本郷:真の愛による交差祝福と国境撤廃

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目次
  1. Untitled
  2. 主礼の御言
  3. 六五〇〇双祝福式での真のご父母様の祝祷
  4. 国境を超えた真の愛の因縁
  5. 聖酒式前の御言
  6. 六五〇〇双結婚式後の御言
  7. 六五〇〇双「韓・日」祝福家庭への御言
  8. 六五〇〇双特別集会における御言
  9. 本郷人集会での御言
  10. 本郷人集会
  11. 六五〇〇双特別集会

Untitled


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


推薦の辞


愛する六五〇〇家庭の皆様!


 皆様の家庭のために生きる指針として下さったみ言を、一冊の本として出版するようになったことを心より祝賀申し上げます。今までに祝福家庭会を中心としてこのような御言集を刊行するということは、初めてではないかと思います。そうした意味からも、先駆的で、とても喜ばしいことです。

 神様の摂理において国際祝福家庭というのは、言語が異なり、文化が異なり、風習が異なる人同士が一つの家庭を築き、共に生活していくのですから簡単なことではないでしょう。さまざまな事柄があったことでしょう。同族同士、言葉が通じる人同士が出会って生活するのも困難が多く、互いに理解できず、けんかすることもあるのです。ましてや、怨讐の国、言語や文化背景の異なる国の人同士が一つの家庭を築き、生活するということは、容易なことではなかったことと思います。

 唯一、真のご父母様を中心として、み旨のために生きることが重要です。真の愛の道は、犠牲の道です。国際祝福家庭は犠牲の道をいくのです。六五〇〇家庭は、怨讐の国同士の人を結んだ交差祝福です。韓国と日本は、神様の祖国光復の国境線撤廃のためのモデル国家であるといえるでしょう。そうした意味から、ほかの国際祝福家庭とは違うのです。六五〇〇家庭の国際祝福がなぜ重要なのか、それは神様の祖国光復のための家庭であるからです。

 サタンの血統撤廃、それが国境線の撤廃に通じるのです。ですから、国境線の撤廃のためには、怨讐を愛さなければなりません。怨讐を愛するのは、真の愛でなければなりません。真の愛は、血統と連結されています。真の血統をもたずしては、怨讐を愛することはできないのです。そういう意味をもっているのが、国際合同祝福結婚式です。最も重要なことは、怨讐の国同士の人たちが祝福を受けたということです。純粋に交差祝福をしたのが、六五〇〇家庭です。それゆえ、多くの国際祝福家庭の中でも、六五〇〇家庭の交差祝福がもっている意味は大きいのです。

 特に、その方々に家庭を立てる時に下さったみ言を整理して本として出版することは、喜ばしい限りです。このみ言を自分の家庭において常に訓読しながら、このみ言を成就していかなければなりません。また、神様の祖国光復のために、サタンの血統を清算し、国境線撤廃のために最善を尽くしてくださることをお願いします。それが、神様の祖国光復のための伝統になることでしょう。

 二〇〇〇年十月三十日




まえがき


 真のご父母様が人類に下さったみ言は、本当にたくさんあります。その中で、六五〇〇家庭の祝福を中心とした国際祝福家庭に下さったみ言も多くあります。このように多くのみ言を下さったのは、六五〇〇家庭が、過去において怨讐国家であった韓国と日本の兄弟姉妹を交差祝福して結んでくださった国際家庭であり、そこに摂理的なみ旨があり、生きて超えていかなければならない環境が多いことをご存じの真のご父母様が、激励と愛の忠告をしてくださったと見ることができます。

 神様と真のご父母様が願われた理想世界は、国境がなく、全世界の人類が兄弟のように互いに助け合う平和の世界だということを私たちはよく知っています。国境がない一つの世界を国際祝福家庭を通して成すんだというみ言があります。このように重要な役割をしなければならない使命があることを自覚するとき、私たちの家庭の出発の動機となった祝福式の時のみ言を貴重視し、生活の指標にしなければならないと思い、六五〇〇家庭の祝福を前後して語ってくださったみ言を一冊の本に集めることにしました。

 み言の分量がとても多く、全体を一冊に載せることはできず、一九八八年十月三十日・六五〇〇家庭祝福式の時の御言と祝祷、一九八八年十月三十日・六五〇〇家庭の約婚式の時の御言と約婚式後の御言、一九八八年十月二十九日・聖酒式前に下さった御言、一九九一年一月と八月・本郷人集会の時に下さった二つの御言のみを載せることにしました。もちろん、完全ではなく不足な点も多くあります。六五〇〇家庭会の会員を中心とした編集委員会を構成して、各自が自分の仕事をしながら休み時間、夜の時間を利用し、資料を集め、翻訳をし、編集をしました。

 忙しい中で時間を削って頑張ってくださった編集委員の皆様と、惜しみなく激励してくださった劉大行会長に感謝を申し上げます。この御言集を通して神様と真のご父母様の栄光が表れ、この御言集が会員の皆様の生活の指針となり、祝福の動機を失うことなく幸福な家庭を築いて、み旨の前に貢献する力となりますことを祈願いたします。

 二〇〇〇年十月三十日























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主礼の御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


主礼の御言


日時:1988年10月30日 場所:京畿道龍仁郡一和龍仁研修院


六五〇〇双祝福式での主礼の御言


 生命と愛と喜びの源泉としての幸福で、義なる真の家庭を培い、確立するということは、実に神様と人間の歴史的な願いでした。そのような観点から見ると、皆さんがきょう、神様を中心として夫婦の良き契りを結び、成婚式をささげることができるのは、本当に誇るべきことであり、喜ぶべきことであると考えます。

 本来、夫婦というものは、真の愛によって結ばれた一心同体の存在であり、約束する伴侶の関係であるがゆえに、愛の本体であられる神様を中心としなければ、理想的な愛の家庭を興すことはできないのです。

 私たち統一教会の新郎新婦は、正しくこの神様の愛を中心として結ばれた夫婦であり、神様の愛と真理を基盤とした家庭を作り上げるとき、愛と幸福と平和の世界が現れるのです。

 神様は、長い受難の歴史を克服して、人類を一つに束ねる勝利の基盤を整えてこられました。すでに、私たちは、ソウルオリンピックを通して、東西が和合して、全人類が地球村として一家族を成す様相を見ることができます。国境と、血統と、歴史的感情や思想を超越して、一つの世界を指向する外的な摂理の基盤の上に、人類の霊魂と精神を一つに束ねる内的な摂理としての、「世界文化大祝典」を、一九九〇年から三年ごとに開催することを宣布することによって、世界統一国家たる人類大家族主義の社会が到来しているのです。

 玄界灘を越えて、共に手を取り合って茫々たる大海に出帆する新郎新婦の皆さん!

 きょうまで、全世界の耳目が、私たち統一教会に集まってきました。しかし、今からは皆さんと皆さんの家庭に一層視線が注がれるようになるでしょう。それゆえに、皆さんは全生涯を通して次の三つの事柄を特に心に銘記しなければなりません。

 第一に、祝福を受けた夫婦は、永遠に一つにならなければなりません。皆さんの結婚は、“死が私たちを引き離すときままで”というのではなくて、永遠に共に行くのです。真の幸福というものは、永遠に変わらない愛の夫婦によってのみ成り立ち、また享受することができるのです。きょうの新郎新婦の皆さんは、今から皆さんの家庭に、神様の愛を実現することによって、神様に侍り、私たち人間世界に神様をお迎えするようにしなければなりません。

 第二に、家庭的な愛の伝統を確立しなければなりません。この理想的な結婚をした後には、公的な約束を守って、子女たちを原理的にも、道徳的にもりっぱに養育しなければなりません。皆さんは、責任分担と使命を完遂するために、一切の精誠を傾けるばかりでなく、特に子女教育に対して、父母としての責任を果たすことに格別に尽力すべきです。

 第三に、神様の理想世界を建設するために全力を注がなければなりません。天国は、万民が互いに信じ合う、愛で結ばれた心情の世界であります。霊的にも、肉的にも、空虚と困ぱいと苦痛がある限り、真なる天国は実現されません。皆さんはすべて、神様の愛を共有する福なる天国を建設する天国の市民として、責任を果たすだけでなく、この伝統と遺産を、皆さんの子女と後孫に相続できるよう、全力を尽くさなければなりません。

 どうか、きょう祝福を受けられた皆さんが、天の模範的な家庭を築き上げるよう尽力してくださることを願っています。


成婚問答


一、君たちは本然の善男善女として、天の法律を守護し、万一失敗があるならば、自分たちが責任を執ることを宣誓しますか。

二、君たちは神様が喜ばれる理想的な夫婦として、永遠なる家庭をつくることを宣誓しますか。

三、君たちは天の伝統を受け継ぎ、永遠なる善の父母として、家庭と世界の模範となる子女を養育することを宣誓しますか。

四、君たちは理想的家庭を中心として、社会、国家、世界、天宙の前に愛の中心者となることを宣誓しますか。


成婚宣布


 成婚宣布は、一九八八年十月三十日、六五一六双が、神と真の父母と、世界と天宙の前に、成婚が成立したことを宣布します。

























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六五〇〇双祝福式での真のご父母様の祝祷


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


六五〇〇双祝福式での真のご父母様の祝祷


日時:1988年10月30日 場所:京畿道龍仁郡一和龍仁研修院


 愛するお父様、きょう一九八八年十月三十日、この時間を期して、ここにいる善男善女たち六五一六双のすべてが、天の真なる家庭を結ぶことのできる祝福の日を迎えるようにしてくださったことを感謝申し上げます。

 ここに集まったこの子女たちは、国境を超え、世界を超え、天が願う心情の基台を中心とした一つの兄弟の因縁を結んでいくべき責任を、天の命令によって決意し、誓いながらここに集まった祝福の場であります。この者たちの将来の行く道を祝福してください。きょう、ふたりの男女が天の前に手を結んで、ふさがっていた歴史の塀を崩し、愛を中心としてあらゆるものをかき分けることができる勝利的出発をもたらす善男善女の姿を天は誇り、人類は粛然と尊敬する心をもって褒めながら、地上のすべての新しい世界の方向を決定するに際して、家庭が基本になり、その基本的家庭を結び、社会と国家と世界の方向をお父様の許に取り戻すために、歴史的な聖なる日を、きょうこの韓国の地に承諾してくださったことを感謝申し上げます。

 これから、私たちのおのおのは、神様を規範として生涯の路程を開拓して行かなければならない道があります。神様は、本来愛の理想を追求するために、あらゆる世界万物を創造されました。主体と対象的な内容として分けて、あらゆる被造万物を、部分的ではなく、ある一つのシステム(有機体)の下に置いて、愛で結び、これを人間の中心的な愛の教材として使用しながら人類を創造されたお父様の理想を知っております。

 創造されたとき、あなた自らが愛を必要とされたがゆえに創造されたということを、ここにいる善男善女たちは知っております。神様を中心としてお互いに必要とする愛の対象を求めるには、神様御自身を中心として見ても、真なる愛は相手から来るがゆえに、対象的基準を絶対視し、自己のあらゆる内的外的属性を完全に投入して、愛へ移すことのできる対象的人格を立たせる創造主の理想を受け継ぐ人類の価値、人間の価値は高貴なものであることを、私たちは知りました。

 神様は、私たち人間にとって、真なる縦的愛を中心としたかたであることを知っております。この対象的存在を立てて、愛の対象として真なる横的父母の因縁を結ぶことにより、縦横に結ばれた愛を中心とした球形の愛の理想を維持する真なる内的縦的父母、真なる外的横的父母を、真なる愛によって中心点で結束させ、そこから神様を中心とした新しい血統をこの人類の前に立てて、だれしも動かすことのできない絶対的基準を立てて、万世万代に人類は、神様の血統を受け継いだ勝利的愛の基盤を立てるべきでした。心と体を中心として見ると、心は縦的立場を代表するものであり、体は横的立場を代表するものとして生まれました。それは、私たちの人類の真なる愛がとどまることのできる縦的父母の心情と、横的父母の心情を受け継ぐためであり、それが本然の姿であることを知っています。

 しかし、堕落することによって、縦的な父母である創造主の愛は、完全に残っている立場にあるとしても、横的な父母の責任を果たさなかったために、真なる愛の血統的因縁がこの地上に生まれませんでした。そのような恨みの歴史をよく知っている統一教会の人々が、再び新しい父母を中心として、真なる縦的創造主と、真なる横的父母を中心として愛の核を成すことによって、縦的な創造主は愛の骨のようになり、横的な真なる父母の愛は肉のようになるべきでした。しかし、これが人類の真なる父母として登場すべき本然の基準を立てなかったまま、堕落世界を成してしまいました。

 この歴史的な恨みを除くために、統一教会の群れは、蕩減復帰という恨みの道を歩んできました。私たちのすべての血統の起源が悪魔の愛を根拠とした、天理にかなう真なる愛の前に、受け入れられないものだという悔しい事実を知っている統一教会の群れは、あらゆる歴史的伝統的悪のすべてを新たに転覆させ、新しい、本然の神様の血統圏内に接ぎ木をしなければならない厳粛な過程が残っていることを知っております。

 この血統が汚されたのは夫婦によってなされたがゆえに、これを復帰するためには、真なる神様の愛を中心として、すべてのサタンの群れを清算させ、汚れなき天の心と体を持った善男善女とならなければなりません。そして、サタンが讒訴することができない立場で、絶対的に神様を信じ、神様を愛する、そのような基準を中心としてサタンを屈伏させることによって、誤った私たちが、真の父母の愛による接ぎ木を通して、家庭を中心として突破しなければサタン世界を超えて行くことができません。それゆえに、今日歴史的に統一教会は、家庭を中心とした世界の編成をするために、神様と真の父母を中心とした新しい真なる愛という血統的世代を拡張させて、国家を超えて世界へ拡張させる意味で、このような国際的な合同結婚式を行うことを全霊界は知って協助しています。

 しかしながら、地上の人々はこのことを知りません。それが恨みであったので、私たちは前進に前進をして、新たな家庭理想を基盤として、神様の愛を中心とした絶対的な縦的真なる父母、絶対的な横的真の父母、それを中心とした絶対的な真の子女、真の子女として結ばれた真の家庭を、真の社会、真の国家、真の世界、真の天宙へ指向するための歴史的な隊列を出発させるこの場で、天は声援を送り、万民は喊声を上げて歓迎すべきこの時間であることを知っています。それゆえに、霊界にいる数千億の聖人、義人たちの善なる先祖たちは、国境を超えて一つの心情圏になることによって、一つの統一的な子女の権限を、霊界から地上世界へ拡張することができる勝利的な前進が、国境を超えて成されるように承諾してください。

 韓国において、内外の基準とともに、内的勝利の基準を立てることによって、「世界続一国関天日」を宣布し、これからは統一教会の伝道においては、個人的時代を超えて民族と民族が結合して世界を同和させることのできる発展的促進が必要であります。ゆえに、今後は韓国と日本は、アダム国家とエバ国家として、全世界国家を代表して、横的心情圏内で国家を超えて一つになることのできるこの合同結婚式こそ、新たに霊界と地上を一つにし、あらゆる人類の壁を崩すものです。そして、すべての人々が手に手を結んで、世界中の人々はソウルへ、ソウルの人々は世界へ、あらゆる国家群は韓国へ、韓国は世界の国家群の中心となって、この地上に愛の塔と愛の燈台を立てることによって、この社会のすべての闇を、愛を中心として新たなるものとして天の側へ復帰させるためのこの式典の上に、お父様の聖なる愛が共にありますように。

 私たちは怨讐同士の国でありました。しかし、怨讐を自分の国以上に愛する伝統が、この地上の堕落圏内に立てられなければ、天国の出帆を成すことができないという確固たる信念の上に、国境を超え、民族を超えて、神様を中心とした愛の宣布式を持つようになったことを心から感謝申し上げます。

 ここに参席した六五一六双を中心とした、霊界にいるあらゆる先祖たちと関係している聖人義人たちはもちろんのこと、これらを中心として連結されている氏族と民族と国家が共に和合して、きょうの式典を祝うことによって、サタンを地上世界と霊界から追い出すことのできる中心的な起源にしてくださいますように、天のお父様、切にお願い申し上げます。

 霊界にいる数多くの善なる霊人たちが地上に再臨して、この後孫たちを収拾して、新しい天国を進展させることができる道を平らにしてください。

 天使長が失敗した、サタンのすべての悪なる痕跡を消して、サタンを追い出すことのできる先祖たちになり、天国の王圏を復帰する前進的な協助者たちになることによって、霊界の恨みと地上の恨みの根を絶って、縦的世界の上下の世界へ、地上天国の一元の世界へ前進させてください。

 きょう、一九八八年十月三十日、この日を期して、六五一六双はお父様の前に真なる夫婦として奉献致しますから、受け入れてくださいますようお願い申し上げます。神様の御名と真の父母の御名で、全天宙の前に勝利的家庭の出現を宣布しますから、お父様のみこころのままに受け入れて、万民の前に宣布してください。

 真の父母の御名によってお願いしつつ、宣言します。アーメン。

 (韓国語からの翻訳)

























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国境を超えた真の愛の因縁


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


国境を超えた真の愛の因縁


日時:1988年10月23日 場所:龍仁メッコール工場
六五〇〇家庭の約婚式の時に語られたみ言


 全部で何人ですか? (「二千人です」)。この人たちは皆、責任を果たし、原理の道をすべて行った人たちですか? 全部、開拓などはしなかったのではないですか? (「皆、三年以上で、信仰の子女が三人いて、二十一日修練を皆出た……」)。二千人? (「はい」)。平均年齢はどのくらいですか、平均年齢は? (「三十歳以上が……」)。平均年齢? (「平均年齢は二十五歳、二十五、六歳です」)。平均を出しませんでしたか? (「二十三歳から……」)。(「男性は満二十三歳からです」)


「一和」という名が持つ意味


 この場所は一和工場の食堂ですか、この場所が? (「講堂です」)。講堂ですか、食堂ですか? 講堂にすれば講堂になるのであり、食堂にすれば食堂になるのであり、それから、このように私たちが約婚すれば約婚の会合場所にもなるのであり、また祝福をすれば祝福の場にもなるのです。総合的な意味があるのです。一和という意味は、そのような意味です。すべてのものを和するようにする、和(ファ)するというとき、化(ファ)ということは、自分の本質が変わって、和するというのです。しかし、一和というときの和するの和(ファ)の字は、自分の姿だとか本質をそのまま持って、和するのです。

 それゆえ、どちらが難しいかといえば、本質が変わって、皆、このようにするのよりも、本質がそのままあって、一つになるのが難しいのです。ですから、人というのは、本質が変わって一つになることはできないのです。それゆえ、皆さんが各自の天性に従って、人格を中心として合わせなければならないのです。一つにならなければならないのです。

 一つになる所はどのような所でしょうか? 高い所でも一つになり、低い所でも一つにならなければなりません。また真ん中でも一つにならなければならず、左右、それから前後関係どこでも、一つにならなければならない、このような話が成立するのです。

 では、韓国がどこかというと、このアジアにおいて東北地方の一つの半島です。そのような地域的な関係を中心として見るとき、韓国という言葉は成立しますが、一和、一つの統一というこのような目的を中心として見るときは、韓国全体が南方に、南ア連邦に行っても、和しなければならないというのです。また、北極に行っても、和さなければならない、あるいは白人社会に行っても和さなければならない、黒人社会に行っても和さなければならない……。

 それから、韓国と日本は怨讐の間柄です。歴史的な怨讐になっているというのです。このような民族的歴史を知る人においては、心情を、心を開いて議論することができない、そのような立場にあるのです。けれども、一和という「和」を考えるときには、怨讐まで和合しなければならない、このような話が成立します。分かりましたか? (「はい」)


今の時は、一つにならなければならない時


 では、私たちが復帰摂理を推進させてきた神様の摂理的観点から見るとき、今の時はどのような時でしょうか? 一つにならなければならない時だというのです。アメリカはアメリカを中心として一つにしようという、このような自由世界の主導国家として、国連をつくり、自分の民主主義体制を中心として、世界化運動をしてきましたが、失敗に終わったというのです。

 共産主義は七十年余りの歴史を持ってきましたが、彼らが絶対的ユートピア世界、一つの世界を標榜し、民主世界というものを打倒しながら、独裁的プロレタリア世界を形成するために、今まで闘争してきました。しかし、そのすべての実践基盤も、すでに皆、失敗に帰してしまったというのです。今は前進も後退もできない、跳躍しようとしても跳躍する力もない、困難な立場にあるのが、現世界で私たちが見ている代表的共産圏主導国家のソ連や中共なのです。

 中共は、すでに体制的な変化を起こし、昔の共産主義の見本、自分たちが主張したその世界に帰れないのです。いくら身もだえしても、帰ることのできない現状にあり、ソ連を中心として見ても、経済的にこのような混乱状態に陥って、自分自身を収拾できない悲惨な段階に落ちているのをわたしはよく知っているのです。

 それゆえ、ゴルバチョフの今後の政策の方向も、中共より早く変化しうる、そのような内容も持ちうるのです。なぜでしょうか? 共産主義世界はソ連が主導しましたが、体制変更をするにおいては、中共の前に負けることはできないというようになるのです。急進的な変化をもたらしうる、そのような立場に立っているということを知らなければなりません。


何によって一つになるべきか


 では、何を中心として一つになるのでしょうか? 民主世界を中心として一つになりうる時代も過ぎ去り、共産世界を中心として一つになりうる時代も過ぎ去ったと見るのです。では、その周辺国家、日本なら日本を中心として見るとき、日本は世界的な主導的思想体系を持つことができなかったので、世界に主張できる立場に立てなかったので、日本はそこから外れるのです。

 さあ、このように見るとき、韓国を囲む周辺国家を中心として見るとき、今からは何でもって一つにならなければならないでしょうか? これが問題です。今まで共産主義や民主主義は神様を除けていたのです。現在、アメリカの民主主義は、皆さんがご存じのように世俗的民主主義です。その世俗的民主主義とは何でしょうか? それは動物的ヒューマニズム、人間第一主義に、人間の享楽を標榜した民主主義です。

 このような観点において、アメリカが今後、進むことのできる希望的基盤は、すでになくなったのです。それゆえ、退廃思想の一路を行くことによって、若い層が世界的な問題を提示する、このような難関にぶつかる実情を、私たちは直視しているのです。それゆえ、アメリカ自体の若者が、今後、希望を持てない若者として残ったということは、アメリカ、あるいは自由世界それ自体に希望を失わせたと言えるのです。未来世界への実践方案を喪失したと結論づけても妥当なのです。

 このように見るとき、人本主義を中心としたアメリカの世俗的民主主義をもってしては、世界を収拾できないのです。共産主義はなおさら……。共産主義唯物論を中心として、物質が根本であると見るとき、ここで欠如したものは何かというと、神様を中心としていないのです。

 本来、私たち人間は第一存在ではありません。いくら民主世界の指導者や共産世界の指導者であるといっても、その人は自分自身がつくり、自分自身が生まれたのではないのです。ある動機によって生まれた立場なので、これは、どこまでも第二存在の立場に置かれているのであって、第一存在ではありません。

 このように見るとき、根本を見いだすべき今の時点においては、その根本を明らかにしなければならないのです。根本とは何でしょうか? 私たちが言うところの神様です。その神様に対してよく知らないのです。数多くの宗教を信じてきたすべての人たちが、今まで神様を信じてきたにもかかわらず、神様を失った段階に……。

 アメリカはキリスト教国家であるにもかかわらず、イエス様を中心とする世界的宗教的背景を中心としたキリスト教文化圏の国家であるにもかかわらず、その人たちがどうして人本主義に陥ったのでしょうか? それは、神様をよく知らなかったからだということです。

 また、共産主義もやはり同じです。中世において人本主義の勃発とともに、人と力の万能を主張しながら、神様を否定し、人が一番だと言いました。これが中世の封建社会を超えながら、そのような主張を中心として、人間第一主義を中心とするようになるとき、根本問題が問題となるのであって、神様が根本かという問題を中心として見るときは、物質が根本だという主張を中心とした共産主義体制も、すでに結末を見るようになったというのです。

 私たちの歴史を見れば、神様も失ったし、人間も失ったし、物質も失ったというのです。このような立場に立って、この世界は混乱の中、明日の希望を喪失したまま、方向を失い、現在、壁にぶつかるという実情に直面しているのです。

 ここで一つの主張が統一教会の主張だというのです。統一教会の主張は、何をしようというのでしょうか? 神様を中心として一つになろうというのです。分かりますか? 人間を中心として一つになることを主張するのではありません。神様を中心として、また物質を中心として、一つになることを主張するのではありません。神様から一つになって、人間を経て一つになり、物質まで主管しなければならない、このように見るのです。

 では、第一がどこかというと、神様です。第二がどこですか? 人間です。第三は何でしょうか? 万物、物質だというのです。このように見るとき、創造的根源を中心として見るとき、根源がだれかというと、神様であり、その次に被造万物です。被造物が何かというと、人であり、万物です。人と万物と神様がいかに一つになるかという問題、これが深刻な問題です。


結婚とは根本に帰るためのもの


 どのように一つにならなければならないのでしょうか? このように見るとき、神様と人間が一つになるためには、そこに神様が必要とする絶対的内容がなければなりません。神様は何を絶対的に必要とするのでしょうか? 神様には物質は必要ありません。物質はいつでもつくることができます。そうではないですか? 全知全能であられる神様としては、物質をいつでもつくることができるのです。また、知識を必要とするのではありません。神様は全知全能であられるおかたです。知識の王です。また、能力の王です。人間世界において、人間の生活で必要とする物質を神様は重要視されません。きょうもそうでしょうね。未婚の男女が今、何、どこの大学を出たのか、そう言うことでしょう、今。分かりましたか? そういうことが問題になるのです。

 現在、皆さんの目からみていい夫といえば、第一にお金のある夫です。特に女性たちは。それから、二つ目は? その次は? 勉強できる人、知識のある夫。それから三つ目は? 出世した夫、権力を持ちうる夫。このように思っていること、これは、神様の体制圏内では受け入れることができません。そのような思考方式を持った人は、ここに、きょう参席できないということを知らなければなりません。

 ここは何をする所でしょうか? 未婚の男女を集めて、結婚させてあげる所ではありません。それを知らなければなりません。分かりましたか? 先生という人は、結婚させてあげるために現れた人ではありません。何の話か、分かりましたか? (「はい」)。未婚の男女を集めて、約婚なんかをしてあげ、結婚させてあげるのが先生の責任ではありません。

 結婚はなぜするのでしょうか? これは問題が大きいのです。私たち統一教会は、結婚観が違います。結婚というものは、根本に帰るためのものです。それが何のことか、分かりますか?

 では、今日、神様と人間と万物がどうして全部分かれ、神様は神様として、人間は人間として、万物は万物として、このように混乱した姿を現しているのでしょうか? そのような根本的内容がこの世界の中、歴史、文化世界の中になぜ提示されたのかという問題が深刻なのです。それは、だれが提示したかといえば、神様が提示したのでもなく、物質が提示したのでもなく、人が提示したのです。人々がやったのです、人々が。

 それゆえ、人がやったその中、人が家をつくり、理想とするその中……。人は千年万年生きられません。永遠には生きられません。この地球星で七、八十年生きる人たちが、構想したその住まい、家の中で天地の大主宰たる神様が住めるかというのです。

自分勝手にはなっていない膨大な宇宙


 皆さんが考えるとき、この宇宙はどれほど大きいですか? この宇宙はどれほど大きいでしょうか? 今日、科学者たちが語れば……。ここに尹博士が来ていたでしょう、さっき。博士の話を聞けば……。尹博士行きましたか? (「下にいます」)。下にいますか? いなければ、しかたがありません。博士たちの話を聞いてみれば、わたしが博士たちをたくさん知っているのです。(笑い)知っていますが、その人たちが語るこの宇宙の生成、この宇宙がどれほど大きいかといえば、その生成はもちろん、原則の力によってなったと見ますが、どれほど大きいかというと、その宇宙の構成体がどれほど大きいかというとですね。

 果てから果てまで距離がどれほど大きな距離かというと、二百十億光年です。そのような話は初めて聞くでしょう? 何億光年ですって? (「二百十億光年」)。二百十億光年です、二百十億。二百十億光年です。億でも多いでしょう。皆さんが百ウォンを一生の間数えても、億を数えられません。百ウォンなら億は数えられるでしょうね。いずれにせよ、そのように多いのです。(笑い)だれか数えてみた人たちがいないので、そうでしょう。

 さあ、ところで、果てから果てに行くにおいて……。光の速度がどれほどかというと、一秒間に三億メートルです。三億メートルなら、地球の七回り半になるのです。速いのです。カチカチいう瞬間に地球を七回り以上回るのです。そのように速い光が一日だと言いましたか、一秒間だと言いましたか? (「一秒間と言いました」)。一秒間にそのような速い光が一日行く距離がどれくらい遠いでしょうか? 皆さんが一度、ついていくといえば、そこにくっついて残ると思いますか? 皆、飛んでいってしまうことでしょう。焼けて燃えてしまうことでしょう。それはすごいのです。

 一日でもそれくらいなのに、これが一年でもありません。十年でもありません。一生の間、あの光が出発していくのに、百年間暮らしながら行っても、まだ終わりにならないのです。これが何億光年かというと、二百十億光年です。二百十光年ではなく、二百十億光年です。億が二百十個入っているのです。(笑い)

 では、神様はそのように大きくつくって、どうするのですか? 神様は何をしようというのでしょうか? そうなれば、これを管理しようとすれば神様の速度はどのくらい速くなければならないでしょうか? 考えてごらんなさい。その主人となるおかたがこのようなものをつくったなら、その主人がそれを管理する能力があるでしょうか、ないでしょうか? (「あります」)。あるなら、その世界の大宇宙を見詰めて計算し、これを管理すると考えるとき、神様はどれほど速く行き来するでしょうか? そのようなことを考えたことがありますか? 考えたことがありますか? そのように膨大な宇宙です。

 そのような宇宙がただそのまま、勝手には生じませんでした。皆さんは勝手に生まれたでしょうか? うん? 皆さん。勝手に生まれましたか、勝手にの反対は何ですか? (「ありのまま、原則的に」)。原則的に? 似ています。勝手に、原則的に、うん、少し似ています。そう、原則的に生まれましたか? 非原則的に生まれた人たちが多いことでしょう、ここに。

 皆さん、お母さんとお父さんを持っているでしょう? お母さんとお父さんが原則的父母ですか、非原則的父母ですか? 分からないでしょう? (「非原則的です」)。堕落したとするなら、非原則的ですが、この世的に見ると、全部、未婚の男女同士で結婚したお母さんとお父さんだと思いますか、ぼろのひさごをかぶって覆って束ねたお母さんとお父さんだと思いますか? 分からないでしょう? しかし、思いでは清い父母、一番いい父母だと思うのです。間違っていますか、合っていますか? (「合っています」)。間違っていますか、合っていますか? (「合っています」)

 合っているって、何ですか、この者たち、話をよく理解しなければなりません。ふろしきをかぶっておいて、いいというお母さんとお父さんが本物だとは何ですか? 偽物か本物か分からないではないですか? そのような連中の息子、娘たちが来て、「自分が一番だ」というのです。きょう、ここに来て、「おお、自分の顔がこの程度なら、どんな男にも思いどおり対して問題ないだろう」と言いながら、顔を見て、小ぎれいにして来たでしょう? (笑い)そうでない女性たちはいますか?


宇宙と似た人間


 さあ、皆さんは勝手に生まれたでしょうか? 皆さんが生まれるときは、だれに似ましたか? だれに似ましたか? 宇宙に似たのです。何が宇宙に似たのでしょうか? 宇宙の中にはあらゆる生物がいるのです。神経器官に皆、似ています。では、動物世界、昆虫世界まで合わせて、それはだれに似たかというと、自分に似たというのです。動物世界に目があるでしょう。目がありますか、ありませんか? (「あります」)。では、皆さんのお母さんとお父さんの目が先に生じたでしょうか、動物世界の目が先に生じたでしょうか? 考えてみなさい。それも分かりませんか?

 アダムとエバを先につくりましたか、昆虫世界と動物世界を先につくりましたか? (「動物世界です」)。では、目の先祖はだれですか? アダムとエバですか、アダムとエバよりも小さい昆虫たちですか? (「昆虫です」)。昆虫です、低いものから上がってくるからです。それゆえ、目の先祖は皆さんのお母さんよりも、万物なのです。

 鼻がありますか、ありませんか? (「あります」)。鼻があります。口がありますか、ありませんか? (「あります」)。耳がありますか、ありませんか? (「あります」)。耳だけでなく、角まであります。皆さんは角はないでしょう? 角を何というか知っていますか? アンテナです。(笑い)それから、手がありますか、ありませんか? (「あります」)。手のようなものはあるでしょう。蝿はお膳にとまれば、こすって、これ……。それが皆、手の役をするでしょう。それから羽もあるのです。皆さん羽はありますか? そうしてみると、動物にも及ばないものがたくさんあります。

 また歌がうまいのは、せみが歌がうまいですか、皆さんが歌がうまいですか? 皆さんはせみに及ばないでしょう? 走るのは子犬がよく走りますか、皆さんがよく走りますか? (笑い)皆、及ばないでしょう。さあ、だれに似ましたか? (「宇宙です」)。万物、宇宙に似ましたが、そのうち、人が一番優れているのでもありません。それを知らなければなりません。及ばないことがたくさんあります。牛がよく走りますか、馬がよく走りますか? (「馬です」)。では、皆さんは馬に乗りたいですか、牛に乗りたいですか? (「馬に乗りたいです」)。分かるには分かっていますね? (笑い)いいことを皆、求めようとします。

 このように見ると、動物世界も皆、同じです。動物世界もそれは知っているのです。いいことを知っています。へびもいくらはい回っているとしても、親戚、姻戚の八寸まで自分の同僚たちを皆、知っているというのです。知っていると思いますか、知らないと思いますか? うん? 知っていると思いますか、知らないと思いますか? うん? (「知っています」)。あそこの後ろ、聞こえますか、聞こえませんか? (「聞こえます」)。よく聞こえるでしょう? (「はい」)。顔が見えなくておぼろげですね。(笑い)目のようなものが見えたり、顔のようなものが見えるだけです。(笑い)気分がいいですか、悪いですか? (「いいです」)。あの後ろは気分が悪いでしょう? はっきり見えてこそ、気分がいいはずですが……。(笑い)

 それはそうです。それはなぜですか? 比較してすべてのものがはっきりしなければなりません。よくなければなりません。よいものは、はっきりしなければなりません。はっきりして私と密接な関係を結ばなければなりません。それでこそいいというのです。ぼんやりとしたこと、いくらいいといっても、それはぼんやりとしたことにしかならないのです。

 さあ、それゆえ、人はいいことについていくようになっていますが、動物世界や植物世界、あるいは鉱物世界はどうでしょうか? すべて同じだというのです。皆さんが感じることのできるこのセンス、感覚、精神ならば精神、活動分野の次元が違うだけであって、等差において違うだけであって、低い動物、すべての鉱物世界もすべて運動しているのです。


婚約式場に参加したのは宇宙の形態に合格するため


 鉱物世界は結婚するでしょうか、しないでしょうか? (「します」)。見ましたか? (笑い)鉱物世界は結婚すると思いますか、しないと思いますか? (「すると思います」)。そうです。結婚するというのです。それゆえ、電子なら電子が、陽子を中心として回るのが結婚です。中性子が飛び交うのがこのように、すべて一つの体系、一つの球形をつくって生きなければなりません。

 それゆえ、皆さんがここになぜ来たかといえば、男性だけでもだめだし、女性だけでもだめなので、ある形態に合格させるために、合格するためなのではありませんか? ある宇宙の模型形態に合格するために来たのです。

 それでは、宇宙のある形態が皆さんに入ってきて合格しなければなりませんか、皆さんがあの形態に入っていって合格しなければなりませんか? ですから、皆さんは、第二存在です。主体ではありません。対象的存在だということを知らなければなりません。対象的な存在は、主体環境圏内に補助と内容として吸収しうる作用をしなくては、対象的存在基台が形成されません。先生が言うことが皆、分かりますか? (「はい」)。理解できなかった者たちは荷物をまとめて行きなさい。

 それで、女性でもだめな人をもらおうというのが男性たちの欲望である。(笑い)なぜ笑いますか? だめな男性をもらおうとするのが女性の欲望である。皆さん、なぜ黙っていますか? 先生が間違いましたか、皆さん、考え違いしていますか。(笑い)合っていないのです。そうでしょう? そうです、前後が合っていないのです、皆さんが答弁をする前には。

 では、今まで言ったことを中心として、答えをどうしなければならないでしょうか? 女性たるものは優秀な男性を求めなければだめでなくはない。(笑い)それはどういう話ですか? 求めるという話ですか、求めないという話ですか? わたしはそれは分かりません、皆さんが求めなさい。(笑い)ですから、言葉にならない言葉ですが、話は「求めなければだめでなくはない」と言いましたが、「だめでなくない」という言葉は使いましたが、求めなければならないという話です。それだけは、間違いないというのです。ですから、いくら否定が多くとも、いいというようになるときは、それは残される、関係を結びたいというのが人間であり、この万宇宙の欲望です。分かりましたか?

 では、この大宇宙が大きいのは一人で生きるために生まれましたか、一緒に生きるために生まれましたか? (「一緒に生きるためです」)。では人は? 人は? 動物のために生まれて……。そうすれば話が道理に合うのです。人は、あの馬追虫のために生まれた。馬追虫、知っていますか? 馬追虫。人は、蟻のために生まれた。それは話が道理に合うというのです、蟻。そうなれば、蟻たちが気分いいでしょうか、悪いでしょうか? (「いいです」)

 例を挙げれば、皆さん、きょう、なぜこのように会ったかと言えば、「全体のために、二千人のためにわたしが集まったのではなく、きょうは、わたしのために集まった」と言えば、気分がどうですか? わたしの相対を決定するのに付属品として千九百九十九人が集まるというとき、気分がいいのです。それを願いますか、二千分の一の目的を達成するために集まったというのを願いますか? (「前者〔チョンヂャ〕です」)。電子〔チョンヂャ〕、電子工学? (笑い)前者です。

 さあ、それはどういうことでしょうか? 皆が笑うところを見ると、皆、理解したのですね。ですから、いいことは皆、願うというのです。それがいいといっても、どれほどいいのかというときは、問題が大きいのです。どれほどいいかというときは、この中でもどれほど、それからまたどれほどいいのでしょうか? 大韓民国中でもどれほど? 世界の中でもどれほど? 宇宙の中でも? この太陽系を経ってみれば、これが一つの星と同じではないですか? 太陽系の中でどれほど? どれほどというときは、これは問題が大きいのです。

 どれほど大きな宇宙ですか? 大宇宙です。さっき言ったように、複雑多端にこれが二百十億光年の大きさであるこれが、運動しながら回っており、一つの目的に向かって行幸していらっしゃるというのです。うろうろと。大宇宙中で一番になることができるならば、これは夜に生きるものや昼に生きるものや、すべて願うというのです。


結婚は、天地が引っ繰り返り一家の興亡盛衰がかかる重大事


 また人間として生まれたとするなら、地上に行った人や永遠の後に生まれる子孫がいても、このような存在は、すべて願うのです。皆さん、願いますか? (「アーメン」)。何の話ですか? アーメンの返事をわたしが知っていますか? 皆さん願いますか? (「はい」)。(一人だけ答える)願いますか? なぜ返事をしませんか? 願いますか、願いませんか? (「願います」)

 エバに、堕落したエバに何をするのかというとき、黙っていたのと同じです。何をするって、何をしますか? 「ここですべていちじくの木の葉を取って堕落し、このようにひざまずきました」と答弁できなかったでしょう。その後孫たちそのものです。それなのに、なぜ返事をしませんか? どれほどじれったいかというのです、この者たち。返事をしないので、今から返事しないので、どうやって使いますか?

 尋ねるのを明らかに皆、聞いて、理解できるように話して尋ねているのに、返事しないから、この人たち、どうして働きますか? うん? もどかしい者たち。もどかしいでしょうか、もどかしくないでしょうか、この者たち? うん? (「もどかしいです」)。もどかしい、もどかしくない? (「もどかしいです」)。もどかしいのは皆、けってしまわなければならないでしょう。わたしもいいものを取らなければなりません。悪いものは皆、放り出し、追い出してしまわなければなりません。

 きょうの昼食は食べさせません。(笑い)昼食一つで蕩減できれば、それは安いでしょう? そうでしょう? そういえば、このように集まれば、昼食一食、二食、昼食を考える人は、それは結婚する資格がありません。(笑い)昼食を何度か抜きながら、夜寝れずに目がくぼみ、鼻が乾いて、逆にならなければなりません。(笑い)耳がだらりと垂れ、目が……。(笑い)人のいとこのようになってこそ、それは深刻な人なのです。

 結婚がどれほど深刻ですか? 結婚がのらくら調ですか? 深刻ですか、深刻ではないですか? (「深刻です」)。天地が引っ繰り返るのであり、一家の興亡盛衰がかかるのです。天地がうまく回るか、回らないか? それは油を与えるのと同じであり、一家の成敗がかかるのです。あの女性をもらうことによって、今はだめだが、その女性の子孫を通して何代目の子孫には、天下を治めることのできる両班が出てくるかもしれません……。

 皆さんには、分からないではないですか? 分かりますか、分かりませんか? (「分かりません」)。さあ、うちの父母は、わたしがこのように世界的な人になるとは思っていたでしょうか、思っていなかったでしょうか? 生んでみると、そのように生まれたのです。そうです、知らない父母は、生んでみるとそのように生んだといいますが、宇宙は、そのまま生んでみると、生まれたと見ますか? (「違います」)

 神様の復帰摂理は、道に従って、千態万象の姿と山谷を超えて大洋を渡って荒野を渡って、谷間、洞窟も通過し、一つに合わせて、このようにすべての背後に連結されたものは分かりませんが、そうして、生まれたのに、特別に生まれても生んだのは同じです。目二つ、鼻二つ、鼻? 鼻の穴二つ。(笑い)口一つ、耳二つ、このようにして……。その四肢五体は、全く同じです。

 平面的に見れば何でもないのに、その背後と立体的な歴史、縦的に見るときは、相当な内縁がつづられているので、私たちのような人がこのような大変なこともするのでないかというのです。大変なことですか? 大変なことですか、悪いことですか? (「大変なことです」)。大変なことですか? きょうは、皆、……。わたしがぽんびきでもないのにです。ぽんびきがどういう意味か知っていますか? うん? ぽんびき知りませんか? (「知っています」)。知らない人は、学んでもかまわないです。(笑い)男性たち、ぽんびきが何か知っていますか? 「ぽーん」として「びーき」するのがぽんびきでしょう。(笑われる)

 さあ、そのように考えるのです。この中に先生がうまく結んであげると、今後、さまざまな息子、娘が生まれるかもしれません。そのようなことを考えたことがありますか? 目のない男性に会ったならばどうですか? 不幸ですか、幸福ですか? (笑い)霊界に行っても、このような目があるでしょうか、ないでしょうか? 霊界に行ったそのときは、神様いわく「おまえの目は、百年間見ることができなかったので、千年万年の世界では億千万里を見ることのできる目にしてあげる」というとき、(笑い)そのような目を持って暮らす夫と生きるとき、地上で生きたように、「ああ、わが夫は不具だ」と考えられますか? そのときは、威張ることでしょう。一方の足を持ち上げて威張ることでしょう。倒れないから。それをだれが知っていますか? 先生が、そうすることのできる内容があるのです。そうですか、そうではありませんか? (「そうです」)。そうですか、そうではありませんか? (「そうです」)。うそでないなら雷が落ちる内容になるのかもしれません。女の体一つ売ってそうできる恩恵を受けることができるならばという、女性という怪物たちはいくらでもいます。


嫁ぎ先は、遠くてこそいい


 さあ、嫁ついでいこうとするなら、わたしのような人に決めてもらえば、どこに損することがありますか? わたしが決めるなら、自分の友人たちに嫁がせるのであって、盗賊に嫁がせますか? 違いますか? 先生の友人の中には学者も多いでしょう? ノーベル賞受賞者も多いし、世界の著名な友人も多いではないですか? そのような友人に嫁がせればいいではないですか? うん? 悪いですか、いいですか? (「いいです」)

 さあ、では、遠くに嫁いでいきますか、近くに嫁いでいきますか? (「遠ーくです」)。(笑い、拍手)飛行機に乗って、ここ済州島……。ああ! 最初に乗る飛行機のときは、済州島……。飛ぶ途中でやめて落ちるというのです。それはどれほど気分が悪いですか? 大洋を渡り、ブーン、一晩寝ても、「ああ、日が昇ったな。また飛ぶか? また飛んでみろ」と、二日飛んでも「また飛んでみろ」、「やあ! これはすてきだ。考えてみると、遥かな天地が……。」このように。(笑い)

 そうです、詩を詠んでも、遥かな内容の詩を詠んでこそ刺激的であって、横切って園があるのを見て話せば、詩になりますか? 「あそこに木がある、花が咲いた。赤い。ああ、黄色い。においがする」それが詩になりますか? 遥かな煙幕の中でそれを幻想的に考えるときに、その味を感じて事実を体験できるところで、それがすてきなのです。それ、遥かな遠くの故郷の道がいいですか、近い故郷の道がいいですか? (「遥かな遠くの故郷の道がいいです」)。(笑い)昔から言うことに、「遠くの遥かな、それもまた遥かな昔の中の昔」と言ってこそ味があるのであって、「遥かな昔」と言っても味がないのです。かんでこそおいしいのです。そうではないですか? ですから遥かな昔の話。それで、遠いほどよくなくはない。(笑い)

 さあ、そこ合格! 笑う人は合格で、笑わなかった人は落第です。笑わなかった人、手を挙げてみなさい。(笑い)今日は、皆、わたしの話を聞かなければいけなくなっているのです。この女たち! この女たち! 先生に非難されるから気分がいいですか、悪いですか? (「いいです」)。きょう初めて来た人たちは、「あの何々先生はりっぱだと思っていたのに、悪口だけ言うので何がりっぱですか」と言うかもしれませんが、(笑い)わたしは悪口を言うのに一等です。悪口を言う場合は王の子にも悪口を言い、王にも悪口を言えば十分でしょう。それは神様しかできないことなのに、わたしは神様の弟になるのに。そのように考えればいいのです。分かりますか? (笑い、拍手)

 そうです、このように話してみると、言葉とは本当におもしろいでしょう? (「はい」)。上がっていけば、上がっていきながらも拍子が合い、下りていけば、下りていきながらも拍子が合い、横に行けば横に行きながらも、やってみると、拍子がすべて合います。ぐるぐると回しても拍子が合うのです。ですから悪くなくないというのです。「よかった」と言うので、口を開き、踊って「ああ! わたしの日が来たな。調子を合わせて、音調に合わせて踊るべし!」。アー。(「メン!」)。わたしは「メン」と言いませんでした、あなたたちが言ったでしょう。(笑い、拍手)

 さあ、こうなればもう、三分の一くらいは整理できました。交通事故がもう起こらないでしょう。わたしが目をつぶって運転するのですが、きょう、ここに対立する人、手を挙げてみなさい。(笑い、拍手)どう、無事通過ですか? (「はい」)。ああ、気分いい! (歓呼。拍手)

 さあ、それでは、きょう、ここから「ひゅっと飛んで大宇宙を一度旅行したい」ですか、「ひゅっと飛んで、ああ、前庭から裏庭に旅行する」ですか? どちらですか? 大宇宙ですか? 小……。小宇宙もだめでしょう。それは何ですか? 小さな庭です。(笑い)(「大宇宙です」)。大宇宙でしょう? (「はい」)。かと言って、大宇宙だといって大宇(グループ)の宇宙ではないのです。大宇宙があるのです。


幸福の道は一人では行くことのできない道


 さあ、ではだれと? だれと? 一人で行きますか、だれといきますか? (「真のご父母様」)。旅行するのに、だれと旅行しますか? (「神様です」)。神様は皆、喜ぶのです。皆さんの後ろに行きますか? だれとしますか? だれと旅行しますか? (「お父様」)。この者たち! (笑い)はっきり分からずにいますね。女性一人で旅行しますか、男性一人で旅行しますか? (「男性と一緒にです」)。うん? (「一緒にです」)。一緒にって、独り者たちが何を一緒にです? (笑い)一緒にすることのできる方法は、だれが決定するのですか? (「神様です」)。皆さんが決定すれば、どれほどいいですか? 運転手を選び損ないます。(笑い)飛行機を選び損ないます。そうです。

 それゆえ、女性は、絶対的に幸福の道を一人で行くことはできないのです。女性は、女性だけは絶対一人で行く道に幸福はないのです。男性は、どうですか? (「同じです」)。それは女性がいう話でしょう。(「違います」)。(笑われる)わたしは男性の話を聞きませんでした。男性たち、どうですか? 男性だけは一人で行くのが幸福でしょう? (「違います」)。この者たち! (笑い)先生の理論に反対していいですか? (拍手)ああ、それはわたしも学びました。わたしも学んだので、一人で来てはいけないので、お母様に仕えてきたでしょう。(笑い、拍手)

 そうです、それは先生から始まったのですか? 歴史が生じる前から始まったのです。それを知らなければなりません。結婚というものは歴史が始まった以後から生じ始めたのではなく、歴史が生じる前から結婚の伝統の根は、ぱっと打ち込まれてあったのです。その伝統がそのようになっていなくて、女性と男性と、一つは男性の脚、一つは女性の脚、おっぱい一つあり、男性はここにあり、さっと片方の手で二つを触れば、どれほどいいですか? (行動で表現してみせられる。笑い)男性と女性が近いところにいればどれほど便利ですか? ああ、そのようにさせることもできるでしょう、神様がしようとするならです。(笑われる)

 皆さん、もし……。皆、物心がついたので、このようなおかしな話を一つしましょうか、そのまま退屈な話だけしましょうか? (「やってください」)。ああ、皆さんがしろと言ったので、わたしの罪ではありません。(笑い)下品な話をしようが、何の……。さあ、男性にぶら下がっているものがここの額にくっついたならばどうですか? (笑われる。笑い)女性が見て気分悪くて逃げますか、逃げませんか? それゆえ、それは見えないところに、奥まったところに持っていって、宴をしなければならないので、よく見えないところに持っていって、ぴたっと埋めておいたのです。(笑い)

 では、手の端っこにぶら下げておけばどうでしょうか? 考えてみなさい、わたしの話がどうなのか? それも考えなくて話しますか、原理を捜し出した人が? そこしかくっつけるところがありません。そのようにくっつけてみると、男性も女性も一番薄暗い所です。家にも薄暗い所、においがする所があるでしょう? 父母が、お客さんが来るようになれば、いいものを皆、薄暗くてにおいがする所に持っていって、しわくちゃにして埋めるでしょう? 見るとその後ろやそばにはにおいがするラッパ穴がありました。(笑い)

 一番いいというものと一番悪いというものは額を合わせます。皆さん、肛門は嫌いですか? 肛門がなぜこのようにくっついていますか? 便利にこのようになっていないでです。ここらへんにあればどれほどいいですか? (笑われる)それ、考えてみてください。どこにくっつけるか、いくら研究してみてもそこしかありません。そうして、そこに肉がついて埋められてあるからそうなのであって、これが開いて手の端っこのように出てくれば、どこに行って座りますか? においがするでしょうか、しないでしょうか? いくら水でよくふいても、最近は水たわしが出てきてちょっといいけれどもです。いくらふいてもにおいがするでしょうか、しないでしょうか? (「します」)。かいでみましたか? (笑い)かいでみても、見なくても、それはにおいがするようになっているのです。


自分を絶対視するところでは和合がなされない


 さあ、このように見ると、生命の源泉は、においがするところから始まる、それはどういうことでしょうか? すべての草木の生命の源泉は、肥料であるので、肥料というものは、においのしないものがない。合っていますか、合っていませんか? (「合っています」)。そうです、統一教会の食口たちを生命ある王子にするためには、においがする所で生きるようにしてあげなければならないのである、どうですか? (「いいです」)。それが道理に合うのです。ですから苦労しなさい! 男性の汗のにおい、それがどういうにおいだと言いますか? 韓国語を皆、忘れてしまいました。パルコラク(足のくさい)のにおいと言いますか、パルクリン(足のくさい)のにおいと言いますか? パルクリンのにおいは、何かのカスが多くて出るにおいであり、パルコラクのにおいは何もなくてもにおいがすることをいうのでしょう? それがいいですか、悪いですか? 女性は、そのような男性を嫌うのです。「ああ、においする、洗ってこい」と言うのです。

 お母様はどうだと思いますか? お母様は、女性ですか、男性ですか? (「女性です」)。女性はそうだというから、お母様もそうでしょうか、そうではないでしょうか? お母様は抜かして? (「いいえ」)。それを願いますか、願いませんか? 願わないならば道理に合いません。お母様も間違いなくそうなのです。今晩帰ってそうかもしれないでしょう。そうでないならです。(ピイー!)(スピーカーから騷音が出る)ああ! ああ、そうだということですね(笑い、拍手)

 ティッシュをこのように濡らして持って歩き回る女性は、運勢がありません。そのような女性が幸せかどうか見てごらんなさい。一人で生きるか、さもなければ未亡人になって寂しく暮らすというのです。史吉子が代表的な女性でしょう。洗え、洗え! 一日に手を何度洗いますか? 史吉子! (「はい」)。一日に手を何度洗いますか? トイレのそばを行き過ぎて、手を洗ってです。田舎道を行けば、犬の糞、牛の糞、鶏の糞がどれほど多いでしょうか。毎日のように手を洗わなければならないというのです。牛の糞をつまんで食べ、鶏の糞をつまんで食べればどれほどすてきですか。ああ、それはどうですか? それが万病に効く薬になることを知っていますか? それは薬になるか、ならないか、やってみましたか? 薬は、皆、反対のものでなされるのです。それは味見することが万病に効く薬になることもあるというのです。それを信じれば治るというのです。ですから世の中万事が面白いというのです。優秀な人も自分の趣に生き、だめな人も……。

 さあ、木が言うことには「おい、おい、青い光を持って生まれた世の中のすべての植物たちはわたしに似ろ」と言ったとするなら、どのようになりますか? かぼちゃのようなものが蔓のないものになればいいですか? 笑いますか? ヒヒヒとこいつと、悪口を言うのではないですか? またすいかも「こいつ、世の中を知らないやつ、わたしがなければ、夏が訪れるとき、大変なことになるだろうに」と、悪口を言うでしょうか、言わないでしょうか? (「言います」)。これは、ポプラのように背丈だけ趣もなく大きくなって、わたしに似なさいだって? 「おまえがわたしに似ろ」と、そういうことが言えますか? 違いますか? 優れているという人は、優秀だとふんぞり返りますが、「おい、こいつ! 優秀だとふんぞり返るな。わたしの足もとにきて押し込められろ」と言うのです。世の中万事が平等でないようですが、皆、平等だというのです。意地を張って上がっていく者がいるかと思えば、むやみに伸びていくやつがいないかというのです。

 またあるものは、「わたしのように香りを漂わせて、実が開くべきであって。ナシのようにリンゴのように開くのであって、これは何だ? なぜ、地中に隠れて実になるか?」。そうすると、地中にあるものが、「こいつ、おまえ一人生きるって? 昆虫だとか地中で暮らすものは、わたしたちのようなものを食い荒らして生きなければならないではないか? おまえのようなものをどうして食べて生きるか?」と言うというのです。そのようにすべてのものは、和して一つになるのです。そうです、一和だと言ったでしょう? (「はい」)。自分自体を絶対視するところにおいては和合というものはありません。自分自身を四方化させるところに和合というものがあります。分かりましたか? (「はい」)


趣の真の意味


 皆さん家に入るとき、広い家がいいですか、狭い家がいいですか? (「広い家です」)。それゆえ、女性は、いくら高くても自分を低くして、広い、何と言うか、ざぶとんを敷いて床をつくらなければならないのです。そうするためには、どれほど細くなければならないですか? 薄いのではないですか? 薄くてもいいというのです。女性は軽薄ですか、ぶ厚いですか? (「軽薄です」)。それゆえ、すぐ中身が透けて見えます。三時間、静かに見れば、もう分かるというのです。三時間が何ですか。十分だけ額を合わせて見れば、「こいつなぜ見るか。行け」というのです。「ああ、母に似ているので見詰めるのであって、わが国の皇后に似ているので見詰めているのであって、いい考えを持って見詰めているのに、やたらに気分を害しますか?」と言えるではないですか? 「神様の顔を見たのに、あなたの顔が神様の顔のようで、わたしが見詰めているのに、なぜ気分を害しますか? 神様を見詰めれば気分を害されるでしょうか? そうではないと思いますが、なぜですか?」と言えば……。そうです、薄っぺらだというのです。

 男性は見詰めれば、雄牛、知っているでしょう? (「はい」)。暑い日、尾を揺さぶりながら床にぴたっと立ち、日が照りつけても……。(まねをされる)声を張り上げようが、飛行機が飛んで行こうが、こくりともせず、こうしているのです。カササギの子が来て背中に乗ってじっとしているのに、女性はそうではありえません。軽薄なのが女性だというのです。気分が悪いですか? (「いいえ」)。気分が悪ければ、わたしに言いなさい。(笑い)

 では、男性は、軽薄ですか、厚みがありますか? (「厚みがあります」)。どれほど厚みがありますか? どれほど分厚いのか、女性が小さい手でこのように殴っても……。(頬をなぐるまねをされる)それでもだめなら、このように乗ってこのように力いっぱい押しても、じっとしている君子のような夫をもらおうというのです。そのような人を探すのです。軽薄な夫を願いますか、悠然とした夫を願いますか? (「悠然とした夫です」)。ああ、気分がいい。(拍手)

 さあ、ごらんなさい。東洋の女性たちが悠然とした夫を願うのに、あのアフリカの太った黒人男性たちはどれほど悠然としていますか? (笑い)なぜ? 悠然としているでしょう。彼らも男性です。ここには西洋の男性たちも来ましたね。西洋の食口たちも来たのです。韓国の男性たちと西洋の男性たちと、どちらが大きいですか? (「西洋の男性です」)。西洋の男性が悠然としているでしょう? 目まで大きいです。それから鼻まで大きいのです。西洋の人たちで一つ驚くべきことは、西洋の女性たちの口はまたどれほど細くて大きいか、笑うのにわたしのげんこつが出たり入ったりできます。このように、話をするのに、どれほど複雑で、かっこいいか驚きました。口を見ても何を見ても、すべてのことが図体が大きくて、歩くこともてくてく……。「てくてくてくてく」と「てっく、てっく」とどちらがいいですか? 「てっく、てっく」がいいではないですか?

 さあ、年寄った雄牛に乗って行きますか、年の幼い雌牛に乗って行きますか? 答えてみなさい。(「雄牛です」)。年を取って経験が多い雄牛? (「はい」)。それなら年を取った新郎をもらいますか? (笑い)(「年を取った新郎をもらいます」)。知ることは、知っているのですね。苦労してひげがくねくねとし、どれほど苦労すればひげがくねくねするでしょうか? 事情が多いでしょう。すなわち、ひげの新郎をもらいますか、くねくねしたひげの新郎をもらっていきますか? すなわち、髪の毛よりくねくねとした髪の毛、どれほど気が焦ればくねくねとするでしょうか? それは考え方によるのです。人は、考えるにおいて、天下を友達とし、生きるようになっているのです。考えが偉大なのです。

 人は神様に似たといいますが、神様に似たものは、ほかのところにありません。顔も神様に似たかもしれませんが、神様のような心を持つことができるというのです。皇后の心、王の心。その広い心の中においては、腹が減った男性が入ってきてご飯も恵んでもらうことができるというのです。ご飯を食べなくてもいいというのです。そこに入ってきて、スカートのすそを握って、スーッといびきをかきながら寝る男性を見詰める広い心の女性の視線には、どれほど詩的な情緒が宿っていますか? 考えてごらんなさい。それが趣です。

 韓国人がもった言葉の中に一番貴い言葉があります。モ(趣、味わい、味)! 日本語にもなく、英語にもありません。趣というものは韓国の独特な言葉です。モッチダ(すてきだ、素晴らしい)と言えば、いいことをいうのではありません。大小のものが釣り合うことをすてきだというのです。相対にならないようですが、釣り合う趣がもっと大きいというのです。


博物館に置いておくことのできる人


 それで、韓国民族は、文を書くにも彫刻をするにも特定の民族の趣を持っているので、小さい国である韓民族を神様が惜しんで、今まで滅びないように保管なさったのです。今後、博物館に置いておこうと……。中国人を博物館に置いておくのがいいですか、韓国人を博物館に置いておくのがいいですか? (「韓国人」)。毎日のように千人、万人ががやがやする博物館とは違います。十年に一人ずつ来ては行く博物館と、毎日のように超満員である博物館とどちらがもっといいと思いますか?

 神様が博物館に入っているなら、神様を見ようと毎日のように世界の人々が皆、行くでしょう? (「はい」)。世界の人々が皆、喜ぶそのような神様になりますか? そうなれば、神様の生活が世界の人々よりも劣るでしょうか。だめなのです。神様が博物館に現れようとすれば、一番人々が来ない薄暗い日、何万年ぶりに……。神様の価値がそうです。そのように訪ねてくる人に会うことができるように訪ねてこられるのです。それは何の話か分かりますか? (「はい」)

 同じです。皆さん、大きくてりっぱな夫をもらいたいでしょう? それは侍りやすいでしょうか? 拍子を合わせる自信がありますか? (「はい」)。どういたしまして。わたしがお母様にいつも気合いを入れられるのが何かというと、「ああ、あなたは、よく分かっていない。自分の夫人が一時、二時まで待っているとは思っていない。それでどうして夫か?」。そのように、くされをたくさん聞きます。(笑い)聞いても聞かないふりをして、さっと、それでもお母様のそばにさっと行って寝そべれば、足でけりません。(笑い)言葉とは違います。それは何がそのようにしたのでしょうか? お母様の心よりも、母の愛がそのようにしたというとき、気分がいいです。母の心はそれほど広くないけれど、愛は広いです。分かりますか?

 女性の心は、皆、同じではないですか? しかし、そこに染まれば、五色に染まるので、だれも見ることができません。無事通過です。あるにはあるのですが知らないのです。塀も超えることができ、紅海のようなものがあっても、それを渡ることができるそのような調和の橋が愛だというのです。ですから、愛が偉大なのです。ですから、愛を捜していってみたいですか? (「はい」)。本当に? (「はい」)。どれほど本当にですか? (「本当にです」)。死ぬくらいに本当にですか、神様が来られてわたしを見ないくらいに本当にですか? どちらの本当にですか? 本当に皆さん、その限界は無限なのですか?

 さあ、では、便利な夫をもらいますか、りっぱな夫をもらいますか? (「りっぱな夫です」)。不便でも? (「はい」)。それならいいです。どのようなものが順理ですか? 愛国者の中で一番りっぱな愛国者、最近で言えば、「毎日のように先生が乗ってきたリンカーン・コンチネンタルのようなものに乗って、万民が歓送する愛国者、どこに行っても十分に食べて着て暮らすことのできる立場の愛国者と、やつれて締め付けられて、ゴムひもを乳首と思って吸う貧乏人の愛国者と、その心情の幅においてどの愛国者の心情が深くて広くて高いか?」と聞くようになるとき、どの愛国者ですか? (「後者です」)。それがいいですか? (「はい」)。本当に? (「本当にです」)

 それ、病身で手の不自由な人、国を愛する途中で目が片目になり、足が一つなくなり、下肢がなくなったそのような愛国者、展覧会があるならばです。同じ級ならば四肢が完全な人を博物館に置いておきますか、国を愛する途中で手が不自由になった人を博物館に置いておきますか? 同じ級ならば? 指をもう一つ切られたものが、傷が一つ余計にあるのがより愛国者です。そのような夫をもらっていきますか? そのような夫でもいいですか? (「はい」)。ご飯は、あなたがもうけて食べさせて? その返事は悪くないですね。無条件に「はい」と言いましたね。

 このようなとき、わたしが一言言えば……。恥さらしになるので、話せないですね。お話を一つしましょうか? (「はい」)。先生に対して悪口を言おうと? (「いいえ」)。女性は信じられません。その反面男性は、女性よりちょっとよいです。その代わり、どろぼう根性があります。(笑い)いいものがあれば、先生のものでも奪って財布に入れようとします。強奪の勲章がいつも付いてまわるのです。ですから、皆、信じられないのです。

 皆さんは、皆さんを信じることができますか? 皆さんが皆さんを信じることができるかというのです。信じることができる人、手を挙げてみなさい? 「おお、億千万年過ぎてもわたしを信じ、神様がわたしを信じざるをえないくらいに信じる」と言う人、手を挙げてみなさい。目を見ると、そうではないようですね、この者たち! (「そうです」)。スムニダ(そうです)というのに、マッ(そのとおり)という文字がないですね。スムニダがどういう意味ですか? マッスムニダ(そのとおりです)と言わなければなりません。スムニダというので、そのとおりでないという意味です。それで、あなたを信じることができますか? (「はい」)。あなた、このごろ、何をしていますか? (「はい」)。何をしているのかと尋ねているではないですか? (笑い)(「経済の一翼を担当しています」)。経済? (「一和に勤めています」)。一和に勤めるのが経済ですか、あなたが生きるためにするのでしょう? (笑い)月給をもらっていますか、もらっていませんか? (「もらっています」)。それが何の経済ですか? もらえば教会にすべて献金しますか? (「十一条をしています」)。十一条が何ですか、こいつ! それは国のためにするのですか、自分のためにするのですか? 自分の体を売ってしても、負債を負いながらしても不足であるはずなのに……。


神様の御名で愛の根を下ろすようになるとき、真の息子、娘になる


 さあ、お嬢さんたち! 「お嬢さんたち」と言うので気分がいいでしょう? (「はい」)。「この女たち」と言うよりもです。(笑い)どちらがいいですか? お嬢さんがいいですか、この女がいいですか? この女という言葉は、将来、魔法性があって高くもなり、低くもなります。王女にもなることができ、皇后にもなることができるのです。お嬢さんは、一つの道しかないのです。「お嬢さん」と言えば、あの官吏の「お嬢さん」と言えば、天民と結婚できますか、できませんか?

 私たち統一教会で「女たち」と言うときは、高い人としてもかまわないし、低い人としてもかまわないでしょう? 女たちがいいですか、お嬢さんがいいですか? (「女たちがいいです」)。(笑い)あなたは年を取っているみたいですね、何歳ですか? 嫁げなければ、ここに来て先生が尋ねるのにうまく答えて、先生が記憶するようにして自分を忘れないように、そのように教育しようとするでしょう? (「いいえ」)。分からないですね、何歳ですか? (「二十七です」)。それくらいにはなっているはずです。(笑い)

 さあ、飛行機は乗って遠くに飛んで行かなければならないし、嫁ぎ先は近くに行かなければならない。嫁ぎ先は? (「遠く行かなければなりません」)。韓国人に嫁ぎますか、中国人に嫁ぎますか? (「韓国人」)。どうせなら大きな家に嫁に行かなければならないでしょう。韓国が大きな家ですか、小さな家ですか? (「小さな家」)。小さな家ではありません、わら家! みすぼらしいから、わら家。それは大きな家の中国人がいいでしょう? 中国よりより大きい大きな家がどこですか? (「大韓民国です」)。えい! (笑い、拍手)アメリカ人は、どうですか?

 このように考えるとき、わたしは愛のいかり綱をこの町内に架けて生きる、太平洋にかけて往来しながら生きる、どちらが素晴らしいですか? (「太平洋です」)。考えてもみるなというのです、太平洋でしょう。どうせ橋を架けようとするなら、すてきに架けてこそ、世界万民が訪れて、後日に称賛するのではないですか? 「偉大な女性よ、見栄えはわたしより良くないが、心は偉大です」と言うので、偉大だという言葉が、そこから出てくるのです。いくら優秀だといって、そのようになるのではありません。

 それで、先生は優秀な人ですか、だめな人ですか? (「優秀な人です」)。わたし、先生、優秀な人は、息子、娘になろうという人にまだなっていません。皆さんが先生の息子、娘ですか? (「違います」)。こいつらめ、先生の息子、娘ですか、違いますか? (「違います」)。違います! 皆さんを今、何かの息子、娘たちにしようと、ここに座らせるのですか? 皆さんが結婚しなくては、息子、娘になれません。堕落とは何でしょうか? サタンの息子、娘が結婚することによって始まりましたか? これを踏み超えて神様の御名で、真のご父母様の御名で、愛の根を下ろすようになるときに、天国を相続し、真の父母の所有権を相続されうる真の息子、娘になるのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 それゆえ、統一教会の結婚式は、最大に神聖なのです。この神聖な式典を汚したり染めるなというのです。これをきれいにするために、先生は一生を使い果たしたし、一生を投入しました。神様は、数百数万年を投入しました。数多くの宗教人たちが行く道を探せないまま、今まで犠牲になってきました。人類歴史の背後で徘徊して、曲折の犠牲の垣根を高めて、サタンを防ぐために闘争をしてきたのです。この背後でどれくらいの犠牲の代価を払ったでしょうか? その値段というものは形容できないというのです。高さにすればエベレスト山が低いです。神の宝座にまで入って引っ繰り返すくらい高いというのです。

 皆さんが自分勝手に生きないで三年……。先生もですね、先生が何歳のとき結婚したでしょうか? 昔、結婚したのに、またしたでしょう? 結婚して反対しなかったなら、私たちのお母様が異なっていたでしょう? 聖進の母親がお母様になっていたのではないですか? この者たち、えんえん泣いて、夫が行く道に反対して、哀れなことになったでしょう。それが、よく考えてみると、統一教会の食口たちが聖進の母親にお母様として侍ったとするなら、ちょっとひどい目に遭ったことでしょう。門前を好きなように出入りすることもできなくて……。すべて、それは天地の度数によく合わない行動をしたがゆえに、天が作戦上追い出すために反対させましたね。このごろ、わたしはそのように思っているのです。何の話か分かりますか?

 皆さんも作戦上その家庭にふさわしくない女性になるときは、心がよじれて、この人と生きたくなくて、逃げたいというのです。そのようなときは、その夫が偉大な先祖になるのか、そうでなければ、悪党の先祖になるのか、二つのうちの一つになるのです。

 聖進の母親の心がなぜそのように、わたしに対して、悪く考えたのでしょうか? ですから、その心の中には二種類あります。一つは偉大な未来があり、一つは悪党ですが、その二つのうちの一つだというのです。しかし先生が悪党になることはできません。先生は善良な人です。善なのと善良なのとどちらがいいですか? 善なる人になりますか、善良な人になりますか? (「善なる人になります」)。善良な人には、いつでも会えますが、善なる人にはいつでも会うことはできません。それで、先生が善良な人だという話は、失礼な言葉ではありません。善なる人は、国を代表でき、世界を代表できます。皆さんに善良な人だといっても、気分を害するなという話です。分かりますか? (「はい」)


神様の息子、娘になることは容易ではない


 皆さん、神様の息子、娘になることは容易ではありません。真の父母の息子、娘になることは容易ではありません。そうなるためには皆さんの背後にサタンがついてきて讒訴できる歴史的な内容があってはならないのです。またこのように統一教会で宗教を中心として祝福をさせますが、今まで高次的な宗教では若い男女たちが結婚してはいけないと言いました。仏教もそうだし、キリスト教のパウロが教えていたのも宦官になれと言ったのです。宦官として生きろと言ったのです。そういうことを知っていますか? この前、何の道天人なのか、その人は、生殖器を切って捨てたと言っていました。原理を知っていれば、うんうんうなりながら、はい回りながら、泣いて回ることでしょう。結婚してはいけない、悪い種を繁殖してはいけないというのです。

 統一教会では、わたしが結婚をしてくれるのですか、してくれないのですか? 宗教団体がこのように若い青年男女を集めて、合同結婚式をしてくれる歴史がありましたか、ありませんでしたか? (「ありませんでした」)。このような歴史は、宗教史の中で統一教会が最初です。それは驚くべきことです。先生はだめな人ではありません。偉大な人であり、優秀な人であり、すてきな人なのです。歴史上ですてきな仕事をしたのです。このように入ってきて、さらに霊界に行ってみれば……。これがどれくらいの価値があるか皆さんは、分からないことでしょう。この者たち、堕落して自分勝手に引きずって回る者たちを皆、……。そのどん底まで骨まですべて、がん細胞が繁殖して穴をあけてしまう悪い行動をし、あらゆることをします。糞犬のようなものたち、そのような連中は、こここの町内十里の外に見え隠れすることもできないのです。ここに正々堂々と座って先生の祝福を受けようと言うことはできないというのです。

 ですから、かわいそうな人々は、天国に行く道がないのです。それゆえ、先生が皆さんの代わりにそのようなことをして道を開けるのです。まったく、踏まれ継ぎはぎのふろしき包みになり、においのする道を皆、出たり入ったりして、ふいてあげて、皆さんがここに来て座っているのであって、皆さんの個体としては到底望めないのです。

 考えてごらんなさい。エデンの園でもこのように糞犬のような者を皆、集めて……。神様がエデンの園に堕落しないアダムとエバをつくっておいたのに、そのように結婚することを願うのが神様の理想でしょうか? サタン世界で五万種類の垢がついて汚された者たちではないですか? 皆さんの父母の中に殺人強盗がいないでしょうか、どろぼうがいないでしょうか? 何代か見れば皆、同じです。そうでありませんか?

 君、お母さんとお父さんいますか? (「はい」)。おじいさんとおばあさんいますか? (「はい」)。それから、そのおじいさんとおばあさんもいるでしょう? (「はい」)。皆、善良だと思いますか? 善良だと思いますか、悪いと思いますか? 善良な人が多いと思いますか、悪い人が多いと思いますか? 善良な人が多いと思いますか? (「善良な人々が多いと思います」)。この女たち! 皆、同じです。

 皆さん、一日でも心が行ったり来たりするでしょう? (「はい」)。過去の聖賢たちは「人心は、朝晩変わり、山の色は、古今同じである」と言ったのです。人は、朝晩で変わる心を持っているけれど、山の色は、変わることがありません。それを人が知らなくそうなのでしょうか? 皆さん、そうではないですか? 心がそうではないですか? 今いいといっても十年後に悪いということができ、今悪いといっても十年後にいいということができるというのです。ですから、それをどうして信じますか?

 そして、生まれがですね、韓国の歴史の中に、僕と両班の制度があるのですが、それが合わないのではありません。韓国はものすごかったのです。それは合うというのです。僕の何がそうですか? 堕落した血を受けたのです。血統が違うと、このように見るのです。両班は血統が違います。天道から、太初からこの宇宙が始まるとき、正統的純潔の血統を受け継いだ主流がなければなりません。そのような観点から、その主流を中心として、その傍系は、中央に入れないというのです。

 それから、十代以内のおじいさんとおばあさんを皆、写真を撮ってみるならば、大したものではないというのです。皆、つまみ投げるべきものなのです。そこからつまんで使うに値する先祖たちがいないということを知らなければなりません。

 では、先生の時代にもそのようなものを残したいでしょうか、なくしてしまいたいでしょうか、考えてごらんなさい。神様がそのようなものを残したいでしょうか、なくしてしまいたいでしょうか? どうですか? (「なくして……」)。なくしたいはずです。なくしたいのに、そのようになっています。ですからどうしますか? 神様もやむなく自らの血肉を削って洗う運動をしなければならないというのです。これが蕩減復帰です。分かりましたか?


家庭が行くことのできる世界的道を開くために経た苦難


 それで、先生が今まで家庭が行くことのできる世界的な道を開くために、あらゆる主権者たちから迫害を受けながらも、国を超えて世界へ行くのです。世界へ行っても、監獄生活をしながら、このことをして回るのです。愚かでそうなのではないのです。分かりましたか? 米国へ行っても監獄生活をしたでしょう? レーガン行政府で「文総裁に特赦を下す運動をしよう」と言いながら大騒ぎをするのです。そのようにしなければ、今後、千年万年、白色人種が黒人種にひざまずいて僕になるのです。それをその人々は知っているのです。賢いのです。

 それで皆さんの根源は何ですか? 僕の子供たちですか、何ですか? 種が何ですか? 僕たちですか、両班たちですか? (「僕たちです」)。こいつ、日本の者たちも悪口を言えば分かるではないですか? それは何の話か分かりますか? 日本食口たち、先生の話が理解できる人、手を挙げてみなさい。ここに来て今、大学に通っている人、手を挙げてみなさい。大学生たちが多いのに、先生の話を理解できなければ、皆、成績は零点もらいそうですね。

 皆さん、結婚がどれほど難しいかということを知らなければなりません。聖進の母親が先生の尻さえぴたっと捕まえて、絶対服従していたならどうなったでしょうか? 今日、統一教会が迫害されるでしょうか、されないでしょうか? 四十年間に世界を皆、平らげたはずです。先生は優秀な男性でしょうか、だめな男性でしょうか? (「優秀な男性です」)。何を見て優秀だと言いますか? 鼻を見てそうですか? 違います。何を見て分かりますか? 思想、その思想を中心として、神様にまでも慰安を与えることができるのです。顔で慰安を与えるのではありません。考えが偉大なのです。

 それで、皆さん、ここに来て座っている資格がありますか、ありませんか? (「ありません」)。あるという者たち、手を挙げてごらんなさい。聖進の母親が反対したので、始めるには十四年間蕩減しなければならないのです。それで、解放後十四年目にお母様を迎えたのです。そうでしょう? 一九六〇年度、十四年間……。それ、皆、知らないでしょう? その期間には先生が一人の男性として、サタン世界を代表した国の反対を受けなければならないのです。反対するのです。女性も反対し、男性も反対し、先祖も反対してすべてが反対です。その矢を受けて倒れてはならないのです。倒れてはならないのです。

 それゆえ、監獄です。以北に行くようになれば、以北の監獄に入るのです。以北のすべての民たちがあざ笑い、嘲弄するのです。皆さんが行く終着点と先生が行く終着点は違います。大韓民国のすべての主権者たちと第五共和国までわたしを利用し、反対したでしょう? 米国を救いに行ったのに、米国が反対して監獄にほうり込みました。行く所ごとに監獄です。皆さん、監獄に行ってみましたか? 先生は、監獄に何度行ってきましたか? (「六回です」)。皆さん、一回でも行ってみましたか? (「行きませんでした」)。この者たち、一回も行ってみなかった者たちが、何をしにここに来ましたか? 監獄の友達が来なければならないはずなのに……。

 それで、先生がだめでそうだったのですか、優秀でそうだったのですか? (「優秀で、そうでした」)。いくら優秀でもじっとしていれば、監獄に行かないでしょう。じっとしていれば行かないはずなのに、口を開き、激しくののしって「この者たち、滅びる」と呪詛するから、それはだれが喜ぶでしょうか? 嫌います。騒々しいから、処断するでしょう。それが先生の伝統です。個人的に文総裁が語るのを聞くことが嫌です。サタン世界が歴史以来、一番嫌わなければなりません。家庭的にそうでなくてはなりません。サタンが代表的個人を立てて一番嫌うのです。それで、主権者たちがそのことをしました。

 それから家庭を前面に立て、氏族を前面に立て、民族を前面に立て、国家を前面に立て、世界を立て、世界にまで行って闘って、だれが勝ったでしょうか? 個人的にだれが勝ちましたか? サタン世界が勝ちましたか、先生が勝ちましたか? (「先生です」)。先生が個人的にも勝ち、家庭的にも勝ち、氏族的にも勝ち、民族的にも勝ち、国家的にも勝ち、世界的にも勝ちました。米国と闘ってだれが負けましたか? (「米国です」)。法廷に立つようになったとき、原告はアメリカ合衆国、被告は文鮮明。自由世界を代表した二億四千万アメリカ合衆国がわたし一人、大韓民国の民族でもありません。文鮮明一人だったのです。ぶつかりなさいというのです。(拍手)


すべての先祖の軸は一つ


 さあ、それでだれが勝ちましたか? (「お父様が勝利されました」)。お父様が勝ったのです。勝ってわたしがいいと誇りましたか? 死にそうになった米国を生かしてあげるのです。今回、ブッシュ副大統領も先生ゆえに大統領になるのです。わたしが手を着ける前には二七パーセントの差がありました、デュカキスとブッシュと。しかし、わたしが引っ繰り返しました。キーック。ここに来て、先生が引っ繰り返したのです。ここに来ていながらも世界の仕事をするでしょうか、できないでしょうか? (「します」)。皆さんもできますか? (「できません」)。なぜできません? しかし、欲深い皆さんは、欲深いので先生よりもっとりっぱにしたいでしょう? やりたくないですか、やりたいですか? (「やりたいです」)。やりなさいというのです。

 では、皆さんは、祝福の位置がどれほど怖いか、一つ知らなければなりません。蕩減復帰の原則において、アダムの失敗はイエス様が蕩減復帰しなければなりません。イエス様の失敗は、再臨主が来てしなければならないし、再臨主の一族は皆、イエス様が失敗した基準以上に立たなければなりません。分かりましたか、何の話か?

 ところが、イエス様が結婚したでしょうか? (「いいえ」)。皆さんは、ここに何をしに来ましたか? 神様の摂理的なみ旨から見るとき、アダム、イエス様、再臨時代、三時代を見るとき、皆さんの位置はイエス様よりりっぱでなければなりません。ところで、皆さんは国を持っていますか? イエス様が国を持っていたでしょうか、持てなかったでしょうか? イエス様が故郷を持ったでしょうか、持てなかったでしょうか? イエス様が何と言いましたか? 「空の鳥には巣がある。しかし、人の子には……」。それは家があるという、故郷があるという話ですか? 国があるという話ですか? (「ないという話です」)。文総裁も同じです。空を飛ぶ鳥には巣があり、きつねにも穴がありますが、先生にはありません。しかし、すべてを復帰してくるのです。その穴のくぼみを崩し、鳥の巣を崩し、その穴のくぼみの代わりをすることができ、鳥の巣の代わりをすることができる安息の場をつくるのです。それゆえ、安息の場、基盤を築いてきたのです。統一教会の行く道を、永遠に行くことのできる故郷の道を用意するのです。分かりましたか? (「はい」)

 イエス様が何と言いましたか? 預言者は、故郷で大切にされないと言ったでしょう? ところが、統一教会の文先生は、皆さんにどこへ行けと言いましたか? (「故郷です」)。反対なのです。故郷に行って先祖になれというのです。そのような歴史はありません。聖書にそのような教えはありません。故郷で大切にされないと言いましたが、今はもう、故郷で大切にされるときが来たというのです。それは聖書にはないでしょう? それは先生のみ言であり、間違いなく天の経綸中に現れなければならない言葉です。それゆえ、故郷に行きなさいというのです。

 皆さん、祝福を受ければどこに行きますか? 考えてごらんなさい。故郷がある前に国があったでしょうか、国がある前に故郷があったでしょうか? どちらが先ですか? (「国です」)。(「故郷です」)。堕落しなければ、自分の故郷と国と世界が連結されるのです。故郷の家は、そのときの国を代表した家です。分かりますか? アダムとエバの故郷、私たちの先祖が本来出発した家は、その国の中心です。その世界の中心です。その宇宙の中心です。それゆえ、故郷がある前に、神様はすでに宇宙をつくっておき、環境をつくったのです。

 国をつくり、国の中に氏族をつくり、氏族の中に家庭ができるようになるのです。逆さまになっているのです。このように来て、これがくぼみになりましたが、国の基盤の上にこのように代表者を立てたのです。堕落することによって、くぼみに落ちたのです。それで、すべてを失ってしまいました。分かりますか? (「はい」)。皆、失ってしまったのです。それゆえ、復帰なのです。それで、国、世界的に……。世界的な基準を蕩減し、国家的基準を蕩減し、それから氏族基準を蕩減し、その次は家庭的に蕩減してこそ、本来の家庭の位置に上がるのです。皆さん、それを全部やりましたか? 世界的な蕩減をしましたか? 国家的蕩減をしましたか、しませんでしたか? 氏族的蕩減をしましたか? だれがしましたか? 先生がしました、先生。

 アダムが失敗することによって、すべてのものが誤ったので、アダムの身代わりとして来た先生は、父母の位置ですべての後代の後孫たちの行く道で、受難の道を残さないために、自分が犠牲になりながらこの道を乗り超え、今では世界の蕩減基準の上にすーっと……。世界の中には国家があるでしょう、国家基準。個人、家庭、氏族、民族、国家、こうして世界がこれくらいなったとするなら、国家はこのくらいです。それから氏族はこのくらいで。このようにするのです。

 しかし世界の中心も、国家の中心も、氏族の中心も、家庭を離れてはなりません。これが直系です、直系。分かりましたか? (「はい」)。それは何かと言えば、そのようにすべての先祖の軸は一つです。血統の軸は一つです。二つではありません。堕落することで、これがないのです。これが生まれなかったというのです。ですから、軸がないから、数多くの国家があるでしょう。


血統転換式をしてこそ心情圏が連結される


 九月二十七日は、何を語ったかといえば、「摂理的統一式」をし、十月三日は何かというと、「統一天国開天節」を宣布しました。それはどういうことかといえば、統一教会での心情圏をいいます。

 心情圏というものがどこから来るかといえば、皆さんが蕩減してもできません。いくら蕩減の道を行き、死んでまた息を吹き返しても、心情圏を連結させられる道はありません。心情圏はどこを通じるかといえば、血統を通じてのみ伝授されるのです。原理のみ言をはっきり知らなければなりません。(「はい」)。分かりましたか? (「はい」)

 心情圏の接触をするためには、血統的な転換過程をたどることなくしては、結婚しなくては……。それで、そのためには血統転換式をしてこそ心情圏が連結されます。分かりましたか、何の話か? (「はい」)

 この者たち、サタンが後ろからあなたたちを讒訴しうる内容がないでしょうか? 絹織物の巻きひもをどれほど付けていますか、この者たち? ここに来れば、昔愛した恋人も父母もありません。自分の根を考えてはいけないのです。根はただ一つ、真の父母しかありません。

 堕落の血統を受けたものを割いて、血を出し、苦労をさせなくてはなりません。統一教会で苦労しなければならないのです。三年間苦労しなければなりません。七年路程を行かなければならないのです。結婚してふたりでこの汚された血統を清くするために……。

 純種を残すことのできる自信があるときは、愛し合って子女を生みます。清い血統を汚しかねない行動をすれば、繁殖してはいけないのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。結婚の後に三年路程が残っているのです。このような観点から見れば、今までに統一教会の祝福を受けた家庭、ブルドーザーで崖に運んで、け落とすべき家庭が多いのです。はっきり知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)

 イエス様が二千年間果たせなかった新郎新婦の理念を、初めて地上に真の父母が現れて蕩減し、それを連結させてイエス様がこの位置で解放的権限を持って、先祖の前に恥ずかしくない血統的交差式を経て、皆さんを祝福の位置に立てることによって、その愛が本然の位置で根を下ろし、すべて新しい木として育つことができると見るのが、統一教会の結婚です。

 これを抜けばサタンの根が出てきてはなりません。自分を考え、一族を考え、サタン世界の習慣的な、自分が豊かに生きようとする、このような者たちは、今後、皆、ブルドーザーで押し出すのです。はっきりと知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)

 それゆえ、蕩減が必要です、蕩減。死なんとする者は生き、生きんとする者は死にます。生死の境をかけてこの道を超えなければならない運命の道が、堕落した人間が行くべき道です。必然的な道になっています、これが。堕落した人間が行かなければなりません。あの世に行けないのです。

 この原則は、永遠に生きています。それゆえ、祝福を受け、皆さんが皆、あの世に行っても天国に入れません。煉獄のように、家庭的な煉獄圏が生じるのを知らなければなりません。

 「父と母は、わたしたちをなぜこのようにしたのか? 生まなかったらよかったのに」と息子、娘が言うように、サタンはするというのです。先祖が「こいつ、おまえがうまくすればわたしたち一家が、七十二代がすべて解放されるところを、何だ? こいつ」と言いながら……。下のサタンが、上のサタンが、先祖たちが讒訴し、息子、娘が讒訴する恐ろしい世界が、誤れば直行する道の上に芽生えるということを知らなければなりません。分かりましたか? (はい)。それを知っているので、先生は一人でこの道を開拓するのです。途方もない背後に避けることのできない運命の道を、人類を代表した立場に立つ人が、責任を負わなければならない人が、開拓すべき責任があるからです。

 その開拓が簡単なことがありません。世界の矢をすでに超えたにもかかわらず、皆さんは、個人的矢、環境的な難しさを避けて回りながら、天の願いに従いませんか? こんな人はありえないということを知らなければなりません。はっきり知らなければなりません。分かりましたか、何の話か? (はい)。この時間にも、そのような面ではっきりとした考えを持たなければなりません。


国境と怨讐をなくすことが世界平準化の絶対的条件


 先生が思いのままに、でたらめにしたとするならどうなりますか? 世界が滅びるのです。こうして故郷に帰ってくるのです。世界まで行ってサタンと闘い、帰ってくるのです。帰ってくるとき、サタンがついてくることはできません。ですから還故郷を宣布するのです。南北統一を宣布するのです。

 金日成、ソ連共産主義、いくら大きい国でも、民主世界、共産世界もわたしの前にあっては大口をたたけません。そのようなときなのです。全権をもって激しく押せば、すべて押されるようになっているのです。何の話か分かりますか? (「はい」)。そのような力があるのです。

 今、皆さんが地方の長官たち、何かの党首たち、四党の代表たち、あのごちゃごちゃしたその人々の前に恥ずかしい生活をしてはいけないのです。堂々としていなければなりません。わたしを見習いなさいと言って、わたしに従えば生きられるという教材になるのです。

 ところが、この世の出世とか、世の中の学閥だとか、世の中の何か金の力だとかいうものを所有しようという連中がいてはならないのです。何の話か分かりますか? (「はい」)。私たちは、天運に従わなくてはなりません。

 これは交差時代に太平洋と大西洋が一つになって、皆、一つになって、私たちが行く道には国境がありません。世界的蕩減基準を立て、水平線をつくらなければならないので、一番近い国境と国境、怨讐と怨讐が兄弟にならなければならないし、夫にならなければならないし、妻にならなければなりません。その因縁を結ぶことが、世界平準化運動で絶対的起源であるので、先生がそのような行事のためにこれを始めたことを知らなければなりません。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 韓国人が韓国人と結婚すると言えば、統一教会の先生が実践していく、立てておいたその理想的基盤に反対するのです。厳粛に世界の先祖を取り戻している天の前に、ひざを正して、一身をささげて順応できる美しいバラの花になり、ユリの花になれというのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。韓国人が怨讐です。皆さんの親戚が怨讐です。今残っているのが怨讐です。私たち同士、怨讐の前に……。

 なぜですか? 今、ときは、世界統一国開天節を宣布したがゆえに、私たちのために国境を論ずる人は、サタン側です。サタンは、国境をつくろうというでしょう? うん? 国境をつくろうというのではないですか? 「日本と韓国と国境をつくって」というのは大怨讐です。それは、そのままいればサタンが生きることのできる道が生じるのです。日本も生き、韓国も生きます。「キーック」けりつぶさなければなりません。三八度線撤廃です。それゆえ、緩衝地帯のような所を先生は認めません。

 さあ、サタン側を女性が処理しなければなりませんか、男性が処理しなければなりませんか? (「女性がです」)。韓国に女性軍をつくり、金日成の徒党を「キーック」。きれいに清算できる力がなければなりません。天の前に威信を保つことのできる神様の娘になり、真の父母の娘になるべきことを知らなければなりません。軍隊の訓練を受けなさい。受けなさい。婚約した人が皆、帰れば、生活し始める前に軍隊の訓練をしなければなりません。女性軍訓練、女性軍訓練。女性軍訓練に行って出てくることはできませんか? どうですか? 出てくることができるでしょう? 女性軍の訓練をしなければなりません、今回の時期に皆、それくらいの気概を持つのです。

 それで、全世界の統一教会の女性たちはすべて……。一つの国です。天の願いならば地の果てに着くのです。それは便利でしょう? それで、手続きを踏んであげられる人々が必要なので、先発隊を派遣しなければならないのです。これは愛の先発隊です。

 地球の塊の半分が分かれて、これがずれています。水平線が合いません。水平線がぴたっと合わなかったので、皆、分かれたのです。がらくただとか、国だとか、何だとか、ぱっと支えておけば、これがすべて四方に引かれていって、転がり落ちるというのです、地球が丸いから。分かりましたか?

 それで、怨讐と怨讐同士、神様の御名で心情的統一圏を……。自分の国の兄弟を愛する以上に怨讐を愛することのできる基盤でのみ、天国のスタートが可能なのです。分かりましたか? (はい)。それで、先生が米国へ行ってしたことが何かというと、日本人を連れ、米国人を連れ、ドイツ人を連れて……。彼らは、第二次大戦のとき、大怨讐たちです。怨讐の国を中心として集まり、米国人以上に自由世界を愛し、米国を愛することができるように……。迫害を受けながら働いたがゆえに、天国のスタートが始まるのです。分かりましたか?

 ですから怨讐たちが結んだすべての垣根、すべての障壁は、皆、先生の前に来て崩れます。今、このようなことをしていく先生の道の前には、怨讐サタンが力を使えないのです。使ったなら追い出されるのです。そのようなときが来たのです。そのような自負心を持たなければなりません。分かりましたか? (「はい」)


血統を伝授されるためには、反対される道を行ってこそ


 それで、何をするのでしょうか? 神様の心情圏を所有するために、相続を受けなければなりません。神様の心情圏を所有するために相続を受けるには、神様の血統的因縁を連結させなければなりません。血統的因縁が連結されないことは、心情的……。お父様の心情が子女に、子女の心情が千年、万年伝授されません。分かりましたか? そのような心情圏を伝授され、血統を伝授されたその基盤の上で、初めて所有権が生成するのです。所有権が発生することを知らなければなりません。それは原理にすべて……。

 郭錠煥、何をしていますか? 寝ていますか? 何の話をしましたか? 話してみなさい、わたしが話したことを! (何と答えたか聞こえない)そのようにしようとするので、私たちは蕩減の道を行かなければなりません。血統を、血統を……。この目から出る涙が四方で皆、出なければなりません。汗と涙の出るすべてのものは、サタン世界から反対されながら、その道を行かなければなりません。それが蕩減です。

 血統を伝授されようとするなら、サタンが讒訴するその基盤ではだめなので、私たちは反対される道を行くのです。それゆえ、「あなたたちの母や父や娘や子女よりも、わたしをもっと愛さなければわたしにふさわしくない」とイエス様が言ったように、自分の家庭を捨て、国を捨て、先生を愛し、神様を愛そうとしているのです。そうでしょう? (「はい」)

 それゆえ、統一教会は、蕩減の道を行かなければなりません。蕩減をなぜしなければならないのですか? 蕩減の道をなぜ行かなければならないのですか? 蕩減の道をなぜ行かなければならないのでしょうか? サタンが付いて回るので、サタンを切ってしまわなければなりません。サタンを切ってしまうことなしには、血統圏内に、真の父母の血統圏内に接触できません。真の父母の血統と接触しなければ、神様とサタンと和合し、そこから皆、チャンポンになるのではないですか。何の話か分かりますか? (「はい」)

 それで、蕩減をしなければなりません。皆さんの父母が、皆さんの兄弟が皆さんを殺そうとし、反対しなければなりません。考えただけでもうんざりするくらい反対されなければなりません。さっと切ってしまわなければなりません。それが生きる道です。それゆえ、聖書に「死なんとする者は生き、生きんとする者は死ぬ」という言葉があるように、逆説的な論理が形成されるのです。このような曲折の内容について述べた言葉ですが、それを解くことができませんでした。分かりましたか? (「はい」)

 蕩減の道を行かなければなりませんか、行ってはなりませんか? (「行かなければなりません」)。何年間、行かなければなりませんか? (「七年間です」)。七年間行かなければならないのです。七〇〇〇年歴史を中心とした七年間、七〇〇年歴史を中心とした七年間を行かなければなりません。それゆえ、皆さんは祝福を受け、自分勝手には生きられません。三年路程を行かなければなりません。三年路程を行って、「間違いなくわたしたちは、サタン世界の血縁的な因縁を超越して、天の心情圏に一致しているので、今からは神様の心情を伝授させる息子、娘を生んでもいい」という立場で生むべきであって、そうでなくて息子、娘を生めば、霊界に行って父と母を讒訴するサタンになります、サタン。アダムとエバを讒訴したのと同じように「お母さんとお父さん、なぜ、この立場でわたしを生みましたか? きれいに清算して生むべきであって、こんな子をなぜ生みましたか?」と言うのです。サタンとの境界線が天ではありません。このように中間に来て暮らすのです。そのような子を生みますか、生みませんか? (「生みません」)


種を植え損なえればサタン扱いされる


 この時間に皆さん、昔、恋愛して何か愛の関係があったものはすべて、関係したそのような瞬間は、夢にもなかったと考えなければなりません。そのようなことを考えてはだめなのです。この者たち、分かりましたか?

 ここの協会長は、そのような面で、皆、はっきりしなければなりません。(「はい」)。朴普煕もそうだし、郭錠煥も皆……。適当にではいけないのです。原則は、千年万年、あの世に行っても適用されるのです。皆さん、ここにごまかして座っていてごらんなさい。皆さんがごまかして祝福を容認してごらんなさい。一族の範囲で引っかかります。皆さんの父母まで、皆さんの先祖まで、皆さんの子孫まで、逆賊の子孫になるのです。逃れるのが難しいのです。ですから、ここは厳しい位置です。分かりましたか? (「はい」)

 イエス様が二千年間国家を求めていき、蕩減させておいたその国家に、イエス様が行く道に反対する人が一人もいないようにしておいて、行って結婚できるその立場なのです。分かりましたか? (「はい」)。種を植え損なえば大変なことになるというのです。先生も同じです。先生も無責任な種を残しません。分かりましたか、この者たち? (「はい」)

 統一教会は、このような血統的結婚を結ばなければなりません。このような婚約祝福式が皆、その式です。

 男性は一人です。女性は一人です。二人はありえません。離婚はありえません。

 このような歴史を見るとき、これをどのように避けるか? 先生は、今も心配なのです。心配なのです。それは幸せになるか見ましょう。祝福受けて、出ていって、自分勝手に行って、どこかに行って……。世界が皆、わたしたちの天地です。追っていってくぼみに掃き入れて、出来損ないまでも見えないように火で燃やしてしまうのです。その父母が火で燃やしてしまうのです、父母が。わたしは手をつけないのです。父母が、兄弟が燃やすことが起こるかもしれないというのです。邪悪なサタンがばらまいた、この悪魔の根本がすべて結実したこの淫乱の世界を清算しなければなりません。それは先生の使命であり、皆さんの使命です。分かりましたか? (「はい」)

 それにもかかわらず、皆、それをぶら下げて回りながら、そのような行動をできるかというのです。わたしがじっとしていても、霊界に行き……。霊界に行ってみなさいというのです。悪魔が張り飛ばすのです、悪魔が。サタンが「こいつめ、わたしは長成期完成級で堕落したが、おまえは完成期完成級で、ご父母様の血統まで蹂躙した者ではないか、こいつめ」と言いながら……。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 サタンが悪魔扱いします。恐ろしい立場です。分かりましたか? (「はい」)。祝福してもらうことを希望したでしょう? 願いましたか、願いませんでしたか? 願う前に自分自身が不足なことを清算するためにせかなければならないはずなのに、この者たち、祝福ですって? 先生がそれで、深刻なのです。この野良犬のような者たち、この女たちが汚したものを、東西南北に道を先生が開いてあげないと生きる道がないのです。先生を皆さんが絶対信じ、絶対服従し、絶対愛し、絶対行動するところにおいてのみ、皆さんの行く道が生まれるのです。ここに異議がありえません。これをはっきり知らなければなりません。(「はい」)。そのような意味で、そのようになった位置で和するのです。そのようになった天の人を中心として和する、偽りのサタン世界、それ自体を中心としては和しはしません。

 では、サタンと神様と、あの妻一人を中心として、昼にはサタンが愛し、夜には神様が愛することができますか? エバは体の父母です。外的な母です。神様の夫人です。アダムは何でしょうか? アダムは神様の体です。ところが、これを犯したというのです、これを。

 今まで未完成だったがゆえに、それを皆、切ってしまい、えぐって、付けるのです。肉が残っているというのです、肉が。肉は何かというと、真の父母の肉です。真の父母の愛が残っているので、それが復帰できるのであって、それがなければできません。到達する道理がありません、すべてぺちゃんこで。何の話か分かりましたか?


蕩減の道を行く理由


 蕩減の道をなぜ行かなければなりませんか? (「……」)。蕩減の道をなぜ行かなければなりませんか? (「サタン分立をするためです」)。サタン分立をして何をしようというのですか? (「神様の血統を受け継ぐためです」)。真のご父母様の血統圏に加入しなければなりません。皆さん、今、ある堕落圏が何ですか? サタンの血統圏です。それを超えるのがそのように難しいのです。その峠で数多くの聖人、数多くの民族、数多くの義人が皆、虐殺されました。先生もそのうちの一人です。サタンが行く道とサタンを包囲できる方法を知っていたがゆえに、今まで生き残ったのであって、その道を知らなければ死にます、死ぬ。先生は何を残しておきたいでしょうか? 殺したいけれど、殺せないように、先生がうまく抜け出すので生き残ったのです。

 蕩減の道をなぜ行かなければなりませんか? (「サタン分立……」)。サタン分立をして何をするですって? (「真のご父母様の血統を受け継がなければ……」)。血統を受け継いで、何をするですって? (「心情圏……」)。心情圏、神様の愛を相続し、千年万年神様とともに暮らすことのできる位置に安着するのです。サタンを分立し、血統を転換しなければなりません。百八十度転換しなければなりません。皆さん、ここ入って、今後は、父母、お兄さんたちも訪ねてくることもできません。先生は、そのように生きました、先生も。分かりましたか?

 そのようなときは、わたしの肌や何も、サタン世界に見せはしませんでした、先生も。先生を腕以上に見た人はいません。このごろは皆、脱いでいるでしょう? 膝以上を見た人はいません。監獄生活をしながら汗を流したり、皆、しましたが、自分の肌を見せはしませんでした。節制があり、節操がなければならないというのです。

 それで、お母様に対してわたしが解放してあげないと、お母様も今、思いのままにできないのです。女性は、まだらなものを着てみたいでしょう? クジャクは、クジャクの姿を備えなければならないのであって、クジャクがコウノトリのようになってどうしますか? それはクジャクでもありません。それゆえ、すべて自分が置かれた立場に立つことのできる格位を備えることができなければなりません。分かりましたか?

 統一教会は、皆さんの堕落圏的な思いのままに生きられません。やー! 君、名前は何ですか? 眠気が来ますか? 君、いつ入ってきましたか? えい、君、いつ入ってきましたか? 君? ああ、白いネクタイ。その横、どこから来ましたか? 君です。君! どこから来ましたか? うん? どこから来たか尋ねているではないですか? (「大邱から……」)。大邱から来たので、うとうとするのですね。(笑い)わたしが何の話をしたのか分かりますか? うん? 何の話をしたか分かるかと言っているのです。(「……」)。これ、深刻です。深刻だというのです。先生が話しているのは、深刻な話をしているのです。先生がこのようなことを知ったので、どれほど気がふさがりますか?

 これを知ったので、聖進の母親も皆、一つの峠を超えながら再び訪ねてこなければなりません。七年路程を歩まなければならないというのです。赤ん坊とともに母子協助し、この地上において、エバの運命がすべて縦的基準立てられなかった夫を訪ねていく、この地球星においてそのような七年間、赤ん坊を抱いてその赤ん坊をこの地上のいかなる王子よりも大切に育てなければならないというのです。自分が死ぬとしても、残してあげなければならないというのです。皆、超えていかなくてはなりません、険山峻嶺を。国家を代表し、世界を代表して超えていくべき七年路程が残っているということを、自分の婚約段階で皆、話したのです。このようなわたしなので、このような公的な道を行く人なので、この道を行けるかと、そのとき、すべて話しました。それが実際そのようになるとは思わなかったでしょう。ぴたっとそのままするのです。


男の行く道と女性の行く道


 皆さんも同じです。夫が七年間け飛ばせば、不平を言えないのです。赤ん坊を父母のいる子女以上に育てなければならないし、そのようなことをしなければならないのです。何の話か分かりますか? (「はい」)

 この男性たちを動員し、皆、以北に七年間派遣すれば、派遣するのであって、中国大陸に派遣すればするのであって、嫌だと言えますか? (「言えません」)。では、皆さん(女性)は赤ん坊を皆、家もなく、食べるものもなくても、もうけて食べさせなくてはなりません。

 聖進の母親もそれはしました。聖進を背負って回りながら、リンゴ売りもしたしですね、警察に追い回されたり、皆、しました。そのような話を聞きながらも、わたしは心が動きませんでした。男が行く道と女性の行く道は違います。「国を選んで行かなければならないのが男の道であり、家庭を選んで行くべきなのが妻の道なので、あなたは妻の道を行きなさい。わたしは国を選ぶことのできるそのときのために行って、選ぶことができれば会おう。七年路程には会うとは考えるな」と言ったのです。何の話か分かりますか? (「はい」)

 それで、深刻なのです。先生は、そのようなことをするのがよかったでしょうか、悪かったでしょうか? 明らかに知っていながらもしかたないのです。公人はそういうものです。公人が私人と、私的な人と異なるのはそれです。公的な責任を優先させて行こうとするのが公人です。公的な人です。分かりましたか? (「はい」)

 皆さんも今、家庭を中心として、結婚するには、昔には皆さん同士で結婚しましたが、今は国家と国家が額を合わせなくてはなりません。日本と韓国と額を合わせなければなりませんか、合わせてはなりませんか? (「合わせなければなりません」)。それ、額を合わせれば、女性と女性の額を合わせなければなりませんか、女性と男性と額を合わせなければなりませんか? (「女性と男性です」)。またそのようにしておいて、女性と女性、それから男性と男性、このように合わせてもかまわないというのです。そのようなときが来たのです。

 皆さん、頭がどこに触れなければならないですって? 米国、ソ連、中共、四大強国に頭を合わせなければなりません。ソ連のゴルバチョフの息子が結婚すると言えば、韓国の女性とかちんと結婚させてあげるのです。(笑い)祝福さえ受ければ、共産世界は一朝一夕に統一教会の食口になるのです。

 それをなぜしませんか? それはしたいですか、したくないですか? (「したいです」)。ソ連の言葉も知らないのに? ソ連のやつら、共産党のやつが乗ってきて愛そうとしても、それは愛することができますか? ああ、怖いというでしょう。見ることもできない、目が真っ青な北極熊がですね、熊が来て乗って座ろうとするのに、歓迎できますか? 神様の御名によってオーケーするのです。いつでも歓迎です。そうでなければなりません。(拍手)

 お母様もですね、わたしが年上ですか、お母様が年上ですか? (「お父様が年上です」)。何歳上ですか? (「二十三歳です」)。二十三歳上より、四十歳ほどなら、ぴたっといいのです。四十年がぴたっと違って一度結婚すればいいはずですが、二十三歳はあまりにも惜しいです。(笑い)四十年の差だというとき、お母様が十六歳、十七歳くらいになって、結婚するとき、オーケーするでしょうか? どうですか?

 皆さんは、どうですか? 皆さん、どうですか? 皆さんできますか、できませんか? 幼くてしませんか? (「します」)。幼くてもしなければならないでしょう。では、すると思いますか、しないと思いますか? (「します」)。先生でなく、世の中の男性なら? (笑い)いや、統一教会の男性なら? (「しません」)。(笑い)なぜしませんか? 同じではないですか、先生の息子、娘なのに。しなければなりませんか、してはなりませんか? (「しなければなりません」)。年齢が問題ではありません、年齢が。


蕩減は同じ立地条件を立てておいてする


 年齢がなぜ問題ではないかといえば、私たちは母も失ってしまったし、姉も失ってしまったし、妻も失ってしまった人です。私たちはお父さんを失ってしまったし、それから兄さんを失ってしまったし、新郎を失ってしまった人々です。男性がいれば兄さんのように、夫のように、お父さんのように愛せというのです。それを提唱する人です。それ、何の話か分かりますか? 蕩減をしなければならないのに、蕩減のような環境において、同じ立地的条件を立てておいて蕩減する法が蕩減法です。分かりましたか?

 では、エバが堕落することによって、いくつ心情を失ってしまいましたか? お父さんの心情を失ってしまいました。それを知らなければなりません。兄さんの心情を蹂躙しました。夫の心情を蹂躙しました。

 この三大心情をどこで蕩減しなければならないでしょうか? 木石を立てておいてこれを蕩減できる道ならば、千秋の願いをかけていくべきエバの身を考えると、年齢が問題ですか? かかしのような男がいても、その心情が復帰されるという、恨を解くことができる道があるなら、どんなことでもできないでしょうか、このような心を持たなければなりません。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 ところが、しませんか? (「します」)。この女たち、股を裂いて皆、焼いて、はげわしの餌に……。深刻な話です。分かりましたか、この統一教会の女たち? 「女(カンナ)」というのは嫁に行ったか(シーチブ カンナ)という言葉なのです。(笑い)嫁に行ったか(シーチブ カゲンナ)のいとこが、行ったか(カンナ)です。嫁に行ったか(シーチブ カゲンナ)、行ったか(カンナ)、どちらがいいですか? (「嫁に行ったか〔シーチブ カゲンナ〕です」)。皆さんは嫁に行ったか(シーチブ カゲンナ)ですか、嫁に行ったか? 嫁に行ったかも偽物です。

 三大心情圏を蕩減復帰すべきこれは三人種を中心として、三大人種を超えなければなりません。三大国境を行き来しなければならないし、三大道を行き来しなければならないし、三つの郡を行き来しなければなりません、この七年路程では。それで、愛を中心としては、四大人種を超えなければなりません。

 ところが、皆さんがそれをできないので、皆さんは、今後、韓国人と結婚すれば、娘婿は、白人をもらわなければなりません。それからスパニッシュ系、それから黒人……。一戸の中にそのように五色人種を率いて暮らせることが、神様の心情圏に新しく勃発する氏族になるのであり、民族になるのだというのです。

 ところが、日本人同士、韓国人同士、中国人同士、何同士? とんでもないことです。分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました」)。「分かりました」という人、どれ、目をつぶって、いや、目を真っすぐに見開いて、両手を挙げなさい! それ、手を見ると、手がとてもかわいいので、手を皆、切ってわたしが財布に入れて下げていけばよさそうですね。(笑い、拍手)

 小山田や日本食口にすでに、わたしが米国から来るときから、今回韓国に行けば、結婚は、韓国男性は日本女性をもらわざるをえないし、(笑い)また日本男性は韓国女性をもらわざるをえないとしたのに、皆さんは、彼らにどう対しましたか? 母として対さなくてはなりません、母として。


復帰世界が正しくなることならば犠牲の場でも行ってこそ


 堕落は何かというと、神様の母を犯したのです。ですから、母のように尊敬し、姉のように尊敬してから妻のように愛さなければならないのです。それ、何の話か分かりますか?

 さあ、「私を嫁がせてくれ」という人、手を挙げてみなさい。(笑い)下ろしなさい、下ろしなさい! (笑い)挙げなかった人、手を挙げなさい。この女たち、それは冗談ではありません。挙げなかった人、手を挙げなさい! これ、もう一度しますか? (「はい」〔女性〕)。しません。(笑い)

 さあ、男性たちはどうですか、男性たちは。男性たちはどうしますか? 今、わたしが何かを尋ねているではないですか? うん? (「結婚させてください……」)。(「結婚させてください」)。(笑い)それ、「結婚させてください」という人、手を挙げてみなさい。下ろしなさい。挙げなかった人、手を挙げなさい。だれのために挙げませんでしたか、だれのために? 女性が挙げなかったがゆえに、叱責受けてはだめなので、叱責を受けないように、女性ゆえに挙げませんでしたか? (「違います」)

 ですから、女性に同情してどこにでも婿に行きますか? うん? この者たち! 女性に同情しても婿に行きますか? この者たち、どうですか、行きますか、行きませんか! 結婚させてあげれば結婚するかと尋ねたのに、なぜ返事をしませんか? 結婚すると言ったでしょう? (「はい」)。女性を同情する立場で結婚しますか、結婚しませんか? (「結婚します」〔小さな声で〕)。結婚しますか、結婚しませんか? (「結婚します!」)

 では、結婚しないという人、手を挙げてみなさい。(笑い)では、結婚するという人、手を挙げてみなさい。この者たち、手を挙げてみなさい。(笑い)その話は何かというと、女性を同情し始めるときは、男性は二十二歳であり、女性は四十二歳でも婿に行くという話なのです。(笑い)なぜ、なぜ……。この者たち、なぜ大騒ぎしますか?

 先生もですね、先生が四十歳になって十七歳のお母様を連れてきたので、それはどろぼうでしょう? それを先生は知らなかったでしょうか、分かっていたでしょうか? ああ、花嫁がどれほど多いですか? おてんばな女博士がいないでしょうか、ただ列をつくって「わたしは宇宙の母だ」と、けんかをしながら、三代が束になってありとあらゆる大騒ぎをするのですが、何も知らない純真な乙女を、嫁ぎ先も知らない乙女に「君、わたしに嫁ぎなさい」というなら、それがどれほど失礼で、どれほどたちの悪い男性ですか? うん? その女性が気分悪いでしょうか、気分いいでしょうか? そのとき「いいえ」と一言言ったとするなら、どうなるでしょうか? ここに来て座っているでしょうか、座っていられないでしょうか? (笑い)座っているか、考えてごらんなさい。(拍手)一言で天下が行ったり来たりします。

 わたしが、もし四十を超えて結婚するきょうこの日に、「ああ、それは年を取っていてだめだ」という女性がいてです。それからとてもハンサムな男性がいるから、しかたなくしてやったとすれば、先生の心が気分いいでしょうか、気分悪いでしょうか? (「いいです」)。それでは、どうでしょうか? 祝福を手厚くしてあげるのです。「この息子、娘たちが一人娘を生んだり、一人息子を生むようになれば、この国で皇族になるべし」と祝福をしてあげる心の囲いがあるということを知らなければなりません、この者たち! 何の話か分かりましたか? (「はい」)

 このような話を聞けば「ああ、わたしも年を取った新婦をもらわなければならない」と、どろぼうたちは考えるでしょう。うん? (「違います」)。違うという人は、もらってあげます。どうしますか。ああ、十年くらい―元弼、元弼兄さんが何歳上ですか? 鄭達玉が? 何歳上ですか? (「八歳上です」)。八歳上です、八年上。

 私たち統一教会の先生とお母様と何歳上ですか? (「二十三歳上です」)。二十三歳くらいの差は、こちらへ行っても大丈夫だし、あっちへ行っても大丈夫なのではないですか? 違いますか? こいつ、君、何歳ですか、なぜ笑いますか? あのお母さんのような人と結婚できる役事が展開してこそ、復帰世界が正しくなるなら、どうしますか? (「しなければなりません」)。しなければならないのに、なぜするのを尋ねますか?

 それは、「おばあさんのような人と結婚しなさい」と言えば、どうするつもりですか? (「しなければなりません」)。(笑い)三代です。三代をつづらなければなりません、三代。復帰歴史は、三段階を切ってするからです。皆さんがおばあさん復帰歴史。その次には、お母さん復帰歴史、それから娘復帰歴史、このように三代歴史、三時代を分けてするといいながら、皆さんにおばあさん圏蕩減新婦をもらえといえば、どうしますか? 嫌ですか? 嫌なら追放されるのです。

 多くのひよこの中で、祭物が何羽になりますか? 多くの鳥のひなの中で祭物が何羽になりますか? (「一羽です」)。ひなは? (「一羽です」)。「その一羽の中に、何かの罪が多くて、何かの罰をわたしが受けるだろうか」このような話をすれば、罰を受けるのです、本当に。「一羽中でわたしを選べばどれほどいいだろうか」そのように考えたくないでしょう? かわいらしい女性であるほど、ごたごたと色とりどりな色合いを持つほど、そのような心を持ちたくないのが女性の心だというのです。そうですか、そうではありませんか?

 一羽のひよこになりますか、千羽のひよこになりますか? 千羽の中の一羽になりますか、千羽を代表した一羽になりますか? どちらですか? (「代表した一羽です」)。目ん玉を抜いて、鼻を切って、これをすべて切って血が流れるはずですが、いいですか? (「いいです」)。そのような心が必要です。そのような心を持たなければならないのです。心の姿勢が。心の姿勢が。体がそのような犠牲の位置に行っても、わたしの心の姿勢は、そのような犠牲の位置に行かなければなりません。


心情圏が作られれば環境の基盤は、自然に生じる


 それで、国を収拾しなければなりません。日本の国と韓国の国と怨讐になれば、これどうなりますか? 日本人は韓国と根が同じですか、同じではないですか? 最近ではすべて知らされたでしょう? (「はい」)。小山田、何古墳? (藤ノ木古墳)。藤ノ木? (「はい」)

 それで、皆さんは、日本の男性をだれのように考えなければならないですって? お父さんのように、兄さんのように、新郎のように考えなければなりません。統一国宣布をしたこの基台の上において、国家と国家、大韓民国と日本が怨讐ですが、このような国々が愛で神様の心情圏を溶かし出すことができる伝統的根を下ろしておくことによって、日本は自然についてきます。分かりましたか? (「はい」)。愛する人を打つことはできません。それをここでするのです。

 それから、エバ国家である日本についていくべき米国は、日本を逃すことができません。ぴたっとそのようになっているのです。貿易逆調になってこれがすべて……。エバ国家の所有権を失ってしまったでしょう? 世界的にこの世界の物質的なすべてを持ってきました。これが、今、どこへ行くかと言えば、カイン、アベルを通して、アベルを通し、カインを通し、エバを通じて、母を通じて父を通じて神様の前へ帰るのです。

 それゆえ、相対的基準でアダム国家の前に、日本は日本の基盤を持って帰ってこなければなりません。分かりましたか? それで、先生が日本の基盤を持ってきて、韓国に植えるのです。そうだというのです。心情に従って、すべてのものは動いていかなければなりません。ですから、この心情圏をつくることによって、これからアジアに一つの定着地になって、男性と女性が東西南北で回るのです。そうなれば、ここに環境の基盤は、自然に生まれます。

 大韓民国が十二年間、このように発展した恩賜は、その環境的基盤を準備するためです。日本の国とアダム国家が出会うことのできる環境を準備するために、ソ連と中共までも、米国と日本までもすべてこの版図に弄ばれているのです。それで、ソウルオリンピック大会を中心として、それが内外にぴったり合って、世界統一国を宣布したのが、今回の先生の宣布なのです。分かりましたか? (「はい」)。具体的な内容はよく分からないが、とにかくそのように信じますか。(「はい」)。時間がないのです。今から、何時間後に二千人をあっという間に結んであげ、日が沈む前に夕食をわたしが食べなければなりません。(拍手)

 さあ、それで、日本ではですね。それで、ここに集まった男性たち、ここに集まった女性たち、先に結んであげましょうか? 韓国語だいたい理解できるでしょう? うん? (「はい」)。理解できるでしょう? (「はい」)。韓国がもっといいですか? (「はい、いいです」)。(笑い)韓国は、ちょっと違うのです。日本と違うのです。違うでしょう? 韓国は男性です。男性的なのです。日本人より男性的だというのです。

 それゆえ、日本の女性は、韓国の男性をもらうことことによって、思いどおりできません。これがちょっと違うのです。また韓国の女性は、日本の男性たちに対して思いどおりできません。また違うのです。ですから、異変が生じます。その代わり、だれについて行かなければならないかと言えば、韓国の男性が日本の女性について行ってはだめです。また、韓国の女性が日本の男性について行ってはだめです。(笑い、拍手)違います、それは。考えてみなさい。

 それはわたしの話ではなく、原理のみ言です、原理。(笑い)日本人といえば二人の人です。日本の国がエバならば、二人がエバではないですか? この二人の男性と女性が、一人は右側であり、一人は左側ではないですか? 縦的に見れば、上下であり、そうだというのです。

 男性世界に来て女性世界の男性でも、女性と一緒に暮らさなければなりません。男性と一緒に暮らせば反発するのです。プラスとプラスは反発するではないですか? (笑い)それが原理観なのになぜ笑いますか? ですから日本の男性でも、韓国の女性はアダム国家の女性なので、そこに来てくっつくためには、そのマイナスの前に絶対服従しなければなりません。こわばって立ったなら反発するのです。(笑い)プラス、マイナスの道理がそうではないですか? (拍手)また、日本の女性たちは、韓国の伝統的なアダム文化圏を繁殖させなければなりません。分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました」)

 きょう、韓国語と日本語を話すので、わたしが変になりました。(笑い)よく分からないといいながら七十パーセント分かるというので、はっきりと分からせるために、わたしが日本語も話し、韓国語も話すので時間がたくさん過ぎました。どこに行きましたか、ハンカチ。そこにわたしが置きましたか、お母様が置きましたか? わたしがここに置いたのに、そこに行っていたから、捜せませんでしたか? (笑い)

 さあ、皆さんの心の状態に複雑なすべての環境は、すべて消えてしまって、今み旨を行く道だけが残っているというのです。分かりましたか? (「はい」)。そうでしょう。そこに順応しようという人、手を挙げてみなさい。はい、ありがとうございます。ありがとうございます。(笑い、拍手)

 昼食食べよう、やめよう? (笑い)昼食、食べさせてください、食べよう? (「食べさせてください」)。(笑い)「食べさせてください」と言うより「食べよう」と言うのがもっと近くないですか? 「愛してください」がいいですか、「愛します」がいいですか? どちらがいいですか? (「します」)。(笑い)結婚すれば、自分の夫に「愛します」と言えば、もう分かるのです。それは何の話か分かりますか? 女性が「愛します」と言うときは、「私を完全に占領してください」ということです。

 そうなれば、男性は目を真っ赤にして、「そうか」といって理解するのです。それで、女性もだれかが占領してくれることを願うでしょう? 何が? 愛の親分が。これは男性も同じです。愛の前に占領されたいのです。女性は、横になっていても男性を占領しているというのです。それは愛だけが可能だというのです。分かりましたか? ときには男性が上に上がってもかまわないでしょう? そのようなことを知っていますか? なぜ笑いますか?

 それで、女性は胸が分厚いですか、平たいですか? (「分厚いです」)。分厚いのに月経のとき、このように適期になれば、これがむずむずするでしょう? 「ああ……」面白い話をするのに、何です、この者たちは! (笑い)

 さあ、女性は胸が真ん丸いですか、真ん丸くないですか? (「真ん丸いです」)。丸いですか、丸くないですか? (「丸いです」)。丸いです。ですから、月のものが来るときは、ここがむずむずするでしょう? (「はい」)。そうですか、そうではありませんか? これが、真っ黒になり。うん? (「はい」)。それはどういうことかと言えば、花で言えば、つぼみが生じて、ぱーっと咲くようになれば、ちょうちょや蜂を迎えることができる徴兆が現れた。「君、注意しなさい」という言葉なのです。

 ところで、むずむずするその胸を男のような手が行って、ぱっと握ってあげるのがいいですか、握ってあげないのがいいですか? (笑い)ああ、これ、露骨に話すのです。(笑い)今まではこちんこちんの唐変木のようにしましたがです。これが、今さっとークリも旬になれば、クリのいがが開き、「中に隠れている宝物を奪って食べてください」というように、広げてくれるのと同じように、女性がボタンをいくつかかけ、ピンをいくつかつけたものを皆、外すのです。

 こうしておいて、寝るときはです。嫁に行きたいときは、ボタンをすべて外しておき、自分の手でもみながら、このように寝るのです。そうでない女性は、事故の女性です。そうでない女性は、おかしな女性なのです。(笑い)そのようなものです、生理的に。ああ、この雌牛も春の季節になれば、大きくなれば、もうにおいをかぐのです。さっと、雄牛のにおいを「ふうーん」と。においは、女性がかぐようになっています。

 そして、雄牛のにおいがすれば、小便くさいにおいなのかわたしは知りません、何のにおいなのか。においがすれば、頭が割れても、垣根を乗り超えて直行するのです。そのようにさっと行って、こすりつけます。こすりつけるのです。(笑い)世の中万事がそうなのに、万物の霊長がそうではないでしょうか? ですから、「私の胸をだれが触ってくれるか?」と言いながら、恋しがりませんか? 恋しいですか、恋しくないですか? (「恋しいです」)。(笑い)それは、恋しいという女性は、純真な女性ではありません。(笑い)「恥ずかしくて、恥ずかしくて、口がすでに恋しいですが、どうして答えますか?」と言うべきでしょう。そうなのです。そのようなものなのです。

 それゆえ、あの盗賊のような人々が待っているのです。(笑われる)愛に占領されるのは幸福なのです。

 そのように思って……。愛が貴いのです。完全に男性や女性やその共同世界につまみ入れて、低くてもいいし、高くてもいいし、これくらいの女性が……。大学を卒業してこそ男性なのかという言葉があるではないですか? 愛ならばそれでいいという韓国の歌もあるではないですか? そのように思って、口を開いてはだめです、乙女たち! そのように思ってよく準備しなさい。(拍手)(昼食)


植えたとおり結実するようになっている世の中


 皆さん、韓国語ができない人がいますか? 韓国語は皆、できますか? (「はい」)。どれくらいになりましたか? 最近来た人たちは、何か月になりましたか? (「一か月以上になりました」)。一か月以上になったですって? (「はい」)。君も一か月前に来ましたか? (「はい」)。一か月なら分からないでしょう、一か月なら分からないではないですか?

 皆さん、韓国の男性たち連れていこうと韓国に来ましたか? 韓国に何をしに来ましたか? ここの女性たち、二列ですか? 二列ですか? (「はい」)。何人ですか、二百人になりますか? (「それほどにはならないと思います」)。ならないですって? (「日本の女性が九十一人です」)。日本の女性が九十一人ですか? (「はい、それから日本の男性が百七十一人です」)。それで、全部で何人ですか? (「二百六十二人です」)。二百六十二人? (「はい」)

 この人たちは、皆、年が幼いではないですか? 君、何歳ですか? (「二十六歳です」)。年齢が一番幼い人は何歳ですか? 君、何歳ですか? (「二十四歳です」)。君も婿に行きますか? (笑い)何の話か分かりませんか? 男性と女性と何が違いますか? (「……」)

 それで、よく見てみると皆、女性のようです。(「違います」)。女性みたいです。ところで、統一教会の女性は皆、美人です。(拍手)違います、違います! 統一教会の女性は、皆、美人だったのです。統一教会に入れば、神様のように思えるくらい、顔が大きかったものも小さくなり、また余りにも小さければふつうによくなり、皆、そうです。皆さんは知りません。一日、二日、心がそのように円満になれば,自然に棟梁の垂木のように似ていくのです。

 この世を見詰めれば、さっきも少し話しましたが、世の中すべてのものは、植えたとおりに刈り取るのです。植えたとおり世の中は実を結ぶようになっています。エデンの園でアダムとエバが物陰で堕落したでしょう? 今、そのようなことが全世界的に露出するときです。世界の青少年たちが皆、アダムとエバのように、堕落したそのような段階の世界的な実を結ばせたのです。

 今日、これがむやみにこのようになったのではありません。秋になったので、悪い実は抜き取ってしまわなければなりません。秋になったので、悪い実は皆、刈り取って、火に放り込まなければなりません。そして、いい実は、主人の食卓に上がらなければならないのです。

 それと同じように蒔いたとおりに刈り取るのです。それで、秋の季節になったがゆえに、今日の世界の青少年たちが問題です。若者たち、十代、ティーンエージャー時代が問題なのです。それがむやみにそうなのではありません。それが最近、ストリーキングといって、丸裸になって走るのです。いくらか前にも、米国で丸裸になって走ったりしたのです。そのような運動が今からは過ぎ去ります。そのような期間が二十年行きます。二十年ほど続きます。

 それから今、米国も見れば、今、学生たちが保守世界に帰りつつあります。七十年代、八十年代、今九十年代が近づくので、保守世界に立ち入っています。それだけ昔、旧時代に反対し、すべて新しい何かを追求していくと大騒ぎした自由主義型大学の学生たちが、今では旧時代に帰らなければならないというのです。それで、今、保守世界に帰りつつあるのです。

 それが何かというと、摂理のみ旨に従うことのできる神様の準備であり、混乱したこの世を審判してしまうためのものだというのです。そのようなものを刈り取ってしまって、新しく今、新しいものを植えるための天の作戦だということを知らなければなりません。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 そうなれば、実を植えるにあって韓国は韓国に植え、日本は日本に植えたといって、それがあたかも韓国のものだと考えてはいけないのです。それは世界的でなければなりません。


国際平和高速道路が置かれれば


 これから世界は、どんどんどんどんと交流するようになります。先生がそれで、今まで国際平和高速道路を施設することを提唱しました。すでに一九八一年度に提唱しました。それはどういうことかといえば、国境なく往来することです。国境がないのです。四車線の道路を中心として、左右側の四キロメートルずつ、八キロメートル外には干渉できますが、日本なら日本が平和高速道路に通じるその左右側八キロメートルの外は干渉できますが、それ以内には絶対に干渉できないようにするのです。その地帯をどこでも絶対不可侵地域として設定させ、世界のすべての人々が往来できるようにするのです。そこにさえ入れば国境がないというのです。いくら走ってもだれも反対しません。

 このごろ、交通事故ゆえに反対するといいますが、ドイツに行ってみれば、ドイツは速度制限がありません。それゆえ、どれほど速力を出すかしれません。速力を出すといえば、自動車に乗った四人、五人が皆、緊張します。注意を喚起して「さあ、最高速力!」と、そのようなときは、皆がつかまって、こうしています。それゆえ、運転手が少しだけ目をうっかり誤ればくたばるのです。分かりましたか? (笑い)そのようにすべてが一つになって乗るので、事故がもっと起こらないというのです。事故がもっと起こらないということです。

 そして、そのようないい車、ベンツのようないい車に乗ってぱっと踏み始めれば百二十から百二十五マイル、百七十五マイルまで出ます。ですから飛行機のようです。飛行機が百マイルなら飛びますから。ですから道端に小さな、よくない車は三車線なら、その車線には入れません。入ってくれば、すぐ出なければなりません。そのように各自が皆、注意するので、事故がないというのです。それと同じように、今後、平和高速道路さえ生じるようになれば、勝手に走りなさいというのです。ありのままに走りなさいというのです。そこは黄色も青色も、白人も黒人も区別なくです。あなたたちは黒人なのであちらへ行って、あなたたちは白人なのでこちらへ行って、それがありません。ですから、その話は何かというと、人種もなくなるというのです。

 皆さん、一時間に二百マイル走れば、日本には数時間以内に行くようになります。どこでも一日あれば行きます。ここからどこへでも行くことができるのです。ですから、時間を制約する環境時代は過ぎ去るというのです。それで、その高速道路を通過するところは文化の差がなくなります。皆、そこに入れば同じ同族です。

 そのように見るときに、ここから中国にも一日で行ったり来たりし、ここからロンドンまでも二日ならば行くことができるはずです。二日ならば行くでしょう。そうでしょう? そのような時代が来るはずです。飛行機のチケットがないといって、行けないのがありません。お金をたくさん出して行く必要がないのです。ガス時代においては行ってなくなれば、入れればいいのです。そのように走ればいいのです。そのような時代が来るのです。

 ですから国境に制限されるそのような時代は過ぎるというのです。それは世界が皆、願います。しかも私たちのみ旨から見れば、これは絶対的にそうでなければなりません。先生がこのように始めましたが、あえてだれかが止めるでしょうか?


今からは国が互いに一つになるべきとき


 先生が一番初めに合同結婚をさせるとき、ドイツ人と英国人の未婚の男女がいました。ドイツの女性と英国の男性ですが、英国の男性は慎ましく、ドイツの女性は強いのです。一番最初、互いに話をすることができなくて通訳をつけなければなりませんでした。通訳をつけて話をするのですが、「愛しています」というのも、通訳をつけてしなければならないのであって、そうでなければ、何の話か分からないのです。「愛しています」と言っても、目だけぱちぱちしています。(笑い)いくら手でつついても、信号が行きません。果てには、実際は、怨讐ではないですか? ですから、極から極を合わせていくのです。

 これ、日本と韓国は色も皆、同じではないですか? このように座っていれば、横の人がどの国人なのか分かりますか? どれ、韓国人、君、韓国人でしょう? (「はい」)。君、日本人区分できますか? あなたが日本人のようだし、この人が韓国の人のようです。(笑い)ですから、韓国人や日本人は、皆、兄弟と同じです。

 摂理的に見ても、そのようなときが来たということが分かるでしょう? (「はい」)。なぜこのようなことをしなければならないのか、分かるはずです。互いが額を合わせるときが、男性と女性が額を合わせるときが来たと言ったでしょう? (「はい」)。国が互いに一つになるときです。国が早く一つになってこそ、世界が統一されるのではないですか? ですから、国境を超えて国が一つになるようになるときは……。

 このようなことをするときに日本の人たちもどれほど大騒ぎだったでしょうか? 今まで合同結婚式するとき、七七七組だとか一八〇〇組だとかいうときは、どれほど日本が大騒ぎしましたか? 何でどうでこうでと大騒ぎしました。それで、あなたたち、大騒ぎするなら、してみなさい! わたしはわたしがすべきことをするのであって、そのように大騒ぎするといって、わたしがしないと思いますか? わたしがこれをしないようなら、一生の間、非難されることはなかったでしょう……。違いますか?  ですから、するなといってもわたしはするようになっています。

 それで、韓国にいる統一教会の人たちは皆、わたしに似ました。そうでしょう? 韓国の人、わたしに似たでしょう? (「はい」)。倍達民族ならば、だれに似たでしょうか? わたしに似たでしょう……。(笑い)倍達民族の中でわたしが親分ではないですか? わたしはそのように考えます、倍達民族の精髄をわたしが守っているがゆえに。(拍手)わたしがこのようなことを主張するぐらいにはなったのです。

 わたしがなぜお母様がいないなら、婿入りをもう一度すればいいと言ったと思いますか? わたしが日本の新婦と結婚すると言えば、どうなると思いますか? どれほど易しいでしょうか? そうでしょう? 違いますか? 私たちの先生もしたのに、それから英国人とも結婚すればどれほど易しいでしょうか? それで、実際にわたしはそのようなことができないから、このような説明が必要なのです。違いますか? (「はい」)

 そのように思って、最近、あの自民党、民民党、デモする声を皆、聞いたでしょう? (「はい」)。旧時代、退けというのです。わたしたちも好きなように掻き回してそうなのに、若者たちが好きなようにするのに、だれが何というのですか? 豚の子と結婚するといってもするのであって、しかたがありますか? 豚の子とは結婚できないけれど、そうすることのできないことが起こったとしても、父母が反対できないのです。

 ですから、韓国男性たち、父母が何がどうだこうだというといって、日本の女性をもらって気分が悪いと言ってはならないのです。「分かりました」(笑い)それで、死んでもだめだというなら、共同墓地に生き埋めにしますか? どうしますか? 男性がもう三十代が近づけば、二十五歳を過ぎれば、自らを処理できなければなりません。小言を言うなというのです。「よく調べてすることなので、わたしたちにいいことがあるはずなのに、何ですって?」と言いながら、闘うのです。すべてわが家がうまくいくためにこのようにするのであり、一族がうまくいき、国がうまくいくためにするのだといって。

 皆さん、ごらんなさい。世界はソウルに、ソウルはどこに? (「世界に」)。聞こえませんでしたか? (「聞こえました」)。身動きできないのです。聞こえましたか、聞こえませんでしたか? (「聞こえました」)。父母が歓迎しますか、歓迎しませんか? (「歓迎します」)。それゆえ、このことをするのです。身動きできないので……。何、「手に手を取って、壁を超えよう」と言ったでしょう? (「はい」)。日本の垣根を壊そうというのです。(拍手)

 しかし男性たちは、本来、盗賊のようなものなのでよく分かりませんが、女性たちが慎ましいのに……。本来、この女性たちがですね……。韓国の女性は、特別ではないですか? そうでしょう? 韓国の女性は、特別だというのです。日帝のとき、そのように激しい日帝四十年間、日本人たちが韓国の女性がよくて、結婚しようといってもしませんでした。一族が皆、一丸となって反対したりしました。接近すれば、兄さん、甥が刀で刺そうとしたりしました。


道義天国は女性が立ててこそ


 皆さん、そのようなこと知っていますか? そのように外国の占領を受けて寂しい支配を受けましたが、日本人と結婚した人は多くないというのです。韓国の女性の独特の節操性は尊重視したというのです。それゆえ、道義之国という話は、韓国の男性たちゆえに生まれたのではありません。女性たちが道義之国という名を立てたということを知らなければなりません。それはそうでしょう? (「はい」)

 今は道義之国ではなく、道義之天です。国ではありません。天です、天。道義之天国です、道義之世界なのです。それをだれが立てなければなりませんか? (「女性が立てなければなりません」)。女性が立てるべきです、女性です、女性。

 それゆえ、天が誇ろうとするなら、男性も誇らなければなりませんが、「きれいな人」と言えば、男性を先に指しますか、女子を指しますか? 皆さんが女性なので、わたしが尋ねたのではありません。それでは、「きれいな人、美しい人、かわいい人」と言えば、どちら側がもっと多いですか? (「女性!」)。女ー性! (拍手)

 女性(ヨヂャ)という言葉は、少し誤れば、「開こう(ヨルヂャ)」という言葉になります。(笑い)ですから「女性」と言えば「ここに来てください」という人です。「もしもし」いうのではないですか? そのような意味です。女(ヨ)という言葉は与(ヨ)えることを言います。“与”えるの「与(ヨ)」の字、“者”の「者(ヂャ)」の字、女性は与える人です。そうではないですか? “与える”与の字であり、受ける与の字ですか? (「“与える”与」)。受ける与、“受ける”受(ス)! (笑い)わたしはよく分かりません。どちらですか? (「“与える”与」)。“与える”与、そうでしたか! ですから、女性は与える人だというのです。そうではないですか? 何を? 一番よいものを……。

 韓国の女性がそうです。それゆえ、わたしがここ大韓民国を訪れて一番誇るべきことは何でしょうか? 韓国の贈り物が何かというと、人ですが、人の中で一番いい祭物は何でしょうか? 女性です、女性。韓国女性を世界の人々の前に供えようというのです。すみません。(笑い)ああ! そうではないですか? その家がりっぱになれば……。その家に娘たちが生まれれば、すでに町内八方その有名な官吏の男性たちが、耳を垂らし、目を鉄砲玉のようにしてのぞきみて、その女性を連れて行こうとしますが、そのような家がりっぱな家ではないかというのです。皆さん、何の話か分かりますか? (「はい」)

 そのように見るとき、今日の全世界の統一教会の群れたちは、皆、「先生ー、私を知っているでしょう」と、そう言います。(笑い)皆が、この次に先生のような夫を一度もらってみたいというのです。それは嫌がることができますか? 懇切に懇切に願うのに、このように懇切に懇切に願うのに……。(笑い)それで、よせ、インド人、君も食べて退きなさい、よせ、黒人の人、君も食べて、白人の人、君も食べて退きなさいというのです。そうでなければ家の中が安らかではありません。

 さあ、そうしておけば、どうなるでしょうか? 東西南北四方に、女性にずうーっといかり綱を結んでおいて、船に乗って座っていれば、どうなるでしょうか? 台風が吹いても、そのいかり綱が切れなければ、先生は安全ではないかというのです。それで、いい贈り物をたくさん分け与えようと考えるのに、皆さん自分自身を贈り物として考えますか? 気分悪いでしょう? (「いいえ」)。気分悪くてもしかたありません。(笑い)


愛の調和は、並ぶものがない


 それで、一番最初は気分が悪いけれど、わたしが本当にみっともないことをたくさん見たのです。何が一番みっともないでしょうか? 死んでもその男性に嫁がないというのです。わたしはそのような女性を見ました。ところが、その女性が最近では自分の夫でなければ、死んでもやりきれないと言っています。何がそうさせたのでしょうか? (「愛」)。その男性には死んでも行かないと言う、そのような女性が死んでもその男性でなければだめだというのを、何がそのようにしたのでしょうか? 先生がそのようにさせたでしょうか? (「愛です」)。そうです。愛という将軍がそうさせたのです。

 皆さん、愛の将軍見ましたか? 愛を見ましたか? 愛は放浪しますか、じっとしていますか? ぐるぐる回りますか? どちらですか? (「回ります」)。回るのを見ましたか? (「いいえ」)。(笑い)皆さん、愛がじいっとしてるとするなら、味が出ません。ふわふわさまよわなければならないのです。飛んで回っても見……。それで、愛の調和は、並ぶものがないのです。

 それで、愛の心を持って気合いを与えれば、その気合いを受けるすべてのものが降参しないものがないというのです。それゆえ、皆さん、恋煩い知っているでしょう? (「はい」)。恋煩いは女性に多く起こりますか、男性に多く起こりますか? (「男性です」)。理解していませんね。歴史的な統計を見れば女性に多いというのです。(笑い)いいえ。女性は一方通行です。男性はこのようにうとうとしながら行っても、走ることができるのに、女性は「おおおおおお」といって一方通行です。(笑い)男性はびっこをひきながらも、尻、乳、ほかの所も見ながら行きますが、女性は一方通行なので、恋煩いの患者は、女性が多いのです。このような話は初めて聞いたでしょう? 行って歴史の先生に尋ねてごらんなさい。(笑い)何の話か分かりましたか? (「はい」)

 その恋煩いは何がそうさせましたか? (「愛です」)。愛、愛を知っているでしょう? 男性の恋煩いが激しいでしょうか、女性の恋煩いがもっと激しいでしょうか? (「男性です」)。(笑い)見ましたか、あなた! (笑い)ああ、そのように考えないのに話してはだめです。男性の恋煩いがぶり返せば、虎のように「おー! おー!」と言いますが、女性の恋煩いは、ふとんの中に入って、ただひれ伏しているのです。(笑い)それが違うのです。それが違います。

 それゆえ、愛は、男性と女性では違います。女性は、愛を受けるときまでは喜びますが、受けてからは「さっ」と冷静になればだめです。愛を受けてから愛することのできる心を持たなければなりません。そうしてこそ、虎のような男性を、垣根の中から飛び出さないようにすることができるのです。皆さんは、垣根一つを巡らせますか、二つを巡らせますか? (「一つ」)。一つ巡らせば、ぱっと超えていくのではないですか? いくつ巡らせますか? (「たくさん……」)。十くらい巡らせなさい。十回愛を受けても、百回愛することのできる度胸を持たなければならないというのです。そうなれば、無事通過なのです。

 わたしがこのような話をなぜするのでしょうか? ありとあらゆる人をたくさん見ました。ある人は、ここ、柳鐘泳が来ましたか? (「来ていません」)。来なかったので話さなければなりません。(笑い)その柳鐘泳を知っている人は知っているし、知らない人は知らないことでしょう。その息子、娘はここに来ましたか? その息子は来ているでしょうね。息子、来ましたか? (「来ていません」)。ああ、祝福家庭だからここには来ていないでしょうね……。

 男性は、男性です。見た目はこの口がこのように分厚くて、ぽっと出て、目はカエルの目のようです。目もやぶにらみのカエルのようです。まるでさなぎのように自分勝手になったのか、格好がこのようにして歩き回るのです。(笑い)男性としては不格好です。ああ、そうかと言って本当に不格好であればだめですが。そうなれば、それを愛する目で見れば、並ぶもののない調和の美しさかもしれないというのです。これを触ってみても面白いし、これをこのように見ても面白いというのです。他人と違うのでどれほど面白いですか? (笑い)そうなのです! そうだというのです。それで、初愛で結ばれた人は、醜い人はいないし、美人でない人はいないし、ハンサムでない人はいないというのです。そのような話を聞いたことがありますか? (「はい」)

 それで、皆さんのお母さんとお父さんたち、皆、容姿が整っていますか? (笑い)静かに分析してみなさい。お母さんを見れば粗暴な女性みたいですが、お父さんはツンとすまして、賢くて、お粥からにおいだけ集めて食べようとするお父さんなのですが、それでもお母さんをつかんで暮らすことを見れば、おかしなことです。どうしようもない点が多い父母たちもいます。皆さん、お母さんとお父さんもそうだと思いますか? 分からないはずです。けれども、くっついて落ちないのです。落ちられない、落ちられないのです。

 その何がそうさせるのでしょうか? 初愛です、初愛。初愛が行く道は、直行ですが、すべての目、鼻、耳、細胞まで感じる感情まで、その綱に乗って回ろうとするのであって、ほかの綱に乗って回ろうとはしないというのです。脱線がないのです。それが偉大なのです。初愛の相手を夫として、妻として迎える人たちは、不幸な人ではなく幸福な人です。

 君、もう眠気は去りましたか? (笑い)ちょうどその場に座っていますね。グループを組みましたか? (「さっきのまま座っています」)。ああ、えーと、そのまま座っているのか、違うのか、わたしは皆、忘れてしまったのですが、そのまま行って座っていますか? 君を見てみると、その綱が分かりますが。


男女の生活が紊乱であれば滅びる


 このごろ、韓国でも若い青年男女たちが問題です。お母さんとお父さんたちは、息子はちょっとかまわないけれど、娘たちをもった家は、心配が山のようではないですか? お母さんやお父さんは、娘がデートする男性がいなければ心配して大騒ぎして回るのです。このような亡国之輩。米国の者たち…。米国に対して「ヤンキー・ゴー・ホーム」と、そう言うのではないですか? ついていってはならないのです。

 皆さんは、先生がなぜこのような話をしているか分かるでしょう? (「はい」)。それで、皆さんにデートしろとわたしがそう言いましたか? (「いいえ」)。聞いたことがありますか、ありませんか? (「聞いたことがありません」)。男性たちは聞いたことがありますか、ありませんか? (「聞いたことがありません」)。デートが何ですか、デートが? (「会うことです」)。うん、デートが何ですか? (「会うことです」)。男性と女性が会うことですか? 手首を握って引っ張って、このようにして、前に行ったり、後に行ったりしながら歩くというのです。

 それが亡国之風です。亡国之風です。そのような国は必ず滅びるのです。ローマが滅びたのは、文化背景が悪くて滅びたのではありません。男女の生活が紊乱だったからです。米国が亡びていくのも、ほかのところにあるのではありません。米国にお金がなく、能力がなく、技術がなくて、そうなのではないのです。世界で先進国としての堂々とした権威を備えましたが、滅ばざるをえないのは何かというと、未来の希望を提示し、その国を担うことのできる人がいません。なぜですか? 自分の生活を担うことのできる能力がないというのです。自分の家庭を率いることのできる能力がない人々が、どうやって国を導けるでしょうか? それは理論が合わないのです。それゆえ、米国は、滅びるとという結論を下すことができます。何の話か、分かりましたか? (「はい」)

 今まで統一教会となって行くすべての道を、ふさぎました。この邪悪な世の中を分別するのに、どれほど騒々しいですか? 先生がそれをよく知っています。どれほど苦衷が多いのかというのです。

 娘たちが慎ましく統一教会員になって、黙々と歩き回るようになれば、お化けのような男性たちがひっきりなしにくっつくようになっています。それが夜にも現れ、昼にも現れて、やりきれない境地になった人がたくさんいます。そうなのです。それは情操的にそうです。完全な天のみ旨の中で見れば、その人が天の側に立っているために、サタン側は、必ず引っ張られて入ってくるようになっています。

 それで、私たち統一教会が開拓伝道を皆、娘たちがしました。十代の娘たちが出ていって伝道をすれば、皆、その子が見たくて来るのです。それが魅力です。大きなマグロ釣りをするときの餌のように、においのする餌を探しにくるのと同じです。そのようなある魅力があるのです。けれども、いくらそうでも、気にかけません。東西南北に転がしても、いかなる男性もその子たちを好きなようにできないというのです。先生もそうです、先生も。お母様がいますか、いませんか? すみません。(笑い)


愛がこの上なければ糞の味もみる


 先生が外国に行けば、先生に対して、皆、キス禁止を命令しました。もし先生にキスしろと命令を下せば、たぶんこれを噛みちぎったはずです。(笑い)ああ、この男性はいつかまたキスするかといって……。血でも、血を出し、噛みちぎっていこうとしたはずです。キスの命令をすれば、危険千万です。それだけいいというのです。キスしろといえば、つかんで三十分ではなく、二十四時間でもつかんで、じっとしていようとするはずです、この女性は。ですから、それはどれほど縁起が悪いですか! (笑い)

 そうでなくても、世の中にもそのようなことがあります。わたしがこの前、フロリダに行ったところ、男性と女性が立って額をお互いにぴたっとくっつけていました。それで、立っているのがちょっと難しいから、一人はコーナーにぐっとこのように寄りかかっており、一人はぐっとこのようにしています。額を合わせてこのようにして、口を合わせて、三十分そのようにしていました。それを待つことができなくてそうなのであって、三十分ではなく、三時間もしたかしれません。

 それだけ彼らは情熱的です。皆さんは三十分ではなく、三十年、三百年でもできるでしょう? (笑い)できますか、できませんか? (「できます」)。三十分できるでしょうか、三百年できるでしょうか? (笑い)「三千年でもできます」といってこそ、わたしが結婚させてあげます。三十分内で離れるなら、それは何でもありません。

 ところで、日本人のにおいと韓国人のにおいは違うと思いますか、同じだと思いますか? (「同じです」)。うん? ああ、日本人は、日本人のにおいがするでしょう。それでも、愛の炎は、そのにおいを知らないのです。愛する夫、さっき足のくさいにおいの話をしましたが、愛し合えば、つま先を舌で吸うとしてもいいというのです。だれが? 新婦が……。(笑い)この女! なぜ「うえっ」と言いますか? (笑い)そのような愛がいいというのです。

 さあ、男性たち、くさいにおいのする足を吸うそのような新婦をもらいますか、吸わない新婦をもらいますか? (「吸う新婦をもらいます」)。(笑い)吸う新婦もらうですって? (「はい」)。(笑い)ああ、わたしの母がどういうことをしたか知っていますか? 弟が幼いときに病気になりました。天然痘あるでしょう? それは熱が出るのです。ですから、その熱をすべて発散しなければなりませんが、発散できずにいて、死んだのです。そのとき、母が弟のうんちの味が苦ければ生きるし、苦くなければ死ぬと言って……。うんちの味を見たのです。

 皆さん、何の話か分からないでしょう? 皆さん、お母さんの心情分からないでしょう? 女性でも分からないでしょう? そのような話を聞けば、口をしかめますか? 違います。それが当然なのです。愛は、それですべてカバーするのです。それが生きるということです。

 実際、考えてごらんなさい。女性が優れているといっても、目二つ、鼻一つ、これとこれとこれしかありません。この四種類を見詰めながら一生の間生きようとするので、それがどれほど地獄ですか? 美しいという女性でも考えてごらんなさい。どれほど失礼ですか? わたしを見て生きてくれといいながら、別のところに行けば、だだをこねて、脱線すれば大きい事故が起こるという、そのような話をする女性たちを見れば、どれほど男性は哀れですか? そうではありませんか? しかし、それが見詰めてみても嫌わないで喜ぶので、それでいいのではないですか? 違いますか? それが嫌だといって、どうしますか?

 考えてごらんなさい。二度だけ見ても、嫌なのは嫌なはずなのに、一生の間それだけ見て生きろですって? それも静かに優しくいるのではなく、えんえん泣き、愚痴までこぼします。女性たち、愚痴をこぼしませんか? こうしてもつんつん、ああしてもつんつん、つんつんして、どれほど事故が多いですか? (笑い)

 さあ、ですから男性に同情しなければならないでしょう? (「はい」)。分かったでしょう、今から嫁に行くからには、同情することができるはずです。昔、嫁に行くことを考える前には、自分の同情だけしますが、もう嫁に行くときになれば、人を同情することができ、垣根を超えて、さっと見るのです。垣根を超えて見れば、目がぱちぱちしているのです。皆さん、それ、見たことがありますか? 見たことのない人はここに参加しますか。見たことがありませんか? それ、見た人、手を挙げてごらんなさい。恥ずかしくて聞けないでしょう……。

 見なさい! わたしを見なさい。馬のような未婚の男女が三、四人がばたばたと来れば、女性が楽しく戯れながら、行きながらも、おとなしくさっと姿態をこのようにして行きますが、すでにいつ皆、測定したのか、だれがどうで、だれがどうだということを、女性は評するのです。けれども、男性たちは、ぐずぐずしていて、どんな女性が過ぎたのかも知らないのです。何の話か分かりますか? 女性は、測定感覚が早いのです。何食わぬ顔をし、いつキャッチしたのか、「三人のうち、真ん中のやつが一番ましだな」といいながら、ぱっと選ぶのです。(笑い)

 皆さんも、そうではありませんか? そうですか、そうではないですか? この者たち、返事をちょっと率直にしなさい! (「そうです」)。率直な話をしてこそ、結婚を真剣にしてあげたくなるのであって、そうでなければ、すべてむやみに、いいかげんにしてやります。そうですか、そうではないですか? (「そうです」)


復帰の道を行くには理性の誘惑に打ち勝ってこそ


 先生は、恋愛したと思いますか、しなかったと思いますか? (「しなかったと思います」)。(「したと思います」)。(笑い)当ててみなさい。恋愛したと思いますか、しなかったと思いますか? (「しませんでした」)。わたしは恋愛のしかたを知りませんでした。知りませんでしたが、恋愛しようという人はたくさんいました。その人たちは女性でしょうか、男性でしょうか? (「女性です」)。男性でしょう、男性! (笑い)男性でしょう! それで、先生がその女性を好きになったなら、どうなったでしょうか? 復帰歴史をすべて売り飛ばしていたことでしょう。

 先生がこの道を行くときまでは、女性が怨讐です。女性が怨讐です。女性が怨讐です。女性が怨讐なのです。ですから、女性に対したものを完全に無為の世界へ返すことができる資格者でなければなりません。霊界に対する祈祷をしても、女性が出てきて誘惑します。どれほど美人たちかしれません。美人たちによって成された軍隊がさっと拍子を合わせて歌う美しい歌、花を持って華麗な歌を歌うのです。そのようにがやがやしながら来るのです。多くの人が来ながら、だんだんだんだん一列になって、後になれば、ぴたっと一人として現れます。ところが、その人が相当な美人として現れるのです。そのままそこで丸裸になって、さっときて抱かれようとするのです。抱かれなければ、後ろに、背中に乗って上がります。それが嫌でしょうか、いいでしょうか? どれ、いいでしょうか、嫌でしょうか? 男性たちならば? (「いいです」)。あなたたちは、男性になったことがないでしょう? 先生は、そのとき喜んだでしょうか、気分悪かったでしょうか? (「悪かったです」)。それは、喜んだなら大変なことになるのです。「この女め、股を裂いてしまわなければならない」と言いながら、ありとあらゆる闘いをします。

 それから実際にそのように現れます。そのようなことがあるというときは、もう何日後には実際にそのような女性がぴたっと現れます。本当の女性が現れるのです。現れては、ただ依頼をします。ああ、先生が一人で暮らす部屋に、女性が脱いで入ってくるのです。そこで超えてはならないのです。そのような道を経ていかなければなりません。そうでなくては、復帰の道を見いだせません。美人百人の中で自分が真っ裸になって、一人横になっていても、男性の生殖器が動いてはならないのです。そのような立場までも修養をしなければなりません。何の話か分かりますか? (「はい」)


「怨讐を愛せ」という言葉が宗教世界に出てきた理由


 それで、神様にあって一番難しいのが何でしょうか? 神様がどれくらいのおかたかということを、皆さんは知らないでしょう? 神様が怨讐を愛するにおいて、どの程度まで愛するのでしょうか? 愛する妻を怨讐の懐に渡してやり、手をつかんでやり、愛しなさいと祝福をしてあげることのできる心をもったおかたが神様です。神様が分かりますか? (「はい」)

 その相手はだれでしょうか? サタンです。サタンはエバの姦夫です。違いますか? ですから神様の愛の怨讐です。その愛の怨讐が、数千年間来て讒訴しても、それを少しも嫌な表情をせず、今まで真の主人の役割をしてきました。それで、神様がこの地に一人の中心を育て切るときまでは、だれでも、不平を言おうが、それに反対してはなりません。なぜかというと、天使長だったからです。

 天使長、罪を犯した天使長がいう話が「わたしは堕落して悪魔という悪名をもった存在になったが、神様と神様の息子の名前をもった人がわたしと同じでありうるか? それは天理原則の本然の世界の元亨利貞の位置、原理原則の位置にいるべきではないか?」と言うというのです。ですから「アダムが完成して神様と一体になるときまでは、わたしを愛さなければなりません。アダムと神様がわたしを愛すべき原理がないだろうか? わたしを愛さなくては、神様の国を成し遂げることはできず、天国の息子、娘を入れることができないのではないか」と言うのが原理です。それを神様が「違う」とは言えないのです。「そうだ」と言うからには、そのまま行わなくてはなりません。そこに今、引っ掛かっているのです。何の話か分かりますか? うん? (「はい」)。それを知らなければなりません。

 その話は何かというと、先生自身がアダムの位置に、神様の息子の位置にいるとすれば、そのアダムを愛さなければなりません。神様を愛し、もちろんエバも愛さなければなりませんが、それからだれまで愛さなければならないかといえば、堕落した天使長まで愛さなければなりません。そうでなくては、あの世に入れないというのです。それで、怨讐を愛せという言葉が宗教世界に出てきたことを知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)

 それはアダムだけではありません。とりわけ神様は、自分の愛する妻を怨讐に渡してやり、福を祈ってあげることのできる雅量をもったがゆえに、悪魔までも復帰できる、このように見るのです。愛を中心として、すべてのものを復帰できる、このように見るのです。愛を中心として、すべてのものを復帰できるというのです。ムチを持って復帰するのではないのです。分かりましたか? (「はい」)

 さあ、このように考えるとき、皆さんが結婚して愛する夫がいるというときに、その夫を怨讐に抱かせてやり、「愛しなさい」と言いながら、福を祈ってあげることができますか? その門前に座って守り、「おお、天のお父様、福を下さい」と、そうすることができるのかというのです。そうでなくては、天国に入れません。何の話か分かりましたか? (「はい」)

 それで、終わりの日の女性は、二人の男性に対するようになっています。最近、それで、悪い女性が自分の本当の夫を置いて、東西南北四方で浮気をしながら、二人の男性以上に対するようになっているのです。それがなぜそうでしょうか? 堕落した世界から天国に帰らなければならないからです。帰るには帰らなければならないのに、彼らは空回りするのです。それゆえ、本当の夫を捨ててでも、天の新郎を訪ねていくことがメシヤに会う道です。分かりましたか? (「はい」)

 メシヤが何ですか? メシヤに会うためには、自分の夫をどうしなければなりませんか? キリスト教で見れば、花婿たる主といいます。そうでありませんか? 新郎である主だというではないのですか? それで、主が来るようになれば、そのとき、夫に仕えて行くといいますか? 夫を離れて行かなければならないというのです。自分の夫が愛する妻に祝福をしてあげなければなりません。同じです。神様のような心をもった息子、娘になることなしには天国に入れないという事実を知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)。分かりましたか、何の話か? (「はい」)

 皆さんが今後、国を備えて、ご父母様を中心として、世界が一つになることのできる時代が来るようになれば、そのような時代は過ぎるのです。そのときには悪魔に対し、赦す必要はありません。それは法が赦しません。しかし蕩減時代が終わる前までは、怨讐を愛さなければなりません。そうでなくては、天国に入れません。


祝福を受けた人々が行くべき運命の道


 キリスト教は、怨讐個人を考えるでしょう? しかしそれは違います。統一教会では怨讐国を考えます。さっきも話しましたが、米国へ行って闘うようになるとき、どうしたと思いますか? 韓国人と日本人が怨讐の間柄です。米国人とドイツ人がそうです。その四大国の人々が先発隊となり、滅びる米国を生かしたのです。米国が怨讐の国なのに、米国国民が米国を愛する以上に愛したのです。怨讐の国の人々が行って再建されるそこに、初めて悪魔がいなくなり、天国の門が開き始めるというのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。分かりましたか? (「はい」)

 その話は何ですか? 皆さんが日本に嫁ぐなら、日本の人以上に日本を愛さなければならないという話です。日本の姑、舅、または小姑、弟、姻戚の八寸、そのだれよりも日本をもっと愛さなければならないのです。その文化をもっと愛するという心、それが重要です。それとともに「日本の人々は自分の国だけを導くが、わたしは世界と天国まで導いていく」と考えろというのです。ですから、受難の種は、もっと深く伸びていくのです。それで、掘りに掘って、道理を知って、彼らが誤っていたことを教えてあげることができなければならないという話なのです。分かりましたか? (「はい」)。わたしは嫁がせる娘たちを教育するかのように、今教育しているのです。よく聞きなさい。

 また男性たちは、男性たちは反対です。日本の男性たちは反対だというのです。韓国に来て、怨讐の国の人を自分の国の天皇以上に愛さなければなりません。もちろんそうでしょう……。それ以上の愛国心を持って、互いに交代した相対的基盤の根を分別しなくては、二つの生命体がここで新しい種を受けることができないのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。それでこそ皆さんの息子、娘が日本人にならずに、滅びる日本人、滅びる韓国人として残されないで、永遠に残りうる息子、娘がその根の深いところから生じるのです。

 合わないといって嫌がりますか、嫌がりませんか? ああ、義理の祖父、義理の祖母、姑、舅、小姑ということなく、皆、心に受け入れますか、受け入れませんか? 心に受け入れるって何ですか、言葉も知らないのに。言葉も知らないから、どれほど冷遇されるでしょうか? それでも冷遇されることがいいのです。冷遇されるにおいては、讒訴する人以上にしたというときは、そこに深い根が打ち込まれるというのです。そうして、その家がぐるっと一周回るようになるときには、皆さんが根となり回るようになります。ぐるっと家の中が振り返れば、皆さんを中心として、彼らが回るに回らなければなりません。それで、日本が新しい日本として生まれ、滅びる韓国が新しい韓国として生まれることのできる道が生じるのです。分かりましたか? (「はい」)

 それで、嫁に行く家がほかの家ではありません。酸っぱく辛く塩辛くて味が少し酸っぱくて渋いので、嫁ぎ先(注:読み方が酸っぱい家と同じ発音)といったのです。(笑い)何の家? (「嫁ぎ先です」)。嫁ぎ先、酸っぱいというのです。酸っぱければ、もう顔がこうでしょう? 歯は、食べなければならないので、前に行こうとして、頭は、酸っぱいからこうしているのです。歯は、差し出すのに……。食べるには食べなければなりませんから。(笑い)それはすべて拍子に合うのです。そうでしょう? 歯まで引っ込めば、生きられないのでしょう? 前に行こうとするので……。それはすべてそのようになるのです。

 それで、嫁ぎ先という話は、今日このような娘の怨讐国です。娘として生まれたのですが、その怨讐国の大将の息子に嫁ぐその心がどれほど混乱するでしょうか! それを超えて世界のための神様のみ旨を中心として、消化しなければならないのです。そうして、その二つの畑を土台として、自分の愛の根を下ろし、吸収発展しなければならないというのが統一家の希望であり、国家を超えて祝福を受けた人々が行くべき運命の道です。

 皆さん、運命が何か知っていますか? (「はい」)。運勢とは違います。運命の道は行かざるをえません。しかし運勢は、直すことができます。違いますか? 運命の道は、直すことができないというのです。さらには、宿命の道です。宿命は、絶対的です。たとえば、なにがしの娘が「私はなにがしの娘はしないか」と言えますか? それは宿命です。絶対直せないのです。

 それで、運命の道をたどって宿命の道理を植えようとする天のみ旨がこのようなものだと知って、ぜひこのようなことをよく……。生涯の裏山前に、事情多いそのような木々の中で誇ることができる大木として残し、その国において尊敬される鬼神になるべし! (「アーメン!」)。(拍手)


今は交差する時代


 さあ、それでは、今、先生のみ言を聞いて蕩減法によって、いい男性をもらわなければなりませんか、悪い男性をもらわなければなりませんか? (「いい男性です」)。(笑い)

 今の時は、交差しなければなりません。交差しなければなりません。それで、交差するときには、左側にいた人が右側に行かなければならず、右側にいた人が左側に行かなければならないのです。交差時代です。これをもしだれかが防いで交差させておかないと、右側は生まれません。サタン世界の一方通行で進めば、日本に正しい国が生まれません。だれかが防がなければなりません。ブレーキをかけなければなりません。強くさっとかけるときに、この将来の世界には右側の国の世界が生まれますが、この左側の世界は、終わりになるのです。それだけ超えていけば、全体がこの国に行くのです。それは分かりましたか? (「はい」)

 今までわたしたちは、愛のブレーキをかけて、左側の端を防ぐことによって、右側の世界が生まれるための作戦をしたというのです。ですからそれを防がなければならないでしょう? 交差させなければなりませんか、してはなりませんか? 交差させなければこれは一方通行です。永遠ではありません。ですから世界を代表して、世界の流れに匕首を当て、愛の伝統としてさっと分別します。これは先生だけが可能なのです。

 それで、この道を行くわたしたちの世界から新しいオリンピックの世界が生じるのです。それをつくらなければなりませんか、つくってはなりませんか? (「つくらなければなりません」)。交差させなければなりません。交差しなければ、今後大変なことになります。先後が交差しなければなりません。交差時期です。

 日本が韓国を支配した反対に、西洋社会がそうであるように、韓国の経済問題に日本が今、大変なことになりました。日本人の中で分かっている人たちは韓国に負けるといっているのですが、負けるようになっています。韓国人はやられません。貿易でも何でも、外交問題にやられないのです。やられません。番号が違います。洗いざらいしようとするのであって、少しはしようとしません。先生に似て。(笑い)

 さあ、ですからこれを交差させなければなりませんか、させてはなりませんか? (「交差させなければなりません」)。させない日には永遠に天国が現れません。ですから反対をします。反対しようと、火事が起こるでしょう。生きるか死ぬかのことが展開するのです。「この女め、家の中を壊す!」ということでしょう。家の中を壊そうと来たでしょう。交差されなければならないのです。そのときは、交差しなければなりません。神様のことを考えなければなりません。

 先生も交差するために、その韓国が追い出すので、米国にまで行って交差してこなかったですか? そうでしょう? そうでしたか、そうではなかったですか? 西欧文明を交差させました。西欧文明が先に立ちませんでした。アジア文明が先んじなければならないのです。

 皆さんも同じです。結婚から堕落によって反対に交差させたものを、正常な愛を立てて交差させ、制御させ、これを否定として否認してしまうことのできる版図をつくらなければなりません。そのような新しい出動が展開するために、世界統一国のスタートとともにその内容を発表したので、「今このような日本の国をだれがもっと愛するか見よう」と、日本の国民を韓国の嫁、娘たちが来て「あなたの嫁と娘がわたし以上に愛するか見よう」と、また「日本の怨讐たちが韓国に来て、韓国の息子、娘、嫁、娘婿がわたし以上に愛するか見よう」というところでは、わたしたち日本人が勝ち、韓国人が勝たなくてはなりません。そうなることによって完全に交差するのです。それによって神様が主管することのできる新しい統一の国が生まれるというのです。日本と韓国が一つです、二つではありません。そこから統一の国が出てくるのです。分かりましたか? (「はい」)。そうして、中国にブレーキをかけ、ソ連にブレーキをかければ、すべて終わるのです。世界は、わたしたちの世界になる時点が目の前に近づいたのです。ですから交差させなければなりませんか、させてはなりませんか? (「させなければなりません」)

 それで、国を標準として交差させなければなりませんか、個人を標準として交差させなければなりませんか? (「国です」)。個人を標準として交差させたなら、家庭的標準が残り、氏族、民族、国家、世界的標準が残るようになります。天地を代身して天の縦的な標準を中心として、国々をすべて交差させれば、最後になるのです。これからは、わたしたちの世界が訪ねてくるのです。分かりましたか? (「はい!」)


夜も昼も争わず、怨讐視するな


 私たちの世界で生きますか、私たちの世界で働きますか? どちらですか? (「働きます」)。生きて働きますか、仕事をして生きますか? (「働きながら生きます」)。働きながら暮らすのです。一つです、一つ。働くのですが、この地が歓迎しなければなりません。空気が歓迎しなければなりません。日月星辰が歓迎しなければなりません。神様が歓迎し、真の父母が歓迎し、統一教会全体が歓迎しなければならないのです。

 さあ、交代時代歓迎しますか? (「はい」)。交代時代歓迎する人、両手を挙げなさい。

 それでは、韓国の女性は、どの国の人と結婚しますか? 答えてみなさい。(「日本人です」)。日本の何? (「男性」)。どのような男性? わたしのように日本を捨てようという男性。日本を捨ててどこへ行こうとそうですか? 韓国に来ようとする男性。そのようになっているでしょう? (「はい」)。そのようになれば、韓国人よりいいでしょう。考えてごらんなさい。いいのです。あれはいつ交差しますか? うんちのくぼみのようなものを考えてごらんなさい。交差するようにぴたっと持たせて「私をつかんでください」と言えば、神様がさっと受ければ、空中に浮き上がり一周ぴたっと引っ繰り返るはずですが、この地に根を下ろしていては、いつ抜いて引っ繰り返しますか?

 ですから韓国の女性は、どのような人と結婚しますか? (「日本の男性です」)。日本のどのような男性? (「日本を捨てて来る男性です」)。見栄えは良くなくとも、統一教会の者たち? (「そうです」)。(笑い)それから、韓国の男性たちは、どのような女性たちと結婚しますか? (「日本の女性です」)。なぜですか? どうしてですか? (「きれいだからです」)。韓国女性は、どうして? (「互いに交代します」)。交換するのです。互いに交代するのです。自分が合う女性は日本に与えて、日本の男性が合う日本の女性は、自分が代身するのです。ですから、どれほど近いですか! どれほど近いかというのです。分かりましたか? (「はい」)

 それで、今皆さん家の中でけんかをするようになるとき「ああ、気に障る!」というかもしれませんが、日本人が皆さんの代わりに福を受けろと祈祷する人たちが、統一教会側に多いことを知らなければなりません。これを汚してはなりません。夜も昼も天地にひざまずいて、「どうかどうかけんかをせず、怨讐視するな」と祈祷している先祖がいて、日本の国があり、韓国の国があることを忘れてはなりません。(「アーメン」)

 この者たち、後でそのような言葉だけあってみなさい。今後そのような言葉を残す人は、ここ長竿のようなもの多いでしょう? ここに毎月一人ずつ逆に刺し通す記念行事をしてはどうでしょうか? 定めればやるのでしょう。それで、定めますか? (「はい」)。定めれば本当にやるのですよ。(笑い)それはそのときになって考えることにしてですね。まだ相対も決定しなかったのに、それを定めておけば皆、逃げるではないですか? (「いいえ」)

 韓国は、何国家ですって? (「アダム国家です」)。日本は、何国家ですって? (「エバ国家です」)。「アダム」とはですね。「あー、垣根(ダム)が高い」という意味です。(笑い)それで、韓国では垣根が高くて超えられないのです。今からは垣根を壊さなければなりません。今からは垣根をなくさなければなりません。中国共産党主席の名前が小平でしょう? 小平ではなく、大平にならなければなりません。小平ならばどうなりますか? 大平にならなければならないでしょう。(笑い)高く上がっていき、大きくなって平らになれば一つになるのです。ですから中国のようなところで……。「やあ、天使長がそれを知っていますね。アダムが行くことのできる大平をまねて、小平としたことを見れば、それでなければならないでしょう! 下にあるから小平でしょう。小平は、大平が出てくるときは、侍らなくてはなりません。それはメシヤが来れば侍れということなのです。中国がそうすることのできる可能性が多いのです。(拍手)


結婚相手を迎えるのをメシヤを迎えるように行いなさい


 さあ、これから写真で結婚させてあげようと思いますが、きょうは、記録を破るのです。男性は女性を見ることができないし、女性は男性を見ることができません。なぜですか? 先生は、男性にもなり、女性にもなります。先生信じて……。復帰時代においてその主人がだれかというと、女性の主人もわたしであり、男性の主人もわたしです。ですから、女性は、わたししか男性を見ることができないし、男性たちはわたししか女性を見ることができないのです。女性だって、何、それは霊的です。あなたたちは、実体的なので見えていいですか? 相対たちは霊的です、一段階高いために。そのように思って写真で会ったことを、この地上にメシヤを迎えるために六千年間準備して「ああ、主よ、来たりませ。切に切に……」と思いなさい。皆さんスンドおばあさんが懇切に祈祷する声を聞いたことがありますか? 腰が切れるぐらい「懇ー」。これ十年も行きます。「切」の字が五百年後に聞こえるかもしれません。そのように懇切に祈祷する、そのように願った願いのときを迎えるかのように考えなければなりません。そうでなければ、脱線します。事故が起きるのです。そうなれば、一族が滅びるのです。

 これを脅迫だと考えないでください。霊界に行ってみなさい。霊界を知らないからそうなのであって、これよりもっと恐ろしい背後が待っているのです。そのようなことをすべて知っているので、先生が孤独単身、今まで闘ってきたのです。そのような意味では先生を尊敬しなくてはならないでしょう? (「はい」)。それは皆、わたしのためなのではありません。皆さんのためなのです。関係もないこの者たち。ああ、鳥のひなたちは、触ればかわいくもあるでしょう。ぎゅっとやれば、ぎゃっといって、そのようにするなとかするのであって、これはそれでも目をこのようにしてですね。みっともない連中です。そのように思って、これから始めましょう。うん? (「はい」)。(拍手)

 この灯を消しなさい。ビデオの照明だとか、灯をちょっと消しなさい。もう写真は皆、撮ったでしょう? 皆、消しなさい。もう消してもかまいません。

 年齢の行った人を先に決定しましょうか、年齢の若い人を先に決定しましょうか? (「年齢の行った人です」)。年齢の行った人? (「はい」)。何歳から? (いろいろと答える)それでは、男性の年齢の行った人は、女性の若い人として。(笑い)そのようにすれば一番公平なのではないですか? (爆笑)また、女性の年齢の行った人は、男性の若い人と……。年齢の行った女性は、老いたことだけでも哀れでもの悲しいのに、夫まで老いた人を迎えなくてはなりませんか? (笑い)年齢の行った女性は、若い男性。(笑い)ああ、皆さんが願えばそのようにすれば一番いいではないですか? 男性は、年齢のいった順番どおりに四十歳、三十九歳、三十八歳……。このように二十二歳までずーっと立って、女性は、逆にここから、四十歳からずーっと立つのです。そうして、「さあ、前に行って捕まえて!」といえば、いいでしょう。(笑い、拍手)

 それでも先生がしていることに調和がついて回るのです。何の話か分かりますか? (「はい」)。先生が話すことは、話すとおりになるのです。そういうことが分かるでしょう? (「はい」)。今回、統一国開天日を宣布して「統一教会復帰摂理の転換期が来た!」と言えば、回るのです、見ていてごらんなさい。

 いいときを迎えたから、このようになることによって皆さんの先祖を解怨するのです。感謝する心と怨讐を愛する心を持って……。神様がいかなるおかたなのか分かるでしょう? 怨讐を愛する神様の深い心情と同化できる立場に立てば、願うことで成されないことがありません。

 同じです。先生もそのような境地で、神様の心情圏を持って生きるので、わたしが願うことを神様があまりにもよく知っています、わたしよりもっと。願うことを祈祷する必要もありません。わたしは願うことは一言の祈祷もしません。しませんが、すでにときが知っています。何かのときが来たといえば「きょう、私が祈祷します。神様、私はここをさっと走り渡ります。私はこのように行きます」と言えば、その一言で超えて立つのです。平面的に成していきます。このように深いゴールをおいてするのではありません。一歩ずつ間に行く……。ですから祈祷をしません。

 そこ、門ちょっと開けましょう。開きましたか? (「はい」)。横の門を皆、開き、横にある荷物すべて頭にあります。(笑い)そうでなくするなら、下ろしておいてお尻に敷いて座りなさい。自分の祝福を受けるとき、便利に。それこそ顔がよく見えるから、よい相対を選んであげるから尻に敷きなさい。ここはなぜまだ開きません? 外は皆、開きました。人々が多くて暑いのか、部屋が悪くて暑いのか? 「人が多くてです」日が暑くて暑いのですか? 下半身は涼しいのに、汗が出ます。

 さあ、静かに! きょう誕生日の人、手を挙げてごらんなさい。(拍手)このように多くの人の中で一人もいないのですか? (「ここにいます」)。(拍手)座りなさい。座って。だれがだれなのか分かりますか? だれですか? 手を挙げてごらんなさい。君、日本人ですか、韓国人ですか? (「日本人です」〔男性〕)。君は? (「韓国人です」〔女性〕)。出てきなさい。(歓呼。拍手)なぜ笑いますか? お母様とお父様も誕生日が同じではないですか? (「ここにまたいます」)。その者は、偽物かもしれません。今、出てきた者は、偽物かもしれないので信じません。わたしは見ませんでした。君、何歳ですか? (「三十二歳です」)。出てきなさい。出てきなさい。

 なぜこのように騒ぎますか? (笑い)騒げばわたしが下りていきます。下っていって、ソウルに行って中国料理でも食べて、何日後に来たいときに来るのです。どれ、見ましょう。めがね外しなさい。ああ、美人ですね! 何歳ですか? (「二十八です」)。君は、何歳? (「三十二」)。さあ! (歓呼。拍手)よく合いそうです。

 これからは、決まった人は、二人であそこに行って、先生がどこにいようが、後ろ姿を見ようが、どのようにしようが、あいさつするのです、ここに出てこずに。妨害になります。何の話か、分かりましたか? (「はい」)。そのように定めればまたそのようにするのではないですか? 分かりますか?

 ああ! 美人たちが多い。(笑い)見なさい。美人たちが多いではないですか? どれほどどれほど美しいですか! やあ、この者たち。あなたたちが日本に行って、妻をめとるといって、あらゆることをして全国回っても一人の女性も捕まえてくることができません。何の話か分かりましたか? 先生が皆、捕まえておいて結んであげるので、かぼちゃがようやく転がってきましたか? 根っこごと転がってきたというのです。生活水準で見ても何で見ても、韓国よりよくないですか? 先生が韓国に生まれたからであって、日本人が韓国を考えたりすると思いますか? そうでしょう? (「はい」)

 きょう、ここに初めて来た人、手を挙げてごらんなさい。きょう、ここの一和に初めて来た人たち。ここが何をする所ですか? (「メッコールをつくる所です」)。メッコールを売ってみましたか? (「はい」)。今、皆さんは、結婚すれば三年、三年半の間は、家にも入れません。メッコールだけ食べて、メッコールを着て、メッコールの枕をして、メッコールを敷いて寝なければなりません。(笑い、拍手)そのようにしますか? (「はい」)。(以後日本語で七分余り語られる)


過ぎし過誤はすべて忘れ、十倍百倍愛そうという心を持つ


 今、わたしが何の話をしましたか? ここには、童男(童貞の男)、童女(童貞の女)、純情をもった男性と女性たちが集まっているというのです。彼らを中心として考えれば、彼らは、彼ら同士で結んであげなければなりません。違いますか? ところが、それ以外に、がらくたのようなものたちが多いのです。サタンが全部……。がらくたたちが多いというのです。これを論じ始めたら……。(だれか が扇風機をつけてさしあげる)それは。だめです。遠くに持っていって、全体に扇風機を回しなさい。それを論じ始めたら結婚という表題を掲げることができないというのです。原理を知っている先生として、することができないというのです。けれども、天国の憲法がどうだということを知っているけれど、天国を中心として、憲法が宣布されなかったというのです。それゆえ、それをよく知っていても、それが発表され絶対的基準が成立しないときには、それを黙認することも可能だということです。そのような条件があるので祝福が可能ですが、それをどうのこうのと話そうという立場に立つときには、結婚という、祝福という話をすることができないということを知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)。うん? (「はい」)

 ですから今日から過ぎしすべてのことを忘れてしまえというのです。忘れてしまわないけれど、赦してあげるのです。赦してあげる雅量を持つのです。その代わり、そのような過去があるとするなら、今後、自分の夫を三倍、五倍愛するという心、さらには、十倍、百倍愛するという心を持たなければなりません。

 男性たちに引きずられてやられた人など、あらゆる事情が皆、あるはずです。しかしそれを聞かないことにしましょう。その代わりそのような経験がある人たち……。そして男性たちもいることでしょう。歩き回りながら、においかいだ者たちがいることでしょう。サタンの僕になって、死亡の糞の棒になって汚すことをしましたが、今み旨の前における祝福を受けるには、自分自らその何千倍愛する心を持って妻を愛し、父になろうといって、天が尋ねて賞を与え、称賛できる標本を残そうと、忠誠ある夫の道理を果たそうと考えなければなりません。分かりましたか? (「はい」)

 これは大変なことなのです。これを清算することが大変なのです。これを清算する前には、一双も結婚できません。さっき先生が言ったように。先生がこの道を守るのがどれほど難しいかしれないのです。先生も過去に付いてまわる女性が本当に多かったのです。わたしはそのような道を行かないようにしたのに、そうなのです。あるときは映画館のようなところに行けば、おばさんたちが先生の手を握るのです。われ知らず握ったというのです。ですから、それをどうしますか? 「これは何ですか? おばさんがなぜ他人の若者の手を握りますか?」と言うと、「われ知らずに握りました」と言うのです。大概そうなのです。そのようなことが多いのです。日本に行っているときにもそうだったのです。けれども、自分の節操を尊重視する男です。歴史的に……。それを知らなければなりません。

 そのような基台の上に天が立てることができる新しい伝統的血統的基本を定着させたという事実を知って、そこから流れ出てくる生命の血統を汚す群れになってはいけないというのです。それは悪党よりひどい人だというのです。サタンの後継者になってはいけないのです。分かりましたか? (「はい」)。サタンは、長成級の父母の体を捨てましたが、この時代に完成級の父母の体を捨てれば、サタンがサタン視する恐ろしい永遠の世界の原則が待っているという事実を知って、自ら自重しながら自分の行く道を妻とともに躊躇なく協力して分別していかなければなりません。分かりましたか? (「はい」)


縦的な真の愛の父母、横的な真の愛の父母


 そして、今後皆さんが夫婦になれば、夫婦になったその男性なら男性、女性なら女性が自分のものではありません。自分のものである前に真の父母のものです。真の父母のものである前に神様のものです。なぜですか? そのように始まったのです。

 わたしが今回入って話しましたが、ここに初めて来た人もいるようなので話します。神様がだれかというとき、神様は縦的な真の父母です。真の愛を中心とした縦的な真の父母の位置に立っているおかたが神様です。

 これ少しどけなさい、回しなさい、行ったり来たりするように。(扇風機を指されながら)わたしはそれが嫌いです、頭が痛くなります。前には暑くて、そうなれば頭が痛いのです。それをもっと行ったり来たりさせなさい。分かりましたか? 回転するようにしなさい。

 神様は、何ですって? 「縦的な真の父母」真の愛を中心とした縦的な真の父母の位置にいるおかたが創造主です。既成神学では創造主は神聖であり、被造物は、俗なるものだといいます。被造物を罪人扱いしました。しかしそれは誤って考えているのです。神様が創造をなぜしたかと言えば、愛のためにしたのです。分かりましたか? (「はい」)。神様が縦的な愛の主人ならば、縦的な愛だけではこれは一点にしかなりません。一点しかないことになるのです。縦的な神様の愛をもったそのおかたが子を生んでも、長く一筋にしかならないというのです。

 これをいかに横的に展開させるか? それゆえ、赤ん坊を生むのは、神様が生むのではありません。真の父母を通じて生むのです。横的な真の愛の父母の位置に立ったそのおかたがだれかと言えば、今日の統一教会で言う真の父母です。神様の前に、縦的な愛を中心とした真の父母の前に、九十度を備えた横的な愛をもったおかたが真の父母なのです。それゆえ、二人の父母の愛が必要なのです。一人のおかたは創造主である父母であり、一人のおかたは被造物の、神様の対象として理想を描きながらつくられた体的な父母です。それゆえ、神様は心的な父母の位置にいて、真の父母は何の父母の位置に? (「体的な位置です」)。体的な父母の位置にいます。このように縦的な愛と横的な愛を中心として、生まれるべきなのが人間でした。

 皆さんもこれに似なければならないので、縦的な愛に自由に似るようにするために「縦的な私」があります。それが心です。分かりましたか? (「はい」)。心が何ですか? 今まで心を知りませんでした。仏教でも心を知りません。しかし統一教会では心を知っています。神様の創造理想を通して縦的な愛の前に横的な愛を中心として、それから前後の愛、球形的な理想を描いてこそ、東西南北に通じる力の消耗がなく、いつ作動してもよく、悪いことがないというのです。相反がないというのです。


永遠な夫妻になろうとするなら


 この道は皆、同じです。このように行こうが、このように行こうが、相反がないというのです。ここ、この核の位置が中央点なのです。それゆえ、神様は、アダムとエバの真ん中に入っているようになっています。それで、原理でいう主体と対象が完全に授け受けするところには、中心部が生まれるようになっているというのです。その中心部は、核です。核が長く行くことができる永遠な核になれば、夫妻は、永遠の夫妻になるのです。それと同じように、真の愛を中心として見れば、神様は絶対的なおかたですが、その絶対的な神様が最高に喜ぶ真の愛を中心として、その核の位置に立っているその愛は、永遠なものであることは言うまでもないのです。その永遠な愛の対象の位置につくられるので、その真の愛を中心として、永生の概念を理論化させることができるのです。何の話か分かりましたか、皆さん? (「はい」)。何の話か分かりますか、先生の話すことを? (「はい!」)

 永生ということがどのようにして永生するのでしょうか? 神様の愛の対象を引き継いだので、これが縦的、横的に切ることのできない二つの……。これが、結ばれたその核の位置において愛が定着すべき内容をおいてみるとき、神様が永生するので、その愛を中心としてつくられたアダムとエバも永生しなければならないということは、理論的だというのです。分かりましたか、何の話か? 私たち人間は、それだけの価値があるのです。それを皆さんが分からなければなりません。うん? (「はい」)

 皆さんの心は、すでに本来の神様の真の愛が垂直になっていて、堕落しなければこの横的な真の父母の愛は、水平線でいつも角度が合うようになっています。これをぴたっと付けておけば、分かつ者がありません。そうではないですか? これを離す者がないのです。神様の愛を中心として、理想的な立場に結託して一つになったものを、だれが離すことができますか? 神様でさえもその愛を崇拝するのです。真の父母でさえもその愛に支配を受けようとするのです。愛を支配しようとはしません。それを知らなければなりません。神様も愛のために創造したのです。分かったでしょう? (「はい」)

 その愛は、どのような愛でしょうか? その愛を創造したところにおいては、神様を中心としてつくったのではありません。神様がもし愛を九十パーセントだけ投入したとするなら、十パーセントは残っているので、十パーセントが残されたその愛に、人間は感謝しません。分かりましたか? 皆さん心もそうでしょう? 結婚して生きるようになれば、夫に一言だけ聞いても、「もう」と言いたいのです。「本当にわたしを愛していないのだな」と言うときは、天下が引っ繰り返るのです。

 私たち堕落した人間でもそうなのに、堕落していない本然の世界において、人間がそうではないでしょうか? 神様がそれをよくご存じだったので、ご自身にある貴い生命、財産すべてのものを皆、投入したのです。アダムとエバをつくるのに百パーセント投入したというのです。それゆえ、神様が創造を始めたその日から「わたしは今までわたしのために生きたが、今からはあなたたちのために生きる。わたしが存在するのは、あなたたちを喜ばせるためにある」と言われるのです。父母の立場はそれです。ですから、父母がいいのです。分かりましたか? (「はい」)。それゆえ、百パーセント投入するところから……。(録音が少しの間中断)


完全投入で創造が始まった


 それゆえ、私たち人間もその世界に入っていくためには、出発と過程と目的点を通さなくてはなりません。目的がここに反対に行けば、目的を通して過程を通して、経ていかなければならなくて、ここから出てこようとするなら、ここに出てきて出発し、結実になり回って入っていかなければならず、このようになるようになっているのです。道が一つしかないために、私たち人間は真の愛の結実を成さなければならないのです。

 その結実を成し遂げたその位置が何かというと、神様が創造したスタートの位置です。そのような位置に立った者にならなければなりません。それゆえ、すべての神様のエキスを完全に受けて、もった完全な結実になり、未来の存在としてささげられなければならないというのです。それが神様の願いです、分かりましたか? (「はい」)

 それゆえ、人を創造したのは、神様のためにつくらなかった、アダムとエバのためにつくったというのです。驚くべき事実なのです。なぜですか? 愛は、私からは来ません。相対から来るので、愛を中心として、絶対的な神様、絶対的な真の父母がその愛の前に主管を受けようとした、その位置だということは、より高い絶対的位置に立っているので、それより高い愛の理想的絶対価値基準を欽慕しながら、自分を百パーセント、ゼロの位置に立てながら、相対的立場に百パーセント投入し、第二対象をつくったというのです。

 例を挙げて話せば、空気は一定ですが、神様の愛を中心としてここにあった愛を向こうに投入したということ、この百パーセント投入したということは何かというと、ここが完全に真空状態になったということです。すべて真空状態になって投入するので、完全に高気圧状態になったので、高気圧圏は自動的に低気圧を通して回って入ってこなければならないというのです。

 それはなぜそのような原理的理論を立てたのかといえば、循環法度を長久化させるために、運動を長久化させるために、投入的な思想の概念を先にしたということを知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)。違いますか?

 ここにもし九十五パーセント……。九十五パーセント残っているために、ここに回って入って来れば、九十パーセントに削減します、また一周回って入って来れば八十パーセントに削減します。それで、真の愛を投入すれば投入するほど、それが出力よりも……。出力と入力を見るとき、入力が出力より大きいのが、今日、科学世界の理論ですが、愛の世界の理論は、入力よりも出力が大きいというのです。

 世の中は、均衡を取っているので、消耗する生活圏内にわたしたちが必要とするものは愛です。これがなくては均衡を取れないので、幼くとも愛、大きくなっても愛、愛で生まれて愛で食べ、愛で生きながら愛の道を行って、愛の世界へ逝くのです、もう何の話か分かりましたか? まあ、このような話が分かるかどうかは分かりませんね。

 それで、統一教会の「ために生きろ」という哲学、「ために生きる」哲学の論理というものは、現れた現象ではありません。根本を暴いたのです。では、統一原理をどこから導き出したのでしょうか、統一の原理を? この世が統一されるためには、どのように統一されるでしょうか? 自分を中心として、「ために生きろ」という概念が始まるところには絶対統一がありません。相手のために動くようにつくられたこの世で、自分を中心として動かそうと主張するのが悪魔です。

 悪魔のその血統を受けて、そのような世界を捨てて個人主義に落ち、享楽から永遠な天国理想を埋葬してしまうことが現実、二十世紀の終端文化圏世界です。これをけ飛ばし、愛することのできる復活の道は神様のように再創造の世界に向かって能力を投入できる……。

 愛の理想世界を私に与えないで、世界を超えて無限な価値の相対圏に完全に投入し、その投入した相対的価値が私に向かって自然に循環するようになるとき、私の価値も平準になり永遠に存続するという、その理論のもとでのみ統一理論の勃発が、スタートが可能なのです、分かりましたか? (「はい」)

 このような論理を立ててあげてこそ……。皆さん結婚するでしょう? 結婚すれば男性も女性も、一番訪ねていくものが何かと言えば神様の愛です。真のご父母様を愛することです。どちらの面を通じて?

 真のプラスは、真のマイナスを創造すると言うでしょう、原理に? 真のプラスは、真のマイナスを創造します。それはどのように創造するでしょうか? 完全投入して。完全投入すれば相対が現れるようになっています。そのような原則で、皆さん夫婦が結婚生活を今からしながら、考えるに……。神様を、先生をだれが先に、先生の愛をだれが先に受けるかという闘いが起きるのです。女性は、自分が先に受けようと、自分を考えたなら大変なことになります、男性は自分が先に受けなければならないと、このような概念をもったら大変なことになるのです。

 神側は、それが違います。二人の創造的理想は神様が投入するのを、互いにために生きることができる概念で出発したのですが……。皆さんが自分のために生きる概念を持てば、それは相反するのです。プラスとプラス同士は反発するのです。分かりましたか? (「はい」)。何の話か分かりましたか?

 それで、問題になります。神様自身がアダムとエバに対するのに、自分のために対するのではありません。あなたのために対する。愛するにおいては自分のためにするのではありません。「あなたたちを完成させるために、あなたたちのためにする」というのです。その表題が、出発がそれです。

 それゆえ、「アダムとエバが神様のために愛することは罪ではない、いつでも愛し合いなさい」というのです。ところが、人々は、自分を主張すれば問題が大きくなるのに、夫が考えるに「ああ、エバが神様の愛を先に受けてはいけない」と言い、エバは、「ああ、アダムが神様の愛を先に受けてはいけない」と言うのです。違います。

 そうであっては問題が起こるので、ために生きる論理において、私が神様の愛を先に受けようとするのは、あなたを完成させるためである、これです、出発点が。私を満足させるためではありません。「私がこのように先に神様の愛を占領したいのは、あなたを早く完成させるためです」と言わなければならないのです。何の話か分かりましたか? 自分ではありません。この「ために生きる」哲学が、神様がアダムとエバを一番価値的な存在として先に立てたという概念とぴたっと同じなのです。

 それゆえ、私が先に貴いものを持とうというのは、エバを喜ばせるためであり、エバを満足させるためです。それによって、私は私自身も取り戻し、私も完成して……。愛で完成するでしょう? エバも完成させ、神様まで完成させることができるというのです。自分を主張したなら、自分自身も失い、エバも失い、神様とも永遠の別れになるのです。統一原理の理論的根拠をここから知らなければなりません。分かりましたか? (「はい」)

 では、既成教会、反対するその教会をどのように統一するのでしょうか? 反対するのよりも、もっと大きくために生きよ! 結論は、簡単なのです。分かりましたか? もっと大きくために生きる者の前に、天地は屈伏しなければ、屈伏しなければしないほど、天は地に強く打ち込むのです。損害賠償を何倍も支払わせ、何倍も強く打ち込むというのです。


怨讐を赦してあげ、愛で対しなさい


 それゆえ、既成教会が二千年の間に基盤を築いたものを、統一教会が十五年間、世界的に二十年間築いてきたものを反対し、二千年間、これを完全に地に埋葬してしまいました。それで、先生は? 天の側です。ために生きるほうを神様が擁護するので、この思想を信奉して万世に権威ある思想を超え、国家体制を超えて最高の位置にまで前進すべし。(「アーメン」)。本然の万物が願う……。(拍手)

 その日本が、日本の国もわたしと怨讐でしょう。日本がどれほど怨讐ですか。昔、日本の天皇を捕まえて殺そうと、それを皆、謀議していたのに、わたしは、「やいやい、そんなことはするな。自然に死ぬ時が来る。皆さん、焦るな」と言ったのです。それで、日本人以上にアジアのために生きなさいというのです。分かりましたか? 分かりましたか? 大東亜圏を語っていたでしょう? 日本人以上にアジアのために生きなさいというのです。そうなれば、日本は失ってしまっても、アジアを取り戻すというのです、日本の人はアジアのためには生きないから。日本のために生きろといいます。二つの世界に分かれるのです。何の話か分かりましたか? すてきな理論です。

 このような相克した面においての二つ、その内部で一つは強制的に屈伏させようとしますが、一つは彼らのために、未来のために行こうというのです。日本人よりもっと努力しなさい、もっとために生きなさいと。彼らが夜に寝るなら、私たちは夜に寝ずにするなら、アジア世界は私を訪ねてくるのです。

 それで、この論理をもって世界平和ができるでしょう。それ以外にはありません。捜してごらんなさい。皆さんが捜し出せるなら、わたしが先に捜したでしょう。これ以外にありません。そのような「ために生きる」哲学、完全投入の起源を創造の出発として、その出発の理想的モットーになったそのモットーは、愛の対象圏であり、愛の前には神様も屈伏するという驚くべき理論的根拠をもったがゆえに、世界統一平和の論理をここから発掘できるのです。分かりましたか? はっきり知らなければなりません。ですからこれ以上にすてきな思想がないのです。

 それで、先生がこのように打たれて奪ってきました。神様の作戦は、打たれて奪ってくるものですか? うん? 皆さん、家でもそうではないですか? 父母の前において、兄弟の間で兄さんが、やたらにかわいい弟を父母が特別に愛しもしないのに、同じ愛で愛するのに、これをねたむならば、その父母が「こいつめ、おまえにある財産まで取って、弟にやる」となるでしょう? うん? 蕩減法が適用されるのです。分かりましたか? 同じです。

 公的な位置に立ち、公的な立場で打たれる人は、その環境を支配するようになっています。それで、統一教会は、サタン世界に公的な立場で非難されろ、反対されろというのです。それで、反対されることは、サタン世界の所有物を伝授できる作戦法です。それゆえ、迫害は知ってみると、その場では損害のようですが、十年、数十年後には、何十倍、何百倍の贈り物として帰ってくるというのです。それが統一教会の先生を中心として、世界史的な基準で、如実に証したものであることを、否定する道理がない理想論理になっているのです。お分かりですか? (「はい」)。分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました」)

 それで、日本人は、韓国人よりもっと愛さなければなりません。もっと愛したのです。わたしが監獄に入って、出てくるとき、日本の人たち、その刑事たちは皆、……。そのとき、日本のその何の姓ですか? 馬何々というそのような姓があるでしょう? それは、まれな姓です。この刑事部長のやつになり、わたしを煩わし、ばかげたことをするのです。わたしがほうっておいたなら、それは皆、死ぬのです、それは。その課長たち、それはわたしが皆、防御し、措置をしてあげたのです。

 怨讐を愛で、彼らを赦してあげ、愛で彼らを解放させたので、その一族は、先生にその代価を返さなければなりません。それで、先生のために首を差し出して、死のうと……。こうすることのできる日本の国民が生まれたのも、そこからです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。わたしが言えば、A級戦犯として完全に死ぬのです。それを皆、送ってあげ、日本に送り返したのです。それが偉大なのです。分かりましたか? (「はい」)

 それが、皆さんが今、日本の人たちがここに来て、韓国になぜ来ますか、韓国に? 返してあげるのです。分かりましたか? 四十年を過ぎて、これがこのように国家的に返すことができる、日本民族を代表した若者たちが国を背景として、韓国を訪ねてきて、血を皆、受け継ごうと言うことのできる、このような時代にまでなったのですが、何がこのようにしたのかと言えば、神様の愛です。

 先生が教えてあげた理論的思想体制内において、それが正道に従う結果によって、このようなことが起こるのです。それで、植えなければなりません。それで、刈り取るのです。

 日本でも先生が……。日本もよく知っています。先生は字もうまいし、あらゆることがうまいです。してみなかったことがありません、日本で。門下生もしてみたし、先生もしてみたし、ご飯も恵んでもらったり、だだをこねてみたし、わざと。日本の人たちのお金持ちの家に行って、下宿してだだをこねてみたり、わざと。家の中はどうか、根本を探り出してみよう、嫌だというのも、皆、……。日本がこのような国だなあと。


先に打てば滅びるようになっている


 そのとき、日本人たちが先生をたくさん冷遇したのです。韓国人といえば門前に入るようになると、韓国人がここから出て行きもしなかったのに、中のふしどの門を閉めて、あいさつもせずに、行ってしまうのです。そのような国を愛さなければならないというのです。その貧民群、日本の政府が皆、犬のように、犬の糞のように捨てた者たちを、皆、抱いて愛さなければならないというのです。

 皆さんがそれを、今韓国に来てしなければなりません、分かりましたか? 道に立つ女、乞食のような連中、かわいそうな、ごみ箱のような者を皆愛し、天に連れていくべき同族として愛することのできる日本人が……。天国に入ることのできる国家的基盤が日本国には開きません。それで、そのことを今、始めるのです。分かりましたか? 分かりましたか、何の話か? (「はい」)

 難しいと不平は言えません。二十四時間寝られないといって、出て行って……。離れることはできないという事実を知らなければなりません。先生が家を離れればどうなるでしょうか? それゆえ、神様の作戦は、打たれて何ですって? (「奪ってくるのです」)。悪魔は? 打って失うのです。それゆえ、一次大戦も打ったやつ、二次大戦も打ったやつ、三次も思想的に打ったやつ、共産党が滅びて……。既成教会と統一教会をおいてみるとき、だれが打ちましたか? 統一教会が打ちましたか、既成教会が打ちましたか? (「既成教会です」)。それで、この前にときが皆、来たので、「やあ、こいつら、打つな!」というのです。今から打ったら、雷が起こるというのです。

 今からは潮水が張り合ったので、このように流れません。反対に流れるのです。分かりましたか? 水平が反対に流れるときに来たというのです。このようなときを中心として……。ですから西洋、今まで日本の人々が西洋を追求してきたでしょう? 西洋といえば、言葉も皆、なっていない発音をして、英語で……。ああ、そうしてあらゆる言葉を皆、使うではないですか? 西洋崇拝の怪物が日本の人たちです。その代わり一番近い国である韓国を一番嫌いました。それは知っていますか?

 それで、この前にもそうではないですか? 一八〇〇組の結婚のときにも、「ああ、あなたたち、行って黒人と結婚するならしていいが、絶対に韓国人とはするな」と言ったのです。うん? 父母たちが訓示したそのような話をわたしが皆、報告を聞いています。(以後日本語で少し語られる)

 ああ、何もしなくて、わたしは休めばいいです。(笑い、拍手)なぜそうなのかというと、先生の心が、先生の心がぷうっと浮かなければならないのです。何の話か分かりましたか? 無理にすればよくありません。心がぷうっと浮かんでこそ、ここにさっと見ればすでに光が来て、あそこにだれがいるなということが、すっと見えます。あの遠くのところでくるくるくるくるして、ここに来てさっと現れるのです。ここにいる悪い人は、くるくるっと振り返り、いなくなります。それ、いなくなるのは、悪いものです。

 先生、目がおかしいでしょう? 気分がそうです、さっと見れば。「あの女はだめだな……」というのです。それゆえ、無駄口をたたかずについて行けというのです。分かりましたか、分かりませんか? (「分かりました」)。もうこれ以上話さなくてもいいですか? (「はい」)。百二十点ですか? (「はい」)。女性たち? (「はい」)。(拍手)

 ああ、わたしが女性たちにどれほどたくさんだまされたかしりません。(笑い)ただ女性、女性は本当に恐ろしいです。女性にたくさんだまされました。今でも信じることができません。わたしがあの興南監獄に入っていくとき、ついて来る女性も多かったのです。先生のためなら、天上で、死ぬとすれば、また再臨復活し、蘇生し、何代を生きても、先生のために所願成就をする女性だと、花ならば百合の花になり、花ならばバラの花であってかぼちゃの花ではありません、とどれほど……。そのような女性がいたでしょうか、いなかったでしょうか? 純真な先生は、それを百パーセント信じました、信じてみたら国が亡びるようになったというのです。

 信じるのが罪ですか、信じないのが罪ですか? (「信じないのが罪です」)。信じないのが罪です。そうなのです。その人たちは皆、統一教会を利用し、先生を利用しようとしましたが、皆、亡くなってしまい、利用された文先生は、依然として残って、天下に対して号令できる高い位置に上がっているのです。そうでしょう? ですからわたしの話を聞かなければなりませんか、聞いてはなりませんか? (「聞かなければなりません」)


自分の欲望で相対を探してはいけない


 わたしが今から結婚させるときは、どのようにするでしょうか? 顔がお金のように平たくて小判のような女性は、平たくてお金のような男性に出会えばそれは何になるでしょうか? お金のような男性、平たい女性が生まれるのでそれは使い物になりません、使い物になりません。そのようなときは反対です、後ろが出て、前が出て、見た目が忌まわしい斧の頭で、ハンマーの頭のように忌まわしい人……。鼻もにょきっとしなければならないし、その代わり口も目立たなければなりません。

 では、自分たちとしては理想であった男性格ではありません。八十パーセントが違うはずです。がっかりするでしょう? がっかりしてもしかたありません。皆さんもいいというものは、八十パーセントは滅びるのです。友人と間違ってつき合ったら、車に乗って行くようになれば、監獄に行くようになれば、その監獄の初めから同伴者になり、連累者になり、同じ型で生きるでしょう? 同じ道理であることを知らなければなりません。結婚を誤れば一家が滅びます、一家が。

 見れば、人は衰運にある人、下降運にある人がいます。女性も男性も同じです。男性も女性も上がっていく運勢に……。それは同じです。それゆえ、世界は、水平線を中心として、高く上がっていくときと下りていくときがあります。それでは、これをどうしなければならないかと言えば、これは高いものは置いておき、低いものを持ってきてこのように合わせなければなりません。これで一つにして、これが長く延長されなければならないのです。未来に下りていくことのできる道をつくってあげなければならないのです。

 その未来というものは、統一教会で言うなら、復帰摂理の限界線を超えるのです。それゆえ、わたしたちは関係ないと見るのです。先生はそのように見るのです。何の話か分かりましたか? (「はい」)。ですから先生がやれというとおりにしないで結婚した三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭、四百三十家庭を皆、わたしが見てみると、全部悪いのです。病身にならなかったなら……。息子、娘を見れば顔がゆがんでいます。病身、皆、みっともないです。それは恐ろしいのです。

 因果原則は、厳然たる法則です。それを原因と結果を円満にさせようというのが先生のみ旨です。それで、統一教会の後孫が顔形が整っていなければなりませんか、優秀でなければなりませんか、劣らなければなりませんか? (「優秀でなければなりません」)。今の時代は、これ、劣っていますが、後代だけは優秀でなければなりません。それが先祖が願う願いであって、一家を率いる責任者とその父母たちが願う願いです。ここに来て結婚し……。滅びるために送った人はいないのです。わたしがよく知っています。

 そうなれば、十年後、二十年後に、何十年後に繁栄するはずです。ある人は、五年後に繁栄する人もいるでしょうが、五年後に繁栄する人は、一つの面を支配する人……。十年後に、百年後に発展するようになれば、一国を支配するとすれば、どちらを我慢して待ちますか? 一つの面を先に見いだしますか、一国を先に見いだしますか? これが問題です。どちらですか? 一国です、一国。もっといいものは、長く待たなければなりません。

 それで、先生は今現在、祈祷をしません。この複雑な皆さん、数千人の生命にわたしが責任を負ったのです。そうではないですか? この後孫が誤るようになれば……。先生の意図、計略によってしたなら、霊界に行って黙っているでしょうか? 先祖がただたいまつを持ってデモするのです。後孫が千秋をかけて……。皆、分かります。

 ですから、原則をもって対するのです。原則をもって対するにもかかわらず、原則どおりにしないものは、わたしは責任を負いません。責任を負えといっても、負えないのです。原則でやったときは、終わりまで……。皆さんが死んで皆さんの子孫もその原則に従うときは、永遠をおいて責任を負うことのできる立場で立ちますが、そうでないときは、それで終わるのです。

 それで、前例から見て……。自分の欲望を求めていった人は、皆、滅びます。三十六家庭もそのような連中が多いです。わたしは話しませんが。うん? 自分の欲だけ張っていれば……。先生は、すでに過去にだれが何をしたかということが皆、分かります。絶対忘れません。間違えば間違ったことを清算し、このような問題に、息子、娘すべて祝福当時に見るとき、皆、比較するのです。選別するのです。

 この先生がそのように頭が悪くないのです。一度記憶をすればコンピューターのようです。先生に記憶されるこのようなこと、原理原則に外れるこのような……。記憶されるようになれば、それはそれで終わるということでしょう。そのように思って、過ぎ去ったこととする場合には、先生の気分を良くしてください、はい? (「はい」)。(拍手)

 それで、わたしが昨夜から、昨夜からわたしがこれを、何日間か、ずーっと一週間前からすでに準備してきたのです。深刻だというのです。皆さんよりもっと深刻です。父母が子女たちの配偶者を結んであげるのに、どれほど深刻かというのです。もしかしたら誤るかもしれないと思って、深刻だというのです。それゆえ、天の前にすべてゆだねて……。

 さあ、目をつぶってやりますから……。それ、考えてみてください、目をつぶって。それでも、皆、りっぱにしっくり合うと思うのが先生だというのです、目をつぶってしても。それは目、手ならば手が、先生の手が先生の手ではありません。天が直接役事するのです。(日本語で少しの間み言を語られる)(婚約準備しながら整頓なさる)


先輩たちの精神を投入し、後輩たちの基盤を築いてあげ


 やあ、これ、本当に男性たちはハンサムですね。(笑い)違いますか? 日本で一番優秀な、優れた男性たちです。統一教会にいる人々は、家庭に運がなければなりません。韓国に行って合う運を持たなくては……。ほとんど韓国人です、これが。先生はそのように思っているのです。八十パーセントが皆、韓国人です。わたしたちの尊属を捜さなければならないでしょう。そうなのです。今はもう日本……。わたしたちの先祖は、韓国なのです。

 しゃべっている人たちは、横でハンカチを取り出して口をふさぎなさい! 皆さんがおしゃべりするようにはなっていないではないですか。じっとしていなさい、死んだように。ハンカチを皆、取り出していなさい。取り出して、横でおしゃべりしたらやめさせなさい。なぜ騒ぎますか?

 事務処理が……。今、八時ですが、夕方も食べずに片づけてしまわなければなりません。命懸けなのです。祝宴の日には、お客さんが訪れれば、皆、夜を明かして、その翌日をすべて使って祝宴しなければなりません。わたしがメッコール一本ずつ皆、分けてあげましょうか? (「はい」)。かまいません。二千ボックス分け与えましょう。分けてあげて、私たちの先生が婚約の贈り物としてこれを一つくれたのですが、婚約対象者は、霊界にいる人なので、来ないで、写真で代わりに訪ねてきたので、りっぱな男性だと……。

 皆、日本の大学出身です。日本のその東大出身だとか日本の国立大学出身は、日本政府が皆、掌管できるそのネームバリューがすべてくっついているのです。

 そしてまた、わたしが中国語……。ここに来ては五年間韓国に来ています。二年間皆さんの家に行って暮らしながら……。食べさせてあげなければなりませんか? 妻がもうけて食べさせなければなりません。その品目は何でしょうか? メッコールを売ります。その次は新聞配達、その次は消費組合、それで、その生活基盤を築いてあげようと思います。

 これさえ築く日には、今後、何十万の日本の人々が結婚して来ても、生活問題は問題ないのです。この基盤をどんなことをしてでも築かなければなりません。先輩たちの精神を投入し、私たち後輩たちの基盤を築くことのできる責任を負い……。わたしたちの一生を投入しなければならないのです。それは三年だけすれば、十分、三年だけすれば十分に築かれるようになると見るのです。

 新聞社は、一年半内に東亜日報、朝鮮日報を撃破できなければだめです。(「アーメン」)。(拍手)それで、韓日合同です、韓日。韓日合同して神様の御名で……。(「アーメン」)。日本の先祖を動員し、日本人を動員して、ソウルでたいまつを掲げて、日本が皆、感嘆し、韓国が感嘆できる問題を起こさなければならないのです。善意の問題なのです。

 それで、金日成に南北三八度線を開いて……。それで、希望を持って一度やってみるのです。それゆえ、わたしが静かに見ると、皆さんが見ると、ああ、これ、ねたみが生じるのです。この者たち、わたしが苦労し、あの見たくないものを集めて、福のふろしきを分け与えることを考えると、胸がずきずきするのです。皆さん、日本の男性たち、あの大学を卒業し、そのような男性をどこに行って捕まえると思いますか?

 どれ、君、名前は何ですか? (姜ヨンファです)。姜ヨンファ、だれの娘です? お父さんとお母さん、教会に来ますか? (「来ません」)。兄さんも来なくて? (「姉さんが来ます」)。姉さん? (「はい」)。そのお姉さん、祝福を受けたこと、そのお姉さんの夫に対して、皆、喜びますか? (「はい」)。皆、喜ぶでしょう、統一教会の食口のような男性がどこにいますか? いないでしょう? それを知っていますか? 統一教会の男性食口のような男性はいないのです。


平和の世界は、五色人種が一つになってこそ


 そうなれば、君は追い出されないでしょうね? (「はい、許可をもらいました」)。日本の男性でもかまわないと? (「はい」)。では、黒人を一つもらってあげましょう。黒人はどうです、黒人? 黒人も兄弟ではないですか? (「お父様がしてくださるなら……」)。六千年間別れてアフリカで暮らしてみると黒人になったのであって。宗旨が違いますか? アジア人、あなたたちよりもっとりっぱな男性が多いのに……。皆、そうなのです。黒人は悪いのではありません。情を寄せれば、黒人と暮らす面白みはもっと刺激的なのです。もっとために生きて、そうなのです。

 この日本の女性たちを黒人とこの前、五十組ほどしてあげたのですが、皆、わたしに感謝すると言っています。女王のように迎えてくれるというのです、一家が。そうではないですか? 馬のようなものも黒毛があるでしょう? 黒毛が褐色よりももっとすてきなのです。太陽の光が出るときは、きらきらとどれほど……。つやが出て、そこに眉毛も真っ黒く、白目だけ白くて、そのぱちぱちするのが、とても芸術的です。そして、女性が黒人と暮らせば、幸福でくたびれてへとへとになります。そのようなこと知らないでしょう、何の話か? ですから統一教会女性たちは……。

 神様は色盲です、神様は。それは何の話か分かりますか? 色を見ようとはしません。真の愛の目は色盲です、色盲。知っていますか? 色盲、知っているでしょう、色盲? (「はい」)。色盲が何ですか? (「色を区別できない……」)。色を見分けられない、神様の目は色盲です。神様は、かえって黒人たちを愛するのです。今、それゆえ、今までこの体育の外的なすべての力の権威をもった人は皆、黒人です。米国選手たちの三分の二が皆、黒人です、金メダルを受けた人。知っていますか? (「はい」)。白人たちは何人にもなりません。これはすでに奪われたことを意味します。

 クレネ人のシモンがイエス様の十字架を背負ったでしょう? それで再臨時代、終わりの日の時代においては黒人たちが体力的には、祝福されるときが来るのです。これをよく指導して、精神的に祝福される道さえ開いておけば、白人が問題ではありません。白人を十人使うのよりも、黒人一人使うほうがましなのです。

 黒人は、絶対従順です。白人たちは驕慢です。今、本然の国を創建できるあらゆる重要な責任は、黒人たちが負わなければならないとわたしは見るのです。分かりましたか? (「はい」)。イエス様が十字架で亡くなるとき、クレネ人のシモンが十字架を背負い、黒人が行く道を手助けしませんでしたか? その福を受けるのです、主が来るときになったがゆえに。

 それで、なぜ黒人世界が……。ボクシングや何かの運動では、陸上やあらゆる面で黒人がなぜ先んじるかと言えば、天国の祝福を体として受けるときであるからです。イエス様を手助けしたように人類の真の父母の受難の道を初めて協助した人は、その人しかないのです。それで、アフリカ時代が今……。すべての運動では今、チャンピオンになります。

 これをうまく教えてあげたら、白人よりも黄色人種よりももっと忠誠を尽くす人が多く現れます。涙を流して忠誠を尽くすことのできる人々が黒人たちです。これが、イスラム圏内に入っているのに、これをわたしが垣根を壊すためには、イスラム司祭たちと有名な世界的な大家たちと今、連絡し、この統合運動をしているのです。

 それで、平和の世界というものは、黄色人種だけではできないのです。違いますか? 五色人種が一つにならなければならないのです。今、わたしが世界平和の旗手として来たからには、これを祝福という、結婚という問題を中心として、平準化させなくては、世界は谷間に行くようになるでしょう。平地が生まれてこないのです。水平線が現れません。そこには涙の跡が残されるので、そこには水が流れないために腐ります。それは世の中のがんのような基盤になるというのです。

 もっと、(写真)持ってきなさい、もっと、これをもっと持ってきなさい。(「はい、分けているところです」)。皆、持ってきなさい。それでこそさっさと早くできるのです。わたしがしろと言うとおりにだけしなさい。


後代を思いながらペアを組んであげる


 それで、君は、なぜ今まで……。一九六二年度に入って、今までなぜですか? どこかに行っていたのですね、統一教会を捨てて。(「いいえ、終始ポムネッコルにいました」)。うん? (「釜山のポムネッコルにいました」)。ポムネッコルにいましたか? ポムネッコルにいても、皆、嫁に行くときは行かなければならないのではないですか? ポムネッコルを守っていましたか? (「いいえ」)。うん? 君も星回りが悪い女性と思っていますか? うん? 君は、東西南北を歩き回らなければなりません。それを知らなければなりません、東西南北。君が定着して暮らせば、周辺にいる人が病気になります。まひ病、小児まひ。まひ病になる人が多く生じるのです、それはどういう話か、おかしくないですか? 君、そのような経験をしませんでしたか、家で? (「はい」)。そのようになるのです。見ていなさい。

 それゆえ、君の新郎は、やんちゃな新郎、一日に一、二度ずつ頬をなぐることができる夫をもらわなければなりません。そのような、統一教会の食口の中にそのような男性はいないけれど、そうすることのできる性格、火のような性格……。激しくけったり、つばを吐くことができる男性、そのような男性をもらってこそ、生活の道を探し求めて息子、娘を生み、それでも死ぬとき、うちのお母さんはりっぱなお母さんだと称賛できる息子、娘が残されるのです、これが。それゆえ、いい夫をもらおうと考えてはいけません! わたしが話をしてあげるのです。君もそのように考えますか? それが君の運勢なのでそうなのです、その男性が。

 その男性もハンサムではなかったでしょう? げんこつがこのような男性でしょう? そうでしたか、違いましたか、話してみなさい? 気に入らなかったでしょう? げんこつが大きくて、やんちゃのようだったでしょう? (「あまりにも小さくて嫌でした」)。小さくて、小さくて? そうでしょう、小さくてもふつう以上に小さくなければならないのです。君が首以下、ここに来なければならないのです。そうでなければだめなのです。あなたが幸せだというと、だめなのです。

 皆、そのような何かがあるのです。どうして分かるのか知りませんが、先生は生まれつきです。先生は八歳のときから仲人の役をしました。近所の姻戚の八寸までです。わが家は五山の家なのです。わたしは五山の家の小さな子供であり、次男です。五山の家の小さな子供です、わたしたち一族の……。今後、わたしたち門中を生かすことができ、わたしたち門中で誇らしい天のかわいい子として生まれたと言われました。尋ねれば皆、分かります。

 写真を持ってきてみて、置いた写真でそのまま結婚した人は、皆、息子、娘をよく生んで、よく生きるのです、しばらくは悪いかもしれませんが。そのときから、八歳からやったので、今は八十歳近いからさぞやこの専門家になったでしょうか? わたしは見て分かります。離してみるって、何を離してみますか? においをかいで皆、分かるのです。さっとみれば、すでに皆、分かります。さっと座るのを見て、笑うのを見て皆、分かるのです、はっきりと。さっと見て「あの女性、かわいそうだなあ……」というのです。

 それで、一生の間に七人まで食い殺す女性がいます。食い殺します。カマキリがいるでしょう? 愛し合ってから男を食べるでしょう? そのような性格の女性。愛し合ってから、男性を食い殺します。そのような女性がいるのです。そのような女性は、屠殺できる牛を毎日のように打ち殺すことができる、このような男性をもらわなければなりません。あまりにもひどいでしょう? うん? あまりにもひどいでしょう? しかしそうでなければだめです。そうでなければ子女ができません。それで、先生が結婚させてあげるのは、後代を考えて結婚させてあげるのです。三分の二が後代のためにです。

 先生もお母様に侍ってきたのはですね。お母様すみません。お母様に侍ってきたのも息子、娘を考えて……。それで、わたしたち息子、娘は皆、優れていますか、劣っていますか? (「優れています」)。あまりにもハンサムでわたしが心配です。(笑い)女性は、あまりにも闊達です。どこか男性世界に行って外交をさっと……。

 恩進だけでも、今あのコロンビア大学を出て、教授世界に行き、皆、説得してぴたっと……。説得するのです。このようにして、「だれだれこのような学生が、コロンビア大学の私たち政治科のために、政治外交科のために入学させるのが誇りなので、やらなければいけない」と説得するのです。このようにして……。

 それで、お母様によく侍ってきましたか、侍ってこれませんでしたか? (「よく侍ってきました」)。ああ、この小さいお母様……。お母様お一人に侍り損なえば、どれほど版図が変わったでしょうか? そうでしょう? (「はい」)。どれほど変わったかというのです。お母様が小さくて、百五十未満ならば、その子たちがひなのようで、どう使えるでしょうか? あのガチョウの子は、空中を飛ぶのです、いくら大きくても。それで、空中を飛びます。空中を闊歩するときは、天地が震動しながら、悠々と飛んで行くことのできる、このような勇者のような息子、娘を生まなければならないのではないですか? それは女性として願いますか、願いませんか? (「願います」)

 君もそうです、小さい女性? そうですか? 小さいほどもっと切実でしょう。そうではないですか? 優秀なほど切実でなく、小さいほど切実でしょう?

 このように見れば皆、美人のようです、今晩には? 美人のようですか、美人ですか? きょう婚約しようと集まった人々、その乙女の心は、美人、乙女に近いのです。それゆえ、きょうは、際立って顔がさっとこのようにあかりに反射して見えるから、反射の色が出て、とてもかげろうが立ちこめた中で仙女が笑う顔のようです、皆。

 それ、一枚だけ下さい、一枚だけ。一枚だけ下さい、お母様。お母様が。(「一枚下さいですって? 何とおっしゃいましたか?」)一枚だけ下さい、そこから。それはお母様が協助したという条件を立てないと。(笑い)(以後からは継続してペアを組んでくださる)*






















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聖酒式前の御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


聖酒式前の御言

日時:1988年10月29日 場所:一和龍仁研修院

 この御言は、一九八八年十月二十九日夜より、翌日の未明にかけて、一和龍仁研修院で、「国際祝福」を中心とした六五〇〇双に対して、日本語で語られたものです。


我々の使命


 韓国の男性と韓国の女性、日本の男性と日本の女性が共に座っているときの気持ちはどうですか?

 今までの両国間の立場というものは、日本人にとっては、韓国人は一番嫌いだった。また、韓国人にとって日本人は一番嫌いだった。長い歴史を通して怨讐のように考えてきました。いかにその壁を崩してしまうかということが問題である。人間の力、人間の方法、手段ではできません。また、堕落世界の心情圏では絶対不可能である。その不可能なことが、今この地上に可能になりつつある。それは神様によってです。神様は万物の創造主である。だから創造主につなぐ、真の心情圏の力によって、こういう現象が起こってきたというのです。それは何よりも偉大なことである。

 君たちがこのように集まったこと自体、今世界から見た場合には、最頂点に立っている。最高の所に立っているということを忘れてはならない。だから、君たちの行動というものは、天から見たときに、一番注目の的であるというのです。サタン世界は、この絶頂に立っている者たちが何とか崩れて、転がり落ちるように願っている。天の方では、何とか一つになってこの絶頂から飛躍する、跳躍することを願っている。

 この二つの境界線を迎えながら、今から君たちの生涯の運命がどういう方向に決定していくか。この頂点から下がっていくか、跳躍していくか、それが、今からの君たちの使命として、双肩に掛かってくる重大事件です。「だれか一人ぐらい、自分一人ぐらいこういうふうになるのは何でもない。たくさんのカップルのうちで全体に何のかかわりもない」というように思ったら大間違いです。それは一つの水晶玉であって、そこに傷が一点つくというのは、全体の傷になる。一人の傷ではありません。

 今からは、このような怨讐国家間で、み旨を通して共につなぎ合って、今まで築き残した壁を崩さなければならない。それが我々の使命である。いかなる苦難が、いかなる迫害が増し加わっても、何としてもこれを崩壊させなければならないという使命を我々は持っている。もし、君たちがそれをなしえなかった場合には、我々の後孫を通しても、これが果たされるまで続くであろう。長く続けば続くほど、それは二重、三重、それ以上の難しい結果を来すようになる。

 だから、最初の出発が何よりも貴い。そうだろう? 出発が最も貴重なものである。出発を誤った場合には、全体が曲がってしまう。そういうふうに考えて、我々全体を中心として考えた場合には、君たちは一人ではない。きょう十月三十日に式を挙げる全体は、一つの塊である。跳躍して、飛躍して行かなければならない各自の使命を、各自が固めつつそれを進めて行かなければならないということを、決意しなければなりません。分かりました? (「はい」)。全体が一つだ。各自ではない。そういうような重要な時点に立っている。

 君たち、考えてみなさい。霊界から見た場合に、君たちの先祖はどう思っているか?

 韓国の先祖も、日本の先祖も皆霊界に行っている。霊界では、会おうとすればすぐに会える。“あの者は自分にとって恩師だ”と思ったらすぐ会える。見たいと思えばすぐに現れる。思えばそれが果たされるような世界になっている。時間と空間を超えているのです。

 君たちの先祖をずーっと考えてみた場合に、韓国と日本の先祖は今まで恨みが多い。怨讐関係を続けてきた先祖が霊界に行って、どういうような立場にあるかを考えてみなさい。それは悲惨である。そういうような立場は、日本と韓国ばかりではない。国境を境とした両国家は皆、世界いずれの国も同じです。いずれの国家も、国境が問題となる。国境問題を中心としていろいろ争いが起こって来る。

 国境を越えて他の国を犯したり、被害を被らせるようなことを続けていくことによって、両国家の間は、特に悪くならざるをえない。そういう歴史性を持っている。それは、日本と韓国ばかりではない。フランスからドイツを見ても、フランスからイギリスを見ても、皆国境を控えている国々には、過去から現在、未来を通じて複雑な状況を残しながらいくのです。

 もしも神が、何とかしてそういう問題を解決しようとして、「どこから始めるか?」と尋ねた場合に、日本と韓国民族は「ああ! 日本と韓国からは嫌だ!」、そう言うだろう。神が「フランスとイギリスを中心として境目を崩す」と言うと、「フランスとイギリスでそれをするのは良くない! 他の国でやってくれ!」と、いずれの国もそういうふうな考えをする。そう思いませんか?

 結局、どこの国からもそういうような答えが返って来る。そうだとすれば、初めに召命される国々が悪いかというと、絶対そうではありません。それは、天に向けて最初に召命された立場に立っているということを、その人々は知らなかったからです。だから、地上の国々は、自分たちが知らないうちに、天の運勢を逃がしてしまうことがいくらでもある。


み旨の完成


 こういう観点から見た場合に、統一教会は一つの世界的宗教である。天が多くの世界的な祝福を授けるために、どこかの国を立たせて、ある使命を任せたい、そういうふうに召命された場合に、大概の人は分からない。また、準備する国がない。準備する国もなければ、それを好む国もない。準備して、そういうときが来るのを待つ国民もなければ、それを好む国民がないというのです。

 神のみ旨は地上を中心として完成していかなければならない。完成していくには、蘇生、長成、完成と、レベルを上げていかなければならない。それを、地上の者は皆知りません。知らない環境の中に、特別に天から召された預言者とか、先駆者たちが生まれて、「時が来た。国ともども、国民挙げて準備をしなければ国が滅びる。アジアに、世界に危機が来る」といくら言っても、それを理解する者がありません。神のみ旨に対して、はっきりした理論的な内容を、まだ、この地上の人間は分かりません。知る者がいないというのです。元をはっきり決定しない立場から堕落してきたから、その元を探って、それを明かすということは絶対不可能な境地に立っている。

 数多くの預言者、宗教者たちがその境地を、峠を越えよう、越えようと努力してきた。しかし、努力したとしても、それを解決する道を見いだすことができないで、皆、失敗に終わってしまった。失敗に終わったその個人、その国自体が、未来にその道を訪ねて来る人々に対して、一つの教えの材料として用いるような基準で失敗したのではない。かえって警告をなし、これは危険だというような失敗の結末を残して去って行った。世界的に、歴史上、そういうような立場を残して行った。

 だから、決意を囲めて、その峠を越えようとする者には、皆が反対する。「過去もこうだったのに、皆失敗してきた。それなのに、その失敗の道をなぜたどるや?」と。それは、個人が反対するとともに、社会から国ともに、為政者たちは皆迫害を加えて、国を挙げてブレーキをかけて来た。そのように見た場合に、神様のみ旨を果たさなければならない霊界、天と神様はいかに惨めな立場であろう。それを考えなければならない。

 それと同じように、統一教会の今までの発展の路程は、そういう道を訪ねてきた。だれ一人も歓迎する者がいない。たった一人ぼっち。世界を挙げて「正しい」と主張しても、聞こうともしない。振り向くこともしない。それで済めばいいんだけれど、「これは問題になる、切ってしまわなければならない」と言って除去してしまう。そういうように、天に向かう使命を天から召命された人たちは、その時代の迫害を受けるのが常識的になっている。当然、そういうような迫害を受けるようになっていると思うような世界になってしまった。

 だからと言って、「そういうような思いは捨ててしまえばいいじゃないか、手を着けなければいいじゃないか」と言うのは神のみ旨ではありません。神のみ旨は、神自身を中心として果たすようになっていません。人間とともに果たすようになっている。その人間というのは、今霊界に行っている、神のみ旨を知っているその霊人体ではありません。肉身を持っている地上の我々人間です。堕落圏に覆われている場合は、人間を適してみ旨を果たすことを求めなければならないのが神のみ旨であったというのです。


サタン世界転覆のための闘い


 そう考えてみた場合に、霊界と地上界は反対になっている。必ず反対になっているというのです。サタン世界は、左の世界からずーっと右の世界を全部占領している。「占領しているそれに沿うて行けばいいじゃないか」と言えば大変なことになる。「何で逆の方向を求めて行かなければならないのか。今世界的に、こういうようにいい世界になっている、皆ともどもに青年が個人の目的に向かって、自由世界に向かい合うその様子がいいじゃないか」と言う人があるかもしれない。

 しかし、この世界は堕落した結果の世界だ。堕落して成しえた結果の世界であるということが間違いない結論であるとするならば、それは悪い方に包囲されている。それをいつか引っ繰り返す。引っ繰り返さなければならない。それをだれがやる?

 世界的になっているものを、だれがいっぺんに世界的に引っ繰り返すか。間違っているこの世界、天地ともどもの地獄になっているすべてを、いっぺんに転覆させなければなりません。そういうことをやれる個人が生まれないと、そういうことを成す家庭が生まれないし、家庭が生まれないと、氏族、民族、国家、世界が生まれるようになっていない。そういうことを考えた場合、だれがそれを転覆させてしまうかという結論になる。「私がやる」という決意をして立つ者があろうとも、それを果たす時間が何年くらいかかるであろうか?

 生涯を通していくらやったとしても、人間の生涯は百年、一世紀以内に消えていくものだから、数百万年の歴史を通して固執するようになった現実の社会を、いっぺんに転覆させるようなことは夢みたいな話である。それは不可能なことである。そういうことをやれますか?

 五十億が反対して、数百民族、百六十以上になる国家が反対しても、自分が転覆してしまうんだという決意を固める人間が、果たして歴史上に現れたであろうか? 深刻なものです。間違いなく堕落した結果の世界だとすれば、だれか一人でも、一人から転覆運動を成して、世界の果てまでもかき回して、火をつけるような、転覆させるような圏を造らなければならない。その一人も満たすことのできない歴史過程であるならば、未来の歴史はそのまま暗たんたる結果に終わってしまうであろう。それ以外に道はない。

 だから、左一本の世界、これをサタン圏と言えば、そこにブレーキをかけて、反対にこれを切り抜くということが生まれないと、右の世界は生まれてきません。分かりました? (「はい」)。これを切り抜いて世界の果てまでつなげておかないと、右の世界は生まれてきません。だから、個人から、家庭から、氏族から、民族、国家、世界から天宙まで交差点をつくらなければならない。ここには闘いだ。(しぐさで示される)。交差点において闘いだ。個人の交差点の闘い。家庭の交差点の闘いである。

 そういうような闘いを続けてきたのだから、人類歴史に、一般社会の為政者、国を率いる主権者たちと宗教を信ずる者たちには、闘いが続かざるをえない。だれが優勢な立場に立つかというと、サタンの世界だ。神のこれを横取りしようとする。右圏の世界を築こうとする方向に、死力を尽くして反対し続けているのがサタンの世界である。

 君たちもそうである。君たちも、良心と肉心を中心として交差点をつくっている。良心ばかりの体になっていないのです。良心と肉心が闘っているだろう?

 しかし、今結婚する男と女が違うのである。女、男、皆こういう態度をしてはだめです。それはサタン世界の闘いの現状を維持した立場を現す環境である。男が正しかった場合、女は絶対に主張してはならない。一方きり。神のみ旨を知った以上は、絶対権限を立たせて、否認しても、服従させても、無慈悲な立場をとっても、それを維持していかなければ、個人から家庭、氏族、民族、国家発展の道をたどっていくことはできません。分かりました? (「はい!」)


習慣性の克服


 こう見た場合に、今統一教会は何のために現れたか? 統一するために生まれてきた。すべての悪の世界を横切って、ふさいでしまって、新しい神の善権を中心として、サタンのすべての世界を消化するための運動が統一運動である。統一の運動はジグザグに行かない。垂直に行かなければならない。その周りとか、前後にはサタンの影もない。右の果て、左の暗い果てにはサタンが現れることがあったとしても、正面には、世界統一の理念の方向の向くところには、サタンの姿が現れてはいけない! そういう環境をつくろうとするのが統一教会の使命である。

 君たちが個人で立った場合に、良心と肉心がある。良心が右とすれば、肉心が左となって水平線に立っている。垂直の方向に向けて、水平線になった状態で、いかなるものが東西南北から見ても、間違いなく水平だと認めるような、そういうラインに立って、み旨に向かう自分になっているかということが真剣な問題です。左右、内的外的になっているものが一つの水平線をなして、垂直の方向にならなければならない。なぜ垂直かというと、宇宙には垂直線は一つしかない。だから、水平線において、垂直線に向けて行く、その姿の個人をいかに発見するかという問題です。そうするには、サタンの讒訴するような習慣性や、文化の汚れを残すような自分自身になってはならないというのです。重大問題です。

 そう見た場合、君たちはどういう立場か? 交差するための、一方的な方向を求めていく統一の群れか、それとも、真正面に立って、世界を方向づけて、垂直方向を固める方向に向かう、サタンがいない、神だけが前後で保護してくれながら、御旨の道を果たしていく者であろうかということを考えてみた場合に、それは大変な問題だ。

 君たちの現在の位置はどういうものなのか? 悪なるものか、善なるものか、重大な問題だ。君たち日本からこちらに飛んで来るとき、「あー祝福がある」(と言って喜んだだろう)。祝福はいいことであるが、君たちはその祝福を迎えるにふさわしく、いいことを迎えるにふさわしい、いいものになっているか?

 いい良心、いい肉身、いい過去と、いい現在と、いい未来を保証しうるような善なる立場に立っているか、それを考えてみなければならない。

 それを解決せずしてここに立ったとするならば、自分の将来をともにし、生死を分け合いながら、共にみ旨の道を成就しうるための理想相対として迎えるその夫、妻に対して無礼であり、恥ずかしい。それを隠す何物もないということの悲惨さを、君たち、日ごろ感じているか?

 かえって、こういう祝福の場が恐ろしい。自分以上の、善なる先祖の代表者がこの座で祝福を受けて、氏族全体にその福を分けてくれるような、そういう先祖がいれば呼び降ろして、ここに来て立たせたい思いに満たされる。そうでなければ、これはうそである。それは真剣なものです。

 今君たちの考えはどこに向いているか? 韓国の女の顔を見、韓国の男の額を見たときに、自分の両親、兄弟ともども「ああ、何ということだ」と思うとしたら、それ自体が罪です。それは赦されない、恥ずかしいことである。天の宝座の御前に立たされた自分という位置を考えてみた場合に、そういう態度が成り立つか、受け入れられません。真剣なものです。出発点をはっきり知らなければならない。

 君たち、右の世界を抱擁したいのか、右左ともの世界を抱擁したいのか、どっちだ? 真正面の世界を抱擁したいのか、どちらだ?

 答えは簡単だ。「真正面の世界を抱擁したいのであって、それは、聞く必要がないじゃないですか?」 それは、もっともなことである。しかし、それはたやすいことではありません。

 君たちは習慣性を持っている。日本人はたくあんや刺身、それからお鮨にみそ汁を好む。日本人はどこに行ってもそれを考えます。「あー何が飲みたい、何が食べたい」。もう、アメリカへ行っても、イギリスへ行っても、世界一のりっぱな料理を食べようとするときにも、すぐ箸を持って食べ物をつまみ上げ、「ああ、鮨だったらよかったのに」と言う。二十年、三十年かかっても忘れることができないというのです。その習慣性を乗り越えるには、完全に忘れるには、何十年たっても難しい。それを取り消そうとして何十年努力しても、取り消すことができない。そういうような恐ろしい習慣性があるということを、君たちは、はっきり発見しなければならない。

 生涯の真理、長年習慣づけられたその習慣、死ぬまで努力しても、なおそれに力が足らないということが実証された場合には、何百万年も続いてきた習慣性と堕落性を抜き取るということは、何世紀の人生の路程をたどってもできないという結論を出すのが理論的だ。

 君たちは、「堕落的心情」とか何とか、堕落性のことを平気で言っているだろう? それは恐ろしい、恐ろしい。それは骨肉を受け継いでの、血統を受け継いでの、血肉を交えての習慣性となっている。それは、人の力では抜き取れないような、根を下ろした、世界万民を抱えるような、大木になっているようなものである。それを自分二人で抜くことが可能なことと思いますか? 絶対不可能な立場に立っているという、我々の立場を知らなければならない。


神解放の基準


 それで、我々は絶対必要なる力を補給してもらう。これを取りつける力というものは、サタンの世界にはもうない。それ以外には、これを果たしうる、これを抜き取る力はないじゃないか。そこにおいて、宗教界がそれを取り抜く? そうはいきません。宗教界が「取り抜く」と言っても、これをどこから抜くか?

 ここに、一本の大きな木があるとするならば、こちらの枝をいくら取り抜いたとしても、何の効力もありません。東西南北からいくら引っ張っても、それは抜けません。抜く道があったとするならば、反対の方に立って、穂先からハーッと抜かなければならない。その道さえ知らない。そう見た場合に、歴史上サタン圏に固着した、その環境を抜き取るということは、いかばかり難しいことであろうか。これは真剣なものです。そういう真剣な自分自身を、その境地に立たせて、それを正面から攻撃していく天の代表者という決意と覚悟が満たされなければ、いくら「私は信仰がある」と言っても、自分の勝利圏、サタンの血統を受け継いだ罪悪世界を乗り越える道は、絶対ありえません。

 そういうようなことを、天から見下ろしている神様がいたとするならば、いかに憤慨されるか。万民は自分の血統的後孫であるべきなのに、悪魔がこういうような悲惨な境地に追い込んで、それを悟ることも、怒ることも、抜き取ることもできないような現状をして、「あんたの後孫たる者は、こんな立場に追われている」と言って、救うことのできない神に対して讒訴する。「全能なる神だに、できないようなこの環境をいかにして収拾しましょう」と尋ねた場合には、神は沈黙を守らざるをえない。見ながら、目で見ないふりをしなければならない。聞きながら聞かないふりをし、感じながら感じないふりをしなければならない神様の歴史的悲惨さを君たち考えたことありますか?

 世の中で、そういう者は一人も現れる道がなかった。レバレンド・ムーンという者が地上に生まれて、こういうことを言えるところまで抜き出て、話をするということ自体が歴史的なことである。天下いずこに求めても、こういうような真剣な立場において、正義を立たそうとする神の心情の根源の勝利圏を求めて得ようとする者は、今までの歴史になかった。

 統一教会は、そういう観点から見た場合に、偉大な宗教である。そういうような罪の根源を抜くのはもちろん、心情圏に染められている怨讐に対しての憎しみを抱いている神様を解放したい。考えてみなさい。従順なる神様の心の前に、歴史的に赦されないサタンを迎える。サタンが何の怨讐かというと、愛の怨讐だ。神様にとって、サタンは何かといえば、愛の姦夫である。神様の奥さんを盗んでいった者がサタンだ。

 神が絶対なる愛の方であるならば、なぜサタンが赦されないか。そのこと対して答える者はない。「怨讐を赦すと言いながら、その怨讐の種類が違うじゃないか」と。それは違う。怨讐を抱えているその人は赦されるけれど、怨讐は赦されない。それはなぜか。愛の敵だからである。それを赦した場合には、宇宙創造理想を完全にサタンに譲与しなければならない。宇宙創造の権限すべてを、サタンに渡してやるような神様ではありません。赦されません。

 なぜかというと、神様だに愛に首をかけている。愛の目的を成すことによって、自分が安息の地に立ち、愛の目的を成さないときは、その反対の位置に立つ。神様自体の生来の運命の目標として臨んできているのが愛である。

 その愛の怨讐を赦したとするならば、絶対なる神の愛の出発点が無視されなければならない。絶対なる神の愛の帰着点が絶対的に一つだとするならば、もともと神を中心として絶対的に一つであるべきであったとするならば、それが原則であって、サタン自体にその基準を譲与することは絶対にありえません。それゆえに、絶対なる愛の基準を絶対視する神においては、神の愛の怨讐であるサタンを赦すことができません。これをはっきり知らなければなりません。分かりました? (「はい」)

 日本人と韓国人は歴史的な怨讐です。アメリカと日本人は、四十年前の第二次世界大戦を中心として怨讐です。アメリカ人とヨーロッパを代表したドイツ人は怨讐。そういう怨讐圏の四大国家、国民を代表して、アメリカへ行って何をしたかと言うと、アメリカを滅ぼさせるようなことはしなかった。アメリカを救ってあげる。アメリカは怨讐であるけれど、サタンと違う怨讐である。サタンに引きずられている第二の怨讐である。第二の怨讐を収拾することによって、第一の怨讐が自動的にやられる。降伏する。そういう観点です。だから、先生はアメリカの法廷闘争をしながら、ダンベリーの獄中に居ながらも、第二の相対の位置にあるアメリカ国民を救ってやることによって、第一の怨讐であるサタンがいくところがない。日本と韓国と、なぜこういうことをやるか? 日本をつかんでいる第一の怨讐がいるからである。日本は第二の怨讐圏に立っている。同じ道だ。

 世界のために我々はやる。世界のサタン圏、カイン圏を我々は救わなければならない。なぜか? サタン世界のカインの親父、愛の種をまいた親父がいるから、その根を引き抜くためである。抜き取るまで、我々は励まし、闘い、開発し、発展していかなければならない神のみ旨の道に立っていることを忘れてはなりません。分かりました? (「はい」)。その点をはっきりしなければなりません。

 私の手で、私の体で、第一のサタンをいかに追放するか。神はできません。それを元返すその者が、神に似た苦労をしながら、迫害を受けながら、血を流して死ぬような姿をして闘ってきた。そういう勝利的な立場において、神が感動する基準をえないというと、神自体はその場を去ることができないし、神の解放の基準が生まれてこない。


復帰摂理の原則


 例を挙げれば、悪者がいる、親父が一番憎む者がいる。親父は憎むんだけれど、この子供はその人を愛する。それが親は気分が悪くて、「この野郎! なぜ愛するか?」と言う。「私は何かの因縁でもって、情的、あるものの負債を被っている。それを弁済しなければならない。それで、親がいかなる辛い立場で反対しても、これを弁済した後に、親の言葉を聞くことができる。弁済する前に親切言葉を開いた場合には、その恩に反発する、恩を打つ者になる。恩を返して、親に孝行する」と言う場合には、いくら親だって、「ああ、それはそうだ」と言う。そういう場合には、親が待つことができる。赦すことができる。

 恩をなして、「まあ、親の思うままにやりなさい」と言うとき、親が「ああ、このような者は直ちに殺してしまう…」と言うようになった場合に、その子供が、「そうじゃありません。私は命を懸けて愛したい。命をささげても彼を救ってやりたい」と言う場合には、神様もそれに服従するということがあるのです。愛の問題を中心として、そういうふうにしてみれば、子供によってその怨讐が救われるとともに、子供と怨讐が一つになって、親に奉仕しようとする場合には、親自体の立場が解放される。何の話か分かった? もしも、先生が神を親として、その子供の立場と考えれば、人類がそういう立場だ。皆怨讐だ。皆殺してしまいたい。

 しかし、先生は七十近くになっているんだけれど、ある面においては先生に同情した者もいるのです。そうだろう? 命を懸けて、このみ旨の道を開拓するために、昼に夜に休まず、すべてを奉仕しながらも足りないと。それをあえぎながらいく人がいるとするならば、それは先生に対して重荷であり、負債になっている。これをどういうふうに報いるか。道がない。それに報いるためには、先頭を切って、正義の道を正しながら神に報告するならば、これを皆、恩返しをした場合に、そのいく途中にあって、「いいです。わしが恩返しをしよう」と言うところにおいては、「怨讐を打ったらいけません」と言うと、神は「そうだね」と言うのです。まさしく同じだ。本当に恩を返して、殺してしまうか? そうしてはいけません。共に連れて行きたい。自分のいく所、いい目的地に、共に連れて行きたい。住みたい、それが本情、本心の思いである。本心の思いは尊いものである。

 そういう場合に、「いけない!」と言われれば、「それは、そうだね」と言う立場で、統一教会の、あらゆる多くの者が一つ二つ、そういう心情圏に加わった場合には、数を超えても超えても、赦すような道が拡大していく。拡大されたそのものが、国を越えて、国で怨讐になった基準と、世界に怨讐になった基準があるとするならば、国で怨讐になった基準を超えて世界の怨讐圏まで乗り越えようとするとき、神様は待たざるをえない。世界の怨讐圏まで乗り越えた後に、その者と子供と、今まで反対した怨讐圏の人が一つになって、今こそ、神に奉仕したい、あなたの子供と同じような心情で、あなたに侍りたいと言ったとするならば、神はしかたなしに、「それは最も願うところであった」というふうに答えざるをえない神の心情である。分かりました? (「はい」)

 復帰の道は、そういう関係でもって拡大されてきた。日本と韓国とは怨讐だろう? それは、そっくり同じです。先生が日本を救ってあげる。そうした場合には、日本のメンバーたちは、先生に命を懸けてついて来るようになる。それ以上の、日本より大きい世界を解放するために、我々は日本の国を投入して、「神の息子のために、神の解放のためにいくのだ」とするならば、日本の国を赦して、世界に向けて追いついて行かざるをえない神の立場である。そして、世界を復帰して神に帰ろうとするならば、その同じ子供とともに、一体となって帰るカインの兄弟姉妹、カイン、アベルをともに愛さざるをえない。それを愛した後において、初めて解放がなされる。これが摂理の道なのです。

 そういうふうにして、世界と万民をともに連れて、神に帰って献納した後に、サタンに宣言しなければなりません。「歴史以来数百万年の間、人類を滅亡の世界に率いて来たサタンよ! わたしが検事の立場で訴える。神の子としてサタンを処刑する」。そうしたら、間違いなく神は、「そうだ」と言って手を出すことができる。なぜかというと、サタンは、アダムによって生まれてきたものだから、アダムが処刑を願うところには、神はそれを処刑するのが、原則の道である。神のためにサタンが生まれてきたのではありません。アダムの失敗によって生まれてきた。君が失敗してきたことを、君が責任を果たして、すべてを元返したとすれば、悪の立場、心情の神の敵であるサタンを、君が検事の立場で讒訴した場合には、神は裁判長の立場でもって刑量を判決しなければならない。

 これが、今宇宙をたどっていく最後の道であろう。その途上にサタンが立つ。サタンの因縁をもった数多くの霊界に行っている者たち、地上に残る者たちを、神は残して裁判をしたくないというのです。それは元の原理の道だから確かだ。霊界の霊人体も、地上のすべての悪を解放して、サタンだけを抜き取ってしまいたいのが神の思いであったということを、この時間、はっきり心に留めておかなければならない。そのサタンを、裁きの途上に引き出すために、我々は信仰している。それは、親孝行の息子として初めて、歴史以来失敗したすべてを神に元返して、神の喜びに満たされた本然の愛の主体として、万民の喜びに満たされたその父母の懐に抱かれたいというのが、堕落した人間個人個人の最高の願いであろうというつことを忘れてはなりません。分かりました? (「はい」)


神聖なる歴史の出発点


 では元に返って、問題はだれから出発するか? これが問題である。だれから出発するか? 歴史はエバから出発した。その無自覚な、その恥ずかしさを忘れてはなりません。原理原則に立たずして、違反した立場から出発したその道を、堕落の道をはっきり知らなければなりません。出発はだれから? エバからした。その悔しさを忘れてはなりません。特に女の子たち! 日本は特別にエバ国家として立たせるために、世界一の苦労をしてきたのではないか? 日本の女は、男に踏みにじられたり、叩かれたり、姿も正すことのできないような絶対服従の歴史過程を歩んできた。特に、武士道の女というものは話しようがないほど悲惨なものだ。エバ国家の象徴である日本の神、天照大神も女性神だから、その国は霊肉ともに女性です。だから、日本人は一方しか見ない。

 女は旦那さんをもらった場合には、旦那さん以外に考えない。目も鼻も、耳も口も触覚も、忠実な動物のように、五感は全部旦那さんに向く。しかし、男はそうでない。男は三面を振り向く。女は男の後ろについて来ながらちゃんと男を守ってくれるから、男は三面を振り向くようになっている。それが自分の世界だと思ったら大間違いです。女の喜びを探し求めて、造ってあげなければならないために三面を振り向くようになっているということを、男は忘れてはなりません。

 それゆえに、男の一生の道は、もう右に行ったり、左に行ったりしてはいけない。左にいくのも、右にいくのも、ともどもに真っすぐの愛の歴史的夫婦の生涯の道を残すためであるにもかかわらず、男は男なりに、女は涙ぐみつつ、あごを垂らして男の影を追いかけていくような悲惨な、そういう路程であってはならない。

 愛に一体化した基準に立てば、時には後に、時には前にも立つことができる。情的生活には男はちょっと鈍感だ。しかし、女は敏感だから触覚が鋭い。男は鈍い。だから、情的面においては、前にいく男の心情的方向を正すには女が先立つ。情的に右にも立つこともできるし、左にも立つことができる、東西南北、女が後ろから一方的に追いつきながら、前後左右に往来ができるように、その中心となるべき男であるということを忘れてはならない。中心者として立った場合に、男は中心であり、女は東西南北を回る、中心を保護する立場に立っているということを忘れてはなりません。

 女が間違って出発してしまった。その間違って出発した女が、いつになれば正しい立場に立って出発するときが来るか、それが宿題である。女の世界の永遠の宿題として残っている。それは簡単な言葉でありながら、事実の言葉である。いつ、エデンの園に、女として正当な罪なき自由権限を持って出発しうるその時を元返すことができるか? それは、女として宿望の的になっている。

 その次は、だれがそれを追いかけて出発したか? この男の野郎! 女のしっぽを追いかけて、なぜ行ったか?

 け飛ばして行ったらよかったのに。け飛ばしたらエバをつくるのは問題ありません。そう見れば、女も悪いけれども、男も悪い。この地上において、神の願う本然の理想郷に向かう出発点において、男が女を率いながら出発する出発基準を失った悲惨さ、哀れさを忘れてはなりません。先生が言うのはただの話ではありません。神の立場から見た歴史の原点に戻って、その地上を再び振り返ってみながら、事実を明らかに話す立場であるということを忘れてはなりません。分かりましたか? (「はい」)

 歴史過程において、男女ともども、聖なる出発点を抱ええなかった、その悲惨な姿を忘れてはなりません。夜、昼、生涯かけてそれを忘れてはなりません。それを忘れた場合には、神を捜す道を得ることができない。君たちの信仰の道が惑わされる。行ったり来たり、下がったり、前後左右、反対になったり、自由気ままに方向もなく、軸もない回転をしてしまう、こんがらがって砕かれてしまうような結果になってしまつということを知らなくてはなりません。分かりました? (「はい」)

 我、天宙に声高らかに叫ぶ。「神よ! こういう歴史的に悲惨なる女、男の出発点の汚点をいかにして取り戻すか? そういう権限を我にくれるのであれば、いかなる死力を尽くしても、我はそれを求めていく」そういう自覚が必要です。大学を卒業して、博士号を取り、国家的確威を持って首相の第一夫人になったとしても、何の効果がありますか? 失敗の雲の中で、失敗層を重ねる以外ない自分の立場をはっきり知らなければならない。

 女! 気をつけろ! 男! 気をつけなさい。頑張れ!

 (「はい!」)。その新しい出発点は、この地上にはありません。それは事実であり、理論的です。跳躍して、世界の国境を超えて、地球星を超えて、宇宙まで超えて行かなければ、その迎える出発点は現れません。この縦的関係は、だれが責任を持って答えてくれますか? だれがそれに向けて投げ込んでしまうか? だれもいません。永遠に、そんなにしてくれる者はだれもいない。自分が、男たる者、女たる者がしなければならないという結論になる。もしも、だれかしてあげることができるのだったら、こういうような世界になっていません。世界はもうすでに善い世界になっているはずだ。神がいるとするならば、もうすでに地上天国が成されているはずだ。

 なぜできないか? 失敗の、その元を取り出すには、神もできなければ、悪魔もできない。それは、男女たちがしなければならない。歴史的重大な使命、重荷が我の両肩に引っ掛かっているということをだれが感じる者がいるか?

 日本に何人いると思う? 閣僚が考えるか? おりません。宗教界がそれを考えるか? おりません! たった一人、レバレンド・ムーンしかいません。だから、レバレンド・ムーンの語る言語は世界的問題になる。人類歴史上に超えて行かなければならない板場みたいなものである。分かりました? (「はい」)

 このはしごを渡らなければ、この問題を解決しなければ、自己解放はもちろん、家庭解放が不可能であり、民族、国家、世界、神様解放すらできないような運命圏を前にしている、悲惨な自分の立場を忘れてはいけません。いかなる決意を固めなければならないかということを、分かりました? (「はい!」)

 個人個人は、悲惨なエバの立場を、歴史的に継承している。アダムたる私が現場に立って、これを除くような心情圏を、決意をいかに固めていくか。その足場を造っておかなければ、君たち、地獄のどん底に落ちて行きます。その足場の石になるのが統一原理である。分かりました? (「はい」)。その場に立って初めて自由が立てられる。この場に立って跳躍ができる。この場に立って神の心情圏、歴史的な天国が生まれてくるのであって、この場を逃がしては絶対にありえません。


女性の位置


 そう見た場合に、こういう因縁でもって、ここ韓国の地まで駆けつけて来て、祝福の一日を前にして、先生の訓辞を受けることは歴史的である。

 例を挙げれば、神が先生に会って、「こういうふうにしてもらいたい」というような立場とは違います。先生がしてもらうどころではありません。してもらった後に、成しえた勝利の基台、基盤の上に、こういう因縁でもって国を超える時勢を迎えて、上に上がるのではありません。平行でもって世界に向かい合う勝利的時代に入っている。だから、世界の国々すべてが村みたいになっている。「地球村」といわれているでしょう。村の親父はだれか。それは神様であり、それは真のおじいさん、真のお父さん、真の旦那さん、真の兄さんだ。それが生まれないというと、地上に平面的基盤が残りません。三代つながないと、地上の前後左右に足場を下ろすことができません。だから、真のおじいさん、真のお父さん、真の旦那さん、真の兄さん、この家庭につながせる。

 エバが堕落したために何を失ってしまったかといえば、真のおじいさんの基準を破壊し、真のお父さんの基準を破壊し、真の旦那さんの基準を蹂躙し、真の兄さんの心情圏を攪乱してしまった。大きい罪です。誤った出発をなしたことによって、心情圏を蹂躙して罪を犯した。一時の言葉で慰める何の道もありません。血統が間違っている!

 その過ちによって神の血統を受け継ぐべき者が、悪魔の血統を受け継いだ。それが問題だ。本来、王子様になるべきなのに、ちゃんと待てばお姫様になるのに、この者が僕とくっついてしまった。僕と一つになることによって、エバの兄さんの立場にある者にそのエバが反逆したし、それから真の旦那さんをけ飛ばしてしまったし、真の親の立場をけってしまったし、真のおじいさんの立場をけってしまった。兄さん、それから旦那さん、お父さん、おじいさんと縦的に、そういう罪を犯した。それを忘れてはなりません。

 このエバたち。歴史的にそういう罪を犯した末の穂先たるものが、いまだに、求めて行かなければならない真の旦那さんの道を蹂躙しつつ、妹をなくしたアダムの悲しみを、歓迎して、看護してやるのではなくて、今でも男たちを無視しながらけ飛ばしてしまう。そのお父さんの立場に立つべき希望の基を取り除いてしまったり、おじいさんの立場にある神様を否認してしまう。街に迷子になって、方々巡り回る姿を見たときの、自身を忘れた女たちは一体何か?

 そういう歴史の背後のめちゃくちゃな女の姿をいかに正すか。だから、ここにおいて男を崇拝しなさい。女として生まれた場合には、すべての男を自分の兄さんとして愛する。世界一の、宇宙一の兄さんであるというように崇拝しなさい。崇拝をして、それを成しえた後に、その兄さんからすべてを赦されて、元の位置に来て愛することができるであろう。

 それから、旦那さんの位置を汚してしまった。妻になった場合には、絶対服従です。罪悪の根源を取り去る、その運命をかけた夫婦の行き合う道というものは、いかに深刻なものか。だから、旦那さんに対して、神様を迎えて侍るような心情を持たなければならない。それ以外に道がありません。結婚した後に、すぐにけんかをやって、荷物を包んで、門を開けて、裏足でけって飛び出したその女性が、自由に帰れる道がありますか? 何もそんなにひどくなくて、言葉一つでもって、そういう結果をもたらしても自由に帰れないのに、心情を蹂躙した女性が帰る道はありえません。それを分からなければなりません。(「はい」)

 日本語が分からない韓国の女たちは知らなくてもいい。先生がどれほど深刻に語ったかを聞いた男たちには、はっきり先生の言ったとおりに教えてあげなければ、真の旦那さんではありません。間違いなく、ちゃんと心のテープレコーダーに記録して、刻々と奥さんに伝えるであろうと思っています。何を考えるよりも、先生の話を聞いたらそのまま百パーセント聞き入れなさい。

 それから、親を売ってしまった。売るどころではなく、親を殺してしまった。人類歴史の親を、神様をサタンの懐に追い詰め、押し込んでしまったのである。天宙を治める王様の王圏がめちゃくちゃに破壊された。何によってこうなったか。心情、愛を中心としてそうなった。愛は恐ろしい。愛の因縁というものは恐ろしいものである。これを正した場合には、愛の因縁を通じて世界は復活の道に通ずるけれども、間違った場合には、万国の滅亡に通ずる。愛は偉大な力を持っている。分かりました?


メシヤの思想


 韓国の言葉では、「なぜお嫁にいくか?」と聞くと、「旦那さんから愛を受けるために行く」という話がある。娘がなぜお嫁にいくか? それは、旦那さんから愛を受けるために行くと考えている。しかし、愛はそういう簡単なものではありません。愛を受けるには、旦那さんを受け入れるには、歴史の初めにおいて悪の出発をした、その限界を乗り越えて、新しい春を迎えなければならない。堕落の失敗は、春が来たときに、本来の理想的春を迎えるべく備えられていたにもかかわらず、神の御前で前進しながら愛の道を開くべきであったのに、神に背いて、サタンに向けて反対の道を行ったことである。

 いつも女性は、先生の言うことを聞かなければなりません。統一教会で教える蕩減復帰というものは、事件が起きたそのときの現状そのものを再び元返して、蕩減復帰するということである。その原理の言葉を知っているだろう? (「はい」)

 重要なことだ。いつも、結婚前に君たちの親父が、こういうふうにするんだと訓示すると同じように、今先生が訓示する時間なのです。

 神様はおじいさんだろう? (「はい」)。それから父母、それから旦那さん、それから兄さん、四代を失ってしまっている。それを蕩減復帰するには、神を迎えて、ずーっと侍りながらいくのです。おじいさんの神を迎えて、お母さん、お父さんを前に置いて、そのお母さんによって生まれた乙女として、その乙女の兄さんであるアダムとともに大きくなって、心情一体圏に向かって、結婚した夫婦になるべきでした。分かりました? (「はい」)。そのような基準によってエバが出発すべき原点があったということを、はっきり分かりました?

 堕落はその反対に、兄さんを、旦那さんを、お父さんを蹂躙し、愛によって皆、殺してしまった。だから女が、純潔で純粋な心情圏を抱くことによって、天的旦那さんが現れ、天的お父さんが現れ、天的神様が現れて、自分と一体になって、一時に心情圏を結ぶことによって、女の解放は歴史的に完成するものである。真剣なものである。そういう兄さんを持ちましたか? そういう旦那さん、男を持ちましたか? そういうお父さんを持ちましたか? そういう神様を持ちましたか? 持っていない。

 神様はそれをよくご存知だから、四方八方から、世界的歴史を通して、サタンの前にそういう準備をされてきた。それがメシヤの思想である。分かりましたか? メシヤは、女に村して、真の兄さんとして現れるための道をたどって来る。そのことをありがたく感謝しなければならない。そればかりか、蕩減復帰するためでなく、真の旦那さんになるために、親になるために、歴史を通してたどって来る。真の創造主である神様と結びつけてあげるために来られるそのかたがメシヤだと言うのです。分かりました?

 今男は知らなくてもいい。女は分かりましたか。(「はい」)。女が先に悪くなったために、そこから先に解いてあげないと、男を解く道がありません。世界にいくら多くの女が住み、男が住んでいるとしても、神の前には一人の女と見るし、一人の男と見る。完全に、神が永遠に求め、永遠に奉仕せざるをえない、永遠に愛さざるをえないような女たるもの、男たるものがいません。

 君たちに子供が生まれて来る場合には、その精子何億個かの中から力の強いものが母の胎に入って、子供として生まれてくる。まさしくそれとそっくり同じように、復活した、神と一体となれる子供、女はいずこにいるか? それを捜している。それがいない。神の血統を受け継ぐことができなければならない。神が親の立場に立つことができないような立場だから、そういうような子供の種がありません。それを考えれば、君たち恐ろしくないですか?

 「神、宇宙すべてが嫌がる、サタンの怨讐の血肉が取り巻いて動いている。ああ、気持ちが悪い」と。それは、自由世界の善なるすべてを保護するため、宇宙圏に存在として残りたいという欲望なのです。深刻なものです。その境地を、そういうような死亡圏を、死亡環境を抜き出なければならない。そこには、イエス様が復活し、昇天したと同じように、堂々と神の愛を讃美しつつ、宇宙すべてに、私に従う聖なる道、栄光の通がたたえられると叫び、昇天するような道が生まれてくるというのです。メシヤが分かりましたか? (「はい」)。女の恨みを四代にわたって、四つの圏を一時に蕩減復帰するために来られるかたがメシヤである。

 男は何か? 男は天使長の後継者である。だから、男は本当は妻がいない。男はサタンの子供だろう? 理想的男は再臨主である。それはアダムだからです。アダムは、その善なる、正義のエバを捜すために、再創造して復帰するために来る。そのエバは、四大心情圏を一致させて、神とともに、父とともに、旦那さんとともに、兄さんとともに、愛を失った位置を蕩減復帰しうるような主体性を持つ女性である。そのような女性が生まれることによって、メシヤに迎えられる。そういう心情を、神とともに一致させるような血統的内容を持って生まれた男は、メシヤ以外は地上にいません。血統が違うのです。

 だから、イエス様は血統が違うだろう? それは聖別してある。カイン、アベルを中心として蕩減復帰した、内的に交差した立場である。左が右にいくし、右が左にいく。交差点をつくって、カインがアベルの立場に立って、アベルがカインの立場に立って、勝利の間向きに、正当な道を、自分の良心、心身を中心として、方向性九〇度を合わせて、両翼ともに一致した方向性をまとめる理想を、個人的、家庭的、氏族的、民族的、国家的、世界的に求めていく。

 それで、世界も二つに割れ、各党も二つになっている。政党が分かれて闘うその国は滅びる。アメリカの偉大さは、自由世界の指導国家としてあるばかりでなく、民主党、共和党が選挙運動においては、あしざまに人身攻撃をして、怨讐視してたたき合ったとしても、いったん勝敗が決まったら、絶対にその勝者に奉仕するというのが偉い。そのアメリカは、今まで滅びなかった。それが、金力、財力、それから謀略等いろいろ交えて、混乱を来たすような現状になって、青年層、壮年層、老年層が方向を失ってしまって、どん底に落ち込むような困難な時代になったけれど、その精神はそろっている。しかし、韓国は今めちゃくちゃになっている。滅びる!


天国の中心者


 きのうまでは、何時間前までは一人ぽっちだったのに、今はその横におまけがついているでしょう。日本人は、おまけが好きでしょう。昔、おまけと言えば、キャラメルがあっただろう? (笑い)今もありますか? 日本のことはよく知っている。学生時代に、日本でやらなかったことはない。それは悪いことではない。乞食もやった。貧民窟から先生はずーっと上がって来た。有名人の字書きもした。先生は字がうまいのです。

 それで、先生のような年齢になったら舌が固くなって、本国の言葉もよく語れなくなるのが普通なのに、日本語を早くしゃべるだろう。研究したよ。日本語を語るのに、スピードを出すのに第一番になる。けんかをする場合にも、一言に対してでも、三言語る。研究した。だから、指導者になるのは簡単ではありません。何でもする。川崎の鉄工所とか造船所とかへ行って、先生は労働もよくした。今も忘れられないが、そのとき先生は、百二十トンのりっぱな船で、四人組で八時間労働を四時間でやり遂げた。汗を流しながらやった。その時代が思われる。

 先生は日本をよく知っている。日本の政財界がどういうふうに腐敗していくか、よく知っている。女性の世界のこともね。敵国を知らない者は敵と戦うことができない。国の問題を抱えた場合は、堂々と愛国者になれる。それを超えて天国の中心になる。天国の中心の峠を越えて、聖人、聖者になる。国のためにその首をささげられないような者は、忠臣になれません。聖人になれません。先生をよく分かっておきなさい。日本を知らない男と思ったら大間違いです。先生は、日本に一回も行かないのに、日本のことをちゃーんと分かっている。


真の子女の血統


 女性というものは、メシヤによって心情一体圏を、現状の堕落心情園を再表示して、再展示して、蕩減する統一心情圏を持ち返らなければ、ジャンプして境界線を越えることができません。それは、歴史以来初めて、先生によって可能となった。女性は皆、そうだ。今は、聖婚式をしてお母様を立たせているから問題ないけれど、お母様を立てる前に、先生は一九四五年の解放以降十四年間、国家基準で闘ったイエス様の、蘇生、長成圏まで上がってくるには、十四年間の闘いの期間があった。それは、一人の男として堂々たる成長をしていくとともに、理想的勝利の国家基準を超えて、理想的相対圏を確立しなければならない期間だった。

 それで、統一教会に女性が入れば、世界の女性たちは″先生のような旦那さんをもらいたい″というように皆、霊通する。公式がそうなっている。「そうだ」と言う女の子は手を挙げてみなさい。横に旦那さんを置いて語ったとしても、これは無礼なことでありません。(笑い)それが原則です。

 なぜこういうような現象が起こるか世界の人々は分かりません。それで、先生に会ったときには、「いやあ、いつか会ったおかただ。目も耳も鼻もどこか見たことがある」と言うのです。しかし、いくら考えても思い出すことができない。分からない。だけど、どこか因縁があるからだれよりも近い兄さんみたいに感じる。そういう娘を先生の懐に抱えても、いかなる男性も不思議に思いません。父母の代わりの懐に帰るような思い、兄さんに向けての妹の思いが思い出されるような男が先生です。

 その過程を通過した場合には、旦那のように、「ああ恋しい」、会いたくてしかたがない。夜も寝られません。そこまでいく。サタン世界において、その心情圏を超えなければならない。いくら命を懸けて恋愛結婚した女であっても、原理を聞いて家に帰ったら、即一週間以内に、その旦那さんがそばに来ると蛇が近寄るような思いがしてくる。″ブル、ブル、ブル″と、逃げて行きたいような思いがする。逃げて先生の所へ行きたい。それが問題だ。心情圏。

 だからそういう場合には、君たちに指導する。今も皆そういう体験するだろう。兄さんのように、エデンの花園を連れ合いながら案内して、いろいろと教えてくれる。夢で何回も先生に会うだろう。時には、婚約の指輪をつけてあげたり、結婚準備の花束を上げたりする。その心情圏が何かというと、失った旦那さんの心情圏を元返す天的恩恵なのです。それから、そういう心情圏を超えて、お父さんみたいに、先生のひざの上とか、四方にいくら戯れ過ぎても嫌に思われないような関係、それは父子関係みたいな思いがする。そうすることによって神が分かる。

 み旨の道は、自分を中心として止まっていない。宇宙のために祭物にならなければならない。男も女も、真の子女の血統を正すためには、世界を乗り越えて行かなければならない。世界が自分たちを歓迎してくれるような道を作らなければならない。神の願う所はここではなくて、さらに跳踵飛躍しなければならないという心情圏に至るのです。歴史以来、エバが失った四大心情圏を、宗教圏を中心として、初めて先生によって、平面的、縦的一時に体恤する七年間の期間がある。分かりました? (「はい」)。なぜ、統一教会に七年の期間が必要か? 兄さんから旦那さん、お父さん、それからおじいさんの心情圏を捜すのである。そうするには、サタン世界の東西南北を通過しなければなりません。

 世の中において、踏みにじられ、迫害されながら、悲惨な涙を神のために流さなければならない。“ああ、兄さんの所へ行きたい”、“旦那さんの所へ行かなければならない”というような涙の峠がふさがっている。お父さん、そして神様の所へ行かなければならない涙の峠が積っている。それを崩さなければならない。


心情圏出発


 統一教会の食口たちもそうです。先生がソウルにいるのに、ソウルの先生の所へ行かれない。あまりにも迫害がひどい、決死的である。それはもう不思議なほど、なぜ彼らがあれほど一所懸命反対するのか、研究しても分からないほどに迫害する。それは、融通を利かしてやった場合には、サタンが一遍にやられることを知っているから、死にもの狂いで闘って、反対して攻撃する。兄さんを失わせ、夫、将来のお父さん、おじいさん、神様を失うような立場に追い込むために、サタンが全力で集中攻撃する。それで、先生のいく迫害の道は世界的である。分かりました? (「はい」)

 個人の迎える迫害が世界的である。先生は世界的な中心者だから、その中心者に相対する基準に立つには、当然世界的な迫害を勝利して立たなければならないのが、サタン世界の原則である。迫害を超えて来る。だから、四十年期間内に、先生は世界から迫害を受ける対象になろうと祈った。世界的迫害を受けなければ、勝利圏を捜すことができない。そこに、心情圏が始まる。

 結婚する君たち、そういう立場に立っていますか? 女性は皆、神に属する。男性は何の権利もない。君たちは天使長だろう。天使長には女がいたか? エバを盗んでいったから、女をつくったのであって、元返ししてエバを返した場合には、男は皆、無精卵みたいな生命のない卵のように、何もない天使長のように、中間の立場に立つべきであって、相対的立場ではありません。男たるものは、エデンの園では天使長です。だから三年間女性(相対者)の話を尊重しなければならない。分かりました? (「はい」)

 だれが君たちを生むか、神のアダムの子供を生むかというと、堕落した女性は生むことができません。真の父母の立場で、お母さんが君たちを再び生んであげたという条件を立てなければ、相対者、妻を得ることができません。その公式を今晩行うのです。

 女性もまた、神よりの血統、生命の元を受け継ぐためにつなぐ。神の子供の種は、お父様の骨肉にあります。お母さんは畑であって、生命の種、子供の種はありません。その女性が娘になるには、旦那さんを愛して一つになる道以外には、そういう立場に立つことができません。だから、夫は偉いものである。主人というものは、自分を通して生まれたかわいい乙女の、その種の親父だと言うのです。ということは、万世一系の天皇を載いたと同じように、そういう血統を受け継ぐものでなければなりません。そうでないと、その中心型がありません。堕落しなければ、人間は神の血統になるようになっているでしょう。


生命の元


 きのう、創造主は何の親だと話しました? (「真の愛」)。真の愛は何? (「絶対者」)。絶対なる創造者である神は、人間にとっては真の愛をもった縦的親である。その垂直というものは一つしかない。絶対的である。二つありません。その縦的な親だけでは、そのまま置いたら倒れてしまう。大変でしょう? だから、横的親を引き継がなければなりません。それを真の父母、アダム、エバが成就した場合には、縦的真の愛のお父様を骨とみれば、肉と同じような立場に立つのが、横的真の愛を中心とした父母である。それが真の父母である。分かりました? (「はい」)。統一教会は真の父母を持っていますか、持っていませんか? (「持っています」)

 それでは、真の父母は一体何者ですか? 真の神は縦的であり、真の親は横的であり、縦横一体となって結合したその中心点より、神の子と、真の父母の子供が腕を組んで生まれても、血統がそこから生まれてくるというのです。それは、神の血統であるとともに、真の父母の血統である。これは簡単な内容であっても、この世界の人々はそれを知りません。先生はそれを知るのに生涯かけて、祈り探ってきました。

 答えは簡単です。「宇宙の秘密は何ですか?」と言うと、「それは父子関係だ」と、簡単です。父子は何か、それは教えられません。それを皆、詳細に解説してみれば、真の創造主は真の愛の縦的親であり、創造されたその者は、子供の立場でありながら、真の神の体になる横的父母の立場に立つ。それが内外一つになり、内外の共鳴体となることによって、そこにおいて授受作用をすれば中心が生まれるとともに、その内外共の共鳴圏の中心に核が植えられる。それが、君たちが生まれる生命の元なのです。分かりました? (「はい」)

 だから、堕落しなかった場合には、神の血統圏を、神の愛による一体圏の振動作用を抱えた圏(英語でring(環、輪)というが、)が縦的にパーンと振動した場合には、横的に自動的に共鳴圏がなされるようになっている。真の愛の神がパーンと打てば、真の横的父母の愛の実体は振動数が同じだから、共鳴体になってブルブルと震える。だから外的にパーンと打っても、内的神の心情圏はブーと共鳴する。そのようにして、二つが共鳴したその振動圏は球体振動圏になる。分かりました?

 その境地の中に、神様がずーっと座っておられた場合には、宇宙が見られる。核が動けば、副体(注:対象)はともに動くのです。副体を引っ張れば、核も一体となって引っ張られる。それに似て生まれてきたのが君たちであるから、君たちにも核があり、副体がある。その核たるものが良心である。良心の副体が体である。体は横的欲望の世界を自分のものにしようとする。考えは高貴なもの、価値あるもの、高尚なものを握ろうとします。君たちの良心はもっと高いもの、もっと価値あるものを求めるし、肉体はもっと価値あるものより、もっと多く、もっと広いものを求める。

 なぜ、横的欲望の限界をまとめるための肉心、縦的限界をまとめる良心を抱えるようになったか? 神の愛と真の父母の愛が共鳴圏になって一体となるのと同じように、堕落しなかった場合には、君たちはその二つを抱えて生まれたために、君たちの良心は真の創造主の神に通じ、君たちの肉心は横的真の父母の血肉と一つになって共鳴圏を成すために、良心と肉心を持つようになったということを忘れてはなりません。

 神を慕い、宇宙の理想郷の愛の共鳴圏を成す、その実体を復帰するための相対位置に、たとえ小さくとも、ちゃんと結晶体として共鳴するようになっているのがこの自分である。だから、良心を中心として、肉身が歩調を合わせなければならない。もしも堕落しなかった場合には、神の愛の血統、真の父母の愛の血統に染められている体には、サタンが存在することがない。真の愛は、神の一体圏に属する者、神に主管されるのであって、サタンに主管されるようになっていません。

 堕落圏にいる君たちはそうなっていないだろう。垂直理想の神の心情圏のその原型は残っているけれど、横的原型が血統の過ちを受け継いだために、これは九〇度になっていません。七五度、あるいは一五度になっている。その差異によって良心の呵責を受けながら、苦悶の辛さを逃れることができない圧迫と圧力を受けている。そこから、解放圏を求めなければならない。

 それを解放するのは、真の力? 真の知識? 真の金や権力? 真の愛をもった場合には、真の知識といえば、これ以上の知識はありません。真の真理といえば、これ以上の真理はありません。真の権限、真の金、これはいくらお金があっても買えません。今度の結婚で、「先生が誤って、中学、国民学校出の者たちも組んだ」と言う者がいるとすれば、それは、人間の価値を知らない者です。

 祝福された者が、将来世界を治める大統領のおばあさんになれないとはだれも断定できません。自分が好きだからといって、大学を卒業した美人の女の子を抱えたとしても、それが悪者の王者になるかもしれません。マフィアのおじいさん、おばあさんになるかもしれません。だから、バックグラウンドの偉大なるオリジナルの権限を抱くところにおいて、幸福の基が高まり、広くなるというのです。


心情の土産


 先生をどれぐらい知っています? きょう初めて会ったのでしょう。先生を初めて見る人、手を挙げてごらんなさい。九〇パーセント、皆、手を挙げています。初めて見ながらどうして先生が分かりますか? 先生が分かるようになれば、面白い先生なのです。(笑い)それ本当だ。やれないことがない。けんかもよくするし、話もうまい。話をして先生に勝った者がありません。(笑い)神様さえもそうです。質問に追われて神様が逃げて行ったけれど、隠れ場がないように追い駆けて行った男です。だから、こんな偉大な統一教会の教祖になっているのではありませんか? (拍手)君たち、会長に従いますか、先生に従いますか? (「先生!」)。なぜかというと、それは親だからです。親は一人だけ、絶対に一人、永遠に一人です。それに背くことができません。

 先生が二階に上がるにも、足を使わずにスーツと飛んで上がると思ったら大間違いです。(笑い)先生は現実の指導者であって、妄想をなす空想の指導者ではありません。理論に合わなければ教えたりしません。理論にかなうように教えている。いかなる天の真理を解くにも、それに相応して実際の環境に合うように、理論に合うようにして話している。統一教会員に、理論で勝つ者はもう世の中にはいません。先生が理論で負けたとするならばここにはいません。またどこかへ行って、理論闘争しているはずです。(笑い)

 将来は、首相をしていた者が、通りがかりにたくさん漢南洞の公邸へ訪ねて来るかもしれません。君たちも、なぜ日本からこちらへ来たか? 先生がいなかったら一人も来ません。女性が解放されるには、心情の堕落圏の元を求めて行かなければならないからです。そういうような者は天にもいないし、どこにもいません。韓国の地、ソウルのこの場に、こういう男の前に来なければ解放されないから、日本の女性は命懸けで太平洋を水泳しても渡って来なければならない公式になっているからです。それを知らなければなりません。

 お父様の所に来るのに、お土産を持って来ましたか? (笑い)数千年前に別れて、再び迎えるお父様の前に、手ぶらで来られますか? 土産を持って来た? (「持って来ていません」)。それを恥ずかしく思ってはなりません。神は、金とか、他のものの土産を必要としません。永遠に燃え上がる心情の土産、溶鉱炉の溶鉱のように燃える心情を願う。その心情の燃える高さは天より高い。どこでも燃え上がるその光にはすべてが臨みたい、そういう心情が問題です。

 だから、先生の所へ来るには、心情復活体として来なければならない。男性なら男性の心情復活体、その復活体はエデンの園で失ったアダムより以上の心情を持ちなさいという話である。エバもそうだ。分かりました? (「はい」)。それがお土産だろう。先生は何も願いません。女性は、日本海が問題ではない。太平洋が、ヒマラヤ山頂が問題ではありません。この道をたどって、人間解放の喜びを迎えるには、先生を訪ねて、先生の紹介を受けなければ、それを満たすことは絶対にありえません。南北に向かう磁石の方向性が永遠に変わらないのと同じように、本心を抱えた人々は、そのような作用をする良心を持っており、自動的に先生の方に引きずられて来ざるをえないから、このような結果になっているというのです。

 ヨーロッパの人に向けて、「生活環境を皆、まとめて韓国に来なさい」と言えば、来るか来ないか? (「来ます」)。それはなぜかというと、真の愛の理想郷に率いて行かれる中心者と思うからです。思うのは自分たちが思うのですが、先生がそういうことを言えるのは、中心者であるからです。


真の血統の相続


 それで、すべての人間は、何を中心として怨讐圏になったかと言うと、心情を中心として神に背いた、心情的に違反することによって怨讐圏になったということをはっさり知らなければならない。だから君たちは、異質の血統を受け継いでいる。分かりました? (「はい」)。堕落世界の人間は、皆、偽りの木として生まれている。だから、聖書にもあるように、その真のオリーブになれるように接ぎ木をしなければならない。

 接ぎ木をする場合には、その根元の茎を切って、根元をそのままにして、真のオリーブの芽とか、枝を接ぎ木するのですが、ここで言う接ぎ木はそうはいきません。根元が腐っている、根元が間違っているために、その根を掘ってしまわなければならない。それから、アダムの先を切ってしまわなければなりません。そして、真のオリーブの茎と根のところに挿し込んで、その茎をこういうふうに曲げて、穂先の方も幹の方に挿し込んで、その曲がったそのものに、真のオリーブの芽とか枝を挿し込まなければなりません。接ぎ木は複雑です。

 堕落したために根元が腐った。根も先もそのまま切ってしまうのです。先は何も必要ありません。だから根元を切って、こういうふうに一つ下にして、別個の枝みたいにして、穂先をその幹にまたつけて、その他のところに、オリーブの芽とか枝をまた接ぎ木しなければならない。そうしないと、君たちが真の木になる道は生まれてきません。

 それは何を意味するかと言うと、日本を切ってしまい、先祖も皆、切ってしまい、自分の大学とか、そういうものは何も要りません。中間をザァーットと切って、両方を曲げて弓矢みたいにつけて、生かしたものにして、そこに真のオリーブの枝か芽をつけなければならない。二重接ぎ木だということです。分かりました?

 この日本人たち、接ぎ木をするとき、「あー、痛い、あー嫌だ」と話しかけたら日本人になる。死んでも、「日本人だ」という話をしてはいけない。「痛い」と言ってはいけない。死んだような形で、なすがままに、やるがままに従う以外に道はありません。自分の主張は一切しない。主張した場合には、接ぎ木が延長される。無条件に投下されるような立場、投下するのではなくて、投下される以外に道がない。そういうふうにして、一つの体みたいになったところに、その真のオリーブの枝か芽とかを接ぎ木する方法が、真の血統を受け継ぐ接ぎ木の方法です。それを知らなければなりません。それは、自分でできますか? (「できません」)。そんな接ぎ木をこの世の中でやったら、接ぎ木の親父がけっ飛ばして逃げてしまう。そういう接ぎ木の親父が先生だというのです。


永遠の共鳴圏


 悪の血統を受け継いだその罪がどうして赦されますか? それが赦されるためには、真の兄さん、真の旦那さん、真の父母、真の神が君たちと一つになって、赦してやるような立場に立たないと、赦される道がありません。そういうふうにしながら、本当に世の中に解放圏を求めようとして、自分がそれを実行すると考えてみなさい。いかばかり難しいであろう。

 真の兄さんと真の旦那さんの間に、大きなヒマラヤ山脈のような峠がある。また、親とその旦那さんにも峠がある。お父様と神様にも峠がある。だから先生も四十年間、生涯をかけて苦労してきた。神に向かい、神に帰るには、世界の峠を先生でさえも越えなければなりません。そういう峠がいつも残っている。この話は空想ではありません。サタンはそういう峠を作って、「この者、上がって来い。君の通る道はここしかない」と言って、山頂の窓口で待っている。それが復帰の道だ。だから大概の者たちはそこでやられてしまう。

 それにもう一つ、サタンをいかにして屈伏するか。それが問題です。サタンは時空を超越している。いかにそれを屈伏させるか。時空を超越するのは、この世の中にたった一つ、愛しかない。愛、それは偉大な話だ。愛の力はいかに速いことだろう。一秒間に三十万キロと、地球を七周半回るような速い光でも、膨大な大宇宙を行くには二百十億光年もかかるのに、愛は一瞬に飛ぶ。偉大なものです。時空を超越する力は愛しかない。分かりました? (「はい」)

 愛が時空の中に住みたいか? 時空が愛の中に住みたいだろう。宇宙の環境は、愛の環境になりたいと願う。霊界へ行けば愛の環境に変わります。愛の偉大さを我々は知っている。愛に立ち寄る以外には、それを切り抜く道はありません。それは時空世界を主管する王様ということができる。サタンを屈伏させるには、時空より偉大な愛の権限圏を持つことによって、自動的に愛によって治める以外に方法がありません。その愛は、心身共が振動して、一つの焦点に集まって走る道である。心身共に百パーセント振動して、相合わさって進んで行こうという、その方向性に愛は行くというのです。

 だから、良心と肉心が完全に一つになって、目的に向かう突進力の方向とともに愛は走る。だから、心身共鳴圏によって、はっきり絶対的方向性を抱える所には、愛があるという話です。君たちの喜びは、体と良心が共鳴圏になるところに生ずるでしょう。英語で言えばレザナンス(resonance)、それを知らなければならない。共鳴圏に立たなければ愛が生まれてきません。だから、君たちは良心と肉心が永遠に共鳴圏に立っているかということを重視しなければなりません。今後結婚すれば、女性として君たちが主人になりますか、なりませんか? 主人はだますのがいいことか、悪いことか? (「悪いことです」)。だましても分からないでしょう。しかし、宇宙が分かる。すべてが分かるのです。皆、話すのです。愛を中心として、真の愛を通して皆、友たち。岩も話す、そういう境地になる。「君、何歳だ?」と聞くと、ちゃんと言ってくる。どういうふうに生まれて、創造されるときの自分の存在圏、すべての生態、すべてを語る。神様が知らないはずがありません。こんなに大きい盤石の山にしても、姿が煌々荘厳な山といっても、神様から見た場合には「愛されたい」と言うのです。神様が山を見て、「この野郎、なぜ大きくなったか?」と尋ねたとすれば、山は、「神様を喜ばせるために、こんなに大きくなりました」と答えてくる。だから叱ることができない。愛に同化されないものは何一つない。それゆえに、宇宙はすべて愛を守る主人になっているというのです。

 先生はそれを知ったのです。だから、愛の交差する交差点に入ってみれば、宇宙が、霊界が皆分かるというのです。教えられずして分かる。偉大なものだ。お釈迦様が「天上天下唯我独尊」という宣言をしたのは、そのような境地に立ったからです。ちょっと入っただけの境地に立つだけでは、永遠に存在する愛のことは言えません。「神様は自分のうちに」というような基準にはなりません。一体であるが、神もいないし核もない。骨のような中心性が分かりません。だから、人格の神が分からない。相対的位置が絶対の基準に立つということが分からない。それが仏教精神だ。人格神が分からなかった。

 きょうまで女の生活は自由に振る舞ってきた。自分が中心だったように思っていて、中心性も何もなかった。しかし、今からは、そうではありません。ちゃーんと主体が生まれてきたと言うのです。自分がいくら偉いと言っても、自分が大学を卒業しているのに、今の相対者が高等学校しか出ていないからと言って無視したら、男として頬をたたきなさい。女も、旦那さんがそう言ったらほお頬をたたきなさい。愛の相対圏の価値として、君のパートナーとして立たせたい夫婦関係というものは、そういうものではありません。ちゃーんと分かるようになっている。

 堕落した場合には、子供に影響が及ぶ。悪い子供、非礼な子供が生まれてくる。統一教会のりっぱなカップルになっており、顔もいいし、美男、美女が夫婦になっているけど、子供はみっともない片輪になってしまう。だから夫婦は貴いものである。

 美人の女の子、手を挙げてみなさい。「自分はこれぐらいだったら、日本の何番目になっても恥ずかしくない」という女の子、手を挙げてみなさい。それは馬鹿な女です。いくら美人だと言っても、いくら男性がその女性を好きだと言っても、顔を見るとき、目、鼻、口、耳、四つしかありません。それを一生涯にらみつけながら生きていく男はいかばかり不幸か。(笑い)

 愛というぼかすものがなかった場合には、やっていけない。愛の色が染まった場合には、赤いものが黄色に見えるし、とがっているものが深くへこんだり、こういうふうに動いたりする。見れば見るほど分からないように、迷わすように魔力を持っている。愛がそういうふうにして喜ばせるから、その四つを見て生涯引っ張っていけるのであって、自分の美が引っ張っていくと思ったら大間違いです。分かりました? 女の子たち。(「はい」)。美人と言われている女の子たち、どろぼうがつくよ。本当は美人と醜男を組むべきなのに…。そうしたらいかに簡単か。目を閉じて組めばそれでおしまいです。(笑い)


宇宙的愛の統一式


 実際、夫婦生活するのに、先生はいつも面白く考える。ふたりが愛して、一生涯抱えて生きていく。子供を生みながら、苦労を乗り越えて、共に励まし合いながら、生涯かけてのマラソンレースを続けているということを見たとき、どうしてあんなにやれるのか? それは金でもなければ、女の力でも男の力でもない。そこをかき回したのは、偉大な愛の力である。愛は、寝ている子供でさえ舌を巻きながら、お母さんのお乳を願うようなものです。泣きながらも舌を巻き、なめるようにしながら、母のブズム(bosom)、懐を慕うような心を持つ子供の立場と同じです。そんなに貴重なものだ。

 愛するその娘のために、愛する子供のために愛する奥さんのために罪を犯す男はいかばかりだろうか。それは被害が多い。自分の妻とか、自分の子供、娘、そして母とか、愛する者をより大切にしてあげるために、自分一身を犠牲にしてその道をたどっていく。その冒険のために、罪人のように扱われる先生は、刑務所にいる専門家だね。そうだろう?

 今まで何回も刑務所に入っている。刑務所をよく知っている。入ってみれば、皆、愛が動機になっている。そう考えてみた場合には、罪人と思われない。偉大なものだ。刑務所が悪い所ではありません。もしも、天命によってそういう罪を犯したとするならば、地獄に行きません。そこに国が加担し、天が加担する。自分を絶対圏においてなすときには、国を犠牲にしたことが罪になったとしても、愛を第一と思って成していくところに、すべてが解放圏になる。愛だけがすべてを解放する。それを信じるのではなくて、徹底的に分からなくてはならない。分かりました? (「はい」)

 手を挙げてこのように宣誓した場合には、その宣誓は、ただの宣誓というのではありません。男も女もこう宣誓して、結婚を成した場合には、手を挙げたというだけの宣誓ではありません。宇宙の愛、マイナス(−)の愛、プラス(+)の愛を統一して宣誓したことになる。その表徴的手の挙げ方は、いかばかり素晴らしいことか。

 明日の結婚式は、ただ礼服を飾って、澄ました顔つきをしてほほえむそのような姿を見せるだけの式ではありません。先祖より伝来している無限なる力を、無限なる栄光の道をたどって行こうという、その栄光の座に歩調を合わせるための式なのです。新郎新婦が、歴史の方向に歩調を合わせるその歩調は、日本だけにとどまりません。韓国だけにとどまりません。アジアを通して、もっと大きい世界を通して、天宙を通して神の心情圏の中核点に向けて回転しながら、永遠に動き回りながら戻って来られるような、その道をいくというのです。だから、地球も、大きくなったり、小さくなったり、呼吸する。皆、呼吸する。それは愛の授受作用の表徴なのです。すべて姿として現れなければ、存在しないというのです。

 男の手をちょっと触ってみなさい。今触ってみなさい、男の額も女の右手でともに触ってみなさい。気持ちがいいかどうか。それは、日本人の手でもなければ、韓国人の手でもありません。愛の手だよ。分かりました? 何の手ですか? (「愛の手」)。今から愛の手だ。その体は、日本人、韓国人の体ではありません。素晴らしい結論です。

 もしも男が女を殴った場合には、それを韓国人の手と思うのではなく、愛の手と思いなさい。それから女は、爪をとがらせてかきむしり、傷をつけても、「日本女の馬鹿」と言うのではなくて、愛の爪と考えて、深くかいてくれれば、もっと一時に血が吹き出るが、そうなればいいと思うのが愛の奇跡だと考えなさい。

 天地がそこにとどろく。とどろいた後に驚く。泣くよ。(笑い)泣き合った後は、抱き合って転がる。それはいかに素晴らしいか。そういう夫婦になると、いかにけっ飛ばしても感謝する。それを今晩先生に約束しますか? (「はい」)。約束しない者、手を挙げてください。もう約束しましたね。(笑い)


究極の思想


 さあ、一幕が終わりました。結論は、愛は偉大なものである。偉大なものは偉大な行動をする。だから、歩くときも偉大な行動をする。動くときも偉大、話すときも偉大な愛を兼ねて語るとき、偉大なことが起こる。

 偉大な遺産は愛によって残される、先生の生涯はそれです。先生は何も持っていません。先生が今誇れるものは、愛の心情。愛の心情圏は先生によって発明されたし、開拓されました。その世界は、今はまだありません。自由世界にもなければ、共産世界にもない。共産主義は物本主義、唯物主義です。民主主義は神本主義。その神本主義は、キリスト教文化圏が神をさておいてしまって、世俗的な人本主義になってしまった。それは動物的な人本主義、動物的な人間になってしまっている。もはや神は主人ではありません。だから、この両方の世界はもう中心をなくしたから、共にもみ合って、衝突し合って、二つとも疲れてしまった。

 その真っただ中に、レバレンド・ムーンの思想が世界的思想として、学者世界で問題になっている。文先生は「愛の哲学者」、「愛の思想家」、「愛の宗教者」という三大名称が残るようになっている。愛の哲学、愛の思想、愛の宗教、それから愛の実行家。そういう名前がつくようになっている。愛のことを言う場合には、文先生を差しおいて言う者はありません。

 キリストさえそうですし、キリスト教さえそうです。イエス様が実際現れたとしても、先生に習わなければなりません。霊界へ行っているイエス様自体も、先生が説くような内容を知らず、先生が説いてみて初めて分かったのです。そう見れば、統一教会に入って、統一教会の信者になったということは、もう偉いことです。愛の世界に及ぶようなものになったということです。分かりました? (「はい」)

 愛の哲学、愛の思想、愛の宗教、愛の実行、それ以上のものがありますか? 哲学は何かと言うと、神を捜す、神がいるかいないかということを理論的に捜し求めていくものです。神を捜し求めていく哲学は、もうすでに神の発見をせずして、落ちてしまっています。だから、神を知らない者は愛を知ることができません。そういうふうにして、先生に習わなければならない。

 それから、思想というものは、個人的思想、家庭的思想、民族的思想、国家的思想、宇宙的思想があります。「思想」という名前は同じでも、思想の位置というものは皆、別個です。個人の位置においても言えるし、「理想的な夫婦」とか、家庭においても言えるし、思想と言えば、そういう個人的関係とか、氏族、民族自体の方向性が全面化される、四方方向に適用される関係を言うのです。だから思想圏と言えば、理論的体系を持たなければなりません。その体系によって、この現実に組織体制を抱えなければなりません。だから個人的な生活体制から、個人一方ではなく、それらを皆総合的理論的につながなければなりません。それを思想体系と言うのです。個人のいく道も、家庭の行く道も、氏族、民族、国家の行く道も、皆、つながった体制によってそれをまとめた理論、その理論が世界のための理論でなければなりません。

 思想はまた、「共産主義の実行圏」、「民主主義実行圏」というように、実行圏を持っている。それと同じように、統一教会も思想を中心として実行圏を持っています。世界を統一する。民主主義、共産主義、左翼、右翼を消化するゴッデイズム(神主義)とか、ヘッド・ウイング(頭翼思想)とか、神本主義とはそういうものです。

 それから、その思想内容は、例えば国家体制とか、そういう現実の活動舞台にならなければ、思想圏になりません。だから、人種がいかに違ったとしても、四方八方、東西南北がいかに違っても、その方向がその体制に基づいていかなければ、思想ではありません。そのように見た場合には、永遠に持続するものが理想となる。思想というものは皆、理想を求めるものです。そういう面から見て、共産主義、民主主義世界も皆落第です。

 例を挙げれば、人をまとめるには、人が多く住んでいる国がいいのです。それは中国です。アメリカ人が中国を消化しえたか? 消化しえません。共産主義が中国を消化しえたか? 消化しえません。なぜかと言えば、唯物論は唯物だけであって、それは人本主義とか、神、宗教も包容できません。理論的にそうである、というのです。それでは、統一教会の統一式は中国を消化しうると思う? (「できます」)。どういうふうにしてですか? 統一思想は、神本主義も、人本主義も、物本主義も皆入っている。中世は神本主義、今はキリスト教文化、世界大戦以降は人本主義。今は物本主義もだんだん落ちて、真っ暗になってしまって、何も頼るところがなくなってしまった。

 それで、統一教会は中心主義を中心に、神本主義を抱えるようになっている。その相対に、宇宙、天宙に通ずるような愛を中心としての、価値を抱えた人本主義、それから、物本主義も抱えています。体自体は良心の相対圏になっている。物を中心として皆がまとまっている。ばらばらになっていません。愛によって内外共に一つになっている。核は、真の愛によって核になっている。核の反応基盤が体であり、国家であり、世界であり、宇宙である。そういう意味においては、これ以上の世界的、宇宙的な思想はありません。分かりました? (「はい」)


ために生きる


 今は、先生がこういう壇上に座って、こういうことを言うと思っているけれど、今から百年後には、この場をいかに慕うであろう。あのとき言った話の内容は、こういうことであったと。先生がもし結婚式の後、明日かあさってにも死んだとすれば、これは最後の教えになるかもしれない。真理をたどって来る者たちの、その感激の波動は、いかばかり高かっただろう。それは、いかばかり大きい振動圏を抱くものであっただろう。それは偉大なものである。

 神も聞いている。「君が一番好きなものは何ですか、御飯ですか?」。霊界は食べなくても生きられます。「着物ですか?」。着られなくても着るようになっています。「住居ですか?」。宇宙全体が住居です。霊界では、直感的に愛の感覚を宇宙的に拡大して、作用の中核体として持ち帰るような立場に立って、相対的に発表すれば実現されないものがありません。

 だから、前にも言ったように、哲学は神を発見することに失敗した。宗教は何ですか? 神に会って、共に生活し始めるのが宗教である。イエス様の宗教の始まりも、神と生活し始めたでしょう。仏教も皆そうだ。儒教の教えは天ということを言うけれども、人格的な内容をはっきり知らなかった。その宗教は天とともに始まっているけれども、それは天と分かれている。この世界に、堕落圏の雑多な欲望が入っています。それ以外は宗教は皆同じだから、先生も神とともに生活しだして、今出発している。いかに迫害が多かったとしても、それを乗り越えている。共産主義理論、民主主義理論、いかなる理論においてもそれを乗り越えるような中核的位置にある。

 それから、宗教的儀式ばかりの宗教ではありません。罪悪世界の真っただ中に閉じこもって、それを感動的な環境に治め、消化しうるような中心的、中軸的な力を持っている統一教会、これは偉大なものです。どこまで入るか? マフィアの親父の住みかまで入って、霊的現象で屈伏させる。ただ祈るよりも、ためになせというのです。祈るより、ために生きなさい。

 この世の中の悪いところは、自分中心で個人主義になっていることです。神の愛の相対者になって、宇宙を代表した中心者である神に迎えられる、東西南北に通ずるような環境的人格の中心圏を求めて行かなければならないのに、どうして個人主義になりうるか。こういうふうになった世界を屈伏させて、天宙的な方向にいかに回すかということは難しいことであるばかりか、不可能である。


真の父母の分身としての結婚式


 しかし、統一教会に不可能はない。日本の国と韓国の国と、この世の氏族を超えて、民族を超えて結婚するようになった。結婚するのも写真で紹介してあげたのに、皆、乗り気になって大変喜ぶようになったという奇跡。(笑い)天宙にありません。捜してみなさい。これは偉大なことです。若い者たちがなぜここに集まっているか?

 偉大な発見をしたのです。黄金の金脈、世界中の金脈を発見した以上、金剛石の鉱山を発見した以上の偉大なことが起こっている。その偉大な働きをだれがやっているか?

 「我々」がやっているのではありません。″わしがやる″というのです。そういう主体性を持って、わしがやる。私の結婚式に励ますために祝いの者たちがこんなに来ました。そういう考えを持ちなさい。七千双だったら、六千九百九十九、それは仲人だ! (拍手)そんなにたくさん祝いに来たのに、餅一つ作ってあげなくても感謝する者はいかばかり偉大かと考えなさい。我々は愛に第三者が介入することを許しますか? 絶対許しません。

 それで、だれの結婚式ですか? (「私のです」)。「私」はまだ長い。「わし」。鷲は飛ぶ。(笑い)そう考えなさい。二羽の鳩みたいに、ウエディングマーチに合わせて、こういうふうにして歩くその姿は、いかばかりみすぼらしいか。(笑い)君たち、考えてみなさい。それはやる気になりえますか? 動機をもった、偉大な「わし」の結婚式にならざるをえません。「えない」と言ったらえません。(笑い)実感しますか? (「はい」)

 「わし」の結婚式を明日やったら怒鳴りなさい。大きな声で怒鳴っておきなさい。歌でも一つ山頂へ行って歌い、「わしや・」。(笑い)そうするのです。踊って、踊って、踊っていい。座って転んで転んでいい。そう何か印象的なことを残していきなさい。(笑い)それがなければ奥さんのしっぽをけっ飛ばしてもいい。(笑い)何とか記念になるように、共に相談してやりなさい。分かりました? (「はい」)。そうしたら、その記念品を見たときに、けんかしようとしても引っ込んでしまう。それが必要です。

 君たち、結婚の後に、自由自在に生活できますか、できませんか? 夫婦共の生活はだれが干渉しますか。(「神です」)。その世界にだれが干渉しますか? 愛が干渉します。

 四十日を通過しないと、真の愛が来るのに、基本数が、四十回転とか四十が合わないというと、愛の通行が不可能です。基本が四十回、基本が四十合わないと平均になりません。平行にならない。だから、荒野四十日とか、四十年の歴史蕩減、四千年の蕩減とか言われてきた。それから三日式は分別式です。韓国の歴史は四千三百年を起点として、今年は二十一年目、実に原理的です。先生が、「世界統一国開天日」を発表したのが十月三日の開天節で、ちょうど(壇紀)四千三百二十一年のその日に当たります。記念に残しておきなさい。分かりました? (「はい」)。だれの結婚式ですか? (「わし」)。わしの結婚式です。その「わし」という者は、世界に村して勝利した「わし」。サタンに命令する力を持つ、サタンを屈伏する、闘いの勝者としての「わし」。それを自覚しなさい。サタンに勝ったの? (「勝ちました」)。わしたる者はだれに勝った? (「サタン」)。サタンです。サタンに命令するようなアダムに接ぎ木された「わし」。それが目的です。しかし、君たちは神の愛を中心として、真の愛につながる血統圏をつないでいません。

 だから、君たちは「勝った」と言おうとしても、自分の名前でいくら「勝った」と言っても、サタンが逃げて行きません。「真の父母によって勝った」と言うしかありません。真の父母を骨とし、君たちはその骨の副体としての「わし」。分かりました? はっきり覚えておきなさい。(「はい」)。それは、貴重なものです。

 自分で、「サタンの勝者になった」といくら言っても、サタンは相対しません。真の父母と神によって勝ったその基準に通じる「わし」は、その副体となっている。真の父母を骨とすれば、わしは肉みたいな一体圏になっている。父子関係、父子関係にある。「それは、だれがそうなったと言うのか」。「復帰理想の目的においては、サタンの血統をけっ飛ばして真の血統に帰るような父子関係の因縁が、堕落する前の原型ではありませんか」。それでサタンも、「ホッホッ、そうであったかな」。それをはっきりしておきなさい。

 だからお父様を骨として、君たちを肉とすれば、この結婚式は、お父様の結婚式とともに自分の結婚式になるというのです。君たちの結婚式に、先生が同参してあげるという話です。真の父母が価値に同参して、参席して一体化の基準を結束してあげないというと、そういう因縁が立ちません。これをはっきり知らなければなりません。

 だれの結婚式ですか? (「わし」)。わしの結婚式、それはご父母様の分身としての結婚式であるということ、これが貴重です。そうしないと、君たちの結婚式の中間に骨が立ちません。横的垂直の、親の心情圏がないことになるから、その結婚式はサタン圏に基づくものであるということになる。分かりました? (「はい」)

 だから、真のご父母の分身としての夫婦間係、父母様に伴っていくような夫婦生活をしなければならない。ご父母様がその真なる子供を残すために、すべてをささげて蕩減の道をさかのぼって来ながら、乗り越えて勝利の道を立たせたのと同じように、自分たちもその後を謙遜に従いついて行こうという、生涯決定の道をスタートするのが結婚式なのです。それは貴重なことです。そうしなければ、君たちの後はいつでもサタンがついて回る。


天国の王座


 君たちの血統は、先生から「真の親」と教えられたし、君たちは「真の親の子女」と教えられて、はっきり分かっている。それを自覚しなければならない。それが一つの原点です。ご父母様は天に、君たちは地に、神様を囲んで一つになったというふうに、あるいは、ご父母様は右に、君たちは左に、東西南北の中核の立場に立っている分身だ。分かりました? (「はい」)。そうしないと接ぎ木になりません。だからご父母様のことを研究しなければならない。

 お母様、お父様はけんかをよくしますか、しませんか? 世界一です。けんかをするにも世界一ではありませんか。(笑い)お母様と先生は、「もしも子供がいた場合には、子供たちに涙を見せてはいけません」という盟約をしている。夫婦げんかをするような姿を見せたらいけません。子供は第二の、下の神様である。神様は、上の神様。自分たちは今の神様、中間の神。皆神様である。神様の分身である。

 だから、父母たる者は、自分の子供に対して嘆きの涙を見せたら、上を見上げることができません。それを記憶しなさい。君たちはいつも生きている神様だ。正義の審判をなしうる審判官だ。兄弟は左右にある神様だ。だから、りっぱな人格者となり、その息子、娘もりっぱな人格者とならなければならない。

 人の親になるには、そう簡単なものではありません。これは宇宙的に難しい。一生において、夫婦げんかをして、涙を見せるようなことは絶対にしてはいけません。それを守らなければならない。いくら死ぬくらいにたたき合うような境地だったとしても、子供が、「母ちゃん!」と言えば、さっと、何もなかったような立場に返らなければならない。それがご父母様の生活様式です。だから、子供たちが今二十四歳にもなったのに、先生がけんかをするのを見たことがない。涙を流すのを見たことがない。もう手が出そうになっても、それは守らなければならない。

 親の前にはいつも愛。子供の前にはいつも愛。夫婦の前にはいつも愛。その家庭を中心として生活してみればいつも愛。それを考えてみた場合には、いかばかり貴いであろう。それが天国の王座だ。そこは、神様が住まいとして、万年とどまりたい安息地になるであろう。だから、先生の子供たちは一般の子供たちと違うのです。鋭い。血統が違う。


父母として立つ道


 イエス様の恨みを解放してあげなければならない。それが、地上に結婚する者たちの責任である。

 イエス様は真の親として、地上天国実現のために来られた。ザカリヤの家庭とヨセフの家庭において、洗礼ヨハネとイエス様はカイン、アベルだ。洗礼ヨハネがイエス様の兄さんであり、別な腹から生まれた兄弟だった。それを知らなかった。家族同士隠していた。イエス様の家族がアベルであり、洗礼ヨハネの家族がカイン、その二つの家族が一つにならない場合には、父母の立つところがない。長男も次男も、神の愛によって生まれるのが原理原則なのに、これが反対になっている。だから、原理原則の基準を通過しない以上は、親のいくべき通が生まれてこない。これをはっきり知らなければなりません。

 洗礼ヨハネの家族と、イエス様の家族が一つになることによって、アベル家族であるイエス様の家族が兄さんになり、洗礼ヨハネが弟になる。イエス様は弟であり、洗礼ヨハネは兄さんであるけれど、家族的に組まれた場合に、氏族的長子権復帰の基台として現れないというと、親としての神、天の前に恥ずかしくない立場に立つことができない。それが反対になった場合には、親の立場が堕落圏に立つことになる。原理をはっきり分からなければなりません。いつでもカイン、アベル問題が問題になってくる。

 だから、君たちの家にも、悪に頼る兄弟がいるとともに、善に頼る兄弟がいる。いつも二つになっている。国家もそうです。野党と与党。民主主義世界もそうだし、共産主義世界もそうだ。無神論世界と有神論世界と、皆そうなっているだろう?

 だから、この世界において共産主義と民主主義がカイン、アベル、それが逆になって一つにならなければ、世界の中心として、ご父母様として立つ道が生まれないというのです。

 それが、個人から家族、氏族、民族、国家、世界になっている。だから先生は今、個人的カイン、アベルを中心として世界的に闘っています。体と心を中心として世界的に関っている。体はカインの立場であり、心はアベルの立場である。神は良心の立場に立って、サタンは肉身の立場で闘う。それを逆に、長子権を復帰することによって、個人の勝利圏が生まれ、神様が親として立つ。個人的な立場に立つことになる。それが男女ともに、その立場に立つ夫婦として一つになった場合に、その夫婦を中心として、横的にカイン、アベル基準として立つ。そういう家には神様が臨在するというのです。それを、はっきり知らなければなりません。

 君たちは祝福される前に、イエス様が地上に来られて失敗したそのことを回復しなければならない。だから、統一教会で今までやって来たのが″ホームチャーチ″、家庭教会だったのです。その三百六十軒を、もしも洗礼ヨハネとして君たちが立てたとするならば、ホームチャーチは洗礼ヨハネの氏族に当たり、それはカインの立場である。イエス様の立場は君たちの本家であり、アベルの立場です。だから、洗礼ヨハネ圏をイエス様の立場から一つずつ成したとすれば、自分の故郷に帰れば、自分の一族、イエス様のヨセフ一族は一週間以内にすぐ一つになるようになっていたのです。

 それで、一つになった場合には、その責任者が中心になっているから、自動的に長子権を得たのと同じ立場において、その洗礼ヨハネ圏の立場にあるホームチャーチは従うようになるというのです。その基盤においてご父母様が立つようになる。ホームチャーチの目標はそのためです。分かりました?

 イエス様が十字架につけられたために、氏族的に蕩減されえなかったことを復帰するために、そういうような基台を造らせてきたのが、先生が今やってきたことです。

 先生は、そのようにして個人的、家庭的、氏族的、民族的に、先生の家庭を引き連れながら、日本だったら日本民族、韓国だったら韓国民族、世界中の民族から、サタン世界から、ずーっと反発されながらアメリカへ行った。アメリカを中心として、カイン圏の牢屋に入りながらも、地獄に落ちるべき者を、天国へ引き上げるような道を開いてあげたことによって、先生によって救われたカイン圏のキリスト教文化圏は追いすがらざるをえない。そして、韓国まで七千人を引き連れてきました。その牧師たちは、アメリカに行って皆リージョナルリーダーになっている。皆尊敬する。そこにおいて、カイン、アベルを国家的、世界的に合わせる基準を成しえたために、先生は父母の立場に立った。

 そして、新しい世界統合、世界統一のために、左翼、右翼、民主主義と共産主義を元に返して、その基盤を頼りつつ、今それが南北に引っかかっているのです。ソビエトを中心とした衛星国家、中国につながった北韓と、民主主義全体の対峙するセンターが板門店です。板門店は霊界から見ると、サタンが讒訴する「讒訴門」と同じです。

 霊界に入ると、必ずサタンの検事と神様の弁護士が論争する。「おまえ、そのまま天国に入れません」。「そうじゃありません。こういうことなんだから…」。そういうふうにして今闘っている所が板門店だ。板門店は今、天国の「金門店」の表徴である。それは世界に一つしかない。金日成も、「親」と言うでしょう? 「金日成アボジ」。南の韓国にいる先生を何と言いますか? (「アボジ」)。面白い言葉だ。「ソウル」と書いて、「アボジ、ご父母様」と言えば、先生のところに手紙が来るのです。(拍手)「NEW YORK CITY」と書いて「Rev・MOON」と送れば、ちゃんと先生の所に来る。(拍手)「地球村」と書いて「文先生」と送れば、ちゃんと入るようになっている。(拍手)先生の名前の復活とともに、実体復活が伴われる。それは、原理がそういうふうになっているからです。


蕩減復帰の道


 君たちは「蕩減復帰」と言うが、いつ蕩減復帰したか? 蕩減の道は、個人的蕩減、家庭的蕩減、それから氏族的蕩減、民族的蕩減、国家的蕩減、世界的蕩減、天宙的蕩減、それから神に帰って、神を解放しなければならない。神を解放するには愛の段階まで八段階行かなければならない。

 サタンは言う。「いくら神を発見したって、あなたの理想世界は授けられません。神の愛をわたしに授与しないと退きません」と、堂々と言う。

 イエス様は、「(汝の)怨讐を愛せ」と教えました。先生は国家的怨讐を愛して天国出現を発表しています。サタンが天の首を絞めて、讒訴しうるその力の本がここにある。サタンいわく、「わたしはこういう悪者になって堕落したとしても、全能絶対なる神様は永遠に神様でなければならない。わたしみたいに法を犯すような者では絶対にありえません」と言うと、神は、「そうだ」。「そうだったら、もともとの理想郷の基準から見た場合には、天国に入れる者は神とともに一つになって、神の愛でもって、神とともに天使長を愛するようになっているのが原理じゃありませんか?」と問う。そうすると、神様は、「そうだ」。「だから、神の子供として生まれた者が天国に入るには、神とともに、わたし(天使長)を愛さずしては天国へ入れないというのが原則だ」。そこに引っかかっているのです。

 イエス様はその道を行くために、十字架につけられ、槍で胸を刺されて殺されるような怨讐に村して、神に赦しを願ったというのです。その赦しの基準が一人ではなく、国家基準でした。分かりました? (「はい」)。だから、天国に入るには、サタンの国と、サタンの世界を愛さずしては、神とともにサタンを愛さずしては、天国は生まれてきません。それが原理です。宗教界はこれを今まで分からなかった。

 いつもサタンは、なぜ最後まで追いかけて回るか。個人蕩減、家庭蕩減、氏族、民族、国家、世界蕩減、天宙蕩減の愛の基準まで到達するには、天国の愛の基準に到達するその責任分担を果たさなくてはならない。愛に到達して、天上天国に入るには、サタンまで愛さなくては天国に入れないという原理原則があるからである。先生もその基準に引っかかっている。み旨にいくら頑張っても、個人蕩減の勝利圏を得て、神につなぐような道を得るには、「神とともに、わたしを愛したという条件の項目を、わたしがサインしなければ勝利圏として譲与しません」。その道である。三人以上の迫害する者を、愛でもって屈伏させなければならない。それが蕩減復帰である。

 だから、蕩減復帰は逆に打たれる道である。打たれて復帰する。神の戦法は、打たれて賠償金をもらう。サタンは打って滅亡する。打って譲与する。だから、個人的にそういう蕩減の道をたどるとともに、氏族、民族、国家的にもその道をたどってきた。だから先生は全南韓において迫害されただろう。迫害しない者がなかった。世界的に完全な迫害を受けた。

 それで、一九七六年を中心として全世界的に統一教会を迫害してきた。迫害する百三十七か国に宣教師を送って、カーター政府と衝突しながら、騒ぎの真っただ中に宣教師を送って迫害を受けるようにした。いろいろな迫害を受けながら最大の迫害期を迎えた。アメリカにおいて、ニューヨーク界を代表したヤンキースタジアム大会においてニューヨークを救う。いくら反対されても、神に向かう神側の群れが、君らが大使たちだったのです。

 ワシントンの三十万人の大会もそうだ。「レバレンド・ムーン」と言えば、アメリカ政府でも押さえつけられると思ったのにどうにもならない。ワシントン・タイムズも″何でもない″と思っていた。彼らも法の手段をもって追求すると、四十日期間内に許可した。許可せざるをえなかった。だから四十日期間において、ああいう歴史にない大会を成しえた。そこにおいてアメリカ政府はがっかりした。アメリカ政府の力では、宗教自由圏を自認するアメリカ世界は、どうにも手のつけようがない。後退せざるをえない。反対されて、結局打たれて、最後に屈伏するようにした。何の話か分かりますか? 貴重なことを言っているのに、これが分からなかったら大変なことになる。


内外の長子権復帰


 そういうふうにして牢屋まで引きずられて、「この野郎!残しておいたら大変だ。殺してしまう」と言うのです。もし法律がなかったら殺されていたはずです。しかし、再臨時代に、保護するための方便として作られた民主主義のため、殺されずに獄中に入って行った。

 アメリカは文先生にとって怨讐国家であるにもかかわらず、アメリカを救うために、文先生の怨讐である日本を動員させた。それからアメリカ人はもちろん、ドイツ人も動員して、怨讐国家四か国がともに固まって、アメリカ人よりアメリカを愛する。そのアメリカは世界を指導する世界の指導国家である。世界の指導国家を握り、守る。

 アメリカ人は、世界指導国家を愛さずして、アメリカを堕落させてしまうところを、我々がアメリカに立って、世界万国を愛する心情圏に結びつけて、アメリカを回復しようとする運動をした。アメリカに行っている君たちの先輩がそういう歴史を持っている。韓国人、日本人、アメリカ人、ドイツ人、この四か国が一つになって、愛国心より以上の心情圏、愛したという基準を立たせることによって、神とともに、アメリカ自体を愛したその基準においてサタンは泣かされる。愛さざるをえない。

 だから、世界的に指導権を持つ基準においてサタンに勝利したために、民主主義を引き連れて、代表して南韓に出発する。韓国民族は、悲惨な、世界的な民主主義の先端国家になっている。それは、アベル圏が方向を知らずして問題になっている。渦に巻き込まれて死にそうになっている、その渦巻きを先生が引き掛けて、それをコントロールしなければならない。それが七六年、七七年、七八年の活動であった。この期間において、方向を完全にめちゃくちゃにされたその中で、文先生だけが韓国の希望だった。今や、韓国民族の前に統一教会は完全に長子権を抱えるようになった。韓国の政府自体が、先生を無視することができないような方向に今完全に入っている。

 北韓はサタン世界だから破壊工作をやる。一九五〇年に六・二五動乱を中心として破壊をなすことによって、民主主義世界と共産主義世界に完全に両極に分立されて、歴史的破壊現象が起こった。北がサタン、南が神だったら和合しなければならない。それが今度のオリンピック大会を中心として、ソビエトとアメリカが、衛星国家とともに、中国とともに韓国に来て一つになりえた。完全に、衛星国家圏が韓国と一つになった。

 ソビエトも今大変だ。中国も大変だ。中国とソビエトがいかにして韓国に近寄るか。そういうふうになっている。ソビエトから見た場合には、北韓に依頼することよりも、南に立ち寄った方が有利である。ソビエト、中国は南韓を自由自在に操れると思っているけれど、そこに、レバレンド・ムーンがいるということを知らなければならない。逆に消化される大物が住んでいるということを、中国は分かるようになっている。それは、日本において平和高速道路。今、大きな中国自体は重工業化が必要だし、重工業の発展が緊急に必要だ。そういうような世界の現状の中で、八一年の第十回科学者会議において、先生は科学技術平準化の世界伝道をなした。

 今から八年前に先生が発表したそのものが、ちゃんと歴史的な図書館に皆入っている。大学総長、各国家の指導者たちに皆送っているから皆知っている。そういう面から見て、韓国を中心として、日本と中国とアメリカを中心として四大国家を結ぶような基準を作った。だから、アジアにおいて、日本と、アジア天使長国家である中国を結べば、カインは向かうところがない。アメリカは西洋の天使長だ。そういうような運勢をまとめているから、こういう基準を内外ともに立て、カイン、アベルの統一権限を中心として、内的長子権復帰、外的長子権復帰のために、オリンピック大会とともに、我々の百二十か国の宣教師と各国のリーダーを集めた。

 そのときにも皆先生が土産を与えた。ヤコブがエサウに会ったときに、すべてをささげた。ソ連の選手団一行も、たくさんの土産品を先生からもらった。それで、このごろ、先生に各国の責任者から皆、「ありがとうございました。韓国で世界的なオリンピック大会に出て、自分たちをこのように優待してくれた先生に感謝します」という手紙が来た。そう見れば、オリンピック大会は先生がしたような立場になってくるというのです。(拍手)


世界基準を超えた祝福


 第二次大戦中、先生は日本の憲兵や警察に追われたり、獄中生活をしたりして、非常に迫害を受けた。やっと戦後になったとき、神のみ旨から見た場合には、「打たれて倒れた者を打つ者が、また打たれるようになる」というその言葉のとおり、怨讐であったその者を、本来ならば復讐すべきにもかかわらず、彼らを皆日本に返した。そういう後始末をして送ってあげたのです。その見返りとして、この日本の若者が先生のために命懸けで奉仕する。因果法則は厳格なものである。なぜ君たちはこういうようになったか。種をまいたその基準があるからです。分かりました? (「はい」)

 日本は怨讐である。神の愛に通じて愛したその愛に報いるために、末の時期、転換期において、日本の重要な若者や頭のいい者は先生につくようになる。それは、神の原理原則に通ずる真理である。それを知っておかなければならない。

 今度祝賀に来た者たちは、女も男も顔も良く芳しい姿をしている。皆韓国人のような顔をしている。それは、末の時期に、日本の革新的な第二世を引っ張って韓国に引きつけ、アジアの新しい天地の出発をなそうとするためである。分かりました? (「はい」)

 先生がこの十月三日に、「世界統一国開天日」を発表した。これは「天を開く」という意味で、「紀元節」と同じです。歴史以来初めてそういう発表をしたのも、蕩減条件を立てて国家を超えて世界へ進む時代になってきたからである。今からの統一教会の交際や伝道は、頂点だけすればいいというのです。

 だから、それを目指して、今、国家的次元につなげなければならない。横的世界的基準に、天的心情、天と地を結びつける両父母様の心情圏が、個人から世界に通ずる垂直線を下ろした。それに平行の韓国に村して、エバ国家である日本、アダムの心情とエバの心情が平行に立つことによって、世界は動くようになる。そのために、日本の女性は韓国人と、韓国の女性は日本人と祝福した。アダム国家の中心は先生であるというのです。アダム国家の中心が男である。アダム国家の男がプラスとすれば、アダム国家のエバは韓国の女性です。韓国の女性がマイナスとなって、プラスである日本の男性と一つになる。そうした場合には、日本の女性は逆に回って、韓国の男性と四位基台になって“グルグル”と回転運動が始まる。プラス、マイナス、こういうふうに四か所に立って、完全に自動的に垂直運動をすれば、モーターに電気回転運動が起こるのと同じように宇宙は回る。

 今度の祝福は、そういうような歴史的限界を超えるためのものである。こういう国家的次元と結びつくのが原理的であるから、原理の主人である先生は、こういうことをしているということを忘れてはなりません!(「はい!」)

 イギリスとフランス、フランスとドイツ、それからアメリカとカナダというように、何カ国かを十万双ぐらい祝福するとすれば、世界はもう回るようになります。そういう計画の下で、先生は「文化オリンピック大会」を発表するとともに、世界的男女を集めて祝福をするということを発表している。その訓練だ。(拍手)

 オリンピック大会で、もしもこういうことをしたとすれば、それは素晴らしいことだ。明日以後に世界に風が吹くだろう。

 「またレバレンド・ムーンがやった!」、「何やった?」、「日本の男、女たちを盗んできて、韓国の男と強制的に結婚式やった!」と言うだろう?

 何も知らないで何を言うか。何の内容もないのに、いくら騒いだとしても、そのようなことは通じません。いくら騒いだとしても、それは烏合の衆になる。

 先生は、こういうような歴史的な内容を明らかにしたうえで、志ある者、知恵ある者、頭ある者は、だれも否定できないという基台の上に発表している。そのことを知っている我々は、堂々と誇るべき所に立ってやっているのである。これは恥ずかしいことですか、誇るべきことですか? (「誇るべきことです」)

 君たちの右を見てみなさい。君たちが求める以上の顔つきを皆している。君たちが求めたとしても、みっともない格好した者を求めただろう。自分たちにいいような者だったら、子供たちは皆ペっちゃんこ、国は将来ペっちゃんこになる。二世をりっぱに生んで、偉大にさせないと国は栄えません。

 それを見て先生は真剣な立場で君たちを紹介してあげた。それも写真でなしたというのは偉大である!(拍手)写真を見て喜んだだろう? 電報受けて喜んだだろう? 写真も見ないで喜ぶ者もいた。(笑い)そういうふうに組まれたその基準が、世界基準を超えている。そのような心情圏はサタン世界では造ることができません。ただできるのは、文先生しかありません。(拍手)今から十年、百年後の世界は、こういうような波涛に漂わないものは一つもないというのです。(拍手)これをやるべきか、やらざるべきか? (「やるべきです」)。両手を力強く握ってやるべきか、伸ばしてやるべきか?

 こういうふうに締めてやるべきか? (「力強く」)。力強く握ってみなさい! 両手をしっかり握れ。それは悲惨なようですが、そうではありません。こういうような言葉も通じない合同結婚式をするのは、もうすでに歴史が古い。イギリスの男とドイツの女を組んだ。ドイツの女は腕白な女で、イギリスの男は、余り従順で女みたいな男だった。言葉は一も語れません。一つも分からない。そういう者を、通訳を通して先生がこういう国の見合いの写真を出して、未来のことを考えながらやるとき、先生も非常に寂しかった。それはみすぼらしい立場だった。なぜこういうことをやるか? 金がもらえるのでもなければ、讃える者もいない。皆に聞けば皆、悪口を言うはずのそのことをなぜしたか? そうしないと、神の国が生まれて来ないからである。


栄光の歴史的瞬間


 天の伝統に乗って父母の前で今祝福を受け、結婚するということは、すべてを伝授する時間である。それを知らなければならない。すべてを伝授する。真の父母として、生涯かけて求めた勝利圏のすべてを、天来のすべてを真の愛によって伝授する。

 真の愛に接すれば同参権がある。どこでもともに参席しうる。高い所も、低い所も、地獄のどん底でも同参しうる。それから同位権を持っている。どこの位置にも行かれる。お父様が首相官邸へ行けば、それはいつでもついて来れる。大統領官邸へもいつでも行ける。真の愛には、同参、同位権がある。最後には、相続権がある。

 そういうような心情圏を抱えることによって、神様自体が私の親であり、真の父母が私の親であり、そのそうそうたるすべての天宙、すべての物が私の物になる。それを動かしている中核の母体の力が、真の愛が私を守る、私を立たせる。それは私の物になる。それ以上私に願うものがありません。「栄光」と言えば、それ以上の栄光はないし、「勝利」といえばそれ以上の勝利はない。成しうるすべてにおいて、残した物は何ものもないような勝利圏に立つという、偉大な道を迎える瞬間、今日一晩を境目として迎えようとする、歴史的瞬間の時期に立っている。それをはっきり君たち、分からなければならない。

 真の愛を知った以上、その道を守っていく決意を固めて、新しく復活しえた理想的夫婦として、イエス様の悩みを解放し、真の父母の四十三年以来の恨みを解放する者にならなければならない。四千年来の文化的、摂理的イスラエル民族を通しての神の辛さを歴史的に解放してきたということが分かったために、未来、将来にわたって、その責任を果たすのに恥ずかしくないような中心者になりうるのである。今から新しい、氏族の真の先祖たちが韓国の地に、世界の地に生まれるであろう。

 イエス様をメシヤとして神様は送ったにもかかわらず、祝福の家庭を求めえずして死んでいった。先生は七十年間苦労してきたが、国を超えて結婚しうる、メシヤ的、世界的基盤において、勝利の結婚を成しえた。その上に解放圏を迎えて、故郷に帰る先祖たちを派遣する偉大な日が目前に展開し、現世の世界に現れたということは、神の、天来の望みの的であったということを忘れてはならない。分かりましたか? (「はい」)。響き渡るそのラッパの昔とともに、朝日を迎えつつ、自分の故郷に、勝利の権限を持って前進する姿を高らかに誇りつつ、進んでいく末来の希望はいかばかりであろう。日本が問題ではありません。韓国が問題ではありません。アジアが我々の足に、世界が我々の懐にかかってくる時代に転換しつつある。それを相続して、跳躍、飛躍して、世界へ跳び出そうじゃありませんか!(歓声が沸き上がる)。歓迎する者、両手を挙げて。(挙手、拍手)…決意したね。(「はい」)


三大歴史過程を中心としての十字架路程


 今から血統的転換式を行う。神から祝福を受けるには、神の血統を受けなくては受けることはできません。前にいた立場から接ぎ木されるには、そういうような難しい過程を通過しなければなりません。しかし、君たちの背後は知る必要がない。先生がいかに闘って、こういうような血統を、勝利圏をえたかということは簡単ではない。惨めな過程だ。

 旧約時代は物を祭物にささげる時代である。それは、物を犠牲にして神の子供を救うためである。新約時代は子供を犠牲にする。それは、親の来られる道を作るためであるというのです。だから、イエス・キリストが子供として来られたのに、親の代わりにとどまることができず、カインの立場を屈伏させることができなかったのです。それゆえに、アベルの立場を引き続かせて、霊的救援の道を行かれたのです。そのとき、地上まで反対してきました。だから、それ以降のキリスト教は、数多くの血を流して、神の子供を犠牲にして、親の道を開くために犠牲になってきたのです。

 今度は、親がこの地上に来て、キリスト教文化とキリスト教とアメリカ自由世界と一つになって、カイン、アベルの勝利基台に立ったとするならば、先生が四十歳のときに、すでに世界は一つになったはずです。一九四五年から一九五二年の七年間において、世界的旧教と新教、ローマンカトリックとプロテスタントを一つにして、自由世界を抱えて勝利圏をえたとするならば、共産主義は生まれてきません。キリスト教が責任を果たしえなかったために、サタンが再侵入し、共産主義出発とともに世界は乱れて、民主世界が被害を被った。責任を果たしえなかったキリスト教界と自由世界は打たれる。めちゃくちゃになった。なぜか。ご父母様の来られる道のために準備されたその基台が、サタンに侵害されたからである。

 そのことによって、基台なき所に現れて、親の立場に立つべき先生は、キリスト教文化圏の代わりに統一教会を中心として統一国家を求め、世界の自由世界基盤を吸収して世界統一圏に向かおうとした。それが親の希望であり、真の父母の希望である。だから、旧約時代は新約時代を生かすため、新約時代は成約時代を生かすために世界を準備したにもかかわらず、責任を果たすべき、選ばれた者が使命を果たしえないために、すべてを砕いてしまった。それと同様に、今度先生を中心とした統一教会と世界の行く道を備えなければ、どういう結果になるか考えてみなさい。世界は滅亡する。それほど深刻です。

 だから、旧約時代は物の犠牲にしてきた。新約時代は子供を犠牲にしてきた。成約時代は親が十字架につけられる道をたどって来たという、三大歴史過程を中心としての十字架の道を忘れてはならない。

 物を見た場合に旧約時代を思い、子供を見た場合に新約時代を思い、自分の夫婦たちを見た場合に真の成約時代を考えなければならない。成約時代は、自分が親として立ったとするならば、子供が平面に立って一つとなり、その子供とともに、横的に万物ともどもに一つとなる。エデンの園に、アダムの家庭なるべきその基準をこういうふうにしてまとめてきた。それゆえに、君たちの食べる御飯は歴史を代表し、君が生んだ子供は歴史を代表し、自分たち夫婦は、歴史を通して神の復帰路程に投入した旧約時代、新約時代、成約時代の親の身代わりに立っているという真剣な立場を忘れてはなりません。分かりました? (「はい」)


所有権決定


 すべてを、神の愛によって所有権決定を成しえて主人になるべき神様、主人になるべき真の父母、それから真の子供、真の物になるべきであったのに、それができなくて逆さまになって、物と子供を犠牲にして蕩減復帰をして、歴史を通して中心核を求めてきたということを忘れてはいけません。分かりましたか? (「はい」)

 真の父母は十字架を通じてきた。アメリカのダンベリーの道は二十世紀の世界的十字架の道である。イエス様が十字架につけられたとき、ローマ兵に向かって祈ったと同じように、そのアメリカ国家に対して祈りつつ、救いの道をたどって、現世のアメリカの宣教の勝利的基盤を作ったのが先生である。

 それで、世界には、多くの家族があるけれども、家族に属するそのものは、神のものではありません。その子供が神のものではありません。その夫婦が神のものではありません。こういう悪の世界にあって、我々は神を代表して、我々の抱えるものは神のものであり、我々の抱える子供は神の子供であり、我々自身は神を代表した中心家庭である。抱えるすべてのものが神のものである。そうして初めて氏族が神の氏族、国と世界がそういうふうになる。その後に、世界全体を代表した神様、真のご父母様を中心として、世界万民が、世界の万物が、すべて一つの大家族として、一体化されたそのものが、神の所有にならなければならない。

 今まで、所有権というものが間道になっているだろう? 共産主義の所有は社会的所有、国家所有に、民主主義の所有は個人所有になっている。それは移行している。全世界は神のものであり、全世界は子供のものであり、それは家庭のものである。その移行する過程において、まとめなければならない。ただ神が主人なのに、(サタンが主人となった。それゆえに、再び)神が所有権を持つ主人になって、それから真の父母によって自分の子供に授けられてこそ、この所有決定権は神の世界のものになる、家庭のものになるということを分かりました? (「はい!」)

 返さなければならない。返すには、君たち、原理的に習ったように、僕の僕の立場から僕の立場、それから養子の立場、庶子の立場、実子の立場、それからエバ、アダムを通して、神の方として、愛の方に八段階戻らなければならない。それは、縦的な蕩減の道をいうのである。また、個人復帰、家庭復帰、氏族復帰、民族、国家、世界復帰の、横的復帰八段階ともども必要である。分かりました? (「はい」)。心情圏を立たせるために、神はこういうような道をたどって来た。

 君たちは先生を迎えて「先生」と言う前に、あなたは僕の僕の道に死なずして残り、勝利の旗を立てて僕を屈伏し、それから養子として、それから庶子圏、実子圏を持ち、そうして真のアベルの勝利圏を立たせて真の母を、エバを立たせ、エバとともに一つにならなければなりません。エバがカイン、アベルを生んだのだから、一人では帰れません。双子を抱えて子供が戦ったらいけない、け飛ばしたらいけない。共に引き裂き合う怨讐になるべきその(二人が)母の懐に入ることによって抱き合う。

 日本と韓国は怨讐である。母の懐に抱き合わなければなりません。懐に抱き合う女、エバにならなければ、アダムの懐に帰ることができません。アダムは、エバとこの双子を抱き合って、四人ともに抱き合って、神に帰らなければなりません。それが先生の使命である。

 エバ国家、そして天使長国家、アベル的天使長、カイン的天使長、怨讐の怨讐、死んでも離れないようなアダム、エバ、死んでも離れないようなアメリカとドイツを組まなければ地上天国は成立しません。ここから、ご父母様の成さなければならない使命が促している未来を眺めつつ、君たちの生活の出発をする。

 励ますのも、急ぐのも、その目的を短縮するため以外の何ものでもありません。こういう無理なことをして何になるか? 一週間以内に七千組に近い結婚式を成しうるということは無理である。世の中にないことを初めて成した。これは一つの証拠になる。文化オリンピック大会に若者たちが申請して来た場合には、皆三年間準備するのです。原理の教えは三年間準備する。それも写真で紹介する。十万双も先生が十日以内に成す。そう見た場合に、「りっぱだ、よく組まれたものだ」とたたえざるをえないような天才的力を先生は持っている。皆分かる。神はそういうような霊的感覚を授けたから、こういうことをなしうる未来の力があったからではないか。

 それで、日本人はアメリカへ行って、アメリカ人とドイツ人を一つに抱えていかなければならない。ドイツに行って、ヨーロッパに行って、アメリカに行って、そういう伝統的精神を日本が植えつけなければならない。

 日本において、世界中の金が皆、集まるようになったのは、エバがなくしたそのものを元に戻すためである。そのお金は日本の国のものではありません。アジアを通して、日本が世界のために尽くさなければ、日本はぺっちゃんこになる。見なさい。今年が境目である。その境目の日本を減ぼしたくないから、こういうことをやるのです。

 今度、できれば結婚の後に、聖婚献金をしなければならない。一族を代表した立場で献金をしなさい。日本の財産をあなたの後に引きつけることによって日本は滅びる。下がるようになっている。分かりました? (「はい」)。一族を中心として、物と子供と国がそれを条件として元に帰らないといけない。物と君たちと家族は、天に、主人の方向に帰らなければなりません。だから、聖婚献金をするようになった。何の話か分かったの? (「はい」)。先生は金が欲しいからじゃありません。日本のためである。

 先生はそういうような悲惨な歴史を、路程を経て来た。君たちには分からない。そういうことは言いたくない。親の苦労したことは、子供に対して残したくない。皆隠していきたい。怨讐たちにいじめられたことを忘れたい。皆、忘れてしまう。なぜか? エデンの園で、堕落圏の悲しみがない立場の主人にならざるをえない、その原理の要求を知ったからである。分かりました? (「はい」)

 いつも、ひもじい男の姿をしながらも、何もなかったように神に侍りつつ、神を慰めつつこの難しい蕩減の峠を越えなければ、平安の地上天国は生まれてきません。その代表者、公的な者は寂しい者である。分かりました? (「はい」)

 だれか一人立って、「文先生はこういうことをなして…」と一言言う者があった場合は、先生は痛哭するその心情を持っている。年寄りの、涙も皆、渇くような七十近いおじいさんになっているというのに、それは、哀れみの涙が流れを止めることができないような寂しさを持っている。そういう親がいたということを忘れてはいけません。分かりました? (「はい」)


純潔な血統


 アダムはささげて生涯かけてその道をたどって、君たち、そういう伝統を自分の後孫に残さなければ、天来の祝福を正当に受け継ぐ後孫になりません。そこには、正当な純潔な血統が残っている。純潔な血統が生まれてくる。

 乱れ切った青春のフリーセックスというこの時代を、元の世界に戻さなければならない先生の使命がある。サタンが根を植えたから、秋になって収穫するように、アダム、エバがエデンの園に、こういうような淫乱の無分別な行動によって植えたそのものが、世界の終末期、収穫期になって、世界いずこにもはびこっている。それを先生がきれいに取り去ってしまわなければならない。分かりました? (「はい」)

 男、女、今から覚悟しなければならない。今までのような外れた生活は、自分の気ままにやった女として、それは正さなければならない。女の生殖器、男の生殖器は皆自分たちのものじゃない。女は男のために生まれた。男は女のために生まれた。女の生殖器は、女が主人じゃない。男が主人である。男の生殖器は、女が主人である。自分勝手にする者は滅亡する。神様は自由の主であるから、それは主人を交換しておいてある。だから、妻たる者、旦那さんたる者が夫婦たる因縁を持った場合には、主人知らずして行動なすことができないような、そういう神聖なるものである。分かりました? (「はい」)

 モーセ路程に、「法の箱」(注:「契約の箱」を指す)があることを知っているだろう? 「法檀」だね。韓国語で、「(ポッケ)」という。そこには、マナとかアロンの杖とかが入っており、神聖視されていた。人の手で造った物を神聖視していた。神がすべてを投入して、真心を尽くして、精いっぱい努力して造り上げたのが、君たちの最も重要な生植器である。悪いものじゃありません。堕落して、神の世界を破壊するような、その利用器として使われるから悪いものとなった。そこにおいて人間の幸福がつながる。そこにおいて、人間の歴史がつながる。それが悪い?

 それは、もともと聖なるものである。聖書に、「至聖所」というものがあるだろう? 人間として、至聖所はどこか? 体は聖殿であり、君たちのそこが「至聖所」である。分かりました? (「はい」)

 それを犯す者は天罰を受ける。一族、民族が皆引っかかる。先生の生涯には、そういう誘惑がたくさんあった。学生時代、日本にいるときに、数多くの女に誘惑されたことがある。

 先生が寝る部屋に、たくさんの女が飛び込んで「助けてくれ」と叫び声をあげたことがある。(そのとき先生は)「それはいけない!」(と言って諭した)。そういう面において、世界中のすべての女を任して足りるような者として神は見ているから、そういう使命を渡されている。そういうような正しい伝統を今から汚すような、愚かな女にならないように。分かりました? (「はい」)

 この基盤を立たすために、先生はいかばかり苦労したか、君たちは知らない。愛の十字架を背負わなければならない。引きずられながら、涙の峠を越えて来て、血だらけの、その鞭打たれる十字架の丘を越えて、その恨みの洞穴を埋めるための苦労をいかばかりしたか分からない。それは、歴史を調べれば分かる。

 純潔な血統を授けるために、血統転換式をしなければならない。この転換式をするには、数多くの内容を、条件を、満たさなければならない。分かりました? (「はい」)

 だから、真剣な場であることを意識して、復帰という血統的復活の勝者に立ちうる瞬間を得なければ、祝福の道に出られない。三年間の路程が残っているというのです。サタン世界と習慣性、これは侵入しやすい。四十日後に三日儀式を終えて、三年間の分別期間を経ながら、そこにおいて乱れるような者たちだった場合には、女に、男に、近寄ってはいけない。そういう、真剣な過程を通過しなければ、純潔の血統の因縁に立ち返ることができない。深刻だ。この一点を求めるために、キリスト教の殉教の歴史が残っていた。分かりました? (「はい」)

 それは、君たちの結婚式のためだから、先生がこういうことをするのは君たちのためである。先生自体のためではなく、万民解放の門を開くためであるということを分かりました? (「はい」)

 今から結婚した後には、第三者にその手を触らすな。肌を見せてはいけない。先生自体も、そういう貞操を守ってきた。興南のアンモニアの山で、汗を流しながら荷造りをしなければならない立場においても、ちゃんと長袖を着て肌を見せなかった。サタン世界に、神の願うところの基準で一身をささげたということでなければならない。それは守っていかなければならない。女ばかりでなく、男としての貞操もある。

 そういう意味において、世界は、こういう理論的な原則によって正された統一教会の家庭を見て、十年、二十年、三十年、四十年以内には、世界全体の青年層は、黙っていても統一世界に潜り込んでくるようになる。それが原理が見る今後の世界だ。分かりました? (「はい」)。模範的家庭をつくる覚悟を決めなければなりません。

 今度、国際結婚した者は感謝しなさい。言葉は、知らないのが幸福だ。語るのに大変、表現するのに大変です。自由自在に語った場合には、どんなことが起こるか分からない。幸福と思いなさい。君たちは難しいと思うんだけど、習慣性にとらわれて、サタンに引きずられる糸口を残さないためには、神の摂理としてこれはいいチャンスだと思う。

 純潔の血統を残して、ご父母様の血統を築いた清い基盤の上に、純潔な愛によって、純潔な種を植え、純潔な子孫を迎えるその喜びを考えつつ、耐えて越えなければならない道が、山が、峠が重要なのです。そのことを望み眺めながら越えていくように先生は願っています。分かりました? (「はい」)。「そうやれる」と言う者、手を挙げてみなさい。(全員挙手)


聖酒式の意義


 ここには、お母さんの生命とお父様の生命の結合した内容が入っている。それを通過することによって、君たちは、サタン世界と訣別された、何の因縁も持たない、再び真の父母により生まれ返ったという信念を持たないといけない。そうしないというと、ご父母様の前で祝福は不可能だ。生まれ返って、それから父母様に侍りうる、成長した男、女として神の前に立って、神の心情圏を、ご父母様を通して再び生まれ変わったという相続権を神よりもらわないというと、結婚することができない。

 それは、サタンの蕩減条件基準から見た場合には、血統転換式であり、生まれ返る方から見た場合には、天使長からエバ、エバからアダムによって逆に引かれていったその心情圏を、血統の上に植えつけることである。真の父母の愛でなければ、心情圏は植え込めない。分かりました? (「はい」)

 そういうふうにして、君たちが再び生まれ返ったという自覚を持たなければならない。真の父母の子女であるということの自覚を持たなければならない。そういう自覚の心情圏。それは、原理から言えば、「責任分担完成」である。責任分担は、結果主管圏の過程を通過して、愛でもって一体化する。一体化して、直接神の指導圏に入る。それ自体が、神の心情圏に属するものである。分かりました? (「はい」)

 そういう覚悟でもって、この式に参席しないといけない。ただの式ではない。重大な式である。サタンのトンネルを通り抜けた場合には、天国の世界に入るという思いで、“生まれ返る”という心情、絶対的信仰と絶対的愛を中心としての心情圏をつなぐような覚悟を持たなければならない。分かりました? (「はい」)

 それで聖酒を飲むにも、盃を天使長からお母様、つまりエバに、エバからアダムに渡す。それから君たちはどういうふうにするかというと、エバからもらう。エバがいないと、男は生まれ変わらない、復帰だからね。エバが半分飲んで、その次にエバが旦那さんに渡す。盃をもらうときには、お父様からもらう代わりに三拝するような思いでもって、一拝して、それをもらって半分飲んで、飲んだものを旦那さんに回して、それを飲んでから返してもらう。お父様からお母様、それから天使長を通して置くのです。分かりました? (「はい」)

 そうするとどうなるかというと、心情的に一体化する。本当はその前に、先生が女たちの手の上に手を伏せて祈らなければならない。これは一体化の祈祷である。そういう祈祷をして聖酒を飲むことによって、それが血統圏の蕩減条件、血統転換式となる。キリスト教における洗礼式のようなものです。分かりました? (「はい」)。そういう式をしなければならない。






















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六五〇〇双結婚式後の御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


六五〇〇双結婚式後の御言

日時:1988年10月31日 場所:一和メッコール工場


「七千人を捜し立てる摂理史」


 今度、祝福を受けた日本人で四千人は韓国に動員しなければなりません。それから、ヨーロッパから、世界各国からの三千人と合わせて、七千人は韓国の地に来て、汗を流し、涙を汲みつつ、生命を抱えるような実績を残さなければ、韓国を通して今まで摂理してきた神様の恵沢を受けることができません。だから、韓国の歴史に通じ、韓国の今の環境に通じながら、歴史的心情圏、現在的心情圏を結束しなければならない摂理的な意義があるのです。

 七千人という数は、旧約時代の北朝イスラエルと南朝ユダ、そこから始まります。北はカイン側だから、いつも歴史を通して反対してきました。南は頼っています。神様は預言者を多く遣わして、北に送り、啓蒙して一つにしようとしてきました。しかし、いくらやってもそれがまとめられませんでした。そこで、エリヤの時代において、アシラ偶像とバアル神に対する偶像崇拝を、信者を対決させて決断を下したときがあったのです。

 バアルの八百五十人近い祭司たちとエリヤ一人で戦いました。「生きておられる神様を、我々が慕わなければならない神様をその場で証して、それが本当に証された場合には皆、従いましょう」という条件でもって、バアルの八百五十人余りの祭司たちが先に祭壇をつくって神様に祈りました。その祭壇には水をかけて濡れるようにして、「一所懸命に祈って、あなたたちの神がその祭壇に火を下して皆、焼いてしまった場合には、それは真の神である。もしもできなくて、私がそれをやって成しえた場合には、完全に服従しなければならない」。そういう目的で祈りだしたのです。

 いくらバアルの神を中心として祭司たちが熱心に祈っても、何の現象も起こりません。最後にエリヤを中心として祈った場合に、天から火が下りてきて皆、焼いてしまったのです。それで、八百五十人以上の祭司たちも共に皆、焼いてしまいました。そういう聖書の内容があるのです。

 そういう結果をもたらした以上、すぐユダヤ民族は神様に従わなければなりませんでした。それが人間の立場であるにもかかわらず、かえって会衆はこれを憎み、殺そうとしたのです。

 エリヤは逃げて行って神様に直訴しました。「なぜ、こういう結果になってしまったか」と落胆して希望なく嘆いているときに、神様は通告したのです。「イスラエルにはバアルに汚されていない七千人が残っている」と。その七千人が問題であるというのです。

 「イエス様が来られる前にエリヤが来てすべてを準備する」というのです。旧約時代のエリヤの身代わりがイエス様だとするならば、新約時代の国家民族時代、国家的次元において、イエス様がエリヤの立場で来て、ユダヤ教会と一体となったとするならば、すぐに新、旧約聖書が完成される基準になるのです。

 それは何かというと、イエス様の前に神様が残してくれた七千人が待っているはずであり、その七千人の群れの中心者が洗礼ヨハネであったのです。だからイエス様を中心として、洗礼ヨハネとユダヤ教が一つになったとするならば、イエス様は死にません。


     ◆

 これを蕩減しなければなりません。成約時代は旧約時代、新約時代に成しえなかったすべてを蕩減しなければならないのです。サタンに勝ったという勝利基準を、神様のほうから立てなければいけないのです。もし立たせられなかった場合には、神様のほうがサタンのものになるのです。そういう基準から考えてみた場合に、成約時代において、先生を中心として洗礼ヨハネ的な多くの団体が生まれています。それは、エバを代表する女の団体も生まれたし、アダムを中心として男の準備団体、旧約時代、新約時代の内容に通じるような復活圏の、そういう指導者が生まれました。

 その者たちが一つになって、先生を中心として、もし七千人が一つになったとするならば、統一教会はこのような四十年の悲惨な歴史を残さなかったはずです。それが歴史以来、蕩減復帰に必要な重要な点になっているということを忘れてはなりません。

 七千人をイエス様が一つに成しえなかったそのことを、先生においては、いかなる難しいことがあっても蕩減復帰しなくてはなりません。十字架につけられる、牢獄に入れられる立場からイエス様が成しえない結果になったので、先生はダンベリーを中心として、世界的な七千人圏を復活させて結ばなくてはいけないのです。

 北、南に分裂させた旧約時代、新約時代を復活させて、それを結合しなければならないのが成約時代です。そういう使命を持って、先生はいかなる苦難の道をたどっても、これを果たさなければならないのです。

 それで、ダンベリー獄中において七千人の牧師教育をしました。一九八四年から、七千人の牧師、アメリカの重要な宗教指導要員を教育して、そこから始めて七万人にわたるアメリカのキリスト教の牧師の教育をなしました。七千人が国家基準とするなら、七万人は世界基準です。その中から七千人を引き起こして、昨年、韓国に連れて行って、七千人の牧師教育を一年で成し終えたのです。

 第三次イスラエル圏の教会の指導者がそれに立ったとするならば、第三次イスラエル民族は、国を超えて、北と南、東と西を通して、これを一つの勝利しえた基盤として、七千人を動員して、第三イスラエルの中心国家基準において、牧師とともに信者を一つになすという歴史的な意味があるのです。

 結局は、成約時代に完成されなかったとするならば、それは讒訴される条件になるのです。それを清算するために、先生はダンベリーで七万人から七千人を選んで、韓国に連れてきて教えたのです。これは歴史にないことです。

 そして、アメリカの教会は、今まで自分なりの方向を持って多くの教派に分裂していました。その分裂した教派を一つの方向に持ってきて、崩壊直前にあるアメリカのキリスト教が復活し、再び生き残るには、レバレンド・ムーンの方向に歩調を合わせなければ希望がないという、はっきりした方向性を見いだしうるのです。

 キリスト教会をアベルとすれば、アメリカの国はカインです。アベルもカインもレバレンド・ムーンの方向に一致しなければ、アメリカも教会も滅びます。アメリカの国民、国の方向をまとめたというのは、それは世界的です。民主主義の指導国家、アメリカがそういうようになったというのは、キリスト教全体を代表した国だから、これは世界的です。

 だから、民主主義に、キリスト教文化圏に世界各国の代表的メンバーを連れて来て、牧師とともに韓国という故郷の地に一体化するのです。故郷において、洗礼ヨハネを中心としてイエス様と一体化を成しえたのと同じなのです。

 その故郷たる韓国自体は、北と南に分かれています。それを統一するのです。これは歴史的蕩減のすべてを払った後にできることであって、そうでなければ蕩減完成はなされません。これは原理観です。

 世界的共産主義、その先端が金日成です。彼も「アボジ」というんですね。共産主義国の中で一番、悪辣な国の指導者は金日成です。あらゆるテロ団を養成して送っています。民主主義破壊のためにそういうことをやっているのです。それで南のほうは、民主主義世界のキリスト教会を中心として先端になっているのです。

 今までキリスト教と統一教会は分裂していました。大変です。アメリカを中心として教会と国を引きつけ、統一教会の先生を中心として引きつけなければなりません。いくらアメリカが大きくても、いくらアメリカに教会が多いといっても、将来の道はありません。数多くの学者たちの常識では、もうすでに統一教会の教理でなければ、キリスト教の崩壊直前にある教団、教派を治める道はないという結論に到達しています。

 アメリカの五十州の州政府の議員、七千人のうち重要な半分の全部が、教育を受けたいと言うのです。七千人中のアベルだけ、優秀な者だけつかんで引っ張れば、州の国会も引っ張ることができます。中核のメンバー三千五百人を教育すれば、直ちにワシントンの、合衆国の議員の中核メンバーと通じるのです。


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 そのように、名実共に新しい方向性が先生によって提示されました。それ以外に希望がありません。特に共産主義に勝利しうる何ものも持っていないのです。また、青年層の崩壊問題、倫理的堕落の極致に落ちてもがいている姿、人間のくずみたいな若者たちを収拾する道はありません。原理以外にないのです。ドラッグを飲んでいた者が、統一教会に入って愛国者になり、聖人のようにりっぱな若者になってよみがえっているのを、アメリカ、各地の指導者たちはよく見て分かっているのです。

 こういう共産主義の防衛、性倫理の問題、キリスト教の再復活、アメリカにおいて一番重要なこの三大問題、これを収拾する何ものもありません。いくらアメリカの文化水準が高いといっても、軍事力でも、政治力でもできないのです。科学システムでも操作できない、そういう現状を眺めた場合、たった一つ希望なのは、文鮮明先生を中心とする世界観です。

 日本と韓国はアダムとエバです。アダム、エバが組まれたとするならば、アダム、エバの前にはカイン、アベルが一つになって統一するのです。それは原理観です。

 アメリカを見た場合にアベルはキリスト教、カインはアメリカの国です。それが一つになっているのです。先生と君たちから見た場合には、縦的に子女関係です。縦的観においてカイン、アベル、イエス様が子供の使命を果たして親の使命に上がるようになったのです。親になるには、子供として勝利しえた基準を超えなければ、親が生まれてきません。そういう観点から見て、先生を中心として君たちは子供の立場にいるのですが、上下関係、垂直基準においてカイン、アベル関係なのです。

 これに伴って先生を中心としてみれば、神中心に見た場合に韓国と日本はカイン、アベル関係だから、真の父母と神様から見た場合に、これは横的基準においても、カイン、アベルに通じます。それは天と地を縦的に、先生と神様が通ずるのです。それが一つになるのです。アメリカはもうすでに一つになっています。そうなれば、民主主義世界のカイン、アベル圏は、もうすでに神のほうに一体化されているという結論です。

 そういうふうになったとするならば、サタンはこれ以上、上がることはできません。その時期がたっているから、共産圏無神論、神がいないと主張することは、世界的にできないのです。それで民主主義側がアベル圏として勝利圏をえたとするならば、カイン圏の長子圏を奪うことができます。だから共産主義側は下がるのです。

 完全に父母を中心として、カイン、アベル圏を自由世界に立たせた場合には、いくらサタンが強くても、原理原則に従わなければなりません。

 だから、自由世界のほうにサタンは頭を下げざるをえないのです。アジアから始まるその代表的な国が中国です。先生はそういう時が来ると思って、ずっと以前から準備していました。それが回りだしたら、早く引きつけなければなりません。アメリカも、世界各国も知りません。知っているのは先生だけです。


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 それで一九八一年の第十一回の科学者会議(「科学の統一に関する国際会議=ICUS」)においてすでに発表しました。中国を共産主義から分割させ、引き出さなくてはいけません。いかなる犠牲を払っても、日本とアメリカが一つになってこれを成さなければならないのに、日本も知らないし、アメリカも知らないのです。知っている者は先生だけです。日本からアメリカへ移動して、韓国を通じながら、中国への方向を開かなくてはいけないのです。

 それで今、日本で韓日トンネルを掘っているのです。世界平和高速道路、それはなぜそういうことをしたかというと、高速圏は主管主がないのです。日本を通った場合、四マイル幅の平和高速圏は日本の地ではありません。そこには日本の法的権限は及びません。そういう自由緩衝圏をつくるのが高速道路を造る理想なのです。韓国も、中国もそうです。

 そうすることによって、第二世を一か所にまとめることができるのです。世界の二世は世界に通じます。自由の世界に第二世は行くのです。まさしくエジプトにいた六十万のイスラエル民族と同じように、今までの苦労の果てに尽きた、その場をけ飛ばして、自由の世界に通じる希望をかなえるような、共栄高速道路構想圏です。

 飛行場もつくるし、ホテルもつくります。それは最高スピードで走れる高速圏です。一挙に東京からロンドンまで走るのです。だれも文句を言いません。ロンドンに着いたとしても、移民局のうるさい者もいません。外国人だとか区別して調査することもありえません。こう見れば、国を超えても世界に向かおうという青年たちの自由圏を確保するための計画であったのです。

 先生の構想の内容は、韓国を通して中国を援助しないといけないということです。中国には、三百万近い僑胞が住んでいます。日本も百万近い僑胞がいます。アメリカもそうです。ドイツも十四万住んでいます。こういう僑胞を先生は動かすことができるのです。

 こういうふうにして各国の僑胞を組ませ、各国の技術を結びつける、それが先生の、普通の人間の持っていない非凡な力なのです。統一産業も、そういう意味において、今はもう世界的な機械工場になっているでしょう。

 未来に向けて来るべき時を知りながら、対して準備する者は残るし、準備しない者は消えていくのです。こういう観点から見た場合に、日本をもしエバ国に立たせなかったとするならば、日本も流れていたでしょう。流れていくのを防備するのに、アダム国家、韓国と日本、国を超えて完全に切り換えて、交差線をつくらなければならないのです。家庭が堕落基準において交差線をなしてサタン世界になっているから、反対の方向に変えなければならないのです。

 あなたの家庭は日本の家庭ではありません。日本に行った場合にはだめです。韓国に来て、中国へ、世界へ向けて行くのです。

 そういうような歴史性を通じながら、先生は準備せざるをえない公的使命を持っているから、かなり難しい環境に追われても準備せざるをえないのです。準備しないで時が来た場合には、全部、運勢は過ぎ去ってしまうのです。

 時は人を待ちません。人が準備して時を待たなくてはなりません。「時が人をつくるか、人が時をつくるか」。人が準備して時を迎え入れなければなりません。だから、先生はこのために交差結婚をして、男女逆に回して四位基台をつくったのです。今からは、新しい第三イスラエルが出発するのに、世界的基準を乗り越えて、世界的に飛躍する時代に入るのです。


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 もう結婚式を終えたでしょう? 日本人の父母たちが反対して腹を切ると言っても、もうやってしまったのだから、しかたがないのです。それは死ぬだけかわいそうなのであって、我々はビクともしません。

 韓国もそうです。何というか、国粋主義。礼儀正しい東洋の国として、高らかな権威を持っていた韓国です。千年以上、中国の指揮下にあっても、韓国の女は中国人と絶対、結婚しませんでした。死んでもしなかったのです。無理に強制されたときにはしかたないのですが、それ以外に願って結婚する者は、家庭全体が、韓国風土全体が許さないのです。そういう伝統があるのです。それが日本人と、怨讐と(結婚する)、それは易しくないことです。

 先生がなぜ日本を愛したのでしょうか? それは神を知らないと、とてもできないことです。一番、悪辣な怨讐が恩返しの大物になったというのです。

 復帰の道をたどって反対に帰っていくのに、怨讐を愛さずしては帰れないという原理原則があるのです。個人だったら個人の怨讐を愛した後でなければ帰れないし、家庭で帰りたかった場合には、家庭の怨讐を愛した後に神様の方に帰ることができるのです。国の立場で帰りたいならば、国の怨讐を愛した後に世界に向けて帰りうるし、世界の怨讐を愛した後に、世界的天国に入る権利があるのです。

 サタンが「わしはサタンになった天使長であるから、法を犯したから、天の掟に制御されるのは当然だけれど、神様自体は絶対なる神であるから、神様自身が立てた原理自体は絶対である。その原理観から見た場合には、神様と完成されたアダムが天使長を愛しながら天国に入るようになっているのが原理ではないか」と神様に問えば、神は「そうです」と答えざるをえません。そこに引っかかっているのです。これは今まで、宗教界、人間、だれも知らない秘密です。神様とサタンだけが知っていたのです。

 イエス様も、自分の胸に槍を刺すような怨讐に対して、罪を赦してあげるような愛の柱を立てました。だから、そこから神に向ける新しい個人、氏族、民族、世界の門が開かれたのであって、それがもし立たなかった場合は、キリスト教は地上に残りません。

 同じく、先生は韓国人であって、日本人の怨讐です。日本人とアメリカ人は怨讐、アメリカとドイツは怨讐、四つの怨讐が集まって、迫害し、反対するアメリカに対して、アメリカを最も愛するアメリカ人の愛国者より以上愛したという条件を立てなければ、世界的に帰る道はありません。それを成してきたのが先生の立場です。

 そのようにして、韓国に来て勝利的な天運の風をもたらしました。韓国政府が先生の話を聞かなければ大変なことになります。日本もアメリカも自分なりにやってみなさい。天使長の宇宙ではありません。エバ国だけの宇宙ではありません。アベルの宇宙ではありません。カインの宇宙ではありません。主人はアダムであり、アダムの宇宙です。

 今は共産主義も廃れ、民主主義も廃れ、残っているのはレバレンド・ムーンの世界的思想、それだけが残っているのです。その思想は左翼でもない、右翼でもありません。アメリカは今、もう世俗的な人本主義、それは動物的な人本主義と同じです。これは共産主義と同じなのです。だから、頭がないもの、まひした頭脳につながった手足のようなものが、世界を指導する道はありません。今、必要なのは頭翼思想、ヘッドウィングです。

 民主主義、それは思想でも何でもありません。それは政治体制です。理論ではないのです。世界の哲学者たちが先生の前に習わなければならないのです。今後、レバレンド・ムーンの思想以外には、世界を指導しうる道がありません。

 それから、神のみ旨を中心としての勝利の基台が決定的に、着実に、現実の歴史過程、現実の生活過程において、どういうふうに進行しているか、はっきり教えています。神様が毎日の生活をリードする主人として、話だけではない、信ずるどころではない、体恤です。

 君たちも活動しながら霊界で案内されて、「はい、あなたが来られるのも昨晩から分かっておりました」、そういうことがたくさんあるでしょう。謎話みたいな、おとぎ話みたいなことが現実に起こるのです。

 こういうこと自体、偉大な運動です。霊界と地上界がどこでもって越えるようになっているのでしょうか? これは人間世界でもって、切り替えすれば、霊界は下がってくるのです。共産主義が滅亡すれば、霊界はそのまま地上に降りてきます。降りてきたときに、直接主管と間接主管、それを真の愛でもって結ぶのです。

 人間の責任分担が成就されて神直接圏に通じうるのです。アダム、エバが責任を成就して結婚するとき、直接主管になります。神が垂直的にこの夫妻の中に入らなければ主管できません。そうなった場合、地上天国です。今まで堕落圏が皆、一緒になっているのです。悪の人が上にあって、善の人が下になっています。それを逆さまに、頭翼思想を中心として頭が上がってくるのです。左右まひしていたから、ちゃんと頭が上がってくるのです。


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 日本の四千人と西洋諸国から入ってくる三千人を合わせて七千人の家庭、あるいは勇士を固めて、韓国に模範を示さなければなりません。

 北方イスラエルの滅亡の中に、その中にも神様が信頼しうる者があったように、韓国の中に、神様が認めるような七千人を確保して、先生と一つになったとするならば、サタンはどうにも手をつけることができません。そうなった場合は、北韓も大変な立場です。原理原則を果たすような基準を立たせた場合には、ふろしきを包んで消えていく、そうなるから待っていなさい。

 七千人を集めるために、日本は四千人にしようかな? なぜですか? エバは地を象徴するから、東西南北を象徴する四数です。天使長は三数を象徴します。先生、韓国に対して相対的な七数をまとめて、七千人の歴史的蕩減とともに、それは堕落した結果、完成数の七数を失ったのだから、その数がアダムを中心に結束することによって、その条件の基準になるのだから、これをやらざるをえないのが原理観です。

 四千人はここで韓国にとどまって、これから来る三千人を、平面的、東西南北基準にして、それを迎えてまとめなければなりません。

 東洋文明と西洋文明を考えてみた場合に、西洋文明が先になっているでしょうか、東洋文明が先になっているでしょうか? 昔は西洋文明でしたが、今はそうではありません。西洋文明がアジアに向かってきています。潮流が今、逆になってきているのです。今までは東洋が西洋を頼ってきたのですが、今は反対になっています。だから七千人を結束させるのです。偉大なことです。

 その七千人は一体どういう立場かというと、アジアにおける「世界の氏族的メシヤ」として、イエス様と同じ立場です。氏族的メシヤとして、民族を率いるために世界に送らなければなりません。

 だから故郷に帰って訓練するのです。故郷はどこでしょうか? 日本ではありません。韓国は今、先生の故郷に行く途中です。これは、イスラエル民族がヨルダン川を渡るときと同じで、それを越えていかなければならないのです。

 日本の君たち、もし金日成が戦争を起こした場合には、一緒になって戦う者はだれでしょうか? 金日成がサタンの天使長であるなら、天使長に先に負けたのがエバだから、日本の若者を連れて三八度線へやる(送る)というのは原理です。それは先生の話ではありません。

 そういうことを言ったら大変です。「文先生は韓国人だから、日本人を皆殺すために、いろいろな悪辣な方便や作り話を言っている。聞いていて何のことか分からない」。分からないなら死んでしまいなさい。(笑い)

 戦争が起こったら、だれが責任を持つのでしょうか? 韓国を失った場合には、日本はペチャンコになります。太平洋にもぐり込むかもしれません。火山帯の真っただ中にある日本列島は、一晩で沈んでしまいます。そうならないとはいえないのです。


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 ところで、四千人がとどまった場合には、砂を食べさせるのですか、木の葉を食べさせるのですか?(笑い)(「食料です」)。それは日本が責任を持つ、はっきり日本が責任を持つのです。

 この前、七千人については、先生は三年前に要望しました。「今後、七千人を韓国にいつ呼ぶか分からない。時を待ちながら四千ドル以上を準備せよ」。それは韓国の地で活動する費用です。それは飛行機代も含めて言うのではありません。

 先生はここを終えたら、すぐアメリカに行きます。向こうでは、先生は今から大変です。ここも必要だし、向こうも必要だし、反対のほうも必要だし、先生は大変です。だから、かわいそうな先生を助けるようにして、何の心配もなく、よく先生の身代わりとして闘ってほしいのが先生の希望です。やりますか、やりませんか?(「やります!」)。帰りますか、帰りませんか?(「帰りません!」)

 こういうふうに言うと、「ああ、先生がそういうことをもっと早く言ってくれていたら、わしは日本人同士で結婚しなかったのに、なぜ教えてくれなかったのか」。復帰摂理は教えて、やるのではありません。悟ってやるものです。しかたがありません。やりようがないのです。

 神の願う新しい先祖の血統を残すのです。そういう意味において、韓国に来て何をするのでしょうか? サタンの住んでいた巣、住まいを掃除して、かき集めて焼いてしまうのです。それを具体的に説明したら、皆、逃げてしまうからそれは話しません。(笑い)それをやりますか、やりませんか?(「やります!」)

 それを韓国の男と女がしないとするならば、日本の男、日本の女がしなければいけません。引き起こして共に一つになることによって、アダム、エバの家庭の基礎が始まるのです。あなたたちは礎です。

 女がアダムを反対に引っ張って失敗させたのだから、今度はエバ国家から日本人が来て、アダムを正して、神の前にまとめておかなければいけないのです。真剣です。それは先生の話ではありません。原理の話です。

 だから、日本的悪辣な血統を混ぜるなというのです。堕落的な韓国の血統を混ぜるなというのです。神様の願う新しい先祖の血統を残して、新しい血統の礎を設定しなければいけないのです。エバがそれをすべて失ったから、日本で皆、確保しました。それで、それをどういうふうにしてつなげるのでしょうか?

 四千人が一つになりなさい。同じく結婚したのですが、日本人同士やった(結婚した)のがカイン圏で、日本人と韓国人でやった(結婚した)のがアベル圏です。長子権復帰したときには、こちらの権限の下には、日本は引き入れられるべき立場に立ちます。はっきり教えるのです。

 韓国人と結婚した者がたとえ下の者であったとしても、日本人同士結婚した者は、彼らを尊敬しなければなりません。なぜなら、兄さんになったからです。家庭的兄さんです。そうして長子権の基準を平和的にまとめないと、韓国人との間で生まれた子供と、君たち日本人同士から生まれた子供と結婚できません。平準化、家庭的基準が、こういう国を超えて、思いもよらない、この場でもって教わるという、恐ろしい天的使命を感じなければなりません。


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 一万人近い日本人がここに来ています。一万だったら村まで通じます。大変です。それは八寸までです。八寸というのは、日本の果てまで、部落の果てまで、倒れかかった、廃れた、生き残ったおじいさんまで通じるような基準になるのです。つなぎなさい。

 それで、この前言ったように聖婚献金をしなければなりません。なぜそういう話をするのでしょうか?

 日本が神の祝福圏に生きるため、旧約時代は万物、新約時代は子供、成約時代は父母です。今、先生を中心にして、統一圏において初めて、日本の国と韓国の国から世界統一圏の一つの記念すべき世界国家の発展が生まれてくるのです。献金すれば、世界的神の所有圏になります。日本に差し入ってくるのです。家族、親戚まで、今度の祝福のために一銭でも出してもらいなさい。出した者は神の干渉圏に入るのです。そのことによって、彼らの先祖たちが直接、降臨して干渉する条件になるのです。

 なぜかというと、アダム、エバが堕落しなかったならば、世界は神のものであり、アダムのものであり、エバのものであり、その世界では、天使長はどこでも自由に援助したのです。それと同じように、真の父母を中心として、天の心情圏を世界的に打ち立てて、アダム、エバは一つの家庭基盤を造って、ここにつながる日本の地に、物の条件を立てる場合には、日本が救われることになるから、これをしなければ大変なことになります。それは神の方に元返る一つの条件になります。回れ右するのです。だから一所懸命やりなさい。

 そのために募金運動です。各自、徹底して帰らなければ、日本がどうなるか考えてみなさい。そのために先生は真剣に言っているのです。金が必要で、言うのではありません。それは、エバが天使長を復帰しなければならないのです。天使長に引っ張られているのだから、アメリカを救うためにやっているのです。アダムの国の解放は、エバが援助しなければならないのです。それ、原理でしょう? 先生の話ではありません。日本の金は、韓国を通して大陸に移動するのです。

 アメリカ、天使長国家の場合は、肌の色が違います。一人の白人と一人の東洋人が殺し合いをして問題になった場合には、全国の白人は、全国に広がっている黄色人種を迫害します。東洋が分からないからです。それを分かるには、中国につながる十一か国、中近東、ソビエトまで拡大して、天の圏を広げるのです。そのささげ物としてささげる物であるということを、はっきり覚えてもらいたいのです。

 それで、今度帰る前にそれに記入して、できれば一銭でもいいから親戚からもらうのです。「結婚しました」と言って。献金箱を背負って、(笑い)「いくらでもいいから入れてください。女は韓国の地にそのまま待っていますから、りっぱな家を造ってやらないと、一族滅亡します」と言いなさい。(笑い)強盗したらだめですよ。(笑い)

 そうすることによって、神中心に、両国を中心とした新しい国をつくるのです。

 今から父母を中心として、北韓に目を向けて南北統一圏を形成していかなければなりません。ここに芯棒ができています。渦巻きの芯棒です。回った場合には、芯棒を中心としてどんどん深くなっていく、霊界がどんどん下がっていくのです。これが回れば、渦巻きに巻かれ、その中にどんどん入るのです。そうすれば、霊界と地上界が一体化し、サタンが住めるわずかの場所もなくなります。そこから天国が生まれるのです。

 それでここにいる者たちは、サタンの巣、サタンの一番悪い所を掃除するのです。それは、どういうことまで命令するのでしょうか? 「おい君、夜の女の街へ行って、それを皆、整理してこい」。征伐ではないですよ。(笑い)引っ張ってきなさい。引っ張ってきて感化させるのです。それは、あなたたちの姉さんです。サタンに食い込まれている、のみ込まれている姉さん、妹なのです。解放しなければなりません。

 エバが堕落してそういうふうになっているのですから、そこまで行かなければならないのです。そのとき、君たち、堕落するのではないですよ。男はすぐ行く、すました顔をして悪い所に行くのです。そして、逆に教育するのです。そういうことをやらせるかもしれません。


     ◆

 「家庭軍隊」です。「家庭軍隊」という言葉がありますか? 統一教会の辞書には「家庭軍隊」という名前があるのです。(笑い)

 君たち、先生が「東に行け」と言ったから行きました。「西に行け」と言ったから行ったし、「船に乗れ」と言ったから船に乗りました、船酔いしながらも。(笑い)よく先生に訓練された名門の出身の、ちゃんとレッテルがついているから、それはもう当たり前のように動くようになっています。三八度線を越えて、北にだれが行くのでしょうか? 笑い話ではありません。

 旦那さんにとって一番、愛するのはだれですか? 妻でしょう? アダム国家に対して一番、愛する国はどこですか? エバ国家でしょう? すぐ前までは怨讐国家という観念がありましたが、今からはそういう観念を超えるのです。境界線を超えるのです。これがちょっと残っても引っかかるのです。引っかかった場合には超えていないからです。早くきれいに超えてくださいね。

 今後、結婚した者が来た場合には、会長も尊敬しないといけません。家庭から見た場合、彼らはアベルのアベルです。兄さんの立場にあります。そうでしょう? かといって、「小山田、来い!」なんて言ってはいけませんよ。(笑い)

 こう見た場合、韓国人と結婚したのが良かったのでしょうか、悪かったのでしょうか? 日本人同士で結婚したのが良かったのですか? まあ、皆、笑ったから分かりますよ。本格的なことを訓示しているのです。覚えていてくださいね。

 一世たちは、僑胞と結婚した日本人はかわいそうでした。今からはそうではありません。韓国人と結婚した日本の男、女は兄さんになっています。長子権の核についています。だから、日本の祝福家庭、久保木の家庭も、どこかに行った場合に、「先生の使いの者として来た」と言っても悪くはありません。そういうふうになったとするならば、韓国の僑胞は膨大な金を持っています。日本人もその金を自分のために使ったら罰せられます!

 だからといって、「韓国のために使え」と言うのではありません。アジアのために、世界のために使いなさい。先生は韓国のために使いません。君たちをここに引っ張ってきているのは、韓国のためではありません。アジアのためです。韓国の利益のためだったら、先生は偽物になる! そういうはっきりした見解を決めておかなければいけません。

 この期間、先生が話すことは、ちゃんと録音されて歴史的な宣言になっています。それは霊界にも、そういうふうに記載されているのです。それは、憲法制定の際、この内容を参考にして制定される、というようになるのです。そのことを貴重に思いながら、新しい家庭の出奔(出帆)を頼もしくなしてくれるよう、先生はお願いします。新しい日本人になりなさい。

 だから、自分の姉さんが韓国にいる、自分の兄さんが韓国にいるのです。切ることができない心情で結ばれているのです。韓国に、もう自分が引っ張られていくようになっているというのですね。そういうふうに考えて、古い日本人にとどまらないで、新しい日本人になるようにしてください。古い日本人は、アジアを制覇して日本の足場にしようとしたのだけれど、新しい日本人は、アジアを救って、アジアの足場になるようにアジアをつくり、アジアのために金をつくり出すのです。

 それには「科学技術平準化」をしなくてはなりません。「優秀な科学技術を第三世界に送り込んだ場合には、自分たちの将来がない。原料資源が皆なくなる…」と(言う人がいますが)、ばかなこと言うのではありません。何でも自分のものだと思っているのは、とんでもないことです。

 韓国の男、女、絶対に日本人に負けてはなりません。韓国の女が日本の男にけられるような、そういう者だったら、アダム国家の女ではありません。

 それから、男として、女に対して、金がないといって「日本に行って、お金をつくって来い!」と言うようなやつが今までいました。そんなばかな者は死んでしまいなさい。(笑い)先生より以上働けば、先生が出してやります。韓国人の、乞食みたいな女、男で、アメリカに行って三年以内に家を持たないような男、女はいません。それと同じように、先生が君たちに教育してあげます。

 四千人の後に、三千人が来ます。君たちは前に来ておるから、彼らを教育して、りっぱに天使長の権限、エバの権限を合わせてアダムの権威を立てるように準備しなければならないのが、今、貴重なこの時間の意味です。


     ◆

 さあ、これからこの四千人の仕事は何ですか? 新聞をもってただで奉仕するのです。君たちの手腕だけあれば、もらってもいいし、もらわなくてもいいのです。(笑い)それは君たちの手腕次第です。一年半から二年間は、ただ配るのです。

 感動させて、「金を出さなくてもいいです」と言っても、かわいい奥さんたち、素晴らしい日本の男たちの前に国の恥を見せたくないという、そういう限界、それは感動するようになっているのです。韓国人はそうなるのです。そういうふうにして、一年半以内にそれだけやるのです。「消費組合」は、全国的組織を先生がちゃんと持っています。君たちは信用ないのですがね。

 今、先生が世界に対する援助を少なくして、君たちに自由にやったらどうなるでしょうか? 金を懐に膨らませて回った場合にはどうなるでしょうか? 悪者になって流れていくのです。先生はそれを承知しています。金は一銭もなく、ふろしき一枚しかない者のように、そうでなければ何もできません。統一教会のメンバーは皆、流れていくのです。

 先生は十何年間、アメリカへ行って公的に使ったお金は、一銭も自分のために使っていません。公的に使う場合も、すべて報告して使います。

 国を治められない立場で、自分が所有権を持つという不孝な息子、不忠な息子になってはいけないというのです。天宙分け目の戦いの一戦にあって、勝者にならなければなりません。

 北韓の峠、中国の峠、ソビエトの峠をいかに勇んで越えるか。重大な時期に来ているということを覚悟しなければいけません。目標を決め、突進しなければならない、君たちの運命というよりは宿命です。運命は変えることができますが、宿命は変えることができません。

 蕩減復帰を果たす、神様のみ旨を果たす宿命です。日本の運命圏は、真の父母の子女としての貴い宿命の道を選びました。すべてを乗り越えて立った、宇宙の保証しうる自分自身を固めつつ、未来の先祖として、教育の材料として残してもらいたいのが、先生の話の結論です。

 それで先生は、生涯を懸けて後世に残しうる、国を超えて、太平洋を超えて、すべて感謝に迎え、貴さを思いつつ、その材料が欲しいから生涯を走り回ってきました。

 日本人も架け橋みたいになって、韓国人、中国人、ドイツ人もそうです。材料をつくらなければなりません。霊界に行くと、貴い歴史的材料と貴い心情、その二つ以外はありません。金儲けして何するや。出世して何するや。必要ありません。霊界に行って、人をどれだけ愛したか、その愛の量、そのキャパシティーが問われるのです。

 神に代わるご父母様の前に、自動的にひざまずいて尊敬する女たちを、生涯懸けて見たいものです。深刻です。父母が獄中にいたとしても、たたえられる父母を持った子供、その子供は幸福です。後孫において、未来にジャンプするくらいの歴史的材料を残していくのです。

 四千人を韓国に残していくから、日本に残るのは三千人くらいかな。その者は三倍化活動をしなければなりません。今後、帰れば、勤労青年を教育しなさい。「先生の懇切な願いである」と訴えるのです。日本国民を代表した四千人は貴いものです。先生の話したことを心に銘記して、生涯懸けて勝者になりたい者、両手を挙げて誓いましょう。






















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六五〇〇双「韓・日」祝福家庭への御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


六五〇〇双「韓・日」祝福家庭への御言

日時:1988年11月7日 場所:リトルエンジェルス会館

 韓国で行われた六五〇〇双国際合同結婚式の参加者のうち、「韓日」カップルを中心として、ソウルのリトルエンジェルス芸術会館で特別集会が行われました。以下に紹介するものは、その席上、日本語で語られた御言を収録、編集したものです。


愛の戦争


 国際合同結婚式を行ったその日から、一週間になりました。今回、初めて韓国に来た者もいるかもしれませんが、韓国のいろいろな事情が分かってきたでしょうし、相対者の故郷にも行って来た者もいるでしょう。いろいろな背後の複雑な関係も、さまざま伝え残すようなこともあったと思います。

 若いときは、平坦な体験より複雑な体験がいい。それから、小さい拳で打たれるより、大きい拳で打たれるほうがいい。そういう意味から、日本で結婚するよりも、国境を超えて韓国で結婚したということは、生涯において貴重なことです。このように国を超えて日本海を間にして行ったということは大きな衝撃でしょう。その反面、喜びと言えば喜びでしょう。それは、青年時代においては、大概の者は頼もしく思う。君たち、どう思いますか?(「頼もしく思います」)

 君たちは、今から兵隊です。徴兵されて行く兵隊の運命は、私的運命ではありません。公的運命です。国家の運命と並行して自分の運命がつなぎ合わされるのです。もし戦争に負けたとすれば、国も自動的に敗北するし、君たちも自動的に敗北した立場に立たざるをえません。このように考えてみた場合に、「兵隊」という言葉は難しい。あるいは恐ろしい言葉です。兵隊がよく戦ってくれれば、その国はより安全な世界に向けて進展し、前進して行くことができるけれど、もしも勝利を得なかった場合には、後退して、どうにもならない運命に巻き込まれてしまうのです。

 これは、日本の国と韓国の国において初めてのことです。何の戦争かというと、武器を持っての戦争ではありません。愛の戦争です。男、女がともに理想として願う愛の道において、勝利者になるか敗者になるかを決める、その歴史的な先頭に立っているというのです。

 愛というものは、すべてを統合する力を持っています。だから、良心と肉身という内外の存在としての人間は、ある一つのものに共鳴することができます。その二つの焦点を合わせて、一点に結びつける作用をなすものは、人間世界においては外にありません。金でそれはできないし、知識とか権力でもってそれをなすことはできません。ただ一つ、愛だけがそれを可能にします。

 君たちは霊的五感と肉的五感があることを知っています。これらがいかにして一体となるかというと、ただ、愛によってのみできるのです。この世の習慣性に満たされた愛ではなくて、本然の真の愛を中心として考えてみた場合には、その心身ともに一致した基準というのは、触覚、あるいは焦点で合うとともに、全身で合うのです。焦点だけ合っても面白くありません。それは、刺激的な一時の喜びになるかもしれないけれど、焦点から全体が一つになったとするならば、大変なことになります。そういう力を持つものは、神の創造理想世界において、神につなぐ真の愛以外にはありません。

 このように考えてみたとき、本然の基準が、真の愛に、自動的に、必然的につながるようになっています。そこでは、激烈な闘争をなして勝利の基準を築き、悪の世界を絶やしてしまって、その上において、初めて本然の愛の接続点を考えることができるのです。しかし、今までそのままの立場で来たために、一大転換、あるいは革命を起こさなければ、それは基点に帰れません。これは一大戦争です。

 その愛の戦場はどこかというと、愛の闘いの相対となるものは、他人ではなく、自分に一番近い人です。君たちにおいては、旦那さんになり、あるいは奥さんになる。その背後にある彼らの父母たち、その背後にある親族、さらにその背後につながる国です。

 自分が相対している夫婦関係というものは、ただ自分一人ではありません。それは国家を代表し、氏族を代表し、家族を代表し、男女を代表して自分の前に立っているために、これは一つの国の、最高に統合された先端に立っているというのです。

 今、君たちは韓国人と結婚しました。もしみ旨がなく、自分たち同士で、何かの因縁によって、この世的な国際結婚をなして、日本を離れて韓国の地に渡って来て、相対者を迎え合うということを考えてみた場合、それは次元が違うのです。思いもよらない、夢だに思わないような環境でそれを乗りえようとしても、どういう方法を講じて乗り越えるか見当もつかない、見通しも利かないような立場で、非常な苦悶に巻き込まれるでしょう。


一大革命的な自分


 しかし、ここにいる君たちは、外的な、この世的な人々とは違う立場にいます。天と真の父母を中心としての、世界と国家と氏族と家庭につながる男、女たちです。それは、み旨全体を代表した男、女です。

 韓国人として韓国全体を代表するのはもちろん、その背後にみ旨を中心とした、天地につながる広い基準を中心として連結された代表的存在なのです。韓国人でありながら、統一教会人です。日本から言えば、日本人でありながら統一教会のメンバーです。み旨を中心とした基盤は、日本の基盤と韓国の基盤よりもっと広く、高く、永遠的な背後関係を持っています。愛で組み合わされたその因縁を探り出してみると、国による心情圏より、もっと本然に近い因縁でつながっています。そう考えてみると大変なことです。

 霊界から見た場合には、天国と、それから日本の先祖と君たちと、地から見た場合には、日本の国と君たちの一族と家庭を代表しています。それが、韓国を総合した代表者たちと語り合う、そういう者たちが集まったということは、歴史的に相会うという立場だけではなく、天宙的な点において、歴史を代表した基準において会うような立場ではないかと思います。

 そこで会って何をするかというと、遊ぶのではありません。この社会の青年男女がするような普通の結婚ではありません。それは特別の結婚です。その内容は特別です。

 この世的な結婚は、歴史的、伝統的につながってきた方法によって、男女が結ばれています。それによって何を残すかといえば、歴史的に相続されてきた心情圏そのものをつなげるのです。その子供というものは、特別なものではありません。それは、日本だったら日本の歴史を通してきた、普通の、並の血統圏をつないで生まれるものですが、今度は違います。

 日本人同士ですれば環境が狭くなりますが、日本と韓国というようになれば、それは倍になる。日本から見れば、太平洋がつながるし、アジア大陸につながります。それは、三十二億が住んでいる莫大な大陸につながっています。そこには、世界のあらゆる宝物や資源が横たわっています。陸地を中心として、日本が韓国を通して中国大陸、アジア大陸につながる道を考えてみても、これは摂理的であり、歴史的です。

 神の摂理上、さまざまな宗教がありましたが、宗教界を通してみても、このようなことはありません。宗教界は、「出家」を教えています。俗世間を離れなければならないと、高次元に立つ宗教は皆、そのように教えています。

 この世界から離れ、国から離れ、あるいは家から離れ、父母から離れ、愛から離れる。「愛というものは関係してはいけない」と言うのです。男女関係というものは、宗教では怨讐視しており、一番汚いものとして説いています。なぜそうなったかという根源は分からないのですが、ただ霊的世界から指導されてきた結果がそのようになってきたために、そのように信じてきているのです。

 こう見た場合に、統一教会は宗教団体でありながら、宗教世界が今までたどって来たような方向を完全に引っ繰り返しました。

 自分が家庭を代表しており、自分が国を代表しており、自分が世界を代表しており、自分が摂理を代表しています。国も自分の下です。昔は皆「小さくなれ、小さくなれ」と捨てて、捨てて、自分一人を中心とした運動を展開して、聖なる道をたどって行こうとしたけれど、今は違います。すべてを下に置いて、大きい基盤にまで、粒々のような小さなものを一番積み上げた一番高い所にさーっと立って、「我に従え、君たちも、我に従って結婚しなければならない」。こう見た場合に、これは一大革命的な自分だということを確信するのです。それを自覚しなければなりません。


歴史的伝統の情の基台


 日本も今、世界的な潮流に覆われて、駆け上がって行かなければならない運命に覆われています。いかに多く金を持っているとしても、金が人間生活、人類歴史を左右するのではありません。日本の方向を決める政策というものは、金を中心として立てるものではありません。人を中心として考える。愛なる考え、善なる考えを中心として政策を立てるのであって、経済は付随物です。それが中心ではありません。

 日本人として、普通の日本の学生であれば、「韓国」と言えば、それは「監獄」と同じように考えています。発音が通ずるのです。日本人が知っているのは、韓国という牢屋でしかないから、そういうような所ではないかと一度に結論を出して、島国で駆け回って来た男、女たちが韓国に来てみて、韓国は何でもないと思ったけれど、何でもなくもありませんでした。

 何でもないような韓国人が、日本人一人ひとりと闘った場合には、もう一日で絶対勝つ。主管しうるというのです。一年はもちろん、十年はもちろん、百年、千万年でも、一人ずつの場合には、日本人は韓国人に負けるというのが韓国人の一般的な結論です。日本人もそういうことを知っています。

 日本人は一人だったら負けるけれど、何人か組んでやった場合には負けません。それが日本人の特徴です。もしも、オーストラリアみたいに大きな島が日本だったらどうなったでしょう。なぜ独り立ちできなかったのでしょう。こう見た場合、狭いから、風があまり吹きかけるから、東西南北から吹くから一人では寒い。だからしかたなしに捜して二人組んだ。日本に行けば火鉢や炬燵があるでしょう。このような歴史的伝統の情の基台は、そういう島国の生活環境から生まれてきたのではないかと先生は考えます。

 アメリカなど見ても、観光客として、ワシントン議会とか有名な所を旗を掲げて回ってくるものは、ただジャパニーズだけです。それは有名になっています。そう見た場合には、一人では負けるけれど、団体では勝てる。そういう意味において、日本は今問題になっています。

 ところで「結婚」というものは、団体で行うものではありません。たった一人で成すものです。韓国を見た場合、「先生、そんなに言って、日本の若い男、女たちと一度に結んでしまうようなことでは困るではありませんか」と思ってもしかたがありません。「どうせ負けるはずですから、あらかじめそういう覚悟をして、朝から出発して夕方まで、生涯そういうふうに決めていきましょう」と言う場合には、完全無事通行ということになります。

 けれども、「経済的生活や背後の文化的関係から見た場合には、世界情勢につながる日本の文化基準はアジアの盟主として堂々たるものだから、韓国人は日本人に従え」と言うことは良くないのです。


中和文明の時代


 君たち、世界的に有名な戦略家はだれですか? 西洋にはナポレオン、東洋にはジンギスカン。西洋のナポレオンがいくら有名だからと言って、日本を占領したことはありません。一方、東洋のジンギスカンは世界を占領して、生涯懸けて戦争に負けたことがありません。しかし、たった一か所で負けたのです。それが韓国であり、その歴史的資料が江華島という所です。それは歴史には書いてありません。

 「半島」というものは強いものです。それはなぜ強いのでしょう? 「男」を象徴しているからです。半島というものは、あらゆる世界の文化の交流も、男女関係の交流も、新しい理想の基台もそこにおいて成される。愛を中心として皆、つながっています。そう見れば、女が慕っていくのか、男が慕っていくのかと問えば、普通先に男性が慕う。それから女性が慕ってきます。そう見た場合に、韓国は陸地を代表しています。

 それから、大陸に住んでいる者たちが考えるのは、大陸の成立時代です。日本では、志ある者は、日本列島がどのように成立したか、だれも考えません。あんな所で、わたしは世界一だと思っているけれど、少し物事を考える者は、海岸があると知っています。向こう側に行けば岸があると思えば、岸から岸へ捜して回る。そういうことを考えてみた場合、日本人は決定が早い。

 しかし、大陸はそうではなく、十年、二十年たっても変わりません。問題を考えた者がどこに行って休むでしょう。“これは長い”と、我々も疲れて果てがありません。だからこう回ってみた場合に、志ある者は違った所を捜していく。その違った所は大陸につながる半島だというのです。

 人というものは、陸地の見ねない深い所にいすを置いたとしても、皆、岬の先の先に行って、いすを置かなくともそういう所に座りたい。それが人の心です。なぜかといえば、人間は霊的、肉的に二重的な人格を持っているからです。霊は海に通じ、肉は陸地に通じます。その内外共に統一された考えが相対的に相応し、対応する、そういう境地で休みたい、留まりたいのが人間です。

 そのために、大陸につながっている半島圏には、いつも思想的な問題が起こっています。イタリア半島、バルカン半島、イベリア半島、それから、西洋と東洋をつなぐマレー半島。こう見れば、いつも半島が問題になります。韓半島はとっぴな所です。大陸から出っ張っています。そういう所には思想家が生まれやすいというのです。韓国の歴史上に、李退渓(注:、本名は李滉()李朝中期の哲学者、文臣。朱子の学説を主とした理気二元論を主張)という者がいるけれども、中国や日本でも今研究しているのです。

 半島は思想的に高い。また、気候がいい。陸地に行けば段々暑くなりますが、半島は気候が良い。そういう面においては、韓半島は世界一です。気候によって文化が発展します。

 古代文化は熱帯圏、インド文明も、中国の黄河文明も、バビロニア文明も川を中心として栄えました。そして、川時代から湖時代、地中海文明、それから大西洋文明、太平洋文明と大きくなってきます。そして大空文明となるわけでしょう。それから今のスペース時代です。上がってくる。だから、陸地から立体世界へと、大宇宙をともにして行きたいのが人間の理想というものです。

 それで、古代文明は熱帯圏文明、今の文明は温帯圏文明です。シベリアの寒帯圏文明に覆われて、今西欧世界は皆冷たくなって、紅葉して葉が皆落ちてしまうように、ヨーロッパ文明は枝だけ残すようになってきました。ここに、秋を迎えて、本当に実った文化の結実があるとするならば、それは固い固い皮で囲まれた実であるにちがいない。それから、冬が来た場合には、寒い氷の中で水と一つになった場合には、それが温度の釣り合いによってこれらが二つに割れて、そこから若い芽生えが出て、春の文明に向かう時代が来るでしょう。

 人間が堕落しなかった場合には、もともと春の文明が始まるべきでした。しかし、堕落したために、方向もなく、自分勝手に熱帯文明を起こしたその時代から、巡り巡って新しい春の文明へ戻って行く時代に移行してきたのです。今、秋の文明に向かう現在の文明圏に総結実体として、新しい実として地上に芽生えてくる、新しい春の時代が芽を吹くことでしょう。そう見るのが摂理観です。春の時代が訪れます。それを我々は「中和文明」と呼んでいます。

 真ん中の中心がすべてを統括して、新しい生命を生み出す文明圏になるでしょう。それは春の文明時代です。だから、春の陽気になったから、心も体もふわふわして一所にとどまりたくない。蝶々が飛んでどこかに行くように、自分も飛んで行きたい。歩調を合わせて、自由に花園を歩きながら喜び、飛び回りたいというようにして春が続くのです。


真の愛


 気候もそうだし、信仰の世界もそうだし、思想の世界もそうです。統一教会に入れば思想的に春になります。今まで統一教会に入る前、思想的に見れば、冬のように皆、凍ってしまっていました。秋になれば、落ち葉になって落ちてしまう。これは寂しい枝ばかりだから、風が吹けばひゅーと震える。冬が近寄るような、晩秋期の文明圏に生きていた者が、統一圏に入れば春みたいになるのです。君たち、飛ぶように気持ちのいいことを経験したでしょう。目を丸くして地獄に行きますか? (笑い)

 統一教会は不思議な所です。目から涙でなく、新しい芽生えが出てくる。鼻からも出てくるし、口からも出るし、皆、出てくる。そしてどこへ行きたい? “日本にとどまりたくない。東京がいくら美しくても嫌だ。中国も嫌だ、アメリカも嫌だ。ただし小さな韓半島へ”そう思うようになっています。

 それで、先生がそんなに韓国を応援し、褒めたために、日本をけってしまうのではないかと、そう思ってはいけませんよ。なぜかというと、今み旨に入ったいかなる国の若者にも、「どこの国の人と結婚しますか?」と聞く必要はないというのです。決まりきった答えを、君も私も知っているのに、なぜ聞きますか? 「どこの国の人と結婚する」と言った場合、名前はどうでもいい、内容が重要です。イギリス人も、ドイツ人も皆、韓国に対して関心を持っています。

 日本人の君たちはどうですか? ここにいる君たちは関心どころではありません。君たちの父母は皆、韓国人に対しては大嫌いでしょう? 「黒人とならまだいいとしても、韓国人とだけはするな」というのが日本人の根性です。

 先生がなぜここで話をするかというと、先生と君たちと呼吸が合わないといけません。遠からずして、もう別れます。相撲でもとって、プールでも入って、もっと記憶に残したいのが人情というものです。そういう意味で、先生が君たちのためにやるから、それは悪くありません。それを自分の欲望として何か与えられるのだったら、気持ちが悪いでしょう。(爆笑)

 日本人のことを先生はよく知っています。君たち、電車やバスなどに乗ったとき、僑胞の人たちが横に座ったことがあるでしょう? そのとき、気持ちが良かったか、悪かったか、率直に言ってみなさい。今は韓国人がいいの? (「はい」)。それは方便で言うのか本当に言うのか、分かりません。今はどうですか? (「いいです」)。なぜか? それは何によるのでもなく、ただ、統一教会の先生がいるからです。先生がいなかったら一銭の価値もありません。日本でも、田舎から東大生が出たら、村のおじいさんが見物に来るでしょう。そういう者が何のためにここへ来たのか? 東大を卒業したからといって、特別に先生がよく会ってあげるわけでもないのに、何のためにここへ来たか? その答えはたった一つ、先生が生まれた国だからです。

 先生という人はいかなる人ですか? 韓国を第一に思う人か、日本を第一に思う人か、世界を第一に思う人か? (「世界!」)

 先生は言葉が巧みだから、うそを言っているのかもしれません。しかし、七十歳近い先生の生涯の歴史を通して見れば、文先生という人は、世界のため、神のみ旨のために成していると分かるのです。今、世界的に働くその基盤を作っている人は先生しかいません。それはもう公認された立場です。

 その世界をどうするのですか? (「統一」)。統一して何をするのですか? (「神の国」)。「神の国」をつくって何をするのですか? (「地上天国」)。地上天国をつくって何をしますか? 今日、地上天国ができたとしても、腹が減って皆死ぬようになったらどうしますか? (「神とともに喜びます」)。神とともに何もなしに喜ぶとすれば、それは気違いです。神とともに真の愛を中心として、三点を置いて喜ぶべきであって、ただ“神とともにやっている”というのは気違いではありませんか?

 礼儀正しく、四方八方周波数を正しくして、調和するような立場において愛とともに喜ぶという、その釣り合う基準が必要です。神の愛とともにけんかするとしても悪くありません。「なぜ、こんなに長い間会ってくれなかったのか?」と言って、神とともにけんかしたとしても、それは悪くありません。愛を中心として成すすべては、悪に結実しません。

 親がむちでもって子供を愛するとき、それは罪ではありません。それを治める法律はありません。愛のむちは希望のむちです。愛のむちは未来の橋のむちだというのです。橋が作られるのです。

 だから、愛を中心に関係したすべてのものは、いいものはもちろん、それは気合いをかけるとしても、悪いことではありません。本当です。だから、愛によって生き、愛によって死ぬのです。愛によって生きながら、愛によって死んだ者は不幸者ですか、幸福者ですか? (「幸福者です」)

 それは、生きる者よりもっと長く、もっと高く、もっと広いものを持っているからです。愛によって、ああいう格好をして、愛を中心として生き、死んでいったとするならば、幸福です。愛に生きるすべての結論は幸福になるというのです。失敗ということはありません。

 先生を見た場合、一生涯失敗したように見えます。アメリカに行って、追いに追われて獄中生活をしてきました。日本帝政時代にも追われて獄中、韓国で獄中、いつも牢屋の生活でした。それは失敗ではありませんか? 何が望みで、何を中心として生きたいからそのような生き方をしたか。愛を求めてゆく生き方をしたいからです。

 「真の愛」は地上にありません。真の愛を求めるには、地上を引っ繰り返してみなければなりません。そればかりではなく、こういうふうに縦に切ってみなければなりません。

 そういうふうにして、地球上に東西南北、四方八方、いくら捜しても愛がないから、「地上から離れるべし」と結論づけた場合に、それは天から見てもOK、万民からも、歴史上の人々からも認められることであって、それを成しえないという結論を出すことができません。

 だから引っ繰り返すのです。引っ繰り返したら大変と思うのはサタンです。大勢に構えて、「なぜそんな勝手なことをするか?」と。「それは愛するからだ」と、そこに悲惨な戦闘が起こるのです。彼らは権力の力によったけれど、先生は愛によって、愛を満たして打たれて行く。打たれて追い出されてしまったようだけれど、一周して行けば、結局は彼らが追われて行くようになります。彼らは一周するところまでは分からないのです。愛は一周ばかりでなく、「永周」、永遠に回る。「永周」という言葉は今までありませんでしたが、今から使いなさい。

 愛によって生き、愛によって死ぬ人は幸福だと結論づければ、先生の生涯は悲惨でしたが、死にかかる未来に向けて、その愛の希望の道を、そのまま続けて行けば、その者も幸福な者になるでしょう。サタンが自分を連れて行こうとしているのではありません。神様が迎え入れて、天の王国に連れて行かれるであろうと思います。


神の国に必要な子供


 統一教会の文先生に会わなかったとするならば、君たち、今いかに悲惨か考えてみなさい。

ここに女の子たちがたくさんいます。顔の広い美人のいとこみたいな、これぐらいの美人だったら、日本のどこでも声をかけられるだろうという性質の良くない女がいるとすれば、悪魔の的になってしまったでしょう。そのような者たちがここにも座っています。別に顔も大したことはなくても、君たちの相対者から見れば、大したものと思われるでしょう。今は皆覆われているのです。愛の力というものは本当に不思議です。醜い者でも、愛に覆われた場合に、なぜあのように面白く、かわいい傑作となるのでしょう。それを考えると、愛の造化力、変化力、愛の和動力は偉大なものです。愛の眼鏡をさっと掛ければ、醜い者は一人もいません。

 それで、韓国にたくさんの者たちが来る中で、よくも選ばれました。人間の希望は、日本人も韓国人も同じです。日本の男から見た場合に、日本の最高の美人たちが、韓国の男と皆組になって日本にはもういなくなってしまったとすれば、日本の男はどうしますか? これは大変です。それで、男たちも考えて、“その代わり、韓国の女を迎えたらどうか? ”と、そんなことを考えた者もいるでしょう。

 韓国の女は、そう優しい女ばかりではありません。一週間で、そのような経験を多くしたという話があります。韓国の女は強い。強い男たちを生む女だから強くなければなりません。それは原理的であり、理論的です。活発で勇気ある女と、優しくてそわそわした女と、どちらがいい?

 結束に余る女は、日本人は困るでしょう。君たちの感覚と違うのです。文化の背景が違うのです。持ち方も違うし、歩き方も違う。韓国の女はチマを、こうやって四方八方広げてもまだ余裕があります。日本は、着物という文化の産物が、活動のすべてを制限しているのです。

 韓国の女は、寒いときには、さーっとチマの下に四人兄弟に、お父さんと五人ぐらい入れて、布団をかぶっているような、女王みたいな素晴らしいポーズをして気持ちいいでしょう。日本人の女はそれができると思いますか? ノミさえ入って行く所がありません。それで、よくも考えています。高く上げないと広くならないから、ここまでチョゴリをこういう風にして。(しぐさで示される。)だから、日本人の踊る踊りはいくら力を入れても、袴のすそが狭いから、一メートルを超えられません。日本人の女はそうでしょう。韓国の踊りは宙に二メートル飛んでいます。(爆笑)

 それだけ違うのです。文化の背景が違うために、君たちの尺度で計ったら失敗です。先生も真剣です。君たちより本当に真剣です。十年以降には、ぶどうの房みたいになった君たちの子供が見たい。

 君たちを見たって、日本人、韓国人と、違う国の人です。それでは、第三番目はどこの国の人? 韓国人でもなければ、日本人でもない。もう君たちとは違うから、「天国」と言ってもいい。けれども、「韓国人、日本人の天国」と言ったらびっこになります。二つの国を持っている人がいますか? 三番目に現れる者が、未来の世界に向けて、神の国に向けて必要な子供になります。だから、今から何十年か待たなければ、神の認める、ふさわしい者は生まれてこないと考えるのです。


最も貴いもの


 韓国にまで来て、こういうような背景の歴史を組み合わせたのです。先生がいなかったら、いかなる方法をもってしても、合うこともつなぐこともできないような環境にある者たちが、韓国の地に来て、どういうものを残しますか。国を超え、氏族を超え、自分の文化の背後すべてを超えて韓国に嫁いで来て、難しい環境に合わせながらすべてを切ってしまって、すべて無の状態から、すべてがあるようにとらえて、新しい地に合わせるのに、いかなる犠牲があることでしょう。そういうふうにしてきて、夫婦生活をした後に、どのようなものを残すか問題です。

 特に日本の男だったら、韓国の一番悪い女を迎えたいと思う。女に対して「醜女」という言葉はありますか。それを「ブス」と言うの? 醜男たちが住む家は、蜂の巣みたいだから「ブス」と言うの? それだったら、もう醜い男ばかりをたくさん生むような女を「ブス」と。そういう女と結婚して、普通だったら嫌がるような者と結婚して、そこから、父母とは逆の子供が生まれてきた場合にはどうかというのです。そういうことも考えられます。だから、未来のことは人間には隠されているのです。

 今、日本の新郎新婦たちは、何を残していくべきですか? 日本の言葉、日本の着物を残していきます? 何物も残してはならないようになっています。何を残しますか?

 一番尊いものは、日本人が持てないような代表的な愛を残すことです。金を持ったとしても誇ってはなりません。何年後にはそれ以上になります。快適に食べるようになります。大学を出たといっても、人生が六十年も残っているのに、四年ぐらいの期間に勉強したことを中心として、「旦那さんは高等学校しか出ていないのに、わたしは大学を出た。気持ちが悪い」。悪いと言うその者は、とんでもない者です。勉強させたらいいではありませんか。そうしたら、日本の女は夫をこんなに愛したと、愛の量が高まり、広がっていきます。

 夫に大学を卒業させるために死に物狂いで働いて、夫を偉い男として育ててゆくならば、日本の女というのは歴史に残ります。日本の女王になるような偉い人が韓国に来て去らなかった。そういう道もあるのです。

 それとも、マニキュアやルージュやハンドバッグを残して、豪華な生活ぶりを残すために来た。働くこともしないで、韓国にちょっと威張りに来た。どちらですか? 何が尊いですか? (「愛」)。愛が尊い。それ以外にはありません。

 それを植えた以上は、それを抜こうとする者がいたら、それ以上もっと詰め込もうとする真の愛を残した場合には、永遠の愛の主人として残ります。それを歴史に清く清く残して溜めて、深く深く、掘られないように保とうとすれば、民族愛、国家愛、世界愛につながります。分かりました? (「はい」)

 この手が何を動機として動いているか、聞いてみなさい。この顔を毎日鏡で見るたびに、この目、この鼻、この耳、詐欺師みたいに自分の利益をむさぼりつつ、誇り高ぶって、どうせ消えてゆく姿になってしまう己であろうかと。

 それでは話になりません。自分の一身に何かを残さなければなりません。愛を中心として駆け回り、韓国人の愛より以上の何かを残したとするならば、その夫人なり、その夫なりが涙ながらに記憶して、日本の地に行って、その先祖を親戚に誇りたいというようになります。そのような何物かを残すべき使命のために、ここに来たということを忘れてはなりません。分かりました? (「はい」)


愛の支柱


 先生だにアメリカへ行って、あの大きなアメリカの国を激動させ、かき回しました。それを見た場合に、自分のために成したのであれば、アメリカ人の一番劣等の者からもけっ飛ばされたはずです。太平洋の果てまでけっ飛ばされてもいいような者であるというのです。その反面、アメリカ人がやらないその愛を残すために、迫害の道を来ました。

 かき回してもいいから、本当にそれを受け継ぐ相対者を求めるために、そういう難しい立場で会って、地を這いながら、心を交えながら、ともに励まし合う、そういうような基盤を願いつつ、その上に愛の柱を打ち立ててきたのです。牢屋に引き込まれても、愛のゆく世界は新しい。ダンベリーの獄中の壁の向こうに、わたしが立つべき理想郷があると、そのようにして生きてきました。

 牢屋に入ったときに、アメリカ人と牢屋で一緒に住みながら、皆を先生が感動させました。そこは、アメリカ全体二億四千万の社会現象を縮小した悪の終着点でした。ぱっと一言、言った場合には、命が吹き飛ぶ。そういう所に真の愛を、ダンベリーのどん底までいくらでも打ち込むことが可能であったということを発表してきたのです。それを感じるようになったすべての者が、自分の親を超えて、妻を超えて、子供を超えて、先生に打ちかけて来るのを見ました。国も、自分の氏族も、家族も、一身すべてを犠牲にしても、そこに残したい思いがするのを見た場合には、偉大な者となる。真の愛の主人となる。それを求めてきたということを忘れてはなりません。

 韓国の女の顔を求めて来たのでもなければ、男の素晴らしい体格を見詰めてきたのでもありません。先生に最も尊ばれる、永遠に残すべき、万民のすべてのモットーとしてたたえるべき、真の愛の支柱をこの地に残すために来たというのです。

 ここにいる君たちは競争です! その愛の柱を済州島の南端に打ち込んだその者が、全半島で最も高い愛の柱になるであろうか。海でも、山奥でも、山頂でもいい。ただ一軒の家がある所でも、また、ない所でもいい。真の愛を象徴する所であったならばどこでも、この愛の支柱を打ち込まなければなりません。

 怨讐の道によって消えていった韓国の先祖たちも、日本の帝政時代に犠牲になった人たちも、日本人によって植えられた真の愛の支柱を、「それを抜け」とは言えません。先生を中心として両方を結びつけているということを考えなければなりません。

 それゆえに、霊界も先祖たちも、周辺で新しく出会うその人たちも、今から成していくこの夫婦生活の前に、あだに取り扱ってはいけません。このような道を打てば、胸が締めつけられてくる、きょう死ぬ人も出てくる。そういう現象が起こるのです。それは韓国でも日本でも、あらゆる所で実証されるでしょう。君たちが、この統一教会に入って結婚する前に、霊的に、自分はどういう者と結婚するかという体験をすることがあります。ある時代に亡くなった東洋の娘が、今度祝福を受けてみれば、その顔がそうだったりする。よくもそういう者を先生が選んで紹介してくれた。数千人も、それは偶然ではありません。このように組むのは、天地ともに抜くことのできない大きな愛の柱を打ち込むためです。外的には、憎いからハンマーを振って、その柱を打てと言って打ってみた後に、それが愛の柱だったらいかばかり偉大なことでしょう。

 愛の道を行かないならば、男、女を無視して行きなさい。愛の忠告を受け入れない場合には、命を懸けて押し付けていい。それだからといって後退してはなりません。押しかけて後退すれば、永遠に後退してしまうのです。愛に屈伏させるその波動を見抜かないというと勝利者になれません。

 先生もそうでしょう。世界の果てに押しかけておしまいではありません。それでもサタンが押しかけて、サタンが尊ぶ一番端の方を自分が取って、サタンは逃げて行く。先生はここに立って、今から帰って行くのです。君は帰って来る道がありません。それは蕩減の道です。押しかけて、中途半端で後退するような者になったらだめです。それは始めない方がいい。十年、二十年、三十年、韓半島の地を目指しながら、決意したその一念に覆われて正しくなされていく。そして、長く続けながら、神の御前に“よろしく”というその勝利者の言葉を残していくために、ここに立っているということを忘れてはなりません。真剣なことです。

 顔はどうでもいい。顔は皮の変形したものです。顔の縮みや収縮は、変形したものです。今は整形学が発達しており、いつでも作り変えることができるではありませんか。一週間で美人になれます。


愛の道


 先生は君たちといたいのに、もう帰らなければなりません。子供はいつも親の許にいたいものです。イーストガーデンにいる先生の子供たちも、「お母様といつも一緒にいたいのに、なぜいつもいないの?」と言います。それだからと言って、彼らが喜ぶことをしたら、先生はどうなりますか? そうはいきません。

 君たちも先生の子供でしょう? (「はい」)。「先生が韓国にいないで、無慈悲にも顔も振り向かず、飛んで行って消えてしまった!」。泣きなさい。泣けば福が来ます。恵みが生まれてきます。雨が降れば、新しい生命が生まれてきます。泣くことの心でもって涙を残すところには、生命の基台が残されます。

 笑いたいの、泣きたいの? 本当にうれしくて泣いている顔つきと、本当に悲しくて泣く顔と、顔が何パーセント違うのですか? 同じくらいです。笑ったり、泣いたりするのは、上がるのも、下がるのも、何の差別もありません。真の涙を流すところには、生命の種が、芽が生えてくる。旦那さんの泣く顔もそう悪くありません。「なぜ、君はこういうふうに泣くのか?」と聞かれれば、「真の奥さんの名前を残すためだ」と答えるべきです。

 ここに二人の女性がいるとします。一人は美人で、体格もすらっとしていて、何も条件を付けるところがありません。足の爪さえ格好よく、美しい指をしています。その美人と、ブスが二人ともそれぞれ旦那様に一所懸命仕えています。ともに一所懸命語り合い、キスをするのを見た場合には、美人の夫婦が倍になります。それから、笑い転げるようなそのことが、垣根を超えて村の注目の的になりました。それなのに、ブスの夫婦はみっともない格好をして、歩き方もみっともないし、行動もみっともない。しかし、美人の女は、男が死ぬ際に、自分が先に死ねば救われるのに、命を懸けることができませんでした。他方、ブスの女は先に死んで男を助けたとするならば、どちらが烈女ですか?

 同じ二人が、おのおの旦那様の烈女になろうとして、一所懸命に働く。働くのも同じです。点数も同じです。もう十年か二十年間、同じ点数で、同じく仕えてきました。しかし、一方の女はびっこになって、片輪になってしまいました。夫のために働いたから片輪になってしまったという場合には、片輪になった女と、片輪にならなかった女と、本当の烈女を求めるには、どちらを烈女として選ぶべきでしょうか? (「片輪になった方です」)。それは困難な話です。

 たくさんの女がいて、皆韓国にいいことを残し、いいことをしようとしました。その中で、一番日本を代表した女、夫を愛し、夫の家庭を愛したその奥さんはどういう人でしょうか? 四季に合わせて、いい色合いの着物を着て、繁華街をずっと歩き回りながら、いい気持ちで有頂天になって住む女もいるでしょう。日本から来て、そういう成功した姿、こういうのはだれもが願う女のポーズです。普通の女はそういうふうに考えます。

 しかし、一方では、日本で見たら相当偉いと思ったのに、今外国での姿は乞食にも及ばないくらいにみすぼらしい。それで、影の後をたどりつつ歩くような生活をしながら、それでも韓国に尽くす。旦那に尽くす。未来のために、み旨のためになろうとする女がいたとするならば、どちらの女を、韓国あるいは日本としてたたえるでしょうか? (「後者です」)

 先生は罪なき立場で手錠をかけられて、五年の刑を受けて牢屋に向かって行くときに、それを振りかけながらガチャガチャ音がしたことを、今でも忘れられません。

 その音は四季を超越し、時期を超越する。そんなみすぼらしさが花の香りみたいになって、天宙に神の心を動かすような材料になっているのです。当然、亡くなるはずの文先生が、歴史上の万人の頂上に立ちながら、未来に対して号令をかけるようになったのも、歴史が願い、天宙が願う姿やその立場だったから、そうなったということです。それは、愛の心情の基台の上にのみ可能であるということを忘れてはなりません。


歴史に残すべき実績


 結婚してここに来たのは何を残すためですか? (「愛」)。真の愛。宝物を隠しておくのに、世界で一番尊いものを隠すとすれば、最もきれいで、最も願わしい所に隠す者がいますか? 最も隠れた奥地に隠したいものです。そういう世界に、王者につなぐ勝利の道があるということを考えてみた場合に、愛は平常の人間が願うような道にあるのではなくて、反対の道においてあるということは当然の話です。

 日本ならば朝、たくあんとみそ汁と茶碗を準備して、「はいはい、持っていきます」と言って、女中なんかが持って来るそういうご飯を、何のあいさつも、祈りもしないでパクパク食べるその女ではなく、待ちに待った十年ぶりのたくあんとみそ汁を前にひざまずきつつ、神に敬礼し、祈りながら食べる姿を見た場合には宇宙が迎える。

 先生は牢屋でそういうことをたくさん経験してきました。ご飯を食べるときふと見ると、周囲にたくさんの人がたかっている。それは霊的な現象です。今そのようなことを言っても、皆涙ぐむ。だから、先生の生涯を知った、たった一人だれか来て、「先生はこういうお方でありましょう」と一言言ったら、痛哭するような悲しみを持っているのです。その悲しみの根を引き降ろし、悲しみに共鳴する相対的な愛の持ち主は、統一教会にはまだまだたくさんはおりません。

 日本から来た兄弟が、韓国にいる統一教会のメンバーにも増して、そういうふうになってほしいという思いを持つ先生です。そういうものをどうか残してもらいたいというのが先生の頼みであるとともに、未来に待つ楽しみであります。真剣なことです。

 君たち女としては、病気の旦那さんとか、貧乏な旦那さんの前に、旦那さんの喜ぶ食事を作ってあげられない女の恥ずかしさを体験する女は幸福者です。そして、涙しつつお金がない。それは、千万金をささげながら賛美してたたえるよりも、もっと尊いものであります。皆見えるところでたたえられるよりも、隠れた所で、皆が頭を下げて沈黙を守りつつ、そういう環境において尊ばれる女は偉い。それは夜のお姫様であり、昼のお姫様です。日中明るい所でも、主人になるような女になるでしょう。韓国の子供を生んで、韓国の血統を抱えておっぱいを飲ませるお母さんになるでしょう。

 何か残していかなければなりません。いい女の子、男の子を、いい旦那さんを、いい舅、父母を、いい義理の兄弟を。彼らが私のために、神の前にご褒美を受けられるようになったその誇り高い、その動機をなした価値はいかばかり貴いものか。君たち、標本になりなさい。今からたくさんの女たちが、韓国の地に向けてお嫁に行きたいと言うように、日本の地からの叫び声が天に届くことでしょう。それを願いの的としてたどって来た場合には、だれが先輩としての教材として扱われるでしょうか? それが先生の関心です。

 鹿児島のどこそこから来ただれかの奥さんが一番の美人だった場合には、その美人の顔を誇りながら書き残して教材とすれば、いかばかりうれしいことでしょう。しかし、それは何の価値もありません。顔はどうでもいい。姿はどうでもいい。ぼろの着物でもどうでもいい。残すべきりっぱな人物。君たち、何を残していくべきか? 涙を汲みながら天宙の神に侍るような泣き叫びを後に残す。それは自分たちが選択するのです。

 愛の世界は、大きい物を包容できるし、小さいものも包容できる。けれども、私は先に小さい物を包容します。それは愛の世界を最も勝利しうる道だからです。大きい物を抱えては、小さい物を抱えられません。小さい物を抱える訓練をした場合には、大きい物も間違いなく抱えられます。だから、異国の地で行く女の道は、平坦な道ではありません。

 先生は異国の地でたくさんの経験をしてきました。それで先生は、その国に行っては、その国の一番貧しい人たちの友達になろう。夜を通しながら泣き続ける女たちや、かわいそうな人たちのお兄さんになろう。そういうふうに生きてきた日々が、年月が重なって今の先生の立場をつくるようになったのです。それは一時になったのではありません。いっぺんに川を跳んで渡ることはできません。一歩一歩、間違いなく訓練して、訓練していくことによって、それが可能になるということが、この地上の生活です。

 そうしたら、君たち何を残したい? (「真の愛」)。愛の実績をそこに残した場合には、鹿児島から来ていれば、鹿児島がそこで復活します。鹿児島のそのときの人を代表して、鹿児島の精神を盛り上げて、こういう花を咲かせていっただれそれのお墓だ。実績を高める尊いものだというのです。涙ぐんで、悲惨な思いでもって、会いたくなって駆けつけるような、その思いは日本海に転がしてしまいなさい。韓半島の南海の海に潜り込ませてしまいなさい。

 そのことを自覚して、その道に間違いなくたどり着いて、そういう実績を抱えることができるように先生は願っています。


真の愛の基準


 先生もそうでした。アメリカに行ったとき、だれも知りませんでした。知っておられたのは神だけでした。一九七一年十二月十八日にワシントンに到着しましたが、それはとても苦労しながら入って行ったのです。アメリカの地で踏み出したとき、その決意はだれも知りませんでした。

 さあ、今から出発します。この地で国をたどって涙を流した者、血を流した者より以上の熱い真の血を、真の涙を流さなければなりません。今から何年後、この地で消えていくような男にはなりません。歴史をかけて、西洋の文化すべてをかけても追いつけないような、神が信頼する貴い、真の愛の基準を残していく。真剣です。

 四十三日駆け回って聖地を決定した、その日々のことを思い出します。それは、気違いのようでした。今になってアメリカの若者が、先生のたどって行ったその道をたどりつつ、自分もそういう車を持って、そういうスピードで駆け回りたいという、歴史をたどってみるスタイルを先生は見つつ、真に生きる人の道は永遠に残るということをつくづく感じてきました。

 君たちもそうでしょう? 日本の地に先生が立ち寄って何かをしたとするならば、自分もそこに行ってそれ以上のことをして、印象を残したいという思いがするでしょう? それは、人情として東西を超えての心情圏なのです。間違いなく、真の道がそうなっているということを、経験を通して先生はよく知っているから、そのとおりに君たちもなれるのは間違いないと思うから、こういうことを忠告するのです。どうか、そういうような結果に立つようにお願いします。

 そうなったら、今からすべてが解決します。だから下から入りなさい。奥さんが夫の家に入るときは、皆初めての顔です。初めて見る顔です。君たちを生んだその家族ではありません。その父母ともに一つになって生きるのは難しい。子供を生むことも知らないし、どのようにすればいいか分かりません。だから監獄の唖から始まると思いなさい。聾でないから幸福です。聾でないことを感謝しなさい。

 いくら悪いといっても、統一教会のメンバーであるならば、夫は君たちの方を一から十まで何とかして助けてあげたい、王様みたいに侍られるような、いつもそうだと考えてはいけません。韓国の伝統的風習はそうではありません。しかし、男はそう言われて乗り気になって、これが韓国の風俗だと、いつもそうやってもらえると思ってはなりません。今は逆の道を行っているのです。だから、下から行くのです。


忍耐と注意


 それからもう一つ言っておきます。復帰の道は蕩減の道です。なぜ蕩減の道を行かなければならないかというと、我々を破壊してしまおうとするサタンがいるからです。君たちは、サタンのいることを忘れてはなりません。

 これを先生はよく知っています。今度の祝福の場合にも、サタンが駆け寄った場合には、皆乱れてしまう。だから先生は真剣です。神の目で眺めて見た場合に、両国を率いる責任者というものは、こういう心情圏に立たなければならないことを知っているからです。一人ひとりを組む上において、これは日本人だから、韓国人だからよく見ているという思いはだめです。

 だから、最後まで、神が同情しうる公的人間として、きちんと正当な道を行った場合には、成そうとするすべては、東西南北どこでも神の保護の下に無事に通過できるのです。それゆえに、昼も夜も、一瞬もその思いを忘れてはなりません。

 今度の祝福において、先生は結婚式を挙げる十五分前まで組んであげたのです。顔を見れば、その真剣さ、悲惨さは、親心としてはたまりきれない。それを一般の人が見れば、「規則的でない」と言うかもしれません。しかし、愛の世界は規則ではありません。規定を超越しています。そこで「OK」と言えば、「NO」と言うことはできません。

 君たちも結婚して会ってみれば、よく合うでしょう。心はすーっと旦那さんと合う。それは、先生がよく組んであげたからです。(笑い)格好が良くても、いくら美人で背が高くても、嫌な人はたくさんいるのに、世界中のどこの国の人を連れて来て聞いても、文先生がマッチングした組み合わせは悪くないという結論が、世界的に好評になっています。

 だから、よくも残って、そのように相対者が与えられるようになったことを幸いに思うべきです。そう思いますか? (「はい」)。そう言うことはいいのですが、今からが問題です。

 いいということは、三年、五年、十年、四十年、一生涯六十年を含んでいます。それを知ってみて良かった。苦労して、六十年を過ぎてみて、天下を治める孫が生まれてくるかもしれません。それなのに、その一年前に、「ああ、これはだめだ。日本に帰ります」と言ったらどうなりますか? 人類歴史にはそういうことがたくさんあるでしょう? その、たった一年間を忍び切れずに、悲惨な結果になってしまうことがないとはいえません。だから、死ぬまで、こらえて行こう。分かりました? (「はい」)

 特に女の子たちに対して、先生は注意しておきます。女の子は男の子より弱い。また、誘われやすい。強制的に引っ張られやすい。だから、それをいつも考えながら、自分の一身の誇りというものを絶対的に守っていかなければなりません。いいかげんなことができません。一度問題を起こした場合には、生涯懸けての恨みがついてきます。その悲惨さを抜け出る道はありません。

 伝道に行ったり、いろいろなことで、そういうような問題に引っ掛かった女たちが、通りがかりに先生に出会ったら、横目ですれ違いながら、目許から涙が落ちるその悲惨さというものを先生は見てきております。今もないとは言えません。特別に注意しなければなりません。特に、言葉の通じない日本人の女の子たち、社会に出たり、伝道に出掛けたりする場合には、格別に注意しなさい。

 だからといって、訴えることもできないのです。言葉が通じないから、どう扱ってもいいような女と思われやすい。韓国にも相当悪い者もいるんですよ。皆、神様を信じる者ばかりではありません。サタンが半分、日本人よりももっと悪らつな者もいます。先生を善なる者の極とすれば、半分は、悪の極の者がいます。もっとひどい者、悪らつな者がいるということを忘れてはなりません。

 だから、いつも目をパチパチさせながら、さっと鑑定して分別し、敏速に行動して、自分の一生を守るのが、女性の道であるということを忘れてはなりません。分かりました? (「はい」)


生死を決定する足場


 さて、復帰の道を行くには、蕩減の道をたどって行かなければならないというのが統一教会の教えるところです。なぜですか? (「サタンがいるからです」)。韓国語で、사탄。日本人は「사탄」と正しく発音できません。サタン。今から韓国語を習っていくと、英語もよくしゃべれるようになります。韓国語は、あらゆる発音が備わっている素晴らしい言語です。

 韓国人の頭がいいのは言葉によります。また、何段階も形容詞があって、物事をすぐに鑑定する力も、言葉によるのです。頭がいいのは、そういう裏の脳を活用させてキャッチするような分別力を持って訓練しているからです。だから、韓国人は頭がいいし、情報に早い。先生が韓国人だからそう言うのではありません。本格的に君たちが勉強した場合には、韓国語は実に素晴らしい。だから、どこの国の言葉でも、で書いた場合には、皆発音できます。それを読めば、そのとおりに理解できるのです。

 サタンを見たことがありますか? 見たことはないというのです。この世でも、自分より悪い者は皆サタンです。そういう意味からは、「サタンを見た」と言えます。自分より悪い者、良くない者は、自分にとってはサタンです。

 では、神様を見たことがありますか? (「はい」)。どのようにして? (「自分より良い者を見て」)。そうです。自分より良い者が神様の弟です。弟は、兄さん、お母さん、お父さんと似ているからです。全体を見なくても四五パーセントを見れば、大概分かります。それゆえに、人を通して神様を見ることができるのです。

 だから、結局は、「人を注意しなさい」というのと、「人を好きになりなさい」というのは、一つのことです。人を注意しなさい。それから人を愛しなさい。複雑です。神様のような人がいたとすれば、その人を愛しなさい。サタン的な人に出会った場合には、それを注意しなさい。憎んではいけません。憎むことと注意することは違います。注意を払いながらやりなさい。

 アベル、カインはそのことなのです。カインはサタンの側であり、アベルは神の側です。そうすると、自分を中心として言えば、自分の旦那さんがカインであるか神様であるか、すぐに分かります。ただ見た場合に、自分より信仰的、あるいは心情的に劣っているという場合には、旦那さんに注意しなさい。

 それだからといって、注意するように先生が言ったということを言う必要はありません。先生がひそかに言った言葉を、さっと気づいて、心に留めておくのです。いくら秘密のことでも、女に言ったら、女はラッパを吹きかけます。

 先生は世界中回っていない国がありません。しかし、イギリスの女も、フランスの女も、ドイツの女も、日本の女も、中国の女も、女性は皆姿が同じように、似ているというのです。青年に話しかけるのに、おじいさんのように話したら通じません。そうでしょう? 先生は青年になりました。青年のときの気持ちは素晴らしい。

 だから、生活において負ける者は、信仰の道においても敗北者になりやすいというのです。人に忠告されたり、生活環境において忠告されるような者は、サタンの方に立っているということを悟らなければなりません。生活環境において褒められる者は、神の方に立っているということが分かりましたね。そうすれば、信仰生活をどのようにすればいいか分かるでしょう。

 まずもって、いかなる人にも悪い印象を残してはなりません。話をしていても、何をやっても、工場に行って働くときでも、自分は怠けて、人の働くのを見て、「なぜそんなに熱心にするのか?」と、そういうことを言ったらだめです。

 これ以上教えなくても、君たちだったら、解決の方法は皆理解できるでしょう。生活環境において、サタンと神が、私を中心として奪い合っているのです。私を避けて通って行けません。神も、私を救ってやらなければならないのです。絶対的に救う。神の愛情圏が世界的になっている、それがなくなるまで絶対的に守らなければなりません。

 統一教会に入って体験してみれば、明日になれば間違いなく原理を聴きに行くと約束した者は必ず、その前夜に問題になります。そういう経験をしたことがありますか? 生活上が生死を決定する足場になっているからです。

 天国、地獄でそういう決定をするのではありません。この生活上において地獄か天国が決定されます。良心的なものだったら神の方に同情する。良心に逆らった場合には、直ちにどこへ行きますか? いいことをなして前進して、悪いことをして後退し、前後左右、この地上を起点として回り、前進し、駆け合っているということを忘れてはなりません。

 だから、自分の話、行動、姿勢というものがいかに重大か。讒訴されてはいけません。かわいい顔をした女の子がポーズを少し誤ったりすると、とんでもないことに覆われてしまうということがいくらでもあります。そういうサタンを、神を、どこで分別するか? 霊界で分別するのではありません。どこでしょうか? (「生活!」)。自分個人としては良心と肉心。良心に近寄る内容のものは神の方、肉心にかなうようなものはサタン的です。


正しい生涯の道


 それで、女は特に注意しなければなりません。一方、男は女を守ってやる使命があります。エデンの園でアダムがエバを守らなかったために失敗したでしょう。一度関係をもった場合には、永遠に責任を持つような男にならなければなりません。

 それで、サタンはどこにいますか? 女の方から見た場合に、サタンの方に一番近いのはすぐ分かります。自分のために女を使おうとする者はサタンの親方です。全体のために奉仕しようとする者は、特に神の方に立つ。

 だから、今この世界はサタンの世界です。サタン世界がプラスとなって、ちゃんと構えているのです。神はマイナスの立場に立って、宗教界は大きなプラスの世界を開発して来ました。先生は四十年間、一人でもって、こういう世界的な迫害の道を超えて、今、地上のいかなる主権も反対できないような基盤を造りました。それを、一生涯で成しえたということは偉大である。

 今からもう少したって、文先生を中心として世界中が立った場合に、サタンの世界は残りますか? サタンが逃げてしまうの、消えていくの? (「消えていきます」)。逃げていくのは、駆けて追いつくことがてきますが、消えていくのは、だれも知らないでなくなってしまうということです。だから、「消えていく」というのです。逃げていくのではなく、サタンは消えていかなければなりません。(拍手)

 先生の話を聞いた場合には、天国に行くことができますか? 先生に連れられて行った場合、皆天国に行くことができますか? 先生について最後まで行った場合には、天国に行きますか、地獄に行きますか? (「天国です」)。「来るな、来るな」と言うのに、それでも来るのが服従することですか? (笑い)それではどうしますか? (「行きます!」)。それでも行かなければ道を探れません。

 先生は外交能力を持っています。よく隣にいる人に、試験することがあります。「君、何を願っていますか? 君のような者には永遠に会ってやりたくない。何も上げたくない。このやろう、消えていけ」と。上げたくて、付き合いたくても、そういうことがあります。そういうときに、試験に巻き込まれないような霊感力を持たなければなりません。

 昔は、例えば列車の広告板に、「文鮮明奴、追い出せ」というような広告が出たのを記憶しています。「神も、日本を守って祝福させ給え」と、先生がそう言っているのは気違いではないかと。

 しかし、今は、アメリカに行って東洋人に会えば、「どこから来ましたか?」と聞かれて、「韓国から来ました」と答えれば、すぐに、「レバレンド・ムーンを知っていますか?」と問われます。近所の日本人だったら、「文先生、知っていますか?」と聞く。すると日本人は言うでしょう。「知っていますとも。昔は、『文鮮明奴』と言われていたが、今、知っていますとも。文先生はアジアから生まれたんです」と。

 霊界では、文先生のことを、「レバレンド・ムーンはどこで生まれました?」と聞けば、「地上で生まれました」と言います。それで、地上で生まれて霊界に行った者は「ああ、文先生は私の友達です」と言うのです。そのとき、「私は分かりません」と言ってはだめです。「ああ、そうか、そうらしい」と認めてあげなければなりません。そういう答えを聞きたがりながら、そういう因縁を高らかにたたえるということを忘れてはなりません。

 だから、先生には怨讐がありません。それは、偉大な言葉です。それを理論的に考えてみた場合、なぜ怨讐を愛するのか理解できません。一つのものを見て、好きな部分が半分で、嫌いな部分が半分あるとすればだめです。それは、嫌いなものでも嫌いに思わない。私には一方だけだと考えた場合には、サタンはどう思いますか、「やい、これはわたしのものなのに、全体を占領しようとするのか?」と、そう讒訴します。

 本心の真心で、神の心情に通じながらそう言った場合には、そこにいたサタンはちゃんと退いてやらなければならない。霊的にそうです。

 文先生がそう思った場合には、悪いと思わないで、「カインもアベルも皆神の子供である。真の愛が欠けているから、そういう子供が生まれたのであって、真の愛を中心に立てた場合には、ともに同じように認めるのが、神の原理的観である」と言う場合には、サタンは頭を下げるのです。偉大なことです。そういうことを言いながら話をすると、アベルの方も、カインの方も瞬時に感動していきます。

 そのように見た場合に、君たち日本人、「日本人」がいいの、「日本のメンバー」がいいの? (「日本人」)。「日本の食口」がいいの、「日本人」がいいの? (「日本の食口」)。とにかく、それをはっきり分かる先生から見た場合には、「君、日本人」と言っては済まない。「君、日本の兄弟、日本のメンバーとして」と言ったら、それは群れは一つだから、そこにはサタンの讒訴条件がありません。ちょっとの違いです。「韓国人、日本人、韓国のメンバー、韓国の食口、日本の食口」と言うよりは、「我々兄弟、我々同族」と言うほうがもっと近い。

 「君臣一体」、「夫婦一体」という言葉は、主君も下臣も、夫も妻も、別々の者が愛を中心として一体となることを意味しているのです。だから、愛は偉大なものです。ただ、愛によってのみ、サタンを分別できるのです。それ以外のものではできません。

 この世の中には、罪を犯した場合に、金をやって賄賂を出して罪から逃れるようなことがあるかもしれないけれど、愛の世界にはそれが通じません。地上が問題です。だから、生活環境をずーっと鑑定しながら、どこどこが悪いと見分けながら、環境に惑わされないように、正しい生涯の道を立てながら、サタンに巻き込まれないように注意しなければなりません。


最高の心情基準


 「蕩減して、復帰する」と言う場合、何によって蕩減するか、それが問題です。それは、金でも、力でも、知識でもありません。真の愛。君たちが夫婦になってけんかをする場合には、「君、本当にわたしを愛していますか?」と聞くのです。「真心から愛していますか? 心身一体となって愛していますか?」と。心身別々に愛すれば問題です。真というものは、二つより、三つが一つになるほうがもっと真です。三つよりも四つが一つになるのはもっと真です。

 サタンが今まで地上で成しえた、自分たち、同僚自体が結び合わさって残るための愛の基準というものがあります。この地上の歴史において、孝行息子、娘としての孝子の道、忠臣の道、それから聖人聖者の道、聖子の道、という四つの道があります。そういう場合に、いかにその心情基準が、高い基準を中心として比べたとしても、サタン以上の心情に向けて、そこに立って人を愛し、神を愛するところには、サタンが干渉することはできません。

 それゆえに、「汝の心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くして、汝の主なる神を愛せよ」、これが、「第一の掟である」ということを知らなければなりません。神は何を一番必要としていますか? 神様自体を本当に愛する、それを願っています。本当のものはたった一つです。

 だから、この言葉は命懸けで成す。一生涯の生命を懸けて、一所懸命に成す。これは統一教会が使う言葉です。「一時懸命」でなく、「一生」です。そこで、「一永懸命」と言う。さらに、「一天、一宙懸命」と。そういう言葉を使っても我々は分かるのです。日本人は「一宙懸命」に行かなければなりません。「宙」は天宙と宇宙の宙で、畑を言い、「宇」は高いことを意味します。

 だから、君たちが一人で立った場合には、親孝行娘、息子になりたい。それから、お嫁に行った場合には、真の妻になりたいでしょう? 真の旦那さんになりたいでしょう? 真の親になりたい。そうでしょう? そして真のおじいさんになって、さらに真の祖父、祖父、祖父、祖父のところまで帰る。(笑い)だから、真の橋があります。それは真の愛の橋です。それは親孝行の真の橋、夫婦ともに、父母ともに愛の橋が垂直に上がっていきます。

 そのようにして蕩減復帰の王者になるには、日本を愛したより以上、韓国に来て愛さなければ、韓国の国から迎え入れられません。それで、日本人を愛したより以上愛さなければ、韓国の方はサタンとして讒訴する。家庭的蕩減復帰の勝利者になるには、闘って勝たなければなりません。そうなるには、日本の兄さん、日本のお父さん、日本のおじいさん、おばあさん、いかなる者より以上に韓国に来て愛することによって、蕩減の道は消化されてしまう。

 そういう心の整理ができていますか? (「はい」)。初めて会う旦那さんを、兄さんより以上、王子様のように侍ることができますか? 言葉も通じない、会う男の癖も知らないのに、自分のお母さんや、自分のお父さんに侍るより以上やれますか? (「はい」)。それが問題です。そうでなければ、国を超えて結婚する意義がないし、サタンの讒訴圏を抜け出ることができません。

 父母を中心として個人的アダムと個人的エバと、父母が代表して、家庭的アダム圏、家庭的エバ圏、家庭的氏族圏、国家圏、こういうふうにして一つになった基準が立ったのです。それは今、サタン世界の心情圏を超えた立場です。

 韓国で成すことは、日本で今まで抱え、たたえてきたすべての愛の問題とか、貴いすべてのものより、それ以上の神の心情に高まった基準に立たなければなりません。そうしないと、エバ国家としての立場がないし、アダム自体が感動しません。

 「昔、わたしを誘って引っ張って堕落させてしまったのに、今度もそうするか」と、アダムは怒鳴りつけるでしょう。反対に、心情的に押し上げるような日本人にならなければなりません。分かりました? そうやれる自信がありますか? (「はい」)。「原理はともかく、韓国の先生だから、都合のいい方便を立てて説明している」と思いますか? これは原理の観です。

 エバの心情基準を中心として、世界跳躍、世界飛躍をすべきこの時間、韓国の男を引っ張って、引っ張りだこにするような女ではいけません。「日本人同士でもっと深く相談しなければいけない」。こう言った場合には、完全にサタンの方です。それは恐ろしいどろぼうのサタンです。

 君たちは、日本の国を東西南北、北は北海道から回りながら走って来たでしょう? 先生はちゃんと知っている。君たちは知らないかもしれないが、先生は真剣に考えています。こういう若者たちを街頭に寝かせる王者、文先生は罪深い男です。もしも悪い側に立った場合には、その責任、一生というものは重い。宇宙をやっても買えないような尊いものを踏みにじる大元となった、その罰を受けるべき悲惨さは例えようもありません。これをはっきり分からなければなりません。


最後の救いの道


 兄さんの立場で、姉さんの立場で、母の立場で、父さんの立場で、一度抱擁したら永遠に離さない。この心情だけもった旦那さんなら満点です。いくら何と言っても、「絶対君を離さない」と言えば、それは満点です。けっ飛ばしても、ついて来て追い返さなければ、それは真の男です。しかし、「行け、行け」と言ったら、それはだめです。そういう立場に立たないように。そういうふうに成りやすい女は判断を早くします。

 「君がそうやったらわたしもやる。行く所がないわけではありません。日本にはもうりっぱな親戚がいて、わたしの父母はこんなに豊かなのに、それに比べて韓国は何だ。姑さんが何だ。永遠に忘れたいような者たちと、相手をしたくない」と言って、気持ち悪くて一人でむっとして帰ろうとして、ふろしきを包んだら、もうおしまい、帰る道がありません。

 女性たち、分かりました? (「はい」。日本に帰ってもだめです。サタンは許しません。ほうりっぱなしにされた、悲惨さを思わなければなりません。特に女性は注意しなさい。

 男は、そういうことがあった場合には、口を開けるな。口を開けたら、韓国の男は吹っかける。「このやろう、何だ」。韓国の女もそうです。「このやろう、何だ」。一発倒れても口を開けるな。韓国の女も情が深く、義理には弱い。そういう難しい境地を超えず、讒訴条件が残った場合には、蕩減復帰ができません。

 今から注意します。蕩減復帰して何をするかと言えば、サタンをなくした所で接ぎ木をする。普通であれば、渋柿の根を切って、甘柿の根とか枝を接げば済むけれども、ここはそうではありません。

 渋柿の根を切ってしまって、それを埋めてしまう。それからいい枝を取って、上下切ってしまって、そこから甘柿のところに半分接ぎ込んで、もう先を残してもいい。それが安心できなかったら、こっちを接ぎ込んで、上まで接ぎ込んで一つになるようにして、それから甘柿の根か枝を接ぎ木しなければなりません。接ぎ木の仕方が違うのです。神は、根も先も見たくありません。だから、サタンの血統に覆われているものを接ぎ木しなければなりません。血統を転換しなければなりません。

 なぜ、血統を転換しますか? サタン蕩減は、血統を受け取る、血統を正すためです。それはなぜか、君たちはこれをはっきり知らなければなりません。神の心情は元から相続されるものです。神から相続する。元の基準に立ち返らなければ、神の心情圏は、横から、どこでも入って来るのではありません! 世界を愛したと言ってもそれはつながりません。

 アダム、エバが子供のときは、家族もなければ、親族もありません。アダム、エバしかいなかったのです。血統は、神の真の愛と、その横的立場に立つ横的肉的真の愛が一つになったその基準に生まれる。父母の血統を受け継いだその基準において、初めて心情圏が相続されるのです。

 神の心情は、どこからか飛んで来るのではありません。血統を正さないというと、元から、心情の栄養分が、心情の血統がつながりません。心情圏がつながなければ、神の愛による相続圏が生まれません。心情圏に一致した場合には、その心情圏に属するすべての物は自分の物であり、その属するすべての物は、自分の相続物として許されるようになっています。分かりました? (「はい」)。その基準が立っていません。

 だから、その境地で、「ああ、神は私の真の縦的親だ」。いかなる宇宙の背後からもかき乱すことのない、いかにばらしておいても、自然にその方向を中央に結びつけるようになっているという、それを乱したのはサタンです。だから、サタン的心情圏を残しておけば、心中に痛みを持ちつつ、行かなければならない。神の心情を相続するためには、そのまま血統転換しなければなりません。サタンを完全に分別しなければなりません。

 蕩減復帰は、血統を求めて、それから心情圏を求めていかなければなりません。それは最後の救いの道だということを、君たち分からなければなりません。

 だから、真の愛に接すれば、日本も韓国もありません。真の愛に接するには真の親しかありません。真の父母、真の子供、それきりです。そうなれば、真の神と、真の親と、真の子供と縦的に四位基台の理想圏が生まれてきます。それをいかにして本然の血統基準に一致させるかということは重要なことです。

 そうした境地に入れば、すべてが入るのです。そこに立っていれば、宇宙が私の物、神は私の物、日本は私のポケットに入っても小さい、そのように思うのです。私の足よりも小さい、そういう小さな日本を中心として高らかに誇れるような男の腹というものはありません。

 二百十億光年の、この広大な宇宙、それを駆け回り、働きかける神様。いかに素晴らしい速度で走り回ることでしょう。それは、思いよりも速い。電光よりも速い。瞬時の活動にかなわせる力というものは真の愛以外にはありません。真の愛に立って訴えれば、万年の昔、永遠の未来が、「イーッ」と答える。

 そういうことを知った真の子女の行くべき道は、いかばかり素晴らしいものでしょう。そういう所にたどり着いた我々は、疲れを知らない雄々しさでもって、最後の勝利者になるべきであって、最後の敗北者になっては絶対いけません。

 それゆえに、生涯懸けての勝利者として、日本の先祖、世界の因縁を持っている先輩たち、善人、義人たちにたたえられるべく、今から出発しましょう。

 そういう目的に向かって、間違いなく勝利者になれるという自信をもった者は両手を挙げて、天地に轟くほど誓いましょう。堪えて、死に切って、最後の旗は、先生が行くときに、先頭に立って旗を振りかけるお嬢さん、男になろうという自信を持って走りましょう。
















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六五〇〇双特別集会における御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


六五〇〇双特別集会における御言

日時:1989年6月19日 場所:龍仁の一和工場

六五〇〇双特別集会において、在韓の六五〇〇双日本食口に村して、日本語で語られた御言の前半部分を要約したものです。


相対のために生まれた人間


 ここにいる皆さんは全員、異国の男性、女性を求めてきたのではありませんか? 異国の男性、女性を中心として解決すれば、同じ国の男性、女性の解決は問題ではありません。それは大変なことです。もしも、女性が子供を生まなかったらどうなるか、子供をつくらない運動をしたとすればどうなりますか?

 聖人のような男性、女性が何千億万人地上に住んだとしても、一世紀以内に人類は滅亡します。だから、統一教会の女性は子供を生む義務があるということを知らなければなりません。

 女性は胸が大きくなるのはなぜかというと、それは子供のためです。それから、女性には月経があるでしょう? それは子供のためです。子供は一人で得られますか? 旦那さんが絶対に必要です。生理状態を解決する根本を考えてみても、男性が絶対に必要です。そうではありませんか? それを否定する女性は手を挙げてみなさい。(笑い)皆そうです。

 ヒップが大きくなるのも自分のためではありません。女性は肩が狭く、ヒップが大きくなっています。長く座っているようになっています。肩が押し付けられないからです。男性は座ってはいけません。ヒップが小さいから長く座れません。走り回らなければなりません。だから、生活問題は男性がしなければなりません。それゆえに、女性は座るとき、四角に無理なく、東西南北に合うようになっているのです。それを否定する者は、宇宙が讒訴します。

 男性はもともと女性のために生まれてきたのです。先生は、それをずーっと苦悶してきました。「なぜ、人間は生まれたのか」、それを苦悶して苦悶して、尋ねて尋ねて、探って探って、結論を付けたのです。その後にようやく、わたしは結論を出し、真理の真っただ中に立っていたことを発見したのです。完全なものです。

 なぜ、男性が生まれてきたか? それは、男性のためではありません。国に先立って、世界に先立って、女性のために生まれたのです。いくら大学を出たとしても、女性であれば忠実な男性のために勉強することになります。忠実な男性のために勉強しなかったと考える者は、社会にも、国にも、世界にも通用しません。愛が伴う知識は必要であるけれども、愛のない知識は、だれも必要としません。

 愛が伴う権力はどこでも歓迎されますが、愛の伴わない権力というものは、だれも受け入れません。愛とともに行く所には疲れがありません。その反対に希望の山が積まれます。愛を独り占めにしようとする人は、最終的には疲れて、捨てられてしまうのです。


真の愛の定義


 だから、日本という国が将来発展し、存続することを願うならば、愛国心を持つ国民を永遠に持つことです。そのためには、愛国心に先立って家庭を愛し、社会を愛する愛の国民を持つことです。国に先立って、夫婦共々に国の代表として愛ある家庭と社会をつくる、そこから愛国という言葉が生まれてきます。世界を愛したいと思う者は、国を愛さなくてはなりません。これが、統一教会の偉大な方向性なのです。

 今までの世界主義は、国や氏族、社会といった、犠牲になる社会、犠牲になる愛の基盤を全面的に放棄して、「世界にだけ奉仕せよ」と言うのです。これが共産党の主張でした。しかしながら、統一教会はそうではありません。

 愛はすべての方向性を抱える内容を持っています。個人の方向性は万年変わらないし、家庭の方向性は皆同じです。個人の生活と世界観がつながっているのです。個人の人生観、家庭観、社会観が皆別個に、方向が乱れてはいけません。個人の人生観も家庭観と通じ、家庭観が社会観につながり、社会観が国家観に、国家観は世界観に、世界観は宇宙観につながり、宇宙観は愛とともに結実しなければなりません。

 そのような歴史の中心的な方向性を、小から大までつなげるその本流を、核心につなぐ方向性をなすものは一体何ですか?(「真の愛」)。愛しかありません。真の愛とは一体何ですか?(「ために生きる愛」)。ために生きる愛では、真の愛になりません。ために生きる愛の道によって真の愛が探されるのです。真の愛は一体何ですか? (「怨讐を愛する愛」)。怨讐を愛する愛が真の愛ですか? 怨讐でない者を愛する真の愛はないのですか?(どよめき)そういうこともあります。自分の愛する子供たちは怨讐でもないのに、愛さなければなりません。間違ったところには愛の代わりに鞭を打つ。これをどう解釈しますか? そんなことでは正しい解答になりません。

 では一体何ですか?(「縦的神の愛と横的父母の愛が一つになった所」)。そうです。縦的神の愛と横的父母の愛。縦的な真の愛と横的な真の愛が一つになって、世界の血統的内容を抱擁した上に立つ愛を、真の愛と言うのです。そこが私の生命の元になります。だから、私は真の愛から始まります。それを否定した場合には、自分の生来の生命を否定し、存在すべてを否定することになります。真の愛には、自分の生命が永遠的につながるのです。そこには血統が入ります。

 あなたたち自身を愛するのが真の愛ですか? 「自分を愛したい」という者は、真の愛に属するものですか? 自分に属するものですか?「自分を愛したい」という者は、永遠に真の愛とつながりません。

 縦的愛の主体である縦的お父様と横的父母とともに結束して、そこからつながれた血統の上に立ったのが私です。それは、縦的愛を表徴した聖霊実体です。その行く道はきちんと公式的になっています。それゆえに、永遠不変の愛の基台から生まれた自分自身が、父母もそういう立場で見て、ともに愛し合う。愛を中心として、父母が別個ではありません。父母がなければなりません。絶対必要です。男の子も、女の子も絶対必要です。そこには言葉も必要ありません。父親は自分の息子、娘に村して、「わたしは絶対愛した」とは言いません。それをだれかが邪魔して、横的な力で加減ができるものではありません。真の愛はそういうものです。


愛、生命、血統


 真の生命体を中心として、男性、女性が愛によって結束する、そういうカップルは真の夫婦です。社会はそういう因縁によってつながります。兄弟圏の心情を横的に、社会的に拡大した第二の相対圏が真の社会であり、真の国であり、真の世界です。自分とつながらない者は、自分の愛の根底とつながりません。自分は宇宙の代表みたいになりたいでしょう? 私は宇宙を代表しています。真の愛の背後的因縁を中心として皆平等ですから、それを犯すような者は、処罰されるのです。

 それゆえに、愛と生命と血統、これが自分です。血を持っているでしょう? 自分が生命を持っているでしょう? また、愛も持っているでしょう? 男性ばかりだったら、愛も何も分かりません。女性が愛を感じるときは、体が分かるのです。生理体が震えます。それは不思議なものです。

 血統は何によって結ばれますか? 生命によって。生命は何によって?(「愛」)。愛、生命、血統。それは一つです。愛は根元であり、生命は木の幹であり、私は枝と同じです。枝の中には幹もあれば、根もあります。

 それゆえに、血統を汚す者は天宙憲法に引っかかります。自分の勝手にできません。女性はその血統を男性に援助してもらわなければ、次の血統圏を持つことができません。また、男性は女性に援助してもらわなければなりません。このようにして生命が組まれていくならば、愛と血統が真っすぐつながります。このように交差して結び合うのですが、その愛を中心として血統は垂直につながるのです。ゆえに、女性は離婚して、夫と別かれて家を出たとしても、子供は連れ出すことができません。子供は縦的に立つからです。女性は、横的です。横的なものは、東西南北、方向性を変えても存在します。

 愛がなければ、男の生命、女の生命をかき混ぜて、そこに花を咲かせることができません。だから、「自分」というものは、男の命を女の命が激流し、巻き合う、その渦巻きの結晶、愛の結晶として植え込まれたものなのです。それは、男性がなしたのではありません。愛するとき、男性も女性も皆こうするでしょう?(しぐさで示される)。皆頭が回るでしょう。その渦巻きの真っただ中に生命が生まれるのです。男性の要素と女性の要素がともに融合、一体圏を結束する真っただ中に、自分が定着して生命が生まれてきます。


自分というもの


 それゆえに、自分というものは、ご父母様の愛に同参したものであり、参席者です。その価値は、お母様よりも子供のほうがもっと価値があります。それは、お父様の血を買ってきたものだからです。また、お父様より偉いものです。それは、お母様の血を買ってきたものだからです。男性一人、女性一人では、それはできません。だから、男性も女性も、お父さん、お母さんも、子供を崇拝しなさい。

 愛に絶対的に服従して消えて行ったとしても、それは消えてなくなるのではありません。永遠の存在圏をなすのです。それは重要です。自分というものは父母の愛の結実体です。愛を中心として同参、参席した同参者であり、その結実体です。

 だから、自分はお父様の実であり、お母様の実です。愛による新しい実として生まれたものです。私がお父さんを尊び、お母さんを尊ぶならば、それ以上に自分を尊ばなくてはなりません。ゆえに、自分を犯す者は、憤慨して、排斥されますが、それを防備しようとする者は、保護作用を受けるのです。それは悪いことではありません。

 だから、自分、親、神様をいつでも引っ張っていく愛の連携を、「真の愛」と言います。神を否定できません。父母を否定できません。自分を否定できません。それに順応していく道をたどって行くのが愛の道なのです。個人が家庭に、家庭が氏族に、氏族が民族に、民族が国家に、国家は世界に、世界は宇宙に、宇宙は神様に、神様の愛の栄光の実体までつながるのです。

 真の愛を背後に抱えなければ何事も進められません。家庭を真の愛で愛したという証拠を得なければ、社会を愛することができません。社会を愛したという証拠がなければ国を愛することができません。

 だから、会社においても、自分勝手に物をなくしたり、粗末に扱ってはいけないのです。その物が、「ああ、嫌だ、嫌だ」と言ってデモをします。しかし愛すれば歓迎されます。そのような生き方をする人の背後には、国と社会と家庭が慕って行くし、男女ともに、子供たち全部がそれに伴ってついて行こうとします。


円満な夫婦生活


 皆さんは、なぜ先生の後について行きますか? お金で先生が買収しましたか? 暴力で押し付けて命令しましたか? 真の愛ゆえです。真の愛を持つ人は、社会が抱擁するし、宇宙が抱擁します。それを主流にして生きなきい。

 主流がなければ、世界的な価値をつなぐことができません。ともに生きる道ですから、真の愛が存在するところには、すべてが同位の存在権を得る。価値観を得るのです。縦的神様と、ご父母様と、自分を一体化させて、永遠にそれを一つにさせる、そういう内容を持つ基台を、縦的、横的に、世界的につなげていく道が、真の愛の道です。自分の生命もその根底で休みたいし、自分の一生の平和もその基台の上を残したいし、すべてが、その基台の上に願うものです。

 あなたの目玉はどうですか? あなたの目玉はあなたの目玉ですか? お母様の目玉ですか、だれがこのように作ったのですか? 目玉も、生理作用、愛の力の作用によって生きるのです。だから、目も、真の愛の目で見れば、永遠に見ても疲れません。

 夫婦ともの生活もそうでしょう? 毎日旦那さんと会ったときには、腰を触りながら喜びます。旦那さんの手が永遠に触ってくれなければ、腰が泣くというのです。昼夜旦那さんの真の愛の手が触った場合には、いつでも百パーセント歓迎体制をつくります。だから、自分の愛する相対者と十二時間キスしてもいいというのです。三百六十五日、ご飯を食べないでキスしながら死んでいったとしてもいいではありませんか。(笑い)それは不幸な夫婦ではありませんよ。

 一番秘密に保管したい所を、夫婦同士では一番露骨に現したい、旦那さんの手で永遠に触ってもらいたい。そうではありませんか?

 少女時代に男性が来て、そこに触れたとすれば大変です。しかし、結婚して触ってもらえれば、それは理想的です。愛するときも生きるときも、それが幸福の的です。ともに行動したい。男女間係はそのようにして一つになるし、生理作用も愛によってまとまるのです。女性は、夫婦間係の愛の生活、生理的関係の生活が円満でなければなりません。それがどこかよじれ、問題が起こるとヒステリックになります。

 先生は、女性の笑い方を見れば、その夫婦生活はどうか、すぐ分かります。女性が笑う第一の標準、相村者は旦那さんです。旦那さんとともに笑う表情は、生活につながっています。だから、さっと見て、悲しそうな何かがあると、すぐ分かります。それは理論的です。笑い方を見れば分かります。愛によるいかなる笑いも、その声はハーモナイズし、どこに行っても調和するでしょう? しかし、自分の欲望に駆られた笑い方は、女の爪で顔をかくような思いがします。だから、愛というものは偉大なものです。


真の愛の道


 ですから、国を超えての、韓国人女性、韓国人男性との愛はいかばかりの愛でしょう? それは関心の的です。真の愛を求めていくとき、日本的感情を持って見詰めるその目は愚かな目です。日本の着物を着たという考えでもって、日本的な愛の向き方をするのは、その旦那さんに対して大変失礼です。

 あなたたち、韓国のしゅうとめとかに会うときはどうでしょうか? 言葉も通じないし、家庭においていかに大変でしょう。しかし、訪問伝道活動等を通じてあなたたちは韓国を愛しています。自分の子供よりも自分の娘(嫁)に上げるのがもっと素晴らしいのです。だから皆、今あなたたちを歓迎するようになっているということを先生は知っています。

 ですから、言葉が通じなくても、「この女は日本人ではない」と言われるような境地にまでいかなければなりません。“”(擬声語、物が落ちる音)発音してみなさい。発音をしたとき、「あれは、日本人の婿だった」と思われるようではだめです。

 だから、そういうことを思う前に、愛に染められて、愛の感動によって、すべてを忘れるような環境をいかに求めるかということが、今からのあなたたちの生涯の宿題です。それは偉大なことです。

 あなたたちは二つの国を超えて愛を実践する者です。だから、誇るべきです。真の愛というものは、自分の血を生命化します。昼夜いつでも、そこに行かなければなりません。その道をたどって行くのが愛の道です。自分の父母も、自分自身も嫌う人はだれもいません。愛したいのす。袖様にも嫌いなものはありません。だから、元が願っていくところの、永遠に向き合う道をたどって行くのが真の愛の道です。

 だから、縦的愛というものは縦的なお父様を象徴しているのです。良心は「縦的私」であり、肉身は「横的私」です。それが、私の生命と、私の血統と血によって結びついているのです。この良心と肉身、生命と血が、百パーセント向き合うところが真の愛の道です。

 それで、結婚した夫婦は「本当に、良心から私を愛しますか?」と聞くのです。良心と肉身と別個に、「私を愛してください」と言う人は、男性であれ、女性であれ世界中にだれ一人いません。心は神を象徴しているがゆえに、神の愛と神の存在と神の血がつながっているのです。体は、父母様の愛と、ご父母様の血と生命とつながっています。心身ともに、永遠に、これが一つになるのです。自分の愛と生活のすべての力を注ぐ所、それらが向き合うその場所に真の愛がつながります。

 今までは、宗教生活の一番の秘訣は何かというその規定も分かりませんでした。良心と肉身を九〇度に一体化させるのが宗教生活の理想です。そのように理想的な生活をして何するのかというのです。お父様はおじい様の愛の道を立たせたし、私はお父様の愛の道を立たせてあげるのです。孫もこのようにして立たせていく、つまり自分によって立たせておいた愛の道を先祖から子孫にまでつなぐのです。


同居権、同参権


 文字を書くにしても、愛する人がくれたペンシルとか万年筆は貴重な物です。心身を一体化させれば、血が激動しながら文字を書くようになります。それは素晴らしいことです。そこには、天のお父様も、現実の肉体を持つ横的父母も参席しています。見詰めているのです。今ともに同参しています。

 ゆえに、愛の属性は同居権、参席権、同参権です。真の愛によって永遠に同じく居たい。真の愛を中心としてどこでもともに参席したい、結びたい。それから、真の愛を持つと、「私のすべての物はあなたのものであり、あなたのすべての物は私のものです」と言うように、自分のものを相対者に任せたいと思うようになるのです。それはお父さんのものでもなければ、お母さんのものでもありません。共有のものであるけれども、それは公的なものだから、公的な愛の主人である後孫に譲ってあげるのです。

 ゆえに、代表的なものは自分の子供です。お母さんの代理であり、神様の代理であり、旦那さんの代理として愛してもらいたい、それが子供の願うところです。それが、創造理想の核心であり、主流の自然な位置です。母親を待ち焦がれた子供の目は、大きくなったら旦那さんを待ち焦がれるようになります。そのようにして二つ(夫婦)になった場合には、夫婦の目としては、将来自分の子供を待ち焦がれるような目になります。

 真の愛とは何か? 根底がどうなっていますか? 真の愛の道はどのように行くか? 神様を認定し、ご父母様を認定し、自分を認定し、自分の相対者と自分の子供まで認定しなければなりません。全部がそこに服従します。全部がそこに従います。そこには議論がありません。それを代表としてつなぐ道に、真の愛は連結されます。

 だから、自分の旦那さんを愛するように、自分の奥さんを愛するように、そして父母が自分の子供を愛するように人類を愛しなさい。神様のために愛しなさい。それが、真の愛の道です。動機がそうであれば、結果は世界的に通じます。宇宙が歓迎します。それを否認し、否定する何者もありません。そのような基準が立った場合には、すべてが相対に立って関係を持とうとします。電気の周波が出るのと同様な周波が出ます。その周波に感動するものは、同じ原動力で相対してきても、どこでもそれを拡大して作用するのです。偉大なものです。

 ゆえに「真の愛」と言う場合、神様と父母、愛に結ぶ自分と、将来自分の血統につながる夫婦ともの家庭までつながります。それは一つのものです。

 だから、子供を愛する親は、お母さんもお父さんも、どこかへ行って遅く帰って来た場合には、夜通しで見詰めても疲れません。先に疲れる者は相対者であり、疲れない者は主体者です。父母の話を聞きなさい。父母が主体の愛のもとで訓示するその愛は、正しい道を告げてくれます。真剣な者が主体になります。会社の後継者はどういう人かといえば、社長よりも熱心に会社を守り、昼夜休まず出勤し、努力する人です。そのような人は、全体の関係性の中で中心的に移動していくのです。


宇宙の根本


 父母に会いたいでしょう? ここに来ても、お父さん、お母さんを忘れられないでしょう? 父母に愛されている兄弟は忘れられません。自分を犠牲にしても、自分の妹や弟を成功させたい、自分よりもりっぱにしたい。自分の家庭を犠牲にしても国をりっぱにしたい。それが、本心の願う基準です。国がそのようになれば、私は家庭を超えて、氏族を超えて、国とともに栄えていく。国家に対して、出世をしたいという思いがするでしょう?

 しかし、愛を持たない者はそれができません。欲心をもった者は、いかに高く上がったとしても下がっていきます。愛の本質に全面的に従う者は愛とともに栄えるのです。それが万象の真理です。

 「真の愛」と言う場合には、神様、ご父母様、絶対的な愛を持つ私、私の血統、生命、それ自体です。私は、愛を中心としてお母様を代表し、お父様を代表し、神を代表します。だから、神様は私を否定でさません。私が呼び掛けた場合には答えざるをえません。私を追いかけて来て離れられません。そういう主体なる私には、愛があり、生命があり、血があります。愛を押しつけてきて、再創造の力をつなぐ血を持っています。

 子供たちは何によって生まれますか? 血によってつながりますか? 生命によってつながりますか? 血です。女性のタイム(生理)には血が集まったり、減ったりするでしょう? これが生命の元です。だから、人間は血を見た場合には深刻になるというのです。皆さんは血を見るとショックでしょう? その血の中には生命がつながっているし、愛がつながっています。

 それゆえに、愛国運動は血を激動させる運動によって成立します。宇宙の根底は、愛、血、生命です。それらが私に結実しています。だから、私は愛の中心を持つ生命の保護体です。それから血によって歴史性、伝統性をつないでいるのです。この三つともに必要です。皆さんもこの三つを皆持っているでしょう? この三つのものが一つに合併することによって、新しい人が生まれます。これが宇宙の根本です。神様自体に愛があり、生命があり、血があったからです。


霊界での生活を規定するもの


 皆さん、霊界に行けば次元が違うだけで、現実とそっくり同じ世界です。この地上世界は横的に作用する世界であり、霊界は縦的に作用する世界ですが、その内容は同じです。さらに、私の意識に現れたことがそのまま実現する世界です。

 「一和の工場で大会をしよう。二千人以上準備!」と言えば、直ちに展開します。「そこに参席するお客様は銀色の着物を着て参席しなさい」と言えば、すぐにそうなります。千万人の宴会も一瞬のうちに準備されます。うそのような世界です。会いたい人には、さっと呼び掛ければどこでも会えます。そう考えてみた場合には、いくら自由であっても、愛の相対者を差し置いてそこに参席したいでしょうか?

 今までは霊界が分かりませんでした。しかし、先生が地上で教えることによって、それが分かるようになり、霊界には大革命の基盤が拡大されてきました。宴会も、相対者をともに連れて行くような時代に変化し発展していきます。

 今までは、向こうに行っても兄弟のような人ばかりで、結婚した人はいません。元の世界では、真の父母がまだ愛の道を立てていないときに、子供のような者たちが愛の道を行くのは許されません。男女働いても、聖霊という感覚が感じられません。成熟していない男、女ともにいても何も知らないでしょう。先生からみたら面白くありません。

 今からの地上世界でこのような理想相対を組んで、霊界へ移動する準備をするのです。我々を中心として皆霊界へともに連れて行って、何千年の先祖たちをあなたに、相対理想を先生の命令によって、氏家の分派圏を中心として代表的長を立たせて組ませてやろうとするのです。そのような再編成がなされるのです。

 何を中心としてなすかというと愛を中心としてなします。いかに真の愛を実践するか。実体を通じての生活において、生涯に残してきたその基台の大きさに比例して、霊界での活動、位置、権限が決定されるのです。

 だから不平を言うことができません。不平を言えば口が命令します。「私の口は正義と愛の目的のために使うのであって、不平を言うために動くようにできていません」。それで体が動かなくなって、他の所へ追い出されます。そのような恐ろしい世界が未来に待っているということを知らなければなりません。


先生からの最高の土産物


 “韓国に来た”という思いを早く忘れなければなりません。そして、言葉が通じ合わなければ道がありません。日本の言葉を語っていては、そのような思いを抜き取ることができないのです。分かりましたか?

 今年の「万物の日」の世界会議で決定したことであり、数年前から言ってきたことですが、来年(一九九〇年)以後、先生は通訳を使わないと発表しました。

 先生は最近、毎朝起きるとすぐ、健康のために少し横になって半分寝ながらあんまをしてもらっています。そうしながら、六〇年代の説教集の内容をずーっと聴いていますが、それは実に感動的です。どんなに素晴らしいことを言っているかが分かるのです。重要なことは、そのころすでに皆教えています。

 ゆえに、統一教会のメンバーは先生に対して一言の不平も言えません。真心を尽くして教えた内容は感動的です。先生自体が、六〇年代に語ったその歴史的内容に感動します。それが余りにも事実だから、永遠に問題になるのです。それがうそだったら、それでおしまいです。それが事実だった場合には、常に天地が共鳴します。

 これは、地上の堕落世界において、人生の根本問題を、深い次元から苦悶し続け、悲哀の生涯を残したすべての民族のためのものです。歴史的に考えても、現世の状況を解決する立場から考えてみても、無限の価値ある真理の内容を、迫害され、背信されながらも、今まで何千回も授けてやろうとして続けてこられた神の愛は、偉大なものです。普通一般の人であれば、こんなに貴いものをあげるのに、一声「君、永遠にやめなさい」と反対されれば、やめてしまうでしょう。しかし、それでも永遠に続けてやる。年がたつにつれて疲れるはずなのに、それも忘れてやりたい、教えたいという思いがそこに潜んでいるのをみるとき、愛の力は偉大なものだと感嘆するのです。

 その内容をつづった本を、先生が地上を去るときの最高の土産物として残していこうとするのです。それは、天宙を売り払っても買うことができない土産です。先生を真の父母と考えた場合には、君たちが真の子供であるとすれば、その土産によって血統的に一つになるのです。血統的に一つになった場合には、生活はもちろん、環境は皆治められます。子は、親のすべての愛の代理者であるがゆえに、親の言葉と文化と生活様式を相続するのが、伝統的な道です。

 それもしないで行った場合には、霊界に行って大変なことになります。あなたたちの先祖たちが讒訴します。先生と同時代に生きていて、あれほどまでに、再三にわたって、「韓国語を勉強しなさい」と言い聴かせられながらも、日本語を使って生きてきたとすれば、あなたたちの先祖が、「一家を辱めてきたその心を知らないのか!」と訴えるのです。先祖が真の父母に対して、あなたを仲間にして付き合うことも、紹介することも、つなぐこともできないではありませんか。

 あなたたちは言語を学ぶことによって、原理憲法を知るのです。その原理の説教集は、日本語でもなければ英語でもありません。韓国語です。韓国語はだれの使った言葉かといえば、真のご父母様の言葉です。真の父母からすべてが始まるべきです。それにつながる文化圏に立つ後孫の生活圏を立たせるためには、同じ文字、同じ言葉を使わなければなりません。それが伝統的な道です。そうしなければ霊界で引っ掛かります。


言葉の革命


 こういう決定をしたために、もしも各国の代表者が韓国語を知らなければ大変です。韓国語を知らない者は後輩になります。だから、日本にいる僑胞が中間に立たなければなりません。そのようにしてでも言葉の革命をしなければ大変です。だれかがしなければなりません。

 堕落によって、うち建てられたバベルの塔はサタンの理想を拡大し、その権威を誇る基準となったのです。そのようにして言語が分裂していったとすれば、統一圏の天的時代を迎えて、言葉を統一しなかった場合には、サタンに負けたことになります。

 日本語で先生の説教集を読んだとしても味がしません。日本人と韓国人の性分は全く異なります。心情的、信仰的基準においては絶対に及びません。その形容詞は、詳細な分析的内容を表現することのできる、世界的な言語です。だから韓国人の発音というものは世界的です。言葉が優秀です。韓国人はなぜ頭が良いかといえば、それは言葉自体が分析的内容を表現し、立体的分析をなすことができるからです。

 言葉、言語形態から見ても韓国語で発音できない音声がありません。それで、韓国人が日本語を学ぶと、日本語を一〇〇パーセント解読できます。聞いて分かるのです。しかし、あなたたちが韓国語を勉強しても、三〇パーセントくらいしか解読できません。また、日本人がいくら一所懸命英語を学んでも、二〇パーセントくらいしか通じません。でも、韓国人はそうではありません。

 それゆえに、日本人が本当に世界に通ずる万国語を解読するには、まずもって韓国語を習った後にできるのです。神様が、未来の世界を統一する民族として選定されるために賜物として授けられたその言葉が、日本民族によって無視されたというのです。その言語をサタンが破壊しようとしたのが分かったために、復帰時代において、再び神の方に取り戻さなくてはならないのです。それゆえに、エバ国家は皆韓国語を習わなければなりません。女性は、旦那さんの家にお嫁に行った場合には、そこで使われている方言であっても、すべてそれを伝統的祖国語、母国語として習わなければなりません。そうではありませんか?


真の子女としての責任


 皆さんが先生の説教集を読んでいかなければ、霊界に行っても先生に出会うことができません。地上で先生がなしてきたこと、その内容すべてが先生の説教集に入っているのです。説教集を解読して、何回か読まなくてはなりません。それを読まなければ、先生の蕩減復帰時代を発見することができません。

 イエス様について語られた内容には、とても深いものがあります。それを既成教会の牧師が読んだとすれば、口をそろえて、「文先生は異端だ」と言うことができないような内容になっています。今まで反対してきた者たちが、二千年の歴史を通じて築いてきたすべての内容が崩壊するような、恐るべき事態になりつつあるというのです。

 韓国にお嫁に来たり、婿入りした者は、どうせ習わざるをえないでしょう。しかし、そのために習うのではありません。九十年代に入れば、一和の工場にも、言葉を語れない者は入れないかもしれません。来年の正月からは、韓国語を知らない日本の女性は皆、イーストガーデンから帰るのです。先生の前で挨拶したり、祈ったりするのに日本語では通じません。先生はそれを発表したために、霊界はそういう日を中心に方向を固めています。だから地上はそれをなさなければなりません。分かりましたか?

 だから、来年になるまでに、六か月以内に習っておきなさい。今から六か月たっても語れない旦那さんや奥さんは日本に追い帰すかもしれません。「今から六か月以内に韓国語を解読できない者は日本に帰りなさい」と言えば、日本に帰りますか、帰りませんか?(「帰りません」)。先生が命令するのに? そんな親孝行息子がどこにいますか。(笑い)

 本一冊ですべてが解決するのに、数千冊の訳本を必要とするなら、その材料や原料の消耗にだれが責任を持ちますか。宇宙が讒訴します。考えてみなきい。世界中どこに行っても、普遍的な生活の境地を味わわなければ地上天国にはなりません。初めて出会った人でも、自分の兄弟と出会ったように、どこでも自由自在に話し掛けることのできる、そのような言葉の革命をだれが決定しますか。だれもできません。

 真の親たるべき者が間違った道を行くことによってそうなったのです。牛の吠える声は二つですか?

 羊の声は二つですか? 一つではありませんか? 人間だけがめちゃくちゃです。ばらばらなものを逆にして、一方向的な決定運動をしなければなりません。分かりましたか?(「イエー!」)言葉も通じない大学でもって真の父母の世界圏に立つ者は、目玉が恥ずかしい、顔が恥ずかしい、一身が恥ずかしい。その体でもって真の父母によって教えられた真の愛を受けたのですか? とんでもないことです。


言語統一、心情統一、血統統一


 言語統一。それが一番難しい学問です。言語を統一し、心情、愛の世界を統一し、血統を統一する。この三つでおしまいです。

 一つは言葉、言語です。それから?(「心情」)。心情。それから?(「愛」)。血統。「私の誓い」の五番目は?(「我々は、神を中心とした一つの主権を誇り、一つの国土を誇り、一つの民を誇り、一つの言語と文化を誇り…」。それほど重要なものです。それから?(「血族」)。血族。それから? 新世界。だから、心情の世界を作る。そこには皆入っている。真の父母の血統によって植えつけたものを収穫しなければなりません。それは、お金によって得られるものではありません。何千万人の犠牲によってもらえるものではありません。

 その道を求めて、多くの宗教界においては殉教の血の祭壇を築きながら、歴史がつづられてきたのです。そのようにして自分の前に賜物として授けられたその血統を中心として、世界を一つにしなければなりません。地上天国。それはつながっているのです。言語統一、それから心情統一、それから血統統一。それ以外の道を求める者は統一勇士ではありません。だから、先生の生涯の道は一つのことです。先生の前には国境がありません。サタン世界の文化の影も認めません。因習にとらわれたりしません。皆、崩して造り変えなければなりません。

 あなたたちの親は、文先生に反対するでしょう? 親が子供を拉致するような、歴史にないことが統一教会内に起こったのは、サタンの伝統と根本的に異なるからです。自分を生んでくれたその親元を出て、天地ともに真の、理想的な親を求めて泣き続けてきたのが人類歴史であるということを知らなければなりません。そのような代表的な勝利者として、真の父母につながったその誇りを、何と取り替えることができましょうか?

 いかばかり自分が喜んで、感謝の涙をどれくらい流しましたか? 心身とも、細胞全部がその感謝に打たれて、意識を超越して、奉仕の生涯残しても余りある感謝の思いを持ってきましたか? 真剣なものです。

 あなたたちは「文先生」、「真のお父様」と呼ぶでしょう。その名前につながる先生の外的表情は、今という時間圏内に収まるものですが、世に立つべき先生の、その背後というものは、時空を超越しているのです。それを知らなければなりません。

 時間内の基準において尊敬すべきお父様ではありません。それは、時空を超えて、歴史を超越して永遠にたたえるべき名前です。その土産をあなたたちが受けたからには、自分の後世万代につなげる土産として残して、飾りを付けなければなりません。そこに、花を飾るように心情的に飾りを付けるのです。これを基盤として、一族の伝統的家系をつくるのです。そこに、先生のみ言とともにいかなる飾りを、芸術の価値を、刺繍を置くようにプラスさせたいか。それが、私たちの生涯をかけて追求する目標なのです。

 文化の伝統はそこにあります。それで、先生はきょうも、六七年に語った十七冊分のみ言をカセットテープに入れました。韓国の家庭に皆分けてあげて、毎日毎日、時間があればそれを聴くのです。

 先生が祈る祈祷の内容は、実に感動的です。それを、原稿によってしか知らない人たちは実に不幸です。先生自体、今になって第三者の立場でそれを聴くとき、それが先生の祈りとは思われないのです。その叫びの声が、二十四年の歴史を超えて、今の現実に勝利した先生自体を感動させます。いかなる人も、万民が感動しうる価値がここに横たわっています。それは、金で買うことができないし、国を売っても買うことができないし、世界を授けても取り替えることができないもの、だれもが貴ぶことのできる唯一の宝物だというのです。


涙の祈祷で解かれた天宙の公式


 その言葉、その内容を探るのに、先生はどれほど苦労したか。参考書もなければ、勉強した所もなければ、何もなかったのです。単位も、公式もなかったのです。その膨大な内容を解明した後に、単位も公式も皆先生が造ったのです。そして、その全体を実験して、間違いない基準に立ってから責任を持って発表した内容なのです。

 したがって、それは霊界が公認し、地上の万民が公認しなければならない内容であり、万民の後孫も、絶対に相続すべき内容だというのです。それから外れた場合には、希望というものがなくなるような世界になることでしょう。その内容を解明し、今までずーっと現実を蕩減して、世界的歴史の人間とともに携わって結論づけてきたその愛というものは貴いものです。歴史を知らないことは不幸です。根本を、統一思想で言えば本体論をはっきり知らなければなりません。

 それを探るための先生の背後の歴史はいかばかりか。何千回、何万回、どれほど涙を流したことか。涙を流す生活をするために外に出ることができなかったのです。毎日七時間から十七時間も涙を流しながら祈り続けました。涙の祈祷の後には、水をかけたような涙の跡が毎日残っている。先生のその涙が、あなたたちを讒訴するときが来ます。聞くのに真剣になり、解決するのにいかばかり真剣だったでしょう。

 それを無視して、いいかげんに片付けて迎えた者には、「近寄るな。理想世界の背反者よ、消えてしまえ!」と、先生は何も言わなくても、宇宙万象が叫びかけます。霊界に行ってそうなります。「どれくらい先生に侍ってきましたか?」と聞かれるのです。

 「真の親」という言葉に伴う心情は、自分を通して植えた場合には、真の子供が生まれてくるのかというのです。それが問題です。あなたたちが先生のように慕って慕って行くのと同じように、あなたたちによって植えつけられたそのものが、命懸けで奉仕しうるような子供であり、同じような結実となるか?

 一回転ができなかった場合には、戻って行く道です。戻って行かなければ使い物にならず、放棄してしまうしかありません。あなたたち、入って行くときよりも縮まってくるでしょう? 統一原理を聴いた場合には、興奮して自分の感覚を超越した気分に漂っていたでしょう。しかし、その時期を過ぎてみると、昔のように、自分なりに考え、憂うつな顔で、みっともない格好をして統一教会を疑ったり何かして、いろいろなことをしてきたでしょう。もしも先生がそのように振る舞った場合、今まで神が耐えてきたと思いますか?神様は最も神経質なおかたです。


価値ある世界を目指して


 ときたま、先生は疲れ切ってしまうことがあります。み旨のために、人間の力、体力の限界をどこまで超えてやれるかということを神様もよくご存じです。しかし、それを超えて超えて、超え切れない境界を超えていくのです。そして着物を脱がずにそのまま寝た場合には、神様が先生の体をずーっと抱擁してくださるのです。

 そのとき、手が光ります。神よ、感謝します! 自分の息子たる者が、限界を超えて神のために奉仕しようとするその心情圏、その行動の実績をご覧になる神様は、その玉座を去って地上まで来られて、その子供を抱擁したい。そのような愛の主体者であることが分かるのです。

 まぶたを開けるとともに、自動的に涙があふれる境地、骨肉が融け合うような、宇宙の真ん中に自分自体が神とともに立つような境地に運ばれるときの幸福感を、何に例えることができるでしょうか。そういう価値ある世界に向けて歩んでいるということを知らなければなりません。
























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本郷人集会での御言


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


本郷人集会での御言

日時:1991年1月21日


祈 祷


 統一教会のメンバーは、世界いずこに行っても兄弟であるということを知っているか、という話です。そこには白人もいるし、黒人もいるし、黄色人もいます。だから、皆、合わせればだんだらになってしまいます。いろいろ混ぜてしまうのです。牧場に行ってみれば、牛を見ても、そこには白いだんだらの牛もいるし、黄色い牛もいるし、黒い牛もいるのです。そういうものたちが混ざって繁殖しています。そこには何の不自由もないのです。自然的にそんな融合をして、そのように生きていくのです。だから万物がそういうふうにやっているから、万物の霊長たるものはもっと、そういう方面において中心にならなければなりませんね。

 今は皆、韓国語を解読するんだから、悪口も言われませんね。(笑い)先生はメッコールが好きだから。(笑い、拍手)これは記録帳だね。(笑い)

 ここに集まった者で三十歳以上は? 大概、皆、三十歳以上でしょう? 三十歳以上、手を挙げて、三十歳以上。オー。三十歳以下、三十歳以下。三十歳以上が多いですね。それから四十歳以上になった者。よういるよ、いるじゃないの、けっこう。四人か、いい時だ。(笑い)こういう者はみんなして戦争の第一線に追い出して、これはもうチャンバラをしなければなりません。(笑い)そういう時です。兵隊。これは国を代表して一線に立った場合には、命をかけても戦いをしなければなりません。そういうときには、苦労とか郷愁の思い、故郷を思うとか、そういう観念を持ったら精兵となれません。すべて忘れて一心驀進、一つの心で驀進するような、そういう訓練をなさないと、精兵隊として戦争に勝つことができません。そういう面から見た場合に、三十代の若い者はもっと苦労させなければなりません。(笑い)それは先生の生活哲学です。分かりましたか? (「ネー(はい)」)

 今から統一教会の青年は、三十歳まではあらゆる方面に苦労しながら、それを修得しなければなりません。まずもって社会を知らなければなりません。社会といえば、上、中、下(あります)。貧民から中流から上流社会のすべてを決定しなければなりません。それについて、それを教育する内容を知らなければならないのです。そういう内容を知ってこそ、自分が国民としての自覚を得ることができます。国民として自覚をえない者は、その国に必要な者になりません。自分はこういう経験によって知った、その国の国民であるということを。そうすることによって本当の国民になれるのです。本当の国民になった場合には、自分を中心として何かを残さなければなりません。そうでしょう? 何かを残さなければならないのです。

 そういう面から見た場合に、伝統というもの(が重要です)。まずもって伝統を知るには、社会全般の上中下、社会の実体社会を完全に知らなければなりません。それから、その国民をより高いところに上げるには教育、教育システム(が重要です)。小学校から中、高等学校、大学まで卒業した者たちが、いかにして活動するかと(いうことです)。いかにして効果的な……。教育された者を、伝統の基盤の上にいる上中下の国民をいかに指導していくか、いかに開発していくかと(いうことです)

 問題を引き集めれば三点に集結されます。伝統、教育、実践です。これはいかなる国やいかなる団体、いかなる個人においても成功を願う者は、こういう背景の準備を徹底化しなければ、そのなしうる目的、行動して実践している目的というものは、決定的なものになりません。その国を残すには、この国民の願う以上のものを残さなければなりません。そうでなければ歴史的な材料となりません。そういうものを残すには、徹底された背後関係を組んで自分なりのそのものを残すようになることによって、その一人が歴史的な人材となるとともに、その一家、それと伴う一団体が国を指導していけるという、今こういう内容になっているのです。分かりましたか? (「ネー(はい)」)

 そういう観点から見た統一教会、統一教会も例外ではありません。統一教会の伝統を知らなければ(なりません)。統一教会の教育は実践教育、実践に必要なる教育です。だから小学校からずーっと大学まで行くのに、それを基盤とした、自分の習ったすべてを、いかに伝統にプラスになる実践をするかと(いうことです)。これは各人の一人においても、家庭においても、団体においても、国においても、この原則は異なりません。分かりましたか? (「ネー」)

 それで、統一教会の伝統を知らなければなりません。簡単なものではありません。統一教会の伝統、統一教会の伝統といえば何ですか? だれか答えてみなさい。(「苦労を感謝して…」)。伝統は何ですか? (「自己否定」)。将来、み旨が果たされた場合にも自己犠牲になりますか? (笑い)(「ために生きる」)。それは問題です。伝統というものは、ここにいる文先生の思いをかなえるその伝統は、時代性を超越、時代を超越……。時代性といえば「せい(世)」、一世紀とか、何千年を超越しなければなりません。だから、過去、現在、未来に通ずるとともに永遠の世界にも通じる、そういう背後の根本と一体化された伝統というものが絶対必要なのです。それは生涯の伝統になり、歴史の伝統になり、国の伝統にも通ずるのです。それは天宙の伝統に通ずる、そういう伝統を知らなければなりません。


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 それから、それに伴うその基準に行くには、個人からこの社会というものは、後進国家と先進国家、それはずーっと上、中、下のレベルがあります。それをいかにして寄せながら、関係、連帯性をつなぐかと(いうのです)。下から上まで上がって、上まで上がった場合にはどうするか、その問題です。この世のサタンの世界は、上がった場合にはどうするか? もっと上がりたい、もっと上がりたい、もっと上がって、てっぺんに通じた場合どうするか? それ考えられないのです。日本にいて例を挙げれば、日本で出世する、そして何になる。大きな会社の会長になるとか、大臣になるとか、そんな(ことです)。それ以上はどうするか? そこについて果たした実体としてその場を離れた場合はどうなるかと、そういう問題です。だから、すべては運動する巡回(「円形運動をしながら上がったり下がったりする」の意で語っておられる)。運動しなければなりません。上がった場合には下がるのは当然であるというのです。世の中はそれを願いません。今までの世界のあらゆる成功、あるいは有名人たちを見た場合に、成功した場合、それでとどまって、それで最後を通ずる、成功したその後には何をするかというと、その国においてはそれ以上、上がるところがない。そうなった場合には下に行って教育しなければなりません。自分みたいな人をたくさん輩出するように教育しなければなりません。そんなこと分からないのだから、上に上がった場合には下に下がることを願わなければなりません。世の中はそういうのはありません。一方きりの頂点まで占領しているのがサタンの社会です。だからサタンは個人占領とともに世界を占領して、今までずーっと神様まで否定してしまって、自分が永遠にこの絶頂の基準を維持しようと(してきたのです)

 それをやるには巡回、上がっては回る、循環運動をなされるすべての宇宙の世界、宇宙は動いているのです。関係、連関関係でも、人間関係、社会関係、金融関係、関係、関係は共に譲り合う、授受作用して運動すると(いうのです)。そういう基本的観点から見た場合には、サタンはそれは願わないのです。一方きりでもって「わしに従って行け」。それ以上のことをやるには皆、撲滅してしまう、殺してしまう、こういう作戦をしてきました。だから、そういう基準から見て独裁者、サダム・フセインなどはそういう者の代表的一人なのです。

 神のみ旨に立った基準といえば、最高に上がった場合には、下の方に自動的に回ると(いうのです)。ここから上がってポケットに入れた場合には向こうは出さなければなりません。呼吸と同じです。吸い込んだら出さなければならないし、出した場合には吸い込まなければならない。授受作用することによって、授受作用を多くすることによって、自分の価値の人格基準が、もっともっと高いものになっていくのです。その基準はどこまでいくかというと、神様がいたとするならば、神様の心情を中心として、同じ呼吸をなしうる、授受作用をなしうる相対圏に立つということが、人間最上の、歴史を通して万人共通の目的であるのです。

 人間は欲望を持っています。皆、欲望を持っているでしょう? 男にしては、顔はどうでもいい。女にしても顔はどうでもいいのです。ちっぽけな女、ちっぽけな男にしても、自分は日本人としての日本の天皇の上まで行きたいという思いを、皆、持っているのですね? (笑い)そうではないですか? 総理が問題ではない、総理が自分の孫になればいいと、自分の息子になればいいと、そういうふうに思いますよね、思いませんか? 思わない者は人ではありません。(爆笑)そうです。万物の霊長たる者がそういうことを思わないということは、それは資格がありません。(笑い)皆、思うでしょう? (「ネー」)。では思わない者、手を挙げて。(爆笑)

 そういうふうに皆、思っているのに、それはそこまで行くには、高い山を思うとき、高い谷がそこにせせらぐというものです。分かりましたか? 高い山がいいのですが、そこには深い、何がありますか? (「谷」)があります。深い谷の底には、いろいろな悪いものが皆、腐っています。そういう肥料が必要です。だから高い山の景色の上、高い山の谷には、いろいろな腐るものがあるから、そこにはたくさんの虫が住みます。たくさん虫がつくから、鳥などが皆、集まるのです。分かりましたか? 名勝地になぜ鳥が集まるかというと、獲物が腐った肥料の中に育っているから、それを食うために、それを食べ物とする鳥類が集まって、もっと名勝地を花咲かすのです。そうではないですか? (「はい」)。そのおいしいご飯がどこに行ってとどまりますか? (笑い)そうです、それを考えなければなりません。宇宙はそうなっているのです。そうでしょう? ご飯が欲しいと言えば、ご飯は結局、何になるかというと肥料と血を通ずるのです。すべての栄養を取らした後の糞は(笑い)、その残りは糞になってくる、糞は糞になってしまうのです。(笑い)そうですよ。分かりましたか? (「はい」)

 人間が立つと影がつなぐとね(「影ができます」)。影なき存在はありません。それ自体、影は立ったものによって反対の方向に(できます)。長いものと象徴するのです。だから、いつも立ったものは平均を、水平を考えなければならないと(いうのです)。高いものは深いところを、右のものは左のものを、上のものは下のものを、前のものは後ろのものを、これは付きものです。「わしは影なんか要りません」と言ったら、日中、日が出た日に歩くこともできなければ、仕事をすることもできないし、存在の権限を表す何の場所も得ることができません。分かりましたか? (「はい」)。表裏が一体となって、表がよかった場合には裏は暗くなります。こうやれば暗くなるのです。地球もそうでしょう? 日中、昼夜が相反するような立場に立っているのですが、それは回ることによって平均と共通、平和という問題ね(平和が生まれます)。東西が一つになるということを考えた場合には、夜が一つ、昼が一つ、昼夜が一つになるという話はありません。それをどういうふうに連結させるかというと、表裏一体ということであり、それは実体と影みたいなものです。だから高いものと低いもの、そういうふうに低いものと狭いもの、長いもの、そういうふうなつながるものであると(いうのです)。だからりっぱな人であればこそ、外の価値、外に行って犠牲になるという思いを持った場合に、それは宇宙すべてが歴史を通して願う存在となるのです。自然の現象に、自然の法則に、こうして生涯をすましていくものは、自然自体が歓迎する人格になるのです。分かりましたか? (「ネー」)


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 その反面には、君たち考えてみなさい。人間の一番重要な所はどこですか? 何! (笑い)どうですか? 一番重要なところがどこですか? 目玉はどうですか? (笑い)生殖器は使わなくてもめくらになるのがいいですか? 生殖器、何だ、使えないものになるかとそういった場合には、どこを願うかな。(笑い)これは笑うことではありません。これは自分を中心として考える一番大事な問題です。自分も解決しておいて、それから整理してなしえて重大性を持ったところにおいて国と関係を持って、それを整理して、世界の中心となった場合に、天宙と、天宙なった場合に神様と。神様はただ自分の個性自体を整理しないところに神様の、宇宙の中心と関係を持つことはできません。そうでしょう?

 だから、自分自身で女として男として、一番重要なものは何ですか? それも考えなかったのですか? 皆、祝福されるに足りない者たちですね。(笑い)落第生が皆、集まってるや。それは何ですか? 口が一番重要な所なのですか? あなたたち、男と女で特定の、一つ変わったところを持っている、そこが一番重要なの? 口がなかったら大変でしょう? 死んでしまうではないですか? (笑い)そういう問題は教科書にはないのです。(笑われる)(笑い)いかなる世界の教科書、有名な大学の教科書にも、そういうものはないのです。それは重要なものです。なぜ? 口がなかったらすぐ死んでしまう。目がなかったらめくらになる。両足がなかった場合にはどうしますか? 両足を必要とするか、生殖器を必要とするか。(笑い)みーんな、もう頭も熱心に使わないで、生殖器ばかりむくっとしているのです。(爆笑)そういう結果になるじゃないの。生殖、生殖器。それはなぜでしょうか? 原理の説明をそこまでずーっとすることができるのです。なぜ女と男は生まれてきたのか? 根本問題。なぜか? なぜだ? これを話したら、もう原理講義をしないといけないから(笑い)、きょうは時間がありません。

 君たち、初めて一年ぶりに会ったのに。君たちも言いたいこともたくさんあるでしょう。(笑い)先生も聞きたいことがたくさんあります。そういう時間、千人近い者たちが集まったのだから、もう一人ずつ言い出しても十分ずつでも、いくらですか? 十分で一千万、万分です。万分だったら何日ですか? 大変なことになります。だから皆、同じものとして、同じ過程を通過するものとして、同様と認めて先生が話しているのです。

 それが愛の中心なのですか? 根本問題です、根本問題。何? (「神様が宿る…」)。何? 神様が宿る? 神様がそれを握って一生涯するのですか? (笑い)君たち、大学へ行ったり、あるいは修士の行程(課程)を通過して各種の学位をもらい、そういう基準を通過した場合は学位をもらうというのは表彰、それを証明する証書をもらうのです。その内容は簡単です。「この者はこの大学で規定された学課程を完全に修了したからこの証書を授与する」と。簡単です。それは簡単ですが、内容は複雑です。何十年の生活を費やして、自分の精神ともに投入した結晶体としての結論です。そうでしょう? 社会に出た場合には、その人はどうでもいいのですが、その証書が皆、働きかけるのです。あの人は証書を持っていると言えば、「そうか」と(なります)。それは一時使うものであり、一時必要なものであり、資格を得るのに必要なものであって、永遠にそのものが中心にはなりません。

 それで生殖器も同じです。生殖器は重要なものです。卒業証書と(同じです)。完成した人間になるには、原理からいえば責任分担という(ものが重要です)。原理主管圏と直接主管圏を結合させるには、個性完成をしなければなりません。個性完成とは何でしょうか? 真の愛の一体圏を意味します。そうでしょう? 真の愛。真の愛というものは神様が提唱する愛です。その神様の相対たるアダム、エバが、それに平等の相対価値を得て、価値の相対圏の愛の実体として、共に一つになって統一をなしうるのです。すべてを統一するという思い、すべてをです。人間、女、男ももちろん統一です。それから人間同士を、男女を一体化させるとともに、神様と一体となしうる完成基準をなしうる器官としてあるから、その生殖器が最も重要であるのです。分かりましたか? (「はい」)

 生殖器は天情、天の情、天情があり、人情があるのです。天情、人情を一つにまとめて完成圏に決着させるそのものが愛だから、愛は男女の生殖器なくしては成立されませんから、その生殖は最も重要だという結論を出さなければなりません。原理的な解説です。分かりましたか? 分かりましたか? (「はい」)。だから最も大切なものであり、最も貴重に思わなければならないものなのです。最も貴重にする(思う)ものは、公に見る、看板として掲げるものだから、持ち出すものではありません。秘密の所に、自分だけ知る所に隠しておくのが、最も貴重なものを取り扱う方法です。それは歴史を通じて同じです。人たるものがつかさどるときには、同じ行程を行かざるをえません。では、その公式は一つしかないのです。二つはありません。分かりましたか? (「はい」)。そういう面で、宇宙完成をなす中心的な部署が生殖器だから、生殖器が一番であるということを解説して、答えは満点になるのです。それについて意見がありますか? (「ないです」)。分かりましたか? (「はい」)

 だから原理は偉大ですね。それで、男の完成、女の完成はそれが一つになることによって、生まれて初めて歴史を代表して、歴史の相続、完成相続圏を受ける、つなぐ一つの決着点となりうるのです。それ以外に道がないから、男女生涯において最も重要なその部分だから、生殖器が最も重要であるのです。どうですか、先生の答えがまあ、十点くらいになりますか? 神様からいえば、「いやー、そうだ、そうだ」とおっしゃるでしょう。(笑い)サタンからいえば「そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない、そうじゃない」。神様は「そうだ、そうだ」と二回やるのに、サタンは二百回もやるのです。大きな音を出すのは正しい者ではありません。不正の者は大きな声を出すのです。分かりましたか? それは堕落世界、善悪の世界が混合しているこの堕落世界の歴史の実情としてつないでいるのです。だから女は口が早いですね。(笑い)騒ぎが多いです。それは善に通じるものではありません。悪に通じます。男より口が重い場合には、その女は無言でもって男をコントロールします。(ウーン)(笑い)だから沈黙というのは偉大なことです。神様は今まで、創世以降、堕落した以降において、無口で沈黙を続けておられる偉大な主人公です。善悪の内容も弁明しないでいるのだから、自分自身を現さないで、隠れ、隠れした、隠蔽された背後でもって、自分の意志を堂々と、歴史を通して維持しておられるのが神様です。サタンは騒ぐのです。


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 韓国において、今、自治選挙を、選挙で騒ぐのですね。「あー、自分に選挙(投票)をしてくれ。あの者は悪いし、自分はいい」と。こういう宣伝の仕方は、サタン世界の宣伝です。そういうのを、いかに先生が将来、整理するかということです。ちゃんと天の選挙法を皆、知らなければなりません、国を治めるには。そういう時にまだなっていないから、それは言わなくていいでしょう。あまり多く分かれば、荷物が多くなって、足が細くて倒れてしまいます。そういうふうに、女はいつも注意しなければなりません。こそこそしゃべりだしたら、こそこそ聞き出し、こそこそしゃべり始めたのは女か男か、どっちですか? (「女です」)

 「女」というものを日本語でいえば、「おん」は何ですか? 「おん」といえば悪いことですか、いいことですか? 「おん」といえば怨讐にもなるし、(笑い)恩恵にもなります。(笑い)両方ついています。韓国語で「おんな」といえば、「な」は「わたしだ」という話です。(笑い)(笑われる)日本で「な」というと、熟語を作ってみなさい。(「なまえ」)なまけもの。(笑い)それから? 泣き虫。悪いことに通じます。それから? (「なっとう」)何? (「なっとう」)納豆? 豆の? あー、それは腐ったにおいがするではないですか。(笑い)皆、悪いものに通じます。「女」といえば、日本語で悪いほうの名前(言葉)が多いということですね。(笑い)(笑われる)日本語として「女」というものは、悪い女を代表した世界的な結論の言葉ではないでしょうか? (笑い)だからエバ国になったのではないですか?

 それは、罪が多いところには恵みが多いという話です。それは神様が女を訪ねてこられるのだから、一番偉い女たちより、一番悪い女たちをいかに偉い女につくるかというのは蕩減復帰です。(笑い)そうではないですか? 一番悪い女を一番偉い者にした場合には、女の上中下は自動的に偉い女になります。そうすれば、女の中で一番、世界歴史を通して苦労したのは日本の女ですね。そうでしょう? 世界代表的です。そうでしょう? 女はもう、姓名がないではないですか。そうでしょう? 何の認めもしないような影の(ような存在です)。影はいくら踏んでも跡がありません。答えもなければ跡もありません。そういうふうにして、歴史を、犠牲、犠牲、犠牲にして、蹂躙されてきたのは、そう見ればサタン世界の橋、四方八方に橋をつなげる、そういう利用物にされたのが日本の女です。そうですね?

 先生も運が悪いから、日本をエバ国につくったから、先生が苦労しますよ。そうですね? 苦労。君たちもそうでしょう? 韓国はアダム国家、日本は? (「エバ国家」)。エバ国家。歴史の発展の中心は、今何が一番重要だと言いましたか? 生殖器でしょう?

 大陸につながった半島は、男の生殖器と同じです。だからこういうような男の生殖器をかたどった所は世界文化の発生地であり、決着地であるのです。だからローマ半島、イタリア半島、地中海は完全に女の子宮、女の陰部とそっくりです。そうでしょう? 地中海文明というのは、この地上の歴史において初めて、文化摂理基準において文化起源の内容をまとめた所です。ローマ文明というのは、今もローマの法律など、その偉大さというのは歴史に非常に影響を及ぼしています。なぜそのイタリア半島かというと、それは男の生殖器と同じであるのです。地中海、完全に女の陰部です。それは一つになっているのです。だから大陸、アジア大陸、アフリカ大陸、それからヨーロッパ大陸をつなげる、その中心部になっているという、こういう観点から見た場合に、これはアジアを中心として、韓半島を中心として、日本は必ずそういう女と同じように男を、陰部みたいになっているのです。これは太平洋文明圏を中心としたそこに、もっと大陸、それはアメリカを中心としての大陸、中国大陸、ソビエト大陸、世界、すべてが、六大州すべてがつながるような基準に、中心点をなしている、太平洋に近いのです。

 こういうふうに見た場合、今、太平洋文明というものは何を中心としてなすかというと、皆、思うのは中国と日本でしょう? そうではありません。韓半島です。そうならざるをえません。それは韓半島を地政学から見た場合に、ヘレニズムとヘブライズムの交差点として民主主義、共産主義。唯物主義と有神主義が世界的対決をして、ここに結実体として、悪の真の父母と命名(されたのが)金日成であり、善の真の父母と命名(されたのが)先生です。こうやって対峙して、今消化し合うのです。それは歴史最後の終着点であるということです。分かりましたか? (「はい」)。これを一体化させるのです。中心体は大陸の男性の生殖器として、太平洋のすべてを包容しうるのです。日本は西洋文明の総集結地です。それらが一体化することによって、世界は自動的に、地政学から見ても、天から見ても、一つにならざるをえないような中心的な部署です。それが今、考えてみなさい。


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 君たち、日本人でしょう? 日本人なの、韓国人なの? あなたたち、日本人ではないですか? 日本人は韓国から皆逃げて行って、皆、浦島太郎みたいに(笑い)島流しされた者たちです。だからチャンバラをしなければ、力がなければ生き残れないのです。そうです。大陸から皆、島流しされてきたのです。そういう者だから、力を持たなければならない、チャンバラをしなければ生き残れないのです。それで日本は、日本という一つの国を整理するのです。藩主というものが、戦国時代が生まれてくるでしょう? 山を一つ境目として、部落ともにこうやって、チャンバラをやって、これをずーっと国家的までもなして、今もその伝統的(今もその伝統は生きています)。その下の者は大名に絶対服従して、いつでも女も男も命を懸けるのです。一言の命令でもって生涯すべてを犠牲にしても、それはなすのが当然だという思いを持っているのが日本の武士道精神です。そうでしょう? だから上の者の命令には絶対に一つになれるように一番訓練された歴史性を持つのが日本民族です。だから世界に観光に行っても、観光団体が小さい旗を上げて、さっと……。(笑い)(笑われる)それがなかったら死ぬのです。

 そういう歴史過程を通過した日本民族というのは、もう訓練された者です。これは何のためにこういうふうに訓練されてきたのかというのです。それから天照大神の孫です。天照大神は女の神なの、男の神なの? (「女の神」)。女ではないですか、女の神です。だから女の性格です。お嫁に行った場合には旦那さんに絶対服従していくのです。だから姓名もないのです。韓国はどうですか? 女も姓名があるのです。堂々たるものです。世界的に見て、これは韓国にしかありません。女も男も、夫も奥さんも、堂々たる姓名を持っています。主体性を持っているのです。韓国の女はそうです。日本人の男と韓国の女と(けんかした場合は?)、日本人の男が負けます。(笑い)あー、平均的に八〇パーセントがそうです。考えてみなさい。強い! 強いということを嫌がった場合には、だめです。強くなければ、木によじ登るにも、すべてが強くなれば大変です。くにゃ、くにゃ、日本の女みたいでどうするのですか? 上がれないのです。

 強い民族を先生は願うのだから、日本の男と韓国の女、日本の女と韓国の男を組んでやって、何代かいけば種を変えてしまうのです。なぜ? 種は女によるのではなくて男によるからです。共に補助し合うのです。君たちの相対者そのものが、「あー、韓国の奥さんをもらうんじゃなかったね」と、八〇パーセントの人はそう思います。そうでなければうそです。そうでない者、手を挙げてみなさい。(笑い)いくらもいないではないですか。そうでないの? あんた、腕白して脅迫したでしょう? それは日本の与太者みたいな者です。久保木(修己)会長のよく歌う「やくざ」(の歌がありますが)、やくざはそういう性格を持っています。そうでなければ、日本の女みたいな女かもしれませんね。それもあるのです。強い者も弱い者もいたのでしょう? しかし大半は(強いです)。日本の男性に負ける女がいたら、先生はだめだと考えます。(笑い)

 日本は世界に行っても自律性(自立性)がありません。例を一つ挙げましょう。アメリカのワシントンにワシントン・タイムズがあります。そこの副社長が社長になりました。今からは世界的変革時代に入っています。それで「世界日報」も皆、切り替えをしました。韓国も組織体、全体犠牲でもって切り替えをしました。アメリカもそう、日本もそうでしょう? 四千パーツをつくって、それを三×四=十二、一万二千パーツまで拡大して、それを皆、教会、教会基地をつくらなければなりません。それから、そういうふうにして収穫された完全な種を収穫された場合には、まくのが当然です。まくところには肥料を積み込みます。汚い所。分かりましたか? 汚い所に排出するのが肥料になるのだから、肥料がきれいで、香水みたいなにおいのものがありますか? 研究してみなさい。あるか、ないか? 絶対ありません。香水というものはずーっと吹き飛んでしまうものですが、肥料はずーっと下がっていくのです。だから肥料になるのです。(笑い)(笑われる)必要な料理を肥料というのです。この「ひ」でなくて、肥料。分かりましたか? 両面の意味があるように、そう聞きながら考えてみなさい。悪いにおいがするけれども、命を育てるには肥料がなければなりません。人間も同じであるのです。肥料が必要です。肥料を食べさせなければならないのです。だからそれが何かというと、苦労の道なのです。においのするところにそれをやって、構えて十数年、数十年たった場合には堂々たる草木として、一番重要な木材になります。そうではないですか? 棟梁、棟梁と言うのです。韓国に来てよかったの、悪かったの? (「良かったです」)(笑い)

 こうだ、こうだ、これ、右の目を開いたのはいいのですが、こうでしょう? 韓国に来たら、今でも「日本によこしてもらえばいいなー」というのが(思っている人が)三分の一はいるでしょう? (笑い)言わなくても、先生はちゃんと知っているのです。見ればサーッと(分かるのです)。ここにいなくて、日本に帰って行く場合、そうでしょう? 習慣も伝統的文化、背景、何、かかわるところがないのです(何も変わるところがないのです)

 向こうの後ろ、聞こえる? 聞こえる? 聞こえる、聞こえない? 聞こえない? (「小さいです」)。小さくここで言うんですよ。(笑い)あまり騒いだ場合には、悪い者が騒ぐと言ったではないですか。(笑い)小さくて、聞こえるだろう? (「聞こえません」)。あなた、つんぼかもしれませんよ。これをずーっと、ずーっと、マイクを装着するように準備するように命令してつくったのに。聞こえる、聞こえない? (「聞こえません」)。死んでしまえ。(爆笑)なぜ遅くなって、遅く聞く、それも蕩減です。それはそうですよ。世の中は公平になっています。遅く来た者は、そういう背景も悪いものです。それは皆より、よったくずなるものは、皆、後に来る者をよこすのは、世の中の分別の常識になっているのです。(笑い)今、半分に切って、切り替え(入れ替え)をしましょうか。(「エーッ」)。一時間ごとに。あー、あー、あー、前は「エーッ」と言うのに、向こう(後ろ)は拍手しています。ではどっちの意見を尊重すべきですか? (笑い)前の意見を尊重するのが通例の法則です。(拍手)(笑い)


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 だから、これを見た場合には、革命的な原理です、革命的な。歴史にいう日本人の若者を(変えたのですから)ね。君たちは皆、日本にいても、頭の悪い者ではありません。皆、考えが、普通の者以上のものを(持っています)。(笑い)そうです、そうでなければ、ここまで来られません。(笑い)思いもよくしますね。呼吸している日本人なんか、こう働きながら、下ばっかり見ないで? 野郎たちは、こういうふうに呼吸して歩いて来たんだから、ここまで来たのです。レベルとしては違うのです。先生はそう認めます。顔を見ても、日本の等級なんか、先生は日本をよく知っています。大阪でも町を歩いている人をずっと見れば、平均的に統一教会のメンバーみたいな顔はありません。(笑い)本当、本当です。先生は今まで、生涯かけてたくさんの指導者たちを指導してきたので、すぐ分かります。町にいれば、「あー、この国は将来こうだ」と。平均的に統一教会のメンバーは皆、美人が集まっています。美男子が集まっています。(笑い、拍手)

 女の雰囲気としても、天の運勢が日本の全土をずーっとカバーしてきたとするならば、日本として誇るものは皆、取ってきて、どろぼうして取ってくるのもあるのですが、どろぼうではないですか? 日本人の誇るものは一つもありません。カメラにしても、ドイツのライカとかを皆、どろぼうしてきたし、機械にしても皆、どろぼうしてきたものです。皆、小さいもの、女。こそこそこそこそして、こういうふうにおとり出しています。皆、どろぼうの遺族みたいになってくるのです。誇ること一つないのです。特に世界に輸出しているものは何もありません。何がありますか? 女しかありません、女。(笑い)女しかありません。世界的に日本は女、中国は料理。(笑い)そう言っています。日本は女、中国は料理、韓国は何ですか? (笑い)キムチではありません。(笑い)韓国は大将、大将。皆、韓国人はひとりぼっちのひとり狼で、やくざするひとり狼です。よく包丁で刺します。(笑い)ひとり狼でなければ、ああいうこともできません。団体を組んでいる、そういうやくざはひとりの狼の性格、韓国はそういう性格を持っています。君たち、それは分かるでしょう? その反面に、いいことは情熱的です。情においては広いのです。世界いずれもすぐ友達をつくれるのです。それは面白い習性を持っています。日本人が一年に友達を三人くらいつくるとすれば、韓国人は一年に百人もつくることができます。その外向的手腕というものは……。

 本心、本根に通じるのです。日本人はそうではありません。お嫁に行きたいという女が、あの男を見たら七十点、この男八十点、あれ四十点、外的にはこれがいいけれど、内的にはこれがいいから、どこに行こうか。二つを見てあれこれ比較するような性格を持っています。共通の心情圏を。それは貧しいとかかわいそうな者があった場合には、皆、韓国人の特性は、自分のお米を食べさせていくのです。そういうことに気がつくでしょう? 君たち。日本と違うのです。そうでしょう? 社会的な慕わしい流れが、伝統的に下の方にずーっと敷かれているのです。だからいざという場合には、自分の主張するものには天下何者であっても折れないのです。主張しだしたら折れません。

 だから韓国人は、韓国人として外国に行って、大使館を訪問する者は一人もありません。ワシントン・タイムズの社長に任命した韓大使は、以前パナマの大使をやっていました。そのとき、同じ東洋人同士ということで日本の大使と、いつもゴルフをしながら仲のいい友達になっていました。その日本の大使が言うには、「自分は韓国人を頼もしく思う」。韓大使は「そんなばかなことを。日本人がそうじゃありませんか?」と言うと、「いやー、日本人はだめだ」。なぜだめかというと、日本人たるものは世界に出た場合には皆、大使館に来て、「お願いします。お願いします」と言う。それは女です。「お願いします。お願いします」と言うのは女ではないですか? 大使館に行って一から十、百まで、偉い者、支店長でも皆、「お願いします」と願うのに、韓国人は移民として行った者で、乞食でも大使館に来て「助けてください」とは一言も言わないというのです。

 日本人がそうなれば、世界を指導することがてきるようになります。そういうようなことをやるのなら、指導者がなければだめです。女の風習を持っているのです。盗賊みたいに、「君、わしの話聞け」と言った場合には大変です。それは一家が滅亡の……。原理を超えて自然的になくなってしまうというのです。日本人はアメリカにたくさん開拓に行きましたが、皆、帰ってきました。韓国人は帰ってきません。それはアメリカを中心として、南米のいずこにも、北極の極端の食堂のおやじも韓国人です。(笑い)どこにも行かない所がない、行かない所がないのです。ソ連も遠い町、遠くの衛星国家でもどこでも、韓国人は世界の困難な所に来て王者になろうとするのです。両方つかまってこうやろうとするのです。そういう腹具合があります。

 それでアメリカなんかに行っても、ロサンゼルスでも韓国の街ができています。ワシントンにもニューヨークにも、大きな都市に(できています)。ユダヤ人が四百年以上の歴史を通して、アメリカの保護を受けながらつくった基盤のすべてを、十年間に皆、(韓国人に)取られてしまって、韓国人反対運動(が起こっています)。黒人もそうして反対運動をやっています。それは傑作なことです。黒人街、スラムで韓国人が貪欲に商売をやっています。危険な所は皆、韓国人がいます。そういう性格から見て、韓国はアダムという名前にふさわしいというのです。君たち、そうだと認めますか? (「はい」)

 会社なんかに行っても、十年、九年もいる者はいません。三年くらいやってみて、「大したことないや」。顔からしても体からしても自分よりもよくないし、いろいろ比べ合って、「彼が四十点なら、わしは八十点だ」と思えるのです。だからすぐ出て、彼のやっていることをすべて乗っ取るようなことをやってしまうのです。そういう性格があります。

 今、ソビエトなんか、中共なんか、日本より、真っ先に入ったら、日本の政界、財界がもう、北方領土、問題が問題じゃありません。それはポケットに入れた小石みたいな、ざら石みたいなものです。それでもって外交問題と(言えるのですか?)。何じゃ、それは。だめです。結局は韓国人に負けます。いろんな新聞なんかももう政府に売ってるではないですか? これは何ですか? 外交性ゼロ!! それはそうならざるを(えません)。それは天運からしてそうです。摂理の運勢から、そうなっているのです。韓国人は行かない所がありません。中共にしても、皆、そうでしょう? 北京のホテルの三分の二は韓国人です。ソビエトのホテルも皆、そうです。それは素晴らしいことですか? そういうプライドを占領しようという、男らしい性格なのです。その代表的な者がここに座っている先生という者です。(拍手)

 こういう、千人の考えが千人の方向を持っているような者たちを、いかにして、国を超えて歴史を通して……。日本なんかそうでしょう? 韓国人たちは皆、違法だと、日本で一番悪いことをするのは韓国人だと言っています。悪いことをせざるをえないような立場に追い込んでいるのです。今の三世などに対して法的(な立場を)認めないという問題は、ばかなことです。だから悪いことをやるのです。韓国僑胞が百万近く、百五十万以上いるのです。本当は徴用されて、北海道、オホーツク北部など、東亜戦争で皆、男は死んだでしょう? 女は皆、一人で……養子として入って、それを相続して、皆、韓国人の帽子を脱いで、日本の帽子を被っているような人がたくさんいます。それからパチンコなど、遊楽町のおやじは皆、韓国人です。そうでしょう? 知っていますか? 遊楽町というのは、有楽町ではありません。遊びとか歓楽街のような所のおやじは皆、韓国人です。やくざの八〇パーセントが韓国人、おやじ、親玉です。知っていますか? (「はい」)

 それを、先生が命をかけた場合には、「日本の首相を拉致して来い」というように。(笑い)なぜ笑うよ。問題ありません。(笑い)将来見てみなさい。今アメリカにおいてマフィアがあるのですが、マフィアは中国のマフィアと闘っています。それをコントロールするのは韓国人です。日本のやくざと中国のやくざをつなぐのは韓国人です。釜山がいよいよ根拠地になりつつあるというのです。そういうことを知らないでしょう? そういう暗い世界の王者たちをコントロールしない者は、天下を治められません。それで韓国の力の世界の十万人をコントロールするのは先生なのです。そんなことを言って、「人を殺せ」と命令したことはありませんよ。(笑い)だから前に言ったように、君たちが頭がいいということは、そういう者は皆、町長になろうという思い持っている者は、半分はそういう悪辣な性格を持たなければ、その目的を果たすことはできないというのです。それは世の中の闘いの現場において常識の話です。

 それで統一教会に入る者は並々ならぬ者が入るべきです。だから君たちも日本人として中、上の者が入ったと考えます。だから韓国に来て、こう座る。男には男の前に、そうやって宣誓しながらね。「せんせい」というのは「先生」ではありません。宣言の宣誓、誓いの宣誓をしながら、宇宙の転覆の目標を果たそうというサタンの全滅を果たせと(いうのです)。歴史というのは革命的です。革命歴史において最も頂上の革命的な現場であるということです。ここに参席したら、それはもう恐ろしい思いでもって身の締まるような境地ではなくして、簡単、歓迎してみて身が飛ぶような喜びの場が、この現場であるということを考えるのですか? (「はい」)本当ですか? (「はい」)本当? (「はい」)。今、朝ですか、夕方ですか? (「朝です」)。だから気持ちがいいからそんなことを言うのかもしれないですね? (笑い)今、夕方なのにそんなこと言うという思いを持って聞かざるをえませんよ。分かりましたか? (「はい」)


     ◆

 先生は会っていいことを言うから、気持ち良く言うのですが、悪いことばかり言ってバットで振りかけた場合には、そんなことは言わないでしょう? 革命的です。革命というのは、それ以上のものは何と言いますか? 爆命であると(いいます)。爆発の命。転覆の「ぷく命」とか、そういう名前に変えなければ合わないような、革命の場であるということです。それに加わった、その名前を持つその誇りはいかばかりか? 天宙的です。天宙という名前を知っているでしょう? 電信柱の「電柱」ではありません。(笑い)

 そういうふうに見た場合、君たち、こういう大きな部屋で密閉して座っているのですから、同じ方向を持ち続けようという……、内面に苦労があります。常識といった習慣性、文化背景の異なったいろいろな伝統的風俗を受け継いだ者でも、それが問題なく、それを乗り超えて、消化して乗り超えるという時代が来ました。それが男たる、女たる者が愛の世界を中心としては乗り切るところがありません。君たちもそうでしょう? 自分の愛の相対者は、自分より偉い者を願うのです、そうでしょう? (「はい」)。その偉い者を願うのに、偉い者は国を代表した男、女を願ったというのです。それが国にないから、国を超えて世界にもっと素晴らしい者を求めてきたというのです。

 そういう面から見た場合、日本の国を超えてきたこの者は、日本の愛の相対圏を超えて韓国まで来て、愛の相対者を得たというその勝利感、これは偉大な、偉大なことです。昔、祝福を受ける前に恋愛した者もいるでしょう。片思いをして、消すことのできない背後もあるでしょう。それを問題にされず、きれいに消し取ってしまって、漂白してしまって、何気なしに一心不乱、一心不乱の思いで国を超えて、玄界灘を超えてきたというのですね。日本海を超えて来たのです。どういうふうに超えたかというと、飛んで超えて来た? 泳いで超えて来た? (笑い)それを見た場合に、泳いで来たという思い、これもって日本人のあれよりは新しい氏族を自分の一身に及ぼして、それを産みつけて、世界に花を咲かすために、一つの革命的な氏族になりたいからここに来たと、そう思いますよ。(「はい」)。そう思わない者は信じることができません。信じることができない者が行動するか? 行動しない者は、実践しない者は結果を目指すことはできません。まずもって思え。実践場というものは生易しいものではありません。大きければ大きい反面、苦労が反比例的に伴うものです。勉強にしても同じこと、出世にしても同じことです。歴史性の成功の道を行くにおいて、皆、平等なものです。国を超えて、歴史を超えて、同じ公式をたどっていく、つないでいくのです。だから大きな成功を願う者は、大きな苦労を克服するばかりでなく、消化していかなければならないのです。克服するのは関係なく素通りするのですが、消化、克服消化する者は、その苦労の場を肥料として、自分の成長の栄養として吸収する者です。

 だから日本から韓国に来ていろいろ逆らう反対の環境を見た場合に、これこそ自分の人格内面を一段階高い面において改革する材料が出てきたと思えばいいのです。姑にしても大変です。旦那さんの家に行けば、おじいさん、お母さん、皆、いるでしょう? 姑、姑ばあさん、大変です。日本の女が韓国に何年か、いいか悪いかやり合っているということです。「あの表情はどうだ。伝統的面から見た場合に、日本の孝子はこうだろうと思うのに、(あの嫁は、あの婿は)ああだ。日本人は悪い」と結論した舅さんたちに、「そうではない」と涙を誘い……。それは生活の感覚ではありません。皆が集中したら、その集中の場を消化の根底として、種として、消化していくのです。大変でしょう? まあ、二年、三年くらい過ぎた場合には、「あー、日本に帰りたい」。(笑い)

 一本きりはだめだから、二本で歩かなければならない。そう思ったらだめ! 足でこういうふうにやって、大陸占領のために来たということです。日本人だから一本なの、二本なの? この場合は二本です。(笑い)分かりましたか? (「はい」)。日本は韓国人にそれを授けて、それを接ぎ木して、私が相続するために来たということを考えた場合には、母の心情、親の心情を持たなければなりません。だから、そういう面から見て、ここに来ている日本人の祝福された者は、神様の心情圏に通ずる一番近い所ではないかと思います。分かりましたか? (「はい」)


     ◆

 歴史を通して今まで神様は生きています。「神様は死んでしまった、もういない」というようにして旗揚げして、デモをやるような環境を見詰める神様の辛さ。もともとは完成をやって栄光の神様、万年の親たる勝利圏に立つべくして、万秋の王として、主として、指導すべき伝統的センターだというべきなのにもかかわらず、悪辣な悪魔によって反対の犠牲をかけ、「神は死んでしまった、いない」と否認するのです。それを見詰める神様の悲惨さ。日本人のあなたたち、環境から否認される。この者たち、皆、そうでしょう? その悲惨さ。そういう環境に接することによって、今まで歴史を通して神様の心情圏に一番近い所に立つべき心情の娘に、男になるのではないでしょうか? そういう面で見れば、それはもっと幸福な者になるでしょう。日本に住んでいる人たちはそんなことはないのです。

 うち(私たち)は断食を一週間もしたんだから、水一杯でお茶も三杯グラスで飲んでも、三日間に一食で十分です。着物はどうでもいいのです。ナイロンの足袋なら一か月以上はけます。(笑い)パンツにしても肌着にしても一年以上着られます。だから日本の女の人は七年間もそういうパンツ、肌着を着て、風呂に入りながらそれを繕い続けてきたという話を聞いて、先生は涙をポロポロ流したことがあります。「文先生というのは罪の王者である。素直な名門家のお嬢さんたちを連れ出して、道端に投げ出して、こういう苦労の道を、涙を酌み合うようなことをして何になるや」と。平面的な基準から見た場合には罪をなす王者です。しかし先生はその金を一銭も使いません。世界、アメリカなどにもたくさん日本からお金が送られてきますが、一銭も使っていません。CIAやFBIの調査によって「文先生は正しい人だ。勝利の人である。聖人であり、貴人である」という報告が来ています。調査、調査、調査、その挙げ句に結論は何かというと、「正義の指導者だ」ということです。彼らの背後に先生を尊敬する者たちがいます。

 迫害の道をたどってきたのですが、十年後になってみれば、その果ては十倍、百倍、千倍の大きさで山と積まれている、そういう結果が見渡せるということを思った場合に、そういう神様は自分を遣わして金儲けしたとか、たくさんの結果を得るためにやっていると思った場合に、何年後に感謝するようになってきているのです。その時代は悲惨です。そういうふうな立場において君たちを苦労させているのです。先生の苦労と君たちの苦労を比較してみた場合に、君たちは先生の命令、一方的なことで、それは済ますのです。それをなせば済ます先生は蕩減復帰の問題です。ユダヤ教の失敗、キリスト教の歴史の失敗、それに統一教会四十年間の失敗、すべてを先生の一身において再蕩減しなければならないのです。君たちが果たせなかった場合には、日本人が果たせなかった場合には、神様の願ってきた最初の基準に到達しなかった場合には、先生が責任を持たなければならないのです。そうでしょう? 命令したのは先生だからです。その結実体(である皆さん)が、神様の創造の言葉、一言を発すれば、その実体は相対者として現れるべきなのです。それが創造本然の原則であるのです。にもかかわらず、神様の身代わりに命令して果たせなかった場合には、相対圏が成立しなかった場合には、命令した者が責任を持たなければならないのです。

 それで統一教会の四十五年の歴史において、先生の家庭の不幸な事件、興進様を霊界に送る事件など、いろいろな背後関係(というのはどうして起こったかというと)、統一教会の失敗、なしえなかった未完成の(内容を)先生一家を中心として蕩減しなければならないから、先生の家庭にそういう悲惨な蕩減の跡が残るようになってきたのです。分かりましたか? (「はい」)。一国、世界をつないで先生が命令して成らなかった場合には、先生がやらなければなりません。世界基準まで先生が帰らせなければならないから、日本を後にしアメリカを後にして、それは統一、アベル世界先進国家、キリスト教文化圏を後にして、ローマ教皇、宗教独立、共和国アメリカを背後にして、先頭切って日本の政財界の収拾問題、中共の最高閣僚の収拾問題、ソビエトの閣僚の収拾問題、衛星国家収拾問題を、今までだれも知らない中で、どれほど先頭切って果たしてきたことでしょうか? 先生がこれを果たせなかった場合には、数千年の歴史を通して君たちに重荷を背負わせて蕩減しなければならないのです。統一教会の未来は……、先生は生涯かけて、その清めの闘いを一心不乱に続けて、とうとう長子権復帰がされたし、父母権復帰、王圏復帰を宣布するようになったのです。先生が先生の行くべき未来の道を一人で開拓しました。

 それをやってきたのだからそういう発表をなすのであって、君はそこまでつなげる何の因縁も持たないのですが、勝利した後には自動的に説明でもって、一瞬にしてつながるその道を準備してきたということを思った場合に、君たちも今、韓国の異邦の地に来て、こういう環境消化問題と……。先生は異国、一か国ではなく十二か国以上の国々を消化しつつ、未来に残すべき蕩減の道を解消するための闘いをやるには、先頭に行って迫害の道を消化しつつ開発して、今まで勝利圏を成しえたことを考えてみた場合に、君たちの苦労と先生の苦労は比較にならないような立場に立っているのです。分かりましたか? (「はい」)

 君たちの願いはそうです。先生を見上げながら今の環境を消化していく、一日一日の任務が残っているのです。早く子供を生んで、早く家庭の基盤をつくって、韓国人が、その周辺の者が、外部のサタン世界の者たちが、家庭たちが、君たちに無言のうちに頭を下げ、尊敬ではなく崇拝するような家庭にならなければ、国際結婚家庭の伝統をどこから相続できるというのですか? 君たちでなければ認められないのです。深刻です。これが周辺に回る一点でなくして、中核の収束のただ中心の一点になっているのです。思いよりの考えで通ずる道ではありません。原理の道は親、お父様の行った道を踏んでいく道です。これを踏んで行く道なのです。勝手に行けません。これを通過して世界解放圏に通ずる伝統を残すのが国際結婚式を中心として、国を挙げての昨年、一昨年(の祝福)、交差結婚です。歴史上そんなことはありません。交差。日本の二世と韓国の二世を交差結婚するのです。

 これをしなかったとするならば、皆、日本をのみ込もうとするのです。中国もアメリカも日本をのみ込もうとする、ソビエトものみ込もうとするのです。これは三人の天使長! 日本は裸になった美人です。それは神様の前にある、アダムという先生と競争をしたら、韓国は惨めであるというのです。日本なんか関係も持たない立場です。しかし男としては先生以上の男はいないのです。そうでしょう? (「はい」)(拍手)あー、あー、あー、もう拍手しないでいいです。(笑い)だから韓国人がアダム国家で、アダムは一人です。

 日本の皇室のルーツは韓国にあります。日本人は皆、分かるようになったでしょう? それは先生の功労です。今までアカデミーを通してずーっと歴史を研究、研究、研究させて、そして発表して、今どうにもならないのです。

 韓国に来てみれば、日本の三種の神器など、どこにでもあります。だからそれを見て、「フー、フー、そんなことは知らなかった」と言うのです。だから君たちはもともと故郷に帰ってきたと考えなさい。分かりましたか? (「はい」)。先祖が悪いことをしたその罪を、この現地において蕩減復帰するための旗揚げの戦闘であるのです。韓国人の一番悪いところを我々が吸い込んで、のみ込んで消化していくのです。そうやった場合には、日本の国はずーっと滅びません。君たち皆、韓国に来て、日本に帰りたくなったら、日本はどんどん悪くなります。太平洋の水に沈んでしまいます。今大変でしょう? オゾン層が皆、破壊されていくのですから、地球がだんだんだんだん暑くなってくるのです。それで北極の雪が解け、南極の雪が解けた場合には、日本なんか沈んでしまいます。分かりましたか? (「はい」)


     ◆

 りっぱな女性、世界的な女性、世界的な男になるということを考えてみた場合に、歴史的に怨讐圏の女、男を、自分のおやじたちを、自分の王様たちを殺した! その敵の子女を、自分の国の王様の王女より以上に愛する者にならなければならないのです。これはなぜですか? サタンは悪の王であったというのです。王様です。神様は善の王です。王様同士、怨讐です。そうでしょう? 「その息子、娘みたいな者はどこに生涯をかけて愛すべきや」ということを考えてみた場合に、もとをはっきりした場合には、悪魔の王圏を切り飛ばして! 神様の方に帰って行って、何千倍愛するというような思いを持ち、一生かけて闘っていくことが頼もしいのです。歴史転換期において華々しい先祖として持つべき権威です。分かりましたか? (「はい」)。そういう転換点の一線に立つ者であるのです。その価値と何で代えるのですか? 日本の大臣が問題ではない、日本一国が問題ではないのです。分かりましたか? (「はい」)

 それで先生は君たちに(対して)、本当は今からバットを振りかざして、周辺の迫害とともに天の迫害をプラスさせればいいなと(思っています)。そういう結論をなすようになってきたというのです。先生は「理想相対として国際結婚をさせてやる」と言って、い「いことがある」と言いながら、百から千まで皆、悪いのに、もっと悪いと思うのは陰のもの、実体の迫害を先生からぶっかけていこう。どうですか? 皆、嫌な顔をしているではないですか? (笑い)あなたたち、まだ訓練されていませんね。そうするともう人相がすぐ変わっていくのです。(笑い)だめよ、だめよ、そうです。

 今、成しえたすべてのことを比較対照した場合、今から行くべき山はヒマラヤの絶頂のエベレスト山であるのに、何ですか? 韓国の塔みたいな峠も越えないで済むものか! そのときはフンドシをかけてもどうでもいいのです。(笑い)(笑われる)恥ずかしいことです。山をよじ登るにはフンドシでもいいのです。それがだめになったら取ってしまうのです。自然でもいいというのです。なぜですか? 鹿がそういうふうに走るし、ネコがキツネがそういうふうにやるし、ウサギがそういうふうにやっているから、万物の霊長といったら自然的現象において頂上たる(立場を)踏まえるのです。この地獄じゃないかと、このときじゃないかと誇ってもいいのです。

 裸になって岩をよじ登って、先頭に上がって旗を刺して「わしのものなり」と、勝利の権限の旗を出して天宙に宣言した場合には、その名前というのは歴史的な名前になるのです。どうですか? 日本の女の子、男たち。(笑い)どうですか? 先生からも迫害されたら、皆、逃げて行くでしょう? (「逃げません」)。先生のたった一点の目標としてきたのに何ですか? (笑い)そうです、本当は旦那さんが必要だから来たのではないのです。先生が、先生のために来たのではないのです。そうでしょう? (「はい」)。先生は先生の顔のために来たのですか、先生のみ旨のために来たのですか? (「み旨のために来ました」)。み旨のために来たのだから、先生のみ旨は日本の一番美人と韓国の一番悪人と結婚させることです。(笑い)なぜかといえば、エバという者は歴史において一番、旦那さんをめちゃくちゃにした王者です。蕩減復帰されるには、日本の最高の者たちと韓国の一番最後の者たちを、こういうふうにすることによって、女が高いのだから、男だけ何年間消化すれば、韓国は世界一の基準に自動的に上がるのです。日本(の女性)がその一家に嫁に来て貢献する道は、りっぱな子供を育てる以外にありません。分かりましたか? 子供を生まなかったら相続圏の相続はできません。一家を残すのは女の功労ですから、りっぱな女はりっぱな子供を生んで、りっぱに育てるものです。顔はどうでもいいのです。みっともなくても、どうでもいいのです。足は短くてもりっぱな子供を生んだ場合には、りっぱに育てる者は、女としての天来の使命を果たしたというのです。

 エバはアダムを、天の神様の子供を堕落させたのです。そうでしょう? だから韓国が祝福される第三イスラエルだった場合には、日本の女は第三イスラエルの悪者みたいな男たちと組み合って善人にもとがえす道を得なければ、歴史を通してエバが解怨される、恨みを解くという道は得られません。分かりましたか? (「はい」)。分かりましたか? (「はい」)。原理観です。先生観ではありません。蕩減復帰の神様の摂理、神様のみ旨から見た蕩減観です。女としては歴史を通してずーっと犠牲になりながら、そういう一日を迎えて、国を超えてそういうふうに生きたささげ物、生畜の祭物として神様につなげる女として、親として、その子女を天に百パーセント貢献しうる基台を残していきたいのが、生来の歴史を通した堕落世界の女の最高の望みなのです。


     ◆

 先生は、きょう会ったらいいことを聞かせようと思ったのに、いやーこれは大変です。首をかけたのに、鼻までかけてしまいました。(笑い)(笑われる)首は……ここまでやって巻けば完全に捕まえます。首をかけただけで縄が切れたらどうしますか? 鼻までかけて、両脇までかけて、三か所をかけるのがもっと安全だと思わなければなりません。(笑い)あー! 本当のことを言っているのです。このことを各自が自覚して、この転換期の一期を乗り超えなければなりません。日本の男は僕の僕として……、そうではないですか、僕の僕ではないですか? 韓国人を四十年間僕にさせようとしたでしょう? サタンはよくも知ったものです。神様の選民圏としてなす国の二千年の歴史を包囲、妨害するために、エバ国家である天照、女の神は、サタンの先頭切って韓国を占領して、新しく日本人の悪魔のサタン圏に立つ女の子として繁殖しようとしたのです。四十年間やったのです。神様には、その日本を先生がエバ国に選んだということは謎の話です。先生が言ったのです。

 日本を見てごらんなさい。このようになるということを言ってきました。神山などは、皆、知っています。日本はこう、こう、こうなっているのですよ、と。七二年から八八年までは明治維新以来の百二十年間、(日本は)神様の祝福圏に立つのですが、それ以降において韓国に無関心になった場合には大変です。今、金日成は日本に近寄ろうと大変でしょう? (「はい」)。今度はそういうふうに世界情勢から見て金日成が一番、悲惨な立場に立っているから、日本にしがみつこうとやっているのに、それは世界の情勢から見た場合には日本の行動は認められないということを日本の指導者は、為政者は知っているから、韓国とともに行こうとしています。そうでしょう?

 今、ペルシャ湾の問題にしても、日本は何ですか? 女みたいにこんなにして……。五十億出すということは、イギリスが一発、この日本で戦争が終わった場合には、アメリカが日本の道をしめると言えば「百億出します」と言うのです。何ですか? 女としても、腹のでかい女にならなければなりません。(笑い)そうでしょう? 日本は先頭切ってアメリカの前に……を持つと言うべきです。そういうときにしないと、日本の権限はどこに出すのですか? 小さくても水の上に浮かぶ船が偉いのです。分かりますか? (「はい」)。小さくても偉いというのです。大きな船でできなかった場合は、小さい船でもなれと言うのです。波を乗り切れる船頭さんになった場合には、小さい船でも怒濤の波に打ち込んで行くことができるのです。何ですか、日本に船がありますか・ 島国に船がなくてどうしますか、どこに行きますか? 四方八方、すぐ封鎖されます。それをずーっと今まで先生が教えてやっているのに……。あんた、異様な目で見ていますね。「あー、先生肌着を着てる」。着ています。(笑い)そりゃ、窮屈です。見えません。女に男の肌を見せるということが失礼だということを知っているのはしかたないだろうし……。

 君たちの到着すべき苦労の原点にまだ遠い! 縄を縒る機械があるでしょう? 二人の縄でもって三つ入れなければならないですよね。それはいくら太くても入れる……次であって先に立つことはできません。先になったら大変なことです。大きくなりません。だから入れ込む、入れ込む、入れ込む。ただ百千万本を入れても、そこに従っていくところの大きな縄が作られます。そうでしょう? そこでとっぴなことをやってはだめなのです。何の話か分かりますか?


     ◆

 先生は今、韓国人でありながら韓国人ではないのです。今まで四十五年間、公的に社会的に迫害されてきています。今は既成教会なども反対していますが、もう遠くないのです。完全に七〇パーセントを超えています。七〇パーセントを超えれば、試験でも七〇点を取ったら合格です。六〇点以上だったら合格です。そうでしょう? 統一教会と既成教会は何をやっても、向こうが負けます。先生は数を考えません。その方向性の中核のメンバーだけいればいいというのです。先生が今見た場合、ICUS(科学の統一に関する国際会議)の組織、百以上の世界的科学者組織を持っています。世界的な言論界組織も持っています。ワシントン・タイムズを中心として、連関関係を結ぼうとすれば、フランス、ドイツも皆、関係を持つようになっています。メディア世界の連合会も持っているのです。それから頂上会談、サミットも持っています。これは皆、今まで、世界を指導してきた為政者たち、前首相や現首相も入っています。現首相は活動ができないから参席できないのですが、大概国々を中心として見た場合に、前首相が三〜六人まで持っています。日本人は何人いますか? 数えてみなさい。前首相を何人持っていますか? 福田さん、中曽根さん、三木さんもいるでしょう。田中、大平、竹下、鈴木さんもいます。池田? 十人以上いるではないですか? 佐藤さんは生きていますか? 岸さんの弟ですね。だから平均三人以上、六人までやります。六人以上になるのです。このように見た場合、大変です。学者、言論人、為政者の親株、もう三人以上を踏んだ場合には、首相は彼らによって決めるのです。これを組んだ場所には、国家放送機関を完全に利用できます。分かりましたか? (「はい」)

 先生はもう蕩減復帰の峠を越えています。先生はソビエトで有名だし、アメリカでも有名だし、世界的な文先生に皆、会いたがるようになってきました。日本の首相たちも先生に会おうとしていますが、先生は会わないのです。ブッシュなども先生の考慮で、先生の助けによって大統領になりました。それは訪問しません。彼らが訪問しなければならないのです。呼びかければいつでもつなぐようになっているのです。

 こういうふうに見た場合、今の時期において、左翼、右翼、戦闘時代を超えて、頭翼思想を主張した者は先生です。頭翼思想というのは恐ろしい(思想)です。この時期に適した言葉です。頭があった場合には生き返るということです。そこから縦的な神主義までつながっています。頭翼思想は、完全横的思想、すなわち左翼、右翼を中心としてサタンがそろえてきたものを百八十度転換します。そうなった場合には左翼が右翼になるし、右翼が(左翼になり)、競争の時代に入っていきます。それをだれがコントロールするのですか? 帰っていくには、堕落した分水嶺を通過して、歴史過程の通路をいかにして正しい本源の神に帰るかというのです。その帰る主人は、ここまで来るのに堕落した父母を中心として個人、家庭、氏族、民族、国家、世界まできたのだから、悪魔の悪辣な先祖たちを中心にしてここまできたのだから、それを蕩減復帰していくには個人的、真の勝利圏、真の父母の勝利圏、家庭的勝利圏、真の父母勝利圏、氏族、民族、国家的勝利圏、世界的勝利圏をなしてこなければならないのです。


     ◆

 真の父母は何から出発しますか? 真の愛です。愛の問題です。真の愛、真の愛を中心として個人、真の愛を中心としていくという家庭、氏族、民族、国家、世界までが一つに通ずるのです。歴史の方向性は真の愛の道一本きりであるべきなのに、それはめちゃくちゃになってきています。ジグザグです。それを真の父母がずーっと(真っすぐにして)帰っていくのです。帰ってきて国を超えて、エバは氏族を超えて、家庭を超えて、個人完成をなしえて、氏族のメシヤ、個人完成をなしえたメシヤ圏というのは真の親になります。だから先生は国家の中心と、社会的蕩減の基準を立て、ちゃんと国に来て、横的に蘇生が個人であり、家庭が長成であり、氏族が完成です。三段級で国につなげる時代まで来たということです。最後です。これからどこに行くかというと、神様の心情圏です。ここでも心情があるし、心情はどこでも通ずるのです。それで最後の思想が頭翼思想です。頭翼思想は真の父母しか知りません。神主義は真の父母しか知りません。それは何を中心としての思想ですか? 真の神様を中心として永遠なる生命圏の基台となる、愛を中心として満ちているの(満ちている思想)です。分かりましたか?

 一般の宗教はそれを知らないのです。仏教にしても真の愛の道を行くことはできません。だから帰って、回れ右していくには、行く道がないのです。儒教にしても分からないのです。具体的な天、情的な天、心情的な天、人格的な神様を知らないのです。先生において初めて、地上人への人格、内容、価値を持った人格である神様を分かるようになるのであって、今までの宗教はぼーっとしています。ぼう然としたものは、本源の原則の地に帰ることができないのです。こういう時代になったのだから、宗教圏を神様が今まで育ててきたのは、文化、背景を包容して消化するために、培養し育ててきたその道を神様は収穫しなければならないのです。神様のみ旨によって、み恵みによって世界に散布したみ恵みを収穫していかなければならないという内容があるから、先生は「世界平和宗教連合」を編成するのです。分かりましたか? (「はい」)

 それから、それに対して心と体が分立して歴史で蕩減したのですが、彼らはサタン圏です。その心は、良心が、神圏を中心として唯神、唯物の分別の闘いの歴史が、こういう無神論と民主社会、キリスト文化圏という対峙、争いの基準を統合消化、蕩減の長子権の蕩減圏、そこを立たせることによって、これは崩壊せざるをえないのです。

 それで、先生とキリスト教を見た場合に、統一教会とキリスト教を見た場合に、宗教的な立場から見た場合に、統一教会をアベルとすれば既成教会はカインです。歴史はカインがアベルを利用してきました。サタンがアダムを利用してきたように、神様は歴史を通してアベルを犠牲にして、カインを復帰しようという名目で来たのです。

 それでアメリカのキリスト教が文先生や統一教会と一つになって、アメリカの選挙を共同して、アメリカの大統領を先生の名によって立たせるようにさせ、カイン、アベル一体。それは心と体、カイン、アベルです。それからカイン圏、アベル圏において、統一教会と既成教会が一つになった基準は、アベル圏を中心としてアメリカ、国がカイン圏を消化するために全国組織を動員して、選挙によってレーガン大統領とブッシュ大統領、十二年間の勝利圏を得たのだから、共産主義の敗退、後退基準を見いだせるようになるのです。その宣伝をしたのは、共産主義をこういう状況に落ち込むようにしたのは先生であるということです。分かりましたか? (「はい」)。そういうふうにして、アメリカ大統領を先生が、長子権という先生が指示するのです。今もそうです。ペルシャ湾の戦い、ペルシャ戦争によって背後の収拾の方法はどうするかということを、今先生は指示してきています。その説明をやるには何時間もかかるので時間がありませんが、簡単にいえば歴史はいつもそうです。わしということを見た場合には、ここには創造理想と、神の愛を中心にするという理想的実体を中心として、良心と体が左右に、右左になっています。いつも左翼と右翼があったということを分からなければなりません。分かりますか? (「はい」)

 本然の人間から見た場合に、わし一身を中心として良心の立場は神様のほう、右翼であり左翼です。だから左翼は赤、赤というのは不安ということです。右翼は白、安全だというのです。悪魔は黒を象徴し、天は白を象徴するでしょう? それをやった場合には黒に染められるという話もあるではないですか? 皆、そういうふうになっているのです。だから左右、紛争圏というのは個人から良心と肉心が闘うでしょう? 男性と女性が闘うのはサタン圏です。皆、サタン圏です。

 一点、良心しかありません。良心は肉心に負債を負いません。いつも生涯かけて、良心は肉心のために犠牲になっているのです。そうでしょう? 投入して忘れ、投入して忘れ、投入して忘れる。正に神様が再創造の道を、復帰路程において投入されるのと同じです。神様の姿と同じなのです。だから天の側だというのです。投入して忘れるというのは、良心が投入してずーっと肉心に命令して、それに従わないといって何か蕩減条件を立てさせて脅迫するはずはないでしょう? 投入して忘れる、生涯かけてそういう犠牲にされたのが(良心を犠牲にしたのが)肉心であるのです。これいかにするかというと、良心がプラスとなり、肉心がマイナスになるべきなのです。しかしサタンが別のプラスになっているのです。サタン圏がすべてになっているから、良心は垂直線の中心として立つように、四方八方がサタン圏のマイナス圏が、東西南北みんながプラス圏になっているから、サタン圏は強い! そのとりこになっている環境を消化するのに、今まで数千万年の歴史を通過して、これを克服されずして、その定着基準を乗り超えず、延長に延長が増し(加わって)きたのが歴史であるというのです。分かりますか? (「はい」)

 歴史過程上に多くの聖人たちが生まれてきたのですが、彼らの教えは心身一体圏を理論的に発掘することができませんでした。漠然と「善なる方法を取れ」と言うだけで、心情を持った人格的神様の価値観には到達しえませんでした。これはメシヤが来て初めて、すべての環境をつくることができるのです。環境圏の核心として、それは、天宙のすべてを解明させて到着、到着、定着する、土着化させる運動がメシヤ思想であり、統一思想です。土着化していますか? 日本のなまりが土着化言葉でしょう? それと同じように、中心人物を中心として国家すべてを、環境はすべてが平等ではないところを、神の伝統を中心とする土着化を消化していくのです。完全に占領するのです。すべてを消化していくというのです。こういうふうに見た場合に、神様の摂理は国を中心として蕩減しなければなりません。国なのです。

 だからユダヤ教を中心として、ユダヤ、イスラエルの国です。それからユダヤ教徒が一つになったという心身一体です。宗教は心のほうであり、体はイスラエルの国です。それが一体化された人格人(人格者)でなければ神様の相対基準に立てないから、その基準はいつでもそうです。その基準に相応した心身一体、神様の愛を垂直の愛と横的な愛を結んだ、心身一体化された本然の神様の責任分担完成とともに、結果主管圏と直接主管圏の統合をなしうる、神様の愛を中心とした縦横的、結着点の代表者として来るのが、国の基準において送るべきなのがメシヤであるということです。分かりましたか? (「はい」)

 だからその国の王様は祭司長の指示において主管されるようになっているのです。横的に心が体を動かすのと同じように、国の基盤の上にメシヤを送ろうとするのが、聖書に現れる四千年来のメシヤ降臨であるのです。分かりますか? (「はい」)。そうなっているのです。そこにおいて初めて国を中心として成し上げることに、イエス様はこの国を中心として、ユダヤ教を代表した一人は祭司長、それから国を代表した代表です。だからイエス様の氏族と洗礼ヨハネはカイン、アベル関係です。分かりますか? それはいとこの関係です。外的には奥さんを中心として、お母さんを中心として、いとこの関係です。だから自動的に一つになるようになっているのです。神様はいつも双子を中心として結んできているでしょう? それはエサウとヤコブがそうだし、ペレヅとゼラもそうです。双子の子供を一つにすることによって、これを転換した基準において一つにすることによって、神様の子供となるイエス様が生まれるような歴史的蕩減基準をつくって、その血統がマリヤを通して生まれてきたのです。それは知っていますか? 知っているでしょう? 先生、簡単に言っていますが、その内容を知っていますか? (「はい」)。知らなければなりませんよ。

 国を中心として左右が一体となり、前後が一体となって回れ右しなければなりません。だれを中心としてですか? イエス様! を中心としてです。そうなった場合には神の心情圏の垂直通路を中心として個人的完成をなしえた結果、家庭的完成、氏族、民族、国家的基準を完成した基準に立った王者として、来た道を自動的に往来できるようになるのです。そうでしょう? 歴史はそういうふうに来たのです。一人でもって、心情圏に歴史的な一体心情を、個人、家庭、氏族、民族、国家基準まで延長して、回れ右して、頭翼思想を中心として、神主義と一体となった場合には、ローマが問題ではありません! 理論的にかないません。その代表者を信仰するような、信奉するようなそういう所、アジアにおいてのインド仏教徒、儒教徒、今のイラクを中心とするその宗教圏、それは問題ありません。自動的に吸収されるのです。そのときに国をあげたとするならば、イエス様を中心として今先生がやっている宗教圏統一、こうして国家代表を組んで自動的にローマを消化した場合には、そのまま世界的基準によって、エデンの園に復帰されるのです。その目的が完成されなかったのです。

 それで左右、右、左が、イエス様が死ぬことで再び闘いの道がつながるということを象徴しているのです。だから最後、右の強盗は、サタン世界で起きたものは讒訴するというのです。右の強盗は「我々は悪をなしえて、死ぬに相当する罪を得てこういうふうな現場におるのに、この中心におる者はそういうことが一切何もない立場で立っている。それを呪うな!!」と責め立てたのです。その闘いは、キリスト教文化と世界の闘いです。それでキリストも血を流しました。イエス様は死んだから、大将は死んだのだから、皆、死の境地を通過し、血を流し合うのです。どん底からずーっと歩いてキリスト教文化を、世界的な最高基準まで上げてしまったのです。最高基準まできた場合には国家的基準から植え込んだのを、世界的基準において収穫しようとするのが神様の摂理だから、キリスト教を中心として世界が一つになったのは、第二次世界大戦後であったというのです。分かりましたか? (「はい」)

 それはキリスト文化圏を中心として世界すべてが、国全体、世界がカイン圏に立っているのです。その基準の上に再臨の主が来られるべきであるというのです。心身一体でしょう? 心身一体圏を中心として頭翼思想を植えつけて、回りにきた場合には、天国直通です。アメリカはそういう使命を果たせなかったのです。アメリカを中心としてキリスト教、ローマ法王と新教プロテスタントはカイン、アベルです。全部カイン、アベルです。一つになって先生がやるのです。すぐ、七年間に収拾すべきことは何かというと、三年以内にローマ法王とアメリカを消化するのです。韓国の独立とともにそうなった場合には、国がありません。それは英、米、仏。英はエバ。米は何ですか? 子供ですが、再臨の主は女を通して生まれてくるでしょう? そうでしょう? アベルの位置はアダムです。完成アダムです。それからフランスは天使長です。フランスとイギリスは戦いました。怨讐です。怨讐同士が一つになって日本の女……日本は女でしょう? 島国です。ドイツは悪辣な男です。世界戦争を起こしたのは日本のためです。ちっぽけな日本がアジア全体、仏領ベトナムも一挙に占領してしまったのです。英領シンガポールも一挙に占領してしまいました。ヒットラーを中心として見た場合には、フランス、英国、何でもないではないかというのです。それで日本によって枢軸国家、日本、ドイツ、イタリア。イタリアは行ったり来たりするでしょう?

 世界制覇。第一次戦争、第二次大戦もそうです。優秀な血統を持っているゲルマン民族であるということで、ヒットラーは白人の優秀な種族を残すためのヨーロッパ政策を行ったのです。ユダヤ人を皆、殺そうとしたのです。優秀な青年たちを中心としてりっぱな種を蒔こうとして、悪者はみーんな子供の種から殺してしまって、優秀な者といえば一人の男に千人の女を遣わして、いい種を蒔かせようとしたのです。まるっきりサタンです。まるっきりサタンのことをやっています。それはもうずーっと敗れて、退治されました。そういうふうに埋めたのだから、二つに同じく埋めたから、アダム、エバ、天使長を埋めたのだから、サタン世界は世界的なアダム、エバ結実体、天的アダム結実体、闘うのだから、これは相似的に闘ったそのものが負けてしまうのだから、世界一体圏になったのだから、キリスト教の新教、旧教一体、キリスト国が一つになり、新教と旧教が一つになった場合には、自由世界が一つになるのです。それが先生の七年間の目的であり、それができたとするならば、世界的カイン圏は自動的に指導を受けて、回れ右した場合には共産主義など現れてきません。四十五年間の犠牲という物的被害、人的青少年の被害。それから自身、崩壊状態になっています。それは荒野において鷹の餌食になったのと同じです。サタンが完全な獲物として残すのは死体の骨ばかりです。旧約聖書のエゼキエルの谷の死骸の話があります。

 再臨のときそうなるのですが、それを皆、思想的に展開して、新しく復活されて、世界の精鋭隊になるという話です。これがそういうふうな世界基準において、先生と一体となった場合には……。英米仏が韓国を分けたのです。韓国は大東亜戦争において爆弾一つもつくりません。日本は爆撃によって荒野の地になって、皆、さらされて(さら地になって)しまったのですが、韓国の地には爆弾一つも落としません。神様が保護しているのです。なぜ! このように二つに分かれたのは、アメリカの責任であるというのです。英、米、仏が使命を知らなかったのです。そのときに先生に反対しないで三年の期間、つなげるような万全の準備をしたにもかかわらず、既成教会と再臨観が違うことによって分裂されてしまったのです。「絶対に肉身で再臨されるはずがない」と反対し、先生はいよいよ悪い立場になって、分裂とともに南北分裂、世界分裂になるのです。分かりましたか? (「はい」)

 そのすきまを通して共産主義が偽の再臨を、偽の真の親を送りました。スターリンは神主義の世界を爆滅する傀首です。だから(一九)五三年に死んだでしょう? 五三年に死ななければならないのです。先生の七年間の基盤をなしえなかった基準において、メシヤの使命、イエス様の復活体、サタン全世界、成約圏をつくったのです。それはどこに終着するのでしょうか? 金日成、真の親という基準です。分かりましたか? (「はい」)。金日成は自分は親であると言うのです。神様が将来来られた場合に、共産主義政体みたいな組織(があれば)、統一世界をなしうるし、同時に真の父母を中心として心情圏一体圏をなしうる太平洋的な基準を中心に、南北分裂をスターリンがコントロールするのですが、再臨の主はイエス様の蕩減の道を完成しなければならないから、その代表的基準において金日成を中心として国家的全権を振るって、共産主義世界において王者のごとく、王者中の王者の権限を振るったのは金日成です。分かりますか、何の話か? 完全に父子関係をつくって一体化されているのです。それが皆、共産圏を比べることによって、先生、神様のほうから見た場合には、神のほうに一切の準備をなしえたのだから、それを受け付けるような中央体制を完成されたのだから、サタンのほうは蕩減を長成期、長成復帰、それから親権復帰、王圏復帰の本然の創造理想の真の愛を中心としてエバ、アダム家庭、アダムとエバ家庭にそれを付着すべきその基準を世界的に再び盛り返して、再びこれを植え付けなければならないのです。その基準をなしえたのは先生の七十歳、古希の日までになしえた勝利圏であるのです。分かりましたか、何の話か? 六千年の歴史、プラス安息日一千年を超えて、七千年歴史を蕩減して、今は長子権復帰、親権復帰、王圏復帰を宣布するようになってきました。


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 その前にオリンピック大会を中心として、これは外的な世界的なチャンピオンの結集大会です。韓国を中心として百六十か国(が集まったのは)、歴史に例がありません。その前はソビエトとロサンゼルスの二つに分かれて、一つになりうる道がないのです。韓国によって両極六・二五戦争を中心として、両極紛争期に入るのです。ソビエトとアメリカが両極です。紛争となったのは韓国の動乱です。韓国で分かれたものが韓国で統一したのがオリンピック大会です。それでソビエトとアメリカが統合(されました)。そうでしょう? 共産主義と民主主義が一つの町において、全世界的な勝利圏をなしえた韓国のオリンピック大会において、歴史の記録を破って、韓国が何番だったのですか? (「四位」)。四位でしょう? それはアメリカと韓国、ソビエトとドイツ、東独、それはカイン、アベルです。よーく考えてみなさい。韓国が四位になるというのは、神様の保護の下、守護の下にそうならざるをえないのです。そうならなければ、カインとアベルの長子、親、父子一体、ソビエトと東独、父子関係です。アメリカと韓国も父子関係です。

 その背後関係の内的統一教会の宣教師と一体化するのです。分かりました? その外的な世界的チャンピオンたちが集まったところに、統一教会の百二十か国の宣教師が来て、皆、和合しました。メッコールなどをソビエトの選手団なども、たくさん飲みました。先生はそのとき二十四億も使っています。使って「皆、飲め!」。ソビエトの団長は先生に、自分がソビエトの大会でチャンピオンになったメダルまで、ちゃんとささげ物として(持ってきたのです)。たくさんの着物とか洋服とか、いろいろな物をして、そのとき先生が(ソビエトの選手団長に)提案したのは、「あんたの国に二千台の車を贈るから、文書を出した。郭錠煥先生を通して『世界日報』を通して公文を出して、それを受け入れるのだったら、条件は何かというと三八度線を通過するということです。一つは満州を通してハバロフスクを通過するものと、一つはウラジオストクを通過するものです。その両方の道を……。運転手は我々がしてやる」と。(笑い)それは三八度線の解放問題です。そうなった場合には歴史的記録になるのに、ソビエトはあのとき、「国として金日成と軍備上の協定を結んでいるから、それはできない。国家権限でもって信頼を放棄することはできないから……」。

 それを皆、材料として持っているのです。歴史において先生がなしえた蕩減条件は完璧になしえているのです。だから一体化して、皆、その国に帰って今も連関関係を持って、オリンピック大会、文化オリンピック大会に参加するという巡回をやっています。内外一体です。分かりました? (「はい」)。内外一体。怨讐圏とともに一つになるうる基準をアベルがなしえなかった場合には、アベルの上昇圏の勝利を拡大することはできません。分かりました? (「はい」)


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 先生を中心として、そういう内容を中心として、韓国で九月二十日には統一宣布するというのです。南北統一、東西統一宣布式。それからその次の十月三日には何の開天式ですか? (「世界統一国開天日」)。世界統一国開天日を発布するのです。ちょうどそのとき回れ右をするのだから、主体圏を鉄柱を地上に押し込むのです。だれも抜くことはできません。だからそれは統一教会、韓半島の運勢は……。今そうでしょう? 中曾根もそう、海部さんもいたし、それから三月になったらゴルバチョフも来るし、ブッシュも来るのです。韓国の地は有名な地になっています。

 そういうふうにして韓半島はいよいよ、太平洋時代文化時代において、いろいろ渦巻く中心点として果たしうるようになってきたということは、歴史性を通して学者たちも否定できないような現状になったのです。まさしく摂理観と一体となって混み合ってしまったということです。分かりましたか?

 そして先生を中心としてすべて回れ右、頭翼思想は回れ右するのです。イエス様をして、国を中心としてなしえた、その植えたものが世界基準における収穫期において、完全に先生一代で四十年間再蕩減して、四千年の歴史を再蕩減して、この勝利圏を中心として長子圏を百八十度、今転換をなすようになってきたのだから、世界すべての組織は、転換時代に入るのです。分かりましたか?

 アメリカも今、全体、家庭に入れ! エデンの園には教会はありません。教会があったのですか? 教会はありません。エデンの園にあるのは(何でしょうか?)アダムとエバ成長期には象徴的な家庭はあったのですが、象徴的な氏族、象徴的な民族、象徴的な国家、象徴的な世界、象徴的な天宙はあったのですが、それから始まるのです。だから今、韓国に帰って統班撃破運動です。「家庭に帰れ」というのです。組織体としては統と班、統一の“統”と洞窟の“洞”です。それは蘇生、長成、完成です。それは垂直において家庭、横的においては自分と家庭と親とおじいさんと。それは自分を中心として蘇生、長成、三段階です。こういう基準をして家庭転換期に入るのです。何を中心として? 真の父母の愛とともに真の父母の頭翼思想、神思想を中心として回ることによって、サタン歴史を通して何の讒訴条件も突き出すことはできないのです。分かりましたか? (「はい」)

 回れ右することで統一教会は真っすぐ家庭まで行く道ができました。だから家庭土着化運動が最後に残すべき天国創造の第一基盤です。そうでしょう? 家庭です。そこから第二氏族。だから先生は世界的条件以上、国家的条件以上、氏族条件。今何かというと、先生を中心として条件の基盤の上に氏族圏を持つ者は統一の群れです。分かりましたか? 先生を中心とする家庭と氏族です。韓国が今、国を中心に立てようとして、国を中心としてバーン! と打ち込んだのです。おしまいです。

 イエス様も国のために死んだでしょう? 先生も国のために追い出されたでしょう? 勝利圏を持ってきて、基台だけ消化して、そこに鉄槌を打ち込んだ場合には垂直線です。神様から世界をつなぎ、国をつなぎ、民族をつなぎ、氏族をつなぎ、家庭をつなぎ、個人をつなぐ愛の鉄槌が打ち込まれるのです。分かりましたか? 打ち込んだ場合、だれも! 神様自体も、真の父母もそれを抜くことはできません。それを包容し、守護する立場に立つのです。それを弱め、分解させたり、倒れさせたり、抜くことはできません。なぜか! この垂直に打ち込む真の愛というものは、直短距離を通過するのです。分かりました?

 天来の真の愛を中心として鉄槌を打ち込む着地点は垂直の核心です。そうでしょう? 天から見た場合に垂直線、これは一番短距離です。直短距離、短距離。それは垂直点、一点しかないのです。九一度、九〇・一度も垂直線ではないのです。九〇点の〇点の〇です。それが垂直線です。その垂直線、真の愛を中心として、個人を中心として垂直点立ったとすれば、人間、心を、真の心を中心として、絶対なる主体に体が自動的に一つになるようになっているのです。神の血統を受け継いだ場合には……絶対ありません。その垂直点に真の夫婦の愛も(あります)。真の夫婦の愛、真の父母の愛も、平面的真の愛だったとするならば、それも垂直線に平面に通ずるのだから、それが一番、短距離です。垂直線短距離に合わせるその道は、九〇度角以外にありません。分かりましたか? (「はい」)。少し外れてもだめです。ちょうど九〇度につながる本然の心情の天と地の決着点が結ばれた場合には、万宙すべては愛によって主管されるようになるのだから、その基準になったとするなら、そこに皆、付着しようと方向をまとめていくのです。そうやったら天宙復帰は長くありません。(「はい」)。それは理論的にそうなのです。だから真の父母とは何かというのです。人間は二重性を持っています。なぜですか? 垂直と水平を決着させなければならないのです。それを決着することによって、すべての存在の位置とフォーム、姿、形が測定できるというのです。

 設計するときは、九〇度合わせて設計します。水平に合わせてこう引けば、すべてが水平と垂直を中心として、正しいとか悪いとか決めるのです。だから人間は「君たち、良心的か?」と聞くのも、「垂直に位置したか?」と言うのです。良心は正しいということでしょう? 正しいのは何ですか? 垂直線です。直短の位置に立つ、一点を占める垂直を言うのです。良心に対して、肉身は自動的に水平の地を取るようになっています。堕落しなかった場合にはそうなっています。中核、点に入れば共鳴圏に入ります。なぜかというと球体のすべてが通ずる傑作点というものは、この一点しかないのです。この一点を無視した場合には相対世界は崩壊します。分かりましたか? その一点を中心に見れば、こういう球体が生じます。これはもう、鉱物から植物から動物から、人間、宇宙、皆、そういう関係になっているのです。だから君たちの細胞から見ても、電子構成から見ても、皆、球体、回るのです。なぜか! 天地創造がそうなっているのです。

 そういうふうにして、おおもとの愛の宇宙の中核、核心に平行で垂直、垂直と平行、水平基準に膠着点が、各存在たちの、いろいろな存在の種の起源であるというのです。植物にしても方向は、こういう愛の理想圏でつくったそのスタートがどこですか? 東西南北、ところにおいて垂直面において、水平線と平行、垂直と平行、交差点の自分の存在を中心として繁殖しているのです。だから種の基準、種の権限、原点を侵害することはできません。宇宙は侵害することができません。保護するようになっているのです。

 こういう論理を提供した場合には、進化論というものは話にもなりません。アメーバから人間まで進化するには何千段階の相対圏の愛の誕生、雄、雌、の愛の関係の道を通過しないと、つながらないというようになっています。雄、雌、男女、愛の関係を進化論では抜いてしまっています。チンパンジーとそっくり同じような人間の女と男を結婚させたら、子供は生まれてくるのですか? 千年、万年たっても、生まれてくると思いますか、こないと思いますか? 絶対! 来ないのです。それから、いかなる宇宙の存在でも、その愛の相対圏が成立されたところに第三者加入という場合は、絶対! 許容しません。君たちの相対者のところに、女のところに、男のところに、第三者が現れるのを願いますか? あんた、奥さんのところにもう一人の男が生まれる(現れる)のを願うのですか? (「願いません」)。どのくらい願わないのですか? (「絶対」)。絶対! 不滅、唯一。女もそうです。自分の旦那さんのところに一人の女、美人のもっと素晴らしい女が現れるのを願う女はいますか、いませんか? (「いません」)。相対的? 絶対的? (「絶対的です」)。目が一つ抜けても二つ抜けても、それは絶対的に許せないことです。

 動物の世界はどうですか? 動物の世界も同じでしょう? 相対関係を結ぶ前には、男女が乱れ合って混じるのですが、いったんそれが相対関係を結び、巣をつくるようになったならば、第三者の加入を絶対許しません。先生はそういう話は専門です。たくさんの鳥を取って食べたり、見たり、研究したのですから。(笑い)では昆虫の世界はどうですか? 昆虫の世界も同じです! 命をかけて闘うのです! そういう内容を考えてみた場合に、進化路程というものはうそつき! の論理です。何千段階の愛の関係を通過して、それを直線的につなげたというのです。それから二点を結ぶのは直線というのです。直線世界には増加が生まれません。第三点はだれがつけたかというと、直線の世界から曲がる、三点はだれが満たすか? 直線自体は絶対できません。分かりましたか? (「はい」)。直線は直線。直線二点は関係ありません。他のものを加入させないと生まれてきません。それは三点から生まれてくるのです。三角から四角、球体というふうに。そうでしょう? 四角を書くものが円です。三点から四角、何千点も拡大することです。延長基盤の方向において、こういうふうにやって、第三点はだれが加入させたのですか? それはその線自体においてはできないのです。そのもの自体においてはできないのです。そうなったとするならば、(第)三点を加入する力を持っているかというのです。そんな理論はできません。なぜかというと、力の世界でおいては入力と出力の関係は、出力が入力より小さいのです! 作用した結果において第三点の大きいことが生まれるのは論理的不合理です。

 それは愛によって創造されるのです。愛とは何かというと愛の関係です。真の愛の関係は、入力よりも出力が大きくなるのです。だから歴史の聖人たちはその時代に迫害されて消えていったのですが、出力が大きくなる真の愛は投入、投入、投入。投入して宇宙創造が生まれてくるのです。投入すれば大きくなるでしょう? 大きい、大きい、大きい、大きい、永遠性という、永遠的な理論です。永遠に投入する、投入の心情圏があれば永遠の生命の存在基台は残されるのです。それは真の愛を中心として神様自体が永遠に投入することによって、永生は理論的、自動的な結論です。

 真の絶対なる、愛の主体なる神様が相対者をつくるのに、君たちの願いと同じように、自分の愛の相対者は自分よりも偉いことを願います。自分の子供は自分より偉いのを願うのです。「その歴史的権限は、どこから由来したや?」と聞いた場合には、「神様からである」というのです。そうしたら神様に帰っていった場合には、神様自体も自分の愛の相対は自分より偉いのを願うのであり、子供も自分より偉いのを願うのです。分かりましたか? (「はい」)。神様がそう願うとするなら、だれが一体、それは自分というものです。あー、だからこの良心の欲望というものは、歴史を一回も完成させたことはないのに、この基準を占領した場合には、良心すべて言うのには「わしで完成し、すべてを球体体制に整える」。永遠にそれは回ってもいいというのです。君たちもそうでしょう? 愛の理想相対はすべてをかなえた、すべてを完成したという、そういう結論になるのです。だからその欲望は絶頂なる最高の神様を占領し、神様ばかりでなく神様の愛まで、神様の中に潜んでいる、隠している秘密の宝石箱までも占領して、神様自体を持ち、神様のすべてを相続しうるのが真の愛の相関関係なのです。分かりましたか? (「はい」)


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 こういうふうに偉大な者が人間であるのです。だから永生という論理は、神様の相対者としてつくったという基準を認めた場合に、自動的な結論です。否認できません。それは目玉に対して「君、何歳まで生きたい?」(と聞くと)、「永遠に」と目玉も言うのです。鼻も言うのです。細胞も皆、言うのです。なぜそう言うのですか? 根本がそうなっているから、根本に従って根本の結果世界に行かなければならないから、いいこと、いいこと、皆、君たち、いいことを言うでしょう? もっといいことを。そうでしょう? 昨年より今年はもっといいことを、青年より、老年より、今の時代より未来にもっといいこと、いいことと言うでしょう? (「はい」)。言うでしょう? (「はい」)。簡単なこと、いいこといいことして何するや? 世界を自分のものにするのです。

 結局は何がいるかというと、神様は宇宙の親です。神様は宇宙の先生であるのです。神様は宇宙の主人です。愛の一体圏に立った場合には、自分も真の愛を中心として真の父母になる。神様と同じように。同じです。相続(したら)同じ権限です。だから真の愛には相続権があるのです。遠い東京に住むお父さん……それは一体圏を成しうるのです。分かりましたか? (「はい」)。まさしく霊界に行けばそのとおりに、先生が教えるとおりになるでしょう。万年、復帰路程において真の愛を投入し、万人を救うために愛の心情を投入して忘れ忘れ、投入して生涯かけてみなさい。すぐ、神様の宝座の前に着くでしょう。自分を立てて、自分に投入しろと言うのはサタンです。サタンは自分を中心として投入するでしょう。

 一方最高、絶頂まで行った場合には、上がると皆、きてしまったのです。投入しては神様自体は、一番大きいものの正面に立つには、神様は一番見えない所にご自分の座をつくられました。だから核心のうちの核心です。分かりましたか? (「はい」)。その基準に到着すればするほど、宇宙すべてが真の愛の核心の核心の中に入れば、神様を占領して神様と一体化される道があるのです。神様から始めたものは、結局は世界をずーっと愛の因縁でもって(回って)神様に帰るのです。分かりましたか? こういう円を描いたものがこう入り、入った場合にはどうするようになっていますか? 永遠に入りますか? 永遠に入るか、入らないか? こうやって平面にこうなった場合には、こうやって上がるか、上がるか、上がってどうするかというのです。上がっててっぺんになったらどうする? もとに帰るのです。こういうふうにやって、それから回って回って回って、そうやって上がって上がって上がってどうするか? 反対のほうにあっててっぺんになって、またやって戻る、こういうふうに呼吸作用を……。

 地球もそうです。知っていますか、地球が呼吸していることを。分かりましたか? だから渦巻きを巻いた場合には、そこに土地を掘ってしまった場合には、島が生まれてくるというのです。渦巻いた場合には、島なき所においてこうやれば……。上がる道だから、島が上がってくるのです。掘るのです。掘って、掘る方法、上がる道です。渦巻きはそういう作用をするでしょう? 分かりましたか? そういう作用をすることによって自動的に球体がつくられるのです。分かりましたか? それは上弦と下弦です。弦というのがあるのです。こういうふうにつくると球体になります。核を中心として東西南北、前後左右、皆、生まれてくるのです。だから上がった場合には、もとに帰らなければ滅びるのです。先生が真の父母になった場合に、真の父母どうするや。万民、真の父母を中心として、その家庭のどん底の中で入り、また一番家庭の先端で、また宇宙の先端に上がって、こういうふうにして一つの球体をなしうるのが理想地上天国、天上天国です。分かりましたか? (「はい」)


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 あー、何時になりましたか? 随分たちましたね。日本の歴史もずーっと詳細にやれば、本当は修練会を先生が講義すれば面白いですね。それはもう、創造原理を何年もしますよ。皆、初めに聞いた、後に聞いた、あまり多いから皆、忘れて、こんがらかってしまいますからね。(笑い)こんがらかってしまうから、先生は話をしないほうが、かえって便利かもしれません。

 どうですか? 先生の話を聞けば、歴史が今、即然に完成圏に大転換する真っ最中であることを分かりましたか、分かりませんでしたか? (「分かりました」)。今、そうです。外的戦争、唯神、唯物戦争、これは外的“体”の戦争でした。では、今のペルシャ湾の戦いは何かというと、“心心”戦争です。心の、悪の心と善の心の戦いです。だからサダム・フセインはもう、自分の国の参謀総長から国防大臣の首を取ったり、サタンの傀首です。そうして何をしようという(のでしょうか?)回教はイエス様の左(の強盗)、右(の強盗)を中心として、バラバです。イエス様のために(代わりに)残ったのはバラバ圏です。バラバと左翼は一つです。右翼と神様、バラバ圏はサタンが復活して一つになって前に立ったし、左翼は左です。分かりましたか? サタンがバラバ圏まで……。(回教は)コーランと刀を抱えていますが、今までそういう宗教はないのです。

 イエス様が亡くなられた、その権限を悪魔が先頭に立って、左翼と一つとなって、いつも共産圏はずーっと回教と一つになったでしょう? シリアの大統領を中心として皆、円、団をつくって、世界を脅迫してきています。右翼は神様が後ろにいます。後ろにいて、これが転換しないといけません。転換するには前に来ようとするのだから、これは問題です。これは相対的問題、前後問題です。キリスト教と回教のどちらが先に打つかというと、回教が打ってくるのです。先に打つ者は負けるのです。だからキリスト教は絶対、ユダヤ教を放してはいけないのです。キリスト教とユダヤ教はもう、先生が握っているのです。アメリカは知らないけれど、もう握っています。今、ブッシュ大統領とゴルバチョフの背後の戦乱の解消問題を、先生の提言を中心として話し合っています。それから回教の一番、頭かくは何かというとシリアのグレンドマフティ、それは法王と同じ(ような人ですが、その)人が先生と一体となっています。それでアメリカに連れてきて四十日教育をします。それを完全にして……。回教は今まで戦争を起こして砕くという方法で天的基盤をつくっているのです。だから宗教連合圏を結束したのも、その防備策です。

 先生が共産主義撲滅のほかに、もう一つ問題にしているのは回教です。回教のことはもう五十年前に教えています。それが今になって、回るべきときに共にいるというのです。サタンは唯一、生きようと、宗教を中心として前後の争いです。だからこれを防備するには、ゴルバチョフをここに立たせて、ゴルバチョフを中心として悪辣な金日成とカダフィと、それからカストロです。ゴルバチョフ(を入れて)、サタン圏の代表的な四位基台です。四位基台。だからアメリカを中心としてイギリスと一つになって、フランス一体として、三位基台です。キリスト教文化を中心として。それと同じように韓国も盧泰愚大統領を中心として、三金四位基台です。それが一つにならないのです。先生を中心としなければ(一つにならないのです)。それと同じように、アダム国家、エバ国家、アダム、エバを中心と、周辺の中国はアジア的天使長です。キリスト教は世界的キリスト教、神様のほうの天使長です。ゴルバチョフは悪魔の天使長です。アダム、エバを中心に周辺の三人の天使長は、先生によって皆、生かされて、動かされているのです。分かりました?

 日本もそうでしょう? 植えたとおりに収穫しないといけません。収穫して、悪いものは地獄に、いいものは天国に聖別させなければなりません。今そのための地ならしをやっているのです。頭翼思想を中心として。共産主義、それから神主義を中心として、頭翼思想で共産主義が救われるし、神主義思想で民主主義が救われます。精神的内容が、統一原理が分かれば、宗教圏のすべてが一つになります。キリスト教はもちろん、社会主義、共産主義が一つになって、神様を中心として本然の郷に帰るのです。何も支障をきたさず、カイン、アベル復帰圏が地上を中心として完全に終了することになるのです。分かりましたか? (「はい」)。終了するようになるのだから、アダムの勝利的長子権と、アダムの父母権。父母が誤ったでしょう? 父母様復帰です。それから父母圏復帰が自動的に、地上ばかりではなく永遠の国の王圏まで、地上圏と天上圏。それは日本がまさしく、サタンのほうで乗っ取って、万世一系の天皇を、八紘一宇の理想、これは神様の理想です。よくも唱えていますね。それを皆、消化するのです。


     ◆

 こうなれば、歴史はまた先生を中心として今、世界的創造をなしえたのです。蕩減条件基準において、祭物たるものは何かというと、時、それから条件物と人です。条件物は世界であり、時というのは末の時期の点が、四千年の、二千年の歴史の今、九〇年を中心として、先生を中心として七十台を超えて八十年に向かう十年間です。この世界を収拾しなければならないから、先生の基盤は世界教授アカデミーを、それから世界言論会、教育と社会指導を旗揚げするのは言論人会議です。それから頂上会談、サミットです。要人たちを消化すれば、いっぺんに世界の新しい……、宗教圏も世界平和宗教連合で……。外的には体を中心として世界平和連合を一体化させてやってしまうのです。それで将来の大統領や選挙においては、必ず宗教圏を結んで一体化させた場合には、いかなる大統領も宗教圏の大統領が立たざるをえないというのです。分かりました?

 宗教圏をまとめる力は今までなかったというのです。真の父母が現れなかったから、そういう分裂の宗教圏をなしてきたのです。真の父母圏に帰ろうとする道をつくってきたのだから、あらゆる宗教は真の父母の教えによって完全に収拾一体化されて統一されるのです。そうなった場合には、世界の為政者というものは宗教圏の配下に立つというのです。良心の主体性で肉身が服従するような、もとの堕落しなかった世界圏に戻るための復帰蕩減条件をなしえた場合に、天宙復帰はそのままつながるようになるのです。分かりましたか? (「はい」)。救援の歴史観というものは、こういうふうにして先生を起点として回るようになってきたのです。いかに複雑、いかに膨大な内容かということです。分かりました? その一群れとして君たちは足を入れて、参席した者です。今日の日本のメンバーが統一教会を通して韓国の男、女と祝福されました。これは歴史の家庭の伝統の清冽な始まりです。歴史的です。分かりましたか? (「はい」)。日本に帰りたくないですか? (「はい」)。お嫁に行った女は子供がいる所、自分を生んでくれた親兄弟より、子供を生んだその家をもっと尊べというふうに教えるのが、その女の一家の教えです。分かりましたか? お嫁に行った場合には、絶対帰れと言うの、絶対帰るなと言うの? (「『帰るな』と言います」)。帰るか、帰らないか? (「帰りません」)。帰れ! この者たち。(「帰りません!」)。帰れ! (「帰りません!」)。皆、殺してしまう! (笑い)

 いろいろ先生の話を聞く前には、何とか日本に帰るように先生に申し出たい人がたくさんいたでしょう? それを一言聞けば、もうすぐにあいさつもしないで飛んで帰るのに、「あー、きょう、しまった、しまった、あー」。(笑い)先生も同じです。故郷だった所をすべて忘れてここまで来ました。それで今から、親を再び考えなければなりませんね。故郷に帰るのだから。昔育てられた山野を思いつつ、子供のときに戯れながら遊んだいろいろな所を思い出します。ずーっと今考えつつ、時たま、時が近寄っているから、先生はすぐ分かるのです。昔遊んだ所、ずーっとこういうふうに昼寝なんか疲れて、……なった場合には、故郷の所に行って、だれか話をします。「あー、これはどうだ、どうだというの」。故郷へ帰る時間がだんだん近寄るのが自動的に分かるようになっているのです。先生はそういうところが普通の人と違うのです。どこに行くか、どういうふうにやるかということを、それはもう知らないふりをしながらも、ちゃんと通過できないのです。分かるようになっているのです。

 もともと人間は自分の生来の理想の道を、理想の生涯の道を自動的に分かっていくようになっています。だれかに教えられて行くのではないのです。君たちは聞いたことがあるでしょう? 大きな船なんかが出航して、航路に立つ場合に、途中で破船状態になるといった場合、だれが先に知るかというと、ネズミが先に知るというのです。ネズミがそういうことを分かって、出航する前夜にロープを、もやい綱をつたって、皆、陸地に出ていった場合には、その船は破船してしまうというのです。そういうふうに動物自体が知るのに、万物の霊長が知らないということは、話になりません。真の愛を中心として真の生命と真の血統を受け継いだとするならば、そういう宇宙の権限を振るいながら栄光の生涯を残すべきなのに、堕落の血統、堕落のサタンの神様の怨讐です。神様の怨讐は何の怨讐ですか? 愛の怨讐です。姦夫です。女を三つやって(書いて)姦夫でしょう? 姦夫、知っていますか? (「はい」)。姦夫は何ですか。自分の愛する奥さんをどろぼうして取る人を姦夫というのです。まさしくエバというものは、神様の奥さんです。そうでしょう? 外的奥さんです。

 なぜ神様はアダムとエバをつくったかというのが問題です。なぜ! それは繁殖のためです。分かりました? 繁殖。マルティプライ。子孫を増やすためです。子孫を増やして何をするや? 膨大な天国の国民を増やすためです。それを解明しました。霊界に行けば繁殖ができるかというと、絶対にできません。なぜかというと神様の愛は垂直に一点しかないのです。一点に立つのです。垂直の道をたどるのだから、垂直には繁殖の道がありません。分かりました? なぜ横的な基準の愛の基台たるアダムとエバをつくったかというと、これは東西、水平だから、これは回るようになるというのです。一八〇度の平面圏は無限にあります。だから繁殖はあらゆる方面に可能であるというのです。だから地上の膨大な平面圏の繁殖者たちを霊界(に)連れて、天国の国民を成す永遠の国民を繁殖するための所が、生産地が地上です。男、女たちの体を借りて、子供の生産工場です。霊界では子供を生みません。そうしたら(霊界では)愛の関係を結ぶことをしないかというと、することはできます。しなくても、本心の真ん中に行って女、男はずーっと喜ぶような衝撃を受けた場合には、夫婦関係をする以上の力を、衝撃を体恤するというのです。ゼネレーターがあるでしょう? 発電機を通じて、ここでスパークするより、発電機自体の中で刺激する、ことより負荷をかけて出すよりは、もっと強いという話です。そういうふうに見た場合に、本当に愛する女をずーっとずーっと見れば、そこに自分の旦那さんがちゃんといるのです。一体です。

 神様がそうでしょう? 二性性相があったのと同じように、二性性相をかなえるような、……結局は神様に帰るのです。真の愛を中心として一体となったというのは、神様の友達になるというのです。神様はその中に入るのだから。男の中心、女はそうでしょう、女は相対圏に立つのだから、中心を回るでしょう。女が男を中心として回るようになっているのです。女を中心として回るのではありません。だから心を中心として体が回るし、そういうような男は中心になったから、女はこれを中心になるのです。神様はどこにいるかというと、心の中にいます。分かりましたか? 良心と肉身の一番焦点、とどまる軸の垂直線の下の軸です。だから神様はそういう一番見えない所に、見えないように神様はいるのです。見えるものは実体を借りていた見える良心の実体は夫婦実体が肉身を中心として、フォームを持って、体を持って形を持っているのですが、神様は形を持っていないから、良心の下にあるのです。何の話か分かりましたか?

 男、女はこう、下のほうにプラスになったりすると、それを垂直基準で見た場合には、上下、天地、すべてつながるような上下関係と、平面関係はこの下の方にあると、いうのが見えるのです。だから神様に帰るのです。分かりました? もうイエス様が主様ではありません。神様はお父さんにもなる、お父さんみたいな存在であり、兄さんみたいな存在であり、夫みたいな存在であり、子供みたいな存在であるのです。神様はそうでしょう? 神様がいれば、神様を一つ主体として完全に得たとするならば、そこにはお父さんを得たより、兄さんを得たより、旦那さんを得たより、子供を得たよりもっとうれしいというのです。だからすべてを、霊界に行くときには、自分の父母を連れて行くのではありません。先に行っているのだから残していくし、自分の相対者も残していくのです。自分の子供も残していくのですが、真の愛に属した場合には、神様とともにすべてを補えるような環境を得られるのです。お父さんと言ったらお父さんです。兄さんといえば兄さん、旦那さんといえば旦那さんの声。それから子供がいた場合、神様にそういうような体恤は十分に得られるのです。だから神様を得た場合には、何も永遠に憂うことがありません。

 だから得るもの、得るもの、神様が得られるすべてのものは、私が真の愛の立場に立った場合には、神様と同じものを、いずこにおいても、どこでもいつでも得られるのです。分かりましたか? 一挙に百万人のバンケット、素晴らしい宴会をするのは、すぐ自分の愛の相対を中心として神とともになしうる! としたら、すぐ数万人のバンケットが現れてくるというのです。食べ物も何でも食べられるし、着物は金の着物を着ようとしたら、何よりも細い金の革で作った着物をちゃんと着られるのです。何か音がするのではありません。それはもう、ぐにゃぐにゃにして縮むのではなく、肌の着物よりも柔らかい気持ちでもって着られるのです。それで皆、ささやくと、皆、通ずるというのです。それで自分の肌についた場合には、喜ぶ感情を共に感じるというのです。分かりましたか? (「はい」)。嫌な思いをした場合には嫌な感情をすぐに修正することができるような、すべてが通ずるのです。だから真の愛はすべてに共通!

























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本郷人集会


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


本郷人集会

日時:1991年8月22日


 文化と人種を超える前に、習慣と伝統を克服しなければなりません。それはたやすいことではありません。

 歴史は、戦争の歴史をずっと積んできました。悪いものを皆、整理してしまうことによって、平和の世界が現れます。勝利したものばかりを中心として平和の世界に到達するという思いで、個人からブロック的に、民主主義、共産主義という世界的なブロックを中心として闘ってきました。民主主義は民主主義なりに、共産主義は共産主義なりに、自分たちを中心として平和世界に到達せんとしてきた、この歴史でした。

 しかし、今度の三日間のクーデターで、冷戦体制の共産主義は完全に直下し、消えていく時代に入っていきます。これは、摂理的観点から見ても、また歴史的に見ても、当然あるべきことです。区切りをつけて方向を定め、整理する一つの方便として、なくてはならない良いチャンスです。

 それでは、共産主義がなくなったとして、民主主義はどうなるのでしょうか? 民主主義の今の指導者たちは、“共産主義がなくなったんだから、今に民主主義が来る。自分たちが指導権を振るい、世界を支配する。民主主義が希望だ”と思っていますが、共産主義の滅亡とともに、民主主義時代もまた、その後を追いかけ、急激に転げ落ちていきます。これが、民主主義の今の世界的状況です。

 こうして見ると、人間を中心として考えた主義主張、思想といったものは、すべてつまずいてしまいました。民主主義は、復帰路程から見ると、兄弟主義です。兄弟は争います。そうでしょう? 一家を中心として見た場合、兄弟、男の子、女の子、姉妹関係があります。兄弟関係から見ると、女は女なりに、男は男なりに和合できません。兄弟同士も姉妹関係もそうなっています。自分を主張する内容の人格を持つ限り、その世界から競争の影は消えていかないのです。これは歴史を通して見ても、人間生活を中心とする家庭基盤においての実情です。

 そのような家庭を、より拡大したのが、国家です。日本であれば、一億二千万人が一億二千万人の人格を持っています。一億二千万人がそれぞれいろいろな方向性や目的性を持っているのです。その背後に日本の文化があります。それを構成している内面にはいろいろとあります。政治、経済、文化等、ありとあらゆる学問等々、それらが皆、それらなりの方向で日本文化の上に連綿とつながり、世界に向けていくのです。

 では、その主流は何でしょうか? 日本文化を中心として世界に向く主流は一体何でしょうか? それが分からないのです。「日本精神だー!」と言えば、藩士を中心としたチャンバラ、あのような精神です。主従関係、絶対服従という状況は、民主主義世界では適応しません。縦的な関係、縦的な一面の方向によって適応した時代もあったかもしれませんが、今日のような、垂直、垂直とともに平面、それから球体を要求する世界的時代においては、それは適応しないのです。

 それでは、日本と日本文化が行くべき方向、主流は一体何でしょうか? それを答えることはできません。

 これは、元をたどれば結局、日本人に帰結します。日本文化は、日本人個人個人に帰るのです。日本人といえば、日本の男と女、二人に帰ります。そうでしょう? そこから出発して、一億二千万人にも拡大したのです。ゆえに、それを縮小した動機という基盤は、男、女に帰ります。その男、女とはどのような男、女ですか? 日本文化を代表し、日本文化が願う理想的な男、女を指します。そのような男、女は一体どんな男、女でしょうか? それは分かりません。

 ですから、主流的なその人格を備えた日本の個人的な男、女は、女を中心として日本の文化をつながなければならないのです。つないだその文化は、理想的な男、女が願うところの目的とつながらなければなりません。目的と原因が一致したとするならば、その家庭がいくらジグザグに行ったとしても目的に到達するのです。

 問題は、個人の人格を中心として、原因となるすべての文化の原因、動機となる基準と、それが到着すべきターミナルポイント、終末的な終点的なその目的観が、いかに一致するかということです。これが問題です。

 そのように見た場合、文化を引っ張っていく日本精神、いくら荒波が押し寄せてきても、そのすべてを跳ね返し、乗り越えていく主導的な精神、それがあるでしょうか! そのような精神があったならば、それは個人の峠、家庭、氏族、民族、国家、世界まで、あるいは永遠の世界の理想まで考えて、日本精神と世界精神とつないでいるかというのです。

 人類と日本というものを分析すると、二人から始まります。そうでしょう? 世界、人類を考えた場合、五十億の人類が今生きているとしても、その出発点は同じです。一人の女、一人の男です。それゆえ、世界的な理想を掲げた男、女になるのです。日本文化は、世界的な主流思想を持ったものに消化されなければなりません。ついて行かなければならないのです。大きいものが中心になるのです。

 このように見た場合、世界主義、世界思想、それに増して天宙主義、宇宙主義となるのです。宇宙主義と言えば、国家主義や家庭主義ではありません。個人、人生、人生観というものや家族、国家、世界、それらはずっと止まる所を意味します。住む所です。「家」は住む所です。国は国民が住む所です。世界は世界人が住む所です。それは、対応圏にはなりますが、中心ではありません。

 中心は人間なのです。世界主義を唱える世界人です。統一教会は天宙人です。それにも増して、統一教会は神主義を唱えています。天宙人は相対圏に立ちますが、神主義は主体圏に立つのです。

 それでは、そこにつながる日本の文化になっていますか? 日本文化自体の内面に生活する日本人が、個人から出発した日本文化の終着点に一致している完成した人格を持っているかというと、さまざまです。千里の道を一里も行かないうちに、方向がまるっきりなくなってしまいます。めちゃくちゃな方向を持っているのです。


     ◆

 そういう中にあって、君たちが日本を捨てて韓国に来た目的は一体何ですか? 男、女を求めて来た、結局それです。その男、女は、日本の文化圏に付属する者より世界的に広い高い内容を持っています。世界主流のほうに近いのです。そういう者たちが、日本の先頭に立った場合には、彼らによって環境が整えられるのです。

 自然を見てみましょう。きれいな主流に流れ込む水が、公害で汚染されて濁っていたとしても、主流の清い水は、「私は君と混ざりたくない」と言うことはできません。自然の釣り合いと総合関係は、不思議なものです。水という性質から見た場合、汚いものやいかなるものが流れ込んできても、自分の本質が汚くなっても和合しながら、それを抱擁し、自分の周辺のものまで吸収して、これを同一化させるのです。それが流れ流れ、汚いものは沈み、清いものが流れていくうちに、清い清い水となって海に注いでいくのです。歴史の流れはそうなっているのです。

 そういう観点から見たとき、日本からこっちに来るときに、韓国人は皆、良い人だと思ったら大間違いです。韓国文化は、日本文化に比べると、歴史は二倍くらい先立っていますが、人口は日本の半分か三分の一です。北韓を加えても半分です。

 半分だとすれば、歴史が短い日本人が韓国人より二倍以上になったとすれば、日本人が韓国人よりも子供を二倍、三倍生んだという話です。そうでしょう? 島国だから、他にやることがないからです。(笑い)。島国はどこを旅行しても大陸に通ずる所がありませんが、大陸の場合、旅行したら一週間か一か月、あるいは一年かかっても帰ってくる道がないのです。旅に出れば一年もかかりますが、島国は小さいから一週間も旅をすれば、「帰って来ました」というのです。

 夫婦関係は、親しい恋しいという場合、抱き合う行為は、先生がそう言ったら皆、笑いますが、教育は率直にしなければならないのです。実体をもって説明するのがいちばん効果的ですからしかたがありません。宗教、統一教会の教祖といっても、人間だから率直に話します。それは恥ずかしいことではありません。結婚して、初夜を迎えた夫と妻が裸になるとき、「ああ、私は恥ずかしいから裸にならない」と思いますか?

 あなたがたは結婚したのですか? まだ結婚生活はしていませんね。十一月に先生から言われて、韓国の夫たちは大変です。韓国人の奥さんや旦那さんは、指折り数えて待っています。どうしますか? 勝手にしなさい! 「勝手にしなさい」と言われて、勝手にする者たちは、ここに集まってはいません。あなたがたは、特殊な種類の人間ですね。日本にも、勝手にする人がいますか? 「勝手にやれ」と言っても、勝手にやれないのです。「勝手に行け」と言って、勝手に行っても困るし、勝手に来ても困ります。勝手に住んでも困ります。

 そうなのです。先生もそういう立場に立っていますから、一生涯、苦労の道を、人の知らない開拓の先端に立ち、開拓生涯を今も続けています。先生は今、何歳ですか? (「七十二歳です」)。二十七歳? (笑い)。君たちから七十二歳に見えても、先生から見たら二十七歳ではないですか? そう見れば、君たちより若いという結論になります。話というものは、こんなに面白いものです。話し合って笑うことができるし、話し合って関係を結ぶことができます。

 そういう観点から見た場合、言語というものはいかに素晴らしいでしょうか? 素晴らしいから、その解読はそんなにたやすくはなく、難しいのです。一つの国の文化を占領するためには、まず言語を知らなければなりません。占領を開始し、上陸作戦を開始するということが、言語なのです。言語を知らないと占領できません。

 君たちもそうでしょう? もし、先生が日本語を知らなかったらどうなりますか? 大変です。君たちはずっと日本で成長して、先生に会えなくて、先生が分かりませんでした。しかし、話が通じれば、日本の生活の根底以上に深いところや、君たちの歴史の背後までも入ることができるのです。入るばかりではなく、話しながら出ることもできます。そのように循環運動回路をつくることもできるのです。相対者があればこそ、そのようにできるのです。

 君たちは、なぜ韓国に来たのですか? だれを慕って来たのですか? 女として、男を慕って来たのですか、先生を慕って来たのですか? それが問題です。先生がいるから、皆、来たのでしょう。女というものは、日本の女も世界の女もそうです。「ああ、先生が韓国にいるから、韓国という所に私も行きたい」という動機で来たのです。そうでしょう。

 では、男はどうですか? 韓国の女が素晴らしいから、女を慕って来たのですか? 先生のために来たのですか? その動機は、女のためでも男のためでもありません。先生が動機になって来たのですから、先生の言うとおりに従わなければなりません。動機を失う者は路程を失い、路程を失うものは結果、結論を出すことができません。ですから、動機を失ったら、先生とこのように出会ったその目的は、失敗に終わるのです。

 それゆえ、十一月には、韓国のどろぼうみたいな男たちは日本の女を占領したい、日本の男たちは韓国の女を占領したいといって、今に戦争が起こるのです。この戦争をいかに和合するかという問題です。

 君たちは今、何をやっていますか? けんかをしているのですか? 何をしていますか? 伝道をやっているのですか? 今、何をやっているか、それも知らないのですか?

 世界日報配達要員ですね。(笑い)。言わば、苦学生です。学費のために昼も夜も走りながら、千、二千の部数で利益がどれだけありますか? 二百部配達するとして、月にどれぐらいか、やっと生活して食べていけるというのです。食うために走るのです。

 君たちが今新聞配達をしているのは、食うためにやっているのですか? 何のためにやっているのですか? (「南北統一です」)。何? 新聞配達して南北統一できるのですか? (笑い)。『世界日報』の部数はいくらもないではありませんか。二十万ちょっとくらいですか? 韓国で二十万といったら、いくらですか? 何分の一ですか? 二百分の一ですか? その総数で、南北統一ができますか? それが問題です。

 南北統一を求めて日本から来たというのですか? 本当ですか、本当?

 そうすれば、先生よりも偉いです。先生は南北統一のために国を超えたことはありません。南北統一のために国に帰ってくることはできるのですが、自分の国を捨てて国を超えたことがないということから見た場合に、国を超えた君たちは、先生より偉いです。そうですね? どうですか、そうではありませんか? そうですか? 答えないと話が進みません。どうだ、そうじゃないの?

 大勢から見た場合、「そうじゃない」というのは、間違えています。「ソーダ()」というのは、韓国語では「牛(ソ)だ」という意味です。(笑い)。メリケン粉でパンを作るとき、ソーダを入れますが、「それもソーだ」、こういうふうに覚えれば忘れないのです。それはどうでもいいです。そうかそうじゃないかもしれませんが、来ていることは事実です。(笑い)


     ◆

 そうすると、日本の国として、これは歓迎すべきことですか? 日本に住んでいる一億二千万として歓迎すべきことですか?

 今、老若男女問わず、それを歓迎する者が一人でもいますか? いないでしょうか? 聞いているではありませんか。こういうふうになった結果を歓迎する日本人がいますか? 「日本政府があるでしょうか、ないでしょうか?」と聞いています。いないだろうか? いないか?

 「〜だろう」というのは直接的ではありません。「いないんだ」というのは、直接問題です。「〜だろう」というのは自分とは関係ないのです。そうでしょう? 君たちを中心として考えてみた場合には、「だろう」か「だ」かどっちですか? (「『だ』です」)

 それだったら、君たちは日本の売国者、反逆者たちです。日本の地にいた場合には、どこでも太平洋に潜り込んでしまうような者たちです。歓迎する人のいない、常に肩身の狭い者たちです。そのようなかわいそうな者だから、先生が受け入れたのです。先生が、なぜ? それは「ために生きる愛」を教える先生だからです。それで受け入れました。それから、どうしましたか?

 未婚の男女たちが来ているから、先生の親戚の娘、息子から組をつくって、こういうふうにしました。こういう結果になってしまいました。そうすると、君たちも悪いし、日本から見た場合には先生も悪いのです。それから、韓国から見た場合には、君たちもよくないし、先生もよくないのです。

 韓国人は皆、日本人を怨讐だと思っています。日本人にやられ、血を流した者がたくさんいます。そういう日本民族を、文先生が代表して韓国の青年少女と組み合わせて結婚させてやったということは大変なことです。

 大変なことであるはずなのに、結果としては韓国は驚いています。日本も驚いています。こういうことをやろうとするには、日本の久保木会長を中心とした三大指導者たちに三年前から教えました。「交差結婚するから準備せい!」と。「交差」という話は初めて聞くし、そういう結婚はありませんから、説明してやりました。(笑い)。日本の指導者たちは、「いくら先生が偉くても、日本の歴史上、だれも考えなかったことを実際にやれる先生ではないだろう」という表情でしたが、それは遠慮とか思わないのです。日本の指導者は決断しませんでした。先生が決断して、君たちの交差結婚をなしえたのです。

 韓国においても非常な問題でした。日本人と交差結婚です! 若い者たちに、親たちは相当待って「大変だ。統一教会の文先生は、国際結婚式は伝統になっているから皆、やるに違いない」と大変でした。ニグロ、シグロ、ヤグロ……。

 シグロは何か知っていますか? 白いからシグロじゃないの。それから、皆、黄色いから、イエローだからヤグロです。シグロ、ヤグロ、それから何ですか? 黒です。そういう者を皆、掛け合わせたのです。影は皆、黒です。白も黒だし黄色も黒になります。影から見た場合、皆、黒になります。「影から見た場合は皆、黒だ」と言っても、何も言葉として違うところはありません。

 そういう者たちを連れて来て、韓国青年少女を中心として、皆、集めました。日本人ではなく、写真で決めました。写真を見て、結婚を考えて、自分の実体より喜ぶようなそういう男はまず世界的です。写真を見て喜ぶように、実体を見ないで結婚を決めるという男は、夫としては世界一信ずべき男であり、馬鹿な男です。女は生まれたときから絶対信ずる者でなければそんなことはできません。分かるでしょう。「これ、何です?」「何ですって? 君の奥さんです!」(笑い)

 皆、過ぎ去ったことです。君たちは見なかったので言えませんが、先生は初めから皆、よく知っています。君たちの顔を見て、女の子も男も忘れていません。今も覚えています。ですから、「結婚したい者は、切符を奪い合ってでも来い!」というのです。

 そういうふうにして、十人、二十人が込み合い、「結婚に行くんだから切符を買わせてください!」というのです。切符を売ってくれなかったら、「あなたの子供やその親が結婚するとしたらどうしますか?」と言った場合には、横で切符をもらうのは簡単です。それで、日本大使館も韓国大使館もさんざんめくら判を押しました。それを先生が考えたら、気持ちが良くなくありません。良くなくなく……何回やったら正しいかな? 知っていますか? わたしは分かりません。君たちはよく知っているでしょう、日本語をね。

 そうなると、日本の言論界の人たちは大変でした。ただの世の中ではなく、八十二か国の世界の青春が集まっています。日本人、ちっぽけな日本人です。ちっちゃいピンセットでつまみます。いちばん小さいのはピンセットでつまみます。ちっちゃい女の子、男たちが集まって、千人集まり、千人が何人かで百人でいっぱいになります。千人でいっぱいになります。ちっちゃいものです。日本が騒いでも、悪くありません。やってみなさい! やったらけ飛ばします。やってみなさい! 野蛮人になるというのです。出してみなさい!

 韓国もそうです。韓国人は先生を尊敬しています。今は相当尊敬するようになったでしょう。文先生と言えば、「ははーっ」となります。昔は「ウン」でした。だんだん丁重になってくるのです。あとは命令ばかりです。「文先生、参りました。部落の人、全部出場。この広場にすぐに集まるべし」と言ったら、一言で集まるような環境になっています。

 そのことを知っていますか、知りませんか? (「知っています」)。本当ですか? わたしも知らないのに。(笑い)。まあ、それは簡単なことではありません。国が反対し、たくさんの問題が残っています。

 なぜこういうことをするのでしょうか! それは、世界平和のためです。答えは簡単です。世界の平和のためです。人間として地上に生まれた以上、世界の平和を望まない者は一人もいません。あなたがたもそうでしょう。日本の女の子、日本の男の子、いくら美男子、美女だとしても、それを願わない者はいません。

 君たちがその一代を通してそれを果たせなかった場合には、将来遺言を残して、ある一日一時地上にその環境が生まれるのを願いながら死んでいかなければなりません。人生終生の要求として残っている世界平和は、人生に向かって自分を平和の郷としてつかんで消化してもらうのを願っています。


     ◆

 そう考えてみた場合に、世界的に青春たちを組み合わせて国を超え、環境を超えて、世界平和の方向に求めるということは、人類歴史において「春」をつくることです。

 愛を求めて行きますか、国を求めて行きますか? なぜですか? 愛を求めた場合には、それから国が必要となります。ですから、最初に愛を求めて行かなければいけないのです。その愛を遂げうる相対者は、どういうものでしょう?

 歴史を超えて、理想のかなたにその思いを持って突進、直進するような男があった場合には、顔が問題ではありません。色が問題ではありません。老若男女が問題ではありません。過去が問題ではありません。何よりも実体が問題です。その人自体が問題です。足が不自由でも、その人は有名な人格者です。国を超えた人格者です、そういう高い人格基準に立った人は、国を抱えています。その国に人が何百万人、何千万人いても、その国はその人に従っていかなければ平和の郷に行きません。ですから、韓国に君たちが来たのは、先生を中心として、統一教会の青年たちを中心として願って来たのです。

 同じ父母から生まれた兄弟でも、大きい者もいるし小さい者もいます。皆、まちまちであるように、美男子と美女ばかりいる韓国ではありません。そうだったら困ります。本当に困ります。神様はどうしますか? 「なぜ神様は韓国の男女は美女美男をつくっておいて、日本はそうじゃないんですか?…」。ですから、でこぼこになるようになっています。

 ありの世界でも、皆、同じなら、面白みがありますか? 砂も皆、同じではありません。大きいのもありますし、千万を重ねたものが砂の世界をつくっていますから、砂は元になるのです。だから、コンクリートができるのです。皆、同じなら大変です。長く続きません。いろいろな部分があるから、大きいもの、ぶつぶつのあるもの、出っ張ったものもあるから、セメントをしても崩れないのです。分かりましたか?

 セメントをするとき、ガラスみたいな平べったい所をセメントでやりますか? でこぼこの所をやりますか? でこぼこですね。これはコンクリートした場合に、その上にローラーを回すとき、子供たちの遊ぶときの真ん丸い玉を転がしますか、でこぼこした玉をぶつけますか? これを固めるためには、コンクリートに丸いローラーではありません。でこぼこの所に音をするものをかけて固定させないと長持ちしません。

 日本の有名な東大を卒業した者と韓国の男という、でこぼこの相対圏です。分かりましたか? 一心病院のお医者さんと田舎の農民、そこにはでこぼこの、たくさんの甲羅みたいな、崩れかかったのをたくさんくっつけた場合には、なかなか取れません。それが理想の結婚です。

 この前、日本の若者が先生に反抗しました。「先生、日本の有名な大学を卒業したのに、中学校しか卒業していない女と相対になりました」「何を言うんだ。このばかやろう! それは君の仕事じゃない、わしの仕事じゃ」

 そういうふうに組んだことによって、統一教会の結婚は平等思想にかなうのです。人間を無視しません。学校的な知識や学校的な力、学校的な金銭の溜まりを中心とする評価はしません。人間自体を中心として評価するので、結婚の平準化ができるのです。それをまず認めるのです。

 大学を卒業した女に小学校を卒業しただけの男もいるでしょう。反抗するなら、このとき間に先生に反抗しなさい。「この旦那さんは何の自信もありません」と。旦那さんは、大学を卒業した有名な日本の女をもらおうとは夢にも思いませんでした。自分に相応した者をもらえばいいと言うのに、先生がとてつもない者を連れてきたので、しかたなしにつけているのです。本当です。

 その男が悪いのではなく、先生が悪いことになります。「先生に聞きなさい!」。君たちは人を見ることはできません。先生は専門的です。一生涯、青少年の人ばかり扱ってきたのですから、さっと見ればにおいで分かります。通り過ぎれば、「これは百貨店のお嬢さんだな」という臭いがするのです。

 そういう気持ちの悪い相対者があったという男、女がいたなら、手を挙げてみなさい! 聞いてみたいです。そんなことはないとは言えません。会わなければならない日が近づいてきますから、これは重大な問題です。君たちが先生を中心として来たのですから、先生を中心として組まれているのです。

 その因縁は、日本のどの天皇でもありません。日本の歴史の有名な先祖、天照大神ではありません。「先生という人は、一体何の人やー? どろぼうだ!」、世の中はそう思います。どろぼうはどろぼうでも、自分のたった一人の娘を乗っ取ってあいさつまでして逃げて行ったのですから、どろぼうの中のどろぼうです。ですから、あなたがたの親は、「自分の子供たちをどろぼうしていった」と判断したのです。そうでしょう。一番悪いやつです。「この地上に潜り込めー!」というのです。それはだれのためにするのですか? 文先生はだれのためにそんな悪いことをするのですか? だれのためにやっているのですか? 神様のためです。

 悪いという神様は何人いますか? 神様は一人しかいません。なぜそんなことをするのですか? これが悪いことですか、いいことですか? 悪いことではないですか? 子供を「真の親だ」と言って連れ出し、自分の親よりも真の親のところに行って忠孝を尽くせと言うどろぼうではありませんか? それ以上のどろぼうがいません。親と子の関係は宿命的です。

 宿命を知っていますか? 運命を知っていますか? 運命と宿命はいかに違いますか? 運命は変えることできますが、宿命は変えることができません。親子関係は運命的ではなく、宿命的です。変えることはできません。

 文先生という男は、「真の親」という革命的な名前で、変えられない宿命的なことを、子供たちを根本的に変えてしまうようなことをするから、歴史の宿命を破壊するような悪い者であるというのです。これ以上悪い者はいません。そうではありませんか? 話から言えばそうです。先生が言うことでも、先生は気持ち悪く思うのです。

 そういう関係からして、先生に呼ばれて来て、何を願ったのですか? パンを願いますか、お茶を願いますか、リンゴを願いますか、おいしい中国料理を願いますか? そうした場合には、女は男を願います。男は女を願います。そういう結果になってしまったのです。

 しかたなしに韓国の女、男を連れて、韓国を捨てて日本に行った場合には、行ける所はありません。そうではありませんか? 歓迎した者が何人いますか? 韓国人と結婚してきたという日本人より、先生はよく知っています。韓国民族と道端で会っても話もしないように教育しています。それは日本が悪いのです。

 本来なら、韓国は日本の先祖の国です。韓国を占領し、倍の歴史をもった文化民族を制圧して属国化するのです。「悪い。悪い」という人に会ったら、その背後がばれるので、皆、それを隠して悪い顔をしないのです。でも、韓国を「いい」と思っている日本の父母もいなければ、子供もいません。そのことを先生はよく知っています。

 日本にいるとき、最低の貧民窟から最高の長官大臣の秘書までやっています。それで違うのです。話も早いですから、気に合わない者があれば、やっつけます。対抗意識で、「何だ、あれ!」と。日本は対抗意識を起こしているのです。将来、こういうことをしなければならない、アジアを重視しなければならない使命がありますから、この国をどうしますか? 「 ? 」です。そういう者です。その「 ? 」は中共を中心として、ソビエトまでつながっています。ですから、日本の官憲は、その「 ? 」のしっぽに毎日ついて回りました。先生が故郷に帰ると、「 ? 」に帰りますから、よく監視して、いつも尾行者がついて回りました。それを話したら、皆、顔を上げられません。

 どうして、こういう者を連れて保護してやらなければならないのですか? アジアという国は、島という島を中心として半島とつながなければならないのです。半島と大陸をつながなければならないのです。

 ですから、太平洋を通して西洋文明を取り入れようと、日本が先進国家の文化開門をなしたのは、日本民族がしたのではありません。神がやらせているのです。百二十年間かけて。昭和天皇が一昨年、八八年に死ぬまでちょうど百二十年でした。

 明治維新の期間に、日本はアジアにおいて西洋文明を伝習し、それを要請してきました。太平洋戦争も日本がしたのではなく、神がやらせたのです。西洋人があまり鼻を高くしていますから、小さい蟻みたいな日本人をして、ほっぺたをたたいてかみついて血を流さなければならないのです。そういう面から見ると、日本がアジアを代表して西洋人を打った、その功労を無視することができないので、西洋人はアジア人を無視しないのです。そういう面で、悪い面もありますが、神の摂理から見たら、いい面もあるわけです。何が「おお」ですか? サタンまでもいい面があると認めたいのが、神の考えなのです。


     ◆

 君たちは、結局は先生のために来ました。先生を中心として追い出された者を、しかたがないので先生が泊めてやるのです。神のみ旨もそうだからです。完全にここに泊めてやるために、韓国の男女を組んでやったのです。美男子、美女と組んでやったのではありません。分かりましたか? 女であればいいし、男であればいいというのです。そうでなければ、文句を言いなさい! 血を考えてみなさい。韓国人と日本歴史の代表的な結婚です。

 あなたの故郷はどこですか? 新潟ですか? 新潟のどこ、何郡、何村? 新潟の女として生まれて、先生を中心として初めて韓国と結婚したということは、これは天宙的なことです。新潟の新しい種を持ってきて埋めることができます。それは新しい種です。そうでしょう。

 卵もそうです。親の卵によって、白いその形は同じでも、卵がかえれば、その母の血統に似た、お父様の血統に似た子供が生まれるでしょう。天宙的な先生の新しい使命をもったとすれば、新潟から生まれた種と韓国に生まれた種とつき合って、新しい別種が生まれるのです。「新たなる改種」です。それ、嫌ですか? どうですか?

 とうもろこしは横に崩れていても汚れていても、何でもありません。それを植えれば、汚いのがかえって肥料になります。夫婦になるから、早く大きくなります。ですから、種をもらうということは偉大なのです。分かりましたか? 種です。改種です。新しい種をもらうのです。

 日本の新潟のあんた、旦那さんはどこですか? キムジェのどこですか? あんたは顔が丸いから、男の顔はずっと長くした顔でしょう? 大きいでしょう。大きくてちょっと長い顔です。あんた小さいのね。あんたは座っていろいろと考えるの好きでしょう。走り回るよりはそうでしょう。あの男は反対の性格を必ず持っています。最初は、急には合いませんよ。自分の性格とまるっきり反対ですから。南極が南極たる権威を持つのは、北極がいるからです。(笑い)。そうでしょう? 北極が権威を持つのは、南極がいるから権威を保つのであって、一つだったら何の用もありません。無価値です!

 種が混じっています。ですから、男に女、女に男です。大学のことなど、先生は考えもしません。そうすれば、この世的な才能があるほど心情が高いのです。分かりましたか? 「私は大学を卒業した。自分の旦那さんは小学校を卒業した」という場合、無視してつき合うのですか、尊敬してつき合うのですか? 普通なら、この世なら、どういうふうにつき合いますか?

 「君は小学校を卒業、私は大学を卒業した。あてになるか!」となります。心情的に傲慢な者です。高い者は下がらなければなりません。その代わり、相対基準が、才能があればあるほど、奥さんが大学出で、男が小学校を出なかったならば、いかに神様をより尊敬するような母より、姉さんより、韓国のいかなる女よりも、愛する心情の持ち主に近いということを忘れてはいけません。愛するときに抱き合いますが、その抱き合う力、抱き合う懇切な懇念というものは、普通の等級の相対の男女が抱き合うのと違います。それを否定できますか?

 君たちは金を求めて韓国に来たの、力を求めて権力を求めて来たの? 何を求めて来ましたか? 知識を求めて来たのですか? そうではありません。愛を求めて来ました。最も強い、最も貴い愛を求めて来ました。そういう観点から見た場合に、韓国の男女を日本人が愛する男女としたときに、心情的な高い境に立つには、相対の外的要件が低いほど素晴らしいのです。

 先生の言うことが間違っていると思う者、手を挙げてみなさい。間違っていないという者、手を挙げてみなさい。何ですか、これは? 死んだみたいです。ひゅうっと。間違っていないという者、手を挙げなさい。ありがとう。

 蟻が十匹です。とにかく頭下げて、腰が蟻みたいに細くなって、死ぬまで働きなさい! 貢献しなさいというのです。「ありがとう」というのはそういうことです。まず、上陸のときから感謝の一念を持って降りた以上、死ぬまで感謝の一念でしなければ、終始一貫しない者は真理の主体になれません。分かりました? 始めと終わりです。終始一貫しない者は、歴史上から消えていきます。それでいいのですか?

 それを願う日本の女の前に、トラのように毎日にらみつけて文句を言うような姑だったら、それに親孝行する嫁はいかにりっぱでしょうか? 先生がいいことを言っているのに、悪いことを言っていると思ってはだめです。本当です。

 愛国者は、百人の愛国者は、皆、同等級です。同族で、学校も同じ、顔も美男子、皆、同じくらいです。その中には、愛国のために体にたくさんの傷を負った者もいます。ある者は十、ある者は十一、十二、十三、ある者は百の傷を持ち、一番最後の者は百一の傷を持っていたとします。その顔、その外見はどうでもいいのです。その傷を等しく百ずつ持っていたならば、それよりも一つ余計に傷をもった者が球の中心になります。それは合う話ですか、合わない話ですか?

 日本のかわいい男女たちは利口だから、よく知っているのですね。先生より利口です。あなたがたは、日本の国は利口な国と思っているのではありませんか? そうではないですか? アジアで一番の一等国だと思っているでしょう。ですから、利口な日本の幼子、利口な子供、大きくなったら利口な女、男の子は当然先生より利口ですね。そうではありませんか? そう答えてください。そうすれば、先生が間違ったとしても、先生が逃げる道が生まれてきます。君たちと先生の関係は、そのようなきつい関係ではないじゃないのです。冗談みたいな話ですが、真理にかなう話です。

 君たちが約婚して、結婚し、今まで自分の旦那さんに一度も不平を抱かないできたという者、手を挙げてみなさい! 先生が聞きます。韓国人と日本人は違うと考えましたか? 考えませんでしたか? 同じだと思いますか? 朝夕、ご飯を食べるのも違います。お膳も全部違います。飲み方も話も違います。違いませんか? 皆、違うでしょう。違わないですか? そんな馬鹿なことはありません! 比べ始めたら、皆、違います。東西南北振り向いてみても違います。どこに行っても違います。「ああ、あの男と生涯かけて、どういうふうに。枕を同じくして死ぬ。墓地までいくやー」と。本当のことではありませんか、それは。そうではないというのは、うそです。

 それを先生が知らないで組んだのではありません。それ以上のことをなさなければならないのです。革命ですから、血を流します。涙を、汗を流します。平常な家庭には革命の花は咲きません。顔を見ると、こんなに美人の顔が、日本全国の男たちが旗を揚げて呼びかけるような美人が、韓国の山奥の男と相対になりました。み旨とは何か分かりません。

 朝にはそうかと思っても、夕方になったら大変です。そういうことがあります。それでも、今まで二年間結婚生活をしなかったのですが、今から結婚生活に入った場合には、どうにも逃げることもできなくなります。今は逃げることができますが、関係をもった場合には、もっとひどくなるでしょう。フックにかかった魚は引っ張られていくものです。まな板の上にあって料理されるものは運命だと思いなさい。フックにかからなかったらよかったのに、なぜ来たのでしょうか! これは、整理しておきなさい!


     ◆

 今から、先生が一度言い伝えておかねばなりません。はっきりと伝えておかなければなりません。並々ならぬ道が待っています。二重三重の山、氷山が待っています。一歩踏み損なえば、すべて底無しに潜り込み、上がって来られる道がありません。消えて行くばかりの、動けば動くほど滑り込むような道だけが残っています。そのときこそ、頼りになる柱は、自分の相対者以外にはないのです。分かりましたか?

 今まで嫌だと思った心があった場合は、この場で即時に悔い改めなさい。ここから帰るときには、笑いが横転しながら、秋の素晴らしい空が初めて見えます。そうです。バスに乗って来るときは「また、先生は何のことを言うだろうか。同じことを言うに違いない。もっと苦労させようと先生が言うに違いない」と思ったでしょう。皆、分かっています。帰りには、先生が言ったのとわたしがバスに乗ってくるとき考えたのとぴったり合ったのです。それは気持ちいいですが、内容を考えれば、「苦労の道は嫌だなあ」と思うでしょう。それは、先生も知っています。

 先生も人です。苦労が好きな男ではありません。先生も、数えてみれば美男子の側に立つ男です。わたしのような手は、労働者の手ではありません。先生の手は血管も見えません。血管が現れる手をもった者は、労働しなければなりません。足も小さい足です。先生の足を見てみなさい。こんなに小さい足です。ですから、働かないで食べていく者です。生まれつき、そうです。神様は皆、知っています。足の大きい者はどろぼうするのです。ですから、結婚するとき、手を見、足を見た場合には、生涯をすぐに検視できます。面白いですか?

 面白くてはだめです。真剣にならなければなりません。ですから、今までの二年間、いろいろとやってきたことを反省しなければなりません。喜びの生活が何日ありましたか? 何分の一ですか? 韓国の地を踏みながら、喜びの足跡をいくら残していますか? 反省しなければなりません。韓国には、韓国の天運があります。その天運が見た場合、「このやろう、偉い日本からきたお嬢さん、童女」と。今までもいろいろあったでしょう。

 どうですか、あなた。二番目。どこから来ましたか? 故郷はどこですか? あんたですよ!

 こちらから二番目の女、三番目ではなく、どこですか、どこ? 故郷はどこですか? 日本の故郷は?

 名古屋ですか? 名古屋というのは、名前が古い小屋だから、よくないですね。名前の小屋では住めないということです。そういう名の小屋で生涯住んでもいいという決意をしなさい! あんたの旦那さんは、今何をやっていますか? 原理研究会ですか? どうですか、旦那さんを好きですか? あんた、兄弟が多いの、何人兄弟? 三人。親は? 父母はいる? 名古屋にいる? 一人でずっと和動して笑いながら、外に出なかったね? 一人で静かに考えてるタイプですね。だめです、それを直さなければだめです。

 あんたの旦那さんはどう? 反対でしょう。たびたびほっぺたを殴るような、あれがあるでしょう。ほっぺたを殴るようなあんたの旦那さんに言うんですよ。そういう経験がない、あんたみたいの? あんたではなくて、あんたの旦那さんが、あんたに向けてということです。

 座って考えた場合には大変です。雑霊につなぐ道があるかもしれません。そういうのを防御するように、引っぱたいてもらわなければいけません。教師が教えるようなタイプの男ではありません。どうですか、そうか、そうでないですか? 旦那さんはそうでもないですか? まずは、あんたより強いでしょう? 旦那さんはそうでもないですか? はっきりしなさい、はっきり。

 そういう性格を見て、全部相対的なものを見て、今は悪くても、例えば、春には苗はしおれそうだったけれども、夏になって秋になったらりっぱに育って、りっぱな実を結ぶタイプも考えるのです。君たちはそれを知りません。それから一代ばかりではありません。後孫がどんどん繁栄していき、アジアのりっぱな先祖の記録に残る親になるかもしれません。そうでしょう。

 文先生によって初代交差結婚の先駆者として名乗りを上げた者が、消えていくような日本の女性と思ったのに、一族背後で皆、反対したその群れの真ん中を跳躍して、韓国の男性と結んだ、このような子孫がアジア的指導者の親になったりするのです。だれが分かりますか? 君たち、それが分かりますか? 現在を見て批判してはいけません!

 歴史を超えていかなければなりません。アジアを超えて、世界を超えていかなければなりません。分かりましたか?

 男は女よりいいのです。譲歩する心もあるし、考えて、放棄します。こうなった場合にはもうしかたがないというのです。一本こうやった場合には、後回しになります。女はこうやって、またこうやって、こうやって、また戻ってきてこうやって、ここまで来て戻っていって、それでも、ここまで来て戻っていって、何回もこういうふうにして、生涯を皆、悔やんでしまいます。

 ですから、こちらに来たのは、先生のために来たということを忘れてはいけません!

 また、新しい歴史の先祖のために、先祖の血統を正しに来たのですから、普通ではない並ならない道でなければなりません。そのことを覚悟して、それに向けて自分が一つも傷がつかないような種として、親として、母ちゃんとして、お父ちゃんとして、今の環境を消化した主体性を持って、清い主体性を持って、この土に残していくという覚悟を固めなければなりません。分かりましたか?

 今まで複雑な考えを持ってきていても、この時間、先生の話を聞いて、いっさいストレスを解消して、階上の人になるという自身がある者、両手を挙げて、歓迎すべし。やあー、りっぱな姿、ありがとうございます。

 暑いですね。これを飲んでも失礼ではありませんね。汗が出るから、ちょっと飲ましてくれよ。


     ◆

 どうですか、今年の十一月には君たちを生活させるように、君たちの韓国人の旦那さんも奥さんもそう願うかもしれません。しかし、日本の旦那さんと奥さんは願わないかもしれません。本当です。顧みて、考えてみなさい。本当か、本当でないか?

 君たちは環境を恐れています。出入りするときはそうでもありませんが、いざ生活になれば、その家に入り、血統圏において一つの足場をつくらなければならないのです。死なない以上は、そこに自分の基盤をつくらなければなりません。分かりましたか? 戦場以来、新しい自分の基盤をつくらなければなりません。それはたやすいものではありません。

 この生活において、新しい心情の蕩減の道が始まるでしょう。韓国の女、男は蕩減の道を思いませんが、君たちは違います。文化が違い、環境が違うからです。周囲から注目されます。どういうふうに生活するか、姑にどういうふうに侍るか……。兄弟同士は日本の習慣をよく知っているのです。こうなのに、こうやるか。嫌がるかどうか。韓国の奥さんだったらこうなるべきなのに、日本の奥さんなのでこうなったんだから……。姑さんや家族の背後の心情的な藤はどうでしょうか?

 考えるのです。分かりましたか、何の話か?

 韓国の男女は願うかもしれませんが、君たちは願わない藤の境地があるに違いありません。それでもいいですか? どうせ運命づけられた道ですから、早くても遅くても、いつかは来る道です。口を大きく開いて、いっぺんにのみ込んで、すっと出してしまいなさい。消化してしまえというのです。

 ですから、今から、隣組の嫁さんのやり方を見て、「ああいうふうにするんだな、これはこういうふうにしなければならないのか」と全部習いなさい。それを適用し、姑や父母を完全に消化して一家全員を負かすような批評を短縮する心情圏をいかに確立するかです。宿命的な開拓心にならなければ、できることができません。それをやりのけられますか? どうですか? 消化する力があるはずもなく、また、自分にはないと思うのに、「私は真の父母の精神を相続した立場だから、何の問題もありません」と考えるのです。

 先生の場合、韓国全体が反対しました。四千万すべて、六千万全部が反対しましたが、その最中一人で治めてしまいました。アメリカもそうです。世界すべて、アメリカの国、共産主義の国もです。きょう、テープを送ってきましたが、「頑張れ、第一、第二、第三やれ、早くやれ」と、先生がこのような調子で手紙を書けば、赤い鉛筆でアンダーラインしながら読むのです。

 日本の首相がそんなことできますか? 韓国の大統領がそんなことできますか?

 このような第三次戦争が起こったとき、ガン、ガン押しました。頑張れブッシュと。あの男は本当によくやりました。先生も背後で扇で覆ってやりました。今日は暑いから、君たちを覆ってやります。先生はなぜ扇を持ってきたのでしょうか? オリンピック精神でもって。分かりましたか? 三回やれば条件完了です。涼しいと思いなさい。そう考えれば、なぜ先生が扇を持ってきたか、分かりましたね。

 今からそれをする準備をしなければなりません。一千双が子供を生み始めたら、産児制限できますか、できませんか? 直接問題です。他の話は密接に座っているから、これはもう暑くて眠気がしますが、こんな所で眠ろうとしても眠れません。日本も注目します。どうですか? 産児制限ができますか、できませんか? それだったら、子供は何人生めますか? にわとりが毎日産み出したら何羽産めますか? なぜ笑うのですか? うれしいから笑うのですか? はかなさから? どっちですか?

 今の日本の女は、「子供を生んだら、体型が崩れるし、美しさが減っていくから、だめだ」と言います。それこそ、本当にだめです。子供を多く持つ者は幸福です。なぜなら、天国に行っても、霊界では繁殖はできないのです。それを知らなければなりません。神様は縦的な神様ですから、中心の垂直圏には面積がありません。一点しかありません。一点のところには繁殖面積がありません。

 それで人間を中心としてつくったのは、天国国民を繁殖する平面球体だったらスペースが必要です。数多くのスペースの中で、生産多数をもって膨大な天国、国の国運を果たすためです。ですから、天国へ行くときの宝の土産は、永住して持ち続ける自分の所有基台は、それは子供なのです。十人の天国民を連れて天国に入りたいですか? 百人の天国民を連れて天国に入りたいですか? 千人の天国民を連れて入りたいですか? やってみなさい。何代もいかなくても、一億二千万にもすぐに追いつき、後でけ飛ばします。

 恐ろしい戦略、戦術がここに横たわっています。聞くのに、声が、サウンドがいいですか? どうですか? 聞く声が素晴らしいのですか? 気持ちがどうなのですか? どうですか、女の子たち。少なくても、お母様に負けたらだめでしょう。

 真のお母様は何人生みましたか? それも知らないのですか? 十四人も生むようにさせたこの男は正直な男ですか、悪い男ですか? この世的なお医者さんは、「馬鹿な男、野蛮人」と言います。何回も言いました。大抵の世界は野蛮人だと言います。女にそういうむちゃなことをして子供を抱えさせ、それで安心している、さらに、女と向き合うという馬鹿な野蛮な男はいるかと。医者は、連れてこい、捕まえてこいと言います。「連れてこい」というのではなく、「捕まえてこい」と言うのです。

 そういう話を聞いている先生は、罪人ですか、正直ですか? 正直でも、捕まえてこいという者がどこにいますか? この世の中では悪者の代表みたいになっているのです。しかし、先生の解釈は違います。それを説明したら、サタン世界は恐れます。先生の手に育まれた新しい家族は、天下一品の種を千倍、万倍にも増やしていきます。気持ちよくなく、では困ります。分かりましたか?

 たくさん生みなさい。今日聞いて、「先生が生めと言われたので、二十人まで生みました」と。それは、教育して食べさせることができなかった場合、いちばんたくさん生んだ子供は先生が育てるかもしれませんよ。それで、やるかもしれないといったのです。

 この前お母様が、先生に向かってこう言いました。「お父さん」と。先生はあのとき何かを書いていました。「私を見てください」「何じゃ?」「この横に立っている四人の素晴らしい子供の姿を見た場合に、女王に優る権威が分かりますか?」

 それを見たら、皆、先生より大きいのです。皆、美男子です。本当にそろって健康で、たいへん頭もいいです。すらりとしています。「お母さんに、女王のごとく侍ります」と言いました。そうではありませんか?

 りっぱな子供を生むことは、女王も生めません。権威ある女に初めて尊敬させられます。偉い姿を率いているお母様の背はここまでもありません。それでも、子供たちが笑いながらお母様と抱き合うのを見れば、やあ美しい姿です!

 天国は地上から、新しい世界、力が生まれてくるものです。新しい子を生んだお母様は偉大なものです。感動したことがありますが、だからといって、お母様に言ったら困ります。本当です。「秘密だ」と言っています。内的な秘密のことを、公的に公言、発表、宣布すれば困ります。

 たくさんの子供を生んでもかまいません。韓国が狭かったら、北韓とシベリアの大陸が待っています、満州とシベリア大陸が。

 そうですよ。中共は今、先生を中心として、何でも受け入れます。今、ゴルバチョフもそうです。この前、WACL(世界反共連盟)の会長がソビエトへ行きました。軍事産業、ソビエトアカデミー、科学アカデミー(二―四A)軍事産業の化学兵器はわが国より二十年進んでいます。そういう技術を文先生に皆、譲りますというのです。

 平和産業で、平和のために闘っているのは文先生だけです。ソビエトにもいません。今まで一人でした。世界のために闘い、いくら貴いもの、価値あるものを持っていても、世界万民のために平等に使うというおかたは文先生しかいません。「この産業のすべてを、文先生に、差し支えなければ譲ってあげます」という伝言を聞きましたが、「考えてみる」と言っておきました。


     ◆

 きょうは、ソビエトの話をするのもいいと思いますが、そういう時間もないでしょう。今、何分たちましたか? 一時間半になりました。十時半から十二時までだから、一時間半になりました。

 今一時間、話をするなら、重要な内容を話して、二時間話した場合は、昼食です。一時半になったら、昼食を食べる時間をとったら、先生が食べるのは三時になります。一時や二時になれば、皆はきょう故郷に帰らなければいけないでしょう。全国から来ているでしょう。帰らずにこちらに泊まって帰りますか?

 先生は許しません。戦争は、それは作戦というものは、勝利目標として全体行動を固めなければならないのに、そういう意味ででたらめな、勝手な個人行動はできません。

 アメリカで先生が何をやっているか、それを知りたいでしょう。簡単に言います。二十九日はすぐアラスカに行かなければいけません。日本の久保木会長以下全員来るようにします。きつい訓練でした。あなたがたもそういう訓練をしたらいいでしょう。皆、逃げていきます。足は皆、テントの外に出るでしょうが、頭は逃げることはできませんから、きついです。朝五時半に起きます。アラスカは今、五時半と言えば、暗いです。魚釣りの訓練です。船は小さいワンホープ号です。

 日本に持っていったワンホープ号を見たことがありますか? これは先生がつくりました。船釣りとしては、世界一の船でしょう。沈まない船です。四十人が乗船し、水をいっぱい入れて一斉にやーやーやっても沈みません。訓練用にそういうふうにつくっています。沈めば、恐ろしい冷たさです。大変です。波に横打されたら、すぐ地獄に落ちます。そういう海だったので、沈まない船をつくったのです。

 アラスカのコストガードなどは、普通なら小さいボートでそんな所へ行けません。太平洋をずっと二時間も走っていきます。波にもまれながら、速いスピードで二時間走っていくのです。風も強いのに二回りも小さいボートですから、普通は大きい船でなければ行けません。最初、コーストガードの皆が警告してきましたが、今は、この船が沈まないということを分かってきました。ですから、今は海の上を走っていても、文句を言いません。そういう訓練によって、最も適した船ということを知っているのです。

 そういう船に乗って出た場合には、夜十一時までです。朝からだから、十何時間? 十八時間でしょうか? そうしたら、先生の腹がこんなに大きかったのに、こんなに細くなりました。健康になり、スラリとなっています。船に三年ぐらい乗った場合には、もっと引っ込んで、美男子になって再び若くなります。あれはいいんですよ。体にいいのです。それがいつまでも自分の平均です。先生は七十二歳の老人、おじいさんです。普通だったら難しいですが、今もぴったりくっつくのです。本当です。これをずっとやれば、ここが上がります。

 運動しないとよくありません。座ったら、こうやってきれいにつくのです。ここへ座ってやりなさい。君たちが座っているから、先生も座ってもいいではないですか? 座る言い訳をこういうふうにやって、運動します。その健康維持運動をしてやりたいのですが、どうですか、きついでしょう。まず船の訓練です。

 先生は今年の三月からずっと毎日です。普通だったらへとへとになって小便をしながらも忘れてしまうようですが、訓練されて、今になっても青春時代に負けないような元気はつらつたる陽気漂う男です。それが統一教会の頼もしさです。七十のおじいさんがそうやって、日本の男など皆、先生が転がしてしまいます。先生は運動をやりました。鉄棒もよくやりますし、革命家から身を守るのに保身術もやります。やれない運動がありません。何でもやっているのです。

 いかなる方法でもみ旨を完成しなければなりません。山で炭をつくる方法も、皆、知っています。農場の百姓になって、農民の共同生活などどこへ行っても一人でできます。ですから、頼もしい男です。

 そういう旦那さんをもらいたいのは、女の世界のモットーです。ですから、日本の女も内容は知らないけれども、霊的先祖から結婚はできなくても、ああいう素晴らしい標準的な男を一度見て死ななければならないといって、先祖が選抜して送ってきたのがここに座っている日本の女たちかもしれません。女たちですか、女たちかもしれないですか? 「女たちかもしれません」だと気持ちがよくないでしょう。気持ちよくありません。価値観を知らないから、どうでもいいということではないのです。女だったら必要なのです。女であると言えば、必要である、です。そのために来たのです。本当です。

 先生は、強いのです。力が強いです。学生のとき、相撲とかやりました。この体格で、日本の柔道も保身術のため備えようとしましたが、時間がありませんでした。先生の体格は運動には適しています。そんな先生とは思わなかったでしょう。老人になっていますか? O型の足です。今でも若い男みたいです。ですから、お母様が「やあ、こんなに素晴らしい男もこの世にいたか。それがまさしく自分の旦那さんになるとは夢にも思わなかった」と言って、幸福な思いもするでしょう。

 まあ、子供をたくさん生んでもいいです。一、自信ある者、数えて。二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、十二、十三。それ以上になったら困るかもしれません。十二人までは考えているでしょう。イエス様が十二弟子をつくるのにどれだけ苦労しましたか。三年目に失敗に終わったのに。十二人、弟子の代わりに自分の子供、りっぱな子供を生んで、十二弟子の代わりとして自分の後代の氏族の代表として祝福していけば、霊界へ行って誇りとなるかもしれません。モーセも十二氏族、イエス様も十二弟子、できれば二十四があります。相対圏男女二十四になります。たくさん子供を生んでもよろしゅうござんす。

 先生が若い青年みたいな口調で話をするのですから、ちっとも年取ったおじいさんとは思えないだろうね。思わないでしょう。ですから、希望を持ちなさい。今までも、あなたがたの先頭に立ち、日本の若い四十代にならない者でも指導しても余りあるはつらつとした精気を持っています。


     ◆

 問題はあなたがたです。韓国に来て、今からどうしますか? 先生の言葉を聞いて決意して、韓国の男女をもらって夫婦になり、子供持ちになります。そうなれば、定着します。生活問題が、今日の問題です。考えたことがありますか? 先生がアメリカへ行くことができたのはどうしてか。

 君たちは今一人ですから、将来のことが分かりませんが、先生はよく知っています。ですから、このように準備して将来の家庭基盤の生活基盤をつくらなければならないというのです。今は苦しくても、我慢しなさい。家族を持って子供を育てるときは、苦しい環境でも無責任にすることはできません。食べさせて教育していかなければなりません。その環境から離れられません。その親たちも、いかばかりつらいか……。それを経験しない者は分かりません。分かりましたか?

 真剣です。君たちにとって、今から将来の路程においてその問題が重大な問題です。君たちを連れてきた以上は、ずっと将来のこと考えながら訓練していかねばなりません。子供が二人になったら何もできません。二人になったらすぐに三人になります。五年たったら、三人になります。十年たったら六人、十五年たったら十人近くなります。子供を育てる母親が、ご飯を何万さじ、子供に食べさせて育てなければならないでしょうか? 親には並々ならない苦労の道が待っています。

 しかし、育てる背後にある愛情心は、体験しない女には分かりません。苦労を超えて余りある深い愛情の世界が出てきます。ですからたくさんの子供を育てた母は、親は、悪い人がいません。子供がかわいそうなときは、共に涙ぐみ、未来とともに抱き合って涙ぐむような環境、そのような心情的雄大関係を持つようになれば、隣にそういう人がいたら、自分の経験を分けてやらなければなりません。

 ですから、子供をたくさん育てたということは、たくさんの親近関係を結んでいく情的財産なのです。先生は、数十人の子供を結婚させて、りっぱな老夫婦になった場合には、そこには普通の子供の少ない夫婦には見られない貴いものがあるのです。そういう関係まで原因があるとするならば、その原因は必ずそういう背後によるというのです。分かりましたか?

 地上に子供をりっぱに育てて残していきますが、将来その子供たちは皆、霊界へ行きます。霊界へ行って天国の国民になります。天国の国民として何人をささげたかといった場合、地上では苦しいことでも、永遠の世界には貴い栄光の道なのです。分かりましたか?

 その代わり、地上では食べさせるといった問題で非常に苦労しても、霊界では食う問題はありません。着る問題もありません。住む問題もありません。あれば、千万でもいいなあと思いますが。

 神様は、多くの自分の国民に対し、一人一人抱き合って愛する心情を持っておられますから、神様のそのような性格に似た環境に伴う相対圏を慕う心で、あらゆる所の人と関係を結び、方々に行きたいのです。行きたいのに車がありません。しかし、車は必要ありません。愛の心情で、こういう所に行きたい、こういう部落に行きたいと考えれば、さっと現れるのです。時空を超越した環境の世界です。愛の主体的観念、愛の客体的観念は、間違いなく宇宙的につなぐ電波と同じです。

 そこに立った場合には、自分の相対、思いどおりの相対がすぐに行って、その環境の人にすぐ会えるのです。肌を触れても、初めて見る人でも嫌ではないのです。愛し合う男女を見た場合には大変です。極端にそうです。反対の存在ですから、好きだったら肌と肌を触れ合わせても嫌ではありません。それと同じように、心情圏が通じたら皆、そういう思いになります。血液が通じます。骨肉が連体をつくったような思いで、別個の人のように思わないのです。通ずるときがあれば神を賛美します。永遠の理想の世界をたたえるのです。分かりましたか?

 その世界は自分を主体として考える世界ではありません。ために生きるのです。投入して、投入して忘れていくのです。人間のために愛の相対者を中心として神様は初めにそういうふうにつくったのですから、その原因の思いに一致すれば、動機に一致すれば、その関係圏は自動的に結ばれます。一致すれば、です。

 ですから、神様のように、ために投入して忘れるのです。そうなれば、世界中すべて、自分の行く所が歓迎の場です。それから、向こうで言います。あの国にこういう部落がありますが、ここと関係を結びたいと思ったときには、何十万人いても、「行きたいです」と考えて話をすると、さっといつの間にかそこに行ってしまうのです。便利な話です。日本なんか瞬間に行ってきます。愛の心情を兼ね備えた場合には、自分の活動舞台、消化舞台として消化させてしまう力が無限にあります。

 霊界でも食べますか、食べませんか? 食べると思いますか、食べないと思いますか? この世の中で食べないことを思った場合には、いかに無味乾燥ですか? 趣味がないのと同じです。食べるために来たという人だっています。そっくり同じです。食べたいものがあったらいくらでも食べます。女なんか、着たい着物がたくさんあるでしょう。愛の心情をかけたその本心郷に入って、自分自身が想像するのです。こういう着物を着て出場したいと言うと、そうなるのです。夢みたいな世界です。

 そういう世界を知っている先生ですから、それを邪魔するサタン世界を無視するのです。苦労が問題ではありません。それをよく知っているので、サタン世界を皆、押し退け、文先生の行くところには迫害がないような境地まで開拓してしまいました。


     ◆

 アメリカもソビエトもそうです。ソビエト連合、ソビエト最高指導者たち、共産党の幹部、KGBの幹部、軍隊の幹部、そういう者、四百人の最高位の者たちを教育します。それで、四千人を有名な国立大学から四人に一人を選抜して三千人、七数ですね、多いから。彼らの思想的空白を何で埋めていきますか? 彼らは統一思想以外にはないと言っています。神主義です。今からそうです。

 今度の三日天下クーデターにしても、何でしたか? 経済問題解決と思想空白を埋める何ものでもありません。ゴルバチョフは先生に期待しています。それしかありません。それで自分の法務大臣を、連邦国会議員をアメリカに連れてきます。団長としてゴルバチョフが指名して送ってきます。今度の世界平和連合結成大会のために、KGBのリーダーが来ます。KGBはゴルバチョフの下で世界をコントロールするリーダーです。最高の者、共産党の賛認者、それが来るようになっているのです。それを見て、韓国の政府はびっくりして横転します。文先生の名によって、このような現職者が来るのにどうしたらいいかと。韓国政府は無視することはできません。

 ですから、今、先生がやっているところは、アメリカを超え、共産圏、長子権復帰が完成されているのです。長子権復帰がなされたならば、サタン世界は、反対の道は、先生の行く未来の世界に何も向けることができません。そうでしょう?

 長子権復帰は責任分担完成と同じです。長子権復帰と父母権復帰、それから王圏復帰です。民主主義では、先生が「王圏復帰」と言うのを聞くと、アメリカのCIAなどは「文先生はそういう言葉を平気で言う男」と言います。何でもありません。聞いたら、きっちりと答えるのですから、恐れることはありません。それは真理として認めなければならない話です。分かりましたか?

 今日の三大問題は、長子権復帰と親権復帰と王圏復帰です。ですから、ずっと話してみなさい。長子権復帰は一体何でしょうか? 日本の地区長をやった経歴のある者は手を挙げなさい。地区長やった経歴のある者、いませんか? 長子権復帰とは何のことですか? 簡単です。具体的に話してみなさい。はっきり知らなければなりません。

 君たちは蕩減の道を分かっていますか、どうですか? 統一教会のメンバーとして、蕩減復帰という言葉を使いますが、蕩減の道を分かっていますか、いませんか? 聞いています。分かっていますか? いませんか? 聞いているではありませんか。分かっているなら、「分かっています」、分からないなら「分からない」と答えなくてはいけません。何ですか、ぼやーっとして。これは「煮ても焼いても食えない」と言います。自分の損害になることは、どこでも自分が利用されるという話ではないですか? どうですか? 蕩減復帰を知っていますか? どうですか、答えてみなさい。自分に聞いてみなさい。分かっていたら「分かっています」、分かっていなかったら「分かっていない」、分かっているところもあるし分かっていないところもあるといえば、分からないということではないですか? (笑い)

 蕩減復帰は一体どういうふうにやっていきますか? 摂理の道は復帰の道であり、復帰の道は再創造の道です。再創造の道を通して、汚れているものを消していきます。それを消さなければなりません。消しゴムで消すのと同じように、消して新しい元のようなタイプをなし、それを超えていくところを蕩減復帰の道といいます。

 再創造というのは何ですか? 再創造の原理によって、蕩減復帰する再創造の原理はどうなっていますか? (「創造原理です」)。それがどうなっているのですか? 神が創造の初めにつくったのは環境でした。いろいろなものの材料となる環境です。

 その環境の中に必ず設定したのは、主体、客体です。縦的主体、縦的客体、横的主体、横的客体、前後主体その前主体、後の主体、このように球体を形成しようとするのが神の創造理想です。分かりましたか? 環境には必ず主体、客体の過程を通過しなければなりません。それを完成しなければなりません。それは本然の創造です。その主体、客体は、それだけの関係ではなく、完全に対応という関係です。

 君たちは地上に住んでいますが、宇宙のすべての存在圏と何らかの授受作用をやっています。ですから、思いもよらない憂鬱や喜びなど、それを知って球体世界を回って住まなければなりません。

 太陽を知っているでしょう。太陽圏です。地球は太陽圏を中心とします。一千億圏の大宇宙が太陽圏で構成されています。それは正に、それを拡大して、例えば人間の体の細胞を宇宙的拡大すれば、同じ層のある細胞間に、何千万キロのそのようなものと同じように宇宙は構成されているのです。宇宙は球体になっているでしょう。運動するのですから。全部がそうです。全部が運動する球体です。人間もそうです。全部です。細胞構成からみて、全部核心があり、副題があってそれを構成し、それを中心として、プラス、マイナス関係になっています。

 一つのグループを中心として筋肉もそういう筋になっています。それが油をつけてクッションをつけるように、作用してもちぎれないようにしているのです。同じことです。対応関係と連結して人格完成というのです。人格を構成しているのです。

 この世の中を見た場合には、創造原理は対応圏です。全部対応圏です。鉱物は鉱物なりにプラスイオン、マイナスイオン、主体、客体がこれを中心として、愛を中心として一つになります。それから昆虫や植物の世界も雄、雌があります。何を中心として一つになるのですか? 彼らの愛です。昆虫は昆虫なりに、彼らの愛によって一つになります。秋の夜に、明るい月が出た夜は、昆虫世界のオーケストラです。何をしながら、昆虫世界のオーケストラは演奏しているでしょうか? ダンスをしたり、キスをしたり、戯れながら、喜び合う歌声が秋の昆虫世界のオーケストラです。全部愛を中心としています。それから、男女、動物の世界も雄、雌によって構成されます。

 宇宙で最も神秘的なものは何でしょうか?  存在の動機はどこからかというと、男女になったのが神秘的なものです。そうです。君たちは男ですか、女ですか? (「女です」)。女とはどういうものですか? 女はもらいたがる者です。そうではありませんか? もらいたい者です。器みたいにこうなっているでしょう。ですから、女はいつでももらいたいのです。男はいつでもやるものです。ですから、女は男がやっていれば幸福と思います。「ああ、永遠な幸福、栄光の場に属する自分に勝る幸福者、世の中いずこにいるやー?」と。

 生理的にも女の生殖器というものはもらうようになっているのです。男がやるようになっています。ですから、女は大きくありません。もらうのですから、大きさは必要ではありません。男はやって食っていくには、消耗するので、平均を取るためには、男は大きくなければならないのです。

 道を歩くとき、男は右ですか、左ですか? 右だというのは、だれが決めましたか? なぜ男が右かというと、主体は右ですか? 左でもいいではないですか? 神様に向けて死んだ場合には、神様が向こうを見た場合には、神様は左のほうを向くのです。抱き合うときに、右のほうに行った場合、神様は男と抱き合いますか? 女と抱き合いますか? 右にやった場合には、神様の抱き合う所には、男ではなく女のほうが先になるのです。その辺、分かりますか?

 男が右にやった場合には、神様がここに行った場合に、女を中心として抱き合うのです。そうではないですか? 左に行っているので、神様が右へ降りた場合は右のほうですから、それは抱き合う場合にはこういうふうにして、女を中心として神様と男が抱き合うようになるのです。小さいから、こういうふうに抱き合うのですか?

 そういうふうに考えれば、愛を中心とすれば、神様と男と、これを共に愛するようになっているのです。心情に植えるところが女なのです。ですから、女を中にして抱き合った場合には、男が右に立って回った場合には女も回ります。女を中心として回っているようになるのです。

 愛を植えるのに男に植えますか、女に植えますか? 女に植えます。そのとき、宇宙の中心に立った女に植えますか、外に立った女に植えますか? 神様と真のお父さんと抱き合った真ん中に立った女に植えます。そういう意味で、女は二人、縦的相対者と横的相対者を持つようになります。そのように植えた場合には、縦的子供、横的子供、女も入っていますから、縦的兄さん、縦的姉さん、縦的妹……、同じように植えるようになっています。


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 そういう意味で、神に向けてやった場合には男は右に立ち、女は左に立ちます。分かりましたか? だれが決めましたか? 宇宙がそうなっているのです。すべてはペアシステムになっているのです。

 宇宙でいちばん神秘的なものは、創造のときに神が持った初めての観念です。愛という観念を持って宇宙をつくるようになったのです。すべての存在は、愛を中心として、相対的な基準を持たなければなりません。ゆえに、環境には相対圏がなければならないのです。主体、客体ですから、相対圏がなければなりません。相対圏は必ず対応します。それは家庭ばかりではなく、その対応圏は氏族や国家、世界につなぐのです。そういうふうにして、直接それが主体になった場合には、それに歩調を合わせるマイナスができます。自分が大きい立場に立った場合には、向こうが相対圏に即時に歩調を合わせる方法を取ることによって、宇宙は、衝突をなくして授受作用し、平和、円満な運動が続くのです。分かりました?

 このように見た場合、世の中で、いわゆる人間の生活の秘密の態度は何かというと、いつでも主体になるか相対になれる場において、それに相応する、対応する主体圏、客体圏を保つことです。それによって関係が拡大します。分かりましたか? 因縁が拡大します。因縁というものがあるでしょう。いつでもそうなっています。

 君たちは韓国にいました。韓国は違います。違った場合に、韓国の主体、客体相があります。韓国の国があるし、国には主権があって韓国民があります。その中に来て、それにいかに対応するか、分かりましたか?

 国民と主権と授受作用するところに、自分たちがいかにして上がるかという場合には、主体の前に客体である国民が、絶対的信頼と犠牲とともに一致すべきなのです。そうでなかった場合には、それ以上に主体が奉仕的な立場に立った場合には、今まであった相対圏を横にして、新しい相対圏が、それは果たせない基盤を譲らなければなりません。何の話か分かった?

 進化もそうです。アメーバからだんだん大きくなっていったとして、アメーバからプラスがあったとします。プラスとマイナスとで相対圏をつくり、そのプラスはその環境において、大きいプラスかマイナスを目標として、見えない目標に対して大きいプラスに吸収されますか? それ自体が、大きいプラスの立場で吸収して大きくなりますか?

 そうなった場合には必ず、その実体、大きくなった群れはプラスかマイナスになります。プラスはプラスですから、上のプラスの場合に、下のプラスはこういうふうにもつくし、ああいうふうにもつきながら、連結を拡大することによって進化も可能なのです。何の話か分かりますか?

 再創造の道は、まず環境があります。統一教会の者が酒場に行っても酒は飲めません。飲む必要はありません。酒を飲んでも、主体、客体圏があります。主体が酒屋のおやじであるとした場合、客体圏のより以上の客体者としてプラスに影響を及ぶようなことをなした場合には、主体が引っ張られてくるのです。主体革命です。主体を変化させていくのです。分かりましたか?

 ですから、統一教会の生活の態度は、どこへ行っても反発するなということです。そこへ行ったら、主体、客体に対応的な立場に立って授受作用をしなさい。そうすれば、その場をいかに強くやるか、いかに高く広くやるかによって、その主体圏を自分のほうに引きつけることができるのです。

 主体に三人の客体が合った場合、三人より以上の客体的努力奉仕をなしたならば、主体自体が引っ張られてくるのです。中心が動かないようにしても、結局大きいものが中心基点によって回るようになります。大きいものが重いものが中心に呼ばれるようになります。分かりましたか?

 重ければ、大きい者が止まった所があるでしょう。それを中心、シンボルとして、そこから運動を始めたら、客体の者が自動的に主体圏占領、交差的占領が可能です。よりために生きる者は主人になるという結論になります。

 先生が今何と言いましたか? 「よりために投資するものは中核の位置に立つ」です。中心者になります。創造世界の三大原則です。そうなった場合には、女にしては、姑という韓国の風俗に沿った主体相対圏があります。嫁としてちゃんと入った場合には、自分を中心として「私は大学を卒業したから自分は主体だ。姑、舅、その兄弟たちは自分より教育されてないから相対圏に立て」という、そんな馬鹿なことはありません。それは、あほです。気違いです。そんな気違いがどこにいますか?

 どういうふうに復帰原則路程に接続させていくかという生活態度が重大です。これを一般の人は知りません。「ああ、厳しい。姑、舅じゃなくて、舅じーがおじいさん、歯が悪いから姑ばー」ですか?

 その相対者は何をいちばん好みますか? パンが好きだとしたら、それを持って行くのです。いちばん好きなものを、一つ、二つ、三つ、四つ、五つやった場合には、一回りできるのです。分かりますか? 何と言いましたか? 一つ、二つ、三つ、四つ、五つの場合には、一回りして中心が生まれてくるのです。四年間、五年間辛抱してもいいです。四十年間、五十年間辛抱すればいいです。必ず、この宇宙の原則によって投入して忘れるのです。そうした場合には、必ず創造原則において中心に立つのが原則という信念を固めてください!

 先生の場合、大韓民国があるでしょう。大統領とか国民が全部先生に反対しました。反対しても、先生は国民といつでも一つになっています。国民全部が尊敬する場をつくったのです。国民投入、相対圏においていかなる国民も相対するようになれば、どんどん上がってくるのです。中心が上がってきて、国の主体圏がそこに相応した基地に立たなければ、文先生がより以上投入した場合にはそこに中心圏が移されるのです。自然屈伏、統率が可能です。分かりました?

 四十三年間、先生を無視し、神様を無視し、永遠の摂理を司る神様を無視して、いかばかり人が、神を、先生を否定して死んでしまいましたか? いかなる残酷な神様をぶっかけても関係ありません。君たちの理想的内面の思想の主体者として、悪い言葉の相対圏でありません。未来の良心的な方向に希望を願うようなときには方向をつけていくのです。これが宗教圏の拡大を生みました。良心のみを中心として悔い改めさせて、元に返す方策をやっているのです。


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 なぜ神様は投入しなければならないかということが問題になります。真の愛の相対者を求めるために、なぜ投入しなければならないのですか? 投入させればいいではありませんか?

 宇宙の大本から考えた場合、神様一人しかいませんでした。神様一人が初めから全能なる神様になったのですか? 神様は大きくなってきましたか? もともと大きかったのですか? どうなのでしょうか?

 神はいかに存在するや、これは哲学的ないちばんの根本問題です。これをどういうふうに解明しますか? 宇宙の根源の始元は何か、初めの起源は何か? 動機が何か? 神様がいっぺんに絶対なる全能なる神様になったのか? 神様もしかたなく一つから二つと、合わせていってだんだん大きくなったのか? それを見ましたか? どういうふうにして大きくなったと言えますか?

 例えば、曇った日には雷が鳴ります。雷が鳴りますし、稲光もします。そういう場合、その数億ボルトの電気がいっぺんに生まれてきたのでしょうか? 一つ一つ合わせてきたのでしょうか? 「やあプラス」「やあマイナス」とぶつかって涙を流して、光を出し、消えて行くのですか? そういった場合に、一つ二つ合ってきたとするならば、電気の理論に逆らいます。プラスとプラスは反発するのに、一体何ですか? マイナスとマイナスが加わるなんて理論的にありえないことです。その根本をいかに公認させながら、説法を高めていきますか? 問題は、大きな雷もプラス、マイナス、電気も一つ、二つ大きくなってきたか、いっぺんになったかということです。大きくなってきたという結論を出さなければいけません。

 同様に、神様も人間も一つの細胞からずっと分かれて大きくなります。そうでしょう? 一つの細胞からです。同じように、神様もずっと大きくなってきました。その本質、その答えは何かというと、神様は存源です。存在する源です。その力の作用の本質は何ですか? 力ですか? 力ではありません。知識でもありません。愛の力です。愛の抱き合う力です。授受愛です。授受し、抱き合う力です。そう見た場合に、宇宙の愛の完成部を抱き合うその存在とは、絶対に二つから始めるのです。そうなった場合に神様は大きくなるのです。神様が大きくなるとき、いかにして大きくなったかが問題です。分かりました?

 原理講義した場合に、だれかに質問されて答えようとしても分からないので答えられないのは問題です。愛というものの存在の起源は、自分に立っている神様です。絶対なる中心者の神として見た場合、大きくなるためには引きつけるのです。どこかで引きつけなければ、プラスに他をプラスさせなければ大きくなることはできません。二つの方法だけです。引きつけることとプラスさせることです。

 それでは、神以外に引きつけるものがありましたか? ありません! それでは、どういうふうに大きくなりますか?

 愛というものは運動するようになります。授受するサークル、環境をつくらなければなりません。運動しなければなりません。授受作用です。やったら、もらわなければなりません。

 そうすると、宇宙の初めに、神様自身が自分を投入する以外にありません。投入される相対がないからです。出発の起源は、自分を投入する以外に、その道を通して大きくなる以外に道はありません。そうでしょう。ですから、投入するのに苦労があるのです。

 小さい丸いパイプの中でも、神様がこのパイプの中に投入すれば、パイプの中にメリケン粉を投入すると考えた場合に、パイプを通してどんどんと入ってきて、最後には投入することによって神様がそれを押すようになります。それでも投入していくと、これが一つのサークルとなり、ちゃんと回ったら、外ではなく、内にこなければなりません。なぜなら、愛の定着圏は中心者を求めますから、それをやると、自動的にそれがどんどん中に入っていっぱいになっても、どんどん中に入れると、膨らんできます。

 それで限界になった場合、宇宙は粗密になってきます。高く、粗密になっていますので、限界にくれば、宇宙の原則はプラス、マイナスの動きになります。強弱の連結の体制です。君たちはシャフトを知っていますか? 回る元、シャフト、それを受ける軸が、シャフト、これ棒です。受ける軸はバネットです。これは鉛です。鉛に油をつけたら、あんなに大きいローターが回るものでも全部押しつけて動くようになるのです。ですから鋼のところに一番軟らかい鉛と組み合わせた場合には、それが合うのです。

 ダイヤモンドを削るのは銅です。ダイヤモンドに銅、それは強弱融和というものです。ですから、男は強いし、女は?

 なぜなら、愛を中心とした世界の神様の置くところには、授受作用して上下関係をしながら、回りながら、上下関係が大きくなったり、小さくなったりします。回るのですから、下がっていく運動は、円状になります。そうすると、いっぱいになってくると、これが押しつけて、中身が膨れてくるのです。これは出るところがないので、反対側に返っていくのです。

 それゆえ、この中は自動的に球体形成が起こってきます。存在平面が球体形をなすために神が投入する運動を中心としていくことにおいて、最後には神自体を押し寄せます。そして、神自体は中心の所に核として立つようになるのです。分かりましたか?

 ですから、存在の起源は、もらうところではなく、愛の相対者に無限に投入するところから出発した愛の実体の神であるから、そういう作用によって宇宙は生まれ、始まったのです。存在はために存在したのです。

 君たちには何もありません。お嫁に行って、旦那さんのところに行って、投入です。投入すれば、怖い姑、義父母にそこを通して無難に回っていくのです。そうすると、通ったそのものが反発しますか、後について来ますか? 反発するのですか? なぜついて来るのですか? 押して、押すわけですから、結局自分を押して、核心のほうに立つようになるのです。

 宇宙の存在の起源は、愛を中心として投入、投入から始まっています。つまり、“ための哲学”の根源の泉です。源です。分かりましたか?


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 そうすると、神の創造の目的は何ですか? 愛の相対者をつくるためです。そうでしょう。神様は投入したのです。真の愛で投入したものはどうなりますか? 百投入した場合には、真の愛は繁殖力があるので、百以上になります。押しつける力があります。何の話か分かりましたか? 百投入したのに、百二十、二百以上の力で宇宙力が作用します。真の愛は、投入して少なくなることは絶対にありません。

 ですから、真の愛の相対圏をつくったところには、永生という論理が可能になるのです。大きくなるのですから。小さくはなりません。永生という論理です。そのような基本的論理観から愛の相対者の人間をつくり出したのです。神様は人間を十日間ほど愛して、「ああ、疲れた」と言いますか? 投入して、投入して、永遠にまた投入したのです。

 真の愛が分かりましたか? 投入すればするほど立体圏で増えるのです。もらおう、もらおうとする場合には、全部が破壊してしまいます。

 堕落の結果、愛の相対圏に自分がもらおうという観念に追い込んだのはサタンです。そこには永生はありません。投入すればマイナスになっていきます。しかし、こちらは、投入すれば増えていくのです。

 君たちもそうでしょう。真心尽くして、自分が愛する者に百万円で高価な贈り物をあげたいときには、九十万ドル、九十万円で買いますか? 三十万円減らして考える真の相対者がいますか? それ以上やりたいでしょう。百万円やった場合には、百二十万、百三十万と、さらに加えてやりたいのは、正常な人間ならだれもが思います。

 なぜそのようにもっとやりたいと思うのでしょうか? 本然の真の愛の相対関係だから、当然そうならざるをえないのです。相対関係です。自分が百もらったのに、プラスで投入するわけですから、出るときはもっと大きいものになるのです。ここには消耗というものはありません。拡大と繁栄の道しかありません。自分を中心としてもらいたい者は、大きいものからだんだん小さいものになります。ここには、自動的に敗北になります。分かりましたか?

 自分を投入するところに、真の愛の因縁は出発し始まるのです。聖書は記しています。堕落世界は自分を中心として考えるのに、聖書には「死にたがる者は生きるし、生きたがる者は死ぬ」と。これは何ですか? 理論に反します。そうでしょう。百八十度違うような、謎みたいな話がなぜ真理の精神の中心思想となっているのですか?

 それは、創造本然の源の力である投入の精神に一致するからです。その世界は絶対に拡大する世界であって、減少する世界ではありません。ゆえに、「死のうとする者は生きる」という論理が成立するのです。理論的です。分かりましたね。これは、徹底的に知らなければいけません。

 それから、投入する主体、客体を形成した場合は、宇宙が保護するようになります。今、何を話しましたか? 主体、客体が愛で一体化された場合は、宇宙が保護するのです。宇宙、天運、神様が保護するのです。宇宙の存在は公平です!

 なぜでしょうか? いくら孤独な女でも主体なる男と絶対に一つになる愛の道は備えています。それを得るには、その相対圏をいかになすかが問題です。主体になりますか、相対ですか?ための対応圏、ための主体相対圏を持つことは、理論的に必要です。

 女として生まれた以上、お嫁に行かない女はいません。いくら顔が醜くても、相対者は「生まれてくるな」と言いますか? 自分も知らないで、片目になった女でも、片目がいかに美人に見えるか分かりません。これを二つの頭、金の玉、金玉ではなく金の玉、韓国の柳さんが、日本で「金の玉の子供みたい」と言うのを聞いて「金玉の子供」と言って笑った、そういう連想をしたらだめです。先生がこういうことを言うのは、暑いときに、寝ないように刺激のために言っていることなのです。

 それは、前が幸福ですか、後が幸福ですか? 前ですか? なぜ? 投入する意気込みが多いからです。後に立つと、サタンが見物に入ります。前には来ません。環境世界に主体、客体は絶対的な存在基台になっていますから、女たる者は、結婚できないという話は永遠にありません。日本でいくら女がたくさん生まれたとしても、男ばかりの極が世界に残っています。世界を回って、旦那さんを訪ねて行きなさい。男女が生まれているのに、結婚できなかったという男女は見ないでしょう。適当に生まれて一人で年取って老いてしまったという者はいません。相対者は皆、あります。それは、何人も違いません。宇宙は神秘的です。


     ◆

 宇宙は環境圏を保護します。主体、客体が授受作用するものは天運も宇宙も保護するのが、自然の法則です。

 それでは、君たちが病気になったらなぜ痛いですか? 病気になったらなぜ痛いですか? お医者さんが診ても分かりません。「痛いから、痛い」、そんな答えがどこにありますか? これも原則を利用して考えるのです。この体においてすべての分野が、主体、客体圏をつくっています。それが授受作用しているから、自然宇宙が天文学(保護)をするので、衝突しないのです。バランスが取れて運動しているから、何の苦しみもないのです。肌は一気圧の圧力で押されています。平均が取れているので、それを感じないのと同じです。授受作用相対圏は宇宙自然力が保護しますので、そのときは何の支障もなく感じないのです。

 しかし、「痛い」というとき、主体はありますが、客体がないのです。不幸が起こりますから、宇宙存在力が追い出すようになるのです。不幸を追い出す力が「痛い」のです。これは、早く相対圏を設置して戻っていきます。

 男の奥さんが死んだ、あるいは男が死んだ、それはなぜ悲しいのですか? 自分の旦那さん、男が死んだら、女がみっともない格好で、孤立した精神をもって泣きだします。泣き所です。どうしてそうなりますか?

 男女相対圏を拾って、愛を中心として宇宙永遠の法圏に入ったものが、その相対圏がほつれたならば肌が赤くなるように、寄せてる力によって悲しみや辛さを感じるのです。君たちもそうでしょう。友達が一人見えなくなっても、相対圏がなくなった場合には、寂しいでしょう。友達もそうです。知識も友達、金も友達、皆、友達です。権力も友達でしたが、それ以上に永遠主流になる愛の基準において相対圏を得たとしたら、それを失う痛さは宇宙を替えてもどうにもならない痛さで感じられるのです。分かりました?

 その原則により、数億の電気のボルトがプラスになるのは、相対圏がプラス、プラスの相対圏が成立しないときには壊れます。一度プラスの電気とマイナスの電気が相対圏をつくった場合にはここにプラスが来た場合には、相対圏に背きます。宇宙保護圏を侵害する立場に立ちますから、プラス、プラス、マイナスと反発します。自分の相対位置を保護するための反発作用が第二の保護作用です。宇宙は対応反発という力のバランスを取っているのです。それは悪い力ではなく、アクションとリアクション、作用と反作用です。平均的にバランスが取れるのです。分かりましたか?

 どういうふうになっていますか? 嫁に行かない女たちは戯れ合いながら、プラス同士でたくさんの友達と抱き合うことができます。男も同じです。子牛みたいに、男同士で村を騒ぎながら歩き回り、一つになります。

 しかし、その男がある日娘と結婚した場合、自分より美男子の友達が自分の奥さんの前に現れることを願う男がいますか? 答えなさい。(「いません」)。「明日から来るな。このやろう、行け」と言っても、悪くありません。友達がその男のように宇宙の法を受けるようになるため、け飛ばすのは完成の道を誘うことになるのです。初めて聞く理論です。プラス、プラスのときにはどこに行っても相対圏にはなりません。

 自分が大きくなった場合には、環境がだんだん大きくなります。それを見たら、周りの者が「中心になって相対圏を治めてくれ」というふうになります。自分が相対圏に立った場合には、全体がそういうふうになります。一つの関係に収めて、相対理想圏を誘うようになります。

 ですから、あなたがた心情圏の完全なプラスは、完全なマイナスを得るのです。その原理原則を利用して伝道もするのです。本当に、神様みたいな創造力で全部投入して忘れるようなことを一年間続けるのです。そういう決心がありますか? どうですか? 答えてください。

 それもできずに相対実績を願うのは、宇宙、天道、功労の道において、どろぼうです。千万年引き続いて投入する神の前に、永遠に投入して全体の中心を固めていくという思いをもった場合には、神は自動的に引かれてきます。磁石には鉄粉が皆、引きつけられるのと同じです。

 このような原則から見て、統一教会は主体圏、客体圏の理論からカイン、アベルの論理を引き出したのです。創造原則です。再創造の環境には、必ずプラス、マイナス、これを確立しなければなりません。相対圏をつくった場合には、いかなるものも進化します。先生もそうです。ちゃんと真を尽くして相対圏をつくります。いくら反対しても破ることはできません。自分が変わらなければ、向こうも変わりません。ですから、いくらやっても、やったものは最後にはそのしっぽにつきます。女、母さんが反対した場合には、父さんが反対の女のしっぽにつきます。男、父さんが反対した場合には、母さんが旦那さんのしっぽにつくのです。相対ですから。

 このようにして相対圏保護を続けて排除しますので、迫害するキリスト教宗教圏の迫害の道において、宗教はいかにして発展したでしょうか? 主体、客体圏の立体圏を保護するのに、周囲のあらゆるものが反対して排斥力を受け、その度を超えた場合、例えば、お母さんが子供に反対した場合には、お父さんが子供に尽くして相対的な位置にプラスさせてどんどん増えていき、その環境を吸収していくのです。

 このような観念より、日本の今までのカイン、アベルの観念は間違っています。ですから、日本の教会は世界的発展をなすべきなのに、原則の方向が違っているために発展しないのです。先生の教えによっていません。

 なぜですか? 任命された場合、すぐに「わしはアベルだ!」となります。主体になっていません。主体となって大きくならなければ、たくさんのプラス、主体圏をつくり、相対圏を原則基準の人格完成基準という限界まで導かなければならないのです。それなのに、自分は三〇パーセントも投入せずに「自分はアベルだ、中心だ。侍れ!」、そのような者は宇宙は保護しません。自分の限界まで投入し、自分が経験したことに感謝し涙ぐむような、感謝の涙と感謝の思いと感謝の行動で環境を潤して、いっぺんに覆うようにしなければなりません。


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 神が相対圏をつくる環境にはなっていません。分かりましたか? 神の代わりに環境をつくらなければなりません。愛の環境、愛の相対圏を保護する環境をつくらなければなりません。主体、客体が設置されたところから対応圏が生まれないと発展の道はありません。

 子供は対応の直結体としてつくったのです。親の愛は対応です。奥さんは女対応ですが、垂直に対応しうるところが子供です。それは球体を中心として、核を中心として、数多くのラインが対応圏をつなぎます。全体がこの核を通じない対応線はありません。通じないものは、表面下であって、完成部分になりません。

 お嫁に行き、韓国の家に入る者は、自分が愛の環境、統一教会の環境、創造性の神の環境、ための環境……、という理想の将来を、投入して何でもつくられるような環境の心情圏をいかに確立するかが重要です。プラス、マイナスの完成相対圏を信ずる基盤において、自分より劣る立場で、自分がプラスになって向こうを相対圏に消化して、となった場合には天運に保護されます。それに反対する者、それを破壊する者は皆、排斥されるようになっています。

 昆虫の世界もそうです。このような原則が元ならば、進化論は成立しません。相対圏客体の路程を通してやれば、アメーバからモンキーまで、猿まで、何千何万回の愛の門を通過した連結の雄、雌の関係を無視してはつながりません。

 すずめもそうです。冬などは戯れて相対を知らないのでまちまちのプラスですが、春になって巣をつくり、相対圏をつくった場合には、絶対的です。第三者のすずめを、雄、雌共に排斥します。雌が来た場合には雄が排斥し、雄が来た場合には、雌が排斥します。自分の相対圏を誤るからです。宇宙の法圏の侵害者になるから、それを排斥するようになっているのです。

 ですから、アメーバから猿になるまでに、たくさんの愛の過程を通過してきたのです。愛は相対的関係、第三者が加入しないように、絶対的種別方法、聖い種別方法の圏を守るようになっています。動物世界も昆虫世界もそれはいりません。それを連結して、アメーバから猿まで無難に続ける道はありません。愛の門を続け、愛の門をつないで、雄、雌が愛し、子供をつないで、子供を通じて、種類はその種類として、絶対個別種として残るようになっています。それが宇宙の誇れるものです。めちゃくちゃに交流するものではありません。世の中でいちばん最後の真理は、雄、雌、男女です。この観念は偉大です。雄、雌の観念がなければ、愛は成立しません。

 このように見れば、宇宙創造の内容は愛から始まりました。神を中心として、それに相応的な対応的平行的位置において、自分の存在軸を中心として神と人間の大きな軸に平行的な存在として回りながら、自分の動流行の世界の存在として細胞的な立場の愛の側生として存在します。ですから、神に対して、人間に対して、反対することはできません。

 細胞が反対しますか? 反対に感謝します。低級なものが最も願う最高級のものの愛の軸に加わることが最高のものです。ですから、大きな愛の心情を食べるのです。食べても、愛で食べるのです。

 神様解放……、苦しんでいる愛の相対者の女の愛を解放する主人の細胞も、主人の刺激要素として活動して生きたいというのです。それを誇ります。ですから、神様の女の唇や男の唇になる細胞がキスすると、この細胞になりたい……、何を笑いますか? そのような動物の中にあった細胞や、低級な動物のものは、皆、高い主人の細胞圏の中核に抱かれながら神の愛につながれることを希望するのです。横的存在はこのように回りながら、縦的に愛する神にまでつながれています。

 男女の生殖器は神の愛につながる中心の細胞です。自分のためのものではありません。これを支え、相対圏に立ちたいというのです。女同士、男同士ではできません。アメリカのホモセクシャルやレズなど、そういうことはありません。女は男、男は女です。女として女のために生きるべきではありません。奥さんとして男のために生きるべき女の道です。

 なぜなら、生まれるとき、愛という観念が先にあったのです。愛の観念がなかったならば、雄、雌の観念を設置する必要はありません。鉱物の世界もプラスイオン、マイナスイオンです。雄、雌と同じです。昆虫世界も雄、雌同じです。動物も皆、雄、雌同じです。男と女も雄、雌でしょう。雄、雌の観念が生まれる前に、愛という観念を持ち出して、愛を中心として一つになるようになったのが、雄、雌の観念です。愛がなくては、雄、雌は生まれません。雄、雌が最初ではなく、愛の感性と観念が最初です。実際、実体とリアリティーです。哲学における感性と実在の問題は、世界の大臣の闘いの元になり、今は皆、つぶれてしまいました。

 女は女のために生まれてきたのではありません。男は男のために生まれてきたのではありません。愛のために生まれてきたのです。ですから男の中心思想、女の中心思想は、愛です。それ以外にありません。金でも知識でもありません。自分の子供の顔がでこぼこで、棍棒のようになっていても、唾をかける親がいますか? 「配偶者との間になぜこんな子供が生まれた? この次生まれたら絶対殺してしまう」、そういう親がいますか? 真の愛をもったお母さんは、そのでこぼこが幸福の泡をつめるような壺みたいに思います。金の泡です。金の玉の泡をもらうような壺に見えます。それに触ったら、その刺激がもっとかわいらしいのです。

 愛はこのようにへんてこな性格を持っています。平面的だけではなく、立方的な立体的性格です。愛にかかると醜いものがありません。気持ちがいいですか、悪いですか? 後ろの男、どうだ、気持ちが悪いですか? この世の中にないことを言うのです。図書館にはありません。先生から始まった理論なのです。気持ちがいい、悪い? (「いいです」)。君たちが今まで大きくなったのは何のためですか? 男は女のためです。生まれたのも女のためです。

 それでは、神様は愛の観念で男女をつくりましたが、男をつくるとき、男ばかりを初めとして考えてつくったのですか? それとも、男をつくる前に、女がこうだから男はこういうふうにしないと合わない、というふうにして第二の立場で男をつくったのですか? 第二の立場を否定することはできません。ですから、男が生まれたのは女のためです。自分のために生まれてはいません。

 愛というものは、ために生きる、つまり、授受、投入することが起源になっていますから、自分が生まれるのも投入するためなのです。もらうためではありません。自分のためにもらったら、真の愛は生まれてきません。女もために生まれたことは偉大なことだということが分かるわけです。分かりましたか? 男は何のために生まれましたか? (「女のために」)。それを約して男の立場でために生まれました。

 それでは、男女が生まれたのは何のためですか? 愛のためです。その愛は、何のために生まれましたか? 神様を占領するためです。愛の相対、パートナーに立ったら、神様を占領するようになります。

 ですから、個人が完成して愛を捜していくのは、神様を占領するためです。横的夫婦関係の愛を結束することにより、縦的神様を占領する道がつないであります。それゆえ、絶対なる中心の価値である愛を占領することによって、宇宙は自分のものとなり、すべての権限の位置、同参生活、すべては神と同参同居する環境になるのです。これ以上の欲望、最高の完成圏はありません。人間の欲望はこの基準によって、すべての万民が欲望完成圏が、本然から私たちが所有すべき絶対価値圏であったということを忘れてはなりません。それを願うでしょう。


     ◆

 君は何になりたいですか? 王様になりたい、世界一の主人になりたいと思いますか? そうでしょう! 世界の主人になりたい、真の男になりたい、愛の主人になりたいでしょう。三大愛を中心とした主体思想から見ると、神は宇宙を中心として愛の中心者です。だから父母の立場に立つのです。

 先生の中心である真の教えを教えてやります。見せてやります。“ための生活”をすることによって、真の愛を習うことができるのです。そうなった場合には、自然に父母の立場に立ちます。それから自然に主人の立場に立ちます。愛を中心として、天宙の先生、天宙の親、天宙の主人になりたい欲望が、万民共通の欲望になります。

 それが不可能な不完成な欲望であるのは、もともと生来受け継ぐべき本来の自分の所有圏であったのに、堕落したために絶縁体で覆われているためです。本心自体は南北を指す磁石と同じように作用していますから、欲望も宇宙すべてを超えて自分と関係を持ちたいという対応圏があります。対応圏を持ちたく思うのが、自然現象の作用でした。そのことをはっきり知らなければいけません。

 なぜ生まれましたか? 愛のためです。金のため、権力のため、勉強のためではありません。愛のために生まれた者たちが、勉強という偽りの飾り物で飾ってはいけません! 金の飾り物で飾るのではありません。純粋ではありません。天宙で、歴史性を持ちません。真理体としては永遠に続きません。

 真の愛のために生まれたのです。それを聞くと、汚い爪先も喜びます。全部が君たちの五感も真の愛が君を愛そうとして待っています。気持ち悪いですか、いいですか? どのぐらいいいですか? 神経がけいれんして硬くなるまで、永遠に、そこで硬くなって石みたいになってしまってもいいという真の境地までです。死んでしまってもいいです。これ以上二度なくてもいいのです。

 その愛を願わないですか? (「願います」)。女ばかり願って、男と一つになろうと努力してみなさい。可能でしょうか、不可能でしょうか? 絶対に不可能です。

 なぜこういう表情するかというと、忘れないようにです。七十歳を超えた先生がそのポーズを取るには並々ならない苦痛です。君たち子供たちを正しく教育するポーズを取ります。忘れないようにです。

 真の愛のために生まれました。投入して忘れて、一生投入する、永遠に投入してすべてを消化して、神の王宮の愛の実体者を創造するまで私はやるというのです。哲学においては、観念と実体の問題があります。

 共産主義は「それは宗教から見れば観念だ。実体は万が一にも実体だ」と言います。そんな馬鹿な話はありません。存在の原因は、男、女が来る前に、愛を中心とした完成は愛に合うようにつくられています。初めから男自体も女自体も、自分を中心とした動機は何もありません。愛を中心として、女は男に合うように、男は女のために存在したという、理論的原則は絶対否定できません。この理論を否定する何の理由もありません。

 この世紀に生まれたことを感謝しながら、真の父母に抱えられ、こういう教育を受けるのは最高です。あなたがたの神経が五感の焦点を合わせて一つになるところは何ですか? 真の愛についた場合には、目も鼻も口も愛してしまいます。見過ぎた場合には永遠に瞬きしたくないのです。開けたまま口は呼吸を失い、凍りついたまま無条件統一です。その境地に行かなければ神の国につなぎません。

 君たちは愛のために生まれたのです。神の絶対なる愛のためです。神は絶対なる愛の王様であり、絶対なる親であり、絶対なる先生です。三大主体思想がここから出てきます。それを社会に見れば、王様は主人の立場です。学校制度の場合は先生の立場、家庭では親の立場です。三大の愛の圏を、これをつなぐことによって自分が天宙のすべての主人になりえます。王様の代わり、先生の代わり、親の代わりに、中心として立ちます。

 三つとも必要です。ですから、勉強も必要です。家族生活のいろいろな料理の仕方も、日常の生活も必要です。着物を作るのも皆、愛のためです。愛を語るためです。食べ物を作るのも、愛の味を高めるためです。そういうふうにして、真の愛です。心を注いで料理をした場合には、おいしいこと、よだれが出る、涙が流れ、鼻のよだれが流れます。おいしい味の王者がそこに現れてきます。そのような料理を、ために作ってみましたか?


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 アダムは神様の家です。アダムは神の独り子でした。人間から生まれて来て、神が直接つくった絶対なる独り子でした。エバもそうです。

 それでは、イエス様は独り子ですか、二人子ですか? 聖書には一人です。独り子のイエス様と堕落する前の独り子とではどちらが貴いですか? 堕落しなかった場合には、アダムですか、イエス様ですか? (「アダムです」)。どうしてですか? アダムは神からつくられましたが、イエス様は堕落した後孫の女から生まれてきたのです。

 キリスト教はこれを知らなければなりません。数千代の汚れた血統を条件的基盤に植えつけて、それを条件的な立場によって独り子として生まれたように認めたのです。もともと一人の方は神自体がつくりました。長男、長女が独り子であり、一人娘であったことを忘れてはなりません。メシヤという者は、イエス様ではありません。堕落しなければ、メシヤはいらないのです。論理的にそうなります。

 また、ここで問題になることがあります。アダム、エバは堕落しました。堕落したのに、堕落して神に追い出されて、ふたりがつき合って子供を生んだのですか、生まなかったですか? (「生みました」)。これは、ふたりが堕落した後、神様がエデンの園で追い出した後にふたりでチャンポンになったのですか? 追い出す前にふたりで一つになったのですか? 間違いなく、追い出された後で一つになっています。

 そして、ふたりが一つに結び合って子供を生んだのが、地球上に住むアダムの後孫です。これを知らなければいけません。神とは何の関係もありません。アダム、エバは堕落の親になりました。悪い親になりました。親という名前は、愛の因縁を結んで子供を生んだときに出てくるのです。結局は、神の願わない愛の結束を延長して結びつけた万民です。悪い親は、悪い愛を中心として植え込んだ第一の先祖です。それで善悪の実を取って食べたのかどうか、はっきりします。

 真の父母ではなく、偽りの父母になったのは、偽りの愛によって父母になったからです。偽りの愛はサタンを中心として、サタンのささやきによって、サタンの願う愛の結束体から生まれたのです。ゆえに、サタンの後孫になるのです。それは否定できません。

 ですから、真の父母が来て、これを取り返さなければなりません。宇宙のすべてを知らないで堕落したのですから、今度は、先生がすべてをはっきりと教えます。このように無知な立場では完成はありえません。詳細なる自意識のうえ、分かったことによって、完成圏がなせるのです。その理論から見た場合に、偽りの父母で落ちたのですから、真の父母によって上昇する理論的観点を否定できません。分かりましたか?

 真の親は真の愛の種を植え始めます。それでは、日本の天皇、神武天皇が真の愛の親になったのですか? それだけ差異があるのです。

 高いか、低いか分からない者は、「天皇の子になれ、文先生の子供になるな」と言うのです。君は利口ですから、夢に考えても天皇の子供になれません。先生は夢に考えても、なりたくてなったのですか? そうではなく、国を捨てて、ここまでずっと這ってまいりました。そのような決意をして帰っても、成功して帰るのですか?

 目的観です。「天運の相対圏の方向で、相対と、対応圏を中心に一家を治めよ。丈夫になれ。王様になれ」。それが直系アダム家庭に神が任された使命でした。ですから、先生を中心として、今、左翼、右翼を治めているのです。それで、先生の前に反対することはできません。国に帰る途中です。どこに帰るのですか? 先生はどこに帰るのでしょうか? 北韓です。北韓に帰れば……。

 金日成はサタン圏の再臨主です。金日成を親と言っています。これまでサタン圏の長子権に立って四十年間王者として貪りながら、自分の一家繁栄のためにすべてを犠牲にしてきました。先生は、一家どころではなく、自分も投入し、一家も共に投入し、世界繁栄のためにやっています。世界の民主主義圏と共産圏を統合し、世界版図基盤の上に立った真の父母の名目で立っているのに、向こうは北韓という手のひらより小さい田舎で、だれが親を信じますか? それを先生が、今、教育しているのです。彼は知っています。どうせソビエトに寄るし、北韓に寄ってきます。日本とアメリカに影響を及ぼす文先生のバッグがどれくらい大きいかが分かるようになってきました。

 今度のソ連のクーデターは全部失敗です。これは、先生が行って話しました。「ワシントン・タイムズ、押せ」と。すぐに電話しました。ブッシュを啓発しました。「押せ。火をつけよ」と、先生がこうなれば、ゴルバチョフがいまだかつて経験しなかったほどすごいのです。「アメリカと完全に一つになりなさい」と話しました。そういうときです。

 世界の宗教や政治、心が、サタンを中心として良心と肉心が闘うように相対圏になっていません。本当の女、男の、本当の宇宙に対応する主体になっていません。客体になっていません。だらけています。

 それを拡大して、宗教圏です。良心は全部宗教圏であり、肉身は政治圏です。肉身が良心をたたきつぶしてきたのと同じように、宗教界を犠牲にしてきたのが政治界です。それは世界的に先生の努力で発進し、明日から八日までにその方策は終わります。このような時代になったので、アメリカもカイン圏の世界も完全に一つにならなければなりません。それゆえ、こういう問題になって三日で、サタンの三日分別期間によって、ソビエト、アメリカが完全に一体圏になるようになりました。ゴルバチョフは疑いません。今まで軍部やKGBの背後に力を持っていました。ソビエトのバッグも分からないから、自由世界が両手を広げて交流することができませんでしたが、今はそうではありません。

 ところが、宗教的、世界的な一つの外的な交友圏において、ソビエトも収拾する道はなく、アメリカも収拾する道はありません。今日のテレビやラジオでは「共産世界の空白をいかにして、だれが、何をもって、新しい思想で埋めていくかということが、今後のソビエト世界を収拾し、それが第三世界の理想になるだろう」と結論していました。

 それをだれがやるのですか? 神と神主義とヘッドウィング(頭翼)が真の父母に属するものです。ゴッディズム(神主義)は垂直圏に属する垂直平行を合わせ、世界兄弟全部を合わせ、球体理想として愛の球体になります。それから球体はどこにあっても垂直と通じます。表面は理想圏ですから、表面圏、世の中は不平を言うことはできません。分かりました?

 サッカーボールが転がって止まった場合、どの面でも垂直と通ずる平等な面を持っているから価値観によって平等な世界、バランスの世界に到達するのです。


     ◆

 蕩減復帰は、最初、どういうふうにしていったのでしょうか? 復帰は、創造原理によってなされていきます。復帰は、環境をつくり、主体、客体、個人的完成をなします。その足場を固めていかなければなりません。個人の良心と肉心とが、主体、客体が神の愛を中心として一つになったでしょうか? なりましたか、なっていませんか? 君たちは良心と肉心が闘いますか、闘いませんか?

 自分が何パーセントになっているか、よく知っています。自分のすべてを投入して観察してみなさい。自分のいい着物があったならば、怨讐に皆、やりなさい。一番いいものを後ろに隠して、悪いものをやるというのでは、理想の愛の世界は求めることはできません。サタン世界は、いいものは尻の下に隠して悪いものを出してやりますが、いちばん貴いものを愛の相対圏に提出するのです。そこで真の人、真の旦那さん、真の父母、真の子供、真の王様、真の国民になるのです。愛の相対圏拡大です。

 部落の中でいちばんやかましい問題の女、問題のおじいさんがいるとします。それを自動的に屈伏させなければなりません。その二人を一年、二年、三年で屈伏させた場合には、部落全体はあなたの足場になってしまいます。あなたは神の上部の支え軸になるし、あのおじいさんは下の支え軸になって、部落全体を回してしまいます。復帰はこういうふうにしてきます。主体と客体原則です。

 君たち、良心と肉心が一つになって、「神の前に私を占領するサタンがありません」と勝利的宣布して捺印を受けた場合には、サタンは再び来てこれを押しつけることができません。自分の先祖がそういう者だった場合には、何千代後でも、その基盤の上に家族的出発が可能です。蕩減基盤です。分かりましたか?

 そうなったら、君たちはいつ蕩減基盤を持てるのですか? 先生は「百二十人、開拓伝道しなさい」と言い、韓国から出動しました、七十年から。その後百二十人伝道して帰って来た教会長は何人いますか? 三年も行かないで……。先生の命令だったら、生涯かけてもしなければなりません。それを失敗しました。ホームチャーチは、百二十軒を最小とした三百六十軒を中心とするのですが、お母さんの親戚、子供、娘、親戚の娘たち等々、自動的に三百六十軒になります。「ホームチャーチをやりなさい!」と言いましたが、成功しましたか? 皆、失敗です。その責任をだれが負いますか? 先生が負います。

 今度は、その世界的蕩減で、民主主義世界、共産主義を並べて、開拓期から個人的勝利、家庭的勝利と、蕩減基盤を全部先生がやってきました。僕の僕から八段階、すべてやってきて、サタンと神を真っただ中に闘って基盤をつくりました。それは神様もサタンもそれを粉砕することはできません。先生もそこに立った場合は絶対権限です。勝利圏です。

 それは、君たちはまだ持っていません。先生がその取ったものを捨てた場合には、エンパイアもアンテナがとれると下に落ちますから、これを防備するために氏族のメシヤを設定して送ってやるのです。これを反対するものはありません。歓迎するばかりです。

 今、ゴルバチョフが全世界に登場しました。将来はそれ以上になります。文先生の言うとおりにやりなさい! 先生の言うところに迫害はありません。父母から迫害され、兄弟姉妹関係はもちろん親戚関係、一村、一国家を代表して反対されたのですが、今になっては、文先生に祝福されたらあなたがたの父母たちは反対してきません。

 「偉いことをやったな! この小さい細い、何の力もない女の子が、りっぱなことをして韓国に行き、一目見たら逃げ出しそうに見えるのに、どろぼうのような山男のような男を抱えて天宙復帰するとは。やあ、恐ろしい」と考えるようになってきています。そして、ひざまずいて「両親より偉い。兄弟より偉い。一家すべてを相続しても惜しくない。自分たちの過ちを悔い改める」となってきました。

 女の子として生まれた自分を、父母は心配ばかりかける娘だと思ったのに、その娘が「私は日本を超えて世界万民を救い、世界平和のために闘いました。絶対一流になりました。涙の道がありました。腹も減り、殴られ、唾もかけられました」と、自分のためではなく、世界のため、平和のため、万民のために行い、親の骨肉が溶けてしまうほど涙を流し、その前に立つことができないような実績内容を報告するのです。

 それを聞いても、ひざまずかないような悪辣な親なら、「私が悪いです」とずっと言いなさい。そして、「こういう女の罪よりも、韓国を侵略した罪はいかばかり恐ろしいか、分かっていますか!」と言うのです。それを責めるために来たのではありません。過去を正し、未来に平坦な道を探り、山と川をなくすためです。

 そういう時代になったら、私が先導し、「一族が天国に向けて直行する時代に来ました。訪ねてその方向に向かいましょう」と忠告するばかりです。

 愛国の男が、女が必要です。世界の聖人の行く後を継ぐような一家において、そういう男女を持つ誇りはいかばかりでしょう。「それを反対する親戚の者は手を挙げなさい。歓迎する者は両手を挙げて!」と両手を挙げて歓迎します。「サインしてください。捺印してください」と、百二十人がそこまで言うようにしなければなりません。

 私が一週間教育します。徹底して、愛国心、愛国精神を一家に教育します。名前を書いて来なかった場合には、怒鳴りつけます。「おじいさんの名前で恐れません」と正義に立ちます。勇気ある者は先頭に立って滅びる国、世界を救います。それは歴史の方向です。何でもやれます。

 反対する者はありません。それを難しいと言う者は死んでしまいなさい。死んでいるのです。分かりますか?


     ◆

 女が問題です。いつでも女が問題です。では、女が問題で、男は問題ではないですか? 女のしっぽについて回るのが男です。エデンの園でアダムがそういう堕落をしたのですから、女のしっぽを駆け回らないように注意しなさい。

 復帰した天使長になれません。復帰した天使長、復帰した洗礼ヨハネ、アダム復活体、イエス復活体、それから再臨の相続体とならなければ、天国に入れません。いいですか?

 天運に保護されるには、一身において心身一体圏を求めるのです。そうなれば、私は天運に保護されます。一身保護される男と女が愛のために生きるのです。愛を中心として完全一体化して永遠に分別されないような父母、理想的な一体圏をなしえた場合には、そこに神様が臨在するのです。

 これが上下合わなければいけません。これが一つの周波です。プラス、マイナス、これが一つにならなければいけないのです。愛のために生まれた男女は、永遠に真に一つになって離れないために祝福されたら、永遠の愛に一つになった場合にはどうなりますか?

 結婚するのは、縦的神を占領するためです。結婚は、縦的な真の親である創造主なる神を占領するためです。横的な平面に自分が一体になったなら、これが縮小して丸く縮まる円形を中心として平べったくなります。こういう位置にできたら、自動的に、中心が初めです。垂直線が初めですから、これが縮まって核心になり、平面の愛は副題になります。副会長と同じ副題になって、一つになります。

 それは、二つの愛の核心愛が垂直を代表し、それを核心の副題が平面を代表してつながせ、真の父母とともに一つになるのです。生まれてきたのは良心と体です。良心には垂直の神、垂直の神の愛を伝統として存在し、生まれてきた自分が良心の自分です。ゆえに、良心は垂直の自分です。それを核心、中心、横的に結びます。これは真の父母、真の愛を中心として連結して生まれたものが肉身です。肉身は平面の真の愛を中心とした自分です。仏教では分かりませんでした。ですから、人間がこのように垂直と平面に立っているのです。十字架がそれを象徴しています。

 一つの主体、客体として男が主体ですか、女が主体ですか? 男が主体なのに、女が悪いのではないですか? 初めから投入され、もらえるところです。いちばん最初からもらえるところが女です。だから、女はもらいたいというのです。

 お嫁に行くのは、韓国では愛を受けるために行くと言います。日本にはそういう話ありませんか? なぜお嫁に行きますか? 愛を受けるためにですか? 初めから旦那さんに投入するのです。旦那さんに投入し、姑にも投入した場合には、一族が、兄、姉、弟妹、全部天が、天に代わる真の家庭を思うのです。新しく来た者には相対圏がないので、投入してやるべきなのに、投入してもらおうとするのは大変です。そこに、破壊の蕩減的歴史がはらんできます。

 主体圏をつくれば、客体圏に投入しなさい。環境に主体環境をつくり、それがプラス、マイナスで大きい世界です。氏族に対して一つになった場合には、自分がプラスとして氏族がマイナスとして消化していくのです。投入し、投入し、何回も回ってまた投入です。投入して色を染められます。相対圏の花が投入した場合には、絶対なくなりません。創造していきます。再創造です。

 最小限そこまで、家庭、氏族、国の三段階をつながなければなりません。先生を中心として個人、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、縦的勝利の基盤をつくったのですから、横的な中心の根、中心の幹、中心の茎、中心の穂先が、ちゃんとできています。これはずっと大きくなりました。

 春になれば、いっぺんに枝が生えてきます。今春の時代になりましたから、先生は枝を宣布しました。枝が蘇生です。自分の親はアダムの立場、イエス様は自分の立場、再臨の主は国を代表します。それを平面的につないでいます。ですから、先生の権限で皆、勝利したのです。イエス様完成です。祝福家庭はイエス様の家庭に先立ちます。アダムとイエス様は一つになって、蘇生のアダムをつくる権限で、自分の親を堕落しなかったアダムの位置に戻してやることによって、蘇生、長成、完成、天の完成圏をつくるのです。堕落しなかった国家、世界に通ずる自由的、自動的な連結圏をつくるのです。真の親の恩恵によって、自分が生まれた故郷が天国の故郷につながれるのです。

 自分の親がアダム、エバが復帰された親の立場に立って蘇生圏、自分が長成圏、真の父母が完成圏ですが、それを中心として横的に自分の故郷がつながるのです。ここにはアダム完成があり、イエス様完成があり、再臨の完成があります。そういう実が家庭内で結ばれるのです。

 蘇生圏、長成圏がありますから、その親、父母もまた、天国圏で堕落せずに蘇った基準を覚悟することによって、故郷のすべてが天国の故郷につながれるのです。

 君たちが生まれた所は故郷ですが、それはサタンの故郷です。故郷を復帰しなければなりませんが、氏族のメシヤ圏でなければ、復帰されないのです。


     ◆

 完成されたアダムは、長子権完成したアダムです。アダム完成した夫婦は、真の父母権完成です。アダム完成したその家族は王族となります。王圏復帰の基台になります。堕落しなかったとすれば、アダムは神様の王子であり、エバは王女です。間違いありません。それが成長して父母になった場合には、神様と一つになった人類の真の父母になるのです。その真の父母の基盤は自動的に拡大し、真の王宮の基地になります。

 王圏復帰といっても、サタン世界の国を言うのではありません。もともとアダムを中心として長子権、親権、王圏を失ったのですから、君たちの家族を中心として再び愛の父圏を再現させて、蕩減の勝利圏を求めなければ、すなわち真の愛を中心として王族として神に帰った基準を復帰しなければ、もとの天国に入る道はありません。分かりました?

 アダム、長男を中心として、例えば、日本の天皇は万世一系の伝統があり、これをサタンは利用したのですが、それから、次子、次男、次女たちは皆、王宮の伝統的心情圏を体恤し、国民として拡大していくのです。結局、真の愛を中心として、王族圏の心情圏をつながなければ天国に入る道はありません。これは原理の最終的な結論です。

 君たち祝福家庭は、その基準を中心として、心情圏、相対圏、客体圏をつくらなければなりません。先生が主体であり、君たちは客体です。自分の家を中心として、アダム家庭を中心として見た場合には、おじいさんは神様です。自分の親は、アダム、エバ、王様です。自分の親は家庭を代表した王様であり、そして自分は、神様と地上の万民の家庭、王様の子供ですから、地上天国の王子、王女です。

 ですから、一族の中でおじいさんは神様のように侍らなければなりません。分かりましたか? 神様が王様になったように、天地共に王様の中心に、王の王の立場になったのように、自分のおじいさんに侍らなければ天国に入れません。大変なことです。

 それから、自分の父母は、五十億家庭の中心、王様です。それは拡大したからですが、反対に縮小して考えると、現代の家庭を中心として考えると、父母はその家庭の代表ですから、家庭の王様なのです。万国の家庭を代表した王様の立場に立っています。

 自分たちはその地上天国の王宮の王者、王臣の立場に立っています。

 その心情圏を体恤しなければ天国に入れません。そこに入るために、家で勝手なことはできません。王子は、多くの規則に従いながら、それに背かないような礼儀正しい行儀、修練を受けなければなりません。こう見れば、祝福家庭の旦那さんは奥さんの部屋に入るとき、万民の王様としてお姫様を迎え入る荘厳な場です。自分の子供は、日本の王宮で王子を貴く育てる以上にしなければなりません。その家庭に入っておじいさん、お母さんに反発したり、反対することはありえません。すべて、ために生きるのです。その家系は愛を中心としていかなければなりません。愛のための論法によれば、おじいさんもお母さんも兄さんも姉さんも、代表した王様のように尊敬するのです。

 君たちも、自分のおじいさんが神様になればそれ以上いいことはないでしょう。自分のお父さんがこの宇宙すべての国を代表した王様になれば最高に偉い、そう願うでしょう。

 自分も、相続しうる天下すべての未来の主人になる王様、王女の立場に立ちたい、それが人間の最高の欲望です。その心情圏を体恤しなければ、絶対なる王様、神の子供になる資格はありません。考えてみなさい。一属国の王様ではありません。万民の、大宇宙の王様の中心者です。王の王のその子女、その実子になるということにおいては、サタン世界の習慣性がついた行動をなす者には簡単な道はありません。

 これは最後の先生の教えでしたので、七月二十八日に、アメリカ全国の食口を集めたのです。先生はすべてをなして、故郷に帰るのです。金日成を消化しながら、ここを中心として、アダム、エバの本然の家庭に帰らなければなりません。悪父母を出発した枝のものを蕩減復帰するには、家庭を通過しなければなりません。そのためには、偽りの愛を中心として出発してサタン世界に生まれてきた者は、蕩減復帰してアダムの本然の理想的な愛の王宮圏を通過して、そこからつなぐのです。それが天国の王宮と天国の国です。このように交差点を通過します。

 向こうから、地上天上天国の始まりです。話しばかりではなく、そういうふうに体恤しなければいけません。その過程を通過していったものは、堕落しない天国の国民であり、王宮の王族です。神様と真の父母が天上の王様です。それに比べて、君たち堕落した人類、日本の女の子や男の子たちはとてつもない立場です。どれくらい心情の距離があるかということです。

 この基準を地上でも果たして、実体験の事実を発見しない以上は、霊界、永遠を通してその過程を通過しなければなりません。地上だけに相対者があるので、努力すれば相対圏を得て完成圏を得ることができるのですが、霊界には相対者はいません。相対圏はありません。霊界が発生基地ではありません。地上です。地上を超えて、向こうの霊界へ行った場合には、新たに相対圏を決める道はないのです。

 ですから、何百年、何千年に一回の特別なときです。天の運勢に合わせないで、少しカットしても何億年も延長される道が残るでしょう。こうしなければ、原理が合わないのです。

 なぜ天国を失ったのかというと、天国の王様と天国の心情圏と天国の王族を失ったからです。その天国の国民と、天国の王族と、天国の心情圏とを、天国の神様とをつなぐことで復帰するのです。王族圏決着の基準を通過しなければ、天国に入れません。それが最後の結論です。

 長子権、親権、王圏の復帰は、この基準を言います。王圏復帰の立場に立って、神様の前には長子になるし、真の親の立場です。王圏の出発がそこを中心として連結されます。このような直接関係圏に、相対圏に神の王宮の王族圏の相対圏に立たせてくれたのが祝福です。

 主体、客体が一つになります。その一つになったところは、世界的に天宙的、対応的因縁で共に利益の環境を残すために運動を続けていくのが、永遠の愛を中心とした天国の生活です。

 今度集まったのは、これをはっきりするためです。自分の旦那さんを、王様のように考えたことがありますか? 先生の話は全員の話です。それを否定できる何ものもありません。いつ天宙を対応した長子として、神のように勝利の旗をたたえて自分の前に立った男として考えたことがありますか? 「顔がどうだ、目玉がどうだ」と、考えたらだめです。年を取れば皆、顔が崩れていきます。愛の価値は永遠にあります。

 どうですか? 旦那さんを王様として、自分はお姫様として王様を迎える世界すべてが尊敬する瞬間には、愛の懐に入ると考えたことがありますか? そういう価値で自分の子供を生まなければなりません。生むと同時に、はらんだその日から、王子、王女をはらんでいます。ですから生まれるとき、天下すべてが、朝日が昇る希望の皇族がついてきます。そのように相続される後孫が生まれてきます。

 そういうことを考えたことはないでしょう。それを初めて聞くでしょう。しかし、君たちは韓国の地で先生に会ったことによって、緊急な歴史転換期において、ソビエトのことなどの話を聞いています。その最高の欲望の栄光の花が爆発する瞬間に、その直接の教えを受ける栄光がいかばかり貴いかということを君たちは知りません。

 手を握るときもそういう思いを持ちなさい。真の愛を中心として、天地に歓迎される皇族の歩調を合わせて歩くのです。そのような散歩をしなさい。

 日本の方、これを一所懸命に生きた場合には天国は自分のものになります。神様の王宮は自分のものになります。そこには境目はありません。

 王族心情圏を歓待しなさい。その地には坂や陰になる何ものもありません。平地であり、すべてが歓迎され、万年の愛の世界がつなぐでしょう。そこの主人として立ちます。自分の一族がこぞってその栄誉の価値を知って入籍して天国に入ります。入籍します。新しく入籍して国に入ります。清い開闢の氏族長として、メシヤ、親として、わたしが引っ張って入りましょう。そういう実体験をつくれば、サタンがいくら脅しても落ちません。堂々と、自分の基盤を中心として天国の理想郷に平面の立場で歩いて入ることができます。すべて“ため”でしょう。

 なぜ韓国に来ましたか? 男は王女を迎えるため、女は王子を迎えるためです。慎重にしないと、天国の貴族にはなりません。天国に行かないと貴族になれません。

 そういう姿勢、そういう目的でたどってきた男や女は、韓国の山川草木が敬うように、「よく来られました。ようこそおいでなさい」と言われます。それに従って、霊界の韓国の霊人たちも歓迎します。

 日本の民族感情や一国の怨讐圏の過去を忘れて、一族心情圏に立って堂々と歩み、王族圏に案内してやるような思いで迎えるのです。それが分かれば、一生涯苦労してもいいというのです。先生は将来監督します。何の苦労をしてもいいです。王子、王女を生んで、世界を伝統的に相続する主人を残していけばいいのです。それが目的です。君たちも同じです。

 一族を中心として、万民が考える王子、王女のような氏族を残していくのが親として、王族の父母として生涯かけてなすべきことです。


     ◆

 もう三時半です。二時半ですか?

 右翼、左翼のことも整理しておかなければなりません。堕落したために、アダム、エバは頭がなくなり、頭翼を失ったのです。そこで、右翼と左翼が生まれたのです。左翼が兄の立場、右翼が弟の立場にあって、交差しなければなりません。いつまでに交差しなければならないでしょうか?

 これは家庭基準から出発しました。家族基準からイスラエル民族編成まで、ヤコブの家庭から、イスラエル氏族を中心として民族、国家基準まで拡大したのです。戻れば、アダムを祝福し、アダム家庭ができたら、国をつくらなければなりません。国が目的です。国ができたら、自然に世界になります。家庭ができたら、自然に氏族になります。氏族ができたら、自然に国家になります。アダム家庭が完成すれば、そのまま時間的比例をもって、氏族編成、民族編成、国家編成、世界編成と、皆、できるようになっているのです。

 それをサタンが皆、取っていきました。結局、アダムの理想も神の理想も分からないようになりました。それでサタンは、カイン、アベルの闘いをさせました。アダムがもともと住んでいた所は国です。家庭が成長すれば、氏族ができますが、氏族の国が民族です。蘇生、長成というのは、一つの存在圏です。

 旧約時代、新約時代、成約時代と同じように、蘇生、長成、完成と一つの公式単位です。国家基準を中心として右翼、左翼があります。アベル圏がユダヤ圏であり、カイン圏がイスラエル国でした。その二つが、神の創造した理想の環境内に主体と客体が、愛の母体を中心として一つにならなければならないのです。愛の主体に来られるのが、真の父母です。

 真の父母が家庭的父母であり、氏族の父母であり、国家的父母であり、世界的父母、天宙的父母、もちろん将来的には王様になります。ですから、初めてメシヤが来られることによって、ユダヤ教は右側、イスラエル国家は左側になりましたが、この両者が、主体、客体として、愛を中心にイエス様を中心として一つになった場合には、サタン世界はなくなってしまいます。環境圏内に主体、客体が一致した場合は、神の主権復帰のみ残り、サタンの因縁はなくなります。

 そういう基準になるべきなのに、イエス様が、アダムがヘッドになって右のユダヤ教が一つになったならば、イスラエル民族は自動的に治まります。中心と右が一つになった場合には、左を抱えることができるのです。それが国を中心として、ローマをはじめ世界的な各国の真っただ中に、勝利的な真の父母の立場、真の王の立場、真の長子権の立場に立ったからです。

 すべての男と女は、アダム、エバに侍らなければなりません。長子の立場、長女の立場、真の父母の立場、王圏の中心の立場に侍らなければならないのです。絶対服従しなければならない立場です。

 イエス様を中心にして全体が一つになろうとしたのに、反対し、逆に十字架につけてしまいました。国家的実体として、イエス様を中心にして右の強盗と左の強盗が十字架につけられました。象徴的です。ここから世界的な右翼、左翼戦争が世界に発展し、再臨の時代までつながるのです。

 ですから、最終段階において、キリスト教文化圏を中心として、右翼、左翼圏を収拾しなければなりません。イエス様を中心としてできなかった場合には、右翼を中心として左翼を中心として収拾しなければなりません。

 それからバラバがあります。バラバは、イエス様の背後で何の功労もなしに四千年ユダヤ教を中心とした勝利的基盤をすべて取ってしまいました。それが回教です。イスラエル民族二千年間、イスラエル民族を通用した空白時代に占領して入ったのです。ユダヤ教の怨讐とサタン圏の内的宗教を代表したのが回教です。

 イエス様が死ぬことによって左翼、右翼が植え込まれましたので、世界的収穫として、右翼、左翼が結実体になって闘いながら再び現れるのです。その最中、再臨の主が、イエス様の死後蕩減復帰によって現れた右翼を結束し、左翼を結束し、共に消化しなければならないのが、第二次大戦後です。キリスト教文化を中心にして完全に統一すべき時代でした。

 それが、統一されなかったのです。もし先生を中心として統一されていた場合は、キリスト教文化圏を中心として七年間で、一九五二年までにはキリスト教世界が治まっていたのです。それが四十年延長し、一九九二年になったのです。

 キリスト教のときには国はありませんでしたが、先生のときには、国とともに治めなければなりません。アメリカのキリスト教は体を持ちません。体はローマで失いました。ローマ文化の終着点はアメリカです。キリスト教から見れば、アベル圏のプロテスタントは新教ですから、アベルの立場です。ここにおいて、失ったイエス様の実体の代わりにアメリカの実体を復帰しなければならないのです。そして、アジアに連結させ、霊肉一体化したアジア大陸世界統一圏に進むというのです。

 この過程において、西洋文明、東洋文明は進みます。太平洋文明圏が生まれてくるのです。今、ヨーロッパが一つになっています。その文化的、背後の基盤になるのは、キリスト教文化圏です。イギリスの歴史でもドイツの歴史でもフランスの歴史でもなく、怨讐圏の伝統として受け継いだ民族的な文化の基盤しかない状況にあって、歴史性を超越した共通的な文化的背景はキリスト教文化しかないのです。いろいろな雑多なキリスト教派を中心として、統一文化圏をつくるために、新しい再復興運動が必要なのです。ヨーロッパも必要です。それを目指してヨーロッパが経済的に統一されたら、すべて自給自足できます。日本など、ダンピングしても入ることはできません。

 自給自足圏を中心として、ヨーロッパが第一世界主導圏、主体圏に立とうとしますから、アメリカは自動的に、それに対抗しうる南北アメリカを結束しなければなりません。南北アメリカの国を超えた共通の文化的基盤は、まさしくキリスト教文化です。南米はラテン文化、北米はイギリス文化ですが、それがカイン、アベルとして闘っています。これを統合しうるキリスト教文化圏の結束を急がなければなりません。

 結局は、西洋とアメリカを中心として、歴史の背後に連結するキリスト教文化圏において、自動的に治まります。同じ文化なら、生活も同じ、目標も同じです。ですから、南北アメリカにおいて統一されたキリスト教新教運動を急速に推進しなければなりません。ヨーロッパも同じです。それによって、膨大なアメリカと西洋圏が一つになって太平洋に帰って来るのです。イエス様の体を復帰するのです。それから、精神文明圏であるアジアを、イエス様を中心として一つの世界的指導国家基準で収拾しなければなりません。


     ◆

 それをなすのが文先生です。東洋文明をバックグラウンドとしてキリスト文明を復興統一した未来の内容を持って、キリスト教文化圏を収拾して世界的連続背後関係を組んだのが、今度の二十七日に始まる世界平和宗教連合の結成です。超宗教的です。宗教が一つになって新しい宣言をします。

 世界平和のために宗教が固まって、世界の平和という目的をなすために、一つの方向にまとまらなければなりません。宗教圏がすべて一つの方向にあるべきです。この一つの方向は良心を代表します。ゆえに、宗教圏結束は先生を中心としてなすのです。

 政治は体を延長したものです。体、つまり政治的、世界的連合体として世界平和連合を八月に結成します。八月を越えたらだめです。この結成により、政治的、宗教的背後からレバレントムーンを中心として南北アメリカ、ヨーロッパは、キリスト教の再復活をなしうる内容を持つようになります。東洋思想と西洋思想一つになしうる内容があります。

 それが今、世界的危機によってアメリカと共産主義、それはシリアを中心としたローマの郷と同じですが、四十人、イエメンのそれは回教の四十人です。エジプトは回教圏も治めています。

 ユダヤ教とキリスト教は互いに絶対怨讐視してはなりません。怨讐のため、宗教戦争とともに人種戦争が起こります。そうすると、白人は三分の二は殺されます。恐ろしいことです。

 それを先生は知っていますので、先生の説教集にもありますが、五十年前に、共産主義の解放の後に回教解放をいかにするかが問題であると語っています。今度の戦争のために、ブッシュ政権に「絶対に宗教戦争に入ったらだめ。宗教戦争は長引く」と、力強く忠告して影響を及ぼしました。四十三日、四十三年、四百三十年、四千三百年の、象徴的なサタンの権限はピシャッと抑えました。

 キリストが住むことによって右翼、左翼が生まれましたから、再臨主が再びアメリカを中心として右翼を動かし、復活して再臨の主として再び来られて共産圏の前に立ち、それと右翼圏を一つにするのです。これで、イエス様は死なずに、頭を持ち、神の垂直線をつないで右翼圏を治め、左翼圏を治めて進展しましたので、回れ右して帰るときになってきたのです。

 世界長子権、父母権、王圏復帰、条件的勝利基盤をつくって帰って来ましたので、右が左に、左が右に変わっていきます。ですから、左側も神に属する時代になってきたのです。

 それゆえ、共産圏の二世は先生に属しています。七数に宿る、上部の四数、東西南北の環境です。そこに蘇生、長成、完成、これも運動します。垂直もそうです。これが環境を客体にして世界平和環境を統一圏に治め、蕩減の勝利圏を世界的に超えていくのです。回れ右したのですから、堕落した世界から国へ帰り、もともと創造理想である神を中心とした王宮、王族権の心情圏を通過した向こうの世界から天国はつなぐのです。

 ここを超えていくには、すべてが無でなければなりません。祝福家庭がいても、その家庭は自分の家庭ではありません。旧約時代、新約時代、成約時代がありますが、旧約時代は物を犠牲にして子供が救われる道を開くため、新約時代は子供を犠牲にして親が来られる道を開くため、成約時代に真の父母が来られて四十数年苦労したのは、神を地上に迎えるためです。垂直点と真の父母と家庭によって結着します。こういうふうにしてすべてをゼロにします。

 あのときは、そうではありませんでした。アダム、エバは真の愛を中心として結婚して、向こうの世界を超えるときにすべての所有がアダムの所有、神様の所有になるべきでした。今の前段階には自分の所有というものはありません。これは創造圏により無です。それが自分の認識、自分の家庭だったとすれば、サタンから続いている家庭観念です。

 自分はアメリカ人だとか日本人だという観念があった場合には、それはサタン世界からの因習、習慣的にもった観念です。完全に無です。愛以外にはありません。原理結果主管圏と直接主管圏をつなぐ五パーセントの責任分担完成は、愛によるものであって、他のものではありません。愛以外にありません。愛とは、絶対観念です。その愛を抱えるために、サタンの好きな観念は一切なくさなければなりません。


     ◆

 あなたがた祝福家庭から見た場合には、物は旧約時代、子供は新約時代、自分、実体は成約時代です。それを蕩減復帰しなければなりません。すべてが愛に結着し、それを所有観念を超えて、家族とともに、神を中心として天宙所有権が生まれるべきです。しかし、堕落家庭では逆に、サタンを中心として所有権剥奪の問題になったのです。それを再び復帰しなければならないのです。これを超えるためには、日本も韓国も自分の所有権は捨てるべきです。

 日本の食口たちもそうです。緊急、緊迫なる経済状況にあって、自分の財産は問題になりません。世界的、天宙的対応をすべきです。自分のものを自分の子供の将来のために残すというなら、天国になりません。まず、神の所有権に帰して、自分が超えた後に、再びもらうことによって、新しい所有権時代が到来し、もとの世界に帰るのです。

 物は旧約、子供は新約、自分実体は成約というように、縦的に旧約時代、新約時代、成約時代と見た場合、これを横的に物と子供と実体、これを中心として神の所有権に属した後に、神の所有する宇宙でアダムは完成し、そこから相続権をもらうようになっているのです。こちら、自分の所有は全部サタン圏ですから、そのエッセンスすべてを否定しなければなりません。だからその場にあっては、子供は自分の子供ではなく、金も自分の金ではなく、自分の夫婦も自分のものでは.ないのです。ゼロです。

 それから、真の父母を中心として、本当の完成圏に再び入籍する圏において、再び自分が献納したものを全部もらうのではなく、神から所有の何パーセントかをもらい、自分の必要な基準に合った所有から天国生活が始まるのです。それが原理観です。先生の話ではありません。こうしないと、サタンの所有時代を完全に聖別できません。

 今まで個人所有時代を中心として、民主主義としても、社会主義制度と同じでした。金があっても皆、税金で取っていきます。共産主義に次ぐ次の段階になっています。最後には神の所有権以外ありません。皆、神に献納して、そこから永遠に再びもらって地上に生きるだけです。生活消費財として使うための所有であって、永遠の所有ではありません。自分一代が死んでいった場合には返還しなければなりません。三代続いたら、返還です。そういう時代になってきます。分かりましたか?

 その時代の前に、転換期にそれを準備しておくのです。なぜなら、再創造のときには観念がありません。原料だけあって、日本人やアメリカ人という観念や自分の所有、自分の金というものはありません。愛だけです。愛を中心として、全体が収拾されなければなりません。愛以外になく、ゼロの境地で通過していくということです。

 愛の王族権以外にないのです。それを得るために、すべてを蕩減しても感謝していくような実在にならなければなりません。再臨のイエス様が死ぬことによって失ったアダムが復活します。それによって、十字架圏の右翼圏、左翼圏を治めて、回れ右するのです。そして、バラバ圏も反対しないで後についてくるようにして、本然の国に帰るのです。帰るときは反対に、歓迎する道を願っていくようになった世界的転換期になっています。

 何か分かりましたか? 君たちは聞いても分かりません。先生は実行したのです。闘ってやってきたのですから、いかばかり距離があったでしょうか? 膨大な内容ですから、こういうふうにやらないと理想世界の根本を通過する価値を祈ることはできません。

 人間の最高の欲望のすべてを完了して、天地すべての主人の価値観を持つようにして、天上天国、地上天国の王者に立ちたいのが人間の最高の欲望です。それに満たされた完成圏は、それ以外の何ものも必要としません。それから無限大、無限解放、願うとおりに得られる解放圏です。善良なる神様がつくった理想郷は、いかばかり素晴らしいでしょうか? 君たちもこのとおりに行かないと、本当の主流の天国には入れません。貴い話です。分かりましたか?

 右翼、左翼はだれによって治まったのでしょうか? イエス様が死んだとき、右翼、左翼が讒訴する境が生まれて歴史的な世界で闘争圏が残って世界的結実したものを復活し、すべてを治めるために、再び右翼圏の民主主義を収拾し、左翼圏の共産主義を収拾し、アラブ圏すなわちバラバ圏を収拾しました。そして十字架の基準で勝利圏をなして復活し、再臨の時代として開闢の万国世界に向かうのは、真の父母です。右翼、左翼の思想から見て否定できない世界的中心者です。

 イエス様が国の真の父母として世界的な国になろうとしましたが、今の時代は世界的です。神人一体化した勝利圏を求めて、一九七五年に韓国で国際機動隊を出発しました。国際機動隊を中心として国の長成基準を引き継ぎ、以後、勝利の基盤をもってアメリカ実体復帰基盤を復帰し、政治的に絡み合うダンベリーを通過しながら、実体圏を復帰し、カイン圏、アベル圏を修正しました。これを復活して再びすべてを神の方にまとめました。

 もはや怨讐がありません。解怨行をなすことによって、新しい地上権限の時代に移行しています。分かりましたか? (「はい」)。返事がすっきりしませんね。

 これを相続するには、氏族のメシヤとして故郷に帰らなければなりません。それで七月一日までに、「氏族メシヤとして自分が使命果たします」と誓って登録したでしょう。登録していない者はいますか?

 日本から来た者は、日本を代表して延長して故郷から青年層につないできなさい。つないで、ここによってやるというのです。あれは本郷地の代わりにやるのです。本郷の代わりに氏族圏、二つの氏族をまとめます。カインの氏族をまとめれば、アベル圏はすぐに復帰できます。ですから、本郷地の聖殿そのものです。

 そして、一九五七年代、先生を中心として韓国を出発するとき、百二十教会建設もそのためでした。それが完成できず、ずっと失敗してきました。その責任のために先生の家庭の興進様が亡くなりました。喜進様が二番目でした。二番目は皆、亡くなっています。先生の叔父で二番目のかたも客死しています。家で死ぬのではなく外で死ぬのです。先生のおじいさんのところもそうです。先生の父は長男でしたが、次男の文長老のお父さんが客死しました。先生の三大食口の中では劉協会長が三食口を代表した二番目が客死、聖進様の弟である喜進様が二番目で客死、興進様もお母様が生んだ二番目で客死しました。蕩減のケースは恐ろしいものです。それをやらなければ、国がやられるのです。


     ◆

 エバ国としての日本において、統一教会が主体、日本の国が客体として消化するようになっていません。しかたなしに、今、お母様を日本に送っています。お母様を送ってつないでやらなければ、日本はどうにもなりません。

 エバが金を全部持ってサタンの方に逃げていきました。緊急な復帰時代において、欧米諸国のカイン、アベルの金はエバの懐に一つになって返ってきます。それを皆、お父様のところに持っていき、アジア、霊肉分化したイエス様の肉体とキリスト教文化と西洋文明統一のために使わなければなりません。

 日本人が西洋文明圏に金を投入すると、皆、盗まれます。アジアのために使わなければなりません。アジアの国は四十年前に日本に侵略制圧されて以降、だれも狙わないのですから、韓国民を中心にしてつないでいくのです。そうすれば、自動的に日本のエバ国の使命が生き残るようになります。

 今、韓国は金日成と一つになろうとしています。アメリカもそうです。アメリカも北と一つになることによって、膨大な中共とソビエトを直接相手にしなくてもよくなります。国境紛争がなくなるのです。二つの国があったらいいとして、日本もアメリカも願いません。それでは、神の摂理が長引くのです。

 ですから、金日成主席がこの前、金丸を中心としてアメリカと一体化運動をしています。悪魔の代表として金日成が、日本の金と日本の実力をもって、統一教会が反対する共産圏を中心として、アメリカの天使長圏を結んで、反対の工作を狙っています。

 それを先生が防御しているのです。アメリカにはブッシュに手紙を送り、背後で防御したのです。それを君たちは知りません。責任者は、いかなる難しい環境を超えても果たさなければ、世界的な摂理上の勝利圏の結束は生まれてきません。ソビエト、中共も動かしました。日本の政権もそうです。今度、安倍さんが亡くなり、三派分裂の危機に陥ったのを保護させたのは先生です。

 皆さんは先生が何をやっているか、知りません。それをするには、それは簡単なものではありません。摂理的な使命観から、先生がエバ国家を認定したのです。本当は摂理において誤った国を放棄しなければならないのに、なぜアメリカをアベル国家に立たせたのでしょうか? それは、イスラエル国家とキリスト教文化が切られてしまったら大変だからです。蘇生、長成なくしては完成圏、統一圏はないのです。

 死の痛みを感じながらも、堕落したカイン国家としてアメリカを再び立たせたのです。それゆえ、アメリカ独立解放運動は先生が責任を持ってやらなければなりません。それで十六年間闘い、フォードを中心として条件的勝利をし、レーガン大統領、ブッシュ大統領と、四大大統領を相手に闘ってきて、勝利的な基準を中心として国家的基準においてカイン、アベル圏を結束して勝利したのです。ブッシュ政権とレーガン政権を出して闘ってきました。先生が推さなければ、ブッシュやレーガンは出馬できません。

 一九七五年にアメリカは、ベトナム後退、惨敗し、左翼圏によって悲惨な敗北国家となりました。アメリカが学校や知識層において、共産主義一色で赤く染められた環境でした。その真っただ中に飛び込み、五年後にレーガンを大統領にさせたのは先生です。その当時、だれも共産主義を防御してアメリカを守護することを訴えた者はありません。共産主義は七十年以上の地下運動攻勢をしながら、その実績基盤において共産的勝利の旗を八十四年に揚げようとして、アメリカ民主主義という世界戦略の目標を立てていました。その真っただ中に、これを縦横無尽に防御作戦をして勝利的な右翼の旗を立たせたのは先生です。その背後の闘いを君たちは知りません。

 日本の今の経済的問題が問題ではありません。左翼全盛期のアメリカ世界で、たった五年間で極右の逮捕者が大統領になれますか? その背後に果敢な冒険的行動を先頭切って立たせて実績を上げたということを君たちは知りません。その文先生の功労について、アメリカ近代史の指導者は分かっています。ブッシュ大統領もそうです。ケーニズムという、先生を中心として関係した者たちがそこに入っています。金日成を引き出そうという作戦です。夢みたいな話です。分かりますか?

 先生が今まで蕩減復帰なしえた環境の主体、客体、対応圏の前進的な個人基台、世界的個人基台、世界的家庭、氏族、民族、国家、天宙、すべての蕩減の勝利圏を出したわけですから、この蕩減基台には、この中心には、サタンは侵略できません。侵入は不可能です。

 宗教圏の心情圏がありますから、長子権の心情圏、真の父母の心情圏、王圏心情圏を兼ねて勝利したその五パーセント、人間の責任分担完成した基準は、サタンとは何のかかわりももともとないはずだったのです。その基盤に再び侵入することはできません。サタンは真っ正面に後退しなければなりません。今から、天の方の万生、一所懸命ではなく、万生です。万歳時代が待っています。


     ◆

 君たちは、永遠に一心不乱に歩みなさい。韓国の地において、エバ国家としてアダムを堕落させたその蕩減のために、韓国民族一家庭一家庭にその影響を及ぼし、天の方に引っ張られていくように子女を屈伏させて、伝統的家庭使命を完了しなければなりません。そうしなければ、エバ国家日本を代表し、韓国に対して、祝福された本来の使命を果たすことができないということをはっきり記憶しなさい。分かりましたね? 家庭的復帰です。新しい伝統、韓国を立たせるためです。

 日本は心情的に世界的に対応して、先生の前に、新しい家庭汲み合いの心情、伝統をつくらなければなりません。ですから、交差結婚した君たちが先頭に立ち、これを果たさなければならない天的使命があるのです。

 希望ある韓国の血統に関与して、君の後孫が同民的な立場に立って、天の国に奉仕しようとする息子、娘を生まなければなりません。自分の希望、自分の欲望は必要ありません。先生が生涯かけた道において、自分の欲望があった場合には、すぐさま主体、客体観念の誇る原則基準に排斥され、どこかに消えてしまっていったでしょう。

 その伝統精神ははっきりしています。主体になるか、客体になるかです。向こうで送った場合には、罪人みたいに自分がさっと低い立場に立って、実践的な勝利基台を拡大すべきなのが日本から来た食口たちの韓国家庭内の活動の実相です。

 つらいときもあるでしょう。雨の日も風の日もあるでしょう。何年いますか? 二年になりますね。ヤコブ路程は少なくとも二十一年です。先生は、四十数年の路程です。ですから、エバ国家として生涯かけての路程を再び飾らなければなりません。

 主体の基準に相対圏の価値の内容を充実させることによって、対応的アジアを、世界を引きつけるのです。その基台が、韓国の地に君たちを通して、韓国の家庭を通して再び生まれてくるというのが原理観です。公式的です。それをつくった場合には、それを砕く国はありません。

 韓国は日本にとって敵国家です。その敵の国を救うために日本がこんなにやったというのです。先生から見ても日本は敵です。敵国をエバ国家として祝福までして、自分の代わりの愛の相対者に立てています。これはサタン世界にはありません。神の本質は、真の愛の世界の基準にある愛ですから、サタン世界にはありえないのです。

 アメリカの罪を赦すために、先生と日本とドイツ、イタリア、そしてヨーロッパの敵国の者たちが、アメリカの解放の愛国伝統を残すために、今まで十六年間働いてその方向性が確定し、勝利的な目的が得られるようにして、今帰る途中です。そういう伝統を立てた歴史の基台の上に天国出現が可能です。

 地上のサタン世界には歴史がありません。このような背後的な内容が分かった場合には、それをなしえた先生としては、当然サタン世界を個別して、神を中心として故郷に帰って世界的な公平の出発をなすような時期にならざるをえないということをはっきり覚えなければなりません。

 家庭に帰らなければなりません。アダム、エバが家庭で悪の父母としてサタン的な王族として生まれました。そこに、天的な王族の心情圏を知るというのは、家庭に帰ってそれを復帰されて再び子供たちを中心として伝統として植え込んだ基準から、未来の天国の氏族国家連結の世界になるに違いありません。はっきりしています。これは論理的な話です。

 神の存在は「神の存在はこうだ!」とはっきり分かります。それで歓迎して、今まで苦労しながら、ある者は「ああ、たまらない。なぜこんなことをしたんだろう?」と言う者もいるでしょう。また、今帰って来ない者もいるでしょう。その者が周辺にいたら、励まして、涙ながらに忠告しなければなりません。

 単に人間的因縁で集まったのではありません。天運の因縁でもって、万民解放の土台をつくるためにやっているのです。そういう重要な使命に召命された内容は、一生投入して果たさなければならない重大な使命であることをはっきりと覚えてもらいたいのです。先生のように。先生は逃げて行く所がありません。真の父母、メシヤの使命は退く道ではなく、死とともに倒れることはあっても、振り向いたり、退く道はありません。分かりました?

 運命は変えることができますが、宿命は変えることができません。親子関係をだれが変えることができますか? 天とともに歩み退かなかった自分を中心として、一族、一国が再び復活して、次に神に迎えられる身として立つとき、再び親になる喜びはいかばかりであろうというのです。

 希望に漂い、毎日の生活に前進し、光栄を心身ともかけながら、疲れた足に命令して、一歩一歩歩み続け、進みながら倒れるまでにやった場合には、果たしえなかった使命が再び後継者を立ててそれをつながせるのです。

 先生も倒れるまで、ダンベリーの獄の地で倒れるまでしました。そこから復活の道です。神の道につなぐのです。退くときには、打たれてしまいます。そうすると、その何十倍もの苦労を後世に残し、その蕩減の道を越えなければ再びつなぐ道はないのです。

 先生のように蕩減の道を知っている者はありません。天宙のすべてを掘り出して、それを慎重に理論台になしました。その一つの内容は、話をつないだ場合には、実践とともに勝利した基台を論理的基盤を教育内容として教えるのが原理であるということです。

 その難しいことをはっきりと分かり、先生の子女として、接ぎ木された子女として、その枝に渋柿ではなく甘柿の実を結ぶとともに、その種を甘柿の種として四方八方に蒔くいて甘柿の木がそのまま芽生えるような、その周辺の実績を残さなければならないのが、氏族圏メシヤです。それに向かって前進するように。先生の話、分かりましたか?

 氏族のメシヤとして韓国の地に来たということをしっかりと覚えておきなさい。韓国の地にお嫁に来たからといって、故郷の日本の地を捨てることはできません。韓国で勝利基盤をつくって、いつか旦那さんとともに故郷の日本の国に帰り、聖塩で向こうを聖別して韓国につないで、再び奥さんの伝統の基盤も相続してやるということです。

 これをはっきり分からなければなりません。これは、真の心情圏を中心として王族圏の体恤です。ですから、旦那さんを無視したり軽んじたりしてはいけません。いくらびっこでも男だと思ったら尊敬して、誠を尽くして侍るべきです。それが天の国民の一人であるということです。忠誠を尽くす思いで侍るところに、王族心情圏を横的につなぐのです。

 旦那さんに殴られるということもあるかもしれませんが、逃げたらだめです。三代復帰です。エバは三代を打ってきました。エバは、アダムを打ち、イエス様を打ち、再臨のメシヤを、このときはエバ国家とキリスト教の使命でしたが、再臨のメシヤを打ち、三代を打ったのです。三代打ったエバは、三代続けて打たれる立場に立つようになります。親の心情圏蹂躙、兄さんの心情圏蹂躙、旦那さんの心情圏を蹂躙してしまったのです。

 三代心情圏の蹂躙の傷を何で蕩減しますか? 三代は蕩減の迫害の道が残るでしょう。子供たちがあんたたち親に反対するかもしれません。子供たちも反対すればいいことです。子供たちは韓国の子供です。親は日本の親です。女は反対されても、愛することによって、三代まで愛することによって赦されるのです。

 すまないね、こんなことを言って。こんなことは言わなくてもいいのに、そういう道が待っているということを、喜んで越えなければならないのです。

 ですから、あなたがたの家庭が重要なのです。交差結婚した韓国のあなたがたの家庭を、先生は重要に思い、注目しています。神から見た場合には、日本のいかなる家庭、韓国のいかなる家庭よりいちばん模範的、誇るべき家庭です。そうしなければ、エバ日本の将来は分かりません。


     ◆

 交差結婚の言葉は分かるでしょう。勝手に結婚することによってサタンの世界になってしまいました。一人を中心として一人一人、愛の関係を結ぶことで堕落の種を植えてしまったのです。それを国家基準において元返すために、国家的アダム、エバ、つまり韓国と日本が、神、真の親を中心として国家的収穫として家庭に連結体をなしたのが、交差結婚です。

 二世を中心としてそれをやったのですから、二世以後の韓国アダム国家、日本エバ国家と、サタンは手を結ぶことはできません。国家的収穫をして勝利的な天的勝利を得たわけですから、サタンは国家的基準において収穫の関係を解放しなければなりません。それは退かさなければなりません。ですから、あなたがたには歴史的使命があるのです。

 裸になった女を三人の天使長とアダムがこれを狙っているのです。アダムの立場は先生です。三人の天使長が中国、ソビエト、アメリカです。急にやられてしまいます。そうすると、子供たちは皆、組んでしまいます。子供が皆、結婚して絶えてしまったから、女は行く所がありません。

 それゆえ、交差結婚なのです。そうすると、日本は、神の方から絶えてしまうカイン、アベルを発展的に収穫体として、自動的にアダムの胸に抱擁されているのです。ですから、反対できません。いくら日本でも、韓国に反対できません。反対してみなさい。大変なことになります。霊界が一週間、震える瞬間になります。交差結婚です。

 裸になった女は、エデンの園でアダムの使命だったのを皆、天使長にやられたのを蕩減復帰するのです。世界的、国家的基準において、アダム国家と結束しようとするエバを三人の天使長が狙っているのです。金日成は、アダムの代わりに狙っています。先生が来なければ、皆、神がいいと思う所、アメリカや西欧などへのみ込まれていきます。西欧は天使長です。天使長に再びのまれていくのです。恐ろしいです。

 日本は大陸につながっている半島とつながって大陸に抱擁されるのです。半島とは、男性の生殖器と同じです。日本はエバの生殖器です。まるっきりそうです。地中海は女の子宮と同じです。正に、ローマ半島の男の生殖器と関係する姿です。ですから、ローマ文化は人間の愛が歴史が続いており、それは去ってはいきません。そのローマ文化の失敗を、世界的な半島文明を収拾して、天に帰るその歴史的な再臨のときです。そのローマ法王宮を今つくるのです。それを進めているのです。

 それが太平洋文明圏です。西洋、東洋宗教圏の内容を、今、今年、今月、つくっているのです。そういうことは、歴史的に経験がないでしょう。科学者会議とかPWPA(世界平和教授アカデミー)、言論人会議、世界平和宗教連合、世界平和連合という、前後左右から、分裂して紛争したものを各国のために、一体理想圏にまとめたということは恐ろしいことなのです。神がいるから可能なのです。分かりましたか?

 それで一家をまとめるように努力しなさい。韓国の男は、乱暴な気質があります。それが男です。日本ではおっさんが殴るのです。日本の男は、韓国のように殴りはしないでしょう。その代わり、けるでしょう。けられたら、蕩減の歴史であると思って、それを面白げに消化していきなさい。

 それでも、韓国の人は情的です。情が深いです。自分が誤ったことに気づいたら、間違いなく詫びてきます。日本人の性格はそうでもないでしょう。女の心情と同じです。間違っても、謝りません。韓国は違います。日本人は固執する面があります。自分を守るのです。韓国人は謝るときには率直です。ですから、民族間における天才的な道和的素質を持っています。人が集まれば、その中間にあってよく釣り合いを取ります。だから、半島は巨大な国家間において五千年の歴史が伝統として残ってきたのです。そうでなかったら、とっくに滅んでしまっているでしょう。日本は島国ですから、今まで何とか残っていますけれども。

 韓国に来たことに感謝して、召命にふさわしい実績を残して、日本の地を希望の未来に、大陸の遊覧地として訪問できるように、成功の家族になれるように、先生はお祈りします。

 そのような結実体になるという者は手を挙げて。じゃあ、ありがとう。


     ◆

(韓国語)

(祝祷)


 天にいます我らのお父様。今まで、我々を守護しながら歴史を通してこのようになされて来たことを思うときに、摂理の教えは申し訳なく思うものでございます。

 日本の国と韓国の国は歴史を通して怨讐圏に立っておりましたが、神の愛を中心として切ることのできない摂理的召命圏をなしえて、一体化を目指して、カイン二世を組むような世界的、世紀的なことをなしうる今日を迎えたことを、実に感謝申し上げます。この祝福された家庭が、今後とも未来に向けて新しい天の家庭、強化、拡大をなしていく後孫まで抱いて、それを祝福するようにお願い申し上げます。

 今後とも、アジアを中心核として恥ずかしくない各自の使命を全うしまして、天的栄光と勝利圏を、それはアジア圏を中心にして、神のほうに再びおささげ申し上げることができますようにお導きくださることをお願い申し上げます。今後ともその活動のうえに、神の深いそういう思いとともに愛の心情圏に深い深いその貢ぎをなして、神の現状の王族圏の心情圏を体恤し、それを相続なしうる神が愛さなければならない王子、王女となるように祝福なしてくださることを切にお願いしつつ、今後ともあなたにすべてをお任せしますから、よろしくお願い申し上げます。

 すべてのことにおいて神の祝福が共にあらんことをお願いしつつ、真の父母の御名を通してあなたの御前におささげ申し上げます。アーメン。

 それから、あなたがたに話があります。新聞配達は、あなたたちの将来の生活基盤になります。この基盤は実は何でもないよう思うかもしれませんが、これを連結することによって、いろいろな、韓国内で日本と連結して、将来の出世の基台が待っているでしょう。

 ですから、真を尽くして、君たちが主体として、客体圏の消化基盤を拡大するのに努力を倍加してもらいたいのが、先生の願いです。






















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六五〇〇双特別集会


本 郷

真の愛による交差祝福と国境撤廃


六五〇〇双特別集会

1992年5月8日


 日本のメンバーは全員古くなりましたから、韓国語は大体解読できるでしょう。韓国語を解読できる者、手を挙げてください。韓国語を理解できる者? うん、何ですか、これは。大変ですね。今、何年目ですか? (「三年目です」)。三年の間ですか?

 言葉が理解できなかったら何もすることはできません。今は大戦争期です。世界大戦よりもっと大変な宇宙大戦争時代です。霊界と地上が総動員して闘う時代です。その使命を果たすには時間がありません。生来の習慣どおりに生きていけばいいという考えでは通じません。

 縦横無尽という言葉があります。そのような拡大的活動をして使命を果たさなければいけないのです。使命を果たすより、勝利を果たさなければならないのです。各自の使命があり、天宙的勝利をなさなければなりません。各自の使命を完成することによって、それを全体化することによって、全体的勝利圏を得るのです。

 摂理時代から見ても、またこの世的な世界情勢から見ても、今後の世界の未来の道はありません。先進国家群自体が非常に苦悶しています。それをいかに打開するかという問題で、知識者やそういう者たちはいろいろと研究していますが、霊界を知らない以上、研究の成果を上げることはできないのです。

 そのような最中、統一教会が世界の眼目となっています。統一教会は、今からどのようにやっていきますか?

 東洋の一角、韓国に生まれた文という一人の男を中心として、種々の世界の文化を激動させ、刺激を与え、全体を統合して、反対されてきた苦難を乗り超えてきました。今や反対した先進国家群が、自分を顧みて恥ずかしく思う立場になりました。その反面、レバレンド・ムーンは、想像もつかないような勝利圏を持つようになり、国家圏を超えるような方向に向かって驀進しています。

 それを眺める世界の指導者はもちろん知識者たちも、注目せざるをえません。指導者の背後につながる組織的サミットクラブやPWPA(世界平和教授アカデミー)、ICUS(科学の統一に関する国際会議)など、世界的な知識人や有名人たちを組んで、彼らを中心として連結し、各国の全体圏における方向をまとめつつ、レバレンド・ムーンの思想でなければならないという方向的な基準が立つようになってきました。そのような現状です。

 日本と韓国を全部合わせても二億にもなりません。小さいですから。世界五十億の二十五分の一、二十五分の一にもならないのです。その東洋の一角に、アダム国家、エバ国家と名乗るようになってきました。アダム国家、エバ国家、それは一体何でしょうか? だれがそれを決めたのか、考えてみなさい。だれがアダム国家、エバ国家と決めたのでしょうか?

 日本を考えてみましょう。なぜ、日本がエバ国家ですか? いろいろと自分なりに考えているでしょう。何と言っても、日本はアジアにおいて覇権を持つ指導的な立場に立っています。日本だけエバ国家というのは、地政学から見ても、大陸を中心として相対的になっているのは島国だからです。日本は島国です。

 日本人は“島国根性”と言われるのを、いちばん嫌がります。(笑い)それは、自分の満たす方向は一方しかなく、東西南北に通じないという話です。大陸といえば島国には行けません。島国は、横的に見た場合には東西南北に突き当たってしまいます。南北が見えます。限界が見えます。しかし大陸はそうはいきません。いくら走っても走っても限界がないのです。無限に東西南北を中心として拡大しうる、無限に通じる方向を各自が持つような立場に立っています。大陸から見れば、島というのはちっぽけな存在です。島国根性というのは話にならないものであるというのです。そう思いませんか? そのような日本人という考えを持っていると、気持ち悪く思うでしょう。それはいけないことです。どうしてですか?

 先生を中心として考えてみなさい。先生は韓国人でもなければ、日本人でもなければ、その他の世界のだれにもなっていません。とっぴな人です。伝統的歴史から見た場合には、偶然に韓国の地に生まれましたが、その果たす使命というのは、歴史的であり、天宙的です。そこには神の摂理、人類歴史の解決、人類の救済をも含まれています。

 サタン下にあって苦悶の中に、堕落圏にいる人類をいかに解放するか、その解放圏を見いださなければならないのです。解放圏は、ちっぽけなものではだめなのです。人類が今住んでいるこの地球以上の解放圏基盤を持って指導しうる内容を持たなければ、地上の人間も追ってきません。

 そう見た場合に、だれがアダム、エバと決めたのでしょうか? 文先生です。昔、文先生は気持ち悪く思いましたが、アダム、エバに決めたのです。

 アダム、エバというのはどんな関係でしょうか? それは難しい問題です。アダム、エバというのは、人類の第一先祖です。今は、世界が未来に向けて解決の方法を見いだせないために、人類の根本問題を中心として根を探し求める時代になってきました。人類の祖先の出発の原因は何かということを、歴史を通していろいろ考えるようになったのです。人類の先祖たる者は二双ではありません。一双です。一人の女と一人の男から生まれてきたのです。その男女は、丹念に生きる者と旧約何百年と生きる者という話がありますが、それは例外として、男女が生まれた当時、彼らがどうして同年齢の時代に生まれたかということはとても不思議なことです。

 進化論者から見た場合には、初めに人になったのは女か男か、それが問題になります。しかし、アダム、エバがいかにして同時代に出生したかということを唱えること自体が間違っています。女が何代も続けて生命を保つようになってはいません。女は一人で女を生むことはできません。また、男が一人で男を伝統的に残し続けることができるかというと、それもできません。

 男と女が愛の過程を通過しないと、男女は現れることはできないのです。愛の門を通過しない限り、男女は地上には現れないのです。愛の門を通過しないと決めるならば、その男と女は地上から消えていかなければなりません。

 このように考えた場合、同時代にアダム、エバがいかにして生まれたか、それが問題です。猿から進化したと言いますが、そんな答えは今では話になりません。

 アダム、エバの名前は、一体だれが決めたのですか? アダムが自分でアダムという名前を決め、エバという名前はエバ自体が決めたのです。そうでなければ、アダムがエバの名をつけてやり、エバがアダムという名前をつけてやらなければ、名前をつける者がいません。

 人間の普通の家庭を考えれば、名前が自分から生まれる者はありません。だれか自分よりも年を取った第三者、歴史を担当している者によって、名前がつけられています。家庭では、子供が生まれたら、父母によって名前をつけられるのが常識です。

 それをずっと元返していき人類最初の先祖に戻った場合、彼らに名前をつけるべき者は、人類の第一先祖のアダム、エバの親たる立場にいる者がつけるのが当然ではないかと思うのです。すると、「宇宙には主人がいなければならない」ということになります。そのような存在観念があるのです。アダムとエバは、アダム、エバを存在せしめたその者によって名前をつけられたに違いありません。人類の先祖たる一人の男にアダムと名づけ、一人の女にエバと名づけた者を、アダム、エバというのです。そのようにすると反対する者はいません。

 それでは、アダム、エバはなぜ必要なのでしょうか? 種のためです。人類の第一先祖が必要なのは、人類を拡張して地上に拡大するためです。もし霊界があるとすれば、霊界にも地上に生まれた人間が入る所があることでしょう。霊界国民、天界の国民増殖の基盤を願うために、第一先祖が地上に生まれるようになってきたわけです。

 それを拡大するには男一人ではいけません。男一人の世界はいたって簡単です。けんかして、一人残って死んでしまえばおしまいです。女がいたから問題です。また女ばかりで男がいなくても、女がけんか好きの悪魔の本性を受け継いだとしても、女のチャンピオンが戦えば、部落的な戦いから世界的な戦いになります。結局は二人残り、最後には一人残り、生命の限界がきて疲れて死んでもいいというのです。結局、一世紀以内に、地上にはだれもいなくなってしまいます。

 ですから、人類を拡大して存在すべきその内容を求めるのに、地上に男女が絶対的にいなければならないというのです。ここには何の公式も必要ではありません。絶対的公式です。そういう意味で、女はそのために生まれたのですから、男と同等な権限があるのです。いくら男が多くても、女がいなければ、生命も価値もない者であると言ったら、気持ちが良くなります。(笑い)

 男が必要とするのはどんな女でしょうか? 小さな声で話し、奢侈にふけり、贅沢なことばかりを好み、そして男に逆らうような美しい服を願ったり、化粧も毎日専門的にして、何の役にも立たず、自宅で座って何かをして生きる者ではありません。

 男は反対の性質です。男が必要とするのは、後孫のため、世界歴史のためです。自分一人で死んでいくか、それとも自分の後孫を残し、歴史を残すかと聞いたら、自分としても後孫を残し、歴史を残したいと思うのです。そうであるならば、女たる者を受け入れなければならないという結論になるのです。そうですか?(「はい」)。そうですか?(「はい」)。え?(「はい」)。え?(「はい」)

 ですから、いくら男が威張っても、女がいなければ無価値な者になってしまいます。無価値な者ですよ、多くの男たち。(笑い)女は、いくらおしゃれをして姿を誇りたくても、男がいなければ無価値の者になります!

 とうとう結論に何の文句はないように静かになってしまうのです。(笑い)


     ◆

 だれがアダムとエバをつくったのでしょうか? それは、神様が、仮想的に考えてもかまいません。絶対的中心者として、根源の第一出発基点としてあるものがあるべきであったと仮定してもいいです。そういうふうにして、実証的な内容を考えてみなさい。

 鉱物世界にはプラスイオンとマイナスイオン、原子世界には陽電気と陰電気、植物世界には雄しべと雌しべ、動物世界には雄と雌、人間には男と女というふうに、相対的になっています。

 どうして相対になったのですか? 何を必要とするようになったのですか? 愛が必要だからです。愛が絶対的に必要なのです。その愛たるエッセンス、元素たるものが絶対的に必要だとするならば、人間が必要とするすべてのものの中心的な内容を持つものという結論になります。愛が絶対的なものとした場合には、そのものは、生来の男の生活、女の生活、男女の共同生活など、関係するすべての生活圏に属するものは、絶対なる愛に対して相対的位置を逃れることはできません。

 ですから、そのような中核的な中心性に対して、相対的な客体圏はそれをつなぐ内容を持たなければなりません。愛の本質の中核に対して相対的内容を持つような因縁です。人間を中心としたすべてのものは、愛を中心として相対圏の内容を持たざるをえないのです。同質同位に立って一つになるのです。

 女と男は、まるで性質が反対です。そうではありませんか? (「そうです」)。女は下に下がろう、休もう、休もうとしますが、男はそうではありません。男は上がろう、上がろうとします。高い山に登頂した者は、女ですか、男ですか?

 夫婦同伴で山へ登ろうと言った場合に、女の子は、寒いし、一番低い所、引っ込んだ所に集まるようになっているのです。ですから、女は引っ込むものが好きです。また、引っ込むものを持っています。それは生殖器です。いいように思って、変な声を出したら困ります。男はてっぺんを狙いますから、出っ張っています。出っ張ったものと引っ込んだもの、ともに反対の内容がありますが、高い山になるには、高く高くそそり立つには、いちばん低く洞穴を掘り、どん底に入らなければなりません。高い山には谷がいっぱいです。

 高い山というのは、相対的な位置において形成するのであり、てっぺん自体が偉いのでも、谷が悪いのでもありません。相対的内容を抱くことによって、高い山になるべきなのです。そうですか、そうではありませんか? (「そうです」)。「そうです」とは、韓国語では「『(ソ:牛)』です」ということになります。韓国語で「そうです」は「牛(:ソ)」です。笑っていますから、皆、記憶するでしょう。

 そういう意味において、アダム、エバは、死にたくても死んではいけないし、離そうとしても離れてはいけないし、離そうとしても離してはならない因縁、絶対的な内容をともにはらんでいるのです。

 それで何をするのですか? 突進した場合に、女の子は感情が上がったり下がったり、けった場合にはピーンと調子の中で転んでしまうような、話にならない情け深いものです。頼りになりません。ですから落ちるときに、しっぽが重いからしりから落ちるようになっているのです。女は頭より腰が大きいから、こっちがフーとなるのです。(笑い)。男は頭が大きいから反対に落ちます。皆、自然現象の相対圏の理想として一体圏に、調和がとれるような内容によってそうならざるをえないのです。

 女は男を絶対必要とし、男は? 男は女を何ですって? 絶対。(「必要と」)。するのではありません。(笑い)。まあ、分かりましたね。そういう意味において絶対必要ですから、アダムとエバは、すべての万物の象徴的なその中核、核心として必要なのです。

 アダムとエバ、その相対を標準として相対圏に立つには、自分たちもその形で整わなければならないので、宇宙創造物はペアシステムになっているのです。双双体制で存在しているのです。分かりましたか?

 アダムは大きいプラス、万物は東西南北に広がった小さいプラスですから、皆、相対した場合には、人間と万物が共同されるのです。その共同された絶対的主体圏を中心とした基準において、平面をとった場合には、神様が垂直に臨在するようになるのです。神様は何のためにいすをつくったのですか。美人たる女の顔を見たいからつくったわけです。そうです、そうでありません? (「そうではありません」)

 先生を初めて見る人、いますか? 手を挙げて。先生を見ない者はいませんね。

 先生はいつも若い先生みたいに思うでしょう。先生みたいな年寄りだったら、舌も固くなって、韓国語や日本語を語っても三分の一は皆、流れてしまうような発音になります。しかし、若い人も及ばないような発音をするときもあります。若い青年と同じように発音する先生ですから、若いと思うのに間違いありません。気持ちいいですか、悪いですか? (「気持ちいいです」)

 日本人は皆、年寄りが好きですか、そうではないでしょう? まあ、いいです。(笑い)

 アダム、エバを絶対的存在とした場合、アダム、エバよりも偉い者がいるとしても、これを受け入れなければならないという結論になりました。

 アダム、エバは一つの種です。一つの種は必ず二つの要素、右の要素とマイナスの要素を一つにカバーしています。種は皆、そうです。種は必ずそうなっています。それは宇宙創造の原則です。神様から始まったすべてのものは、神様の形をかたどっていますから、種には必ず一つの袋の中に二つのものがちゃんと入っているのです。それは胚芽でつなぐようになっています。そこに新しい芽生えが、穂先が生まれるようになっているのです。

 それは大きな二つのプラス、マイナスのそれを食糧として吸い込み、二つにすると思えばいいのです。これが若芽として芽生えるようになります。種は一つの生命を養成するため、その後孫のために、本体のプラス的なもの、マイナス的なものをすべて投入して、完全に投入して消えていきます。新しい種の拡張を願うのが、種としての存在目的です。

 夫婦は種と同じです。愛という袋の中にある種と同じですから、子供が芽生えた場合には、自分の一心一体を肥料として消化させて、りっぱな後孫の拡大圏を残していくという目的があるのです。それはすべての相対圏の愛を核心とし、中心としてつながるという目的です。

 商売をする者は現金を投入しますが、マイナスになるのを願う商売はありません。そのような行動をする者は馬鹿者です。そのように気を遣って投入するのに、プラスをいろいろと関係を持とうと思うのは愚かです。何百倍ものプラスになるもの、代価がえられるならば、それを得るために、自体を犠牲にしても、いちばん欲しがった現金をポケットから出して全部投入するようになっているのです。分かりましたか?

 ですから、子供をたくさん生むべきでしょうか、生むべきではないでしょうか? 女たちよ。(「たくさん生むべきです」)。何人くらいですか? (「百人」)。(笑い)。三十人よりもっと、五十人もどうですか? (笑い)(「百人」)。百人? よろしゅうござんす。(爆笑)ですから、夜、昼、休まずともに抱え合って繁殖圏を拡大するのは悪いことではありません。

 君たち、女たちは男を何と言いますか? 韓国には、犬みたいな男という言葉がありますが、日本でもそういうことを言いますか? 韓国には犬みたいな男という言葉があります。犬は、雄と雌がいた場合、雄は間違いなく、家を離れて雌の所に行き、け飛ばしたりすすり合ったりいろいろやります。放っておいたら大変です。

 男が女を引っかけようとするのはいいことですか、悪いことですか? ん? 本当のことを言いなさい。自然現象から見た場合、男が女に近寄ろうとするのは悪いことですか、良いことですか? ああ、いいこと、悪いこと? これ、女の子、エバ国の大女、先生が大きい声で言うからいいことだと答えたら大間違いです。それはいいことになっているのです。

 年を取った女の子が、天下一品の美人として東西南北から見上げられる者として一人で座っていても、一人の男も現れないという場合には、泣きますか、笑いますか? (「泣きます」)。どのくらい泣きますか? 声を出して泣きますか? かわいそうな女を助ける男でも現れたら、つかんでかみついて離さない、そういう悲惨な立場です。そういう立場に立てば、女は生きることができません。それっきりです。それがなせなかったら死んでしまったほうがいいと言うのは、そういう法則からです。一方きりの立場に立ち寄った女の分相応です。分かりますか? たくさんのものでした。

 しかし、男はそうではありません。女がピーンとやってきます。向こうもまたピーンと、向こうはそれが違うのです。女が慕う人を失った場合には自殺する者が多いですが、男はそうではありません。東西南北、男は三面です。女は男の後ろです。一面しかありません。男の後ろに歩くとしても、小さいです。西洋人に比べたら、日本人みたいに足が小さいです。こういう余計なことを言い出したら時間がありません。(笑い)しかし、余計なことは、それはご飯が出る前に、デザートとかいろいろなものが出るでしょう。そういう果実を出して、準備運動が必要なのです。準備運動として少し語ってみました。先生に向けて、一方きりの環境になってしまいましたから、今から気合いをかけてもいいではありませんか?

 日本がエバ国家であることについて、自然現象から、また地政学上から見てみましょう。島はいつも大陸を慕うものです。そうではないと思う者、手を挙げてみなさい。一方きりです。港に船が来れば、その船が大きくても小さくても、島に住んでる者は皆、「何だろう?」と集まってきます。権限も意志もなく、「船を下りて来る者が自分の家のお客さんでもあればいい」と思います。それは女の生涯に通ずるものです。「旦那さん、帰って来ないかなあ」と、かばんを持って出勤する男の後ろ姿を見て、一日中待ち望むのが女の姿ではありませんか。生涯通じます。それとそっくりです。ですから、島国はエバ国を象徴するという話は、いかに大声で言ってもいいし、天皇でも「そうでござんす」と答えなければならない内容です。それ以外のものは一方向に片づけてしまいます。

 大陸は違います。これを地政学上から考えてみましょう。韓半島というものは、女に向かう一番近いものです。それは引っ込んだものですか、出っ張ったものですか? 男のいちばん女に近いもので出っ張ったものは何ですか? (笑い)。皆、結婚する者で、恥ずかしがることはありません。子供を生んだ者は何が恥ずかしいですか。歴史にないことを言うのではありません。自然現象の当然あるべき姿を言っているのです。何かおかしいように思い、異常な目で「先生があんなこと言うかね」と見るのですか? 聖人というものは、自然的な百パーセントの基準で中心的な立場に立つ者を聖人というのです。先生だから便所に行かないと思うのですか? (笑い)

 宗教は間違うのです。現実を離れた宗教には理想をつなぐ道はありません。現実を逃れて理想は通じません。そういう意味で、二十世紀における新しい宗教として権限を持つようになったのは統一教会以外にありません。現実的であり、未来的です。そのような二重性を持っているのです。「死ぬと思ったのに生きる、生きると思ったのに死ぬ」というのです。生きるというのは、統一教会に入って気持ちよく生きようとするのです。これは、先生が気合いをかけて、迫害して、下の者には上がれ、上がれとするのです。下に押すと、向こうはポーンと上がります。

 高くなりたい者はいますか? 高くなりたい者、手を挙げてみなさい。皆、偉く、高くなりたいでしょう。醜い顔で、何の価値も内容も持っていない女でも、内心においては、それが悪いほど反対に高くなりたいのが女の心情です。そうではありませんか? そうです。先生が「そうか」と言ってそう思っているよりも、君たちがそうだから先生が「そうよ」と言うのです。

 それは相対的です。プラス、マイナス、上がったり下がったりするところに面白味があります。


     ◆

 男において、女の一番近いものは何ですか、そこに帰られなければいけません。(「生殖器です」)。生殖器? (笑い)。高等なことを生殖器というのです。

 生殖器というのは、行動して増える器官です。生殖器は行動して増やす器官ですから、愛の関係を通過した後で言うものです。では、その前は何と言うのでしょうか? 何ですか?

 女たち、なぜ笑うのですか? 一生涯、人類の女軍は、それによって生ませられました。自分のおばあさんも、母ちゃんも、嫁もです。それに首をかけて、生命をかけて、引っ張られながら生き残ったものが女の根性です。そうではありませんか? 何が恥ずかしいのですか。これは聖なることです。それを嫌がる女たちは手を挙げてみなさい。一人もいませんか、いますか?

 いらないという者を殺そうとしても種がありません。絶対必要なものです。それほどとは思わなかったでしょう。それを握った場合には、永遠に離すことはできません。(笑い)。ですから、男は浮気などした場合には、家庭が大変です。チャンバラになり、ダイヤモンドの指輪がガラス窓から飛び出し、あらゆる宝石が東西南北に飛びます。だれがそうしたのですか? だれが何のために? 生殖器を離したのですから。

 それは悪いことではありません。それ以上貴いものがないのです。そう思いませんか? (笑い)。気持ち悪い、驚いて、死にそうな猿の顔みたいです。(笑い)。それは女世界の王様の王です。文句ありますか?

 ですから、男を無視してはいけません。堕落によって悪い武器になったのですから、それを握るのは本来は悪いことではないのです。エデンの園において男女関係の愛の姿を語り合い、笑い出した場合には、霊界、地上界、万物すべてが同化して笑うようになっています。

 堕落を中心としてすべての理想圏を破壊し、その本場としたのですから、それ以後いちばん悪い話になっているのです。今、それを先生が、絶縁体を皆、返しました。主人はだれもなれるものではありません。出っ張ったものと引っ込んだものを組み合わせて、完成したものです。これを離した場合、絶対無用になってしまいます。絶対なくなるまで、一つにならなければなりません。それが理想です。

 二度、三度とお嫁に行きたい者、手を挙げてみなさい。大変なことです。絶対ですから、ぶち込んで一つになった場合には、死んでも、たとえ死骸が崩壊して肥料になっても、元素化され、限界を超えても、その型というものは残らなければなりません。分かりましたか? おばあさんはおじいさんのそれに、生死の問題として首をかけているでしょう? お母さんはお父さんのそれに首をかけているでしょう? そうですか、そうではありませんか? 君たち祝福家庭は、相対のそれに首をかけているでしょう。生命をかけています。それが崩れた場合には大変なことです。全部が崩れてしまいます。

 大陸と島国にとって、一番出っ張った近いものは半島です。半島。島国日本において、絶対必要な韓半島です。

 日本人は韓半島が必要ではないでしょう。韓半島を二つに分断して、それを自分の気ままにしています。これは芸者と同じような女です。堕落の限界に追い詰められた女と同じです。その日本が大陸とつながるには、韓半島を大陸より貴く愛する立場に立つことです。それによって、日本の将来、エバ国の未来は開けるというのが、地政学上から自然現象的な立場から導かれる結論です。堂々たる素晴らしい結論です。そう思いませんか? 思いますか?(「思います」)

 君たちは韓国人を日本で愛したことがありますか、「韓国人」を。君たちのお父さん、お母さんは、「黒人と結婚することはあっても韓国人とは結婚するな!」、そういう教育をしています。先生は日本の事情をよく知っています。それを考えたうえで、日本の女の子に苦労をさせます。そういう立場をとるようになっています。

 日本の女たち、日本人を連れていって、なぜ韓国人と一体化させるのでしょうか? それは、象徴的自然現象を実体的な拡張の立場から、それをつなぐことによって、理想的拡大基盤を生み出すためです。それゆえ、そうせざるをえないので、交換結婚なのです。


     ◆

 高くなった場合には低くなります。東大を卒業した女の子と韓国の国民学校を卒業した男を結び、努力した場合には、欠けたところは神様が補充してくださいますし、その価値を埋めるなら東大卒業以上に神様が加えてくださった内容の因縁は、もっと貴いのです。

 このような理論はありません。ただ結婚したら、平面的つながりの平面基盤しかありませんが、高いものが低いものとつなぐときには、垂直的観念が生まれてくるのです。平面的歴史は宇宙を収拾し、天宙を収拾することはできません。垂直と水平が合併して九十度をつくり、また前後とも九十度をつくった場合には、十二の面は、天を地にし、地を天にし、前を後ろにし、後ろを前にして、右弦と左弦、上弦、下弦、前弦、後弦と、どの面をつけてもぴったりと合うのです。地上完成基準は天上すべての完成につながります。

 いくら平面が多くても垂直一本がなければすべてが崩れてしまいます。堕落は平面的愛、一方的拡大の道を訪ねてきました。堕落しなければ、垂直、平面が一体して円周的な運動、無限弦を中心とし、中核を中心と、中心を中心として運動した場合には、その時代が永続されるのです。ですから、すべての存在には核子があるのです。核子を中心として複体があります。存在は二重性をもった存在です。

 それでは、なぜ二重存在になったのでしょうか? その中心に垂直を平面的にまとめた場合、それを共々に授受し合い東西南北どこにも存在圏を安置させるために球体が必要になるのです。なぜなら、球体はどこに立っても、止まった場合には、一か所に垂直に立つのです。水平に立ったと思ったら大間違いです。球体の願いは、垂直ペースを合わせることによって、平等な平均圏を取るようになっているのです。平等理想という話があるでしょう。球体のスペースのあらゆる面が垂直を持つようになっているから、平等理想圏という話と通ずるのです。分かりましたか?

 どちらが本当ですか? 男が女を支配すべきですか、女が男を支配すべきですか?

 日本は必ず韓国に負けます。いくら威張っていても、体質から、性格から、その安定基盤から……、見ていなさい。日本の心情圏はセールボードと同じです。風が吹くままに歩調を合わせて存在するのですが、風がなければぺちゃんこになります。

 韓国人はそうではありません。風は吹いても、何しても……。今サンフランシスコで韓国人が問題になっています。一人ぽっちでもその国のすべてを治めてしまうというのです。アメリカの人口の十一パーセントを占める黒人が、事業を十一パーセント持っていたのに、一・五パーセントの韓国人がその九パーセントの事業権を握ってしまったのです。ここ十五年以内の現象です。この調子でアメリカを占領するといって、問題になっています。男らしく大胆なところがあるのです。そういう面は、日本人は到底追いつきません。

 将来は、小物は必要なくなります。小物の生産時代、世界文明圏の必要な物を模倣し、小さくつくって世界的に販売していますが、将来には小物は必要ありません。衛星のように大きいものを一つ立たせれば、すべてが可能になります。録音機など必要ありません。そこにいて世界が聞こえるようになります。

 女は小物を好みます。嫁入り前の女のふろしきをそっと開けてみれば、ないものがありません。服から何からすべてが入っています。先生もお姉さんがたくさんいたので、趣味でそっと開けてみたりしました。お金があった場合には、「お姉ちゃん、いくら必要だから、何か月後に返すから、もう借りたよ」と宣言します。「だめだめ、ああ」と言っても、そういう意味では、男に負けるのです。

 日本の国にメシヤは来られません。島国にメシヤが来たら、引っ込んだものが海の底に入ってしまいます。高い頂上に男が、理想的なもの、最高のものが生まれるのです。最高のものは垂直に焦点を取ります。平面理想ではありません。知識を中心として平面理想を求め、垂直に理想を突き立てて拡大し、円形として回らなければならないのです。ここに来れば、行く所が分かりません。上がることもできず、また戻ってきても、上がる所も下がる所もありません。ですから、中心を求め、根元を求めて、世界は絡み合っているのです。混沌、困難の現状をいかにするのでしょうか?

 いちばんの鍵は、統一です。西洋と東洋統一、南北経済統一、文化差異すべて統一です。美人、醜男、醜女、それをどういうふうにしますか?

 日本の金で平定統一させることができますか? お金で低くなった所に高いものを崩して埋めても、平均化させることはできません。お金で東西南北、前後左右を統一することはできません。では、知識ではどうでしょうか? 知識も、専門分野を平面的、世界的に行ったり来たりするだけで、何の関係を持つこともできません。経済も同様です。それでは、権力ではどうでしょうか? 出世して長官になった長官と同じです。知れたものです。一つにできません。

 根底なる存在の基本を知らなければなりません。女はなぜ生まれてきたか、男はなぜ生まれてきたか、その根底の解決方法を求めるべきです。その根底の解決の方法の中核に立つべきものは、真の愛です。

 真の人は、その髪も真の人の髪です。悪い髪ですか、真の髪ですか? 切り落とした爪のかけらも、真の爪のかけらです。皆、「真」がつくのです。唾も小便も大便もそうです。かといって、臭いが別に甘いわけではありません。臭いは同じですし、体も姿も同じ、食べ方も同じ、見えるもの、座るのも同じですが、内面が違うのです。

 内面の違うところは、垂直圏になっています。それを平面と九十度、垂直に合った場合、どこもぴったり合う理想圏です。日本に行ってもぴったり合います。日本人も先生が好きです。本当ですか? 君たち日本人は先生が好きですか? 先生を好きでない日本人が韓国に来たのではありません。韓国、監獄、同じです。牢屋です。名前も啓示的です。

 地上の監獄は天界の出発起点であり、蕩減原則から見た場合、百パーセント正式な堂々たる答えです。どうですか? 「統一教会は天界出発のために蕩減の下の地獄に落ちろ」と押し込むのです。押し込んでも上ろうとするし、もっと押し込もうとすれば、ろうかだけ穴を開ければ向こうは神様の王座です。そこにくっついた場合には、回るのですから上がってきます。そのときに後になって、皆、上りたがって、「ああ、助けてください」と言うのです。

 世の中は、昼は夜になり、真夜中は真昼に通ずるようになっています。ですから、統一教会が今まで世界的に迫害を受けたことは実に素晴らしいことです。善なるところによって、百八十度反対の迫害を受けた場合には、迫害した者がそれを全体的に支えて奉り、敬わなければなりません。それは事実です。

 「勉強しなさい、勉強しなさい」と言う母の声は一番辛いですが、その声の向こうには王様の道も王子の道もあるのです。朝に夕に、帰って来れば、母が「宿題しなさい。勉強しなさい」と言うその父母の言葉は聞きいいですか、聞き悪いですか? 聞き悪くても、しかたなくても、勉強した場合には、しかたなく成功の道がありますが、聞き悪いとして、しかたなく何も思わないでやめた人はそれでおしまいです。人間のくずになります。そうですか、そうじゃないですか?

 それと同じように、統一教会が宗教のくずになりたくないというのが文先生の理想です。「休め、飲め。何だ、働く必要ないよ。休め、休め。何で二十四時間のうち三時間しか寝ないで、冬もなければ夏もなし。休みなし。何だ、何だ、そんな統一教会、大嫌いだ!」

 大嫌いだと思ったのに、いつの間にか統一教会が世界的な最上圏の宗教権限を振るうようになってきました。今や、世界各宗教をまとめる文先生として宗教界の指導者が文先生を尊敬するようになってきました。それを知っていますか? 六十か国の代表たちが、世界平和宗教連合をつくっています。

 成人するとき、若いときから文先生は牢屋に引き込まれました。「君の行くところは我々は絶対に関係ない。因縁もなければ、見たくもなければ、姿も現しちゃいけない」というふうに獄中に入れられましたが、結局、打ち込んだその鉄柱は、向こうの昼とつながる電線みたいになっています。電気が通じます。夜と昼の世界をつなぐようになってきました。

 世界は苦悶ばかり、混沌で行く方向知らないで、忌まわしく、紛らわしく、投げやりで、壁にぶつかって転んでしまうような限界に立ってしまいましたが、統一教会はびくともしません。「世の中はそうなるんです」と言って安心です。

 既成教会は大変でしょう。雨が降り雷が鳴った場合には、「再臨の主が来るんだ!」と子供をけ飛ばして、「おお、主よ。来たまえ、助けたまえ」と天を仰ぎます。そういう悲惨な姿です。しかしそんな馬鹿げたことは統一教会はしません。けんかして窓も開けなければ、驚きもしません。静かになるのですから、雑多なものは信用できません。休むいいチャンスだと、体を大きく伸ばしてぐうぐうとよく寝る者は統一教会のメンバーです。(笑い)。そうではありませんか?

 そのような心配がありますか? 日本がどうなるか知っているでしょう。いくらに反対しても、統一教会に負けることを知っているでしょう。知っているのですか、知らないのですか?

 いちばん悪いと思って反対していました。皆が「それはそうじゃない」と言うのを後で眺めて「ヘへー」と笑っていたのですが、知ってみたなら、走っていって飛ぶようになります。それで体面上、「行くな、行くな」と後ろから言いながら、自分が先に行こうとするのです。そのように先を争って行くようになる現象もあります。

 あなた方のお父さん、お母さんもそうでしょう。一所懸命反対したのに、今は一所懸命ですか、半生懸命ですか? (笑い)。半生懸命、四生懸命? 四生懸命にしかたなく「親として何だ。兄さん姉さんとして何だ。負けてしまう。死ぬか生きるかして」と言うのです。一所懸命が何生懸命になったのですか? 四生懸命です。先生がたくさんの新しい日本語をつくっています。(笑い)。四生懸命、万生懸命とね。四生懸命を整理しなさい。万生懸命の力になるのです。今何と言いましたか?

 ここに集まった日本人は、「日本はエバ国家である」ということを恥ずかしく思うべきですか、恥ずかしくないと思うべきですか、どうですか? (「恥ずかしくないです」)。なぜですか? 引っ込んだところを持っているからです。分かりましたか?

 韓国人と日本人の性格は根底が違います。生活してごらんなさい。根底から違います。日本人は及びません。韓国人は大陸的だから、大きいのです。怨讐に対して日本人は決闘して結末をつけるところを、韓国では笑いながら「そうですね」と言って、仲立ちして、後ろから抱えてやるのです。

 今度の四月十日の大会を通して、涙を流して女たちが仲良くなりました。日本の女が涙ぐむ心情で行った場合には、日本は子供や夫を殺した敵国ですが、敵討ちするのではなくその敵国の女とともに泣きながら「ああ、すべて赦してあげますから、泣かないで、泣かないで」となるのです。日本の場合、怨讐である敵が泣いたら、それで決着がつきますか? そうはいきません。しかし、大陸的な愛はそのように思うのです。

 子供を生むなら、そのような大陸的な男の子を生みたいですか、島国みたいな女の子を生みたいですか? どっちですか? 君たち日本人の女たちが嫌がっているのを先生は知っているので、「こっちに来い、来い、来い」と呼んだのです。それで来たのです。

 あなたは今何をやっていますか? 新聞配達ですか? (笑い)。 先生もそれは嫌がります。嫌がるものを王者みたいに喜ぶようになったら、天下が引っ繰り返ります。あなた方は何も知りませんが、韓国に来た影響は大きいです。

 文先生に対して昔は、「偉い人ね」という印象でした。それは、一方では「ああいう侵略的な謀略的な内容で、犠牲的な投資するようにして、最後に皆、まとめてのみ込んでしまう悪辣な王だ」と悪いところも感じていましたが、今はその反対になってきました。日本の女たる島国根性というのは、持っていてもそれは女としては当然のこと、普通なのです。

 今韓国人は世界中どこにでも進出しています。南北統一されずに二つに分けられていますから、民主世界のどこでも行っています。共産国のような嫌がる所でも行っています。韓国は世界的な代表になっていますから、大使館を通してどんどん、共産主義を嫌う者も皆、喜んで行きますから、世界的に頭のいい者たちが散らばっています。

 アメリカや日本の場合、そういうふうになれば大変です。日本にはすでに二世、三世が住んでいますが、彼らにも権利を認めるよう、法的整備をしなければいけません。世界の言論界では、人倫上、問題になっています。偏ったものはけっ飛ばされてしまいますから、しかたがなくても、そのことはやらなければなりません。

 では、先生は韓国人ですか、日本人ですか? (「韓国人です」)。君たちは日本人ですか、どこの国ですか?(「天国人です」)。(笑い)。日本人なのに、なぜ君たちを反対しますか? それは問題です。先生は韓国人なのに、韓国はなぜ今まで四十年間反対しているのでしょう。恐れているのです。同化圏に入れた場合には、さっと一体化させてしまう、そういう力を持っているからです。

 あなた方もそういう力を持っていますか? どうですか? びっくりするほどの同化力を持っています。ですから、大変なものです。

 日本政府は統一教会を歓迎した場合、国会で『原理講論』について議論するようになるでしょう。そうすれば、日本一億二千万すべてが統一教会と一つになっています。そうなったら、韓半島通過は問題ありません。シベリア開発、中国開発、大陸、どこでも皆、待っていますが、それは韓国と一つにならなければなりません。

 昔、日本は韓国に対して罪を犯しました。中国もソビエトも韓国に対して罪を犯しています。そうしながら、悪辣なサタン圏でともに争い合いました。韓国を中心として日露戦争、日清戦争をし、さらに強制的に日韓併合をしました。正に侵略国家です。

 そういうことをしながら、日本は自国の歴史の悪辣な内容を後孫には教えていません。それでは通じません。先祖を証すことによって、その後孫は先祖の血統を新しい方向に変えることができるのに、それも教えずにそのままの圏内にとどまっている日本の指導体制、政治体制は滅亡します。後孫のためによくありません。

 何らかの方法を取らなければなりません。それを先生は日本政府に通告します。今度、中曾根や金丸に会って、よく教育してきました。その内容を皆さんは知らないでしょう。その話を、よだれを流して面白そうに聞きたいでしょうが、そういう時間はありません。(笑い)

 中曾根に教育される文先生ですか? 金丸に教育されるべき文先生ですか? どっちですか?(「違います」)。どういうふうに違うのですか。「反対です」と言うのはいちばんきっぱりした答えです。どっちも違うという答えは、方向がまるでないではありませんか。そういう答えの仕方はだめです。それでは、どういう答えをすればいいですか? (「反対です」)。教えられて答える者は、皆、百点を取ります。

 金丸さんも中曾根さんも「わしは君たちをよく知っている。君たちの話を聞く必要はありません」と言ったので、「あなたがたはわたしを知らないではないですか。知っていますか?」と聞いたら、何も知りませんでした。日本のすべてについて聞いてみなさい。答えます。企業人は皆、答える力を持っています。よく知っています。

 数十万の統一教会のメンバーを抱え、あらゆる層を知っている先生です。「わたしの話を聞きなさい」「そうですか」「二時間ぐらい、約束しますか」と怒鳴りつけます。そういう何かがありますよ、先生には。ですから、女たちが先生を好きなのです、男らしいから。(笑い)。日本は女の国だから文先生を好かざるをえません。最初は嫌がりましたが、ときがたち、先生と会うことによって、どんどん先生に巻き込まれてしまうのです。

 それでは、分かりましたね。日本が島国であることは、恥ずかしいことではありません。女として生まれたことは、恥ずかしいことではありません。それは、凹凸の凸の相対的、絶対圏ですから、男と言って威張るところはありません。女がいなければ男の存在圏も限界があります。威張るな、この者たち!

 男に何が絶対必要かと聞けば、女が絶対必要だというのです。女に聞けば、男が絶対必要なのです。絶対必要の中心存在部署は一体どこですか? 口ですか? キスするのですか? どこですか? 男は女の胸を触るのが気持ちいいのです。子供のときからそうです。子供のときから、お母さんの乳を飲みながら、この手で習ったのですから、その習慣性で、女を見た場合すぐ胸にいくのです。男はそうです。キスした場合にはすぐに胸にいきます。

 それは蘇生、長成、その次には皆、洞穴に落ち込んでしまいます。本当のことを話しています。先生は、例えがはっきりしています。これは皆、終点です。結論もよく整理して、原理の世界を発見したのであり、これよりもぼやけてしまったら大変なことになります。橋を渡ることはできません。

 女は酒を飲むべし。(「えー?」)。女はたばこを吸うべし。女は阿片も吸うべし。それは皆、悪魔の統合です。たばこを欲しがって、ともに買って吸った場合には、食事です。男に「今晩、食事はどうですか?」と言われたら、たばこをもらったのですから「そうですか?」と応じなければなりません。そんな条件に引っかかった場合には、その終着点は淫行という結論になります。男女関係です。たばこの誘い道から、環境を通してそこに定着点をつくるのです。酒を飲みだして愛した場合にはそこの終着点、ドラッグを飲みだして相対圏を結び、そこの終着点です。

 すべてが、根拠地を迫害し、爆発し、占領するために、ともに遊戯する悪辣なサタンの第一、第二、第三の武器でした。それを知らなければなりません。

 習慣性がついています。そうでしょう。酒を飲んだら、体がどうなっても分かりません。分かったときには、すでに犯されてしまっています。男も女もそうです。男ばかりではなく、女も男を犯すのです。そういう男も女も皆、だめです。性に対しては、どろぼう精神、どろぼう根性を持っています。堕落性は同じです。女も男を欲しいでしょう。え? 女が男を欲しがるのは、もっとみっともありません。

 本来、性的衝動は悪いものではありません。自然的現象です。それが悪いものの基地についているから問題なのです。悪魔の世界の運命の港についています。そこに来た場合、すべてがサタン圏の道具として使われます。刺激的な酒やたばこ、食べ物もそうです。おいしい、面白い、感じる……、そういうものは皆、サタンの引っかけ場所です。堕落世界では「男は女に関心を持つんだ」と言っていますが、皆、反対のことです。宗教はそうではありません。それがサタンの武器なのです。

 酒を飲んだことのある者、手を挙げてみなさい。過去、統一教会に入る前、飲酒した者はたくさんいるでしょう。皆、飲んだことがあります。女も手を挙げてみなさい。大概飲んだでしょう。(笑い)。それによって、男たちを社交的世界に通ずるようにしますから、家庭でそういう教育をしてきたのです。だめです。酒飲みの醜態は知っているでしょう。分かりましたか?

 ですから、統一教会は、たばこも飲まなければ酒も飲みません。たばこは飲むですか、吸うと言うのですか? 飲むでもいいでしょう。新しい言葉を使うことによって、刺激的記憶を残しているのですから。たばこを飲む、酒を吸う。(笑い)。そういった話も、印象づけるために先生が言うのだと記憶しておきなさい。分かりましたか?

 たばこを好きな者、今たばこを吸っている者、手を挙げてみなさい。サタンの針に引っかかります。酒を好きな者はサタンの針に引っかかります。酒やたばこは神の理想世界を崩壊させる悪魔の武器です。分かりましたか? (「はい」)

 それから麻薬です。麻薬の麻というのは、悪魔です。麻薬も悪魔の薬です。名前もそうなっています。麻薬を飲んだ場合には、酒を飲んだらツイスト踊りです。蛇の踊りです。首が出っ張り合ってこういうふうにして、たまに抱き合って……。蛇は関係を持つとき、何日も関係を持ちます。

 日本の女は貞操観においては、そう固くありません。島国の女は生活が難しいです。何日か男性がいなかった場合、毎晩招いてお土産をもらいたいと思うのは普通の女の心です。貞操観はそんなに強くありません。先生は日本に行ってたくさん経験しました。経験したというのは、関係をもったというのではなく、日本の女にたくさん誘われたのです。

 堕落論から見ると、堕落の女は、本然の男の姿をもった男の横に来て、救済されたいという本心の願いによって自分も知らずに抱き合うのです。先生はちょっと変わっています。劇場などへ行っても、中年の女たちが自分も知らないうちに先生を誘うのです。「なぜですか?」と聞くと、「ああ、自分でも分かりませんでした」と答えるのです。たくさんあります。

 先生はそれを知っています。日本の国のエバたちは、サタンを通じて先生を誘い込もうとしているのです。「日本の国に来たレバレンド・ムーンという者をただでは帰さない」というのが、サタン世界のエバの思いです。「何とか悪辣な行動して誘い、これをくじかせなければならない」というのです。

 ときには女が裸になって先生のところに潜り込んでいました。そして「男のくせに何です。二、三分ですべての女を愛したという、日本を代表して慰めることができたって何の恥ずかしいことないじゃないですか」と誘惑するのです。「そうはいきません」と先生はきっぱり断りました。また、先生が学校に行っている留守中、百円札を毎週一枚ずつ持ってくるのです。何十枚、何百枚にもなりました。先生はその人を呼び、忠告して返しました。先生は、日本の国にしては何の罪も犯していません。アメリカに行ってもそうです。世界中、どこでもそうです。

 日本語を知っていますか? Why did you left for?

 エバ国家とアダム国家は二つにならなければなりませんか、一つにならなければなりませんか? 何を中心として? 愛を中心として一つにならなければなりません。国を超えた愛、世界を超えた愛、歴史を超えた愛を中心にして、一つにならなければ、理想的神の世界に起点として出発されることはできません。はっきりしています。分かりましたか? ん?


     ◆

 復帰時代の女たち、全世界の女は先生のものです。(笑い)。そうです。(拍手)

 ですから、お母様を先頭に立てて解放しました。全世界がお母様を中心としてお母様の伝統に連結されなければなりません。霊界はお母様の窓を通してでないと通過できないのです。

 それで、今度宣布しました。お母さんの窓を通過し、お父さんの窓を通過して出たものが子供です。その子供を前にして天国に入るのです。お父さんを前にして、お母さんが後ろにして出たものはありません! 復帰完成した者、父母の二つの門を通過した者が、子供を前にして天国に入るようになっています。また、子供を前に、世界に発展するようになっています。そうでしょう? ですから、お母さんの門を通過しない者は、お父さんの門を通過することはできません。

 堕落圏から見た場合、君たちを全世界の人は男、女と見ます。それは堕落したアダム、エバです。そこには本然のアダムというものはありません。

 エバ国家の基台を地上に拡大するものが宗教圏です。あらゆる宗教は再臨思想を持っています。再臨思想は宗教の主です。人類の根本の主たるものを表徴するものです。分かりましたか?

 ですから、キリスト教はエバ宗教なのです。新婦宗教、エバです。新婦宗教は、第二次世界大戦後、世界を統一しています。男が威張って傲慢で野蛮な行動をして、世界を自分のものとし、独裁的にすべてを掌握し、主管しようと、自分勝手に扱おうとしましたが、それはキリスト教、女宗教によって制定されています。そうでしょう?

 新婦宗教、キリスト教を中心として世界的統一がなされました。そうした場合には、女圏において、なぜ神様は、真の再臨の主を中心として、再臨の主の懐に全世界が抱かれようとされたのでしょうか? 母の門を通過しないと子供は生まれてきません。

 聖書には小羊の祝宴があると教えています。そこは、父とともに母が、二つの門が生まれてきます。二つの門を通して悪の世界を拡大したものが、逆にこの二つの門を中心として、左は右に、右は左に、百八十度転換する方向を取ることによって、原点を通過するのです。

 堕落しなかった場合には、神が上で、サタンもアダムも下にあって、真の愛を中心に永遠の関係を結び、歴史はらせん形を描きながら、アダム、エバ一人から、個人から、家庭、氏族、民族、国家、世界まで拡大するようになっていました。

 堕落してしまったので、闘争が起こり、上のものは下に、下のものは上になりました。サタンが上になり、神は下になったのです。愛を中心として逆の方向になったのです。悪魔の愛を中心として逆になったわけですから、神の愛を中心として百八十度展開しなければなりません。それによって、神側に属するもの、上に属するものが右翼です。ここに左翼がありますが、ともに逆らい、それで原点過程を通過しなければならないのです。こういうふうにして、左のものも上へ行かなければなりません。

 世界的に上へ行った場合に、この点で元に帰るようになります。この道は歴史線を中心とした愛の道です。ここはサタンの愛、これは神の愛、これは神の世界であり、これはサタンの世界です。

 ここにおいて、この基準を中心として、個人的時代、家庭的時代、氏族的時代、民族的時代、国家的時代、世界的時代へと延長したものを、理想圏に同化して、堕落しなかったような原形に元返すわけです。接ぎ木させ、一体化させるのです。こうして見た場合に、一点を中心として、横のものを反対にして、個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成、世界完成とつなぐのです。蕩減は原点を通過しなければなりません。


     ◆

 日本人は日本の国民性を否定しなければなりません。日本のすべて、日本の歴史をすべてを否定して、この零点の門を通過することができるのは、純粋な愛、真の愛を中心にした絶対愛だけです。雑多な日本の文化的残りのものは通過できません! 分かりましたか?

 真の愛は自分を犠牲にします。「死にたがるものは生き、生きたがるものは死ぬ」という話です。自分の個性を完全否定することによって個性完成する道を目指すのです。日本人の習慣性や伝統的氏族観念などを持つ者は、本来の神の真の愛を中心としてつながる道に何のかかわりもありません。それらは、百八十度ではないので、皆、脱線してしまうのです。こうなった場合には、力が入った場合にはとんでもないことになります。別個の世界になりますから、霊界には行けません。霊界の世界にはないのです。ですから、陰の所、地獄に落ちるのです。

 たった一つ、真の愛の道にのみ育った場合には、良心の中核は肉心と共鳴体になります。自動的に良心が完全にプラス、体は縦的に完全マイナスの共鳴圏がなされるのです。すると、天宙が明瞭になります。神様は自動的に分かります。教育は不要です。分かりましたか?

 エバがお嫁に行くのは何のためですか? 旦那さんの愛とともに、その一家を相続するのです。一家を繁殖するために行くのです。日本の一家ではありません。種は旦那さんからもらうのです。いくら種があっても、畑がなかったら大変です。

 日本の女はやさしいです。韓国の女は強いです。(笑い)。会ってみると、強いでしょう? 主管性が強いです。本当は、女は柔らかいものです。男は骨です。骨肉はともに合併して理想体となります。

 ダイヤモンドを削るものは、ダイヤモンドよりも硬いものですか、もっともろいものですか?(「硬いものです」)。そうではありません。ダイヤモンドを削るには、真鍮、銅で削ります。発電所へ行けば、ゼネレーターの大きなローターを中心として、シャフトを中心にそれを支えている軸があります。それはバベットです。つまり、鉛です。歯と舌はどちらが柔らかいですか? よく調和が取れています。恐ろしいところに……。それが理想郷です。

 男は女が絶対必要です。女は男が絶対必要です。分かりましたか? ですから、その器官の堕落行為圏をなそうとするのがサタンであり、それを完全に消して本然の絶対圏、真の愛の理想圏の基盤を戻そうとするのが神の観点です。修養も必要ありません。美男子と美人が裸になって、ともに語り合いながら、兄さん、姉さんみたいに、子供みたいになればいいというのです。

 そういうふうになっていますか? 男たちはなっていますか? 男のシンボルマーク、この棒は、女を見た場合に起きたら大変です。それを修養しなければいけません。先生はそのために非常に闘いました。百人の美人が裸になった中に、男がいた場合、すすり合って転げ寝た場合に、それが起きるか、起きませんか? その修養です。

 生来の機会を整理しなければなりません。ですから、皆、女を誘い、男を誘うようになっています。真の顔と美人の顔と真の心を込めたら、動くようになります。それが堕落世界の現実ですから、注意しなければなりません。


     ◆

 今度の祝福を受ける者、手を挙げてみなさい。祝福を受けますか? 自分の旦那さん一筋だと考えて今までやってきましたか? ここに座っていますか?

 雑多な方向で、しかたなくここから回って来て、また回ってそこまで行ったり来たりして、まだ定着できない者がたくさんいるでしょう。それは、妾の心情です。堕落した女と同じ、エバと同じです。原理をまだ乗り超えていません。

 一心不乱、定着安定基準から、天宙は垂直から始まります。本然の心をかける垂直軸の基盤がないのです。辛抱させる軸がありません。これは真の愛です。軸もプラス、マイナスです。男女が完全に一つになってプラス、マイナスとなり真ん中の軸を生むのです。このように近ければ、穴をさっと開けて取ることができないのです。

 これはいつでも百八十度です。四十五度行ったり来たりしません。男女は注意すべきです。旦那さんも注意しなければなりません。修養が足りません。愛という誘う器官が残っている者は、その器官が動き出した場合には統一教会の作動を止めていきます。真の愛の焦点を基盤に定着した経験を持っていない者は、いつでも危ないです。そう思いませんか? (「思います」)。あなたもそうでしょう。太っていても細くても、美人もブスも、皆そうでしょう。(笑い)

 救援摂理は復帰摂理です。復帰摂理は再創造摂理です。再創造摂理は再創造します。再創造というのは一体何でしょうか? 神様は創造するとき、まず環境をつくりました。環境圏には必ずプラス、マイナスがあります。これが創造圏です。再創造ですから、必ず君たちは完全なるプラス、完全なるマイナスにならなければなりません。そうなっていません! 環境はありますが、創造体制が完成されていません!

 神様は世界をつくるときに環境をつくりました。環境には主体と客体なる存在という永続する要素があります。それらを材料として、中心にさせるようになっています。必ず環境圏にはプラス、マイナス、主体、客体があります。

 これは一つの中心です。心と体が一つに平行になることによって、心に神様が臨在するのです。男女は、ともに完成するために結婚します。男は右弦です。プラス、一方だけです。女は左弦です。マイナスです。左弦と右弦は一つにならなければ、中心点がありません。これは理想郷です。

 これは焦点です。右弦はどこで止まるか問題です。この三方の焦点は皆、同じです。どこでも同じです。線はいくら引いても同じです。この焦点はすべての焦点です。直線の焦点は無限です。無限だったらなくなっていきます。焦点は集中しています。

 それでは、垂直の焦点はどこですか? ここです。これを反対につけても、左弦の焦点は違いません。それは絶対的に同じ点です。この延長線すべてが平等になります。すべてが平等です。過去も平等になります。

 ですから理想郷なのです。平等中核基準を決定し、焦点を合わせるのです。右弦、左弦の焦点は中心点です。直線から言えば中間は重要です。この重要な直線からして、無限の拡大ができるのです。ここは無限に拡大、比較的拡大するのです。これによって比例的拡大をします。個人拡大も同じペース、家庭拡大も同じペース、氏族拡大も同じ間隔です。これに責任を持った場合には、平面、上下関係、愛の関係は球体になるのです。その上下左右弦がこの焦点によってすべてが平等になります。右弦のものがこっちに引っ越しても合うし、前のものがこちらの方に引っ越しても合います。ここに引っ越しても合うようになっています。全部合うようになっています。

 その点の通ずるところは一点しかありません。分かりましたか? 神様はその一点に行きます。それがすべての力です。球体の表面全体の通ずるところは零点です。この零点を中心として、ここから全部、一、二、三、四、五と延長するのです。

 なぜこの零点を終結する内容になるのでしょうか? 相対圏、対象的な左弦、右弦を新生するものは、なぜ中核を起点としているのでしょうか? 中核が真の愛だからです。それゆえ、中心点には神様がいるのです。心の中心です。ここの中心点はへそにつながる所です。へその延長、拡大です。線につながっています。女も男もそうです。ものの五感も男の五感、女の五感も違います。どこで交わるかというと、ここです。零点に固定します。

 その位置に返るには、自分の存在意識をもったらいけません。祭物になるには、存在意識をもったらだめです。所属意識や、自分は自分という存在意識をなくさなければなりません。自分は日本人であるといった所属意識をもったら、祭物になりません。零点に返りません。完全のところから通過します。創造は無から始めたでしょう? 環境、すべてのプラス、マイナスは、零点から発動し始めます。零点を新しく通過した後に、自分の再意識、再存在圏を見いださなければ、復帰はできません。日本人と韓国人は皆、怨讐です。怨讐地を中心として、これを否定するのです。百八十度転換するのです。分かりましたか?

 怨讐といちばん嫌がる結婚をして、理想的な相対者よりもっと愛さなければ、霊界に通ずる道はありません。そのようになってきました。

 君たち、韓国に来て良かったですか、悪かったですか? (「良かったです」)。会った男がりっぱですか、だめですか? (「りっぱです」)。だめだけど、りっぱに言うのです。(笑い)。それを「だめだ」と言ったらだめです! 百八十度反対です!

 統一教会はともに回るようになっています。いくら「日本人の女がりっぱだ、偉い」と言って誇った者でも、韓国の男と結婚して子供を生んだ場合には、「うちの旦那さんはナンバーワン!」と言って男について行きます。そして「日本人の中にはこういう男を見いだすことができない」と、自信を持つようになるのです。

 日本に帰りたい者がいたら手を挙げなさい。帰してあげます。(笑い)。出て来なさい。いませんか? (「はい」)。出て来なさい。良心的に考えて苦悶しないで出て来なさい、解放してあげます。(笑い)。追放して、日本に帰すときには真っ暗になります。真っ暗な日本と明るい韓国とどちらがいいですか? 明るいけどちょっと貧しいほうと、真っ暗なのに贅沢な方向とどっちですか? (「明るい所です」)。明るいが貧しい故郷をもって、暗い所の国より素晴らしいのです。

 ですから、利口な統一教会の女さんは、韓国に来て苦労していますが、文句は言えません。文句を言われるのではなくて、言いません。(笑い)。言われたら相対的になります。自分に対して文句を言われません。言いません。どっちですか? 言われません? 言いません? (「言いません」)。本当ですか? (「はい」)

 本当だという者、手を挙げてみなさい。はい。ありがとう。「ありがとう」というのは、日本の女の立場です。蟻が十匹だから腰が細くなるまで……。女が行けば天国の王女、王の貴婦人になります。本当です。戦前は、日本の女たちは働く虫と言います。働く虫が蟻です。よく働きます。

 今朝、何時に新聞配達してきましたか? きのうは四時ですか? それを「早くしよう!」と、一時間早めて、三時にやってきたのでしょう。気持ちいいですか、悪いですか?

 先生の命令を受けて苦労した場合には、韓国人が後孫になります。手をつけないで、戦争もしないで占領することができます。悪辣な日本の帝政時代のように、拳銃で脅迫して占領しようとしても、そうはいきません。自動屈伏させる道はこれ以外にはありません。おごり高ぶり、拷問で屈伏させようとするサタンは、その場に住むことはできません。自動的に逃げていきます。

 そのサタンに勝利する方法として第一級の道です。利口な文先生は、利口になるべき女につくろうとしてそのような道を行かせようとしているのが、悪いことですか、いいことですか? どっちですか? (「いいことです」)。分かることは分かるんですね。

 もっと苦労させるべきや? これ以上させないべきや? (笑い)。もっと苦労させた場合には、今から世界的神の摂理圏の女の世界の伝統の第一材料になるべきです。第一材料になるべきですか、第十、第百番目の材料になるべきですか? (「第一です」)。よく知る者となっていますね。第一材料となりたい者、手を挙げてみなさい。そうすると、新聞配達は気持ちのいい働きですか、気持ちの悪い働きですか? (「いい働きです」)

 夜寝てるとき、一人で渋い顔をして「なぜ三十歳にもなって、日本人ではなく韓国人のところに嫁に来たのか。みっともない旦那さん、姿も男らしくない。統一教会の勇士たる女始祖が何だ。フー、フー。西に来て、太陽がわたしを知っていて明るく光るから、日本に帰ろうか」と、いろいろなうっぷんがあるはずですね。

 これは、ソウルの町は皆、記憶しています。町の石、町の角は皆、ここを通りかかるすべての日本の女の子が配達しながら、ぶつぶつ言うのを聞いています。きのうはあんなに気持ちが悪かったのに、今日はどうして気持ちがすっきりしていますか? ちょっと変わっている先生の話を聞いて、決意して、そうならざるをえないという道です。(笑い)。きのうときょう、変わってきます。分かりましたか?

 君たちの日本での三年間の心情と比べて帰ってみなさい。心情線をずっとつないでみなさい。女たる者は、先生が望んで余る女たるべき者ですか? 望まれないような女たるべき者ですか? 自分自身がよく分かっていないのではありません。自分は何をやるべきか、よく知っています。知っていながら、自分を弁明するのです。サタンの道を行く者は、裁きの相対者になる以外ありません。

 それを知った場合、良心に沈黙を守りながら、服従して涙ぐもうとするのです。赦しを願うような道を上がったり下がったりしながら、もっと悔い改めないと、もっと高い所に上がっていけません。それを嫌がるなら、できません。

 三年間で学んだものがたくさんあったでしょう。流した涙の肥料は、間違いなく下がっていくための涙ですか、悔い改めの上がっていくための涙ですか? 悔い改めて、きのうよりはきょうと、一心でも上がろうとするのです。苦労の真っただ中にさまよう姿を抱えながら、一人でこれを解決していかなければなりません。自分の再創造復帰は孤独な道です。だれも救ってくれません。いろいろな迫害の道でも、霊界に行って永遠の生涯を地獄で暮らすようになっても通じません。それは大変なことです。霊界を知って、この地上生活圏内に完全投入するのです! 十年間お父様の家庭の便所掃除をしながら、幸福だという結論をつくった場合、堂々と完成の道を歩み、日本はエバ国家としてパスするでしょう。これは復帰の再創造決定圏です。再創造の再完成圏を満たす決定基準であるということを覚えておかなければなりません。分かりましたか?

 どうですか、まだ下がるべきですか、上がるべきですか? (「上がるべきです」)。下がるべきですか? もっと迫害の道を行くべきですか? それを逃れていくべき道ですか。どっちですか? (「迫害の道を行くべきです」)

 日本人によって、韓国人が牢屋に囚われ、血を流しながらも愛国を唱えた以上に行かなければなりません。韓国に来たことを、日本人としては文句を言ってはいけません! かわいそうなことは、先生は知っています。

 かわいそうな世界をずっと尋ねていきました。寄り添ってきました。その最中に、神様が先生を褒めたたえたことは一回もありません。褒めたら定着します。休んでしまいます。休んだら、立つことができません。ですから、無慈悲にけ飛ばし、「このやろう、まだ行かなきゃならない。君が死んでも行かなきゃならない」と、今まで鞭打ちながらここまで生きてきたのです。

 結局は、勝利の頂点を目指し、神がそれを立たせた場合、だれも完成しないで、そのご褒美を一人でもそれを不満に思うも賛成するもないのです。解放点に、完全解放圏の絶対的勝利の権限を授けて相続するための神の愛であったということを知った場合に、すべてが、過去は悩みでなく感謝とすべきであったということを悟るのです。

 そのさなか、涙ぐんだ恥ずかしいこと、故郷をしのび、古い古い昔の恋人を思い、過去の歴史を思いつつ、青年時代にサタン世界が誇った内容を再び回想することは絶対にありえません。その自信を新しく発見し、神の方向に自分を向かわせるのです。神の国再建の働きを、神とともに完成したアダムとエバに代わり、神の愛の再創造の愛の相対者として立ち、生きがいの実績を残すことによって永遠の世界の自分の財産が生まれてくるのです。

 お嫁に行くとき、裸で行きますか? 何をつくって行きますか? 女も所有をつくって行かなければだめです。父母が一家そろって自分の家庭を頼りにし、その後の行く者の所有権を拡大したいのが、お嫁に行かせた一家の目的です。

 その点、天国にお嫁に行かせる統一家庭と同じです。りっぱな永遠的氏族主人としての所有権で管轄しえて、その圏内に恥ずかしくない堂々たる基盤を持たせたいというのが、一族の思いです。自分一身も共々に願った目標です。それは間違いありません。


     ◆

 先生は、君たち日本人にもっと苦労させて、統一教会の祝福を高めてやろうという思いはありません。いつ来ても同じです。エバ国家としての使命を果たすには、韓国において、新しいエバ国の伝統を女世界につなげなければなりません。そうしなければ、日本のエバ圏と韓国のエバにはつなぐ道がないのです。

 それを今度なしえたのは、四月十日のお母様の女性解放宣布大会でした。日本人を通して、韓国の女と母を中心としてカイン、アベルです。韓国と日本、どちらがカインですか? 日本です。長子権復帰した立場から言っても、韓国は兄さんです。復帰過程においてはアベル圏と同じです。

 日本人は絶対苦労した場合には、韓国の女性に服従しなければなりません。それはサタン世界の場合でも解放圏になった場合でも同じです。統一教会に模範にならなければなりませんし、帰ってくる女たちに、模範となれるような伝統を受けていないとしたら、末世紀にエバ国家としての使命はつなぎません。ですから、女のカイン、アベルの世界が一つになることによって、お母様が女の中心として立つのです。

 それは、昨年、韓国の相対圏を中心として、日本でアジア平和女性連合大会が開かれ、一万五千人の相対圏が一つになることで、お母様が立たれました。それを中心として、アジア平和女性連合を中心として、世界平和連合大会、ソウル大会宣言をすることによって、先生の世界基準に相対的な立場に立って先生が解放圏に立ったと同じように、初めて韓国と日本の女がプラス、マイナス一つになった基盤の上にお母様と一つになった基準を立てて、平面的なそういう宣言大会をしたのです。それによって、今から女を中心として蕩減の世界は消えていくのです。分かりましたか?

 今まで、旦那さん、再臨の主を迎えて安着するまでの蕩減の七五パーセントは女がしてきました。全部女です。宗教人口の七五パーセントが女です。どの宗教も同じです。それは、真の旦那さんを求めているからです。

 世界万民は男と女です。復帰時代になった場合には、女は先生のほうに、女のところに男一人上がってきました。

 真のお父さんは、女の世界と向こうの男の世界を二人代表した世界において、真の男と一人の別個な男が生まれるということです。それがいわゆる完成したアダム圏です。

 世界のすべての女は堕落していますから、アダムを迎えることによって、完成復帰の新しい時代に向けて蕩減の歴史を歩んできました。しかし、いくら歩んだとしても、旦那さんがいなければ創造圏を迎えることはできません。

 そこで、天はアダム完成した先生のような者を送って、世界のエバ国家基礎点を中心として一体化させるような立場を中心として、女宗教が一つになるという世界統一をなしました。そこから、共産党も何もかも先生によって皆、追い出されます。

 ですから、全世界の女は先生のほうに偏ってきます。代表的な「解放」とするには、お母様が解放することによってなされます。それは、韓国の女と日本の女、つまりアベルとカイン、主体と客体が一つになることによって、真のお母様が中心的な母の立場、垂直な母の立場に立ち、垂直の立場の完成愛をアダムを中心としてつなぐようになっています。

 ですから女として全部の層を引き継ぐのは母が先生の後ろについて来てなしますが、全体の蕩減の道はアダムが復帰しなければならないのです。

 主管権を復帰するには、アダムを先頭にして、女であるお母様は先生に絶対服従して、影のようについて来るのです。それが逆になったら大変です。やられます。

 先生は、個人的迫害、家庭、氏族、民族、国家、世界的な迫害の道の先頭にあって生き残り、すべてを相続しています。その心情が個人的迫害位置か、家庭的迫害位置か分かりますか? その基盤はどうでしょう。氏族的家庭心情圏において、エバ位置化、民族的位置化、国家的位置、世界的位置化しましたが、それを分けてやってもサタン側の反対圏が追われていくのです。

 女性解放が宣布されることによって、そのような平等な立場に立った女の時代が来るのです。そうなると、世界のすべての女は先生の後につくようになります。お母様の後について来なければ神に帰る道はないのです。分かりましたか? (「はい」)。分かりましたか? (「はい」)。分かりましたか? (「はい」)

 それでは、日本を代表して交差結婚してやってきた者の道は何ですか? 韓国の男は天的天使長ですから、交差結婚で日本からきた者は、天的天使長の前に復帰したエバの立場です。復帰したエバの立場は、世界的子女のために、お母様の後ろについて行くのです。そしてサタンの蕩減条件が残っているもののすべてが、日本の女によって打ち切られなければならないのです。はっきりした原理観的結論です。

 君たちは、韓国の女が泣き叫ぶのを見たら「ああ、私が救ってやらなければならない」と責任を持ち、放蕩息子を抱えた家庭の内容を見たら「私の責任だ」という主体的責任を持って、蕩減して祭物過程を通過しない限り、韓国の女と一つになれません。

 君たちは復帰したエバですから、復帰されないエバ、カインのために犠牲の道、再復帰圏を通過しなければなりません。お母様は縦的路程を通過します。それをやっても、縦的勝利圏を横的に拡大するためには、韓国の女と日本の女から見た場合には、韓国の女の伝統、お母さんの伝統を日本の女は受け継ぎ、影響を合わせて、統一化された完全な主体、客体圏をつくらなければなりません。そうでなければ、エバ国家として日本と韓国の交差結婚した家庭の使命が果たされません。

 君の旦那さんは、堕落しなかった天使長です。君たちは、行動するとき、それ以上干渉してはいけません。


     ◆

 分かりましたか? 家庭です。統一教会のカイン、アベル、エバと統一教会、韓国の祝福家庭と日本の祝福家庭が一つになることによって、その相対圏が必要となります。もっと大きいプラスとマイナスが生まれます。それはお母様を中心として一つになるのです。

 このようにして一つになった私たちは、大きなプラスです。そして、統一各界の相対的祝福家庭ではなく、勝共連合がその奥さんと一般の国民の奥さんがプラス、マイナスとなり、サタン圏をつなぐのです。これを消化して一体化することによって、統一教会以上の国家、アダム、エバ国家の権限が、原理原則の鉄則において決定されるようになっています。善悪の位置に立っているすべてを明らかにし、その目的を完成するのです。すべてを犠牲にし、生畜の祭物をささげるような立場において、この目的完遂のために前進すべきなのが、今日集まって決意する群衆です。分かりましたか?

 そのとおりにやるという者は手を挙げて誓いましょう。(「アーメン」)。そうすることによって南の解放に通ずることで、北韓は自動的に解放されるのです。(拍手)

 南北の分裂は日本にやられたのです。サタンのエバという悪魔の娼婦で南北を分裂させました。こうして、悪魔的な親を中心として真の親の道をけ落とそうとしたサタンの計画は、ここにすべて解消されて、神の一方的な理想圏の権限が可能になるようになります。これは原理観です。日本の女たち! 一家関係をもった韓国の祝福家庭全部が一つになってなすべきだと、はっきり知らなければなりません。分かりました? (「はい」)

 これは一体化させる対応圏です。お母様と一つになった場合には、その対応圏として、統一教会と相対圏にある事業団体などの奥さんたちは今からカインの家に入って、そこで寄宿しなければなりません。統一教会関係の団体をつながなければなりません。そうすることで、これが一つになってサタン世界の域を完全に新しい伝統にするのです。これが対応圏です。

 (板書され)これです。家庭をつくります。統一教会の日本の祝福家庭、韓国の祝福家庭が一つになります。これをプラスにして、もっと大きい外的な関係にある統一教会の勝共連合の女や国民連合の女たちが対応圏になります。教会団体の女たちは今まで皆、無関係でしたが、家庭を中心として、国家的サタン圏を消化する基台を通して、活動舞台として活用するのです。恐怖心の時代ではありません。歓迎する時になりました。ですから、天国建設は時間の問題です。対応圏を通して発展します。

 対応圏が一つになった場合には、エバ国家、アダム国家が大きなプラスとして、アジア圏を中心として消化していくのです。共同でやったら一発です。そしてアジアです。一つの西洋文明は自動的に統一圏になります。四十日以内に世界を教育して余ることができます。

 そういう知恵で、内外共の準備を完璧にしています。もう時間がないことを覚悟して、青春の貴い期間を真のみ旨の祭物壇に全体を動員し、明らかな勝利の旗を万国に掲げるのを願うのが先生の話の結論です。

 世界のカイン的エバ家庭を中心として、南北統一圏の消化基点として活用し、今やっています。日本の女が韓国の祝福家庭と一つになって、相対的な統一教会の勝共連合や国民運動、アカデミーなど、男性がやってきた過程を女が連結して、いろいろな活用基盤として使います。

 なぜなら、日本から来ても統一教会の基盤は何もありません。それで南北統一をしようというのです。それは韓国国家、韓国国民として絶対的にやらなければならないことであり、それを否定する者は一人もありません。日本人と韓国人が一つになってそれをやろうとすれば、韓国で感服して……。


1992年5月8日  在韓日本人教会員集会


【指示事項】


1、韓日統一化時代


 韓国と日本は統一時代になってきました。一体化時代です。なぜなら、アダム、エバの立場に立っているからです。絶対的です。過去において、エバがサタン的に韓国を占領して日韓、韓日一体化を願いましたが、今度は本当に天を中心として、日韓一体化運動をなしています。原理的です。

 女のいちばん近い所は、半島です。半島は旦那さんの生殖器です。それを握られたら大変です。日本の将来に国の子供も家庭もありません。ゆえに、韓日一体時代です。

 そのつもりで交差結婚をしました。先生に従うことによって、冒険するのです。サタンは堕落論を植え込み、世界的に地獄へ連れて行きましたが、アダム、エバ国家を中心としてセンセーションを組むことによって天国を開門し、天国に入るようになっています。交差結婚して、このようにしないと解放圏が生まれてきません。

 一体だれがこの門を開くことができるでしょうか? 日本の天皇も首相もできません。神様の話、真の父母の話を聞くようになっています。伝統を知っているからです。

 ですから、韓日一体合体です。


(1)アダム圏勝利。国家的勝利が問題です。


(2)エバ圏復帰完成(韓国女性、日本女性、関係女性一体化)


 全国的み旨になり、韓国の女と一体化して、先生の命令に完全に一つとなり、エバ圏復帰完成です。完全に先生を真の男として、絶対服従です。金日成や日本の天皇の命令も話になりません。何十倍、何百倍もの強固なる命令を完全になすような決意をまとめることによって、エバ圏復帰完成ができるのです。それをするために君たちは韓国に来ています。それ以外の威厳は、それ以後はありません。

 韓国女性、日本女性、関係女性一体化です。以前話したように、統一教会の祝福家庭と日本の祝福家庭が一体化となるとともに、関係する勝共連合の女たち、VIP各層の女たちなど、女たちを一つにして、入る道を開きます。そうすれば男は自動的についてきます。

 お母様がエバ宣言をしたとき、サタン世界には男はいないのです。男というのは、本然のアダム以外にはありません。先生に皆、つきます。

 女が欲しがったら、絶対欲しいといって来なさい。女をつなげることによって、そういう権限権利があります。男がそれに反対しても、子供や女は違います。完成圏に来ているのですから、エバ圏が解放されています。真の親圏が分かるようになってきましたから、子供は母の後につきます。母子協助時代は母子といいますが、男だけではなく、母子女協助時代になっています。それで、真の旦那さんが、真のお父さんの所へ行くのです。今まで自分たちの夫は真の夫ではなく、真の旦那さんではありませんでした。切り替えて接ぎ木しなければ、自分の夫を復帰して生かすことができません。それゆえ、再び絶対信仰に立って、再祝福を受け、真の父母の相対圏に立つのです。そして相続権を天から伝授されて会い、定着するようになります。はっきりしています。

 韓国女性はプラス、日本女性はマイナスです。韓日の女性が一つになって大きなプラスになり、関係女性一体圏はそのマイナスになって、それらを一つにすることによってさらに大きな国民的プラスとなります。その国民的プラスとアジア的マイナスを中心として、進むようになるのです。

 男が関係しなくても、女だけ統一すればいいのです。男が絶対服従して入ることによって、自動的にサタン圏で生き残ることができます。子供たち、二世は先生につくようになっています。君たちはそういうふうになるのです。

 そういう時代の解放の大門を開くために、四月十日になされた女性解放宣布は歴史的宣言です。それを全国的に二十一か所に相続圏をつくったならば、この環境圏にサタンが定着することはできません。

 そうなれば、統一教会に反対する者が大統領になろうとしても、皆、だめになります。思いどおりにいきません。その最中に、我々統一教会、文先生が女性を中心として立ったその力は、男性のサタン勢力が強いかどうかは問題になりません。分かりましたか? (「はい」)。サタンの王者ですから、皆、コントロールできます。

 男のスキャンダルは皆、淫行行為であり、社会腐敗を拡大しています。今や三位基台だに協助しません。女子チームをつくり、自分の旦那さんの悪いことを中心に三位基台で皆、調査して発表します。悪辣な者は皆、前に出なさい。世界改革、覚醒運動をなす時代になりました。

 女が強くなりました。女がサタンの主人になったでしょう。女が請求して、覚醒運動をするのです。男に、ちゃんとなるには家庭が問題だと宣言しなさい。「何をきょろきょろしていますか」と。向こうは反対していますから、どんどんせり落とし、地下で踏み越して服従させて初めて、復帰の道は生まれてきます。そうでなければ基盤はありません。分かりましたか? (「はい」)


(3)外的家庭基地一体化運動


 サタン世界の基地を一体にしなければなりません。そうしなければ、韓日統一一体化時代は来ません。


2、真の父母完成圏と家庭


 母とともに宣布することによって、今や真の父母の完成圏は終わりました。真の父母完成圏と家庭です。真の父母は完成圏を宣布することによって、世界的すべての家庭は、サタンに所属するのではなく、真の父母の家庭に即応する思想的世界時代に入ってきています。

 善の力でいっぺんにたたかれてしまいます。今、家庭解放です。今までは、個性完成を掲げてきましたが、真の父母完成宣布した後は、家庭が残っています。母と子供と娘が一つとなっていけば、未来は、完全にサタン世界はなくなります。ゆえに、真の父母完成と家庭です。

 お母様と家庭婦人一致ということは、お母様を中心として家庭婦人、お母様と祝福家庭婦人と一体化です。それはカイン、アベルです。縦的カイン、アベルです。

 それを中心として、横的カイン、アベルです。それは世界的な統一教会の女と世界的な女を中心として横的一体化します。そういうふうになっています。


(1)お母様と家庭婦人の一体化。


 母と娘、これはマイナスです。それからアダムはプラスです。(韓国語6分)

(2)



3、


(1)(2)日本における女性復帰。共産党、朝総連、民団の家庭の女を復帰せよ。日本の統一教会の家庭の女と民団の統一教会の女が一つとなり、朝総連、民団という外的家庭と一体化しなさい。

 カイン、アベルを日本の地におきました。エバはカイン、アベルをはらみました。胎中で二人、ペレヅとゼラが闘ったのと同じように、統一の前には、日本の政府内、つまり日本の腹の中で朝総連と民団が闘うのですが、それをエバが好まないように、日本政府は好みません。なぜけんかするのかと。それを統一しなければなりません。その運動が柳寛順運動です。そして、全国的民団統一をなします。

 民団と朝総連を統一した場合には、韓国も統一されます。北韓も統一されます。日本がそうなったら、大変なことです。韓国も北韓も影響されるのです。このエバ国の立場はずっときます。カイン、アベルをはらんだことと同じですから、日本人が偉かったとなるのです。

 ゆえに、日本人は日本人より僑胞を愛さなければならないのです。自分の腹ではらんでいるからです。柳寛順精神伝授運動を全国的に願っています。

 女性を先に復帰することです。外国に出ている民団と朝総連を、韓国の僑胞と北韓の僑胞をいかにこの国において統一運動を早くするか、それが問題です。


・その次は男性復帰です。

 男性復帰は自動的になります。外国において、皇室の立場において女たちを中心にした場合には、自動的に男たちはのこのことついて来ます。彼らのことを女に任せて復帰します。ヤコブの母リベカと同じです。帰るときは同じです。


*南北女性と統一連合。

 外的な連合、朝総連、民団を連合することによって、南北女性統一圏が生まれてきます。それをその国々で組んで、北韓や南の国で。今南の方はやっていますし、北韓の女性はすぐにそのようになってきます。あのような苦労の世界にいる女は、空きっ腹を抱え、死ぬしかないのです。経済的援助が拡大されれば、いっぺんに回ってしまいます。


*海外、日本においてカインとアベルが一体化。

 韓国を中心として、海外、日本においてカイン、アベル一体化です。今言われている柳寛順精神を伝授しなければなりません。

 日本の伝統的エバ国精神は、堕落しない十六歳期に本人の伝統を失ってしまいました。柳寛順精神を独立運動を主張するために対象点として立てたのは、本国の韓国の実際のエバ復活体と同じです。体を六つに切断されても完全に示していった伝統精神を、日本に接ぎ木するのです。

 そして、日本民族は天国、本国建設のため、柳寛順精神を受けて韓国一体化運動をすることによって、アジアの女性陣と男性の精神に、アダムの姿を教える運動が、今、日本から始まっているのです。それを知っていますか? (「はい」)

 本国につながる日本とならなければなりません。日本はカインですから、カイン的女性伝統基盤は、本国の柳寛順精神を伝授されなければなりません。

 特に日本は、日本をけとばし、本然の独立精神の運動をやっています。日本が殺した柳寛順の伝統精神を日本の女の精神として伝授して、それを伝統的精神で復帰し、韓国において犠牲的な蘇生をすることによって、本国につなぐ、天国につなぐ女性になります。その運動をやっています。よくもまあ、原理が合うように、神は尽くしています。

 カイン、アベルです。日本カイン、アベル一体化です、柳寛順に続きなさい。そして、日本と中国とアメリカ、ソビエトです。日本はエバ国家です。三人の天使長、つまり堕落した世界的な結実体としてのアメリカとソビエトと中共が、エバを中心として、完成された天に帰った天使長国家圏として一体化し、アダム再臨の主と一つになることによって、エデンの完成圏の世界的拡大圏が伝授されるのです。それゆえ、地上天国権限は実践的なのです。その内容です。

[1]内容は何ですか? それが可能ならば、アダム国家、アダム、エバ一体化すれば、アベル、カインが統一出発をなします。それをなしえた場合には、韓国と日本を中心として、アジア、アジア的基盤で新しい理想的出発がなされるのです。

 第一は、アジアと西洋、西洋と東洋一体化です。それから南北一体化です。それはこの韓半島における南北ではありません。東洋と西洋の文化の差異、それから南北の貧困の差異は世界的問題です。しかし、その一体化は、すべて問題ありません。地道で、堅固に、保護します。


*父母権返還時代。

 西洋は宗教的にプラス、精神的に主体でした。東洋は受体相対圏です。ですから、完成された場合には、真の父母、父母から還国です。国に帰ります。神の環境下です。神の還国時代が到来します。

 天の神様、天のご父母様、完成されたご父母様が、初めて帰国する時代になって来ました。今そういう時代になりつつあります。タイトルはそうです。


(1)全体連合と統一世界。


 すべてが思想的に、心情的に、全体連合と統一世界が可能です。


(2)生活共同化時代。


 ゆえに、生活共同体が生まれてきます。日本人と韓国人、ドイツ人とアメリカ人は、一つの家庭でその訓練をしなければなりません。民族感情や氏族、民族、あるいは文化の細部まで、いろいろ絡み合った過去の讒訴的派閥を、サタンの権限を完全に消化、成長する環境をつくらなければなりません。

 そうするために、生活共同化時代に入ります。祝福家庭は二人ではありません。八人にならなければなりません。四か国が父母のために訓練しなければならないのです。八人共同と同じです。三人で組んだ場合には、八になります。韓国人と日本人とアメリカ人とドイツ人が一つの家庭で、同時に生まれた双子、四つ子という生活共同体です。

 ですから、……において、今から生活訓練をさせますから、日本人は日本人なり、韓国人は韓国人なりというのではいけません。伝統の原理的方式によった生活環境改造伝統を働かせることにより、未来の世界は、それに沿って後孫が天国直行完成圏に入るようになるのです。分かりましたか? 何時代ですか? 生活共同化時代です。


(3)血族一体化時代です。


 皆、血族、親戚です。日本人はいません。アダム族です。文化もアダム文化です。血族一体化すれば、すべてが、子供も通じるようになります。生活環境も親戚も皆、一体化血族一体化です。


(4)国家統一化です。すべてが国が一つの国になります。


(5)そして、天上地上天国化自治圏です。

 そこにおいて初めて、地上天国、天上天国が顕現します。このような環境を得ることで、南北統一の顕現となり、統一韓国となります。これに着手させるために、言論界が必要です。テレビ放送や新聞など、言論プランが必要です。新聞社を中心として、最新的解決の完成時代です。言論化です。

 その他、媒介体として、飲み物です。体のほとんどの成分は水ですから、国民政策の媒介物として清涼飲料水を確立します。

 このようなものは、歴史にはありません。このような異国の地にあって、民族の伝統基準より以上に国民を愛護し、愛国心を築きあげることによって、サタン世界ではなく天国の伝統として、サタン世界を凌駕して霊界と直行するようになります。分かりましたか?

 それが、ここに来て活動する重大な目的であるということをはっきり分かって、それに相応する相対圏を各自の家庭において完成するように、先生は願いながらお別れの言葉を残しましょう。

 さようなら。アーメン。

 先生は今から全国を巡回しなければなりません。忙しいのです。


2004.05.20






















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