南北統一と世界平和への道
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目次
第三章 文鮮明師の北朝鮮訪問に関するマスコミ報道
- 南北統一と世界平和への道
- 第三章 文鮮明師の北朝鮮訪問に関するマスコミ報道
- 世界日報(1991年12月1日付)
- 感慨深く四十一年ぶり故郷へ ― 文鮮明師、北朝鮮入り ― 崩れる「体制」に救いの手 ― 真の「南北統一」へ道 ―
- 世界日報(1991年12月7日付)
- 文鮮明師、金日成主席と会談 離散家族再会で合意 ―主席、米大統領への仲介依頼―
- 世界日報・社説(1991年12月2日付) 統一へ文師訪朝の歴史的意義
- 共産国の救済も図る勝共運動
- 金主席との単独会談焦点に
- 世界日報(1991年12月7日付) 南北平和統一の扉開いた文師
- 勝共運動から交流のパイプ
- 民族自決という問題として
- 世界日報(1991年12月14日付) 統一へ基礎つくった南北合意
- 画期的な北側の融和姿勢
- 南北和解はアジア安定の要
朝日新聞・読売新聞・毎日新聞・日本経済新聞
- 南北統一と世界平和への道
- 朝日新聞(1991年12月1日付) 文鮮明氏、北朝鮮入り ―経済協力などを協議か―
- 朝日新聞(1991年12月6日付) 北朝鮮と共同声明 統一教会・文教祖
- 朝日新聞(1991年12月7日付) 経済協力など金主席と合意 文鮮明師
- 読売新聞(1991年12月1日付) 文鮮明夫妻が北朝鮮入り 金主席と会談へ
- 読売新聞(1991年12月7日付) 文鮮明師と会談 金日成主席
- 毎日新聞(1991年12月6日付) 文鮮明教祖訪朝で共同声明
- 東京新聞(1991年12月8日付) 金主席、訪米し、大統領と会談も 文鮮明氏に意向伝達?
- 日本経済新聞(1991年12月8日付) 文鮮明氏、北朝鮮訪問終える
- 中和新聞(1992年1月1日付) 九二年国際情勢徹底分析 摂理的使命果たした文鮮明先生の北訪問 外交評論家 井上茂信
監修のことば・神山威
南北統一と世界平和への道
監修のことば
文鮮明先生はすでに1990年に、次のように語っておられます。
「近い将来に北朝鮮に行って、金日成主席にメッセージを伝える代表団を結成します。彼は北朝鮮が崩壊していく時に、世界から孤立したままでいるべきではありません。彼はその人生の終わりに悲劇を見なくてもよいのです。彼には今、和解への門戸を開くチャンスがあります。北朝鮮が南と同じように繁栄することができるように、我々は彼らが必要とするあらゆる協力をしたいと思います」(一九九〇年二月・世界平和頂上会議・ソウル)。
ここ数年の世界情勢の変化にはだれもが目を見張るものがありました。あの世界を支配するかのように見えていた共産主義勢力は、ポーランドの民主化に始まり、東欧諸国家の解放、東西ドイツの統一、ソ連邦の崩壊と各共和国の独立と、次々に自由の旗を揚げました。そして今や共産主義国家として存続しているのは、北朝鮮とキューバなど数か国を残すのみとなったのです。しかし、これら諸国家の民主化も時間の問題で、遠からず共産主義勢力が完全に消滅していくことは明白です。
このことをいち早く予言し、この時のために周到な準備をしてこられたのが文鮮明先生です。そのための勝共運動であり、統一運動でした。共産主義の嵐が吹き荒れていた当時から命懸けでその間違いを訴え、サタンの思想に支配されている人々を救うために血と汗と涙を流してこられました。世界の平準化のために、今日まで神主義、頭翼思想、真の父母思想を訴え続けてこられたのです。
私たちはいつの日か、文先生が金日成主席と会われる日が来ると信じていました。しかし、こんなに早く「この日」が来ると思っていた人がいたでしょうか。しかし、文先生のみ言をよく分析してみると、このたびの文先生の北朝鮮訪問は決して突然のものではなく、着々と計画してこられたものであることがよく分かるのです。
もし一九四五年にキリスト教会が再臨のメシヤを受け入れていたら、韓民族が南北に分かれこのように悲惨な道を歩む必要はありませんでした。またドイツが東西に分かれることもなく、世界が共産陣営と民主陣営とに分かれて対立することもなかったはずです。しかし、再臨の主もまた十字架を背負われて、全人類の蕩減を晴らすために苦難の路程を歩まれたのです。そして今や歴史の最終段階に至り、カイン圏とアベル圏が一つになって、その基盤の上に真の父母が顕現する時が到来したのです。
「汝の敵を愛せよ」というのがイエス様の教えであったように、真の愛で怨讐までも愛さなければ真の統一はあり得ないというのが、文先生がその生涯を通して主張してこられたことです。このたびも文先生は北京を発つ時、「民族を生かすために武力をもってしてはいけない、真の愛しかないと、金日成主席を説得するために行きます」と語られました。そして北朝鮮において文先生は国賓級の待遇をもって大歓迎されたのです。文先生の四十年間の内的、外的な勝利の背景があるゆえに、金主席と北朝鮮は文先生を受け入れざるを得なくなったのだと私は確信しています。
文先生は一九八六年の南北統一運動国民連合創設大会において、こう語っておられます。
「皆さんはどれほど北朝鮮について考えてみましたか。雨が降ろうが、雪が降ろうが、彼らと共に生きたいという懐かしさにどれほど浸っていたでしょうか。……私たちが真に共に生きたいと言える心を蘇生させることができないなら、南北統一運動を提唱すること自体が歴史的批判を受ける一つの偽善行為になるのです」と。
私たちが北朝鮮の人々のことを心配し、自分の食事を削ってでも彼らにそれを与えて生かしたいという心情がなくして、南北の真の統一はあり得ないのです。南北の統一は、真の愛の実践を通してのみ成されるのです。
今回、文先生は北朝鮮当局に「南北統一は主体思想ではできない。神主義、頭翼思想、真の愛によってのみ可能である」と、神の代身として明確に訴えてこられました。
このように、怨讐をも命懸けの真の愛で愛する人格の持ち主が、南北の統一を成すということを確信するときに、私たちもますます真の愛の実践を成し、北朝鮮の解放と南北統一のために拍車をかけていかなければならないと痛切に実感するのです。この歴史的な出来事をどのように発展させていくか、これが私たちの今後の使命です。いま一度心を新たにして、人類創造の時以来、神の宿願である真の愛による世界平和実現のために前進しましょう。
神山 威
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第一章 文鮮明師の北朝鮮訪問
南北統一と世界平和への道
第一章 文鮮明師の北朝鮮訪問
―現代のヤコブとエサウの歴史的な出会い―
文鮮明師北朝鮮訪問の摂理的意義
韓国「世界日報」社社長 朴普煕
メシヤの使命
このたび、私は文鮮明先生ご夫妻のお供をしまして、北朝鮮に行ってきました。北朝鮮に入ってから帰ってくるまでの八日間というものは、私の生涯において考えることもできない光栄なる時間でした。私は北朝鮮からではなく、月世界のようなとても遠い所から帰還したような気がしています。そこにおいて、文先生ご夫妻は、完全なる真の愛を見事に示してくださいました。
聖書の中にはいろいろな人物が出てきます。アダムからイエス様に至るまで、摂理的中心人物としての役割を果たした人々がみな現れます。ところがよくよく勉強してみると、この聖書は神の摂理のエキスでありながら、成功した例よりも失敗した例のほうが多いということを学ぶのです。
再臨の時が来るまでに、神の摂理を完全に成し遂げた人物はヤコブでした。アベルの立場にいるヤコブが、カインの立場にいるエサウを自然屈伏させたのです。ヤコブの勝利は、神が本当に満足され、喜びに光り輝いた一時でありました。ヤコブは神の期待に完全に応え、そこから神の選民としての歴史が始まり、イスラエルという国が興ったのです。ところが、神の復帰摂理歴史において、ヤコブの後にも先にも勝利した人物はいませんでした。だから神は人類始祖アダムとエバの堕落以後現在に至るまで、常に悲しみに打ちひしがれてこられたのです。
メシヤの使命は真の父母としての使命を完成することであり、そうすることによって神様の復帰摂理歴史が完成します。六〇〇〇年という歴史は聖書的な時間ですが、その六〇〇〇年という復帰摂理歴史において、私たちは最終点である再臨の時に生まれ、真のご父母様に侍る光栄に浴しています。
現代のヤコブとエサウ
聖書の『創世記』を見ると、ヤコブはエサウに会ってこう言いました。
「どうか、わたしの手から贈り物を受けてください。あなたが喜んで私を迎えてくださるので、あなたの顔を見て、神の顔を見るように思います」(創世記三三章10節)。
このたび、文先生は天宙的ヤコブとして北朝鮮に行かれ、天宙的エサウとしての金日成主席を抱き締めて、「あなたは私よりも七歳年が多い方です。だから私の兄の立場です」とおっしゃいました。すると金日成主席は、「あなたと私は兄と弟という仲になって、これから親しくやっていきましょう」と言われたのです。ヤコブがエサウを自然屈伏させたのと同じように、真の父母と偽りの父母が完全に兄弟として抱き合ったのです。この時、神様はヤコブの時以来、初めて善き一日を迎えることができたのです。
金日成主席は国民が父と呼ぶ唯一の世界的リーダーであり、偽りの父、偽りのアダムとして全ヘレニズム的思想、全サタン勢力、全共産主義勢力の代表となる人物です。
金主席は、知られているだけでも三回は文先生を殺害しようと企てました。まず平壌で共産党政府が文先生を拷問して、死の寸前にまで至らしめたことがありました。金元弼先生が道端で倒れている文先生を発見し、お墓の準備までしたほどでしたが、文先生は奇跡的に息を吹き返されたのでした。二回目は、興南の刑務所の中でした。三回目はつい最近の一九八七年で、金主席は、日本人の率いる赤軍派をアメリカに送り込み、ボストンのモーニング・ガーデンを爆破しようとしたのです。しかし寸前のところでFBIが彼らを発見し、逮捕したのでした。このようなことがあったにもかかわらず、文先生は「あなたを許しましょう。私はあなたを本当に兄のように愛しています。あなたと私は一つなのです」と言われたのです。
写真を見れば、文先生と金主席はあたかも数十年間も離れていた兄弟であるかのように、お互いを見つめ合っているのが分かるでしょう。これこそ真の愛の具現であり、神の復帰摂理歴史が成就した瞬間でもあるのです。
私はここに、このたびの北朝鮮訪問の意義を置くのです。この摂理の完成のためにはいかなる犠牲を払っても、まだ足りないと思うのです。私たちがどんなに苦労したとしても、この最後の天宙的な復帰摂理が成就するまで歩み切らなければなりません。
最高の歓迎を受けて
さて、もう少し例を挙げながら摂理的に説明してみましょう。
まず、文先生が受け取られた北朝鮮からの招聘状には二つの特別な意味がありました。一つは、文先生を統一教会の教祖として招聘したということです。今まで文先生はいろいろな国で多くの招聘を受けられましたが、彼らは自由世界でありながら文先生を統一教会の教祖としては受け入れませんでした。二つ目は、この招聘状には副首相の名前でサインがしてありました。北朝鮮の最高機関の最高部の者が文鮮明先生ご夫妻を招聘した責任者であるということ、これもまた意義深いことです。
そして北朝鮮での文鮮明先生ご夫妻の歓迎、接待というものは、今までの世界のどんな国でもなかった丁重なる最高の国賓としての、または国家元首に並ぶ歓迎でした。これは本当に歴史的です。それがアメリカでもなく、日本でもなく、韓国でもなく、最後の敵国だと思っていた北朝鮮の共産国家が、文先生をこういうふうに歓迎したのです。
文先生の宿舎として選ばれた場所も牡丹峰迎賓館といって、北朝鮮で最も大きな迎賓館でした。文先生のご一行を接待するために、北朝鮮は一五〇名という人材を動員しました。そして、文先生の食事やら運転やら警備、その他様々な仕事に携わりました。
一言で言うと、二五〇〇万人の北朝鮮の同胞たちすべてが、金主席を中心として文先生ご夫妻を歓迎したということです。金主席は、『創世記』に出てくるエサウとは違う、もっと現代的なエサウだということです。二十世紀を完成する天宙的なエサウである金主席は、文先生ご夫妻のために最大のことをして侍ったのです。
文先生ご一行が北京をお発ちになったのは、一九九一年十一月三十日の午後でした。一般の飛行機でお発ちになったのではなくて、北朝鮮が文先生ご一行のために特別機を準備したのです。今までどこの国の政府も、特別機を送って文先生ご夫妻を迎えたことはありませんでした。
平壌の飛行場に着くと、特別機をお迎えするために、北朝鮮の金達玄副首相と尹基福朝鮮海外同胞援護委員会委員長(祖国平和統一委員会副委員長)が政府の代表として、またいろいろな歓迎の方たちが来られていました。その平壌の地に、四十一年ぶりにお立ちになる文先生でした。その感激、感動というものはいかなるものであったでしょうか。
もっと涙ぐましいことは、文先生の親族、氏族の皆様が飛行場にまで来られていたということです。文先生が故郷をお発ちになったのは四十八年前ですから、それはとても長い年月です。
真実を語るために
文先生ご夫妻は、その夕方には尹委員長、金副首相が主催する歓迎晩餐会に出席されました。そこで尹委員長の歓迎の辞が述べられ、続いて歓迎の辞に応える文先生の答弁がありました。その中で、文先生は「韓半島の分断は他の意思によって生じたものです。その恨みに終止符を打つために私は平壌に来ました。私たち皆が統一のために心を合わせて努力しましょう」と述べられました。そこで文先生は、「神様」という言葉を使われたのです。そしてその内容が、北朝鮮の唯一の新聞である「労働新聞」にそのまま掲載されました。
驚くべきことは、四十六年間の「労働新聞」の歴史において、「神様」という言葉が現れたのは初めてだということです。そして二五〇〇万の北朝鮮の同胞が初めて「労働新聞」を通じて「神様」という言葉を読んだということは、偉大なる功績ではないでしょうか。
翌十二月一日は、万寿台国会議事堂特別室で、尹委員長を中心とした北朝鮮側と文先生ご一行との会談が行われました。これは会談というよりも、北朝鮮の事情を知らせるためのブリーフィングであり、北朝鮮が誇る主体思想の紹介でした。彼らは、主体思想を受け入れるようにと、文先生を説得しようとしました。尹委員長は大演説家であり、主体思想について朗々と三十分間語り、これこそ世界を救うことのできる思想であると述べたのです。彼らは質問がいくつか出ることを期待していました。
しかし文先生は、そばに座っている私に「私がアメリカで過去二十五年間になしてきた業績について報告しなさい」と言われたのです。私は机をたたきながらも丁重に語りました。そして率直に神主義、頭翼思想、真の愛について、特に国際ハイウェイ・プロジェクトでソウル――平壌間の高速道路建設計画、金剛山観光特別区開発計画があることなど、私たちの活動のすべてを説明しました。彼らはそこでそういうことを聞かされるとは思いもよらなかったので、とても驚いていました。彼らは礼儀正しく拍手を送り、尹委員長は「愛国、愛族、愛民の文先生の活動、思想を見ると、金主席の活動と思想に似たものがあります」と高く評価しました。そして私はそれで終わりだと思っていました。
ところが突然、文先生が立ち上がられたのです。北朝鮮の役人たちは、「お立ちにならないでください。どうかお座りください」と困惑した様子で言いました。文先生は、「水を一杯欲しい」と言われ、水を飲まれるや否や、統一教会会員に語られるのと全く同じような調子で説教を始められたのです。尹委員長をはじめ三十名の幹部たちを前にして、文先生は投獄された内容を基盤にして、神中心の哲学を説かれました。一時間以上お話しされましたから、大体全部の思想を証されたことになります。尹委員長を中心とした北朝鮮の先生たちは国Rとしていました。顔が真っ青になりました。しかし、圧倒的な文先生のお姿に対して、何も言うことができませんでした。
そして最後に文先生は、「主体思想は、神が存在しないので間違っている。だから、統一国家のイデオロギーとはなり得ない。中心イデオロギーは神主義と頭翼思想です」と言われ、彼らが神聖なる思想として述べた主体思想に対しての批判も与えられたのです。私は「無事、韓国に帰れるのだろうか。いや、これでおしまいだ。明日にはおそらく監獄行きだ」と思いました。
しかし、文先生は後で私にこうおっしゃいました。「私がここに来たのは歓迎を受けるためではない。真実を述べに来たのだ。たとえ金日成主席に会えなくても、私は真実を語って帰らなければ神様が許さない」と。
大人物と大人物が認め合う
金日成主席との会談なくしては、今回の文先生の北朝鮮訪問は無意味なものになってしまうことを、私はよく知っていました。ですから、私は内的にはもう瀕死の状態でした。ところが、金主席は、政府役人たちが文先生には会わないようにとどんなに説得しても、ただ一笑に付すだけで「何と面白い人物であろう。この男にますます会いたくなってきた」と言ったのです。
このようにして大人物が大人物の存在を認めたのです。文先生は金主席を知り、金主席は文先生を知ったのです。それで役人らのつまらない申し出は却下されました。金主席は大変誇らし気に、文先生に「私がご招待しましょう」と言ったのです。言葉を換えて言うならば、「政府役人たちは、あなたをとても恐れて会いたくないと思っています。でも、私はあなたにお越しいただきたいのです」ということなのです。
十二月五日に文先生ご一行は、北朝鮮が準備した二台のヘリコプターで文先生の故郷である定州を訪問されました。そして帰った時、平壌の飛行場には、別の飛行機が待っていました。文先生ご一行を乗り換えさせて、尹委員長と金副首相がお供して、そのまま離陸しました。私たちにもどこへ行くとも言ってくれませんでした。飛行機に乗って初めて、「金主席とお会いするために、今から興南に行きます」と教えてくれました。
そのとたん、私は「あっ」というほど驚きました。興南というと、文先生が北朝鮮共産党の指令によって拘束され、三年近くの間過ごされた強制収容所のあった所です。そこで金主席が文先生ご夫妻を歓迎するということは、考えることができないほど感激的な巡り合わせでした。
それがいかにあっぱれだったかということは、副首相の言葉で知ることができました。彼はこう言いました。「私は神を信じたことはありませんが、神様がいないということは言えませんね。なぜならば、計画しようとしてもこういうふうになりません。それなのに計画したのでもないのに、わが主席は、文鮮明総裁に興南の地におきましてお会いするということです。これは神様の業でございます」と。
こういうことを聞く時に、いかにその巡り会いが偶然ではなく、神の摂理であったかということを、つくづくと感じることができました。文先生を興南に招待したのは、ある意味では「象徴的に過去の過ちを陳謝したのであった」と、歴史に記録されることでしょう。
金主席との歴史的会談
十二月六日。私たちは北朝鮮訪問の七日目に、いよいよ金主席との会談のために出かけました。その途中に興南市を貫いて行ったのです。その時に、私の右手に大きな工場がありました。そこには「興南肥料製造工場」と書いてありました。私はそのとたん、心臓が止まるような感じがしました。ここが正に、文先生が四十年以上も前に人類の救いのため、文字どおり僕の僕となって、過酷な強制労働に耐えながら囚人たちに真の愛を示された場所なのです。その前を通って、咸興にある金主席の公館に着きました。
この金主席と文先生の単独会談がいかに歴史的な会談であるかは、最初にお伝えしました。これはただ儀礼的に金主席が文先生に会うというのではなく、本当に文先生をお迎えするために、六日間準備をして、最後に、金主席は自分の館に文先生をお招きしたのです。
会議室では単独会談が約二時間半にわたって行われました。ここで金主席は歓迎の辞を述べ、次に文先生が話されました。驚くべきことは、文先生が金主席に対して、それは素晴らしく、かつ丁重に振る舞われたことです。金主席は終始幸福そうでした。国を愛し、神を愛する文先生の姿勢に対して、金主席は敬意を表するばかりでなく、三回にわたって拍手をしました。その後、金主席は「文師が悪い人物だとはどういうことか。彼は私の友人だ。なぜ私に虚偽の報告をしたのか」と、部下たちをひどく叱ったのでした。
後日、金副首相は、文先生に「私は、心からあなたを尊敬いたします。金主席との会談で、私はあなたの別の側面を拝見しました。あなたにお会いしてから、私は神がいないと言えなくなりました」と、感想を述べていました。
友人から兄弟へ
その後、午餐会でもお二人は仲良く語られ、全く兄弟のようでした。そして釣りの話、ハンティングの話も出ました。文先生が金主席に「アラスカで一緒に釣りをしましょう」とお誘いになると、金主席も「北朝鮮にもいい所があります。また夏にいらっしゃって、一緒に釣りをしましょう。冬がよかったら、白頭山でハンティングをしましょう」と返事をしました。
この午餐会の後、文先生と金主席は手をつなぎながら、一〇〇ヤードもある長い廊下を歩いて行きました。二人はもはや友人ではなく、兄弟でした。この時のお写真を見ますと、文先生が金主席の手をしっかりと握っておられるのを見ることができます。文先生はしっかりと金主席を抱き締められました。
文先生は次のように語られています。「今回の北朝鮮訪問は、私にとっても四十年ぶりに故郷を訪れることのできた歴史的機会でした。私ほど、北朝鮮に悪意を抱くことのできる理由を持っている人はいないでしょう。私は宗教指導者であり、また断固とした反共主義者であるという理由により、激しい迫害を受けました。私はひどい拷問を受け、三年近くも強制収容所にいました。私はそこで、何の理由もなく収監されていた人々が、数多く息絶えていくのを目撃しました。私が今生きているという事実は奇跡であり、神の特別の祝福と保護の結果であるとしか言いようがありません。本当に愛され得ない人々を愛するのが、真の愛の本質です。私は敵の館に入っていくのではなく、故郷に戻り、兄の家を訪ねているのです。私は北朝鮮に『許せ、愛せ、団結せよ』という、私をいつも支えてきた原理を携えて行ってきました」と。
神の代理者として
文先生は、重要な二つの文書にサインされました。一つは北朝鮮政府との共同声明であり、もう一つは経済に関する共同契約です。この共同声明は大統領の行うべき行為です。韓国政府は、「文師は私人として北朝鮮に入ったはずなのに、大統領がすべき協定を結んできた」と非難しています。しかし、神の言われることが最も重要なのです。神はこう言われるでしょう。
「あなたは私の息子、私の代理者です。北朝鮮に行って、そこの人々と交流し、彼らの心を開き、神を証し、彼らの心の苦痛を取り除きなさい。そして南北格差の問題を解決し、共同声明に署名しなさい」と。
この共同声明によって、父なる祖国の統一に向けて、正に第一歩が踏み出されました。これはとても重要な声明なのです。北朝鮮側からも十か条の取り決めが成されていましたが、この共同声明のポイントもまた十項目あります。
その後、南北政府は会談を行いました。ゴルバチョフ大統領に韓国の盧泰愚大統領に会うよう勧めたのは文先生であり、同じように盧泰愚大統領に会うよう金日成主席に勧めたのも文先生です。韓国政府は文先生に感謝すべきです。文先生は、韓国政府の目的とするところを成就できるように、その土台を据えることができたのです。
第一段階として、両政府は一九九二年内に離散家族が会い、手紙を交換できる場所を設定することを取り決めました。文先生は金日成主席に激烈に訴えられました。「私は家族に会えましたが、他の離散家族も皆お互いに会えるようにせずして、どうして私だけ韓国に帰れましょうか」と。すると金主席は「文師よ、私はあなたの声明と情熱に感動しました。ですから、すぐにそれを実行いたしましょう」と答えたのです。
同胞愛を感じつつ
最後の日、平壌の飛行場には、親族の方たちが皆来られて、見送りをしてくださいました。そして尹委員長と金副首相が、その他様々な方々と共にお別れを告げに来ました。八日目に平壌を出たのですが、その八日の間に、もはや私たちは一緒になって暮らした北朝鮮の同胞のいろいろな顔が懐かしくなって、本当に別れるのがつらく、深い愛を感じることができました。
先のゴルバチョフ大統領との会談が象徴的なヤコブとエサウの出会いであるならば、このたびの金主席との出会いは、本当のヤコブとエサウの出会い、天宙的な出会いだと言えます。ここで神様の摂理が完成されたのです。メシヤの使命が完成されたのです。真のご父母様の使命が果たされたのです。そして文先生は、世界女性連合指導者大会において「再臨のメシヤ」であることを公に宣言されたのです。
この真のご父母様の勝利の土台の上に、私たちはこれから世界天宙復帰の勝利を引き継がなければなりません。前途には勝利しかないということを皆様にお話ししておきたいと思います。
(朴氏来日の際に語られた内容と米国月刊誌『Today's World』より)
文鮮明師のメッセージ・血は水よりも濃い
南北統一と世界平和への道
文鮮明師のメッセージ
血は水よりも濃い
平壌木蓮館賓館における尹基福委員長、金達玄副首相主催の歓迎晩餐会で、文師が行った記念演説です。北朝鮮訪問中、文師は神主義、頭翼思想、真の愛による南北統一の必要性を訴えられ、また金副首相との正式会談では、今後の協力関係の在り方について意見を交換されました。
平壌 1991年11月30日
尊敬する尹基福委員長、尊敬する金達玄副首相、そして貴賓の皆様。
今日、私と妻、および私たち一行のためにこのように盛大な晩餐会を用意してくださり、何と感謝を表現してよいか分かりません。
私は四十年ぶりに平壌にやって来ました。そして平壌がこのように世界的都市として名を成すほどに造られたのを見てとても驚きました。
血は水よりも濃いと言います。私たちは同じ血筋を引いた歴史的受難の兄弟姉妹です。私は今回、尊敬する金日成主席と金正日書記が、還故郷の人道的計らいをしてくださっただけでなく、家族・親戚たちが空港にまで来て会えるようにしてくださったことに対して、深い謝意を表したいと思います。特に、金日成主席が北京まで特別機を送ってくださったことに対しては、感謝の言葉も見つかりません。
親愛なる北の兄弟姉妹の皆様。
家族たちと会った瞬間、私は喜びと同時に胸に深い痛みを感じざるを得ませんでした。なぜなら、愛する人たちが北と南に別れて今でも会う喜びを味わえない一〇〇〇万人の同胞たちがいるからです。それほど多くの人たちが、再会の機会を持つことなく死んでしまうということを考えるとき、私たち民族の分断の悲劇は一日も早く終結しなければならないということを、今日ほど痛切に感じたことはありません。
私たちは悠久なる歴史を持つ単一民族として絢爛たる文化を誇ってきました。しかし不幸なことにわが民族は外国の意思によって強要された分断四十六年を生きてこなければなりませんでした。これからは二度と外部の勢力によってわが民族の運命が左右されることがあってはなりません。
「神様」が守ってくださる私たちには、統一の時が近づいています。統一はわが民族の宿命であり、私たちの時代の課題であります。私たちの時代に祖国の統一を実現できなければ、先祖や子孫の前に永遠に頭を上げることができません。私たち民族七〇〇〇万同胞が対話と和解で大同団結し、今回の出会いを通して万難を克服し、その日に向かって進んでいかなければなりません。
そのために私たちは協力しなければなりません。祖国の経済復興も共に成し遂げていかねばなりません。私は祖国統一のために身命をささげる覚悟のできた人間です。
私が、ここの同胞たちのために何をするかは、金主席と金書記の構想を聞いて決定しようと思います。
このたびの私の北訪問が還故郷の意義深いものであることは言うまでもありませんが、この歴史的な機会に尊敬する金主席にお会いして直接感謝の言葉も伝えたり、また私たち民族の団結と祖国統一の聖業に関して深く相談する機会があることを強く望んでいます。
最後に、尊敬する金日成主席のご健勝を願い、敬礼したいと思います。次に私たち祖国統一に向かって私たちすべてが総進軍することを誓い、敬礼をしましょう。
ありがとうございました。
(一九九一年十二月一日付「労働新聞」から翻訳)
文鮮明師のメッセージ・愛は血よりも濃い
南北統一と世界平和への道
文鮮明師のメッセージ
愛は血よりも濃い
金日成主席との単独会談・昼食会後の晩餐会での記念演説です。前日の尹委員長との共同声明発表、この日の金主席との四項目合意、また数々の感動的出来事を経て、平壌を発つに当たり、民族をつなぐ愛が永遠であることを願って語られました。
平壌 1991年12月6日
尊敬する尹基福委員長、そして金達玄副首相、また今夜この場にお祝いのためにご出席なさいました北朝鮮同胞の皆様。
私は十一月三十日、夢にまで思いこがれた祖国の地、北朝鮮にやってまいりました。これはもっぱら金日成主席の温かいご配慮があったからこそ可能であったと思います。
北朝鮮に滞在中、私は歴史深い、そして美しく建設された平壌市内の見物はもちろん、名実共に世界一の名山である金剛山にも生まれて初めて登り、家を離れて四十八年ぶりに私の故郷、定州をも訪れることができました。
故郷を訪ねてみると、私の生まれ育った家が七十二年も過ぎた今日まで、そのまま保存されており、家族や親戚たちが四十二人も集まり、私たち一行を歓迎してくれました。年を取れば取るほど、遠く離れていれば離れているほど、行ってみたくなる、懐かしくなる所が故郷です。私は今、そのような故郷の地に来ているのです。しかし私は、私の家族たちと出会った瞬間、喜びと同時に胸が引き裂かれるような痛みを覚えました。それは、今日私と同じような立場に置かれている一〇〇〇万にのぼる離散家族たちのことを思い出したからです。
私はもはや七十歳を越えています。(その家族が南北に別れて住んでいる)私のような高齢者たちは、自分の愛する人々と会うこともできず、近いうちにこの世から去らねばならなくなるでしょう。このような悲劇が他のどこにあるでしょうか。
ところで、金日成主席の温かくそして人道的なご配慮によって、悲惨なる離散家族たちが互いに会うことのできる希望が生まれました。来年から離散家族が互いに会うことができる制度を設けることで合意したのです。
皆様! 私が南に持っていく贈り物として、これ以上良いものはありません。この便りは、南の四〇〇〇万民族の血を沸き立てることでしょう。すると南では、にわかに金日成主席の徳を称え、敬うようになることでしょう。
私は今日、金日成主席と長時間にわたって会談する機会を得まして、光栄の至りと存じます。もちろん、人それぞれ意見や見解の差はあるものの、金主席の寛大で温かく、徹頭徹尾民族を愛される愛国精神は、私に大きな感銘を与えてくれました。私は今回、金主席にお会いし、直接その感謝の気持ちを伝える機会を持つことができ、私にとってこれ以上の幸せはありません。
皆様! 私は今回、八日間の北朝鮮訪問中、国賓に次ぐ手厚い待遇を受けました。尹基福委員長、そし
て金達玄副首相、その他私たち一行のためにご苦労された方々に、心から感謝いたします。皆様は真心をもって私を歓迎してくださいました。私も心から北朝鮮同胞の皆様を愛しております。
私は今まで、統一の原動力は真の愛であると強調してきました。私は今回、北と南の間に真の愛の絆が結ばれていくことを経験しました。私は、最初に北朝鮮の地に足を入れた時、「血は水よりも濃い」と言いました。今、このようにこの地を離れようとする場にあたりまして、民族をつなぐ愛が永遠でありますようにとお祈りいたします。そして、一言言いたいことは「愛は血よりも濃い」ということです。
皆様! 昨日、尹委員長と私は共同声明を発表いたしました。そこで我々の祖国統一は外勢の介入や干渉を避け、自主的に対話と交渉を通して、平和的に実現しなければならないということで意見が一致しました。
また我々は、わが民族が二度と戦争の惨禍を被ることがないように、南と北が相互不可侵に合意し、核エネルギーはただ平和的目的にのみ利用し、韓半島におきましては、核兵器の製造や配置などがあってはならないと合意いたしました。
そうなると、このような北朝鮮の平和的な真意を疑う者がどこにいるでしょうか。また我々は、北朝鮮向けの海外僑胞たちの経済的投資を歓迎し、私は北朝鮮当局が推進している経済プロジェクトに様々な形で投資していきたいと思います。
私は、北朝鮮の豊かな資源と、訓練された労働力と知恵、それに世界先進諸国の優れた技術や資本が合わされば、二十一世紀の経済的奇跡は、正にここ北朝鮮の地で起こるであろうと信じております。これは
また、統一に向かう偉大なるビジョンでもあります。
皆様! 結論的に言えば、私の今回の北朝鮮訪問は、実に感激的な出来事でした。統一への熱望はより一層熱くなり、その可能性はすでに目に見え始めました。我々はお互いに和解し、理解し、愛し合い、そして一致団結して祖国統一の日を一日でも早めていきましょう。最後に、尊敬する金日成主席と金正日秘書のご安泰をお祈りしつつ、祝杯をあげたいと思います。ありがとうございました。
(一九九一年十二月七日付「労働新聞」から翻訳)
文鮮明師のメッセージ・北朝鮮から帰って
南北統一と世界平和への道
文鮮明師のメッセージ
北朝鮮から帰って
文鮮明師は十二月七日午後四時四十分、北朝鮮訪問を終えて北京空港に到着されました。文師は、同空港でこの声明文を発表し、今回の北朝鮮訪問について、その基本姿勢を明らかにされました。
北京 1991年12月7日
北朝鮮から帰って
私は今回、妻と共に北朝鮮政府の招請を受けて平壌を訪問するようになりました。これは私が北朝鮮を最後にした一九五〇年十二月から満四十年十か月ぶりに実現した歴史的機会でした。
私は北朝鮮に恨(恨み)が多いと言えばだれよりも多い人間です。私は宗教指導者だという事実と一貫した反共の信念のため、北朝鮮政府から到底話すことのできない圧迫を受けた者です。私は到底形容することのできない拷問を受け、三年近くの興南監獄生活で多くの罪なき囚人たちが死んでいくのを見ました。一言で言えば、私が今日、健在だということは一つの驚くべき奇跡であり、ただ神様の特別な加護と恩賜によるものでした。
しかし今回、私は統一教会の創始者として真の愛の精神で北朝鮮に行ってきました。真の愛というのは「愛することができないものまでも愛する精神」です。イエス様も「汝の敵を愛せ」と言ったではありませんか。
平壌に入っていった私の心情は秋の空のように晴れ渡ったものでした。怨讐の家に行くのではなく、私の故郷、私の兄弟の家に行くようでした。「許せ、愛せ、団結せよ」という私の終生の信条を持って北朝鮮の地を踏みました。
勝共思想は人類救済の思想
私が過去四十年の東西冷戦時代にだれよりも徹底した反共指導者であり、国際勝共連合の創始者として一生を勝共闘争にささげてきたことは、世界がみな知っております。しかし、私の勝共思想は共産主義者を殺す思想ではなく、彼らを生かす思想、すなわち人類救済の思想です。私はベルリンの壁の崩壊以後、共産国家が崩れるとすぐに、彼らに新しい価値観を教育し、それらの国を生かしていくのに全力を尽くしてきました。ソ連と東欧新生民主主義国家の政治家、知識人、教授、大学生たちが、私の招待で数千人も米国へ来たり日本に来たりして真の民主主義を学び、私の神主義と頭翼思想に感銘を受けて帰り、すすんで自分の国を生かす運動の先頭に立っていることは、すでに広く知られている事実です。
冷戦時代の終焉とともに招来した平和の運勢を世界的に拡散させるために、私は「世界平和連合」を創設し、国際的平和運動を主導しています。
離散家族のための努力
私は北朝鮮で離れていた家族と会った瞬間、喜びと同時に胸に刺さるような痛みを感じました。それは、愛する人たちが南と北に別れて、今でも出会いの喜びを持つことができない数多くの同胞たちを思い起こしたからです。
そのうちの多くの人は、永遠にその機会を持てずに死別してしまうしかないということを考えた時、わが民族の分断と離散の悲劇を一日も早く終結させなければならないと身にしみて感じた次第です。
そこでこのたび金主席との会談で、私は南北離散家族相互訪問問題を前向きに解決していく努力をしてくれるよう要請しました。
経済開発支援提議
共産主義問題を解決し、世界平和を実現する道は、ただ理念的対決や教育だけでは達成できないと考えます。世界を生かすには経済的支援も非常に重要なことだからです。そこで私はすでに中国に「パンダ自動車工業都市」を建設しています。
私が北朝鮮を見る視角も同じです。一つ違うことは、北朝鮮が他人の国ではなく私の同族の国であり、私と血筋を同じくする兄弟姉妹だということです。「血は水よりも濃い」と言います。私は北朝鮮の二〇〇〇万同胞を私の兄弟姉妹として愛しています。熱愛しています。
ところで、わが民族の宿願である祖国統一は政治的、経済的、軍事的方法だけでは成し遂げられません。それよりも先行しなければならない基本要件があります。何よりも真 の愛を原動力とした政治、経済、軍事問題の関係改善が統一の基にならなければなりません。真の愛というのは父母の愛のような無条件の愛のことです。そして、隣人のために自分の生命をちりあくたのように捨てることのできる犠牲精神がすなわち真の愛です。
その意味で私は北朝鮮との経済協力および交流を広げ、経済開発事業に積極的に参与する意思があるということを表明しました。
北朝鮮はイラクではない
私は「平和の使徒」として平壌に入城しました。どんなことがあっても韓半島に再び同族が相争う悲劇を繰り返してはならないという固い信念を持っています。
その意味で最近、米国朝野で持ち上がっている北朝鮮の核施設空襲論は極めて危険な発想です。北朝鮮はイラクではありません。北朝鮮攻撃が全面戦争を引き起こすことは明らかであり、その恐るべき結果はだれも予測することができません。
外国は韓民族の生存権を脅かすことに至極慎重であることを望みます。私は北朝鮮の核問題を平和的に解決できると考えます。相互に尊重する真心からの対話を通して必ず平和的に解決しなければなりません。私はその対話の道を開こうと平壌に行ったのです。そしてその対話の道を大きく開いて帰ってきました。
私は、今回の北朝鮮訪問の成果が、大韓民国政府と北朝鮮当局者間の発展的な対話と交 流を増進させる良き契機となることを心から願う心境で北朝鮮を訪問したのであり、今、それが成功裏に成し遂げられるだろうという確信を持つに至りました。
祖国統一は我々の使命
我々の今日の課題は、祖国統一です。これは私たちの宿命であり、生涯をかけて成し遂げなければならない終生の聖業です。
私は今まで神様のみ旨に従って統一の聖業を成し遂げる一念で生きてきましたし、残りの人生もひたすら神様のみ旨を成し遂げる一念で生きていくでしょう。
統一を念願する南北朝鮮七〇〇〇万同胞すべてが、これから葛藤と闘争を終息させ、和解と愛で、民族の同質性を回復する仕事に、全民族を挙げて取り組んでくださることを願う次第です。
銃剣を溶かして鋤や鍬を作るのが今この時だと考え、統一祖国の明るい新世紀を迎える準備を急ぎましょう。
文鮮明師と尹基福委員長との共同声明要旨
南北統一と世界平和への道
文鮮明師と尹基福委員長との共同声明要旨
文鮮明師と北朝鮮尹基福朝鮮海外同胞援護委員会委員長との共同声明は12月5日に発表されました。韓国統一院は「行き過ぎた行為」として批判しましたが、その後南北政府が会談を行うなど、韓半島統一に向けて大いなる第一歩が踏み出されたと言えるでしょう。
一、双方は、半世紀近くも続いている国と民族の分裂をこれ以上持続させてはならず、必ずや近い数年内に統一を実現すべきだという点を強調した。
一、双方は、祖国統一を外部勢力の介入や干渉なしに自主的に、対話と協商を通じて平和的に実現すべきだという点で見解の一致を見た。
一、双方は、北と南が互いに不可侵に合意し、核エネルギーは平和的目的にのみ利用し、朝鮮半島において核兵器の製造や配置があってはならないと主張する。
一、最近の核査察問題を力の方法によって解決しようとする一部の階層の企図は、北東アジアと朝鮮半島の平和を脅かすことであり、即刻中止されるべきである。
一、双方は、南北高位級会談が全同胞の期待に沿うよう進展し、一日も早く南北頂上会談が開かれることを祈った。
一、海外同胞援護委員会側は、北半部に対する海外僑胞らの経済的投資を歓迎し、世界平和連合側は北半部において推進される経済事業にさまざまな形式で投資する用意があることを指摘した。
一、双方は、世界平和連合側と海外同胞援護委員会側との間の文化交流を実現することに合意し、まず来年(九二年)、「リトル・エンジェルス(児童民族芸術団)」の平壌招待公演と平壌少年芸術団のソウル招待公演を実現させることを決めた。
一、双方は、関係諸団体との協力のもとに祖国統一を早め、一〇〇〇万離散家族の苦痛をいやすために、北と南の間の自由往来と全面開放を実現することに共同の努力を傾け、その第一段階として人道主義的事業を共に推進していくことを決めた。その一環として、来年中に双方が合意する場所に離散家族の面会所および書簡交換所を設置し、まず老齢者らの対面を実施するように努力することを決めた。
文鮮明師と金日成主席の四項目合意
南北統一と世界平和への道
文鮮明師と金日成主席の四項目合意
文鮮明師と金日成主席の単独会談は12月6日午前10時半から2時間半にわたって、咸鏡南道咸興市麻田にある主席公館で行われました。そこで金主席は、「南北首脳会談に応じる用意がある」とし、盧泰愚韓国大統領と会って「統一方式を討議、協議しよう」と南北首脳会談実施を呼びかけました。
一、南北統一の一段階、人道的事業推進の一環として一九九二年から離散家族捜し作業を推進する。離散家族の再会および結合は老齢者から許可し、場所と方法は追って決定する。
二、核エネルギーは平和的目的にだけ使用し、北朝鮮は道理にかなう国際核査察を受けることを確認する。
三、海外僑胞をはじめとするすべての国家の対北朝鮮経済投資を歓迎し、軍需産業を除外した北朝鮮の平和的経済事業に統一グループが支援する大原則に合意した。
四、南北首脳が会談し、統一方式を討論および決議することができるならば、首脳会談が可能であることを確認する。
文鮮明師一行の定州訪問のご様子・韓国「世界日報」社社長 朴普煕
南北統一と世界平和への道
文鮮明師一行の定州訪問のご様子
韓国「世界日報」社社長 朴普煕
四十余年ぶりの帰郷
十一月三十日、北朝鮮差し回しの特別機で、文鮮明先生ご一行が平壌の順安飛行場に到着されると、そこには、北朝鮮政府高官らと文先生の六人の肉親の方々がお迎えのために来ておられました。文先生が見てすぐに分かる顔は、お姉さんの文ホスンさん(七三)、妹さんの文ホソンさん(六四)、そして兄嫁さんの池チスクさん(六九)でした。そこで文先生とご家族の方々は、四十数年ぶりの再会をされたのです。その感激的な出会いは表現のできないものでした。
文先生はお姉さんを抱き締め、みな言葉を詰まらせ、込み上げる涙を抑えながら再会を喜び合ったのです。その後、お姉さんは息子さんやお孫さんを紹介しました。続いて、文先生もご夫人を紹介するなど家族ぐるみの対面となりました。もしそこで文先生が少しでも涙を流されたならば、飛行場は慟哭で覆われたことでしょう。文先生はその感情を抑えて、泣いて泣いて本当に懐かしがるお姉さん、妹さん、兄嫁さんをなだめられたのです。
文先生の親族のある人は戦争中に他界されたり病死されていましたが、一人も当局によって迫害を受けたり、死刑を宣告された人はいませんでした。文先生は金日成主席の寛大な配慮に敬意を表されたのです。
迎賓館接見室にて姉妹たちと対面
その後、文先生ご一行は飛行場から宿泊所の牡丹峰迎賓館に移られ、二階の接見室で約一時間姉妹たちとの対面をされました。姉妹たちは、涙を流しながら「きょうがちょうど亡くなった母の誕生日です。その日に合わせて故郷に戻ってきたことが本当にうれしい」と、声を詰まらせられました。
文先生のたった一人のお兄さんは現在すでに他界されていますが、弟の文先生を大変愛しておられました。お兄さんは弟が特別の啓示を受け、特別の使命があることを悟っておられたので、自分の妻に弟の面倒をよく見るようにと指示していたのです。それでお義姉さんは本当に文先生の世話をよくしてくださったのです。
再会した時には、お義姉さんは涙で泣き崩れそうでした。しかし、文先生は「泣かないでください。私は泣くために来たのではありません。神の使命を遂行するために来たのです。私たちは成すべき重要なことがあるのです」と言われ、決して涙を見せられませんでした。
ヘリコプターで定州ご訪問
いよいよ十二月五日、文先生ご一行は平安北道定州のご訪問を実現されたのです。文先生の故郷は、典型的な朝鮮の農村でした。そしてその還故郷は非常に劇的なものでした。長距離の自動車移動は高齢の文先生に負担をかけるとして、北朝鮮当局は大型ヘリコプター二機を準備しました。「主は雲に乗っていらっしゃる」と聖書にも書かれていますが、このたび、なんと主はヘリコプターに乗って定州に降り立たれたのです。
村人たちは一体どんな貴賓が見えるのだろうかと、数日前から大騒ぎでした。それというのも、文先生の生家の修理、特設トイレの設置、ご両親のお墓の整備など、慌ただしい準備が続いていたからです。
文先生を乗せたヘリコプターは、人民学校(小学校)の校庭に降り立ちました。そして文家を継いでいる長孫(長兄の長男)文ジョンヒョンさんの家に向かいました。その家に寄りますと、四十二名の親族、氏族たちが集まっていて、大変な歓迎を受けました。空港で涙の再会をしたお姉さんの文ホスンさん、妹さんの文ホソンさんをはじめ皆が文先生の帰郷を待ち構えていたのです。文先生ご夫妻は、各家族ごとに一緒に写真をお撮りになって、一人ひとりに名前を尋ねられました。また最後には全員で写真をお撮りになりました。
これまで、韓国政府は南で反共活動などに従事している者の家族は強制収容所へ入れられるなど、悲惨な境遇に置かれていると言ってきました。しかし、親戚には軍人の甥もいれば村長もいたのです。
聖地となった文先生の生家
その後、文先生の生家に移動しました。途中、文先生は、文家が所有していた田んぼにお立ちになって、記念写真をお撮りになりました。そして「昔、私は田植えをここでしました。稲刈りもここでしました」とおっしゃっていました。
文先生が還故郷をなさるために、政府がいかに準備をしたかということはどこにでも見受けられました。雨が降って軟らかくなった土地はみんな石ころを入れて固め、家にはペンキが塗ってありました。そして私が最も感激したのは、文先生がお生まれになった生家がそのまま残っているということでした。今まで敵と思っていた金日成主席の命令で、その家が整えられたのです。
文先生の生家は築一〇〇年近くたっていますが、韓国の標準から見ると大きい家です。文先生は生まれ育った部屋にお入りになって、そこで本当に意義深いお祈りをされました。文先生が裏門に回られると、「小さい私がスルスルと通り抜けていたのに、今はつかえてしまう」と懐かしそうに皆に説明されました。それから中庭で写真を撮られ、そこで指さしながらいろいろな山の名前を教えてくださいました。十六歳の時に神様から啓示を受けたという山も、指でさされました。この家で永遠なる命が生まれ、この家で真の愛が生まれたのです。
その次の日に行われた午餐会で、金日成主席は文先生に定州ご訪問の感想を尋ねました。文先生は「どうもありがとうございます。私は故郷に行き、生家を訪ねましたが元のままでした。ペンキがまだ乾いていなかったので、体中ペンキだらけになりました」と語られました。
すると彼らは大笑いしました。また「昔はとても大きな家だと思っていましたが、今見るととても小さく見えて」ともおっしゃいました。幼い頃のことですから、大きく見えたのでしょう。そして金日成主席は、「それは大切に維持しなくてはなりませんね。あなたの生家を丁重に聖地として保存しましょう」と語ったのです。
想像できるでしょうか。かつては文先生を殺害しようとまでした無神論の全体主義国家、北朝鮮が、今では文先生の生家を聖地として保存したいと思っているのです。このように北朝鮮の定州にはすでに聖地があるのです。
ご両親のお墓参り
文先生は近くにある文先生のご両親のお墓参りに行かれました。朝鮮式の土まんじゅうで、枯れ草に覆われていました。そのお墓も北朝鮮政府によってきれいに整えられ、花もちゃんと準備されていました。文先生ご夫妻は花を供えて、北朝鮮指導者が立っている前で、お祈りを公にされました。そして文先生はお父様、お母様の墓をなでながら、「今、私のしていることをご存じですね」「今ここに帰ってきました」と、帰ってこられたことを報告されたのでした。
妹さんが「お母様、生前一度でもいいから、どんなにか息子に会いたかったことでしょう。今あなたの息子がここにいます。お母様、目を覚まして息子に会ってください」と泣きながら訴えるのを聞いた時、私は泣かずにはいられませんでした。しかし、文先生は「もうそんなことを言ってはいけない。霊界では私がここに来ているのをみんな知っているのだから」と言って、妹さんをなだめられたのです。ここでも文先生は、一滴の涙も流されませんでした。それは、いまだに一〇〇〇万の離散家族が引き裂かれたまま胸痛い思いをしているからなのです。
その後、親戚の家にお帰りになり、そこで北朝鮮の幹部たち、近い親戚の方々と一緒に昼食をされました。立派な食べ物が多かったのですが、それを召し上がらずに、「幼い時に、好んで食べたとうもろこしを持ってきてくれたんだね」とおっしゃって、それを一生懸命おあがりになりました。
文先生のお母様
文先生のお母様は本当に深く息子を愛しておられました。しかし、文先生は天からの使命のゆえに、お母様を顧みることができなかったのです。それがまたお母様の心を傷つけたのです。文先生が興南の刑務所にいらっしゃった時、お母様は衣服と、当時としては大変貴重で高価な麦こがしを頭に載せて、興南まで三十日の道程を歩いて行ったのでした。もちろん文先生は喜んでお母様をお迎えしましたが、持ってきたものを受け取るとすぐに他の囚人たちに全部分け与えてしまわれるのです。
お母様は「命懸けで持ってきたのに、どうしてこんな扱いを私にするのだろうか」と、どうしても納得できなかったのです。そして、泣きながらまた帰っていかれるのでした。しかし、二、三か月もするとまた興南にやって来られるのですが、文先生はまた同じようになさるのでした。お母様は、文先生の立場を理解できませんでした。文先生は自分が生きるために興南刑務所にいるのではなく、再臨のメシヤとして、そこにいる人たちに真 の愛を示していかれなければならなかったのです。
涙のお別れ
文先生ご一行は親族たちに別れを告げて、自動車でヘリコプターの所に行きました。ヘリコプターに乗ろうとしたら、妹、甥、従兄弟、みんなが文先生ご夫妻に飛びついて泣き始めました。文先生がそこで少しでも涙をお見せになったならば、大変なことになったでしょう。ところが文先生は「今は涙を流す時ではない、喜ぶべき時である。お祝いをする時である」とおっしゃりながら皆をなだめて、そうしてヘリコプターに乗られました。みんなが手を振るのを見ながらそこをお発ちになり、平壌に向かわれました。そして翌日には、金主席との歴史的な会談が行われたのでした。
こうして文先生の故郷、定州訪問は終わりました。故郷を出られてからすでに四十八年の歳月が流れていたのです。
(朴氏来日の際に語られた内容と米国月刊誌『Today's World』より)
第二章 世界平和への道
南北統一と世界平和への道
第二章 世界平和への道
世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者であり、世界平和連合総裁の文鮮明師は、宗派を超えた世界的宗教活動、「科学の統一に関する国際会議」などの学術・文化活動、「ワシントン・タイムズ」「世界日報」など新聞・雑誌の発行、「言論人会議」などのメディア活動、さらには教育、政治活動など、多岐にわたる国際活動で世界的な注目を集めています。
文師は、体制の変革を通じての平和達成を目指していた共産主義の限界を早くから見抜き、神の愛による個人、家庭の精神革命を通じてしか真の世界平和実現はあり得ないことを訴え続け、そのように実践してこられました。共産主義の猛威が吹き荒れていた時代より、その体制下に呻吟している人々をいかに救うかを考え続けてこられたのです。多種多様な活動は、この目的達成のための手段にすぎません。
そして一九九一年には、[世界平和]という国際連合の目的をより根本的に追求するために、文師の提唱により「世界平和宗教連合」「世界平和連合」が創設されました。
本章では、文師が今日まで共産主義の解放と世界平和の実現、特に韓半島の統一に向けて数十年前から語られているメッセージを収録しました。本文を読み進むにつれて読者の皆様は、文師の世界人類に対して抱き続けておられる真の愛の心情を理解されるでしょう。
文師は昼夜を問わず、世界各国で精力的に各界各層の人々に語り続けておられます。したがって、ここに掲載されたメッセージはごく一部であり、より深く文師の思想を研究されたい方は他の多くの文献をも参考にしていただきたいと思います。
世界平和宗教連合創設大会・世界平和のための宗教の使命
南北統一と世界平和への道
世界平和宗教連合創設大会
世界平和のための宗教の使命
1991年8月27日 韓国・ソウル
「世界平和宗教連合」創設大会は、世界二十数か国から約一二〇名の各宗団の最高指導者や教主らが参加し、宗派の違いを越えて世界平和に対する内的・精神的責任を果たしていく決意を内外に表明しました。
文師はこの基調講演で、「すべての宗教は自身の利益を離れ、神が願う世界救済のみ旨に従って、世の中の貧困と病気と犯罪をなくす仕事の先頭に立たなければなりません」と強調されました。
尊敬する各宗団の最高指導者の皆様、世界各国から来られました宗教学者と宗教界の指導者、そして満場の宗教人の皆様。今日歴史的な「世界平和宗教連合」創設大会に参席してくださいましたことを心から歓迎いたします。
私は一九八五年アメリカ・ニュージャージー州で開催されました第一回世界宗教議会の時、三つのお願いをいたしました。一番目は、各宗教の伝統は、互いに尊重しなければなりませんし、最少限、宗教相互間の衝突や戦争を防止するために働くことでした。二番目は、私たちすべては協調的な宗教共同体として世界に奉仕することであり、三番目は、宗教の使命を完遂するためにすべての宗教指導者が参席し、世界平和のための一つの組織で発展しよう、という内容でした。
そしてちょうど一年前、アメリカ・サンフランシスコで開かれた第二回世界宗教議会で、私は「世界平和宗教連合」の創設を提唱いたしました。皆様を含めた志のある宗教界の指導者たちの協助とともに、今日この場で世界のすべての宗教の指導者たちが同席し、世界平和のための宗教連合体が歴史的な誕生をしたのです。
今は、世界の宗教が世界平和の実現のための中心的責任を切実に感じ、積極的な実践隊列にいで立つ時です。幸福な人類の未来は、物質的繁栄を追求することのみによって成すことはできず、宗教間の理解、精神的な和合を通して、思想と文化と人種間の葛藤を克服してこそ迎えることができるのです。ここに私は「世界平和のための宗教の使命」という主題でもって、「世界平和宗教連合」創設メッセージに代えようと思います。
真の愛によってのみ実現する理想世界
神の真の愛を中心とした「為に存在する」為他主義的創造理想は、心と体が調和一体を成した理想体としての個人を通して、理想的な家庭、社会、国家、さらに進んで理想世界を成すことができるのです。
ところが人間は堕落によって、その心と体がサタンの偽りの愛を受け、自己第一主義による不協和を成す個人になりました。このような人たちが集まった家庭、社会、国家、世界は立体的に増幅された葛藤と紛争を自体矛盾としており、相互不信と分裂、闘争をするようになるのです。サタンの願いである自己中心主義でもって、民主世界は個人第一主義化し、サタンと人類は滅亡に向かうのです。これを救うために、神の真の愛を中心とした頭翼思想と神様主義が必要なのです。
私たちの社会と世界の紛争の起源が、サタンの偽りの愛によって個体内の心身の葛藤から始まりましたので、真なる平和は、神様の真の愛でもって、まず個体内の和合統一を通じてのみ成されるのです。平和世界を実現する基地は、世界ではありません。心と体がサタンの主管圏を超えて、神様の真の愛でもって調和一体を成した個人、さらに進んでそのような男女が夫婦として結合した家庭が、すなわち世界平和の産室になります。
偽りの愛によって、心と体が不協和を成した堕落の結果は、私たちをして生活の中で縦横、多方面に心的な面と体的な面との分裂、葛藤、混同を経験するようになりました。例えば、個人や社会の価値体系が精神と物質、宗教と科学、唯心論と唯物論、理想と現実の間で多くの混乱を体験してきました。
創造理想によれば、心と体が理想的な神様の真の愛でもって個体の内で和合一体を成すのと同じく、心と体の拡大連結である心的世界と体的世界も、相克闘争関係ではなく、神の真の愛でもって調和を成さなければなりません。心的世界を代表するのが宗教と思想の領域であるならば、体的世界を代表するものは政治と経済の領域です。ところで人間において心が主体であり、体が対象であるように、宗教と政治の関係も主体と対象の立場で調和、統一圏を神様の真の愛でもって成してこそ、理想社会が到来するようになるのです。
為政者の使命
神が聖者や預言者たちを地上に送った目的は何でしょうか。神が願われる人格と生活の手本を見せながら、神の真の愛のみ旨を万民に教育するためなのです。特に為政者や指導者たちに天道を教育し、実践するようにすることによって、心の世界と体の世界が神様の真の愛のみ旨を中心として和合を成すためです。しかし、あたかも良心が願うとおりに体が従わないように、多くの為政者たちが聖賢を見分けられず、その教えを受けず、警告を黙殺してきました。
価値観の混乱、道徳的腐敗、麻薬中毒、テロ、人種差別等、現代社会の惨状と病弊をだれが責任を負うことができるでしょうか。政治家が公権力によって、このような問題を完全に解決することができますか。特にいかなる時代よりも多元化したこの社会、また国際的に互いに絡み合っているこの時代に、政治家たちの判断と選択に伴う責任がいかばかり重大なものでしょうか。為政者たちが重要事項を決定するときは、謙虚に天からくる声に耳を傾け、天道に従って解決の道を探し求めなければなりません。
宗教の使命
一方で私たちは、心の世界を代表する宗教自体が平和の世界を成すための主体的責任を果たせなかったことを反省しなければならないと思います。宗教が現実世界を指導し、浄化する生命力を備えることができず、むしろ本来の使命に逆行していることを否認することができないのです。
各宗教は神の真の愛でもって内的純粋性と生命力を蘇生させなければなりませんし、また果敢な自己改革とともに、神の真の愛のみ旨の中で他の兄弟宗教と一つの家族のように調和に満ちた関係を発展させていかなければなりません。神とその方の真の愛の大いなるみ旨に献身することが各宗教の使命であるならば、宗団自体だけの発展が宗教の目的になることはできません。
神は聖典の研究や宗教的儀式より、神の世界を救援しようとする大いなるみ旨を知って、それを生活の中に実践することを要求されています。長い期間、宗教者たちは生きておられる神をはっきりと目撃し、因縁を結ぶことに失敗しました。私の知っている神は、人間が論理を超えて集大成した教理内容に執着しません。神は私たちすべての父母であられ、根源者であられるので、真の愛を中心として人種と宗派と文化を超越しておられ、差別をおきません。それゆえに宗教人はすべからく、万民救援とともに平和理想世界を実現しようとする神の真の愛のみ旨に完全に従わなければなりません。
宗教が現実に安住することなく、生きておられる神と共に真の愛と真の生命力のある対話をして、生きた信仰の道を行かなければなりません。今の宗教的雰囲気ではいけません。新しい次元で、超宗教運動の推進力を通して、全世界的規模で破格的な変革が要請されるのです。神の真の愛の実践者たりえない宗教者たちの偽善が、この地上に無神論者の拡散をもたらしたのです。
世の中は変わらなければなりません。各宗教は自浄努力でもって新しい改革の主役にならなければなりません。すべての宗教は自身の利益を離れ、神が願う世界救援のみ旨に従って、世の中の貧困と疾病と犯罪をなくす仕事に先頭に立って、終わりの日の暗黒世界の光明となり、政治、経済、社会の各界の指導者を訓導しなければなりません。
神の摂理の方向
尊敬する宗教界の指導者の皆様。私は神の摂理方向に従って、世界を改革し、地上に神の真の愛の理想を回復する仕事にすべての精誠を尽くしてきました。
国際宗教財団を中心として、世界的に展開した新しい宗教一致運動(N・ERA)、世界宗教協議会(CWR)、世界聖職者会議(ICC)、世界宗教議会(AWR)、世界宗教青年セミナー(YSWR)、世界宗教青年奉仕団(RYS)等の活動を通して、宗団間の理解と和合と、宗教人がしなければならない神の真の愛の実践を手本に見せながら、平和世界理想のために尽力しております。
五年前の世界の宗団長の合意と私の指示のもとで、今回出版した『世界経典』は、世界の宗教者たちの普遍的な価値的内容が集大成されました。これは聖なる経典として、人類の心霊を明るくしてくれる最高の光になるはずです。
特に、一つの地球村の家族として共に生きなければならない青少年たちに、宗教と人種と文化の垣を飛び越えることができるように教育する大切な教科書となるのです。すべての人々は、この経典を通じて宗教的な無知と独善から抜け出るだけでなく、宗教相互間には、差別性より、普遍的基台と共通性がはるかに多いという事実を悟るようになるものと信じます。
その間、『世界経典』の出版のために、ご苦労してくださった各宗団の監修委員や学者の皆様に、この場を借りまして感謝とお祝いの言葉を申し上げます。
私は、世界平和のための心的であり、主体的な「世界平和宗教連合」の創設に続き、明日には、体的であり、対象的な「世界平和連合」をこのリトル・エンジェル会館で創設する予定であり、そのために全世界から指導者たちが到着しております。
この二つの機構が内・外として調和、協力しながら天意に従い、真の愛でもって統一を実践するならば、世界平和は実現するのです。ここに神の真の愛でもって体と心の統一と、世界を超えて宗教と政治が統一を成すことによって平和の世界が訪れるのです。
尊敬する宗教界の指導者の皆様。私たちが真実なる眼でこの時代を眺めた時、今こそ宗教人の信仰のみならず実践行動まで要求される切実たる時であることを知るものです。
人種戦争、宗教戦争等の不幸な闘争をはじめとして、無神論、快楽主義、世俗的人本主義、そして真の宗教に対する歪曲などが蔓延することによってもたらされた現世界の問題は、実に深刻です。西方社会では共産、無神論が立つ場を失ったと安心する風潮もありますけれども、これは本質を知らずに下した速断です。神を中心とした新しい真の愛の覚醒運動が社会全般にわたって起こらないかぎり、西欧社会が中心になった現代文明の没落は、共産圏の没落よりももっと悲惨になるのです。
世界をこのまま放置することはできません。時間がありません。だれがこの時代の責任を負うことができますか。それは軍人でも政治家でも科学技術者でもありません。まさしく、私たち宗教界が責任を負わなければなりません。
私は皆様の能動的な協力を要請いたします。「世界平和宗教連合」の運動を通して、歴史的な宗教伝統が和合しながら、世界平和に向かった実践運動でもって前進するとき、世の中を引っ張っていく精神的基礎が堅固に立てられ、神の真の愛を中心とした平和理想は完成されるのです。
全世界の宗教界が統一された方向を持つとき、統一された世界平和は到来するのです。「世界平和宗教連合」の未来と、各宗団を代表した皆様と、皆様の家庭に神のご加護がありますことと、皆様が世界平和を増進させる真の愛の人になりますことを祈りながら終わります。ありがとうございました。
(韓国語文から翻訳)
世界平和への道
南北統一と世界平和への道
世界平和連合創設大会
世界平和への道
1991年8月28日 韓国・ソウル
真の価値体系に基づく恒久的な世界平和建設を目指す「世界平和連合」の創設大会は、世界五十数か国から二百数十名の前・元国家元首や政府高官らが参加して行われました。 文師はこの基調講演で、「世界平和の中心は神であられ、原動力は真の愛です。希望と光明の二十一世紀は、私たちが今日創設する『世界平和連合』がその理念を提供し、世界人類を教育し、摂理に従って今後来る世界平和の牽引車の役割をしなければなりません」と強調されました。
尊敬する前・現職国家元首の皆様、各国から参加された世界の指導者の皆様。また敬愛する学者、世界の宗教指導者の皆様。そして紳士淑女の皆様。
今日、私は「世界平和連合」を創設する歴史的なこの式典に、尊敬する世界の指導者の皆様がこのようにたくさん参席してくださいまして、満場の盛況をなしてくださいましたことに対して、心からの謝意を表する次第であります。
平和を切望し続けた人類歴史
人類歴史が始まって以来、平和を切望しなかった時代がありませんでしたし、平和を望み求めなかった人は一人もいませんでした。しかし、人類歴史は、人類の希望とは正反対に、常に絶え間ない戦争と無実の罪のない血でもって染められてきました。これはなぜでしょうか。
近代史に至っては、世界は二回にわたって世界大戦を行いました。一九一四年、サラエボでオーストリ
アの皇太子が暗殺される一発の銃声で点火された第一次世界大戦は、たちまちのうちにヨーロッパ全域を火の海にしましたし、十六か国が参戦した中で、三〇〇〇万人の死傷者を出す凄惨な戦争でした。
このヨーロッパの惨状を見て世界の指導者たちは、いかなる代価を払ってでも再び戦争を引き起こしてはならないと骨身に染みた覚醒から、アメリカのウィルソン大統領の提唱により、「国際連盟」を結成いたしました。しかし「国際連盟」は四十余種の国際紛糾を処理したことはしましたが、強大国間の紛糾の処理に失敗し、ウィルソン大統領の偉大なる夢は行くところもなく消え去り、アメリカ上院の批准も得られないまま、「国際連盟」は結局、失敗の幕を下ろしてしまったのです。ここに、戦争を防ごうとする人類の渇望は挫折しました。
そしてそれから、二十年もたたずして、再び世界は第二次大戦の惨渦の中に巻き込まれていきました。第二次世界大戦は大西洋のみならず、太平洋までも火の海にしました。数千万の人類が殺傷され、ついに二発の原子爆弾の投下によって辛うじてその終末を迎えました。世界が再びこのような生き地獄になるのを防ぐために、今度は一九四五年四月二十五日、サンフランシスコで「国際連合」を創設するに至りました。「国際連合」の歴史は今年で四十六年になります。
さあそれでは、その四十六年間、人類は戦争を知らず、平和に生きてきたでしょうか。違います。再び戦争は起こりました。韓国動乱、ベトナム戦争、湾岸戦争をはじめとして、実に六十余回の人類相殺の歴史が繰り返されました。
なぜこのように平和が難しいのでしょうか。今日私たちは「世界平和連合」を創設するに先立ち、深く深く平和が成されないその理由をまず究明しなければなりません。そうでなければ、今後同じ前轍を踏むことが火を見るより明らかだからです。
紳士、淑女の皆様。この間、人間は平和を叫んだだけであって、その真の平和の意義を知ることができませんでした。平和の真の哲学を持てなかったのです。ですから真の平和を成す方法が出てこないのです。
貴賓の皆様、その理由は分かってみると簡単なことなのです。人間は、神様を失いながら、平和を失ってしまいました。そして人間は神様をほったらかしにしておいて、人間同士で平和を探し求めようとしたのです。これが根本的な誤りであり、これが真の平和を得られない根本的理由なのです。
神の創造理想
全知全能であられる神様は愛の神様であられ、平和の神様であられます。その神様が互いに争い、殺し合う世界をつくられたはずが万に一つもないのです。神様は人間を神様の形状どおりにつくられ、人間はまさしく神様の聖霊がおられる家と同じ聖殿としてつくられたのです。人間一人ひとりが神様の聖殿として、神様に侍って住む家として完成したならば、どうして人間同士の闘争と殺りくが可能でしょうか。創造本然の世界で人間が争うのは、右腕が左腕と争うのと同じことであり、自分が自分の手で自分の眼をくり抜くのと同じことなのです。
このような本然の世界では、戦争はあろうにもありえません。互いに愛し合い、和睦して生きる世界であり、どのようにして神様にもっと栄光をささげるかという善意の競争だけがある世界です。そこには葛藤がありませんし、誤解もありませんし、美しい協調と相互協助でもってただただ和睦団結して、真、善、美を追求する平和の世界が永続するのみです。その世界は神様に似た世界であり、神様の理想と本質のために生きる世界なのです。
私たちはこのような世界の基本理念を「神主義」、または「頭翼思想」と称するのです。為にする愛、互いの為に生きるところに平和があるは当然なのであり、このような世界を宗教的に表現するならば、地上天国であるというのです。少なくとも全知全能であられる神様の作品であるならば、このような平和と幸福の世界をつくられたはずであり、そうでないとするならば、その神様はおられないのです。これが創造本然の真の平和の理想だったのです。
創造主を失った世界
ところが、このように美しい神様の理想世界を実践なさろうとするその人類歴史の初日、エデンの園で人類の始祖は神様を失ってしまいました。一言で言うならば、人類の始祖になる一男一女は神様の前に罪を犯し、神様の国から追放されました。そして神様の聖殿になれず、悪魔の巣窟になりました。そして、その悪魔は利己主義の本山なのです。
人類始祖からしてこのようになったので、その後孫たち、すなわち今日のすべての人類は、神様が私たちの父であられることと、私たちすべてが真の兄弟姉妹であることを忘れてしまったのです。ですからすべての人間同士が怨讐になってしまいました。本来は他人を殺しても、それがすなわち私を害することなのに、霊魂が鈍くなった人間は兄弟を殺しても心の痛みを感じられません。そこには自分だけがいて全体がいないので、利己主義が個人から家庭、社会、国家、世界に広がるようになりました。そうして自分と利益が相衝突する時に、互いに争うようになります。戦争を起こします。これが戦争の起きる真の原因なのです。
世界平和を復帰なさろうとする神様
では創造主である神様は、この堕落した世界をどうなさろうとするのでしょうか。神様は厳然として生きておられます。神様は今も全知全能であられます。またその神様は、愛の神様であると言いました。その神様は真に満ちた平和の世界を再び復帰し、または再創造なさろうとしておられます。ここから私たち人類は真の平和に対する希望を持つことができるのです。神様は人間一人ひとりから邪心を追い出し、神様の住まわれる聖殿に復帰させようとなさるのです。
ですから世界平和は、一個人の完成から始めるのです。一個人が神様の聖殿として完成した人間にならずしては、世界平和は芽をふきません。世界平和の出発点は、まさしく皆様一人ひとりなのです。
心と体の和合
皆様、私たち一人ひとりの体の中で常に戦争が続いていることを知っておられるでしょうか。それは、個々人の体の中で熾烈に闘われている体と心の争いです。本来、体と心は切り離そうにも切り離すことのできないものでした。人間の心は神様の心であり、人間の体はその心を入れる器でした。ところが、人間の堕落は人間の体を悪魔に引き渡したのです。その時から人間の体は悪魔の僕になりました。
人間の良心は神様を代表する心です。良心は私のために存在しません。天の義のために存在します。良心は常に善に向かって走ろうとします。これに体は反抗します。体は自分だけ安らかであろうとするし、利己的であり、本能的欲求に従って肉欲を行おうとします。良心はこの体を叱責し、心に順応するようにします。ここに常に血の出るような葛藤と闘争が、一つの体の中で起こるようになるのです。
ですから昔から歴史を前にして、すべての宗教は自分の体を打つ道を教えてきました。宗教は肉欲を制御し、体を心に屈伏させる道場なのです。宗教は人間を創造本然の人間へ引っ張っていく道場です。しかし、だれも神様を自分の内に侍らずしては、自分の体を征服できる者はいません。ただただ、神様の真の愛と真理の力を中心として、主体たる心は対象たる体を従わせ、神様と一体理想を成すようになっているのです。これが宗教が語る完成した人間なのです。
このように神様を中心として体を屈伏させ完成した男と女、すなわち、善男善女が神様の祝福を受け、夫と妻として結ばれるとき、地上に天が計画なさった理想的一つの家庭が出発します。そしてその理想家庭は理想的社会、国家、世界の基礎になるのです。
家庭こそ平和の基礎
「家和して万事が成る」という言葉があります。一つの家庭が平和に満ちているならば、万事がみなよく成されるというのです。完成した家庭は平和の家庭であり、これは天国の基礎です。家庭の原動力は真の愛です。自分よりも神様を、そして対象を生命のように愛する、純粋で美しい犠牲的愛、これが真の愛なのです。この宇宙に、神様は真の愛の力よりも大きい力は創造されませんでした。真の愛は神様の愛なのです。
神様は万物と人間の創造のために、すべての力を投入なさいました。全部を投入し、また投入なさいました。他のものは投入すれば、全部消耗されますが、真の愛のみは投入すれば投入するほど、もっと盛んになり生産します。真の愛は一〇〇を投入するならば、一二〇が戻ってきます。ですから真の愛を実践する者は滅びるように見えても、滅びることなく永遠に栄え、永生するのです。
このように真の愛でもって成された家庭が基礎となって社会が成され、国家が成され、世界が成されます。このような社会、国家、世界は真の愛が原動力になる相互奉仕の社会であり、国家であり、世界であり、そこには葛藤の代わりに和睦があるし、誤解の代わりに理解があるし、分裂の代わりに団結があるし、自分の利益の追求の代わりに全体の利益の追求があるし、犠牲と奉仕が美徳になる社会、国家、世界であるのです。このような神様の理想実現が、すなわち真の世界平和の理想なのです。
真の世界平和のための真の父母理想
聖書の「神様のかたちに似せて人間をつくられた」というみ言は、見ることのできない無形の神様が人間として実体化なさったことをいいます。人間の始祖アダムとエバが神様の理想を実践していたならば、彼らが歴史で最初の家庭を成したのであり、そこから繁殖される完成した子孫たちが、まさしく理想社会、国家、世界を成したのです。
それゆえに無形の神様は、真の愛を中心として縦的な真の父母であられ、人間始祖アダムとエバは真の愛を中心とした横的な真の父母として、永遠に人間歴史の上に君臨したのです。完成したアダムとエバは人類の真の父母であり、人類はこの真の父母を中心として人類大家族、四海同胞、兄弟主義を成したのです。ところが人類はこの真の父母を失うことによって孤児になってしまいましたし、兄弟がすなわち怨讐になり、国々は反目し、敵対視する関係になってしまいました。
それゆえに人類歴史の新しい出発に先立ち、神様が必ず成し遂げられなければならないことは、失ってしまった人類の真の父母を探し求めて立てられ、人間たちを孤児の状態から解放なさることです。それゆえに人類の真の父母の顕現は、神様の摂理の中心役事なのです。
皆様。今、創設されます「世界平和連合」は、過去の「国際連盟」や「国際連合」と違って、真に満ちた本然の平和理想と真の父母の理想を持ち、最後に世界平和を成そうとする雄大な新しい出発です。人間同士で平和を謳歌せず、神様の内に、神様と共に平和を謳歌しなければならないという斬新な覚醒がなければなりません。世界平和の中心は神様であられます。その原動力は真の愛なのです。
槍と剣を溶かしてすきをつくる時
世界平和を熱望する貴賓の皆様。今日この殿堂には世界各国の政界、学界、各宗教代表者たちが一つの屋根の下に集まりました。そして特に最近まで東西に分かれて冷戦を続けていたその両陣営の代表者たちが、東西という障壁の意識なしに、ただただ和解と協調の精神でもって参席しました。
一九八九年十一月九日、ベルリンの障壁が崩れた時から、世界は正に改革と変遷と和解と親善へ駆け上っています。世界平和のムードは、今や開化されました。今私たちは今日宣布されます平和総集の大原則に立脚して、真に満ちた平和を成す時です。北は南側の貧困を解放し、強大国は発展途上にある新しい民主主義国家を、犠牲的に手助けしなければなりません。各国家政策が利己主義を離脱する、それ自体が大革命です。その方法は私たちすべてが父母の位置に上っていって見下ろすことです。そうするならば、すべての国家が兄弟に見えざるをえません。一人の父母のもとに一つの兄弟、国家、社会を成すことのできる歴史的機会に直面しています。
来る九月に国際連合総会に南北韓が共同で加入するようになります。これは私たちが世界平和へ指向するまた一つの画期的発展です。そうなれば、国際連合の総加入国は、今や一六三か国になります。では今、一六三か国が成すべきことは何でしょうか。
無慈悲な植民地政策によって、弱小国を搾取していた時代は過ぎ去りました。今や弱肉強食は旧時代の残骸になりました。超強大国が武力競争でもって、世界を恐怖の中に追い込んだ時代も過ぎ去りました。
今人類は、また核兵器の恐怖から解放されなければなりません。今は正に聖書にあるように、「槍と剣を溶かしてすきの先をつくる時」です。
貧困と無知と疾病と罪悪からの解放
相互信頼と道義の時代が明けてきています。すべての国連加盟国家は、今、相互尊敬と愛をもって、私たち人類の共通の敵に宣戦布告をしなければなりません。私たち人類の共通の敵は貧困と無知と疾病と罪悪です。
今や人類は、貧困と無知と疾病と罪悪から解放されなければなりません。これからは「私の国」という定義が発展的でなければなりません。もちろん私が生まれ育った国が、まず「私の国」であることに間違いありませんが、より大きい観点から見るならば、私の父であられる神様がつくられた世界が、すべて「私の国」なのです。
このように見るとき、先進国家が先端技術を独占し、発展途上国家に先端技術を分け与えないことは、大きな罪なのです。国家間に良いことがあるならば、早く分け合って持たなければなりません。新しいことを発見するならば、直ちにその恵沢を互いに分け合わなければなりません。人類に手助けとなることであるならば、ためらわずに国境を越え、それを実践しなければなりません。私はそれゆえに世界の技術の平準化のために、長い間全力投球してきたのです。
二十一世紀は共生共栄共義の時代
皆様。皆様は神様が平和の役事として選ばれ、この場に送られた方々です。今後、九年で紀元二〇〇〇年が訪れます。二〇〇〇年というこの峠が、私たちの生前中に偶然に来るのではありません。これは歴史の新しい転換点です。新しい歴史が胎動しているのです。平和の二十一世紀が近づいてきています。
しかしその平和はただで来るのではなく、神様と人間が協調して与えられた責任分担を果たす時にのみ可能なのです。そうであるならば、私たちは残りの九年間に、平和を阻害するすべての要素を除去する作業を成し終えなければなりません。
新しい時代、二十一世紀は共義の時代です。新しい時代、二十一世紀は物質が牛耳らない、精神と霊性の時代です。新しい時代、二十一世紀は、神人一体になって生きる時代です。新しい時代、二十一世紀は、他のために生きることが自分のために生きるより、もっと永遠なる価値があることを悟って生きる時代です。利己主義は退色し、共生共栄共義の利他主義がついに凱歌をあげる時代、それがまさしく明けてくる二十一世紀なのです。これは平和の時代です。これがまさしく天国なのです。
このような希望と光明の二十一世紀は、私たちが今日創設する「世界平和連合」がその理念を提供し、世界人類を教育し、摂理に従って今後来る世界平和の牽引車の役割をしなければなりません。同連合は、また世界の道徳性を明るくする灯台にならなければなりません。
平和の使徒、貴賓の皆様、光明なる新しい日が私たちを待っています。私たちは今日すべて使命感に燃えなければなりません。今私たちの最後の一滴の汗と涙と血を注いで成さなければならない歴史的使命が、私たちを呼んでいます。
その最初の仕事が神様を私たち個人、家庭、社会、国家、世界に抱いて差し上げることです。天が共になさるとき、これに敵対する者がいるでしょうか。
尊敬する同志であり、兄弟であられる皆様。人類の前に置かれた最後の崇高なる課業、恒久的「世界平和」定着の召命の前にすべて立ち上がり、光明なる世界に向かって共に前進いたしましょう。神様に侍り、世界の真の平和を成し遂げましょう。
ありがとうございました。
(韓国語文から翻訳)
第二回世界平和のための頂上会議・第八回AULA(中南米統合機構)総会・我々の時代の真なる平和、韓国の統一と東西協力
南北統一と世界平和への道
第二回世界平和のための頂上会議
・第八回AULA(中南米統合機構)総会
我々の時代の真なる平和、韓国の統一と東西協力
1990年2月2日 韓国・ソウル
文師はこの基調講演で、聖書のヤコブとエサウの話を引用して、「ヤコブの立場にある自由世界は、共産主義制度下で苦痛を受けてきたエサウである兄弟姉妹の中に[神の顔]を見なければなりません。そして彼らが民主国家に仲間入りできるようにしてあげましょう」と語られ、共産主義国家への具体的な援助を促されました。また、本総会では「韓半島統一のための機構の設立」が提案されました。
親愛なる議長、尊敬する前国家元首、首相、国会議員、大使、そして紳士、淑女の皆様。
この重要な会議のために韓国においでくださった皆様に歓迎の辞を述べることができますことを喜ばしく思い、また栄光に思います。我々すべて第二回世界平和のための頂上会議に共に参席し、韓国の統一と東西協力という主題で論議できるようになりましたことを、真に喜ばしく思います。また、本頂上会議の開催と同時に、過去七年間にわたってラテン・アメリカの和合と団結のために、偉大な業績を収めてきた団体であるAULA、中南米統合機構の第八回総会を開催するようになりましたことを、さらに喜ばしく思う次第です。私は、本会議が開催されるこの時代の持つ意義は、極めて重要であると考えています。それは一九九〇年の始めであり、また新しく開かれる一九九〇年代の出発になるからです。今後十年で我々は西暦二〇〇〇年を迎えるようになります。我々は生涯の中で、新しい世紀の出発を目撃するようになるのです。このように重要な時代に生まれて、人間生活の劇的な変化を目撃するのみならず、その人間生活を変化させる事件の数々を実際に担当していくというこの事実の重要性を、我々は認識しなければなりません。
新しい世紀を、真なる平和の世紀として特徴づけることができたならばというのが、我々すべての共通の念願です。これを実現するためには、今後十年間、多くの挑戦を克服し、努力していかなければなりません。きょうこの場に集まった世界平和のための頂上会議とAULAは、今後十年間、極めて重要な役割を担当しなければなりません。今日まで平和達成のために尽くしてこられた皆様方の労苦と業績に深いお祝いの言葉を申し上げつつ、同時に皆様方が続けて、一九九〇年代にも平和の闘志になられますようにと願う次第です。
対決から和解へ
第二次世界大戦終結から今日までの約四十年間は、相反するイデオロギーを崇敬する二大陣営間の対決の時代と見ることができます。人々の間の争いおよび国家間の紛争が際限なく、また軍備競争も続いて、その高潮期でもあったこの時期、人々が心の中で平和を感ずることができた瞬間は皆無でした。
ところが一九八五年、ゴルバチョフ氏がソ連の政権を掌握し、一連の変化がもたらされました。彼は、ソ連内に多くの表現の自由を奨励し、ソ連経済の構造改編を断行しました。しかし、それよりもっと重要なことは、彼がブレジネフ・ドクトリンを否認したことです。この短い期間に、ソ連陣営では劇的な政治的変化が連日の茶飯事となりました。そして数か月間に我々は、ポーランド、ハンガリー、東ドイツ、チェコスロバキア、ブルガリア、そしてついにはルーマニアまでもが民主化されるのを目撃しました。これらの事件に続いて、東西対決の象徴であるベルリンの壁が崩壊しました。そして、同様に和解の新しい時代が開かれつつあります。
我々をして新しい協力の時代を迎えることができるよう、このような建設的な変化を主導することができる勇気と指導力に対して、私はゴルバチョフ書記長に心からのお祝いを申し上げたいと思います。私は、個人の人権を尊重し、経済改革、そしてもっと重要な信仰の自由を実現しようとするソ連の真なる熱望を支持することを約束いたします。
皆様方もすでにご存じのとおり、私は中華人民共和国と共に仕事することを約束したことがあります。この巨大な国家は、世界の四分の一に当たる人口を有しております。この十三億の中国人の福祉を除いては、世界平和を論ずることはできません。必要な雇用創出、技術提供、および所得向上を援助するために、私は今、中国に世界最大規模の自動車組み立て工場を建設しております。これは、我々の世界平和のための努力の一環です。
さらに皆様方もご存じのように、一九八一年に私は、国際平和高速道路プロジェクトに着手いたしました。この高速道路が完工すれば、乗用車で東京からロンドンまで行くことができるようになります。私は今、日本、韓国、中国政府と、このプロジェクトに対して真剣に論議をしており、ソ連もこのプロジェクトを歓迎してくれることを願います。もちろん、これは極めて高遠な夢です。しかし、すべての偉大な事業は夢から始まります。少し前までは人が月面を歩くということなど、だれも夢にすら見ることができませんでした。しかし、将来を見通したビジョンと勤勉な努力の結果として、それが現実となってきたのです。同様に国際平和高速道路も、夢ではなく現実になるのです。
西欧社会の問題
今まで私は、私の未来に対する大きな希望と楽天主義を皆様方に語ってきましたが、これからは、一部の人たちが平和の到来を性急に願っている危険な動向に対して一言申し上げようと思います。確かにベルリンの壁は崩れましたが、両陣営は今やとてつもない困難を抱えています。自由世界の主導国家群は、膨大な物質的富とともに道徳的堕落の問題に陥っています。彼らは、豊かな物質主義の犠牲になり、自由もだんだん濫用されつつあります。特に西欧での無神論的な世俗主義の蔓延する麻薬の服用、性犯罪、および性病の増加、広範囲な政府の腐敗などの深刻な社会悪に染まっています。
端的に言って東西が当面している問題は、究極的には同じ源泉である価値観の混乱から出てくるものです。共産主義は、マルクス主義の価値観が虚偽であったことが立証されたので失敗しました。
私が生涯をかけて、共産主義に対し熱烈に反対してきたことはよく知られておりますが、共産主義に反対した理由は、神様を否認し、闘争を通して進歩するということを信ずることでは、決して理想社会を成功的に建設できないということをよく知っていたからです。直接に生活経験を通じて私は、神様は真であられ、人生で最も重要なことは真なる愛であることを確信するようになりました。人類の進歩は、人類が神様を奉り、愛を最も大切なものとして見なす時に可能になるのです。明確に申し上げれば、現在、共産主義や自由世界はすべて、平和に満ちた二十一世紀へ人類を引導すべきなのに、その準備が成されておりません。
神様を中心とする世界観
一九九〇年代の出発に当たって早急に必要なことは、自由世界と共産世界の価値観の崩壊によって発生した真空状態を満たしてあげる真なる価値観の確立です。この新しい価値観は、神様を中心とする世界観である神主義に基礎をおかなければなりません。全生涯を通じて私は、この神様を中心とした世界観に対する理解の幅を広めるために、すべての宗教、すべての宗派の人たちと共に努力してきました。このような方法でもって、絶対的な価値観の探求および真なる平和樹立を目標とし、広い基盤を持った多くの学術団体および宗教団体を創設することができました。私はまた、芸術機関や教育機関以外に、言論機関も設立しました。全世界的な我々の財団には、皆様のように真なる世界平和を成し遂げようと努力する人たちを、いつも援助する準備がなされております。
真なる世界平和は、万民が共有することのできる際立った価値観がなくしては、達成することができません。価値観が明確になる時、人類はこれ以上暗黒の中にとどまることはなくなります。神主義は、各個人をして自らの生の意味と価値を明確に知ることができるようにしてくれます。そのようになる時、各個人は責任ある生活をし、他人に奉仕し、自身の霊的な福祉を追求するようになります。まさしくこれが苦難の中にあるこの世界を救うことのできる究極的な解決策なのです。
霊的覚醒が必要
換言して、我々の世界が救援されるために今日必要なことは、劇的な霊的覚醒です。世界は、神様の実体の中へ覚醒して入ってこなければならないし、神様を肯定する原理に立脚した世界観を持たなければなりません。この世界観こそ、両陣営の価値観の混乱状態を除去してくれるものです。
国家間の関係の本質も、このようなより崇高な価値観への覚醒に立脚して変形されなければなりません。今までの経済発展の原動力は、一般的により利益を得ようとする欲求でした。このような方式でもって、人間のとてつもない潜在能力が啓発、発揮されたのであり、著しい世界発展が成されてきました。しかし、利益を得ようとする欲求は、すべての人々が神様の子女であるという根本的な理解と均衡を必要としなければなりません。我々はすべて兄弟姉妹です。ことに地球上での我々の生の目的は、物質的な財貨を蓄積することではありません。我々がこの世に生きているのは、我々の永遠な霊性を啓発し、完成させるためです。そのための唯一の方法は、真なる愛の実践を通すこと、すなわち他のために生きることです。
真なる愛は、国家間の関係を含んだすべての次元の生活で実践されなければなりません。先進国は、他の国を援助する目的のために神様が祝福してくださったということを自覚しなければなりません。彼らは、発展途上国のために、あえて自分たちを犠牲にしなければなりません。万一、これらの富裕な国家が、利益追求欲よりもっと高尚な次元で考えることができないならば、彼らの繁栄は、いかに努力しても消え去ってしまうのです。
韓国の統一
今日、韓国は、日本、中国、ソ連および米国など主要国家の利害が収斂する地点です。韓国動乱当時、韓半島の未来を決定するために、多くの国家の国民が大きな犠牲を払いました。きょう我々は、その時と全く同じ精神でもってこの場に集まりました。全世界の政治指導者たちがこのように、韓国の統一問題を論議するためにおいでくださったということは、極めて適切なことです。歴史的に見る時、韓半島の統一は、一国家の問題ではありません。これは、国際社会全体の問題なのです。
皆様方が韓国の統一問題を論議する時の参考にしてくださることを願いながら、いくつか方向性を提案したいと思います。まず、北韓は、南韓を武力で征服しようとする計画を捨てなければなりません。二番目に北韓は、極端な孤立政策を終結させ、国際社会に北韓社会を開放しなければなりません。三番目に北韓は、北韓式グラスノスチを実施して、北韓国民に最も重要な信仰の自由を与え、北韓指導者の神格化を中断しなければなりません。 そのようになった時に、北韓は効果的な経済改革を成す準備を整えるようになるのです。北韓が南韓およびその他の国々と協力するにしたがって、北韓は国民によりよい生のための現実的な夢と、これを成すことのできるイニシアチブを与えない限り、人間の生産性向上はほとんど不可能であるということを確実に悟るようになるのです。
しかし、南韓においても変化が成されなければならないという点を強調したいと思います。南韓は、前例のない繁栄の波に乗っています。このような繁栄は、その実体、すなわち神様の祝福として見なければなりません。この繁栄を他と共に分かち合わなければなりません。南韓は今日北韓にいる兄弟姉妹を抱擁し、彼らの苦痛を払いのけてあげる準備と覚悟をしていなければなりません。同様に自由世界は、東欧、ソ連および中国で発生した自由へのイニシアチブを全面的に支持しなければなりません。
聖書には、ヤコブとエサウの兄弟に関する話が記されています。この兄弟が神様の摂理に従って重要な役割を担当するように定められましたが、彼らの間には大きな葛藤がありました。ヤコブは、父をだましてその祝福を受けました。エサウがこれを知った時、彼はヤコブを殺そうとしました。それでヤコブは、逃げて行きました。互いに離れて二十年余りを生活した後になって初めて、ヤコブは多くの贈り物と、エサウに対する深い愛をもって戻ってきました。長い期間を離れて生活した後で兄弟が互いに出会った時、ヤコブはエサウに近づいて、「お兄さんを見る時、私は神様の顔が見えます」と語りました。彼らは互いを許し、涙を流し、互いにかき抱き合いました。エサウは、もうヤコブを殺そうとせず、ヤコブと共に住み、共に分かち合い、ヤコブから学ぼうとしました。
今日、自由世界はヤコブの位置にいます。共産世界はエサウの位置です。キューバと北韓のような多くの共産国家は、自由世界がヤコブのように彼らの祝福を盗んでいったと教わりました。エサウと同じく、過去に彼らは自由世界の国家を破壊しようとしました。ヤコブと同じく、自由世界は何年もの間、賢明にも強力な武力を維持し、共産世界が自由世界を破壊することができないようにしてきました。しかし今からは、自由世界は共産世界と和解しなければならない時が到来しました。長い期間、共産主義制度のもとで苦痛を受けてきた兄弟姉妹たちを見る時、我々は彼らの顔に[神様の顔]を見いださなければなりません。彼らを援助してあげ、慰めてあげ、信頼感を吹き込んであげ、彼らが民主国家の国際社会の中へ入ってくることができるようにしてあげなければなりません。
紳士、淑女の皆様、今後二日間の討議が生産的であり、価値ある討議になることを願います。皆様方のこのような努力のゆえに、韓国は九〇年代が終わる前に統一された国家になることを、私は確信いたします。南韓と北韓の六〇〇〇万同胞を代身して、ここにおいでくださった皆様方に感謝申し上げます。
皆様方の努力が実を結ぶことができますようお祈りいたします。神様の恵みが共にあることをお祈りいたします。ありがとうございました。
国際勝共安保決意大会・神のみ旨と韓国
南北統一と世界平和への道
国際勝共安保決意大会
神のみ旨と韓国
1985年12月16日 韓国・ソウル
文師はこの講演で、神の摂理歴史が集約されている韓半島の統一が世界の思想的、体制的統一の端緒になると語るとともに、怨讐をも愛する真の愛と神からの絶対真理をもってすれば、韓半島の統一は必ず成し遂げられると訴えられました。
満場の国内外来賓、紳士淑女、および勝共同志の皆様、年中で一番お忙しいときであるにもかかわらず、このように多くの方々が参席してくださったことに対して深く感謝を申し上げます。
今日、私がこの席を借りて皆様にお伝えしたいメッセージの題目は、神がいないという共産主義に勝利するには、神に対する確信と体験の上において勝利しうるのでありますから、そのような観点においてこの題目を定めたのです。それで「神のみ旨と韓国」という題目にしたのです。それは韓国が神の摂理の焦点になっているということと、今日の世界問題の解決のかぎが韓半島にあるということを明らかにしようということです。
休戦ラインは善悪の対峙線
今日の世界情勢を眺めるとき、だれしも失望を感じざるをえません。人類の切なる願いが自由と平和と安定であるにもかかわらず、世界的混乱は日ごとにより悪化し、人類の将来は今や絶望状態に至りました。世界の指導者の絶えざる努力にもかかわらず、世界の問題はより複雑になり、より難しくなりつつあります。
民主主義も共産主義も、宗教も哲学も、世界の問題の解決において全く無力であることが露呈されてしまいました。それは、神のみ旨が分からないからです。人類歴史は神の摂理歴史ですから、神の摂理のみ旨が分からなくては、今後世界問題の解決が不可能な段階に至ったのです。
神は分断された韓半島に焦点をおいて世界を摂理しておられます。それゆえに、神のみ旨が分かるためには、韓半島の分断の意義を理解しなくてはなりません。韓半島の休戦ラインは、共産独裁体制と自由民主体制が対立しており、悪側の左翼と善側の右翼が対決しており、唯物論と唯心論、無神論と有神論が衝突している対峙線です。
今日、世界を思想と体制の面から見たとき、米国とソ連を両極として民主陣営と共産陣営に分かれていることを知ることができます。ゆえに韓半島は世界の縮小型であり、世界は韓半島の拡大型です。ここに神の深奥なる経綸の意義があるのです。それは縮小型である韓半島の統一をまず成し遂げ、同じ方式を拡大型である世界に適用して、世界の思想的、体制的統一を達成しようとする摂理です。
韓半島の休戦ラインのもう一つの摂理的意義は、旧約時代のヘブライズムの流れを引き継いだキリスト教文明とヘレニズムの流れを継承した共産主義文明が、この休戦ラインで対峙している事実です。
ヘブライズム文明とヘレニズム文明はローマにおいて、イエスによって統一される予定でした。しかし、イエスの十字架刑によって統一の支点がなくなったために、平行線を描きつつ、ときには一方が優勢に、ときには他方が優勢になりながら、今日に至りました。そして、ヘブライズムの流れはキリスト教文明に連結し、ヘレニズム文明は共産主義文明に引き継がれて、今日休戦ラインを間において対峙しております。
韓半島においてこの二つの流れの文明が統一されるのが神のみ旨であることを思えば、そういう点でも休戦ラインは摂理的な意義が大きいと言えましよう。
韓国は、地政学的に四大強国の中にあって不利な点もありますが、摂理の焦点が韓国であるために、韓半島の成功を世界に広めるには、強大国を通じれば速いという点においてむしろ有利な立場にあるのです。
それでは神は、韓半島の統一をどのように達成しようとされるのでしょうか? それは一人の摂理的中心を立てて、彼を通じて神の愛を実践せしめるように摂理するのです。その愛は、自分の隣人や自分の国のためだけの愛ではありません。国家を超えて全世界までも愛し、ひいては世界的な怨讐までも愛する愛です。怨讐のために祈り、怨讐のために必要であれば命までもささげる愛が神の愛なのです。二〇〇〇年前にメシヤとして来られたイエスが、正にその愛の主人公であったのです。
分断は摂理的十字架
イエスは十字架にかけられてまでも、怨讐を愛しました。ここでしばらく、イエスの十字架に関して触れてみます。皆様はイエスとともに二人の強盗が十字架にかけられたことをご存じと思います。
ところで、ここにも神のみ旨があったのです。右側の強盗はイエスを証して善の側となったのであり、左側の強盗はイエスを誹謗することによって悪の側になったのです。特に右側の強盗は左側の強盗に対してイエスを擁護し、左側の強盗を終わりまでいさめました。このようにして十字架は神とサタンの対決の決戦場にあり、すべての問題の解決の焦
点になりました。
道であり真理であり命であられるイエスが、十字架にかけられ、その苦痛の中でも怨讐を愛しながら、両側に善と悪をおのおの従えたのには、非常に深い摂理の意義があるのです。
そこには神の愛を中心とした、和解の原理、統一の原則が含まれているのです。それは、善の側と悪の側の対立をはじめとして、すべての種類の対立、闘争、衝突はもっぱら犠牲的な愛によってのみ和解され統一されうることを見せてくれるのであり、いかなる困難な状況下においても神の愛を実践することができればこそ、罪人を悔い改めさせうることを見せてくれるのです。
そしてまた十字架を中心とした左右の強盗は、遠い歴史的終末点において、現実的な善悪の対立として結実する種子の立場でもあることを理解しなければなりません。善の側の右翼と悪の側の左翼という名称が今世に現れたのも、イエスの十字架に起因するのです。 今日の善の側の自由陣営と悪の側の共産陣営の出現を、すでに二〇〇〇年前に十字架を中心として見せてくださったのであり、のみならずこの左右の強盗の対立は、その後の数多くの対立、闘争の原型ともなったのです。今日の左翼と右翼という名前の歴史的起源は、実に十字架の左右の側の強盗にあったのです。
ところで特に右側の強盗は、命を懸けて左側の強盗に対抗しながらイエスを証し、そのために死んで復活し楽園に行きました。同じく今日右側の強盗と同じ立場の右翼の代表である米国が、左側の強盗に該当するソ連に対して、最後まで強力な態度を堅持していったならば、ついに神の公認を受けて地上天国に入ることができることを見せているのです。
ところで十字架上の善の側と悪の側の対立として象徴される、現実のすべての対立と闘争の状況は、韓半島の現在の休戦ラインがそのまま集約的に表しております。ゆえに南北が分断された休戦ラインは、世界の分断の摂理的な代贖のための民族的十字架なのです。ここで韓国は十字架のイエスに該当し、再臨の基地でもあります。神はなにゆえこのような摂理をなさるのでしょうか? 神がこの民族に十字架を負わせたのは、この民族を召命するためです。長い間、天を崇拝し道義精神と平和精神をもって長い試練に打ち勝った受難の民族であり、善の民族であるために、召命されるに至ったのです。
すべての難問を解く絶対真理
そして終末に、人類を救うための摂理史的な祭物になったのです。数千年間、苦難の歴史を越えてきた韓国は、最後に人類救済の祭物になって、分断という世界史的な十字架を負って、あらゆる試練に打ち勝っております。祭物として召命された民族であるために、摂理の焦点が韓国におかれているのです。
これは韓民族として栄光の恩寵であると同時に、最も恐ろしい重荷であることを理解しなければなりません。祭物である民族としての責任を果たすとき、最も栄光ある祝福を受けるようになりますが、責任分担を果たせないとき、最も過酷な不幸に襲われるからです。
二〇〇〇年前のユダヤ民族は責任分担を果たせなくて、歴史を通じて大きな不運にさらされてきたことを私たちは知っております。民族に担わされた摂理史的な祭物の使命を果たすためには、愛の実践と同時に神の真理を知らなければなりません。イエスは愛を中心とした実体としてのご自身を、道であり真理であり命であると言いました。イエスは愛と真理の実体として十字架にかけられたのです。これは善の側と悪の側を和解させ怨讐を悔い改めさせるのに、愛とともに真理が必要であることを意味しているのです。
真理とは、世俗的な真理でなく神の愛のみ言をいいます。神の真理は一定の摂理的人物を通じて、啓示として、地上に伝達されるのです。神の真理は絶対真理です。絶対真理は万能のかぎと同じであって、この真理を適用するとき、いかなる難問題も解けるようになります。
私は以前から長い間の祈りと瞑想の生活を通じて、ついに実在する神に出会い、この絶対真理を受けてきました。それは全宇宙と人生と歴史の背後に隠されたすべての秘密を明らかにした、驚くべき内容でした。
共産主義の悪を諭し包容する
この内容を社会に適用すれば社会的問題が解かれ、これを世界に適用すれば世界的問題が解かれるのでした。のみならず、宗教や哲学の未解決の問題も解かれるのです。特にこれを共産主義理論の批判に適用したとき、共産主義のすべての虚構が白日のもとにさらされると同時に、共産主義に対する代案も立てられるのでした。
これはいまだかつてなかった新しい人生観であり、新しい世界観であり、新しい宇宙観、新しい摂理観であり、新しい歴史観です。これはまた、すべての宗教教理や哲学の特性を生かしながら全体を一つに包容する統合原理でもあります。私はこの思想を統一思想または神主義と名づけ、世界的に統一運動と勝共運動を展開していますが、この運動は現在、燎原の火のごとく広がっています。
以上、すべての対立の和解と統一のためには、神の愛の実践と神の真理が必要だということを明らかにしました。
休戦ラインを境にして善の側と悪の側に分かれた韓民族は、善の側の真理で悪の側の思想の誤りを諭しながら、愛でもって抱いていくならば、統一は必ず成し遂げられるでありましょう。
国境を超えた世界愛が天理
ここで私は愛に関して、もっと具体的に説明することにいたします。愛とは相対のために与えることを意味します。愛とは相対があるところに成立します。愛は相対から来ますが、「為に生きる」ところに真の愛が成立します。相対のない愛は存続することができません。
自己のためにするのでなく、相対のためになすのが愛です。すべての被造物は「為に生きる」よう創造され、ために存在します。人間のみならず、動物、植物、鉱物もために存在します。原子の世界もために存在し、日月星辰の運動もすべてためにする運動です。
人間の男性は肉身の構造から見て女性のために存在し、女性もまた身体構造から見て男性のために存在します。同様に、父母は子女のために存在し、子女は父母のために存在します。「為に」の原則は学校、職場、国家においても同じです。しかしその「為に生きる愛」は国家の枠内でとどまってはいけません。国民は国境を超えて世界を愛し、さらに進んで世界的怨讐までも愛さなければなりません。
全宇宙のすべての個体は「為に」存在し運動しております。ゆえにために生きる愛の道理は、天道であり天理なのです。いくら困難の中にあっても愛の道理を実践すれば、宇宙的な力が彼を助けて彼は決して滅びることがなく、いくら快適な中で生活していたとしても、この「為に生きる」道理を守らなければ早晩、衰退するでしょう。逆天者は滅び順天者は存するという言葉は、この天理のことをいうのです。
民族的十字架を背負った韓民族が、統一の達成がいくら難しいとしても、難しければ難しいほど真理の中心と一つになった中で、天道に逆らうことなく、「為に生きる」生活を、個人で家庭で社会で国家で営み、国際的に拡大していくならば、間違いなく韓半島の統一はもちろん、全世界の救済の道も早められるでしょう。それは韓国に摂理の焦点をおいたみ旨と一致するからです。
南北統一が早められるばかりでなく、この方式が一つの公式になって、全世界も同じ公式に従えば、この愛と真理の運動の前に、世界のすべての難問題は解決し、初めて人類は長い間の不幸と混乱の悪夢から解放され、ここに永遠の幸福と平和が訪れてくるでしょう。
歴史を通じてだまされてきた祖国は、神に頼る以外に方法がありません。それで私と統一教会と勝共の同志たちは、これまで、外国の地で世界的な勝利基盤の造成に全力をささげてきたのであり、その固められた勝利の基盤を韓国に連結させて、韓国をして世界に跳躍しうる契機とさせることを願って、このたびこの国に帰ってまいりました。
特に韓国の勝共の皆様、世界の勝共運動の先頭に立ってくださるようにお願いします。どうか連結された国際的基盤を強固にし、大韓民国とともに世界の手本となってくださることを祈ってやみません。
終わりに、皆様の家庭と私たちの祖国と世界に神の祝福が共にあることをお祈りいたします。ありがとうございました。
全国大学教授学生南北統一運動連合創設集会・南と北が共に生きる道
南北統一と世界平和への道
全国大学教授学生南北統一運動連合創設集会
南と北が共に生きる道
1986年10月11日 韓国・ソウル
この講演で文師は、真の愛をもって「共に生きる」運動を展開するよう呼びかけ、「私たちの中に『真に共に住みたい』と言える心を蘇生させることができないなら、南北統一運動を提唱すること自体が、歴史的批判を受ける一つの偽善行為になるのです」と訴えられました。これに関連して、同年十一月八日、九日には「第一回南北統一全国大学学生大会」を開催。八日には講演とフェスティバル、九日には体育大会とマラソン大会が行われ、教授と学生が一体となった新しい学生運動がスタートしました。
「全国大学教授学生南北統一運動連合」創設会員として、今日お集まりになった多くの教授、および学生の皆様に感謝申しあげます。
私たちが今まで活動してきた内容を簡単に振り返ってみますと、一月二十四日、ソウルに教授の皆様が集まって、新しい決意をして対社会活動を始め、二月十七日から三月三十一日までは対社会講演という、驚くべき歴史的な快挙を成し遂げました。
それから四か月後には、世界の大学者を中心として、日本および欧米の教授の方々と皆様が協力して、韓国で全国巡回講演会を行ったという事実は、世界を超えて歴史における記念すべき一つの記録となるものです。
さらに、このような活動に、高名な学者の皆様がその背後の事情を越えて、先頭に立ってくださったということは驚くべきことであると思います。そのような意味から、本日は皆様方に厚くお礼を申し上げます。
「共に生きる」思想が必要
「全国大学教授学生南北統一運動連合」という十六文字でかなり長い名称ですが、今後は教授の皆様方が、簡単で分かりやすい略称をつくってくださることだろうと思っています。この集まりに対して、私は多くの期待を寄せています。
皆様もご存じのとおり、私は間もなく七十歳になります。数え年で今六十七歳ですから、あと三年で七十歳です。七十歳の老人が社会の先頭に立って何ができるでしょうか。学者の世界でもそうでしょう。このごろ、定年は何歳でしょうか? 五十五歳ですか。六十五歳以上を過ぎて、ある団体の先頭に立ったり、社会の指導的な位置に立つと糾弾されることにもなりかねません。私も定年で退くべきであるにもかかわらず、今晩もまた仕方なくここに出てきて、高名な教授の方々の前でお話しすることとなり、大変申し訳ありません。どうぞ寛大に受け入れてくださることをお願いいたします。
私も一生の間、多くのことを語ってきましたが、教授の皆様もやはり教壇で学生を教えてこられた当事者でありますから、今まで多くのお話をしてこられたことと思います。そのような皆様の前で話す内容は、順序正しく組み立てられていなければいけないし、原稿を用意して語るべきだという考えもあるでしょうが、私は今晩そのような枠から外れて話したいと思います。皆様「ポンポクトック」(注:穀物の粉にかぼちゃなどを混ぜてつくった韓国の餅)という食べ物をご存じでしょう。それは見た目はまずくとも、おいしいものです。ですから、今晩はそう思っていただいて、時間がある限り、感じたままを話してみようと思います。
大体話の骨子からタイトルをつけますと、「私たちは、真に共に生きたい」という内容です。タイトルがおかしく感じられるかもしれません。「私たちは、真に共に生きたい」。では、このような内容での話をいたします。
皆様方で、家庭を持っていない人はおられないでしょう。家庭があれば、まず父母に仕え、父母を中心として、その次は妻子を率いる生活をするようになります。私たちはそのような家庭を中心として生きているのです。
それでは、真なる意味において「私たちは、家族と共に生きたい」と言える人がどのくらいいるでしょうか。さらに、私たちの大韓民国を中心として考えてみたとき、一人の主権者を親代わりの代表として仕えて、全国民が「私たちは、あなたと真に共に生きたい」と言える、国民あるいは国家の指導者がどのくらいいるでしょうか。また問いの範囲を世界的に広げて、この世界にある中心存在が決められたとしても、「私たちは、彼と真に共に生きたい」と言える世界が、果たして可能であるだろうかということが問題なのです。
家族の心を占領する孝子
さらに一歩進んで、大宇宙を創造した神がおられるとしたら、神と今日のすべての被造世界はもちろん、過去、現在、未来の人間がみな「私たちは、真に共に生きたい」と言えるそのような世界になることができるでしょうか。これが一つのなぞであり、人生の命題であり、また私たちが宿命的に望んでいる希望ではないでしょうか。
では、そのような命題において、再び自分自身に戻ってみて「私は家族と共に住みたくない」と思うことがあれば問題なのです。「あなたは父母と身内に仕えたいと思いましたか?」と尋ねられたとき、「生まれてから死ぬまでの生活と生涯路程を通して、そうでした」と答えることのできる家庭があるとしたら、その家庭は世界的な模範として追慕され、記念されるべき代表者となることでしょう。
父親であれば父親として、母親であれば母親として、父母がそのような生活の中心になって共に生きる家庭は、本当に幸福な家庭ではないでしょうか。自分とは直接に関係のない問題のようですが、これは私とあなたとの生活舞台に必然的な運命として受け入れなければならない現実問題です。このような運命的な生活を営んでいく自分自身が、それに対して責任を取ることのできる資質を備えているかどうかということは深刻な問題です。
十人の家族と一緒に住んでいる場合、十人の家族みんなが「彼は真に共に住みたい人である」と言うならば、その人は十人の家族の生涯路程において、忘れられない尊敬と追慕の対象になるのです。その人が兄であれば兄として、姉であれば姉として、父母であれば父母として、家族の心の深い所を占領できる主人公ではないでしょうか。
ですから、家庭では孝子を願っています。孝子というのは何かというと、「父母と共にいつまでも住みたい」と願う子供なのです。では、生きる時には何を中心として生きるのかといえば、ここでの共通分母は、すなわち父母を愛するということです。万古の歴史がどんなに変わるとしても、これを除いて変わることはありません。歴史も、この共通分母を中心として変わろうとするのであり、これを否定しつつ変わることは願わないのです。ですから孝子の伝統を受け継いだ人は、家庭から願われる人、すなわち共に住みたいと願われる人です。また、私たちの五官の感覚と深い心情の内面からも、共に住みたいと願われるそのような人ではないかということです。
聖人は神と一致して歩む人
さらに範囲を広げて、国を中心として考えてみましょう。愛国者はなぜ必要なのでしょうか。一体、愛国者というのは何でしょうか? 主権者とその統治下の国民がいる場合、国民と主権者は切り離そうとしても切り離すことができない、捨てようとしても捨てることのできない関係になり、真に共に生きたい理想に向かってお互いに努力しながら生きるとき、国を愛するということは自然に実践されるでしょう。国家という共同体を中心に、主体と対象の関係で分けようとしても分けられない、永遠に共に生きたいという心を持って生活する代表者が、すなわち愛国者なのです。心の中に主権国家の意思と願いと誇りを持って生活するそのような人にこそ、愛国者という称号をつけることができるのではないでしょうか。
もう少し範囲を広げてみれば、私たちの歴史上には聖人たちがいます。聖人とは一体何かというと、全部が宗教の教祖たちです。例を挙げれば、釈迦、イエス、あるいは孔子、マホメット、それら四大聖人がみな、神を中心として教祖の役割をして、聖人という称号を持っています。では、その教祖たちが持っている内容は何でしょうか? それは神がおられるとしたら、その神と共に住みたいということです。神を知って、神によって治められる人類が存在しているという場合に、その人類と共に住みたいと願った人々が、すなわち彼らです。「私たちは、真に共に生きたい」と、代表的な生活と生涯の路程をたどっていった人たちが、彼らではないでしょうか。
さらに、統一教会では聖子ということを言っています。キリスト教で言う、聖子にならなければならないということです。その聖子とは一体何でしょうか。その前にまず聖人とは何かを考えると、彼ら自身が神をはっきり知っていなければなりませんし、人格的な神として私たちの生活と理想の象徴になる、具体的な内容をよく知っていなければなりません。万有の根本存在であり、万軍の主として、すべての主権者の総帥の立場にあるのが神です。神こそ天宙の中心存在としてあられ、そこには天法があると同時に、その王宮の法度があるはずです。そうではないでしょうか。
聖子とは、もちろんその天法を中心としてすべてを履行するということは言うまでもありませんが、王に仕えるということにおいて、王宮の法度どおりの生活をしなければなりません。王宮の法を中心として生活しながら、ついには法度を超えたところで王と共に永遠に住みたいと願い、王もその息子なしには生きていけないくらい、永遠に共に住もうといえる立場に立った人こそ、すなわち聖子なのです。
ではこのように、人間はいかに生きるべきか、あるいは私たちの人生航路はどう行くべきかを考えてみたとき、孝子が行く道、忠臣が行く道、聖人が行く道、聖子が行く道には共通の根本的骨子があるはずです。すなわち、それが永遠に共にいたいと願い、共に生きたいと願う心なのです。上下、前後、左右を問わず共にいたいし、昼夜を超えて、生涯を超えて、共に住みたいと願う心に満ちあふれた生き方ではないかという結論に至ります。それでは、このことを俗世の人間から離れて、聖人と呼ばれる人たちに聞いてみてはどうでしょうか。
例えば、お釈迦様のような方に「あなたが今まで二五〇〇年の歴史を通して仏教を広めてこられたその目的は何でしょうか。万民と共にお互いが離れられない存在として、歴史を超えて共に生きたい道理を広めるためだったのではないでしょうか」と尋ねたなら、お釈迦様は間違いなくそうだと答えるはずです。また、イエスに「あなたは二〇〇〇年の間、キリスト教を通して世界文化圏を指導する歴史的基盤をつくるほどに偉大な貢献をされましたが、世界万民にこのように布教することによって何を成したかったのですか」と尋ねれば、「お金をたくさんもうけてある団体をつくったり、国をつくるためだ」と言うでしょうか。答えは簡単です。「私はあなたと真に共に生きたかった」と言われるはずです。また、孔子も同じです。「あなたは儒教という教えをもって、このアジア世界に何を願いましたか」と尋ねれば、「アジアを超えて世界の人々まで、宇宙の本体である方がおられるとしたら、その方と共に生きようと願っただけです」と答えるに違いありません。それは、回教の教祖であるマホメットに尋ねてみても同じでしょう。
さらに、神がおられるとしたら「全知全能であり無所不在の方として、一体あなたの願いがあるとしたらそれは何でしょうか?」と尋ねることができるでしょう。ではその神はお金が必要でしょうか、知識が必要でしょうか。神も必ず、きょう申し上げたこのタイトルのように「私たちは、真に共に生きたい」と言われるはずです。「真に共に住みたい」。これは、小さな個人から国家を超え、世界を超え、そして大宇宙を超えて、人格的な神が存在する世界圏内共通の答えになるでしょう。
学校内の関係も愛を基調に
以上のように考えてみたとき、多くの教授の皆様が教職員の一人として勤める大学にも、上下の関係があります。まず理事会の役員と学生がいます。そこで「私は真に理事会の役員と共に、あるいは私の学生と共に生きたい。あなた方は願っていないかもしれませんが、私はこのように生きたいのです」と言える教授がいたら、たとえ彼の知識が足りなく、多くの短所を持っていたとしても、彼こそ教授の中の教授ということができるでしょう。また、「先生と本当に共にいたいし、共に生きたい」と言える学生がいたら、彼は真の学生です。そして、理事会の役員の中で「私は教授、学生たちと共に生きたい」と言える人がいたら、その人はその学校をだれよりも愛する代表的な存在として恥ずかしくない人です。
ではこのような共に住みたいという、その内容の共通分母は何でしょうか。それは権力ではありません。権力は歴史を超えることができません。権力は一時的なものです。それでは知識でしょうか。知識の世界は発展するではありませんか。皆様は知識の世界で、その学問と共に永遠に生きたいという心になりますか。私たちが共に生きられる道は知識でもないし、お金でもないのです。
このように考えたときに、上下、前後、左右を問わず、過去、現在、未来の時間性を超えたところで共通的に認められる一つの分母は何かというと、それが、すなわち愛なのです。ですから孝子とは、家庭で父母を真に心から愛しながら生きる人であり、また愛国者とは、国を真に愛しながら生きる人であり、聖人とは世界万民を真に愛する人であり、聖子とは神を真に愛しながら生きている人なのです。したがって、いくら山の中にただ一人座っていたとしても、愛国者の心と同じように民族と共に生きることを願い、民族が試練に遭っている時には、その試練を私の試練、私の痛みとするのです。また喜びがあるとすれば、それはただ流れていくのではなく、永遠に我々全体の喜びとして残っていくべきだ、と決意できる真の心情の基盤が問題なのです。
今日皆様は、私が何を話すつもりなのかと気になったかもしれません。宗教の指導者なので、聖書の話や説教を期待していたかもしれません。しかし今日の、以上のような話の内容から見て、レバレンド・ムーンとは一体どんな人なのでしょうか、何をする人でしょうか?
レバレンド・ムーンという人は、今日統一教会の創始者として、既に世界的な宗教家としても問題の人物となりつつありますが、統一教会の会員たちと文なにがしとはどのような関係なのでしょうか? それは簡単なことです。「あなたと私は、真に共に住みたい」、「真に共に生きたい」と願う、正にそのような心情のきずなであるといえるのです。既に私は六十歳を過ぎたので、もう定年退職で退こうとしても、みんなが「ついていきたい」と願うのです。そのような紐帯関係が、個人を超え、家族と氏族圏を超え、民族圏を超え、世界を超えて、統一運動の背後に形成されているのです。
子供よりも痛みを感じる親
世界的に著名な学者がいれば、彼も「愛する弟子たちと共にいたい」と願い、弟子たちも神にかけて、また自分の職場と家庭にかけてでも全体を代表して「あなたと離れては生きられない」と言うような大学者である場合、いくら苦しい条件のもとにあっても、彼は決して不幸な人ではありません。そこで初めて、幸せな教授として存在できるということです。皆様、心の世界の生活において、このような内容を測定することができなければなりません。
愛国者と孝子の道、聖人の道に従っていくとすれば、聖人にはなれないとしても、その生き方に似た追従者にはなれるのです。さらに、自分が聖子を追慕できる内なる人になっているかどうかという場合、その共通分母になる内容は、真の愛それしかありません。親のわが子に対する愛、これは真理の中の真理です。子供が喜べば、その子よりももっと喜ぶのが親であり、子が悲しめば、その悲しみと痛みを、本人よりも一層深く感じるのが親の立場ではないでしょうか。
以上のように考えてみるとき、家庭の中で真理を代表する立場が親の立場であるように、真の主権者、あるいは善君の場合も同様です。そして、万民と共に歴史や時代を何度越えてでも共に生きる道理を成し遂げたいと願うのが、聖人の立場です。さらに、神の天理の精髄も、万有存在と共にもっと深く、高く、広い所で共に住みたいのです。そこは、よしあしを超越した所です。そのような愛を分母にした因縁の世界こそ、あなたと私が真に共に住みたい幸福の基地ではないでしょうか。
高名な先生方の前に、今晩このことを提言いたします。ですから皆様、自ら愛国者になる前に、愛国者ぶって人を批判してはいけません。聖人の道理に立てる心情的な愛のきずなをもたずしては、聖人の道理を論ずることはできないのです。なぜかと言えば、それは見せかけのものであり、二重人格者になるからです。
北韓の同胞と共に住みたい
大韓民国の国民が一つになることを願い、南北を一つにしたいと思うあまり、結成されたのが「南北統一運動連合」です。社会的な名分も持った立派な名称で出発しましたが、それでは皆様は北に行って、北韓の同胞と共に住みたいと思いますか。解放四十年という歳月を経るこの間に、皆様はどれほど北韓のことを考えてみましたか。雨が降ろうと、雪が降ろうと、彼らと共に住みたいという慕わしさが、皆様の心にどれほどしみ入っているでしょうか。
私の場合は、故郷が北韓にあるからですけれど、慶尚南北道や全羅南北道の人々には、北韓は遠くの他国のようにも考えられることでしょう。しかし私たちの中に、「真に共に住みたい」と言える心を蘇生させることができないなら、南北統一運動を提唱すること自体が、歴史的批判を受ける一つの偽善行為になるのです。この運動を主張する提唱者として、私が一番心配するのはそのことです。知らない人は許されるし、恥を免れる余地があります。しかし、大宇宙の天理の前で、皆様はどんな立場にいるのでしょうか。
今日提示された内容を中心として、皆様は責任を遂行しなければなりません。南北統一運動に共に参加しようとする皆様の心は、このような話を忘れようとしても忘れることができないし、逃げようとしても逃げることのできない自分であるということを発見して、悩み始める状況がこれから現れるはずです。もしそうでなければ、今日のこの集まりは、むしろないほうが良かったのです。
父母と永遠に共に住みたいですか。いくら父母を愛しても、国のない所で父母と共に住むことは不孝です。また、いくら偉大な愛国者になって国を愛し、君主に仕えて生きるとしても、聖人の道理と通じない愛国と愛国者の道はふさがってしまいます。いくら聖人の道理に従ったとしても、聖子の道理、大宇宙の法度を中心として神様の法度を通過しなければ、神の王宮からは歓迎されないのです。
このような意味から、今日私が提唱する「統一」というのは何でしょうか。「統」という文字は、「統べる」という意味です。「統べる」とは、主体性を中心として、素直に従ってこられるようにすることであり、統一ということです。では、家庭を統一する主体はだれでしょうか。それは孝子ではありません。孝子の熱い涙を慰めることができ、深い歓喜をもって褒めたたえることができる愛を持った父母が主体になるのではないでしょうか。
愛国者のさまざまなる悩みを理解して、彼の悲惨な過去をただ過ぎ去った個人の歴史としてではなく、それは私のことであり、わが国民のことであり、わが国の主権者のことであると、褒めたたえることのできる人が、正に国の主体になるのです。世界の大統領がいるとしたら、彼とてもやはり同じです。
大宇宙の主宰者である神がおられるとしたら、その神はどんなかたでしょうか。それは夜であろうと昼であろうと、人間に苦しみがあるとき、その苦しみを強く痛感しながら、人間の喜びをも、千年万年の歴史を越えて一緒に保ちたいと願う心情の所有者です。歴史が変遷し、世界の次元が変わっても変わることのない、そのような主体者をもった相対者はどんなに幸せでしょうか。
教授の皆様の家庭で、皆様自身がそのような主体者になっていないとすれば、どうかそのような主体者と共に、相対者として永遠に住みたいと言われる人になってください。いくら周辺が混乱し、難しい環境であったとしても、そのように生きる人は、個人的にもまた家庭的にも幸せな人です。私の周りにいくら混乱した環境破壊の歴史が訪れてくるとしても、主権者と国民のために天理を見つめ、未来を眺めながら、そこでお互いに一つになろうとする心情のきずなを持って生きる人がいるとすれば、彼は国の前に恥じることがないだろうし、国民の前でも恥じることのない堂々たる存在となるはずです。聖人の道理も、それと同様の内容ではないでしょうか。
では今日まで、レバレンド・ムーンが世界的に問題を起こし、そのすべての複雑多岐な環境を経ながらぶつかったり押したりしましたが、その多くの難関を越えることのできた力の根源は何でしょうか。北韓に行くその日に、真に歴史時代の中でだれも持つことができなかった民族のための愛の心情を持って、この国と永遠に共に生きたいという心を、歴史を代表して、時代を代表して、誇ることができるか、ということをいつも自分自身に問いながら歩んできたのです。そのような自覚した自らをもって、環境的に難しい地に入って、まずぶつかってみるのです。そこで、「あなたが真なるものか、私が真なるものか」と考えてみるとき、それは何が基準かといえば、その国に何を残したいのかということなのです。
天理の道に従った生涯
真の心情の因縁として、真の人を残すべきです。では真の人とはどんな人でしょうか? 知識を先に立てる人や、権力を先に立てる人や、金を先に立てる人などを残そうとはしないのです。必ず、愛を持った人を残そうとするはずです。私はそのために生きてきました。そのようにして韓国ではもちろん、世界各地でありとあらゆる苦痛と迫害を受けながら、滅びることなく発展してきました。世間の無理解ゆえに迫害を受けるときは、すでに私たちの苦しみを先頭で受けている神がおられることを知っていましたから、自分の悔しい事情など問題ではなかったのです。
アメリカ人たちが私をダンベリーに送ったときも、彼らにとって韓国という国は眼中にありませんでしたし、いつでも彼らの思いどおりにできる国だと思っていました。アメリカの果てのアラスカ州ほどにも思っていなかったのです。彼らの評価の基準において、韓国は取るに足りない国ですが、私と十四年という歳月を共にしてからのちは、私を白い目でにらんでいた多くの人々が、隠れて涙を流すという状況が現れ始めたのです。それは力でできたのでしょうか。知識でできたのでしょうか。金などでできたはずはありません。永遠に残る歴史の発展要因として、玄妙な調和を引き起こすことのできるただ一つのその力こそ、真の愛なのです。
真の愛とは、一体何でしょうか。それは、今日の話の「私たちは、共に住みたい」という心であり、その生活なのです。「私はこんなにもあなた方のためにやっているのに、あなた方は逃げていくのですか」と、あの山を遠く越えて逃げていく彼をしのびながら涙ぐみ、幸福な春の日が来ることを祈って、彼のための心情のきずなを絶たずに生きている人は、不幸な人ではありません。私たちはそのような人になるべきです。そのようにして生きて、この大韓民国の一番難しい問題や、アメリカの最も大きな難題を抱えつつ、「あなた方の苦しみと悲しみの根源に私が責任を持って、あなた方以上に涙する心の道、実践の道を探してみよう」というのが、レバレンド・ムーンの主義なのです。
一言の言葉でも共に交わしつつ、悲しいことがあったら共に悲しみ、良いことがあれば共に喜ぶのです。夜十二時が過ぎて、一時、二時になるまで共に過ごすのも普通なのです。妻が「もう七十歳近くになったのに大丈夫ですか」と私のことを心配しますが、天理の道がそうなのですからこの道に従っていきながら、この道で倒れてもよいと思っています。
儒教的な伝統では、父母が死ぬと三年間喪に服しながら孝子の道理に生きますが、そのような形式的なものが何の役に立つのでしょうか。それよりも真に共にいる心情の道理を、生活過程の中でどれほど残すかということが重要な問題なのです。
北の悲惨さに心痛める
皆様方がある一門(注:韓国では「門中」=同姓での縁のある間柄)の家に行くと、「ああ、教授様が来た」と褒めたたえられるでしょう。一門の先祖たちは自分の子孫が立派になり、幸福になることを願うはずです。しかし、一門が栄えるためにはどうすべきかが問題です。そのような道は何かというと、一門を代表する父およびその息子自身が一門のために生き、昼夜に「この一門でなければ生きられない」と言えるほどの、愛の主体者にならなければなりません。そうなれば、その一門は自然に栄えるのです。そうなると、飛んでいる鳥も、教授の方々の門前に来て昼食を食べていくようになるでしょう。飛んでいる鳥や地上の動物も「私たちも共に住もう、共に生きよう」と言える、心の主体者を求めているのです。家で飼っている犬もそうです。犬も主人が自分と共に生き、かわいがってくれれば、朝に夕にいつでも「ワンワン」とうれしがってついてくるではありませんか。
統一は、どこから始めるかが問題です。南北統一はどこから何をもってなすのでしょうか。腕力でしょうか。力で屈伏させると、後で相手の力が強くなったとき、また戦いが起こります。そのような方法では、統一は成し遂げられません。一言で「南北統一運動連合」と言いますが、それはどんなに難しいことでしょうか。金日成をどのようにすればよいのでしょうか。
皆様は今、南韓に住んでいますけれど、北韓に住んでいる彼らと真に共に住みたいという心、一つにならなければならないという心を持ってこそ、統一の道が開けるのです。北韓があんなに苦しいのは、金日成が独裁政治を行って閉鎖社会をつくってしまったからです。その事情を知れば知るほど、その統治下にいる人たちはどんなに悲惨なことかしれません。共産主義は敵ですが、彼らは敵ではありません。北韓を望みながら胸がつまって、惨めに暮らしているわが同胞のために涙ながらに「あなた方の苦しみと共に生きて、解放の一日を準備してあなた方の前に現れます」と誓いつつ、統一のための実践運動がここにおいて展開されるならば、北韓に行ける日も遠くないのです。
今日、世界の統一教会の会員たちが、釜山の「ボンネッコル」を聖地に決めて、巡礼しています。三十余年前、猫の額ぐらいの小屋で暮らしながら、青年会員の一人が肖像画を描き、それを私が横で片づけたそのとき使った小さいテーブルがまだ残っています。なぜその小屋を見て、会員たちが悲惨であると感動するのでしょう。それは、二十世紀の終末の思想的な没落を予測して、その時代の混乱と塗炭の惨状に涙ぐみ、彼らの苦しみを背負ってあげることのできる価値と生活内容を持って生きようという信念が、ここから出発したからです。
皆様、学者も知識のみの授受が重要ではなく、勉強しながら苦労したすべてのことを、愛するすべてのことがらを共に感じ、共感できる情の交流が必要なのです。情の交流なしに、その学者に会ってみて何をするのでしょう。世界的な大学者に会って、一体何をするのでしょうか。あなたはあなた、私は私ではなく、彼に会えば涙が出て我知らずひざまずくほどの、苦難の中で共に生きる知的な探究生活の同伴者としての態度が、その裏面に存在すべきではないでしょうか。
私が「世界平和教授アカデミー」を設立して、ありがたく思ったことの一つは、私がダンベリー刑務所にいた時、李恒寧博士と何人かの方が訪ねてこられたことです。李恒寧博士は、私を見るなり目にいっぱい涙ぐんで挨拶をされたのです。李恒寧博士という方は一体だれかに頭を下げるような方でしょうか。割竹のように世の中に自分以上に偉い者はいないといえるそのような人が、その目に涙して……。私がいなかったら、きっとポロリと涙を落としたかもしれません。私がたとえダンベリーの刑務所の中にいても、私の悲しみがその方たちの心の深い所へ、その方たちの悲しみとしてつながり、私の喜びがその方たちの喜びとして芽生えているというこの事実は驚くべきことです。レバレンド・ムーンに誇りたいことがあるとすれば、正にこれを誇りたいと思うのです。
個人の名誉は流れていくものです。一時代を過ぎ去るしかありません。歴史を超越してその場に通じることのできるものは、別のものです。父母のお墓が十年、二十年を経て、土さえ薄くなってなくなってしまっても、真の孝子は、平地になったそのお墓を抱いて身もだえしながら泣くのです。慟哭するその原因はどこにあるのでしょうか。歴史は過ぎ去り、数十年の生涯がたっても、だれも引き継ぐことができない心情の深い骨髄を引き継いで、今日の現実に生きて動く力として爆発することができるのは事実です。一〇〇〇年前にも、一〇〇〇年後にも、その行く道をふさぐことができないほどの内に燃える力が存在している所はどこでしょうか。それはここ以外にないのです。それは何でしょうか。
涙しキリスト教の没落防ぐ
大韓民国の既成教会は私に対して四十年間反対し、アメリカの教派全体も反対してきました。しかし、反対される私の本心は、彼らをお兄さんの立場から、あるいは親の立場から、神の代身の立場からその未来を心配し涙してあげることができたのです。そのような人がいたという事実がキリスト教の没落を防止し、希望の世界に向かって新しい突破口を探し出すことができる一つの因縁になったということを、そこまでは分からなかったでしょう。しかし、今やアメリカの牧師たちが韓国へ訪ねてきて、統一教会の足跡をたどりながら、感激の涙を流すという現象が起こっています。その人たちは何のために韓国を訪ねてくるのでしょうか。あの釜山のボンネッコルの聖地で、なぜ共に熱い祈祷をささげることができるのでしょうか。
私が釜山で暮らしていたあの時は、「六・二五動乱」の直後で、最も悲惨な避難民という身の上でしたし、服は米軍のポケットの多い作業服を着ていました。下は韓国服のズボンに腰帯を結んで、靴は古いゴム靴でした。そんな姿をして聖地に座って、「あの大海を渡って、心から期待する心情のきずなを探すために、あの国へ行って種をまこうと思います。氷山のようなこの世界の中に、真の愛の父母はどこにいるというのでしょうか?」と祈りました。釜山の遠くの海を眺めながらそのように祈ると、神はよく私に冗談を言われました。「ああ、君見てごらん。これから世界はこのようになるんだよ」と言われて、大きな商船に私を乗せて、多くの群衆が歓呼するそんな夢みたいな場面を見せたりして、慰めてくださいました。
そのように、神が私のような人間を中心として環境を超え、時間と距離の隔たりを超えて、今日の現実の中で私を慰めてくださっているという事実は、何を意味するものでしょうか。「ただ、あなたと私と、真に永遠に共に住みたい」というその願い、神だにこれを求めているのではないでしょうか。そのためには神も威信を捨てて、すべてのものを投入するのです。自らのすべてのものを全部犠牲にしてでも、これだけは成し遂げようとされるのです。
そのような天理に従ってすべてのことをささげて生きながらも、四十年間絶えず反対され続けてきた統一教会は、世界的な基盤を築きました。今や、あまりにも有名になって私は困っております。ですから、博士の皆様方にこれを分けて差し上げたいのです。皆様方に分けて差し上げるその道は、ほかでもありません。
統一教会の文なにがしのジェスチャーだとか、話だとか、知識などは何も学ぶ必要はありません。ただ一つ皆様方に差し上げられるプレゼントとは、皆様が学ぶことがあるとすれば、「あの人たちと共に住みたい」と願う、この心です。この世の中だけではなく、あの世に行ってもです。
それで私は、白鐵博士が他界したことを非常に残念に思っています。私も向かい合って、本当に涙のこぼれる話をしたかったのに、もう霊界に行ってしまわれました。今でも韓国に来るたびに思い出します。「私がしてあげるべきことができなかったなあ。兄弟以上の勧告をし、父母以上に忠告のできる立場に立って、永遠に苦楽を共にする心情世界を求めていける同志だったのに、私はそのような話ができなかったんだなあ」と、このように思っているのです。
金や知識より心が大切
レバレンド・ムーンの生活哲学は、特別なものではありません。ある村へ訪ねていけば、私はその村の歴史と共に生きたいのです。おじいさんに会えば、夜を明かしながら過去の話をよく聞いてあげます。その次はその時代と現実について、眠らないでよく聞いてあげるのです。「未来の希望は何ですか」「どのような心配がありますか」と尋ねながら、その村、その家庭の未来に対して二人で話をすれば、その後は自分の息子や娘、あるいはその村の有名なだれよりも、私と向かい合って話したくて共に住もうとするのです。
そのように生きてきて、今日、私は世界的な人物になったのです。もちろん行くべき道はまだまだですけど――。これから統一を成し遂げるには、知識とか力だけをもってしてはできません。だからといって、これらが一切いらないと否定するわけではありません。全部必要ですがそれよりもまず、その知識世界の専門分野につながっている目上の人とか、目下の人と共に住みたいと願う心がそれ以上に重要であるというのです。その心がなければすべては偽物です。
世界的な学者がいるとすれば、その方は学問分野の体系を整え理論を立てるためにどれほど苦労したことでしょうか。私たちはそのような谷をかき分けながら、涙とともに骨がにじみ出る心情をもって本を読み、彼の苦しみを私のものとして感じ、その人の本を手にしても、涙ぐんでありがたいと思える心が必要です。
皆様は、学生をどれほど愛したことがありますか。自分の骨に深くしみ入って忘れられないほどその学生を引き止め、寒さを冒し、苦難を冒し、体面を冒してでも「君と私とは離れることができない心情のきずなを持った師弟の関係だ」と堂々と言えますか。これが問題なのです。また夫として、妻に対しては「あなたがそこに行けば、私もそこへ行きます」と言えるほどの裏面の生活内容をもって暮らす夫婦関係であるべきです。
愛国者の道がそうであり、聖人、聖子の行く道がそのような道です。これは老若男女を問わず、地位の高低を問わず、皆が願うものです。このように生きたとしたら、たとえ反対されても、追われたとしても、結局は中心主体になっているというのです。大韓民国で四十年間、私がどんなに悪口を言われて冷遇されたか知っていますか。空港を出入りするたびごとに、刑事たちが「君が文なにがしだね」と冷遇しました。しかし、「君たちはそう言うけれども、私は君たちの先祖と共に、君たちの父母と共に、君たちの子供と共に生きよう!」。このような気持ちで決意して生きてきたので、四十年の間に文なにがしの名前がだんだん高まってきたのです。
韓国で郷土学校始まる
今後、私に反対すれば、突然ある人から「なぜ、義人の悪口を言うか!」と、胸元をつかまれるかもしれません。今まで私が種をたくさんまいておきましたから、春になるとその種子から芽が多く出るようになっています。そのような環境がつくり上げられています。戦わないで、すべてのことが平静になる時代が目の前に来ています。どうですか。私がまるで狂ったように見えるでしょうが、狂ったのではありません。
この前、私は韓国で郷土学校を始めました。皆様、大学教授として郷土をどれほど考えたことがありましたか。郷土と共にどのように生きようかと考えなければなりません。自分の父母と共に住みたくないし、郷土と共に生きたくないという人は国を愛することはできません。そのような人が「国を愛する」と言うのは、うそです。国と共に生きたのちに、世界と共に生きるようになっているのです。そうして、世界と共に生きてのちに神と共に生きるようになっているのです。ですから郷土を愛し、その地域社会を愛してこそ国を愛することも可能なのです。
真と偽は、一緒にしてぶつけてもんでみれば分かります。もんでみれば何が減って、何がなくなるか明らかになるからです。偽物はなくなります。本物は減っても必ず残るというのです。それが生きた標本になるのです。では、この国ではどのような家庭の標本が必要でしょうか。共に生きたいと願う人々、そのような息子、そういうふうに生きた父母が標本になるのです。
この世界では、どのような聖人が残るのでしょうか。それはそういうふうに生きた聖人です。神の国があるならば、そこにはそういうふうに生きた聖子が主体として残るでしょう。そのように生きられなかった人は決して主体にはなれません。これが統一思想の骨子です。ですから、どうかお帰りになったら、皆様の学校からこのような運動を広げてください。そうすることによって、南北統一は自分の心、自分の生活から始まるのです。
後の歴史から愛の審判
自分が韓国で生活していても、世界と共にある心情のきずなを持ってさえいれば世界的な生き方をすることができます。愛と心情のきずなを持った人は、統一圏に同参できる特権があります。皆様、いくら無学の女性であっても博士と結婚して愛の関係を結べば、一夜にして博士夫人になれるでしょう。共に住もうとする心情のきずなを多く持っている人は、今日の統一圏に堂々と参席する特権があります。神ご自身がそのような方ですから、神と一つになれる生活内容を持つと、そこに同参できる資格が自動的に付与されるのです。
私はこれまで、数百、数千組の合同結婚式を行いましたが、どの家庭を訪ねていっても、門を入れば歓迎を受けることができるようになっています。西欧の社会では、父母も自分の子に電話で約束して訪ねるようになっていますが、私もそのような方式に縛られるべきでしょうか。いいえ。いつ訪ねていって「門を開けなさい」と言っても、「はい、どうぞ」と歓迎されることができてこそ、あなたと私という隔たりのない、幸福な世界が現れるのではないでしょうか。
では、政治を行う指導者たちは国を愛しているのでしょうか。国の未来がどうなっていくかも知らずに、近ごろも、民正党と新民党が互いに大統領を争っています。では、大統領になってみなさいというのです。彼らに国民と共に真に生きたいという心がなければ、それは全部流れていくものです。いくら立派であっても水泡のようになくなってしまいます。国民を愛することのできない指導者であれば、国民から、また後々の歴史からも審判を免れがたいはずです。
私は、統一教会の創始者になっていますが、統一教会の中で私を追い払おうとする人はいません。どうしていないのでしょうか。その実証的な証をしましょう。アメリカに「エクス・ムーニー」という、いわば統一教会員になったけど、途中でやめていった人たちがいます。「私より勉強もできなかった者が教会の幹部になったから、その人とは一緒にいられない。文鮮明先生はいいけれど、その人のゆえに私は教会に行かない」、このように言い訳をしています。
私がダンベリーの牢獄に入った時、彼らが全部一緒になって手紙を送ってくれました。「先生を牢獄に送った、今までの統一教会の人たちは偽物だ」というのです。先生を牢獄に送っておきながら、責任を執らないでそのままいる者たちが、現在教会に残っている人々だということでした。彼らは、「私たちはこのままではいられない。先生が牢獄に入れば、牢獄を破壊してでも先生をヘリコプターに乗せて、南米のほうに移送します。このような計画を立てていますが、どうでしょうか」と言うのです。彼らが言うには、統一教会の文先生を愛していると言うのです。
忠臣と奸臣の違いは何でしょうか。奸臣も王を愛し、忠臣も同じです。違うところは、奸臣は公義と順理的な過程を通らないということです。その秩序的段階を経ようとしないところが間違っているのです。
皆様も愛の心情を持つと、このような秩序的な段階を経て、いくら法が存在するとしても結局は法を超えて生きるのです。ある家庭に、全家族と共に生きたいと願う息子がいるとしたら、その家庭に法があったとしても、その法をもって制御することができるでしょうか。国家でもそのように生きる人をだれが制御できますか。世界でも、聖人の道理をもってそのように生きる人はだれも制御することはできません。いくら神の法が絶対的であっても、そのように生きる人を妨げることができるでしょうか。むしろ歓迎するはずです。 家庭から、社会から、世界から、天宙から、このような一念をもって生きるべきです。鉄が磁石になろうとすれば、よく擦って一つになるべきです。近づくことによって同化される過程を経てこそ、自分も磁石になれるのです。環境の制約や我々の習慣性と歴史性を超えて、そのような運動が始められるのです。本心がそうであるからです。
教授の方々も、次の事実をよく自覚してから教壇に立って教育すべきです。自分は神と共にあって教壇に立つ者であるということです。このような生活哲学を持つべきです。神と共に住みたいという立場から、聖人と共に住みたいと願いながら、国と国民を代表する立場から、「私に見習いなさい」と宣言する教育をしなければならないというのです。習うのは専門知識ではありません。国と共に、聖人の道理と共に、天理と共に住みたいと願う情緒的な土台の上で、初めていろいろな専門化した方向性が必要なのです。経済とか、哲学とか、科学とかすべて同様です。水のない砂漠では草木が生きられないように、そのような心情の土台なしには真の人間や、成熟した社会は現れえないのです。
死の恐怖を越えて生きる
私は一人であっても、このような歴史的なすべての存在が追求する生活のまっただ中に立って宣言するのです。それこそが本当の権威ではないでしょうか。
教授の方々は、私のこの話をただ過ぎ去っていく人の話として聞かないで、よく心に刻んでおいてくださることをお願いいたします。そうすれば、「私たちは、真に共に住みたい、共に生きたい」という思いがするときはレバレンド・ムーンを思い出されるはずです。そして、それを残していくべきです。それを残していく人は、あの世の道も平坦な大路になるのです。そうでないと、すべてのものが門をつくって妨げます。これは単なる過ぎ去っていく話ではありません。私の経験と実証を通して得られた結論なのです。
ですから、レバレンド・ムーンは死の恐ろしさを越えて生きる者です。歴史と共に、一〇〇〇年前の人もこのような生活を願ったのであり、今日、五十億の人類もこのような生活を願い、未来と後代の人類もこのような生活を願うはずです。だから、現実の中で生きながらも超越的な歴史を生きていくことが、どんなに素晴らしいことかというのです。このように生きたとしたら、どこへ行っても寂しいことはありません。いくら寂しい立場、甚だしくは牢獄に入っても友達が多くできるのです。南京虫でも友にするはずです。そのような立場は悲惨であるかもしれませんが、そこからも深い心情の節が生じるのです。事実そうです。
ここにおられる教授の皆様と原理研究会、基督教学生連合会の皆様は、これから連合運動をしなければなりません。今まで教授と学生の関係で、いかに教授が権威を振るってきたことでしょうか。今日からは変わっていくべきです。「ああ、君たちと共に暮らしたい」「私の学生時代が懐かしいなあ。私の持っている知識を全部上げたいし、君たちといるのがいいなあ」「ああ、やっと研究が終わった。君、ここへ来て話をしないか」と言えるような生活が必要です。
講義室だけに必要な教授ではなく、生活の中でも必要とされ、生涯において共に住みたいという弟子をつくるところから新しい理想世界が開けてくるのです。その基地が広くなればなるほど、その教授の生涯がいくら苦しくても、たとえ途中で客死したとしても彼は成功した人です。彼が置かれた立場が惨めであればあるほど、来るべき歴史に栄光として記憶されるのは間違いない真実です。皆様が私と共に会ったこのことは、背後の先祖までもが全部関係しているという事実を知らなければなりません。「南北統一運動連合」が出帆する今から、有終の美を飾るために努力しながら生きていきましょう。
分かれた南と北は、簡単に一つになれるはずがないのです。愛する国同士が戦うその過程では、夜も眠らずに、時間を超越し、難しい環境を克服することができる心の決意と実践が必要なのです。「真に共に住みたい。死ぬのも共に死に、生きるのも共に生きる――」「我々の先祖、霊界の霊人たちとも共に生きる――」。皆様がそのような教授や学生になることによって、そこから南北統一は始まるのです。
南北統一を達成することができれば、民主世界と共産世界の統一もそこから始まることでしょう。そして、世界を代表する立場に立って、五十億の人類を代表し、三十億のアジア人を代表し、わが学校を代表し、私が教えた弟子全部を代表する立場に立って、民族の将来、世界の将来を見つめるべきです。そして、「私は、あなたがたと真に共に生きる運動を展開しよう」と誓わねばなりません。それが、聖人の道理と通じれば聖人に似るのであり、聖子の忠節を神に対して実践すれば、「神の相続者」、「み旨の後継者」になれるということを私は生涯を通して確認したので、今日皆様にこのような話をお伝えするのです。
どうかお帰りになったら、まず家庭の中からこの運動を始めてください。そのことによってその名に恥じない結果が、この三千里の祖国全土に現れることを再三お願い申しあげながら、私の話を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。
南北統一運動国民連合創設大会・南北統一への熱望を信仰化しよう
南北統一と世界平和への道
南北統一運動国民連合創設大会
南北統一への熱望を信仰化しよう
1987年5月15日 韓国・ソウル
各界の代表者約一八〇〇人が参加する中、文師は、韓国問題は世界問題の縮小体であり、世界問題の解決は韓国問題の解決と不可分であり、世界的問題を解決するために提唱してきた神主義と統一思想により北韓を解放できる、と訴えられました。
統一を熱望する愛国同胞の皆様。きょう、私たちは「南北統一運動国民連合」結成のため、ここに参席しました。南北統一はわが韓民族の念願であり、また宿願でもあります。私たちは、みな倍達(韓民族の古典的歴史の称)の同胞であり、五〇〇〇年の悠久なる歴史を持ち、燦爛たる文化と美しい風俗と秀でた言語を駆使せる平和愛好の単一民族です。このような一つの血筋を引き継いだ民族であり、一幅の絵のように美しい三千里錦繍江山を持つ私たちは、断ち切ろうにも断ち切ることのできない同一運命体であったのです。
人も、山も、川も、願わなかった南北の分断歴史となって以来、はや四十二年目に差しかかりました。愛国の独立志士の血と精誠で勝ち取られた独立の喜びも一瞬にして消え失せ、民族が南北に分断されて嗚咽してから、四十年余りがたちました。この民族の悲劇はいつまで続かねばならないのでしょうか。いくら回顧してみても南北統一の明るい兆しがないからといって、民族再会と祖国統一の希望を全く放棄すべきなのでしょうか。
皆様。私は今日この席で、私たちの祖国の南北統一は必ず、成就されることを宣言いたします。そして、その時が近づいております。私たちは今日、その南北統一の機運醸成のために、ここに「南北統一運動国民連合」を創設するのです。
三八度線は価値観の対立
一九四五年、私たちの祖国光復(解放)はいかにして成し遂げられたのでしょうか。それは、二つの要因によって、祖国光復(解放)と私たちの独立が成就されたのです。その一つの要因とは、三十六年間の日本帝国の弾圧の中でも屈しない自主精神のもと、多くの憂国志士が国の内外で血を流しつつ戦った独立運動のゆえです。さらにもう一つの要因は、第二次世界大戦の終結とともに、日本帝国主義が敗北したという世界的運勢がもたらした結果です。この二つの原因によって、私たちの祖国に光復(解放)が成し遂げられたのです。
南北統一も、また同じような原理によって成し遂げられるのです。今や、七十年の歴史を持つ国際共産主義は、実質的にその終末期に処しており、ソ連を中心とした全共産世界の崩壊が、目前に迫っております。彼らは七十年に及ぶ虚構と欺瞞、そして失敗の歴史を、もはやこれ以上隠蔽できない状態に至りました。共産主義理念の衰退は、すなわち北韓の金日成の運命とも直結しており、これはまた、世界的に南北統一の機運を醸成する要因でもあるのです。
このような国際情勢の推移によって、必要なのは、国の内外で国民の皆様が共に団結して南北統一を信仰化する運動なのです。統一の熱望に火をともさなければなりません。
「意ある所に道あり」とも言われ、また、「至誠天に通ず」という金言もあります。北韓の天と地が感動するほどの私たちの切なる統一への意志と熱望がなくして、どうして統一をあえて願うことができるでしょうか。これが正に、私たちが今日「南北統一運動国民連合」を結成する理由なのです。
今日、南北韓を断ち切ったままの怨恨の三八度線は、ただ地理的な三八度線ではなく、血縁的な三八度線でもなく、互いに反目する思想の三八度線であり、価値観の三八度線でもあることを、まず私たちは知らなければなりません。
六・二五韓国動乱の時、私たちが互いに殺し合い、同族が相争ったその原因は血筋が違うからでもなく、互いが同じ民族であることを知らなかったからでもありません。それは譲歩できない価値観の差異から起こった戦いであり、この価値観の差異が民族のきずなを切り、血縁を切り、さらには親子の縁まで断ち切る恐るべき壁になってしまったのです。 それでは、お互いに相反する価値観の基本的な差異とは何でしょうか。
三八度線でぶつかり合う最も基本的な価値観の対決とは、他にあらず、有神論と無神論の対決なのです。共産主義の思想は徹頭徹尾、神を否定するところから出発しています。神が存在しないから絶対価値がありえず、絶対価値がないから善悪の基準もありません。そこから、「目的が手段を正当化する」という、共産革命の原理が出てくるのです。
共産主義は科学の力をもって、神を否定しました。共産主義のみが科学的であるとし、科学の発達は神と宗教とあらゆる神話を迷信に失墜させるものと信じました。そして、「宗教は民衆のアヘンである」と断言したのです。では、二十世紀の科学は果たして、共産主義が予言したとおりに、神と宗教と神話をこの地球上から抹殺したのでしょうか。いいえ、そうではありません。二十世紀の科学は、それとは正反対に、科学的であることを誇っていた共産主義を十九世紀の迷信として失墜させてしまい、かえって神を証すものとなりつつあります。
共産主義の人間観の誤り
その一つの例を挙げてみましょう。十九世紀までの宇宙観は、「この宇宙は分けようにも分けることができない絶対個体(究極粒子)から成っている」というものでした。このような十九世紀の科学に基づき、共産主義はその基本哲学として「宇宙の根本は物質である」という、唯物論を主張したのです。ところが、二十世紀の原子物理学は、この十九世紀の宇宙観を完全に覆すものでした。というのは、物質はすなわち無形のエネルギーからできたことが証明されましたし、エネルギーと物質は相互変換的であり相互交流的であるということが、否定できない真理として明らかになったためです。
さらに、二十世紀の先端をいく原子物理学においては、宇宙の形成は宇宙の中に何らかの意思がなければ成立しないということに意見が一致しつつあり、科学の因果関係の法則に従う宇宙の森羅万象は偶然の所産ではありえず、宇宙自体内に初めから存在する第一原因の実在が次第に明らかになっているのです。
科学が究明しつつあるところの、宇宙と人間を存在せしめる第一原因を宗教においては神というのです。その神は、知・情・意を具備した人格神であり、人間の創造は神の自己表現であったのです。すなわち、神は自分の形象どおりにつくられた人間を通して、愛を授受し、喜びを享受しようとされたのであり、それが創造の目的でした。
ゆえに、今日私たちが「神がいない」と言うのは、まるで子供が「父母がいない」と言うようなものです。あらゆる人間社会の価値観は、正にこの創造主を認め、その創造主との関係を正常化するところから出発するのです。その神を地球上から抹殺しようとした共産主義は、彼らが固く信じ切っていた二十世紀の科学によって虚偽とされてしまい、「共産主義こそこの地球上から消滅されなければならない間違った価値観である」ということが、はっきりと暴かれたのです。
共産主義は、人間を単なる高等動物とか動く物質、すなわち機械と同じように取り扱っています。これは神を否定する共産主義としての、あまりにも当然の結論です。
共産主義は、人間の起源を猿が進化したものと見なしており、猿は労働を通じての道具の使用により言語を学び、その言語から理性が発達して人間になったと定義しております。すなわち「労働は神であり、人間は高等動物である」と主張しているのです。
この共産主義の人間観には、根本的に問題があり、このような間違った人間観から人類に対する恐るべ
き犯罪が引き起こされるのです。人間が単なる高等動物であるとき、人間は人権を主張する何らの理由もなくなるのであり、人間が単なる機械であるとき、その人間には、自由とか愛とか創造力を持ちうる何らの土台もなくなります。そのような共産社会においての人間は、ただ暴力革命の一手段にすぎません。
彼らの主張によりますと、人間が共産主義の目的に符合するときにだけ、それは人間であり、それ以外の人間は無価値的存在であるとされていることは、あまりにも当然のことなのです。共産世界で人間が蝿の命のように軽視される理由はここにあります。ソ連共産革命以後六十年の間に、少なくとも一億五〇〇〇万人の無辜の人命が、共産主義の美名のもとに虐殺されたという事実(一九七八年十一月十八日、仏「ル・フィガロ」紙)は、共産主義の人間観の誤りによるあまりにも自明なる結果です。
人間の尊厳性と人権は、人間が創造主なる神の子であるというところに起因するものです。人間が神と同じように神性を持っているということから、人間の高貴な価値が生まれるのです。人間に害を及ぼすことは神を害することであり、人間を愛することはすなわち神を愛することになるのです。人間一人一人は神がつくられた個性真理体であり、人間一人一人は神ご自身を表す実体であり、人間の生命は神が永遠であらせられるのと同じく永遠なのです。
共産主義が人類に対して犯した最大の罪悪は、その思想が神を否定するだけでなく人間を動物視するところから来るのです。共産主義は人間を単に高等動物とか動く物質、すなわち機械と見なします。それゆえ、共産主義を信奉する国々では、体制自体によって人権の尊厳性が驚くほど根源的に否定されております。
自由統一こそ真実なる解放
互いに相反する、この二つの価値観の対決は、韓半島のみならず、今や世界の至るところで起こっています。正に、世界的な価値観の南北戦争をしている時代なのです。この価値観の対決を世界的な次元で解決せずしては、共産主義問題は解決できないし、私たちの南北統一も単なる妄想にすぎないでしょう。それゆえ、世界問題の解決なくして南北統一はありえず、また韓国問題の解決なくして世界問題の解決はありえません。同じ方法をもって、世界問題と韓国問題が解決されるからです。
このような見解を持ちまして、私がこの世界的な価値観の混沌を解決すべきかぎとして提唱してきた思想を、「神主義」または「統一思想」と申します。神主義とは、神の実在を明白にし、神より付与された神聖不可侵なる人権を明らかにして、共産世界を思想的に解放し、もう一方において今日没落しつつある西欧文明を、世俗的な人本主義と退廃的な物質主義から解放せんとする思想です。この思想を持って、私たちは北韓を解放し救出することができるのです。それゆえに南北統一運動が、まず価値観の定立と提示から出発する理由がここにあります。
このように、互いに反目する価値観の対決であることを考えてみるときに、私たちがまず肝に銘ずべきことは、自由統一のみが私たちの願う真なる統一であるということです。私たちの統一は、神と自由と民主主義をその基礎とする統一でなければなりません。その他、いかなる形態の統一であってもそれは真なる統一ではありません。
自由は、神があらゆる人間に付与された神聖不可侵の権利なのです。これは私の権利であり、皆様の権利でもあり、北韓同胞の権利でもあります。北韓の同胞は、その権利を四十二年の間剥奪されてきました。彼らも、私たちと同じように自由を享有できる統一、それこそが真なる統一なのです。
私たちはあのベトナムを教訓として、大切なことを学ばなければなりません。ベトナムは統一されたのではなく、ソ連の奴隷となったのです。それは真なる統一ではありません。ベトナムの赤化十二年間に、自由を追い求めて脱出した数十万の人々がボート・ピープルになって海上で息絶え、数百万の人々が粛清されました。いわゆる統一されたという共産ベトナムは、国民所得が一〇〇ドルにも満たない世界最悪の貧困な国家に転落してしまいました。だれもこれを真なる統一と呼ぶ人はいないでしょう。
私たちの北韓同胞に必要なのは真なる解放なのです。彼らが待ち焦がれる解放は、私たちが先頭に立って、世界の運勢を引き寄せてくる時にのみ可能となるのです。これはまた、過去四十余年間、より自由で幸福な生を享受してきた私たちの、北韓同胞に対する神聖なる義務でもあるのです。
北韓共産党は、今日まで四十年間ひたすら赤化統一政策を堅持し、その機会を虎視たんたんと狙い続けてきました。彼らの南韓解放の究極目標とは、「南韓を米帝国主義の支配から解放させることにより、祖国を統一して、南韓の国民を北韓人民と同じように主体思想化させること」と、規定しています。南韓の国民を主体思想化するということは、言い換えれば、「金日成唯一思想によって武装させる」ということであり、それはほかならぬ金日成父子の絶対的な支配下に屈伏させるということなのです。すなわち、これは金日成に奴隷化されることを意味します。
このような狂信の中で年中無休、南侵を準備し続けて四十年余り、彼らは六・二五動乱の時に失敗した苦い経験を生かして、三十余年をさらに準備し続けてきたのであり、今や、いわゆる「呻吟する南韓国民を解放するための革命的南侵の機運」は、その絶頂に達しているのです。
機が熟した国民連合の創立
このような南北対峙の緊張が高まっている状況の中でも、私たちの大韓民国は、これまで経済発展と、国際的地位の向上において目覚ましい発展を成し遂げてきました。
実際に、韓国と北韓の国民総生産(GNP)の対照は、一九八五年末に五・五対一という格差を見せており、韓国は世界中で二十位のGNPを記録すると同時に、世界で十二番目の通商国として一躍登場いたしました。
したがって、一九八八年のソウル・オリンピック以降には、韓国は経済的にも軍事的にも、絶対有利な立場におかれることは火を見るよりも明らかなことです。それゆえ、北韓の信仰的に信奉してきた武力赤化統一の機会が永遠に消えうせることを見通した金日成一党は、手遅れになる前にこれを阻止する目的で、今後あらゆる策動を繰り広げてくることは間違いありません。現にそれが行われているのです。
韓国を混乱に陥れるためのありとあらゆる宣伝と策動により、韓国の政治的混乱を起爆剤としてソウル・オリンピックの開催を阻止するために、韓半島の不安と緊張を高めるとともに、最後の渾身の死力を尽くして軍事的冒険主義を選ぶ可能性が大であり、今後の一、二年がその決定的な時期であることを断言します。
このような重大な時に、私たちが「南北統一運動国民連合」を結成したというこのことは、実に歴史的なことです。
私たち国民連合は、この時点において何をなすべきでしょうか。
まず初めに、私たちは民族の和解と一致に向かっての真なる価値観を定立し、その価値観を中心として思想武装をしなければなりません。アメリカをはじめとする自由世界の弱点は、思想の空白が存在するという点です。物質の豊饒と自由の澎湃が、価値観の混沌と、世俗的人本主義の台頭をもたらしたということは事実です。自由世界は、思想的な面において繰り返し後退してきました。これは滅びていく共産世界が、最後まで世界赤化の野望を放棄しない理由でもあります。
第三次世界大戦は思想戦です。共産主義を軍事的にのみ敗北させることはできません。共産主義の思想を凌駕することのできるより優れた思想なくしては、共産主義を敗北させることはできません。その思想とは、すなわち真理に立脚した思想です。その思想がほかならぬ神主義なのです。
偽りは真によってのみ克服できます。これから自由世界が、神主義、すなわち統一思想で武装して理念的攻勢に転換しない限り、共産主義に打ち勝つことは不可能です。
神主義で大覚醒運動を起こす
「南北統一運動国民連合」は、汎国民的思想武装運動における先鋒に立たなければなりません。神主義は北韓同胞を解放するばかりでなく、全世界の共産主義を解放してあまりあるものです。またこの理念は、放縦と不道徳で腐敗していく西欧世界にも一大精神覚醒運動を起こしています。
それで私は、一九七六年にアメリカの首都ワシントンで歴史的な神主義宣布大会を終えた後、次の大会はモスクワで開くことを宣布したのです。神主義により共産主義の世界を解放できるという信念があるからです。共産主義が速やかに衰退しない原因は、今日まで私たちにはっきりとした代案がなかったからです。また、より優れた思想によって武装されていなかったためです。これからは大韓民国より思想運動を起こして、共産主義の克服のための汎世界的運動を展開いたしましょう。私たちが思想的攻勢をとって、虚偽と欺瞞で飾られた金日成の唯一主体思想を圧倒せずして、どうして統一を願うことができるでしょうか。
私たちの統一思想、神主義は、また頭翼思想でもあることを言明いたします。右翼でもなく左翼でもない「頭翼」(ヘッドウィング)です。人類の真なる平和は、右翼によっても左翼によっても実現できません。その理由は、右翼も左翼もその根本的な動機が利己主義を解脱できないからです。自己を中心とし、自国の利益を中心とするとき、そこには永遠になくなることのない利害の衝突があるのみで、統一も平和もありえません。
今や利己主義を打破する新しい世界主義が出てこなければなりません。自分より他のために生きるという利他主義は、ただ神の理想からのみ出てくるのです。それは神が愛であり、愛の本質は自己を犠牲にして他を生かす利他主義にほかならないからです。
したがって、神主義の本質は愛であり、その思想は人の四肢五体を動かす頭のような中心思想です。それが頭翼思想なのです。右手も左手も一つの身体に付随するものです。もし頭がなければ、それらは互いに他人同士のごとく戦いますが、頭が中心に位置すれば右手も左手もみな頭の命令に従って、身体全体のために働く一つの協同体になるのです。
それゆえ、南北統一も頭翼思想によって成さねばなりません。これは北韓が南韓を赤化統一することでもなく、南韓が北韓を侵略することでもありません。共生・共栄・共義の頭翼思想で南と北の価値観を統一することによって、真なる南北統一を成就するのです。
第二に、私たちは統一の熱望を持ち続けなければなりません。熱望のないところに実践は伴いません。私たちの国民連合は、これから南北統一を信仰化する運動を繰り広げていかなければなりません。統一はわが民族の宿願であるのみならず、必然であり、信仰です。統一に向かっての私たちの沸き上がる知性があるとき、神はこれを成就してくださることと信じております。
この点において、今日まで私たちは北韓に負けていたといっても過言ではありません。彼らは、強制によるよらないはともかくとして、南韓の解放という熱望を持っています。そしてだれもが、これを成し遂げるためにはすべてを投入して、犠牲になろうとする姿勢を持っています。
今や、私たちの統一の熱望、自らを犠牲にしてでも必ず哀れな北韓同胞たちを解放しなければならないという熱望なくしては、南北統一は幻想にすぎません。そこで私は、この国民連合の宿願事業として、三八度線の近傍に「統一祈願殿」と「統一訓練院」を建てて、韓国民四〇〇〇万の熱烈な統一への熱気を北の方に吹き込む事業を計画しています。
第三に、私たちは実力を養成しなければなりません。私たちの統一の方案は、平和的な統一の方案であり、このためには各方面で実力を養成する必要があります。私たちは金日成の赤化野望を放棄させて、その閉鎖された社会を開放し、究極的には南侵の意図を放棄させなければなりません。金日成の主体思想を放棄させるためには、彼をあらゆる方面において凌駕する実力がなくてはならず、その実力をもって金日成一党を圧倒しなければなりません。またその実力でもって、彼がやむなく承服して順応するように仕向けなければなりません。
ここで、まず第一に大切な実力が価値観の定立であり、思想武装であることはすでにお話しいたしました。それから我が国力の伸張であり、国際的な地位の向上です。さらにこれらの実力の中で大切なものは、我が祖国の先進的民主社会の建設です。
世界的な思想武装を急げ
真なる民主主義のみが独裁に勝ちうる要素です。個人崇拝の独裁集団に対しては、健全なる民主政治の発展を通じてのみそれを無力化させることが可能なのです。「人民の人民による人民のための政府のみが、永遠にこの地上から滅亡しない」と宣言したアブラハム・リンカーンのこの言葉は真理です。ですからわが祖国の民主化は、歴史の命題であり、国民良心の至上命令でもあります。
最後に、南北統一のために養成しなければならない私たちの実力の中で最も大切なものは、国際的にわが祖国統一の機運を醸成することです。言い換えますと、世界的に思想武装を急がなければならず、アメリカを中心とした世界情勢、日本、中国を中心とした韓半島の周辺情勢をもって、統一の機運を醸成するための積極的方向に導いていかなければなりません。ソ連をも動員して、閉鎖された北韓を開放させるようにして、究極においては北韓が閉鎖された現体制では存立できないということを悟るようにすることです。彼らをして、国際的な圧力と運勢に耐えられなくして脱共産主義宣言をするようにさせ、民族大同団結の次元から考えざるをえないという運勢をもたらさなければなりません。
虚構と欺瞞の上に立つ金日成体制は、一面非常に強いもののように見えながらも、ひとたび崩壊し始めるとき、彼らの体制は絶壁を転がり落ちる物体のようなものです。
早くから私がアメリカに世界本部を設けて、自由世界の思想教育に努力してきたことは皆様もご存じのとおりですが、「ワシントン・タイムズ」をはじめ、各種の言論機関を世界の至るところに設けて、世界の言論人たちを教育し、世界各大学の教授たちに方向を提示し、世界各国の学生運動を指導し、退役将校をはじめとした在郷軍人たちを糾合し、南米諸国統合の運動を繰り広げつつ、世界宗教一致運動を長い間、直接推進してまいりました。このように、前もって私はあらゆる面に力を尽くして、アメリカ、日本に影響を及ぼし、ヨーロッパ、南米各国にもその基盤を築き上げ、ついには中国にまで影響を及ぼして、北韓解放の国際的与件の醸成に全力投球してまいりました。
韓国は、地政学的にも極めて微妙な位置にあります。韓国をめぐる四大強国、すなわちアメリカ、日本、ソ連、中国は、わが韓半島において各々の重要な関心と利害関係を持っております。私たちはこの四大強国に影響を及ぼして、私たちの統一の偉業に有利な方向に導いていかなければなりません。そうせずしては、私たちが願う祖国の統一は到来いたしません。そのような影響力と実力を、私は国際舞台での思想教育運動を通じて、そして、その他さまざまな分野での成功を通じて成し遂げてきたのです。
このような基盤の上で出帆する「南北統一運動国民運合」は、決して韓国だけの単独的な努力であってはならず、アジア各国、ひいては世界各国との紐帯を持つ国際連合運動に発展しなくてはなりません。そこでわが国民連合は、これからアジア国民連合に向かって発展し、また世界国民連合へ発展していくことでしょう。これが全世界人類の念願であり、また神の念願でもあります。
皆様。私たちは今、ここで民族的、世界的なこの偉業を受け入れなければなりません。この歴史的な統一の偉業は、義人たちの手の差し伸べられることを待ち焦がれています。皆様は、このような歴史の召命を受けて、「南北統一運動国民連合」を結成するこの場に集まったのです。
檀君国祖の開国精神は、「敬天愛人」の思想です。今日、私たちのその崇高なる開国思想が昇華されて、世界を価値観の混沌から救援する万民救世の思想、すなわち「神主義」として、この地に発祥したのです。
私は、韓国問題は世界問題の縮小体であり、世界問題の解決は韓国問題の解決と不可分の関係であると考えます。このことは言い換えますと、私たちの韓国においてこそ世界問題を解決する処方が生まれうるという意味にもなるのです。そうです。私たちが南北統一の処方として提示する神主義は、世界を共産主義から、さらには世俗的な人本主義から解放する処方ともなるのです。
愛国同胞の皆様。
私たちは共に自らの価値観を定立して、国民思想武装に総決起しましょう。
私たちは共に南北統一の熱望を持ち、これを信仰化して、鉄壁をも貫くことのできる情熱を燃やしましょう。
私たちは大役事の行進の最前列に立って、永遠の民族史の中で最も勇壮な南北統一の場を、神意に従って私たちの手で成し遂げるという自負と決意を持って、この「南北統一運動国民運合」を通じて世界的な実践の基盤をつくりましょう。
皆様。今日この場所は、私たちが共に統一の役軍として召命されて任命を授けられた神聖なる場所であることを心に刻んで、拳を握りしめて統一の誓いを立てましょう。私たちの所願である南北統一が成される時まで、一つになって総進軍しましょう。
皆様方の一人ひとりとご家庭の上に、神の祝福が共にありますことをお祈りしながら、「南北統一運動国民連合」創設のメッセージといたします。ありがとうございました。
第九回科学の統一に関する国際会議(ICUS)・世界平和はいかにして達成されるか
南北統一と世界平和への道
第九回科学の統一に関する国際会議(ICUS)
世界平和はいかにして達成されるか
1980年11月28日 米国・マイアミ
「科学の統一に関する国際会議」は一九九二年現在で第十九回目を迎えました。一九七二年の第一回会議以来、回を重ねるごとに、世界各国の著名な科学者らの親睦も深まり、より有意義なものとなっています。
この会議には世界八十四か国から六五〇名の学者が集い、「絶対的価値と人類平和の探求」のテーマで開かれました。文師はここで「神の愛を知ることなくしては絶対的真・善・美は実現不可能であり、真の人類平和のためには、絶対的愛が実践されなければなりません」と語られました。
尊敬する議長ならびに科学者の方々、そして会場におられる皆様。私は「第九回科学の統一に関する国際会議」にこうして皆様をお迎えできましたことを、心から感謝したいと思います。過去数年間にわたって本会議は「科学と絶対的価値」というテーマを繰り返し取り扱ってきました。その過程で多大な成果を収めてまいりましたが、この国際科学者会議はかような成果にとどまるものではありません。それらを含めつつ、さらに人類平和のための長期的かつ広範な探求に対しても多くの貢献をなしてきた、と私は信じております。
さて、今年の会議のテーマは「絶対的価値と人類平和の探求」であります。このテーマに関連して「世界平和はいかにして達成されるか」という問題を提起し、私の見解を述べてみたいと思います。
愛の実践による秩序の回復
すでに皆様がご存じのように、世界が日ごとに混乱すればするほど、人類はますます平和を渇望するようになります。では、平和はいかにして達成されるのでしょうか。今日の世界において、秩序性はすでに破壊されて久しいのです。したがって、平和の確立とはその秩序を回復することを意味します。秩序を回復するためには、主体と対象が各自の位置を見いだし、さらに相互間の統一された関係を樹立しなければなりません。平和が望まれているのは世界的次元だけではありません。そうではなく、平和は国家、社会、家庭といった次元でも望まれています。人間一人ひとりも同様に、自己の精神と肉体との間における平和を切望するではありませんか。
平和に関するこれらの次元のうち、どの次元の平和が最初に確立されるべきでしょうか。「もし世界平和が最初に確立されたならば、その基盤の上に諸国家から社会、家庭、個人に至るまで、おのずと平和が確立するだろう」と考えるのは容易です。しかし、これは間違った見解です。実際のところ、平和を確立するために必要な経過は全く逆なのです。「個人における平和」が最初に実現されなければなりません。そうすれば直ちに家庭の平和がそのあとに続くはずです。そして個人と家庭の平和の基盤の上にのみ、社会と国家と世界の平和が期待され得るのです。なぜなら、個人は家庭という単位の基盤であり、家庭は社会および国家の基盤となる単位だからです。
指導者たちは「社会と世界の平和、秩序を回復することは、素晴らしい機構と優秀な思想を通して可能となる」と信じています。しかしながら人類平和は、これらの手段だけでは決して実現されません。国際連合という機構や、共産主義、民主主義などの思想体系は、それぞれ独自の方法で世界平和の実現を図ってきました。しかし平和は依然として、私たちの及びもつかないところにあり、今や世界はますます混乱の中に陥りつつあるのです。個人における平和から始まらなければ、その実現はどれほど時間を費やしても、必ず失敗するようになっているのです。
では、個人の平和はいかにして達成されるのでしょうか。それは、各個人が絶対的な愛を持ち、その愛を実践することによって達成されるのです。これは真実です。というのも、愛はすべての統一の前提条件であるからです。統一は愛という基盤の上にこそ可能であるし、平和は統一という基盤の上に確立されるのです。愛には、相対的愛と絶対的愛とが存在します。相対的愛は、所与の時間と空間に応じて変化しますが、絶対的愛は不変であり普遍的です。相対的愛は自己を中心としているので、その時の利害に応じて変化します。一方、絶対的愛はいつも他人の利益のために存在し全体に奉仕しますから、それは不変です。
絶対的愛と絶対的価値
絶対的愛は絶対者の愛にほかなりません。したがって、その愛は神の愛であるに違いないのです。相対的愛によっては統一は決して達成されません。統一が可能となるのは絶対的愛によってのみなのです。一個人の精神と肉体は、絶対的愛によってのみ統一が可能なのです。その時に、平穏、喜び、満足といった感情や「自分は価値あり」との自覚が体験できるのです。平和のための標準は以上のような個人からのみ抽出されます。
ある家庭の親子、夫婦、兄弟姉妹が各自の立場で絶対的愛を実践するならば、その家庭の統一が達成されます。その家庭は幸福と調和、そして何よりも平和に満ちあふれるでしょう。このような平和な家庭によって構成される社会は、平和な社会であるでしょう。社会の中の家庭に調和があり、社会の構成員が互いに助け合うなら、社会は間違いなく明るくかつ平和であるでしょう。そこには秩序が確立され統一が獲得されるでしょう。
このような平和な社会によって構成される国家はどうでしょうか。確実に平和国家となるでしょう。ただ、国家は単に社会の集合体ではありません。国家は愛の個人と愛の家庭に基づき構成された有機的組織なのです。その内部では完全な秩序と統一が確立されていなければなりません。それでこそ真の国家的平和が実現するのです。
言葉を換えると、「国家であっても、平和を実現し維持するためには、神の愛を必要とする」と言えるでしょう。国家の基礎である家庭が絶対的愛=神の愛を中心として結ばれていたとしても、有機体としての国家も、国民的次元における絶対的愛を実践することができなければ、国家の平和は成り立ちません。政府と国民は内的に一体化し、外的には隣接諸国家との一体化を成すべきです。そうすることによって、真の平和が実現されるのです。
言うまでもなく、世界平和はすべての国家の平和の上に訪れるものです。いわゆる国家利益を確保する方向に貿易や他の手段の照準を合わせるといったことをやめる時、あるいは各国が他の国々に対して絶対的愛によって奉仕し始める時、さらに各国がこのような国際的雰囲気を一貫して維持する時、このような時には、人類の恒久平和は保障されることでしょう。したがって、世界平和は個人の平和から始まり、家族、社会、国家に広がり、究極的には世界平和となることは明らかです。
ここで私は、絶対的愛と絶対的価値について述べたいと思います。真・善・美の価値が形成されるのは、愛という基礎の上においてです。例えば、愛の実践は善として評価されます。すなわち、愛が実践される時、それは善となります。したがって神の愛である絶対的愛を実践する時、絶対的善が現れるということになります。平和のために絶対的愛を実践する個人の行為は善(絶対的善)です。同様に、平和のための家庭での愛の実践行為も善です。同じことが、社会、国家、世界にもあてはまります。
言い換えると、平和を実現するためには、個人や家庭、社会、国家および世界は、絶対的真・善・美としての絶対的価値をすべて実現しなければなりません。絶対的善の実現は、最も緊急に要請されています。なぜなら、絶対的善が実践されたら、いかなる自己中心的な要素も秩序を乱し破壊することはありえないからです。
真・善・美の精神的価値は愛という基盤の上にのみ形成されるので、神の愛を知ることなくしては絶対的真・善・美は実現不可能です。これらの絶対的価値が実現されないところには、真の平和は存在しえないのです。真の人類平和のためには、絶対的愛が実践されなければなりません。
絶対的な存在の証明
しかし、実践される以前に、絶対的愛とは何であるかを理解する必要があります。「絶対的愛とは、他人の利益のために行動し、他人に奉仕する愛であり、それは永遠かつ普遍的である」と説明することができます。ではなぜ、絶対的愛は全体に奉仕し不変のまま維持されるのでしょうか。そして、何ゆえに「平和は愛を通じてのみ実現される」と言えるのでしょうか。
その答えが必要です。しかし、これらの疑問が完全に解かれるためには、絶対者の存在と、絶対者が宇宙と人類を創造した動機と目的、この二つがまず明らかにされなければなりません。いかなる計画といえどもそれが実行に移される前には、明確な目的がまず存在しなければなりません。目的のないいかなる行為も無意味です。
もし、人類が絶対者によって創造され、絶対者の愛の実践を予定されているとするなら、人間の創造に対して何らかの動機と目的が存在していることは確実です。その動機と目的が明確にされるためには、絶対者すなわち神に関する正確な概念が確立されなければなりません。正確な神概念のもとで、創造をめぐる神の動機と目的が明確にされるでしょう。そして当然のことながら「平和を実現するためには、なぜ絶対者の愛が実践されなければならないのか」という理由も明らかにされるはずです。
以上のように私は「真実の意味における人類平和のために、すなわち私たちが絶対者の愛を実践し、最終的には絶対者の絶対的価値を実践するために、絶対者を正確に理解することが必要である」という意見を述べました。これらのことが、皆様と分かち合いたい内容です。本会議が偉大な成功を収め、皆様が人類平和の探求に多大な貢献をなされることを、私は心より念願しております。ご静聴ありがとうございました。
救国世界大会・世界の中の韓国
南北統一と世界平和への道
救国世界大会
世界の中の韓国
1975年6月7日 韓国・ソウル
文師は一貫した強烈な反共主義者として世界中に知られてきましたが、本大会は世界六十か国から一二〇万人が集うものとなりました。共産主義の猛威が世界中に吹き荒れ、北韓の南侵もあやぶまれていた当時、文師は「共産主義思想は神否定の思想であり、人類を誤った方向に導くものである。これに打ち勝つことのできる力は、ただ真なるものに立脚した次元の高い精神的信念と思想である」と熱烈に訴え、韓国は神が導き守られた国として、今後さらに自由陣営の結束に貢献すべきであると語られました。
歴史的宣布の日
敬愛する同胞の皆様、そして、六十か国から来られた世界統一教会信徒の皆様。今日この汝矣島広場は歴史的な場所です。今日このように、一つの新しい歴史がつくられる救国世界大会にご参加されましたことに心から感謝申し上げます。今日、一九七五年六月七日は、私にとっても、また神様にとっても、新しい歴史的宣布の日となるのです。
その間、この広場では、インドシナ事変を機して、虎視眈々と再侵をねらう北韓金日成を糾弾する大会が行われ、人々の喚声はすでに天に達し、地を振動させたのです。総力安保のための決起大会もいくどかありました。しかし今日、この救国世界大会は二つの意味から唯一無二の歴史的大会となるのです。
その一つは、今日のこの集まりが、国民の名と人類の名ばかりでなく、神の名によって、北韓金日成を糾弾する大会であるということです。そして、その二つ目は、この大会が韓国人だけが集い、韓国の自由と韓国民族の主権を守るために決意するものではなく、人種、血統、言語が違い、また風習が違う世界各国を代表して六十か国から集った一〇〇〇余名の代表らが、ここに席を共にして、韓国と全世界を守るために決意する世界的大会であるということです。
この救国世界大会は、全世界が決起して韓国の自由を守るための自由陣営の決意を万天下に示す世界的祭典です。この世界大会の目的は、クメールとベトナムの赤化によってもたらされた緊迫した祖国の情勢の前に、内的には総和安保の次元を高め、祖国を死守しようとする五〇〇〇万韓国国民を鼓舞団結させ、外的には、世界人類が行くべき方向と座標を打ち立てようとするところにあるのです。そして、北韓金日成に軽挙妄動して、六・二五動乱のような誤算と悲劇を再び招かないように、自粛・警告させるところに、その意義があります。
共産主義は「神を否定する」宗教
皆さん、共産主義とは何でしょうか。我々は、共産主義が一九一七年、ボルシェビキ革命から始まり、過去半世紀の間に世界の半分以上を風靡しながら人類の前に犯してきた極悪無道な蛮行と罪悪をあまりにもよく知っています。
共産主義は恐ろしい悪魔の哲学であり、その実践は恐怖に満ちた犯罪と破壊力を持っています。そして我々韓国人は、世界中のだれよりも、彼らが敢行した犯罪の被害者として、彼らの悪辣さを体験したために、骨身にしみて知っているのです。
我々は共産主義のためにだれよりも大きな犠牲を払った民族です。そしていまだこの瞬間にも、北韓には一四〇〇万の同胞たちが、引き続き共産主義の祭物となっているのです。しかし共産主義の犯罪は、これに尽きるものではありません。
今日、我々は共産主義を糾弾し、地上からその罪悪を抹殺しなければならないもう一つの重大な理由があるのです。それは共産主義が人類の敵である以前に、神の敵であるということです。共産主義は政治・経済・思想体制である以前に、無神論に立脚した一つの宗教形態です。
なぜならば、共産主義は人間の考えや哲学や行動を完全に支配するからです。これはただ宗教のみが持つことのできる力なのです。
ところが、この共産主義は「神はいない」という宗教です。そればかりでなく、その主義自体が人間の思考や哲学や行動の中に、神の代わりに登場し、人間を奴隷と機械のように扱っています。それゆえ共産主義は神に挑戦する、許すことのできない怨讐なのです。神をこの地上から抹殺してしまおうとする悪魔の宗教なのです。共産主義がこの地球上を完全に支配するということは、神がこの地球上から完全に追放されるということです。これは民主主義、または自由世界の敗北である以前に、神の敗北を意味することです。それゆえ共産主義は人類の怨讐である以前に神の怨讐となるのです。
真なる真理と信念と思想
しかし、全知全能なる神が敗北者になることはできません。また、共産主義の地上制覇を座視する神でもありません。そうであるために、今日この大会で我々は、神がいないとする悪なる宗教共産主義に対して、神がいるとする統一教会をはじめとする多くの善なる宗教でもって勝利するであろうことを、はっきりと悟らねばなりません。
神を殺そうとする、許すことのできない怨讐共産主義は、神を父と呼ぶ統一教会信徒とすべての宗教人たちが忠孝の信念をもって撃退しなければならないことを、ここに宣言したいと思います。それゆえに我々すべての信仰者たちはもちろん、そして特に統一教会信徒たちは勝共戦線の最前線に召された神の闘士であり、神とサタンとの闘いの先鋒に立たされた旗手であることをはっきりと知らなければなりません。
武力にのみ頼っては共産主義に決して勝つことはできません。人間の固い信念は、武力または原子爆弾では到底打ち壊すことができないからです。偽りに勝つ力は、真なる真理と信念と思想のみです。誤った共産主義の妄想に勝つことのできる力は、ただ真なるものに立脚した次元の高いいま一つの精神的信念と思想なのです。
今日我々は、国力を養わなければなりません。武力も備えなければなりません。鉄桶のような陣を張り巡らさなければなりません。しかし、何よりも重要なことは真理で武装することであり、固い信念と思想で武装することです。
我々は、神がいるという思想でもって武装しなければならないし、天のみ旨を成すために命をも惜しまないという信念と決意を持たなければなりません。真なる信念と思想によってのみ、共産主義者たちの誤った信念と思想に勝つことができるのです。
神がいないとする真っ赤なうその思想は、神が厳然として実在されるのを明かすことのできる真なる思想によってのみ、初めて打ち滅ぼすことができるのです。偽りの上に立った共産主義思想は、その偽りが明らかに暴かれる時、完全に打ち滅ぼされてしまうのです。
まさにこれが、我々統一教会信徒とすべての宗教者たちが成すべき至上課題なのです。そして、これが共産主義に根本から完全に勝利する方法なのです。
神の名によって決起せよ
今日、世界では神がいるという思想と、いないという思想が対決しています。一つは物質を中心とする世界であり、もう一つは精神を主とする世界です。神がいるという世界は神側であり、神がいないという世界はサタンと悪魔の側です。この二つの世界が衝突するとき、その結果は神の存亡にかかわるものです。
それゆえ、共産主義を倒すこの闘いは、すなわち神の闘いとなるのです。そして、この二つの力が、今韓国において対立しています。韓国は、世界の相反する二つの理念が衝突している決戦の場なのです。
韓国の自由守護は、ただ韓国だけのためではなく、自由民主陣営の永遠なる自由を守るものであり、さらには、神の勝利をもたらすものです。これが正に、韓国の自由を守るために全世界の人たちが決起しなければならない理由なのです。
自由世界の人々にとって、韓国の安保は他人事ではありません。それは自由世界の存亡に直結するものであり、神を守ることとなるのです。
それゆえ、韓国の自由を守るために六・二五動乱の時も、神は十六か国の人々を送られて、この地を血を流してまでも守らせたのです。もしも北韓が再び南侵してくるならば、十六か国でなく六十か国の統一教会の青年たちが血を流してでもこの地を死守しようとするのです。
今日、世界六十か国から集まってきた統一教会の信徒たちは、このような決意のもとでその使命を果たすために、この意義深い広場に集まって、神と全世界の人々の名によって決起し、結束するのです。
統一教会は、このように「共産主義は神の救いようのない怨讐」という信念から、自由世界の先鋒に立って共産主義と闘う旗手として、橋頭堡の役割を果たしてきました。
神のことを明らかに立証する宗教は、共産主義に勝つことのできる真理と信念と思想を明確に提示するものです。韓国において、すべての宗教者たちの目は平壌に向かわなければならないのです。共産主義の奴隷となった北韓同胞たちは、神による解放を待っています。
金日成徒党は、南侵を目標にトンネルを掘ったのです。我々宗教者たちは、より高い次元でもって自主統一へのトンネルを平壌の真下まで掘り、愛と情が通じ合う同胞を解放する日を必ず迎えなければなりません。
かの平壌の中心に、神の愛と真理の爆弾を爆発させるために祈るだけでなく、闘わなければなりません。北韓同胞一四〇〇万は、今、神の救いの手を切に待っています。そして、我々のこの手が神の救いの手とならなければなりません。
旧約聖書を見ると、九尺の長身で槍と剣を持っている将軍「ゴリアテ」の前に少年「ダビデ」はただ、素手に石を持って闘う場面があります。今日、我々はその「ダビデ」の叫び声を聞かなければなりません。「ダビデ」は「怨讐よ、お前は私の石を受けよ」とは言いませんでした。「私はたとえ体が小さくとも力持ちだ。よし、試してみるがよい」とも言いませんでした。「ダビデ」は大きく叫んで、たった一声「私はエホバの神の名によってお前に立ち向かうのだ」と言いました。そして、エホバの神の能力によって、将軍「ゴリアテ」を見事に倒してしまったのです。
我々は金日成に立ち向かうときも、毛沢東を攻撃するときも、ソ連を打倒するときも、すべて神の名によってなさなければなりません。勝利は信念からのみ来るものです。
我々は、強く、大胆な信念を持ちましょう。そして、神のために命を懸けて最後まで闘いましょう。勝利は必ず我々のものです。神は我々の味方であられます。
レーニン政治戦略学校の教え
皆さん、また、我々は共産主義の戦略を明確に知らなければなりません。ここに立った私はだれよりも共産主義のことをよく知っています。私は解放後、北で布教している間、何回も共産党に殺されそうになりました。共産党は私を共産党に逆らう者として扱い、一九四八年、ついに興南監獄に閉じ込めたのです。そこは強制労働収容所で、政治犯、または宗教犯を徐々に殺していく死刑場だったのです。この牢獄の中で三年近くの歳月を送り、一九五〇年に神が派遣された国連軍によって解放されるまで、私は共産主義の真相をその真底からなめつくしてきたのです。私は彼らの戦略と策謀をあまりにもよく知っています。
一九三一年、ソ連共産党中央委員会の重要幹部であったディミトリ・マヌイルスキが、レーニン政治戦略学校の核心党員たちに、次のように共産主義の基本戦略を説いたのです。「共産主義と資本主義との共存はありえない。今は、我々が攻撃するにはまだ早い。我々のチャンスは二十年ないし三十年後に来るであろう。勝利は必ず奇襲的にもたらされるものである。資本主義世界をどのようにしてでも眠らせてしまえ。そのための一番良い方法は、終始平和攻勢を敷くことである。彼らは、何も知らずに大平な時代を謳歌し、何に対しても愚かに話し合いに応じようとするであろう。このように資本主義国家らは馬鹿みたいに自分自らの墓穴を掘ることになるであろう。我々は友人として偽装し、時間を稼ぐのである。そうしているうちに彼らが油断してくる。その時に我々は銃剣でもって一撃を加え、一度に打ち倒すであろう……」
これが正にレーニンが使ったソ連の赤化戦略であり、毛沢東の中国制覇の戦略であり、北ベトナムが南ベトナムを制覇した戦略なのです。そして彼らはすべてに成功していったのです。さらにこれは虎視眈々と南侵をねらう北韓金日成の戦略なのです。しかし我々はこの戦略に二度とだまされないでしょう。そして我々は絶対に金日成に対し再び誤算を許さないでしょう。金日成に我々の実力を見せつけようではありませんか。
信仰の祖国
祖国を愛する五〇〇〇万我々同胞たちは命を懸けて祖国領土を守るでしょう。
我々は絶対に一寸の土地も彼らに譲歩しないでしょう。
そしてまた我々には強力な友邦がいます。米国が正にそのような友邦国であり、日本がまたそのような友邦国です。「天は自ら助くる者を助く」と言われたように、我々が神の名によって金日成を糾弾し、神の名のもとでこの地を守るとき、我々は第二のベトナムになることは絶対にないのです。しかし、皆様、それだけではありません。北韓金日成が知らなければならないもう一つの力が、今日この汝矣島広場の救国世界大会にて示されています。
韓国と韓国国民が知らなければならない、そして信じられるいま一つの大きな友人がいます。それは韓国を自分たちの信仰の祖国として信じている世界統一教会の信徒たちです。彼らは徹頭徹尾、勝共主義者たちであり、絶対に韓国を愛する若者たちです。彼らは果たしてどの程度韓国を愛するか。彼らが韓国を愛することは宗教的な信念によるものなので、韓国は彼らにとって信仰の祖国、聖域となるのです。
篤実なる信仰者において自分の聖域が犯されるということは、自分の体と自分の家が犯されることと同じ痛みを感じさせるものです。これは正に世界の統一信徒たちは、韓国を自分の体のように愛するということなのです。信仰の祖国韓国を守ることは、世界統一信徒たちの信条なのです。それゆえにもし韓国が北韓から侵略を受けた時、信仰の祖国、韓国を共産魔手から守ることは世界各国統一信徒たちの神聖なる義務なのです。
皆様、今日ここに参加した六十か国代表一〇〇〇余名は、このように命懸けで韓国を守ってくれる、韓国に最も近い、そして固い信念で結ばれた救国同志たちなのです。
これらの世界代表たちはこの歴史的な広場で、いったん事有る時、すなわち北韓が韓国に対して武力侵略を敢行する時には、信仰の祖国韓国を死守することが神のみ旨であると信じ、世界統一十字軍を編成・参戦し、韓国と自由世界を守ろうとすることでしょう。
「東海の水と白頭山が乾きすり切れるまで、神が見守り給うわが国万歳」。我々は解放以後引き続きこの愛国歌を歌ってきました。実にこの愛国歌はわが民族に下された神の啓示だったのです。「大韓民国万歳」は、ただ神の守りのもとでのみ成されるものとして啓示されたのです。
総和文明の結実体
神は大韓民国を最も愛しておられます。
檀君が国を建てて以来、あらゆる困難を経ながら他の国を一度も侵略したことなく、強大国の間にはさまれながらも単一民族のその精神と伝統を守らしめてくださった神! 国を奪われた我々に、感激の八・一五解放をもたらしてくださった神! 六・二五動乱の際、ベトナムのように亡びるほかなかった韓国に十六か国を動員して守ってくださった神! 一九六一年国民の総和が揺れ動き、またもやこの国が共産侵略の危機の中にあったとき、強力で献身的な新しい指導者として現大統領を立てられてこの国の紀綱を立ててくださった神! アジアで責任を果たすことができずに、ベトナムとクメールから後退する米国を覚醒させ韓国を再び守らせ給う神!
その神が今度はこの地に統一教会の名による新しい真理運動を世界に展開させて、今わが国がもう一度危機にひんしたとなると、六十か国の統一教会の青年たちを動員してこの地に送られ、いったん事ある時に水火を辞さずしてこの地を守らせようとなさる神! 韓国の地において世界的な勝敗を決めるために、一次・二次世界大戦の時と同じく北韓、中共、ソ連と、韓国、日本、米国を対決させて神とサタンの最後の決戦を我々の側に勝利させようとなさる神! その神の特別な恵みと保護のもとで、我々は今日勇気を出し、総決起しなければなりません。
神は韓国を愛されて、この地に全世界を代表する総和文明の結実体を成し遂げようとされているのです。
人類文明は神の摂理に従ってその次元を高めながら世界を一周し、ついにその結実を見ることになるのです。古代人類の文明は大陸から発祥しました。エジプトのナイル川より発祥した人類文明はギリシャ、そしてイタリア半島に移り、半島文明である地中海文明圏を築きました。その半島文明はまた島嶼文明に移り、島国英国を中心として大西洋文明圏を形成したのです。
そして英国の島嶼文明は大西洋を越えてアメリカ大陸から現代文明の奇跡を起こし、太平洋文明圏を形成しました。しかし歴史の流れはそこで終わるのではありません。この文明圏は太平洋を越えて英国に見合った島国日本で新しい島嶼文明の花を咲かせ、イタリア半島に該当するここ韓半島に移り、その昔のローマ文明に匹敵する人類総和文明を形成するのです。アジア大陸を連ね一つの世界を成し、新しい統一文化圏を形成しようとするのが神のみ旨なのです。
韓国は新しい時代の寵児であり神が選ばれた民族です。韓国は神が望まれる新しい文明の端緒です。それゆえに世界文明の総和結実体として神の摂理を結晶させる国なのです。これは神が愛する韓国人の誇りでなければなりません。
神を中心として団結できる思想体系
子供を産むにはまず陣痛から始まるのです。韓国は今その陣痛期にあるのです。我々が今受けている試練が正にそれです。神はこの試練を通して我々の底力と闘志力をテストしておられます。そして陣痛を克服したのちの栄光なる子供の誕生を期待しておられるのです。そのためにサタン側の強大国は、神側の韓国を欲しがっているのです。
我々はこのような試練を神を愛する信仰と希望でもって克服しなければなりません。我々が危機にひんしても、その最も難しい逆境を克服して、共産主義に徹頭徹尾勝利して見せるということは、これから神のみ旨である勝共による統一世界の構築において韓国がその主導権を握るということです。これはまた韓国が全世界の旗手になるということです。そのためには、それにふさわしい思想と理念がなければなりません。これが統一教会の主張です。その思想と理念が、韓国が生んだ「統一原理」なのです。
神を父として侍るすべての宗教は一致団結して、神はいないという天の怨讐である共産主義に立ち向かうために、愛と真理でもって彼らの誤りを覚醒させ、最後は彼らまでも兄弟として受け入れなければなりません。このような原理に立脚した勝共理念は共産主義を批判分析して、それを克服することのできる確実な代案を提示しています。また統一思想は今日の世界をつくったすべての間違った哲学や主義思想を暴いて、神を中心にして一致団結することのできる思想体系です。
このような原理と理念と思想が韓国で生まれたのです。これがすなわち神主義です。神のもとで神と相談しながら国を治めるのですから、与野の区別があってはなりません。すべての宗教者たちと良心のある人たちは、だれに限らず政府と一体となり、神主義でもって悪魔の共産主義を退かせ、祖国の地と民族を統一する時が訪れたのです。その時が正に今この瞬間なのです。
苦労のあとに楽が来るのです。逆境の中から新しい道が開かれるものです。我々はこの時を期して天に侍る民族の底力を惜しみなく発揮しましょう。
神の名のもとに平和統一の世界を
有名なインドの詩聖タゴールは韓国に対して次のように歌いました。
「いちはやくアジアの黄金時代に
ともしびの一つであったKOREA、
そのともしびが
再び明りを照らす時は
あなたは東方の明るい光に
なるであろう。
心には恐れがなく、
頭は空高く上げられている所。
知識は自由に開発され、
狭いへいで分けられない所。
真理の深い所から
天のみ言が湧いてくる所。
絶えない人間の努力が
人間の完成に向かって両手を広げる所。
知性の清い流れは
固まった習慣の砂原に
道を失っていない所。
無限に広がりゆく想いと行動で
我々の心が導かれる所。
そのような自由の天国へと
我々の祖国KOREAよ
目覚めたまえ」
愛する同胞の皆様、韓国は遠からずして東方の光となり全世界を照らすことでしょう。全世界の人々がタゴールのように、天のお父様が治められる韓国の地を祖国として侍る日が必ず来るでしょう。否、すでに来ているのです。
皆様。韓国を信仰の祖国として、世界至る所に伸びゆく一二〇か国の統一信徒たちは、ただ天のお父様の名のもとに、人種と国境と言語を超えた兄弟姉妹として一致団結して、神の怨讐金日成と、天人共に許さざる共産主義打倒に全員総進軍するでしょう。
愛する大韓民国の兄弟姉妹の皆様。今日の課題は何よりも、「共産主義」は人類の敵である以前に神の救いようのない怨讐であることを悟ることです。ゆえに今日我々は神の名によって金日成を糾弾するのです。神は金日成の南侵を絶対に見逃さないことをはっきりと宣言いたします。そして自由世界と韓国の名をもって、金日成と共産主義国家らを打ち倒すために命懸けで闘いましょう。勝つまで闘いましょう!
神が共におられて永遠に守られるわが大韓民国でありますように!
愛する同胞の皆様。我々には恐れるものがありません。強く大胆に、神の名のもとに一致団結、前進しましょう。神の怨讐である北韓を再び取り戻すときまで、血肉を分け合った我々の兄弟たちを再び取り戻すときまで、死を決する覚悟で闘いましょう。
神側の全世界の自由主義諸国はサタン側共産主義諸国を完全に解放させ、平和な統一世界を神の名によって必ず築き上げましょう。神は我々と共に闘われますので、勝利は必ず我々のものとなるでしょう。神の名によって固く団結して
総決起しましょう!
総進軍しましょう!
総進撃しましょう!
ありがとうございました。
「世界平和連合」設立の背景
南北統一と世界平和への道
資 料
「世界平和連合」設立の背景
本文は、一九九一年八月二十八日に開催された、真の価値体系に基づく恒久的な世界平和建設を目指す「世界平和連合」の創設大会で配布された小冊子の要旨です。
国際情勢は不確実性の時代
歴史を通して、国際理解を深めようとする背後には、不安定と闘争が存在し続けてきました。第一次世界大戦終了後には「国際連盟」が、戦争を防ぎ、世界的な緊急事態に対処するために設立されました。第二次世界大戦後には「国際連合」が、戦後に平和をもたらすために設立されました。国連の権威は、主にアメリカ、ソ連、イギリス、フランスの大国に基づいていました。しかし、冷戦が終結して以来国際情勢は方向が定まらず、不確実性の時代へと突入しています。西側諸国に見られる道徳と倫理の混乱、元共産主義世界におけるイデオロギーの喪失という問題は、二十一世紀に突入する世界を理解した上で対処されなければなりません。
「世界平和連合」は、新しい二十一世紀の政治的、経済的、社会的、文化的構造は現代世界の土台の上に築かれる、という理解のもとに設立されました。「世界平和連合」設立の根拠は、文鮮明師が今まで世界平和のために提唱し、展開してきた多くの運動の中に見いだすことができます。
文師は、南北両アメリカ大陸の格差を埋めるために、一九八四年にラテンアメリカ統一連合(AULA)を創設しました。文師は、AULAの根本原理を、シモン・ボリバーの理想と、ラテンアメリカ諸国の統一という崇高な目的のために挑戦し続けてきた歴史的人物たちの思想と目的の上に置きました。
ラテンアメリカを中心としながらも、AULAの活動は、フランス、コロンビア、ウルグアイ、ドミニカ、メキシコ、スペイン、韓国、モスクワで展開され、各国の最高レベルの国家指導者たちが専門的知識や意見を与えてきました。AULAは半球の統一を達成するための問題解決のためにあらゆる責任を担ってきました。AULAは、研究し討議されるべき争点や、ラテンアメリカの最高指導者らによって公式化し、討論し、承認されるべき計画やプログラムを提供して、ラテンアメリカ諸国に平和と調和をもたらし、諸国民を兄弟愛によって一つにするために目覚ましい貢献をしてきました。この努力が「世界平和連合」設立の基盤になっています。
アメリカにおける「世界平和連合」設立のための先例としては、「アメリカ人指導者会議(一九八六年設立)」、「アメリカ憲法委員会(一九八七年設立)」があります。
技術力の格差埋める諸組織
「アメリカ人指導者会議」は、全米五十州から立法議員が集まるほどになり、一九八六年以来、二十二回の会議が開かれ、政府の相対的競争システムと彼らの異なる哲学的理解に焦点を置いてきました。今日(一九九一年)までに三〇〇〇人以上の立法議員をはじめ多くの上下院議員、大学学長、地方官吏らがこの会議に参加しました。この姉妹組織であり、アメリカ合衆国憲法制定二〇〇周年に設立された「アメリカ憲法委員会」もまた、アメリカ歴史における憲法と宗教の役割を強調するための機関として存在し、二十一世紀に向けて継続させていかなければならないものであると考えます。「アメリカ憲法委員会」が先頭に立って、これら二つの組織は一九九〇年に力を結集しました。
一九九〇年十二月、「アメリカ人指導者会議」と「アメリカ憲法委員会」は、国際協力という共通精神をもって、アメリカをはじめとして中欧・東欧の立法議員やソ連から数百名の議員を招く共同プログラムを開始しました。これら二つの組織は、ソ連の十五共和国の代表と協力して、一九九一年四月三十日から五月二日にかけてワシントンで第一回世界指導者会議を開催し、新しい基準に到達しました。
文師は、政治分野だけに世界平和を訴えてきたのではありません。知ることが理解のためのかぎの一つであるということから、「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」が十八年前(一九七二年)に設立されました。ICUSは、自然科学と社会科学との間の溝を埋め、科学と道徳との関係を明確にするために設立されました。ICUSとその支流組織である「世界平和教授アカデミー(PWPA)」に世界一二〇か国以上から学者が集い、彼らの学術的専門知識を用いて、世界平和と協力に向けて現代可能な手段を討論してきました。
より良い理解を求めることは、「世界言論人会議(WMA)」の目標でもあります。一九七八年に設立された「世界言論人会議」の目的は、世界中のジャーナリスト、学者、政治家が一堂に会し、メディアの役割と責任について論じる場を提供することです。さまざまに異なった見解や世界情勢に関する報道の影響に対して見識を深めるため、「世界言論人会議」は世界中で会議を開き、中米や北東・東南アジアの混乱した国々を実情調査するためのツアーを主催しました。
これらの団体その他の努力によって、もう一つの重要な段階が生まれました。それが一九八七年に発足した「世界平和頂上会議」です。この会議は、世界の共通善のために世界中の元元首や首相たちが専門知識と英知と外交手腕を活用するために、文師によって設立されました。同会議は、参加者に世界平和と発展について地球規模的に論じ遂行するための討論の場を提供し、創造的なエネルギーを投入する機会を提供しています。第一回世界平和頂上会議で配られた創設者の挨拶文からも分かるように、この会議は今までに類を見ない会議なのです。
「世界の先進国家は他の国々を援助するために、神によって祝福されたのだと考えるべきです。彼らは世界の発展途上国のために進んで犠牲になっていかなければなりません」。 「一体となってこそ、先進諸国は人類の三大天罰である飢餓、病気、無知の克服のために途方もなく大きな改革運動を開始することができるのです」。
第一回頂上会議の結果、ソウル平和宣言が満場一致で採択されました。ソウル平和宣言では、「より高度な新しい価値観に目覚めるための運動が必要であり、このような努力によって人類の善意を活用できるだろう」と呼びかけています。この重要な声明は、頂上会議で討論された政策を具現化するための組織を発展させることを述べています。
神中心の世界観を強調
人道主義的目的や目標に貢献するこの宣言が、「世界平和連合」設立の発端となりました。第四回世界平和頂上会議と第九回AULA国際会議がモスクワで、「世界言論人会議」とノーボスチ通信社の共催で「グラスノスチとペレストロイカの地球規模的意味:新しい思考」のテーマで開催されました。その言葉自体はソ連で生まれたものですが、グラスノスチもペレストロイカもそれまで敵対してきた超大国が、今や人類の抱える諸問題に共に取り組むことができる新しい時代を迎えるきっかけとなったものです。
一九九〇年四月、文鮮明師は、二十八人の元国家元首たちと共にゴルバチョフ大統領と
会談しました。この後、文師とゴルバチョフ大統領は単独に会談を行い、政治的、経済的対談をよそに、もう一つの次元である道徳と霊性について話し合いました。文師はゴルバチョフ大統領に、自由市場型民主主義と社会主義双方の資力を一体化するために、新しい価値体系が必要であると語りました。文師はまた、個人の要求と組織の要求を調和させるためには、神中心の世界観が必要であると強調しました。神中心の世界観は個人主義と集産主義の架け橋となるでしょう。
ゴルバチョフ大統領は、文師の言葉に積極的な姿勢を示しました。彼らは、新しい世界秩序の土台は地球規模の協力と開放の中から生まれるという点に同意しました。文師はこのことを創設者の挨拶の中で、モスクワ会議の一〇〇〇人の参加者に語られました。
「私は、ソ連が、真の平和が永続する世界を建設するという神の摂理において重要な役割を果たすであろうと信じております。私の祖国である韓国と国境をなし、極東からヨーロッパの中心部にまで伸びるこの大きな連邦国家は、ヨーロッパとアジアの架け橋となるように運命づけられています。私たちは、地球という一つの大きな家庭に住む一つの地球家族だと見るべきです」。
文師はゴルバチョフ大統領と会談して、平和と統一の時期が冷戦の終結によってもたらされたことについて話し合いました。そして、すべての国々が改革の必要性に対処するために新しい世界的な組織の設立を益々必要とするようになりました。
ゴルバチョフ大統領とブッシュ大統領の米ソ首脳会談中の一九九〇年六月二日に、文師は、ソ連大統領諮問委員会のメンバーであるユリ・オピシャン博士をワシントン郊外の教会施設に招きました。文師は政治的な意味だけではなく、経済、技術レベルにおいても、両大国間に芽生えた友好をいかに用いるかについて話し合いました。文師はマルチレベルの戦略をもって、この目標に向かって働きかけていくことが重要であると語りました。文師は今までアメリカ、南米、中東で設立した新聞を利用して、民主主義の理想と価値観を促進するよう働きかけました。また文師は、東欧諸国と新生民主国家を援助するため、善の目的を持った政府方針と実際的な方法の架け橋となる、より直接的な道を探していると語りました。
オピシャン博士は、一つの組織を通じて理念と資源、資力を世界平和のために用いていくという考えに大いに心引かれ、「世界平和連合」設立の呼びかけに最初に署名したのです。そして、ミズリー州選出の前下院議員リチャード・アイコード氏が二人目の署名をしました。その後、この連合は、数千名に上る連邦政府官吏、州知事、州議員、市長、軍部官吏、企業指導者、報道陣代表、聖職者そして学者たちの支持を急速に獲得していきました。最終的に「世界平和連合」は、アメリカで十万名、ヨーロッパとアジアで四万名以上の署名を獲得しました。
「私たちは、恒久平和という素晴らしい祝福を後世に保証するため、国境や信条および人種を超えた世界組織として『世界平和連合』の設立を推奨したします」。
政府と国民の相互協力生む
「世界平和連合」は、二十一世紀のための国際組織として提唱され、そこで話し合われることは未来に直接関係することです。この組織は、政府と国民の相互協力を生むための機関です。また同連合は、絶対価値の理念に基づいた国際秩序を主張し支持することにより、学者、企業家、事業家を一体化するために機能するでしょう。この考えを促進することによって、「世界平和連合」は貧困、搾取、帝国主義、飢餓、発展途上経済、人種差別、文化的対立という問題に対する解決策を呼び求めることができるのです。これらの問題は、各国の安寧を保証することによって乗り越えることができます。その国際協力を通して、同連合はすべての民族と国家に経済的自立の機会を与えながら、技術の平準化を呼びかけます。またこの連合は、全人類に等しく与えられた環境の保護と、思慮深い利用を呼びかけています。
「自由は平和の中にこそ存在します。私たちはここに思想と表現の自由、特に信仰の自由を支持することを宣言いたします」。
価値観の基盤であり、それゆえに文化の土台となる宗教は、人類の心霊の行くべき方向を示し、世界を平和へと導くために統一されなければなりません。この「世界平和連合」は、宗教がこの使命を果たすことができるよう世俗社会に焦点を置いているために、文師は、一九九〇年八月、サンフランシスコでの第二回世界宗教議会において「世界平和宗教連合」を提唱されました。この「世界平和宗教連合」は、「世界平和連合」の目的にバランスを与えるために創設されたのです。
「世界平和宗教連合」は、一つの共同体としての宗教、信者および超教的機関を、新世紀へ突入しつつある世界が直面している道徳的挑戦に向けさせるための組織です。同連合の信条は、全人類が世界平和と正義のために協力していくことです。これは、宗教の真の役割が人類を真の愛へと人類を導くことにある、という文師の宣言を支持しています。
「今まで多くの人々が真の統一世界建設を追求してきましたが、真の平和はいまだ訪れていません。だれもが平和を願いますが、私たちはまず平和を築くためには何が必要かを知らなければなりません。平和実現のかぎは、夫にあり、妻にあり、息子にあり、娘にあり、隣人にあり、国家・世界にあり、正に自分自身の中にあります。一人ひとりの人間が調和のとれた存在であるかどうか、本心を中心として心と体が調和し、一体化しているかどうかによって決まるのです。人間が神と真の父母の心情と一つになったとき、完全に他のために生き、真の愛を中心として真の平和を達成することができるのです」。
「世界平和宗教連合」は、サンフランシスコでの設立宣言以来、活発に発足のための準備を進め、一九九一年八月二十七日、韓国ソウルで正式に発足しました。「世界平和連合」と「世界平和宗教連合」は、[神]あるいは[絶対価値]を中心とする新しい理念の両側面です。これは、文師が「神主義」と名づけた哲学です。
いろいろな理念や文化、伝統、言語を超えることにより、「世界平和宗教連合」は人類の心霊を導き、「世界平和連合」は政治や経済および文化的秩序の維持に努めていきます。二つの組織は、宗教および非宗教分野における善意を活用するために、兄弟組織として取り組んでいきます。これら両連合の設立は、人類に今までなかった全く新しい一ページを開いたのです。
(英文より翻訳) 注(1) ベネズエラ出身のラテンアメリカ独立運動指導者(一七八三〜一八三〇)。ラテンアメリカの統一を目指すが失敗に終わった。
第三章 文鮮明師の北朝鮮訪問に関するマスコミ報道
南北統一と世界平和への道
第三章 文鮮明師の北朝鮮訪問に関するマスコミ報道
世界日報(1991年12月1日付)
感慨深く四十一年ぶり故郷へ ― 文鮮明師、北朝鮮入り ―
崩れる「体制」に救いの手 ― 真の「南北統一」へ道 ―
世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者、文鮮明師は三十日、中国側が用意した北京空港の貴賓室で中国側の北朝鮮担当者や朴普煕・韓国世界日報社社長、神山威・日本統一教会会長、木下歡昭・日本世界日報社副社長兼編集局長、米国ワシントン・タイムズ社幹部らとにこやかに歓談し、北朝鮮首脳らとの交流を深めてくるとの考えを示した。文師夫人の韓鶴子女史は、文師とともに約四十年ぶりに「里帰り」することができるだけに、緊張の中にも喜びの笑顔を見せていた。
この日の朝、平壌から特別機で文師に北朝鮮への招請状を持参してきた北朝鮮の朴鐘根氏は、極めておだやか、丁重に文師に招請状を差し出した。報道陣のフラッシュを浴びながら丁重に招請状を受け取った文師は、四十一年ぶりに故郷の地を踏もうとする感慨をかみしめるかのようだった。
韓国には、韓国動乱(朝鮮戦争一九五〇~五三年)の時、北から避難してきた人々が、その後孫も含めて約一千万人いる。いわゆる「失郷民」と呼ばれており、北の故郷を思う気持ちは今でも依然として強いものがある。彼らこそが心から南北の統一を願っている勢力といってよい。
文師は今回の北朝鮮訪問で、統一につながる経済協力以上に、北朝鮮の宗教・思想・教育問題の解決を最重要視している。なぜなら精神的、倫理的価値観の確立なくして、真の南北統一の解決はなく、北朝鮮の希望もあり得ないことを、文師は主張しているからだ。
今までに韓国から現代グループの鄭周永名誉会長などが北朝鮮を訪問したことがあるが、その目的は経済的利益を最優先させていた。今回の文師の訪朝は、この点に関して今までの韓国財界人と全く異なっている。
世界的な反共指導者として共産国家から常にマークされてきた統一教会の教主が、実は崩壊する共産主義にとっての救い主になる――という劇的な逆転の第一歩が、今日すでに始まったといえよう。
世界日報(1991年12月7日付)
文鮮明師、金日成主席と会談
離散家族再会で合意 ―主席、米大統領への仲介依頼―
北朝鮮訪問中の世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者の文鮮明師(世界平和連合総裁)は六日午前、北朝鮮の咸鏡南道、興南市近くのマジョン主席公館で金日成主席と単独会談した。同師に同行して北朝鮮を訪問していた黄燁周氏(在米韓国人・現北京居住)が同日夕、朝鮮民航特別機で当地に戻って伝えたもの。両者はこの会談で、(1)離散家族、特に高齢者からの面会を来年から実施する (2)北朝鮮は、これまで主張してきた内容が受け入れられれば「核査察」を受け入れる (3)海外在住の韓国・朝鮮人に対して北朝鮮への経済建設、投資を呼びかける――などで合意した。この後行われた文師・金主席の昼食会で、金主席は文師に対し、ブッシュ米大統領との会談の仲介を依頼するとともに、米国側の正式な招待があれば訪米する意思を表明した。
文師と金主席との単独会談は同主席公館で六日午前十時三十分から午後一時まで行われた。この中で双方は、韓国動乱(朝鮮戦争、一九五〇~五三年)によって生じた南北の離散家族の面会について、高齢者からの面会を来年から実施することで完全に合意。面会の実施については、南北双方で場所等、細部にわたり「合意されれば、来年早々から実施されるということを意味したものだ」と黄氏は語った。
続いて北朝鮮の核問題が話し合われ、金主席は北朝鮮には核兵器はなく、また核兵器を造る意思もないと強調し、核の平和的利用を行うとしたうえで、北朝鮮がこれまで主張してきた内容が受け入れられれば「核査察」を受け入れる、と明言した。
また、海外在住の韓国・朝鮮人を動員し、北朝鮮の経済建設を支援するための合弁事業、投資が行われるようにすることで、文師と金主席は意見の一致をみた。
今回の訪問では文師側は金剛山観光特区開発を提案、北朝鮮側は豆満江経済開発、元山貿易港開発などへの協力を要請している。さらに黄氏によれば、金主席は「南北首脳会談に応じる用意がある」として、「(盧泰愚韓国大統領と)会って、統一方式を討議、協議しよう」と、南北首脳会談実施を呼びかけた。
単独会談後行われた昼食会で、金主席は文師に対し、同師がブッシュ米大統領との親密な関係である点を指摘したうえで、米国に金主席の招待を仲介してくれるよう依頼した。金主席は「(米国から)招待されれば行く」と、訪米する意思のあることを明らかにした。
文師は今回、訪問中、万寿台国会議事堂で神主義、頭翼思想、真の愛について演説するなど、南北両国民の宗教、思想、教育面での協力にも力点を置いており、金主席との会談でも、同内容が話し合われたもようだ。
なお、黄氏は同日夕、特別機で再び平壌に戻った。文師一行は七日午後四時到着の特別機で北京に戻る予定。
文師は夫人の韓鶴子女史、韓国「世界日報」の朴普煕社長夫妻ら一行八人とともに十一月三十日、平壌入りし、北朝鮮滞在中に金日成主席をはじめとして、朝鮮海外同胞援護委員会の尹基福委員長(祖国平和統一委員会副委員長)、文師の招請人である金達玄副首相兼対外経済委員会委員長ら政府高官と宗教・思想・教育問題および金剛山観光特区開発などを含む経済協力問題を話し合った。
このほか、五日には、世界平和連合総裁名で文師は尹委員長との間で、(1)近い数年内に朝鮮統一を実現すべき (2)核エネルギーは平和的目的にのみ利用する――など十項目にわたる共同声明を出した。
また、同師の肉親と四十数年ぶりに対面したほか、生まれ故郷である平安北道定州を訪問、金剛山の視察を行うなど一九五〇年十二月に北朝鮮を出て以来、四十一年ぶりに故国での日々を過ごした。
世界日報・社説(1991年12月2日付)
統一へ文師訪朝の歴史的意義
歴史は時折意外な展開を示す。世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者、文鮮明師夫妻一行の北朝鮮入りのニュースがまさにそれである。
これまで宗教を真っ向から否定しソ連・東欧の共産主義崩壊後の世界で最も硬直し、閉鎖的な共産国家だった北朝鮮が、勝共運動を推進してきた世界的な指導者、文師を自国に迎え入れたのである。まさに驚くべきことである。厳しい凍土に自由の割れ目が生じたのであろうか。
文師の北朝鮮訪問が韓民族の悲願である韓半島の平和的統一に寄与し、閉ざされていた北の人々の解放と幸福に役立つことを心から念願する。
共産国の救済も図る勝共運動
それにしても文師はなぜ北朝鮮を訪問したのだろうか。文師は韓半島を世界の全方位的混乱と矛盾を象徴する地域とみなしている。すなわち、イデオロギー面では共産主義と民主主義の対立、哲学では唯物論と唯心論の対立を含めた東西世界の矛盾が韓半島での南北の対立に具現されている。
また、経済的には世界の「富める北」と「貧しい南」の世界の矛盾という南北の格差を象徴している。韓国は富める北の世界を代表し、一方北朝鮮はソ連からも援助を断たれ、経済的に困窮を極めている開発途上国を代表している。
このため文師は、韓半島は現代世界の矛盾が集中している地域とみなしており、韓半島の平和的統一達成は政治イデオロギー並びに現代哲学の対立と矛盾の解決に役立ち、さらに南北経済の平準化のモデルとなり、ひいては二十一世紀を前に人類の課題の根本的解決につながるとみなしている。
ところで文師の勝共運動の最大の特色はいわゆる反共運動と違って、破綻した共産主義者や共産主義国の救済を図ることをも目的としている。すなわち共産主義者に対しては、まず唯物弁証法を含めた共産主義思想の間違いを勝共理論によって理路整然と伝えるとともに、悔い改めた共産主義者や破綻した共産主義者の更生と経済再建を支援することを目指している。ソ連に対する姿勢がまさにそうであった。
一九八五年八月、ジュネーブで開かれた世界平和教授アカデミー世界大会で文師は、集まった世界のソ連問題専門家たちに対してソ連共産主義崩壊を予言するとともに、共産主義崩壊後のソ連をどのように助けるかを会議のテーマとすることを要請した。ゴルバチョフ大統領が就任したばかりの時であった。
昨年四月、モスクワで開催された世界言論人会議で、文師はゴルバチョフ大統領と会談し、共産主義崩壊後のソ連の再建に宗教を通じた精神復興の大切さを訴えた。また文師は会議でのメッセージの中で、ヨーロッパ大陸の心臓部を占め、西は西ヨーロッパ諸国と、東はアジア諸国と国境を接するソ連の重要性を指摘し、「ソ連が変われば世界が変わる」とソ連の再建支援を全世界に訴えた。
文師の北朝鮮訪問は、世界の矛盾が集中した象徴的地域である韓半島の問題を解決するため北朝鮮に自ら乗り込み、南北の平和的統一達成によって民族の悲劇を解決するとともに東西南北、全方位的な現代社会の対立と矛盾解決をその象徴の地で行おうとする意図から出たものと解される。
金主席との単独会談焦点に
一方、北朝鮮が文師を受け入れたのは、冷戦構造の崩壊、世界的な民主化の潮流の中で、これ以上孤立化することは政治的にも経済的にも不可能と考えたためではないだろうか。それにしても、主体思想に基づく独自の共産主義体制を固守し、唯物論の立場から宗教を否定してきた北朝鮮が文師を受け入れたのは驚くべき変化と言わざるを得ない。
文師の北朝鮮入りは、北朝鮮の金達玄副首相兼対外経済委員長が「統一教会の教主」として招待したもので、招待実現まで秘密裏の接触が文師側と北朝鮮側との間で続けられてきた。四月に文師の提唱で行っている「世界平和のためのサミット協議会」で作った「韓半島平和統一国際委員会」委員長のロドリゲ・カラソ・オディオ・コスタリカ元大統領が北朝鮮を訪問、その際、北朝鮮側は文師と接触したいと要望したことが契機である。
文師の訪朝は一九五〇年十二月に北朝鮮を出てから実に四十一年ぶり。平壌に到着した文師は姉妹などの六人の肉親と感激の対面を行ったという。喜ばしいニュースである。文師の北朝鮮訪問のハイライトは北朝鮮政府首脳との会談である。文師は出発に先だって北京国際空港で「私は今回の訪問が祖国統一を早める旅行になることを望む」と語り、「金日成主席と単独会談することになろう」と語っている。世界はかたずをのんで同会談を見守ることになろう。
文師と金日成主席との歴史的会見が実現し、アジアに残った冷戦構造の残滓解消と韓半島の平和的統一が大きく前進することを望んでやまない。
世界日報(1991年12月7日付)
南北平和統一の扉開いた文師
十一月三十日から北朝鮮・平壌入りしていた世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者、文鮮明師は六日、金日成主席と会談した。世界的宗教指導者であり、保守勢力のリーダーである文師が、頑迷な社会主義(主体思想)を守る国家のリーダー、金主席と会談したのであるから、われわれはこの両者の会談は画期的な出来事であると考える。
勝共運動から交流のパイプ
これまで、韓半島の統一のために、韓国政府はさまざまな努力をしてきた。また北朝鮮の統一への方法手段については異論もあろうが、統一そのものを目指してきたことは事実である。韓半島の統一は韓民族の悲願である。これを抜きにして今回の文師の訪朝と金日成主席との会談の意義は理解できない。
会談の内容は、五日に文鮮明師と尹基福・朝鮮海外同胞援護委員会委員長(祖国平和統一委員会副委員長)との共同声明をベースに、(1)数年内に韓半島を統一すべきである(2)来年中に南北の離散家族のため双方が合意する場所に面会所と書簡交換所を設置(3)少年少女の芸術団の相互派遣(4)核エネルギーは平和目的のみに使用(5)米国の招待があれば金主席は訪米の用意がある――などといった点について話し合われた。
ここでわれわれは文師の訪朝と金日成主席との会談について、具体的に評価してみよう。まず考えられることは、これまで政府間で南北統一について接触が重ねられてきたが、南北統一についてのパイプが民間レベルでできたことを意味するのである。そして、南北統一は夢ではなく、現実のものとしてとらえることのできる射程に入ったということだ。
分断された国家がいがみ合う二国が関係を改善していこうとすれば、政府間レベルとともに民間レベルでの交流を積み重ねることが、相互の不信感を払しょくしていく地道な手段であることは間違いない。かつてわが国でも中国との交流は「ピンポン」から始まった。少年少女の芸術団の相互訪問が実現し、離散家族が対面すれば、互いの実情を理解し合い、統一への国民交流を促進することができるのではないか。
ここで、注意を喚起しておかなければならないことがある。文師は昨年四月、モスクワで「世界言論人会議」「世界平和のための頂上会議」を主催し、その間ゴルバチョフ大統領と会談した。その時は、同大統領は、すでにペレストロイカ(再編)、グラスノスチ(公開)などの政策を掲げて実行していた。同大統領のこうした政策を文師は支持する一方で、ソ連に宗教の必要性を説き、青少年の教育の大切さを訴えた。これにソ連側がこたえて、今日ソ連の学生多数が米国で、文師の思想を勉強していると聞く。
文師訪ソの前後、ベルリンの壁は崩壊し、東欧はまたたくまに民主化していき、ソ連自体が共産主義を放棄するに至った。文師の訪ソは名実ともに目に見える形となって現れ、世界平和に向けて大きく前進していったのである。
しかし、今回の訪朝は、北朝鮮が開放に向かうことを先取りしたようなもので、いわば「約束手形」を切ったようなものだ。先の文師訪ソと今回の訪朝は状況が違うといっていい。変化はこれから起こるのである。今後の北朝鮮の姿勢の変化に注目したい。
文師は宗教指導者であるとともに、共産主義の克服を訴え、世界的な運動を展開してきた勝共運動の指導者でもある。その人を北朝鮮が受け入れるということは、すでに同国内部で何らかの変化が起きてきたことを意味するものだろう。
「北」には「北」の狙いがあるはずだ。冷戦構造が崩壊した後、世界的に民主化の潮流が定着している中で、これ以上孤立化を深めることは得策でないとの判断があり、文師を招待することにより、西側、特に米国とのパイプをつくりたいと考えているのではないか。
民族自決という問題として
ここで注目したいことは、南北統一が現実性を一歩強めたものとなった今、その南北統一は民族の自決だということである。その意味では、日本が単独で北朝鮮との間で国交正常化を進めることは意味をなさなくなる。むしろ、韓国と北朝鮮との間の統一への枠組みを越えるのではなく、背後にあってわが国の役割に徹するべきである。したがって日朝国交回復は時期尚早であると言えよう。
文師が世界的に展開する統一運動は、崩壊した共産主義国を救済し、そのうえ共産主義を己の生きる糧としてきた共産主義者の魂の救済をも目指している。そして、現在家庭の崩壊、個人主義の行き過ぎによるエゴイズムの蔓延の危機にある米国はじめ資本主義陣営にも、文師の運動の輪が広がっている。文師は民主主義は崩壊の岐路に立っていると予言すらしている。このような世界的視野に立つ文師のビジョンと運動に今後とも注目したい。
世界日報(1991年12月14日付)
統一へ基礎つくった南北合意
ソウルで開かれた韓国と北朝鮮の第五回南北首相会談は南北関係改善の基本方針に当たる「南北間の和解と不可侵および交流協力に関する合意書」に調印した。両国の分断以来四十六年にして、これまでの対決と相互不信の時代から平和共存の時代へと大きく第一歩を踏みだす歴史的な合意といえよう。世界でただ一つ残された同民族の分断の地である韓半島が統一へ向かう本格的な基礎をつくったともいえるものであり、われわれはこの合意を歓迎し、高く評価したい。
画期的な北側の融和姿勢
今回の調印は、一九七二年七月四日の自主・平和統一・民族大団結をうたった「南北共同声明」に続く、約二十年ぶりの南北政府間合意である。
特に「南北交流・協力」の項では、資源の共同開発や合弁投資など経済交流と協力、芸術・スポーツ・新聞・ラジオ・テレビ・出版・報道などの交流と協力、国民の自由な往来と接触の実現、鉄道・道路の連結、郵便・電話・通信の交流などを確認している。これだけ広範にわたる相互交流を、これまで閉鎖的だった北朝鮮が受け入れたことは、こうした面から相互不信の根を氷解させ、統一の機運を一段と大きく押し上げることにつながろう。今後の具体的な実績を見なければならないが、まず同国の融和的な変化として受け止めたい。
もちろん、今回ですべてが合意したわけではない。米国、日本はじめ国際社会が最大の関心事としている核査察問題については、合意書には盛り込まれず、今月内に板門店で核問題に関する実務代表による協議を持つとし、継続審議となった。ただ、共同発表の形で「双方は朝鮮半島に核があってはならない、との認識で一致した」と非核の原則を表明している。北朝鮮はこれまで核問題で徹底して強気一点張りだったが、この分野でも柔軟な対応を望むものである。
それにしても今回の合意で特徴的なのは北朝鮮の変化である。南北首相会談は昨年九月の第一回から難航に難航を重ねてきた。しかし、今回は北朝鮮の会談に臨む姿勢がソウル到着の声明時からこれまでと違っていたという。合意書の妥結へ強い意欲を表明し、会談に入ってからは合意書の文案調整のための実務接触(十一日)でも韓国側が翌日へ延期を提案したのに対し、「夜明けまで続けよう」と継続したという。こうした双方の努力が最終妥結にこぎつけたといえよう。
こうした北の変化は、東西冷戦の崩壊という大きな流れが背景にあったといえるだろう。それが、韓ソ国交樹立、日朝国交正常化交渉、南北の国連同時加盟と波及し、カンボジアの和平協定、さらに今度は韓半島に和解の波が及んだわけだ。
また、北朝鮮の核査察の問題では、北側の譲歩を引き出すため米国と韓国が相次いで在韓米軍撤退など韓国内の非核化方針を表明してきたことも考えられる。さらに国家経済の厳しさなどを抱えていることから、孤立化を脱し、南北関係を前進させて日朝国交正常化交渉や対米関係を進展させることの方が得策との判断に基づき路線転換したものとの見方もある。
こうした要因があったことは確かである。しかし、今回の北の変化はそれだけでは説明がつかないほどの転換といえないか。北朝鮮は主体思想により、金日成主席が脳髄、朝鮮労働党が中枢神経、人民は手足とする体制をとっている。「人民大衆は党の領導(金主席)を中心とし、組織思想的に結束することにより、一つの社会政治的生命体を成す」という国家論だけに、今回の北の大きな変化は金主席の「対南解放戦略」の転換、またはその放棄といったことが、その変化の直接的な要因とみられるのである。
くしくも今回の南北首相会談での合意は、同会談に先んじて行われた世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者の文鮮明師と北朝鮮との間で合意された十項目宣言と大部分が重なる内容である。北側の姿勢変化はすでにその時に表面化したともいえよう。
南北和解はアジア安定の要
一方、こうした北側の変化は米国、日本へのシグナルとみてよいのではないか。米国のソラーズ下院外交委アジア太平洋小委員長(民主)が北朝鮮を訪れるが、この機会に北側からの何らかの対米姿勢転換の表明がなされるかもしれない。
また日本は日朝国交正常化交渉が実施されている。渡辺外相は今回の合意を「日朝交渉にプラスとなる」と歓迎を表明したが、南北の歴史的合意が同交渉に良い影響を与えることになろう。
韓半島は日清、日露戦争などの例を見ても歴史的に日本を含む北東アジアの和平、安定を左右してきた重要な地域であり、現在もそれは変わっていない。その意味からも、南北はこの合意を基にさらに具体的な交流、和解を進展させ、同地域の安定の要となることを期待したい。
ワシントン・タイムズ
南北統一と世界平和への道
ワシントン・タイムズ(1991年12月7日付)
金日成主席、韓半島統一について会談
最後の共産主義国家の一つである北朝鮮の金日成主席は、昨日、かつて投獄したこともある、強烈な反共主義統一教会創始者の文鮮明師と韓半島の統一について会談した。
彼らは、核兵器は韓半島において「製造することも配備することも」あるべきではない、金主席と韓国盧泰愚大統領の頂上会談が統一問題解決のために必要である、ということに同意した。
会談には尹基福・海外同胞援護委員会委員長と金達玄副首相も参席した。文師の側近の朴普煕氏は平壌からの電話で、文師は金主席に「私は友人となるために来ました。我々は主義と信条においては違っても、血は水よりも濃いという事実を確認しました」と述べたと告げた。
北朝鮮主席は、その訪問に反対した政府役人らを退けて文師を招待したと述べた。彼は、猪狩りをするためにまた来てくださいと再度の招待をし、文師は金主席をアラスカの海での釣りに招待した。
三時間にわたる会談は、東海岸の工業都市咸興に近い金主席の公館で開かれ、文師の七日間の訪朝を結論づけた。これは文師にとって四十一年ぶりの帰郷となった。昼食会の間に北朝鮮主席は、招待されれば「訪米し、ブッシュ大統領に会う用意がある」と述べた。
この会談の場所は、数人のプロテスタト牧師らが文師を異端として共産党に告発した後、一九四八年に送られた強制労働収容所から数マイルしか離れていない。韓国動乱の始めに仁川に国連軍が上陸して解放された後、文師は無一文で、また徒歩で、南韓に脱出し自由になった。
金日成主席は昨日、文師と尹委員長の間で離散家族の再会の準備を整えることで一致したことを支持した。一〇〇〇万の韓国人が、ソウルと平壌の敵対する政府によって非武装地帯を越えることも、手紙を出すことも禁じられているのである。今まで北朝鮮政府は、双方がまず政治的・軍事的に同意すべきだと言ってきたのである。
文師と尹委員長は「一〇〇〇万の離散家族の痛みを和らげるために共に人道的プロジェクトを実施する」ことで一致した。手始めに、彼らは「離散家族が会い、手紙を交換できる場所を設置する必要がある」と述べた。 (英文より翻訳・抜粋)
月刊『ワールド&アイ』(1992年2月号)
血は水よりも濃い
去る十二月六日、統一教会創始者であり長年の反共主義者である文鮮明師は、北朝鮮の金日成主席の招待により平壌で会談した。この歴史的会談で、文師は経済的に窮乏した北朝鮮の経済援助を行うこと、さらに非武装地帯によって分断されている離散家族の再会のために尽力することを約束した。「血は水よりも濃い」ということを確認しながら、この宗教指導者は南北両国家の統一のために喜んで命をささげる用意があると言明した。世界を驚かせた北朝鮮訪問で、文師は健在な二人の姉妹と親族にも会い、四十一年ぶりに故郷を訪問したことになる。 (英文より翻訳)
月刊『世界女性』(1992年2月号)
南北和解時代の劇的な出会い
―世界平和連合文鮮明総裁と金日成北韓主席との一五〇分間の会談記―
■去る十二月六日咸興市興南麻田にある主席公館で歴史的な出会いの場をもった文鮮明師と北韓の金日成主席。共産主義の没落を予言していた文師と徹底した共産主義国家である北韓の金主席との出会いは、南北和解時代のシンボルとして評価されている。昼食を兼ねた二時間半にわたる会談で、金主席は文師にパルチザン(遊撃隊)時代のエピソードや個人的な趣味などを紹介し、アメリカ訪問への希望も打ち明けた。
文鮮明師と金日成主席との会談は、咸興市郊外の麻田にある主席公館で開かれた。そこは金主席がたびたび訪れる休養地で、外国の国家元首級を迎える所。波がうねる東海やその水平線の上を飛ぶかもめを一望に見下ろすことができ、建坪四〇〇坪規模の一階建ての石造り。会議室、食堂、休憩室などがある。食堂からは大きな窓ガラスを通して美しい海の景色が一目に入る。
大理石でできた室内の飾りも立派だった。牡丹が刺繍されている薄緑のカーペットは、素朴にモールディングされた薄い黄色の壁と調和していた。天井は高く、壁に飾っている大きな金剛山の山水画が珍しい雰囲気をかもし出していた。
この日の昼食会は終始和やかな雰囲気で、金主席が文師のために準備した特別なメニューがきれいに用意されていた。金主席は席に着くや否や、食卓のメニューを紹介し始めた。漢江や臨津江で取れる魚の話から始まり、話題が凍ったじゃがいもの素麺に移ると、自分のパルチザン時代によく食べたものだと紹介した。
二人の話はさらに進んで、金剛山開発や景色のこと、お互いの趣味のことに移った。文師と金主席は互いに似ている点が多かった。背丈や体格が似ていたし、言葉つきも北韓の方言で、声色まで似ていた。特に釣りや狩りが趣味だというところまで似ていた。
二人は昼食会を通してさらに人間的に親しくなった。金主席は文師の故郷定州の家についても関心を示した。文師は、「祖国統一と故郷訪問」が今までの願いだったが、今回「故郷訪問」の願いがかなったから、残ったのは「祖国統一」であると、北韓訪問の感想を述べた。そして文師は金主席をアメリカへ招待したが、金主席は是非訪米してみたいと答えた。
アメリカの政治学者であるスカルピノ教授は、文師と金主席の会談を「二人のメシヤの出会い」と言い、また「二人の教祖の出会い」とまで言う人もいた。
今回の二人の出会いは、変化している韓半島の理念の葛藤を克服し、わが民族における和解時代のシンボルとなった。
「来年四月花が咲いたら、釣りでもしに来てください」。文師を見送る金主席の最後のあいさつであった。 (韓国語文より翻訳・抜粋)
週刊 東大新報(1991年12月11日付)
文鮮明師と神主義
共産主義崩壊の予言と思想的超克
今年八月のソ連共産党の解体宣言を契機に、前回、第一弾として「共産主義の崩壊を予言した人々」を取り上げた。共産主義に反対の声を上げ、それ故の迫害にも屈せず敢然とした行動を貫いた事実には、各々に大きな価値を置かざるをえなかった。そして世界的宗教指導者・文鮮明師の「勝共」運動は、中でも民族主義を越えて世界次元で展開し、崩壊後の救済策までを具体的に提示するという卓越性を示していた。しかも調べていくと共産主義の興亡に関する予言が具体的な年代にまで及び、驚くべきことにこの的中度がソ連史上で確認されるのである。
数理的予言がソ連史上で的中
具体的に年代までも予言
一九六七年六月といえば、成田闘争や東大の安田講堂封鎖など、七〇年安保改定に的を置く国際的共産主義運動がまだ頂点に達する以前、世界共産革命の前夜だと思われていた時であるが、その時すでに文鮮明師は次のように予言している――「共産主義は、国際的共産主義から民族的共産主義になり、さらに分党的共産主義になる」「共産主義は八代を越せない」。さらに一九七二年四月には、「共産主義は七十年目にして滅び去る。共産主義が始まった一九一七年から六十年間持続してピークに達し、その後は下り坂になり、七十年目には絶滅する」とも予言している。
ソ連の最高権力者は、レーニン、スターリン、マレンコフ、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコと受け継がれ、ゴルバチョフがちょうど八代目である。ゴルバチョフは一九八五年三月に書記長となり、八六年二月、第二十七回党大会で新しい党綱領を採択し、これを踏まえてその一カ月後からペレストロイカの思想を打ち出し始めた。
折しもその直後、四月二十六日にチェルノブイリ原子力発電所の事故があり、ゴルバチョフは、経済分野だけでなく社会全体のペレストロイカが必要だと発言。七月にはついにハバロフスク演説で「ペレストロイカは革命だ」と断言した。
それから、八八年十二月にワシントンでINF全廃条約に調印。八九年六月、西独訪問時に「ブレジネフ・ドクトリン放棄」の共同宣言をし、それから東欧六カ国の自由化がすさまじい勢いで進展。十一月九日、ベルリンの壁崩壊。十二月二日、マルタで冷戦の終結宣言。十二月二十二日には最も強固であったルーマニアのチャウシェスク政権が崩壊した。
九一年の八月十九日にはソ連共産党指導部によるクーデターが起こったが、三日天下に終わり、ゴルバチョフは書記長を辞任。ソ連最高会議は共産党の活動を当面禁止し、共産党の資産は各共和国と市が接収し、KGBと軍も全面的に改編、縮小された。国家の最高権力としてのソ連の共産主義はここに文字通り絶滅の運命にさらされたわけだ。時にロシア革命から七十四年目。文師の予言よりも四年長く生き延びたが、八七年には自由主義経済を一部導入、八八年には複数政党制を認めるような決議がなされていることも考え合わせると、ゴルバチョフが共産主義の事実上の否定であるペレストロイカを「革命」だと宣言した時に、すでに共産主義の命脈は尽きていたと言ってよい。
文鮮明師は単にこう予言しただけではない。七六年九月十八日、米国建国二百年を記念して五十万人を集めて統一教会が行った「ワシントン大会」の席上、予言の実現を前提として、「次の目標はモスクワで大会を開くことである」と宣言したのである。ところがその前年には、南ベトナムの首都、サイゴンが解放軍によって陥落。さらにカーター米大統領(当時)の容共路線のため、アフリカ、中東、ラテン・アメリカなどの赤化が著しく、アフガニスタンにまでソ連が侵攻する事態となった。しかし、文師は信念を曲げず、精力的で忍耐強い勝共運動を続け、八五年七月には早々と、韓国ソウルで開催された「第一回国際勝共連合学術会議」において「共産主義の終焉」を宣言するに至ったのである。
ワシントン大会での宣言は、九〇年四月十一日、文鮮明師が主催する第十一回世界言論人会議がソ連の要請でモスクワで開かれた折、ゴルバチョフがその会議に参加した元国家元首四十一人らと共に文師夫妻をクレムリンに招待し、ゴルバチョフと文師が約三十分間にわたって単独会談をするという形で、見事に実現された。
その後、約三千名のソ連学生がアメリカ、レニングラード、ハンガリーなどで文師の理念――統一原理――を学び、上級二十一日研修会まで行われた。さらに九一年四月二十九日から五月八日までの十日間、ソ連の十五の共和国から副大統領、副首相、連邦ならびに共和国最高会議代議員など最高の有力政治家、知識人ら約二百五十人が、文師の創始した啓蒙機関、カウサ・インターナショナルの招待でアメリカで一堂に会し、統一原理をテーマにして三日間討論を行った。
一言にしていえば、文鮮明師は単に共産主義崩壊を正確に予言しただけでなく、その予言を実現するためにあらゆる手段を使って運動し、さらにそれを救済するために全力を投入したのである。その点が単なるオカルト的な予言との根本的な相違である。どうしてこのようなことが可能になったのであろうか。
共産主義体制の崩壊はその思想的欠陥に根本原因があるために、それを超克した思想がなければ、本質的な救済は不可能であろう。その点、文師の崩壊の予言からその後の救済策に至るまで、根底には「神主義」および「頭翼思想」という思想が貫かれている。以下、共産主義思想の欠陥とそれを克服する「神主義」の内容について、簡単に紹介してみたい。
マルクスの経済学公理は現実離れ
マルクス主義の思想的破産は、ソ連での七十余年にわたる壮大な実験の失敗で誰の目にも明白なものとなった。しかし、その欠陥は今のところ、経済や政治学的角度から検討されているにすぎないように見える。例えばマルクス主義経済学は、(1)消費者は異なった財の効用を比較できない、(2)財とサービスの価値の唯一の尺度はそれゆえそれらの生産に支出された労働時間である、(3)社会主義のもとではその労働時間は国家の経済計画で規定され評価される、さらに、(4)労働のみが唯一の価値の源泉であるから土地その他の天然資源は有限であっても本源的な価値を持てない、という四つの公理で構成されている。ソ連の経済は、この現実離れした四つの公理に完全に忠実に運営されてきた。
そのため、生産は社会のニーズとは無関係になされ、労働の質が問題とされないためにみな意欲を失い、怠け者となり、無責任になった。また天然資源が無駄に使われ、経済が破綻するとともに、特権階級と一般庶民との富の格差が増大する等々、あらゆる矛盾が一斉に吹き出すようになったのである。
こうして見ると、確かに、現在のソ連の悲劇をもたらした外面的原因の一つは経済学上の誤謬であるかもしれない。しかし、その誤謬がなぜ生じたのかを分析すると、そのもっと奥により深い動機が見えてくる。
復讐心から社会転覆狙った共産主義
共産主義思想の原点であるマルクスは、ユダヤ教の名門のラビ(教師)の家系のドイツ人であったが、その父は弁護士で、職を保持するためにキリスト教に改宗。そのため、マルクスはユダヤ人からも非ユダヤのキリスト教徒からも白い目で見られて育ち、また左翼思想のゆえにプロシア政府から執拗な弾圧を受けた。このような経過から、マルクスは次第にキリスト教、ユダヤ教、プロシア政府、そしてさらには現代社会全体に対して強い怨念を持ち、その復讐として、社会体制を暴力によって根本から転覆させようと考えるようになったと推定される。
マルクスは社会転覆という目的を達成するため、現代社会の支配者である資本家階級に絶対逃れられぬ罪状を突きつけ、労働者を団結させて必勝の信念を持たせる必要に迫られた。彼がリカードの労働価値説を改作して、極度に独断的な搾取理論を構築したのはそのためだと思われる。すなわち、「価値は労働者の労働力だけによって生み出され、資本家は全く価値を生み出さず、その価値を労働者からもっぱら搾取するだけの存在だ」としなければならなかった。それで初めて、「資本家は殺されても仕方のない全くの害虫だ」ということになるのである。
ソ連の不幸は、このマルクスの真の動機を見抜けず、復讐と権力奪取のための手段として捏造した虚構を真理だと誤認し、その虚構に基づいて社会全体を構築しようとしたところにある。ただしその背景として、共産主義の確立者、スターリンなどにも、マルクスと同様の、あるいはそれ以上の屈辱、怨念、復讐心、権力への野望などがあり、マルクスの思想がその願望達成にこの上もなく役立つものであったということは見逃せない。そう考えない限り、一九三二〜三三年にソ連の全農家から穀物を没収し、一千万人以上を餓死させるなどという残忍な仕業をした理由が理解できないであろう。
神主義により物心両面を救済
では、こういう破壊衝動に由来する間違った経済学的公理の上に築かれた、破滅的なソ連社会を立て直すにはどうしたらよいか。このままでは、経済復興のためだけにでも莫大な歳月が必要となるばかりでなく、仮に経済を立て直したとしても、アメリカのような精神的退廃を招く危険性がある。現に今、ソ連では、ペレストロイカとグラスノスチによって西側のフリーセックスが流入、蔓延し、性的退廃には目に余るものがある。
マックス・ウェーバーはマルクス主義の代案として、価値相対主義に基づく個人の主体的責任を強調した。しかし、価値相対主義はまた新たな矛盾・葛藤・堕落をもたらし、個人主義は利己主義を生み出すであろう。ウェーバーは西欧自由思想の一つの頂点をなすものだが、この「個」を中心とする西欧型発想には限界があると言わなければならない。
これに対し、文鮮明師がソ連学生に与えたのは、この経済・精神両面の危機を一挙に打開しようとする根本的な方策、すなわち「神主義」であった。それは、無神論の代わりに宇宙の創造神に対する信仰を再興し、神に由来する真の愛を土台とする家族的秩序を形成するというものである。
文師は、「もし、愛と叡智そのものである神が実在し、その神が最後まで読み切った完全な目的と構想をもってこの宇宙を創造したのでなければ、問題解決の保証はない」と考え、この神の本質と目的の何たるかを必死に祈り求め、「神と人間の関係は親子関係である」との啓示を得たという。また文師は、「神は愛することを通じて喜びを得ようと欲せられ、その愛の完全な対象として、すなわちわが子として人間を創造された」と説いている。
ここで、文師の説く「神主義」の骨子を紹介すると、以下のようになる。
(1) 神は宇宙を創造された後は、自分を顧みることなく、ただ他のため、宇宙と人間のためだけに生きておられる。人間はまずこの「ために生きる」という神の心を自分の心とし、さらにその心と体(行動)とを完全に一致させることによって、神に完全に似た実子とならなければならない(個性完成の祝福)。
(2) このように神と完全に似るようになった完成された男と女とが、次には、神の祝福のもとに結婚して、父・母・子女から成る家族全体を神に似たものとし(子女繁殖の祝福)、最後にその神に似た家族を氏族、民族、国家、世界……と生み殖やすことによって、宇宙全体を神に似たものとしなければならない(万物主管の祝福)。
(3) この創造目的は本来全く矛盾なく、人間始祖の時に実現可能のものであった。しかしその始祖が神の戒めを守らず、神から離れ、以後代々神に対して罪を犯し続けたので、本来の神と一体の状態にまで戻ってその理想を実現するためには、その罪をすべて償わなければならず(蕩減復帰)、そのためには再臨のメシヤ――イエスの役割を受け継いでそれを完成する人――が必要となる。
文師は、この方策を具体化するのは、ソ連のようにすべてが失われたところの方がむしろ早いと考える。文師の教えを聞いたソ連学生の多くがにわかに希望を抱き、その思想の普及に情熱を燃やすようになったのはこのためである。
そして九一年十一月末、文師はついに師の共産主義解放プログラムの最後の拠点、平壌にまで入った。物心両面の復興の速度において、元共産主義圏は自由主義圏より早いかもしれない。文師はこのように共産主義からの救済プログラムを見積もっているようである。
朝日新聞・読売新聞・毎日新聞・日本経済新聞
南北統一と世界平和への道
朝日新聞(1991年12月1日付)
文鮮明氏、北朝鮮入り ―経済協力などを協議か―
世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教主夫妻が三十日、韓国の世界日報社長や米国の統一教会関係者らとともに朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に入った。世界日報編集局によると、文教主は北朝鮮の金達玄・政務院副総理兼国際貿易促進委員会最高顧問の招請を受けており、五〜六日程度北朝鮮内に滞在し、金日成主席とも会談を行う予定という。
文教主らの一行は七人。この日北京空港で、北朝鮮のパク・ジョングン金剛山国際貿易開発会社社長を通じて「文牧師(教主)夫妻の出身地(北朝鮮)訪問と経済協力問題を討議するために平壌に来ることを歓迎する」との内容の金副総理の招請状を受け取り、同日午後、朝鮮民航の特別機で北京をたち、平壌入りした。
統一教会は「反共産主義」の立場で知られている。
文教主と平壌に同行した朴普煕・世界日報社長は北京で、「先月十六日、北京で北の金副総理と会い、北が本当に平和統一を望むなら保守宗教勢力の統一教会と対話しなければならないと説得した。文牧師招請は、北の急激な思想的変化の兆しと見ることができる」と語った。
韓国内には、文教主に対する北朝鮮側の招請状が「経済協力問題の討議」に触れている点などから、北朝鮮が統一教会の財力に目をつけて経済援助を見込んでいるとの見方がある。
朝日新聞(1991年12月6日付)
北朝鮮と共同声明 統一教会・文教祖
平壌放送によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問中の世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教祖(世界平和連合総裁)は五日、平壌で北朝鮮の尹基福・朝鮮海外同胞援護委員長(祖国平和統一委副委員長)とともに共同声明を発表した。
共同声明は、数年以内の南北統一の実現を強調するとともに、対話を通じての平和的統一実現で双方の見解が一致したと述べている。さらに南北首相会談の進展と首脳会談の早期実現への期待を表明した。
また共同声明は、核査察問題の力による解決は中止すべきだとし、朝鮮半島での核兵器の製造や配備に反対すると述べた。
このほか(1)世界平和連合は北朝鮮の経済事業に投資する用意がある(2)来年中に南北の離散家族のため双方が合意する場所に面会所と書簡交換所を設置する――としている。
朝日新聞(1991年12月7日付)
経済協力など金主席と合意 文鮮明師
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を訪問している世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教主は六日、咸鏡南道咸興にある金日成主席の公館で、金主席と約三時間にわたり会談したと、韓国の世界日報が報じた。昼食をはさんでの会談で、双方は南北離散家族の再会を来年から推進し、また「統一グループ」が北朝鮮に経済協力をするなどで合意したという。
読売新聞(1991年12月1日付)
文鮮明夫妻が北朝鮮入り 金主席と会談へ
聯合通信によると世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教祖夫妻が三十日午後、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と経済協力問題などを協議するため北京から空路、平壌入りした。五、六日間滞在し、金日成主席ら北朝鮮指導者と会談する予定という。平壌では、統一教会が力を入れている「世界言論人大会」の平壌での開催問題などについても話し合うという。
読売新聞(1991年12月7日付)
文鮮明師と会談 金日成主席
七日付の韓国紙「世界日報」(早版)によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の金日成主席は六日、世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教祖と会談、両者は統一教会系企業による対北朝鮮支援など四項目で合意した。また、金主席は席上、同国の核開発疑惑について「道理にかなった査察は受け入れる」と述べた。
合意事項は、(1)来年から南北離散家族捜しを推進する(2)核エネルギーは平和目的にのみ利用する(3)海外同胞を含めたあらゆる対北朝鮮投資を歓迎し、「統一」グループは北朝鮮の平和的事業を支援する(4)南北首脳会談は、統一方式を協議し、決定するためならば実現可能である――の四項目。
毎日新聞(1991年12月6日付)
文鮮明教祖訪朝で共同声明
朝鮮中央通信によると、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の尹基福・朝鮮海外同胞援護委員長(党書記)と世界基督教統一神霊協会の文鮮明教祖は五日、平壌で会談し、一九九二年中に双方が合意する場所に離散家族の面会所と手紙の交換所を設置、さらに来年中、リトルエンゼルス(少年少女の民族芸術団)の平壌招待公演と平壌少年芸術団のソウル招待公演を実現することなどを盛り込んだ十項目にわたる共同声明を発表した。(朝鮮通信)
東京新聞(1991年12月8日付)
金主席、訪米し、大統領と会談も 文鮮明氏に意向伝達?
世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教祖は七日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)訪問を終え、平壌から北京に到着した。
空港で文教祖は声明を発表、「北朝鮮はイラクではない」と強調、北朝鮮の核問題は武力ではなく、平和的に解決できると訴えた。
また、教会関係者が配布した発表文によると、北朝鮮の金日成主席は文教祖に対し、招待されれば米国を訪問し、ブッシュ大統領と会談する用意があるとの意向を伝えたという。
日本経済新聞(1991年12月8日付)
文鮮明氏、北朝鮮訪問終える
七日の平壌放送によると、世界基督教統一神霊協会(統一教会)の文鮮明教主(世界平和連合総裁)は同日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)訪問を終えて、空路平壌を出発した。
中和新聞(1992年1月1日付)
九二年国際情勢徹底分析
摂理的使命果たした文鮮明先生の北訪問 外交評論家 井上茂信
一九九二年の国際情勢はどのような年になるだろうか。結論からいえば分裂から統合へと向かう年だといえよう。その最も劇的なのが韓半島情勢である。世界的な宗教指導者であり、勝共運動を展開してきた世界基督教統一神霊協会(統一教会)の創始者の文鮮明師が昨年十一月三十日から八日間にわたって北朝鮮を訪問し、金日成主席と歴史的な会談を行った。この劇的な会談を契機に韓半島は統一に向けて大きく動き出した。数年内の統一も可能であろう。今年はまさに世界的な分裂から統合への年であり、それが韓半島に集約的に具現する年なのである。
「虫の目」から「鳥の目」への転換を
国際情勢を見る上で最も大切なのは、「虫の目」から「鳥の目」視点への転換である。「虫の目」とは虫が地面をはいずり回るように局部しか見ない視点である。「鳥の目」は鳥が大空から大地を俯瞰するような大局的な視点である。「虫の目」視点の欠点は細部にとらわれて、全体像が見えないこと、すなわち「木を見て森を見ない」ことである。これでは世界は読めない。
「虫の目」視点から見ると、現在の国際情勢はあまりにも複雑で全体像が捕らえられない。ソ連・東欧の激変、欧州や北米での経済統合の動き、日米経済摩擦、韓半島情勢の流動化など、国際情勢は変化が激しく多様であるからだ。このため、個々の地域の分析に手いっぱいで、国際情勢の全般を綜合的に、また人類史の流れの中で把握することは困難である。
これに対し、「鳥の目」は国際情勢を大局的に、歴史の展開の中で捕らえる視点である。その点で、一九九二年の国際情勢を理解する上で最も大切なのは、一九九〇年から人類は既存のパラダイム(思考のワク組み)の大転換期に入ったという視点である。すなわち、一〇〇年単位で人類史を見るとき、各世紀末の十年には必ず大混乱が起こっている。既存のパラダイムが崩壊するためである。十九世紀末はフランスのデカダン(退廃文学)に象徴される思想の混乱期だった。同様に二十世紀末の一九九〇年から一九九九年は大変革期に当たっている。
「全方位混乱」で共産主義は崩壊
二十世紀を支配したパラダイムは政治イデオロギーでは共産主義とこれと対立する自由・民主主義、そして、両者に共通する「科学万能の考え方」であった。だが一九九〇年はまさに「全方位混乱」の年であった。すなわち、政治を中心とする東西軸では共産主義の崩壊と自由・民主主義の行き詰まりが起こった。
まず、東の共産主義はモノ不足によって、ソ連・東欧圏諸国の共産政治の崩壊が九〇年に本格化した。共産主義崩壊の根本原因は、(1)「人間は平等」というマルクスの錯覚に基づいて、天与の能力差をも認めず、このため能力のあるものはやる気をなくしたこと、(2)「労働価値説」に立脚し「知識や創意が力であること」を認識せず、情報化時代に遅れたこと、(3)「階級なき社会」を目指し、それを実現するためのノーメンクラツーラという「新しい階級」をつくり出すという矛盾を犯したこと、(4)唯物論に立って、人間を「動く機械」と見なし、共産主義にプラスになるものが「善」、マイナスになるものが「悪」という価値基準を打ち出し、同胞をも含めて大量虐殺を行ったこと、(5)人間疎外の原因になるとして、私有財産を否定したこと――などである。
共産主義思想は、ユダヤ教のラビの家庭に生まれ、プロシア社会からユダヤ人という理由で差別され、他方キリスト教に改宗したため、ユダヤ教徒から背教徒として蔑視されたマルクスの幼年期の心理的葛藤から生まれた怨恨と闘争の哲学である。そして、暴力革命を合理化するために、無神論とヘーゲルの弁証法を無理にくっつけたものであった。
一方、九〇年には西の自由・民主主義はココロの面で行き詰まった。それを象徴するのは、米国でエイズの死者が十万人台を超えたことや、麻薬の青少年層への広がりと、凶悪犯罪の横行である。日本でもカネのためなら妻をも殺すという保険金殺人事件や銀行の不正貸付けに象徴される社会道徳の退廃が起こりつつある。
自由・民主主義の行き詰まりの原因として、神を中心とする正しい価値の中心点を失ったことがあげられる。すなわち、(1)正しい善・悪の価値基準なき民主主義(デモクラシー)は、みんなで悪をなすという集団狂気(デモクレイジー)になる、(2)「自由イコール善」との錯覚がまかり通り、正しい価値基準なき自由は放縦に流れた、(3)「人は教育を通じて人格」となるといわれる。やってはならないこと、すなわち戒律を「教え」、他人の痛みがわかるやさしい心情を「育てる」という「教育」の原点が忘れ去られたこと――などである。
さらに、一九九〇年は経済を中心とする南北軸では、富める北の国々と貧しい南の国々との経済格差の拡大という南北対立激化の年となった。また、「科学万能の考え方」は世界的な脳死体験の研究の広がりで、肉体一元論の唯物科学が行き詰まりつつある。
思想・価値の空白に民族エゴが衝突
次の九一年は「全方位混乱」がさらに広がって「ダブル全方位混乱」となり、九二年の統合への陣痛期の年であった。すなわち「東対東」「西対西」「北対北」「南対南」の内部対立と闘争激化の年であった。「東対東」はユーゴスラビアの内戦、ソ連の各共和国の独立と相互対立の激化である。「西対西」は「パールハーバー攻撃五十周年」を迎えた日米の政治対立やポスト冷戦の米欧対立である。「北対北」はウルグアイ・ラウンド交渉をめぐる米国対EC(欧州共同体)の対立、コメの自由化をめぐる日米摩擦の激化である。「南対南」は貧しいが軍事力の突出したイラクによるクウェート武力侵略とこれに対する国連軍の軍事介入が起こった。
どうして「ダブル全方位混乱」が起こったのだろうか。原因として、(1)共産主義も自由・民主主義も行き詰まった思想の空白に乗じて民族エゴが高まった。(2)多民族・多宗教国家であるソ連の各共和国を結びつけていた接着剤は共産主義イデオロギーと「米帝国主義の脅威」であったが、共産主義が崩壊し、冷戦終結で「米帝国主義の脅威」もウソと分かり、すべての接着剤がなくなり、抑えつけられていた民族対立、宗教対立が噴出した。(非同盟中立のユーゴスラビアの場合、「ソ連帝国主義」と「米帝国主義」の脅威がともになくなり、クロアチア人とセルビア人の対立が表面化し、内戦となった)(3)日米、米欧対立は共通の巨大な敵であったソ連の崩壊で、これまで抑えられていた政治、経済エゴの衝突となった。(4)イラクのクウェート侵略は、対米包囲網の一環としてイラク、北朝鮮、キューバなど第三世界の国々と同盟条約を結んでいたソ連が、冷戦終結でこれら同盟諸国への援助をやめたことが原因の一つである。カネの切れ目が縁の切れ目となって、経済的に困ったイラクが独走してクウェートを侵略した。
九二年の国際情勢は九一年の延長線上にある。すなわち九一年の民族主義の高まりによる各国の遠心力的動きが、隣国との共存共栄を目指す求心力的動きへと収拾していく年になると予想される。
まず民族主義の位置づけである。自分の生まれた土地、そして家族やその延長線上にある同族のものを愛するのは、生きとし生けるものの本能のようなものであり、善悪の次元を超えたものである。思想や国境線で人為的に南北に分断された韓民族が離散家族の再会、そして祖国の統一を願うのも自然な人間の心である。だが、自民族のみを正しいと信じ、自民族の利益を他民族の犠牲で追及しようとするのは「民族エゴ」であり、国際紛争の原因となる。
そこで九二年は民族エゴの克服による分裂から統合への動きが最大の課題となる年となると思われる。このことは、二十一世紀の新しいパラダイムである民族エゴや一国主義を超えた「地球村」構想、そして共産主義と自由・民主主義を超えた神主義(頭翼思想)へ向けての大きな第一歩が踏み出されることを意味する。
ECと北米で市場統合が加速される
九二年に統合が大きく前進するのが西欧諸国である。オランダのマーストリヒトで昨年十二月九、十の両日開かれた欧州共同体(EC)首脳会議で、ローマ条約(ECの役割を規定する基本条約、ローマ憲法とも呼ばれる)の改正を審議し、その結果統合EC(欧州連合)創設への道筋について合意を見た。
すなわち、(1)九九年までにEC主要国で欧州中央銀行(ECB)を設立して、共通通貨ECU(エキュー)を採用する(ただし、ECU採用に反対する英国に対しては「免除」条項を設ける)。(2)政治面では共通外交・安全保障政策を導入し、国際政治に対し「共同行動」をとる。(3)軍事面ではEC主要国で構成する西欧同盟(WEU)を基盤とするが、安保政策は米国主導の北大西洋条約機構(NATO)と両立させる。(4)ECの将来像については英国の主張を入れて「連邦化」の字句を削除するが、EC議会の権限、EC共通市民権を導入する――などが決まった。
ECは今年中にヒト・モノ・カネの域内移動を自由化する市場統合の準備作用を終える。合わせて人は三億四〇〇〇万人、国内総生産(GDP)五兆ドルという欧州の十二か国が国家を超えた「ヨーロッパ合衆国」へと進むのである。
一方、北米では北米自由貿易協定(NAFTA)が動き出している。米国、カナダ、メキシコ、三国間で九一年二月に締結されたもので、三億六〇〇〇万人、経済規模六兆ドルの市場統合の実現へ向けて動き出す。
旧ソ連邦と韓半島の将来
これらの統合の動きを求心力的動きとすれば、民族独立追求の動きは遠心力的動きである。ソ連邦の解体は遠心力的動きであったが、その後の「独立国家共同体」の結成は求心力的動きである。ロシア、ウクライナ、ベラルーシ(白ロシア)のスラブ系三共和国が締結した「独立国家共同体」へ、カザフ共和国などソ連・中央アジア地方の各共和国も加盟した。ソ連邦は解体し、各共和国は独立した。「独立国家共同体」は同じ「共同体」の名をもつ欧州共同体(EC)のような独立国家の同盟関係の組織であり、当面は民族主権の土台で連合しようとするものである。
ゴルバチョフ・ソ連大統領は「新連邦条約」で各共和国の上に立つ連邦を残そうとしたが、「独立国家共同体」は国家の上に中央国家を設けることを否定するものである。多民族国家を結びつけていた共産党が解体した以上、イデオロギーにより人工的に作られた連邦が解体するのは当然の帰結だった。ソ連の場合、まず遠心力が働いて各共和国の独立による連邦解体となったが、今度は求心力が働いて「独立国家共同体」が結成された。政治・経済が安定すれば、次はEC型の連合に向かう可能性もあろう。
次は韓半島である。韓国と北朝鮮は昨年十二月十三日ソウルでの第五回首脳会談で「南北間の和解と不可侵および交流に関する合意書」に署名した。内容は、和解と不可侵を定めたほか、物資、科学・技術、教育、文化・芸術、報道、出版その他多くの分野での交流や離散家族の相互訪問を決めたもの。分断から実に四十六年間ぶりに南北が署名した最初の公式文書であり、ついに統合への求心力が韓半島でも動き始めたことを意味する。今年は南北統一への大躍進の年となろう。
北朝鮮をして、対決から民族和解へと大転換させるための大きな契機を与えたのは、文鮮明師の北朝鮮訪問であった。北で文師は宗教指導者として演説した。そして朝鮮労働党機関紙「労働新聞」にその内容が掲載され、「神主義」が北の人にも伝えられた。
文師は勝共運動の創始者であるが、「私の勝共思想は共産主義者を殺す思想でなく、彼らを生かす思想、すなわち人類救済の思想です」と語っている。また文師は韓半島について「世界史の総合的な遺産と呼ぶことのできる東と西、南と北の出合い、精神と物質、有神論と無神論の対決と混沌が集約された地」と語り、「韓民族の試練は人類の摂理的なものであり、神は韓民族がこれを克服することを待ち焦がれている」と強調している。
南北統一への突破口を切り開いた文師は、北訪問によって、分裂から統合へ、そして「地球村」へと向かいつつある人類の摂理史のなかで、神を中心とする正しい心が主体となって肉体を正しく導くという頭翼思想(神主義)によって韓半島の統一を始動させるという神から与えられた使命を達成されたのである。
共産主義を越えて・統一思想研究院副院長 大谷明史
南北統一と世界平和への道
第四章 共産主義を越えて
共産主義を越えて
統一思想研究院副院長 大谷明史
疑いもなく、ソ連邦の成立と消滅は二十世紀最大の世界史的な事件でした。ここ数年間の劇的な共産主義の崩壊の現実を目の当たりにした多くの人々は、歴史の大変革期を目撃し、身震いするような興奮を覚えたことでしょう。しかし、この歴史的なドラマの背後には神とサタンの熾烈な闘いがあったのです。
(一) 文鮮明先生の勝共運動と共産主義崩壊への軌跡
一九三五年四月十七日、文鮮明先生が山上でお祈りをされていると、突然イエス・キリストが霊的に現れて、「神のみ旨を成就するように」と、使命を告げました。文先生が十五歳の年でした。そのときすでにソ連では、スターリンがマルクスのいう地上天国・共産主義を標榜しながら独裁体制を強化し、世界赤化を目指していました。
キリスト教と政府から追われて
一九四五年八月十五日、日本から解放された韓国において、文先生は神のみ旨を成就するためにみ言を語り始められました。しかし準備されていたキリスト教と政府が文先生に反対する立場に立ったために、一九四六年六月六日、共産主義の支配下にある平壌に行き、そこで伝道を始められました。
間もなく文鮮明先生は共産党によって逮捕され、生死の境をさまようほどの拷問を受けられました。そして四八年五月より五〇年十月まで、興南の収容所で、苛酷な強制労働に服されました。そこは、どんな健康な人間でも必ず二、三年で死んでいくという最悪の環境でした。しかし、神のみ旨を成就するためにあらゆる苦難を耐えられた文先生は、国連軍の進撃によって解放されました。そして三十八度線を越えて南下するとき、「私が必ず責任をもって北韓を解放します」と、神の前に悲壮な決意で祈られたのです。共産主義がいかに残虐なものであるか、そして共産主義政権下の人民がいかなる苦難を受けているか、身にしみて理解しておられる文先生でありました。
一九六七年、全米にベトナム反戦の波が広がり、日本では、間もなく「東大紛争」や「成田闘争」が始まろうとしていました。世界共産革命の前夜だと思われていた時です。その時、文先生は次のように語られています。「共産主義は、国際共産主義から民族的共産主義になり、民族的共産主義は分党的共産主義になる」。また「共産主義は八代を越せない」と。
国際勝共連合の設立と世界的大会の開催
キリスト教に指導されたアメリカを中心とする民主世界が共産主義問題を解決できないため、共産主義は世界赤化を目指してどんどん膨脹していました。そこで文先生は一九六八年に、韓国と日本で国際勝共連合の設立を提唱されました。また文先生の指示により、数年前より文先生の弟子である李相憲氏が勝共理論を執筆していましたが、この年『新しい共産主義批判』として出版されました。そして国際勝共連合は共産主義の誤りを指摘しながら、内外の左翼勢力との激しい闘いに突入していったのです。
一九七二年、米軍は北ベトナムへの爆撃を再開しましたが、北ベトナムの攻勢はますます激しくなっていました(翌年、米軍はベトナムから撤退を余儀なくされます)。同じころ、日本の連合赤軍による「浅間山荘事件」や、日本人ゲリラによるイスラエルのロッド空港での乱射事件があり、人々を震えあがらせていました。この年、文先生は「サタン的共産主義の歴史は七十年目にして滅び去る。共産主義が始まった一九一七年から六十年間持続してピークに達し、その後は下り坂になり、七十年目には絶滅する」と語られています(なお文先生は、しばしば「共産主義は七十二年目に滅びる」とも語られています)。
一九七五年四月十七日、カンボジアの首都プノンペンが解放勢力・カンプチアによって制圧され、政府軍が降伏しました。続いて、四月三十日、南ベトナムでは、解放軍が首都サイゴンに進攻し、政府軍は無条件降伏しました。三十年にわたる死闘が終わり、ついに共産勢力が政権を握ることになりました。共産勢力は正に破竹の勢いで進撃したのです。日本国内でも、解放戦線を支持しながらベトナム戦争反対を叫んでいた左翼勢力は最高に盛り上がっていました。その時、このままではアジア全体が共産化されてしまう危機的な状況を迎えていたのです。
この危機に対処すべく、文先生は六月七日、ソウルのヨイド広場で「救国世界大会」を開かれました。世界六十か国の代表千余名を含む一二〇万人の大集会となりました。そこで文先生は「共産主義は神を否定する恐るべき思想であり、人類を誤った方向に導くものです。これに打ち勝つには、真理に立脚した次元の高い精神的理念と思想武装によらなければなりません」と訴えられました。この大会を契機として、アジアは共産化の危機を乗り越えることができたのです。
一九七六年九月には、米国の建国二〇〇年を記念して、統一教会の「ワシントン大会」が開かれましたが、そこで文先生は「モスクワ大会」を宣言されました。それはソ連で間もなく共産主義が後退し、宗教活動を受け入れるようになるという予告でした。しかしその年は、前年のサイゴン陥落に続き、カーター米大統領の容共路線によって、ソ連の世界的な赤化戦略が目覚ましい成果をあげている時であり、だれも文先生の宣言を真剣に受け止めようとはしませんでした。
最高度に高まった東西の緊張
一九八三年は、東西の対立が最大に高まった危機的な年となりました。当時、ソ連は翌年の米大統領選でレーガンの再選を阻止すべく、あらゆる手段を構じていました。八三年三月にレーガンがSDI(核ミサイル攻撃防御システム)の開発を指示すると、ソ連はアンドロポフ書記長(六七年以来、長きにわたってKGB議長を務め、八二年十一月に書記長に就任)を中心として、宇宙を舞台にした核戦争「スターウォーズ」が始まったと世界に宣伝し、密かにアメリカに対抗しようとしていました。
九月一日には大韓航空機がソ連上空でスパイ機と誤認されて、ソ連のミサイルによって撃墜されました。十月に入るとビルマのラングーンで北朝鮮工作員による爆弾テロが起こり、韓国の要人が多数犠牲になりました。さらにベイルートでは、イスラム過激派による米・仏軍への襲撃があり、合わせて三〇〇人近くが犠牲になりました。十一月には、米ソのINF(中距離核戦力)制限交渉も暗礁に乗りあげ、米ソはそれぞれ戦略ミサイルの配備を急ぎました。このように東西の緊張が最高度に高まっている時でした。
一九八五年に英国に亡命したソ連の大物スパイ(英国のKGBの責任者であった)オレグ・ゴルジエフスキーが『タイム』誌(九〇年十月二十二日号)に語ったところによれば、一九八三年十一月、世界は核戦争の一歩手前にまで近づくという終末的危機(ハルマゲドン)を迎えていました。ソ連は西側の核攻撃が迫ったという妄想にとらわれて、アンドロポフの指令による「ライアン計画」が発動され、先制核攻撃をかけるべく、緊張は極に達していたのです。
共産主義の終焉宣言
このような時、文先生はシカゴで第十二回科学の統一に関する国際会議(八三年十一月二十四日〜二十七日)を開かれていましたが、世界の危機的状況を素早く感知されました。そして会議が終わるや否や、直ちに韓国の八大都市で全国勝共大会を開くことを発表され、帰国の途に着いていた七十二か国の学者たちに、韓国訪問を招請されたのです。世界の学者たちが集った勝共大会(十二月十四日〜二十三日)は韓国内の左翼勢力の激しい妨害があったにもかかわらず、大成功を収めました。そしてこれは世界の共産主義が敗北する転機をつくることになったのです。さらに、数年前より李相憲氏によって、文先生の思想である統一思想に基づいて、共産主義を、より体系的、学術的に批判し、その代案を提示する作業がなされていましたが、急ぎ完了し、翌年二月一日に『共産主義の終焉』(日本語版)として出版されました。
間もなく二月九日、アンドロポフが死去しました。そしてアンドロポフの死とともに、ゴルジエフスキーが語っているように、ソ連において、核戦争への妄想がおさまっていったのです。アンドロポフを引き継いだチェルネンコが在位十三か月で死去すると、八五年三月には、共産主義の独裁体制を改革しようとするゴルバチョフが登場することになりました。
ところが文先生は八四年七月より八五年八月まで、不当な脱税容疑により、アメリカ政府によってダンベリー刑務所に収監されることとなりました。これは宗教的、人種的、思想的偏見による宗教迫害でありました。しかし文先生は獄中より、「ワシントン・タイムズ」紙を通じて、ニカラグアの左翼政権と闘う自由戦士コントラを強力に支援されました。それは、民主党の反対によってコントラ援助の法案が議会で否決され、苦境に陥っていたレーガン政権を助けることになったのです。
さらに獄中より指示され、八五年七月、ソウルでは国際勝共学術セミナーが開かれ、「共産主義の終焉」が宣言されました。また同年八月、ジュネーブで開かれた第二回世界平和教授アカデミーの世界大会において、「ソ連帝国の崩壊」が宣言されました。また時を同じくして、『共産主義の終焉』の英語版 [THE END OF COMMUNISM(1985. )]が出版され、理論面からも世界に向かって共産主義の終焉が宣言されたのです。
しかしその時は、共産主義が崩壊するとは、ほとんどだれも考えていませんでした。八九年に至ってようやくフランシス・フクヤマ(米国務省政策企画部次長)が民主主義は共産主義との戦いに勝ったとする『歴史の終わり』という論文を発表し、国際的な反響を呼びました。また同じころ、元米大統領補佐官のブレジンスキーが『大いなる失敗、二十世紀における共産主義の誕生と終焉』を著し、共産主義が崩壊に向かっていると述べました。しかしその時、すでに共産主義の崩壊は目前に迫っていたのです。
共産主義の崩壊
八九年の末に至り、東ヨーロッパで一斉に共産主義が崩壊を始めました。ドイツでは十一月九日にベルリンの壁が崩れ、翌年十月には東西ドイツが統一され、四十一年間の分断の歴史に終止符が打たれました。
九〇年二月七日、ゴルバチョフ書記長はソ連共産党の一党独裁を放棄する宣言を行い、ソ連共産党はそれを採択しました。間もなくゴルバチョフは、脱共産体制に備えて大統領に就任しました。九一年八月、保守派によるクーデターが失敗し、ゴルバチョフ大統領は共産党書記長を辞任し、ソ連共産党の解体を勧告しました。その時、一九一七年のロシア革命以来、七十四年間にわたってソ連を支配してきたソ連共産党が事実上崩壊したのです。
さらに十二月に至り、スラブ三共和国が中心となり、ソ連邦に代わって「独立国家共同体」を創設することを宣言しました。そして十二月二十五日、ゴルバチョフ・ソ連大統領が辞任し、ソ連は名実ともに完全に消滅することになりました。一九二二年にソ連邦が成立して以来、六十九年の歴史に幕が下ろされたのです。
このようにして、文先生が予言されたごとくに、まさに「ソ連帝国の崩壊」と「共産主義の終焉」が現実のものとなったのです。文先生が「共産主義は八代を越せない」と言われたように、レーニン、スターリン、マレンコフ、フルシチョフ、ブルジネフ、アンドロポフ、チェルネンコと引き継がれたソ連の最高権力者は、八代目のゴルバチョフで終わりを告げたのです。また「共産主義は七十二年目には滅びる」といわれたように、一九一七年より七十二年目の一九八九年に至って、共産主義の崩壊が突如として始まったのです。
では、なぜ共産主義が地上に現れて、かくも劇的に崩れていったのでしょうか。
神のみ旨の勝利
神の摂理から見れば、共産主義が地上に現れたのは、人類歴史の終末期において、神を中心とした天国が現れる前に、サタンがそれをまねて偽りの天国を実現しようとしたからです。そして共産主義が崩れたのは、文先生が荒野路程四十年間の苦難を越えて、神のみ旨を実現されたからにほかなりません。そのためにダンベリーの牢獄を越えて、四十年路程が終わらんとする八五年八月十五日の直前に、「共産主義の終焉」と「ソ連帝国の崩壊」を宣言されたのです。神のみ旨の勝利によって、共産主義は崩壊したのです。
(二) マルクスの思想の変遷
共産主義は科学の旗を高く掲げながら、地上における「ユートピア」――搾取のない社会、自由な社会、富のあふれる社会、悪徳の一掃された社会――の実現を目指し、世界中で多くの人々を共産主義運動に巻き込んできました。ところが共産主義革命により現れた社会は、ユートピアではなくて共産党の独裁社会であり、革命により、また革命後の粛清により大量の虐殺が行われ、歴史上にも例をみないほどの恐怖政治が行われたのです。
ソ連では、二〇〇〇万人とも、五〇〇〇万人ともいわれる人々が殺されています。ソ連人民代議員の歴史学者ロイ・メドベージェフによれば「粛清の犠牲者は四〇〇〇万人になる」ということです。中国の文化大革命、カンボジアのクメール・ルージュによる虐殺なども、歴史に例のない悲劇でした。
共産主義が人類歴史にこのような悲劇をもたらした根本的な原因はどこにあったのでしょうか。いうまでもなく、共産主義革命はマルクスの思想に基づいて行われたものです。したがって共産主義の誤りの根本原因はマルクス主義そのものにあったのです。ではなぜマルクス主義=共産主義思想がそのような悪の根源を内包していたのでしょうか。その問題を思想的に分析してみなくてはなりません。共産主義を越えて真の理想社会を実現するためには、それはどうしてもなされなくてはならない課題なのです。
京都大学名誉教授の勝田吉太郎氏も次のように述べておられます。「今、われわれがなすべきこと、それは[川に落ちた犬をたたく]ような仕方で共産主義に居丈高に政治的ばり雑言を浴びせたり、ツバを吐きかけたりすることではない。むしろマルクスの思想体系 ――共産主義という名の無神論的社会主義が、なぜかくも長期にわたって人々の魂を呪縛したのか、いったいマルクスの思想のどこに人間存在に途方もない災厄をもたらす悪の根源が潜んでいたか、といった哲学的反省を加えること、これがいま知識人に求められている作業ではないか」。
では共産主義思想を形成するに至ったマルクス(一八一八〜八三)の思想の変遷の要点を紹介しながら、マルクスの思想の本質に迫ってみたいと思います。以下は、李相憲著『共産主義の終焉』(一九八四年、光言社)に基づいて解説したものです。
思想が成立する条件には、哲学者を取り巻く家庭環境、社会環境、思想的環境などがありますが、それよりもさらに深いところにあって思想を推進する動力になっているのが心理的要因です。したがって若きマルクスが、思想家として登場する際の、彼の心理を知らなくてはなりません。
第一の心理的撃発
カール・マルクスはユダヤ人のラビの家系に次男として生まれました。父ハインリッヒは弁護士でしたが、プロシア政府がユダヤ教徒を公職から排除する条例を出したために、彼はユダヤ教を捨ててキリスト教に改宗しました。続いて、カール・マルクスら七人の子供たちも改宗させられたのです。
そのような状況の下で青年マルクスは、ユダヤ人としてキリスト教のプロシア社会から差別され、またユダヤ教を捨てたことによりユダヤ社会から蔑視されていました。そのため彼は孤独感、疎外感、劣等感にあふれていましたが、それが転じてプロシア社会と宗教に対する反抗心、復讐心、憎悪心が彼の中で燃えていました。そのような心理のもとで、マルクスは差別され、搾取されている人間を解放しようと立ち上がったのです。
一八三五年にボン大学に進んだマルクスは一年間、法律を学びましたが、その後ベルリン大学に移り、哲学を学びました。そこでマルクスはヘーゲル哲学に接近しましたが、プロシア社会の変革を目指すヘーゲル左派に属しました。ベルリン大学の卒業に際して、マルクスの希望は大学教授への道でした。ところがマルクスが頼りにしていたヘーゲル左派のブルーノ・バウアーが、当局によってボン大学の教授任命を拒否され、一八四一年には大学から追放されてしまいました。それとともに、マルクスの大学教授志願の道も挫折してしまったのです。これがマルクスの思想形成における「第一の心理的な撃発」となりました。つまり、これが「引きがね」となってマルクスの思想が新しい段階に飛躍したということです。
そこでマルクスは政治評論の道を目指すようになります。一八四二年四月、「ライン新聞」に職を得たマルクスは、十月に二十四歳の若さで編集長に就任しました。そこでマルクスは言論の力によって政府を正しながら、ヘーゲル哲学の目的である自由の実現を達成しようとしたのです。
第二の心理的撃発
ところがプロシア政府の弾圧によって「ライン新聞」は休刊に追い込まれてしまい、彼は一八四三年三月に編集長の職を辞すことになりました。それから六月には、ユダヤ人社会とは相入れないプロシアの貴族の娘イェニーとの結婚を強行し、母と姉から断絶してしまいました。マルクスの母ヘンリエッテは、夫や子供たちの改宗に反対し、最後にやむなく改宗していますが、夫の死後、再びユダヤ教に戻るという厳格なユダヤ教徒でした。母はマルクスの結婚に強く反対し、結婚を強行したマルクスに対して遺産分配を拒絶するようになります。その時のマルクスの心理は、プロシア政府に対する憎悪心と反抗心であり、家族と断絶した孤独感でした。これがマルクスの思想形成における「第二の心理的な撃発」となりました。
そこでマルクスは、政府や官僚に期待をかけるヘーゲル主義の立場を捨てて、人間主義の立場から「立身出世にあくせくしている官僚によっては自由は実現できない」(『ヘーゲル国法論批判』)と結論しました。そして、人間の解放は政府や官僚の力によってなされるのではなくて、市民社会の一般の人間によってなされなくてはならないと主張しました。
このマルクスの主張は、ヘーゲル左派のフォイエルバッハの人間解放の公式にならったものでした。フォイエルバッハによれば、人間は動物とは違って理性、愛、意志などの本質をもっていて、しかもその完全性を願っています。ところで個人としての人間は不完全な存在ですが、個人としての人間を越えた類としての人間の本質(類的本質)は完全なものです。そこで人間は類としての本質を対象化させて、それを崇拝するようになったのです。それが神にほかなりません。その結果、現実の人間は非常に利己的で無力な存在になってしまったのです。これが彼のいう人間疎外です。すなわち人間の本質を神によって失ってしまったことが人間の疎外でした。したがって喪失した人間性の回復すなわち人間の解放は、神を否定することにより、人間が自分の中に人間の本質を取り戻すことであると主張したのです。
マルクスはこの人間解放の公式にならって、人間は国家や官僚に期待をかけることによって人間の本質を失って(奪われて)いるのだから、国家や官僚に委ねるのではなくて、市民社会における現実の人間が自分の中に人間の本質を取り戻さなくてはならないと主張したのです。
一八四三年十月、妻とともに追われるようにして文化と革命の中心地パリへ旅立ちました。そこでマルクスは、フランスの初期社会主義や初期共産主義思想の影響を受けます。そして漠然とした「現実の人間(市民)による人間の解放」という立場から、一歩進んで「プロレタリアートによる人間の解放」(『ヘーゲル法哲学批判序説』)を主張するようになりました。
さらにパリで経済学を学んだマルクスは、ブルジョアジーによるプロレタリアートの搾取という経済的な構造が、人間の差別の根本問題であると考えるようになり、「私有財産の止揚(否定)による人間的本質獲得のための共産主義」(『経済学・哲学草稿』)を主張するに至りました。しかし、その時の共産主義は、あくまでヒューマニズムの立場に立つものであり、暴力的なものではなかったのです。
マルクスは「私有財産の止揚は、すべての人間的な感覚や特性の完全な解放である」(『経済学・哲学草稿』)と述べており、私有財産の止揚による類的存在(フォイエルバッハのいう人間の本質)の奪還、すなわち疎外からの人間性の解放を目指したのです。
第三の心理的撃発
ところがプロシア政府の圧力により、一八四五年二月、マルクスはパリを追われブリュッセルに亡命することになります。プロシア政府の執拗な追及と経済的な困窮により、ついに彼の怒りは爆発し、激しい復讐心に燃えるようになりました。これがマルクスの思想形成における「第三の心理的な撃発」となりました。その年の暮れに、彼はプロシア(ドイツ)国籍を放棄しましたが、それは彼の復讐の固い決意の現れであったと見ることができます。マルクスのドイツ国籍の放棄に関して長野敏一氏は『マルクスの深層研究』の中で次のように述べています。
だが、われわれは、――心理学に興味をもつほどのものは――この事件をそう軽々と見逃すことはできないのである。一人の人がいままで自分が生まれ、育ち、大きくなってきた祖国を、そう心易く、路傍の石でも拾い、道ではなでもかむように、たやすく捨て去ることができるであろうか。われわれは決してこれを肯定することはできない。マルクスは国籍を離脱するに当たって、ドイツとの決定的な絶縁を、というよりは敵対を決意したのであろう。国籍離脱という事件は、決してそのまま単独な決意や断行ではなくして、より大なるマルクスの決意と将来の予定行動との一環である。それはドイツを「革命」すること、ドイツを「顛覆」することである。マルクスはこのような決意と予定行動のために国籍を離脱したのである。
ドイツ政府とその政府を支えるブルジョアジーに対して激しい敵愾心を燃やすマルクスは、ついに暴力革命を決意するようになります。『ドイツ・イデオロギー』では、共産主義者の使命は「現存する世界を革命し、既成の事物を攻撃し変更すること」であるといい、『哲学の貧困』では、革命は「肉体対肉体の衝突」すなわち暴力的な闘争であるといいました。そして、一八四八年の『共産党宣言』では、世界に向かってプロレタリアートによる「暴力的な社会革命」を宣言しました。
ブリュッセル以後は、パリ時代までマルクスが抱いていたヒューマニズム的な人間解放の精神は影をひそめてしまいました。彼にとって、暴力による社会革命が最大の課題となったのです。パリ時代の主張であった私有財産の「止揚」(アウフヘーベン)という言葉が私有財産の「廃棄」(アプシャフング)という強い調子に変わったのも、暴力革命の決意を反映したものでした。
それ以後、マルクスは経済学の研究に没頭し、その成果を一八六七年に『資本論』(第一巻)として発表しました。『資本論』は純粋に科学的な研究であるかのように装っていますが、それは明らかに資本主義社会を打倒することを合理化するための理論でありました。その中でマルクスは「資本主義的私有の最期を告げる鐘が鳴る」と誇らしそうに宣言したのです。マルクスの心理的撃発に伴う思想の変遷をまとめれば次のような図になります。(図:省略)
(三) マルクス主義の悪魔的要素
プロレタリアートによる暴力的な権力の奪取を全面に押し出したマルクスは、そのための方法として唯物弁証法を立てて闘争を合理化し、暴力を積極的に肯定しました。そして、革命と共産主義社会の到来がだれも押しとどめることのできない歴史的必然性であることを人々に説得するために、マルクスは唯物史観を構築し、『資本論』を著したのです。さらにプロレタリアート独裁論を立てて、共産政権による独裁の道を開きました。このようなマルクスの思想と、それを革命的実践に応用したレーニンの思想に基づいて、二十世紀に至り、ソ連、中国、東ヨーロッパなどで革命が起こり、共産政権が誕生したのです。
しかし革命によってできた社会は、人間の解放された自由な社会、経済の繁栄する豊かな社会ではなく、かえってより一層人間性が蹂躙され、自由が拘束された社会であり、経済的に破綻した社会でありました。それは階級のない社会ではなく、共産主義官僚という「新しい階級」による人民に対する苛酷な支配の行われる社会であり、支配者は人民を強制的に労働に駆り立て、権力によって富を自由にしました。官僚の間には汚職が蔓延し、絶望した人民は無気力になり、アルコールになぐさめを求めました。マルクスの初期の目的であった自由の実現と人間の解放は完全に失敗したのです。
このような結果をもたらした原因はマルクス・レーニン主義にありますが、根本的な原因はマルクスの人間解放の思想(人間疎外論)にあったのです。なかでもマルクスがパリからブリュッセルに亡命する時の「第三の心理的撃発」が、その決定的な契機となっています。その時、マルクスの思想はヒューマニズムの立場から離れて、悪魔的要素を帯びるようになったのです。
憎悪と復讐心の凝結
ブリュッセルに亡命したマルクスの中で、憎悪と復讐の心は、人類(労働者)に対する愛や人類(労働者)を解放しようとする正義の心を凌ぐものとなっていました。一八四七年六月、ロンドンで「共産主義者同盟」の第一回大会が開かれましたが、同盟に加入したマルクスは、同盟の前身であるドイツ人亡命者の組織「義人同盟」のスローガンが「人間はすべて兄弟」であったのを、「万国のプロレタリア、団結せよ」に取り替えました。それは「自分としてはどんなことがあっても兄弟になりたくない多数の人間がい
る」とマルクスが言明したからだといわれます。
また森和朗氏は『マルクスと悪霊』の中で、その時のマルクスの心理を鋭く分析して、次のように述べています。「[万国のプロレタリア、団結せよ]――このあと一年足らずでヨーロッパ世界を震撼させることになる有名な言葉は、マルクスの労働者への友愛の所産ではなく、彼の人間への憎悪と差別が凝結したものであるのだ」。そして『共産党宣言』における「彼ら[プロレタリアート]を眺めるマルクスの目は心なしか冷たい光を放っている」。と見抜いています。結局マルクスにとって、プロレタリアートはブルジョアジーを破壊してくれるための勢力にすぎないのであって、破壊の後は、マルクスを中心とした共産主義者が意のままに支配するということだったのです。このようなマルクスの心は、この世を支配しようとするものであり、悪魔(サタン)に通ずるものとなっていたのです。
マルクスの人間疎外論
では、マルクスは人間疎外についてどのような結論を下したのでしょうか。マルクスは「資本家が労働者から労働生産物を奪ったこと」を人間疎外の本質であると見ました。さらに資本家をしてそのように駆り立てた元凶は、「吸血鬼のように、ただ生きている労働の吸収によってのみ活気づく」資本であると見ました。そして資本を有する資本家は「最も恥知らずで、汚ならしくて、卑しくて憎らしい衝動」の持ち主であるとされたのです。
その結果、マルクスは資本を成立させている資本主義社会と、資本の所有者である資本家を打倒し、絶滅させれば人間は解放されると考えました。しかし問題は、資本そのものにあるのではなく、それを所有する人間の心にあったのです。また資本は、資本主義社会のみに成立するものではなく、共産主義社会も含めて、いかなる社会においても必須のものであったのです。したがって、マルクスの人間疎外論は完全に間違っていたのです。
暴力の肯定
次に、人間の疎外を解決するための方法が問題でした。マルクスはまず唯物弁証法を立てて、闘争を法則化し、暴力を崇高なものにしました。そしてレーニンは「資本主義の崩壊の全過程や社会主義社会の誕生には、暴力が必ず伴う」と言いました。マルクス主義の悪魔性をするどく追及したロシアの宗教思想家、ベルジャーエフは「新しい人間の魂は否定的情熱、憎悪、そして暴力によって形成される。これがマルクス主義の悪魔的要素であり、弁証法と呼ばれるものである。悪は弁証法的に善へと移行し、闇は光へと移行する。レーニンはプロレタリア革命に奉仕する一切のものは道徳的であると宣言し、それ以外の善の定義を知らない」といっています。この暴力の崇拝によって、革命と革命後の粛清により、大量の人々が虐殺されることになったのです。
マルクスやレーニンはテロの必要性も宣言しました。マルクスは「古い社会の血なまぐさい死の苦しみと新しい社会の血にまみれた産みの苦しみを短くし、単純化し、一つにまとめる手段はたった一つしかない……革命的テロリズムだ」と言い、レーニンは「われわれはけっして原則上テロを拒否しなかったし、また拒否することはできない」と言っています。今日まで多くの無実の人々の血を流したテロリストたちの父はマルクスであり、レーニンであったのです。
独裁論の樹立
共産主義者による暴力的支配をさらに合理化し、徹底させたのが「プロレタリアート独裁論」の樹立です。マルクスは「[資本主義社会と共産主義社会の間の]過渡期の国家は、プロレタリアートの革命的独裁以外のなにものでもありえない」と言い、レーニンは「プロレタリアートの独裁のうちに、まさにマル
クス学説の本質がある」と言っています。
ところがプロレタリアートの独裁とは、搾取してきたブルジョアジーに対する、搾取されてきたプロレタリアートの独裁ではなくて、実は民衆(プロレタリアート)に対する、プロレタリアートの前衛であるという共産党の独裁を意味するのであり、ひいては共産党の指導者である個人の独裁を意味していたのです。(ブルジョアジーは粛清されるか、思想改造された後、プロレタリアートの一部に組みこまれます。)その結果「歴史上かつてないほど完璧な権力を民衆に対してふるう階級[共産主義特権階級]」が生まれることになりました。そして共産党の独裁は、革命後の過渡期のみならず共産政権が続く限り、続くことになったのです。さらにソ連の崩壊が示しているように共産党の独裁が終わるということは、共産政権の終わりを意味していました。
(四) 真の愛による人間の解放
マルクスは人間解放のために立ち上がったのですが、憎悪心、復讐心にかられて暴力革命の道へ進んだために、人間を解放するよりは、より一層人間性を蹂躙する結果になってしまいました。ベルジャーエフも次のように語っています。「[初期マルクスにおいて]新しいヒューマニズムの可能性があった。彼は非人間化に対する反抗から出発したが、後には彼自身が非人間化過程におぼれた」。
今日、「ソ連の崩壊」と「共産主義の終焉」を迎えましたが、このような結末を迎えた根本原因は結局、マルクスの人間観の誤りにあったのです。したがって、真に人間を解放するためにはマルクスの人間解放の原点に帰り、人間の解放の道を新たに求めなくてはならないという結論になります。
真の愛に基づいた思想
マルクスの思想を克服し、またそれに対して代案を提示できるのは復讐ではなく、敵をも許す真の愛に基づいた思想でしかありません。それは文先生の提示された頭翼思想(ヘッドウィング)にほかなりません。頭翼思想は、共産主義と民主主義を抱擁しながら新しい平和の時代へと導くものです。頭翼思想は、神主義(ゴッディズム)に基づく思想であり、統一思想ともいいます。
ところで共産主義は、資本主義社会の矛盾や病弊を指摘し、糾弾するという点では見事であり、資本主義社会を正す上で有効的であったということは高く評価しなくてはなりません。共産主義は「資本主義に対する告発状」であったのです。しかしそこには資本主義社会を否定するだけで、それに代わる代案がなかったのです。共産主義社会という理想像はあっても、それは単なる幻のようなものであったし、またそれを実現するための方法が間違っていたのです。ここに理想社会に対する明確なビジョンと、それを実現するための正しい方法が必要となります。それを実現しうるのが、すなわち頭翼思想であり、統一思想なのです。
共産主義は、今日まで多くの人々と、特に正義心の強い知性人たちを引きつけてきました。それは、彼らが共産主義の持つ悪魔的要素に気づかないまま、理想世界を約束するその理論に引かれたからです。
文先生も次のように語っておられます。「彼らが思想的にどんなに賢い人々なのか分かりますか? 共産主義理論も自分勝手になっていないのです。理論的に見た時に否定できない内容を備えていたので、世界的な知性人層を全部、掌握していったのです」。
そこで共産主義の持つ悪魔的要素を取り除いて、神を受け入れるようにせしめて、神を中心とした理論にすればよいのです。そうすれば、それは頭翼思想に包含されるようになるのです。例えば、文先生は共産主義の弁証法に対しても、「闘争的弁証法でなくて和合的弁証法にすればよい」と語っておられます。
文先生とゴルバチョフ大統領との会談
一九九〇年四月、ソ連は文先生と統一運動を受け入れて、モスクワにて世界言論人会議が開かれました。そして文先生とゴルバチョフ大統領の歴史的な会談が実現しました。かつてソ連は、文先生とレーガン大統領とローマ法王を主要な敵と見なして(なかでも文先生を最大の敵と見なして)、テロリストを通じて暗殺を謀ったほどでした。一方、文先生は勝共運動を通じて、ソ連による世界赤化の道を遮ってこられたのです。しかしゴルバチョフはKGBを通じて徹底的に統一運動を調べました。その結果、文先生の真の意図は、ソ連を滅ぼそうというのではなく、暴力と独裁という誤った共産主義を正し、ソ連社会を救おうとされていることをゴルバチョフは理解したのです。
こうして一九七六年のワシントン大会において宣言された「モスクワ大会」が現実のものとなったのです。その後、文先生は独立国家共同体(旧ソ連)の学生、教授、政治家等に、共産主義に代わる新しい理念を教え、経済的に破綻した社会を復興し、発展せしめるために尽力しておられるのです。
北朝鮮訪問と金日成主席との会談
ゴルバチョフ大統領との会談に続いて、文先生は一九九一年十二月、突如として北朝鮮を訪問され、金日成主席との歴史的な会談を実現されました。かつて北朝鮮の監獄で、三年近く拷問と苛酷な強制労働を受けられた文先生にとって、金日成主席は恨みの相手であり、また金日成主席にとって、勝共運動の推進者であった文先生は「悪の頭目」であって、ともに相入れない関係にあったのです。しかし文先生の真意は、北朝鮮を打倒することではなく、破綻した北の経済を支援しながら南北の平和統一を実現するということでした。そのことを金日成主席は理解し、文先生を受け入れたのです。文先生は北朝鮮から帰られる時、北京で次のように語られました。
私は北朝鮮に対して恨(恨み)が多いと言えばだれよりも多い人間です。私は宗教指導者だという事実と一貫した反共の信念のため、北朝鮮政府から到底話すことのできない圧迫を受けた者です。私は到底形容することのできない拷問を受け、三年近くの興南監獄生活で多くの罪なき囚人たちが死んでいくのを見ました。一言で言えば、私が今日、健在だということはひとつの驚くべき奇跡であり、ただ神様の特別な加護と恩賜によるものでした。
しかし、今回、私は統一教会の創始者として真の愛の精神で北朝鮮に行ってきました。真の愛というのは「愛することができないものまでも愛する精神」です。イエス様も「汝の敵を愛せ」といったではありませんか。
平壌に入っていった私の心情は秋の空のように晴れ渡ったものでした。怨讐の家に行くのではなく、私の故郷、私の兄弟の家に行くようでした。「許せ、愛せ、団結せよ」という私の終生の心情を持って北朝鮮の地を踏みました。
文先生が示されたのは、正に真の愛による人間解放の道でありました。このようにして一九五〇年十二月、北韓の地を離れ、南下される時「私が必ず北韓を解放します」と神に誓われた、その誓いが実現に向かって大きく前進することになったのです。