の愛の血筋を通してアダムを取り戻しましたが、エバは取り戻すことができませんでした。エバを取り戻そうとすれば、堕落以降の今までの歴史性を再び家庭から復活させて接ぎ木し、国をつくらなければなりません。
 それを準備しておいたものが、ヤコブから始まったイスラエル民族であり、十二支派でした。選民思想を中心としてヤコブの十二人の息子、娘が着地し、世界に勝利の版図を拡大させてきたのが、イエス様が来られる時までの二千年間におけるイスラエルの国とユダヤ教です。
 イスラエルの国は外的なカイン型であり、ユダヤ教は内的なアベル型でした。そのカインとアベルの基盤の上で、霊的・肉的に父母の責任を果たすことによってカインとアベルを収拾することができる母を選択して待たなければなりません。母を選択した基盤の上でイエス様を迎えていたならば、霊肉が一体となった真なる父母を迎え、霊肉が一体となったイスラエルの国とユダヤ教がカインとアベルの立場で一つになっていたはずです。
 そして、その一つになって祝福された家庭を中心として氏族を編成し、民族、国家まで編成したものに対しては、誰もこれを否定することはできません。いくらローマが世界を支配していたとしても、それを凌駕することはできません。外的なものは肉と同じであり、内的なものは骨と同じなので、肉は骨にはかなわないということです。もし、そのような立場に立っていたならば、イスラエルの国を中心として万国統一し、神様の解放も二千年前にすべて成し遂げることができたはずです。
 しかし、イエス様がエバを復帰して家庭を成すことができなかったので、イスラエル民族、選民圏国家の基準まで成すことができるように準備されたものがすべて崩れてしまいました。すべてが崩れてしまったのです。イスラエルが準備した基盤がすべて死んだもののようになったので、イスラエルの国はなくなり、七世紀に入って中東からイスラム教が出てきたのです。イスラエル民族は、エジプトから帰ってきて祝福された民族になったにもかかわらず、その中心民族の中からイスラム教が出てきたのです。反対する立場でイスラム教徒が現れ、怨讐になりました。
 アブラハムの息子であるイシマエルとイサクは兄弟ですが、互いに怨讐となって闘う歴史が展開したのです。エルサレムを中心として、十字軍とイスラム教徒が闘い、イスラエルを奪われてしまったのです。それで奪われたイスラエルを再び取り戻さなければなりません。しかし、闘って奪い取ってはなりません。
 イエス様の時代に国家基準のカインとアベル、右翼と左翼の立場で平和の基準をつくっていたならば、カインとアベルの闘争歴史は、霊界でも地上でもすべて解決されたことでしょう。しかし、国家形態の基準を準備したイスラエルが亡国の種となることによって、「再臨」という名詞が登場するようになりました。
 第二イスラエル圏を中心として、ローマ圏を支配することができ、乗り越えることができる世界版図圏がキリスト教です。イエス様の体を失ってしまったので、霊界を代表するキリスト教を中心とした連合国が、第二次大戦を通して枢軸国と戦って勝つことによって、キリスト教文化圏が世界を統一するようになりました。
 キリスト教が世界を統一することによって、霊肉が一つになることができる時代となり、怨讐の世界を完全に占領したので、連合国と枢軸国が天の側の世界に帰属することができました。この基盤を中心として、旧教と新教が一つになった立場に立って、キリスト教文化圏を代表して来られる再臨主を迎えていたならば、その時から統一天下の運勢を受け、一九四五年から三年半ないし七年、一九五二年には、統一天下を成し、その時に神様の王権即位式が終わっていたことでしょう。
 しかし、キリスト教は統一教会を受け入れることができませんでした。今でも彼らは、妨害して追い出そうとしています。それはなぜでしょうか。ユダヤ教がキリスト教に対して、最後まで反対しながら妨害して滅びるしかない立場に立つようになったのと同じです。今、キリスト教が統一教会に反対しながら全く同じ道を行っています。宗教圏はみな同じです。キリスト教が神様のみ旨を果たしてさしあげられないのと同時に、仏教と儒教、イスラム教なども同様に困難な道を行っています。
 その結果、家庭から社会、国家、世界など、どこもみな地獄のようになってしまいました。神様が願われた愛の理想圏は、地球星で見いだすことができないという結果になりました。アメリカのような大国にも、神様が訪ねていくことのできる心と体が一つになった真なる息子と娘、神様が願われる堕落していない本然の基準で夫婦の心と体が一つとなった家庭はありません。父母と息子、娘が争わない家庭がありません。個人主義化してしまったこの世の中は、すべて分かれるのです。

  理想的な地上・天上世界

 神様は、人間を相対理想で造りました。すべてがペア・システムから成っています。鉱物世界もペア・システムであり、植物世界もペア・システムであり、それから動物世界もペア・システムなのです。天と地もペアとして一つになるべきなのにもかかわらず、分かれたのです。すべてが分かれて反対になりました。反対になってしまったというのです。それをどのようにしてひっくり返して合わせるのでしょうか。それは、誰がしなければならないでしょうか。蘇生、長成、完成! 蘇生的アダム家庭において失敗し、長成的メシヤも国家的基準において失敗したがゆえに、その国家的失敗の内容を逃れることができないので、世界、ローマの限界線を越えなければなりません。世界圏まで越えなければならないというのです。
 イエス様が国家を越えて訪ねていくべき峠が世界的舞台であったので、世界の舞台に向かって越えていかなければならない時が地上に必ず来ます。再臨主は、イエス様の理想を越えなければならないので、国家的基準ではなく世界的基盤の上でキリスト教文化圏を相続し、そこから出発しなければなりません。
 しかし、相続されるべき立場のキリスト教、すなわち旧教と新教自体が争っているので、統一しようとは考えることもできずにいます。結局、キリスト教を統一することができる時まで、必ず争いを続けるでしょうし、その争いを続ければ続けるほど宗教圏も滅びるしかありません。最後の日には、道もなく、手も出すことができないので、仕方なく主人であるメシヤを求めるようになるのです。
 今、天も失ってしまい、宗教と世界、国、社会、家庭はもちろん、すべてのものを失ってしまったので、すべてを否定する時代に入るようになります。「おじいさんとは誰か、父母とは誰か、夫婦とは誰か、子女とは何だ」と、すべてを否定する時代になりました。「どこに天があり、どこに神様がおり、どこに宗教があるのか」、「どこに社会があるのか」、「どうして家庭が必要なのか」と言って、すべてを否定するのです。
 この世はペア・システムでつくられました。動物は子供を産むためにペア・システムが必要ですが、人間はそれにも及びません。享楽的な基準でのペア・システムは一時的で、永遠という概念はありません。男性も女性も、愛の神様の理想的基準とは完全に掛け離れた、堕落した天使長の個別的な立場にみな落ちていきました。
 ですから、愛の道をそのまま通り抜けていくことはできません。人間の本性的な愛の道は、神様と一体となることができる道なので、人間の修養や決心だけでは最後まで情欲を克服することはできません。
 それゆえに、悟りの道を行く人がいるとすれば、サタンが霊的に妨害します。美男子が修道を行って天性に近づいていくことができる立場に立てば、美女がやって来て抱き抱えて試験をします。ですから、「私を抱いてください、ぎゅっと抱いてください!」と言うときに、抱いてあげればそれでおしまいなのです。男性であれば美女が現れ、女性が修道を行えば男性が「抱いてください」と言い寄ります。男性は天使長の立場なので、「抱いてください」とも言いません。ですから、そこで目を開けただけでも終わりなのです。
 愛を中心として展開するこのような霊的、肉的な生死判決の闘いは、修道を通して霊的に体験をしなければ分かりません。これが克服し難い問題であり、サタンの(活動)舞台の中の(活動)舞台になっています。神様は、この(活動)舞台を奪って理想の位置に戻さなければならないことを知っているので、千辛万苦、それを元に戻そうと、万万世繰り返してこられましたが、それでもこの問題は継続してきたので、宗教のみ旨を立てようとする神様は、今まで力なく失望に失望を繰り返してこられたのです。
 それは上がっていく道ではありません。個人から家庭、氏族、民族、国家まで行って下りていくときには、国家の基準から氏族の基準に、氏族の基準から家庭の基準に落ちていきます。このようにしてどん底まで落ちていき、そこで失敗すれば他の所に回っていくのです。ですから、数千年の歴史がかかりました。逆回りです。
 旧約時代の二千年を見れば、これが霊形体ならば、霊形体圏に至るまでは次に上がっていく方法がありません。誰かがそこに穴を開けて生命体圏まで上がっていかなければなりません。そうでなければ、二千年という限界線が再び訪れるまで、蘇生、長成、完成の三段階に分けて復帰歴史の基準が満ちるときまでは、回り道をし、すべり、再び巡ってくるのです。東洋で始まったものが西洋で始まり、天で始まれば地で始まって、それが一つにならなければつぶれてしまいます。
 そのような転換の時期に、東洋と西洋でそれぞれ文化背景が異なるので、メシヤの代理的責任をもって世界人類を東西四方で収拾してきた宗教形態が、正に仏教や儒教やイスラム教やキリスト教です。
 それでは、再臨主とは誰なのかというと真の父母です。真の父母は何をもってくるのでしょうか。真の愛と真の血統をもってきます。偽りの父母とは何でしょうか。偽りの愛と偽りの血統をもたらしたものです。
 堕落していない本然の世界においては、神様を中心として家庭を成さなければなりません。真の息子、娘の家庭を成そうとすれば、血統が連結されなければなりません。真の父母の子女になろうとすれば、真の父母と血統が連結されなければなりません。父母と子女という言葉、父または子女という言葉は、血統が連結されなければ絶対に不可能です。それは、神様も分けることができません。堕落したサタンも分けることができません。それによって、蕩減復帰がなされるのです。
 真なる神様の血統、本然の基準に接ぎ木して、偽りのオリーブの木の畑だとしても、真のオリーブの木の血統に、愛を中心として、一体、一心、一念となって、生死の境を行き来しなければなりません。
 個人的な生死の境、家庭的な生死の境、国家、世界の生死の境、いかなる犠牲があるとしても越えていこうという、そのような心情をもった人は、サタンが関与することができません。国家基準以上に越えていけば、既に完成圏、直接主管圏内に入るので、サタンとは関係を結ぶことはできません。
 イエス様も、もし結婚していたならば死にませんでした。殺すことはできません。そのようにしていれば、相対理想の直接主管圏に連結することができるのです。原理でいえば、責任分担を完成した基準になるので直接主管圏内に入ります。直接主管圏では、神様の血統と連結されているので、サタンには断ち切るすべがありません。そこに向かう過程で堕落することによって、心情一致することができる位置に行くことができなかったがゆえに問題になったのであって、アダムとエバが夫婦となって愛し合ってさえいれば、永遠に堕落することはできないのです。サタンが引き離すことはできません。
 しかし、この過程で実が実りませんでした。実が実っていなければ、いくら実を土に埋めても芽は出てきません。ですから、永遠の生命ではなく死んだ生命になったので、それを処理する所が地獄なのです。神様とは関係がないというのです。
 父子関係というものは、父母の血統が連結されなければなりません。その血統は、そのままでは連結されません。一人では血統が連結されません。男性一人だけの血ではできません。男性と女性の血統が一つにならなければなりません。宇宙の根本道理は、性相と形状の血統が一つになったその位置で、つまりお互いが喜ぶ立場において、性相である心が喜べば形状である体も共に喜ぶことができる位置で人間を創造したというのです。
 そのように、その見えない形態が見える実体を迎えれば爆発が起こるのです。水は水でも、温めれば水蒸気になって完全に見えなくなります。同じように、とても熱い位置にいる神様が冷たい見える実体とぶつかれば爆発するのです。
 神様は、自体的性相と形状の愛を中心として平たい水溶性を帯びた球形で存在します。しかし、それは、内的運動が外的に現れないので刺激を感じることができません。
 ところが、この実体に刺激的な対象が生まれることによって、熱いものが冷たいものとぶつかるので爆発するのです。内的に心と体が血統を通して愛で和合し、生命で和合すれば、その瞬間には相違なる喜びを感じますが、実体で感じることができないのです。これが相対的実体によって、爆発することのできる刺激を感じてこそ、天地が一つになるのです。
 爆発すれば運動が起こります。愛というものを軸として運動が展開するので、永遠に愛そうという心さえあれば、永遠に回転することができるのです。ですから、中心に神様をお迎えして暮らすことができる家庭となり、永遠に運動することができる原動力によってその家庭で種から芽が出るのです。
 芽が本然の実に、神様と同じ実の位置に戻ろうとするので、幹が東西四方に大きく育って完成し、大きく広がった枝ごとに実を実らせることができるそのような環境形態ができるのです。
 アダム家庭を中心とした実体の大きな木のように、それを中心として、アダムとエバとして創造した実体的対象を繁殖させて東西四方、世界に満ちあふれさせ、天の国の民を繁殖することができる数多くの分工場を拡張するのです。そうすることによって天の民をいっぱいにし、霊界にいらっしゃる神様と地上の実体の父母が共に暮らしながら、協力してそれを生産するのです。そして、それらが霊界で永遠に暮らすことのできる一体として復帰され、天上世界の国と民と地を中心として、地上・天上理想を完成するというのです。
 今までキリスト教は、カインとアベルが一つになって霊界、すなわち霊的基準で基台をつかんできました。キリスト教は、体を中心として霊界を収拾したのであって、地上世界を収拾することはできませんでした。地上世界を収拾しようとするので、闘いをしなければなりません。
 国家を越え、民族を越えて単一民族を形成するために、連合国と枢軸国が互いに怨讐となって戦った第二次大戦において連合国が勝利したのちに、初めてそれを消化するようになりました。カインとアベルが消化され得る時が来たというのです。この基準で、第二次大戦以後にアメリカをはじめとするイギリスとフランスが受け入れていたならば、統一教会は一躍、三年以内に峠を越えていたことでしょうし、七年以内にすべて終わっていたはずです。
 このようになっていたならば、今日、私たちがいう地上・天上天国が、統一的な民族形態の基盤の上で成されるのです。分離されていた霊・肉界が一つになるのです。
 イエス様の体が霊と肉に分かれました。再臨時代までの二千年間、苦労しながら蕩減して備えられた勝利の覇権を引き継ぐことができるこのような基準と、霊界の父母の位置に行ったイエス様が二千年間霊界を収拾して勝利したものとを一つにしなければなりません。一つにするには、イエス様ではできません。イエス様は結婚できなかったからです。イエス様が結婚させることはできません。神様も祝福してくださることはできません。
 祝福を通して血統を転換することのできるお方が真の父母です。偽りの父母が現れることによって、神様とサタンが闘うような状況が生じてしまったのですが、その闘いを終わらせるためには、真の父母が中間に立って、「あなたはこのような理由で闘うのでしょう。神様はこのような理由で闘うのでしょう。それでは、私がそのような状況を変えてあげます!」と言うのです。それで「変えてもらってもいい」と言えば、終わるのです。
 ですから、神様とサタンまでも和解させ、ユダヤ教と来られる主、それから周囲に存在する宗教と和解をさせるのです。イエス様が来て、家庭を中心として国家の和合が成され、主権さえもつようになれば、その時にすべてが終わります。
 しかし、それが終わらなかったので、世界舞台において、第二次大戦以後に世界国家であるアメリカ・・アメリカは、世界の第二次的なイスラエル圏・・が、第三次地上・天上の主権、覇権の主人として来られる主人に出会い、地上統一、天上統一の基盤を造成していたならば、第三イスラエルの天国出発と同時に、第三解放圏である地上・天上天国の解放へと連結されたことでしょう。
 それが四十年間回り道をして今日まで五十六年の歳月が過ぎ去りました。そうして、きょうこの「神様王権即位式」をすることができたということは夢のような話です。

  神様王権時代・天国人の条件

 神様の即位式を誰がしてあげますか。初めに誰が即位式を台無しにしたのですか。サタンとアダムが台無しにしたのです。アダムとエバが真の父母になることができなかったことによって、サタンが入り込み、この地上に真の父母の血統的基準を立てることができませんでした。堕落することによってサタンの血統が残ったので、これをすべて否定してひっくり返すことは、神様にもできず、サタンにもできません。今までサタンが自分でつくってきた国を自分で壊してしまうのは難しいのです。誰でも、自分がつくったものを改造することになれば嫌がります。サタンも同じです。
 それを神様がひっくり返すことはできません。神様がひっくり返すことができるのならば、エデンの園でアダム家庭を失うことはなかったでしょう。いずれにしても、理論的にも神様が手を出せないということは間違いないので、神様が手を出すことができないことに手を出すことができる人物が誰かというと、完成したアダムです。本然の愛の家庭をもつことができるそのような家庭は、アダム家庭以外にはありません。
 その家庭とは何でしょうか。今日、祝福家庭の皆さんは、「祝福の中心家庭誰々の名によって祈祷します」と言います。「誰々の名」とは、世界を代表しているので「誰々の名」と言うのであって、その時には、「アダムの名によって祈祷します」と言うのです。千万後代の人たちは、アダム一人の実です。実というものは、いくら多くても、その価値は同じです。
 ですから、「祝福の中心家庭誰々」とは何ですか。万国が競争しています。すべての祝福家庭がみな中心家庭だといいますが、すべてが一等だとみなすことができますか。千人が中心ならば、競争しなければなりません。武道大会に出て競ったり、相撲を取ったりして、力比べをして闘わなければなりません。闘って勝ってこそ一等になります。
 ここには四千家庭以上集まりました。しかし、一等は一つしかありません。マラソン大会で何百人が走ったとしても、一等は何百分の一です。ですから、一等、二等、三等! 普通は何等まで賞をあげますか。オリンピック大会でも、メダルを与えるのは何メダルまであげますか。金メダル、銀メダル、銅メダルです。三等、三段階まで該当します。すべてのものは三数です。三数が一つの峠です。全部が三数になっています。
 それを見ると、良心的な人たちや精誠を尽くす人たちは、競技をしたとしても、自分でも知らずに天地の度数に合わせるようになっています。中央を知らないだけです。この周辺の中に入っても、中央を知らないだけであって、ここでは度数に合わせるのです。
 ですから、十二カ月がそうですし、今日の測定器を見ても、十進法、十二進法を使っています。十二進法を中心として見れば、その十二カ月自体が中心ではなく、十二カ月の中心がなければなりません。三六〇度を回っていくにおいて、中心がなければ三六〇度を見分けることはできません。ゼロ点がなければなりません。ゼロ点、ゼロ点とは何でしょうか。固定した立場で、永遠に変わらない位置を備え得る定着基盤なくしては、三六〇度の方向はすべて混乱してしまいます。
 中心が問題です、中心! 復帰も中心なくして完結できますか。祝福家庭の中心とは何ですか。誰が祝福をしてあげますか。父母がしてあげるのです。誰が結婚式をしてあげますか。自分の息子、娘に、血統を一つにして父母に似るようにしてあげる結婚式を、誰がしてあげますか。堕落していなければ、誰がしてあげたのでしょうか。父母がしてあげるのです。天使長に引っ張られていったので、今日の結婚式は、社会の有名な人、名のある人が主礼をします。横にはしごを掛けて上がっていこうと考えるのです。
 昨年の十月十四日、聖人と先生の息子、娘、祝福を受けた家庭と一つになって、宗教界の統一式をしてあげました。そのようにしながら語ったこととは何かというと、先生は「家庭の王だ」ということです。今まで家庭の王、天地を代表した中心の立場に立った家庭の王がいましたか。家庭の王になろうとすれば、すべてのものの中心にならなければなりません。父母の中の父母にならなければなりません。それから、長子の中の長子にならなければなりません。長子の王が先に家庭をもつのです。
 結婚に逆婚(兄弟姉妹の中で年の若いほうが先に結婚すること)というのがあるではありませんか。結婚をひっくり返してすることはできません。順序どおりにしなければなりません。最近では、逆さまにして騒いでいます。またそれは、復帰という内容と相通じるところがあるので、このようにしても合い、あのようにしても合い、逆さまにしても通じるというのです。本来は、長子、次子、生まれた順序どおりに結婚しなければなりません。韓国には逆婚という言葉があります。それはいけません。
 その順序が逆さまになれば、ひっくり返ってしまいます。世の中は、すべてそのようになっています。これをどのようにして合わせますか。そのように混沌となっているので、最近は親族相姦関係が現れています。姦淫するという話です。おじいさんが孫娘と暮らし、おじいさんが嫁と暮らしています。親族相姦関係が生じたのです。そのような人々は、中心が分からずに回っているので、お互いにしがみついて暮らそうとしているのです。
 このようなことをする大混乱時代、家庭的大混乱の時代です。一家、親族を問わず、自分の系列をつかむことができずに、一度なのか、ゼロ度なのか、三六〇度なのか、一八〇度なのか分からないので、互いに回りながらゼロ度でも、三六〇度でも、一八〇度でも合わせてみるのです。
 それゆえに、民族を移動して、世界が乱交する事件まで起こります。今、そうでしょう。外交官という人たちが外国に出ていけば、その国にどのくらい旗を差してくるのか、どのくらい女性たちと相姦関係を結んでくるか分からないという乱交時代の様相となりました。
 このようなことを誰が収拾しますか。神様もエデンの園でアダムとエバが堕落するのを干渉できず、サタンが結婚することも干渉できなかったので、終わりの日に干渉する方法がありますか。病の根源を取り除くことができなければ、その病のために死ななければなりません。滅びるというのです。結局、偽りの愛、偽りの生命、偽りの父母によって偽りの血統が生じたので、真の父母が来て、これをもう一度否定して蕩減復帰しなければなりません。
 したがって、「死なんとする者は生きる」という言葉は蕩減される時まで生き残ってこそ成立する言葉です。つまり、死亡世界で生きている者が死ぬような境地に立ったとしても、生き抜くことができる余力があってこそ生き残るということです。死ぬことを悲しみ、逃げ出したいと思う人には、永遠に復活圏はありません。ですから、聖書には「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きん」と言ったのです。
 それでは、もし神様が死のうとすればどのようになるでしょうか。神様が生きようとすればどうですか。永遠に希望がないというのです。それはそういうことです。人が死なんとしてこそ生きて天国に行くとすれば、神様も同じです。神様がもし死んだ立場、堕落圏内に巻き込まれているなら、それを抜け出すためには、神様も死なんとする立場に行ってこそ生きるのであって、生きんとすれば神様も? (死にます!)。
 先生はどうですか。先生も同じです。先生も生きんとすれば死に、死なんとすればどうなるのですか。それゆえに、統一教会の文教主がメシヤとなり、真の父母になろうと考えたでしょうか、考えなかったでしょうか。そのように考えたのなら、毎日死ななければなりません。毎日、毎日、「死ぬ」と言って大騒ぎしなければなりません。死なない環境でも、死ぬようなことをしなければならないという話にもなるのです。
 竹には節目があります。節目ができるときには、新しい節目が出てきます。育てば育つほど大きな節目が出てきますか、小さな節目が出てきますか。根元の節目が太いですか、てっぺんの節目が太いですか。節目がたくさんできればできるほど、細くなるのです。それが理想的です。太くなれば冠をかぶって偉そうにふんぞり返ったようになってしまいます。この竹は、大きくなればなるほど先が細くなるので、その中に入っていこうとしても入っていく所がありません。
 ですから、神様も同じであり、真の父母も同じなのですが、天の国に行こうという人はどうですか。気も狂わんばかりでしょう。神様も、生きようという人間の一生命、一生命を生かすためには、その反対に死の場にまで行かなければなりません。そのようにしなければ生かすことができません。崖から落ちた人をひもで縛って助けようとすれば、死ぬほどの力を注いで平地に引っ張り上げなければなりません。そのように生きるか死ぬかの基準を越えて初めて、人も生き、神様も生きるのです。
 それゆえに、天国に行きたい人は、神様が何千万回も死の峠を経てこられたので、何千万回死の峠を行ってもその峠を越えなければならないのです。あとで神様も疲れてしまいます。私よりも年を取っているからです。一番年を取っているでしょう。おじいさんの中の大王のおじいさんとは誰ですか。神様です。ですから、ひもで縛って平地に引き上げるのにどれほど力を使ったでしょうか。ですから、私が引き上げられれば、神様は間違いなく疲れて倒れてしまうというのです。
 そのようになればどうしますか。背負って病院に行かなければならないでしょうか、行ってはならないでしょうか。病院がなければ、仕方なく、どのようなことをしてでも助けようとしなければなりません。祈祷をするとか、死の峠を踏み越えていく道しかないという結論が出てきます。
 メシヤ、あるいは救世主という人は、神様よりも苦労しなければなりません。神様を遊んで暮らすようにさせ、自分は死ぬほどの苦労をしようと思わなければなりません。

  世界のために苦難の重荷を背負う覚悟を

 神様を死なせて、自分は遊んで暮らそうという人がメシヤになれるでしょうか。統一教会に入ってきた皆さんも同じです。先生は死ぬほど苦労するのに、自分は遊んで暮らそうという人がいるなら、天国に行かなければなりませんか、地獄に行かなければなりませんか。「先生は、私の言うとおりにしてください! 先生は今、社会のことも知らないようですが、それではいけない!」と、そのような話を聞かなければなりませんか、聞いてはなりませんか。生きるか死ぬかという課題が残っているのに、生きるために陰で何かをたくらむようなことが通じますか。一緒に死のうとしてこそ、一緒に生きるのです。自分一人だけ生きようとしてはなりません。
 「父親が賢いのか愚かなのか分からないが、息子、娘のために先に死のうというのが父親の心であることに間違いない」と思うときには、父親がするとおりに最後まで行動しなければ別れてしまいます。最後の局面になって別れるのです。
 父親は死のうとするのに、自分が死ぬまいとすればどのようになりますか。別れますか、別れませんか。父親の行動と息子の行動が別れれば、地獄の行動と一体になるのです。そのような行動に従っていった孫は、おじいさんの懐に抱かれて一度のキスさえできません。
 皆さんの中で、今まで統一教会を信じてきながら、先生以上、神様以上に苦労してみようと思った人はいますか。特に西洋の人たちの中にそのような人がいますか。「いかなる困難があっても、私は先生が迫害された以上の立場を越えよう。それは問題ない」というそのようなコンセプトをもっていますか。西洋の人たちは「自由、自由、自由!」と言っているでしょう。いくら西洋の教育制度が良くても、皆さんには自由のコンセプトしかありません。家庭観、社会観、国家観、世界観、宗教観、神様の摂理観のようなものがありますか。アジアの教育と西洋の教育は一八〇度違います。家庭観も違います。 
 ですから、終わりの日に西洋は滅びるのです。特に、ここに集まっている西洋の家庭は、きょうの記念日を忘れてはなりません。皆さんは、過去の宗教指導者たち、イエス様、そして再臨の時の先生がどれほど多くの困難を克服してきたかを知りません。個人主義の観点では、そのようなことを知ることはできません。
 氏族、民族、国家、世界、天宙のコンセプトがないではありませんか。どのようにしてそのようなことを教え悟らせるのでしょうか。先生が個人観、家庭観、社会観、国家観、世界観、宇宙観を完成し、神様を解放しなければならないということを教えてあげました。小さなことから始めて、神様を解放する最高の段階まで上がってきました。
 どのようにしてそれを成すのでしょうか。心と体を統一することから始めるのです。絶対的に心と体が一つになった立場から、家庭、国家、世界、神様まで進んでいくのです。
 西洋の人たちがいくらその位置まで進んでいきたくても、進んでいくことはできません。なぜ進んでいくことができないのでしょうか。個人主義のコンセプトをもっているからです。それが怨讐です。それが神様の怨讐であり、宗教世界の怨讐であり、良心世界の怨讐です。すべてのものの怨讐です。それはサタン、天使長の立場に連結されるのです。皆さんは、ここに見物に来ましたか、先生のみ言を聞き、困難な峠を踏み越えるために来ましたか。それが問題です。そこに個人主義的概念はあり得ません。それを知らなければなりません。
 ハーバード大学を出て、エール大学やオクスフォード大学を出たとしても、問題は同じです。かえって、労働者やできの悪い人たちのほうが良いのです。フリーセックスを好む人たちは誰ですか。白人たちですか、誰ですか。黒人がそれを好むとすれば、白人から教わったのでしょう。このように思わなければなりません。フリーセックス、ホモ、レズビアン、このような者たちは、間違いなくエイズにかかるようになるのです。
 エイズと麻薬のために全滅するようになっています。アフリカは、六〇パーセントがエイズにかかっています。十五年、二十年以内に滅びると思うのです。エイズの潜在期間は、八年から十二年です。二代ですべて滅びます。
 きょうの行事のために、付き添い人として立った人たちは自信がありますか。先生についていく自信がありますか。先生が神様を解放したのなら、皆さんは先生を解放しなければなりません。数多くの国々がいまだに解放されていません。ですから、皆さんを解放して百二十カ国を解放させようというのです。イエス様の百二十門徒がマルコの家の屋根裏部屋で解放されましたが、その百二十門徒に当たるのが世界の国家代表たちです。国家の王にならなければなりません。統一教会を中心として、皆さんが総督となって百二十カ国を復帰しなければなりません。
 皆さんは責任を果たしましたか、果たせませんでしたか。祝福家庭は、南北統一のために統班撃破の活動をしています。統班撃破の活動をきちんとしたとしても、世界が一つになることはできません。国連を残しておいて、世界が一つになりますか。皆さんは統班撃破をし、私は国連を動かすのです。
 国連を中心として見るとき、NGO(非政府機構)もたくさんの問題点を抱えています。この人たちに「一番難しいことをしなさい」と言えば、それをする人がいますか。NGOの責任者たちは、現在の政権や社会悪を中心として、どうだこうだと指摘しますが、先生のように、国連の役割と共産主義を料理する問題など、そのようなことを指摘しますか。あまりにも次元が高いので、聞いてからぼーっとなります。そのような次元の高い内容を知って初めて反対することができます。彼らは「正しいことは正しいです」と言っているのです。
 青少年の淪落と家庭破綻、エイズ問題、特に純潔な血をどのようにして残すのかという問題は、彼らには分かりません。それに対する解決方法は、大統領や国連事務総長など、誰も分からずにいます。彼らは「これはうそのようだ、本当だろうか」と言います。
 世の中はずる賢いのです。誰かが大統領になれるといえば、どやどやと群がります。そのようにあまり歩き回ると、糞ばかりがくっつくのであって、金の粉が付くでしょうか。皆さんは、そのような人たちにどやどやと付いていきますか、付いていきませんか。では、先生に付いていきますか。先生は、どやどやと歩き回るよりも、もっと早く歩き回りますが、どうしますか。私が南米に行って何年間か働きましたが、今からは「環太平洋時代が来た」と言って、「海で鯨を捕まえよう。金の延べ棒を探そう!」と言っているのですが、皆さんは付いていきますか。皆さん、入籍する自信がありますか。入籍の修練を受けたとしても、パスする課題を残しているということを知らなければなりません。
 さあ、きょうの主題は何ですか。神様王権即位式をする前に必要な話はもう終わりました。何があっても、死なんとする道を行かなければならないということです。
 皆さんも、今から息子、娘たちに自分たちの先祖、金氏なら「金氏の先祖即位式だ」と言わなければなりません。朴氏なら朴氏に対して、朴氏先祖王権即位式ができないなら長官式でも、それもできなければ局長式でもして、初めてその国の所属になるのです。そのような競争時代に入ったということをはっきりと話してあげなければなりません。今から、神様王権即位以降に守らなければならない条件をはっきりと教えてあげようと思います。
 今まで問題は何かというと、血統が問題です。「血統」は英語で何というのですか。ブラッド・リニージ(blood lineage)です。それが最も重要です。自分の国の王は重要ではありません。父母も必要ありません。社会団体や政府も関係ありません。学校も関係ありません。それらはつばを吐いてしまわなければなりません。今、この世界には多くの国がありますが、神様に属したものは一つもありません。
 サタンに属しているというのです。もう、ほかに方法がありません。神様に従い、真の父母に従う以外には、中心の位置はありません。アメリカ大統領であるジョージ・W・ブッシュ大統領がアメリカの中心ですか。ゴアと闘って、得票はゴアのほうが多かったのです。選挙人団か、何か、そのために負けました。終わったというのです。
 アメリカは、CIA(中央情報局)とFBI(連邦捜査局)を中心として、弱小国家に「おい、民主主義と両院制を選択しなさい」と言うことはできなくなっています。「自分の国のことをきちんとしろ、こいつ。誰のためにここに来て大きなことを言っているのか」と言われてしまうのです。民主主義がなければ、今から西洋の人はどのようにして生きていきますか。ですから、私がブッシュ大統領に会ったなら話すことがあるのです。
 任期を四年制から八年制に延長しなさいということです。政権が交代したあと、四年間競争ばかりしていて、どうして仕事ができるのですか。国の財産、国家の財産をすべて消耗してしまいます。一つの峠が八数なので八年間はしなさいというのです。男性と女性がいるので、民主主義的にしようとしても十六年間はしなければならないのです。また、家庭を中心としてその二倍するようになれば、三十二年間はやってこそ、死んでいた国でも生かすことができる可能性があるというのです。四年間でどうやってするのかというのです。二年もたたずに選挙運動を始めるので、民主主義をしながらすべて滅んでしまいます。原理が許しません。
 今後、王権時代に入っていきます。どのようにして入っていくのですか。四年を八年にし、男性と女性がいるので、十六年ずつ、それを一次、二次とすれば、三十二年間することができます。天下の王が三十二年だけ王でいいですか。ですから、王権時代に入っていくことは問題ありません。
 そして、アメリカのような自由世界、民主世界は、「ユニオン(労働組合)」のために問題を抱えています。しかし、考え方によっては、ユニオンは問題ありません。労働者と農民のユニオンがあるのと同じように、株主、ストックホルダーのユニオンをつくりなさいというのです。
 「労働者のユニオンと株主のユニオンが一つになって、自分たちの家庭と子供と妻をきちんと食べさせて生かさなければならないので、去年の生産量よりも今年はもっと高めなければならない。高めなければならないから、労働者ユニオンと株主ユニオンが競争しよう。それで、利益が出たものは、三年間、主人に与えずに自分たちで分けるのだが、労働者のユニオンが一生懸命に働けば、その何パーセントかを多く与え、株主のユニオンが一生懸命に働けば、その分もっと多く与えよう」と、このようにするのです。そうすれば、争うでしょうか。西洋社会でこのように考える人はいません。
 それができないときには、「宗教連合の世界組織よ、集まれ。全世界の祝福家庭、集まれ。私たちで宗教ユニオンをつくろう」と言うのです。そのように「宗教ユニオンをつくりなさい」と言えば、つくりますか、つくりませんか。(つくります)。
 統一教会の人たちは、生涯奉仕しようとしているので月給の三分の一も必要ありません。会社がつぶれそうなとき、「稼いで補填しながら私は働く」、そこまではしなくても、「もらった給料から三〇パーセントを会社に捧げて働く」と言えば、ユニオンたちはどうなるでしょうか。私にアメリカを任せてみなさいというのです。三年から七年以内に、みなきれいに整理できます。
 それは、可能な話ですか、不可能な話ですか。希望的な話ですか、絶望的な話ですか。ですから、「ユニオンも退きなさい」と言うならば、共産党は退いていくのです。ロシアにユニオンがありますか。中共にユニオンがありますか。北韓にユニオンがありますか。先進国にユニオンが現れた原因はどこにありますか。ロシアが外交政策でその国を滅ぼそうとユニオンを支援してきました。先生の話したとおりにすれば、ユニオンがもっている問題点を解決することができます。
 今からは、このように見ようとあのように見ようと、好きでも嫌いでも、東洋人であろうと西洋人であろうと黒人であろうと、人という人は、文総裁の言うことを聞かなければ困るようになります。ですから、初めから困った立場に立たずに、きょうから新しく決意しなさいというのです。一度決意すれば、いくら困難な迫害があったとしても変わってはならないというのです。今からは確信をもたなければなりません。
 「祝福の中心家庭誰々の名でお祈りいたします」と言う人たちは、家庭から氏族、民族、国家、世界、天宙まで、アダムとエバが家庭を破綻させたことをすべて収拾して、自分の一族はもちろん、国までも天の前に捧げなければなりません。氏族基盤は国を建てるためのものです。氏族の財産を売って国に税金を捧げてでも、国が豊かにならなければなりません。
 今から、天の国の組織は、サタン世界の行政組織よりも立派でなければなりません。サタンの先進国家に王宮があれば、その王宮よりももっと素晴らしい王宮をつくらなければならないようになっています。天と地の民が喜んで休息することができる空間をもったビルディングをつくらなければなりません。

  人間が守るべき三大規範

 生涯、飢えて暮らしたとしても、そのようなものを自分の一族で造っておかなければ、天国に行く面目がありません。先生の前に面目が立ちますか。それから、大使館を造り、学校を造らなければなりません。祖国の教育をしなければなりません。そして教会を造らなければなりません。祭祀の方法を教えてあげなければなりません。そのようにしてから自分の家を建てなければなりません。それまでは、負債を負った者です。
 孝子とは何ですか。父母が死ぬ立場にいれば代わりに死ぬ人です。忠臣とは何ですか。国王が滅びようとすれば代わりに滅び、死ぬとすれば先に死ぬことのできる人です。聖人や聖子も同様です。
 今年の標語は何ですか。「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」。「解放された天地父母と子女が一心一体となって」という言葉の間に、水が入り込むすき間がありますか。空気が入り込むすき間がありますか。太陽の光が入り込むすき間もありません。「一心一体となって」、それから、真の愛です。真の愛で一つになるのも、一心一体となってこそ一つになります。天地父母と一つにならなければなりません。父母と子女が一心一体となってこそ、真の愛が生じるのです。一心一体となってこそ、真の愛です。
 真の愛の中に何ですか。「主体的中心性」です。「中心的主体性のみ旨が完成されますように」これは、一年だけの標語ではなく、三〇〇〇年までの期間、誰もが守って実行しなければなりません。
 今回、祝福家庭は、「三時代大転換四位基台入籍統一祝福式」という名のもとで祝福を受けました。それを中心として生活すればいいのです。
 今日、この新千年時代にすべきこととは何でしょうか。これまで、神様も解放されませんでしたし、真の父母も解放されませんでしたが、今、解放された天地父母と子女となったので恐れるなというのです。監獄に入ったとしても恐れるなというのです。自分が早く天国に行きたいのに、若くして行けばどれほどいいでしょうか。損をしますか。天上天下の全宇宙が自分の手に入ってきて主人となるのに、なぜ否定しますか。死ぬか生きるかは心配いりません。そのようになっていなければなりません。
 先生は、食べる物を探し求めていきましたか、み旨を探し求めていきましたか。食べる物に従っていきますか、み旨に従っていきますか。み旨は見えますか、見えませんか。神様は見えますか。愛は見えますか。生命は見えますか。血統は見えますか。良心は見えますか。見えません。見えないので、考えない人には分かりません。
 きょう、即位式を行うことによって、国が変わりました。今から、み旨の道のために心配しなければなりません。神様は、今までみ旨の先頭に立つことができずに恨を抱いています。御自分がしたいとおりにできなかったという恨が染み込んでいます。神様がしたいとおりにできるように、後援部隊になりなさいというのです。
 「神様、なぜこうなのですか。けさは何か忙しいことがあって、私よりも早く降りていかれるのでしたら、私を起こして連れていかなければならないでしょう。今までは、神様が人類を起こすために働かれたのですから、これからは入れ替わる時ではありませんか。お父様は、息子よりも立派なのに、息子、娘よりも苦労して、やっとのことでここまでして即位式をしてくださったので、即位式の権限を中心として、号令一つで天下がするっと巻き込まれていくはずなのに、なぜお出ましになられないのですか。私が案内します」と、このように言うのです。
 神様がお出ましになられなくても、案内はできるでしょう。今からは時が変わりました。「行わずに心配する人は死になさい」。たった今、私が何と言いましたか。「すべきことを明らかに知りながら、心配する人は死になさい」と言ったのです。死にますか、死にませんか。「全員が死んだとしても、自分だけは残る」と、そのように思わなければなりません。
 皆さんは、どのように個人完成するのか知っているでしょう。個人の心と体がどのようにして一つになるのか知っているでしょう。堕落するとき、サタンの血統を受け継いだ体を堕落するときの愛が、堕落していない、愛を知らない良心の力よりも強かったというのです。これが問題です。
 どのようなことがあっても、体のしたいとおりにしてはいけません。「こいつ、こいつ! 涙を流しても『ありがとう』と言って感謝しなければならない」、「こいつ、なぜ涙を流すのか」と、このようにしなければなりません。「死ななかったので、早く殺してください。血が出てこなければ、血を抜いてください。むちでは駄目です。槍で横腹を刺してください」、イエス様もそうではありませんでしたか。死なないので、槍で刺したのと同様に、血を抜けというのです。祭物になろうとすれば潔くならなければなりません。
 今から守るべき鉄則とは、第一に、死ぬほどのことがあったとしても血統を汚すなということです。何の話か分かるでしょう。第二に、人事措置を間違えて、人権を蹂躙するなということです。男性であれ女性であれ、黒人であれ白人であれ、平等です。人権を差別したり、人権を蹂躙したりするなということです。責任者たちは自分と気が合わないといって、むやみに人事措置をしてはいけません。気が合わないといってむやみにはできません。
 教会の幹部たちよりも、先祖が善なる人はいくらでもいます。何代もたたずに大統領になる家門の人の首を切ってしまえば、自分の先祖ががらがらとすべて崩れます。ですから、先生は、人事措置をあまりしません。上のほうの人たちを人事するときは、くじ引きでします。人権を蹂躙するなというのです。
 先生は、どこに行っても、黒人だといって差別したり、出身大学で何かを決定したりはしません。人権を正しく指導するには、真の愛、「ため」に生きる愛をもって暮らす人が主流です。天地創造は、そこから始まりました。その主流思想を乱してしまうことは、許すことができません。罪の中で二番目の罪です。
 第三に、公金を盗むな、公金を自分勝手に使うなということです。以上、三つです。このために監獄に入ってみると、そこにいる人の七〇パーセント以上が、これらのことゆえに監獄にいるのです。人権を蹂躙し、血統を汚し、男女問題に引っ掛かっています。それから、金銭問題、権力問題です。お金と知識と権力が怨讐だったというのです。分かりますか。天の国の憲法第一条とは何でしょうか。血統を汚してはならない、血統を清く保存しなさい、純潔の血統を永遠に守りなさいということです。
 今から、祝福を受けた血統は、神様の血代であり、神様の愛と生命を受け継いだものなので、今までの堕落世界に染まった習慣的な行動で汚してはなりません。それを守ることができますか。夫婦になっている人も、配偶者がいなければ一人ででもいいので、完全に血統を汚さないという人は、目を閉じて決意し、神様だけを見つめて力いっぱい手を挙げて誓いましょう。誓い! きょうの記念の日を忘れてはいけません。分かりましたか。夫婦でけんかしても、「正月十三日、十三数!」と言えば、気を静めなければなりません。
 西洋では、「十三」といえば、最も悪い数です。十二カ月の中で中央数です。中央に十二カ月が入っていれば、天地の道理が循環しなければなりませんが、これがないのですべて混乱し、逆理的混乱世界になっています。これを正そうというのが天の願っていることなので、このことを知ったならば、「千回死ぬようなことがあったとしても守らなければならない」と鉄のような決意をする時間としてこの時間を受け入れなければなりません。
 第二には、人権を蹂躙してはならないということであり、第三には、公金を盗んではならないということです。国家財産略取! どこかに行って良いものがあれば、ビルから金塊が落ちてきたとしても、それを自分のものにすれば略取です。自分勝手に使うことはできません。先生は、皆さんがもってきたものを受け取りません。お母様を通して受け取ったとしても使いません。それは毒薬よりももっと恐ろしいものです。あの国に行って、がちっと引っ掛かってしまいます。
 最も恐ろしいこと、天の国の憲法の第一条とは何かというと、純潔な血統を守らなければならないということです。汚してはいけません。女性たちはいつもナイフを手の近くにもっていて、引っ張られていく状況になれば、そのような怨讐には「ええい、どうにでもなれ」と言って、つかんだ相手の手の近くを切ってしまえというのです。それでも、いざとなれば、自分の首を切ることもできるのです。血統の純潔は生命よりも貴いのです。
 理想的な夫婦ならば、自分の夫や妻が他の男性や女性とこのようにするのを喜びますか。黒人はどうですか。白人はどうですか。みな同じです。分かりましたか。一番目が何ですか。純潔であれ! 二番目は? 人権を蹂躙するな! 三番目は? 公金を略取するな! きょうのこの記念日に、天の国の王権を維持し、皆さんが王権の前に民となり、父母となり、妻子となり、兄弟となるためには、これが絶対に必要です。
 それゆえに、兄を無視することはできません。弟の体が不自由だからといって、無視することはできません。親戚を無視することはできません。世の中は、みな無視するでしょう。知識があるといって、大学を出た人だといって、高卒の人を無視してしまいます。それは、人権蹂躙になります。
 それから、公金! 国家財産略取の罪です。先生のポケットにあるお金まで、何かの方法を使ってでも抜き出して使おうとするのは、公金略取です。これはみな犯罪です。余っても、報告して、「これは自分が使う」と言えばかまいませんが、そのまま使えば問題が生じます。行く道に鉄条網が張られます。
 ですから、先生は、絶対にそのようなことはしません。献金をしても、私は手を出しません。それでは、どのように暮らしますか。車が必要ならば、稼いで買います。私はお金のもうけ方を知っています。
 一番目は純潔を守りなさい! 分かりましたか。特に西洋の食口たちは、どのようにして純潔な血統を維持するのかというのです。二番目は何ですか。人権保護! 三番目は公金を略取するな! 皆さんはたくさんの公金を略取したでしょう。働きもせずに「ああ先生、ひと月に、一週間に一度ずつ家に来てくれれば良い」と思うでしょう。ここに集まって「問題児」になり、規則も守らずに良い所で寝ようとする、それがみな略取です。公的な環境を破壊するのです。国家財産の略取と同様に恐ろしいのです。そのように生きる人は、いくらうまくやろうとしてもできません。そのように生きてごらんなさい。いくら神様の前に祈祷しても、伝道できません。人が門の前に来ても戻っていってしまいます。
 負債を負う人は、天下がみな嫌います。金氏の家門なら金氏の家門の中で、問題を起こして負債を負うということを好む人がどこにいますか。あとから行く道までふさがれて、逆さまにくぎで打ち込まれてしまうというのです。そのような時が来ます。
 この三つについて分かったでしょう。三つを一度、数えてみてください。一人で内心決意したことを、一つ二つ三つ、一つ二つ三つ、一つ二つ三つ、何度も数えてみてください。純潔、人権、国家財産の略取、この問題についてはっきり知って、習慣化しなければなりません。口さえ開けば、目さえ開ければ、そのような言葉が出てこなければ、行動をすることができないのです。
 これに付け加える話をするとすれば、先生は、生涯、愚かな人や、ありとあらゆる人を連れて生きてきたので、何らかの事情がないでしょうか。皆さんが生きていくにおいて、何らかの事情がないでしょうか。そのとき、多くの事情があるはずですが、この三つの法に引っ掛からないように努力すれば、その事情にみな打ち勝った人になるはずなので、先生が何も言わなくてもいいでしょう。

  父子・夫婦・兄弟が一つにならなければならない

 では、どのようにしなければなりませんか。どのように生きていきますか。正しく生きなければならないでしょう。正しく生きるのに、一人で暮らすことを正しく生きるといいますか。一緒に暮らさなければなりませんが、正しく生きるということの中には何が入りますか。神様の公式法度として立てられたものの中で、どのような環境、どのような人たちとでも共に暮らせば、正しく生きることになるのかというのです。簡単です。それも三つです。父子関係、夫婦関係、兄弟関係です。兄弟関係は夫婦の前では子女になります。子女関係、兄弟関係だというのです。
 自分の家庭を中心として、父と母がいて、それから、夫婦がいれば、息子、娘がいます。したがって、父母の前で、自分にとっては兄弟関係と同じ姻戚の八親等、四親等以上がみな連結されて入ります。ですから、父子関係、夫婦関係、子女関係です。これが連結されれば、兄弟は自動的にできるのです。
 子女関係を兄弟関係といってもかまいません。彼らと一つになって正しく生きなければなりません。正しく生きるためには、正しく生きることができるように指導しなければなりません。お互いが手本になってこそ、それが正しく生きることになるのです。手本になっていなければ、不幸せに暮らしているのです。父母の前に、夫婦の前に、子女の前に手本となれるように暮らせば、正しく生きることなのです。そのように正しく生きればどのようになりますか。天の国の王がいて、地上の王がいれば、その王たちが正しく生きる家庭を訪問する日が来ます。毎年、年の初めに、その国で最も正しく生きる家庭を訪問して表彰する時が来るというのです。
 そのように暮らしたおじいさんから、父母、夫婦、三代が四位基台理想を備え得るそのような家庭に賞をあげるのです。そのような家庭がその国にあれば、先にそのような賞をもらった家庭が、後代に賞を授与することができる責任者、国王を身代わりした国の中心、大統領家庭を身代わりして賞を授与する時が来ます。
 これも三つです。分かりましたか。父子関係、夫婦関係、子女関係です。子女関係が嫌ならば兄弟関係といってもいいのです。兄弟関係が一つになることによって、子女たちがそれを見て似ていくのです。それゆえに、兄弟関係でも子女関係でも、共同の責任のもとで和解し、影響を及ぼしながら主体的な立場に立つ「ため」に生きた人になれば、天の国の誰も自分を追い出すことはできません。
 今から、逆賊として追われて死ぬようなことがあったとしても、この法を守って生きれば、間違いなく天の国の皇族圏となって、どこにでも自由、統一、解放の家庭になります。きょう、これを肝に銘じてくださるようお願いします。これを標語として定めるのです。
 三〇〇〇年標語の中で、みな純潔血統、それから、人権平準化、それから、国家の公的財産略取……。それから何ですか。父子間において、夫婦間において、子女間において手本になろうというのです。兄弟といってもいいです。先に兄弟がすることは、その生活を子女たちが見習うのです。そうではないですか。自分の親戚、親族がみな幸福に暮らせば、息子、娘が見習うようになっています。そうしてこそ、手本になります。町内中がみな、「あの人に従っていかなければならない」と言い、「あの人のように暮らしたい」と言えば、その人は、間違いなく天国の民となり、天の国に記憶され得る人になります。先生自身もそのように暮らしています。
 どこに行ってもおじいさんとおばあさんがいれば、昼食の時ともなれば、パンの一つでも買ってきてあげたいという心をもって暮らすようになるのです。ですから、つらくても天が協助してくれるので、版図がどんどん広がります。どこに行っても、私のために生きる人がどんどん増えていきます。十年暮らしてみると、あの谷間のおじいさんとおばあさんにまでも、共同墓地に行く日を待っているおばあさんのためにも生きようとするので、その町内の犬までも、ほえずに私だけにずっとついて回るのです。
 町内の犬さえもほえずに、ぺろぺろなめてくれるように、善なる生活をしなければなりません。もちろん、人間たちもそうです。主人も愛する人が来たので、なぜ反対するでしょうか。喜んでそうするようになります。皆さんは、先生が好きですか。一緒に暮らしたいですか。毎日のように、餅をつくようにおしりを三発ずつたたかれても、暮らしてみたいですか。蕩減儀式の代価があるので、たたかれても損害を被ることはありませんし、悪口を言われても損害を被ることはありません。
 きょう、神様の王権即位式において最も重要な三大鉄則を話しました。それは、私たち人間が公人として必ず守るべき、家庭にあっても、国にあっても引っ掛かることのない指針です。この日に、十分に覚えておくに値する内容であることを肝に銘じて、生涯の標的としてくださるようお願いします。では、きょうのこの歴史的な記念行事を閉じることにします。













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第三章 神様王権即位式以後

神様王権即位式
 


 

第三章 神様王権即位式以後



 

一 今から神様王権時代が始まる


  

1.神様の全般、全権の時代が到来


 今から、神様の全権時代を迎えるようになります。全体、全般、全権、全能の時代、すなわち全世界の体制が一般化され、全権、権能の時代、不可能なことがない全能時代、できないことがない時代に移っていくのです。
             *
 世界のすべての蕩減解消宣布式をしたので、今からは、私たちの思いどおりに全体、全般、全権、全能の行使をする時です。誰も恐れてはなりません。そのような主体性をもって、全員神様の代身者となるのです。神様は、全体、全般、全権、全能の主体であられるので、その対象的な息子、娘の姿を探し求めていらっしゃいます。誰の言うことも聞いてはなりません。
             *
 全体、全般、全権、全能の時代、それを行使することができる時代が来ました。世の中の組織、様々な国の全体組織が一般化されるのです。全体、全般的にすべての能力をもっていたサタン世界が、天の権限の前に完全に無能になり、神様の全権時代、全能時代へ移行していくのです。それをすることのできる人が真の父母です。真の父母から始まるのです。
             *
 今まで良くなってきたので、今後世界が統一されれば、どれほど変わるでしょうか。今まで反対を受け、逃げ回りながらもこのように良くなったのですから、天下が自由天地となり、全体、全般、全権、全能の時代が来て、行って成就できないものがなく、手をつけてできないものがない版図になった時には、どれほど良くなり、どれほど素晴らしくなるでしょうか。それが想像できますか、どうですか。想像できるでしょう? ですから、希望をもって決断をしなければなりません。
             *
 サタン世界には全能がありません。今まで立てられた国家的な基準で全権が行使されていたとすれば、それは過ぎ去り、全能の時代になるのです。何もかも国家と世界に影響を及ぼす世界へ移行していくのだという概念を知らなければなりません。全体、全般、全権、全能の神様が思いどおりにする時が来るのです。
 全般とは、世界のすべてのものが一つの世界になるということです。サタン世界の全権を神様が握って思いどおりにすることができるようになるということです。サタンの全権は、国家基盤を超えることができません。世界基盤は、神様が握っているのです。
             *
 「全権」はサタン世界の全権です。今までサタンは、国をもってどのようなことでもすべてすることができました。しかし、それは全能ではありません。今からは、全権の行使が天に因縁づけられ、統一と権威の世界へ行くのです。そのようにして、全体、全般が一つになるのです。
 その次には全権です。サタン世界の権限以上の能力をもった時代に行くのです。統一と能力の時代に行くのです。ですから、全体、全般、全権です。それゆえに、神様を中心として、地上世界と天上世界が一つになるのです。真の父母を中心として統一的立て札をもたらすことによって、ここで一つになるのです。
 神様が創造される時、絶対信仰、絶対愛、絶対服従をもって「ため」につくられたので、私たちもこのような全般、全権の基盤の上に立たなければなりません。創造本然に戻ってきたので、そこで愛の対象を探すために、絶対信仰をもち、絶対愛、絶対服従の心情をもって、投入して忘れてしまうのです。神様がなされたすべてのことを再び尋ね求め、私たち自身も、神様の代わりに、この世界に対して絶対信仰、絶対愛、絶対服従をしなければなりません。
             *
 全能の時代に、一つの目的を中心として全般的にならなければなりません。今、それをそのままにしていくようになれば、世界の国がすべてアメリカを否定してしまいます。時がそのようになっています。天が否定するのです。全体に対したものを中心として、全般的なものができていません。全体が平準化できる内容ができていないのです。全権、全能ですが、権力を中心として自らの方向が異なっているのです。
 今、全能の時代において、一つの目的を中心として全般的にならなければなりません。一つにならなければなりません。ですから、政治権力構造の闘争概念や目的概念を異にすることができる道はありません。神様を中心として、平準化を中心としてすべて統一的な内容になっているのです。政治方向を越えて家庭的な生活方向に一元化させてこそ、地上と天上の天国になるのです。変わるのです。
             *
 「これからは解放された基準で、全般、全権がお出ましください!」と言うのです。ですから、私が「しなさい」と言うとおりにしなければなりません。それで、聖人と、どうしたのですか。殺人魔と祝福してあげたのです。神様はできません。私に命令することはできません。先生が知って証明してあげたので、神様は私のあとをついてこられたのです。
 神様とサタンの闘いを、神様も止めることはできず、サタンも止めることはできません。偽りの父母がそのようにしたことを、真の父母が来て、それを止めることができるすべての解決策を提示するのです。未完成で行使していたサタン圏を無視してしまい、完成の位置にお出ましすることができる解放的神様の時代だということを知らなければなりません。
 それで、勝利的基盤において、第四次アダム圏へ入っていくのです。全般というのは、一つにすることです。全権というのは、サタンの権限です。サタンの権限を全能の権限をもって押さえ、全般、全能による天地創造の本然の軌道を中心として、宇宙を再創造することができる理想圏をつくり上げるのです。先生が望むようになれば、アダムとエバを造った以上の天国を再びつくることができるのです。
 ですから、堕落した世界の人間を捨てて再びつくることができるというのです。「救ってください」という請願の言葉も、真の父母と神様は聞きたくもありません。
             *
 先生が皆さんに対して祈祷する必要もありません。「神様王権即位式」をしたのですから、今から神様の全権時代には、神様を中心として、孝子、忠臣、聖人、聖子の道理を果たさなければなりません。それを助けてあげたいと思っているのが真の父母の心です。酷使したいと思っているのではありません。皆さんは何も知らないので、聞いてくれば、先生が知っていることを指示はするつもりです。そのためには、それ以上の位置に上がっていかなければなりません。それが願いです。
 霊界に行ったすべての人々は、それが恨です。神様がそのような息子、娘に出会うことができなかったことが恨なので、今日、地上にいる私たちが、先に地上で解決してあげなければなりません。霊界に行ったすべての人類も、霊界では恨を解くことができません。地上で解いてあげなければなりません。
 皆さんは、本然の息子、娘を完成した基準で父に侍り、共に暮らさなければならなかった心情圏を、自分一身で復帰、完成してきれいに整備し、解放された解放者とならなければなりません! 解放された天地父母と心身一体にならなければなりません。解放者とならなければなりません。
             *
 あとについて言ってください。神様が勝利の真の父母となってください! (神様が勝利の真の父母となってください)。神様が勝利の真の師となってください! (神様が勝利の真の師となってください)。神様が真の王の王となってください! (神様が真の王の王となってください)。地上の真の父母は、この三大祝福の主体思想の因縁を地上で信奉して侍ります! (地上の真の父母は、この三大祝福の主体思想の因縁を地上で信奉して侍ります。アーメン)。その次に、万歳をします。神様万歳! 真の御父母様万歳! 全権、全能、全体、全般解放圏勝利万歳! 
















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2.民主主義は終わり、王権時代へ移行していく

神様王権即位式
 


  

2.民主主義は終わり、王権時代へ移行していく


 民主世界も、すべて実験を済ませました。民主世界は兄弟主義の時代です。民主とは兄弟のことではありませんか。共産主義というのは、人間外の主義です。物本主義です。唯物主義です。文総裁が民主主義に神本主義、人本主義という表現を使うならば、共産主義唯物論は物本主義です。そうではありませんか。見る観点の中心的思想に物質を設定したので物本主義です。唯物論よりも、私の話のほうが正しいのです。このように見るとき、今日共産主義も実験を済ませ、民主主義も実験を済ませました。
             *
 民主世界には、王という概念がないでしょう? 民主世界は何かというと、兄弟主義です。平面的に見ているのです。民主世界は兄弟主義ですが、兄弟主義世界ではお互いに争いをします。「あなたのもの、私のもの」と主張しながら争奪が繰り広げられるのです。
 民主主義とは、闘う概念ではありませんか。与党と野党が闘うでしょう? その内容とは何でしょうか。互いに王権をもっていこうとしているのです。それは闘いではありませんか。大統領とは何ですか。王権ではありませんか。これがただ行ったり来たりして、すべて搾取しようとするのでうまくいかないのであって、絶対的な王が現れれば、それは問題ではありません。絶対的な平和の世界が来るのです。
 アメリカは、民主主義の代表国でしょう? これがどのようになるのでしょうか。最近では、神様であろうと、サタンであろうと、何であろうと、いかなることをしてでも選挙にさえ勝てば大将になるのです。そのような選挙が正当な選挙になると思いますか。そこには政略が入り、金的策略、人的策略、あらゆる謀略中傷がすべて入っていくのです。そのようにしながら滅んでいきます。発展していくのではなく、滅んでいくのです。不正が多ければ多いほど、滅びていくのです。民主主義というものは、思想や理想ではなく政治制度です。
 ですから、コンセプト(概念)がないので、自由に、東西南北に、頻繁に変わっていきます。今後、白人だけがアメリカ大統領になるという保障はありますか。マフィアを代表した人でも大統領になることができます。マフィアの代表が勝利すれば、そのマフィアの代表がアメリカの大統領になるのです。共産主義者でも、あらゆる術策を使って選挙にさえ勝てば大統領になるのです。盗賊が大統領になれば、盗賊の一家にならなければなりません。神様は、民主主義は最終的には滅びるしかないと思っていらっしゃいます。兄弟主義はなくなります。そこには愛がありません。無慈悲な闘争です。
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 「堂」とは何ですか。国の心と同じです。心は変わることができません。国は体と同じです。神様の理想的な創造の構造は、完成した人間の構造に似るようにすることです。これが最高の理想です。「黨(党)」という字は、「黒」という字が入るので、独裁時代を意味します。この「黨(党)」は民主主義時代です。「口」という字を二つ使うことができないので、一方は消して使うのです。ですから、カインとアベルが一つにならなければなりません。
 この民主世界の「黨(党)」が終われば、今日統一教会で使っている「堂」という字を使うのです。民主主義の「黨(党)」は、兄弟主義の「黨(党)」です。兄を敬わなければなりません。民主主義は兄弟主義です。兄弟なので争うのです。争うのはカイン・アベルです。一方はサタン側であり、もう一方は天の側になっているのでお互いに争うのです。それを世界的に表したものが右翼と左翼です。イエス様を中心として見るとき、右側の強盗の結実が右翼です。右翼は信仰世界の存在です。神側になったのです。
 人類の先祖となり、真の父母として来られたそのお方がみ旨を成し遂げることができなかったので、右翼の群れがいて、左翼の群れがいて、バラバの群れがいるのです。このようにして三人が怨讐になっています。
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 民主主義は兄弟主義なので争いが続くのですが、王主義時代は父母なので争いは始まりません。平和の時代です。
 兄弟が十二人いれば、誰がセンターになるのでしょうか。父母がいれば、センターは既にできています。センターをつくる必要はありません。核があるので、再び核をつくる必要がないのです。
 アメリカの民主主義というものは何ですか。兄弟主義でしょう? なぜ兄弟主義でしょうか。父母がいないからです。家庭にも父母がいないので、家庭でも争いが起きるのです。家庭に父母がいないのであり、氏族にも父母がいないのであり、民族にも父母がいないのであり、国家にも父母がいないのであり、世界にも父母がいないのであり、天と地にも父母がいないので、争いが起きるのです。父母は元からいるのです。本来そこから生まれてきたので、父母を否定してはいけません。
 アメリカでは「わー! デモクラシー(民主主義)に従っていきなさい、世界の兄弟よ!」と言っています。しかし、民主主義には父母がいません。それでは、アメリカが力をもって強制的に「私がセンターだ。私が核になる」と言うことができますか。そのようにすれば、争いは続きます。核とは何でしょうか。根源です。根源のことでしょう?
             *
 神様に侍って地上天国で暮らすのです。それで、これが王権です。絶対的王権です。民主主義ではありません。真の父母を選挙で選出することはできず、メシヤを選挙で選ぶことはできません。
 神様を選挙で選ぶことはできません。それで、王権が成立するのです。サタンは、神様のこのような伝統に従って地上に数多くの王権をつくりましたが、終わりの日になればすべてなくなります。
 今後、民主主義もなくなります。滅びていきます。民主主義はすべて滅びました。民主主義は兄弟主義です。二党主義です。与党と野党の両党主義です。それは兄弟です。父母主義ではありません。
 お互いが闘争しようとして選挙をするのは間違ったことです。これはなくなります。堕落することによって、お兄さんがサタンになりました。父母がサタンになり、王がサタンになりました。
 アメリカの民主主義は、すべて滅びました。誇るべきものがありません。レバレンド・ムーンを中心として、神様のみ旨に従っていかなければなりません。レバレンド・ムーン主義ではありません。神主義です。これが人類に与える共通の真理です。それは、誰もがすべて同じ価値の本郷の地に戻っていくための道であるということを知らなければなりません。真の父母、真の兄弟、真の子女になるのです。ここには宗教も必要なく、多くの国も必要ありません。一つの国であり、愛の統治世界です。
             *
 民主世界の時代は終わりました。民主世界とは何かというと、兄弟主義の時代です。復帰して上がっていく時の、父母が来られる前の兄弟主義の時代です。兄弟たちは争うのです。父母は争うことができません。
 それゆえに、民主主義というものは、今後、父母主義時代を復帰していく時における世界的兄弟主義の時代です。兄弟でも何の型ですか。カイン・アベルです。カイン・アベルなので、カインとアベルの方向が異なります。このカイン・アベルという兄弟主義は、父母主義と国主義のためにあるべきですが、父母が分からず、国が分からず、世界が分からず、自分を中心として争うようになれば、サタン側になります。復帰して上がっていくので、兄弟主義の時代を通過するのです。兄弟主義時代を経たのちには、父母主義時代が来るのです。
             *
 第二次大戦後、キリスト教文化圏を中心として世界的な統一圏を備えました。それは、ただひたすら神様だけを中心とした一方主義、神主義的な版図を成し遂げるためにそのようになったのです。そのようにしてサタン側はなくなり、天の側だけの世界へ行くのです。このような歴史発展の帰趨に従って、そのような形態をもって天が主導する中で統一することができる国連機構が地上に現れたのですが、国連機構がその使命を果たすことができませんでした。
 しかし、第二次大戦後を中心として、戦勝国家が敗戦国を独立させたという事実は驚くべきことです。冷戦体制に入っていく前に、キリスト教文化圏を中心として一つの体制を整えたその場は、何と同じかというと、それは民主主義として最高の実を結んだ一つの結実と同じです。
             *
 民主世界がいわゆる世界の国家を指導しながら「人類が行くべき正当な方向を提示してみせよう」と世界に明らかにして立ち上がったのですが、今日民主主義時代は終わりました。民主主義の選挙方法というものが不信の風潮を造成する根源となり、社会悪を誘発させる根源になっているのです。一時は、それが人類歴史の発展に必要だったのですが、今となっては、それ自体が否定される立場に立っているのです。
             *
 民主主義というものは何かというと、兄弟主義です。兄弟主義は、どこへ行かなければならないのでしょうか。父母主義へ行かなければなりません。享楽主義へ行くのではありません。人本主義へ行くのではありません。愛主義へ行かなければならないのです。
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 今は、兄弟の戦争時代です。民主主義は、兄弟同士の争いです。民主主義は腐敗してしまってどうにもなりません。今から王権時代に入っていくのです。今後、世界はどのようになるのかというと、先生が言うとおりになるようになっているのです。皆さんが考えるとおりにはなりません。そのようにならなければ、先生がそのようにさせます。皆さんが聞かなくても、先生が聞かせてあげるのです。今から、ヒマラヤの頂上のような峠を越えていかなければなりません。
             *
 今後訪れる世界は、レバレンド・ムーンを必要とするでしょうか、必要としないでしょうか。(必要とします)。なぜ。どうしてですか。その世界にはリーダーがいません。その世界をリードすることができる人はレバレンド・ムーンしかいません。これは、私の考えではありません。神様がそのように思われているのです。うそかどうか、神様に尋ねてみてください。そのようにすることができる力がなければ、何だかんだと言わないで私を信じて従ってきなさい。
 民主主義式に討論してはいけません。金の塊をもってきて、それが金の塊かどうかという討論が必要ですか。必要ありません。
             *
 「神主義」は、真の父母を中心とした思想です。神主義は垂直圏に属しているのですが、その垂直と平衡を合わせ、世界のすべての形体を合わせて、球体理想として現れるのです。愛は球体です。その球体は、どこにおいても垂直と通じるのです。その表面が理想圏になります。
 それゆえに、世の中、すなわちその表面圏は不平を言うことができません。サッカーボールが転がっていって止まる時、どこの面で止まっても垂直と通じる平等な面をもっているのと同じです。したがって、価値観に基づいた平等な世界、均衡の世界に到達するのです。はっきりと知らなければなりません。
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 今後、政治や思想的基準を中心として出てくるものはなくなります。政治体制はなくなります。管理体制です。経済的管理体制だけが残るのです。政治を中心とすれば、争いが起きるでしょう? 政治世界が争いましたか、争いませんでしたか。争ったのです。そして、欺いたり、ありとあらゆることをしてきたのです。サタンが巣くうことができる基盤です。利用し、搾取し、殺したり生かしたり、ありとあらゆることをしたのです。経済がしましたか、政治がしましたか。怨讐を握りつぶすことは政治がしたのです。サタン世界をすべて否定しなければなりません。
 アメリカ大統領も、今後どのように兄弟民主世界から王権制度へ越えていくのでしょうか。現在四年にしていることを、八年に延長しなさいというのです。八年していることを、十二年にするのです。今回、ブッシュがなれば、四年やるのを八年やり、ブッシュ一家がもっとして、もう一人だけするようになれば十二年までできます。一次、二次と、すべて出馬することができるようにすれば、二十四年間王権を維持することができるのです。そのようになっていかなければなりません。
 ロシアでは、大統領を何年と定めていますか。任期が四年です。国会ならば国会で決めるので、一次さえできれば、二次は自動的に越えていくのです。それを延長しなければなりません。四年間で大きな国を指導することはできません。大統領が決まると、国家の重要なすべての組織で三千人から四千人の交替があります。それは大きな事故です。
 行政要員というものはすべて専門職です。それは、細胞を中心とした神経組織と同じですが、そのような国を保護するところに何も知らなかった者たちが入ってくれば、ありとあらゆることが起きるのです。そのような制度は、もう終わりです。アメリカも、今はもう終わりました。
             *
 アメリカは、CIA(中央情報局)とFBI(連邦捜査局)を中心として、弱小国家に「おい、民主主義と両院制を選択しなさい」と言うことはできなくなっています。「自分の国のことをきちんとしろ、こいつ。誰のためにここに来て、大きなことを言っているのか」と言われてしまうのです。民主主義がなければ、今から西洋の人はどのようにして生きていきますか。ですから、私がブッシュ大統領に会ったなら話すことがあるのです。
 任期を四年制から八年制に延長しなさいということです。政権が交代したあと、四年間競争ばかりしていて、どうして仕事ができるのですか。国の財産、国家の財産をすべて消耗してしまいます。一つの峠が八数なので八年間はしなさいというのです。男性と女性がいるので、民主主義的にしようとしても十六年間はしなければならないのです。また、家庭を中心としてその二倍するようになれば、三十二年間やってこそ、死んでいた国でも生かすことができる可能性があるというのです。四年間でどうやってするのかというのです。二年もたたずに選挙運動を始めるので、民主主義をしながらすべて滅んでしまいます。原理が許しません。
 今後、王権時代に入っていきます。どのようにして入っていくのですか。四年を八年にし、男性と女性がいるので、十六年ずつ、それを一次、二次とすれば、三十二年間することができます。天下の王が三十二年だけ王でいいですか。ですから、王権時代に入っていくことは問題ありません。


















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3.民主主義の政治体制

神様王権即位式
 


  

3.民主主義の政治体制


 民主世界は、闘争の体制です。ですから、私たちが父母の位置に上がっていかなければなりません。そのようになってこそ闘いを止めることができるのです。すべての兄弟たちが、父母を中心として一つになるのです。ほかの方法はありません。まず真の父母を取り戻し、そこから真の子女、真の国家、真の平和を含むすべてのものが取り戻されるのです。それ以外に、ほかの方法はありません。
             *
 今の民主主義時代は、兄弟主義です。原理でいえば、カイン・アベルを中心としたものと同じです。原理がぴったり合っています。カインは、あとから神様にすべて奪われます。既に頭も奪われ、体もすべて奪われました。今はもう行く道がないので、労働者と農民を中心として民主世界を侵食しようとしています。それはできません。
 秋となり実を結んでも、そのまま腐ります。下がっていくのでなくなります。兄弟圏復権です。この兄弟主義は、真のアダムを探し求めていくのです。その道がこのように長くかかりました。
             *
 民主主義世界は、どれくらい持続するだろうかというのです。民主主義世界は、個人主義世界です。ここには、夫婦関係や何々関係というものがありません。すべて自分第一になっています。しかし、この世界というものは、関係を離れては存在することができません。すべて関係圏になっています。これが成されれば、その次には対応関係を成し、このようにして世界は一つの核を中心としてお互いが一つになるように回るのです。
 ですから、皆さんの家庭が一つになっていれば、その次には部落と一つにならなければなりません。家庭が一つになれば、その部落と対応関係を成すのです。これが、この世を構成し、一つの連結的な体制をつくるときの不可避的な原則となります。目も二つです。鼻も二つであり、すべて二つです。それらが一つとなり、対応関係を成してすべての四肢五体に対応しています。違いますか。これが存在の原則です。
 しかし、このような概念は、東洋思想にはありますが、西洋思想にはありません。それゆえに、西洋思想は、行けば行くほど、どんどん分かれていくのです。今日、民主主義世界も、父子関係のコンセプトをもった政治体制ではありません。闘争概念です。敵対関係です。敵対関係となり、闘争概念だけがあるのです。
             *
 この心情圏がアダムとエバの一つの家庭で結実したのです。このことをはっきりと知らなければなりません。この位置が皇族であれば、ここは天国と連結し、世界が連結し、未来の平和世界、平和の王宮の基礎になるのです。ここで王権を行使したので、あの世に行っても行使することができるのです。
 同様に解放圏です。皆さんは、四年で変わる大統領の民になりますか、王権を中心とした神様の公式的な基準に立脚した民になりますか。どのような民になるつもりですか。民主主義の時代は過ぎ去ります。今後、父母の時代が来るのです。
             *
 先日私は、国の「我こそは」と思っている人々に会って話をしました。「民主主義というものは兄弟主義です。今後、父母主義が来るのに、父母を決めるのにも選挙をして決めるのですか。選挙方式時代は過ぎ去ります。大韓民国は、来年そうではありませんか。地方自治体選挙、それから地方自治体長選挙、その翌年に国会議員選挙、大統領選挙、何々選挙とずーっと続きますが、滅びの運命が押し寄せるのです! 国庫金が数兆ウォン飛んでいくのです!」と、このような話をしました。選挙方式を中心とした民主主義は、兄弟主義です。来られる父母主義時代には、選挙で選ぶことはあり得ません。
 私が大統領をしようとすれば、すぐにします。そうすれば、天運が共にあることでしょう。その選挙費用をもって民生福祉を支援する厚生事業で使えば、おそらく、今家のない人々にすべて家をつくってあげても余ることでしょう。
             *
 民主主義というものは、兄弟主義です。民主主義は、神様の前において兄弟主義です。それゆえに、民主主義時代においては選挙が必要なのです。「誰が我が家に責任をもつのか」ということを決定する時は、兄弟同士投票をしなければなりません。しかし、父母主義時代が来れば、投票というものはありません。投票がないのです。その時は、指名と抽選によって決定します。そのような時代が来ます。
             *
 民主主義は、兄弟主義です。兄弟がたくさんいるので、彼らの中で誰が家門を治めるのかというと、兄弟たちがすべて集まって投票をしなければなりません。
 それでは「父母を投票しよう」と言う人がいますか。「私たちの父母を策定するために投票しよう!」という話がありますか。私は、あると思います。絶対的にあると思います! (ありません!)。その時は、あなた方も「絶対的にありません」と答えるべきでしょう? 「ありません」と答えてどうするのですか。私は、絶対的にあると思います! (絶対的にないと思います!)。事理をもって一つ一つ解決したのちには、後戻りしてはいけません。私は、ああ言ったり、こう言ったりする人を最も嫌う人です。
             *
 国の軸が四年ごとに変わると考えてみてください。そのようなナンセンスはありません。それが世界で一番の民主主義ですか。国は体と同じであり、大統領は心と同じですが、心が四年で変わるのですか。それゆえにアメリカには、その心の永遠の定着地がなく、それが国よりも高い次元で定着することができないのです。中心は、強い力をもっていなければなりません。
             *
 神様がアダムとエバを中心として立てられた本来の創造理念は、王権の創業です。王権です。それは、永遠の天国を策定するためのものです。民主主義でもなく、何々主義でもありません。民主主義は兄弟主義です。兄弟主義を通り越して、父母主義を訪ね求めていかなければなりません。そのようにしようとすれば、父母主義の教えと世界観がなければなりません。それが「統一思想」です。「頭翼思想」を中心とした「神主義」です。このすべての論理的内容は、歴史とともに比例的基準で相応、相和することができる主張であり、相反、相克する立場ではありません。
             *
 皆さん、天が本当にあるということが分かりますか。天国はあるのかと尋ねれば、あるのです! それでは、天国の中心は何でしょうか。そのお方は神様です。天国の中心は神様ですが、その神様を民主主義式に選出することができますか。そのようにすれば、神様はどのようになりますか。「神様を取り替えよう!」と言うことができますか。
 また、ドイツ人、イギリス人、フランス人、イタリア人、アジア人を立てて、その十人、百人の中からメシヤを選挙で選ぶことができますか。なぜできませんか。誰がそれを決めましたか。(神様です)。神様は誰ですか。(オリジン〔起源〕です)。オリジンのオリジンです。誰もオリジンをいじることはできません。皆さんが生きている生命をいじることができますか。父母が嫌いだという人はいますが、自分の生命が嫌いだという人を見たことがありますか。
             *
 私が主人になった真の愛の男性と女性となって、家庭を中心とした天国基地をつくるために、皆さんに必要なものが「頭翼思想」です。「頭翼思想」とは何ですか。真の父母の思想です。「神主義」とは何かというと、縦的な父母、縦的な神様の父母思想です。「神主義」は縦的な父母思想であり、民主主義は何ですか。左右が横的に連結することができずに争っているのですが、民主主義というものは兄弟主義です。
 今からは父母主義が来ます。民主主義時代は兄弟がたくさんいるので、その家の代表になる息子、娘は、推薦して選ぶのです。しかし、父母が出てくる時には、そのような時代は過ぎ去ります。父母を推薦で選ぶことができますか。その国の大統領も、今後父母主義……。神様を中心として真の父母が来られれば、真の父母を選挙で選出しますか。これは宿命的です。
 このようになる時に、天地のもとでひたすらこのような論理と、このような内容をもって世界の版図を築いた大宗教団体を備え、民主世界と共産世界の死亡圏を包括し、生命圏の委譲を受けている真の父母の道理とその「頭翼思想」と神様の思想が滅びますか、栄えますか。答えてみなさい。答えるのに、その答え方は何ですか。誰がそのようなものを聞きますか。それは間違っています。男らしく一気に放つのです。大砲を放つように、大きな声で答えてこそ天地がすべて粛然とするのです。
             *
 将来、世界の政治組織、理想的組織は王権になりますか、民主主義システムになりますか。(王権になります)。それでは、アメリカはどのようになりますか。王権が現れれば、反対しようとするのです。いくら反対しても、この原則は不変です。宿命的な路程だということを知らなければなりません。
 民主主義はすべて腐敗しました。人の力、お金の力、暴力の力、言論の力をもって、ブームを起こして大統領をやってやろうとしているのです。そのような大統領は必要ありません。美人たちを立ててあらゆることをしているのです。それを壊してしまわなければなりませんか、そのままにしておかなければなりませんか。それを壊してしまい、各自が理論的に振り向くことができ、そのようにしてはいけないという内容を知らせてあげようとすれば、このようなコンセプトが必要です。
             *
 天国は、この原則のもとで神様の王権を代表した三大王権と四大心情圏を完成して、初めて行く所です。霊的な父母、地上の王、それから子女の王、このように三大王権をすべて連結させ、そこに長孫(注:最初に生まれた孫息子)を中心として王権を出現させようとするのが本来の神様の創造理想です。
 民主主義や何かのくだらない主義は、すべて流れていくのです。民主主義は兄弟主義です。その次には父母主義が現れます。それが出てくるまでは争いをするのです。
 アメリカは二院制になっているでしょう? 野党・与党のカイン・アベルになっています。このカイン・アベルが一つにならなくては、国を生かすことができません。アメリカの共和党も、民主党と闘っては一つになりません。一つになって何をつくるのでしょうか。創造原理の再創造過程を中心として、主体と対象の対応的な関係を発展させる原則に従っていかなければ一つにすることはできません。公式が分かりますか。再創造過程は、環境的な主体と対象の対応関係です。
             *
 中世キリスト教が世界を統一した立場に立ち、全世界がローマを中心としてキリスト教文化圏に入ってきたのにもかかわらず、キリスト教がその責任を果たすことができませんでした。キリスト教は、頭が全体のために存在しているということを考えることができませんでした。頭のためだけに存在していたので、神様が役事することができなかったのです。すべてのものが麻痺して死んでいくので、これは破壊せざるを得ません。
 それで、人本主義へ移行していくのです。これは力です。頭の次には力です。手足の力によって世界が支配されるのです。それが帝国主義時代です。それが過ぎ去り、今は民主主義時代です。これは何かというと、四肢五体と同じです。すべてのものを活用させようというのです。そして、民主主義世界に対処した共産主義です。これは、完全な手足主義です。労働者と農民、すなわち末梢神経と同じです。神様が頭を取り、力を取ったので、サタンは行くところがなくて労働者と農民を中心とした独裁主義の立場を取ってくるのです。
 世界制覇の独裁主義を主張しながら、銃刀で脅して打って、血を見ながら歩んできたのが共産主義です。共産主義式はそうではありませんか。あなたのものは私のものであり、私のものは何ですか。(私のものである!)。神主義は、私のものはあなたのものであり、あなたのものは何ですか。家庭のものであり、家庭のものは氏族のものであり、氏族のものは民族のものであり、民族のものは国家のものであり、国家のものは世界のものであり、世界のものは神様のものであり、神様のものは私のものであるというのです。
             *
 民主主義とはどのような主義ですか。兄弟主義です。兄弟がたくさんいるので、そのたくさんの兄弟の中で誰が父母の愛をもっと多く受けるのかということが、常に家庭において問題になるのです。父と母がいれば、「あの息子はお母さんに似た」、「あの息子はお父さんに似た」と言って、自分に似た息子、娘を中心として、お母さん組とお父さん組ができるのです。それは何でしょうか。愛を中心として、このような形態が起きるというのです。
 それで、第二次大戦後に、戦勝国が敗戦国を独立させるという現象が起きたのです。これは、世界が兄弟主義圏内に入ってきたということを意味します。
 神側の主義が現れるための最も近いところまで行けば、一人の神様の前で二人の兄弟が闘うのです。歴史の終末時代において、統一的基盤であるアメリカのキリスト教文化圏を中心として、アメリカが主体になってそれ以外の世界をすべて審判してしまうのではなく、敗戦国を独立させたという事実は、神様のみ旨の中で捨てられた息子、娘、すなわち放蕩者を収拾することができる天の摂理時代に入ってきたということを意味します。
 ですから民主主義というものは、兄弟主義です。この兄弟主義が終わったのちには父母主義が来て、父母主義が来れば初めて統一が起きるのです。摂理史がそのようになっています。
             *
 堕落していなければ一つの文化です。アダム文化です。アダム一族です。このようになれば、一つの王権です。民主世界というものは杖と同じです。これは兄弟主義です。民主主義というものは兄弟主義であり、兄弟が多いので、これを相続させるために代表を立てようとするので、兄弟たちがすべて集まり、より犠牲となり、より奉仕し、より伝統を立てることができる人を選ばなければならないのです。これが民主主義式です。
 民主主義は兄弟主義であり、その上は父母主義なので、その父母主義時代が訪れてくるということを知らなければなりません。父母を選挙で選出しますか。再臨主を選挙で選ぶことができますか。神様を選挙で採択することができますか。あり得ないのです。
 民主主義は、不信の風潮を造成する基台になっています。すべて自分の利益のために、ありとあらゆることをします。金力を動員し、人材を動員し、謀略中傷等、ありとあらゆることをするのです。















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4.最高の政治は愛の政治

神様王権即位式
 


  

4.最高の政治は愛の政治


 今後、政策方向が必要のない時が来ます。ですから、先進国と後進国は必要ありません。知識というものはすべて宇宙のものであって、一国家のものにすることはできません。それで先生は、一九八〇年代から、技術の平準化、知識の平準化、それから物資の平準化、お金の平準化、金融機関の平準化を主張してきているのです。最近では、教育の平準化、技術の平準化を主張しています。
 ドイツを中心として、貿易センターと同じように技術センターをつくり、数多くの国々が競争する中で、一つの品目、小さなこの付属品一つを開発するために、既につくられた全体過程を捨てて、これを再びつくり直すことをしてきました。
 これを九〇度に公式化させて番号だけ付けておけば、一〇パーセントの内容だけ投入し、原資材の供給に時間を投入して努力すればできることなのに、無限な損失を被っているのです。このような世界の国際的な分割競争時代を再考しなければなりません。
 それゆえに、歴史は統一世界にならなければなりません。世界的なモデルがあれば、それを標準として立てて「このようなものが出た!」と発表して、共通的な目標を中心として全世界が「そのとおりだ!」と言う時は、自分はその次の次元の問題、すなわち発展することができる条件さえ要求すればいいのです。世界的にそれさえ要求すればよいのです。
 しかし、これを秘密にして隠し、やり直して何度も繰り返し、世界的にどれほど蕩減していることでしょうか。そのようなことで自分の本色が現れる結実を連結していくことができるのかというのです。ですから、公式過程を連結していかなければなりません。
 公式さえすべて合わせておけば、世界へ行くことができる方向が設定されるのです。三六〇度を回りながら一つの方向に設定されたものに合わせてきたので、どれほど消耗が多く、どれほど犠牲が多く、どれほど歴史発展に支障をもたらしたことでしょうか。政治も、愛の政治にならなければなりません。そのような見解は、すべてできています。方向、解決方法は何かというと、より「ため」に生きることです。より「ため」に生きる人は、すべて垂直になるのです。
             *
 全体が一つになり、一つの生命体が連結されなければ、生命が蘇生することはできません。種になることができません。ですから、なぜ四位基台が必要なのでしょうか。四位基台は、種をつくることができる模型的モデルです。この基準を経て初めて種になるのです。モデルです。動物や植物やすべての運動するものは、そのような公式的過程に一致する道を経ることなくしては繁殖というものがあり得ません。
 ですから皆さんが、自分たちが何かうまくやるからといって「何々をしよう! 何々を改造しよう!」と言うのはすべてでたらめです。そのようなものはすべてなくなります。体制変更が不可能な時代に入っていくのです。
 ですから、政策方向を通して正そうという概念や、もっと良いところで生きようという、そのような理念はありません。すべてのものは、公式化されているのです。ですから、そのためには水平さえつかんであげればいいのです。
 中心が完全に立っています。上がっていけば大きくなっています。個人から家庭へ、上がっていけばすべて大きくなるのです。個人から家庭、家庭を中心として世界、天地まで行く時までは、ここから大きくなるのです。これを中心としてこの形態の球形となり、これを中心として民族になり、民族を中心としては、民族的球形へと大きくなっていくのです。
 それで、上下・前後・左右が九〇度で合い、全体の三六〇度の円形基準と四方で合うようになる時は、その中に神様が臨在されるのです。神様の愛の全権時代である地上天国になるならば、その天国の内容は公式的な発展過程を経て、垂直で連結されるのです。そのようにして上がっていけば大きくなるのです。
             *
 今後、政治というものはなくなります。政策というものが必要ないのです。今日、この世界は、東西南北の四方を中心として一度から四五度、四五度から三六〇度を合わせていくにおいて、東ならば東というものが常に行ったり来たりしません。西というものも同じです。この宇宙は回っていますが、東西自体は一定になっているのであって、宇宙が回るからといって東西南北が回るようにはなっていません。公式というその基準は定着しているのです。
 それゆえに、個人は家庭を中心として拡大させなければならず、家庭は氏族のために投入しなければなりません。投入することができるこの政策的方向は、新しく発展することができる方向です。天国まで完成させることができる方向です。既に定まっているのです。
 堕落した世界は、これを探し出してくるために、政策を立ててありとあらゆることをしながら、少しずつ、少しずつ合わせてきました。闘って滅びながら合わせてきたのです。今、み旨が成されながら、この政策的基準というものが完全に個人完成のために……。心と体が一つにならなければなりません。そこには闘争概念はありません。男性と女性が一つにならなければなりません。お父さんとお母さんが一つにならなければなりません。それから、夫婦が一つにならなければなりません。夫婦になって息子、娘がいれば、息子、娘を中心として、父母と父子関係をもって循環運動をするのです。公式に従って回るのです。それは、千年、万年変わることがありません。
 その度数に合わせて完成した個人と家庭が一つになったその基準で、家庭を中心として氏族に合わせるのです。公式は同じです。氏族の中心である家庭形態を備えた民族になるのです。
 それゆえに、民族ならば民族的代表者がいて、国ならば国の代表者がいるのです。ですから、家庭を拡大したものなので、そこに政策的な手段や方法を通じて発展しようとする内容を追求するのはサタンのいたずらです。かえって混乱と破壊をもたらすのです。それゆえに、政策方向の設定は必要ありません。
             *
 真の愛で上下関係・左右関係・前後関係を成せば、球形的な中心が必要です。この三対象目的を中心として定着するためには、真の愛を行わなければなりません。上は下のために生き、左は右のために生き、すべてお互いに愛をもって「ため」に生きてあげなければなりません。また、孫は父母のため、またおじいさんのために生きなければなりません。「ため」に生きる環境を経ることなくしては、中心に定着したその基準に対して自分が相対的位置をつかむことはできないので、存在が設定されないのです。お互いが「ため」に生きることによってのみ愛を通して一つとなり、定着する種となって成長するのです。
 それゆえに、今日、党利のために生きる全羅道党や慶尚道党は滅びるのです。また上院が上院だけのために生き、下院が下院だけのために生きてはいけません。霊的な基準を中心として縦的な基準だけを絶対視したり、肉的な基準を中心として横的な基準だけを絶対視したりしてはいけません。共有させることができるものにならなければなりません。
 神様がいるならば、人間と一つにならなければならないでしょう? 人間は、生産のために左右が一つにならなければなりません。その生産された子女たちは、より大きなもののために投入しなければなりません。そのような公式的な論理に従って、個人はより大きなもの、すなわち家庭のために投入し、家庭は氏族のために、氏族は民族のために投入するのです。公式がそのようになっています。家庭は氏族を成し、中心は同じです。
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 今、野党と与党が闘っていますが、これはあり得ません。上院と下院がありますが、これも必要ありません。真の愛がすべて包括するのです。既に、「ため」に生きる愛がすべて包括するようになっています。
 野党が与党のために生きるという考えをもっていますか。上院も下院も、お互いを批判するようになっているでしょう? 間違いがあれば、正そうとするようになっているでしょう。相手が大きくても名誉を傷つけようとしますし、小さくても名誉を傷つけようとします。相手が小さくても、その足りないところを補ってあげることができません。それが問題です。小さければ、自分が補ってあげて一つになるようにしなければならないのですが、すべて名誉を傷つけてから一つになろうとするので、滅びるしかありません。ですから、ここで、「ため」に生きる愛だけが天理を拡大し、完成させることができるという論理をしっかりと教えてあげるのです。
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 今後は、政策はなくなります。今後、平和を主張する運動はなくなります。それは、既にすべて出てきているのです。より「ため」に生きるところに平和がついてくるのです。「より『ため』に生きなさい」と言うところには、破壊がついていくのです。国境が生じます。この公式は、宇宙創造の公式です。この公式どおりにすれば、すべてのものが水平になります。縦的にしても合い、横的にしても合い、前後にしても合います。すべて合うのです。
 上は高くて、下は低くて、左右はお互いに違いがあり、前後もまた違いがあるかもしれませんが、上弦、下弦、左弦、右弦、前弦、後弦を取り外して、どこにもっていって合わせても、ぴたっ、ぴたっ、ぴたっと合うのです。
 ですから、統一的要素で連結された統一的構成体は、九〇度を合わせればすべて対等な価値として、上下・前後・左右、どこでも統一することができるのです。それゆえに、平和の定着というものは、このような論理的基盤から成し遂げられるということを理論的に否定することはできません。それゆえに、家庭理想というものは驚くべきものなのです。


















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5.宗教摂理の終結と家庭時代の定着

神様王権即位式
 


  

5.宗教摂理の終結と家庭時代の定着


 宗教を中心とした既存の価値体系は、なぜ崩壊していきましたか。それは、宗教自体が本来の任務を忘れたまま、分裂と紛争がやむ暇がなく、それで現実に対する指導力を喪失したからです。既存の宗教が神様と人生と宇宙について明確に教えることができなかった結果、善と悪、義と不義の区別をはっきりさせることができず、特に神様が存在するかどうかということに対する質問に明快な答えを与えることができませんでした。
 宗教が無力化すると同時に、物質は、人間の前に手段ではなく目的と化したのであり、享楽が当然なこととなり、人間性は肉欲と物欲によって麻痺し、動物化したので、このような土壌の上に真なる愛と奉仕、そして義や神聖などの既存の価値観が引き続き存立することができないのです。なおかつ、現代社会の組織化、大型化、機械化の傾向は、非人間化、あるいは人間疎外の現象を加速化し、個人の矮小化、部品化の趨勢をあおりたてています。
 人間の創造本性がふさがれているこの状況と束縛の中で人類を解放する新しい価値観の出現は、私たちすべての絶対的要求と言わざるを得ません。新しい価値観は、現代の問題を消化し、現代人を説得することができる新しい宗教に根源を置かなければなりません。神様が人類の父母であられることを教育し、宇宙の始原が物質ではないということを糾明し、人間には霊性と人格があり、神様の相続者として宇宙を治める権限があるということを明らかにしなければなりません。
 また、創造本然の愛の理想を確認させ、森羅万象が二重目的の連体になっており、宇宙の大秩序の中では調和のみが存在するようになっていた太初の理想を明らかにするなどの役目を、新しい価値観は果たさなければなりません。
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 今、アメリカなどにおいて問題になっていることは、政教分離問題です。「政治と宗教は分立しなさい」と言うのです。ところで、このような点から見れば、狂った者たちだというのです。体と心を永遠に分立すれば、それは何ですか。それは人でもなく、犬畜生でもありません。
 一つの世界が近づいてくることによって、心を中心として体が一つにならなければなりません。宗教は心の側にあり、体は結局、思想側にあるのです。思想が中心となり、思想が心を収拾して導いていくことができるのではなく、神様の愛を中心とした理想をもった心が主体となって体を導いていかなければなりません。そのようになれば、体は、神様の愛に一〇〇パーセント一つになるようになっているのです。それで、このように見るとき外的な人間歴史を見ても、終わりの日になったというのです。
 摂理史的立場から見ても、四大宗教圏がすべて飽和状態です。これ以上行こうとしても行くことができません。今、キリスト教はキリスト教なりに争っています。これは反対です。外的な世界は、争えば争うほど糾合運動をしてきたのですが、糾合された外的な世界が争うようになれば、次第に下がっていくのです。
 それゆえに、今日、神様を第一として侍り、神様を中心として生活してきたそのような宗教が争っているので、世の中の人々よりも劣るまでに落ちているのです。それは何を意味しているのでしょうか。宗教摂理も、既に終末を迎えて新しい次元へ委譲することができる時代に入っていくのです。また、外的な世界もすべて定着化し、次第に崩壊していくのです。このようなことを御存じである、摂理を推進される神様が、宗教も崩壊させ、人類も崩壊させてしまうのでしょうか。そうではありません。
 それゆえに、これを処方するためには、新しい宗教と思想と、また宗教的背景を中心として、社会運動と連合させることができ、内的統合と外的統合運動をする団体がこの地上に現れなければならないという論理が形成されるのです。
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 イエス様は、左側の強盗と右側の強盗が死ぬ時に一緒に死んだでしょう? なぜ死んだのでしょうか。カイン・アベルが一つになることができなくて死にました。自由世界において、カトリックとプロテスタントが宗教的立場からイエス様を中心として争ってはいけません。一つになれば、死んだイエス様が死ななかった立場に上がってくるのです。ですから、宗教圏を中心として統一教会と一つになっていたならば、宗教圏は右翼であり、それから非宗教圏は左翼となるのですが、右翼と左翼が互いに争ったり、殺し合ったりしてはいけません。
 イエス様を中心として一つにならなければなりません。天と地が一つになり、東洋と西洋が一つになり、南側と北側の貧富の差が一つになり、文化的心情圏、み言圏、実体圏、心情圏が一つにならなければなりません。そのようにしておけば、イエス様の前で、右側の強盗と争う暇などありません。一、二、三の三位基台が一つになるのです。神様を中心として、アダムとエバが一つになるのではありませんか。天使長が擁護することができる四位基台です。それが現在の四大宗教圏です。アラブ圏と共産主義は、外的なサタン世界の宗教として、骨と肉と同じです。
 愛を中心として体がすべて一つになるので、聖餐、すなわち私の血を飲み、肉を食べなければ弟子になることができないというのです。血肉が一つにならなければなりません。イスラエルの十二部族と中東の十二部族に分派させたのは、イエス様が死ななければ、ユダヤの国であるイスラエルの国と中東が一つになって、それがアベルとなり、東洋の宗教圏と一つになって統一天下をなしていたはずだからです。
 心と体、霊肉中心の一体圏を成していれば、そこに王の王となっていたはずでしたが、死にました。体を失ってしまい、体のない霊に落ちたので、キリスト教は、霊的救援摂理を行ってくるにおいて肉的基準が残っているのです。それゆえに、これが反対に、ローマ帝国から蕩減して再び東洋へ回ってくるのです。摂理史からいえば、みなよく知っている内容のはずです。
             *
 宗教の中でも四大宗教、その四大宗教の中でも、心情的宗教を教えてくれたのはキリスト教しかありません。それ以外の宗教は、アダムの前に反対した男性、天使長型が現れたものです。アダムとエバを造られる前に天使長をつくられたのと同じように、孔子あるいは釈迦牟尼を中心とした、このような古い宗教がありました。そのような宗教が過去にたくさんあったのです。
 イスラム教は、イエス様が亡くなられてから七百年のうちに現れたものです。これは別動体です。イスラエル民族が祝福を喪失することによって、サタン圏が所有した宗教代表の内容を中心として権限を立ててきて、コーランと剣を中心として、力の制裁を通して宗教圏を拡大したものです。これは、神様の心情世界における、「ため」に生きて屈服させるという自然的な復帰路程とは対立するものです。それで、キリスト教と真っ向から衝突し、キリスト教文化圏が失敗して後退する立場に立つようになったのも、キリスト教が責任を果たすことができなかったからであり、それによって、歴史上にそのような現象が現れたのです。
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 今までの霊界には、イスラム教や仏教や儒教などの宗教や、哲学などといった、あらゆるものが自分勝手に存在しています。イエス様が真の父母の伝統をもってこられた新約時代の霊界一体圏、成約時代の霊・肉界一体圏を中心として統一だというのです。成約とは何かというと、このことです。結婚しなければなりません。男性、あるいは女性として生まれて地獄に行き、千年、万年ありとあらゆる恨を抱き、「自分がどのように生きるか」ということを考えることができなかったのに、自分が解放を受け、祝福を受け、家庭をもつことができるということは夢のような話です。ですから、万国を中心として、霊界と肉界に、統一的な祝福の門を大きく開け放ったのです。
 イスラム教圏、仏教圏は、すべて怨讐です。宗教の怨讐です。ですから、キリスト教を中心として、真の父母宗教の血統的基準の愛を中心として宣言を行うのです。「今こそすべての宗教は、真の父母の道理、父の道理を学び、長子の道理を学ばなければならない」と言うのです。イエス様が長子になります。長男となったので、「今までのキリスト教文化圏を学びなさい」と言うのです。
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 今まで、仏教などのすべての宗教が行ってきた形式的なすべてのことは、天国に通じることができません。天国の道理を受け継いでいくことができないので、今はもう霊界で、統一教会を中心として、新約時代の霊界を統一したキリスト教文化圏に一つになりなさいというのです。
 地上で霊肉を中心とした統一教会を中心として、霊界で一つになったすべてが地上に向かって統一されるのです。このようにして新しい家庭を編成し、新しい民族、新しい国家を編成するためには、アダムの身代わりとして家庭理想をもった真の父母一代を中心として、二代、三代、そして世界の万民がすべて再び祝福されて、その隊列に入っていかなければなりません。そのようになることによって、天地が一つの主流的思想圏内に方向を設定し、天国を越えて神様の御座の前に行き、愛を受けることができる公認された息子、娘になっていくことができるのです。
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 アダム家庭のカイン・アベルが怨讐になったのと同じように、世界的な版図では、旧教と新教が怨讐になったのです。これが堕落しなかったアダム圏内に入ってきて、完全に一つになるのです。イエス様が体を失ってしまうことによって、霊的な父母にはなりましたが、実体的な父母にはなることができなかったので、小羊の宴をするのです。それは何かというと、新しい主が来られて、真の父母圏を完成して宴をすることです。これがイエス様の時に成し遂げられていれば、ユダヤ教とイスラエルの国が一つになっていたはずであり、そのようになっていたならば、ローマは問題ありませんでした。
 そのようになっていたならば、神様を中心として個人、家庭、氏族、民族、国家だけではなく、地上から天上世界まで愛の鉄柱が打ち込まれていたはずです。ローマにはそのような中心がありませんでした。それゆえに、サタンの権力と武力を中心としていたその国とぶつかるならば、その大きな国もすべて砕け散っていたはずです。そして、カイン的なローマが屈服したならば、天下統一が成されていたはずです。
             *
 歴史は、時代とともに後退するのではなく、発展します。歴史の目的とは何でしょうか。神様の創造理想も歴史の目的に帰結し、救援摂理や、すべての宗教摂理や、人類歴史も、その歴史の目的に帰結するのですが、その歴史の目的とは何ですか。これが問題です。
 皆さんが「神様のみ旨」と言えば、それは歴史の目的、すなわち創造目的が完成されることですが、創造目的の完成とは何ですか。神様のみ旨は創造目的の完成だと、このようになるのですが、それならば、創造目的の完成とは何でしょうか。創造目的の完成とはみ旨の完成のことであり、み旨の完成とは何かというと、四位基台の完成です。四位基台の完成とは何かというと、真の家庭を完成することです。
 真の家庭とは何かというと、そこには真の父母がいなければならず、真の男性と真の女性がいなければならず、真の夫婦がいなければならず、真の子女がいなければなりません。これは理論的です。
             *
 成約時代とはどういうことを言うのですか。父母が父母として安着し、家庭が家庭として定着し、その家庭が天下の平和の世界、統一の世界になるとしても、反対するものがいません。障害物がないのです。今、文先生が闘って勝利したということは、家庭環境だけでなく、全世界、そして天地がすべて動員する中で定着したということです。それは素晴らしいことですか、素晴らしくないことですか。
             *
 成約時代は、家庭へ帰っていくことです。統一は個人からです。この峠を越えなければ、千年たっても、万年たっても天国に入っていくことはできません。長子権を復帰することはできません。自然屈服させなければなりません。強制屈服ではありません。説得屈服です。皆さんは自然屈服ですか、強制屈服ですか。説得されたので、自然屈服と言わなければならないでしょう?
 このようにして地上天国、天上天国の家庭的エデンで成されたことを、世界のすべての国が同一の立場で金型を取ることができるブループリント(青写真)があります。何千年を経たそのようなすべての勝利の覇権が、一時に家庭を中心として、真の父母の家庭をモデルとして金型を取ることができるブループリントがあるのです。それをすべて配布しなければなりません。
 それで取りさえすれば、どこでつくったとしても、カチャンと押し出せば同じ製品が出てくるのと同じように、全世界の五十億人類の家庭が家庭的に接ぎ木して、失ってしまった解放の国と天国へ帰っていくのです。
 この時が成約時代、約束を成す時代です。
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 到来する未来世界は、神様と人間と万物が調和を成す、真の家庭による愛の文化の世界です。真の愛によってお互いに「ため」に生きながら、和合、協力し、共に生きる共生・共栄・共義の世界です。未来の歴史は、「人類一兄弟姉妹」を念願する人類が、人種を超越した真の愛による真の家庭と、真の父母中心の真の家族理想で「世界が一つの家庭」の夢を実現する歴史でなければなりません。理想世界は、永遠・不変・絶対的な神様を父母として侍り、全人類が兄弟姉妹としてために生きながら、仲むつまじく暮らす人間大家族の世界です。
 この世界を成し遂げるための神様の摂理を全体的に指導される方のことを、救世主、あるいはメシヤと呼びます。真の愛の回路がふさがった世界において、「ため」に生きる生活で手本を示されるこのお方は、人類理想の動機であり、目標です。
             *
 神様の復帰摂理が創世以後、何千万年という歴史を経てきたにもかかわらず、いまだその基準を立てることができていません。統一教会時代に先生が来て明らかにすることによって、初めてこれが可能になったのです。それゆえに、成約時代を発表し、真の父母を発表したのです。これは世界史的な事件です。事件というよりも、新しい世界を創建することができる一つの起源になるのです。
 真の父母という思想と、「成約時代」というその言葉自体がそうだというのです。成約時代とは、何の約束を成すことですか。神様が人間と共に創造したその約束を成すことです。復帰摂理時代や、救援摂理時代が成就することではありません。創造理想世界が成就することです。それゆえに、真の父母という名前は、人間よりも神様のほうが先に考えられたのです。真の父母の顕現というのは創造理想です。
 それで、太初に神様が創造されたのち、旧約時代を越え、新約時代を中心として越え、成約時代にはどのようになっていくのでしょうか。成約時代とは、神様と人間の一体圏を意味します。真の愛で一体圏を成して平等な価値の内容を共に連結する立場になるのです。神様だからといって縦的なだけではなく、人間だからといって横的なだけではありません。縦と横が一つになるのです。
















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二 王権即位式以後、どのように生きていかなければならないか

神様王権即位式
 


 

二 王権即位式以後、どのように生きていかなければならないか



  

1.神様と直接連結された息子、娘の時代


 きょうは「神様王権即位式」をしてから最初の出発の日です。今話したこのみ言のとおりにすれば、すべてのものが整理されるのです。
 今、皆さんが愛する夫や妻、愛する父母、このようなものを求めて神様を愛するとしても、そのようなものは神様が放棄されたものです。放棄されたものなのです! 自分が愛する地のものは、汚くて醜いものであるということを知らなければなりません。
 これを放棄することができない私自身が、どれほど邪悪な存在かというのです。刀で自分の首を刺したとしても解決できない、悲しい立場にいるという事実を知らなければなりません。否定することのできない事実です。
 死のうと生きようと、父なる神様のために生きなければなりません。父のために生きなければなりません。すべて蕩減過程を経てきて、真の父母のために生きるという言葉も必要ありません。真の父母も必要ないというのです。
             *
 自分の父母よりも、自分の誰よりも、もっている何ものよりも、神様をもっと愛さなければなりません。それが第一です。その次には、真の父母と一つになった生活圏を拡大し、天が放棄した世界を再び地上に取り戻して、神様が主人の立場で共に生活することができる環境をもたなければなりません。それが一生涯の願いであるということをはっきりと知らなければなりません。
 今までのみ旨の道において皆さんは、自分の息子、娘、また自分がもっているものを前に立て、み旨の道と比較しながら、どれほど天秤にかけてきたことでしょうか。許すことができない罪であるということを知らなければなりません。はっきりと知らなければなりません。
             *
 先生のために生きなければなりませんか、神様のために生きなければなりませんか。救援が必要な時には、地上に真の父母が必要です。真の父母を通さなければ救援できません。救援があって、それから「神様王権即位式」をしたのですが、すべてを知り、既に世界的にそれを宣布した時は、先生よりも神様が必要です。それが直接の根です。先生のために生きる何十倍、何百倍をしなければならないでしょうか。先生をつかんで祈祷する自分自身も恥ずかしいのです。そうでなければならないのではないですか。
 それで、皆さん自身が、皆さんの家門と皆さんの新しい国と新しい世界を再創造しなければなりません。先生のみ言をもってすれば、間違いないのですから。先生のみ言を行うことができなければ、復帰してくることも本当に難しいはずです。
             *
 それを思うとき、立って歩くことも恥ずかしく、はいつくばって生きることも恥ずかしいのです。涙なくしては、自分の生涯の峠、人生の道の峠を越えることができない自分自身であるということを知らなければなりません。何を見て、何を嗅いで、何を聞いて、何を言って、何を手に取って生きるのかということが問題です。子女となった姿を清く整備し、解放された子女として堕落していない本然の父に侍り、子女とその国の忠臣とその世界の聖人とその天宙の聖子の道理を、私自身が完成してさしあげようという願いの一念をもたなければなりません。
 万民がそのようになるならば、神様が皆さんをもっと誇るのです。堕落したアダムより立派だというのです。「何も知らない世界において、そのようにすることができるのか」と言ってです。それゆえに、間違いなく神様の皇族圏内に、神様の直系の息子、娘圏内に同参することは必然的な道です。間違いない道です。もう一度決意して誓う人は、手を挙げてください。両手を挙げなさい。そのように生きなければなりません。
             *
 神様の息子、娘であることに間違いないという道を行きなさい。血を抜き、骨髄を絞り出したとしても、神様に似ているということは間違いない事実だということを、神様が証し、宇宙が証し、私が証することができる位置に行かなければなりません。そのようになれば、神様の直系子女の名分を備え、天道と天国の王権世界の伝統をすべて再整備して立てることができるのです。
 蕩減時代を越えて、今皆さんが祝福を受けたのちの残りの生涯期間において、先生の十分の一だけしても、先生が苦労して切なかったその世界をすべて知って行うことができます。
 ですから、それくらいに易しいということです。先生は知らなかったので、この道を探し出そうと身もだえしてきたのですが、皆さんはすべて知っているではありませんか。身もだえするものがないではありませんか。ただ一つ残ったものは、息子の責任と娘の責任です。お父様の血筋を受けた伝統の家門とその血筋の国、そしてその世界を立てて誇ることが、生きている私たちの一生涯の使命です。一族の一生涯の使命であり、氏族と民族と国家の使命だったのです! アーメンです。私も、もう荷物をすべて下ろさなければなりません。
             *
 皆さんもそうです。今からは、先生を探す必要はありません。先生をすべて知ったので、今からは、天のお父様に、先生よりも何百倍以上の根源的な位置で侍らなければなりません。
 先生は、堕落した世界で蕩減復帰の道を開拓するために苦労してきましたが、皆さんは、その開拓するところで苦労する代わりに、神様の前にそれ以上の孝子となり、天国の忠臣となり、天国の聖人、聖子の道理を果たさなければなりません。
 そのようにすれば、失ってしまった世界を探して復帰した神様の喜びが増すのだということを知り、そのように進んでいかなければなりません。それを新たに決意したとみなします。
             *
 そこには真の父母もいません。メシヤもいないのであり、釈迦もいないのであり、孔子もいないのであり、誰もいません。本然の位置に戻っていき、一つになった一体的基準で神様の心情と一致することによって、神様が悲しめば私が悲しく、神様が苦痛を受ければ私が苦痛を受ける、そのような一体となった位置で、子女であることに間違いないという公認を受け、自ら「そのような子女になった」と言うことができるその位置を訪ねていくまでは、自分自身をつかんで闘わなければなりません。
 「この怨讐! 神様が捨てなければならない型を残した者、お前の行動、お前の生活を許すことはできない」と言って、無慈悲な立場から……。堕落していない血筋を通して本然の神様に直接父母として侍ることができる本然の位置を失ってしまったことを恨みながら、何が何でも私自身が軸を立て、城を築いて上がっていき、その本然の位置に接ぎ木しなければなりません。これが、私たちの一生涯の願いです。
 今、すべての人類とすべての被造万物は、堕落圏に入ってくることによって、恨に満ちた勝利の道を開拓するためにすべて嘆息しています。人間がまずそのようになってこそ、世の中のすべてのものが解決され、解放圏が天宙に成されるということをはっきりと知らなければなりません。
 目覚めて父母様を仰ぎ、何かを要求してはなりません。見て、知って、聞いて、五官を通して感じていながら何を願うというのですか。世の中のものを願ってはなりません。
 ほかに願うことはありません。本然の神様に直接連結され、血筋が汚されないで生まれた息子であることを認識し、その父に最初に侍ることが最高の願いです。これが総結論です。摂理史と創造史の総結論です。そのように生きようと決意しなさい。手を挙げてください。そのように生きなければなりません。消え去っていく話ではありません。
             *
 先生は、食べるものを探し求めていきましたか、み旨を探し求めていきましたか。食べるものに従っていきますか、み旨に従っていきますか。み旨は見えますか、見えませんか。神様は見えますか。愛は見えますか。生命は見えますか。血統は見えますか。良心は見えますか。見えません。見えないので、考えない人には分かりません。
 きょう、即位式を行うことによって、国が変わりました。今から、み旨の道のために心配しなければなりません。神様は、今までみ旨の先頭に立つことができずに恨を抱いています。御自分がしたいとおりにできなかったという恨が染み込んでいます。神様がしたいとおりにできるように、後援部隊になりなさいというのです。
             *
 新しい日を迎えれば、自分が着ていた服を脱いで、新しい服を着なければなりません。そのような考えはしないでしょう? 三〇〇〇年を出発する時は、入浴も十回はして、古くなった垢を落とさなければなりません。一度に十年ずつとすれば、二千年ならば二百回です。百年ずつとすれば、二十回です。二十回入浴して蕩減しようと思わなければなりません。しかし、どうやって入浴を二十回することができますか。ですから、その代わりにバケツで二十回頭を洗い、体を洗い、このようにして思いつくところはすべて洗い尽くさなければなりません。一番きれいに洗うべきところは生殖器です。
 生殖器が最も貴いのです。そのように貴いものを、今まで隣近所の乞食のふろしき包みほどにも思わなかったのです。町内全体の歴史から未来までを買っても余りある金銀財宝が入っているというのに、それを乞食のふろしき包みほどにも思わず、けったり、転がしたり、肥だめに落としたり、ありとあらゆることをしてきたのです。恥ずかしく思わなければなりません。














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2.祝福の中心家庭、自分の名によって祈祷する時代

神様王権即位式
 


  

2.祝福の中心家庭、自分の名によって祈祷する時代


 今年(二〇〇一年)一月十三日のその日から、祈祷の内容が変わりました。「祝福の中心家庭、誰々の名によって」祈祷するのです。それをはっきりと知らなければなりません。それ以前はどのように祈祷しましたか。「真の御父母様の勝利圏を祝福によって受け継いだ祝福家庭、誰々の名によってお祈りしました」と祈祷していました。
 堕落以後のサタン圏との関係が完全に整理されたのです。それを知らなければなりません。それ以前は、何の名によって祈祷しましたか。「真の御父母様のみ名によって」祈祷しました。自らの名前で祈祷することができる自らの主体性がありませんでした。そこで祈祷するのは、真の御父母様の勝利圏を祝福によって受け継いだなにがしの名前です。変わるのです。それは、サタン側と完全に断絶したということです。内的にだけでなく、外的にも何らの関連もありません。
 その次には何ですか。祝福の中心家庭だということです。祝福の中心家庭です。祝福の中心家庭は、堕落世界とは何らの関連もありません。神様の心情世界と連結していたアダムとエバが堕落する以前の立場です。それが祝福の中心家庭です。それは、神様の創造理想が完成された家庭であり、堕落していないアダム家庭を身代わりするものです。
 そのような位置では、祈祷する代わりに報告を捧げるのです。完成したアダムの家庭では、祈祷する必要はなく、報告を捧げればいいのです。毎日報告を捧げながら理想世界を成し遂げていくのが、完成したアダム家庭の進んでいくべき道です。そのような新しい何かがなければ報告することはできません。
 そこにはメシヤも必要なく、宗教も必要ありません。なぜそうかというと、すべてのことを知っているからです。皆さんも、すべてのことを知っているでしょう? 真の父母がすべて教えてあげました。毎朝、訓読会をしているでしょう? その時間を通してすべてのものを理解するようになるのです。個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、宇宙、そして神様の心情世界までのすべてを知ることができます。すべてのことを知るのです。
 ですから、常に投入して忘れてしまうのです。個人は家庭のために投入して忘れてしまい、家庭は氏族のために投入して忘れてしまい、氏族は民族のために投入して忘れてしまい、民族は国家のために投入して忘れてしまい、国家は世界のために投入して忘れてしまい、そのようにして神様の位置まで上がっていくのです。それでは、神様はその投入を受けて何をされるのでしょうか。そのすべてのものを息子、娘に投入されるのです。神様もそのように投入して忘れてしまうのです。そのように回っていくのです。
             *
 第四次アダム圏時代に入ってきたので、最近祈祷をどのようにしますか。「祝福の中心家庭誰々の名によって」このように祈祷するでしょう? 皆さんは、そのような祈祷をする資格がありません。神様も、そのような祈祷をすることはできません。神様も、祈祷をさせようとすれば「神様の名によって祈祷しなさい」と言うことができないようになっています。救世主の名によって、族長の名によって祈祷しなければなりません。
 皆さんは、その時代をすべて通過しました。「真の父母の勝利圏を祝福によって受け継いだ祝福家庭誰々の名によって祈祷します」。このように祈祷したでしょう? それがすべて過ぎ去ったのです。第四次アダム圏の心情圏時代に入ってきたのであり、堕落していないアダムとエバが祝福を受けて天宙の中心になった家庭圏内に入ってきたので、「祝福の中心家庭」です。
 祝福とは何ですか。結婚式をすることではありませんか。旧約の約束は結婚することだったのですが、その約束を壊してしまいました。それで、新たにまた約束したのですが(新約時代)それも成し遂げることができませんでした。
 再臨時代である成約時代には祝福をしたのです。結果主管圏内と直接主管圏内に分かれていたすべてのものに対して責任分担を果たした祝福的基準を成立させることによって、アダムとエバが堕落しないで祝福を受けた中心の位置に立つのです。そのような家庭に帰ってくるので、自分の家庭を中心として祈祷し、保護しなければならないのです。
             *
 祝福の中心家庭について、少し話をしなければなりません。今月の十三日、その日から祈祷の内容が変わりました。「祝福の中心家庭誰々の名によって……」祈祷するのです。それをはっきりと知らなければなりません。
 真の御父母様の祝福を受けた誰々家庭です。それは、サタン世界と区別されるのです。サタン世界と一つになりません。その時、真の父母の祝福を受けた誰々というものは、サタン世界と区別されているのです。以前、「真の父母の勝利圏を祝福によって受け継いだ」と祈祷した時のその祝福は何かというと、サタン世界と隔離されているものであるということを知らなければなりません。そのようなことを考えて祈祷する人がどれくらいいたのか、ということが問題です。
 堕落以後のサタン圏との関係が完全に整理されたのです。それを知らなければなりません。それ以前は、何の名によって祈祷しましたか。(真の御父母様のみ名によって祈祷しました)。自らの名によって祈祷することができる自らの主体性がありませんでした。そこで祈祷するのは、真の御父母様の勝利圏を祝福によって受け継いだ誰々の名前です。変わるのです。それはサタン側と完全に断絶されたということです。内的にだけでなく、外的にも何の関連もありません。
             *
 死のうと生きようと、天のお父様のために生きなければなりません。すべて蕩減過程を経てきて、真の父母のために生きるという言葉も必要ありません。真の父母も必要ないというのです。皆さんは、祝福の中心家庭の位置で報告することができるようになったのですが、その報告は、今の堕落圏内での報告であってはいけません。本然の真の父母まで否定し、本然の神様に父として侍ることのできる一体となった位置から神様に侍る立場にいるので、祝福の中心家庭誰々の名によって懇切に報告するのであって、祈祷するのではありません。そのような時代になったということをはっきりと知らなければなりません。
 今、先生が話したことを記憶し、自分がどのような位置にいるのかはっきりと知らなければなりません。糞のような、犬の糞よりももっと汚い放棄された物にしがみついて、そこに首を結んで生き、そこに因縁をかけて生きながら「国だ」「何だ」と言うのですが、それがどれほど恥ずかしいことかということを知らなければなりません。
 本然の真の父母の苦労を崇拝するよりも、真の父母が苦労して成し遂げたものまでもすべて踏んで上がり、真の父母がいなく、神様だけが真の父母の位置にいらっしゃったその位置を追求することによって、皆さんが祝福の中心家庭誰々の名によって報告することができるようになったという事実を知らなければなりません。
             *
 善行をなすことができなければ、祈祷することはできません。今、皆さんがそうではありませんか。世界に自分の行くべき道が残っており、生まれた理想の国を世界へ連結させ、天国へ連結させなければならない責任があるのに、その膨大な責任をほっておいて……。すべきことが山のようにあるのに、そこに砂一握りでもプラスさせなければならないのです。そのようにしなければ、報告することはできません。報告です。祈祷するのではありません。
 祝福の中心家庭誰々の名によって懇切に報告しなければなりません。懇切に祈祷する時代は過ぎ去ったのです。そのようにしようとすれば、毎日のように報告する材料がなければなりません。
 御飯を食べる時、兄弟同士が互いに一さじでも多く食べようと争ったとすれば、何が報告ですか。口のきけない人にならなければなりません。自分が食べられる御飯の量の一さじでも兄弟たちに譲るのです。また、学校に行けば学校を掃除しなければなりませんが、学生たちはみな掃除を嫌がるでしょう? それならば、その嫌がる学生たちのために、私が雑巾がけを一度でもしてあげなければなりません。
 そうすれば報告できるのであって、何もしないで、遊んでさぼっていて何が報告ですか。目などのすべての五官を閉じてしまわなければなりません。五官が死んだようにならなければなりません。このような即決時代に入ってきました。
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 祝福の中心家庭誰々の名です! 神様の間違いない息子、娘になったのです。血筋を受け継いで一心一体となったのです。「解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」と言うのです。完成したならば神様しかいないでしょう? 真の父母も心身一体となり、皆さんも一体となり、どこにおいても父母に対することができる特権の基盤に立ったので、真の父母が入ってくることはできないのです。
 真の父母の前に、真の父母と同じ、恥ずかしくない位置に立つのです。先生は、一生涯蕩減の道を歩んできましたが、皆さんは一生蕩減の道を行くのではありません。
 このみ旨を知ったその場から、蕩減の道から解放されているので、余生は、先生の何十倍、何百倍も忠孝の道理を果たさなければなりません。家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の道理を果たさなければなりません。生きている間は五官をもち、十官をもって、私の生きたこの地を神聖な地として残していくことが、私たち祝福の中心家庭の責任です。
 それは良い話ですか、難しい話ですか。難しい話だと思うこと自体が恥ずかしいことです。そのようにすることができる道があるとすれば、どれほど良いでしょうか。御飯を食べても、寝ても覚めても、一心一念がその根と結託しなければなりません。生まれたこともそうであり、生きることもそうであり、話すこともそうであり、すべての行動もその上で行ったという、そのような自分自身を愛することができる立場に立たなければなりません。祝福の中心家庭の意味が分かりますか。
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 安物ではありません。天地の何ものよりも貴く、お金をあげて買うことができず、何ものとも交換することができない貴いものであるということを知らなければなりません。私の男性の前にいかなる女性が来たとしても離婚することはできず、女性の前にいかなる男性が、お金でも何でもすべてをもってきたとしても離婚することはできないのです。血統を守らなければなりません。命に替えてもそれを守らなければなりません。そのような人は、死んでも霊界の最高の位置に行きます。
 だからといって、最高の位置に行くからということで、若者たちが精誠を尽くさないで、わざと死んでは困ります。「祝福の中心家庭誰々の名によって」このように祈祷するのですが、祈祷という言葉はやめるのです。祈るという言葉はやめなさいというのです。祈祷ではありません。報告です。それがぎこちなければ、祝福の中心家庭の孝子誰々、それ以上になれば忠臣誰々、それ以上になれば聖人誰々、それ以上になれば聖子誰々、神様の友人誰々として報告するのです。
 神様の友人になるのです。自分たちが分かっています。忠臣の次には聖人、その次には聖子ですが、イエス様は聖子として理想家庭を成し遂げることができずに逝ったので、聖子よりも勝っているというのです。
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 もうこれ以上、皆さんに教育は必要ありません。神様の心情まで、すべて知っているのです。そのような内的な観念が、真の愛を中心として外的に一つにならなければなりません。そのように内的に真の愛を中心とするようになれば、すべての万物が従ってくるようになります。そのようにつくられた万物が、四季にわたって昼も夜も従ってくることができる中心が真の愛です。皆さんは、そのような真の愛の観念をもって生きなければなりません。それを知らなければなりません。
 それゆえに、真の御父母様も必要ありません。イエス様も必要なく、アメリカの憲法のようなものも問題ではありません。それ以上の位置に上がっていかなければなりません。それゆえに、皆さんが祝福を受けたのも……。先生が第四次アダム圏をすべて発表しました。第四次アダム心情圏です。それは何かというと、堕落前のアダムとエバです。それは、堕落せずに神様と完全に一つになった立場にいる祝福家庭です。
             *
 今、私たちが叫ぶ自由、私たちが叫ぶ解放、私たちが叫ぶすべてのものは、神様と天国と一体となり、真の父母と祝福家庭すべてが一体になるということです。一つになるということです。
 皆さんが祈祷する時、どのように祈祷するのですか。「祝福の中心家庭誰々」と祈祷します。そこには神様も必要なく、イエス様も必要なく、真の父母も必要ありません。
 真の御父母様が教えてあげたその道を行けば、すべて終わるのです。その道を行けば解放されるのです。道というものは一つしかありません。二つはありません。仏教を信じようと、イスラム教を信じようと、それから孔子様を信じようと、すべて一つの道です。真の父母の教えを皆さんが学んでいるように、霊界でもすべてそのとおりに学んでいます。
 永遠の天国の橋、高速道路をかけておいたのです。国道ならば国道であって、国道が道の道路になることはできず、州の道路になることはできません。世界ならば世界の名で真の御父母様がつけてあげたならば、それを取り替える者はいないというのです。道は二つではなく一つです。
 それは何かというと、祝福家庭、すなわち祝福の中心家庭が行く道です。わき道にそれてはいけません。
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 皆さんが祈祷する時、「間違いありません。真の父母が残したみ旨は、間違いなく私が何十倍も良く主管して育ててあげます。私たちに橋を架ける時まで、真の御父母様が苦労しながら五十年の生涯をかけてこられましたが、私たちは解放された息子なので、天の前に孝子としてこの上ない真心で侍るにおいて、先生ができなかったことを、私が代わりにやります」と言わなければなりません。
 先生より優れていなければなりません。それゆえに、「祝福の中心家庭誰々の名によって懇切に報告いたします」このようにするのです。祈ることをするのは乞食です。忠臣になることはできません。聖人になることはできません。孝子になることはできません。

















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3.第四アダム圏、心情圏の意味

神様王権即位式
 


  

3.第四アダム圏、心情圏の意味


 言葉は簡単でしょう。神様が失った王権をすべて取り戻しました。神様の即位と神様の権限をすべて失ってしまったので、民もなく、国土もなく、主権もありません。そのような立場で主権を取り戻してさしあげるためには、神様の主権を成し遂げる時まで、間隔をおいて取り戻してくるのです。アダムとエバの時は家庭的な時代であって、国家的時代でもなく、世界的時代でもありません。家庭的時代を越えて世界的時代において、全体天国を完成したという条件基盤を立てることができる位置で、勝利の覇権基盤を築くことを中心として皆さんを越えさせてあげたのです。
             *
 皆さんすべての祝福家庭は、先生を王として侍らなければなりません。何の王ですか。アダムとエバが堕落してつくっておいた偽りの世界の王ではなく、神様の血統と神様の愛と生命を中心とした王です。血統を中心として連結された天国の家庭があるので、神様が臨在できる王の位置は、アダムの王の位置であると同時に、天上世界に入っていく神様の王の位置が連結されるのです。分かりますか。
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 新千年、新しい三〇〇〇年が始まる日、今からは私たちの世界になるのです。私たちの世界です。正月からは、いかに拍車をかけて頂上の基準を天宙と連結させるかという各自の責任があります。今は、先生が皆さんの家庭に対して関係を結ぼうとする時代は過ぎ去りました。
 皆さんが先生と関係を結ばなければならず、皆さんが神様と関係を結ばなければならない時に入ってきたのです。これが第四次アダム心情圏時代です。真の愛も私が主人となり、真の生命も私が主人となり、真の血統も私が主人とならなければなりません。
 そのようにして、アダムとエバが堕落の因縁のなかったそのような解放的時代に入っていくのですが、主体的な自分の家庭を錬磨させることなくしてはすべて脱落するのです。アダムとエバが堕落した時、即時処断しました。
 皆さんもそうです。夫が誤れば即座に、また妻が誤れば即座に自分と関係を切ることができる時代に入っていくのです。男女問題においては言うまでもありません。
             *
 三〇〇〇年に向かう最初の年において、皆さんは解放された私を誇らなければなりません。私の目、私の耳と鼻と口、私の手が神様の代身とならなければならず、真の父母の手の代身とならなければなりません。それ自体が、その愛が、そのすべてが、その環境がそのようにならなければならないということを知らなければなりません。三〇〇〇年を出発すると同時に、総清算とともに総決算することができる主流的な核を表題として立てたのです。そのような表題を立てたのは、二〇〇一年だけではなく三〇〇〇年の主流思想に残すものとして措置したものだったということを知って、日常生活でそのようなことを考えなければなりません。二〇〇二年、二〇〇三年に標語がなかったとしても、このように生きなさいというのです。
 一度言ってみてください。(解放された天地父母と子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように!)。解放の観念が重要です。解放の心と体が一つとなり、夫婦が一つとなり、息子、娘が一つになり、三代が一つにならなければ解放することはできません。それを何からですか。真の愛の主体性からです。真の愛の主体性を願いながら解放の道を開拓したのが神様であり、宗教の歴史であり、再臨の歴史であり、今までの受難の歴史であったということを知らなければなりません。
 それで、真の愛の心身統一を成して神様と一つになり、真の愛の主体性を永遠に灯火のごとく輝かせ、そこで喜ばしく解放されたものが、天上世界や地上世界の、どこの誰にとっても希望の安息の場であり、希望の福地にならなければならないということを知らなければなりません。
             *
 第四アダム時代は、自然復帰時代に進入するのです。蕩減復帰時代が終わったので、第四アダム時代は、皆さんの努力によって個人アダム圏を勝利し、家庭アダム圏を越えて氏族アダム圏、そして世界まで越えることができる自由解放圏が起きるのです。
             *
 今から皆さんの家庭は、理想的家庭となって、真の御父母様と神様に直接侍り、真の御父母様の代身にならなければなりません。皆さんが、旧約時代と新約時代に来たメシヤ、新約時代を越えて成約時代に来たメシヤ、すなわち一次アダム、二次アダム、三次アダムの代身家庭となることによって神様を迎えるようになり、万民が天国に直行できるようになるのです。そのようになることによって、第四次アダム圏解放祝福時代に入っていくのです。
             *
 既に解放時代を迎えたということを思う時、この地球を中心とした宇宙がどれほど褒めたたえているか分かりません。どれほどきょうの日を喜んでいるか分かりません。それで、今年に入ってきょうまで、祝賀する雰囲気一色になっていると思うのです。今から私たちがしようとするすべてのことは、天運がついて回りながら助けてくれるのです。
 人は、天運に追いつこうと努力したりしますが、天運が私たちのあとをついて回りながら助けるのです。この話は何かというと、真の父母と霊界が数多くの先祖と数多くの善人を動員し、この地を助けることができる時が来たということです。解放圏を成すことができ、変革することができる時代が来たのです。
             *
 神様が絶対的ならば、私も絶対的な位置を願わなければなりません。神様が不変ならば、私も不変でなければなりません。神様が唯一ならば、私も唯一でなければなりません。神様が永遠ならば、私も永遠でなければなりません。このような観点から、人間の永生は不可避的であり、それが結果的な帰一点とならざるを得ないという結論を堂々と下すことができると考えるのです。
 いくら神様に愛があったとしても私に愛がなく、いくら神様に生命があったとしても私に生命がなく、いくら神様に理想があったとしても私たち人間に理想がなければ、すべてのものは無意味です。
             *
 絶対信仰・絶対愛・絶対服従する立場に立てば、それがイエス様の行く道であり、イエス様が守る絶対信仰であり、イエス様が愛する絶対愛であり、イエス様が生きていく絶対服従の道であったという事実を知らなければなりません。それと同様に、先生においても、神様とイエス様がもたれた絶対信仰の道をそのまま受け継いで行くのです。その愛の道、その服従の道を行く限り、サタンは永遠にその影の位置に入ってくることができません。影の位置に入ってくることができないということはどういうことかというと、二十四時間、正午を中心として、日の光を中心として影がなくなるということです。それは夕方になれば生じ、朝になれば生じるものですが、昼の十二時にはなくなるのと同じように、その正午の位置には入っていくことができないのです。
             *
 絶対信仰とは、昼間でいうと、影のないことを意味し、絶対愛も、サタン世界にはあらゆる愛の種類がありますが、影のない愛を意味しているのです。「絶対順応だ」「何だ」といって、法を通して従っていくとしても、絶対服従の位置に入っていかなければなりません。神様とイエス様、真の父母とイエス様と神様が連結されたその位置には、絶対信仰・絶対愛・絶対服従だけが定着し、支配することができるのであって、それ以外のものはすべてなくなるのです。
 絶対信仰には、個人的信仰、家庭的な信仰、氏族的な信仰、民族的な信仰、国家的な信仰などがすべて入っているのであり、絶対愛には、個人的な愛、家庭的な愛、氏族的な愛などがすべて入っています。服従も同様です。孝子の道理とは、父母の前に絶対服従しなければならないことであり、忠臣の道理とは、君主の前に絶対服従しなければならないことです。天理でこれらすべてのことがなっています。誰を中心としてですか。神様を中心として絶対信仰するのです。アダムはできませんでした。サタンもできませんでした。イエス様が絶対信仰を成したので、アダムはイエス様の前に服従しなければならず、愛さなければならないという論理が生まれるのです。
 その原則的な基盤が、統一教会の真の御父母様と神様の間に立てられたのです。このような関係に連結した一体理想を立てた位置に立っているので、それとともに、これは地上の表面的なところにおいて何を与えたとしても、たとえ世界を与えても替えることができないものです。
 自分たちが信じる王であろうと、いかなる国の大統領であろうと、サタン世界のいかなるものを与えたとしても替えることができないものだというのです。お父さん、お母さんであろうと、妻やお金や子供であろうと、すべて否定するのです。
             *
 それでは、絶対信仰が望むものとは何でしょうか。絶対愛の道を探し求めていくことです。絶対愛のために絶対信仰しなさいというのです。絶対愛のためにです。アダムとエバは、神様を絶対信仰することができなかったことにより、絶対愛を成すことができなかったのです。それゆえに、失ってしまったこのようなすべてのことを探し立て、絶対信仰の上に絶対愛が連結されれば、サタンが寓居している未完成の環境圏内の寓居地をすべて完全に片づけてしまうのです。
 その愛の前では、絶対的夫は、絶対的妻に対して服従し、絶対的夫人は絶対的夫の前に絶対服従しなければなりません。そして、その夫婦は、天のお父様の本然的愛の前に絶対服従しなければなりません。それは、愛を中心として言う言葉です。そのようになれば、もうこれ以上、サタンはいないのです。
             *
 本性的な神様の属性と一体となることができる本然的愛の定義と一体となった存在は、神様の代身であり、神様御自身がそのような立場なので、その相対を創造される時は、このような本性自体とともにそこに何を加えて投入されたのでしょうか。絶対創造性、唯一創造性、不変創造性、永遠創造性です。愛を中心としたこのような絶対的な創造性を投入しました。創造するためには何かを残さなければならないのですが、主体性がなければなりません。私に似なさいということです。
             *
 神様に似るということは、内的な面から見れば、絶対愛を中心として、その愛が絶対愛であると同時に唯一、不変、永遠の愛なので、その愛を通して神様と永遠に共に住み、共に楽しむことができ、同参することができ、相続を受けることができるのです。神様の愛の対象なので、絶対的神様の愛が私の愛ならば、絶対的神様の対象なのです。そのような内的な基準を、神様の属性を中心として創造世界に拡張するためには、創造性の属性がなければなりません。
             *
 個人完成をするためには、何をしなければなりませんか。創造性の完成です。それは、第二創造主の格位をもった立場に立てるためです。そのようにしなくては、永遠の神様という主体の前に永遠の対象格として立つことはできません。分かりますか。
 それで、創造主格の立場に同参させるためには、これが絶対不可欠の要因です。これがなければ、人間は天の絶対者の前に対等な立場をとることができないので、このような法を立てざるを得なかったのです。
             *
 真の父母と一つになって伝統を受け継ぎ、皆さんの家庭が主体的伝統をもってアメリカを治めることができる基盤となり、主体性をもつことができる家庭となる時、天国の皇族圏内に入籍するのです。このようにして入っていくところが天国です。
 天国は、誰でも入っていくことができる所ではありません。「その道を行こう」と、三代が決意しなければなりません。おじいさん、おばあさんから、お父さん、お母さん、夫婦、息子、娘まで、段階は四段階であり、夫婦を備えた系列は三代です。
             *
 環境の創造をしなければなりません。そこに主体性をもって相対を再創造しなければなりません。再創造する場合、愛のパートナーをつくるための神様が御自分以上のすべてのものを投入して、また投入しようとされているので、自分の命を捨てたとしても、もっと投入しようという心をもつようになれば、自動的に相対は生じるようになるのです。完全なプラスは、完全なマイナスを創造するという原理があるでしょう? 空中で完全なプラスが生じれば、それにつれてマイナスは自動的に生じるのです。
             *
 私と皆さんと、どちらが少し勝っていますか。勝っている点は何ですか。心は同じでしょう。勝っているものに何がありますか。その心がしようと思ったとおりに活動するという点において少し違うのであって、異なるところはありません。心は、すべて同じです。人としての本質は同じですが、思ったとおりにしようとする時において、どれだけ関係性を拡大させるか、舞台や環境をどれだけ開拓するかというその違いであって、心の本質は同じです。
 霊界をはっきりと知らなければなりません。場当たり的にいい加減に生きることはできません。皆さんは地上で完全に合格し、天国に直行することができる家庭、条件に引っ掛からず解放され直行することができる家庭をつくらなければなりません。それは先生の責任ではありません。みな行くことができるように祝福したでしょう? ハイウェイを築いてあげたでしょう? 自動車はできているので、燃料さえ入れればどこへでも行くことができるのです。
             *
 解放をすべて宣布したのです。できない場合は、制裁を加えるようになります。天国に入れる場合は、この地上での合格者を入れなければなりません。今までは合格した者だけを送ったのではなく、そのまま入れたので、あの世の監獄や中間霊界に行っているのです。地上の中間霊界や、楽園家庭や、あるいは地獄家庭がないように、きれいに整備して天国に直行することができる基盤を築かなければなりません。














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4.自然と調和して趣味的に生きる生活

神様王権即位式
 


  

4.自然と調和して趣味的に生きる生活


 今後、食糧問題を解決することができなければなりません。飢えて死んでいくアフリカ人、アジア人、インド、中国をどのようにしますか。大陸で大国になるのですか。大国になり、食べて生きていくものがなければどのようになりますか。お金を食べて生きるのですか、水を飲んで生きるのですか。お金をもっていって「何かをつくってください」と言えば、すべてつくってくれますが、食べるものはもらえません。ヨーロッパも食糧が不足し、アメリカもロシアも不足する時が来るのです。
 最近では科学的な農場を経営することによって、みかんのようなものを植えても十分食べて暮らしていくことができます。商売をして食べて暮らし、息子、娘を大学に送ることもできます。食べて生きることが問題ではありません。就職しようと苦労する必要はありません。生きることができないようになった時は、南米に来れば、先生が土地を分け与えるなり、御飯を食べさせてあげるなりするつもりです。御飯を食べさせてあげることができなければ、川と山があります。一日に二匹は魚を釣ることができます。大きいのが二匹ならば、釣ってもすべて食べきれません。五人家族でも、食べきることはできません。
 それからまた、果実が無尽蔵です。あらゆる果実があります。みなパパイヤは好きでしょう? 果実がどれほど多いか分かりません。すべて取って食べるようになっています。ですから、アマゾン川流域の現地人は、フォークとナイフをもって御飯を食べに出掛けるのです。朝、昼、晩にです。すべてあります。
 そして、一生懸命農業をすれば、うまくいくようになっているので、「神様、祝福してください。収穫が良くできるようにしてください」と祈る必要はありません。祈る必要がどこにありますか。一生懸命にすればいいのです。朝早く出ていっても、夜遅くに戻ってくるのです。月の友達となり、朝、日が昇れば、その友達となるのです。月の友達、日の友達、常に明るい場所で生きようとすれば、この世で貧しく暮らそうとしても、豊かに生きるようになっているのです。
             *
 それは何といいますか。動物間において一番の怨讐となり、植物においても怨讐となるものを何というのですか。天敵というのです。生き物には天敵がいます。生まれてから見たことがなくても、その天敵を恐れるのです。
 先日私が、鄭壽源氏の家の犬が虎を見てどうだったという文社長の話をしたでしょう? その犬が虎を見たことがあるでしょうか、声でも聞いてみたことがあるでしょうか。虎の絵を見せて「ウォー!」とほえると、ただしっぽを巻いてきゃんきゃんと板の間に入っていって、出てこなかったというのです。天敵というものは、それほど恐ろしいものなのです。鶏がいくら飛んだり何かしたりしても、天敵である青大将の前に行けば、身動きができずに、ただそのままじっとしているのです。逃げることもできないのです。立っていることもできません。すべて、そのようにして捕って食べるのではありませんか。天敵がいるのです。
 それでは、神様の前における天敵とは何ですか。神様の前に天敵がいますか。愛の世界には天敵はいません。天敵がいないので、それを支配することはできません。ですから、サタンを殺すことはできないのです。天敵がいないようにつくられた世界において、天敵だといって神様が法で裁いて殺したとするならば、神様が引っ掛かるのです。それゆえに、今まで何千万年もの間、神様は怨讐を愛する立場で歩んでこられたのです。天敵がいません。天敵がいないので、昼も夜も常に育ててあげなければならず、愛さなければならないのです。
 それでは、真の父母の前に天敵がいますか。(いません)。同じです。ですから、このようにしても愚かな人、あのようにしても愚かな人です。八十年の生涯を生きてくる間、いつ思いどおりにしたことがありますか。一度も思いどおりにすることができなかったのです。今から思いどおりにしてみなければなりません。
 金潤相氏は、様々な鳥の種類を知っておき、今から巣をつくって、そのような鳥たちが暮らすことができる環境をいろいろな所につくらなければなりません。そこに来る数十種類の鳥たちの巣をつくって、同じ餌を与えれば訪ねてくるようになるのです。ですから、れんぎょうのような木を植えるとか……。雀は生まれつき遊ぶことが好きです。季節に従って花があり、葉があるので、そのような特別な木を中心として、鳥たちが来るようにするのです。そこには、やな(注:川にしかける魚を獲るわな)のようなものをぐるっと巡らして家をつくっておき、餌を与えて常に訪ねてくるようにするのです。
 そのようにして、そこで毎日のように与えれば、そこに来て棲んでは巣立ちをし、棲んでは巣立ちをし、このようにして、ここで育った鳥が向こうの村に行って子を産めば、そののち、その村全体が一つの家庭になります。
 鐘を鳴らせば、何の鳥を呼んでいるのかということを分からせる教育をしなければなりません。「かんかん」と鳴らせば、これは何であり、「かんかんかん、かんかんかん」と鳴らせば、これはまた何であり、そのようにして、飛んでくれば必ず餌があるようにしておいて与えるのです。そのような訓練をさせなければなりません。そのようにすれば、見物するために世界の人が来るでしょうか、来ないでしょうか。観光公園をつくらなければなりません。
             *
 裏山の陰になった所には動物がいます。すべての動物は、穴を掘ったり、陰になった所を探したりして隠れることを考えるのです。樹木があり、陰になった所には動物がいます。きつねから、うさぎから、様々な動物がいるでしょう? それを育てることができるようにするのです。餌を捕って私たちが与えるのです。ピラニアのようなものなど、食べない魚がたくさんいるではありませんか。そのようなものをたくさん捕まえて「かんかんかん」とたたいてから与え、友達になるようにするのです。
 その次には生肉をあげるのです。このようにすれば行ったり来たりするので、鐘が鳴れば、朝、昼、晩に食べられる生活環境が自動的につくられるのです。農場で土地を掘って水がすーっと流れるようにして、その村の獣たちがいる所に通しておき、良い水が流れるようにして、うさぎや鹿やおおかみなどが夜中に来て水を飲むことができるようにするのです。このようにしておけば、その周辺には豊かな山林と自然ができると同時に、魚たちが集まってくるのです。
 彼らが食べて生きることができる主人です。食物連鎖を中心として、生きることができるすべてのものが準備されており、そのようなすべての魚や動物が集まってくるので、これをすべて趣味として管理しなければなりません。趣味生活です。趣味公園をつくらなければなりません。
             *
 何でも必要です。へびまでも必要です。アナコンダが来れば、うさぎも分けてあげるのです。その群れが来れば、いつでも集まることができるようにするのです。鐘さえたたけば、そこにいるすべてのへびたちが集まってくるようにするのです。
 このようになれば、どれほどの名勝地となるでしょうか。人間を中心として何かを立派につくりあげた世界以上によくできあがるのです。環境条件の良い自然をそのままにしておき、源焦根源的な動物と植物たちを中心として、和合して喜びを感じることができるような世界的な観光地をつくろうというのです。
 そして、植物園も世界的なものをつくり、動物園も数百種類、数千種類のものをつくらなければなりません。魚は三千六百種類になるので、三千六百種類の養殖場をつくらなければなりません。そのようにすれば、「来るな」と言っても世界から訪れてくるのです。そのようなたくさんの種類を見ようとして来るのです。
             *
 鹿のような獣も育て、魚も育て、それから自然に人工を代入して穀物もつくるのです。それは、いかに素晴らしいことでしょう! 神様が創造されたものは何であってもすべて再生させ、それを見つめながら神様のことを思い、自然と調和をつくり出し、このすべてのものが互いに助け合って生きながら、趣味をもって暮らしたのちに霊界に行くのです。このようにすることによって、都市集中の世界をすべて分散することができるのです。
             *
 生きることがすべて喜びです。趣味というものは、環境的条件を示すものであり、喜びは、主体と対象の愛の理想に根を下ろすことができるものです。独りでおもしろいですか。おもしろいならば、狂ったことになります。愛の相対がいなければなりません。
 神様は、未来の理想的宇宙よりももっと大きい愛の相対のために、燃料として供給するための立場に万物を立てたのです。それゆえに、愛の圏内の因縁をもっていないものはありません。ですから、万物を愛さなければなりません。
             *
 主体と対象があるところから芸術という美しさや、貴さや、価値が存続し、そこから喜びを感じるのです。それで、趣味産業は外的です。家庭は、趣味家庭ではありません。喜びの家庭にならなければなりません。
 喜びといって、アメリカに来て暮らすことではありません。みなアメリカを好みますが、それは違います。アメリカの天地より、もっと好むことができる家庭に私たちの父母が住んでいるのです。鼻唄を歌うというでしょう? そこで鼻唄だけを歌うでしょうか。
             *
 六十歳を越えれば、下野して故郷の農村に帰り、土を耕して霊界に行く準備しなければならないのですが……。霊界に行く準備が忙しいのです。
 ですから、精誠を尽くし、先生のように農村に埋もれて、農村を指導することができる責任を果たさなければなりません。そのようにして、趣味産業、趣味生活を終えて霊界に行ってこそ高い霊界に行くことができ、情緒的な人となって霊界の舞台を活用することができる皆さんになるのです。
             *
 故郷に定着する時は……。定着してどのようになるのですか。天地のすべてのものが故郷になり、天地のすべてのものがそこに連結されているので、背負っていく必要はなく、置いていかなければなりません。それを置いて霊界に行けば、それを連結させることができるのです。
 世界のものをここに移してくることができ、また私がそこに行けば、自分の家も引っ張ってくることができ、私のものになるのです。背負っていく必要はありますか、ありませんか。















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5.これからは許しのない法の即決時代

神様王権即位式
 


  

5.これからは許しのない法の即決時代


 堕落以後、神様は地上世界と天上世界を干渉することができませんでしたが、今からは神様が全般、全能の行使をすることができる時代が来ます。それゆえに、堕落した直後にアダムを処置したのと同じように、今までの蕩減時代は過ぎ去り、法による直接管理時代に入っていくのです。誤れば許しがありません。そのような時代に入っていくのです。
 堕落したアダムを、堕落したのちに即決処分したのと同じように、今からは救援摂理がありません。救援摂理はすべて終わったのです。第四次アダム圏宣布とともに、すべての祝福家庭が真の父母を王として侍ることができる段階に入ってきました。このような宣布をすることによって、今からは家庭を中心として国家と世界は、神様の管理圏内に入っていくのです。
             *
 今からは、誤れば許しがありません。蕩減復帰救援時代には許しがありましたが、今からは怨讐を愛しなさいという言葉が成立しません。すべて終わったのです。「怨讐を愛しなさい」と言ったのですが、今からは、法を通して裁くのです。
 怨讐を愛することができるとすれば、どうして神様はアダムとエバを許すことができなかったのでしょうか。矛盾した結論ではないかというのです。愛することはできません。今からは神様が自主権をもち、アダムとエバが堕落した時に即決処分されたのと同じように、神様の解放圏ができれば、天上世界と地上世界の法に引っ掛かった場合には即決処分されるのです。今からは、そのような時が来ます。
 アダムとエバを地獄に送ったのと同じように、皆さんの霊人体を呼んでいきます。地獄を拡張する危険性がある場合には、天使たちと善の先祖たちが連れていくのです。連れていって霊界で罰するのです。天使世界やサタンまでも「こいつ!」と言って打つのです。サタンまでも足でけ飛ばして訓示することができる時が来ました。
 ですから、この世に暗い陰がなくなるでしょうか、なくならないでしょうか。なくなります。自然になくなるのです。そこに引っ掛かってはなりません。
 この原理を知らなければなりません。心と体が一つになって国を愛するという時代ではなく、天地を愛することができる心の基準を中心として、そこにあるずれをいかに一体化させて自分自身の環境から世界までを連結させるのかというのが、成約時代の聖徒たちの行くべき道です。
             *
 今後、統一教会の祝福が世界的に歓迎される時代になれば、その世界は天国の憲法を中心とするようになります。天国の法は厳格であって、許しがありません。皆さんが、真の御父母様の前に祝福を受けて自分勝手に別れたりするようなことをどのように処罰するのですか。これは深刻な問題です。深刻な問題です。
             *
 今からは救援摂理時代ではありません。皆さんも、既に祝福を受けた中心家庭です。アダムの完成家庭に立っているので、神様の王権と神様の国と神様の家庭を守らなければならない責任があります。
 皆さんが信じようと信じまいと、神様のみ旨はこのように成されていくということを知らなければなりません。信じようと信じまいと、み旨は成されます。そのようになるのです。み旨が成されれば、その成されたみ旨から制裁を受けます。み旨のとおりにしなければなりません。国が設定されれば、憲法ができ、法ができ、国権を立てていくのです。そのような時代が巡ってきます。













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三 天国人が守らなければならない生活規範

神様王権即位式
 


 

三 天国人が守らなければならない生活規範



  

1.純潔の血統を保全しなさい


 愛は一代であり、生命も一代ですが、血筋は永遠です。メンデルの遺伝法則を知っているでしょう? 黒人と白人が結婚すれば、必ずある一時に黒人が生まれてくるのです。そのことは知っていますか。その話は何かというと、先祖たちの生命の血筋は死んでいないということであり、細胞が死んでいないので出てくるということです。
 皆さんは数千代の先祖の結実として生まれ、皆さんには数千代の先祖たちのすべての血筋が連結されており、細胞が連結されています。先祖たちは死んでいないのです。堕落していなければ、「一箇所に集まるな」と言っても、血筋に従って集まるようになっているのです。
             *
 自分のお母さんの分身であり、お父さんの分身であり、神様の分身であるということを考えなければなりません。あの男性はなぜ生まれたのでしょうか。私とは関係なく、神様の愛を受けるために生まれたのであり、自分の父母の愛を受けるために生まれたのであり、神様の愛と父母の愛を身代わりして、一人の女性を愛の贈り物として送られるために生まれた神聖な方であると考えて生きていますか。邪悪な種が住んでいる危険地帯を撃破してしまわなければならないのが統一信徒たちの義務であり、責任であるということを忘却してはならないということを知らなければなりません。
 何を残していかなければならないのでしょうか。男性として生まれれば、女性の真の愛を植えつけていかなければなりません。女性として生まれれば、男性の真の愛を植えつけていかなければなりません。夫婦が一つになってその家門の愛の伝統を伝授されるにおいて、そこに核を残していかなければなりません。
 父母が核を連結させるのです。おじいさんの核、お父さん、お母さんの核、自分の核、自分の息子、娘の核、自分の孫の核、愛の核を中心として、このように連結されるのです。このようにして円形に似るのです。正しい血筋を残さなければなりません。
             *
 堕落したあと、恨が何かというと、血統を汚したということです。第一に純潔な血統を永遠に、千代、万代にどのように残すかというのです。二度と、女性の三角地帯、男性の三角地帯に堕落があってはなりません。影も見たくないというのです。そこが愛の源泉です。本宮です。生命の源泉、本宮です。血統の本宮であり、良心の本宮です。国の、世界の本宮です。天地の、神様の解放をさせ得る本宮! それを汚しました。恥を知らなければなりません。
 みな地獄のどん底に反対に突き刺さったものを、先生があらゆることをして、引っ張り出したのです。それを引っ張り出すために、どれほど興進君が苦労したかということを知らなければなりません。第一が何ですか。純潔な血統を死守しなければなりません。
 皆さんが今から息子、娘の教育を徹底しなければなりません。飢えて死ぬほうがましであって、純潔を汚すようなざまになってはなりません。よこしまな世界に足を掛け、目を向け、五官が内外にみな引っ掛かっています。それをやっと切って、解放された家庭だという立て札を刺しましたが、この周囲には千層、万層のサタン世界が取り囲んでいるというのです。小さなすき間でもあれば、サタンの愛が入ってきて、サタン世界の空気が入ってきて、サタン世界の光が入ってきます。サタン世界の愛が入り込んできます。
 このような情けなさを知っているので、これを絶対、防御しなければなりません。防御する方法は、「ため」に生きる愛です。自分を考える愛は、必ず浸食されます。
             *
最も恐ろしいこと、天の国の憲法の第一条とは何かというと、純潔な血統を守らなければならないということです。汚してはいけません。女性たちはいつもナイフを手の近くにもっていて、引っ張られていく状況になれば、そのような怨讐には「ええい、どうにでもなれ」と言って、つかんだ相手の手の近くを切ってしまえというのです。それでも、いざとなれば、自分の首を切ることもできるのです。血統の純潔は生命よりも貴いのです。
             *
 天の国の憲法第一条とは何でしょうか。血統を汚してはならない、血統を清く保存しなさい、純潔の血統を永遠に守りなさいということです。
 今から、祝福を受けた血統は、神様の血代であり、神様の愛と生命を受け継いだものなので、今までの堕落世界に染まった習慣的な行動で汚してはなりません。それを守ることができますか。夫婦になっている人も、配偶者がいなければ一人ででもいいので、完全に血統を汚さないという人は、目を閉じて決意し、神様だけを見つめて力いっぱい手を挙げて誓いましょう。誓い! きょうの記念の日を忘れてはいけません。分かりましたか。夫婦でけんかしても、「正月十三日、十三数!」と言えば、気を静めなければなりません。
 西洋では、「十三」といえば、最も悪い数です。十二カ月の中で中央数です。中央に十二カ月が入っていれば、天地の道理が循環しなければなりませんが、これがないのですべて混乱し、逆理的混乱世界になっています。これを正そうというのが天の願っていることなので、このことを知ったならば、「千回死ぬようなことがあったとしても守らなければならない」と鉄のような決意をする時間として、この時間を受け入れなければなりません。
             *
 血統的に、きれいな血族を残さなければなりません。自分勝手に生きることはできません。昔は女性の貞操を尊重しましたが、今後は男性の貞操を尊重する時代が来ます。それを知らなければなりません。公金に手を出すことはできません。
 その次には、人権を蹂躙することはできません。権力をもったからといって、自分の思いどおりに、自分の都合のいいように人を処断すれば、天法に引っ掛かるのです。人は、誰もが神様の愛を中心とした一つの兄弟です。














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2.心情を蹂躙してはならない

神様王権即位式
 


  

2.心情を蹂躙してはならない


 人を愛そうというのですか。人を利用してはいけません。皆さんも、責任者だからといって勝手に人事措置などをしてはいけません。天で最も嫌うことは、人を利用することです。天で最も恐ろしい罰、最初の第一条に引っ掛かることは、愛の道理を破壊することであり、二番目は人間自体を利用することであり、三番目は物質です。それゆえに、今でも先生は、子女の前途を祝福する思いで導いているのです。
 人権を蹂躙しません。一度先生が関係を結べば、最後まで裏切りません。三回以上先生が責任を全うしてから天が命令するまでは、先生が捨てることはできません。なぜでしょうか。今まで先生以上に、すべての不信分子、それ以上の悪人たちもあまねく一緒に生かしてあげながら摂理してこられた神様がいらっしゃるのに、先生がどうして処理することができるのかというのです。今からは、責任を果たすことができないこのような人々は自然に離れていきます。病気になるなどして、自然にすべて処理されてしまうのです。ですから、統一教会は恐ろしいのです。統一教会の外部の人々もそうです。統一教会を支持してきた人はみな出世し、統一教会に反対した人はすべて滅びました。
             *
 今から、私が一つ話をしてあげますから、しっかりと記憶しておいてください。ここは人権を誇っています。現在、みな人権を誇りますが、それはサタン世界の権限を脱け出ていません。人権というものも、神様が地上を見つめる人権と、サタンが見つめる人権と、サタン圏内にある人権と、宗教圏内にある人権では、すべて異なります。
 神様が見つめる人権、真の父母が見つめる人権、神様の真の愛・真の生命・真の血統を中心として見つめる人権は異なるのです。もしこれが成就すれば、反対する者はいません。全権時代です。既にそのような時が来ました。昔と違います。
 今、皆さんが「人権だ」、「自由だ」と言っても、その自由というものは何ですか。サタン圏内、堕落圏内の自由も自由です。しかし、真正なものは、自由解放です。それは、サタン世界と結託して、酒を飲んでありとあらゆることをしながら享受する自由解放ではありません。完全に神様が見つめ、真の父母が見つめ、み旨と原理が見つめる自由と解放を知らずにいます。今は限界線を引いてしまわなければなりません。それで、サタン側と天の側に分けなければなりません。
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 一番の問題は何かというと、人事措置です。人事措置が一番の問題です。皆さんは、責任者になったからといって、自分の指揮下にいる人を感情的に人事してはいけません。すべて客観的な考課表に従って人事措置をしなければならないのであって、自分の感情的な面から「あの人は気分が悪い」として人事措置をしてはいけません。人事措置問題です。
             *
 人権を蹂躙してはいけません。人を利用することはできません。私は、統一教会の文なにがし教主という名前をもっていますが、統一教会を利用したことがない人です。私が利用されようとしました。

















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3.公金を略取してはならない

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3.公金を略取してはならない


 人事措置する時、先生が世界的代表ならば、国家代表と教区長、道責任者までの三段階は手を出すことができないようになっています。霊界で最も恐ろしく扱うものは血統問題、男女問題であり、二番目は人事措置です。民主世界のようにはなっていません。誰であれ、首を切ったり人事措置をしたりすることはできません。先生も、人事措置をする時は、三人を選んで抽選をするのです。
 その次には何かというと公金です。教会の物や教会のお金を勝手に使うことはできません。この三大条件が最も重要です。先生は、一年に数百、数千億のお金を使うでしょう? しかし、自分のためには一銭も使いません。それは、アメリカ政府のIRS(アメリカの国税局)が知っています。先生をいくら調査してみても、三十年近い歴史を歩みながら自分のためには一銭もお金を使ったことがないというのです。
 皆さんに苦労をさせながら、お金をもうけて先生が幸せに暮らそうとは思いません。今でもネクタイを結ばずに生活しています。結ぶときは、仕方なく結ぶのです。家に入れば、はだしになって生活します。責任者は、負債を負ってはいけません。そのような団体は滅びます。峠を越えることはできません。越えていっても、頂上で雨がたくさん降れば、二筋に分かれます。どこに行かなければならないのかというと、左に行ってはなりません。上がってきた道を逆戻りしてはいけません。
 その話は何かというと、先生にいくらお金がたくさんあったとしても、韓国のために使ってはならないという話です。峠を越えて、世界に流れていくことができる谷間をつくらなければなりません。
 ところが、IMF(国際通貨基金)事態のゆえに、どれほど先生が被害を被ったか分かりません。水が逆に流れることをしたのです。先生が百八十五カ国に新聞社をつくろうとしたその経費を、IMFを中心として韓国に使ったのです。
 どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。水蒸気が上がっていって高い山に引っ掛かって進むことができなくなれば、そこにたまって再び循環運動をするのです。雨を降らせて本然の基準をつくるのです。そのような考えをするので、霊界が後援するのです。そうでなければ、既に統一産業もすべて崩壊していたはずです。
             *
 全体のために生きなければなりません。自分の財布にお金が入れば「このお金をどこに使うべきか」と考える時、「ああ、もっと稼がなくては」と思わなければなりません。また入ってくれば「これをどこに使わなければならないだろうか。み旨の道のためにどこに使わなければならないだろうか。もっと稼がなくては」と思って、休む間もない心をもてば、祝福がついてくるのです。神様が保護してくれるのです。それが先生の生活の秘訣です。
 お金ができても、使う場所では足りません。私は、韓国に対してあまりにも多くまきました。アメリカに対してあまりにも多くまきました。これを世界化させようと思います。この話が何の話か分かるでしょう? あっても、あるのではありません。ないのです。「お金が多い」と言いますが、お金が一番ありません。それが神様の事情です。
 自分のために生きるのではありません。国を助けたのちには、世界を助けなければなりません。東洋を助けたのならば、西洋も助けなければならず、東西を助けたのならば、南方、北方を助けなければなりません。北極まで、南極まで、主人が神様にならなければなりません。北極と南極の主人が父母にならなければなりません。それが軸になります。
 それゆえに、すべての統一教会の財産、アメリカの財産までも南方のためにすべて売りました。南極、北極はすべてしたので、今からは中央をつかまなければなりません。中央をつかむにおいては、深い所をつかまなければなりませんか、高い所をつかまなければなりませんか、浅い所をつかまなければなりませんか。深くて高い所をつかまなければなりません。それが太平洋の真ん中です。
 深さが、一万一千百三十二メートルにもなる深い海があります。ヒマラヤ山脈のエベレスト山などの八千メートル以上になる山々も、すべて入ってしまうのです。地球の土地がすべてなくなるのです。水の中もそうです。
 それで、高くて深い所を集め、そこに塔を築き、土地をつくって国をつくり、国連の基地をつくり、国に飛翔しなければなりません。十二月になる前に、そのような準備をすべてしました。それで先生は、「南米に行く」と言っておきながらも、忙しくて行くことができずに何度も延長したのです。
             *
 負債を負ってはなりません。先生は、公的なお金には絶対良心的です。一銭もいい加減に使いません。いくらお金に困っても、そのようにはしません。時折、あちらこちらから献金したお金を集めてもってきますが、全く使いません。すべて分け与えるのです。公金は、いい加減に使ってはいけません。
 それは、毒薬よりももっと恐ろしいのです。公的に誠心を尽くした以上の心情をもって使わなければ、天法に引っ掛かるのです。
             *
 税金を納めなければなりません。税金をかすめ取れば、大変なことになります。今日、あなた方も知らなかったでしょう? 天上世界の人と公金をいい加減に使えば、大変なことになるのです。霊界にも家庭的地獄があります。それゆえに、それがそのまま裁判になります。
 統一教会の本物の天国に入っていく家庭、楽園に入っていく家庭、中間霊界に入っている家庭、地獄に入っている家庭、地獄があります。それが延長されます。そのようにして、今現在の霊界はすべてなくなってそのようになるのです。
 ですから、早く早く解消しなければなりません。楽園がなくなっていき、どんどん小さくなるのです。どんどん小さくなれば、中間霊界もどんどん小さくなるのです。
             *
 今後は、公私の問題を徹底化しなければなりません。公金は、サタンが解き放った毒薬です。そのような公金を誤って使用すれば、滅びるのです。その公金によって事件が起きるのです。奸臣もそこから出てくるようになります。このことゆえに国が滅んだりもし、国を売り飛ばしたりもするのです。


















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4.天国憲法一、二、三条

神様王権即位式
 


  

4.天国憲法一、二、三条


 今から守るべき鉄則とは、第一に、死ぬようなことがあったとしても血統を汚すなということです。何の話か分かるでしょう。第二に、人事措置を誤って人権を蹂躙するなということです。男性であれ女性であれ、黒人であれ白人であれ、平等です。人権を差別したり、人権を蹂躙したりするなということです。責任者たちは自分と気が合わないといって、むやみに人事措置をしてはいけません。気が合わないといってむやみにはできません。
 教会の幹部たちよりも、先祖が善なる人はいくらでもいます。何代もたたずして大統領になる家門の人の首を切ってしまえば、自分の先祖ががらがらとすべて崩れます。ですから、先生は、人事措置をあまりしません。上のほうの人たちを人事するときはくじ引きでします。人権を蹂躙するなというのです。
 先生は、どこに行っても、黒人だといって差別したり、出身大学で何かを決定したりはしません。人権を正しく指導するには、真の愛、「ため」に生きる愛をもって暮らす人が主流です。天地創造は、そこから始まりました。その主流思想を乱してしまうことは、許すことができません。罪の中で二番目の罪です。
 第三に、公金を盗むな、公金を自分勝手に使うなということです。以上、三つです。監獄に入ってみると、そこにいる人の七〇パーセント以上が、これらのことゆえに監獄にいるのです。人権を蹂躙し、血統を汚し、男女問題に引っ掛かっています。それから、金銭問題、権力問題です。お金と知識と権力が怨讐だったというのです。
             *
 天国の法をつくらなければなりません。天国の憲法第一条は何ですか。血統です。その次には人権蹂躙です。第三は公金です。国家財産の略取です! 公金は国家財産です。家庭のすべてのものを破壊する子供は親不孝者です。父母が貴く思っているものを盗むようになれば親不孝者です。これは監獄に入れて処断してしまわなければなりません。
 それで、血統を汚してはならない! 純潔を保持しなさい。その次には、人権を尊重視しなさい。おじいさんだからといって孫を勝手に酷使することができますか。服を脱げば、自分の服を脱いで着せたり、おばあさんに服を作らせたりして、なければ包んで抱いてあげなければなりません。
 それゆえに、そのようなことができる父母の前に親不孝ができるという言葉は出てきません。親不孝という言葉が出てくるはずがないのです。日誌を書いて、毎日のようにそのように生きながら「私のようにしなさい」と言えば、村中の人がすべて尊敬するのです。自分たちもその父母に従えば、父と母について歩きながら一緒に尊敬を受けるのです。尊敬を受けるからといって、お父さん、お母さんを息子だと言いますか。自分の叔父に対すれば「おじさん、こんにちは」とあいさつをしなければならないのでしょう。系列に従って拍子を合わせることができてこそ和動が展開します。和合が繰り広げられるのです。
             *
 人間生活において、物質をいい加減に扱ってはならず、公金を正しく扱わなければなりません。また、自分が出世したからといって、人を勝手に人事措置することはできません。公金を誤って扱えば、天国の憲法に引っ掛かるのです。自分が出世して入っていった場所に、自分の怨讐の息子、娘がいるからといって、ほかの場所に回して死の場に送るようになれば問題が起きます。
 それから、愛を中心として人間を蹂躙すれば、許す法がなくなるのです。天にも通じることができず、人間世界にも通じることができません。東西四方において、前後左右上下の球形世界の歓迎を受けることができません。このようなことをすべて教育しなければなりません。
             *
 天の仕事は命令であり、行動です。躊躇がありません。そこに自分の概念が介在することはできません。命令が下されるや否や行動するのです。それを、今学んだはずです。人を愛し、人権を尊重し、公金を大切に扱うこと、血統を尊重視すること、先祖から受け継いだ愛国心、孝行の道、義人の道、先駆者の道、聖人の道、そのような情緒的な道を中心とした心情的基準を尊重視する四大原則が、天国の憲法になっています。
 先生は、そのようなことを知っている人として、神様の前に心情的に叱責を受けるものは一つもありません。血統的に、清い血族を残さなければなりません。自分勝手に生きることはできません。昔は女性の貞操を尊重しましたが、今後は男性の貞操を尊重する時代が来ます。それを知らなければなりません。公金に手を出すことはできません。
 その次には、人権を蹂躙することはできません。権力をもったからといって、自分の思いどおりに、自分の都合のいいように人を処断すれば、天法に引っ掛かるのです。人は、誰もが神様の愛を中心とした一つの兄弟です。
             *
 天国の憲法第一条は何かというと、血統を汚すことなく清く保存し、純潔な血統を永遠に守りなさいということです。第二は、人権を蹂躙してはなりません! 第三は、公金を略取してはなりません! きょう、この記念の日、天国の王権を維持し、皆さんが王権の前に民となり、父母となり、妻子となり、兄弟となるためには、これが絶対的に必要です。
 それゆえに、兄を無視することはできません。弟の体が不自由だからといって、無視することはできません。親戚を無視することはできません。世の中は、みな無視するでしょう? 知識があるといって、大学を出た人だといって、高卒の人を無視してしまいます。それは、人権蹂躙になります。公的な環境を破壊することは、国家財産の略取と同じように恐ろしいことです。そのように生きる人は、いくら成功しようとしても成功できません。
             *
 皆さんは、個人完成をどのようにするのか知っているでしょう? 個人の心と体が一つになることだということを知っているでしょう? 堕落する時にサタンの血統を受け継いだ体は……。堕落する時の愛の力は、堕落していない、愛を知らない良心の力よりもっと強かったのです。これが問題です。どのようなことがあったとしても、体がしようというとおりにしてはいけません。今から守るべき鉄則とは、第一に、死ぬようなことがあったとしても血統を汚すなということです。何の話か分かるでしょう。
 第二に、人事措置を誤って人権を蹂躙するなということです。男性であれ女性であれ、黒人であれ白人であれ、平等です。人権を差別したり、人権を蹂躙したりするなということです。責任者たちは自分と気が合わないといって、むやみに人事措置をしてはいけません。気が合わないといってむやみにはできません。人権を正常に指導することにおいては、真の愛、「ため」に生きる愛をもって生きる人が主流です。天地創造がそこから始まりました。その主流思想を乱してしまうことは、許すことができません。罪の中で二番目の罪です。
 第三に、公金を盗んではなりません。公金を勝手に使ってはいけません。以上、三つです。これゆえに監獄に行く人が七〇パーセント以上になります。監獄に入ってみればそのようになっています。人権を蹂躙し、血筋を汚し、男女問題に引っ掛かっています。その次にはお金の問題、権力の問題です。お金と知識と権力が怨讐だったのです。
             *
 負債を負う人は、天下がみな嫌います。金氏の家門なら金氏の家門の中で、問題を起こして負債を負うということを好む人がどこにいますか。あとから行く道までふさがれて、逆さまにくぎで打ち込まれてしまうというのです。そのような時が来ます。
 この三つについて分かったでしょう。三つを一度、数えてみてください。一人で内心決意したことを、一つ二つ三つ、一つ二つ三つ、一つ二つ三つ、何度も数えてみてください。純潔、人権、国家財産の略取、この問題についてはっきり知って、習慣化しなければなりません。口さえ開けば、目さえ開ければ、そのような言葉が出てこなければ、行動をすることができないのです。
 皆さんが生きていく時に様々な事情がありませんか。生きていく時には、そのような事情が多いはずですが、そのような法に引っ掛からないようにしようと努力すれば、その事情にすべて勝利した人になるはずですから、文総裁が言わなくても天国に入っていくようになるはずです。
 では、どのようにしなければならないのでしょうか。どのように生きようと思っていますか。正しく生きなければならないでしょう? 正しく生きなければならないのですが、一人で暮らしているのを正しく生きていると言いますか。一緒に生きるのですが、正しく生きる中で何が必要ですか。
             *
 神様の公式、法度として立てられた中で、どのような環境、どのような人たちと共に暮らしてこそ正しく生きることなのかというのです。簡単です。それも三つです。父子関係、夫婦関係、兄弟関係です。兄弟関係は、夫婦の前では子女になります。子女関係は、兄弟関係です。自分の家庭を中心として、父母がいて、それから夫婦がいれば、息子、娘がいます。
 したがって、父母の前で、自分にとっては兄弟関係と同じ姻戚の八親等、四親等以上がみな連結されて入ります。ですから、父子関係、夫婦関係、子女関係です。これが連結されれば、兄弟は自動的にできるのです。
 子女関係を兄弟関係といってもかまいません。彼らと一つになって正しく生きなければなりません。正しく生きるためには、正しく生きることができるように指導しなければなりません。お互いが手本になってこそ、それが正しく生きることになるのです。
             *
 手本にならなければ、不幸せに暮らすことになるのです。父母の前に、夫婦の前に、子女の前に手本になることができるように生きれば、幸せに暮らすのです。そのように幸せに暮らせば、どのようになりますか。家庭のモデルは、国と天国のモデルと通じるのです。これも三つです。父子関係、夫婦関係、子女関係です。「子女関係」と言うのが嫌なら、「兄弟関係」と言ってもかまいません。兄弟関係というものは、これが一つになることによって、子女たちがそれを見て似ていくのです。
 このような理想的模範家庭を立てて祖父母、父母、子女、このように三代が四位基台理想を成して暮らすようになれば、天上界と地上界から賞を授与される日が来るはずです。言い換えれば、兄弟関係や子女関係や共同の責任のもとで、和合して影響を及ぼしながら主体的な位置に立つために生きた人になれば、天国の誰であっても、私を除いては行くことができません。
             *
 逆賊として追われて死ぬようなことがあったとしても、この法を守って生きれば、間違いなく天国の皇族圏になり、どこにおいても自由、統一、解放の家庭になります。きょう、このことを肝に銘じてくださるよう願います。これを標語として定めるのです。
 三〇〇〇年の標語の中で、純潔な血統、人権の平準化、それから国家の公的財産の略取、その次には父子間において、夫婦間において、子女間において手本になろうというのです。村全体の人が「あの人に従っていかなければならない」、「あの人のようになりたい。共に暮らしたい」と言えば、その人は間違いなく天国の民となり、天国に記憶される人になります。文総裁自身もそのように生きています。
 きょう、神様の王権即位式で宣布した一番重要な三大鉄則をお話ししました。それは、私たち人間が公人として必ず守らなければならないことであり、家庭に入っていこうと、国に入っていこうと、絶対に引っ掛からない指針です。
 この日に十分記憶するに値する内容であることを肝に銘じ、生涯の目標としてくださるよう願います。成約時代においては、天上世界をはっきりと知らなければなりません。

















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四 私たちの実際の祖国光復は今から

神様王権即位式
 


 

四 私たちの実際の祖国光復は今から



  

1.二〇一二年までにいかに整備するかが問題


 二〇〇〇年を越え、三〇〇〇年に入っていく時は、蘇生、長成、完成として考えるのです。新千年は私たちの時代です。一〇〇〇年までかかりません。いかに一〇年まで、すなわち二〇一〇年までに整備するのか、これが問題です。
 ですから、磨いたり、炒めたり、激しくたたいたりして、ありとあらゆることをしなければならないのですが、何人が残るだろうかというのです。私がその責任をもたなければなりません。皆さんをすべて家庭の中心の位置に立てたのです。
             *
 この三年の間で統一教会がどれほど変わったでしょうか。七年を設定するのです。ですから、二〇〇四年までの七年間です。一九九七年から七年路程に入っていくのです。今年から四年路程に入っていくのです。ですから、地上世界で誤ったすべてのものを、四数を中心として霊界と肉界で解決しなければならない段階に入ってきました。解決して越えていかなければならない時が今からです。二〇〇一年からは、三年路程が残されているのです。
             *
 今、韓国では国家圏を統一するために、すべての祝福家庭が入籍修練過程を経ました。それで、韓国を一つにすれば、日本とハワイ、島嶼国家を一つにし、アメリカは国連を中心として一つになり、父母と長子が世界の問題を解決して神様の前に奉献することによって、地上の摂理をすべて成し遂げるのです。
 その上で、神様を解放してあげなければなりません。誰を通してですか。真の父母を通してです。そのようにして、全体、全般、全権、全能の権限をもった神様の自由行動を通して、先生が今から、すなわち二〇〇一年から二〇〇七年まで、でなければ二〇一〇年までに世界の問題をすべて解決しなければなりません。七年で終えるか、十年で終えるか。今、三年です。三年間でするのか、七年間でするのか。既に四年が過ぎ去りました。ですから、二〇〇〇年まで入っていくではありませんか。ですから、三年が残りました。三年でするのか、七年でするのかというのです。
             *
 伝統を主張しようとすれば、家庭を第一とした伝統を立てなければなりません。国家的な伝統をいくら立てようとしてもできません。家庭問題も収拾するのが難しいのに、国家の伝統を立てることができますか。
 強力な父母を中心とし、原理を中心として、おじいさんから、お父さん・お母さん、三代が一つにならなければならないという原則があるので、これはぴったり合っているのです。それを動かすことができる基準はありません。
 ですから、この教育だけしておけばいいのです。統班撃破さえすれば、二〇一〇年までもかかりません。三年だけ一生懸命続けてみなさいというのです。既にその年に入りました。それゆえに、選挙やすべての連合、国家活動をする野党と与党が私たちに完全に奪われてしまうのです。じっとしていても、それはしりにぶら下がるのです。
 一次、二次、三次、三×四は十二、十二年間でそれを完全に越えていくと思っています。二〇一二年までです。ですから、政治的発言をする必要はありません。「あなた方は闘っていなさい」と言うのです。闘う人は滅びるのです。滅びるようになっています。闘う時に、滅びずに現在の基準を越えていくことができる思想的材料をいかに確保するかということが問題です。それをすることができるのは、私たちしかいません。
 家庭に対する問題、国家に対する問題、世界に対する問題、天地に対する問題等、すべての問題において私たちが先頭に立ったので、いずれにせよ、そのように行くようになっているのです。そのように教育すれば、そのように行くようになっているのです。
             *
 私が八十歳のおじいさんになって体験した話なので、一度してみなさいというのです。先日、黄善祚氏に話したことですが、下りていく時、年が多いですが恐れずに、足の指に三分の一の力を入れれば、倒れそうになる時も滑って転びません。足の指が運動するのです。後ろに立って滑れば、完全に倒れるのです。そのようなことも、すべて研究したのです。今、先生は年を取っていますが、今でも体は柔らかいのです。これがこのように音が出ます。運動するのです。
 革命家になるためには健康でなければなりません。ですから、お父様は八十歳の老人であっても、今でも子供たちがこのように来て、わきを支えるのが嫌です。今もすべきこと、自分たちのできない仕事が山のように積まれているのに、それを半分くらい、三分の一はしておいてから行かなければならないのではないかというのです。蘇生です! 蘇生をすれば、長成が連結されます。そのようなことを考えなければなりません。
















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2.還故郷と還国、そして祖国光復

神様王権即位式
 


  

2.還故郷と還国、そして祖国光復


 今は、摂理の時がどのような環境に来たのかということを知っていますか。天国の祖国の主権が回復され、神様の地上天国が解放されることが第一の目標です。そのためには、自分の家庭や自分の一族を犠牲にしてでもしなければなりません。避難民なってでも、それをしなければなりません。
             *
 祖国は、アメリカでも韓国でもありません。家庭の編成、氏族の編成、民族の編成が成された祖国の地がなければなりません。六千年間、神様は数多くの国家を経てきながら、この地に成し遂げられるべき天国を願いつつ、それを探し求めてこられました。天の忠臣、烈女がどこにいるのかと探し訪ねてこられたので、今や私たちは、天を中心とした国家と民族、家庭を再編成しなければなりません。祖国光復の解放の日のために召命されたということを忘れてはなりません。祖国創建が宗教人の使命であるにもかかわらず、私一人が救われようとする悪い欲をもっています。
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 それでは、本郷の地と本郷の祖国はどこなのか、祖国はどのようになるのかというのです。祖国は、もちろんある特定の一国家的な基準になるかもしれませんが、神様が探し求めてきた人類の祖国はどこかというと、この地球星です。この地球が人類の願われる祖国です。
 神様が願われる人類の祖国です。過去において、数多くの私たちの歴代先祖が犠牲の道を歩んできましたが、彼らの願いとして、天の前に訴えていったものは何でしょうか。「希望の祖国の一時が早く来てください」ということでした。天の一国家を立てることによって、今まで天の前に怨讐であった大サタンを審判し、悪を除去し、善のみを中心とした平和の天国をこの地上に成し遂げなければなりません。
 それが神様の願いであり、イエス様の願いであり、今までの摂理路程において多大な貢献を成した私たちの先祖の願いであったということを、皆さんははっきりと知らなければなりません。
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 神様が創造された世界に国境があるはずがありません。白黒の人種問題は起きません。そこでは、善悪の闘争も必要ないはずです。このような観点から見るとき、私たちが暮らす世界には、各国ごとに国境があります。白黒の人種問題だけでなく、家庭において夫と妻、父母と子女の間ですべて分裂が起きています。
 善人と悪人が闘っているのです。このような現情勢について考えてみるとき、来られる主は、国境のない国をつくり、人種問題を超越して世界を一つにしなければなりません。分裂した家庭をすべて統一しなければならず、善悪が闘っているこの世界に平和の王国をつくらなければなりません。
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 一つの国を見れば、国が形成されるためには、その国の主権がなければなりません。そのような観点から、地上に天国を実現するという問題を考えてみる時、天国の主人は誰ですか。主権者は誰ですか。間違いなく神様が主権者です。
 そして、民は誰ですか。民は万民です。それでは、国土はどこですか。地球星です。
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 その国は、神様を中心として直系の子女たちが天命を奉じ、神様を身代わりした命令をもってその王権で支配する国であることに間違いありません。そこには、民主主義も共産主義もあり得ません。一度編成すれば、永遠の国家体制として残されるのです。
 そのようなことを考える時、私自身がそのような国の民になることができなかったという事実が残念で仕方ないことではないかというのです。私自身がそのような国で暮らすことができないということを嘆息しなければなりません。そのような一つの国をもつことができなかったことを嘆息しなければなりません。そのような一つの不変の主権をもつことができなかったことを、私たちは嘆息しなければなりません。
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 私たちの信仰の目標は、神の国の民になることです。その国の民にならなければ、その子女として自由自在に万民、あるいは万物世界に誇り、愛を受ける道が現れません。
 国のない者は、常に攻撃を受け、哀れな立場に立つようになります。あえなくやられる場合がいくらでもあります。それゆえに、神様が願われる国がどこにあるのか、神様が足場とされる国がどこにあるのか。これが問題です。
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 私たちがこの国、この民族のために血の汗を流すのは、結局、永遠の天国を成し遂げるためであり、千秋万代の後孫たちが永遠に褒めたたえることができる福地を成し遂げるためです。
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 一人の神様の主権のもとに、一つの国を立てなければなりません。今や皆さんは、神様を中心として真の父母を代行する実権者なので、地上に祖国を光復し、世界統一的な国家に税金を納める時が来ました。先生の財布から出てきたお金で皆さん個人を助けてあげてはなりません。天のみ旨に従わなければなりません。
 それゆえに、韓国は韓国なりに責任を果たさなければならず、日本は日本なりに責任を果たさなければならず、アメリカはアメリカなりに責任を果たさなければならないのですが、この三つの国は一つの国です。父母の国とお兄さんの国です。
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 今は、そのような祖国を立てることができます。その祖国には主権があり、その祖国には国土があり、その祖国には国民がいます。また、そこには単一民族の血統が因縁を結んでおり、ほかの民族がもつことのできない歴史があります。このような祖国のために、私たちは密使の使命を遂行しなければなりません。そのような使命を、自分自ら短期間内で完遂すればするほど、祖国光復の基台が自分によってますます近づいてくるのです。
 きょう苦労の代価を払うことが、祖国光復の一日をより近くに迎える基台となるのです。このような事実を思いながら、皆さんは生きて密使の使命を完遂しようという決意をもって出発しなければなりません。そうでなければ、この時代に神様が私たちにもたらしてあげることができる世界的な祝福と天運を、私たちのものとして迎えることができません。
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 それでは、神様が願われる国、すなわち祖国はどこでしょうか。人類の祖国はどこなのかというのです。人類の真の父母が来られるその国が祖国です。道理としてそうです。祖国がどこだと言いましたか。人類の真の父母が来られる国です。人類の本郷の地はどこでしょうか。アフリカなど数多くの国がありますが、人類の本郷の地は、人類の真の父母として来られたお方が生まれた故郷が宇宙とこの歴史的な世界の本郷の地になるのです。
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 神様がこの地上に着地して家庭をもち、生活することができるところがあるという時は、そこは人類全体を代表した位置になるので、神様が生活を出発したその家庭基地が人類の本郷の地になるのです。それゆえに、神様が暮らす根本出発地が故郷になります。
 堕落したので、神様を中心としてその出発地から出発することができませんでした。家庭がそのような位置になることができなかったのです。そのような故郷がありません。先生が来られ、真の愛を中心として神様と真の父母が一つになって着地することによって、初めて出発することができる起源を備えたのです。そこが人類の本郷の地となるしかありません。その復帰されたところは、本然の形態の出発基地と同じなので、そこは神様の愛を交わすことができる真の愛の基地であり、人類の本郷の地となるのです。
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 さあ、皆さんには故郷がありますか。私たちには故郷がありません。祖国はどこですか、祖国は? お父さんが神様です。神様の国です。祖国はこの全宇宙、堕落せずに完成した神様を中心として、愛の主権の前に一つの国になり得る国をいうのです。ですから、皆さんは地上に故郷ももつことができず、祖国ももつことができませんでした。
 皆さんが生まれた所が皆さんの故郷ではありません。堕落ののちにもつようになった、そのような故郷は、神様の前で清算されるべきものです。故郷は、この地球星です。故郷は、一つですか、二つですか、いろいろですか。一つなのです。アメリカの地といえば、「アメリカに住んでいる国民たちの故郷はアメリカだ」という国の土地一つです。この地球星が人類に本来の故郷にならなければならないというのです。
 では、このアメリカに祖国がありますか。祖国は神様が見ている、神様が生まれ得る故郷になることができず、神様が暮らすことのできる祖国になり得ないというのです。
 では、神様と人類の先祖の故郷はどこでしょうか。エデンの園です、エデンの園。一国です。そこから一国が始まるのです。そこから一つの人類、一つの主人が生まれるのです。堕落したがゆえに、分かれました。そうして、争っているのです。国境があり、全部、怨讐になっています。それを撤廃しなければなりません。
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 神様が願われる祖国とはどこでしょうか。人類の本郷とはどこでしょうか。真の御父母様が誕生された故郷が、歴史的であり、宇宙的であり、世界的な本郷の地になります。
 先祖と思想と伝統を受け継がなければなりません。それを受け継がなければ、義理の息子の扱いを受けます。韓国民族は選民にならなければなりません。そのために、先生は内外をひっくり返さなければなりません。
 韓国が本郷であり、祖国であるとすれば、すべての世界的な文明は韓国で成し遂げられなければなりません。私たちが韓国を本郷にするためには、今日、忠誠、精誠、愛、犠牲の祭物になることを覚悟しなければなりません。そのようにしなければ、韓国は本郷としての資格を失うようになります。良いものをつくるためには実践が必要です。血と汗と涙を流しながらでも成し遂げなければなりません。
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 もし韓国が、神様の願われるこの世界の本郷の地であり、宇宙万民の祖国になるとするならば、その国の新しい文明は世界を支配するようになり、その国の言語は世界語となり、その国の男女は世界的な男女になるはずです。本来の父母を中心として生まれたとすれば、言語は一つです。
 それで、今後韓国が祖国の地、本郷の地となり、神様が願われる国になれば、韓国はもち上げられるはずです。神様が踊れば、韓国をもち上げて踊るのです。今まで神様は、一日として踊ってみたり、笑ってみたりすることができませんでした。
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 故郷に帰って孝子、忠臣となり、神様の創造理想であるモデル的家庭と国を成し、王権を成すことによって、地上と天上の天国になるはずでした。しかし、堕落したがゆえにもう一つの世界があるので、これを神様の大家庭理想を中心として一つにしなければなりません。そのままにしておいてはいけません。天上世界と地上天国を一つに連結させなければならないのです。これを早めるためには、発奮し、情熱的な立場から発展させなければなりません。
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 先生は、横になっていてもいつもそのような考えをしました。ここは、父の国の家ではないので愛着がありません。ここに愛着をもって暮らし、子供を生んだりするのは、仕方なくしていることです。
 神様とあの世の霊人たちが、祖国の統一が来ることをどれほど願ったでしょうか! 「私が地獄で暮らすとしても、私が天上の低い所にいるとしても、私たちの祖国が早くできれば……」と願うべきではありませんか。その祖国が顕現する時、自分たちが解放されるのです。ですから、特使を派遣しなければなりません。私は、監獄でもそのようなことをしてきました。門をすべて開けておいたのです。肉界と霊界に、すべてハイウェイをつくっておいたのです。
 ですから、すべての霊界が真の御父母様に対してそのような方向を備えて、一つの国に進軍しなければなりません。このように願っているのです。霊界が地上のために「真の御父母様、勝利されますように」と祈祷しているのです。それを知らなければなりません。神様が願われているのがそのことではありませんか。地上の真の御父母様がどうかどうかよく闘って、霊界の恨を解いてください! 今まで、皆さんが神様の国で生まれて暮らすことができず、この地のサタン世界で暮らした年月が多いということを恥と思わなければなりません。
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 還故郷とは何でしょうか。真の愛の根源地が神様なので、その本然の地に帰っていき、その根と共に、枝と共に、実と共に永遠に永生しようというのです。愛を中心として平和に、幸福に、永遠に暮らそうというのが、本郷に帰っていく道理です。簡単なことです。
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 還国、国に帰るのです。国は上弦も必要であり、下弦も必要であり、右弦左弦、前弦後弦がすべて必要です。国をもってこそ、そこに個人的な理想の倉庫、家庭的な理想の倉庫、国家的な理想の倉庫、天宙的な理想の倉庫が入っていくことができるのです。すべての個人的なモデル、家庭的なモデル、国家的なモデル、心情と財産とあらゆるものが入っているのです。

















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3.「私の国は私が取り戻す」と決意して行こう

神様王権即位式
 


  

3.「私の国は私が取り戻す」と決意して行こう


 真の父母は神様の王権を復帰して即位式をしましたが、今日、世界の人類は、真の父母の王権即位式をして解放する責任が残っているのです! このことを知らなければなりません。各国を神様の前に解放し、真の父母を解放しなければならない仕事が残っているということを知らなければなりません。どこへ行くのですか。どこですか。私たちの家庭は、どこへ行かなければなりませんか。そこへ行くということを知らなければなりません。そこへ行くのです。それが終着点です。
 皆さんの家庭が、真の父母の国を取り戻してあげなければなりません。皆さんが総督にならなければなりません。各国で、すべての大使館を通してそのことをしなければならない責任があるのです。恐れることはありません。皆さんが決意しなければなりません。それを決意しなければなりません。
 どのようなことがあったとしても、今は我が国を解放しなければなりません。真の父母が大宇宙を完成して天の王権解放即位式をしたならば、私たちには、自分の国を解放し、私たちの一族を解放して即位式をしなければならない責任があるということを知らなければなりません。家庭的即位式、氏族的即位式、民族的即位式、世界的即位式、天宙的即位式をしてこそ、神様と真の父母の解放が完結され、地上・天上天国の完成万歳を叫ぶことができるのです。
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 皆さんは、真の御父母様の勝利圏と神様の王権を誇らなければなりません。その次には、地上世界と天上世界の全聖人たちの解放圏と祝福を受けて天上の国民になった権威を中心として、それを地上で調整し、国家にまで拡大させるために、皆さん自身が国家の責任者になったと思って祈祷しなければなりません。いい加減に生きてはいけません。すぐに神様が締め付け、聖人が締め付け、先祖が締め付けます。自分の名前で祈祷することがどれほど恐ろしいことかということを知らなければなりません。
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 真の父母を送ってこの天国を取り戻すために、数多くの宗教を犠牲にさせ、数千万代にわたって血を流さなければなりませんでした。先生までも血を流して皆さんを解放してあげ、既に歓迎を受けることができる基盤をすべて先生がつくってあげているので、皆さんが自分の国を救うことは何でもありません。
 今から「私の国は私が取り戻そう」と決意して、整備して進んでいかなければなりません。二〇一二年までにこの責任を果たさなければなりません。神様と先生の約束です。やりますか、やりませんか。(やります!)。本当ですか。首がこのようになって、十回回って地に落ちたとしてもしなければなりません。
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 海洋還元、陸地還元、創造還元、第四次アダム圏心情圏還元までの全体のすべてのものをしておいたのですが、霊界と肉界が一つに結ばれませんでした。これが結ばれる式であるということを知って、祈祷する時は必ず神様をつかみ、それから聖人、聖子たちをつかみ、歴史の前に因縁をもった、関係しているすべての人々をつかんで祈祷しなければなりません。
 すべてその系列に従っていくので、そこに影響を及ぼす人と一つになり、「地上にいる真の父母の勝利圏を受け継いだ直系子女である」と祈祷し、「第四次アダム時代の中心家庭を協助する責任があるので協助しなさい」と祈祷して立ち上がらなければなりません。自信をもって追い立てなさい。そこには妨害されるものはありません。先生も、五十州の講演をする時、全員が躊躇しましたが、激しく追い立てると一方通行的にさーっと開かれたのです。
 統一教会で見れば、何十年ではなく、何百年やって初めて解かれるものが一遍に解かれるのです。霊界でそのようなことを願っています。世界を一度ひっくり返してしまうことを願っているのです。
 ですから、今から皆さんは良い問題を起こさなければなりません。あなた方が生きていくことができることを成さなければなりません。スター・アップ(stir up:かき回す)! 言ってみてください。ストロングではなく、スター・アップです。霊界、肉界をすべてかき回し、一つの所へ行くのです。道案内です。
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 今から私たちの子孫が千代いて、先祖も千代いるとすれば、その中でナンバーワンのカップルになるのです。絶対純潔を守れば、絶対、唯一、不変、永遠の神様のように……。「神様が第一先祖ならば、私は第二先祖だ。それが祝福の中心家庭である私だ!」と言うのです。
 私が神様に従っていかなければなりませんか、神様が私に従ってこなければなりませんか。神様も仕方ありません。トゥルー・ペアレンツが解放してあげて初めて解放されるようになっているのです。偽りの父母が壊しておいたものを真の父母が直しておかなければなりません。
 先生は、もう成すべきことはすべて成したでしょう? 神様王権即位式をしてあげたので、それ以上何をするというのですか。人間として、この世で成すことができる最高のことを成しました。何をすることによって、そのようにしたのですか。神様の血族をつくり、神様の血筋を連結させるために、個人、家庭、氏族、民族、国家、世界まで、四億組以上を祝福して、国連の名をもって祝福命令をしなければならないその頂上に来たのです。
 国連がどのような所なので、また統一教会の祝福家庭がどれほど立派なので、その国の大使たちも来てじっとしていたのでしょうか。「統一教会が祝福する」と言って全世界で反対していたその輩たちが、口を開けて褒めたたえることができるようになったのです。彼らは見るべき場をすべて見たのであり、滅びるがままにすべて滅びたでしょう?
 私たちは、栄えるがままにすべて栄え……。私たちの勢力圏を掌握し、一族を中心として、国全体を一時に完全に独占してしまわなければなりません。
 右手では神様王権、人類解放祝福、左手では国連、すべての国家解放祝福です!
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 どこに行くべきかということをすべて知りました。神様の解放はもちろん、真の父母の解放ももちろんのこと、我が国と私たちの家庭の完全解放、地上・天上天国の解放を成し遂げようというのです。
 そこに妨害するものは何もありません。高速道路です。家庭から天国まで行くにおいて、何の問題もありません。問題がないのです。永遠にノー・プロブレム(no problem:問題ない)です! 絶対、唯一、不変的なノー・プロブレムです。そのようになれば、解放は成し遂げられ、すべてのものが完成するのです。そのような世界が地上天国であり、天上天国です。
 そこは解放の本郷の地であり、解放の祖国です。そこには、幸福だけでなくすべてのものがあります。何も心配するものがないところです。完全に分かったという人は、両手を挙げて万歳をしましょう!
 いかなる困難があったとしても、私たちは克服して越えていきますと決意する人は、両手を挙げ、万歳を唱和しましょう。万歳! 万歳! 万歳! 神様の祝福が共にありますように。


















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